ppvv3388
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壁打
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ppvv3388 · 5 years ago
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アンドロイドパロ
 xxxx、4ケタの数字。その数字の並びに大した意味はなく、単純に何番目に作られたかということを示すものしか過ぎない。
製造番号、と呼ばれるものが自身の名だった。
“そこ”には自身と同じように“番号”をもつモノがたくさんあった。姿かたちは人間と寸分変わらないが、中身は柔らかい���ではなく硬い機械だ。しかし、どれひとつとして同じ外装はなかった。
機械の身体に被せる皮の色、瞳代わりの特殊なガラス玉の色、実際の人間の毛で作られた髪の毛色……すべてがみな一様に異なった。
 世間一般的に言えば自身が“アンドロイド”という存在であるというのは、番号を付けられたそのときから中身にインプットされている。
けれど、これらを作り上げた“博士”と自らを呼んでいた男は、“アンドロイド”ではなく“写し身”だと言った。それが、みないちように外装が違う理由だと。
“写し身”――誰かの身代わり。機械でもいいから身代わりがほしい“カワイソウな人間”の元へ行くのが役割だと、その“カワイソウな人間”から渡されたデータをインプットしていた博士の助手だという女が言っていた。
 自身に与えられたのは、均整のとれたしなやかな筋肉のついた全身と、やや白めの皮、少し茶色みがかった赤いガラス玉と、鮮やかな赤い髪。ガラスにひたりと手を当てて、はじめて自身の姿を見る。どこかの誰かが求めたその姿をまじまじと見つめる。
「あなたの名前は?」
「? xxxx…」
「そ、れ、は、あなたの製造番号でしょう」
 記録部分にデータをインプットし終えた女は困った顔をする。つい先程詰め込まれたばかりのデータはいまだに機械の身体に馴染まずにぐるぐるまわっている。
そんな中名は、と問われれば白い肌の横腹辺りにちいさく焼き付いたみたいに刻印された製造番号がするりと口から当たり前のように出る。ずっと“博士”にそう呼ばれていたからだ。
「それが名前だ」
「あのねえ…。はあ……、まったく真面目な性格の型は駄目ね…融通がきかないっていうか…インプットしても製造番号が染みついてるし…」
 外装はみないちように異なるが、元となる型はいくつか種類がある。“カワイソウな人間”が依頼してきたモノがどんな性格なのかから判断されるもので、どうやら自身は“真面目な性格パターン”の型らしい。
「いい、もう一度言うわよ。あなたの名前は――」
   「パーシヴァル」
 ふと、我に返る。充電が切れかかっていたようで記憶媒体が少々ガタついているらしく、まだ製造番号で自身を判別していた頃のデータが再生されていたようだ。
ガラスの瞳を声の聞こえたほうへゆっくり動かすと、金色の髪が風で揺れていた。
「パーさんがこんなとこで居眠りとかめずらしーな、疲れたのか?」
 緑の瞳がゆると細められて笑みの形を作る。
“疲れる”なんてことはない。何せ自分は所詮機械の体で、どう似せようとも作り物だ。充電さえすれば、いつまでだって動き続けることが出来る。
けれど、何も感じることのない目元に手をやって摘まむ。疲れた人間と同じしぐさをそれらしくまねて。
「…ああ、少しだけ」
 そう答える。金色の髪の男は、“そっか”と言った。
この男が、自身を求めた“カワイソウな人間”。そして、“パーシヴァル”という名を与えた人間。
「おまえは今帰ったのか、…ヴェイン」
 “カワイソウな人間”の名前はヴェインといった。自身からすれば、一応依頼主であり所有者、マスターである。データをインプットして最後に、依頼主の元に送る箱に詰める女は絶対に依頼者を“マスター”などと呼ばないようにと電源を落とすその時まで念押しした。頷いたものの、マスターであることも初期からインプットされているので時々マスターと呼んでしまいそうになるし自身の所有者なので、敬語にもなってしまいそうになる。
けれど、マスターのヴェインが望む“パーシヴァル”という男はヴェインに対して敬語を使わない。年齢はヴェインより2個上で、高校から大学に掛けての先輩。少々俺様的な態度、不遜な態度や辛辣な態度も取るが、根は情に厚く面倒見が良い、素直じゃないながらもやさしさもある性格。ヴェインのことは以前から“駄犬”と呼んでいる。
「うん。ただいま……」
 ソファで座ったまま半分電源が落ちかかっていたその横にヴェインが座って、健康的な皮…いやヴェインは正真正面人間なので、肌、か。その肌を僅かに赤らめて、こちらを見つめる。
「おかえり」
 学習パターン通りにそう声を掛け、顎に指を添えて人間らしいあたたかい温度の灯るくちびるに偽物の体温をともした自身のくちびるを触れさせる。
「ぱーさん」
 軽く触れただけのくちびるが離れると、ヴェインは瞳を潤ませて抱きついてくる。
“パーさん”というのは、ヴェインがつけた“パーシヴァル”の愛称らしい。“パーシヴァル”はその名前を当初は嫌がっていたが、いつの間にか嫌がらなくなった。それが何故なのかは、全ての物事がデータで作られている自身には到底わからないことだ。
だが、なんとなく。なんとなくだが、“パーシヴァル”がヴェインの恋人だったから……好きだったから、ではないだろうかと推測した。だから自身もヴェインにその名で呼ばれても嫌がることはしないし、むしろ少しばから頬の辺りを和らげるようにしている。
 ぱーさん、とヴェインがまたその名を零して抱きついたまま力を込める。人間の力よりよっぽど強い自身は体重をかけられても本当は微動だにしないが、こういうときは素直に体を傾ける。
柔らかいソファに体が沈む。沈めた張本人であるヴェインは、窓から差し込む橙色を背にしながら服を少しずつ脱いだ。跨ったことで触れた肌から体温と脈動を測定する。体温は上昇し、鼓動もはやくなっている――それが性的興奮をしているのだと理解すると、素肌になったその逞しい腰に腕を絡めて、体を抱き寄せる。
 “写し身”は、現代の技術の最高峰だと言われる。その外装や中身の精巧性もさることながら、機能もほとんど人間に寄せて作られていた。食べようと思えば普通の食事も出来るし、排泄に似たものも出来るし、性器もほとんど大差なくつけられていて、違和感もなくセックスが出来る。
けれどその性質上、表には決して出てこない存在だ。あくまでも、“誰かの身代わり”だから。
(そして俺は、“パーシヴァル”の身代わり)
 熱心に跨って、精巧につくられた性器を中に入れて喘ぐヴェインをぼんやり見上げる。
“パーシヴァル”がどこに行ったのかは知らない。恋人、とインプットされているが、それが本当のことなのかどうかも知らない。
本当は一方的な片思いなのに恋人という設定を入れ込む“カワイソウな人間”はいくらでもいるらしいから。
……自身には思考する必要のないことだ。あくまでもインプットされたデータ通りに動くだけ。セックスでさえもインプットされた“パーシヴァル”の性格から総合的に判断されたように動くだけだ。
  ヴェインは時々、ひとりで寝室に籠る。扉の向こうからいつも啜り泣く声が聞こえていた。
はじめは、きっとこれがヴェインが“カワイソウな人間”の理由なのだろうと判断して特に何も行動しなかった。
――今日も部屋からはヴェインの啜り泣く声が聞こえる。薄らと開いた扉の隙間からは薄暗い部屋のベッドの上で何かを胸に抱いて丸まったヴェインの背中が見えた。
ぎしりとおかしな音がした。なんだ��うと首を傾げて音のする胸のあたりに手を置いてみる。故障なら一度博士に見てもらわないと。ぎしぎし、ぎし。おかしな音は続く。不快だ、と感じる。いや、感じるというのはおかしい、これは不快なものだとデータから導き出したに過ぎない。
もう一度ヴェインを見ると、やはりまた軋むような音がする。
(……?)
 気が付けば、扉を開け放って部屋に足を踏み入れていた。
「あ…」
 そして、丸まったその背ごと抱き寄せた。突然のことで驚いたヴェインの手から胸に抱いていたものが、がこん、と鈍い音を立てて床に落ちた。
おもむろに、落ちた物へ視線を向ける。それは四角い形をしていたもので、恐らく写真立てだった。何故かそれを見たくなくて、すぐに視線を逸らしそのままヴェインの腕を引っ張ってベッドに押し倒した。
ヴェインは困惑したような顔をしていて、その目元は赤く少し腫れていた。
「ヴェイン」
「あ…ぁ……、ぱーさん…パーシヴァル…」
「ああ、そうだ」
 震えるヴェインの手が伸びてくる。涙を溜めこんで揺れていた瞳から少しずつ光が鈍く淀んでいく。
ヴェインの伸びてきた手が抱きついてきたので、同じように抱きしめ返す。ああ、とヴェインの安堵したような吐息のような声のようなものが聞こえると、いつの間にか胸の軋みのような音は聞こえなくなった。かわりに言い得ぬ何かが胸に広がる。充足感? 機械の自分にはないはずのものだ。
ゆっくりとガラスの瞳を閉じる。
(――俺の名は、パーシヴァル。ヴェインの恋人だ)
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ppvv3388 · 5 years ago
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許嫁パロ
1.
 “結婚”、“夫婦”――そう聞いてヴェインが真っ先に思い浮かべるのは自分の両親と、それから幼馴染の両親だった。
結婚に夢見ている、というつもりはないけれど、自分もいつか世界で一番好きな人と結婚をして、両親たちのようなあたたかい家庭を築きたいとどこかで思っていた。
「ヴェイン、あなたには許嫁がいるの」
 ――高校三年生、十七の初夏。ヴェインは突然、両親にそう告げられた。
 それは、ヴェインが生まれるより前に両家で交わされた約束だった。そして、交わしたのはヴェインの両親ではなく、先日亡くなったばかりの祖父母の代で交わされたものらしい。いかにして両家で交わされたものなのかは、祖父母はついぞ告げることがなかったからもう一生わからないことである。
遺品整理で、確かな書類によって約束されたそれは似つかわしくない古ぼかしい箪笥の一番奥から出てきた。もしかしたら、祖父母はヴェインを想ってひた隠しにしていたのかもしれない。
あなたの将来の選択を狭めてしまう、と辛そうな顔をする両親も本当は奥底に仕舞ったままでいたのかもしれなかった。けれど、そうせずにヴェインに告げたということは――きっと、どうしようもない何かがあるからだ。
「俺なら大丈夫だから」
 優しい両親を困らせてはいけない、その一心だった。
まだ子どものヴェインには、婚約だとかなんとかそういうことはよくわからない。でもきっと、断れない何かがあるに違いなかった。ヴェインが駄々をこねれば、もしかしたら両親は抗ってくれるのかもしれないが、ヴェインにはやはりそんなことは出来そうもなかった。
 ヴェイン、と呼んで両親が涙ぐんでヴェインを抱きしめた。もうなんだよなかないでよ、とヴェインはいつものように明るい声でそう言いながら、啜り泣く大好きな両親の背に手を回してそっと抱いた。
 確かに自ら選んだ伴侶ではないが、だからと言ってさっさと嘆くのは早い気がした。
だって、どんな人かわからないのだし。実際会って話して、その人のことを知って、時間を掛けてでもゆっくり少しずつ好きになっていけばいいのだから。
   それから数日後。事態は迅速に進み、両家の顔合わせが早速行われることとなった。
場所は、ヴェインが普通に生活していれば一生縁がなかったであろう絵に描いたような、いかにもお高そうな料亭だった。
(……本当にこういうとこでやるんだな…。それに、着物なんてはじめて着たし…)
 ドラマとか漫画だけの話じゃないんだなあ、などとヴェインは呑気に考えていた。隣で同じようにきれいな着物を着た両親のほうが顔も強張り肩も竦み気味で、よっぽど緊張しているようだった。
たぶん両親は相手と直接会ったこともあって、どういう人たちかわかっているからなのだろう。
 ヴェイン一家が到着してから約数分後。閉まっていた襖が静かに開いた。両親が慌てて立ち上がったのを見て、ヴェインも慣れない着物で足をとられてもたもたしつつ立ち上がってゆっくり開いていく襖を見つめた。
「お待たせしました」
 てっきり、こちらと同じように両親と当人の三人で来るかと思っていたのだが、開いた襖の向こうに立っていたのは黒いスーツ姿の男たったひとりだった。
(…足なげー…モデルみてえ……)
 しかも、顔立ちも恐ろしいほど整っている。芸能人だとかモデルだとかそういった類の俗的な言葉で形容することさえ憚られるような――。
皺もよれもないきれいな、発色の良い漆黒のスーツに鮮やかな赤い髪がよく映えていた。黒い背中で揺れる、むすばれたうなじを隠す程度に伸びた一束の髪の流れさえその一瞬に目を、吐息を、奪われる。
(この人、誰なんだろう)
 ぼんやり見上げながらふと思う。もしかして、ヴェインの許嫁の親…とかだろうか。ぱっと見てまだ年若いような気もするが、少なくともヴェインより一回り以上は上の年齢のはずだ。となれば、自分の許嫁ってもしや大分年下なのではないだろうか、という疑惑が浮上してきて、なんとも言い難い気持ちになる。
「父と母は生憎、仕事で多忙の身なのでこの場は私ひとりで失礼します」
「い、��え、そんな。お忙しい中時間を割いてもらってありがとうございます、パーシヴァルさん」
 一家そろってその男の容姿に目を奪われ一瞬時が止まっていたが、男が口を開いたことでハッと父が我に返って頭を下げた。思わずつられて母とヴェインも頭を下げる。
 ……父と母は不在? その言葉がヴェインの頭の中でぐるぐる回る。ということは、この眼前の美男子――父曰く“パーシヴァル”という男は、ヴェインが想像していた両親のどちらでもないというわけで。
「ええ! この人が俺の許嫁!?」
「!? こらヴェイン! 失礼でしょう!」
「むぐぐっ…!」
 驚きのあまりヴェインはつい声を上げてしまった。父より遅れて我に返った母がぎゅむりとヴェインの大きく開いた口を手で覆った。
すみません、と両親が頭を下げると、許嫁…パーシヴァルは特に顔を歪めるでもなく、いえ、とたった一言だけ口にしてちょうど机を挟んで正面のその場に腰を下ろした。
むしろ、その無表情のほうがよっぽど怒っているように見えて正直末恐ろしいのだけれど、とヴェインは何故だか妙にひやりとしたものを感じながら、両親に続いてすごすご元々座っていた位置に座った。
  聞けば、パーシヴァルは今二十七らしい。本当にちょうどヴェインのひとまわり年上だ。そして、仕事は今父親の会社の傘下にあたる会社で社長をしているのだとか。この時点でヴェインは思考を放棄した。なるほどどうりで父も母もガチガチに緊張していたはずだ。まだ一学生であるヴェインには会社のアレコレとか経営のアレコレなんていうものはまるでわからないが、父親も社長でその息子も社長というそれだけで十二分にとんでもない一家が相手なのだということを理解した。
 同時に、パーシヴァルは随分損な役回りになってしまったな、と少し憐れんだ。
見目も麗しく、家柄も良く、傘下の会社とはいえ社長という輝かしい地位もあって当然金だってあるのだろう。まさしく引く手あまたな物件であるのは間違いない。なのに、先代の遺言というたったそれだけで、自分よりもひとまわりも年下で特に何か取り柄があるわけでもないただの子どもと結婚しなくてはならないなんて……、哀れまずしてどうしろと。
「――それでは、式の日取りはまた改めて」
 今日は自分がほとんどメインといっても過言ではないのに、ヴェインは顔をろくに上げずひたすらに口を噤んでいた。
パーシヴァルが結婚相手として嫌だとかそういうことではなく、本当にただただ申し訳ないのだ。
これはどうしようもないことなのだということは、ヴェインよりもずっと大人であるパーシヴァルもよくわかっていることなのだろう。だから嫌な顔ひとつしないし、色々問いかけてくるヴェインの両親にも笑みさえ浮かべて愛想よく接しているのだ。
「ほら、ヴェイン」
 変わらず黙り込んでいると、母に背をそっとやさしく押された。困惑した顔をのろのろ上げ横を見遣ると、こちらを見ていた父と母と視線が合う。
「今日からお世話になるって話したでしょう」
 ……そうだっけ。話の間ずっと考え込んでいたせいで、ヴェインはちっとも話を聞いていなかったので、一瞬何のことかわからずに首を傾げた。
困惑した表情のまま両親と、いつの間にか既に立ち上がっていて襖を背にしているパーシヴァルとで視線を彷徨わせた。
――それって、つまり。もう早速家族と離れて許嫁と生活を共にしろという……。
理解すると、ヴェインもついていくように促していた母の手が小さく震えていることに気が付いた。一生懸命何かを堪えている父と母の揺れる瞳にちらつく光を見た。
「ヴェイン」
 ヴェインが立ち上がることも出来ずにその場に固まっていると、いつも優しく呼んでくれる父が少し険しい声で促した。
――でも、ヴェインは知っている。父がそうせざる得なかったことも、少し声が震えていたことも、無理して普段出したこともない声を出したことも。
 何も、これが今生の別れであるわけではない。日々を一緒に過ごせなくなるだけで、遠い場所に行くわけでもないのだから会おうと思えばいつだって会えるのだ。
なにより、いつもそんな顔をしない自分が淀んだ顔をしていたら優しいこの人たちは、それに引きずられてしまう。困らせないようにと受け入れたことなのにこんなんでどうする、とヴェインは一度瞼をおろし自分を叱咤する。
「……ん、行ってきます!」
 勢いよく立ち上がったヴェインは不安そうにしている両親に、まるで毎朝学校へ行くときに玄関前でするような気軽さで笑う。
さしもの両親も、ヴェインの突然の変わりように一瞬面食らったようだったが、きっとこの世界で一番ヴェインがどういう子どもなのかを理解している両親は全てわかってしまったのだろう、少し困ったように笑みを返した。
  (――と、出てきたものの……)
 両親と一時の別れを済ませ、部屋を出てから廊下をパーシヴァルの後ろからついて歩く。
両親と話しているときは随分流暢に話していたから結構喋ってくれるタイプなのかと思っていたが、パーシヴァルは部屋を出てからというもの、一言もしゃべらないどころかこちらを振り返ることすらしない。
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ppvv3388 · 5 years ago
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マフィアパロ パーヴェ
1.
 あらゆる贅を尽くした室内に無機質な機械音が響いている。まさしく豪華絢爛な部屋にふさわしい大きなサイズのベッドの横には硬質な医療器械がずらりと並んでおり、無機質な機械音はそこから発せられていた。
機械から伸びた無数のチューブは、ベッドの上に横たわる人物と繋がっていた。
黒いスーツを身に付けた赤髪の美丈夫はひとり静かにベッドのそばに佇んで、無数の管に繋がれ浅く呼吸をして横たわる男を見下ろしていた。
「――……パーシヴァル、…そこに、いる…のか…」
 薄らとベッドに横たわる男の目が開き、掠れたいまにも掻き消えてしまいそうな声を洩らした。
「…はい、ボス」
 パーシヴァル、とは赤髪の美丈夫の名だ。うめき声のようなちいさな声を漏らさず聞き届けたパーシヴァルは顔を近づけるように蹲み、しかと返事をする。
男の薄らと開かれている虚ろげな瞳にはパーシヴァルの顔どころかすでにほとんど何も映ってはいないことも、耳もあまり聞こえていないことも、パーシヴァルは知っていた。
微かに聞こえたのであろうパーシヴァルの声を辿って弱々しい腕が上がりすっかり細く骨のようになってしまった指先がパーシヴァルの頬をなぞる。
 男は――ファミリーを束ねるボスであり、ファミリーの構成員は彼を父として慕っている。もちろんそれはパーシヴァルにとっても同じで、父のような存在だった。マフィアという世界だけではなく、この世界で生きる術を教えてくれた、今のパーシヴァルがあるのはすべて彼のおかげと言っても決して過言ではなかった。
 彼は、病にかかるより前は岩のような大男だった。
面白がってよくパーシヴァルの頬をつついたり撫ぜてきた優しい指先もこんなに細くなかったし、さまざまな表情を彩っていた頬もこんなに痩けていなかった。声だっていつも少々ボリュームを落としてほしい正直思ったことがあるほどであったし、笑うときなんかそれはもう豪快に笑う人だった。
――それが、数年前に思い病を患ったことで彼はこんなにもやつれてしまった。
抗争で銃弾の雨を浴びても、暗殺まがいのことをされて腹に派手な風穴が空いても、しばらくすればひょっこり戻ってきて、やっちまったわ、とげらげら笑って心配していたパーシヴァルを笑い飛ばしていたような豪胆な男だった。“何度殺しても死なない男”と、別のファミリーからも恐れられていた。そんな彼が、病に負けるなんてこうなった今でもパーシヴァルは信じられなかった――信じたくなかった――。
 もはやかつての面影は薄れおよそ威厳というものは感じられず、そうなっては下にいる構成員――ソルジャー――の不安を招き最悪内乱にだってなりかねない。それゆえほとんど表舞台に立つことはできなくなり、彼に会うことが叶っているのはそういった心配のない信用がおけるパーシヴァルと、幹部であるカポレジームの面々くらいだ。
「……俺ァ、もう長くはねェ……、ファミリーを、…ココを、…頼んだわ…」
「! ボス、それは――」
「…アンダーボス、の、おまえの……務めだろうがァ……、務めを果たせ、…パーシヴァル…」
 パーシヴァルはその言葉に、途端に顔を強張らせる。
――アンダーボス。次期ボス。それが、パーシヴァルの、このファミリーにおいての役目だ。だから、ボスに何かあれば己がこのファミリーを束ねるのだという自覚はずっと前からあった。そのために様々学んできたつもりだった。
しかし、現実を目の前にすると途端にずしりとパーシヴァルの肩に重圧がのし掛かる。
そして、病に伏せりやつれはじめた頃から本当は薄ら感じてきた、彼の死という現実に血の気が引く。
「ハ、…かてえ、かてえ……、ああ…、おめえは頭はいい、が…ちいとばかり…かてえんだよなァ……」
 彼の漏らした薄い呼気は、呼吸だったのか笑ったつもりだったのか判然としなかった。
けれど、呼気を洩らした唇はゆっくりコマ送りのように弧を描いた。
そして、パーシヴァルの頬に触れていた手はぽとんとベッドの上に落ち、薄ら開いていた瞳が瞼で覆われてしまった。…チューブを通して注がれる薬の副作用で、あまりボスは目を覚ますことはなく、ほとんど眠っている。深い、深い眠り。
ボスの病は治らない、もう手を尽くしてしまった。現状は…ただただ、細い糸のような命を繋ぎとめているのだ。
 パーシヴァルはベッドの上に無造作に落ちた手をベッドの中に戻し、布団を整えて立ち上がった。
真面目すぎる、頭が硬い、甘い、とは彼からは言われ慣れた言葉の数々ではあったが、今この時言われることとは重みが違う。
今一度、彼を見下ろしてからパーシヴァルは踵を返した。
   静かに部屋から出て扉を閉め、パーシヴァルは険しい顔でその場に立ち止まりつるりとよく磨かれている床の上に立つ、己の革靴の爪先を見つめた。
「ジークフリート」
 おもむろに名を口にして半ば睨み付けるように見つめていた床から視線を動かすと、いつの間にか音もなく、離れた場所にパーシヴァルと同じようにスーツを着た男が立っていた。
 まるで、気付かれたことが意外だとでもいうように、男――ジークフリートは、ひとつに結び横に流した緩やかにうねる茶髪を揺らし眼鏡の薄いレンズ越しの鼈甲色の瞳を丸めた。
「おまえに頼みたいことがある」
「俺に、か? 珍しい」
「コンシリエーレ、ジークフリート。おまえに相談がある」
 そう呼ぶと、笑みさえ浮かべていたジークフリートは、穏やかに弧を描いていた唇を何か言いたげにわずかに開き、それからすぐに引き結び瞳を細めた。
“コンシリエーレ”、それがこのファミリーの中でのジークフリートという男に与えられた役割。
顧問とも呼ばれるコンシリエーレは主にソルジャーたちの相談役ではあるが、その存在はファミリーにとってはなくてはならない存在だ。他に誰もその役割につくこともなく、ジークフリートただひとりだけコンシリエーレという立場にいる。間違いなくファミリー内でのトップはボスただひとりだ。しかし、その次は誰なのかと言われれば、パーシヴァルはきっとジークフリートなのだと言う。アンダーボスである自分よりも、表だって出てくるわけではないがジークフリートはこのファミリーの中心にいる人物であろう、とそう思っている。
 パーシヴァルがこのファミリーに入ったときには既に、ジークフリートはその位置にいた。ボスは、付き合いは長い、と言っていたが具体的にどういう繋がりなのか、どうしてこのファミリーにいるのか、彼が何をなしてきたのかは知らない。知る者も多くはないはずだ。
ジークフリートも無口なわけではないが決して雄弁なほうではないので、あまり語らない。パーシヴァルも進んで問うこともしない。この男の底知れぬ何かを、本能的に察しているのだ。
「暫く不在にする。その間、適当に繕っておいてほしい」
「…構わないが、知られたくない場所へ行くのか?」
「……今の、ファミリーを見たい。俺が普段、目の届いていないところに」
 ――いずれ、…いや、近いうちにボスは死んでしまう。そうなったときに、新たなボスとなるのはパーシヴァルなのだ。それを、先程ボスと言葉を交わして改めて自覚した。
肩にのしかかる重圧も、迫りくる彼の死という現実も、全てを乗り越えなければならない。彼が作り上げたこの大きなファミリーを、束ねなければならないのだ。
だからこれは、パーシヴァルの決意だ。
「では、それも俺の方でなんとかしよう。当てがある」
 ジークフリートは更に問うでもなく、あっさりと承諾した。ボスがあのような状態になってから、裏で代わりをしていたのはほとんどパーシヴァルだ。もちろんジークフリートやカポレジームたちも動いてはいたが、次期ボスとしての責務として主はパーシヴァルに任されていた。ファミリーのためとはいえ…そのパーシヴァルが長く不在にするということは特にジークフリートへ負荷がかかってしまう。
それゆえ、反対のひとつやお小言でも飛んでくるものと思っていたから――あまりジークフリートらしい行動とは思えないが――、少々拍子抜けではある。
「――もう然程、時間はないだろうからな」
 ぽつり、と扉を見つめ呟いたジークフリートの横顔は、普段となんら変わりないもののようでいて、少しさびしげであったように思えた。
パーシヴァルもその横顔を見つめ、それから同じように扉を見つめた。
 2.
(……案外変わるものだな)
 パーシヴァルは鏡に映る、少しだけ見慣れない自身の姿を眺めていた。
赤く綺麗だった髪は黒がかりくすみ、同じように赤い色だった瞳も変色している。パーシヴァルのようにはっきりとした赤い色の髪や瞳はこの辺りではあまり見ないから、という理由でジークフリートに毛染めと色のついているコンタクトを渡されたのだ。
はじめはたったこれだけで、と思ったが…髪の色や瞳の色が変わるだけでもこんなにも印象というものは変わるものか、と今ではいっそ関心さえ覚えている。
 体躯を包んでいるのは普段身に着けている質の良い艶のある黒いスーツではなく、パーシヴァルのギリギリ許容範囲程度の質素な服だ。布も薄く、心もとなさに顔を顰めながら服を摘まむ。
ファミリーに入るより以前はこういう服を身に着けているのがふつうだったというのに、それが今では違和感を覚えてしまうようになったというのはなんとも皮肉な気がし��、ちいさく自嘲ぎみに笑みを零す。
 アンダーボスとなってから、ボスにスーツをもらった。全てフルオーダーなのだというそれの値段はパーシヴァルとて知らぬわけではなく、こんな高価なものをボス手ずからいただくなど、とパーシヴァルは焦ったものだが、ボスはアンダーボスになったからこそこういう服を着るべきなのだと言っていた。外見を着飾ることも、重要なことなのだと。
特にパーシヴァルは年若く、なかなかこの年齢で今のポストにいる人間というのはごく一握りであり、それ故古びた考えも持つ人間にはなめられやすいのだ。だから、スーツは防具であり、武具だった。
(そろそろ行くか…)
 本邸ではなく、この潜入のために用意した街外れにある小さな家に付けられた時計を見上げる。
ジークフリートの言う当て、とやらが何を指しているのか知らないが、時間と場所を指定されたのだ。何故、と聞き返したら、行けばわかるさ、とだけ言われた。
パーシヴァルは今日から、ファミリーの新入りとして身分を隠し潜入することになる。下の者たちが今どのようにしてファミリーを支えているのか、――あるいはファミリーの規律を乱しているのか、パーシヴァルはそれをしっかり見定め、これから己がトップとなったときファミリーのためになる舵取りを考えなければならない。
 「え、えーっと…今日から世話係になったヴェインだ! よろしくな!」
 ジークフリートに指定された場所にいたのは、なんとも呑気な顔付きの男だった。明るい金色のふわふわしている毛がひよこか犬かのようで余計にその呑気さを増していて、パーシヴァルは思わず顔を顰めそうになったが、ぐっと堪えて笑みを張りつける。初日から自分の世話係とやらに噛み付く新入りはまずいないだろう。
 だがそれにしたってこの男…ヴェインは、とても裏社会であるマフィアの一員にはあまり見えない。街中のどこにでもいる、平穏な陽の当たる生活をしていそうなごくごく普通の青年だ。
ボスやジークフリート、カポレジームや彼らが率いるソルジャー…みな、そういう雰囲気を持っている。みな性根が腐っているとまでは言わないが、良い人間とは言えないし汚いことに手を染めたこともある――陽のあたる場所にはいけない、そういう存在だ。……もちろん、パーシヴァルも。
「…パルツィです、よろしくお願いします」
 きれいに張りつけた笑みのまま、差し出されたヴェインのごつごつしている無骨な手を握り返す。
 本名でそのままいくわけにはいかないと思い、偽名を考えてはいたけれど…パーシヴァルの顔を見てピンとも怪しむでもなくにこにこ阿呆のように笑っていたこの男にそこまで警戒する必要はあるのだろうか、とも正直考えてしまう。それほどまでに、ヴェインからはおよそ警戒や疑心を感じなかった。この男は、純粋すぎるように思えてならない。その純粋さは普通の生活では然程問題にはならないだろうが、ことこの社会においてはその気質は食い物にしかされないだろう。
「わ、いや、敬語とかいいって、ほんとに…。たぶんそっちのほうが年上だろうしなあ……あと俺も入ったばっかで、ほとんど新入りみたいなもんだしさ…。なのに、急にコンシリエーレ? っていう役職の…ジークフリート、さん? に頼むって言われて……あんなすげー人が何で頼んできたのかわかんないんだけど、そもそももしかしてパルツィってジークフリートさんと知り合いなのか?」
 何なんだ、この男は。パーシヴァルは張りつけた笑みのまま口元を僅かにひきつらせた。
初見から能天気そうな男だとは思ったが、妙に慣れ慣れしい上に先程からべらべらと怒涛の勢いで喋ってくるものだから、パーシヴァルは若干引いた。喧しい、とついいつものように言ってしまいそうなのをなんとか堪える。
 ――ヴェインと己の相性はともかく。ジークフリートの当てとやらがヴェインだとはどういう意図なのかわかりかねたが、ほとんど新入りなのだということでようやく納得した。
 パーシヴァルが潜入したのは、カポレジームが率いる構成員であるソルジャーのところではなくそれより更に下の準構成員であるアソシエーテのところだ。
大きなファミリー故、ソルジャーでさえもすべてを把握しているわけではないが、それ以上にアソシエーテは更に未知数だ。人種もなにもかもごちゃまぜになっていて、それ故一番所属している人間が多いので、パーシヴァルは今まで接したことさえない。
その中で更に新入りともなれば、アンダーボスであるパーシヴァルの顔や容姿、その存在さえもあまり知らなくて当然と言えば当然かもしれない。
「……コンシリエーレとは、偶然拾っていただいたというそれだけだ」
 当然これも嘘だ。そうでも言わないと、ファミリーのトップに近いジークフリートと入ったばかりの新入りが繋がっているのは怪しい。
拾われたという理由ならば多少は現実味がある。ファミリーには拾われたという人間も決して多いわけではないが、いることにはいる。拾われた、というのは正真正銘文字のまま拾われた者のことだ。街の中心部やその周辺はとても裕福でにぎわうこの街も、街外れに向かえば向かうほど治安が悪く、所謂スラムになっており、そこには家も何もかもを失った者たちが、限りなく死に近い状態で暮らしている。
そこから、ファミリーの者が気まぐれで目を付けて拾ってくることがあるのだ。だが、ただただ拾ってそれで終わりなのではなく、拾われた者の不始末は拾った者の責任となり同じように、血の掟により制裁を受けることになるのだ。だからあまり拾いたがる人間もいないのだが、ごく稀に情を移して拾ってくる人間もいる。
 ジークフリートは、適当に言いつくろっておいてくれ、となんとも無責任なことを言ってきたので、唯一現実味がある嘘をついてしまったが、さすがのヴェインもこれは怪しむのではないだろうか…と、パーシヴァルはヴェインが怪しんできて発する言葉をいくつか脳内で浮かべ、その返答を何通りも思考しながらヴェインを見つめる。
「ふーん、そうなのかあ」
 ひく、とパーシヴァルの顔が引きつる。……この男、能天気なだけではなく実はただの馬鹿なのだろう、そうはっきり確信した。へらへら笑って、すんなりパーシヴァルの言葉を一部も疑うこともなく受け入れてしまったのだ。ここまでくるといっそ末恐ろしささえ感じる。
「…コンシリエーレとの繋がりは、他の者へ余計な気をもたせてしまう。他言無用でお願いしたいのだが」
「おっけー」
 またもヴェインは浮かべた笑顔を崩すこともなく即答だ。……軽い。果てしなく軽すぎる。パーシヴァルであれば、こんなふうに言われたら間違いなくその者をまず疑うだろう。ただ、その時にはヴェインのように了承はするだろうが、内心は疑心に満ちさてこいつをどう調べてやろうかと思考を巡らせる。――しかし、ヴェインからはやはり疑心を感じないのだ。
「おまえは俺のことを怪しいと思わないのか」
 ヴェインがあまりにも能天気で、苛立ちさえ覚えてつい口走ってしまったことをパーシヴァルは口にしてから後悔した。ヴェインが能天気で人を疑う事を知らないのであれば尚の事、身分を隠したいパーシヴァルにとっては非常に扱いやすく都合が良いというのに、だ。これでは、ボスに甘いと言われるのも道理だ。
「え? なんで? だってパルツィって悪い人には見えねえし、ジークフリートさんもそう言ってたし。俺だって、信じていい奴と信じちゃいけない奴くらい区別つくんだぜ」
 きょとんとしたヴェインは、言葉を躊躇するでもなくやはりすんなりと答え、むしろ胸さえ張るのだから、どうしようもない。
真っ直ぐに信頼を向けてもらえることに胸を躍らせるほど、パーシヴァルは純粋な心根は既になく、どこか冷えた心地でこいつはきっとこの社会では生きてはいけまい、と思った。騙し合いなど当たり前のようにあって、人を信じれば、なんて理論は通用しないし、善悪の判断など不要だった。周りも自分も、結局悪でしかないのだから。それをわからなければ、やはりこの男は食い物にされるだけだ。
 “悪い人”ではない、などとよくも言えたもので、そもそもこのような場所に身を置く時点で“良い人”ではなくなるというのに。いっそこのまま、己の手を汚したすべてをぶちまけてしまおうか、そんな事さえ思う。やれることならばなんでもやった、人を手に掛けた事も何度もある。抵抗さえその内なくなって、気が付けばこんなところにいる。――腹の奥がぐるぐる気分が悪い。汚い言葉を遣ってしまえば、胸糞が悪い、ということなのだろう。
 パーシヴァルは小さく舌打ちを零し、握ったままだったヴェインの手を振り払った。
「…パルツィ?」
 どうかしたのか、とヴェインが気遣わしげに覗きこんでくる。
まだ染まりきっていない、真っ直ぐな瞳に己の姿が映っていることが耐えがたく、パーシヴァルはふいと視線を逸らした。
「お���かすいた?」
 ……やはりこいつとはウマが合わない、とパーシヴァルは深く溜息を零す。何をどう考えたらお腹が空いているのだと思うのか。いかにもな態度を取ったのはパーシヴァル自身ではあるが、あまりの度し難さに半分睨み付けるようにヴェインを再び見遣る。
すると、一瞬ヴェインの瞳が揺らいだ。怯え、かあるいは。…ただ、パーシヴァルはそういう瞳を見たことがあった。――他でもない、スラムで。
 徴収でスラム街付近を通ったとき、パーシヴァルはいくつもの同じような瞳で見つめられた。風格が出てきたということだ、と周囲には言われたがパーシヴァルの胸中には釈然としない何かがあった。
スラムの人間を助けることはパーシヴァルの仕事でも、マフィアの仕事でもない。同情をしても、仕方がないことではある。けれど、パーシヴァルは――
「…これから世話になる身でありながら失礼な態度を取ったこと、許してほしい」
 血が上った頭をゆっくり冷やす。パーシヴァルは何も新入りをいびりにきたわけでも威圧しにきたわけでもない。次期のボスになるために、このファミリーの実情を見に来たのだ。そして、ヴェインはいくらどうしようもなく能天気で阿呆だとしても、パーシヴァルにとっては貴重な協力者なのだから――もちろんヴェインはそんなことになっているとは微塵もおもっていないだろうが――、事を荒げず上手くやっていかなくてはならない。だから今は剣を収めるべきだ。
「いや俺のほうこそ、何か気障ることしたんだよな、ごめん」
 謝る必要がないだろうがおまえには、と言いそうになる口をつぐむ。
街角のどこにでもいそうな青年に見えていたヴェインに、何か歪みのようなものを感じるのは何故だろう。
(……こんな世界に入るくらいだ、こいつにも何かがあるのだろう)
 みな訳アリなのは当然のことだ。ただ、ほんの一瞬でも弱者の瞳を見せたこの男はこの弱肉強食の世界には向いていないと思った。
「…よし! じゃあ飯でも食おうぜ、俺の家すぐ近くなんだ」
「おい、仕事は――」
「んなの飯の後! 腹が減ってはなんとやらって言うだろ!」
 わははは、と笑いすっかり明るい調子に戻ったヴェインはそう言ってさっさと歩いていってしまう。能天気なくせに度胸はある奴だ。仕事をさっさと熟さないで怒られるのはヴェインだろうに。
はあ、と今一度溜息を零しパーシヴァルはヴェインの後を追った。
 3.
『どうだ、調子は』
 影になっている建物の壁に背を預け、耳に当てた携帯から聞こえる久方ぶりのジークフリートの声に顔を顰める。
「……どうもこうも…」
 振り返り、背を預けていた壁から顔をわずかばかり覗かせると、少し離れた場所にヴェインがソルジャーのひとりと話しているのが見える。
いつもパーシヴァルの前ではおしゃべりな口を噤ませ、眉を垂らし顔色があまり良くないことから察するに、おおかた説教か鬱憤を晴らすように言いがかりでも食らっているのだろう。
 ソルジャーがやって来たのを察知して、パーシヴァルはうまいことヴェインに理由を言って――何を言ってもヴェインは許容するだろうが――その場から逃げおおせたのだが、ちょうどジークフリートから電話がかかってきたのだ。
 パーシヴァルが潜入を始めて三日が経った。一番下のアソシエーテとだけあり渡される仕事はあまり緊張感のない、汗臭いものだった。みかじめ料や貸した金の徴収やらに方々街中歩き回ったりが主だ。時折密輸やら密造に関わることもあったが、それも結局力仕事をさせられるだけだ。
 汗をぬぐいながら、アソシエーテに任せられる仕事は確かにこのくらいだろうなとパーシヴァルは思う。しかし、こういったものは異国では縁の下の力持ちと言ったか。やはりファミリーにとってなくてはならないものと言えよう。しかし、アソシエーテは人種が様々なせいか、非常に良い扱いを受けていないようだ。
今のヴェインのようにソルジャーに突っかかられるのは最早どうしようもないが、アソシエーテの面々にはこれからも励んでもらうために何か考えるのもいいかもしれない。鬱憤を晴らしたいのもわかるが、やはり素行がやや目立つ。今すぐ血の掟で粛清するほどのことでもないが、今後も監視は続けるべきだろう。
「――…それなりに成果はある、が……おまえの手配したあのヴェインとかいう男はなんとかならんのか」
『ヴェインか? ああ……良い青年じゃないか』
「…正気か? アレにはこの世界で生きることなど到底無理だ、誰だあんな男を拾ってきた阿呆は」
 再び背を預けた壁を後ろ手にこつこつちいさな音を立て苛立たしげに指先で小突く。すると、暫しの沈黙の後電話越しに小さく笑う声が聞こえ、パーシヴァルは眉間にしわを寄せる。
「何がおかしい」
『…いいや、心配をしているようで…随分ヴェインと仲が良くなったようだと思ってな』
「な……」
 心配している? あの男を? 何故俺が。そんな文句とも疑問とも言える言葉が一気に溢れだして、なんだと、という言葉は正確には吐き出せなかった。
 ヴェインとの関係性は別段変わったことはない。ヴェインは相変わらず馴れ馴れしく、騒がしい。しかも、どんなに疲れ果てた日でも変わらず喧しいのだ、あの男は。
それと、どうしようもないくらい致命的に方向音痴ということも判明した――しかも本人は認めようとしない――。そのせいで徴収がまるで捗らず、単純計算で課された仕事を今日一日で終わるかどうか…と、とうとう耐えられなくなったパーシヴァルが逆方向へ歩いていくのを首根っこひっつかんで引き戻し、そのたびに溜息を洩らしたものだ。
 正直、ヴェインといると平和ボケというべきか、調子が狂う。アンダーボスになり、ボスが病に伏せてからずっとパーシヴァルは息の詰まるような重圧と隣り合わせの日々を続けていたから、余計にヴェインといると気が抜けて嫌になる。
それに、ファミリーに入る前も後もあまりパーシヴァルの周囲にヴェインのような男がいなかったということもあり、接する度に疲労感さえ正直覚える。…ヴェインのような男がほいほいそこら中にいても困るだろうが――想像するだけで鼓膜が破れ頭が爆発しそうだ――。
 敢えて言うのであれば。ヴェインは時折、あの時見せた顔色を窺うような弱々しい視線をこちらに向けてくるときがある。意識的にそうしているのか無意識なのか知ったことではないが、余程あのときのパーシヴァルの態度が響いたらしかった。ある種、恐怖を植え付けられて服従するという点では御しやすく組織的には一向に構わないのだが、パーシヴァルはヴェインのそういうところは気に入らなかった。
「っ、そんなことはどうでもいいだろう! そんなことを言うためにわざわざ電話をしたのか!」
 自分でこの話題を振っておきながらこの言い方はないだろう、と恥じながら、しかしパーシヴァルはこれ以上何か言われることも、誤解されることもごめんだった。
『……そうだな、本題に入るが…例のファミリーに妙な動きがみられたと、つい今しがた報告があった』
 途端に真剣な声音になりジークフリートが告げた内容に、パーシヴァルは眉を顰める。
「…ボスのことが勘付かれたか」
『可能性は否定できないが、少なくとも好機とは思われているだろうな。近いうちに仕掛けてくるのは間違いない』
 よりにもよってこんなときに、とパーシヴァルは舌打ちを思わず零した。
“例のファミリー”とは、この都市に根付くパーシヴァルたちのファミリーとは別のもうひとつのファミリーだ。普通、ひとつの都市にファミリーが複数存在することは通常ありえないことだが、この都市には昔からふたつのファミリーが存在していた。
 いままで、大きな争いもなくお互いの縄張りを守ってきたが…ボスが不在の今を狙ってくる可能性も考え、周辺を探らせ見張らせ警戒していた。長いこと何も諍いもなくやってきたから、まさかとは思うが念のため…と慎重になったのが功を奏したようだ。
 ボスが健在であればこんな事態どうということもなかったかもしれないが…いいや、ボスがいても、これほどの規模になっているファミリー同士がぶつかる抗争となれば被害は相当なものになるはずだ。小競り合い程度ならば被害は最小限にとどめられるだろうが、総力戦となった場合は――。
「……わかった。引き続き見張らせ、また動きがあればすぐに知らせろ、いざと言うときは俺が指示を出す」
『ああ。俺のほうでもやれることはやっておく』
「! おい、ひとりで突っ走るなよ、ジークフリート。今回ばかりはおまえひとり動いてどうにかなるものでもあるまい」
『わかっている、情報収集をするだけだ。…それにしても……ふむ、ボスに似てきたなパーシヴァル』
 妙にうれしそうなジークフリートの声音に、パーシヴァルは咄嗟に言葉をかえせず唸る。
たしかにボスはよく茶化すような声音で同じような事を言っていた。それというのも、ジークフリートは単独行動をするきらいがあり、裏で手を回しなんやかんや解決してしまうということがままあったからだ。
ジークフリートならばひとりでも問題はないのだろうが、それは絶対ではない。不測の事態が必ず起きないという保証だってないのだ。そして、ジークフリートはファミリーにかえがいない重要な人間で、ボスがいなくなろうかというこの時期に失うわけにはいかない。
それに、ボスだけではなくジークフリートまでいなくなってしまったら――と考えパーシヴァルはハッとする。
「っ茶化すな、ジークフリート」
『茶化したつもりはないが、すまなかった』
「くそ、謝っているように聞こえん! そろそろ切るが、何かあればすぐ連絡しろ、いいな」
『もちろんだ』
 電話を切ると、遠くのほうでヴェインがパーシヴァルを呼ぶ声がちょうど聞こえてきた。
先程を同じようにこっそり振り返ると既にソルジャーの姿はなく、ヴェインが噴水を中心にした円形の広間の周囲をうろうろひとりで歩き回っていた。
このまま放置すれば、パーシヴァルをさがして当てもなく歩き出し、またどこぞかで迷子にでもなりそうな勢いだ。今日も方々歩き回りコキ使われたので、さっさと休みたいというのに更にヴェインをさがしまわるなんて御免こうむる。
「ここだ」
「あ、パーさん! どこまで行ってたんだよ、先に帰っちまったかと思っただろ」
 呼ばれたその名で、パーシヴァルは眉間に皺を寄せる。当然ヴェインにもわかるよう露骨にそういう表情をしたのだが、ここ最近ではパーシヴァルのその表情には反応しなくなってきた。
パーシヴァルとて本気で怒りを覚えているわけでも苛立ちもしていないのだが、それを見ぬきだしてきたヴェインという男の抜け目のなさのようなものがやはり気に入らない。
能天気そうに見えて、ヴェインは存外人の機微に敏い男だ。顔色を窺っているように思えるが、どちらにしても見抜かれているような気分は心地よくはない。
 しかしながらヴェインの気に入らない点などこのように上げ始めたらキリがないのだが、その中で一番パーシヴァルが気に入らないのは“パーさん”などという不名誉極まりないその呼び名だ。
「“パーさん”ではない。いい加減その間抜けな呼び方をやめろ」
 なんとも腹立たしいことに、このやりとりはもう数えきれないほど繰り返しており初日からずっと続けているのだ。最早“パーさんではない”と“パーさんと呼ぶな”はまるでパーシヴァルの口癖のようになってしまっている。
 はじめてヴェインと顔を合わせたあの日、結局郊外にあるヴェインの自宅で食事をしたのだが、そのときに“決めた!”とヴェインが突然声を上げ、“パーさんでいこう!”とこれまた突然言い出したのだ。
ヴェイン曰く、これからふたりで色々仕事をするんだから俺たちペアじゃんバディじゃん、とのことらしい。……意味がわからない。
そしてパーシヴァルが何度言ってもやめようとしないと���う謎のメンタルの強さに、パーシヴァルは苦戦を強いられているのだった。
「いいじゃん、友だちみたいで!」
「――友だと? おまえが俺の? ハッ、ごめんだな」
 そもそもこの男は、マフィアがなんたるか正しく理解しているのだろうか。そんな友だのなんだの仲良しごっこをしていること自体おかしいのだと、何故わからない。
それを差し引いてもヴェインと友など考えられないが。
 えー、といかにも納得がいっていなそうな声を上げたヴェインが不満げに唇を尖らせる。
「友などとのんきな奴だな、おまえには友人のひとりもいないのか」
「――…え、…あー…うん、まあ…そう、なるかな」
「なんだ、その他人事のような言い方は。自分のことだろうが?」
 わかりやすくヴェインは困惑したような表情を見せ、返答に困ったのか歯切れの悪い言葉を返してきた。だが、何かを隠しているという風でもなく、どちらかと言えば自分のことであるはずなのに、誰か別の人間のことでも言っているかのようだ。
「……ま、まあいいだろ…。そんなこと、どうでも。パーさんと俺が友だちっていうのが今ジューヨーなことだろ!」
「だから友では……」
「よっしゃパーさん、今日も夕飯食べに来てくれよ! な! ほら行こうぜ!」
 有無も言わさずがしりと肩に腕を回され、早々にヴェインが歩き出してしまったため、パーシヴァルはほとんど引きずられているのに近しい形で連行されていく。
ヴェインは見かけに相応しく馬鹿力で、さしものパーシヴァルもこれを振り払うのにはそれなりの体力を必要となる。それに、振り払ったら振り払ったでまたヴェインとまた延々とやり取りをすることになるだけなので、ここは素直にヴェインに合せてやっているのだ。
 事あるごと…毎食ごとにパーシヴァルはヴェインの家に連行され、何故か食事を振る舞われていた。
これが最高にまずいのであればパーシヴァルは何が何でも抜け出すのだが、これは見かけに反してヴェインの料理は美味いので満更でもない……いや、美味な食事に罪はない、そういうことだ。それだけだ。
あとは食事中にヴェインが黙っていてくれさえすれば、郊外のボロ家の食事でもそれなりに楽しめるのだが。
(……しかしこいつに友人のひとりもいないとは)
 パーシヴァルが素直についてくるのがわかったからかようやっと回されていた腕が外れて、やれやれと肩を回しつつ鼻歌をうたい上機嫌のヴェインの横顔を眺め、パーシヴァルはなんともなしにおもう。
 パーシヴァルからすればウマの合わない男ではあるが、一般的に見てヴェインは“良い性格”なのだろう。性格に裏表がなく、優しい部類で面倒見も良い。人に対する共感性も、感受性も強い。誰かを率いるリーダーの資質があるわけではないだろうが――本人の性格的にも――、人の輪の中心にいるのが似合うような男だ。だから、そんなヴェインに友人がひとりもいないというのも不思議な話だった。
それに、先程の妙な態度……。友人が出来ない、もしくは、いない理由でもあるというのか。
(――いや、俺はなにを)
 つい思考をまわし考え込むのは悪い癖か。だとしても、よりにもよって考えるのがヴェインのこととは。なんたる不覚、とパーシヴァルはひとり渋い顔をする。
 パーシヴァルがいまなにより今一番考えなければならないのは、ジークフリートから連絡を受けた例のファミリーのことだ。
もし万が一、予想通りこちらを潰そうともくろみ準備を着々と進めているのであればどうするべきか。
パーシヴァルとしては、慎重になるべきだと思っている。抗争を避けられるのであれば避けるべきだ。たしかにもうひとつが潰れれば、ファミリーもさらに大きくなるかもしれないがその代償はあまりにも重い。むやみやたらと構成員たちの命を散らすことになる。
だが、これはあくまでもパーシヴァル一個人としての意見であり、実際ジークフリートや幹部であるカポレジームの面々の意見は違ってくるだろう。
特にカポレジームは古参も多く、いまだ若輩であるパーシヴァルが次期ボスであることに納得していない者もいる。そしてそういう者に限って、好戦的であったりするからまた厄介なのだ。
どうせ、パーシヴァルが抗争を避けるべき、と言えば、聞くに堪えない罵りが飛んでくるに違いない。
(…問題は山積みだな)
 しかし、パーシヴァルにはやらねばならない、という強い意思がある。これしきで立ち止まってなどいたら、パーシヴァルに託すと言ってくれたボスに顔向けが出来ない。
だからヴェインに傾ける思考などパーシヴァルにはないはずなのに、それでも思考の片隅にちらつくこの男がひどく憎らしかった。
  「うわ、すごい雨降ってきたなぁ。パーさん今日は泊まっていったら? 時間も結構遅くなっちまったし」
 ちょうど食事を終えたところで、外からものすごい音が聞こえだしたので何かと思えばどうやら大雨が降ってきたらしい。
ヴェインが引いたカーテンの隙間から見える外はいつの間にか暗くなっており、雨粒は良く見えなかった。
「…………ああ、そうさせてもらおう。だが俺はパーさんでは」
「パーさん律儀だなあ、それもしかして毎回言う気かよ」
「…………」
 ヴェインの家に泊まるなど、夜は果たして静かに寝かせてもらえるのだろうかと少々不安ではあるが、たしかにこの暗闇と大雨の中走るのは少々堪える。
「とりあえず、俺は風呂と部屋の準備してくるからパーさんはここでゆっくりしててくれ」
 それじゃあ、とヴェインは言いたいことだけ言ってさっさと部屋の奥に消えて行った。
(……そういうところだけは妙に気が利くんだがな…)
 ならばもう少し他のところも気が利いてほしいものだが。パーシヴァルは食後に出された温かいハーブティー――これもヴェインが自ら育てたハーブで淹れたものらしい。すっかりパーシヴァルのお気に入りになったもの――を飲みながら、ゆるゆると一息漏らす。
家人として客人をもてなすのは当然だと言わんばかりに、パーシヴァルが家にやってくるとヴェインはあれこれ気を利かせてくる。パーシヴァルはいつも、ただ椅子に座っているだけだ。
「パーさん、あんま背丈変わんないし俺のパジャマでもいけるよな?」
 準備が終わったのか、ヴェインが手に何やら持って戻ってきた。
 背丈はたしかにヴェインとパーシヴァルはあまり変わらない。ヴェインのほうが一、二センチ高いくらいだ。しかし、体の厚みやなにやらを比べるとあまり同じくらい、とは言い難いような気もする……というところまで考えると強烈に悔しいので、パーシヴァルは気を落ち着かせるためにひとまずもう一度ハーブティーを飲んでから、改めてヴェインの手元を見る。
「!? 貴様なんだその幼児が着るような柄は!」
 ヴェインの手に乗っていたパジャマは、とてもヴェインのような成人もとっくに過ぎた筋肉盛りの男が着るとは思えぬ愛らしくデフォルメされた犬がまるで布の上をはしりまわっているようにあちこちにプリントされたなんとも可愛らしいもので、パーシヴァルは危うくふきだしそうになった。そしてそれをこれから自分が着るのだと思い、その姿を想像するだけでゾッとする。
「ん? ああでも確かにパーさんが着ると……っく、ぷ…ふ…」
「おい、今笑ったな!」
「パーさん顔いいから何でも似合うって! 」
 ほらほらと言ってヴェインは手元に畳んであったパジャマを拡げ、目の前のパーシヴァルに当ててみせてくるのでパーシヴァルは椅子から立ち上がってそれを避ける。避けるとヴェインがまたパジャマをパーシヴァルのシルエットに当ててこようとするので、それをまた避けて――と狭い室内でふたり
「いや待ってくれよパーさん、ほら似合っ………、ッあー! だめだやっぱおかしい! すげえかわいいもん!」
「な…貴様ァ!」
 とうとう堪えきれなくなったのか、ヴェインはひいひい笑いながら覚束ない足元でふらついて机に伏してばんばん叩きはじめた。
避けるパーシヴァルを追ってくるくる回っているときから、ハムスターか何かのように頬をパンパンに膨らませて今すぐにでも噴きだしそうな勢いではあったが、いざ実際ここまで大笑いされるとパーシヴァルも黙ってはいられない。
「そんなもの着るか! 裸で寝る!」
「ええ~…パーさん裸族かよ、えっちだなぁ~」
「…………」
 ひく、と口元が引き攣り眉間に濃く皺が寄る。裸で寝ている人間などそこら中ごろごろいる。ヴェインはそれら全員を“えっち”であると言うつもりなのか。
そしてパーシヴァルは本来普段寝るときは、ナイトローブを着るか上半身だけ何も身に着けていないか全裸の三択だ。ヴェインのこの感覚からすると、その三択はすべて“えっち”と言われそうな気がしてならないのは何故だ。
 しかしここ最近は、簡素なものではあるが上下共に着て寝ている。何故かといえば、まさしく今パーシヴァルの目の前でにやついた顔を向けてきているこの男のせいだ。
ヴェインは頼んでもいないのに朝は必ずパーシヴァルの家まで迎えに来るわけで、そんなときにうっかりとてもこの生活層に似つかわしくない上質な素材を使った肌触りの良いナイトローブなど着ているところなら見られた日には、さしものヴェインにも何か勘付かれてしまいそうだからそうせざるえなかった。
「冗談だって、ふつうの無地のやつもあるから」
「なんだと!? はじめからそちらを出せ!」
「だって面白いだろ」
「知るか!」
 すっかりヴェインの調子に乗せられていたことに気付き、パーシヴァルは舌打ちをもらしながらどすりと再び椅子に腰を下ろす。
残っていたすこし冷えてしまったハーブティーを喉に流し込みティーカップを置くと、机の傍にしゃがみ机上に置いた腕の上に顎を乗せ、へらへらというよりゆるゆるにとろけた顔でヴェインがパーシヴァルを見上げてきていた。
「…なんだ、気味の悪い」
「ひでえなぁ、俺これでも先輩なんだけど」
「おまえが自分との間では上下関係を気にするなと言ったんだろうが」
「まあそうなんだけどさ。……へへ、なんか…いいなあって、こういうのすげー友だちみたいだな、って思って。俺、ずっと同じくらいの歳の友だちほしかったんだ」
 先程の馬鹿笑いと違い、頬をほんのりと染めほどけるように零された吐息のようなほほえみは、嘘偽りがないことをわかりやすく示していた。ヴェインは本当にパーシヴァルを友だと思っていて、こんな些細なことに幸せを感じているのだ。――こんな、人の表情を見て偽りか否かから考えるような男であると知っても尚、それでもヴェインは友であってよかったのだと、幸福なのだと言えるだろうか。…そんなことを考える自分に辟易とする。
「……フン、知るか」
 ばかばかしい、そう言うようにパーシヴァルは椅子から立ち上がって先程ヴェインが消えて行ったほうへと歩みを進める。
背から、お風呂右手側~、とヴェインの相変わらずゆるっゆるな声が投げかけられた。
  今日も相変わらずヴェインに振り回されて疲れた。労働よりもよっぽどそちらのほうが疲れるかもしれない。はやいところ疲れを流して眠ってしまいたい。明日もどうせ同じような感じなのだろうし。
 パーシヴァルは深く溜息を零しながらシャツを脱いでいく。しゅる、と音を立ててシャツがパーシヴァルの肩から滑り落ち、鏡にパーシヴァルの白めのすべらかな背の素肌が映る。
「――……」
 鏡に映ったパーシヴァルの背――肩のあたりにはタトゥーが刻まれている。タトゥーにしては控えめな模様、ワンポイントのようなそれをパーシヴァルはちいさく振り返り見つめた。
「パーさんタオル渡すの忘れて――…あ、悪い」
 どたどた扉の前までくる足音にハッと我に返り、ちょうどヴ��インが扉を開けた瞬間パーシヴァルは肩からずり落ちていたシャツを手繰り寄せ背を隠した。
タイミングよく、パーシヴァルが脱いでいたシャツを着こんだのを目にしたヴェインはパーシヴァルが着替えを見られたくないのだと思ったようで、タオルを傍に置いてすぐに顔を逸らした。
「――早く出て行け」
「! ごめん」
 低く唸るようなパーシヴァルの声に、肩をすくませたヴェインはちらりとパーシヴァルをうかがうように見つめる。はじめて会った日に見せた、弱者の瞳に苛立ちを覚える。――やめろ、俺をそんな目で見るな、と。
「…それとも。そんなに俺の裸体にでも興味があるのか、人のことを“えっち”などと言っておきながら、おまえのほうがよっぽど――」
 嘲りというよりはからかうようにつらつら言葉を吐き出しながら、もう一度ヴェインを見やる。
元に戻ってかみついてくるかと思ったヴェインは、何故か顔を青ざめ強張らせて黙り込んでいた。まさか本当に俺の裸体に興味を持っているのか、などという考えは一瞬にして霧散する。そうであればヴェインは顔を赤らめるはずである。ヴェインはそういう男だ。
しかし、ヴェインは顔を青ざめさせている。何か、おそろしいことが気づかれてしまったかのような、顔。
実は同性愛者だとか? そういう趣味であるとか? さまざまな考えが浮かんではくるが、そのどれもヴェインの凍った表情の理由づけにはならないような気がした。
 そうしてパーシヴァルが何も言葉を次げずにいると、ヴェインはまたちいさな声で“ごめん”と呟いて、ふらふらとした足取りで廊下に出て行ってしまった。
 4.
