ひとみに映る影 第二話「スリスリマスリ」
☆プロトタイプ版☆
こちらは無料公開のプロトタイプ版となります。
段落とか誤字とか色々とグッチャグチャなのでご了承下さい。
書籍版では戦闘シーンとかゴアシーンとかマシマシで挿絵も書いたから買ってえええぇぇ!!!
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(あらすじ)
私は紅一美。影を操る不思議な力を持った、ちょっと霊感の強いファッションモデルだ。
ある事件で殺された人の霊を探していたら……犯人と私の過去が繋がっていた!?
暗躍する謎の怪異、明らかになっていく真実、失われた記憶。
このままでは地獄の怨霊達が世界に放たれてしまう!
命を弄ぶ邪道を倒すため、いま憤怒の炎が覚醒する!
(※全部内容は一緒です。)
pixiv版
◆◆◆
「いつも通り一美ちゃんの人権を無視して拉致が敢行されんとしていた、その時!
我らが極悪非道ロリータの志多田佳奈(しただかな)ちゃんは、ひょんな事から英雄物流(ヒーロジスティクス)密売事件の重要人物、石油王こと平良鴨譲司(へらがもじょうじ)氏と再会する!
かくして始まった「したたび」放送開始以来異例のインタビューはまァだまだ続く!
それではまた来週~!」
譲司さんをテレビ湘南(しょうなん)のクルーに連れていかれて、私はオリベさんと、彼女が連れてきた高校生ぐらいの女の子を乗せたミニバンを運転し、先に熱海町に向かう事にした。
大人になって東京でファッションモデルをしていた私は、たまたまオーディションに受かったヒーローショーイベントの仕事でアイドルの志多田佳奈さんと出会い、
それ以来彼女の冠番組「ドッキリ旅バラエティしたたび」に、ドッキリ企画と称していつもノーアポで連れ回されている。
テレビ出演が増えたのは嬉しいけど、最近の私にはまるでプライベートがない。
テレビ局は何故か事務所とグルで私のスケジュールを完全に把握しているし、いざ連れていかれると、
原付で一都六県を一周させられたり、ドーバー海峡をスワンボートで横断させられたり、ともかく割に合わない過酷なロケに付き合わされる。
なので今回あの番組の矛先が譲司さんに向いたのをいい事に、私達はこれ幸いと先に行かせて頂く事にしたのだった。
撮影が一段落つくだろう時間を見計らい、矢板(やいた)のサービスエリアで一旦休憩する。
オリベさんが譲司さんに「終わったら新幹線で来てね」とメールを入れている間、私は後部座席で背中を丸めている女の子を見た。
パステルピンクのドルマンスウェットと同色のシュシュ、真っ赤なバルーンスカート。典型的なオルチャンファッションだ。
<さすがファッションモデル、よくわかったわね。その子は韓国人よ>
隣のオリベさんが目で語ってくる。
医療機器エンジニアのオリベ・ヒメノさんは、子供の頃に脳神経をやられて声を失ってしまったユダヤ人の女性だ。
でもその代わりに、脳から直接テレパシーを送受信する力を持っている。だから日本語が喋れなくても会話できる。
今回熱海町に行くメンバーは全員、NICという脳神経科学研究機関の関係者で、その中でも脳の異常発達や霊能力によって特殊な力を使える人達だ。
数時間前に連れていかれた譲司さんも、肺に取りこんだ空気の成分や気圧差で色んな事を読み取るダウジングや、物に触って過去を読むサイコメトリーといった「特殊脳力」を持っている。
だから多分、この子も「特殊脳力者」なのだろう。
顔色が良くないので、休憩所に連れていく事にした。
「Sorry for the late introduction, because I was driving.
I’m Hitomi. And how can I call you?」
(運転中に自己紹介できなくてごめんね。
私は一美です。あなたのお名前は?)
