Tumgik
shiroma0w0 · 8 years
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没ネタお焚き上げ
去年の聖学のときに書いたやつ
 気づけば俺は制服を着て河川敷に立っていた。  制服といっても着なれたナイツ・オブラウンドのものではない。ブルーノやベディヴィアが似合うような濃い青のブレザー。学校の制服だ。 「……いやいや」  眉間の辺りを押さえて目を閉じる。1、2、3。よし、目を開けたらいつもの隊服に戻ってる!  ぱっと目を開けた。見慣れない朝日が突き刺さるように入ってきて視界がくらむ。ぼやけた世界の中でも、やはり俺が着ていたのはブレザーだった。  鏡がないので何とも言えないが、もう20代半ばな男がこれを着ているのはいかがなものなんだ。どう見たってコスプレだろう。しかもご丁寧に学校指定のような鞄まで肩から下げている。正直に言ってダサい。今すぐ脱ぎたい。  ひきつった顔のまま辺りを見渡す。太陽にさんさんと照らされる河川敷。そこを歩く俺と同じ制服を着た学生。まるで漫画から抜け出てきたような爽やか極まりない風景。  普通、こんな状況ならば真っ先に疑うのは夢だろう。だけどそんな安易な選択肢をかき消すほどのリアルな温度、喧騒。  これは現実だ。 「しかし現実ってたってなぁ」  ドライバの攻撃を受けた影響だとか原因は色々考えられる。問題はどうしてこんな学園漫画みたいな状況になってしまってるか。それと。 「さっきまで何をしてたっけ、俺」  これが一番まずい気がする。学生服を着てここに立つまでの記憶が綺麗にない。何だか痛い思いをしたような気がしないでもないが、えてしてこういう記憶は当てにならないものだ。俺の経験上。  とりあえず何か手がかりはないだろうか。肩にかけているくたびれたカバンを開く。うわ、本当に学生みたいだ。教科書や筆箱が入っているカバンに感動する。憧れていた、というわけではないが、ラモラックがテレビを見ながら「いいなぁ」と言ってしまった気持ちがなんとなくわかる。  だが、カバンを見て得られたのはそんな思いだけだ。手がかりとなるようなものは一つもなかった。諦めてチャックを締める。カバンにはヒントがなかった。それならば次に目指すべきなのは学校そのものだろう。周囲の学生達についていけば迷わずにいけるはずだ。  俺に似つかわしくない日差しを浴びながらのんびりと歩を進める。10分ほど歩いた頃だろうか、ふと少し先に見覚えのある頭があるのに気づいた。 「おいおい、ウソだろ…」  よりにもよってなぜこいつなんだ。もっと他にパーシとかユーウェインとか、この際ラモラックのアホでも構わない。少なくともあいつより、よほどマシだった。  声をかけるべきかどうか、一瞬躊躇する。あいつと一緒に行動していい結果になった試しはない。そもそも俺とあいつじゃ、馬が合わないのだ、根本的に。だが、そのろくでなしが貴重なヒントになるかもしれない以上、これを見過ごすわけにはいかなかった。  あいつらしからぬぼんやりとした歩調で歩く後ろ姿。それを見てると面倒くせえな、なんて思ってしまう。面倒なことをわざわざしょいこむのは俺の質じゃない。じゃないけど。  思い切り息を吐いて、 「アーサー!」  振り向かない。ちょっと待て。こんな大声出させといて振り向かないって何だよ。だが、まるで聞こえてないかのようにアーサーは先へ進んでいく。このままでは少し先にいる生徒の塊に混じってしまいそうだ。そうなるとさらに面倒なことになる。  そうなる前にと俺は大きく一歩を踏み出す。競歩の選手めいた速度でアーサーに早歩きで近づいて行く。カバンについていたよくわからない猫のキーホルダーが追い立てるように音をたてた。 「おい、アーサー!」  振り向かない。 「聞いてんのかよ、ちょっと、おい!」  振り向かない。 「あーもう!アーサー!」  こちらを見ない背中に焦れて手を伸ばした。ただ、掴めたのはシャツの襟だった。ぐえっとカエルがぺしゃんこになったような声がアーサーから漏れる。 「ったく、何で無視すんだよ。ありえねぇ」   襟から手を離してようやくアーサーは振り向いた。着ているのはやはり学校の制服で、正直俺以上に似合わない。写真を撮ってケイあたり見せたいレベルだ。 「で、なんでアンタまでここにいんの。ここに来るまでのこと覚えてる?」  アーサーがのろのろと俺と視線をあわせる。その目に明確な違和感を抱いた。未知の生き物を見るような好奇を含んだ目。 「お前」 「なんだよ、気味悪いな」 「誰だ?」  一瞬、ひどく日が陰った。さっきまで明るく爽やかだったはずの風景が色を失う。しっかりと地面に立っているはずなのに足元から崩れていってるような感覚。唾を飲み込んでやけに重たい口を開く。 「何、言ってるわけ」 「その、もしかしてどこかで会ったのか?だとしたら悪いな」  本気で申し訳なさそうに眉をさげるこいつは誰だ。俺の知ってるアーサーはこんなことを言うやつじゃない。こんなに情けない顔をするやつじゃない。ましてや、部下を忘れるようなそんな男では。 「アルト?お前まだこんなとこいたのかよ」  声は後ろから聞こえた。アルトという聞き覚えない単語に反応したのは俺ではなくアーサーだった。怪訝さに溢れていた顔がまるで電球でも灯したかのように一瞬で明るくなる。その変化に思わずぎょっとした。え、本当にこいつアーサーだよな。  まじまじとアーサーを見つめる俺の横を、黒髪の男が通る。何だかやる気のなさそうな奴だ。 「サンタ、お前こそ何してんだよ」 「あ?メール送っただろ、後でいくって」 「お前、転校生にどんだけ厳しいんだ。道順だって教えてくれなかっただろ!」 「んなもん、流されときゃつく」 「雑」 「うっせ」  完全に俺は置いてけぼりになったまま、アーサーと男の会話は続いて行く。どうしようもなくて、男と楽しげに笑いあうアーサーの顔を眺める。  どんなに親しくしようと、どれだけの時間を過ごそうとアーサーと俺達の間には確かな溝があった。 あいつのことを嫌っている俺はもとより、パーシヴァルやトリスタン、ガウェインとの間にすら決して埋めることのできない溝が。  だけどこの男はそれをあっさりと越えて行った。まるでそんなものないかのようにあっさりと。本当に何者なんだ。  その疑問に気づいたように男がくるっとこちらを向いた。感情の読めない紫色の瞳を見て直感する。こいつ、俺の苦手なタイプだ。 「そいつは?」 「ああ、なんか俺のことを知ってるらしいんだけどさっぱり記憶になくてな。なぁ、やっぱり人違いか何かじゃないか?」  そうだったらどんなによかったか。心の底から思う。しかしどんなに彼らしくない表情をしてようが、目の前にいるのは間違いなくアーサーだ。絶対の確信を込めて俺は横に首を振る。 「……アルト、お前先にいっとけ」 「え?」 「転校初日から遅刻なんてさすがにまずいからな。こいつは俺が話しとくから」 「でも、俺」 「着いたらエリザがいるから、ほら」 「ちょっと勝手に話を」 「エリザによろしく。ほら行った行った」  まずいと思い、どうにか割り込もうとしたが、俺の訴えはあえなく男に阻まれた。アーサーはほんの一瞬俺を窺うような、遠慮がちな視線を寄こしたが、しかし背を向けて生徒達の波に消えて行ってしまった。それを見送ると、男はやはりやる気の微塵も見えない顔で俺を見た。だが、感情の読めなかったその目には今度はありありと敵意が宿っていた。 「で、お前何を知ってんだ」 「はぁ?まずお前が誰なんだよ」 「……サンタクローズ」 「ふざけてるん、だよな?」  自称サンタクローズは俺の胡乱気な視線を無視して「少し話をすっか」と全く笑っていない目で、それでも口元だけにこやかに提案をした。どうする。今からアーサーを追いかけるのは無謀だ。それならばとりあえず何かを知っていそうなこの自称サンタに話を聞いた方がいいのではないのだろうか。なぜか無理やりアーサーを学校の方に叩きだした辺り、何かを知っているのには間違いないのだから。  何も言わない俺の態度を了承と受け取ったのか、男はゆっくり口を開いた。話をするというのだからもう少し端によればいいのに。こんなに人通りが多いど真ん中で話していては邪魔だろうと思うのだが、周囲の生徒は何でもないような顔をしてするすると俺達を無視して歩いていく。 「オマエ、この世界の人間じゃないな?」 「はぁ?何が」 「そのまんまの意味で受け取れ。少なくとも、そのくそ似合わない制服を着ているような生活は普段送ってないな?」 「そういうあんたも大概似合ってないからな」
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shiroma0w0 · 8 years
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ごーすとばすたー(仮)
※聖学/続くかは謎
