#取り敢えず花粉消えてくれ
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eccjrtamuracho · 2 years ago
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ECCジュニア田村町教室、進撃の巨人The Final Season 完結編前半(←長い)を見たら、顔中の穴という穴から色々垂れ流し(←花粉もあり)の中村です。(←きちゃない)
ラストも知っているのにさー、 我ながらびっくりするほど無意識全部垂れ流し😭‍🤤🤧 感動して胸が震えたし、秋の後半が待ちきれません。 全部溶けるかもしれない。。。
出来るだけ外に出ないような生活をスタートしていますが、その直前、行ってみたかった場所に行ってました。 今回は、まんのう町の荒神の名水。
大好きなGoogleマップは最強と思っていますが、珍しくそのマップに載ってない場所。 ウェブを検索して、多分この辺というところを目指してユルユルと走りました🚴‍♂️
その日、山の方はちょっと雪がちらついていて、路面が凍りそうだったらすぐ引き返さないとな~とドキドキ💦 知らない道を行くのも緊張ですが、思わぬ美しい景色に出会ったりするものです。 地図から途切れた道を行くのはちょっと怖いですが、ワクワク感は格別です🧡
ここを行けばたどり着くはずという道を登っていって、少し心配になってきた頃にあった湧水✨ なぜかよく分かりませんが、VOICE 21の石碑があります。 ただここはホースからチョロチョロと水が流れている程度。
石碑がある場所からちょいと進んだ場所に、少し川側に入れる場所があって、そこにもっと水量の多い水汲み場があります。 恐らく地元の人たちが作ってくれたのであろう足場が組まれています。 水汲みのマナーが書かれていたので、そういうのは、ちゃんと守らんばね。
誰もいなかったですし、空いた小さいペットボトル1本しか持ってなかった私は、すぐ汲み終えてしまいました。 寒すぎて手が震えていたけど🥶
写真撮ろうとしたら、今期3回目、寒すぎて携帯電源落ちてました。 カイロで温めて、充電器さして、ギリギリ携帯起動。 因みにこの湧水の場所は携帯の電波が届かない場所でした。 なるほど、Google Mapにないはずだ。
車で十分行ける道ですが、途中離合が難しい場所があります。 湧水の近く、ちょっと先の方に車を停められそうな場所がありますが、あくまで路駐。 まー、殆ど車来ないであろう場所ですが、それでも地元の皆さまの生活道。 行ってみよう~、という方は、是非お気をつけて。
SNSで色々な方の投稿を見��いると、自分の知らない面白そうな場所がたくさんある事を知ります。 うろうろする場所を色々と教えてもらえてありがたい🧡
・・・まぁ、2か月近くはあんまり外に出ませんが、花粉が消えた頃に、また走りに行ける場所、たくさんチェックしておきます。
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thunderheadhour · 3 years ago
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エルデンリングプレイ日記30日目
 2日分くらいプレイ日記がたまるとどこまで何をやって何を書いたかだいぶ訳わからなくなります。まあただでさえ昨日の夜何食べたかとか忘れたりしますからね。知らない間に頭蓋骨の中身が茶碗蒸しか何かにすり替えられている可能性があります。
 さて今回はまずレアルカリアへの鍵を取りに竜のところへ。念のため囮に狼を呼び出しておき、馬で背後に降り立つと、竜が起きる間にわりとあっさり鍵をゲットできました。そのまま狼ちゃんたちを置いて急いで逃げ出しましたが、勇敢にも竜に挑む狼さんたちが一瞬にしてブレスで蒸発させられてて、霊だからなんともないとわかってるけどちょっと心が痛みます。叫ぶ詩人の会にしとけばよかった(映画でいくら人が死んでも平気だけど犬が死ぬのは許さないタイプ)。
 さっそくレアルカリア南門へ向かって鍵を使ってみる。封印がかっこよさげなエフェクトでバキーンと解けるのかと思ってたら封印そのままでボス霧スタイルでヌルッと入るのですね。しかも南から入って北に飛ばされる、この微妙に無意味サプライズ魔法、嫌いじゃない。
 入ってみるとこの世界にしては珍しい、崩れずにしっかり残っている建物ですね。リニーニエの魔術系施設は破砕戦争の戦地にはならなかったんだろうか?
 さて入り口の上り階段を、ふたりの変な仮面おじさんが固めています。ダウナー系のいけない薬をキメすぎた任天堂の看板兄弟みたいな表情です。セレン師匠の頭もそうだったけど、この世界の魔法使いは変な石仮面をかぶる風習があるんですね……魔法剣士を目指す以上はおれもいずれかぶる羽目になるんだろうか……。どんな顔でもひと回り頭がデカくなるので��うしても面白くなってしまう……。
 そしてやはりおじさんたちが輝石のつぶてを同時に撃ってくるんですが、あの、めちゃくちゃ痛くないですかこれ。ガードしても2割くらいもってかれるんですけど……。死にかけつつ特攻すると渾身のハードカバー魔導書チョップで脳天を叩き割られて死亡。モズグズさんかな?
 まだ早かったかと思いつつカーリアの書院の2階へ行ってみる。暗がりにいて見えなかった謎の敵を魔法で落として接近してくるのを待つと……あの、昔アダムスファミリーっていうホラー風味のファミリームービーがあって、それに自律して指で歩く手首が出てきたんですよ。それの両手首版がカチャカチャ近づいてきて、だいぶ勘弁してほしい。しかも誰もいないところにいきなり幽霊の兵士が出てきたりします。ほうほうそういうお化け屋敷なとこですねと進もうとしたら、いきなり上からぶっといエネルギー波みたいなパワー系攻撃が降ってくるからビックリしますね。
 何がなんだかわからないまま物陰に逃げて様子を見ると、何やらゴツい弓を引いて魔法矢をぶっ放してくるヤベーやつが……。赤字で魔法教授ミリアムみたいな名前が表示されてて、これもしかして闇霊ですらなくNPC?でも敵対するようなことは何もしてないけど……。
 またブライヴさんパターンだったら殺しちゃマズイので、禁を破って少し調べちゃいましたが、ハナっから敵対してくるやつみたいですね。心置きなく挑みます。接近すればさほど怖くなさそう……と思いきや、ある程度ダメージ与えるとワープで逃げるのね……。面倒なので後回しに。
 門前町をうろついてると、円卓から消えたディアロスおじさんの姿が。その前には女性の遺体……探してた従者だそうで、何やら褪せ人狩りなる連中にやられたらしい。なんと……。ゴドリック撃破前に来ていたら生存ルートだったりしたのだろうか。
 その後おじさんは敵側から勧誘を受けたらしく、敢えて受けて殺りにいくとのこと。火山館とか言ったか……誰かからもその名前を最近聞いた気がするな……。
 レアルカリアの別の出口から出てみると、リニーニエ北部に出た。そこからそぞろ歩いていくつか祝福を解禁。ぐるっと回って南に行けば開拓済みのエリアに行けそう、と思って山道に入ると、突然何かの状態異常のゲージが溜まり始める。
 周りに敵がいるようにも見えないし、直接攻撃も受けてない。花粉かとも思ったけどあたりに動く花など全くいない。じゃあなんだこれは?
 その時岩陰を何かが横切った。目が光るネズミ?
 それに合わせて一気にゲージが上がる。
 チーン。
 "MADNESS"
 死。
 え。ええーーー。
 近づいただけで発狂するネズミ? そういうのはもうちょっと深淵寄りのがやってくるものでは……?
 目先を変えて、すっかり忘れて積み残してた海岸の洞窟へ。何者かにボコられたボックさんが相変わらず虫の息で倒れています。忘れててごめん……でも生命力強いね……。
 ここは亜人の巣窟のようですが、もはや恐るるに足らず。サクッと奥へたどり着き、地面にあった召喚サインで古騎士さん、鈴で狼トリオを呼び出してレッツパーティー。亜人の親分ふたりと子分たち対こちら2人&3匹で大乱闘。たまにこういうゴチャついた展開になると面白いなー。撃破。
 そのまま奥へ進むと、リムグレイブの海岸の向こうにあった島にたどり着いた。竜の教会? 調べると竜みたいにブレスを吐ける楽しい技を学べるらしい。ただし信仰と神秘。ぐぬぬぬぬー。
 ボックさんのところに戻って、親分からぶん取った裁縫セットを渡すと、何やらおっかさんの形見だったそうで、生きる希望を取り戻した彼にえらく感謝されました。
 ん? 裁縫セット? こないだ結びの教会で金色バージョン手に入れて、衣類の調整みたいな項目が追加されたんだけど、ボックさんこれに関係してます?
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2ttf · 13 years ago
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mashiroyami · 5 years ago
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Page 115 : 月影を追いつめて
 上空はネイティオ率いる鳥ポケモン達が隊列を組む。元々の群れを成して飛ぶ習性に加え、日々重ねてきたレースの訓練の成果が如実に表れ、整然と飛んでいる。  地上から追いかけるアラン達は歓楽街にほど近かった教会から離れ、湖の方角へと向かう道を走っていた。人が集中しているのは町の中心地から湖畔の自然公園へかけた大通りを中心としており、そこからは距離を置いている現在地においては人通りは未だ少ない。ポッポレースも既に始まっている。郊外で営む店も今日は朝からしまって、祭に精を出しているのだろう。閑散とした住宅地、家を出ていない住民もいるだろうが、人気のない道はゴーストタウンすら彷彿させる。  強くなりつつある日光を反射して、キリの町を象徴する白壁はますます輝きを増し、影は小さく濃くなっていく。  乾燥した石畳を駆けながら、ネイティオが右に曲がる。それを追って、アラン達は細い路地に入った。昨晩の雨の影響で湿り気が漂うが、とうに水溜まりは蒸発していた。  エーフィを先頭に縦に列が伸びる。間をアランが保ち、しんがりでエクトルが走る。短い路地を突き当たりまでやってきたところで、鳥ポケモン達は左へ舵を取った。 「こんなに大勢で向かって、ブラッキーは気付かないでしょうか」  道がまた広くなり併走に切り替えたエクトルに、息を切らしながらアランは横から声をかける。 「布石は打ってあります」 「布石?」 「ええ。それより、覚悟はできていますか」  アランは息を静かに荒げながら、沈黙し、頷く。  大人しくボールに収まってくれればいい。しかし、悪く転がれば、戦闘に縺れ込む可能性がある。エーフィの表情も、いつもの朗らかさは潜み、硬いものになっていた。そのエーフィの主要な攻撃技はサイコキネシス、悪タイプであるブラッキーに直接ダメージを与えられない。実質、現在の手持ちの一体として名を連ねているアメモースも本来であれば十分に渡り合えるだけの能力を持っているが、今戦闘の場に出したところで、自在に動けなければ満足に力を発揮できない。何より、アラン自身、バトルの経験が殆ど無い。 「戦闘になったら」アランは力強い眼差しを前に向けながら言う。「その時は……お願いします」  他に選択肢がない。エクトルが以前はポケモンバトルを生業としていたことを、アランは既に知っている。言質を取ったエクトルは首肯する。 「元よりそのつもりです」  可能ならば、穏便に済むに越したことはないが。  人前での戦闘には正直なところエクトルは躊躇いを抱いている。しかし、背に腹は代えられない。  行き違う人々の視線を無視して走るうち、ネイティオの速度が明らかに落ちる。  恐らく、近い。  やがて鳥ポケモンの群れが分散し、各々屋根や旗の紐に止まる。一部は大きく右に曲がっていき、建物の向こうへ姿を消した。  白色の住宅が並び花が微風に揺れるその場所の、建物の間を抜けていく道路。  ネイティオは地面に下りて、翼を広げる。目的地への到着を示しているのだろう。  アラン達は減速し、ネイティオに追いつくと、ゆっくりと立ち止まる。肩を上下させて息を切らしたアランは、熱い顔に滴る汗を手で拭った。  影が差した道には、誰一人、獣一匹とて、見えない。  道の途中や、向こう側に、ぽつんぽつんとマメパトやピジョンが点在し、待機している。挟み込んでいるのだ。  ヒノヤコマだけは道のまんなかに降り立ち、その背に乗ったフカマルも慎重に降りる。そして、彼は、誰かに声をかけるように、聞き慣れた親しげな温度の声をあげて、右手を挙げた。  現れる、どころではない。ネイティオはブラッキーの居場所を予知した。  エクトルがアランに目配せする。アランは深く頷き、鞄から真新しくなった空のモンスターボール――ブラッキーの入っていたもの――を握り、緊張するエーフィを傍に引き連れ、強張った足取りで歩みを進めた。  ブラックボックスに、手を入れる。  音を立てないようにして、アランは角を曲がり開けた道路に入った。  フカマルはそれ以上歩もうとはせず、アランを見やった。見上げた先のアランの表情は影になっている。ドラゴンの弱々しい鳴き声が虚しく落ちる。  半分は日光が差し込み、半分は建物の影となった道路の先、影になった方へ栗色の視線が向いた。 「……ブラッキー」  白い住居の間は元々あった建物を壊したのかぽっかりとした空き地となっていて、雑然と整えられた敷地内で黄色い輪が光っている。身体をもたげている奥は柵が設置されており、行き止まりとなっていた。気怠げな様子とは裏腹に、赤い瞳は鋭利に光っている。  フカマルの呼びかけに応えなかったブラッキーは、ラーナー達の来訪に気が付くと、おもむろに立ち上がる。  エーフィがか細く声をかけるが、返答しなかった。朱い眼の細い瞳孔が陽炎のようにふらふらと揺れながら、彼は体勢を低くした。明確な威嚇行為にフカマルも足を竦ませ、アランの背後に隠れ様子を覗う。  獣の小さな主は張り詰めた空気を吸い込んだ。表情に湛えるのは哀しみでも戸惑いでもなく、アランは静かにブラッキーと対峙した。この地点は分かれ道だろう。手元に握ったボールに戻るか否か。戦闘に踏み込むか否か。 「ブラッキー」もう一度呼びかけた。「ずっと苦しかったんだよね」  距離は三メートル弱。電光石火で瞬時に詰められる間合いである。エーフィにとっても、ブラッキーにとっても。その気になれば、一瞬で喉元に牙は届くだろう。 「体調が悪いことは知ってた。でも、どうしたらいいか解らなかった。私が、未熟だから……。……きっかけは、首都で、守るを使ったから?」  問いかけられたブラッキーは動かない。アランの言葉に耳を傾けているかも判断できない。  堅く握りしめているその手は、死を渇望する少年の命を此の世に縫い止めるために突き放し、そして反動をそのままに彼女は高層ビルの屋上から身を投げた。あの瞬間瞬間のうちに、自ら判断したことだった。ブラッキーは壁を伝って電光石火を繰り返し、あわや地上に激突する寸前で守るを発動し、全ての衝撃を相殺し、文字通り命を懸けて彼女を護り抜いた。  生き残った彼女は、そしてまた自分で選択し、首都から離れ、旅を共にしてきた仲間と袂を分けた。ブラッキーは、あの頃を境に、息も絶え絶え生きている主人に同調するように崩れていった。  アランは瞬きも殆どせずに暫く待った後、続ける。 「ブラッキーの考えていること、全部は、解ってあげられないけど」  零れる言葉もどれほど獣に届いているか。  アメモースをちゃんと見ろと、言葉が通じずとも理解しあえると、トレーナーの迷いはポケモンに伝わると、ザナトアは繰り返し説いてきた。今、アランの表情には怯えも惑いも無い。ブラッキーか���目を逸らさない。ブラッキーの鋭い眼光をものともしていないように、受け止め、対話を試みる。 「ヤミカラスを殺したのはブラッキーの意志? でも、ブラッキーはそんなことをしない……普通だったら。もし、ブラッキーの望みでないなら、一緒に考えるよ、これからどうしていくべきか。……どうしてこうなったのか、わからないけど。お母さん達や、黒の団が関わっているのなら……今度こそ向き合う。一生懸命、考えるから」  す、と息を吸って、ボールを持たない左手を差し出した。  「きみを、守るから」  握手を求めるように、無防備な掌が開かれる。 「帰ってきて」  誰もが息を詰め、対話を見届ける。  この場にはエクトルやエーフィを含め、多くの生き物が集合している。しかし、今はアランとブラッキー、ただこの二つの存在のみが呼吸をしているかのようだった。たった一人と一匹だけの世界。町を彩る花も、清廉な白い風景も、眩くも儚い秋の青空も、どこかで沸き上がる歓喜も、静かなる祈りも、力強い羽ばたきも、波の弾ける音も、鳴き声も、泣き声も、何も干渉することはない。あるのは静寂である。強く引き合う糸が視線の間に結ばれ、たゆむことなく繋ぎ止める。緊張を解いた方が屈服する。互いに譲らず、時間ばかりが過ぎていく。  やがて、動いたのはブラッキーだった。  強い唸り声が返答となり、アランは唇を噛んだ。  すぐにエーフィがブラッキーとアランの間を切断するように前に出る。  黒き体躯がその場を弾いた。エーフィは身構え自らも電光石火で応対しようとしたが、紫紺の瞳はブラッキーの行く先が自分ではないと見切った。ブラッキーは黒い影から飛び出し、太陽の照る反対側の壁へ足を突いた。すぐにまた壁を蹴り上げ、身軽にも上へと向かう。地上を封鎖されたがため屋根を伝って逃げるつもりだ。上空に待機していた鳥ポケモン達は咄嗟に反応できず、あっさりと逃亡を許そうとした。  しかし、ブラッキーは逃げられなかった。  彼の後ろ足を何者かの手が握る。灰色の巨大な手が影から伸びるように現れ、ブラッキーの跳ぶ勢いを殺し、力尽くで引き戻したと思えば整地された地面へと叩き付けんとした。  最中、ブラッキーは空中でバランスを整え、地面に足をめり込ませながらも着地した。邪魔をされ苛立ちに満ちた瞳が空を捉えた。陽光に照らされて、影に身を潜めていた存在が明らかになる。赤い、炎のような一つ目がブラッキーを見下ろす。二メートルにも達する巨躯にはもう一つの顔を模した模様が描かれ、先ほど足を引き下ろした大きな掌をブラッキーに向け、おどろおどろしく空に漂う。 「下がっていてください」 「エクトルさん」  力の抜けたアランの隣に歩み出て、エクトルはブラッキーを睨む。  大人しく戻ってこなければ、恐らく戦闘に入る。それはアランも承知していたことであり、だからこそ対話は最後の可能性だった。かすかな願いが散ってしまえば、力尽くで引き戻す必要がある。ボールに無理矢理閉じ込めたところで、自力で脱出する術を得ているブラッキーには効果的な意味を成さない。捕獲の鉄則と同様、弱らせる必要がある。 「既に黒い眼差しを仕込んでいます」 「黒い眼差し……?」 「ヨノワールの技です。これでブラッキーは逃げられませんが、ボールに戻すこともできません。ブラッキーとヨノワールのどちらかが倒れるまでは」  突如影の中から姿を現したヨノワールも、彼のポケモンの一匹であった。エクトル達よりも先にブラッキーの元に向かわせ、とうに黒い眼差しを発動させてブラッキーが逃げないように監視させていた。  エクトルは右の人差し指を立て、小さく関節を曲げた。その仕草に吸い寄せられるように、鳥の形をした大きな影が彼等の真上を通り過ぎる。 「シャドーボール。ネイティオ、電磁波!」  指示を受けた霊獣、ヨノワールは素早く両手を合わせ、瞬時に禍々しい漆黒を掌の間に形成する。黒は深くなり、あっという間に球を成すと、ブラッキーに向けて放たれた。ブラッキーは素早い身のこなしで跳び上がり避けたが、その先を待ち構えていたようにネイティオは電撃を念力で作り上げ、空中で自在に避けようもないブラッキーを襲った。未来を視るネイティオには造作も無い予測である。狙いは的を射る。  シャドーボールが地面を抉り散った砂を含んだ風が巻き上がる最中、ばちんと痛烈な音を立てて火花が散り、月の獣は電撃を纏う。 「ブラッキー!」 「麻痺させただけです」  背中から地に落ちたブラッキーを見て思わず声をあげたアランの横で、エクトルは淡泊に言う。  シャドーボールの影響で薄い土煙が漂い微風に払われてゆく中、ブラッキーがよろめきながら立ち上がる様子をエクトルは観察する。  電磁波を受け、明らかに動きが鈍くなった。身体の筋肉が電気を浴びて痙攣し、動くにも痛みを伴っていることだろう。これで機動力を抑えられる。  エクトルの背後で、ネイティオの動きが鈍り、堪らず地上に降り立つ。おっかなびっくり見つめるフカマル同様、アランは目を瞬かせた。鳥獣の身体は、反射されたように電撃が迸っている。が、嘴が上下に動き、仕込んでいた小さな木の実を呑み込む。シンクロは想定範囲内、道連れは許さない。同調した麻痺はすぐに癒えていくだろう。  いくら祭で人が出ているとはいえ、住宅街で騒ぎを起こせば目立つ。ある程度戦闘で道を破壊しても適当に話を付ければどうとでも補修は効くが、住宅に及べば少々厄介なことになる。狭い立地では、ブラッキーやエーフィのような身軽なポケモンの方が有利な上、タイプ相性としても二匹ともブラッキーに対しては分が悪い。時間をかけるのは得策ではない。さっさと片を付けなければならない。 「気合い球!」  電磁波が強力な足枷となっている隙を狙う。  ヨノワールは再び両手を合わせ、今度は先程の黒く混沌としたシャドーボールとは裏腹に、白く輝く光球を造り出した。光は留まることなく輝きを増す。抱え込むような大きさまで膨らんだと同時に、赤い瞳が妖しく光り、ヨノワールの叫びと共に渾身の力で投球、黒い標的へと一直線に走る。ブラッキーは咄嗟に黒い衝撃波を自らの周囲に形成、発射した。悪の波動。黒白のエネルギーがぶつかったが、相殺とはならず、気合い球が波を切り裂いた。止まらぬ勢いに朱い眼は見開かれ、本能的に回避を試みた。が、身体に電気が迸り、地を滑る。筋肉は痙攣、黒い足が折れた。見守るアランは息を呑んだ。  剛速球はブラッキーに直撃し、先程より派手な音が路地を抜けて周囲へ及んでいく。  頭の高さを遙か超えて粉塵が舞い、アランは咄嗟に翳した腕をどけて、煙が晴れるのを待つ。エクトルも時を待つ。瀕死でなければ、すぐに追撃を指示するつもりでいた。しかし、当たってさえいれば効果的な一撃である。幾度の修羅場を乗り越えてきたブラッキーといえど、まともに喰らえばそれなりの深手を負わせられる。  が、風に煙が払われていくその中に、硝子のような煌めきが混ざっていることにエクトルは気付く。  煙が晴れる。  ブラッキーは地に伏しているどころか、四つ足でしっかりと立っていた。表情は険しいが、それは攻撃に対する純粋な嫌悪に過ぎない。ダメージを受けた形跡は無い。細かな輝きはアラン達の横を通り過ぎ、風に消えていった。 「……守る」  アランは呆然と呟いた。  エクトルは眉間を歪めた。  型破りな防御技は、生成に時間がかかる。連続すれば失敗しやすくなるとされるのは、いかに緻密で、巨大なエネルギーを消費する技であるかを物語る。ブラッキーは、気合い球を避けるつもりであったはずだ。それは彼の僅かな挙動が示し、そして電磁波による麻痺で阻害された。加えて悪の波動を放った直後で隙も出来ていた。そこまではエクトルの目は追えていた。あの瞬間、既に気合い球は彼の目前まで迫っていたはずだ。距離を置いているならまだしも、肉薄しようとしていた至近距離で、後出しの守るで防ぎきるか。  確かに訓練次第で技の精密性は上がるだろう。それにしても発動が速過ぎる。  エクトルが無意識に抱いていた油断を自覚したとも露知らず、ブラッキーは唸り声をあげる。細かく並んだ牙が顔を出した。月輪が輝きを増し、短い体毛を割って威嚇の毒が滲み出す。瞬く間に変容していき、禍々しい気配が彼の空気を支配した。  ブラッキーは完全にエクトル達を敵と見なした。  後方から見守っていたアランは表情を僅かに歪める。  僅かな動揺が隙となり、ブラッキーは瞬時に間を詰めた。電光石火で空に浮かぶヨノワールに襲いかかる。  しかし、その体当たりはヨノワールの身体を弾くことなく、そのまま何にも触れず通り抜けていった。充血した瞳が見開く。  電光石火はゴーストタイプには無効だ。トレーナーにとっては常識でも、ブラッキーには解らなかったか。判断力が低下しているのならばエクトルにとっては好都合である。 「もう一度気合い球! ネイティオ、怪しい風で援護しろ!」  戦闘の勘が鈍っていようと、相手のミスを逃す愚かな真似はしない。  二匹は通り抜けたブラッキーを振り返る。ネイティオは翼を大きく羽ばたかせ、紫紺に輝く突風を巻き起こした。強力だが、同じゴーストタイプのヨノワールにその風が影響することはない。またも空中で体勢を崩されたブラッキーに向け、ヨノワールは再び光球を育てる。  ブラッキーは音が聞こえてきそうなほどに歯を食い縛り、その足が向かい側の壁を捉えると、痺れる筋肉を酷使する。垂直落下する前に、足先に力を籠めた。再度、電光石火。ヨノワールに襲いかかる。  何故、とはエクトル、そしてアランも恐らくは考えただろう。まだ僅かしか形成していない気合い球に肉薄したところで然程威力を発揮しないが、それ以前にヨノワールに一撃を喰らわせるには電光石火では意味が無い。つい先程身を以て理解したはず。単調な攻撃。判断力が鈍っているのか。目にも止まらぬ速度でヨノワールに近付く。  直後、鈍い、破裂音のような奇怪な音が、ヨノワールから発された。  獣であり同時に霊体でもある奇怪な霊獣は、血の代わりに黒い靄を嘔吐して、低い呻き声を漏らした。  やはり擦り抜けてきたブラッキーに、ヨノワールの発する黒い靄と、それとは別種の黒い火花のような残滓を身体に迸らせて、着地した。  生まれて間もない気合い球は空に収束し、浮かび上がっていた巨体は力無く落下し、地に臥した。  冷たい沈黙が訪れ、やがて彼等は漸く呼吸を思い出した。  悪の波動はヨノワールに効果抜群。ブラッキーが悪タイプの技を持ち合わせている可能性は考慮していたが、ブラッキーは元来攻撃面に恵まれていない。対するヨノワールも自惚れではなく十分に鍛えてある。たった一発効果覿面な技を喰らったところで、耐えられる自信はあった。しかし、ヨノワールは倒れた。その理由の理解に至り、エクトルは顔色を変え、落下したヨノワールに駆け寄る。  ただの気絶に留まらない一撃であった恐れがあった。エクトルはすぐにヨノワールの顔を覗き確認する。意識を失っているものの、僅かに開いたヨノワールの瞳の最奥は赤い灯を失っていなかった。しかし、風が吹けば消えてしまいそうな蝋燭の火さながら、あまりにも弱々しい。  電光石火はヨノワールを擦り抜ける。しかし、それを裏手にとり、彼は擦り抜けようとしたその瞬間、つまりはヨノワールの体内にあたる地点で、悪の波動を発した。  あらゆる外傷から守るために生物は身体の外側を皮膚などで覆い、その内側に張り巡らされた筋肉、血管や神経、更には内臓、繊細な器官を守る。が、守りとは外側に向けられたもの。鎧の奥、内部、守られるべきものに直接内側へ手を下せば、それは則ち急所である。  相性の不利は承知の上だったが、加えて、無防備な内側への直接攻撃。相性以前の問題である。ブラッキーに一切の躊躇は無かった。ヤミカラスを殺した事実、ポッポを殺したという可能性が急速に現実味を増し、エクトルの脳の芯は急速に冷えていく。  彼は的確に敵を殺そうとした。  逆立った体毛は更に刺々しく荒さを増し、ブラッキーは吠え、再び悪の波動を放とうと黒いエネルギー波を溜め込んだ。 「スピードスター!」 「エアスラッシュ!」  攻撃される前に、攻撃を打ち込む。考えたことは同じだったのだろう。観客に回っていたアランが堪えきれずエーフィに指示したのと、エクトルがネイティオに向け指示したのはほぼ同時。  躍り出たエーフィの額が赤く光り、輝く五芳星が素早く地上を走りブラッキーへ向かう。ネイティオも、力強く羽ばたきを繰り返し、見えぬ風の刃が無造作に地上へ叩き込まれた。  波形状の漆黒の波動は相殺される。しかし、全てを防ぐことは叶わない。波動は全域に渡り、周囲の壁や柵に炸裂した。破壊音が響く一方、衝撃を潜り抜けて五芒星が軽やかに滑空した。スピードスターは必中技。大きな威力こそ無いが、ブラッキーの体力を削る。その身に遂に打ち込まれた攻撃。が、ブラッキーは易々と耐え抜き、常時の彼とはあまりにかけ離れた劈いた声をあげた。  そして、赤い目は正面で険しく対峙したエーフィを捉え、すぐさま飛翔するネイティオに目標を切り替える。  強靱な脚力は、痺れていても衰えない。一直線にネイティオに飛びかかる。咄嗟にネイティオは風を起こし対応したが、ブラッキーが競り勝つ。  ブラッキーの前足がネイティオの身体を掴み取る。噴出する毒の汗が立てた爪を介してやわらかな鳥獣への侵入を試みる。小さく不安定な足場で、更に、その牙が露わになった。 「ブラッキー!!」  止まれ、と、制止を促すようにアランは叫んだが、ネイティオの胴体、翼の根元めがけてその牙が落とされようとした瞬間。 「振り落とせ! 電磁波!」  俊敏にエクトルの指示が入り、ネイティオはアクロバティックに頭から落ちるように急降下、ブラッキーの体勢が瞬時に崩れ、地上すれすれの位置で超至近距離で電撃が再び弾けた。無論、ブラッキーは既に麻痺している。が、強力な静電気で反射的に指先が仰け反る様と同様、ブラッキーの身体は強制的に弾かれ、地面に激しく打ち付けられた。  その地点、アラン達から僅か一メートルすら無い。あまりに近い場所でアランとブラッキーの視線が堅く交差する。一瞬の衝突である。  ヨノワールが倒れたことで、黒い眼差しによるしがらみから彼は解放された。自由となった足で蹴り出すと、アラン達の来た道を辿る。丁字路を右へ曲がっていき、逃亡を許した。 「追いかけますよ」  立ち竦むアランの腕を無理矢理掴み、走るように促す。息絶え絶えであったヨノワールは既にダークボールに戻していた。我を取り戻したアランは、流されるままに頷いた。  鳥ポケモン達は既にその場を飛び立ち、ネイティオも羽ばたき、先行してブラッキーを追っている。最も足が鈍いフカマルは、エーフィがサイコキネシスで運び、一同はブラッキーの後を辿った。 「広い場所へ誘導しましょう」  エクトルの提案に、アランは目をやった。 「こうも狭い場所では満足に戦えません。逃げ場所が増えるリスクはありますが、見通しが良ければ追うのも簡単です」 「広い場所って、どこに?」 「湖畔に向かわせます」  言いながら、エクトルはスーツの下で手首に巻いているポケギアを操作した。 「でも、今は祭が!」 「祭は自然公園と大通り沿いが中心です。湖畔の領域全てが使われるわけではありません。通行規制して、人が入らないようにします。このまままっすぐの方角へ向かえばいずれ湖畔に着きますが、できるだけ東の方へ……」  ポケギアのスピーカーから、通話音が入る。簡単に言ってのけるが、クヴルールの権力を振りかざしている。が、この際職権乱用と刺されても構わないだろう。錯乱状態に陥っているブラッキーを放置しておく方が余程危険だ。緊急事態だと適当に御託を並べて人員を用意させた。祭を滞り無く終わらせることが本日の最重要事項であるのだから、秋季祭に良からぬ影響を与える可能性があるとご託を並べればひとまずは動くはずだ。  走りながら通話し始め準備を進めるエクトルの横で、アランは暫し考え、速度を落とし、後方で浮かんでいるフカマルと目を合わせた。 「フカマル」  真剣な眼差しに、フカマルは目を丸くした。 「ヒノヤコマ達に伝えてきてほしいことがある。……お願いできる?」  まだ幼い彼にどこまで人語が理解できるか。しかし、話しながら、首を傾げていると、エーフィが通訳をするように彼等の間に挟まった。 「いける?」  なにも難しい指示ではない。フカマルは頷き、エーフィはサイコキネシスで一気に彼を上昇させる。  サイコキネシスによる浮遊も当初こそ慣れぬ様子であったが、今はなんの抵抗も無く受け入れている。無為に身体を動かすことなくエーフィに委ね、彼はヒノヤコマ達に声をかけ、その背中に乗った。その先で、アランの指示を伝えているのだろう。直後、彼等は左右に分かれ、速度を上げた。  エクトルはポケギアの通話を切った。 「何を指示されたんですか」 「逃げる場所を一つに絞らせます。湖畔に誘導するために」  キリの町は縦横無尽に路が張り巡らされている。逃げようと思えばいくらでも路地を曲がり行方を眩ませられるだろう。しかし、曲がろうとする場所に、先んじて鳥ポケモン達を配置し、それを繰り返す。背後からはアラン達が追いかける。誘導したい先を敢えて空けておく。  今のブラッキーの状態では、野生でまともに育てられても居ない鳥ポケモンなど驚異でもなく、阻んだところで躊躇無く突破される可能性もある。成功するかは別だが、打つべき手は打っておくに越したことはない。エクトルは納得したように頷き、上空を仰いだ。 「ネイティオ、シンクロでサポートを」  端的な指示を受けて、ネイティオは加速する。未来を予測する眼と、他者に同調する特性、そして元来持ち合わせている念力。司令塔としての役割である。目に見えぬ力が空を伝い鳥獣の間でネットワークを形成し、ブラッキーに対する包囲網を強化する。  アランは、ただ前を見て、直走る。  以前、彼女はこの策に捕まったことがある。  あの時、無垢な少女は今のブラッキーの立ち位置にいた。迫る殺意から逃げるために、暗い水の町の路地を、混乱を整理しきれずにただ逃げるために走っていた。その先が行き止まりとも知らずに。  果たして、この逃亡劇の先に何があるのか。  まだ遠くの視界には黒い月影が見える。曲がっても、鳥ポケモン達を信じ同じ道を辿り、湖畔の方へ向けば、またその尾が見える。真昼に輝く白の中で、黒い姿はよく映えた。結果的に、ネイティオの放った電磁波がブラッキーに与えた技の内最大の功績と言えるだろう。明らかに動きは鈍くなっている。  花や旗で彩られた華やかな白い道を疾駆する。道程で秋季祭の中心地から逸れた、或いは向かう途中である人間と擦れ違い、そのたび何事かと怪訝な表情が向けられるが、構っている暇などない。  エクトルは腰のベルトに付けたボールのことを考える。再起不能であるヨノワールは言うまでも無くもう使えない。ネイティオは健在だが決定的な攻撃を浴びせるには役不足だ。彼が携えているボールは、全部で三つ。残りは一匹。 「ブラッキーの技は、守ると、悪の波動、電光石火、他には?」  走りながら尋ねる。息を切らしながら、アランは足がもつれないように答える。 「月の光です」 「回復技ですか」  長期戦は不利になる。瞬時に発動できる守るが最も厄介だ。  ブラッキーに会うまでの顔つきより、ずっと冷たく、鋭利なものになっているエクトルを、アランはじっと、洞の広がったような瞳で見つめていた。
