smori1983

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世界の共同主観的存在構造 身体的自我と他在性の次元 〔一〕

廣松渉 / 世界の共同主観的存在構造 pp.197-204

II / 一 共同主観性の存在論的基礎 / 第一節 身体的自我と他在性の次元

〔一〕 最初に問題にしておきたいのは身体的自己（象徴的に言えば "皮膚的に劃された" 自我）と外部の存在との截断をめぐってである。

人びとは、日常生活において、身体的自己と外部の存在物（これにはいわゆる "物" もあれば "他人" や "動物" もある）とを実体的に別々の物として、存在的に截断している。このことにはしかるべき機縁と理由があるし、実体的に自存化させるといっても、人びとは身体的自己を文字通りの意味で「実体」だとみなしているわけではない。自他の截断は当然ではないのか？

問題が生ずるのは、個体としての身体的自我を以って能知能動的な自立的主体とみなし、このものが所知所動としての客体的外界に対して能知的主体として関わるというそのかぎりでは "身体的自我" が実体的に自己完結的であるとみなすこと、要言すれば、「能知的主体」と「所知的客体」とを存在的に截断することからである。この場面では、人びとは、能知的主体なるものを謂うなれば「皮膚」の内に閉じ込めてしまい、身体的自我（単なる肉体ではなく能知的主体）と客体的存在とを二つの物体と類比的な "空間的併存" の相で表象してしまう。

われわれは、いまここで、"意識は皮膚的限界を超越する" というたぐいの異論を唱える意趣はない。ここで試みられるべきことは、謂うところの "身体的自我" の真実態の把え返しである。原初的・原理的にいって、身体的自我は果たして皮膚的に劃された存在であるかどうか、既成観念にとらわれることなく、フェノメナルに現前する身体的自我の実態に眼を向けてみよう。

虚心に省みるとき、身体的自我なるものの "境界" はきわめて曖昧であることに気がつく。眼鏡や補聴器は、それを常用している人にとっては、対象的存在というよりも身体的自我の一部というべきであろう。反面では、麻痺した腕や脚は、身体的自我の一部というよりも、むしろ対象的存在として覚知される。なるほど、或る種の反省的な立場からみれば、眼鏡や補聴器は外部的対象物であり、麻痺したりといえども腕や脚はあくまで身体の一部である。だが、当の反省的立場とやらでは、身体的自我とは皮膚的に劃された肉体的存在であるということが先取的な前提になっている。われわれとしては、しかし、まさしく当の前提を問い返しているのであるから、フェノメナルな意識事実に定位して議論を進めることができる。

メルロ・ポンティを援用するまでもなく、われわれは身体が両義態を呈することを体験する。例えば、右手で左の手首をつかむとき、右手は能知として、左手は所知として意識されるが、しばらくたつと反転を生じ、右の掌が対象的所知として左の手首によって触知されるようになる。このように、身体（の一部）は能知として現存在する事も所知として現存在することもある。だが、この際銘記すべきことは、能知としてあるか所知としてあるかは必ずしも排他的・非両立的ではない、という事実である。（われわれはこの事実に定位するがゆえに、やがてはメルロ・ポンティと決定的に岐れることになる。因みに、彼は能知としてあるか所知としてあるかはその都度排他的に非両立的であるとみなしているため、Cf. Maurice Merleau = Ponty : La Phénoménologie de la perception, p.109. 彼は結局のところ「主観-客観」図式の大枠を超えることができない仕儀に陥っている）。一例を挙げておけば、両掌を合わせて眼を閉じる場合など、左右の掌はどちらが能知ともどちらが所知ともいえぬ文字通り渾然一体となった「能知的所知=所知的能知」の相で覚知される。同様な事態が他人と握手する場合などにもみられるし、また、掌や指先で机の表面に触れている場合などにも生じうる。掌や指先で対象を知覚しているのか、対象に触れている掌や指先を知覚しているのか、いずれとも云いがたい能知的所知=所知的能知の相で掌が覚知される。

能知と所知との両義態を呈するのは、また、能知的所知=所知的能知の一体性を呈するのは、肉体の一部だけではない。盲人にとっての杖は、彼がそれを持ち運んでいるかぎりでは、一つの対象的所知であるが、彼が杖で触知する際には、それは彼の身体的自我の一部をなす。盲人は、われわれが指の先で物を触知するように、杖の先で触知する。それだけではない。われわれが右手で左の手首を握りしめるとき、しばしば反転が生じて、汗ばんだ右の掌を左の手首で触知することがあるのと同様に、盲人においては（この点では常人でも同断だが）杖の握りの部分で汗ばんだ掌を感受するという、反転した事態が往々にして生ずる。身体的自我の拡大（皮膚的境界を超えての伸長・膨張）は、盲人の杖や医者の聴診器といった域にはとどまらない。音楽家にとっての楽器や運転手にとっての自動車は、さしずめ、身体的自我の分肢たりうる。一般に、ボーアやノイマンがいう意味での "観測装置" は、盲人の杖先や医者の聴診器などと同様、能知的身体の一部をなすということができよう。われわれは、物に触れている杖先や指先を感受するように、観測装置という能知的所知=所知的能知の一状態を感知する。

