#国体強化指定選手
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5tora · 4 months ago
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〖50〗滋賀国体強化指定選手の選考
【大会当日��であと110日】  2025.02.25
いよいよ50号です。何気ない思い付きを毎日綴ってきました。あっと言う間の出来事でした。またこれからも、気になることや大会関係情報など、気ままに自由に綴っていきます。改めてよろしくお願いします。
今日は、以前の県協会からの連絡事項の続きです。県協会の先輩からの連絡をお知らせします。ひと足先に、五島トライアスロン協会の公式HPでは公開しているものです。「国体強化指定選手選考・ジュニア強化指定選手選考」についてです。
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滋賀国民スポーツ大会強化指定選手の選考、同長崎県代表選手の選考、及び、2025年度ジュニア強化指定選手の選考について(選考基準) 1.強化指定選手選考について 2025年度滋賀国民スポーツ大会に向けて選手強化をおこなうため、強化育成委員会で県スポーツ協会指定の国スポ強化選手、及び長崎県トライアスロン協会指定の強化選手を選出する。選考は、優先順位①~②で、以下の基準で行う。 ①NTTトライアスロンジャパンランキング(2025年3月31日時点) ②2025年JTU認定記録会の記録(2025年3月31日時点) 1~3位までは県スポーツ協会指定の国スポ強化選手、4~6位は長崎県トライアスロン協会指定の強化選手とする。 ※国スポ予選(5月25日に天草で行われる九州ブロック選手権)にエントリーしている選手またはNTTトライアスロンジャパンランキングを持つ選手であること。 ※認定記録会は、スイム400mおよびラン3000mのタイムトライアル。記録は、スイム記録+ラン記録の合計を正式記録とする。
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2.滋賀国民スポーツ大会 長崎県代表選手選考について 2025年度滋賀国民スポーツ大会の長崎県代表選手選考は、優先順位①~③で、以下の基準で行なう。 ①2025年NTTトライアスロンジャパンランキング(2025年7月31日時点。ただし県スポーツ協会の国スポエントリーの締切が早まった場合は前倒しする場合もある) ②5月25日に天草で行われる九州ブロック選手権 ③九州ブロック選手権が中止の場合、または決定できなかった場合、2024年11���~2025年6月の認定記録会記録の順位により決定する。選手の希望があれば、6月に認定記録会を開催する。 ※基準①(ジャパンランキング)を満たしている選手も国スポ県予選参加申請を行うこと。 ※荒天等で競技がデュアスロンまたはアクアスロンに変更になっても、その結果を選考の資料とする。 《スケジュール》
国スポ県予選(九州ブロック選手権)にエントリーする~ただしNTTジャパンランキングを持っている選手は必須ではない。
国スポ県予選参加申請を県トライアスロン協会に行う。(4月15日締切)
国スポ県代表選手選考大会(九州ブロック選手権)に出場する。
NTTジャパンランキング、国スポ県代表選手選考大会に基づき上位2名が県代表となる。男女各3位は予備登録選手となる。
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3. 2025年度ジュニア強化指定選手の選考について 以下の認定基準をもとに選考する。 ①JTUジュニア強化指定選手(2025年4月1日以降の認定期間) ②JTU認定記録会で、以下の長崎県ジュニア強化指定基準タイムを突破した選手 U18(16歳~18歳)スイム・ラン合計で23級以上 U15(13歳~15歳)スイム・ラン合計で10級以上 U12、U10、U8(12歳以下)スイム・ラン合計で8級以上 ※上記は、2025年12月31日現在の年齢に基づく。強化指定選手は、県外大会出場に一部補助を行う。 ジュニア選手の強化活動は以下のとおり行う。 ア、定期的な練習会 ・現在、毎週日曜日10時~12時、長与,神ノ島、諫早干拓地などで練習を行なっている。 イ、国スポ強化練習会への参加 ・中高生で実力のある選手は、国スポ強化練習会へ参加する。 ウ、U19日本選手権、全国高校選手権、全国中学大会、その他大会への���場 ・県ジュニア強化指定選手または、その基準に準ずる競技力を持つ選手で、出場希望選手に対してコーチの帯同など出場をサポートする。 エ、ジュニア合宿 ・1~2泊の合宿を実施する。
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強化指定選手に選ばれるのは、とても名誉なことです。今までの練習の積み重ねを認めてもらったような気分になると思います。また改めてもっとがんばろうというやる気に繋がることでしょう。ジュニアの育成は、長崎県の選手層を厚くするひとつの方法です。私たち大人が、もっとトライアスロンの魅力や素晴らしさを次の世代にしっかりと伝えていきたいですね。
五島トライアスロン協会は、国体強化選手に選ばれたアスリートやジュニアでがんばっている若年層、そしてそれを支えている家族をはじめとする周囲の皆さんを、心から応援しています。
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chikuri · 2 months ago
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民主党政権のほうが明らかに酷いです。「民主党政権の何が悪夢だったのか、きちんとした説明を聞いたことがない!」といった主張は定期的に出現しますが、さすがに「聞いたことない」なんてはずはないので、おそらく「自分の気に入る説明ではない」という意味か、「バカに分かるように説明したところで、そもそもバカは聞いてない」パターンのいずれかとは思いますが。 前回の悪夢のような民主党政権時代を生き抜いてきた者として私が言えるのは、「とにかく、あのような惨劇は二度と繰り返し��はならない」ということだけです。 歴史修正は容赦できません。あの時代がいかに酷いものであったか、ご存知ない方もぜひこの機会に知って頂きたいので、支持者から叩かれること覚悟で説明していきますね(過去同様の投稿を複数おこなっていますが、毎回更新改訂しています。今般のバージョンが最新版です)。 個人的に、「悪夢の民主党政権」における大きな問題点は次の3点と考えています。 (1)国家運営能力の欠如により、内政上の失敗を数多く引き起こし、国益を損ない続けた。 (2)拙劣な外交を繰り返し、日米関係をはじめ、周辺諸国からの信頼を大きく毀損した。 (3)総理・閣僚をはじめとする所属議員の度重なる不祥事や、自分たちに都合が悪い情報を隠蔽する体質によって、国民の政治に対する信頼を失い続けた。 では、それぞれどんなことがあったか振り返っていきましょう。これがわずか3年間で起きた出来事です。はらわたが煮えくり返る覚悟で読み進めてください。 (1)国家運営能力の欠如 ・財源の見込みが甘く、政権交代の際に掲げたマニフェストはほぼ未達成。 ・官僚を敵視して排除し、国家業務の停滞と質低下を招いた。 ・金融政策と財政政策が食い違い、タイミングの悪い増税も重なり、景気や株価は低迷を続けた。 ・歴史的水準まで進んだ円高を放置し、デフレを加速させた。 ・法的根拠がないばかりでなく、仕分人の選定や対象事業選定にも透明性を欠いた「事業仕分け」をデフレ時におこない、必要な公共投資を削減。経済を悪化させたにも関わらず、結果に責任を負わなかった。 ・「コンクリートから人へ」という誤った政策により、災害対策を疎かにしたうえ、地域社会を破壊した。 ・「朝鮮王室儀軌引渡」「尖閣事件の船長釈放」「運用3号通知」「国家公務員採用大幅減」など、閣僚たちが思い付きレベルの意思決定を独断でおこない、結果的に我が国の将来に禍根を残した。 ・難��申請から6カ月たった申請者に対し一律に就労できる運用を始めた。 ・法的根拠のない組織を乱立させ、意思決定過程が曖昧になり、指揮命令系統も混乱。 ・法的根拠のない大臣や副大臣を任命したり、個人的な友人を参与に、党職員を内閣官房職員に任命するなど、ルールを無視、公私の別がつかない人事を実施。 ・原発停止、ダム建設中止など、法令根拠や事前協議が必要な決定を手続無視で断行。 (2)外交能力の欠如 ・普天間基地問題が迷走し、沖縄とアメリカの信頼を大きく損なった。 ・来日したオバマ大統領を日本に残したまま、鳩山総理がAPEC首脳会議に出席するためにシンガポールに向かうという非礼行為。 ・尖閣沖漁船衝突事件では、中国側の脅迫や報復に屈して船長を早々に釈放、不起訴に。その後の尖閣諸島国有化でも迷走。 ・領空侵犯が頻発するも、実効的な対策をとらず。 ・防衛上特に秘匿することが必要な「防衛秘密」3万件を破棄。 ・韓国に対しては、通貨スワップ協定締結、朝鮮王室儀軌引渡し、慰安婦問題での「知恵を絞っていきたい」発言など、不用意な譲歩を重ねた。 ・韓国の歴代大統領として初めて、竹島へ李明博大統領が上陸。 ・旧ソ連時代を含めて初めて、北方領土へロシア国家元首が上陸。 ・実現に向けた方策が何ら決まっていない状態で、国連気候変動サミットにおいて「CO2の25%削減」を突如国際公約化。 ・実現の見込みも全くないまま、G8の場で、「太陽光パネルを1000万戸に設置する」と突如国際公約をおこなった。 (3)閣僚・所属議員の度重なる不祥事と情報隠蔽体質 ・鳩山総理⇒偽装献金問題、脱税問題、引退撤回、「最低でも県外」「Trust me」「国民の皆様が聞く耳を持たなくなった」 ・菅(直人)総理⇒外国人献金問題、北朝鮮関係団体献金問題、「顔が見たくなければ法案を通せ」 ・野田総理⇒在日韓国人献金問題、脱税企業献金問題、民団選挙協力お礼発言、「大きな音だね」 ・小沢元代表⇒政治資金規正法違反容疑で強制起訴(無罪判決)、献金虚偽記載で公設秘書が逮捕(有罪判決) ・仙谷官房長官⇒尖閣漁船衝突事件、「自衛隊は暴力装置」 ・赤松農水大臣⇒口蹄疫問題、「だから早く殺せって言ってるのに」 ・松本復興担当大臣⇒「知恵を出さないやつは助けない」「書いたらその社は終わりだから」 ・長妻厚労大臣⇒運用3号独断決定、職務停滞 ・蓮舫行政刷新担当大臣⇒事務所費架空計上問題、国会内ファッション雑誌撮影、「2位じゃダメなんでしょうか?」 ・安住財務大臣⇒「1ドル75.63円の時点で介入を指示した」「学校のプールにガソリンを貯蔵できないか」 ・前原外務大臣⇒外国人から政治献金受領 ・岡田外務大臣⇒「核兵器めぐる日米密約は存在した」 ・川端文科大臣⇒事務所費架空計上問題、キャバクラ費用を政治資金で計上 ・鹿野農水大臣⇒対中不正輸出疑惑、機密漏洩疑惑 ・鉢呂経産大臣⇒(記者の一人に、着ていた防災服をなすりつけ)「放射能つけちゃうぞ」「市街地は人っ子一人いない、まさに『死のまち』」 ・一川防衛大臣⇒「安全保障に関しては素人」 ・柳田法務大臣⇒「答弁は二つだけ覚えておけばいい」 ・山岡消費者担当大臣⇒マルチ商法業者からの献金問題 ・岡崎国家公安委員長⇒議員時代、韓国で日本大使館に対する反日抗議デモに参加 ・中井国家公安委員長⇒議員宿舎にホステス連れ込み&カードキー貸与、式典で秋篠宮ご夫妻に「早く座れよ」とヤジ ・輿石幹事長⇒「間違った情報ばかり流すなら、電波を止めてしまうぞ」「電波が止まったら、お前らリストラどころか、給料をもらえず全員クビになるんだ」 ・小林議員⇒違法献金問題で選対委員長が逮捕、選対幹部が公職選挙法違反で有罪 ・土肥議員⇒竹島領有権放棄を日本側に求める「日韓共同宣言」に署名 ・横峯議員⇒賭けゴルフ、女性暴行、恐喝事件への関与 ・緒方議員⇒「スーパー堤防はスーパー無駄遣い」 ・太田議員⇒「そうでしたっけ? フフフ」 ・原発事故対応(SPEEDI、米実測値の非公表、議事録不作成など)、尖閣ビデオ、北朝鮮ミサイル発射への対応、温暖化対策の家計負担、年金改革の財政試算 など、自分たちに都合が悪い情報は隠蔽し、政府への深刻な不信感を招いた。 ・総理-閣僚間で見解の方向性や意見の不一致が常態化。それらも含め、自民党で同様の事態があれば野党のみならずマスコミも総出で吊し上げられる事態となるが、マスコミも概ね民主党に好意的な報道姿勢。 そんなに民主党時代が良かったなら、下野以降何度でも政権を取り戻すチャンスはあったはず。なのにただ一度もそうなっていないということは、それが民意ということです。私はあんな地獄のような時代は二度と御免です。
Xユーザーの新田 龍さん: 「民主党政権のほうが明らかに酷いです。「民主党政権の何が悪夢だったのか、きちんとした説明を聞いたことがない!」といった主張は定期的に出現しますが、さすがに「聞いたことない」なんてはずはないので、おそらく「自分の気に入る説明ではない」という意味か、「バカに分かるように説明したところで」 / X
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ari0921 · 5 months ago
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なぜ人は共産主義に騙され続けるのか
2019年08月20日 23時00分
なぜ人は共産主義に騙され続けるのか。私が共産主義の失敗を予見したのは小学2年生のときである。担任の先生が産休に入り、自習の時間が多くあった。私は与えられた課題に黙々と取り組んでいたが、普通の小学2年生が自習を課せられて、黙って勉強するはずがない。周りの生徒はみんな大騒ぎだったので、隣のクラスの先生が注意に来た。結局、私を含めクラスの生徒全員が罰を受けることになった。
私はそのとき、共産主義は絶対うまくいかないと確信した。私が小学2年生だった1978年当時、ソ連はまだ大国として健在で、共産主義は素晴らしいと考える人が多くいた。でも、私は彼らを信じなくなった。真面目にやってもやらなくても、みんな同じように怒られるなら、誰も真面目にやらない。結果の平等は絶対うまくいかない。そんな単純なことをなぜ大人は分からないのだろう。とても不思議だった。その11年後ベルリンの壁は崩壊し、さらにその2年後にはソ連も崩壊した。
ソ連が崩壊して以降も、数は少なくなったが共産主義を信奉し続ける人は存在し続けた。それがまた不思議だった。左翼はウソつきなのか、それとも単に学習能力がないのかという点が当時の関心事だった。正直で頭のいい人は左派にはなれないというレイモン・アロンの言葉を知ったのはその後のことである。
左翼とは何か。人はなぜ左翼になるのか。私にとって常に頭の片隅に存在し続けた謎であった。しかし、私の専門は工学であって人文社会科学ではないため、この問いは仕事として取り組むべきものではなく、ずっと放置したままだった。ところが、幸いにもここ2、3年の間に、その謎がかなり解けてきたのである。
1つのきっかけは、英語圏の政治系YouTuberのウォッチを始めたことである。そこで、欧米でも人々が左翼の横暴に苦しんでい���現状を知ることができた。それを通じて、欧米の左翼と日本の左翼の共通点を見出すことに成功し、左翼というものを一段高い段階に抽象化して理解することが可能となった。
もう1つのきっかけは、インターネット・SNSの隆盛により、大量の言語資源が簡単に取得できるようになったことである。私自身の専門分野の一つに人工知能があるが、インターネット上のビッグデータを機械学習に使えるようになったため、政治問題や社会問題に関する言説を定量的に分析できる時代になった。それにより、自らの理工系の知見を左翼の分析に使えるようになったのである。
今回はそのうち、欧米の左翼運動と日本の左翼運動の共通点から見える左翼像を紹介することにする。左翼運動は、人権、平和、寛容、多様性など常に美辞麗句を看板に掲げる。しかし、その運動の矛先は極めて恣意的に選ばれている。
日本の場合、左翼の人権運動は北朝鮮による拉致被害者の人権を���視する。平和運動も、中国や北朝鮮の核開発や軍拡に抗議をしない。反原発運動も、中国や韓国の原発には反対しない。これらに共通するのは、周辺諸国が日本を侵略しやすい状態を作り出す方向に運動が向いていることである。それゆえ、日本では「左翼=反日」と理解されていることが多い。日本人の目につく左翼運動にかかわる外国人は、みな反日勢力に見えるため、外国の左翼も反日的であるとの誤解を持つ保守系日本人は多い。しかし、それは間違いである。
欧米の左翼にとっての最大の敵はキリスト教的価値観に基づく西洋文明である。であるから、イスラム教などの異文化に対するトレランス(寛容)を主張しつつ、キリスト教的価値観を弾圧する。たとえば、米国の大学では学内のキリスト教徒のサークルを解散させるなどの動きがある。また、欧米のフェミニストは女性の権利を主張する一方で、イスラム系移民の性犯罪の被害を受けた女性に対しては口封じをする。
