Tumgik
ybyskmtsmtshgr · 4 years
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2020年4月19日
ROUND 38
弓場(左)「wwwwwwwww」
マツモト(右)「ウォッチャー」
弓場1-2マツモト
WINNER マツモト

選評
今井新: ◯弓場
かなり迷う戦いでしたが、松本さんのタイトルを見て失望し、弓場さんにいれました。そして2020年の今、デジタルコラージュ表現をすることの意味や同時代性に対して、松本さんは露骨に作品へ反映させたものがみたいな、と思いました。モチーフの選択ではなく、2015年と今では、現れては消えたコラージュ表現がたくさんありますが、Lo-Fi HipHopとか、VaporWaveとかどう捉えているのか気になります。
その点、弓場さんの作品は、今更何に草生やせるんだよ...と思いつつも、モノクロ細密っぽい表現と絵の具での表現の対比から人の浅はかな欲求が満たされた瞬間(惰性でセックスして射精する時とか)が表れていて好きです。まさに草生やすくらいのもので。
で、どっちかと言えば、牛につられて善光寺参りみたいなノリかと思ったら、松本さんはこの絵の主題を、左下の目撃者、視聴者に置いている点が気に入りませんでした。路線図のモチーフは今後展開が見たくてしょうがないのですが、路線図の持つ「洗練されたデザイン」と「泥臭く移動する旅路感」の、相反するテーマ性を、もしかしたらもう少しどうにかできたんじゃないかと。正直作品から「まだよくわからない」と思ってしまった身としては、今後わかりやすい作品があってもいいなあと思います。あと、クリックスピリットで俺が一番好きなリンクを貼っておきます。俺は松本さんの絵でやろうとしてることの一つにこんなことがある気がしています。
http://www.kurisupi.com/kako-/aidoru.html
山本和幸: ◯マツモト
弓塲さんは上手い。先週よりもグレードがアップした感がすごい。絵画とコミックの融合というこの手法で、弓塲さんは自分が描きたいことを以前よりも余裕を持って描けているような気がします。こちらもある意味、生活のうちの心情を「コラージュ」している感じがします。音楽的香り。
そして、コラージュといえば松本さんですが、今回の作品を見て初見は「あ。奥行きが生まれた。」と感じました。コラージュであるが故にどう遠近を意識して配置してもやはり平面に見えてしまいがちなのですが、この奥行き感のある構図は松本さんの新しい進展を期待できるものでした。そこに1票入れたいと思いました。
デジタルコラージュは大抵モニターで観るものです。そしてモニターを見る自分とモニターの距離は近い。目の前のモニター越しに観る世界(遠方)は、この手前の男女のようにデートのついでのような野次馬的に無責任な傍観者視点です。路線図はニューヨークのものでしょうか?日本の危機を感じつつもニューヨークの大惨事を打ち上げ花火でも見ているような感覚で見ているこちら側を感じます。あと、位置を表すマークが天地逆ということは、実は今見えている世界(上下、風景)も真逆でまやかしなのかと思えてきます。あの光のシャワーは降り注いでいるのではなく、また別の次元に落ちていってるのかもしれません。そのまやかし加減も偽物のヒーローが余計に増長させています。所詮、いま一般人は強制的にウォッチャーにならざるを得ない。このモニターで観るデジタルコラージュの距離感(遠近感)がそう思わさせてくれました。
丫戊个堂: ◯松本
弓場の作品について、マンガのところはうまい。絵画とマンガのバランスが良い感じ。全体の配置がいい。絵画のところをもう少し丁寧に描いていれば少なくとも93点は叩き出していただろう、配点はいい加減なものであるが。「wwwwwwwww」の由来を聞きたいところ。
でも2週間でこれはすごい!
松本の作。右上の円形の構造物にコロナ、背景の鉄道に空いた電車。左上の天使に亡くなった人。ミケランジェロの「最後の審判」。中央の性的なモチーフ。左下に濃厚接触。ウルトラマンが措置とコロナを想像させる意匠がわんさとある。ここまでしないと人は絵画の意図を読み取ってはもらえないんじゃないかと思う。まぁ私はエンタメの発想で、アートの発想ではないかもしれないが。そして、コロナ禍は今も続いているこのニュースバリューを取って松本君の勝ちとする。
でも2週間でこれはすごい!
通算成績
弓場19-19松本
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ybyskmtsmtshgr · 4 years
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2020年4月5日
ROUND 37
弓場(左)「バカ、ネコ、イヌ」
松本(右)「タイタン」
弓場1-2松本

WINNER 松本
選評

今井新: ◯松本
両者ともに作るべき新しい指標が見えているっぽいものの、もっと見たいのは松本さんだった。弓塲さんは、絵の側面の描き込みが特にそうなのですが、文字をモチーフにすることを真剣にやってほしい。キャラクター(文字を含む)を扱う作家をもっと参考にするべきでは。
松本さんは、作品意図こそはよくわからなかったが、コラージュが二次元の配置になりがちで、そのせいで、何かの図式やパーツの寄せ集めに見える。そのクセをコントロールできればもっと可能性を感じられるのでは。コラージュ即ち誤配、というほど大袈裟な話ではないが、「コラージュ」によって、完成品が、そもそもとは違う、想定外のものにも見えてしまうことがあって、それがコラージュ表現の功罪だと思う。作る欲求との距離感に意識を。
(参考写真)
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山本和幸: ◯弓場
最終的には表現法の好みかもしれませんが、弓場さんに一票。コミカライズの2Dとキュビスムの融合を技法として、自身の心情と現状を皮肉りつつも、詩的に表現されているように感じました。
松本さんは、今の世界のコロナの現状を他のネットワークのモチーフ(地下鉄など)を使って、こちらも皮肉っぽく表していますが、隣りの力士とウルトラマンの配置がまるで邪を払う孔雀明王のような形で、皮肉りつつも希望というか、嘲笑うという光を感じました。
丫戊个堂: ◯松本
知ってるネコがネコじゃなくて、イヌがイヌじゃない、てことはバカもバカではない可能性が出てくる。弓場さんの作品はバカがバカでない可能性に言及してるいのでいいと思う。
しかし、志村けんの死を重く受け止めて、マツモトくんの勝ち。重厚さは増している。それよりもニュースバリューの方が重くのしかかるという感じ。
通算成績

弓場19-18松本
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ybyskmtsmtshgr · 7 years
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2017年4月くらい
ROUND 36
弓場(左)「KAO」 
松本(右)「ファイン・ダスト」
弓場1-2松本 
WINNER 松本
選評 
今井新: ◯松本 作品として優れているのは弓塲さんです。しかし、勝負となった時、圧倒的に松本さんの勝ちです。今回は松本さんが面白いことになっていますね。
