Tumgik
toriik-blog1 · 1 year
Text
べんきょーの内容でも記録していけばちょっとは身につくかな?っておもったけど、今日も今日とてもネットまんがみて仕事後の5時間が通り過ぎちゃった…
日曜日はラジオの放送中止時間があるから早く寝たいね、ねれるといいな。いいながらもう0時過ぎた。
0 notes
toriik-blog1 · 1 year
Text
第3章 【その日を摘め】
Dyan:翼がなくても飛べる。じっとしていられない
Nexsa:翼がなくても飛べる。一人になれる場所がある
Sympan:翼がなくても飛べる。平和と友愛の世界を模索している。拳は硬い方。
声とはいうが、潜水艇のソナーに近い。
ダイアンは広範囲に発した声がぶつかった光りを感じた。あちらからもダイアンの声はよく見えているはずだ。
 その光に向かって再び跳ぶことが出来たたからダイアはラッキーだな、とグッと拳を握った。シンファンからネクサーの様子がおかしいがコンタクトが取れない、たどり着けないと聞かされて、もし石碑に引きこもっているのならさすがに干渉することができないし闇雲に彼のいるチャンネルを探すにも限界があると諦めるところだった。
 他人の不調にちょっと怖いくらいにすぐ気づくシンファンだけれど“秘密の場所”に跳ぶことがでずに困り果ててダイアンに相談を持ち掛けて、座標さえわかればどこへでも跳べるダイアンがネクサーの元へ跳んだ。
 これが結構手間なのだが、心優しく生真面目でけっこう気の短いシンファンの前でやる気のない素振りをするとたいてい痛い目にあう。苦しむ仲間を放っておくのかとビンタをされたり、負担を強いてすまないとエネルギーの過剰供給をされたり、ほかにもいろいろ。これは普段から余裕ぶってヘラヘラして余計な一言を言わないと気が済まないダイアンの性格のデメリットでもあるからシンファンを悪者にするわけにもいかないのだけれど。
 “秘密の場所”だなんてもったいつけているけれど、世界を作り出すテクスチャーの割れ目だとか並行宇宙の隙間だとか、そういうよくわからない温かな光の差しこむ場所でネクサーは繭のなかでしずかに眠っていた。その繭すらところどころ傷ついて赤黒く濁っていて、これはシンファンが放っておくわけがない、と苦笑した。
 「ネクス」
 と呼びかけても応えはない。みっともなく視線が震えて緊張を思い知る。きっと放っておいてもしばらくすれば元気になるのだろう。シンファンだって、ダイアンには治療とか治癒とかそういう能力がからっきしだと知っているから、なにもできなくても納得してくれるはずだ。ここは安全だし、見捨てるのとはワケがちがう。
いくつかのためらいのあと、ダイアンはこの場に残ることを決めた。軽薄で軽率で思いつたら即行動のダイアンに根気強く付き合ってものごとの理屈をひとつひとつ教えてくれた人の側にいたいとおもうのは当然じゃないか、そう思って。
ネクサーにとってのダイアンはたくさんいる手のかかる若者の一人に過ぎないと冷静な部分はいうのだけれど、それはネクサーの都合で、ダイアンは関係がない。ダイアンのなかではネクサーは温かな手で背中を撫で手を引いてくれる人だ。半端なことをすると蹴り飛ばしてやり直しだというし、最善の最良を探して疲労困憊してもまだもっと良い方法があるはずだと静かに問い詰めてくる。時には一番危ない場所に飛び込んで一番つらい役回りを引き受けて、どうあるべきかを、つよく、指していた。
ダイアンはそういう遠回しで寛大なふるまいはできそうにないけれど、そうありたいとあの背中を追いかけている。とおいむかしにいなくなった父は教えてくれなかったことだ。
落ち着かない心と退屈を紛らわせるようにダイアンは鼻歌をくちずさんであたりを散策した。こういう空間はよくわからない破材が漂着していて、それが案外使えたりする。
根気強く探し回ったダイアンは意気揚々とミドリの樹の枝を拾ってくると傘のように振り回しながらネクサーの側に戻ってきて、枝の先を丹念に研いだ。鋭い切っ先に満足すると、枝先で自分の胸元で蒼穹色の光を放つ炉を突き破り、枝が溶けてできた穴のふさがらないうちに両手を突っ込んで充分に広げて、とろとろと滴をこぼれる黄金の体内に利き手を突っ込んで、片手にすこし余る、うつくしい、東雲色のボールをとりだした。
粒子に還元するはずの体液は気化するよりも多く流れ落ちるせいでダイアンの腹をつたい足を汚し、飛び散る燐光はネクサーの眠る繭をしとどにぬらしてゆく。
 「俺っていい子じゃないからさ、やっちゃうんだよね。こういう無茶。
 いやぁ、痛みがないのはいいな、さすがの俺でもできねぇよ、てか、死んじまうし。あんたたちは、光があれば、光があるかぎり、何度だってやり直せるんだよな。トリニタスがそうだったもん。どんなに絶望的な状況だからって諦めなきゃ、戦ってたら、光はあるんだってさ。俺ひとりじゃこれっぽっちだけど、でも、ほら、さっきより明るいし?
 場所、シンファンに伝えたから、来るのは難しくても、助けてくれるだろ、あいつ、器用だし、こういうのも、慣れてるかもじゃん」
 くふくふ、と笑って拙くなる言葉にダイアンは薄れてゆく意識をはっきりと自覚した。
 「みてみろよ、あれ、ミラーボールみたい。白色、オンリーの。あれがね、俺をねここまで、連れてきたんだぜ。空、どんな飛行機より早くて、飛べる。人、泣いてる人、助けてきたんだ。暖かいだろ。あれが、俺。あぁ。クソ、眠い。かあさんは、星に、星なんだって。おおぐまの、あしを、きた、に。いつつ、のばした、ところ。こぐま、の、ひたい、の、うへ、かあさんの、星。とうさん、は、銀、銀色の龍…」
 ダイアンの開いた胸からこぼれる光は徐々に少なくなったが、それと同じ���けダイアンの身体も小さくなってとうとう元の背丈の膝くらいになってふらふらとネクサーの繭を抱きしめた。
「まつのは、なれている」
 ダイアンはすこし眠ることにした。
 
金色に輝く雨の街を泳ぐ、銀色のクジラを見て、ダイアンは最初、これは夢かとおもった。
ただ、寝る前にずいぶん気弱になってしまって、ネクサーに抱き付いたままだったことを思い出すと気恥ずかしくてたまらなかった。格好つけて助け出すつもりが、ネクサーの繭のなかに庇われてしまった。気をつかってもらわなくても大丈夫なようにわざわざ器を変えたのに、うたた寝なんてするからだ、と顔をおおってうなだれていても銀のクジラは降り注ぐ雨に全身を濡らし気持ちよさそうにしている。ダイアンはそのクジラにぴったりと寄り添っている小さなトンボらしかった。せめて、ハヤブサとかタカがよかったのだけれど力の大部分を分離させて、有機の肉体はこちらに持ち込めないとなるとこんなものだろう。並べるだけ、上出来。いややっぱりもっと強くてカッコイイやつがいいな。
「ネクサーはどうおもう」
ダイアンの問いかけにネクサーはなにも答えなかった。最初はクジラだと感じたけれどずいぶんと細長くてナマズとかハイギョにも見える。
「いい加減だな」
ネクサーは立ち並ぶ石造りの塔や神殿を避けながら降り注ぐ雨と柔らかな陽光に輝く街をひとしきりみてまわると、おおきな螺旋を描いてゆっくりと上昇して次の街に向かった。今度は、木と泥の建物が並んでいて、こちらにも雨は降り注いでいた。
しかもよくみてみれば、雨を受けた陽の光に照らされた部分だけが重厚なヴェールのような宵のとばりの平野から浮き上がっている。さっきの街も深い闇から雨と光の当たるところににょきにょきと生えていたのかもしれない。
夜と朝を同時に見ているような奇妙な光景だ。
 ネクサーは何軒かの民家と石塀の物々しい城跡のような場所をしばらくみたあと、また街全体を見回して螺旋を描いて浮上した。
3つめの街も同じように雨のなかぼんやりとした暗闇のなかに浮かび上がっている。街の造りもちょっと近代的になったけれどダイアンはあまり興味がわかず黙ってネクサーについて行った。静かにしていると、この廃墟のなかに微かに、人の気配を感じ取った。もう姿も失って、やさしい手触りだけをネクサーに託した誰かの気配だ。触れればほどけてしまいそうな彼らのふるびた彼らの存在を、ネクサーはたいせつに大切に慈しんでいる
0 notes
toriik-blog1 · 1 year
Text
ページがまだ残っててびっくりしている。
アプリだけアンインストールして、消してなかったんだ…
0 notes
toriik-blog1 · 6 years
Text
20190306 ウィーン宮廷音楽家とパリの作曲家のはなし
世界が音楽にあふれていて、少しばかりの金さえあれば誰でも気兼ねなく音楽鑑賞ができ、座席に階級による指定がないというのはなんとも画期的な制度に思えた。