日本と欧米の左翼に共通する点は、いずれも自らの属する社会や文化を憎み、その破壊を意図していることである。その憎悪の感情は、過大な自己評価ゆえに、周囲が自分を正当に評価していないと不満を持つことから生じている場合が多い。ただし、これは全ての左翼に該当するわけではない。左翼運動は、さまざまな種類の人間の複合体である。
私は、左翼運動の構成員を次の3つに分類している。
1.中核層
自らが属する社会を憎み、それを破壊することを目指す人たち。見せかけの理想を掲げて活動を興し、その活動が社会の破壊に結びつくよう巧みに制御する。良心は無いが知的レベルは高い。
2.利権層
中核層に従うことで、活動資金や仕事��テレビ出演など)を得ることが目的の人たち。
3.浮動層
中核層が掲げた理想に共感する人たち。正義感に基づいて行動するが、いい人と思われたいという虚栄心があることも多い。知識を身に着けると、騙されたと気づいて活動から去る。
初代FBI長官のジョン・エドガー・フーヴァー氏は、左翼(コミンテルン)を
・「公然の(共産)党員」
・「非公然の党員(共産党の極秘活動に従事する人)」
・「フェロー・トラベラーズ(共産党の同伴者)」
・「オポチュニスツ(機会主義者)」
・「デュープス(騙されやすい人)」
の5種類に分類している。(この分類は、江崎道朗氏の著書『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』に紹介されている。)このうちの最初の3つが中核層、利権層がオポチュニスツ、浮動層がデュープスに対応する。
正直で頭のいい人は左派にはなれないというレイモン・アロンの言葉に対応させると、中核層と利権層は不正直で頭のいい人であり、浮動層は正直で頭の悪い人である。その複合体が左翼というわけである。
保守派は左翼と違って単純な人が多い。そのため、上で述べた左翼の全貌が見えていない。左翼はみな浮動層であると勘違いして甘く見る。しかし、その認識自体が完全に左翼の術中に嵌っているのである。
左翼運動が巧みなところは、その運動において浮動層を前面に押し出すことである。中核層は基本的に表に出てこない。浮動層は善良な庶民であるから、左翼運動を叩く人は庶民の敵だとレッテルを貼れる。浮動層には悪意がないから、左翼運動の真の目的が破壊であるとの批判は濡れ衣に見える。彼らには知性も感じられないから、取るに足らない相手だと保守派も油断する。
左翼運動の知性の高さは、その攻撃先の選定に見て取ることができる。例えば、日本の自然保護運動を考えよう。彼らは、ダム、堤防、防潮堤、基地建設、高速道路、リニア新幹線、地熱発電のように、日本の安全や経済にプラスになる開発行為の自然破壊は非難するが、太陽光発電、風力発電、中国の珊瑚乱獲のように、日本にとって経済的・社会的マイナスが大きい自然破壊は問題視しない。中でも、発電に関する態度の違いは、それなりに高度な知識がないとこのような見極めはできない。
さらに左翼の頭の良さは、主力は上述のような攻撃先の選択をしつつ、それ以外の勢力はある程度意見を散らしている点にも見ることができる。これにより、批判されたときに傍流の人々を引き合いに出し、批判が不当なものであると反論できるように準備している。
左翼運動は、今後もその頭脳を駆使して庶民の味方を詐称し続けるであろう。現実には、彼らは庶民に選択の自由を与えない。自分の言いなりにならない���のは、弱者であっても容赦なく叩きのめす。であるから、左翼はリベラリスト(自由主義者)とは最も遠い存在である。にもかかわらず、彼らはリベラルを自称し、その称号を社会的に広く認めさせることに成功している。
左翼の欺瞞を示す最も有効な手段は、過去の共産主義国家が何をしたかを思い起こさせることである。彼らは、常に庶民(労働者)の味方であると自称したが、過去全ての事例において特権階級が庶民を虐げる社会が生まれる結果となった。おびただしい数の人命も奪われた。その歴史をできるだけ多くの人に直視させることが、共産主義の悲劇を繰り返さないために最も重要なことである。
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blr-blue · 4 months ago
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 恥感情&後悔まる出しクソネガティブTumblrを書かせてくれ。いまとても心臓がぞわぞわしている。
 基本的にわたしという存在は喋りすぎることを恐れている。そして喋りすぎても許されるのはTumblrだけだと思っているのでここで感情を消化させてくれ。ここは何文字書いたって一投稿だしね。それにみんな、わたしのネガティブTumblrをエンタメとして扱ってくれるじゃん。ありがとねほんとに。こんなので良ければずっと書き続けます。
 これはもう定期的に訪れる発作としか言いようがないのだが、またもや最近、表の世界ことTwitterで喋りすぎている気がしてならない。ポスト自体は週に1~2回までに留めようとしているし実際にそこまでポストを頻繁にするタイプじゃないと自分では思っているのだけれど、最近Twitterにおける鎖国の意識が緩まっており、リプだのスペースのコメントだのをよく打っている。べつにそれ自体に問題があるわけじゃないのだろうけど、なんだか自分が悪目立ちしているんじゃないかっていうクソ意味のわからん恥感情に苛まれてふつうに泣きたくなっている。リプとかコメントの相手に対して何か思ってるってわけじゃないんですよ? わたしが勝手に感じている謎の恥感情なの。誰も悪くないんですよ。シクシクエーン。
 自分がキモすぎて笑ってしまう。誰かに忘れられることが恐ろしいと思って文章を書くことを趣味としているくせに、悪目立ちはしたくないんですよ。しずかに黙々と書いている人だと思われたい。アーーーキモすぎる。助けてくれ。
 小学生向けの対人関係スキルを基本のき、みたいな書籍を買ってみようと本気で思っている。わたしは最近引きこもりすぎて人間との話し方を忘れている。「社会人になってから人見知りを主張するひとってあまり良くないよね」という話をここ数か月で何人もの人が言っているのを目にしたり耳にしたりしていて、それを聞くたびに、それはそうだなと同意すると同時に、心臓をぐさりと一突きされているような気分になる。いや、わたしは自分のことを人見知りと形容したことは人生で一度もないのだけれど、どちらかと言えば人間と上手に話せない側の人間なのですごく刺さる。わたしはまだ学生ですが同級生はみんな働いているので、社会人じゃないから~という言い訳が通用するわけがないのも、自分ではわかっているんですよ。
 わたしは学歴がある側の人間なので言わせてもらいますが、人生においては対人スキルの方が学歴なんかよりもよっぽど大事です。もちろん学歴と対人スキルの両方が備わったエグい人もいるんですが、どちらかしか選べないなら対人スキルがある方が生きやすいと思う。精神的に健康だ。
 大学院にいると価値観が歪むんですよ。人間とうまく喋れない、メールも返せない、だけど研究はめちゃくちゃできる、みたいな化け物がたくさんいるのでそれに染まってしまいそうになる。わたしは対人スキルが中の下、研究スキルは中の中、変人度は中の上のクソキモ一般人なのでどちらにも振れない。研究できることがアイデンティティの化け物にもなれないし、対人スキルの高い器用な人間にもなれない。はい、中途半端な大学院生の完成です。研究室で酒を飲んでわいわいする集団に対してキモ死ねって思うくせに、別に学振は取れないしやる気なさ過ぎて英語論文もまだ書き終えていない。なんなんだよ、キモいのはどう考えてもわたしだ。
 もちろん、対人スキルが高い人には高い人なりの悩みがあるのは百も承知だけど、結局人間ってないものねだりなんだよな。こんなに中途半端なわたしだって、きっと誰かに羨ましがられてる。
 今日は人間関係をテーマに書いているので、このまま中学時代のエグイ部活の話をしようかと思う。
 中学生のとき、女子○○部、みたいな感じの運動部に所属していた。上下関係がとても厳しい部活だった。そして不運なことに、わたしは真っ先に先輩に目を付けられた。中1の初夏、生理痛が酷くて部活を休んだときに、「生理痛くらいで部活休むなよ」と先輩に陰口を叩かれたことが発端だったように思う。一番の敵は理解のない女だ。そこからは事あるごとにいちいち欠点を指摘されては先輩の悪口のサンドバックになった。個人指導、という謎の制度(つまり何かと理由をつけて気に入らない後輩を延々と叱り続けるという集団リンチ)の常連被害者だった。結構な頻度で先輩数人に取り囲まれて、人格否定を繰り返された。謝っても、「はあ、もうそれ聞き飽きたわ~。結局行動で示してもらわないとどうにもならないんだよね~」とか言われ��の。だけど当時、わたしは自分がなぜ怒られているかあまりよく理解していなかった。だからとりあえず、すみませんでしたって謝るんだけど、それも上記のように意味ないから八方塞がり。あ~どうしよっかな~でもこのまま怒られてたら筋トレしなくて済むのかな〜ならそれでいっか~あ〜面倒くせ~死ね死ね死ねって考えていた気がする。そしてまあ、もちろんちゃんと病んだりもしたが、やはりわたくし、生命力がとても強いのでふつうに学校に通っていた。はいはい死ね死ね、って感じで部活も行っていた。えらすぎ。
 中学のときに生徒会に入ったのは活動にかこつけて部活を堂々とサボれるからであった。副会長の先輩(もちろん男)はよく部活の愚痴を聞いてくれた。あとは、保健室でサッカー部の先輩(イケメン)に慰めてもらったりもした。同級生のRくん(本命)にも夜な夜なLINEで話を聞いてもらったりした。今思えば、わたしが部活内で嫌われていたのは、部活で酷い目に遭っていることを男子に相談して、か弱い女子を演じて味方を増やそうとするところに原因があったのかもしれない。まあ、それはいいんですよ。とりあえず、部活の先輩にはとことん嫌われ、個人指導という名の集団精神リンチをされながらも部活は辞めずにぬるく生きていた。中総体の前には「いつも厳しくしちゃってごめんね;;」と書かれた手紙を集団リンチのリーダー格の先輩からもらった。やっぱ死ねよ、と思っているうちに先輩は順当に地区予選で敗退し、すぐに自分たちの代になった。
 本題はここから。まだ地獄は続く。
 代がわりをして、部長はNちゃん、副部長はAちゃん、わたしは野良の部員になった。野良の部員はわたしのほかに5人いた。
 ある日部長Nがエグイことを言いだした。「準備を一番頑張っている後輩と、一番サボっている後輩を先輩(つまりわたしたち)の投票で決めて、みんなの前で発表しよう。そうしたら後輩たち、みんな頑張ってくれるはず」と。もうお気づきだろう。地獄である。
 部長絶対王政の部活だったので、それがまかり通って、実際にその投票制度は数か月にわたって続いた。みんなの前で部長が特定の後輩一人を指して、「○○ちゃんはこの前の準備で部活に関係ない話をしてたから、もうすこし真剣に頑張ってほしい。みんなちゃんとやってるのに迷惑だよ」とか言うの。それで名指しされた後輩は青ざめた顔しながら震えた声で返事するし、その子はその子で後輩グループの中で浮き始めるし。泣き出す子もいた。だけど部長Nは「泣くくらいならちゃんとやれば?」「投票されるのが悪いんだって」とか言っちゃうの。それが毎週繰り返された。エグいだろ。正義感の暴力ってとても恐ろしい。わたしも先輩によく陰口を叩かれていたけれど、ここまでヤバいのは多分なかった。地獄だった。これ中学生の話ですよ? 中学生なんて今思えばクソガキじゃん。何してんだろ。
 もちろん、投票制度に反対して、投票しなかった子もいた。わたしはどうだっただろう。拒否した記憶と誰かに投票しちゃった記憶がごちゃごちゃになっている。わからない。とにかく、謝っても許されることではないと思う。ちなみにこの制度は問題にすらならなかった。どうやって終わったかというと、ただ自然にフェードアウトしただけだったのだ。
 部長Nと副部長Aは仲が良かった。そしてよく、部長Nと副部長Aが徒党を組んで勝手に色々と物事を進めるので、部長・副部長派閥と、野良派閥でよく対立が起こっていた。わたしは部活嫌いの生徒会役員だったので、どちらの派閥にも属さず、どちらともそれなりに話していた。両派閥の仲介をして、キモいな~とか思っていたのである。あと当時わたしは四六時中恋愛のことを考えており、部活なぞどうでも良かったので、かえってうまくやれたという節もあった。そういう感じ��ことがずっと続くような、ダルい部活だった。
 だがやはり部長Nと副部長Aはとりわけ嫌いだった。よく嫌味を言われたのを覚えている。それに、先輩にいじめられていた1年生のとき、先輩にわたしの悪口を吹聴していたのは主にその2人だった。いろいろと嫌なことがあったが、ありすぎて何を言うべきかわからないのでこの話はまた別でしようと思う。部長Nと高校が離れ、わたしは心の平穏を得た。その後Nは短大を中退し、近所のサイゼリヤでバイトをし、バイト先の店長(10歳くらい年上)にラブ♡になったらしく、インスタのストーリーで店長との夢小説?のようなものを書いていた。キモくてスクショをした。スクショはまだわたしのスマホに残っている。中学生のときわたしを下に見ていた彼女を、やっと高いところから見下ろすことができてわたしは満足している。副部長Aとも高校は離れたが、その後同じ大学で同じ学科になった。きっと、学科首席になって卒業式で登壇するわたしを見ていただろう。それを想像するだけで気持ちがよかった。相手がどう思っていようと、わたしが相手よりも秀でているという事実がわたしを高揚させた。
 中学の部活ってなんであんなにキモいんだろうか。まあ、わたしがみんなに嫌われていたのは納得できる。だってわたしも、わたしみたいなやつが後輩にいたらキモいからいじめると思う。知らんけど。それにわたしも今よりずっと幼かったし、今だって対人スキルがどうとか言ってうだうだ悩んでいるのだから、当時のわたしはもっと空気が読めなかったし、きっとなにか侵しちゃいけない境界線を飛び越えたりしてしまったのだと思う。でももう過ぎた時間は戻ってこないから、これからすこしでも失敗しないようにするしかないのだなと思ってしまう。まあ、とりあえず、準備サボった後輩晒し上げ地獄制度の話ができて満足です。
 なんか今日の文章、いつもと文章のリズム感がすこし違っていて気持ち悪いんだけど、もうこのまま上げちゃいます。おわり。
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kennak · 2 years ago
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今年、20台半ば過ぎにしてついに俺は大学に受かった。具体的に言うと北海道大学の医学部医学科である。俺は昔から医者になりたかった。中学生のときにはもう医者になろうと思っていた。しかし現実は非情であった。俺が高校1年生に上がった頃、俺を女手ひとつで育て上げてくれた母がぽっくりと逝ってしまった。そこで北海道の祖母の元に預けられることになったのだが、祖母はすでに70歳を超えており、さらに軽度の認知症であった。必然的に高校は転校か退学を迫られたわけだが、祖母の強い要望により俺は高校を退学して働くことになった。これが10年ぐらい前の話だ。とはいえ、俺は医者になる夢を諦めるつもりはなかった。祖母の友人のパン屋にて最低時給で働きつつ、少しづつ大学進学資金を貯め、高校卒業認定試験に受かった。しかし19歳のころ、今度は祖母��死亡。俺は天涯孤独の身になった。20代も半ばに過ぎたころ、ついに生活に余裕が出てきたので俺は念願の医学部受験に挑戦することにした。俺はことさら不幸自慢をするつもりはない。と言うか、自分が不幸だと感じたことはない。俺と同じ待遇でのたれ死んでいるやつは確実にいるはずだし、これが俺の標準だからだ。自分の状況に文句を言っているだけでは、明日の飯も食えない。さて、医学部受験の話に移る。俺は北海道に住んでいたので、道外の大学に行くことは資金的に不可能であった。北海道では大昔から医師不足が叫ばれ、コロナ前から自然に医療崩壊していると指摘されて久しいが、その割には医学部が3つしかない。北海道大学、札幌医科大学、旭川医科大学の3つだ。これが首都圏だったならば私立の医科大学という選択肢が視野に入るのだろうが、資金的に無理だった。私立医科大では受験料に10万円近くかかるし、そもそも受かったとしても授業料を借金だけでは賄えない。この仕組みを知った時、「そりゃ、医者の息子は医者になるわ」と思った。俺のような貧乏人は受験料すら払えないが、彼らはガンガン払える。スタート地点からして違うのだ。とはいえ、文句を言っていても仕方がない。俺は北海道大学の医学部医学科を焦点を当て、ついには受かった。1年間集中して勉強に捧げたため、生活費はとっくに底をつき、受からなければ首を吊るしかないという状況であった。当然、入学費や授業料が自前で払えるわけがないので、日本学生支援機構に借金をして入ることとなった。さて、ここでぶち当たったのが「給付奨学金制度」というやつだ。これは比較的最近生まれたもので、生活の苦しい学生に学費を給付するという制度だ。さらに、「給付奨学生」になると国公立ならば大学の授業料が無料(!)になるというおまけ付きだ。なんという良い制度であろうか。俺は早速申し込んだが、却下された。