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tachmochi · 2 years ago
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Syn:身体感覚の新たな地平 ROOM3 by Rhizomatiks x ELEVENPLAY
通路を抜けると、プールとピアノのある部屋に出る。座席があってその前に、モーションキャプチャーで使うようなアンテナのついたディスプレイを持つ。天井には赤外線?ライトとカメラがアレイ状に設置されていてゲストのディスプレイの位置と角度を検出しているようだ。
そしてこのプールの上にはテクスチャーを貼ったアバターが水上でダンスを行なっている。最初の部屋にも出てきたが、英語のさまざまな単語が現れて空間に漂う。(このへんもダムタイプに似ている)
アバターがブロックの形状が立方体と球と三角錐に分離したり、手元から線状に放射される光を操ったりして消えると、今度は女性ダンサーの実体に近いアバターが現れて、ダンスを行う。
少しジャンプするようなアクションもあり、この時に(実際にはその前からそうなのだが)足の着地するあたりに波紋と水音が聞こえる。アバターのピアノの演奏とあいまって、リリカルな演出でパフォーマンスは終わる。
全体のボリュームとテクノロジーと人間の体のシンクロ具合を見てもさまざまなアイデアを実現するすさまじいクリエイティブの結集とそれを支えるパフォーマーとスタッフの努力、もっと言えば「みんなで面白がってるけど、出来上がりは全力」というプロ意識に感服した。
観客が舞台の中に入っていくために「アングルの規制と見え方のバリエーション」であったり恐らくワークインプログレスでもあろうから何度も体感してみたくなる稀有なパフォーマンスであったかなと思った。
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tachmochi · 2 years ago
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Syn:身体感覚の新たな地平 ROOM2_2 by Rhizomatiks x ELEVENPLAY
三角形が下ろされて、フックも外された後で再び反対側に誘われる(ここから記憶がだいぶ怪しい)再び壁からオブジェを持ってきて床に置いてダンスが行われる。
壁にはゲストたちの映像がリプレイされる。カメラも天井のトラスをドリーしているように見える。そして音が逆回しのようになってリプレイ映像も逆転、ダンサーの動きも逆転しつつ、オブジェがセットされる時の逆回しの動きで撤収されていく。なんとも不思議な感覚を覚える。
オブジェが片付くとプロジェクションに違うゲストが映り、ダンサーが上半身を壁の下に突っ込んで床を叩く。ここが先ほどの自分が見たものと重なり「作られた既視感」のような感覚に陥る。
ダンサーが去ると壁にグルが映る。おそらくさっきと同じ音楽でCGのグルが3体踊る。そしておもむろに扉が割れてグルダンサー実体が現れる。奥には次のゲストが見える。グルがゲストの脇を抜けて去っていく。
ちょっと前後がおかしいかもしれないが、この後で一旦前に出たかと思うのだが、そこからさらに反転して戻ると、座れるようなオブジェが設置されていて、座って見ることになる。
ここで壁が再び出てきて、輪になって(笑)ぐるぐると回り出す。その隙間をダンサーが出たり入ったりしていく。ちょっと考えると結構危ないのかもしれない。そのセンターに再び球が現れる。その球をダンサーが祈るように手を差しだし(村上春樹の1Q84のリトルピープルのようだ)球を紡ぐような動きを行うと球も呼応しているように見える。最後には球が破裂して散っていく。
部屋を出るように誘われ、メガネを外して、今度は赤いスリットの廊下を抜けていく。
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tachmochi · 2 years ago
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Syn:身体感覚の新たな地平 ROOM2_1 by Rhizomatiks x ELEVENPLAY
誘われた通路がすごくって、長細いんだが全面に水の流れのようなモチーフが動いていてVoyageのように天井のプロジェクターから投射が行われている。
その先に進むと3Dメガネをかけるように勧められて、その先にはパネルに投射された中空に浮かぶ球体が鼓動を繰り返している。スタッフがロープを持ってゲストの位置を規制している。
このイメージはなんとなく、よくあるものだが、この先に進んでいくとモチーフとして何度か現れてくる。
音も鼓動のベースで時折、池田亮二xダムタイプ的な「ピッ」という音と、フラッシュや線状の光のスキャンがある。
しばらくして、その先の壁が割れてこの部屋が奥行きのだいぶあるものと知れる。そして、天井の高さの直方体の白い箱が、コントロールされて自走で動き出す!そしてその陰からダンサーが出てきて、パフォーマンスが始まった。
箱のフォーメーションとシンクロしてダンサーが動き回る。ダンサー自体は3Dメガネには何も効果はないが、どうやらスタッフが持っているライトが2又のもので、これを動かしながらダンサーに当てている。位相差のある偏光なのか?ダンサーの影が立体で浮かび上がっている。
気付くとロープの規制線が前に移動していくので、誘われて前に進んでいく。LRのプロジェクターは天井のレールにマウントされておりこれまた動いている!PHを想起する仕掛けだ!