昨今の緊迫した世界情勢の見えづらさと、決定的な何かが起きるまでの具体性の伴わなさ、それらを韓国に住む生活実感としてPM2.5をモチーフに表した作品。正直、コラージュとしてまだまだ散漫である。左右対称や、抽象的な図形の使い方はお世辞にもうまくない。パウル・クレー からやり直せ。しかしこの作品の優れているところは、そうした「具体性の伴わさ」や「見えづらさ」をテーマに警鐘を鳴らすとまでは行かずとも、危機感を表す作品であるのに、「大丈夫、知ってます」という例の言葉や、ENDLESS SUMMERを用いたところにある。緊迫にもかかわらず、自分の師匠格の人間からもらった説教や、無意味でしかない友人の尻を乗っけるあたりに、松本がいかに自分の手札から希望へのルートを見出そうとしているかの葛藤が見て取れる。そして、この「大丈夫、知ってます。」を置いたことで「A氏は何もわかっていない。」というディスにも見てとれる。そういう訳じゃないんだろうけど、「緊迫状態に対するよくない言葉」としての配置したのだと読み取れてしまう。だがそれが良い。
弓塲さん、この路線いいと思いますが、KOURYOUさんにはまだまだ勝てません。というか、KOURYOUさん意識したものにどうしても見えてしまいます。あのシュール具合を描き、かつ弓塲さんのものに消化するためには、今後もどんどんこのシリーズを続けてもらいたいです。目の中がエッシャーっぽくなってるのなんか好きです。そして、ここに描かれている風景ですが、今のままではどうしてもCDジャケットぽくてつらいので、何か参照元を具体的に明かしても良いかもしれません。
山本和幸: ◯松本 松本さんの勝ち。“恐怖・脅威みたいなものには結局「それが起こらないうちは」具体性が伴わない”この絵に宗教画というか『黙示録』的なものを感じた。そしてそれに見合う情報量を緻密にこの絵に盛り込んでいると思う。集まったダストたちは具体性のない神々を重ねて連想させる。あと今回は松本さんの得意分野で勝負できたと思う。
一方の多角的多面的”KAO”の構成。各パーツごとにその人物をいろいろな側面から描き、再構成しているのだろうか。瞳に映る画像に退廃的なイメージと円錐の歯に自虐を感じました。ただ、こちらは携帯のソフトで描かれたものでしょうか。色味や表現に、それにまだ馴染めていない印象を受けます。そして携帯の画面の比率と絵の構成があっていないように感じました。弓塲さんにはRGBは合っていない気がいたします。
丫戊个堂: ◯松本 コラージュでは絵画で可能な図像学がどうして機能不全を起こすのかということを考えざるを得ない。松本のコラージュを見ただけでは、テーマとの関連性を読み解くことが不可能に近いし、またそのため表現に成功しているとはいい難い。テーマは作品をアウトプットするためのきっかけにすぎず、結果として作品がアウトプットされているならそれが作品に反映されている必要はないのだという考え方もあるかもしれないが、個人的には支持できない。
しかし弓塲の方も圧勝という訳ではなく、限られた時間で制作されている画面であることが伝わってしまうものの、顔の解体には成功しており、3点あればそれを顔と見てしまう人間の認識を逆手に取り、顔のようでありながら決してそうではない居心地の悪さによって、我々の認識を再認識させる絵になっている。目の表現にも工夫が見られる。ただし歯の方はあまりにも記号的すぎるため、もう少し歯の描写を学んでほしい。
どうしても代わり映えのしない画面に見えてしまう松本に対し、顔という人間の基本的なインターフェースの解体に曲がりなりにも成功している、弓塲の勝利とした。
通算成績 
弓場19-17松本
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ybyskmtsmtshgr · 7 years
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2017年3月くらい
ROUND 35
弓場(左)「夜明けまで」 
松本(右)「峠」
弓場2-1松本 
WINNER 弓場
選評 
今井新: ◯弓場 ゆばさんが良かったわけではなく、松本さんがダメです。しかしおそらく、肝据えて勝負に出たのも松本さんなので、これはゆばさんも安心できない。
とにかく散漫である。円に対して敗北している。値段釣り上げるだけの、なんのてらいもないだっせえピクチャーディスクみたいな背景を即刻やめて、画角に円を用いることについて考え直すべき。データでなく一点モノとして意識された制作なら尚更である。もしくは、だっせえピクチャーディスクみたいな色合いを露悪的に利用する方法ならいくらでもあったはずだ。コラージュの量も足りていない。まだ、コラージュそのものが独立した意味を持つまで行けてないし、松本しげるはこんなもんじゃなかった。綺麗にまとまろうとしやがって。しかし、新しく違うステップを踏もうと錯誤しているに過ぎない。画像データでは基本ありえない造形である円について、立ち向かってもらいたい。
もはや弓塲さんは、かの傑作《ヤポネシアの赤い空2》と常に比較されながら評されますからね。覚悟せいよ。そして、今回の作品は無難すぎます。ただ、絵の具に含ませる水の量がところどころ違っていて、技法的な試みはある程度なされてはいますが、もう、今まで通り知っている絵柄にしかなっていません。ここでいっその事、なにかの模写というかなんか違うヤツの絵を無理やりサンプリングしてみたら良いんじゃないか、と思います。もしくはリメイクだったり。というのも、画面右上の顔の描写、あの軽いイラスト調でいて、輪郭が多重になっている描き方に少し可能性を感じます。松本さんがかなり勝負にでた一方で、確実に何かまだ持ってるくせに出し惜しんだ弓塲さんが勝ったのは、厳しいものを感じますが、弓塲さんも安心していられません。
山本和幸: ◯弓場 テクスチャーを複雑化するのは、松本さんならば容易いことであったばずだが、敢えて電子画像での完成を止め、テクスチャーという「意味」の加算をそぎ落とし、出力紙と手描きを入れて作品とする今の手法に、彼の今行きたい方向への思いをお聞きしたいと思った。「質感」を見たいと申し上げたのは、上記の思いもあり、手元に”有る”という現物感にも意味があるのだろうか?と考え、お願いした。
『峠』とは、山道を登りつめてそこから下りになる場所。かつて峠はクニ境であり、その先は異郷の地であったとされる。(wikiよりw)
中央にある一番下の顔写真は松本氏本人であろうか。彼の顔に覆いかぶさるように他の顔と過ぎ去った事象が峠を越えようと、彼の顔に向かっている。作品自体は彼独自のちょっと笑いを入れた皮肉で表現されているが、いま韓国にいて、日本にいた時とはまた違った国(クニ)の動きをとらえて、絶望感と虚無感を募らせているように思える。
ただ、峠の語源は「手向け(たむけ)」で、旅行者が安全を祈って祠(道祖神)に手向けた場所の意味と言われている。この祠は、異郷の地から悪いものが入り込まないための結界の役割も果たしていたと考えられる。(wikiよりw)
皮肉とは裏腹の願いも、少しはあるのでは?と推察した。
ただ、今回は『一発勝負』である。いま、いろいろな思いで挑戦の過程の最中にある作品は、現在出された弓塲さんの作品の完成度と比較された。
その点では、弓塲さんの勝ちと考えました。
今回の勝負は最終的に「好み」になってしまったかもしれない。僕がどうしても興味を持ってしまうのは、グローバルなことよりは極私的な感情の機微にある。それは大きな起伏のあるものでなくとも、そこからの人生の分岐を妄想して止まない。『夜明けまで』何を語り合い、何を得て、何を壊したのか。ただ『夜明けまで』描いたのか。w
