Tumgik
zakki-jp · 1 year
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2023.4.20
何も言えないでいる。なんとなく呟けないでいる。私なんかが軽く示せることではない。こういうときTwitterは難しい。何も言わずに日常の投稿をするのも憚られる。何かを好きになるときはいつも無責任で自分勝手で、頑張る理由のほんとひとつの塵にでもなれたら、そんな程度にしか言えないのに、応援するなんて無責任なのかもしれないと思った。皮肉にも、契機になってそういうことを見つめ直してしまうし、いろんなことを再認識する。
ペトロールズのライブで、トンネルを聴いて、「そこにいるようでどこにも見当たらない 何度言ったってここでは聞き取れない その闇は本当に必要なのか知らない」という歌詞を聴いて、何かが落ちた気がした。何かが落ちる瞬間を何回も味わっているのに、本丸はなかなか落ちない。
昨日一昨日と、30年以上前のアルバムの完全再現のライブに行って、無責任だから楽しめて、だから趣味なんだと思った。好きなものや人の人生を背負うなんて大それたことできない。それでも、なにかしら、何かを返すことはできるのだろうかと考えていました。きっと何も返せないし、返せているなんて自己満足はしない方がいい。無責任なくせに、責任感をちらつかせる方が余程無責任だと思う。
ちょっと進んでは戻ってをやたらと繰り返して、そうしてきっと苦手な冬も何食わぬ顔で過ごせるようになるんじゃないかと思っている。思い出したくないことを思い出しながら、きっと頭の整理がついていくんだと思うし、自分なりに合点がいったらいいなと思う
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zakki-jp · 1 year
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2023.04.14
金曜日だ!1週間ぶりの金曜だが、久しぶりな気もするし、また来たの金曜日?な気もする。いずれにせよ1週間お疲れ様でした私たちよ……
昨日は在宅だったのだが、終業する時にまだ外が明るくて、本当に終業していいのか不安になって何回も時計を確認してしまった。ずいぶんと陽が長くなった。多分春がとっくに来ていて、夏が来る頃になってやっと、春ってきてたんだねと気がつくんだろう。
久しぶりに昼にワイドショーを見ていたら、知らない人ばかりが出ていた。お昼のテレビに出るくらいだからきっと有名なんだろう。こうして自分の知ってる世界以外からは突き放されていくのね…と思いながらパスタを食べた。
今日の昼はお弁当を持って行った。冷凍のチャーハンと昨日の晩御飯の残りものをタッパに詰めた。最近外で食べるご飯がやたらと高い。高いのに量が少なくて、お腹がいっぱいにならないことがもっぱらの悩みである。お腹いっぱい食べたいのに、値段を考えて日和ってしまう。高いならせめて美味しくあって欲しいのに、美味しさもあまり伴っていない。最近友達と会って話しても、最近高いし量少なくない?の話ばかり出る。安くて美味しい、が当たり前ではないことは愚か、高くて美味しいも当たり前ではなくなってきている。(期待値の問題か)
今週はとりあえず怒りに満ち満ちた週だった。森羅万象に苛立ってしまった。毎日電車が遅れていたし、そのせいで激混みエブリデイで、逃げ出してえ〜と思った。引っ越すならどこがいいか真剣に考えた。4月という不安定な時期にこういうことを考え始めると全体的にバッドが入ってしまうのでよろしくない。
そんなつまらないことから脱却すべく、生きている間にやるかもしれないことを書き出してみることにした。書き始めてから2ヶ月経ったけれど、なかなか項目が増えない。それを目標にしてお金のことなどあれこれ考えるのがいいと思ったのだが、なかなか難しい。月に複数回蕎麦を食べる生活を続けるためには、いくらあったらいいのだろう。ウユニ塩湖やガラパゴス諸島に行くためには何が必要なのだろう。今のところそのための準備としては、鳥を見るために双眼鏡を買うくらいのことしかしていない。そして、人生を変えたくないのでインドに行きたくないと常々思っているのだが、インドに誘われないためにはどうしたらいいだろう。それを断る術も今から考えておく必要がある。突然宇宙に行かないかと声をかけられるかもしれない。断るのが苦手だし、思ってることをはっきりいうのに時間がかかるタイプなので、今からちゃんと考えておきたい。インドにも宇宙にも失礼にならないような断り文句を考えるのには時間がかかりそうだ。
最近考えているのはPayPayのIDだ。名前に由来するものがいいのか、Jinseiwarukunaiみたいなのにするのがいいのか…未だ決められない。
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zakki-jp · 1 year
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2022 出来事8選
多分、恐らく、そして殆どの場合、毎日誰かのドラマに参加させてもらいながら、そして自分自身のドラマを成り立たせながら過ごしているんだと思う。
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今年はそんな風に思うことが多かった。遅かれ早かれドラマになるようなこと、年月が過ぎたらドラマの、歴史の生き証人になるようなこと、毎日はそんな時間で多分埋め尽くされている。
映画になることの全てがやたらと劇的でエブリデイタイタニックなんてことはない。劇的なことの合間合間にお茶を飲んだり、トイレに行ったり、犬が散歩してるのを見たりしているはずだ。毎日変わらない何かがあるからこそ、ドラマはドラマたり得、変わらない何かに突然安心したりするに違いない。
ということで、今年のドラマチックな出来事を書き出してみたい。
突然何かに出会い、これまでの自分の時間と混ざり合うことが決してなかったものを突然取り入れて過ごすようになる。出会いは必然?それとも偶然?
・10/8 横浜FマリノスvsG大阪
J2降格圏内が続き、なかなか勝てない。負けたら終わりという緊張感で毎週末がヒヤヒヤだった。そんな中、首位マリノスとの対決、この日のガンバは守りに守った、そしてセットプレーから2点を取って勝利した。その後の選手のインタビューは何回でも読みたい。相手に合わせて走り、負けない試合運びをした。あの最終節に近づくと出てくる「負けない試合」を力の限りやった。相手に合わせて走るのは普通よりもかなり体力を消耗するらしい。負傷明けの宇佐美が前に体力を消耗して交代になったが、マリノス戦では自分のプレーが悪いということ以外だったら交代させないでくれと監督にお願いしていたそうだ。ユースから上がってきた時は生意気で少年だった宇佐美が、攻守に渡って献身的にプレーし、後ろからチームを支える選手に成長していた。それは、選手の集中が全く切れなかったことと大きくつながっている気がする。この試合でチームは一瞬たりとも集中力が切れることはなかった。いつもフッっと集中力が切れて得点されることが多いので、その点においても選手の気合を感じた。2点目が決まった時は膝に置いた荷物のことなんか忘れて立ち上がって飛び上がって喜んだ。あんなに嬉しいことがあるか。この試合で私たちは首位のチームに勝った。「負けない試合」で一瞬の隙をついて、「勝つ試合」をした。松さんの采配、選手たちの松さんへの信頼。全てに拍手だった。
・11/12 日比谷野音 D.A.N.ライブ活動休止
ドラムの川上輝が不調により、ライブ活動を休止することになった。私が最後に見れたのはOgreとのツーマン企画の日比谷野音公演。初めて見た時からブレない演奏、数年にわたっても軸が全くブレることなく音源をリリースして、音源を超えるライブをいつもしていた。ライブバンドなだけに、このような日を迎えてしまうのがとても辛く悲しかった。
この日は客もかなり盛り上がっていて、そうしたら、櫻木大吾が「いつもこのくらい盛り上がってくれてたら…」と言っていた。アンコールでラストにやったTime Machine、響いたわな…最後にファーストの曲をやるということに、気持ちをガーンと感じた。
https://open.spotify.com/track/18QhkHV29Nl5wyHx92HlOE?si=12YH8CKTTK2tufMXgGPVDg
最近はサンプラーを使うことも多々あった川上輝がほとんどドラムを叩き続け���ことも、最後の顔も、忘れられないんだろうな〜〜
そしてこの日のオウガはちょっとバタついてて、初めて見たそんな姿に刺激を受けてワクワクした。また何か新しいことを始めようとしているという感じがした。
・12/3 幾何学模様ラストライブ
今年で解散すると発表した幾何学模様。東京は2公演あったが、チケットを取り忘れる事件。チケットが欲しいとツイートしていたら、譲ってくださる方が現れた。迷わず譲ってもらった。幾何学模様を見たのはこの日で2回目。日本に来るタイミングも多くはなかったけど、もっと見たかった。
バンドメンバー同士の不和などではなく、バンドを解散するというのはきっと人生の次のステージにバンドとしてではなくそれぞれ個人として進むということなのかな〜ただ、あんな大団円で終わるライブを生まれて初めて見た。拍手をやめられなかったし、生まれて初めてのスタンディングオベーションをした。この時が永遠に続かないと分かってるからこそ、より美しいものってあるなと思ったし、ある意味で私の中では永遠になってしまった。幾何学模様というバンド、密度の高いサウンドの中に独特の郷愁があって、そして何よりメンバー全員がロン毛だというのが最高である。
ラスト、本当のラストにやったDawnの音がまだ頭から離れない。光の溢れたステージに、そして完璧な演奏だった。バンドを見る時、ドラマチックな夢を見させてもらっているんだと思わずにいられない、今年見たラストライブ二つだった。
・デパートのコーヒーと蕎麦
今年ついに、ついに、憧れに憧れたデパートの地下のカウンターでコーヒーを飲んだ。目の前で豆を挽いて淹れてくれるのだが、眼に見えるような道具へのこだわりなどはなく、結構庶民的な道具が使われている。狭い空間で作業できるように整えられた台に。ケーキを箱から出したら、箱に残数を書く。アイスコーヒーを作る時は、ポットに入った熱々のコーヒーに氷を入れかき混ぜる。冷えたらその氷は捨てて、泡も捨て、新しい角のある氷をカップに入れる。一度角の取れた氷は溶けやすいみたい。
今まで食べたアイスの中で1番美味いアイス。コーヒーフロートの上に乗ったアイス、あいつは誰だ。クリームのようだけどアイスで、バニラビーンズがめっちゃ美味しかった。数回に一回は出くわす変な客(常連)。キャラメルを置いていく人、ポーションは入れ物に残るのが勿体無いから、入れ物から吸って飲むんだという人、いつもとちょっと味が違う気がする、と責めるでもなんでもない人。みんな普段何してるんだろう。
程よくザワザワしているので、コーヒーを淹れるところを見ながら、隣の客の発言を耳に入れつつ過ごす20分くらいはやたらと頭が空になった。ヨガに行くよりよほど。
レストラン街で蕎麦を食べてから、飲むコーヒーがよかった。
今年、完全に蕎麦を克服した。蕎麦、美味い。今まで食べて、美味しくないなと思っていたのは蕎麦(仮)であって、蕎麦ではなかったんだなと思った。蕎麦、美味い。蕎麦を食べられるようになったことは今年起きたハピネストップ5には入ると思う。
・エルグレコ 羊飼いの礼拝
展示室に入ると、一際光を放っている作品があって、真っ先に向かっていくとエルグレコだった。そのようなことが今年は2回もあった。エルグレコのハイライトの使い方が光を放ってるように見せていたのだと思うけど、今まで見た絵画の中で1番眩しくて、絵画の外の世界に光が放たれていると感じたのは初めてだった。傑作、とはああいう作品のことを言うのだと思った。
・W杯カタール大会(モロッコ🇲🇦)
今回のW杯で一番のサプライズはモロッコだと言われた。4位の成績。ハキミの確実にボールにチャレンジするディフェンスが美しかったな…
そしてツィエクのプレーがとても好きだった。あの緊張のシーンで出す柔らかいパス、それが奪われない。有識者の中にはプレーにムラがあると言う人もいたけど、何その漫画のような話…と思ってる。紛れもない中盤のヒーローである…そして髪型が山王の沢北と似てる。
ハキミとツィエク。
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今大会でよくよく分かった、強いチームは全員で守り全員で攻める。守りの最終ラインはつまり攻めの最前線…グリーズマンのプレーがお手本…
四年に一度の祭典、私生活のほとんどをサッカーに捧げる時。こんなに早起き頑張れるのだから、私って結構サッカーが好きだな?と思った。体調を崩さず大会を終えられたので御の字。(選手か?)