エクトルのように音楽に陶酔し傾向し、道を踏み誤るもとい急な転身を遂げた者にとっては名誉も音響も最高の座席が(帰るかどうかは別として)手に入れる機会を等しく与えられているということはほどよく闘争心を掻き立てられた。少しばかりの支給金では足りないので前世での経験を生かして個人医師の雑用係として働いた収入のほとんどをそれにつぎ込んではいるが、その演奏はエクトルの心を満足させるものは少なかった。楽器の形や解釈の仕方が異なるが大筋は似通った音楽であるため、初めて聞いた時の違和感は吐き気を催すほどの殺気立った猫の金切り声かと感ぜられたが、理解が進むうちにその気持ち悪さはひとまず落ち着いた。そうするとつぎに選曲への不満が噴出した。���イツ人ー正確にはオーストリアであったりハンガリーであったりするがエクトルは細かな違いがすぐに見分けられないのでいつもこういってしまうーやロシアー同じくロシア周辺の人種の違いがすぐに見分けられないーの作曲家ばかりなのは百歩譲って飲み干したが、エクトルの敬愛するグルックの音楽が、グルックだけでなくその系譜に属する音がちっともないのだ。気をつけて聴けばそれらしき痕跡を遺す音楽はあるが、多くの流派と混ざり合いあの崇高で緻密な感動には程遠いものに変わり果てている。
この世界に彼らは求められていなかったのかと愕然とした気持ちを抱えていたエクトルであったが、グルックのファンである以上に音楽の虜であったため足繁く劇場に通っているとパンフレットに挟まれた定期公演の案内に見たのが、サリエリであった。
いくしかあるまい。
心踊らせ、ワクワクとした気持ちで夜も眠れずに公演に臨んだが、エクトルはその演奏を最後まで聞くことは叶わなかった。というのも、モーツアルトの宿敵でありそのあり方と相容れない平々凡々なありふれた作曲家のような紹介でおやと眉を潜めたが、演奏はもっとひどかったのだ。
「オーボエ!どういうことだ、そののっぺりとした調子は!それでは譜面通りに吹いているだけの子どもと変わらないぞ!楽譜にはもっと流れるようにと書いてあるはずだ!シンバルの出しゃばりが!うるさすぎて他の音がちっとも聞こえんぞ!」
直前に演奏されたモーツアルトのこじんまりとしたしかしよく慣れた演奏とくらべ幼稚でたどたどしく深みにかける演奏に、若い頃のように指摘をしてやったら紺色の制服の警備員がエクトルの座席までやってきて静かに、とジェスチャーをしたのだ。
エクトルもマナー違反に自覚がなかったわけではないが
「それにしたってこの演奏はひどすぎる!あいつらがわかっていないのなら誰かが指導してやらねばならないだろう。今回それがたまたま俺だったのだ!ヘタクソの演奏で作曲者に汚名を着せるのはやめていただきたい!」
と、反論をしたことで同じ制服の人間が一気に三人に増え、なすすべなく会場の外へ連れ出されたのだ。さいごまできかなくてせいせいした、と鼻息を荒くしていたが休憩になったのかわっと吐き出された観客の感想にも耳を傾けることにした。
演奏はお粗末であったが、曲の構成ではよほど優れたグルックの愛弟子の作に心打たれた同志を見つけ出したかったのだ。
しかし、観客は最後に演奏されたというベートーベンの交響曲の話ばかりしてサリエリのことをちっとも語る気配がない。まさかここにいる全員が感性がカチカチの黒パンのように凝り固まっているのかと疑うほどに。
初老の男が「そういえばサリエリは初めて聞いたな」というのが聞こえたのでエクトルは耳をそばだてた。
「モーツアルトのライバルというから期待したが、なんだ、大したことがない。ありきたりで退屈だな」
主よ!とエクトルは思わず祈りを捧げた。この者が音楽の愛好家だというのならもうすこしマトモな感性を授けてやらなかったのですか。同胞への祈りを込め憐れみが胸を満たしていく。
「そんなだから、嫉妬に駆られて毒殺なんてするんだ」
「失礼ながらムッシュー。あなたはこの崇高な芸術に魂を奪われた同志だと思っていましたがどうやらただ自分の知見をひけらかしたいだけの愚昧だったとは、残念でなりません」
連れの若い男との間に割って何かそんなことを言ったと自覚したのは、初老の男が呆気にとられた顔が怒りで真っ赤に染まったせいであった。
まずいま、とかんじて一目散に逃げ出した。逃げざまに
「あれはサリエリの曲が愚かなのではない!演奏家たちがわざとあの曲をつまらなくなるように意地悪な演奏をしたのだ!!」
という旨の事を頭の中がスコーンで詰まった老人にもわかりやすい言葉を選んで言い残した。
息を���らし、途中で何もない場所で一度派手に転びかけて足首をくじいたりして一気に屋敷まで戻ってくるとちょうどアントニオが入り口ロビーの談話室に一人でいた。先ほどまで誰かいたのかコーヒーカップが1つ取り残されてクッションがいびつに潰れている。
「アントニオ。今から時間はあるか」
「要件にもよるけれど、取り急ぎの予定はないよ。いってごらん」
「歌の稽古をつけてくれ」
「いまから歌の稽古を君にするの?少し時間を置いてからじゃだめかな。いまの君はあまりいいコンディションとは言えなくてよ」
「業腹が立ったので、歌って落ち着かせたいんだ。頼みます」
エクトルが目線を落とし首を下げて言うと、アントニオはちょっとだけ悩むフリだけしてもったいをつけて
「気が立っているときはレッスンよりも好きに歌った方が気持ちがいいよ」
そういって笑った。
広げていたノートをまとめてお盆がわりに二脚のコーヒーカップを食堂へ持って行ってからという条件の元、エクトルはアントニオとの歌の時間を獲得した。
「本当の音楽を、教えてくださいよ先生」
0 notes
toriik-blog1 · 6 years
Text
20181213の夢
楽器の修理の合間、男は唯一行使できる魔法を行使する。首筋から指先にかけて、赤黒い弦がはしり、今メンテナンスを終えたばかりのバイオリンの弓で擦り上げる。悪くない音色が響き、男はそのまま脳裏に浮かんだ一節を奏でる。 何の意味があるというわけでもない、どこに繋がるというわけでもない。ただ、 弾きたいから弾く。そんな一時だ。悪癖を理解しながらもそれをやめることはできず、どうせバレてはいない。なぜならこの弦だけのバイオリンがひとに知られることがないからだ。
昼間は家電量販店で働いている。楽器のメンテナンスは収益として不足ないが、本業とするには男の技量は足りなかった。
やって来たのは馴れ馴れしい男で、開口一番「姿のないバイオリンをくれ」と無理難題をいってかかった。遠巻きに眺めていると、店主でもあるコトミネが電子楽器のひとつを紹介した。センサーの見えない弦で奏でるバイオリンを模したオモチャのような楽器だ。客の要望には一番近いだろう。だが、客は納得しきれない様子でコトミネになにか掛け合った。ふむ、となんどか頷くとコトミネは男の方を振り向いた。
「サリエリ、彼がこれをいくつかほしいそうだ。楽器はお前の担当だろう。あとは任せる」
面倒を押し付け経過を楽しむ癖のあるコトミネは今回もまた男に無茶を押し付け持ち場へ戻っていった。
客のほうは、期待に満ちた目で男を見つめた。
「本当にほしいものとは少し違うんだ。たとえば首筋から指先に弦を張って弓で鳴らすような、そんな楽器をさがしているんだ」
「残念ながら、そのような楽器は聞いたこともありません」
男はマニュアル通りの答え方をした。なんとなく男は自分が扱う魔法を伝えたり見せたりしてはならないと、知っていた
0 notes
toriik-blog1 · 6 years
Text
20181109の話[FGO 海賊と宮廷音楽家の承]
「して、サリエリ史はいつ帰るのでござるか」
 うん?と首をかしげる所作はさながら幼女である。そんなわけあるかクソ。
「これが終れば帰る」
「昨日もそういいましたぞ~」
 うん、と言ったきり居候の男は小さな座卓に広げた紙に記号を書き付けていった。それが音楽用の紙で、書いているのが音符だということのほかティーチにはよくわからなかった。
 懐中時計は今もティーチの手元にある。だがサリエリは居座り続け、どこからか紙の束を取り出して作曲を始めた。昨日はすぐに終るのだと思って好きにさせながら、時折これは何をしているのだとか、どういう意味だとか聞いていた。書いているのはオーケストラの総譜といわれる、さまざまな楽器の全ての音を書かれた楽譜だという。スピードやリズムや強弱の印象について随時指示を入れつつ、見てのとおり音符で書き留めるのだ、と言ったときの口調は穏やかで慣れたようであった。しばらくはティーチも珍しがってあれこれと尋ねたがそのうち意味の分からない暗号の羅列を見ているのも飽きて海の仲間と賭け事を持ちかけに行った。悠々と勝ちを得て帰宅したのが今朝早くのことである。丸一日家を空けていたが、サリエリが一人で勝手に家を出るとも思えなかったし、逆になにかを盗んでいくような根性があるようにも思えなかった。ようは人畜無害であろうとおもっていたのだ。