 長く白い路地を抜けて、先にブラッキーにとっての視界が一挙に開ける。  僅かな雲すら見えぬ、一面の青。夏空に彩度は及ばずとも、まるで穢れを知らぬ高みは、地上の生き物たちの目を奪う。  彼の背後からはすぐに追っ手が迫っている。上空は鳥ポケモン達が、地上は彼のよく知る人間と相棒が来る。  道路を跨いだ無効の湖畔を沿う堤防へ、その場所はなだらかな坂となっており、コンクリートの道路と地続きの芝生が敷かれた僅かな坂を上れば、中央の自然公園からずっと伸びている柵が湖と地上を分かつ小高い空間となっている。  迅速な通行規制が間に合ったのか、道路を車が走ってくる気配は無く、人払いが成されている。先だってはこの場所にも人が並び、ポッポレースで湖畔に散ったチェックポイントを渡りゆく鳥ポケモン達を応援していたものだった。レースは終盤へ移ろうとしているのか、縦に伸びた様々な翼が遠景でそれぞれ堂々と羽ばたいていた。彼方で行われている楽しい祭の軌跡である。通過点として既に役割を果たした地点を人々は後にし、エクトルの根回しで此の場所には他に入れないようになっている。  広い場所は、しかし隠れるところが無い。姿形が全て太陽のもとに晒され、ブラッキーは歯を食いしばった。  道路の中央部に立ち尽くしたブラッキーに、汗を散らして走ってきたアラン達が追いつく。遂に動きを止めたブラッキーを見て、エクトルは最後の一匹を閉じ込めたハイパーボールに一言呟くと、躊躇わずに投擲した。  吉日に相応しい雲一つ無い晴れやかな空に向け高々と上がった一擲。真っ二つに割れた中から、白い光が飛び出し、ブラッキーの前にその姿を瞬時に形成する。  咄嗟に間合いをとり警戒するブラッキーと、アラン達の間に降り立った獣。青く光る鱗に覆われた身体に朱色の腹を抱き、両手の先には鋭利な牙のような立派な爪を生やしている。二つ足で立つ様は細くしなやかな印象を抱かせるが、身体を支える太股や巨大な尾は強靱な肉体を主張する。  濃紺のドラゴンは、柔い羽がその場に落ちるように静かな立ち居振る舞いで姿を現した。 「ガブリアス……」  激しい息づかいをしながら、呆然とアランは呟いた。  上空で、ヒノヤコマに乗ったフカマルが、ぱかんと口を開けてガブリアスを見下ろす。  チルタリスとガブリアスの間に生まれた子供だと、小さなドラゴンの父親が永眠する墓前でザナトアは語った。  母親は子供には気付いていない。最終進化形まで逞しく育てられた勇ましいドラゴンは、一点のみ、目の前で威嚇するブラッキーのみを揺るがずに捉える。数多の群を抜いて気高く生きる種族に相応しい、清閑で、どこまでも冷たい眼差しで。  相手から視線を逸らさず、耳だけは彼女がこの世で唯一認める主人の声を待つ。  息を整え、堅く結んでいたエクトルの唇が動く。 「行け」  ごく短い指示が、氷のような温度で伝わり、ガブリアスの枷が外された。  スレンダーな巨躯が沈黙を叩き割り、直線上に立つブラッキーに接近した。身体に合わぬ速度は、ブラッキー達の電光石火の瞬発力にこそ劣っても、虚を突くには充分な効果を果たす。  振り上げられた爪の軌道を読んで、ブラッキーはその場を跳んだ。ブラッキーの居た地点めがけて叩き付けられた爪の一撃が、まるでいとも簡単にコンクリートの舗装を抉って、アランは目を見開き、額に汗が滲んだ。あれは果たして技か、ガブリアスの筋力がものを言わせたか。いずれにせよ、あの爪がブラッキーに突き刺されば只で済むはずがない。  空中でブラッキーは歯を食いしばり、崩れた体勢のまま悪の波動を放つ。禍々しい波及攻撃が至近距離のガブリアスを攻撃するが、硬い鱗に覆われたドラゴンは狼狽える様子すら見せない。羽虫でも当たったように何事も無く跳ね返し、直後にはブラッキーの傍まで跳び上がっていた。  横一直線に蒼き一閃。硬質な翼が黒い体躯を襲う。  同時に、咄嗟の判断だったのだろう、ブラッキーはすぐさま守るを発動。まばたきと同じリズムで、両者の間に煌めく壁を瞬時に形成した。切り裂くガブリアスの攻撃は阻まれたが、まさしく煌めくエネルギーの硝子が木っ端微塵に粉砕される音と共に、絶対守備のエネルギーは瓦解した。  ブラッキーは激しく後方へ転がりながら、形勢を立て直す。防御の反動で揺らいだドラゴンの隙を逃すまいと、顔を上げた。硬質な竜の鱗は全身を覆う。しかし、ガブリアスにも急所は存在する。狙うは首元。渾身の電光石火を叩き込んだ。  顎へ急接近した一撃は脳を震わせる。ドラゴンの頭は堪らず仰け反ったが、頑丈な足は揺れない。脳天への衝撃を押し殺す。紺の影が回転、長い尾が襲い掛かり、接近したブラッキーに脇から一撃喰らわせた。骨を切らせて肉を断つとでも言わんばかりに。重い一打。ブラッキーのやわらかな身体が空を舞った。 「剣の舞。ネイティオ、追い風を起こせ」  激しい転倒の最中、エクトルから技の指示が下される。  麻痺の残る身体を震えながら起こした頃には、飛翔を続け静閑していたネイティオが激しい風を巻き起こす。ブラッキーは目を細めた。強い風が正面から彼の動きを阻む。逆に援護されたガブリアスは自身で編んだ剣の波動を呑み込んでいた。次いで、鱗の下で筋肉が盛り上がり、地面を蹴り抜いた。  その足元から、亀裂を模した光が地面を這う。  周囲が揺れた、と思うと、突き上げるような激しい縦揺れの激動が大地を伝った。広範囲の攻撃はアラン達にも影響、とても立っていられず倒れ込んだ。  地を伝う衝撃はブラッキーを逃さない。裂いた地面に足下を呑み込まれる。 「逆鱗!」  冷めた瞳に、激しい炎が点火した。  それまで僅かな声も漏らさなかったガブリアスの、全てを声で薙ぎ倒すような鋭い咆哮が劈いた。風が、空気が震え、コンクリートの向こう側にある青々とした穏やかな草原が仰け反った。罅の入った道をガブリアスは疾駆する。蹴り上げた先から一気に加速。背後から追い風を受けたその速度はブラッキーの電光石火にすら迫る。地震で足場を崩されたブラッキーは防戦に持ち込む他無かった。またも、彼の目前で透いた壁が輝く。彼の身体に巡る獣の力を空に編んで、激情するドラゴンの頭から突進を受け止めた。二匹の間が弾けたが、凶暴化したガブリアスは隙を見せず地を蹴る。接近、右腕が振り上げられた。再度守るを発動、中心を穿たれ、空に放たれる破裂音。ガブリアスは、止まらない。三度目、反対側の爪がすぐさま繰り出される。それも、守る壁が跳ね返した。  五回分は超えている、とエクトルは静かに思う。  あのブラッキーがどれほど守るを使い続けられるかは不明だ。しかし、いずれ技を編み出す力は必ず底を突く。精密かつ強力であるほど、集中力も尋常でなく削られる。自我を失っているように見えて、ブラッキーの行動は的確だ。だが思考がぶれれば隙は必ず生まれる。電磁波による麻痺は確���にブラッキーを蝕み、ガブリアスは追い風を受けてますます加速する。剣の舞の効果は後に引くほど効くだろう。とめどなく攻撃を続けていれば必ず折れる。そうなれば後はドミノ倒しの如く落とせる。確実に。  振り落とした二対の爪を、今度は突き上げる。黒獣の腹へ入れ込む衝撃。竜の業火は跡形も無く燃やし尽くさんと肥大化していく。加熱してゆく威力そのまま、ブラッキーは遂に攻撃を許した。黒い影が、空へ放り上げられた、その過程に血が踊った。  アランは、歯を食い縛った。隣でエーフィが、彼女を見た。戸惑いの視線であった。  血の色をした双眸いっぱいに、ガブリアスの姿が容赦無く映り込んだ。鬼の形相の竜に、ブラッキーの顔が強張った。  縦に回転。  止まらぬ激昂をそのまま体現した、硬質な尾がブラッキーの身体を捉えた。  次瞬、地面に再び衝撃。一瞬で直下していったブラッキーを中心に、先程の地震で傷ついた道路が窪んで、高い噴煙が上がる。しかし、ガブリアスには煙など目眩ましにもならない。すぐに追いかけ、直下に飛ぶ翼が煙をその過程で払っていって、中心に倒れる無防備にブラッキーに向け、上空からの加速をそのまま爪に乗せるような、攻撃が突き刺さった。躊躇なく、突き刺さって、彼のしなやかな体躯を抉った。串刺しになったブラッキーが悲鳴を上げる間もなく、すぐに引き抜かれると同時に月の獣の身体が浮き、固い翼を持つ腕がすぐに追随する。横に殴った勢いでぼろきれのようにブラッキーはなすすべもなく荒れた芝生に叩き付けられた。真っ赤な飛沫をアランは見た。エーフィも見て、そしてその場にいる全てのポケモン達が圧倒されて硬直していた。つい数日前まで、育て屋で戯れていた獣が瀕死に追いやられていく過程に誰もが震え、怯えた。ただ一人、それを指示するエクトルを除いて。  とどめだと、トレーナーは声にこそしなかったが、冷酷な視線はガブリアスに制止をかけなかった。  駆け上がる逆鱗。  止まらない激情。  意識が果たして残されているかすら危ういブラッキーに、ガブリアスが肉薄した。熱い返り血を浴びて刺激されたドラゴンの目は狂気に支配されたまま。捉えるは動かない的となった獲物ただ一つ。赤い、ブラッキーの血肉に濡れた爪が振り上げられた。 「サイコキネシス!!」  静観していたエクトルが、叫んだアランを見た。  エスパー技は直接ブラッキーには通じない。彼女の指示の意図は、詳細を伝えずとも、隣のエーフィにぴったりと通じていた。指差した先、まっすぐにドラゴンを射貫く。  黒い土煙の中心で、ガブリアスが硬直した。強力なサイコキネシスがドラゴンの動きを封じている。  しかし、卓越した念力を操るエーフィでも、ガブリアスの動きを完全に止めるには強い集中力を要した。逆鱗で我を失いかけている竜を抑えるのは容易ではない。激しい抵抗を無理矢理抑え込んでいるのだろう、普段は涼やかなエーフィの表情が険しく歪む。 「……何故?」  エクトルは素直に疑問を投げかけた。  アランは、苦虫を噛んだような表情を浮かべていた。 「戦闘になれば任せると言ったのは貴方でしょう。貴方は何もしなくていい」  烈火の如き戦闘を前にしてもエクトルは何も感じていないかのようだった。何も感じず、何の疑いもなく、制御すべき義務を放棄し、ただ、見ている。ブラッキーが刻まれていく様を。 「ブラッキーを、殺すつもりですか」  予感ではなく確信であろう。氷のような沈黙が両者の間に流れた。  エクトルに動揺は一切無い。冷え切った表情が、彼の抱えた意志を物語る。 「何を仰いますか。ブラッキーを弱らせる必要があるのは、貴方も解っていたでしょう」 「弱らせるなんてレベルでは、ないです」 「貴方が気にされることではありません」 「誤魔化さないでください……お願いですから」  アランは苦く懇願する。震える肌。恐怖を浮かべながら、必死の抵抗を見せていた。  暫しの沈黙を挟み、諦めたように、エクトルは長い溜息を吐いた。 「あのブラッキーは、貴方の手に負えるものじゃありません」 「……」 「理性を失い、衝動のままに周囲を破壊する……ヤミカラスはその片鱗に過ぎません。ヨノワールも運が悪ければ即死でした。あの獣を手元に戻して、制御できるとお思いですか。未熟な貴方には到底無理です」 「だから」絞り出すようにアランは抵抗した。「だから……殺すと」 「時に、その方が彼等にとっても安楽です。大きすぎる力はポケモンもトレーナーも滅ぼします。これは貴方のためでもあります。どういった経緯かは存じませんが、あの異常な力の捻出、自我の喪失、戦闘への執着……あそこまでいけば、元のようには戻れない」 「どうして、エクトルさんがそう言い切れるんですか」  問いながらも、すぐに言葉を変えた。 「いえ……エクトルさんも、知っているんですね」  何を、とは言わなかった。  エクトルは幾度も重ねた思考をまた浮かべた。果たして、こんな子供だっただろうか。こんなにも疑い、真実を見抜こうとする目をしていただろうか。このキリの町に戻ってきて、彼女は変化し続けている。それとも、元々そういう人間だったのか。 「貴方も、見たことがあると?」  エクトルは、努めて冷静に返す。  彼女が内包している、純粋な怒りが眩しい。  きっと嘗ては自分もこんな怒りを心に秘めていた。ポケモンに自ら手を下すなど、考えもしなかった。いや、下しているのは正しく言えばガブリアス達だった。望郷の地に残してきた者達は知らぬ間にみな死んだ。この手は直接命の重さを知らない。 「あります。よく似た、ザングースを」  アランは僅かに震えた声で応えた。  エクトルは沈黙し、この奇怪な引き合わせを呪いのように思った。二人が抱く、決して交わらないはずの記憶が、遠からぬ場所でよく似た色を帯びる。 「ブラッキーは」深い洞を抱えた黒い瞳は、栗色の中に燃える魂を見た。「数多死んでいったネイティオと酷似しています」 「ネイティオ……」 「噺人の不在を埋めるために、代わりとなるネイティオは能力を極限まで引き上げる必要がありました。その過程、耐えられない個体は数知れなかった。ブラッキーはそれによく似ている。いずれ己の力に潰され自滅します」  アランは刹那、絶句する。 「……でも、だからって、ブラッキーを殺していいとは繋がりません」 「そうですね。貴方は正しい」  エクトルはすんなりと静かに頷く。 「しかし、貴方の正しさが、他にとっての正しさでもあるとは限りません。貴方の甘さはブラッキーに余計な苦しみを与えます」諭すように言う。「それでいいのですか?」  エクトルの脳裏に、自我を持たぬうちに死んでゆくネイティの姿が浮かんでは消え、自らの力に溺れ脳が停止したネイティオ達の姿が浮かんでは消えた。黙って見つめている自分がいた。  アランは首を横に振る。 「死が救いなんて、そんな悲しいこと、あるべきじゃないです」  耐え抜くように両の拳を握った。掌で爪が深く食い込み、その痛みを支えにして、顔を上げる。 「もう誰も失いたくないんです。私は、確かに甘くて、未熟です……だからこうなってしまったけど、だったら! 強くなります。トレーナーとして強くなって、ブラッキーを救う方法を探します! だから……もっと、こんなことじゃなくて、もっと違う方法があるはずです……!」 「甘いです」  断言し、聞く耳を持たないエクトルはガブリアスとブラッキーを見やった。  良くも悪くも、未来を信じている者の言葉。まだ、未来がずっと先まで続いていくと信じている子供の言葉。眩くて、空疎で、無力で、自らに未来を突き動かす力があると過信する傲慢を抱いている。  恨まれるだろう。そんなことは今更だ。既に失うものなど何も無い。 「ガブリアス、躊躇うな!」  エクトルが叫ぶと、ガブリアスの鋭い咆哮が拮抗を叩き割った。  周囲にいる誰もがドラゴンを凝視した。遂にサイコキネシスによる束縛を無理矢理解いた。根負けしたエーフィが、アランの隣で足を折り、か細い声で鳴いた。まるで、ブラッキーを切実に呼ぶように。  アランは、本来であれば切ることのないカードに手を出した。アランに、エーフィに呼応するように揺れていたモンスターボールを乱暴に掴み、願うように、祈るように、戦場に向け投擲した。太陽の下、翅を失ったアメモースが躍り出た。アランは叫んだ。アメモースも叫んだ。戸惑わず、躊躇わず、嘗てフラネの町でがむしゃらに放った銀色の風を、やはりがむしゃらに三枚の翅で巻き起こした。明確な意志をもって、抗うために。乱れた風はアメモース自身が空でバランスを失い地に落ちるまで続いた。だが、所詮、不完全な技はガブリアスを止めるには遠く及ばない。悪あがきにガブリアスはびくともしなかった。アメモースは自身の無力を呪っただろう。それでもまた立ち上がろうとして、しかし覚束ない動きしかできなかった。  逆鱗で直情的になったガブリアスは、怒りを、エーフィでもアメモースでもなく、すぐ傍で倒れ込んで動かないブラッキーに向けた。既に月の獣は虫の息だった。広がる血溜りの温もりと太陽の温もりの混ざった場所で、細くなった赤い瞳は振り下ろされようとする鋭い爪の軌道をぼんやりと見つめていた。  止められない。  アランが悲鳴をあげようとした瞬間、上空から、鋭くも幼い叫び声が跳び込んできた。  ガブリアスめがけて、ヒノヤコマが一気に下降する。その背に乗るフカマルが、叫び声をあげながら、ふと声に引き寄せられたように目線を動かしたガブリアスに向け、跳び込んだ。  小さなドラゴンの渾身の頭突きが、ガブリアスの頭にクリーンヒットし、頭蓋が激突した形にへこんだと錯覚するような、鈍い音がした。  小柄な体躯にその衝撃は足先まで響いただろう。ぶつかりにいった小さい獣は目を回し頭を抱えたが、ふらついた足取りで立ち上がった。ガブリアスの方といえば、幼稚な頭突き程度で倒れるほど柔ではない。鋭い視線がフカマルに推移した。  睨み付けられたフカマルは、一瞬硬直したが、めげずに今一度体当たりを仕掛ける。同時に、ヒノヤコマが遅れて、翼をガブリアスに鋭く見舞う。  ガブリアスと比較してしまえば取るに足らない、鍛えられてもいない野生ポケモン達が、一斉にガブリアスに向けて攻撃を始めた。上空に残るピジョン達が殆ど同時に翼を激しく羽ばたかせ、大きな風を起こした。  その風はガブリアス周辺に留まらず、後方に下がっているアラン達も激しく揺らす。  しかし、激しい砂嵐の中でも自由自在に動き回るというガブリアスは、すぐにその激しい風起こしに順応する。苛立ちが勝ったのか、上空に視線が動いた。ブラッキーをいとも簡単にねじ伏せたドラゴンの強さを目の当たりにし恐怖に竦んでいたポケモン達だが、怯まない。ガブリアスが跳躍しようとしたところを、すかさずフカマルがその左脚に必死にしがみついた。少しでも縫い留めようと。凶暴な金の瞳がフカマルを射貫き、左の翼が太陽を反射して鋭く鱗が光る。 「止まれ!!」  暴風を突き抜ける、遂にかけられた制止の指示に、ガブリアスの動きが止まった。  爪がフカマルに、あとほんの少しで突き刺さるという、その寸前。すぐ傍まで迫った脅威にフカマルは腰を抜かし、座りこんだ。  アランは咄嗟にエクトルを見た。男の顔に、狼狽が窺えた。  ガブリアスを止めて再び生じた沈黙。ブラッキーが力を振り絞るように起き上がると、すぐに硬直したガブリアスのみぞおちめがけて体当たりを仕掛けた。意識は既に朦朧としているだろう。爪の立てられた場所から絶えない流血を抱いたまま放った一撃。僅かに揺らいだドラゴンの足下。その隙を縫って、ブラッキーは逃げようとした。不安定な走りで、方向感覚も失われながら、アランやエーフィからは離れるように、つまりは湖面へ。  ゆるやかな坂を駆け上がるその瞬間は、電光石火でそのまま止まれないかのように一気に上がる。鮮血が芝生に落ちて道筋を作る。  誰もが、ブラッキーの行動に目を奪われた。  高くなった柵の向こうに、黒い身体が消えて、激しい水飛沫の音が代わりに響いた。  声をあげる間も無く、彼等は走った。すぐに柵までやってくると、穏やかな湖に小さな飛沫が上がっている。赤い染みが穏やかな青に混ざり、抵抗もできずにブラッキーは必死に空気を吸い込まんと頭だけは出そうと藻掻いているが、瞬く間にその気力も失われていく。  溺れる。そう思ったエクトルの傍。  鞄をかなぐり捨てて、躊躇無く柵を跳び越えた、アランの姿が、はっきりと、エクトルの視界に焼き付いた。  栗色の瞳はただ一点、ブラッキーだけを見ていた。手を柵にかけて軽やかに越えると、脚からそのまま湖面へと吸い込まれていく。  二度目の激しい飛沫が高く突き上がる。 「な」  驚愕するエクトルを余所に、青に沈んだアランはすぐに浮上し、藻掻くブラッキーに向かって、みるみるうちに重くなっていく身体を引き摺るように泳いでいった。 「ブラッキー!」  獣に向けて手を伸ばす。ブラッキーの前脚に彼女の腕が掴まると、一気に引き寄せる。再び触れることは待望であった。その黒獣の身体は水に溶けながらも厭な臭いを放ち、微かな滑りけを含んでいた。傷から溢れる血液も、体外に放出された毒も止まらない。 「大丈夫――大丈夫!」  打ち付けるような水が口内に入ってきながらも、アランはブラッキーに呼びかける。しかし、ブラッキーは劈く叫び声をあげた。 「大丈夫! ブラッキー、落ち着いて!」  猛る黒獣をアランは強く抱き寄せた。その身体に、隠された爪が立ち、彼女の耳元でブラッキーは奇声をあげた。掴まりながらも、息も絶え絶えであったはずの身体のどこにその力が眠っているというのか。これではモンスターボールに戻したとて繰り返すだけだ。必死に宥めるアランを突き放そうとするように暴れ回る。激しい飛沫が一心不乱に暴れ回る。 「ブラッキー!!」  抑え込み自我を蘇らせようともう一度叫んだ、その瞬間、肩越しにブラッキーの口が大きく開き並ぶ牙が外に露わとなった。彼の視界が、アランの首元を捉えていた。その瞬間を、アランもほんの目と鼻の先で直視した。  エーフィの悲鳴が湖畔を劈いた。 < index >
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spiwish · 5 years ago
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天気が安定しない日。
私が外に出た時は大雨が降っていて、
カフェに着いた時には霙?雹?が降っていて。
職場を訪れる頃には、空は晴れ渡っていて、
買い物を済ませる頃には、強い風が吹いていた。
今は外が轟々と音を立てている。風の音。
無人であるはずのお向かいさんの家の室外機が自然に回るぐらいの風みたい。
春だなぁ。
今日は10時半ごろまで寝ちゃいました。
起きて二度寝じみたことをしました。
お腹が減って目覚めて、Cafe de lipaさんへ行こうとして、
雨が降り始めて、逃げ惑う建築現場のお兄さんたちを横目に傘をさして向かっていました。
だんだん風が強くなり、やばいこれ傘さしてたら危ないのでは…?
と、いつもならイヤホンをつけて歩いている道を、そんな余裕もなく傘が壊れないように歩いていました。
傘の布部分の錆色を見て、あぁそろそろ傘買い換えよう、と思いながら。
Cafe de lipaさんで、注文し終わった頃に霙?が降り初めて、
思わず店員さんに声をかけてしまいました。
天気やばいですねー、なんて。
そんなお話に気軽に乗ってくれる店員さんが嬉しいです。
今日はナチョスとキャラメルマキアートとコーヒーゼリー。
今は晴れているのに、その時は雨が降っていたので雨の日ポイント押してもらいました。
ラッキー。
ちょっとして、職場にヘルプが必要かなーと覗きに行ったら、
普段夕勤で働いている可愛い後輩ちゃんがいて、え、え!?ってなりながらも私も今日働く体力はそんなに無かったので、よろしくお願いします…!状態でした。
職場の先輩方とお話ししたりして、今日はちょっと元気をもらえたかな。
帰る頃にはいいお天気。
雑誌と、安くなっていたフルーツ羊羹を母にホワイトデーとして買いました。
ちなみに、バレンタインデーは送り合いとか何もしていないので、
母に驚かれましたとさ。
帰宅する頃、Amazonから荷物が届いたりしました。
最近手荒れが酷いので、ハンドパックを購入しました。
これは第一便で、実は二便が存在します。(笑)
一緒に届けてもらえればよかったのですが、倉庫が違うのか、在庫を抑えられなかったのか、こちらは金曜日に届くそうです。
あ、中身はハンドパックです。(笑)
週2回ぐらいで、しばらく保つ量を買いました。
あんまり出先で買い物したくないので、送ってもらおうかなーなんて。(出不精
爪のケアもしたいけど、今は手のケアで精一杯…。
職場柄ネイルもできないし、うーん、うーん…。
昨日指先だけのパックをしたのですが、結構しっとりしました。
今調子も良さそうだったのですが、そちらはもう販売が終了しているみたいで。
だって裏面の値札見たらもう今は無い駅ビルのお店の値札だったし、消費税は8%だったけど貼ってあるテープとか変色してたし…(苦笑)
結構昔に買ったものでも、意外と手指になら使えるものですね。
古いものから順番に使っていって、ケアしたいと思います
時節柄手洗い消毒を奨励されるし、職場でもそれが必要になるので…洗い物もあって、洗剤が強くて手がボロボロなんですよね。
積極的にケアしていかないと死んでしまう。
ささくれができると剥いてしまう損な性質の人間です。
傷ができると食品扱えなくなるから、今は我慢しているけど、
気になると無限に気になる性質も持ち合わせているので、どうにか発生する前に抑えておきたい…です…。
いやぁ、ひさしぶりにゆっくりしたお休みです。
こんな風の強い日だから外に出る気も起きないし。
ゆっくり紅茶でも淹れて、過ごそうかなー。
もうすぐ15時。おやつの時間ですね。
今日のおやつは何かしら。
先日先輩から頂いたバウムクーヘンでも頂こうかな。
最近祖母の顔を見ていないので、
多分元気にしているだろうけど、あとで様子を見に行こうかな。
一緒に住んでいる(?)ので、アクセスは簡単、階段を下りるだけです。
何かお菓子を持っていかないと、〇〇食べる?と勧められてしまうので(苦笑)、おやつの時間に遊びに行こうかな。
あ、でもアンナチュラルの続きも観たい!
消毒液が底をつきそうです…。
早く、そういったものが普通に手に入る世の中に戻って欲しいです。
1個でいいんです。欲張らないので、1個だけ買わせてください…。
マスクも、まだあるものを使うので、どうか消毒液のスプレーだけください…。
もうドラッグストア行くのも疲れました…。
職場でも取り扱いがなく、以前一瞬見かけた時ケチらず買えばよかったなぁとすごく後悔しています。
今日は外に出られそうもないし、ドラッグストア遠いし…はぁ。
通販だと法外な値段or送料取られそうなので、しばらくは除菌用ウェットティッシュで拭くしかないかなぁ。
一応物用の99.9%除菌ウェットと、除菌用だけどノンアルコールのものと、純水使用のウェットと持っているのですが…うーん、消毒はスプレータイプが嬉しいなぁ。
昼間はこうもお腹が空かないのに、
夜になるとお腹が減るのが不思議です。
特に寝る前。
おやつはいらないのに、夜食はいる。
逆転して欲しいです。
おやつは食べるから、夜食は勘弁して欲しいです。
太るから。
これ以上太っていい事も無いだろうし…
いいお天気で、散歩に出かけたいけど、
外の轟々とした風の音が、出ないほうがいいぞと言っています。
花粉も大量に浴びるし、何より前に進めなさそうです。
髪の毛もまとめないとゴシャゴシャするでしょう。
でもな、本当にいい天気なんだ…。
写真を撮りに出かけたい。
部屋の中からだと、割れにくいワイヤー入りのガラスを使っている私の部屋の窓からはリアルな写真を撮れません。
丈夫な窓は台風の時とかありがたいけど、部屋から外の写真がうまく撮れないのは残念…。
朝焼けとか、結構きれいに見えるんだけどな。
母から貰い受けた自転車代をまだ支払えていないのですが、
来月でいいよ、と言われました。
来月の方がいっぱい働いて収入が見込めるから、その時でいいとのことでした。
私的には、さっさと払ってもやもやしない方が気持ちはいいのですが、
残念ながら母の言う通りなので、今月は節約して、来月お給金が入ったら支払うことにしました。
自転車1台、後ろかご付きでまだまだ使えるのに破格で譲ってもらえるので、本当にラッキーでした。
まだ自転車を使って外出はしていないのですが(歩いたり公共の乗り物を使うクセが抜けない)、これからお世話になると思います。
明日はバイトです。
明後日からまた少し休みがあって、土曜日が今週の出勤日になります。
そのあとは、1日休んで月火木金。
しばらくはその姿勢で頑張れたらいいな。
お休み中には、妹ちゃんの誕プレを買いに行ったりしようかなと思っています。
木曜日に婦人科を入れてしまったので、木曜日は強制外出が決まっています。
水曜日は明日のバイトの翌日で疲れているかもしれないので、ゆっくりできるかなぁ…と思って敢えて空けてみました。
多分体力は有り余っているので、また町田とか行っちゃうかな?
いやでもあまり外出してもまた散財してしまうしなぁ…。
木曜日…かなぁ。
美容室もそろそろ行きたいけど、先日母に前髪を切ってもらっていて前髪の長さに関しては支障がないので、髪が多少ガビガビしていますがもうちょっと先に行こうかなー、んーでも行きたいなぁ…みたいな感じです。
多分今月はバイトで忙しくしているので、行かないかなと思います。
来月、しっかり行こう。
お金があれば長さを調節したり梳いてもらったりしたいのですが、
その辺はお財布と相談かな。
髪はまだ伸ばしていたいけど、ボソボソが嫌なのでちょっと量を減らしてもらったりしたい。
まだ18時ですが、
ちょっと長文になったので今日はここまで。
明日も更新できるかは、今のところわかりません。
疲れていたら寝てしまうかも…?
ではでは。
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groyanderson · 5 years ago
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ひとみに映る影 第六話「覚醒、ワヤン不動」
☆プロトタイプ版☆ こちらは無料公開のプロトタイプ版となります。 段落とか誤字とか色々とグッチャグチャなのでご了承下さい。 書籍版では戦闘シーンとかゴアシーンとかマシマシで挿絵も書いたから買ってえええぇぇ!!! →→→☆ここから買おう☆←←←
(※全部内容は一緒です。) pixiv版
◆◆◆
 人はお経や真言を想像するとき、大抵『ウンタラカンタラ~』とか『ムニャムニャナムナム~』といった擬音を使う。 確かに具体的な言葉まで知らなければ、そういう風に聴こえるだろう。 ましてそういうのって、あまりハキハキと喋る物でもないし。 特に私達影法師使いが用いる特殊な真言を聞き取るのはすごく難解で、しかも屋内じゃないとまず喋ってる事自体気付かれない場合が多い。 なぜなら、口の中を影で満たしたまま言う方が法力がこもる、とかいうジンクスがあり、腹話術みたいに口を閉じたまま真言を唱えるからだ。 たとえ静かな山間の廃工場であっても、よほど敬虔な仏教徒ではない人には、『ムニャムニャ』どころか、こう聴こえるかもしれない。
 「…むんむぐうむんむうむむむんむんうむむーむーむうむ…」  「ヒトミちゃん?ど、どしたの!?」 正解は、ナウマク・サマンダ・バザラダン・カン・オム・チャーヤー・ソワカ。 今朝イナちゃんは気付いてすらいなかったけど、実はこの旅でこれを唱えたのは二回目だ。
 廃工場二階部踊り場に催眠結界を張った人物に、私は心当たりがあった。 そのお方は磐梯熱海温泉、いや、ここ石筵霊山を含めた熱海町全域で一番尊ばれている守護神。 そのお方…不動明王の従者にして影法師を束ねる女神、萩姫様は、真っ暗なこの場所にある僅かな光源を全て自らの背後に引き寄せ、力強い後光を放ちながら再臨した。
 「オモナ!」  「萩姫…!」 驚きの声を上げたのは、テレパシーやダウジングを持たないイナちゃんとジャックさんだ。  「ひーちゃん…ううん。紅一美、よくぞここまで辿り着きました。 何ゆえ私だと気付いたのですか」 萩姫様の背後で結界札が威圧的に輝く。 今朝は「別に真言で呼ばなくてもいい」なんて気さくに仰っていたけど、今はシリアスだ。  「あなたが私達をここまで導かれたからです、萩姫様。 最初、源泉神社に行った時、そこに倶利伽羅龍王はいませんでした。代わりにリナがいました。 後で観音寺の真実や龍王について知った時、話が上手くいきすぎてるなって感じました。 あなたは全部知っていて、私達がここに来るよう仕向けたんですよね?」 私も真剣な面持ちで答えた。相手は影法師使いの自分にとって重要な神様だ。緊張で手が汗ばむ。  「その通りです。あなた方を金剛の者から守るためには、リナと邂逅させる必要があった。 ですが表立って金剛の者に逆らえない私は、敢えてあなた方を源泉神社へ向かわせました。 金剛観世音菩薩の従者リナは、金剛倶利伽羅龍王に霊力の殆どを奪われた源泉神社を復興するため、定期的に神社に通ってくれていましたから」 そうだったんだ。暗闇の中で、リナが一礼するのを感じた。
 萩姫様はスポットライトを当てるように、イナちゃんにご自身の光を分け与えられた。  「金剛に選ばれし隣国の巫女よ」  「え…私ですか?」 残り全ての光と影は未だ萩姫様のもとにあって、私達は漆黒に包まれている。  「今朝、あなたが私に人形を見せてくれた時、私はあなたの両手に刻まれた肋楔緋龍の呪いに気がつきました。 そして勝手ながら、あなたの因果を少し覗かせて頂きました」 萩姫様は影姿を変形させ、影絵になってイナちゃんの過去を表現する。 赤ちゃんが燃える龍や肉襦袢を着た煤煙に呪いをかけられる絵。 衰弱した未就学の女の子にたかる大量の悪霊を、チマチョゴリを着た立派な巫女が踊りながら懸命に祓う絵。 小学生ぐらいの少女が気功道場で過酷なトレーニングを受ける絵…。  「はっきり言います。もしあなた方がここに辿り着けなかったら、その呪いは永遠にとけなかったでしょう。 あなただけではありません。このままでは一美、熱海町、やがては福島県全域が金剛の手に落ちる事も起こりうる」 福島県全域…途方もない話だ。やっぱりハイセポスさんが言っていた事は本当だったのか?
