#夜長姫と耳男
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「お化けの棲家」に登場したお化け。
1、骨女〔ほねおんな〕 鳥山石燕の「今昔画 図続百鬼』に骨だけ の女として描かれ、 【これは御伽ぼうこうに見えたる年ふる女の骸骨、牡丹の灯籠を携へ、人間の交をなせし形にして、もとは剪灯新話のうちに牡丹灯記とてあり】と記されている。石燕が描いた骨女 は、「伽婢子」「牡丹灯籠」に出てくる女つゆの亡霊、弥子(三遊亭円朝の「怪談牡丹灯 籠」ではお露にあたる)のことをいっている。これとは別物だと思うが、「東北怪談の旅」にも骨女という妖怪がある。 安永7年~8年(1778年~1779年)の青森に現れたもので、盆の晩、骸骨女がカタリカタリと音をたてて町中を歩いたという。この骨女は、生前は醜いといわれていたが、 死んでからの骸骨の容姿が優れているので、 人々に見せるために出歩くのだという。魚の骨をしゃぶることを好み、高僧に出会うと崩れ落ちてしまうという。 「鳥山石燕 画図百鬼夜行」高田衛監修・稲 田篤信・田中直日編 「東北怪談の旅」山田 野理夫
2、堀田様のお人形
以下の話が伝わっている。 「佐賀町に堀田様の下屋敷があって、うちの先祖はそこの出入りだったの。それで、先代のおばあさんが堀田様から“金太郎”の人形を拝領になって「赤ちゃん、赤ちゃん」といわれていたんだけど、この人形に魂が入っちゃって。関東大震災のとき、人形と一緒に逃げたら箱の中であちこちぶつけてこぶができたから、修復してもらうのに鼠屋っていう人形師に預けたんだけど少しすると修復されずに返ってきた。聞くと「夜になると人形が夜泣き��てまずいんです」と言われた。 (『古老が語る江東区のよもやま話』所収)
3、ハサミの付喪神(つくもがみ)
九十九神とも表記される。室町時代に描かれた「付喪神絵巻」には、「陰陽雑記云器物百年を経て化して精霊を得てよく人を訛かす、是を付喪神と号といへり」 という巻頭の文がある。 煤祓いで捨てられた器物が妖怪となり、物を粗末に扱う人間に対して仕返しをするという内容だ が、古来日本では、器物も歳月を経ると、怪しい能力を持つと考えられていた。 民俗資料にも擂り粉木(すりこぎ)や杓文字、枕や蒲団といった器物や道具が化けた話しがある。それらは付喪神とよばれていないが、基本的な考え方は「付喪神絵巻」にあるようなことと同じで あろう。 (吉川観方『絵画に見えたる妖怪』)
4、五徳猫(ごとくねこ) 五徳猫は鳥山石燕「画図百器徒然袋」に尾が2つに分かれた猫又の姿として描かれており、「七徳の舞をふたつわすれて、五徳の官者と言いしためしも あれば、この猫もいかなることをか忘れけんと、夢の中におもひぬ」とある。鳥山石燕「画図百器徒然袋」の解説によれば、その姿は室町期の伝・土佐光信画「百鬼夜行絵巻」に描かれた五徳猫を頭に 乗せた妖怪をモデルとし、内容は「徒然袋」にある「平家物語」の 作者といわれる信濃前司行長にまつわる話をもとにしているとある。行長は学識ある人物だったが、七徳の舞という、唐の太宗の武の七徳に基づく舞のうち、2つを忘れてしまったために、五徳の冠者のあだ名がつけられた。そのため、世に嫌気がさし、隠れて生活するようになったという。五徳猫はこのエピソードと、囲炉裏にある五徳(薬缶などを載せる台)を引っ掛けて創作された 妖怪なのであろう。ちなみに土佐光信画「百鬼夜行絵巻」に描かれている妖怪は、手には火吹き 竹を持っているが、猫の妖怪ではなさそうである。 ( 高田衛監修/稲田篤信・田中直日編『鳥山石燕画図百鬼夜行』)→鳥山石燕『百器徒然袋』より 「五徳猫」
5、のっぺらぼー 設置予定場所:梅の井 柳下 永代の辺りで人魂を見たという古老の話しです。その他にも、背中からおんぶされて、みたら三つ目 小僧だったり、渋沢倉庫の横の河岸の辺りでのっぺらぼーを見たという話しが残っています。 (『古老が語る江東区のよもやま話』所収) のっぺらぼーは、顔になにもない卵のような顔の妖怪。特に小泉八雲『怪談』にある、ムジナの話が良く知られている。ある男が東京赤坂の紀国坂で目鼻口のない女に出会い、驚き逃げて蕎麦 屋台の主人に話すと、その顔も同じだったという話。その顔も同じだったという話。