 だというのに、この男は血走った目をしていまだに楽譜に何かを書きなぐっていた。何段かに連なった独特な罫線をすこし進んではしだの段を書いてみたり、ひとしきり書き終わってから上下に書き込んでいったり、普通に文章を書いているというよりはやはりなにか暗号を打ち込んでいるように見えた。おそらくサリエリだってティーチが航海図引くときには同じような感想を抱くのだろうが、そんなことよりもサリエリの表情と手の動きがティーチの表情を曇らせた。
 部屋の中は荒らされているどころか、心持整頓されていたし、傍らに置かれたマグカップのほか何かが動いた気配すらない。食事を食べた形跡がないというのに凄まじい集中力を発揮してティーチが声をかけたところで生返事をするばかりで現実に帰ってこない。
 こういう状態に陥った人間を何度か見たことがある。
 文字通り寿命と引き換えに天啓を得た人間の動きだ。寝食を忘れて時には排泄すらおざなりにして目の前にある輝きを追い求め、おいもとめ、その果てにあるのは破滅だ。若い航海士が今のサリエリのような動きをしたらティーチは歯の2,3本折るつもりで殴りつけて止める。どれほど天気を読んだとしても、いつ荒波に襲われ緊急事態になるとも知れない航海のさなかに必要以上の集中力を発揮するというのは何もしていないのに普段より気力も体力も本人の自覚なく根こそぎ奪い尽くす。サリエリがもしも航海士や船乗りならばすでにティーチに罵声とともに殴り飛ばされていなければおかしい。だが、サリエリは船乗りでなければティーチの部下でもない。もしあの紙切れに描かれている楽譜が国家クラスの栄誉勲章を得る名作ならばそのまま作らせておくに限る。この家で泊めてやったからできたのだ、といえば2ヶ月遊んで暮らせる懐中時計が1年遊んで暮らせる懐中時計に変わる。まるで金の卵を産むガチョウのようだとすら思えた。
「拙者は寝るでござるよ~サリエリ氏もソコにメシぃ置いてるんでちゃっちゃと喰ってクソきばって寝るでござるよ」
 うん、と返事が聞えたが、おそらくありゃ寝ないなと確信して、ティーチは小さなワンルームアパートに詰め込まれたベッドで横たわり目を閉じた。
 明るかろうがうるさかろうが眠るべきと思えば眠れるのは、航海に必須のスキルだ。
 サリエリがペンを走らせる音に迷いがなく、一直線にどこかにかけてゆくような不気味さも、素人目にも分かる難解な楽譜を訂正することもなく書きとめていく奇妙さも、目を閉じて戦利品の女の感触を思い出しているうちに忘れてゆく。
 だが、くたばるのならば金を払ってからにしてくれねぇかな、という不安は瞼の裏に染みる蛍光灯の明かりといっしょに夢の中にまで持ち越した。
0 notes
toriik-blog1 · 6 years
Text
20181107の話[FGO 海賊と宮廷音楽家序]
 白矢わけ行く
  念を押すが、黒髭ことティーチは決して前任とは言えない。むしろスレスレ法を犯していないだけで十分に悪人であった。だというのにウマくもない男を拾いねぐらに連れ帰り介抱の真似事をしたのは、それが労働以上の報酬になると見込んだからだ。
 連れ帰った男は痩せた長身で、身なりがよかった。だが、昼前からティーチは寄航した船の手入れだの部下への指示をのこしたりだの海の男としてのマナーをつけてやったりだのをして、夏の遅い夕暮れ時になるまでベンチの一角に寄りかかって動かなかった。最初は死体が放置されているのかと思って、夜になったら服を剥いで(ついでに金歯のひとつぐらいいたいて)湾に沈めてやろうとそんなことばかり考えていた。生きている、と思ったのは男が抱える小柄な楽器ケースが膝の上にずっと納まっていたからだ。死体ならばそのうち腕の力が抜けてゆき楽器ケースは無残に落ちるはずである。ひょっとしたら何度か体制を変えていたり、食事やトイレのために一瞬くらい動いたりしたのかもしれないが底まで関心のなかったティーチには昼間から男がいた記憶は合ってもどんな姿勢で眠っていたかの細かな記憶はない。
 生きている相手ならばひとまず遅れを盗ることはない、と近づき、男のまとうオーダーメイドと思しき一揃えのスーツのポケットを確かめてから恭しくねぐらに持ち帰った。
 繰り返すがティーチは悪人の部類だし、法を犯していないというのも訴えられたりつかまったりしたことがないからであって、ティーチの侵したささいな違反で不利益をこうむった人間が泣き寝入りをしただとか悲嘆のうちに首をつっただとかがもしあったとしてもおそらく痛む胸はない。それどころかうるさいヤツが一匹減ってせいせいした、とさえいえるだろう。ここ数年は各所からのマークが厳しくなり、法の改正とひととおり遊びつくしたことで昔よりは紳士である。
 紳士であり、貿易船の船長でもあるティーチは介抱と朝食の代金はしっかりと払ってもらうつもりでいた。財布の中身は――すでにすられていたのだろう――カラ同然だったがポケットにしまわれたカレッジリングは金があしらわれているし、カフスボタンすら価値がある。全身を宝石で彩ったような男だ。そしらぬフリでなにか3つ4つおだちんをいただくつもりだったのだ。恩着せがましく、時に威圧的に、時に哀れっぽく、介抱が大変だったかを説くと男は、なるほど、とひとつうなずいた。
「ひどく世話になったようだな。だが、今私には手持ちがない。このヴァイオリンだけは渡せないし、代わりにこれを」
 そういって渡されたのはジャケットの胸元に輝いていたピンだ。ただ美しい紋章ではない。これは一種の勲章であることはティーチが大きな声では言えない貿易品を西へ東へ運びまわって育んだ審美眼と希少品目録がつげた。
「これだけ働かせておいてそれっぽっちのボタンで済ませる気でスカイ」
 だが、ティーチはもう一押しを囁いた。時折盗品や質流れ品として見かける類のピンはたしかに高価だが、ティーチの目当てはポケットのなかに隠された指輪である。
「ふむ…これもなかなか貴重なものだ…まぁいい。ならばこれを君に渡そう」
 そういって男が差し出したのは彫刻の鮮やかな1台の懐中時計である。
 その懐中時計はティーチを驚かせた。というのも、これは先ほどの勲章とは比べ物にならない、国家からの信頼そのものといえるしなである。無論、ティーチもポケットを漁ったときにその存在には気づいていた。だが、カバー裏に刻印されたシリアルナンバーと授与日と持ち主の名前があるためティーチが望���転売品としての価値はほとんどない。盗んだものだと疑われて厄介ごとを嫌う買い付けから相手にされなくなるからだ。
「命のかわりというには、ずいぶん地味な時計ですぞ」
「そうだろうか。どこぞの職人が生涯かけて10と作れない名品らしいが。どのみちこれは足がつき易かろう。持ち込むのなら質屋ではなく、近所の交番にするといい。名前と連絡先と拾得者利益の主張をすればいい。そうすれば貴様が3日働きづめでようやく得られる程度の報酬がほとんど自動的に送りつけられる」
「ばれていたでござるか」
「ピンを見せたときに息を呑んだろう。あれは価値を分かって驚いた者の反応だ。だが他にもよこせということは、君が一番にほしいのは現金だろう」
 ��ぅう、とティーチは呻り男の推測に図星と伝えた。
0 notes
toriik-blog1 · 6 years
Text
20181103の話
 今日も今日とて、ユニクロのちょっといいパーカーが変えそうな価格の本を2冊ほど買ってきたけれど、僕はまちがっても読書家ではない。実際買ってきたものの詰んでいる本のほうが多いし、飼った時点で安心してしまうことも多々ある。
それでも僕が本を集めることに執着するのは、僕にとって本というのが数少ない、挑戦できる場所だからだろう。
 僕はこれまで不自由するほど貧乏ではないけれどなんにでも挑戦できるほど裕福でもなかった。曲がりなりにも働き出してからはますます定見や挑戦を得る場所というのは失われていった。時折見かける職業体験や学習や技能の教室は年齢制限が課された子供向けのものか、平日の昼間に定期的な参加が必要かであり、そうでなくても働きながら通いつつ支払える授業料ではなかたった。そんな僕に救いを与えてくれるのが本だ。本は一方的ではあるし肉体的な技術にはいまひとつ役に立たないけれど、挑戦は受け入れてくれた。
 たとえば艦艇に興味を持ったときに図録を開けば、僕は今はもう失われてしまった船のことも、遠い港で停泊している船のことを知ることができたし、たとえばバスケに興味を持ったときルールブックを開けば、僕は体育館に行く必要なくゴールの決め方による難易度を知ることができるし、テレビ中継でのプロ選手の不可解な行動の意味をちょっとは理解できたりする。僕にとって本は未知の領域への挑戦と体験を与えてくれるものだ。