 「萩姫様。あなたが護る二階に、いるのですね。水家曽良が」 決断的に譲司さんが前に出た。イナちゃんを照らしていた淡い光が、闇に塗りつぶされていた彼の体に移動した。  「そうとも言えますが、違うとも言えます、NICの青年よ。 かの殺人鬼は辛うじて生命力を保っていますが、肉体は腐り崩れ、邪悪な腫瘍に五臓六腑を冒され、もはや人間の原形を留めていません。 あれは既に、悪鬼悪霊が蠢く世界そのものとなっています」 萩姫様がまた姿を変えられる。蛙がボコボコに膨れ上がったような歪な塊の上で、燃える龍が舌なめずりする影絵に。 そして再び萩姫様の御姿に復帰する。  「若者よ。ここで引き返すならば、私は引き止めません。 私ども影法師の長、神影(ワヤン)らが魂を燃やし、龍王や悪霊世界を葬り去るまでのこと。 ですが我らの消滅後、金剛の者共がこの地を蹂躙する可能性も否定できません。 或いは、若者よ。あなた方が大量の悪霊が世に放たれる危険を承知でこの扉を開き、金剛の陰謀にこれ以上足を踏み入れるというのならば…」
 萩姫様がそう口にされた瞬間、突如超自然的な光が彼女から発せられた。 カッ!…閃光弾が爆ぜたように、一瞬強烈に発光したのち、踊り場全体が昼間のように明るくなる。  「…まずはこの私を倒してみなさい!」 視界がクリアになった皆が同時に見たのは、武器を持つ幾つもの影の腕を千手観音のように生やした、いかにも戦闘モードの萩姫様だった。
◆◆◆
 二階へ続く扉を堅固に護る萩姫様と、私達は睨み合う。 戦うといっても、狭い踊り場でやり合えるのはせいぜい一人が限界。 張り詰めた空気の中、この決闘相手に名乗り出たのは…イナちゃんだ!  「私が行きます」  「馬鹿、無茶だ!」 制止するジャックさんを振り切って、イナちゃんは皆に踊り場から立ち退くよう促した。
 「わかてる。私は一番足手まといだヨ。だから私が行くの。 ドアの向こうはきっと、とても恐い所になてるから、みんな温存して下さい」 自虐的な言葉とは裏腹に、彼女の表情は今朝とは打って変わって勇敢だ。 萩姫様も身構える。  「賢明な判断です、金剛の巫女よ」「ミコじゃない!」 イナちゃんが叫んだ。  「…私はあなたの境遇に同情はしますが、容赦はしません。 あなたの成長を、見せてみなさい!」
 イナちゃんは目を閉じ、呪われた両手を握る。  「私は…」 ズズッ!その時萩姫様から一本の影腕が放たれ、屈強な人影に変形!  <危ない!>迫る人影!  「…イナだヨ!」 するうちイナちゃんの両指の周りに細い光が回りだし、綿飴めいて小さな雲に成長した! イナちゃんはばっと両手を広げ、雲を放出すると…「スリスリマスリ!」 ぽぽんっ!…なんと、漆黒だった人影がパステルピンクに彩られ、一瞬でテディベア型の無害な魂に変化した!  「何!?」 萩姫様が狼狽える。
 「今のは…理気置換術(りきちかんじゅつ)!」  「知っているのかジョージ!?」  ジャックさんにせっつかれ、譲司さんが説明を始める。  「儒教に伝わる秘伝気功。 本来の理(ことわり)から外れた霊魂の気を正し、あるべき姿に清める霊能力や」 そうか、これこそイナちゃんが持つ本来の霊能力。 彼女が安徳森さんに祈りを捧げた時、空気が澄んだような感じがしたのは、腐敗していた安徳森さんの理が清められたからだったんだ!
淡いパステルレインボーに光る雲を身に纏い、イナちゃんは太極拳のようにゆっくりと中腰のポーズを取った。  「ヒトミちゃんがこの旅で教えてくれた。 悲しい世界、嬉しい世界。決めるのは、それを見る私達。 ヒトミちゃんは悲しいミイラをオショ様に直した。 だから私も…悲しいをぜんぶカワイイに変えてやる!」
 「面白い」 ズズッ!再び萩姫様から影腕が発射され、屈強な影絵兵に変わった。 その手には危険なスペツナズナイフが握られている!  「ならば自らの運命をも清めてみよ!」 影絵兵がナイフを射出!イナちゃんは物怖じせずその刃を全て指でキャッチする。  「オリベちゃんもこの旅で教えてくれた」 雲に巻かれたナイフ刃と影絵兵は蝶になって舞い上がる!  「友達が困ったら助ける。一人だけ欠けるもダメだ」
 ズズッ!新たな影絵兵が射出される。 その両手に構えられているのは鋭利なシステマ用シャベルだ!  「ジャックさんもこの旅で教えてくれた」 イナちゃんは突撃してくるその影絵を流れる水のようにかわし、雲を纏った手で掌底打ちを叩きつける!  「自分と関係ない人本気で助けられる人は、何があても皆に見捨てられない!」 タァン!クリーンヒット! 気功に清められた影絵兵とシャベルはエンゼルフィッシュに変形!
 間髪入れず次の影絵兵が登場! トルネード投法でRGD-33手榴弾を放つ!  「ヘラガモ先生もこの旅で教えてくれた」 ぽぽんぽん!…ピヨ!ピヨ! 雲の中で小さく爆ぜた手榴弾からヒヨコが生まれた!  「嫌な物から目を逸らさない。優しい人それができる」 コッコッコッコッコ…影絵兵もニワトリに変化し、ヒヨコを率いて退場した。
 「リナさんとポメラーコちゃんも教えてくれた!」 AK-47アサルトライフルを乱射する影絵兵団を掻い潜りながら、イナちゃんは萩姫様に突撃!  「オシャレとカワイイは正義なんだ!」 影絵兵は色とりどりのパーティークラッカーを持つ小鳥や小型犬に変わった。
 「くっ…かくなる上は!」 萩姫様がRPG-7対戦車ロケットランチャーを構えた! さっきから思ってたけど、これはもはやラスボス前試練の範疇を越えたバイオレンスだ!!
 「皆が私に教えてくれた。今度は私あなたに教える! スリスリマスリ・オルチャン・パンタジィーーッ!!!」 パッドグオォン!!!…ロケットランチャーの射出音と共に、二人は閃光の雲に包まれた!  「イナちゃあああーーーーん!!!!」
 光が落ち着いていく。雲間から現れた影は…萩姫様だ!  <そんな…>  「いや、待て!」 譲司さんが勘づいた瞬間、イナちゃんもゆっくりと立ち上がった。 オリベちゃんは胸を撫で下ろす。  「これが…私…?」 一方、自らの身体を見て唖然とする萩姫様は…
 漆黒の着物が、紫陽花色の萌え袖ダボニットとハイウエストスキニージーンズに。  「そんな…こんな事されたら、私…」 市女笠は紐飾りだけを残してキャップ帽に変わり、ロケットランチャーは形はそのままに、ふわふわの肩がけファーポシェットに。  「私…もうあなたを攻撃できないじゃない!」 萩姫様はオルチャンガールになった。完全勝利!
 「アハッ!」 相手を一切傷つけることなく試練を突破したイナちゃんは、少女漫画の魔法少女らしく決めポーズを取った。  「ウ…ウオォォー!すっげえなお前!!」 ファンシーすぎる踊り場に、この場で一番いかついジャックさんが真っ先に飛びこむ。 彼は両手を広げて構えるイナちゃんを…素通り! そのまま現代ナイズされた萩姫様の手を取る。  「オモナ!?」
 「萩姫。いや、萩!俺は前から気付いていたんだ。 あんたは今風にしたら化けるってな! どうだ。あのクソ殺人鬼とクソ龍王をどうにかしたら、今度ポップコーンでもウワババババババ!!!!」 ナンパ中にオリベちゃんのサイコキネシスが発動し、ジャックさんは卒倒した。 オリベちゃんの隣にはほっぺを膨らましたイナちゃんと、手を叩いて爆笑するリナ。  「あっはははは、みんなわかってるゥ! ここまでセットで王道少女漫画よね!」
 一方譲司さんはジビジビに泣きながらポメラー子ちゃんを頬ずりしていた。  「じ、譲司さん?」  「ず…ずばん…ぐすっ。教え子の成長が嬉しすぎで…わああぁ~~!!」  <何言ってるの。あんたまだ養護教諭にすらなってないじゃない>  「もうこいつ、バリに連れて行く必要ないんじゃないか?」  「嫌や連れでぐうぅ!向こうの子供らとポメとイナでいっぱい思い出作りたいもおおぉおんあぁぁあぁん」  「<お前が子供かっ!!>」 キッズルーム出身者二人の息ぴったりなツッコミ。 涙と鼻水だらけになったポメちゃんは「わうぅぅ…」と泣き言を漏らしていた。
 程なくして、萩姫様は嬉し恥ずかしそうにクネクネしたまま結界札を剥がした。  「若者よ…あんっもう!私だって心は若いんだからねっ! 私はここで悪霊が出ないように見張ってるんだから…龍王なんかに負けたらただじゃ済まないんだからねっ!」 だからねっ!を連発する萩姫様に癒されながら、私達は最後の目的地、怪人屋敷二階へ踏みこんだ。
◆◆◆
 ジャックさんが前もって話していた通り、二階は面積が少なく、一階作業場と吹き抜け構造になっている。 さっきまで私達がいたエントランスからは作業場が見えない構造だった。 影燈籠やスマホで照らすと、幾つかの食品加工用らしき機材が見える。 勘が鋭いオリベちゃんと譲司さんが不快そうに目を逸らす。  <この下、何かしら…?直接誰かがいる気配はないのに、すごくヤバい気がする。 まるで、一つ隔てた世界の同じ場所が人でごった返しているような…>  「その感覚は正しいで、オリベ。 応接室はエレベーターの脇の部屋や。そこに水家がおる。 そして…あいつの脳内地獄では、吹き抜けの下が戦場や」  <イナちゃん。清められる?>  「無理です。もし見えても一人じゃ無理です。 オルチャンガール無理しない」  <それでいい。賢明よ。みんなここからは絶対に無理しないで>
 譲司さんの読みは当たっていた。階段と対角線上のエレベーターホール脇に、ドアプレートを外された扉があった。 『応接室』のプレートは、萩姫様の偽装工作によって三階に貼られていた。 この部屋も三階の部屋同様、鍵は閉まっていない。それどころか、扉は半開きだった。
 まず譲司さんが室内に入り、スマホライトを当てる。  「水家…いますか?」 私は申し訳ないが及び腰だ。  「おります。けど、これは…どうだろう?」 オリベちゃんがドアを開放する。きつい公衆トイレみたいな臭いが廊下に広がった。 意を決して室内を見ると…そこには、岩?に似た塊と、水晶でできた置物のようなもの。 岩の間から洋服の残骸が見えるから、あれが水家だと辛うじてわかる。  「呼吸はしとるし、脳も動いとる。けど恐ろしい事に、心臓は動いとらん。 哲学的やけど、血液の代わりにカビとウイルスが命を繋いどる状態は…人として生きとるというのか?」 萩姫様が仰っていた通り、殺人鬼・水家曽良は、人間ではなくなってしまっていたんだ。
 ボシューッ!!…誰かが譲司さんの問いに答えるより前に、死体が突如音を立てて何かを噴出した!  「うわあぁ!?」 私を含め何人かが驚き飛び退いた。こっちこそ心臓が止まるかと思った。 死体から噴出した何かは超自然的に形を作り始める。 こいつが諸悪の根源、金剛倶利伽羅…
 「「<「龍王キッモ!!?」>」」 奇跡の(ポメちゃん以外)全員異口同音。 皆同時にそう口に出していた。  「わぎゃっわんわん!!わぅばおばお!!!」 ポメちゃんは狂ったように吠えたてていた。  「邂逅早々そう来るか…」 龍王が言う…「「<「声もキッモ!!?!?」>」」 デジャヴ!
 龍王はキモかった。それ以上でもそれ以下でもない、ともかくキモかった。 具体的に描写するのも憚られるが、一言で言えば…細長い燃える歯茎。 金剛の炎を纏った緋色の龍、という前情報は確かに間違いじゃない。シルエットだけは普通の中国龍だ。 けど実物を見ると、両目は梅干しみたいに潰れていて、何故か上顎の細かい歯は口内じゃなくて鼻筋に沿ってビッシリ生えて蠢いてるし、舌はだらんと伸び、黄ばんだ舌苔に分厚く覆われている。 二本の角から尾にかけて生えたちぢれ毛は、灰色の脇毛としか形容できない。 赤黒い歯茎めいた胴体の所々から細かく刻まれた和尚様の肋骨が歯のように露出し、ロウソクの芯のように炎をたたえている。 その金剛の炎の色も想像していた感じと違う。 黄金というかウン…いや、これ以上はやめておこう。二十歳前のモデルがこれ以上はダメだ。
 「何これ…アタシが初めて会った時、こいつこんなにキモくなかったと思うけど…」 リナが頭を抱えた。一方ジャックさんは引きつけを起こすほど爆笑している。  「あっはっはっは!!タピオカで腹下して腐っちまったんじゃねえのか!? ヒィーッひっはっはっはっはっは!!」  <良かった!やっぱ皆もキモいと思うよね?> 背後からテレパシー。でもそれはオリベちゃんじゃなくて、踊り場で待機する萩姫様からだ。  <全ての金剛の者に言える事だけど、そいつらは楽園に対する信奉心の高さで見え方が変わるの! 皆が全員キモいって言って安心したよ!> カァーン!…譲司さんのスマホから鐘着信音。フリック。  『頼む、僕からも言わせてくれ!実にキモいな!!』 …ツー、ツー、ツー。ハイセポスさんが一方的に言うだけ言って通話を切った。
 「その通りだ」 龍王…だから声もキモい!もうやだ!!  「貴様らはあの卑劣な裏切り者に誑かされているから、俺様が醜く見えるんだ。 その証拠に、あいつが彫ったそこの水晶像を見てみろ!」 死体の傍に転がっている水晶像。 ああ、確かに普通によくある倶利伽羅龍王像だ。良かった。 和尚様、実は彫刻スキルが壊滅的に悪かったんじゃないかって疑ってすみません。  「特に貴様。金剛巫女! 成長した上わざわざ俺様のもとへ力を返納しに来た事は褒めてやろう。 だが貴様まで…ん?金剛巫女?」 イナちゃんは…あ、失神してる。脳が情報をシャットダウンしたんだ。
 「…まあ良し!ともかく貴様ら、その金剛巫女をこちらに渡せ。 それの魂は俺様の最大の糧であり、金剛の楽園に多大なる利益をもたらす金剛の魂だ! さもなくば貴様ら全員穢れを纏いし悪鬼悪霊共の糧にしてやるぞ!」 横暴な龍王に対し、譲司さんが的確な反論を投げつける。  「何が糧や、ハッタリやろ! お前は強くなりすぎた悪霊を制御出来とらん。 せやから悪霊同士が潰し合って鎮静するまで作業場に閉じこめて、自分は死体の横でじっと待っとる! 萩姫様が外でお前らを封印出来とるんが何よりの証拠や! だまされんぞ!!」 図星を突かれた龍王は逆上!  「黙れ!!だから何だ、悪霊放出するぞコノヤロウ!! 俺様がこいつからちょっとでも離れたら悪鬼悪霊が飛び出すぞ!?あ!?」
 その時、私の中で堪忍袋の緒が切れた。
◆◆◆
 自分は怒ると癇癪を起こす気質だと思っていた。 自覚しているし、小さい頃両親や和尚様に叱られた事も多々あって、普段は余程の事がない限り温厚でいようと心がけている。 多少からかわれたり、馬鹿にされる事があっても、ヘラヘラ笑ってやり過ごすよう努めていた。 そうして小学生時代につけられたアダ名が、『不動明王』。 『紅はいつも大人しいけど本気で怒らすと恐ろしい事になる』なんて、変な教訓がクラスメイト達に囁かれた事もあった。
 でも私はこの二十年間の人生で、一度も本物の怒りを覚えた事はなかったんだと、たった今気付いた。 今、私は非常に穏やかだ。地獄に蜘蛛の糸を垂らすお釈迦様のように、穏やかな気持ちだ。 但しその糸には、硫酸の二千京倍強いフルオロアンチモン酸がジットリと塗りたくられている。
 「金剛倶利伽羅龍王」 音声ガイダンス電話の様な抑揚のない声。 それが自分から発せられた物だと認識するまで、五秒ラグが生じた。  「何だ」  「取引をしましょう」  「取引だと?」 龍王の問いに自動音声が返答する。  「私がお前の糧になります。その代わり、巫女パク・イナに課せられた肋楔緋龍相を消し、速やかに彼女を解放しなさい」  「ヒトミちゃん!?どうしてそん…」 剣呑な雰囲気に正気を取り戻したイナちゃんが私に駆け寄る。 私の首がサブリミナル程度に彼女の方へ曲がり、即座にまた龍王を見据えた。イナちゃんはその一瞬で押し黙った。 龍王が身構える。  「影法師使い。貴様は裏切り者の従者。信用できん」 返事代わりに無言で圧。  「…ヌゥ」
 私はプルパを手に掲げる。 陰影で細かい形状を隠し、それがただの肋骨であるように見せかけて。  「そ…それは!俺様の肋骨!!」 龍王が死体から身を乗り出した。  「欲しいですか」  「欲しいだと?それは本来金剛が所有する金剛の法具だ。 貴様がそれを返却するのは義務であり…」 圧。  「…なんだその目は。言っておくが…」 圧。  「…ああもう!わかった!! どのみち楔の法力が戻れば巫女など不要だ、取引成立でいい!」  「分かりました。それでは、私が水晶像に肋骨を填めた瞬間に、巫女を解放しなさい。 一厘秒でも遅れた場合、即座に肋骨を粉砕します」
 龍王は朧な半物理的霊体で水晶像を持ち上げ、私に手渡した。 像の台座下部からゴム栓を剥がすと、中は細長い空洞になっていて、人骨が入っている。 和尚様の肋骨。私はそれを引き抜き、トートバッグにしまった。 バッグを床に置いてプルパを像にかざすと、龍王も両手を差し出したイナちゃんに頭を寄せ構える。  「三つ数えましょう。一、」  「二、」  「「三!」」
 カチッ。プルパが水晶像に押しこまれた瞬間、イナちゃんの両手が発光!  「オモナァッ!」 バシュン!と乾いた破裂音をたて、呪相は消滅した。 イナちゃんが衝撃で膝から崩れ落ちるように倒れ、龍王は勝利を確信して身を捩った。  「ウァーーッハハハハァ!!!やった!やったぞぉ、金剛の肋楔! これで悪霊どもを喰らいて、俺様はついに金剛楽園アガル「オムアムリトドバヴァフムパット」 ブァグォオン!!!!  「ドポグオオォオォォオオオーーーーッ!!?!?」
 この時、一体何が起きたのか。説明するまでもないだろうか。 そう。奴がイナちゃんの呪いを解いた瞬間、私はプルパを解放したのだ。 赤子の肋骨だった物は一瞬にして、刃渡り四十センチ大のグルカナイフ型エロプティックエネルギー塊に変形。 当然それは水晶像などいとも容易く粉砕する!
 依代を失った龍王は地に落ち、ビタンビタンとのたうつ。  「か…かはっ…」 私はその胴体と尾びれの間を掴み、プルパを突きつけた。  「お…俺様を、騙したな…!?」 龍王は虫の息で私を睨んだ。  「騙してなどいない。私はお前の糧になると言った。 喜べ。望み通りこの肋骨プルパをお前の依代にして、一生日の当たらない体にしてやる」  「な…プルパ…!?貴様、まさか…!」  「察したか。そう、プルパは煩悩を貫く密教法具。 これにお前の炎を掛け合わせ、悪霊共を焼いて分解霧散させる」  「掛け合わせるだと…一体何を」
 ズブチュ!!  「うおおおおおおおぉぉぉ!!?」 私はプルパで龍王の臀部を貫通した。  「何で!?何でそんな勿体ない事するの!? 俺様があぁ!!せっかく育てた悪霊おぉぉ!!!」 私は返事の代わりに奴の尾を引っ張り、切創部を広げた。  「ぎゃああああああ!!!」 尾から切創部にかけての肉と汚らしい炎が、影色に炭化した。  「さっき何か言いかけたな。金剛楽園…何だと? 言え。お前達の楽園の名を」  「ハァ…ハァ…そんな事、知ってどうする…? 知ったところで貴様らは何も」
 グチャムリュ!!  「ぎゃああああぁぁアガルダ!アガルダアァ!!」 私は龍王の胴体を折り曲げ、プルパで更に貫通した。 奴の体の一/三が炭化した。  「なるほど、金剛楽園アガルダ…。それは何処にある」  「ゲホッオェッ!だ、だからそんなの、聞いてどうする!?」  「滅ぼす」  「狂ってる!!!」
 ヌチュムチグジュゥ!!  「ほぎいぃぃぃごめんなさい!ごめんなさい!」 更に折り曲げて貫通。魚を捌く時に似た感触。 蛇なら腸や腎臓がある位置だろうか。 少しざらついたぬめりけのある粘液が溢れ、熱で固まって白く濁った。  「狂っていて何が悪いの? お前やあの金剛愛輪珠如来を美しいと感じないよう、狂い通すんだよ」  「うァ…ヒ…ヒヒィ…卑怯者ぉ…」  「お前達金剛相手に卑怯もラッキョウもあるものか」  「……」  「……」
 ゴギグリュゥ!!!  「うえぇぇえぇえええんいびいぃぃぃん!!!」 更に貫通。龍王は既に半身以上を影に飲まれている。 ようやくマシな見た目になってきた。  「苦しいか?苦しいか。もっと苦しめ。苦痛と血涙を燃料に悪霊を焼くがいい。 お前の苦しみで多くの命が救われるんだ」  「萩姫ェェェ、萩イィィーーーッ!! 俺様を助けろおぉぉーーーッ!」 すると背後からテレパシー。  <あっかんべーーーっだ!ザマーミロ、べろべろばー> 萩姫様が両中指で思いっきり瞼を引き下げて舌を出している映像付きだ。  「なあ紅さん、それ何かに似とらん?」 譲司さんとオリベちゃんが興味津々に私を取り囲んだ。  「ウアーッアッアッ!アァーーー!!」 黒々と炭化した龍王はプルパに巻きついたような形状で肉体を固定され、体から影の炎を噴き出して苦悶する。  <アスクレピオスの杖かしら。杖に蛇が巻きついてるやつ> ジャックさんとリナも入ってくる。  「いや、中国龍だからな…。どっちかというと、あれだ。 サービスエリアによくある、ガキ向けのダサいキーホルダー」  「そんな立派な物じゃないわよ。 東南アジアの屋台で売ってる蛇バーベキューね」  「はい!」 目を覚ましたイナちゃんが、起き抜けに元気よく挙手!  「フドーミョーオーの剣!」  「「<それだ!>」」 満場一致。ていうか、そもそもこれ倶利伽羅龍王だもんね。
 私は龍王の頸動脈にプルパを突きつけ、頭を鷲掴みにした。  「金剛倶利伽羅龍王」  「…ア…アァ…」 するうち影が私の体を包みこみ始める。 影と影法師使いが一つになる時、それは究極の状態、神影(ワヤン)となる。 生前萩姫様が達せられたのと同じ境地だ。  「私はお前の何だ」  「ウア…ァ…」  「私はお前の何だ!?」
 ズププ!「ぐあぁぁ!!肋骨!肋骨です…」  「違う!お前は倶利伽羅龍王剣だろう!?だったら私は!?」 ズプブブ!!「わああぁぁ!!不動明王!!不動明王様ですうぅ!!!」  「そうだ」 その通り。私は金剛観世音菩薩に寵愛を賜りし神影の使者。 瞳に映る悲しき影を、邪道に歪められた霊魂やタルパ達を、業火で焼いて救済する者!
 ズズッ…パァン!!!  「グウゥワアァァアアアアーーーーー!!!!」 完成、倶利伽羅龍王剣!  「私は神影不動明王。 憤怒の炎で全てを影に還す…ワヤン不動だ!」
◆◆◆
 ズダダダァアン!憤怒の化身ワヤン不動、精神地獄世界一階作業場に君臨だ! その衝撃で雷鳴にも匹敵する轟音が怪人屋敷を震撼! 私の脳内で鳴っていたシンギング・ボウルとティンシャの響きにも、荒ぶるガムランの音色が重なる。  「神影繰り(ワヤン・クリ)の時間だ」
 悪霊共は、殺人鬼水家に命を絶たれ創り変えられたタルパだ。 皆一様に、悪魔じみた人喰いイタチの毛皮を霊魂に縫い付けられ、さながら古い怪奇特撮映画に登場する半人半獣の怪人といった様相になっている。 金剛愛輪珠如来が着ていた肉襦袢や、全身の皮膚が奪われていた和尚様のご遺体を想起させる。そうか。  「これが『なぶろく』とか言うふざけたエーテル法具だな」 なぶろく。亡布録。屍から霊力を奪い、服を着るように身に纏う、冒涜的ネクロスーツ!
 「ウアァアァ…オカシ…オヤツクレ…」  「オカシオ…アマアァァイ、カシ…オクレ…」 悪霊共は理性を失って、ゾンビのように無限に互いが互いを貪りあっている。  「ウヮー、オカシダァア!」 一体の悪霊が私に迫る。私は風に舞う影葉のように倶利伽羅龍王剣を振り、悪霊を刺し貫いた。
 ボウッ!「オヤツゥアァァァー!」 悪霊を覆う亡布録が火柱に変わり、解放された魂は分解霧散…成仏した。 着用者を失った亡布録の火柱は龍王剣に吸いこまれるように燃え移り、私達の五感が刹那的追体験に支配される。  『や…やめてくれぇー!殺すなら息子の前に俺を、ぐわぁあああああ!!!』 それは悪霊が殺された瞬間、最後の苦痛の記憶だ。 フロリダ州の小さな農村。目の前で大切な人がイタチに貪り食われる絶望感と、自らも少年殺人鬼に喉を引き千切られる激痛が、自分の記憶のように私達を苛む。  「グアァァァーーー!!!」 それによって龍王剣は更に強く燃え上がる!
 「どんどんいくぞぉ!やぁーーっ!!」  「グワアァァァーーー!!」 泣き叫ぶ龍王剣を振り、ワヤン不動は憤怒のダンスを踊る。  『ママアァァァ!』『死にたくなああぁぁい!』『ジーザアァーーース!』 数多の断末魔が上がっては消え、上がっては消え、それを不動がちぎっては投げる。  「カカカカカカ!かぁーっはっはっはっはァ!!」…笑いながら。
 「テベッ、テメェー!俺様が残留思念で苦しむのがそんなに楽しいかよ、 このオニババーーーッ!!!」  「カァハハハアァ!何を勘違いしているんだ。 私にもこの者共の痛みはしかと届いているぞぉ」  「じゃあどうして笑ってられるんだよォ!?」  「即ち念彼観音力よ!御仏に祈れば火もまた涼しだ! もっともお前達は和尚様に仏罰を下される立場だがなァーーーカァーッハッハッハッハァー!!!!」  『「グガアアーーーーッ!!!」』 悪霊共と龍王剣の阿鼻叫喚が、聖なるガムランを加速する。
 一方、私の肉体は龍王剣を死体に突き立てたまま静止していた。 聴覚やテレパシーを通じて皆の会話が聞こえる。
 「オリベちゃん!ヒトミちゃん助けに行くヨ!」  「わんっ!わんわお!」  <そうね、イナちゃん。私が意識を転送するわ>  「加勢するぜ。俺は悪霊の海を泳いで水家本体を探す」  「ならアタシは上空からね」   「待ってくれ。オリベ。 その前に、例のアレ…弟の依頼で作ってくれたアレを貸してくれ」  <ジョージ!?あんた正気なの!?>  「俺は察知はできるけど霊能力は持っとらん、行っても居残っても役に立てん! 頼む、オリベ。俺にもそいつを処方してくれ!」  「あ?何だその便所の消臭スプレーみたいなの? 『ドッパミンお耳でポン』?」  「やだぁ、どっかの製薬会社みたいなネーミングセンスだわ」  <商品名は私じゃなくて、ジョージの弟君のアイデア。 こいつは溶解型マイクロニードルで内耳に穴を開けて脳に直接ドーピングするスマートドラッグよ>  「アイゴ!?先生そんなの使ったら死んじゃうヨ!?」  「死なん死なん!大丈夫、オリベは優秀な医療機器エンジニアや!」  「だぶかそれを作らせたお前の弟は何者だよ!?」
 こちとらが幾つもの死屍累々を休み無く燃やしている傍ら、上は上で凄い事になっているみたいだ。  「俺の弟は、毎日脳を酷使する…」ポンップシュー!「…デイトレーダーやあああ!!!」
 ドゴシャァーン!!二階吹き抜けの窓を突き破り、回転しながら一階に着地する赤い肉弾! 過剰脳ドーピングで覚醒した譲司さんが、生身のまま戦場に見参したんだ!
 「ヴァロロロロロォ…ウルルロロァ…! 待たせたな、紅さん…ヒーロー参上やあああぁ!!!」 バグォン!ドゴォン!てんかん発作めいて舌を高速痙攣させながら、譲司さんは大気中の揺らぎを察知しピンポイントに殴る蹴る! 悪霊を構成する粒子構造が振動崩壊し、エクトプラズムが霧散! なんて荒々しい物理的除霊術だろう! 彼の目は脳の究極活動状態、全知全脳時にのみ現れるという、玉虫色の光彩を放っていた。
 「私達も行くヨ!」 テレパシーにより幽体離脱したオリベちゃんとイナちゃん、ポメラー子ちゃん、ジャックさん、リナも次々に入獄!  「みんなぁ!」 皆の熱い友情で龍王剣が更に燃え上がった。「…ギャアァァ!!」
◆◆◆
 さあ、大掃除が始まるぞ。 先陣を切ったのはイナちゃん。穢れた瘴気に満ちた半幻半実空間を厚底スニーカーで翔け、浄化の雲を張り巡らさせる。 雲に巻かれた悪霊共は気を正されて、たちまち無害な虹色のハムスターに変化!  「大丈夫ヨ。あなた達はもう苦しまなくていい。 私ももう苦しまない!スリスリマスリ!」
 すると前方にそそり立つ巨大霊魂あり! それは犠牲者十人と廃工場の巨大調理器具が押し固まった集合体だ。  「オォォカァァシィィ!」  「スリスリ…アヤーッ!」 悪霊集合体に突き飛ばされた華奢なイナちゃんの幽体が、キューで弾かれたビリヤードボールのように一直線に吹き飛ぶ!  「アァ…オカシ…」「オカシダァ…」「タベル…」 うわ言を呟きながら、イナちゃんに目掛けて次々に悪霊共が飛翔していく。 しかし雲が晴れると、その方向にいたのはイナちゃんではなく…  <エレヴトーヴ、お化けちゃん達!> ビャーーバババババ!!!強烈なサイコキネシスが悪霊共を襲う! 目が痛くなるような紫色の閃光が暗い作業場に走った!  「オカヴアァァァ…」鮮やかに分解霧散!
 そこに上空から未確認飛行影体が飛来し、下部ハッチが開いた。 光がスポットライト状に広がり、先程霊魂から分解霧散したエクトプラズム粒子を吸いこんでいく。  「ウーララ!これだけあれば福島中のパワースポットを復興できるわ! 神仏タルパ作り放題、ヤッホー!」 UFOを巧みに操る巨大宇宙人は、福島の平和を守るため、異星ではなく飯野町(いいのまち)から馳せ参じた、千貫森のフラットウッズモンスター!リナだ!  「アブダクショォン!」
 おっと、その後方では悪霊共がすさまじい勢いで撒き上げられている!? あれはダンプか、ブルドーザーか?荒れ狂ったバッファローか?…違う!  「ウルルルハァ!!!ドルルラァ!!」 猪突猛進する譲司さんだ! 人間重機と化して精神地獄世界を破壊していく彼の後方では、ジャックさんが空中を泳ぐように追従している。  「おいジョージ、もっと早く動けねえのか?日が暮れちまうだろ!」  「も���暮れとるやんか!これでも筋肉のリミッターはとっくに外しとるんや。 全知全脳だって所詮人間は人間やぞ!」  「バカ野郎、この脳筋! お前に足りねえのは力じゃなくてテクニックだ、貸してみろ!」 言い終わるやいなや、ジャックさんは譲司さんに憑依。 瞬間、乱暴に暴れ回っていた人間重機はサメのようにしなやかで鋭敏な動きを得る。  「うおぉぉ!?」 急発進によるGで譲司さん自身の意識が一瞬幽体離脱しかけた。  「すっげぇぞ…肺で空気が見える、空気が触れる!ハッパよりも半端ねえ! ジョージ、お前、いつもこんな世界で生きてたのかよ!?」  「俺も、こんな軽い力で動いたのは初めてや…フォームって大事なんやなぁ!」  「そうだぜ。ジョージ、俺が悪霊共をブチのめす。 水家を探せるか?」  「楽勝!」 加速!加速!加速ゥ!!合身した二人は悪霊共の海をモーゼの如く割って進む!!