“補色と彩度”の享受を得て、弓塲さんという作家自身の体験の面白さが、以前より鮮明に出始めたとも言える。今回は、「深くは無いかもしれないが、なんだか面白い」ことに興味が行きました。
丫戊个堂: ◯松本 作品をパッと見たら、勝利は弓塲である。いや、じっくりよく見たところでやはり勝利は弓塲なのかもしれない。しかし、「本 当 に そ れ で 良 い の で あ ろ う か ?」私が感じた違和感はそこにある。弓塲は確かに成果展と個展を経て、補色と彩度という概念を今さらながら学び(笑)、画面構成のバリエーションも増え腕を上げてきている。作品単体で見た時は、弓塲の方が良い、しかもそれは過去の100番勝負で私自身がずっと危惧し何度も指摘してきた絵画とコラージュ作品の間にあるメタゲームのような差異に基づいてもいる。改めて指摘したいがコラージュ作品で松本が勝利するためには今後様々な工夫が必要になる。画面構成、支持体の吟味、作品のクオリティのみならず、コラージュによって正しくコンセプトを鑑賞者に伝えそれによって鑑賞にさらなる効果を与える戦いである。さもなくば「コラージュは絵画に対してデフォルトで弱い」のだ。このことを肝に銘じる必要があろう。さて、それでもなお松本票に投じるのはなぜか?そもそも100番勝負再開に先手を打ったのは松本である。すでに5つ作品を作っている。その点でまずこの作品単体で松本の振る舞いを評価するのは過小評価と考える。一方の弓塲はおそらく題名から察するに単にギリギリにはじめてギリギリまで描いていた。そうして見たときに弓塲の絵画には何のテーマ性もない。しかし、松本のコラージュには100番勝負を再開するこのタイミングに対する明確なテーマ性がある、それはまさに「峠」である。過去にも松本の重要な主題である山。100番勝負とはまさにその山に上下のジャッジが下される場であり、そしてそのコラージュを形成しているのは弓塲と松本本人の画像なのである。「峠」とは100番勝負そのものに対する言及なのだ。100番勝負再開の場を準備し、そこにそれを記念するのにふさわしい対戦相手も含めた自己言及的なコラージュを投稿する。その周到さを評価して今回は松本の勝利とする。
通算成績 
弓場19-16松本
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ybyskmtsmtshgr · 7 years
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2016年11月くらい
ROUND 34
弓場(左)「ミシンが空飛びゃ僕等はハダカだ。」 
松本(右)「夕霞」
弓場2-1松本 
WINNER 弓場
選評 
今井新: ◯弓場 ぶっちゃけ弓塲はいつも通りである。ニュートラル入れた状態の弓塲である。ただ、個展を経て、またスタートする空気は感じられるし、弓塲の得意とする「メディウムか身体か、その境をいく描き方」はかなりうまくいっている。背景の細かい線のストロークは潮風か、本人の汗か。そして画面中央の二つは乳首なのか。ぶっちゃけ題名もよくわからず、ミシンな理由も不明なのだが、何かが飛翔するイメージと、裸というシンプルな身体表現とのマッチングは画面内でうまくいっている。
一方の松本。コラージュ作品で「アレが足りないじゃないか」と思わせてしまっては失敗である。ツッコミの入らない、もしくは完全にボケとして相手を誘う、そういった鑑賞者へのコントロールをどこまでできるか、どこまで画面を制御するかにかかっている。その意味で、今回の足りなさは即時性である。同時多発的な炎上によって様々なコラ画像が量産されているここ数日の事件に対するアンサーが欲しい。もはやこんな平和な夕霞はとうの昔に過ぎ去ったかのようだ。なお、今井くんの映画の松本さんの評価は割れている。
山本和幸: ◯弓場 個展もあってか、絵の事はずっと考えていたんだな、と思えるほど、安定した弓塲さんの絵だった。むしろ以前より最初に好きだと言っていた、ブラックの絵のようなリズムを感じる。安定感で弓塲さんの勝ちとしました。ミシンは分からないけど、裸の人物は飛ぶというよりは、天への道程を登っていくかのように見えます。何かの終末と開き直りを感じた。
松本さん。タイトルの夕霞のイメージから、片割れどきの蜃気楼を想わせる都市の幻が層になって浮かび、何かの結論とアイロニーを思わせます。けど、その達観した目線と、表現のクオリティが合っていない気がしました。今までの自分の作品を思い出しながらなぞったような印象を受けたため、安定の弓塲さんの方を勝ちと見てしまいました。
丫戊个堂: ◯弓場 端的に言えば、どちらも通常運転である。100番勝負の再開回と考えれば、その通常運転ぶりもまぁ歓迎したい。弓塲はちょっとこなれてきてうまくなっている部分もあるが、独特な反骨とユーモアの部分がやや退行した印象を受けた。かえって松本は恐るべきそのままである。それはそれで大変な問題な気もするが、いっそ開き直った姿勢を評価し、松本の勝利とした。
通算成績 
弓場18-16松本
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ybyskmtsmtshgr · 8 years
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2016年7月くらい
ROUND 33
弓場(左)「東北の独立国で日本人が犯した罪 (吉里吉里人より)」 
松本(右)「ビヨンド・レイジ」
弓場3-0松本 
WINNER 弓場
選評 
今井新: ◯弓場 吉里吉里での日本人の罪をモチーフにするとは、主題が全くもって分かりづらいじゃないか。原作はどこまで笑い飛ばしても大丈夫なのかヒヤヒヤしながら読む必要があったが、弓場の作品も(これ以外の作品も)そうである。まるでモチーフの選択そのものがメタ的で、勘の鋭さは流石といったところ。だからこそ、パースの効いた画面と、双頭?の犬の重みも伝わってくる。
今回の弓場の勘の鋭さに比べてしまうと、怒りというモチーフを作品へまだまだ落とし込めていない。コラ素材画像の質に頼ってしまっている印象を受ける。
山本和幸: ◯弓場 松本はまさに超越を拒まれたか、進化途中の葛藤のイメージ。根底にあるメッセージを観客に表現しきれていない感じがします。いまは私的日記で、まだ観客に魅せる方法があるような気がします。
弓場は前準備をしていて、白地の素地に向かう前に、すでに内容の咀嚼が出来ていたように感じます。前段階で内容が咀嚼され、自身のコンテクストが揺るぎないものになっているから、この絵からは迷いのようなものをあまり感じませんでした。
丫戊个堂: ◯弓場 松本の作、デジタルコラの困難さが戻ってきてしまっている。レイヤーや構図を繰り込まないと一レイヤーでの意味の氾濫では何をどうやっても読み解く楽しみが生じないとすら感じる。眼を引くスキャンダラスな図象も今回はあまり組み込まれていないように思えた。
弓塲の元ネタはまったく知らなかったが、それ以前に画面に強烈な神話的モチーフを感じさせる。獣、傷、内臓のような構造物など、ただ使うだけでは陳腐になりかねない要素も何らかのストーリーが背後に存在していると感じさせるに足るよう機能している。素晴らしい。正直、100番勝負の中でもかなり良い作品だと思う。
通算成績 
弓場17-16松本
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ybyskmtsmtshgr · 8 years
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ROUND 32
弓場(左)「小さな速度」 
