#どうせ夢が見れたら現実逃避できるし
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moravianplots · 25 days ago
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眠りから早々転々夢うつつのような意識が薄々と付いてたので夢の後(それとも続き?)は目瞑ったまま字の練習をしたら(夢の続きやな 考えると 何で習字やねん) 頭の中の耳には電気のようなザッピングな音がして一瞬に頭がもやもやになって、見えなくなった がっかり この日記を書く事に決めたら完全に目が覚めて しようとすると勿論前のような物凄くはっきりとした光景が全然な��
夢は何でも見えちゃうのに起きている間は想像力がほぼ死んでいるのと関係ありそう
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shelter-maki0 · 2 years ago
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折角なので「律動する悪夢」https://www.tumblr.com/shelter-maki0/737410451936296960/i-drew-a-comics-of-tomarrymort-it-is-posted-on-an?source=shareの後書きのようなものを少し書いてみようと思います。私用の覚書のようなものなので、日本語で残します。
その過程で私がcursed childについて思っている事にも少し触れようと思います。真面目に書くつもりはありませんが前半に後書き、後半に呪いの子について書いていきます:P
まず私が書いた小話の後書きですが、「律動する悪夢」はロマンス作品を想定して描いたわけではありません。私はハリーとヴォルデモートの間にある、”互いにとって不都合な絆”に魅力を感じています。とても暴力的な絆で、その絆は二人を傷つけ互いに破滅へと向かわせました。ヴォルデモートは文字通り破滅し、ハリーは人生を丸ごと台無しにされました。 ハリーが闇の帝王を倒した後でもヴォルデモートがハリーに与えた影響は彼の人生を蝕み続け、ポッター家を機能不全家族にしました。私はハリーが決して彼の呪縛から逃れられないこの状況に、ホラー映画のエンディングのエッセンスを感じました。それはまるで、主人公が脅威を退けた後、エンドクレジットの前に倒した筈の敵の気配を感じて暗転するあの瞬間のような後味の悪さです。
避けられない脅威に追われ続け、その脅威は怪物を倒したあとも主人公を決して休ませない。私はホラー作品のその様式美が好きです。なのでこの作品はそういった逃れられない脅威と決して断ち切ることのできない繋がりについて考えながら描きました。 特に深いメッセージ性は無く、少し気持ち悪さを感じるような作品を残したかっただけですが、もし楽しんで貰えたなら幸いですD
次に呪いの子についてですが、呪いの子が不人気な事は把握しています。(余談ですが、私の国では呪いの子に対してそこまで否定的な意見は多くありません。私の国のオタクは公式が出した作品を無かった事にする傾向が殆どなく、公式から出たものが気に入らなければジャンルを去るか、受け入れるかのどちらかを選ぶ人が多いです。なので二次創作の傾向も逆行や転生、Canonの隙間時間を埋めるような作品が多く、AUはあまり流行らない傾向があります。私は呪いの子��設定の全てを受け入れているわけではありませんが、美味しいところは食べています。)
呪いの子の世界観は、ハリーが魔法界の戦争を通して経験した事を白紙に戻したような世界をしています。
デスイーターは裁かれましたが、彼らの抱える根本的な問題は解決しておらず、彼らの親族に降りかかる偏見すらも魔法省は野放しにしています。里親に育てられた孤児のデルフィーニはホグワーツに通うことすらできませんでした。アモルテンシアなど危険な魔法薬は一切規制されておらず、ロンが親友の息子の誕生日プレゼントに贈るほど倫理観も法律も成長していません。
呪いの子の魔法界は、”臭いものに蓋をする”が続いた世界です。ヴォルデモートとの戦いの経験を持つハリー達が、その世界の中枢で要職につきながらも多くの問題を無視し続けているというのは現実的ではありません。ヴォルデモートが後継者を得る為に子供を作っていた事も彼の性格からを考えると不自然です。
舞台の脚本を書くために彼女はそうしたのだろう、とメタ的な意見も出せますが、呪いの子の世界がHPシリーズの正式な後日談として出されている以上咀嚼しないわけにはいきません。私はそういうオタクです。
正直、私はそんな魔法界に再び混乱が訪れるのが見たいです。それらのツケを払わされる瞬間を見たいです。彼らの怠慢と無関心が再び闇の帝王を呼び戻す瞬間が見たいです。
大切な書類をデスクに山積みにし、ゴシップを放置し、息子に対して失言し、母親のように振る舞うジニーに慰められるハリー。空元気のように振る舞い問題を無視するハリーの様子は私を不安にさせます。しかし私はそんな彼が再び引き裂かれるのが見たいです。そしてその相手は絶対的にヴォルデモートなのです。
呪いの子の終盤で、ハリーは闇の帝王の影響から未だに逃れられていないという自覚を息子に語っています。結局のところハリーとヴォルデモートの絆は永遠です。それはあたゆる形になってハリーを蝕み続け、彼の人生からは絶対に切り離す事ができません。呪いの子ではその事が証明されています。死すら二人を分てないのです。
私が呪いの子の時間軸のハリーについてよく考える理由はそこにあります。呪いのような永遠の絆がそこにあるなら、続きを想像したくなってしまいます。あらゆる魔術を探求した闇の帝王の魂はまだリンボにあり、彼を連れ戻したくて仕方がないような勢力は殆どそのまま魔法界に残っています。私は中年のハリーの目の前にある日突然ヴォルデモートが現れても驚かないでしょう。素材は十分です。
そしてヴォルデモートに再びハリーの人生をめちゃくちゃにして欲しいです。彼のキャ��アを崩壊させ、家庭を脅かし、彼をもう一度台無しにして全てを奪い去って欲しい。そしてハリーには、崩れた人生の瓦礫の中で最後に彼に触れ、かつて同じであった鼓動を感じて欲しい。結局のところ彼はハリーの運命の相手でハリーの人生を司っているのだと。
「彼を壊したい」と「彼を幸せにしたい」が両立する不思議なダイナミックがtomarrymortの醍醐味の一つであると思いますが、怒りと苦痛の先にある小さな慰めのカタルシスの心地よさが私を追い立てているのかもしれません。
とまあ、話は多少ズレましたし呪いの子の不満点や考えについてまだ話せる事は沢山ありますが、今回はこの辺にしておこうかと思います。また気分が向いたら何か書くかもしれません。
とにかく私個人としては呪いの子の時間軸のハリーの作品がもっと増えたらいいなと感じています。ハリーが台無しになる作品が好きなので、掛け金の高いCCの時間軸は私にとって魅力的です。
もしこの投稿を読んだ人がいたのなら、この中身のない文章を最後まで読んでくれてありがとう!
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imwatashi · 2 months ago
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過去は美化されるっていうのは本当にその通りで、突然黒歴史を思い出して穴に埋もれたくなる瞬間はふとしたときに訪れるのだけど、基本的にはそんなことは忘れている。本当に都合の良い頭だし、そういうふうに設計されている脳みそがありがたい。その代わり、たまに思い出した時のダメージがえぐいのだけど。
当時はしんどくてたまらなかったはずなのに、良い時間だったな、と思う期間がある。黙々と机に向かって英語の勉強をしていた頃だ。過去として捉えると途端に良い時間だなんて都合の良い脳みそに呆れる。今もちまちまと勉強はしているけれど、スコアをxxまでに取らなきゃ目標が達成できない、という縛られた中での勉強は本当に切羽詰まっていた。それでもやっぱり、良い時間だったなと思う。
誰にも言わず、黙ってひたすら勉強していた、朝5時に起きてエッセイを何本も書いた、実家に帰省してもひたすら英文を読んだ、出張中も早起きして���強した。今思うとよくやっていたなあと思う、でもその時はそうでもしないと心が落ち着かなくて、1秒たりとも無駄にしたくなくて、ひたすら勉強に打ち込んだ。そうしている方が楽だった。余計な不安を忘れられる唯一の時間は、目標達成に向けて費やす時間だけだった。将来につながると思えたから続けられた。こんなにやってるし自分は絶対に大丈夫という自信と、それでも試験への苦手意識が強く超えられない壁がある気がしてしんどかった。有給をとって東新宿まで試験を受けに行ったとき、同じく受験する人たちの顔ぶれを見て、みんなこうして夢を追っているのだろうか、とふと思った。同じ時間に会社では同僚たちが仕事に勤しんでいる。東新宿のIELTS受験センターは、自分の能力をためす場所である一方で、束の間の休息と日常からの逃避であり、先駆けた留学のようなものだった。副都心線の深いホームへ潜り、階段を駆け降りるとき、ここからすべてが始まるのだ、なんて、ドラマの主人公みたいに思ったりした。予定のない未来が来るのは久しぶりだった。これから予定調和から抜け出す自分がいることにわくわくした。会社にいるときだって日々新しいことに挑戦させてもらった、でもそれは、"会社にいる"という大前提は変わらない中での挑戦だったから。
無事にスコアが取れて大学院からのオファーももらって、当時の自分からしたら喉から手が出るほどほしかった状態に今、いる。それなのに、今のほうがよっぽどしんどいなと最近は思う。夢を曖昧にとらえすぎていて、もっと考えればよかったかな、と思うこともあるし、何気なく発せられた他人の一言にゆらいでしまったりする。自分なりに葛藤し、悩んだ末に出した結論であったはずなのに、これでいいのかと踏みとどまったりする。もったいないね、と言われるとやるせ無い気持ちになる。同僚や家族が私を攻撃するつもりなく言っている言葉も、勝手に捻くれた捉え方をしてしまったりする。計画性はたしかになかったかもな、と思いつつ、計画なんか緻密に立てれば立てるほど自分が動けなくなる気がして怖かった、だからこそ、大ざっぱなライフプランだけを片手に握りしめて一歩ずつ進んできた。それでいい、私が私の進路や人生に満足していればそれでいい、そのはずなのに時折、ありもしないプランBの人生をほんの少し考えてしまうときもある。
現実的な問題はさらに頭を悩ませる。引っ越し費用、現地で住む場所、学費、生活費、日本での役所関係の手続き、とか色々。どうなるかわからないから怖いし、確定できないことが多すぎて���ストレスは確かにある。"なんとかなる"精神はもちろんあるけれど、20そこらの頃と比べて様々な経験をしてきたせいで、"なんとかなる"に至るまでのフェーズの解像度が無駄に高くなってしまった。それゆえ、こんな苦労がありそうだな、こうやって結局やな思いしてストレスたまるんだろうな、っていうのをやや見越して疲弊するようなこともある。結局わかっているのだ、全部。人生は予測できないとは言うけど、初めてのことをやれば楽しいことや嬉しいことだけじゃなく、泣きたくなることや怒り狂って仕方がないことも生まれるのだ。それは私が進むと決めた道に限らず、どこに進んだって一緒。ただそれと同時に、この道を選べば確実に自分が成長できることも知っているのだ。そのような道を選んだのだから、自分が一皮も二皮も向けて大きく成長することだって、もうやる前からわかっている。
時々ばからしくなる。なぜ不安な気持ちにあえてもっていこうとするのか、なぜ不安定な状態にあえて飛び込もうとするのか。大変なのは目に見えているのにどうしてそうするのだろう、と。やってみないとわからない、とにかくやらなきゃとがむしゃらに空回りを重ねて、時間の無駄遣いも人生の勉強だって都合よく言い聞かせてた20代前半とはもう違う。そこを越えたからこそ、もうわかっているはずなのに。それでも非効率に、不安定に飛び込むのはなぜだろう。読もう読もうと決意して結局読み切れていない『暇と退屈の倫理学』という本の内容をぼんやりと思い出している。人間はじっとしていられない愚かな生き物だ、と。
でも理由は単純で、やっぱり後悔したくないから、なんです。自分は愚かだとわかりながら、この先にきっと苦しみも悩みも待ち受けていると知りながら、こういうくだりを何度繰り返せばいいのだろうと思いながら、そんな自分に飽き飽きしながら、それでも突拍子もない挑戦を続ける理由。後悔したくないから。愚かでもいいから、退屈したくないから。他人を羨んでやきもきするよりも、自分自身が喜ぶ時間の使い方をしてあげたいから。時は金なり。時間は戻ってこない、今この瞬間を生きる私も、あらゆる決断を下した私も、これから待ち受ける私も、同じものは一秒たりともない。であれば、やるしかない。難しいことを考えた方がいい時もあれば、考えなくたっていい時もあるはずだ。そういう都合の良さが愚かさだと言われたら、そういう都合の良さが軽やかさだと笑っていられる人間でいたい。
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moko1590m · 3 months ago