冬のW杯、夏より辛かったな。夏なら日も昇るので起きやすいのだが、なんといっても寒いので起きるのが難しく、キテレツ大百科のベンゾーさんのような顔で見て、2時間したら寝て、起きて、をすると、起きた後はもう「あれ、あの試合いつの話だっけ?」というように過去のことになってしまってな。W杯は夏の方が燃える、間違いない。
・THE FIRST SLAM DUNK
整理がつかないのでまだ何も書けないけど、2022年の最後の最後にスラムダンクに心かき乱されたことだけは記しておきたい。三井………あああ…
・NCT
1番好きなグループを今年は何回も見ることができた。イリチルのドームツアーは東京と大阪に行くことができて、ますます大好きになった。アイドルのコンサートを見たのは初めてだった。(地下アイドルとかはあるけど)すっげ〜〜のな、イリチルって。2Baddiesのカムバもワックワクだったし、自分が思ってる以上にイリチルのことが好きなのだなと気がつく瞬間が何回もあった。
そして、初めてこの目でテンくんを見た。テンくんは私にとって、救いの存在だった。テンくんが笑うと私はとても嬉しいのである。威神カムバおめでとう〜!!一年の最後にとっておきのご褒美をもらったような気持ちになりました。11月はドリムの公演も行くことができて、本当にNCT尽の一年だった〜〜〜来年も何卒よろしゅうおますぅ〜〜〜
【総括】
ライブやら映画やら展覧会やらをまとめながら、今年は例年以上にエンタメに埋め尽くされた一年だったんだなと思った。ライブにあまり行けなかった年を乗り越えて、以前並みにライブに行けた。この2ヶ月は特にライブが多くて、あまりライブのことをリサーチしていなかったために慌てることも多かった。
好きなものだけを好きでいると、正しく食指が働くことが分かった。
ただ、好きな物を好きでいられるということは環境が穏やかであるという、何かに脅かされることなく過ごすことができている、暇を満喫する余裕があるということの証なのだなと感じた。
サマソニにも行けて、今年は好きなバンドをたくさんみれてうれじがっだな〜!(ついにELLEGARDENを見ることもできたな…色々思い出してきて書ききれなくなってきた)そしてありがとうプライマルスクリーム…来年もこの調子で行きたいでがんす。
年々、自分の扱い方がわかっていく感じがする。何をするのが嫌で、何をすると機嫌が治るのか、何には惜しまず、何には躊躇するのか。だんだん分かってきて結構面白い。このまま行ったら80歳になるくらいには自分を超えて行ってしまっているかもしれないな…
あと今年は友達に誘ってもらってSpotifyの Podcastというのを初めてやった。好きなものについて話すのって本当に難しい。友達は私の話し方が好きなバンドの人に似ていると言って喜んでくれたのでよかった。
来年も、いろんな物を摂取しながら生きていきて〜!!みなさんどこかでお会いしましょう〜!最後に今年の10曲を意地で選んで終わります。
1. Under My Skin / DYGL
2. Dreams Come True / NCT127
3. TONBO / Age Factory
4. I Think There's Something You Should Know / The 1975
5. Broken Love / WayV
6. 第ゼロ感 / 10-FEET
7. Black Clauds / NCT127
8. Feel The Pain / Dinosaur Jr.
9. Change My Way / Tony Molina
10. ECDのロンリーガール / ECD feat.DUB SHINE
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zakki-jp · 2 years
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大阪旅行記②
大阪2日目アメリカン。
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店内が美術館的な建造物として大阪市に認められているらしい。アイス、バナナジュース、ホットケーキと迷い、結局チーズケーキタルトを🥧美味しかった〜コーヒーも美味しかった。👁みたいな照明が五つくらいあった。
そうこうしているうちに、もうドームに行かなければならない時間に。この日は初めましての方に、チケットを譲ってもらう待ち合わせだったのでドキドキしながら。
東京でもお会いできて、今回もお会いできたフォロワーさんにもまた会うことができた。ずっと昔から知り合いのようなそんな気持ちになった。よくTwitterでお話ししてくれている人とも会うことができて嬉しかった。汗だくでTシャツにジーパンというご近隣で歩きスタイルで恥ずかしや。
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大正に向かう時に使った御堂筋線心斎橋駅の大好きな照明。いつもかわいい。天井が新しくウェィンスコーティングになっていました。
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ついにオーラス(本当に入れた感謝永遠)。三塁という名の正面スタンド。これまでずっと後ろ姿を見ていたTouchが正面から見れたし、英雄でヘチャンのアレが見れた。マークさんのソロステージ、ハハッっていう笑い声にヒィ、これまで見た中で一番自由な感じがした。Stickerでポジションまで歩くマークさん、Back 2 Uのお立ち台に立っている後ろ姿、Colorsでみんなで歩いていくとこ、Focusでのジェヒョンのぬるりとした入りがとても好きなんだけど、ジャニさんのセクシータイムに奪われてしまって少し残念だったけど、ジャニさんタイムの後の戻りを定期的に思い出してはハァ…となっているし、Love Signのヘチャンのダンス、Highwa to Heavenでトロッコでキレキレで踊るテヨヨとマークさん、オープニングとアンコール前のVCR、サプライズで涙を流すマークさん、腕でハートをつくるイスマン。チカブンブンで使ったスモーク出るマシーンを使い終わった後スタッフさんに渡すとこだけは毎回ちゃんと見てた。いつもうまく渡せていました。ソロの感想については聞かれるまでしないし、その辺りの塩梅が絶妙だけど、もっと主張してもいいのになと思う時もあるけど、そんなところも尊敬している。毎回あんまり近いといえなかったけど、届いていないなんて、銃を突きつけられても多分言えないくらい、毎回ちゃんと届いていたし、遠くからでもテヨヨのステップは神がかっていたし、マークさんはどこにいてもわかります。4ヶ所行って本当によかった。繋ぎのところとかをふとした時に思い出して、それはそれは大事な宝物になりました。頭の中に音が残っていて、ツアーの時の楽しみってこれだな…と思い出した。音源になっていない曲が歌えるようになるとか。そしてオーラスは特別だな、と思った。こんなの初めて〜!
さて、終わった後は、フォロワーさんとたこ焼きを食べた(お誘い感謝ノムノム)。音楽の話をいろいろしてとても楽しかったです。
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ちっこいタコが丸々入っていた!店員さんはポン・ジュノ監督似。その後はホテルまでの最終のバスに乗り、ホテルに着。
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こんばんは中之島。前日にキオスクで買って飲み残した気の抜けたコーラを全て飲み、オーラスだったのでぼちぼち感想を呟いたりして、眠りたくないなあと思っていた。こんなにずっと楽しみにしていた日が終わってしまったらこれから先どうなってしまうことやら…4公演で毎回泣いてしまったし、こんな素晴らしい公演を見せてもらえて、久しぶりにこんなにのんびりできて、本当に大阪まで来てよかったなと思った。来ない選択肢は元々なかったけど、本当に来てよかった…などと思いながら2時前に就寝。
3日目、6/28(月)、8:00頃起床。ホテルの一階でパンを買おうとしたらまさかの10:00からの営業だったので近くのファミマへ。コーヒーとドーナツを買い、ネップリでドーム公演のブロマイドを購入。ソロステージのマークさんをプリントし、ホクホクでホテルに戻り、寝っ転がりながらドーナツを食べ。行く予定にしていた美術館を検索。まさかの休館日。そうか、今日は月曜…!そりゃ休みだ…となり、突然のノープラン。そういえば昨日友達と神戸に行ったら?っと言われ、えー神戸かーと話していたことを思い出し、柿本商店に行くことにした。
阪急電車に乗って花隈駅に。移転する前の店舗が次の写真。今は商店街のアーケードに店を構えている。買うつもりはなかったけど二、三年前に出たカモフラのオールスターを購入。
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アーケードを歩いていると、「ポートタワー→」の標識があり、アァッ!バチェラーの!?聖地!?!?と思い出し、向かうことに。海〜!🌊
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残念なことにポートタワーは改修工事中だった…登る気満々だったのに残念…朝ドーナツしか食べていないので極度の空腹。海辺にスタバがあったので、味気ないなと思いながらも、海を眺めながらサンドイッチを食べる。意外と時間もなかったので、早々に神戸を引き上げ大阪に戻り、お土産を買ったり551を買ったりして大荷物。
ホテルでリュックを宅配便で送ってしまってよかった…と思う。前だったらそのくらい背負ってあちこち回れたのに、あの重さに耐えられなかった。子泣き爺レベルのリュック…快適をお金で買うようになったし、歩き回るより座っていたいと思うようになった。今回はライブのためだったから余計に省エネだったかもしれない。
はじめましてばかりの大阪、みなさんお話ししてくれてありがとう。1人だったら多分毎晩駅弁買ってホテルの部屋で食べたり、昼も適当に済ませていたと思うけど、今回はいつも誰かと一緒だったので、ちゃんと美味しいものを食べることができて、それも満足でした。食にこだわりの無い身としては本当にありがたい。
Pilotを聴いてどこかに旅行出た気持ちになっていたけど、イリチルのおかげで新幹線で遠出することができて、リフレッシュできました。楽しかったな〜〜〜帰りはひかりでのんびり。よく止まるから酔うこともなく、ズジャータのアイスを食べて(ちゃんと溶けるまで待ちました)。
久しぶりの家は、久しぶりだからいいもんですな。
【終】
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zakki-jp · 2 years
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大阪旅行記①
6/26,27,28 大阪に行きました。イリチルの京セラドームのために遠征。遠征なんて2年半ぶりで、新幹線も同じくらい振り。久しぶりすぎて新幹線で酔った。あれ尋常じゃなく速い、速すぎる。横浜名古屋の間が長すぎて、今どこにいるのか外をずっと眺めていたら、その速さに酔った。お手洗いに行きたかったが、隣の人がずっと寝てたから跨いで行くこともできず、水を飲んでなんとか凌いだ。名古屋京都大阪はこまめに止まるので問題なかったが、極力外は見ないようにした。なんのための窓際だ!(自分の中で)非難轟々。
11:00、大阪着。大阪、迷子のための街。大阪に来るの久しぶりすぎて、新大阪から大阪は歩けるのかと友に聞く始末。歩けないよ、何時間かかかると思うよ、と優しく教えてもらいました。京都線に乗って行きました。京都線もホームを間違えていて、宝塚行きの電車が来て、私の中の7th Senceが「この電車ではない」と囁き、間違えて電車に乗ることを回避。やや遅れて大阪に着き、ホテルに荷物を置きに行き、シャトルバスで再び大阪駅へ。友達と合流、はじめまして〜!!