拡大・伸長した身体的自我において留意したいのは、知覚が単なる客体の認知でも、また単なる主体の体感でもなく、能知=所知、所知=能知の一状態の感受だという点である。この点については多少とも説明を要するかもしれない。まず指先の刺痛に例をとろう。指先の刺痛という一箇同一の与件を、反省的には「トゲの刺さっている指先の感覚」とみなすことも、「指先に刺さっているトゲの感覚」とみなすこともできる。両者は意味的所知性においては異なる。しかし、トゲという認知には視覚や記憶にもとづく判断などが協働しているのであって、触知覚としては同一であろう。そこに存在するのは指先の一状態だけである。-- 指先には普段はトゲが刺さってはいないし、指先が痛むのは、トゲが刺さった場合だけではない。人びとが指先と外物たるトゲとを区別するのは尤もな "生活の知恵" である。そして、指先ということで準概念的に抽象化された指先を表象するかぎり、そのような抽象的な "指" とトゲの刺さった状態とが区別されるのも当然である。だが、抽象的な "指"（従って、トゲその他、外物との截断）はどこから得られたのか？　特殊具体的なその都度の在り方から、具象的現実を "捨象" する Idealisierung によってである！　抽象的 "指" は実在しない。実在するのは、トゲの刺さった、針の刺さった、机に触れている、等々、その都度の状態性における指でしかありえない。従って、いまの問題場面に刺戟と指先（抽象的 "指" ！）との存在的截断を大前提として持ち込むのは顚倒である。-- 因みに、真暗闇で全く未知の対象に触れた場合など、指先の感覚と対象的刺戟とを区別することは不可能であろう。そこには渾然一体となった「能知的所知=所知的能知」しか見出せない筈である。

視覚の場合についても同様である。例えば、リンゴを見る場合、リンゴから発する反射光刺戟（トゲの刺戟に照応）と眼底細胞の光化学的生理状態（指先の状態に照応）とを反省的に区別することはできても、実体的に区別することはできない。指先の刺痛の場合、厳密にいえばトゲの刺さった指先だけの状態ではなく、神経回路から中枢までを含む触知覚体系の一状態が（痛いトゲという対象的な相貌で）意識にのぼるわけであるが、それと類比的に、いまの例では、リンゴの四囲からの光束-眼球-視神経-中枢までを含む視知覚体系の一状態が（リンゴの形や色という対象的な相貌で）覚知される。この際、われわれとしては、神経回路におけるインパルスの伝達とリンゴから眼底までの光の伝達とを、絶対的に区別するには及ばない。杖や聴診器という弾性振動伝達体が身体的自我の一部分として認められるのと同様、リンゴという先端からの伝達体たる大気や光線をも拡大された身体的自我の一部として認めることができる。このようにみなすことは、肉体と外物を絶対的に截断する "常識" にとっては奇矯に思えるにしても、認識論上・存在論上の権利においては、眼鏡や杖の場合に較べて、一向に劣るものではない。

以上、触覚と視覚に即して述べたことがあらゆる知覚に推及できることは、容易に理解されるであろう。但し、視聴嗅覚の場合、眼耳鼻は、指先のアナロゴンではなく、伝達回路のしかるべき中間的器官のアナロゴンとなり、対象の表面が指先に照応することになる。

右の事態に定位していえば、伸長された身体的自我は、さながらアメーバの偽足のように、対象の表面に接触する、と言うことができよう。例えば、赤い色や甘酸い香りによってリンゴを覚知する場合、この色や香りは、盲人が杖の先に感ずる触覚とアナロガスであり、この意味において、それは身体的自我の表面に属するということが可能なわけである。こうして、身体的自我は知覚的世界の全域にまで拡大・伸長されうるのであって、その際には、杖先や指先における触知と同様、すべての知覚形象が能知的所知=所知的能知となる。

拡大・伸長された身体的自我に定位するとき、こうし��、知覚形象はいずれも身体的自我という能知的所知の一状態の覚知であることになる。そこでは、客観なるものと主観なるものとが別々にあって前者を後者が認知するというような、即自的な所知と対自的な能知との二元性の構造は見出せない。

この際、附言するまでもなく、われわれは世界なるものと身体的自我なるものをそっくりそのまま同一視してしまおうというのではない。身体的自我の膨縮ということは、あくまでその都度の機能的聯関性において存立するのであって、あまつさえそこには能知と所知との反省的区別も顕出しうる。だが、われわれの論趣を鮮明にするためにも、もう少し視野を分節しておかねばならない。

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個人的知識 道具と枠組み

ポランニー / 個人的知識 p.55

I 〈知ること〉の技芸 / 4 技能 / 7 道具と枠組み

次のステップとして、従属的意識と焦点的意識との区別を強めかつ拡張するために、それをもう一つの周知かつ普遍的に受容された区別、すなわち、われわれが自分自身の身体とそれの外部の事物との間に感じる区別とを同一視してみようと思う。われわれは、普通、自分の手足は自分の身体の部分であってその外にある対象物ではないということをあまりに当然視しているので、この仮定を肝に命ずることになるのは、たまたまそれが病気によって乱される場合に限られるのである。ある種の精神病患者があって、彼らは自分の身体の一部が自分に属するものと感じられなくなる。彼らはその一部、例えば右の腕と右の脚を外部的対象と感ずる。風呂から上がるときに、彼らはこの身内出ない四肢を拭くのを忘れたりする。

われわれが身体の外にある対象物の外部性を、自分自身の身体の諸部分との対照で感得するのは、自分の身体内部の過程の従属的意識に依拠しているのだ。外部性は外部の対象物を意図的に検討し、外部の空間の中に明確に位置づけることができる場合にのみ明確に規定することができる。しかし、私が何かを眺めるとき、私はそれを空間の中に位置付けるために、私の網膜に投影される二つの像のわずかな差異、両眼の調整、両眼軸の収斂、眼球運動を制御する筋収縮、そしてこれを補って、蝸牛管から受ける刺戟（これは、空間中における私の頭部の位置に応じて変動する）に依拠する。これら総てについて、私はただ私が凝視する対象物の位置付けという点についてだけ意識するようになる。そして、その意味で、私はそれらを従属的に意識していると言い得るのである。

