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kenlin121 · 1 month ago
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燕巢機廠,PM 05:46 近三年前舊照
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abcboiler · 5 years ago
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【黒バス】やさしい国で待ちあわせ
2014/02/11発行オフ本web再録
■1■
リアカーを壊した。緑間と二人で壊した。
それもまあ仕方のないことで、この三年間、毎日使い続けていたそれは大分傷んでいて、何処かに寄付するにはぼろぼろ過ぎた。木目は至るところが節くれだって、慣れていないと服を引っ掛けて怪我してしまうし、車輪は少し歪んで、気を付けないといつも進行方向から左にずれてしまった。チェーンも錆びて、ぎいぎい音がしていたし、サドルの布はちょっと破けていた。 俺たちの愛車は満身創痍で、真ちゃんはいつも、リアカーの左角の節くれと、登ってすぐの歪んだ板に触れないようにそうっと乗っていた。俺はいつもハンドルを右側に傾けて運転していた。直した先からパンクするし、毎日油をさしても固まった錆は取れなくなって、着実に増えていた。 だから、壊したのだ。俺と真ちゃんで、卒業式の日に。いつも停めていた、学校の駐輪場の隅で。胸に花を刺して、卒業証書が入って歪んだ鞄を地面に置いて、砂に膝をついて、季節はずれの汗をかきながら、俺たちは黙って作業をした。真っ赤な夕暮れの中、二人で、ネジを外してボルトを取って、板を分解して、壊したのだ。俺たちのリアカーを。思い出を、鉄と銅と板に分解して粗大ゴミのシールを貼って捨てた。次の日の朝には回収される予定だった。駐輪場からは体育館の屋根だけが見えた。そうしてそこまでやってから、俺たちは歩いて駅まで向かって電車で帰った。 だって、まあ、仕方がないことなのだ。 俺も真ちゃんも、行く大学が違って、その方向も違って、お互いに別のアパートを借りて、四月から新しい生活を始めようとしていたのだから。俺が真ちゃんを迎えに行ったってどうしようもない。行き先の違うバスに乗ったって目的地には着かないのだ。そうなってしまうと、リアカーなんて場所を取って邪魔なだけだった。誰かに讓るにしても修理代金が高くついて新しく買った方がマシなレベルだったし、そもそも何処に寄付すればいいのかもわからなかった。 いいや、本当は、俺たち以外の誰かがこれを使うのが嫌だったのかもしれない。
「真ちゃん家だったら置いとけるんじゃねえの」 「置いてはおけるかもしれないが、俺もお前もいなくなる以上、誰も手入れをしなくなる。そうしたら後は本当に朽ち果てるだけなのだよ。修理もきかなくなるだろう」 「そうだよなあ」 「ああ」 「じゃ、壊そっか」 「ああ」
解体するとも、分解するとも、捨てるとも言えなかった。壊すという乱暴な言葉が最もふさわしいと思った。毎日毎日油をさして、毎日毎日真ちゃんが「今日もよろしく頼む」と声をかけて、パンクしたら直して、板が割れたら直して、雨が降ったらビニールシートでくるんで、落書きされたらペンキで塗って、そうやって三年間過ごしてきたこいつを、俺たちは壊す。 だって、仕方がないだろう。俺たちは大人になってしまったんだから。 こうして俺は真ちゃんを迎えに行く口実を失って、真ちゃんは俺に会う口実を失ったのだった。いいや、会う口実なんてのはいくらでもある。映画を見たい、新しい甘味が食べたい、なんだっていい。なんだっていいけれど、それは一般人の話であって、こと緑間真太郎にとって、それは必ずしも誰かが必要なものではないのだった。そして必ずしも必要でない場合、あいつは決して声をかけない。例え内心で寂しいと思っていたとしても、あいつは一人で祭りに出かけるだろう。 意地っ張りで我が儘で、懐に入れた人間には存外甘いあいつは、理由が無ければ他人に頼ろうとはしないのだ。人は一人でも、案外生きていけるものである。そもそも中学の頃は、あんな奇妙な乗り物が無くても一人で何処にでも行ってなんでも手に入れていた男だ。リアカーが無くなった今、あいつは俺を呼びつけないだろう。あれは、緑間真太郎なりのサインだった。不器用なあいつの、唯一の、俺を呼んでいい理由。 だから、俺たちには新しい口実が必要だった。いいや、俺たちだなんてずるい言い方はよそう。俺には口実が必要だった。 何せ、俺は、この緑間真太郎のことが好きだったので。 真ちゃんが俺のことを好きかどうかは知らない。多分好きだろう。俺の好きと同じ形をしているかどうかは知ったこっちゃないが、まあ、ほぼ同じ形で好きだろう。 でもそんなことよりも大切なことは、俺たちはそれを一つも口に出さなかったということなのだ。あれを壊している間中、ずっと。思い出を壊している間、ずっと。 だから俺も黙り続けている。黙ったまま、探している。まだ。
■2■
「真ちゃんホント忙しそうだね」 「まあな。取れるだけの講義を取った。ほぼ毎日一限から五限まであるのだよ」 「うっわ、信じらんねえ。勉強の鬼かよ。鬼真ちゃん。オニシン」 「全く語呂が良くないし何も洒落になっていないと思うが」
そう言いながらサラダを口に運ぶ真ちゃんの頬は、入学式から一ヶ月、少しこけたような気もするけれど、顔色は悪くない。心配していたが、きちんと食事は取っているらしい。今だって、サラダにスープ、ステーキを頼んで黙々と食べている。
「体調管理にも人事を尽くすのだよってか?」 「当たり前だ。自分で入れた講義を自分の不調で欠席するなど愚かしいだろう。初めの週に、きちんと栄養バランスを考えた献立を作った。後はそれ通りに食べれば問題ない」 「すげえ。そんな食事管理SF映画の中でしか見たこと無かったわ」
窓の外は真っ暗で、車が路面を走るザアアという音がする。なんだか雨の音に似ているような気もするが気のせいだろう。時計の針は八時を指していて、夕飯を食べるには、まあ、少し遅���くらいの時間。
「仕方がないだろう、講義があるのだから」 「ですよね」 「それでも今日は早い方なのだよ」
一ヶ月ぶりに再会する真ちゃんはいつもと同じ調子で、ひと月前と何も変わらないように見える。だけど実際は、俺の知らない所で俺の知らない講義を受けて、知識を吸収して、誰かと会話して、段々と新しく生まれ変わっているのだ。
「真ちゃん、友達できた?」 「……挨拶をする程度の顔見知りなら」 「多分それもう相手は友達だと思ってるって」 「そんなものなのか」 「そんなものですね」
飯に誘われたりしないの? と聞けば、真ちゃんは黙って頷く。俺の聞き方も悪かったが、これで頷かれても、誘われているんだか誘われていないんだかわからない。多分、誘われているんだろう。ゆっくりと口の中の肉を咀嚼して飲み込んで、水を一口飲んで真ちゃんは答えた。
「講義の終わりに、飯でも行かないかと言われたことはあるが、俺はその後も講義があったからな。最終講義が終わった後はさっさと帰っているし」 「じゃあ真ちゃん一ヶ月ぼっち飯?」 「昼は一緒に食べている奴もいる」
そんな当たり前の返事にちょっと傷つくくらいなら聞かなきゃいいのに、愚かな高尾和成くん。いやいや、マジで一ヶ月独りで飯食ってる方が心配だろ。健全な社会的人間性を持ち合わせていてくれて何よりだ。何よりなんだけれど、俺はこいつの母ちゃんでは無いのに、こんな心配をしてどうする。何にもならない。
「かわいい女の子はいた?」 「どうだろうな。いつも一番後ろの席に座るから顔は見えん」
心配すべきは、こいつが誰かと結ばれること。なんて、別に、付き合ってる訳でも無いのに、こんな心配してどうすんの。どうにもならない。何にもならない。世の中はそんなことばっかりだ。何をどう心配したって、それは全部見当違い。俺は母ちゃんでも無ければかわいい恋人でもなく、ひとりの友達。ひとりの相棒。
「お前の方はどうなんだ」 「俺? ううーん、俺んとこも女子の割合すくねえからなんともなあ。あ、でも若干みゆみゆ似の子いた」 「宮地先輩に紹介したらどうだ」 「え、真ちゃんがそんなこと言うなんてどうしたの」 「先輩の大学の教授が客員講師として来ているんだが、学部的に先輩が講義を取っている可能性がある。話でも聞けないかと」 「真ちゃんって、案外目的のためなら手段を選ばないよなあ」
真ちゃんはしっかり焼いてもらった肉を口に運ぶ。俺も自分の肉にフォークをぶすり。レアなそれからしたたる赤い肉汁。口の中で思いっきり噛み切ってごくりと飲み込む。生きている味がする。
「真ちゃん、次いつ会えんのさ」 「……そうだな、一通り落ち着いたし、来週の木曜なら問題ないのだよ」 「木曜な。オッケー。六時とか平気?」 「ああ」 「んー、どうすっかな。久々にストバスでもやる?」 「そうだな」
ぶすり。刺さったフォーク。それを持��左手に、もうテーピングは存在しない。目を細めてみれば、そこに白い幻影が見えるような気もする。真ちゃんはバスケをやめた。悪いことじゃない。俺たちのバスケは、あの日の粗大ゴミの一つとしてどこか遠くで燃やされたのだろう。悪いことじゃない。ちゃんと、俺たち自身が選んだのだから。全てを失ったと悲壮感に浸るほど子供ではなかった。
     ◇
「いや、お前、ホント、ねえわ、マジで……」 「お前は少し鈍ったんじゃないか」 「そりゃ鈍るわ! 昔みてえな練習してねえんだから! お前はなんでそんなキレッキレなんだよ! 人事尽くして自主練しまくってんのかよもしかして!」 「いや、多少の筋トレはしていたが俺もここまでちゃんと動くのは久しぶりだ。元々の地力の差じゃないのか。単純に」 「単純にズバッとひでえこと言うよなお前」
コートに寝そべれば街灯に邪魔されて少し暗く星が見える。たかだか一時間くらい動いただけなのに、荒い呼吸がなかなか止まらなくて俺は苦笑した。一ヶ月でここまで衰えるとは、いやはや時間の流れとは無情だ。これを元に戻すには三ヶ月はかかるだろう。いつだって、壊す方が簡単なのだ。
「そんなこと言って、真ちゃんもまだ息整ってない癖に」 「……お前もだろう」 「ははっ、俺たち二人ともこうやっておっさんになってくんかな!」 「俺は絶対にお前よりも格好良いおっさんになってみせるのだよ」 「ええ、なんだそれ」
たるんだ腹など許さないからな、と俺に指を指してきたって、そんなの俺の知ったこっちゃない。許さないも何もお前の話だし、多分お前は太るよりはやせ細っていくタイプだから筋肉落ちないように気をつけろよ、と言おうと思って面倒になって取り敢えず笑った。母ちゃんじゃ、ねえんだから。うん? はいはい、きっとお前は、なかなかにダンディでイカしたナイスミドルになるに決まってるよ。
「あー! でも真ちゃんが練習してねえなら、俺が真ちゃん抜ける可能性も出てきたな! ぜってー次は抜く。めっちゃ練習する」 「ぐ、人が講義を受けている間に成長しようというのか」 「ふふん、ずるいってか? ずるくないよなあ、俺は人事を尽くすだけだからなあ。ずるいなんて言えねえよなあ。どうだ真ちゃん、自分の信念に邪魔されて文句言えない気持ちは。うん?」 「お前……底意地が悪い、いやそれは前からだったか」 「あん? お前に尽くし続けた高尾ちゃんのどこが底意地が悪いって?」 「どこの誰が尽くし続けたというのだよ。なんだかんだ自分の意見は押し通してきた癖に。俺の我が儘の影に隠れてやりたい放題していただろう」 「おお? それこそ聞き捨てならねえな? 我が儘の影に隠れてたんじゃねえよ、お前の我が儘がでかすぎて俺のが霞んでただけだっつの。お前の自己責任。オッケー?」 「我が儘を言っていたことは認めるんだな」 「いやいや、滅相もございません」 「どっちなのだよ!」
夜のコートで、体ばっかりでかくなった男が二人、真���に言い争っている。あまりにも馬鹿馬鹿しくて子供みたいな内容を、わざと真剣な調子で言い合う。ああ、なんだか視界が眩しいのは、星のせいか、街灯のせいか、自販機の明かりだろうか。なんだか酷く目にしみて瞼を閉じた。おい、寝るな! なんて真ちゃんの怒った声。寝るわけねえだろ。お前がいるのに。お前がいたら俺はいつだって目かっぴらいて起きてるよ。今は閉じてるけど。はは、閉じちゃってるけど。
「おい、高尾、……高尾? なんだ、死んだのか」 「お亡くなりになった高尾くんに一言」 「高尾……、実は俺はお前のことを……」 「高尾くんのことを?」 「超ド級の変人がいると言って、大学の奴との話の繋ぎに、適当にあることないこと喋ったのだよ……」 「いや、待って待って待って真ちゃん! 何それ! ちょっと待ておい!」
流石に聞き捨てならなくて飛び起きたら、真ちゃんは真顔で俺の顔を見て頷いた。いや、その頷きは何なわけ。何を示してるわけ。全然わかんねえから。
「死人に口無し、バレなくてなによりだ」 「最低じゃねえか!」
叫ぶだけ叫んで、やりとりのあまりの下らなさに溜息をついた。何よりも下らないのは、真ちゃんが大学でも俺の話題を出してることに喜んでる俺自身である。滑稽な独占欲に苦笑いを零していたら、真ちゃんからボールが飛んできてギリギリのところで俺はそれを受け取る。びりびりと、手のひらがしびれる感触。こいつ、本気でぶん投げてきやがった。赤くなった俺の手はまだまめだらけで、皮も分厚くなっているけれど、これも後数ヶ月もしたら普通の手になっているのかもしれない。
「というか、お前は何故そこまで鈍っているのだよ。お前の方が暇なら、今日の時点でここまでへばっていないんじゃないか」 「暇とか言うなって! まあそりゃお前とはちげえけど、俺だってバイトとかめっちゃ入ってんだって。家賃は親に払ってもらってっから、生活費は自分で稼がねえと」 「ああ、なるほど、そうか、それがあったな」 「お前は? それこそ講義で忙しくてバイトなんかしてる暇ねえんじゃねえの?」 「親の脛をかじっている」 「めっちゃ堂々と言ったなおい!」
笑いながら全力で投げたボールは、俺の希望通りこいつの手のひらの中に収まって、そのままゴールリングへ向けて発射された。俺の知っている、俺の憧れたままの高度と軌道。それが変わらないことに安堵しつつ、ボールは勢いよくネットを揺らして落ちる。地面がごうんごうんと跳ねる音。このシュートだって、いつかは終わる。
「事実なのだから仕方がないだろう。家賃光熱費水道代食費学費その他もろもろ全て親持ちだ。そもそも、ラッキーアイテムであれだけ金を使わせていた俺が今更この程度のことで罪悪感を覚えると思うのか?」 「やべえ、どうしよう、言ってることはどこまでも格好悪いのにここまで堂々とされるとそんなことないように聞こ��……聞こえねえな」 「やはり駄目か」 「駄目だったなあ」
少し笑いながら真ちゃんはボールを拾う。かがんだ時に僅かに揺れた上半身と、グレーのセーターが何故か目に焼き付いた。その服の下の筋肉も、段々と衰えていくし、二度とあの派手なユニフォームを着ることもない。そんな当たり前のことを、俺はゆっくりゆっくり飲み込んでいく。別に、悲しいわけではないのだ。少し寂しくはあるけれど。そうだ、寂しいのだ。大人になっていくことが。俺たちが、大学生になって、卒業して、就職して、もしかしたら結婚したりして、子供ができたりとか、して。そういう変化をこれからも続けていく。
「うちの大学は成績優秀者になれば賞金がもらえるのだよ。一年間にかかる金額と比べれば雀の涙のようなものだがな。それは親に渡すつもりだ」 「もう取れることは確定なのね」 「当たり前だ。人事を尽くしているのだから。」
例えば、一人暮らしをするようになって、洗濯だとか料理だとかを少しずつ覚え始めた。電気をつけっぱなしにしたり、蛇口をしっかり締めないで母さんに怒られた理由がようやくわかるようになった。お金のこととか、現実とか、ちゃんと見始めた。悪くないなあ、と思う。あの駆け抜けた日々に比べると少しばかり穏やかすぎて、太陽の光もあまり眩しくないけれど、変わりに柔らかくなったように思うのだ。
「成長してから恩返しということで先行投資してもらうしかないからな、金額の問題ではなく担保のようなものなのだよ。将来性の保証だ」 「お前さ、なんか照れ隠しが生々しくなってねえ?」
パスされたボールを投げ返す。真ちゃんはそれをシュートせずにもう一度俺にパスしてきた。別に俺はシュートなんか撃たねえのに。もう一回真ちゃんにパスしたらまた返ってきて、奇妙なキャッチボールが延々と続く。ぼんやり数えて十二回目で俺はでかいくしゃみをした。背筋からぞわぞわと、這い登るような冷気。
「うあー、さぶ。汗ひくとめっちゃ寒いな。つか、五月ってこんな寒かったっけか」 「五月は寒いだろう」 「五月は寒いか」
寒いっけ、と首を傾げる俺の顔面めがけてジャージが飛んでくる。真ちゃんのではなく、俺のだ。勝手に鞄から出されたらしいが腹も立たない。帰り支度を始めるこいつもジャージを羽織る。お前だって寒かった癖に、先に俺に渡しちゃうんだからなあ、そういうとこ、好きなんだよなあ。好きなんです。あーあ、好きなんだよ、ほんと。
「おい、聞いてるのか」 「へ? あー、ごめんごめん、何?」 「全く聞いていなかったのか。ボケすぎだ」 「ごめんって。で?」 「風邪を引かれても困るから、俺の家に寄っていけ」 「あ?」
耳に届いた言葉が信じられなくて俺は思わず自分の頭を殴りつけそうになった。そこまで驚くことでも無いのにこんだけ動揺が隠せないのは、やっぱり、俺がコイツのことを好きだからなんだろう。好きな奴の、一人暮らしの家に上がり込む、なんてのは、どうしたってそういう意味にしか取れないのだ。勿論真ちゃんにその気が無いことはわかっているけれど。だけど、わかるだろうか、一人暮らしの家だぞ、生活の何もかもが部屋に閉じ込められた、まず間違いなくこいつの匂いで満ちている部屋。
「お前、何回聞き逃せば気が済むんだ」 「いや、聞こえてた聞こえてた! 聞こえてたけどさ! え、いいの」 「構わん。ここから俺の家は近い」
そりゃ、お前の家に近いストバスのコート探したからな。俺のアパートからは遠いのだ。お前の家。俺が三年間迎えに行った、あのだだっ広い門扉がある豪邸とは別の、お前が一人で暮らしてる家。
「おい、どうした、来ないのか」 「いつ誰がそんなこと言ったよ。行く。超行く。真ちゃんのお部屋大訪問」 「そうか。エロ本はまだ買ってないから探しても無いぞ」 「……真ちゃんもなかなかに、俺が言うことわかってきたよね」