ダンサーと壁を追いかけるように進んでいくと一旦止まってそこで振り返ると再びパフォーマンスが行われる。(このへんは、行き来と仕掛けの行ったり来たりの記憶が曖昧)
そこで背後から床を手で叩くような音がするので振り返ると、壁の下の隙間から上半身を乗り出したダンサーが抜け出ていく。その正面の壁には真ん中に扉が付いているのだが、そこが開いてグルのようなダンサーが現れる。この時壁の開いた先には先行するゲストたちが見えている!
扉が閉まって、その後方に同じダンサーのプロジェクションが現れるとそのシンクロダンスが行われる。その後グルがゲストを抜けて去っていくと、再びダンサー数名が現れ、オブジェを組み立てると橋のようになる。ダンサーに導かれて橋を渡って正面の扉から、部屋の「とんつき」にたどりつく。
ここでは三角形の枠のようなものが床に置かれているが、これをダンサーが上から降りているワイヤーに3点をフック状のもので引っ掛けると天井の板に仕込まれたウインチの制御で、異なる高さで引き上げていくので、8枚の三角の全体の形が平面から立体になっていく様が非常にスリリングで、まるで生きているかのような挙動を見せた。この演出はすごくクールでなかなか痺れた。
動きの流れで、ダンサーははけて、今度はセンターに吊っている黒いライトが(おそらくこれもステレオライト)ゆっくりと降りてくるので、おなじく崩れるような動きで降りてくる三角のオブジェの影がダイナミックに3Dのパースで迫ってくるのである!このシーンが今回の3Dでは一番効いていた!
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tachmochi · 2 years ago
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Syn:身体感覚の新たな地平 ROOM1 by Rhizomatiks x ELEVENPLAY
森ビルさんの虎ノ門の新しいビルにできた「Tokyo Node」の柿落としの体験パフォーマンスに行ってた。
ライゾマさんとパフュームさんの振り付け師のMIKIKOさんの率いるダンスカンパニーのコラボということで、期待してビルの8Fからさらに45Fに一気に上がっていく。(ゴンドラが2段になってるらしく、上の段は直通だが下の段の停止に合わせて止まるみたい)この「儀式」がすでに繋がっている感じ、感覚を整えていく感じがあった。8Fで時間があったのでシングルモルトをストレートでちびちびやって来て、軽く血流がいい感じ。
受付あたりで、15時の回が15時15分に呼ばれるとのこと、ガラスの多い壁と高い天井と、貼り付けられた鋼板のテクスチャーや壁の装飾を眺めて時間をやりすごす。このへんどうやってエントリーしていくのか謎。やっと呼び出しがあり、チケットのQRコードを提示。ほどなく中にはいっていく。
まず入口に1960年くらい?のスチュワーデスのコスのダンサーがダンスの振り付けで向かい入れて、ブースに誘われる。そこはプリクラのブースになっており「口をエの形にしてカメラを見て」とのメッセが流れる。そこで撮影。
そこを抜けると、宇宙船のコックピットとコールドスリープの円柱のセット(中にはダンサーとマネキン)がある。上部のモニターにはさきほどの撮影されたゲストたちの写真が動画!で流されている。
と思うと、音楽が流れて、ダンサーが入り乱れてダンスを始める、ゲストは20人くらいでコックピット後方の島状の台の前後にいて、そこを時には縫うように動き回るが、時々ノイズ音にシンクロして、痺れるような動きを入れる。モニターにはナレーションに同期して英語の単語が流れている。(この辺ダムタイプー高谷史郎さんぽい。)
コールドスリープのダンサーの扉を開ける踊りの後、目覚めた?ダンサーが出てきてラインナップして、お立ち台に並んで踊る。さらに最後方センターにいた私の目の前の後方のお立ち台の乗って、私の眼前で踊りつつみんな背を向けたので、おかしいなと思っていると、後方壁からドーム状天井いっぱいにプロジェクションが始まったので、慌ててコックピット側に移動する。