友におすすめしてもらって中崎町に行くことにしていたので、フラフラと歩きご飯を探して、カレーにしようと決めたものの、並んでいたので別のカレー屋に。暑い中歩いた後のカレー激うまい。
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レモンカレー。さっぱりしていて、辛さはあまりなく、スープカレーみたいだった。聳え立つカリカリパリパリのやつがとても美味しかった。
その後は高架下のなんとか焙煎なんとかというところでアイスコーヒーを。その頃から雨が降り始めて、ホテルに傘置いてきちゃったよ〜と嘆き。そうこうしているうちに電車に乗る時間になったのだが、あまりに雨が降っているので仕方なく百均で傘を買った。ホテルに傘あるのにな。
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京セラドーム1日目
今回の中で一番席が近かった。そして一塁側だったので、トロッコでマークさんがくる回数が、三塁側よりも多い。京セラは東京ドームよりも音が大きくてとてもよかった。東京ドームでは見ることに集中しすぎて、あまり音楽を楽しめなかったので、今回は双眼鏡を覗くのはソコソコにして、聴くをメインにした。めっちゃよかった。やっぱり私はイリチルの楽曲がとっても好き。難しいことを何も考えないで頭空っぽで大好きな曲、何が好きかとかどうでもいいくらい好き〜〜〜!!!!!!テイルさんがとってもカッコよかったですね……(なんかこのイリチルのコンサートの感想またちゃんと書きたいけど絶対書けないな〜〜)
夜、大阪に住む友達と会う予定だったのだが、思ったよりも出るのが遅くなってしまって、私のホテルのシャトルバスの終バスが…ということで、急いで飯を食おうということになった。
通天閣に行ったことがなかったので、私たちは夜の動物園前に降り立ち、歩いた。マジで外国だった。大阪人という人種はいるなと思った。あのやばい感じ、歌舞伎町の人たちとも全く違った。店や人がアウトローというか、どこかに片足突っ込んでいる感じがした。急に大声を出す人がいてマジでびっくりしてしまった。3日分くらいの魂が多分奪われた。
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串カツを食べた!紅生姜の串カツ、新世界だったな…(座布団!)キャベツ食べてる時めっちゃうさぎの気持ちになった。友達と仕事の愚痴などを話し、なんか大人になったなあと思った。めでたく、シャトルバスは終わってしまったのでもうタクシー乗る決意。友達は乗り換えたらホテルの最寄りまですぐだよ!と言ってくれたけど、私にそんな元気はない。極力歩きたくない、お金を払ってそれで済むならお金を払う。ということで梅田からタクシーに乗った。あんなに大きな駅なのにタクシーロータリーが一つしかなくてびっくりした。道路に出て拾った。割増料金で2000円くらいになった😇激疲れていたので仕方ない。
ホテルにチェックインし、シャワーを浴びて、もう何も耳に入れたくないなーと思いながら、ひえひえの冷房を消してベットに横になった。幸せな分余計に疲労が溜まっていて、気がついたら朝だった。どうやら寝ていたらしい。
2ヶ月ぶりに夢を見ることなく、起きることもなく、朝を迎えた。5月からずっっと毎日夢を見ていた。朝起きても内容を鮮明に覚えていたし、内容も内容で、夢を見ることもストレスだった。精神的疲労で寝ても、ぐっすりは眠れない。肉体的な疲労があったとしても精神疲労の方で睡眠が妨害される日々だったので、こんなによく眠れたのがとても嬉しかった。ヤクルト1000飲んでもこんなに眠れたことはない。神様仏様イリチル様…
2日目
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おはよう中之島。
友達とは前日に待ち合わせを決めたがそこが日曜休みだったので、普通に梅田で待ち合わせることにした。ゆるゆると待ち合わせ、モーニングを食べた。コーヒーがポットで出てきた!ツナなんとかサンドを食べる。こういうサンドイッチ、自分で作れたらいいのになと思いながらむしゃむしゃ食べた。とても美味しかったです。ブラジルなんとかコーヒー。トルティーヤ。ちがうな、ラタトゥイユ。
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外も暑いし、歩きたくないし、そういやグリコ見たことないなということで心斎橋へ〜レコ屋行く時心斎橋でよく降りていたのに、道頓堀に行ったことはなかったです。
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こんなにグリコでかいのに、どれかすぐ分からなかった…意外と普通…友達が「あのひとたちシズニじゃない?」というので見てみると、広告を待ってるっぽいシズニたちが…なんだかわからんがとりあえず待ってみたら、テヨヨのセンイル広告が〜!初めてセンイル広告を見た気がする👏
その後喫茶アメリカンへ。
(写真がもう載せられないので続く❗️)
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zakki-jp · 2 years
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私はいつも遅かった
私はいつも遅かった。生まれてくるのが遅かった。
映画館でOasis ネブワース1995を見て、この熱狂をリアルタイムで味わいたかったと思った。絵画の研究をしていた時は、当時の人の目で、今の私の価値観を捨ててこの作品を見てみたかったと思ったし、大好きなバンドが熱狂の渦の中心だった時の映像を見ては羨ましいと思った。あのバンドは3年しかいなかった、あのバンドはオリジナルメンバーはほとんどいない、しばらく聴かないうちに解散、活動休止とかそういうことばかりで、でもそれが私の普通だった。私はなんで大好きな80年代90年代に青春時代を過ごせなかったのだろうか、と思っても仕方ないことをたくさん思った。小津安二郎の映画がとても好きで、色んな作品を見ているが、その中に出てくる俳優はほとんどみんなこの世にはもういない。眼帯をして猫を撫でる山村聰はどこにいるんだろうか。
しかしそんな私もこの時代を生きていてよかったと思えることももちろんあった。[Champagne]とtetoに出会えた時、そしてオウガやDYGLのライブを見ている時、そして今も思っている。
tetoというバンドに出会って、今このバンドを見れていることの奇跡を噛み締めた。数年したら居なくなってしまうことは初めてライブを見たあの日からなんとなくずっと思っていた。四年くらいがタイムリミットかなと思った。あの熱はアーティスト側も見る側もいつまでも持てるものではないとなんとなく分かった。その儚さ刹那がたまらなく、そしてあの初期衝動極まりないところがとてつもなく大好きで、その気持ちだけで本当にどこまでもいけた。この好きな気持ちを誰かに話したくはなかった。それくらい、話したら減るんじゃないかと思うくらい好きだったし、少しの、一粒の砂もこぼしたくないくらい好きで、夢中で気持ちを抱えていた。将来私みたいな人が、あの時代に生でtetoを見ていたかったと嘆くに違いないと思った。そんなtetoは今年の初めに突然メンバーが脱退して、今はバンド名も変わり、スタイルもなんとなく変わった。大好きだった小池貞利自身の日常と結びついた歌詞。そして情景描写がなくなっていた。そうしてなんとなく離れた。
��ンバーが辞めても続けるところを見て、こんなことなら解散してくれた方がよほどよかったのにと思った。それでも続けるところが、ボーカル1人になったとしても続けるような、そんなところが好きだったのも間違いがない。でもこっちの気持ちはもうバラバラになってしまったし、知らない間にあの輝かしい記憶は完全に思い出になってしまった。あやふやななあなあな気持ちのまま、半年近くが過ぎた。まだtetoの曲を素直に聴くことはできない。
たいていいつも遅い、それがいつもネックだった。いつも後追い、そしていつも今世間で流行ってるものには興味がなかった。昔を追うだけでいっぱいいっぱいだったので、それは仕方ない。リアルを追っている時の方が少なかった。なので、今、リアルタイムで追えていること、リアルタイムに今生きている人を応援できることが新鮮で、とても幸せなことだと感じる。余計に感じる。いつなくなるともわからない自分の気持ちを抱えて、今好きだなって思うこの気持ちがとても大事だし、平気だと思っていても泣きそうになるくらい好きなものに出会えたことは本当にありきたりだけど、かけがえがないと思う。いつも後になって気がつくから、出来る限りこのことを覚えているように努力している。
バンタンがソロ活動もたくさんやっていくとわかってから、余計に7人でいるところをリアルタイムで追うことができて幸せだと思った。デビューから誰一人欠けずにこの新しいフェーズに進めることがどれだけすごいことか、そしてそのためのメンバーの苦心も分からないながらに分かろうと思っている。
ON以降の活動でのメンバーの心持ちも目にしたけど、ONの後も続けてくれたから私はこうして新しいカルチャーに触れている。伝えたいことが…という話もしていたけど、そうであったから私は好きになった。強いメッセージ性よりも、日々に馴染むものを好むところがあるので、考察のしようがない、サラサラしていて、肩の力が抜けた曲たちが私には魅力的だった。皮肉にも、私はメンバーが変化を感じていた、2020年からの楽曲が特に魅力的だった。デビューしたての曲たちをリアルタイムで聴いても私は絶対に好きにならなかった。間違いない。
同じ時代を生きられて、リアルタイムで追えることのありがたみを改めて感じたということです。いつも遅くて、流行り物には興味のない私が世間で大流行りしているBTSを好きでいること、生まれたタイミングが合ったということ、世間では流行っていても自分の好きの軸がぶれることはないこと、仕事が手につかずこれらのことを考えていた。いつも遅い私が、間に合ったというだけの雑記。
(追記:すごく気になるのが、「〜」ってことはあの時もそう思ってたってこと?というファクトチェックのようなことです。「〜」だった時、それは真実で、「あの時」はまた別なのではないかなと思う。整合性の取れた発言を求めるのは間違っていると思う。後々違う感情を持つことなんてザラにあることだと思う。というかそうじゃないと変です。いちいちピースを探してはそのピースと異なりますと検挙するのはやめてほしい。見ているこっちが辛くなる。)
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zakki-jp · 2 years
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最近気持ちが動かず、ミンユンギ!ミンユンギ!ではなくなっていることには気がついていた、めっちゃ気がついていた。でも、気がつきたくなくて、写真見ても「泣」みたいにならないことを後ろめたく思っていた。カムバが決まってから、供給もなかなか追えなくて、気持ち的にも追えなくて、その時ちょうどNCT!NCT!期だったし、初めての現場は今思い出すと余計に楽しかったし、月末の大阪のために日々過ごしているところがある。ネオカルに夢中だから、離れているのか、普通に飽きたのか、供給に喜べない自分が嫌で、ウーンウーンってなっていた。ここ2ヶ月くらいずっとそうだったかもしれない。でもそのことをわざわざTwitterとかに書くのも違うしと思ってずっとモヤモヤしていた。そのモヤモヤしてる中でも、白い家に行く話とかいろんな話を聞いて、同世代の人間として彼らのことを心配してる自分もいたし、ナムさんが岩の上にいるの見て、やっぱりナムさんっていいなあなどと思っていたのは確かだし、なんかそのグラグラ不安定な感じに毎日モヤモヤしていた。
そして気がついたらカムバの日を迎え、朝までは今日がカムバだってわかってたのに、14:00ごろ昼に出てTwitterを見て、あ、今日カムバだった…と思い出す始末。やっぱりいろんなことが調子良くないと趣味も謳歌できないんだな…と色んなことが上手くできない自分にめっちゃ落ち込んだ。珍しく落ち込んだ。
お昼食べる前にYet to ComeのMVを見た。なんかもう泣きそうで、シンプルな作りのMVなのに、オマージュに、その過去作の蓄積の上にある表現に、9年続けなければ絶対に生まれなかったMVに、その9年の端々にファンの気持ちがのっかてなかったらここまでの作品にならないだろうと思ったし、コンテンツの力も、続けてきたからこその表現に、とても感動した。
そしてなんか帰る場所ってここなんだなって思った。ミンさんが好きとかそういう気持ちではなくて、この声が私にとっての始まりなんだなと強く思った。アイドルにのめり込んだのも、全てこの声が始まりだったし、今なんとか色んなことを割り切って、立っていられるのもアイドルに出会って、日々楽しい気持ちをもらえているからで、そして彼らに出会わなかったら、出会えなかったものを今は両手いっぱいに抱えている。ヒップホップもネオカルも。何かに対する強い気持ちも、こうありたいと思う自分も。