 その時、私は萩姫様からテレパシーを受信した。  <頑張るひーちゃんに、私からちょっと早いお誕生日プレゼント。 受け取りなさい!> パシーッ!萩姫様から放たれたエロプティック法力が、イナちゃんから貰った胸のペンダントに直撃。 リングとチェーンがみるみる伸びていき、リングに書かれていた『링』のハングル文字は『견삭』に変化する。 この形は、もしかして…
 「イナちゃーん!これなんて読むのー?」 私は龍王剣を振るう右手を休めないまま、左手でチェーン付きリングをフリスビーの如く投げた。すると…  「オヤツアァ!」「グワアァー!」 すわ、リングは未知の力で悪霊共を吸収、拘束していく! そのまま進行方向の果てで待ち構えていたイナちゃんの雲へダイブ。 雲間から浄化済パステルテントウ虫が飛び去った!  「これはねぇ!キョンジャクて読むだヨー!」 イナちゃんがリングを投げ返す。リングは再び飛びながら悪霊共を吸収拘束! 無論その果てで待ち構える私は憤怒の炎。リングごと悪霊共をしかと受け止め、まとめて成仏させた。
 「グガアァァーッ!さては羂索(けんじゃく)かチクショオォーーーッ!!」 龍王剣が苦痛に身を捩る。  「カハァーハハハ!紛い物の龍王でもそれくらいは知っているか。 その通り、これは不動明王が衆生をかき集める法具、羂索だな。 本物のお不動様から法力を授かった萩姫様の、ありがたい贈り物だ」  「何がありがたいだ!ありがた迷惑なん…グハアァァ!!」 悪霊収集効率が上がり、ワヤン不動は更に荒々しく炎をふるう。  「ありがとうございます、萩姫様大好き!そおおぉおい!!」
 <や…やぁーだぁ、ひーちゃんったら! 嬉しいから、ポメちゃんにもあげちゃお!それ!> パシーッ!「わきゃお!?」 エロプティック法力を受けて驚いたポメラー子ちゃんが飛び上がる。 空中で一瞬エネルギー影に包まれ、彼女の首にかかっていた鈴がベル型に、ハングル文字が『금강령』に変わった。  「それ、クムガンリョン!気を綺麗にする鈴ね!」  <その通り!密教ではガンターっていうんだよ!> 着地と共に影が晴れると、ポメちゃん自身の幽体も、密教法具バジュラに似た角が生えた神獣に変身している。
 「きゃお!わっきょ、わっきょ!」 やったぁ!兄ちゃん見て見て!…とでも言っているのか。 ポメちゃんは譲司さん目掛けて突進。 チリンリンリン!とかき鳴らされたガンターが悪霊共から瘴気を祓っていく。 その瞬間を見逃す譲司さんではなかった。  「ファインプレーやん、ポメラー子…!」 彼は確かに察知した。浄化されていく悪霊共の中で、一体だけ邪なオーラを強固に纏い続ける一体のイタチを。  「見つけたか、俺を殺したクソ!」  「アッシュ兄ちゃんの仇!」  「「水家曽良…サミュエル・ミラアァァアアアア!!!!」」
 二人分の魂を湛えた全知全脳者は怒髪天を衝く勢いで突進、左右の拳で殺人鬼にダブル・コークスクリュー・パンチを繰り出した! 一見他の悪霊共と変わらないそれは、吹き飛ばされて分解霧散すると思いきや… パァン!!精神地獄世界全体に破裂音を轟かせ、亡布録の内側からみるみる巨大化していった。 あれが殺人鬼の成れの果て。多くの人々から魂を奪い、心に地獄を作り出した悪霊の王。 その業を忘れ去ってもなお、亡布録の裏側で歪に成長させられ続けた哀れな獣。 クルーアル・モンスター・アンダー・ザ・スキン…邪道怪獣アンダスキン!
 「シャアァァザアアァァーーーーッ!!!」 怪獣が咆える!もはや人間の言葉すら失った畜生の咆哮だ! 私は振り回していた羂索を引き上げ、怪獣目掛けて駆け出した。 こいつを救済できるのは火力のみだあああああああ!!  「いけェーーーッ!!ワヤン不動ーーー!!」  「頑張れーーーッ!」<燃えろーーーッ!>  「「<ワヤン不動オォーーーーーッ!!!>」」
 「そおおぉぉりゃああぁぁぁーーーーーー!!!!」
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benediktine · 6 years ago
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【もう、人間と自然は共生できない 環境学者・五箇公一インタビュー】 - CINRA.NET : https://www.cinra.net/interview/201411-gokakouichi インタビュー・テキスト 島貫泰介 撮影:古本麻由未 2014/11/12
 {{ 図版 1 }}
11月末まで、お台場の日本科学未来館で行なわれている『地球合宿2014』は、2020年『東京オリンピック・パラリンピック』開催を前に、あらためて地球と都市の環境を考えよう、というイベント。会期中はワークショップを中心に、日本科学未来館が誇る地球ディスプレイ『ジオ・コスモス』のスペシャルデモンストレーションや講演会が予定されており、11月24日には小山田圭吾や高橋幸宏らと『攻殻機動隊』、スペースシャワーTVとのコラボレーションライブも開催する。
そこで今回は、関連イベント『TOKYO・100人ディスカッション』に出演する科学者の一人、五箇公一さんへのインタビューを敢行した。「生物多様性」という近年話題になることの多いホットワードに関連した研究を行っているという五箇さん。その他に日本に入って来る外来種の防除なども研究対象というが、「そう言われても……」と戸惑ってしまうのは、文系人間であるライター稼業の悲しい性。ここは一人の学究の徒に戻り、恥ずかしげもなく質問してみることにしよう。「先生! 生物多様性ってなんですか!?」
■《東京は人口過多な商工業都市で、まさに消費のコア。資源消費というかたちでの、生物多様性へのインパクトは計り知れません。》
―――五箇先生は最近耳にすることの多い「生物多様性」について研究されていると伺いました。でも「生物多様性」と聞くと、すごくスケールの大きい問題に感じられて、なかなか難しそうだぞ……という印象があります。
五箇:  たしかに生物多様性はグローバルスケールの話ではあるけれど、本質的にはローカルな問題なんですよ。3千万種いるとも、1億種いるとも言われる地球上の生物それぞれに個性があり、相互に支え合いながらつながっているというのが「生物多様性」のおおまかな説明になります。でも、生き物は本来ローカルな環境に根付き、そのなかで進化してきたものなので、対処としてはそれぞれの地域の自然とどうやってコミュニケーションをしていくのかを考えないといけない。つまり、「身近な自然としての東京」について考えるということですね。
 {{ 図版 1 : 五箇公一 }}
―――自分たちの住む街について考えることが、生物多様性の問題につながっていくんですね。
五箇:  そうです。東京という街は世界中とリンクしているメトロポリスですから、必然的に外からさまざまな外来種が入ってきます。今年の夏に大きな問題になったデング熱もそうだし、ひょっとすると将来的にはエボラ出血熱の危険も増すかもしれない。グローバル化に伴うさまざまな問題や環境の変化のなかで日本人自身の生活のあり方もどんどん変容しています。10月11日に日本科学未来館で行ったワークショップ『TOKYO・オン・データ』では、都市システムを研究してらっしゃる国立環境研究所の肱岡靖明さんと一緒に、そういった現実的な問題点を踏まえて、どういった未来像を作っていけるかということを考えました。
―――具体的にはどのような内容だったのでしょうか。
五箇:  森林破壊、海洋汚染、乱獲による種の減少など、東京の身近な事例を参加者にお伝えして、「さあ、どうしたらいいでしょうか?」っていう問いかけをしました。でもねえ……生物多様性の問題というのは、人間と自然の相互作用が絡んでくるので、おっしゃる通り、対処の仕方が非常に難しい。グループディスカッションの際には4グループが気候変動の問題を選んで、1グループしか生物多様性の問題を選ばなかった(苦笑)。温暖化はCO2(二酸化炭素)を減らすというのが1つの方程式として出ているわけだから理解しやすい。要するに無駄な消費と排出を抑えましょう、ということだから。
 {{ 図版 3 : 日本科学未来館『地球合宿』の様子 }}
―――たしかに生物多様性の問題と言われても、どこから手をつければいいのか、戸惑うかもしれないです。
五箇:  でも解決するための軸は同じなんですよ。生物多様性の減少を食い止めるために必要とされるライフスタイルは、できるだけゼロエミッション(排出ゼロ)、ゼロコンサンプション(消費ゼロ)に近づけること。無駄な排出と消費を抑えることで、生物多様性に対する負荷も抑えられる。究極的な目標は、生物多様性も温暖化も同じなんです。おもしろい具体例がありますよ。たとえばウナギ。
―――ウナギですか。
五箇:  最近ウナギが減少して値段の高騰が話題になっていますよね。これも環境破壊と乱獲が原因で。ウナギって海で育って、遡上してくるわけですよ。でも川の途中にダムがあったり、川の環境が悪かったりすると遡上できず、彼らのライフサイクルが分断されてしまう。それと同時に、稚魚を乱獲しすぎてどんどん数が減っている。ニホンウナギは1970年代をピークにどんどん減少してしまって、かつての10分の1も獲れないと言われています。しまいにはヨーロッパウナギやアメリカウナギっていう外国のウナギまで手を伸ばして、そちらも同じように減少を始めている。ヨーロッパウナギは本国でも規制がかかっているんですよ。
―――ウナギ大好き日本人が原因。
五箇:  日本という小さな国が、経済力と消費力で世界の生物多様性にまで影響を及ぼすパワーを持っている。特に東京は人口過多な商工業都市ですから、まさに消費のコア。資源消費というかたちでの、東京から生物多様性へのインパクトは計り知れません。それから水質汚染の問題。高度経済成長期は工場廃水による公害が問題でしたが、公害対策基本法(現在の環境基本法)が整備されて、現在は世界でもトップクラスにクリーンな状態なんです。ではなぜ水質汚染が問題になっているかというと、個人消費なんですよね。
―――日々の生活に使う水ですか?
五箇:  今や日本人の水の消費量、1日あたり平均の水の使用量は1人約300リットルで世界最大級。生活排水が汚染のじつに70%を占めているという現状があります。水が豊かな日本であるがゆえにできることでもあるのですが、生活が豊かになった分だけ、毎朝毎晩シャワーを浴びて、お風呂に入って、全自動洗濯機で排水するという生活を続けて、大変な環境負荷がずっと続いているんです。
≫――――――≪
■《もし日本人が自然征服型で暮らしていたら、あっという間に資源を使い果たして、自分たちも生きていけなくなっちゃうわけですよ。》
―――「生物多様性について考えるのは難しい」とおっしゃっていましたが、今挙げていただいた例は、すごく身近な問題でわかりやすいと思いました。生物多様性を語る難しさというのは、何に起因するのでしょうか?
五箇:  食とか生活に置き換えるとぐっと距離が近くなって感じられるけど、実際の東京の暮らしって自然な状態からかけ離れてしまっていますよね。里山のような村社会が生活様式の中心だった時代は、自然がすぐそばにあって生物の営みが身近に感じられたんです。というか、生態系の恵みを使った循環型の社会システムを作らざるをえなかった。山が急峻で、住むところも少なく、狩猟生活では生きていけない日本では、農業中心の生活に移行していく必要があった。だから規模の限られた、村社会という小さな単位のなかでしか生きられなかったんです。
 {{ 図版 (省略) : 五箇公一 }}
―――大陸とはまったく違う世界ですよね。
五箇:  そう。大陸の文化というのは自然征服型なんですね。庭の作り方にしても、フランスとかは左右対称にきれいに調和をとって、自分たちの好きな木や花を植えて作ったりするでしょう。日本は枯山水だとか自然の成り立ちをうまく取り入れる。もし日本人が自然征服型で暮らしていたら、あっという間に資源を使い果たして、自分たちも生きていけなくなっちゃうわけですよ。がんばっても無理。
■《グローバル化と都市化というのは感染症を蔓延させる1番の温床なんですよ。リスクは、アフリカ以上に都市部のほうがよっぽど怖いです。》
―――しかし、そんな自然征服型の都市政策を東京は踏襲してきました。
五箇:  西洋文化は合理的なので、便利さを考えれば当然ですよ。速く移動するには紋付袴よりはズボンだし、下駄より靴のほうがいい。近代化への憧れという部分も大きかったと思いますし、世界的な都市化の流れに乗るなら、西洋のシステムのほうが経済もうまく回る。かつての日本の循環型システムを取り入れるよりは、一方向の消費型のほうがよっぽど早く成長できるわけですから。ただ、都市化の流れというのは世界各国ほぼ共通していて、どこに行ってもリトルトーキョー状態。代わり映えしなくなっているということは、都市化のシステムが集約されているということ。
 {{ 図版 4 : 日本科学未来館 }}
―――都市工学自体が極まっている。
五箇:  もうひと工夫はできると思いますが、屋上緑化とかビオトープ(生物生息空間)の復元とか、都市内に生物多様性を取り入れなきゃ、っていう方向に向かっていますね。ただ今回のデング熱の発生みたいに、生物多様性というのは人間にとって都合のいいことばかりではないんです。都市というのは、いびつに切り取られた生態系なので、結果的にはゴキブリや蚊のような害虫や害獣が増えやすくなるんです。トンボのような天敵もいないですし。そういう害虫たちは地下鉄や地下道の温排水のなかで生きられるから、田舎と違って冬でも淘汰されない。デング熱にしても、冬になれば蚊がいなくなるって言っているけど、あれ嘘ですよ(笑)。
―――世界中でエボラ出血熱の伝染が問題になっています。自然に囲まれたアフリカよりも、高度に都市化されたニューヨークや東京のほうが脆弱なんでしょうか。
五箇:  あまりに密集していますから脆弱でしょう。グローバル化と都市化というのは感染症を蔓延させる1番の温床なんですよ。2009年に豚インフルエンザ(新型インフルエンザ)が流行しましたが、半年もしないうちに世界中に広がってしまった。空気感染する病気だから特に感染力が強かったというのもあるけれど、世界の人の動きは止められないし、否が応でも伝染する。満員電車のなかに1人でもいたら、あっという間に100人は感染するわけで。感染症のリスクは、アフリカ以上に都市部のほうがよっぽど怖いです。
≫――――――≪
■《経済が豊かじゃないと、考えるゆとりも生まれないから、環境のことにも手が回せなくなってしまう。》
―――これまでのインタビューなどを拝見すると、五箇さんは自然と都市の間で両義的な立場をとりながら、そのなかで新しい環境をどう捉えていけるかというスタンスですよね。そういう方向性に目を向けられた理由はなんでしょうか。
五箇:  子ども時代は富山県の田舎に住むマニアックな生き物オタク少年で、昆虫だけじゃなく古代の恐竜とか、想像上の生物とか、人間とかけ離れた生物の異質性に強く惹かれる子どもでした。思春期に入って「モテたい」とか「アイドルかわいい」とかで遠ざかっていたんですが、大学に入って受けた実習でダニに触れる機会があって。そこでまたオタクの虫が目覚めてしまって(笑)。
 {{ 図版 (省略) : 五箇公一 }}
―――原点に立ち返った。
五箇:  せっかく理工系に進んだのにね。ただ、京都大学は世界でもトップクラスの昆虫学の研究室があることで有名なのですが、それはそれであまりにもマニアックで(笑)。人間社会からかけ離れすぎてしまっていて、大半の学生や研究者は虫さえいれば満足という人たちばっかりだった。
―――虫にしかお金を使わない(笑)。
五箇:  そういう世界にも「もう付いて行けない!」と思いました。働かざるもの食うべからずという考え方で、卒業後はサラリーマンの道を選んで宇部興産という会社で殺虫剤の開発に携わったんです。サラリーマンとしての7年間は、儲かるか儲からないか、商品が役に立つか立たないか、っていう社会経済システムに乗って仕事をしてきたのですが、そこでやっぱりもの作りがあってこそ日本は成り立つということを知った。農林水産業は全部そうだし、そういった第一次産業の上に第二次産業が乗っかって、ものを生産して生き残ってきたわけですよ。もちろん公害とかネガティブなものも吐き出してきたけれど、みんなが安心して暮らせる安定した社会を作らなきゃ始まらないという現実があった。経済が豊かじゃないと、考えるゆとりも生まれないから、環境のことにも手が回せなくなってしまう。実際、東南アジアやアフリカのように、発展が滞っているところでは環境汚染は続くわけですよ。
―――経済は必要なんですね。虫だけで人生オッケーとはいかない。
五箇:  いかないですよ。「虫だけでオッケー」という人たちが生きていける社会を作れたのも、経済あってのことなんだから(笑)。物質社会や商工業を悪者にしても仕方ない。経済を安定させることで、他の国への経済支援も含めて、世界の環境破壊を抑える力にもなるわけだから。いかにバランスをとるかが大事なんです。会社を辞めて、国立環境研究所の研究室に入ってからは、僕も鼻息荒く「産業は生物多様性に対してはよろしくない!」という立場を取っていたときもあったけど、やっぱり企業で働いた経験があると「ちょっと違うよなあ……」と思うことが多くて。セイヨウオオマルハナバチの問題って知っています?
 {{ 図版 (省略) }}
―――ネットで見たことがある気がします。ぬいぐるみのようにフカフカした外見の蜂ですね。
五箇:  そうそう。ヨーロッパで商品化された蜂で、1990年代に日本に輸入されました。ビニールハウス内で花粉を運ばせて、トマトの受粉に使うと効果的なんです。それまでは、植物成長調整剤を花にかけて、だまくらかして実を付けさせていた。
―――想像妊娠みたいに、受粉したと思わせて。
五箇:  手間もかかるし、じつはその調整剤ってベトナム戦争で使われていた枯葉剤を希釈したものなんですよ。だから健康上もよろしくない。さらに1990年代から一気に農作物の自由化が進んで、日本のトマトは経済的にも大打撃を受けた。そこで農水省がマルハナバチを導入することに決めて、トマトの増産に入ったんです。
―――国の旗ふりでマルハナバチの輸入がスタートしたんですね。
五箇:  ところがこのセイヨウオオマルハナバチはとんでもない繁殖力を持っていて、もし野性化してしまったら日本のマルハナバチを駆逐してしまうということで、日本の生態学者たちがものすごく反対をして悪者になっちゃった。農家までが悪者にされて、社会問題にもなりました。でも農業がいかに大事かという視点から考えると「農業生産を無視して環境保全という話はおかしいんじゃないか?」と僕は思いました。それで学者、企業、農家を交えたラウンドテーブルを組んで、外に逃がさないようにしたハウスでの使用に限定するルールを結んだんです。二枚舌な感じもするけど、結果的にうまく運用できているし、環境省、農水省の面子もこれで立った。もちろん農家さんもトマト栽培に安心して従事できるわけです。
≫――――――≪
■《人間社会を支える多様性というのは、自然環境のみならず、文化にも非常に重要な意味を持っています。》
―――地球環境の話題になると、僕たちは科学者の方にご託宣を求めるように聞いてしまいがちで良くないのですが……果たして僕たちはどのように自然と付き合っていけばいいでしょう?
五箇:  こないだのシンポジウムでも同じようなことを言われました(笑)。難しいですよね。僕自身、田舎の生活よりも都市の生活が楽しいし、充実しているし、刺激もある。いろんな弊害もあるけれど、世界中からいろんな人が集まってきて、東京は大都市になって芸術や文化を生み出してきた。人間社会を支える多様性というのは、自然環境のみならず、文化にも非常に重要な意味を持っている。だから単純に都市を破壊して、地方に分散して、田舎暮らしに戻りましょう、という話ではないですよね。
 {{ 図版 (省略) : 五箇公一 }}
―――たしかに都市が文化を作り出してきたのは、紛れもない事実ですね。
五箇:  ただ、大都市にすべてを集中させるのは良くない。過疎化が進んで地方社会が崩壊する一方、大規模店舗が地方にドスンと移っていって、地方の経済を全部画一化して回そうとするから、地方が持っていた個性が失われてしまう。そういうものを1度見直し、地方ごとの独自の社会システムを作って、産業の育成、雇用人口増加のための若い人の住宅整備といった、ローカリゼーションも必要になってくる。そうやって人が集まれば必然的に自然環境の維持もできるようになって、里山といったものを守ることができる。自然に人は介入しないほうがいいという言い方もあるけれど、それでは生物多様性は守れないですよ。特に日本の生物多様性というのは、里山があり、水田があり、雑木林があり、っていうモザイクのような自然景観の構造があるからこそ、これだけの多様性があるんです。それを放っておくと、常緑樹と針葉樹で埋め尽くされてしまって一気に多様性が低下してしまう。多様性というのは、何かしらの撹乱があって、その隙間にこれまでの環境では馴染めなかった生き物が介入してより複雑になるんです。そうすることで生態系サービスも豊かになる。
 {{ 図版 (省略) }}
―――生態系サービス?
五箇:  多様な生き物がいることで、さまざまな機能がそこにかぶさってくるんです。土壌の循環能力であるとか、酸素の供給能力であるとか。生き物が多いほど良いっていうのは、次第に実証されてきています。
■《『風の谷のナウシカ』の腐界と人間世界の関係のように、自然と人間は共生できないんです。》
―――お話を聞いていると『風の谷のナウシカ』の腐海と人間世界の関係を思い出しますね。
五箇:  でしょう。宮崎駿さんはよく考えていると思います。
―――原作のマンガだと、結局人間と自然は共生できないっていう話でしたよね。それは先生の考えとやや違うのでは?
五箇:  共生はできないです。里山は自然の恵みをいただいてうまく調和してはいるけれど、やはり掟はある。熊が里に下りてくれば撃ち殺さないと人間が襲われてしまうし、猪も殺さないと農作物を食べてしまう。人間と野生動物の間にはものすごく厳しい不可侵の戒律があるんですよ。でも今は人に慣れた動物が里に下りてくるし、観光客が餌付けしたりするから、さらに我々を舐めてかかっている。このまま行くと、人間は野生動物に押されていくだろうと言われています。
―――人になつく動物の姿は心温まる風景ですが、それは掟や戒律がなくなった証拠でもある。
五箇:  共生というのは仲良くすることじゃなくて、住処や取り分をはっきり線引きすることなんですよ。人間は野生の社会には戻れないです。裸の猿として脆弱に退化していて、進化なんかしていない。エボラ出血熱や鳥インフルエンザの問題もそうで、これからウイルスと人間の戦いが激化するだろうと言われています。本来はウイルスによる激烈な淘汰と免疫を持つ数パーセントの新種の誕生こそが、昔から繰り返されてきた進化のプロセスだった。そのなかで人間だけが、その進化の掟を破るわけですよ。動物や植物は自分たちの生き方を変えたり、住む場所を変えたりして環境の変化に適応していく。でも人間は冷暖房を開発し、新薬を開発して、自らの環境を変化させないことで現状を維持している。自分自身と生活を守る「鎧」を作るという意味では進化したけれど、人間自身はまったく進化していないんです。
 {{ 図版 5 : 日本科学未来館(外観) }}
―――なかなかシビアな指摘です……。11月22日と23日に『TOKYO・100人ディスカッション』というイベントが開催され、五箇さんも出演されます。そこではまさに東京での生活の未来像が話題になると思うのですが、どのような場にしたいとお考えですか?
五箇:  前回の『TOKYO・オン・データ』では問題提起をしたので、今回は具体的な将来のビジョンについて議論できればと思っています。先ほどお話ししたローカリゼーションと一緒に考えたいのは情報伝達の問題です。かつて江戸や大阪から見れば、地方はほとんど石器時代くらいの情報の遅れがあって、生活も非常に立ち後れていた。でも今は情報技術が進んで、都市と地方の情報伝達の差が限りなくゼロになってきた。もっと技術が進んでバーチャルな映像再現もできるようになれば、現地に行かずともヨーロッパ旅行ができる時代が来るかもしれない。先端技術や現代日本が築きあげてきた文化というものは無駄なわけでは決してなくて、たとえば新しいネオ里山文化みたいな時代にも向かっていくことができるかもしれない。今あるツールをどう使って、どう発展させていくかを考えれば、そこに企業を巻き込むこともできるようになるしね。そういった発想の転換になるようなアイデアをみなさんで出していければいいですね。
―――さっきおっしゃっていたように、生物多様性と同じレベルで、文明文化の多様性もあるということですね。インターネットもまた、多様性を促進するツールの1つかもしませんし、そこに第2の自然とでも言うべき新たな環境を見出せるかもしれません。先生、ありがとうございます!
●プロフィール 五箇公一(ごか こういち)  国立環境研究所主席研究員。富山県生まれ。京都大学農学部卒業、京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了。宇部興産株式会社農薬研究部に在職中の1996年、京都大学で博士号(農学)を取得。1996年から国立環境研究所に勤め、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』『ダニの生物学』『外来生物の生態学―進化する脅威とその対策』『日本の昆虫の衰亡と保護』など。テレビ出演、新聞報道などマスメディアを通じての普及啓発活動にも力を入れている。専門はダニ学、保全生態学、環境毒性学。
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image-weaver · 6 years ago
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97 ABaoAQu
獣人の少女が、機械の少年を身を呈してかばった��の時だった。幼竜の吐き出した火炎は彼らを灰に変えず、突如、旋風にとらわれて天へと昇り、おびただしい火の粉と散っていくのを二人は目にした。バルナバーシュもまた、眼前の出来事に前後不覚の意識を振りはらい、その正体をはったと睨みすえる――信じがたいことに、ルドから手離された銀空剣クァルルスがひとりでに宙に浮き、泰然たる立ち振る舞いのごとくゆっくりと回転しているのだ。さきの旋風も銀空剣が巻き起こし、銀灰の大剣は回転をやめてぴたりと定まると、切っ先で竜の額めがけ、流星さながらに飛来していった。未熟ゆえに浮き足立った幼竜の眉間へ、刀身の中ほどまで突き刺さると、竜は悲鳴とともに艶めく玉虫色に鱗を逆立たせ、剣から放たれる衝撃波がその幾枚かを剥ぎ飛ばした。絶命した竜は倒伏し、抜かれた銀空剣がまばゆい青白い光を発して、その柄を握っていた者の姿が月影にあらわとなる。
「ハイン……!」
いちはやくナナヤが叫んだ。青白い光のなかで肩越しに振りむいた男は、イクトルフの門に駆り立てられた悲しき死者ではなく、かつてありしフェレスの戦士、外はねの銀髪に、楽園のコーラルブルーの瞳と荒れ野の陽に焼けた目鼻立ちを持つ、快活と気概にあふれた青年の様相だった。彼は何も答えず、口の端に笑みを浮かべると、ふたたび銀空剣を両手にかかげ、音もなく背後に忍び寄った黒い霧状の魔物へと突き下ろす。ハインの背を斬りつけんとのびあがった漆黒の刃ごと、大剣は叩き割り、霧を両断し、勢いのまま足元の階段に弾かれて硬い音に打ち響いた。とどめとばかりに斬り上げると、光かがやく刀身から風が爆ぜ、霧を散り散りに消し飛ばしてしまった。ルド達は驚きのあまり身をこわばらせ、その偉丈夫の背を見ているしか出来なかったが、ハインの体から光が失せつつあるのに気付いたバルナバーシュが仲間に向かって声を上げる。
「ルド、銀空剣を受け取るんだ。彼の限界が近い!」
ルドは遊色に輝く階段を駆けおり、ハインの持つ銀空剣の、青い布の巻かれた柄に手を伸ばす――指をからめると同時、ハインは光の粒子と変わり、夜の遠空へ舞い上がっていった。バルナバーシュも痛む体をどうにか奮い立たせながら、ハインの幻影が、あの神秘の少女――ストラーラの力によってつかのまよみがえったフェレスの名残りであるのを知る。クヴァリックやハインの祖父がかつて我々を助けた、潰えがたい遺志の発露のように。
「四人ならやれる。ハインさん、僕らに力を貸してください」
ルドの両手におさまった銀空剣は真に目覚め、天空の力に咆哮した。刀身に暴風をまとわせ、うなりをあげながら、ルドは大剣を振りかざしてフェイスゴーレムへと突進する。おぞましき創造物、容貌魁偉たる不気味な赤黒い頭部は、チューブを脈打たせながらこの世ならざるいまわしい呪詛をとなえはじめ、奇怪な波動に空間は痙攣し、ひずみが障壁となって立ちはだかろうとしていた。さらに濃緑と黒がまじりあってねばつく毒性の液体が、ゴーレムの首元から広がり、接近するルドを呑み込もうと擬足を伸ばす。
「させるか!」
バルナバーシュが銀剣アルドゥールを振るって火炎球を放ち、炎の舌が毒沼を舐め上げると、幾重にも連なる金切声があがった。液体は混沌たる異次元の生命体だった――無力化した毒をとびこえ、ルドは重く渦巻くひずみに銀空剣を突き立てる。刀身に、さらには全身にまとわりついて締めつける障壁に、ルドは苦悶し、身をよじりつつ、あらゆるものに祈り、機械の体を力づくで押し進めようとした。ルドの割れた胸甲の奥から青白い光が差し、刀身が照りかえして力を解き放つ。鍔から爆ぜるすさまじい衝撃波がひずみを粉砕し、ルドはゴーレムの右目に銀空剣を突き入れた。剣を引き戻すと、大量の古血を噴き出しながらゴーレムは絶叫し、まろび、大岩のごとく階段を転がり落ちていった。
「終わったのか……?」 「いや、まだだよ」
慎重に辺りを見回すバルナバーシュに、ナナヤが断言する。自らを階段より突き落とした敵は、竜でもゴーレムでも、また黒い霧でもなかった。焦りつつ、彼女はその者が身をひそめる場所を探った。むかつくような臭気があたりに漂いはじめる。
「ナナヤ、君の影だ――君の影のなかにあいつがいる!」
ゴーレムの返り血を浴びてあえぎつつ、ルドが階下から二人に呼ばわった。ナナヤは月光から生まれた自らの影へ目を落とし、度を失ってあとずさった。だが影を切り離せるはずもなく、踵にぴったりと張りついて白い階段に伸びている――拭い去れない罪の意識のように。
「絶対に振り返るな、ナナヤ」
怯えきったナナヤの両肩を、そばにいたバルナバーシュが血相を変えてつかみ、強く言い聞かせた。そして階段をひたすら登るようにと背を叩き、ルドとマックスも彼らに追いつくと、ナナヤの背を守るべくしんがりに控えた。
それから数時間のあいだ、彼らは大階段を登り続け、また道の途中、焦燥から必要最低限の休みさえも拒むナナヤをどうにか押し鎮めるのにルドとバルナバーシュは苦心した。夜は朝あけを迎えつつあり、紫色の空高い幽暗の向こうには階段の終わりが見えはじめていた。さきに続くのは巨大な塔の屋上のようにも見え、乳白と黄金の淡い光に包まれ、虹色の靄めいた暈がかかっている――この世に天国が存在するなら、最もふさわしき示現の予感を向かい来る者たちに伝えていた。だが、その聖域の光に照らされて落ちる、彼らの影に付き従う気配は段を越えるごとに濃くなるばかりで、とうとうナナヤは歩みを緩め、立ち止まってしまった。バルナバーシュもまた、みずからの影に同じものが潜むのを知り、恐怖に青ざめた顔を隠しきれなかったが、絶対に踵を返してはならないことだけは肝に銘じていた。そうしてナナヤを無理にでも連れて行こうと彼女の細腕をつかんだが、手痛く振り払われてしまう。
「あたしは、これ以上はいけない……あの場所はまぶしすぎるよ」
頂きの後光に苦痛に覚え、ナナヤは顔を覆ってしまう。あれは地上の穢れをさいなむ涅槃の光だった――ルドだけが、二人が今しも感じている患苦に鈍かったが、心にうっすらと靄のかかる感覚は確かにしていた。その時、胸の悪くなる臭気が急に湧き立つや、彼らの肉体は名状しがたい変調をきたしはじめた。
「ナナヤ、足が……!」
見れば、ナナヤの膝下までが灰色に染まり、石となって硬化している――その横ではバルナバーシュが突然、激しく咳込んで膝をつき、口元に当てた手のひらに吐き出された血を呆然と見つめていた。二人はついに、階段の魔物――ハインをアビスへ追いやった者の正体を悟り、だがゆえに冷静を保つことは困難だった。相手は自分自身に宿る影そのもの――過去の罪、穢れ、心の闇であり、それが涅槃の光に当てられて魂の破綻を生み、様々な病と呪いをその身に引き起こすのだ。バルナバーシュは未知の菌に侵されて手や顔に黒い斑点が広がり、ナナヤは半泣きになりながら、徐々に石像と化す体から逃れようと身をよじったが、返されるのは鋭い神経の痛みだけだった。
バルナバーシュは刻々と蝕まれる肉体に朦朧としながら、藁にもすがる思いで自らの色濃くなった影に手を伸ばす。すると驚くべきことに、手は階段をすり抜けて、まるで影のなかへと吸い込まれていくようだった。
「ナナヤ、それにルド――そのまま自分の影へ倒れろ。影に入り込むんだ!」 「はあ?! 一体、何言ってるんだよ! 前から思ってたけど、あんた頭がおかしいんじゃないのか!」
ナナヤが錯乱気味に言い、バルナバーシュもまた泡を食っているのは明白だった。死の危機は目前に迫っていた。
「魔術に生きれば時には狂気をも友とする。死にたくなければさっさと言うとおりにしろ!」
とりのぼせた血気のままバルナバーシュが言い放ち、ナナヤは自棄に任せて影に倒れ、ルドもまた自分の影へと身をおどらせた。最後にバルナバーシュが入り込むと、次元を越境する重力にひかれるまま落ち、ロジックの変化により変調も失せ、三人はひとすじの光も差さぬ深淵の闇の世界に降り立っていた。
ここが魔物の手の内と認めたバルナバーシュが銀剣アルドゥールを抜き放ち、ルドとナナヤもならってそれぞれ武器をとったが、闇を掻き分けて彼らの前に現れたのはハインだった。一行が剣を下ろすと、ハインは腕を広げ、口を開いた。
「俺こそがお前たちの影――そして最後の罪悪。さあ、殺すがいいさ」 「あんたはハインじゃない。軽々しくあいつを騙って惑わすな!」