 「パーさん! パーさんってば、起きろって!」
「…っ…、なんだ、朝から……さわがしい…」
 翌朝のことだ。ソファで寝ると言ったがヴェインが頑として聞かなかったのでヴェインが普段使っているというベッドで就寝していたパーシヴァルは、ヴェインに慌ただしく突然叩き起こされた。カーテンの隙間から見える外は、まだ薄暗く陽も上っていなかった。
いまだ重い瞼を持ち上げのっそり起き上がると、起こしてきたヴェインも余程焦っているのかまだ寝間着のままだ。
 ――ふと、昨晩風呂の前でのことを思い出し、パーシヴァルは心地悪い気まずさにヴェインから目を逸らした。
あの後もヴェインとは一言二言言葉を交わしたものの、ヴェインは気もそぞろといった様子で、こちらを見ようともしなかったのだ。
 いや待てよ、とパーシヴァルは自身の咄嗟の行動に思考停止する。何故、パーシヴァルのほうが気まずさなど感じなければならないのか。そもそも、何の確認もせずに中に入ってきたヴェインのほうにも非は充分あるはず。それに、パーシヴァルは多少機嫌の悪さを見せたが、怒鳴ったわけでも威圧したつもりもなかった。ヴェインの反応は聊か大袈裟すぎたのだ。
しかも、そのヴェインが何故かいつも通りに戻って何事もなかったかのように接してきているのだから、パーシヴァルが気まずさを感じる必要など微塵もないのだろう。
 はあ、と溜息を零し、寝起きで乱れている前髪を掻き上げながら改めて落ち着きのない様子のヴェインを見遣る。
「――こんな時間に起こしたんだ、余程の理由があるんだろうな?」
「お、おうそれはもちろん…! 今さっき連絡があって、ここのすぐ近くの街外れで喧嘩になってるみたいで…」
「……喧嘩? そんなもの好きにやらせてやればいいだろうが…」
 どんな理由かと思えば、“喧嘩”。郊外の治安が悪いこの近辺では喧嘩などしょっちゅうだ。また、連絡があったということはファミリーの中でのことだろう。規律はあるがわけありな人間が集まった、ガラが良いとは言えない集団だ。喧嘩など起こるのも日常茶飯事ではある。しかしそれを諌めるのも、止めるのも、新入りのヴェインやパーシヴァルの役割ではない。無論、アンダーボスのパーシヴァルの役割でもない。トップであるパーシヴァルには内輪の揉めごとや喧嘩を禁ずる規律を作ることは出来るが、現場に毎度赴くことは役割ではない。そういったことは、どちらかと言えばソルジャーを直接まとめ上げているカポレジームの役割だろう。
 第一新入りが止めに行ったところで、更に騒動が大きくなるだけだ。パーシヴァルは馬鹿らしい、とベッドにあげかけていた腰を下ろした。
「それが…内輪もめならいいんだけど、…俺たちのところと…もうひとつのとこが、喧嘩してるらしくって…。しかも最初は本当にただの喧嘩だったのに、どんどん人が集まってきてちょっとした小競り合いになってる、って…。これ、やばいよな」
「…なんだと?」
 ヴェインの次の強張った固い声音で告げられた言葉に、もう一度寝るかとさえ考えていたパーシヴァルは目を瞠る。
ヴェインの言う“もうひとつのとこ”はこの街に存在するもうひとつのマフィアのファミリーのことで間違いない。一瞬、おそれていた事態は既に起こってしまったかと背中に冷たいものが伝う。しかし、情報収集にもたけているジークフリートがそんな危機的状況に陥るまで見逃すとは思えない。であれば、偶然的に誘発されたものとみていいだろう。
だが、当然このまま放っておくわけにもいかない。このことをきっかけに一気に事が進んでしまうのだけはなんとしてでも阻止しなければ。
 ヴェインがどれだけのことを把握して“やばい”と言っているのかは定かでないが、存外敏い男のことだ、同じ街にあるファミリー同士が小競り合いとはいえ暴力沙汰の喧嘩になっているということがどれだけ危険であるかを正しく理解しているようだった。
こいつのそういうところはなかなか見どころがある、とパーシヴァルは感心する。
「すぐに行くぞ」
「ああ! じゃあ俺着替えてくるから、パーさんも早めにな!」
 パーシヴァルが腰をあげると、ヴェインはぱっと顔を輝かせ力強く頷くと部屋を飛び出して行った。
 どたどたとヴェインの慌ただしい足音が遠くなったのを小耳に挟み、パーシヴァルは携帯を取り出した。既に画面にはジークフリートからの着信履歴とメッセージが入っている。
さすが情報は早いな、と遅れてしまったことを悔いる。しかし己の未熟さを見直し恥じ入るのは後からでもいい、今は一刻も早く事態をおさめなければならない。
 着替えの準備をしながら、パーシヴァルは電話でジークフリートにこれから自分が直接現場に行くことを伝えておいた。
  「よし、じゃあ行くぜパーさん!」
「おい待て、その前になんだこの車は! 本当に動くのか!」
「え? 動く動く! たぶん!」
 狭い車内の助手席でパーシヴァルは顔を青ざめさせ、アシストグリップに掴まり声を上げた。
運転席に座るヴェインがいかにも気合十分、みたいな顔をしているのが余計にパーシヴァルの不安を煽る。しかも、“たぶん”とまで言い出す始末だ。
 着替えを終えてまだ陽も上っていない薄暗い街に出たふたりは、連絡のあった場所を確認した。徒歩でも行けることには行けそうではあるが、時間がかかってしまいそうだった。
一分一秒でも早く辿りつきたい、という意見が一致したところでヴェインは車で行こう、と言い出したのだ。
これにはさすがのパーシヴァルも驚いた。もちろんパーシヴァルは自身の車を持っているが、当たり前のように高級車なので持ち出してくることは不可能だ。
しかし、ヴェインのように郊外にひっそりとちいさな家で暮らしているような男が、金のかかる車というものを持っていることは珍しい。持っているのか、と聞くと、もらった、と言っていた。……車をもらう? と不審を抱いたものの、さっさと行けるのならばそれで、と承諾したのだ。
――そして、現在に至る。家から少し離れたところに停めてあった車はもう何年も前に出たような型落ちとなったようなボロ車だった。これにはパーシヴァルもドン引きだ。
本当に走るのか怪しいし、走ったとしても途中でタイヤが破裂したり操作不能になったりする可能性だってある。現場に着く前にこっちが病院送りになってしまいそうだ。
「俺を信じろよ、パルツィ!」
 渾身のキメ顔である。何をかっこいい台詞決まった、みたいな顔をしているのか、とパーシヴァルは胸を熱くするどころか冷えた面持ちの白い目でその顔を見返す。
しかしヴェインはそんなこと知らないと言った様子で、早々に車のエンジンを掛けた。まるで安心も信頼もしていないパーシヴァルが思わず止めようと、“待て”と言おうと口を開きかけた瞬間、がくんと車が揺れあろうことか急発進し、そのままのスピードで走り始めたのだ。
アシストグリップを掴んでいて本当によかった、そしてこんなボロ車でもアシストグリップがついていてよかった、と普段であれば然程その存在におもうことがないだろうに、パーシヴァルは深くその存在に感謝したのだった。
 「着いたぜ、パーさん! 車停められそうなのここしかなかったから、ここからちょっと歩いて……ってパーさんすげー顔色! 生きてるか!?」
「…っく…ふざけるな貴様……もっとまともな運転技術を身に付けんか馬鹿者…」
「急いでたんだからしょうがないだろ、ほら早く!」
 目的地に到着した頃には、パーシヴァルは顔面蒼白になっていた。
ヴェインは料理やその他家事が得意なようで、なかなか手先が器用な男だ。だから、こんなボロ車でも運転は上手ければ問題なかろう、とほんの僅か思っていたが大間違いだった。急いでいるから、という理由が通用しないほどヴェインの運転はまるで遊園地のジェットコースターのように壮絶に荒かったのだ。ボロ車のひどい走行具合と相まって車内で激しく揺られながらパーシヴァルはあまりのひどさに途中から怒号を飛ばすことさえままらなくなった。パーシヴァルにとって人生で初めての車酔いだった。
 ヴェインに急かされるようにふらふら車からパーシヴァルが出ると、近くでつんざくような音が鳴り響いた。
「! 今の、って……銃声、だよな?」
「……そのようだな」
 静かな街外れということもあり、余計にその音は大きく響いた。ふたりの間にも緊張が走る。
 音がした方角はこれからふたりが向かおうとしているほうからだ。喧嘩、とは聞いていたがどうやら銃までもちだすところまで事は大きくなっているらしい。
下手をすれば命を落としている者もいるかもしれない。今の銃声だって、どちらのファミリーの者が撃ったか定かではないが、誰かを殺した音だったかもしれない――おそらくヴェインもそのことまで考えたのだろう、強張った顔に微かに緊張と共に恐怖を滲ませていた。
(…銃まで持ちだされてくるようなところには行ったことがないようだな)
 先程までパーシヴァルを急かすほどだったヴェインはその場に固まってしまっているのを見て、当然のことを考える。アソシエーテの仕事はパーシヴァルの体験してきた通り、雑用的なことが多い印象な上、ここ最近目立った抗争もなく落ち着いていたので入ったばかりと言っていたヴェインがこういった場がはじめてなのは当然だろう。
 いまでこそアンダーボスにまで上り詰めたパーシヴァルだが、ファミリーに入ったばかりのころ――ソルジャーであった頃には、銃が持ち出されたのを幾度か遭遇したことがある。それこそ別の街のマフィアと抗争になったときなどは、撃たれて相当な負傷もした。
しかし初めてのときは、パーシヴァルも内心相当恐怖したものだ。なにせ、死に直結しかねないものだ。恐怖を覚えるのは当然のことと言える。……そう考えると、銃弾の雨を浴びて尚笑っていられるボスはやはりとんでもない人なのだと、改めて思う。
「やめるか?」
 どうあれパーシヴァルは行かなくてはならないが、ヴェインは何も無理をして行く必要はないのだ。それに、緊張や恐怖で強張った体ではまともな動きが出来まい。命をむざむざ捨てさせるようなことは、パーシヴァルも許容できない。
 パーシヴァルが声をかけると、ヴェインはハッとした様子を見せ、呆然としていた己を叱咤するよう���両頬を叩きふるりと頭を振った。
「――大丈夫、行ける」
 深く息を吸い吐き出してから顔を上げたヴェインには、既に先程までの恐怖や緊張はなくなっていた。
ようやくのぼりはじめてきた朝日に照られ輝く新緑色の瞳は真っ直ぐに前を向いており、強い意思を宿したその瞳をパーシヴァルはただただ、うつくしいと思った。
まさかこんな男にそのようなことをおもうとは、と内心笑えてはくるのだけれど、いまはその色を己の瞳に焼き付けておきたかった。
  (――…あらかた落ち着いてきたか)
 周囲を見回したパーシヴァルは深く吐息を吐き出した。
どのくらい時間が経ったかわからないが、なんとか事態は収束したようだ。パーシヴァルとヴェインが到着して暫くしてカポレジームの数人がやって来たということと、こちらと同じくして、あちらのファミリーも事態の収拾のためにやってきたと思われるメンバーが集まってきたおかげで、あまり被害を出さずに事は済んだ。騒動を起こした者もパーシヴァルやヴェインも含めた仲裁に入った者も、軽傷から重傷まで怪我をした者はそれなりの数だが、命を落とした者がいなかったことが唯一の救いか。
 聞けば、事の始まりは酔っぱらい同士の諍いというなんとも間の抜けたもので、偶然にも同じ街にふたつファミリーがいるということに不満のようなものを持っていた者たちがその場に集まっていたというのも、ここまで大騒動に発展した要因だったようだ。
 ――始まりこそ、単純な酔っぱらい同士の暴走かもしれないが、実のところその根は深い。
今回、あちらのファミリーが本当に仕掛けてくる準備をしているにせよ、そうではなかったにせよ、パーシヴァルは少しずつ平穏が軋んできているように思えてならなかった。
今はどうであれ、近いうちに必ずこの均衡は崩れる。そのときパーシヴァルは、新たなボスとしてこのファミリーを必ず生き残らせなければならない。恩人であるボスのため、そして――己の目的のために。
(……、ヴェインはどこに)
 ふと、騒動の渦中に飛び込んでからいつの間にか離れてしまった男の存在を思い出す。
死んでいる者はいないというのは確かな情報であるはずなので、怪我の有無はともかくにしてヴェインもとりあえずは無事だろうが……その姿をさがすべく、パーシヴァルはその場から歩き出した。
 中心街から一番遠くの街外れにあたるこの一帯は、以前までは他と変わらず生活をする住民がいたはずなのだが、治安や生活環境などさまざまな理由から人が離れていき、気が付けばすっかり空家だらけになり、いまでは崩れかけた塀や家ばかりで人の気配もなくほとんど廃墟群のような状態になってしまったのだ。
 既にこの辺りからはどちらのファミリーも引き上げていった後のようで、先程までの騒々しさから一転して再びもとの静けさを取り戻していた。
 そんな廃墟と廃墟の隙間の壁にまるで隠れるように力なく座り込んで寄り掛かっている姿が視界に入る。金色のふわふわした髪はヴェインで間違いない。
「! ヴェイン、おい、大丈夫か」
 一瞬見逃しそうになりパーシヴァルは数歩戻ってすぐに駆け寄り、どういう怪我をしているのかもわからないのであまり揺すらぬようにその肩にそっと手をやった。
「……ぱー、さん」
 ゆるゆると気だるげにあげられた顔にはかすり傷や殴られたような痕があるものの、大した怪我ではないようで、ほっと安堵する。しかし妙にヴェインから力が感じられないので、目に見えないがどこか怪我をしているのかもしれない。早いところ診てもらったほうがいいだろう。
「肩を貸す、立てるか」
「…うん」
 ひとまず車まで戻るためには、ヴェインに動いてもらわなくてはならない。パーシヴァルも力がないわけではないのだが、さすがに自分と同じくらいの背丈でがっしりとした体格のヴェインひとりを持ち上げて歩けるほどの力はない。
自身で歩けるようになるまで待ってやればいいのかもしれないが、今は暴れていた者たちをまとめているのか周囲に姿は見られないもののカポレジームの面々がいる関係上、パーシヴァルはなるべく早くこの場を去りたいのだ。
必ず正体を見抜かれる、というわけではないだろうが可能性は非常に高い。今日この現場に姿を見せたカポレジームの数名は比較的表だってパーシヴァルに噛み付いてくるわけではない穏健な面々だったことは幸いだが。
 ヴェインは問いかけにうつろながらも、かくん、と首を揺らし、パーシヴァルに合せてその場から立ち上がり覚束ない足元でゆっくり歩きだした。
立ち上がったその姿を横目に見るが、やはりどこかほかに怪我をしている様子もない。簡素な白いTシャツに血らしきものが飛び散っているものの、ヴェインの傷の様子からそれはほとんど返り血でヴェイン自身の血ではなさそうだが……、何故こんなにぐったりしているのだこの男は。
(…気でも抜けたか?)
 途中までは、ヴェインの動きはパーシヴァルからも見えていた。目に見えて気合の入りすぎであったので、その反動か何かだろうか。
 姿を見失うまでのパーシヴァルが見ていたヴェインの動きを思い出す。その体格からもわかるように、相当鍛えている様子のヴェインはやはり身体能力は人並みより上だ。筋肉で盛り上がり重たそうに見える体は存外しなやかに軽やかで、それでいて力強い。
やや己の身を顧みないような突出や動きが見られはしたが、それ以外はおおむねパーシヴァルをうならせるには充分な腕だった。正直、アソシエーテにとどめるには勿体ないとさえ思うほどに。
この社会にはふさわしくない、生きてはいけない――初めて会ったときはそんな風にパーシヴァルは思ったが、性格やら考え方、思考はともかくにして…純粋な“力”という点においては、ヴェインを倒せる人間はそういないだろう。
 自分がボスになったときに、ソルジャーか…いや、いっそ自分の傍付きにでもしてやるのもいいかもしれない。喧しいのが少々玉にきずではあるが…番犬くらいにはなるだろうし、争いごとが嫌ならば給仕係にしてもいい。何せヴェインの作る料理はあらゆる高級なものを口にしてきて舌を肥えらせてしまったパーシヴァルさえ虜になるほど美味いのだ。
共にいることが疲れる、とまで思い不満を漏らしていたはずなのに、自然と己の傍に置くような選択ばかり浮かべていることに、パーシヴァル自身気づきもせず己の良案にひどく満足げだ。
 ――そんなことを考えている内に、停めてあった車まで戻ってきた。
ヴェインは一言もしゃべらずやはり変わらずぐったりしているような様子なので、運転は難しいだろう。後部座席に寝かせておき、自分がヴェインの家まで運転してやるか、とヴェインのズボンのポケットを漁って車のキーを探る。
「んっ……、ぁ」
 ヴェインを支えながらの片手のためなかなか見つけにくく、ポケットに手を突っ込んで中を弄っているせいか、ヴェインがぴくりと反応を示しちいさな声をもらした。
 ヴェインの履いているズボンのポケットは、左右と後ろで合わせて四つだ。
ここに到着したときはパーシヴァルは車酔いでふらふらだったので、ヴェインが車から鍵を抜いてどこに入れていたかなんて見てもいなかったのだ。もちろん他に鞄などは持っていないし、上半身はTシャツだけなのでポケットもないから、消去法的にズボンのポケットに入れたのは間違いないだろう。ヴェインに聞けば早いが、どうせ四つしかないのだし。
「っ、…ぱーさん…、…」
「待て、今鍵を……」
 余程体調が悪いのか、それかまさか催したか、と思うほどヴェインは妙にじれったそうな…急かすような声音でパーシヴァルの名前を呼ぶ。
くすぐったさもあるかもしれないが、そのように急かされても見つからないものは見つからないわけで――と、漁っているとついに後ろ側の最後のポケットにようやっと鍵を発見した。
 ようやっと取り出せた目的の鍵は何もストラップなどついておらず、これでは見つけづらいわけだ、とパーシヴァルの己の手のひらの上に乗るちいさな鍵を見て眉間に皺を寄せる。
しかも、古い車ゆえの本当の過去の遺産のような鍵。今となっては、キーレスキーやスマートキーといった鍵を差さずに車を開けられるのが主流で…そうであったならばヴェインに肩を貸した状態でもすんなり開けられるというのに……どこまでもこの車はパーシヴァルを苛立たせる。
「……よし、おまえは後部座席で寝ていろ、すぐに着く」
 なんとか鍵を差して開け、先にヴェインを後部座席になんとか押しこむ。
ごろりとされるがまま転がったヴェインの瞳にはなぜか涙が浮かんでおり、相変わらず息も荒く頬もほんのりと赤い。晒された首筋には汗も滴っている。
 まさか…熱でも出しているんじゃなかろうか。ここに到着したときには何ともなさそうだったのに、何故こんなに急に…。まさか変な菌でも移ったか。たしかにおかしな菌のひとつでも漂っていてもおかしくないような雰囲気ではあるが、この辺りは。
「おい、ヴェイ――」
 ともあれさしものパーシヴァルも気遣うような声音で、どれ熱でも測ってやるかと狭苦しい後部座席に入り近づくと、先程まで動かすことさえ億劫であるようにだらんとしていたのが嘘かのように、突然ヴェインの腕がパーシヴァルに向かって伸びてきた。
伸ばされたヴェインの腕は、熱を額に触れることではかろうと屈んでいたパーシヴァルの後頭部を捉え、節くれたった指はパーシヴァルの髪をも掴みぐんと一気に引き寄せてみせた。
当然、まさかそんなことをされるとは考えもしておらず、すっかり油断していたパーシヴァルの体はいとも簡単に何の抵抗もなく倒れるようにぐらりと傾く。
 危ない、と反射的にヴェインの身体を避けて座席シートに手を付き、それからもう片方の手でシートの背を掴み倒れ込むことを回避したパーシヴァルではあったが――まるで時が止まってしまったかのようにその場に硬直してしまっていた。
何が起こっているのかわからず、目を見開いたままパーシヴァルは目の前の光景を呆然と見つめる。すぐ間近に、ヴェインの顔があり己のくちびるにはあたたかで柔らかい感触……、パーシヴァルはヴェインに唇を奪われたのだ。
「っ、お…い…、っ、…」
 触れたくちびるが離れた合間になんとか抗議の声を上げるが、ヴェインの腕の力は強くなかなか引きはがすことが出来ず、また引き寄せられてすぐにその声もヴェインのくちびるに吸われる。
 はむ、と食まれた唇の合間から肉厚な舌が無遠慮に入り込んできて、パーシヴァルの舌を絡め取った。
もぞもぞヴェインの舌が口内を蠢くと徐々に口内に血の味が広がり、パーシヴァルは鉄くさいそれに顔を顰める。おそらく、ヴェインの口内から送り込まれてきた唾液によるものだ。ヴェインの頬には殴られたような痕もあったので、口の中を切ったんだろう。
 ――それにしても、なんと色気のないキスか。パーシヴァルは嗜み的にそれなりに場数を踏んでこういう経験も少なくはないが…断トツで最悪のキスだ。最早“キス”とも呼びたくもない。こんなものを“キス”と呼んでたまるものか。
腕をまわされ抱きこまれるような格好ながら、パーシヴァルが離れようとしているせいで髪ごと後頭部を鷲掴みされて痛いし、埃くさく狭い車内……そもそも、一方的に攻められるのはパーシヴァルの性ではない。
 瞬間、かちん、とパーシヴァルの中で火がついた。なにせ、パーシヴァルという男は実に負けず嫌いな性格だった。
(おまえが俺を好き勝手しようなど、何千何百、幾年かけようとも早いわ)
 パーシヴァルの口内で好き勝手動き回っていたヴェインの厚い舌を、むしろこちらから絡め返してやる。抵抗されることは想定外だったのか、それとも気持ちいのかわからないが、ヴェインが瞳を細め間近で見れば存外長く繊細そうな睫毛を震わせた。
絡め取りかえせたのならばもう主導権はこちらのものだ。ざらついた舌の表面をぬるぬる擦りあわせながら、少しずつ自身の口内からヴェインの舌を押し返していく。じりじり押し返し��パーシヴァルはとうとう形勢逆転してみせた。
正直あまりにも簡単すぎて、まさか何かたくらんでいるのか、ともパーシヴァルは考えたがヴェインは抵抗する気配すらなくむしろ受け入れているような――逃げなければそれでいい、そんな感じだ。
こちらが優位に立ったというのに、まるでヴェインの思惑にのせられてしまったようでなんとも腹立たしい。
 パーシヴァルは鬱憤を晴らすようにヴェインの口内を思う存分荒らしてやった。女性相手ならば丁寧さが求められようが、所詮相手はヴェインだ。しかも、強引に荒っぽく始めたのだってヴェインからなのだから、敢えてパーシヴァルが懇切丁寧にキスをしてやる義理はないだろう。
「ん、��…、ん…ぅ、く…」
 されるがまま。先程までの強引さはどこへいったのか、ヴェインはとんと大人しくなった。パーシヴァルの配慮が一切ない荒っぽいキスにさえうれしそうに喉を鳴らし、くちびるの合間から漏れる吐息は満足げで甘くなんともうっとりとしたものだった。
何なんだ、こいつは。一体何がしたかったんだ、とパーシヴァルは内心舌打ちを洩らす。
やはりヴェインは同性愛者なのだろうか。――とすれば、昨晩のことはパーシヴァルが考えていたよりもずっと単純なことだったのかもしれない。
(――こいつがあまりにも大袈裟な反応をするものだから、俺もつられたか)
 それにしても顔まで青ざめさせ、足取りもふらふらにまでなるほどのことなのか――、一瞬また再び深く考えそうになった己を叱咤し、パーシヴァルは余程バレたくなかったとかそういうことだろう、と早々に思考を打ち切るように結論づけた。
 パーシヴァルのキスですっかりとろりとしたヴェインはようやっと腕の力を弱めた。やれやれやっと解放された、とパーシヴァルは唇を離して、深く溜息を零しながらヴェインの腕を振りほどいて体を起こした。変な格好で身を屈めていたせいで腰が痛いではないか。腰の痛みを感じるなど、年寄にでもなった気分で最悪だ。
 ふう、とパーシヴァルが扉に背を寄り掛からせた瞬間。先程まで、キスではあはあ荒い吐息を洩らしながら溶けて座席に沈んでいたヴェインはのっそり体を起こすと、その起き上がる速度とは比にならない手早さで今度はパーシヴァルのズボンをがしりと掴んだ。
「…!? 貴様ッ」
 ずる、とパーシヴァルのズボンが僅かに腰から僅かにずれて下着がのぞく。
もちろんこのまま見過ごせるはずもなく、パーシヴァルはヴェインの手首を掴んで我慢ならず怒声を浴びせる。
 キスくらいならば、まあ…戯れとして多少は許せる。しかし、ここから先はどう考えてもありえない。
世界は広いもので、男同士でセックスをする輩もいるそうだが――無論他人の趣味嗜好を否定するつもりはないにしても――、パーシヴァルは男に抱かれる趣味も、抱く趣味も一切ない。いくらなんでもそこまで悪食になれないだろう、さすがに。
 パーシヴァルの怒声を浴びたヴェインはびくりと肩を竦めほんの一瞬だけ手を止めたものの、なおも力を緩めない。まったくこれだから馬鹿力は困る、怪我をしている可能性もあるからなるべく強引な手は打ちたくないのだけれど、最終手段は蹴り飛ばす他ないか。
パーシヴァルの腕力よりヴェインの腕力のほうが上であり、徐々にパーシヴァルのズボンはずり落ちていく見える下着の範囲が徐々に広がっていく。そろそろ蹴り飛ばすか、とパーシヴァルが足を動かすと、ヴェインはズボンを掴んだ手をそのままに身を屈めた。
「な、」
 先程パーシヴァルが唾液塗れにしてやった艶めく唇が、下着に包まれているパーシヴァルのやわらかい陰茎を食んだ。なんとも形容しがたい唇の感触――。
「――…おさまら、なくて」
 終始言葉を発しなかったヴェインが、ようやく口を開いた。その拍子に、はあ、と湿った吐息が股間部を撫で、パーシヴァルは眉間に皺を寄せヴェインを見下ろした。
「…興、奮して…………」
 吐息混じりにぽろぽろ言葉を零しながら、何をいまさら恥じているのか眉を八の字にした弱々しい顔をこれでもかと赤らめたヴェインは、もぞりと己の下半身を揺らめかした。見るまでもなく、ソコは勃起でもしているのだろう。
 ……呆れた。なんて奴だ。先程のキスで、ということならばよかっただろうが…ヴェインの様子がおかしかったのは、つい先刻騒動が終わった後に座り込んでいるのを見つけたときからだ。思えばあの発熱のようなぐったりしたような状態は、ただ発情し興奮していただけだったのだ。
パーシヴァルには到底理解できぬことだが、殴り合いにせよ銃撃戦にせよ、そういったことで気が昂ぶってしまう者は一定数いる。そして、それが終わった後にも収まらないというのも、ままあることだろう。特に今回のような本気のものではなく、ただ止めるためだけに入った、力を加減したようなものでは余計だろう。
しかしまさかヴェインがその類の人間だったとは。嗜虐よりむしろ被虐のほうが納得できるし似合っていそうな――いや、その可能性もあるのか。幾らか殴られているようだし。
どちらにせよ、度し難いのは変わらないのだけれど。
「俺はおまえなぞに抱かれる趣味はないわけだが…」
 襲いかかってきたものだからてっきりパーシヴァルを抱こうとしているのかとも思ったが、どうやらヴェインはそうではないらしい。パーシヴァルの言葉に、ヴェインはふるふる首を振った。
「…まあ当然男を抱く趣味もないが…、それは見ればわかるな」
 現に、パーシヴァルの下半身は下着越しでもわかるようにまったく一切反応をしておらず、芯もなく柔らかい状態だ。ヴェインもさすがにわかっているようでちいさく頷く。
「――俺をその気にさせてみろ」
 そうしたら抱いてやってもいい、そう言うと半ばあきらめていたヴェインは驚いたように目を丸めた顔をパーシヴァルに向けた。――いやまったく気でも狂ったか、と己の言葉にパーシヴァルは内心笑いさえ込み上げてくる。男を抱くにしても、ヴェインのように筋肉隆々とした男ではなく肉付きの薄い少々中性的な男のほうがまだマシというものだ。であれば、さっさと蹴り飛ばしてシートに沈めなおしてやればいいというのに、猶予をやるなどさすがに寛大すぎただろうか。
(まあ…その気になるかどうかはこいつ次第だが)
 ある意味、その気にさせろ、というのは“その気になる可能性は低いが”、という意味合いも実のところ含んでいる。必ず向かない、という絶対的な自信ではないが、気が向く、というのもなかなか想像しがたい。
 ヴェインは視線を泳がせ少々困惑したようであったが、決意は固まったようで再びパーシヴァルの股間に顔を埋めた。
パーシヴァルは阻止しようと掴んでいたヴェインの手首を離してやり、シートに片肘をついて己の足の間でもぞもぞ動くその様を眺める。
手を離してやったというのに、そこから更にズボンや下着をずり下げるでもなくヴェインはそのまま下着ごとパーシヴァルの陰茎を舐めはじめた。おかげで下着はヴェインの唾液で濡れ始め、既にパーシヴァルは気持ちが萎えている。するならするでさっさと直で舐めればいいだろうが、と溜息さえつきたい気分だ。まさかこの期に及んで直接舐めるのはちょっと…とでも言いたいのか。直接だろうが下着越しだろうが、同じ性である男の陰茎をくちびるで触れるなどパーシヴァルからすればどちらも正気の沙汰ではないと思うのだが。
 じゅるじゅる唾液の音を立てながら、先程浮かべた困惑はどこへやらで夢中で舐めしゃぶっているその姿は抵抗感など皆無どころか、まるで大層な馳走にでもありつけたような喜色さえ見られる。……慣れている、そう感じるには充分すぎた。一体今まで何人の男の陰茎を同じようにくわえてきたのだ、と思うと不快感がこみあげてくる。しかしそれがヴェイン本人に対してなのか、それともそうさせた現実になのか…パーシヴァルも判然としなかった。そんな曖昧な己の感情さえ不快極まりなく、腹の奥底が煮えくり返る。
 当然、そんな気分の中で陰茎が勃起するはずもなく、物理的な刺激でやや芯を持ったもののいまだ柔らかいまま下着の中に納まっている。
パーシヴァルが退屈そうに溜息を洩らすと、びくりと肩を竦めたヴェインの動きが止まった。しかしそれは一瞬のことで、すぐに動き出したヴェインによりようやっと下着がずり下ろされる。中途半端な膝あたりでとまっていたズボンと共に下着がシートの下に落とされた。
下着が取り払われ陰茎が外気に晒されて、車内とはいえまだ朝も早いので肌寒さにふる、と震えパーシヴァルの肌が粟立つ。
 思っていた通り、パーシヴァルの陰茎は縮んで力なく垂れている。他者の前にそのような姿の陰茎を晒すなど男としては恥でしかないが、これは決してパーシヴァルが男として不能なのではなく、気分でないからというだけだ。
 さあこれを見てヴェインはどう動くか。下着越しではあるが口で奉仕したにも関わらずこの萎えっぷりは、心が折れても仕方がないものだが――。
ヴェインは再び顔を寄せると、重く垂れる陰嚢に舌先をちょんと付け舐めはじめた。
…やはりヴェインは手馴れている。陰茎にせよフェラをするときにはそれなりに加減が必要であることに違いはないが、陰嚢は男の直接的な急所でありほんの少しの衝撃であろうとかなり痛いので更に慎重に扱ってもわねば困る場所だ――もちろん陰茎も歯を立てられるとかなり痛いが――。女性でもあまり、陰嚢を舐めるという行為をすすんでやる者はいないだろうと思う。現にパーシヴァルはそこを舐められたことは今まで一度もない。なにせ、下手だった場合はかなりの痛みを伴うわけで、余程信頼できる相手ではないと任せられないので、してほしいと望んだこともないわけで。
 しかし、ヴェインは舐めるだけではなく唇で食んだり、吸ったり、手でやわやわ揉んだり――するのもあくまでもやさしく絶妙な力加減で、責める場所も迷いなく的確に選んでいる。
フェラだけならまだしも、陰嚢を舐めることまで会得しているとなると、やはりそれなりに経験があるのだろう。
「っ……、ふ、…、くそ…」
 不快感は変わらないはずであるのに、ヴェインから与えられる刺激にパーシヴァルの唇から思わず乱れた吐息が洩れる。そのような趣味は皆無であるはずなのに、たしかに性的興奮を引き出されはじめていることは認めざるを得ず、パーシヴァルはちいさく悪態も零した。
 重くだらんと脚の間に垂れ下がっていた陰嚢も徐々にきゅうと締まり持ち上がっていき、それに伴い先程まで微塵も反応を示さなかったはずの陰茎がぴくりと反応し上向きはじめた。――そうして気が付けば、すっかり陰茎は立派に勃起していた。
こんなことであっさり勃起してしまったことに悔しさのようなものを感じ顔を苦々しく顰めたパーシヴァルを、顔を上げたヴェインがしてやったりとにんまりいやらしくわらう。
本当に、この男はヴェインなのか…そう思ってしまうほど、虚ろ気味に揺蕩う緑の色も、そそりたつ陰茎に涎を垂らす口元も、これまで数日間見てきたヴェインとはあまりにもかけ離れている。
「んく、…む……、ん、は…ぁ…」
 ぱくりとヴェインのおおきな口に陰茎がのまれる。肌寒い外気に晒されていた陰茎が生温かい肉に包み込まれ、温度差に腰がぶるりと震える。生温かい口内に招かれて歓喜するようにカウパーを垂れ流し、それがヴェインの唾液と空気とで混じってじゅぽじゅぽ不格好な水音が立つ。
「…、…ッ…ク、」
 ふうふう堪えきれない吐息がパーシヴァルの唇から零れ落ち、じわりじわりと追い詰められるようにして射精欲がこみあげてくる。生温かい口内も、丁寧に舐めしゃぶる肉厚な舌も、存外柔らかい唇も、すべてが丁寧にパーシヴァルの陰茎を愛撫する。
 思えば、ボスが病に伏してから何かと忙しく肉体的にも精神的にも余裕がなかったためこうした行為は随分久しい。そのせいだ、と言い訳をしなければならないほどパーシヴァルの高揚感はとめどなく高まっていく。
 ぐしゃりと己の前髪を掻き上げたパーシヴァルがふと見下ろすと、ヴェインはパーシヴァルのモノを舐めしゃぶりながら己のズボンに手を突っ込ん��いた。しかも、今尚勃起したままの前ではなく、尻に。
驚くべきことに、ヴェインは己の尻の穴に自らの指を入れていたのだ。
――パーシヴァルはその光景に、思わず見入っていた。男の陰茎を咥え、己の尻を弄るその姿のなんといやらしいこと。
 やがて、ヴェインはゆっくり己の口の中から今にも弾けそうなパーシヴァルの陰茎をゆっくり取り出し、ゆらりと体を起こした。ヴェインの口の端から垂れるそれは唾液とパーシヴァルのカウパーだが、車窓から差し込んだ朝日で透けきらきら光りまるで繊細な糸のようだった。
 微かな金属音を立て外されたヴェインのズボンが、シートの下に落ちているパーシヴァルのズボンの上に重なる。
眼前に晒されたその素肌にパーシヴァルは目を丸める。
(――タトゥー)
 パーシヴァルの上に跨ったその脚には、大きなタトゥーが大胆に深く刻まれていた。太腿から腰のあたりまで伸びるそれは、まるで肌の上を這いずりまわっているようだ。曲線が組み合わさった黒一色のタトゥーは実にシンプルで、種類としてはトライバルタトゥーに近いだろうか。
 タトゥーを身に刻むことなど、今となっては普通のことだ。ファミリーに属している人間もそのほとんどがどこかしらにタトゥーを入れている。パーシヴァル自身もそうであるし、あのジークフリートだって入れているらしい。
しかし――ヴェインが、タトゥーを入れているという事実はパーシヴァルにとっては衝撃だったのだ。
「ぁ、ふ…っ、ぁあ……」
 パーシヴァルが衝撃を受け固まっている間にヴェインは腰を沈め、己の指でほぐしたアナルにカウパーを垂らすパーシヴァルのそそり立つ陰茎を埋めた。
「! ぅ…ッ」
 口内とは比にならず、また女性の膣内とも違う内部の熱と締め付けにようやっとパーシヴァルは我に返り、呻く。
 ヴェインが腰を揺らめかす度にふたりの体重分、ボロ車がぎしりと揺れ傾く。
パーシヴァルが動くまでもなく、ヴェインは快楽を追って好き勝手腰を振り己の陰茎をも扱いて感じいっている。潤む瞳は変わらず虚ろげで、間違いなくパーシヴァルとセックスをしているはずなのに、パーシヴァルをまるで見ていない。
(――ふざけるな)
 怒りで頭に血が上る。パーシヴァルは快楽を上回る感情の奔流のまま、己の上でなおも体をくねらせるヴェインの胸倉を掴みシートに半ば突き飛ばすように押し倒した。
どすん、とも、ぎしり、とも、車が悲鳴を上げる。ちいさなこの車では、体格の良い成人男子の体重が一気に片側に偏るだけであっさり傾いてしまう。
押し倒されたヴェインが、パーシヴァルを見上げる。それでも緑の瞳に輝きは戻らない。パーシヴァルの網膜に焼き付いた、うつくしい翠はどこにもない。パーシヴァルの姿さえ、映らない。
「――……パルツィ」
 パーシヴァルの偽りの名が、ほろりとヴェインの唇から零れ落ちる。
ヴェインはあの晩のように徐々に顔色を青くし、ちいさく震えた。正気に返り、己のしでかしたことの大きさに気付きでもしたというのか。それとも、これがヴェインの気づかれたくない“おそろしいこと”だったのか。
「ぉ、おれ…っ、ァ…!? ぁ、待っ…!」
 しかし、正気を失っていたにせよそうでなかったにせよここまで散々煽り好き放題人のモノを使ってほとんど自慰のような行為に付き合ってやったのだ、パーシヴァルはヴェインの言葉を待たずタトゥーの這う足をがっしりと抱きかかえ、ずん、と奥を突き上げた。
「っ、…ッ…! んんンッ、んく、ぅぅ…っ!」
 ビク、と震えたヴェインはぱたた、と己の割れた腹に白濁を飛び散らした。たったひとつきでヴェインの高まった体はいとも簡単に達してしまったのだ。
本来であればさぞ高く啼いたであろう声は、すべてヴェインの宛がった手に吸われてしまった。
「ふ、…っ」
 達した余韻でぎゅうぎゅうと中に締め付けられ、パーシヴァルも腰を震わせ白濁をヴェインの中に放った。
久方ぶりの快楽にずきずきと頭が痛む。眩暈のような心地の中、ゆっくりと瞬きをし見下ろすとヴェインは瞳を閉じぐったりと気を失っていた。
5.