涼しい外のベンチに並んで座り、私はとりあえず英語で話しかける。
先述の「したたび」で度々海外ロケにも連れていかれるせいで、ある程度英語が話せるようになっていたのは不幸中の幸いというか、怪我の功名というか。
でも女の子は俯き加減のまま私を見上げて、消え入りそうな声で「日本語でいいヨ」と言った。
「私パク・イナです。日本語の方がいい。
ヒトミさんテレビの韓国で見てた知ってるます。会えたの嬉しいヨ」
イナちゃんと名乗った女の子は、少しカタコトだけど聞き取りやすい日本語でスラスラと答えた。
でも、「会えたの嬉しい」と言う割にはまだ元気がないように見える。
「酔っちゃった?できるだけ安全運転したけど、ごめんね…」
背中をさすろうと思って彼女に触れると、小刻みに震えていた。
「スリスリマスリ…スリスリマスリ…」
よく耳をすますと、イナちゃんは両手を強く握りしめてなにか呟いている。
意味はわからないけど、韓国語か…
その時、ふと目線を上げると、ベンチの周りに数匹のカラスが集まっていた。いや、カラスだけじゃない。
「ニャーン…」背後から猫の鳴き声。
振り向くとそこには、おびただしい数の動物霊、交通事故死した人間の浮遊霊、魂未満の小さな鬼火、生きた野良猫、蟻やゴキブリ、目の焦点の合っていない小さい子供…
自我の弱い生き物や魂達が、私達の半径2m外を取り囲んでいた。
「ひっ…」恐怖で声が出そうになるのをこらえる。
動物霊はこちらが見えている事に気付くと襲ってくる事があるから、なるべく目を合わせないようにしなければいけない。
「スリスリマスリ…スリスリマスリ…」
イナちゃんが何と言っているかはわからないけど、その言葉のおかげで集まってい��ものたちがそれ以上近寄って来ない事を直感で理解する。しかし、
バサバサバサッ!!喫煙所の屋根から土鳩の群れが私達めがけて飛来し、イナちゃんは驚いて呟きを止めてしまった。
すかさず大量の霊魂と生物が私達に押し寄せる!
私はイナちゃんをかばいながら、足の裏の自分の影に意識を集中させた。
幸いその日はカンカン照りの快晴、光源は充分ある。
床に置いたワンピースを下から持ち上げて着るように、自分達の体を影で覆いながら、周囲の光の屈折を歪める。
私達を覆う影が濃くなるにつれて、その分行き場を失った光線が影の外縁で乱反射する。
その反射率がほぼ100%になると、私達の姿は彼らから全く見えなくなった。影法師の「影鏡(かげかがみ)」という術だ。
彼らは目標を見失って立ち止まった。しかし未だに私達を取り囲んだまま動かない。
私は第二の手に出る。影鏡の輪郭を半球状に広げながら屈折率を更に強めていく。
自分達の視界が完全な漆黒になるけど、その外側は電球のように光っているはずだ。
そのまま集めた光を360度放射する。
「ぎゃあああ!」幾つか叫び声が上がると同時に視界が戻ると、彼らは強烈な紫外線を浴びて散り散りに逃げていた。
「今のうちに戻るよ!」
私はイナちゃんの肩を押して車へ駆け戻った…。
◆◆◆
<さすがね、ミス・ヒトミ!イナをあなたに任せた甲斐があったわ>
運転を交代してくれたオリベさんが、まるでヒーローショーでも見ていたかのように呑気に言う。
イナちゃんは極度の「引き寄せ体質」で、特に精神的に緊張したりストレスを感じてしまうと何でもかんでも引き寄せてしまうらしい。
韓国で色んなお寺や教会、霊能者を頼ってもどうにもならず、ご両親がダメもとで病院に連れて行ったら、NIC会員の医師に研究対象として保護された。
そして来週からインドネシアにある脳力者児童専門の養護施設、「キッズルームバリ島院」にて、体質をコントロール出来るようになるまで住みこみでリハビリする事になったという。
<イナのギャザリング体質は今回のミッションに適しているわ。
ジョージも丁度来週からバリ島院の養護教諭になるし、日本で待ち合わせて一緒に出発しましょうって話になったの。
この子がタルパの聖域フクシマに行くと思うと…とってもワクワクするわね!>オリベさんが意地悪に笑う。
「いやいやいや、本人はとってもビクビクしてるんですけど!?福島の心霊スポット系は本当にヤバいんですよ!!
ていうか肝心の譲司さんが別行動ですし!」
<平気平気!あなたが付いているもの。
それにインドネシアの悪霊は韓国や日本のよりも刺激が強いから、少しぐらい鍛えておかなきゃでしょ>
確かにオリベさんの言う通りではあるけど、当のイナちゃんはあれからずっと私の腕にしがみついている。
(オリベさんに運転を変わってもらったのはこのためだ。)
ちなみに刺激が強いというのは、物理的に交通事故などの事故死亡率が多い国は当然幽霊もスプラッターな姿の方が多いという事だ。
私も「したたび」でインドネシアに行ったことがあるけど、実際バイク大国で信号が少なかったし、
観光客がバシャバシャ写真を撮っている公園で白昼堂々首なしの野良犬の霊がうろついていたのも確かだ。
「イナちゃん大丈夫だよ。福島は色んな姿をした人工の魂が多いから、幽霊さん達も死んだ時のままじゃなくて、
おしゃれに自分の好きな姿にしてる方が多いんだ。
ゾンビみたいな人はめったにいないから、安心して。
そうだ…おしゃれといえば、渋谷とか原宿には行ったことある?」
私が「渋谷とか原宿」と言った瞬間、曇っていたイナちゃんの目がキラリと輝いた。
「シブヤ、ハラジュク!」
やっぱり。オルチャンガールだから反応すると思った。
「かわいい物は好き?」
「かわいい」という単語を聞いて、イナちゃんの表情が更に明るくなる。
「うん!日本のかわいい好き!!