ナナヤの顔はさっと憎悪と変わり、赤毛を逆立て、獣人の牙を激憤に剥いた。ハインを装う魔物は、その言葉を認めるように微笑んでうなずくと、輪郭がねじれ、のたうち、銀糸でかがった灰青色の長衣に銀灰の長髪を流した、はっとするほど美しい女に変貌する。それはバルナバーシュと心の奥底で愛し合ったがゆえに、ともに故国の悲運に巻き込まれた女性の姿だった。
「あるいは私でも良いのかもしれない。そうでしょう、セイン……」
バルナバーシュはこの耐えがたい責め苦に顔を歪ませたが、頑として答えは返さなかった。ルドだけが、魔物の見せる幻影から縁遠くあったが、何が起こっているのかは理解が及んだ。一歩進み出て、銀空剣を両手に構える。
「二人を苦しめるのなら僕が許さない」 「ルド、あなただけは、涅槃を阻むほどの罪を持たない……まるで永遠の赤子のよう。あなたは始めから完成された存在。ゆえにア・バオ・ア・クゥーも取りつけなかった。二人を置いて、おいきなさい。あなたには決戦の地へゆく資格がある」 「違う。二人にも階段を登りきる資格がある。そしてそれは、ハインさんや……セニサさんを二人から断ち切ることじゃない! これは罠なんだ。ハインさんが最後に負けたのは、きっとあなたにだまされて、自分の影を切り離そうとしたから――」
あるいは、ハインは自らの影をこの大剣でつらぬき――そして自滅した。最期に彼が目にしたのは、影とともにつらぬかれた自身の肉体だったに違いない……。ルドはその天性の素質で敵の瞞着を看破すると、毅然とナナヤに振り向いた。
「君にもう罪はない――いや、罪がやっと君のもの、君の許し……君の力になった。ナナヤはさっき、命をかけて僕をかばってくれた! あの時、君の願いが本物になったから、ハインさんも助けにきてくれたんだ。今のナナヤはそれを信じるだけでいい。どうか勇気を出して。一緒に階段を登るんだ!」 「黙れ、罪なきものよ!!」
魔物はセニサから姿を変え、醜く、尾羽打ち枯らした巨大な黒獣と化すと、鉤爪を振りあげてルドの喉笛へと飛びかかった。気を逸らしていたルドは後れを取ってしまう――だが、それまで稲妻に打たれたかのように立ちつくしていたナナヤが、彼の危険にとっさに地を蹴り、鞘走る勢いのまま獣の前足を斬りつけ、その思わぬ反撃に魔物はよだれを散らしながらうなって飛びすさった。ナナヤは獣人たる肢体、躍動的な身のこなしで間髪入れず敵の胴体に飛び蹴りを見舞い、短剣を牙のごとく頬骨に突き刺し、一度離れるとルドを背にして立ちはだかった。
「罪、罪、罪……って、いい加減くだくだしいんだよ、ゴミ野郎が……もううんざりだ! ああ、でも、こいつの言葉はあたし自身でもあるんだっけな……はは、とんだ皮肉だね。なら、力づくでもあたしのものにしてやる。消したりも、切り離したりもしない。墓の底まで付き合ってやるさ」
魔物はふたたび変貌し、妖狐にも似た桃色の産毛におおわれた美しい獣の姿をとると、全身からあの階段の頂きと同じ涅槃の光を放ち、三人を病める苦しみで押し包もうとした。だが、その光を切り抜けたバルナバーシュが銀剣を魔物の首元に立て、ありたけの力で柄をひねり、横に引いて切り裂いた。魔物は赤い口と虹色の牙を剥いて咆えたけ、バルナバーシュにつかみかかった。くいこむ爪に血が流れるのを感じてうめきながらも、彼はもう一度、敵の首筋めがけて剣を振るった。
「バルナバーシュさん!」
光にひるんだルドが、遅れて加勢に入り、銀空剣を敵の脇腹に突き入れて膂力によって縫いとめる。魔物は低くうめいたが、おそるべき生命力で立ち通し、バルナバーシュを地面に叩きつけ、爪はがっきと食いついたまま彼を締めあげようとした。バルナバーシュもまた、負けじと押し返そうとするが、息苦しさから力が抜けていく――遠のく五感に、ナナヤが果敢に叫ぶ声がした。それは聞くものに刻みつけ、次元の壁を破らんとする反攻に猛り、絶対の勝利を誓う裂帛の気合いに溢れていた。
「ハイン、あんたの勇気があたしの正義を救った。それを今、見せてやる!」
魔物の眼前に飛びかかったナナヤの二振りの短剣が、鋭く交差する。魔物の額を十字にえぐり、赤黒い飛沫を散らせながら、その傷へもう一度、今度は柄に達するまで二刀を深く突き入れた。魔物は金切声をあげ、バルナバーシュを放して大きく仰け反ったが、ナナヤは額に食いついたまま短剣をさらにねじりこんで傷を押し広げた。噴き出す返り血はどす黒く、それは階段に積み重ねられた怨嗟と呪い、救われぬ悔恨の淀みでもあり、獣人の少女は全身に浴び、揺らめく赤毛の尾までも黒くしながら、屈せず、己れの正義、そして己れの悪をも受け入れようとした。何が正しくて、何が悪いのか――真実は常に相対、ゆえに、自身の正しいと思うことを為すために、彼女は今、影とともに完全にならなければならなかった。
ルドの振るう銀空剣もまたナナヤの意志に呼応したのか、闇を裂いて輝き、甲高い叫びをあげて主を導いた。ルドは踏み込み、斬り上げの重い一撃を魔物の鳩尾に叩き込み、その傷へ続けざまに突き刺した刀身で腹を大きく切り裂いた。はらわたのかわりに死者たちの嘆きがあふれたが、銀空剣よりもれ出る不思議な楽音と波動がやわらかに包み、彼らの暗い情念が安らかにおさまっていくのを、ルドは剣を通じて渾然一体に感じとった。
みずからを形成するものの大半を吐き出した魔物は力を失い、萎れた花のように、優美な獣から骨と皮に痩せ細った人間の影に変わり果てていたが、なおも命をつないで、よろよろと歩み、両手を伸ばして目の前に立つナナヤの首をつかもうとした。その姿は徐々に、ナナヤを模して獣人の少女に移り変わる――ナナヤは短剣を収めると、息をひそめながらも受け入れ、おずおずと魔物を抱きしめた。影は液体となってくずれ、彼女の足元に大きな水溜まりを産み落とした。ルドとバルナバーシュもその中へ踏み入ると、彼らの視界は途端に閉ざされ、天地が急転し、光の洪水と一瞬の無重力がすべてを支配した。ひとときの悪夢は終わりを告げ、現次元へと魂が引きあげられていく……。
階段に倒れて眠っていたバルナバーシュが目を開けて体を起こすと、辺りはすでに身を切るような朝の暁光に明るく、天空より吹き下ろす風に身震いが走った。やや下の段では、ルドがナナヤを抱き起こし、猟犬のマックスとともに心配そうに覗き込んでいる。
「目を覚まさないんです」
心細げなルドのかたわらでバルナバーシュも少女の様態を診ると、確かに眠りは深いようだが、呼吸は落ち着いており、寝顔も穏やかだった。胸元におかれた右手はなにかを固く握りしめており、それはひび割れた木彫りのトーテム像――ハインの砕けたフェレスの欠片だった。これまでもいくたりかのフェレスの欠片が、残された願いと力を帯びて自分たちの窮地を助けてきたことを思い、バルナバーシュは瞑目し、こよなき感謝と満腔の敬意を祈りとして、亡き友、ハインへと深く捧げた。せめてこの戦いが、かつて彼に救われた命、そして託された願いへの報いとなるのを望みながら。
二人はナナヤが覚醒するまで待つ心づもりであったが、突然、マックスが二人に向かって、まるでナナヤから追い立てるかのように強く吠えだした。由無くルドがなだめてもやまず、少し離れるとマックスは少女のそばでじっと、伏せの姿勢をとるものの、近づくとふたたび吠え、うなりさえあげるのだった。バルナバーシュはルドと顔を見合わせる。
「行け、ということだろうか」 「たぶん、そうだと思います。でも、マックスだけで大丈夫でしょうか」
バルナバーシュは考えを巡らし、そしてうなずいた。
「この階段ではもう、私たちやナナヤはいかなる影も落とさず、すべての脅威は去ったはずだ。もし彼女が目を覚ましたときは、マックスが連れてきてくれる。それにこの先に待つ決闘に、彼女は立ち入ることはできない……それは君も知るところだろう」 「………」
ルドはうつむいて窮していたが、拳を握りしめると顔を上げた。
「行きましょう、バルナバーシュさん。きっとあの二人が待っています」
いまだ眠るナナヤに毛布を巻きつけて壁際にもたせてやると、二人は彼女にしばしの別れを告げ、目の前にした決戦の地をさして残る階段を登りはじめた。近づくごとに、バルナバーシュは己れのフェレス――懐中時計の秒針が、高鳴る胸とともに脈打つのを感じていた。旅の終着は、フェレスが待ちわびた故郷への帰還でもあるのだ。そして彼には何より、フェリクス達と対峙してでも守らねばならぬ願いがある。ルドに希望のありかを示し、荒れ果てた故国の終焉より、愛する者、セニサを救い出すこと――神明に誓って、一歩も引くつもりはない。アルドゥールのありかを確かめるように柄を握りしめ、碧眼は悲壮をたたえて頂きを見据えていた。
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numa-chi · 5 years ago
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私はうつ病です。昔の事も思い出せず、感動せず、感情もわからず、物を覚えられず、体を動かすのもつらく、毎日ただひたすら苦しく、生きているだけでお金がかかるのに生きてる意味ってありますか? 長谷部 和彦, 元公立小学校 教諭 回答日時: March 13, 2020 長くなります。よかったら読んでください。 まず、私から提案したいと思います。 私の家に遊びに来ませんか。鹿児島県のとある田舎町で農業を営んでいます。新規就農してからまだ半年余りなので、アルバイトをしながら何とかやっている状態ですが。 独り者です。バツイチです。質問者の方が男性でしたら、何日か泊まっていただいても構いません。 柴犬と猫とヤギ、ニワトリがいます。 以下、陰鬱な内容を含みます。耐性の無い方は読まれない事をオススメします。 私もうつ病でした。 それも重度のうつ病でした。主治医には、最終的には脳に電極をつけて電気ショックを施すことを勧められたぐらいです。 入院治療も2度行いました。 最初の入院は、自殺未遂をしてから運ばれました。施錠された病室に隔離されました。常にモニターで監視されていて、トイレなどハナから丸見えです。 1週間の後、一般病棟に移りました。 職場には、主治医からうつ病の為3か月の休職が伝えられました。 2週間後くらいから、躁状態に入りました。 室内では腹筋、腕立てを繰り返し、外出許可をもらってはランニングに勤しみました。 自分自身が何故うつ病になってしまったのか自省し、退院してから復職する迄のやるべき事リストを作り上げました。 前向きな様子を見て、主治医も退院時期を前倒しにしました。 一月後、退院しました。 退院してから、先ずは主夫業に精を出しました。 過剰なまでの不安と心配を与えてしまった妻の為、早起きして犬と散歩に行き、朝ごはんを作り、掃除、洗濯を済ませ、夕ごはんの買い出しに行き、夕ごはんを作って妻の帰りを待ちました。 週に2回の通院は、あえて15キロの道のりを自転車で通いました。散歩にも出かけ、野の花や小鳥なんかをスケッチしたりもしました。 全てはうつ病を克服するためだけに、日々を過ごしました。認知療法、行動療法、薬物療法すべて行いました。 1か月後、再発しました。 休職期間も残り1か月ともなると、緊張と不安が絶え間なく襲ってきます。また寝れない日々が続きます。食欲もなくなり、何をするのも億劫です。 復職1週間前ともなるとある思いが心を支配します。 (死にたい…) とにかく私は死にたかったのです。 いわゆる、希死念慮です。 簡単に言うと自殺願望なのでしょうが、色んな自殺の方法を探りました。 結局は首を吊る事に落ち着きました。 妻の居ない日中に、何度も何度もタオルなどで首を吊りました。でも死に切れませんでした。 勇気を振り絞って復職しました。 3か月ほど働いたでしょうか。職場での日々は、私にとって正に地獄でした。常に緊張していました。頭が上手く回転しません。真っ直ぐ歩くことさえままならず、何故か柱や机の角にぶつかりました。トイレに用がなくても頻繁に入り、周りの好奇な目から逃げました。その度にトイレの窓から飛び降りたい気持ちになりました。自殺を試みた人間に対して、同僚は腫れ物に触るように対応します。 毎週末、今日こそはと思い、首つりを繰り返しました。しかし、最後まで出来ません。 私は思い込みの世界で生き、想像の世界で苦しんでいました。 自殺未遂をしてから、うつ病と告知されてから、いやもっとずっと前から私は、私自身の妄想に自縄自縛の状態でした。 あいつは仕事が出来ない。 あいつのせいでみんな迷惑している。 自殺未遂するぐらいなら仕事を辞めればいいのに。 それでも上司は私を励まします。 君なら出来る。死んだ気になってがんばりなさい。みんな君の事を心配しているんだ。恩返ししないとね。 妻も私を励ましてくれました。 折角、頑張って公務員になったのに、今辞めたらもったいないよ。家のローンはどうするの。その年から転職なんて出来ないよ。あなたの大好きな柴犬も手放して、動物も飼えないようなアパートに移る事になるよ。今が頑張りどきよ。 私はもう限界でした。いや、もうとっくに限界だったのでしょう。主治医からは兎に角強い睡眠剤と抗うつ剤を処方してもらいました。 起きていても何時もボーッとしていました。 漢字もどう書くのかよく分からなくなりました。 ひらがなさえ、「あ」と「お」の違いさえよく分からなくなり、度々授業中の計算ミスを子どもに指摘されました。 ある日、子どもに問いかけられました。 「先生、なんで死のうと思ったの?前の先生が、H先生はぼくたちのことが嫌いで死のうとしたって言ってたけど、本当?」 「そんなことないよ。死のうとなんかしてないよ。」 咄嗟に取り繕いました。 代行の先生が、断片的で恣意的な情報を子どもたちに伝えていたようでした。 再休職することになりました。 うつ病の原因は今だからよく分かります。 新しい学校に移動したものの、子どもたちと以前のような信頼関係を築けないことからの自己嫌悪。 同僚とも良好な関係を持てないことからの苛立ち、不安、不満。 それらから派生するように、仕事への自信喪失。 40過ぎても子どもを持てないことへの落胆。 35年住宅ローンの重圧。 自分の故郷が地震と津波で壊滅的な状況なのに、何も出来なかったことへの後悔。 妻とも友人とも、会話が噛み合わないことからの孤独感。 当時の私は客観的に見ても、八方塞がりでした。 でも多くの方たちも、多かれ少なかれ40も過ぎれば仕事や家庭で問題を抱えています。しかし、うつ病にはならないでしょう。だからこそ私は私自身に失望しました。失望感は再休職したことからさらに募り、積み重なった失望感は、絶望感へと集約されました。 再休職して、私はまさに生きるしかばねの様でした。 以前の休職期間のように、前向きにうつ病治療をすることも有りません。ただ、ただ死なないように生きているだけです。 誰かの歌詞にあったように、 私は小さく死にました。 当時の私は死にたいと云うよりも、「楽になりたかった」のです。 40も過ぎて再休職し、再び同僚や子どもたちに迷惑をかけ、上司の配慮や期待にも応えることが出来ず、その上、妻への罪悪感は筆舌に尽くし難いものがありました。 いつ自殺が成功しても大丈夫なように、定期的に遺書を書きました。妻への謝罪、同僚たちへの謝罪、両親兄姉への謝罪、毎日毎日こんな自分が生きていることが申し訳ありませんでした。 妻は週末になると、神社へとわたしを連れ出しました。近所の神社、箱根神社、鶴岡八幡宮、春日大社にも行きました。 2時間で2万円もするカウンセリングも受けました。 主治医から処方される薬は、5種類まで増えました。病院でのカウンセリング担当医は、大学を卒業したばかりのような若い女性です。彼女なりに真摯に私と向き合ってくれましたが、私は彼女から助けてもらえるとはとても思えませんでした。主治医で院長でもあった先生は、薬を処方するだけです。もしうつ病が治らず、教員を退職する事になったら精神障害者として生活保護を受けるしかないと言われました。 一向に良くならない私の状況に、妻は失望し、疲弊しました。あとで知った事ですが、リストカットなどの自傷行為をしていたようです。 毎晩、妻から叱責をされるようになりました。 このままだとどうなるか分かる?あなたがうつ病を治さないとどうなるか分かる?いい加減、治してよ!どれだけあなたが沢山の人たちに迷惑を掛けているのか分かる?だから早く治して! 時には包丁を持ち出され、一緒に死のうと懇願されました。 一度、人は道を踏み外すととことんまで堕ちるのだと思いました。しかも、底がありません。どこまでも堕ちるのです。 生き地獄でした。 翌年の4月、私は別の学校に移動し復職することになりました。 私は私を偽りました。うつ病は治っていません。しかし、治った事にしないと妻がもちません。 治ったと偽り、主治医にも復職を許されました。 復職して、3週間後の朝、自宅の梁に電気コードを括り付け、椅子を倒し首吊り自殺しました。 死んでいませんでした。 気づくと愛犬の柴犬が必死に私を舐めていました。 何も見えません。呼吸が止まっていたのでしょうか。私は必死に呼吸をしました。呼吸を繰り返し繰り返し行うと暗闇に光が差し込んできました。 何故かコードは解けていました。今際の際で、コードを解いていたようです。しかし自分が何をしたのか暫く理解できませんでした。失禁していることに気づきました。脱糞までしていました。眼球は出血し、白目部分は真っ赤に染まっていました。左半身が上手く動きませんでした。 その日、再入院することになりました。 主治医から、電気ショック治療を勧められました。一定の効果は期待できるが、全身に激しい電気ショックが流れるので多少の骨折や記憶の欠落などのリスクは覚悟してくれと言われました。妻の反対で行いませんでした。 もはや、自分が何をしたいのか、生きたいのか死にたいのか全く分かりません。ただただ矮小で卑屈で社会のゴミのような存在だと思いました。 生きている意味などあろうはずもありません。 でも私は生きていました。あの日以来首を吊るのも止めました。何も考えず何もせず、出されたものを食し排泄し、夜になれば睡眠剤でぐっすり寝て朝になれば看護師に起こされ、何もない1日が始まります。 2か月後退院しました。暫くして、教員を辞めました。無職になりました。新築の家も売りに出しました。妻には当然ですが、見放され東北の実家に帰ることになりました。実家にはまだ思春期の姪たちがいたので、兄がアパートを探してくれそこに1人で暮らす事になりました。 私は何も考えなくていいように、中古のゲーム機を買って一日中ゲームをしていました。たまにスーパーに食料を買いに行きますが、誰かに見られるのが恥ずかしくて、短時間で目につくものをそそくさと買ってアパートに戻ります。何も考えません。感情も有りません。風呂にも入りません。歯も磨きません。ある時、履けるパンツが無く、Tシャツを逆さにして履きました。チンチンが寒かったです。 以前の主治医から実家近くの病院を紹介され、紹介状も持たされていましたが、そこの病院に行く事は有りませんでした。もう精神科医も抗うつ剤も睡眠薬も私には必要ありませんでした。 なぜなら私は人の形をした、ただの醜いぬけがらでしたから。 時間も季節も、世間も仕事も、私には何の意味も有りません。物欲、金欲、食欲といった欲求もありません。ただ日々死なないように生き、金を食いつぶし、秋が来て、冬が来て、春が来ました。 定期的に父から電話がありました。その日は今までにない雰囲気で、もうアパートを引き払えと言ってきました。 実家で両親と兄家族と暮らす事になりました。 父は頻繁に私を外に連れ出しました。80も近い父の運転で、被災地の風景を見たり、故郷の野山を見たり、桜を見たりしました。 5月過ぎ、父が帯状疱疹になりました。 6月になると、胃腸に何らかの不調を訴えるようになりました。 7月、近隣の中核病院に入院することになりました。 最初は泌尿器系の病気が疑われ、手術を受けましたがあまり体調が改善されません。その後、ガンが疑われましたが、その部位が分からないと言われました。原発不明ガンと診断されましたが、本人には告知していませんでした。 父が体調を崩してから、病院の送り迎え、入院の準備や手続き、お医者さんの対応など、私が行いました。初めは嫌々でしたが、結局手が空いているのは私しかおりませんから、仕方なく対処していました。 原発不明のガンなので、具体的な治療方針が決まりません。何故か、一時退院が許されました。 退院してから、定期的に通院する事になりました。その日は泌尿器科の受診の日でした。泌尿器の主治医がお休みで代理の先生に診てもらいましたが、受診後父の様子が変で、帰り道に尋ねるとガンだと告知されたと言います。 何年ぶりでしょうか。私の中に忘れていた感情が芽生えました。 怒りです。 その日告知してきた先生は、あくまで泌尿器科の主治医の代理で、しかもガンの部位はおそらく消化器系だろうと言うことで告知する時期は消化器科の主治医と治療方針と共にこれから考えていきましょうという段取りになっていたのです。 父の落胆は見るからに明らかでした。父はタバコも吸いません。深酒もしません。健康番組が大好きで、健康に人一倍気を使っていました。 食事の世話も私が行っていましたが、食欲もめっきり無くなりました。歩くのも酷く疲れるようになりました。 私は消化器科の主治医とアポを取り、抗議の為病院に赴きました。何の相談もなく、科も違う代替先生が告知をしてしまった事に、平謝りでした。 それから私は、ガンについてできうる限り勉強しました。通院の際は、ノートを持ち込んで先生の所見を事細かくメモしました。 PET検査なるものでガンの所在が分かるかもしれないと聞き、検査機のある病院まで連れて行きました。 しかしながら、ガンの所在、及び部位は特定できませんでした。 8月になり、いつも以上に辛そうな父を見て再入院させる事にしました。病院に着くともう自力では歩くことが出来ず、車椅子に乗せて診察室まで連れて行きました。 父は気丈で弱音を吐くことを聞いた事がありません。 私が小学生の頃、車のドアで親指を挟み、骨が見えていても自分で運転し整形外科に行き、夕方には仕事をしていました。 私が中学生の時には、母が粉砕機で薬指を切り落としてしまいました。側にいた父は、すぐさま薬指を拾い、氷袋に入れて母を病院まで連れて行きました。指はくっつきませんでしたが。 そんな父が、自ら車椅子に乗っている姿に愕然としました。 主治医からは、胸水が溜まっているのでお辛いのでしょうと言われました。とりあえず、入院治療することになりました。 胸水を抜いてもらい、多少楽になったのか父に少しだけ笑顔が戻ってきました。後から来た母とも談笑していました。 数日後、父は永眠しました。 死因は、原発不明ガンとのことですが直接的な死因は、窒息死です。深夜になって吐いたものが気管に詰まり、自力では解消されず看護師が気づいた時には亡くなっていたのです。 解剖はしませんでした。 母の取り乱しようは筆舌に尽くし難く、身内一同呆然としました。 それでも、お通夜や葬儀は粛々と進められます。 葬儀が終わり、明日早朝に火葬を残すのみという晩の頃、私は葬儀会場で棺の中にいる父と2人きりになりました。 止め処無く涙が溢れてきました。あんなに泣く事はもはやないだろうと思います。 おそらく1時間ほど泣き続けたでしょうか。その間、私は心の中で同じ言葉を繰り返していました。 (ごめんなさい。ごめんなさい。) (もう大丈夫だから。) ほぼ平均寿命とは言え、父は80手前で亡くなるような人ではありません。ましてや、ヘビースモーカーで高血圧の祖父より早死にするような人ではないのです。 では何故、こうも早逝してしまったのか。 原因は、私です。 私の存在がストレスとなり、私のうつ病が治らないこともストレスとなり、40過ぎの息子が無職になって帰ってきて引きこもりになっている現実がこの上なく父に負担を掛けたのは間違いありません。帯状疱疹になったのも、胃腸に不調をきたしたのも、がん��診断されて1か月余りで亡くなったのも、私のせいです。身内は誰も口には出しませんが、みんなそう思っている事でしょう。 それなのに私は、父の棺の前で1時間ほど泣いて泣いて泣き疲れた後、気づいたのです。 うつ病が治ったと…。 皮肉なものです。父の病と死が、私のうつ病を寛解に導いたのです。 半年前まで、私は私の抜け殻でした。 何もせず、何も考えず、ただ無意味に時間とお金を浪費する肉の塊に過ぎませんでした。他人と会話する事は勿論のこと、身内ですら顔を見て話すことも出来ませんでした。 それが3か月前から止むを得ず、父の世話をするようになってお医者さんと交渉したり、看護師と話したり、父の様子を親戚に伝えたりするうちに何となく、うつ病は回復の兆しを見せ始め、最終的にに父の死によって寛解に至ったのです。 父は全く意図していなかったでしょうが、結果的に父の病と死が、私を深い深い谷底から救ってくれたのです。 結局のところ、私のうつ病を治したものは医者でも無く、カウンセリングでもなく、ましてや薬でもありません。タイミングときっかけ、そして行動です。 以下は私の経験則からの私見です。異論がある方もいらっしゃると思いますが、ご容赦ください。 うつ病は、薬で治る病気ではありません。 一般的な解釈としては、うつ病は過剰なストレスなどにより、セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンといった神経伝達物質が上手く働かなくなり、シナプス間における電気信号が不調となる為、活動性が低下し、感情が失われていくとされています。 抗うつ剤などの薬は、上記の神経伝達物質を良好に分泌させる為のものですが、あくまで一時的なものです。言わば、身体が疲れた時のユンケルみたいなものです。ユンケルのような滋養強壮剤の効果は、有って小一時間ぐらいらしいです。医者に聞きました。寧ろ(俺はりぽDを飲んだから元気だ!)といった暗示の副作用の方が大きいといいます。抗うつ剤も同じです。気休め程度にしかなりません。しかも抗うつ剤を服用し続ける事は何の根本的な解決にはなりません。また様々な種類があり、強いものを飲み続けると廃人になるようなものも有ります。ハイリスクローリターンです。 私が知っている精神科医で、うつ病を本気で治せると思っている人はおりません。彼らは、薬を処方し点数を稼ぎ、報酬を得ているに過ぎません。私が暫く通院していた病院は、正にそうでした。2年ほど通いましたが、沢山の精神病患者で寛解に至った方を私は知りません。私の主治医だった精神科医は、患者を1時間待たせ5分の問診で処方箋を書き、効率よく病院に富を蓄積させます。おそらくそれが出世の処方箋なのでしょう。 先日、NHKドラマで阪神淡路大地震を体験した精神科医の話がありました。患者の話を30分でも1時間でも真摯に聞く先生でした。私もそういう精神科医に出会ったら違っていたのでしょうが。 現実は違います。それでも精神科医に診てもらいたければ、開業医をお勧めします。少なくとも組織の中にいる精神科医はダメです。 カウンセリングもお金と時間がかかるばかりで、効果のほどは期待できないと思います。 中には、行動療法や認知療法で寛解する方もいらっしゃるとは思いますが、私は懐疑的です。 そもそもうつ病の根幹的な治療は何か? まず、うつ病に至ったストレスを無くすことです。私は公務員という立場や家のローン、世間体などから仕事を辞めるという選択肢を選ぶのか遅すぎました。 そして、死なないように生き、どこかのタイミングで行動を起こすことです。具体性に欠けますが、深い深い闇の中にいて、抗うつ剤や他人の空虚な言葉が一筋の光になる…なんて事は現実的ではありません。 最初はどんな行動でも構いません。ポイントは、うつ病を患ってからした事がない行動です。 よくうつ病を患った人に、「神様から休みなさいって言われているんだよ。」という方がいますが、うつ病患者は休んでいるわけではありません。深く傷つき、深い闇の中でいつ終わるとも分からない嵐が過ぎ去るのを息を殺し、感情を捨て、ただただ耐えているのです。 話が逸れました。 質問者の方は、生きている意味があるかと問いかけられていますね。 私の答えは、「ない」です。 そもそもが、生きているだけで意味がある人間なんてどれほどいるのでしょうか?人間は人間を特別視し過ぎです。過去には、人間ひとりの命は地球よりも重いと言った政治家が居ました。馬鹿げています。 この地球には、既知の部分だけでも175万種の生命体がいるそうです。未知を含めたら500万とも800万とも言われています。その多種多様な生き物が懸命に命を繋いでいます。その中で、何故人間の命だけが尊いと言えるのでしょうか。 周りを見渡せば、ニュースを見れば犬、猫より価値の無い生き方をしている人が沢山います。蜂や蟻よりも生産性の無い生き方をしている人間がありふれています。 人間の命、そのものには意味がないのです。 あるとすれば、意味ではなく「時間」だと思います。 そして時間があるからこそ、「行動」ができるのです。 重度のうつ病患者は、行動が出来ません。 行動が出来ないということは、時間が止まっているのです。 故に今のあなたが、生きている事の意味を問いかけるのははっきりいって無意味です。 それはあなた自身が本当は理解されているはずです。 けれども今あなたがその漆黒の闇を抜け出せるその日が来た時、あなたの(生)に価値が生まれます。あなたが自分の足で、自分の意思で前に進み始めた時、時間が再び動き出します。 生きている限り、意味はなくてもあなたには「時間」がある。時間があるという事は、あなたの人生は何度でもやり直せるのです。 更にあなたが価値ある、より良い行動をとることで、あなたの(人生)に意味が生まれると思うのです。 人の(生)に意味があるとすれば、価値ある行動を実践した時、初めて生まれると思うのです。 人の人生の評価は何で決まるのでしょうか? 財産、出世、肩書き…人それぞれでしょうが、私は行動だと思います。どれだけ価値ある行動を人生で出来たか、だと思うのです。 だからまずあなたがするべき事は、死なないように生きることです。そして、私のようにきっかけを待つか、自らきっかけを作り行動することです。 正直言って、私のようなきっかけを待つことはお勧めできません。 だからこそ、私のところに遊びに来ませんか? もしかしたら、何かのきっかけになるかも知れません。仮にならなくても、きっかけのきっかけぐらいにはなるかも知れません。 私は今、農業に従事しています。何故、東北から南九州に来て、農業をしているかの経緯は割愛しますが、私はうつ病が寛解してから2年ほどの、50手前のおじさんです。 うつ病が治り、取り敢えず3つの事を目標に掲げました。 ①飼っている柴犬を、日本一幸せな柴犬にする事。 ②最低限、父の年齢まで生きる事。 ③世界の真理を一つでも多く学ぶ事。 です。 農業では、無農薬、無化学肥料での、循環農法を実践しています。なるべく、F1の種に頼らず固定種の種から作付けして、この土地に合った野菜を育て、種取りをして、安全、安心な、究極的には硝酸態窒素を過剰に含まない、ガンにならない野菜作りを目指しています。 知らない土地に来てからの挑戦なので、苦労もありますがやり甲斐も有りますし、生き甲斐も感じています。 何よりも、何度となく死んでしまってもおかしくない我が身がこうしてお天道様の光を浴びて働けることが、嬉しくて嬉しくて仕方が有りません。 昔、ドイツの哲学者が言っていました。 (自らを否定して否定し尽くした時、あなたは超人となるだろう。) 私のうつ病期は、自己否定の繰り返しでした。 もちろん、私は超人には成れておりません。 ただ、周りの人達よりちょっとだけ物事の本質を理解出来るようになったかなと思います。 一昨日、東日本大震災から9年経ちました。 2万人以上の方が亡くなられました。 彼らにはもう時間が有りません。行動を起こすことも出来ません。 だからこそ我々生きている人間は、然るべき行動により、震災を語り継ぎ、亡くなった方たちを忘れずに生きねばなりません。 あなたは生きている。 あなたには時間がある。 あなたは行動を起こせる。 大丈夫。時は必ず訪れます。 最後にアメリカの詩人の言葉をご紹介します。 (寒さに震えた者ほど 太陽の暖かさを感じる 人生の悩みをくぐった者ほど 生命の尊さを知る これから私は幸福を求めない 私自身が幸福だ) 長文につき、乱筆、乱文ご容赦ください。
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kkagtate2 · 6 years ago
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偽善者の涙[九]
[九]
「ふん、ふん、……それでな、沙霧をな、あー、……たぶん一時か二時頃、……ふん、行くで。……ふん、佳奈枝も来るで。でも、たぶん俺らすぐ帰ると思ふから、……あ、さうなん? ぢやあ、沙霧に、一時半ぴつたりに下の和室の方に来といて、て伝へて欲しいんやけど、……ふん、ありがたう。お土産的なものはテーブルの上に置いとくから、……あ、さう〳〵、ちやんと佳奈枝も来るつて、あいつに伝へといてな。……ふん、一時半で。ぢや、――」
「お母様は何と?」
「いや、いつもと変はり無い。今回は云ふだけだから、ちやんとしてくれると思ふ」
「なら良かつた。はい、いつものヨーグルト」
「ありがたう、いたゞきます」
夫婦が決起した翌週の火曜日、――ちやうどゴールデンウィークに入つたばかりの四月三十日、元号が平成から変はる前に家庭内のごた〳〵を片付けたかつた里也は少々無理して暇を取り、沙霧と佳奈枝のあひだにある不和を解消すべく、実家を訪れようとしてゐたのであるが、電話口で母親に頼み事をしたのは、妻から強く、もう夫婦ごつごはするな、そも〳〵もう沙霧ちやんの部屋には入るなと、云はれてゐたからであつた。食後のヨーグルトをスプーン一杯口に入れては思案し、口に入れてはぼんやりと空を見つめる今日の彼は、妙に臆病になつてゐるのか昨晩寝る前から無口である。いつもはお喋りな母親の世間話に付き合はされて、電話であらうとも二三十分は話すと云ふのに、さつきは要件だけを伝へてさつさと切つてしまつた。かう云ふ臆病な性格が、結局のところ沙霧を不幸にするのだとは理解してゐるけれども、やはり土壇場に来ると身の縮む思ひがする。里也は先週、妻の涙に誘はれて沙霧を見放すことを選んでしまつたのだが、出来ることならばやりたくはなく、もし話がこじれるやうなら、沙霧に寝返らうとも考へてゐた。だがそんな胸くその悪いことなぞ彼には出来るはずもなく、もう後は楽観的な未来を頭に描きながら、二人の女の成り行きに身を任せるしかなかつた。