プロジェクションは中身は面白いけど、天井の継ぎ目やら、解像度の問題もあり、音圧もそうでもないので没入感としては少し緩いなあとも感じていたが、それはこの先のクオリティの序章に過ぎなかったのだと後で知ることになる。
音楽が終わり英語で「次に進め」と言われ通路に向かう。
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tachmochi · 6 years ago
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Rosas A Love Supreme 20190512
コルトレーンってJazzを聞き出したころはGiant StepsとかBlue Train, My Favorite Thingsくらいで聞き込んで、エリックドルフィーとやり始めてからだんだん辛くなり、至上の愛で「なんだかわからん」となっちゃった記憶があって、当然ロリンズとかはわかりやすくて、コロッサスとか好きだったけど、やっぱコルトレーンも聞いていないと「ダサイ」とか「本当のJazzを知らない」とか言われそうで背伸びして聞いていた記憶がある。(結構そうゆう人多いと思うんだけど) 音楽あるあるで、ライブ映像と合わせて聞いたりするとすんなりハマるてことはあって、今回音楽としては1回聞いたくらいの感じで予習もせずに、Rosasのダンスを見たんだけど、Vortexと同様に、楽器のパートに(厳密ではないが)役割を持った4人のダンサーが踊るのだが、最初は無音で踊るのね。で、Vortexは踊ってからそっくりその踊りが実は音楽を忠実にトレースしていたってことがあって、てっきり今回も「それか!」と思って「あー��予習しておけば、いま音が浮かぶのになあ」って後悔してたけど、そうでもないらしく、その後無音のソロダンスがストイックに続き、しかも棒立ちで客席を静かに睥睨しているシーンもあって結構な緊張とペイシェンスを感じていたのが、サックスの音がばーって鳴って、やっぱ観客はみなさん「やべー」ってアドレナリンでたなったて思う。 で、その感動もあってか難解なイメージだったコルトレーンの音楽がめっちゃ体に沁み込んできて、なんつーかエンタメ的ですらあるのだな。ライブ映像を見てるのと同じ「とっつきやすさ」を覚えるのですよ。 音が加わってからは、音楽もベースソロやピアノソロ、ドラムソロもあってもちろんサックスが主役なんだけど、見せ場もあり4人4様のダンスがよかったなあ。前から言ってる「音楽に隷属していない」し、ビッチズブリュー/タコマナローズの時に入ったサンチースさんも振り付けに加わっているので、黒人的な「バネ」の効いたしなやかな踊りが見れてとても楽しめた。 ちょっとある種エンタメ要素がこれまでのRosasの感じとは異なってきていて(ダンストローザスもエンタメ性高いけどそれとは異なるもの)なんつーか少し興を削がれなくもないのだが、ヒップホップダンサーのような動きも楽しんでしまう自分を諌めるような感覚というか、まあ変な感じではあった。 そんな中、特にピアノのダンサーさんがお気に入りで、マッコイのソロを軽やかに表現していて、音楽とはまったく別な「何か」なんだけど、ちゃんと音楽にくっついているダンスだったなあと。ベースも結構振り付けには向くものの単調になるし、サックスやドラムの音のダイナミズムにはどう戦ってもなかなか太刀打ちしにくい(もちろんそれでも頑張ってたけど)のでなんとか異化しつつ、どうレゾナンスするかを追求していたようには思うけど、やっぱピアノは膝を打つものがあったかなあ。 つーことで、Rosasの見終わった感じの中でもこれまでにない不思議な感じのまま帰路に着いたのでした。 そんでもって1週後にはバッハで踊るということで楽しみです!
