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「彼女の溜息(まほう)」

ブルーライトに照らされながら自分との戦い。物音を立てないように部屋に入るのが上手くなった君。一緒にいるのが長いせいか私がまさに「今良いところだから」とまるで口にしてしまっていたかのように「良いところが悪いところにならないように」と小さい声で呟いてコーヒーを置いて出て行く。ドアの向こうから聞こえる暖かな溜息いつ聞いても背中を押されているようで暖かい。レンズ越しにみる君は何にも代え難い朝から晩まで君を被写体にしてシャッターを切る。朝は寝起きでノーメイクだから目を閉じてる時は幼く目覚めた時からは機嫌の悪い。無造作な髪を手ぐしで整えながら朝食をつくる。メガネ姿に部屋着。聞こえてくる朝食の音に君の鼻声。心打たれながら自分は遅めに布団から出る。新聞を片手に朝食を頬張���私に「ほら直ぐこぼすー」と言いながら「今日は美味しい？」それには決まって「今日も美味しいです。」と。それからは朝の空気を残した道を歩く。化粧ノリが良かったのかいつもより機嫌がいい顔がレンズ越しに映る。昼はピクニック気分でひだまりの中お弁当を食べる。朝はパン派で昼はご飯派の私と朝はご飯派でこういう昼はサンドウィッチ派な君、それぞれバランスのとれたお弁当で。飲み物はレモネード。それからは浜辺に移動してはだしでぎこちなく歩いてみる。日が落ちるまで君を撮ってそんな日はいつも「カメラと私どっちが好き？」なんて「カメラ越しの君」と答えると「もうワガママきいてあげません」と呆れ半分溜息口角をあげる。彼女が1人になりたいという夜もあって、そんな時は私が溜息を落としてから「仕方ないな」と君を抱きしめて離したくは無かった。馬鹿ね、と彼女はまた溜息を。その肩は震えていた。この魔法に私はずっと掛かっていたいと思う。

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「レモネードはママの味」

夢から覚めるようにしてまた深い青と泡とあなたに包まれた。「思い出しました？」「いや思い出したけどだからどういう」体に移った熱が冷めないままに相手の声に耳を傾ける。「僕の世界を見せるためにはこうするしか他なかったんです。」ここで私は気付いたんだ、頬に手を添えて二度ほど親指で撫でた。「ちゃんと泣いてるじゃないか」あなたが泣いたことがない理由はこの深い青��中ではそう例えるなら淡い水色は掻き消される。もう一���気付いたことがあるんだ「私はきっとあなたの世界を知りたかった訳じゃない、あなたのことがあなたの心が知りたかった」何かの荷が降りたようにお互い体が軽くなりそこからはいろんな景色をみせてくれた。雨の日は大荒れで大変だと言うこと。晴れた日に洗濯物を干しても乾かないからお日様の香りが好きなこと。干潮の時しか地上と海を行き来出来ないこと。人間の食べものはあんまり口に合わなくてシーフードは友達を食べてるようだから気分が悪いこと。レモネードは母親がつくるジュースに味が似ているからすき。カクレクマノミはシャイにみえて案外積極的なこと。海にいても風邪はひくこと。最初はぎこちなかった泳ぎもしっかりついていけるようになって。景色は真っ白から深い青、深い青から濃い藍色へ。

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episode zero

意味なんてないのだけれど並べておきたいことがある、人は思い出を美化する傾向にある。こうでありたいという理想を語りながら、結局は思い出を美化してるように過ぎない。私が一つ決めた事がある、美化しないこと。出会いには別れがあること、突然の再会や出会いや別れに理由があること。どこか片隅にそんな奴いたなと、時々袖を濡らすくらいで、潮の満ち引きのような気がしてならない。

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「可哀想な顔」

全て夢のせいに出来たなら簡単なことで。何気ない日常、道の片隅で咲いた花をみつけるように魘されるようにして目蓋を揺らせば頬を伝ったなみだのあとを感じた。ああ、自分は夢の中でさえも可哀想な顔をするのかと思いながらいくら考えようともどんな夢だったのか説明がつかない。唯一の理由が頬にあるそれだった。幼少の頃から泣き真似が得意だった私はその可哀想な顔をするのが癖で、甘やかされて育った。だからさほど哀しみという感情がなんなのかわからずにいて。ある男との出会いが私を変えた。そいつは泣いたことがないという。涙なしには語れないなんて言葉があるが面白いやつでそいつと話していると不思議なことに笑っている。会えるのは決まってAM11時からPM23時の間。何しろ自由時間がその時間しかないんだという。顔は同い年くらいに見えるのに話していると子どもらしく尚のこと泣いたことがないというのが信じられなかった。勇気を出して尋ねてみたんだ。「あなたは泣いたことがないと言っていたね、私はそれが不思議でならないよ。確かにあなたと話しているといつも笑顔だ、しかしそんなあなたにもどうしようもないくらい泣ける日があったんじゃないのか」するとそいつは口を開いた「僕の世界では泣いていてもしょうがないんです、誰にもわかってもらえないから」その時のそいつの表情は今までみてきたどんな顔よりも哀しそうで。安心した私がいたんだ。「あなたもそんな顔出来るじゃないか。よかったらあなたの世界を見せて欲しいな。」その後いつものようにお互いの話をして笑い、別れを告げた。その日からそいつは姿を見せなくなった。