 「よ! おはよ、パーさん!」
「…………」
 翌朝。今日は珍しくヴェインが家まで押しかけてこなかったので、本当だったらいつもの場所であるはず――初日に待ち合わせた場所だが翌日から毎日ヴェインが家に押しかけてきたのでここで待ち合わせるのは初日以来――の広間に行くと、ドン引きするほどいつも通りのヴェインに朗らかな笑顔で迎えられた。
 すん、と無表情になったパーシヴァルは内心“は?”である。
昨日は、結局ヴェインは気を失ったまま起きなかったので、パーシヴァルは後始末をしヴェインにしっかり服を着せ、それから車を運転しヴェインを家まで送りベッドに寝かせた。
――そうだ、昨日は正真正銘パーシヴァルとヴェインはセックスをしたはずなのだ。ヴェインも途中まではどうだか知らないが最後は正気に戻ってパーシヴァルを認識していた。
 これでもパーシヴァルは、翌日ヴェインがどんな反応をしてくるのかと結構考えたのだ。あんなことがあったのだ、さぞ気まずかろう…そんな風に思ったというのに。先日の風呂場の件のときといい、この男いくらなんでも神経が図太すぎやしないだろうか。そしていつもいつも、何故パーシヴァルばかり気まずい思いをしなければならないのか。
そもそも、今回に至ってはどう考えてもヴェインに100%非がある。どんな事情があるのか知ったことではないが、ヴェインがパーシヴァルを襲ったという点においては間違いがないのだから。
「どうしたんだよパーさん! 顔色悪いぞ~? あ、さては朝飯食ってないんだろ!」
 ……馬鹿だ。こいつはやはり筋金入りの馬鹿なのだ。人が決して良いとは言えない顔をしているときは必ず腹が減っているとなぜ思えるのかいまだに不思議で仕方がない。パーシヴァルにはヴェインの思考は到底理解できるものではなかった。
(…馬鹿らしい)
 理解しえない人間のことを気にするのも、正直ばかばかしくなってきた。パーシヴァルもまあ、昨日のことは犬にかまれたとでも思って流すことにしようと決める。常々、ヴェインは動物で例えるのならば犬であろうと思っていたのである意味ちょうどいい。しかも躾がされていない、吠えて煩い駄犬だ。我ながら良い例えだと内心得意げに頷く。
「この近くに、モーニングが美味しい店があるんだ。そこ行こうぜ!」
「――店?」
「うん、そう。あ、すげえ安いから安心しろよ! なんだったら俺のおごりでもいいし」
 俺先輩だからな、とふふんと胸を張る姿に、馬鹿か、と素直な言葉を溜息と共に吐くとヴェインはむうと頬を膨らませた。こいつ俺が実はアンダーボスなのだと知ったら今までの己の発言と行動を振り返って卒倒するのではないか、となんともなしに思い、それはそれで面白そうだといずれ来る日のヴェインの反応にほくそ笑む。
 それにしても、珍しいこともあるものだ。朝昼晩全てヴェインは自分の家までパーシヴァルを引きずり込んであれよこれよと振る舞ってきていたが、今日は店の気分のようだ。
微かな違和感を覚えながら、そういう日もあるのだろうと思い、あれほど美味い料理を作るヴェインが“美味い”と評する店へ期待に胸を膨らませるのだった。
   ――違和感は何日も続いた。ヴェインは朝昼必ずどこかしらの店に行こうとパーシヴァルを誘い、仕事が終わった夜はさっさとひとりで家へ足早に帰ってしまう。
(わかりやすく露骨に避けているな)
 最早ここまで来ると、パーシヴァルもだいたいのことを察した。ヴェインはなんでもない振りをしていつも通りを装っているが、その実パーシヴァルを避けている。…いや、正確に言えばパーシヴァルとふたりきりになるのを避けているのだろう。
何故か、などというヴェインの心理など詳しくは察しようもないが、セックスをしてしまったことが原因であることだけは間違いない。
 チ、と薄暗い自室に苛立たしげなパーシヴァルの舌打ちが虚しく響く。
何を苛立っているのかも今となってはわかりようもない。ヴェインがパーシヴァルとセックスしたことをなんてことのないようにしていることなのか、今までしつこい程にべたべたしてきたくせに今さら露骨に避けられどこかよそよそしくされていることなのか、確かに美味いはずの店の料理を口にしてヴェインの作った料理のほうが美味いと無意識に考えてしまった己になのか。
(――どうでもいい、そんなことは)
 ばさりと布団をかけなおし、目がさえているが瞳を閉じて無理矢理寝入ることにした。
 「――、――」
 ――誰かに呼ばれている。吐息をそっと吐き出すように囁くその声音にパーシヴァルは、ようやく眠れたというのに…と不満げに薄ら瞳を開ける。
「ぱーさん」
「……ヴェ、イン…?」
 ぼやける視界に映るその姿は――ヴェインだった。衣服を何も身に着けていない全裸のヴェインがパーシヴァルの上に跨っていたのだ。
 あまりにも突然のことで状況が理解できず呆然とした声を洩らし強張ったパーシヴァルの頬を、ヴェインの太い指が撫ぜる。
意味がわからず丸めた瞳で見上げると、ヴェインはうっそりと微笑みを返した。まさかまた発情でもしているのかと思ったが、その瞳は先日見た虚ろげなものではなくパーシヴァルがいっとううつくしいと思った爛々と輝く翠を宿していた。
ああそうだその瞳がほしかった――パーシヴァルが思わず手を伸ばすと、ぐちゅり、と下半身から鈍い水音が響いた。
「んあっ…ぁは……、ぱーさんの…っおっきくなった、ぁっ…」
「ッ…! き、さま…っ」
 跨っている時点で疑うべきだったのだが…、まさかそんなことをされてはいまいと思っていた。しかし、ヴェインはいつも通りパーシヴァルの想像の斜め上をいくもので、パーシヴァルの陰茎はヴェインのナカにずっぷりと埋め込まれていた。
そして、興奮で膨れた陰茎にうっとりとした声を洩らし恍惚とした表情を浮かべるヴェインは己の腹をいとおしそうに撫ぜた。明け透けなその仕草にもあっさり質量を増した素直すぎる己の陰茎にも、パーシヴァルはカッと顔を赤くする。
「くそっ…、貴様は…!」
「ぅあッ…! ァ、ッ…あ、だめ、ぱぁさん、もっとゆっくり、ぃっ…!」
 好き勝手されるのはやはり性に合わないのだ。くねるヴェインの腰を鷲掴みにすると思い切り腰を突き上げ、そのままがつがつと幾度も突き上げてやるとヴェインは根をあげるような言葉を喘ぎまじりに言うが、その声音は甘ったるくて、むしろもっとしてほしいと言っているようだった。
「くぅ、ンッ…! あうっ、ひ、ああ、やさしくして、っ、ね、ぱ、さんっ…」
 とうとう膝を立てることさえ困難になったらしいヴェインは倒れ込むようにぺたりと上半身をパーシヴァルにくっつけて、うるうる潤んだ瞳で訴えかけてきた。ぱーさん、ぱーさん、と甘えるように何度も何度もパーシヴァルの名を呼ぶそのくちびるはいやらしく濡れて艶めいており、なんだかとても美味しそうに見えた。
ふらふらと吸い寄せられるようにしてパーシヴァルはヴェインの頭に手を回し、そのくちびるにかぶりついた。普段かさついているくちびるもこの時ばかりふにふに柔らかく、心地よくて馬鹿みたいに夢中になってくちびるをむさぼりながら、パーシヴァルは膝を立て緩めることなくヴェインの身体をゆさぶるように突き上げた。
「ん、ふっ…んン…あふ…」
 くちびるの隙間からヴェインの吐息が洩れる。パーシヴァルが薄ら瞳を開くと、同じくらいのタイミングでヴェインも瞳を開いた。ヴェインの瞳には涙が滲んでおり、ほんの僅かに翠が薄くなって甘い色になっていた。ああ、その色もいいなと思うと下腹が痛いほど疼いた。
「ぁ、もぅ…っ、も、だめ…」
「ああ…っ、ク、おれも…」
 くちびるを離すと、ヴェインは限界のようでふるりと首を振る。その兆しのようにきゅうきゅう締め付けるナカに絞られるパーシヴァルもそろそろ限界が近い。一緒に、とヴェインが囁くように耳元にくちびるを寄せていやらしくねだってきたので、パーシヴァルはヴェインのびくつく腰を撫でながら抱き寄せ、お互いの汗ばむ額をくっつけてこれ以上ないほど密着した。
そしてふたりは――、
 「……。……! …!」
 がば、とパーシヴァルは文字通り飛び起きた。――今、…今自分は何を見ていた? 動揺しながらパーシヴァルはぱさりと垂れ下がってきた己の前髪を、ざわつく己の胸中を落ち着かせるようにかき上げる。
何も身に着けていない裸体の上半身には僅かに汗が滴り、心臓はドクドクと全身に響く程高鳴っていた。そして、嫌な予感がしておそるおそる下半身を覆い隠している布団を捲りあげると、身に着けているズボンが僅かに変色しこんもりと盛り上がっている。
(――最悪だ……)
 ひどい夢を見た。気分は最悪だ。よりにもよってヴェインとセックスをする夢を見るなどと……しかもその夢で、現実でも勃起してしまうなど。
いやらしい夢を見て興奮してしまうなど青臭い童貞のすることだ。とうの昔に欲求を暴走させることもなくあっさりとそんなものを捨てるようにして卒業したパーシヴァルは、腹の内でぐるぐる渦巻き暴れまわり落ち着かない己の欲求とはじめての経験に顔を苦々しく顰めさせた。
「…ッくそ…」
 ひとり悪態を洩らしても、一度膨れ上がった股間が静まってくれる気配はない。そして、こんな現状で眠りにつくことも不可能だ。
何故俺がこんなことをしなければならんのだ、と苛立たしく舌打ちを零しながらズボンを下着ごと荒っぽくずり下ろす。すると、パーシヴァルの最悪な気分とは裏腹に陰茎はカウパーを漏らしながら元気にぶるりとまろび出た。
己の肉体の一部がこんなにも憎らしく思える日が来ようとは、と自嘲気味な笑みを零しながらパーシヴァルは手を伸ばし萎えることなく血管の筋を浮かばせる陰茎を握り込んだ。
「ク…、ッ…は、」
 早く終わらせてしまおうと性急に上下に扱き上げる度、にちゃにちゃといやらしい水音が余計大きく立ち、パーシヴァルの羞恥が煽られる。
 日頃自慰をまるでしない、というのはいくら欲求が薄かろうと男である以上無理なものだ。生理的な反応故、一般的かつ平均的な回数今までもしてきたが、あくまでも生理的な反応と割り切って事務処理のように淡々とこなしてきた。快楽に耽ったことも皆無――のはずだった。
ふわふわおかしな心地で腰が浮つく。擦り上げる度に痺れるような快楽が頭のてっぺんまで突き抜け、だしたくもない声と吐息が止めようもなく洩れる。
 下ろした瞼の裏側に映るのは、パーシヴァルが過去にセックスの相手をした大層な美女たちのいずれでもなく、先程の夢に出てきたヴェインだった。
 いくら強く握り込んでも、ヴェインのナカの締め付けや熱は再現できようもないが、まるで突き上げるように腰が勝手に揺らめく。熱で浮ついて麻痺する頭はたったそれだけで愉快な勘違いをしてしまう。
「ぅ…、ぁ、ハ…ッ」
 どぷ、と精液が噴き出し溢れる。数度扱き上げ、残滓も残らず漏らしたところでパーシヴァルはゆっくりと瞳を開いた。
当然眼前には誰の姿もなく、静寂と暗闇に包まれた自室にパーシヴァルの荒い吐息だけが響いている。
射精後の冷めた心地で己の股間を見下ろすと、とろとろと白濁とした体液を零しながらも少しずつ擡げていた頭を垂らしていく。――終わったはずであるのに、パーシヴァルは動くでも眠るでもなく己の手に纏わりついた欲望の証である白濁をただただ見下ろしていた。
  「…お、…パーさん…今日は一段と顔色悪いな…?」
 あれから一睡も出来ぬまま朝を迎え、気分も体調も最悪のままヴェインと顔を合わせた。
待ち合わせ場所にパーシヴァルが現れると、いつも通りぱっと笑顔を浮かべて手を上げたヴェインもパーシヴァルの顔色の悪さに気付いたようで、怪訝そうな表情を浮かべた。
「……黙れ」
「――…あのさぁ……、いや別にいいけど…。じゃあ朝ご飯食べに行こうぜ」
 今は正直ヴェインの顔を見ても苛々するだけだ。完全に八つ当たりでしかないこともパーシヴァル自身わかっていたが、それでも割り切れない部分があり唸るような声で吐き捨て、顔を逸らした。
 ヴェインは不満そうに何か言いかけていたようだが、パーシヴァルの態度を見て結局何を言うでもなく口を噤み、会話を切り上げ踵を返してさっさと歩きだした。
何か文句でも言いたそうな感じではあったが、そんなこと知ったことではない。文句を言いたいのはこちらのほうだ、とパーシヴァルは歩き出したヴェインの背を睨み付けた。
  結局、朝から一日険悪な雰囲気がふたりの間に流れ一言も言葉を交わすことなく、黙々と言いつけられた仕事をこなした。ヴェインが静かな分、パーシヴァルの本来の目的である調査に集中出来たのでよかったと言えばよかったけれど。
こういう時に限ってヴェインは道を間違えないので、もしかしてこいつ方向音痴なのは嘘なのではあるまいなと疑いそうになったものの、そんな器用なことをヴェインが出来るとは思えない。だが、こうしてみるといつも喋り出すのはヴェインからで、パーシヴァルから喋りかけたことは少なかったのだと気付かされる。ヴェインがとんと無口になると、ふたりから一切会話がなくなるのだということにも。
 そうして夜になった。どうせこの後もヴェインはさっさと帰るのだろうと思いながら、街の中心部からお互いの家がある郊外への帰路を辿る。
「……あの、パーさん」
 ふたりの家はほとんど真反対の方向にある。ちょうど分かれるところである丁字路を曲がろうとすると、背後からヴェインに声を掛けられる。
朝ぶりに聞いたヴェインの声に、パーシヴァルは足を止め返事をするでもなく振り返った。
「……これ」
 気まずそうに顔を逸らしたヴェインが鞄から何やら取り出して、ずいと差しだしてきた。
何かと思い近づき、その手に乗っているものを受け取って見下ろす。ちいさな個包装に入っているのは花のようだった。黄色の中心部から細い白の花弁――乾燥されているカモミールだ。ヴェインがなんともなしに始めて続けていると言っていた家で栽培しているハーブティーになるひとつで、パーシヴァルも何度かヴェインの家で馳走になったことがある。
ヴェインの意図がわからず、パーシヴァルは何も言わずに視線を上げヴェインを見つめた。
「…あんま、寝れてないっぽかったから……それ、寝る前に飲むとよく寝れるから、だから……その」
 そういえば昼間、ヴェインはほんの数十分程どこかへ姿を消していたが……これを自宅に取りに帰っていたのか。パーシヴァルがいかにも睡眠不足の顔をしていたから、わざわざこれを。
 ――何なんだ、この男は。ヴェインと出会ってからもう幾度も同じことを思った。しかしそれ以上に、説明のつかない何かが胸中に満ちパーシヴァルは何も言えずただその場に立ちすくんだ。
「っ~、そんだけ! じゃあな!」
 沈黙が耐え切れなくなったのか、ヴェインは強引に切り上げると背を向けてずんずんと大股で歩いていってしまう。
 パーシヴァルは掌に乗ったハーブティー用のカモミールが入った包装をもう一度見下ろす。中にはカモミールとは別に、ちいさなメモが入っており、少し袋を振って重なっているカモミールを端に寄せて書かれた文字を見る。どうやらメモはヴェインの手書きのようで、ハーブティーの淹れかたが事細かに書かれていた。
「……」
 もう一度顔を上げると、大股で足早に歩くヴェインの背はいくらも遠くにあった。もうあといくらかすれば角を曲がって見えなくなるその背を、パーシヴァルはじっと見つめる。
 ――別に、ハーブティーをもらっただけだ。パーシヴァルは立場であり、容姿であり、それらからいくらだって他者から贈り物をされたこともある。そして、その中でヴェインからのものは一番地味で全く一切金銭価値がないものと言えるだろう。それに、ヴェインはパーシヴァルの本来の立場を知らないし、容姿が好みだというわけでもないはずだ。
 ふと、ヴェインがよく口にしている“ともだち”という言葉が浮かぶ。そう、ヴェインは結局のところパーシヴァルを勝手に友だと思っているのだ。だから心配して、贈り物をした。ただ、それだけだ。
それだけなのに、どうしてか手の中のちいさな贈り物がパーシヴァルには何よりも尊く思えた。
――気が付けば、パーシヴァルは足早に自身の家とは真反対になる道を歩き出しヴェインの背を追っていた。何をやっているんだ俺は、と思いながら。
「おいヴェイン」
「! うわびっくりした! な、何だよパーさん道間違えんなよ、パーさん家反対だろいつも俺に道間違えんなとか言ってるくせに」
 背に少し追いついたところで声を掛けると、ヴェインはビクと肩を揺らし少し振り返ると大袈裟な程大声を上げた。静かな夜にヴェインの大声はなかなかに響く上、散々な言われようにパーシヴァルは顔を顰める。
「貴様と一緒にするな、誰が間違えるか」
「へ、へー、あっそ」
 じゃあ何故こっちに向かって歩いているのか、ということを尋ねない辺り、ヴェインはパーシヴァルが自分に着いてきているのだと気付いているはずだ。
何も問いはしないが、明らかに着いてきてほしくはないというように更に歩く速度を上げる。やはり、どうあってもヴェインはパーシヴァルに家に来てほしくはないらしい。歩く速度を上げたのはパーシヴァルを撒くためではなく、その来てほしくないということをアピールするためだろう。しかしわざと気づかないふりをしてパーシヴァルは黙々とヴェインの後ろをついて歩いた。夜も遅いため、周囲にはひと気がないが傍目に見れば男ふたりが縦に並んで足早に歩いている様は随分おかしいものであろう。
 「じゃ、じゃあ、おやすみパーさん!」
「おい待て」
 早足だったせいか普段よりも幾分か早くヴェインの自宅に着いた。ヴェインは扉の鍵を開けさっさと中に入ると、パーシヴァルの目の前で堂々と扉を閉めようとするのでその隙間に足を差し入れ阻止すると、ぎゃあ! とヴェインが喚いた。うるさい。
「人が家まで来てよくも扉を目の前で閉められるな、貴様」
「え、ええ…だってパーさんいつも俺の家くんの嫌そうにしたじゃん、渋々って感じだったし……」
「……」
 そんなことはない、と言い切れないのはたしかだ。ヴェインは貴重な協力者だったがため仕方がなしに付き合ってやるか、と思っていたのでまさしく渋々だったのだ。
「ご、ごめん……今は、本当に無理なんだ……」
 図星に他ならず黙り込んだパーシヴァルをなんだと思ったのか、ヴェインはちいさい声でぽつりとそう呟いて顔を逸らした。
「――俺と、セックスをしたのがそんなに気になるものか」
「……!」
 はっきりと遠慮なしにパーシヴァルが核心をつくことを口にすると、ヴェインはびっくりしたように目を瞠ってパーシヴァルを、信じられないとでかでかと書かれたような顔で見た。パーシヴァルも避ける話題だとでも思っていたのだろうか。
特に表情を変えるでもなく真っ直ぐに見つめると、ヴェインはさっと再び顔を逸らした。
「そ、そうだよ! それ以外ないだろ! お、俺っ変で…、でも、そういうことしない限りは平気なはずなのにっ…パーさんと、ふたりっきりになるの、考えただけでまたおかしくなっちまいそうで…、パーさんだってあんなの二度とごめんだろ、だからっ!」
 ヴェインが顔を上げた瞬間、パーシヴァルは開きかけている扉に手を掛け強引に押し開けると、そのままヴェインの言葉を遮り口を塞ぐようにしてキスをした。
あまりに突然のことだったせいか、ヴェインは目を見開いたままかちんこちんに固まってしまい、閉めようと掴��でいたドアノブからも手をぽろりと外してしまっている。これ幸いと、キスをしたままパーシヴァルはその身体を押しやり家の中に滑り込んだ。
 背後で扉の閉まる音がするのと同時に、そっと唇を離す。大して長い間塞いでいたわけでもないのに、妙に荒いヴェインの吐息が静寂に満ちた空間に響く。
「だ、だめ、…だって……ぱーさん…はう」
 たじろぐヴェインの腰に手を回し抱き寄せると、その身体はとっくに熱を帯びていて指先で撫ぜるだけで蕩けそうな声が上がる。
だが、パーシヴァルは気をやったヴェインを抱く気は毛頭ない。あのくすみ淀んだ瞳に用はないのだ。
パーシヴァルが何も言わず瞳を覗き込むと、まるで射竦められたようにヴェインがハッと息を呑んで瞳を瞠る。淀みかけていた瞳が再び正気に戻る。
車の中でしたときも、ヴェインは途中でたしかに我を取り戻したのだから、セックスをしている間中トんでいるわけではないのだろう。どうすれば戻ってくるかなどわかったことではないが、こうして今戻ってきたことが全てな気がしてパーシヴァルは褒美を与えるようにまた唇にかぶりついて、舌を絡めとってやった。
 「――ぅ…やっぱむ、むり、どうしていいか、わか、んねえし……」
「…あの時散々してただろうが」
「あ、あれは! あれは…俺も、わかんない内に勝手にやってるっつーか、…ほら…酔っぱらってるときって、よく覚えてないだろ…そういう、感じなんだよ…」
 玄関先からベッドルームに移動して、たんまりキスを堪能したあと服を脱がせ合ったふたりであったが……ヴェインはパーシヴァルへの口淫を渋っていた。
 ヴェインは自分の尻のほぐしかたもよくわからなくなっているようなので、パーシヴァルも決して詳しいわけではないがあの時のヴェインの様子からしてそこまで困難ではなさそうなので、見よう見まねでやってやることにしたのだ。その間、口淫でもしてもらおうと寝転んだパーシヴァルの上に頭の位置を逆に四つん這いにさせたのだが、どうやらトんでいる状態の技術は正気のままのヴェインでは出来ないらしい。
酔っぱらっているときの状態を覚えていないというそれ自体がパーシヴァル自身にはまるでわからないが、酔っぱらって記憶を飛ばしている人間ならば確かに見たことはある。だとしてもあれが酔っぱらっている状態と同じと言われてもピンとこないが。
「…わかった、ならしなくていい」
 下手にやらせて歯を立てられても正直困る。以前食事中にちらりと見えたヴェインの尖り気味の歯を思い出し、あれで齧られなどしたら――と考えると縮みそうだ、色々と。
しなくてもいいと珍しく優しい言葉を掛けてやったというのにヴェインはいまだううと諦め悪く唸っている。そんなヴェインを放っておき、パーシヴァルはヴェインの家に何故かあったローションを自身の手の上と眼前に晒されているヴェインの尻に垂らし早速準備をはじめることにした。
「んッ…」
 尻にローションがかかり、ヴェインはびくりと肩を竦める。パーシヴァルも己の手にかかったローションのひんやりとした感触に、たしかにこれを尻にかけられたら冷たいだろうなと思う。
 やはり最初は、小指辺りからいれるべきなのだろうか。女性とのセックスでは指でほぐすということもするにはするが、女性の膣は基本濡れるので余程のことでない限り実際に膣に指を入れて丹念にひろげるということはしない。前戯としてするだけで、必須事項ではないだろう。
しかし元々そういった行為のためにあるわけではない男の尻が濡れるわけがないので――むしろ濡れたら一大事だ――、指を入れてナカをローションで濡らすということは必要だ。
「ぁ、っ…ン…」
 考えた結果、とりあえず中指を宛がう。すると、見る見るうちにパーシヴァルの細長い中指はヴェインのナカにのまれていくではないか。パーシヴァルの指を食んだナカの肉壁はうねうねとうねり懸命に縋りつき、入口の輪は健気にぴっちりと吸いついてくる。
しかも、ヴェインは痛がるどころか腰をぶるりと震わせ善がっている。
 この男の身体は一体どうなってしまっているのだ、といっそ探究心が煽られる。
そもそもが、同じ状況に陥ると自身ではどうしようもなくなってしまう“パブロフの犬”のような状態になるほどなのだから、体もそうなっているのかもしれない。
「は、…ハ、は、ぅ…ぁ、…あ…」
 パーシヴァルは好奇心のまま一本、また一本と指を次々とヴェインの中に収めていく。どこかで痛がればやめようと思ったのに、指を増やしてぎちぎちになった肉壁に指が触れる度にヴェインは体をよじらせ、嬌声をあげる。そしてその度に、陰茎を握っていたヴェインの手が力んできゅうと窄まり、湿った吐息がかかりパーシヴァルも僅かに息を詰める。
「ん、ん…っ、んむ…」
 とうとう意を決したのか、ヴェインはパーシヴァルの指に翻弄されながらもおそるおそるといった様子ではあるがパーシヴァルの陰茎をくちびるでくわえた。
 懸命に舐めているようだが…本人も言っていた通り、あの状態のときと違って舌使いはかなり拙い。ぺろぺろと幼児がアイスキャンデーでも舐めるような単調なそれに技術もへったくれもないが、むしろそれがパーシヴァルの劣情を煽るようだった。
(俺も焼きが回ったものだな)
 すっかり下半身に熱を溜めたパーシヴァルは内心自身を笑いながら、ヴェインが苦しくなったのかぷはと陰茎から口を離した隙にするりと下から抜け出し、無防備な背を押してベッドに寝かせる。
「あ、ぱーさん…」
 大人しくベッドに半身を埋め、そろりと肩ごしに振り返ったヴェインの顔には困惑と不安が浮かんでいるが、その奥にはありありと隠しきれない期待が滲んでいる。淀みもなく潤んだ瞳にパーシヴァルはうっそり微笑みかけながら、勃起した自身をヴェインのアナルに押しつけた。
「んっ…ん、く、ぅぅ…ッ!」
 指がもう何本もあっさり飲みこんだアナルはパーシヴァルの陰茎もすぐに飲みこんだ。ずぷずぷと焦らすようにゆっくり押しこんでいくと、ヴェインは時折腰をへこませながらベッドシーツに皺が寄るほどしがみつき枕に顔を埋めた。
そのせいでヴェインの嬌声らしきものは全て枕に吸いこまれてしまった。車内でシたときといい……トんでるときはこれでもかといやらしく啼いてみせるくせ、どうやら正気のヴェインは声を何が何でも聞かせたくないらしい。
 ――ほうなるほど。パーシヴァルは、かわいそうなくらいぷるぷる震えながら枕に顔を埋めるヴェインを静かに見下ろす。
当然そんなことを許すパーシヴァルではなく、がしりと枕を鷲掴んでヴェインから強引に奪うと部屋の隅まで放り飛ばした。
「あっ! やだ、や、ぱーさッ…ぁあ…!」
「くぐもった声を聞かされるこちらの身にもなれ、馬鹿者」
「ひ、ぁ、ンッ…だ、だって…っ、ぱーさん、おんなの、ひとと、ハぅ、んく、いっぱいっ…えっちしてるだろぉ…っ!」
「…………は?」
 以前のように手で口を塞がれぬように手首を掴んでベッドに押しつけ、ようやくこれで始められると満足して腰を動かし始めたパーシヴァルだったが、ヴェインの意味不明な発言に急激に力が抜けていくのを感じ、動きを止めてしまった。
…今、この男何を言ったのか?
「だ、だって、俺男だし! 女の人みたいにかわいい声だせねえもん! それで萎えたとか言われても、ヤだし…っ!」
「待てそれ以前に“いっぱい”しているという発言を訂正しろ」
「ううっ…だってパーさん顔いいし、ち、ちんこ強いし…女の人放っておけねえじゃん絶対!」
「ぐ…貴様と話していると頭が痛くなる!」
 同時にパーシヴァルの知能まで同じように急激に下がっていくような気分になる。いちいち発言が馬鹿っぽいのだ、ヴェインは。しかしわざわざこんな時にまでその馬鹿っぽい発言はやめてほしいものだ。
 ついでに言えば、断じて“いっぱい”しているわけではない。“ちんこが強い”というのは意味不明だが、実際パーシヴァルはその容姿から女性が放っておかないのは本当で、そういう誘いが多いのも確かだった。けれどその誘いに乗るかどうかはパーシヴァルのそのときの気分次第なわけで、大概が気分ではない。そこまで派手な夜遊びをするような性格ではないパーシヴァルは、嗜み程度にしかしてきていない。
「なんで!? 俺なんか間違ったこと言ったかよ?! パーさんのばか! ずる剥けちんこ!」
「なんだと!? 貴様は幼児か!」
 よくもまあそんなことが言えたものだ。ヴェインはパーシヴァルのことばかり言うが、ヴェインのモノもなかなかに凶悪な大きさと太さだ。並の女性では勃起したそれを目の前にすれば一瞬怯むはずだ。
「っ…いいから大人しく俺の下で啼いていればいいんだ、貴様は」
「なにそれ横暴っ――…ひぁ、やあ…っ!」
 逃がさぬようにベッドに押しつけていた両手を掴みあげヴェインの上半身を起こし上げながら、パーシヴァルが思い切り奥を突き上げると思いのほか大きな喘ぎ声が響く。
「あっぁ゛あ! うッや、ぁ、やあ、ぱーさ、ぱぁさん、も、ゆっく、んハ、り、ぃ…っ!」
 膝立ちと手綱のように両手を引っ張られ逃げられない状態で、硬い陰茎に激しく貫き犯され、ヴェインはほろほろ涙を流しながら一生懸命パーシヴァルに訴えかけてくる。
「ハ、ッ…、はは…、もっとやさしく、か?」
 ――ああなんだかどこかで聞いたような言葉だ。まるで正夢のようでおかしくて、パーシヴァルは吐息と一緒に笑い声を零しながらヴェインの耳元に舐めるように囁きかける。
「ん! ん…ッ! おねが、おねがい、だから、ぁっ…ぱーさ、ぁんっ…」
 こくこくと夢中に頷き懇願するその姿に満足して、許すように囁きかけた耳元をぞろりと舐めあげるとぶる、とヴェインが震え甘ったるい声を漏らした。同時に、ずっと放置されていたはずのヴェインの陰茎から精液が噴き出した。
「ふ、――……、ハ、…ああ…」
 リクエストにこたえてゆっくりとした速度で何度か肉筒の中を行き来すると、パーシヴァルも深く息を吐き出しながら精液をヴェインのナカに放った。
   「――俺さ、はじめてヤったのってスラムにいたころなんだよな」
 ――あれから数度交わり行為が終わり、後始末もシャワーも済ませ、再び寝室に戻り一息ついたころ――パーシヴァルの隣で寝転んでいたヴェインは天井を見上げぽろりと突然そう切り出した。
「……スラム出身だったのか」
「そう。…とか言って、パーさんの事だからなんとなく察してたんだろ、そんなこと」
「――それは…」
 確信があったわけではない。ヴェインの弱々しい瞳をスラムにいる人間と重ねあわせてしまったのは事実だ。だが、それを除いてはヴェインはやはり普通のどこにでもいる青年で…、だから確信がなかったが、やはりヴェインはスラムの出身だったのだ。
「ハハ、だよなぁ……。まあ、それでさ…スラムで俺を育ててくれたじーちゃんが死んで、俺ひとりになって…天国のじーちゃんを心配させないためにも俺はひとりでもちゃんと生きてくぞー!って新しい明日に向かって踏み出したらあっさり。ボッコボコにされて何人かに押さえつけられて。朝にポイ捨てみたいに放っておかれたとき、ああ俺何してんだろって思った」
 つらつらと明かされる話にパーシヴァルは顔を顰めるが、当の本人であるヴェインは
「スラムではその一回だけ。そっから暫くしてこのファミリーのひとに偶然拾われて、頑張って働くぞって気合入れた初日でまた、されて。喧嘩の鬱憤晴らしだなんだって言われて、毎回、毎回、何度もされた。んで、気付いたら喧嘩とかあーいうことすると、わけわかんないくらい身体が熱くなって気が遠くなっちまうようになって」
 何と言葉をかけていいかわからず、パーシヴァルが口を噤んでヴェインを見下ろしているとヴェインは、よっとちいさく声に出して起き上がるとパーシヴァルの肩からずり落ちていたシャツを���しくそっと直してまたごろんとベッドに寝転がった。
「――それも、無理矢理入れられたのか」
 何の恥じらいもなく大胆に全裸で寝転んだつい先刻まで抱いていたその姿を見下ろすと、やはり脚に這うタトゥーが異質のように思えてならず、パーシヴァルは思わず言葉を零した。
「ん? あー、これ。タトゥー?これは俺の意思。スラムで色々開き直って“やんちゃ”してたからさ、そのときに入れちゃえーって」
 タトゥーが刻まれた素足を行儀悪くぷらぷら上げてヴェインはにひりと笑う。
 なんとなくではあるが、自身の意思で入れたというのはおそらくは事実なのだろう。無理矢理入れられたのだとしたら、輪姦に強姦とそれ以上に非道なことをされてきたことをあっさりと話したくらいだ、わざわざ隠す必要もない。
しかし、“やんちゃ”することを楽観的に語るのは嘘らしく思えた。スラム――あの世界で生きるためには、なりふり構っていられないのがふつうで、自分を育ててくれたひとのためにもひとりで強く生きなければと、強く願ったヴェインが生きるために何をしてきたのかは――
「パーさん?」
 ヴェインが逞しく生きてきた証なのだと思うと、このタトゥーもそう悪いものではないのかもしれない――パーシヴァルはタトゥーの刻まれたヴェインの太腿を慈しむように手を這わせながらきょとんと間抜けな顔のヴェインを見下ろし、ぽっかり半開きの唇にキスを落とす。
「ぱーさ、んっ…ふふ、なに…どーしたんだよ」
 数度そうして唇を触れあわせると、ヴェインはくすぐったそうにわらいながら身をよじながらパーシヴァルの頬を両手で包むように摩った。
 どうした、などと言われても、そんなことパーシヴァルが一番知りたかった。何故だか、むしょうにこの男にキスをしたくなったのだ。
「…パーさんの髪って、光にあたると少しあかくて、綺麗だな」
 頬を包み込んでいたヴェインの手が撫でるように滑り、パーシヴァルの少し長い髪を梳く。今は髪染めでくすんだ色をしているはずなのに、綺麗などとこの男の審美眼はどうやら狂っているらしい……なのに、心底そう思って眩しいものをみつめるように瞳を細めるヴェインにパーシヴァルは言葉を失う。
そして、ふと先刻己の上に跨っていたヴェインの姿を思い出し、カーテンの隙間から洩れた光に透けてきらきら陽の光のようにきらめいていたこの男の金糸こそうつくしい――、そう思ってしまった自分もどううやら審美眼が狂ってしまったらしかった。
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ppvv3388 · 5 years ago
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義理親子転生パロメリバ編
(パーシヴァルが、前世の恋人としての情を心の奥底にしまいこむきっかけとなったねむっているヴェインへのキスがなかった場合)(結婚式当日から)
『…お、おれ……、朝起きたらおもい、だして。なんだか、わかんねえよ…父さんが、パーさんが、俺の恋人、とか。な、ぁ、パーさん…どうしよ……、おれ、どうしたらいいの、おしえてくれよ…、たすけて、とうさん…』  突然思い出した記憶に、ヴェインは混乱しているようだった。電話口の声はかわいそうなほど震え、パーシヴァルを呼ぶ名が混同してしまっている。 自身の父としてのパーシヴァルの記憶と、前世の恋人としてのパーシヴァルの記憶…そのふたつがいまヴェインの中でぐるぐると巡り、こんがらがってしまっているのだ。 その電話を受けたパーシヴァル自身も、今息子と話しているのか前世の恋人と話しているのか、よくわからなくなってしまうほどだった。  ヴェインが彼女と結婚すると言ってきたとき、もう、ヴェインが前世を思い出すことは――自分をひとりの男として愛してくれることはないのだと、パーシヴァルは思っていた。だから、父親として息子のヴェインを我が子として愛した。  久方ぶりに呼ばれた、懐かしいその名に胸の内でずっと昔に抑えつけた炎が燻りゆらゆら揺らめく。 「――今から行く」  パーシヴァルはそれだけ呟くと、ヴェインの返事を待たずに画面を軽やかに指で弾き通話を切り、停めていた車を発進させた。
 あんまり遠くいきすぎると会いたいときに会えなくなるし、と照れくさそうにいつまでも親離れ出来なさそうなことを言ってヴェインが選んだマンションの階段を上がる。 ヴェインが成人して、前世での享年と同じ年齢になったのだからそりゃ当たり前のようにパーシヴァルだって歳を取った。前世と違って騎士や王などしておらず、ごくごく普通のデスク仕事の会社員である以上、体力だって平均的に落ちていくものだ。とは言え、階段を駆け上がるだけで息が上がってしまうとはなんと情けない。 けれど、悠長にエレベーターが下ってくるのを待っていることさえ今はもどかしかったのだ。  階段を上がり、目的の階の廊下を歩いてひとつ、またひとつ部屋を通り過ぎる。ヴェインの部屋はこの階の一番角にある。 鞄から取り出した鍵を握る指先が微かに震え、ヴェインが随分前に旅行のお土産でくれた不格好なキャラクターのマスコットが音を立てた。  この部屋の向こうに自身の息子ではなく前世の恋人がいるかもしれないという歓喜か、踏み入ってしまえばもう親子には戻れないという恐怖か。――きっと、どちらも正しかった。様々な感情が入り混じりながら、この先に入ることをパーシヴァルは躊躇している。 (――何を、今更)  ヴェインからの電話で、前世などないと…ただの夢なのだと強く言い含めなかった時点で、パーシヴァルにはもう選択肢は無くなっていたのだろう。  鍵を差し込み回し、ゆっくり扉を開くとすぐにどすんと軽い衝撃と共に胸にヴェインがとびこんできた。 背後で扉の閉まる重々しい音が響いて、視線をずらすと見慣れた金色のふわふわとした髪が揺れていた。 ヴェインが顔を埋めた肩口がじんわりと濡れるのを感じながら、朝に起きてから何もしていないのかセットされたものではない寝癖のついた頭に頬を寄せる。 引き取ったばかりの幼い頃は、反応の乏しくあまり夜眠れない様子だったヴェインを抱き上げてやりよくこうして頬を寄せていたな、とふと思い出す。 (……こんなところまで来て、思い出すのが息子としての記憶とはな)  二十年近く、ヴェインと父子として過ごしてきた。その歳月は、前の世で“ヴェイン”と恋人として過ごした日々をとうに越えている。 父子としての記憶はそう簡単には消えるもではなく、また、消していいものではない…そういうことなのだろう。  フ、とパーシヴァルが自嘲気味の笑みを浮かべると、ヴェインが勢いよく顔を上げた。 涙に濡れても尚強い輝く芯の強い翠は――間違いなく、“ヴェイン”のもので、思わず息を呑んだ。 「――……パーシヴァル」  ヴェインのふるえる唇から紡がれ、囁かれた己の名にぞわりと甘い痺れが全身にはしる。 全身がその声音を、響きを、よろこぶ。 パーシヴァルの赤い瞳にも涙が浮かび、はらはらと頬を伝うのを感じながら、だらんと垂れているヴェインの手をおそるおそる握った。  施設ではじめて見かけたとき、伸ばされたその手をパーシヴァルは取った。前世の別れ際を思い出し、感情の奔流にのまれたが、そのときとは比べようもない強く、激しい感情がパーシヴァルの中で湧き上がる。  今パーシヴァルが取った手は、何も知らぬ手ではない。 たしかに、あの空の世界――はじめて出会い、心を通わせた世界の記憶を持った、パーシヴァルがつかめず失った手なのだ。 「ヴェイン…、ヴェイン、」  口から零れる名は、もう息子のものではない。 遥か昔にパーシヴァルが愛した男の名だ。 口にすればとめどなく愛おしさが溢れ、衝動のままくちびるを奪った。触れてしまえばたやすくお互い夢中になり、どちらが先ということもなく舌を伸ばしてからめあう。キスの仕方でさえ、前世と同じで鼓動が早まり胸が熱くなる。  ――本当ならば、彼女に永遠を誓うはずだった唇をこんな形で奪ってしまうことへの拭いきれない罪悪感はある。彼女は、本当に心からヴェインを愛していたから。 けれど、ずっと焦がれてやまなかった唇はひどく甘美で、遠い世界から長いことぽっかりとあいていた胸が満たされていくのを感じてしまっては、もう戻る事はできなかった。  くちづけながら体を押しやり、玄関先にそっとヴェインのからだを倒した。ヴェインも何も抵抗せず、素直にされるがまま玄関先に横たわった。 相変わらず、年齢の割に幼い子どもが着るようなかわいらしい柄のパジャマを着ているのがなんとも状況にそぐわず気が抜けるものの、先程までのくちづけで濡れるくちびると期待をにじませた涙で潤む瞳はひどく扇情的で…なんというのだろう、その差がまたたまらず、喉を鳴らした。 そして、煽られるがままに上のボタンをいくつか外して乱した襟元、首筋に顔を埋める。 「ん、ぁ…っはぅ…」  首筋に痕が残らない程度に軽く吸い付き、べろりと舐めあげるとヴェインはちいさくからだを震わせ声を洩らした。前世の“ヴェイン”も、そういえばとても敏感だった。あまりに素直に反応するものだから、はじめて“ヴェイン”と夜を共にしたときは、もしや既にその身をパーシヴァルが顔も知らない何者かに踏み荒らされた後なのでは、と知らぬ仮想の相手に業を煮やしたものだった。 ――実際のところは、“ヴェイン”には経験などただの一度もなく、パーシヴァルがはじめての相手だったのだけれど。こんなこと言わせるな、と顔を真っ赤にしてやけくそ気味に言うその姿に疼くものを感じ、その後パーシヴァルが熱心に弄ったせいでヴェインはますます敏感になってしまった…らしい。  もちろん、眼前の今世のヴェインもはじめて…なはずである。彼女はいたわけだから、それなりの行為をしていたとは思うが、男性との経験はないと思う。 今世でも、ヴェインのはじめての相手が自分なのだということに心がおどる。 なにも、パーシヴァルは“はじめて”ということにこだわりがあるわけではないが、それでも好いている相手のはじめてが自分であるということは嬉しいものだ。しかも、それが時代や世界を越えて二度も。  気を良くしたパーシヴァルがヴェインのパジャマのボタンを全て外し、晒された素肌を撫ぜようとした手ががしりとヴェインに掴まれた。 「……ぁ、これ、は――…」  振り払わず手を止め、パーシヴァルが顔を見下ろすとヴェインは眉を下げ、掴んだ本人だというのにその行動に困惑したような表情を浮かべ、言いよどんだ。 「――…こわいか?」  パーシヴァルの手を止めるように掴んだ手は、小さくふるえていた。 記憶を思い出したからと言って、そのまま昔の“ヴェイン”が戻ってくるわけではない。からだは、今世のヴェインのものなのだ。  ヴェインはちがう、と言うようにふるふる金糸を揺らし頭を横に振るが、顔はこわばったままで実にわかりやすくおびえている。  いくら記憶が戻ってうれしかったといえさすがに事を急き過ぎたことを反省し、もう片方の手で寝癖がついたままの頭をやさしく撫でながら頬にキスを落とす。 「ごめ…、おれ……」 「気にするな。記憶はあれど、このからだははじめてなのだから恐れを抱いても仕方あるまい。ゆっくりすすめよう」 「ん……」  頷いたヴェインにもう一度口づけてやると、ほんの少し表情が緩んだ。  ――はじめてのときか。前世ではじめてセックスをしたときは、はじめてであろうつもりで触れたらあまりにも素直な反応だったので、はじめてではないと思いこんでしまって特に配慮できなかった。それがあまりに申し訳なく感じたパーシヴァルは、次するときははじめてであるというつもりで抱くと約束したのだ。 パーさんクソまじめ~、と“ヴェイン”は軽く引いていたような気もするが……、とにもかくにも二度目の夜はとことん丁寧にじっくり、優しく抱いた。だが、これはこれで居た堪れないというかじれったいしはずかしくてしんでしまう、と終わった後“ヴェイン”はふとんに包まって喚き散らしていた記憶がある。  さて、どうしたものか。思い返したそれは、あくまでも前世のもの。今のヴェインはきっと性急に事を進めればまた怯えはじめるのは明白だ。多少羞恥がこみあげようと、怖いと感じるよりはマシだろう。  頬や鼻頭、額に唇を落とすと、ふるえながらも強くパーシヴァルの手首を掴んでいたヴェインの手が緩む。 これも、パーシヴァルの子育てのたまものと言うべきか。 引き取った当初反応が乏しかったヴェインが暫くしてようやく見せた反応は、怯えだった。 特に、元々あまりよく眠れなかった夜はひどいものだった。 聞くと、ヴェインの両親が亡くなることとなった事件が起こったのが、就寝中の夜中だったとかで。そのせいか、夜は泣いてばかりいて、ようやく寝たと思えば突然飛び起きて叫んで、夜驚症に似たような状態に陥ってしまい、ヴェインどころかパーシヴァルもろくに寝ることさえ出来なくなった。 その時、ヴェインをなんとか寝かせようといくつか試し中で一番効果があったのが、同じベッドに入ってそのからだを包みこむように抱きしめてやり、安心させるように顔へキスをしてやることだったのだ。  手が緩んだのをみはからって、指先を素肌の上を滑らせるように触れさせる。 昔はふにふにしていた腹も、今はすっかり筋肉を付けた男らしく腹筋で割れている。その腹筋の割れ目に沿うようにゆっくり、ゆっくり這い上がっていく。 「ぁッ……、あ、っんん…」  か細い声を上げ震えた身体は怯えからではなさそうだ。 それはヴェイン本人もよく理解しているようで、顔を真っ赤にして声を堪えようとでもしているのか、引き結んだ唇をしきりにむにむに動かしている。  パーシヴァルはヴェインの声が好きだ。 普段の少し大きめなよく通る声も、楽しそうに笑う声も、誰かのために悲しみ怒る声も、戦闘の時の真剣な声も、パーシヴァルをからかって兆発するように得意げな声も、嬉しそうにパーシヴァルの愛称を呼ぶ声も、情事の時の甘えた声も、――全て。  “ヴェイン”は、情事のときの自分の声なんて聞けたもんじゃない、と言ってすぐ声を抑えようとするから、パーシヴァルはいつも不満だった。だからといって素直におまえの声が聴きたいのだと言うのも癪で、だから、どう声を出させてやろうかとあの手この手で責めたものだ。もちろん最終的には声を出させてやったが――終わったあと“ヴェイン”はいつも悔しそうにしていた――。 そういうところは生まれ変わっても、変わらないらしい。もしかしたら今のヴェインならば、声をおさえるな、と言えば素直に従うかもしれないが、それはそれで面白みがないというか、パーシヴァルの趣味ではない。  腹筋から這い上がり、鎖骨の形をなぞっていた指先を動かし、ためしに胸の飾りの周りを���をえがくようにくるくるなぞってみる。“ヴェイン”は存外胸への刺激が弱かったはずだ。 「ふあ、…ッ、ぅ…うう…」  ほろりとヴェインの口から声が洩れる。――どうやら、今世でもやはりヴェインは胸が弱いようだ。 そうなれば、そこをつかないわけにいかない。パーシヴァルはじれったく周りをなぞっていた指先で、やわく胸の飾りをつまんだ。 「ひゃ、ぁッ…! あ、い、ぃゃ……」  つまんでこすりあわせるように指を動かすと、ヴェインは大きく反応を見せ、足の間に座っていたパーシヴァルの体をぎゅうと挟みながら恥ずかしがるように首を振る。しかし、いや、と言いながらうるうると潤ませる瞳には、やはり期待が滲んでいた。いつの間に被虐体質まで身に着けたのかと思うと頭痛さえしてくるが、その期待に応えるようにパーシヴァルは身を屈めて指先でつまんで弄ってやりながら、もう片方を口に含んで同じように口内でころがし、かわいらしい色の頂を思う存分かわいがってやる。 「ああっ…んッ…、ハ、ぁうっ…!」  もう声を抑えることが出来なくなっているようで、もぞもぞ体を蠢かしながらヴェインは艶っぽい声を上げる。 …こんなに敏感で、なんともいやらしい身体でよく彼女を抱けたものだ。もしかしたら前世にパーシヴァルが熱心に開発したせいもあるのかもしれないが…、なんだか同じ男として少々心配になってしまう。  ヴェインはもぞもぞしきりに動きながら、無意識なのか故意かはわからないが、熱を増した下半身をパーシヴァルのからだに押しつけてくる。 ぐりぐり擦りつけるように押しつけてくるそれは、いつの間にかすっかり硬くなっているようだ。 「ぁ……、っ…」  やがて、蚊の鳴くようなちいさい声を上げびくんと腰を浮かせ震えたかと思えば、ヴェインは脱力しくたりとして床にしまった。 不意に、パーシヴァルは押しつけられていた辺りがじんわり濡れた感覚をおぼえ、視線を落としてみる。すると、ヴェインの青色のパジャマが一部分だけ濃いシミになっており、さらにそのシミはじわじわと面積を広げていた。 胸への刺激とパーシヴァルの体に押しつけていただけで、どうやらヴェインはイってしまったらしい。 「…随分はやいな」 「っ! うぅ…、だ、だって…」  ヴェインが妙にもじもじしているのを横目に、衣服を身に着けたまま射精してしまったがために、中がぐちゃぐちゃで気持ち悪かろうと思い、ズボンと下着をずりおろしてやると、先走りやら精液が糸を引く。 それを、なんともなしにパーシヴァルが見下ろしていると、ヴェインは羞恥を堪えるようにまた唸った。 何をいまさら恥じているのか。前世ではもっとすごいところを見られているだろうに。 そんな事を片隅で考えながら、一度出しても萎える様子がないヴェインの陰茎を握ってぐちゃぐちゃ音を立てながら扱き上げる。 「! うぁ、あッ、ま、まって…っ、ンッ…! あ、も、ぅ…ぃ、っ――!」  直後だったせいか、数度扱き上げただけであっさりとヴェインは二回目の絶頂を迎えた。さすが若いだけあり、二回目でも噴きだす精液の勢いも濃さもあり、二度も射精したというのにやはりまだヴェインの立派な男らしい陰茎は、硬度を保ちいまだひくんひくん揺れながらも頭を擡げている。  ヴェインの呼吸の度忙しなく上下する腹筋に飛び散った精液を丁寧に掬い取って、既に二度の射精を受け精液がこびりついている手に乗せる。その手をヴェインの後孔にもっていき塗り込んでいく。ローションがあれば最上であるが、ヴェインの部屋にローションがあるかわからないしあったとしても取りに行く時間さえ今はひどく惜しいので、今はこれでなんとか代用する他ないだろう。 「ひッ…」  窄まっている穴の淵へ塗り込む最中指先を触れさせ、つぷ、とほんの僅かに先端が入れると、ヴェインは引き攣った声を上げる。羞恥と快楽で赤らんでいた肌も少しずつ赤みが引いていき魚の腹のように白む。  “ヴェイン”は、いずれ来たるパーシヴァルとの夜に備えて、パーシヴァルの手を煩わせないように――パーシヴァル的には煩わしいどころか最初から自分の手でひらきたかった――前々から自分の手で拡張していたから、前戯にせよ、先の挿入にせよ、苦労することはなかったが、もちろんヴェインには経験はないはずで。記憶を取り戻したのも、つい今しがたのことなのだし。 試しに指先だけ入れてみたものの、ギリギリ一本入るか入らないか、その程度だ。正真正銘、パーシヴァルがヴェインのはじめてになるのだ。 もっと慎重に、丁寧すぎるほどゆっくり進めなければ淵が裂けて出血してしまったり、ヴェインに痛みを与えてしまう――それは、パーシヴァルの本意ではない。体を繋げる以上、苦痛ではなく蕩けるほどの快楽を与えてやりたい。  入れようとしていた人さし指を引っ込め、五本ある指の中では一番ほそい小指を宛がう。 パーシヴァルは今この時ほど己の指が細くてよかった、と思ったことはないだろう。  爪も、ヴェインの結婚式の参列のために整えてあったのでちょうどよかった。 前世では“ヴェイン”が夜自室に来るという日――たいてい、翌日どちらも依頼に出る予定がないとき――は、暇を見つけ日中に常よりも更に丹念に爪を整えていたのを思いだすと、なんだかわらえてくるのだけれど、そうしてパーシヴァルがせっせと爪先を整えていると、それを見た“ヴェイン”が夜を期待しているようなまなざしを無意識に向けてくるから、ことさら“ヴェイン”の目の前でやっていたような気がする。そういう己のある種幼稚な行動も、やはり今となっては笑えてくる。  宛がっていた小指をそろり入れると、ヴェインのからだが跳ねるようにふるえる。 「ぅ…ッ、ぅぅ……、ぃ…」 「……痛むか」  苦しげな声に問うと、硬く瞑った目からはらはら涙を垂らしながらもヴェインは必死な様子で、垂らした涙を散らしながら首を横に振る。  ほんの小指の先だけしか入っていないから、痛むということはないとは思うが…違和感が先行しているのかもしれない。それが、事実なのかはヴェインが言わないかぎり、パーシヴァルには到底わからないことだけれど。 ただ、気持ちが良い、ということではないということだけは確かだった。  潜り込ませた小指を奥へ進めることなく、先を入れただけの入り口の浅い地点でゆっくりぐるりと円を描き輪を拡げるように淵を愛でる。 「ん、っ…、ふ…」  パーシヴァルの指先が動く度、塗り込められた精液やら先走り液やらがにちにち音を立て、その音が立つほどにヴェインは恥じらうように吐息を洩らし、いまだ緩まずに窄まった状態の穴がパーシヴァルの指に吸い付き食む。 ――ああ、これが己の指先ではなく、衣服に包まれたまま苦しげにおしこまれている自身のモノであったならば。そう、思わずにはいられず、パーシヴァルもうっそり熱い吐息を唇からもらした。 だが、今すぐ己のモノを解放するわけにもいかない。パーシヴァルが若いときであれば気にも留めなかったが、それなりに歳を重ねた今は年若いヴェインと違ってそう何度も射精出来るものでもないので、腹の奥にふつふつ込み上げてくる欲情をぐっとこらえる。  幾らか指をまわしたあと、ゆっくり小指をナカへと潜り込ませていく。一瞬、ビクつきヴェインは足を閉じようとしてパーシヴァルを挟みこんだが、すぐに緩ませた。 変わらず目を硬く瞑ったままではあるが、ヴェインの顔に先程と違って苦しげな様子はないことにほっと安堵する。 (――あつい)  ようやく潜り込んだヴェインのナカ――うねる肉壁は狭く、熱い。まるで、一生懸命パーシヴァルの指の存在をたしかめるような内部の健気な動きのいとおしさに、おもわず息を詰める。 暴れだしそうな衝動を、パーシヴァルはなんとか息を意識して吐き出すことでぎりぎりおさえつけながら、先程まで浅いところでしていたように狭い中をひろげるように���るりと指を動かす。 「ぅ、んっ……ぁ…」  こそばゆそうにヴェインがそわそわ体を動かす。はじめてナカを指先でぞろりと撫ぜあげられる感覚は慣れるものではないだろう。なにしろ“はじめて”というのは一度しか味わったことがない感覚なのだし。 記憶には残っている感覚ではあるだろうが、いまの身体にとってははじめての、感覚。  ――それでは果たして、前立腺の刺激はどうだろうか。そうふと考え、おそるおそる小指でぽこりと膨らんだそこを軽く押してみる。あまり強く押しすぎるのは厳禁だ。 はじめてであれば前立腺で快楽を感じることはなかなか出来るものではなく難しいと言うが、前世ではパーシヴァルがそこでの快楽を“ヴェイン”に粘り強く丹念に教え込み、何度目かの夜にようやく覚え、はじめて“ヴェイン”が前立腺への刺激でイったときはあまりに嬉しく、そこの刺激で何度も何度もイかせたものだ。 「っ、? ぁ、あッぁ゛ぁ…!?」  かたく瞑っていた目をおおきく見開いて、ヴェインは腰を浮かせた。困惑混じりの声を上げると、僅かに硬くなっていた陰茎からぴゅっと白濁が飛び、またヴェインの男らしい腹筋を汚した。 「……はじめてなのか疑わしくなってきたな」 「ぁ、あ…、ぅ……は、はぁ……、はじ、めてに決まってる…だろ…」 「はじめてで前立腺でイっておきながら?」 「……ぱーさんが、シてくれたの…からだが“おぼえてる”のかも」  整わぬ吐息でヴェインが囁く。 その囁きは、あまりに甘美でパーシヴァルのからだに電流のようなものが駆け巡る。 「っ…、あまり、煽ってくれるな」 「……もう平気だよ、おれ…」 「何を馬鹿なことを…平気なものか。痛みで失神しても知らんぞ」 「いたくないもん…」 「強がるな、おまえのそういうところはとっくに知っているんだからな」  たとえ前立腺で絶頂できようと、パーシヴァルの指を食む肉壁はいまだぎゅうぎゅうとキツく、狭いままだ。これでは、パーシヴァルの熱を受け入れるのはまだ厳しいだろう。  小指をずるりと抜き、今度は中指をゆっくり挿入させる。小指で少々拡げたものの、やはりまだ中指一本が限界のように思える。とても二本目を挿入できる感じではない。 平気だと言って眉を寄せていたヴェインも中指をずっぽり入れられると、くちびるを噛みしめ顔を逸らした。 たった一本でこれとは。やはり、ただの強がりだったではないか。そう思うも、パーシヴァルの胸にはそんなヴェインへの愛しさと慈しみが満ちていた。  ぎゅうぎゅう締めつけてくるナカは、繊細な内部に侵入してくる異物を排除しようとするうねりだったかもしれないが、逸らされた顔から流される誘うような視線のせいか、パーシヴァルに追いすがるようであると錯覚してしまう。  尚のこと丁寧に、指先で肉を撫でる。先程の射精まで至ったところから察するに、前立腺を徹底的に責めてもよさそうだったが、本来の目的はこの狭い内部を、安全に、痛みなく挿入できるように己のかたちに誂えることだ。だから、前立腺は時折触れるだけにする。 「んあっ…ああ、あ、ぁ、う…うぅ……っ」  肉壁をゆるゆる撫でながら内部を押し広げる指に、ヴェインは腰を揺らめかす。 なんとも言えない曖昧な声を洩らしながら、物足りなさそうにパーシヴァルをちらちら見上げてくる。 どうやら、中指の感覚にも慣れたようだ。慣れて余裕が出てきてしまえば、必然的にその先がほしくなるもので、その視線は“もっと、もっとほしい”とわかりやすく訴えかけていた。 なんとも単純で幼稚なヴェインに、パーシヴァルは口端をあげてうっそりといとおしげにほほえむ。その笑みを、願望をかなえてくれるものかとでも思ったようでヴェインはわかりやすく顔を安堵に赤らめた。 「ふえ…っ!?」  ――当然、かなえてやるものではないわけだが。 挿入していた中指をぐんと淵の端に寄せて、できあがった僅かな隙間に薬指を滑り込ませると、当然望んだものではない刺激にヴェインは不意をつかれおどろいた声を上げた。 「まだ、だめだ」  ひどい、とでも言いたげな不満を前面に押し出した露骨な視線を受け、パーシヴァルはすこし困ったように笑みを浮かべながら囁き、触れるだけのキスを送る。 「っ…で、も、おれ、…ぁっ、う゛…、ふ…、ン、」  まだ言い募ってくるが、薬指と中指を開き広げると、ヴェインはその圧迫感に一瞬くるしげに呻いた。先を望むあまりか、すぐにくちびるを噛んで隠して平静を装おうとしたようだが、皺の寄った眉間と、力んだせいでぎちぎちと指を締めてくる肉輪から、苦しかったことはすぐにわかることだった。  挿入は比較的すんなり出来たが、さすがに指二本を広げるだけの余裕はなさそうだ。これはまだまだ時間をかけねばいけないだろう。開いていた指を閉じて、ゆるゆる揺らすようにゆったり抜き差しを繰り返す。 「ぅ、う…、ぱ、ぁさ……ぱーさん…」  なんとか瞑らず耐えている様子の薄らと開いている瞳がパーシヴァルを見上げ、情けない声で縋ってくる。 なんとも堪え性のない男だ。前世ではもう少し我慢強かったような気もしたが。  仕方がない、という体を装って、パーシヴァルは暫く触ってもらえずに放置されているヴェインの陰茎を空いていた手で握ってやる。 「ふあっ…ぁあ、んっ…ん、ん……っ」  陰茎を扱いてやりながら、中の指を動かすと幾分か動きがよくなった。