     ◇
「……おい、ちょっと待て、待ちなさい、親の脛かじり太郎」 「なんだ、さっき宣言しただろう」 「限度があるだろ! 何だよこの部屋! 部屋じゃねえよ家だよ! どう見ても一人暮らしには広すぎるだろ! 普通六畳一間だろうが! なんだこれ!」 「俺の家だが」
入口がオートロックの門だった時点で嫌な予感はしていたが、大的中も大的中、ドアを開けたら玄関と靴箱があり、そこから廊下が伸びていた。バス、トイレ別だ。というか、部屋までの通路に台所が無い時点で戦慄した。大学に入ってから他の奴の家にも幾度かお邪魔したが、部屋までの短い通路の片側に風呂トイレ、片側に狭い台所と洗濯機置き場、ドアを開ければ六畳間、この鉄則を外れる奴なんていなかったのだ。
「いやー、これはない、マジでない、かじるどころじゃねえ。しゃぶってやがる」 「まあ、富裕層だからな」 「やめろ……聞きたくない……こんな露骨な格差はやめろ……」
風呂に入れと投げ渡されたバスタオル。真っ白で、まだほとんど使われていないそれに遠慮する気にもなれなかった。保温機能で自動で沸かしてくれるバスタブでも俺はもう驚かない。腹いせに、シャンプーとリンスの位置を逆にしたことくらいは許されてもいいだろう。思い切り鼻歌を歌っても近所に文句は言われないんだし。 風呂を上がってみれば、真ちゃんが真剣な顔で洗濯機を回していた。説明書が壁に貼られている。若干首を傾げてセーターのタグを見ていたこいつは、マークの意味がわからなかったらしく携帯電話で調べ始めた。堅実な奴である。
「ちょっとくらいならソフトサイクルで問題ねえと思うけど」 「馬鹿なことを言うな。これだけ細かくラベル分けされているのだから消費者はそれに従うべきなのだよ。ふむ、これは手洗い不可」 「いちいちクリーニング出すわけ? 金がもったいな……いや、俺は何も言わねえ。言ったら言っただけ傷つきそうな気がする。何も言わねえ」 「ドライヤーを使うならそこの引き出しだ。暇ならリビング��いろ。茶は勝手に出せ」 「へいへい」
短い俺の髪は、水気を取れば自然に乾く。面倒くさいからとリビングに向かえばきちんと整理整頓された部屋。プリントも教科書も整然と並び、出しっぱなしの衣類なんて物は無い。思いのほか完璧な一人暮らしをしているこいつに少し驚く。生活力なんて皆無かと思っていたのだが、壁に貼られた手書きのメモを見て納得した。こいつ、毎朝のルーティンワーク完璧に決めてやがる。月曜日、五時、起床、ストレッチ、五時五十分、着替え(引き出し下段)、六時、テレビ兼朝食(チャンネルは六)……目眩がしてくる。多分、中学の時も高校の時も、こうやって自分の動きを決めて行ったんだろう。所々に訂正の箇所があるのは、それじゃうまくいかなかったからか。そういえばあいつはこの前会った時、「一通り落ち着いた」とか言っていた。それはこういうことだったのか。
「何を間抜けな顔を晒している」 「うお、真ちゃん終わったの。いやー、これすげえな。機械かよ」 「人事を尽くすためには必要なことだ」 「いやー、お前の人事に対する執念こんな形で見ることになるとは思わなかったわ。隣に貼ってあんの食事の献立?」 「そうだが」 「……真ちゃん、これってさ、今日の、食事の献立?」 「そうだな」 「……明日の食事の献立は?」 「これだな」 「…………明後日の食事の献立は?」 「これだな」 「まさかとは思うけど、真ちゃん、毎日これ食ってんの……?」 「完璧なバランスだろう」 「お前は! 融通きかなさすぎだろ!」
思わず怒鳴りつければ、何故俺が叱られなければならないのだよという顔で見られる。いや、おかしいのはお前。絶対にお前。誰かこいつに常識を教えてやってくれ。 俺の目の前にある紙には、朝から晩まで、食べ物とどこでそれを売っているかの表がある。ほぼ調理が入っていないのは、自分じゃ作れないと判断したからだろうか。数えてみれば三十品目丁度。それぞれの栄養素もきっちり取れている。それにしたっておかしいだろう、朝、煮干(松の家)、白米、漬物(西武スーパー)、牛乳(二五〇ミリリットル)って、いや、栄養は取れるかもしれねえけど、こいつは三百六十五日同じもんを食べ続けるつもりなのか。嘘だろ。絶対に楽しくない。
「この前お前と食事をした時は計算が面倒だったのだよ。翌日に足りない分は全て追加したからなんとかなったが」 「なんともなってねえからそれ。なんで翌日繰越制度になってんだよ。一ヶ月間焼肉しか食わなかったから次の一ヶ月は野菜しか食いませんってことじゃねえか」 「そうだな、それではカルシウムもタンパク質も足りない」 「ちげえよ! 何にも伝わってねえよ!」
誰か、この超ド級の馬鹿をどうにかしてほしい。お前は頭が良いはずじゃなかったのか。俺にはこいつの思考が手に取るようにわかる。わかってしまう。大学生になったからには勉学に励まねばならない、そのためには心身ともに健��でなくてはいけない、健康な体は健康な食事から、完璧な献立を作らねば。完璧な献立なのだから毎日それで完璧だ。終了。殴りたい。
「そうは言ってもな、毎日別の献立を考えるのは流石に負担が大きすぎるのだよ。できなくは無いが、俺は料理が苦手だから作れるメニューも限られる。その中でどうにかしようとすれば、今度は学業の妨げになるだろう。本末転倒だ」 「なんで俺が説得されてんだろうな。お前の発言だけ聞いてるとお前が正しく聞こえるから不思議だわ。あのな真ちゃん、アウト」
頭が痛いのは長風呂をしてしまったせいだろうか。久々にちゃんと広い風呂入って、ちょっとテンション上がっちゃったもんな、確かに。俺のアパートの風呂は狭くてろくに入れたもんじゃないし。ああ、それとも髪を乾かさなかったせいだろうか。風邪ひいたかな。いいや、違う、この目の前の男が全てである。
「っつーか、真ちゃん、今日はどうするつもりだったわけ。俺、お前と夕飯まで食うつもりだったし、まともな夕飯出てくると思ってなかったから外行く気満々だった」 「さりげなく人を馬鹿にするのはやめろ。俺だって外に出るつもりではいた」 「で、それで足りなかった分は明日に追加されるわけ」 「まあ、そうだな」
壁にかかったカレンダーを見る。先週の木曜と、今週の木曜にだけそっけなく印がついている。俺と会ったからだ。俺と会う日だからだ。そしてこいつは金曜日、俺との食事で足りなかった分を一人で追加して食ってるんだろう。どうせこいつのことだから、カルシウムが足りなければ牛乳を必要なだけ追加、タンパク質が足りなければ豆腐を足りないだけ追加、とかそんな大雑把なことをしているに違いないのだ。それはなんだか、酷く腹がたった。一人でそんな素っ気ない、機械みたいな食事をしているこいつにも、それの負担になっているのであろう俺のことも。
「……真ちゃん、来週どっか空いてる?」 「……木曜日なら」 「また?」 「木曜だけは授業が三限で終わるのだよ」 「ああ、なるほど」
さて、俺のこの感情のどこまでが純粋なもので、どこまでが邪なものだったのかは俺にもわからない。俺はもしかしたら母ちゃんのようにこいつのことを心配していたのかもしれないし、恋人気取りでこいつのことを独占したかったのかもしれない。両方かもしれないし、もしかしたら全然関係なくて、俺はただ、何にも考えていない馬鹿野郎だったのかもしれない。
「じゃあ、俺毎週木曜は夕飯作りに来るから」 「はあ?」 「栄養バランス完璧な献立だったら良いんだろ? 任せろって、少なくともお前よりは作れるから」 「いや、別にだからといって何故お前が」 「良いじゃん。お前木曜以外空いてないんなら俺どうせしょっちゅう遊びに誘うし。そのたんびにお前が飯の計算しなおすのも面倒くさいだろ。 だったら俺が作っちゃうのが手っ取り早くね。別にお前が他の用事入れる時はこねえからさ」 畳み掛けるように言う俺の勢いに押されたのか、真ちゃんは、いや、だとか、それは、だとかもごもごと言っている。きっぱりさっぱりしているこいつには珍しい狼狽具合だ。自分でも無茶苦茶なことを言っている自覚はある。だけど俺は全然引く気が無い。多分真ちゃんも、そのことに気がついたのだろう。
「……お前が、いいなら���
渋々と頷いたこいつに俺は笑った。自分があまりに馬鹿らしすぎて笑ったのだ。だけど、俺は、何度も訂正された跡がある木曜日のルーティンワークを見て、何もせずになんていられなかった。そうだよなあ、二週連続でお前の予定変わったら、それは別の何かを考えるよな。来週も俺が誘うかもしれないし、誘わないかもしれないし、そしたらお前はきっと、別の日課を組み立てなくちゃいけなかった。 最終的にクエスチョンマークだけが残されて、『保留』とそっけなく書いてあるそれは、俺がお前の毎日に組み込まれるためのスペースだった。お前は自分じゃ言わないけれど、ちゃんと俺はわかっているのだ。お前からの、新しいサインに。 そうやって、形の無い不安に脅かされていた俺は、入学して一ヶ月と一週目に、驚く程スムーズに、新しい口実を手に入れたのだった。
     ◇
「真ちゃん、最近とみに忙しそうね」 「試験が近いからな。お前だってそうだろう」
七月の頭、室内には既に冷房がかかっている。俺の部屋にもついてはいるが、効きが恐ろしく悪く音だけうるさく、よっぽど扇風機の方が役立っているのが現状だ。大学生の試験期間というのは講義を取っていれば取っているほど過酷になるもので、楽できる奴はいくらでも楽ができる。真ちゃんの忙しさといったらない。試験だけで二十個近いと聞いて頭を抱えた。国立受験だって十科目だっていうのに。
「お前んとこほど過酷じゃねえわ。レポートも多いし」 「レポートの方がかかる時間は多くないか?」 「俺んとこでね、レポートってのは、『なんでもいいから取り敢えず出せば単位はくれてやるから文字数埋めて出せ馬鹿野郎』って意味なわけ」 「凄い意味の込め方だな」
俺が作ったキャベツのホタテ煮を、眼鏡を薄く曇らせながら食べている真ちゃんの顔は呆れている。大根は鷹の爪を入れて煮たから少し辛い味付けだが、これくらいならどうということはないらしい。まあ、こいつは甘党であるというだけで、辛いのが滅茶苦茶苦手というわけではないからあまり心配はしていなかったが。
「生姜焼きはあんま漬けれなかったからよう改良だなー、これは」 「別に、普通にうまいが」 「お前ってすげーおぼっちゃまなんだか庶民舌なんだかよくわかんねえな」 「味の違いはわかるが、どれがうまくてどれがまずいのかはよくわからん」 「おしるこにはメーカーから何からこだわるくせに……」 「おしるこは食事ではないからな」 「じゃあなんなんだよ。飲み物っていうオチだったら来週の夕飯納豆入れる」
生命の源なのだよ、と嘯くこいつの冷蔵庫にはお気に入りのおしるこが大量に常備されている。おしるこばっかだ。あれだけ食事の管理をきっちりやっていた癖に、最も糖分が高く体に悪そうなおしるこに関して、こいつは一切の制限を設けていなかった。ちゃっかりしすぎだ。俺は人一倍脳みそを使うから糖分はいくらあっても足りないのだよ、と堂々とのたまった時は流石に腹が立ってこいつのおしるこを全部捨てた。いや、���てるのでは勿体無いので俺が全部飲んだわけだが、俺は甘ったるいものがあまり好きではないのでまあ捨てたのと同じようなものだろう。お陰様でその日は胃もたれに悩まされるわ、真ちゃんは落ち込むわで双方ともに撃沈だ。
「……で、今日も泊まっていくのか」 「おー、真ちゃんさえよければ」 「構わん」 「明日の朝ごはん、卵焼きと目玉焼きとスクランブルエッグと温泉卵どれがいい」 「卵以外の選択肢は無いんだな」
こいつは静かに箸を置いて、両手を合わせて御馳走様でした、と頭を下げた。こういうところが、お育ちが良いというのだ。初めてこれを見た時に爆笑したら、お前は「お粗末さまでした」と言わなければならないだろうと激怒された。凄く理不尽な気がする。気がするけれど、まあ別に嫌なわけではないので、俺も今では笑いながらお粗末さまでした、と言う。先に風呂入ってよ、俺片付けてるから、と言えばこいつはたいした抵抗も無く頷いてリビングから消えた。
うーん、どうしてこうなったんだろう。
リビングは相変わらず綺麗に整理整頓されている。けれど、よく見ればラックの中には真ちゃんが全く興味が無いであろう雑誌やCDが並んでいるし、洗面所には歯ブラシが二つある。真ちゃんが翌日着るものを入れていた箪笥は今じゃ俺の着替え置き場だ。そういえばこいつは、洗濯は出来ても畳むのが苦手だったらしく全て広げたまましまわれていた。そのせいで余分なスペースを取りすぎていたから、畳んでしまえば俺の服が入るスペースが出来上がったわけだけれど。ガチャガチャと音をたてて皿を流しに運ぶ。これだって全部、二つ組み。 スポンジでガシガシと皿を洗う。俺が毎週木曜日に飯を作りに来るようになってすぐに判明したのは、飯を食べた後、俺の家まで戻るのがとてもとても面倒くさいということだった。そもそも俺も真ちゃんも、毎日通うのは厳しいくらいの距離に大学があるから大学に近いところに一人暮らしを始めたのであって、その方向は全く違うのであって、何が言いたいかと言うと、真ちゃんの家から俺のアパートまではゆうに二時間はかかる。飯食った後に少し喋って帰ったのでは、簡単に日付をまたぐ。まあ仕方無いと思っていたのだが、それに気がついた真ちゃんが泊まっていけと言ってから、その好意に甘えて、ずるずる。今では木曜は必ず泊まって、金曜の朝飯まで作って帰っていくのが常である。金曜が三限からでよかった、ほんと。真ちゃんは一限からあるので一緒に家を出れば遅刻することもない。そして洗剤が足りなくなってきている。今度来るときに買ってこよう。 皿を洗う時に、思いっきり泡立てるのが好きだ。真っ白な泡がぶくぶくと膨れ上がって皿を飲み込んでいく姿が好きだ。それをざあっと熱いお湯で流す瞬間が好きだ。黙って黙々と洗っていると、言わなくていい、だけどつい言いそうになる余計な言葉が全て一緒に流れていくような気がする。 ええい、消えてしまえ、消えてしまえ。幸福の間にうもれてしまえ。
     ◇
「はー、いいお湯でした! やっぱ浴槽広いといいなー! 俺のアパート���段違い」 「そんなに狭いのか」 「俺が体操座りしてぎっちりって感じだから、真ちゃんは多分はみ出ちゃうんじゃねえかな。はみだしんちゃん」 「語呂は良いが、ご当地キャラクターのように言うのはやめろ」
そんなにご当地キャラっぽくもねえと思うけど、まあなんてことない軽口の一つだと俺は特に返事もしない。テレビをつければよくわからないバラエティ番組で、アイドルが笑顔を振りまいていた。これ、もしかして宮地さんに見ておけって言われたやつじゃなかったっけ、と思えば録画ボタンが点滅しているので安心する。
「……しまった、撮り忘れたのだよ、これ」 「え? 今録画ボタン点滅してんじゃん」 「それは別の番組だ。UFOの謎を追え、古代人が遺す壁画と星の導きという……」 「なんでそんなの撮ってんだよ! どうせナスカの地上絵オチとかだよそんなん!」 「わからないだろう! お前は撮っていないのか!」 「俺の家にHDDなんて高級なモンありません!」 「お前の家、か」
興味があるな、と真ちゃんは笑った。そう、俺は真ちゃんの部屋に入り浸っているが、真ちゃんが俺の家にきたことは一度も無いのだ。そりゃあそうだろう。快適さが段違いだし、そもそも。
「俺の家来てもどうしようもねえからなあ。お前毎日一限あるし、俺ん家からお前の大学まで多分二時間、下手したら三時間かかるだろ。昼間に来るっつっても毎日五限まであるんじゃな」 「木曜は三限までなのだよ」 「知ってますー。木曜だけっておかしいだろ。はーあ、俺もよりによって木曜は四限まであるしな」 「そうなのか?」 「あれ、知らなかったっけ」
俺は土曜日曜月曜の週休三日体制で、金曜以外は一限から入れて三限終わりという楽々な時間割を組んであるのだが、木曜だけは四限まであるのだ。そのせいで、唯一真ちゃんとしっかり会える曜日なのに若干のタイムロスが生じてしまう結果になっている。確かに、いつも俺が真ちゃんの家に授業が終わり次第突撃しているから、俺の時間割なんて真ちゃんは知ったこっちゃないのだった。そんなに驚くことでも無いと思うが、真ちゃんはぽかんとした顔で俺のことを見つめている。それよりも、テレビに写ってるアイドル見て宮地さんへの言い訳考えといた方が良いと思うんだけど。
「じゃあ、一時間半、お前は俺を待たせているんだな」 「え、ええ? そういうことになっちゃうわけ? いやまあ確かに言いようによってはそうかもしんねえけど、そもそも木曜以外空いてねえのお前の都合だからね」 「だが実際そうだろう」 「んー、えー、んー、俺が頑張って大学から遠い遠い真ちゃん家まで移動してることとかへの考慮は」 「移動時間を考慮しないで一時間半だろう。講義一つ分なのだから」 「あー、そりゃ、おっしゃる通りです、絶対おかしいけど」 そうだろう、と真ちゃんが満足げに笑うので俺はもうそれでいいか、という気になる。はいはい、俺が一時間半も待たせてますよ真ちゃんのこと。一時間半も俺のこと待ってくれるなんて、真ちゃんもよっぽど俺のことが好きなんだね。マジで。 なんて言えるはずもなく、俺は空中で目に見えない皿を洗う。新しい踊りか? とか聞いてくるお前は何もわかっちゃいない。
■3■
『今から向かうわ』
夏休みは長かったがあっという間だった。多分これから先、色んなことにこういう感想を抱くんだろうなあと思う。大学生活は長かったがあっという間だった。人生は長かったがあっという間だった。そんな風に。 いつも通り真ちゃんに連絡をして、携帯をズボンのポケットに滑り込ませた数分後、低い振動が伝わってくる。取り出して画面を見てみたら、浮かび上がっている名前はたった今俺が連絡したその人で、はてと首を傾げた。今まで電話がかかってきたことなんて無かったのに。
「おー、真ちゃんどったの。今日はやめとく?」 『制限時間は二時間だ』 「はあ? え? 真ちゃん? どうしたの」
俺はアメリカの諜報機関でもないのに、何故いきなりこんな勝負をしかけられているのかさっぱりわからない。しかも相手は真ちゃんで、まずもって何の制限時間なのかもわからないのだ。わからないことづくしで立ち止まる俺に、真ちゃんは一方的に話し続ける。その声が若干楽しそうな気がするのは気のせいだろうか。