 僕の家の本棚はこれからも僕が興味関心を持ったジャンルの妙にマニアックな内容の本が増え続けるだろう。そしてその本の3割も読まないうちに補完されることだろう。それでも僕は次々と新たな体験のため本を買うのだろうし、金銭も時間も無為に使い果たす僕は実体験を得るのはここぞと追い詰められたときばかりなのだろう。
0 notes
toriik-blog1 · 6 years
Text
[凍土音楽家組] 20181025の話
登場人物 ? サリエリ
朱の明星
  男の名はサリエリといった。今は天使のようなことをしているが、その魂は神に召し上げられた尊いものではない。聖杯、という魔術装置がくみ上げた魂だか概念高の不要な残りかすで使い道はないがサーヴァントが召還されている限りついてくるオマケのリ���フレットのような存在だ。サリエリは肉体の枷から解き放たれると同時に、時間と空間の制約からも解放された。実態をもたず物体に干渉することはできないが、逆に言えば物理法則を無視することは可能だった。さすがに過去にさかのぼることはできないが壁や扉をすり抜けたり、大陸の端から端を一瞬で移動することはできる。その能力を活用してサリエリは演奏会や舞台の梯子をして回っている。美しい音楽だけではなく、駅前や広場で歌っている無名のアーティストや不慣れな言葉をあやつる若者の歌にも耳を傾ける。芸術が好きなのだ。特に音楽が。
 悲しんでいる人を見かければいてもたってもいられずに傍らによって行き、後ろを付きまとったりとなりのベンチに腰掛けたりしながら、物悲しい歌を歌う。空気の振動はないし、聞えていないし、きっとどこにも届かない歌だが、それでもサリエリは歌い続けた。彼らがこらえきれずに涙をこぼし泣き出したり、激情のまま叫ぶようになればそれにみあった歌へ転調してゆく。甘く優しい子守唄であったり、吼えるようなアリアであったり、霧のような静けさであったり。歌いながら彼らの背中を触れることはできないままに撫でていく。
 そうこうしていると大概のひとは空腹を自覚して、ふらふらとキッチンに向かったり食事を求めて外出をしていった。それはいいことだ、と後をついて歩くサリエリは陽気な歌を鼻歌にのせる。食事中はとびきり陽気でしかし落ち着いた音楽を。得意分野である。
 空腹が満たされた彼らのためにサリエリが披露するのは誰かと歌いだしたくなるポップソングだった。あちこちの劇場を渡り歩き仕入れた最新の知識で即興するポップスは概ね好評で、あるひとは知り合いに連絡を取ろうと電話をとり、ある人は便箋と封筒を引っ張り出し、あるひとはカフェの店員をお茶に誘い手ひどく振られていた。
 自らの歌が耳に聞けずとも精神に作用しているのだと気づくのにそう時間はかからなかった。
 かつての自分はそんな特殊な能力は持ち合わせていなかったが、これも英霊として――厳密にはその取りこぼしであり成り損ないであり定量からあふれて隔離された滓なのだが――付随された特殊な能力のひとつだろうかと心を弾ませた。
 
 実のところは何のためにサリエリが呼ばれたのかは理解している。アヴェンジャーサリエリ、彼を構成する幻霊――英霊としての基準を満たせないなにかそういったもの――でしかないのだ。彼が座に帰るとなればサリエリも有無を言わさずこの世界とサヨナラすることになるだろうし逆に彼が現代に霊基をおく限りサリエリもボンヤリと存在している。
 時折サリエリもアヴェンジャーの元へ行く。とある時間軸、ここから視たら未来の出来事だろう、氷に閉ざされた世界でアヴェンジャーにはひどい無茶振りを押し付けたのだから、労いを篭めてあったときにはめいいっぱいかわいがるのだ。それから、その傍らにいる友人も。
「大好きだよ、サリエリ」
 すがすがしいほどの笑顔でアヴェンジャーに言い寄るアマデウスはどうしてなかなか愛らしいものだった。
 大好きだ、優しくしてやりたい、このもどかしい感情を君に捧げたい。そうやって歌うように語り掛けるが、アヴェンジャーは振り返らない。サリエリはアヴェンジャーの目を手のひらで覆い隠してやり、殺すべきものからの姦しい歓声から遠ざけた。
「すまないね、アヴェンジャー。君のおもうまま憎む<あいす>のは今ではないんだ」
 聞えるはずのないというのに、アヴェンジャーはふっとサリエリの触れることのない目隠しを振り切り、視線を泳がせた。
「感づいているのかな。でも俺の姿は見えないし感じないんだ、肉体を持つ他者に影響を与えられるほど力がなくってな」
 騙りかけるとアヴェンジャーは探索をやめ、どこかへ歩き去っていった。
「さて」
 とサリエリはアマデウスに振り返る。興奮した様子の笑顔のまま自信満々に鼻息を粗くしているが、
「偏屈者。一度や二度死んだくらいではそのへそ曲がりは治らないのか。返事がないからそういうことをいうのだろう。踏み込ませておいて、踏み入る気がない臆病者め」
 言いながらもアマデウスの肩を抱いた。英霊相手でも触れることはできないし、視られることは叶わない。声も届いてはいない。
「そこまで言うのなら言ってやろう。愛しているとも、愛している。あこがれていた、期待していた、優しくしたかったし、もっと遊んでみたかった。耳にたこができるまで言ってやろうか。お前には、ひとつとして聞えないだろうがな。愛してほしいとわめいてみたり、俺に貴様のことを理解するように言いながら、貴様ときたら俺がお前の憧れだとは決して聴いてくれないのだろう。そういうところが、ガキなんだ」
それでもまぁ、愛してやらないでもないがな。
 アマデウスもどこかへ去ってゆき、後をつけるつもりもないサリエリは気ままな観光旅旅行に出かけた。それでも彼らや、マスターが道に迷えばアヴェンジャー頼りにもっとも正しい道を示すのだ。たとえそれが、雪に閉ざされ弱者を排することで生きながらえ音楽の途絶えた世界だとしても、知りうる限りの知恵を貸し、与えうる限りの愛情を捧げて歌って見せる。
0 notes
toriik-blog1 · 6 years
Text
[創作]20181017の話
 星の歌の響く空
  歌声が聞えてヴォルフは足を止めた。たしかこの国では歌というものが途絶えて久しいはずだ。だというのに、場内の一角に設えられた朝露に濡れる庭園に似合う澄み渡った美しい声色で歌っている。
 小道に沿って庭園を分け入ると、声の主はすぐに見つかった。男装をしているがまだ若い娘がひとり、傍らにおいた大振りの瓜くらいの大きさの機械が奏でる旋律にあわせて歌っていたのだ。電子音はどこか耳に突き刺さるような生の楽器とは違うとげとげしい音ではあるが旋律そのものは暖かくやわらかい。言葉は分からないが望郷の念を歌うのだというのはヴォルフにはすぐに感じられた。
「ステキな歌声だね」
 少女が歌い終わるのを待って、声をかけた。
「貴方も旅の人?」
 少女はとっくに気づいていたようでどことなく獣めいた剣呑な光を灯すまなざしを向ける。
「うん。人を探してあちこち渡り歩いている。ついでに、行商と吟遊詩人なんかをしているよ。ときどきスパイと間違えられるけれどあしらい方は上手いほうだよ」
「そう。いまどき世界中を回るだなんてがめつい商人か大切な人を失った人くらいなものよね」
「うん」
 ヴォルフの相槌で会話は途切れた。
 この街もこのまま行けば次にめぐり合うことなく砂に飲まれて消えてゆくのだろう。だがひょっとすれば、また新しいコロニーを作って人々の暮らしは続いていくかもしれない。どちらにせよ故郷を離れて久しいヴォルフには関係のない話であった。
「歌を知っているなら“サリエリ”を知らないかい」
「サリエリ?ああ、彼はもうずいぶん前にお世話になったわ。貴方は知り合いなの?」
「うん。ずっと前から彼を探しているんだ」
「じゃぁ、あなたが"モーツァルト"?」
「そういうことになるね。でもそんな肩書きじゃなくてヴォルフと呼んでほしいな」
「わかったわ、ヴォルフ」
 少女は立ち上がると腿ほどの長さのコートの裾をつまんで丁寧にお辞儀をして見せた
0 notes
toriik-blog1 · 6 years
Text
[創作]20181013の話
彼が誰かを憎んだかどうかなんて僕にはわからないよ。だってただのアクターだよ。
僕ならば、そうだね、最初は悲しいよ。でも、あの劇作家、あの作品!あれは素晴らしいよね。なぜなら絶対にあり得ないことをやったといったんだよ。それがいまやあったことになっているんだ!これってあの作品が素晴らしかったということでしょう?そうであったらよかったのにという願望が集まって重なって事実の上に降り積もって新たな彼が産み出された!これは面白いことだよ、わかる?あり得ないことを、あり得たかもしれないことに、そしてあったであろうことにするんだよ!文字の勝利だ、創造力が事���を上回ったんだよ!おもしろい、おもしろいよ!