カムバの日、改めて色んなことに感謝したし、気持ちの整理がすごくついて、スッキリした。私はこの曲が好きだし、このグループをいいなと思っている。気持ちが動かない時のことを憂うより、動いた時に思いっきり浸りたい。好きだなって気持ちだけでいいんだよ〜〜色々心配しすぎ。イマイチだなって思ったって全然良くね?好きなものは好き、それで良くね?本当にそうだよ〜〜好きな気持ちを表明しなくてもいいし、趣味が義務になったら心が枯れるって知ってるじゃん、いいなって思ってる時はそれだけでいいんだよ、好きに裏付けいらん。
おやすみ。
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zakki-jp · 2 years
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東京と大阪両日とも行く予定である。我ながら強欲で驚いてしまう。5公演中4公演に行ことにしたのだ。この強欲を記録しておく。
ツアーが発表されて、絶対に行きたくてファンクラブに入った。(今年初めに予定されてたアリーナももちろん申し込んだが、それはFC会員でなくても申し込めるやつだった)FC先行で東京両日と、それが外れたら困ると思って大阪の1日目を応募した。東京1日目と大阪1日目が当たって、新宿で泣く寸前だった。
FCの二次先行が始まって、東京の2日目に応募した。それも当たった。
次からのFC先行はやらなかった。東京二日間と大阪1日目に行けるのでそれ以上望んだらバチが当たるなと思った。しかし、ぴあの先行が始まったというお知らせが来て、ぴあでもやるんだ!と思って、しばらく考えた。大阪は一泊二日して日曜に大阪観光をしてそのまま東京に帰ってくる予定にしていた。しかし、コンサートのある日曜に私は心置きなく観光をすることができるだろうか、いや、できない。せっかく大阪まで来たのに、見ずに帰る方があるだろうからいや、ない。そしてまして日曜はツアー最終日だ。絶対後悔するに決まっている。しかし日曜中に帰って来れるだろうか?月曜は仕事だし、できれば日曜に帰りたい。新幹線の最終を調べたけれど、規制退場になったり駅まで時間がかかった場合最悪野宿の可能性がある(多分平気だけど)。現金支払いにしてとりあえず応募して、当選してから考える道もあるかと思ったが、クレジットでの支払いしかなかった。ええい!後のことは後で考えればいい!全ては好きなもののためにあるのだ…!野となれ、山となれ!!との思いで申し込んだ。そして当たった。月曜の仕事は休むことにした。
こうして欲に物を言わせ、後のことを考えずに、大阪も二日間行くことにした。
ツアーが決まり、チケットが取れてからというもの、ずっと想像している。東京ドームでイリチルがバーンと出てきて、綺麗なシルエットが目に入った時、どんなふうに思うんだろうか、大好きな曲を生で聴いて、私はどう思うのだろう。イリチルに最推しはいないけれど、私はイリチルが1番好きで、無造作に立ってるだけであんなに絵になるのはイリチルだけだとすら思っているし、マークさんのラップメイキングが超絶好きで、ヘチャの声がすごく好きで…(以下省略)。
前もって計画することができない上に嫌いな私が、草鈍器をすでに手に入れ、動作確認も済ませ(1ヶ月くらい前から)、大阪のホテルも新幹線も取り、有休申請もし、何を着るか考え、買い物に行き、皮膚科に行き(永遠に治らない肌荒れ)、極め付けはヨガまで始めた。我ながら驚いている。ここのところの毎日の原動力は紛れもなくイリチルが日本に来ることだった。
でも最近、イリチルが日本に来てからというもの、自分がコンサートに行き、この目で目撃できるということが信じられなくなってきた。当日になるまでわからないと感じ始めている。
何はともあれ、9人全員揃って、そして私も健康で、私的初日を迎えられるように、気をつけて一週間過ごしたい。
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zakki-jp · 2 years
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雑話
永遠がないととっくに分かっているのに、意識していないと、ありもしない永遠に寄りかかったままになってしまう。永遠はないといつも自分に言い聞かせないと、そのことをすぐに忘れてしまう。明日でいいや、また今度でいいや、次来た時もあるだろう、来年、再来年、きっとまたいつか、こう思ってる間も、対象と次も確実に会うことができる確証なんかどこにもない。天文学的な数字を探したとしても、限りなくゼロに近いほど、その確証はないと思う。
なんですぐに忘れてしまうのだろうかと思うけど、四六時中、寝ても覚めても「永遠はない」と思い出し続けることほど辛く悲しいものはないかもしれない。実態のない永遠というものがあると心のどこかで思ってるからこそ、今日という1日をやり過ごすことができて、暇を満喫し、無駄をすり減らすことができるのだと思う。そして、永遠というものに実態がないとわかっていながらも信じることができる、それがつまり「幸せである」ということで、そして「平和である」ということなのだと思う。
それでも、いつか来るその日に後悔しないために、今の行動はあるべきだと思う。たとえいつかの日に結果的に後悔することになったとしても、今する決断に対して今「後悔がない」ことが大事だと思う。後悔は先に立たないから厄介だが、先に立たないからこそ、決断というものは思い切りが必要で、いつも刺激的なのだと思う。
いつでも今が最高だと言えるように過ごしたいと思うけれど、怠惰なので、最低でもまあいいかと思うし、私は最低を知ってるから、最高をより味わうことができるのだと思う。最低も最高も相対的なもので、絶対的なものではない。
他の人の最高と張り合うよりは、昨日の最高と今日の最高を比べた方がまだいい。昨日の最高より少し🤏低い最高だったとしても、今日の最高は今日だけのもので、明日来る最高とはまた別の味だ。
100の力を分け合って、それを分散させながら毎日が過ぎている。気持ち自体は100しかなくて、いろんな好きでその気持ちを分け合っている。100の気持ちを二つ持つことは多分できない。出かけた心が帰ってこなかったとしても、それを追いかけないほうがいい。追いかけるのにも気持ちがいる。その分の気持ちを好むことに使う方が心は幸せだと思う。
それでも私は100の気持ちを二つ持ちたい。なぜなら強欲だからだ。
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zakki-jp · 2 years
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2021総括
毎年1ヶ月ごとに聴いた音楽観た映画行った展覧会と共に感想をあげるんだけど、今年は10のトピックに絞って書いてみました。今年の後半の話ばっかになった気がする、宿命〜!
1 エキゾチック
8月、Girls Planet 999を見た。オーディション番組だったので、割と楽しみにしていた。「999」という数字を参加者の数だと思い、ビビっていたのだけど、意を決して見ることに。見始めたら99人で安心した。
番組の構成自体がよくわからず、数人のグループに分けられた少女たちが何か画面を見たり、初めましてなどと挨拶をしているのを見て、なんのこっちゃと思っていた。早送りをして(そんなことするから余計に構成が分からない)、とある二人組のステージを見た。二人とも黒い服を着ていて、痩せているというより引き締まっていて、そしてなんかふにゃふにゃしていてかわいかった。その二人が特徴的な振りのダンスに、New Thangsと歌っていて、なにこれ!と思った。速攻本家のNCT 127のKick itを聴きに行った。ダンスプラクティスも見たのだけれど、てっきり127人いると思っていたので、9人しかいなくて少し驚いた。漠然とNCTは人数が多い!と思っていたので、これだけ〜!(某CMの収穫できた米の少なさに驚く松坂桃李さながら)となった。
英雄のダンスは超人的な動きで、こんな動きができたら家から駅まで2分で着くのに…(真顔)と思っていた。そこからTwitterでいろいろな人がNCTについて教えてくれて(自分で調べても、構造が全然わからず、Wikiで見ても??だったので、本当にありがたかった…)、9人を覚えることに成功。
そして、運よく9月にイリチルがStickerでカムバ。ここで完全にメンバーの顔と名前が一致して、メンバー個人のジャケットのジュエルケースとかを買ってカムバを満喫。Stickerはアートワークの良さが…あの緑で統一されて、衣装との相性もよく、どこかのブランドのルックかと思うほど。部屋に置いておいても違和感のないCD。メンバーの団体のジャケもあの無造作加減がたまらない。そこに立っているだけで絵になるって、天性の物としか言えない。あの空気感、そして楽曲の「エキゾチック」さに魅了されたまではいいのだが、その後にNCTのあり方が世界中にあったらこの世は平和なのでは、と思うようになる。
NCTは多国籍といえば簡単だが、その背景には、それぞれの文化、言語を尊重するという特徴を持っている。それぞれの母国語でコメントをすることをメンバー同士が促したり、これって中国語では何て言うの?日本語では?などという会話が自然にされている。それに一番感じるのは、〜人だから、とかではなく個人個人として見ていること、当たり前だけれど、その個人個人を見るということはどんなに集団が大きくなったとしても忘れてはいけないことだなと日々感じている。まずはじめに個人がくるような接し方を私もしたいなと常常思っている。NCTを見ているとそのことをよくよく思うし、メンバー同士の関わりを見ていると気持ちが良いのはそこが大きいと思う。流石はNeo Culture Technologyである。「Neo」の部分に感じる可能性が無限大である。なんかわからないけれど、私はネオカルは本当に好き。
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12月にはNCT2021としてカムバック。2018と2020を熱心に聴いていた時に次っていつカムバなのだろうか、と思っていた矢先、エスカレータの図が公開されて、私はそれに鳥肌を立てた。
これから何が起きるのかととても興奮した。訳のわからなさが最高だった。意味があるだろうものに感じる訳のわからなさは無限の解釈を秘めているのに、全くわからないという状況そのものがたまらなく最高だった。そこから、ビジュアルが公開になったりして満喫するのであった。(この項目では私はまだテンくんに出会っていない体なので、ここらでやめようと思う。)ちなみにガールズプラネットは一話で挫折、結果だけを見ました。
2 職
就職した。去年の私は夏頃、工場で日雇いでいいや〜と思いながら過ごしていた。今思うと訳の分からない考えである。あらゆる人から心配されていたのだけど、何とか就職できて、今年の半分以上、週5日、在宅勤務とかもあったけどパソコンに向かって何かしたりしてたのですな。去年までは決まった時間に何かをすることってほとんどなくて、好き勝手していたので不安だったけど、何とかやってこれたので、自分で丸しるしをあげたい。会社ではマンネやらせてもらってるのですが、何とか立派なマンネになれるようになりたいですな!(その頃にはマンネじゃなくなっているかもしれないですね)
3 ミンさん
今年一年は1月1日から12月31日まで、毎日ミンさんのことが大好きでした。ミンさんのことを考えなかった日はないし、毎日ミンさんの健康を願っていました。
今年の4月くらいまでは、考えるだけで泣いてしまうような事が多かったけど、この一年を通して私の中でミンさんの立ち位置がちょっと変わっていったところがあります。色々なKPOPの曲を聴いたりするにつれて、ミンさんは「祖」であると思うようになりました。昔から信仰するところがあって(ストレスが多いとさらに信仰心が高まっていく)、バンドに対しても崇拝の念を持つことがあって、そのこと自体には慣れているのですが、この「祖」は崇拝的なこともあるけれどそれよりも、「始まりの人」というような意味合いの方が強い。例えば、私が辛ラーメンを食べたいと思うようになったのはミンさんがきっかけだし、Epik HighのCDを買ったのもミンさんがきっかけだし、昔よりもヒップホップに親しみを感じるようになったのも、ケンドリックラマーをちゃんと聴くようになったのも、ミンさんのおかげです。この一年で私は色々な新たなことに触れて親しんだのだけど、それらのほとんど全てのことは自分の興味に加えて、ミンさんという存在が私の前に現れたからこそのことだったです。BTSのSUGA、プロデューサーとしてのSUGA、作曲家としてのSUGA、ラッパーとしてのSUGA、ひとりの人としてのミン・ユンギ、これら全てのミンさんに感謝する一年でした。生まれて初めて好きになったアイドルがミンさんでよかったなと思うし、好きになるべくしてなったような気がするし、明日も明後日もミンさんが少しでも幸せを感じられるように世界が回りますように、早く回復して作業部屋で作業ができますように。来年は一回でも多くオフラインでコンサートができますようにと願ってやまない。