松本(右)「マテリアル・ボディ」
弓場1-2松本 
WINNER 松本
選評 
今井新: ◯松本 弓場はUFO以降、少しずつ構図が変わってきており、黒・赤・緑を基調とした配色も綺麗。ただひたすら惜しい。絵の具の塗りがほんの少しばかり単調に感じられる。それの所為で、画面にメリハリが効いてないようにも見える。ここでせっかくなら、お汁描きなど、普段と違う何か技法を試したものも見てみたい。
そしてマテリアル・ボディ、、、いいタイトルなのだが、マテリアル・ボーイでも良かった。松本作品で物質性、質量、材質などへ意識が向いたものは珍しく、モチーフは漫画・ドット絵・そして錆び付いた飛び出し注意の看板、内戦地?など、ただ質感を基準に選出されている。それぞれモチーフは残酷なまでに文脈を排除され、しっくりくるように並べられている。その残酷さをいかに自覚し、どの方向へし向けるかが今後の課題だろう。
山本和幸: ◯弓場 弓場の作、タイトルと筆致から『この作品、もしかしてかなり小さいサイズかな?』と思っていて、実際にアトリエで見たらホントに小さかった。ただ小さいサイズのためか、構図や配色に神経が行き届いていて、そのサイズ感を感じさせなかった。正直「上手いな」と思ったので、弓場の勝ちとしました。画面にあるのはUFOと目?宇宙人?と、いろいろ妄想できた。光線のような放射線がスピード感を出して、確かに『小さな速度』であった。ただその異世界感が、なにか"心此処に在らず"な印象が伝わり、気になった。
松本の作のそのマテリアルは、一つ一つが興味深く、深く観ていく毎に勝敗を決めるのは難しかった。今回はとくにいろいろな新しい要素があって、果敢に挑戦している印象だ。 ただまだ制御しきれていない感じが如何しても気になってしまった。松本ならまだ出来るはずだと、今回はとくにそう思った。意味の無意味化は、その意味を多く知り、体感してからかもしれない。が、保証は出来ない。土地土地の神の仕組を知り、無意味化していくなんて、なんて罰当たりなw
丫戊个堂: ◯松本 弓場にはやはり独特のセンスがあり面白い。白黒赤緑の配色もかっこいいし、画面構成にキュビズムほど難解ではない親しみやすさがある。惜しむらくは少々メディウムの使い方がわりと均質に近く一辺倒なところで、この工夫も画面に重なっていたら、つまり線だけでなく、メディウムでも画面を分割するような構成が出来ていたら、かなり良い作品になっていたであろう。今後の上達に期待。
一方松本も色々な反復を重ねながら、様々な手口を徐々に身につけているという印象。ZOOの文字と看板のキャラのようなコラがポップさを加えているし裸体やヘビも目を引く、とにかく松本のやり口の質が上がってきていることを今回の作品から感じた。両者甲乙つけがたい作品だったが、画面の密度の点から松本に軍配を上げた。
通算成績 
弓場16-16松本
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ybyskmtsmtshgr · 8 years
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ROUND 31
弓場(左)「雨!?」 
松本(右)「墓掘り」
弓場1-2松本 
WINNER 松本
選評 
今井新: ◯弓場 目がビヨーンとして驚いているのに、なぜ全体的にロシアンアバンギャルド臭いのだろうか(画面左上の四人並んだ人物のせいかもしれないが)。そのおかげで、弓場の絵の具の塗りのテキトーさ、段ボールであろうボロい支持体の妙なミスマッチ?感が起きていて面白い。偶然ただこうなっただけだろうが、意外と弓場はヒョイっと絵を展開できそう。そんな軽さを評価した。
松本の作は、悪い意味でキース・へリング感が出ている。ちょっと軽率というか、絵画への不慣れさがどうしても表れている。モチベーションがウンコして、そのウンコからキャラクターが生まれているのも、描きながら探って落ち着いたかの様に見える。絵の具を塗りたくるより、ボールペン一本や木炭一本での描写をはじめてもいいかも。
山本和幸: ◯松本 表現の上手さは、弓場の作なのですが、画面の面積…というか縦横比というか…、それが表現と合っていないような気がしました。描いたものの配置は、画面にバランス良く置いているようでいて、描きたいものの題材がその画面に合っていない。そんなアンバランスさを感じました。雨の下はもっとスペースがあった方が表現が活きたのではないだろうか。
一方で、画面構成と、作家自身の伝えたい手法が一番マッチしてまとまっていると感じたので、松本の勝ちとした。ぼんやりした、存在感のはっきりしない影の二人に挟まれた墓掘人(?)が、「モチベーション」を胸に色とりどりの亡霊を掘り起こしている。これは対決している松本と弓場本人だろうか。この対決の「意味」を掘り起こして集めて再奮起をしよう(させよう?)としているのだろうか。手描きであるためか、いつにも増して”思念”を感じて妄想してしまった。
丫戊个堂: ◯松本 弓場は何かモチーフを模倣した可能性もあるが、基本的にはセンスでやりこなしている感があり、週一のペースで描いていることを考えると、それはうまい。が、それゆえに時々それ以上の企図や実験や更新を見られない場合は評価しづらい面がある。
審査においては一回一回切断してみる部分と今までの勝負の流れを汲んで考える部分が両存する。その上で、今回の松本の作は前回との対応関係の上で評価した。前回には集団の茫漠とした脱力感、疲労感のようなものを画面から感じたが、今回は似たモチーフでありながら、個人の持つ意志や伝播の可能性を思わせる。頭で考えていることと胸で想うこと、そして手先で行う焚き火が別の機能を持っているようにテーマを分けて描いているところに面白さを感じる。
通算成績 
弓場16-15松本
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ybyskmtsmtshgr · 8 years
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ROUND 30
弓場(左)「・・・ポルノ」 
松本(右)「ゴースト」
今回のテーマ:存在
弓場2-1松本 
WINNER 弓場
選評 
今井新: ◯弓場 そもそも、テーマは2種類存在する。一つは、とても広い切り口を見出すことが可能でで、己の力量を自覚し、普段通りうまくこなすべきもの。もう一つは、切り口が狭く、うまくクリティカルなものを見出さなければならないもの。前者は自由度が高い分ポテンシャルに引きずられ、後者は新たな武器をその場で見出さなければならない。今回のテーマは圧倒的に前者である。そして、己の表現を自覚しなければならない機会だった。
弓場の作、そんなテーマでもポルノをモチーフに選択するあたり、相変わらずだなあ。。。という印象。しかし普段のポルノっ気ある具合というよりも、堂々とポルノを扱うあまりに弓場の「毒々しさ」が見事にでている。実は絵画があまり素直じゃないところというか。その証拠に、普段よりも女性器にやる気が見られずテキトーだったり、乳もエロティシズム皆無で、妙にだらしない弾力を感じる。そしてそれ以上に、女の肩から背中、そしてその上の降りかかる精液?に至るグラデーションがかなり美しい。対照的に、女の腹から下はただ赤く、どうしても血を連想させる。エロティシズムはないものの、身体をめぐる美しさからグロテスクさまで、うまくまとめられた作品。