『俺のことを一時間半も待たせているのだから、お前の方もそれ相応の時間でもってして探すべきだ。質問には答えてやる』 「いやいやいや、わけわかんねえから。ちょ、どういうこと」 『毎週俺はお前を一時間半待っているのだろう? 腹立たしいからお前も一時間半かけて俺を探せ』 「いや、それお前さっきと言ってることほとんど変わらねえから。ぜんっぜんその理論理解できねえから、え、ちょ、どうしたのマジで」 『質問は終わりか?』 「いや、んなわけねえだろ! 始まったばっかだよ! お前どこにいんの!」 『その質問に答えられる筈が無いだろう』 「あー、めんどくせえなあ!」
ちょっと待って欲しい。状況を整理させて欲しい。どうやら俺は真ちゃんに何がしかの勝負……勝負と言っていいのかこれは? まあいい、何かを挑まれているらしい。制限時間は二時間で、俺はその間に真ちゃんを見つけなくてはいけない、らしい。ダメだ全く訳がわからない。
「制限時間二時間ってなんなんだよ」 『ずっと待っているわけにもずっと探すわけにもいかないだろう』 「一時間半じゃねえんだ」 『移動時間があるからな』
確実に楽しんでいる。そのことを確信して俺は無意識に苦笑いを浮かべた。そういえば、移動時間はお前が俺を待っている時間には含めない、そんな話しましたね。ってことは、つまり、どういうことだ? 俺は真ちゃんを探さないといけない。まず、真ちゃんが講義終わってから出発してるんだから、真ちゃんの大学から一時間半圏内なことは間違いない。そんでもって、俺の移動時間が三十分確保されてるってのはつまりどういうことだ? 一時間半は探す時間だっつってたんだから、三十分が移動時間で別枠なわけだ。でも探すのも移動すんのも結局は同じようなもんだよな? 探しながら移動してんだから、そういうことになるよな? ってことは単純に、一時間半じゃ間に合わない位置に真ちゃんがいるってことか。取り敢えず俺の大学から一時間半以上二時間圏内、真ちゃんの大学から一時間半圏内。合ってるか? 合ってんのか、これ。いやもう合ってなかったら仕方無い。それにしたって範囲広すぎだろ。
「どこにいんのか聞いちゃ駄目って、何なら聞いていいんだよ。近くにあるものは?」 『ふむ、まあそれは良しと��よう。デパートがある。駅の真ん前だな』 「その駅って何線が入ってんの」 『それは答えられないな。だがメトロ含めて八本乗り入れがある』 「あー、そこそこでかい駅なんだな……」
こうなった真ちゃんを俺が止めることなんて不可能だ。別に真ちゃん家を知ってるんだからそこで待ってりゃいい話なんだが、そんなことしたらこいつは暫く口をきいてくれないだろう。下手したら年単位、一生とかにもなりかねない。仕方がない、お前が見つけて欲しいってんなら探してやろう。見つけて欲しくないと言われるより百倍マシだ。我ながら無理やりなポジティブ思考に涙が出そう。
「で、真ちゃんはそこの駅にいるの?」 『いや、外はまだ暑いから駅近くの喫茶店で大福を食べている』 「満喫しすぎだ馬鹿野郎!」
とは言っても腹が立つものは腹が立つので思わず通話をぶった切った。満足げに沈黙する携帯を操作しつつ、取り敢えず駅に向かう。良い子は歩きながら携帯いじっちゃいけません。悪い子でごめんね。恨むならあの奇想天外馬鹿野郎を恨んでくれ。あまり時間も無いので、真ちゃんがいる範囲内でそこそこでかい駅を適当にピックアップする。実はあんまり無い。その中で路線が八本入っている駅は一つしか無かった。駅の東口に和菓子屋と大きなデパートがある。俺の大学から一時間四十五分。まず間違いなくここだろう。これで違ったらもう知らん。 案外あっさりわかるものだと拍子抜けしながら、そういえば路線の合計数を教えてきたのは真ちゃんだったと思い出した。なるほど、やっぱり、見つけて欲しくないわけでは無いらしい。なんでこんなことをやり始めたのかさっぱりわからないが、俺との木曜日が嫌になったわけではない、ということだけでも良かったと思おう。そしてもしも、この真ちゃんの気まぐれが来週からも続くのだったら、それはどんどん難易度を増していくのだろうということも容易に想像できた。嘘だろ。
     ◇
「いや、マジ真ちゃん、今回ばかりは駄目かと思ったぜ……」 「実際駄目だったのだがな。二十七秒遅刻だ」 「二十七秒で済んだのがすげえよ! 駅まではともかく、そっからのヒントが『信号が沢山ある所を左にまっすぐ』って、知るか!」 「他に言い様が無かったのだから仕方ないだろう」 「お前、まさかとは思うけど、俺を待ってる間暇だからってふらふら歩いてたらよくわかんないとこ出て迷子になってただけじゃねえだろうな」 「迷子ではない。携帯で調べれば帰り道はすぐにわかったからな。ただ現在地がわからなくなっただけだ」 「人はそれを迷子って言うかな!」
俺の真ちゃん探しの回数も片手を優に超えた頃から難易度を増してきた。駅前集合だった初回が懐かしい。最終的に猛ダッシュをしてたどり着いた公園で、真ちゃんは優雅におしるこをすすっていた。住宅地の隙間に無理やり作られた狭い公園内には子供の影すらなく、どこかから飛ばされてきたらしい花の種が芽を出して好き勝手咲いている。入口で荒い息を吐きながら緑間の名前を呼ぶ俺に、真ちゃんは少し驚いたような顔をしていた。わからないだろうと思う場所に呼び寄せるんじゃない、全く。 真ちゃんは俺の恨めしい顔にもどこふく風で、ブランコの板に脚をかける。頭をぶつけるんじゃないかと思ったが、案外大きめに作られていたらしく、真ちゃんを乗せてブランコはぎいぎいと揺れ始めた。すぐに息が整った俺も、なんとなくそれにならってブランコに乗る。ぎいぎいと、鎖と板が軋む音がする。
「あー、なんか懐かしいな」 「そうだな」 「ブランコなんて何年ぶりだろ。はは、めっちゃ軋む音してるけど大丈夫かこれ」 「大丈夫だろう」 「大丈夫か」 「リアカーだって、大丈夫だったのだから」
まさか今ここでその話をされるとは思っていなかった俺は、驚いて真ちゃんの方へ振り返る。夕日に照らされて目も頬も髪も真っ赤だ。ぎいぎいと、ブランコが鳴る。鉄と木の音。俺たちのリアカーの音。俺たちが壊して捨てたもの。
「懐かしいな」 「……そーだな」
それ以外、何も言えずに黙る俺に真ちゃんは笑った。仕方がなく笑ったというよりは、楽しそうに笑った。そのまましばらくぎいぎいと、懐かしい音を鳴らす。
「来週は、三限が休講なのだよ」
真ちゃんがそう言い出したのは、その日、俺が真ちゃんの家に行って夕飯を作って風呂に入って布団を敷いて寝る間際だった。俺のためにいつの間にか買われていた布団はまだまだ新しかったけれど、ところどころに小さな毛玉が見えた。俺はその言葉の意味を、もうちょっと深く考えても良かったかもしれない。
     ◇
『制限時間は三時間だ』 「マジかよ……」
毎週木曜に恒例になった電話をかければ、少しひび割れた真ちゃんの声が俺の耳に届く。三時間、今までで最長記録だ。休講になったって、あれはつまりそういう宣言だったのか。俺はあの時に気がついても良かった。迂闊だったとしか言えない。あいつが二限終わりになるということは、一コマ分多く待たせるのと一緒だ。ということは、その分あいつの移動時間も追加される。
「ちょっと真ちゃん、多めにヒント頂戴……」 『ヒントは無しだ』 「はあ?! いや、馬鹿言うなよ、無理だって!」 『俺が行きたい場所にいる』
それ以上何か言う前に通話が切られた。いくらなんでも理不尽すぎる。制限時間は三時間、真ちゃんの大学から三時間以内、俺の大学からも三時間以内。範囲が広すぎる。今時、三時間もあればたいていの場所には行けてしまうというのに。 真ちゃんは、もう俺に、見つけて欲しく無いのだろうか。 過ぎったその考えに背筋が震えた。理不尽なことを言われた怒りよりも、恐怖の方が先に立った。慌ててリダイヤルする。電源を切られていたらおしまいだと思ったが、どうやらそれは杞憂だったらしく、十五コール目で真ちゃんは出た。
『なんだ高尾。これ以上のヒントは無しだぞ』 「真ちゃん、真ちゃんはさ、もう俺に会いたくないわけ」 『誰がそんなことを言った』 「いや、あんな無茶ぶりされたら誰だってそう思うだろ」 『ヒントはもう言ってやっただろう。あとは自分で考えろ』
ぶちりと切れた二回目の通話。どうやら嫌われたわけではないらしく、かと言ってこれ以上の情報をくれる様子もない。嘆いていても何も変わらないなら、しらみつぶしに探す以外方法は無さそうだった。
「ヒントはもう言ったって……真ちゃんが行きたい場所?」
いや、知るかよ、と思う。素直に思う。あの気まぐれ大魔神の考えが完璧に��めたことなんて一度も無い。あいつが今どこに行きたいかなんてわからない。宇宙とか言い出したっておかしくない奴だ。宇宙に行ってUFOがいるかどうか確かめるのだよ、とか言い出しかねない奴である。三時間じゃ宇宙に行けないけど。行けないけどな。 思わず調べてみたら、宇宙の謎展とかいうのが近くでやっていた。可能性はゼロじゃない。そういえば、この前テレビを見ていた時に見かけた甘味屋に目を輝かせていた。あれはどこだったか。木村さんのとこの野菜が久々に食べたいとも言っていた。久しぶりにラッキーアイテムを探すか、とか言っていたのはなんでだっけ。 ああ、本当に、知るかよ、わっかんねえよ、お前が行きたい場所なんて、思いつきすぎてどうしようもない。
     ◇
「あー、ここもハズレ、か……」
どこに行っても姿が見えず、最後の望みを託して来たのは、懐かしの母校、秀徳高校だ。体育館からは、まだボールが跳ねる音がする。俺たちの一つ下の代は、それなりに癖があるけれど良い奴らだった。IH優勝は逃したが、WCはきっと優勝する。優勝できる。そう信じられるだけの奴らだ。そこに、俺と真ちゃんはもういないけれど。真ちゃんは朝から晩まで勉強三昧だし、俺はそんな真ちゃんを追いかけてこんな不毛な鬼ごっこをしてる。情けないと、去年の俺は呆れるだろうか。そんなことをする暇があるなら練習しろ、走りこめ、一分一秒も無駄にするな、そんなことを、言うかもしれない。今の俺は三限終わりでそっからバイトをして、サークルに顔を出したりして、週に一回真ちゃんを追いかける生活だ。悪くない。全然、悪くない。 駐輪場の方まで足を伸ばしてみたけれど、やっぱりそこに俺の求める緑の影はいなかった。そうだよなあ。だってここは、もう過去の場所だ。いつだって全力で走り抜けるお前が、今更ここに戻ろうなんて、言うはずがなかった。俺じゃあるまいし。
「秀徳―――――っ、ファイッファイッファイッ……」
遠くから聞こえてくる運動部の声出し。俺は今、あんな声が出るだろうか。出ないかもしれない。わからない。 だけど俺は、少しだけわかるようになったのだ。俺たちが練習をしている間、職員室では先生たちが必死になって俺たちの将来とか進路を考えていて、馬鹿にしてた鈍臭い先生だって俺たちが体育館使えるようにいつだって申請書作ってくれてて、スポーツ用品店じゃおっちゃんがいつも営業時間少し過ぎても店を開けてくれてた。家に帰ったらあったかいごはんがあった。俺が帰る丁度のタイミングで妹ちゃんは風呂からあがってて、俺はいつだってすぐに風呂に入れた。風呂から出たその瞬間に肉が焼けてた。あったかい食べ物は全部あったかいままだった。朝おきて引き出し開けたら、そこには絶対に選択済みの下着とTシャツと靴下があった。何にもしなくても部屋の床に埃なんて溜まってなかった。俺が今必死になってやってること、真ちゃんが必死になって作ってるルーティンワーク、そんなものが当たり前に俺たちの周りにあった。
「タイムアップ、かー……」
携帯を開けば、電話をしてから三時間と十五分。俺は初めて、真ちゃんを見つけられなかった。けれど、見つけられなかったと電話をするのもためらわれて、「悪い、無理だった」と一言メールをしたためて送信する。冷静��考えれば俺が悪いことなんて一つもないような気がするけれど、まあ、気持ちの問題だ。見つけられなかったのは、確かなんだし。
「帰るか、ね」
今から真ちゃんの家に向かうこともできたけれど、それはきっとルール違反だろう。俺は自分のアパートへ帰るべく、駅へと向かう。夕日はもう沈んでしまった。背中から、まだ、後輩たちの叫び声が聞こえてくる。 悪くない、全然悪くない。 大人になるのは寂しいことだと、あの時の俺は信じていた。リアカーを壊して、思い出を捨てて、バスケをやめて、学校の友達ともほとんど連絡を取らなくなって、生きるのに必要なことだけ手に入れていくのはとても寂しいことだと思っていた。だから未練がましく、あの日、ポケットを膨らませていたのだ。 ただ、そう、実際生活してみれば、案外そんなこともない。沢山のものを捨てて見つけた世界は、思っていたより優しかった。沢山のものを捨てたから、それまで俺がいた世界が、とても優しいものだったのだと気がつけたのかもしれないけれど、もしそうなのだとしたら、それは本当、悪いもんじゃなかった。真ちゃんは、いないけど。
     ◇
「遅かったな」 「……へ? うそ、真ちゃん?」 「待たせすぎだ。六時間だぞ」
玄関、いや、玄関なんて大層なもんじゃない、アパートの狭い門に寄り掛かるようにして真ちゃんは立っていた。錆びついて低い門は、もうとっくに鍵が馬鹿になっていて、ろくに閉まりもしない。郵便受けだって錆びているからぎこぎこと音がする。 まあ、今時、どうでもいいチラシくらいしか郵便受けには入らないのだからあまり不自由はしていないのだけれど。って、違う、違う、そんなことを考えている場合じゃない。意味がわからない。真ちゃんがいる。
「なん、で、こんなところにいるの……」 「なんでも何も、俺が行きたい場所に行くと言っただろう」
まさか六時間待たされるとは思わなかったがな、と真ちゃんは呆れたような溜息をつく。六時間って、お前、まさか六時間ここに立ちっぱなしだったわけ。不審者として通報されててもおかしくない。いや、そんな通報してくれるような甲斐性のある住人は多分この近辺にはいないのだけれど。っていうか、そうじゃない、そうじゃないだろ。きりがないからって制限時間作ったのお前だろ。なんでずっと待ってんだよ。
「お前、一体全体どこまで行っていたのだよ。もう来ないかと思ったぞ」 「いや、それはこっちの台詞っていうか、まさか俺の家とは思わないじゃん……」 「何故。俺はずっと言っていたはずだが。むしろお前はどこを探していたのだよ」 「そりゃ、いっぱいだよ」 「いっぱいか」 「うん、いっぱいあった」 「そうか」
いっぱいあったなら仕方がない、許してやろう、とふんぞり返る姿勢があまりにも偉そうなので俺は笑ってしまう。別に何が面白いというわけでもないのだけれど笑ってしまう。真ちゃんと一緒にいると、とてもどうでもいいことでだって笑ってしまうのだから仕方がない。そんな俺を見て、真ちゃんも小さく笑う。
「それで?」 「へ? それでって、なに?」 「時間に間に合わなかったのだから罰ゲームを受ける覚悟はできてるんだろうな」 「それで、にどんだけ意味がこめられてんだよ」
どうぞどうぞ、なんなりと。やっぱり俺はそんなに悪くないと思うのだが、六時間外で待っていてくれた相手に対してそんなこと言えるはずもないし思わない。おしるこ何百本おごりでも許そうと思って諦めた。惚れた弱みというやつです。投げやりになっ��俺の様子に、真ちゃんはにやりと楽しそうに笑って一言。
「お前の家に泊めろ」
     ◇
「狭いな」 「ずっとそう宣言してんじゃん」 「風呂場も狭い、台所も狭い、部屋も狭い、のに物は多い」 「わりーかよ」 「悪くない」
ただでさえでかい部屋に規格外のサイズの奴が入ってきたら、それはもう狭いなんてもんじゃなかった。極小だ。人形の部屋だ。座る場所を探した真ちゃんは見つけられなかったのか、勝手に俺のベッドの上に陣取った。わざとなのかなんなのか、いいけどね、いいですけど。一日中閉じきっていた部屋はもう夏を過ぎても蒸していて、堪えきれずに窓を開け放した。がらがらと、網戸が今にも外れそうになりながら開いていく。車輪が錆びついているのかそもそも設計的に立てつけが悪いのか、三回に一回は外れて俺を悩ませるこいつは、今回は綺麗に開いてくれた。
「ま、別に景色もよくねえけど」 「道路が見えるな」 「道路しかねえだろ」 「向かいの家も見える」 「道路沿いだからな」 「……あそこに」
俺につられて窓から身を乗り出した真ちゃんが下を指さす。そこには庭というのもおこがましい、アパートの僅かな隙間に雑草が茂っている。誰も手入れをしないから、好き放題に伸びきって、今じゃススキが揺れている。
「あそこにあるのは、お前の自転車か」 「そうだよ」
そう、そこは庭というのもおこがましい、アパートの共同駐輪場だ。駐輪場というにもおこがましいのだが、しかし実際駐輪場として機能している以上それ以外の言いようはないだろう。引っ越しをするにあたって、新しく買い替えても良かったのだけれど、ついそのまま持ってきてしまった俺の愛車。
「懐かしいな」
そう言って真ちゃんは笑う。真ちゃんは、いつからこんなに笑うようになったのだろう。そこに俺が関係していると思うのは自惚れかもしれないが、関係ないと言い切るのもまた自惚れだ。きっと、俺は関係があった。だけど、それだけじゃなくて、俺の知らない真ちゃんの生活の色んなものがきっと関係あるんだろう。
「お前、あれ、今でも乗っているのか」 「そりゃ乗りますよ。普通に乗りますよ。なんならあれで大学に行くし、スーパーだって行きますよ。お前の晩飯の材料買ってますよ」 「ああ、そうだ、夕飯、お前こんな狭い家で作れるのか」 「それは流石に馬鹿にしすぎだろ! 言っとくけど週の六日間はここで過ごしてんだからな! 俺!」 「そうだった」
お前が働いて、家賃も光熱費も水道代も食費も払って住んでいる部屋だった、と真ちゃんは笑う。何故だか誇らしそうに笑うので、家賃は親持ちだけどな、という俺の声はなんだか拗ねたように響いてしまった。それでもこいつは、立派なものだと繰り返す。俺よりももっと大変な奴なんて沢山いるから居心地が悪いことこの上ない。
「で、エロ本はどこにあるんだ」 「お前ほんっと楽しそうね」 「当たり前だ。ずっと来たかったんだから」
楽しそうに引き出しを開けるが、残念、そこには俺の下着があるだけだ。母さん直伝の下着の畳み方は、なかなか皺になりにくくてこれが主婦の知恵かと俺は感心している。まあ、真ちゃんの家の服の畳み方も、今じゃこれなんだけど。俺が教えたから。 見当違いな引き出しを次々に開けていくこいつは遠慮を知らないのかなんなのか、もっともポピュラーなベッド下にもないことを悟って残念そうな顔をした。甘い真ちゃん、一人暮らしでエロ本を隠す必要がどこにある。普通に本棚にほかの雑誌と一緒に並んでいるのだがこいつは気が付く様子がない。教えるつもりもない。