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日常生活での少数の個人間の人間関係において、優位に立ったとても悪い人間が、他の人間にそのことや、それを生んでいる人間関係の仕組みを気付かれないように、別の、悪い人間や悪い行いへと、身近な人の怒りなどの強い感情を抱かせるように仕向けたり、とても楽しいことを宣伝したり夢中にさせたりして、注意をそらす、ということがいろいろな形で行われていますが、そういう人間関係の在り方や、優位に立った人間の立場からのそういうやり方を表現する短い表現や、具体例をできるだけたくさん教えて
ChatGPT said:
日常生活の少数の個人間の関係で、優位に立った悪意のある人が他者の注意を逸らすために使う手法や、その状況を表す短い表現、そして具体例を紹介します。
短い表現
スケープゴート - 他者を悪者に仕立てて非難の対象にする。
目くらまし - 注意を他のことに向けて本質を隠す。
ガスライティング - 相手の認識を操作して、現実を疑わせる。
分断統治 - 他者同士を対立させ、支配を維持する。
陽動作戦 - 偽の問題や出来事で注意を引き付ける。
プロジェクション - 自分の悪行を他者に投影し、罪をなすりつける。
エンタメ支配 - 楽しいことを強調して問題から目を逸らす。
偽装善意 - 見せかけの善行で悪事を覆い隠す。
心理的分散 - 複数の小さな問題を作り、注意を分散させる。
情緒操作 - 怒りや同情、喜びなどの感情を操作して冷静な判断を妨げる。
具体的な例
1. 家庭内での例
親がきょうだいを競争させる → 自分の権威を維持するため、きょうだい同士を比べて対立させ、親への不満をそらす。
支配的な配偶者が友人を悪者に仕立てる → 友人への信頼を揺るがせ、孤立させることで、支配を強化する。
親が家族の問題を他の家族のせいにする → 自らの虐待や過干渉を隠し、特定の家族を「問題児」に仕立てる。
2. 友人関係での例
友人グループでのターゲット作り → 自分への批判を避けるため、グループ内の1人を悪者に仕立て、他のメンバーの怒りをそちらに向ける。
自分の過ちを笑い話に変える → 重大な問題を軽いジョークにして周囲を楽しませ、問題意識を薄れさせる。
誰かを悪者に見せるための噂話 → 自らの悪行を隠すため、他者の噂を流して注意を逸らす。
3. 職場での例
上司が部下同士を競争させる → 自身の管理責任を逃れるため、部下同士の対立を煽る。
不正を隠すために他部署を批判する → 自分のミスや不正が発覚しそうなときに、他部署の不手際を大げさに取り上げる。
楽しいイベントで士気を上げるふりをする → 不満が高まっているときに、レクリエーションや表彰を行って問題から目を逸らす。
4. 学校での例
いじめ加害者が被害者を悪者に仕立てる → 「被害者にも非がある」と吹聴し、教師や周囲の関心を誤った方向に向ける。
生徒同士を競わせて校内の不満を抑える → 成績やスポーツでの競争を煽り、学校運営の不満を逸らす。
楽しい行事で校内問題を隠す → 学校の問題が表面化しそうなときに、文化祭や体育祭などのイベントで盛り上げる。
5. 恋愛関係での例
浮気を隠すために嫉妬を煽る → パートナーに他者への嫉妬心を植え付け、自分の浮気への疑念を逸らす。
束縛を正当化するための噂流し → 「周囲は信用できない」と吹き込んで、相手の交友関係を断絶させる。
サプライズで罪悪感を覆い隠す → 問題を話し合うべき場面で、プレゼントや旅行などで気をそらす。
まとめ
このような手法は、権力を維持したい人や自分の非を隠したい人がよく使います。短い表現としては「スケープゴート」「目くらまし」「ガスライティング」などが適切です。具体例としては、家庭、友人関係、職場、学校、恋愛など、あらゆる場面で見られます。
もし特定の状況についてさらに詳しく知りたい場合や、対策についても知りたい場合は、教えてください。
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arraytale001 · 7 months ago
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CHAPTER 4
FILE 03
(Japanese Version)
CHAPTER 4
もしこれが夢なら、本当にほっとするだろうな。永遠に続く混乱と不安のサイクルに閉じ込められるのは、絶対に嫌だ。特に、自分が一瞬たりとも想像したことのない状況にいるのだから。
「お前のプライドを傷つけたか、サンズ?」
こいつ、俺を怒らせようとしている。
「へっ、小細工はやめて、さっさと顔を見せてみろよ。」
今の俺の運の悪さを見せたくない。この手に掴んでいる人間は、俺に何の助けにもならない——今この瞬間、俺の人生のどれだけ不幸なことか。俺が一番助けを必要としているときに、お前は完全に役立たずで、ただの障害にしかなっていない。
崩れ始める世界の背後で、空中に浮かぶ破片、破壊の断片が骨にまで染み渡るのを感じる。この黒い霧に飲まれないよう祈るしかないような状況だ。もしこの姿が、世界を支配する神であり、俺の運命を手のひらで弄ぶ存在だとしたら、指を鳴らすだけで俺を消し去る力を持つ存在だとしたら……
今俺がただ望むのは、現実から逃げて死ぬことだ。
「急ぐなよ。驚きは後のお楽しみだ。今はこのまま話そうぜ。」
「俺のルールは俺のルール、お前のルールはお前のルールだ。お前のルールでやりたいなら、交渉もしないし、お前の望みに従うつもりもない。」
こういう時、支配を巡る戦いは避けられない。誰かを支配したいわけじゃないけど、追い詰められると俺はさらに圧倒されるだけだ。
「じゃあ、このままずっとここに閉じ込められることになる。それが望みか、サンズ?」
俺は嘲笑うように笑い、断固として立ち向かう。「俺は怠けるのが得意だぜ。やってみろよ、俺と同じ骨の仲間になるだけだ。」
遠くからかすかな轟音が響く。俺がこいつを納得させられたのかどうか、さっぱりわからない。でも、その微かな揺れが、少なくともこいつのプライドに刺さったことを教えてくれた。
その一瞬のチャンスを見て、俺は人間をテレポートで自分の部屋に送った。それが唯一思いつく安全策だった。トリに約束したから——まあ、そこが安全かどうかは保証できないけど。無事でいてくれることを祈るしかない。この馬鹿げた状況で、これ以上俺を苦しめないでくれ。ただゆっくり息をつきたいだけなんだ。
「その子供をお前の部屋や秘密の研究所に送っても意味���ないってわかってるだろう。俺にはどこに行くかが全部見えるし、いつでもそいつを破壊できるんだ。」
最初からわかってたさ。俺はその子を——いや、自分自身も——この変人から救うことはできないって。でも、少なくとも俺はやったんだ、たとえそれが無駄だったとしても。トリとの約束を守らなきゃならない。少なくともこれは、彼女が信じた言葉を俺なりに守る方法なんだ。
「何かをする方が、何もしないよりはマシだ。それに、もしお前が本当にそんな力を持っているなら、もうとっくにやってるはずだろう?俺がその運命を嘆く必要もないってことだ。で、何を待ってるんだ?」
「おお、冷たい態度だな?その人間に本当に興味ないのか、サンズ?」
何の権利で俺の道徳心を問いただすんだ?こいつはただこの無意味な会話を引き伸ばして、貴重な時間を浪費させたいだけだ。これが奴のゲームか?俺がどれだけ引きずられるか、負け犬になるまでの時間を測るってことか?
まあ、この馬鹿げた話は終わらせてやる。
「その人間を殺すかどうかなんて気にしないさ。そいつが簡単には死なないのはわかってる——だって、もしそんなに簡単なら、お前はここでくだらない脅しをしてる暇なんてないはずだ。」
「俺に挑戦してるのか?」
俺はニヤリと笑った。この変人にもわかってほしい——どれだけ俺がその人間を気にしてるかなんて尋ねる時点で、脅しはもう効かないんだ。
「さあ、やってみろよ。お前がどうやるのか見ててやる。」俺は淡々と答えた。
不気味な沈黙がその場を包み込む。俺の鋭い返答にすぐには反応しなかった。その場は痛々しいほど静かで空虚だった。冷たい、骨までしみる風が俺を包み込む。しかし、俺の心も魂も穏やかだ。ゆっくり流れる川のように落ち着きを保ち、次に何が来ても警戒を怠らないようにする。それが最悪の状況に追い込まれない唯一の方法だ。
「なるほど、天才だな!議論が得意なんだな?俺はお前と戦わないよ。」
俺は微笑むしかなかった。その言葉を聞いて、勝利の音が耳に響いた。いいぞ。この戦いを無駄に長引かせることはなかった。
「さて、お前の姿を見せろ——!」
俺は最後まで言い切ることもできなかった。
突然、凄まじい爆発が世界を粉々に砕き、俺を完全に動揺させた。あまりにも速くて反応する暇もなかった。
目を貫くような閃光が襲いかかる。耳をつんざくような音が、俺の心を鉄の棒で削るように響いた。鋭い痛みが増し、骨を砕くように感じた。
目を開けようと必死になり、周りを見回す。部屋は白い空間に変わり始め、木々や崖、そして……パピルスも飲み込まれていった。彼の姿はどこにも見当たらない。足が地面に釘付けにされたように動けなかった——でも、彼を探さなきゃ。パピルス……絶対に——
「お前自身のことを心配しろよ、サンズ。お前はもう彼を見つけられない……おっと、俺が許可しない限りな。」
彼らの声は冷たくなり、もう遊び心もリラックスした様子もない。この時は真実を語っていた。
俺はパピルスを見つけられないだろう。
彼らの慈悲がなければ。
くそっ、なんてことだ!
「さて、サンズ、俺を見ろよ。」
俺はその声がどこから来ているのかを探ろうと、全神経を集中させた。
ありえない……まじか。これって……全然予想してなかった。
「冗談だろ。」
俺の目の前に立っているその姿を見つめて、俺の目は見開かれた。俺をじっと見つめるその目、そして広がる不気味な笑顔。
俺の目の前にいるのは……
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「レイズ。」
その笑みはさらに不安を煽るようになり、俺をものすごく不快にさせた。
「レイズ、レイ、あるいは—」 彼は威圧的な表情で俺を見て言った。 「サンズ、お前、自分の名前で呼んでもいいぜ、サンズ。」
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lumi-kissa · 2 years ago
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別れた彼氏がストーカー化して事件が起きたというニュースが多い。
私にも経験があるので、こういう事件が起きるたびに悔しくて、どうにか防ぐことはできないのかな、といつも考えます。
ストーカー化する人は、付き合う前や付き合い始めはすごく優しいし尽くしてくれるし、とにかく自分に夢中になってくれるから、つい好きになってしまう。
でも付き合ったら割と早い段階で嫉妬深いことに気がつきます。そして多くの場合、過剰な嫉妬や束縛は暴力へと繋がっていく。
私が初めて叩かれたのは腕でした。
それから顔、首絞め、蹴り、そのうち馬乗りでボコボコ、とエスカレートするんだけど、その前にどうやっても話し合いにならない感情のぶつけ合いが起きます。
こういう事をされるのは嫌だからやめて欲しいという願いを人格否定や攻撃と捉えて、本当のことを言ってても全て嘘だと決めつけて逆上するのが危険な人のパターン。
あまりにも言ってることが通じないからそのうち自分がおかしいのかな、と不安になる。
こういう人は、他人の気持ちがわからないというより、お前が気持ちを理解してほしいなら俺の気持ちも理解しろ、という理屈になっている気がします。
そしてこういう人の怒りのスイッチが入るのは、バカにされた、見下された、見捨てられる、と感じた時。 DV男が殴ったあと優しいのは、相手が自分から離れないと確信するからだと私は思う。
付き合いが進展するとDVは不可避なので、こうなってしまうと円満に別れるのは難しい。(直接殴られなくても、物に当たったり大声で怒鳴るのはDVです)
逃げようとするとストーカー化して追いかけ回されるから、ここまで来たらもう普通の人生を取り戻せないと思う。
この頃には、殺されるかもしれないという危機感は消せないものになってしまってるんだけど相手にしてみれば、被害者は俺、なんです。
だからどんなに怖い思いをしていると伝えても理解できない。なんで怖いんだ、お前が話を聞かないからだろう、俺の気持ちはどうなるんだ、ってなる。
遠くに引っ越したとしても、相手が生きてる限りは、相手の執着心を知ってしまった以上は、精神的に逃げきれない。
付き合い始めて、嫉妬すごいな…、と気づくのは、友達でもない程度の関係の異性にも嫉妬する、女同士で出かけることにも嫉妬する、旅行すると言うと病む、みたいな傾向を見た時です。
よく考えるとこれは、俺を差し置いてお前だけ幸せに過ごすなんて許せない、というストーカーの逆恨みの発想の入口に思えます。
恋人に仲のいい異性の友達がいるから心配とか、元恋人の連絡先を消してないのが嫌だとか、そういう普通の感覚で理解できる嫉妬ではなく、自分以外の人間関係をすべて切らせようとする嫉妬深さは危険。
相手が積み重ねてきた日常や人生の諸々を自分のために捨てさせることに抵抗がない、というのは異常なことだから。
彼以外の人と会うたびに罪悪感を植え付けられて人生が楽しくなくなってくる。その上DV。