集中するために他を触らないでいたが、どこかで気を逸らしてやることも重要であることに今更ながら気が付いたパーシヴァルは、愛撫する両手の動きを止めないまま、身を屈めてヴェインの胸に顔を近づけてくちびるで胸の飾りを食んだ。 「あ…っ!あ、 ぁ、や、あうッ、ね、ぱーさ、っぜん、ぶは、…ぁ、だめ、だ、め…ア、っ――!」  ついでにいくらかぶりに前立腺を捏ねってやると、ヴェインは余計強い反応を見せ、あまり力の入っていない手で――縋っているのか離そうとしているのかよくわからないが――パーシヴァルにしがみついた。  びしゃ、とパーシヴァルの手が濡れ、ヴェインは高い声を上げてまたくたりとしてしまった。 前立腺と、陰茎と、胸と。ヴェインの弱いところすべてを責めたてたのだから、これはイくのが早いのも納得だ。…それにしても。いまだに精液がここまで元気よく飛び出すのはすごいな、とパーシヴァルは自身の手にまとわりついて糸を引く白いものをまじまじ見つめた。 しかしまあ、これはこれで潤滑油替わりになるから有難いのだけれど。 荒く吐息を洩らしながら弛緩しているヴェインの汗と精液に濡れるからだを見下ろしつつ、パーシヴァルは一度指を引き抜いて新しく得た精液を継ぎ足すようにひくつく後孔に塗り込んでいく。  ぴく、ぴく、と微かな反応を示すものの、弛緩している身体が動き出すことはない。さすがのヴェインも、三度目の射精は堪えたのだろうか。 ともあれ、ここまできてやめるという選択肢を与えてやれないパーシヴァルは、ついに三本の指を後孔へ宛がった。 「っ、ぁ……っ」  パーシヴァルの三本の指がヴェインの中にずぷずぷのまれていく。すんなり挿入できる、というわけではないにしてもついに三本指が入るようになったことに微かに感動さえ覚える。これでもまだ自身の熱を収めるには不十分ではあるが、とりあえず一歩前進だ。 「…ん、はぅ…、ぱーさん…も、いいだろ……さんぼん、はいったか、らぁ…」 「“なんとか”入った、だ。まだ駄目だ」 「で、も…ぱーさんのちんちん…辛そう……」  ヴェインの視線が、僅かに染みを付け衣服を押し上げているパーシヴァルの股間に向けられ、パーシヴァルも同じように己の下半身を見下ろした。  理性的に振る舞い余裕そうにしている態度とは裏腹に、実にわかりやすく欲望を示している己のモノへ、からみつくように向けられるヴェインの熱視線に若干の羞恥を覚えて、パーシヴァルは白い頬をさっと赤らめた。 「…っ、俺のことは、気にする必要はない」 「そんな、ぱーさ、あッ…!」  尚追求してこようとするものだから、話題を無理矢理かえるために前立腺を突くと、パーシヴァルの思惑通りヴェインは目を見開いて腰を浮かせ、話すどころではなくなってしまった。  また、触れていなかったはずの陰茎から精液が飛んだ。顎を反らし、ヴェインは痙攣しながら幾重にも重なって押し寄せてくる快楽に懸命に耐えているようではあるが、陰茎は多少項垂れてしまったもののそれでもまだあまり萎えている様子がなく、やはり感心してしまう。二十近く歳の差があるとこうも差がつくものか。パーシヴァルだったらとっくに萎えきって、射精どころか性的衝動も収まっていそうなものだ。  ――いまだに痙攣している様子のヴェインが落ち着くまで待ってやりたい気持ちもあるが、まだ三本の指が埋まる中はぎちぎちと狭く、しがみつかれたようにいまだ動かすことさえままならない状態だ。決して急く気持ちがあるわけではないが、だからといってのんびりとするつもりもない。 パーシヴァルは一度己を落ち着かせるように、深く息を吸って吐き指先だけ微かに曲げるように動かす。 「ひ、ッ…、あ…ぁあ、っ」  快楽の渦からかえってきたヴェインが少し辛そうな声を洩らす。 何が、三本入ったから、だ。中指をはじめて入れたとき同様、ただのヴェインの強がりだ。そのときだってパーシヴァルに見抜かれてしまったというのに、よくもまあ同じ手口できたものだ。パーシヴァルが、うんたしかに大丈夫そうだ、と下半身直下に考えてのんきに突っ込むとでも思われていたというのならば、非常に心外だ。  ヴェインは気を急きすぎている、というよりは、記憶とからだが乖離しているのかもしれない。蘇った記憶のなかではすんなりパーシヴァルに抱かれていただろうから。 しかしそれは、“ヴェイン”のたゆまぬ努力…前準備のおかげであって、その以後はパーシヴァルが熱心に開発したから慣らしなど然程せずともすぐにパーシヴァルの熱を受け入れるようになったという、それだけのことだ。はじめてで急にそこまでなるのは難しい。  幾度か曲げたり戻したりを繰り返す。曲げた指先で少しずつ狭い奥をひらいていくと、ようやっと指の身動きが取れるようになってくる。 「っは、はー…ぁ、はあ、ふ、っ、ぅ、あ…あ、ぱーさん…もういい、もういいよお…っ」 「何も良くない。おまえの裁量に任せるとろくでもないことになりそうだ」 「ふ、ぇ、…ぇ、うっ…ぐ…、うぅ…もどかしいよお、じれったい、ぱあさん…、ぱーさんの、ほし、ぃ…っ、いや、ああっ……」  最早幾度もイかされたせいか、射精をしてしまっても大袈裟な反応はしない。惰性のように少しだけ色が薄くなった精液を何の感慨もなくびしゃびしゃ垂れ流して、ああまたイってしまった、というように僅かに申し訳程度に声をもらすだけ。 情けなく眉を垂らした顔も、涙やら唾液やら鼻水やらでひどいありさまで、だらりと手も足も力なく放り、腹には精液と先走りが飛び散っている。 そんなヴェインの情けなく、淫靡にさえ感じるその姿に腹の奥にぐるぐる欲望が渦巻く。いますぐ体を暴いて、めちゃくちゃにしてやりたい。もっともっと情けなくなって、無我夢中に縋ってほしい。――そんな、仄暗い欲望が顔を覗かせ、喉が獣のように鳴る。  本人は、ちっともわかってなんていないだろうが…他人から頼られ、優しく明るく、人を笑顔にさせる、強い男が己の手でこんな姿になってしまうことに興奮を覚える。 だから、――もっともっと、おちて、おちて、なさけなくさせたくなってしまう。 「あ゛ぁッ…! も、イきたくな、ぃ、いきたくない、やあ…ッあああ…!」  泣きじゃくりながらヴェインは首を振るが、パーシヴァルはじゅぱじゅぱ吸いつく水音さえ心地よく、ほほえんだままヴェインの弱いところを追いつめる。  既にヴェインの陰茎からは何も噴きださない。精尽きてしまったということではなく、精液を出さずにイってしまう…ドライオーガズムにまで至ってしまっているのだ。 ……“ヴェイン”もそういえばよくドライオーガズムで達していたか。少しずつ、ヴェインのからだが“ヴェイン”のからだに近づいていくのを感じる。  ぐる、と三本の指を中でまわしてみても、締め付けは変わらずあるが指をばらばらに動かすことも抜き差しも難なく出来る。 ――そろそろ頃合いだ、パーシヴァルは乾いた唇を舐めた。  深く、肺に溜まった熱い吐息をはきだし、スーツのネクタイを緩めてから上ふたつのボタンを開け、ズボンのジッパーを下ろす。 押しこめていたものを下着から解放してやると、待ってましたと言わんばかりにまろび出た。長らくとじこめていた赤黒い陰茎は血管を浮かせながら天を仰ぎ透明な体液をだらだら漏らし滴り茎を濡らし、てらてらいやらしく光っている。 「――ヴェイン」  ハーハー荒い吐息を洩らしぐったりして、ついさっきまで待ち望んでいたものが眼前に現れたというのに呆けて気づいている様子がないヴェインの名を呼ぶ。 不意に名を呼ばれビクとからだを跳ねさせ、潤んで恐らく滲んでいる視界にパーシヴァルを映した。 ゆっくりと視線が動き、翠のひとみはとうとうパーシヴァルのモノをとらえた。 “ヴェイン”にとっては見慣れたものであるだろうが、やはりヴェインのからだにとっては想像を絶する指とは比較にならない長大なモノを挿入されるのだ、指のときと同じように怯えを見せるだろうかと釘付けになっているその視線におもう。 しかし、そんなパーシヴァルの不安をよそにその瞬間、確かにヴェインは瞳に別の色――うっとりと欲情を浮かばせる。 いとおしいものを見つめるように細められた瞳にはまるで蜜が詰まっているようで、舌を伸ばして舐めし口内で転がしたらたらさぞ甘いのだろうと…そんな詮無きことをパーシヴァルは思わず考えてしまった。 (――この男は)  世界や時を越え、別のからだになろうとも、パーシヴァルを簡単に煽ってみせる。パーシヴァルが組み立てた思考も、プランも、理性も、そのすべてを何でもないようにあっさりとぶち壊してしまうのだ。 だが、パーシヴァルはそんな男だからこそ心惹かれ、心底愛した。  どくどく速まる鼓動に、口から漏れる吐息は自然と荒くなる。まるで獲物を前にして涎を垂らしている獣の吐息みたいなそれに、我ながら無様であると苦笑しながら、脈動し熱をあげている自身の陰茎の根元に手をやり、ヴェインの後孔に先端を押し当てた。 パーシヴァルが暴れ出しそうな己の欲を堪え、たっぷり時間を掛けて解した孔は推しあてられた丸い先端に吸い付いて、侵入を心待ちにしているようだった。 見上げてくるヴェインの瞳も、同じように奥までパーシヴァルの熱に満たされるのを心待ちにしている。 「――……少し、からだを動かせるか」 「…?」 「はじめての身体ならば正面より後ろからのほうが幾分か楽だろう」  危うく、そのまま事を進めそうになった自身を落ち着かせるように今一度吐息を吸い掃出し、平静を装って言葉を続ける。 実際のところどうなのかは一度も抱かれる側に一度たりともまわったことがないパーシヴァルには正直わからないが、俗には後ろからのほうが楽だと聞く。 例え丹念に解した自信があったとて、1%でも可能性はつぶしていくべきだ。慎重に、と一度決めた真面目すぎるパーシヴァルは、決して焦らしているわけでもヴェインに意地悪をしているでもなく、その提案はごく真剣なものだった。  こんな瀬戸際で何を、とついさっきまでとろんとしていたはずだというのに一気に怪訝なものに変わってしまったヴェインの鋭い視線を受けながら、パーシヴァルはさっさと厚い体をひっくり返そうと腰を掴む。 しかし、その手はヴェインに掴まれ阻止されてしまった。案の定、こちらを見上げる視線はかなり不満そうだ。 「……や、だ…、ぱーさんの顔、見ながらシたい……」  だめ? と甘えた声と共に小首をかしげる。――そんなあざとい仕草、一体どこで覚えてきたんだ! パーシヴァルは、う、と言葉に詰まってしまう。そしてそれは、ダイレクトに下半身に直撃してしまい、ビクンと陰茎が跳ねる。もちろんそれは押し当てられたままだったヴェインにも当然伝わってしまい、ヴェインはしてやったりと言わんばかりに口端をあげた。 「…だめだ。譲れん。最初は後ろからだ」 「最初だから、正面からがいい」 「っ強情なやつめ…!」 「パーさんに言われたくねえし!」  お互い眉を吊り上げて睨み合う。 ヴェインが強情なのは今も昔もあまり変わっていない。所謂反抗期的なものはなかったものの、やはり前世と変わらずなかなか意見が合わずにヴェインとは何度も親子喧嘩をした。そして、いつもは素直にパーシヴァルの言うことを聞くのに、そういうときに限ってヴェインは強情だった。これと決めたことを絶対に譲らないのだ。  これではまるでキリがない。せっかくここまで積み上げてきた雰囲気すべてが壊れてしまいそうだ。セックスどころではない。 パーシヴァルは苦虫をかみつぶしたように渋い表情を浮かべ、深く深く溜息をつきながら垂れてきていた前髪を掻き上げ、ちいさく舌打ちを零した。 「くそ…、言い出したのはおまえだからな」 「! うん…!」  とうとう根負けしてしまった。ヴェインはぱあと顔を輝かせる。  こういうこともままあったことではある。惚れた弱み、というやつなのかわからないが、なんだかんだでパーシヴァルはヴェインに甘いよな、とこの世で一番“ヴェイン”に甘かった男ににまにまとした笑みで言われたことがある。  挿入しても問題ない程度には拡張出来た、とは思うから大丈夫だろうが…。僅かな躊躇が生まれるが、きらきらと期待の篭ったヴェインの視線を受けては今更やっぱりナシで、とは言うことも出来ず、パーシヴァルは押しあてていた先端をそのまま中に押し入らせた。 「っ、ぁああ、ああ……、あぁふ…」  ずぶずぶゆっくりと肉棒を埋めこんでいくと、頬を紅潮させたヴェインが吐息のような、感嘆のような声を洩らす。 (――狭い、な)  埋め込んだ胎内は想定以上に狭い。解しが足りなかったか? とも思ったが、これがハジメテの感覚というやつで、致し方がないのかもしれない。 現に、ヴェインは苦痛を感じている様子は微塵もなく、むしろ快楽に腰をくねらせ身悶えているようだし。 (……ああ)  これが、ヴェインの中。いまだ、誰にも侵入されたことがないヴェインの初物。あつくて、ぎゅうぎゅうパーシヴァルを包みこんで、離さないいやらしい肉壁。 避妊具などの隔たりもない、粘膜同士の直接的な接触の強烈な快楽にパーシヴァルも腰をぶるぶるとふるわせながらうっとりと吐息を洩らした。  がしりとヴェインのみっちり筋肉で覆われている脚を抱えこむ。追いすがる肉壁の動きに逆らって抜けきるギリギリまで腰を引き、また奥まで強く叩きつける。 「あッ!あっ、ぁ゛あ、ンっ! ひあ、ぁんっはげし、っ、ああっ、 きもちぃ、ぱあさぁんっ、どうしよ、きもちいよぉっ…! 」  前戯の理知はどこへやらで、パーシヴァルは貪るように本能に従ってがむしゃらに腰を振った。前立腺を突きあげ、奥を貫いて。ヴェインも己を犯す熱の快楽にたまらず声を上げた。 ぱーさん、ぱーさん、と何度もパーシヴァルの名前を呼んで背中に爪を立てる。かりかり、かりかり、与えられる快楽を処理しきれずに無我夢中にパーシヴァルになんとかやっと縋る姿に、胸が熱くなる。欲望がとめどなく溢れ出る。 いとおしい、いとおしい。こんなにも、愛しくてたまらず、ますますパーシヴァルは動きを激しくした。 「あ、っんむ、んぅ…っん、ぁ…!」  身を寄せ、ヴェインの身体を腰が浮くほどたたんでパーシヴァルは嬌声を絶えずあげるそのくちびるにかぶりついた。キス、なんていう生易しい名前では到底表現しきれない本当に食べてしまいそうなそれに、ヴェインは同じだけ食らいついてくる。 まるで、今のセックスそのものを表しているようだった。挿入しているのは間違いなくパーシヴァルであり、本来捕食者であるはずなのになぜか食われているような気もしてくるのだ。  ぶびゅ、という不格好な音と共に孔の淵からパーシヴァルが出した精液が溢れだして浮いたヴェインの背を伝って滴り落ちていく。 引き抜くと、また同じような音を立ててパーシヴァルの精液が溢れた。男の身体ゆえ、それを取り込むことが出来ないということはわかっているが、早く栓をしなければ、とそんなことを本気で考える。  パーシヴァルが射精の余韻でぼんやり、零れていく自身の精液をなんともなしに眺めていると、ヴェインはさぞおもだるくなっているであろう体をもぞもぞ動かして、パーシヴァルに背を向けた。 「っぁ…あ、ふ…、ね、つぎ…うしろから……」  ちょーだい、と、まだ精液を零し続けながらひくひくとひくつく己の後孔を自らの手でひろげて見せ、腰を揺らめかす。 なんとも淫靡な姿にパーシヴァルはちかちか眩暈さえ覚えながら、一度の射精でやや力を無くしていたはずの陰茎をビンと勃起させた。 そして、誘われるがままに腰を掲げてみせている体に覆いかぶさって陰茎を挿入させた。 「ああ、っ――!」  挿入しただけでヴェインはイってしまった。絶頂のついでのようにぎゅううっと強く締まった気ままな中を、落ち着くまで止まるということもなく敢えてずるずる腰を引いてみせると、肉壁がいかないでと可愛らしく強請るように懸命にさがっていくパーシヴァルの陰茎に追いすがって、余計に吸い付いてきて強烈な快楽に襲われる。危うく、ヴェインと同じペースですぐにイってしまうところだった。 「っク、ぁ、ああ…ッヴェイン、ゔぇいんっ…!」  強くその身をだきしめ、ビクつく背に己の胸をぴったりとくっつけて密着しながら、腰を欲望のまま振ってぱんぱんと肌と粘膜がぶつかる音を立てる。そう何度も射精出来るものではないのだから自制して――などと考えていたのは最初くらいなもので、もう射精しようがお構いなしに腰を止められず射精しながらでもパーシヴァルは汗を散らしながら腰を振った。 「ひぅうっ…! ああ、でてる、でてるぅ…っ!」  精液を奥にびしゃびしゃ叩きつけられながら突き上げられる度、ヴェインはいっとううれしそうに声を上げた。  ――ああ、本当にこんなところで何をしているのだろう。 今日は、ヴェインの晴れの日…結婚式であったはずなのに。今頃、本当だったらヴェインはうつくしい礼装に身を包んで、同じように美しいドレスで飾った愛しい彼女と手をとりあって誓いを立てているはずだったのに。パーシヴァルも、そんな息子を見送るはずだったのに。なのに、――こんな、玄関先で清らかな誓いと一番程遠い欲望をぶちまけるセックスをして。  ヴェインの部屋は角部屋なので、誰かが部屋のすぐ前を通るということはないが、隣室かまたその隣かわからないけれど微かな靴音や人の話し声、生活音が廊下からいくつも聞こえる。そんな中、ふたりはお互いの欲望を晒し合い、ぶつけあう、激しいセックスをしているのだ。誰かに声が聞こえてしまうかもしれない、そんなことさえ気にせず。  ――気でも狂っている。ああそうだ、気が狂っている、頭も真っ白に弾けて何も考えられず、まともな思考も働かずおよそ常識さえわからないほどにばかになってしまっている。今は、お互いだけでよかった。お互いのからださえ、あれば。  ごりゅん、と音がした気がした。はじめてなのだから、と思っていたはずなのに自制がきかずパーシヴァルは更に奥へ、結腸を陰茎で押し開いて貫いた。 「あ゛あ゛ッ――!」 「ぐ、ぅ…ああっ…!」  ほとんど同時に絶頂に至る。貫いた結腸はこれまで以上の吸い付きを見せ、パーシヴァルもたまらず唾液を口端から垂らしながら喘いだ。  お互い絶頂の余韻に浸りながら、すぐにパーシヴァルはまたもぞもぞ腰を動かしはじめる。 「あっ、ぁっ、あン…っ、あふ、ぱーさん…ぱぁさん…」  先程と違い…いやどちらかと言えば、限界も近く先程と同じような激しい突き上げが叶わず緩やかな抜き差しに、もうほとんどはっきりとした意識もなく涙も唾液もなにもかも垂れ流したまま力なく床に上半身を沈め蕩けているヴェインがうつろに喘ぐ。 「ぁあ……、ぁ…とうさん…おとうさん……すき…、ぁ、あっ、ぱーさん…」  突き上げ、結腸の口に先端を食ませると、その度ヴェインはパーシヴァルを“パーさん”“とうさん”“おとうさん”と呼ぶ。 前世の“ヴェイン”、今世の幼いころのヴェイン、成長した今のヴェイン。そのすべてがこの身体にすべて押しこまれ、そして意識が混在している。快楽によって暴かれた意識は、果たしてどれだったのだろう。パーシヴァルを愛しいと、好きと言うそれは誰だったのだろう。  どぷ、とパーシヴァルは最後の射精をヴェインの中に放ち、残滓もすべて吐き出してゆっくりと引き抜いた。 ぽっかりと空いた孔からぼたぼたパーシヴァルの白い欲望が零れ落ちる。零れ落ちた床は挿入したときに飛び散っていたものと、ヴェインがいつの間にか射精していた精液が溜まっており、パーシヴァルのものもそれに混じった。  ふたりぶんの荒い吐息が玄関先の狭い空間にひびくのを聞きながら、パーシヴァルは汗でぬるつくヴェインのからだを強く、つよく抱きしめた。今度は、もう離さないように。
ED1
 ガタンゴトンと列車の車輪が継ぎ目を通過する、緩やかな音が狭い車内に響く。 いつもはけたたましく感じる音も、今は何故だか子守唄のように聞こえた。 たったの一両しかない列車は夕陽が落ちる海辺をひた走る。  ちいさな車内には、乗客はたったふたりだけだった。 横並びの座席に並んで座る、パーシヴァルと手を繋いだまま肩に寄り掛かって目を閉じているヴェインを見下ろす。 時折、列車が揺れて夕陽の橙に染まったやわらかい金色の髪がゆらめいた。  ――ヴェインは、パーシヴァルとの人生を選んだ。それは、前世を思い出したから当たり前のこと、ではないことをパーシヴァルはわかっていた。 ヴェインの中にはたしかに“ヴェイン”の魂が息づいている。だが、だからといって“ヴェイン”が戻ってきたわけではない。“パーシヴァル”が愛した“ヴェイン”はあの空の世界で間違いなく死んで、二度と戻ってはこないのだ。“ヴェイン”だったら、彼女の手を離さない。結婚を控えた当日に、あのような不貞はしないし、パーシヴァルを選んだりなんてしない。 では何故、ヴェインはパーシヴァルを受け入れ、選んだのか。そんなことは、深く考えずともわかることだ。  両親を幼い頃に目の前で殺され、たったひとりきりになっていたところを掬い上げたのも、つめたくおそろしい暗い夜から連れ出したのも、パーシヴァルだ。その瞬間から、ヴェインにとっての世界はパーシヴァルだけだった。ある種、依存に近い。きっと、ヴェイン自身が思っているよりもずっと、ヴェインはパーシヴァルに依存している。 そんなヴェインに、“パーシヴァル”と愛し合った記憶が蘇ってしまえば、こうなるのはほとんど必然と言えるだろう。 依存と愛の違いは何かと言われれば、答えることはできない。ヴェインのそれを愛ではないと諭し否定出来るほど、パーシヴァルは明確な言葉を持っていなかった。  そして、ヴェインの選択を受け入れたパーシヴァル自身も、“パーシヴァル”ではなかったのかもしれない。パーシヴァルは、“パーシヴァル”の叶わなかった願い――ヴェインという男に対する願いと執念と想いを引き継ぎ、それらを己の中で自分だけの形に変えた、それだけの存在だ。 ふと、若き炎帝であれば、同じ立場だったらどうしただろうかと考えることがある。 彼ならば、駄犬と呼ばわっていつものように叱りつけたかもしれない。あるいは、静かに諭すのかもしれない。 ……そのどれも、パーシヴァルには出来なかった。  ふたりの関係は、誰の目から見てもいびつだ。血は繋がっていないとは言え、パーシヴァルとヴェインは戸籍上では親子だ。だのに、ふたりは体を繋げ愛し合ってしまった。世間からは後ろ指をさされる、この関係が、罪であるとわかっていても――。  パーシヴァルはふわふわ揺れるヴェインの髪に頬を寄せ、逆らえぬまま重い瞼を下ろした。  ――静かに寄り添う愛し合うふたりを、揺り籠のように揺らしながら列車は誰もしらない遠くへ緩やかな速度ではこんでいく。 ちいさな車窓から零れる橙に染まったふたりの顔はひどく穏やかで、まるでこの世界のしあわせをとじこめたようだった。
おわり
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ppvv3388 · 6 years ago
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ぬいぐるみになったヴェインの話 3話
4.
 ついさっきぬいぐるみの姿のときに巨大な壁のように大きく見えていたパーシヴァルの自室のドアも、こうしてもとに戻った状態では少しばかり小さくさえ見えてしまう。その前に、ヴェインは立っていた。
 恐らく、あの場から走り去ったパーシヴァルは自室に戻ったはず、だ。けれど、ドア前に立ってそっと耳をドアにくっつけてみても、部屋の中はしんとしていて人の気配がしない。まさか、もっと別の場所に走って行ってしまったのだろうか。
今尚騎空艇は空を飛んでいるから、艇のどこかにはいるはずだけれども、自室以上にひとりになれるプライベートな空間はないと思うが。だから、パーシヴァルは確かにこの部屋の中にいるはずなのだけれども……。いないともなると心当たりはヴェインにはないし、ひたすら虱潰しに探すしかなくなってしまう。
 ヴェインはすうはあと息を整え意を決して、ごんごん、と眼前のドアを叩いてみる。
数秒、数十秒、数分と実際の時間よりも長く感じる時間が流れていくが…しかし、いくら待っても向こうから返答はないどころか、相変わらず物音ひとつしない。まああんなことがあったのだから仕方がないか、とヴェインは暫くドアの前で待ってみることにした。
 待つと決めたはいいものの。立っている木の床はなかなかに冷たく、走っているときは然程気にならなかったがこうして立ち止まっているとひんやりとして結構辛いものがある。時々片方の足を上げてかわりにもう片方を床にぺたりと下ろして…といった具合に、交互に足を上げ下げしてみる。ずっと同じ姿勢のぬいぐるみの姿にされていた影響だろうか、片足で立っていたりとか、足踏みのようなこんな簡単な運動でも少し体がだるくなってきた。
「……ぱ、パーシヴァル! 俺…ヴェイン、だけど!」
 そろそろキツくなってきたな、と思い切ってドアに向かって声をかけてみる。たぶん、こうしてノックしても返答しないということは、たぶん本当は部屋の中にいて居留守をしているのであろうパーシヴァルは、訪ねてきたのがヴェインであると気が付いているのだ。
だから、呼んだところで無意味なのだろうけれど。
 案の定、変わらずドアが開くどころか声すら返ってこない。だよなあ、とヴェインは肩を落とす。
「…………あ、のさ。えーっと…、心配かけて悪かった。パーさんもずっと俺のこと、探してくれてたんだよ、な。だから、…その、ありがとな!」
 口から出たのは、なんてことのない言葉だった。
咄嗟に出た言葉ではあるが決して嘘ではない。ずっとぬいぐるみとして部屋にいたけれどパーシヴァルが連日遅くまでヴェインの捜索をしてくれていたことは知っている。だから礼を言いたかったのも、本当だ。
 でも、ヴェインが本当に言いたかったのは。ずっと胸に引っかかっているのは…。
ヴェインの脳裏には、昨晩のパーシヴァルの声と顔がずっと残っている。でも、だからと言ってどうするのか、どうするつもりだったのか。俺のことオカズにしてたけどパーシヴァルって俺のこと好きなのか?…なんて、当然聞けるはずもない。
 もう一度叩こうと持ち上げて躊躇したまま宙に留まっている拳を、見つめてヴェインは小さく溜息を零すとそっと下ろした。
 パーシヴァルが出てきてくれないのでは、どうしようもないし一度部屋に戻ろう、とヴェインが踵を返してドアに背を向けたちょうどその瞬間。ガチャ、と背後からドアが開いた音がした。
 声が返ってくるより先にまさかドアを開けてくれるとは思ってもなかったし、突然出てこられてもまだ何を言うべきなのか考えていないのに―ヴェインは思わず体を強張らせて振り返ることが出来ずにいた。
 何も言わないままでは、さすがにあからさますぎる。とにかく何か言わなくてはと口をひらきながら勢いよく振り返ろうとした。した、が、ヴェインが口を開くよりも、振り返るよりも前にパーシヴァルに手首を引っ掴まれてぐいっと引っ張られて部屋の中に入ってしまった。
 すぐ後ろでしたバタン、とドアの閉まる音が妙に大きく聞こえた。
「あ、の………パーシヴァル?」
 ヴェインを引っ張り込んだパーシヴァルは、いまだに手首をつかんだまま顔を俯かせて口を一文字につぐんでいた。一体何を考えているのか、ヴェインがおそるおそる声をかけてもパーシヴァルは何も返事をしない。
「俺、気にしてないから…!」
 非常に気まずい。きっと、パーシヴァルはあの自慰をヴェインに見られていたことを気に��ているのだ。ならばとりあえず、その不安を取り除いてやればまともに話も出来るのではとヴェインは心にもないことを口にした。
 正直に言えば物凄く気にしている。あんな光景を目の前で見せられて、気にするなというのは無理だろう、さすがに。
何しろ、あれからずっとヴェインの頭の片隅にはあの晩の全てが残っている。目を瞑ればあのときのパーシヴァルの顔や、ヴェインの名を呼ぶ声がまるで目の前にあるみたいに思いだせるのだ。男の自慰しかもオカズは自分だった、だなんて文字にしてしまえば地獄のようであるはずなのに、ヴェインは不思議とそんな気分にならなかった。気持ち悪いと思ったり地獄どころか、ぐるぐると妙な感覚が腹の中で渦巻き、頭はぼんやりと熱のようにのぼせて、鼓動は騒がしくもどくどくと早まってしまう。自分でも、こんなのおかしい、と思っているのに体はどこまでも正直だった。
 でもそれをパーシヴァルに言ってしまえば、もっとややこしいことになってしまうだろうから。
「ほら、溜まることなんて誰にでもあるし! ぬいぐるみの俺が近くにいたからたまたま俺のことが頭に浮かんでそのまま抜いちまっただけだろ? い、いやあびっくりはしたけど! だからパーさ」
 ん、とヴェインが言い切るよりも前に、先程まで顔を俯かせて無言を貫いていたパーシヴァルが突然、普段と違ってあげられていない前髪を揺らして顔を上げた。その顔は様々な感情が入り混じっているようにも感じたが、前面には怒りのような苛立ちのようなものが現れているようだった。お、とヴェインが思う間も怯む間もなく、パーシヴァルは手を離して今度はヴェインの羽織っていたランスロットのマントの襟部分をむんずと掴むと、そのまま先程部屋に引きずり込んだみたいにヴェインを引き寄せた。
 パーシヴァルの引き寄せる力が思ったより強かった上、先程まで冷たい床の上で足踏みして少し足が痺れていたせいでヴェインは、バランスを上手く取ることが出来ずにがくりとふらついてしまって―、そのままぶつかるように唇が重なった。
 一瞬何が起こっているのかわからずヴェインは目を白黒させていたが、ふにり、と唇に柔らかいものが触れていること、今までで一番近い距離でパーシヴァルの顔が見えていることで理解が追いついた。寝起きのせいか少し乾燥しているけれど、存外柔らかいパーシヴァルの唇が、ヴェインに触れているのだと。
 ヴェインは―俺のファーストキス奪われちゃったなぁ、���遠くに感じていた。それはまあヴェインとて健全な男子であるので、自分の初めてのキスの相手は誰になるのだろうと少年期などは夢想したものだった。まさか、相手が同性になるとは思いもしなかったが。しかも…相手がパーシヴァルになるなど、一周まわってなんだかおかしく思えてきた。
衝撃で思考が斜め上どころか空の彼方まですっ飛んでいってしまっていた。
「っ~…ん、待っ、ぱーさ、」
 あまりに突然の事で目を丸くして呆然として現実逃避していたヴェインだったが、少ししてからはっと我に返って、少し頭を後ろに引いて隙間あけ、抗議するようにようやく声をあげる。しかし、それを許さないと言わんばかりに尚の事強く引きよせてきて、パーシヴァルは触れているだけだった唇を食んで、隙間を埋めてきた。
 がぶりと噛み付くように口を覆われ、声をあげて口を少し開けていたばっかりにその開いた隙間からぬるりと舌が口内に侵入してくる。あ、と思った時には既に遅く、逃げる間もなくヴェインの舌は捕らえられてしまった。ぐるりと舌同士が絡まり、ざらりとした表面が擦り合うとぞわりと肌が粟立ち、腰から背中までがぴりぴりするみたいな感覚がたまらなくきもちよかった。
「―ぬいぐるみになっていても、やはり意識はあったんだな」
「…………へ」
 いつの間にか、唇は離れていた。パーシヴァルに掴まれているからかろうじて立っているような、深く巧い口づけにとろんとしていたヴェインはその言葉に一気に現実に引き戻された。我に返った視界に映るパーシヴァルの唇は、口づけの余韻で濡れてつやりとしていて妙に艶めかしく見える。何かいけないものを見てしまったような心地になり、ヴェインは思わずどきりとしてさっと視線を逸らした。
 そうかその手があったか、とヴェインはなるほどと納得してしまっていた。
ぬいぐるみの状態のときは視覚も聴覚も意識もなかったと言えばよかったのだ。部屋に訪れたのも、こちらの姿を見るなり急に走り出していったから気になって、とかそういう理由にすればよかったというのに。何故わざわざ馬鹿正直に言ってしまったのか。
「ならば俺がどうおまえを見ているのか、わかっているくせにおまえはよりにもよってこんな格好で部屋に来て、挙句気にしていないなどと声高に宣言するとは、駄犬ここに極まれりだな」
 ハ、と軽蔑したみたいに一笑される。それ、好きなやつに向ける顔かよとヴェインは思いながらも、パーシヴァルの言うことはすべて正論で何も言い返すことも出来ずにただただ眉を八の字にさせて口を噤むしかなかった。
 パーシヴァルは、あの時ヴェインの名を呼びながら自慰をしていた。ヴェインは先程、たまたま頭に浮かんだから、などと言ってみせたが、それだけではないということはわかっていた。たまたま頭に浮かんで、別段女性らしさを感じさせるような容貌ではないヴェインで抜くなんてことは普通ではない。
だとすると…パーシヴァルはもしかして、という考えはずっとあった。けれど、あのパーシヴァルが自分を?と俄かに信じがたかったのだ。
 ヴェインのその表情と無言をどうとらえたのか、パーシヴァルはひとつ舌打ちを零すと掴んでいたマントの襟をぐいと左右に開いた。
 素っ裸にマントをぐるりと巻き付けられただけの蓑虫状態だった故に、それだけであっさりとヴェインの胸元までの素肌が晒された。
「ま、待てよパーさん!」
 さすがにひん剥かれてしまうのにはさしものヴェインも慌てふためきはじめて、話を、とパーシヴァルの手に触れて制止するも、あっさりと振り払われてしまう。
 ヴェインのそんな些細な抵抗をものともせず、パーシヴァルは眼前に晒されたヴェインの首筋に顔を寄せるとがじりと甘噛みしてからべろりと舐めあげた。
先程まで口内で絡み合ったざらりとした舌が、今度は己の首筋をねっとりと舐めているのかと思うとなんだかぞくぞくしてしまう。
 同時に、さらけ出されたヴェインの胸にぴとりとパーシヴァルの手が触れた。起きたばかりのまだ熱を持っていない少しひんやりとしたパーシヴァルの手がするするとヴェインの胸を撫ぜる。
「…ぁっ、んん…」
 何て声を出しているんだ、とかあとヴェインは顔を赤くして思わず己の口を手でふさぐ。それでもパーシヴァルはお構いなしにヴェインの胸に手を這わせる。明確な意思を持って…愛撫するように揉むような仕草をしたり、かと思えばただ撫ぜたり。
鍛えられたそこは平坦ではないけれど、あくまでも筋肉だ。女性の胸ではないから、ふわふわはしていないし、そんなに熱心に揉んで何が楽しいのかヴェインにはちっともわからない。けれど、とにもかくにも手つきがいやらしいのだ。時折撫ぜるときには胸の頂をくすぐるようにひっかけたり指先でつついたり摘まみあげたり…、そうされるだけで押さえた手の隙間から、はふはふと上がった熱っぽい吐息と抑えきれない声が漏れる。
「は、ぅんっ…、あ、や、ぱぁ、さ、」
 がくがくと足が震え、じんと下半身に疼きがはしる。押しとどめるつもりでパーシヴァルの腕を掴んだが、最早それはしがみついているだけのようになっていた。縋っていないと崩れてしまいそうだった。
―もうだめだ、おかしくなってしまいそうだ、とそう思った瞬間突然ぱっと手を離された。ようやく解放されると、ヴェインはずるずると床にへたり込んではあはあと整わない息を必死に整えようと肩を上下させた。マントは既に片側が肩からずり落ちて脱げかかっている。
 ぎし、とパーシヴァルの足が床を踏みしめて床が軋む。その微かな音にヴェインはびくりと肩を震わせた。このまま、パーシヴァルはヴェインとセックスをするつもりなんだろうか、とどこかで感じながらもその場に固まっていた。逃げようと思えばいくらでも、どうとでも出来たというのに。
「いい加減、貴様の無神経さにはうんざりだ」
 しかし、パーシヴァルはそう一言絞り出したような声で呟くとヴェインに近づくどころか少し遠ざかった。ゆるりと顔を上げると、こちらを向いてさえおらず背を向けていた。
 出ていけ、と背を向けたパーシヴァルが静かに言い放つ。その背からはっきりとヴェインへの拒絶が感じ取れた。
―怒っている?悲しんでいる?…わからない。無神経だ、と言われてもそんなにもパーシヴァルが想っていただなんて、気付かなかった。知らなかった。
だってパーシヴァルはいつもいつもむっとした顔をしていて、駄犬、と呼びつけてお小言ばっかりだった。もしかして嫌われてんのかな、とヴェインはちょっとくらい思ったことだってあった。それで好きだと気付けたらそういう能力者か何かではないだろうか。
 ヴェインは、パーシヴァルのことはすきだ。もちろん友人としてではあったが。だからこそ、たくさん触れたし、見かければ声を掛けてたくさん話をした。
「―出て、いかない」
「……何?」
 すうと息を一呼吸すって整え、顔を上げてヴェインはきっぱりと言い放った。背を向けていたパーシヴァルは、想定外のヴェインの反応にくるりと振り返って怪訝そうな顔でヴェインを見下ろす。その顔にははっきりと動揺と、言うことを聞かないヴェインに対しての苛立ちが滲んでいて、その剣呑な表情にヴェインはつい怯んでしまいそうになる。だが、負けてたまるかとふるりと頭を振って、逆に強い目つきで見つめ返してやった。
「っ…ついに人語を理解できなくなったか、駄犬。俺は、このまま犯されたくなければ出て行け、と言ったつもりだが」
「…いいよ、シても」
「―………は?」
 たぶん、パーシヴァルはそう言えばヴェインは尻尾を巻いて逃げると思っていたんだろう。けれど、キスをされ触れられた結果…ヴェインはひとつの確信にちかいものを得ていた。だから、ヴェインは逃げなかった。
「俺だって、男にオカズにされてるとかキスされるとかそういう意味で触られるとか、ましてえっちだとか気持ち悪いって感じるだろうって思ってたよ」
 “気持ちわるい”という単語にぴくりを眉を動かして、パーシヴァルは露骨に反応をみせた。それは、パーシヴァルが一番言われるのをおそれ、言われると思っていた言葉なのだろう。
当然だ、誰だってそう感じるにきまっている。同性に性的な目で見られているだなんて、考えるほうがきっと少ないし、許容するひとだってそういないのがつまるところ今の世の中だ。
「…でも、パーシヴァルだと全然、そんなことなくて。むしろ、…あれからずっと、ドキドキしてる」
 そっと自身の胸に手を当てると、どくどくと掌に高鳴っている鼓動を感じる。あれからずっとそうだ。びっくりしたし、気まずいとも思ったし、混乱もした。けれど、その中には“気持ち悪い”という感情はヴェインの中で一切うまれなかったのだ。
ふと、あの時の顔や、名前を呼ぶ声、会いたいとひっそりと囁かれた声…それらを思い出すと、体温がぐんと上がって鼓動がはやまるのだ。それは、つい先程キスや愛撫をされたときも、おなじで。
 よろり、とヴェインは少しふらつきながらも立ち上がり、ぽすんとパーシヴァルの胸に体を寄り掛かるようにくっつける。
ぴとりと密着したパーシヴァルのからだは少し強張っているようだった。けれど、耳を当てるとヴェインと同じくらいどっどと鼓動が高鳴っている音が聞こえてきて、ヴェインもまだ鼓動は苦しくなるくらい早いままなのに、なんだかほっとしてしまう。
「どうしてだろうな」
 胸元から顔をあげると、パーシヴァルは信じられないものを見るように赤い瞳を揺らすばかりで、僅かに開いた口は何の言葉も発する様子がない。すっかり固まってら、と少しだけ苦笑を零しながらヴェインは手を伸ばしてその両頬をつつみこんだ。そして、こつりと額をくっつけて、だからさ、と切り出す。
「なあ、おしえてくれよパーシヴァル」
 自分でも、こんなに大胆に誘うような真似が出来るだなんて思ってもなかったけれど。目元緩め、囁くように言うと、パーシヴァルはきゅうと顔を歪めた。くそ、とでも言いそうな顔だけれど、その言葉をのみこんで近づいていたヴェインのくちびるに再び、かぷりとかみついた。
 今度はヴェインからも舌を絡めて、くちゅくちゅと唾液がまざりあう水音をたてながらお互いに貪るみたいに深いくちづけをする。その間、パーシヴァルの手が煩わしげにもうほとんど引っかかっているだけの脱げかけの状態だったマントを引っ掴み、取り払うとぽいと放り投げてしまう。
 唯一羽織っていたマントを失い完全に裸となったヴェインは、口づけたままぐいと引っ張られる。ぺたぺたと素足が木の床を少しおぼつかない足取りで移動するどこか愛らしい音が、没頭する口づけのいやらしい音に混じってひどくアンバランスだった。
一旦口を離せばいいのに、どちらもそうはしなかった。くちびるを離してしまうのが惜しかったのだ。
 やがて、ベッドの上にどさりと押し倒された。そこでようやくお互いに名残惜しげに唇を離した。息のあがったふたりの間につうとつながっている銀色の糸が、まるで名残惜しいというふたりの心情を表しているようだった。
 つい、今朝までぬいぐるみとして見つめて見守り、そしてヴェインを求めて切なく吐息を漏らしていたのを見た、パーシヴァルのベッドの上。その上にごろりと転がされ、覆いかぶさったパーシヴァルにじいと見下ろされているのは、なんだか不思議な気分だと思った。
 別段、裸を見られることは同性なのだし、今までなかったわけではないけれど…さすがにここまでまじまじと見つめられるとなんだか気恥ずかしい。はやくことを進めてくれればいいのに、パーシヴァルは何を考えているのかよくわからない表情でヴェインをただただみつめている。
「―本当に、いいんだな」
 そろそろ先を促そうかとヴェインが口をひらきかけたところで、パーシヴァルがそう問いかけてきた。
ここまで来てやっぱり駄目です、なんていう残酷なことをヴェインがするとでも思っているのかとがくりと肩を落としそうになったけれど、見上げたパーシヴァルの瞳は時折揺れていた。欲情と、歓喜と、不安がぐちゃぐちゃに混ざった瞳は見ていて心配になる不安定さをもっている。
―こんなにも、己はこの男に想われていたのかとヴェインはぎゅうと胸がしめつけられて、息を吐きだした。
「…いい、いいから…はやく」
 パーシヴァルのあかい瞳にうつった己も、ひどく欲情にまみれた目をしていた。
 手を伸ばしてパーシヴァルの服を留めている腰の紐をするりと引き抜いてやると、元々大胆に開いている合わせ目がほどける。自分ばかり裸なのは、不公平だ。
露わになったパーシヴァルの腹筋をやんわり撫ぜると、僅かに体を震わせてこくりとパーシヴァルの喉がうごいた。舌なめずりでもすれば、獲物を前にした猛獣みたいだななんてどこかヴェインは感じた。…まあ、ある意味たべられてしまうのだから間違いではないのかもしれない。
 そうして、ヴェインはパーシヴァルの服を脱がせてやりながら。パーシヴァルはそれを素直に受け入れながら、ヴェインにようやく手を伸ばして先程のようにやさしい手つきで愛撫をほどこしはじめた。
   ぬちゅぬちゅという音と、肌と肌がぱちんとぶつかる音がふたりぶんの荒い吐息と喘ぎにからまり部屋に控えめに響く。
 あれから、ヴェインとパーシヴァルは存分にお互いに触れた。存分に互いの触感を味わいつくしたあと、パーシヴァルがそろりとヴェインの双丘を割り入って固く閉ざした後孔に触れた。
男同士でスるというならまずそこをやっぱり使うよな、と僅かに身を強張らせたヴェインを、パーシヴァルは落ち着かせるようにそろりと撫ぜた。痛くしない、と、安心して身を委ねろ、と優しく―けれど情欲に塗れた声で直接耳に吹き込まれると、ヴェインはぞわぞわと肌を粟立たせながら、うん、とうなずいた。良い子だ、とぴちゃと音を立てて耳をなめられると、何度か射精させられながらも既に再び硬くなっている自身からぴゅ、と少し白濁が零れた。
 香油を使って、小指から少しずつ受け入れる準備を施され、どのくらい時間をかけたか―ようやっと数本指が入るようになった頃にはお互いじっとりと玉のような汗を浮かべていた。
 パーシヴァルがゆっくりと時間をかけて解してくれたおかげか、思ったよりも痛みもなくヴェインのそこは肥大しているパーシヴァルのペニスを飲みこんだ。
普段は出すためだけのちいさなそこが、ずぶずぶとそれなりに長大なペニスを飲みこんでいく光景はいっそ感動的だった。
奥まで挿入してからは、慣れさせるように微量に腰を揺らして押しつけるだけだった。涙やらなにやらでひどい顔面になりながら息をハッハッとあがらせるヴェインに、パーシヴァルは身を屈めて触れるだけのキスをしながら、既に手や舌で愛撫を施されて濡れてぴんと頂をたたせている胸や、挿入で少し萎えてしまったヴェインのペニスをするすると触れた。
部屋に訪れたときなんかあんなに強引なことをしてきたのに、実際のパーシヴァルはこんなにもやさしく、愛でるように触れるのだと改めて感じてヴェインは安堵の吐息をもらした。
 異物感に慣れて、ヴェインがゴーサインを出すとはじめのうちは控えめにいたわるように緩やかに出し入れしていたパーシヴァルだったが、繰り返しているうちにがしりとヴェインの腰を抱えて揺さぶってきた。
「あっ! ひッ、ぅ、あ゛ァ、きもちぃ、ィ、ぱーさ、ッ」
 声を抑えなければ、と思うのにナカをペニスで抉られる度に目の前がちかちかするみたいに強烈な快楽に襲われて、声がとめられなかった。
とんとんと奥を突く毎に、亀頭部分がぐぽぐぽとその先をこじ開けかけている。襞のようなそこが押し退けられ開きかけるたびにまるでスイッチのようにヴェインのペニスからだいぶ薄くなった精液が噴出していた。
 ぽた、とヴェインの精液やらで汚れている腹筋にパーシヴァルの汗がしたたり落ちる。吐息とあえかな声を漏らすパーシヴァルもそろそろ限界が近いようだ。前立腺に押しつけられたペニスがびくびくと時折痙攣のように震えているのをヴェインは感じていた。
―ならば、とヴェインは快楽で力がほぼ抜けかけている体を奮い立たせ、腹筋を使ってがばりと起き上がってパーシヴァルの膝の上に乗っかった。
「な、にを…」
 起き上がるだけの力が残っていたことと、それから突然の行動にパーシヴァルはひどく驚いている様子だった。ヴェインは体力には自信があるのだ、なめてもらっては困る。…まあかなりギリギリではあるのだけれど。
 パーシヴァルの膝の上に乗ることに成功したヴェインは、そのままパーシヴァルを跨ぐようにつけていた膝を使って少しばかり腰を浮かせて奥深くまで入り込んでいたパーシヴァルのペニスをほんの少し抜いた。
一体何をするつもりなのかと見上げるパーシヴァルだったが、ヴェインが後方へ手を回して抜かれたその根元をぎゅうと掴むとハッとした顔をした。
「き、さま何のつもりだ…ッ…!」
 もうあと少し…それこそナカに埋めてじっとしているだけでも射精できそうだったというのに、根元を押さえられてしまってはそれもかなわない。一瞬ナカが濡れたような感覚があったが、きっとそれは我慢した際に零れるモノだろう。
「…へへ、だってすき、だろ、ぱーさん」
 すんどめ、と耳元でささやくと、パーシヴァルはすぐに理解して耳まで一気に顔を真っ赤にさせた。
昨晩―パーシヴァルは自慰でも射精一歩手前でわざわざせき止めていたから、好きなのかとヴェインは思ったのだ。だから、してあげようと思ったのだけれど。
「あれはっ…そういうことではない、!」
「…? すきでもねえのに寸止めしてたの? それって変じゃないか?」
「っ、やかましいぞ駄犬!」
 なんかムキになるところが余計に怪しい。パーシヴァルの言うとおり本人自身はそう思っているだろうが、自慰の時寸止めしたときのパーシヴァルの顔にはありありと快楽が浮かんでいた。喘ぎ声を漏らして、頬を紅潮させながら涙をながして。自覚ないだけだと思うけどなあ、とヴェインは根元をぎゅうと押さえたまま腰をゆるゆると蠢かせた。
「く、ぁ…くそ、このだけんが…っ、」
 ぴくんぴくんとナカに出入りするペニスがはやく出したいと震えている。
同じようにその度に、ヴェインの胸にしな垂れがかったパーシヴァルの肩が震えていた。あの自慰のときと変わらず、必死に快楽を堪えるように頭を振って赤髪を乱している様子や悪態をつきながらも決してヴェインを突き飛ばしはしない様子は、じわりと胸を満たすものがある。ヴェインは微笑みさえ浮かべながら、変わらず緩やかに腰を動かしながら空いている片手でパーシヴァルのぱさぱさと揺れる髪を撫ぜた。
「ヴェイン、っ」
 いい加減にしろ、と焦りのような懇願のようなその声音は、昨晩自慰のときに何度も何度も聞いた濡れた声に似ていた。さすがにちょっと調子に乗りすぎたか、とヴェインはようやっとぱっと根元を押さえていた手を離した。
 すると、その瞬間にずるりとナカに埋まっていたペニスを抜かれて、膝の上から下ろされ、再びベッドに押し倒された。我慢させすぎたかと性急な行動に目を白黒させていると、ぐいを膝裏を思い切り押され、腰がふわりと浮いた。体が折りたたまれるような形にさせると、そこへパーシヴァルがするりと身を寄せる。そして、そのまま上からどすりと串刺しにするように、射精を限界まで押しとどめられぴくぴくと血管をひくつかせ膨張しきったペニスを挿入された。
「―あ゛、」
 ずぷん、と勢いよく突き刺さったそれは、開きかけていたさらに奥を越えた場所に到達してしまっていた。
あまりの衝撃に、まるで断末魔のように濁った短い声をあげてヴェインは目を見開き、開きっぱなしとなった口からだらりと唾液を零した。
「ッは、ァ……っく、」
 ぐうとペニスを押し込んだパーシヴァルは、満足そうに吐息を漏らしながらその奥でびしゃりと精液を迸らせた。
 白濁を全て出し終えると、ずるりとペニスが抜かれそっと浮いていた腰がベッドの上に戻された。白いシーツの上に横たえられたヴェインは、つい先程まで余裕たっぷりにパーシヴァルを寸止めさせていた姿とは思えないほど、時折痙攣のようにぴくりと体をひくつかせながらだらりと脱力していた。
涙で滲む翠の瞳も、焦点がいまいちあっておらずにふわふわとしている。パーシヴァルが頬を甲で撫でると、ようやく焦点が合ったようにパーシヴァルを見つめた。
「……ぁ、パーシヴァル……」
「戻ってきたか」
「ん……あー…、うん…」
 凄まじかったなあ、とほんのりと頬を赤らめながら、あまえるみたいに頬を撫ぜるパーシヴァルの手にすり寄る。そんなヴェインの仕草にパーシヴァルは眉を顰めながら、おまえは…と呟く。
 先程出された精液が漏れ始めている孔に、もう勃起しかけているパーシヴァルのペニスの先端が押しつけられる。しかしそれは、奥まで押しいることはなく、零れはじめている白濁をまるで押し戻すように亀頭のほんの先端だけを僅かに潜りこませて、浅いところでくちくちとあそんでいる。
「んっ…ぁは、なにしてんの、ぱーさん」
 そんな些細な動作さえ、今のヴェインにはきもちよくてたまらない。既に白濁としなくなった体液を零し、腹筋をひくつかせながら身をくねらせふふとわらう。
「……………いや」
 何かを言いかけて口を開いたけれど、ぎゅと引き結んだパーシヴァルはひとことそれだけ言った。ここまで欲望を互いに曝け出しあっているというのに、今更何を遠慮しているのだろうか。まだシたいのならばそう言えばいいじゃないか、そうヴェインはすぐに思った。けれど、きっと本当は心底優しいこの男は、つい先程意識がどこかへ飛びかけていたヴェイン自身の心と体を気遣って、言えずにいるんだろう。
(ああもう、本当に)
 ヴェインはたまらず、パーシヴァルに手を伸ばして掻き抱いた。
「な、もっかいしよ、パーさん」
   「おまえの部屋から服を持ってくるが、どれでも構わないか」
「んー、オッケー」
 はじめて、しかもあれから数度したということもあってヴェインは気だるさと下半身の微量な痛みと違和感でベッドから起き上がるのも億劫でのぺりと寝転がっていたまま、既に服を着こんだパーシヴァルの背を見つめる。
 さすがにやりすぎたという自覚があるのか、パーシヴァルが妙に甲斐甲斐しいのがなんだかおかしくて、ふにゃりとヴェインは破顔する。
「あとこれは、俺のほうからランスロットに返しておく」
「えっ、いいよ俺から返すし。布団あっても全裸のまま待ってんの心もとないというか」
 この部屋に来る前にランスロットが巻いてくれたマントは、部屋に入って暫くしてからパーシヴァルにひん剥かれたので、床に落っこちたままだった。それを拾い上げたパーシヴァルは、ヴェインの言葉に振り返って思い切り顔をしかめた。なんだよそのしかめっ面、とヴェインがきょとんとしていると、パーシヴァルは溜息を深く長くついた。
「なら、これでも羽織っていろ」
 ぽいと放られ、ばさりとヴェインの顔に被さったのはパーシヴァルが鎧姿ではない私服で羽織っている裾の長い赤の上着だ。
後で話を、と言っていたしどのみちランスロットのところには行かないといけないし、本当に別にいいのにと思いながら渡されたものは仕方がないなとむくりを体を起こして、いそいそと渡された上着を着込む。上着からはパーシヴァルが普段つけている香水の匂いが僅かにして、それに包まれているのは不思議と心地よくて、ほうと吐息を漏らす。
「…パーさん? 行かねえの?」
 部屋を出て行こうとしていたはずのパーシヴァルは、ヴェインをまじまじと見つめて足を止めている。きょとんとしながら問うとパーシヴァルは、はっとしたような様子で口をへの字にしてふいとヴェインから顔を逸らすと何も言わないで部屋を出て行ってしまった。
「………ぷ、わかりやすいなあパーさん」
 廊下を足早に歩いて行く音が遠ざかっていくのをそっと耳を澄ませて確認すると、ふくく、とヴェインはずっと堪えていた笑いを漏ら��口元を枕に顔を押さえつけて、バタバタと音を立てながら足をベッドでばたつかせた。
 なんてわかりやすい男なんだろう。ヴェインがランスロットのものを羽織っているのが許せなくて、自分のを羽織らせて満足だっただろうに、結局照れているんだから。
 きっかけこそ、とんでもなかったし順番もなんだかおかしくなってしまったけれど―。まさかこんな感情を抱くことになるとはヴェインは思ってもなかった。けれど、後悔はちっともしていない。むしろ今は、心がひどく満たされていた。
きっと、足早に部屋に戻ってくるであろうパーシヴァルが入ってきたら、どうしてやろうか。その胸にとびつくのもいい。それから不意打ちでキスをしようか。―ああでも、その前に、この愛をささやいてやらないと、とヴェインはまたひとつ笑みをこぼした。
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ppvv3388 · 6 years ago
Text
ぬいぐるみになったヴェインの話 2話
3.
(パーさんって寝るとき服着てんだな…)
 なんか寝るとき全裸もしくは半裸のイメージだった、とヴェインはすうすうと眠るパーシヴァルを見つめながらそんなことを考えた。見つめる、というよりぬいぐるみとなってしまったヴェインには視界を動かすことができないので、強制的に見せられているに近いが。
 ヴェインは、いつかパーシヴァルがヴェインに似たぬいぐるみを持っていることに誰かが気が付くことを願っていた。しかし、パーシヴァルは当たり前のように持ち歩くことはせず、ヴェインを騎空艇の自室の窓際に置いてしまったので誰にも気が付かれることもなく…気が付けば随分な日数が経ってしまっていた。
例えぬいぐるみとなってしまって食欲も睡眠欲も人間らしい感覚が何もかもなくなっていたとしても、ヴェインにははっきりと意識がある。それらの欲求がないままに、ひたすらに同じ方向同じ景色を見つめているのはまるで地獄のようだった。
(―ってそうじゃない! な、なんだよさっきの……、え…、パーシヴァル、が俺をオカズにしてた…?)
 ―そう、ヴェインはつい先程までの信じられない光景に軽く現実逃避をしていた。そんなパーシヴァルの寝るときの格好など、本来どうだっていいのだ。
 今日も、相変わらず部屋が暗くなった頃パーシヴァルは戻ってきた。今日は一段と表情は曇っていて、武装を解くとすぐに横になってしまった。ぬいぐるみとなりこの部屋にずっといるだけのヴェインには、パーシヴァルがそんな顔をする理由はわからないし、どうしてやることもできないから少しもどかしいと思った。
 いつもならばそのまま眠ってしまうパーシヴァルだが、今日は何か違ったようで窓際に座っているヴェインをそっと手に取るとじいと見つめた。視線もそらすことも出来ないので、ヴェインもパーシヴァルをじいと見つめる。
こうして至近距離で、パーシヴァルをまじまじと見る機会など今までなかった。ヴェインが見つめると、パーシヴァルは顔をむっとさせて逸らしてしまうし、肩を組んで近づいてもパーシヴァルはいつも顔を絶対に合わせてくれないから。だから、余計になんだか気恥ずかしい。
 つん、とパーシヴァルの繊細そうな指先がヴェインの頬をつつく。くすぐったい、と人間だったのならば身を捩っていたであろう微かな感覚に心がもぞもぞする。
(どうしたんだろパーさん、なんか今日へんだ)
 随分と感傷的な様子だ、やっぱり何かあったんじゃないだろうかとヴェインは少し心配になる。
「ヴェイン…」
 え、と突然呼ばれた自身の名前に思わずどきりとする。
 パーシヴァルはいつもヴェインを“駄犬”と呼ぶ。もうすっかり言われ慣れてしまったその呼び方はヴェインの中で当たり前となっていて、気が付けば“ヴェイン”と呼ばれる回数は減っていた。
 だから、随分と久しい呼び方に驚いたというのもある。けれど。一番は、その声音だった。なんて声で呼ぶんだ、と心臓がはねる。ちいさく、ともすれば消え入りそうな切実そうな声だった。そんなパーシヴァルの声、今まで一度も聞いたことがない。そんな声で、呼ばれたことなんてなかった。パーシヴァルのこんな声も、こんな顔も、ヴェインは知らない。
(―パーさん。パーさん、俺ここにいるよ)
 不思議とそう言ってやりたいと思った。パーシヴァルが何も自分を心配して、求めてこんな顔をして名を呼んでいるだなんて自惚れにもほどがあるだろうけれど。何故か、そう思った。
 月の光を帯びてゆらめく紅玉がゆっくりと、瞼に覆われていく。ぬいぐるみのヴェインはなすがままに抱かれた。本当に、パーシヴァルはどうしてしまったんだろう。ちっともわからないヴェインは今はこうして、例えぬいぐるみだとしてもパーシヴァルの気分が落ち着くと良いのだけれど―と願うだけだった。
 暫くすると、パーシヴァルの口から妙に熱っぽい吐息が零れた。もしや実は体調がすぐれなかったんじゃないだろうかとヴェインが心配しはじめると、下の方からごそごそと物音がする。
もちろん顔を動かしたり視線を動かせないヴェインには、音だけが届いている状態だから一体何の音なのかとも思ったが…。その内、物音は湿った音となり、眼前の瞼を下ろしたままのパーシヴァルは時折ぴくりと体を揺らめかせ、ぎゅうと瞑られたままの瞼が睫毛を揺らした。
(ちょ…、え、ぱ…パーさんもしかして、おっ、オナニーして…?)