「ごちそうさま(ごちさうさま、ではない)」
朝食を終へた後、里也は佳奈枝と一緒に休日の日課となつてゐる軽い体操をして、部屋の掃除をして、妻の入れてくれたコーヒーを飲みつゝ、ソファに座つてのんびりとアウトヾア系の雑誌を読んでゐた。音楽から徐々に熱が無くなるにつれて、急に他の趣味が気になりだしたので、こゝ一年間で色々と手をつけてゐたのであるが、一番興味をそゝられたのはこの、普段の出不精な自分からは想像も出来ないアウトヾア関係の趣味であつた。キャンプはもとより、自分の手で火を拵えてダッチオーブンで料理を作つたり、ナイフで木を削つてその場で遊び道具を作つたり、特にチタンで出来たマグを片手に燃え盛る炎を眺めるのなぞは最高の体験であらう。さう云へば山の中にある佳奈枝の祖父の家にお邪魔をする時、妙に心が躍るのはこのせいであつたか。近い将来出来るであらう子供が大きくなつた暁には必ずや、道具やら何やらを車に積み込んで、佳奈枝にやれ〳〵とため息をつかれながら遊び尽くしたい。もうその頃には沙霧の一件も落ち着いて、彼女も新たな人生を歩み始めてゐるだらうから、何も心配はない、一途な愛を我が妻と我が子に向けて、幸せな家庭を築いていかう。里也はさう思ひながら、楽しげな表情をした父子が丸太を前に立つてゐるペーヂを眺めてゐたのであるが、急に奇妙な感覚に囚はれてしまひ、勢ひよく本を閉じてしまつた。それは例の恨めしい感覚であつたけれども、今感じたのはまた別種の、もうどうしやうもないほどに強い感情であつた。
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない。……」
里也はそれから、気持ちを紛らはせるために佳奈枝と二言三言喋つて、話題が尽きるとまた静かに雑誌を開いた。
自宅となつてゐるマンションを発つたのは午前十一時を過ぎた頃であつたのだが、さすがにゴールデンウィーク中日とあつて十三の駅は人でごつた返してゐるやうであつた。里也らはそれを横目で見つゝ、阪急の神戸線へ乗り換へて、彼の実家の最寄り駅へ降り立ち、軽い昼食をしたゝめてから、やることもなくぶら〳〵と周辺をそゞろ歩きして時間を潰し、やうやく沙霧の待つ家へと向かつた。もう気温じたいは夏とそれほど変はり無いと思つてゐるのか、時々見かける外国人はもう半袖姿で、大きなリュックサックを背負いながら歩いてゐる。以前見かけた桜の木はすつかり花を散らせて、今度は色も感触も柔らかい実に綺麗な緑色の葉を伸ばしつゝある。さう云へば今年はたうとうこの木の花を見ずに終はつてしまつた。結局京都へは嫌々ながら二日もかけて、東の平安神宮、西の嵐山、と云つた風に訪れ、どん〳〵歩いて行く佳奈枝を時おり見失ひながらカメラを片手に練り歩いたのであるが、行けばやつぱり気分はすこぶる高まつてしまふもので、それなりに楽しんだものであつた。沙霧はその時の写真を見てくれたゞらうか。来年は一緒に来てくれるだらうか。いつか遠い昔のやうに、二人で手を繋いで家族の誰かに、――今なら佳奈枝にカメラマンとなつてもらひ、ちら〳〵と降る桜の花びらの中、微笑ましい表情で一緒に写真に写つてくれるだらうか。もう今年は時期を逃してしまつた。寒い地域ならば咲いてゐる可能性もなくはないが、そこまで遠くへは出かけたくないだらうから、また一年と云ふ長い期間を待たなくてはならない。今年は特に長くなるかもしれないと思ふと、一転して里也は自然に憂鬱な気分になつたが、出来るだけ彼女にも楽観的な気持ちを抱かせるためにも平常心で、実家の玄関に手をかけた。
話によると、今日は両親は二人共どこかへ遊びに行つてしまつたらしく、家の中は耳鳴りがするほどしいん(点々)としてゐたのであるが、さう云へば沙霧はちやんと伝言を受け取つたのであらうか。母親に電話をしたのは午前中であつたから、伝へられた時にはまだ寝てゐたかもしれず、もしかすると自分たちが来ると云ふことすら知らないかもしれない。そんな心配事をしつゝ、里也は一階にある和室の引き戸に手をかけた。そつと引いて中に入ると、彼女はだゝつ広い机の前できちんと正座をしてぼうつと俯いてゐた。そして、開口一番に、
「ごめんなさい!」
と土下座をしながら謝つてくる。
――呆気に取られてしまつた。それは佳奈枝も同じなやうで、口をぱく〳〵と開けながら目を見開いてゐる。こちらからはまだ何も云つてゐない。たゞ和室の中へ入つたゞけである。里也には今の沙霧が自分の妹のやうには見えなかつた。小さな背中を丸め、長い髪の毛を彼方此方(あちらこちら)に散らばらせ、病的に白い肌を季節外れでボロボロの衣装で隠す、――それはまるでやせ細つた乞食のやうで、見てゐて居た堪れなかつた。
「さつちやん!(点々) ど、どうしちやつたの?」
と最初に駆け寄つたのは佳奈枝であつた。
「佳奈枝お姉さん、すみません、すみません、……」
「あゝ、ほら、顔上げて、……もう、せつかく綺麗な顔なのに、そんなにして、……ほら、さつちやん、笑顔、笑顔」
「すみません、ごめ、ごめんなさい、……」
里也は先程から佳奈枝が沙霧の事をさつちやん(点々)と呼ぶことに得体の知れない気色悪さを感じながら、黙つて二人の様子を見守つてゐたのであるが、いつたいどうしてしまつたと云ふのだ。今妻の胸に抱かれてゐる沙霧の顔には涙こそ無いものゝ、もう何日も寝てない日々が続いた時のやうにひどい隈が出来てゐるではないか。いつもはどんなに見窄らしく見えてゐても、可愛い〳〵と云ふ里也であつたが、そんな彼でもさすがに今の彼女には不気味なものを感じずにはゐられなかつた。
「沙霧、……」
「里也さん、里也さん、コヽアとか蜂蜜の入つたホットミルクとか、さう云ふ優しい飲み物を作つて来てくださる? ちやつとこれはあかんわ」
「分かつた。すぐ持つてくるから、――」
それから里也は、冬のあひだに使ひ切れなかつたのであらう粉を牛乳に溶き、火にかけて一杯のコヽアを作ると、すぐに沙霧のもとへと持つて行つた。かなり急いだつもりであつたが、再び和室の中に入ると、沙霧は佳奈枝のなすがまゝ背中をぽん〳〵と叩かれてゐた。
「ほら沙霧、久しぶりのお兄ちやんのコヽアだぞ。砂糖が足りなかつたら云つてくれ」
と、努めて朗らかに云つた。
「兄さん、……すみません、すみません、……」
「まあ、なんだ、取り敢へずそれを飲んでくれ」
しばらく沙霧はコヽアの入つたマグカップを見つめたまゝであつたが、佳奈枝が両親にもと作つてきたクッキーを渡して、ついでに俺も食べたいと云つた里也がポリポリと音を立て始めると、ゆつくりではあるが飲んでいつた。
それにしても久しぶりの取り乱しやうである。彼は一旦は動揺したものゝ、実のところこれまでにも何回かあり、最も記憶に古いもので、両親にいぢめのことを隠すように頼まれた時であつたゞらうか、沙霧が落ち着いてくるにつれてむしろ懐かしさがこみ上げて来たのであるが、恐らく自分以外にかう云つた姿を見せるのは初めてゞあらう。彼女の隣には佳奈枝がをり、もう絶対に手を離さないだらうと思つて少し遠くに座つた彼は、二人に座布団を渡しつゝ、彼女が変はらうとしてゐるのは確かなのだと思つた。沙霧はもはや自分の姿を見られることすら恥ずかしいと感じてをり、況してやこんな取り乱した場面を里也以外に見られるなど、自分を殺してゞもその屈辱から逃れたいと思つてゐるに違ひなく、それをこれまでもこれからも付き合つて行くことになる佳奈枝に見せると云ふことは、相当の覚悟があると云ふことである。その覚悟が何かと云へば、やはり前に歩みたいと云ふこと以外何があらう。里也はまさか突然見せつけられるとは思つてゐなかつたけれども、何にも増して自分の考への至らなさに深く恥じ入ると共に、彼女がそこまでの覚悟を見せてくれたことに、悲しくも嬉しくも感じるのであつた。
たゞ、なぜこんなことになつたのかは、彼にも分からなかつた。彼女の目に濃く刻まれた隈はまさか自分から塗つてゐる訳ではないだらう。色白な肌をしてゐるものだから隈が出来たらすぐ分かるのであるが、今までそんな目の黒ずみなんて憶えてゐる限りでは一度も出来たことは無く、あのコンサートの時以来、彼女が如何に自分を責めに責めゐたのか、なんとなくではあるが分かつてしまふ。さつと見たところ、腕に新たな傷は出来てゐないやうなので、悪く捉へるのも程々にして良い方向に捉へてみると、どういふ形であれ、一度素の自分を曝け出しておくことで、話が円滑に進むかもしれない。かう云ふ時は兎に角本人の思ひを聞かなくてはならないと知つてゐる里也は、まず優しく声をかけた。これまでなら二人きりでなければ話し初めなかつたけれども、彼女の決意がほんたうならば、自分よりもむしろ佳奈枝に聞いて欲しいはず。さう思つて、佳奈枝に目配りをして事前の打ち合はせ通り妻の方から話を促した。
「ごめんね、さつちやん。もうぼんやりとしか憶えてゐないけれども、確かに私の記憶の中にはさつちやんを見放した光景があるわ。ごめんなさい」
と佳奈枝は未だに手をつないだまゝ、素直に頭を下げた。
「いえ、いえ、お姉さんが謝ることは無いんです。全部〳〵、私の勘違ひだつたんです。お姉さんは悪くないんです。頭を、……頭を上げて、私を叱つてください。……」
と、沙霧は沙霧で佳奈枝よりも深く頭を下げる。
「そんな、勘違ひだなんて、……」
「いえ、勘違ひなんです。兄さんに云つたことは私の記憶違ひで、お姉さんは何にも悪くないんです。……えと、悪くなかつたんです。一度盗まれた教科書を探しに行つた時に、あんなに丁寧に応対してくださつた方はお姉さんたゞ一人で、……あゝ、とにかく途方も無く失礼なことをしでかしてしまひました。ごめんなさい!」
とまた土下座のやうな格好になつたので、佳奈枝はその顔を上げさせて、
「いゝえ、私の記憶違ひでも、あなたの記憶違ひでも、私はさつちやんがいぢめられてゐるのに、見て見ぬふりしてしまつたわ。それだけは確実だから、謝らせてちやうだい。ごめんなさい」
と深々と頭を下げた。傍から見てゐると、互ひに向き合ひながらどちらが頭をより深く下げられるか競ひあつてゐるやうに見えて、ひどく滑稽に思へてしまふのだが、里也はなぜかその様子に心を打たれてゐた。そして知らず識らず涙を流してゐたらしく、
「どうして里也さんが泣いてるのよ」
と、そんな彼を見つけた佳奈枝が云つた。さう云ふ彼女もまた、目を赤くして今にも泣きさうになつてゐる。
「さうですよ、兄さん。どうして兄さんが泣いてゐるんですか」
さう云つた沙霧は、涙こそ流してゐないものゝ、軽口を叩く程度には笑顔が戻りつゝあつた。その笑顔を見て、佳奈枝もまた、ふゝ、……と笑つた。そしてもう一度、ごめんなさいと謝ると、沙霧もまた、ごめんなさいと云ひ、つひには再び謝罪合戦が始まつてしまつた。
さうやつて互ひ謝り続けた二人はその後、専ら里也を弄るといふ共通の目的の元、家に来たときとは打つて変はつて朗らかな声で話をしてゐた。基本的に里也は聞くのみで、見る限りでは音楽の話題で無かつたせいか、沙霧は相変はらずかなり言葉に詰まつてゐたけれども、少なくとも彼には、沙霧の見えない壁が、完全にとは云へないけれども薄くなつたやうに思へる。そも〳〵昔は佳奈枝と話すとなると急に黙りこくつてしまひ、言葉も発せないやうであつたから、話せるやうになつたゞけでも充分な進歩と云へやう。たゞ、話せば話すだけ疲れてしまふ性質だけはどうしやうもないはずであるから、二三十分が経過しやうとした頃合ひに、一度席を立つて沙霧の使つたマグカップを片付けて、佳奈枝を促した。
「ほんなら沙霧、……あれ、いつだつたか」
と、三人とも玄関口に立つて、里也が云つた。
「十二日よ。ゴールデンウィークが明けた次の週の日曜日」
「さう〳〵、十二日。……の、何時頃?」
「たぶん十時頃」
「らしい。そのくらゐに佳奈枝が迎へに来るから、そのつもりで。大丈夫、心配しなくても、これを機会にいくつか文句を云つてみるといゝ。あと佳奈枝〝お姉さん〟と云ふのもやめてみるといゝ。それとロシア音楽についても語つてみるといゝ。嫌かもしれんけど、沙霧はそのまゝが一番可愛くて魅力的なんやから、さう身構へずに自然にな。ま、今日はゆつくりと寝てくれ」
「うわ、私の見てる前で口説かないでくださる? 嫉妬しちやうから」
「くつ〳〵〳〵、悔しかつたら沙霧くらゐ可愛くなることだな。――ま、さう云ふ訳でぢやあな、沙霧。また会はう」
「バイ〳〵、さつちやん。また明々後日に会ひませう」
と、二人は沙霧に別れを告げて玄関をくゞつた。
一人戸口に立たされた沙霧は、少しのあひだぼうつとしてゐたのであるが、ハツとなつて動き出すと、開け放されたまゝになつてゐた和室の引き戸を締めて、自室に向かはうと階段を登つて行つた。一段〳〵踏みしめる毎に鳴るトントン、……と云ふ音は、今も昔も変はらず軽やかである。階段を登り終へるとすぐ左手にかつて兄が使つてゐた自室があるのであるが、こちらはもはや昔の面影など残つてをらず、今ではすつかり物置と化してしまつてゐる。沙霧はふとその扉の前に佇んだ。昔、――もう十年以上も昔、何気なしにかうやつて兄の部屋の前で佇んでゐたら、美しくも物悲しいヴァイオリンの音色と、力強くも虚しいトランペットの音が代はる〴〵聞こえて来て、以来、深夜の両親が寝静まつた頃合ひを見計らつて、その漏れ聞こえてくる音楽に耳を澄ましたものであつた。彼の曲の聞き方と云へば、同じフレーズを繰り返し〳〵飽きるまで聞いて、飽きたか満足したかするとやうやく先へ進み、再びたつた五秒にも満たないフレーズを繰り返し〳〵聞く。そんなものだから曲名こそ分からないものゝ、体が勝手にその一フレーズを憶えてしまつた。
「ふゝ、……」
沙霧は何だか可笑しくなつてきて、昔と同じく笑みを溢してゐた。が、昔と違つて、今は自分の声以外、しいん(点々)と物音一つすら聞こえない。唯一変はらないのは、廊下の行き止まりにある窓から差し込む光で、キラキラと照らされた埃たちであるのだが、いつたいそれに何の意味があるのか。
沙霧はギユウつと手首を握りしめると、やう〳〵自室へと入つて行つた。外からはまだ何か楽しげなことを話してゐるらしく、ほんたうの夫婦の声が、時おり笑ひ声を交へながら聞こえてくる。期待をしてゐなかつたと云へば嘘になるが、やつぱり悔しかつた。彼女は今日は絶対に涙を流さない決意を密かにしてゐたのであるが、外から漏れ聞こえて来る声を聞くうちに、たうとう堪えきれなくなつて、膝を付き、手をつき、自分でも笑つてしまふほど惨めな格好で泣いてゐた。少しでも上を向かうと、顔を上げたけれども、今に限つて愛する兄と最後に二人で撮つた写真が目についてしまつた。真暗な部屋の中を一度たりとも輝かずに落ちた雫は、音も立てずに闇に飲み込まれ、誰にもその存在を悟られることのないまゝ消えて行つた。
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ama-gaeru · 7 years ago
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林田の世界(初稿版)
第4話 カッコイイラップ
 「うわー。これすごいですねー。どういう仕掛けで動いてるんですかぁ? 可愛いぃー。触ってもいいですぅ?」  猫らしきものと並んで立っている林田に俺は能天気な声で聞く。
 今の俺は「休日にららぽーと豊洲にやってきたら大きな猫を見かけたので、遠目から写メるだけでは満足できず、直接話しかけにきたフレンドリーな人」という設定だ。  これで38回めのチャレンジ。
 俺としてもそろそろゴーサインを出したいところだが、全ては林田の頑張りにかかっている。  頑張れ林田。猫ではない何かのために。 「この巨大猫ロボットNE-Co-NOW(ネーコゥナウ)は我々の団体が開発したスーパーアニマトロニクスという新技術を用いて、5,000年前に地上に存在した猫を再現したものです」  林田は口元にだけ笑みを浮かべ、殆ど息継ぎをせず、音程も変えずに話す。 「え、5,000年前の猫ってこんななんですか?」  俺は若干の警戒心と好奇心を混ぜ合わせた表情で尋ねる。 「我々の団体が明らかにした事実です。アメリカのシンポジウムでも発表されている確かなことなのですが、残念ながら日本では敵対勢力の妨害にあい」  機械音声のような平坦な林田の声が『敵対勢力』の部分で突然テンションが上がった時のジャパネットタカタ社長になる。てぇきったいぃ勢力っ!  もちろん、これも俺の指導だ。 「この事実はもみ消されているのです。電通、博報堂、そしてNHKへの」  またしても『電通』、『博報堂』、『そしてNHK』の部分だけジャパネットタカタ社長になる。でぇんつー! はくほうどー! そしてえねっちけー! 「献金を我々の団体が拒否したための陰湿な嫌がらせです。我々の団体はこう言った嫌がらせにも負けず、こうして地道に人々と交流しているのです。巨大猫は5,000年前から存在し、今もどこかに存在し続けている。彼らは超高次元的存在、つまりはいわゆる高次元支配者、ハイルーラー達と交信できる電波塔的存在であるのだと、我々はお伝えしたいのです」  教えた通り、瞬きの数はできる限り抑えるようにしている。  油断するとディカプリオ皺を浮かべる奴の額も今は穏やか。  鼻から上には神経が通っていないと思えと散々注意したのがようやく実った。いい感じだ。眉と目はピクリともしない。  「10」という数字を時計回りに90度回転させたものを、2つ並べたら今の林田の目つきだ。  虚ろだ。実にいい虚ろさ。奴の目の中には無が広がっている。 「もしも世界の真実に興味があればすぐ側で我々の団体が主催するカルチャーセミナーを行っていますので、いかがですか。参加されている皆さん、全員、猫派でございますし。いつもは満席なので一般の方は参加できないのですが、ここでお会いしたのも何かの縁ですからちょっと本部にかけあってみますね。ちょっと待っててください」 「え、今からですか? すいません、今からはちょっと」  林田はスマホを取り出し、電話をかけるふりをする。本番では交通案内に電話するつもりだが、今はまだ練習だからそこはアテフリでいい。 「どうも。青年団豊洲支部班長の森田です。はいはい。そうです。今日のセミナーに飛び込みで1人入れますか?」 「すいません、あの」  俺が抗議の声を上げるふりをする。  林田は抗議の声を無視して話し続ける。そうそう。聞く耳は持たない。それでいい。 「そこを何とか。会場からすぐそばにいるんです。はい。はい。問題ありません。では参加費は私が立て替えておくということで。はい。ありがとうございます! ありがとうございます!」  林田はありがとうございますと大声で叫びながら激しくお辞儀をし、スマホを切るふりをする。 「おめでとうございます。セミナー参加、オッケーです。さぁ、ご一緒しましょう」 「いや、あの、ごめんなさい。結構です!」 「え、なんでですか? すぐ側なんですよ? あなたが参加したいっていうからわざわざ参加費立て替えたのに。なんで行かないとか言うんですか。あなたが行きたいって言ったんですよ」  そうだ。林田。  恩着せがましく。気の弱い人なら「私のせいなのかな?」と思ってしまうくらいの恩着せがましさで攻めて行こう。でも本当についてこられたら困るから、ギリギリの怪しさはキープ。ギリギリで怪しさをキープだ。 「言ってないです! やめてください�� 本当に、本当に、そういう、宗教とか結構ですから!」 「宗教じゃないですよ。宗教なんかじゃないですよ。我々の団体はただのカルチャーセミナーです。基本的には無料の宗教法人ですが、この宗教って言うのはあくまでも便宜上でして、実際には素晴らしい思想に触れて、人々とささえあおうじゃないかと、つまりそういう意味での宗教ですから。あくまでも、名目上の問題であって、実際には宗教なんかじゃないんです。お料理教室とか、手芸教室とか、色々なセミナーを定期的に行っているんです。宗教ではないです。そういう団体ではありません。突然大声で宗教だなんだって、あなた失礼な人だ。いいですか、このスーパーアニマトロニクスを始め私たちの団体は様々な技術革新を援助している、画期的な、画期的な、団体なんです。芸能界にも我々の活動に参加してくれている賛同者が沢山いるんですよ。「ジュラシックパーク」に「アバター」、それに「クローバーフィールド」にも技術提供しているんです。エグザイルの何人かも我々のセミナーにはよく参加してくださっています。もちろん公にするとファンが押し寄せてしまって、本当に参加する資格のある方々が参加できなくなってしまうので、すべてクローズドイベントですが。それにロバート・ダウニーJrやシャロン・ストーン、ジョニー・デップ、スティーブン・スピルバーグ、ベネディクト・カンバーバッジも我々の一員なんですよ。そんな我々が宗教のわけないじゃないですか。我々は完全に健全で、完全に安全な、クリーンなセミナーです。今なら参加した方全員に食パン一斤、セミナー終了後のアンケートに答えてくださった方には暗いところで光るクリスチャン・ラッセンのポストカードをプレゼントしています。宗教ではありませんから。怪しい団体ではないですよ。とても健全なんです。猫好きの集まりです」 「もう結構です! 追いかけてこないでください!」 ��俺は林田から少し離れ、足踏みをする。    数秒の間、俺たちは無言で見つめあった。  林田は口だけが笑っていて、それ以外のパーツは麻痺しているように見える表情を崩さない。  さっき、ここまで来て表情を変えて不合格になったことを覚えているのだろう。 「……合格だ」 「うわー! やったー!」 「林田ー!」  林田と猫らしきものが揃って両手を天に突き立てるポーズをする。林田はともかくとして、猫らしきものは右前足を舐め舐めからの顔ゴシゴシ、左前足を舐め舐めからの顔ゴシゴシを繰り返していただけで、特に何もしてないんだけど。 「もうこのまま合格できないんじゃないかと……ホッとしたよぉ」  林田は身を前にかがめ、両膝に手をついて大きく息を吐く。 「頑張った甲斐あったよ、林田。『こいつにだけはついていっちゃいけない』『絶対に布団を買わされる』っていう空気がビンビンに伝わってきた。お前、そういう才能あると思う」 「ありがとう! ありがとう! 自分でも驚いてる! 自分の才能に驚いてる!」  林田は猫らしきものと両掌を軽く叩き合わせる、いわゆるセッセッセをしながら言った。仲良し。 「本番でもこの調子で行こう。あとこれ。忘れずに」  俺は電話台に置いておいたA4サイズの紙束−−タウンページくらいの厚み−−を手に取ると、その大体半分くらいを林田に渡した。  林田が俺が作り上げた「よくできた猫のロボットを餌に怪しげなカルチャーセミナーに人々を連れて行こうとする新興宗教の青年団の人・森田くん」の設定を飲み込むのに四苦八苦している間に−−森田くんの生い立ち、人間関係、大学で感じた孤独、幾つもの自己啓発セミナーを経て真理に目覚めた経緯など、設定は隙なく作り込んだ−−奴のパソコンを借りて作り上げた「何らかの新興宗教のチラシ」だ。「電波」「チラシ」「宗教」「やばい」などでググって出てきた画像を元に制作した。  何世代か前のインクジェットで出力したから、小さい文字や写真が絶妙に滲んでいる。それもまた味があっていいんじゃないだろうか。レーザープリンターでは出せない独特の風味だ。 「どうだ?」  林田はまじまじとチラシを見つめ、顔を上げる。満面の笑顔。 「キてると思う!」  俺たちは流川と花道を思わせるハイタッチを決めた。ヤマオーにだって勝てる。 「うぇーい!」と林田こと流川楓。 「うぇいうぇーい!」と俺こと桜木花道。  俺たちはペタンク以外の球技をしたことがない。
 俺は「9.11はアメリカの自作自演!」タスキを、林田は「今こそ核兵器の積極的拡散を!」タスキをかける。ドンキホーテで買ってきたパーティ用の無地のタスキに油性マジックで「これだ」と思える文章を書き込んだものだ。『自作自演!』と『核兵器』は赤いマジックを使った。  なかなか際どい球を投げたという自覚はある。  2人ともスーツ。俺の服は林田に借りた。ちょっと袖が足りないし、ウエストがちょっときついけど、まぁ仕方ない。  万が一知り合いに遭遇するという可能性もあるので、俺も林田も髪型はぴっちりした七三分けで、伊達眼鏡装備だ。 「さあ、おまえもこれを付けるんだ」  俺は猫らしきものにもタスキをかける。こっちには「NHKは毒電波を出している!」の文字。  ギリギリの球を投げている自覚はある。  俺たちはお互いの姿を眺め、思わず吹き出す。 「これは、絶対に、絶対に、話しかけたくないな」  ぶほぉ、ぶほぉと吹き出しながら林田が言う。 「借りに「あ、猫のぬいぐるみだー」って近寄ってきたとしても、タスキの文字が見えたらもうそれ以上近づいてこないだろ。俺なら逃げるね」  絶対に、絶対に逃げる。関わりあいになっちゃいけない臭いしかしない。 「仮に近づいてきたとしても、このチラシを渡してセミナーに勧誘すれば絶対に逃げ出すね。間違いないね」  林田が頷く。 「よし。じゃぁ、無事に準備もできたし、そろそろ出かけよう。ここからららぽーとまで行って、そこからぐるーっと海岸周りを歩いて、そんで戻ってこような。まだ陽も明るいし、きっと気持ちいいぞ」  俺、林田、猫らしきものの順で一列に並び、俺たちは「サザエさん」のエンディングの磯野家みたいなノリで玄関へ進む。あれは家に入るけど、俺たちは家から出るんだ。  ドアノブを握った時、俺は振り返って林田と猫らしきものに厳しい声で言った。 「このドアを一歩くぐれば、俺たちは今の俺たちとは違う俺たちだ。俺と林田が考えた架空の宗教団体、宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会(ハイコズミックサイエンス・ハッピネス・リアライゼーション・カムカム)豊洲支部の青年団の団員と、宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会が制作した、「ものすごくよくできた猫のロボット」だ。わかったな! 大宇宙支配者達に栄光あれ!(ヤシュケマーナ・パパラポリシェ)」  俺は両手の親指と人差し指をくっつけて三角形を作り、それを胸の前に掲げる。架空の宗教、宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会の神聖な誓いの動作だ。俺が考えた。  あらゆる邪気を払い、魂を清める動作であると同時に、架空の教祖オールマザー・バステトへの忠誠を示す言葉でもある。架空の教祖オールマザー・バステトは林田が考えた。設定上では去年の今頃に昇天され、ハイルーラー達の御元に導かれたということになっている。 「大宇宙支配者達に栄光あれ!」  林田が続く。 「大宇宙支配者達に栄光あれ!」  俺が繰り返す。 「大宇宙支配者達に栄光あれ!」  林田がまた繰り返す。 「大宇宙支配者達に栄光あれ!」  俺が繰り返す。だんだん楽しくなってきた。そういえば最近、何かを大声で叫ぶことってなかったかもしれない。 「林田ーなーう林田林田!」  努力は認めよう。  俺たちは架空の教祖オールマザー・バステトへの忠誠の言葉を徐々に徐々に大きくなる声で叫びながら林田の部屋から飛び出した。 「大宇宙支配者達に栄光あれ!」  宇宙への、教祖オールマザー・バステトへの、深宇宙にいるハイルーラーたちへの信仰心が、俺のテンションを上げてゆく。  光り輝く星々と、謎めいたダークマーターが俺たちに力を与えている! この世の真理は大宇宙科学幸福実現協議会に微笑むだろう!    4時間後。    ドアを開けて部屋に戻るなり、俺は浜辺に打ち上げられたクラゲと化して、その場に崩れ落ちた。  右脇腹の奥で肝臓が「やめてください。死んでしまいます」と金切り声をあげ、ふくらはぎは「やめてください。死んでしまいます」と啜り泣いている。耳の後ろに心臓が移動し、鼓動が響くたびに毛穴から汗が流れ出した。  頬に触れるひんやりしたフローリングが気持ちいい。このまま意識を失ってしまいたい。  猫らしきものが部屋に入るのを待ってからドアに鍵とチェーンをかけた林田は、それでもう体力を使い果たしたらしく俺に続いてクラゲになり、壁に背中を預けてズルズルと座り込んだ。 「林田、なうなうなう、なうなう林田なうなうなう」  猫らしきものはどっかで聞いたことのあるリズムでそういうと、林田と視線を合わせるように奴の前に膝をつき、前足の肉球を林田の顔面に押し付け始めた。顔に白粉を叩く女の人みたいな感じでポフポフと。  例のあくびの途中で一時停止したような笑顔を浮かべていたので、おそらくは奴なりに「お散歩楽しかったよ」的感謝を示しているのだろうが、林田は肉球を顔に押し付けられるたびに「おっふ」「おっふ」と苦しげに呻く。やめてやれ。 「なう」  お。やめてあげた。  猫らしきものは俺の方に顔を向け、膝立ちでこっちににじり寄ってくる。やめろ。こっちに来るな。膝で歩くな。 「林田」  人違いです。  立ち上がって奴から距離を取りたいが、もう呼吸するのですら精一杯なのだ。 「林田、なうなうなう、なうなう林田なうなうなう」  猫らしきものは床にくっついてない側の俺の顔を、先ほど林田にしたように肉球で叩き始めた。痛くはない。風船で叩かれている感じだ。痛くはないが、疲れているんだ。やめてくれ。  抗議の声を上げようとするも、その度に肉球が顔を打つので俺も先ほどの林田のように「おっふ」「おっふ」としか口にできない。何回めかの「おっふ」で俺は先ほどから猫らしきものが口遊んでいるのがキャリー・パミュパミュの「ウェイウェイ、ポンポンポン」ってやつだと気がついた。曲名は知らんけど、林田が好きな曲だ。  じゃぁやはり、これは猫らしきものなりの労いなんだろう。飼い主のお気に入りの歌とともに「よくやったじゃないかぁ」と肉球パフパフをしてくれているのかもしれない。 「なう」 「おっふ」  しかしやめていただきたいのだ。  やがて猫らしきものは深々と頷いてからリビングへと消えていった。  奴にしかわからない何かに納得し、奴にしかわからない何かを満足させたのだろう。しばらくするとテレビの音が聞こえてきた。 『エブリディ! エブリバディ! 楽しんじゃおうぜ、コカコーラ!』  俺が知らない間にリモコンまで使えるようになっていたようだ。チャンネルまで変えているのが音でわかる。
 猫が去った後、電気もついていない薄暗い玄関廊下に俺と林田の荒れた呼吸音が響く。音だけ聴くとダースベーダーの呼吸音で作ったカノンみたいだ。  目を開けているのも辛くて、俺は目を閉じ、しばし、ダースベーダーカノンを耳で楽しむ。本当は全然楽しくなんかない。ただちょっとでも気を紛らわせないと辛いのだ。主にふくらはぎがパンパンに張っていて辛いのだ。
 シュッ、シュッ、シュッー、シューココッ、シューココッ。  シュコーァッ。  シュッ、シュッ、シュッー、シューココッ、シューココッ。  シュコーァッ。  シューコ、シューッコッコッ、シュココッ、シュコーッコーッコッシュココッ、シューココッ、シューココッ。  シュコーァッ。
 「お前」  ダースベーダーこと林田が弱々しく呻く。 「ググッとけよ、バカ」  ケツに何かが当たる。多分、林田が靴を投げつけてきたんだろう。やり返す体力も気力もない。そもそも林田の言うとり、今回は俺が悪い。 「実在するなんて思わなかった」  なんであるんだよ。  宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会。 「バカ、バカ、バーカ」  2つめ、3つめの靴が飛んできて、俺の背中や腰に当たる。林田も疲れているので力を込めて投げれないのだろう。痛くはない。  俺は「バーカ、バーカ」と俺を罵り続ける林田の声をBGMに、外で起きたことを回想する。どこで間違えたんだろうと後悔を噛み締めながら。    最初の2時間は計画通りだった。  遠くから写メを撮る人々はいたが、近づいてくる者は皆無。  たまに遠くから「きゃー! なにあれ、凄くなーい?」と若い女の子たちが走ってきたが、必ず途中でグループ内の警戒心の強い誰かがタスキに気がつき「うわっ! まじやばいって! あれやばいって! Uターン! Uターン!」と叫んで、方向転換していった。「東京コエー、東京マジコエー」と鳴く者もいた。  人々は俺たちを避けた。それはもう避けた。  「猫ちゃーん」と寄ってきた子供たちを、親御さんは「それはダメ! 絶対にダメ!」と叫びながら連れ戻した。まるで俺たちを目にしただけで、何らかの病気に感染するかのように。
 俺たちは宗教に対する人々の偏見を目の当たりにした。  確かに。  確かに俺たちは猫らしきものをお散歩させるために、ちょっとアレな人たちを装った。  だが、ちょっとアレだからといって、ここまでの偏見と、嫌悪と、侮蔑の目で見られなければならないのだろうか? 俺はそう思った。  ちょっと普通とは考え方が違うだけで、ここまであからさまに侮蔑するとは何事だろうか。  例えば俺が丸坊主で、数珠を下げ、着物を着ていたとしたら、こんな風に反応しただろうか?  あれだって変じゃないか。坊主にするとか、お数珠とか、変じゃないか。そんなことする必要ないのに。  何が違うっていうんだろう?   俺たち宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会は、宇宙は62のハイルーラーによって支配されており、地球の統治を担当しているのは31番めのハイルーラーである巨大な猫であると信じている。  気まぐれな猫である我らがハイルーラーは1999年の夏に姿を消してしまい、以来地球はハイルーラー不在の無法地帯と化してしまった。ハイルーラーが去ってから、地球に「真に新しいもの」は生まれなくなったのだ。  教祖のオールマザー・バステトことローラ・マクガナンがミネソタにある彼女の実家の納屋で天啓を授かったのはちょうどその時。  ハイルーラーの声を聞いた彼女は、気まぐれなハイルーラーの地球への帰還を願い、祈りを捧げる活動を開始。それが宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会の始まりだ。  極めて平和な宗教だ。血塗られた歴史もない。完全にクリーン。ただただ、星々を見上げてはハイルーラーの帰還を待っているだけ。  それなのになぜ、こんな目で見られなければならない! 筋が通らない! 血液型占いや星座占いの方がずっと悪質じゃないか! あれは人格を! 行動を! 運命を縛る! だが我々の宗教はハイルーラーの帰還によって、「真に新しいもの」が生まれなくなったこの世界を解放するという、いわば自由賛歌ではないか! ハイルーラーが全てを解放する!   俺たちの考えや信仰を理解してくれないのは構わないが、信仰の違いによって誰かを排斥したり、侮蔑したりするのは間違っている。そんなことはしてはいけないのだ! レイシスト! そう、こいつらはレイシスト! 理由もなく我々を差別する思想なき者たち! 大衆! 大衆という名の悪魔! 恥を知れ! 貴様らの偏見になど負けるものか! 大宇宙支配者達に栄光あれ!  −−今になって冷静に思い返すと、俺は役作りを本格的にやりすぎたのだ。  宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会の教義や歴史は俺と林田で考えたのだが−−大部分は林田のアイディアだ。あいつ「ドクター・フー」大好きだから−−、俺はのめり込んでしまった。度を越してのめり込んだ。  俺は何かの振りをしているうちにどんどん何かっぽくなってしまって、最初から自分が何かであったような気持ちになってしまうところがある。  以前よく行く電気屋で店員に間違えられてオススメの大型テレビを聞かれた時も「俺も客ですよ」の一言が言えずに、予算や部屋のサイズやテレビの使用頻度を聞いた上でビエラをお薦めし、「アマゾンさんの方がお安いんですが、今週の木曜日はポイントアップデーですから20%キャッシュバックになります。だから今日は買わずに木曜日にもう一度いらしてください。今、担当者をお呼びして、品物を取り置きさせますので」とまで言った。お呼びした担当者は始終微妙な顔をしていた。  俺はごっこ遊びで本気のポテンシャルを発揮するタイプゆえ、ここから先の展開は起こるべくしておきた悲劇と言えなくもない。