 久々に手ごたえがあったものだからシオンはわずかな期待とともに持っていた釣竿をひいた。しかし彼女は投げた先には水など一滴もない廊下だった。なぜならシオンが釣り上げたいのは魚でも何でもないからだ。もし魚釣りを楽しみたいというのなら学校の裏庭にある池へと釣竿を振るだろう。実際の池には鯖が泳いでいる。鯉や金魚の類ではなく明らかに食用の鯖が池にいる時点で突っ込みどころは満載なのだが、あいにくとシオンには全く興味のないことだった。  シオンが釣りたいのはただ一人。釣糸が校内を駆けめぐって自分の元へと帰ってくる。もしかしたら引っかからずとも自分のことを構いにきてくれるかもしれない。そんな期待を胸にシオンはくい、と釣竿を引っ張る。リールを回す。  やがてしゅるしゅると音を立てて糸の先が戻ってきた。そこについていた餌、もとい肉まんはない。それどころか誰も釣れてはいない。肉まんだけを器用に食べられたか。シオンは無表情をゆがめることなく小さく舌打ちをした。食べるとしたら自称ジャッカルの犬か、それとも他の生徒か。普通の学校であるならば釣竿につけられた肉まんなど誰も食べやしないだろうが、ここ聖門学園は残念なことに普通ではなかった。  ともあれ、成果が得られなかったことには違いない。おとなしく職員室へ向かうか、いやしかし今日は職員会議で忙しいはずだ、構ってもらえるとはとても思えなかった。 「……」  どうしよう、悩みながらもシオンの手は器用に中華まんを釣り針にさしていく。今度は趣向を変えてあんまんだった。  シオンの今いる位置からすると職員室はちょうどう真下だ。シオンはがらりと窓を開く。今日は風が強く、いろんなものが飛んでいってしまうのであえて閉め切っていたのだが、そんなことをシオンが気にする義理はないし、誰もいない廊下ではその行動をたしなめるものは、今はいなかった。  窓を開け、やや上半身を乗り出すようにしてあんまんのついた釣糸を垂らしていく。職員室のメイン足る窓は閉まっているだろう。しかしシオンの狙いはそちらではなく、もう一つ上にある小窓である。そこからあんまんを投げ込もうという作戦だった。  勢いをつけようと大きく釣竿を揺らす。ぐいん、という反動に思わず釣りざお���落としそうになりつつ、シオンはもう一度思い切り釣り竿を揺らして――。 「今日は小窓閉まっていたよ」  背後から聞こえた思わぬ声にシオンは釣竿の動きをぴたりと止めた。釣糸を垂らしたまま振りって思わず苦い顔をした。  そこに立っていたのは先ほどシオンが釣糸につけていたはずの肉まんをかじるリヴィアだった。いつも通り風呂敷を担いでいるが、竹刀袋は見当たらない。いやそういえばテスト前だから部活は休みだなんだと話していたような気もする。全く興味がないので脳内から消去していたようだ。 「風が強いから閉めたんだって、兄さん言ってた」 「……知っています」  兄さん、という部分を微妙に強調されてシオンの中の苛々ゲージが僅かに上がる。釣糸を巻き取り、風が強いせいで砂が付いたあんまんをゴミ袋がわりの購買の袋に突っ込んだ。さすがにこれはもう使えない。 「何の用ですか」 「別に。肉まんの先を辿ったらここについただけだ」 「嘘」  さらに苛々ゲージが追加される。肉まんのついた釣糸の先にいるのがシオンだということぐらい聖門学園では常識に等しいことだった。それをリヴィアが知らないはずがない。 「うん、嘘」  案の定リヴィアは肉まんの最後のひとくちを飲み込みつつ、あっさりと頷いて見せた。シオンに対してはいつだってそうだ。いけ好かない。 「じゃあ何ですか。用がないなら私はお兄様のところに行きたいんですけれど」 「その兄さんからの用事だって言ったら?」 「嘘」 「残念こっちは嘘じゃない」  ほら、とリヴィアがポケットからスマートフォンを取り出してその画面を見せてきた。コミュニケーションアプリの会話画面、相手は確かに彼の言うような人物だった。ヒスイ、シオンの肉まんの本当の行き先にしてリヴィアとシオンの兄貴分にあたる人物である。  緩いドラゴンのようなイラストのアイコン、ヒスイのアイコンから出ている吹き出しを目で追う。 「頼みたい、こと?」  頼みたいことがあるからシオンと4時半に職員室に来てくれ。内容は特に詳しく書かれていない。本当にそれだけだった。  しかし内容などシオンにはどうでもいい。どんな内容であれ、ヒスイの頼みであれば受けざるを得ない。断るという選択肢は端からない。それ以上の問題は。 「……なんでリヴィアのほうにだけ」  そこである。このアプリならシオンの携帯にも入っている。それにシオンのほうが携帯を確認する頻度がリヴィアよりも多い。確実に伝えたいのであればシオンに送った方が効率的だろう。なのになぜリヴィアの携帯にだけ。
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shiroma0w0 · 8 years
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暇つぶしSS_1月
(サンアサ) 「それで」  先を促すように叩きつけられた言葉にアルトリウスは口を噤んだ。その拍子に切れた口の端が痛む。それに顔を歪めればサンタの表情はますます苦々しくなる。完全に火に油だ。それでも言うつもりはなかった。 言えるわけなどないじゃないか。
(アリロジ/ロマンス実践編)
 なるほど、と本を読んでいたはずのアリトンが呟いた。え、とロジンもつられて本から顔を上げればすぐ目の前に何かが差し出された。それは読書のお供にと用意していたマカロンで、意図がつかめず首をかしげる。 「はい、あーん」  無表情で言い放ったアリトンの手にある恋愛小説にロジンは思わず苦笑いした。
(アマクロ)
 ほらやるよ、と渡されたのはブレスレットだった。線の細いデザインのそれはいつも通り彼のロゴが入っており、オリエンスがみたらまたダサいだのなんだのと言いそうだなとぼんやり思った。 「本当はネックレスでもいいかと思ったんだけどな」 「やめたのか?」 「あー、まぁな」  さすがになぁ、と迷うように頬をかくアマイモンからブレスレットを受け取る。ネックレスでもよかったのに、と思ったのは内緒だ。
(ライサン)
 一年に一度しか訪れない人物たまたま会ってしまったのは幸か不幸か、どちらだろう。不幸というか、間が悪かっただけか。自分はいつだってそうだ。要領はいいが、どこかタイミングが悪い。ランスロットはその忌々しさに舌打ちをした。 「メリークリスマス」  いまの舌打ちが聞こえていなかったはずはないのだが、件の人物は平然と祝いの言葉を告げた。どこか感情の読みにくい、蘇芳色の瞳が興味なさげにランスロットのことを見据えていた。  事実、彼にランスロットに対する興味はないのだろう。せいぜい幼馴染の部下の一人、というぐらいか。それで構わない。恐らく自分と彼の興味の矛先も何もかも交わることがないのだろうから。きっとどこまでいっても平行線を辿るのだ。  そう思うとこうして廊下ですれ違ったことはある種とても珍しいことなのかもしれない。それにつられて思わず「……メリークリスマス」と無愛想な一言が口からこぼれた。  彼の瞳がぱちりと瞬いてそこでようやくランスロットを写す。存外に平行線ではないのかもしれなかった。
(ロキエビ) 
 砂糖を一つ、ほんの少しのミルクをいれた濃いめ紅茶。それが彼の好きな紅茶の入れ方である。 「ああ間違えた。好きだった、だね」  どうぞ、と差し出した紅茶はふわりと暖かな匂いを漂わせている。しかし当然のことながらエビルアーサーはそれに視線すらよこさない。 「しょうがないなぁ」  やれやれ世話のかかる子だ。ロキはため息をついて紅茶のカップに人差し指をたぷんとつける。そしてそのしずくが垂れる指をエビルの唇に押し付ける。  冷たい唇をつぅとなぞっていく。しずくがうっすらと彩られていくそれはまるで生きているもののように艶やかだ。  再び紅茶に指を浸し、今度は唇のあいだに割りいれるように突っ込んだ。唇の冷たさが嘘のように熱い口内を探ればその感覚にエビルアーサーの体がふるりと震える。 「美味しいかい?」  舌を弄りながらそう問えば頷くようにエビルアーサーの眉根が寄せられる。ふふ、と満足じみた笑いがもれた。 「まだまだあるから、遠慮しないでね」  全部、飲ませてあげるから。ロキは再び紅茶に指先を沈めた。
(ユーウェインとケイ)
 性格の悪い女は大抵嫌いだ。女に限らず性格の悪いやつを好くようなもの好きなど滅多にいないだろうけど、それでとこれとは話が別だ。 「なにそれ、私が性格悪いっていうの」 「よくはねぇだろ」 「うるさいわねぇ、あんたよりはいいわよ」  それもそうかもしれない。どっちもどっちだと、そういうことにしておこう。
(サンアサ)
「なぁ」 「どうした?」 「アルトリウス」 「おう」 「アルト」 「うん?」 「タマ」 「なに?」  意味をなさない名前の羅列にアルトリウスはサンタクローズを伺うように首を傾げた。サンタクローズはそれに満足したのか、うんうんと頷いた。 「おまえ、色々名前あるもんな」 「もう一つ、呼んでないぞ」  最近名乗るようになったそれは最近最もよく呼ばれるその名前をサンタクローズは呼んだことはない。なにか思うところがあるかもしれない。いい機会だと思ってそんな風に促せばサンタクローズは首を振った。 「そんな名前でよばねぇよ」 「なんで」 「なんでも」  アルト、と呼ばれるその名前は麻薬のようにゆっくりと染み込んでいく。それでもアーサーという役割と名前にしがみつきたくなることをきっとサンタクローズは嫌がるのだろう、と熱を宿していく視界にぼんやり思った。
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shiroma0w0 · 8 years