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tachmochi · 6 years ago
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https://www.flickr.com/photos/39879590@N00/ Yahooじゃなくなって高くなったけどしょうがないね。。
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tachmochi · 6 years ago
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ガラスの反射、うねっている。
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tachmochi · 6 years ago
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耽美的でECM的。
https://vimeo.com/325440442
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tachmochi · 7 years ago
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A Part Of Me
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tachmochi · 7 years ago
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夏雨 / Summer Rain
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tachmochi · 7 years ago
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tachmochi · 7 years ago
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20180225 Shiro Takatani:Dumb Type ST/LL @国立劇場
Voyage以来なので、すごく久しぶりのダムタイプだったが、高谷さん名義ではなく敢えてダムタイプという名前を選んだにふさわしい素晴らしいパフォーマンスだった。もともと、ORのあたりから、非常にテクニカルありきというか、高谷さんのフィルターを通した、スタイリッシュなテクノロジーが、今回もそれ独自でインスタレーションとして存在できるものと、肉体を有するダンサーを組み合わせてきてはいる。事実、Voyageの上空を動くプロジェクターやスクリーンの床はその後に同名のインスタレーションとして公開された。そうゆう意味で今回敢えてスティル=静物と銘打たれたパフォーマンスにおいては、テクノロジーの目玉は「ミニスパイダーカム」である!最初にスルスルとスクリーンの上部から何か昆虫のオブジェのような、クロネンバーグぽい物体が降りてくるのだが、それはどうも食器やらリンゴやらまさに絵画の世界で言われるところの「静物」を撮影していて、正面のスクリーンにその映像を映し出している!3本のワイヤーで吊られているカメラと雲台は上下はもちろん水平方向もXーYで動くので、カメラはテーブルの上を超低空で飛びながらトラックしつつ、いろんな静物を撮影していく。メモランダムでも上からケーブルで吊られて、紙吹雪のパフォーマンスを自身回りながら、撮影するカメラや、Voyageで川口さんが打っているタイプライターをとらえている俯瞰のカメラがあったが、もちろんスクリーンを使って、より意味を強調するツールであると同時に、今回はカメラそのものがオブジェというか、よりそのものの意味合いを強めている。その証拠に後半の左後方からのライトで照らされたソロダンスのシーンでは、カメラはまるでダンサーに寄り添うかのように動き、その映像は一切スクリーンには出なかった。(トラブルだったりして)それにしても何てスタイリッシュなんだろうか。そしてきっちりOR、Memorandum、Voyageの流れを踏襲しつつ確実に進化している!