「真ちゃん、諦めろって」 「諦めろ、ということは、ないわけではないのだろう? ならば人事を尽くすのだよ」 「へいへい、人事を尽くしたいのはわかったけど、後でな」 「む」 「夕飯にしよう」
飯にしよう。完璧な食事をしよう。お前がいればそれだけで俺は腹いっぱいに幸せだけれど、腹が空かないわけじゃないんだから。
     ◇
「狭かった」
風呂上がりの真ちゃんの第一声がそれだった。そう文句を言っている割に顔は満足げなのだから腹立たしい。洗濯しすぎてくったくたになったタオルで髪を拭くこいつに、ドライヤーなんてねえからな、と声をかければ構わないと返事が返ってきた。嘘つけ。お前髪の毛乾かさねえと次の日めちゃくちゃ絡まるくせに。このねこッ毛野郎。
「真ちゃんさー、なんでこんなことしたわけ」 「別に」 「しんちゃーん」 「……お前の家に行く口実を、探していただけなのだよ」
不機嫌そうに顔をしかめながら真ちゃんは、俺にタオルを投げつける。ぼふりと顔に湿ったタオルの感触。俺の家に来る、口実。俺の家に。真ちゃんがずっと探していたもの。それは、多分、俺が探していたものと、そっくり一緒だった。
「……別に、いつ来ても良かったのに」 「お前は、嫌そうだったじゃないか」 「ああ、それは、お前がここまで来るの面倒だろうって思ってたんだって、それに」 「それに?」 「あれ見つかんの恥ずかしかったから」
俺が指さした先の戸棚には錆びたボルト。あの日の俺の膨らんだポケットの中身。しばらく首をかしげていた真ちゃんは思い当たったのか驚いた顔を向けた。
「リアカーのか」 「リアカーと、自転車の連結部分の、かな」
女々しいったらありゃしない。だけど俺はどうしても、全部捨てることができなくて、こんなものを大事に抱え込んでいる。あの日こっそり、一つだけポケットに忍ばせたそれをまだ大切にしている。
「笑う?」 「笑わない、が」 「が?」 「ずるくないか」 「へ?」 「俺だって欲しかったのだよ」
ふて腐れたような顔で文句を言う真ちゃんの、内容があまりにも予想外すぎて俺は間抜けな顔をしてしまう。何それ、真ちゃん、欲しかったの。そんなの欲しがってんの、俺だけかと思ってたのに。そんなの大切にしたいの、俺だけかと思ってたのに。
「……そういえば、今日、お前探して秀徳まで行ったんだけど」 「はあ?! お前抜け駆けばかりか。そこまでお前がずるい奴だとは思わなかった。何故俺を連れて行かないのだよ。後輩どもはどうしてた。相変わらず生意気だったか」
いや、いきなり行っても邪魔かと思って話はしてねえけど、ていうかお前探すのに必死でその余裕はなかったけど、なんだよお前。なんだよそれ。お前、そんなそぶり全然見せなかったくせに。毎日毎日忙しくて、前だけ向くのに必死ですって顔してやがったのに、そんなの、お前こそずるくねえか。
「真ちゃんってさ」 「なんだ」 「案外あまちゃんだよなあ」
俺の言葉に一気に不機嫌になった真ちゃんの機嫌を取るのは大変だった。どう��俺は親の脛をかじった世間知らずのお坊ちゃんなのだよと愚痴愚痴ぶーたれるので、どうやら大学でも言われたらしい。まあ否定はできないがそこが真ちゃんの良い所というかチャームポイントなのだから俺としてはそのままで一向に構わないのだが。
「お前のことも言ったら馬鹿にされた」 「へ? 俺のこと?」 「お前が家に来て飯を作っていく話をしたら、通い妻かなんかかよ、そいつもかわいそうだなとかなんとか、他にも色々」 「あー、うん、まあ、そんなもんだろーな……」
むしろ気持ち悪がられなかっただけ僥倖だと思うのだが、その回答はお気に召さなかったらしい。別に俺が通えと言ったわけじゃないのに、というのはその通り。
「だから俺も通うのだよ」 「いやその発想はおかしい」
堂々と告げた内容はあまりにも頓珍漢だ。っていうかこの狭い家には何もない。テレビだってろくに映らないし録画はできないし、クーラーは効かないし多分暖房だって効かないだろう。布団だって敷けないし、風呂だって手足を伸ばせない。
「それがどうした」 「真ちゃん、衣食住の充実って言葉があってな」 「どうでもいい。ここにはお前がいるんだろう」
だったらそれでいい、とこいつは言う。その言葉の意味をわかっているんだろうか。どうせ、わかっちゃいないくせに、馬鹿な奴。本当に、馬鹿な、大馬鹿野郎。
「お前がいればいい」
わかっちゃ、いないのは、俺の方だったんだろうか。
「すっげー熱烈なプロポーズね」 「本当のことなんだから仕方がないだろう。諦めろ高尾、お前のために俺の木曜は全て空けてあるのだよ。言っておくが、他の奴にここまでする気はない」
知っている。知っているとも。お前が、必要な時にしか人に頼らないことくらい。必要がなければ、誰かに連絡なんてしないことくらい。お前の毎日のルーティンに組み込まれることの意味くらい、俺はとっくにわかっていたのだ。
「それなんだけどさ、真ちゃん」
良かったら、金曜の午前も空けてほしいなと、そう告げたら真ちゃんは首を傾げた。後期授業は考慮しよう、とわからないまま頷く真ちゃんを抱きしめて、そのままベッドに倒れこむ。あたたかい。ごつい。でかい。好きだ。あーあ、好きなんです。さっき食った夕飯の食器は、まだ流しに放置したままだ。だけど今日くらい、いいだろう。
「真ちゃん、ちょー好き、残念ながら、マジで好き」 「残念ながら俺もだな」
笑っちまう。俺の家は本当に狭いから、くっつく口実なんていくらでもあるんだ。
     ◇
「おーい、真ちゃん、十時だぜ。起きねえと、三限間に合わねえんじゃねえの」 「腰が痛い……」 「真ちゃんが魅力的だったからつい」 「お隣さんが凄い壁を殴っていたような気がするのだよ……もうしばらくお前の家には来ない……、というかお前、俺が金曜三限からにして以来調子に乗ってるだろう」 「ごめん」 「否定しないのか!」 「事実は否定できねえから……」
朝食を差し出せば、真ちゃんは億劫そうにベッドの上でそれを受け取ってそのまま食べる。まあ随分だらしなくなったことで。まあ、相変わらず栄養バランスにはうるさいのだけれど。一日二日乱れるくらいは何も言わなくなった。俺の腹がたるんだらお前のせいだからなと、せっ��と俺の飯を食っている。いいことだ。
「あー、また一週間真ちゃんに会えねえのかよー、ちくしょー」 「仕方ないだろう。学業をおろそかにするわけにはいかん。日々の予習復習、自主学習もろもろ、他のことを加えれば遊んでいる暇などないのだよ。 「そりゃそうかもしれねえけど! 土曜にも講義入ってて日曜が実験で潰れてってホントねえから! お前それ部活ぐらい拘束時間なげえだろ!」 「やりがいがあるな」 「その顔滅茶苦茶腹立つわ」
俺の部屋の引き出しから、こいつの服を取り出してぶん投げる。ベッドの上に散ったそれを適当に身に着け始めるこいつは余裕の表情だ。本当に、腹立たしい。
「へいへい、その間に俺はバイトにサークルにバスケに忙しくさせていただきます。へへ、この前ついに真ちゃんのこと抜きましたし? エース様の座が俺に渡る日も近いんじゃねえの? エース高尾の誕生だぜ」 「まだ一回だろう。調子に乗るなよ」 「悔しいなら悔しいって言っても良いんだぜ、真ちゃん」 「次はぶちのめす」
おっかねえなあと肩をすくめる間に真ちゃんは支度を終える。俺も支度が終わって戸締りをする。火の元、水道、窓。完璧だ。真ちゃんと一緒に家を出て、チャリで駅まで送っていく。俺の大学へは遠回りだけど構わない。最近真ちゃんは、二人乗りを覚えた。滅多にやろうとしないけど。俺も真ちゃんも寝坊した時、ダメもとで提案したら了承したのだ。あの緑間真太郎が、悪くなったものである。それは多分俺のせいで、そして俺以外のせいでもある。そんなもんだ。悪くない。
「で? 俺の家にはしばらく来ないわけ? じゃあ次はどこ行くの?」 「そうだな」
変わることが怖かった。失うことが怖かった。だけど案外世界はそのままで、真ちゃんは変わらずに俺の隣を悠々と歩く。リアカーにひかれていた時と変わらずに、堂々と、傲岸不遜に、楽しそうに歩く。俺はゆっくり自転車をこいでいる。
「お前がいれば、どこでもいい」
色んなことを捨てました。沢山の粗大ごみを出しました。大切なものも捨てました。だけど実は、こっそりちょっと、取っておきました。悪い大人でごめんなさい。だけど世界は、案外こんな俺たちを許してくれたりしてるのだ。お前がいればそれでいい。お前がいるからここでいい。お前がいるからここがいい。次はどこでお前に会おう。どこでもいい、この寂しくて厳しくて優しい世界。次はどこでお前に会おう。
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mashiroyami · 7 years ago
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Page 74 : コミュニケーション
 漆黒を残してビルディング群の向こう側へと太陽は完全に去っていった。頭上から道を照らす人口の灯火はちかちかと不規則的な点滅運動を繰り返していて、どこか頼りない。管理が行き届いてないんだと真弥は言う。人間に放っておかれた道具はゆっくりと時間をかけて力を失い、朽ち果てていくだけ。無数の窓から放たれている室内灯の大群や派手なネオンの広告が目に焼き付く情景を思い出すと、華美とは正反対の枯れた静寂に違和感を抱かざるを得なかった。けれど、そういうものなのかもしれない。クロはひとり自分に納得させる。どんな場合でも何かしらの死角がある。手の届かない隙間には埃がたまっていくものだ。首都も例外ではない。きっと、それだけの話。  アパートから歩いてすぐ辿り着く場所にピザを売っている店がある。真弥がクロと圭を引きつれてやってきたのは、そこだ。  セントラル北区のカラーである住宅区らしく道沿いを埋めるようにマンションやアパートが立ち並ぶ中で、息を潜めてこじんまりと構えている小店だったが、扉を開いてみれば彼等と同じく夕食を買いに来ている客で店の中は賑わっていた。闇夜の中で煌々と輝く店内はそこだけ陽だまりになっているかのようで、食欲を刺激する濃厚なピザの香りと雑多な明るい声で満たされていた。きらきらと輝いているような温かな照明が闇夜に慣れた目には眩しく焼き付くようだ。  一ホール頼むことも勿論できるようだが、木でできた見世棚に並べられたカラフルなピザはそれぞれ切り分けられていて、透明なケースで蓋がされている。好きなものを選んでトレイに乗せていく形式が基本らしい。奢るから遠慮しないで食べなさい育ち盛りの青少年。真弥があっけらかんとそう言い放って自由��泳がされた青少年二名。圭が目を輝かせピザに釘付けになっている横で、クロは目を右往左往と動かして圭についていっているような状態だった。 「なあなあ、トマトならどれがいいかな! やっぱりこのマルゲリータかなあ、この店で二番目に人気だって!」 「結論ついてるならそれにすればいいだろ」 「いや、でも、ハムとかチキンとか大量に乗ってるあれも気になるんだよ」 「もうどっちも買えば? どうせ一枚だけのつもり、ないんだろ」  明らかに興味が無さそうな受け答えはあてにならない。ちゃんと考えてくれよ、と口を尖らせながら、圭はトマトベースのものが並んだ一角を前に悶々と悩む。その最中、肩を落として溜息をついたクロの様子に視線が動く。 「クロは何にしようとしてんの?」  一度自分の迷いを棚に上げて圭が尋ねる。 「いや、別に、俺は何でもいいんだけど」 「けど?」 「……大したことじゃないから」  誤魔化そうとするクロを前に、圭の眉間に皺が寄る。目の前で淀んだ言い草をされるのを圭は特に好まない。 「なんだよ気になるじゃん。大したことないなら別に言ったって問題ないだろ!」  ああ、面倒臭い追求だ。無意味に隠そうとすればすぐに食いついてくる。圭はそんな奴だった。クロが大きな溜息を吐いた瞬間、ピザをとるヘラが目の前に飛び込んできて反射的に身が震えてしまった。 「旨いもんの前でむやみやたらに溜息を吐かない! 飯に失礼だ!」  鋭い指摘。視線を横にずらしていくと、クロをまっすぐ睨みつけている圭の顔にぶつかった。クロはまた大きく息を吐きそうになったが、寸のところで止める。 「……あいつは」 「あいつ?」 「何が、好きだったっけ、って思ってただけ」  クロが何のことを指してるのか数秒思考して、思い至る節にぶつかった。その瞬間、圭の顔がゆるまっていく。  ああ、なるほど。それはつまり。 「ラーナーの喜ぶ顔が見たいけどそういえばラーナーの好みをよく分かっていないことに今ようやく気がついて焦ってどうしようどれなら好きなんだろう喜んでくれるんだろう、というやつか!」 「そこまでは思ってない」  忙しなく動いた舌のなんと軽やかなことだろうか、クロは低い声で応戦する。 「またまたあ、お前も可愛いとこあるじゃん」 「そういうのじゃなくて、だから……ああ、もういいや」 「そういうのってなんだよー、どういうこと俺が思ったって?」 「もういいって言っただろ!」  にやけた表情で顔を覗き込んでくる圭から逃げるように、クロはその場から足早に立ち去ろうとする。からかう素振りが気に入らなくて、無性に腹立たしい。同時に急に顔が熱くなってきていて、胸の奥が引っかかれているようだった。  ごめんごめん、と圭が笑いながらクロを追いかける。謝罪の言葉は上っ面だけで、反省の欠片も見えない。気に入った玩具でも見つけたような笑い方。全く、こっちは真剣だというのに。先程の圭に対する自身の態度は棚に上げ、クロは圭を見ないようにわざとらしく視線を上げて���りを見渡す。相手が低身長だというのはこういう時に便利だった。  そこで、多忙に声をあげながら店員が手を動かしているレジカウンターの隣に立つ真弥の姿を視界に入れた。  真弥はよく足を運んでいる常連らしく、一人他の店員とは違うデザインの制服を着た――安易な発想だが、店主だろうか――中年男性と談笑している様子が認められた。一体どんな内容の話題を膨らませているのか、騒がしい店内では聞きとることができない。けれど真弥の表情は非常に和やかなもので、相手も同様であった。真弥の持っているプレートに男性が破顔しながらどんどんピザを乗せていって、真弥は少し困ったような素振りを見せながら、けれど笑っている。その日常の切れ端を垣間見ただけでも、打ち解けた仲であることは容易に想像できた。そういう空気を纏っていた。森の中に生える一本の木のように、なんの違和感なく空気に馴染んでいる真弥の姿は、クロの目にはやたらと印象的に焼き付く。意識して見つめていると、不意に自分が置き去りにされているような感覚に襲われた。ざわめきの中で浮き彫りになる、自分というかたち。耳から遠のいていく笑い声。  腕から力が無くなっていく最中、突然背中を叩かれる。衝撃は決して強いものではなかったが、驚きが全ての思考をはねとばした。濃厚なチーズの香りが鼻孔に同時に蘇ってくる。彼の中で消えていた周囲の声が息を吹き返して一気に降り注ぐ。 「なにぼーっとしてんだよ。人の話聞いてんのか!」  真弥に気がとられて、すっかり圭のことは頭から飛んでしまっていた。怒っているようだが、隣にいたにも関わらず圭が発していたらしい言葉をどうしても思い出すことができない。 「聞いてない」 「そういうところは正直だな、まったく……」  諦めたように圭は肩を落とし、再びクロを見上げる。 「俺はやっぱり無難なのは人気なものかなって思うんだけど」  何が、と尋ねようとしたところで、ラーナーに何を買って帰るべきか悩んでいたことを思い出した。圭は店が提示している紹介タグを頼りに候補を挙げていく。自分が他のことに気を取られている間に真面目に考えてくれていたのだと気付くと、申し訳無さが沸き上がってくる。 「ほんとなんか、知らないわけ。なんだかんだ二ヶ月くらいは一緒にいるんだろ?」 「うーん……」  クロの視線は自然と落ちる。圭からは呆れたように苦笑が漏れた。 「お前さ、笹波白とか俺達の仲間とか黒の団の情報とか集めるのもいいけど、目の前の情報を手に入れる方が先なんじゃね? ほんと他人に興味無いのな」 「うるさいな」  声は濁っている。裏表の無い言葉は軽くとも時折容赦なく的を射るから、油断していると身構える前に胸に突き刺さってくる。相手に悪気はなくても。つまり、図星だった。同じようなことをアランにも言われたことを思い出す。他人のことを知ろうとしていない��わかっていないと激しい怒声で揺さぶられた道中の記憶が脳裏にちらつく。  他人に対して自分の姿勢に問題があるのは間違いないのだろう。気持ちを読み取ろうとする意欲も欠けている。 「あいつ、なんでも食べるから。……分かりづらい」 「大事だぜ、コムニケーション」  聞き間違いか、圭の発した単語に違和感を抱いたが、クロには言い返す言葉もない。  なんでこんな話を圭としてるのだろう。情けなさが湧き上がってきて、クロは肩を落とす。ラーナーが倒れてアランに連絡したときもそうだ。彼女が関わると、自分ひとりでは匙を投げてしまう。答えを求めるように誰かに縋る。いつの間に、自分と誰かを繋げている糸がこんなに強く纏わるようになったのだろう。 「じゃあ、逆に嫌いなものとか」 「嫌いなもの」  反復すると、脳内の端っこで何かがちらつく。引っかかりを手繰りよせると、自然と眉間に皺が寄る。何かが、思い出せそうだ。その正体を判明させようと思考を回転させる。頬を綻ばせて食べている表情で、何かを言っていた。会話をしていた。そう遠い過去のことではない。昼下がりの、たくさんの人の声とジャズ音楽。サンドイッチ。穴を掘っていくように外側から記憶の断片を繋いでいくと、思い至る節に突き当たる。思いついた瞬間閉じ込んでいた心に涼風が吹きこんだ。 「ピーマンが駄目だって言ってた」 「お、有用。じゃあピーマンが乗ってそうなやつはやめよう。……って、そんなに無さそうだけど」  からからと笑うと、つられてクロの口元も僅かに緩む。  夜はますます深まっていく。店主との談話を終わらせてやってきた真弥に急かされて、夕食を選ぶのにそれからそう時間はかからなかった。  結局、無難に人気なものを数種と、ウォルタ出身ということで海鮮物は好きなのではないかというふと思いついたクロの安直な予想のもとシーフードのピザを選んで、ラーナーへの土産となったのだった。
 *