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無配のあれとか
春コミでの無配。 次にでも出せたらいいなぁ(希望)と思ってるお話のお試し版。 うっかり記憶を持ったまま、平和な世界に転生してしまったランスと何も覚えてないアーサーのお話。 かなり前に書いたこの二人です。
 いつだってその男は目がいたくなりそうなほどの金色だった。その眩さが鬱陶しくてたまらなくて、いっそ目を離すことが出来ればどんなによかっただろう。  だが、彼は視線を外すことすら許さない。そうすることが自分に課された枷ではないかと思うほどに。
 目を開けばそこには興味深げにこちらをのぞき込む金の瞳があった。二度、大きく瞬きをすれば、ようやく寝起きの目がまともに動いて、その瞳を詳細にとらえた、とらえたところでランスロットには何の得もありはしないのだが 「おはよう」 「……人の寝顔見てるなんて悪趣味じゃねぇの」 「そういうならソファで寝るなよ」  ランスロットの不機嫌さなど、まるっと無視してアーサーはからからと笑った。その声が妙に頭に響いて思わず眉間にしわを寄せる。ソファで寝る前、何をしていたのだったか。どうやらまだすっきりと目覚めたわけではないらしい頭はすぐにはその答えを返してくれなかった。 「今、何時」 「もうすぐ日付が変わるな。コーヒー飲むか?」 「……いい」  会話をしているうちに思い出してきた。重い頭を促すように額に手をあてて起き上がる。そうだ、今日は確かケイにご飯に行かないかと誘われるままに行った。そこで飲んだ赤ワインが意外においしくて、ついついグラスが進んでしまった。冬が去り、生温かい夜をケイに何かをからかわれながら帰ってきて。 「そのままソファで爆睡、か?」 「正解」  いつの間にか自分の分だけのコーヒーをいれてきたアーサーはやはり愉快そうに笑った。奇妙なほど機嫌がいい。何かあったのだろうか。  聞いてみたい気もした。だが、ランスロットのその口を止めるのは今更どうしようもない過去の記憶だ。  ここではないどこかの世界、前世とも言うべき記憶。馬鹿馬鹿しい、だが、笑い飛ばすには生々しい記憶。今のアーサーにはなく、 ランスロットだけが握っているそれはいつだってランスロットの二の足を踏ませる。  だって、聖王としての責務も、身勝手ともとれる世界への献身も持ち合わせていないアーサーをランスロットは知らなかったのだ。自身の知る「アーサー」と目の前の彼のずれが胸の奥をきしませる。  そのくせ、成り行きとはいえこうして同じ屋根の下で暮らしている。ランスロットにはもはや自分自身すらわからなかった、 「でも珍しいな、お前があんな風にしっかり酔って帰ってくるなんて」  よいしょ、とソファの肘置きの部分に浅く腰掛けたアーサーはからかうようにまなじりを下げてみせた。コーヒーの苦くて深い香りがする。 「普段はどれだけ飲んでもけろっとしてるのに」 「詮索ならごめんだからな」  余計なことはするな、とくぎを刺す。アーサーの言葉が暗に「何かあったのか」という問いを含んでいることには気づいていた。 「別にそういうつもりじゃない」  アーサーが気まずそうに目をふせる。嘘つけ、とその横顔に行ってやりたくなる。お前はいつだってそうじゃないか。大事なことも全て適当な言葉の布にかぶせて隠してしまう。その隠し方があまりにうまいものだからすぐにそうとはわからない。  そして終わってようやく隠されているものの正体に気が付くのだ。それがどれだけ大事なものであるかも。  そうして砂をかむような後悔を覚えるのはアーサーでなく、いつだってもらう側だ。 「……別に何があったわけでもねぇよ」  わかっている。ランスロットのそうした苛立ちや憤りをぶつけたいのはコーヒーカップの縁をなぞっているアーサーではない。その彼はいないのだ。 「なら、いい」 「拗ねるとか子供かよ、いい年して」 「誰も拗ねてないだろ。もういい、寝る」  どう見ても拗ねたような反応を返してアーサーは乱暴に立ちあがる。まだ入っているだろうコーヒーの匂いが遠ざかる。匂いだけで目を覚ますようなそれに惹かれたのか、それとも雑にあるくせいで揺れる金の髪にひかれたのか。  気づけばその手をぐいっとこちら側にひいていた。  驚きに縁どられた瞳が確かにランスロットを映す。だが、その目の中にいる自分は目の前のアーサーを映しているとはどうしても思えなかった。 「どうした?」  迷子を見るような顔だった。それほど情けない顔を自分はしていたのだろうか  思い知ってしまう。もう自分を彼にくくりつけるものは何もないのに、目を離すことすら許さないようなあの輝きは目の前の彼の持たないものなのに。  いま、この手を離すことが出来ないのはどうしたって自分のほうなのだ。 「……何でもない」  いっそぶちまけてしまおうかとも思う。そうすればこの奇妙な均衡で続いている生活は終わりを迎える。目の前のアーサーと記憶の中のあの聖王とのずれを気味わるく思うこともない。きっとそちらの方が楽なのだ、少なくとも自分にとっては。  それでも真実の言葉を飲み込んで隠してしまう理由はまだ見ないふりをしていたかった。  アーサーが何か言いたげに口を動かす。だが一つも音になることはない。  本当は布に隠した中身をお互いもう気づいてしまっている。しかしその中身を見ることが出来ない。 どうしようもなく、臆病者だった。自分も、彼も。
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shiroma0w0 · 8 years
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鉛の天国
 どんな物語にもセオリーが存在する。  例えば囚われのお姫様を勇猛果敢な騎士が迎えに来るように、悪い子供は必ず罰せられるように、いい子は必ず報われるように。  では人生という本を一度閉じてしまった彼にはどんなセオリーが存在するというのだろうか。 「うーんと、幸福な王子様かなぁって」  キミはどう思う、と尋ねたロキにやや間をあけてシェイクスピアは答えた。いつもの、偽物の太陽に温かく照らされるテラスで本をめくる彼女はいたって普通のこどもに見える。いやシェイクスピアはいたって普通のこどもだ。だからこそ無邪気に、何の罪悪感も感じることはなくハサウェイは物語を紡ぎ続ける。その先の結果も気にすることすらなく。  そんな彼女の純な残酷さをロキは愛している。これもまた人間の持つ一つの愚かさだ。その愚かさを知らずに持ち続ける限り、ロキはこうして美しいテラスやかわいらしいお菓子、彼女の望むキャストなどを与えつづけるのだろう。 「それってどんな話だっけ」  頬杖をついたまま、シェイクスピアの言う物語を頭の中で探す。聞いたことはあったが、そこまで強く印象に残るような話ではなかった。ロキにとっては作り物の物語よりもよほど生きているものの織りなす物語のほうがよほど甘美で愉悦に満ちている。 「ふふ、それなら聞かせてあげる。あのね、昔々……」  弾む口調で語るシェイクスピアのフィクションはやはりどこか退屈じみていた。
「……こうして人々を助けるために死んだ王子とツバメは、天国でしあわせに暮したのです」  おしまい、と締めくくっても彼は何の感想も感慨もなく、空を見つめている。ロキすらまともに映すことないアメジストの瞳。それを腰をかがめてにのぞき込む。そうすることでようやく鏡のように彼の目はロキを映し出した。 「シェイクスピアがね、キミにはこの物語が似合うんだって。教えてくれたよ」  シェイクスピアが幼い声で語ったかわいそうな王子様の物語。身を削り、人に幸福を分け与えたにも関わらず、最後は誰にも顧みられることなく、溶かされた王子様。  もし彼があの王子だとするなら今こうして目の前の人形はその残された鉛の心臓なのかもしれない。悲しみにはじけ、炎にかけられてなお、残された心臓。つばめが凍えるほどの冬の寒さに冷え切った心臓はきっとこんな感触だったのだろう。するりと体温のない頬を撫でる。  少女に両の目のサファイアを渡し、盲目になった王子にとってツバメの目を通して見る景色そのものこそが世界だった。彼も同じだ。自分が何者かすらもわからず、最初から何も見えなかった少年にとって幼馴染の目から見る世界がすべてだった。彼らの目越しに見たそれらがどれだけ輝かしく見えたのか。窓枠越しの景色に恋をするほどに美しく見えたのか。  そしてその恋は再び彼の目をふさぐ。その目が映すのはただ王としての責務のみ。だからその身を飾り立てる金箔がはげようが、彼は気づくことない。 「かわいそうにねぇ、みすぼらしい王様を誰も愛してはくれないよ」  元は王子の功績を湛えるために作り、決してその美しさを求めるものではなかったはずなのに人々は自身の持つ全てを渡してしまったやさしい王子を何の躊躇いもなく葬った。盲目の王子にはその人々の醜い顔もよく見ることができていなかったかもしれない。  だからね、とロキは続ける。唯一残された鉛の心臓。その心臓を美しいものとして迎え入れたのは他ならぬ神だった。 「ボクがきちんとキミを愛して、正しくその目に映してあげるよ」  宝石の瞳でもツバメの瞳でもこの世界は正しく見ることが出来ない。目を失った王に与えることはできるのは彼を招いた神だけなのだろう。  物語のように神のいる先が天国だとは限りはしないけれど。