 まじかよ、とヴェインは動揺する。清廉潔白、いかにもそういう事とは縁遠いイメージのパーシヴァルが頬を紅潮させ、堪えきれない吐息と声をあげながら自慰に耽っている。信じられない凄まじい光景にヴェインはどうもできないけれど、どうしていいのかわからない気分に…少し気まずい気分になる。
「ク、ッん…、ぅ、はぁ…、っヴェイン、」
 ぐちぐちといやらしい水音が大きくなり始めると、パーシヴァルが不意にヴェインの名を口にした。
俺?とこんな時に自分の名が出るとは思ってもなかったヴェインがびくりとする間もなく、パーシヴァルは幾度もヴェインの名前を口にしながら、ぬいぐるみのヴェインに顔を寄せる。ヴェイン、ヴェイン、と濡れた声で何度も、何度も。快楽を堪えるように、パーシヴァルの赤い頭が白い枕に押しつけられ、さらさらとした赤髪が乱れた。
興奮の度合いを示すように、下のほうからする音も水音に混じって爪先がシーツを泳ぐ布擦れの音もする。
(な、んで俺の名前を…呼びながら……)
 そんな、まるでヴェインを考えながらしているようではないか、と。いやそんなまさか、パーシヴァルが…と信じられないとぐるぐると混乱する。
 まさかパーシヴァルも目の前のぬいぐるみが、ぬいぐるみにされたヴェイン本人だとは思いもしていないだろう。
びくと一度大きく肩を振るわせ、うっそりとしたあえかな声をあげたパーシヴァルは射精したのだろうか。それにしては、反応が薄い。でも絶対絶頂には近かったはずだ。
(もしかして……、寸止めした?)
 ぴくぴくと痙攣したように体を震わせ、慄くくちびるからは継続的に吐息と喘ぎ声が唾液と共に零れている。紅潮した頬には涙が伝っていた。
 ヴェインの予想した通り、再びにちにちと音が下の方から聞こえ始めた。
寸止めするなんて、本当に…機械的に処理をしているのではなく、自慰に耽っている証拠に他ならなく、あのパーシヴァルが?とヴェインは今までずっと己が目にしてきた気高い炎帝の姿を思い返していた。
 暫くして、今度こそパーシヴァルは射精したようだった。荒い吐息を漏らすパーシヴァルを見つめながら、不可抗力とはいえ自分は本当に見てはいけないものを見てしまったのだとヴェインは強く感じていた。
この姿からどう戻るかはわからないけれど…戻るのならばパーシヴァルに知られないようにしてやらないといけないよな、と考えていた。
「―ヴェイン」
 少し汗で湿った指先が、宝物に触れるような慎重さでヴェインに触れた。
 瞼が持ち上がり、少し長い睫毛に雫を纏わせた濡れた瞳がヴェインを見つめている。自慰をしていた先程とも違う、声で呼ばれた自身の名前は何故だか特別なもののように聞こえた。
「おまえに会いたい」
 ぐさり、と何かが突き刺さったようだった。なんだこれ、何だろう、とヴェインはぬいぐるみには存在しないしきっと抱きしめるパーシヴァルには伝わってはいないであろう心臓が早鐘を打ち始めているのを感じた。ドキドキと痛いくらい内側から何かが叩いてきて、胸が軋んでいる。きっと人間の姿だったら、顔は真っ赤になっていただろう。
 パーシヴァルは暫くヴェインを見つめた後、ふらりとベッドから起き上がって濡れていたであろう箇所を拭き、下衣を身に着けると部屋を出て行っ���。恐らくシャワーでも浴びにいったのだろう。その間もベッドに転がされたままのヴェインは、天井を見つめながら先程までの光景をずっと思い出していた。パーシヴァルの、ヴェインを呼ぶ声がずっとこびりついて忘れられない。
 やがて戻ってきたパーシヴァルは、ヴェインを元の窓際にそっと置くと今度こそ眠りについた。
 ―そして、今に至る。あれからずっと考えているけれど、パーシヴァルはやっぱりヴェインをオカズに自慰をしていたとしか思えなかった。でも、それがどういう意図があるのかまでは…わからなかった。考えるのをそこでやめたいというだけかもしれなかった。
  翌朝。部屋が朝日を取りこんで明るくなり始めた。パーシヴァルはきっともうすぐ起きるだろうけれど、今はまだ眠っている。すうすうと規則正しい寝息はもうすっかり聞き慣れてしまった。
(……ん!? あれ、う、うごけ…る…!)
 いつも通り窓際でじいとしていたヴェインだったが、どうしたことか手足が動くことに気が付いた。姿自体はまだぬいぐるみだし、声も出ないままだけれどなぜか体が動く。
(…よし!)
 暫く短い手足を動かすことに慣れるように動かしたあと、ヴェインは決意を持ってぴょんと窓際から飛び降りた。ぽよんとぬいぐるみの綿の体が着地で転がったけれど、なんとか体勢を整えて一歩一歩ゆっくりと扉へ向かう。
騎空艇の部屋には基本鍵はついておらず、それが救いだった。ぬいぐるみの体でも多少ヴェインの力が加わったおかげで扉に幾度か突進すると、ぎいと僅かな隙間が開いた。
 扉一枚開けるのにこんなにも苦労するとは、と疲労感に座り込んでしまいそうになる。
一度、振り返ってまだこんもりとしているベッドを見上げ―ヴェインはパーシヴァルの部屋を出た。
  食堂か、もしくはランスロットの部屋にいけばなんとかなるかもしれないとヴェインはぽてぽてと廊下を歩く。一番近いのは食堂だ。まだ随分朝早いから、もしかしたらいるのは厨房担当のローアインだけかもしれないけれど、とりあえず行ってみる価値はあるはずだ。
 いつもの倍以上かけて食堂にたどり着くと、そこにはこれから部屋に向かうつもりだったランスロットと、ジークフリート、それから団長であるグランと、まだ眠いのであろう目を擦っているルリアの姿を含めた複数人の団員たちが集まっていた。
少し聞こえた感じでは、どうやらヴェインを探してくれているようで情報交換や今日はどうするかを話し合っているようだ。
 この中の誰かでも気づいてくれれば―とヴェインが食堂へ一歩足を入れたその瞬間。
ぼふん、と大きな音と煙がヴェインの周囲で起こった。
 当然食堂にいたメンバーも突然の出来事に、驚いたような声を上げ、敵が現れたことを想定して各々身に着けていた武器を手にする金属音があちこちでした。
「……ヴェイン!?」
 しかしながら、敵の襲来などではなく、晴れた白い煙の中から現れたのはヴェインその人だった。ランスロットが真っ先にその名を口にした。
「も、戻ったぁ!!」
 ばっと顔をあげると、目に映る周囲のものは全ていつも通りの大きさで眼前の手もいつも通り人間の手だ。
やったあ!と何故戻ったのか…もしかすると時限式だったかもしれないけれど、とにもかくにも人間の姿に戻ってよかったとヴェインがすくっと立ち上がって諸手をあげると、周囲にいた団員、主に女性がどよめいた。グランはそっとルリアの目を自分の手で覆ってあげており、ルリアはヴェインさんですよね!?と目隠しされた謎の状況ながらも声をあげている。
 え、なにこの状況、とヴェインが頭に疑問符を浮かべていると、ランスロットが傍まで来て羽織っていたマントをヴェインにまいた。そこでようやっと自分が素っ裸であることに気が付いて、かあっと顔を赤くした。
「ご、ごめん皆!!」
 そこでようやくその場は落ち着き、武器を手にしていた団員たちは各々仕舞って安堵とも疲れとも取れる息を漏らした。
「ずっと探してたんだぞ、どこにいたんだおまえは…!」
「ご、ごめんランちゃん心配かけて…それに、皆も、ごめん。それで…えーっと、えーと! 実はそのぉ…信じらんないかもしれないけど、俺変な魔物に攻撃受けて、今までずっとぬいぐるみ、にされてたんだよ」
 ぬいぐるみ?と皆が顔を見合わせて口々に不思議そうに呟く。
「…あ、パーシヴァル、遅かったね。ヴェイン見つかったよ」
 グランが食堂の入り口―ちょうどヴェインの後ろへ視線をやって手を振った。…え、パーシヴァル?とぎぎぎとヴェインがゆっくりと背後を振り返ると、そこには驚いた様子のパーシヴァルが立っていた。どうか、どうか今までの経緯を聞いていませんように、とヴェインがごくりと生唾を飲みこんで、目を丸くしているパーシヴァルを見つめた。
「ぬい、ぐるみ……?」
 ―ああ、終わった…とパーシヴァルが呆然と呟いたその言葉に冷や汗が噴き出た。
カ、とパーシヴァルは顔を赤くすると隠すように口元に手の甲を押し付け、肩に羽織っていた上着の裾を翻してその場から走って行ってしまった。
「どうしたんでしょう、パーシヴァルさん」
「…さあ?」
 ルリアとグランが走り去ったパーシヴァルを見て、きょとんと首を傾げている。そこでようやくとりあえず見つかったよかったよかった、と捜索の予定が無くなったからとちらほらと自室に戻る団員たちもいた。通り過ぎざまにヴェインに声を掛けて食堂から何人か出て行く。
そのまませっかく起きたのだしと朝食を摂ろうと食堂に残る者もいた。
「とりあえず、あとでたっぷり聞かせてもらうからな」
「お、おう、それは、もちろんだぜランちゃん…」
 あまり眠っていないのだろうか、少し隈をつけたランスロットの目つきはなんだか少し怖い。
「それよりも、おまえは少し休めランスロット。パーシヴァルにも言われただろうが、ひどい顔だぞ」
「じ、ジークフリートさん! すいません…情けないところを」
 不意に声を掛けられてランスロットがびくりと肩を揺らして、姿勢をぴんとさせてジークフリートに居直る。その様子に、そういうことではない、とジークフリートは苦笑を零した。
「ヴェインも、無事でよかった」
「はい、ご心配おかけしました…」
 ありがとうございます、と少し頭を下げるとぽん、と一度頭を撫でるとジークフリートは食堂から出て行った。
「……と、そうだ、パーさん…!!」
 はっとなってヴェインはこうして知られてしまった以上、パーシヴァルと話さなくてはならない、と食堂を走って出て行く。
まずは着替えを、と背後からランスロットが引き留めるが、とにもかくにも今は時間が惜しかった。
 パーシヴァルはあの説明と、自身の部屋からヴェインのぬいぐるみが消えていたことから総合して、あのぬいぐるみがヴェイン自身であったのだと理解したはずだ。つまり、昨夜��自慰をヴェインに知られたということにも気が付いたはずだ。
時間が経てば経つほどに、きっとこのままではパーシヴァルと気まずくなってしまう。だから、今だって充分気まずいし何を言ったらいいのか何と声を掛ければいいのかもわからないままだけれど…それでも、今はなさなくてはいけないのだ。
 ぺたぺたと素足の足音を響かせながら、ヴェインはパーシヴァルの部屋に向かって走った。
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ppvv3388 · 6 years ago
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ぬいぐるみになったヴェインの話
1.
(た…大変なことになってしまった……)
 ヴェインは、誰も周囲にいない草原に転がり呆然と青空を見上げていた。
 その日ヴェインは、フェードラッヘを離れてランスロットともに騎空団に身を寄せており、いつも通り団長であるグランと共に魔物の討伐依頼に出かけていた。ランスロット、それからジークフリートとパーシヴァルというなんだか久しい組み合わせで向かった依頼は、聞いていたよりも魔物の数が多く、団長であるグランと五人ともやむなく分散させられたのだ。
数は多かったが、一体ずつはそうたいしたことはなく、ヴェインはさくっとひとりで周辺にいた魔物を蹴散らした。これならば他の四人もそう問題はないだろう。―さて皆と合流しようかと思った、その矢先。今まで見た事もない奇妙な生物に遭遇して、気が付けば草原に転がっていた。姿を確かめる暇もなく、ヴェインは瞬く間もなく現在の状態になってしまっていた。
(か、体が動かない……)
 ずっと上を向いたまま体どころか顔や視線さえ動かせず、ずっとヴェインの視点は一面の青空だけだった。しかも何故か声も出ない。一体今自分はどうなってしまっているのか、一緒に依頼に出たみんなはどうしているのか…そもそもこれからどうなるのか…。
 どのくらいの時間が過ぎ去ったのか、青空をいくつかの雲たちが移動するのだけ見える視界に突然ぬっと人の顔が現れてびくりとする―とは言っても身体が動いた気配はしないのであくまでも気持ち的に―。
(パーさん…!! …ってデカ!?)
 視界に入ったのは、同じ依頼に出ていたパーシヴァルだった。声は相変わらずでないもののとりあえずよかった誰か来てくれて、と安堵したのもつかの間でヴェインを覗き込むパーシヴァルは、なぜかとても大きく見える。
 パーシヴァルが巨大化したとも思えないし…ともなれば、もしや自身が小さくなってしまったのか!?とヴェインはただでさえ混乱を起こしている頭を余計に混乱させた。
ヴェインが考えをまとめる暇もなく、パーシヴァルはヴェインへ手を伸ばすとそのままむんずと掴んでひょいと持ち上げた。
「……駄犬の、ぬいぐるみか?」
 そんなヴェインをまじまじと見つめたパーシヴァルは、緩く首を傾げてぽつりとそんなことをつぶやいた。
(―……ぬい、ぐるみ…? 俺いまぬいぐるみになってんのかぁ!?)
 ぞぞっと震える。原因はどう考えても先程遭遇した魔物(仮称)だろう。道理ですべてのものが大きく見え、体も顔も視線も動かせず声も出ないわけだ。
どうやらヴェインはかなり厄介な術のようなものをかけられてしまったようだ。しかも、パーシヴァルほどの男も気づかないほど巧妙にかけられている。
(で、でもパーさんがこのぬいぐるみかっこ俺かっことじをランちゃんとかジークフリートさんとか団長とか他の団員に見せてさえくれれば誰かひとりくらいは…!)
 特に騎空団は、あらゆる種族やあらゆる職業、特技を持った人が集まっている。こういった術などに詳しい団員も中にはいるはずだ。ヴェインは頼むぜパーさんといまだにぬいぐるみヴェインをじいと見つめているパーシヴァルに祈った。
「パーシヴァル! どう、こっちにヴェインいた?」
 少し近くからざくざくと草原を走る足音と、少年…グランの声がすると、パーシヴァルは何を思ったか手にしていたぬいぐるみヴェインをずぼっと荷物に突っこんでしまった。
「…いいや、こちらにはいないようだな」
 どうやらグランを含めた他のメンバーでいつまでも合流しないヴェインを探しているようだった。
(ぅおおい、何してんだよパーさん!!)
 頼みの綱であるはずのパーシヴァルは、ヴェインに似たぬいぐるみを見つけたことをグランに言わずそのまま歩きだしてしまった。仕舞われたヴェインは、パーシヴァルが歩く度に他の荷物にもみくちゃにされながらも誰に聞こえるでもない声をあげるのだった。
 2.
 単純にいつもの方向音痴から道にでも迷っているんだろう、と思われていたヴェインの捜索は難航していた。―早いもので、数週間が経とうとしていた。
当初はみな、すぐに見つかると思っていたのだ。けれど、その予想に反して、ヴェインの姿どころかその痕跡や手がかりさえどこにも見つからなかった。まるで、はじめからその場所にいなかったように、ヴェインは忽然と姿を消してしまったのだ。
 ヴェインが消えたあの日、パーシヴァルと同じくして共に出ていたランスロットはヴェインが気が気でないらしく、連日遅くまで捜索に出ているというのにあれ以来ずっと眠れていないようだった。
「ヴェインに、何かあったのではと思うと…」
「…いいからおまえは眠ることを考えろ、駄犬が戻るより先におまえが倒れてどうする」
「わかっている、わかってはいるんだ……」
 いつも涼しげな目元には薄らと隈のようなものが出来ているランスロットは、パーシヴァルの言葉に弱々しい声を漏らしながら小さく息を吐いた。本当に、このままではランスロットは倒れかねなかった。
「わかっているのならばもう寝ろ、いいな」
「……ああ、すまないパーシヴァル…」
 と、と背をやんわりと摩るように押してやるとランスロットは僅かに間をあけてから頷いた。それから、平時であれば凛々しい足元をいくらかふらつかせながら廊下を歩いて騎空艇の自室へと戻って行った。その背は随分頼りなく、あんな姿フェードラッヘの民や騎士団に属する騎士たちにはとてもではないが見せられたものではなかった。
後ろ姿が見えなくなるまで見送りひとりになったパーシヴァルは、そっと吐息を零した。
「パーシヴァル」
「! ジークフリートか…」
 暫くその場に立っていると、不意に背後から声を掛けられ肩を揺らした。振り向くと、どうやらつい先程帰ってきたらしいジークフリートが立っており、警戒するような目をじろりと向けたパーシヴァルに困ったように苦くほほえんでいた。
「ランスロットの様子はどうだ」
「……どうも何も、おまえも知っているだろう。相変わらずろくな睡眠もとっていないせいでひどい有様だ、目も当てられん」
 ランスロットの痛ましい状態は、この騎空団に属している者であれば今や誰しもが知っていることだった。それは、ヴェインがいなくなってからは珍しく毎日騎空艇にこうして戻ってきているジークフリートもよく知っていることだろう。
パーシヴァルが僅かに眉間に皺を寄せ苦々しく放った言葉に、そうか、とだけ呟きジークフリートは何か思案するように目を伏せた。
「気になるのであればおまえから言ったらどうだ、おまえの言葉のほうがあいつも多少は聞く耳をもつだろう」
「そうか? 俺はおまえのほうが適任だと思うぞ」
「…おまえまで団長と同じことを言うな」
 心底そう思っているようで、パーシヴァルにそのように言われるのが意外だとでも言わんばかりに一瞬琥珀色の瞳をまるめ、ジークフリートはきょとんとした。
パーシヴァルはそんなジークフリートの顔を見て、寄ってしまいそうになってひくつく眉間に手をやった。
 ヴェインの捜索は、当初はヴェインのいつもの調子で迷子になっていると思われていたからランスロットやパーシヴァルといった数名のみで行って、団長や他の騎空団のメンバーはその数名に任せて、各地に騎空艇を飛ばしていつも通り依頼などをこなしていたのだ。だが数日経っても、ヴェインは見つからなかった。パーシヴァルがその報告を団長にすると、こんなにも見つからないのはおかしい、と何かあったのでは、と同じくヴェインが消えたあの日にともにいた団長は顔を青ざめさせた。
 捜索にあたっていた人数が少なかったとはいえ、ここまで何の手がかりがないというのは確かに何かがおかしかった。仮にヴェインがいつものように道に迷っているのだとしても、さすがに周辺の街にたどり着けないということは、ヴェインと言えどもさすがにありえない。けれど、島に点在するどの街や村にもヴェインを見かけた者も、ヴェイン自身もいなかったのだ。
 やがて、何か決意したように立ち上がると団長は団をあげてヴェインを探そうと言いだした。今では、団長指揮のもと属性など関係なく数グループに分けてさらに広い範囲を端々と捜索、また島自体とヴェインが消えた周辺に何か不審な出来事がなかったか、などの情報収集をしている。
そして、その組み分けの際にランスロットと同じグループになったときに団長にも今のジークフリートの言葉のようなことを言われたのだ。
 ―正直なところ。ランスロットのことを見ているのが嫌だとか面倒だとかではないのだ。事実、パーシヴァルとてランスロットのことは心配だ。けれど、果たして団長やジークフリートが期待しているようなことを自分が出来るのかと考えると、とてもではないが自分は適任ではないと思っていた。あんな状態のランスロットにはもっと、細かに気遣って優しい言葉をかけ安心させられるような誰かが―。
そこまで考えて、いつもランスロットの傍にいる今はいない男の姿が脳裏を過ってパーシヴァルは顔をゆがめた。
「くそ、あの駄犬め…どこまで人に迷惑をかけるつもりだ…」
「そうだな、ヴェインがそう簡単にどうこうなるとは思えんが…手がかりさえないともなると心配ではあるな」
「っ人の言葉を曲解するな! 俺は!」
「わかったわかった」
 言葉の前後のかみ合わなさに思わず眉尻をあげ、睨みつける。だが、ジークフリートは噛み付かんばかりのパーシヴァルを制するように両手を上げどうどう、とするばかりで言葉に反して納得しているという様子ではなかった。
  それからいくつか今日の捜索の話を互いに情報を交換したが、ジークフリートのほうでもあまりめぼしい成果は得られなかったようだ。
ジークフリートとわかれてパーシヴァルは自室へと戻ってきた。武装も解いて、軽装に着替えてベッドに横になると、ようやく肺に溜まった重苦しい空気を吐き出せた。
明日も、恐らくああは言っていたがろくに寝ていないランスロットが例えひとりでも早く出ようとするはずだから、パーシヴァルもそれに合わせて早起きをしなければならない。
 ふと、視線を向けると月明かりの僅かな光が差し込む窓際にはヴェインがいなくなってから暫くしてから捜索場所付近で偶然転がっているのを見つけた、ヴェインによく似たぬいぐるみが静かに座っている。
何故、これを持ち帰ってきたのか―パーシヴァル自身にもよくわからなかった。
 初めは、ヴェインを模したぬいぐるみなのかとパーシヴァルは思っていた。白竜騎士団―というより団長のランスロットはフェードラッヘの城下の女性たちに大人気で、姿絵といった本人を模したものが数多く存在している。もちろんそれは副団長であるヴェインも同じだ。だからヴェインを模したぬいぐるみが存在していても何らおかしくはないと考えていたのだ。ヴェイン本人はいつも、“ランちゃんのほうが”だのなんだのとすぐにランスロットのことばかり口にするが、ヴェインとて城下の女性に人気があるのだ。知らないのは本人だけで。
 けれど、よく冷静に考えてみれば本当にこれはヴェインを模したぬいぐるみなのだろうか。どこにでもあるような、金の髪と翠の瞳のぬいぐるみなのではないだろうか。ぬいぐるみが着ているのはヴェインの鎧であればまだしも、このぬいぐるみが着ているのはごくごく質素なシャツ姿だ。
…もしや。ヴェインを探すあまりに、ヴェインの影をこの何の変哲もないぬいぐるみに自分は求めてしまっていたのでは…、と冷静になった今では思いはじめていた。いや、そもそも例えこれがヴェインを模したぬいぐるみだとしても何故持って帰る必要があったのか…と、パーシヴァルは思わず苦々しく顔を顰めた。
「……」
 手を伸ばして、ごく小さなぬいぐるみを手に取って再びベッドに寝転ぶ。
見れば見るほどに、このぬいぐるみはヴェインに似ている。柔らかそうな金髪も、額に流れる前髪も、甘い目尻も、弧をえがく口元も。
(―今おまえは、どこにいるんだ)
 何のぬくもりもない、ただただ中に詰まった綿の弾力だけが伝わるぬいぐるみの顔を指でなぞる。
 普段、国に仕える騎士であるヴェインはフェードラッヘにいて、自身は理想の国造りのため騎空団と共に全空のあちこちを周る旅をしている。会えない時期なんていうものはうんと長いのが当たり前だった。
けれど、行方がわからない、というだけで、ヴェインが姿を決してから今日までのたった数日でも、今はぬいぐるみに縋ってしまうほどにその姿をもとめている。あの陽気な声と無邪気なわらった顔がひどく恋しい。
「ヴェイン…」
 騎空艇が動く低音だけが僅かばかりみちる部屋に、ぽつりとパーシヴァルの切実そうな声がおちる。なんて声をしている、と自分でもわらえるようだった。
 そっと瞳を閉じて手にしていたぬいぐるみを抱く。すると、どうしたことかそのぬいぐるみからふわりと覚えのある匂いがするような気がした。
すん、と吸ったその匂いはヴェインからするものと少し似ている。―いつも、パーシヴァルの気など知らず、何の気もなく肩に腕を回してきたりなんてことのないスキンシップのようにひっついてきたときに香るものと同じ匂いだ。無知は罪である、という言葉通りまさかパーシヴァルが自身へどんな想いを向けているのか、なんて知る由もない無遠慮なヴェインがパーシヴァルは自分勝手にも時折少し腹立たしかった。だからパーシヴァルが最もきらいで、憎くて、一番すきな匂いなのだ。
 ぬいぐるみからそんな匂いするはずがない。だからきっとこれも、幻のようなものだとそう頭でわかっているのに、胸の奥がざわざわと騒がしくなる。眠る前の穏やかであった心臓は早鐘を打ちはじめている。
早い鼓動でくるしくなった呼吸を、は、と零すと随分と熱っぽく―それどころか体があつい。
 瞳を閉じたまま、ぬいぐるみを抱いたままそろりと片手を自身のからだの下の方へと伸ばす。案の定、触れた下半身は衣服を押し上げ布越しからでもわかるほどに熱を持っていた。
くそ、と噛みしめた唇の隙間からそんな悪態を零すが、昂ぶった身体と心は冷め切った頭を徐々に浸食していき熱に浮かせる。
 布越しに擦るように爪を立てると肩が跳ね、同じように下衣に包まれたままのそれもびくりと反応し存在を主張するようにまた大きくなる。
濡れてしまう前に、寝衣のズボンを下着ごとおろすと先程までぎゅうぎゅうと苦しげに押し込まれていたペニスが解放されてぶるりとまろびでる。
そろりと触れるといつの間にかすっかり勃起しきっていて、少し上下に擦るとあっという間に先端からとぷとぷと体液が零れ始めた。
「…っ、ハ、ぁ」
 瞳を閉じたままだと、すぐ傍にヴェインによく似た匂いを感じて、まるですぐ傍で、となりでヴェインが眠っていて意識がないのをいいことに自慰をしているような…ただぬいぐるみがあるだけなのにそんな気さえ起きる。びりびりと下半身に快楽が走って何を馬鹿らしいことをと自身の妄想とも呼べるそれに羞恥さえ覚えていた頭から、正常な判断を奪うように痺れさせた。
 それに、何もかも今更だ。ヴェインを好いていると、そういう意味で好きなのだと気付き想いが加速していって劣情を抱いてからもう幾度となく同じようなことをした。脳内で、都合のよい想像をして自身を慰めていたのだ。
「ク、ッん…、ぅ、はぁ…、っヴェイン、」
 にちゃにちゃと上下に扱く手に粘質のある液体が絡まって立つ音と、抗えぬ快楽で頑なに引き結ばれていた口元が綻んでほろほろと零れた喘ぎ声がまじる。
喘ぎ声と同じように零れた唾液で濡れたくちびるで、その名前を呼ぶだけで幸福感と背徳感でおかしくなってしまいそうで枕に頭をこする。吐息と共に幾度目かの彼の名前を紡ぐと、ぐうとせりあがってくる射精感に思わず根元をぎゅうと握りこんで押しとどめてしまった。あと少しで弾けそうだった手の中のペニスは切なげに震えどくどくと脈動しながら、まるで涙のように恐らく白濁色が混じっているであろう体液を零している。
寸止めとも言えるその自身の行動に、ビリリと下半身に走った痺れに思わず“ああ”とうっそりとした声を漏らして、閉じた瞳から快楽で滲んだ熱い涙が頬を伝った。
 ただ内に宿る熱に身を委ねるだけのこの時は、余計なことも何もかも考えなくて良いから。射精してしまえば全て波のように引いていって、後は冷静すぎる頭が残るだけだ。だから、思わず止めてしまったのはこの後襲われるであろう虚無感を避けたかったのかもしれない。
けれど、いつまでもこうしてはいられない。わかっている、そんなことくらい―と根元を押さえていた手を離して、裏筋を辿って絶え間なく液体を零しつづける亀頭を親指をぐりぐりと刺激する。
「ぐ、ぅッ…!」
 びゅ、と勢いよく白濁とした液が噴出した。ここ最近は、もちろんヴェインの捜索のこともあって特に忙しくて、騎空艇の自室に帰ってからは泥のように眠っていたから処理をしている暇など当然なかったので随分と溜まっていたようだ。ハーハーと荒い吐息を吐き出すのに合わせて上下する腹筋に飛び散らしてからも、びゅるびゅると緩く精液は零れ続けていた。
 ようやっと射精が終わり、薄らと瞼を持ち上げると眼前にはあのぬいぐるみが目を閉じる前となんら変わらぬ姿でパーシヴァルを見つめている。
射精の余韻でぼんやりとその表情も変わらぬ無機質なぬいぐるみを見つめ返す。そしておもむろに、白濁に汚れていないほうの手を伸ばして再びそのぬいぐるみに触れた。
「―ヴェイン」
 ぽつりとつぶやいたそれは、自分でも笑えるほどに切実そうな音だった。
「おまえに会いたい」
 ぬいぐるみに言ったところで、どうしようもないとわかっていてもそう零さずにはいられなかったのだ。常ならば無遠慮で無神経なスキンシップも、許そう―いいやそれどころかどう思われようとその体をつよく抱き返してやりたい。パーさんなどという間の抜けな呼びかけをする声ですら今は遠く、恋しかった。
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ppvv3388 · 7 years ago
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フェラの話 パーヴェ
 ―ある日の昼下がり、騎空艇の一室。数日前まで連日討伐の依頼に駆り出されて忙しい日々を送っていたヴェインは、昨日ようやっと解放されて久々の休日を過ごしていた。
 本来であれば同じくして騎空艇に乗りこんだランスロットと共に、残りの休暇をのんびりと過ごすはずだったのだが、ランスロットは急遽舞い込んできた別の依頼に駆り出されてしまったのだ。
同じ属性であれば、ヴェインもランスロットとともにその依頼の手助けをしようとも思ったが、残念なことに今回はランスロットが扱うもうひとつの風の属性のメンバーが入用だったようだ。なので、ヴェインは依頼へ向かうランスロットと、それからジークフリートのふたりに依頼に出向く団長を含めた皆のための軽い食事を詰めたお弁当を託し、見送ったのだった。
 突然のことだったので、さてランスロットが帰ってくるまでこの騎空艇でいかに休日を過ごそうか―ヴェインはうーむと腕を組んで部屋で思考を巡らせていた。
今回は依頼に出っ放しだったので、騎空艇の部屋からランスロットの私物を片づけるといった用事はないし、依頼やら何やらと出払っているメンバーのほうが多いようで今この騎空艇にはあまり人がおらず、厨房も洗濯もあまり忙しくないようで手伝う必要もなさそうだ。
と、そこまで考えて―そうだ、とピンとようやっと今日の予定をひらめいて、ヴェインはがたりと椅子から立ち上がって意気揚々と部屋を出た。
  何か頼まれごともなければ、手が必要そうな箇所もない―と、なれば向かう場所はたったひとつだった。
厨房で依頼組に手渡したものと同じ軽食のサンドウィッチを皿に乗せ、それから紅茶も淹れてどちらも二人分を盆に乗せる。盆を持ったヴェインが、鼻歌なんかをうたいながら廊下を歩いて向かったのはずらりと団員たちの部屋が並んでいる居住スペースだった。
 ヴェインやランスロットといった、普段は国元におり時折しか騎空艇に乗り合わせない者たちは決まった部屋というものはなく、基本的には居住スペースから少し離れた場所にある所謂客室のようなものを、その時々にいつも使わせてもらっている。しかし、基本的にこの騎空艇と共に旅をともにしているメンバーたちに関しては各々部屋を割り当てられているのだ。扉や部屋の横には部屋の主の名前がそれぞれの性格を表すように装飾されていたり、シンプルに名前だけ書かれていたりなどされているプレートが掛けられている。ヴェインはぴたりと立ち止まったひとつの部屋の扉にも特に飾り気のない名前だけ書かれたプレートが掛けられている。
盆を一旦慎重に片手で持ち、ヴェインは意気揚々とその扉を数度叩いた。
  ヴェインの目的は、ヴェインと同じく依頼もなく休日を満喫しているであろう恋人―パーシヴァルと会うことだったのだ。そうだよせっかくの休日が合ってるなら真っ先に恋人に会いに行くべきだよな、とヴェインはあそこまで思考を巡らせてやっと思いついたという、いの一番に思いつかなかった自分には少々呆れる。
 パーシヴァルは基本的にこの騎空艇と共に旅をして自身の国造りのためあちこち巡っており、ヴェインはといえばフェードラッヘで騎士団副団長として忙しい日々を送っている。―ふたりが会える事などヴェインが騎空艇に乗りこむか、騎空艇がフェードラッヘに寄るかしない限り、めったにない。会えない間は手紙などのやり取りは細々と続いているが、それもどちらかが多忙になればぷつりと途絶えてしまうし、騎空艇の行先によってはうんと距離が離れるので、手紙が届くまで時間も掛かるから頻度はそう高くない。もちろんヴェインはいつも、パーシヴァルの旅で訪れたあちこちで見聞きしたものが綴られているその内容はヴェインのまだ知らないことも多々あってわくわくしながら読んでいるし、結びにささやかに―けれどいつも違う言葉でつづられるヴェインへの想いを読むとたまらなくうれしかった。だから手紙は楽しみにしているし、自分から返事を、空いた時間に何を書こうと考えながら書く時間もすごくたのしい。でも―それでも、実際会えるほうがいいに決まっている。
それに、ヴェインが騎空艇に乗ったとしても今回のように両者ずっと依頼に出っ放しのほうが多くて過ごせる時間が少ないことのほうが多い。だから、今回不意に舞い込んだ休暇は幸運だった。
 かくして。ヴェインはパーシヴァルの部屋で、ヴェインが持ってきたもので昼食をとっていたわけだが―パーシヴァルもまだ昼食を摂っていなかったようなのでちょうどよかった―。
(……口ちっちぇー…)
 向かいに座ってヴェインの持ってきた食事を摂るパーシヴァルを、ヴェインは自身の食べる手を止めてぼんやり眺めながら、そんなことを考えていた。
 家柄が良いから当然と言えば当然なのかもしれないが、パーシヴァルの食事の摂り方というのはとても品が良い。例え口にするそれがどんなものだろうと、大口をあげてかぶりつく、なんてことは絶対にしない。今だってサンドウィッチを食べているが、がぶがぶ食べることもなく上品に口に運んでいる。もちろん、ほろほろと食べくずを落とすこともない。本当に今食べているのは厨房で簡単に作ったサンドウィッチなのか?と思ってしまうほどだった。パーシヴァルが手にとり、口にするとそれらは全て高級なものに見えてしまうのだから不思議だ。
いや、そうではなく。ヴェインが見ているのは、あくまでもパーシヴァルの口だ。食事の仕方ではない。…パーシヴァルの口が小さい、というこれは常々、ヴェインが思っていたことではあるのだが。そう、例えば…キスをしたときとか、すうすうと寝息を立ててとなりで穏やかに眠っている姿を見たときとか、今のように向かいで食事を摂っているときとか、それから―。
「……何をじろじろ見ている」
 さすがにヴェインの熱視線に気づいたらしいパーシヴァルが、食事の手を止めてじとりとヴェインを見つめ返してきた。
「パーさんの口、ちっちゃくて可愛いなあって…」
「……、……ほう?」
 連日の忙しさからの寝不足だったせいか、それとも単純にぼんやりしていたせいか、ヴェインはパーシヴァルの問いに何の誤魔化しもなくぽろりと口から正直な本音を零していた。元から別に隠す気もなかった、というのもあるが。
パーシヴァルはと言えば、一瞬言葉を失っていたようだったが、すぐに食事の手を止めてひくりと眉を寄せ低い声でそう呟いた。…ぼんやりしているヴェインはそんな不穏な雰囲気に気付きもしないが。
「いや、正直言うと…前から思ってたんだよ俺。パーさんって、よくフェラしてくれんじゃん? その時もさぁ、ちっちゃい口めいっぱい開いて俺の銜えてんのとか、正直…めちゃくちゃやばい…」
 真昼間から話すことでも、ましてや食事中に言うことでもないことをヴェインは口走り、うっとりとも悩ましげともとれる息を零していた。パーシヴァルはそんなヴェインの迂闊な発言やらストレートな単語を叱り飛ばすでもなく、何も言わずにただただ顔を顰めるばかりだった。
 まさかこのうっかり零した発言が、後々あんなことになろうとは、このときのヴェインは知る由もなかった―。
  その日の夜。ヴェインは、団員たちがみな夕飯を摂り終え僅かばかり慌ただしい厨房の後片づけを手伝った後足早にシャワーを済ませて、昼間同様パーシヴァルの部屋を訪れていた。夜も遅いということと団長たち一行とは別に依頼へと出向いていたメンバーが大半で疲れもあってか、みな寝静まっているようで廊下はしんと静寂に包まれている。
こんこん、と二回、昼間よりもいくらかそおっとヴェインにしては静かに扉をノックすると、特に約束をしたわけでもないのにまるでヴェインがこのタイミングでやってくるのをわかっていて扉の前にいたかのように、すぐに扉は開いた。互いに挨拶もそこそこに―いやそれどころか何ひとつ言葉もなく、ヴェインのノックに扉を開けたパーシヴァルはヴェインの手をぐいと引いて、ヴェインは引かれるがままに身を委ねてすぐに部屋へと滑り込み、キスをした。がぶりと噛み付くみたいなキスをしながら、器用にもパーシヴァルはきちんと部屋の鍵を閉める。
そのまま唇を重ねては離し、かと思えばすぐにまた重ねて…と幾度もリップ音を立てキスを交わし縺れながら、部屋を進み互いの服を脱がし合い―ベッドにつくころには互いに瞳に熱を灯して爛々と輝かせ、すっかり昂ぶっていた。
  パーシヴァルの部屋の灯りは大体が落とされ、今はベッドサイドのランプがほんのりと灯っているだけだ。時折、艇の動きでゆらりとランプの火が揺らめいて、ベッドのふたりを妖しく照らしている。
ごうんごうんと騎空艇が動く緩やかで微かな音と、風を切る音―騎空艇に乗っていれば自然と聞き慣れて騒音と思わなくなったそれらの音の狭間に、吐息と水音が室内に響いていた。
「は、っぁ…、ぅ…」
 ベッドに腰を下ろしたヴェインの足の間―床に膝をついたパーシヴァルは、いつも通りの流れでヴェインに口淫を施していた。
 恋人になってはじめてセックスをしたときはしなかったが、二度目以降からは必ずどこかしらのタイミングで、パーシヴァルはヴェインに口淫―フェラチオをしてくれるようになった。初めてされたときなんか、ヴェインは大層驚いたものだった。まさか、あのパーシヴァルが―常からヴェインをさも自分が主人だと言わんばかりに犬と呼びつけているような男が、その犬たるヴェインの足元に跪いてみせるのだ。
 足元に膝をついたパーシヴァルは、さっさとヴェインのズボンと下着に手を掛けて脱がせ、キスや触れ合いをしただけで既に緩やかに反応を兆しているヴェインの陰茎に触れる。少し触れただけですぐにむくりと肥大して先走りの透明な液をこぼし始めるそれを見てパーシヴァルは、にちにちと茎を扱きながらふと笑うのだ。その笑いの微かな吐息が先端に触れるだけで、びくりと腰を揺らしふうふうと吐息を荒くして顔を真っ赤にさせるヴェインは、パーシヴァルの目からさぞ面白く見えていることだろう。
いくらか扱かれあっという間に反り返り勃起すると、パーシヴァルはその上品な唇からちろりと髪や瞳と同じ赤い舌をのぞかせて一度ぺろりと自身のくちびるを舐め、ヴェインの陰茎へと口を近づける。まるでキスをするみたいに、亀頭にちゅ、と唇を触れさせてから横笛をふくように側部にくちびるを滑らせて唇で愛撫する。その仕草によって、浅ましくひくひくと跳ねる赤黒い陰茎がパーシヴァルの存外白い頬を先走り液でぬとりと汚しながら触れ、下ろされているひと房の横髪を押しのけている様は、なんとも淫靡で倒錯的でそれだけで達してしまいそうになってしまう。でも、腰を浮かせると“まだ駄目だ”と言わんばかりにパーシヴァルに根元をぎゅうと強く握られるのだ。うぅ、と呻きながらもなんとかヴェインは射精の波を堪えた。それを微笑みながら見届けたあと、パーシヴァルは垂れてくるさらさらとした髪を耳に掛けながら、絶え間なく半透明な液を零しつづける先端部分に舌を伸ばして触れさせて―ようやく口内に迎え入れられる。
昼間言った通り、パーシヴァルの口は決して大きいほうではない。それに対してヴェインの陰茎は、自慢じゃないがそれなりのサイズがある。すっかり興奮して大きくなったそれを、パーシヴァルは食事のときでさえあまり大きく開けない口をあけてはくりとヴェインの陰茎を“たべて”しまうのだ。当然全てを収めきることは不可能なので、可能なところまで咥え、加えきれなかった茎は手で擦る。ぐぷぐぷと唾液と先走り液が混じるいやらしい音を立てパーシヴァルの頭が揺れる。時折唇をすぼめたり口内で舌ににゅるりと亀頭を舐められたり―一体どこでそんな技術学んでくるというのか。
あまりに強烈な快楽に、口端からたらたらと唾液が滴り普段の声より数トーン上がった喘ぎ声に、口淫を施すパーシヴァルは上目にヴェインをちらりと見遣って瞳をそっとほそめてみせる。パーシヴァルからすれば、己の施したことでヴェインが翻弄され快楽に抗えない様子が悦なのだろう。だが、ヴェインはその上目気味の熱っぽい視線も、時折内側に当たってぼこりとパーシヴァルの線のうつくしい頬のかたちを歪めるその様も何もかもがたまらなく劣情を煽られるのだ。
  昼間にあんなことを言ったせいか、今日は一層パーシヴァルのフェラチオする姿が気になって仕方がない。もう間もなく射精しそうだ、とパーシヴァルの頭においていた手がくしゃりと赤髪を僅かに乱す。いつもであれば、このままパーシヴァルのペースに従い、パーシヴァルの狙ったタイミングのままにヴェインは果てるのだが今日は、いつもよりも興奮してしまってよからぬ欲がむくむくとヴェインの中で芽生え始めた。
「っ、ごめ、パーさ、ん…!」
 僅かに腰を浮かせ、謝罪の意味がわからないままのパーシヴァルの頭を押さえたまま思い切り腰を押しつけた。今までパーシヴァルの許可範囲内を越え、ごつんと亀頭が喉の入り口にぶち当たった。
射精のタイミングにせよ何にしても今まで従順な犬に徹していたが、ヴェインとて男だ。こんなに劣情を煽られ、男としての欲求が勝ってしまったのだ。
よもやヴェインがこんな行動に出るとは思ってもなかったであろうパーシヴァルは、あまりの衝撃にただただ驚愕に目を見開いていた。
「はー、ッあ、…ん、ぱーさんの口ンなか、すげーきもちい、ッ…」
 好き勝手している、ということもあるいは快楽を増長させたのかもしれなかった。時折拒絶するように動く舌の抵抗さえ、最早ビリビリと全身に走る痺れのような快楽になっている。瞼を下ろしうっっとりと吐息を漏らしながら腰を動かすヴェインは、ますますその気持ち良さを追うことにしか意識が向かなくなっていた。何度も強引に口内に押し込まれて、くぐもった声をあげヴェインの内腿や腹や足首をを叩いたり殴ったり蹴ったりとパーシヴァルは怒りをあらわにしているのに、ヴェインはまったく気づきもしない。
「ぅあッ…も…イ、く……、!」
 びくりと腰が震え、口内に僅かばかり白濁を吐き出してずるりと抜き出して残りは、不愉快そうに歪むパーシヴァルの顔にびしゃりと散った。
「っは、ぁー………って、わ、ご、ごごごごめんパーさん!!」
「…………」
 眩暈のようにじわりと全身を巡る射精の余韻から、ふと我に返ったヴェインは目の前の惨状と己のしでかしたことにさあっと全身の血を引かせて、ぱっとパーシヴァルから手を離した。
ヴェインの足の間に座るパーシヴァルは、つい先程ヴェインがつい掴んでしまったせいで風呂上りでさらさらとしていたはずの髪はぼさぼさだし、先走りやら精液やらで顔は随分汚れてしまっている。パーシヴァルは怒声を飛ばすどころか、怒りの頂点をとうに越えたのか唇を引き結んで一言も言わず、こちらへ向ける瞳は絶対零度並の冷やかさを持っている。
あわわわと慌てたヴェインはばっと飛び上がった後、その勢いのままベッドの上で頭を下げた。
「本当-っ、にごめんなさい!! マジで調子に乗りすぎました、パーさんに乱暴したかったとかそういうアレじゃなくってつい魔が差したっつーか、むらむらしすぎたというか、なんというかええっと!!」
 先程まであんなにも興奮やら快楽やらで浮ついていた熱い体がどんどん冷えていく。己のしでかした事の大きさと、普段炎を操っているパーシヴァルがまるで彼の兄が操る氷のような冷ややかな瞳と雰囲気が、一気に部屋の室温を下げているような気がした。
「な、なんでもするから許してくれよパーさん…、な、? ほら、じゃあ…えっと、そうだ!今度は俺がパーさんにフェラしてやるからさ…」
 これはヴェインの予測にしか過ぎないが、パーシヴァルは別段ヴェインにフェラチオされるのが嫌だからヴェインのフェチオの提案を拒否しているわけではないはずだ。そもそもパーシヴァルがヴェインにフェラチオをするのは、普段抱かれる側であるヴェインへの考慮なのだと思う。もちろんパーシヴァルはヴェインを女のようにしたいわけでもそう扱っているわけでもないが、それでも“オンナ側”という事実は変えようもない。だがヴェインも男ゆえに男としての矜持のようなものはあって、それを満たし守ってやろうと同じ男としてパーシヴァルはきっと思っているのだろう。けれどあくまでも抱く側は譲ってやる気はないらしいパーシヴァルは、フェラチオまでさせては本当にヴェインの男���しての矜持が折れてしまうのだろう、と考えたはずだった。ヴェインは別に、構いやしなかったのだけれど。
 とにかく、ここまできては最早それも関係ないだろう。ヴェインの矜持のためにフェラチオを買って出ているパーシヴァルだが、同じ男でありヴェインを抱きたいという性的欲求がある以上きっとフェラチオだって本当はされたいはずだ。
それに、パーシヴァルは優しい男ではあるが、フェラチオをしているときやセックスをしているときに主人のような振る舞いをして興奮している節があった。ならば、それこそフェラチオなんて絶好のプレイだしパーシヴァルが好まないはずがない。
この提案が果たして怒り沸騰中のパーシヴァルに通用するか、そもそもこれが正解なのかもわからないけれど、さあどうだとヴェインは懸命にベッドに額をこすりながらパーシヴァルの返答を待った。
「……いいだろう」
 いくらか気まずい沈黙を経て、パーシヴァルはあきらめたよう深い溜息を零してようやくそう一言発した。
「! ありがとなパーさん…!」
 なんとか部屋を叩きだされることは回避できて、ベッドから顔を上げたヴェインはぱあと顔を輝かせた。
ばっとベッドから勢いよく降りて、んじゃあ座って座って!と座ったままだったパーシヴァルを促すと、調子のいい奴め、と呟かれた。立ち上がり、先程までヴェインが腰を下ろしていたベッドに座ったパーシヴァルの足元に、いつもパーシヴァルがするようにヴェインは交代するようにちょこんと座り込む。
「…よ、よぉし……じゃ、じゃあその…失礼、します…」
「……ああ」
 ごくり、とヴェインは唾を飲みこんだ。言いだしっぺは間違いなくヴェインではあるが、いざするとなると緊張のせいか緊張で手が震える。そっとパーシヴァルのズボンに手をかけ、僅かばかりずらして下着の中から陰茎を取り出す。もちろんあんな強引なフェラチオをさせられたせいなのかパーシヴァルの陰茎は、僅かに硬さはあるもののまだ幾分か柔らかい。…まあそりゃあんなことさせられて勃起なんかするわけないよな、とヴェインは申し訳なく思いながら、己のしでかした責任を取るためにゆっくりと口を近づけた。
(…えぇっと、いつもパーさんどうやってたかな……)
 懸命に脳内でいつもパーシヴァルがどうフェラチオをしていたかを思い出す。
如何せん、ヴェインはフェラチオなど生まれてこのかたしたことは一度もないのだ。男と付き合うのも、男とセックスをするのもパーシヴァルが初めてだったから。…というかなんだったら、女性ともヴェインはしたことがなかった。だからヴェインの知っているフェラチオは、たまたま目にしてしまったエッチな本に描かれているそれか、パーシヴァルのそれしかない。当然そうなるとヴェインが思い浮かべるのは一番身近で実際施されたパーシヴァルのフェラチオのやりかたしかなかった。
(う、うぅん……変な味、っつーか…なんというか……)
 そうだパーシヴァルは亀頭を舐めたりしてくれて、それをされるとすごい気持ちよかったっけ、と、べ、と舌を出して意を決して先端部分をまずなめてみると、なんとも言えない独特のえぐみが一気に口内に広がって顔をきゅうとゆがめる。これを口に入れるのか?とたったほんの少し舐めただけなのに既に口に含むのを躊躇して尻込みしてしまう。いつもパーシヴァルはこんな感覚だったんだな、と思うと、いつもしてもらってたくせに何を躊躇しているんだとヴェインは自身を叱咤する。
きっとパーシヴァルからは、ひどく拙く感じるだろうがヴェインはまだ柔らかい陰茎を掌に乗せて持ち上げて裏筋を舐めなぞってみる。すると、ようやくパーシヴァルの陰茎はぴくりと反応を示して僅かに硬くなる。頭上からもパーシヴァルの少し詰めたような吐息が聞こえた。よかった多少はパーシヴァルも興奮しているようだ、とヴェインはひそかに胸をなで下ろした。
(よ、よし…次は、く…口の中にいれれば、いいのか……?)