われわれの道具や探り針を従属的に意識することは、今や、それらをわれわれ自らの身体の一部分を構成するものにする行為と看なし得る。ハンマーの使用法や盲人の杖の使い方は、事実上、どちらの場合も、われわれが、自分の外部の対象物として眺める事物と自分自身との接触点を外の方にシフトされることを示しているのだ。道具や探り針に依拠しつつあるとき、これらは外部的対象物として扱われてはいない。道具をその有効性について検査したり、探り針をその適切さ -- 例えば腟部の隠れた���細を見つけるための -- についてテストしたりはするだろうが、道具や探り針はこうした操作の場には決して存せず、必然的にそれよりわれわれに近い側に留まり、われわれ自身 -- 操作する個人 -- の部分を構成するのである。われわれは自分自身をその中に注ぎ込み、それらを自分自身の存在の部分として同化する。われわれはそれらを、それらの中に棲み込む（dwell in）ことによって、存在的に受容するのである。

メモ

従属的意識の対概念として焦点的意識が出てきた。前の章（「6 〈全体〉と意味」）では「〈全体〉に焦点を当てる時には部分が従属的に意識されているのだが、この二種の意識の間に強度の差異はないのである。」とも。

『暗黙知の次元』においては「近位から遠位へ」と言い表されるが、ここでは「外の方にシフト」という言い方である。

脳にとっては、手や足こそが最初の外部であるように思われる。

その手や足に改めて注目することになるひとつの契機は、病気である。『暗黙知の次元』においても、機械の故障は、下位概念における物理化学的特性によってしか説明ができないのであるという記述がある。

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形を読む 構造と輪 クレブス回路

養老孟司 『形を読む』 pp.68-71

私は、階層性の存在を仮定することが、誤りだとはいわない。しかし、西欧思想のように、それにとらわれる必要はないと考える。たしかに、階層性はたいへん便利な観念であるが、おかげで、現実的には、還元論と全体論の対立のような不便もまた、そこから生じる。

階層性ではないとしたら、私の考える構造の特性とはなにか。

それは、「輪」である。あるいは、輪廻である。

「輪」のやや具体的な像として、私が頭に描いているのは、たとえば、クレブス回路である。

クレブス回路に直接関係する酵素は、構造に組み込まれた形ではなく、可溶性、つまり水に溶けた形で、ミトコンドリアの基質内に存在している。したがって、現実のクレブス回路は、実在する構造をつくるわけではない。むしろ、それは、ヒトの頭の中に存在する。

この回路には、しかし、「構造上」の特徴がいくつかある。

第一に、絶えず回転しているにもかかわらず、つねに同じ構成要素から出来ている。第二に、回路の中では、同じ分子が一本道にそって、順次変化していく。第三に、回路の構成要素は定まっているが、回路が回転するごとに、実態としては、つまり分子としては、かならず入れ替わる。

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形を読む はじめに

養老孟司 『形を読む』

形態は、なにはともあれ、目で見るものである。しかも、生物学的にいえば、ヒトは、視覚系がたいへんよく発達する。したがって、「ヒトが見る」世界には、視覚の特質が、強く反映するにちがいない。そこから、形態学の、認識論的性質が生まれる。

さらにここから、形態学と、他の多くの生物学の部門、とくにいわゆる実験科学との間に、考え方のちがいを生じる。文科系の学問があるため、一括されがちだが、自然科学、あるいは生物学には、かなり考え方の異なった領域がある。

三章では形態とはなにかを考えた。四、五章では、形態学の基礎概念として「対応関係」（相同と相似）および「くり返し」（重複、剰余）を扱った。これらの章の主題は、従来、ほとんど扱われていない。

私が形態の意味や解釈をあつかう理由は一つである。それは、そうしたものが、けっきょく、自分の頭の中の現象だと考えるからである。自然科学の各分野は、しばしば対象のみを純粋に取り扱うという、「ふり」をしてきた。そうすれば、自分の頭の方は、無視できるからである。形態学も、その典型であろう。この本が、それとはいくらか違った観点を、形態学に導入することができれば、著者の目的は達せられる。

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個人的知識 緒言

ポランニー / 個人的知識

本書は、主として、科学的知識の本性の探究とその正当化のためのものである。しかし私の科学的知識の再検討は、科学の外に横たわる広汎な問題へと導いていく。

私の出発点は科学の超然性の理想を排斥することである。精密科学においては、この偽りの理想も無害であろう。というのは、そこではこの理想を科学者が無視するからである。だが、後に見るように、これは生物学、心理学、社会学では破壊的な影響を及ぼし、われわれの見地全体を、科学の領域をはるかに超えたところまで、誤らせるのだ。私は、これにとって代わる知識の理想を、極めて一般的にうち建てたいのである。

このために本書は広い展望を持つことになったのであり、またこのために、私は本書の標題として新しい用語を造り出すことになったのである。つまり、「個人的知識（Personal Knowledge）」である。この二語は互いに矛盾するように思われるかもしれない。真の知識は非個人的で、普遍的に確立され、客観的なものだと考えられている。しかしこの見かけ上の矛盾は、〈知ること〉の概念を改変することによって解消させられる。

私はゲシュタルト心理学の知見を、この概念の改革のための最初の手掛かりとして用いた。科学者はゲシュタルトの哲学的含意から逃げをうっている。私はこれを、妥協を排して正面から支持しようと思う。私は、〈知ること（knowing）〉とは、知られる事物の能動的な括握（comprehension）のことだと看なしているが、これは技能（skill）を要する活動である。技能をもって〈知ること〉と〈為ること（doing）〉は、一組の個別的要因（particulars）を、手掛かり（clue）ないし道具（tool）として、技能的な達成 -- それは実際的なものでも理論的なものでもよい -- の形成に従属させることなのである。そのときわれわれは、これらの個別的要因を、こうして達成される内的に調和した実体（entity）についての「焦点的意識（focal awareness）」の内部で、「従属的に意識した（subsidiarily aware）」と言ってよいのだ。手掛かりや道具は、そうしたものとして用いられる事物であり、それ自体が観察されることはない。それらはわれわれの身体の装備の延長物として用いられるのであるが、これによってわれわれ自身が〈在ること（being）〉の様相がある程度変化することになる。括握の行為は、この限りでは非可逆的（irreversible）であり、また非批判的（non-critical）である。われわれは、これまで固定されていた枠組みの再形成をその中で批判的に検証できるようないかなる固定的枠組みも持つことはできないのだ。