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shiroma0w0 · 8 years
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彼方の速度
 メリークリスマスよりも先にその言葉を口にするようになったのはサンタクローズの感覚で言えば少し前の話で、アルトリウスの感覚からすればきっとかなり前の話だ。  同じように天界に住んで、同じように成長してきても妖精と人間ではそもそも用意されている時間の設定が違う。さすがに神と人間、ほどではないだろうけども、それでもやはり流れる時間には差がある。  だが、その差を気にしたことをサンタクローズはあまりなかった。時間が違おうと隣にいることは変わりなかったからだ。  しかしアルトリウスが常界に降りたことでその考えはわずかに変わった。変わり映えのない聖夜街と比べて常界の日々はめまぐるしい。まるで用意された時間の短さを克服するような早さでありとあらゆる出来事が過ぎ去っていく。その分だけサンタクローズの知らない思い出が増えていく。いまはそうでなくともアルトリウスから見れば聖夜街での思い出などそんな膨大な思い出の一部にすぎなくなっていってしまうのかもしれない。それはサンタクローズにとって想像もしなかった恐怖だった。   だがサンタクローズにはどうしようもない。何せサンタクローズとアルトリウスがあうことが出来るのは今日、たった一日なのだから。 「誕生日おめでとう」  だからサンタクローズはありとあらゆる思いを込めてその一言をまず、アルトリウスに告げた。  窓からの闖入者にも机で何やら書き物をしていたらしいアルトリウスは驚くことはなかった。しかしペンを机に放りだし、窓からよっこらしょと足を踏み入れたサンタクローズに近づくと思い切りその額を弾いた。容赦のない一撃は素直に痛い。 「何すんだよ」 「普通に表からくればいいのに」 「やだよ、どうせ面倒な手続きとかあんだろ」  常界代表が住まいとしているだけあってこの城のセキュリティは強固だ。強固で面倒くさい。それなら最初からショートカットしてしまったほうがいい。幸いこっそりと家屋に浸入することは職業上慣れていた。  アルトリウスはわざとらしく溜息を吐いたが「まぁいい。とっとと入れ」と急かす。それにおざなりに答えつつ、後ろ手で窓を閉めた。聖夜街とはまた違った寒さから解放されて、ようやくサンタクローズはアルトリウスの自室をぐるりと見渡した。  一年ぶりに訪れた部屋はやはり一年前とは大きく異なっている。何も変わっていないサンタクローズの部屋とは違ってみたことのない調度品が増え、あったはずの家具がなくなっている。 「何か食べるか?」  そういって首をかしげるアルトリウスがひどく遠く見えた。常界で暮らすアルトリウスに会うたびにどんどんサンタクローズとアルトリウスの間の距離が離れていっている気がした。そんな感覚をサンタクローズは軽く首を振って無視する。きっと疲れのせいだ。 「なんかあんの」 「クリスマスケーキの残りとか簡単なつまみぐらいなら。がっつり食べたいなら作るけど」 「あーじゃあ軽くで」  アルトリウスは了解と言わんばかりにひらひらと手を振り、少し奥まった場所にある簡易キッチンに消えた。見送ったその後ろ姿になんとなく手を伸ばす。  昔はすぐ手を伸ばせば届くところにいた。それは聖導院に行き、ともに過ごす時間が減っても変わらなかった。常界へ行く、とそうサンタクローズに告げた卒業式の日だってそうだ。帰ってくる場所はいつだって聖夜街だと、だからきっとこの手は届くのだと思っていた。  来年また彼に「おめでとう」と告げる時、この距離はまたあいてしまうのだろうか。いつか、いくら手を必死に伸ばしてもサンタクローズにはどうしようもないほどの距離があいてしまうのだろうか。  あの雪の日、溶けて消えそうなほどの体温しか残っていなかった手のひらの感触をサンタクローズはうまく思い出すことが出来ない。
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shiroma0w0 · 8 years
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なにもわるいことはない
 サンタクローズは基本的に短気である。  気に入らないことがあったならば口よりも先に手を出す。相手が誰だろうとあまり関係はない。気に入らないものは気に入らないのだ。それだけで殴る価値はある。短気なだけでなく、サンタクローズの世界は存外に単純であった。  しかし短気ではあるが、サンタクローズとて何も自分の思い通りにならないことが気に入らないわけではない。そこまで自分にとって都合のいい世界を作り上げようとはさすがに思わない。  サンタクローズが気に入らないもの、それは彼の中の正義感と照らし合わせて「正しくない」と判断されたものだ。  それは例えば彼の昼寝の邪魔をする無粋な輩であったり、サンタクローズという家業をバカにしたがるアホであったり、幼馴染を「人間だから」という恐ろしく頭の悪い理由で白い眼で見る大馬鹿野郎だったり。  そして何より、そんな気に食わないものを殴るサンタクローズを殴ってでも止めようとする幼馴染であったり。
 思いきり踏み込んで殴ったせいか、アルトリウスの体は面白いようにぐるぐると回転し、地面へ転がった。遅れてうぐ、といううめき声が聞こえる。あれはかなり痛かっただろうな、と他人事のようにぼんやりと思った。  サンタクローズの足元にはアルトリウスと同じように、しかしアルトリウスよりもはるかに傷まみれの男子学生が何人か転がっている。いつの間にかぴくりともしなくなったが、それとなく足で蹴とばしたら少し声をあげたので大丈夫だろう。死んではいない。 「死んだって構わねぇだろ、こんなの」  つま先ですぐ足先にあった頭を軽く踏んだ。薄汚い声を漏らしたそれを無視して、サンタクローズはようやく起き上がったアルトリウスを睨みつけた。  アルトリウスは殴られ、わずかに擦り剥けた頬を乱暴に拭き、呆れたような溜息を吐いた。妙に大人ぶったようなそれが気に食わず、また殴ってやろうかと思ったが、今度は確実に殴り返されるだろう いつもならそのままアルトリウスに喧嘩をふっかけ、殴り合いに発展するのが常なのだが、いかんせん今日はさきほどまで相手にしていた雑魚の数が多すぎた。さすがに拳はじんじんと痛むし、疲れている。このまま帰って寝たいぐらいだ。 「サンタ」 「なに」 「おまえ、俺が止めなかったら本当にこの人達、殺すつもりだったのか」 「さぁ」 「さぁって」  肩をすくめたサンタクローズを茶化すなと言わんばかりにアルトリウスは「サンタ」と咎めるように呼んだ。だがサンタクローズからすれば「さぁ」としか答えようがなかったのだ。殴りあい、というか一方的に殴っていたときは頭に血が上りきっていた。どうすれば相手が死ぬのか、どの程度で相手を殺してしまうのか、そういった判断がおおよそ全くと言ってもいいほどついていなかった。だからあのままアルトリウスが止めなければ恐らく殺していただろう。気づかないうちに、殺すつもりという意識もなく。  では冷静になった今はどうかと言われれば、わざわざ殺すのは面倒だが、もしまた何かしてくるようなら殺しても構わないとは思っていた。  だって気に食わなかったのだ。  黙って足元の満身創痍な体を見下ろすサンタクローズにアルトリウスはもう一度溜息を吐く。 「殺してどうするんだよ」 「その辺に置いとく」 「そういうことじゃなくて……」  言葉を探すようにアルトリウスの金色の瞳が揺れる。サンタクローズにはまだ届かないものの、背は伸び、やや大人び始めた外見の中でもその金の瞳は未だにどこか幼いままだった。昔はどこかぼんやりと、虚空を見つめていることが多かったそれが太陽の光をそのまま切り取ったような明るさを宿し始めたのはいつ頃だろう。絶対言ってなどはやらないが、サンタクローズは今の明るいアルトリウスの瞳が好きだった。  その瞳がわずかに伏せられる。こういう顔をするときはたいていよくないことをいう時だ。アルトリウスにとってもサンタクローズにとっても。 「だって、その人達がいなくなったところで俺が人間で、ここでは異端なのは変わらないんだ」  ぽ���りと吐き出された言葉はどうしようもなさを含んでいた。何をしても変えられない事実だからこのどうしようもなさを含んでいた。  昔からそうだった。妖精ばかりで構成される天界において「人間」は異端だ。そして今の平和を享受したがる天界の妖精達にとって異端はその平和を壊す存在になりかねない。だから徹底的に遠ざけようとした。その方法として陰口だったり時には暴力が用いられることも少なくはなかった。  そのたびにサンタクローズはそいつらを蹴とばすか殴るか、あるいは金属バットで叩くかをしてその口をふさいできた。  そのたびにアルトリウスが陰口を叩かれたり、殴られたりしている時よりもよほど痛そうな顔をしていることも知っていた。  だからアルトリウスは中等部進学を機にサンタクローズやエリザベートから離れようとした。住み慣れたサンタクローズの家を離れ、聖導院へ移った。