でも別れようとすると、殴られたり、死ぬって脅されたり殺すって脅されたりで拗れに拗れてしまう。
じゃあどこで対策したらいいのか。
自分の経験をもとに考えてみました。
私がここだと思う分岐点は、
よく知りもしないうちに自分のことをすごく好きになってくる人だなと感じた時。
すごく好かれて嬉しいなと思う前に、相手が思い描く理想の枠に勝手にはめられてしまってないかな?ってちょっと冷静になった方がいいかもしれない。
なにか満たされない部分がある人ほど、本当の愛を見つけたと思い込んだら過度に執着する傾向がある気がします。
人を好きになったら多かれ少なかれ嫉妬もするし、恋によってどっかおかしくなってしまう部分は誰にでもあるけど、怖い、普通じゃない、という直感や違和感は本能的なものだから無視しないほうがいい。
こんなふうに殺されてしまう人や、守りきれなかったことで自分を責め続ける家族の気持ちを考えるとつらいです。
加害者は、どうしても手放したくなかった相手にもう二度と会えない、声も聞けないっていう現実と向き合った時、どんな気持ちになるんだろう。
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qofthequinine · 1 year ago
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お葬式
祖父が全うした���91歳だった。5/27の6:27に息を引き取った。自分の誕生日は10/27で、紫の手帳を受け取ったのが12/27。おいおい、おじいちゃん。あなたの才能は十分に承知していた。けど、そこまでされると怖いぜ。
ここから長すぎる。一時間足らずで狂い書きな感じ。読みたきゃありがとうございますね。
黙して語らず、ニコニコ優しく、しかし熟慮している人だった。従兄弟曰く、「大学に行くときに、ニーチェの詩?に注釈つけて渡された。おじいちゃん心配してたんだなあ」おそらくそれはツァラトゥストラだ。おじいちゃん、同じ道を辿ってるね。「毎年おじいちゃんは宝くじ買ってたやろ?あれをどう使うか聞いてみたら、『あの道を直して、ここの堤防を強くして』って言ってて、本当にすごかった」そう、だからあの葬儀の当日、近隣は大雨で避難警報が出されたんだが、不思議とおじいちゃんが道を作り治水した地域にはほとんど被害がなかった。すげえぜ。かっこいい。
自宅から出棺。近所の人たちがお見送りに来てくれた。しかしまあ、その出棺作業は自らと親戚で急ピッチで段取りしました。すごくね?あなたは本当に、素晴らしい人だったのだ。みんなが知っていた。それだけは確かだ。私もその一人だ、と述べてもいいですか?おじいちゃん。あなたと将棋をしても、絶対に勝てなかった。正月に家の玄関の上がりで、自らのプライドである刀を手入れしていた姿を、鮮明に覚えています。祈るように、あなたは梵天に手入れの粉をつけていた。
通夜から葬儀まではパニック。全ての段取りを把握している父が、その段取りを内々の親族に明かさない。いや、普通さ、もういくばくもない命を目前にすれば、あらゆる段取りを把握して、誰がどこにどう動けばいいのかを伝える。あなたの生業はそういうものでしょう?『随時更新の身内スケジュール』が必要でしょう?そうやって自分が全部しなきゃ、という使命感の反対には、人に任せられないという不信感があるのでしょう?だから仕事以外に友人がいないんです。普通に休日に飲みに行くこともないと。「お前が友達と馬鹿話するような友達はいない」と断言しましたね。違うんです。馬鹿話じゃないんです。お茶会や飲み会は、深刻で暗い話を笑い飛ばす場所なんです。
なんでわかんねぇかな。わかんねえからあなたと飲んでも面白くない。というか、「こういう馬鹿がいた」みたいな仕事上の話を家に帰って母に申しつける時点で、非常に卑怯な落語なんですが、おめえさんよ、案外馬鹿を馬鹿にしちゃいけねえよ、馬鹿も馬鹿なりに考えてる。その考えてることを否定しては悦に入る。『酢豆腐』の旦那じゃねえか。大いなる阿呆。ダサ坊。シャばい。自分専用のポルノを自分で拵える野郎。水商売を貶しながら、お姉ちゃん遊びには大いなる興味があるどすけべ。小学生女児がなんぞの事件にあった、と聞けば、「この子はなんかとっぽいからそうなるよね」口が裂けても言うなよ。ジャニーズの会見、「この男は、男なのに化粧なんかして目も落ち窪んで、気色悪い」何様だよ。てめえが利用するだけ利用したゾーンに対してそういう言葉を吐くんだ、へえ〜。高校ぐらいまで父と祖母の着せ替え人形として彼らの与えられる服を着た。気色悪いんだよ、友達の言うには、その服装は、「なんか、おじいちゃんみたい」だとよ。っざけてんじゃねえよ!お人形遊びは楽しいか?てめえら俺が幼い頃に女装させたりとかしたよな。こちらはグチャグチャです。「お前が寝てても呼びかけたら応えてくれるから、つい」とか抜かしてるけどさあ、起きてるよ。その気色悪いボディタッチも。でも寝てて可愛いふりしてた方があなた気持ちがいいでしょう?てめえが俺を撫でるたびに、吐きそうになって仕方がないんだ。You Know? Yeah, you Just say "I Don't Know". ****
最後の念仏が唱えられる。輪廻転生は仏教で三回とされる。誰も見たことのない祈り方。三回同じ言葉を唱えた後に、なんとなく解脱のような文言があった。「見たことがない葬儀だった」と口を揃えて申し述べる親族。火葬場へ。これが悪夢のようだった。
とても現代的でシステマチックな火葬場。荼毘に伏すとして、その間はみんなでなんとなく空を見たり、煙突からの煙を見たり、そんな時間だと記憶していた。しかし実際は、棺を運ぶのは手動で操作できるフォークリフト。最後に顔を見て、そこからは全員が揃って荼毘の場所へ。もうその時点で、呼吸が苦しい。自分が過呼吸になっているのではなく、そこに漂う人間のタンパク質を燃やした独特の空気が、襲いかかってくる。少しは泣いたけれど、本気では泣かなかった。
喫茶室があります。親族の待機室はここです。全員が喫茶に向かう。一悶着あったらしいが、それは全てを握っているはずの父が何も手立てを打っていなかったことによるらしい。つまり、「あの家に帰る手立てがない」とのこと。大揉め。しれっと、親戚のおっちゃんが「また始まった」と呆れたように言うので、彼について行って喫煙所へ。「おじいちゃんの棺に、ショートホープ入れてあげたらよかったなあ、と今更後悔してるんですよ。植木職人の人曰く、『耳から煙出るぐらい吸う』ぐらいの人だったんで。まあなんかあるときに胸ポケットに入れたままやめたらしいですけど」「俺もおっちゃんのイメージそれよ。でもそんなんクラクラするやろうな。でもやっぱり、紙巻きじゃないと俺は満足できん。何回か試すけど、口の中がなんか変になる」「あれって、水蒸気にニコチン入って香料入って、ってことなので、口の中に残るの当たり前ですよ。で、定期的に掃除しなきゃなんですけど、してないように思います」「なるほどなあ」「紙巻きは手の中に隠せないじゃないですか、でもよく見ますけど、子供の散歩に付き合いながら、あのデバイスは手の中に収まるので、隠れて吸ってる人とか、あと軽自動車の中とかでずっと吸ってる若い女性」「あ〜!よく見るわ!」「なんか卑怯ですよね」「堂々と吸えばいいのに」
骨上げ。向こうから機会が運ぶ音がする。耐えられない。目を背けて壁に引き下がった。説明がある。その人の話を聞こうと思って顔を見ると、祖父のお骨が目に入った。無理。逃げ出して外で存分泣いたが、これはやらねばならん。おじいちゃんも本望ではないだろう。ある程度落ち着いた。元に戻った。骨箱を抱えたさっきのおじちゃん、「ほれ」完全に試されている。立ち向かおうと思った。おじいちゃんの顎の骨の右側をなんとか取り、入れた。壁に向かって泣いていると、おっちゃんが背中を叩いてくれた。優しいボディコンタクト。あれがなかったら、自分はもう立ち直れなかっただろう。
親族の直来。席順がアウトだった。向かいに祖母。斜め向かいに弟、隣に叔母の配偶者。彼や弟と話しているときは、苦しくなかった。弟は後ろから声が聞こえたらしく、ギャルソンとして働き出したので、真似てとりあえず。未来に向ける光を見たように思う。挟まれる祖母の無駄口、思い出話、さっきも言うたやん、で最終的に、「あんた食べんのな?あんた食べんのな?」この役割は弟が担ってくれた。途中で異常を察した母が「持って帰るので」と包んでくれた。そこで祖母が、「物足りんな!うどんでも食べたくなるわ!」糸が切れる。立ち上がって親族の控室に足取りもおぼつかず帰り、水を飲んで倒れそうなところを背中で柱に寄りかかったのは記憶している。そのあとは完全にギャルソンに徹した。席に戻れば……と感じた。
見送り、なぜか親族はパニック。というか、祖母の血をダイレクトに引いている人たちが大揉め。関わったら壊れる。だから、早く帰りたいだろう人たちのドアマン、ポーターとして立ち働いた。その場所が貸し出す傘の場所を把握しているのは俺だけで、木偶の坊なので雨風を防ぐにはもってこいだ。帰るまでが遠足。帰るまでが葬儀。見送ったあと、祖母に話をされた時点で、おそらく人生で一番危険な焦点発作があった。見える聞こえる把握はできるが、動かない。少しだけプルプルしている。話の隙間で���呼吸して、離脱。その後、なぜか父が、「この鍵が潜戸の鍵。行けるか?」と。拒否したところでまたパニックだろう。叔母方の年嵩とおばあちゃんが同情する車で帰ることになった。話の流れで、「えっ、だって私ら帰っても鍵はにいちゃんしか持ってないやろ?潜だって鍵かかっとるし」「これ受け取ってまーす」と鍵束を見せる。永遠のような10秒間の沈黙が、どうしても笑ってしまいそうになって良くなかった。
で、まあ帰宅したものの、真っ暗で鍵の種類がわかるのは父のみ。明かりをつけても何が何やら。普通に礼服で鍵を探しながら試して回る、という、夜盗みたいな働きをして、必要な鍵は開けた。自分はともかく着替えと服薬をしなければ無理。処方薬を飲んでいるところを見られようものなら、またおばあちゃんの詰問に合う。口に含んだまま、水道水の出る蛇口に向かう。「あんたな。夜に明かりつけて網戸にしたらいかんのよ」知るか!緊急事態だ!黙ったまま食器棚からコップを出して水で飲み下す。危なかった。あの場で自分が倒れたらマジでやばかった。ちょっと効いてきたのでせにゃいかんことをしようとしたんだが、お呼び出ないらしい。仏間のパニックを感じながら、叔母方のおっちゃんが絶対にまだ上がらない、との意思表示をしたので、ここは、と思い、靴を脱いで上がる。「これはここ!これはこれでいい!これは日にちが明けてから!とりあえず帰らせ!」と仕切って、「仏間できました。どうぞ」でおっちゃんおばちゃんもう帰らなやってられん状態。見送ろうと玄関について行った。母の「あれはどこ?」攻撃。「ありました!ご安心しておかえりください!」見送りで礼をしたが、90度だった。無意識なのにね。気持ちが出るね。
そこから自分たちのサルベージ。呑気に「あんたら泊まっていかんのな?」「ばあちゃんな、うちはうちでやることがあるんや」と挨拶もせずに帰る。あとから聞けば、母に「大丈夫な?」と聞いてたらしい。大丈夫なわけあるか!お前の不可知領域かつ被差別領域に踏み込んでるんだからほんとのことなんて言えるか!ババアに申し伝えたら、きっと座敷牢の世界なので、両親のそこの理性には感謝したい。
帰りながらうだうだ。珍しく母が飲まないとやってらんないね、状態だったので、缶ビールを美味しく注ぐ方法を実践して、本当の直来。
ここからは結構スピリチュアルなのに事実として観測されている事象を改めて結び直した話になるので、またの機会に。
Adeu!
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crydayz · 1 year ago
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240627 EXTRA
そのー、うん。なんだ
これ完全なる言い訳だし会社員がフリーランスに対し抱いている不信感をそのまま肯定する形になっちまうんだけど
大抵のフリーランスは「組織内での立ち回りがド下手くそだからフリーにならざるを得なかった」ってだけだと思う
要は集団の中で「嫌われない為の配慮」ってもんが全然できない
自分が主催者側になってもできない
-----------------------
どこにも所属しないという建前を持つことで、���避コストや裏切り難易度を下げているだけ
つまり様々な環境を広く浅くフリーライドしたいという欲求が強すぎる為、会社組織や地域社会が要求する義務からすぐ逃げるし裏切る
当人も最初はそこに負い目持っているかもしれないが10年もそういう生活続けてしまえば当然居直るしかなくなり、逃避と裏切りが常態化したあげくそんな自分を正当化する為の免罪符を集めまくる
「だからダメ人間は会社組織を抜けたらダメ」という見解は正しいと僕は結論する
結局WEBでもてはやされて上手く行ってる絵描き / 漫画家って絵がヘタクソすぎるんすよ...
「お気持ち表明エッセイ」か「弱者ヨイショ系」か「線がふにゃくちゃ」な人ばっか
それを世の中も自分も「ユルい、かわいい」という枠で受け入れてるわけだけど要するに「だらしないだけ」でしょ
ネットはあまりにもそっち系が台頭しすぎなところある
こう書いといてそっち方向でウケるの描けたら全然それで食べていきますけどね、自分も
だからこれはやっかみであり嫉妬なんです...
応援しづらい事を書くッ!!