「あそこのピザは美味しいんだ。店長もいい人だし。いつ行っても明るくてね」  軽い足取り、軽い口ぶりで帰路を辿る。道を歩く男三人の手には平たい箱の入った袋がそれぞれ入っていた。相変わらずふらふらと点滅している外灯の下を潜り抜けていく。 「近所に旨い食べ物屋があるっていうのは幸せだと思わないか。あのピザ屋があるから今のアパートに定住しているようなものだよ」  隣を歩くクロは目線を上げる。  まるであの店が真弥とこの地を結び留めている綱であるかのような物言いだとクロには聞こえた。勘繰りすぎなのだろうか。そうでなければ今すぐにでもここを出て行くのに、と言葉にならない部分が含んでいるかのようだった。けれど、生活に大きな不満を抱えているようには見えない。彼は、彼なりの良き生活を手に入れているのではないのだろうか。首都に溶け込んで、そんな真弥を見ていると、クロの心にちくりと針を刺したような痛みが走る。どこかで感じたことのある痛みだ、すぐに、リコリスでルーク家に優しく包ま���ている圭の姿が頭に浮かび上がってきた。その本能的な感覚が、感情が、一体何を示しているのか。自分のことなのにひどくぼんやりしている。  そういうことばかりだ。自分のことも、他人のことも、よくわからない。真弥のことも、よくわからない。 「意外でした」 「何が?」  振り返った真弥の表情は不思議そうに笑っている。 「いや……普通に生活してるところというか、馴染んでいるところが」 「ああ、わかる。クロとはちょっと違った雰囲気で、一匹狼でいそうだって思ってた!」 「何それ、俺そんなに孤独なイメージあったの?」  真弥は苦笑を浮かべる。 「そういうつもりじゃないですけど。なんていうか」考えを整理するように一呼吸を置いてから、クロは再び口を開く。「普通の人みたいだって」 「そう見える?」  試すように彼は改めて問いかける。  濃厚に凝縮された熱を閉じ込めた袋が、歩く度にがさがさと音を立てる。静寂に浸った夜の中ではやたらと耳を突く音だった。 「お前等にそう見えたなら、及第点かな」  返答を待たずに言い放ち、真弥は満足そうな表情を浮かべた。 「クロや圭はどうしてたわけ。あの時に解散したはずだけど、なんでまた一緒にいるんだろうなって思ってたんだよね。二人ともずっと旅してるのか?」 「違う違う。俺はついこないだからクロに合流したんだ。それまでは、リコリスに」  即座の圭の返答に、真弥がへえと声をあげた。 「リコリス? ……っていうと、どこだっけ。アーレイスだよな」 「わかんないのかよ、ひでえな。アーレイスだよ。李国との国境に沿って、山脈があるだろ。そのあたり」 「大雑把すぎてあんまり場所がぴんとこないよ。まあ、それはまた辺鄙な所に」 「山奥だから分からなくたってしょうがないけどさ。あまりに田舎だから、ずっといても黒の団の影一つなかったんだ」 「はは、それはいいや」 「だろ? いいとこなんだ」  自慢げに胸を張る圭。無意識に零れる無邪気な笑顔。  その裏側にある淋しさは見せないように振る舞っている。  真弥はふと口を開ける。でも、と何かを言おうとしてしかし引っ込めた。尋ねようとして野暮な問いだと気が付いたのだ。ならば今どうしてここに。昔に比べて明るくなった性格、彼をそうさせた環境。僅かな会話からも感じ取れる、圭がリコリスに抱いている愛情。平穏な場所を飛び出した理由は、どうせ、黒の団に繋がっていく。真弥には容易に想像できた。思い出が美しいほど、汚れた記憶は顧みたくないものだろう。 「じゃ、クロと圭が再会したのは、リコリスか?」 「そう。クロから来てくれたんだ」 「よく居場所が分かったな。黒の団だって掴めなかったんだろう」  真弥の視線は圭からクロに流れていく。会話の相手に指定されたクロは目を俯かせて淡々と応える。 「昔ポケギアで連絡先の交換をしてたのが残ってたので。幸いにも、お互い捨ててなかったから」 「ポケギアって、まさか、あの?」  驚きに上ずった声に、クロは頷く。真弥の目はぐんと丸くなる。 「よく捨てなかったな。俺は気色悪いし今は新しいのにしてるよ」 「そりゃ、俺だってできるなら捨てたいですけど……便利なのも、事実ですから」 「同じく」  だって仕方がない。圭は両手を開いておどけたポーズをとってみせた。  気持ちが悪いというそのポケギアが、クロと圭を繋ぎ直して、アランや他の誰かと繋げていく。重要なツールは身に馴染むと簡単に手放すことが出来ない。クロは左手にピザの入った袋を持ち替えて、右の腰につけてあるポーチからポケギアを手に取った。小さな傷が無数に刻まれた、闇夜のような黒色のボディ。懐かしいな、とそれを見た真弥は呟いていた。溜息を共に吐くような感慨の籠もった声であった。 「……圭に会いに行ったのには、何か理由があるんだろ」  ポケギアを定位置に戻した後、不意打ちの発言に、クロの手が止まる。 「よくわかりましたね」 「わかるよ。山脈付近なんてそう気軽にいける場所じゃないんだし、なんとなく話をしたいだけならそれこそ電話で出来る」  妙に察しがいい。クロが次の言葉を探っている間に、次々と真弥からは問いが浴びせられる。 「何をしようとしてるんだ? 他の奴はどうした」  クロは口を閉じ、考え込む。回り込んでこずに直球で真ん中に投げてくる。隠す理由も特に無い。どうせ、真弥にも持ちかけようとしていた話題だ。まさかこのタイミングで話すチャンスがやってくるとは考えていなくて、不意を突かれただけだ。クロは細く息を吸って続けざまにゆっくりと吐き出す。 「真弥さんにも言おうと思ってたんですけど」  無意識にクロの声はいつもに増して小さな声になっていた。  軽く周囲を見回す。何を言おうとしているのか、同じようにリコリスで話を持ちかけられた圭には簡単に予想できた。クロにつられるように彼も周りに人影が無いことを確認する。  それからクロは真弥に顔を近付け、遠くの誰かに聞きとられないよう慎重に口を開いた。 「俺、黒の団を、倒したいんです」 「へえ」  口の中で転がしただけのような小さな声に、即座に相手の声のトーンが上がる。真弥の興味を引いた。クロは手応えを掴む。 「それはまた、物騒で抽象的な目標だ」 「圭にそれに協力してほしくて俺はリコリスに行きました。まずは信用できる仲間がほしかったから。他の皆はまだ何も分かっていない状態です」 「……それで首都に来たと。ここなら何か分かるかもしれないって」 「それだけではないんですけど……はい。それに、真弥さんが首都にいるかもしれないという噂は聞いていましたし」 「ふーん」  ふと真弥の足が止まり、それに合わせてクロと圭も立ち止まる。いつの間にか、彼等は真弥の住むアパートの目の前へとやってきていた。すっかり暗闇に包まれた住宅街では、点々と窓から零れている光が人の気配を感じさせる。真弥の住む部屋も、ラーナーやノエルの存在を示すように明かりがついている。  真弥はクロ達の方を見ず、考え込むように口を紡いでいた。 「真弥さんにも、協力してもらいたいんです」  崩れなかった柔和な笑顔は今は影に潜み、固くなった表情で地面に視線を落としている。返答が来る気配はない。  多分、もう一歩だ。クロは姿勢を前のめりにさせる。 「黒の団の行いは、真弥さんもよく解ってるでしょう。もう、終わらせたいんです��全部。団員も、秩序も、実験も、全て壊す。そうしないと、いつまでも俺達は本当の意味で自由になれない。そう、思いませんか。それに、旅の最中でも黒の団の理不尽な行為を目の当たりにしてきました。直接的には無関係なのに傷つく人も見てきました。リコリスで圭が世話になった家族も、圭を匿った事実がある以上、黒の団がいる限り安全とは限りません。あいつは……ラーナーは、家族を黒の団に奪われた」 「……そうだな。ニノも」  ほつりと落とされた呟きは風に溶ける。癒えることのない古傷が痛んだように、強気に強張っていたクロの表情がニノの名前に歪んだ。 「ラーナーは、ニノや父親のことを知りません。自動車事故だと報されてる」 「そうか……」  項垂れていた真弥の頭がゆっくりと上がり、視線は遠くの空へと向く。しばらくそのまま考え込むように無言を貫いた後、そうか、と繰り返した。そして、クロの方に顔を向ける。 「複雑だな、クロ」  疲れたような浅い笑みから滲み出た声に、クロは応えることができなかった。  そこにいる誰もの身体の奥にあるそれぞれの傷が、痛む。  真弥は息を吸い込んだ。落ち着かせるように、深く。 「それにしても、打倒黒の団ってやつか」重量のある感情を払いのけたように、真弥の声は軽くなっていた。「考えておくよ、前向きに。面白そうだからさ。ただそれより今は、夕飯の方が優先だ」  話題を転換させて、真弥はまた元のように穏やかな笑みを浮かべた。  消化不良と言いたげにクロは顔を顰めたが、深追いはしない。したところで、躱されるのは目に見えている。誤魔化し躱すことが得意で飄々とした彼だからこそ、真面目な顔をして吐きだす言葉には本心がより滲み出ているようだった。  複雑だと言い放った真弥の渇いた笑みに滲んだどこか悲しげな顔は、クロも圭も殆ど見たことのない顔だった。  一行が真弥の部屋に戻ってくると、窓際に立ちポニータの頭を撫でているラーナーの姿がまず彼等の目に入る。見回りを支持されていたアメモースも戻ってきており、ポニータの火に照らされて空中で羽ばたきを続けていた。彼女の足元にはエーフィやブラッキーも揃っている。囲むように旅を共にしているポケモン達が並んでいた。 「これは壮観だ」  思わず感嘆の声をあげる真弥。帰宅した面々は持ち帰ってきた食事をテーブルにそれぞれ置く。  ブラッキーが耳をぴんと立てて真弥を見やる。遠くのものを目をこらして見つめようとしているように赤い瞳は尖る。睨みつけられている真弥は苦笑いを浮かべた。やがてブラッキーはラーナーの傍を離れ、庭へと飛び出す。 「ブラッキー!?」  慌ててラーナーは身を外に向けたが、いつものアメモースのように遠くへいくような素振りは見せない。正方形に区切られた真っ暗な草むらの中で、黄色い輪が浮き上がるように光る。草同士が擦りあっている音はやがて沈黙する。その場に座り込んだらしい。 「あれニノのポケモンだよね。俺、昔からあのブラッキーには嫌われてるんだ。基本的にポケモンには好まれないんだけど」  真弥は諦めるように肩を竦めた。  その横で圭が率先してピザの箱を開いていた。蓋を開けた瞬間、店に満たされていた香りが褪せずに溢れ出す。その香りはすぐにラーナーの鼻にも届き、空腹感が擽られる。表面に乗った油分が照明を照らし返して光っており、生地はふっくらと焼けている。今にも蕩けていきそうなチーズは、まだ乾燥せず温かさが残っている。  ラーナーは庭から離れクロ達の元へと集まる。本日の夕食を目の当たりにして、抑えきれない興奮が歓声となり湧き上がる。 「すごい。ピザなんて、本当に久しぶり!」 「俺のおすすめ。ホールも買ってあるし、これだけあれば腹いっぱいになるでしょ」  次々と箱は開かれていく。計五箱。それに新鮮な野菜が詰め込まれたサラダや柔らかく揚げたばかりの山盛りポテトといったサイドメニューの詰め合わせ。一堂に集まっている人数に対して、少し多すぎるくらいだ。 「これ、ノエルさんの分も含まれているんですよね?」  想像を遥かに上回って大量に用意された御馳走に圧倒されラーナーが尋ねると、勿論と真弥はすぐに頷く。 「あいつも好きだからね。残しておけば夜中にこっそり食べるよ。全く、出てこればいいのにな」 「真弥さん、それより早く食べようぜ。俺もう腹減って死にそうだ!」  真弥がノエルに対して憂いているのを気にも留めていないかのように圭は訴えかけた。トマトソースの赤とチーズの白が鮮やかに分かれたマルゲリータに既にその手は伸びている。  食欲を我慢しようとも隠そうともしない圭を前に、ラーナーも真弥も一瞬ぽかんと面食らう。やがて、真弥は胸の奥からふつふつと湧き立ってくるように、身体を震わせるように笑った。 「ははっそうだな。それが大事だ。よし、どんどん食べろ!」 「お言葉に甘えて!」  よしと命じられた飼いならされた動物のように、圭の手はピザを掴んだ。それに続く様に、各々好きなものを手に取っていく。濃厚に味付けされたそれらはまだ焼き立ての熱気を含んで膨らんでおり、ひとたび口の中に入ればあっという間に味覚を豊かに刺激する。歯が具を潰すたびに程よい油と熱が破裂して満たしていき、各口を緩ませた。 「美味しい……!」  心底幸せそうに頬を蕩けさせて、海老や烏賊といった海鮮物が豪快に乗ったピザをゆっくり噛みしめているラーナーの顔を横目に、クロはこっそりと胸を撫で下ろすのだった。 < index >
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magicrazy0808 · 8 years ago
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RWコピペbotまとめ
RW関連 ツイッターに流したコピペbotまとめ
ウルトラ自分向け
以下コピペ
虚「のりつっこみ?ってなんですか」 厄「騎乗位じゃね?」 虚「きじょ……なんですか?」 厄「あ、教えてあげよっか?とりあえずあっちの部屋で」 顎「覚悟は出来てるな」 厄「待って」
厄「あぎたんに『キで始まってスで終わるものなーんだ?』って聞いてみたら『貴様を殺す』って即答されて、速攻で200m逃げた」
顎「凶悪犯に対してエイヂが『暴力じゃ何も解決しねえんだよ!!!』と叫びながら殴り掛かっていったんだが」
虚「UGNで合同作戦会議があったんですけど、厄師丸さんが別チームの女の子にセクハラして泣かせてしまって中断しちゃって。 顎多さんがキレて椅子蹴っ飛ばして『表へ出ろ』、厄師丸さんも応酬して『上等だよ』って言って外に出たんですけど、そこで顎多さんは扉締めて鍵掛けてました。 外からは厄師丸さんの『オ゛ォォイ顎多テメェこのクソアマァ!!!開けろボケぶッ殺してやる!!!』っていう罵声が……後でUGNの人に連行されてました。 あ、顎多さんは振り向いて二秒で『それでこの資料の続きなんだが』って通常運転に戻りました 」
顎「風が強いな」 虚「私のほうが強���です!」 顎「うん」
厄「えいちゃんから『最近カノジョの機嫌がちょっと悪くてさ~』ってライン来てて、寝落ちして無視っちゃってたから慌てて返信したら『悪い、寝取った』って送っちゃって、それで今窓の外から姿の見えない殺気を感じてるわけなんだけど」 
虚「ひじきとこんにゃくの煮物を作ってみたんですが、いまいち……不味くないんですけどおいしくもないんです、おいしい煮物が食べたいです」 顎「鷹の爪を少し入れてみたらどうだ」 虚「なるほど! ……エイヂさーーーん!!!」 顎「違う」
厄「こないだあぎたんと無線で喋ってて、ちょっとセクハラっぽいこと言ったら『ん?何だ?悪いな、よく聞こえなかった。もう一回、言えるもんなら言ってみろ』って言われて、振り向いたら心臓の位置にレーザーポインターが当たってたときの話する?」
エ「自販機で珈琲飲もうと思ってボタン押したら隣のお茶が出てきてさ。じゃあお茶押せばいいのか、と思って押したらお茶が出てくるじゃん。そこにちょうど顎多が通りかかったから『あのさあ、この自販機お茶押したらお茶出てくんだよ!』ったらすごい目で見られて、あの!!!! 俺そこまで馬鹿じゃないから!!!!」
顎「面子で鉄板焼きの店に行ったんだが、店員の『お肉はどのように焼きましょうか?』に対してエイヂが『死なない程度に!』とか答えるもんだから厄師丸が乗っかって『野性的に激しく、かつ憐れみを持って』とか言い出すし、爛崎は『なるべくかわいく』とか言う」 
厄「あぎたんさすがに胸なさすぎじゃない? リポビタンでもDあるのに」
顎「俺が家で冷えてるからクリアアサヒが代わりに現場出てくんねえかな」
虚「この世でいちばん美味しいものって何でしょう?」 エ「人の金で喰う焼肉~~~~」 顎「仕事上がりの一杯」 厄「他人の弱味」
厄「貧乏ゆすりするより金持ちゆすったほうが得じゃない?」
顎「まあ……この件に関しては、胸にしまっておこう」 厄「どこにあんだよ胸なんか」 顎「…………(静かに虚子を指差す)」 虚「しまう……んですか!? 私の胸に!?」
厄「余計なこと思いついた!」 他「「「そのまま黙ってろ」」てください!」
虚「顎多さんちに行ったときに、部屋の中が暗かったので、電気つけないのかな~と思って『顎多さん、暗くないですか?』って言ったら『元々こういう性格なんだ……』って言われて違うんです! そういう意味ではなく!」
エ「厄師丸がめちゃくちゃうっちゃんにちょっかい掛けてて、ついに『静かにしてください!』って怒鳴られてたんだけどその程度で引く奴じゃねえじゃん、『はあ? 呼吸するなってこと? 心臓も動かすなってこと?』とか言い出してやべーこれガチの喧嘩になるなと思ってたら、顎多が通りかかって一言『生命維持に集中しろ』って一喝して去っていった」
顎「爛崎が初めてうち来てコタツに入ったとき『悪魔が人間を堕落させるために造り出した道具にしか思えません……!』とか言ってて笑った」
厄「例えばさあ、あぎたんが煙草吸ってたらどう思うよ?」 虚「煙草になりたいと思います」 厄「そういうアレじゃなくて」
厄「人間は大きく二つに分けることができるよね。剃刀(コレ)で」 顎「通報」 厄「待って」
エ「春先で制服の上からガーディアン着てる女の子めっちゃ可愛くねえ!?」 厄「強そう」
顎「爛崎、雷が落ちそうだから気を付けろよ」 虚「大丈夫です! 厄師丸さん(188cm)がいるので!」 厄「いえ~い」 ドヤ顔 顎「避雷針にされてんだよ……」
厄「あ~なんか今日カツ丼食いてえな」 顎「通報」 厄「まじホントちょっと待って」
厄「うっちゃんがめっちゃ短いスカート穿いてたから『見えちゃうぞ~』つったら『大丈夫です! スパッツ履いてますから!』とか言いながら目の前でスカート捲ってきたわけ。そしたらスパッツに『残念だったな』って文字が印刷されてて……何それ……どこで買ったの……つーか俺にそれ見せるために買ったの!? と思ってブランドのタグ見せてもらおうと思ってスカートに潜り込んだところから記憶がなくていま医務室の白い天井を見つめているところなんだけど」
虚「おいしいシチューのつくりかた~! まずオリーブオイルを用意します!」 エ「それを飲む!」 虚「にが~い! 全然おいしくなかったですね! おわりです!」 顎「なんで誰も止めねえんだ」
