#このパックごはんは容器の匂いが一切せず
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Epilogue.
禁書庫。かつて特殊部隊達が制圧した脅威に関連した異常現象をまとめた書庫。最古のものであると1000年も昔の資料も保管されている。
遥か昔、世界がゲートに接続された事で、異界よりこの世界に脅威がもたらされた。人類は脅威に対抗するため現在も交戦を行っているが、人の所有する領土はわずかしかない。
それでも、人類には営みがある。私は今、その営みの中で発生する問題を解決する仕事をしている。
私は脅威専門の考古学者の「羅 李春」。過去に起きた脅威に関する資料を作成するべくこの禁書庫に訪れた。
「紅龍眷属亜譚」。この書籍は50年ほど前に鎮圧された「獣の国」に関するものだ。国を構築する「龍」という脅威の主が獣に人の形を与え、人類の真似事をしていたのだ。
何とも忌々しい。
何も知らずに人の文明を真似たため、人類と衝突することは数知れず。また他の脅威に対しての対策がなかったため、海の脅威による「浸食」も確認された。他にもいくつかの脅威と混ざり合っており、「評議会」にて管理不十分の重要不安分子と判断され、制圧されたのだ。
制圧での記録では「社と思われる場所までに、人型の獣により数多の犠牲が出た。中には元特殊部隊員と思われる人物もいた。すべて鎮圧し即処分した。最深部には巨大な蛇がおり、多数の特殊部隊員の犠牲の上鎮圧。腹部を割くと、窒息死した龍が摘出できた」とあった。所詮獣。何を考えているのか分からない。この事件で重要参考人として、眷属の一人を拘束し尋問を行ったそうだが、その後の所在についての資料が紛失している。
脅威が人の文明を真似ているという特殊な案件により、一般的には「カルト宗教の洗脳と過激なテロに対する処置」として認知されている。しかし、「評議会」の事項改定に伴い、正確な内容の一般公開を行うこととなった。そのため、私が改めてこの脅威についての再調査を担当することとなったのだ。
「紅龍眷属亜譚」。
書籍といっても、形は一般的な業務用のファイル冊子数十冊からなるものである。内容な経理的なものから、業務成績、仕事内容などが挟まれている。時折菓子による油の汚れが目立つ。管理が悪い。
冊子の12冊目、それは隠すように挟まっていた。
「狼と鼬」
と書かれた随筆の冊子であった。著者は「羅 狼」。祖父と同一の名前だ。個人的に気になったこともあったので、許可をもらい持って帰ることとした。
薄く汚れた本ではあるが、かなり書き込まれている。何気なく最後の頁を開いた。
ー「狼と鼬」と書かれた冊子の最後にはこう書かれていた。
1月。まだ雪の残る寒空の下。ついに歲の護りが無くなった。丑三つ時。朧さんを護る為に皆一様に社に集った。蠎の家、神社の本殿。だだっ広い本殿の奥座に朧さんが胡坐をかき目を閉じている。ただそれだけなのに先ほどかじったレーションが逆流するような異様な覇気を感じる。空気がピリピリし毛が逆立つ。嫌な汗が出て血の気が引く。まるで蛇に睨まれた蛙のように。やはり朧さんは龍神なんだ。と身を挺して感じた。 窓から外をうかがう。深夜であるのにも関わらず空は赤く燃え、遠くに悲鳴や銃声が聞こえる。そこにしんしんと冷たい雪が降る。血と煙と鉄。硝煙の匂い。あそこにはたくさんのものを置いてきた。仲間、友、��族、姉。みなもう居なくなった。 畳に座りこみ、外勤用の装備を整えながらうなだれた。もうダメだろう。俺らは負け戦をしているんだ。絶望。雪が降る。寒い。姉ちゃん。鼬ちゃん。 しばらくして蠎が零につかみかかった。胸ぐらをつかみ、 「お前がアイツらを入れ込んだんやろ。お前が、お前が…!!」蠎の声が震えている。憎しみのこもった声が本殿にこだまする。 「僕は一切関与していない。むしろあいつ等に捨てられたんだ。僕の家はここ。一緒に泣き、笑い、ともに過ごした紅龍組の仲間を捨てることはない。」と。最期までここに忠誠を誓うと周りを説き伏せた。蟒は苦虫を噛んだ顔をするも、「ここに集ったものの思いは皆同じだ」との朧さんの鶴の一声で厭だ厭だと言いながらも、口を嗣んだ。
各自守備する場所を決め配置に付く。ぬかるんだ雪を踏む足が重い。言葉は出ない。雪を踏む以外の音が聞こえなくなった。きっとここでみんな潰える。火を見るより明らかな事だった。
結局鼬ちゃんには自分の中で渦巻いているあらゆる思いを半分も伝えられなかった。嵐の前の静けさ。今伝えられなかったら、きっと次はない。次は…
「狼ちゃん」
鼬ちゃんが透き通った声で静寂を割った。
「狼ちゃん、きっとみんな死んじゃうってウチ思うんよ。そうきっとウチも狼ちゃんも」
「アホ言うな。んな事ないやろ。俺もお前も、零も鮫も鹿さんも、後、蠎もみんな強いんやしなんとかなるわ」
「狼ちゃんは嘘つく時、目が泳ぐ癖あるの気づいてないんやなぁ。ハハ、可愛いなぁ……本当に、本当に可愛い」
「何言うとんねん」
「なぁ狼ちゃん。いや、ちゃんと聞いて欲しいから改まって言うね。狼ちゃん、私の最後の我儘を聞いて欲しい。今まで沢山我儘聞いてもらってごめんね。狼ちゃんの我儘全然聞かないで、自分ばっかり。なのにずっと私を想ってくれて。愛してくれて。お嫁さんにしてくれて。 ありがとう。とっても楽しい人生だったよ。だからこそ最期まで狼を守りたい。ここでは死なせない。 …私の分まで、みんなの分まで、死が近しい友となるまで。
生きて欲しい」
首に軽い衝撃を受け視界が黒くなっていく。必死に鼬ちゃんに手を伸ばしたが、その手は空をつかみ意識が遠のいた。鼬ちゃん。
気がついたら知らない天井を見ていた。四角のタイル。消毒液の匂い。よく知っている機材や器具が周りに見える。カーテンに太陽光が柔らかく当たっている。腕に点滴。あー、この点滴パックをよく交換したな。なんて思っていた。起き上がれない。トイレに行きたい。腹減った。鼬ちゃんはどこにいるんだろう。
そこからは慌ただしく、あまり記憶がない。半年ほど施���で聴取とは名ばかりの尋問を受け、どう判断されたのかこのノートと、発見されたときに手に握っていた白く艶やかな長い毛束とを持たされて釈放された。
そしてこの知らない国にて支給された、集合住宅地域の一角で生活することとなった。生活の基盤を整えるまでは何を考える暇もなく、あくせく働けていたのは幸せだったのだろう。今こうして、腰を据えてあの日の出来事を想起し書き起こすと落涙が絶えない。
結局「愛してる」とは鼬ちゃんに云えなかった。いや、その言葉を鼬ちゃんは聞きたくなかったんだろう。
最後まで、弱音やなよなよした好きだの愛してるだのを云う俺を見たくなかったんだ。そう理想の狼を見ていたかったんだろう。きっと。
でも、それはあまりにも我儘がすぎる。あまりにも…あまりにも…。
何度毛束を握り締めて、言いたかったことを叫んだか。何度、辛かったこと悲しかったこと伝えたかったか。
飾らない演じていない本音を、本当の思いを伝えたかった。 でも鼬ちゃんはもういない。
もうこのノートも最後になる。色々あって、俺にも伴侶が見つかり子供も産まれた。でも、鼬ちゃんほどの想いは持てない。
だが俺もそろそろ前を向いていく必要がある。鼬ちゃんの髪の毛もここに挟んで全部終わりにする。
さようなら。また会う日まで。
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私の生まれ故郷、栃木から、 パックごはんのイメージや概念を覆すパックごはんが爆誕していました。 ・ こんなに美味しいパックごはんを、 私は今まで食べた事がない。 もっと早く出会いたかった… Amazonで売っている事も、 もっと早く知りたかった… 買う。 ・ #生まれ故郷 #栃木 #とちぎ #とちぎのお米 ごはんの日 #パックごはん #全人類に向けて #PR #パックご飯は温めると容器の匂いがお米につくので苦手だったのですが #このパックごはんは容器の匂いが一切せず #蓋を剥がした瞬間に #炊き立てのお米の幸せでしかない香りがふわぁぁあ #噛み締めるほど包容力のある甘みと懐深い豊かな風味が口いっぱいにじゅわぁぁああ #泣く #お米の美味しさを最大限に引き出しながらお米にストレスを与えずに真心を閉じ込めたこの技術にも #泣く #これは食べた方がいい #心が疲れてる時は特に癒されると思う #お米の力ってすごいね #栃木ありがとう https://www.instagram.com/p/CahXxzcJozx/?utm_medium=tumblr
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【自家製納豆の成功ポイント】

免疫力アップに発酵食品である納豆が効果的だと一時期品薄になったほどですが、確かに未だ感染者の出ていない岩手県盛岡市の納豆消費額は全国2位。因みにヨーグルトとわかめが全国1位だそうです。(総務省家計調査)やはり腸内環境がだいずなんですね。
これまで藁苞納豆、マコモ納豆、朴葉納豆、野草納豆、葉っぱなし種なし納豆など色々試して来ましたが、私が思うに枯草菌は至る所に存在していて、蒸煮した大豆が一定の温度と湿度に保たれると、何処からともなくやって来るのだと思っています。
今回は誰でも作りやすいように、市販の納豆を使って作り方のポイントをお伝えしたいと思います。

花巻納豆は大粒でタレやからしと言った付属品が無いので一般的な黄大豆で作る種として気に入っています。
材料
黄大豆(乾燥豆)200gくらい
納豆 半パック
作り方
大豆をきれいに洗い、一晩たっぷりの水に浸けて十分にふやかします。
十分に膨らんだ大豆を柔らかくなるまで蒸煮します。私は豆の味をしっかり残したいので圧力鍋を使って蒸すか、厚手の鋳物の鍋でひたひたを保つようにして蒸し煮にしています。圧力鍋にもよりますが、圧が掛かってから弱火にして8分後火を止め、そのまま圧が抜けるまで置くと親指と薬指で軽く摘むと潰れるくらいになります。味噌作りより若干硬めに仕上げています。
柔らかくなった大豆をボウルにあけ(蒸し煮にした場合、ザルで水気をしっかり切ります。)荒熱を取ってからパック納豆の半量くらいをしっかりと混ぜ合わせます。菌を一粒一粒に付けるようなイメージで。
なるべく平たい容器に入れます。私はプラスチックのタッパーの場合、納豆専用にしています。今回は納豆のリサイクルパックを使用しました。(きれいに洗って乾かしたもの)

写真は完成後のものです。なかなか便利^ ^
5. 冷めないうちに40度くらいで約24時間保温します。
さて蓋なのですが、市販の納豆パックには小さな穴が空いているのでそのまま蓋をして良いのですが、タッパーの場合密閉させてはいけません。納豆には酸素が必要なのです。藁苞納豆を思い浮かべて下さい。適度な湿度と酸素が行き渡るようになっていますよね。(若い人は見たこともないかな?)
そして���ッパーの蓋が結露して大豆に水滴が落ちないようにキッチンペーパーなどを被せてあげることを忘れないで下さい。
24時間くらい経過すると忘れていても納豆が教えてくれます。どうやってかって?匂いを放ってくれますよ(^^)
まだ菌が十分にまわっていないかなぁという場合は2日間くらいまでを目処にさらに様子を見てあげて下さい。
異臭がしたりなんか変と思った時は食べないで下さいね。とここでは言っておきます。

保温方法は工夫して下さい。
匂いが付いて嫌じゃない人は炬燵の中でも良いでしょうけれど、普通は嫌なんじゃないかなぁ。
発泡スチロール箱に湯湯婆と言うスタイルが一般的でしょう。使用する箱は納豆専用にする事をお勧めします。
間違っても麹室はやめて下さい!麹室を持つような方は間違わないですね笑
夏場は太陽エネルギーを使ったりも楽しかったですが、高温になり過ぎないように気を付けて下さい。
たとえ糸引きが弱かったとしても、それはそれで美味しい使い方があります。めげずに何度もトライしてみてください。
完成した納豆は冷蔵庫で最低一日寝かせるとさらに美味しくなりますので、是非寝かせてから召し上がって下さいね。
私の発酵や保存食のモットーは勿体ない精神にあるように思います。美味しく家計にも優しく賢く。命を大事にいただきたいですよね。
自家製納豆を使った美味しい調味料やお料理についてはまたの機会にご紹介したいと思います。
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二人の好物がコロッケになった話
タイトルの通りです。二人のコロッケ好きという共通点、偶然なのかどちらかの布教なのか、色々なパターンが考えられますが、どちらも別に好物ではなかったというパターンをつらつら考えた結果です。ネタ被りあったらすみません。
こんなに自分が奥手だったなんて、知らなかった。そういえば、まともに恋愛もしたことがないんだった。 そんな気づきを得たのは、ひとえに最近新しく部下になった3つも年下の少年のせいだった。 もう少し一緒にいたいな、と思ったとき。笑ってほしいな、と思ったとき、とりあえず模擬戦を申し込んでる。そう打ち明けたとき、先輩諸氏はちょっと見たことがないくらい絶望的な顔を晒した。 そんな気は、俺だってしていたんだ。ああ、これたぶん「一般的」ってやつじゃないなって。でも俺と出水で、二人とも「一般的」とはかけ離れた人間なんだから、別にこれでも良くない? そう言い訳したら、「何が『俺と出水』だ」と諏訪さんに怒られた。「まだ『俺と出水』なんてくくれるような関係でもないくせに」というちょっと難しい言い回しで、風間さんに視線で助けを求めたら「付き合ってから言え、ってことだ」とどうでも良さそうに説明してくれた。 まあ、それは確かに。このままじゃ、たぶん「上司と部下」以上にはなれないんだろうな。ただ、強くて、一緒にいると楽しいだけの隊長になって、それじゃやっぱり満足できないと思ったから、俺は出水のこと好きなんだ。恋愛的な意味で。 でも実際のところ模擬戦に誘うのが一番出水が喜ぶんだけど、どうしたらいいんだろう。
作戦室のソファで寝っ転がって私物のスマホをなにやらいじっている出水は、特に用事も無さそうで、ただなんとなく帰るのが億劫なんだろうなって見ていてわかった。そろそろ夕食時で、これを過ぎてしまえば任務もない未成年の隊員が本部をうろうろしているとあまり良い顔をされない時間帯になる。俺もいい加減帰るかと、腰をあげたところだった。 「出水」 「はーい?」 スマホからいとも簡単に目線をはずし、上向いて逆さまにこちらを見上げる。無防備に晒された喉元が真っ白で、手をのばしてくすぐってやりたくなった。もちろんそんなこと、しないけど。できないけど。 「俺、帰るけどお前は?」 一緒に帰るか、という一言には至らなかった。断られたら、寂しい家路になる。 「あれ、もうそんな時間ですか?」 握りしめたままだったスマホに目を向け、それからすっかり帰り支度を整えた俺をもう一度見て、「太刀川さんが帰るならかーえろ」と歌うみたいに言って立ち上がった。 なんだこいつ、かわいいな。 本人にとっては大したことないフレーズにまで(それこそ「カラスが鳴くから」レベルに意味がなくても)ちょっと嬉しくなる俺は本当に単純で簡単だった。 ろくに荷物もない高校生はすぐに身支度を整えて俺の隣に並ぶ。「さ、帰りましょ」と一緒に帰るのを当然のように言った。 互いの家の位置くらいは知っていた。行ったことはないけど。ボーダーの秘密の連絡通路を使って外に出て、それから500mくらい歩いたらもう俺たちの帰り道は別々になる。本部に近い方がいいや、と警戒区域の近くに部屋を借りたこと、特に後悔はないけど、こういう時ちょっと損した気分になる。もう少し遠ければ、出水とそれだけ歩けたのに。うちまで送るって言ったらちょっと���保護だろうか。でも、出水の家はわりと街の中心部に近くて賑やかなとこだし、高校生男子を送るほどの距離でもない。でもまがりなりにも部下だしな。そんな打算を頭で巡らせながら、出水と歩くほんの少しの距離。 古い商店街は、半分くらいシャッターが降りていて、店の明かりよりも古めかしいデザインの街頭の方が煌々と地面を照らしていた。時間も時間だけど、それより警戒区域に近いこの場所を嫌って店を閉じた人が多いからだろう。それでもなおこの場所にとどまろうという店主たちは逆に図太い人間が多い。同じように図太くこの辺りに住み続ける地元住民やボーダーの人間に、この商店街は重宝されていた。俺も生活用品の買い物はたいていここですませている。 この商店街を抜けたところが、俺と出水の帰り道の分岐点だった。出水と他愛のない話をするこの時間が名残惜しくて、だけど今更この状況で模擬戦に誘うこともできない。「家、寄ってく?」なんてちょっとまだ早い。そもそも人を呼べるようなーーしかも気になる相手を初めて呼ぶような、そんな状態の部屋じゃない。そろそろ洗濯しないと限界だな、と太刀川をして思わせる、そういう惨状だった。 「それで、二宮さんがー……」 二宮の話なんて全く頭に入って来なかったが、話しながら出水の歩調が自然と弱まるのはわかった。もう少しで分かれ道だ。 あー残念だな、でもまぁ、明日どうせ会うんだし。 そう思って、話の区切りがついたあたりでじゃあな、と別れる準備をした、その時。 唐突に思い出した。そういえば、こいつら明日からテスト週間じ���ないか? 明日からしばらく大学生中心の編成になると、風間さんから編成表を受け取ったばかりだった。テスト週間だって構わず本部で遊んでる米屋と違って、出水は食堂で勉強していることはあっても隊室に来る頻度はぐっと下がる。それに今日見た編成の感じだと、俺の方が任務についていてほとんど本部の中にはいないだろう。そう思ったらつい、何も考えずに口が開いていた。 「ちょっと待て」 おつかれっしたー、と何の未練も無さそうに爪先を俺と別の方向に向けようとする出水の腕をつかむ。 「はい?」 といっても特に用事はないんだった。 あー、と無意味に誤魔化して、そうしてふっと鼻先をくすぐったのは、胃を刺激する油の匂い。身体に悪そうなものに、人は無条件で引きつけられる。食べ盛りの想い人を引き留めようとしている、俺みたいな人間は特に。 「──腹、空かね?」 出水は一瞬理解が追いつかなかったようだった。口をぽかりと開けて、だけどすぐににやりと笑って「空きました!」と腹に手を添えて良い返事。よしよし、と思惑通りの答えに満足する。 錆び付いたシャッターの降りた隣の洋品店に対して、その総菜屋は未だに裸電球が店頭で明々としていた。保温器のオレンジの光も相まって、商店街の終点にしては視覚的に賑やかだ。中を覗いてみるとさすがにこの時間にトレーの上に残っている品は普通のコロッケ一種類。ガラスケースの上には、段ボールに「半額!!」とマジックで大きく書かれた看板が立てかけられている。 「これでいい?」 指さして聞くと、「もちろん」と出水は目を細めて大きく一つ頷いた。 「おばちゃん、コロッケ2個ちょうだい」 店の奥で隅っこに置かれた小さなテレビに目をやっていた総菜屋のおばちゃんは、そこで初めて俺たちに気が付いたように「はいはい」とリズミカルに言ってこちらにやってくる。 「あんたたち、ボーダーの子かい?」 にこにこ笑いかけられて、思わず大きく一つ頷けば、「いつもありがとね。お疲れさま!」とちょっとびっくりするくらい大きな声で言われて、形が崩れたコロッケをもう一つおまけしてくれた。 「わ、ありがとうございまーす!」 すかさず礼を言う出水は要領が良くて、俺も続けて「ありがとうございます」と頭を下げる。やっぱり年上だし、隊長だし、落ちついて聞こえるように意識して。 そのまま出水を見たら、ちょうど目があって思わずふたりで笑ってしまった。おばちゃんに労われたことも、コロッケをおまけしてもらったことも、出水と目があって、それから二人で笑えたことも、出水と二人で共有することが、一つずつ増えていくのが嬉しくておかしい。 「うわ、うまそ」 四つ辻の斜向かいにある小さな公園の、ブランコに腰掛けてビニール袋を広げると、むわっとかぐわしい油の匂いが広がった。 「ほら、落とすなよ」 「太刀川さん、おれのこと相当子どもだと思ってるよね」 拗ねるような台詞なのに、どこかくすぐったそうにするから、そうできるうちは思いっきり甘やかしてやりたくなる。それほど遠くない未来に、甘やかすだけで収まらなくなるだろうけど。 少し離れたブランコの間。コロッケの挟まれた紙包みを、手を伸ばして出水に差し出す。出来立てというわけではなかったけれど、しっかり保温されていたコロッケからは十分熱が伝わってきて、掌は熱かった。 受け取ろうとした出水の指先が袋に触れて、小さく「あつ、」と漏らしたのが、俺の手のことだと一瞬勘違いしそうになった。慌てて手を引こうとして、袋を取り落としかけたのを、出水が立ち上がって、俺の手ごと両手で掴んで事なきを得る。 「あ、ぶなー」 おれに落とすなって言っといて!って抗議されて、全然、年上の威厳なんて無くてちょっと情けないけど、全面的に俺が悪いから「すまん」と素直に謝る。出水は、 「うそうそ、おれも、ちょっとびっくりして、受け取りそこねちゃったから」 すみません、と、俺の手を両手で包んだまま、前髪の触れそうな至近距離で笑った。
コロッケ��魅惑の匂いに違わず、残り物とはいえ衣はさくさく、中はほくほく実にうまかった。コロッケってのは、作るのは面倒なわりに子どもにはさほど喜ばれないので、家庭で作るにはいまいちハードルが高いらしい。所謂「和食」が食卓に上ることが多かったうちでは、余計にコロッケが食事のメニューに取り入れられるのは稀だった。 「コロッケなんて、久しぶりに食べたかも」 「うちも。母さん油使うの嫌がるし、姉ちゃんも揚げ物ヤダっていうから」 母さんと姉ちゃんがそうなったらもう、おれと父さんの意見とかないも同然なんですよね、と出水は大げさに肩をすくめてみせた。 「久しぶりに食べると、こんなうまかったっけってなるよな」 「はい」 話しながら、その合間に出水は少しずつコロッケをかじっていく。コロッケはそれなりにボリュームがあったけど、俺の口なら三口くらいで食べ終えてしまえる。だけど出水の口だと、その三倍くらいかかりそうだった。まだできあがっていない薄い身体と同じように、薄い唇と真珠みたいな小さめの歯の向こうに少しずつコロッケがかじられて消えていく。早々に自分の分を食べ終えたおれはその様子をリスみたいだな、と思いながら見守っていた。 ようやく出水が一つ食べ終わったとこで、おまけにもらったもう一つを半分にして二人でわけた。ちょうどその時、商店街で唯一未だ明かりの点っていた例の総菜屋の明かりが消えて、残されたのはアーケードの上に掲げられている街灯だけになった。そこからも距離のあるこの公園はいっそう暗くなる。その薄暗がりの中で、出水の明るい髪色と白い肌が幽霊みたいに浮き上がって見えた。だけどその、幽霊みたいに色彩の薄い後輩が、俺の手元にあるコロッケの片割れをもぐもぐ小さな口で、機嫌良さそうに頬張っている。その姿にギャップがありすぎて、だけどこういうとこも好きだな、とひそかに思った。そんなことをぼんやり考えながら、自分の分を口に入れる。一口で食べてしまえるサイズだった。
ようやく出水の試験期間が終わり、日常が戻ったその日の夜。やはりだらだらと居残っていた俺たちは、同じタイミングに本部を出て、俺はやっぱり進歩なく、出水を引き留める算段を頭の中でしていた。同じ手を使うのは、ちょっと芸がないかな、と思いつつ、それでも商店街を抜けるあたりで隣歩く出水を窺うように歩調を緩めるのを止められなかった。今日は昼飯、何食べてたっけ。国近の持ってきたおやつを、どのくらいつまんでた? 気分じゃないとか断られたら、しばらく立ち直れないかもしれない。 「太刀川さん」 そんなふうに頭を悩ませている俺の上着の袖を、出水が控えめに引っ張ってへらりと笑った。その人差し指が指さす先には、商店街の終着点、煌々と光を宿した例の総菜屋。 「お腹、減りません?」 「──減った、減ってる」 「こないだのお礼に、奢るから食ってきましょ」 ああ、ほんとうに、出水ほど俺のことをわかってるやつはいない。
��いいよ、俺上司だし、年上だし」 「いいからいいから、給料出たばっかだし、遠慮しないでください」 浮ついた声で言いながら出水の見ている保温ケースの中には前回よりも多く総菜が残っていた。コロッケに限らず、唐揚げやらメンチカツやらがいくらか残っている。店のおばちゃんに、「この間おまけしてくれたから」と出水は先に父親へのおみやげだと言って唐揚げを包んでもらっている。 「じゃあ、コロッケで」 「え、良いんですか? 遠慮してます?」 それも多少はあったけど、最初にお前と食べたコロッケの味が忘れられないからってのが本当のところだった。だけどそんなことうまく伝えられる気もしなかったから、「前食べたらうまかったからいいんだ」と肝心なところだけ抜いて返した。 「ふーん、じゃおれもそうしよ。すみませーん、それとコロッケ2つ追加で。すぐ食べちゃうからパックじゃなくて紙でね」 出水の言葉に、総菜屋のおばちゃんは「仲良しでいいわね」なんて笑ってた。それから「また来てね」と。出水はそれに「はぁい」と、年上に甘える例のちょっと母音をのばすような発音でそう答えた。そうか、出水的にはまた次があるらしい。それなら今度はもうちょっと気軽に誘えるな、と俺は下心ばかりの頭で考えていた。これで模擬戦以外の手札が増えたぞ、と諏訪さんや風間さんに心の中で勝ち誇る。 それ以来、やっぱり諏訪さんに絶句されるくらい今度は馬鹿みたいに帰り道にその総菜屋に寄りまくった。もちろん、俺にも出水にもそれぞれの付き合いがあり、俺の会議が長引く時もあれば出水が同学年の連中とランク戦をして居残ることもあったから、そう毎日というわけでもない。だけど帰るタイミングが合った時には必ずと言っていいほどそこへ行き、二人でコロッケを頬張った。10回目くらいにあの気の良いおばちゃんが心配そうに他の総菜を薦めてくれた時にはちょっと申し訳なくなった。でもやっぱり、俺は出水と食べるときにはあの時と同じコロッケを食べたかった。
それは、ちょうど15回目のコロッケを食べた頃だった。 広報用の雑誌に載せるから、とプロフィールの記入用紙が配られたのはもう少し前の記憶で、すっかり忘れ去られていたそれを出水が積み上がった資料の中から発掘してきたのだ。その資料こそ、俺が今苦しめられているレポートに使われるはずのもので、ちなみに集めるだけで満足して放置していたせいでまだほとんど目を通し切れていない。 「太刀川さん、これまだ提出してなかったんですか」 資料の整理を手伝ってくれていた出水が人差し指と親指でつまみ上げたアンケート用紙をヒラリと揺らす。 「バッカお前、今それどころじゃないだろ、明らかに」 「いやー、でもこれ今日締切ですけど」 「見なかったことにしろ」 「うわ、さすが隊長、模範解答」 出水の皮肉に応じる時間も惜しいほど、今はせっぱ詰まっている。特に考える必要もないくらい簡単なアンケートだが、だからこそ余計に意識を割くのがもったいない。その��締切を延ばしてくれとも言いにくい。 完全にキャパシティをオーバーしている自隊の隊長を後目に、出水は申し訳程度の資料の整理も終えて暇そうにソファに横たわっていた。他人事の顔で眠そうにこちらを眺めている。この様子じゃ自分の分はとっくに提出しているらしい。 「ああ、じゃあお前書いといてくれよ」 「えええ、無理でしょ」 単なる思いつきだが、それはなかなか良いアイデアに思えた。 「いや、いける。お前、俺のことならだいたい知ってるだろ」 「そりゃまあ、それなりに?」 「最後にチェックはするから。それで、もし間違いなかったらなんか奢ってやるよ」 お前が俺のことどれだけわかってるか、テスト。 一足先に学期末のテストを終わらせた高校生への恨みも込もっていたのだけど、その部分は通じなかったらしい。「奢る」の一語を聞いて出水は途端に目を輝かせた。 「マジすか。やります」 この変わり身の早さはいっそ気持ちがいい。勢いよく身を起こして用紙に向き合った出水は、時々悩むように首をひねりながら、それでも少しずつ空欄を埋めていった。 あの公園で、互いの話をさんざんした。他愛のない話ばかりだったから、「知ってるだろ」なんて嘯いておいて本当はどれだけ出水の記憶にとどまってるか定かじゃない。それでも、今出水が俺のことを思い出そうと思って、あの公園での時間を思い返してくれているなら、それはそれで嬉しかった。 レポートも徐々にだけど進んで、完成にはほど遠いものの見通しがつき始めた頃、「できました!」と高らかな宣言が上がった。 差し出されて目を通した記入用紙にはやや右上がりで角張った出水の筆跡で、見慣れた俺のプロフィールが書かれていた。 出水の字で「太刀川」って書かれてるのが、なんか良い。 内容とは関係ない部分に浮かれつつ、「好きなもの」の欄に目が止まる。 「うん?」 「違うとこ、ありました?」 「いや、お前この『コロッケ』って」 「え? 太刀川さん、好きでしょ」 あれだけ美味そうに食べてるんだから。 何を当たり前のことを、とでも言うように首を傾げた出水の髪がふわりと揺れる。 「うーん、ちょっと違うような違わないような」 「何それ」 「いや、好きじゃないわけじゃないんだけど」 「おれも『コロッケ』って書きましたよ。だからいいでしょ」 「何が『だから』なのか全くわからん。……でもまあ、良いよ。お前がそう言うなら」 そうか、お前も好物コロッケにしたのか。同じ物が好きって、しかもそれが公表されるってちょっと良いんじゃないかと頭の沸いたようなことが過ぎってしまった。諏訪さんたちに知られたら「小学生か!」とそれこそ詰られそうな甘酸っぱいことが。 「じゃあ、せいかい?」 「正解正解」 95点くらい。付け加えると、「何だよそれ!」と不服の声が上がる。 本当は、その項目に「出水公平」と冗談でも書いてくれれば満点をやってついでに花丸もつけて、いくら奢ってやったって良いくらいだったけど。それにはまだ少し言葉が足りない。15回コロッケを一緒に食べたって、それで伝わるほど甘くはないと知っている。 でも、出水が自分の好��なものに「コロッケ」と書いた理由の中に、俺と同じ気持ちが少しでもあるなら、16回目には伝えても良いかもしれない。 俺別に、コロッケが特別好きだったわけじゃないんだよ。普段わざわざ買って食べたりしないし。あの時食べたのだって半年ぶりくらいのレベル。それでも好物だってお前が思うくらい美味そうに見えたんだとしたら、別に理由があるんだよ。なあ、なんでかわかる?