僕ならばそうだね、さんざん悲しんで涙もつきたあとには、舞台にたちたい、世代を越え世界を越え真実を越えて観客の羨望と嫉妬と憎悪を集めて募らせて、クライマックスの二人の懺悔で得られるカタルシス!人は死ぬこと、天才は夭逝せねばならないこと、醜悪なものが長くはびこること、そして君たち観客諸君はその醜悪なものに近しいと切っ先を突き立てること!こんなに興奮することはないよ。
真実を嘘に、嘘を真実に、真実を華やかに彩って!アレグーリアに食べて!踊れ!奏でよ!歌え!高らかに!
0 notes
toriik-blog1 · 6 years
Text
[文アル]カンカンと龍と時々だざぴ[FanArt]
 文豪と。アルケミストのなにかゆるっとした小話。
ツイッターのタグ遊び用
・[エンジェルトランペットは手向けにならない]
 
 寛はあのこのことがとても好きだよね、と尋ねてきたのは龍之介だった。
「そうだな、かわいいかわいい後輩だ」
「後輩?それだけなのかい?ずいぶん入れ込んで心中未遂に付き合っていると聴いているけど」
 人の色恋は書物を通じて楽しむのが一番だ、と口走りそうな非俗的な蒼いまなざしはなにか悶える感情を宿していた。当然である。優れた作家というのは優れていれば優れているほど繊細な感受性を保ったまま筆を剣のように研ぎ澄ませてゆく。たとえ心の構造が子供と大差なくても、器は立派に大人になって世界の美しさ汚らしさ課せられる義務を募らせてゆくのだから矛盾して鬱蒼とした感情のひとつふたつ宿らないはずがない。
「嫉妬してくれてんの?」
「心配をしているんだよ」
「こんなことをしていてうっかり死んだらどうするんだってこと?心配するなって。俺って義理堅い男だろう?親友を置いて死んだりしないから」
「君は感覚が麻痺しているのかもしれないけれど、君たちはいつ死んでもおかしくない、危険なことを繰り返しているんだ、いつか手違いがおきないとは限らないよ」
 龍之介の正論に、寛はくすぐったそうに笑った。目の前の親友もずいぶんと自堕落な暮らしをしていたし、それは1世紀近く立った時代でも語り継がれているどころかすこし話が盛られ気味だ。じぶんたちはその影響を強く受けているはずだというのに自分だけ真人間のようなことを言う。
「そうだなぁ。普通ならうっかり死んじまう場面もあったかもしれないけどどうせ普通じゃねぇしそう易々死にやしねぇよ。アイツにとってはよかったんだか悪かったんだかわかんないけど」
「そういってもだなぁ」
 なにかくどくどと説教を始める友の声をBGMに寛はぼんやりと計算を思い出す。一緒に心中してやろうと取り交わすのがうわべだけの口上ではない。本当にそういう場面に出くわせば運がなかったなと諦めるつもりでいる。しかし、それはきっとありえない未来だ。あの哀れな後輩はきっと自分を殺せない。どれほど確実な心中の方法を知っていても致命的な欠陥をつくってしまう。かといって一人で死ぬこともできない。寛との心中を成功させる可能性を考えると行きずりの女のほうが(この際気前のいい男でもいいのかもしれない)名前も知らないうちに心中の約束を取り交わし、あっさりと試してうっかり死んだりしそうなほどだと、寛は考えている。それを打ち明ければ龍之介なんというだろう。小言が増えるのだけは確実だ。
「それはめんどくさいな」
 きいているのかい!とらしくない大声を上げる龍之介に「大丈夫だいじょうぶ、よく言うだろう、死ぬこと意外はかすり傷って」と笑って見せれば地獄の風のような深いため息と、たのむよ、と嘆きが寛の肩を抱いた。
酉居って実はイベントをちゃんと参加したことないのですよ。ですので図書館でツンツンしたときの印象だけでいってます。ぶろまんす。
0 notes
toriik-blog1 · 6 years
Text
[凍土音楽家組]ファンアートのファンアート
「魔術師と操り人形」
若葉萌える五月の庭や水の輝く立秋の頃に、死を幻想した手遊びのカンターレはいつしかカノンの様相を呈した。
彼は歩を進める分はだけきっかり一節遅れて追いかける。几帳面で神経質な足音が響く。
これはひとつの仮想世界、あり得ることのないからこそ美しい夢の続きだとアマデウスにはすぐさまわかった。
見知らぬ森はいずれも新芽のように青く柔らかな色を弾いている。
「貴様の瞳の色とよく似ている」
カノンの、もう一人の歌い手がそういった。
「そう、ぼくの瞳はこんな鮮やかなグリーンなんだね」
いらえはない。
緩やかなカーブを描く均された道をゆくあいだもきっかり一節あけて追いかける足音があった。
これがひとつの希望的観測、あり得ないからこそ美しい夢の続きだとアマデウスは知っている。
なぜなら、あちこち旅をし、いくつもの街を渡ったアマデウスにも海をまじまじと見た記憶はないからだ。だというのに眼前に広がる海は夏の日差しを受けてきらきらと輝いている。ダイヤモンドの粉が青緑の広大な液体の中を転がっているような案配で水は蠢いていた。
「あれはお前の肌に似ている」
カノンの合いの手がそう語りかける。
「僕の肌が金剛石のごとく美しいということかい」
いらえはない。
 ありえないからこそ美しい夢の続きですら萌える若葉の木陰の黒々しさに、きらめく残光の芽の潰れんばかりのまばゆさに、死を幻想しすでに余剰のない脳みそのタスクを圧迫してゆく。四季のうつろいに、こと命芽吹く季節に死を幻想する一人遊びはずっと前からの禁じられた遊びだった。だからこれは事実あったことなのか空想なのかを是正してくれる人はいない。
 カノンの相槌はそのことを知ってかしらずかあいかわらずアマデウスの足音を決まった速度で追いかけた。四季のうつろいに、こと命芽吹く季節に死を幻想する一人遊びはずっと前からの禁じられた遊びだった。だからこれは事実あったことなのか空想なのかを是正してくれる人はいない。
それは深緑の季節に深窓のピアノの前で深夜の浮き足のまま深遠に赴き深淵を垣間見る夢である。
アマデウスはうっとりとその音色に聞き惚れていた。自尊心が高く自己批評的で他者を見下すにも容赦のないアマデウスか聞き惚れたのは彼の、サリエリのオルガンの音であった。技巧で言えばアマデウスに及ぶことはない。しかし並み比べれば卓越した腕前と奇跡的なサクセスストーリーを掴みとるきっかけとなった歌声と共に奏でられる音色に込められた痛切な矛盾がアマデウスに不意に共鳴した。
端的にいうなら諦念である。
美しくいうなら覚悟である。
いうなれば傷つきなおも愛し続けるひとの悲しい宿命である。
サリエリのレクイエムは、多くの鎮魂歌がそうであるように、悲しみと悼みが込められている。しかし、ディエス・レイにすら光を投げ込むのはなかなかどうして彼らしい仕業だと思えた。暗くのしかかる悲しみの分厚い雲、死のベール、その隙間から差し込む一筋の天使の梯をじっと見ている。アマデウスの圧倒的な神の存在とは異なりどこか穏やかさすらかんじるものであった。
ひとしきり演奏を終えて満足したらしいサリエリはアマデウスを振り返りはにかむような笑顔で振り向き、問いかける。
どうだったろうか。
悪くはないよ、という言葉の真意は果たしてどれほど伝わったのかアマデウスにはわからなかった。彼は、そうか、と呟いて今度こそすっかり目を伏せた。髪の毛とはちがい、まっしろに脱色した睫毛が眼窩に黒く影を落す。
 あぁ、とため息が漏れた。乾いた厚く白い唇に、質の悪そうな肌、こけたように骨ばった��、上向きに高い鼻、目線を遮るうっとうしそうな銀の髪、なによりいましがた閉ざされた赤い紅いひとみ。どれをとってもアマデウスに想う死の色を纏わせている。かつての彼の姿はもはや思い出すこともできない。ずっと昔からその姿であったような気もするし、生前はもっと違ったような気もする。こんなにも美しい男ではなかったはずだがこれ以上に美しかった気もする。どうであったかのは、どうでもよかった。
 オルガンの残響も消えうせ、先ほどの魔法は瞬く間に色褪せたしかこうであった、という情報が言語であったり譜面であったりの形で頭の中に記録されてゆく。
 どれほど美しく高貴で極上のものであっても、それが音楽である以上演奏が終った瞬間に霧散し、手足を痺れさせる興奮のほかは何も残ることはない。音楽が、絵画や文学や彫刻と最も異なる点であろう。音楽そのものは空気が震えた一瞬にしかないのだから、永遠のようであって刹那だ。 この刹那に消えてゆく芸術をどうして愛さずにいられるのだろう。
 アマデウスがおしだまっているとサリエリはおもむろにオルガンから立ち上がり、杞憂のような足取りでアマデウスに歩み寄った。