大人になったらアイドルになりたいです。だから日本語勉強してるだヨ!
「したたび」のカナちゃんは一番好き日本のアイドル!」
一気に饒舌になって力説し、一瞬はっとして「でもヒトミちゃんも同時な好きヨ!」と小さくフォローを入れてくれた。
いつの間にか「ヒトミさん」が「ヒトミちゃん」になっていたのが、ちょっと嬉しかった。
「じゃあ無事にこの旅が終わったら、一緒に渋谷と原宿でお買い物しようね」
その後の車内は、熱海町に着くまでさながら女子会のようにずっと盛り上がっていた。
それぞれの国にあるかわいい物、悪い霊から身を守る色んなおまじない、
最近流行っているコーデ、スイーツ、
それに三児のママであるオリベちゃんの子育て苦労話も。
気がつくと私達全員が全員をちゃん付けで呼び合うようになっていた。
この旅の本来の目的については、誰一人触れようとしなかった。
◆◆◆
「磐梯熱海温泉(ばんだいあたみおんせん) 右折」という三角のモニュメントを確認して、熱海町に入ったのを実感する。
ここは東北新幹線の停まる郡山(こおりやま)駅からも近い温泉街だ。
都心の観光地に比べると小さい町だけど、町内には温泉やスポーツ施設、無料で入れる足湯などがあり、県内外の人々に愛されている。
駅から安達太良山(あだたらやま)の方向に登っていくと石筵だ。
私や玲蘭ちゃんが修行していた霊山や、その更に奥には牛の乳搾りやバーベキューを楽しめるふれあい牧場がある。
残念ながら今回は遊びに来たんじゃないけど、目的が早く済んだら観光案内をする約束だ。
貸し切り民宿に大きな荷物と車を置いて、ようやく私達は本題に入った。
<イナちゃん。NIC会員の規定は知っているわよね?>
オリベちゃんが真剣な目でイナちゃんを見据える。
イナちゃんは緊張した声で答えた。
「はい。ひとつ、自分のセレキック・アビリティ(超脳力)、人を助けるに使うこと。
ふたつ、私は医療発展に大事な人だから、自分とアビリティ一番大事なすること。
みつ…犯罪するセレキックいたら、積極的原因究明すること」
イナちゃんが私にも伝わるように日本語で言ってくれたNIC会員規定は、私も会員登録の時に一読した事がある。
NICは医師団の組織でありつつ、警察と協力して超脳力者が関与する事件の捜査をする義務もある。
そういった事件には、一般的な事件捜査では処理できない超常的な現象や証拠があるからだ。
<その通りよ。あなたにはこれから、その引き寄せ体質でとある行方不明の脳力者捜索を手伝ってもらうわ。
但しもちろん、いつだってあなた自身の身の安全が最優先よ>
「…はい、覚悟準備終わてます」
気丈に答えるイナちゃんだけど、まだその表情は固く、私はサービスエリアでの不安そうな彼女を思い出した。
ひょっとしたらこの件はイナちゃんにとって、自分のコンプレックスである体質が、初めて人のために役立つ機会なのかもしれない。
それに「犯罪捜査」なんて言われると、なにか恐ろしい事に関わるんじゃないか…というイメージもあると思う。
そう考えると緊張するのもわかる気がした。
でも、オリベちゃんは優しく微笑み、鞄から小ぶりな米袋ほどの大きさの何かを取り出した。
<唯一の手がかりは…これよ>
それは人形だった。色褪せた赤青の布を雑に縫い合わせて作られたものだ。
手足がなく、顔も左右ちぐはぐな目をしたブリキのお面で、背中側にはネジや釘が飛び出した機械がついている。
人形を手渡されたイナちゃんが不思議そうに機械のハンドルを上下すると、それに連動してお面の顎もカコカコと上下する。
まるでゴミ捨て場のガラクタで作った獅子舞のようだ。
<その人形には昔、ジャックというタルパが宿っていた。彼は私やジョージの幼馴染だったの。
でもジャックの魂は日本で行方不明になってしまっていて、これから私達は彼を探しに行くのよ>
「たるぱ?」
「人工妖精、人が作った魂のことだよ」
首を傾げるイナちゃんに私が補足した。
この熱海町や石筵、県外からの修行者も訪れる魂作りの聖地なら、ジャック君が見つかるかもしれない。
オリベちゃんはそう考えて私に案内を依頼したのだった。
<地味な依頼で拍子抜けしたかしら?>オリベちゃんが人形の金具を弄びながら言う。
「そ…そんなことないヨ!お友達探す頑張ります!」
<ありがとう、心強いわ!じゃあヒトミちゃん、案内をお願い>
「はい。まずは、この辺りの神様であるお不動様と萩姫様のお寺に挨拶に行きます。
萩姫様は影法師のお姿をお持ちで話が出来るから、ジャック君について聞いてみましょう」
◆◆◆
温泉街から見て駅の反対側へ抜けると、萩姫様の伝説に縁のある五百川(ごひゃくがわ)があり、萩姫様がお住まいの大峯不動尊はその先の小高い丘の上に建っている。