そんなことわかっている。何年一緒にいると思っている。  なのにアルトリウス本人は何もわかっちゃいない。わかっていないまま、アルトリウスは「その」と口を開く。 「俺だって大きくなったんだ。もうお前に守られなきゃどうしようもないほど、弱くない。だから、」 「あーもう!うっせぇな!」  足音を大げさにたてて近寄る途中で何人かの頭を踏んだ気がするが、どうだっていい。そして未だにうつむいたままのアルトリウスの頭を思い切りげんこつで殴った。 「いった!!?」 「うるせぇ!グダグダいうな!大体、いつ!誰が!お前のためなんて言った!」 「え」 「俺が気に食わねぇから殴ってんの!以上!」  ぱちくりと金の瞳を瞬かせるアルトリウスはやはりどう考えたって何もわかっていない。  サンタクローズもエリザベートもアルトリウスのためだけにやっているのではない。エリザベートはともかく、サンタクローズはそこまで献身的ではないのだ。  気に入らないから殴っただけだ。大体馬鹿馬鹿しいではないか。人間だの妖精だの、そんなもので何が計れるというのか。そんなものでアルトリウスを、幼馴染を計ろうとした。それがサンタクローズの中の正義の琴線に触れた、ただそれだけの話だ。  そう、だから本当はアルトリウスが気にする必要なんて何一つとしてない。勝手にサンタクローズがやっていることにまで責任を感じる必要がどこにある。  そんなことになんて気を回さなくていい。ただサンタクローズはアルトリウスがアルトリウスとして、健やかに育ってくれればそれでいい。  気恥ずかしくてとても言えない願いを胸の奥にしまい込んで、サンタクローズは「痛い」と不満げに訴えるアルトリウスの額を指ではじいた。 「いっちょ前に気をまわしてんじゃねぇよ、クソガキ」 「二個しか違わないくせに」 「そういう主張がお子様なんだよ、アルトちゃ、いって!やりやがったな!?」  思い切りむこうずねを蹴られた。そのまま逃げようと身を翻す。そう、それできっといいのだ。  意外に早く姿が消えそうなアルトリウスを追いかけてサンタクローズも地面を蹴る。これからも、こうあることを、ただ願って。
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shiroma0w0 · 8 years
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その目なんて閉じてしまえ
 サンタクローズの写真好きは知ってはいたが、まさか聖夜街を出たあとまでこうして写真を撮られることになるとは思っていなかった。  すぐ後ろで鳴り響くシャッター音に思わず出た苦々しい顔そのままでアーサーは振り向く。 「お前、さっきからパシャパシャうるさい」 「俺が何を撮ろうと勝手だろ」 「何を撮ろうと勝手だが、どう考えてもさっきから俺入ってるだろ」 「だから?」 「肖像権って知ってるか?」 「それが?」  まったく悪びれないサンタクローズにため息すら出なくなる。もういい、諦めよう。アーサーは無駄にしっかりとしている作りの一眼レフから目をそらし、目の前の海をみた。冬の海は広く、冴え冴えとしている。凍るような冷たさをはらんでいるくせにどこかおおらかだ。  常界へと降りて幾度冬を過ごしただろう。その度にこうして季節外れも甚だしい海を見に来ていた。そしてその隣には必ず一眼レフをかまえた幼馴染がいる。一年に一度の大仕事を終えたばかりのはずの彼がわざわざ律儀に荷物になるカメラを持ってきているのがアーサーには未だに理解できない。  聖夜街で暮らしていた時からサンタクローズは写真をやたら撮っていた。その被写体は景色だったりトナカイだったりといろいろだったが、中でもエリザベートとアーサー、イヴが撮られる確率が高かった。しかも面倒くさがりなサンタクローズにしては珍しいことに写真に関してはわざわざアルバムを作り、きちんと整理している、らしい。らしい、というのはそれがイヴから聞いただけだからだ。 「お兄ちゃんの本棚アルバムだらけなんですよ」  そうおかしそうに教えてくれたイヴの顔は今思い出しても楽しそうなものだった。 「おい」  なっていたシャッターが止まり、代わりにサンタクローズの声が鼓膜を揺らした。なんだ、ともう一度振り向けばまた軽いシャッターを切る音。「お、間抜け面が取れた」 「お前、勝手に撮っといてふざけんなよ」 「油断してアホ面晒すお前が悪い」 「冬の海での着衣泳がお好みか?」  低い声でいえば「悪かったって」とカラカラ笑ってごまかされる。いくら言ったところで止めるようなかわいらしい質ではないことぐらいわかっているし、聖夜街にいた頃ならそう諦められただろう。  だが、今はそうではない。  自分はいつか、いや近い将来いなくなる。そうなるとわかっているのに、わざわざ幼馴染の思い出に残るような真似はしたくなかった。雪の日に、ただの人間の子供にわざわざ手を伸ばすような優しい幼馴染だ。アーサーがいなくなればきっと後悔をする。だからいなくなったときに後悔をさせるようなきっかけを、残したくはなかった。  いっそサンタクローズではなくカメラを海へ投げてやろうかとすら思う。怒られるだろうが、それでも後悔の種を一つでも減らせるならいいかもしれない。 「サン、」 「別に俺は見返したりするためにとってるわけじゃねえからな」 「は?」  突飛な言葉に思わず瞬きをする。だが、サンタクローズはいたって真面目な顔でカメラの縁をなぞっていた。 「単に好きなんだよ、ファインダー越しの景色が」 「……そうか」  きっとこれもごまかされたのだろう。だが、もうアーサーには撮るのをやめろということはできなかった。諦めにも似たそれにもう一度ため息を吐く。  せめてこいつの持ってるアルバムに俺の写真が一つもありませんように、とくだらないことを祈る。また鳴ったシャッター音には聞こえないふりをした。    
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shiroma0w0 · 9 years
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亡霊は幾夜きみを待てども
 結論からいえばアーサーは戻ってはきた。  本来なら扉を閉めたときに死んでいたはずの男だ。生きてこうして戻ってきただけで奇跡といえるのだろう。  だが、とライルは歯ぎしりをする。  結局自分の望みは何一つ叶えられることはなかったのだ。
   やけに長い廊下を歩き切った先、まるで隔離されるようにしてその部屋はある。  この城の中で最も日当たりのよい場所に作られたというその場所の扉をライルは開く。一面ガラス張りになっているその部屋は限られた窓しかない廊下と違ってひどくまぶしい。思わず目を細める。  ようやくまぶしさに目が慣れ、ライルはゆっくり空中庭園の中を見渡す。  よく手入れの行き届いた庭はある種の芸術作品なのだと何かの本で読んだことがあるが、なるほど確かにそうかもしれない。あちらこちらに植えられた季節の花はどこにどの花があれば美しく見えるか、という計算をしつくされて配置されている。見ているだけでその美しさ、完璧さに圧倒されそうになる。確かこの庭を作ったのはガレスの知り合いの有名な庭師だったはずだ。よくガレスもそんな知り合いがいるものだ、と感心した記憶があった。  そんな完璧な庭も高名な庭師も何もかも真ん中に置かれた白いテーブルにぼんやりと肘をついている人物、ただ一人のためだけに用意されたものだ。 「よぉ」  ライルの足音にも気が付かず、ただぼんやりと庭を見つめていた人物に声をかける。彼はそこでようやくラ���ルの存在に気が付いたのか「え?」と顔をあげた。 「久しぶり」  日光を浴びて柔らかく輝くのは金髪だが、そのところどころは鈍い銀色に染まっている。元々は透き通るような金だったはずの瞳も今はわずかに濁った暗い金だ。  だが容姿よりも何よりもきょとんとライルを見つめるその顔は、あまりにも遠すぎた。 「……ライル?」  たっぷり一分ほどライルの顔を見つめた彼はようやく思い出したように名前を口にした。その声もわずかに自信なさげに響いたのはライルの気のせいだろうか。溜息を吐いて「忘れられてなくて何よりだよ」と小さく返した。 「座っていい?」 「ん」 「そりゃどーも」  乱暴に目の前の椅子に腰かける。わざと大きな音をたてたというのに眉一つ動かさない彼に苛立ちが降り積もるのを感じる。  すべてが終わり、アーサーはこうして生きて戻ってきた。そのことに何人もの人間が泣き、彼の身勝手さに怒り、そして喜んだことか。だが、それは決して手放しに喜べることではなかった。  なぜなら「アーサー」は帰ってこなかったのだから。  彼はあの扉の向こうにずいぶんといろいろなものを忘れてきてしまったらしい。  それは美しく輝く金の髪であったり、曇りのない金の瞳であったり、「アーサー」としての記憶であったり、人格であったり。  とにかく「アーサー」を構成していたもの、ほとんどを置いて戻ってきてしまった。  自分の名前も過去もわからなくなってしまった聖王に皆困惑した。  とはいえ、それも最初のうちだけで「それでいいじゃないか」とアーサーが生きていることを喜び、次第に今の彼を受け入れてしまった。 「……俺だけだよなぁ」  思わず一人つぶやく。  