 夏待ちの皐月の庭。水の輝く立秋の風。
 慈悲を冠する1対の剣がマスの腹のようにきらめいたのを視界の端で捕らえたが、これはある種の仮想世界、ありえないからこそ美しい夢の続きだと知っている。
   霜降る冬至の夜に言祝ぐ新年の朝に死を幻想する一人遊びはいつしかカノンの様相を呈していた。
 死神を自称する彼は、かつては音楽の善き理解者であった。
 はたして己はなぜあんな手紙を残したままくたばったのだろう、と一人夢想する。あれさえなければ彼と繋がる宿命の糸はまた異なる色を呈していただろうに。他人の悪意などに染められず、互いの死の際を汚すこともなく、音楽史の一端をかざっただっろうに。
「それはどうだろう」
「なんだい、ご不満かい」
「私以外の誰かが生贄になるのだ」
 はっと息をつめる。そうまでしてオーストリア人ドイツオペラ作曲家天才モーツアルトがほしいのだろうか。
 ちらつく雪がわずらわしい。あたりから音を奪い、景色を奪い、日差しを奪い、なにもかもを寒さと雪に閉ざして沈黙に徹する。ああ、なんと、なんとなんと!冬の死の
都合のいいことだろう。
歩を進めたぶんだけ追随する足音は美しい。カノンの歌い手は今は欠けてしまった。呼び起こしに行かねばならない。アマデウスは凍てついた世界をさまよった。漂白された世界。凍結された未来を生き汚く生きる人々の営みを横目にしながら、絶望と蹂躙と諦念と反抗に覆われた世界を覆すのは己ではないと早々に悟った。
愛すべき人のいない世界にアマデウスは愛情を抱けない。氷山を溶かすほどのっ情熱がない。カノンの歌い手、死を幻想した一人遊びにいつまでもいつまでも追いすがり、アマデウスの影ごしに同じ景色を見ただろうあの男を、呼びに行かなくては。
 唐突に思い至るのはこれが愛情の色をしているということだった。愛などと、なんと漠然として都合のいいものだろう。
 世界を破壊することも、愛でることもできなくとも、守るべきだという意識でアマデウスはピアノを奏でた。世界を愛し、破壊し、慈しむ者を呼ぶべきだという意識でアマデウスはピアノを奏でた。それは永遠に終らない不眠不休のロング公演の幕開けである。
 永遠ではない、だがいつとも限らない。 甘き死よ、この音が聞えるだろう。かつて病魔に侵され悪魔に取り付かれた哀れな男を救済したように、この世界にも救いを、救いを。
 赤き陽炎立つ三対の翼、嘲笑象る水銀の瞳、おぞましい呪詛を捲し立てる咆哮
奏でよ、奏でよ奏でよ、魔の旋律を
響け、響け響け響け響け、世をあまねく照らしめせ
  言祝ぎの朝、棺で眠る男の頬に静かに触れた。
 かたく閉ざされた瞳は何色になったのだろう。見ずとも分かる。ごうごうと渦巻く悲しみと哀れみと怒りが炎のように輝き、諦念に翳るひとみだ。
 銀色ににぶく輝く髪糸のすきまにのぞく真っ白な睫毛がふるえ、ひとみが開かれる寸前、神のいとし子の指先はするりと離れた。
 「聞こえていたのだね、たたき起こしてしまっただろうか」
「君が押しかけて来るのはいつものことだろう、無茶を言われるのも、まぁ、そうだな、慣れたとも」
「ここまでおいで、君に刻み付けられた宿命がきっと導いてくれる」
  死を幻想した二人遊びのカノンは水の輝く秋分の風も言祝ぎの新たなる夜も超え、好奇の糸で結び付けられたままの距離をたもち絶えず奏でられねばならない。
----
翡虫様のイラストに触発されて書きました。見えた情景を描いただけなので深い意味はないです。 https://twitter.com/hatobashion/status/998078560056193025
1 note · View note
toriik-blog1 · 6 years
Text
歴史創作古典音楽家の小話練習
「それは嘘だよ。根もはもない噂だ。その証拠に僕の他にも多くの人が疑われたし、その度に無実と彼の病死を証言するものが現れた。けれど想像してほしい、夭折の天才が病に倒れた台本と、何者かによって暗殺された台本ならどちらのほうがセンセーショナルか、興味を書き立てられるか…」
 サリエーリは目を伏せ痛みを堪えるように囁いた。それがあまりに頼りなげな声で枩は言葉を失った。
「暗殺はおもしろいものなのか」
 六花が感心したようにいうと、サリエーリはため息混じりに挑戦的に笑ってみせた。
「少なくとも僕なら、実は陰謀と暗殺が渦巻いていたと言われた方が面白いよ、シンプルすぎるはなしはウケが悪いもん。すこばかり小難しくひねった展開を持ってきた方が客は喜ぶ。”嘘は大胆に、事実は繊細に”ってね」
 モーツアルトがいつもの早口でまくしたてていく。
僕らの間には、好機と悪意のどす黒い糸で繋がれている。この意図が薄れることはあれ消えることはない!僕は過去を糾弾できなず彼は過去を証明できない!僕は運命にたいしてあまりに無力だ。けれど僕らは自由を得ている!五線譜のなかに描かれた自由が!時間を越えて君たちに届くだろう!土地を越えて歌い次がれるだろう!僕の思惑を越えて鳴り響く音色は僕がしらない自由の音だ!さぁ諸君、唇に歌を!手のひらに音楽を!
 
復刻公演を始めよう
それはひどく寒い日だった。僕は一向に良くならない体調不良に生命の危機を感じていた。こういうことは今までもあったしなんとか持ち直してきたのだから今回もなんとかなると思う反面子供の頃のように病寮に専念することも出来ない事情が…曲の締め切りが…あってベッドのなかに五線譜を持ち込んでちびちびと書きすすめていた。頭の中で鳴り響くメロディーも音符に書いたとたん味気なくなるあせりを必死にしのいで行くのが僕のスタイルだ。思うままにやり過ぎれば聞き手から理解されなかったりどんな楽器でも演奏不可能な音を、誰にでもわかってすぐに演奏できる音に言い換えていく。これがなかなの重労働だというのに、あまり理解してもらえたことがない。友人に訊いてみると、大概の人間はそれ以前の段階で行き詰まり心地よい旋律とはなにかを探して袋小路に入るのだ、と語った。その感じはわからないけど君にもあるの、と僕がいうと彼は、無知を取り戻すことは出来ないのだから気にするな、と答えた。意味はわからなかったけれど気を使われたのだとおもう。
発熱でぼんやりして音に集中できないばかりか空想と過去の出来事が混ざった気持ちの悪い夢がいつまでも続いている。夢の中で書いているのか、書いているうちに悪夢をみたのかもはっきりとしない。
そうこうするうちに、コンスタンツェが出掛けると声をかけてきた。買い物に行くのだというけれど、僕は幼い息子二人と家に閉じ込められてしまう。でも、彼女が子供たちを連れて出れば誰もいない部屋に僕は一人きりになってしまう。それはいやだ、行かないで、傍にいて、身支度をする彼女いいすがるけれどちっとも聞いてはくれない。明日のパンがないの、言うことをきいて、とまるで幼い子供のように僕をあやしている。子どもじゃないんだ、とムカムカしているのに、ただただ行かないで一人にしないでと追いすがるしかできなかった。熱に浮かされた頭の片隅のすこし残った冷静な僕からの無様を見下ろす視線を感じながら、僕は明日の食卓にパンやコーヒーがないのも嫌だしコンスタンツェのいない家に取り残されるのも嫌だといい続けていた。
彼女がいよいよ怒り出す気配を感じた頃、ドアをノックする音が僕の耳にも、おそらくコンスタンツェにも届いた。
「誰かしら」
コンスタンツェは僕をひっぺがして玄関ドアへ向かうと、誰かと親しげな挨拶を交わした。
「取り込み中に、申し訳ありません。奥さん。ご主人がすっかり滅入っていると噂に聞いてすこしばかり気付けになれば、と本を借りてきたのですが…忙しいようでしたら、こちらだけお渡しして、私は失礼させてもらいます」
友人にして上司の声が聞こえて僕は口論の現場となっていた寝室から飛び出した。
「サリエーリ!」
コンスタンツェの脇をすり抜けて彼に抱きつくと、叫び声をあげながらなにか大事そうな荷物を抱え直した。
「モーツァルト。寝ていたんじゃないのかい」
「あなたの声が聞こえて飛び起きたんだ。サリエーリ、 聞いてよコンスタンツェが僕をおいて出掛けるっていうんだ、病気の僕を一人きりで家に閉じ込めるつもりなんだ!まるで毒を盛られたように苦しいのにタンツェはわかってくれない、僕の話を聞いてくれないんだ!」
「パンとチーズを買いにいくだけじゃない!すぐに戻ってくるっていっているでしょ」
「うそだうそだ!そういって僕を厄介払いするつもりだ!赤ん坊みたいにめんどくさいボォルフガングの世話焼きなんて懲り懲りなんだ!」