松本は挑戦的な作品ではあるものの「白のヒトガタ」ではちょっと画面が貧しい。例えば藤田嗣治の戦争画(アッツ島とか)なんかも、なんか茶色いし暗いし、絵画的にはどこまでも貧しいものだが、それを凌駕させる画面の動きや文脈が存在する。ちょっと今回は、松本の弱点(悪い意味で空虚に感じてしまう)の目立った作品だった。
山本和幸: ◯弓場 画像の亡霊か、作家自身の分身である式神か。無機質であるはずの画像達の中に、何かの意思というか、魂(記憶)を持った有機物が侵略してきた。いま作家の新しい試みの場面に立ち会い、高揚感が湧いている。しかし、まだ初期であり、亡霊達もまだ成仏できていない印象があったので、弓場の勝ちとした。
『女』("女性"ではなく)は、弓場の得意分野だと思っている。それは、「女が女の目線で感じている内情」を表している絵ではなく、あくまで弓場目線で見た『女』を描いていて、それ故なのか、男目線を拭えない僕には、何かリアルであり、生活感を感じてしまうからだ。その女性のある一面への"偏見"が上手く表現されていると思う。
丫戊个堂: ◯松本 「存在」をテーマにした場合は当然、存在感を増す方向で勝負するには圧倒的な物量や熱量に相当するモノが必要になる。そのため、少し工夫のつく人間は引き算を加えることで、振幅を出したり対比を用いるのが常套手段であろう。松本の作の、白く抜けたヒトガタの存在性と非存在性を示すことでテーマに答えていると評価した。一方で、極端に配置されたヒトガタは画面に抜け感を作り、構図としての面白さを作っているし、このニセキースヘリングのようなヒトガタは、パクリのようでいて本家の「活き活きさ」を感じさせないところに日本の満員電車のような疲労感というローカリティも表現してしまっているように思えた。面白い作品である。
弓場の作に於ける、女体、性器、性的モチーフを用いて、存在感を出す手法はあまりにも古臭く、エログロナンセンスを昭和初期に、アンダーグラウンドを60年代に消費した現在の状況においては、もはや懐古趣味に近い。しかしながら、この作品にはエログロの中に弓場のユーモア感が入り込むことによって、絶妙な雰囲気をもたらしているように感じた。絵としてはこの作品は評価に値する。もしも、陳腐なエログロの中に投入された弓場のオリジナリティが「存在」というテーマに明確に答えるための方法を作品で表現できていたのならば、弓場の圧倒的勝利であっただろう。
通算成績 
弓場16-14松本
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ybyskmtsmtshgr · 8 years
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ROUND 29
弓場(左)「VSUFO」 
松本(右)「関係のない話 feat. 弓場勇作 (アガペーREMIX)」
弓場3-2松本 
WINNER 弓場
※第29回はカオス*ラウンジ 五反田アトリエにて去る4月24日に開催されたイベントにて来場者票・黒瀬陽平氏票を募った為、合計5票となっております。尚、今回の制作テーマは両者共に「ヒップホップ」を予め設定しておりました。通常なら俺(松本)が勝ってたとか……言わねえよ……
選評
イベント来場者: ◯弓場
黒瀬陽平: ◯弓場
今井新: ◯松本 弓場のUFO、つながった3人分の目玉焼きのようで、その多少古臭いデフォルメ具合が可愛い。そこから出る宇宙人?か何かは、目視可能なのだろうか、中心の青い謎ギャングスタは宇宙人よりもUFOに夢中で、さらに陰茎は他へ意識を向けている。この絵は、正方形のLPレコードのジャケットから出てきたエネルギーとセックスする絵である。そのエネルギーは大山エンリコイサムの「クイックターンストラクチャー」よろしく、あらゆる方向へ拡散し、うねりをあげる��のだ。今回は決して松本の作品に劣っているという訳ではなく、むしろ完成度は弓場の方が高い。しかし、絵画作品を作った先に何があるのか、それを考えさせ、続きを知りたくなったのは松本の方だった。
松本の作は、説明的である。コラージュやサンプリング、シミュレーショニズムといった、制作技法にもヒップホップにも用いられるものを、そのまま画面で試している。しかしそうして行っていることが実にくだらなくて良い。ライバル・弓場さんの作品をサンプリングして何に使うのかと思いきや、尻を持ち上げた彫像が人工肛門だか何だかから、うんこ的なものをブチまける目標にされている。ひどすぎるのではないか笑。そうしてみると、画面右側から波のようにうねりをあげるコラージュの塊も全て、弓場サンプリングへ攻撃しているようにも見える。相変わらず神はチャラく、結局だいたいのことは関係のない話として処理されそうだ。そんなゆるい絶望っぷりを、そろそろ知らない世代も増えてきたであろう、XPの壁紙の途中でリーマンが見ている。こんなことして勝負に勝ったからには、きっと次はとんでもない傑作が来る、もしくは何かと決別でもするのだろう。
山本和幸: ◯弓場 ESTAのアトリエにて、実際の弓場のこの絵を観たのだが、途中感がハンパなかった。だが、カオスラ五反田アトリエにて、スクリーンに映し出された絵は、なぜか完成されたようでいて堂々としていた。何故だろう。加筆はされていないのに。そのままCDのジャケットにしてもおかしくない、音楽を感じる絵であった。ちょっとイラストぽかったかもしれないが、絵から音楽が一番聴こえるので、弓場さんの勝ちとしました。
松本のテーマは全然違うのだが、やはり同じデジタルコラージュの分野である梅ラボさんと比べてしまうと、画像と画像の「間」の取り方が違う。松本が次の手法を模索しているいま、僕の言うことは蛇足かもしれないが、松本の絵にはある種の躊躇と照れを感じています。上手くなることへの拒否というか…。テーマである「クソ」へのこだわりが、今は邪魔しているように見えるのです。松本自身の言う『引き算の絵』は、先に言った「間」に非常に関係があります。松本の感情自体を見直す修行のような事になるかと存じますが、今後の作品に期待しております。
丫戊个堂: ◯松本 人によっては、テーマは仮のもので要は作品が良いかどうかだという評価もあると思うが、個人的にテーマに対して作品でどのように答えたかを軸に評価を行いたいと考えている。その点で弓場のVSUFOは何がヒップホップなのかについて、それっぽいジャケットのイラスト以上のものを感じなかった。さらに言えばどの音楽ジャンルのジャケットとも見て取れる以上、「ヒップホップ」に答えているとは言い難い。一方で、松本は内輪ネタが含まれるとはいえ、弓場を持ち出してくる姿勢やキリストをモチーフに眼鏡をかけた弓場をディスるような手法がヒップホップ的と言えなくもなくその点で松本の勝利とした。
通算成績 
弓場15-14松本
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ybyskmtsmtshgr · 8 years
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ROUND 28
弓場(左)「落ちる雀」 
松本(右)「真形(マジックマウンテン)」
弓場3-0松本 
WINNER 弓場
選評 
今井新: ◯弓場 中国には九龍城砦や毛沢東といった、コラの歴史も長い格好のモチーフやモデルがあるのに、なぜ松本がそれらを使わなかったのか少し疑問。真っ向勝負が見たかった。ならば、中国というテーマに対してどう捻くれたか検証してみたが、結構散漫となってしまっている。ただ中国というテーマに対して「爪にマニキュア塗った指が剥がれて奥のレイヤーが透ける」表現をもってきたことには、何かを感じる。や、うまいんじゃないか。。?