 俺は「そこまでしなくていいじゃん。結構恥ずかしいんだよ、俺」と渋る林田と、見るもの全てに興味を惹かれていて首をあっちこっちに向けている猫らしきものを連れて、混雑するららぽーと豊洲の中に入った。
 そして俺たちは練り歩いた。   混雑するららぽーと豊洲のノースポートエリアを。  センターポートエリアを。  サウスポートエリアを。  シップ1を。  シップ2を。  シップ3を。  シップ4を。  1階を。  2階を。  3階を。  俺たちは肩で風を切って歩いた。  人々は俺たちを避けた。  右へ、左へ、避けた。  俺たちが歩けばそこに道ができた。
 俺たちは横一列に広がった。  −−ドワナ・クローズマ・アーィ−−。  俺の脳内でエアロスミスが「アルマゲドン」の歌を歌っていた。  俺の脳内で俺は公開時に散々馬鹿にしていた「アルマゲドン」の、散々バカにしていたブルース・ウィリスになっていた。  オレンジの宇宙服。ガラスのヘルメット。地球を救うために宇宙へと飛び立つ英雄。  −−フンフンフフ、フフフン、フン、フフ、アイ・ミィスィー・ユー、フンフンフフフフフフーン−−。  脳内エアロスミスがぼんやりと歌い続けていた。俺はあの歌をサビしか知らないし、「アルマゲドン」もブルース・ウィリスと仲間たちが横一列になって歩いてくるシーンしか覚えてないのだから仕方ない。  −−ドワナ・クローズマ・アァァァァーィイイィィィ!−−。  歌がサビに差し掛かると、俺の脳内エアロスミスのボーカルは元気になった。  まちがいなく、俺は、俺たちは、俺たち宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会は、偏見という名の巨大隕石に立ち向かう、勇敢な男たちだった。  今思えば、ここはあのラップとギターが格好いいやつの方が場面的にはぴったりだったのかもしれない。曲名は知らない。ギターが格好良くて、ラップが格好いいやつだよ。  ダラララッダラララッタ! キュィーン! ダラララッダラララッタタッ!   コ、コ、ニ・カッコイイ・ラップガ・カッコイイ・ラップガ・ハイルンダゼ、マジデ、メェーン!   ギュイーン、ギュイーン。  ナンカ・カッコイイ・ラップガ・カッコイイ・ラップガ・ハイルンダゼ・マジデメェーン! 何回か繰り返してからの。  ウォーク・ズィス・ウェーィ! 合いの手! ウォーク・ズィス・ウェーィ! 合いの手! ウォーク・ズィス・ウェーィ!  っていう。曲名は知らない。かっこいいやつだよ。エアロスミスの。壁突き破ってくるやつだよ。
 とにかくエアロスミスみたいに俺は叫んだ。ABCマートの前で。 「大宇宙支配者達に栄光あれ!」  林田も叫んだ。サンマルクカフェの前で。 「大宇宙支配者達に栄光あれ!」  猫らしきものもの叫んだ。4DXでマッドマックスを再上映中の映画館の前で。 「林田ーなーう林田林田!」  努力は認めた。  俺はそういうの、ちゃんと評価するタイプだから。  警備員の「お客様、困ります」の声は、宗教の自由という言葉を連呼して押しつぶした。  俺はスターをとった後に坂道を滑り降り、道を上ってくるクリボーやノコノコを虐殺するマリオだった。  そういった調子こきマリオがどうなるか、俺は忘れていた。  スターマリオは坂道を下りきったところにある崖をジャンプし損ねて、スター状態のまま死ぬのだ。    スターマリオタイムが楽しすぎて、顔を真っ赤にして怒りに震えている7、8人の男女が俺たちを取り囲んでいるのに気がつくのが、少々遅れてしまったのは、そういうわけだ。俺はスターマリオ。彼らは坂道の後の崖。
 彼らは本物の宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会豊洲支部であった。 「あなた達は勝手にうちの団体の名前を使って、一体何をやっているんですか! バカにしているんですか!」  リーダーらしき人は確かこんなことを言っていた。お怒りはごもっともだった。 「公安ですよ。こいつら公安の回し者です。俺たちを挑発して、先に手を出させようとしてるんです。その手には乗らないからな! 我々はお前達政府の陰謀には屈しない!」  腹心らしき人は確かこんなことを言っていた。彼はちょっと考えすぎのきらいがあった。 「こいつら、幸福の科学じゃないのか?」  後ろの方にいた誰かがこんなことを言っていた。幸福の科学に思わぬ流れ弾が飛んだ。俺は本当にごめんなさいって思った。 「とにかく、ちょっと一緒に来てもらえますか? 一体誰の差し金で、何の目的で、我々のことをバカにする真似をしたのか、説明してもらいます!」 「なう」  リーダーらしき人が俺の腕を掴もうと伸ばした手を、いつの間にか俺の隣に立っていた猫もどきがはたき落した。  リーダーらしき人は林田が猫ロボットを動かしたと思ったらしく、林田を睨みつけて「スイッチを切りなさい」と言い、もう一度俺に手を伸ばし−−。 「なう」  また叩き落とされた。 「ちょっと」と手を伸ばしては。 「なう」叩き落とされ。 「いい加減に」と手を伸ばしては。 「なう」叩き落とされ。 「しろって」と手を伸ばしては。 「なう」叩き落とされた。 「なう、なう、なう、なう、なう」  猫らしきものはポフンポフンと肉球でもってリーダーらしき人の腕を叩き続けた。  俺と林田は「おい、よせ」「これは俺たちが悪いパターンのやつだ」と奴を宥めようとしたが、奴は「なうなう」と言い続け、リーダーらしき人を叩き続けた。痛くはなさそうだったが、屈辱的だったろう。  林田が「やめろって。こういうのは謝れば済むんだから」とうっかり言ってしまったのが、決定打だったのだ。  今思い返しても、あれは林田の一番悪いところが濃縮された発言だったと思う。  林田はちょっとああいうとこある。  きっと自分の子供が悪いことをした時に「ほーら。他の人たちに怒られちゃうよー」と言って「他の人たち」の神経を逆なでするタイプの親になるだろうと俺は常々思っている。今から矯正可能だろうか。……無理だろうなぁ。アラサーだもんなぁ。そう簡単に性格変えられねぇよな。  リーダーらしき人がなんと叫んだのかは覚えていない。というか聞き取れなかった。不穏な響きではあった。というのも集団の空気が切り替わったからだ。単なる怒りから、攻撃態勢へと。    そういうわけで。  俺たちは走った。  青春映画のワンシーンみたいに。  先頭は猫もどき。続いて林田、ほぼ横並びで俺。  ららぽーとからガスの科学館まで。  そしてガスの科学館から国際展示場まで。  さらにそこからまた別ルートでららぽーとまで。  俺たちは走った。  宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会豊洲支部の人たちに追いかけられながら。
 宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会豊洲支部の人たちは本気で怒っていた。  俺たちは本気でビビっていた。 「悪気があったわけじゃないんです」 「本当にすいませんでした」 「本当にすいませんでした」 「本当に、本当に、もうしませんから」 「あなたたちの気持ちは痛いほどよくわかります」 「宗教差別って本当に幼稚です」 「日本人は宗教に寛容だなんて大嘘ですよね」  そんなようなことを時々振り返りながら俺と林田は宗教法人・大宇宙科学幸福実現協議会豊洲支部の人たちに向かって叫んだが、帰ってきたのは罵声だけだった。  俺なりに彼らの辛い状況は理解していたというか、自分的にはむしろ俺は彼ら側だと思っていたので、彼らから 「ちくしょう! 少数派だと思ってバカにしやがって!」 「宗教相手なら何やってもいいと思っているんだろう!」 「大嫌いだ! 大嫌いだー!」 「いじめっ子ー! キリスト教や仏教はバカにしないくせに! 腰抜け!」 「Youtuberかニコ動のクソ実況者かまとめサイトか! どのクソ野郎だ! 新興宗教をからかって遊んでみたら人生オワタとでも書くつもりか! アフィ野郎!」 「面白いか! 俺たちを指差して笑って、それで面白いのか! 自分たちが同じことをされたらどんな気持ちか、考えろ!」 「俺たちも人間だ! 人間なんだ!」 「新興宗教と押し売り犯罪集団を同一視してんじゃねぇ!」  という言葉が投げつけられるたびに心が痛んだ。  言いにくい名前のお婆ちゃん魔女先生に戦いを挑まれたスネイプ先生の気持ちだった。  猫もどきは俺と林田の1メートルくらい前を、俺たちの方を向いて後ろ向きに走っていた。両手はだらっと下げたまま、足だけがミシン針みたいに激しく上下していた。あれっぽかった。アイリッシュダンス? っていうの? 下半身だけで踊るやつ。あれっぽかった。  そして笑顔だった。外で走れるのが楽しくてしょうがない感じだった。奴にとっては最高の散歩になったのだろう。    俺たちは1時間近くあっちこっちと走り回り、なんとか追っ手を巻いて、ようやくここへ戻ってきたのだ。もう当分ららぽーとには行けない。    「もうだめだ。動けない」  林田が呻く。  またしてもしばしのダースベーダー呼吸音のカノン。  それを破ったのは猫らしきものの足音だった。  目を開けると、2リットルサイズのコーラのペットボトルを両手で抱きしめるようにして奴は立っていた。 「なう」  奴は林田の前に歩いて行くと、ペットボトルの開け口を林田に向ける。 「なう」  どうやらキャップを開けて欲しいらしい。飲むんだ。コーラ。猫が。いや、猫じゃないけど。 「今、疲れてるから」  林田はかすれた声でそれだけ言う。猫らしきものの耳が少し倒れる。  猫らしきものはまた俺に顔を向ける。 「林田」  人違いです。 「なう」  猫らしきものは俺の方にもキャップを向ける。 「無理。疲れ���んの。後にして」  猫らしきものの耳がまた倒れる。 「なーう」  奴はキャップをその尖った歯で噛み始めた。カッカッカッカッという軽い音が響く。奴は右から、左から、時にはペットボトルを持ち直したりもして、キャップを歯で開けようと試みたが、結局はどれも失敗した。 「林田」  吐き捨てるように猫らしきものは言い、ペットボトルを廊下に投げつけた。イライラすると物に当たるタイプのようだ。ペットボトルは軽くバウンドして、玄関の方に転がってゆく。衝撃で中身が泡立ったのが見えた。あれじゃぁ開けた時、大惨事になるな。  猫らしきものは俺たちに背中を向け、リビングへと消える。またテレビの音が聞こえる。 『エブリディ! エブリバディ! 楽しんじゃおうぜ、コカコーラ! 疲れた気持ちもスカッとふっとばせ!』  あぁ。あのコーラ、自分用じゃなくて俺たち用だったのか。  なんだ。あいつ、結構、気を使えるタイプなんじゃないか。 「なう」  猫らしきものがまた戻ってきた。  また何かを抱えている。コーラではないけど、大きさはそれくらい。  お醤油だ。お醤油のボトルだ。  猫らしきものは首を右に傾けて、歯でキャップをカッカッカッと弄る。  力を込めて捻らないといけないコーラのボトルとは違い、お醤油のキャップは簡単に開いた。  猫らしきもの、満面のスマイル。 「林田。なーうー」  まさかそれを俺たちに飲ませようとはしてないよな。コーラの代打をお醤油に務めさせようとはしてないよな。似てるのは色だけだぞ。
 まさかだった。  猫らしきものは身動きが取れない林田の前まで歩いて行くと、「となりのトトロ」でカンタがサツキに傘を押し付けた時のように−−「ん!」「ん!」ってやるあのシーン−−林田にお醤油を押し付けた。  林田は口を固く閉じ、首を横に振り続けた。  猫らしきものは「全く解せない」というようにお醤油と林田を交互に見た後で、お醤油のボトルを林田の頭の上で、ひっくり返した。 「ちょ、ま、待てよぉ」  木村拓哉の下手くそなモノマネみたいな林田の声は、お醤油の流れ落ちる音で止められた。もし林田が寿司だったらシャリが崩れて箸でつかめなくなるくらい、林田はお醤油でひたひたになった。  ただでさえ疲労困憊しているところに、この仕打ち。  林田は完全に打ちひしがれ、うつろな目で天井を見上げて「もー」とキョンキョンみたいな口調で言った。  お醤油の中身が半分になったところで猫らしきものは、勿論、俺を見た。 「林田」  人違いです。
 ちょ、ま、ちょ、ちょ、待てよ。
 もー。
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konyokoudou-sk · 8 years ago
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一日一はや慕Weekly 2017年12月6日~12月12日
781. 12月6日
「らしくないよ、飲めない酒を飲んじゃって」 「飲まなきゃやってられない時もあるんらよっ」 日頃のストレスのせいか 飲み慣れない酒を飲むはやりん しかもカンチューハイ二本で 酔いつぶれてるのを見ると 心配になってくる慕ちゃん 「これ以上飲まなくても…」
慕ちゃんの忠告を無視して カンチューハイを呷っていくはやりん 「これじゃ潰れちゃうよ」 「はぁ~…」 すっかりできあがった はやりんを慕ちゃんが無理矢理 居酒屋から連れ出そうとするが 引き留められる 「らめらめ…ここに座っれよ」 「どうしちゃったの…」
駄々をこねてまで慕ちゃんと 居酒屋に居座ろうとするはやりん 「いいらいことゆーのに、のまなきゃやってられらい…ひっく」 酔っ払って呂律がおかしくなっていたが はやりんの言いたいことは なんとなくわかったので 彼女の言葉を待つ慕ちゃん 「あのね…ひっく…」
「何が言いたいの…」 なかなか肝心なことを言おうとしない はやりんにしびれを切らして 再び彼女を連れて帰ろうとしたが 涙ながらの訴えに折れた慕ちゃん 「だから何、はやりちゃんが言おうとしてることって」 「あー…嫁ひ、なっれ…くへっ」 「全然聞こえない…」
はやりんの言葉を聞いていたが あまりのことに心が真っ白になって 聞き取れない慕ちゃん 他ならぬ彼女がずっと待ち焦がれていた 言葉だったはずなのに 「わかんらいろ…嫁にきへふだはい、ひのひゃん」 「あ…」 舌っ足らずのはやりんの言葉が 届いた瞬間泣き崩れた慕ちゃん
「ずっと待ってたのに、なかなか言おうとしないんだから」 はやりんが飲めない酒を飲んでいたのも プロポーズの緊張感を和らげるためだったのだろう そう考えると酒に呑まれてながら 前から考えてたプロポーズの言葉を 勇気を出して言ったはやりんが いじらしくてたまらなかった
「今日みたいに飲めない酒を無理して飲まないなら、嫁に来てあげていいよ」 アイドルらしくもない 単純明快でシンプルなプロポーズで しかも居酒屋で酔っていったものだけど ハグではやりんの気持ちに応える慕ちゃん 「うれひい…」 人目もはばからず抱き合って 泣きわめく二人
「って…アイドルなのに、自分から告白しちゃって大丈夫なの…」 一時の感動からすっかり落ち着いた 慕ちゃんははやりんに聞く 「大好きな人だからいいもん」 心が一つになった余韻に浸りながら はやりんの残したチューハイを飲んで 間接キスを味わう慕ちゃん
782. 12月7日
プロシーズンが終わって すっかりオフになったので 島根に帰ってきた二人は 日頃の疲れを癒やすために 閑無ちゃんも交えて 温泉三昧を満喫することに 「はぁ…足湯気持ちいい…」 「極楽ぅ…はやぁ~…」 「お前ら…どんだけ日頃からストレス溜めてるんだよ…」
「そりゃ私はプロだから」 「さらにアイドルだよ☆」 「うわ…」 閑無ちゃんにしても 人のこととは言えないようで 足湯に入ってすぐ蕩けた顔になっていた 「この歳になると足湯が五臓六腑に沁みるぜぃ」 「(閑無ちゃん疲れてるだけだよ)」 「(疲れてるだけだと思うよ☆)」
だがいくら足湯とはいえ 今の玉湯温泉は真冬の十二月 下手をすれば雪が降りそうなほどに寒いので 上半身が凍えて仕方が無い 「うわ…足が温まるけど肌寒い…」 寒さのあまり自分の肩を抱く 閑無ちゃんを尻目に はやりんは慕ちゃんと肩を寄せ合って 寒さを凌いでいた
「これじゃ雪が降りそう」 「あんまり長居すると風邪引いちゃうね」 「(う~わ~、慕もはやりも流石だなぁ…)」 今日の気温は10度に満たず いくら足湯の恩恵があるとはいえ 全身を温めきるには限度があった 「はやりちゃん…膝」 「私ももっと暖まりたいからね」
慕ちゃんの膝に寝転がって 暖を取るはやりんの様子を見て 心を曇らせる閑無ちゃん 「いいなぁ…慕とはやりは…私なんか杏果に…」 「(大丈夫かなあの二人…)」 なにやらブツブツ言い始めた閑無ちゃんに 杏果ちゃんとの生活に何があったんだろうと 思いを巡らせる二人
だがそんな心の闇を拗らせる 閑無ちゃんを尻目にハグしあって キスを敢行する二人 「これであったかくなったね」 「むしろ熱くなったかも」 「(熱すぎるってもんじゃないだろ…マジで羨ましい)」 まるで新婚夫婦のような二人の熱に 当てられそうになる閑無ちゃん
「わっ…雪だ」 「はや…」 「もうかよ…」 肌に軽く冷たいものが走ったので つい上を見上げると雪が降り始めていた 粉雪はパラパラと桜の花びらのように 舞っていくようだった 「綺麗…」 「たまに見るにはな」 素直に雪に感動する二人とは対照的に ため息をつく閑無ちゃん
現在の閑無は杏果の旅館の従業員なので 下手に雪が積もれば雪かきと掃除をやらなければならない 故に仕事が増えるかもしれない 雪の天気は歓迎しづらかった 「はぁ…天気予報によると積もるらしいしな…。そろそろ部屋に戻れよ」 閑無ちゃんに促されるように足湯から出る二人
そして閑無に連れられて 二人の泊まり宿でもある 杏果の旅館に向かうと そこには鬼の形相の杏果ちゃんが 「閑無…二人を案内するとか言ってまたサボってたでしょ」 「一応仕事はこなしてるぞ」 杏果ちゃんと閑無ちゃんの痴話喧嘩を 目の当たりにして仲良いなぁとほくそ笑む二人
「杏果ちゃんも閑無ちゃんも大変そうだなぁ…」 「二人とも仲良いけど苦労してるね」 閑無ちゃんの苦労に 思いをはせながら 足湯に入ってた間に 冷えた身体を暖めるべく そそくさと露天風呂へと向かう二人 「今度は新しいお風呂に入ってみようよ」 「楽しみだなぁ…」
783. 12月8日
仕事の休憩時間中 ずっとヘッドホンで何かを聴いてるのが 気になる良子ちゃん 「何をリスンしてますか?」 「はや…気になるんだ…」 「気になりますよ」 なぜならヘッドホンを付けてると とろんと蕩けた目で ぼーっとしてるので 良子ちゃんとしては 気になってしょうがない
ヘッドホンにそっと耳を近づけて 聞き耳を立ててみると 聞き慣れた誰かの声が漏れてきた 「(聞かなければ、良かったですね)」 はやりんが聞いていたのは 録音された慕ちゃんの声だった やはりはやりんは慕ちゃんのことを 思っているという敗北感に 打ちひしがれる良子ちゃん
「やっぱり気になる?」 挙動不審な良子ちゃんに気づいて 一時ヘッドホンを外すはやりん 「別に気になりませんが…毎日聞いてるんですか?」 「慕ちゃんの声を聞いてるとね…癒やされるんだよ。かわいいとか言われたら悶絶しちゃう」 「…やっぱり気になります」
慕ちゃんボイスの魅力について 蕩々と語っていくはやりんに ドン引きする良子ちゃん 「つかぬ事をお聞きしますが…いつ慕さんの声を…」 「一緒にいる時に録音して編集したものだよ♪」 つまり盗聴… と言いかけてやめた 良子ちゃんの背筋には 冷たいものが走っていた
「(好きな人とはいえ、これは流石に…)」 だが慕ちゃんボイスを楽しんでる はやりんの呻き声をよく聞いてみると かわいいので自分もまた 好きな女の子の声を聞いて 楽しむことにした良子ちゃん 「(はやりさんがやってるなら私も…)」 こっそりボイレコ��電源をオンにした
数日後はやりんと同じように 思い人の声を聞いて楽しんでる良子ちゃん 「何楽しんでるの良子ちゃん」 「はやりさんと同じですよ」 「あっ、いつの間にか録ってたんだ、酷い!」 自分が録音される側になると プリプリ怒ってるはやりんが 面白くて笑ってしまう良子ちゃん
784. 12月9日
プロ同士で集まっての飲み会 宴もたけなわで参加者全員 気分良く酔っ払って気が大きくなっていた そこに若手のプロから 慕ちゃんとはやりんの 日頃の性生活について 質問が飛んできた 「あの…白築プロと瑞原プロって仲良さそうですけど、日頃どんなプレイを…」
「(こいつ…地雷を踏みおって…)」 学生時代から続いている 白築プロと瑞原プロの夫婦のような関係は プロ全員公認であるが 普段は深く触れないことが 暗黙の了解だった だが酒の席なこともあって 若手プロは酔った勢いで 暗黙の了解に触れてしまった 「(もう遅い…)」
質問をした若手プロと 慕ちゃんとはやりんを除いて すっかり酔いが覚めてしまった その場のメンツを他所に口を開く慕ちゃん 「はやりちゃんは、ムッツリスケベだよ…アイドルのくせに…」 すっかりお酒が入ってる慕ちゃんは 暴走状態でここぞとばかりに 夜の性生活をぶちまける
「毎日毎日お仕事から帰ってくるなり私のこと求めてくるしその度私に甘えてくるからはやりちゃんの相手は大変だよ。この前なんか…」 「また始まった…」 二人の関係が暗黙の了解になった理由は 隙があればノロケを延々と喋り続けるために プロたちが引いてしまうことにあった
長時間にわたってノロケを聞かされ続けて 精神が崩壊してしまったプロも多く いつしか二人の関係は触れてはならないものになった 「もぅ…慕ちゃん恥ずかしいから外出よう…」 「そうだね…帰ってしよっか…」 「もう…さっそくしたいの?」 「(た…助かった…)」
はやりんが慕ちゃんを 連れ出す形でノロケは終わった 最初に二人に性生活を質問した 若手プロはすでに泡を吹いて倒れていた 「はぁ…」 プロたちは二人がいなくなって 嵐が過ぎ去ったのを感じて ほっと胸をなで下ろしそして 「(リア充爆発しろ…)」 と心のなかで叫んだ
785. 12月10日
「今度のCDのジャケット、慕ちゃんとキスしてる写真使うから」 「そういうの���て…ありなの?」 はやりんはアイドルだから そういうキスとかNGなんじゃ と疑問に思う慕ちゃんだが 「女性同士のキスならOKらしいって」 「そうなの!?」 女性同士ならいいんだと はやりんの話を受け入れた
「(でもまさか私たちが恋人同士なんて…ファンも想像してないよね)」 この話は慕ちゃんとキスしたいだけの はやりんが悪ふざけのつもりで プロデューサーに提案してみたら 意外にもOKが貰えたので 提案したはやりん自身も 軽く戸惑っていた 「(ま、慕ちゃんとキスできるならいっか…)」
そして撮影日当日 はやりんとスタジオにやってきた慕ちゃん 撮影されることに慣れてないので 緊張で表情が硬くなる 一方はやりんもキスしてる姿を 撮られることに慣れてないので いつも以上にドキドキしてる 「いつもと同じようにキスするだけなのに…」 「緊張しちゃうね…」
なかなか緊張が解れずに 撮影ではリテイクの嵐に 「ありゃ~、はやりちゃん普段はそうでもないのに今日は表情硬いねぇ…」 「まぁ…」 カメラマンにもツッコまれて 愛想笑いを浮かべるはやりん あまりにもラチが開かないので 一時休憩することに 「はぁ…疲れたぁ…」 「大変だね…」
「キスするだけなのにカメラで撮られるなんて気になって気になって」 「いつも意識してやってないことを意識してやろうとするとうまく行かないってことあるけど、それと同じような気がする」 少しでも緊張感をほぐすために二人で たわいもない会話を続けてるうちに いつものペースが戻ってきて
「キス…したくなっちゃった…」 「え…まだ休憩時間中だよ」 会話するうちにキスしたい欲求が 高まってきて衝動的にキスする二人 「はむっ…おいしい」 「はやっ…」 「これが本番でできたら…」 二人が熱に浮かされて 夢中になってキスしてる間に パシャっとシャッター音が切られた
「今すっごく良いのが撮れたわ」 いい絵が撮れたわと喜んでる カメラマンの言葉に肯くはやりんを見て 「もしかして」 「慕ちゃんが緊張してるっぽいからあえて休憩入れて貰って、自然にキスするのを待ってたんだよ☆」 「はやりちゃんに騙された~」 「でも結局いいキスが撮れたしよかったよね」
だまし討ちのような格好で キスをカメラに撮られた慕ちゃんは ちょっと不満げだったものの 良い写真が撮れたならと納得した 「でもやっぱりこれがジャケットになるなんて恥ずかしいな…」 「私たちの仲の良さを見せ付けられて慕ちゃんだって嬉しいでしょ」 「そうかもしれないけど…」
「(ホントに恋人らしいわね、あの二人)」 仲良さげな二人の会話を見て カメラマンはこっそりと再びシャッターを切った 「(これもいただき。はやりちゃんの今回のジャケット、良い出来になりそうだわ)」 慕ちゃんとはやりんのキス写真のジャケットは 意外とはやりんファンには好評だったとか
786. 12月11日
「どうしちゃったのかなはやりちゃん」 登校してきたはやりんが そわそわして落ち着かないので 気になるあまり自分も 落ち着きを失う慕ちゃん 「(はやりちゃんずっと下を向いてて胸のこと気にしてる?)」 気のせいかいつもより 顔も紅いところから察するに 風邪を引いてるのかもしれない
そう判断した慕ちゃんは とりあえず様子を見るため はやりんの席へと駆け寄った 「調子がおかしいけど風邪?」 「う…うん…」 慕ちゃんの問いかけには 一応答えたもののその調子がおかしい いつものはやりんでは考えられないほど 艶のある声だった 「(風邪…じゃないのかな?)」
はやりんから漏れる息も どこか官能的で慕ちゃんにとって そそるものがあった 「(今のはやりちゃん、すごくえっちだ)」 はやりんの身体に軽く触ってみると やんと声が漏らしてさらに何かを言った 「ぶら…わすれ…」 小さい声でくぐもるように 言ったので慕ちゃんには聞き取れず
様子を見る限りではとりあえず 何かの調子がおかしいことは 確かなのではやりんの身体を 引っ張っていくことにした慕ちゃん 「さあ保健室行くよ」 「うん…」 保健室に行くまで間のはやり んは時々身体を震わせながら ため息のようなものを漏らしていた 「(やっぱり身体熱いなぁ…)」
そして二人は保健室にたどり着いたものの 先生はどこかへ消えていて 体温計を捜して熱を測ることにした 「さっ…三十八度…」 意外と熱が高い上に だるそうにしていたので 奥のベッドにはやりんを寝かせた 「はぁ…ありがと…」 「氷の枕とかあるかな…ちょっと捜して…わぁっ!?」
いきなり強引な力でベッドに 引きずりこまれた慕ちゃん 「だめだよ…はやっ」 窘める慕ちゃんを無視して 間髪入れずはやりんは 自分の唇を彼女に差し入れる 「え…」 「ブラ…忘れちゃって…それで…感じちゃってっ…おさまらないの」 はやりんの汗で濡れた服をゆっくり脱がせていく慕ちゃん
「ホントだ…今日のはやりちゃん、ノーブラだね」 はやりんの何も付けてないおっぱいを 舌で転がしていく慕ちゃん 「幸い私がすぐ気づいたけど、悪い男子とかに見つかってたら大変だね。そうでなくてもはやりちゃんのおっぱいは男子を惹きつけるのに」 さらにもう一つの舌でもはやりんを嬲っていく
「もしかして、保健室行く時身体が跳ねてたのもこういうことかな?」 すっかりノリノリで弱り切ったはやりんを いじめていく慕ちゃん 「学校…行く時も身体が感じちゃって…慕ちゃんのせいで」 はやりんは慕ちゃんに頻繁におっぱいを 開発されたせいでブラが無ければ発情する身体になっていた
「慕ちゃんがおっぱいばっかりいじめるから…わたしっ…」 「それは悪かったね。でもこんなに色気まき散らすはやりちゃんはもっと悪いんだよ」 そして残されたショーツも 丹念に脱がされて 誰も居ない保健室で 二人の愛の交わりを止めるものは誰もいない 「誰も居ないから心置きなくできるね」
すっかり気が緩んだまま ベッドで激しくセックスを続けてると 先生が帰ってきて 「瑞原、白築、仲が良いのはわかるが勝手に保健室のベッドを使わないでくれるかな」 セックスしてるところを見つかった 二人は保健室の先生に大目玉を食らったが はやりんが風邪を引いてることは確かだったので
なんとか無事帰して貰うことはできた その気になればマネージャーさんの車を 呼ぶこともできたが先生の粋な計らいで 慕ちゃんに送って貰えることに 「続きは家に帰ってやってくれ」 「はい…」 帰った後も看病そっちのけで セックスしてたので 慕ちゃんにも風邪が移ってしまったのはまた別の話
787. 12月12日
「抵抗しないんだ」 「するわけないよ」 明らかにマウントを取られているのに 余裕そうな顔の慕ちゃんに 腹が立って無理矢理口を塞いだ 「どうしちゃったの、珍しく積極的だね」 煽るような慕ちゃんの言葉を 無視してさらに責め立てる 「いつも責めてるんだからたまにはいいでしょ」
この流れもまた慕ちゃんの 思惑通りに思えて腹が立つけど それもまた情欲のスパイスになる 「もっとぶつけて欲しいな」 「そうして欲しいならこうしてあげる」 「あっ…」 最近いろんなことを考えすぎて 悩んでるからそのモヤモヤを 慕ちゃんにぶつけてるだけなことは わかってる
でもそれはそれとして慕ちゃんが 腹立つからたまには こうやって反撃してあげたい 「その調子だよ」 慕ちゃんってば私の悩みも 何もかも見透かしてるから 余計に腹立つ 「ここなんか…どうかな」 「そこっ…弱いからっ…」 流石の慕ちゃんも 弱いところを責められると たじたじのようだ
「ふわっ…」 あっという間に限界を迎えて 慕ちゃんは失神してしまった でもその程度で彼女を責めることを やめられないほどに日頃の鬱憤が まだ残っていた 「はやりちゃん?」 「失神なんて許さない、もっと気持ちよくなって壊れちゃえばいいんだ」 きっと今の私は酷い顔をしてるに違いない
慕ちゃんをサディスティックに 責め立てられるだけでゾクゾクっとする 「(最近のはやりちゃん、いろいろ悩んでるから。焚きつけてみたんだけど予想以上だなぁ…でもいっか)」 気絶するまで責められたくせに どうしてそこまで笑えるの慕ちゃん こうなったら壊れるまでしちゃおう そう心に決めた
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valiantlydarktiger · 8 years ago
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【創作】 雷帝は赤子に翻弄される
だらだら書いているインド神話翻案ものです。 スカンダの話をまとめて、余力があったらもう少し先まで。
【今までの話】 破壊神は火で戯れる(R-18 シヴァの怒りを鎮めたアグニ腹痛)  火神は河で癒される(アグニ、ガンジス河に落っこちる)  鬼は火を抱く(R-18アグニ、ブタガナスの鬼を手懐ける)  幼子は火に習う(ガネーシャ、初めてのお勉強)  火と河の子(スカンダお誕生)  魔王と輝く子(宿敵ターラカご紹介。赤ちゃん元気良すぎ) 
 天界の王インドラは、長い間苦悩していた。  神軍を率いる将軍である王は、暴竜ヴリトラと戦い、王の地位を脅かすものと戦い、天界を支配しようとするものと戦うのが使命である。  だが、創造神ブラフマーの恩恵を受けたアスラ族の王ターラカに、どうしてもかなわない。  不死の神々だから、どれだけの猛攻でも滅ぼされることはないのだが、敗北するし支配力も権力も財宝も取り上げられ、屈辱を強いられる。  奪った財宝と権力で、不死ではないもののその分子も多く産まれるアスラ族は繁栄し、ますます軍が強くなる。  音を上げた神々が、インドラにターラカを討てと迫るのだが、シヴァの息子以外には殺されない恩恵を受けたターラカをどうしろというのか。  不死ではないからこその命知らずの勇敢な軍勢に、不死ではあるが勝ちきれない戦に疲れ切って士気の落ちた神軍は、もう長いことまともに立ち向かえなくなっていた。  破壊神シヴァが、長い悲しみを越えて新たにパールヴァティーを妃に迎えたときは、これでターラカを倒す子ができる、と、天界が歓喜に包まれたものである。  だが、それから千年。  象頭の子を我が子としてシヴァ夫妻は溺愛しているが、それっきり。  インドラ率いる神軍は消耗して疲れ果てたまま、何の見通しも立てることが出来ずにいる。