「そんな風には言ってないでしょ!」
「サリエ��リ!僕を助けてよ、タンツェが怒るんだ!」
僕はなに口走っているのかもわからなくなって目の前に現れた人にすがった。僕ら夫婦は確かに富と栄光を手に入れたけれどそれを管理しきれるほど大人ではなかった。けれど彼は違う、自分のことだけじゃなくて他の楽団員や憐れな身の上の子どもにも親切にして、身を持ち崩すこともない。
「わかった、わかったよ、モーツァルト。君のリクエストを述べてもいいよ。でも、その前に離してくれないかい。借りてきた本を痛めてしまう」
困ったように彼がいうから僕もはっとして恐る恐る体を離した。幸運にも彼は本を落とさなかったし、僕を抱き返すことがなかった両腕はそのかわり何冊かの古めかしい本を大事に抱えていた。
「以前いっていた楽譜を借りてきたんだ。君は病気をしているときいて、そんななかで渡していいものかとも思ったのだけれど、僕が君に見舞えるものなんてこれぐらいしかないし、僕が考える一番元気になるものがこれなんだ」
「ありがとう、やはりあなたはたよりになる。音楽の法皇のあだ名は飾りじゃないね。先生、どの楽譜なのかゆっくりみせてよ。特別に寝室にいれてあげるから。ピアノの前でもいいよ。先生はチェンバロのほうが好みかな」
「楽譜は、これだよ。先に行って準備をしてきなさい。僕もすぐにいくから。わかったね」
 先生とかお父さん、というのは僕が時おり彼のような年上の男を親しみを込めてからかっていう愛称だ。嬉しくなった僕は彼からほとんど引ったくるように楽譜をもらってピアノへ向かった。彼はすこし妻と話をしたようだったけれど、すぐに僕の弾くピアノにつられて部屋に入ってきた。
「君が弾くと、どんな曲も音楽の喜びを知ったばかりの子供達の歌声のようだね」
 彼はしみじみといいながらピアノにもたれかかった。あまり知られていないことだけれど、彼はところどころ行儀が悪いしとても悲観的な人生観を持ちながら陽気な歌を歌う。そういう姿を見ると、彼もイタリア人なのだなぁと感心したりする。僕のような典型的なゲルマン民族はなかなかそういったことに思いきりがよくない。決められたことは決められたこととして守らねばならないとおもっているし明日をよくするための努力をするべきだと考え新しい規則を試して回る。僕はあまり決まりを守らないけれど守る必要がないから守らないだけだ。
 彼が借りてきてくれた楽譜を1つ読み終わる頃には僕はすっかりと疲れ果てていた。たいしてなが曲じゃないのにこうもぐったりするのかと自分でびっくりしていると、彼はゆっくりとした動作で僕のそばに来て楽譜を片付け始めた。
「今日の分は、満足しただろう?一度休憩すればいい」
 穏やかに微笑んだ顔が二重にぼやけてみえたから、僕はうなずくことにした。椅子から立ち上がれないでいると、僕の肩を抱えて助けてくれて寝室まで運び込んでくれた。眠たくなってきた頭の隅で、優しい人なのだなとすこし驚いたし、驚いたことに驚いた。
 もともとベッドで寝ていた僕は簡単な部屋着姿でいてこれ以上脱ぐべきシャツも着ていなかったから、運ばれた先でモゾモゾと気持ちのいい定位置を探して立ち尽くす彼を枕元に呼んだ。書きかけの楽譜を彼に手伝ってもらうことをひらめいたんだ。彼の字はわりときれいな方だし、僕の手が震えてインク瓶をひっくり返してしまうことを思えばとてもいいアイディアに思えた。
 続きをいうから書き留めて。と僕が告げると渡された楽譜をめくりながら
「僕がこの素敵な音色を出し抜いて、自分のものにしてしまう、とは考えないのかい」
と呟いた。
だから、思わないよ、と答えてあげた。だって君は君のハーモニーに誇りをもっているだろう。そういってあげると彼はそうだね、盗作には興味はないけれど、ひょっとしたらいつか君の曲を参考にさせてもらうかもしれないよ、と言った。
「それだけすてきな曲ってこと?光栄なことだよ」
「モーツァルト。言いにくいが、君は休養に専念するべきだよ。今だって、ペンを持てないほど弱りきっているんだろう?完成を急ぐ気持ちはわかる。けれどこれで倒れてしまっては、元も子もないよ。君が眠るまでそばにいることを約束するから、無謀な執筆作業なんてやめて、いまはひとまず、眠りなさい」
「いいや、サリエーリ。君は僕の指示を聞きながら続きを書くんだ。僕には時間がないんだわかってよ」
「これ以上体調を崩すと、戻ってこれなくなる」
「もどるってどこへ?音楽以外に僕が生きて行ける場所なんてあるの?変わり者の僕に?それとも君が口添えをして僕を第2楽団長くらいにしてくれるの?」
「君が望み、責務を全うできるのなら、それも考えよう」
「ごめんね、僕はもう宮廷には興味がないんだ。パトロンに飼われるのもまっぴらだ!どっちにいたって僕は僕の音楽を奏でられない!ならどうすればいいの?僕ずっと考えていたんだ。考えてやっと見つけた自分の曲を売り込めばいいんだ今時いろんなところで演奏会はあるし市民のための音楽を奏でたっていいんだ!そうすれば僕はもっといろんなことができる。いろんなひとに見てもらえる!ねぇパパ、僕はすごいでしょう。今に世界中の熱視線を集める売れっ子になるんだ!そのための第一歩だよ、レクイエムを書き上げなきゃ。もう構想はまとまっているのだから」
 彼はため息をついた。それからチェストに投げ出されたペンとインク瓶をどけて楽譜を広げた。手頃な椅子を引っ張ってきて浅く腰掛け、ベッドの縁ギリギリでクッションに埋もれた僕に呼び掛けた。
「君の気が落ち着くまでだよ。いいかい、少しだけだよ」
 僕はうわ言のように曲を呟いていった。頭のなかで組上がった美しいものをどうにかして吐き出したくてしかたがない。これは素晴らしいものになるという自信があるのにそれを書き起こすのがまどろっこしくてしかたがない。彼が、もう少しゆっくり、とか、もう一度、とかいうたびに僕はイライラとしてひどいことばを交えたけれど彼は気にせずに必死に僕のメロディを書き留めていた。
この曲は今までになく壮大な祈りの歌だ。死者の魂を慰め、同時に残された者に音楽の感動でもってあらゆる悲しみも怒りも喪失もすべての報われるべき感情を美しいものへと押し上げる音になるはずだ。そうであってほしい。そうなると僕は信じている。
「これは、きっと、人類のたからに、なるよ」
筆を止めることなく、きっと意識することすらなく滑り落ちた訛りきついイタリア語に彼は底抜けにいい人だなぁと思ったところで急に疲れてしまった。総譜を一気に書き上げるせいであのパートもこの部分もとあちこちをいったり来たりしたから1フレーズも進んで着ない気がする。
「Du アントニオ」
 僕が音を止めてなお、追い付けていないパートを書き足していく彼は僕の最愛の呼び掛けをすこし聴き逃したのかすこし遅れて顔をおこして、ちょっとまって、と子供のような口調でそういった。
「アントニオ、やっぱりすこしおかしいや。たったこれだけで疲れてしまった」
 彼はようやく顔をあげた。寒い日だというのに額で汗が光っているのが窓から差し込む夕日のおかげでよく見える。
「だからいったんだよ。ほら、満足したなら休むといい」
「まって、僕が寝たらすぐに帰っちゃうつもりでしょう。僕わかるんだからね。絶対にいやだからね。ずっとそばにいてくれなきゃいやだよ。僕が寝て起きるまでずっとだよ」
「モーツァルト。じきに夫人が帰ってくるよ。それまでは僕がそばにいるよ」
「いやだね、やだ、起きるまでいてくれると言ってくれなきゃいやだ。それまで寝ない」
 意味もない駄々をこねているのはわかっているのにどうしても口を止められないでいた。それぐらい一人になりたくなかったし僕は弱っていることをだんだんと自分でもわかってきた。頭はいたいし身体中がきしむんでいるし熱を持っている気がするし、腹はムカムカしてきてどこがどうわるいのかもわからないありあさまだ。
「子供みたいなことをいうんだね、モーツァルト」
「ヴォルフィと呼んでくれなきゃいやだ」
「ヴォルフガング。君が子供みたいに振る舞うのなら、僕も子供みたいにあやしていいのかな」
「かまわないからそばにいてよ、いやだよいかないで」
 僕が握りしめているジャケットの裾に彼は気づいていないようだった。絶対に離さないようにぎゅっとしていると、彼はすこし楽譜を片付けてインク瓶に蓋をして、僕に身を屈めて頬と額とまぶたにキスを落とした。これは親愛の挨拶なのは知っている。さすがに唇をつけることはなかったし、キスをしたような音を立てただけだったけれど、いつのまにか父親として子供達や妻にするばかりでされることのなかったものだから僕は嬉しくなった。彼に、あの彼に、僕は愛されているんだ!そういう暖かな気持ちが大人になりきれずに腐っていた僕の足元を照らして温めて、ともかく安心した。