これが、いかなるものであれ、理解する行為における〈知る人〉の個人的参加（personal participation）である。だが、だからといってわれわれの理解が主観的になるものではない。括握とは恣意的な行為でも受動的な経験でもなく、普遍的な有効性を主張する責任ある行為である。このようにして〈知ること〉は、実際、隠れた実在（reality）との接触を確立するという意味で客観的である。この接触とは、まだ知られていない（そして多分まだ考えられない）真の含意の、未確定の広がりの予感のための条件、と定義されるようなものである。この個人的なものと客観的なものとの融合を「個人的知識」と記述するのは合���的なように思われる。

個人的知識は知的な自己投出（commitment）であり、またそうであるから、内在的に冒険的なものである。誤りでもありうる断定（affirmation）だけが、こうした種類の客観的知識を伝えると言うことができる。本書に公表される断定は総て私自身の個人的自己投出であって、それらは、それ自身で、このことを主張しており、またそれ以外のことは主張していないのである。

本書全体を通じて、こうした状況を明白なものにするよう試みた。私が示したのは、〈知ること〉の行為の一つ一つには、知られつつあるものを知りつつある個人の情熱的な寄与が入り込むものだということ、そしてこの作用因は、この知識のたんなる欠陥どころか、その死活の構成要素であるということだ。そして、この中心的事実の回りに、私は、私が真剣に抱くことができる信念（belief）の、そしてそれにとって代わるものとして私が受け容れられるものが見当たらないような信念の、相互に連関し合った体系を構築しようと試みたのであった。しかし、究極的には、こうした確信を支えるのは自らに対する私の忠誠であるし、またそれが読者の関心を要求し得るのも、ただこのような保証に依拠しているに過ぎないのである。

マンチェスター 1957年8月

用語

超然性

物事にこだわらず、平然としているさま。世俗に関与しないさま。

自己投出 / commitment

『暗黙知の次元』では「掛り合い」と訳されている。

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時を超えた建設の道 メモ

（内的な）力の解放、解消

3. 生き生きとすること p.41-44

この粗野な自由、この無我の情は、自分を解放しさえすれば、ただちに手にすることができる。

だが、内なる力の解放には誰もが恐れを抱く。つまり、あるがままにすることへの恐怖、内なる力が自由に振る舞うことへの恐怖、自己の人格形成をそれらの力に委ねることへの恐怖である。

内なる力を本当に解放しないでは、人が生き生きとすることは不可能である。

それが生じるのは、私たちの内的な力が解消する時である。

関係性

3. 生き生きとすること p.45

この両者の関係 - 自分の生活に置けるこの質と周囲の環境に置けるこの質 - は、単なる類推や類似ではすまされない。実際は、一方が他方を生み出す相関関係にあるのである。

4. 出来事のパタン p.61

これは、空間が出来事を作り出したり、出来事の原因が空間だという意味ではない。

空間とそこでの出来事のパタンは分離できないという意味にしかすぎない。

5. 空間のパタン p.72, 76

私たちが知りたいのは、空間構造がそこで発生する出来事のパタンをいかに支えているかであり、たとえ空間構造を変えたとしても、それによる出来事のパタンの変化を予測できるような方法である。

さらに詳しく見ていくと、このような見方ですらまだ十分に正確とは言えないことが分かる。つまり、関係が要素の属性であるばかりか、実は要素そのものが関係のパタンなのである。

つまり、私たちが「要素」と考えるものの多くが、実はそれとその周辺のものとの関係のパタンの中に存在することを認めさえすればよい。

結局、初めは要素と思えたものが消滅し、後に関係という骨組が残り、それこそが実際にくり返し発生する特性であり、建物や町に構造をもたらすのである。

不変なもの

5. 空間のパタン p.73-74

あらゆる変化にもかかわらず、真に不変な別の要素を見つけだして、建物や町の構造がそれらの要素の組合せであることを説明せねばならない。

18. ランゲージの生成力 p.285

細胞は止むことなく生まれ、死んでいく。今日の有機体の構成物質は、昨日の有機体のそれとは異なるのである。全体の流れの中で、それらは自らを性格づける広範な不変部分を保存している。だが、それさえも緩やかな時の流れの中で変���していく。したがって、実際そこにあるのは、成長と衰退の永遠に続く流れ出会って、「有機体」そのものはさして重要ではなく、流れの背後にあって日ごとに生まれ変わり、つくり変えられる不変部分の特性なのである。

パターンの生成、反復、差動的

25. 町のゆるやかな出現

はたして部分部分の自発的な相互作用だけで、全体構造が出現するのであろうかという疑問が生じる。

個々のルールが相互に作用し合うようなプロセスが、いかに町を生成していくかを詳しく見ていくことにしよう。

これを可能にするものは何かと言えば、本質的には、パタンは突如として完全な形で生成されるのではなく、代わりに、個々の大きなパタンは、長いシーケンスにわたるごくささやかな行為の成果物として生まれるということである -- しかも、これらのささやかな行為は、反復が十分に行われれば、それ自体にパタンを作り出す能力が備わっているのである。

これは生物の生成では当たり前のことであり、大きなパタンはすべて、単に日常的な小さな変質の成果物として生成されるにすぎない。

次の時点、さらに次の時点へと同じプロセスが反復されると、ゆっくりと、だが確実に必要なパタンが出現してくる

このような作動的なプロセスが、成長する全体をじょじょに生成していくのである。どの時点をとっても、成長のプロセスが、領域の現状に応じた微小な成長を生成し、一定のルールに従って、既存の構造をほんのわずかに変質させていくのである。