しかしそんな松本の表現も、雀を持ってきた弓場のダイレクトさには敵わなかった。そして今回の弓場の作品は漫画とも何ともつかない、妙にコラージュ的な、ゆがんだ空間演出が効いている。「カッ」など、コマジャンの様にも見える。はて、指をさした向こうにあるのは酉陽か。下に見えるは雑居ビルか。そうして連想しつつも再度、雀にハッとさせられる。見事。
山本和幸: ◯弓場 中国で雀といえば、毛沢東の雀狩りだろうか。では左下の雀を指す指は毛沢東? でも雀はスモッグのせいか、狩る前に落ちている。ただ、画面をひいて観た時に、左右の太い波線が龍の髭に見えた。そうすると、上から1羽目の雀の翼が龍の目に見え、「カッ」という字が龍の目が見開いた表現では…? と妄想した。自国のあり得ない政策に幾度となく落とされそうになっても、龍の如く飛翔する中国国民達の生命力を表しているようで、中国のアイデンティティを感じた。一番中国の根底にあるものを観た気がして、弓場さんの勝ちとしました。
松本は五岳真形図をモチーフにしているとのことである。五岳は世界を、五行は森羅万象を表すため、松本さんの格好の題材であろう。ただ、コラージュという手法ではしょうがないが、その本来の意味は分解され、再構成というよりは、材料を足して、そのフォルムを作ることに執着しすぎて、その魔力はまったく無くなってしまった。まさに禁忌に触れたのだ。フォルムだけでは、ただの前衛的なスケッチになってしまう。そこが深層に”中国”を感じる弓場さんに勝てなかったのだと思う。とはいえ、五岳真形図は道教の思想であり、その教祖とされてしまった老子は、生まれた時に虹(RGB)の湯気?を出している(参考画像)。なのでデジタル・コラージュとまったく関係ないわけでもない方法もある…ような気もしなくもない…ような(以下略)
丫戊个堂: ◯弓場 弓場の図象は中国の化学工場の爆発を思わせる。また落ちる雀?によって���直性の構図が入り、左下の手などに興味をひかれる。落ちる雀は毛沢東の逸話から人為により生態系のバランスを崩し、一種の報いを暗示しているのかと思うが、何の確証もない。その辺りを除けば、いつもの弓場の絵であるとも言える。とはいえ、まだ何かサイトスペシフィックなテーマを描こうとした痕跡を感じるために弓場の勝利とした。
一方の松本、五岳真形図は個人的には大好きなシンボルデザインであり、それがあまり作品にいかされていないことは残念である。伝統を参照してパロディにしたり、挑発したり、接続する際には、伝統が隠し内包している「魔力」に対峙する覚悟を持たなくてはならず、単に参照しただけではあまり意味をなさない。ヒンズー教についてはけばけばしい色と多面多臂のデザインの過剰な反復を用いた強度の表現がコラージュという技法と親和性を示していたが、今回はそのような効果は見られず、つまりは、テーマ性を失ったどう読み解けばよいかわからないただのコラージュでしかなかった。
私見だが、五岳真形図の持っているデザインの力に抵抗できてないと思う。線だけであれだけの「魔力」を表現できてしまっているあのデザインにコラでどう対抗するかを考えて欲しかった。また「山」は松本のモチーフとして少しは大事なもののはず。山をシンボルにして招福徐難に用いるというという道教、世界の中心に山を置く(沙弥山)仏教世界観などを掘り起こして、なお根底からひっくり返すつもりの現代的な松本山観を期待したい。
通算成績 
弓場14-14松本
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ybyskmtsmtshgr · 8 years
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ROUND 27
弓場(左)「サルタヒコBOY」 
松本(右)「まさかそんな事が(祭壇)」
弓場2-1松本 
WINNER 弓場
選評 
今井新: ◯弓場 松本、題名通り祭壇の絵。神そのものというより神を取り巻く状況を描いた作品であり、普段以上に皮肉や含意たっぷりの作品である。婚約指輪?が中心へいざ君臨せんとするその情景が象徴的。だが、ちょっとそれではステレオタイプすぎる終末観と誤解されるのでは。例の、結婚前と結婚後で順序を逆に読むコピペみたいな。あと、中心のヒンドゥー今日の神たちは必要だったのだろうか疑問が残る。
一方弓場の作は、彼独特のユーモアがうまく作動し、不可解な魅力が浮き出てきた作品。題名からサルタヒコノカミが青年の姿で出てくるのかと思いきや、銭湯で良く見る老人チンコ。鼻低いし。誰だお前。アメノウズメからそんなツッコミが入れられているようにも見える。そして彼女の乳をサルタヒコBOYは見逃さなかった、という漫画的演出もある。弓場は今すこし過渡期にいるのではないだろうか。この前までと、またすこしずつ塗り方が変わってきている。より高いジャンプを期待。
山本和幸: ◯松本 彼の結婚感が崩れる何かがあったのだろうかと心配する。神の御前にて誓った二人の愛は、シンメトリーからアシンメトリーへ。蟷螂拳vs蛇拳の互角の対立と化している。参列したご親戚の皆様は、お見舞いの献花を捧げて、この終末を華やかに彩る。クソな世界の終焉が、今回は少しリアルに感じた。お題である「神」の使い方が、弓場さんより熟れた感じがして、松本さんの勝ちとした。
弓場の作、天孫降臨なのだろうか。そう考えると、女性はアメノウズメで、チンコのニニギ…? いや照らしているのがチンコなら、センターの男がニニギか?絵の質は高いのだが、神話の一幕を上手く表しているとは思えず、ちょっと題材を持て余しているように見えてしまった。でも、民族的な、土着的な題材は弓場さんと相性がいいと思っている。来週に期待。
丫戊个堂: ◯弓場 「 まさかそんな事が(祭壇)」という題名も良いし、コラージュに使われている材料も良いし、コラージュの仕方もうまくなっていると思う。結婚指輪の左右に似た色の脅威となる動物を配置しているのも面白い。題名と作品の持つ表象がよくマッチしているように感じるし、正直、松本の勝利でもまったくおかしくない。解題の腑に落ち方という点でどこかにもったいぶったものを感じたため、弓場の勝利とした。
弓場の作品はつまるところ「日本神話、猿田彦、天狗の鼻がチンコ」であるようにも思えるが「神武天皇東征之図」のような定番の太陽の表現や直立する人、中央のキャラ、左上の女性の関係になんともいえないユーモラスさがあり、それが日本神話的な理で図れない行動原理のようなものとの親和性を感じさせ、日本神話の弓場的読み替えがあるように見える。
通算成績 
弓場13-14松本
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ybyskmtsmtshgr · 8 years
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ROUND 26
弓場(左)「ナチュラルに功夫」 
松本(右)「いつか来た道」
弓場1-2松本 
WINNER 松本
選評 
今井新: ◯弓場 今回は松本の弱点(あるいは武器かもしれないが)松本のコラージュの先に何を見出せるかという点が際立った。松本の作品の根幹にストーリーやコンセプトを見出すことと、コラージュという技法とのズレや曖昧さが今まで大きく作用してきたが、今回はちょっと空虚な作品に見える。題名もあって回想シーンの様に見えるが、なんの回想な��か。曖昧な印象。