私は同伴者二人をそこに案内し、鈴を振り鳴らしてから真言を唱えた。
すると屋根の下の日陰が一箇所に集まっていき、大きな市女笠を被った女性のシルエットになった。この方が萩姫様だ。
その影の御姿はよく目を凝らして見れば、細かい陰影によってお顔や着物の細部まで鮮やかに視認できる。
「ようこそいらっしゃいました、旅のお方よ…」
そう言いかけた萩姫様が笠の下から私達を見上げると、アルカイックな営��スマイルが驚きの表情に変わった。
「…あれ、ひーちゃん?」
「お久しぶりです、萩姫様!」
「なんだぁ、ひーちゃんならわざわざ真言で呼ばなくてもいいのに」
「親しき仲にも礼儀ありってやつですよ。それに、お客さんの手前だから格好つけたかったし」
私が同伴者2人に目配せすると、笠を脱いで足元の影に放り投げようとしていた萩姫様が慌ててそれを被り直し、再びアルカイックなキメ顔を繕った。
オリベちゃんがくすっと口角を上げ、<似てるのね、あなたとプリンセス・ハギって!>と私にテレパシーを送った。
私達は萩姫様に人形を見せ、事情を説明する。
「うーん…人形に見覚えはないな。その『じゃっく君』を作った人の名前はわかる?」
「はい。サミュエル・ミラーというアメリカ人です。
日本に帰化して、今は水家曽良(みずいえそら)と名乗っているそうです」
萩姫様は少し考えた後、
「…うん、やっぱり知らないな。何かわかったら連絡するね」人形をイナちゃんに押し返した。
「そうなんですね。じゃあ、私達は別の場所を当たってみます」
「ああ、その前に。その子を源泉神社に連れて行きなさい。
倶利伽羅龍王の祈祷を受けると良いでしょう」
「クリカラ…リューオー」
イナちゃんが不思議そうに首をかしげる。倶利伽羅龍王とは、燃え盛る龍の姿の不動明王の化身。
よく不動明王像が持っている、剣に巻きついた炎の龍…あれの事だ。
源泉神社にかつてリナに知恵を与えた龍神様がいるのは知っていたが、それが倶利伽羅龍王だったというのは初耳だ。
私達は萩姫様に改めて一礼し、源泉神社へと向かった。
源泉神社はケヤキの森遊歩道というハイキングコースの先にある。
五百川の裏山にあるこの遊歩道で、森林浴によって心身と魂を清めながら神社に向かうんだ。
直線距離の長さも然ることながら、山の高低差のせいで、これが意外ときつい。
私は二人がついてきているか確認するために振り向くと、オリベちゃんが何だか訝しげな顔をしているのに気がついた。
<あのプリンセス、何か隠してる気がするわ。今はまだ、わからないけどね>
私の視線に気付いたオリベちゃんが言う。
実は私もそんな気がしていた。けど、長いハイキングコースを引き返す気にもなれず、
私達は予定通り神社へ向かう事にした。
◆◆◆
丘を下ったところにその神社はあった。
入口では小さな龍を象った蛇口から飲用可能の源泉が垂れ流されている。この龍が魂として独立したのが例の倶利伽羅龍王だろうか。
どうやら龍神様は留守のようだったので、先に社に挨拶に向かうと、私はふと違和感を覚えた。
「ヒトミちゃん?どしたの?」
「そういえば、ここ…稲荷神社だ」
「イナリ…スシ?」
「うんとね…。ここはオイナリ様っていう、作物の神様を祀る神社なの。
倶利伽羅龍王は仏様の化身だから、どうして神道の神様がいる神社に住んでるのかなって思って」
<それは宗教が違うって事?シュラインの中の神様に聞いてみればいいんじゃない?>
「それが…、ここのお稲荷様、霊魂として形成されていないんです。
社の中のご神体にこの地や神主様のエネルギーがこもっているけど、自我はお持ちじゃないみたいで…。
それも、ヘンですよね。どうして鳥居の外の龍神様だけ魂になってるんだろう」
すると、誰かが鳥居の外から私の疑問に答えた。
「ここはクリカラの数ある別荘の一��って事よ」
聞き覚えのある男性声に私は振り返った。いや、この声は、『彼女』のものだ…。
「リナ!」
いつの間にか、神社の入口に巨大な霊魂が立っていた。
私が中学生の時に生み出したタルパの宇宙人、リナだ。
リナはロングスカート状の下半身をフワリと浮かせ、社への階段を飛び登った。
「キャ!」驚いたイナちゃんが尻餅をつく。
「マッ失礼ね!人の顔見てキャ!だなんて」
「いやいや、初見は普通驚くでしょ。巨大宇宙人だよ?」
「それもそうね、ごめんあそばせ」
リナは乙女チックにくるんと回り、例の美男美女半々な人間の姿に変身した。
「この子はリナ、私が昔作ったタルパです。
リナ、彼女は韓国から来たイナちゃん、こっちの方はイスラエルのオリベちゃんだよ」
「あら、ワールドワイドで素敵なお友達じゃない。アンニョンハセヨ、シャローム!