3月にはお誕生日を祝い、生配信をしてくれて、4月にはジュースを作る配信、6月にはリハビリまでの時間で、12月にはライブの後に配信をしてくれて、リアルタイムミンさんをたびたび見ることができた。Butterがビルボードチャートで何週も連続で一位獲った時は毎週夜にコメントをしてくれたし、お礼のコメント動画もYouTubeに上げてくれた。そりゃ仕事だけど、仕事という認識だけではできないようなことをいつもしてくれていたと思う。いつでも言葉にして伝えてくれるところを本当に尊敬しているし、道を曲がりそびれたら、次の角を曲がればいいよと教えてくれるようなそんな人だなとこの一年で思いました。そして、ただそこにいることをしてくれる大切な存在だなと感じます。1年間ありがとう、何回も助けられました。ミンさんのことをずっと大好きだった一年でした。コマオ
4 弁当
今年の後半はお弁当を持って仕事に行っていた。
就職したての時はデスクで食べるのが嫌で、外に食べに行っていたのだけれど、何を食べるか考えること自体が負担になっていた。それならお弁当を持っていって、決まったものを食べる方が断然良い。それにご飯にお金をかけることがナンセンスに思えたので、節約もしたいしと思い、カムバにむけてせっせとお弁当生活を始めた。晩ご飯の残りを持って行ける日はよかったが、それ以外はご飯に漬物ドーン、キムチドーンになっていて、それを職場の人に知られてしまうなどした。来年はもう少し食にこだわりを持って、バリエーションを増やしたい。
ステンレスの東南アジアで使われているようなお弁当箱が欲しくて探していたのだけれど、もしそれを洗いそびれたら私は挫折してしまうと思い、家に同じ種類で何個もあるタッパーを使うことにした。この決断は大正解だった。自分という人間をよく理解していたからこそできた決断だったと思う。自分を変えるよりも自分を理解して、自分に合った物を選択することがいかに大切か知った。自分を変えるには意識と時間を要するが、それに対して自分を理解する方はもう「私はズボラ」という認識が全てで、何もできない人間だと思うことによって全てが解決してしまう。「私はお弁当を毎日出して洗うことのできない人間」「それなのにこだわりは強いから、できないとひどく挫折し投げやりになる」などと思うこと、つまり「私は何もできない」と思うことでオールオッケーなのだ。人間はそんなに変われないけど、受け入れたらもうこっちのものなので。弁当はいろいろなことを教えてくれた。キムチドーン弁当にブロッコリーを乗せられるようになるのが来年の目標です。
5 映画館で踊る
今年は映画館で踊りそうになった瞬間が二回あった。
一回はシャンチーでAnderson PaakのFire in the Skyが流れた時。シャンチーのサントラは映画を見る前から聴いていて、Zion.Tと星野源のNomadを聴いたながれで全部聴いた。家では何回も聴いた曲でも、映画館でエンドロールで流れるFire in the Skyは最高としか言いようがなかった。踊るのを必死に堪えた。去年TENETを見てエンドロールでTravis Scottを聴いて久しぶりの爆音で聴く音楽至高…と思って以来の最高映画館だった。ライブに頻繁にいけなくなってからは爆音を摂取するのはもう映画館しかなかった。やはり最高。
そして二回目はSummer of 85を見た時、ディスコのシーンで流れていたStars de la pubを聴いた時。あのシーンは胸の高まりによって音が遠くなったりする描写がとても繊細で、人物の耳を通して世界を聴いている感じかとてもよかった。この曲はディスコだった〜フランス語の韻の踏み方が最高だし、あのビートがたまらんかった〜!この曲を聴けば私はいつでもあのディスコに行くことができる。
6 観葉植物
今年は観葉植物を2つも枯らしてしまった。一つ���パキラ、もう一つは名前を忘れたけど葉っぱ。パキラは水捌けが悪かったのか、かびた。もう一つは株が増えて、元の株は枯れてしまったのだけどもう一つの株は残ったと思ったら、時期にその株も枯れてしまった。なぜ。クーラーの風が当たっていたことが原因だったのか。
3年前から盆栽を始めたのだけれど、盆栽を枯らしたことはない。年々増えて今は4鉢育てている。虫がついたりしたがなんとか生き延びてくれている。そして、今年は夏の水やりも乗り越えた。家にいないと日に2度3度水やりはなかなかできないのだけど、なんとか乗り越えた…!拍手!
なぜ観葉植物を枯らすのか。観葉植物も3鉢は残っているので、枯らさずに行きたいし、観葉植物はもう育てない方がいい。教訓。
来年はとある盆栽を植え替えてもいい年。やっと来た…3年間待っていた。いい鉢を見つけてやるからな。
7 アウター
11月の下旬、そろそろ寒くなってきたかなという頃、数年前から欲しいと思っていたアウターをついに買った。高いし、高いし、高いし、と思っていたのだけれど、今年の新色がかっこいいし、あの蛍光の黄色のフードをどうしてもかぶりたい!!と思い、原宿の店舗に行き試着して、そのまま買って、そのまま着て帰るということをしました。3Wayだし、あったかいし、リフレクターついてるし、フードの色最高だし、人と被らないしで満足して、12月は毎日着て出かけました。昨日通販見ていたら、セールでその色だけ二万円ほど安くなっていました。あったかさプライスレス!!
8 テンくんとマトリックス
NCT 127を知った私は、NCT全体について勉強を始めました。実は「NCTにテンくんというすごい人がいる」ということは知っていました。検索かけたりしたことはあったのだけれど、ふーんで終わっていたのです。でもある日、Paint Me NakedのMVを見てからというもの、すっかり虜になってしまう。MVのビジュアルは強そうというくらいの感想しかなかった。でも声の伸び、綺麗な英語、頭の上から出るような高音、しゃくり、強弱の付け方、音を乗りこなす声が頭から離れず、MVを見て以来Spotifyでずっと再生していた。(聴き始めたのは9月なのにスポチの年間2位だった)そしてある日、MVを見ていた流れで、レコーディング動画を見た。MVのビジュアルとは全然違ってメイクをしてなかったし、私服だった。あ、顔が大変タイプである。昔から好きなバンドマンと顔の系統が似ている。好きな顔だ。好きな顔だ。昔から知っているような気がする。好きな顔だ。を繰り返す。そしてなんといってもレコーディング動画が良すぎた。ダンスがうまいというのはテンくんの姿を見る前から耳にしていたことだったのだが、「ダンスがうまい=身体の使い方がうまい」というのがこの人の特徴なのだな、とレコーディング動画を見て気がついた。手のちょっとした動きによって声の出し方を感覚的に変えている、感覚を掴むのがうまいというか、声の出し方にしても身体全体を使って出しているということがわかった。(テイルさんのハッスルレコーディングとはまた違った感じ。)曲を聞き続ける中で出会ったのが「テンくんの猫、犬説動画」だ。NCTの24hリアルカムの中でテンくんが宿舎で過ごす2時間を撮った動画。お手をする猫、ターンする猫、それを促す猫(テンくん)この動画、ふにゃふにゃなテンくんを見ることができるし、何より本当にかっこいい。ケーキを食べ、コーヒーを飲み、猫と遊ぶ、ラフなテンくん、よすぎる。これをみながら寝るようになった。
そして私はテンくんに出会ったのと時を同じくしてSuperMと出会う。SuperMはSHINeeのテミンさん、EXOのベッキョンさん、カイさん、NCTのマークさん、テヨヨ、ルーカス、テンくんからなるグループで、KPOP界のアベンジャーズとも称される。こんな私でもSHINeeやEXOはもちろん知っておるので、アベンジャーズには納得だった。
SuperMの何がいいかって、コンセプトがずばぬけていい。そして、コンセプトがコンセプトとしてちゃんと中心にあるのがいい。One(Monster&Infinity)のMVを初めて見た時、このテンくんを見て雷に打たれた気がした。美しくて美しくて目が奪われてしかたなかった。私が100の目を持っていたとしても、100全部の目が奪われたに違いない、それくらいの衝撃だった。
こんなにかっこいいコンセプトで、それを歌いこなし踊りこなし着こなして世界を作り上げる7人がすごいと思ったし、ここまで世界を作り込める製作陣にも感動した。
SuperMのMはマトリックスのM。ということで、12月にマトリックスの最新作公開に先駆けて、The Matrix(1999)を特別公開していたので映画館にいそいそ見にいった。高校生の時に見たことがあったがもうあまり覚えておらず、新しい気持ちで見ることができました。そこで度々出てくるセリフがあって、「He is the One(=彼が救世主だ)」というものです。このセリフを聞いた私は遅ればせながら、だからSuperMのアルバムは「Super One」なのか!!と気がつくわけです。このコンセプト頷ける。世界に立ち向かう救世主たち(救世主何人もいたらあかんだろ)…映画館で「テンくんが私の救世主って訳ね…」と思うの巻。
こんな感じで、テンくんと出会い、Paint Me Nakedを聴き、威神を聴き、NCTへの理解を深め、SuperMにどっぷりハマり、2021年の後半を過ごしました。テンくんと出会えて本当によかったと思う。曇り空を晴れに変えるようなテンくんの声がとても好きだし、勉強熱心なところは見習いたいと思うし、寂しい思いをして欲しくないと思うし、好きなように過ごしてほしいと思う。怪我もせず、表現を続けていってほしいと思うし、テンくんは何人いるのだろうかと思うほどの幅の広さにいつも魅了されています。本当に大好きだと思っています。アイドルになってくれてありがとう。
9 メンズノンノ
11月ごろだったか?メンノンがNCTとコラボするので質問募集していますとのツイートを見て、いっちょ送ってみますかと思い、送ったところ採用されるという事件が起きる。その時ちょうどイリチルがStickerの音源を聞いて、こんな曲僕たちにできますか?というような動画があがっていて、それを見て、あんなに完成度が高く仕上がった曲でもこんな過程があるのか、と思っていたところでした。音楽についての質問の欄を埋める時にそのことが頭をよぎって、「レコーディングまででどのように聴き込んだりするのか」というようなことを記入した。(あれ、家までの帰り道歩いている時に特に推敲もせずに送った気がする)まさか採用されるなんて思いもせず、公開された記事を見ていたら「ハッピー忍者」の文字が出てきて「?」となった。どう考えても、間違いなく私である。ヘチャンが答えてくれていた。こんなことあるのか。中高の時に読まれるラジオメッセージをいつも考えてきたことがここで実を結ぶことになるとは思いもしなかった。オタクを始めてから、初めてアイドルが私の声に答えてくれた瞬間だった。こんなことがあっていいのだろうか。冥途の土産リストに入れておきたい。
10 Butter
2021年はButterの年であったといっても過言ではないと思う。何回も何回も聴いたし、ティザーの時点でかなりざわついたし、毎日24時に公開されるあれやこれやにまんまと踊らされた。バターが溶け続ける動画を見たあの日から、音楽に垣根ないなと思ったし、また新しい扉が開いたなと思った。玄人受けする音楽。この曲を初めて聴いた時のことはnoteに書いたし、もう書くことはあまりないけど、Butterが公開されたことは音楽史に刻まれるようなことだと思った。音楽の普遍性を説いたところもあると思うし、いい音楽は世界をハッピーにするし、曲の中で意味がはっきりは語られない曲は名曲、聴く人の数だけ答えがあるから。ダイナマイト新規と言って揶揄されるけど、これまで沢山音楽を聴いてきたみなさんが気がついたその音楽のよさはグループを成長させるのではないかと私は思います。頑固な人を動かす音楽だと思うんだな、私は。音楽好きにおすすめできる曲は、アイドルという領域を越えていると思っています。もう何年も聴いてきたような気にさせる耳馴染みのよさは、古臭さを感じさせない、いつまで経ってもノスタルジーにならないと思います。そこで最後に小津安二郎の「宗方姉妹」での節子の名セリフを添えておきます。ありがとう節子。わたしはあなたのこの言葉が大好きです。
「あたしは古くならないことが新しいことだと思うのよ。本当に新しいことはいつまでたっても古くならないことだと思ってるのよ。そうじゃない。あんたの新しいことって去年流行った長いスカートが今年は短くなるってことじゃないの。みんなが爪を赤くすれば自分も赤く染めなきゃ気が済まないってことじゃないの。明日古くなるものだって今日だけ新しく見えさえすればあんたそれが好き?」
結び
2021年あっという間だった。2022という数字、とても好きかもしれないと思ったので、それだけでいいやと思いました。
今年はすごく久しぶりにSNSで新しく友達を募集?するということをしたので、刺激的だったし、とても楽しかった。来年もよろデス。何回も音楽が救ってくれたし、自分で考える時間をたくさん持てたし、いろいろなものを取捨選択したし。言いたいことを形を変えて言うことができた。(相変わらず鍵のないとこでは言えないけれど)毎年の目標が「殴ってでも言いたいことを言う」だったので、それが少し達成できたかなと思う。人に言われて傷ついたこともあったけど、自分で手当てすることができたし、確実に成長している!テイクケア!!あともう少し自分に興味を持ちたい…この一年で何回も「あー私って自分に関心ねえな」と思ったので、少しは自分のことを気にできるといいですね。
来年の目標は「少しでも自分が豊かになれる方を選ぶ」です。ついでに、殴ってでも言いたいことを言いたい。
「好きなものは今日も大好きでしたが、嫌いなものは死ぬほど嫌いでした」が私の1日の締め言葉のなのですが、一年の締めもこれでいきましょう。ハートゥーセッ!