今の彼を受け入れることが出来ず、拒絶も出来ずに中途半端にこうしているのは間違いなくライルだけだ。  そんな自分の情けなさに溜息を吐きたくなってくる。 「何が」 「あ?」 「何がお前だけ、なんだ?」 「別に」  そうか、と紅茶を啜る彼は確かにライルのよく知る「アーサー」と同じ顔で同じ声だ。しかし中身が決定的に違うのだ。  ライルが望んだ、殺したいと心の底から望んだ彼はもう二度と帰ってはこない。それはわかっている。わかっているのだからもう自分がこうして足を運ぶ必要はどこにもない。  それなのに気がつけばふと、この空中庭園へと足を運んでしまうのはなぜだろう。自分でも知らないうちに殺意以外の何かが芽生えていたというのか、それとも何も知らない彼に期待をしている?何を?新しい関係をか?  答えのでない問いはぐるぐると頭を巡り、ライルを苛立たせる。目の前の彼はぼんやりと忙しなく机を叩くライルの指先を眺めているだけだ。  いっそ殺してやろうか、と何度も何度も思った。実際、その首に指をかけたことだって何回かある。だが、その度にライルの指先を止めたのは責めるでもなく、怯えるでもなく、ただライルを見つめる彼の瞳だった。まるで殺されることを受け入れているような、そんな瞳。 「……バカみたいだ」  「アーサー」はどこにもいない。いくら目の前の彼の中に行き場の無くなった殺意の矛先を探したところで何の意味もない。 「ライル、どうかしたのか?」  だから、頼むから。もう俺の名前をその声で呼ばないでくれ。
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shiroma0w0 · 9 years
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料理の正しい使い方
 料理をすることは好きだ。  それがランスロットの中でただ楽しくて美味しいから好きなのか、それとも幼き日に母親の手伝いをして褒められたという思い出の欠片からくるものなのかはわからない。  だが、どちらにせよ、ちゃちゃっと手際よく料理ができる男はモテる。未だに「料理は女の仕事だ」という時代錯誤なことをいう馬鹿はこの世にいるようだが、ランスロットからみれば自分からチャンスをドブに捨てているようなものだ。人間、何かをしてくれた相手に対してはとことん弱く、油断しやすい。その油断をうまく利用すればどんなにガードが硬い女性でもあっさりベッドまで連れて行くことができる。  そう、確かに料理は好きだ。だが、後ろから楽しそうにふんぞりがえってこちらの様子を眺めている王様に作ったって何が楽しいというのか。 「あのさ」 「どうした?出来たのか?」 「いやさっき始めたばっかなのにできるわけないでしょ。そうじゃなくてさっきから何?鬱陶しいんだけど」 「何が?」 「あんたが」  そりゃ悪かったというアーサーは全く悪びれていない。相変わらずその無駄に小綺麗な顔を緩ませ、こちらを見ている。恐らく何を言ったって聞きはしないだろう。ランスロットは諦めて再び手を動かし始める。  料理がしたいな、とふと思ったのが悪かったのだろうか。その思いつきに任せてふらふらとキッチンを覗けば、そこにガレスはいなかった。確か今日は任務だと言っていたか。ならば好都合とランスロットはそそくさと冷蔵庫や戸棚を漁った。 「……よし、ハンバーグでも作るか」  食材を一通り漁り、思いついたのはそれだった。母親の一番の得意料理でもあるそれは同時にランスロットの得意料理でもある。女の子相手にはホットケーキだのフレンチトーストだのを作ってやることが多く、ハンバーグは最近あまり作っていなかった。  材料や道具を取り出し、さて作るか、と包丁を手に取ったその時だった。 「珍しいな、お前がこんなとこにいるなんて」  数秒前は全くしなかった気配に思わず「げ」という声が漏れた。振り向けば「よぉ」と楽しそうに笑う我らが聖王様がそこには立っていた。 「何でここにいんの」 「散歩してたらガレスがいねぇのに音がすると思って寄ったんだ。そしたらお前がいた」 「あ、そ」  私服であるランスロットと違ってアーサーは隊服を着ている。つまり仕事中だということだ。なぜ悠長にこんなところを散歩なんてしてるんだ。というか、なぜ当然な顔をしてキッチンにある椅子に腰掛ける。 「どうした?作るんじゃないのか」 「……ああ、うん」  突っ込む気すら起きず、ランスロットは再び食材と向き合ったのだった。  そこから今に至るまでアーサーの視線はランスロットから外れることはなかった。 「言っとくけど一人分しかないから」 「だろうな。というか、別に腹が減ってここにいるわけじゃない」 「は?」  てっきりおこぼれを預かりに来たのだと思っていたのだが、予想外の言葉を返されて素っ頓狂な声が漏れた。  「好きなんだよ」 「何が」 「人が料理してるとこ、見るの」  そりゃ変わった趣味をお持ちで、そう返そうと後ろを向く。だが、声は出なかった。  アーサーの目は相変わらずランスロットに向けられている。しかしその目に映っているのはランスロットではない。もっとどこか遠くの、そう思い出を眺めるような。慈しむような。  何となくそれに苛立ちを覚える。自分を通して誰かを見るなんて、腹立たしいことこの上ない。それが誰であったとしても。 「……作ってやるよ」 「は?どういう風の吹き回しだ」 「うるさいな。というか、そこでボーッとしてるんなら手伝えよ。野菜切るぐらいできるだろ」  アーサーの猫にも似た瞳が瞬く。しかしすぐに楽しげな光を取り戻し、「ああ」と邪魔にならないように上着を脱いだ。 「言っとくけどエプロンないから汚すなよ」 「わかってる」  子供のようにいそいそとランスロットの隣にやってくるアーサーは確かにランスロットを見ていた。それに満足をしてしまいそうになる自分を無視して、ランスロットは「じゃあ」とアーサーに包丁を渡したのだった。  二時間後、大惨事になったキッチンと隊服を見てトリスタンだけでなく、帰ってきたガレスにも説教されるのはまた別の話である。
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shiroma0w0 · 9 years
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二度目の死
 ゆっくりと崩れ落ちる自身の体を支える力などいまのアーサーには残っていなかった。  どしゃり、と勝手に地に伏した体はただ地面の冷たさだけを感じている。その冷たさは心地いいものではなかったが、自身の幕切れにはとてもふさわしい気がした。 「これで終わりか」  意外なことに口はまだ動いた。いや動いているように錯覚しているだけかもしれない。いずれにしても、もう自分の命は終わる。喋ることができても言葉を遺せる相手がここにはいないのだ。たった一人でアーサーは終わろうとしている。  ここに誰かがいたとしても、何も遺すつもりはなかった。言葉も思い出も約束も、できることならアーサー自身にまつわる記憶だってもっていってしまいたいぐらいだ。死者として他人の記憶の中で生き続けるなんて冗談じゃない。  そもそもいまのアーサー自身だって幽霊のようなものなのだ。聖夜街で朽ちた命の延長線上に過ぎない。だから覚えていなくて構わない。いっそ忘れてほしい。誰かに何かを遺せたようなそんな��層な人間であったと思ってはいないが、それでも優しい彼は彼女らはきっと泣くだろう。きっと怒るだろう。泣かせるぐらいなら、怒られるぐらいなら覚えてなくともいい。  だが、そう思っていても頭の隅では寂しいと訴える自分がいることにアーサーは気づいていた。忘れないでほしい、と叫ぶ幼い姿をした自身をアーサーは黙殺する。寂しくなどない。あるわけがない。忘れてほしい。それであいつらが前だけを見続けることができるならば。  ただの幽霊が未来をつないだのだ。これ以上、幸福なことがあるだろうか。その先の未来がほしいだなんてそれはただの傲慢で、ただの、アーサー自身の。 「……ははっ」  自分らしくもない思考に思わず笑いがこみ上げる。もはや地面の感覚もない。そんな中でアーサーはただただ笑い続ける。何がおかしいのかもわからず、ただただ笑う。その反響する笑い声がどこか泣き声じみていたことを知るものはきっと誰もいない。
(ディバゲアニメ化おめでとう) 
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shiroma0w0 · 9 years
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トロイメライ