アタシは千貫森(せんがんもり)のフラットウッズモンスター。リナと呼んで頂戴。
一美がいつもお世話になってますわ」
<お会いできて光栄よ、ミス・リナ>
「初めまして、私はパク・イナだヨ!」
二人がリナと握手する。久しぶりに福島に帰省したとはいえ、日程的に彼女と再会できるとは思っていなかったから嬉しい。
宇宙人(を模した魂)であるリナは今、福島市でUFOの飛来地と噂される千貫森という森に住んでいるらしい。
「クリカラ…倶利伽羅龍王は、石川町(いしかわまち)で作られた紅水晶像の化身よ。
彫刻家が死んだときに本体の像と剥離して以来、福島中の温泉街のパワースポットに自分の守護結界を作ってフラフラ見回っているらしいわ。
要するに、根無し草のプー太郎ってやつね」
<あなた、神様をそんな風に言っていいの?>
「ああ…リナと龍神様は個人的な因縁が…」
「ちょっと待って」
ふいにリナが私を制止した。リナは表情をこわばらせて、イナちゃんの抱えるジャック君人形を見つめている。
「ねえ…アナタ、その人形を誰に貰ったの?」
「貰ったじゃないヨ、私達この人形のタルパ探すしてるなの。ジャックさんいいますこれのタルパ」イナちゃんが正直に答えた。
「これを作ったのがどんなオトコか、知ってるの?」
「エ…?」
嫌な予感がした。そういえば、オリベちゃんはまだ彼女に、ジャック君の創造者について一言も話していない。
たぶん…わざとだ。
「なによ。…まさかアナタ達、知っててこの子に黙ってるワケ!?」
<…時期を見て言おうとは思っていたわ。でも今はダメなの。だって、この子は…>
剣呑な雰囲気にイナちゃんが生唾を飲む。そんな彼女の不安感を感じ取ったのか、
神社の結界の外に良くないものが集まって来ているのを私は察知した。
私もすぐに全てを打ち明けるのには賛成しない。でも、
「今はダメですって?どういう神経してるの?
何も知らない子に…指名手配犯の連続殺人鬼が作った人形を持たせるなんて!」
リナはついに、パンドラの箱を開けてしまった。
「サツ…ジンキ…?」
イナちゃんが人形とリナを二度見する
「あ…あ…ヒッ!!!」イナちゃんはまるで今までゴキブリでも抱えていたかのように、人形をおぞましそうに地面に叩きつけた。
歪に組み立てられた金具がガシャンと大きな音をたて、どこかから外れたワッシャーが転がり落ちる。
同時に御神体に守られていた神社の結界にも綻びが生じたのか、
無数の霊魂や動物がイナちゃん目がけて吸い寄せられた!
「イナちゃん!すぐに社の中に入って…」私が言いかけた時には、イナちゃんは階段を駆け下りていた。
鳥居の外に出たらまずい!私とオリベちゃんは電撃的な反射神経で彼女を追う。
「アアアア!!オジマ!スリスリマスリ!!アイゴーーー!!!」
韓国語で叫びながら逃げ惑うイナちゃんの背後では、無数の魑魅魍魎が密集し、まるでイワシ群が集まって大きな魚に擬態するように巨大な影の塊になっていた。
<<ヒシャール・メァホール!>>
オリベちゃんがテレパシーで吼える。
するうち魍魎群全体をブラックライト色の閃光が包みこみ、花火のように点滅して爆ぜた。サイコキネシスだ!
霊魂達はエクトプラズム粒子に分解霧散(成仏)し、生き物達は失神して地面にパタパタと落下。
でもすかさず四方から次の魍魎群が押し寄せる!