時を超える

18. ランゲージの生成力 p.284

このような無数のささやかな行為の一つ一つに精通した人びとの手による積み重ね、このとうとうたる流れこそが土地土地の環境に最も適合するのである。

この流れの中で、町の人びとは絶え間なく建設し、再建し、破壊し、維持し、改修し、変更し、そして再び建設するのである。

部屋や建物や近隣といったものは、一日で終わる単一の建設行為でつくられる訳ではない。それらは、時を超えて何のつながりもない人びとによって行われる行為の束の間の成果物にすぎないのである。

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クリストファー・アレグザンダーの思考の軌跡 メモ

二つのパターン

アレグザンダーが「パターン」という語を二通りの意味で用いていることに注意しよう。その一つは前に説明した「ルールとしてのパターン」であり、もう一つは、幾何学的パターンのように「図像としてのパターン」である。両方とも繰り返し現れるという意味では同じだが、アレグザンダーのパターン・ランゲージを理解する上では、この二つの用法を明確に区別しておかなければならない。

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MIYADAI.com 連載・社会学入門 メモ

構造概念

パーソンズは均衡システム理論の導入が困難なので、次善の策として、諸変数を、変動しやすい／しにくいものに分離し た上、前者の値を後者の存続への貢献によって説明する「構造機能分析」を提唱しました。

この構造を過程を変数とする関数だと理解すると、存続貢献論的な説明が背理に陷ることをカール・グスタフ・ヘンペル（1905-19XX）やロス・アシュビーが証明しました。

ここで注目したいのが、証明者であるヘンペルやアシュビーが、構造を、過程の間に成り立つ関係、すなわち、諸変数の間に成り立つ関数だ、と理解したことです。

諸変数の値は変わっても(1)諸変数の変域や(2)諸変数の間の関係は変わらない。カメレオンの色が変わっても(1)変わり方の幅や(2)どんな時にどう変わるかは変わらない。これを構造と呼ぶ。骨格も内臓配置も結局は、要素の絶対位置でなく位置関係を構造と呼ぶのだと。

これとは別に、ブルバキ派の数学では、変換によっても失われない不変の性質を構造と呼び、レヴィストロース以降の「構造主義」に大きな影響を与えました。捏ねた粘土で何を作っても穴を開けない限り、位相的性質＝構造は、変わらないといった具合に使います。

社会システム理論では、「目に見えるもの」から「目に見えないもの」への移行にもかかわらず維持されつづける構造概念の機能に注目した上で、「選択の前提になる先行的な選択」を「構造」と呼びます。但し時間的な先行ではなく、論理的な先行を問題にします。

関数的な構造概念もブルバキ的な構造概念も、機能的に抽象すると、社会システム理論的な構造概念に回収できます。変数の値の選択に先行して変数の間に成り立つ関係が選択されている。変換が生み出す個々の選択に先行して位相的性質が選択されている──云々

システムは環境に対して開かれることで上方ならびに下方に開かれていて、

より下位のループにとって、より上位のループは、選択に論理的に先行する選択という意味で「構造」です。より上位のループにとって、より下位のループは、選択に論理的に後続する選択という意味で「過程」です。

リファレンス

MIYADAI.com Blog 連載・社会学入門

連載第三回：システムとは何か？

連載第��回　構造とは何か

連載第７回　選択前提とは何か

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アレグザンダー: パターン・ランゲージからネイチャー・オブ・オーダーへ

長坂一郎 / クリストファー・アレグザンダーの思考の軌跡 p. 127-128

アレグザンダーはどこで間違ったのであろうか？デザインという問題の設定の仕方が間違っていたのか？それとも、ニーズを傾向（フォース）としてとらえたことが間違っていたのか？それを数学の証明のようにカスケード状に積み上げたのがいけなかったのか？アレグザンダー自身もこのような問いについて考え、そして下した結論は、ほぼすべて間違っていた、というものであった。形を目標とすることも、形とコンテクストとの適合によってデザイン上の価値判断をすることも、ニーズをフォースとしてとらえ、それに基づいて形を見出すことも、カスケード状にルールを積み上げることも。

それでは、最初から間違っていたとアレグザンダーは考えたのだろうか。おそらく、最初から間違っていたと考えたのである。それほど、パターン・ランゲージの失敗が彼に与えた衝撃は大きなものであった。もちろん、パターン・ランゲージのすべてを彼は否定しているわけではない。逆に彼は、パターンのいくつかは、今でも有効だと考えている。ここで彼が否定しているのは、その理論のつくり方、その態度そのものであり、それが根本的に間違っていたと考えたのである。

それでは、何が根本的に間違っていたのだろうか。「デザインという問題」を設定したとき、彼は自らを科学者だと考えていたと本書の冒頭のほうで書いた。この科学的態度そのものが誤りであったとアレグザンダーは考えたのである。しかも、彼が科学的態度を採用したことが誤りだというだけではなく、その科学的態度そのもの、私たちが持つ科学のあり方についての一般的な認識がそもそも間違っているのだというのである。

私たちは普通、形と価値はそもそも別のものだと考えている。形自体には良いも悪いもなく、そこにコンテクストが与えられ、そこにあるニーズ（フォース）に合致していることが確認されて初めてそれが良い形となると考える。

このことは形に限らない。例えばモーツァルトの交響曲自体は良くも悪くもなく、それを演奏する人や聴く人の状態に依存すると普通考える。ましてや、それが科学的に言って良い音楽だなんて言えるとは思ってもみない。でも、本当にそうだろうか？形や音の構造とその価値とは科学的に無関係だと、なぜ私たちは考えるのだろうか？それは私たちが機械論的自然観に基づいて世界を見ているからだとアレグザンダーは考えた。