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zakki-jp · 2 years
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オタクライフハック 第2話
この間久しぶりにイケパラを見た。その中で、松田聖子演じる校長先生が
「後悔する暇があったら、今を存分に楽しみなさい。花盛りは永遠じゃないのよ」
と言っていた。そうだ、これだよこれと思いました。私の欲しい言葉だった。
アイドルが今こうして歌って踊っていることは永遠には続かないし、今私が好きだと思う気持ちも永遠には続かないことはとうに分かりきっていることなのに、なんでこうも躊躇することがあろうか、いやない!と思う。
学生の時に聞いたことがある。今貯めたお金なんて、社会人になったら大したことない、それよりも今存分に旅行したりしてそのお金を使った方がいい、学生の時の時間ほど湯水のようでありながら貴重なものはないと。それを肝に銘じて学生時代を過ごした私は短期集中型でアルバイトをし、そのお金を全て遠征や旅行などに惜しげもなく使っていた。
今振り返っても、金銭的には貧乏ではあったけど、日々の貧しさはなかった。いつも充実してフラフラしていた。あの時の時間本当に大事にしておいてよかったと今思う。アルバイト漬けでもなく、稼ぐ時間より使う時間の方が多かったことも、幸せなことだったと思う。目的のためにお金を稼いでいた。二週間後の遠征のために働け乙女状態だった。
最近CDを買いすぎていたし、山積みになっているし、カードの請求はすごいしで「うーん」と思っていたのだけれど、お金は使える時に使ったほうがいいと思った。今の稼ぎは少ないけれど、将来もう少し稼げるようになった時に今のように情熱を注げるものがあるとは限らない。
25の私は情熱を注ぐものがいくつかある。でも60になった私に同じようにそういうものがあるかは知るよしもない。
買わない後悔より買って後悔、とまでは言わないけれど、その時々の自分を満足させられる選択を繰り返すことが重要なのではないかと思う。だって、今楽しいことが何よりも大事だと思うのです。一年後に悔やむことがあっても、あの時楽しかった自分も同じ自分なので、いつでも正直に、いつでも肯定してあげたいです。
テンくんがこんなことを言っていました。(https://youtu.be/oIApeXe-4ew)
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「今の暮らしに満足している?」と聞かれて「その時その時で僕が選択したから後悔したらダメだと思う」と。
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私もそう思います。その時々の自分を見捨てないことが、今の暮らしを肯定できるかに関わっていると思う。あと、前に好きだったものを私は興味がなくなっても嫌いにはなりたくない。過去の自分が少しでもいいと思ったものは、いつまでもいいものであって欲しい。そのためには今の自分がそのものとどう向き合うかということが大事になると思う。なにかとふとお別れすることになっても、その後そのものの欠点ばかりを見つけるようなそんな「好き」の裏返しはいりませんね。自分が辛いだけです。
父ちゃん、俺はやるぜ(金を握りしめて走り出す)、俺は今後悔しない選択をするぜ
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zakki-jp · 2 years
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今日は私が定期的に思い出す就活の時の話をしたいと思う。
就活の一大イベントであり、私が死ぬほど苦手なグループワークの時の話だ。
課題は次のようなものだった。船が座礁して、船長さんが足に怪我をしている。座礁した浜辺から人がいるところまでは歩くとかなりかる。時間設定は村まで歩いている間に日が暮れるようなそんな感じ。川があって、川を沿って歩けば村に着くとかだったと思う。助けを呼びに行くために、歩かねばならないがその道中で必要になるだろうものを選びなさい、というような課題だった。
15個くらい道具が列挙されていて、それらに重要度の高い順に番号をつけることがと求められた。道具とは、ロープ、火、薬、携帯電話などだったと思う。
なんにせよ、生まれて初めて(言い過ぎ?)のグループワーク、初めましての人と意見を出し合って答えを見つけなければいけないらしい。
まず初めに自己紹介をした後、誰がリーダーで誰がタイムキーパーで、などということを決めた。私は何もしたくなかったし、タイムキーパーとか書記とかのわかりやすい役割は素早く埋まってしまったので、たしか書記2みたいな感じになったと思われる。
さて、早速話し合いが始まるが、わたしは船長の怪我がとても心配。単なる骨折なら我慢しててね!添木持ってくるから!で済むけど、座礁して転んでいた場合頭も打っているかもしれないし、早急に村に行き、船長を助けてあげようということばかり考えていた。
はじめの方はなんとなくグループの人の話を聞いていた。「火は必要だよね!」「ケータイはいるかな?」などの話がつつがなく行われていた。私は、携帯が繋がるなら助けを求めに歩く必要はないと思ったので、真っ先にケータイはいらないのではと思った。火は必要だろうと思った。木を拾ってそれに火をつけたら松明になるから、夜道も心配ないと思ったので、むしろ懐中電灯はいらないのでは、と意見した。リーダー的な人が「たしかに!」となぜか賛同した。そして私は、そうかこういう感じで意見を出せばいいのか!と思った。「しかし、海辺の枝木は湿り気が多く、火がつきにくいかもしれないから、念のため懐中電灯も持っていくほうがいいかもしれない」と付け足した。環境に配慮した発言だったと思うが、グループワークにはこんなことは求められていない。
そこから私は有る事無い事をたくさん言い始めた。ここで事件は起こる。道具の中に「ビニールプール」があった。そこで私はひらめいた。このひらめきこそ、グループを路頭に迷わすことになる。「ビニールプールを膨らまして、その上に船長を乗せて担架にしよう!そしてロープでプールを繋いで引っ張るのはどうだろうか。もしくは川にプールを浮かべてロープで引っ張って村に行けば、私たちも疲れることなく村まで船長と行けると思います。」こう進言した。すると、リーダー的な人が「たしかに!」と言った。今思えば、海から内陸へ歩いていくので、村に向かう道中の川は私たちが進む方とは逆に流れているだろう。どう考えても川にビニールプールを浮かべるのは間違いである。今思えば、船長は川に浮かべられ、下手したら溺れて死んでしまっていたかもしれない。しかしながら私はこの時、もし土の上でプールを引きずる場合小石でビニールに穴が開くに違いない、ということまで考えていた。環境に配慮した発言だったと思うが、グループワークにはこんなことは求められていない。ビニールプール担架案が採用されたかどうかは記憶にない。
記憶に残っているのは、私のグループは私のあれこれ色んな意見によって、他のグループとは違う道具に優先順位をつけたということだけだ。合っていたのは火くらいだったと思う。
時折この時のことを思い出しては、グループの人ごめんなと思い、サークルクラッシャーならぬ、グループワーククラッシャーに自分がなってしまったことの罪深さを味わう。そして、今就職できているのは奇跡だと感じるのだ。
それ以降、グループワークをやることはなかった。やったとしても、この時と同じように、斬新なアイデアを出すだけの人で終わるだろう。グループワークに求められるのは、斬新なアイデアではなく、周りを見て必要な意見を適切に出せる人間である。その点において私は求められた人材ではなかったのだ。
しかし、この恐怖のグループワークによって、よかったこともある。度々受けさせられた適性検査の「新しいアイデアを色々思いつく方だ」という項目に「とてもよくあてはまる」という回答ができるようになったことだ。あの項目で何を見られているかわからないが、根拠のある回答をできることの快感をいつも味わっている。
【次回】面接官「これだけは許せないということはありますか?」私「貧乏ゆすりです」面接官「…皆さん貧乏ゆすりには気をつけましょう」次回も楽しみに待っててくれよな❗️
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zakki-jp · 3 years
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オタクライフハック 第1話
最近気がついた、バンドとアイドルの追いかけ方に線引きをする必要はあるのか、ということに。
バンドの場合、絶対にライブに行くし、CDも全部持ってるし、みたいな付き合い方をしているのは限られている。ちなみに私が今絶対にライブに行くのはオウガ。ちょっと前まではtetoは遠征するし、一つでも多くのワンマンを見に行っていた。あとDYGLはほんとずっと見てきて、全国流通出してから行かなかったのは前作のリリースツアーだけ。あとNOT WONKのワンマンは生きる力をもらえるので、いつも行きたい。海外のバンドだと、Bo Ningenは来日(帰国?)したら東京は全部行きたいし、Primal Screamが来日したら絶対に行きたいし………(略)
一曲聴いて気に入ったらすぐライブに行く、そしてそのあとCD買ったりしてチマチマ音源を聴くということが割と多い。好きなバンド見に行って、対バンのバンドが良くて行くようになった、とかいうこともある。でもそのバンドのライブは全部行くわけでもないし、対バン次第で行くとかいう選択の仕方もある。バンド好きな周りの人も、流動的に、行きたい時にフラフラ行く人が多いし、追いかけないことはザラだから、友達がCD買ってなくても、ライブに来なくても、特に何も思わない。好きな時に好きなだけがスタンスで、それ以外には何もないから、こういう楽しみ方をしていた。バンドも変われば自分も変わるし、出会いと別れを何回も繰り返して、今の「好み」ができた。そして、出会いと別れの数だけ、好きな物が増えた。別れたからといって、別に嫌いになるわけではないので。次の作品はイマイチでも、この間出た作品は好きなら一生聴き続けると思う。なんて楽な楽しみ方なんだろうか…自由を絵に描いた、これこぞ趣味❗️といった感じ。どうしても聴きたい曲があって、その一曲のために行くとかいうことも私はある。リリースツアーでやったあと定番にならなければ対バンではやらないので、機会は本当に限られてしまうので。
アイドルは、全供給と懇切丁寧に付き合うことが当たり前な感じ。基本的に全肯定。
全肯定というのは、曲に関しても、この曲微妙だね、ということが許されない空気を感じるというか、そういうこと言うなら好きじゃないんじゃない?聴かなくていいんじゃない?という圧力をどことなく感じる。わたしは物事の好みがすごくはっきりしていて、つまらないなとかそういうことをざらに思う。なんなら友だちの話がつまらなすぎて「つまらん次の話してくれ」ということもある。(人は選んで言うけど)そんなわたしが、約一年わりと全肯定で暮らしていたら、ある日突然心が死んだ。なににも疑問を呈さず、いいねいいねのイエスマンになったことでわたしのアイデンティティが砂になりました。わたしのアイデンティティは、世の中を斜に構えて見ることです。政治に対しても芸術に対しても文学に対しても、斜めに見ることをずっとしていて、こうすることが自分を作り上げているということにようやく気がついたのです。絵本の世界なら絶対に煙たがられるお爺さん役で決定です。全てを愛せよ、この世は美しい、というスタンスを取り入れてから(というか自然にそうなったからアイドルはすごい)自分がなくなっていくって、もう情けないと言うか、あんた流石だねと我ながら感心しました。そうして、心が砂になったあとは、ギターサウンドを貪り、自分の感じることに素直にいたら砂が固まっていきました。ツイートしたりして言葉にする機会が増えたから、(他人が気分を害すかもしれないような)素直な気持ちを持つこと自体がリスキーというか、村八分を引き起こす可能性があったし、そういう素直な気持ちを持つこと自体がちょっとした悪に思えていたんですが、これ、全然悪じゃないです。単なる感想です。右向け右の世の中は怖いですし、これ、産業を衰退させます。まあそれ以来は感想を言うにしても何にしても、これを見て嫌な気持ちになる人がいないかどうか、これまで以上に考えるようになりました。いいことだ!炎上怖いからね!