* * *
高校生は今日もやかましい。 食堂でうどんを食っている俺の背後から、耳に馴染んだ声が聞こえた。 「今日の1限の化学でさぁ、」なんて俺にはわからない学校生活の話をするのは確かに出水の声だった。どうやら俺には気がついていないようで、連れ立ってきた米屋たちとともに俺のいるテーブルから少し離れた席にガタガタと腰を下ろす音が聞こえた。ランク戦に夢中になって昼飯を逃した俺はともかく、昼食にも夕食にも半端な時間だ、任務前の腹ごしらえだろう。トレーをテーブルに置く音じゃなくて購買で買ったらしき物をビニール袋から取り出すガサガサという音が耳に入ってきた。 声をかけても良かったが、どうせこの後任務でも会うし高校生の会話に割って入るほどの用事もない。何より、太刀川隊にいる時の出水と高校生組で連んでいる時の出水には微妙な違いがあって、自分の前ではあまり見せない気軽さとか粗暴さとか、傍若無人さとか、そんなものを遠くから眺めるのが、俺はひそかに好きだった。 「ーーだから言ったじゃん、ぜってぇ無理だって」 「やーイケると思ったんだけどなぁ」 なんてだらだら続ける会話の合間にパッケージをあけて「あ、これ新作じゃん」なんて物色する声も聞こえる。興味が次から次へ移り変わって、肝心の会話の内容もおざなりになって取り留めがない。聞いてて飽きない。 「あ、アイス。いつの間に入れたんだよ。ずりぃ」 「ずるくねぇよ、お前も買えば良かったじゃん」 「あのコンビニ寒すぎて、アイスって気分にならなかったんだよな」 「そだっけ?」 「お前と違ってセンサイなの、おれは。年中半袖野郎にはわかんねーよ。でも、人が食べてんの見ると食いたくなるよな」 「こっち見んな、寄んな」 「ケチ」 「お前の一口でけぇんだもん」 「は、そんなことねぇよ」 「佐鳥いっつも泣いてんじゃん」 「人聞き悪いこと言うな」 「いや、マジで一気に半分くらい無くなんじゃん」 「そだっけ?」 「自覚ないの、タチわりぃ」 「うっせ。良いからよこせ」 一連の会話を聞くともなしに聞いていて、あれ? と思う。 俺自身が出水にねだられたことは無いが、出水の一口が大きいイメージは無かった。聞いてて、へぇそうなのか、なんて暢気に思っていたけど、ふと浮かんだ光景にぶわっと違和感が広がる。あいつはいっつもあの小さい口で、ちまちまとコロッケを啄んでいた。俺だったら三口で食べ終わってしまうようなサイズのそれを、時間をかけて、少しずつ。とっくに食べ終わった俺はいつもそれを眺めて待っていて、その分だけ一緒にいる時間が増えた。そう思っていたのに。 座る椅子がガタンと派手な音を立てるくらい、勢いよく振り返る。こちらを向いていた米屋の「あ、太刀川さん、ちっす」、なんて挨拶を意識の端っこで聞いて、だけどそのほとんどはただ一人、こちらを背にして座る、見慣れたふわふわの頭に向けられていた。そのふわふわ頭が、米屋の挨拶につられるようにこちらを振り向く。 「あれ、太刀川さん、そんなとこにいたの」 そんなふうにこっちの動揺なんて気がつきもしない出水も、さすがにこの沈黙と俺の視線を怪訝に思ったのか、自分たちの会話を反芻するように目線を上にあげ。そして「あ、」となんとも間抜けな声を漏らした。 「あは、バレちゃいました?」 悪戯が暴かれた子どもみたいに無邪気に笑う、三つ年下の高校生に問いつめたい。 お前の何が「バレた」って言うの。お前のその「ふり」の話? それともその先にある気持ちの話? 正直言って結局俺は何の確信も、まだできてない。言葉にしないと伝わらないって、自分でも反省したばっかりだ。だからはっきり言ってくれ。 何しろ恋愛初心者で、恋の駆け引きも手管も、何もわかっちゃいないんだから。
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YASHOKU 2
深夜1時半。また続けていたPC作業に飽いて、お腹の虫が鳴いた気がする。受験の前にはちゃんとごはんを食べた方がいい、将棋の棋士は対局中にごはんやスイーツを食べる、なぜなら糖分は脳のエネルギーの元だからだ、つまり、頭が疲れたときには糖分で癒されなければならない。だから俺はすくっと立つ。階段を降りて台所に立つ。
わかってる。あいつだろ、あいつのことだろ。以前あいつ、夜食警察の野郎が来た時、この台所には煌々と電気が付いていた。それにフライパンから煙が上がっていた。夜中に目立つ上に外に漏れた匂いを嗅ぎつけたんだろう。同じ失敗はしない。前回の様子から、たぶん当該食品を没収することが罰であって、罰金や実刑は無いであろう。有るんだったら先に警告などをしたはずだ、きっと。だから失敗のリスクはまあまあ低い、ありあわせのもので作るからな、最悪奪われても心理以外のダメージは少ない。それに今とにかく俺は、俺の脳は猛烈に栄養を欲している、きっとシナプスから直に信号が回って舌もうずうずしている。だから任務を確実に遂行しよう。
まず第一、台所の電気はつけなかった。でもさすがにそれじゃなにもできないから、台所をガラス戸で挟んで向かいにある洗濯場の電気をつけて、その漏れ明かりで作業する。淡い電球色の光なのできっと蛍光灯よりは目立ちにくく、作業できないほどの光量ではない。第二に、煙は出したくないから、クッキングヒーターは使わない。フライパンはもちろん、鍋もつかわないため即席ラーメンは作れない。お湯を沸かす電気ポットはあるが、カップラーメンが手持ちにないので残念だ。じゃあどうするか。よしあれをしよう。薄暗がりの中、秘密のディープディナークッキングが始まる。
洗い物入れからお気に入りの、円くて��の深い、でも片手に収まる���イズの白い陶器を片手に持ち、ジャーへ向かう。シャモジで保温中のご飯を3回掬って器に入れる。シンクのとなりの調理スペースに移動し、器をおいたら冷蔵庫へ。先日間引いてた大根菜っ葉を2本と、揚げタマネギチップの袋とポン酢のボトルを取り出して、調理スペースに置く。棚からまな板と包丁を取り出し、大根菜っ葉のてっぺんから根っこの先までまでみじん切りにする‥のも一応なるべく音を立てないようにするが、力が入りづらい上に刃がとっくに鈍らなので葉っぱがうまく切れず、仕方なく所々手でちぎる。手が汚れたので蛇口を軽くひねって水で洗おうとする時、しまった菜っ葉洗ってないことに気づいてしまうが、まあいいやと腹をくくる。手を洗って振って水気を軽く飛ばすがズボラなので服で拭く。そして調味料スペースに無造作においてあるはずの缶詰‥缶詰‥と大小さまざまな瓶の森を手で弄るが、不意にそのうちの一本にチョップを食らわしてしまい、キンッと隣の瓶に当たる音がしてドタンっと床に落ち、ゴロゴロゴロと鈍い音を立てて転がり、やばい気づかれる、と、やばい中身がぶちまけられる、のダブルの恐怖が襲ってきて、一瞬息を止める。しかし目の前にある窓は開かず、なんとか探して拾った瓶にキャップがしまってあることを確認したため、事なきを得る。森をもう一度探り、短い円柱を探し当てこれだと掴む。側面が青いパッケージになっているそれは、鯖の水煮だ。大好物だ。さあここからお立会い、缶を開けて鯖を2/3ほど取り出しごはんの上に開け、刻んだ菜っ葉をまぶし、玉ねぎチップをふりかけて、ポン酢をばあっとかける。熟成された魚介の旨味、瑞々しい苦さ、カリカリ食感がポン酢のさっぱりした演出により引き立てられフカフカごはんと和気あいあいするのを想像しこらえきれなくなるが、うん、でも足りん、やっぱりあれを入れよう。あれ。かければよりまろやかになり、快楽が段違いになる、魔法のあれ。よし。冷蔵庫へ向かいドアを開け、ドアの裏部分の棚にしまってある、黄みがかった白の物が入った、やや柔らかいけど頑丈そうなプラスチックの、ボウリングのピンを潰したような形状の容器に入ってキャップがやたら赤い、あれを取り出す。そう、万能にしてハイカロリー、エデンの園の悪魔の果実、マヨネ「はい!アウトー!」
いきなり太い声がして、自分の口からは声に代わり心臓が飛び出る。と、同時に、さっきの瓶みたいに体を床に転げ、床板がひっくり返るかのような音と感触がする。その瓶もまたいくつか転げ落ちたみたいだ。片手をつき口をパクパクさせ、まぶたは限界を超えて上に伸びている。でももう片方の手のマヨネーズは放さなかった。間を置いて心臓は胸に引っ込み、体の中で大きな音でエイトビートを打つ。ちょうどいい衝撃だったのか、冷蔵庫の扉はゆっくりきれいに閉まった。
「どうもー夜食警察でーす」ど、どこだ?冷蔵庫の明かりに目がくらんでいて、薄暗がりの台所の様子がわからなかった。あの窓か?でもわからない。視界の端に虹色のシミが見え、まだ目は使い物にならない。
「だめですよー。お兄さん、それ放してくだいさいねー。何持ってるんですか、それー。マヨネーズなんて、だめに決まってるじゃないですかー」
声だけは聞こえるから、俺は反抗する「これはハーフカロリーだよ!!」
「あ、嘘つちゃいましたねー。お兄さん、それハーフじゃないですよねー。だってキャップ赤いですもんー。それ100%ですよー」
ち、ばれたか、どこにいるかわからないが鋭いやつだ。
「それとねー、もしハーフだとしてー、確かにカロリーはハーフなんですけど、よく見ると糖分と塩分が増えてるんですよー。都合のいい油なんてこの世にほぼないんですよー目をさましてくださーい」
「・・うるさいな!深夜だか静かにしろ!」えっ?そうなの?という気持ちはこらえて叫んだ。
しかし、どもう部屋の中がもやがかかっているように見える。メガネが曇っているのか、転んだ拍子に肌に当たって汚れがついたのか、いや
「ん?煙??」ぞっとして跳ねるように立ち上がった。立ち上がって、気づいた。ガス漏れのわけがない、この家にガスはないのだから。だとしたらこのもやはいったい‥?
「お兄さん、これ没収していきますからねー」
「ちょっと待て!ってかどこにいる!この煙は??おまえか?」何も見えず動けない。一瞬の静寂のあと、
「・・もぐもぐ。」
「もぐもぐじゃないだろ!食ってんのか!!」
あてずっぽで駆けだそうと思ったが瓶も転げ落ちたみたいだし、踏んだら危ない。それに部屋の真ん中の柱にぶつかると痛いから足がすくんだ。
「うーん、まあわかりますわかりますー。サバの凝縮された旨味が日本人の舌を刺激しますー、でもちょっとサバ、生臭いですねー。大根菜っ葉とポン酢のさわやかさで消し去ろうと思ってても、ちょっと臭み強いですねー。あーこれ安い鯖缶でしょー。しっかりとした缶のやつおすすめですよー」
観念した。「余計なお世話だ・・高いんだよ、鯖缶」
「うーん、フライドオニオンのカリカリもちょっと浮いてますねー。とはいえ深夜のスナック菓子の欲求を満たす工夫・・悪くないですよー。でもこれー、マヨネーズほしいですねー」
「ああん?」そのベタなわがままさに、テレビによく出る芸人を思い出して笑いながら怒ってしまった。
「さっぱり酸味にまろやかさも加われば・・。うーん、これは複数の欲求を一度に満たそうとする要素詰め合わせ丼って感じですねー。僅差ですがごはんには合わないけど、アイディア悪くないですー。でもダメですー。じゃあこれ、代わりに食べてくださいねー。サービスにショウガつけときますんで。それではー、ヘイお待ちッ」ドン!ガラガラピシャ!
何かを置く音と窓を閉める音がした。すると途端にもやが嘘のように晴れ、いつものキッチンが現れた。そして台の上には空になったドンブリと、白くて四角いパックと小さいビニールパックが置かれていた。
「あの野郎・・また食っていったな・・」首をかしげて眉をひそめる。またやられてしまったが、しかしあのもやはいったい何だったんだろう。あいつの仕業か。そして妙なことに気づく。「この台、窓から遠いのに、なぜ・・」
背筋がぞぞぞぞっ、となる。まさか・・窓から・・あいつは・・この家に侵入したのか?警察が?同意も令状もないのに・・勝手に・・?あのもやは・・目くらまし・・。そこで僕は「はっ!」と声を出して気づく。まさかあいつは・・忍者!?忍法煙玉か!!くそっ!ってことはあいつはただのひったくりじゃないか!
今度会ったら問いただしてやる、寒いが扇風機も用意して、煙を吹き飛ばしてやる。いや、これでおさらばだ、次はもっとうまくやる。もう二度と会うまい。そういえば今回なんで気づかれたんだ??