ま、描いてる当人らが誰よりもそれをわかっていて覚悟決めてやっているのは間違いない。なんもやっておらずなにも成していない人間がそれにイチャモンつけたってしょうがない...
僕は「自分のやりたいように素直にやる」ベクトルでは何ひとつ成功してないんだ。僕は自分の夢をなに一つ叶えられていない負け犬だ!!!
50人を集めた箱、100人を集めた箱を「盛り上げる」ことから始めたい。バーチャルじゃなく「物理」の箱で....
むかーーーしWOMBでVJやらせてもらえた時、ほんっとーに幸せだったし最高にアガった。あれなんだよ、あの興奮と絶頂。あれをもう一度、味わいたい!!!
お絵かきたのしすどころじゃあねぇ
お絵かきありがとう、お絵かきだいすき、生きててよかった
そういうの思い切り味わいたい
大抵の絵描きは絵を介してそんな絶頂得ること端っから諦めてるっしょ?(コスパ悪すぎるし実現してる人観たことないから)
僕は20代の頃からまっっったく諦めてねーんだなぁこれが....
それが叶わない事がとにかく苦痛だし、飢餓の要因だし、悔しさの源泉... すなわち超・巨大なモチベーションなのだ
だからその「お絵かきパーティー」実現の道からあまりにも遠い仕事するとテンションが萎えきってしまう
どんなに自分のキャリアを高めてくれる仕事であっても、だ...
そしてそれはもはやパーソナリティ障害の域に達している。要するに「クッソわがまま」ってこった
ごめんねぇ...
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ari0921 · 1 year ago
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桜林美佐の「美佐日記」(246)
「北方領土の日」の思い出──大激論を収めた猫と犬
桜林美佐(防衛問題研究家)
────────────────────
おはようございます。桜林です。「男もすなる日記
といふものを、女もしてみむとてするなり」の『土
佐日記』ならぬ『美佐日記』、246回目となりま
す。
先日、雑誌『WILL』の企画で、カメラマンの宮嶋茂
樹さんと対談をしました。最近、本当に「お久しぶ
り!何年ぶり!?」という再会が多く、私自身が地
方に住んでいたことやコロナ期間が関係するのでし
ょうけれど、こうした時期があったからこそ、再び
会えることに喜びを感じられるという効果もあった
ように思います。
宮嶋さんは能登半島地震が発生するや否や現地に入
ったということでしたが、元日の家族サービスをそ
の瞬間に放り出して被災地に向かってしまうのです
から(家族を家に送り届けてから)頭が下がります。
これは、宮嶋さんが誰にも迷惑をかけずに自活でき
るサバイバル能力を持っているからこそできること
です(シロウトは真似をしてはいけません)。
色々なお話を聞きましたが、一つ印象に残ったのは、
今回はペットと一緒に避難する人が多かったという
ことでした。
災害時のペットの問題はかねてより課題でしたが、
大事な家族を残して人間だけ避難したくないと、逃
げない人が少なくないため、自衛隊としてもペット
も一緒に助けているということです。
C H-47Jチヌークから飼い主さんのリードに引かれ
て降りてくるワンコ、自衛隊の給食支援でご飯をも
らって申し訳なさそうなワンコ、その心の内にはど
んなことが去来しているのか・・・、とにかく、助
かって本当によかったと思います。
私も長年、猫と暮らしていましたので、他人事では
ない気持ちです。もし同じ状況になっても、猫を置
いて逃げることは、絶対に、100%しなかったで
しょう。
兄弟猫の「かじた」と「あたみ」が天国に旅立って
から、今でも数日に1度は夢に出てきますし、嘆き悲
しんでいた時に慰めて下さった方々のことは決して
忘れません。その時の皆さんからのメッセージの数
々を今でもたまに見ています。
特に「かじた」は扁平上皮癌というのになってしま
い、顔がどんどん酷い状態になり、思い出すだけで
も涙が止まらないような闘病生活を送りました。
2016年の5月���私はほとんど毎日、動物病院に彼
を連れて行き、注射を打ってもらっていました。保
険はないので相当な金額を使ってしまいましたが、
家賃さえ払えればあとはどうなってもこれだけはし
なければという思いでした。
ある日、私はトークショーのコーディネーターを仰
せつかり、札幌にいました。テーマは「どうなる北
方領土!! 凛然とした北海道創造に向けて~なぜ解
決できないのか! 国民が知らない北方領土問題の真
実に迫る!~」というもの。
その時に、パネリストとして参加された田久保忠衛
先生とご一緒していたのです。しかし、この催しは
大荒れになりました。
もう一人のパネリスト、元外交官の孫崎享さんと田
久保先生が大バトルになり、客席からも怒号が飛ば
される中、なんとかクローズしたように記憶してい
ます。
というのも、私は猫のことが気になってしまい、ど
うしても頭の中から離れない、という状況だったか
らです。
自宅の固定電話の留守電に、猫たちに聞こえるよう
に「すぐに帰るからね!」などと入れていたのでし
た。
ステージを降り、一同、控室に戻るも、殺気立った
空気は収まりません。それどころか、議論の続きが
始まり、ますます悪い雰囲気になるばかり。
私はとにかくそこから離脱したい気持ちでいっぱい
でした。それに、夕方までに家に戻れば獣医さんの
ところに行かれるかもしれず、今すぐに出れば1本早
い飛行機に乗れるのではないかと考えたのです。
そこで、その旨をこっそり主スタッフの方にお願い
し、ひと足早く空港に送ってもらうことになりまし
た。
止まらない議論に分け入り「すみません! 実は猫
を病院に連れて行きたいので、お先に失礼します!」
と言うと、にわかにお二人の表情が変わり、それは
大変だというようなことを口々に言って下さったの
です。
そして、お二人ともかつて飼っていた犬の話になり、
苦楽を共にした家族としてのそれぞれドラマに話題
が急展開することになりました。
犬の話になった途端、それまでの空気はどこへやら。
和やかになり、私が先に帰るなら、みんなで一緒に
空港へ行こうということになったのです。
2月7日は「北方領土の日」、当然のことながら領土
問題に思い寄せる日でありますが、各地での集会の
ニュースを見ると、私はその時のことを思い出しま
す。
加藤さんのメルマガでもあったように、犬の人間社
会への貢献は極めて大きく、実際、こうした対立、
争いの場面を終わらせたのは、私の猫、そして先生
たちの犬、でした。
イデオロギーを超え���私たちに平和をもたらしてく
れている存在、ペットは人間が責任をもって守るべ
きでしょう。
今日も最後まで読んで頂きありがとうございました。
どうぞ良い1週間をお過ごし下さい。
<おしらせ>
(さくらばやし・みさ)
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canty-essay · 1 year ago
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考えてみる、サバイバル
              
                                  
 今年は元日に突然携帯の地震を知らせるアラームが鳴り出し、ギョッとなった。まもなく、能登で大きな地震があったことを知った。本当にいつどこで地震に遭うのかわからない今日この頃だ。日頃の備えが大事というが、どんな備えをすればいいのだろうか。どうすれば、自分や家族や周りの人の命や財産を守れるのだろうか。
 「サバイバルファミリー」という映画を観た。どういう話かというと、主人公は東京のマンションに住む、中年の夫婦と高校生の息子と娘の一家。お父さんは平凡なサラリーマンで、会社から帰れば、晩酌しながらテレビをみている。息子と娘は親に関心がなく、勝手なものを食べている。お母さんはひとり台所で、実家の鹿児島から送られてきた大きな丸一匹の魚を捌こうと格闘しているけれど、誰も手伝わないし、食べたがらない。
 そんなある日朝、突然電気という電気がみな停まってしまう。電気ばかりでなく、乾電池や車のバッテリーも全く働らかなくなる。お父さんと子どもたちは、文句を言いながらとりあえず会社や学校に向かう。自分のマンションだけでなく、かなり広範囲に停電していることがわかってくる。スマホで検索しようと思っても、画面には何も映らない。お母さんがスーパーに行くと、みな買い出しに来ているが、レジが動かずそろばんで計算するので、長蛇の列となる。
 三日ぐらいは、ロウソクとカセットコンロとレトルト食品で凌いでいるが、水道からの水も出なくなり、会社や学校も休みとなり、多くの人がだんだんと東京脱出を始める。大勢の人が家族を伴って、ガラガラとスーツケースを引いていく。この一家はお父さんがうまく調達したおかげで、一人一台自転車がある。途中の商店では、ペットボトルの水が一本2500円の高値で売りに出されている。この家族も高値承知でありったけを買い占め、旅を始める。お母さんの実家の鹿児島を目指して。途中のお米屋さんでは、水や食べ物を持って行くと、お米一合と交換してくれる。そこにロレックスや高級車の鍵を持って交換に来る人物が現れるが、「そんなもの食えるかい! 」と突き返される。
 「大阪から先の関西では電気が来ているらしい」という噂が飛び交い、今や車の走らない東名高速道路を大勢の人が歩いたり、自転車だったり、中には荷車を引く人も、西に向かう。途中のサービスエリアで野宿。寒い季節ではないのが、まだよかった。寝ている間に、水を一本盗まれて、息子がすぐに追いかけるのだが、盗んだ家族には赤ちゃんがいて、取り返すのをやめる。
 脱出から16日目高速道路を降りて、川で洗濯をする。水が一見きれいだからと飲んだお父さんが下痢をする。強風に煽られて転倒し、自転車やお母さんのメガネが壊れる。次に通りかかったちょっと大きい街の無人のホームセンターを覗くと、食べ物はとうに無いが、キャットフード、精製水( コンタクトレンズに使うもの? )、自転車の修理材料などを手に入れる。火おこししようとしたもできないお父さんを横目で見つつ、おいしくないキャットフードを食べる。
 さらに高速道路を走り続ける。長いトンネルの入り口で報酬と引き換えに、トンネルの案内を買って出る盲目のお婆さんたち。無視してトンネルに入るも、真っ暗な中、停まっている車や障害物に阻まれて進めなくなり、盲目のお婆さんに手引きしてもらう。
 次はいやに元気な家族と遭遇する。彼らは日頃サイクリングしながらキャンプをしているらしく、装備も揃っていて、みなで楽しそうに食事をしている。「食料や水はどうしているんですか」と尋ねると、山の中の岩場の間から湧き出ている水は、周りに苔が生えていればそれは安全な証拠なのでそういう水を汲んだり、地面から直に生えているオオバコのような植物は食べられますよ、セミなどもおいしいですよ、と教えてくれる。
 43日目、やっと大阪に到着。電気は来ていない。通天閣のタワーの入り口には、たくさんのメモ紙が貼ってある。「岡山のおじさんのところに行く。◯◯」などの伝言が。娘がブチ切れて「もう嫌だ! お父さんが大阪に来ればなんとかなるって言ったよね?」「そんなこと俺いったか? 」「ほら、そうやってまたいつもの責任のがれ」「親に向かってなんだ、その口の聞き方は! 」すると息子が「親らしいことしてくれたことあったかよ! 」今度はお母さんが、「いい加減にして! そんなこととっくにわかっているじゃないの、お父さんがそういう人だってこと」ここでお父さんはがっくりとなってしゃがみ込んでしまう。水族館の前で、飼っている魚を調理した炊き出しの列に並ぶも、自分たちの前で終わってしまった。お父さんは調理していた人に、土下座をして「せめてこの子たちだけにでも何か食べ物を」と懇願するが、「無いものは無い」と断られる。
 67日目、食料も水も無くなり、岡山あたりの田舎道をとぼとぼ歩いている。と、一頭の豚が目の前を通り過ぎていく。えっ、となり夢中で追いかける。四人でやっと捕まえてみたものの、どうやってとどめを刺すのと手間取っているところ、後ろから「うちの豚に何をする! 」とお爺さんの怒鳴り声。お爺さんのうちの電気柵が働かな���なり、豚たちが逃げ出したのだった。お爺さんが、持っていたナイフで手早くとどめを刺し、豚を運ぶのを手伝い、そのお爺さんの家に。庭先の井戸水を汲ませてもらい、ごくごく飲む。久しぶりの白いご飯に、卵や野菜のおかずに豚肉の燻製。近所のお婆さんがキャベツや大根を届けてくれる。「あれまあ、お客さん? お孫さんたちが帰っているのかと思った」お爺さんの家族はアメリカにいて、連絡もつかないのだ。
 ご飯の後は、さっきの豚の解体を手伝う。バラバラにした肉に塩をすり込む。一週間ほど熟成させてから燻製にするのだそうだ。逃げた他の豚も、みんなで追いかけ回して捕まえる。井戸水をバケツで汲んでは、お風呂に運び薪でお風呂を沸かす。何十日ぶりのお風呂に入り、夜はお孫さんたちが着る予定だった新しい寝巻きを貸してもらい、これまた久しぶりの布団に横になる。
 毎日薪割りしたり、洗濯をしたり、お爺さんの手伝いをして過ごす。一週間後、豚肉を燻製にしながらお爺さんが語る。「お前さんたちさえよければ、ここにずーっと住んでもいいんじゃぞ。わしも年取って、一人で車も洗濯機も使えない生活では大変でなぁ・・」と誘われるが、この一家は鹿児島にいるお母さんの実家のお父さんの安否も気になっていて、結局お爺さんの申し出を断り、たくさんの食料をもらって、また自転車の旅を続ける。
 そのあともいろいろあって、命の危険にも晒されて、奇跡的に誰かが動かしてくれたSLに拾われて、ようやく108日目に鹿児島のお祖父ちゃんの家にたどり着く。お祖父ちゃんは元気だった! お祖父ちゃんは浜で魚釣りをしていた。それからは村人同士助け合って、魚を捕りに行ったり、畑をしたり、鶏の世話をしたり、お婆さんに機織りを教えてもらったりして、みんなで元気に楽しく一生懸命に暮らし始める。
 それから、2年と126日目の朝、突然村のスピーカーから埴生の宿のメロディーが流れてくる。みんなが驚いて家を出てみると、街灯が次々と点き始めた。すっかり忘れていた電気が戻ってきたのだ。そして場面は変わって、東京の一家のマンション。日常を取り戻し、以前の生活に戻る。テレビからは、「世界同時停電の原因は、太陽フレアか彗星の異常接近ではないかと、専門家からは語っている。サイバーテロの疑いはなくなったとのことです・・」停電前はそれぞれ勝手に心もばらばらに生きていた家族だったのが、思いやりのある温かい家族になっていた。
 とまあ、そういう話であったが、いろいろといいヒントがあった。非常時にはアナログが強いこと。キャンプ生活などに慣れておくこと。北杜市に住んでいて、地震などで自分の家が壊れていない限りは、ここにいた方が湧き水もそばにあるし、薪や焚き木を燃やして暖を取ったり煮炊きすることもできる。むしろここは、首都圏からの避難地域となるだろう。今できること��いったら、いつでも人を迎えられるように、家の中を整えておくこと、食料や薪を備蓄しておくこと?