曲を微妙に思っても、それを嫌いなわけではないし、今回のこれは良くなくても前のあれは良かったから、という付き合い方をずっとしてきたんだから、それを継続することでことは足りるのではないかと思うわけです。でもなんとなくオタク界隈は、ひとつ反りが合わないことが決別に繋がるところがあると思う。ひとつが散り積もって決定打になっているのかもしれないけれど。それほどまでに、そのアイドルに対して真剣真っ向から付き合っているのだと思うけれど、わたしにはその付き合い方はどうも向かないことが分かった。
特に欲しくならないからグッズは買わない。それは対面イベに金をかけるから✊とかでも円盤積んだ方が✊とかでもなんでもない。(ちなみに対面イベという概念も、円盤を積むという概念も私の中には全くない)部屋に物を置くスペースはないし、過去に買ってきた大量のバンドTシャツを横目に、気持ちが離れた時に一番邪魔なのはグッズだからです。あの悲しい感じを味わいたくない。「こんなもの買って、バカだったな自分」と思いたくないからです。ただ、CDはどんなにあっても何も思わない、氷山の一角に過ぎないので。CDは買ってあっても聴いてないのとかあるから、本当にこればかりは何も思わないので、手当たり次第買うところがある。600枚入るというCDラックに買い替えたのにもう満杯である(CD以外のカセットとかも入ってるから600枚は入っていないと思う)。
「お金をかけた分=好きの大きさ」というのを感じることがある。お金を払うことが好きという気持ちの具現化(?)であるというのはすごくわかりやすいけれど、その結果として、あんまりお金をかけずに応援している人たちが肩身を狭くしているように感じることがある。同じ好きなのに、なんでこう分かれる感じがするんだろう、と思うことがある。全部持つことが必ずしも「正解」ではないと私は思うし、人の数だけ応援の仕方も異なるということがあまり浸透していない界隈なのだろうか、と感じる。趣味なんだから自由でいいのに、なんとなく縛られているような雰囲気を感じることがあります。もったいね〜!と思います。持論ですが、正論が正しいとは限りません。正論も置かれた環境が違えば正しくなくなります。正論が正しくないなと思った時は相手をぶん殴ってでも守りたいものを守りたいです。強い意志❗️
ここまで思いつくままに書いたけれど、これだからいい、これだから悪いというようなことを言っているのではないです。いいも悪いもないので、好きなように楽しみたいな、この大好きィ❗️を大事に暮らしたいな、隣の芝生はあくまで隣の芝生なので、こっちの芝生を大事に育てたいなと思うということです。
すぐバンドと比べたりするところも良くないとは思うんですが、バンドを好きなのってすごく自由の象徴というか、私にとって最高峰の趣味のあり方で、とても心地よいので(バンド好きで息詰まったことってほとんどない)、なんとなくそっちに寄せられたら自分が居やすいというだけです。
好きな時に好きなだけ、これ以上に最高に幸せな楽しみ方はないです、と私は思います。おわり!
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zakki-jp · 3 years
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韓国旅行記2日目
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国際市場。近くに海があって、鮮魚の匂いがした。木に魚が干してあった。人が働いていた。海と空気が白っぽかった。
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屋台もあって見ていたけれど、お皿をバケツで洗っているのを見て、腹ごしらえは別のところにしようと決めた。こういう時、日本人出る(?)あまり屋台が得意ではない。
昼飯は冷麺。店に入って座ると、店の人がメニューを持って来てくれた。すると何やら説明を始めた。店員は「→%2€3〆7:¥1:=」と言った。なんだかさっぱり分からないので「→%2€3〆7:¥1:=」とそのまま返した。すると店員は「ウン」と言った感じで頷いてくれた。すると、別のベテラン風の店員がやって来て、私に話しかけて来た店員に「この子達日本人よ」というようなことを言った(多分)。すると私に話しかけて来た店員は「あ、まじ?」といった感じだった。ベテラン店員は「これ、美味しい、これ、おすすめ」と日本語で話してくれた。お勧めされた通りに注文した。冷麺とマンドゥ。
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冷麺が来た。初めに私に話しかけてくれた店員がツカツカとやって来て、写真を撮る仕草をしている。記念写真を撮ってくれるらしい。ケータイを渡して撮ってもらった。そしてケータイを返してもらい、私は目の前の冷麺をマジマジと見た。冷麺だった。すると店員が、テーブルに並べられたお酢やコチュジャンを指さしながら「辛い、平気?いれる?」「酸っぱい、平気?入れる?」と聞いて来たので、「辛い、少し、酸っぱい、平気」と答えた。すると、私の冷麺に適量のお酢とコチュジャンを入れてくれた。そしてハサミを手にし、私の冷麺を切り、上に乗った肉を切ってくれた。そして「ほら、食べろ」と言わんばかりにこちらを見ている。食べた。美味しかったので、美味しい顔をした。するとマンドゥが来た。大福くらいのサイズあった。またも店員が来た。取り皿にマンドゥを取り、スプーンで切れ目を少し入れて、タレをそこから少し入れて食べるのだと教えてくれた。というか、食べられる状態にしてスプーンを渡してくれた。食べた。今でもあのマンドゥの味が忘れられない。やたらと美味しくて、ワッシワシ食べた。シャッキシャキだった。あのマンドゥはなぜあんなに美味しかったのだろうか。この店のセルフサービスの水の入れ物が良かったので写真を載せておく。コピー用紙でできたような容器なのに、自立するし、漏らない。かなり感動した。
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この店を後にしてまた国際市場を少し歩いた後、釜山タワーに登った。わたしはタワーというものが大好き。スカイツリーも1人で登った。旅行に行ってタワーと名のつくものがあれば絶対に行く。釜山タワーからは日本が見えることもあるらしい。こんなに近いんだなあと思った。そのあとはフラフラした。ロッテデパートに行ったり、本屋に行ったり、路面店を見たり。本屋でセザンヌとルノワールの入門本を買った。韓国語なのだけれど、今読もうと思ったら、勉強になるかもしれない。いつかちゃんと読んでみたい。
路面店を見てたとき、夕ご飯の時間だったのか、店内で店員がご飯を食べていた。どこの店の店員も同じものを食べていた。夕飯が運ばれているのも見た。銀のお盆にスープやらご飯やらが乗ったものを誰かが運び、食べ終わったら店員は店の外にそのお盆を出していた。韓国で商店を営む人たちの当たり前なのかな、と思った。なんだか、働くということと食べる私生活とに境目がないような感じがした。
あと、ワッフルを食べた。何を注文したか忘れたけれど、店員は注文とは違うものを作ったらしい。店員はそれに気がつくと、ワッフルを全て捨てた。「ええ!もうそれでいいのに!」と言ったけれど、店員は笑って作り直していた。日本語だったので間違いなく伝わっていない。多分違うワッフルが出て来てもわたしは注文とは違うということに気がつかなかっただろう。カリカリしたワッフルにクリームが挟まったもので、美味しかった。
夜はサムギョプサルを食べた。サムギョプサルをサムギョプソォと発音するのだと知った。店に入ると店員が遠くから「%<%1:3:¥<=34÷3」と言っていた。何を言っているのかわからなかったが「空いてるとこ好きに座れ」と言っていたので、適当に座った。特に何も言われなかったので多分あっていたのだろう。
店内は、今思えば韓国ドラマのそのままだったなと思う。そしてスーツのメンズたちは制服かと思うほど、みんなウルトラライトダウンのベストをスーツの下に着ていた。そばで飲み会をしていた人たちの男性陣は全員着ていた。本当に全員着ていた。私も着ていた。
サムギョプサルアフターは、泊まったホテルの近くにあった商業施設でアディダスのトラックジャケットを買った。安かったわけではないけど、何にしろお金が余っていた。ウォンにしたはいいが、私はほとんどお金を使っていなかった。なにしろミステリーツアーなので、私は韓国でコレをしたいアレをしたいが一切なく、あれが有名だから買おうとかいうことにもならなかった。ct70は見たいな程度だった。でも、トラックジャケットは欲しかったし、こういうことでもないと10,000円くらいするジャージを買わないだろうと思い、少し調子に乗って買った。今でも大事に着ている。そしてその帰り道は、コンビニでコーヒー牛乳とキノコの山の親戚筋を買った。それを食べて友達と半分こしたアイスを食べて、ルームサービスのモヤイ像とみかんが並んだパッケージのオレンジジュースを飲んで、荷造りをして寝た。
駅から真っ直ぐ歩いて、ケータイ屋の前を通り、あの定食屋の前を通り、商業施設の前を通り、左側にオレンジ色の建物がある曲がり角で右に曲がる。そこをまっすぐ歩いたらホテル。横断歩道を渡るときは命を捨てて。車が来ていても気にしない。一歩踏み出さないと永遠に渡れない。思い切りが必要。止まるべきは車で私たちではないのだ。今でもこの時身につけた決死スキルは役に立っている。
色々思い出していて、すごく断片的な記憶ばかりが出てくる。歩いていたらお洒落なアクセサリー屋があった気がするし、ドラッグストアにも行ったし、雑貨屋にも行った。それに他にも色々なものを見た気がする。でもそれが本当にあの韓国での出来事なのか怪しい。記憶がポロポロしか出てこないのが悲しいけれど、わたしは現地で何語を話していたのだろう。余ったお金を絞り、空港でドーナツを買った。そのときは間違いなく、店員に「 Oui」と言った。私は韓国でなぜフランス語を。いま思い出しても大変謎である。
友達がいいレートで換金できるところを探してくれていて、到着した日にそこをまず目指した。地図を見て、場所が分かってもなかなか辿り着けなかったのだが、小道の奥にある看板を見つけた。大通りを少し入ったところで、反対側の道路から私はそれを見つけた。どう見ても普通の小売店だった。栗とかを量り売りしてるような感じのところ。よく見つけたね!と称賛を浴びるような感じの場所だった。この韓国旅行で私が活躍したのはこのシーンだけだった。
ミステリーツアーの次なる目的地が九州だったので、関西空港に飛んだ。あっという間について、何も密輸してないよなと思いながら恐る恐る税関を通る。何もなかった。しかし、隣のレーンのお金持ちそうな外国の人が引き止められ、トランクを開けろと言われていた。あのトランクの中には何が入っていたのだろう。知る由もないが、何かの洗礼を受けたような気持ちになった。これぞ旅の醍醐味、映画の世界観体験。
韓国旅行記これにて終わり。2泊3日お付き合いいただき誠に感謝申し上げェ〜マスゥ〜
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zakki-jp · 3 years
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旅行記を分断し、今日はいかにもな雑記を書きたいですな。
昨日9/20は、21:00から国連総会のスピーチを待っていました。始まるまで前回のナムさんのスピーチを見たりして過ごす。
事務総長やミスタープレジデントたちの後に、バンタンが登場。譜面台のようなものを持っていて、これから聖歌でも歌い始めるのかしら?と直感的に思う。それは#YourStoriesで募集されていたものを集めたパネルでしたね。
今回もてっきりナムさんが英語でお話になるものと思っていたら、この日はメンバー全員が横一列に並んでスピーチを韓国語で始めましたね。これまではナムさんが前に立って、メンバーが後ろから見守っている構図だったけれど、みんながナムさんの両脇にいて、それだけでなんだか胸がいっぱいでした。