「ふー」と息を吐き、腰を曲げて地面に転がっているビンたちを救う。からになったドンブリを流しの水にひたす。そして無造作に置かれた豆腐のパックに触れ、一呼吸したら、爪の先で角のビニール端をつまむ。爪に力をかけても手首に力をいれないようにゆっくりはがそうとうするが、滑って爪が離れてしまい、親指の爪がめりこんだ人差指の腹がヂクッと痛む。「ふーー」
「鯖缶のこと言うなら、はがしやすい豆腐もってこいよ。高いやつ」仕方なく、また包丁で、パックの内辺に沿って切り込みを入れど、流しに水をじゃーと捨てる。しかし、この水ににがりはどれくらい含まれるのかな、変わんないか、といつも思うのを思って、サービスのショウガ袋を開けて残らずふりかけ、箸を差し込む。
ぼろっと手ごたえのなさを感じ、あっ、スプーン差し込めばよかったとふと躊躇ったけど、そのままパックを口に近づけて、端で口を切らないように気を付けながら掻き込む。うん。おいしい。さっぱりしていて、砂糖にはない甘みがある。日本人の舌に合うというべきか、さすが大豆製品。あの泥棒忍者の言うことはむかつくが、どこかしっくりくるところがある。うまいな、もぐもぐ。口のなかを挑発するようなショウガの香りに、ちょっとぐらいなら…といつになく醤油を求めそうになったけど、かける時はいつもかけすぎてしまうからやめといた。
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10162212
顔が気に食わない。
隣県で、殺人犯が逮捕されたらしい。小生はその物騒なニュースを、朝餉の芋粥を食しながら静かに眺めていた。テレビの中で切羽詰まった声を出すアナウンサーが、ヘリコプターから撮ったであろう映像の中、ブルーシートが掛��られた家の中で凄惨な事件が起きていたことを伝えている。バラバラと喧しい羽の音に混ざって、部位、だとか、皮、だとか、およそ朝の爽やかな空気に相応しくない単語が居間に垂れ流されるのを、少々不愉快に思う。
「捕らえられ抵抗する容疑者」のテロップと共に映ったモザイクのかかった男は暴れており、そんな大層なことをしでかせるようにはとても見えず、小生はそのアンバランスさに首を傾げ、暫く男の本性が見えやしないかと画面を凝視していたが、程なくして辞めた。今以上のものは見えてこない、と判断したからだ。
「はぁ。不可解ですねぇ。」
改めて事件の概要を、と、アナウンサーが巨大なパネルの前へ立ち、めくりを駆使して起こった事件について説明を始めた。
なんでも、近隣住民から匿名で、「変な匂いがする」と警察に通報があったらしい。駆けつけた警察官が、凶器を手に眠っている血塗れの男を見つけ、現行犯逮捕した、と。
「チープにも程がありますねぇ。」
事実は小説より奇なり、など実際起こり得るかと言われれば大半の事象は小説の方が奇である、というのが小生の持論だった。
男曰く、「俺はやっていない。奴が全部やった、顔が気に食わない男が全ての顔を潰した、」なんて訳の分からない動機をほざいている、とか。へぇ。でも?アナウンサー曰く、「現場に男以外の痕跡は残っておらず、見つかった遺体のうち1名は、男と交際関係にあった女性、先月から行方がわからなくなっていた。」と。投了、といったところか。
「そうだ、新しく頂いたほうじ茶があったような。」
喉の渇きには和の香りがよく似合う。刷り込みかもしれないし、はたまた流れる血がそうさせる謂わば本能かもしれないが、茶葉のパックを開け香りを胸いっぱいに吸い込んでから、最近プレゼントで頂いたそのほうじ茶をとくとくと湯飲みに注ぎ、定位置のテレビの前、畳の上へと座り直した。アナウンサーの緊迫感あふれる話はまだ続いている。
「へぇ、もう生い立ちまで掘られてるんですか。」
彼の名前は...A?あぁ、伏せられているのか、成る程。きっと取扱注意な犯人なんだろう。確か警察用語では、マルセイ、だったかな。ミステリーは管轄外ではあるが、それなりの基礎知識は持ち合わせていた。ま、オーダーされる可能性も無きにしもあらずですから。なんて言いつつ、今更人に言われて望み通りの話を生み出す気はさらさら無い。
『顔が、何ですか、気に食わない?というのは一体どんな動機なんでしょうかねぇ。』
『例えばですが、自分の顔にコンプレックスを抱き、他人に嫉妬する、そういったパターンが考えられますね。』
『えっ?あ、えー、今、速報が入ってきました。速報です。○○県で発生した殺人事件について、犯人と思われる男の自宅から、別の女性の遺体の一部が見つかった、との速報が入りました。』
『えー、情報によりますと、行方不明だった男の交際相手、○○さん以外の、複数人の遺体が見つかっており、警察では身元の判明と、動機について捜査を進めている状況です。』
珍しい。と、頭の中では近年日本で起こった3名以上の殺人事件を辿っていた。件数はあまり無い。今の言い振りから想像するに、まだ死体は上がってくるだろう。
小生はその男の事を何も知らないが、男の残した、「顔が気に食わない」というフレーズに不思議と囚われていた。頭の中が活字でいっぱいになりそうな感覚に襲われた小生は携帯を取り出し、履歴から辿って電話をかけた。
「もしもし。野鳳仙花です。」
『あ、先生!おはようございます!今日は随分とお早いんですね!』
「元気ですねぇ、貴方。」
『いや〜、さっきまで葵先生のところにカンヅメで、やっと原稿が貰えたところなんですよ...』
「あぁ、あの鳴かず飛ばずの、薄紅立、葵先生。あの方の遅筆さは有名ですからねぇ、ご苦労様です。」
『本当ですよ全く...で、どうされました?』
「いえ、次回作なんですが、小生、ちょっと思い浮かんだものがあります故、来週の木曜、いつもの場所まで来ていただけます?」
『おおっ!待ってました!いいですよ、えーと......15時半はいかがですか?』
「ええ、構いませんよ。」
『因みに、どんな感じですか?』
「そうですねぇ...強いていうなら、ルポルタージュ...」
『えっ!?』
「風の、ノーモラルな創作です。」
『ですよね...では、また来週木曜日、15時半に喫茶「午前葵」で!』
小生が本名は愚か顔も自宅も明かさず、ただ引き篭もっている小説家だと知っている編集の彼の驚いた声が面白く、小生は口元を抑えて笑いを堪えながら、垂れ流されていたテレビの電源を落として、部屋へと戻った。
簡単だ。慣れてしまえばただのルーティーンと化す。鍍金工場の人間から定期的に買い取る高濃度の水酸化カリウム水溶液、所謂強アルカリを適量ガラスの瓶の中へ入れて、刷毛を手に部屋へ入ると、中には手足を縛られぐったりと横たわる、否、眠る女が1人。つくづく、人の身体は様々なものに弱い、と思う。この女の名前はどうしようか、と思案しながら作業をしよう、と、強アルカリを刷毛へと染み込ませ、女の顔へと塗布していく。女はぴくりとも動かず、ただただ僕の施す、謂わば芸術を享受している。素直でいい子だ。そうだな、名前は葦にしよう。
技術面での話をすると、彼女の鼻、そして口には予めチューブを通してある。口だけでは嚥下の際に誤嚥があったら大変だし、人間の鼻は思っている以上に沢山の情報を我々に伝えてくれる。まぁ、視力はここへ連れてくる為の手段として奪ったが、え?やり方?目薬をさしてあげようって声掛けて、強アルカリを垂らしただけ。あれは特に粘膜へは浸潤が早いから、手っ取り早いんだ。
僕の対アルカリに特化したゴム手袋がぬるぬると溶けて滑る皮膚を撫でつけて、粘土細工のように顔が蕩け、引き攣れたように突っ張りずる剥けの表皮が掌と顔の間でざらざらごろごろと触れて踊る。くすぐったい。
先程のニュースを反芻していた。顔が気に食わない、と人を捉えては顔を潰しバラバラにして遺体を捨てていた男。世にも奇妙なサイコ野郎が捕まった、と世論を操作したい、そんな思惑が透けて見えるニュースだったが、僕は違った印象を抱いていた。彼は、なぜそんなにも、人間の顔が気に食わなかったのだろう。容姿を知ることはおそらく出来ないが、醜いことはないはずだ。ならば、何故。答えは案外簡単なところにあるのかもしれない。手の中の粘土はムチムチと肉の感触だけを残して、歪な芯を持つ古びたゴムボールのようになった。目があった箇所の微かなゆるりとした膨らみがどうしようもなく愛しく、僕はその曲線を、今あるだけの愛情を指先へと込めてなぞった。
「起きたかな、葦。あぁ、不安にならなくとも、大丈夫。あの時一緒に食事した、僕だよ。実は、君は酷く醜い姿になってしまったんだ。だから、人里から離れた場所へ避難させたんだけど、...ん?僕の言うこと、信じられない?だろうね、きっとそうだ。話せない、見えない、耳だけが聞こえてて、そんなこと急に信じろってのが無理な話だよね。じゃあ、体験しようか。抱えるから、暴れないでね。」
顔が濡れる感覚で、目が覚めた。はずなのに、何も見えない。ただザーザーと顔をまるで洗い流すように流れる冷たい水の、その音と温度だけが私に伝わってくる。目が開いた感覚がまるでない。首を捻ろうとしたら言葉にし難い激痛が走って脳がツキンと痛む。何、ここは、誰、どこ、何もわからない。確か私、昨日、か、一昨日かの夜に、誰かに誘われて、ご飯を食べて、それから...思い出せない。手足も動かない。喉には何か管のようなものが通っていて、かろうじて呼吸は出来る。状況がまるで飲み込めない中、水が止まり、横から柔らかい男性の声が聞こえて、あぁ、一緒に食事をしたあの男の人の声だ、と、少し安心した後に押し寄せてきたのは、際限のない恐怖。訳の分からない事を言う彼は震える私を抱えて、恐らく少し歩いた。ドアの開く音が何度かして、私は、土と、草の上に降ろされた。這うことも出来ずに仰向けに寝かされた私に、声が聞こえてきた。
『うわっ、何あれ...化け物?』
『ママ、怖いよ〜!!!うぇぇええ〜ん!』
『こら、見ちゃいけません。世の中にはね、ああいう病気の人もいるの。』
『バズりそうだな、写真撮るか?』
『バッカやめとけってw呪われるぞw』
「分かった?君が、醜くなってしまったこと。」
耳元で話しかけられて驚いたことも、きっと、何も伝わっていないんだろう。私と世界を繋ぐ線は、もう、彼しかないことに気付いて、私は、心の中で涙を溢した。伝われば、と、私の醜い顔を撫でてくれる、助けてくれた優しい彼の手に顔を押し付けてみれば、ふふ、と笑った空気が耳に伝わってきて、私は真っ暗な闇の中に、微かな淡い光を見た気がした。
「って、感じでしょうか。小生には生憎、分かりかねますが。」
現実主義故、アテレコは得意ではない。小生が得意とするのは理性的で現実的な世界であり、感情が左右する不安定で繊細な世界ではないので。と言いながらも、想像しないことには楽しくならない。万年筆を行儀よくくるりと回して、今時もう皆PCで行う執筆作業を、アナログに取り残されたまま進めていた。彼女の気持ち。まあ、及第点だろう。細かい点は想像で埋めれば事足りる。升目が文字で埋まっていく快感を知ったのは、義務教育が何年終わった頃だっただろう。
「はぁ、またお茶が切れてしまいましたね。」
そばに置いた湯飲みの中身はとうに空になっていた。喉が渇いた。来週の木曜日まではまだ5日ある。どこかの某と違って、小生は筆が早い方なので、少々サボタージュを謳歌しようと、それなりの形には出来るだろう。作業に戻る為にも執筆を進めよう、と、姿勢を正し机に向き直った。
僕は、殺人が嫌いだ。世界で一番憎む行為だと言っても差し支えないだろう。身勝手を具現化したようなその罪は、実に残忍な行為だ。何故、って。じゃあ、例えばここに、1人の人間が死んだ事件が2つあるとしよう。失われた命は人1人分、どちらも当たり前だが同じ重さだ。
1つ目の事件の容疑者Aは、小中と被害者にずっと虐められていた。そのトラウマ故仕事も長続きせず、Aが生活保護をもらいに行ったタイミングで、市役所の職員になった被害者Aと再会した。被害者は形だけの謝罪を述べ、自分がいかに今恵まれているかを一通り話した。Aは隠し持っていたナイフで被害者を刺し、被害者は失血死。
2つ目の事件の容疑者Bは、幼い子供が大好きだった。己の言うことに服従するしかない力のないか弱い生き物に、性器がついていることに著しい興奮を覚えた。いつかその狭い入り口をこじ開けて、奥の奥に控えたまだ眠る部屋へ自身の遺伝子を刻みつけて育てたいと、そればかり考えていた。そして、その趣味がある日唐突に、父親へバレた。激昂し集めた児童ポルノを捨てようとする父親の頭を、部屋に置いてあったコンクリートブロックで殴打し、父親は死亡。
今100人いたら100人が、前者に情緒酌量を、後者に厳罰を、と思うだろう。だから僕は、殺人が嫌いだ。命の尊さ、だの、生きる理由、だの言いながら、自ら人間がそれの価値を決めている。
なんて醜い生き物だろう、と思う。だから僕は絶対人を殺さない。かの有名な殺人犯もサイコキラーも、僕の目にはただの馬鹿にしか写らない。
「葵、葦、翌檜、楓、秋桜、唐胡麻、合歓、木蓮。皆美しく、可愛らしい。」
目の前に麻酔をかけられて寝そべった葦の左手を、親指を握るように折り曲げ強アルカリの中でこね回し一つの塊にしながら、僕は僕の箱庭で共に暮らす子たちのことを考えていた。右手、両足はもう指とか関節とかそんな概念を捨て去った新しいものへと生まれ変わった。左手もこのくらいでいいだろう。僕はアルカリを洗い流し、処置をして、手足をキツく折り曲げてテーピングしていく。彼女達はここが安寧の地だと分かってはいたが、念のため、だ。
顔が気に食わない。
殺人を犯したあの男、もとい、あの男に入れ知恵をしたどこかの誰かは論外だが、人の顔が、何か末恐ろしいものに思える気持ちは否定出来ない。僕が何故、こんな面倒な行為を進んで行なっているのか、僕にも上手く説明する事はできないが、快楽であり、安らぎであり、愛であり、これは、この世界中の言葉を尽くしても表し難く、それでも強いて言葉にするのであれば、僕、と。その一言に尽きるのであった。
「...うーん、ちょっと雑、すぎますかね。まぁでも、こんな感じでいいでしょう。喉も乾きましたし。」
時計を見ると、もう昼前になっていた。作業部屋の様子も見ないまま、物語を延々と綴っていたらしい。大事でそこそこ値段のする真っ白な原稿用紙に涎が垂れている。全く、そんな真似は眠る時だけにしてもらいたい。
「さて、昼食の時間ですし、今日は何を作りましょうか...。」
「そうだ、葦に決めてもらおう。」
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もう限界!食べすぎて嫌いになった「大好物」
集計期間:2020年4月18日~4月20日 回答数:15035
大好物の食べものは、どれだけ食べても飽きることはない…そう思っている人って、けっこう多いのではないでしょうか。
しかし、物事には限度があるもので、嫌というほど食べれば文字通り嫌いになってしまうことだってあるでしょう。そんな食べもの、貴方にはありますか?
今回は「あんなに好きだったのに、食べすぎて嫌いになってしまった食べもの」に関する調査を行いました。
食べすぎて嫌いになった食べ物はありますか?
回答者15035名のうち、食べすぎて嫌いになった食べものがある人の割合は、全体の約28.4%という結果になりました。
ここからは、何を嫌いになったか具体的な意見を見ていきましょう。
あんなに好きだったのに…
<肉類>
・バーベキューのやりすぎで焼肉が苦手になった
・しゃぶしゃぶで、牛肉をたべすぎ、それから、あまりたべられなくなった。
・焼肉のせんまい。独特の食感にハマって一時期は焼肉に行くとせんまいばかり食べていたけど、突然飽きてしまい今では全く食べません。
・すき焼き。昔、1人暮らししてた時に いつもコンビニ弁当を食べてたので正月休みの時にたまにはちゃんとした物が食べたいと思ってすき焼きの材料を買いすぎて正月休みの間ずっとご飯はすき焼きを食べてたら嫌いになった
・子どものころ、母親がハンバーグばっかり作るからマジ嫌いになった。最近はわりと好き
・子供の頃、脂身たっぷりの豚の角煮を食べ過ぎて夜にリバース…トラウマで今も脂身が食べれない。
・冷凍春巻きを高校時代毎日お弁当に入れられてしばらく食べられなくなりました。
・幼い時、冷凍餃子を食べ過ぎて、冷凍餃子が嫌いになりました。
・学生時代、冷凍コロッケを常備していて、晩ご飯で困った時はコロッケを食べていました。あまりにも食べ過ぎたので、嫌いになりました。
・給食で出てた、鯨の竜田揚げ。休んだ人の分まで貰って食べてたら、食べ過ぎたのか、戻してしまった事があります。
・レバー大好きな子どもでした。少し体調が悪い日の夜ご飯にたくさん食べてしまい・・・その夜もどしてしまった。その匂いでたべられなくなりました。
・缶詰のポーク。幼い頃は生で食べるほど好きだったが、暫くの間食べずに過ごしてて久々にポーク卵おにぎり食べたら体が受け付けなくなっていた。
・関西出身で中部地方に嫁ぎました551蓬莱の豚まん大好きですが中部地方は冷凍しか販売しておらず里帰りした時は30個購入し帰路の車の中でまた帰宅後・次の日約24時間、家族三人で完食してましたが食べすぎて現在、豚まんとは疎遠になっています
・肉まんが大好きで 冬場6から7個を毎日食べていたら10 kg あっという間に太ったのでやめた。
<野菜>
・野菜が嫌い。小学生の時の朝食は毎日、ボウルいっぱいの野菜サラダだけだった。パンとか肉(ウインナーとか)など全くなし。食べ終わらないと学校に行けない。妹は時々遅刻していた。なので今の野菜嫌いはそのせいだと思っている。
・病院食に出るブロッコリー
・嫌いというよりアレルギー。昔ナスとトマトの農家で、食卓が出荷できないナスとトマトのメニューばっかりだった。今はアレルギーでどっちも食べられない
・椎茸。姉の嫁ぎ先で椎茸の栽培をしていた。遊びに行くと山の様にくれた。最初は美味しく食していたが、程度問題。鼻につきだし、もう見るのも嫌になる。
・しいたけが小さい頃大好きで、しーさんと呼んでよく食べていたら、大人になったら嫌いになった。
・メンマが大好きで瓶で食べてたら、大人になって食べれなくなりました
・子供の頃きゅうりのキューちゃんという漬物が好き過ぎて大量に食べた数時間後吐いてしまいそれ以来食べられなくなりました…
・大根小さい頃に毎日大根の味噌汁が好きで作ってもらって食べていた結果、今では大根どんな調理方法でもダメです
・子供のころ、毎食トマトを1人1個食べさせられていた。毎食なので、平日は1日2個、休日は3個。成人し、家を離れてからトマトは食べなくなりました・聞けば、兄弟3人とも離れてからトマトは極力食べないようになったと言ってた。
・毎日アボカドを2年くらい食べていたら食べたくなくなりました
・かぼちゃ妊娠中食べすぎて、今はもう食べたくない…見るのも嫌
・パクチー好きで食べすぎてカメムシの臭いに感じ出して以来食べられなくなった
・ネギが大好きで、何にでもかけたり、入れたりしてましたが、あるラーメン屋さんで、入れ放題だったんですが、何故か物凄く臭��て、吐いてしまい、それから、食べられなくなりました。
・きゅうり。となりのトトロでおばあちゃん家の畑で取れたてのきゅうりを食べてるメイちゃんのシーンを見て、当時幼稚園生の私は毎日2本丸かじりして食べてました。おかげで今はあの青臭さが苦手でウリ系全般苦手になりました。
・銀杏が子供の頃好きすぎて親戚と温泉に行った時みんなの茶碗蒸しから銀杏貰っていっぱい食べたら気持ち悪くなってみんなの前で吐いてしまいそれから銀杏食べれなくなった
・竹の子、シイタケ。田舎の暮らしは貧乏だったので、竹の子の季節になると裏山に次から次へと生えるたけのこが、毎日毎日食卓のおかず。大皿にいっぱいのたけのこの煮物。無くなると、また母が作り、時期が終わる迄、たけのこと、タクアンの漬物だけがおかず。米農家だったので、ごはんには事欠かなかったけど椎茸も同じような物で、裏山の松の木の枝に椎茸菌を植え込み、育った椎茸を売りに出していたので、季節問わず椎茸の煮物ばかり。母は農作業に忙しく、料理もあまり工夫もなくて、煮物しか作らない大人になっても暫くは、食べたいとは思えませんでした。還暦を過ぎ、やっとたけのこと椎茸のシブい味がわかるようになり、たまに食べてます。
<果物>
・実母の実家が農家をしていてイチゴ、スイカ、メロンが食べ放題…食べ過ぎた結果、食べると口の中がかゆくなるようになり、以降は食べなくなりました。
・メロンが好きで沢山食べていたら口が痒くなり、あまり食べれなくなった。
・キウイフルーツ。子供の頃にたくさん食べたら酵素で舌が痛くなり今はちょっと苦手になりました。
・パイナップル。食べ過ぎて舌が痛くなり嫌いになってしまった。
・梨。水分はいいけど、果肉が意外と腹に溜まる
・りんご。若い頃、りんごダイエットをしていて、一生分食べました。もう食べる事はないと思っていましたが、昨年、再びりんごダイエットをして、もう一生分を食べました。今度こそはもう食べる事はないと思います。
・バナナダイエットの流行に乗って食べたバナナ。あの時に食べすぎたせいで今はバナナの匂いだけで気持ち悪くなる。
・妊娠中にプルーンを食べ過ぎて嫌いになった
・スイカ。小さい頃志村けんの真似をして食べ過ぎてから今じゃ食べられなくなった。
・記憶にないくらい幼少期にレーズンを一袋1人で食べたらしく、(母親から聞いた)お腹を壊したか吐いたのか、口に入れると吐き気を催す。
<魚介類・海産物>
・子供の頃に生牡蠣が大好きで食べていたのですが今は食べると気持ち悪くなるし売ってるのを見ても美味しそうに見えないです。
・骨折後に小エビを食べすぎてその後はしばらく食べたくなかった
・ホタルイカを沢山食べて、食あたりを経験し、それ以来、たべつけなくなった。
・高校生の頃シーチキンを食べ過ぎて嫌いになりいまだに食べられない
・イワシが髪に良いと聞いて毎日食べ2ヶ月 さすが飽きました。まだまだあるけど何か美味しい食べ方ないかな?
・鮪とかの刺身。前夫の実家が都内で魚屋をやっていて近所だったから毎日���ように、鮪のブツやら姑が調理した魚料理がワンサカもらって(要らないといっても強制的に持たされた)必死で前夫と食べてたから、もう食べたくない。でも再婚した夫は刺身大好き。‥仕方なく少し食べてるけど。もう一生分食べたから要らない。
・数の子。正月に祖父が、私のお皿に永遠に数の子を乗せて来たので、残してはいけないと食べ切った。
・うなぎ私が子供の頃、魚屋で働いていた母親が、売れ残りのうなぎの蒲焼きを、度々もって帰ってきました。ゴムみたいになったままの蒲焼きを何度も何度も食べることで、うなぎの蒲焼きが好きでなくなりました。きっと美味しかったら嫌いにならなかったと思います。
・タコですね。子供の頃なんか忘れましたが、食べ過ぎて熱を出し寝込み50年位前ですが、今は見るのは大丈夫だけど、食べれませんね
・鯖寿司。母が好物で、美味い店を見つけたと言っては1人一本買ってきて食卓に出しました。最初は良かったんですが、ずっと続いたせいでその内一切れも食べれなくなりました。
・しじみが大好きで、お味噌汁のしじみを、母親が良かれと殻をとって身だけをいっぱい入れてくれたが、その様が気持ち悪くて嫌いになった。
・寿司が苦手です。板前として働いていたので、食べません。
・大トロが小さな頃から好きで回転寿司や回らない寿司屋で食べまくっていたら高校くらいから気持ち悪くて食べられなくなりました。
・ムール貝。知り合いのお店に遊びに行ったら何故かムール貝のお料理が次々に出てきた。食べきれない程の種類と量に、お店中の人にもお裾分けしたがまだ余る。帰宅後、死ぬほど吐いたが、それ以来ムール貝は食べれない。
・修学旅行で北海道に行った時お店のかたが良かれとイクラ丼を超大盛りにしてくれて、正直そんなには…と思ったけど好意に悪いなとも思い、無理して食べた結果もう二度と食べなくなった
・親が海産系の仕事をしていて小さな頃はよくいくらや刺身を食べていたが、今ではあまり好きじゃなく、特にいくらはなるべく食べたくない
・しゃこえび好きで食べ過ぎて当たった。吐いて下痢してを一晩中繰り返して、二度と食べれなくなった
・だいぶ前の話ですが、カニ食べ放題で食べてしばらく食べれなかった。今もあまり好きでは無いです。
・お寿司のエンガワ。廻るお寿司屋さんで初めて食べた時、とても美味しかったので、エンガワ、エンガワ、エンガワと5皿も食べ続けていたら、次第に脂の味しか感じなくなり、それからそれを思い出して食べられなくなった。
・髪が黒くなると言われ、ひじきをいつも食べさせられて嫌いになった。
・切り昆布の煮物。毎日どんぶり1つ食べてたが吐き気がする様になってやめた
・うなぎ。子供の頃、身体が弱く、また好き嫌いが多かった私を少しでも栄養が高い物をと両親が印旛沼の専門店まで毎週買いに行ってくれて、週3くらい食べていた。幼稚園の弁当にも入れてもらい、アルミの弁当を冬にストーブの近くに置いてあたためてもらうと、うなぎだと匂いで周りの子にバレ、ウナギ女とあだ名をつけられて、食べ過ぎと嫌なあだ名が重なり嫌いになった。
・牡蠣です。昔から酢牡蠣が大好きで、頻繁に食べていたが、大学自体あたりから、いわゆる酢牡蠣で食当たりするようになり、その頻度が上がってきた。社会人になっても、性懲りもなく食べていたが、30過ぎたあたりから体が受け付けないというか、食べたいと思わなくなった。一度、食べざるを得ない状況となり、食べたところ、やはり体調不良となり、今では食べたいどころか、あまり見たくもない。
<ご飯もの・お餅>
・卵かけご飯です。小学生の頃、毎朝食べていたら、突然苦手になりました。今は食べれないわけではありませんが、基本的には食べません。
・学生時代に炒飯を毎朝出されて見るのも嫌になりました
・お餅が大好きだったけれど、かなり毎日食べ過ぎて苦手な食べ物なってしまった!