そのテーブルでの静かなダンサーたちのシンクロしたりしなかったりの細かい動きや、テーブルをバラバラにしてのORの病院のストレッチャーのダンスを想起させるフェティシズムや、音楽番組でも使われ出しているライトボールのプログラムと、まあ昔を知る人知らない人にも感情を突き動かすような仕掛けが連続して繰り出された。あと、スクリーンに映し出される落下するフォークやらナイフやら本に混ざってギャルソンが持つような銀色のお盆がスローモーションで落下するシーンはORの包帯に巻かれた人が落とすお盆を想起させた。音楽も今回は池田さん?なのか(坂本さんとかだった)いつものようなスキャンの時の「ピッ」という音やボリュームを上げて行くホワイトノイズや、サーチライトのように上空を旋回してスキャニングするライト、スクリーンを横切るスキャナー、一瞬で奥から手前に出てくる光のブレードや、PH以降の「スキャン」というイメージを強調している。紙吹雪が出てくるシーンでスクリーンの落下する紙吹雪はasyncの設置音楽のビデオ同様に、発振しながら滝のように映像が流れて行く!ただ、だからといって、テクノロジーに溺れることなく、やはり人間の肉体の動きの素晴らしさをちゃんと見せる感覚はとても好ましい。あと今回過去にはない要素としては「水」がある。舞台の真ん中のメインのエリアには水が張ってある(まるで陶板名画の庭のような)のでダンサーが動くたびに水音がする。あと、音で言えば場面転換で暗転中に一気にスモークを焚くのだが、この音が何だか切なくすごく刺さってしまった。なんというか総じてきっちりダムタイプ(もちろん古橋さんの時とは全く違うが)を繋いでくれているのがすごく嬉しく、エキサイティングだった。再演もあるかと思いますが、ぜひ体験をお勧めします!
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tachmochi · 7 years ago
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tachmochi · 7 years ago
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tachmochi · 7 years ago
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tachmochi · 7 years ago
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Rosas Fase 20170502
東京芸術劇場。まいった!これまで見てきた公演はレインやビッチズブリュウ、ツアイトングなど群舞が中心で、めまぐるしい動きに翻弄されて、ただただ圧倒されてしまっていたのだけれど(視覚が追従できずに、ディテールを放棄していたところがたぶんにある)この演目は「原点」とも言える作品でダンサーは1名か2名なので、シンクロしたりしなかったりという振り付けのディテールが観れて非常に興味深かった。Piano Phase ダンサーは2人でライトは最初フットもあってホリゾントには2人の影がおのおの2つ、つまり4つの影が映し出されている。このうち中央の2つはリアルなダンサーの距離にもよるが重なり合うか合わないくらいにシュートされている。音楽はライヒのPiano Phase で2つのピアノがフレーズを繰り返していくうちにすこしづづタイミングが「ずれていく」のだが1つは一定のテンポを維持し、もう1つが早めている。この早めかたはVerosity Moduration(これ技術用語です)とも言うべきもはや楽譜にはおこせない「同一のフレーズを一定の繰り返しのうちに1音早くずれそこでとどまる」というもので、この同一テンポ(第一音と第二音が重なる状態)をまた一定回数維持したのちに1つの加速が第三音に重なるまで行われるというシフトを12音や8音、4音のフレーズで行い、全音がシフトして元のユニゾンになるまで行うというものである。なんとこれがダンスでも行われるのである!つまり、右のダンサーは循環するフレーズにシンクロした一定のテンポのパターン(ターン)を踊り続けるのだが、左のダンサーは片方のピアノの加速が始まるのと一緒にターンを加速していき、いわゆる1/2波長(180度の位相シフト)の段階(つまりターンする体が逆向きになる)で一旦とどまり、さらに加速をしていきながらシンクロに戻る。ということを繰り返すのである!(うーむ説明あってるかなあ?)しかもホリゾントでは、この1/2波長のタイミングでは中央の2つの影が重なり合って1つになる!Come Out ダンサーは舞台下手の椅子に座り、それぞれの上には傘をつけたブラケットが点いている。