 もうひとつ気になるのが、「年長者としての知恵」のようなもの。年長者はパソコンやスマホに弱く、操作方法などは若者に訊かないとわからないことばかり。でももしパソコンやスマホが一切使えない世の中になった時に、どこまで年長者がサバイバルの知恵を出せるだろうか。本当に長く生きた分だけいい知恵があればいいけど。
 さっきの映画の話では、最初はばらばらだった家族の気持ちもだんだんとひとつになり、お互いにかけがいのない家族として心が結ばれる。停電が終わり東京に戻るのだけど、本当に戻る必要はあったのかなぁ。鹿児島にいた二年半は、みなで漁をしたり、畑をしたり、はた織りしたりして、お金も介在せずに生きていたわけだ。これからこの地震や災害の多い日本で生き抜くには、都会を出て地方でコミュニティを作って、いろんな年齢の人が、各々出せる力を合わせて生きていく以外の得策は無いのではないかしら。
 2024年1月
映画「サバイバルファミリー」は、2017年2月に公開された。監督 矢口史靖。
主演 小日向文世、深津絵里、泉澤祐希、葵わかな
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cvhafepenguin · 2 years ago
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海石
海石は海に入るのが好きだ。
彼女の名前は海石と書いて「いくり」って読む。
海中の石って意味らしい。かわいいけど、なんだか暗くて冷たい響き。
そんな彼女の名前が僕は好きだ。
海石は度々海に入っては僕に海中で拾った石をくれる。夏は素潜り、夏が過ぎても磯や浅瀬で拾ってくる。
その石のいろやかたちはまちまちで、どうやらそれは海石のその時々の心情に対応しているらしかった。
僕と喧嘩した次の日は鋭利に角張っててスカスカの石。
海石の家で介護しているおばあちゃんにいじめられた日は海藻だらけでぬめぬめの石。
初めてキスした日は薄くて平らな灰色の石。
初めてセックスした日はフジツボだらけのいびつな石。
日にひとつ、海石は僕に石をくれる。
僕はそれを持ち帰って部屋にかざる。
海石が海に入り出してから7年、僕の部屋は海石だらけになっていた。
潮に侵食された独特な形の、貝や海藻がひっついたそれらに囲まれ、
部屋にいながらにして僕は海石の作り出した海の底に沈んでいるみたいだった。
そしてそんな想像にふけると時間が止まり、ふさぎがちな僕の心は休まるのだった。
僕は時折それらの海石を眺め、愛撫し、味わってみる。
するとその石を拾ったときの海石の心を、海石のゆらぎを感じる。それからやがて朝靄のように、海石の体温が、匂いが、あらわれる。
背筋がぞくっとして鳥肌が立つ。射精のそれとは質が違うけれどたしかにそれは甘いエクスタシーだ。それは脊柱をひた走る潮騒のメロディだ。
海石が産み僕が奏でるフレーズ、僕と海石は混ざり合いひとつとなる。
僕は両親の言うまま来年の冬に東京の大学を受験することにした。
両親のいない海石は、要介護者のおばあちゃんを残して島を出て東京に越すことはできない。
僕が合格すれば僕たちははなればなれだ。けれど「これからどうしようか」というふうな話をすることを僕と海石は無意識に避けている。
僕たちはいつもそうだ。2人ははかない影法師のように、所在なくゆれていた。
つばさは海に入るのを嫌う。
それはつばさが8歳のとき、飼い犬のチロがつばさ��目の前で高波に攫われてしまったから。
それ以来、つばさは海を遠ざけてしまった。
つばさが1歳のときにチロはつばさの家へやってきた。友達も兄妹もいないつばさにとって、チロは唯一無二の友だちだった。
そしてつばさ同様に兄妹も友達もいない私は、いつもそんなつばさとチロの後ろをなんとなくついて回っていた。
私も私の両親もチロが大好きだった。けれど私は海に入る。私は海が好きだ。
初めて海で石を拾ったのは小学4年生のときの7月、両親が私とおばあちゃんを棄てて行った日。
朝、両親の書き置きを読んだおばあちゃんは、居間の安楽椅子で壊れたロボットのように両親と私への恨み言を繰り返していた。
私は頭の奥がじいんと痺れて何も考えられなかった。家を飛び出しひたすらに海岸沿いを歩いた。
両親のことやおばあちゃんのことを考えようとしても、それは読みかたがわからない漢字のように、私の心の表面のところでぱちんと弾かれてしまう。 
がむしゃらに歩いていると、いつの間にかつばさがついてきていた。
「ついてこないで」
そう言って突き放してもつばさはついてくる。
私はそのときチロが死んでしまってから私に依存して付き纏うようになったつばさのことが急に疎ましくなった。
自分にはお父さんとお母さんがいるくせに、犬1匹死んだくらいでいつまでもしょげてるつばさが憎かった。
私はつばさから逃げるために海へ走った。
自分のなかのどろどろがけがらわしくてたまらなくて、つきまとうものを振り切るように浜から海へ飛び込んだ。
海は私を抱き、眼と耳を塞いだ。
瞼の裏で光を、肌で波を感じた。
ゆらゆら静かに手脚を遊ばせる。
ながれていたじかんが、とまる。
海から顔を出すとつばさが所在なさげにこっちを見ている。
「つばさも海に入れば」
呼びかけてもつばさは困惑した表情でただ立ち尽くしている。
私は足下の掌大の石を拾い、つばさ目がけて投げつけてやった。石はぼとんと鈍い音を立てつばさの足下に落ちた。
つばさは両手でそれを拾い、取り憑かれたようにまじまじと見つめていた。
その様子を見ているとふいに「「海石」という名前には海底から出ずる石という意味があるんだよ」と囁くお母さんの声を思い出した。
そして両親が出て行ってから初めて私は泣いた。
産声のような大きな声で、いっぱい泣いた。
つばさは石を持っている両腕を真っ直ぐにのばし、泣いている私にそれを重ねてじっと眺めていた。
いつものように僕と海石はほとんど話さずに、ただ海を見ている。
今日も海石は海に潜り石をくれた。それは灰と白のマーブル模様の、円くてすべすべの石だった。
僕はそれを受け取り海石の濡れた頬にキスをする。
「つばさは私がいなくなっても寂しくないよ」
横に座る海石が海を眺めながらぼそりと呟く。
それは僕に向けた言葉なのだろうが、海石自身に言い聞かせる調子を帯びているようにも感ぜられた。
しばらく間を置きまた海石は呟く。
「私、私がなぜ生きているのかずっとわからないんだ」
「だって私の世界には、私だけがいない」
僕はただ黙って海を見つめながら、海石の声を聞いていた。
夕陽が水平線に没しようとしている。
世界の終わりのような黄昏が僕たちを染めていた。
海石を見ると、その頬に涙の筋が光っている。
僕はきれいなそれを吸おうと、海石の頬に唇を寄せる。
海石は驚いて身体を逸らす。
とっさに僕は海石を逃がさまいと海石の両の手首を掴む。
僕のしるしを海石に残したい。
掴んだ両手にぐっと力を入れると、海石から「んっ」って声が漏れる。
それから僕は海石の耳を噛み、それから顔に、身体に、たくさん口付けをする。
そうしていると強張っている海石の身体がだんだんとほぐれていく。
海石はほんとうにかわいい。
僕はそんな海石を傷つけてやりたい。
海石の手首についた僕の指の跡を愛撫しながら、暗雲のように広がっていくそんな欲望に酔った。
いつの間にか黄昏は去り、潮は満ち、波の音はうるさくて、僕たちの頭上には明るい星空が広がっていた。
「ねえ海石」
「ん」
「僕が来年東京に越しても、僕に海石を拾って送ってくれないかな」
「受かってから言え」
僕と海石は膝を抱え、星空の下の明るい海をぼんやり眺めていた。
「私つばさがいらないって言ってもずっと渡すつもりだよ」
「いつかうっとうしくなって捨ててしまうかもしれないけど」
「海石は私が生きた証なんだ。いま、急にわかった」
「たとえ私が死んでしまっても、私が拾った海石はずっと地上にあるでしょう」
「そうだね」
「海石。僕、海石のことがすきだ」
「なにそれ初めて聞いた」
海石はそう言って照れ隠しのように僕抱きしめ口付けをした。
寄せては返す波の音と、いびつな僕たちの舌の絡む音だけが、夏の夜の匂いのなか響いていた。
私はたびたび海石を添えてつばさに手紙を送る。
その内容は簡潔だ。
「今日は海鳴りが聞こえました」
「しけで戸沢さんの漁船が転覆して大騒ぎでした」
「大きなマテ貝にたくさんのかにがむらがってました」
「昨日おばあちゃんが死にました」
「ダイビングライセンスを取ろうと思います」
「最近つばさの夢をよく見るよ」
 
つばさが東京に行ってから2年間、たびたび私はこんな日記のような手紙を拾った海石を添えて送った。
つばさからの返事はあったりなかったり。
つばさを思って手紙を綴るとき、私は海を感じる。そのことは私の生活をそっと撫でる安寧だった。
私とつばさは深い海の中で繋がっている。そしてだれも知らないところで互いの息遣いを感じている。
それが始まったのは梅雨のことだった。
朝、どうしても起きるのが嫌でベッドから出られなくてその日の講義をさぼった。
その次の日も何もやる気がなくてご飯を食べることすらしなかった。
そして僕は学校やバイトに行くのをやめた。
頭に冷たい砂がたくさん詰まっているような感覚があって何もできない。
僕から色と音が遠のいていく。世界はモノクロになっ��しまった。
母に促され精神科に行った。医者にありのままを話したところ、自立支援を受けることを勧められた。大学は休校することにした。
頭のなかの砂は東京に出たきた頃から徐々に詰まっていったように思う。
何が原因かはわからないし、興味はなかった。ただ砂はぼくの体温を奪い、それから筋肉を硬直させ表情も奪い、次第に五感を麻痺させていった。
全てがどうでもよかった。
なにもかも古い絵本のように色褪せていた。
僕の当事者性は影の裏の月のように隠れてしまった。
海石へ手紙を返すのも億劫で、ほったらかしにしていた。
けれど海石は僕に海石を添えた手紙を送り続けた。
そのことを考えるとなぜだか僕は悲しくなって泣いてしまう。
そんな時は海石をひとつ胸に抱いて寝た。冷たくて、ずしんと重くて、たましいを感じる。
まどろみのなかゆめとうつつがないまぜになり曖昧になっていく。
ずっと外へ出ずに最低限の用事だけしてあ���は薬を飲んで泥のように眠っていた。
昼も夜もなく意識は暗いもやのなかを彷徨っていた。
ひねもす海石に囲まれた孤独な海の底で本を読むようにその海石ごとの海石のことを回想した。
それは自分自身の記憶よりリアルで、現実世界よりも色彩が豊かだ。
やがて僕は海石の海に溶けて散り散りになっていく。
インターホンが鳴っている。
実家から食糧と水の仕送りだろうか、玄関まで移動するのも億劫だけど重い身体を引きずって何とかドアを開ける。
そこに立っていたのは配達員ではなく海石だった。
「手紙もメッセージもぜんぜん返ってこないからつばさのお母さんにどうしたのって聞いたよ」
「今日ずっと寝てたの?」
「部屋真っ暗だね」
「上がっていい?」
海石は部屋に入るなりリュックから水筒とコンビニのおにぎりをテーブルに出し座って食べ始めた。
「今日何も食べてなくておなかすいてたんだー」
「海石、髪伸びたね」
「つばさもね、短いのと長いのどっちが好き?」
海石は自分のもみあげをひょいと摘んでにこやかだ。
「いまのほうがいい」
「じゃ、このままにしとく。仕事のときうっとうしいけど」
「最近仕事のほうはどう」
「楽しいよ、私海に入るの好きだし。スキューバ体験の人を海に案内するのってなんだか友達を私の地元に案内するような気分。私は沢山のことを海の中で考えたから、故郷みたいなもんだね」
「うん、そうだね」
「つばさの部屋に入るなんていつぶりかな」
「薄暗いし私の石の囲まれて海底みたいだね」
「たしかに」
「今日泊まっていい?」
「うん」
海石と少し近所を歩き、鄙びた商店街のスーパーで買い物をして、2人でカレーを作って食べた。
海石はじゃがいもやにんじんの皮を剥かずに入れた。
そのことを知って海石の海がまた少し深くなる。
部屋のまんなかにマットレスを敷き、そこに海石を寝かせた。
僕はその隣に毛布を敷き仰向けになる。
薄暗い部屋��2人呆然と天井を眺めていた。
暗闇に徐々に眼が慣れてくる。
遠くでかすかに電車の走行音が聞こえる。
部屋に配置された海石がぼんやりと光っている。
隣で海石は起きてるのだか眠っているのだか、よくわからない感じ。
僕の心にだんだんと淡い感情が降り積もっていく。
僕は海石をひとつ指差して「あれは初めてキスをした日の海石」と呟いた。
それからぼくはぽつりぽつりとそれを続けて行く。
 