一方、弓場は特有の肩透かし感のある良い作品。黒の輪郭?線が今回かなり効いていて、画面を分断している様で実はぼやけた部分があったり、輪郭に気を取られていると、青で描かれた手の存在に気づいたり。功夫というよりか酔拳を表した絵の様にも見える。タイトルも、ナチュラルと功夫という、重なり合う様で何か全然違う、そんな言葉の組み合わせで、この絵の鑑賞体験とかぶるものがある。
山本和幸: ◯松本 「功夫」というモチーフから、自身の鍛錬というか、再構築中なのだろうか。自分の創造の源であったキュビズムのイメージを使っていることからも、そう想像させられる。完成度は高いのだが、手抜きではなく本当に「これから」感があったので、勝負としては松本の勝ちとした。
松本の作は、一瞬、韓国で撮った素材を使いたいだけなのかと思ったのだが、時間をおいて観ていくと、いつもはリアルタイムで動いていた画像山が、今度は過去と現在と、未来に向かって時間を超えて動いているように感じた。 無限を表すような時空の道をモノクロの二人の白人の少年が、永遠に年を取らないかのように走っている様が、松本の変わらない根底の何かを表しているのかと思った。 いつもより私的で、よりアウトサイダーな印象で、ヘンリー・ダーガーのイメージで観ていました。
丫戊个堂: ◯松本 「ナチュラルに功夫」と言う題名から、練習のための一作であるように自分は受け取った。とはいえ、メインの人を白く抜いたり、夕焼けの山のようなものが背景に伺えるなど面白味もある。
以前、松本の作品にはコラゆえに画面構成の物足りなさが付きまとうのではないかと指摘したことがあったが、その点はもはや克服された感じがする。独特の構図感、一瞬グロのように見せて感情に訴える物体の配置などに工夫が見られる。
通算成績 
弓場12-14松本
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ybyskmtsmtshgr · 8 years
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ROUND 25
弓場(左)「チーチャン」 
松本(右)「ローマ人への手紙」
弓場1-2松本 
WINNER 松本
選評 
今井新: ◯松本 リズムあっていいですね。バナー広告感というか「死亡!」「復ッ活ッ」「理論上は可」でループ素材作��そうです。人生みたいな。主に水色とオレンジですが、色の効き方が映画のカラーグレーディングっぽくて、ここ最近の作品はデザイン科かな?というくらい色彩に気を向けていると思います。(参考URL: https://www.cinema5d.com/film-color-schemes-cinematic-color-design/)そして今回の作品で松本が新しく見出したのは、画像処理してアブストラクト化した素材を別のモチーフを想起させるよう仕向けること、あくまで別のモチーフに仕立てるのではなく、イメージさせる程度に抽象性を保つことではないでしょうか。というのも、キリスト教の天使達が画面の左右にいる様は、なんとなくジェットコースターに乗ってるように見えるんです。ツッコミだしたらキリがないくらいアホな作品にも見えますが、奇界遺産に登録されてそうな完成度もあり、このまま松本がどこへ向かうか楽しみです。
弓場が明確に「登場人物」を設ける作品は、おそらく初なんじゃないでしょうか。実際にモデルがいるのだろうか。滅多にない例だと思います。しかし描写は入り組んでいて、衣類?カーテン?が散乱したり?風に揺れたり?そのうちにチーチャン本人も影が隣に寄り添う様に描かれていたり、全くもって部屋に合わない赤いベッドが置いてあったり。そんな「現実にありそう光景の描写なのだが鑑賞時間が経つほど、それがなんだか断定しづらくなる表現」に満ちていると思います。あと、この退廃や耽美とも、午睡ともちょっと違うこの空気感が、廃墟探検して奥の部屋に何者かの生活感が残っていた感じを思い起こさせました。
山本和幸: ◯弓場 今回の両者の作は、完成された物をさらに突き詰めた作品か、これからの発展性を期待できる芽吹き感との勝負のような気がした。松本の作品は前者の方であるが、彼自身の中で手ごたえがあった主題をどう進化させるかで、一歩抜け出そうとしたと見える。しかしながら、いつもより説明的になってしまったと思った。私には、「死亡」と「復活」と「QVC」は、補足にしか見えなかった。死亡と復活に関しては、仏像の台座に表現されているからだ。彼曰く、今後引き算を考えたいとのことだったので、また違うベクトルへの発展が見たい。
一方の弓場の作、表現に違いはあれど、エドワード ホッパーを思い起こさせた。チーチャンは、お幾つだろうか。チーチャンのおっぱいに哀愁と人生を感じた。そして、いまチーチャンが何を思っているのかが気になる。寄り添う影は何者なのかと、いろいろとチーチャンのことを考えさせられるほど観入ってしまった。珍しく弓場自身の年齢にあった大人な作品である。
丫戊个堂: ◯松本 松本、正直いいのか悪いのかわからないが、何かの軸においてかなり完成に近い何かを見た気がする。その点で素晴らしい。素晴らしすぎる。素晴らしいのだが、正直、これをどういう文脈で捉えると真価を人々に伝えられる接続が出来るのかがまだわからない。しかし、宗教的なイメージをバカにしたような反復、バキや2chから持ってきた吹き出しの使い方、全体を広告のように括る最下段の効果などこれはもう作品として十分な力があるように思われる。今回ははっきり言って松本の実力の伸びにビビった。
弓場のものは、非常に良く出来た絵である。今までのいびつに不器用な画面の中に弓場らしさがにじむような絵でなく、ほどほどにまとまった構成の中に弓場らしいモチーフがちょっとしたアクセントになっている良い絵だと思う。こんなセンスのいい絵を弓場が描けるということが驚きであり、今までの弓場とは違う何かを感じさせる。それ自体画力の成長の証のように思われる。しかし、行儀のよさで勝負をしてしまったら、美大生の土俵で戦うことになってしまわないだろうかという不安も残る。「こういう絵でうまい人はいくらでもいるよ」的なことを言われないだろうか。
通算成績 
弓場12-13松本
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ybyskmtsmtshgr · 9 years
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ROUND 24
弓場(左)「例えば女木島の風景」 
松本(右)「オーヴァーな話」
弓場0-3松本 
WINNER 松本
選評 
今井新: ◯松本 僕は今回の弓場の制作過程や実際のモチーフ、この作品のできていく過程を見ているので、この作品の素晴らしさや鋭さをよく知っている。なぜならこの作品は僕の発注で制作されたものだからだ。ここに描かれているのは島で馬車馬のように働かせられた弓場が、つかの間の休憩で見たものである。柳本悠花の捕まえたヤモリまで描かれている。展示(コンテクスト)を知る身として素晴らしい作品だ。でも松本作品ほどじゃなかったんだよなあ。
そして松本。驚いた。これは素晴らしい。素晴らしい。あんま言うことない。かつて僕はストーリーが欲しい、と言い続けたが、松本作品の魅力はそういったストーリーさえフラットに見せるところにあるのかもしれない。絵解きも勿論重要だが、こういった残酷なコラージュは梅沢和木《うたわれてきてしまったもの》にも通じるものがある。