 当然詫びとしているのだから、次どうすればいいのか、なんてパーシヴァルに指示を仰ぐわけにはいかない。少なくともふにゃりとはしなくなったそれを暫く真正面で見合ってから、ヴェインは思い切って口の中に入れてみた。いつもは後ろの穴で迎えているパーシヴァルの陰茎を銜えているのはなんだか不思議な感覚だった。
 唇をすぼめてみたり口内で舌を動かしたりと、普段パーシヴァルがしてくれていた感覚を思い出しながらぎこちなく手さぐりでしてみたものの…。口内のパーシヴァルの陰茎は多少当初よりも勃起しているが、完全に勃起しているかと聞かれればしていないし、射精をする兆しもない。別にパーシヴァルが遅漏というわけでもないのに。
視覚的なものなら多少興奮して勃起するものの、射精にまで至るかと言われれば恐らく微妙といった感じだろう。ぷは、と苦しくなってヴェインは一旦口を離した。
「……下手くそだな」
「んなっ……! し、仕方ないだろ! 俺フェラとかすんの、はじめてだし!!」
 すると、ずっと無言を貫いていたパーシヴァルがばっさりとそんな事を言うものだから、慣れないなりにパーシヴァルをなんとか気持ちよくさせようと懸命にやっていたヴェインはびしりときた。
 そもそも、初めてしてもらったときから上手かったパーシヴァルのほうがおかしいのだ。したことがあるのか、知識としてあってぶっつけ本番で成功したのかどちらなのかは知らないが。どうしてそんなにうまいのか、なんて何度も気にはなったがなんとなくこわくて今の今までヴェインは聞いたことがなかった。
「―そうだな。…なら、仕方がないな?」
 ―あ、なんか嫌な予感がする、とヴェインはちろりとパーシヴァルを見上げた。先程まで機嫌降下の冷やかな表情を浮かべていたパーシヴァルは、一転して微笑みすら浮かべている。その微笑む顔を見て、ヴェインはそう直感で思った。
「何をぼんやりしている。はやく銜えろ、俺が教えてやる」
 教える、という人間の顔をしていないんですけど…となんだか嫌な予感をおぼえながらも、先程のこと���あり逆らうことなど出来るはずもなく恐る恐るヴェインは再びパーシヴァルの陰茎をぱくりと口内におさめた。
 一体何をされるのかと身をかたくしていると、するり、とずっとベッドの上に置かれていたパーシヴァルの手が不意にヴェインの後頭部に回った。最初、項に添えられていた指先が、ヴェインのちょうど髪が刈りあげられた部分に触れて、まるでくすぐるかのように這う。くすぐったい、とヴェインが身を捩るとパーシヴァルが微かに笑うような吐息が耳朶を擦る。ゆっくり、ゆっくりとその指先は上がっていって、上機嫌といった風にヴェインの元からふわふわと跳ねる髪を巻きつけたりだとか撫でたりだとかあそびはじめた。パーシヴァルは何をしているんだろうか、とヴェインはわけもわからずにただただ銜えただけの状態で疑問符を浮かべていた。
だが不意に、ぴたりとその手は止まる。ヴェインが何だろうと思うよりも先に突然ぐいと強い力で後頭部を押された。
「、?…!?」
 あまりにも突然のことで一瞬、ヴェインは己の身に何が起こったのか理解できなかった。気が付けば眼前に、パーシヴァルの鍛えられた腹筋があり口元に薄い陰毛が当たっていた。
口内に入れていた陰茎が、後頭部を押さえつけられ、腰を思い切り押しつけられたたことによって一気に奥深くまでめり込んだのだ。
「ッは、いいか駄犬…おまえは、唇をつかうのも舌使いも下手くそだからな、喉をつかうんだ」
 押しつけていた手は今度は後ろへと引っ張り、その動きでずろ、と喉奥にまで入り込んでいた陰茎が一気に引き抜かれる。うぇ、とヴェインがえづく間もなく腰を押しつけられて、再びずるずるとその苦悶の声ごと陰茎が喉奥に押し込まれる。
「んーっ、んぶ、ッぐ、ぅえ…!」
 本来、鼻ですれば呼吸は問題ないはずなのだが、喉ばかりに意識が集中しているせいなのか上手く呼吸が出来なくてくるしい。
つい先程ヴェインがむちゃくちゃをやらかしたときでさえ、喉の入り口を叩く程度だったのに対して、今パーシヴァルがしているのはその入口さえも越えて喉の奥まで押し込んでいるのだ。凄まじい異物感に強烈な吐き気がせりあがってヴェインはえづいてしまう。
だがそれに反して、さっきまでヴェインのへたくそなフェラチオをしているときと違って、ずるずるとヴェインの喉を犯すパーシヴァルの長さのある陰茎はどんどん硬くなっていく。徐々にむくりとヴェインの口内で勃起していき、反り返っていくことによってヴェインを上顎と喉の壁をこすりあげていく。
上手く息もできず苦しいし、喉の奥にこんな肉の塊が何度も行き来するだなんて正気の沙汰ではない。きっと顔は真っ赤だし涙も出ているし鼻水もでているはずだけれど。
「―ッそうだ、イイぞ駄犬…」
 興奮で浮ついた吐息混じりのパーシヴァルの声がすると、ぞくぞくと体が震える。いつの間にかパーシヴァルの押さえつけ引っ張る手が緩んでいたのに、変わらぬ強さでごちゅごちゅと喉奥まで陰茎が犯していく。
「…く、…はッ……」
 ぴくぴくと喉を行き来する陰茎が震えると、ぐうっと喉奥ギリギリまで押しつけられそこでぴたりと動きを止めるとびくりと一際大きく跳ね、僅かに声を漏らしてパーシヴァルは達した。どくどくと熱くどろりとしたものがヴェインの食道に直接流し込まれていく。
そこでようやっとヴェインは解放された。
「げほ、えほっうえ…!! ぅう…ひでえよパーさん…! お、れここまでひどいこと、してない…っ!!」
 はげしく咳き込むものの、直接流し込まれたからヴェインの口元からは一滴もパーシヴァルの放った白濁は零れずただヴェインの唾液だけが滴った。
涙やら鼻水やら何やらでぐしゃぐしゃのひどい顔でパーシヴァルを見上げ訴えると、意外だと言わんばかりの顔をされた。
「…ふん、そもそもはあんなことをした挙句に下手くそな貴様が悪いんだろうが。それにな」
 いまだヴェインの頭においていたパーシヴァルの手が不意に、妙にやさしい手つきで撫でる。
「勃起させながら言うことではあるまい」
 うっそりと笑みを浮かべパーシヴァルの言った言葉に、ヴェインは目を丸くした。―え?と視線を下げると、パーシヴァルにフェラチオされて一度射精をした上にあんな苦しいばかりのことをされた後だというのにヴェインの陰茎はしっかりと勃起していた。どうして、と思うけれど決して心当たりがないわけでもないヴェインは言葉を失った。
「―変態め」
 頭を撫でていたパーシヴァルの手が、ヴェインの顎をとらえてつかんだ。ぐいと掴みあげて、パーシヴァルは身を屈めてヴェインの口元でそう囁いた。かあと顔を真っ赤にしたヴェインを、蔑むような言葉に反して愛おしげに瞳をほそめてパーシヴァルは互いのモノを咥えしゃぶったあとだというのに、たまらないといった様子でキスをしてきた。
―ああもうどうしよう変な扉を開いてしまったかもしれない、とキスをしながらベッドの上に引っ張りあげられるヴェインはどこか遠くにそう感じていた。
    ―あれから。パーシヴァルは変わらずヴェインが望めば、あんなことがあったにも関わらず特に躊躇することもなくフェラチオをしてくれている。だが、それよりもヴェインがパーシヴァルにフェラチオをすることが増えていた。舌や唇を使ったり口内での仕草もまあぼちぼち形になってきてはいたけれど。
けれど―、どうされたいのか、そうヴェインは聞かれれば、先走りと唾液の混ざったものを口端から零し熱っぽい吐息を零しながら、どろりと蕩けた瞳でパーシヴァルを見上げるのだ。
「―…のど、に…くれ、…パーさんのちんこ、のどにほしい…っ」
 そう、すっかりヴェインは喉を犯されることに快楽のようなものを覚えるようになっていた。まるで、アナルを犯されるときのようにずるずると狭い喉を押し開かれることがたまらなく、きもちよくなってしまっていた。
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ppvv3388 · 7 years ago
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吸血鬼パロ パーヴェ 1
 本部からの任務通達書に書かれていた、“炎帝”が目撃されたという場所から程近い、森に囲まれた小さな村にヴェインはやって来ていた。情報収集と、主な拠点をここに据えるためだ。
ハンターたちの任務の期間というものは、任務によってかなりばらつきがあり、ターゲットの捜索から始めて、長期になるものからその日の内に決着がつくものまで様々だ。今回のヴェインの任務はどちらかといえば長期のものとなるだろう。なにせ、相手はあの“炎帝”だ。
村に到着するまでの悪路を走り揺れる馬車の中で、本部からの任務通達書と一緒に渡された“炎帝”に関する資料をいくつか適当に読み漁っていたが、どうも巧妙に人々に紛れ込んでいるようで、もう十数年その姿を誰も見ていなかったのだと言う。それでも、世界中に支部があるという利を活かして、本部のお偉いがたは血眼でその姿をずっと探し続け、やっと手に入れたのが今回の目撃情報、というわけらしい。しかし、そのやっとの思いで入手した情報というのは目撃されたという場所の表記が随分ふわっとしていて、正直この情報だけでターゲットを見つけ出せというのはなかなかに無茶な命令だ。せめて、どの街や村にいるだとかもっと詳しい話があればもう少しスムーズに済むのだが。周辺の森で見かけた、とかたまたまそこにいただけの可能性だってあるし、別の動物の姿にだって化けることが出来る吸血鬼ならば少し離れた街だって、行こうと思えばあっという間に行ける。そう考えると捜索範囲はかなり広い。ざっと考えただけでも、周辺のいくつかの街や村が捜索範囲内だ。その内に生活している人間の数といったら、それはもう途方もない数だ。
(…まー、どんだけ上手く化けててもおまえならわかるだろっていうことなんだろうなぁ)
 吸血鬼の血が混ざったダンピールのヴェインであれば確かに、どんなに吸血鬼が上手く人間の姿に偽装し、人間の中に混ざっていようと瞬時に見抜くことができる。だが、それはあくまで近くにいれば、の話である。別に、ダンピールにはレーダーがあってどんな遠いところにいても察知できるとか、そういう便利機能なわけではないのだ。結局のところ、自らの足でめぼしい場所に赴いて虱潰ししていくしかないわけで。
そんなことくらい、ヴェインがダンピールであると見ぬいている本部はわかっていそうなものだが、それさえわからなくなってしまうほど頭に血でものぼっているのだろうか。―いやどちらかといえば、藁にもすがる思いだったのだろう。もう何百年も生きているというその高貴な吸血鬼と、本部のお偉いがたの因縁とやらは詳しくは知らないし知るつもりもないが、よっぽど深いらしい。とは言っても、この感じからすると本部が勝手に因縁を感じているだけで、吸血鬼のほうは正直どうでもいいと思っていそうだ。むしろ、いちいち何百年も粘着されて嫌気がさしているかもしれない。
 やれやれ、とヴェインはひとつ溜息を零しながら、村の入り口からようやく足をすすめる。まずはこの村の中では一番大きな建物―教会を目指さなくては。
 基本、ハンターたちの長期任務においての滞在場所は教会となり、ハンターとしてではなく、神父として派遣されたという体をとるのだ。
組織は、今でこそハンターたちの集まりではあるが元は教会から生まれた、言ってみれば教会の傘下のようなものなので―だからこそわざわざご丁寧に特殊加工をしてまでカソックを着用させられているわけだ―、こんな小さな村の教会でさえ組織と繋がっているのだ。世界にいくつもあるすべての教会は原則としてハンターの任務を全面的にフォローする決まりとなっている。
 ヴェインは古めかしい教会の木のドアを、押し開けた。ぎぎぎ、という盛大な軋む音の通り立てつけがかなり悪く感じた。長い期間世話になるのだし、この辺りなんとか補修してやるのもいいかもしれない。
「―ああ、ようこそおいでくださいました…! すみませんヴェインさん、出迎えに行けず」
「いえいえ、こちらこそ突然転がり込むことになってすいません」
 教会内に入ると、この村でたったひとりしかいないという神父が礼拝の準備に追われているようだった。片田舎の小さな村の教会だ、ハンターが長期任務でやってくることなど想定していないだろう。そんな場所に突然、ハンターが任務のため滞在する、と通達が来たのだから仕方がないというものだった。ヴェインは随分焦った様子の神父を安心させるように、へらりと緩い笑顔を浮かべてみせた。
「すぐにお部屋にご案内しますので、もう暫くお待ちください」
 ハンターなんていうもの自体恐らく初めて見たのだろう、神父は随分恐縮しているようだったが、ヴェインの人の良い笑顔を見て安心したのか僅かばかり肩から力が抜けたようだった。わかりやすくほっと安堵の息を漏らした神父は幾らか強張っていた顔を緩めて、小さく頭を下げると礼拝の準備をしに祭壇のほうへ早足で戻って行った。
ヴェインはその背を見送ってから、窮屈だった馬車での長旅で凝り固まった身体を伸ばしつつ荷物を一旦おろし、邪魔にならなさそうな一番後ろの席に座って言われた通り待つことにした。カソックの上に着用していたケープも煩わしいので脱いでしまう。
狩りの際に着用している黒のロングコートはスーツケースの中だ。あれはあくまでも狩りのときだけ着用するものだ。あのロングコートは内側にあるポケットにありとあらゆるものを装備しているため、日常で着るには不便だ。
 ケープを脱いでようやく落ち着くと特にすることもないのでやはり礼拝の準備を手伝おうかと、ついと祭壇へと視線を向けると神父は誰かと話し込んでいるようだった。もうひとりいたのか、と一瞬、教会に入ったときには見かけなかったその姿に少し驚いたが恐らくヴェインが入ってきたときには、奥の部屋にでも引っ込んでいたとかそんなところだろうと予測する。
肩につくくらいの少し長い金糸の髪の―ヴェインの髪色も金だが、青年の金色のほうが幾分か薄く陽に透けるようだった―、やけに野暮ったい丸いレンズの眼鏡をかけた青年だった。この教会の子どもだろうか?―ヴェインが見つめていると、その視線に気づいたのか不意に青年がこちらを横目で見た。分厚いレンズの向こうの瞳は澄んだ空色…寒色であるのに、不思議と冷えた印象はなく、むしろぞっとするほどの熱量を感じる。
「――…」
 見つけた、とヴェインは思った。まだ確信を得たわけではないが、あの青年は吸血鬼だ。それがヴェインの今回の目的である“炎帝”とやらであるかまではわからないにしても、このいかにも平和そうな村にも人間ではない魔の者が混ざりこんでいるようだ。
「ヴェインさん、お待たせしました! お部屋にご案内します」
 そんなことを知る由もない神父は礼拝の準備を終えたようで、ヴェインを呼んでいる。神父の隣にいた青年は教会の子どもなのかとばかり思ったが、単に礼拝の準備を手伝いに来ていただけのようで、こちらへ―出口へ向かって歩いてくる。ヴェインもスーツケースとケープを持って立ち上がって、神父のもとへ歩き出した。
座席と座席の間の通路に敷き詰められた赤いベルベットカーペットにブーツが沈む重い足音と、ヴェインの胸元で揺れる十字架のネックレスの微かな高い金属音が、しんとしている静かな教会内に響く。
正面まで来、狭い通路故に互いに僅かばかり横にずれてちょうど教会の中心辺りですれ違った。
(―間違いない、アレは人間じゃない)
 すれ違って出口へと歩いていく青年を振り返ることなく、ヴェインは自身の直感がきちんと機能していることを確認した。ぱっと見てわかることにはわかるのだが、ヴェインはどちらかといえば発する雰囲気や匂い、香りなどを感じた方がより一層その正体の確信に近づけるほうだった。この辺りの認識の仕方はダンピールそれぞれで多少異なるとおもうが、如何せんヴェインは自身以外のダンピールと直接会ったことがないのでわからない―会うのはいつも処刑されているときだけだし、それが本当にダンピールであったかはわからない―。
ともかく、青年からは人間ではないもののにおいをヴェインは確かに感じた。
「―随分、熱心に礼拝を手伝う青年ですね、今時めずらしい」
 バタン、と木の扉が閉まったことを背後からの音で確認すると、ヴェインは何気ない世間話のように、明るい声でそう切り出した。神父は随分とあの青年と親しげに話していたし、何かしらあの青年についての情報を引きだせるかもしれない。神父はきょとんとした様子で、最初のヴェインの緩い笑顔と明るい声音に随分と警戒を解いたようだ。
「パーシィのことですか? 村の若者はみな礼拝の準備などよく手伝ってくれますが…でも、そうですね…。彼は若者たちの中では一番手伝ってくれますね、このような片田舎にいるにはもったいないくらい良い青年ですよ」
「…なるほど。街のほうなどでは、もうあまり若者たちは礼拝に興味も示しませんからね、少しめずらしくて」
 こちらです、と言って扉を開けて教会の奥に歩いていく神父のうしろをついていきながらそんなことを話す。
教会によく出入りして、礼��の準備を手伝ってくれる吸血鬼―とはなんとも言い難い状況だ。人々の間で、吸血鬼は十字架が苦手だとかそういった迷信が流れているからこその行動なのかもしれない。教会に出入りしていれば少しくらい怪しい行動をしてもその迷信のおかげで疑われることはないだろうし。
「そうでしたか…。―…パーシィの両親は彼が十になる少し前に馬車の事故で亡くなりまして、近親者がいなかった彼を私がずっと面倒を見ていたのですよ。だから、というのもあるでしょうね」
「今彼は教会に住んでいないので?」
「ええ。もう二十になりますし、今は村に家を持って別の仕事をしてますよ」
 なるほど、とヴェインは笑みつつ神父の言葉に頷く。幼い頃に両親を亡くして教会で育てられ、無事ひとり立ちし、今尚育ての親たる神父の手伝いをしている―単純に聞けばなんたる好青年、なんたる善い話。ああ本当に出来すぎているほどに。
あくまでも、あの青年は吸血鬼だ。吸血鬼は自在にその姿を変えることが出来るのと同時、人々の記憶を弄ることさえやってのける輩もいる。恐らく、この神父がひどく懐かしげに話すこの話は実際に起こってなどおらず、“パーシィ”という名も本当の名前ではないのだろう。吸血鬼がこの村に自然と馴染むためだけに植え付けた偽物の記憶だ。
(そうなると、あの吸血鬼……それなりに力のある奴、ってことか…。まさか、アレが炎帝…?)
「…あの。今回いらしたのは…、やはり吸血鬼がこの辺りに出たからなんでしょうか」
 ヴェインが思考に耽っていると、階段を上った先にある部屋の扉の前で神父が振り返って、ひどく不安げな面持ちでヴェインを見つめた。
「……まあ、そんなところ、ですかね。最近何かこの近辺で変わったこととかなかったですか。誰か吸血されたとか」
「いいえ、まったく…。むしろこの村では吸血鬼に襲われた人間がいないんです。他の街や村、世界では吸血鬼に襲われる人がいるのだという話はこの村にまで聞こえてはくるんですが、ここではあまりにも何もなくて…現実味がないというのが村人たちの本音です。なので、今回いらっしゃると聞いたときは、本当に驚きました」
 ―それは珍しい。吸血鬼の姿は世界各地のあらゆる街や村で確認され、被害が出ており、ハンターの人出が足りないのが現状だ。そんな中この村では被害がないだけに留まらず姿さえ確認されていないとは。いや、あの青年はいるのだが。アレは紛れもなく吸血鬼だ。
あの吸血鬼の青年がいつからこの村に紛れ込んでいるのか知らないが、そう短い期間ではあるまい。だというのにあの吸血鬼は村人を襲っていない。一体、何が目的で―。
「ヴェインさん、どうかこの村をお守りください」
「―もちろん。任務は滞りなく」
 深く、頭を下げた神父に静かにそう言った。
  これからこの部屋を自由に使ってくれて構わないと通された、ちょうど礼拝堂の真上にあたる二階の屋根裏にある客間は、一見すると綺麗に掃除されているがヴェインが来ると知ってから清掃したのだろうか、まだ部屋の中は少し埃っぽい。何しろ辺境の地にある小さな村だ。旅人なんてそう訪れはしないだろうし、吸血鬼も出没していないのだからハンターが派遣されることもなく、ずっと使われていなかったのだろう。
部屋は教会の屋根の形に添った三角の低い天井で、こじんまりとした衣装タンスとシングルベッドと木の机だけが置かれたとても質素な室内だった。狭くて申し訳ない、と神父が申し訳なさそうにしていたが、神父の仕事―神父として派遣されてきたというのは外面的な話だが、それでも神父としての作法もハンターたちは叩き込まているので、神父としての仕事もする―や捜索などで屋外にいることが多くなるであろうヴェインが部屋を使うのは、せいぜい夜に少し眠るときくらいなものだ。屋根とベッドさえあれば広さなど最たる問題ではない。
ようやく一人になってふうと一息ついて、スーツケースを壁際に置き手に持っていたケープを質素なベッドの上に放った。少し休んだら、ひとまずは神父としての仕事から始めなければならない。
 とにもかくにも、この室内の埃っぽさは耐え切れない、とぎしぎしと固い窓をなんとか力を込めて開けて外の空気を部屋へ流し込んだ。これで暫くすれば部屋の空気もマシになるだろう。
この村は周辺を森に囲まれているからか空気が澄んでいて、すうと肺に思い切り取り入れるととても心地が良い。都市部では、様々な開発や研究がされて生活が楽になってきているが、それに伴って徐々に自然が減っていき、思い切り吸うには躊躇われるくらいには空気が淀んできているとヴェインは感じて、常々嫌気がさしていたのだ。
もう何百年も誰も傷一つつけられなかったという吸血鬼―炎帝を討つという任務は決して楽ではないが、この村に来られたのはよかったかもしれない。窓際でぼんやりしていると、下からきゃいきゃいと楽しげな子どもたちの声が聞こえてきた。ふと視線を落とすと、教会の前で少年と少女があの青年―パーシィの周りを何やら楽しそうにちょろちょろとしていた。
「こら、もうすぐで礼拝が始まるだろう」
 どうやら遊んでほしいお話してほしいとねだられていたようだ。礼拝の準備の手伝いが終わって教会を出てからずっと少年と少女に絡まれていたんだろうか。この村の人々は随分と信心深いようで、朝の礼拝には皆必ず参加しているらしい。それは、幼いふたりの子どもも例にもれず。礼拝が始まるから、と言われるとふたりの子どもは口を揃えて、“えええー”と不満を隠しもせずに声をあげた。
「だって礼拝が終わったら、パーシィはお仕事行っちゃうんでしょ?」
 彼が吸血鬼であると知らなければ、この光景も穏やかなものだと癒されたのにな、と思いながらヴェインは眼下の三人を見つめていた。
「あれだーれ?」
 すると、パーシィにひっついていた少女のひとりがこちらに気付いたようで、ヴェインのいる二階を見上げてきょとんとしている。それにつられてもう一人の少年とパーシィもこちらを見上げた。
しまった、ついぼんやりと眺めてしまった。少年や少女はともかくとして、パーシィに知られるのはまずい。無駄に警戒されてしまっては今後の身辺調査に影響が出てしまう。
「この間村長さんが言っていた都会から手伝いに来てくださった神父様だ」
 ヴェインがどうしたものかと思って言いかねていたところ、パーシィが子どもたちに言い含めた。きょとんとしていた子どもたちは顔を見合わせて暫くうぅんと首を傾げていたが、すぐに思い出したようで、ああ!と声をあげた。
「おはようございます、神父さま!」
 ヴェインは謂わばよそ者でしかないというのに、子どもたちはにこにこと笑顔を浮かべ声を揃えて挨拶をして、ヴェインにぶんぶんと手を振っている。ヴェインは今まで何度もこの村と同じような閉鎖的な田舎の村に任務で行ったことがあったが、ここまで友好的なのは初めてで少々面食らってしまったのだ。
「…あ、ああ、おはよう! これからよろしくな!」
 ちらりとパーシィを気にしながらも、ヴェインは子どもたちに笑顔を向ける。子どもたちは、“よろしくおねがいしまーす!”とヴェインに負けじと大きな声を出して、大げさなくらい頭をさげた。それがおかしくて、ふ、と笑みを浮かべていると、朝の礼拝に続々とやって来た村人たちが、微笑ましい光景に同じように笑顔を浮かべながらも教会にはいっていく。
 ヴェインには、この何気ない風景が何よりも尊いものだと感じていた。どこの村も街も影の存在におびえ、隣人を疑い、時にはありもしない罪で子どもを火刑に処している…そんな地獄のような光景が、世間でも、ヴェインの中でも当たり前になっていた。けれどこの村は、先程神父が言っていたように吸血鬼の存在も脅威も薄いせいか、他ではありえないくらい平穏だった。ああして大人たちが、すくすく育つ子どもをあたたかな眼差しで見つめていられるのもそのおかげだろう。
―だが本来は、こうであるべきなのだろう。皆がわらい、次世代の幼いこどもたちを温かく見守るような。子どもたちはその愛に包まれ、明るい未来をのぞんで笑っていられるような。―ヴェインは、そんな平穏のために、子どもたちの笑顔のために、吸血鬼狩りになったのだ。この風景が、どこででも当たり前になるように。
「さあ、もう礼拝がはじまるぞ」
「はあい」
 パーシィに促されて少年と少女は、神父さままたねー、とちいさな手をいっぱい大きく振って教会に走って入っていった。
もうほとんどの村人たちが教会へ入ったようで、階下からはざわざわと人のどよめきが微かに聞こえる。最後に残ったのは、少年少女を見送ったパーシィと窓からのぞくヴェインだけだ。
「―神父さまもお早く」
「……ああ。ありがとうパーシィ」
 いいえ、とパーシィは一度ヴェインをじ、と見つめてからそれだけ言って頭を下げ教会へ入って行った。ヴェインは暫くパーシィが立っていた場所を見つめていた。きらきらとした、ヴェインが望んでいたずっと見たかった光景があったその場所を。
―先程の少年少女の笑顔を作ったのは間違いなくパーシィなのだろうが、アレは人間じゃない。この尊い平穏を壊すだけの力を持った、吸血鬼なのだ。
(そんなことは俺がさせない)
 この温かで優しい村を壊させやしない、ヴェインはそう固く決意し、教会の窓をそっと閉めた。
   夜半。外からの微かな音でぱちりとヴェインは目を覚ました。
ハンターになってから、身の安全のために自然と、微かな物音にさえすぐに目を覚ます程にヴェインの眠りは随分、浅くなっていた。
そろりとベッドから起き上がって、慎重に窓際に近寄りその横の壁に背を合わせてそっと覗きこむように窓から外を見遣る。村に街灯など存在するはずもなく、辺りを照らす灯りひとつない周囲は真っ暗ではあるが、半分は吸血鬼であるヴェインは夜目が利くので村をひとり歩くその姿をはっきりと視認することができた。
(―…あれは、パーシィ…。こんな夜更けにどこへ行くつもりなんだ? ……まさか、村人を襲うつもりじゃ…)
 灯りさえ持たずに暗闇の村をはっきりとした足取りで歩いていくその姿は間違いなくパーシィだ。ヴェインはすぐに窓際から離れると、寝衣を脱いで壁際に掛けてあったカソックを着込み始めた。着替えを済ませると次は、ベッド際に置いてあったスーツケースを開きその中に仕舞ったままだった、ショルダーホルスターを身に付けそれから、丁寧に畳んであった黒のロングコートを広げて腕を通す。そして、ジェラルミンケースから銃や装備品を取り出して手早くコートの内側などに慣れた手つきで装備していく。もう約十年繰り返し続けた動作だ。ハンターになったばかりの頃なんか、この準備だけで随分手間取ったものだったが。
これで全ての―狩りの準備が整った。ふ、と短い息を吐き、ヴェインは黒のロングブーツの紐を今一度ぎゅと締めて部屋の扉のノブに手を掛けた。
これでパーシィとは決着か、と思うとふと脳裏に心の底から信頼と親愛を込めた無邪気な笑顔を浮かべて彼にくっついていた少年と少女の姿が過った。
(…ちがう、あれはまやかしだ)
 ふるとヴェインは振り払うように頭を振った。そう、あれは吸血鬼が人を惑わすためにしている演技だ。そして、無邪気な子どもも閉鎖的な村にいる優しく穏やかな村人たちはただ騙されているだけだ―そう言い聞かせて今度こそヴェインは部屋を出た。
   気配を消し木影などの物陰に身を潜ませながらヴェインは、村を出て森の中をひとり歩いていくパーシィの後をついていった。
(村人を襲うでもなく、遅くにこんな森の奥に一体何の用が…)
 もう随分と村から離れて行っている。村ではなく他の街に住んでいる人間を襲うにしても、一番近い街はこちらの方角ではないし今向かっている方向にはひたすら森が広がっているだけだ。
ここならば仮に戦闘になっても、村人たちが目を覚ますこともないだろうが…。村や街から遠く離れて彼が一体何をしようとしているのか、そもそも何故村人を襲わないのか、それらを探ろうとヴェインは尚息をひそめていた。
 真っ暗の静寂に包まれた森をどれくらい歩いたか。いまだパーシィの、草木の間を歩く足は止まることはなく、ざくざくと奥へ奥へと道なき道を進んでいく。果たして目的地はあるのかと正気さえ疑う程にパーシィの向かう方は鬱蒼と生い茂る草木しかない。まさか―罠ではあるまいかとヴェインが躊躇い足を止めると、パーシィの行く先でがさりと背の高い草が揺れた。野生動物かと思いきや、大きく揺れた草の間から、ぬっとあらわれたのは人型のそれで。パーシィもぴたりと足をとめたそこは、高い草むらもなく木も密集していない少しひらけた場所だった。その場所でパーシィは行く先から現れたそれと対峙していた。
(あれは、吸血鬼…? なるほど、仲間と合流しようとしてたんだな)
 尾行が気づかれぬように僅かに遠い距離で屈んでいるため、はっきりとその姿は見えないがダンピールであるヴェインには姿は見えずともこのくらいの距離ならば吸血鬼がどうかということくらいはわかる。ごく微量な感覚ではあるが、この独特な空気感は吸血鬼のものだ。
標的がふたりになったのならば、それなりに立ち回りかたは変えなくてはならないな―とヴェインは思考をまわしはじめる。あまり頭であれこれ考えるやり方は得意ではないのだが、仕方がない。ふ、と短く息を吐きだして肺の中身を入れ替えながら、落ち着かせるように脇の、手によく馴染む冷たい銃に触れる。
 しかし、次に目を開けて前を見ると、つい先程草むらから出てきたほうの吸血鬼がぐしゃりと地面に崩れ落ちた瞬間だった。ヴェインは思わず己の目を疑った。何しろ、ヴェインが目を閉じ、目を離したのなんてほんの数秒だ。その数秒の間に何の予兆も音もなく一体の吸血鬼が倒れ、さらさらと灰になっていた。当然ヴェインは何もしていない。周りに別の気配もない―だとすると、あの吸血鬼を倒したのは残るひとり…パーシィということになる。パーシィは先程見たときと変わらない地点で何をするでもなくただ立っていた。いや、正確に言えば闇夜に溶けていく灰を、何の感慨もなさげに見つめていた。
(―仲間、割れ…?)
 別段、吸血鬼同士が馴れあっていると聞いたことがあったわけでもないが、それでも同じ種族間で殺しあっているだなんて聞いたこともないし考えもしなかった。
「―こそこそと。いい加減出てきたらよいのでは、“神父様”」
(―!)
 こちらを振り返ることなく、発せられたその言葉は間違いなくヴェインへ向けられたものだ。まさか、ずっと尾行に気づいていたとでもいうのか。尾行や偵察は確かにヴェインの得意分野ではないが、それでも正式にハンターとなる前に徹底的に教育をされたため、人並み以上の隠密は出来ているはずだ―できなければハンターになどなれていない―。それは、人外の力を持っている対吸血鬼相手でもさして変わらない。今までの任務でも幾度も同じような場面になったが、ただの一度も気づかれたことなどなかった。けれど、特に物音を立てるなどのヘマもなく完璧であったはずなのに、パーシィにはあっさりと見つかってしまった。やはり、この吸血鬼は只者ではない、ということだろう。ヴェインは一度息を呑み、目を僅かばかりの間閉じ自身の装備品を確かめるように思考を巡らせて、静かに物陰から出て姿を見せた。すると、パーシィもこちらを振り返った。
「こんばんは、“神父様”。どうしたんですか、こんな夜更けに」
「―こんばんは、パーシィ。…はは、その台詞そっくりそのままおまえにお返しさせてもらうぜ。こんな夜更けに灯りも持たずふらふらひとりで出歩いて、何に襲われても文句のひとつも言えなくなっちまうぞ?」
 “神父様”…なんとまあわざとらしい呼び方だろう。昼間少し言葉を交わした時同様に、ひどく穏やかな声音のくせに分厚いレンズの向こうにある空色の瞳は冷ややかに、薄らと鋭利に細められている。それは明らかな敵意を表していた。―そして、それはヴェインとて同じだった。
とっくにお互いの正体に気付いているにも関わらず、まるで気づいていないかのように偽りの顔で、言葉で、相対した。
 まるで両者の間で漂う不穏な空気を感じ取ったように、冷たい夜風が吹きつけて木々たちがからからざわざわと唸り始める。森の声が合図だったかのように、事態は動き出す。ヴェインが懐に手を差し入れてショルダーホルスターから、既に教会特注の対吸血鬼用の銀の銃弾が込められているリボルバー、コルトパイソンを取り出して引き金を引くのと、パーシィの姿がごうと炎に包まれるのはほぼ同時であった。
けたたましい音と共にヴェインが放った銃弾は、寸分の狂いもなく一直線にパーシィの心臓へと着弾するはずだったが、寸前でその身を包んだ炎で跡形もなく溶かされた。少し遅かったか、とヴェインは把握と共に素早く近くの物陰に飛び込み、身を隠した。
 銃弾をいとも簡単にどろどろに溶かした高温の炎はやがて収束していき―やがて、燃え盛る炎の中に薄らと人影が見えた。炎が薄まるとその人影の全容が明らかになる。炎の中から現れたのは、ついさっきまでその場所に立っていた金糸の髪と透き通る空色の瞳を持つ素朴な、どこか頼りなさげな青年などではなかった。金と赤の装飾がされた黒の礼装にも似た優美な服を身に纏い、まるでその周囲を渦巻く炎の如く燃えるような赤髪と魔性を示す鮮血の瞳を持った吸血鬼だった。
「まったくいい加減、貴様らはしつこくてかなわん」
 村の青年であるパーシィの声は柔らかく少し高い声だったが、炎の中から現した吸血鬼はそのたった一言だけでビリビリと肌を痺れさせるような威圧感を持つ低い声だった。もう幾つもの吸血鬼と相対してきたヴェインでさえ奇妙な緊張感を覚えて、べろりとかさつく唇を舐めた。
「だろうな、俺もアンタはそう思っているんじゃないかと思ってた。―けど悪ィな、生憎とこっちも仕事なんだ」
 物陰に膝をつき屈みながら、さあこれからどうしたものか、と周囲に視線を巡らせる。ぐるぐると作戦を練りながら、それを悟らせぬようにこの状況に相応しくないような、いっそ笑いさえ含んだ明るい昼の声でヴェインはパーシィに言葉を返す。
 炎を使うことは知っていたことだったが、まさか銀の銃弾さえいとも簡単に溶かしてしまうとは。…となると、この銃はやはり用済みだろうとヴェインはそっとコルトパイソンを脇のショルダーホルスターへと静かに戻した。
銀の銃弾は上級教会の司教によって特別に清められているので、支給品とはいえ存外貴重品なのだ。効果がないとわかった以上、無駄撃ちをするわけにもいかない。―この状況を打開するのは“こいつ”にかけるしかないだろう、とヴェインは足首まで隠すカソックの長い裾を腰のあたりまで捲る。
カソックの下は簡素なシャツと、ベルトできちりと固定されたズボンを着こんでおり、そのベルトにはもうひとつのホルスターがつりさげられている。カソックの下に隠れるように取り付けられた太腿に巻き付けられたサイホルスターにはコルトパイソンと打って変わって、一般でも使用されるようなごく普通の銃弾が込められた自動拳銃のPx4が収まっており、ヴェインが手にとったのはまさしくそれだった。
「―教会の犬が」
 ヴェインの言葉に、チ、と苦虫を噛み潰したような顔で小さな舌打ちを零して言葉を吐き捨てるその姿には、村の好青年“パーシィ”の面影は欠片ほどもないように感じた。あの村人に囲まれて穏やかに笑んでいた青年は、本当にまやかしだったのだ―とヴェインは村の子どもたちや村人たちの心から青年を信用していた顔を思い出して、ぎちりとグリップを強く握った。
 彼の周囲を揺らめく焔、そしてその赤髪と赤い瞳―間違いなく、目の前の吸血鬼こそが今回のヴェインのターゲットである“炎帝”だ。大雑把な情報しか書かれていない通達書を見たときは一体何か月かかるのかと思ったが、まさかこうもあっさり、一日目で見つけることが出来るとは“神に感謝”するべきだろう。
「それで、どうして同族殺しなんかしてるんだよ炎帝サマは」
「―…同族? よもや、あの“紛いモノ”のことを言っているのか貴様」
 じり、とパーシィの周囲の炎がその怒りを表すように、まるで別個の生き物みたいに揺らめいた。周囲には草木があるはずなのに、その炎が触れてもまったく燃え広がらないどころか、一部たりとも燃える様子もない。どうやらただの炎ではないらしく、パーシィの敵であると認識されたものだけを消し炭と化すようだ。一種の使い魔のようなものか、とヴェインは草むらの隙間からその様子を窺った。
 “紛いモノ”―ヴェインの感覚からすれば、既に灰となったアレは間違いなく吸血鬼のものだったはずだ。ヴェインが黙り込むと、パーシィはあきれたようにため息を零した。
「呆れたな、犬だとは思っていたがまさか己自身の頭で考えることもできないとは。貴様らは猟犬というよりは、駄犬だな」
 好き勝手言いやがって、とヴェインは手の中のPx4を構え、飛び出すタイミングを見計らっていた。パーシィは物陰に隠れたヴェインを探すでもなく、ただ初めからいたその場に立ったままだ。それでもヴェインは、今尚攻撃のタイミングを掴めないでいた。空手であるということも含めて隙だらけのように見えて、その実パーシィにはどこにも隙がないのだ。どこへ撃ちこんでも、全てが無意味に終わる―そんなイメージしか浮かばなかった。けれど、どうやら先程対したモノについて話し始めじわりと苛立ちを滲ませると、ほんの僅か隙のようなものが出来始めた。
 やるならば今だ―とヴェインは物陰から、長いコートの裾をなびかせながら飛び出して、銃口をパーシィへ向けた。ヴェインのいる場所を知っていたのか、あるいは突然飛び出され銃を向けられることはさして脅威と感じていないのか、パーシィはヴェインの方を見ても特に驚いた様子も不意をつかれたような顔もせずに、ちらとヴェインへ視線だけ投げた。
 引き金をかちりと引いて、銃口から弾が飛び出す。先程のコルトパイソンにこめられたものと違って、銀で作られていない一見すれば何の変哲もないただの鉛の銃弾。パーシィの目にもきっとそう見えているはずだ。だからこそ一瞬不審そうに眉を顰めたが、ごうと銃弾の行く手を遮るように炎をおこした。だが、それこそヴェインの目論見通りだった。
飛び出して炎にぶつかった銃弾は、先程の銀の銃弾のようにどろどろに溶かされることもなく、パーシィの炎を抉るようにして穴をあけて突き進んだ。そのまま僅かに軌道がズレたものの、びしゃりと血を散らしてパーシィの腹を貫通した。
ヴェインの銃弾に抉られた炎は、軌道の後の円に沿って徐々にその勢いを衰えさせてやがて音もなく消えた。
「油断は禁物だぜ、“炎帝様”」
 再度、銃口を向けてパーシィを不敵に笑んで見つめる。パーシィは、じゃりと一歩だけ片足を後ろへさげただけで倒れることも傾くこともなかった。不意をつかれたはずなのに、その顔には驚きも怒りも浮かんではいないようだった。その顔のまま、腹の傷を何の感慨もなく見つめたあと、ヴェインを見つめ返した。
放たれた銃弾の小ささに対して、パーシィの腹に出来た風穴の大きさは貫通したというよりはぶつかった瞬間にその場所から炸裂して弾けたようだった。金と赤の装飾がなされた黒のジャケットの下の清楚な白いシャツがじわじわと赤く染まり、ぼたぼたと開いた腹から滴るそれは血なのか肉なのかは、判然としなかった。だが、当然その程度の傷では吸血鬼は死ぬわけもなく、むしろじゅうじゅうと奇妙な音を立てながら腹の傷が驚異的なスピードで塞がっていっていた。傷の回復速度はヴェインより、また、今まで見てきた吸血鬼よりもよっぽど早いものの、それでもヴェインの攻撃が通用するとわかっただけ先程の攻撃は充分意味があった。
「―…教会側に同族殺しがいると聞いてはいたが、貴様の事だったか」
 パーシィが口を開いたころには、腹の傷はすっかり塞がっていた。やはり、心臓を一撃で撃ちぬかないかぎりこの吸血鬼は倒れないのだろう。今度は的確にその心の臓を狙わなくては。
「同族殺し? 勘弁してくれよ、俺はおまえらの側じゃないぜ」
「そう思いたいだけだろう。今の銃弾が纏っていた力は紛れもなく、こちら側の力だ」
 さすがに目の前で見て、かつ直撃すればあの銃弾がなんだったのか気が付くか、とヴェインは口端を僅かにもちあげた。
パーシィの言うとおり、先程ヴェインが放った鉛の銃弾には、ヴェインの吸血鬼の力をほんの少しだ���纏わせた。だからこそ、パーシィの炎をかき消すことが出来たのだ。
「…そうか、貴様……“混血”か」
「ご名答。俺には、半分おまえらと同じ―吸血鬼の血が流れてる」
 体の中で混じりあった血は双方の匂いを相殺せずとも限りなく薄くさせ、吸血鬼でさえダンピールであるとは気づきもしない。いつだって吸血鬼たちはヴェインの吸血鬼としての力を目にして初めて、混血なのだと気が付くのだ。
「―ならば尚のこと、俺たち“真祖”とあの紛いモノの区別もつかん無知は罪だな」
 “真祖”?―そんな言葉、ヴェインはただの一度も耳にしたこともなかった。パーシィが倒した吸血鬼とパーシィ、どちらも等しく吸血鬼であることに何ら変わりがあるとも思えない。ヴェインが眉を寄せると、パーシィは短く息をつくと周囲を揺らめいていた残りの炎を自身の手に収束させ始めた。やがて、その炎は細い何かの形を象るようにパーシィの手の中で渦巻いていき―最後はぶわりと弾けて消え、かわりにパーシィの手にはいつの間にか炎のような形と色を持ったフランベルジュが現れていた。パーシィが本来の姿を現したときも炎の中からだったが、フランベルジュが炎の中から現れた、というよりは炎そのものがフランベルジュになったようだった。
「ひとつ、大事なこと忘れんなよ。俺は確かに混血だ、でも―おまえらの味方じゃないし同族でもない」
 自分は人間である―なんて言えるはずもないということはとっくの昔にヴェインはわかっていた。この身に半分吸血鬼の血が流れる業がある限り、ヴェインは人間には到底なれない。
でもヴェインは、いつでもどこまでいっても“人間”の味方だ。か弱い人々を守り、その生活を明るく照らすことこそがヴェインの道だ。闇夜に紛れ人の生き血を啜り、その尊い命を奪うような連中に同族なんて言われる筋合いはない。
手にしていたPx4を、ホルスターではなくコートの内側の適当なポケットに突っこんでしまう。あちらが武器を取りだしたのであれば、こちらも相応の覚悟をしなくてはならない。
(―本当は、使いたくねえけど)
 ぎゅ、と拳を握る。皮手袋が音を立てるのと同時、ヴェインの手の周辺にきらきらと光のようなものが少しずつ集まっていく。それは、パーシィが炎をフランベルジュへと姿を変えたときと似たような。その光は鬱蒼とした森の闇夜の中でも粒子のようにちかちかとした小さな輝きを放っている。だがそれは太陽や月、星の燦然とした輝きではなく、むしろその輝きを受けて煌めく清流のようだった。
「おまえの元素は火、俺の元素は水。お得意の炎は俺には効かないぜ、“炎帝様”」
 吸血鬼の苦手とする水―それこそヴェインが吸血鬼としてもっている元素の力だった。パーシィの扱う炎も吸血鬼が操るには珍しい元素の力だが、ヴェインの力も同様に珍しいものだ。それ故、もしかしたらパーシィも己の力と相性の悪い元素を相手にしたことはそうないはずだ。
 ぶん、と風を切ってヴェインが後方へ腕を振ると、手にはいつの間にか銃でも剣でもない―カソックを着ている聖職者が持つには雄々しく不釣り合いの、けれどヴェインのその身体付きによく似合う大きな武器が握られていた。一見すれば槍のそれだが、穂先には斧頭とピックがついている。銃でも剣でもナイフでもなく、戦斧と槍が組み合わさったそれ―ハルバードこそがヴェインの攻撃の真骨頂だった。久方ぶりの相棒を手に握りしめると、全身が打ち震えるのを感じた。じわり、じわりとヴェインの体を吸血鬼の血が支配してゆき、知れず沸き立ってゆく。この感覚も随分と久しい―全身の血が沸騰して、力がみなぎってくる。
好戦的にパーシィを見据えるその瞳は、柔らかな翠は消え、闇夜の中で鋭く獰猛に光っていた。
「…ハ、減らず口を。―いいだろう、俺自ら灸をすえてやる。貴様のその無知と教会なぞの口車に乗せられている愚かさにな」
 ごう、と再びパーシィの炎が唸りをあげ、燃え盛る。炎の灯りに照らされたパーシィの赤い瞳も、ヴェインと同じように鋭く光っていた。
―次の瞬間には、パーシィの持つフランベルジュとヴェインのハルバードの斧頭が森の静寂を切り裂くように大きな金属音を立ててぶつかりあっていた。
  ふたりの攻防は激しさを増していた。森に幾度も金属音がぶつかり合う音が響いていた。
ヴェインは、狙いを研ぎ澄まし銃を繊細に扱う反面、ひとたびハルバードを持てば、豪快なパワー型へと一気に変貌する。当然考えなしで突っ走っているわけではない。
ハルバードはその形状から、戦略性はいくらでもある。叩き斬るだけでなく、刺突や鉤爪を用いてひっかけたり叩いたり、それこそ敵の足元をすくうこともできる。ヴェインはそれらの攻撃の種類を使い分け、猛攻をしかけていた。
だが、相手はただの吸血鬼ではなく―“炎帝”の名を持つ最強とも呼べる吸血鬼だ。見た目は随分細く見えるが、片手で細長いフランベルジュを振り回し、重量のあるヴェインのハルバードを難なく受けてみせて捌いている。斧頭を弾き、刺突をするりと避けてヴェインの懐に入って炎の刃で斬りつけてくるのだ。幸いにして特殊加工が施されたカソックを己の水の元素によって更に強化したおかげで、その炎に直接さらされ銃弾のように溶かされることはないにしても、フランベルジュの切れ味は凄まじくヴェインの肌をずたずたに傷つけていく。
 戦況は思わしくない。そもそも、パーシィの軽やかな動きをとらえきれていないのだ。ヴェインとて、並の人間に比べれば攻撃スピードも迫る速度も断然早いが、パーシィはそれを更に上回っている。このままではもてあそばれるように、身を刻まれるだけだ。元素の力の相性はこちらにあるのだから、一撃でもあの体にぶつけられれば―。
(…やるしかねえな)
 一度、がつんと刃がぶつかりあって、両者が音を立てて後方へと飛びのいた。ヴェインは、ふ、と一度息をついてパーシィを真っ直ぐに見つめた一度じゃり、と足を踏みしめ―そのまま真っ直ぐに突っ込んでいく。パーシィもその刃を構えて、ヴェインの突進を迎え撃った。
何のフェイントもなく、ただ真っ直ぐな突進をパーシィが防ぐことなど当たり前のことで。ハルバードはパーシィの一撃によって弾かれ、風をきりながら宙へ飛ばされ僅かに遠い地面へと突き刺さった。そして、手から武器を失い無防備になったヴェインに向かい素早い刺突が襲った。
 ―まったく、意趣返しか何かのつもりなのか。ヴェインは己の腹のちょうど真ん中を刺し貫く刃を見下ろした。剣そのものは装飾がされ美しく細身であるにも関わらず、炎のように波打つ刀身は肉をずたずたに切り裂くのだ。挙句、パーシィの炎を纏っているが故に傷跡付近は刺されただけであるはずのにひどい有様だ。普通の人間であれば即死だったな、と口から血を吐きだしながらヴェインはちいさく微かにわらった。
既にヴェインの手からはハルバードは離れている。無論この状況から銃を抜いて、撃つことなど到底かなわない。圧倒的不利―いいや、ヴェインの敗北が決まりきった状況だ。―だのに、ヴェインは悔しがるどころか口元に笑みを浮かべて血を吐いて掠れた声でわらっている。パーシィはそんなヴェインの異様な様子を見て、気でも狂ったのかと思っているのか、いっそ恐ろしいほど整っている相貌を歪めた。
「―は、やっと…捕まえたぜ、パーシィ」
 がしりと腹を刺し貫いている刃を掴んだ。炎を纏う刀身を掴んだ手は、皮手袋はいとも簡単にどろりと溶かされ、無防備に素肌を晒し、じわじわと燃え広がっていく。刃は複雑な形をしているが故に、強く握りしめただけで皮膚と肉が割かれ傷をつくる。それでもヴェインは、決して掴んだ剣を離さなかった。元々、こうするつもりだった。痛みなんて慣れっこだ、どうせ傷などすぐに治るんだから。この体など、いくらでも傷ついて構わなかった。
「貴様…」
 ヴェインの意図を察したパーシィは、僅かに驚いた様子を見せているようだった。純血の吸血鬼ならばともかく、半分しか吸血鬼の血を持たぬが故に完全な吸血鬼よりは耐久が低いダンピールがこんなにも無謀な賭けに出るとは思ってもいなかっただろう。何せ、下手すれば死んでいたし、今だってこのまま炎に溶かされるかもしれないのに。
 パーシィは小さく舌打ちを零すと、フランベルジュを抜こうと手を引く。ずる、と僅かに握りしめた掌から刀身が滑り、また血が地面と互いのブーツを汚した。抜かせてたまるか、とヴェインがより一層強く握ると抜かんとしていた動きが止まった。
「っ…死にたいのか、貴様」
 何故かパーシィが、重症のヴェインよりもよっぽど焦ったような声を出している。死にたいのか、なんてさっきまで人を切り裂いて殺そうとしていた奴が聞くことか?そう思うとなんだかおかしかったけれど、既に声を出すのもうまくいかず唇がもぞと動くだけだった。
 ヴェインは死ぬ気などさらさらない。このままヴェインが死んでしまったら、一体だれがあの村を守ってやれるのか。それに―、ヴェインはランスロットのもとに必ず、帰らなくてはならない。ヴェインが死んでしまったら、あの優しい幼馴染はきっと、ヴェインを送り出してしまった自分自身をうんと責める。責めて責めて苦しんで涙を流して、また耐え難い喪失感と吸血鬼への憎悪に身を焦がしてしまう。だからヴェインは、死ぬわけにはいかないのだ。
ヴェインは徐に、ずしりと重くなった腕を振り上げるとパーシィの肩にとんと充てた。ほんのただの手だ。だが、そこから肉が割け骨が軋む嫌な音がした。残り、出せるだけの力を全て込めたヴェインの手は、ただの手ではなく刃と同じだけの威力を得ていたのだ。肩から入って、心臓まであとわずかとなったところで思い切り剣を振られヴェインはとうとう吹き飛ばされた。既に全身ボロボロだったというのに、追い打ちのように木の幹に当たり息が詰まる。
あまりに大きな傷のせいで、回復速度がまるで追いついていない。いまだに腹や手、全身のあちこちから夥しい血が噴き出ている。
 血で霞む視界で見たパーシィもヴェインの手刀によって、剣を持たぬ方の腕がずりおちなんとかくっついているような状況で、零れる血の量も凄まじい。まるで怯みもしなかったパーシィが僅かによろめいていた。そして、ただただ吹き飛ばされて転がっているヴェインを苦々しく見つめている。
(―…くそ、あとちょっと、だったんだけどな)
 このまま殺されるんだろうか、まだ死ぬわけにはいかないというのに―ヴェインがなんとか体を動かせないものかとずりと僅かにもがいている間にも、パーシィの傷はみるみる内に塞がっていく。
さくりとパーシィのブーツが草を踏みしめる音がした。トドメでもさすつもりか、とどんどん近づいてくる足音にヴェインは知れず、ごくりと唾を飲みこんだ。
だが、寸前のところでぴたりと足音が止まった。
「―…どうやら、貴様の相手をしている場合ではなくなったようだ」
 ざわざわと木々が揺れる音と、遠くに何かの気配を感じる。何だ、この気配は―だが今の虫の息でうまく頭が回らず感覚も鈍っているヴェインではそれがどこからしているのか、一体何なのかよくわからなかった。だが、パーシィはどうやらその新たなる気配へと向かっていったのか、まるではじめからそこにいなかったように、ふっと闇夜に紛れて姿を消した。
(……助かった)
 どうやら命を拾ったらしい。―けれど、結局敵わなかった。くそ、とヴェインは額を地面にこすりつけた。
   あれからどのくらい時間が経ったのか―。ぜいぜいと荒い息を吐きだしながら、ふらふらと足を引きずるようにしてヴェインは森の深い場所を彷徨っていた。なるべく奥へ奥へと当てもなく力があまり入っていない足で進んでいたが、いくらか歩いたが暫くしてついに体から力が抜けて、道中でヴェインはどさりと倒れ込んだ。
―全身が燃えるように熱い。
ダンピールであるヴェインは吸血鬼としての能力を扱うことが出来るが、所詮は半分は人の身だ。人の身では吸血鬼―魔の力というものはあまりにも強大すぎる。ほんのわずかな傷の再生程度ならば問題ないが、元素の力や生死に関わる大怪我などの膨大な力を使うと一気にその反動が押し寄せてくる。強烈な、喉の渇き…ヴェインの体に流れる吸血鬼の血が、生き血を欲してひどい吸血衝動に駆られるのだ。今までも何度か吸血衝動に���われてきたが、ここまでひどいのは初めてだった。先程のパーシィとの戦闘で元素の力も、再生能力もいまだかつてないほど使ったせいだろうか。
挙句、複雑な形をした殺傷能力の高いフランベルジュで刺し貫かれた腹の傷は想像以上にズタズタで中身も…いや考えるだけでおぞましい程の、ヴェインがただの人間だったら即死レベルの傷だった。だが今は、数度胃の中身を吐きだしたものの、僅かな火傷のような爛れた傷跡とじくじくと燻る熱だけを残してすっかり塞がっている。
それ故か、喉の渇きと吸血衝動は今までで一番ひどい。こうして村からもっと離れて森の奥にまで行かなければ、本当に無意識のうちに誰か人間を襲ってしまいそうなくらいには。そんなのは、絶対にいやだ。自分は人でありたい。奴らの同族ではない。だから…血なんて、吸いたくない―ヴェインはその一心で何度もこの吸血衝動を乗り切ってきた。ひとり、夜の帳の中で。
 そろそろ意識も視界もぼやけてきたその時。輪郭もはっきりしない視界に誰かの足が見えた。ついさっきまで誰もいなかったというのに瞬きの間か…いつの間に目の前にいたのか、ともし目の前にいるのが偶然森の中にいた人間だったら、と嫌な音を立てる鼓動をすぐ耳元に感じながら体をこわばらせた。もう顔をこれ以上上げることさえできずにかろうじて動く視線だけで見上げると、暗闇の中に赤があった。ゆらゆらぼやける視界でそれは、まるで揺らめく焔のようだった。
「半身人とは、憐れなものだな」
 聞こえてきたのは、つい数刻前対峙していた吸血鬼の声だった。よりにもよって何故こんな時に再びヴェインの前に姿を現したのか。力の抜けた体を突っ伏したまま、瞳だけが好戦的にぎらつくヴェインの姿を見てパーシィは小さく鼻で笑った。
「混血という半端さ故に、貴様は吸血衝動などという下らないものに駆られるんだ」
 つめたい手が、地に伏したままだったヴェインの顎に触れてぐいと上向かせる。
「どうせ、血を飲まずとも自分は平気だとでも思っているんだろうが―」
 それは違う、と闇夜の声が囁く。無様なヴェインの姿を見て鼻で笑い一蹴した先程と打って変わって、ひどく静かな―子どもに言い聞かせるかのような声音だった。それは、あの穏やかな村で見た偽りの姿とよく似ていた。
「力を使い、血に飢えれば飢えるほどに、貴様は人間ではいられなくなる。無論、真祖―こちら側でもいられなくなる。そしていずれ、渇きに耐えることも出来ずに理性をなくし、見境なく目についた人間を襲い殺しながら血を求めるだけの紛いものの奴らと…“食屍鬼”と生きているか死んでいるかの差しかない、なんら変わらんただの化物に成り下がるだけだぞ。そうはなりたくないだろう?」
 また、“紛いもの”とパーシィは口にした。それと、“食屍鬼”というまた聞いたこともないような言葉。吸血鬼には、“真祖”と“食屍鬼”という二種類が存在していると?そんなことハンターたちの間でも、教会でも聞いたこともない。まさかまだ教会でさえ知らないような事実があるとでもいうのか。―いや、吸血鬼を知り尽くしている教会がそんなこと知らないはずがない。人を惑わそうと、でたらめなことを言っている、そうに違いない。
「そら施しだ、血をくれてやる」
 ぽた、と眼前にパーシィの指先から滴る血が落ちる。
吸血鬼は魔族ではあるが、その身に流れる血は人間と何ら大差なく赤いのだと知ったのは、ハンターになって初めて吸血鬼を切り裂いたときだったか。びしゃりと頬に吸血鬼の血が飛び散って、ひどい嫌悪感にヴェインは顔を歪めていた。ヴェインは他者のあかい血を見ると、ざわざわと内の何かが騒ぎ立てるのを感じるから、例え人間であろうと吸血鬼であろうとあかい血が大嫌いだった。
―なのに。今目の前で、ぼたぼたと零れるその血から目を逸らすことが出来なくなっていた。ああなんてきれいな血なんだろう、あれを啜ってはりつくみたいなこの喉の渇きを満たしたい、そればかり頭に過って思考がどんどん支配されていくようだった。
「―おれ、を眷属にでもするつもり、か」
「……眷属? 何を馬鹿なことを言っている。貴様は人間の血が混じっていようが吸血鬼―同胞だ、眷属にすることはできん」
 荒い吐息混じりに、ヴェインはぎりぎりの理性で目の前の吸血鬼を睨んで本能に逆らった。
 吸血鬼の血を与えられた人間は吸血鬼の眷属となる、というのは古い書物に記されていた言い伝えのようなものだ。だが事実、吸血鬼に襲われて全身から血が抜かれ亡くなった人間の墓が翌朝になって空になっていた―というのも各地で報告されている。それは、吸血鬼が血を飲んだ獲物に己の血を与えて、死した後に吸血鬼へと生まれ変わらせているからだという。
教会も手を尽くしているが、今や世界中で吸血鬼に襲われて人間が亡くなっているから手が回っていないのも、事実だった。そのようにして、吸血鬼たちはぞろぞろと増えているのだと、それが教会からハンターたちがみな教わったことだった。
 だがパーシィはあっさり否定してみせた。先程刃を交えたとき、ヴェインは人間の側であると宣言したにも関わらず、まだパーシィはヴェインを自身と同じ吸血鬼なのだと―同胞なのだと言ってのける。それは、ヴェインにとって耐え難いことだった。
「貴様は、人間の血に真祖の血が混じっているのではない、真祖の血に人間の血が混じっている。その身に流れる人間の血など薄く、ごく僅かしか入っていない。故に、貴様は完全な人間になれる道理もない。だが、真祖にならばなれる。より強い血を注いで、人間の血を押しつぶしてしまえばいい。そうすれば、吸血衝動なぞにかられることもない」
 この男は果たして、何を言っているのか。眷属にするのではなく、ヴェインを吸血鬼そのものにすると―?