この音楽はスピーチの一節が同じくシフトしながら発語されていくもので、人間の肉声で「カムアウトショーレム」という極めて短い単位がエコーのように変奏されていくものである。ダンサーは今度は上半身のボキャブラリー(振り)をPiano Phaseよりも、もっとランダムに時間的なシフトや、シンメトリーを見せながらやはり時にシンクロしたりしていく。個々の動きはより細かく、たおやかで、時に力強い。Violin Phase 暗転から徐々に浮かび上がるのは1人のダンサー(ケースマイケル本人?)で音はPiano Phae同様に2本のバイオリン(録音されたテープ)がシフトしていく。こんどはソロなのだが舞台の円周に沿って自ら軸をひねり、それを変奏しながら進んでいくのだが(たぶんこれは2階席でも観てみたい)途中からフレーズの変化に合わせて円周の中に入り直線的な動きが混ざっていく。この円周を横切る直線的な動きはその位相角度も変えて行われるのだが、音楽のグルーブの高まりに呼応するようにセンターの奥から前に進んでくる動きを見た時に非常にインパクトを感じる。後半になっていくと激しいターンを円弧もしくは直線で繰り返したり、片足を軸に逆足を180度振り回すことを繰り返すのだが軸が全くぶれないのが、これは純粋に肉体を制御する力として本当に素晴らしくダンスの終焉に向けて思わずうなってしまった。Clapping Music ホリゾントに当たるナイフのような照明に2人のダンサーが横向きに立っている。音楽は手拍子がやはりシフトしていくものなのだが、こんどの振り付けは少しコミカルな時計の針というか、関節を固定された人形のような動きをシフトしながら全体に舞台下手に向かって動いていく。最後には下手のブラケットの下に収まり、ユニゾンして終わる。まあ、解き明かしていけば、テクニカルにすごいことに注視してしまうものの、表現としてはこのダンスの「ボキャブラリー」と言われる振り付けの所作がとても可愛らしく女性的で時には独特のコミカルなフレーバーもあって大いに楽しめた。衣装もPianoとViolinはスカートが動きに合わせて巻きついたり広がったりする様がこれまた独自の「波」であったりして、「えもいわれん」感興を呼び起こされ、他の2作品はスラックスにシャツで特にClapping Musicは動き��シャープに見える効果を計算されたものであった。マイケルジャクソンのような爪先の動きであの靴はすぐにダメになるんだろな。なんとなく、これまで観た作品では、通常のダンスのような音楽に隷属するかのように音にシンクロした動きを嫌って、敢えて音のきっかけとは、ずれながら、無音の時にも動いたりリズミカルな音のときにフリーズしたりというイメージが強かったのだが、今回のFaseは基本はライヒの音楽に忠実に振り付けられているのが新鮮だった。観ている順序が逆なのでむべなるかなというところだが、特に曲の終わりに踊りも決まるのかがドキドキしながら観てしまった。当然人間はシンクロすることに本能的な喜びを感じるようにできていて、リズムにしろコードにしろ、視覚的な相似にしても「ずれて気持ち悪い〜不安を感じる〜カイケツする〜ほっとする」とうところにスリリングな快感があるのだと思う。(綱渡りでわざとバランスを崩す「ふり」を行うことや、まさに音符にできないようなオマーハキムのおかずと同じ)今回の教授のasyncの試みもシンクロすることを嫌って、意図的にずらすこと、自然界の中にある「多様性」(おそらくそこにはポリティカルなメッセージも込めつつ)を表現しているのだが、今回の演目は「ずらす行為」は規則性を伴っていて最後には解決を見るという相反するような仕掛けなのかもしれないが、ワタリウムでの視覚的な表現も観た上では、むしろ類似性を感じてしまった。シンクロすることは同じ方向を向くので個を否定するような気持ち悪さを感じるのだが、それは「いっとき」であって時に寄り添い、時に離れるという距離感を意識することが他者を尊敬するという意味でも大事なのだとは思う。今の時代の動きは「延々とユニゾンを志向する流れ」とでも言えばいいのだろうか?終演後に偶然にもパーカション奏者の伊勢さんにお会いして、いろいろなカラクリを解き明かしていただいたので、これもまたエキサイティングな夜でした!それにしても俺はリズム感がないなあ。。
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tachmochi · 7 years ago
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