虚「女の子は『俺のことどう思う?』って聞かれるとキュンとくるらしいですよ!」 エ「マジで? 俺のことどう思う?」 虚「ぬふー! ちょっときました!!」 顎「爛崎、俺のこと……どう思う?」 虚「た、たはーーー!! ありがとうございます!!! 神です!!」 厄「うっちゃん、俺のことどう思う?」 虚「髪切ったらどうですか?」
虚「厄師丸さんは地上何階から落ちたらリザレクトするんですか? これってトリビアになりませんか?」 厄「なんかうっちゃんが急に殺意高いこと言い出した、俺なんかやったっけ?」 顎「こないだテメーが3階から落ちたのに無傷だったから言ってんだよ」 厄「あれは俺もビビった」
エ「まず俺がニュージェネが研修受けてる会議室に飛び込んで『お前ら! 早く逃げろ!』って言う役やるから、 厄師丸 が『そいつを訓練室に連れ戻せ。これ以上口を開かせるな』って言う役な。そしたら俺が『嫌だ! もうあの部屋は嫌だ!』って言いながら連行されるから、そこで顎多の『君たちには期待している』で締めようぜ」 顎「よし」 虚「よくない」
顎「お、雪降ってきたな」 虚「やっふー! 積もりますかね!」 エ「は、俺は雪ごときで浮かれたりしないぜ。うっちゃんと違って大人だからな。んじゃちょっと巡回に行ってくるぜ! ヒャッホゥ!」
顎「爛崎、かまくらの作り方って知ってるか?」 虚「わかりますよ! まず平家を滅ぼすんですよね!」 顎「違う」
虚「あ、あのっ……! 肉じゃが作りすぎちゃったんですけど、完食しました」
エ「カレーを一晩寝かせたつもりが起きていた……だと……!?」
顎「失せろ」 厄「ひっど、もっとオブラートに包んで言って」 顎「オブ失せろラート」
顎「とっとと視界から消えてくれねえか」 厄「は? それが人にものを頼む態度? やる気あんのか?」 顎「失礼ですが、近々わたくしの視界よりご消滅される予定は御座いませんでしょうか?」 厄「ありませ~~~~ん!」 顎「失せろ」
【避難訓練の「おはし」】 厄「お前は危険だ 早いとこ 死んでもらおう」 虚「抑えきれない……! 早く行って! 死んでも知りませんよ!」 エ「俺はお前を 離さない! 死なせない!」 顎「お前ら はしゃぎすぎると 死ぬぞ」
エ「顎多が充電切れでビービー鳴る携帯に向かって『そうやって泣き叫ぶ余裕があるならもう少し動いたらどうなんだ?』ってキレてて心から携帯に同情した」
虚「カラオケに行ったら注文したパスタを精神的に追い詰めてしまい、やきそばにしてしまう夢を見ました」
顎「厄師丸をチームから追い出そうと思ったことは一度もないな。そのまま殉職しろと思ったことは無数にあるが」
エ「うっちゃん、ピザって10回言って」 虚「私パスタ派なんですよねー」 エ「そっかー」
顎「さっき食堂行ったら爛崎がパスタに爪楊枝振りかけたまま硬直してた」
エ「不器用すぎるせいか実は料理系のアレが全然できなくて、マキ(彼女)に『みじん切りもできないの?』ってバカにされたのが悔しくてさ、コッソリ練習しようと思ってたんだけど、さっき包丁とたまねぎ持って給湯室に立ってたら通りがかった顎多に『……それはお前が持っていいものじゃない、ゆっくりこっちに渡すんだ……』って刑事ドラマみたいなこと言われて不覚にも泣きそうになった」
厄「一方あぎたんは俺に『壁ドンって知ってる~?』って聞かれたもののなんか知らなかったっぽくて、若干困った感じで俺の胸倉を掴んで後頭部を思いっきり壁に打ち付けた前科があるよ。聞いて。ねぇ、わかんないなら聞いて。そういうネタ振りだから。」
厄「すっげー喉乾いた」 エ「バームクーヘン喰う?」 顎「カップ酒ならある」 厄「殺す気か」
エ「今からそいつを~♪ それからこいつを~♪」 厄「殴りに行こうか~♪」 顎「通報」 厄「お前らグルだな」 
厄「作戦ミスった時、あぎたんかなり苛々してたっぽくてめちゃくちゃ理不尽に当たってきたんだけど、『俺を罵って気が済むなら��れでいいよ、でもさ』って言いかけた時点でよく考えたら全部俺のせいだったからそのまま一時間ぐらい一方的に罵られ続けた」
顎「家の鍵だと思って取りだしたらヘアピンで、隣にいた爛崎に期待に満ちた視線を向けられた」
厄「ところであぎたんはマジで気になる相手とかいないの?」 顎「……いるな」 厄「え? マジで? ちなみに聞くけど俺?」 顎「よく第九会議室の南の角に浮いてる、髪の長い女」 厄「は」 顎「気が付くといるんだよな、夕方ぐらいになると」 厄「待って」 顎「たまにお前の隣にも」 厄「待って」
虚「あんまり幽霊が出るって噂がすごいので、こないだ第九会議室で悪霊を追い出すっていうお香を焚いてみたんですよ。そしたら厄師丸さんが『なんか変な臭いする』って行って会議室から出て行きました」
顎「爛崎、上からケーキ貰ったんだが」 虚「はい! (`・ω・´)」 顎「チーズ」 虚「(`・ω・´)」 顎「チョコ」 虚「(`・ω・´)」 顎「苺」 虚「+:.゜(*゜∀゜*)゜.:。+」 顎「モンブラン」 虚「(`・ω・´)」 顎「好きなの選んでいいぞ」 虚「どれでもいいです(`・ω・´)」 顎「苺をやろう」 虚「+:.゜(*゜∀゜*)゜.:。+」
顎「朝一番で『CMでさあ、キリンさんが好きです、でもゾウさんのほうがも~っと好きです、っつーのあんじゃん? あれって要するに、背の高いシュッとした男も好きだけどやっぱ結局ゾウさんが大事だよね、って意味じゃないかと思ったんだけどどうよ?』と聞いてくるような奴と組んで仕事してる」
エ「もうかなり機械壊しまくってるけど一度も機械に壊されたことはないし今んとこ無敗、つまり俺はめちゃくちゃ機械に強い!」
顎「飲み会で男を落したいなら、少し酔ったふりをして後ろから甘えるように男の首に腕を巻き付け肩から肘、肘から手首、首後部にカンヌキのように固めた反対の腕が三角形を描くように頸動脈を締め上げ、ついでに横隔膜をカカトで押さえれば10秒ぐらいで落ちるぞ」
エ「世の中そんなに甘くねえんだよ」 顎「舐めたのか?」 エ「いや、噛みついた」
虚「口裂け女に遭ったときには『ポマード』と三回言えばいい、って最近知りました。それまで顎多さんに言われた『身体の真ん中、胸の下あたりを全力で殴ればいい』っていう対象法を信じてました」
エ「会議室で突っ伏して『パスタおいしいです……』ってなんか幸せそうな寝言いいながら寝てたうっちゃんに対して顎多が『違うぞ爛崎、それはうどんだ』って囁いてた。うっちゃんは『……うどん……?』って悩んでた」
虚「道ばたに綺麗な花が咲いてたので、エイヂさんに『見てくださいこれ!』って言って持っていったら『腹減ったのか? 飯なら奢ってやるから、草は食べないほうがいいぞ、後が辛いから』と。ち、違います! 食べません!」
顎「テメーは本当に空気読めねえな」 厄「窒素78.08%酸素20.95%アルゴン0.93%二酸化炭素0.034%ネオン0.0018%ヘリウム0.00052��、風速はおよそ1.82(m/s)」 顎「そういうところだよ」
虚「エイヂさんから移動中に迷子になったって電話が来て、急いで通話をスピーカーフォンにしてみんなで地図広げたんです。『エイヂ、周りに何がある?』っていう顎多さんの問いかけにエイヂさんは『……太陽が真上にある!』って勢いよく答えて、厄師丸さんは崩れ落ちるように笑い出して脱落しました。顎多さんは真顔で『よし、アジアまで絞れたぞ』って答えてました」
エ「こんなところで終わっちまうのか……! くそ、俺にもっと力があれば……」 ?「――力が欲しいか」 エ「誰だ!?」 ?「――何者にも負けない、強い力が欲しいか」 エ「……欲しい。みんなを護るための、力が……!」 ?「――アンケートにご協力ありがとうございました」 エ「待てゴルァ」
顎「力が……欲しいか……?」(うどんにおもちを入れる)
エ「ちょっと聞きたいんだけどさ、こないだうちのチームのリーダーに『お前は時々注意力が三万になってる』って言われたんだけど、普通のヒーローって何万ぐらいあるもんなの?」
虚「嫌なことがあったときは顎多さんに『パスタ!!!』って言うと『はいはいパスタパスタ』って返されてだいたいどうでもよくなるのでオススメです」
虚「卒業のとき好きな人の第二ボタンもらうのって、心臓に近い位置だかららしいですよ!」 顎「ほーん、なんで心臓もってかねえんだろうな」 虚「死にます」
厄「あぎたーん聞こえるー? そっち側危ないわ」 顎「具体的に説明しろ」 厄「『この料理は作ったことないけど、何度か食べたことあるしレシピ見なくてもなんとかなるでしょう!』って言いながら厨房に向かううっちゃんぐらい危ない」 顎「ルート変更する」
虚「お酒を飲み過ぎるとアルコール依存症になるって聞きました」 顎「それはデマだな。かれこれ10年以上毎日晩酌してるが、そんな症状が出る気配はない」 エ「いや言いづれえんだけどそれは依存症だろ」 厄「つーか10年前あぎたん未成年じゃねえ?」 虚「顎多さん!!!」 顎(立ち去る)
虚「最近、この近所で黒っぽい服を着た不審者が出るらしいんです。なので、厄師丸さんは黒っぽい服を着ないようにしてくださいね!」
厄「どうよこの一糸纏わぬ連携プレー!」 顎「服を着ろ」
虚「どうしてセブンイレブンはいい気分なんでしょうか?」 厄「シックスナインのちょっと後だから」 虚「シックス……?」 厄「あ、教えてあげよっか? いい気分だよマジ」 顎「なるほど、覚悟は出来てるな」 厄「待って」
エ「うっちゃんが会議室にスマホ忘れてったから、やべーはやく知らせなきゃ! と思って電話したら、会議室の机の上で着メロが鳴った……」
厄「今日真夏日だっけ、クソ暑いな……なんか冷たいものない?」 虚「あそこに顎多さんがいますよ!」 厄「それが?」 虚「冷たくしてもらえると思います!」
エ「顎多が言う『誰に許可取ってこんなに暑いんだまったく』ってかなりパンチの聞いたジャイアニズムフレーズだと思う」
顎「戦闘ライセンス以外に何か資格持ってるか?」 エ「死角? 特にねえな、迷彩中は無敵だぜ!」
虚「じゃーん! エイヂさんとツナと茸のカレーを作りましたー!」 厄「鷹入りカレー」 顎「具にするな」
虚「恋人がいる人って、毎年夏まつりが来るたび浴衣買い替えるんですかね? すごいお金かかりそう」 厄「同じでいいんじゃない? どうせ最後は脱がすんだし」 虚「ええ……でも『去年も同じの着てたな』って思われそうじゃないですか?」 厄「じゃあ夏までに彼氏を変えりゃいい、そうすりゃタダじゃん」 虚「なるほど! 最低!」
虚「エイヂさん、もうお腹がすいて歩けません……」 エ「じゃあ走るか!!!」 虚「はい!!!」 (走って帰る)
虚「あんまりにもお腹が空いていたせいか、顎多さんに『爛崎!』って呼ばれたときうっかり『ごはん!』って返事してしまいました……」
虚「さくらんぼの差し入れがあったので、『さくらんぼのへたを舌で結べる人はキスが巧いって話ありますよね!』ってエイヂさんと二人で練習してたんですよ。そしたら厄師丸さんが横から出てきてさらっと二本掛け合わせて結んでて、二人で「「うわーーー」」って言ってすごいっていうか正直ドン引きしました。顎多さんはさくらんぼ食べるの自体が久しぶりだったらしくて種を呑み込みかけて四苦八苦してました」
エ「誰だよインスタント焼きそばの湯切りするときにシンクの裏側から叩いてくるやつ! ビビるからやめろよ!」
厄「どうして壊れるほど愛しても1/3も伝わらないんだろうな?」 エ「壊したからじゃねえの」
(――タ………ケ……) エ「ッ、今の声は!?」  (――タ……ス……ケ……テ……) エ「誰だ!?  どこにいる、今いくぞ!」  (――タラコ……スパ……ゲッ……ティ……) エ「なんだ、たらこスパゲッティ喰いたい人か……」
顎「爛崎に神妙な顔で『午後の紅茶って朝飲んでもいいんでしょうか……?』って聞かれたから『特別に許可する』と答えておいた」
厄「動くな! 手を上げろ! そう、そのまま両手を頭の後ろに……よーしいいぞ、そして心持ち胸を張れ! ちょっと腰は捻り気味に! 伏し目がちに視線は流して、口をだらしなく半開きにしろ、よしそうだ! いいぞ、お前、いま最高にセクシーだ! めちゃくちゃいいぞ!」
エ「携帯がカレーに刺さった。あんまりにも完璧に真っ直ぐ刺さってたから、記念に写真取ろうと思って携帯探したらカレーに刺さってた」
虚「さっきうっかり松ぼっくりを踏んでしまったんですけど、顎多さんに『今のが手榴弾だったらお前、景気よく死んでたぞ』って言われて、いったい普段顎多さんはどういう現場でお仕事されてるんでしょう……」
厄「ほうれんそう? あー、報復・連鎖・総括の略ね」
エ「よく歌いながら歩いてるうっちゃんが、さっき自販機でなんか買いながら、ゆずの夏色のサビんとこを『この長い長い下り坂をー君を自転車の籠につーめてーブレーキを引きちぎりなーがらーゆっくりーゆっくりーふっふふーん♪ 』って歌ってて……『君』が無事かどうかすげー心配��んだけど……」
厄「は、片腹痛ぇな。……誰か救急キット持ってる?」
顎「喋り方が上から目線なのを改めたほうがいい、と言われたんだがよくわかんねえな、誰かアドバイスしてみろ」
虚「『矛盾』ってどういうお話でしたっけ」 顎「どんなものでも貫く矛、と、どんなものも通さない鉄壁の盾」 エ「その矛で闇を払い、その盾で愛する人を守ったらどうなるのか」 虚「最高にかっこいいパターンの奴ですね!」 エ「最高にかっこいいパターンの奴だぜ!」
エ「電車の中で着信鳴って、仕方なくスマホ取った顎多が『いま電話の中だから電車切るぞ』って通話切ってから一言『……逆だ』って真顔で言っててクソ笑った」
厄「あーもー疲れた、うっちゃんちょっと肩叩いてよ」 虚「はい、厄師丸さんの肩ってジャガイモみたいな形してて気持ち悪いですね。芽とか生えてそう」 厄「できれば物理的に叩いて」
顎「宗教の勧誘みたいなのが来て『あなたは死神についてご存じですか?』って言われたんだが、ちょうど銃の手入れしてたからそれ持って『俺のことか?』と聞いたら無言でドア閉められた」
厄「いま『NO MUSIC NO LIFE』って書いてあるTシャツ着たエイちゃんがイアホン外したから、アイツそろそろ死ぬな」
エ「休憩室見たらうっちゃんが『おめでとうございます! 元気なお弁当ですよ!』って言いながら鞄から弁当出してた」
顎「『お探しのページは見つかりませんでした』? ふざけんな、諦めずにもっとよく探せ」
エ「全員帰ったあとの会議室で『おい! みんな無事か!』『返事をしろ!』『くそっ、まさか全員やられたのか……!』って一人芝居してたら、帰ったはずの顎多がこっち見てて『生存者一名、これより帰宅する』つって去っうおおおおおおおおおああああああああああああああああ」
厄「昔酒の席であぎたん『周りにいる人間、誰が敵だの仲間だの、いつ裏切られるかだので悩む必要はない。乾杯すりゃ仲間だし、ムカついたらビール瓶で殴ったらみんな死ぬ』って言ってたし、数時間後にきっちり殴られたからね」
顎「立ちくらみの正式名称は『眼前暗黒感(がんぜんあんこくかん)』らしいという話を爛崎としていたら、完全獣化を解いたエイヂが『くっ……眼前暗黒感がっ……』とか言いながら戻ってきた」
エ「金が溜まったらプロポーズしようと思ってるんだけど、どういう感じで切り出すか悩むなー」 厄「(壁に手をつきやや上を見上げ髪をかきあげながら)俺の人生が茨の道だとしたら(ここで相手を指差す)お前はそう、そこに咲いた、一輪の、薔薇 」 エ「お前普段何考えながら生きてんの?」
虚「顎多さんに『鳥南蛮を作ったんですが、ポン酢とタルタルソースだったらどっちが好きですか?』って聞こうとして間違えて『タン酢とポルポルソースだったらどっちが好きですか?』って聞いてしまって、顎多さんには『ポルポルソース』って真顔で返されました……作るしかないんでしょうか、ポルポルソース……」
厄「待機してたら待ちくたびれたうっちゃんが隣で寝ちゃって、���手に触ると寝起きで手加減のテの字もない歌が飛んでくるからそっとしといたんだけど、あぎたんから『爛崎はどこだ?』って電話来て何も考えず『うっちゃんなら今俺の隣で寝てるよ』って言っちゃって『……どういうことだ? もう一回言ってみろ』って凄まれる事案が発生」
虚「こっそりペットボトルに水割りを作って持ってきてる顎多さんが『他の連中には内緒な』っておせんべいをバリくれたんですけどモグ絶対バレて怒られるとモグ思いますしモグそんなことで私の口をモグ封じられるとバリこれおいしいですねモグモグ」
エ「爆弾事件でエマージェンシーが出て、ちょうどR対の本部に居たせいか顎多から『本部は無事か?』ってライン来てたから大丈夫って返そうとしたんだけど出動直前で焦ってたせいで間違って『本部は大爆発だぜ!』って送っちまった……どうすれば……」
暇すぎたのでしりとり(罰金制度あり) 顎「おかか」 虚「かに」 エ「にんじん! ……さん! です! よ!」 顎「潔く負けを認めろ」
虚「迷惑メールフィルターを強にしたのに、厄師丸さんからメールが届くんですよね……」
厄「最近『レイザーエッジはホモ』ってクソみたいなレスが流行っててマジギレしてたんだけど、うっちゃんだけが『私そういうの嫌いじゃないですよ!』って励ましてくれた」 エ「多分それフォローじゃねーぞ」
顎「この前厄師丸がぼーっとヤニ蒸かしながらアヒル見て『あー鳩』とか言ってて本当にセックス以外は全部どうでもいいんだなと思った」
厄「何度教えてもあぎたんがAKBのことを『群衆』って呼ぶ」
虚「顎多さんが昔、Aライセンスを取ってうかれていた私に『この仕事続けていくなら楽しいのは最初だけだ』って言ってましたけど、あれは嘘ですね。ヒーローの中には、待機中に廊下で駆けっこしてあまつさえそれで賭けを始める人や、任務中にレーザーポインターでサバゲーしようとする人、罰金つきのしりとりをする人、『任意出動だし眠いから帰る』って言って本当にそのまま帰っちゃう人がいます。まあ全部顎多さんなんですけど」
厄「みんなすぐ俺のことクズクズ言うけどおかしくない? 俺他人にそこまで辛辣にしたことないよ?」 顎「居ねえからな、お前より下が」 虚「(頷く)」 エ「(頷く)」 厄「おかしい」
厄「うっちゃんとあぎたんがテレビでK-1見てて、うっちゃんが『顎にちょっと当たっただけであんなに簡単に倒れちゃうんですか?』って聞いたら、あぎたん『脳が揺れるからな』って言って、急に振り向いて右ストレート一閃。正確に顎をブチ抜かれた俺はカウンター返す間もなく昏倒。なんで実例で見せようとすんの? つうか俺関係なくない?」