「―人か、吸血鬼か。どちらにもなれぬと、己が果たしてどちらなのかと迷うのならばこちらに来い」
 ぬるりと生温かい血に塗れた指先がヴェインの唇に触れた。このまま、口を開いて舌を伸ばせば、すぐに―あの綺麗な、さぞ甘露であろう赤い雫を啜れる。
俺ならばしてやれる、とその悪魔のような囁きさえもひどく甘ったるく聞こえる。意識がどんどん泥のようにまどろんでいく。―そこで、ふつりとヴェインの意識は途絶えた。
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ppvv3388 · 7 years ago
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狙撃手パロ パーヴェ
 眼前に敵が不意に現れた時、ヴェインの周囲には味方の姿はおらずそこでようやく自分が突出しすぎたことに気が付いた。
物陰に隠れていたのであろう敵は、孤立状態にも関わらず戦況が優位だからと完璧に油断しているヴェインの前に現れて、銃を構えた。ヴェインも咄嗟に、反射神経で銃を構えたが、恐らく敵が銃弾を放つ方が早く、ヴェインの銃弾が間に合わないことを理解していた。だが、既にほとんどの部隊をこちらに殲滅されているあちらの兵士たちは作戦もへったくれもない特攻紛いの事をし出す程に焦燥している。眼前の兵士も、何やらヴェインには理解しえない言語を叫びながら銃を構えている。気がくるっているのか思うくらい、銃を持つ手も震えている。そんな構えではヴェインの急所など狙えまい。急所にさえ当たらなければ問題ない。多少怪我はするだろうが、防弾チョッキがなんとかしてくれるだろう。一発食らってから、撃ってやろうかくらいの気持ちでいたのだ。
だが、一瞬空気が震えたと思えばヴェインが銃弾を受けるよりも早く、眼前の敵がゆらりとふらついて後ろ向きに倒れた。銃を下ろして、目を見開いたまま倒れた敵を見下ろしてみれば額に穴が開いていてそこからだらりと血が溢れていた。見事な一撃だった。いっそ芸術的な腕にヒュウ、とヴェインは口笛を吹いた。
でもいかん、そろそろお怒りが来るな、とヴェインは通信の兆しのノイズを聞いて耳に入れていた無線を外して、耳から遠ざけた。
『貴様駄犬!! 何を考えている!! 馬鹿か貴様は!』
 鬼教官は今日も声が大きくいらっしゃる。ヴェインも変なところを学習した。己の鼓膜を守るためだ。
遠ざけた機器からは今もありとあらゆる罵詈雑言が聞こえる。物凄い怒ってるなあ、と怒りが遠くなるのを待った。通信相手は、つい今しがた眼前の敵を狙撃してみせた、パーシヴァルだ。彼の狙撃は味方で本当によかったと思えるほどに、完璧だ。一切の無駄も慈悲もなく、一発で敵を沈めてみせる。狙撃手は少ない弾数で敵を仕留めてこそ、だ。
パーシヴァルは今日どこに陣取っていたか。ヴェインは作戦前に見た地図を思い出す。既に廃墟となったビルの屋上。ここからだと…約二、三キロメートルほどの距離だ。
今日のパーシヴァルに観測手(スポッター)は付いていない。何しろ、ヴェインが地上部隊に合流しているからだ。狙撃をより安全に正確にするためには観測手と呼ばれる、補佐的要素を担う者と二人一組で行うのが一般的だ。だが、今日に関しては、地上部隊に人を割くことを優先するとし、パーシヴァルは観測手―ヴェインが付く必要はないと言ってみせた。初めは誰もがざわついたが、例え一人であろうとパーシヴァルの狙撃は一部の隙もなく、完璧だった。それは普段常に観測手としてついているヴェインからすれば複雑極まりないのだが。
『おい聞いているのか!!』
「オーケーオーケー聞いてるって」
『聞いてなかったな。よし次は貴様の頭を撃ちぬいてやろう』
 通信の向こうで、パーシヴァル愛用のスナイパーライフル―彼専用にカスタマイズされているものだ―に弾が込められる音がした。
「ごめんって! 援護サンキューな、愛してるぜダーリン」
 パーシヴァルが言うとまったく洒落にもならない。本当に頭を一発で撃ちぬかれそうで、さっき眼前で銃が構えられたときには一切感じなかった、背中にひんやりとした生命の危機を感じた。
慌てて、軽口まがいの礼をパーシヴァルがいるであろう方向へ向き直り、ついでに投げキッスを飛ばした。恐らく、彼はスコープ越しにその姿を捉えたのだろう、小さく動揺したような声を上げた。がちゃりと手からの振動で銃の立てた僅かな音も聞こえたので、つい笑みをこぼしてしまう。
『…帰ったら覚えておけよ、ハニー』
 おや、とヴェインは目を瞬く。軽口に軽口で返してくるとは珍しい。烈火のごとく下らんことを抜かすなと怒り騒ぐかと思ったのに。
「おお…パーさんが戦場ジョークに慣れてきてる。わはは、今日は抱きつぶすでありますか教官!」
『煩い黙れ、抱き殺してやる』
 殺すのは困るなあ、とヴェインが笑うよりも早くぶつりと通信が切れた。まだ戦いは続いている、明日もまたこの血煙の場所を走らないといけないのに、抱きつぶされるのも殺されるのもごめんなのだが。まあ、この様子だと明日は地上ではなく、パーシヴァルのサポートで観測手に戻るだろうし、いっかなとなどと考えながらヴェインは機嫌よさげに味方のいる方角へ足取り軽く戻って行ったのだった。
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ppvv3388 · 7 years ago
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俳優パロ パーヴェ(モブ女子視点)
 私が、“彼”に出会ったのはもう何年も前の事だ。  その当時の私はとにかく疲れていた。会社のこと、仕事のこと、人間関係…悩みを上げ始めたらキリがないくらいぐるぐると負の感情だらけで、楽しいことが思いつかなくなるくらいもう典型的なひどい悪循環につかまってた。 その日も、仕事終わりのくたくたの体を引きずるみたいに帰路についていた。ただひとつ違ったことと言えば、いつも通っている道が工事中だったから、普段通ることはない裏道を通って遠回りしていたことくらい。それで、重苦しいため息をついてふと立ち止まったところが、ぼろい映画館みたいなところだった。 (うっわ…きたな)  心が荒みすぎてた私はストレートに失礼なことを思った。でも、なんとなくふらっと足がそのぼろい建物に向いてた。きっと、いつもと違う道を通ったりとかいつもと違うことをしたからに違いない、そんな言い訳じみたことを自分に言い聞かせたりして。 外面通り、中もかなりぼろっちかった。たぶん映画館というより、ちょっとした上映館みたいな。よく田舎とかにあるやつだ。こんな都会で何でこの建物残ってるんだろうと今でも思う。 窓口でやけに愛想の悪いおじいさんから映画館で見るよりもだいぶ安いチケットを買って、上映室に入った。一応、上映室は映画館みたいになっていたけど、座席は統一感もなくところどころがパイプ椅子だし、位置も前後均等になっていないし左右揃ってないし、なんというか…雑だ。見れればいいっていう人だけが来る感じなんだろうなあ。  私が椅子に座ると、すぐに部屋は暗くなって目の前のスクリーンに光があたる。どうやらお客は私だけらしかった。 からからと映写機が回る音がし出すと、映像が流れ始める。どんな映画でも最初に出てくるような配給会社の名前とか製作とか出てこないし、あれこれもしかして個人が作ったやつ?と私は見始めたことをものすごく後悔してた。これなら、さっさと帰ってメイク落として早く寝ればよかったなあ、とか。でもひとりしかいないものだから、立って出ていきづらかった。だってあの受付にいたお爺さんの顔すごい怖かったし。  たぶん個人製作されたその映画は、よくある学園青春モノだった。男女混合の幼馴染仲良しグループに、友情だとか恋だとかが絡まっていく感じの。簡単に言ってしまえば…申し訳ないがものすごくつまらなかった。ああよくあるやつね…と先の展開までさっくりとわかってしまう。やばいこれはこのままだと爆睡するぞ私、と重くなる瞼を堪えるように目を細めた。 “彼”が出てきたのは、突然だった。あれ、この子急に出てきたな?いや、誰よ?どういう関係?と完全に説明不足な脚本にケチをつけながら、他とは圧倒的に違う雰囲気の役者に私は睡魔が飛んでいくのを感じた。どう違うかと言われればすごく言葉に困るのだけど、他の役者より彼はきらきらしてた。演技のレベルも断然違う。完全にその役に入り込んでいて、モノにしてる感じ。あんまり映画とかドラマとか全然見ない私が言うのもなんだけど。とにかく、素人目から見ても彼はすごかった。主人公じゃないのがもったいない。それから、私はとにかく画面にいる彼を自然と目で追っていた。画面の端にでもいようものならばその表情ひとつひとつに目を奪われていた。早くもう一回喋ってくれないかな、と祈るように見ていたと思う。 物語終盤、恋に友情に疲れて仲間たちにその辛い気持ちを吐露するひとりの女の子。あっそれだけで?っていう感じのまったく共感できない展開にあららと思いつつ、まあでも高校生とかならそれくらいで辛いってなるのかもしれないな、とも感じた。それよりも、画面の中とはいえ、辛いってああやって泣き喚いていられるのはいいな、と思った私もかなり疲れていた。白けた目で見ていたら、そこに彼が出てきた。あっ、と思う間もなく彼はその女の子をそっと抱きしめた。それで、ずっとつらかったよな、ととびきり優しい声で言った。 多分、本当にそのときの私は自分が思っているよりも、かなり精神的に参っていたんだと思う。彼は画面の中の女の子に言ったことでしかもたったそれだけの言葉なのに、どうしてだか自分が言われたような心地になって、気がつけば私はぼろっと泣いてた。 映画が終わるまでぼろぼろ泣いてた。それからあとの内容はあんまり覚えていない。最後、ようやく止まりかけてたのに、彼の太陽みたいな明るくやさしい笑顔を見てまた私は泣いてしまった。  からからとまた音がして、どんどん部屋が明るくなっていく。私はそれでも涙が止まらなくってもう成人も過ぎてみっともなく、俯いて唸るようにして泣いてた。泣くなんて久しぶりだから、ずっと奥に溜まっていた分大洪水だった。 どのくらい泣いたかわからないけど、ずっと鼻をすすりふと顔をあげると目の前に四角く綺麗に畳まれたハンカチが差し出された。 えっ、と顔を上げると隣にいつの間にか男の人が立っていた。すらっと身長が高いスマートな人だ。受付にいたお爺さんではないのは明らかだった。気づかない内に私以外のお客さんがいたみたいだった。 「どうぞ」  するりと耳に入った声は、心地よかった。帽子をかぶっていてサングラスを掛けているからよく顔は見えないけど、きっとすごい男前に違いない。声がイケメンってやつ。 「あっ……す、すいません…ありがとうございます」  一瞬呆気にとられてぼんやりしていた私は慌てて、好意に甘えることにしてその差し出されたハンカチを受け取ってまだちょっと涙が零れてた目元にあてた。ふわっと少しだけ甘くて優しい匂いのするハンカチだった。 「…へ、変ですよね、全然泣くところもない映画なのに、こんな大泣きして…。ごめんなさい、上映中うるさかったですよね」  沈黙が耐えられなくなって、思わず私はそんなことを口走っていた。なんというか、誰かに話さずにはいられなかった、とかそういう感じの気分だった。ハンカチをくれたお兄さんは、私が話しかけたからか立ち去らないでそのまま隣に座った。 「…いいや、特には気にならなかった」 「あ、はは…お兄さんやさしいなあ」  わんわんと大声で泣いたわけじゃないけど、ぐすぐすと声は漏れていただろうし時々すする音だってしていたはずだから映画を見ていたなら確実に邪魔になったはずなのに。いまどき泣いてる女子にハンカチを差し出すようなそんな紳士的な男の人なんていないなか、―少なくとも私の周りにはいない―こうして綺麗なハンカチを差し出してくれるような、しかもぎこちなさも違和感もなくさっと渡せるようなひとだから、本当にこのお兄さんは優しいひとなんだろうな、と思う。 「ほんと、やられたなあ……あの金髪の子、何て名前なのかなあ……」  最後のクレジットで名前を見れるだろうと思って涙で滲んで見えづらい視界で一生懸命目を開いてみてたのに、最後まで雑仕様で役者の名前は役名さえ記さずにずらずらとならべただけのものだった。これじゃ誰が彼なのかわからないじゃないかと。 「―…ヴェイン」 「え?」 「その金色の髪の役者の名だ。あの映画は、学生の頃撮ったとかいうやつらしいが、今は事務所に入っているれっきとした俳優だ。…まだあまり名は売れていないから、知らなくても無理はないが」  す、すごい喋る…。それが私の初手の感想だった。さっきまで無愛想とまではいかないけど必要最低限しかしゃべらない感じだったから、つらつらと口から言葉が出てくるものだから、私は思わずびっくりして言葉を失っていた。 「あ、の……お兄さん、そのヴェインくん?のファンなんですか…?」 「……は?」  今度はお兄さんが何やら驚いているみたいだった。しーんと沈黙がまた落ちる。私が、がちりと固まってると、お兄さんが小さくくつくつと笑いはじめた。 「え、えっ、私何かおかしなこと言いましたか!?」  あんなにも詳細情報まで出てくるなんて普通にファンだと思ったんだけど。今は事務所に入っている俳優さんってことだけじゃなくって、あのまともにクレジットもない雑な映画のこととか、まだ名前が売れていなくって知らなくても仕方がないって言いながら、知られてないことにちょっと拗ねたみたいな声とかファンとしか思えない。 「ああいや、何も。…そう、そうだな……」  私変なこと言ってしまったかな、とわたわたとしていると、そんな私を落ち着かせるようにお兄さんは手で制して、それからゆっくりと席を立った。 それから、もう何も映ってないスクリーンを真っ直ぐに見ている。私もスクリーンを見た。残像みたいに彼の笑顔がうつる。 「…そうだな、俺はあいつの演技に惚れている。ああそうだ、俺はあいつのファンだ」  そう言ったお兄さんの口元は綺麗に弧を描いていて、笑みが浮かんでいた。きっと目なんかはとびきり優しいに違いない。サングラス越しからでは窺い知れないけど。
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ppvv3388 · 7 years ago
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ゲイビモデル×AV男優 パーヴェ 1
「とっ……倒産!?」
 都内某所、駅からも遠く非常に交通の便がよろしくない路地の一角にひっそりと佇む雑居ビルの最上階のフロア。その廊下には、ずらりととてもではないが表には出せないような…例えば、レンタルビデオショップででかでかと未成年の立ち入りを禁止するマークが描かれた黒のカーテンで仕切られたその先にあるような、そんなポスターが貼られている。
それらは全て、この最上階フロアに居を構える会社に所属するタレントが出演したものだ。……つまり、この会社はアダルトビデオに出ることになるタレントたちを抱える事務所なのだ。
そのフロアの一角、『社長室』と書かれた部屋で、所属タレントのひとりであるヴェインは素っ頓狂な声をあげていた。
「声がでかい! これはまだ一部の人間にしか伝えていないことなんだ…」
「す、すいません社長……。…っていやいや!? ええ!? 倒産ってやばいでしょう!!」
「そんなこと、わざわざおまえに言われずともわかっとるわ!!」
 なあ社長!とばんと机を叩くと、同じような音を立てて机の上に置いてあった書類の束を丸めて、頭をはたかれた。所詮は紙、されど紙…地味に痛いもので、ヴェインはううと涙目になりながらはたかれたかわいそうな己の頭をおぉよしよしと撫でた。
「…元々何回か危ないときはあって、それでもなんとか周りの手を借りてやってきたんだ…。ついに打つ手もつきて、畳むことにしてな…。まだ少し先のことではあるが」
「…社長……。でも、何でそれを俺に…?」
 ヴェインはタレント…AV男優としてはそれなりに長いことやっているが、何だかんだと始めてしまったときからずっと、この事務所に所属し続けていた。もう数年の付き合いともなると、社長も気の良い人でヴェインは家族のようにも感じていたのだ。
「それなんだが。うちの事務所は無くなるが、所属してるタレントは皆きちんと行く先を見つけてやろうと思っている。例えどんなコネを使ってでもな。…で、まずはおまえがその行く先が見つかったから、先に話してるというわけだ」
「はあ…なるほどぉ……?」
「その…相手先がおまえの出演してるビデオを見て気に入ったらしくて、だな。何度か助けてもらったこともある、私の旧友なんだが……、うん。まあ、いい奴だから……」
 さすが社長だ、ちいさな事務所とはいえ、所属タレントはそこそこの数がいるというのに全員の行く先を見つけてくれるなんて…とじんわりしている間もなく、初っ端から自分の異動先があると言われてヴェインは少々戸惑う。倒産するのをついさっき聞いたばかりだというのに、早速次の職場と言われてもいくらなんでも付いていけない。
しかも、なんだか社長は物凄く歯切れの悪い言い方だ。挙句、錆びたロボットみたいな動きで顔を露骨に逸らされた。
「……え? なに、相当ハードなの撮影してるところ、とか? 俺、基本そういうのはちょっと…」
「いやいやいや、SM専門とかじゃあないんだよ! それは、断言する、保障する!」
 一口にアダルトビデオ、と言っても種類…ジャンルは今や、星の数ほどある。そしてそれと同様に様々なタレントがいる。タレントそれぞれに得意とする分野があり、ヴェインはどちらかと言えば優しめな甘い感じのものが得意なタレントだ。というよりそれ以外はほぼ無理だ。SMはもちろんのこと痴漢やら万引き娘やら寝取りやら無理矢理やら輪姦やら乱交やら……そういう“いかにも”なハードなものではなく、ごくごく普通に男女が睦み合っているような…そういうものだ。つまり、行為的には和姦オンリー。男が好きこのんで見るものというよりどちらかと言えば女性が見るような雰囲気を重視した、そんなアダルトビデオ専門の男優なのだ。
「ともかくだ! 明日、マネージャーと一緒に相手方の会社に行ってくれ。面会のアポは取ってあるから」
「は、はい……」
「ああそれとおまえの住むところについてだったな。あちらが出演してくれると言うのであればなんとかすると言ってくれていたから、安心するといい」
「ええ、そこまで…?」
 実は不幸にもほんの数日前、突如として住んでいた小さなぼろアパートが取り壊されることが決まって何の準備もなくぽいっと放り出されたヴェインは家具の類はひとまず貸し倉庫に預け、少しの私物とともに事務所の隅で次の住居が決まるまで生活させてもらっていたのだ。
仕事もあり、なかなかどうして次の引っ越し先が決まっていなかったので、その提案はとても魅力的ではあるが……出演してくれるなら、というその天秤にかけるような言い方をされると、なんだか出演を打診されるものがとんでもないもののような…そんな嫌な予感をヴェインは微かに感じ取った。いやそんなまさか…そんなものに社長がヴェインを出させるわけがない…………顔をめっちゃ逸らされているけど。
「どうだ、ここまでしてくれると言ってるんだ…出てくれるか!?」
「ちょ、確かにすげえよくしてくれるっていうのはわかったけど、出るやつの内容も全然知らないし、なんとも言えないんだけど!?」
「内容なんていつもそんなに知らされてないだろう! それと同じだ!」
 ぐわっと突然再びこちらに顔を向けた社長の迫力と眼力にヴェインは思わずのけぞり、数歩下がった。いや内容はいつも事前に渡される台本や打ち合わせで知っているが…。
基本的にAVはすべての過程を台本によって取り決められている。台本の最初のほうなんかは人物の設定まで書かれているくらいだ。何をするだとか、それこそ行為の順番とかも全部台本で決められている。プラスとしてヴェインの専門とする雰囲気重視の企画ものともなると話の流れだとかふたりの間柄の設定だとか事細かに書かれていて、AVの台本にしてはかなり分厚くなることもあるくらいだ。
ともあれ、そう思いながらも社長のあまりの迫力…鬼気迫る様子にヴェインは何も言い返すことが出来なかった。
「わ、わかったよ! 出るってば!」
「そうか、助かる……あいつにはデカい借りがあってだな…」
「社長の尻ぬぐいってこと?」
「私を助けたということはつまり所属していたおまえも助けられていたんだぞ!」
 それは言われてみれば確かに…とヴェインは神妙に頷く。おまえなら平気だ大丈夫だ、とやいのやいの言いながら社長はヴェインの肩をばんばん叩いてくる。完全なるよいしょモードに入っている。きっと大丈夫…大丈夫だ…とヴェインは自分自身に言い聞かせながらも、はあ、と不安な気持ちがたっぷり詰まった息を肺から吐き出すのであった。
   翌日。マネージャーと共にヴェインがやってきたのは、階数こそ少ないがあの雑居ビルとは大違いの小綺麗なビルだった。しかも駅近だ。すげえなぁ、と興味津々に辺りを見回すヴェインと違って、これもまた社長同様に付き合いの長いマネージャーは落ち着きはらっている。このマネージャーはヴェインが事務所に所属してからずっと一緒のひとだ。
そのマネージャーがなんだか、綺麗なビルにそわそわしているそんなヴェインをじっと憐みような眼差しで見つめている。…朝に合流してからずっとそんな感じだ。一体何だというのか。あまりに視線がきになるので、何だと聞いても、何でもない、と即座に言われてしまってそれ以上追及しなかった。
 どうやらこのビルには他の普��の会社もテナントで入っているようで、一番上のフロアが社長の言っていた“相手方”の会社のようだ。マネージャーの後に続いて廊下を歩いていると、同じようにアダルトビデオの宣伝ポスターのようなものが数枚貼られている。
(…ん? 男ばっかだな…、男メインのAVなんて珍しいな)
 歩きながらなのでよく見れてはいないが、ぱっと見ポスターはすべて裸の男のようだ。一枚も女優の姿は見えない。もしかしたら、ヴェインのよく出ている女性も見るようなAVに特化した事務所なのかもしれない。でもそれならば、ヴェインと相性の悪くない事務所のはずだ。なのに何故、社長といいマネージャーといいヴェインに対して気まずそうな雰囲気を向けてくるのか。うぅんと悩んでいるうちに、どうやら部屋についたようだった。
「やあヴェイン君! 待ってたよ!」
 入った部屋は、社長室…というような雰囲気でもなく、普通の応接室のような場所だった。さらに言えば出迎えてくれたのは想像していたようなびしりとしたスーツを着込んだ社長姿ではなく、随分ラフな格好の若い男性だった。…あれ?社長…なのかこの人?とヴェインは混乱しながらも、ひしりと出迎えのハグを素直に受け入れる。…長い。ハグが長い。しかも出迎えといった気軽なものと違って妙に熱烈で冷や汗が出る。
「まさか本当に君が出てくれるだなんて! 絶対に断られると思っていたから夢のようだよ。いやあよかったよかった、持つべきは友だな!」
「ははは…それは、どうも…それで、えーっと…あの。い、いつまでこのままで?」
「おっとごめん。いや、映像で見るより実物はもっと良い身体だな、と」
 そこまで言われるほどヴェインは出演するものをえり好みしているように見えているのだろうか。確かに和姦限定ではあるが。
微かに引っ掛かりを覚えてるが、何よりもいつまでもひしりと抱きしめられていることのほうがよっぽど気になる。おそるおそる失礼のないように、と慎重に尋ねるとようやく離れてもらえた、のだが。じいと舐めまわすような視線で見つめられながらそんな事を言われて、ぞわっと総毛立った。いやいや。いや、なにこれ?とヴェインは頭上にクエスチョンマークを浮かべながらも、ぽつぽつ鳥肌の立っている肌を摩った。
何も、良い身体、という言葉に慣れていないわけではない。現にヴェインは体を鍛えているし筋肉もかなりついているほうだから、現場でもスタッフや女優によく言われていた。その延長線で触りたいと言われて、触られることもしょっちゅうだった。だから、今更、何をそんなに反応するのか自分でもよくわからなかった。ちら、と隣のマネージャーに視線を向けると露骨に顔を逸らされた。
「そうそう。今日はヴェイン君と一緒に出てもらう予定の子も呼んであるんだけどいいかな」
「あっ、はい…俺は全然かまいませんけど」
 もう顔合わせとは随分早いものだ。大体女優とは現場で会う事のほうが多いのだが。
ヴェインの返事に、よかった、と社長(仮)の男性がにこりと笑んだ後に、入っていいぞー、とヴェインとマネージャが入ってきたのとは別の奥にある扉へと声を掛けた。すると、暫く間を開けてからがちゃりとその扉が開いた。
「…んん?」
 ヴェインは思わず己の目を疑った。扉から出てきたのは、すらりと長く細すぎず太すぎない脚、がっしりとしているけれどどこか細さを感じさせる絶妙な腰、大胆に開けられたシャツから覗く素肌は少し色が薄いが健康的な肌色、美麗なラインの顔には薄い唇と切れ長の赤い瞳と細長い眉、瞳と同じさらりとした赤い髪。…でかい。明らかにヴェインと同じくらいか少し低いかくらいだ。それに、なんだろう体型がとても…女性にしてはがっちりとしすぎている。けれど顔は断トツに綺麗だ。美人と言っても過言ではないし、少しキツめの美人といったところだ。うんまあ言ってしまえばヴェインの好みのタイプの女性と言っても過言ではない。でもデカい。胸元は丸みを帯びていないし。いや、世の中には胸の小さな女性もいるわけだし、そんなことは言ってはいけない。でもあれは貧乳だとかそういう部類のぺったんこなのではなく、確かに“胸”はある。弧を描いている。けれど、どちらかと言えばヴェインのほうが“胸”がある。そう、胸筋だ。あれは、紛れもなくふわふわおっぱいではなくかちかち雄っぱいだ。
「お、おお、男ォ!?」
 気が付けばヴェインは大きな声をあげて、目の前に颯爽と現れた男を指さした。社長(仮)は目をぱちぱちとさせて驚いた様子で、マネージャーは“ああ…”とやってしまったとでも言いたさげな息を零し、そして指をさされた男はゆっくりと顔を歪めてとうとう眉間にくっきりと皺を作った。
ヴェインは、額を押さえているマネージャの肩にがばりと腕を回し、ふたりに背を向けてこそこそと耳打ちする。
「ちょっ…ちょっと待ってくれ、え、あの人相手って言ったよな? どう見てもアレ男なんだけど、なあどういうこと!?」
「……はあ、だからそういうことだって…。ここ、AVタレントのプロダクションじゃなくって、ソッチ向けのを作ってる制作会社で、あの人は監督だよ…」
「ソッチ…ソッチって、ま、まさか…」
 観念したようにマネージャーが言いだしたことは、ヴェインにとてつもない衝撃を齎した。最早雷が落ちたなどという表現では生温い衝撃だ。
―社長やマネージャーの気まずそうな申し訳なさそうな顔…廊下の裸の男ばかりが映っているポスター…出てくれるとは思わなかったと言い身体つきをやたらめったらと言ってくる社長(仮)改め監督…相手役が正真正銘男……そこから導き出される答えは、ここがゲイビデオの会社なのだということだった。そして自分はそのゲイビデオの出演が決まってしまったのだと…。
「社長があの監督に相当貸しがあるみたいでな…、ここは社長のためだと思って堪えてくれ!」
「うぐぐ…他人事だと思ってぇ…!!」
 もちろんだが、ヴェインの性癖はごくごくノーマルである。AV男優なんてものを生業としてきたくらいだから、当然抱くなら女の子がいい。相手も女の子がいい。当たり前だ。別に下心があってこの仕事をしてきたわけではないが、男として極々自然な思考だろう。
 ひそひそと話していると、おーい大丈夫かー、と監督が声をかけてきてがばりと慌てて手を離して、だらだらと冷や汗をかきながら改めて向き合った。
「大丈夫? 何かトラブルでも?」
「え、えーっと……その、実は…ゲイビデオ、とは俺知らなくて、ですね」
「それはそれは…道理で。で、それはますます大丈夫?」
 何故それを言ってしまうんだと隣のマネージャーに肘で小突かれるが知ったことではない。知らなかったのは事実なのだし…。監督は少し驚いた様子ではあったが、慌てるでも焦るでもなくなんとなく納得しているような様子でもある。会ったときに、まさか、とか、絶対断られると思っていた、だとか、夢のようだとも言っていたから、そのせいかもしれなかった。
 事務所の社長には本当に、色々と世話になったのだ。売れない時代は何かと援助してくれたり、色々悩んでいるときには親身になって相談に乗ってくれたりとか、本当に色々。絶対に恩を返したいと思って今まで仕事をしてきた。だがその事務所ももうなくなる。社長に恩を返す最後のチャンスなのだ。
ヴェインはごくりと唾を飲んで、そろりと監督の隣にいる相手役なのだという男を見た。このようなトラブルが起こっても動揺をした様子もなく、悠然と立っている。しかし、組まれた腕の上を、これまた随分男にしては綺麗な指先で苛立ったような様子でこつこつと叩いており、顔はいかにも不機嫌ですといった風で先程よりもさらに眉間の皺は深くなっているような気がする。もっと柔らかい表情をすれば美人なのに…と思いながらヴェインはぐうっと目を細めて相手役を見る。ぼんやりとした視界の中では男だとそう気にならないかもしれない。これがもうヴェイン並にがっしり!筋肉!The男!みたいな野郎だったのあればもう絶対無理ですと言っただろうけれど、相手の男はそうではないのだ。それが救いなのだと思うことにした。ヴェインはカッと目を開き、監督へ向き直った。
「経験はないけど……俺、イケます! なんとなく抱ける気がするんで!!」
 ただし目を細めれば、だが。ともあれ一大決心をもってして大々的に宣言したヴェインだったが、それに反してその場は一気にしーんと静まった。先程から一言も発言していない相手役の男はともかくにして、監督も、それからマネージャーまでもがみな一様に黙り込んだ。え…何この雰囲気、と慌てたようにきょろきょろするヴェインだけが何故だかこの場に浮いていた。
「っ…ふ、くく、あははは! すごいなあ、ヴェインくんは! 何も知らないとはいえ、まさかパーシヴァルを抱く宣言をするなんて!」
「え、え、なに?」
「いやあごめんね、面白くってつい。パーシヴァル…あ、こっちのね。うちの界隈じゃ結構人気のモデルなんだよ、タチ専門の」
 静寂を破ったのは監督の素直な、ド直球な腹を抱えての大爆笑だった。マネージャーは、また呆れたみたいに溜息を零し、相手役…どうやら名前はパーシヴァルというらしい男はますます険しい顔になっている。
何がなんだか何故爆笑されにゃならんのか、といった様子のヴェインを見て、ようやくひいひいと笑って零れた涙を拭いながら監督は説明をした。
「たち??」
「そうそう。こっちの界隈の用語でね、タチとネコがいるんだよ」
 こうで、こうの、と片手の指を丸くして筒のような形を作って、もう片方の手の人差し指をその筒に突っ込む動作を監督はしてみせた。なんという下品な。けれど、ヴェインはそんなことを言っている場合でもなく、すべてを察してしまった。自分は抱く側なのではなく、あの男に抱かれる側なのだと。
さあっと顔を青ざめさせて、再びどうやら知っていたらしいマネージャーの肩に腕を回してごちりと頭がぶつかりそうなくらい突き合わせる。
「どういうこと!? これって俺の貞操の危機ってことなのかぁ!?」
「貞操っておまえ。いいじゃないか、減るものがあるわけでもなし…」
「いや減るだろ!」
 ノーマルな性癖であるヴェインでも、なんとなくうすぼんやりと男同士のセックスのことは知っている。尻の穴にナニを突っ込むのだということことを。…つまり言いたくはないが、女で言うなればバックバージンである。中には、女性に指を突っ込まれたりだとか下手をすればペニバンという大人の玩具を使って女性に攻められるプレイが好きな男もいるが、ヴェインはそんなことは一切していないしそういう性癖もない。ということは完全なる初物なのだ。一生失う予定もなかったバックバージンが失われようとしているのだから、減るものだ。
「…監督。あなたの作るものに間違いがないことは知っているが、今回ばかりはどうやら見込み違いだったらしい」
 つんと冷め切った声は、今までだんまりを決め込んでいたパーシヴァルのものらしい。ヴェインがちらりと振り返ると、ぎろりと睨まれた。
「悪かったよ、君がノンケ相手を嫌がるのを知っていながら黙っていた不誠実は謝ろう。だがどうしても、次の新作は彼を撮りたいんだよ。そして、その相手はパーシヴァル、君しかいない」
 どうやらパーシヴァルとやらはヴェインがまんまこの世界の素人だということが気に入らないらしかった。ノンケ、ということはつまり同性愛者ではない、ということを指しているし。
途端真剣な面持ちでパーシヴァルに向き合い素直に頭を下げている光景はなんだか不思議だった。彼は一応監督で、仕事をあげ給与を与える立場だというのに、演者でしかないパーシヴァルに頭を下げるだなんて。よっぽどパーシヴァルは良いモデルなのだろう。
そんな監督の様子を、黙ってじっと見下ろしていたパーシヴァルは一度目を逸らしたあと溜息を零し、それ以上何も言わなかった。
「ヴェインくん、君にもすまなかったね。無理に出ろ、と言うつもりはない。ただ是非出てほしいと思っているのは本当だ。でも、決めるのは君だ。例えここで断っても、君のところの社長どうこうするつもりもない。彼は古い友人だ、だから助けていた。それだけなんだから」
 パー���ヴァルの次はヴェインのほうへ向き直ってきたので、慌ててマネージャーを離してヴェインもびしりとかちこちのまま監督のほうへ向き直った。
てっきり出ると言ったのだから出なさないと、出ないと言えば恩を仇で返すつもりか、とでも言われるものかとばっかり思っていたのに。
ヴェインは揺れ動いていた。社長への恩返し、ヴェインへの監督の熱意…それと己自身の性癖外の事、バックバージン……色々なことがぐるりぐるりと脳内を回っている感じだった。―そして、ヴェインの答えは。
「―いえ、やり…ます。やらせてください」
 たっぷり間を開けて。場の沈黙は再び落ちて、今度はヴェインがその静けさを破った。監督はぱあと顔を輝かせ、その隣でパーシヴァルは絶対にヴェインが断ると思っていたのか驚いたような顔をしていた。
「そうかそうか、ありがとう! うちのスタッフもみな君が出ると知ってからアイディアが湧きまくっていてね! うんうん良い作品が撮れそうだ!」
 ばっと近寄られて素早く両の手を取られると、ぶんぶんと上下に振られる。わはは…とヴェインは苦く笑う他なかった。我ながらとんでもない決断をしたものだ。これからどうなるんだろう…という漠然とした不安は消えることはない。
「あ、そうだ。確か君、今住んでいる家がないんだったね。ちょうど慣らしもあるから、パーシヴァルの家に撮影が終わるまで置かせてもらうといい」
「へ…慣らし…って……」
「なっ…。何故俺がこの男を置いてやらねばならん!!」
 そういえば、出演すると言えば住む場所はなんとかしてくれるらしいと言われていたか。まさかそれがパーシヴァルの家とは。そして慣らすとは…と首をかしげるヴェインとは違い、パーシヴァルは憤慨している様子だった。
「君の家無駄にデカかったじゃないか、物も大して置いてないし空いてる部屋もあるんだろう? それにほら、パーシヴァル。知ってのとおりヴェインくんは素人だから、多少慣らしておかないと本番は物凄く大変だと思うけど? それでもいいのかい?」
「……」
 またパーシヴァルは黙り込んだ。無言は肯定の、というよりは今回は、一理ある、といったような反応だ。どうやらこのふたりはそう短い間柄でもないようで、監督はパーシヴァルの説き伏せ方をよく知っているらしい。先程から上手いこと宥めながら良い方向へ持っていっている。何度かこの監督の作品にパーシヴァルは出ているということなのだろうか。
「よし決まりだ。それで、パーシヴァル、君の見立てではどのくらいで慣らせる?」
「いやあのー…慣らしって…」
 完全に置いてけぼりである。当然マネージャーのほうへ助けを求めるような視線を送って知らんぷりである。どうせ知っているだろうに、敢えてこの場では発言しないつもりのようだった。くそう薄情な、と思いながらマネージャーにはマネージャーなりの事情があるのだろう。
そうこうしている内に、いつの間にか先程まで監督が目の前にいたはずが今はパーシヴァルがいた。間近で見ると圧倒されそうな程美青年だ。所謂イケメンというやつだ。このイケメンと自分であれば、ヴェインのようにがっしりとした大柄の筋肉男が女役しているより断然この絶妙な色気を放っているイケメンが女役していたほうが良いのではないだろうかとも素人のヴェインは思うのである。
まじまじと観察して完全に油断しているヴェインに、突如として悲劇はおとずれた。
「ぎゃいん!!」
 思い切り尻たぶを掴まれた。突然の痛みに思わずヴェインはそんな間抜けな声をあげていた。当然尻を掴んだのは目の前のイケメン君ことパーシヴァルその人である。突然何をするのかと、目元にじんわり涙を浮かべて抗議の眼差しを向けたがパーシヴァルは素知らぬふりである。
ヴェインの尻を抓る勢いで引っ掴んだ手はやがて、するりと撫でて双丘の間に指先を潜り込ませてぐうっとその奥にひそむ穴を衣服越しに押してきた。
「うあ、ちょ…ど、どこさわって…」
 当たり前のことだが他人にそんなところ触られるのははじめてだ。ヴェインにとってそこはセックスのときに使うような性器ではなくただの排泄器官に過ぎない。そんな場所を衣服越しとはいえ他人が指を使って触れているのは、なんだか奇妙な感覚でぞわぞわと全身が粟立つ。
「―…一週間」
「ほぇ」
「一週間あれば充分です」
 ヴェインのそんな様子を気にもせず、パーシヴァルはさっさとヴェインから手を離して平然と監督のほうへ向き直ってきっぱりと言った。尻を掴まれたヴェインは突然の”一週間”宣言にわけもわからずぽかんと呆然とした。
「また随分と早い。もっと期間取ってくれてもこちらとしては特に困らないけど」
「そんな長々とこんな奴と過ごしてられるか。それに、さっさと済ませられるのであればそれに越したことはない」
 ようやくぱっと離された先程まで掴まれた尻が少しひりひりと痛いものだから、さすっているうちに話はどんどん勝手に進んでいっている。
「あのぉ、さっきから話がよく……」
「ああごめんね! 慣らしっていうのは、男同士だとソコを使うだろう? そう簡単に出来るものでも何の準備もなくしていいものでもないから、男同士でセックスをするときのネコ側の準備の仕方とそれからソコを受け入れる器官になるようにしてもらうってわけ。何心配しなくていいよ、パーシヴァルはこの業界長いからその辺りも上手くやってくれるから」
 あ、なーるほど!とぽんと手を叩いてから、いやそうじゃない!!とヴェインは頭を抱えた。…とどのつまり。ヴェインはこれから一週間本番の撮影に備えてパーシヴァルの家に泊まりこんで、前準備?とやらは知らないが、男とセックスできるように尻の穴を開発されるということか。
決意はしたものの、一度の撮影ならばと考えていたところもあったので、まさか一週間みっちりと尻を弄られるなんて予想外すぎる。想定外すぎる。ぶるぶるとするヴェインをパーシヴァルは随分と冷ややかに見ている。当初監督が言っていた通り、そんなにノンケが嫌なのか。というか、そう思っているなんてパーシヴァルはノンケではないのか?いかにも女性にモテそうな顔をしているのに。
一度ヴェインを見遣った後、パーシヴァルは特に何も言わずに最初出てきた扉から部屋をさっさと出て行ったしまった。
「それじゃあ、一週間分の手荷物を持ったらパーシヴァルの家に行くといい。彼は今日撮影ないはずから、あのまま家に帰るつもりだろうから安心して」
 住所はここに、とぺろりと地図と住所が書かれたちいさなメモを手渡される。
「あのー…パーシヴァルって、ノンケそんなに嫌い、なんですか」
「えっと……うーん…、まあ、嫌いというか…。そのあたりはちょっと入り込んだ事情があってね、詳しいことは話せないんだ。でも、パーシヴァルはあんな感じだけど悪い人ではないから。根は優しくて、あれで結構情に厚い良い男だよ。誤解されがちだけど」
 …それは偶像ではなく?ヴェインは俄かにも信じがたい言葉に戸惑った。優しくて情に厚い、とはかけ離れた冷たく真っ向からヴェインを拒絶している瞳をしていた。
だが、よろしくね、と至極嬉しそうな監督の前ではとてもではないが言えなかった。はい、と気の抜けた返事をしながら、ヴェインはこれからの一週間、それから本番の撮影を憂うのであった―。
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ppvv3388 · 7 years ago
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パーさんのパーさんがおっきくてヴェインが困っちゃう話(結腸責め編)
 ヴェインには最近頭を悩ませることがあった。それは、恋人のナニがあんまりにも大きいということだ。…いや、別に入らないとかではなく。初夜以降、幾度か夜を共にしてヴェインの体はすっかり慣れてしまったのだ、あのえげつないモノに。初夜のときはあんなにも無理だ嫌だと喚いたというのに、今ではあの長大で凶悪な熱によって貫かれることが脳髄が甘く痺れてしまうくらいきもちよくてたまらなくなってしまっている。少し解されただけですんなりと門は緩み、はやくと強請るようにひくついて迎え入れてしまうのだ。二回目の夜には徹底的に前立腺での快楽を叩きこまれた。ここだ、と何度も先端でぐりぐりと突かれ、ぐにぐにと捏ねくりまわされ、時には雁首にひっかかれて―。いっそ暴力的な快楽にヴェインは髪を振り乱して涙を散らして享受し、咽び悦んだ。
三回目の夜には、前回きもちいいと記憶させたくせにわざと前立腺を外して突いてきて執拗に最奥に押し当ててきた。どうして、と、きもちいいところを突いてほしいと恥も外聞もかなぐり捨てて泣きついてしまった。最奥を突かれてもちっとも気持ちよくなかったのだ。ただただぐうっと臓器が押し上げられるような感覚が延々と地獄のように続いて、腹の中がぐちゃぐちゃになってしまうような気がして、吐き気がこみあげてくる。だのに、パーシヴァルはやめてくれない。すんすんと啜り泣いていたが、徐々に奥をこつこつとノックされる違和感がなくなってきた。それどころか快楽をひろいはじめた。何かが奥の方からじわりじわりと迫ってくるような気がして、言葉として意味のなさないあえかな声をあげて、パーシヴァルに必死にしがみついた。そして、最後に思いきり抉るように奥を揺さぶられると、いつの間にかヴェインは触れられてもいないのに射精していた。
前立腺を突かれてもきもちよくって、最奥をうがたれてもきもちよくって、浅い場所でくちくちと音を立ててもてあそぶような密かな刺激でも身もだえするほどきもちいい。どこもかしこも気持ちよくて仕方がなくなってしまった。ヴェインのナカ―肉壺はパーシヴァルの手によっていやらしい性器と化していた。
 そういうわけでとにもかくにも、パーシヴァルの手管が鮮やかすぎる。パーシヴァル曰く男にせよ女にせよこういった行為はヴェインとするのが初めてだと言うが、初めての割に余裕綽綽な上に上手すぎるのだ。もうこんなにもヴェインの体はどうにかなってしまいそうなのに。
このままではなんだか悔しい、とヴェインは自らも行為について学ぶことにした。だが如何せんヴェインは騎士団の副団長として顔が知れ渡りすぎてしまっているので、慣れない変装をしてまで“そういった”ことが書かれている書物を購入して、それはもう熱心に読み漁った。時には巷で噂の耽美絵物語なるものにまで手を出してみた。
だが、本に描かれていることの大体は既にパーシヴァルの手によって施された後だったので、学ぶためだったはずが何故か“わかるわかるそこすげえ気持ちいいよな”と共感しながら普通に読みふけってしまった。しかし、一冊の耽美絵物語にまだヴェインが知らなかったことが描かれていた。その名も結腸責めというらしい。普段一番奥の壁だと思っていたところは実は一番奥でも壁でもないというではないか。その先―結腸は、かなり奥深くにあり入り込むことが難しいらしい。それこそ、長大なものでなければ。
それだ!とヴェインは立ち上がった。ヴェインは挿入されながらいつも思っていたのだ、パーシヴァルの立派なそれはいつもヴェインの中に納まりきっていなくってあれもすべて入ってきてくれたらいいのに、と。でもこれ以上入らないなら仕方がないかとも思っていた。だが、まだいけるじゃないか、とヴェインはごくりと唾をのみこんだ。ああどうしよう、考えただけでおなかが疼いて仕方がない。
  それから暫く経って、ついに久しぶりの夜を迎えた。国へと帰っていたヴェインだったが、依頼のためにちょうど騎空団がフェードラッヘに滞在することになったので久しぶりの再会を果たしたのだ。なんてタイミングの良い。なにせ場所はフェードラッヘのヴェインの自宅なので、誰かに邪魔されることはない。声や音だって全く気にする必要がないのだ。一体どんな快楽となるかわからないし、ヴェインも色々我慢できるかそろそろ自信がなくなってきたので、これ幸いというやつである。
夕飯も片づけも終われば、お互い待ちきれないと言わんばかりに情熱的なキスを交わしながら寝所になだれこんだ。
 そして、いつも通りぐうっと最奥まで挿入を終え、パーシヴァルが律動をはじめようと腰を引き始めたところでヴェインはその動きを止めさせるように放られていた己の足でパーシヴァルの腰をがっちりとホールドした。
「何の真似だ、まさか動くなどと言うのではあるまいな」
 ご無沙汰だったせいだろうか、変なオアズケだと勘違いしたのかパーシヴァルの顔はひどく不満げだ。早く、この己の手で己の形を覚えさせた厭らしくも愛しい熟れた肉の筒にしゃぶられたくてたまらないとでも言うのに、ぴたりと動きを止めてしまった陰茎がナカでどくどくと脈打っている。その刺激でさえヴェインは快楽を拾ってしまって、びくびくと体を震わせ、あっと小さくあえいでしまう。
「っ…おい、」
 思わず、きゅっと締め付けてしまって、パーシヴァルが僅かに吐息を漏らし眉を顰めた。
「ん、ぁっごめ……、ちが、くて…、も、もっとパーさんのいれてほしくって…といいますか…」
「もう入ってるだろうが」
 言っている意味がわからない、と言った様子で焦れているパーシヴァルの口調はどこか早口だ。
「もっと深いとこ…まで、パーシヴァルのがほしい」
 何て恥ずかしい。なんていやらしい。羞恥心がヴェインをひどく苛んでくる。顔が熱いとはっきりわかるくらいに真っ赤に染めながら、そろりとヴェインは手を伸ばして、中にすべて収めきれておらず外に出ているパーシヴァルの根本付近の陰茎に触れた。
「なにを、言って」
 初夜以降は余裕たっぷりだったパーシヴァルが珍しく狼狽え、顔を赤くしている。ああこれは知っているな、と確信した。結腸を責めるのはそれなりにリスクがある、とも書物には書かれていたので、根が優しいこの男のことだ、敢えて避けていたに違いない。パーシヴァルはとことんまでヴェインに対して様々行為をしてきた、それこそいじわるだとヴェインが感じるようなことまで。けれど、それは結局すべて例外なくヴェインの快楽、悦へと見事に変えてみせた。パーシヴァルはとことんまで愛しい恋人に快楽を与えてやりたかったのだ。
「そんな、危険なこと…できるものか」
「俺なら、へーきだから…なあ、パーシヴァルおねがい…」
 いまだ、逃がさないとがっしりと腰を足で挟んで、触れていた先走りで濡れている根本付近をくちくちと音を立てながらしごきながら、甘えたみたいな声でねだるとパーシヴァルは小さく息をつめた。
「くそっ…駄犬のくせに」
 負け惜しみみたいな事を悔しげに呟くと、パーシヴァルは己の陰茎に触れていたヴェインの手首を掴みあげて離させると、そのままベッドに縫い付けた。
「…痛んだらすぐに言え、いいな」
 こくり、と小さくヴェインは頷いてようやくパーシヴァルの腰を固定させていた足を解いた。それを確認すると、パーシヴァルはヴェインの膝裏を掴み更に開脚させるとぐっとゆっくり腰を押し付けた。
ずっと奥だと思っていたそこに強く先端がめり込む。壁ではなく、襞が侵入を防ごうと必死に抵抗している。その先はいけない、とからだが警鐘を鳴らしているようだった。しかし、侵入者たる肉棒は襞を越えてゆこうと尚ぐうっと押し込んでくる。
「―あ゛っ」
 どちゅ、とも、ばちゅんとも表現しがたい音と共についに先端が襞を越えた。凄まじい衝撃にヴェインは目を見開いた。同時、ぱちんとふたりの下肢の素肌がぶつかる。それはパーシヴァルの長大な陰茎が全てナカに収まったなによりもの証拠だった。本当に奥までずっぽり挿入されて腹の中が熱い肉で満たされる。すべて挿入しきったパーシヴァルも、フーフーと荒い息を絶えず漏らしている。
「痛くないのか」
 パーシヴァルとて強烈な快楽にのまれているだろうに、そんなことをわざわざ聞いてくる。いたわるような台詞に反して見つめる赤い瞳は激しい獣性をちらつかせていて、そのギャップがひどく倒錯的だった。
「い、たくない…いたくないから、はやく…、うごけって…」
 ゆら、と焦れて自ら腰を揺らすと、ぐうとパーシヴァルが喉を鳴らした。これはとんでもない獣を目覚めさせてしまったようだ、とヴェインが思ったときには既に遅く。ずるりと長大な陰茎が一気に抜けていき、間をあけずに前立腺も巻き込んでもう一度結腸までどすんと突いた。一度侵入を許した襞は最早門番の役割さえ果たせずただただ快楽を与える一要素に成り下がっていた。
「ぅっ、ぐ、ああ゛ッ、ンン…! あ゛、-っ!」
 何度も何度もS字さえ越えかねない勢いで貫かれ、奥深い部分を亀頭でくまなく舐めしゃぶられるような感覚はびりびりと甘く痺れる強烈な快楽を絶えず続いて、ヴェインは身を捩りながら悦に浸った。
パーシヴァルもそれは同じで、奥を突くたびに先端がまるで食われるように吸い付かれてたまらなく、息が上がるのも早く、また腰を止めることができない。
見下ろせば、見事に鍛え上げられた屈強な筋肉質の体がかわいそうなくらいびくびくと痙攣している。日中明るく笑うその顔は快楽に蕩け、明快な通る声を発する口は、唾液が零れるのを気にも留めずに舌を突き出して絶えず悲鳴にも似た甘い喘ぎ声を只管あげつづけている。ああなんて愛しい。パーシヴァルは殊更ゆっくりと息を吐きだして、身を屈めて顔を近づけると、すっかりしまうことを忘れたかのように出された愛犬の舌へ己も舌を突きだして見せつけるように絡めてみせた。くちゅくちゅと上でも下でも下品な水音が部屋に響く。すると、犬はとろんととびきりいやらしく瞳を細めて笑むのであった。
夜はまだまだこれからで、もっとこのからだを貪らなくてはいけない、とパーシヴァルもまた笑んだ。
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ppvv3388 · 7 years ago
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パーさんのパーさんがおっきくてヴェインが困っちゃう話(初夜編)
 ナニの大きさは、体の大きさが関係している―そんな風にヴェインはなんとなく思っていた。ちなみに根拠はない。ヴェインが勝手にそう思っているだけだ。現に自分のものは体格に恵まれたためか、人並み以上だと思う。公共の浴場とかでも見ると体の大きな者…そう、例えばドラフとか。その体格に相応しくイチモツは同じ男のヴェインから見ても、正直立派だった。……別に凝視していたわけではない。たまたまちょっと、気になったからちらっと見ただけだ。
ともかく、ヴェインの見解はそんなところだったのだ。―だが、ヴェインはその自分の考えが間違っていたのだと、今この瞬間―恋人のナニを見て気づかされた。
 恋人…パーシヴァルとそういう仲になったのはもうそれなりに前の話になる。だが、ふたりの仲の進展の遅さといったらなかった。キスをしたのだってかなり遅い。そんな牛歩なふたりがようやく、ついに、枕を共にするときがやってきたのだ。
ゆっくりじんわりと、じれったいくらい愛撫され解されていく。たぶん、ヴェインが経験豊富で処女じゃなかったら早くしろとじれていただろうが、何分初めてなのでそのじれったいくらいが正直ちょうどいいくらいだった。素肌を直接撫ぜられる感覚にも慣れ、ヴェインの意識が快楽でどろどろに溶けた頃、ちょうど後孔をほぐす作業が終わったらしく潤滑油で濡れたそこからパーシヴァルの二本の指がぷちゅっと音を立てて抜かれた。今更ながら、すごい光景だ。まさか自分の尻の穴にいかにも潔癖そうな…パーシヴァルのような男の指が入っていたなんて。引きぬいたパーシヴァルの指は潤滑油に塗れて、てらてらといやらしくひかっている。ヴェインは乱れた息のままその光景をぼうっとみつめていた。
同じく、少しばかり息の乱れたパーシヴァルは張って随分息苦しそうな自らのズボンを下げた。衣服の上からでも硬くその存在を主張している雄の象徴を見て、ああパーシヴァルは自分の痴態を見てそんなに興奮していたんだな、と感じて知れずヴェインは息を呑んだ。そして、下衣がずらされ先程まで苦しそうにしていたソレがまろびでた。
「えっ」
 先程までぼんやりしていた意識が急激に引き戻された。ヴェインの視線の先―取り出されたパーシヴァルの陰茎は男らしくご立派で。…簡単に言ってしまえば、でかい。ヴェインの想像より数倍でかいのだ。もしかしたらヴェインと同等か、それよりも大きいか。顔に似合わない大きさのそれはえげつない。
パーシヴァルはヴェインよりも身長は低いし、ぱっと見ただけでは腰なんか細く見える―実際のところはきちんとつくべきところに筋肉はついているし体の厚みもそれなりにあるのだが―。だからヴェインの持論から導き出すと、パーシヴァルのソレはそこまで大きくない、はずだった。