 アーサーの鼻歌は調子が悪い証拠だ。調子が悪いといっても体調面の話ではなく、不安や苛立ちといった精神面でのことだ。表情はいつも通りの余裕綽々なまま、小さな鼻歌だけが漏れる。自分自身をごまかすかのようなそれをケイは何度か聞いたことがある。  初めて聞いたのはガウェインが任務に向かった日の昼だった。一体なぜかは忘れてしまったが、アーサーはその任務をガウェインに行かせることを最後まで反対し、そしてどういった経緯をたどったのか珍しく折れたのだ。  ガウェインを見送った後もアーサーはいつも通りに見えた。だがそれが単なる表面的なものだと気付いたのは午後に廊下ですれ違った時だった。 「おう、ケイ。そういえばお前休みだったな」 「まぁね。どこかの誰かさんがこき使ってくれるから今日はのんびりしてるわよ」 「そうか」  その時点でおや、とケイは思った。いつもならケイの皮肉にもっとつっかかてくるはずだというのに今日は随分と控えめだ。やはりガウェインのことを気にしているのだろうか。しかしそれをネタにからかうのはさすがに悪趣味だろうし、そもそも貴重な休日にアーサーの怒りを下手に買うのもばかばかしい。  ケイが口を閉ざすとアーサーはほんの少し眉を寄せたが、それ以上は何も言わずに「じゃあ」とその場を去ろうと一歩足を進めた。  そのすれ違いざまに聞こえてきたのは全く知らない旋律だった。耳に心地よく残る掠れた低音はゆったりとしたメロディ。ケイは思わず振り返るが、アーサーとともにその音は遠ざかって行ってしまった。 「何の曲よ、あれ」  足早に小さくなるアーサーの背中を見ながらぽつりと呟く。どことなく童謡に似た曲調だったが、もしかしてアーサーの故郷にでも伝わる民謡か何かだろうか。  しかしそうだとしても一体何の曲かを調べる方法をケイは持たない。なぜならケイは、ケイだけでなくナイツ・オブ・ラウンドの誰もがアーサーに至るまでのアーサーを知らないからだ。それは他のメンバーにも言えることではあるが、アーサーはそれが特に顕著だった。彼ほど過去が感じられない人間も他にそういないだろう。  これを機会に聞いてみるのもいいかもしれない。ふと思ったが、その思いつきは泡のように消え、後には「ま、いっか」という投げやりな思いとほんの僅かなあの鼻歌への興味が残った。  二回目の鼻歌はベディヴィアがアーサーの命令も聞かずに飛び出して中々帰ってこなかった時だった。食堂でぼんやりとコーヒーを飲むアーサーの口から洩れる歌はガウェインの任務の時に聞いたものと同じだった。しかしそのことに気付いた時にはアーサーは既に食堂から姿を消していて、それが何の歌なのかは聞けずじまいになってしまった。  それからも度々とその歌を聞くことはあったが、アーサーが鼻歌を口ずさむのはやはりきまって何かがうまくいってない時か誰かがろくでもない目にあっている時である。あの歌はアーサーにとっての精神安定剤に似たものなのかもしれないという考えに行きあたってからは何の歌なのか、と聞くのは何だか憚られ、結局今日までケイは歌の正体を聞かずにきてしまった。
 しかし何でこんな時に自分はアーサーの鼻歌のことなんて思い出しているのだろう。上手く呼吸できない肺を動かしながらケイは首をひねる。  一緒に戦っていたはずのガレスも敵である古の竜もどこにいるかなんてわかったものではない。何せ視界がひどく暗いのだ。ああもう本当に大嫌い、とケイはドロドロの顔で笑顔を無理やり作る。  骨が軋む音も口を溢れる血もたまったものではなかったが、それでも後悔は一つもなかった。死ぬのは確かに恐ろしい。未練だって山ほどある。だが、「アーサーに従わなければよかった」という考えは浮かばない。確かにろくでもない男だが、それでもケイが自分で従うと選んだ、ただ一人の王だ。ついてきたことに後悔を 抱くようなそんな男になど最初から従わない。  それはきっと同じように古の竜と戦っているであろうナイツ・オブ・ラウンドのどのメンバーも思っていることだ。誰一人、後悔はしていない。  もしかしたら一番後悔しているのはアーサー自身かもしれない。命令したのは自分だというのに最後まで古の竜との戦いをどうにか回避できないかと悩んでいたのもまた彼だった。そういうところがケイはたまらなく嫌いだ。  今頃アーサーはどうしているだろう。たった一人で聖なる扉に向かいながらあの歌でも口ずさんでいるのだろうか。もっと堂々としていなさいよ、想像の中のアーサーに思わず呼びかける。  明度の下がる思考の中でケイは手さぐりにあの歌を口ずさむ。せめて一人で世界を変えようとする彼が自分達のことを後悔しないように、想像にすぎないアーサーに合わせてケイは歌う。  そして初めて気づいた。  ああ、この歌は優しい子守唄だったのだ。  
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shiroma0w0 · 9 years
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紫に縋る
 クロウリーにはいくつか習慣がある。それは信者達の前で適当な御託を並べることだったり、名ばかりの儀式だったりと教団に関することばかりだが、その中にはたった一つ、教団にも教祖にも関係ないことがある。 「そうか。お前とアリトンは相変わらず仲が悪いんだな」 「別に俺、あいつと仲良しこよしがしたいわけねぇって前から言ってるだろ。あいつ、幸せの匂いしねぇし」 「こら、動くな」  言えばぴたりとテーブルを挟んだ向かいの椅子に座る、アマイモンの動きが止まる。息まで止めているかのような律儀さに苦笑してしまう。喉の奥で笑いながらもはみ出さないように丁寧に、丁寧にアマイモンの中指の爪を紫に染めていく。  アマイモンの爪を塗ること。これがクロウリーの習慣だった。アマイモンが教団にやってきた頃から続いているこの習慣はクロウリーにとっては紛れもなく心の安らぐ時だった。ハケを動かしながらアマイモンのいまいち要領を得ない言葉を聞くのは不思議と心地がいい。大勢の信者に傅かれている時よりも余程ましだ。 「幸せの匂い?」 「そうそう。まぁそういうやつはその分だけ不幸の匂いもすんだけどなー。あいつは両方ともしねぇし。ところでまだ?」  短気なアマイモンの左手がイライラと机を叩く。「まだだ」と言えば耳が更に垂れ、机をたたく音が大きくなる。もう何年もこうしているというのに片手だけで飽きてしまうのはどうにかならないものか。小指の爪を塗りながら胸中だけで呆れた。 「あーあ、あんたみたいに幸せの匂いが強いやつばっかだったらいいのに。やっぱそれってあんたが神様だから?」  相槌を打つのを思わずやめる。止まってしまったハケにすらアマイモンは気付いていない。よくわからない鼻歌を口ずさみながら部屋の隅を眺めていた。  私は神様ではないよ。口はそう動いたが、音にはならない。もし言ったとしても彼が聞き入れないのはわかっていた。クロウリーは無駄なことはしない主義だった。  そのことを告げたならアマイモンはこの手を差し出してはくれないだろう。それでもこの嘘だけは晒さなくてはならない。まったく元神様の懺悔なんておかしな話だ。   せめてそれまではこの習慣を続けていられますように、とクロウリーはつややかに輝く紫に祈った。
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shiroma0w0 · 9 years
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慈しむべき忠犬
 糾弾する視線を受けるのは久々のことだった。クロウリーは珍獣を見る心地で目の前の男を眺める。 「ですからあのようなものを傍におかれては貴方様の神位が下がります。ぜひ魔王の任命に関してはご一考されることを」 「もういい、お前の考えは十分わかった」  しかし珍しいとはいえ、こうも長々と言葉を並べられては煩わしい。足を組みなおしてしっしと手で払う。しかし何を勘違いしたのか、男は目を輝かせて「では」と声を上ずらせた。 「あの獣は傍に置かないということで」 「なぜそうなる?私はお前の考えは理解したといっただけだ。一考するとも何も言っていない。わかったなら出ていけ」 「し、しかし!」  まだ食い下がろうとする男をぎろりと一瞥すると、そこで男はようやく諦めを知ったのかぎりと歯噛みをして出て行った。  扉から出ていく男の背中を最後まで見送ると深々とため息を吐いた。本当に短絡的な連中ばかりで嫌になる。革製の椅子を思いきり傾かせて囁くように「アマイモン」と男は気が付かなかった人影の名前を呼んだ。  背後から現れたアマイモンは身軽に一回転して机に飛び乗った。 「今のアイツ、くっそうるせぇな」 「普段のお前よりはましだろう」 「はぁ?あんなにキャンキャン吠えてねぇっつの」  抗議なのか、尻尾が何度も肘掛けにのったクロウリーの腕を叩く。その感触のくすぐったさに頬を綻ばせるとアマイモンはますます不機嫌そうに眼を吊り上げた。 「つぅかよ、アイツは俺があんたの傍にいるのが嫌なわけ?あれ?言ってたことあってるよな?」 「あっているよ。なんだ、お前らしくもない。気にしてるのか」  クロウリーからすれば冗談めかした一言だったのだが、アマイモンにはそう聞こえなかったのかやけに真面目な顔で 「そっれこそありえねけだろ!あんな辛気くせぇ顔したやつに何言われても気にしねぇよ」  未だに腕を叩いていた尻尾がしゅるりと巻き付く。その柔らかな感触と暖かさが心地よいが、どこか既視感を感じる。  紅玉の瞳と視線が絡む。視界の端にアマイモンの垂れた耳が映る。 「俺が気にするのはあんたの言葉だけだから」  その言葉でクロウリーは気付いてしまった。アマイモンは縋っている。あの薄っ��らな言葉でクロウリーが自分を切ってしまうのではないかと恐れて縋っている。    教団の信者よりもよほど単純な盲信にクロウリーは薄らと笑みを深くする。アマイモンが自分に見ているのは神ではない。犬が飼い主に向ける視線と一緒だ。これならばまだ可愛がりようがあるというのに。人間である自分に神など見たりするから下らない幻想を抱くのだ。