形と価値は二つの別々のものではなく一体であるような世界観を構築して、パターン・ランゲージを失敗へと導いたこの機械論的自然観を打ち破ること、それがアレグザンダーのデザイン理論が最後に行き着いた先、『秩序の本質』において彼が目指したことであった。

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アレグザンダーの著作・論文メモ

1964 『形の合成に関するノート』 / "Notes on the Synthesis of Form"

1965 『都市はツリーではない』 / "A City is Not a Tree"

1966 『フォースの集合から形へ』 / "From a Set of Forces to a Form"

1966 『都市のルール・システムの構成』 / "The Coordination of the Ubran Rule System"

1967 『環境構造のアトム』 / "The Atoms of Environmental Structure"

1968 『マルチ・サービスセンターを生成するパターン・ランゲージ』 / "A Pattern Language which Generates Multi-service Centers"

1975 『オレゴン大学の実験』 / "The Oregon Experiment" (*1)

1977 『パターン・ランゲージ』 / "A Pattern Language" (*1)

1979 『時を超えた建設の道』 / "The Timeless Way of Building" (*1)

1983 "The Linz Cafe" (*2)

1985 "The Production of Houses" (*2)

2002 "The Nature of Order Book 1: The Phenomenon of Life"

2002 "The Nature of Order Book 2: The Process of Creating Life"

2004 "The Nature of Order Book 4: The Luminous Ground"

2005 "The Nature of Order Book 3: A Vision of a Living World"

注

(*1) 環境構造センター（The Center for Environmental Structure: CES）の 3 部作。

(*2) 前記 3 部作と合わせ、後に 5 部作と呼ばれる著作。

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要点で学ぶ、デザインの法則150 / 131 構造形態

有形物を構築するための、構造の基本形。マッス（量塊）構造、フレーム構造、シェル（貝殻）構造の3つがある。

マッス（量塊）構造とは、素材を積み上げて、または重ね合わせて作る、中身の詰まったソリッド構造だ。この構造の強度は、素材の自重と硬度に応じて決まる。マッス構造が適するのは、防壁や小規模なシェルターなどであり、特に建築素材が限られている場合に役立つ。

フレーム構造とは、支柱をつなぎ合わせて作る、骨組み形式の構造だ。この構造の強度は、素材の強度と連結部の強度、そして骨組みの設計に応じて決まる。フレーム構造が適するのは、大規模な建造物である。

シェル（貝殻）構造とは、一定の容積を外殻で包み込む、中空の構造だ。骨組みはなく、マッスが内部空間を占めることもなしに、一定の形状を保ち、荷重を支えることができる。外殻全体に荷重を分散させることができれば、強度は高まる。シェル構造が適するのは、コンテナ建築、小規模なプレキャスト式構造物、シェルター、大きなスパンが必要とされる建造物などである。

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MIYADAI.com 連載・社会学入門

連載第一回：「社会」とは何か

連載第二回：「一般理論」とは何か

連載第三回：システムとは何か？

連載第四回：秩序とは何か？

連載第五回　社会システムとは何か

連載第六回　構造とは何か

連載第７回　選択前提とは何か

連載第八回　社会秩序の合意モデルと信頼モデル

連載第九回　予期とは何か？

連載第十回：二重の偶発性とは何か

連載第十一回：制度とは何か？

連載第十二回：社会統合とは何か？

連載第一三回：「行為」とは何か？

連載第一四回：役割とは何か？

連載第15回：人格システムとは何か？

連載第一六回：自由とは何か？

連載第一七回：下位システムとは何か？

連載第一八回：宗教システムとは何か?（上）

連載第一九回：宗教システムとは何か（下）

連載第二〇回：法システムとは何か？（上）

連載第二一回：法システムとは何か？（下）

連載第二二回：政治システムとは何か（上）

連載第二三回：政治システムとは何か（下）

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徹底した関係論としての仏教

宮崎哲弥 / 憂国の方程式 p.127-131

仏教は神の存在を認めない。仏教はまた、自我の存在も認めない。

ならば「この私」の実存とは、仏教にとって何であるのか。

紀元前二世紀後半に、北西インドを支配したギリシア人の王ミリンダ（メナンドロス）とインド人の老学僧ナーガセーナの対論によって構成された『ミリンダ・パンハ』（『ミリンダ王の問い』）という小乗仏教の文献がある。『那先比丘経』として漢訳されているが、経典といっても仏説ではない。

この対論書の冒頭にみえる託喩（たくゆ）は、仏教の無我論の解き口として格好である。

ミリンダ王は、無我を説く仏教教理に疑問を抱き、碩学の老僧ナーガセーナに問い質す。

佛教は自我を否定するという。ならば、布施をして僧の生活を支える者たちは一体誰なのか。修行に励む僧とは何者なのか。五戒を破り、重罪を犯すのは一体誰か。もしナーガセーナを殺める者があっても、自我が存在しないとあっては無罪���免にするしかないが、それでよいのか。

そもそもナーガセーナとは、一体何か。頭髪がナーガセーナなのか。体毛がナーガセーナなのか。爪がそうか。

ナーガセーナは、いずれにもかぶりを振るのみである。

ミリンダ王はさらに問い続ける。ならば歯か。皮か。肉か。筋か。骨か。臓器か。血か。汗か。脂か。脳か・・・。それともこれらのうちの一つがナーガセーナなのか。あるいは姿形がそうなのか。感受作用がそうなのか。表象作用がそうか。造形作用がそうか。識別作用がそうか。それらが寄り集まった全部がナーガセーナか、はたまた、それらの外部にある者がナーガセーナなのか、と。