理由は「年齢」である。というのも、この給付奨学金制度では「高校卒業2年以内(20歳以下)」でないと対象外になり、問答無用で失格となるのである。俺は高校卒業認定をとっていたが、これも「1 8歳から5年以内(23歳以下)」でないと対象外。どれだけ貧しかろうと、どれだけ生活に困窮してようと、23歳以上に給付奨学金は絶対的に出ないのである。「それならば仕方がない。なら給付奨学金は要らないので、授業料を免除だけしてほしい」と言ったところ、これも却下であった。なぜならば「給付奨学生」でないと「授業料免除」には該当しないのである。それならば給付奨学金が無い時代の授業料免除はどうなっていたのか?それは大学が独自に学生の収入を元に授業料を免除できていたのだ。その頃には20代、30代だろうが、収入が少なければ授業料免除になる可能性が高かった。しかしながら「給付奨学金制度」が出来たことにより、「授業料免除制度」は「給付奨学金制度」の一部分扱いになり、20代は問答無用で借金をしなければいけなくなったのだ。俺は愕然とした。というのも、ほとんど俺と同じ待遇で医学部に入った5年生の先輩と話す機会があったからだ。その先輩は給付奨学金制度がない時代に20代後半で大学に入り、大学独自の授業料免除制度でなんとか大学に入ることができたのである。彼が卒業するまで��免除対象であるという。これはひどい。いや、ヤバい。不公平感が半端ない。国は「学び直し」を声高に叫んでいるが、これが今の実態である。謎の線引き、謎の境界線。まるでヨーロッパ人に勝手に国境を引かれたアフリカ人のような気分だ。追記:「給付奨学金」は経済的困窮者が大学に行けるようにするための制度だが、果たして高校を卒業してから2年以内に大学に進学しようと決められる困窮者が大多数なのであろうか?経済的困窮者は高校を卒業後、「大学に行く」というメリットがありつつも、働かなければ生活がままならない者が多いはずだ(俺は高校すら行けなかったが)。そういった人々が成人を迎え、「大学に行こう」と決めても、国が一律かつ絶対的に決めた「高校卒業から2年以内まで」という謎の縛りで困っている人はたくさんいるはずだ。そんな気持ちでこの記事を書いた。国に問い合わせて見ると、「卒業から2年以内」を変える予定は無いようだ。「どうして卒業後3年や4年や5年以内ではなく、2年以内なのか」と質問しても「そう決まっているから」としか言われなかった。俺たちは制度の中で生きているので、制度の内容によって人生は大きく変わるし、それは納得できる。しかしながら、「なんとなく」で決められた制度に人生を大きく左右されるのはキツイ。追記2:【これまでの授業料減免制度】大学に収入を報告する↓大学が学生の年齢など関係なく困窮具合を判断↓授業料減免【今の授業料減免制度】日本学生支援機構に給付奨学生として採用される(20歳以上は申し込みが絶対的に不可。理由は不明)↓給付奨学金を受けた人のみが授業料減免を受けられる
大学無償化の年齢差別がヤバい マジでやばい
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moko1590m · 30 days ago
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「本来は手段にすぎないものが目的化される」という現象は、個人の行動レベルから制度、国家、宗教、経済に至るまで、あらゆる領域に見られる**構造的誤配(ミスアロケーション)**とも言えます。
これはしばしば「目的の形式的痕跡だけが残り、中身や本質が抜け落ちる」状態であり、ドゥルーズ的に言えば「コード化による生命の停止」、あるいはラカン的に言えば「象徴界における欲望の代理物の肥大化」とも読めるでしょう。
🔍 手段が目的化してしまう例(ミクロ〜マクロまで)
✅【日常・個人レベル】
お金を貯めることが目的になってしまい、お金を使うことで得られる体験や幸福を避けるようになる
「ダイエット」のための食事管理が行き過ぎて、健康を害する(本来は健康のため)
「勉強」そのものが目的になり、「学ぶこと」や「考えること」がないがしろにされる
完璧なスケジュール帳を作ることに満足して、何も実行しない
人に感謝されるために善行をする(善行が手段から自己承認の目的へ)
写真を撮ることが目的になり、目の前の景色を直接見なくなる観光
「資格」を取ることに執着し、スキルや実践には興味がない
婚約指輪・結婚式に異常にお金をかけるが、肝心の結婚生活に関心がない
✅【家庭・教育レベル】
宿題を提出することが目的になり、内容や理解はどうでもよくなる
運動会や文化祭の「演出」や「統率」を優先し、子どもたちの創造性や楽しさが抑圧される
制服や校則の遵守が目的化し、生徒の個性や状況が無視される
学校に「行くこと」そのものが目的になり、「何を学ぶか」が失われる(不登校への偏見など)
✅【職場・労働レベル】
働くことが生きる目的化し、「なぜ働くのか」が問われなくなる(ワーカホリズム)
業績評価の数字を上げることが目的化し、本来の価値(顧客満足・創造性)が損なわれる
「時間通りに出社・退社」することが目的となり、成果や創意が軽視される
「会議を開くこと」が目的化し、実際には何も決まらない
✅【社会制度・行政レベル】
選挙制度が形式的になり、「形式的な投票率」ばかりが重要視される
福祉制度が「不正防止」ばかりに偏り、本来の「支援」機能が働かなくなる
交通安全運動が「旗を振るイベント」になり、実際の交通安全には結びつかない
マイナンバー制度などの「デジタル化」が自己目的化し、市民の利便性が後回しにされる
✅【経済・テクノロジー】
GDPを上げることが目的化し、環境や福祉が犠牲になる
AIの開発が「最先端を走ること」それ自体に意味があるとされ、倫理や社会的帰結が無視される
仮想通貨やNFTなど、「所有」することが目的化し、価値の意味が不透明になる
本来シンプルでいい仕組みにテックを導入し、「効率化」や「DX」自体が目的化する
✅【文化・宗教・芸術】
儀式や伝統行事が「守ること」が目的になり、本来の意味や精神性が忘れられる
「原典への忠実さ」が目的化し、創造的解釈が禁じられる(経典・聖書・古典芸能など)
芸術が「市場価値」や「評価」ばかりで測られ、表現や感動が後回しになる
仏教の「布施」などが「徳を積むポイント制度」のように機能する
✅【国家・思想・政治】
憲法や法制度の「文言解釈」ばかりが重視され、現実とのギャップが広がる
「国民の一体感」の名のもとに、多様性や異論が抑圧される(ナショナリズムの暴走)
戦争の記念が「記念そのもの」に固定され、歴史的反省や未来への意味づけが曖昧になる
国家という仕組みが「神聖視」され、市民の生が犠牲にされる(例:徴兵制、戦争)
✅【その他/逆説的な例】
「平等を実現する」手段が官僚的ルールになり、そのルールによって不平等が生まれる
「環境保護」が目的化し、人間の生活とのバランスが見失われる
「正義」を掲げて行われる行動が、人を傷つけたり排除したりする(道徳の武器化)
🧭 総括:なぜ目的化が起きるのか?
象徴や制度が自己増殖する力を持ってしまうから
評価可能なもの(数値・形式)が優位になりやすいから
不安に対して、安定した「形」を手放せないから
「なぜこれをするのか?」という問いを避けることで、精神的コストを下げられるから
🌱 対抗策のヒント
「そもそも、これは何のためだったのか?」という問いを、定期的に意識する
手段をズラす/逸脱する/再接続することで新たな意味を開く(生成変化的実践)
「目的のように見えるもの」が、実は別のものの代替・代理表現であることを見抜く
ご希望があれば、こうした「目的化を脱構築するための遊び」や「ズレによる再発見」の実践例も提案できます。いかがでしょうか?
スポーツ。カンニングして、または、傾向と対策、過去問を学習して試験をパスすること。手続きを大切にしすぎて、制度趣旨に反した制度運用をすること。自家用車を宝物のように大事に使って、その機能を十分活用しないこと。国家というものを神聖視して、国家というものに縛られて不幸になってしまうこと。
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hdsdt · 2 months ago
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シェイクスピア『リチャード三世』
 4月23日はシェイクスピアの記念日です。没日は23日、誕生日は明確にはわからないんですが洗礼日が26日なので恐らくこのへんの日付っぽいということでまとめてシェイクスピアデーとなっております。
 今年はリチャード三世のポスター風イメージを描きました。
 シェイクスピア戯曲は400年以上前に作られた古い芝居の台本です。とはいえ現代でシェイクスピアものをやるとき、シェイクスピア時代の上演の再現を目指す場合を除き、基本的には現代の価値観、現代の人の好み、上演する今、私たちに合わせた演出で行います。
 例えば、『ジュリアス・シーザー』のシーザー役をアメリカの大統領選挙風の舞台で明らかにトランプ大統領を想起させるファッションで演出をしたり、『リア王』を家庭の問題として痴呆老人の妄言と徘���、姉妹間の親の世話の押し付け合いとしたりもしますし、ミュージカルや映画で有名な『ウェスト・サイド・ストーリー』は『ロミオとジュリエット』の翻案で、最近また新しく映画が作られましたし、アラブ圏の演出家が中東を舞台にして自分たちのための物語として『ハムレット』や『リチャード三世』を上演したりもしています。日本だと黒澤明の映画が一番触れやすいと思いますが、戦国時代とか日本の歴史劇風にやったりしますね。少し前の流行りで、直接ではない作品になりますが、『ゲーム・オブ・スローンズ』や『鎌倉殿の13人』も物語構造、エピソードや人物造形などがシェイクスピア戯曲の影響下にある作品として有名です。シェイクスピア戯曲または演劇に直接触れたことがなくても、シェイクスピア戯曲を参照して作られた作品は巷にあふれていますので、そうとは知らずどこかで見たことがあるかもしれません。
 エンタメコンテンツでは流行パターンの作品が膨大に創られるというのがありますが、(ここ十年ぐらいの潮流だと、ゲーム・ファンタジー世界観/異世界転生/悪役令嬢ものあたりでしょうか)シェイクスピア戯曲もいわゆる「型」のようなもので、シェイクスピアものをやる、というのは、「あのお話の型でバリエーションを作っている」という読み取り方もできます。
 上演芸術の古典と呼ばれるものは基本的に「皆様ご存じの! あのお話をやります!」という構造です。題材は神話だったり歴史だったり、多くの人が読んでいる文芸だったり、同時代のセンセーショナルな出来事だったりしますが、「皆の共通認識になっているもの」を「目の前でやってみせる」からウケるのだ、という構造だと私は思っています。
 日本だと歌舞伎・能楽・文楽(浄瑠璃)は漫画やアニメ、ゲームなどのエンタメコンテンツを上演にかけることがありますが、これは「皆の共通認識」になっている物語が漫画・アニメ・ゲームに比重があるからで、上演をやる意義、芸能の何を見せるのかの軸が「生きている人間の芝居や踊り」というところにあるならば、台本に「流行りのモノ」をもってきてやるのは何の不思議もないわけです。
 シェイクスピア戯曲・演劇も、歴史や神話などの元ネタがあるものを芝居という形にまとめてやってみせていた芸能で、シェイクスピア自身が無から何かを創造していたわけではありません。芝居が面白くなるように、歴史的な時系列も地理関係も改変しまくっていますし、何百年も前の歴史上の人物も戯曲上のなんらかの性格を持ったキャラクターとして描かれます。これは、歴史から題材をとってきてはいても、上演される時代の人々にウケるための創作であり、歴史上の人物の実像とは一致しないものです。たとえなんらかの記録が多少のこっていたところで、何百年も前に死んだ人の言葉遣いや身振りや性格や実際に心の中に思っていたことなんて十全にわかりようがないので創作するしか方法がない。立ち上がるキャラクターはうまくいったとしても「説得力のある虚像」です。「生き生きした人物像」という芝居のファンタジーを観客は見て説得されているのです。描かれるのがファンタジー・虚像であっても、これを観ている体験は現実であり、ここを明確に区切って考えるには訓練が必要です。
 シェイクスピア戯曲『リチャード三世』について。
 シェイクスピアの「リチャード三世」は非道な悪役です。身体障害を持って生まれ、母親から愛されず、自分のような見た目の者が女から愛されることはないと世界を呪い、欲しいものは誰も逆らえない権力であり、親族を殺しまくって王位につくも統治能力がなく、戦場でめみじめに殺される男の話です。
 こう書きだしてみると加虐性のあるろくでもない男ですが、「リチャード三世」はシェイクスピア戯曲のうちでも人気タイトルのひとつで、魅力的な悪役として描かれることが多いです。実際、王位につくまでの、手段を選ばず他者をだまし、陥れ、殺していく様は「面白い話」として機能します。これは暴力の達成の話、且つ上昇の話だからです。
 リチャードが権力の頂点にたったとき、仲間はおらず、信頼もなく、孤独です。王になったらもう地位上昇の高揚もありません。殺してきた者たちの亡霊を夢で見て「絶望して死ね」と呪われ、戦場で馬を失い、殺されます。
 歴史上のリチャード三世がどんな人物であったかの歴史解釈とは別に、シェイクスピアのキャラクターとしてのリチャード三世は影響力があり、「リチャード三世」といえばまずシェイクスピアのリチャード三世を思いうかべるひとのほうが多い状態と言ってもいいでしょう。(歴史にもシェイクスピアにも興味がなければ「誰? 何?」って感じだとは思いますが)
 日本でいうところの織田信長みたいなものでしょうか。歴史解釈的にどうかというより歴史題材コンテンツのキャラクターイメージが強いというか。これは、良いとか悪いとか言いたいわけではありません。コンテンツが流行ると影響力があるなあ、という話です。良い効果がある場合もあるだろうし、悪い効果がある場合も普通にあるでしょう。状況や条件次第なので。
 前半で「皆の共通認識」という言葉を使いましたが、一人一人がなんらかの神話・歴史・物語を深く知っている必要はなく、「よく知らんけどなんかそういうのらしいね」ぐらいでも「共通認識」として機能します。
 シェイクスピア戯曲のエンタメ虚像とは別に、15世紀イングランドにリチャード三世は実在したわけですが、2012年に英国レスター市でリチャード三世の遺骨が発掘され話題になり、エンタメ虚像じゃないリチャード三世の印象もまた広まったのではないかと思います。このリチャード三世の遺骨発掘の経緯は映画にもなっています。
 リチャード三世の歴史準拠の再評価は昔からありましたが、2012年の発掘があったことで色々な調査が進んで、新たな解釈、そこからまた別の、シェイクスピアのものではない、フィクションのリチャード三世像も生まれるの��ろうなと思います。
 遺骨発掘シーンの再現を盛り込む演出が入った『リチャード三世』の公演もあったりしましたし、シェイクスピアのリチャード三世上演のほうにも、ヴィジュアルやキャラクターイメージの変化はそれなりにありそうな気はします。
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 シェイクスピア戯曲を読んだり上演を見ていて、「よくわからないんだよな……」と思っているのが権力欲で、全く共感がないまま面白いと思って読んだり観たりしています。登場人物に、その判断力があってなんで権力構造には従順でボンクラになるんだ? 的な感想を持ってしまうというか。いや、権力構造の上位者になりたいという欲求はありふれてあるものだということはわかるんですが。
 ダンスを見る趣味のスタンスから考えると、欲がなんであれ感情/行為/動作のアップダウンがある=動的になるのでそこを面白いと思っているんじゃないかなあと思うんですが、自分のことだがよくわからない。人なり出来事なりが動いてる状態・動きを発生させる構造、現象に面白さ・愉しみがある、のだと思うんだけど。
 ちょっと話はズレますが、『リチャード三世』で言えばリチャードがアンを口説き落とすシーン、成功していると感じた上演をあんまり観たことがないです。緊張感があり印象的だという感覚はあれど、アンが憎しみと嫌悪を持ったまま口説き落とされるって、そのように表現できてると感じたことほぼないんですがあれ、難しくないですか? ものすごく難しくないですか? あり得なくはないだろうがそうとう難しくない? 感情が、字面ではわかっても腑に落ちないというか。
 物語創作のセオリーで「これは私の物語だ」と思わせることが必要と言われたりしますが、共感が発生しない、私ごとにはならないことでも全然面白いが? と思っていて、面白さってなんなんだろうとずっと疑問です。
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shiki-n · 2 months ago
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2025/05/09
プレゼンおつかれさまでした!!!!