「あれは2人乗りで「みけや」にラーメンを食べに行った日の海石」
「あれは喧嘩のあと仲直りした日の海石」
「あれはダイビングライセンスを取った日の海石」
「あれはおばあちゃんが亡くなった日の海石」
「あれは海石が僕に最初にくれた海石」
僕は人差し指で星座を結んでいく、その星座にはかすかでほわんとした物語がある。
「よくそんなの覚えてるね」
「私ぜんぜん覚えてないや、つばさ、きもちわるい」
「全部覚えてるよ」
僕は心の中でそうとなえた。
海石から生まれたささやかな海の水底に僕たちは沈んでいる。
やがて海石は微かな潮騒のような寝息を立て始めた。
僕は水底で色々なことを思い出す。
海石とチロと浜を歩いたこと。
チロが目の前で波に攫われたこと。
海石の両親やおばあちゃんのこと。
あの日黄昏に染まる海石の泣く顔がとてもきれいだったこと。
それらはみな、彼方へ去り永遠となったものたちだった。
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keredomo · 2 years ago
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悪夢
 見知らぬ男が肩の半ばあたりですらりと軀をスライスされた。  ヒッ、と喉が痙攣し、息を飲み下せない。男はその身を切り落とされたまま、平然と私の前に立ちつくしている。本来ならば、身体組織が顕になり血がどうどうと溢れてやまないはずのその断面は、なぜか黒地に橙色のまだらが無数に滲む平坦な模様をなしており、橙色の楕円のすべては天体観測に見る恒星のようにぼんやりと発光していた。肩から上のない男は、口もないのに、どこからか発声して私に語りかける。「なんぴともすべて門をくぐる。椅子はみどりの黴に覆われて、蛸――」瞬間、巨大な蛸が私のからだに濡れたまま纏いつく。無数の鳥肌が立つ。蛸の帯びたぬとぬととぬめった海水が私の皮膚を舐め上げて、逃げ悶えながら這いつくばる身体の、骨という骨がごきごきと音を立てて外されてゆく、痛い、痛い、もういや、痛い、もうやめて!――
 はあっ、と息をあらげて目を覚ます。自室の白い天井が見える。大きな窓に掛けたカーテンを開け放していたせいで、部屋の奥に据えたベッドにまであかあかと届く光に瞼越しの眼球が晒されて痛い。私は昨晩眠りについたベッドにいつも通りに横たわっている。男はいない。蛸もいない。一応、手を確認する。折れていない。からだはこわばりきってぐったりと疲れている。汗がひどい。足の先まで湿っている。夢だった。あれは夢だった。
 休むために眠っているのに、どうしてこんな目に遭わなければならないのか。私はわたしの脳を恨む。東京から沖縄までラッコと共に泳いで渡る夢を見て、起きたらなぜだか肉体的にも疲れ果てていて、その日一日が使い物にならなかった日もあった。だれにも、私にも統御不可能な苦しい夢が日々を圧迫して、どうにもならないので仕方なく受け入れている。
 こんなにも毎晩、ひどい悪夢を見るようになったのはここ二、三年のことだった。それまでは美しい夢も見ていた。今も覚えている、数年前に見た、きらきらと光を湛えた金���風の前に当時愛していた男が立って、こちらに手を差し伸べていた風景を。椿の花弁がおびただしく舞うなかで、とうに失ってしまった男が私に微笑みかけていた。そんな夢を見て、泣きながら目覚めた朝だってあったのだ。
 今はどうだ。眠るたびにグロテスクな夢を見る。神経を逆撫でする光景ばかりが私の認識(認識は夢でも現実でも同じだけ作用する)に襲いかかり、何時間にも及ぶ格闘ののち、疲れ果てて目を覚ます。魚屋に行った日には、イカとイワシが膣めがけて大挙して射精し、私の胎がふくれあがる。不安な仕事を抱えていれば、夢の中で大いに失敗する。仕事だけではない、私生活の延長にある最も忌避したい現実もまた、物語としてありありと立ち現れ、眠っている私の心を折ろうとする。
 明らかに精神を病んでいる。しかし、夢の持ち主であり作り手である私は、夢の光景に苛まれながらもその異常性を楽しんでいて、現実の苦しみ以上を夢の中で苦しむことに負のカタルシスを覚えていて、自罰のために悪夢の日々を手放そうとしない。  そんなお為ごかしに遵じていると、また悪夢をみる。乗るべき飛行機の便があと少しで離陸するというのに、走っても走っても前に進まない。風呂に浸かっているかと思えば尻には溺死体の女の隠毛が触っている。殺人者から逃れて、ペドロ・コスタの撮るような見知らぬ外国の貧困街を走り尽くす。苦しい。痛い。怖い。走っても走っても前に進まない。そうして殺される。殺されても生き返る。また酷いやりかたで殺される。心臓を抉られる。四肢をもがれる。頸に刃物を刺しとおされる。海に沈んで魚についばまれる。陵辱され、奇形を孕む。
 夢に現実世界の象徴化を見ることはスピリチュアリズムに淫するばかげた行為だとも思うが、そう理性的に事を収めるにはあまりにも異常な精度と頻度で悪夢を繰り返しすぎている。
 心当たりはある。日課のように悪夢を見るようになった頃、現実の私は、おのれの抱く「悪意」を封じることを倫理に強要されたのだった。
 褒められたことではないが、私には死を願っている対象が幾人かある。その願いを非倫理的なものとして押し潰し、しかし消し去ることはできず、心のなかに押し込んで飼い始めた。憎しみと怒りと苦しみと暴力性をぐちゃぐちゃに練り合わせた怪物は心の中で暴れ続けて、心臓を内側から喰いちぎろうとする。それと付き合ううち、段々と私の悪夢は激化した。初めは抽象的だったから、ただの悪夢として忘れることができた。夢は次第に具体化していった。その悪夢たちが現実を反映していることに気づいた時には、もう修復できないほどに心が喰い破られてしまっていた。
 こうして夢は、現実の強いる抑圧とはっきり結びついた。���夢の悪性は私の心の醜さを反映している。そのことを認識できないほど、私の理性はなまくらではない。解釈可能な悪夢が日々わたしの心を蝕む。おのれの醜さに辟易する。自罰は次第に激化する。こうして魘されることでしか、醜い自分を罰することができない。
 ある夜、こんな夢を見た。  ペガサスの被り物をした女が、新宿駅東口の地下道へ降りる階段の踊り場に倒れ込み、今にも出産しようとしている。股からはおびただしく出血し、踊り場は血の海になっている。汚い地面に産み落とされようとする嬰児。ペガサスの女は、被り物をしているからその顔はわからないはずが、青ざめきって今にも死にそうになっているのがわかる。私は手を貸すこともできず、ただ立ち尽くしている。その光景はあまりにも惨たらしく、目が覚めてからもしばらく頭を抱えて魘された。  あの女はきっと、私だった。本当は、私がペガサスの被り物をして、汚い床にへばりついて、命と引き換えに何かを産もうとしていた。血みどろの光景。行き交う人間の靴の泥で汚れきって、不衛生な床。そこで何かを産もうとして絶叫しているのは私だった。誰の助けも得られぬまま、倒れ込んで血の海を広げ続けるのは私だった。
 あの時はわからなかった。しかし、こうして悪夢について改めて考えてみると、あれが自己イメージだったことは容易に理解される。夢は兆候を示さない。夢は象徴と意味を一対一に対応させ得ない。夢は抑圧されたイメージの屈折し��表出でしかなく、他者には絶対に読み解けない、極めて自己閉鎖的なものだ。あの女が血の海で倒れていたことの意味は、私にしかわからない。どんなに親しい人間であっても、絶対にわからない。
 眠って、理性の制御のきかない混沌の中で夢を見るのが怖い。それは私を暴く。現実において理性的であろうと抑圧すればするほど、夢は残酷な様相を呈するようになる。とっくに理解している、この悪夢たちを退けようと思うのならば、現実をなんとかしなければならないのだと。現実のほうを、苦心なく生きていられるものに整えなおさねばならないのだと。
 わかっている。何を取り除けば悪夢から解放されるのか。何を手放せば楽になれるのか。わかっていて、迷っている。何を迷っているのかを考えている。
 いつか、それをついに捨てられる日が来るまで、夜がくれば私は諦めてまた眠る。眠って、悪夢に苛まれる。そうやって自分を罰する。考えて考えて考え抜いて、それでもどうしても手放せないというのなら、醜い怪物に喰われて、喰われ果てて、この心がいつか消尽するのを、果てしない絶望感に包まれて見守るだけだ。
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moko1590m · 9 days ago
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その戦争体験者が「匂いがしない、完全に絵物語」と感じたとすれば、映画には表層的な戦いのビジュアルや物語構造だけが描かれていて、内面や実存、偶然性、非英雄性、人間の矛盾、そして身体的・心理的リアリティがごっそり抜けている可能性が高いです。
以下に、「戦争のリアル」を描く上で足りない可能性がある要素を、テーマ・感覚・心理・構造の観点から分類しつつ、できるだけ多く列挙します。
【1. 身体的リアリズムの欠如】
汗、泥、血、排泄、飢え、臭い、虫、皮膚病、腐臭、死体の硬直
爆音による聴覚のマヒ���耳鳴り、吐き気、震え、嘔吐、痙攣
仲間の身体が破裂・欠損していく恐怖と慣れ
怪我の痛みが引かないまま任務を続ける日常
寒さや暑さ、眠れない、ずっと渇いている、痛い、重い、かゆい
「全身が震えたまま、銃を構えた」ような描写
【2. 時間感覚の歪み】
「5分が1時間にも1秒にも感じられる」極限状況
待機、待機、待機……そして一瞬の地獄
時の流れが意味を持たなくなる感覚
日常との断絶した時間の密度や希薄さ
【3. 心理的リアリズム・非英雄性】
臆病になって隠れてしまった自分の記憶
敵の死体を見て吐いたのに、数日後には無感動になっていた
味方が「楽しく」敵を殺していることへの戸惑い
殺したくないのに殺してしまう手の震えと、その後の沈黙
「あのとき引き金を引いていなければ…」という思考ループ
英雄ではなく、ただ生き残っただけの自分
【4. 運と偶然への妄想・信仰】
「なぜ自分が生き残ったか、わからない」
爆弾が数メートルずれていたことの奇跡と罪悪感
「これは何かの意味があるのでは」と思いたくなる自分
お守りや占い、神の声、意味づけせずにはいられない心
【5. 他者との関係の変容】
昨日笑っていた友人が、頭を吹き飛ばされる現実
遺体を運ぶときに、その人の顔が浮かばない
仲間が狂気に陥る姿を見る恐怖
敵を殺した直後に、敵の写真や手紙を見つけてしまう苦痛
【6. 「自己」の崩壊と新たな再構成】
殺すことも死ぬことも日常になっていく
自分が死ぬかもしれない、という理解ではなく“納得”
善悪の軸がぐらつく
帰還後、自分が何者だったかがわからなくなる感覚
「ただの肉の塊になった自分」を発見する体験
【7. 国家・正義・目的への懐疑と幻滅】
戦場での行動と、帰国後の賞賛のギャップ
正義と命令が一致しない苦痛
上官や命令の理不尽さを呑み込むか、壊れるかの選択
戦争の「意味」が理解不能になっていく感覚
【8. みじめさ・矛盾・人間の滑稽さ】
「死にたくない」と叫んで小便を漏らす上官
空腹に耐えかねて、犬の餌を取り合う兵士たち
下品な冗談だけが生き延びるための方法
死体から靴を奪うときの罪悪感とそれを忘れる速度
【9. 帰還後の断絶・孤立・空白】
日常が遠すぎて「帰る場所」が感じられない
何を語っても誰にも伝わらない、という沈黙
戦友の笑い声が頭から離れない
「まともに生きている」ように見えて、何も感じていない
【10. 戦争の「前」や「外」からの視点が欠けている】
「戦争が始まる前の普通の暮らしの記憶」
戦場に行かない人々の無関心と理想化
民間人の視点・戦場の“裏側”にある日常の破壊
加害者にも守りたいものがあったことへの気づき
◆まとめ
戦争をリアルに描くためには、戦闘シーンの迫力やストーリーの巧妙さ以上に、身体・偶然・沈黙・羞恥・無意味・孤独・矛盾・臭気・記憶・無感動といった「人間の限界」に迫る視点が不可欠です。
「匂いがしない」と言われた作品は、おそらく意味や因果が整いすぎており、人間の不条理な弱さや迷い、生理的リアルが欠落していたのでしょう。
もしご希望があれば、「そのような“匂い”を意識的に盛り込むための脚本演出ポイント」もご提案できます。お気軽にどうぞ。
 
 
「戦争に直接行かない側」の現実や現実感
 
【1. 身体的リアリズム(不在ではなく“他の形”での表出)】