・香川県白鳥町のぶどうもちがあまりに美味しすぎて食べすぎたので何年か食べれなくなった事がある
<麺類>
・東日本大震災の後、コンビニにミートソースがいち早く並んだため、当時は好物で苦にならず連日おにぎりと食する日々が続いたが、ある日を境に身体が受け付けなくなり、今も可能な限りパスタは食べたいと思わなくなってしまいました。
・冷やし中華、チャーシュー小学生の時に食べ過ぎて。ちらし寿司バイトのまかないで食べすぎて。
・カップラーメンやインスタントラーメンが好きで中学生の時にほぼ毎日間食のように食べてたら今では風味が嫌いになりました。ラーメン自体好んで食べるものじゃなくなってしまいました。
・子供の頃、親が仕事をしていたのでインスタントラーメンを自分で作って食べてました。2年間食べて小3から食べていません。
・素麺を高校のクラブの合宿でバケツ一杯食べさせられて、素麺を見るたびにあげそうにない。
・35年ほど前に朝昼晩と1日3食×7日間、大好きな焼きそばを食べたら大っ嫌いになり、未だに食べられません。
・小さい時にお昼となると焼きそばかナポリタンが出て、しかも味のむらがあり、あまり美味しくなかった記憶があり、今でも苦手です。
・シンガポール仕様の「出前一丁」。日本より食材の値段が高く驚いて、スーパーで取り敢えず安かったこれを買って、こればかりお昼とかに食べていたら、本当に心底飽きて食べられなくなった。日本に帰ってきてからも一度も買っていない。
<豆類・大豆製品>
・小さな時に、納豆好きで食べてたが…中学生以降、突然嫌いになり、それから食べて無い
・貧乏だった幼少期に豆腐を食べさせられて今も嫌いです。多分、あの時期に一生分の豆腐を食べました
・小豆水ダイエットで毎日食べる茹でただけの小豆。痩せるし健康になるけど食事が楽しくなくなる。
・小学生の頃、家族でおばぁちゃんちに行った際、親戚から送られてきた落花生などがあり、1歳下の妹と一緒に落花生をどれくらい食べれるか競争して、食べ過ぎてしまったのか気分が悪くなり嘔吐してしまいました。それ以来、落花生を食べるのが怖くなり、食べず嫌いしています。アレルギー検査など1度もした事がありませんが、食べ過ぎでアレルギーを起こすという事例も多いと聞いたので、もしかしたらアレルギーになっている可能性ありますね。
<乳製品>
・中学生の頃、給食に出ていたスライスチーズが気に入って友達の分ももらって食べていたが、食べ過ぎて嫌いになった。
・ホイップクリーム10代までは美味しく食べていました。親元を離れてケーキバイキングに行けるようになり好きなだけ食べましたがある日突然気持ち悪くなり体が受け付けなくなりました。今では大嫌いです...。
・中学受験の頃にナチュラルヨーグルトにハマり、毎日500mlのパックを1つを3か月位食べ続けた結果、その後10年以上は「一生分のヨーグルトは食べたからもう食べない」と一口も食べられなくなった。最近また少しずつ食べるようになったけれど、まだ好きには戻れない。
<お菓子・スイーツ>
・ケーキ屋に勤めていた兄がチョコレートケーキの端切れを毎日持って帰って来てくれましたが、余りにも食べ過ぎた為それから10年程食べられなくなってしまいました。ある時たまたま食べたらとても美味しく感じられ、それ以降はまた食べられる様になりました。
・小学生の時の誕生日に、どうしてもケーキをワンホール一人で食べたいと言い張り、食べ過ぎて吐き、それ以来生クリームのケーキが嫌い。
・和菓子。以前のパート先で午前、午後の休憩時、年配の先輩から毎日和菓子の差し入れが(-_-
・嫌いにまではならずとも、一時的にドはまりして食べ過ぎたが故に飽きてしまい、自らでは殆ど買うことがなくなってしまったお菓子が多数あります。
・子どもの頃、コアラのマーチが大好きでした。家でコアラのマーチを食べていたら、盲腸のマックスの激痛と重なってしまい、それ以来トラウマとなり手が出なくなってしまいました。
・ゴーフル。小さい頃 大して美味しいお菓子もなかった中で、時々お土産でもらうゴーフルはもう格別に美味しかった。ほとんど自分だけで1缶食べてしまい、その夜 食べ過ぎで 全て吐いてしまいそれ以来 ゴーフルを見ると気持ち悪くなる。
・玉子ボーロ、小さい時大好きで毎日食べていたらある日突然食べると気持ち悪くなった。以来食べると気持ち悪くなるので40年以上食べてません。
・お菓子のおっとっと昔1日1箱食べてたんだけど、いつしか嫌いになってしまった
・小5の頃、やっすいラムネを(透明の箱で黄色の蓋の)をしょっちゅう食べてたら、蕁麻疹出てそれ以来二度とラムネが食べれなくなった
・ポテトチップスのコンソメ味が、発売された当初、母がいつも食べさせてくれたのですが、食べ過ぎて、今では、あまり食べたくないです。
・ポテトチップス、揚げつまみフライ等、油物に吐いて苦しい思いをしたので、もう食べないと思っていました。ずっと、食べずにいましたが、今は、ポテトチップスは、食べるようになりましたが、揚げつまみフライは、まだです
・心太(ところてん)。30年前、高校生の頃にダイエットしようと心太ばかりお腹いっぱい食べていたら気持ち悪くなった。それ以来、食べたくなくなった。
・抹茶。以前は大好きでした。でも今の職場が和菓子工場で毎日毎日抹茶のお菓子の味見やら抹茶その物の匂いにさらされて今では何もときめきません。
・小さい頃きなこが大好きでよく食べていました。しかし、ある時大量にきなこをかけたお餅を食べようとした時、きなこでムセてしまい…。もともと咳がひどく、ムセはなかなか治らず。それが原因であまり好きではなくなりました。
・コーヒーゼリーにハマ���てよく食べていたが、どんどん食べていくうちに味がマンネリ化してきて結果的にコーヒーゼリーもコーヒーも嫌いになった
・メロンパン。一時期ハマっていて色々なコンビニのものを食べ比べしていたけど、食べ過ぎて嫌いになった。
・プリンが大好きな友人に、コンビニの棚にあるだけのを全部買ってお礼に渡したら、次に会ったときには大嫌いになってた。
・子供の頃にプッチンプリンを食べ過ぎて、プリンが嫌いになりました。が、18歳頃から食べられるようになりました。焼きプリンから。
・小学生の頃輸入食料品店で売っていたシナモンのクッキーが大好きでよく食べていました。ある日いつもの様にクッキーを食べていたら、腕やお腹に赤い発疹が出て、小さな赤いブツブツがどんどん増え繋がって皮膚がボコボコに。蕁麻疹でした。それ以降シナモンの入っている食べ物は食べられなくなりました。嫌いと言うより、また蕁麻疹が出るかも?と怖くなってしまったのです。
・小学生の頃、プチシュークリームを食べ過ぎて、気持ち悪くなり、大人になるまで食べれなかったです。
・父がお土産にコンビニスイーツをたまに買って来てくれるのですが、ティラミスとかエクレアとか美味しいって言うとずっと買い続けるので、正直飽きて嫌いになってしまいました。
・ミルクチョコを食べ過ぎて油分が気持ち悪くなり食べられなくなったことがありました。その際は油分があまり感じられなかったホワイトチョコを食べてました(結局チョコは食べてました
・チョコレート。子供の頃、父がもらったバレンタインチョコを食べ過ぎて、気持ち悪くなってから、嫌いになった。
<飲みもの>
・自動販売機のコーンスープを飲み過ぎて嫌いになりました
・生茶パンダの懸賞でシリアル番号が欲しくて何箱も箱買いした。それでも当たらなくて生茶を飲みまくってたら体が受け付けなくなってしまった…。今でも生茶だけは飲めない。
<調味料>
・餃子にサウザンドドレッシングをかけるのにハマって毎日したらある日吐き気が。それからサウザンドドレッシングが無理。
・マヨラーだったので、ほうれん草のお浸しやツナサラダ等にもマヨネーズをかけて食べていました。ある朝お弁当に持って行くツナサンドを作ろうとして、マヨネーズをツナにかけていたら「ぷちゅんっ!」と容器から出てきてしまったのです。左手に着いたマヨネーズを舐めた途端に気持ち悪くなり、以来マヨネーズは苦手な調味料になってしまいました。
<その他>
・父がピザが安いときにピザばかり食べさせてきて、それ以来大嫌いになりました
・フィレオフィッシュを3日続けて食べたら気持ちが悪くなって食べられなくなった。
・ポンデリングを続けて3個食べたら気持ち悪くなって、何回も挑戦するけど気持ち悪くなってもう食べられなくなった
・うずらの卵の水煮。こどものころ、食べすぎて吐いて、しばらく食べられなかった
・家庭用たこ焼き器が流行った時に買い、母が作りすぎて嫌いになった
・天ぷらを食べすぎてお腹を壊し、以来滅多に食べなくなった。
・チーズタラを食べ過ぎて吐血した。大嫌いになった。
・子供のころ手作りの刺身こんにゃくを食べすぎてこんにゃくと名のつくものは全てダメ
・ダイエットしてこんにゃくとしらたきがにがてになりました
・幼稚園のお弁当で必ずご飯にかかっていた「さくらでんぶ」。一生分食べたので、今はもう見なくてもいい。
まとめ
みなさんから寄せられた意見をまとめると、
・食べすぎた結果、体調を崩すなど痛い目に遭った経験が多い
・親の仕事内容など、家庭環境が左右する場合もある
・しばらく期間を空けた結果、克服した例も
といった具合です。大トロやいくらなどの高級品にくわえ、ハンバーグや天ぷらといった「子どもの好物」とされるものも挙げられており、人によって事情はさまざまであることがわかりました。
好きなものを腹いっぱい、嫌というほど食べてみたいという願いを叶えるには、相応のリスクが伴うようですね。
アンケートにご協力いただきありがとうございました。
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「あけましておめでとうございます。枢木さん」
ソファに横並びで『ゆく年来る年』を眺めていたルルーシュが、日付の切り替わりと同時にこちらへ向き直り、座面の上で正座になって三つ指を突いてくる。白無垢を纏った幻影が見えるほどの流麗なお辞儀に新年早々、文字通り本当に早々、心臓が鷲掴みにされる心地だ。
「あけましておめでとう、ルルーシュ。今年もよろしくね」 「はい、お願いします。……ふふ、平成三〇年の枢木スザクは男前ですねえ」
粛々とした顔つきを即座にふにゃりと緩ませ、胸の前で小さく��手をするルルーシュの頬はほんのり、を通り越してなかなかに赤い。そこらの大学生よりも酒に弱い白人が存在するのだという事実を、スザクは目の前の可愛い同居人を通じて初めて知った。飲み慣れていないせいもあるのだろうか。なにせスザクが気合を入れたレストランで二十歳の誕生日を祝ったその席まで、ルルーシュがアルコールに口をつけたことは一度たりともなかったというのだから驚きだった。ルルーシュを見ていると事あるごとに、育ちが良いとはこういうことかとしみじみ思わされる。芸能界に足を踏み入れ立てでおまけに自分のファン、いかにもチョロそうだからさくっと抱いてモノにしてやろう、などと謀っていた三年前の自分を殴り倒しに行きたい。もっとも、ふわふわと心地良さそうにスザクの両手を取って無意味に振り、挙句ぽすんと胸元に倒れ込んでくるこの懐き具合に対して、これまでの戦績が口先だけのごく軽いキスひとつという今の体たらくの方が、過去の自分から張り倒されて然るべきといった話なのだが。
「眠いの? 寝るならちゃんとベッドに行かないと」
揃いのパジャマの胸元に顔を埋められ、こんなことでも童貞のように爆発寸前の下心を抑えながら頭を撫でる。さらさらとした黒髪の指通りを、指先から伝い全身全霊で愉しむことくらいは許してほしい。同じシャンプーを使っている筈なのに、どうしてこんなにも甘くやわらかな匂いがするのだろう。
「ルルーシュが寝るなら、俺も寝るし。明日のお雑煮作りも手伝うから」 「おぞうに……枢木さんは、おもち、何個食べますか?」 「んー、五つくらい? ほら、ルルーシュ立って」 「いつつかあ。いっぱい食べますねえ。いっぱい食べるひとはいいひとですよ」 「そうだね。ありがとう」
この瞬間もこれまでにも、襲ってしまおうと思えば容易に襲える場面がいくつもあった。今までベッドを共にしてきた女優なりモデルなりアイドルなり、凡百の相手であればとっくに抱き飽きている頃だろう。それをこの、五歳年下の男の子に限っては、酔ってふらついた身体を支えて唇が近づいた瞬間の、衝動的な一度の口づけしか為せていない。しかもそれを、同じ状況である今再び、今度こそは舌まで入れて奪ってやろう、などという気も臆病風で起こせない。あのキスの直後、真っ先に感じたのは圧倒的なまでの罪悪感だった。ルルーシュが嫌がっていない、というよりも「酔ってふざけてキスなんて大人だな、それも枢木スザクが相手なんて役得だ」程度にしか捉えていないのが丸分かりであったことで、「枢木スザクに生まれて良かった」という天から光射す気持ちプラス「どうして俺は枢木スザクなんだ、いっそただの顔が良くて才能と金のある一般人だ��たなら」という気持ちプラス「でも俺が枢木スザクでなければルルーシュはこんなに気を許してはくれないんだ」プラス「そうだ少なくとも俺はルルーシュにこんなに懐かれてるんだぞ見たか世界!」、イコールでこうして今もただの良い人、ルルーシュを愛し愛されるお兄さんポジションに甘んじている。与えた自室のベッドまで手を引いて先導し、布団を胸元まで掛けてやったルルーシュが「おやすみなさい」とこれ以上なく安心しきった声で言うのを聞いて、ようやく勃起を許した股間を開放すべくトイレへ向かった。二〇一八年の自慰初めだ。
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「はい、熱いから気を付けてくださいね。いっぱいおかわりしていいですからね」
椀を手渡すルルーシュが着ている割烹着は、この日のためにスザクが購入した卸し立てだ。いつものエプロンももちろん至高だが、新年の朝には真っ白な割烹着と三角巾でお玉を片手に微笑むルルーシュがどうしても見たかった。今年の正月休みは三日の午前中まで、ルルーシュよりも半日分短いがその間はずっと一緒にいられる。どこにも行かず、何にも邪魔されることなく、ルルーシュの作った食事を三食食べて酒を飲んで――この世の春とはまさにこのこと。にやにやしながら雑煮の椀を片手にソファへ座ると、ルルーシュも後を追ってにこにこと身を寄せてきた。期待たっぷりに輝く瞳は、スザクがもう片方の手に持つお神酒の瓶へ向けられている。弱いと言っても酒好きの度合いにおいてはスザクどころか、『コードギアス』の打ち上げで目の当たりにしたシャルルのそれと並ぶほどのようだった。流石は親子、いや親子ではないのだが。シャルルとの共演回数はスザクの方が遥かに上回り、またルルーシュの実の両親ともそれなりに顔を合わせてきているというのに、未だに時折『ギアス』の世界が現実を侵食するような心地に襲われる。映画総集編の新規カットや宣材写真の撮影で仕事が継続しているから、という理由もあるがそれだけでは���く、要はあまりにも強烈な体験だったのだ、『コードギアス』という現場は。あのドラマがスザクの人生を、比喩でも大袈裟でもなく変えた。思えば正月らしい正月を過ごしたいと考えたことなど、ほんの幼い頃以来ではないだろうか。
「お雑煮って、作るのも初めてだったんですけど、考えてみたら食べたこともほとんどないかもしれません。給食で出たかな……?くらいで」 「そっか、いつもはイギリスで過ごすんだもんね。イギリスの正月料理ってなんかあるの?」 「特にないですね……うちだと、ちょっと良い朝ご飯を食べるくらいです。あの、あれです、ラピュタのパンみたいな」 「あ、いいなあそれ。っていうかルルーシュ、ラピュタ見たことあるんだ?」 「映画という意味なら……」 「城本体は俺もないかな」
「ふふ、すみません」と、楽しくて仕方ないといったように笑い、角餅の端に齧りついて熱さに少し眉根を寄せるルルーシュをうっとり眺める。香り立つ湯気の向こうにルルーシュ、新しい年の陽射しに黒髪が透けて綺麗な茶色に映るルルーシュ、ああ今食べたのはスザクが型を抜いたお花のにんじん、椀を傾ける仕草もほんのり血色に染まった唇も完璧だ。
「そんなに意外ですか? 俺とジブリの取り合わせって」 「うーん、割と。なんか国内アニメとかって全然見ないで育ってきてそうな」 「それはそうですけどね。でもジブリは後学のためにも一通り観ましたよ。あ、あと、最近は移動中にあれとか観てました。けものフレンズ」 「なんだっけ、聞いたことあるなそれ……すごーい! ってやつだ」 「そうですそうです、すごーい! たのしーい! ってやつ」
かわいーい。心の中でしみじみ呟く。
「枢木さんとも観たいなあ、ラピュタとかトトロとか。ジブリって配信ないですもんね、借りてきますか?」と、雑煮のおかわりを取りに立ちながら提案してきたルルーシュに「えー、『正月は外に出ない計画』じゃん」と返す。「そうでしたね。あ、それじゃあそろそろ頼んでた神社が……」とルルーシュが言ったとほぼ同時、マンションコンシェルジュからのコールが鳴り響いた。
「わあ、ジャストタイミング。出ますね。……はい、枢木です。あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします……え? ……はい、ええ。少々お待ちいただけますか?」
空の椀を持ったまま、壁から取り上げた受話器を器用に押さえて「大きい荷物だから、配達員の方をそのまま上げてもいいか、って」と、ルルーシュはやや困惑顔でこちらを振り向く。頷いてやると、不思議そうながらも「……すみません、はい。お願いします。ありがとうございます」と丁寧に対応し、キッチンではなくスザクの傍に戻ってきた。
「そんな大きいもの、頼んでましたか? なんだろう、ゲンブさんからとか?」 「ないない。ああ、ハンコ押したらそのままでいいからね。俺が中まで運ぶから」
ますます首を捻るルルーシュだったが、ややあって聞こえたドアチャイムで弾かれるように再び立ち上がりインターホンまでぱたぱたと駆けていく。残りわずかだった雑煮を食べ終えてからゆっくり後を追えば、玄関にスザクが着いたときには配達員の姿がドアの向こうに消えたところで、ルルーシュが頬を紅潮させてスザクの方へ振り向いた。
「枢木さん、枢木さんこれ! これ、kotatsu!」
興奮のあまりかイントネーションが非日本語のそれになっているのを思わず笑いながら、「うん、炬燵。注文してたんだ。ルルーシュ、本物見たことないって言ってたから」と意識してさらりと伝える。ああ注がれる「枢木さんすごい! かっこいい!」の眼差し。
「すぐ組み立ててあげるから。炬燵でみかん食べてさ、おせちも食べて、一緒にテレビ見て、ごろごろしよう?」
さあ来い! 飛びついてハグ! 顔には出さず、しかし期待ではち切れんばかりの胸を脳内で大きく開く。ルルーシュの瞳がきらきらと輝き、勢いよく広げた両腕をがばりとスザクの首へ回して――近づく温度! 触れ合う胸!
「枢木さんっ、ありがとうございます! 大好きです!」
やったーーーーーーーーーーー!!!
15:00
予定通り炬燵と一緒に届いた神社のジオラマを組み立てるのには、予想以上に骨が折れ時間がかかった。ルルーシュと二人、お互いに細かい作業は得意だと自負していたが、出来上がったときにはどちらからともなくぐったりとした溜息が漏れたほどである。
「紙製だとは思えないですね。すごくしっかりしてる」 「そうだね、ちゃんと狛犬もいるし」
しかしジオラマと目線の高さを合わせ、炬燵の天板に顎をついて感嘆するルルーシュの美しい目瞬きと、その度に音を立てそうな睫毛を見ているだけでかなりの回復を感じるのだから安いものだ。否、この至近距離でルルーシュの素の表情を凝視できるという立場はどれだけの維持費がかかろうとも手放せない。このジオラマなんて二千円ほどの代物なのだ、むしろ神やら運命やらに莫大な額の値引きをしてもらっていると言える。
「でもちょっと、結構疲れましたね……今年の疲労初めだ」 「俺らジオラマを舐めてたね。あ、横になるならいいよ、膝」 「いいんですか? じゃあ、お言葉に甘えて」
炬燵に入ったまま横たわろうとするルルーシュに好機とばかり、だが極めて何気なく誘導をかけて、自身の膝に頭を置かせることにも大成功した。改めて見下ろせばなんて小さな頭、形の良い頭蓋だろう。そして髪の間から覗く、耳のやわらかく真っ白なことよ。指先でふにふにと耳殻を揉めば「くすぐったいですよ」と笑いながらの抗議が来た。
「ごめんごめん」
永遠にこの時間が続けばいいのに、と思うもルルーシュは早々に身を起こし、「だけどようやくこれで初詣が出来ますね。ほら、枢木さんも」と傍らに用意していた小箱を引き寄せる。中に入っていたのは賽銭箱を模した貯金箱で、スザクが「神社は混むし、どこに行っても人目が多すぎるから家で初詣をしよう」と提案したことに想像よりも遥かに喜んだルルーシュが買ってきたものだった。大学の友人に連れられて行ったヴィレッジヴァンガードで見つけたのだとか。前半は気に食わないが(男であれ女であれルルーシュと買い物をすることにデートの意味を見出さない人間などいるものか)、未だに場慣れしないという猥雑な雑貨店でおずおずとはしゃぐルルーシュの姿は想像するだに素晴らしいマスターベーションの供になる。
「二礼二拍手一礼、ですよね? お賽銭は先でしたっけ、後でしたっけ」 「合ってるよ。賽銭はよりけりだけど……まあそもそも手水とか鈴緒もないし、タイミングとかは気にしなくていいと思う」 「これね、見てください枢木さん。綺麗なのを用意したんです」
いそいそとルルーシュが取り出したのは五円玉が九枚で、「四十五円でしょう? 始終ご縁がありますように、って」とどこか自慢げに教えられる。
「すごいね、よく知ってるね」
チャンスとばかりに頭を撫でると、ルルーシュは一転して照れた笑みを満面に浮かべた。積もりに積もった欲望はもはや己の武器ともなっている。人間は進化する生き物だ。
「ご縁って、誰との?」
だが心温まっているだけの場合ではなく、ここはしっかり聞いておきたいところだ。これだけこちらからの想いを重ね、圧を込めておきながら、ルルーシュの恋愛観や好みのタイプといった情報を聞き出せたことはまるでない。ルルーシュの側からスザクに聞きたがることは多々あれど、反対にこちらからそうした話題を振るとルルーシュは本当に困ったようになってしまい、反応に窮してわずかに落ち込んでしまうのだ。
「そうですね、俺は特定の神を信仰している訳ではないんですが、何か大きな、上位存在のようなものはあるのかなと、ぼんやりですけど。それがもたらす運命だったり、チャンスだったり、そういうものとの良縁を、と思って」
ルルーシュは当然、性愛に無知というわけではない。仮にも二十歳の男子なのだ。この仕事をしている以上、扇情的なアピールを行うこともある。だがそれとは別の次元で、性の部分に希薄さを感じる、というのがこの三年間ルルーシュをじっとりと見てきた人間の所感だった。本人に確かめては勿論いないので、あくまで所感に過ぎないのだが。育ちの良さが影響しているのか、パーソナリティで片付けられるものなのか。ともかく、そのまっさらに見える惚れた腫れたの大地に芽吹きの気配があるのなら、早めに熟知し傾向と対策を――と思ったのだが、この様子ではまだ「優しくて大好きな枢木さん」に甘んじていられそうだ。
「――あとは、その。当たり前ですけど、枢木さんとのご縁も、ずっと続きますようにって」
枢木さんは何円入れますか? あっ、小銭って持ってないですよね。枢木さん、キャッシュレスの人だから。じゃあ、俺と一緒にこの四十五円、入れましょうね。半分ずつ二人で持って、せーのって。九枚だからどっちか一枚少なくなっちゃいますけど――ルルーシュの楽しそうに話す声を聞きながら、思わず目頭が熱くなったのを慌てて堪える。 炬燵の一辺に並んで座り、小さな神社を前にして二礼、二拍手、一礼。それぞれに目を閉じ、しばしの無言で願いを捧げる。神様、俺をずっと、ルルーシュの隣にいさせてください。セックスなんて出来ないままでもいい、いや今のは撤回、ルルーシュのおちんちんも見たいし舐めたいし触りたいし触ってほしいです。出来れば今年中にご査収願います。何卒。
「そうだ、おみくじもあるんですよ。初詣といえばおみくじですよね、今持ってきますね」
うきうきとした語調ながら名残惜しそうに炬燵を出てどうやらキッチンに向かい、バスケットを手に戻ってきたルルーシュがまた素早く炬燵に潜り込む。バスケットの中には人間の形をしたふわふわのパンが四つ、レーズンの目やボタンをつけられて可愛らしく鎮座していた。
「これって、あのラジオで言ってたやつ? えーと、」 「そうです、マナラ。美味しいですよ。では枢木さん、この中から好きなのをひとつ選んでくれますか?」
これがルルーシュの用意した「おみくじ」なのだろうか。なにやら誇らしげな顔で見守られ、カラフルなチョコレートで靴を履かされている一体を選んで手に取る。「裏返してみてください」と囁かれ、パンをひっくり返せばそこには、筆にチョコレートを取って書かれたと思しき、この手の装飾には異様なほど達筆な「大吉」の文字。
「おめでとうございます! 大吉ですよ! 枢木さんの二〇一八年は良い年になりますよ」
心底嬉しそうに楽しそうに、自分の食べるマナラを持って手を振るように動かすルルーシュ。こんな、スザクにおみくじを引かせるために、わざわざパンを焼いて、裏面に文字まで仕込んでわくわくと待っていたのか。抱き締めたい、猛烈に抱き寄せて深く深く口づけてしまいたい。可愛らしく振っていた手の部分から早速食べている唇を奪いたい。でろでろに愛しさで蕩けながら、スザクは大吉パンの頭に齧りつく。
21:00
「小腹が空いた気がします」
シャルルからの頂き物だというオリジナル日本酒『ルルーシュ』を大事そうに呑みつつ、毒にも薬にもならないような正月特番を微笑んで眺めていたルルーシュが突然、真剣な顔つきで報告してきた。
「枢木さん。俺は小腹が空きました」
むしろ宣誓と表現してもいいくらいの真面目な申告だった。「おせちのローストビーフ、確か残ってましたよね。枢木さんも食べますか。食べますよね」と静かな口調ながら言い募られ、「そうだね……ちょっとつまもうかな」とわずかに気圧されて答えると、ルルーシュの表情がぱあっと明るくなり、「にっこり」の図解として辞典に採用されそうな満面の笑みが浮かんだ。毎度思うがあまりにも顔が良い。
「取ってきますね! ローストビーフと、みかんのおかわりと、あと、ビールと」
浮き足立っているというよりほとんど千鳥足、これはかなり酔い始めているな、とキッチンへ向かう綿入れ半纏(こちらも着ているところが見たくて買った)の背中を目で追う。そして頬が緩む。炬燵机の上に置かれた、みかんの皮を広げて作った蛸にも口元がにやける。スザクが作ってみせてやったのを意気揚々と真似していたが、今見ると足が七本しかない。
「おせち、何が一番美味しかったですか?」 「一番? えー、難しいな……生春巻きかな。えびのやつ」 「あれは特にうまくいきましたね。もっとたくさん作れば良かった��な」 「また作ってよ。この前の餃子みたいにさ、大量に。次のおせちにも入れてね」
右手にローストビーフの皿、小脇にクッキーの細長い箱を抱え、左手に缶ビールの六缶パックをぶら下げつつみかん入りのネットを胸で抱えるという器用な格好で戻ってきたルルーシュへ、早々とかつ当たり前のように来年のリクエストを申告する。せっかく手作りするのだから互いの好きなものだけを入れたお重にしよう、とルルーシュからおせち料理の提案をされたときは自分でも度が過ぎていると思うほど大喜びしてしまった。大晦日の朝から並んで台所に立ち、ルルーシュのいつもながら鮮やかな手際に見惚れつつ、包丁捌きを褒められたり共に味見をして頷きあったり、あの楽しさはまるで子供の頃の自分までもが優しい手で抱き上げられたような心地だった。ただでさえ五つも年下で同性の相手に、ただ懸想するだけでなく母性まで求めるようになってはいよいよ終わりの始まりだと自覚してはいる。だが「あ、これたぶん甘いですよ。これもそうかな」とみかんを選別してこちらに寄せてくるルルーシュに、高鳴りとはまた違う、震えるほどの胸の衝動を覚えない男が果たしているだろうか。
「ミスターイトウのバタークッキーが昔から好きなんですよね。ムーンライトとかも美味しいけど、俺はやっぱりこの赤い箱に胸がときめく」 「ね、ルルーシュ」 「はーい。なんですか?」
酒に酔っていることもあり、出会った頃では考えられないほど気安くなってくれた反応。少し濡れたように瞬く睫毛、何にというでもなく、場の雰囲気に緩く笑んだ美しい唇の端。
「今年も、良い年になるといいね」 「はい。二人で、素敵な年にしましょうね。……あっ桃鉄! そうだ桃鉄やりませんか! 俺ね、結構いろいろ勉強したんですよ」
スザクの感傷を吹き飛ばさんばかりに勢いよく立ち上がり、「Wiiリモコンってこっちのチェストでしたっけ?」とわくわく探し始める姿に、思わず吹き出すように笑ってしまった。準備を手伝いに腰を上げ、「勝利パターンとか、カードの対策と使い方とか。もうやられっぱなしの俺じゃありませんよ、なんなら枢木さんに一泡吹かせてやりますからね」と意気込むルルーシュを軽くからかう。
「威勢がいいねえ。じゃあ罰ゲーム制にしよっか、ルルーシュが勝ったら何でも言うこと聞いてあげる。そのかわりあれだよ、負けたら俺にキスだからね」 「えっずるい! 俺もそれがいいです!」
明らかにふざけているとわかるような声色を作って言った台詞を食い気味に主張され、予期せぬ反応と勢いにぎょっとする。「俺が勝ったらー、枢木さんは俺に勝者のキスですからね」と続く語尾のふわふわした口ぶりは、完全に酔っ払い特有の様態。
「えっ……えっ、いいよ、うん」
鼻歌を歌いながらディスクを本体に飲み込ませるルルーシュには、自分が言ったことにどれだけ重みがあるか、いかに今スザクが動揺しているかもわかってはいないのだろう。スザクが勝ったらルルーシュとキスができて、スザクが負けたらルルーシュとキスができる? いや違う、負ければスザクからのキスだが勝てばルルーシュからのキス、両者は似て全く非なるものだ。恐らくルルーシュの中ではダチョウ倶楽部的な認識か下手をすればそれ未満だが、スザクにとってみれば瓢箪から駒の超特大級お年玉だ。
「何年でプレイしますか? 三十年……いや、五十年かな」 「三年決戦でいこう」
三年で片をつける。そして絶対に、ルルーシュの方からキスしてもらう。「えー、北海道大移動は起こさないんですか? そこも研究したのになあ」と可愛く不満を述べるルルーシュにクッキーを咥えさせて誤魔化し、スザクはリモコンを握る手にじっとりと汗を滲ませた。 結果として、我欲は人間を驚くほど弱くするもので、かのイカロスもただ飛ぶだけなら良かったものを太陽に届かんとしたその途端に翼を溶かしたというわけで、ものの見事にスザクは敗北を喫したのである。流石ルルーシュの「研究」は伊達ではなかったということか、いや運の部分ばかりはどうしようもない要素であって、やはり天がスザクの下心に味方をしなかったということなのだろうかしかし結局キスはできるのだから抜かったな天よ! なにせ前回の偶然から一ヶ月もせず再び巡ってきた、しかも今回は完全同意のチャンスである。酒に酔っての言動を同意とするのは人としてどうなのかという後ろめたさも小さじ程度ありつつ、もはやそんな理性を働かせてはいられないほど状況は切迫しているのだった。リモコンを静かに床へ置き、勝利に拳を掲げているルルーシュに向き直る。別にこれを機に関係を進めようだとか、ましてやそのまま押し倒してやろうだなどと思っているわけでは決してないのだ。ただ、人生に少しばかりのご褒美が欲しいだけ。ルルーシュという奇跡の存在と寝食を共にして、あまつさえその唇に触れるという極上の果実を「少しばかり」と形容するなどまさしく天をも恐れぬ所業だと自覚はしているが、それでも。
「ルルーシュ……」
好きだよ、と続けて甘く囁いたとしても、それが愛の告白だと受け取ってはもらえないこの身の切なさが、少しくらい報われてもいいじゃないか。
「あっ、そうですね! やったあ、じゃあお願いします」
――弾む口調で目を軽く閉じ、ルルーシュが自身の頬をとんとんと指差したことで、夢から醒めたように気付いた。そうだ、何もマウストゥマウスで、と指定されてはいなかったのだ。勝利のキスを頬に、というのは最近までやっていた番組名物のビストロコーナーでもお決まりの行為だった。なるほど、それならルルーシュが、いくら酔っているとはいえ自分からねだってくるのも理解の範疇内である。浮かれきっていた自分を内心、自嘲で笑い飛ばそうと努めながら、いやでもそれにしたってご褒美はご褒美に違いない、もうルルーシュのほっぺの感触を味わいつくしちゃうもんねとルルーシュの両肩に手を置く。近づく肌のきめ細かさと、香る黒髪の甘い匂い。はやる心臓が着地点を間違えないように、慎重に近づいて、
近づいて?