「ちょっと一美あんた、あんたっ一美!なんなのよアレは!?」
私達の後を追ってリナが飛来する。
「あの子は超引き寄せ体質なの!しかも精神面にすごく影響しちゃうの!!」
「じゃあどうしてあんな人形を…ああもうっ、どきなさい!」
リナは再び宇宙人の姿になり、長い枯れ枝のような腕で大気中に漂う先程のエクトプラズム粒子を雑に吸収すると、そのエネルギーを一瞬にして空飛ぶ円盤型の幻影に錬成した。
円盤は第二魍魎群の上空に飛翔し、スポットライト状の光で霊魂達をアブダクションする!
「生きてるヤツらは無理!頼んだわよ!」
「<上等!>」私とオリベちゃんが同時に返事する。
オリベちゃんが再びサイコキネシスを放とうとしている間に、私は自分の影が周囲の木々に重なるように位置取る。
歩道沿いに長く連なった木陰に自分の影響力が行き渡ると、木陰は周囲の光を押し出すように中空へ伸びていった。影移しという技法だ。
「イナちゃん止まって!」私の声でイナちゃんが振り返る。
彼女は自分の周りを光と影のメロン格子状ドーム結界が守っている事に気がついて立ち止まった。
生き物達がギリギリまでイナちゃんに近付いた瞬間、オリベちゃんのサイコキネシスが発動!
結界で守られたイナちゃん以外の全ての生き物はその場で体を痙攣させて落下した。
<ふう、間一髪ね…>オリベちゃんが安堵のため息をつこうとした、その時だった。
「ビビーーーッ!!!」
けたたましく鳴るクラクションの方向を見ると、そこには暴走する軽トラックが!
イナちゃんの引き寄せが車まで呼びこんでしまったのか?いいや、違う。
不幸にもそのトラックのハンドルを握っていたのが、夢うつつの寝ぼけた高齢者だったのだ。
「うわ…きゃあああ!?」
咄嗟に車を避けようとしたイナちゃんは足を滑らせ、橋のたもとから五百川に落水してしまった!
「イナちゃぁぁーーん!!!」
溺れるイナちゃんに追い討ちをかけるように、川の内外から第三の魍魎群がにじり寄る。
「助け…ゲホッ!助けて!!」
まずい。水中の相手には影も脳波もUFOも届かない。
万事休すか!?と絶望しかけた、その時だった。
「俺に体を貸せ!」
突然、川下から成人男性ほどの大きさの白い魚がイナちゃん目がけて川を登ってきた。
いや、よく見るとそれは、半魚人めいた姿の霊魂…タルパのようだ。
「ひっ、来ないで!スリスリマスリ!」イナちゃんは怯えて半魚人を拒絶するが、
「うるせぇ!!死にたくねえならとっとと俺に任せろ、ガキ!!」半魚人は橋の上の私達にも伝わるほどの剣幕で彼女の肩を掴んだ!
その時、溺死者と思しき作業服姿の幽霊がイナちゃんの足首に纏わりつく。「アヤッ!」
イナちゃんは意を決して、半魚人に憑依を許した。
ドシュッ!!途端にイナちゃんの体がカジキマグロのように高速推進し、周囲の魍魎群を弾き飛ばす!
イナちゃんに取り憑いた半魚人は、着衣水泳とは思えないしなやかなイルカ泳ぎで魍魎や障害物を避けながら、冲に上がれるポイントを模索した。
しかし水から上がろうとする隙を魍魎に狙われていて、なかなか上陸できない。
「ああクソッタレ!なんなんだコイツらは!?」半魚人がイナちゃんの声で毒づく。
私達も追いつくのがやっとで、次の手を考えあぐねていた。
すると駅の方向から、一台の自転車が近づいてくる。
また誰かがイナちゃんに吸い寄せられたのかと思ったら、その人は…
「右へ泳げ!右の下水道に入るんだ!!!」
観光客用の電動レンタサイクルの前カゴに真っ白なポメラニアンを乗せて、五百川に向かって全力疾走する青年…平良鴨譲司さんは、
まるで最初からこの場にいたかのような超人的状況把握力をもって、半魚人に助言を叫んだ。
これが彼の脳力、空気組成や気圧の変化であらゆる情報を肺から認識する「ダウジング」だ!