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「ミルクティーの憂鬱」

いつもならここでカフェラテを選択するところだが、今日はミルクティーで。珍しいねなんて言われても頭に残った思考や記憶を甘さで誤魔化すためだ仕方ない。今日は一つその誤魔化しをここに起こしておこう。それは言ってしまえば恋人同士がすることなのかもし��ない。私の腕の中にはあなたがいて。後ろから抱きしめているから顔は分からなかったけれど少しばかり華奢なあなた。私より華奢は沢山いるだろうけれどそんな具合で。最近は春の寒暖差という名の温度は感じてきたが、体温を感じるということはなかった。抱きしめた時に無意識に丸くなる背中、私の手を遊ぶようにして掴んだり握ってみたり指を絡ませたり「どうした？」耳元で呟くと相手の体が揺れた。いつから悪い大人になったのかそのまま相手を強く抱きしめていた。わからないことだらけなのに寄り添っていたいと感じた。「冬はもうすぐ終わるよ」考える前に口が物を言って。いつのまにか握られた手にあなたは憂いをひとつ、またひとつと落として。何も出来なかったけれどそばにいることだけはわかって欲しかった。目を閉じて開けた時にはそのぬくもりは消えていた。残っていたのは僅かなあなたの香りと手の甲に落ちたあなたの面影だけだった。もう会えないかもしれないけどそれでも心にずっと消えずにいる。もしも大事なものが儚く消えていくものならそれが泡でも全力で掴みにいく。いっそともに消えようか。以前I love youをどう訳すと問われたことがある。今答えを出すなら、ありきたりかもしれないが「もしもあなたが泡になり消えようともずっと一緒さ」多少キザでも許してくれないかな、一応これでも多少の恋心はわかってるつもりだ。いつもなら甘く感じるミルクティーも今日はずっと苦く感じた。

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「唇の感覚と赤ら顔」

それから決して上手とは言えないあなたからのエスコートで深い青に溶けていく。突然疑問が頭を過った。なぜ息ができる、あんなにも苦しく走馬灯まであと一歩迫っていた私を救ってくれた知った顔は素知らぬ感じで手首を時々掴み直したりしながら泳ぎを進める。「一つ聞いてもいいかな。」言葉に重さがあるとしたら今のは何グラムくらい？泡を纏わせながら動きを鈍らせる。立ち止まるというより佇むが正解。「どうして息ができるように喋れるようになった。真っ白が深い青と混ざりそうな感じだったのに。あなたに言われるがままに三つ数えてそしたらあなたの赤ら顔が」困惑する脳内に紡げていない言葉。あなたは一度眉を歪めてから「仕方ないですね、おはなししましょう。」重い口を開く。「覚えてますか？君は以前僕の世界をみてみたいと言ったこと」まるで見当付かず首の後ろを触るように誤魔化した「それとさっきの状況になんの関係が？」あなたはため息をひとつ落とし、と。まあ見えないが。そんな顔をして続けた「ああするしかなかったんですよ。」そうか、ならこれはどう説明する、トランプでいえば大富豪一歩手前な手札「それはわかった。でも、その、あの時の唇の感覚と赤ら顔はどういうことかな。」

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真っ白と深い青

人は普通頭が真っ白になればただ呆然と立ち尽くすくのだけれど。今の私の状況と言ったら頭よりも視界が純白とも言える白で。周りを360度見渡しても変わらず、ああこれが呆然と言ったところかと呆れ半分納得しているとカモフラージュして気付かなかったがどうやら奥に続く通路がある。そこに吸い込まれるようにして歩みを進める。拓けた部屋には扉がありよく見るドアノブ。流石にこれを捻り白が黒に変わることは無いだろうがまあこれしかこの状況を打破するものもないわけで、手をかけ軽く捻る。圧を感じ数秒前の自分にリグレッドを下唇にやつあたる。本能的に目と鼻と口を覆いたくなりこの時ほど猫どころかなんでもいいから手を借りたいと思ったことはなかった。指先に妥協しては開かれる扉から押し寄せる深い青。その時の顔といったら酷いものだったと思う。目を強く結び止まれと願うも明らかに体全体に感じる嫌な感覚。これほどに心地の悪い交わりはない。私の呼吸が途切れるまで余命1分25秒というところか。かけているわけではないがこれこそ真っ白だ。それでも足りない頭をフル回転させて無心を装いながら身を任せる。物騒な話だが人は亡くなってからも暫くは耳が聞こえているらしい。そうとなれば今私の頼りは耳な訳だから自分が生きているのか死んでいるのかさえ認識出来ないわけだけれど不思議と音に意識がいく。泡が体にまとわりつき弾ける音割と嫌じゃないと思ってしまう自分がいて。勿体ぶってきた酸素は薄れていく。ふと遠くで声がする。そんな訳ないと思いつつ耳をすませば聞き慣れた声「大丈夫だから僕の言う通りに」いくら聞��なれた覚えがある声でもいきなり湧いて出たような奴に言う通りにしてと言われても信じられるかと今の私なら反対していたが素直に受け入れるしか他がなかった。「体の力を抜いて」もうほぼ抜けてるようなものだけれどと思いながら体の力を抜く。引き寄せられた体見えなくても感じる熱「３つ数えて」数えても聞こえないくせにと戸惑ったが小さく頷くようにして数を数える。1.2.3唇に何か触れたかと思えば体はみるみる軽くなり息が出来るようになった。突然のことに驚き目を開けると視界も良好でくっきりとわかる。遂に力尽きてしまったのかと抜け殻を探すように周りを見渡すも見当たらない。目の前には赤ら顔の知った顔。助けてくれたのはありがたいがモジモジされても困る。次には「君を僕の世界に案内するよ」と。強めに手首を握られて連れていかれる。浦島太郎的展開なら優雅に亀に連れられるところだけどとブツブツ言っていたのが口に出ていたのか「亀じゃなくて悪かったですね」と目を合わせずにあなたは言った。