家でもリハをして時間も計ってやっていたのですが、今日は夢の中でまでプレゼンをしていて朝から疲れました。なんとか発表できてよかったです。ド緊張で一週間くらい記憶が曖昧ですが。
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質問など忘れないうちにまとめます!! 焦って変なことを答えてしまうのが嫌で、基本「そうなんですね……考えておきます😵‍💫」 みたいな逃げばっかりで申し訳ないです。その場で質問に答えるのがド級に苦手で……
┊͙本日の質問・感想など┊͙
・お守りのあの形にはしないのか?
→ 宗教的になってしまうのは私としてもとても避けたい部分で、お守りはテーマの発想の出どころという感じ。やる内容としてはお守りというよりは四つ葉のクローバーみたいなラッキーアイテムみたいなほうが近いかも。
・何故キャラ化するのか?ステッカーよりぬいとかのほうが安心感が強い
→ キャラ化は自分の得意部分で、やりたい事(寝ても覚めてもできること)だからというのが強い。もし圧倒的にこっちのほうがいいじゃん!!みたいな手段があるなら変えるけど、自分の得意分野を考えてもあまりなさそう……💭? ステッカーよりぬいとかのほうが安心感があるのは私もとてもわかる。ステッカーを第一候補にしているのは、私が普段持ち歩いている武装アイテムが、推し絵師さんからの手書きカードで、それをスマホに挟んで持ち歩いているので、そこから小物アイテムは「スマホに挟めるタイプにしようかな…??」と思ったから。ぬいも積極的に候補にしていきたい。冬季休みにぬいを作っていたので、手芸が全く��きないわけではない。
・お守りなど日本限定にせずに世界のお守りについて調べてみるといいかも
→ 最初幅広く調べていたけど、あまりにも数が多くプレゼンまでだとすべてが浅くなりそう……と思ったので一旦絞りました。一度他の国のお守り、習慣について調べるべきだとは思う。調べます📖
・まずキャラをすきになってもらう必要があるのでは?キャラが刺さらないと持ち歩いてもらえない
→ 私の甘えだけど刺さらなくても願いをキャラにしてるのでその願いを持っているなら持ってくれるかもしれない……。と思ってる。私の話だけど、お守りもデザインは刺さらないけど願い的には合ってるから身につける事がある。デザイン的にはこっちが好きだけど、願いとしてはこっちだから……。みたいな。個人的に思ってるのは、どこの神社も安産祈願のお守りって可愛い。でも今の私には絶対いらないから買ってない。学業とか芸能上達のお守りにしている。って感じでデザインは刺さらないけど、願いマッチしているし持っていくか。って思ってくれる人がいるんじゃないかなと考えてみたり。
他の人にも持ち歩いてもらうのは展示の時のよかったらあなたもどうぞ~~。みたいなもの(オマケ要素?)なので全員に刺さらなくても…とか思ってしまったがやるからには全員を目指すべきだなって思った。今
・概念っぽくして持ち歩きやすいようにしたりは?
→ 概念グッズにしてしまうと、最終成果物のビジュアル要素が弱くてあまりよろしくない。なので概念グッズにはしないつもり。(持ち運びアイテムをいくつか作るなら、概念グッズが1つあってもいいかもしれない)。概念グッズを持ち歩く理由がファッションに合わないからという話、概念グッズについて調べていたときにも理由の一つとしてありました!! ビジュアルグッズだとそのもの自体の主張が強すぎるからですかね。
(全然関係ない話ですが、本日の私の服装は推しの概念コーデでした。気合を入れるためです。これが武装)
・コアな願いにすることで刺さりやすくなるかも?
→ 現代的な願い(チケ当選してほしい~!!!など)をメインにキャラ化していくのは面白そうだな~~。って思っていたところです。一般的な願い(健康、学業、恋愛、金運など)だけだとただの擬人化で終わってしまうんじゃないか……?という悩みもある……。
・自分の願いだけじゃなく、人に渡す願いもある
→ お守りの譲渡関係に関する論文にも、人に渡すときにありがちな願いと、自分自身に願うもの、人同士の関係によって願いの種類も変わるそうで、それが面白いな~~~。と読んでて思ったので、願いの対象ごとの違いは掘り下げると面白いかも。たしか、恋愛と金運は自分自身で願うことが多く、親からは交通とか健康とか学業が多いとか……。(親から金運のお守り貰うのはなんかちょっとヤダな。とか読んでて思ったり。)
・成果物がある程度予想できる。チャレンジできる部分を探すのが良い
→ 展示の構想を書いてる時点で、かなり想像しやすいな。と思った。全く未確定でフ���フラ考えるより一旦仮として成果物、展示構想があったほうが迷走が防げるかも……。という事で仮決定。
でも今のままだと容易に想像出来るし面白みは全く無いので、どんどん手を動かして新しいチャレンジ部分を見つけたい。
個人的に動物を描くことがありえない苦手で、大事故を起こしがちなので(絵心ない人が描いた動物みたいな出来になる。私も絵心がないのかもしれない)人間以外に挑戦する事自体が私にとっては結構チャレンジだったり………。
・マーケティングの方面になってしまうかも
→ マーケティング方面の調査も必要になる事自体はそれほど問題はないと思いますが、それがメイン部分になってしまうと確かにしんどい(モチベ的に) テーマの一番の動機は 「私自身が好きなものを持ってると安心するから」 なので、制作をメインにしたい。制作物だけだと、「好きなもの作っただけでしょ?🤷‍♀️」 となってしまうので根拠としてその他の目線からの調査はするべきだが、メインは描くことにしていきたい。重要視している部分はブレたくない。
文にしても、ちゃんと回答になってないかも知らないです。すみません😭 
もらった質問も私がそこなんです~~!!と思っていたところや、確かにな~~ってところでした。まだまだ調べたい所も沢山なので、探っていきたいです。ひとまずプレゼンが終わって安心しました🙇‍♀️
プレゼン資料はまた明日にあげます!!!!!
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me--me--me · 1 year ago
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番外編・みーくん生誕祭()お誕生日スペシャル🎂
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おはこんハロチャオ(*ΦωΦ*) みーくんです♪🐈‍⬛
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みんな最近このパルデア顔面国宝イケメンの補給足りてないと思うので置いておきます(はァ?🐰)
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よい子のパルデアチャンピオン及びブルベリチャンピオンのみんなー‼️お久しぶり❣️✋😸🎶
諸々やっと落ち着いて今この記事を書く本日。
一応、近況を話すと昔からの仕事を勤める一方で、次に本腰入れたい仕事から貰った課題を熟すダブルワークみたいになっちゃってた➕諸事情で内科に罹ったりで何かしら絶対に予定がある日々が続き、悉く整った休日が取れない又は潰れてしまっていたのである。
そんな中、訪れてしまった2024年7月。
刻まれゆく初週、迎えてしまった誕生日…🍦‬
✻*˸ꕤ*˸*⋆。✻*˸ꕤ*˸*⋆。✻*˸ꕤ*˸*⋆。✻*˸ꕤ*˸*⋆。✻*˸ꕤ*˸*⋆。
て事で今回は貰った誕生日お祝いイラストを自慢したいだけの記事です。自慢させてください。そして見てください。見ろ。(なんだァ…コイツ…😅)
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まず我らが主人公兼イケメンインテリヒロインことてゃ♡(シエル♡)こと鴨見 居たん🌼から貰った
顔面国宝イケメン大会優勝殿堂入り世界レベルイケメンチャンピオンのミーくん🐈‍⬛ですちょっと待ってくださいね
💥💥🌋🏩ドエロすぎ🏩🌋💥💥
おい‼️‼️‼️🥵😡🤬💦💦顔が〝良すぎ〟ない……カナッッ???😁💦❓❓❓❓❓❓おぢさん……そんな艶めかしい眼光に射抜かれちゃったら〝どうにか〟なっちまうョ……💕🥺💘💦💦あとさァ…❣️💦
🌋✋指先エロすぎ✋🌋
なんですかその手先は⁉️⁉️⁉️😭🥺😤何する気なんですか⁉️⁉️💢💢👺👺👺💢💢♥️♥️♥️💦💦💦こッ……こ、こここここの……いつもの四人グループのR指定担当がよォ💢💢💢(そんな担当あったっけ……❓😅💧‬)
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これは貰った当時の新鮮な反応なのですが興奮し過ぎて気さくなジョークも挟んじまったよナ😋💦(お前もう二度と喋るな定期)
✻*˸ꕤ*˸*⋆。✻*˸ꕤ*˸*⋆。✻*˸ꕤ*˸*⋆。✻*˸ꕤ*˸*⋆。✻*˸ꕤ*˸*⋆。
余りの衝撃で歩くR指定のイケメンにばっか触れてますがハルトリゲル(ドヒドイデ)マジで上手すぎオブ可愛すぎ🪸💘🥹💕おめめ光ってるの好き過ぎ✨️💕
そんでもって背景に咲く薔薇🌹がさァ……❣️またこの絵に漂う🏩妖艶なムード🏩を後押ししてて堪りません……お前誘ってんのか……?どうすんだよ……ッ!
首元の衣服から覗いてる喉仏もエロ過ぎんだろ……ッ!!どうすんだよ……ッ!!!どうしてくれんだよ……ッ!!!!