唇が。
ルルーシュの唇が、ルルーシュが瞼を一瞬開いて、またすぐに閉じて、顔を。
顔の角度を、変えて、スザクの唇に。
唇が、くちびるに。 「――ふふ、びっくりしました? この前のお返しです。なーんて」
放心しているスザクに、ルルーシュは悪戯が大成功したという笑顔で言う。「……あ、すみません、嫌だったですか?」と表情が翳りかけたのを慌てて勢いよく首を横に振り、「いやいやいや違うすごいびっくりしただけ、えっだってすごいブラフ……えっ待ってどこから?」と無意味にルルーシュの半纏の紐を結び直しながら返した。ルルーシュはほっとしたように頬を緩め、そしてまたにんまりと笑ってWiiリモコンを手遊びに振る。
「最初からです、最初に言ったときから。枢木さんが勝ってもそうしようって思ってたし、俺が勝ったら先制攻撃の不意打ちで、って。俺あのとき、誕生日のとき、すごくびっくりしたんですよ。だからお返しです。目には目を」
こんなところでハンムラビ法典を聞く試しがあるとは思わなかった。などと冷静に言ってはいられない。否もう、まるで冷静ではない。「そっかーいやほんとすごいびっくりした俺も、ルルーシュすごいねほんと良い役者、あー本職、俺も本職」と早口で並べ立て、無意味に手を握っては開き開いては握り、してやったり顔のルルーシュに爽やかな笑みを見せる。
「完全に騙されちゃったな。ああごめん、俺ちょっとトイレ行ってくるね」 「はい。すみません、俺も結構もう、眠くなってきたので……歯を磨いてきますね」 「オッケー。寝る前に声掛けて」
めいめいに立ち上がり、洗面所の前で別れて、ルルーシュが立った鏡越しの視界に映らない場所まで進んだところでトイレへダッシュする。短距離走者の本気の走り方だ。音が立ち過ぎないよう気をつけつつ急いでドアを閉め、息をつき、個室の中でしゃがみこむ。ぐうう、という音とも声ともつかないものが自分の喉の奥から漏れた。
「無理……好き……あー無理、超好き……どうしよう……好きです……」
ついに独り言が敬語になってしまった。ジーンズを下げてぼろんと飛び出す、元日にしてすでに今年最高ではないかという隆起を見せつける我が陰茎。そうだ今年は射精をする度に、赤十字社へ寄付をしよう。みなさんの二〇一八年が、どうぞ良きものでありますように。
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笑わない肖像(山土)
ドライアイ用のとろみのついた目薬を差しながら、山崎退は欠伸を噛み殺すように口を噤んだ。薄暗い部屋には彼以外に誰もおらず、誰かに見られて怒られるわけでもないというのに、そう習慣づけられてしまっては今更直す気にもなれなかった。今は任務中で、何時いかなる時も気を抜いてはならない。他人をのぞく時、他人もまたお前を覗いているのかもしれない。それを避けるべく俺はこの空間で空気と化さねばならない。誰にも知られることなく、いつも誰かの様子をそっと伺っているのだ。
監察の任務に就くにあたって、いくつかの暗黙のルールが存在する。とは言え誰が決めたわけでもなく、直属の上司である副長にそう言いつけられているわけでもない。ただこの特殊な任務をこなすうちに、自然と身についたものだと言ったほうがいいのかもしれない。主に攘夷浪士対象に行われる張り込み作業中の、あんぱんと牛乳だってそうだ。普段から好き好んで摂取しているわけでもないそれは、まあ、あれだ。この国において張り込みと言えば、あんぱんに牛乳だからだ。ここがアメリカだったら紙の容器に入った中華系デリを食していたかもしれない。 だからと言って他の監察方に俺のルーチンを強要するつもりも、これを真選組の公式ルール化するつもりもなかった。それぞれがやり易いやり方で任務に当たるのが最善だと、俺は勝手に思っている。……まあ沖田隊長のあの派手なやり方には、正直言って賛成しかねるところはあるが、ともかく監察というのは組織の中でも特殊で、かつ自由な役職だと思うのだ。 そんな訳で俺は今日も古びた六畳間の和室で、あんぱんと紙パックの牛乳を片手に握りしめながら、いくつか開いた障子の穴から向かいの建物を見張っていた。
「今日も対象に動きなし、っと」
日も落ちてしまったところで、監察日記に今日の報告を書き加えてゆく。代り映えしない文字の並ぶ様子に、退屈だが少し安堵した。今日も何事もなく、江戸が平和な一日を終えたという証拠なのだ。ペンのキャップを閉めて、もう一度自分の書いた文字と向き合う。書き留めたところのインクがまだ乾いていなかった。 副長のように毎度��を削って筆を浸すほど、俺は字が達者なわけではない。報告書も使って筆ペンか、原作者の都合で丸ペンで書くことが多かった。コンビニで普通に筆ペンが買えるこんなご時世にわざわざ上等な筆を使うのも、副長個人のルーチンみたいなものだろう。誰に習ったのか知らないが、柔らかな馬の毛の腰を立てて書くのは思ったよりも難しい。俺も副長を真似て何度か使っては見たものの、その書き味に一向に慣れずに文字通り筆を投げてしまった。そういえば、あの筆はどこにやったのだろう。原田にでも譲ったのだったろうか。 幾分か下りた肩の荷に、ぼんやりとどうでもいいことを考えながら、胡坐をかいたままごろりと敷きっぱなしの布団に寝ころんだ。万年床と化した布団はひんやりとしていて、西日に照らされ続けた身体に心地が良い。今のうちに少し仮眠をとっておいたほうがいいのかもしれない。悪が動くのは決まって深夜なのだと、俺の監察としての勘がそう告げている。
次第に暗くなる室内の暗さに慣れた目を瞑る。闇の中で聞こえるのは、近くの繁華街を行き交う人々の賑やかな声と、隣の住人が流しで洗い物をする食器の音、どくり、どくりと控えめに鳴る己の心音。瞼の裏側で、スーパーのビニール袋が増えるだけの殺風景なこの部屋を思い浮かべて、次に思い出すのは恐らく書き間違えた和紙の散乱する副長室。あの人は今も着流し姿のまま、ひたすらに机に向かっているのだろうか。十日前に確認したシフトの内容はもう覚えていない。いつもの引き出しの中には、煙草のストックはまだあっただろうか。きちんと、休んでいるのだろうか。
***
よく晴れた秋のことだった。長期の潜入捜査明けでその日非番だった俺は、冬の町内大会に向けてひとり、誰も寄り付かない石庭を踏みながらミントンの練習に励んでいた。ぶん、ぶん、と空気を切り裂くようなガットの音に混ざる、じゃり、と小石を踏む音がだんだんと近づいてくる。大型の男の足音に原田かなと目星をつけ、今日の俺は誰の静止も聞かないよ、そう言ってやろうと振り返る前に、『おう、ザキは今日もミントンか!』と、酷く聞き慣れた大きな声が聞こえたので、予想していた人物ではないことを悟った。
『お疲れ様です、局長。写真、ですか』
乾いた青空によく映える黒の制服に身を包んだ近藤勲は、見慣れない三脚と二眼レフカメラを抱えて中庭へとやって来た。尋ねれば、倉庫の整理をしていて出てきた近藤の私物だという。真っ黒なボディーはゴツゴツとしていて、銀色で装飾されたローライフレックスの文字は所々メッキが剥がれかけていた。だいぶ古びてはいたが、それなりに大事にされてきたのだと一目見てわかった。
『ああ、昔、ちょっとな。まだ使えるかわかんねぇけど、懐かしくてつい触ってみたくなったところだ』
そう言った瞳は普段のような鋭い眼差しはなく、柔らかな雰囲気の、ただの一人の青年のように俺の瞳には映った。俺が先程まで素振りをしていた塀の近くに、近藤は慣れた手つきで三脚を組み立て始める。わざわざ足場の悪い石庭なんか選ばなくとも、この先に柴の生えた場所ももあったがそれは口にしなかった。ねじを締め終え、しゃがんだ背中からよし、と声が上がると、今度は本体の裏蓋を開け始める。スラックスのポケットから取り出した細巻きのフィルムを取り出して、ベロを引き延ばして巻き付けると、横についているレバーをゆっくりと回し始めた。
『へーこの時代にフィルムだなんて、粋ですね』 『だろう?これも随分昔のものなんだ、まだ撮れるといいんだが・・・よし、できた』
ぱちり、と裏蓋が音を立てて締まり、先ほど立てた三脚に取り付けられる。腰ほどの高さにある二つのレンズは、よく磨かれたのか高く昇った太陽を反射してキラキラと輝いているようにさえ見えた。『じゃあ早速撮るか』、そう言ってカメラの前に立つ近藤の後姿を見て、俺は少しだけ不自然に思った。二つのレンズが向けられた先は、立派に手入れされた石庭などではなく、この屯所を囲っている白い塀だったからだ。
『撮るって局長・・・そこじゃあ何も映らんのじゃないですか』
俺の言葉を背中に受け、振り返らないままシャッターを切る音がする。一度ハンドルを巻き上げ、切って巻き上げること数回目、ようやく俺のほうを見た近藤局長の目は、覗き穴に向けられるような柔らかく笑った笑みのままだった。
『何って、お前がここに立つんだよ』 『はあ・・・』 『さっきな、こいつと一緒に昔のアルバムも出てきて見てたんだが、そういえばお前の写真がないんだよ』
不思議なほどに、一枚も―― それに返事はできなかった。したかもしれないが、先程と同じようなはぁ、だとか、恐らくそんな意味のない言葉ぐらいしか出なかっただろう。からん、と足元で音がして、俺は手にしていたラケットをその辺に落としてしまった。胸の内にもやもやとした、黒い霧のような感情が顔を出すのがわかる。触れられたくない。不覚にも、そう思ってしまった。
『あー俺、そういうのちょっと苦手というか・・・ほら、俺って地味ななりだし、写真映りも良くないんですよ』 『そんなの関係ねぇだろう。思い出だよ、俺の』 『・・・そうは言われても』 『まあいいからさ。たとえお前が半目で映っていたとしても、笑わねぇし誰にも見せねぇって』
そう言って近藤はバシバシと俺の肩を叩く。写真を勧めるのも肩を痛いほどの力で叩くのも、一切の悪気がないのだから質が悪い。この人のそういうところに惹かれてこの組に入ったのも事実だった。『わかりましたよ』とわざとらしく渋々といった雰囲気で言うと、『じゃあそこに立って』と真っ白な塀の前へと立たされる。二つのレンズと向かい合い、おかしなシチュエーションになんだか妙に緊張が走る。白い背景に一人ぼうっと突っ立っているって、証明写真じゃあるまい。笑ったほうがいいのだろうか、そう思ったが気乗りしなくて、にやり、と不気味な笑みを浮かべてみるも、『怖ぇーよザキ、もうちょっと自然に、な。リラックスしろよ』と苦笑いされてしまった。 『じゃあ撮るぞー』と声がして、近藤は少し屈んで上部のレンズからこちらを覗き見る。こうやって人を覗く事には慣れた身でも、覗かれるのは決して気持ちのいいものではないな、とそんなどうでもいいことが頭を過り、かちん、と音がした。
『よし、終わり』 『あ、もういいんですか』
結局俺は、笑わなかった。いつものような真面目腐った、真選組監察といった顔をしてのけたのだ。どうせこの写真が使われるのは、俺が死んだ後ぐらいなのだろう。遺影なら笑わないほうがいい。なぜだかそう思ったのだった。
***
「おい、起きたか」
目が覚めると、見慣れない真っ白な天井が視界に入った。ああ、見慣れないとは嘘だ。たまに見る、これは恐らく大江戸病院の病室の天井だろうか。声のする方を振り返ろうとするが、麻酔か何かで身体が思うように動かない。その様子に気付いたのか、「いい、無理して動くな」と間髪入れずに声は言う。ちらりと視界の端に映ったのは、隊服をきっちりと着込んで咥え煙草を吸う土方の姿だった。
「だから病院は禁煙ですよ」 「この部屋は喫煙可だ」 「いやいや・・・何ですかその屁理屈」 「あ?任務に失敗しといてよく言うじゃねぇか」
ドスの効いた低い声でそう言われ、返す言葉もなかった。俺が病院で目覚めるということ、それはすなわち任務失敗を意味していた。記憶が途切れたのは、確か張り込み捜査中の潜伏部屋の中。仮眠を取ろうと布団に寝ころんで、そしてそのまま眠りについたのだと思っていた。どれぐらい眠っていたのだろうか。身体はちっとも動かないが、見た感じどこかが斬られたり折れたわけではなさそうだ。何から聞こうか、そう思っていると細長く紫煙を吐き出した土方が先に口を開く。
「今回ばかりは死んだと思ったぞ」 「はは・・・すんません」 「すまんで済むなら切腹は存在しねぇって、お前がヘマするたびに言ってんだろうが」 「・・おっしゃる通りです」
ぐ、と力の入らない右手に力を込めた。ゆるく握られた掌に、これは麻酔なんかではなく神経系の毒物の作用だと知る。情けない。こうやって毎度副長に見舞わせておいて、今回だって何の尻尾も掴めなかった。
「あの、状況は・・・」 「張ってた吉田屋はシロ、ありゃ今回の件とはなんの関係もねぇ。ただ、張り込みしていたお前が食ったあんぱんから毒物が検出されたのは、偶然にしちゃあちと出来過ぎている。今は別の監察が工場の製造および運搬ラインを辿ってるってところか」
カチ、と音がして、マヨ型のライターに火が点る。淡々とした声で状況を述べながら、土方は何本目かの煙草に火をつけた。機械的に煙を吸い込んでは吐き出す、を数度繰り返して、暫くの沈黙が続く。動かない頭をそのままに、視線を窓のほうへと投げる。何日経ったのかは分からないが、遠くの空が夕日に照らされ真っ赤に染まっていた。じきに夜が来る。俺の意識が遠のいたあの夜のように、暗闇がこの部屋を包むのだろう。
「そういえば、いよいよお前が死んだと思って、早とちりした近藤さんが遺影を持ってきやがったんだ。俺ァまだ昏睡状態だって止めたんだが、通夜は葬儀はいつだのって随分騒いだんだからな」 「あーそれは、なんだか想像がつく・・」
ははは、と乾いた笑いが漏れる。伊東鴨太郎の一件で、俺は以前にも死人扱いをされてしまった事がある。ちょうど松平のとっつぁんの愛犬が死んだのとタイミングが被って、その時は死体不在のまま葬儀が決行されてしまった。死亡確認が取れていないのに人を葬ろうとするなんて、なんていい加減な職場だろうか。これが警察だというのだから世も末だ。 それにしても、結局あの時近藤が撮った俺の写真は、やはり遺影にされたらしい。その時の為に写真が必要になるということは、この仕事に就くときから分かってはいた。だが俺はこの世に自分がいなくなったとしても、写真を一枚たりとも遺したくなかったのだ。それは監察という仕事柄、この何の特徴のない顔が割れるのを避ける為でもあり、そして何よりも、俺自身が誰にも知られずに死んでしまいたいからという理由でもあった。本隊とは常に別行動を取る監察は、死ぬときも生きるときもきっと一人なのだ。思い出なんかいらない。たった一人、俺が死んでも覚えていてくれる人がいる、そう信じているから。
「じゃ、俺は見廻りに戻るぞ。医者が言うには三日もありゃ退院できるそうだ。精々安静にしておくことだな」
そう言うと、土方は振り返りもせず病室を後にした。その背中を視線だけで追い、心の中で敬礼をする。なんだかんだ言いながら、毎度見舞いに来る土方が山崎の身を案じているのは痛いほど感じていた。半分開けられた窓からは、つんと冷たく乾いた風の匂いがする。もうやがて冬がやってくる。
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ハッカ油は虫よけだけではない!万能すぎる9つの実力とはいかに!?
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ハッカ油が万能すぎる
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「ハッカ油」といえば一般的に虫除けとして使われることが多い、精油のひとつ。 スーッとした清涼感を感じるメントール成分が含まれているのが特徴です。メントール配合のガムといえば誰しも一度は食べたことがあるのではないでしょうか?
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そんなハッカ油ですが、虫除けとしてだけではなく、オールマイティに使える優れものだったんです! 今回は、日常生活の中に取り入れやすいハッカ油の使い方をご紹介しますので、ぜひお試しください。 使い方の幅を拡げるために、まず最初にハッカ油スプレーを作りましょう。
超簡単!ハッカ油スプレーの作り方
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ハッカ油の原液は、濃度が高く、直接肌に使うとヒリヒリしたりアレルギー反応を引き起こす可能性があります。そのため原液を肌につけるのは厳禁! 肌につける際には、必ず原液を薄めた「ハッカ油スプレー」を使いましょう。
ハッカ油スプレーの材料
・無水エタノール 10ml ・ハッカ油 20〜40滴 ・精製水 90ml ・スプレー容器 1本
作り方
① 無水エタノールとハッカ油をよく混ぜ合わせ、容器に移す ② 精製水を①に加え、よく振って混ぜ合わせたら出来上がり 完成したハッカ油スプレーは劣化を防ぐために直射日光の当たらない冷暗所で保管しましょう。また、作るにあたって注意点が1つだけあります。
※スプレー容器の材質に注意
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実はハッカ油に含まれる「リモネン」という成分は、「ポリスチレン(PS)」製の容器を溶かします。購入の際は「ポリエチレン(PE)」や「ガラス」などの容器を選びましょう。 ハッカ油スプレーは完成までに1分とかかりません。ちょっと面倒くさいと思われるかもしれませんが、これからご紹介するテクニックでも頻繁に出てきますので、ぜひ、1本準備しておきましょう。
身体がすっきりする「ハッカ油」テクニック4選
1. 鼻が詰まって寝苦しいときにハッカ油マスク
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鼻が詰まってなかなか寝付けないときには、ハッカ油マスクがおすすめ! マスクの外側にハッカ油スプレーをワンプッシュして、いつものように付けるだけ。鼻がスーッとしてきます。花粉症が原因の鼻づまりにも効果がありますよ。
2. 足の除菌・消臭
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蒸れやすい足はどうしても臭いが気になりますよね。そこでハッカ油の出番! 実はハッカ油には除菌や消臭の効果だけでなく、制汗効果があります。 足にシュッとスプレー、もしくはティッシュペーパーやコットンに原液を一滴含ませてから足裏を拭けば気になる臭いもさっぱり。
3. マウスウオッシュ
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口臭予防や口の中の不快感解消には、マウスウォッシュとして使うのがおすすめ。コップ1杯の水に原液を一滴垂らし、それを口に含んでゆすぎます。 口の中が爽快になり、べたつきも解消します。ただし飲まないように気をつけましょう!
4. ハッカ化粧水
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ハッカ油には、にきびの防止や肌の引き締め効果があります。いつもの化粧水に一滴ハッカ油を加えてよく混ぜてみましょう。お風呂上がりにつけると、ほてった体がひんやりしてとても気持ちいいです! ただし、肌が弱い方や小さいお子さんへの使用は避けてください。肌に自信がある方でも、一度パッチテストをしてから使うと安心ですね。 ここまでは身体に関する使い方をご紹介してきましたが、ハッカ油は家の消臭や除菌としても使えるんです。
家で使える!「ハッカ油」すっきりテクニック2選
5. 重曹と混ぜれば靴の消臭もできる
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先ほど足の除菌・消臭にも効果があることをご紹介しましたが、もちろん靴にも使えます。ハッカ油スプレーを直接靴にふっても使えますが、シミになる可能性も。 そこでおすすめするのが「ハッカパック」です。お茶用のパックに重曹を入れてハッカ油を垂らし、あとは靴に入れるだけ。下駄箱やクローゼットの消臭としても使えますので、まとめて作っておくと便利です。
6. 部屋の掃除にちょい足しでさわやかな香り
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ハッカ油の香りにはリフレッシュ効果もあります。それを利用して、ぞうきんや台ふきにハッカ油を一滴たらして使えば、爽快な香りが部屋中に広がりますよ。 では次に、年々暑さが増している夏に使えるテクニックをご紹介。ハッカ油を上手く生活に取り入れて夏を乗り越えましょう!
夏におすすめ!「ハッカ油」さっぱり爽やかテクニック3選
7. ムシムシ暑い……そんなときはスプレーを身体にプシュッ
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気温も湿度も高い日のムシ暑さから解放されたい! そんな時には、身体にハッカ油スプレーをワンプッシュ。 清涼感を得られるだけでなく虫よけ効果もあり、一石二鳥です。ちなみに脇や首、ひざ裏にかけると効果的です。
8. お風呂から出る前にさっぱりしよう!
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ベトベトの身体をさっぱりさせようと、湯船に浸かったらかえって汗だくに……夏のあるある体験ですね。 そんなときは洗面器に一滴のハッカ油を垂らし、身体にかけるのがおすすめ! スーッとした状態であがることができます。ちなみに湯船に4〜5滴垂らしてもOK。ただし、入れすぎると寒く感じるので要注意です。
9. 扇風機にハッカの香りを乗せて爽やか~
出典:PIXTA
極力クーラーは使いたくないという方におすすめなのが、扇風機+ハッカ油の合わせ技。 扇風機の送風部分にハッカ油を数滴垂らしたティッシュやコットンを貼っておくと、爽やかな風が部屋中に広がって体感温度が下がります。ただし、モーターなど熱を持ちやすいところに触れないように気をつけてください。 便利なハッカ油も使い方を間違えるとトラブルを引き起こす可能性があります。これから紹介する注意点はきちんと知っておきましょう!