虚「顎多さん! いいニュースと悪いニュースがあります! まず、厄師丸さんがヴィランと交戦して孤立、負傷して身動きが取れない状態です!」 顎「そうか……。それで? 悪いニュースは何だ?」
厄「そもそも『 Trick or Treat! 』はTrの部分で韻を踏んでるんだから、『お菓子をくれなきゃいたずらするぞ!』は和訳としておかしいと思うんだよね。押韻とバランスを鑑みるならやっぱ一番正しい和訳はこうよ、『お菓子がないなら犯すぞ!』」 顎「児ポ法」 虚「どこからどう見ても文句のつけようのない立派な犯罪者ですね!」 厄「おうお前ら、菓子はどうした菓子は」
厄「おい、誰だよ、俺の煙草にマグネシウムリボン仕込んだ奴、急に喫煙所で神々しく光り輝いちまったじゃねーか、怒ってないから出ておいで、あぎたんかうっちゃんでしょ、おいどこに隠れてやがる、はやく出てこいオイ」
エ「悪ぃ、状況が読めねえ……!」 顎「"じょうきょう"」 エ「さんきゅー!!!」
厄「煙草切らしちゃって口寂しかったから、あぎたんに『ガムかなんか持ってない?』って聞いたら、靴の裏見てから『悪い、今はない』って言われたんだけどアンタどういう状態のガム喰わせる気だよ」
虚「すごい発見なんですけど、エイヂさんって毎日ノーブラなんですね……!!!!」 エ「うわっ本当だ!!!!」 虚「ノーブラヒーロー……!!!!」 厄「いや普通なんだけど、その言い方だとエイちゃんがド変態に聞こえる」 エ「お前に言われたかねえわ」 虚「厄師丸さんもノーブラじゃないですか!!!!」 顎「そうだったのか、引くわ」 厄「どこから突っ込んでいいのこれ? マ█コ?」 エ「頼むから誰かツッコミに回ってくれよ……!!!」
ピロンッ メール1件 虚『今夜、花火大会があるんですよ! 一緒に見にいきませんか!』 厄「お」 ピロンッ メール1件 虚『間違えました! 今のは顎多さんに送るメールでした! 厄師丸さんは蛍光灯でも見ててください!』 厄「おん」
虚「合コン……? って、お持ち帰りができるらしいんですけど、タッパーとか持っていったほうがいいんでしょうか……!?」
厄「ちょっと腹立つことあって、あんまり人殴るのもよくないなと思ってここはあえて悲しんでみることにしたんだけどだんだんマジで悲しくなってきちゃって、ちょうどそこにあぎたんいたから『いま俺悲しみに包まれてるわ』って言ったら『悲しみだって別にお前なんざ包みたかねえよ』って言われてそうだなって思って悲しむのやめた。ちょっと人殴ってくる」
顎「爛崎から『終末まで大雨ですよ、お気をつけて』ってやばいメールきた」
厄「今日新婚さんプレイみたいな夢見てさあ、朝起きると台所で、裸エプロンの」 虚「やめてください!!」 厄「俺が朝飯作っててさぁ」 虚「本当にやめてください」
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ntrcp · 8 years ago
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混乱する夫7
まず考えたのは、この映像がいつ撮影されたものかという事だった。妻の服装からしてさほど寒くはない季節と思われた。一連の出来事のより過去にこの映像が撮影されたなら、一昨年より以前となるが、画面の妻の髪型から考えると昨年の夏以降と思われた。ウィッグなどで髪型を偽装することもできるが、画像でバンドを頭に通していた時に頭髪のズレが不自然に感じることはなかったので、やはりこれはここ数ヶ月内の映像とみることが適当と考えられた。 次に服装を思い出すため、映像のスライダーを操作し、妻が部屋に入ってくるところに合わせた。マウスの操作で妻の痴態が一瞬目にはいったが、あえてその画像を避けたのは擬似的に妻で射精したことの罪悪感と、画面の上でも陵辱を終えた妻が映像を再度写すことで繰り返し嬲られるように思ったことを嫌ったからだったが、事の済んだ力ない妻をさらに犯すことの想像は下半身に痺れるような刺激を送るのだった。 全ていつも通りの妻をみると、その無粋な衣装の下が想像されたが自制心を動員し画面に注目した。身につけているものは全て自分の記憶にあるものだった。何時眺めても特に違和感を感じる点は見当たらず、先ほどと同じように妻はスカートに手をかけた。妻の脱衣など意図して覗いた��とはなかったが、記憶にある朝の着替えやホテルに宿泊時に止むを得ず同室で着替えをする姿に比べると、ブーツを履いたまま重量の感じられないレースに覆われたシフォンスカートを下ろす姿は、今見ても官能的だったがその太ももから目に入ったストッキングに目が止まった。 以前、犯人の指示でバイブレーターを購入してショッピングモールに赴いた際の朝に妻が身につけているいたのは、まさにこのグレーだった。あの時、妻の姿は見ていたのはその姿が、犯人によってどの様に脱衣されるのかという事だったが、その時の足元が見慣れないグレーであったことは覚えていた。朝晩はまだ時折寒さを感じる時期であったのでタイツと思っていたが、それは妻の魅惑的な曲線に合わせ 濃淡を描き、デニール数の少ないものと分かった。今ではその上端が太腿に僅かな喰い込みながらへばりついている事が知れたが、その時それをさほどの感情もなく、ただ妻の裸体を彩るものとしか考えなかった事が疎ましかった。 軽く自己嫌悪を感じつつ、妻が画面に局部全体をさらしている箇所に映った。この箇所で自宅をでたのだったが、今から考えれば映像の時間軸が現実の経過時間であるようには思われなかった。画面が暗転していた時間は数十秒だったが、その前後を比較すると姿勢こそあまり変わらなかったが、前にはブラウスが肩の下にあったものが暗転後の画面がでは肘あたりまで降りていた。 着目点に気がつくと、昔のクイズ番組にあったように画像の前後の間違い探しをするようにマウスを左右に振り妻の痴態を繰り返し観察した。脚の開き加減など差異はあったが体の姿勢変化は暗転の間にもできそうに思えた。数十回同じ動きを繰り返す内に画像の本質的な違いが分かった。前の映像に比べると妻の胸は明らかに明るい色調となっていた。ビデオカメラにも明度の自動調整機能はあるが、犯人がその間に照明を意図して操作する必要性はない筈だった。 その理由は妻の乳房の間で判明した。妻は発汗していたのだった。その皮膚を湿らせた水分は光の反射率を幾分高めたことにより色調が変化したのだった。 これが判明したことに心から喜びを感じた。犯人は間違いなく素材の映像に加工をしている事が断定できた。そうであるなら先日仕込をした映像を犯人が加工することで手がかりを得ることができる公算が高まったことを示していたからだ。 ただ、犯人が映像加工できる技量を持っていることは当然犯人が全くの野蛮な人間ではないことを示していた。映像加工自体はホームビデオの編集さえ容易になった現在では注目するほどの技量ではなかったが、少なくとも犯人の持つ能力を知ることができ、それは特定する上での顕著な特徴となると思われた。 一方でこのことは犯人がなんらかの意図をもって画像を編集していることを示してもいた。自分に屈辱を味合わせるためだけにするのなら、映像全体を送っても良い。また、仮に画面に犯人が写ってしまったとしても、それが個人的な趣味であるなら、そのこと自体は問題のないことだった。素材から注目するシーンのみ切り取りして作品の仕立てることは犯人が映像を自分以外に見せる可能性となり、それが自分以外である場合は正に惨事といえた。 この映像は初めて犯人が自らの能動的に行動したものであり、それ以前の妻の自己撮影と異なる点では、妻と自分に降りかかった事態の始まりは比較的最近であることがわかった。妻が結婚以前から自分を裏切っているかもしれない不安は僅かに自分にあったもののこれでその点は安心できた。そうであるなら、まだ妻が陵辱を受けてから日も浅いように思われた。 そこから考えられることは、妻が犯人の指示で自ら性的な映像を撮影される際に、秘密裡に自分が同行できれば犯人特定が近くなるという事だった。 日中の仕事を除けば休日に妻が自分と離れて行動することは限られており、以前のショッピングセンターへの誘導は自分を妻から離す意図があったものと知れた。そうとすれば、先週の自分が他人の妻を嬲った時間にも同様に妻は陵辱されていたと思えた。 その時間に自分の男性としての欲望を剥き出しにして他人の妻に何度も白濁した精を射出していたことは、全く無節操であったと思ったがその当時の犯人からの要求とすれば拒むことができなかったことを言い訳として自分を慰めた。 時間をみれば、終電も近く思いのほか長居したことに驚きつつ慌てて店をでた。ブースでの行為により体は仕事と違う疲労を訴えており、駅のロータリーに、終電から吐き出される客を待つタクシーに乗り込むと自宅に向かった。 街の明かりは少なくなっており時間の経過したことを物語っていたが、その間、映像の一件があった晩も妻がタクシーで帰宅したことが思い出された。その晩は帰りを待つ居間に妻が帰ると、直ぐに寝室に向かったのだった。 その時自分のもつバイブレーターが振動し妻がそれを自身に使用していることが耐えようもない屈辱を生んだのだったが、映像から妻が犯人の執拗な責めに下半身を火照らせたまま、自宅で性感を高める性具から分泌された液体にぬめる股間を慰めたことは、妻が犯人の前で快感に身を委ねることを耐え、ついに自分の待つ自宅で疼きを鎮めた妻の貞淑の防波堤が決壊していないことを示し、猥雑ながらも安心を感じた。 家に着くと玄関は明かりが灯っていたが、他は暗く既に妻は就寝していることが知れた。リビングの隅に自宅を立つ前に脱ぎ散らかした衣服が転がっており、自宅を出る前の自分の油断を恥じたが手早くそれに着替えると、急に空腹感を感じた。 インターネットカフェでは画面に夢中となり、帰宅の車内でも考えに没頭していたので気にも止めなかったが夕食を採っていないことを腹が主張していた。 冷蔵庫を開け、めぼしいものがないか漁ったが週末でもない限り外食することは少ない生活から整理された棚には調理を待つ食材以外には目に入らなかった。止むを得ずテーブルに向かい菓子類を探そうとした。と、テーブルには妻の携帯電話が置かれていた。 妻は携帯電話をベッドサイドの充電スタンドに置いて目覚ましとして使うことを常としており、携帯電話を放置していることは珍しかった。それに手を触れようとした時、先ほど考えた妻が犯人と接触する際に自分が尾行することを思い出した。その機能としてgpsを搭載しており、位置情報を発信することができる。妻は機械オンチではなかったが、詳細な設定などは自分に任せており、携帯電話を万が一紛失した際に使う自己位置を取得するサービスはまだ生きている筈だった。妻が犯人と接触するタイミングで自分のpcから位置照���を行えば電源が入っている限り追跡が可能となるのだった。 今まで悶々を考えたわりにその点に気がつかなかった自分の思考に呆れたが、それは同時に犯人がそれを考慮している可能性があるのだった。そうであれば、自分の携帯電話にも同じ機能が付いていることを犯人が利用し妻と接触している犯人から自分を遠ざけるのは合理的思考といえた。 それまでの空腹感を忘れ、自分の携帯電話を取り出すとそのサービス利用を確認した。その機能は有効となっていたが、よく考えればそれを利用する為には自分だけが知るパスワードが必要な筈だった。自分が利用しそうな文字列は妻にも類推できる可能性があるが、設定したパスワードは学生時代から用いているもので、妻の前でそれを利用したことはなかった。pcを起動しサービスにログインするとセキュリティの為と思われる最終ログイン日時が表記されており、それは携帯電話を購入した直後に興味半分に覗いた年月に概ね一致しており背中から忍び寄る不安を消した。 それでも、これまでの犯人の行動からみて自分の接近を容易に許さないことは確かだった。先週の性的な狂乱の晩についていえば、身元を知らずにその身体を貪った他人の妻が自分の位置の証明となるものの、その行為の間に他人の妻がなにか送信するような隙を与えた覚えはなく、それは単純に自分に外出を促すための口実を思われた。 そこで先週末にみた妻のpc操作の履歴を思い出した。それはデータの送信に挟まれた作業であったが、あるサイトに接続して数列を受信したものだった。その数列をその時は不可解なものとして考えることもなかったが、それを画面に呼び出して改めて確認すると、その数列は時刻と経度緯度を示していた。急激に高まる不安に指が震えながらその経度緯度を地図サイトに入力した。 数列には区切りがなかったので経度緯度の時分秒の区切りを数度ためすと、そこに表示された座標は間違いなく自分が他人の妻に欲望を吐き出していた場所だった。 pcの前でしばらく自分の思考は硬直した。携帯電話を紛失したこともなくその位置情報サービスのサイトには自身以外には接続した様子もなかったが、何故画面には自分の位置があるのか。 脳に張り巡らされた血管の一つ一つが急激に鼓動を高め、勢いよく血流を送り出す心臓からの信号を受け止めていた。携帯電話でないとしたら自分の身に発信機があったのか。そうとすればそれはなにか。当日の自分の姿を思い出してもそれらしいものには思い至らなかった。ピンサイズの発信機など映画での存在に過ぎず、gps発信をインターネットに発信するとすればそれはバッテリーを含め一定ののサイズが必要な筈だった。当日に持っていたカバンを思い浮かべたが、キャンバスのそれに自分が知らないもの��入る余地はなく、ホテルで着替えを出した時にはそのような物体の存在は無かったように思う。 考えを収めると、唯一疑いを残す携帯電話を見つめていた。物言わぬ液晶は自分の道具であると思っていたそれが、その薄いパネルの裏に腹黒い陰謀を秘めているようだった。数年前、スマートフォンが世の中に普及した時期、使用者に秘匿してそのメールや位置情報を発信機するアプリケーションが問題になったことがあった。疑惑を持ちつつ、そのインストールされたアプリケーション群を調べたがそこには何も怪しい痕跡はなかった。 偏執的になっているのか、あるいはそこに陰謀があることを暗に願っているのか自身の心境は不安定だったが、黙々と作業をすすめると静かな室内にはキータッチ音だけが響いた。 通常完成されたスマートフォンの内部は保護され不意の変更などはできない作りになっていたが、自分の趣味ではその隅々まで参照できないのでは所有しているようには思えず、保証が受けられないことを覚悟でその保護を突破していた。 そこまでして掌の中まで自分のものとしていた携帯電話が意向に反した行いをすることは容易に信じられなかったが、ファイルの生成日時で整列すると、そこには見知らない幾つかのファイルがあった。妻は自分の所有物ではないが、大切な存在はであることに変わらないところ、侵略するばかりか、完全に自分のものと考えていた携帯電話にまで犯人が手を伸ばしていたことは体を触られた様な不快感を催させた。 そのファイル名を検索すると、中国で作成された自身の動作を秘匿して位置情報を発信機するものと知れた。犯人がこの携帯電話に触れることはないと考えられる以上、不快なそれを設置したのは妻以外に考えられなかった。 それが妻でない理由を考えたが、幾ら考えても身から放すことは会社でもなく、その考えは妻一人に収斂するのだった。直ちにわが身からそれを振り払うため削除したかったが、それは犯人へと至るプロセスの一つを放棄し犯人に警戒心を与えるだけであり、損得勘定が釣り合うものではなかった。自分を監視される不快感は拭えなかったが、それを保障としている犯人の裏をかく好機とみるべきかもしれなかった。 いままで妻を疑ったことはなく、ただ妻は犯人には陥れられているものと考えていたが、ここで妻にも疑念が生じた。我が意ならず痴態を晒すまでに犯人の意に添う行動をとるほど追い詰められているなら、如意でなくとも自分の携帯電話に犯人の指示で設定を施すことはあるかもしれない。 全くの新しい可能性として、妻が犯人と共謀していることはあるだろうか。そのような考えは醜悪そのものでしかないが、万に一つの可能性として考えとして自分を揺さぶるのだった。ここまでに見た妻の行為に犯人に逆らうことはなく、じわじわと自分を蝕みつつある頭は暗く沈んだが、確証は携帯電話のパネルの中にあるものだけだった。 頭を軽く振ると、推理に囚われ筋道のないストーリーで不要な可能性まで考慮している自分を諌めた。自分は出来事の解明を進めており、手掛かりを得たことのみ冷静に捉え、パズルを解くように合理的に行動を為すべきだった。証拠なく疑念を確信としては迷いを進め答えを得る障害を増すのみであるのだった。 ともあれ、今夜判明したことは妻が犯人と接触していること、また、自分の位置は捕捉されている2点だった。空腹を忘れここまで作業に没頭したが既に夜も遅くなり、週のはじめから体調を崩すことも懸念し、疑念を振り払うようにpcをおとし、消灯すると妻の眠る寝室にむかった。 寝室では寝相を崩すことの少ない妻が毛布に包まれていた。月明かりを浴びるその表情からは何も読み取れなかったが、それは自分の最愛の妻だった。眠りを起こすことなく床に就くと晩の行為の疲れが押し寄せ、最後の記憶を留めることもなく眠りに就いた。 翌朝目を覚ますと妻はまだ隣で眠っており、その朝日を浴びた平和な姿からは昨晩見た映像と同じ人物であることは想像し難かったが、それでも自分の思考は毛布の下にある柔らかな肉体に及び、それが健康であることを主張する自身の股間に血流を注いていた。 朝から妻を相手に事に及ぶこともできず、妻の目覚ましがなる時間にはまだ余裕があることを確認すると昨晩風呂に入っていなかったことを思い出し、入浴に向かった。 久しぶりに朝風呂にはいったことで気分爽快となり、昨晩の出来事を忘れることができた。長めの入浴を終え、台所のコーヒーメーカーをセットすると着替えをするために2階に上がった。 妻は既に起床しており、着替えを終えていた。椅子に腰掛け昨晩深夜まで残業していたことを心配してくれたが、自分が目の前の妻を慰み者にしていた事など言えようはずもなく、自分に語りかける妻のストッキングの伸びを摘まんでは延ばす動作を目を奪われていた。 優美な曲線を描く妻のふくら脛は程よく成人した女性の魅力を発散しており、爪先まで視線をやるとその末端は補強された部分が足の指先をまとめていたが不意にその艶かしさに捕らわれた。