そんな動揺しているヴェインを置いて、パーシヴァルはそのえげつないでかさの凶器の切っ先を先程までほぐしていたヴェインの肉輪の入り口にぴとりと押しあてた。
「ちょ、えっ、ま、待ってぱーさん、むり、絶対はいんない…!」
 ちゅ、とキスでもするように熱い先端が少し入口にもぐりこんできて、ヴェインはそこでようやくはっとなって声をあげた。ぴたりと止まり、挿入を止めたパーシヴァルはと言えば顔をこれでもかというくらい顔を顰めている。息があがっているのと相まって、珍しく随分と余裕がないようにも見える。
「…はいるよう充分解した、問題ない」
「うそ、ぜったい無理…、パーさん尻の穴が全長何センチか知ってんの?!」
「知るかそんなこと」
「おれもしらないけどさあ…でも絶対、むり…パーさんのちんこでかすぎだもん…」
 ちらと視線を落として、恐る恐る再びパーシヴァルのイチモツを見て、ひくりと肩を震わせる。ああほんとうに怖い、尻に押し当てているその光景すらえげつない。きゃんきゃんとヴェインがほえると、パーシヴァルは自分自身を落ち着かせるように熱っぽい吐息を一度吐きだした。同じ男として、今この状況は物凄い辛いというのはわかるから、申し訳なくはあるが、ヴェインにはどうしてもそれが入るようには見えないのだ。
「そ、そんな、おっきいのいれたら…おれのしり壊れちゃう…」
 ぐず、と半分涙目になりしゃくりあげるように呟くと、ぴくりとパーシヴァルが顔をひきつらせた。すると、入口前ではやく入らせろと言わんばかりに時折ぬるりと擦っていた押しあてられたままだったそれが、わかりやすいくらいどくりと大きく脈打った。うそだろ、とヴェインはぐらりと瞳を揺らした。…なんかもっとでかくなった気がする。
「な、なんでもっとでかくすんだよぉ…!」
「ッ…貴様のせいだろうが…!」
 あんな台詞ででっかくするなんてパーさんって意外とおっさんだよな、などとヴェインは思いながら、顔をカッと赤くしたパーシヴァルの顔を見つめた。
「もういい、いくら問答しても時間が無駄になるだけだ、入れるぞ」
「ぜんっぜんよくねえ! あっちょ、やだってパーさ…!」
 静止していた先端がついに押し入ってくる。指とは全くくらべものにならないくらい圧倒的な質量をもった肉の塊がぐうっと輪を押し広げさせながらはいってくる。未知の感覚にヴェインは小さく震えながら、口をとじるのも忘れてただただ唇を慄かせた。
ヴェインの制止も聞かずにいっそ強引に挿入に踏み切ったくせに、中を進むそのスピードはまるでいたわるかのようにゆっくりじんわりとしたもので、なんてずるい男なんだと思う。やがて、ごつんと一番奥の壁に先端がぶつかった。
「ま、まじで…? は、はいったの? おれの尻ん中に…?」
「ふっ…、だから、言っただろう、充分にほぐしたと」
 少し苦しくはあるものの、あんなにもでかくて入るはずがないと思っていたものが途中止まることもなく、ヴェインの腹を満たしていた。きっと入口なんかはぱつっぱつなんだろうな、とその光景を想像して肌が粟立つ。
 口端を僅かにあげ、パーシヴァルは笑んだ。窓も締め切られた蒸し暑い室内であるということと情事で体温があがったということもあって、普段涼しい顔をしているパーシヴァルの額には汗がじんわりと浮いていて、その汗で少し乱れた前髪がくっついている。全てが壮絶な色気を放っていて、ヴェインは言葉を失うのと同時に、きゅうんと腹の奥が疼くような感覚を覚えたのだった。
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ppvv3388 · 7 years ago
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運命の番じゃないオメガバース パーヴェ
 オメガには正しい番を!―その言葉はこの世界に生き続ける限り付きまとう―まるで呪いのようなものだった。それは街角のビルの壁の張り紙だったり、書店に平積みされている本だったり、テレビの向こうの情報番組のコメンテーターだったり。あらゆる場所で延々と見せつけられ、聞かされ、脳内にじわりじわりと浸食していく。そうしていつかこの世界の人間たちは、その呪いを当たり前のように受け入れていった。
  オメガが虐げられ、差別されていた時代はとっくの昔に終わった。時代の変化と共に、オメガを守ろうという思考が強まっていったのだ。
オメガという生き物は、とても弱い。1カ月に1度やってくる発情期は、本人の意思関係なしにフェロモンを垂れ流し他のアルファやベータを誘惑してしまう上、本人も延々と続くような熱に苛まれ続けてしまう。熱から逃れる術は日常から薬を飲むか、アルファと性行為をするしかなかった。もしくは―、番を見つけるか、だ。番を作れば発情期の苦しみは軽減され、他を誘惑することもなくなる。だがしかし、オメガにはもうひとつ決定的な脆弱さがあった。オメガは、自らの意思で番を解消することはできない上に、一生涯にたった一人としか番になることができないのだ。肉体的にそうできているのではない。精神が耐えられないのだ。番を解消されたオメガの行く先など、ただただ壊れるだけで、―考えるだけでおそろしい。
オメガにとって、番とは命と同等だ。何の障害もなく番を解消することができるアルファとは重さが違う。―故に、“オメガには正しい番を!”。運命の番、それこそオメガにとって“正しい番”であると、そう言われている。決して、一時の熱情でも、過ちでもなく、世界でたったひとりしかいないという運命の番はひとめ巡り会えば相思相愛となり、一生寄り添いあうことができるのだという。すべてのオメガが運命の番と、番えば、アルファの心変わりで一方的に番を解消されて心を病んでしまったり、発情期の折に望まぬ性交渉で番となってしまい苦しんでしまったり、そういったことから自死を選ぶオメガも減るだろうと世界は考えた。
 アルファと並んで人口総数が元から少なかったオメガの自死などによる人口減少を防ぐために打ち出された策は、その年に生まれたオメガ性の子から施された。
オメガの神経と直接つながれた、ガードを呼ばれる首輪だ。番になるためにアルファが牙を立てるうなじを守るように首をぐるりと囲うモノ。ガードは決して他者が外すことはできない。本人―オメガ自身が自らの意思でのみ外すことができるのだ。
オメガの脳波の分析研究などによって作り上げられたそのガードはそれはもう目覚ましい成果をあげてみせた。なんとその年からオメガの自死がなくなったのだ!世界中の人々が、素晴らしい研究結果だと諸手を挙げて喜んでいた。
いや―正しくは世界中の“ベータ”の人々は喜んでいた。対して、アルファとオメガはひどく冷めた目で見ていた。運命の相手とのみしか許されないなどと、そんな横暴許されないと声を上げた。運命の番などという本能で選んだ相手ではなく自分の心が選んだ本当に好きな人間と番いたい、そもそも運命の番と出会える保障もないのに、とそう訴えたのだ。
しかし、それでは結局オメガは傷つくばかりだと誰も耳を傾けてはくれなかった。そして、そんな声を押しつぶすように、正しい番以外と番った場合はペナルティを課す、と法が定められた。ペナルティはオメガに与える、とオメガを守るなどと高説していた人間が声高に宣言したのには皆一様に言葉を失った。だが、それは理に適っていた。なにせ、オメガに生まれながらに取り付けられたガードは、フェロモンに充てられて襲ってきたような強姦魔相手にはまるで反応しないのだ。だからもし、運命の番以外と番った場合は少なくとも愛し合っているふたりということになる。アルファも深い愛情を持って番ったのだということになる。アルファは、発情期のときのオメガを襲い押さえ付けるなどヒエラルキー上位者としても圧倒的強者のイメージもあるが、番への愛から過剰なほど庇護欲を見せる一面もあるのだ。―だからこそ、処されるのはオメガなのだ。ペナルティはオメガへの刑なのではなく、運命ではないとわかっていながらもそのうなじに牙を立てた、アルファへの刑なのだ。自らのせいで、誰よりも守りたかったはずのオメガが苦しむなんてこと、アルファは耐えられない。それこそ、心が壊れてしまう。
ああ、本当に。実に、狡猾な。紙面に踊る、“正しくない”番のふたりが処されたという文字を、同じアルファであるパーシヴァルは複雑な面持ちで毎日、見つめていた。
  パーシヴァルは、運命の番とはまだ出会っていなかった。けれど、どうしようもなく好きで、愛しいオメガが傍にいた。オメガ―ヴェインと出会ったのはもう随分昔になる。アルファとオメガは忌まわしい刑を恐れて、基本的には交わらぬように生きているものだが、ヴェインという男はそんなものは知らないと言わんばかりにパーシヴァルに積極的に近寄ってきた。はじめは異様なオメガだと警戒したし、煩い男だと自分とはまるで馬があいそうにもないと避けていたが、いつの間にかするりと懐にはいられていた。気づかぬうちにふたりは、アルファとオメガという奇妙な友情が芽生えていた。
長く共にいた。友情が愛情に昇華するのに、そう時間はかからなかった。
「俺パーさんのこと好きだよ。本当に。ずっと一緒にいたい。―…だから、俺のうなじにだけは、噛みつかないでほしい」
 パーさんが苦しむところ見たくないから、と想いが通じ合った日にヴェインはひどく悲しげに笑いながらそう言った。この男でもこんなに静かに笑うことができたのだな、とパーシヴァルはどこか遠くに思いながら、いつもの騒がしくて眩しい笑顔が見たいと感じていた。
互いを守るために、番にならないとふたりは固く誓った。
  薄暗いベッドルームに、ふたりぶんの荒い息が満ちている。室内にはむわりと噎せ返るような甘い匂いが漂っている。
ヴェインが発情期に入ってからもう数日経っているが、いまだその熱は収まる気配がない。番にならないと決めたその日から覚悟していたものの、パーシヴァルは連日毎晩長い時間を掛けて続く行為に僅かばかりの疲労をにじませていた。だがヴェインが放つフェロモンで、疲労よりも目の前の体をむさぼりたいという肉欲のほうが勝っていた。
はあ、と荒い息を長く吐きだして、パーシヴァルはヴェインの腰を掴みながらゆっくりと腰を引いていく。ずろ、と陰茎が引き抜かれるのと同時に、ナカに出された精液が抽出に巻き込まれた形で零れ落ちる。長いことつかわれたヴェインの尻孔はぽっかりと開き、今尚その空白を埋める杭を求めるように物欲しげにひくつかせながらぼたぼたと愛液と精液が混じったものを滴らせて、ベッドのシーツの上に白濁とした水たまりを作っていく。
 長い射精を終えたはずの自身は熱を持っているがしかし、栓をするように肥大していた根本はもとの姿へと戻っていた。アルファの性器というものは、長く続く射精をする際に、大量の精液を一滴足りとも漏らさずオメガのナカへと送りこむために栓の役割を果たす、ノットと呼ばれるものがある。性器のちょうど付け根あたりにあり、役割を果たす際に球状に肥大してみっちりと肉輪を塞ぐのだ。こうなると、アルファのモノは射精が終わるまでがっちりと固定され、簡単には抜くことはできなくなる。
全ては、オメガを確実に孕ませるためにある。だが今は、ただ虚しいだけだ。パーシヴァルがいくらヴェインのナカに出そうとも、ヴェインが孕むことはない。何故ならばふたりは番ではないから。オメガ保護をうたった政策がもたらしたのは何もガードだけではない。オメガの体自体を作り変えてしまった。番としか子を作れないからだに。
 四つん這いになっていたヴェインは、途中強すぎる快楽に飲まれて腕を立てていれず、パーシヴァルが掴む腰だけが高く掲げられていた。汗と精液に塗れた背中は、つい先程達した余韻でびくびくと痙攣したように震えている。枕に沈んだ横顔―閉じることをわすれてしまったかのようにだらしなく開く口からはだらだらと涎が零れ、熱に浮かされた瞳は虚空を見つめて意識があるのかないのか判別が難しい。ヴェイン、とパーシヴァルが声を掛けると、ようやっとこちらを見た。
「ぱ、ぁしばる」
 ずっと何時間も喘ぎっぱなしだったためか随分と掠れてしまった声はひどく拙い。妙に幼ささえ感じるのに、その有様は問答無用に垂れ流されるフェロモンも相まって淫靡そのもので、そのアンバランスさに頭が揺れるようだった。
ずくんと下肢に熱が籠って重くなるのを感じ始めたそのときだった。カチャ、と僅かな音がした。
まさか。そんな、とパーシヴァルは視線を動かした。ヴェインの逞しい首に付けられているガードが、項を守る最後の砦が外れかかっていた。少しずつ、少しずつ輪がほころんでいく。パーシヴァルにはそれがスローモーションのように見えていた。
「…っヴェイン!」
 今までこんな事一度もなかったのに。気を確り持てと言うようにその名を呼ぶが、既に発情期で思考がまともにまわっていないヴェインにはパーシヴァルの声は上手く届いていないようだった。翠の瞳は熱のせいでどろどろにとろけていて、焦点が合っているかも怪しい。だがそんなんか、ただぼんやりとパーシヴァルだけは一心にみつめている。
クソ、と呟くと、パーシヴァルは外れかけているヴェインのガードごとヴェインのうなじを押さえ付けた。これで外れるのが防げるわけではない。今もガードは軋ませながら少しずつ外れていっている。パーシヴァルが防いでいるのは自らの牙だ。ヴェインの痴態とフェロモンで既に頭はぐちゃぐちゃだ。まともな考えではいられない。きっと、眼前に真白い項など晒されてしまったら、パーシヴァルはきっと本能のままに噛み付いてしまう。それだけは、それだけはだめだ。
ぎち、と強く押さえると、ただ見つめていたヴェインの瞳から涙が零れた。やがて、すんすんとしゃくりあげ、どうして、と涙声に呟きはじめるのだ。
「おねがい、かんで」
 ぐさりと刺さるようだった。一瞬パーシヴァルの手から力が抜けた。聞くな、聞いてはいけない、と思うのに、絶えず譫言のようにヴェインは涙声でくんくんと切なげに鼻を鳴らしながら、パーシヴァルの名前を呼び、おねがい、と、かんで、と繰り返しつぶやいている。
「…ッ、やめろ…!」
 やめろ、とパーシヴァルはヴェインの甘い声をかき消すように、ようやく絞り出したうなるような声をあげた。脳裏には、切なそうに笑って、何があってもどうか噛まないでほしい、と言ったヴェインの顔が何度も何度も壊れたビデオのように再生されている。どっちが、本当のおまえの望みなんだ。
―がちゃん、とパーシヴァルの奮闘虚しく完全にガードが外れた音がした。今、この手を外してしまえば。誰にも踏み荒らされていない新雪のような項がそこにあるはずで。そこに牙を立てればヴェインは本当に自分のものになって、孕ませてやることだって出来る―アルファとしての本能でぐらり、と眩暈がしてきた。
噛んではならないと交わしたヴェインの約束を守りたい。どちらが本当にヴェインが望んでいることなのか、どちらをすればヴェインが悲しむかだなんて…本当は、わかりきっている。わからない、なんて己のぐらつく欲望の言い訳に過ぎないのだ。
パーシヴァルは震える息を吐きだし、離してしまいそうな手になんとか、今一度力を入れた。ぎちりとパーシヴァルの爪がヴェインの項に食い込んで、血が滴る。望んでいた痛みではないとわかるや、ちがう、とヴェインはますます泣いた。
これでいい、きっとこれが正解なのだ。嗚呼なんて虚しい。なぜ、自分は何よりも守りたい愛しいオメガを泣かせているのだろう。頭がどうにかなってしまいそうだった。いっそどうにかなって、気が狂ってしまえればよかったかもしれない。でも、おそろしいくらい悲しいほどにパーシヴァルは正気だった。
項を押さえつける己の手の甲にギリと牙を突き立てながら、パーシヴァルは今一度杭を欲しがる穴をふさいだ。
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ppvv3388 · 7 years ago
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高校生×小学生 パーヴェ
 前々から言い聞かせてやっていた。必ず部屋に入る前は、ノックをしろと。
まず握りこぶしを作ってそっと扉を叩きノックを静かにゆっくり、二回する。それから部屋の中から、入ってもいい、と返事をもらったら扉を開けてもいい。もし返事がなければ、部屋にいないかもしくは入ってくるなという意味だ、とそう教えた。いいな、と念を押したら、はーい、と学校の出席を取るときみたいに無駄にでかい声で、しかも手まであげて返事をしていた―はずだった。
「ぱーさん? 何してるの?」
 開け放たれた扉の前に立っている、様々なカラーリングがある昨今では逆に珍しくなってしまったシンプルなブラックのランドセルを背負っている少年は、パーシヴァルのちょうど真向いの家に住んでいる小学四年生のヴェインだ。
 ヴェインの一家は去年引っ越してきたばかりだが、親同士が挨拶の折に気が合ったようで家族ぐるみの付き合いだ。
一緒に夕飯でも、とパーシヴァルの母が誘って引っ越してきたその日に二家族で晩餐を共にすることとなって、そのときにヴェインと初めて出会った。その時はヴェインは小学三年生だったか。ヴェインは母親にしがみついて、ちらちらと母親の影からパーシヴァルのほうを窺っていた。ごめんなさいねこの子人見知りで、とヴェインの母が申し訳なさそうにしていたのをよく覚えている。
 以来二家族で食事やら何やらを共にすることがあり、その度にヴェインと顔を合わせた。…顔を合わせた、と言っても暫くヴェインは変わらず母親の影に隠れてこそこそとパーシヴァルを見ていただけだったが。
何度目かで、ようやくヴェインは母親から離れてパーシヴァルの前に出てきて、それから少しずつ話をするようになり、今ではすっかり懐かれてしまった。別段、懐かれるようなことをした覚えはないが、聞いたところによればパーシヴァルと同じ年齢の幼馴染がいるとかで、それも影響しているのかもしれなかった。
 ともあれ、懐かれるのは良いがヴェインはとにもかくにも遠慮というものがなかった。まだほんの十になったばかりの子どもなのだから頭で考えるよりまず先に行動を起こしてまう、というのはやむなしとはいえ、さすがのパーシヴァルも堪忍袋の緒が切れて、とりあえず部屋にはいるときのマナーを教えた。つい先日のことだ。
それがノックをすること、返事があるまでは入らないこと、だったのだが……。あっさりとその約束は破られてしまった。
 その日、パーシヴァルは帰宅してから今日の復習だとか明日の予習でもと自室の机に向かったがどうにも落ち着かず、そういえばここ最近定期考査前ということもあって処理していなかったなと思い出したのだ。パーシヴァルにとって自慰なんてものは所詮生理現象の処理行動にすぎず、さっさと済ませて勉強に戻ろうと考えていた。
ベッドの上に乗りズボンの前と下着をくつろげて、僅かに硬度を持ちはじめている陰茎をずるりと取り出すと何のためらいもなく手を這わせて、上下にやんわりとこする。自身の快楽を求めて手を動かしている、というよりはどこか機械的に、無感動に手を動かしていた。いくらかこすると、陰茎からとろとろと液が漏れ始める。室内に、ふ、と不意に零れたパーシヴァルの吐息にぐちぐちと水音が混ざりはじめて、そろそろ終わるかと思ったそのときだった。がちゃり、と自室の扉が何の前触れもなく開いたのは。ぱーさん遊ぼ!とのんきな無駄にデカい声が部屋に響いたのは。
  パーシヴァルは前述のとおり、自慰に耽るタイプではない。なので、自慰に熱中していたノック音に気が付かなかった、ということだけは絶対にない。廊下をつとつとと歩くちいさな足音には気が付かなかったのは不覚を取ったとしか言いようがないが。しかし、声は一丁前にデカいくせにヴェインはまだ未熟な体で同学年の他の子に比べたらちいさく華奢故に足音は異様に小さいのだ。しかも他人の家だからと走り回らないようにしているらしいから余計に気が付かない。…走り回らないを守れるなら扉のノックも守れと言いたいところだが。
「ねえぱーさんってば。ねえねえどうしておトイレでもないのにおちんちん出してるの?」
「っ声がでかい! さっさと入って扉を閉めろ!」
 自慰という行為自体に感慨はないとは言っても、だからと言って羞恥がないわけではない。パーシヴァルだって思春期まっさかりの高校生なのだ。
ヴェインに見られただけでも最悪だというのに、家族などに知られた日にはもっと最悪だ。同じ二階に自室のあるふたりの兄たちはまだ帰ってはいないが、一階にはパーシヴァルの母がいる。夕方のこの時間ならば居間でテレビを付けて夕飯の準備やら家事をしているはずだから、そのあたりの音にまぎれて先程のヴェインの声は聞こえていないと思いたい。
パーシヴァルが声を荒げると、ヴェインはよくわからないといった顔だが、部屋に体を滑り込ませて言われた通りようやく部屋の扉を閉めた。ヴェインがとんでもないことを口走ったものだから思わず部屋に入れてしまったが…さて、この状況どうしたものか。
 扉を閉めたヴェインは、すすとパーシヴァルの座っているベッドに近づいてきてじぃっとこちらを見ている。
「おとななのに、ぱーさんもおもらしするの?」
「は?」
「だって、おちんちん濡れてるよ」
 ヴェインの視線がパーシヴァルの、寸止めされた挙句突然の襲撃者の出現で先程よりも硬度を無くしつつある陰茎に一心に注いでいる。ちらちらと盗み見のように見ているが、視線を逸らす間隔は狭く明らかに興味津々といった感じだった。
「ハ、小四にもなってまだおもらしか駄犬」
「ち、ちがうもん! おれ、おねしょなんてしてないし!!」
 かあとヴェインの顔が真っ赤になる。墓穴を掘っているということにはどうやら気づいていないらしい。『ぱーさん“も”』などと言ったからもしやとは思ったが…なるほどこいつまだおねしょなんてしてるのか、やはり駄犬…などと鼻で笑うと、ぱーさんだってしてるじゃん!と尚言いだす。どうしてこの状態が“お漏らし”などというものに見えるのか。こんな粘着性の高そうな液体に塗れている状態が。
出来れば説明なぞしたくもないが同じにされたくない、と舌打ちを零す。
「……これは、自慰をしていたからだ」
「ジイ? じいちゃんと何の関係があるんだ?」
「そっちの爺じゃない。つまり、……はあ…クソ、何故俺がこんなことをいちいち言わなくちゃいけないんだ…。…オナニーを、していたからこうなっている、生理現象だ」
「おなにー??」
 確かに“自慰”という言葉は小学生には難しかったかもしれない。だが、露骨に言うのもそれなりに羞恥もあるし、なんとなくプライド的に言いたくはなかった。だが、このままではヴェインの質問責めを延々とくらいそうだから嫌々といった様子でやむなくストレートに言ったつもりだった。
しかし、ヴェインは尚も首をかしげている。まさか、オナニーという言葉でさえしっくりきていないとは。ヴェインはまだ小学四年生とはいえ、今の小学生は環境に恵まれすぎているから多少知っていてもおかしくはないはずだが。パーシヴァルだってヴェインくらいの年齢のときにはその行為自体は知っていたし、理解していた。だというのに、ヴェインは少しもピンと来ていないようで、どこまで純粋培養なのか、と。…そういえば越す前は妙に過保護な幼馴染がいたのだとか言っていたし、そのあたりがひたすらにそういった情報やら物事やらをブロックしていたのかもしれない。それから同じように蝶よ花よと過保護にしている両親も。
なんだか頭が痛くなってきた。パーシヴァルが深刻そうにため息を零すと、ヴェインは目に見えておろおろし始めた。
「だいじょうぶ?」
「…問題ない。駄犬、こっちに来い」
「いいよ。なぁに」
 元々パーシヴァルと遊びたいから来たというし、やっと遊んでもらえると思ったのかヴェインは途端に顔をぱあと輝かせた。わくわくしているのを隠せないといった様子で警戒心のカケラもなく、ランドセルを肩からおろして床に置いてからすんなりとパーシヴァルのいるベッドの上にぴょんと乗っかってきた。
「何してあそぶ?」
「遊びじゃない、勉強だ」
「えぇ…やだよぉ…。おれ、勉強すきじゃない」
 ぶうとヴェインが頬を膨らませてぷいっとそっぽを向いた。
「…知りたくないのか俺が何をしていたか」
「おなにー?でしょ?」
「でも知らないだろう、オナニーが何か」
「う、うん……」
 どうする、とたたみかけるように更に問うと、ヴェインは視線をあちこちに彷徨わせて幾ばくか考えた様子を見せてそれから、しりたい、とごく小さな声で言った。
そうか、とその返事に頷くと、ヴェインの短パンに手を掛けて下着ごとずり下ろす。
「ふぇっ!? ぱ、ぱーさん! なんでパンツ取るの!」
 突然取り上げられてヴェインは顔を真っ赤にして、あたふたと返してようとパーシヴァルの手から引っ手繰ろうとしていたが、己の格好にはっとなって取り返そうとするのをやめてきゅうと足を閉じて手で前を隠した。
「おい隠したら意味がないだろうが」
 ぽいっとヴェインの身に着けていたものをベッドの下に落としてからヴェインの隠そうとする手をそっと取り上げると、ふよんとした小さな陰茎が姿を現した。空気に晒されてふるふると震えるそれは、子どもらしくまだ先端部分まですっぽりと皮で覆われていた。この様子では、ヴェインの両親は一切手を出していないのだろう。まだ小四だから、と思っているのかもしれないが、幼児の頃から少しずつ皮をずらしてやったほうが、おとなになってからひとりでこっそりとやるよりも断然いいはずだ。
「うぅ…あんまり見ないでよ…」
「ひとのはじろじろ見るくせにか」
「だ、だって、おれの、おかしいの…。ぱーさんとか他のみんなとちがうんだもん…」
 はずかしいよ、とそう言ってまたパーシヴァルの陰茎をちらちらと見てくる。それは当然だろう、今のパーシヴァルのモノは勃起しているし、皮などとっくの昔にむいているのだから。だが、ヴェインは両親や周りからそういった教育を受けていないから、プールの授業だとか学校の旅行行事とかで皮をむいている周りの子のを見て、自分がおかしいのだと思っても仕方がないだろう。
「おかしいわけではない。おまえも周りと同じものになれる」
「ほんと?」
「ああ」
 はじめは、言いつけを守らずノックもせずに他人の部屋に勝手に入ってきた仕置きをしてやろうというただそれだけつもりだったが、ヴェインはされることの意味さえ知らないといういっそおそろしいほどの無知…無垢っぷりだったから、周りがしないならば俺が教えてやるしかないのでは、というおかしな使命感に駆られている。…いや、ほんの少し悪戯心もなくはない、が。
 向かい合ったままではさすがにやりづらいから、ヴェインをひょいと持ち上げ、こちらに背を向けるかたちで膝の上に乗せた。すると、ヴェインのむっちりとした太腿の間から放置されたままだったパーシヴァルの陰茎が覗き、ヴェインのちいさな柔らかいそれにぴとりとくっついた。
「わ、ぁ、ぱーさんぱーさん。ぱーさんの、すごいね。ぱーさんはおちんちんもかっこいいや」
 こちらを振り仰いだヴェインの瞳のきらきらと純粋なこと。パーシヴァルはそのきらきらとしたオーラに思わず顔を顰めた。どう言い訳したところで、パーシヴァルのしていることは決して良いとは言えない…と思う。いけない悪戯であるが故にぐさぐさと胸に罪悪感が満ちて、突き刺さる。
「ほあ、ねばねばしてる」
「ッ、おい、…」
 そろりと持ち前の好奇心で伸ばされたふくりとしたヴェインの幼い手が、目の前のパーシヴァルの陰茎にちょんちょんと触れる。寸止めではあったものの、絶頂まであと一歩というところまで高められていたから、たやすく反応してしまう。そのびくりとした反応におどろいたのか、しゅっとヴェインは手を引っ込めた。
「ご、ごめんね、いたかった?」
「……いや、いい。そのまま上下に手をうごかせ」
「? こ、こう?」
 再びヴェインの手が伸ばされて、言われた通りパーシヴァルの茎をそろりそろりとちいさい両手でこすりはじめた。当然こういった動作を知りもしないから、ヴェインの手つきはただ上下に手を動かすだけという技術などあったものではなく拙く、刺激としては“くすぐったい”に近くて自身でやるのに比べてだいぶ緩い。だというのに、うんしょうんしょなどとしている事に似つかわしくない声掛けをしながら、何の疑いもなくただ言われた通りにせっせと健気に手を動かしている―そんな様子を見下ろしていると、無意識に喉が鳴る。
「わ、わ、どんどんねばねばしたの出てくるよ、ぱーさん」
 ヴェインが手を動かす度に先端部分から少し濁った液が溢れだしてくる。だが、知らないヴェインからすれば全てが新鮮だからすぐに声をあげる。仕方がないとわかっていても、いちいち言わんでいい、とパーシヴァルは眉を顰める。けれど、前を向いているヴェインはそんなパーシヴァルの表情に気付くはずもなく、おっきくなった!などと純粋なありのままに見えた感想をまだ言っているから、正直たまったものではない。
にちにちと止めどなく溢れる先走り液がヴェインの手と絡んで大きな水音が立ちはじめ、ぶるりと腰が震える。はあ、と肺に溜まった息を吐き出しながら下半身に走る快楽に自然と前かがみになって、ヴェインのふわふわと癖毛気味の髪にもふりと顔を埋める。呼吸をするたびに鼻腔に、日向とシャンプーのせっけんみたいな匂いがはいりこんでそれがまたパーシヴァルの劣情を煽った。
今まで陰茎への刺激でこんなにも感じ入ることは今までなかった。もちろん、己で触れるのと他者に触れられるのではまったく別物だというのはわかるが、よりにもよって行為どころか言葉さえ知らないような幼いヴェインのへたくそな手で、というのが悔しい。自身の性癖を疑ってしまいそうになる。
「っ、ハ、…ヴェイン、」
「んぇ、なぁにぱーさん?」
 別に呼んだわけではないのだが。突然自身の名前を呼ばれたからか、ヴェインが気を陰茎からこちらへと向けた瞬間きゅ、と手に力が入って、それがとどめとなった。ク、と息を詰めるとびゅ、と勢いよく尿道口から白濁がふき出した。それからごぷごぷと継続的に溢れてきて茎に伝う。ずっと処理をしていなかったせいか、色は濃く量も多く感じる。
「えっ、えっ、なに? ぱ、ぱーさんおしっこ白いよ!」
 病気!?とヴェインは陰茎に触れていた両手を汚していく白いどろどろとした物体に悲鳴をあげんばかりに驚いている。こうもう騒がしくては射精の余韻に浸る暇もない。はあ、と息を整えながら傍に置いてあったティッシュに手を伸ばして、ヴェインの手を拭いてやる。
「…これは精液だ」
「セーエキ? なにそれ? ぱーさんどうして今日そんなにむずかしい事ばっかり言うんだよ…全然わかんない…」
「おまえが知らなさすぎるだけだ…、精液くらい知っていろ」
 精液さえ知らないとはいくらなんでも過保護が過ぎるというかなんというか。過度に卑猥なことを避けたり中途半端に教えればヴェインは好奇心旺盛すぎるから変な方向に走っていきそうで怖いというのはわからなくもないが、知らなさすぎるのもそれはそれで問題だ。将来おとなになったときどうするつもりだったんだろうか。勝手に自分で知識を得るとかそんな問題を先送りにして困るのはヴェイン本人だというのに。
しかも親が教えないばかりか、学校の保健体育の時間はヴェインは勉強があまり好きでも得意でもないからまともに聞いていなかった、とかそんなところなのだろう。これらすべての要素が組み合わさってこの奇跡に近い純粋無垢すぎる存在がうまれたということだ。
「その様子では精通もまだか…」
「??」
「じっとしていろ、礼に今度は俺がしてやろう」
 精通の年齢としては早すぎるくらいかもしれないが、十歳ならばしていてもなんらおかしくはない。しかし、先程の反応からするにヴェインはまだ精通を迎えていないのだろう。
まあ精通はともあれ、まず先にすることがある、ヴェインの不意打ちの行動で遮られてしまったが、今度はそうはいかない。後ろから手を伸ばして今度はパーシヴァルがヴェインの幼い陰茎に触れた。当然何がなにやらまったくわかっていないヴェインが興奮などするはずもなく、触れた陰茎はふにゃりとしていて、僅かばかり白濁と先走り液に塗れながらいまだ緩く勃起しているパーシヴァルの陰茎に枝垂れかかっている。
急に触れられて、ひゃっ、とヴェインが肩を跳ねさせながら声をあげた。親指と人差し指で包皮口辺りに触れ、すっぽりと頭を覆い隠している皮をすこしだけひっぱる。
「うぅっ、ぴりぴりするよお」
「一気に剥くことはせん、安心しろ」
 ぴくんぴくんとヴェインのちいさい身体がパーシヴァルの動作ごとにはねる。激痛が走る場合もあるから慎重に、皮をずり下ろす。
「むくってなに、ねえなにしてるのぱーさん…」
「大事なことだ。…ほら見ろ」
 徐々にずっと隠れていた先端部分が見えてきた。やはりずっとかぶっていただけあって、中は恥垢が溜まっているように見える。今すぐ洗ってやりたいところだが、ほんの少しずらすだけが今は限界だ。
見てみろ、と言うとヴェインは一度パーシヴァルのほうを不安そうな面持ちで振り返ってから、そろりと下へ視線を落とした。
「あっ」
「おまえのが皆と違うのはおかしいからではなく、ただこの皮の中に隠れていただけだ」
「ほんとだ、みんなと一緒だ! おれおかしいわけじゃなかったんだなぁ」
 さっきまでいっそ怖がるような様子さえ見せていたというのに、自分のがおかしいわけではないとわかるやヴェインはほっとしたような様子だ。警戒心もなければ危機感も鈍い。本当にこいつ大丈夫なのか…と心配になるのと同時、なんだかおかしな気分にもなる。
ざわりと胸の奥で揺らめくものを振り払うように、ふるりと首を振って少しばかり下ろした皮をそっともとに戻した。
「朝昼夜…トイレのときだとか入浴のときに今やったように少し皮をずらすのを続ければ、いずれは皆と変わらないようになる」
「えっ、ひとりでやるの…?」
「当たり前だろうが。ほら自分でやってみろ」
 ヴェインの手を取って、先程パーシヴァルが触れていた場所に指を同じようにあてさせる。戸惑うヴェインの手のその上から自身の手を重ねてゆっくりと動作を促すと、おそるおそるヴェインの手が皮を引っ張りはじめた。
「そうだ、ゆっくりでいい。一気にやると痛むから気を付けろ」
「ぅ、うん…っ」
 パーシヴァルがやってみせたときよりも時間をかけて、少しずつ。少しずつ。はじめてのことで少しばかりの痛みも伴っているからヴェインの手は時折止まりながらも、なんとかパーシヴァルが先程おろしたところまで到達した。よし、と言って頭を撫でてから皮を戻してやると、ほう、とヴェインがようやっと詰めていたような息を零した。
「駄犬にしては上出来だ、よくやったな」
「ん、ん…」
「それと、間違っても出てきた部分を触るなよ、痛いのが嫌ならな」
 はじめてのことばかりだからか必死でいっぱいいっぱいになっているようで、ヴェインはそっと背後から耳元でささやかれた言葉にかくかくと首を縦に揺らして僅かに相槌を打つだけだった。
皮をずらすだけで精いっぱいのようだから、わざわざひょこりと顔を覗かせた亀頭に触れようなどということはしないだろうが、念のためだ。ずっと皮に包まれたままだった亀頭は非常に皮膚が薄くて敏感すぎるほどで、触れるだけで激痛が走るのだ。これはいずれなくなる痛みではあるけれど、その痛みがなくなるまでにヴェインが皮をずらすことに慣れて、ふと好奇心から触れるという可能性も捨てきれない。何度か定期的に言ってやらなくてはな、とふと無意識に思って、パーシヴァルはハッとなる。いやいつまで俺がこいつのペニスの世話を見てやらんといけないんだ、と。
「ぱーさん…これってやらないと、だめ?」
「駄目だということはないが、放置してもいいことはないぞ」
 そっかぁ、といまだに皮をずらすことに恐怖心がある様子のヴェインは肩をがくりと落とした。
したほうがいいのか、しないほうがいいのか、ということに答えはない。しかし、皮の中では恥垢と呼ばれる汚れはどんどん溜まっていくし、それを放置すれば炎症を起こして病気にもなる。あとは、後々大人になったときに意中の女性とねんごろになって、夜を共にするときにコンドームを付けるときに痛かったりだとかで苦戦することにもなるだろうし。そう考えると、やはりいつまでもそのままというわけにもいかないだろう。
「ぱ、ぱーさん? もう終わったんだよな? も、もう手、はなして?」
「当初の目的をもう忘れたのか」
「さっきのがおなにー?じゃないの?」
「そんなわけあるか。あれは今後のためについでに教えてやっただけだ」
 手を離してすっかり皮も元通りすっぽりを頭を隠して元のかたちに戻った幼くちいさな陰茎を、サイズのせいでやりづらさを感じながらもゆるゆると扱きはじめると、うううとヴェインが唸ってもぞもぞとし始めた。
「んん…っ、な、なんか変、なかんじ、ぃ…」
 まあこんなふうに触れたことも触れられたこともないのだから、最初はそんなものだろう。そもそも、ヴェインは精通していないし、自慰をしたところでどうなのかはわからないが。
こしこしと皮の上から刺激してやると、ふにゃりとしていた陰茎は小さいながらも懸命に天を仰いでぷるぷると震えて存在を主張し始めた。とぷとぷと少しずつ皮の隙間から体液が零れてきて、もしや、とパーシヴァルは考え始めた。―もしや、このまま扱いてやれば精通するのでは、と。
「ぁう、んッ…、ぱーさ、ぱーさん、お、おといれ行きた、ぃっ…」
 ぺたんとおとなしくパーシヴァルの膝の上に座っていたヴェインが、急にそわそわと腰を浮かせたりしてなんとか逃れようとしはじめる。だが、それをパーシヴァルが許すはずもなく、触れていないほうの手をヴェインのほそっこい腰にぐるりと回して再び膝の上にしっかりと座らせた。
「も、もれちゃう…、ぱーさんのお布団よごれちゃうから…ね、ぱーさん…」
 ね、おねがい、と請うような甘えた声音は、はふはふとすっかり上がっている熱っぽい吐息も相まって、十の子どものくせに妙に色っぽくて腹の奥がぐるぐるとする。
更に扱いてやるとすっかり震えて腰をあげることさえままならなくなっているようだから、腰にまわしていた手を離して、陰茎の下の小ぶりな陰嚢をふにふにと揉んでやると、きゃう、とまだ声変りを経ていないボーイソプラノが愛らしい悲鳴を漏らした。
「ふぇ、だめ、だめっ…おもらししちゃだめっ……」
 ちらと覗き込んだヴェインは目をぎゅうと瞑って、そんなことを呟いている。パーシヴァルに言っているというよりは、自分自身を懸命に叱咤しているようだ。さしもの過保護の親でもおもらしは叱っているのか。いやそもそも、こんなことをしているのもトイレにも行かせてくれないのもパーシヴァルだというのに、自身を責めるのか、と思わず苦笑した。
「構わん、ここで出してしまえ」
 ラストスパートと言わんばかりに少しだけ強めに、搾るように扱くと、ヴェインはびくうと一際大きく体が震えた。その直後、パーシヴァルの手の中のモノも同じように震えてぴゅるっとごく少量の白いものがふきこぼれた。ヴェインは未知の感覚に音にならない高い掠れた微かな嬌声をあげて、はじめての絶頂…精通を迎えていた。
「…おい、しっかりしろ。戻ってこい」
 ぺちぺちと、すっかり紅潮しているまろい頬を精液がついていないほうの手の甲で軽くたたくと、射精の余韻でぼんやりしていたヴェインがはっと我にかえってきた。
「あっ……ご、ごめんなさい…お、おれ…おもらし…」
 我に返ってきたヴェインは、パーシヴァルの手についたものを見てじわあとおおきな目に涙を滲ませた。
「待て泣くな、これは精液だ。さっきもそう言っただろう」
「ふえ、うっ、でも、でも、ぱーさんの、ぱーさんのきれいな手汚しちゃった…ごめんなさい…」
 ついに表面にはりつく力を失った水が、ぼろぼろと零れ始めた。パーシヴァルは焦りながら、ティッシュで手を拭って最初にしたようにヴェインを持ち上げて今度は向い合せになるように膝の上に座らせた。
「そうさせたのは俺だ、おまえが謝ることは何もない。俺が悪かった、だから泣くな」
 普段は喧しくて、明るいけれど、実のところヴェインはとんでもなく泣き虫だ。懐かれ始めたころ、ついパーシヴァルがキツいことを言ってしまって泣かせたときなんて、本当に体中の水分全てがこの瞳から出て行ってしまうんじゃないかってくらい大泣きされた。そのときから、パーシヴァルはヴェインの涙が苦手だ。どうしていいかわからなくなる。ぱーさんなどという馬鹿っぽいあだ名で後ろをひっついてくる笑顔がないと、調子が狂う。
 そろりと手を伸ばして、とめどなく涙を零す目の下に指を添えて拭ってやると、がばりとヴェインが抱きついてきた。小さくともそれなりの重さのあるものが突然突撃してきたとなると、さすがのパーシヴァルも後ろにぐらりと体が傾いて、ベッドにぼふりと沈んだ。
揃って下半身丸出しで何をやっているんだか、とおかしな状況に溜息を零しながらも、胸元に埋まっている金色のけだまりをぽんぽんと撫でた。
  それから暫くヴェインはパーシヴァルに引っ付いたまま微動だにしなかった。その間、ベッドの下に落としたヴェインのズボンと下着を拾って履かせてやったりとか、自身のズボンをあげたりだとかしつつパーシヴァルはそのままヴェインを引っ付かせたまま時間を過ごした。
「ヴェイン、そろそろ帰る時間だぞ」
「うん……」
 ちらと時計を見ると、それなりに時間が経っていた。ヴェインの家にはきちんとこの時間まで帰ってくること、という門限があって、今は門限の十分前だった。家は向かいですぐに着くが、時間も時間だからそろそろ帰らせなければと引っ付きむしと化したヴェインをつんつんとつつくと、のろのろとした仕草でようやく離れた。
ひっついていたから乱れていた服を整えさせ、その間にパーシヴァルは扉付近に置かれていたランドセルを手に取ってヴェインに背負わせる。準備も整ったから、さてあとは見送るだけ、と部屋の扉を開けようとノブに手をかけると、不意にぐいと服の裾を引っ張られた。もちろん引っ張ったのはヴェインだ。ぴたりと扉を開けるのをやめて視線をおとす。
「…何だ」
「あの、ぱーさん………、あのね、」
 随分泣いていたせいか、赤い目元でヴェインはじいとパーシヴァルを見上げてくる。視線を時折どこかへ泳がせて、そわ、とどこか落ち着きのない様子でもごもごと口ごもる。一体何なんだ、とヴェインの言葉が次ぐのを待��。
「おしえてくれたこと、ひとりでも…ちゃんとやるね」
「…そうか」
「でも、でもね…、…また、ぱーさんに、してほしい、な…って…。それで、またいいこってしてほしい…」
 正真正銘、言葉のとおりパーシヴァルは言葉を失った。何がどうとはきちんと理解できてはいないだろうが、普通のことではないしすごく恥ずかしいことをしていたのだというくらいヴェインもわかっただろうに。なのに、また同じ行為をねだってきているのか。
「おれ、がんばるから…、ぱーさんのおちんちんごしごしするのも、がんばるから…」
 いやそれはしなくていい、と思いながら更に頭というか米神のあたりがズキズキと痛むような、眩暈がするような感覚にパーシヴァルは額をおもむろに押さえた。
「だから、やくそくね!!」
 ヴェインは言いたいことだけ言うと、扉を押し開けて止める間もなくどたどたと階段を駆け下りていってしまった。
ほんの少しの悪戯心から伸ばした手は、なんだかとんでもない事態を招いてしまったようだ。部屋にひとり残されたパーシヴァルは暫くその場に立ちつくし、やがてふらりとベッドに戻って倒れ込んだ。いやきっとヴェインのことだから明日には忘れているはずだそうに違いないまた明日あそぼーなどとのんきなことを言ってくるに違いない絶対そうだ、とパーシヴァルは自己完結して素早くベッドから起き上がって、忘れようと勉強に没頭した。
  しかし、翌日。控えめにノックをされて扉を開けると、いつものような溌剌さがなくどこかもじもじとしたヴェインがそこに立っていて、パーシヴァルは再び頭を抱えることになるのだが、それはまた別のお話―
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ppvv3388 · 7 years ago
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淫魔パロ パーヴェ
 明け方、パーシヴァルは突然目が覚めた。まだ空は薄暗く、窓の外からはごくわずかな音はするものの静寂に近い。パーシヴァルは早起きではあるが、今この時間は早起きが過ぎる。当然まだ起きる時間ではない。なのになぜ意識を覚醒させてしまったかと言えば、強烈に下半身に違和感を覚えたからだ。そして、パーシヴァルはその違和感の正体を知っていた。
目をばちりと開き、上半身を起き上がらせる。そして、自分の上にかけてあった布団をべりっと勢いよく剥いだ。
「あ、おふぁよーぱあふぁん」
 布団を剥ぐと、ちょうどパーシヴァルの下半身付近に“人”がいた。金色の髪と緑の瞳のいかにも好青年そうな男が、パーシヴァルの寝衣のズボンと下着をずり下ろし、その先にある男根をしゃぶっている。
 パーシヴァルは自分の予想が当たってしまったこと、それからこんな状況でありながらいきりたっている自分のナニに、朝から頭が痛くなるような思いで思わず額を押さえた。
この好青年、人間に見えるが実のところ人間ではない。所謂淫魔というやつだ。数日前の深夜にパーシヴァルの家に勝手にやってきて、その時も今と同じように眠っていたパーシヴァルのものをしゃぶっていた。それからというもの、この淫魔はパーシヴァルの家に住みついている。
 ゴッと鈍い音を立てて、パーシヴァルは思いっきり、下でにこにこと笑って挨拶をしてきた淫魔の額に蹴りを入れた。
「ッいってえな!! 何すんだよパーさん!!」
「それはこっちの台詞だ! 何度人の寝込みを襲うなと言えば覚えるんだ貴様は!」
「仕方ねーじゃん、腹減ったんだもん。パーさんだって朝起きればご飯食べるだろ? それと同じだって」
 蹴り飛ばした淫魔は、上に乗っかっていた掛布団同様にベッドから床へと落ちるかと思われたが背中についている黒い蝙蝠のような羽で器用にもふよふよと浮いている。布団から出た淫魔は相変わらず男物とはとても思えない肌の露出があまりにも多い、黒のエナメル素材に似た光沢のあるボンテージ姿だった。本当ならば普通の服を着ろと叱るところだが、今はそれよりも寝込みを襲ったことのほうを責めるべきと判断して言葉を飲み込んだ。
淫魔は蹴られて僅かに赤くなった額を擦りながら、まったく悪びれる様子もなく平然と言ってのけた。
「それに、パーさんだってまんざらでもないくせに」
「っ…喧しい、生理現象だ」
 少し上の空中に浮いた淫魔はくすくすと笑いながら、先程まで咥えられていたパーシヴァルの男根を裸足の爪先でつついてくる。淫魔の言うとおり、目を逸らしたくなるほどに自分のものは元気に天を仰ぎ、濡れている。
「またまたぁ。今日もイイ夢、見れたんだろ? この“男”の」
 淫魔は尚も足で弄りながら、自分を指さして得意げに笑っている。性的な夢を見せて、その気にさせるのは淫魔のやり口だ。パーシヴァルも心当たりがないわけではなく、眉を顰めた顔を逸らして、口を噤ん���。
淫魔とパーシヴァルの奇妙な関係が始まってしまったのは、全てこの淫魔の“姿”のせいだった。
初めて、淫魔に寝込みを襲われたとき、パーシヴァルは大層驚いた。目を覚ましたら、突然男に自分のモノがしゃぶられているという事実よりなによりも、淫魔の姿が自分の知り合い―想い人そのものだったからだ。物凄く混乱したが、以前何かで目にした記述では淫魔というものは襲う人間の理想の姿で現れるとあったことを思い出した。だから、淫魔はパーシヴァルが好いている人の姿で現れたのだろうと混乱する頭の中でなんとか結論を導き出した。
 その姿は、パーシヴァルが今勤めている会社に少し前に新しく転属してきたヴェインという青年のものだ。年齢はパーシヴァルよりも二個下で、人懐っこく騒がしい敢えて言うのであれば犬みたいな男だった。同じ部署ということもあって何かに付けてはパーシヴァルにひっついて回ってきゃんきゃんと騒ぎたてる。最初は煩いとしか思っていなかった存在も、長く居続けるとただ騒がしいだけの男ではないと色々な面が見えてきて、愛着が湧き、気づけばこのザマだった。
あいつはこんなことをしない、むしろそういった事には無縁そうな顔をしている、とパーシヴァルは考えていた。―そう考えてしまったからこそ、こうしてずぶずぶとこの淫魔との関係を絶てずにいるのかもしれない。
ヴェインの姿をして、こんな汚すようなマネをされることに腹が立たぬわけではない―しかもご丁寧に呼び方や声音まで同じにして―。だが、それ以上にパーシヴァルとて男だ、姿だけとはいえ、好いた相手にこんなことをされて何も思わずにいられるわけがない。むしろ、本人とこんな関係になれるわけでもないのだから……。
そこまで考えて、パーシヴァルはもう考えることをやめている。
「なあ、もういい? 俺腹ぺこで」
「……勝手にしろ」
「よっしゃ。じゃあ、いただきまーす」
 人の股間の前で両手を合わせるな、とパーシヴァルはまたこの淫魔を叱る事項が出来てしまった、と溜息をついた。ちなみに、寝込みを襲うな、と、その妙な服を着るな、というのが“餌”をやる条件だったが、この淫魔は何一つ守っていない。
 “食事”とはよく言ったもので、何のためらいも気兼ねもなく淫魔はぱくりと咥える。生温かい口内と厚い舌に、知らず熱い息を漏らしてしまう。
じゅぷじゅぷと厭らしい水音を立て、精液を求めるように性急な口淫を“ヴェイン”がしている。それを熱っぽくパーシヴァルは見つめている。とてもつもなく、倒錯的な気分だった。
手を伸ばして触れる、存外柔らかい金髪のさわり心地も、触れられてちらりとこちらを見つめ返す緑色の瞳の輝きも、ヴェインと寸分変わらなかった。
「…ヴェイン、ッ…」
 元々高められていたせいもあるのか、限界は早かった。どぷりとその口の中に精液を漏らした。ごくりと淫魔が口内に放たれた精液を嚥下する音がやけに生々しい。もったいないと言わんばかりにもう一度ぺろりと舐めてから淫魔はやっと口を離した。
「んーっ! ごちそうさま!」
 毎度のことではあるのだが、自己嫌悪諸々―賢者タイムとも言うのか―で沈んだ死にそうな顔をしているパーシヴァルとは真反対に淫魔は満面の笑顔である。淫魔の偽物の姿であるとわかっていても正直愛らしい笑顔なのが逆に腹が立ってくる。
「ね、ね、パーさんもっかい」
「断る!」
 わざとらしいかわいこぶったおねだりとやらをパーシヴァルはばっさりと切り捨て、睨みつける。さっさと下着とズボンを上げ、ベッドから立ち上がって自室から出る。
「ケチー」
 背後から聞こえる不満そうな声は無視に限る。
今日も変わらず仕事だってあるのだ。何喰わぬ顔でヴェインにいつも通り接しなければならない。相手は淫魔であるが、あんなの自慰のおかずにしているのとなんら変わらないではないか。
「……ひどい顔だな」
 洗面台の鏡に映る自分の顔を見て、自嘲気味にわらった。
  
ばたん、と荒々しく閉められた扉を淫魔はじいっと眺めていた。
「んー…ほんとそろそろどうするか考えないと、か?」
 はあと溜息を零す。いただいた精液はいつも通り濃厚で美味ではあったのだが、あの様子ではパーシヴァル本人がいつまでもつかわかったものではない。
 パーシヴァルは淫魔が想い人であるヴェインの姿をしている、と思っているが実際のところは、違う。ヴェインその人が、淫魔なのだ。
ヴェインは現代を生きる淫魔として、日中は羽を隠し普通の恰好をして普通の人間としてこの社会に紛れ込んでいた。そしてたまたまパーシヴァルのいる会社の部署にやってきたのだ。初見はとんでもないイケメンがいるな、と思っていた。ヴェインは食事をするのであれば全く顔の知らない見ず知らずの人間を襲うのだが、パーシヴァルに関しては我慢ができず飛びついてしまった。何しろあの見目と無駄のない完璧な体躯で、いまだ初物なのだ。そんなの絶対おいしいに決まっている。
そして、こらえきれず行動に移してしまったが、そこで勝手にパーシヴァルは勘違いをしてくれた。どうやらパーシヴァルの中ではヴェインはとてつもなく純粋無垢な存在であるらしい。
実際の正体は淫魔で何人もの男のモノしゃぶって精液飲んでるんだけどな、とヴェインは思ったりもする。
 ヴェインは美味しい精液をいただけるし、パーシヴァルは好きな男の姿―実際はその人であるが―でしゃぶってもらえるし、ウィンウィンな関係というやつだと思うのだが、如何せんパーシヴァルが真面目すぎた。仮の人間の姿であるヴェインに対して圧倒的な罪悪感を覚えているのだ。淫魔が姿をとっているという考えであるならばヴェインを汚しているのは淫魔そのものであるはずで、パーシヴァルには何の罪もなく役得だと思えばいいのに、パーシヴァルはそうは考え切れずに結局、自分自身が汚していると興奮するでもなく、ただただ自己嫌悪に苛まれている。
(…さすが童貞……)
 すべての思考がヴェインにはあまりにも理解不能すぎる。一連の行為がヴェインにとっては食事でしか過ぎないので、人間が思うそれとはまったく違う。恋だの愛だのもよくわからない。故にヴェインがパーシヴァルを理解することはなかなか難しい。
だが、だからといっていつか、もう二度と目の前に現れるなと言われて精液をもらえなくなるのは困る。これほどの逸材これから探してもう二度と見つからない気がするのだ。
その方が都合がいいと思って今まで正体を隠していたが、ここまでくると実はヴェイン本人であると真実を打ち明けたほうがいっそいいのかも…とここ最近ヴェインは思っている。
(でもなぁ、正体喋ってもパーさん何思うか全然わかんないし)
 ヴェインが考えつきもしない予想外の行動をしてこられるともうどうしようもない。例えば逆に襲われたりとか。体内で吸収して摂取することも可能と言えば可能ではあるのだが。相手が男であろうがセックスはセックスだ、その時点でパーシヴァルは童貞ではなくなる。確実に質は落ちるだろう。それはヴェインの望むべきところではない。
(なんかすんごく面倒なことになってる気がする…)
 ぐりぐりと己の頭を擦る。
(まあ暫くはいっかな)
 まだ数日目だ。答えを出すのはまだ先でいいか、とヴェインは先走り液と少し零れた白濁液で濡れた己の唇を舐めた。
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