「馬鹿か、何を根拠に言ってやがる!あんな所に入ったら袋の鼠だぞ!?」
半魚人が潜水と浮上を繰り返しながら反論する。
「根拠やと?そんなもん…」肩で息をしながら譲司さんが答えた。「ダウザーとしての勘だ!俺を信じろ…ジャック!」
ジャック、と呼ばれたその半魚人は目を見開き、橋の上の青年を見上げた。
栗色の髪、アラブ人ハーフの彫りの深い顔。ジャック氏の脳裏で彼の幼馴染の面影が重なったのか、
彼はイナちゃんの身を翻して、川辺の横穴に潜っていった。
「こっちやオリベ、紅さん!」
私達が譲司さんに案内されて、上流から見て川の右側へ駆け寄ると、温泉街らしくない工業的な建物があった。
イナちゃんは建物下方に流れる下水道の横に倒れていて、ジャック氏が介抱している。
彼女らの周りにはもう、魑魅魍魎の類いは集っていなかった。
<そうか。ここは発電所で、すぐ近くに送電線がある。
イナちゃんのギャザリング力も、ここでは歪みが生じて遠くまで及ばなくなるのね>
「日本の電力施設の電磁波は、普通の携帯の電波やテレパシーには影響せんレベルやけどな。
引き寄せ体質とかのオーラ系は本来そこまで飛ばん力やから、ちょっと遮蔽物を作るだけで効果がめっちゃ変わるんよ」
話している間にジャック氏が再びイナちゃんに取り憑いて、鉄パイプはしごと柵をよじ登って私達に合流した。
「あぅ…わうわ?」譲司さんの自転車に乗ったポメラニアンのポメラー子(こ)ちゃんが、イナちゃんを見て不思議そうに鳴く。
譲司さんは愛犬の投げかけた質問を呼気で理解し、親しい友人の前でだけ話す地元弁で、
「ああ、この子気絶しとるかんな、ジャックが中に入って助けとったんや」と優しく答えた。
◆◆◆
民宿に戻った私達は、意識の戻ったイナちゃんの身体を温めるために温泉に入った。
まだ日没前の早い時間だったから、実質貸切風呂だ。
イナちゃんの服は幸い全部洗濯可能だったから、オリベちゃんからネットを借りて洗濯機にかけている。
私とオリベちゃんは黙々と身体を洗い、イナちゃんは既に湯船に座っている。
先に髪の毛の水滴を絞った私は、手首に巻いていたゴムバンドで適当に髪をまとめ、湯船に入った。
誰も一言も喋らず、重い沈黙が流れる。
「…スリスリマスリって、何?」痺れをきらした私がイナちゃんに尋ねた。
イナちゃんはキリスト教のお祈りみたいに組んだ両手を揉みながら、か細い声で答えた。
「意味ないヨ…言うと元気出ます。チチンプイプイ、アブダカタブラ」
「<えっ!!?>」
私とオリベちゃんが思わず彼女を見る。
あの魍魎群がイナちゃんに近寄れなくなるから余程神聖な力のこもった呪文だと思っていたけど、まさかこの子、気力だけで魍魎を拒絶し続けていたなんて。
私達が思っていたよりも、ずっと根性がある。
「ゴメンナサイ…」
膝を抱えたイナちゃんが弱々しく頭を下げた。
本人が衰弱しているからか、もう魍魎は寄ってこない。
オリベちゃんは顔を背け、持ち込みのマイシャンプーを手のひらに溢れるほど出しながら<悪いのは私の方>と返した。
<着いてきて貰うだけでいい。
もしジャックがここにいるのなら、あなたを連れて行けば巡り会えると思った。
なにも殺人犯そのものを探すんじゃないし、大丈夫だろう…って。
あなた自身の体質の危険さに対する認識不足だったわ>
オリベちゃんの長い癖毛が泡立ち、ラベンダーとシナモンを煮詰めたような存在感のある香りが湯船にまで漂ってくる。
「どうして、探した?」イナちゃんが問う。
「ジャックさんはオリベちゃんとジョージさんと友達、わかる。
でもジャックさん作った人ヒトゴロシ。しかも連続ヨ。
もし私の友達の親ヒトゴロシだったら、学校では遊ぶ。でも友達の家は行きない。
ううん、わかてる。私は臆病ですね…」
友達の家族が人殺しだったら…。無理もない、いや、当然の反応だ。
私はイナちゃんの白い肩にお湯をかけた。
「サミュエル・ミラーは、強いタルパを作るためにたくさんの生き物を殺してきたんだ。
生き物を殺して、魂を奪って、それを継ぎ接ぎしながら怪物を育ててたの。
神になりたいから、って動機だったらしくて」
<その通りよ。私やジョージも、かつてあの男の作った怪物に殺されかけた。
その戦いで、私は声を、ジョージは…一番の親友を失った>
「だったらなんで!?」イナちゃんが身を乗り出す。
「そこまでされて友達助ける、凄いヨ?偉いヨ。でも、ヘンだヨ!