自分の脚に視線を受けていることに気付いたのか、妻は笑って微笑むとサービスと言いながら自身のプリーツが全周に幾筋もあるサテン生地のスカートを悪戯っぽく上目遣いに腿まで引き上げるのだった。 付き合い始めてから、最初のセックス以降妻の体がいつ何時でも強力な武器になることを知ってから時折自分をからかうことはあったが、朝からそれをすることはついぞ無かった事だった。 よく目を凝らすとストッキングは肌色単色と思っていたものが、細かい綾模様を描いていることが解り、それはふくらはぎから腿にかけてその曲線を強調するように集合離散を繰り返していた。下腹部に至る手前でそれは濃く色を変えそれがパンティーストッキングであることを示した。 そこまでされて朴念仁でいることはできず、妻の前に跪くとふくらはぎに唇を押し当てるとそのまま妻の妻の腰へ顔の位置を移した。顔の皮膚に滑らかにすべるストッキングの感触は心地よくやがて弾力に富む大腿部を感じると、妻の脚の間に顔を割り込ませ、より繊細な柔らかさを感じる内股を味わった。それまで朝に戯れの空気が、やがて性的な空気を帯びたようだった。 おそらく妻の股間から発せられる香りと僅かなコロンの混ざった香りを堪能しつつ、目の前数センチに迫ったショーツはストッキングに圧迫され妻の下腹部にしっかりと張り付き、それがいつも妻とのセックスにない背徳的な魅力を放っていた。 その感触を楽しもうと妻の両膝に手を掛け、首のを伸ばそうとしたとき上から妻の手が自分の頭を両側から抑えると自分の動きを制止したのだった。我に返り妻の悪戯に乗せられたことに照れつつ頭を引き上げようとすると、思いもよらず自分の頭は妻の股間に押し当てられた。 鼻が妻の陰毛の辺りに押し付けられると、鼻腔には妻の性器から発せられる妻自身の香りに満たされた。反り気味の首が圧迫されていることを訴えていたが唇が性器を二重に覆うストッキングのクロッチに当たりその蕩けるような柔らかさと化学繊維の滑らかさが敏感な感触を直接脳に届けた。 数十秒の出来事だったが股間が妻を貫く体制に入る時間に短すぎることはなくそれは飢えの信号を送っていた。そのまま獣のように飢えを満たすことに頭を奪われそうになったが、自分の手が内股に伸びたことで危機を感じたのか妻は股関節で強く締め付けると行為の終了を告げた。 頭を上げ、照れながら身を引いたが脇に目をやると妻の姿見が、自分の跪いた無様な姿勢を映していた。妻の誘惑に点火したロケットのように反応してしまったことに照れながら膝立ちで妻の前に立つと妻の表情は紅潮しながらも潤っており、突然の妻の行為を説明していた。 妻は自分の素直な股間をみてぎこちなく笑うと、それを鎮めてから家を出るように言うとそれまでの動作が嘘のように軽やかに立ち上がり身を翻すと階下に降りて行った。 しばらく某然としていたが、気を取り直して妻の後を追うと、コーヒーメーカーは機能を果たし心地よい香りを漂わせていた。それは急激に日常の朝を回復させ、妻と向かい合わせに座るといつも通りの朝食を過ごした。会話では先ほどのことにも触れたが、それに過敏に反応することもなく近いうちにセックスすることを約束すると時間は出勤時間となり、玄関で妻の見送りを受けると昨晩のうちに玄関にまとめられたゴミ袋を持つと家を出た。 その週は予定通りに作業が進行し、おおむね障害もなく週末を迎えた。いままでより妻を意識したことで、折に触れ自分の部署を離れ妻の職場を遠くから見やることもあったが、別段気になることもなく、付き合い始めと変わらぬ妻の落ち着いた姿を目に留めるだけだった。 週末は車にドライブレコーダーを取り付けると妻の要望に応じて、少し離れた街まで車で買い物に出かけた。そこはいつか妻を追ってあてどもなく妻を探したショッピングセンターだったが、妻にその時の行動を尋ねることもできなかった。 妻は季節が変わったことで衣服を購入しており、自分が衣類の購入に掛ける時に数倍の時間をかけて吟味していた。妻の趣味はいつも通り落ち着いたものだったが、すべて試着の都度、その前でたっていることは他のブースにいる女性の手前気恥ずかしい思いをしたが、妻のいるブース以外に目を遣ることは躊躇われ、ただカーテンの下から見える妻の足首を眺めていた。 どれも妻が着ることで身内の贔屓を割り引いても可憐に見え、身体の線を隠すようなものでさえ妻の魅力を減ずることはなかった。一々妻が見にまとったものの感想を求めることには閉口したが、妻が自分自身のためでなく、夫のためにそれを選んでいると思うと悪い気はしなかった。まして自分と同じように買い物に付き合わされていると思しき同輩に視線が妻に向けられていることは自尊心をくすぐるのだった。 妻は数時間に及ぶ買い物を終えると散財したことを自分に詫びたが自分の経済状況からみて問題となるものではなかった。一旦車に戻り二人で両手に持つまでに膨れた買い物袋を置き、付属のレストランで昼食をとると、そのまま帰宅するものと思ったが駐車場に続く出口で妻は唐突に下着を買うことを告げた。いままでと変わらない休日の空気が自分の中だけで急に色彩を変えたように思ったが、それを了承すると妻は男性が同行する場所でないことを話すと、自分に先に車で待っているように言い雑踏に消えた。 車に戻ると、日差しを浴びた車内は心地よく暖まっており僅かな胸騒ぎを覚えつつシートに身を預けると知らぬ間に眠ってしまっていた。 妻が戻っ��のは自分が眠りに落ちてから直ぐのことで、寝起きの自分はやや不機嫌になってしまっていたが、妻が小さな小洒落た袋から外に見えないようにシフトレバーの辺りに取り出した下着の数点はたちどころに寝覚めを覚ました。 3点の上下セットだったが、一点のみ白のシンプルなものである他は、オレンジと黒の派手なデザインのものだった。稀に妻が自分を誘惑するための黒の下着以外には妻は黒のものをもっておらず、それを買ったときも黒はイメージでないことを言っていた記憶があった。 目の前に妻の繊細な指先に示されたそれは艶やかな生地を基本として、本来同じ布地である所が過剰とも思えるレースで飾られており、背面は極限まで覆う面積が削られていた。 妻の豊かなヒップは補正下着に頼らずともその形を保っていたが、その形からは妻が無防備に過ぎるように思われた。妻は何か言いたげな実分の表情を読み取ったのか、これから暑い季節になることで女性も季節により対策することと、上目遣いになると自分がそれに顔を埋めることを配慮したと言うのだった。 いつでも冷静な妻がこの時は言う間にうなじから頬にかけて血色が良くなり、それが本心であることがわかった。自分もそれに対応するように血流が良くなっている感覚を覚えると、昼下がりに夫婦で学生のような幼稚なやりとりをしていることに顔を見合わせると、互いに照れ隠しのように吹き出して大笑いするのだった。 家に帰ると、陽も落ちる時間となり妻は夕食の支度のため台所に詰めていた。ソファーに乱雑におかれたショッピングバッグは箪笥に仕舞われることを待っていたが、下着の袋はそこになかった。 妻は下着のみ洗濯してからでしか着用しない事を思い出し、トイレに行くついでに洗濯籠をみれば予想通りタグを外されたそれはネットに入れられていた。 夕食を済ませると、買い物ついでに買ったチーズケーキが食卓に出され、紅茶でそれを食べれば味覚に疎い自分でもそれが一般のチーズケーキより美味であることはわかった。そのことで妻を褒めると妻は嬉しそうに相好を崩した。シンプルな顔立ちのため表情が乏しいように思われることもあるが、打ち解けた相手にだけ見せるその表情は快い感覚で自分の心を満たした。 日曜日の晩が終わることで、また週開けの仕事を思い、妻と共に過ごした去りゆく週末を思うと寂寥とした気持ちになることもあるが、シャワーを浴びるため風呂に向かう妻の腰つきを見ると、それに今日購入した下着を着た姿が想像でき、眺めていたテレビの映像より鮮明にイメージが浮かべている自分に驚いた。 暫く行動に移すべきか考えていたが、意を決すると脱衣場でカーテンを引き、その向こうで衣擦れの音から妻の行動が想像できた。洗面台に続く廊下でカーテンの下から見える妻の足を見ていたがやがて妻は自分の気配を悟ったのか、自分に何をしているのか尋ねるのだった。 咄嗟に言葉を思いつかず、率直に今日買った下着を着用した姿を見たい事を告げた。カーテンの上を引くと妻は髪を纏めていたが、見える肩は素肌を露出しておりこちらを怪訝な目でみていた。 まるで年上の女性の裸体を覗いているようで、年齢も忘れ妻の前で気恥ずかしい思いをしたが、自分の緊張を感じたのか妻は眉を潜めまた後日にして欲しいと言った。困惑した表情でこちらをカーテン越しに見る妻を見ていると、それ以上言い募ることができず大人しく引き下がることにした。 自分が急な興奮をしたことに困惑しつつ居間に戻り、カーテン越しの妻にさえ反応した股間を宥めていると、背後から妻の声がした。 そこには髪をアップにまとめバスタオルを巻いた妻の姿があった。妻の行動に驚いたが、その時ポジションを直すために手をやっていた股間に妻の視線が向かっていることを感じた。妻は呆れた様な表情を浮かべると、自分の背後に廻り、ぴったりと体を密着させると浴室に押しやった。 背後の妻の表情は分からなかったが、雰囲気から妻が自分の要望をいれていれたことが感じ取れ脱衣場に着くと同時に服を脱ぎ捨てた。 妻は先に浴室に入ると、照れ隠しのためか、大仰な身振りを交え効果音を発声しながらバスタオルを正面から開いた。 妻は派手なオレンジの上下の下着を身につけており、それは日常的な風呂の背景に馴染まず、頭をよぎったのは個室で性的サービスをする売春婦という言葉だった。慌てて頭に浮かんだ不埒な単語を打ち消すと、それに魅入られたように視線をやった。 ハーフカップのブラジャーは妻の鎖骨からすぐに盛り上がる胸の上半分を覆うことなく晒しており、その膨らみを下から支えることで隠された甘美な箇所を想像させるようだった。そこから視線を下げると曲線は臍の辺りで拡張に向かい、そこに斜めに膨らみをみせる腸骨が融合していたが、そこにレースにバンドが織り込まれたラインが僅かに食い込み華奢な布の位置を保っていた。浴室の照明が昼光色であることが白い皮膚を健康的な色調に描き出し、オレンジ色に光を反射する素材は妻の肉体を裸体より引き立てているようだった。 セクシーなのか可愛いのか判断に迷うデザインだったが、レースの装飾過多に思えるそれは妻の局所の陰りを完全に隠しておらず、レース後しに暗い部分が見えることは、その下に艶やかな生地が秘所を覆っていることで間違いなく自己のためでなく、それを見る男性を呼び込むための物と思われた。 呆然と脱衣場から妻を舐め回すような視線をあげると、妻は濡れた視線でこちらを見ていた。その唇は化粧を落としていないため、湯気が漂う室内で潤いを増し、そこが性器であるように艶かしく動くと、隠微な吐息を漏らした。すでに妻に侵入する要求を絶叫していた股間の意思のまま妻の前に立つと、ところかまわずその肌を舐めまわした。 妻は震えながら自分の愛撫を受け入れていたが、やがて自分の舌が臍より下に伸びると、シャワーを浴びておらず汚いことを主張したが、その声に構わず行為を続けると、突如妻はシャワーヘッドを取ると自分もろとも熱いシャワーを浴びたのだった。 急に温水が頬を濡らしたことに驚き、頭をあげると二つのオレンジの膨らみを見上げることとなった。それは浸水したことでやや色を濃くしていたが、妻の肌を伝う水はその谷間から自分の顔面に流れ落ち隠微という他ない情景を見せていた。 手を妻の尻に廻すと、想像通りに妻の股間から背部につながる布の手触りを感じた。それは肌に張り付いていたが、妻の白く大きい臀部を覆うにはあまりにも少なく、亀裂の周囲に張り付いている他は、レースがその縁を飾っているのみだった。 妻の肛門の辺りの布地を摘まむと力任せにそれを脇に追いやった。思いのほか伸縮性に富むそれは、さして抵抗もなく脇へ逸れ妻が侵食されることを拒むものは無くなった。 自分が妻の性器を露わにしたことで、妻の股間に渡る布が妻の敏感な部分を刺激したのか妻は姿勢を保てず、自分に覆いかぶさるように崩れ落ちた。耳元に妻の吐息を受けると理性は湯煙に溶け、強引に妻の背後に姿勢を移ると、腰を両手で引き揚げバスタブの縁に妻の上体を置くと目の前には、すんなりと伸びた背中に丸い尻がぼっかりと浮かびその間に僅かに色を濃く変えた甘美な滑る性器が挟まれているのだった。 手を妻の腿に滑らせると妻の腰を突き上げるように、自身の欲望を妻の性器に埋め込ませた。亀頭が妻に吸い込まれると背筋を快感が昇り、そのまま一気に妻を貫いた。暖かな妻の肉壁を感じると同時に妻は大きく声をあげた。それは流れたままのシャワーの雑音の中にあっても浴室に響いたが、更に自身の征服欲を掻き立てることになった。妻を押し付けるようにその性器全体に自身の肉を押し当て、先端まで柔らかな襞にくるまれていることは脳に溶けるような快感を連続的に送っていた。 目を尻から背中にやると、重量感のある乳房に引っ張られ、背中のホックから左右にベルトが揺れ動いており、その絵が更に自分を高めた。 自分のこみ上げる快感は、その果てが遠くないことを告げており切迫感にかられた腰はそれに応じて貪るように動きを早めていた。埋め込まれた性器が妻の体内の急激な圧迫を感じた瞬間、妻の腰は一気に自分のひくひくと蠢く性器を置き去りにして引き抜かれていた。 上り詰める寸前で居場所を失ったそれは全身に抗議を訴えていたが、妻は荒い息のままバスタブを背に振り返ると、避妊していないことを言うと、次の瞬間妻の頭は自分の股間にあった。 ���種の甘美な暖かさを感じると、それを咥えたまま妻の下は尿道から亀頭裏側を這い回り、性器にない複雑な快感を自分に注ぐのだった。いままで自分の胎内にあったものを、そのまま口腔に含む妻の行動に絶句したが、その快感は耐えようのない刺激を与えていた。 妻は立った自分の前に跪いていたが、やがて腰に当てていた手を床に下ろし、床に犬のような姿勢になると首をあげて一心にそれを舐めまわしていた。妻の視線は陰毛の辺りに向けられすんなりと伸びた鼻はその直下で卑猥に赤黒い肉棒を頬を膨らませて舐め上げていた。 妻の刺激は時にこみ上げる快感をもたらしたが、それが溢れでないことは時に辛く、思わず目を脇の鏡に遣ると、妻の視線はそれを察し、変わらず咥えたまま鏡に視線を移し、鏡の中の映像で妻と目があった。それは少しの時間だったが、妻の視線は溶けており、それは欲情した雌のものだった。その目は男性の前に犬のような姿勢をで両膝と両手にを着いて、首の動きだけで奉仕する淫猥という他ない形により欲情を強め、口腔を性器と化して絶え間無く形を変え肉棒のすべてを舐め尽くしていた。 鏡の映像をみるに耐えず、視線を妻の腰に移すと、そこには先ほどずらしたショーツが歪みながらも元の位置に戻っていたが、それが妻の腰から僅かな布を伸ばし、それが妻の白い尻に挟まれた性器に伸びている隠微な三角形はより快感を増幅した。 その刺激に耐えられず、情けないことに自分も吐息に混じって声をあげてしまったが、それが妻に絶頂が近いことを教え、妻は唇で尿道の先に触れると、そこから唇を広げ滑る亀頭にスライドさせ擬似的な挿入をした。妻の口全体に性器が収まると妻の頭は急激に前後への動きを早め一気に自分の射精を引き出した。反射的に腰が押し出されたことに怯むことなく、妻の口はくびれの辺りに留まったまま、数次にわたった射出をすべてそのなかに受け止めてくれた。アップに結った妻の髪はすでに解け、濡れた髪がしどけなく妻の胸にかかっており、どくどくと吐き出される精液がすべて出尽くした後、妻は静かに口を離すと、口腔を穢した粘りのある白濁した液体を自身のの胸に滴り落とした。少しずつ流れ落ちるそれは、粘性があるために妻の胸を伝うとオレンジの濡れたブラジャーの谷間に消えていった。 激情が去って呆然と妻の前に仁王立ちしていたが、妻は惚けた表情のまま肉棒を手にとると、早くも萎えつつあるそれの先端に口を寄せると、亀頭の中ほどに唇を添えると自身の尿道に残る精液を吸い出していた。いままで感じたことのない快感が脳に届き、一瞬眼前が白くなった。妻はやや表情を取り戻しており、火照った顔を自身の股間に留めたままそれを愛おしく唇と舌先で愛撫していた。精液を涎のように垂れ流したまま無言でいる妻が、日中の妻と同じ人物に思えなかったが、その容貌は汚され乱れていても清楚な妻であるはずだった。 暫く風呂の椅子に放心したように腰掛けてシャワーを浴びていたが、妻は自らを清めると、濡れて汚れた性器を身から取り外すと照明に白く艶やかな肌が光を反射し、清らかで豊満な全裸を自分に向けると、今の行為の感想を無邪気に求めるのだった。 自分が責めていた時間から、妻の奉仕に変わり、そのまま果てた後までもサービスをされたことはすぐに言葉に表すことができず、口籠っていると、妻は自分の身体を見せつけるように自分に擦り付けると、甘えるように愛を囁くのだった。 いままでにない大胆な妻の行為に惚けていたが、やがて気を取り直すと身体を洗うと早々に浴室を後にした。 ソファーに身体を預けて楽な姿勢になっても股間の余韻は去らず、妻の頭が股間で前後していることを思うと、まだ股間に血液が流れ込むのだった。 やがて風呂から上がってきた妻はソファーの隣に腰を降ろすと、湯上りで化粧も落とし自分が一番好きな妻の顔になっていた。もともとのっぺりとしたアクセントに乏しいとの評価を受けることもあるが、その素朴さ故に素肌のきめ細かい美しさや、誠実冷静な表面の裏には馴染んだ相手だけにみせる砕けた親しさが妻の魅力だった。その妻の魅力のどちらも自分だけが独占できるもので、今この瞬間もそれを楽しんでいた。 妻は自分に、呆れたようにスケベと言うと、先刻風呂であったように衝動的に避妊具無しのセックスは避けて欲しいといった。妻の表情は子供の悪戯を叱るような困り顏だったが、それを了承し、過激な性的サービスについて軽口を叩くと妻はぷいと顔を背けたが、誰にも聞かれ様のない環境にもかかわらず小声で、先程の行為が気持ちよかったことを告げた。 内心、妻の胎内にはミレーナという名の避妊具が恐らく仕込まれていると思われるので、それが犯人の意図だとしても避妊具を用いてのセックスは意味がないようだが、そのことは容易に言うことはできなかった。 その晩は、自身の精を妻に吸い出された影響か、それ以上妻を求める気���はならず早々に床に就いた。
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