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shiroma0w0 · 9 years
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脱走する教団員とアマイモン
もつれる足を無視して必死で地面をける。それでもまだ足りないと、足を前へ前へとだす。歩きなれた出口へと続く廊下が異様に長く感じられる。  男は逃げていた。だが誰に追われているわけでもない。この巨大な教団からすれば男の存在など虫けら同然の存在だ。男がこうして逃げようとしていることすら気づいていないはずだ。  そう言い聞かせて息切れを上回るほどの緊張による動悸を打ち消す。教団からの脱走者の行く末を男は知らない。そういった噂すら流れてこないのだ。唯一想像がつくのはきっと死ぬほど、来世すら望まないほどの苦しみが与えられるのだろうということだけだ。  きれる息を無視して男は走る。死神の迫る音を聞きながら走っているような焦燥感。だが、それすら男の足をひたすらに動かす。もうすぐ教団の出口だ。ここから出てしまえば追跡は難しくなる。第一段階はクリアだ。  だが、その安堵が感覚を鈍らせ、男は気付かなかった。    死神は後ろから迫るのではなく、既に回り込んでいるということに。 「よぉ。どこ行くんだよ」 「ひぃ!?」  影は目の前に唐突に現れた。思わず口から悲鳴が漏れる。その悲鳴に影がくくっと喉を鳴らした。 「散歩かぁ?また随分と慌てていくんだな」 「へ、ああ、その」  じゃらん、と金属がぶつかりあう音はまさしく死神の鎌の音だった。影がゆっくりとその姿を見せる。血液のような不吉の色をした瞳に白んだ月の髪。彼が人間でないことを示す獣の耳にはいくつものピアスがついている。そして何よりむき出しの腕に刻まれた教団を示す目の模様。  これらすべてを統合して思いつくのは死神よりもよほど恐ろしい名前だった。 「ア、アマイモン様……」 「あ?俺の名前がどうかしたのかよ」 「え、その」 「まーどうでもいいけどよぉ。重要なのはお前がここにいることだけだし」 「に、逃げようなんてそんな」  男の背筋を氷の手がなぞる。死神の鎌は確かに男の首につきつけられていた。どうにかしてこの場を脱しなければ。男は必至で言葉を並べようと口を開く。  だが、死神はつまらなさそうな顔をして耳をかくだけだ。 「うっせぇなぁ。お前が実際逃げようとしてなかろうが、逃げるつもりだろうがどうだっていいんだっつの」 「そ、あ、だから私は」 「ただ、単に、俺が、こそこそとあの人を裏切るようなマネをしてるのが気にくわないってだけなんだから」  アマイモンはゆっくりとほほ笑む。ちらりとのぞく舌に開けられたいくつものピアスが反射し、その眩さが男の目を射る。その光が、そして彼が信じる教祖自身が途方もない絶望に輝いていることをアマイモン自身はきっと知らない。   向けられる巨大な銃口と死の気配に震えながらぼんやりと男はそう思った。
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shiroma0w0 · 9 years
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手が踊る
※中谷にしてはちゃんと事後っぽいサンアサ
 外では音もなく雪が降り続いているというのに部屋の中ではいまだにさきほどまでの熱が残っている。袖を通さずに羽織っていたシャツを着なおしながら後ろに目をやる。無駄に広いベッドの上ではシーツをぐるぐると巻きつけたままのアーサーが寝転がっていた。 「……おい、アーサー」  ここでは本名ではなくアーサーと呼べ、とふんぞり返って言われたのはいつのことだったか。幼馴染なんだから今更いいだろう、という俺の意見は通らず、結局こいつの本名を最後に呼んだのは聖夜街を去るこいつの背中を見送った時だ。  「んー?」 「何、間抜けな声出してんだ」  何が面白いのかアーサーがケタケタと弾むような笑い声をあげる。爪先がシーツを蹴って皺をつくる。そういえばこいつ、俺が持ってきたワインをがぶ飲みしてたな。どうせ俺が帰ってから頭が痛いとのた打ち回るはめになるんだろう。いい加減学習をしろといいたい。  そんな俺の視線に気付かないアーサーは笑いあきたのか、右腕をばたんと投げ出して「眠い」と目を閉じた。子供か。  疲れているはずなのに寝る気にもならず、アーサーにもほったらかしにされた俺は何気なく、投げ出された手をとった。  あれだけ巨大なドライバを握っているだけにアーサーの手はしっかりとしている。すらっとまっすぐとした指には指輪がはまっていた気がしたが、どこかにいってしまったらしい。 「大きくなったな、お前」  形のいい爪をなぞりながら感慨にふける。昔、十年かそこいらほど前のクリスマス。差し出した俺の手をとった手は柔らかくもない、ただの頼りない手だった。その冷たさも感触もこわごわと握り返した時のこいつの目もいまだにしっかりと残っている。  それからも何度となく握った手だが、それでもその時の感触は一生忘れないだろう。もし、俺があの時手をとらなかったら。握り返してくれなかったら。アーサーはあそこで死んでいただろうし、俺もこうして聖者を継いでいたかわからない。   そんなことを思いながらぼんやりとアーサーの手や指をなぞっていると、 「……サ、ンタ」  やけに上ずった声が聞こえた。つられて手から視線をあげて思わず「え」と気の抜けた声が出る。 「お前、何、指感じるわけ」 「知るか、馬鹿!」   叩きつけるように返されたが、色づいた頬や溶けるように潤んだ金の目が明らかに物語っている。ためしに人差し指をひっかけば喉がひくつくのが見えた。白い首が動くのを見ながら乾いた唇をちろりと舐める。  手を放さずに強くなぞり続けているからか、それとも俺の顔を見たからか、アーサーは観念したようにわずかではない熱のこもった息を吐いて「だってお前の、」と眉間にしわを寄せた。 「お前の、手だからだよ」  右手が焼けるほどの熱い。その熱が伝わるようにと握った手がいつまでも、俺の手が届くところにあればいいと願った。
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shiroma0w0 · 9 years
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歯型の重石
※40分以内に3RTされたら、床の上で、無理矢理指をかじるランアサをかきましょう。  http://shindanmaker.com/68894 されてないけど書いた。
好奇心半分、嫌がらせ半分といったところだった。  生クリームがついたフォークが床に落ちる。そしてさっきまでそのフォークを握っていたアーサーの右手はランスロットが握っていた。握る、というよりは無理やりつかむという表現がこの場合は正しいだろう。  何の前触れもない行動だったせいかアーサーの手には力が入っていない。それをいいことにランスロットはその手を引き寄せると、思いきり人差し指に歯をたてた。  生あたたかい温度、柔らかな肉の感触が歯に触れるのは気味が悪い。ああ、こいつも残念ながら今は生きているのだと実感する。ランスロットの口の中にあるのは間違いなく、生きているものの味だった。  噛み千切らんばかりに歯に力を込める。犬歯が刺さったのか、鉄くさい味がじわじわとさし始めた。 「おい、ランス。何の真似だ」  血がにじむほど噛んでいるのにもかかわらず、声すらもあげないアーサーは淡々とランスロットの行動を問う。それの答え代わりにともう一度思いきり噛みつきなおす。だが、やはりアーサーは眉一つ動かさない。  ただ犬を咎めるように「ランス」と名前を呼ぶだけだ。さすがに面白くなくなってきてアーサーの指から歯を離す。ゆっくりと遠ざかっていく人差し指にはくっきりと歯型と血が残っていた。  その指をいたわることもなく、落ちたフォークを拾ってアーサーは苦笑する。 「お前にカニバリズムの気があるとは意外だったな」 「まさか。あったとしてもアンタみたいに腹に悪そうなもの食べないよ」 「ふうん。でも食欲と性欲はつながってるらしいからな。その内目覚めても俺は驚かないぞ」 「何、食べながらシてほしいわけ」  そもそも別に指を噛んだのは食欲からではない。単に実感したかっただけだ。自分の殺意の対象が生きているかということを、自分の体で体感したかっただけだ。時々こうして実感しなければこの妙に現実味のない存在への殺意の矛先を見失いそうになる。 「アンタがもっと地に足つけてくれたらなって思っただけだよ。人に鎖はつけたがるくせに自分はふらふらすんなよ」 「そろそろ俺だってつけたいんだけどな。いかんせん地の方から嫌われてるらしい」  いっそお前が地に引っ張ってくれよ。  そういって笑うアーサーの指に残る歯型はまぎれもなく彼の足が地についているという一時的な証拠だった。   
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