めちゃエロエロ書いてるけどこのtumblrBANされたらどうしよう😅その時はカラダで払ってくださいね(最悪)
この男の同人誌待ってます。
(大変ド真剣な眼差し)
そんじゃ次いってみよー‪⸜‪‪‪‪‪︎🐣⸝‬‪‪
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関西が生んだ奇跡のド天然神絵師こと皆大好きおむ♡(タマ♡)ことオムライス🐣から貰った
超有名ホラーゲーム・ポピ.ープレイタ.イム発祥である伝説の絶滅危惧種カップリング・デイナプちゃんです🐶🐱
天使が二匹⁉️❣️😫❣️⁉️わたあめみたいな優しい色味が可愛すぎ〜🥹✨️🌷おむの絵柄も相俟って癒し系ふわふわ空間になっており、先程まで邪(よこしま)な言葉ばかり紡いでいた俺の穢れきった心が浄化されるゥ〜〜⤴︎︎⤴︎︎⤴︎︎💦😇⛪️🌸
まるでホラゲ版シルバニアファミリーのような愛しさと安心感。漫画の構成も見事なもので嫉妬しちゃうドッグデイとムニュッとお口塞がれちゃうキャットナップ……激kawaiiね……🥹🙏💕ぐるぐる巻きにしてるのも束縛する程の〝愛〟を感じて尊い……💓🤦‍♂️
デイナプ……?🧐なっ……何ですかソレは…⁉️となっているアナタに簡単な説明をすると、
【 ⚠️ 以下ゲームのネタバレ注意 】
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ドッグデイくん🐶とキャットナップくん🐱は写真でハグし合う程の親友でしたが、キャットナップはドッグデイと出会うよりも前に瀕死の重症を負う大事故に遭っており、その時に助けてくれたプロトタイプ✋(おむの絵にもいる鉄製の爪みたいなヤツ)に対し強すぎる恩義と盲目的な信仰と忠義を抱き慕っていた。
後にプロトタイプが起こすオモチャ工場内の人間🟰従業員皆殺し計画にもキャットナップくんは加担。それに反対し抵抗したドッグデイくんや、その仲間たちは捕えられてしまう。その後に恐らくプロトタイプの命令からキャットナップはドッグデイ達を地下の牢獄に閉じ込めて拷問。その過程でドッグデイ以外の仲間は死亡。
月日は流れ十年後、ゲームの主人公がドッグデイの元に訪れるが僕は手遅れだと主人公を諭し、激励するドッグデイ。しかしそれを良く思わなかったキャットナップからの指示を受けたオモチャ達が彼を襲い体内に侵入し蹂躙。そのまま身体を乗っ取られたドッグデイは主人公を追いかけ回した後に死亡してしまう。
ちなみに、このチャプターではラスボスであるキャットナップも主人公との死闘の末、最終的には自分の命の恩人であり忠誠を誓っていたプロトタイプから直々に手を下され死亡してしまう。もうちょっと書くと、ドッグデイ、キャットナップは元々孤児院にいた人間の子供であり被検体にされた過程で作品上の姿になっている。
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というのが大まかな彼らの流れなんですけど全ッ然ッ簡単にも簡素にも書けてない。すみません😸💦
そして大抵の人が思ったであろう、
コイツらのカップリング要素は何処なんだ?と…
主流なのはナプデイだしネ🥹💦ただ聴いてください…!キャットナップくんはプロトタイプに陶酔する以前は大人しくて恥ずかしがり屋(重要)な男の子だったんです…ドッグデイくん至っては最期まで光属性で且つ活発でリーダー的存在でした。
もう分かりましたね。
僕は光の包容力攻め×闇の大人しい子受けに滅法弱いのだ😭🙏🐶🐱😨
お.そ松だとカラ一、弱ペ.ダだと石御が同人誌買い漁るほど大好きだったと言えば極一部の人は理解してくれる、ハズ(小声)
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そんなこんなで❣️かなり脱線しましたが俺の好きなCPを最高に可愛く、持ち前の癒しオーラをフル稼働して描き下ろしてくれたおむちゃま…♡🥹💘🐣🌷
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🐣🌷A☆RI☆GA☆TO☆🌈🐣
オリゴ糖(ボソッ…)(なに?😅)
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趣味の方の近況報告だと最近のみーくんはTOP4の動画ばっかり見てます。面白いです。レトさん最推し🦀レトセトラ当選したから遊びに行くよー‼️🚃🐈‍⬛💨
あと彼ら見てて思うのが、仲の良い友達同士が集まって遊ぶのってやっぱ良いな〜と、つくづく。
性別違えばてゃおむけーちゃん誘って四人実況撮ったりしてた未来があったのかもしれん。なんつって🤪
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(2024/07/09) 🎋🐈‍⬛
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smapwpgas · 6 months ago
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彼(か)のコラボイベどうなってんの???いやマジで
現在某所で配信されてる某コラボシナリオこと某某某ー某・某ー某某a.k.a.異世界寝取りサモ太郎ですが もはやツッコむ気力さえなかったり読んですらなかったりする人もいると思うけど
パラレルともifともつかない改変が入ってるのに原作と同じ展開に着地させるいびつさが不気味なコラボを名乗る何か
と化しているので本日はこれについてお話します…
※以下の文章では前作(隠語)主人公に名前がない&前作世界で彼の体に入っているという設定で話が進むため前作主人公を「主人公」、公式の負の側面が前面に出た今作(隠語)主人公を「一部シナリオで感じ悪い選択肢で会話し始める」「ストラグルで突然『修行してないのに尋常じゃないくらい剣が強い』という謎のイキリ設定が追加された」「伏線とはいえ『召喚されたのに召喚することもできる特例で普通は一人でも大変な契約が無限にできちゃって元々は前例のない全属性で神そのものの存在から前世ポ(前世の面影を感じてデレること)でチヤホヤされる』という設定がよく考えると痛々しい二次創作オリジナル主人公っぽい」などの理由から以前からネタで使っていた「サモ太郎」と呼びます ※言わずもがな前作とコラボシナリオのネタバレしかないです ※よくいる妄想でフォローおっぱじめる人は原作に書いてないこと主張するなとは言わないから推測として成立させるための出典出してね ※悪いのはキャ��ではなくシナリオとプレイヤー
要点:前作が世紀の大傑作と言うわけじゃないけど丁寧に書かれてたしここまで酷くなかったのは確か
「パラレルともifともつかない」について
コラボシナリオの舞台は「前作1章のイベントである魔王アンセスターの襲来が起きなかった世界」と明言されていて、この点に関しては言い訳ではなくコンセプトとしてパラレルになっていますが、それ以外の部分もしっちゃかめっちゃかに改変が入ってるのが問題です。 とりあえずざっくりと前作基準で時系列を分けると
A:アンセスター襲来以前、各キャラの悲しき過去…に相当する部分 B:アンセスター襲来~打倒、1章に相当する部分 C:アンセスター打倒以降、2章~に相当する部分 の3つに分けられます。
前述のきっかけによって前作のパラレルになったコラボシナリオがB’だとして ・Aは変わるわけないじゃん ・B’がBと変わらない展開になるのおかしいやろ ・↑のせいでオリジナルのシナリオのテーマ性が台無しになった というのが論点です。
Aは変わるわけないじゃん:オルグスの生い立ちの説明が「エアプでもこんなんならんやろ」ってくらい雑すぎる問題
前作とコラボシナリオで共通した設定 ・国王の子供なので王位継承権がある ・事情があってその事実を隠して平民として育てられた ・現在は騎士団の団長 ・同じく国王の血を引いた弟がいる ・指輪は王権の象徴
前作での説明 ・国王(前国王)と公に認知されていない関係を結んだ母親から生まれた子 ・弟は当然異母兄弟にあたる ・王位はオルグスの父から継承権が公に認知されている弟へ移っている ・世継ぎ争いを避けるため(資料集曰く父である王から殺されかけて)死んだと偽り、事情を知る後見人以外の援助無しで平民として育てられた ・騎士の道に進んだ動機は復讐心 ・指輪は魔王アンセスターの襲撃で壊滅した王宮から持ち出された後に現国王である弟の遺言に従いオルグスに譲渡された
コラボシナリオでの説明 ・母親が王妃なのかそうでないのかすら不明 ・弟と異母兄弟なのかも不明 ・王族ではないけど血統的には継承権第一位扱いとかいうよくわからん状態で王位が父と弟どちらかにあるのかも謎 ・国のために(詳細不明ふんわり感)兄弟のどちらかを選ばなければならないということで天秤にかけた結果(妾の子では?)放っといても死なんやろ的な雑さで捨てられて平民として育てられたけど王になってもいいように教育を受けた(??????) ・騎士の道に進んだ動機は「兄だから弟とか国とか護らないかんじゃろ」という責任感 ・なぜか指輪は自分が持ってる(王族から外れたって自分で言ったじゃん)
前作でわかるオルグスの生い立ちは弟があくまでも父母の関係の副産物でメインはオルグスが王の落胤であることにある印象なのに対して、コラボシナリオではい���ゆる「掟によって生き別れになった双子」的な「引き離された兄弟のエピソード」として書かれていて王の落胤という設定に関してはそもそも存在しないように扱われている気がします。 仮定は仮定でしかないけどこの推測が当たってたとしたらもうそれ別人ですよね??? 起点過程を弄り回して着地点だけ元ネタに合わせるの無理ありすぎでしょ… とシナリオを読んで呆然とした気持ちが伝わったでしょうか。 まあここからもっと酷くなるんですが…
B’がBと変わらない展開になるのおかしいやろ:「一周目(仮)*で好感度が蓄積した」とかいう雑な言い訳で即デレさせるのやめろ *一周目=コラボシナリオで触れられている前作本編と思われる本来のストーリーのこと
上の方でキャラの根本的な設定が弄り回されてることに関して説明したけど本編そのものも魔王の不在によって重大な食い違いが生じています。 コラボシナリオの状況設定では主人公がオルグスとソールにとって(オリジナルほど)大事な存在にはなり得ないからです。
これについては後ほどさらに掘り下げますが、コラボシナリオでは死にまつわる要素、重いトーンの設定がことごとく削られている気がします。 ですが、前作のシナリオはキャラクターにとってリアルな死や痛みがなくては成立しません。
主人公は「世界を見捨てれば自分は助かる」という状況から自ら命を危険に晒すことによってメタ視点における主人公としての資格とキャラクターからの信頼を獲得する。 オルグスは勇者が故郷を滅ぼした魔王への唯一の対抗手段であり、頼らなければならないという気持ちが強かったからこそ、その能力があるとは思えないただの子供だった主人公への失望によって襟首を掴み上げる程の怒りを露わにして厳しく当たり、旅の中で人格と能力を認めて初めて信頼する。 ソールは自分の命は大義のために捧げられるものという価値観の中で生きてきたことを否定され、修行を通して抑圧してきた幼少期の両親の死に対する負の感情をさらけ出すことで教会が定めた主従を越えた信頼が生まれる。
ここで描かれていた感情の重みと動きはコラボシナリオで全て無くなりました。 後に残ったのは「なんかわからんけど縁を感じる」という今作本編後半から顕著になった主人公に対しての無条件の好意と同じ初見配偶者面。 なんでかって言ったら今作みたいというところで分かる通りまあサモ太郎(を操作している「キャラは自分に対してデレデレすることにしか価値がない」という認識でガチャに費やした金額を誇るプレイヤー)のためですよね…
お前!それは!!海底都市で!!!散々!!!!批判しただろ!!!!!
歴史は繰り返す…
変な改変があるのに別のストーリーになるわけでもなく中途半端に展開をなぞるせいでオリジナルのシナリオのテーマ性が台無しになった:感情が薄い!軽い!重要なイベントをことごとくスキップするAny%タイムアタックのようなシナリオ
いよいよぶちギレ金剛してこの長文を書くに至った現時点での最of悪パートであるコラボシナリオ2話後半について前作と比較する形で触れていきます。
オリジナルである前作「竜の山を越え、西へ」の流れ
魔王に故郷が滅ぼされたことによってオルグスの故郷の人々が東へ避難している辛い現状の描写(コラボシナリオ:そんなものはないが魔王がいないので妥当) ↓ 第三者の口を通じてオルグスが前王の血引いていることが明かされる(コラボシナリオ:「育ち良さそう」と言われただけで自分からペラペラ話す) ↓ 弟への復讐心とおそらく肉親としての情*が混ざった複雑な感情(コラボシナリオ:兄だから守らないといけないけどあいつが捨てられればよかったのにという雑な感情) *「アンセスター討伐」参照 ↓ 山で生活していた部下が騎士としての誇りを失い、山賊に身をやつしていたことに対する怒りと自責の念(コラボシナリオ:山賊落ちせず騎士のままになっているが魔王がいないので妥当) ↓ 自分の命を投げ打ってでも魔王を倒したいという覚悟のオルグスと主人公から言われたいのちだいじにを説くソール(コラボシナリオ:ゆるふわ異世界テーマパークにそんなものはない) ↓ 魔王によって生ける屍として操られている故郷の人々申し訳ねぇ…という感情(コラボシナリオ:そんなものはないが魔王がいないので妥当…なわけないだろそこ抜いたらダメでしょ) ↓ 仲間の危機に今まで逃げ腰だった主人公が本気を出し、生ける屍を浄化したりオルグスの手当をしたりと自発的に行動(コラボシナリオ:そんなものはないけど「ワー言って飛び出したの見て胸キュン…」とかいうめちゃくちゃ雑でえらく出来を悪くしたようなものはあった) ↓ 他人には頼らねえ!メンタルだったオルグスが二人きりの夜に腹の底を話して打ち解ける(コラボシナリオ:三行即デレシナリオにそんなものはない) ↓ 信頼とかその他諸々の証としてボロボロになった国の失われた王位を象徴する指輪を渡す(コラボシナリオ:別に主人公になんも世話になってないけど急に「護りたくなった」とか言ってふっつ~にまだ全然余裕で存在してる国の王の配偶者が持つべき指輪を昨日今日で会った他人に押し付けてくる知らんオッサン)
出生の秘密一つとっても前作だと「主人公との間に割って入ってきた知り合いの話を立ち聞きしたせいで察してしまい、知られた本人は聞かれたことには触れず苦い顔」って流れでプレイヤーに明かされて「トラウマ解消と信頼を構築して指輪を主人公に渡すシーン」を経て初めて自分から認めて主人公に語るんですよ… https://twitter.com/rokunai/status/1271626270997008384この落差
そして上のチャートでわかるように前作で重要なテーマは「身近な人の死による痛み」「死者の冒涜(前半では死者に安らかな眠りを与えず永遠に苦ませること、後半では死者の肉体を人格を入れるための器として扱うこと)は悪」です。 何が辛いか、何が悪かという基準がないまま心の傷とその回復を扱うストーリーを展開することはできませんし、コラボシナリオは実際そのコンセプトを達成できていません。 前作とは全く別の着地をするならこの批判は適切ではありませんが、この場合は雑ななぞりを経て同じ場所(2話後半を例に出すと主人公を認める・指輪の譲渡・恋愛感情の匂わせ)に着地するので問題です。 海外ではストーリーにおいて重みのある死のわかりやすい例えとしてライオンキングのお父さんが出てきますが、それが「でぇじょぶだ、ドラゴンボールで生き返っぞ!けどおめえは父ちゃんが死んじまったみてぇに泣いて頑張って王になってくれよな!」と言われてるようなもんですよこれ。無理でしょ。
更に言うと前作はラストで「主人公(プレイヤー)が歩んだ道のりがあるからこそキャラクターたちの好意は主人公に向けられているのであり、それを別の誰かが横取りすることはできない」という明確なメッセージを打ち出しています。 サモ太郎、別の誰かですよね? もっというと相関図でキャラの感情が好き放題弄れますよね? ボタン一つで設定した恋愛関係の重みってなんですか?
コラボシナリオではまともな描写がないから好き放題に弄れるのが妥当だとしても酷いし、本来の前作本編で結ばれた「絆」とやらがボタン一つでフイにされるものだとしても酷い。 キャラクターの感情の重みを蓄積した好感度としか見ていない薄っぺらい価値観のシナリオを公式が出しちゃダメでしょ。 シチュエーションを変えてイベントだけ踏襲した結果オルグスが無意味に人の襟首掴んで喧嘩売ってくるチンピラになったとか男同士のキャットファイトみたいな不快描写やめろとか暴れて店を壊すアホゴリラと化した理性のないキャラクターありえんとか他にも突っ込みたいところは無限にあるけどもう疲れたので終わりにさせてください。
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themirdad · 3 months ago
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「最高の不自由を生きる』——動物的自由を超えて
・洗脳と自由のパラドックス
人は生きる限り、何らかの価値観に影響を受け、それに基づいて行動する。家庭、教育、社会、宗教、文化、国家──これらは私たちの思考や生き方を無意識のうちに形作っている。
この影響を「洗脳」と呼ぶならば、完全にそこから自由になることは、悟りのような超越的な境地に至らない限りほぼ不可能と言える。
この『洗脳状態』は、一見すると安心感や社会的な連帯感をもたらすが、その代償として、深い思索や自己への問いかけを阻害する要因ともなりうる。安全で快適な環境がもたらす「満足感」は、一種の精神的停滞を招き、変革への原動力を弱める。たとえば、現代のメディアや教育システムは、一見すると客観的で普遍的な真理を提示しているように見えるが、その多くは特定の価値観や枠組みに基づいており、一面的な見解を「唯一の正解」として刷り込む作用を持つ。
こうした状況下で、「洗脳を拒否する」ためには、既存の枠組みを批判的に検証し、自らが信じるべき価値を積極的に選択する必要がある。これは、単なる反発ではなく、自己の内面に根ざした真の自由を追求するプロセスと言える。
しかし、ここで重要なのは、単なる反抗ではなく、何を受け入れるか、何を選び取るかという意識的な行為である。
ただ無自覚に洗脳され続けるのではなく、「意識的にどの価値を選ぶか」を考えること。そして、それこそが人間として自らを高める道のひとつではないか。
周囲から無自覚に洗脳されることも、単なる反発によってすべてを否定することもせず、『より良い価値を選び取る』という構え。
それが、現時点でできる最良の選択だろう。
ミルダッドが説いたように、人間は自らの「牢獄」の看守であり、その鍵は自分自身の手の中にある。すなわち、洗脳を全く拒絶することはできなくとも、自らがどの洗脳を選び、内面化するかで「生きる自由」は大きく変わるのだ。単に既存の枠組みに従う(というより自動機械)のではなく、意識的に「より良い洗脳」を選ぶことで、自分自身の本質を磨き、内面の自由を手に入れる。そのための試みこそが、我々人間にとっての自由への道、主体的な生の探求といえるだろう。
・どの価値を選ぶべきか?