ハッカ油を使う際の注意点
匂いが結構強い
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ハッカの匂いは自分が思っている以上に強いです。特に使い慣れてくると、匂いにも慣れてしまうもの。 清涼感のある匂いといえど、香水と同様に周りへの配慮は必要です。特に室内では匂いがこもってしまうので、適切な量で使うことを心がけましょう。
熱中症に注意
出典:PIXTA
実はハッカ油のスーッとした使い心地は、皮膚が麻痺することにより引き起こされています。 涼しく感じていても体内には熱がこもったままの状態が続き、知らないうちに熱中症になってしまう恐れがあるので要注意です。
ハッカ油スプレーでスッキリ爽やか!
出典:PIXTA
ハッカ油は使用方法や分量をきちんと守って使うことで、素晴らしい実力を発揮してくれます。また、食用のハッカ油を使えば料理やお菓子作りを楽しむことも。 ぜひハッカ油スプレーの達人になって、スッキリ爽やかな毎日を楽しんでください!
その他の便利な知識をご紹介
知っておくと得する情報はこちらです。
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「煤」と「焦げ」で真っ黒けのクッカーを10年越しに磨いてみました!毎回しっかり磨くのは面倒だし、汚れている方がちょっとカッコイイ……な...
Get a refreshing day with “HAKKA Oil Splay”!
ハッカ油スプレーで爽やか日々を過ごしましょう!
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ひばかり記
私の住んでいるマンションに面したちいさな公園に、安藤さんは火のついていない煙草を咥えながら、平べったい青い蓋のプラケージを大事そうに両手で持って歩いて来た。八月の終わりにしては風が冷たくて少し肌寒かった。2人で公園の白いベンチに腰掛け、安藤さんが2人の間に置いたケージを開くと、湿った生暖かい空気がふわっと私の鼻をついた。深い森の中のような、なんだか懐かしい匂いだ。一面湿った苔で埋め尽くされたケージはしんとしていて、一見して中には何もいないようだった。安藤さんがそこに右手の中指と人差し指をすっと差し込み、それからくいっと第2関節を撓らせ苔を持ち上げると、驚いた二匹のちいさな茶色いヘビの顔が、ぴょこ���と苔の中から右と左に交互に飛び出した。片方のヘビは、すぐにさっと苔の中へ潜ってしまったが、もう片方は少し頭を反らせた体勢で、私と眼を合わせてじっとしている。そのまま見つめ合っているとヘビは、綺麗な紅い火のようなちんまい舌をちょろちょろ出し入れしだした。ヘビのくりくりとした潤んだ黒い瞳は、私をしっかりと捕らえていた。
「なかなかかわいいだろ?ひばかりっていう日本のヘビなんだ」
煙草を咥えているので安藤さんの声はくぐもっている。
「うん、なんだか安藤さんっぽい。落ち着く感じ」
「なんだよそれ?」
安藤さんがプラケージの蓋をそっと閉じ、パーカーのポケットからごそごそとライターを出そうとするのを制して私は安藤さんの煙草に火をつけた。そして自分の煙草に火をつけようとすると、安藤さんは自分のライターを私の口元に差し出して火をつけてくれた。安藤さんが私の方に寄りかかったときに、ラベンダーのシャンプーと皮脂と煙草の匂いがいい塩梅にブレンドされた安藤さんの匂いが(私はこれを密かに安藤スメルと呼んでいる)その長く伸ばした焦げ茶色の襟足から漂って来て、私の心は不意に火照り、頭がぽやっとした。私たちはしばらく2人でベンチに腰掛けたまま無言で煙草を吸った。
「悪いな、急にヘビを預かってくれなんて。でもこんなことを頼めるのミウしかいなくってさ」
「ぜんぜんいいよ、ヘビ、嫌いじゃないし」
私は動物がそこそこ好きなのだ。過去にイシガメやウーパールーパーやファンシーラットを飼っていたこともあるし、今はハリネズミのふぅちゃんが部屋にいる。
「ヘビってさ、一ヶ月くらいは絶食しても平気らしいんだけど、俺、いつ帰ってくるか決めてないからさ」
安藤さんはまるで人ごとのようにそう言った。
「どこに行くか、決めたの?」
「いや、千夏の実家以外決めてない。でもせっかくだから日本一周でもするかあー」
そんな冗談を言うと安藤さんは大きく仰け反って、空に向かって綺麗な煙のわっかを立て続けにぽっぽっぽっと3つ吐き出した。わっかは3つとも均等な大きさで、ぴったりと連なったそれらはゆるやかに、それでいてまっすぐ空に吸い込まれていく。私も仰け反って安藤さんのまねをして口をぱくぱくしてわっかを吐き出そうとした。しかし絡まったイヤホンのように乱雑な煙の固まりは、私の口元ですぐに解けて視界の端から外へ流れて行った。
「��んとにこんなことになるなんてさ、思わなかったよな」
安藤さんが仰け反ったまま私に言ったのか自分に言ったのかいまいち判然としない、曖昧な感じに呟く。
「ほんとにねー」
私も仰け反って空を見上げたまま安藤さんと同じように曖昧な調子で呟いて、ゆっくりと眼を瞑る。風の音がする。眼を開いているときは気付かなかった風の音。眼を瞑ると安藤さんは私の横にいるにも関わらず私の世界からいともたやすく消えてしまう。そんなことを考えると私は寂しくなる。でも寂しい反面、少し気が安らぐのだった。
私たちはベンチでぼうと煙草を2本吸って、安藤さんはひばかりのケージを3階の私の部屋に持って来た。
安藤さんは小さな長方形のタッパを、ひばかりのケージの端っこに設置した。そしてそこに買って来たメダカを10匹、水ごとビニール袋から放った。急に環境が激変したメダカたちは、パニックになってタッパの中を右往左往している。
「餌のメダカはさ、なくなったら補充するみたいな感じでいいから。床材の苔はさ、毎日霧吹きしてくれたら保つから。ケージの掃除は3日に一回くらいでいいかな」
私はうんうんと頷いた。
「ありがとう。この埋め合わせはさ、絶対するからね」
「ぜんぜんいい、あっ、せっかく来たんだからごはんでも食べて帰る?」
「あー、そうしたいところだけど、いろいろやることがあってさ、明日の準備もしないとだし、今日は帰るゴメン」
「そっか、明日から大変だね。気をつけてね」
「うん、でもまあ自分で決めたことだから。ありがとう」
今言った「大変だね」というのはそのことではないのだ。無論安藤さんはそれを知る由もなく、そしてそれを再確認した私の胸はちくりと痛む。安藤さんは、千夏のことが今も大切なのだ。それに比べ私は千夏の友達だったのにも関わらず、安藤さんのことばかり考えている。私はあと何回、こんなことを繰り返すのだろうか。
安藤さんはひばかりたちを私の部屋に置いてそそくさと出て行った。私はしばらく玄関に立ち尽くしたまま閉まったドアを眺めていた。いつの間にか陽は傾いていて、東向きのこの部屋は薄暗くなり、ドアの輪廓がぼやけていた。さてっと…と呟きリビングのひばかりのケージをふぅちゃんのケージの横に置いて、テレビをつけ、夕飯の仕度をした。「安藤さん」私は安藤さんのことを考える。考えるといっても、安藤さんのイメージを頭の中に描くだけだ。けれどそれだけでひどく、私の心は満たされる。かたや安藤さんはというと、1人でいるときに私のことなんかをわざわざ思い出すことはないだろう。ひばかりを案ずることはあっても。
安藤さんは大学のゼミの先輩で、私は安藤さんにその昔告白してフラれている。安藤さんには好きな人がいたのだ。それは私の友達の、千夏だった。安藤さんは私をフッてほどなくして千夏と付き合い出した。それから私たちは大学を卒業し、私は勤め人となった。私は安藤さんにフラれてから3人の男となんとなく付き合った。しかしどの男もピンとこなくて、長続きしなかった。私は安藤さんのことがずっと忘れられなかった。千夏と安藤さんからは自分から距離を取り一切関わらないようにした。
そのまま別の恋もすること無く、気付くと私は社会人3年目となっていた。ある日、安藤さんから、やにわに電話が掛かって来た。出るとしばらくの間安藤さんは沈黙していた。私が「もしもし…安藤さん?」と話しかけると、安藤さんは通話しているのを思い出したかのように「あ…」と掠れた声を出した。それから「千夏が死んだ」と茫然と他人ごとのように呟いた。
千夏は自殺をしたのだった。それはよくある話で、ハードワークと職場のパワハラが祟り、千夏は鬱を発症したのだ。安藤さんは、一生懸命千夏のケアに献身したのだがそれも及ばず、ある日仕事から家に帰ると千夏はドアノブに掛けたタオルで首を吊って死んでいた。
安藤さんは自分を責めた。もっとなにかしてやれることがあったんじゃないか。もしかするとあのときのあの一言が自殺を後押ししてしまったのではないか。フリーのライターをしている安藤さんはしばらく休職をして、気持ちを整理することにした。安藤さんは千夏の実家の静岡に四十九日の法要に出て、それからその足で何処かへあてどない旅に出ることにした。安藤さんはまだ千夏のことを愛している。そして私は、そんな安藤さんもろとも何処かへ消えてしまいたかった。2匹の「ひばかり」はかねてより爬虫類好きの安藤さんが、そういった類いが苦手な千夏を説得して、小さなヘビならいいよというところまで譲歩させて買ったものだった。
私はご飯を食べ、風呂に入り、寝仕度をして、部屋の間接照明だけを点けてひばかりのケージをじっと眺めていた。苔の中の2匹のひばかりは出てこなかったが、私はケージを見つめていた。ずっと、ずっと、見つめていた。私の心が昼間見たひばかりの舌のように紅く、儚く、迸る。それはほのかに熱くてせつない。
「安藤さん、好きだよ。知ってる? 私、安藤さんのことがずっと好きなんだよ」
私はひばかりの飼育日記を非公開のブログでつけることにした。
ブログのタイトルは「ひばかり記」とした。
ひばかり記
8月28日(火)
午前晴れ 午後にやや薄雲がかる 夕方に遠雷が鳴る
安藤さんに預かったひばかりたちは顔を出すことなく相変わらず苔の中でじっとしている。メダカも10匹欠くことなく「世はなべてこともなし」といった調子でタッパの中をちょろちょろと泳ぎ回っている。安藤さんが言うには、「環境が変わってからしばらくはへびたちは緊張しているので干渉せずそうっとしておいた方がいい」とのこと。なのでひばかりが餌を食べるまで放っておくことにした。安藤さんになにかメールを送ろうと思ったが、内容が思いつかなかったので寝ることにした。
8月30日(木)
終日快晴 風が強い 空に秋の兆し
朝起きると、タッパーの中のメダカたちは忽然と姿を消していた。ひばかりたちは依然として姿を現すこと無く苔の中に潜んでいる。仕事帰りにメダカを10匹買ってきてタッパを洗い、メダカたちを補填した。
8月31日(金)
午前快晴 午後二時あたりから雨 雨は夜になると止む
仕事から帰ってくると、ひばかりは二匹とも苔の上へ這い出していた。メダカがいなくなっていたので丁度食後に居合わせたのかもしれない。ひばかりたちは私をみとめると蛇に睨まれたカエルのようにぴたっと静止し、はっと驚いた顔でこっちを向いたまま固まっていた。私たちは薄暗い部屋でしばらく互いに見つめ合ったまま、固まっていた。「名前」そのときこの言葉が私の脳裏を掠めた。そういえば安藤さんにこの子たちの名前を聞いていなかった。私は安藤さんにひばかりたちの名前を聞くことにした。安藤さんにメールを送る動機ができて、嬉しかった。花金だったので、商店街の精肉店で買って来たサーロインステーキを焼いた。マッシュポテトとかぼちゃのスープにそらまめとエビのカクテルサラダもこさえ、ワインをいつもよりたくさん飲んだ。安藤さんから返信はなかった。私はほろ酔いにまかせて寝ることにした。夢にひばかりたちが出て来た。しかし夢の輪廓がぼやけていて、内容がうまく思い出せない。
9月1日(土)
終日雨 少し肌寒い
ケージの苔が糞で汚れていたので掃除をする。へびの糞のかたちはとりの糞に似ていた。一匹のひばかりは苔の上をゆっくりと這っていたので、ひばかりが手に乗って来てくれるのを期待してひばかりの向かう先へ手をそうっと差し出してみた。するとひばかりはぴたと停止し、しゅるるとその小さな舌を出し入れしだした。へびの舌はねこのひげや昆虫の触角のようなセンサーの働きを持ち、これを用いて彼らは置かれている状況を察知するらしい。用心深くゆっくりと私の指先へ近づいたひばかりは、私の中指にちょんと鼻先をつけるとぷいとそっけなく踵を返した。私はひばかりのおなかのあたりを優しく両手で掴み、持ち上げた。ひばかりの身体はひんやりとして気持ちよかった。掴まれたひばかりはびくんとして強張る。しかしひばかりはしばらく持たれて彼我の差を悟ったのか、しだいに雪解けのように緩やかに弛緩していった。掴んだひばかりを小さなケージに移して、苔をほじくってもう一匹も捕まえ同じ小さなケージに移した。苔の中はほのかに暖かくて、中にいたひばかりも同じくらいの温かさだった。ベランダで苔を揉み洗いして、ケージとタッパをゆすぎ、元通りにして、ひばかりたちを戻してあげた。戻されたひばかりたちはそそくさとまた苔の中へと潜った。ベランダで苔を揉んでいると、安藤さんのことを思い出した。安藤さんの匂い、安藤さんのしぐさ、千夏の話をしているときの安藤さん、少し翳った表情に、曲がった背中。けれど、その安藤さんの顔を何故だかうまく思い出せない。この日も安藤さんからの返信はなかった。
9月2日(日)
終日降ったり止んだり
夕方にひばかりの補食を目撃。最初ひばかりは欄としたまなざしをタッパの中へ注いでいた。やにわにひばかりの首がしゅぱ、と伸びて、水の中に入れた頭を右へ左へと振り、その頭にしては大きな顎で器用に逃げ惑うメダカを捕らえた。裂けるように開いた顎に捕われむなしく痙攣するメダカを、ひばかりはたちまちゆっくりと呑み込んだ。それからひばかりは同じ要領でもう3匹メダカを吞み下した。ひばかりの一連の所作は艶やかで、思わずうっとりと見とれた。安藤さんからの返信はなし。
9月8日(土)
終日晴れ 正午過ぎに空一面のうろこ雲
片方のひばかりの身体が白くなった。目も白濁している。どうやらこれは脱皮のきざしらしい。この間濁ったヘビの眼は見��なくなり神経質になるため、脱皮が終わるまでは干渉しないこと。白くなったひばかりは気だるそうにぐったりとしている。ヘビのことはよくわからないけど、今が古い皮が新しい皮にくっついてるよう��状態だったとしたら、相当気持ち悪いだろうな。それにしても全身の皮がつるんと剥けるってどんな感じ。ひょっとしたら想像を絶するほど気持ち良いのかもしれない。だって垢擦りとかも気持ちいいし。安藤さんからいつまでたっても返信が来ないので私は便宜的に白くなったほうを「シロ」白くなってないほうを「クロ」と呼ぶことにした。
9月12日(水)
午前曇り 午後快晴 乾燥がひどくて黄砂が飛ぶ
残業から帰ってくると、苔の上にシロのぬけがらがあった。抜け殻には欠け一つなく、すっぽりと脱げていた。それはきらきらと透き通っていて綺麗だった。ぬけがらを水でゆすいで、ぞうきんで拭い、真空パックに入れた。そしてラベルに「シロ 9・12」と書いて、棚のゼラニウムの一輪挿しに添えて置いた時に、テーブルの上のスマホの着信音が鳴った。画面には「安藤さん」と表示されていた。通話をタップすると私が「もしもし」を言う前に、安藤さんは開口一番「悪い、返信するの忘れてて、ひばかりに名前は付けてないんだ、せっかくだからミウが付けてやってよ」と言った。様々な想いが私に押し寄せて来たが、不思議と取り乱すことはなかった。安藤さんは事務的にぱたぱたと用件だけを要領よく話して通話を4分くらいで切り上げた。安藤さんは二日後に帰ってくるとのことで、その日の夜に飲みに行く約束をした。今日からひばかりの名前は「シロ」と「クロ」に正式に決まった。
「千夏の親御さんは良い人だったよ。俺みたいなちゃらんぽらんに良くしてくれてさ」そう言って安藤さんは厚揚げを箸ですうっと丁度半分に切り、一気にほおばった。「熱ッ」「ちゃんとふーふーして食べないと」「ほひゅっはふう」四苦八苦しつつ安藤さんはなんとか厚揚げを飲み込んだ。ほんと、子供みたいな人だ。「いやー結局3日間は千夏の実家でお世話になっちゃったよ」「やっぱり千夏のことでお互いに負い目を感じていたってこと」「まあそういうことだね」安藤さんは旅の最初の3日間は千夏の実家の家業を手伝いながら、空いた千夏の部屋に泊まらせてもらっていたらしい。「千夏の親御さんや梨花ともいろいろ話し合ってさ」千夏の妹の梨花とは私も何度か遊んだことがある。千夏は4歳下の梨花ととても仲が良くて、梨花はときたま下宿している千夏の家に遊びに来て、その度に私と3人でお泊まり会をしたものだ。そういえば性格も顔もうり2つの姉妹だったなあ、と私は梨花の名前を聞いてしみじみ思い出した。「千夏も安藤くんと付き合えて幸せだったよ」「これも何かの縁だし気にせず家へまた遊びにおいで」千夏の両親はこんな感じで安藤さんを息子のように受け入れてくれたらしい。恋人を失った男と娘を亡くした両親の傷の舐め合いか、いやそんなものじゃないだろう。千夏の家族は安藤さんのことを純粋に気に入ったに違いない、安藤さんはほんとうに人たらしなのだ。そんな考えが頭をよぎり、私の心がちくりと痛む。居酒屋を後にして安藤さんは私の部屋にひばかりを引き取りにきた。そして安藤さんはそのついでのように私を抱いた。それから来た時と同じようにケージを大事そうに抱えて夜が空ける前に部屋から出て行った。
「安藤さん、すきだよ」
私は暗い部屋でベッドに横になって眼を瞑ったまま、音だけを頼りに去りゆく安藤さんの背中に向かってこんな言葉を小さな声で投げかける、その声は震えていて自分でも白々しく感じるほど、滑稽な調子を帯びていた。これが喜劇ならどうか、だれかに笑ってほしい。「うん」安藤さんはいつもの調子でそっけなくうなずく。ドアが閉まる冷たい音がした。それから私はそのまま浅い断続的な眠りに落ち、そして安藤さんと「シロ」と「クロ」の世話をする夢を見た。それはあたたかくて、幸せな夢だった。夢のなかで私と安藤さんは顔を向き合って笑っていた。目覚めるともう15時だった。昨日までひばかりのケージを置いてあった場所が空っぽになっていて、そこにカーテンの隙間から陽光が射していた。淡くゆれるそれをなんとなく眺めていると、私の右目からひとすじの涙がすうっと伝った。眠っている間に安藤さんからメールが届いていた。「昨日は本当にありがとう。もしよかったら今日も会えない」私は「いいよ、わたし、ピッツァがたべたいな」と返信した。私たちはこの先どんな関係を築いていけるのだろうか。今日は安藤さんと19時に駅前で待ち合わせすることにした。それまではだらだらしながらゆっくりと仕度をしよう。思うに、今の私は限りなく自由だ。そしてそれは安藤さんに与えられたもので、安藤さんと繋がっているかぎり、私はどこへでもいけるような気がした。たとえ天国だろうと、地獄だろうと。今日会ったら「ひばかり、たまに見に行ってもいいかな」そう安藤さんに言おう。
トレンチコートを羽織って外へ出ると、少し肌寒かった。濃紺の宵の空は澄んでいて、吹き抜ける冷たい秋の風が私の心をくすぐった。「いつまでもこれが続けばいいのにな」そんなありきたりな言葉をロザリオのように握りしめ、バスに乗って私は駅まで揺られる。安藤さんは私のささやかな祈りに頷いてくれる気がした。バスを降りると安藤さんは薄着で寒そうに猫背になりながらバス停で待っていてくれた。バスを降り、私たちは自然に手を繋ぎ肩を寄せ合い夜の街を歩いた。
梨花が安藤さんの子を妊娠したのを知ったのはその半年後のことだった。
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晴れた日に見る夢
※ 「怒る出水くん」というリクエストから。モブお姉さんが出てきます。
カンカンカン、と錆びついた鉄の階段の鳴らす甲高い音が、休日の朝の気怠い空気を引き裂いた。 瞑っていた眼をしぶしぶ開けると同時に、コココン、と忙しなくドアがノックされる。玄関のチャイムは、太刀川がここに引っ越してきた時には既に壊れていた。そのことを扉の向こうの相手はとうに知っているらしい。 「……たちかわさぁん」 そろそろ重くなってきた掛布団を頭の上まで引っ張り上げ、昨晩隣で眠りについたはずの上司の名を呼ぶ。返事はない。 代わりに答えるように再びコンコン、と今度は2回、鋭い音が部屋に響く。 こんな音を響き渡らせている、扉の向こうの人物のか細く長い指を、出水は思い浮かべた。鮮やかに彩られた艶やかな爪の先をひらひらと揺らして手を振っていたのを、遠目に見たことがあった。 その視線の先にいたのは自分ではなかったけれど。 「……たちかわさんっ」 その光景が蘇った途端、じっとその音を聞いているのも耐えきれなくなった。 被りなおしたばかりの布団を即座に跳ね除け、声を潜めて叫ぶという器用なやり方で室内にいるはずの男の名を呼ぶ。しばらく耳を澄ませれば微かにシャワーの水音が聞こえてくる。 対応すべき人間の不在を悟���、出水は思わず舌打ちをした。 思い切り吸い込んだ室内の空気は、昨晩の気配を色濃く残している。横着をして布団の上からぐっと手を伸ばし、指の先でカーテンと、それからその向こうのガラス窓を開け放つ。窓の鍵は締まっていなかった。 この辺りは警戒区域にほど近く、盗みに入るようなモノ好きもいないから、太刀川は防犯という点にはまったくの無頓着だ。このボロアパートの住民はとっくによそへと居を移して、残されたのは太刀川ただ一人で、だからこそ周囲を気にせず年下の男を連れ込んで、空が白み始めるまで獣みたいな交わりを続けられるのだろう。これが普通の集合住宅だったらとっくに苦情が殺到して追い出されている。声を上げたほうが気持ちいいと太刀川に教えられてから、出水はそれを我慢したことがない。 そういうことを、一つ一つ丁寧に身体に覚えさせられた。最初は意味が分からなかったけれど、やがて意味なんてないのかもしれないということに思い至った。気持ち良いという、それだけが行動原理になることもある。そういうものなのか、とも思ったし、それでどうして自分なのか、とも思った。 けれどそれを、わざわざ太刀川に尋ねることもしなかった。視線を向けるだけで、手を少し掲げるだけで、名前を呼ぶだけで通じ合うのが自分たちで、出水にとってはそれが誇りだったから、そこに言葉を差し挟みたいとは思わなかった。だから出水は何も聞かないし、言わない。自分たち二人だけで世界が完結していたなら、それはひどく心地の良い状態だった。 開け放たれた窓からは五月の風がカーテンを揺らして勢いよく室内に入り込み、停滞していた生々しい夜の空気を一瞬にして追い払った。「風薫る」というのだったか、新緑の香りをはらんだ風が既に高く昇った陽の光を連れてくる。そうして見渡す部屋の中は、出水でさえ微かに罪悪感を抱くくらい荒れ果てていた。 「……ひっどいな、これ」 元から散らばっていた衣服やDMの類に加え、昨晩帰りがけにコンビニに寄って買い込んできた酒類が、結局飲まれることも冷蔵庫に仕舞われることもなくビニール袋に入れられたまま倒れていた。一緒に買ったつまみの類も同様である。出水用にと買った紙パックのオレンジジュースだけが歪な形でテーブルの上に置かれていた。テーブルに置くだけの理性があったことに今更ながら驚く。 昨晩、どこでスイッチが入ったのか、部屋に戻った途端荒々しく玄関の壁に押し付けられて、そのまま深いキスをされた。身体を明け渡し始めた頃の、最初は啄ばむだけ、みたいな戯れの合図はなくなって、初めから奥へ踏み込むことを求められるようになったのは、そしてそれを許したのはいつの頃だったろう。まだ半分も飲んでいないオレンジジュースの紙パックは、ぶしゃ、と醜い音を立ててひしゃげた。刺したストローの根元からベタベタした液体が溢れ出し、出水の手首を掴んだ太刀川の掌ごと濡らしていた。 「ちょっと、太刀川さん、」 唇を重ね合わせる合間に出水が抗議の声を上げれば太刀川は、息を漏らすように笑って「悪い、我慢できなかった」と悪びれもせず出水の腕を伝う液体を舐めあげる。獣の仕草に、食われる、と本能的に思った。ぞわりと腰を這い上がる快感に自分の手首へと舌を這わせる太刀川の唇へと自分のそれを寄せて、もう一度キスを強請る。今度は出水の方から舌を差し込めば、そこは微かにオレンジの味がした。 