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スピーチ全体を通して、すごいと思ったのは違和感がないこと。用意された原稿だと感じさせないところ。上っ面の言葉ではないといところ。それは、スピーチの内容が、メンバーがインタビューを受けたときに答えていたことと変わりがなかったからです。これまで出ていて、私が読んだことがあるインタビューは、考えながらメンバーが言葉を紡いでいて、日頃から思っていることなのだろうなと改めて感じることが多かった。なので、このスピーチもメンバーのいつもの気持ちを聞いているような感覚になりました。
さて、今回のスピーチの内容は、今朝スッキリでロバートキャンベルが口にして濁した「単純」という言葉がよく合っていたように思います。昨日、英訳されたものを読んだけれど、難しいことは何も言っていなかった。単純とロバートキャンベルがいうのも分かる。そして彼がそれを悪い意味で使っていないこともわかる内容だった。
なにかを単純にするには時間がかかることを知っている。単純なものがすぐに顔を出すことはあまりない。紆余曲折の末に、「こんなに簡単なことだったんだ、悩んでいた時間がバカみたい」と思ったことはきっと誰でもあるだろう。単純なものはいつも何かに隠されるけど、その何かを取っ払うとそれはとても大事なものであることが多い。
バンタンはいつでも、何か、それは悲しみだったり妬みだったり言葉にできないものだったり、の後ろに隠されたものに光を当ててくれる。曲を通して、彼らの発言を通して。
パンデミックという人の命を奪い、分断を招く憎たらしいものであっても、その表面だけを見て言葉を選ばない。ミンさんはこの2年間について、自分を考える時間になったと言っていたし、あたらしい自分を見つけるというようなことも言っていた。このようなことは誰しもあることなのだと思う。家にずっといたからゲームを始めたら楽しいとか、家族と過ごす時間が増えて、家族の鬱陶しさを思い出すことも、なにも悪いことばかりが起こっているのではない。マイナスな気持ちのときに、感情の大半を占める方に身を任せると、大事なものはどんどん見えなくなる。パンデミックの最中は特にそうだと思う。「できなくなったことの方が多いけれど、それだけではない」ということはいつも意識していないとついつい悪い方に流れてしまいますね。無くしたものの反対側では何かを受け入れているだろうし、ロストだけではないと、今生きる私たちが認識していないと、いつまで経ってもロストジェネレーションと言われ続けてしまうんでしょう。それと共に、何かのせいにして自分を肯定できずに、時がただ流れていくのでしょうか。何かを迎え入れる準備をしているといつも明るく考えられるわけではないけれど、今失ったものばかりを考えて過ごしていたら、数年後、何もなくなってしまうかもしれない。得たものについて今考えることで、それは数年後の何かの芽になるのかもしれない。暗いことばかり考えがちだけれど、いつも明日のことを考えて、そして過去に学び、過ごしたい所存でござるな。
そして、余談だけれど、私たちオタクが、メンバーのステージを見て、その後ろにある努力を思って涙するのと同じように、今電車で隣に座っている人にも、表面的には見えていない何かがあるのだ。そのことを常に思うことが大事なのかもしれないと思った。
あと、あれはスピーチというより、私たちとの対話でしたね。手に持った紙を確認程度のものにするにはたくさん準備したと思う。当たり前なのかもしれないけど、伝えるための努力を惜しまない人たちだと改めて感じます。
隠れたものを見つけ出すことを諦めないように、未来は君の手の中に!と、柄にもないことを言って終わり。今日もいい一日となるように、今日も朝からミンさんのことが大好きです。
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zakki-jp · 3 years
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思い立ったら吉日。2019年に韓国に行ったのですが、その旅行記を書きたいと思います。今日は空港から出発して、一日目を終えるまで。
友達と2人、羽田空港、ミステリーツアー。1人ずつ行き先をあみだくじで決めて、お互いに当日まであみだの結果を秘密にしておいて、出発の日に空港や駅で切符を渡すということをしました。友達の担当が先日程だったので、羽田で私はこれから釜山に行くことを聞かされました。初めての韓国、そしてソウルではなく釜山!五日間くらいならリュック一つで行けるので、荷物を預けることもなく全て手荷物で飛行機に乗り込み。そういえば、飛行機待ってる間に、観光庁?の人に「日本の方ですか〜」と聞かれた。日本での滞在がどうだったか聞いてまわる調査だったっぽい。残念なことに日本の方なので、調査に協力できずにすまんなの気持ち。
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体感2時間くらいでトウチャケスミダ〜!日本とさほど変わらない寒さだったような気がする。NiziUが合宿で韓国に到着した時の「わ!さむ〜い!」というような感じはなかった。釜山はそもそもそんなに寒くないのかな。それよりも、かなり久々の海外だったので、入国審査があんなハイテクになっていることに驚いた。なんか指を置いてカメラを見たらもう「どうぞお行き」という感じだった。サイトシーイングとか答えるつもりだったのに。
着いたのが八つ時も近い時間だったので、空港から地下鉄に乗って泊まるところに行った。切符の写真見る限り、電車を2本乗り継いだ様子。黄色の切符で改札を出る。地上への出口階段が円環に配置されていて、何が何だか全然わからなかったけど、友達が地図を見てくれて地上に出る。地下から地上への出口。
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5分くらい歩いて宿に着く。焼肉屋の側をスッと入ったところにあった。リノベーションされたような感じのホテルだった。この日は駅からホテルまでの間にあった定食屋で夜ご飯を食べた。
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なんとかラーミョン���チャーハン、マンドゥ、たくあん?、キムチ?、キンパ。ラーミョン大変辛く、ほとんど友達が食べました。たくあんと交互に食べないと大変でした。火吹く。チャーハンも辛かった気がする。たくあんと交互に食べないと大変でした。大変貴重なたくあん。多分たくあんは私が1人で全部食べました。キンパは普通に海苔巻きだった。この時の私はキンパという単語を覚えられず、ずっと「パッタイ」と呼んでいました。その度に友達が「キンパだよ」と教えてくれるものの、次のご飯屋さんに行っても「パッタイ!」と言っていました。まるでバカのふたつ覚えです。マンドゥは何かの野菜がシャキシャキしてて美味しかったです。「見るからに餃子であるが、此奴はマンドゥというらしい」と思った。結局つい最近まで、餃子とマンドゥは他人の空似だと思っていました。韓国で言う餃子がマンドゥだと言うことを知らずにいました。北のマンドゥ、西の餃子だったのにも関わらず。こんなにも似ているのに、気がついていないふりを……
この日はここでご飯を食べた後コンビニに寄ってホテルに戻る。チルソンサイダーとスナック菓子を買う。コンビニで袋はいるかと聞かれたけれど、何のことかわからなかった。袋を持つジェスチャーをしてくれてやっと分かったけど、この時は「袋ください」を伝えることができなかったので、手にサイダーとスナック菓子を抱えてホテルに戻りました。スナック菓子はオットットみたいな形(というかあれはオットット。)で、バーベキュー的な味のついたもので甘かった。チルソンサイダーはシュワー!ととてもしていた。かなり強炭酸で美味しかった。コーラを買うか迷ったけど、ホテルに缶コーラがあるのを見ていたのでやめる。(私は大変なコカコーラ好きで、それを言ったら身バレすると思うほどです。コンバースとコーラが好きな人がいたら大抵の場合は私です)風呂に入って、翌日どこに行くのか友達から聞いて、よくわからないけどそうだねと言って寝た。韓国にいる自覚がまるでないまま一日目終了。
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zakki-jp · 3 years
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「推し」という言葉が使えない。友人たちが推しの話をしていて、推しという言葉を使うことに少し憧れが前々からあったのだけれど、好きなバンドのメンバーは推しではないし、好きな俳優もいわゆる推し的な存在ではありませんでした。
いっとき、ゲーム実況を見漁っていた時に推し的な人ができたことがありました。そのひとは本当に私生活が謎で、ゲーム実況で食べているわけではないっぽく、「どんな仕事してるんですか?」の質問に「ちくわに穴を開ける仕事をしてます」と言っていて、絶妙にツボな人でした。その人のゲームスタイルとかが好きで、すごく強いし、でもその強さをひけらかさないようなところがいいなと思っていて、「あ、これが推しか!」と思いました。でもなんとなく、実況者に推しという言葉が当てはまっているのか謎で、そしてその上、その後ゲーム実況への熱が冷め、その実況者も頻繁に投稿しなくなって、どこか疎遠になりました(疎遠と言うのか?)。そして、「いわゆる推し」とは違ったのかもなぁと、思うようになりました。ただ贔屓にしてた実況者だったような気がする。
そうこうして、ミンさんという人に出会って、とても好きになりました。アイドルを好きになることが生まれて初めてのことで、この界隈でこそ、応援している人のことを「推し」と呼ぶのだ、と思い、人生で初めての推しという存在…推しが尊い…推しがいるから日々生かされている…と一丁前に思っていました。なんせ、使ってみたい言葉だったのでね。
しかし、推しという言葉を使うにつれて、ミンさんの何を見ていたのか分からなくなりました。応援する気持ちとか、好きな気持ちとか、そういう曖昧なものが、ある種的確とも言える言葉で片付けられた瞬間に、「あ、あれ〜」と違和感を覚えるようになりました。ミンさんのどこが好きか言語化しまくっていた時期があって、その後なんだか突然空っぽになってしまって、少し悩んだことがあるのですが、その時みたいな気持ちです。ふわふわしたなんとも説明のできないもので満たされていたのが、そのふわふわをゼラチンで固めて、お盆に乗せて誰かに渡すことが可能になってしまったような気持ちになりました。
曖昧な感じがきっと心地よかったんだと思います。尊敬する存在との間に漂う、形容しようのない関係のようなものが、好きだったんでしょうな。その割にはすぐなんでだろうどうしてだろうと思って文字にしようと試みるところがあって、自分で自分の首を絞めているようなところがありますね私。
そして、推しという言葉に違和感を覚える中で、どんどんミンさんのことを知って、どんどん好きになるにつれて、益々推しという言葉を使えなくなりました。ミンさんは「推し」というような汎用性の高い言葉で言い表せるような存在ではないのだ、と思うようになったからです。
推しが尊いのではなく、ミンさんがとても素敵、推しが出ている動画ではなく、ミンさんがお出ましになる動画、こうしてどんどん推しという言葉を使えなくなりました。憧れの言葉だったのに…推しが尊いとインスタグラムのストーリーにデカデカと書いてやりたい人生だったのに…!
それでも推しという言葉は便利で、人に言うにはとても適切な言葉に思えます。なので推しという言葉を使う時は「(ミンさんは推しという言葉でくくれるような存在ではないけれど、適切だから使います)推しが」と大変長い前置きを自分の中でしてから使うようになりました。自分が本当に面倒で嫌になるけれど、こういう性分なのだとあきらめる他ありません。
推しという言葉を改めて意識したのは、宇佐美りんの「推し、燃ゆ」を読んでからです。推しの数が無限なように、推す側も無限です。趣味との付き合い方なんてこれまで考えたことがなかったけれど、ここ一年でよく考えるようになりました。これまでの趣味と明らかに付き合い方が違うからです。趣味に追われるな、趣味を追え。気分に任せろ、これは趣味だ。と思っています。趣味に義務感を覚えたらそれはもう趣味ではないですからね。「好きな時に好きなだけ」ができる幸せを噛み締めて、これからも楽しんで応援したい所存。
推しという言葉をめぐる私の覚書。
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