座りっぱなしの司令部職員の腰痛、胃潰瘍、疲労死
空襲警報のたびに地下壕へ走る都市住民の動悸・息切れ
子どもを背負いながら疎開路を歩く母親(父親)の足の水ぶくれ
工場労働者の油まみれの手、火傷、慢性的な睡眠不足
「安全な場所」での身体の硬直、息を殺す夜、失禁・嘔吐
【2. 時間感覚の歪み(兵士とは別種の異常)】
ラジオの開戦・終戦放送を聴いたときの「一瞬の凍結」
毎日が「誰かの死の連絡を待つ時間」になる家庭
戦地からの手紙が届くまでの時間が異常に長く、届いた瞬間に過去に戻されるような感覚
疎開先で過ごす時間が、「本当の時間」と断絶した非現実のように感じられる
【3. 心理的リアリズム・非英雄性】
「何もできない」都市市民としての罪悪感
募金しかできない自分に苛立つ若者
「戦地に行ってないから語ってはいけない」と自ら口を閉ざす帰還兵の妻
息子(娘)や夫(妻)を「立派に送り出した」ことへの誇りと喪失の共存
【4. 運と偶然への妄想・信仰】
「この神棚に祈れば無事に戻ってくる」と信じる母親(父親)
何かのサイン(夢、お告げ、日常の偶然)を「徴」として受け取ろうとする心理
「爆撃の前日に家を離れていた」ことで生き延びたことの意味づけと混乱
占いや星座、預言などに集団的に依存していく現象
【5. 他者との関係の変容】
近所で戦死者が出るたびに口数が減る住民たち
「息子(娘)さん、帰ってこないの?」と訊かれて黙るしかない母親(父親)
兵士を送り出すことが、共同体内の「名誉」と「義務」になり、人間関係に緊張が走る
疎開先で「余所者」扱いされ、冷たい視線にさらされる子ども
【6. 自己の崩壊と再構成(戦地外でも発生する)】
「妻」として待ち続けた時間の中で、自分が自分でなくなるような感覚
子を失った親が「自分が死ぬべきだった」と語るようになる
空襲後の瓦礫の町で、言葉を失う子ども
自ら志願した息子(娘)の戦死に、肯定も否定もできないまま何十年も止まる時間
【7. 国家・正義・目的への懐疑と幻滅】
戦時報道と現実との乖離を肌で感じる都市民
勝利報道の裏で息子(娘)が戦死した事実に混乱する家族
上層部の豪華な食事の映像に怒りを覚える配給制下の民衆
学校教育で「正義の戦争」と教えられながら空襲で親を失った子どもの矛盾
【8. みじめさ・矛盾・人間の滑稽さ】
瓦礫の中から米を探して盗み食いする子どもたち
「戦死者を讃える式典」で泣かない自分を責める未亡人
国策映画を見ながら、隣で眠る父親(母親)
空襲警報中に着替えを優先して逃げ遅れる市民
空襲で焼け出された者同士で、濡れた畳を巡って口論になる避難所
【9. 帰還後の断絶・空白】
帰ってきた兵士と目を合わせられない家族
「普通の生活」がぎこちなくなる、日常のうすら寒い静けさ
戦地でのことを語ろうとしない父親(母親)に苛立つ子ども
「あの人は昔、誰かだった」という形で語られる帰還兵
【10. 「戦争の外」にある視点】
遠い村の老婆が感じる「戦争なんて知らないけど、何かが変わった」感覚
民間人にとっての「戦争」は、配給制度、失踪、突然の爆撃音としてのみ現れる
戦地に行くことのない知識人が戦争を「語る」ことの危うさ
犠牲者の顔を知らない立法者が「正義」を語る虚しさ
◆補足的視点:子ども、戦場に行かない大人、高齢者、障害者の経験の特異性
子ども:戦争の意味もわからないまま空襲に怯え、孤児化し、誰の話も理解できないまま成長する
大人:夫(妻)を送り、子を失い、町を守り、避難所で全責任を背負う存在
高齢者:次の世代を見送りながら、自分は何もできないと嘆く日々
障害者:疎開も逃避もできない身体を抱えて、破壊のただ中に取り残される恐怖
◆まとめ
兵士の経験と戦場外の人々の現実は、決して断絶していない「地続きの暴力」として描かれるべきです。 都市や農村、官僚、親、学者、子ども、それぞれが異なる形で身体・偶然・不条理・羞恥・期待・喪失を経験し、戦争はその全体を貫く構造として立ち上がる。
ご希望があれば、ここから文学・映画・演劇・ノンフィクションなど具体作品に即した視点や、戦場体験のない作家がこれらを描く工夫なども掘り下げてご紹介できます。
���
 
「戦争を“知らずに”生きている人々の現実」が、戦場の地獄の同時代性とどう不気味なコントラストを成すかを、多層的に列挙します。
 
【1. 空間的ギャップ】
同じ「時間」に、まったく違う「世界」が隣接して存在していることの異様さ
晴れた休日のピクニックと、そのとき戦場での銃撃戦の地獄が、地球上で同時進行している事実
大都市のカフェで誰かが恋に落ちる一方で、同時刻に前線では誰かの頭部が吹き飛ばされている
戦場では「匂い(死臭・火薬)」が支配しているのに、都市では新製品の香水の広告が流れる
子どもが夏休みの自由研究をしている家庭の裏で、兵士の母親(父親)が「息子(娘)の遺体確認」の電話を受け取る
農村で「今年は豊作だ」と喜んでいる老人が、戦場に行った孫の遺書をまだ知らない
【2. 時間的ギャップ|個人的な「気づき」のズレ】
ある個人が、戦争の現実に気づく瞬間と、それ以前の無関心との断絶
戦争についてまったく意識していなかった人が、徴兵制の通知や親族の死で突然すべてが反転する
「昨日までただのTVの話だったのに、今日は“自分の話”になった」
SNSで笑っていた友達が、突然「戦死者追悼」の黒いアイコンに変わっていて、動揺する
戦争に無関心だった若者が、恋人の兄弟の戦死によって、人生観ごと崩される
学校の授業中に先生が「戦死した教え子」の話をし、生徒の表情が凍る
【3. 時間的ギャップ|集団的な「気づき」や遅延のズレ】
社会全体が戦争の現実に気づくまでの時間差
初期はみんな「どこか遠くの戦争」として扱っていたのが、徴兵や物資不足で「自分たちの生活」が侵食されていく
政府や報道が戦争を隠していることで、市民が**“まだ平和”という錯覚**を保っている時間
戦争が始まってから数年経ってようやく「戻ってこない息子(娘)たち」に異変を感じ始める村の空気
テレビ番組が急に「戦死者特集」を始めて、一般人が**「今さら…?」と違和感を抱く瞬間**
集団的な目覚めが訪れるのは、爆撃が都市部にも及んだとき――「遅すぎた気づき」
【4. 感情的ギャップ】
「日常の喜怒哀楽」と「戦争の非日常」が、ねじれながら共存している
若者がプロポーズを考えていた同じ日、戦場では同年代の兵士が死亡している
家にいる子の誕生日パーティーのケーキを用意する母(父)の手元に、戦死の電報が届く
SNSで自撮り・推し・恋バナで盛り上がっているタイムラインに、ぽつんと戦地からの報告が流れる
街の映画館では笑い声が響き、戦場の衛生兵は**「誰も笑っていない場所」で傷口を縫っている**
新年を祝うカウントダウンの瞬間、兵士は雪の中で一人見張りをしていた
【5. 意識・想像力のギャップ】
自分の“当たり前”が、他者にとって“想像すらできない”現実であるという落差
「朝の散歩が気持ちいい」と言った直後に、「息子(娘)の足が地雷で吹き飛んだ」と語る隣人の表情
「今日、何食べる?」という日常会話が、戦地では**「あと何日食料がもつか」**という恐怖に変わる
自分の悩み(失恋、試験、仕事)を打ち明けた後に、相手が戦争孤児だと知る羞恥と沈黙
「選挙なんて行っても意味ない」と言っていた人が、戦地に送られる前の兵士の最後の投票行動を知ったときの衝撃
「ニュースは暗いから見ない」という態度が、ある人の**「現実からの逃走」**に見えてくる瞬間
【6. 構造的・社会的なギャップ】
「無関心でいられる特権」と、その代償
大都市の富裕層は戦争を「コスト」としてしか見ておらず、田舎の若者が実際に死んでいる
戦場に送られるのは「誰か」であり、自分ではないと信じている都市住民の慢心
「平和のなかにある平和」が他者の死によって維持されているという不都合な構図
メディアの「戦意高揚」の裏で、実際の被害は矮小化されている
戦争が続くほど、兵器産業や経済が潤っていくことへの倫理的ジレンマ
【7. 不在によって浮かび上がるギャップ】
何かが「ここにいない」ことで生まれる痛みと現実感
運動会で一人欠けた家族写真
誰もいなくなった村の青年会
帰ってこない恋人を待つ部屋だけが、時間が止まっている
戦地からの手紙が届かなくなった瞬間から、時計の針の音がうるさく感じられる
◇まとめ
このギャップの本質は、「戦争の“外”にいることの異常な正常性」です。 人は戦争が始まっても、恋をし、笑い、誕生日を祝う。 けれど、それが誰かの死と同時に起きているという“二重性”に気づいたとき、世界は一気に歪んで見えます。 その歪みこそが、戦争の「本当のリアル」の一部なのです。
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yousaidyoulikemyhair · 1 month ago
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 最近の楽しみはもっぱら、部屋を、家を、住みこなしている人たちのインスタを眺めること。最高の現実逃避は、最短でも3年後の一人暮らしを夢見てあれこれ妄想を膨らませること
 今日思いついてかっちりハマったフューチャープランは、大学卒業後、一年間は実家で暮らしてお金を貯め、社会人2年目の夏までに引っ越しを終えて自分だけの城を借りること、そこで社会人生活を2年間、そして社会人3年目を終えたタイミングで海外派遣に採用されてそこから2、3年は海外赴任、あわよくば東南アジアか台湾で二重給与で悠々自適に暮らしキャリアを積み、異国の料理と文化を満喫して日本に帰ってきて猫と共に暮らす
 そんな話をしたら母親には恋愛や結婚の言葉が一つも出てこなかったけど、と怪訝そうに言われた、そりゃわたしだって結婚できる性別を好きになれれば別ですけどね〜と思いながら笑って誤魔化した
 先輩から連絡が来てそれだけで気分がいい本日、ちょろい、チョロすぎるな
 
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noerisa1942 · 1 month ago
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「Paper's Border」
自宅に届いた支払い通知の封筒。それは、社会的義務や経済的プレッシャーを象徴するものであり、手にした瞬間、気まずさや重圧をともないます。
ある日、私はその封筒から書類を抜き取り、代わりに集めてきた映画のチラシを中に入れました。その小さな行為は現実からの一時的な逃避であり、映画のチラシは非現実的で夢のある世界への入り口となりました。そこには、日常の重圧から解き放たれるような、ささやかな願いが込められています。
また、映画は現実からの逃避であると同時に、現実を見つめ直すきっかけにもなり得ます。「Paper's Border」〈紙の境界〉は、そうした映画の力を象徴する作品です。
私はこの制作を進める中で、今回イベントで声をかけてくれた「APNEA」という場所、そして最初にできた「trash」での体験を思い出していました。お金が無くても一目惚れして、試着したまま脱ぎた���なくて買ったシャツ。今持っている靴下に合うか悩んで、別の日に店に靴下を持ってきて履き合わせて決めた靴。仕事場に着て行こうと買った、戦闘体制のTシャツ。これが似合うような大人になりたいと、誕生日に背伸びして買ったワンピース。
……ほとんどカードの分割払いで買いました。
いま、ここにある「Paper's Border」は、そんな日常との狭間に生まれる、ささやかな境界線のかたち。
ひとつひとつの選択と、ほんの少しの勇気が、生活に少しの彩りと息づかいを与えてくれることで、私という人を紡いでいるのかもしれません。
『鶏・蛇・豚の会』at APNEA
2025.05.17-18
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takahashicleaning · 1 month ago
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TEDにて
マーク・ロビンソン: 古代ギリシャの建築家の。とある1日
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
アテナイの夜が明ける頃、フェイディアスは既に仕事に遅れています。