山本和幸: ◯松本 弓場は、一つの場所に留まらず、旅に出て旅先で絵を描いても面白いのではと思った。僕はゴーギャンの『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか』の絵を思い出した。その土地に馴染む弓場だからこそ、その土着の感情とその土地を見る自分がうまく一画面に出ている。他にもこの手法で何枚か描いていけば、もっと良くなるのではないだろうか。
松本の作、彼のテーマである「世界」の表現が、ますます洗練されてきたと思う。何か宗教画のような印象も受けるのは、こんなに賑やかな配置なのに、絵の中は無音に感じるからかも。そもそも「世界」と「神」は、ただそこに在るもので、何も語らず、何もしないからだ。画像を私はiPhone6で見たのだが、皆んなには、どう表示されただろうか。絵の配置がスマホの画面にピッタリで、周りの海が掛軸の表具のように上手くバランスがとれていた。演出も含めて、松本の勝ちとした。
丫戊个堂: ◯松本 弓場はもともとの良いのか悪いのか分からないが発揮されている特有の画面構成のオリジナリティを失った分、むしろ未熟さや臭みが出ているような作品に見える。それでも一定のレベルにはあると思うが、新しい弓場の絵を見たという楽しみがない。
松本はまた宗教的なモチーフとして象や亀が大地を支えている古代インドの世界観を描き直したような作品、おそらくそのヒンドゥーイメージと松本コラージュの相性の良さによって、不思議と成立するものになっているように思われる。80年代の中沢新一の本の表紙などに使われて良さそうな雰囲気を持っている。
通算成績 
弓場12-12松本
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ybyskmtsmtshgr · 9 years
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ROUND 23
弓場(左)「ワサレタ紙切れ コアラver.」 
松本(右)「とある午後」
弓場2-1松本 
WINNER 弓場
選評 
今井新: ◯弓場 松本は技術面が高まってきているが、ここからのさらなるジャンプに期待したい。クソコラ風景において、フォーカスはどう効くのか。遠景ほどきめ細かい描写となり、手前のペラペラ感との対比を出したのは立派。だが、この絵そのものが何かの背景に見えてしまっているため、読み解きの難しさがある。
そして弓場。コアラって笑。クソコラにクソコラで柔軟に返すアナログならではの速さが際立った。そして作品だが、人体と情景描写が一体化した素晴らしい表現である。画面右の大きな手が効いている。作品全体で一つの生き物と言うか、神話のワンシーンに見える。弓場こそ神を描いたり探したり(もうすでにしているか。。)しても面白そう。
山本和幸: ◯松本 世界を現す神々と理想国家の建物群。指導者が妄想する究極のユートピアの強制から、薄っぺらい簡単な世界へ、普通の人々が逃げていっているように見えた。シンプルが故の空白の世界に、これから戸惑い迷う予感もする。心情が素直に出ていながら、その上で技巧を感じたので、松本の勝ちとした。平面な世界が、シンプルを表すために手抜きに見えるのが惜しいので、そこはもう一工夫ほしかったかも。
以前、弓場の絵に私小説を感じると書いたが、こちらも素直な心象風景が見えている気がする。弓場の"引っかけ"かもしれないが。ジャンパーを着た人外の女が渡したのだろうか、その紙切れの中身が気になるところで、彼の術中にハマっているのかもしれない。これは僕らも知っている女なのか? と読み解きも楽しいが、僕には今回は軽妙すぎる気がした。
丫戊个堂: ◯弓場 松本の作、ヒンドゥー教的なけばけばしさとコラージュの近接性から、大衆と宗教の関係が生み出すカルマとしての都市設計や風習などの俗なる存在、そういった生成システムを想起させる作品と感じた。宗教をモチーフにするのは松本作品では良い手がかりになってくるのではないかと思う。
弓場の作品にはアメリカのコミックのモチーフが時々現れる。また過去にも何度か日本のマンガアニメ的キャラクターがカオス*ラウンジへの目配せとしてなのか見��隠れすることがあった。日本のアニメ絵的なものは弓場にとって親しみ馴染んだものではないように思えるが、むしろそれゆえに弓場解釈のアニメ絵というような面白さを含んだものになっている。してみれば、それはアメリカのコミックやアニメを模倣した後に独自の進化をとげた日本のマンガアニメ文化をさらにアメコミで模倣したアメリカのオタクたちの捻じれを日本人である弓場がおこなうという、さらに複雑な構造が背後にあるようにも思え、これがどういう形になるのか興味深い作品である。
通算成績 
弓場12-11松本
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ybyskmtsmtshgr · 9 years
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ROUND 22
弓場(左)「前戯」 
松本(右)「死と再生のホームラン大陸」
弓場1-2松本 
WINNER 松本
選評 
今井新: ◯松本 弓場の描いている題材はマジで素晴らしい。前戯しながら色んなほかのこと考えていて、それが結局前戯のはずが自分のオナニーっぽくなっている、しかし自分の性感帯が気持ちいわけでもない。訳もなく漫画のこととか、なんか目線をどこに向けようとか、それで目線をそらすとそれに向こうがちょっと反応するけど、別に大したことじゃない、そういうこと考えているうちに向こうが盛り上がっている。あれ、でも自分の性器を撫でていたのか?そして思い浮かぶのは量産的なAV的女性イメージ。あっそうだ前戯しなきゃ。という。右下の、牛の肛門に手を突っ込んで病気などの検査している人の「それ前戯じゃねえから!」感もすばらしい。ただ、この情景描写と共に、弓場ならもっと画面に仕掛けを作れる。今回はマーズマーズといったところか。
一方の松本。なぜだ、なぜ、「覚醒剤打たずにホームラン打とう」のポスター or 標語を使わないんだ。なぜだ。ただそれだけが惜しい。再生するにはそこの落とし前をつけなければいけないのではないか。しかし、白い鳩の「ちょっとこの世終わるんだろうな」感というか、無駄な祝祭感や、惑星その他が並ぶ無駄な高揚感はすばらしい。
だが、水平線と青空をそれらの背景にするのであれば、FF6の飛空挺の移動画面などのゲーム系素材を援用すれば、松本の問題意識とさらに繋がっていったのでは。
山本和幸: ◯弓場 コピックで描いたのかと思われるような、いつもよりハッキリしたラインと浅い塗りが、イラストレーションのような印象だったが、よりアート性、横尾忠則の印象をも感じた。いつもより自分の描きたいモノを自分のモノにしていると思う。
松本の作にある角海老と双葉町。生産と冥府の神。クソな社会の破壊と再生を描いているのだろうか。清原を取り巻くウロボロスも。白い鳩で、偽りの神の庇護を感じる。チープな世界の循環に絶望しながらシニカルな笑いに表わそうとしているように見えた。僕としては、海に浮いてる不安定でちっぽけなこの世界が、画面の配置と画像の大小のバランスで、もう少し形が掴めればいいなと思った。
丫戊个堂: ◯松本 画面構成はほぼ互角。自慰にせよ何にせよ性的行為を弓場がより掘り下げていたら弓場の勝利もありえたが、時事ネタを取り上げた松本の方が射程が長いと判断し、松本の勝利とした。
通算成績 
弓場11-11松本
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