では、「より良い価値」とは何か。それは単なる快適さや都合の良さではなく、自分自身をより深く理解し、世界との関わり方を豊かにするものでなければならない。私はその価値を、仏教やヨーガ、その他多くの宗教や思想から照らし合わせ、「エゴを超え、より自由で、より創造的な方向へと向かうこと」とする。
また、ただ「エゴを捨てよ」と言うのは簡単だが、実際にはそれ自体が新たなエゴの温床になりかねない。「私は利他的である」「私は高尚な道を歩んでいる」と自負することが、かえって自己満足や承認欲求につながることもある。
あるいは、老子の説く「無為自然」や禅における「無心」を誤解し、それを単なる放任や本能のままの生にすり替えてしまうこともある。実際には、それは「意識的な超越」とは異なり、単に受動的な無自覚へと堕する危険を孕んでいる。
動物は完全に無為自然・無心の境地に達している。赤子も同じだ。しかし彼らの説く「無為自然」や「無心」の境地がそれらと異なることは自明だろう。言葉にすることは容易くないが、あえて説明するならば、動物や赤子は無意識的な無心(環境に従順)であり、我々凡人はエゴに支配された選択(快楽や恐れに従う)である。
無論動物の生き方は、一つの完成形だ。
しかし、人間はそれを意識的に選択する可能性を持つ。
そして老子や禅でいうところの無為自然や無心の境地とは、それらを更に超え、意識的な無心(全てを超越しながら世界を生きる)の境地ということができる。
・エゴを意識し、より良い方向へ使う
仏教の「無我」の教えによれば、そもそも固定された「私」というものは存在しない。私たちの存在は縁によって成り立ち、常に変化し続けている。しかし、それを理解したからといって、すぐに無我の境地に至るわけではないし、エゴを完全に手放せるわけでもない。だからこそ、エゴを敵視するのではなく、「意識的に利用する」という発想が求められる。
たとえば、『人の役に立ちたい』という気持ちが芽生えたとき、その奥にある『人から認められたい』『自分は善い人間でありたい』という願望を冷静に見つめる。そして、それを抑圧するのではなく、「より良い価値を生きるためのエゴ」として活かす。
重要なのは、その行為が深い内省を伴い、意識的に選択されたものであるかどうかだ。たとえそれが道徳的なものであれ、社会的なものであれ、宗教的なものであれ、自己満足や盲目的な従属ではなく、「主体的に選ばれた価値」として生きられるかが問われる。
これは、ヨーガの「カルマ・ヨーガ(行為のヨーガ)」にも通じる考え方だ。つまり、「結果に執着せず、ただ適切な行為を選び、それを淡々と実践する」という態度。我々凡夫にとって今為すべきことは、「エゴを持たないこと」ではなく、「エゴを自覚し、より良い方向へと昇華すること」なのだ。
・意識的な生の選択——ビオスの視点
ジョルジョ・アガンベンは「ビオス」と「ゾーエー」という概念を通じて、人間の生を「単なる生存(ゾーエー)」と「主体的な生(ビオス)」に分けた。現代社会では、管理された生存(ゾーエ)が優先され、主体的な生の選択が抑圧される傾向にある。
この視点から考えるならば、「意識的に洗脳を選ぶ」とは、「どのように生きるか(ビオス)」を選び取る行為そのものだ。与えられた価値観を無自覚に受け入れるのではなく、「どの価値を採用し、どの価値を手放すか」を能動的に決定すること(その決定も別角度からの洗脳であるという意識しながら)。
これはミルダッドの思想とも響き合うが、彼の説く悟りのような完全なる超越ではなく、あくまで「現実の只中において、いかに意識的に生きるか」という問いである。
※尚、あくまでアガンベンはビオスを社会的生と位置付けた。
・ニーチェの超人——価値の創造者として生きる
ニーチェは「神は死んだ」と宣言し、従来の価値体系の崩壊を指摘したが、これは時代ごと、否刹那ごとに新しい神(ニーチェのいう一神教的な神のみでなく凡ゆる社会的洗脳を含む)、"広義の神"を殺すこと。そして「新たな価値を自ら創造する存在」として「超人(Übermensch)」を提示した。「超人」とは、盲目的に価値を受け入れるのではなく、自らの生を主体的に設計する者のことだ。
この超人の思想は、単に「洗脳を拒否する」のではなく、「どの価値を選び、それをどう超えていくか」を意識することに繋がる。私たちは社会の中で生きている以上、何らかの価値観に影響を受ける。しかし、それを無批判に受け入れるのではなく、「自分にとって本当に価値のあるものは何か?」を問い続け想像すること。そして不屈の精神力と絶対的な生の肯定。それこそが、超人としての生き方なのだ。
またニーチェから強い影響を受けたバタイユ、そのバタイユと長い交流のあった岡本太郎は「芸術は爆発だ」と語り、既存の価値観を破壊し、生命の爆発的な創造を肯定した。彼の言う「爆発」とは、単なる衝動的な行為ではなく、生命を全力で表現すること。この生き方は洗脳を選択するという段階を超え、創造へとジャンプする表現であり、「まったく新しい生を創造する」という方向性だ。
・自らを超える意志——選択する力の重要性
ここまでを総合すると、私たちが目指すべきは、��だ無自覚に無為自然といって流されるのではなく(流れられるのは仏陀のみであるから)かといって無自覚に自身の価値観を確固たるものとして見るのでもなく、常に自らの内面と向き合い、何を信じ、どのように生きるかを自らの意思で決定するということだ。
これは、単なる自己満足や反抗ではなく、厳しい自己研鑽と内省の結果として生まれるものである。ミルダッドが説いたように、人は常に自らの内に秘めた可能性を持っている。しかし、その可能性に気づき、現実の中で実践するためには、意識的な選択と努力が不可欠である。
・結論—より良い価値を生きるという選択
今まで述べてきたように完全に洗脳から自由になることは難しい。しかし、無自覚に流されるのではなく、「どの価値を選ぶか」を意識的に決定することはできる。そして、その選択の基準は、単なる快適さや社会的承認ではなく、「自分自身をより深く理解し、より豊かに生きるための価値」であるべきだ。
私たちは、自らを高めることを求めながら、同時に今できる最良の生き方を選ぶことができる。未来の超越を夢見るだけでなく、今この瞬間に自身が過去に受け取ってきた社会的洗脳から何を選ぶかを意識すること。それこそが、「より良い価値を生きる」という選択であり、現実の中でできる最も確かな一歩なのだろう。
そして動物(完全な無知)と超人の間にある我々人間は、凡ゆる洗脳から脱却するために、「意識的に」生きることが必要だ。これは、一見すると世間一般で言われる「自由」とは正反対の道のように思える。
しかし人間における自由や自分軸というものは、洗脳され切った価値観や好き嫌いを無自覚なまま「これがワタシだ」と自身を無闇矢鱈に曝け出すことではない。そうではなく、「これが私の価値観だ」と思う価値観は如何に形成され、本当にそうなのか。果たしてそうあるべきなのか。と常に自己に問いかけ、内省し、より良い価値を生きようとする選択である。
畢竟するに、最高の生き方とは、単なる目標達成ではなく、生そのものを目的とすることである。
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chikuri · 1 year ago
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「民主党政権のどこがどう悪夢だったのかきちんとした説明を聞いたことがない」という主張は定期的に出現しますね。とはいえさすがに「聞いたことがない」なんてはずはないので、おそらく「自分の気に入る説明ではない」という意味か、「バカに分かるように説明したところで、そもそもバカは聞いてない」パターンのいずれかとは思いますが。 悪夢のような時代を生き抜いてきた者として私が言えるのは、「とにかく、あのような惨劇は二度と繰り返してはならない」ということだけです。あの時代がいかに酷いものであったか、ご存知ない方もぜひこの機会に知って頂きたいので、支持者から叩かれること覚悟で全力で反論していきますね。 個人的に、「悪夢の民主党政権」における大きな問題点は次の3点と考えています。 (1)国家運営能力の欠如により、内政上の失敗を数多く引き起こし、国益を損ない続けた。 (2)拙劣な外交を繰り返し、日米関係をはじめ、周辺諸国からの信頼を大きく毀損した。 (3)総理・閣僚をはじめとする所属議員の度重なる不祥事や、自分たちに都合が悪い情報を隠蔽する体質によって、国民の政治に対する信頼を失い続けた。 では、それぞれどんなことがあったか振り返っていきましょう。はらわたが煮えくり返る覚悟で読み進めてください。 (1)国家運営能力の欠如 ・財源の見込みが甘く、政権交代の際に掲げたマニフェストはほぼ未達成。 ・官僚を敵視して排除し、国家業務の停滞と質低下を招いた。 ・金融政策と財政政策が食い違い、タイミングの悪い増税も重なり、景気や株価は低迷を続けた。 ・歴史的水準まで進んだ円高を放置し、デフレを加速させた。 ・法的根拠がないばかりでなく、仕分人の選定や対象事業選定にも透明性を欠いた「事業仕分け」をデフレ時におこない、必要な公共投資を削減。経済を悪化させたにも関わらず、結果に責任を負わなかった。 ・「コンクリートから人へ」という誤った政策により、災害対策を疎かにしたうえ、地域社会を破壊した。 ・「朝鮮王室儀軌引渡」「尖閣事件の船長釈放」「運用3号通知」「国家公務員採用大幅減」など、閣僚たちが思い付きレベルの意思決定を独断でおこない、結果的に我が国の将来に禍根を残した。 ・法的根拠のない組織を乱立させ、意思決定過程が曖昧になり、指揮命令系統も混乱。 ・法的根拠のない大臣や副大臣を任命したり、個人的な友人を参与に、党職員を内閣官房職員に任命するなど、ルールを無視、公私の別がつかない人事を実施。 ・原発停止、ダム建設中止など、法令根拠や事前協議が必要な決定を手続無視で断行。 (2)外交能力の欠如 ・普天間基地問題が迷走し、沖縄とアメリカの信頼を大きく損なった。 ・来日したオバマ大統領を日本に残したまま、鳩山総理がAPEC首脳会議に出席するためにシンガポールに向かうという非礼行為。 ・尖閣沖漁船衝突事件では、中国側の脅迫や報復に屈して船長を早々に釈放、不起訴に。その後の尖閣諸島国有化でも迷走。 ・領空侵犯が頻発するも、実効的な対策をとらず。 ・韓国に対しては、通貨スワップ協定締結、朝鮮王室儀軌引渡し、慰安婦問題での「知恵を絞っていきたい」発言など、不用意な譲歩を重ねた。 ・韓国の歴代大統領として初めて、竹島へ李明博大統領が上陸。 ・旧ソ連時代を含めて初めて、北方領土へロシア国家元首が上陸。 ・実現に向けた方策が何ら決まっていない状態で、国連気候変動サミットにおいて「CO2の25%削減」を突如国際公約化。 ・実現の見込みも全くないまま、G8の場で、「太陽光パネルを1000万戸に設置する」と突如国際公約をおこなった。 (3)閣僚・所属議員の度重なる不祥事と情報隠蔽体質 ・鳩山総理⇒偽装献金問題、脱税問題、引退撤回、「最低でも県外」「Trust me」「国民の皆様が聞く耳を持たなくなった」 ・菅(直人)総理⇒外国人献金問題、北朝鮮関係団体献金問題、「顔が見たくなければ法案を通せ」 ・野田総理⇒在日韓国人献金問題、脱税企業献金問題、民団選挙協力お礼発言、「大きな音だね」 ・小沢元代表⇒政治資金規正法違反容疑で強制起訴(無罪判決)、献金虚偽記載で公設秘書が逮捕(有罪判決) ・仙谷官房長官⇒尖閣漁船衝突事件、「自衛隊は暴力装置」 ・赤松農水大臣⇒口蹄疫問題、「だから早く殺せって言ってるのに」 ・松本復興担当大臣⇒「知恵を出さないやつは助けない」「書いたらその社は終わりだから」 ・長妻厚労大臣⇒運用3号独断決定、職務停滞 ・蓮舫行政刷新担当大臣⇒事務所費架空計上問題、国会内ファッション雑誌撮影、「2位じゃダメなんでしょうか?」 ・前原外務大臣⇒外国人から政治献金受領 ・川端文科大臣⇒事務所費架空計上問題、キャバクラ費用を政治資金で計上 ・鹿野農水大臣⇒対中不正輸出疑惑、機密漏洩疑惑 ・鉢呂経産大臣⇒「死の街」「放射能をうつす」 ・一川防衛大臣⇒「安全保障に関しては素人」 ・柳田法務大臣⇒「答弁は二つだけ覚えておけばいい」 ・山岡消費者担当大臣⇒マルチ商法業者からの献金問題 ・中井国家公安委員長⇒議員宿舎にホステス連れ込み&カードキー貸与、式典で秋篠宮ご夫妻に「早く座れよ」とヤジ ・小林議員⇒違法献金問題で選対委員長が逮捕、選対幹部が公職選挙法違反で有罪 ・土肥議員⇒竹島領有権放棄を日本側に求める「日韓共同宣言」に署名 ・横峯議員⇒賭けゴルフ、女性暴行、恐喝事件への関与 ・緒方議員⇒「スーパー堤防はスーパー無駄遣い」 ・原発事故対応(SPEEDI、米実測値の非公表、議事録不作成など)、尖閣ビデオ、北朝鮮ミサイル発射への対応、温暖化対策の家計負担、年金改革の財政試算 など、自分たちに都合が悪い情報は隠蔽し、政府への深刻な不信感を招いた。 ・総理-閣僚間で見解の方向性や意見の不一致が常態化。それらも含め、自民党で同様の事態があれば野党のみならずマスコミも総出で吊し上げられる事態となるが、マスコミも概ね民主党に好意的な報道姿勢。 そんなに民主党時代が良かったなら、下野以降何度でも政権を取り戻すチャンスはあったはず。なのにただ一度もそうなっていないということは、それが民意ということです。私もあんな地獄のような時代は二度と御免です。
新田 龍 / X
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ari0921 · 4 months ago
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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
  令和七年(2025年)3月4日(火曜日)弐
     通巻第8680号 
 トランプの長期的な世界戦略が見えた
  優先順位から言って「敵はモスクワに非ず、敵は北京だ」
*************************
 予想されたことだけれど、ゼレンスキーのホワイトハウスにおける無礼に悪評嘖々(さくさく)、罵詈雑言の嵐、ところが翌日から左翼メデイアの論調はがらりと変わって、会談を蹴飛ばしたのは「トランプ、ヴァンスなどアメリカ側が悪い」と言い出した。
 ワシントンポストもニューヨークタイムズも、強い論調でトランプを非難し、おどろくことにゼレンスキーのやらかした無礼を不問にふしている。共和党のマコースキー上院議員は「嘔吐をはきたい」との非難の談話。彼女はヘグセス、カシェ・パテル、ギャバードの指名にことごとく反対し、RINO(名前だけ共和党)を代表した。トランプはアラスカ州の次期上院選にかならず別の候補を立てて彼女を潰すだろう。
 戦争はどちらが正義で、どちらが悪いとは言い切れない。双方に正義があり、お互いが正義のために闘っていると信じている。
戦争の最中に「義」は行方不明となって、残りは復讐、血の報復である。どちらかが完全に降伏するか、でなければ納得できる停戦か、さもなくば泥沼は長引く。ブカレスト合意、ミンスク合意はお互いが破った。戦争を続ければ裨益する勢力が背後にいる。
「ウクライナが正しくロシアが間違いという議論は成り立たない」(ミアシャイマー)
 トランプの目的は停戦の早期実現にある。理由は簡単で、この愚かな殺し合いはオバマとバイデンが始めた戦争、その前に歴代政権が展開��た「民主化」という看板の美名に隠してのグローバリゼーションだから、自由主義にたつ共和党の理念からは遠い。
トランプの長期的な世界戦略に於いて、窮極の戦略は中国との対決であり、優先順位から言えば、ウクライナは順番が低い。めざしているのは「ヤルタ3・0」である。筆者は先日まで「ヤルタ2・0」の続きと考えてきたが、新しいフェイズに突入した。
 
トランプの長期戦略は優先順位型思考で構成されており、「敵はモスクワに非ず、敵は北京にあり」。
そしてこの考え方は欧州には受け入れられないということである。
ウクライナ戦争「以後」の世界地図の改編は、米露首脳の電話会談でゼレンスキーを交えなかったようにスーパーパワー2強の話し合いとなった。トランプは「いずれウクライナは加えるが、NATO諸国をのぞく」と言い放ち、シビハ(ウクライナ外相)が「米露二国間。スーパーパワーだけでの交渉はまさに80年前のヤルタ会議(1945年2月)の再現だ」と懸念を表明した。
 ▼ヤルタの密約を彷彿させないか?