 庭園をインドラは歩いていた。  負け戦続きで士気が下がり続けているせいか、庭園も荒れて半ば森になっている。  最初、火神アグニか、と、思ったのである。  荒れた庭園を見かねて、焼き払いに来たのかと。  それくらい、まだ天にある太陽くらい、眩しいものがいた。  ただ、幼い。  ころころ転がるように走ってはつまづいて転んで、地べたに這う前に上手に転がって立ち上がってまた走り回る。  走る度に火の粉が飛ぶが、燃え移りはしないので、もしかしたらアグニではないのかもしれない、と、インドラはそのまま小さいものを見ていた。  ころころ転がって走って、急に立ち止まって、小石を見つめて拾って、口に入れてみーと泣く。  どこの子だ、と、インドラがのんびり眺めていると、兵士が駆け寄り、ひざまずいた。 「どうした」 「正体不明のものに庭園までの進入を許してしまいました」  あれか、と、指さすと、兵士ははいと答える。 「何だ、あれは」 「アグニ様のお戯れか、アグニ様と同等に熱いガルーダ様かと思っておりましたが、何一つ言葉が通じません。あれはどなたでしょう」  伝達に来た兵士はだいぶ煤けて、庭園の外で体勢を立て直している軍からは焦げた金属の匂いが漂っていた。 「どなたか存じませんが、なんとしても捕らえます。庭園を荒らすお許しをいただきたく」 「赤子一人で何を騒いでいるか」  おいで、と、インドラが抱き上げると、赤子は笑って手を伸ばす。  きらきら光っていい匂いのするきれいな顔の赤子は、抱き上げられてきゃっきゃと笑って、それから、ごう、と火を吹いた。  これしき何でもない、騒ぐな、と、兵士を制する間に、赤子はインドラの腕をすり抜けてころころ走っていってしまった。 「お怪我は」 「なんだあれは」 「存じません」 「インドラを焦がすようなものを放って置くな。すぐ捕らえろ」  一瞬だ、火傷をするような火ではなかったが、それでも、前髪が灰になってぱらぱらとこぼれ落ちた。  走っていった赤子は、大輪の花を見て、花に埋まるように匂いをかいで、それから、食べる。  あまり気に入らなかったようで次の花に行こうとしたところに、精鋭の兵士が数人飛びかかった。  が、赤子は気にもせず、兵士の足の間をくぐるようにすり抜けて、花に顔を埋めていた。  ならば、と、大きな布でくるみ込むように押さえ込む。  麻布の感触が楽しいのかご機嫌にもぞもぞ動いて、すぐ、布を灰に変えてすり抜けた。  なんだあれは、と、インドラは、声に出す。  大人げないのは承知の上で、槍を構え、棍棒を見せつける兵士達だが、インドラが見ても渾身の一撃は赤子には遅すぎるらしく、棍棒を持つ腕にしがみつかれ、突いた槍を駆け上がって肩に乗られる。  自分より重い槍を取り上げて、小さな手で抱きつ���ように握って、ぶん、と振り回すと、十数人集まっていた兵士が風圧で地に伏した。  自分も吹っ飛ばされたが槍を離さなかった赤子は、満面の笑みで槍を引きずって、動きあぐねている兵士達を見る。  ぶん、と、振って、前衛を吹っ飛ばした後すっぽ抜けた槍は、大岩に半ばまで突き刺さり、次の瞬間、岩を砕いた。  わっ、と、散った兵は、赤子の手ががら空きの間に、一斉に弓を構える。  インドラは、止めなかった。  手練れの兵達は、一斉に、いや、ばらばらに一点めがけて射る。  勝利を約束されたターラカを倒せないだけなのだ、むしろ、兵力をかき集め個々が意地の限りで己を鍛え上げた神軍の射撃、よけられるはずがない。  が、巻き上がったのは土煙ではなく、黒煙と火柱。  灰だけかぶった赤子は、全くの無傷のまま、燃え残った矢を見る。  弓を引く真似をして、首を傾げて、ぱたぱたと兵士達のところに走ってきて、呆然としている一人から弓を取り上げた。  さすがに小さい体で大人が全力で引く弓は扱えないだろう、と、覗き込んでいる間に、赤子は弓を起こし、手も足も使って難なく弦を引く。  弓は引いたものの、つがえ方がよくわからず、じーっと弓を持っている兵士を見ているから、兵士は上の空でお手本を見せてやる。  上手につがえてご機嫌な赤子は、インドラにまっすぐ矢を向けるが、兵士がかすんで見えるほど遠くの岩にそーっと向けてやると、赤子は喜んで、そのまま射った。  庭園を造るときに、大地とつながっていて削り取れなかったので、そのまま残した大岩は、射抜かれて根本から割れ、矢に引きずられて吹っ飛ばされ、砕けて、砂になった。  誰も、何も言わずに岩のあったところと赤子を見比べていた。  赤子は、もう一回やってみたいらしく、もう一本よこせと兵士を追いかけるが、走っている内に鬼ごっこが楽しくなったらしく本気で走り出し、兵士を蹴倒して背中を駆け抜けて、適当に地べたに転がる。 「…インドラ様」 「もういい、庭園から出すな。創造神維持神破壊神の戯れでも度が過ぎる」  インドラは、雷を武器に変えて構える。  赤子は、篝火に躊躇なくよじ登り、顔をつっこみ、燃える油に手を突っ込んで、炎ごとなめ取る。  髪も手も肌にも炎が燃え移るが、赤子はご機嫌なまま、むしろさらに輝いて一回り大きくなり、しっかりと立ち上がる。  火神アグニは、何よりも熱く気性が激しいので、誰も何も無理強いできないのだったが、ただの火である自分をよくわきまえていて、自分の火で誰かを傷つけるのを好まない。  そのアグニによく似た赤子は、初めて見る世界を楽しむように、好奇心だけで走り回り、見たもの全てを覚えて身につけていく。  槍も、弓も、誰よりも上手に力強く使いこなせているこいつは、雷を見たら覚えるだろうか。  だが見せるのは一度きり、真似する暇も与えぬ。  赤子は、インドラに気づいて振り返った。  ほんの少しの間に、よちよちしていたのが、地面を踏みしめて睨み上げるくらい、しっかりしてきている。 「強い子よ、よく暴れた。ここで名乗って引くのなら、私の部下にしよう」  赤子は、じっとインドラを見ていた。  そして、インドラの構える槍を見て、自分も小枝を拾う。 「わからないか。ならば仕方ない」  どん、と、天界が揺れた。  インドラの雷が庭園を割り、赤子は裂けた自分の脇腹をぽかんと見ていた。 「さあ、治してやるからおとなしくしろ」  インドラが手を差し伸べるが、赤子は、吹き出す自分の血に、指を浸す。  いじるな、と、やめさせる間もない。  赤子は裂けた自分の脇腹から、自分と同じ顔同じ姿を二人引き出し、すぐに立ち上がった分身ともどもに構え、インドラを見上げる。  なんだ、これは、と、何度目かにインドラは声を漏らした。  どんな武器も通らない、火と同じ熱さで火を使い火を食べて、何よりも早く、どこにでもいくつにでも存在できる、誰よりも賢いアグニを、インドラはよく知っている。  そのアグニそのままで、一つも意志疎通できない、こいつはなんだ。 「アグニか」 「おとさん」  ぱっと、赤子が笑った。 「おとさん」 「アグニがか?おまえアグニの子か」  わーい、と、赤子はインドラによじ登って首にぶら下がる。 「ぐー」 「ぐーは何だ、腹減ったのか。お菓子食べるか。まだ乳飲み子か」  誰か、なんか持ってこい、と、インドラは赤子をあやしながら力なく言いつける。 「それならそうと早く言わんか」  持ってこさせたお菓子は、食べたことがなくてわからないのか、すぐ口から出してしまったが、駆けつけた女達が代わる代わる乳を与えると、それぞれ干からびるほど吸って、赤子はインドラの膝の上で、寝付いた。  眠ってしまうと、見とれるほどにきれいな赤子でしかなくて、インドラは膝を占拠されたまま、ため息をもらす。  庭園は暴れ回ってぼろぼろ、精鋭の神軍は赤子一人にひっかき回されて怪我はないが疲れ果てた。  言葉がわかるようになればもう少し落ち着くだろうが、それよりも、うまくしつけて育てたなら、戦士として功を遂げるのではないか。 「なんか子守してもらったみたいで」  火神アグニがインドラを覗き込んでいた。 「やっぱりお前の子か」  インドラの大声で、泣き出した赤子をアグニは抱き取る。 「慈悲深くお優しく強い強いお前の王様だよ、怖くない怖くない」  いやみか、と、インドラは顔をしかめるが、赤子が涙目で見ているのでふんと顔をそらす。 「おうさま」 「そう。おとさんとなかよし。スカンダともなかよし」 「なかよし」  にこーっと赤子、スカンダが笑い、インドラもにっこりせざるを得ない。 「スカンダです、アグニの子です、って」 「です!」  ごめんね、まだ赤ちゃんで、と、アグニが謝り、スカンダが腕から落っこちそうにはしゃいで笑う。 「いつの間に」 「生まれたのは千年くらい前だったんだが、目を開けたのが三日くらい前で」  なかよし、なかよし、と、スカンダがインドラに抱っこをせがむので、インドラは手を伸ばして抱き取る。 「こんな火の固まり産み落とせるような頑丈な女がいるとは知らなかった」  それにははっきり答えず、今ガンガーと一緒にいる、と、アグニはつぶやく。  スカンダはインドラの膝で大あくびをして、頭をぐらぐらさせていた。 「ガンガーが見ててくれたんだが、川駆け上って天界まで来ちゃって、探しに来たらインドラが子守してくれてるみたいだから俺は仕事を先に済ませて��� 「気がついてたなら早く引き取りに来い」  どれだけ神軍がひどい目にあったのか庭園を壊されたのか、懇切丁寧に包み隠さず言って聞かせねばなるまい。 「この子ちょっとやんちゃで、夕べは海まで流れて行っちゃって、ヴァルナに叱られてきた」 「ちょっとじゃない。野放しにするな、今すぐ師をつけて槍も弓もしっかり教えろ」 「気が早い」  眠たいスカンダがインドラの腹に寄りかかった途端、熱い、と、インドラは赤子を放り出し、アグニが受け止めた。 「…赤ちゃんなんだからぽいぽい放り投げないでほしい」 「たとえ地面に叩きつけたって受け身とって走るぞ、そいつ」 「慈悲深い王様のお言葉とは思えませんねー」  ねー、と覗き込むと、にゃー、と、膝の上のスカンダは手を叩いて笑う。  慈悲深く不滅の王様は、しばらく苦い顔をしていたが、散らかったままの庭から弓矢を拾い、アグニに押しつける。 「そいつに引かせろ」 「赤ちゃんのおもちゃじゃない」 「いいから」  困った王様だねえ、と、アグニが受け取ると、スカンダが先に手を伸ばした。  自分は戦わないが全てを知っているアグニは、ふうんとスカンダを見て、膝から降ろして立ち上がる。  スカンダは座り込んだまま、手も足を使って弓を引き、アグニを見上げた。 「…へえ」  射抜いて見ろ、と、インドラが細い枝を投げる、と、地面には枝が折れずに縫い止められ、矢は半ば埋まっていた。  よしよし、と、頭をなでられて、スカンダは声を立てて笑う。  ぽかんとしていたのはアグニのほう。 「最近の子供は」 「最近の、じゃなくて、お前の子が、だ。見てるだけで何でも覚えやがって神軍の誰一人かなわなくて庭中ぼろぼろだ」 「いや庭は昨日もその前も荒れてたし」  アグニが槍を拾うと、持たせろとスカンダが歓声を上げ、小さい体で小さい手で抱きつくように槍の柄を握って、ぶんぶん振り回す。  戦士ではないから戦わないが全部を知っているアグニは、ちょいちょい姿勢を直してやりながら、飛び回り、跳ね回って槍を避ける。  振り回すごとに上達するスカンダは、ふーっと口から炎をこぼしながら、地面を踏みしめ、まっすぐアグニを貫く。  一瞬形が崩れたアグニだが、見えて熱も感じるが決してつかめない、ただの炎である。  崩れた形を再構成しながら、炎を割ったスカンダの手首をつかんで引き上げる。  と、つり上げられたスカンダはアグニの手を蹴って自分を地面にたたきつける、前に、受け身をとってころころと走って逃げていった。 「…もしかして、スカンダ強い?」 「もしかしなくても強くて手に負えなくて困っていると言っているだろうが」  おいでおいで、と、手招きすると、走っていったスカンダはアグニに飛びつき、勢い余っておとさんは後ろに一回転。 「スカンダ強いなー」 「なー」  もっと遊べとばたばたしているスカンダを膝に乗せ、アグニは考え込む。 「子守してくれてる間に、神軍でいろいろ教えてくれたとか」 「違う、覚えられたら困るのに、一目で覚えてしまって、誰も取り押さえられなかっただけだ」 「神軍が赤子一人に…」 「ああそうだ、赤子一人槍でも弓でも止められなくて、皆自信を失っているところだ、どうしてくれる」 「る!」  話に加わっているつもりのスカンダが、ご機嫌に相槌を打つから、インドラもアグニも笑ってしまって話が続かない。 「とりあえず庭掃除します。後は連れて帰って、おいたしないようにしっかり教えるんで勘弁してください」 「そうじゃない、弓も槍も剣も格闘も今すぐ鍛え込めと言っている」  アグニは、眠くなってきたスカンダをあやしながら首を振る。 「俺は祭司で、スカンダは祭司の子で戦士じゃない。武器は持たない」 「なら俺がもらい受けて、戦士の子にしよう。俺の子にして次のインドラにし、神軍を率いてもらう」  スカンダを抱いたまま、アグニは立ち上がり、一歩引く。 「何で赤ちゃんに、戦に出すとか平気で言うんだ、俺の子だ、俺と一緒に暮らすんだ」 「戦えるのをお前も見ただろう。今の疲れ果てた神軍を立て直す希望になる子だ」  シヴァの子にしか倒せないターラカだけはどうにも出来ないが、と、インドラが悔しそうに吐き捨てると、アグニの炎の色が変わる。  どうした、と、聞く前に、アグニはスカンダを抱いたまま地上に降りていた。  森のように茂っていた庭園は、若干焦げ臭いもののきちっと掃除されて、スカンダの割った岩のかけらも残っていなかった。
 火神アグニと雷神にして神々の王インドラは、巨人プルシャの口から生まれた双子だったり、天空神ディヤウスと地母神プリティヴィーから生まれた兄弟だったり、ブラフマーの最初の子インドラ、アグニ、ソーマだったり、全く関係なかったりと諸説あります。  千眼のインドラだったり千眼のアグニだったり、稲妻を使うインドラだったり稲妻そのものアグニだったり、ヴリトラの殺戮者がアグニだったりインドラだったり、と、兄弟と言うより同一だったんじゃないかと思われる節もありますがそこまではつっこまない!  兄弟かもしれないけれどもう忘れた、誰よりも密接な腐れ縁、位の間柄です。  ヴァルナは海の神。だんだん地位を失っていきますが、リグ・ヴェーダの頃はインドラと地位を争っていました。アグニにはちょっと甘い。
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kkagtate2 · 6 years ago
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偽善者の涙[五]
[五]
夫と義理の妹を送り届けてから、一人寂しく自宅となつてゐるマンションに帰つて来た佳奈枝は、府道を挟んで、駐車場を超えた先にある病院の一室を、紅茶の入つたコップを片手に、たゞぼんやりと眺めてゐた。実は去年の九月頃までは見えなかつたのであるが、家は揺れ、電柱は宙を舞ひ、船は流され空港の連絡橋に打つかつた、文字通り猛烈に強い台風のせいで木が折れてしまつたゝめに、ちやうど窓の先にある部屋が丸裸になつてゐるのである。と云つても、小さな窓であるし、病室ではなさゝうだし、書類か何かで半分くらゐは埋まつてゐるし、何より遠いので、見たところで人影が動いた程度しか分からない。病院であるから不吉なことを考えてしまふけれど、まさかこんな真昼間にチロチロと、しかも広い道に面した窓に姿を現す必要などないに決まつてゐる。本物の人間が忙しなく行き交つてゐるだけの、何も面白みのない、いつもの光景である。だが彼女は今日はそれすら楽しめるほどに暇であつた。別に、十三で夫らと別れた後、すぐに帰つてくる必要はなかつたのであるが、朝から何となく体がだるくてさつさと帰つてきてしまつた。それで一度ソファに腰掛けてしまふと、もう何もする気が起きなくなり、しかしかう云ふ休日の優雅なひとゝきを逃すまいと思つて、取り敢へず紅茶を入れてみたのであつた。さう云へば季節の変はり目に弱いのは昔からである。毎年春と秋になると、何となく体が云ふことを聞かない日が出来てしまつて、よく姉に、今日は大儀やから学校休む、……お母さんにはそれつぽく伝へといてと、寝起きに甘えたものであつた。今ではすつかりその役目は里也に取り換はつてしまひ、今朝は十時前まで一緒にベッドで微睡んだゞらうか、平日は兎も角、休日は怠けに怠ける彼は、起きてはゐるが頭は働かないと云つた様子で、そろ〳〵起きる? と問ひかけても、うんと唸るだけなのであつた。
「あー、……暇だわ。……」
佳奈枝はすつかりぬるくなつた紅茶をすゝつて伸びをすると、自然にそんな声を出してゐた。何をするにも億劫なので、里也から読んでみればと云はれて手渡された高野聖も開く気になれないのであるが、暇と云ふよりはつまらないと云つた方が良さゝうである。体を動かさず、夫もをらず、誰も訪れないのは、いまいち刺激が足りない。……と、ふとその時、佳奈枝の頭の中に沙霧の顔が浮かんだ。さう云へば今のこの状況は、いつもの彼女と一緒である。今日こそ里也に連れられて陽の光を浴びてゐるものゝ、いつもはあの暗い部屋の中で、しかも一人で過ごしてゐるのだから、刺激不足で毎日が退屈であらう。里也から彼女は音楽を聞いたり、本を読んだりして過ごしてゐるとは聞いてゐるけれども、ほんたうにそれだけで満足なのだらうか。そも〳〵自分の場合、すでに寂しさで死んでしまひさうである。彼女は口でこそ寂しくなんてありませんと云ふけれども、心の中では人肌が恋しい思ひをしてゐるに違ひあるまい。
佳奈枝はそれも来月にはまず〳〵解消するであらうと思ふと安心してしまつて、やつぱり何かしら〝音〟を聞きたくなつてきた。テーブルの上にある端末に手を伸ばすと、ぱゝつと操作し始める。ほんたうなら喋るだけでも良いのであるが、それにしてもすつかり便利な世の中になつてしまつた。子供の頃の自分に今の世のことを云つても、恐らく信じてはくれないであらう。 里也は未だにアナログなやり方が好きで、――と云ふよりほんたうにアナログが好きなのか、今でもレコードをいくつか中古屋で買つてくるほどなのだが、そんな彼が新しいものにすぐに飛びつくやうな性格をしてゐなければ、今ごろ時代に取り残されてゐたかもしれない。
そんなことを考へながら、自然に選んでしまつたブルックナーの交響曲を聞きながら、紅茶を飲みながら、時にはクッキーを摘みながら、佳奈枝は優雅な午後のひとゝきを過ごしてゐたのであるが、ちやうど交響曲第三番第四楽章のクルクル〳〵と目まぐるしい冒頭が始まつた頃合ひにピンポン、ピンポンと呼び鈴の鳴るのが聞こえたので、渋々立ち上がつて出てみると、
「お姉ちやんだよー」
と云ふ間の抜けた声が聞こえてきた。
「姉さん、急にどしたん」
と、佳奈枝は姉の多佳子を迎へ入れながら云つた。彼女はどこかへ遠出でもしてゐたのか、片手にキャリーバッグ、もう片手に二つ三つ袋を引つ提げてゐる。
「いやね、たま〳〵近くに寄つたから妹夫婦の顔でも見ておかうと思つて、……はい、これ差し入れの品」
と多佳子が袋のうちの一つを手渡してくる。
「なにこれ」
「羊羹らしいんだけど、形がピアノらしくて、佳奈枝ちやんかう云ふの好きでしよ?」
「え、ほんとに? うわ、姉さんありがたう」
「筍も持つて来れたらよかつたんだけど、……」
「筍はもういゝわ。どうせおじいさんのところで掘つて来たやつでしよ?」
「もう余つて〳〵仕方ないねん。……」
泣き言のやうに云ふ姉に、こつちもさうだから絶対に持つてこないでと、佳奈枝は釘を刺しながらリビングへ向かふと、未だ鳴り響いてゐた音楽を止めて、テーブルを挟んで向かひ合ふ形で座つた。佳奈枝の姉の多佳子は、里也よりも年上の今年三十四歳になる夫人で、現在は夫が単身赴任をしてしまつて家には彼女が一人と、女の子が一人と、男の子が一人をり、兎角子育てに追はれてゐると云ふ。休日は夫が家に帰つて来るので、かうして急に訪れるのは基本的に平日しかないのであるが、聞くと彼女は、今日は夫が東京に息子娘共々連れて行つてしまつて暇だから、――ほんたうはちやつと疲れちやつたから一人���なりたくて甘えた形なんだけど、さつきまで木村ちやんと福井に居て、今帰つて来たばかりなのよ。で、たま〳〵とは云つたんだけど、帰るにしては微妙な時間だから、ほんとはわざ〳〵高槻で降りてこゝに来たと云ふわけ。それにしても元気にさうで良かつたわ、と云ふのであつたが、その後続けてあなたも早く子ども作りなさいと矢つ張り云ひ出したので、実のところ佳奈枝は、暇な時に来てくれたのは有り難いのだけれども、この姉の良心に忠実なところは全くと云つていゝほど歓迎してゐなかつた。
「姉さんはかうして元気さうだからいゝとして、旦那さんはどうなの。あんなゝりしてるから、骨の一本や二本くらゐ軽いんでない」
「あはゝゝゝ、でも大丈夫だから、あゝ見えてあの人、意外と体は丈夫なのよ? 風邪なんてひいたことないんぢやないのかな」
多佳子の夫は見た目からすると華奢で、恰幅の良い里也と並ぶとその細さが引き立つて見えるため、二人はよく比べ合つて笑つてゐるのであつた(この姉妹は元々がいじめっ子気質)。反対に、彼女らは瓜二つと云つていゝほどに似てゐるため、二人の夫は笑はれる度に、なんや、お前らは似すぎてゝ面白くないわ、どつちがどつちか分からん、はつきりせえやと口を尖らせて云つた。
「ほんに。里也さんなんてすぐに音を上げて無理するから、止めるのが大変で、……」
昔から二人の姉妹仲は甚だ良く、今でも会へば気兼ねなく愚痴を云ひ合つたり、夫の不満、家庭の不満を漏らしたり、――と、云ふよりは、云ひ方を悪くすればだいたい人の悪口に花を咲かせるのである(もっと婉曲な表現に置き換える)。今日はちやうど互ひの夫で話が始まつたので、ひとしきり普段は云へない不満点やら、旦那の癖やら、寝言の内容やらで話がはずんだ。話題が変はつたのは佳奈枝がクッキーに手を伸ばして、一瞬会話が止まつた時であらうか、サクサクとした食感に彼女が顔を緩めてゐると、
「あなたゝち相変はらず音楽ばかりなのね」
と、多佳子はテーブルの上に置きっぱなしであつた総譜を勝手に取つてパラパラとめ��る。そして、しまつた、これブルックナーぢやない。あゝ、また佳奈枝ちやんの薀蓄がたりが始まつてしまふわ。……と嫌な顔をしながら云ふので、そんな云はないでいゝぢやない。だつて、ブルックナーなのよ? と云ふと、どうせこれが第何稿目で、何処其処の小節が削除されて、フィナーレがどうのかうのと云ひ出んでせう? と云ふ。――全く、失礼な話である。稿問題はブルックナーの交響曲において本質的とも云へる問題であるのだから、何回議題に上つても上りすぎることはない。今、姉がパラパラとめくつてゐるスコアは交響曲第三番、俗にワーグナー交響曲と呼ばれる巨匠アントン・ブルックナーの記念すべき五番目の交響曲、――の世にも珍しい初稿版で、今日最も演奏される第三稿とは様々な箇所が違つてゐる。その大部分は「削除」といふ悲しい改訂なのであるが、もつと悲しいのはそれが作曲者本人からの要望で行はれなかつたことであらう。初演は実に酷く、ブルックナーが自身の手で幕を引いた時、観客席にはほとんど人が残つてをらず、そこには完全に途方に暮れた聴衆と、熱狂的に拍手喝采してゐる一握りの若き「信者」しか居なかつたと人はみな云ふ。その時点でこの交響曲は第二稿、つまり演奏時間にして初稿版から凡そ十分ほど短縮されてゐたのであるが、ブルックナーは初演の失敗を受けて、さらにそこから五分ほど短縮する。初稿が何故短縮されたのかと云ふと、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が上演を拒否したからであると云はれる。とすれば一連の改訂は、果たしてほんたうに作曲者本人の希望で行はれたことなのであらうか。交響曲第四番ほどではないにせよ、初稿と第三稿はほとんど違ふ曲である。確かに改訂によつて一つの曲として纏まりが良くなつたかもしれない、より分かりやすく馴染み深くなつたかもしれない。しかしせつかくの味はひを消してしまつてゐるやうに見える。ワーグナー交響曲の味はひとは、神の世界、――つまり自身の教会音楽と、祝祭、――つまりワーグナーの楽劇、その二つの世界を行つたり来たり、時には共存させたりして、途方もなく広い世界を作つてゐるところにある。改訂に当たつてブルックナーはこの部分をほとんど取り去つてしまつた。第二第三稿でも様々な世界との対話が多々見られるけれども、やはりワーグナーの楽劇と自身のミサ曲を同じ〝交響曲〟において引用する、その破格さに比べるとゞこか物足りなく感じてしまふ。当時の聴衆はそんな不敬とも云へる味はひを殺したのである。彼らに合はせる形で書き直された第三稿が果たして交響曲第三番の「ベスト」であるかどうか、二十世紀に入つてさう云ふ問ひが出てきたのも当然であらう。
と、交響曲第三番の稿問題について佳奈枝はひとまとめにしてもこれだけのことをつい語つてしまふので、多佳子はもとより里也すらも嫌な顔にさせてしまふのであつた。しかし、ブルックナーの交響曲を聞く際にはこれだけの前提知識を踏まえなければ失礼である。里也はどんな音楽でもすぐに自身の感性に身を任せてしまひ、標題音楽的な聞き方をするのであるが、 ブルックナーに関してもさう云ふ聞き方をしてしまふのはあまり感心できない。彼は音楽とは感性で聞くものだと云ふけれども、アントン・ブルックナーといふ作曲家は自身の作曲法を体系化し、同じ構造を取りながらそれぞれが違ふ色彩を帯びた交響曲を作り出す、そんな実直で理論的な作曲家なのである。ブルックナーの交響曲を聞く際にはそのことを頭に入れておかなければならない。静寂から始まることも、特徴的な主要主題も、いきなり登場する歌唱楽段も、第一部を締めくゝる結尾楽想群も、切れ目のない展開部再現部も、楽章を跨ぐ巨大なアーチ構造も、全て綿密に計算され尽くした結果なのだから、そこからどのやうな世界が広がつてゐるかを知るにはまず彼の作曲家に対する深い知識を得ることから始めるべきであらう。すると先に出てきた交響曲第三番では、第一楽章冒頭のトランペットの主題が幾度となく、――最後には第四楽章のクライマックスにおいても回帰するといふ、たゞの作曲技法にも楽しみを見出すことが出来るやうになる。簡単に云へば交響曲をある偉人の伝記でも読むやうな感覚で聞くことが出来るやうになると云つたところか。そんな単純な楽しみ方も、知れば知るほど出来るやうになるのである。里也はそこが甘いのであるが、しかし元々学者肌な彼のことだから、一度さう云ふことを教へるとその後数週間はずつとブルックナーの世界に浸つてしまふ。その惚けた表情を眺めるのもまた別の楽しみだけれども、沙霧と同じくロマン派と云つても情緒的なロシア音楽ばかり好きになつて行く彼が、そこまで引き込まれてしまふのである。況してや自分が聞けば云はずもがなである。まつたく、ブルックナーの交響曲といふ、取つ付き易いのか取つ付き難いのかよく分からない十一個の曲には、恐ろしいまでの魔力が込められてゐるのであらう。(味が無い文章なので後で書き直す)
「でも、たまにやめたくならない?」
多佳子は再び総譜を開きながら聞いた。やはり本格的に読んで行くといふよりは、手持ち無沙汰にたゞ眺めてゐると云つた風である。
「もう生まれてからずつとやつて来たからね。さうは簡単にやめられないわ」
「いゝなあ、私も一つくらゐ、長いこと続く趣味と云ふやつがあればなあ。……」
「それなら姉さんもピアノかフルート再開すればいゝのに。ピアノは電子ピアノがあるし、フルートは安いのだと十万円くらゐからあるよ?」
多佳子もまた里也と同じく、大学を卒業してからはゞつたりと楽器を演奏するのをやめてしまつてゐた。彼と違ふのは情熱が失はれたと云ふよりも、家庭が忙しいと云ふ理由からではあつたが、楽器が手元にあつたところでピアノの鍵盤を開くのすら、フルートを組み立てるのすら、億劫に感じて結局続かないかもしれない。佳奈枝はそれが残念で、生まれて間もない頃から、この姉から熱心に音楽を教へてもらつてゐたゞけに、会へば必ずと云つていゝほど、楽器を再開してみればとそれとなく提案してゐるのであつた。
「あんたゝちとは違つて、こつちは薄給なんですー。それに、もう楽譜が読めないから、無理。無理無理。これ何の音?」
と、適当に開いたペーヂにあつたとある音符を指差す。
「どれ〳〵、――それはE の音よ。でもそれハ音記号だから私もパツとは分かりづらいわ」
「それでもちやんと読めてるからいゝぢやない。私はもうドから追つていかないとだめだわ。再開しやうにもそこが面倒でね、……」
「それ里也さんも似たやうなこと云つてたわ。俺はもうトロンボーンのパート譜しか読まない、何がA 管だ、何がF 管だ、全部ドはドの音で書いてくれ。やゝこしいわ。もう知らん!――つてね。いつたい、何年楽譜を読んできてるんだか」
「あはゝ、彼も苦労してるのね。――さう云えばその里也くんは? 私、彼にもお土産を買つてきたんだけど。……」
「今日はデートに行つてる」
「デート?」
「ほら、例の沙霧ちやんと。……」
「あゝ、なるほど、それで佳奈枝はお留守番といふわけか。ほんたうに里也くんの独占状態ね。――うわあ、いゝなあ! めちやくちや可愛いんでせう?」
と、身を乗り出して云ふ。一体全体、多佳子は未だに沙霧の写真すら見たことがないのであつた。佳奈枝から可愛いといふ噂話しか聞いてゐない彼女は、妹夫婦の結婚式をまた別の意味でも楽しみにしてゐたのであるが、新郎側の参列者をいくら見渡してみてもそれらしい姿は見当たらないし、挨拶ついでに聞いてみると里也からお姉さんすみません、私からも強く誘つたのですが、何分妹はかう云ふ場には慣れてゐないどころかトラウマがあるやうで、本人の意思を尊重した結果、出席しない運びとなりました。代はりと云つては何ですが、よろしくおねがいしますと云つてゐたことを申し上げます。さらに勝手な都合を重ねて申し訳ありませんが、口ではあゝ云つてをりますが本心では彼女もまた、人と人との繋がりを望んでゐる者でございます、ですので私からも、今後もしお会ひした時には仲良くして頂きたいとお願ひ申し上げます。と、今となつては笑つてしまふほど畏まりながら云はれてしまつた。以来、多佳子は一回くらゐは会つておかねばと思ひながら、しかしこれと云つた機会がないために、なあ〳〵になつてしまつてゐるのである。
「そんな姉さんに良い知らせがあるんだけど、聞きたい?」
「え、なに? 良い知らせなら聞きたい。沙霧ちやん関係?」
「うん。今度のゴールデンウィーク、……になるかは分からないけど、私と沙霧ちやんの二人きりで京都に行くことになつてるの。それで、――」
佳奈枝は今日この姉の姿を見た時から考へが浮かんでゐた。きつと里也は苦い顔をするだらうから今まで躊躇してゐたのであるが、あの男は頑固なところが見えて、解きほぐすのが面倒な問題にはあつさりと手を引いてしまふのである。今回は妻の姉を交へた約束事を破棄しようとするけれども、彼女が強く云へば何も云へまい。相談すれば必ず怒られて止められてしまふであらうから、さうなる前に今この場で決めて、彼には後から知らせよう、この件はそれだけでいゝはずだ、――と彼女は思つて、
「姉さんもどう? 一緒に来ない?」
と、多佳子を新緑の京都へと誘つた。
「行きたいのは山々だけど、それほんたうに行つてもいゝの? だつて彼女、今にも死にさうなくらゐ繊細な子なんでせう?」
「いゝの〳〵。今回ばかりは大真面目に、沙霧ちやんを引きこもりから脱出させようといふ、……ま、それでもピクニック程度なんだけど、目的が目的だから、姉さんが来た方がむしろ効果的ぢやないかしらん?」
「さうかなあ、……一応里也くんと相談した方がいゝぢやない? それで行つてもいゝよと云はれたらで、お姉ちやんはいゝです」
「えゝ、……姉さんも来なよ。会ひたいんでしょ? 姉さんがさう云はないとダメなのよ、この話は」
佳奈枝は少々強い口調でさう云つたのであるが、多佳子はほんたうにどちらでもよいらしく、その後も再び総譜に落とした目をそのまゝに生返事をするだけである。しかしかう云ふ態度を取られるのは初めてゞはない。何かに似てゐると思へば、この態度は夫のそれと同じである。彼もまた、どうでもよい話には適当に返事をして、適当に頷いて、すぐソファに寝つ転がつて本を読み始める。佳奈枝は自身の姉がそんな態度を取つてくるのがたまらなかつた。姉さんが昔から会ひたいと云ふから、せつかく誘つてあげてるのにどうしてそんな態度を取るのであらう。こちらとしてはむしろ姉さんを思つて云つてゐるのである。それを適当にあしらふなんてひどいではないか。彼女の頭の中には自分たち姉妹と上手く意思疎通が出来ず、意味不明なことを云ふ沙霧の姿が思ひ浮かんではゐたが、それもまた社会復帰への練習であると考へれば、やはり姉が来た方が目的に適つてゐるやうに感じられた。それに、自分よりも幾分柔らかい物言ひをする多佳子は、沙霧の緊張を解きほぐす上でも有効であるに違ひなかつた。
結局佳奈枝は、少々無理矢理ではあるけれども姉の首を縦に振らせることに成功してしまつた。が、総譜を引つたくつた際に不機嫌にさせてしまつたらしく、
「あんたほんまに無理無理やな。そんなこと他の人にしたらあかんで。特に沙霧ちやんみたいな繊細な子は、それだけでも怯えてしまうんやから、絶対にするな。それに、あの子はいぢめられてたんやろ? そんなら、古傷をえぐることになりかねんから、な? 分かつとる?」
と久しぶりに説教をしてくる。さつきまで里也と同じ態度を取つてゐたかと思へば、今度は里也と同じ口調で同じことを云ひ出す。佳奈枝はそれもまたゝまらなかったが、云はせるだけ云はせると、多佳子は静かになつて自分の分の紅茶をすゝりだす。机の上で育てゝゐるマザーリーフは今では葉の端つこの芽がちやんとした茎になつてきて、そろ〳〵鉢に植え替えた方がよいのだけれども、そこから可愛らしく生えてゐる小さな葉つぱが、親の葉のやうに大きくなるかと思ふと何だか嫌である。その葉を一枚一度突いてからクッキーの入つた底の深い皿に、佳奈枝は手を入れたのであるが、優雅な午後のひとゝきを過ごしてゐるあひだにほとんど食べてしまつてゐたらしく、残りはあとたつた一枚となつてゐた。
「あらゝゝゝ、……残念、姉さんの分はもう無さゝうね」
「なんと、……佳奈枝ちやんのクッキー美味しいのに、もう無いの?」
「姉さんにも食べてほしかつたけど、残念だつたわ、――」
と佳奈枝は最後のクッキーを口に放り込んだ。
「うん、美味しい。美味しいわ、姉さん。姉さんも食べたい?」
「……仕方ないなあ、私もほんたうに面倒くさい妹を持つたものね。一緒に作り、……いや、疲れたからちやつとこのまゝで。いやはや、楽しい二日間だつたわ。……」
と多佳子が腕を目一杯上にして伸びをするのを見届けつゝ、佳奈枝は立ち上がつた。疲れてゐると云つた割には姉は口を動かす元気はあるらしく、小麦粉を取り出し、卵を取り出し、バターを取り出しなどして生地を作つてゐるうちに彼是(あれこれ)と話しかけてきたが、まず云つたのは、それにしても楽しみだわ、沙霧ちやんと会へるなんて、ちやんと楽しませてあげなくつちや、――といふことであつた。
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