「ね、おれも、もうむり」 我慢できない、と耳元に訴えれば、腰から抱き上げるようにして部屋にあげられる。���刀川はいつの間にか奪った紙パックをテーブルに乱暴に置き、コンビニのビニール袋からコンドームの箱だけ取り出して、それ以外のものには目もくれず畳の上に放りだした。そうして出水を年中敷きっぱなしの布団の上に押し倒す。押し付けられた腰に硬いものを感じて、それだけで出水は簡単に溶かされてしまう。 それから先は嵐のようで、太刀川は一晩かけて出水を味わったあげく、ようやく空が白みかけた頃合いになって満足したのか、前触れもなく静まった。 ノックは相変わらず続いている。 出水はそこらへんに散らばっている衣服の中から一番手近にあるものを無造作に引っ掴み、そのまま首をくぐらせた。自分の体格よりも一回りほど大きなそれは太刀川のものだ。余った腕をたくし上げる。多少不格好だが、一応の体裁が整っていればいい。べたつく身体が不快だが、そんなもの相手は気が付かないだろう。たとえ気が付いても出水自身は一向に構わなかった。 下に穿くものも拾いあげてみたものの、こちらは上衣に比べひどい惨状で、一瞬の見分の後すぐに放り投げることになった。仕方なく、これもまた、取り込んだまま畳まれずに放置されていたらしい太刀川の短パンを借りることとした。ほのかに洗剤の香りがする。出水が選んで、太刀川の部屋に置いたものだった。 ドアチェーンは越してきたばかりの頃、無理な使い方をして壊してしまった。ドア自体の鍵は案の定かかっていなかった。だから出水はそのまま無造作にドアノブに手をかける。初夏の晴れた休日に家のドアを開くときは、もっと期待に満ち溢れているべきなのに、今はとてもそんな心境にはなれない。そこで待っているのが何者か知っているから。 目鼻立ちのはっきりした女だった。長い髪をゆるく巻いて、初夏にぴったりの明るい黄色のワンピースを翻す、いかにも戦闘準備完了といった出で立ちの、美しい女だ。やっと開いたドアに浮かべかけた喜色は、出水を見てすぐに消えた。形よく整えられた眉があからさまに顰められる。 「太刀川くん……の弟さん?」 太刀川の家族構成も知らない女は怪訝そうに出水を見る。それはそうだろう。明らかに身丈に合っていないTシャツと短パンをだらしなく身につけた出水は太刀川とは似ても似つかないし、同年代の友人にも見えない。 「お姉さん、だれ?」 出水は質問には答えなかったが、窺うような問い方に自分の優位を感じたのか、彼女はすぐに笑みを取り戻した。艶やかな紅が刷かれた唇を見せつけるように口角を上げる。 「そうね、大学のトモダチかしら、今のところ」 この女が何者なのか、強調された「今のところ」がいつから続いているのか、本当は出水はよく知っている。太刀川が大学2年に進級してすぐ、同じ講義を受講するようになって以来、彼女は太刀川をいたく気に入ったらしい。それから毎回彼の隣の席に座り、甲斐甲斐しくノートを貸しレポートの準備を手伝い、それから飲みに誘っている。 それでも気のある素振りだけして直接好意を告げないのは、相手から言わせたい、という女のプライドらしかった。そう冷静に分析したのは諏訪だった。出水と太刀川の関係を知らない諏訪は、よその隊長のゴシップを軽口代わりに教えてくれる。悪気がないことはわかっていたし、知らないままでいるよりはずっとマシだった。 そうして彼女は、いつまで経っても自分の思う通りに動かない太刀川にいい加減しびれを切らしたのか、やがて太刀川の家を直接訪ねてくるようになった。家の所在をどこから知ったのか――太刀川が教えたのかいわゆる有名税か、防犯意識もろくにない太刀川だから、どこから漏れていてもおかしくはない。 最初がいつかは知らないけれど、出水が太刀川の部屋にいるときにも、彼女が訪ねてきたことがある。めったにない訪問客に身を縮こませる出水を後目に、太刀川は慣れた様子で立ち上がり、気軽に玄関を開け、それから何やら困ったように頭を掻きながら話をし、最後には手を振って帰って行く彼女を見送っていた。 その後ろ姿を、出水は押し倒されていたままの体勢で畳の上から息を殺して見つめていた。ふくらはぎに当たるささくれ立った藺草の感触が、肌を刺して不快だった。それまでそんなこと、気がついてさえいなかったのに。太刀川の背に隠れて女の顔は見えなかったけれど、その声は凛としていて自信に満ち溢れていた。 初めてのことじゃないな、と思った。それから、多分彼女はまた来るのだろうな、とも。自分がいる時に。それからきっと、いない時にも。 その後、彼女がこの部屋に上がったことがあるのか、出水が太刀川に聞いたことはない。それでも、彼女がここに通い続けているのが、その答えのような気がしていた。 「太刀川くん、いる?」という問いは、太刀川を出せ、という要求にほかならない。出せるもんなら最初からそうしてる、という気持ちと、もう二度とこの玄関先でこの女に太刀川を会わせたくないという気持ちが綯い交ぜになる。狭い玄関は薄暗い気持ちを照らし出すような眩い日差しに浸されていて、甘ったるいオレンジの香りが出水にまとわりつくように漂っていた。 「太刀川さんなら、シャワー浴びてるよ。昨日遅かったから。盛り上がっちゃって」 肩からずり落ちてくるTシャツを反対側の手でたくし上げながら答えれば、女は意味が分からないという顔で小首を傾げる。甘えるような仕草が染み着いていて、それがよく似合っていた。自分の思い通りにいかなかったことなど、これまで無かったに違いない、そういう生き物の仕草だった。それがひどく出水の神経に障る。 腹をつつく意地の悪い気持ちのままで、出水は女に笑顔を向けた。年上に可愛がられ続けた末っ子の笑み。甘やかされて生きてきたのは出水も同じだった。 「お姉さんさぁ、太刀川さん、狙ってるの?」 思いもしない問いに言葉を失う彼女を出水は観察するように眺めながら畳みかける。 「キスしてほしいの? 抱かれたいの? 一人暮らしの男の部屋に何度も来て、今日もそのつもりで来たの?」 一瞬の間をおいて、何を言われたかようやく理解した女の頬が一瞬で紅潮する。���合の揺れるような笑みは葬り去られ、眼がつり上げられた。きっと太刀川には見せたことのない表情。こんなに醜悪な内面を持っているのに、それでも彼女の容姿は美しい。彼女が太刀川の部屋に出入りしていても、誰も違和感は抱かないだろう。彼女にはそれが許されていて、だから出水は彼女が煩わしかった。 「ごめんね、あの人のことはあげられないけど、」 とっておきの内緒話を打ち明ける子どものような、無邪気とさえ言える調子で出水は彼女の唇に自分のそれを寄せる。背中を曲げて屈みこむと昨日あの大きな手で掴まれていた腰が痛んだ。きっと呪われたような痣になっている。 「間接キスならさせてあげられるよ」 何言ってるの、と言いかけて、後ずさった彼女はそこでようやく出水のことを本当の意味で視界に入れたようだ。少年には似つかわしくない笑みを浮かべるその唇は、どんな言葉よりも雄弁だった。サイズの合わないティーシャツも、ずり落ちる肩口から覗く噛み痕も、柑橘類の甘い香りに混じる生々しい匂いも、剥き出しにされた下肢の艶めかしさも、すべてが一つの答えを指し示していた。 それを理解した瞬間、彼女は大きく手を振り上げて、それから乾いた音が響き渡った。続いてドアの乱暴に閉められるバタン、という音。安普請のアパートはその衝撃で僅かに揺れる。 「いったぁ……冗談なのに、」 当然のことながら出水のぼやいたその言葉は誰に届きもしなかった。灼けるようにひりつく頬を右手でそっと触れてみれば、余計に痛みが走って、けれど気分は悪くなかった。これが欲しかったのかもしれない。出水はじわじわと熱くなる頬を抑えて、彼女の捨て台詞を反芻する。「馬鹿にしないで」。 そんなの、こっちの台詞だ。馬鹿にされてるよね、あんたも、おれも。 再び光の遮られた薄暗い玄関にしゃがみ込み、閉じられたドアをぼんやり眺める。目がチカチカした。鮮やかな彼女のワンピースがまだ網膜の上で踊るようにひらめいている。世界中の光を集めて人の形にしたように、記憶はこの瞬間から無意味に美化されて続けていく。そんないいもんじゃなかったよ、と自分に突っ込みを入れて、それでも瞼の裏の彼女は笑いながら軽やかにスカートを靡かせてくるりくるりと回っていた。 眼を開く。薄暗く埃っぽい足元に乱雑に脱ぎ捨てられた二組の靴は太刀川と出水のものだ。苦いオレンジの香りはいつの間にか霧散してなくなっていた。どうして自分はここにいるんだろう。よくわからなかった。よくわからないまま、太刀川に手を引かれれば彼の言うなりにここに連れ込まれている。 潔く、バタンと扉を閉めて自分も出て行ってしまえば良かった。外はあんなに明るいのに。もう夏だっていうのに。天気の良い初夏の朝、扉を開ければきっと外には心浮き立つことが待っている。このまま出て行ってしまおうか。そう思って立ち上がった、ちょうどその時だ。 「出水?」 その一声で、動きが止まる。 「どうかしたか」 「……あの人が来たよ」 諦念を滲ませた溜息とともにそのまま告げれば、太刀川は「あー」と困ったように唸った。それがよけい出水の気に障った。 ろくに頭も拭かずに出てきたのだろう。出水にはちゃんとドライヤーまでかけろと言うくせに、自分のことには無頓着な男だった。剥き出しの首筋に滴る水滴をタオルで鬱陶しそうに拭う太刀川に、出水は大股で近づき、それからそのまま腕を振り上げて。思い切りよく振り下ろす。パン、と鋭い音が響いた。 「伝言です。あの人から」 太刀川は、戦闘以外ではいつも眠たげな瞳を大きく見開き、それから大きく一つ瞬きをした。出水に手を上げられることなんて、想像もしていなかったという顔だ。それでもおそらく、避けようと思えば避けられただろうに、太刀川はそれをしなかった。 「それから、『馬鹿にしないで』って」 本当に、馬鹿にされている。出水との関係を続けながら彼女をはっきりと突き放さないその態度。もしかしたら逆なのかもしれない。彼女との関係を思わせぶりにちらつかせておきながら、出水をこんなふうに連れ込み続けているのか。どちらが太刀川にとって真実かはわからないけれど、どちらにせよ馬鹿にされていると感じた。好きにだけならせて、こっちはもう離れられないのに、太刀川だけはいつでも手放せる。 自分に向けられた悪意を、太刀川のものへとすり替えて溜飲を下げようとしていることに自覚はあるけれど、それほど不当な仕打ちだとは思っていなかった。彼女だってきっとそう言う。そう身勝手に決めつける。 彼女を見て苛立つのは自分を見ているようだからだ。いずれ選ばれるのは自分だと信じようとしている惨めさが、出水をどうしようもなく情けない気持ちにさせた。 「あの人、多分もう来ないよ」 残念でした、と出水は苦く笑ってみせる。 「おれが太刀川さんと寝てるの、ばらしちゃった」 どうしようもないことをした自覚はあった。こんな風に彼女を追い返す権利を出水は持っていなかったし、昨晩までそんなつもりは微塵もなかった。ただ今日の朝は、昨日よりもいっそう夏らしくて、陽射しは鋭く、敷きっぱなしの湿った布団は不快で、そして彼女の甲高い足音と忙しないノックが出水を責め立てた。それだけのことが、ため込んでいた何かを一気に溢れさせてしまった。 今更ながら自分の立場を棚に上げて彼女にした仕打ちに自己嫌悪の波が押し寄せる。本当は正しい形ではないかもしれないのに、彼女を追い返して自分だけこんなところにいる。選ぶのはーーもしくは選ばないのもーー太刀川であるべきだった。 太刀川は、最初何を言われていたのか咀嚼するような瞬きを二度三度と繰り返し、「そんなこと、」と凡庸に口を開いた。それは何のドラマもない日常会話の延長だった。「あいつ、知ってるよ」 「は、」 「ああ、いや、お前だって言ったことはないけど。変に絡まれそうだろ、だから」 それは、ないしょだったんだけどな、一応。隊の、後輩と付き合ってるってだけ。でもそうか、などと口のなかでもごもご呟いて、それから先ほど自分が頬を張られたことも忘れたように「赤くなってる」と、さもいたわしげに出水の頬へと手を伸ばした。「ごめんな」 何にかかる謝罪なのだろう。 「意味、わかんないんですけど」 「どこが?」 何から何まで、と言いたかったけれど、そう言ったところで太刀川に伝わるとはとても思わなかったので、出水は頬に触れようとする太刀川の手から一歩引くことで逃れ、「誰と、誰が付き合ってるって?」と、一番確かめたいことだけ抜き出した。 「付き合ってないってことはないだろ」 「おれはそんなつもりなかったですけど」 意味の分からないことを言わないでほしかった。少しの目配せも、手の動きも、名前の呼び方も、出水はそんな合図は何も受け取っていなかった。 「おれもあの人も同じじゃないんですか」 「なんだそれ……ってお前、何か勘違いしてるだろ」 ちょっとこっち来い、と一続きの和室に連れて行かれ、乱雑に二つ折りにされた煎布団の上に腰掛けさせられる。まともに座るところもない部屋に、なんとか場所を作って、太刀川は出水の正面に座った。 「いや、まぁ俺も悪かった。いつもちょっと面倒くさいことになるんだよな。昔、気をもたせるようなような態度とるんじゃないって怒られたこともある」 優しさと人は受け取るかもしれないそれの正体を、出水は知っているような気がした。戦闘という閉じた世界に興味の全てを注いだ強者の無関心な鷹揚さだ。外部の人間には穏やかにも見えるだろう。優しくも見えるだろう。それは間違いではないけれど、決してそれだけが彼の本質ではなかった。 そんなつもりはないんだけどな、と弱ったように頭を掻く彼がそれを自覚することはないのかもしれない。 「でも、部屋に入れたことも、ましてや寝たことだってないよ」 それはお前だけ。 太刀川の背後の、雑然と物の散乱した部屋を見渡して、たしかに、こんなところに自分以外の誰が入れるだろうと出水は変なところで納得した。相手を気遣うつもりもない獣のような営みを受け入れる女はいるだろうか。出水には、太刀川に格別に優しくされた覚えはなかった。厳しくされたことも、無理を強いられたこともあるけれど、誰にでも向けられる茫洋とした許容を受けた覚えはない。 「太刀川さん、おれのこと好きなんですか」 「そう言ってる」 「初めて聞きましたけど……いつから?」 「ずっと前、もう覚えてもないくらい」 そうなのか。彼からの目配せも、手の動きも、名前の呼び方も、何も特別な合図は受け取ったことはないと思っていた。でも、特別じゃないと思っていた普段の目配せが、手の動きが、名前の呼び方が、本当はずっと前からーー出水がその区別の存在を知りもしない最初から、自分だけに向けられた特別なものだったとしたら、その好意に気が付くはずもない。妙に腑に落ちて、出水は一言「そうだったんですか」と呟いた。 ずっと布団の敷かれていた畳は他の部分より僅かに青く、心なしか滑らかな気がする。裸足の足の裏で畳の目にそってそれを緩くなぞると、やがてつま先が太刀川の足に触れた。太刀川がそのつま先を、彼の大きな手で一掴みに包んで、ぎゅっと力を込めるので、出水は思わず、畳に落としていた目線を上げてしまった。真正面からこちらをのぞき込む太刀川の眼を見て、自分の怒りが急に萎んでいくのが感じられる。 「……布団、干しましょうか」 出水がそう言うと、太刀川は「そうだな」と全て見透かすように眼を細めて笑った。 布団1枚分、ぽっかりと空いたスペースに、猫のように寝そべりうたた寝をしていた出水の上にふっと大きな影が落ちる。 「ほら、冷やしときな」 うっすらと眼を明けると太刀川がこちらを見下ろしていた。差し出されたのは、ケーキ屋でもらうような白地に青で文字の書かれた小さなサイズの保冷剤だった。ケーキなんて洒落たものを、保冷剤なん��付けてくれるような良い店で買うわけのない太刀川の家にこれがあるのは、彼女が差し入れといって渡してきたシュークリームの入った箱に入っていたからだ。出水は覚えていて、きっと太刀川は忘れている。 こういうところだよ、と思いながら、太刀川が差し出す保冷剤に頬を委ねる。口に出さないのは意味がないことを知っているからだ。 冷凍庫に詰め込まれた食品に押しつぶされて、おかしな形に凍ったそれは頬骨に当たって痛かった。ハンカチにも包まれず、直接肌に当てられるからすぐに頬は痺れるほどに冷える。頭が痛くなりそうだ、とぼんやり思うと絶妙なタイミングでそれは外され、代わりに熱い手に覆われた。 温い外気にさらされた保冷剤はすぐに水滴を纏い、頬はいつの間にかひどく濡れていた。それを拭うように頬を撫でられる。 「ーーああ、気持ちいいな」 じんとした火照りが帰ってくる。沁み入るような太刀川の声に再び眼を瞑る。 痛みも痺れも伴うことを知りながら、それらを引き替えに触れられるこの手の心地よさを知っているから、出水は多分、ずっと太刀川から離れることはできない。 まるで、悪い夢のようだった。
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天ヶ瀬さんちの今日のごはん5
『たこ焼き』with Beit
「タコヤキパーティー!? ボク、行きたい! みのり、恭二、いい?」 仕事帰りに事務所に寄ると、会議室ではBeitの三人が打ち合わせをしていた。 凸凹な身長差を見ると、「Beitだ」とさながら近所のおばさんのような安堵感を抱いてしまうが、一番小さいと思われるピエールは身長で言うなら翔太よりも大きいことを考えると、一緒にいる人間が大きいだけなんだよなあ、などと思い直してしまう。冬馬も身長に関しては175センチメートルと高校生男子の中でも平均より高いのだが、それでもあまり高いと思われないのは十中八九いつも隣に細長い奴がいるからに違いない。 休憩の合間に先日香川で話したたこ焼きパーティーの旨を伝えると、ピエールはただでさえ綺麗な瞳を宝石の如くキラッキラと輝かせてテーブルに身を乗り出した。 「勿論俺は喜んで行くよ。恭二も行くよね?」 「みのりさんとピエールが行くなら俺もお邪魔します。確かウチにこないだ買った竹串とかまだあったと思うんで」 「ああ、恭二が企画してくれたやつの余りか! 懐かしいね」 プロデューサーや他アイドル達から話だけは聞いていたが、以前にも彼らはたこ焼きパーティーをしたことがあるらしい。それも事務所で。ピエールを励ますという名目で開かれたたこ焼きパーティーはなるほど彼等らしい心温まるエピソードである。 冬馬としてもそれならば話は早い。料理の知識が人並みにあるとはいえ、うどんと同様に自らたこ焼きを生み出した経験はない。学問なき経験は、経験なき学問に劣る。やってみなければ分からないことばかりなのだ。そう言う意味では冬馬よりもピエールの方がたこ焼きの知識に長けているかもしれない。 「それじゃ、プロデューサーに頼んでスケジュール合う日にでも声かけるぜ」 「うん! 冬馬のおうちでタコヤキパーティー、楽しみ!」 ピエールは全身で喜びを顕にし、純粋をそのまま貼り付けたような満面の笑みを冬馬に向ける。予想以上の反応に冬馬は少しだけ照れくさくなる。と、同時に彼をもっと喜ばせたいという自分がいることも自覚した。 しばしばその感情に思い至って驚くのだが、どうやら自分は人に自作料理を食べさせることが思った以上に好きらしい。翔太と北斗は勿論ながら、315プロダクションの面々にも。 美味しい、美味しいと言いながら食べてくれる彼らの表情を見ていると胸の内から"くすぐったい"が溢れてくる。北斗や翔太にはそのことを「餌付けしている気分だ」と誤魔化したが、この感情は幸福以外の何物でもない。 誰かと食卓を囲むことはいつだって当たり前に見えて、当たり前ではない。冬馬はそれを知っている。痛いほどよく知っている。記憶の中にある父の寂し気な背中、主人を失ったキッチン、四人用の食卓に一人で座る自分、冷めたお弁当。
あの弁当は一体どんな味だっただろうか。
先日、番組のロケで香川県に飛んだ時、「四国にいるのだからもしかして」と、下心を孕ませたメールを送った。今日から三日間、番組で香川に行く。簡潔なメッセージへの返事はすぐに帰ってきた。 ホテルの場所を教えてほしい旨の返信に冬馬は胸の内で喜びを暴れさせながらすぐにホテルのURLを送った。きっと父が自分に会いに来てくれると信じて。 尻ポケットから携帯電話を取り出す。メール欄を辿り、数日前に既読マークのつけたメールを開いた。 『すまない、行けそうにない。北斗君たちによろしく』 絵文字も顔文字も何一つない簡潔なメールの文章を指でなぞる。 父と居を共にしていないことを寂しくないと言えば嘘になるだろう。しかし、今や自分も高校生であり、夢追い人である。我儘を言っている暇などない。芸能界に身を置き、テレビで全国へと元気な姿を乗せることが今の冬馬に出来る最大の親孝行なのだ。と、冬馬は思っていた。 平日の昼間だ、どうせ繋がらない。諦念を溜息に変え、冬馬は再びそれを尻ポケットに押し込んだ。