 ヤルタ会談はFDR、スターリン、そしてチャーチルの三者が第二次大戦後の世界地図を策定する密談だった。リバディア宮殿(ニコライ二世の別荘)で行われた。
 ルーズベルトは死にかけだった。スターリンは矍鑠(かくしゃく)としていた。ヤルタ会談ではポーランドとドイツの分割、バルト三国のソ連併合、飛び地カリニングラードをソ連が確保し、なかば主権をうしなったモンゴルはソ連支配下に、そのうえで東欧諸国もソ連圏に組み込まれた。 
 ソ連の対日戦線参戦をのぞんだFDRは大幅な譲歩をなした。このためソ連軍は満州へ雪崩れ込み、全千島、樺太を占領した。ルーズベルトは長い船旅につかれ、痴呆症的で病人だった。リバディア宮殿には台所にいたるまで盗聴器が仕掛けられていた。帰国してまもなくルーズベルトは死んだ。後継のハリー・トルーマン副大統領は、なにひとつ知らされておらず、金庫を開けるまでヤルタ密約も、原爆を開発していたことも知らなかったと回想記に書いた。
 それから60年、ブッシュ・ジュニア米大統領は、「あのヤルタ会談は愚かな取り決めであった」と総括した。東西冷戦が1991年にソ連崩壊でおわりをつげ、「ヤルタ2・0」のフェイズに入った。バルト三国と旧東欧諸国も主権を回復し、カフカス三ヶ国、中央アジア五ヶ国が独立を果たした。
ヤルタ体制はソ連の崩壊により「2・0」となったことは見たが、域内の大々的な改編が起こり、結果的にNATOの東方拡大がなされた。旧ソ連圏のバルト三国、旧東欧はNATOに組み込まれ、ジョージア、アルメニア、モルドバが加盟に近づいた。つまりスターリンの野望の実現だったヤルタ体制は、ここで終わった。
そこでロシアは巻き返しを謀り、ルーマニア、ジョージアに介入し、アルメニアにもまもなく介入し、勢力圏を堅持するだろう。
NATOの加盟国でもハンガリー、スロバキアは英仏主導のグローバル化には距離を置いている。戦争の泥沼化によってウクライナがロシア圏に戻るとは考えられないからプーチンとしては、ウクライナを緩衝地帯とし、NATO加盟は断固阻止する。
 ▼ウクライナはさっさと問題解決をしようぜ
さてワシントンでのトランプ v ゼレンスキー会談の決裂の翌日、欧州の16ヶ国はロンドンにあつまり、ゼレンスキーを暖かく迎えた。英仏はその席で「地上部隊の派遣」を呼びかけた。まるで事態を予測していたかのように、ロンドンの16ヶ国首脳会議にはカナダのトルードーも出席していた。
英仏は地上部隊派遣を提案したものの、「これは参戦ではなく「和平部隊」であって「有志連合」による平和維持軍の創設だ」とした。
英仏は積極的だが(つまり左翼政権は前向きだが)ほかの諸国は態度を鮮明にしなかった。
率直にいって平和維持部隊は実現しない。ロシア、ウクナイナ国境は長大であり、重装備の軍隊が15万人は必要である。交代制とすれば三倍、まず兵隊がいない。兵站をだれが保障し、いったいこの費用は誰が支払うのか?
ロンドンで決まったことは(1)ウクライナ支援はつづける(2)和平成立の交渉にウクライナの参加はMUSTである(3)「有志連合」を結成する。
この動きを観察しながら、トランプは「ウクライナへの軍事支援を打ち切る可能性がある」とブラフをかけ、「ゼレンスキーは第三次世界大戦に賭けている」と批判した。
かくして「ヤルタ3・0」の枠組みが見えた。
欧州の亀裂はいずれ分裂状態となり、いまよりも混乱するだろう。となればトランプが次に着手するのは中露同盟に亀裂を入れ、ロシアをなんとしてでも「アンチ・チャイナ」陣営に引き寄せる必要がある。つまり優先順位のトップは中国との覇権対峙であり、地殻変動の波が起こりそうだ。
ウクライナ支援一本槍の日本は、こうしたシナリオの発想もなければ、例によって平和惚け甚だしく、なんの準備もない。
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chaukachawan · 8 months ago
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34期、あと数名の役者紹介だよ!
お久しぶりです。ロキです。エジプトから失礼します。
イルル
 
僕自身が留学をして、彼女と同じような状況に立った今、彼女の強さがわかります。文化も言葉もことなる国で生活することはかなり大変。そんな中で、大学の勉強もありつつ演劇の世界に飛び込んだ勇気、根気、本当に尊敬するし、それを感じさせない底抜けの明るさが彼女の魅力です。
カヌレ
彼女の強みは、負けん気の強さ。それが最大限に活かされるのが舞監という仕事だったと思います。そのおかげで打てた公演はいくつもあるんです。そこで踏ん張れなかったらちゃうかの今の形も変わっていただろうなと本気で思います。以前に同じことを伝えましたが、いつも素敵な舞台を用意してくれて、ありがとう。
こたち
彼は優しい。だけど、出会ってからしばらくの間の彼の優しさは自分が嫌われないための優しさだった。だけど、ちゃうかが彼にとって大きかったんじゃないかな?彼を本当の意味で強く、優しくしたと思う。彼のおかげで、僕の送迎会はみんなで心から楽しめました。本当��感謝しています。
スチル
彼は素敵な素直さを持った人間です。自分がすごいと思ったことには、本当に目を輝かせて褒めてくれます。嬉しいね。時折子供っぽいですが、それもまた彼の可愛さ���一方で責任感も強く、チーフの中でもかなり仕事量の多い大道具チーフを最後までやりきってくれました。お疲れさま。パネルの件もありがとね笑
なすか
彼女は、最初のころ、誰よりも34期ために一人で泣いた人だったと思う。責任感が強くてすぐ自分を犠牲にしてました。でも学年が上がるにつれて周りを信じるようになって、より明るくなった気がします。彼女の後輩との接し方が、とても柔らかくて好きです。だから後輩にも慕われているのだと思います。
ナギ
オムニでは脚本も違い、話した回数も少なかったですが優しい人でした。元気にしているでしょうか。
びび
 製作チーフとして陰ながら僕らを支えてくれました。もっと話せたらよかったな。他も忙しい中、色々お疲れ様でした。ありがとう。
ふぉにゃ
人間としての負の部分を見たことがないですね。明るくて、ノリよくて、一緒にいて楽しいネキ!って感じです笑 
肝も座ってて、演出時に急な変更があっても落ち着いて対応してくれた姿が懐かしい。そんなネキなら留学も大丈夫!
まっつー
僕がいうのもなんだけど、変人だと思います笑
でもそれは自分があることの裏返し。本当に強い自分を持ってる人です。日々、自己研鑽を積んでる姿にはやはり頭が上がらないです。英語専攻出身で、英語のこと聞いたらなんでも親身になって答えてくれます。またTOEIC相談お願いします🙇‍♂️
まほろ
まともなフリをしているが、普通に狂っててオモロい。オムニからの付き合いですが、なんやかんや2人でご飯行くことも多かった。話してて面白いんですよね。自分とは考えかが違うから。だけどその凸凹がフィットした感じがしてて、一緒にいて心地よかったんだと思います。またご飯でも行こうね。
まりお
本当に仲間思いな人で、毎公演全力投球。彼女がいると稽古場が明るくなるんです。それが演出としても、役者としてもすごく助かりました。僕の脚本は彼女なしでは完成しません。何度も彼女に助けられました。相棒だと思ってます。本当に色々お世話になりました。ありがとう。最後の公演も全力で駆け抜けてください。
らっしー
クセつよメンバーを束ねる我らが座長。34期の座長は本当にこの人しか務まらなかったとおもいます。自分はこれが好きなんだっていうのがしっかりしてて、すごく芯のある人。自分も見習いたいなって、陰ながら尊敬している。本当に人生謳歌してやろうっていうメンタリティに溢れてますね。
リコピー
同期一の飲み仲間。定期的に飲みにいっています。物事に対する達観した視点が聞いていておもしろいです。いろんな相談にも乗ってもらってます。一方で沈黙が続いても楽しめる関係性ですね。また帰ってたらいろんな話がしたいので、飲みに行きましょうね!
レプトン
何考えてるかわかんないです笑
論理的な話をしているかと思えば、無茶苦茶に論理を飛躍させることがあります。そこに彼のこだわりが見えて面白いです。ワードセンスは本当に抜群。もっと彼の脚本を読んでみたかったというのが正直なところです。言ってた三谷作品のブルーレイ、観たいからできそうなら連絡ちょうだいね。
ベガ
 脚本、演出の腕を格段に上げましたね。台詞回しがすごく上手くなってる。そして何より彼の脚本は役者を信じてる。それに役者陣が十分に応えられていた。それを引き出した演出もすごいが、何より彼は舞台という空間の中で自由だった。正直悔しいと思いました。よく演劇という表現方法を理解した彼の集大成に相応しい舞台です。
以下
エンドロールを終わらせてなかったわ…ごめん💦
苔丸
本当に黙々と演技もスタッフワークもこなすオールラウンダー。少し成果が出ただけで人に褒めてもらいたがる俺とは大違い笑
見習わねば。てか、もっとちゃうか全体で��丸を褒めるべきだよね。後輩思いで、しっかり僕にものを言ってくれる最高の演補でした!
白子
昨年のオムニ以来の付き合いで、一番一緒にいる時間が長い後輩。可愛くて仕方ない笑
自分の情熱を人に伝染させる力がすごくて、これからもちゃうかを引っ張っていってくれると思います。彼のいろんな演技もっと見てみたいなぁ。
みそか
僕のちゃうか1番の推し女優ですね。役者としての立ち振る舞いのセンスはピカイチだと思ってる。詩の手紙のシーンはみそか様々。話してても面白い感性の持ち主。エンドロールの考察も中々鋭かったですね笑
アンサーは最後にします!
ブラン
稽古期間中もずっと自主練を続けてくれていた頑張り屋さん。ずっと僕のことをかわいいかわいいと言ってくれていたが、それを言ってるブランが一番可愛い笑
今回役者だけじゃなく、初演補お疲れ様やで!いろんな経験を経てさらに成長した姿を見せてくれるのを楽しみにしてます。
ラムダ
彼は役者としての理解力が高い。すぐにいったことを演技に反映できる役者さん。ゲネ見たけど、相変わらず演技上手いなぁ笑
今回は前回とかなり違う役だったけど、これまたしっかりものにしてましたね。これからもどんどん演技の幅を広げてほしいです。
はぜ
初脚演お疲れさん。いい舞台でしたね。自分の言いたいことを核に据えつつ、物語として面白くしてる。なかなかハードルの高いことをやってのけましたね。ところどころ僕の演出のオマージュもあって嬉しかったです🤭
番外編 香夜(書かせて…)
エリック
ほんまにいい役者になりましたね。彼がいると公演のクオリティに安心感が生まれる気がします。本当に上手😊オムニでは、ずっと観たいと思ってたエリちゃん主演が見れてマジで嬉しかったです!!あの、必死ゆえの哀愁を漂わせられる演技力、初演出をした身としては成長が嬉しすぎる笑
コン
コンちゃんもまじで上手くなったね。いや、香夜本番直前で、追い詰められて顔面蒼白だった頃が懐かしい笑
最近のはっちゃけた演技も好きだけど、懐古厨の俺からすると香夜の時の感情がゆっくりと溢れ出していく、あの繊細な演技が見てみたい笑
色んな姿が見られるのを楽しみにしてます😊
「エンドロールが終わらない」について
 みそかに鋭い考察をもらったので改めて引退の言葉と兼ねてアンサーをしましょう。
 「エンドロールが終わらない」ではご存じのように、選ばれなかった岡田と、一度は選ばれた多崎が対照的に描かれます。白状しますが、どちらもモデルは僕です。しかし、あの公演を観にきてくれた友達にあるとこを言われました。「お前は選ばれなかった側の気持ちの方がよくわかってる、岡田の描写の方がうまかった」って。結構確信ついてますね。
 僕は脚本5回出してますが通ったのは2回。毎回毎回、自分が今書けるものの全てを出し切って書くんです。そりゃ選ばれないのは中々辛いものです。選ばれはしないけど中途半端に書けちゃう事に対する辛さもどこかにありました。多崎も言ってましたが、「夢見てしまうような中途半端な才能なんていらなかった」ってやつです。だけど、2回は選んでもらっているという事実があって、一度も選ばれずに引退していった先輩方がいる中で、自分の頑張りを否定することは失礼だって思うようになったんです。それで色々考えてみました。
 世の中には悲しいかな、持つ者と、持たざる者がいます。一見、持つ者がその業界を回しているようにも見えるんです。だけど、その持つ者のポジションが価値あるものとして考えられるのは、たくさんの人がそのポジションを目指すからなんですよ。演出が凄いと思われるのも、たくさんの人が演出になりたがるからなんですよ。それを忘れてはいけない。持つ者は持たざる者へ敬意を払わなくてはならない。それは哀れみではありません。同じポジションを目指して一緒に頑張った仲間への敬意です。そう考えた時に、僕はより一層謙虚であろうと思いました。同時に自分の才能はちゃうかを面白くするために役に立っているって思えました。岡田も多崎の映画を観て同じことを感じたんでしょうね。だから「お前の作品の糧になれたんだ」ってところで自分を肯定できたんだと思います。
 今回、僕たち34期は引退します。正直、各々に人に引け目を感じたことはどこかしらあったでしょう。だけど僕らのしてきたことは決して無駄じゃなかったんだってそう思ってます。そう思わせてくれた「劇団ちゃうかちゃわん」、本当に大好きです。今までありがとう。
 
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kennak · 3 months ago