時は、紀元前432年、建築家のフェイディアスは、最新で最大規模の神殿、パルテノン神殿造営の総監督です。完成したら、彼の傑作��、女神アテナを祀る壮大な神殿となり、アテナイ人の栄光の証となるでしょう。
ところが、フェイディアスが、建設現場に到着すると5人の役人が待ち構えていました。神殿中央にある神聖な像の金を横領した罪にフェイディアスは問われ、日没までに神殿の全経費と金の薄片全ての報告を余儀なくされます。
さもないと、法廷での判決を受けてしまいます。無実の罪を着せられたにもかかわらず、フェイディアスは驚いていません。パルテノン神殿の建設を命じた政治家ペリクレスには、政府内に多くの敵がいることに加え、このプロジェクト自体、いささか物議を醸すものだからです。
アテナイ市民が期待するのは、ドーリア式の古典的な神殿。つまり、シンプルな柱が水平梁エンタブラチュアを支え、切妻屋根がかぶさる建築様式です。
しかし、フェイディアスの設計は、従来のものに比べはるかに急進的です。柱はドーリア式、梁のフリーズ部分はイオニア式で、アテナイで行われるパナテナイア祭の盛大な祭り風景が全面に描かれます。
神殿の装飾に人間と神々が、並んで描かれたことは、かつて一度もないだけでなく、それには従来の手法より多くの費用がかかります。同僚が支出を記録しているよう神々に祈りながらフェイディアスは自らの潔白を証明すべく動き出します。
まず、建築家のイクティノスとカリクラテスに連絡をします。見直すのは設計図ではなく、基本計画書、シングラファイと3Ⅾ模型のパラデイグマです。3人は、正確な設計図なしにただちに問題を解決しなければなりません。
頼りになるのは、入念な計算と均整美に対する自分たちの直観だけです。とりわけ均整を保つことは難しいことが分かりました。パルテノン神殿は湾曲した地に建てられ、柱はやや内側に傾いています。
力強さを示し、遠くからは真っすぐな柱に見えるようにするため、柱に少し膨らみをもたせるエンタシスの技法が採用されました。神殿の他の要素についても比較的、一貫した比率を採用しながら調和の美しさを計算します。
しかし、設計を変更するには休みなく計算し直さねばなりません。そのうちの1つの計算を手伝った後、フェイディアスは、同僚の金の記録をまとめ特別配達を受け取るため、その場を離れます。
神殿のペディメント(三角形の切妻壁)に使う巨大な大理石が、ペンテリコ山の採石場からちょうど届きました。重さ2~3トンのブロックを運ぶのに通常の傾斜路では崩れてしまうでしょう。
そのためフェイディアスは、新たな滑車の建設を命じます。追加費用を記録し、午後はずっと建設の指揮をとった後、フェイディアスは彫刻の作業場にようやく到着します。彫刻家たちはメトープ部分に神話や伝説に関する92の場面を掘り、神殿に装飾を施しています。
彫刻に描かれるのは、様々な壮大な戦いで、どれも約40年前のペルシア戦争におけるギリシャの勝利を表象するものです。これ程多くのメトープが、神殿に使われたことは未だかつてなく1場面、描かれる毎に費用がかさんでいきます。
最後に、フェイディアスは自身の主要任務である神殿の本尊に取りかかります。分厚い金の層に覆われ、繊細な装飾が施されれた礼拝者の上に高くそびえ立つ像、アテナイの守護神、アテナ・パルテノスの像です。
神殿が完成したら人々はその周りに集まり、お祈りをし捧げものをしながら知恵の女神への献酒を注ぐでしょう。フェイディアスは、残った時間を像の最後の仕上げに費やします。
日が暮れる頃、役人が、彼を問い詰めにやって来ます。フェイディアスの記録を見た後、彼らは勝ち誇ったかのように見上げます。フェイディアスが報告したのは、神殿の一般的な支出で女神像の金に関しては、全く触れられていなかったのです。
その時、フェイディアスを助けるべくペリクレスが到着、神殿造営の支援者は役人に言います「像に使われている金は全て、1つ1つ取って量ることができるのでフェイディアスの無実は証明されるだろう」
作業員にその任務にあたらせ、彼らを夜遅くまで見ているよう役人らに命じるとフェイディアスとペリクレスは、敵のもとを去り彼らをアテナ神の情けに委ねるのです。
(個人的なアイデア)
老子の道教の徳(テー)とアリストテレスのニコマコス倫理学の徳(アリテー)が似ていることから・・・
どちらの起源が先か?調べるととても面白い仮説が出てきた。
中国の道教は紀元前750年位。古代ギリシャ末期のアリストテレスは紀元前350年位。
共に多神教。この時代の情報の伝達速度を考えるとシルクロードで相互的に交流して伝わった可能性も高い。
プラスサムな概念だから。道(タオ)が先で、アリストテレスのニコマコス倫理学の徳(アリテー)が変化して
老子の道教の徳(テー)となり、神仏習合みたい道徳になった?アリストテレスのニコマコス倫理学の徳(アリテー)は具体的だが、道徳経ではあいまい。
当時は、西洋と東洋の最先端を統合?古代中国では、老子は仙人とも言われていたし、始皇帝もこの頃の激動の時代。
どうなのか?
バラモン教に対して創始した仏教もブッダにより誕生し、アリストテレスの時代に近い年代であることは偶然の一致だろうか?
ニコマコス倫理学に似ている仏教最高レベルの奥義が「中道」ということ。チベット経由で中国にも伝わります。そして、日本にも。
その後、古代ギリシャは300年後、多神教の古代エジプト文明を滅ぼしてローマ帝国になっています。キリスト教も誕生。
その後、国教へ。一神教が広まり紀元後が始まります。
現在のEUは、NATOがウクライナ侵攻でクローズアップされたこと。さらに、13の暦がひと回りして2000年前位の状況も含めて考えると
トルコまで領土にした古代ローマ帝国の民主主義版をフランス、ドイツは構築しようとしてる?
イギリスがブレグジット(Brexit)で離脱したのは、かつてのローマ帝国の過ちを回避した可能性も?
もし、以前、機運が高まった時にロシアがEUに加盟していれば、古代ローマ帝国2.0(民主主義版)が建国していたかもしれない。
大西洋を超えてアメリカ大陸からロシアを含めて、北半球に巨大なモンゴル帝国を超えた人類史上最大の領域が誕生するので・・・
今からでもロシアは遅くないので加盟したほうがいいような気がします。
真実はわからないが、そんな仮説がインスピレーションとして出てきた。
仏教最高レベルの奥義が「中道」と言葉で言うのは簡単だけど、体得して実践するのは至難の業。
ピータードラッカーも言っている。
それを可能にする方法を段階を踏んで導いた最初の人が釈迦です。
初心者向けとして、アビダンマや八正道がそれに当たります。具体的な方法を体系化しています。
極端な見解にとらわれない(顚倒夢想:てんとうむそう)よう人が心の苦しみから逃れるには、八つの道を守れば良い。
正しい見かた、正しい思い、正しいことば、正しい行い、正しい生活、正しい努力、正しい判断。そして、正しい考えかたである。
ところで「正しい」とは、何をもってそう言うのだろうか?
ここでは、アリストテレス(サンデルの正義)の定義ではありません。
この場合の定義は、ブッダの説いている「中道」が「正しい」という意味です。両極端にとらわれない正しい立場(中道)が悟りへと導く唯一の道なのです。
悟りから始まり、この世は、様々な概念が重なり合うため、概念の機微や均衡点を決断できるのは、人間の倫理観が最も重要!
最初は大変だが、ドラゴンボールに登場するスーパーサイヤ人みたいに、これを大変なレベルじゃなくなるくらいに習慣化することがコツです。
参考として、フランスの哲学者であり啓蒙思想家のモンテスキュー。
法の原理として、三権分立論を提唱。フランス革命(立憲君主制とは異なり王様は処刑されました)の理念やアメリカ独立の思想に大きな影響を与え、現代においても、言葉の定義を決めつつも、再解釈されながら議論されています。
また、ジョン・ロックの「統治二論」を基礎において修正を加え、権力分立、法の規範、奴隷制度の廃止や市民的自由の保持などの提案もしています。
現代では権力分立のアイデアは「トリレンマ」「ゲーム理論の均衡状態」に似ています。概念を数値化できるかもしれません。
続きは、後ほど。倫理は強制ではなく一定のプロトコルに基づく自由権なので
アリストテレスのニコマコス倫理学には、快楽的生活、社会的生活、真理を追求する生活がある。
思考の知的な徳は、形式知の根本?
もう一つ、性格の徳は、暗黙知の根本?
アリストテレスのいう定義である悪徳の反対は、有徳。有徳に転換する努力が必要。
悪徳に似た概念として、仏教でも、具体的に邪道四つと定義されている。
テーラワーダ仏教に似ている。顚倒夢想(てんとうむそう)になるため悪行為を段階的に最小限する努力が善行為。
こうすることで「パワーか?フォースか?」の書籍でいうパワーが人類全体で平等に底上げされる。
ここで言われる「Powerパワー」は(スターウォーズでのライトサイドのForceフォース)そして、「Forceフォース」は(ダークサイドの方)という前提です
そして、ブッダの説いている「中道」は、「パワーか?フォースか?」の書籍でいう「意識のマップ」内の「中立」レベルに当たるかもしれない。
アビダンマとは異なる領域なので、うつ病、ADHD、自律神経失調症、発達障害などは、精神科医や心療内科へどうぞ。
もう少し、テーラワーダ仏教で教え伝えられている経験則を初心者向けから二、三歩、歩みを進めると「預流道心」と言われる悟りの最初の心が生まれる瞬間があります。
自力で到達するのは危険なので、お寺のお坊さんに詳しくは聞いてください。
自分の解釈では、ここに到達する感覚としては、量子力学の本質である「場の量子論」を本当に理解した瞬間が一番近い感覚です。しかし、検証できないので本当に到達したかわかりません。
テーラワーダ仏教のアビダンマでは、「預流道心」に到達すると自然と悟りの道に自動的に回帰できるようになるそうです。次に、七回生まれ変わるまでに完全に悟りの流れに乗れる。
前世で「預流道心」に到達してると子供の頃から、桁の違う天才になりやすい傾向が発現してくるそうです。
そして、六道輪廻するのは、人間界か天界のみだそうです(一神教では、天国に近い領域に似ている)他にいくつか特徴があります。
「預流道心」に到達すると「第一禅定(ぜんじょう)」状態に自動的になります。
一神教では「天国」に相当することですが、テーラワーダ仏教には、この先がありますが、ここまでにします。
厳密には違うけど、わかりやすく言うと精神領域がスーパーサイヤ人に到達するようなイメージ。しかし、すぐ心の状態は普通になります。
漫画のイメージのように身体は強くなりません。
言葉の定義として「禅(Zen)」は、ブッダが伝授された「第一禅定(ぜんじょう)」が起源。
言葉の定義として、ここでの「定」は、サマーディとも「梵天」の「梵」とも呼ばれます。
日本語ではわかりずらいけどサンスクリット語などにすると全て関連してることがわかります。
サマーディ瞑想とも深く関連していて、瞑想しすぎると「あの世」の人になってしまうので、ほどほどの八正道で「この世」の状態を維持しないと危険です。
戻ってこれなくなります。
再起不能になる可能性が高いため、本当に詳しくは、歴史あるお寺でお坊さんに聞いて下さい。
再起不能になる可能性が高いため、本当に詳しくは、歴史あるお寺でお坊さんに聞いて下さい。
再起不能になる可能性が高いため、本当に詳しくは、歴史あるお寺でお坊さんに聞いて下さい。
歴史に耐え抜いた哲学の基盤がない権力者が最も危険な存在です。
<おすすめサイト>
エピソード6Episode6 - アトラクタフィールドと人類の歴史について(パワーか、フォースか 改訂版―人間のレベルを測る科学 - デヴィッド・R・ホーキンズ Amazon)
ロジェカイヨワ戦争論と日本の神仏習合との偶然の一致について2019
ボブ•サーマン:私たちは、だれでも仏陀になれるという話
日本テーラワーダ仏教協会
マイケル・サンデル:メリトクラシー(能力主義)の横暴
アレグザンダー・ベッツ:ブレグジットはなぜ起きた?次にするべきことは何か
マーカス・デュ・ソートイ:数学の核心にあるパラドックス - ゲーデルの不完全性定理
ユバル・ノア・ハラーリ:ウクライナの戦争がすべてを変える?
マーク・ロビンソン:ヨーロッパの歴史を変えたノルマン人
ジェシー・バイアック:呪文、脅迫、ドラゴン、ヴァイキングのルーン石碑に刻まれた秘密のメッセージ
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