「君のレクイエムは、素晴らしいものになると予感しているよ。ほんとうに。だから、君はきっとあれを、君の手で書き上げるんだ。今回僕が手伝ったのは、なかったことにしてくれ。できるだけ似せてかいたけれど、僕の字が混ざるのはいやだからね、ちゃんと清書してほしい。君はこんなに苦しみながら作曲したことなんて誰にも知られたくはないと、僕はおもっているんだ。うん、眠いのならば寝てしまっていいよ。君が寝て、起きるまで、となると長丁場だだろう?僕の独り言だと思って、寝る前のお伽噺とはいかないけれど、そういうものだと思って、聞いてくれよ。君が困っているなら、僕は融資をしてもいい。実はね、奥方に渡したのと別にすこし、包んできたんだ。これは君のために使うんだ。医者にかかって薬をもらって、もしそれであまりが出たなら、遊びに使ってくれても構わないよ。これは僕の私的な、妻にも内緒で貯めた分だから、まるごと君にあげるつもりだよ。でも僕は強欲だから、その辺りは君がよく知ってのとおりだよ、君が健康回復した暁には君の公演で、僕をピアニストに指名してくれないかな。君ほどではないけれど、僕もピアノを弾けるからね。でもあんまり難しいのは、やめてほしいな。最近指が動かなくなってきて、困ってしまうよ。添え物くらいのピアノがいいな。それで、君が指揮を振るって僕がピアノを弾いて、ウィーンで一番の演奏家と、一緒に演奏なんてしたらきっとみんな目を覚ますよ、君のような型外れな音楽があっってもいいんだって。面白いとは思わないかい。僕は王宮仕えが性に合っているけれど、時々すごくどうしようもないくらい退屈だからね。君のような音楽家が活躍できる場所を、作らないといけないよ。…モーツァルト?…ヴォルフガング。眠ったかい?」
 彼は一通り語り終えると何度か愛称を呼び掛けて、そのころようやくしっかりと捕まれたジャケットに気づいてひっぺがすのに苦労して、そのうち諦めて、約束通り妻が帰宅して強引に手のひらをほどいてかわりに彼女の小さな手のひらを握らせるまでそばにいた。僕はまどろみながらそれを見ていた。
0 notes
toriik-blog1 · 6 years
Text
歴史創作の小話
命吹き込む炎の神
音をもっと! 両の手から溢れるほどに! けれど慎まやかに。優雅で華やかに。
彼は陽気に歌ってみせた。
そも、彼の本業はオペラ作曲家でありピアノ演奏家ではない。もちろん必須技能として教養以上の技術は獲得しているが、音楽家としての教養を受けはじめたのすらやや遅咲きな方だ。
しかし事実として彼は宮廷楽長に登り詰め権威の椅子に約50年腰掛け続けた。
「より適任がいたなら譲り渡したかったよ。雑用ばかりで大変なわりに思う通りの作曲はできないし、バカがポカをすれば助け船を出さないわけにいかないし、芸術家なんてかろうじて会話の成立する奇人変人がほとんどなのに彼らの管理もしなければいけない。もちろん楽器や人員や音楽等のスケジュールや政治の動向をみて公演の差止めも指示して…ああ、お金の管理もしていたのかな?なんであんな何年もやっていたのか僕にはわからないよ」
サリエリはうんうんと首を捻りながらそう言った。自分のことですよね、という枩の質問は、なんでかなぁ、という自問自答にかきけされた。
「そんなにいいものなのか。音楽は」
と問いに問いを重ねたのは同居人の六花である。
「いいものだよ」
という返答がデュエットなのはサリエーリとモーツァルトが同時に答えたせいだ。
「理屈の話ではないからなにかいいのか、どこがいいのかと問われると難しいけどとにかくいいものだよ。たとえばほら、服なんて寒くなければなんでもいいはずなのにあれこれ刺繍をいれたり、染めてみたり、石で飾ってみたり、いろんな形に縫ってみたり正直不必要なことでしょ。でもそういうのがあるほうがずっといい。なにがいいかっていうと、わからない。きれいだっていうことだけだ。きれいで面白くって、ワクワクする!だから僕は新しい服が好きだし、君は…シンプルな服のほうが好きそうだね…それはそれでどうやって快適になるかを追求された形だ。見た目も性能も。音楽も同じだとも。生きていくには必要ない。でもあったほがずっとおもしろい!おもしろいのはいいことだろ。退屈しながら生きていくのはもったいない。短い人生だって死に向かって走るいるのだからできるだけ美しく飾りたいでしょ」
早口で思い付いたままに語り終えると、モーツァルトは満足そうに鼻をならし、 うんうんと一人うなずいた。
サリエーリはすこし考えながら
「なくてもかまわないが、音楽のない暮らしは存在しないよ」
と付け足した。
「だって生きているというのは音楽をしていると同義なんだ。もっとも、これは僕らが音楽の信奉者だから思うことで、他の芸術家には他のビジョンを得ているだろう。ともあれ、僕らの音楽はこうだ」
そういってサリエーリは指でテーブルを叩いた。
すると間髪いれずにモーツァルトが返答をする。心拍と同じくらいの単純なリズムだ。それが2つ重なっているだけだ。
「これが最初の音楽。僕らの心臓の音。それから筋肉の軋む音、間接が鳴る音…。音楽は耳だけじゃない。全身で、肺と肌で産み出されるんだよ」
穏やかに諭すような声色でサリエーリは述べた。
モーツァルトはピアノを引くように複雑にテーブルを叩いていたが、サリエーリは相変わらず一定のリズムを刻んでいる。
「二つあればいいのか」
「そうだよ」
「ひとつではだめなのでか?」
「ひとつではいけないね。それはメロディーでしかないんだよ」
「二つでなにになるんですか」
「ハーモニーだよ」
サリエーリは答えるとモーツァルトの見えないピアノに合わせて指を振り、サヨナキドリと ヒバリにカノンを歌わせた。、
0 notes
toriik-blog1 · 6 years
Text
FateGO凍土音楽家の小話
煙突掃除とでたらめのうた
「アマデウス、アマデウス、何がお前を悲しませている。そんなに涙をこぼしては、グリーンの瞳が溶け落ちる」
休みなくピアノを奏でるうちに優しく歌いかける声があった。それは誰かもわからないしなにかもわからなかったがひどく優しい声だった。
「アマデウス、アマデウス、神の愛し子、私たちの奇跡、あの子たちの輝石。星降る旋律も意図を話してくれないとわからない。何者が君を悲しませる、何者が君を嘆かせる」
遠い昔に決別した、ああ、懐かしい声が甘く死を誘う。
「アマデウス、アマデウス。私たちは君であろうか。私たちが君になろうか。なに、些細な違いだ、今となっては私と君の差もわかるまい。泣き止んでくれ、我らの愛し子、グリーンの瞳が溶ける前に」
優しい声の幻霊が一人の男に集約され、一体の怪物が生まれ落ちるのを僕は聞いていた。聞くしかなかった。助けて、助けてよ、音楽を嫌いたくないんだ、僕にはこれしかないから。僕にはこれだけは正しいと教えてやれるから。
禍つ焔に焼かれて歪む怪物はなおも優しく歌い続ける。
「アマデウス、アマデウス。いつか目指す場所、いつか通りすぎた刻。君を苛む見知らぬ罪を私が食らってしまおうか。それを私は知っている、それは君と我を繋ぐ悪意の死線。君の無実を無実の私が請け負おう。どうかそれで泣き止んで」
喉を焼かれた怪物は割れた咆哮をあげながら、優しい歌を歌いかける。死者たる僕に捧げられる魂の安息の祈りが朽ちかけた僕に降り注ぐ。耳蝸ではなく魂に、深く紐付けられた僕らの死を辿って君の足音を感じる。君の死に際に僕の死が捧げられたのだろう、 僕の死に際に君の死が捧げられたのだろう。僕らはあんなに違っていたのに今はこんなに似かよっている。
「アマデウス、アマデウス、世界がたどり着いた音楽、世界を導く音楽、その代名詞、生け贄の子。君の見知らぬ醜聞を、君の見知らぬ伝説を、私に譲ってくれまいか。足りぬ足場に憎悪を埋めて、それでようやく星に届く。君を引きずり落とすことになろうとも、独りで泣く夜は巡らせない。星を堕とす獣となって、君の影って、君を孤独から解き放とう。アマデウス、アマデウス、旅の狼。美しく自由を愛するもの」
ああ、思い出した。君は僕の影を引き受けた、あわれな一人の男だった。
「私は君を追いかけよう。私の見知らぬ贖罪を唱えながら。並ぶことはもうできないけれど、きっと寂しくはないだろう」
0 notes
toriik-blog1 · 6 years
Video
undefined
tumblr
河川
0 notes