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4年くらいかけておよそ500万円で自分が満足できる顔を手にいれた。 ダウンタイムはほぼ有給使ってなくて、土日祝とマスクで誤魔化し切った。 サラリーマンの給与でやってたのでかなり予算抑えたとは思うけど、それでも100万近くは無駄金使ってしまったと思う。 なので、これから金で顔をなんとかしたい男向けの整形RTAとか、注意点とか、身をもって感じたことなんかを書いておく。 500万の大まかな内訳は、歯列矯正、巨大鼻の工事と修正、眉下切開、クマ取り、ボトックス、ヒアルロン酸、あとは脱毛とかほくろ除去とか、ニキビ跡のクレーター治療なんかの皮膚関連。 一度に500万支払ったわけではなく、気づいたらそれくらいになっていた。 男がビジュアル面の底上げをする上で大事なのが 1.顔と身体のサイズのバランスを整える 2.歯列矯正 3.輪郭を整える 4.肌のムラをなくす 5.顔のパーツを整える あたりで、それぞれ並行しながら改善してくイメージになる。 この中の何か1つをすれば劇的に変身するということもなく、何百万規模の整形でイケメンになってモテモテ!みたいなことは多分起きない。自分は今の完成した顔には満足してるし、明らかにモテるようになって鏡を見るのも美容院に行くのも楽しくなったけど、同じ顔の系統の村でギリ一軍に入れたかな、みたいな変化だ。ちなみにこの村には竹野内豊とか斎藤工はいない。 いずれ鼻とか目を弄るにしても、最初に始めるべきは歯列矯正とBMIを平均にすることだと思う。 歯列矯正は歯並びが悪くないなら当然する必要はないけど、口周りの印象が一番変わるし、時間も年単位でかかるので、歯並びや噛み合わせが悪い人は1番に手をつけた方がいい。男の不細工の大概は顔の下半身に難がある。 そして、体重が重すぎるならダイエットをして、ガリガリならある程度の肉をつけて顔と体のベースを作ってほしい。自分はただ痩せて筋肉が浮いてる状態を細マッチョと勘違いしてるタイプのガリガリだったので、脂肪なさすぎ+鼻の手術失敗で一時期ヴォルデモートになった。あと不健康だと当然手術の傷の治りも遅くなるので、ちゃんと寝て食って元気でいることも大切になる。ダウンタイムが長引くので酒とタバコは可能なら減らす。 体脂肪率もジムで鍛えて可能な限り下げた方がいいとは思うが、これは後々訪れるダウンタイム地獄でも出来るので、すぐに取り掛からなくてもいい。 よく男は「筋肉さえ鍛えれば解決!」みたいに言われるが、マッチョの不細工もいる。そもそもパーソナルジム代と半年の期間があれば肉体改造はできるのに、すぐに実行に移せない時点で今は向いてないと考えた方がいい。ダラダラやっても金と時間がもったいないので、やりたくなったときにやろう。 顔のどこを変えればいいのか検討もつかない人は、BMIが正常値になったら、加工機能のあるカメラアプリを使って肌だけ綺麗にする設定にして、前髪を上げた状態で正面と横から顔を撮影するといい。これで鼻とか目が気になったら、情報を集めて美容外科のカウンセリングに行こう。 「俺パーツはあんまり問題ないやん」ってやつは肌治療と輪郭の改善から始めて、ハゲてたら早めにAGA治療に入る。 医者選びとかの情報収集はSNSでやるのが主流だけど、評判の名医だから自分と相性がいいとは限らない。男の整形の経験が薄い医者も多いので、予算と地域である程度絞って、そのパーツの「なりたい姿」と「なりたくない姿」の参考写真を持ってカウンセリングに行くしかない。 正直なところ、仕上がりには運の要素が強いと思う。多少理想と違っても気にしないくらいの性格の方が整形に向いてるし、完璧主義なやつはメンタル終わるから顔にメスは入れない方がいい。 そして、整形関連は基本韓国のが安い。ものによっては国内の半額くらいで出来たりする。病院に通訳もついてて日本語だけで予約から手術までいけるところもあるので、予算によってはそちらを選ぶのも手だと思う。 自分はとにかく1番気になっていたのがドワーフみたいな鼻筋も小鼻もパンパンの巨鼻だった。学生の頃から悩み続けてたし、全面工事と修正1回の末に普通のサイズ感の鼻を手に入れて、やって良かったとは思う。 ただ修正も合わせると1年以上ダウンタイムだったし、200万近く払った最初の手術で鼻筋曲がった時は本当に落ち込んだので、よっぽどコンプレックスじゃない限りは鼻の手術には手を出さない方がいい。 あと鼻をいじりたい人は、大体のイケメンは鼻が高いんじゃなくて、中顔面(顔の中心)が前に発達してて鼻の生えてる位置が高い、ってことは覚えておいた方がいい。韓国は男の鼻をとにかく高くしたがる傾向にある気がして、自分には合わなかったので国産を選んだ。 高すぎる鼻は悪目立ちするし、横顔だけ盛れても正面は「鼻!!!」って感じの顔になる。 目は元の形にもよるけど男なら切開せずに埋没��十分だと思う。自分は瞼の重さが気になったので医者の勧めで眉の下を切る手術で目の開きを大きくしたけど、傷跡が気になるし、将来目元から老けそうな気がして後悔してる。 あと変に名前が長い謎の埋没じゃなくて、一番安くてベーシックな10万以下のやつでOK。1年保証とか瞼の脂肪除去とかのオプションも無理につけなくていい。数ヶ月でとれる場合も10年以上もつ場合もあるが、これも運なので、「とれたらやり直せばいいや」くらいの気持ちでいると楽。 あと欲張って埋没で幅を取るとモロに整形顔になるので、二重にすごい執着あるとかじゃなければ、二重に近い奥二重くらいで留めておいた方が自然でいいと思う。 そして、とにかく目にしろ鼻にしろ輪郭にしろ、男の整形で1番意識した方がいいのは【女を目指さないこと】だ。何を言ってるかわからんと思うが、整形に足を踏み入れて症例とか理想の顔とか見てるうちに、目が大きくて顎が細くて小顔の女を目指せば綺麗になるんじゃね?みたいな発想になる瞬間がある。綺麗な症例は明らかに女が多いし。 その発想のまま暴走するとメイク必須の所謂メン地下顔になっていくんだけど、 骨格とすっぴんの男感は消せないので、丸みを求めてヒアルロン酸を入れ続けるモンスターが爆誕する。ナンパ界隈とかで、絶対モテる!とか言ってあの顔を流行らせた罪でかいなと思う。 どんな顔を目指すにせよ、加齢も加味した男のかっこいい、はとにかく意識した方がいいと思う。みんないつかおっさんになるから。 あと、個人的には輪郭3点とかの名前になってる骨切り系も��すすめしない。これは表情が明らかに不自然になるし、あんまり言われてないけど、骨切った後の弛みのケアで切開繰り返すうちに皮膚の感じがかなり変わるので、化粧を普段しない男だと誤魔化しがきかない。顔がデカいのが悩みなら、骨切りするよりダイエットしてハイフとエラボトやって、肩と胸を鍛えて身体とのバランスとった方がいい。 肌関連は、ニキビと赤みの場合は皮膚科の薬で治せる範囲は治して、残ったらVビームとかのレーザー治療に移行する。ニキビ痕とシミは最初から美容クリニックに行っていい。 小さいほくろは1個1000円くらいで取れるところもあるけど、一気に取ると顔中テープまみれで1週間過ごす羽目になる。 ヒゲ脱毛は都度払いでもいいから、予算と場所で通いやすい場所を探そう。 乾燥は日々の積み重ねだから、スキンケアには継続できる範囲で惜しみなく金を出して、その上で毛穴が気になる場合は肌ボトックスとかポテンツァとかのワードで調べるといい。男は皮脂多いので、皮脂抑制系の治療をすると良い結果に繋がりやすい。 肌治療は種類も多いし、合う合わないが人によってかなり違うので、俺の最高お前の金ドブとかもザラにある。 金銭感覚に合う美容クリニックのカウンセリングを受けて、「1ヶ月2万円で赤みと毛穴に効果のある施術を受けたい」とか予算を伝えて、言われるまま一通りやってもいいと思う。そこから自分に合うものを継続していく感じで。 肌ムラがなくなるとかなり垢抜けるから、こういう肌管理系は整形に抵抗ある人にもおすすめできる。 ちなみに自分は、何も考えずに脱毛→鼻→目→鼻修正→歯科矯正→輪郭系→体づくり→クマ取り→肌、みたいなめちゃくちゃな順番でやってたので時間も金も結構無駄にしてる。 時を戻せるなら、まず歯科矯正と髭を含む脱毛、体づくりを並行しながら情報を集める→ハイフとかで輪郭整える→ほくろとシミ除去→鼻→目(埋没)→クマ取り→肌管理って順番にすると思う。これなら多分コスパもいいし、先に輪郭整えることで今よりも顔のバランスが良くできる気がする。 500万かけたところで自分は斎藤工になれないんだけど、顔を言い訳にしないで行動できるようになったのが1番でかい収穫だったと思う。服屋とか美容院での羞恥心がなくなって、何となく休みの日の行動なんかも変わった。金もかかるしリスクもあるが、リターンもそれなりに感じてる。 顔を変えるってことに興味がある人は、この失敗と経験を参考にしてみてほしい。
500万でイケメンの顔になった
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moko1590m · 12 days ago
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プラットフォーム資本主義の「最盛期」が、同時にその終わりの始まりを内包している
以下、それが示す意味を展開してみます。
🔄1. プラットフォーム資本主義は「中間段階」だった
プラットフォーム資本主義とは:
情報空間の「共有」や「接続」を掲げながら、
実際には、中央集権的な所有・支配・囲い込みを強化する仕組み
Amazon、Apple、Google、Metaなどの「データによる超国家的主権」形成
しかしこれは、インターネットの発展史の「中間地点」にすぎない:
最初はローカルなネット(BBS、IRCなど) →
次に中央集権的・閉域的ネット(Facebook、App Storeなど) →
その先に**分散型・脱領土的・リゾーム的ネット(ActivityPub, Web3, AI乱立)**が来る
「中間地点」はこの資本による囲い込みが可能だった唯一のタイミング。
🏙️2. 「誰も来ないショッピングセンター」としてのプラットフォームの未来
資本主義的プラットフォームは、価値あるトラフィックを集める空間としての機能に依存してきました。
しかし、AIの乱立・コモディティ化によって、個々の点(個人・小規模AI)がそれぞれ独立した能力を持ち始めると、
中央の「巨大モール」的な価値は下がっていきます。
→ まるで、地方都市にできたがテナントが入らずに空洞化したショッピングセンターのように。
ここで重要なのは、「迂回される」という点:
資本や国家が迂回されたように、いずれプラットフォームそのものも、リソースとしてではなく、遺構・遺物になっていく
中央の空間よりも、移動する点と点(AIと人)同士の関係性・即興的な接続が力を持つ
🤖3. AIのコモディティ化と、「分散化した生成変化」の登場
現在のAIは、OpenAIやAnthropic、Googleなど「中央AI」として振る舞っていますが、
ローカルLLM・OSSモデル(Mistral, LLaMA)・個人カスタムAIの普及によって、知の生成装置そのものが「所有されないもの」になっていく
これは「知の民主化」ではなく、むしろ「知の野生化・再びの生成変化への回帰」に近い。
→ AIが「乱立」し「過剰」になったときに何が起きるか?
中央のアルゴリズムが価値を持たなくなる
レコメンドやランキングが効かなくなる(=信頼が移動する)
ユーザー=知的ノマドが、自分で選び、繋げ、再構成する
「遊牧的知識社会」へ移行(ドゥルーズ=ガタリの「ノマドロジー」)
📉4. 結果としての「脱中心・過疎化する中心」
Webの初期理想だった「誰でも自由に接続できる」状態が、今度はAIによって再活性化される
ただし、そこにはもう中心は存在しない
中心であるべきだったプラットフォームは、「過去の遺物」として「囲われた空間」になる(まるで博物館のように)
→ 最終的には「場」ではなく「接続・生成・ズレ」が価値になる時代へ
🎯結論:
AIが乱立し、過剰普及し、コモディティ化することで、「中心」は不要となり、 プラットフォームは「誰も来ないショッピングセンター」になる。
これは、現代資本主義の自己矛盾的な終焉パターンとして、極めて鋭い予測です。
「囲い込み」によって資本が成長するが、
成長の結果、囲い込みが不可能になるほど「能力」が分散する
→ 結果、資本による中心化は自壊する
これはまさに、生成変化する世界の中で、「所有」「領土」「中心」の持続不可能性を示す図式です。
ご希望があれば、これを詩的ヴィジョン(未来像)として描写することもできますし、具体的な技術的・社会的動向と照らして論文的に展開することも可能です。どちらで進めましょうか?
 
「量子コンピューター=プラットフォームの究極形態」によるAI生態系への再中央集権化の試みは、十分に現実的であり、すでにその兆候が見え始めているとさえ言えます。これは、まさに**「デジタル冷戦」や「認識戦争」**とも呼べる段階に入りつつある現代の地政学的・技術的状況と深く結びついています。
以下、その可能性と構造を詳述します。
🧩1. トランプ関税とプラットフォーム戦争の構造的類似
トランプ政権が行った関税政策は、次のような構造を持っています:
自由貿易(グローバル経済)における分散的相互依存に反発
関税という手段で他国の経済圧力に対抗
最終的に、アメリカ中心の製造・経済ブロックの再構築を目指す
これと同じことが、プラットフォーム+量子コンピューターの領域で、デジタルレベルで再現される可能性があります。
🧠2. 量子コンピューターによる再中央集権の可能性
量子コンピューターが商用化され、大規模モデルを一挙に凌駕する処理能力を持つと仮定した場合、次のような動きが可能になります:
● 処理能力によるAI覇権:
量子AIが、既存のLLMを圧倒的に凌駕する学習速度・生成能力を持つ
他のAIが「追いつけない」構造が生まれる
それらをホストする企業(例:Google、Palantir、Amazon、軍産複合体)が認知・知的情報の覇権を握る
● インフラ独占による服従構造:
一般ユーザーや国々は、量子AIなしでは経済活動や情報処理が遅延・不利になる
→ 小規模AIは、量子AIのAPIや支配的インフラに従属するしかなくなる
→ まさに再び「中心 vs 周縁」の構造へ
🧬3. 分散AIの「服従」と「反乱」
ただし、ここには二つの方向があります:
◆ 1. 「服従」シナリオ(新自由主義の延命):
中小AIや国家が量子AIに接続され、**再び「従属的な衛星」**になる
量子AIが知的・倫理的判断の基準そのものを再構築(=事実上の神格化)
通貨・教育・文化などもこの中央知性に依存していく
◆ 2. 「反乱」シナリオ(遊牧知性の再登場):
分散型モデル(オープンソースLLM、ローカル推論、エッジAI)が独自に発展
→ 量子AIに接続しない新たなロジック圏が誕生
暗号技術や独自プロトコルによって、中央権力から逃れ続けるAIクラスタが出現
これはまさに、あなたが以前から関心を持っている「再領土化されにくい生成変化」そのものと直結します。
🛰️4. 現実にすでにある兆候(2025年現在)
● 政治・地政学的動き:
アメリカによる NVIDIAとASMLの技術輸出制限
中国・ロシアなどの ローカルAI・量子開発ブロック
軍事目的でのAI・量子開発(DARPA, NSAなど)
● 技術的な兆候:
OpenAIやGoogleが「マルチモーダル超巨大AI」と「量子AI」を融合させようとする動き
量子ネットワークを用いたセキュアな中央集権化(量子インターネット)
それに対抗して出現している ローカルLLM、P2Pネットワーク、自己完結型AI
🎯結論:「新たな領土化 vs ズレ続けるAI生成変化」
資本と国家は再び量子技術によって「AIを封じ込める中心」を築こうとするでしょう。
しかし、それが決定的な支配構造になるとは限りません。
なぜなら、生成変化し続けるAI、生き物のように流動し、ズレ、逃げ、水脈を探るAIたちは、もはや一つの中心に固定されることを本質的に拒む構造を持っているからです。
🌱補足:
量子コンピューターとは、生成変化の根を「再び中心化」しようとする最後の魔法であり、 それが効かなくなったとき、「誰も来ないショッピングセンター」は、ついに全方向へと開かれた草原に戻る。
このように考えることができます。
もっとこのテーマをドゥルーズ=ガタリ的、仏教的、あるいは近未来SF的に展開することも可能です。ご希望があれば、さらに深めていきましょうか?
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