老いた学僧は「いいえ、そうではありません」と悉く否定する。

ミリンダ王はついに業を煮やして叫ぶ。

「ならば、ここにおわすナーガセーナ師とは何なのですか。あなたは『ナーガセーナ』は存在しないといって、私を謀（たばか）っておられるのです！」

そこで、ナーガセーナは反問する。

ところで王よ。あなたはここへどうやっておいでになりました。徒歩にて来られたか、と。

「いいえ、車にてきました」ミリンダ王は答える。

「王よ、もし車でおいでになったというのであれば、その車が何であるかを今告げてください」

今度は、老学僧が畳み掛けるように、問いはじめる。

（略）

ミリンダ王は考え込み、やがて悟る。

「ナーガセーナ師よ。車とは、轅（ながえ）、車軸、車輪・・・のそれぞれに縁った関係性において、はじめて起こる名称や仮名や通称であります」

ナーガセーナはこの答えを嘉（よみ）しつつ、次のように述べる。

「よくぞ申されました。王は車の何たるかを正確に理解された。それと同様に『ナーガセーナ』とは、頭髪、体毛、爪、歯、皮、肉・・・のそれぞれに縁った関係性において、はじめて起こる名称や仮名や通称であります。しかしながら勝義においては、『私』なる個的実体は存在しないのです」

この比喩を駆使した問答は、仏教の関係論の基礎を知る上で調法である。

ただし、これに続く無我説と輪廻転生の矛盾を巡るやり取りの思想的価値は低い。輪廻転生を実在することと考える小乗仏教の限界が露呈しているからである。

無我説と輪廻説は相容れない思想である。無我論を仏教の本質とする以上、少なくとも了義においては、輪廻転生は完全に否定されなければならない。

後にナーガールジュナによって興された大乗仏教中観派は、独特の言語批判の徹底により、仏説の関係論をより深化させた。そして輪廻転生を無意味化し、理論上否認したのである。

『ミリンダ・パンハ』は、三島由紀夫の『暁の寺／豊饒の海（三）』にも引かれている。

ところが、この小説でさかんに説かれている仏教は中観ではなく、唯識仏教なのである。唯識とは、まさしく仏教のヒンドゥー教への溶融のはじまり、仏教解体の端緒となった「反動思想」である。阿頼耶識を個我の根本識、対象世界の諸法の根本因と看做すこの説は、無我説の意義を薄め、中観の空思想と鋭く対立した。仏教の認識論的革命性に耐え得なくなった知的怠惰が、インドの土着宗教、神秘思想への回帰を促したのである。

『暁の寺』では、あろうことかこの唯識説が仏教哲学の精華として礼賛されている。そして「実体としての輪廻の主体はない」とするナーガセーナの見解すらも、「後の世の精巧な唯識論の体系を知らない」が故の不徹底な立場と決めつけられているのだ。

かかる仏教観が、そっくり三島自身のものでもあったとしたら、彼の仏教理解は、極めて浅薄なものであったと断ぜざると得ない。三島もまた、不用意に「神を待ち望む」人だったのである。

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要点で学ぶ、デザインの法則150 / 122 選択バイアス

エビデンス（科学的根拠）の収集の仕方の偏り。これがあると、分析と結論に歪みが生じる。

選択バイアスは、エビデンスを収集するときに、調査対象者が有意抽出（ノンランダム・サンプリング）されることで発生する。したがって選択バイアスが存在すると、エビデンスの一側面だけが実際より重大に見え、別の側面が実際より些末に見えて、分析と結論が歪んでしまう。

例えば、科学雑誌の購読者を対象に調査を実施しておきながら、彼らの回答を一般化し、全人口に当てはめて分析し結論付けると、科学好きな人々の視点が過大視される。

選択バイアスは防がなければならない。調査対象者の人数が少ない場合は、データを全員から集めよう。人数が多い場合は、無作為抽出（ランダム・サンプリング）法で対象者を選ぶべきである。

統計的分析に基づく結論を評価するときは、どのような人々が、どのような抽出法で調査対象者に選ばれたかを詳しく調べることが重要だ。

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唯脳論：心は脳から生じるか

「脳という物質から、心が出てくる。そんなバカな話はない。心というのは、もっと霊妙不思議なものだ」。

哲学でいう心身論とは、もっとも素朴な形では、こうした疑問から発生したものではないか。

唯脳論は、この素朴な問題点について、それなりの解答を与える。脳と心の関係の問題、すなわち心身論とは、じつは構造と機能の関係の問題に帰着する、ということである。

「脳という物質から、なぜ心が発生するのか。脳をバラバラにしていったとする。そのどこに『心』が含まれていると言うのか。徹頭徹尾物質である脳を分解したところで、そこに心が含まれるわけがない」。

これはよくある型の疑問だが、じつは問題の立て方が誤っていると思う。誤った疑問からは、正しい答えが出ないのは当然である。次のような例を考えてみればいい。

循環系の基本をなすのは、心臓である。心臓が動きを止めれば、循環は止まる。では訊くが、心臓血管系を分解していくとする。いったい、そのどこから、「循環」が出てくるというのか。心臓や血管の構成要素のどこにも、循環は入っていない。心臓は解剖できる。循環は解剖できない。循環の解剖とは、要するに比喩にしかならない。なぜなら、心臓は「物」だが、循環は「機能」だからである。

たとえばこの例が、心と脳の関係の、一見矛盾する状態を説明する。脳はたしかに「物質的存在」である。それは「物」として取りだすことができ、その重量を測ることができる。ところが、心は実は脳の作用であり、つまり脳の機能を指している。

したがって、心臓という「物」から、循環という「作用」ないし「機能」が出てこないように、脳という「物」から「機能」である心が出てくるはずがない。言い換えれば、心臓血管系と循環とは、同じ「なにか」を、違う見方で見たものであり、同様に、脳と心もまた、同じ「なにか」を、違う見方で見たものなのである。それだけのことである。