「こんにちは!」 「おう、よく来たな、ピエール。渡辺さんと鷹城さんも」 数日後、プロデューサーがわざわざ予定をずらしてまで合わせてくれた時間に、ようやくBeitの三人を自宅に招くことが出来た。仕事帰りで若干多い三人の荷物をいくつか受け取ると、冬馬はそのままリビングの方へと向かった。 「あっ、その中にシュークリーム入ってるから冷蔵庫に入れておいてくれるかな。たこ焼き食べ終わった後に食べれたらと思って駅前で買ってきたんだ。一応北斗君の分も買ってきちゃったけど、余ったら冬馬君が食べていいよ」 「どもっス。一応間に合えば行くとは言ってましたけど、駄目そうなら貰います」 合わせてもらったとは言え、残念ながら六人全員のスケジュールだと難しかった。ユニット単位での仕事が多い期間ならば良かったのだが、残念ながら北斗のみが次クールのドラマでメインにキャスティングされており、本編撮影中の今は微妙な調整すら利かない状況だった。 北斗がドラマの撮影に尽力している一方で、留年の可能性を潰すべく学業への専念を言い渡された翔太は、学校が終わった瞬間に冬馬の家へと直行するプレイを決め、冬馬もまた午前中だけ高校に顔を出した後に、雑誌のインタビューの為に校門を跨いだのだった。なお、仕事を終えた後は翔太同様である。 「もう少しだけ準備があるんで、三人は先にリビングで休んでてもらえれば」 「俺も出来ることがあるなら手伝うよ。何かある?」 「そうだな……もし何か具材とか買ってきたなら包丁は貸すんで切っておいてもらえると有難いっス」 リビングに戻ると天変���異の前触れか、いつもならば人のベッドに勝手にダイブしたかと思うと、次の瞬間にはアイドルらしからぬ鼾をかきはじめる翔太がたこ焼き器を嬉々としてセッティングしていた。あまりのきな臭さに反射的に辺りを見回すが、これと言って怪しいものは見受けられない。 てっきりたこ焼きに入れる為の良からぬ物を持ち込んでいるのかと思った。 「どうしたの、冬馬君? そんな怖い顔して」 「……なんでもねえ。お前、俺がキッチンで準備してる間渡辺さん達に迷惑かけんなよ」 「冬馬君に心配されなくても、僕良い子だし♪」 「ったく、大人しくしてろよ。……すんません、お願いします」 後から入ってきたみのりが笑う。恭二も笑顔が苦手なのか苦笑なのか分からない絶妙な表情を張り付けていた。 三人をリビングまで送り届け、冬馬は一人キッチンに入る。シンクで手を洗い、三人の来訪前にやっていた長ネギのみじん切りを再開した。長ネギを小さく刻んだものを相応のサイズのボウルに入れてラップをかける。 続いて紅ショウガ。予め刻まれた物を買ってきてはいるが、たこ焼きに入れるにしては少々大きいのでもう半分かそれ以下に小さく刻んでいくと汁がまな板を赤く染めていった。 切れたものをぎゅっと絞り、更にキッチンペーパーで包んで水気を出来るだけ吸う。ぱらぱらになった紅��ョウガを別の皿に入れれば準備は完了だ。 前もって一口大に切っておいた茹で蛸の皿を持ってリビングに戻ろうとすると、みのりが廊下からひょっこりと顔を出した。 「包丁借りても良いかな?」 「これ使って下さい。まな板は…………っと、これを」 「へえ、パックのまな板! 料理する人って感じだね」 「肉とか魚料理で使った後は捨てるだけなんで楽っスよ」 「まな板使うと洗うの大変だもんね」 みのりは持ってきたビニール袋から丸々とした袋を取り出し、ハサミで口を切る。中からごろごろと出てきたのは親指位の太さのウインナーだった。冬馬から受け取った包丁で輪切りにしていく。上手いとは言い難いが、十分に慣れた手付きである。 冬馬はとんとんと包丁がパックの薄いまな板を通してカウンターを叩く音を聞きながら、みのりの持ってきた袋を覗いた。中にはチーズ、明太子、キムチ。 「色々あるな……」 「その方が面白いと思って。本当は納豆とかも買ってこようかと思ったんだけど、恭二に止められたんだ。メインはたこ焼きだしね」 「ウインナーあれば上等っスよ。あとはつけダレでも冒険出来ると思うんで」 「いいね! ポン酢とかお出汁とかも美味しそう」 明太子をパックから一つ取り出し、先端を切ってスプーンで強く撫でていく。すると、中身がまとまってずるりと飛び出した。冬馬はそれが皮だけになるまでスプーンの腹で掻き出していく。 続いてキムチはまな板の上に出してたこ焼きに入れても飛び出さない程度に小さく切り、軽く絞ってボウルに入れた。使用したまな板は残念ながら唐辛子の赤とキムチのにんにく臭さがこべりついたのでゴミ箱行きである。 見れば、山のように積んであったのが記憶に新しいパックのまな板が今や片手で数えられる程度の量になっていて、そう言えば最近仕事ばかりで家にいることもあまり無かったからなあ。足が早い牛乳を買う気にもなれなかったこともあり、追加されることがなくなったまな板は使っていれば減っていくのは当たり前のことである。 だからと言ってわざわざまな板のためにパックのジュースを買ってくる気にはなれないのだが、肉料理の後のこべり付いたまな板汚れを考えるとそれも検討の内である。 「みんな、待たせたな。準備完了だぜ!」 「まってました!」 「タコヤキ、たのしみ!」 恭二がタコのような形をしている油引きでたこ焼き器の穴一つ一つに油を広げていく様子をピエールが好奇心旺盛な小学生の如くきらきらと目を輝かせて見ている。 冬馬も度々純粋だと北斗や翔太、最近では天道にまでも揶揄され始めているが、そんな冬馬でもピエールがいかに純真無垢で汚れ一つ知らないかなど、見ていれば分かる。むしろそれ以上にこんな純粋の塊が芸能界、それも、闘争激しく嫌味などあって当たり前のアイドルというジャンルに属しているということが心配である。 ……心強い仲間がいるから大丈夫か。 それに、今頃玄関の前で石像の如く佇んでいるピエール専属のSP達だっている。彼の周りには血が繋がっていなくともそれ以上の繋がりを持つ家族がいるのだと冬馬は知っていた。 と、そこまで考えて冬馬は玄関の前にSPがいる異常性にやっと気が付いた。もしもお隣さんが買い物に出るべく玄関を出た時、アイドルとして名の知れ渡った天ヶ瀬冬馬の自宅前に厳ついスーツ姿の"見るからにその筋の人"に見える男が立っていたらどう思うだろうか。 「……悪い、ちょっと先にやっててくれるか」 「? 焼いちゃってていいの?」 「おう、すぐ戻るからよ」 冬馬はすっかり落ち着いていた腰に鞭打って立ち上がる。行先は当然玄関だ。 扉の前に立っているであろうSPにぶつけないようにゆっくりと扉を押し開けると、僅かに空いた隙間からサングラスが覗いた。その見た目の厳つさに冬馬は一瞬怯む。が、すぐに「周りの目が気になるんで、良かったら中入ってください」と促した。 SPとはなんて難儀なものなんだろうと冬馬は遠い世界のことのように考える。アイドルとは言えど、大統領ではないので当然ボディーガードといった類のものは縁がない。そう考えると、自分は実はものすごい人と知り合いなのではないかと思い至ってとりあえず飲み込んだ。 この話はまた今度北斗と翔太と三人で卓を囲む時にでも聞いてもらうことにする。
「お、どんな感じだ?」 「冬馬! 今ね、恭二がタネ? 入れた!」 「他にはなんも入れてないっす」 ちりちりと軽い音を立てて鉄板の上で生地が焼かれている。穴だけでなく、鉄板全面になみなみと注がれたそれは卵、塩、昆布と鰹節の合わせ出汁に隠し味として少しだけマヨネーズを入れたものだ。インターネットの押し売りだが、マヨネーズを入れることによって生地がふっくらと仕上がるらしい。玉子焼き、ないしパンケーキにすら良いと言わしめるマヨネーズだ、十分信用に足る。 二つ入ることがないように注視しながら冬馬が一口大に切った蛸を入れていくと、入れた先からみのりがあげ玉を落としていく。無言で発生した共同作業に、思わず笑いそうになるのを奥歯を噛む事で耐えたが、少し出てしまったらしい。首を傾げるみのりに冬馬は「気にしないでください」と苦笑した。 しかし、みのりがあげ玉を全て入れ終えると、今度は恭二が青ネギと紅ショウガを投入し始めるものだから今度は耐え切れず、思わず「チームワークすごいっすね」と笑ってしまった。 「そう? 全然気にしてなかったけど」 「何度か一緒に作ってるから、慣れたのかもしれないすね」 「みのり、恭二、たこ焼き作る、上手! かりかり、ふわっふわ!」 しばらく待って皮が焼けたことを確認すると、鉄板から剥がすように竹串を差し込み、穴からはみ出た生地を巻き込みながら半分ひっくり返す。まだ綺麗な円形とは言い難いが、なんとなく近付いた。今度は鉄板の空いた部分を埋め尽くすようにタネをかけていく。 「結構使うんスね」 「こうやって後から入れてはみ出た部分を中に押し込んでいくと、中はふわふわで外はカリカリになるんだよ」 「へえ……」 生焼けの生地を再び半円の中に押し込むと、今度は円形になるようにひっくり返す。みのりの鮮やかな手捌きに冬馬は感心することしか出来なかった。 「冬馬君暇そうだね」 「上手い人がいるからな、俺が手出しても邪魔なだけだろ」 「ボクもタコヤキ、作りたい!」 「一回目は俺が作るから、二回目はみんなで作ろう」 じゅううと焼ける音をBGMにしてピエールが鼻歌を口ずさむ。合わせて体を揺らす。翔太がそれを見て微笑ましげに目を細めた。 日々「弟だから」を理由に散々駄々をこねてくる翔太のことだから、今回のたこ焼きパーティーも自分も焼きたいと志願してくると思っていたが、そんなことはなく、翔太は大人しく胡坐をかいてじっとたこ焼き器を見つめている。 コイツ、Jupiter以外の人間がいると突然大人びる時があるんだよな。なんて思いながらお茶とジュース、皿を配っていく。 翔太は賢い。それは同じユニットメンバーでなくても見ていればわかることだ。両親の喧嘩をいち早く察する子供の如く空気を肌で感知し、マズいと思えば行動に移す。少年と形容される歳の人間が簡単に出来ることではない。そう北斗が話しているのを冬馬はしばしば聞いている。 北斗も北斗で他人を見る力には長けているのだろうが、二人ともそんなに気を張っていて疲れないだろうかと稀に心配になる時があった。 「えっと、皮をカリカリにするならここで油を入れるんだけど、どっちがいい? ふわふわなたこ焼きじゃないと認めない! って人がいればそうするよ」 「いるっすよね、カリカリのたこ焼きはたこ焼きじゃないって言う人。俺はどっちでも」 「俺もどっちでも大丈夫っス。二陣で変えてみても良いと思うんで」 「そうだね、じゃあ今回は入れるよ。跳ねるから気を付けてね」 そう言ってみのりはヘラでたこ焼きの表面を撫でるように油を塗っていく。くるりと一つ一つ丁寧にひっくり返していくと、油の音が一層騒がしくなった。 たこ焼き器の下に敷いた新聞紙が跳ねた油で変色している。見れば念の為にと机の下に敷いておいたビニールにも油の跳ねた跡が伺えた。やっぱり油ものは注意だな。再認識し、用意しておいた布巾で汚れを拭きとった。 大皿を差し出すと、みのりが竹串で二つずつ掬い上げ、乗せていく。一個、二個、三個と皿の上がきつね色のたこ焼きで埋まった。先程よりもずっと綺麗なまん丸である。 鼻を掠めた小麦粉の焼けた匂いに冬馬は口の中に涎が滲んだのが分かった。 「はい、冬馬さんと翔太さんも」 「どもっス」 「みのりさんありがとー♪」 みのりに促されるがままにその球体を三つほど小皿に移し、上からお好みソース、マヨネーズ、かつお節、青のりをかけると、熱に当てられたかつお節がふわりふわりと触れてもいないのに踊り出した。ごくり、絶えず溢れてくる涎を飲み込む。 隣でピエールや恭二も同じようにたこ焼きに味を付けていく中、一足先に飾り付け終えた冬馬が箸でたこ焼きを摘まむ。すると、それは少しの歪みを見せたものの、美しい丸を崩すことはなく箸の間に収まった。 「それじゃ、いただきます」 「はいどうぞ」
大口開けて一口にそれを放り込むと、それはすぐにやってきた。
「アッ!!! 熱ッッッッッ!!!!!!ハッ、は・・・はふっ・・・はー・・・っ・・・」 「あっははは! 冬馬君、一口で食べるからそうなるんだよ。焼きたてが熱いのなんて分かりきってるんだから、こうやって半分齧って・・・は〇×□●〒§φ×!?!?!?!」 「冬馬、翔太、あつい? ダイジョーブ!? 」 揃って上向きにはふはふと呼吸をする二人に、ピエールが慌ててお茶を差し出す。苦しみながらも飲み込んだ冬馬が息交じりに「サンキュ、大丈夫だ」と告げてお茶で口を冷やす。口の中が若干ひりひりするわ、焦りのあまり飲み込んでしまうわでロクにたこ焼きを味わうことが出来なかった。 「二人とも、熱い、ダメ? お箸で割って!」 ピエールがお手本に自分のたこ焼きに箸で穴を開けて二つに割ってみせる。ぱっくりと割れたたこ焼きの中からとろりと半生の生地が漏れ出してピエールの皿を汚す。彼はその隙間にふうふうと息を吹きかけ、欠片をぱくりと口に入れた。 口に入れてすぐは冬馬達と同様にはふはふと熱さを逃がすも、熱さに苦しんで味が分からないという冬馬の二の舞にはならなかったらしい。何度かの咀嚼の後、喉が上下して「オイシイ!」と笑顔を振り撒いた。 みのりが折角綺麗に焼いてくれたたこ焼きを二つに割るのはなんとも気が引けるが、放置して冷めてしまっては元も子もない。これはたこ焼き好きの先達の知恵をお借りしてきちんと味わう段階までいかなければ。 ピエールに倣ってたこ焼きを二つに割り、少し冷ましてから欠片を食べる。 かり、皮は良く焼けてサクサクと食感が良く香ばしい。と、思いきや内側のとろりとした生地が舌を柔らかく包み込んだ。その中にある異分子、蛸は食感に更なる変化を付けながらも海鮮系の仄かな匂いでたこ焼きの旨味を後押しする。出汁とお好みソースの甘塩っぱい味が口の中で混ざり合う。 なんたる幸せか、口の中で広がる味の組み合わせを感じて冬馬は多幸感に目を瞑る。 「アリガト! みのり」 「外も中も丁度良い感じで美味いな。流石みのりさんっすね」 「ありがとう、恭二。……うん、ふわふわだね。こないだ作った時よりもずっと美味しいけど、マヨネーズ効果かな?」 「外にも付けてるんで味は全然変わんないっスけどね」 残されたもう一欠片を味わってみるが、やはり別で付けたマヨネーズとソースの味が強く、生地の中のマヨネーズの存在はいまいち感じられない。 思い立って、冬馬は何も飾り付けのされていないたこ焼きに齧り付いてみた。ソースやマヨネーズは勿論、かつお節や青のりもついていない状態のたこ焼きである。さくりと音をたててそれは冬馬の口の中で形を崩す。再び中の熱い生地が舌に触れたが、少し置いた分先程よりは熱くない。冬馬はそのまま何度か口の中でふう、ふうと呼吸をし、味わってから飲み込んだ。 ソースとマヨネーズをつけて食べた時よりもずっと香ばしく、青のりと鰹節の香りを強く感じる。残念ながらそのまま食べてみても生地の中に混ぜたマヨネーズの味は感じないが、何も付けなくてもたこ焼きは美味しいのだと知った。 しかし、どこか塩味が物足りないのはやはりソースがないからだろうか。であれば今用意するべきは…… 「塩だな」 「塩?」 「ああいや、もしかしてと思って何も付けずに食べてみたんスけど、意外とイケるんスよ」 冬馬が言うと、みのりは興味深々に目を瞬かせて言われるがままにたこ焼きを何もつけないまま食べた。数回の咀嚼の後に飲み込むと、みのりは「確かに美味しいね!」と頷いて、続く恭二も「確かに塩が欲しいな」と頷き返した。 塩を取ってくると言って席を立ち、キッチンへと向かう。確か先程生地を作る時に使用したので、記憶が正しければカウンターの上に出しっぱなしになっているだろう。 記憶通りの場所に青い蓋の透明ながぽつんと置いてある。意図的に色を変えて購入したもののおかげで砂糖と塩を間違えることはない。青が塩で、赤が砂糖である���
蓋が青いことを確認して冬馬が踵を返そうとする。と、ポケットの中に入れていた携帯電話が震えていることに気が付いた。もしかすると、プロデューサーから仕事の連絡が来たのかもしれない。 基本的にはプロデューサーからのスケジュール確認などの諸連絡はメールで行われることが多いのだが、ごく稀に、例えば突発的に直近で仕事が入った場合、プロデューサーは酷く申し訳なさそうに「えっと、明日なんですけど……」と電話をかけてくることがある。プロデューサーという仕事も随分難儀なものだ、アイドル達のモチベーションも管理しなければならないのだから。冬馬もアイドルとしてはやる以上は忙しくなることも覚悟の上であるし、むしろ忙しいことは有難いとすら思っている。 仕事が入ることは一向に構わないのだが、プロデューサーの弱弱しい声を極力聞きたくない冬馬は、その連絡ではないことを祈りながらも携帯電話を取り出す。そして画面の文字を視界に入れて目をぱちくりさせた。携帯電話を耳に押し当てる。 「……もしもし?」 『もしもし、冬馬?』 耳元に聞こえるのは仕事中であったはずのユニットメンバー、兼恋人である男の声だった。スピーカーの向こうから微かに聞こえるエンジン音で彼が車の中にいることが分かる。 運転中は注意力散漫になりたくないからと自分からかけてくることはないし、恐らくタクシーの中なのだろう。と言うことは、仕事は終わったということか。 「おう、終わったのか?」 『さっきね。タクシーで冬馬の家に向かってるところ。渋滞に巻き込まれなければあと30分位で着くよ。そっちはどんな感じ?』 電話口に聞こえる北斗の声は全く疲れを感じさせず、仮にも朝から仕事をこなしていたとは思えない。すう、ゆったりとした呼吸音が耳に触れる。 「もう食ってる。始めたばっかだけど、お前が来る頃には落ち着いてるかもな」 『俺のことは気にしなくて良いよ。……そうだ、途中でスーパーに寄れるけど、何か買っていくものある?』 「あー、そうだな。お茶買ってきてくれ。デカいの』 『了解。Beitの三人と翔太によろしくね』 その言葉を最後にエンジン音は途切れ、北斗の声も聞こえなくなった。冬馬は口元を緩め、携帯電話を再び尻ポケットに戻そうとする。が、続いて震えたそれには、今度こそプロデューサーの名前が表示された。 冬馬は頬を掻いて「まさかな、」と内心そうでないことを祈りながら通話開始ボタンをスライドしたのだった。
プロデューサーとの通話を終えて冬馬が部屋に戻ると、たこ焼き器の上では既に第二陣をドームにする段階まで進んでいた。どうやら第二陣も冬馬の出番はなさそうである。 結局、プロデューサーからの電話は危惧したような内容ではなく、逆に明日の午前中の仕事の打ち合わせがなくなったということだった。冬馬が個人で出演するバラエティ番組の打ち合わせだったはずだが、どうやら先方の都合が悪くなったらしく、つい先ほど連絡が来たのだという。 打ち合わせは来週に延期。元々プロデューサーがオフに取ってくれた日にしか入れることが出来ないとのことで、残念ながら冬馬のオフは少しの間没収となった。 元々何をしようかと悩んでいた休日であったし、どうせ秋葉原に足を運んでフィギュア鑑賞に一日を費やすか、はたまた家の掃除に励むくらいしか使い道はないのだ。無くなったところでまあまあ、となる程度である。 持ってきた塩瓶をテーブルの上に置くと、冬馬の皿の上にたこ焼きがいくつか増えていることに気が付いた。目をぱちくりとさせて顔を上げると、翔太がにこにこと「冬馬君の為に取っといてあげたんだから、感謝してよね」と言う。 妙にきな臭い態度に突っかかりを覚えながらも、冬馬は自分の分をとっておいてくれたことに感謝し、早速塩を振りかけて少し齧ってみる。と、一瞬で口の中に暴力的な違和感が広がって冬馬は顔を顰めた。 「………………………………………………!」 「どう!? 美味しい!?」 翔太がまたあの表情で冬馬の様子を伺ってくる。最早煽りと言っても過言ではないその言葉に、冬馬は一瞬で感じた舌の違和感を確信に変えた。 違和感は次第に舌の上を広がり、オレンジジュースを煽る。喉がごくりと音を立てている横で、翔太がけらけらと笑っているのが分かった。空いたグラスに困ったように笑うみのりがオレンジジュースを注ぐ。冬馬はそれを再び一気に飲み干した。 具はウィンナーとチーズ、舌の上で蕩けていたのはチーズ。想像していたたこ焼きの味とは遠く離れた具材、かつ美味しいか美味しくないかで言えば「ケチャップを付ければ美味いかもしれない」という感想を抱くしかない味に冬馬は返答に迷う。 しかし、それだけではないのだ。舌に感じた痛みは今もなお隣りで笑い転げている翔太のせいであることは間違いない。こいつ、入れやがったな。 「冬馬君の為に作った僕特製のピザ風たこ焼きだよ♪ タバスコた~っぷりの!」 「テメェやっぱ入れてやがったな!」 「わー!!」 これまでずっと静かにしていたのはこの時の為に機会を伺っていたのか。冬馬は理解する。少しでも彼の気遣い過ぎを心配した自分を後悔した。 首に手をまわしてとっ捕まえてやると、翔太は冬馬の腕の中で��たばたと喘ぐ。苦しくない程度に締めてやると。早々に「ギブギブ!」と腕を叩かれた。みのりがくすくすと笑う、恭二が微笑する。ピエールは何が何だか、と言った様子だった。 「……まあ、出汁が少し邪魔だけで、味は悪くはないかもしれねえけどよ」 「でしょー! 絶対美味しいと思ったんだよね」 「ただしタバスコは少しだけだ」 そう言って軽く翔太の脇腹を肘で小突いてやると、彼は薄く笑いながらも渋々といった様子で頷いたのだった。 「最近は居酒屋とかカラオケでも一つだけタバスコ入りのロシアンたこ焼きとかってよくあるよね。たまに辛いの好きな人が当てて誰がハズレかわかんなくなっちゃったり」 「そういうのあるっすよね。前に木村と二人でどっちがタバスコ入りを当てるか勝負したことあるんすけど、かなり辛がってて面白かったな……」 冬馬の頭に辛さにふと苦しむ木村龍の姿がよぎった。そう言えば、黒猫も目の前で行列を作る勢いの相当な不運体質だとか聞いたな。 FRAMEとは残念ながら未だ縁なく仕事を共にすることは出来てはいないが、木村龍、鷹城恭二と同じ歳と言う縁を持つメンバーがうちにいるので、ごく稀に「昨日飲みに誘われてね、」を会話の最初に、一体何を話しているのか皆目見当の付かない三人組の飲み会の話を聞かされる。 その話でなんとなくの関係は掴めたものの、お前ら本当に同い年なのか……? という会話内容はにツッコミを入れる者はいない。 と、まあ、そんな理由があり、直接的な絡みは無くとも冬馬は龍が自動販売機の下に小銭を落として取れなくなってしまったとか、恭二の新型冷蔵庫を懸賞で当てたい欲など、彼らのどうでもいい情報に詳しかったのだった。 北斗の話の中に出てくる木村龍というアイドルと、そして、未だ事務所ぐるみの仕事以外で出会えていないユニット達の隣に並んでみたいと常に思っている。 「僕も前に姉さんとカラオケに行った時にやらされたよ。普通の餃子とアイスが入ってる甘い餃子だったんだけど、見た目で分かっちゃったから結局僕が食べさせられてさ」
想像してみる。餃子のつるつるの皮に包まれたバニラアイス。斬新ではあるが、好んで食べようとは思わない。 餃子のあの見た目からはたっぷりの肉汁が飛び出して、ニラの匂いがぷんぷんするものだと脳味噌が記憶しているのだ。甘い餃子などというものを食べようものなら、即座に味覚が混乱するに違いない。 「たこ焼き器でホットケーキミックス焼いたら美味そうだな」 「美味しそうだね、ベビーカステラみたいで!」 「ベビーカステラ? なに?」 「お祭りの屋台で売られてる小さなカステラだよ、卵の味がして美味しいんだ」 たこ焼き器という一つの金型でいくらでも創作が広がるのだから料理の世界というのは奥が深い。今回は残念ながらホットケーキミックスの用意は無いが、いつかおやつ作りの一つの候補としておくのも良いかもしれない。 十中八九、たこ焼き器は翔太が持ち帰るのを面倒くさがって冬馬の家に置かれることになるのだろうから、彼が姉に「持って帰ってこい」と言われるまでは自由に使うことを許してほしい。 「でもやっぱり僕は辛さでびっくりさせる方が面白くて好きだな」 「お前、あんま食べ物で遊ぶなよ」 「分かってるよ。だから今日はあと一回でおしまい。ね、冬馬君」
いいでしょ? 翔太はまたあの表情で冬馬へと笑んだ。
「こんばんは。少し遅れてしまいましたね」
あれからいそいそと準備を始め、すっかりイタズラモードに火のついた翔太主導で「北斗に一人ロシアンルーレットをさせよう計画」は無事に決行に移すこととなった。計画の概要を聞いた冬馬は初めこそ呆れが強く出たものの、翔太の全開の弟力で成す術もなく折れることとなった。まあ、どうせ北斗だし、怒りはしないだろう。 「さーさー北斗君! お仕事帰りで疲れてると思うけど、僕が北斗君の為に焼いておいたたこ焼き、早く食べてよ! まだそんなに経ってないから冷めてないよ!」 「ありがとう、翔太。いただきます」 何も知らず、翔太に案内された場所に腰掛けた北斗は、予めテーブルの上に用意されたたこ焼きセットを確認して小さく笑んだ。自分の為に用意してくれたものだと内心の喜びを漏らしているのだろう。とことん翔太には甘い奴だと冬馬は注いだお茶を煽りながらその様子をぼーっと眺める。 「へえ、たこだけじゃなくてウインナーも入れたんだ」 たこ焼きパーティーの残骸を見つめながら北斗は初手から翔太が作ったそれ―――タバスコたっぷりピザ風たこ焼きを口に運んでいく。思わず声を漏らしそうになったが耐えた。 会話を繋ぐことなど気にも留めずにBeitの三人、翔太、冬馬はそれが口に入るのを息を飲んで見守る。
「……………………」 「……………………………………………………」 「………………………………」 「……………………………………ああ、そうだ」 「え?ああ、」 確かに食べたはずなのに、見た目と味の違和感を感じたはずなのに、何故か北斗は表情一つ変えずにもぐもぐとそれを咀嚼し続ける。大量のタバスコ入りのたこ焼きをまるで当たり前かのように享受し、平然と冬馬に話を振る。 すっかり気勢を削がれた翔太及びBeitの三人は脱力してそのまま深く息を吐いた。北斗はそれに疑問符を浮かべながらも話を進めていく。 「今朝事務所で古論さんに会ってね、今度知り合いの漁師に誘われてスルメイカ漁に行くことになったらしいんだけど、良かったら冬馬も来ないかって」 「スルメイカ……? なんで俺が」 「それがね、最近冬馬が色んな人に手料理をご馳走してるのが事務所内で広まってるらしいよ。恐らく伊瀬谷君達のおかげだろうね。それで、良かったらイカ料理も作ってほしいって古論さんからの俺の所に熱烈なオファーをもらったんだよ」 「あー……」 突拍子も無い誘われ事に、冬馬は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった。続いて北斗の口から出た言葉に、一瞬にして脳内で映像及び音声が再生される。「冬馬っちの料理メガメガ美味いんすよ!」などとのたまう伊瀬谷四季に似た何かは間違いなく冬馬の記憶から捏造されたキャラクターなのだが、どうしても偽物とは思えない。マジで言ってそうだ。 「分かった、連絡しとく」 視界の端で翔太がつまらなそうにみのりが持ってきたシュークリームをつまむ。北斗の面前で「おかしいなあ」とぼやく彼はまるでおもちゃに遊び疲れた子供である。一方すっかり緊張感の抜けたBeitの三人も同じくおやつタイムに入っていたのだった。 伝えるべきことを伝え終えて満足したのか、北斗が二つ目のたこ焼きに手を出してぱくりと一口で食べる。赤丸、キムチの酸っぱさを微妙に残しながらもピリ辛でなそれは豚と合わせてみても美味しいかもしれないと先程みのりや恭二と盛り上がった。 そもそもたこ焼きと言うもの自体食べている印象のない北斗にとってはキムチ入りなど、斬新と言う他ないだろう。
彼はうんうん頷いて、
「とても辛くて美味しいね」と呟いたのだった。
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