そんなの…」息継ぎもせずに思いの丈を吐き出して��イナちゃんは再び湯船にうずくまった。「そんなの、できないヨ…」
「そこまでされたから、だよ」
「え…?」
オリベちゃんは既にシャワーで泡を落としきっている。
でも膝の上で拳を握りしめて、肌寒い洗い場で私達に背を向けたまま動かなかった。
「…あ…!」
イナちゃんは閃いたようだ。オリベちゃんや譲司さんが、ジャック氏を見つけ出そうと覚悟した理由に。
サミュエル・ミラーはタルパを作るために生き物を殺す。つまり、
<そう。ジャックもあいつに殺された、元は人間だったのよ>
「そういう事情だったの。そうとは知らず、悪かったわ」
いつの間にか私の背後で、湯船の縁に人間姿のリナが座ってくつろいでいた。
「キャ!」イナちゃんが慌てて顔を手で覆う。
「あ、またキャッって言ったわね!」
「だ…だって!ここ女湯ヨ!!」
赤面しながらイナちゃんが指をずらし、ちらっとリナを見る。
でも、リナの首から下は完全に…
「…オモナッ?」
「ほんっと、失礼しちゃうわ」
「え…じゃあなんで、おヒゲ…え?」
だって、しょうがないじゃない。
中学の時に作ったんだから…知らなかったんだもん。男の人のがどうなってるのか。
◆◆◆
居間に戻ると譲司さんの姿はなかった。
庭の方からドライヤーの音がする。そういえばこの民宿は、庭園の池がペット用露天風呂になっているとか。
新幹線の長旅で疲れたポメちゃんを、譲司さんがお風呂に入れてあげていたんだろう。
窓際の広縁を見ると、ジャック氏が水の入った丸底フラスコのような形の物を咥えていた。
息を吐いているのか吸っているのかはわからないけど、フラスコ内の水が時々ゴポゴポと泡立ち、そこから伸びた金具の先端でエクトプラズム粒子が小さく明滅する。
霊力を吸うための喫煙具のような物なのだろう。
「ジャック・ラーセン」ジャック氏はこちらを一瞥もしないで語りだした。「…それが俺の本当の名だ」
生前、アメリカで移動販売のポップコーン屋台を経営していたジャック氏は、フロリダのある小さな農村を訪れた時、サミュエルの怪物と村人に襲撃されて命を落としたという。
「ん」ジャック氏はイナちゃんに目配せする。
イナちゃんが広縁に近づくと、ジャック氏は立ち上がり、二人羽織で袖を通すようにイナちゃんの腕にだけ取り憑いた。
「オモナ…」二度目だからイナちゃんはすんなり受け入れている。
ジャック氏は指差しでイナちゃんを誘導する。
みんなの荷物と共に固めて置かれていたあの人形の前にイナちゃんを座らせると、
ブチチチッ!雑に縫い合わされていたボロ布を躊躇なく引きちぎり、
中の奇妙な機械を剥き出しにした。
「こいつぁポップ・ガイっつってな…。ほら、背中のレバーを上げると口が開くだろ?
ここから弾けたてのポップコーンが出るんだよ。元々は屋台そのものの一部だったんだ…」
ジャック氏は慣れた手つきでポップ・ガイ人形を操る。背中の小さなスイッチを爪で押すと、お腹のスピーカーから微かにノイズが流れた。
「ああ、ちゃんと電源も入るな。オリベ、マスクは?」
<もうないわよ。ジョージがサミュエルを撃った時に割れて壊れたわ。おかげでトドメをさし損ねた>
「そうか。…いや、あのマスクに小型マイクが付いててさ、
そいつを被って喋ると、そのスピーカーからボイスチェンジャーを通したおかしな声が出るんだよ。
単純なもんだが、小さいガキ共には好評だった。
ま、それだけの話なんだがな…」
ジャック氏はスイッチを切り、イナちゃんから自分の腕を引き抜こうとするが、
「…ん?どうした。こら、離せよ」
イナちゃんは力をこめて、ジャック氏の腕を自分の体内に留めた。
「…スリスリマスリ」
「あ?何だそりゃ?ほら抜けねえだろうが…」
イナちゃんは細い腕の中にジャック氏の太い腕を湛えたまま、ポップ・ガイ人形を抱きしめた。
「オンジン」
「あぁ??」
<あははは!ジャック、よっぽどイナちゃんに気に入られたようね!>
「おいおい勘弁してくれ、これじゃボングもろくに吸えやしねえ。
ほらガキ、とっとと離れろ」
「ヤダ、もうちょと。あと私イナだヨ、ガキじゃないもん」
「あぁー!?」
イナちゃんが駄々をこねる。高校生ぐらいの彼女は、時折どこか子供っぽい仕草を見せる。
お寺、教会、霊能者…色んな人を頼っても自分を救える人は現れず、彼女は今までずっと、おまじないの言葉だけを頼りにあんな恐ろしい物と孤独に戦い続けてきた。
そんなイナちゃんのピンチを初めて救った私達は、彼女にとって親にも匹敵するほど心強い仲間になったことだろう。
「ったく…しょうがねえな」
ジャック氏は彼女の腕を、ジュゴンのように柔らかく暖かそうな彼の胸板に抱き寄せた。
「…ジョージが戻ってくるまでだからな」
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