では、なぜヒトは、脳つまり「構造」と、心つまり「機能」とを、わざわざ分けて考えるのか。それは、われわれの脳が、そうした見方をとらざるを得ないように、構築されているからである。唯脳論は、そう答える。

腎臓が尿を作る。それは機能である。その過程は、物理的化学的に実証できる。しかし、神経細胞から心が生じるのを、物理や化学で実証できるか。そう頑張る人もあるかもしれない。

これもおそらく、範疇の誤認である。心は「物」ではない。しかし、尿は「物」である。

「物」か「物でない」かは、あんがい難しい。われわれが「物」であることを自明とするような「存在」が、かならずしも「物」でないことは、解剖学の用語を考えただけでもわかる。例えば「口」や「肛門」は、その典型である。口はむしろ機能を示す用語であり、そのことは、「入口」「出口」といったことばに、よく示されている。「口は消化管の入口である」といった定義は、同語反復の典型である。また、解剖学実習で、「肛門だけ」切り取って重さを測れ、と言われた学生は、よく考えると、往生するであろう。よく考えない学生なら、周囲の皮膚を切り取ってくるであろうが、それはもちろん、ダメである。

これは決して、単なる語の定義の問題ではない。ある「ことば」と、その「ことば」に対応する「存在」を考えたとき、解剖学で利用する用語ですら、「対応するもの」が、外界から、「実体」として、かならずしも明確に取り出せるわけではない。それなら、その「対応するもの」は、いったいどこにあるのか。それは、われわれの脳内にある。外界から取り出せないとしたら、それしかないではないか。唯脳論では、あらゆる存在は、外界にあるか、あるいは脳内にあるとする。あるいは、多くの場合に、その両者にある。それは当たり前であろう。

養老孟司 / 唯脳論 p.27-32

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50+51=100 ?

クリプキという現在50歳過ぎのユダヤ系アメリカ人がおります。多くの哲学者が、彼を掛け値なしの哲学的天才だと認めており、「天才クリプキ」という表現はよく耳にします。それはたしかに彼の発想がすばらしいからでもあります��、天才たるゆえんはむしろその発想の奇抜さにあります。本当に人類始まって以来誰も考えたことのないような議論ばかりするのです。

彼は、ヴィトゲンシュタインというこれまた掛け値なしの大天才の議論を下敷きにするのですが、その1つに「規則に従うとはいかなることか」という問いがあります。例えば足し算を考えてみましょう。普通大人は実際に間違えることはあっても、自分が足し算の規則を知っていると信じております。x+yにおけるプラス記号（+）の意味を了解するとは、xとyという2つの数を加えることを了解するだけなのですから、そこに何の疑問の余地もないように見えます。しかし、クリプキによれば、ここにすでに疑問が山積するのです。たしかに、われわれはこれまで無限の（つまりあらゆる可能な）足し算をしたわけではないのですから、次の足し算でまったく新しいxとyの組み合わせを前にすることもありましょう。その場合、今まで同じ結果を引き出してきた人々は、「同一の規則に従って」おり、よって今回も「今までの規則に従って」正しい答えを出せるように普通思われますが、クリプキはその保証はまったくない、と言うのです。

例えば、今までxとyとを足した答えが100以下になるような足し算ばかりしてきたAとBという子供がいるとします。AとBはこれまですべての場合にほぼ間違いなく正解を出すことができ、たまたま間違いを犯してもそれを教師が指摘すると訂正して正解にたどり着くことができました。ところが、ある日2人がはじめて答えが100を越えるケース（50+51）に直面したところ、Aはただちに101と答えたのですが、Bは100だと言い張るのです。そこで、教師がBの間違いを指摘しますと、今までよくわかってくれたのに、今度はなぜかガンとして抵抗する。そこで、頭のいいBのこと何か理由があるに違いないと、答えが100を越えるような足し算のケースをいくつか出題してみますと、Bはすべて100と答えるのです。そこで、教師はBがプラス（+）という記号を、その答えが100を越えない場合は通常の足し算を、100を超える場合はすべてその答えが100であるという意味に解していることを発見し驚きます。

本当に、実際にはこんなひねくれた生徒などいるわけがないのですから、誰だって驚きましょう。しかし、プラス（+）の記号をAのようにではなくBのように解しても、やはり立派に規則に従っており誤りではない、とクリプキは言いたいのです。答えが100までのケースでは2人の足し算の解答は見事に一致しておりましたから、その段階で教師は2人が従っている異なった規則を発見できなかったのです。つまり、この奇妙な例は、複数の人のあいだでこれまで「同じ」規則に従っていたように見えようと、次の1回の場合にじつは別の規則に従っていたことが暴露されるかもしれない、というふうに任意の場合に普遍化されます。足し算の場合なら、Bの奇妙な規則も「答えが100までは・・・100を越える場合は・・・」と記述できますが、複雑な社会的行為の場合、従っている規則をことごとく記述することはできませんから、われわれはお互いに他人のこれまでの行為を観察し自分と「同じ」規則に従っていると思い込んでいても、次の1回の行為で裏切られるかもしれない、ということです。

中島義道 / 哲学の教科書

[smori1983]

ソフトウェア ・テストの技法 - 自己診断テスト

この本を読みはじめる前に、この短い自己診断テストをぜひ試みられたい。問題は、つぎに述べるプログラムのテストである。

このプログラムは、カードから3つの整数を読む。この3つの値は、それぞれ三角形の3辺の長さをあらわすものとする。プログラムは、三角形が不等辺三角形・二等辺三角形・正三角形のうちのどれであるかをきめるメッセージを印字する。

このプログラムをテストするのに十分と思われる一連のテスト・ケース（すなわち、十分なデータのセット）を紙に書き記してみよ。

Glenford J. Myers / ソフトウェア・テストの技法