6、アマビエアマビエ 弘化3年(1846年) 4月中旬と記 された瓦版に書かれているもの。 肥後国(熊本県)の海中に毎夜光るものが あるので、ある役人が行ってみたところ、ア マビエと名乗る化け物が現れて、「当年より はやりやまいはや 6ヵ月は豊作となるが、もし流行病が流行ったら人々に私の写しを見せるように」といって、再び海中に没したという。この瓦版には、髪の毛が長く、くちばしを持った人魚のようなアマビエの姿が描かれ、肥後の役人が写したとある。 湯本豪一の「明治妖怪新聞」によれば、アマピエはアマピコのことではないかという。 アマピコは瓦版や絵入り新聞に見える妖怪で、 あま彦、天彦、天日子などと書かれる。件やクダ部、神社姫といった、病気や豊凶の予言をし、その絵姿を持っていれば難から逃れられるという妖怪とほぼ同じものといえる。 アマビコの記事を別の瓦版に写す際、間違 えてアマビエと記してしまったのだというのが湯本説である。 『明治妖怪新聞」湯本豪一「『妖怪展 現代に 蘇る百鬼夜行』川崎市市民ミュージアム編
7、かさばけ(傘お化け) 設置予定場所:多田屋の入口作品です。 一つ目あるいは、二つ目がついた傘から2本の腕が伸び、一本足でピョンピョン跳ねまわる傘の化け物とされる。よく知られた妖怪のわりには戯画などに見えるくらいで、実際に現れたなどの記録はないようである。(阿部主計『妖怪学入門』)歌川芳員「百種怪談妖物双六」に描 かれている傘の妖怪「一本足」
8、猫股(ねこまた) 猫股は化け猫で、尻尾が二股になるまで、齢を経た猫 で、さまざまな怪しいふるまいをすると恐れられた。人をあざむき、人を食らうともいわれる。飼い猫が年をとり、猫股になるため、猫を長く飼うもので はないとか、齢を経た飼い猫は家を離れて山に入り、猫股 になるなどと、各地に俗信がある。 このような猫の持つ妖力から、歌舞伎ではお騒動と化け猫をからめて「猫騒動もの」のジャンルがあり、
「岡崎の猫」「鍋島の猫」「有馬の猫」が三代化け猫とされる。
9、毛羽毛現(けうけげん) 設置予定場所:相模屋の庭 鳥山石燕の「今昔百鬼拾遺」に毛むくじゃらの妖怪として描かれた もので、 「毛羽毛現は惣身に毛生ひたる事毛女のごとくなればかくいふ か。或いは希有希現とかきて、ある事まれに、見る事まれなれば なりとぞ」とある。毛女とは中国の仙女のことで、華陰の山中(中国陝西省陰県の西 獄華山)に住み、自ら語るところによると、もともとは秦が亡んだため 山に逃げ込んだ。そのとき、谷春という道士に出会い、松葉を食すことを教わって、遂に寒さも飢えも感じなくなり、身は空を飛ぶほど軽くなった。すでに170余年経つなどと「列仙伝」にある。この毛羽毛現は家の周辺でじめじめした場所に現れる妖怪とされるが、実際は石燕の創作妖 怪のようである。 (高田衛監修/稲田篤信・田中直日編『鳥山石燕 画図百鬼夜行』→鳥山石燕「今昔百鬼 拾遺」より「毛羽毛現」
10、河童(かっぱ) 設置予定場所:猪牙船 ◇ 河童(『耳袋』) 江戸時代、仙台藩の蔵屋敷に近い仙台堀には河童が出たと言われています。これは、子どもたちが、 なんの前触れもなく掘割におちてしまう事が続き探索したところ、泥の中から河童が出てきたというも のです。その河童は、仙台藩の人により塩漬けにして屋敷に保管したそうです。 ◇ 河童、深川で捕獲される「河童・川太郎図」/国立歴史民俗博物館蔵 深川木場で捕獲された河童。河童は川や沼を住処とする妖怪で、人を水中に引き込む等の悪事を働く 反面、水の恵みをもたらす霊力の持ち主として畏怖されていた ◇ 河童の伝説(『江戸深川情緒の研究』) 安永年間(1772~1781) 深川入船町であった話しです。ある男が水浴びをしていると、河童がその男 を捕えようとしました。しかし、男はとても強力だったので逆に河童を捕えて陸に引き上げ三十三間堂の前で殴り殺そうとしたところ、通りかかった人々が河童を助けました。それ以来、深川では河童が人 間を捕らなくなったといいます。→妖怪画で知られる鳥山石燕による河童
11、白容商〔しろうねり〕
鳥山石燕「画図百器 徒然袋」に描かれ、【白うるりは徒然のならいなるよし。この白うねりはふるき布巾のばけたるものなれども、外にならいもやはべると、夢のうちにおもひぬ】 と解説されている。白うるりとは、吉田兼好の『徒然草」第六十段に登場する、 芋頭(いもがしら)が異常に好きな坊主のあだ名である。 この白うるりという名前に倣って、布雑巾 の化けたものを白容裔(しろうねり)と名づけたといっているので、つまりは石燕の創作妖怪であろう。古い雑巾などが化けて人を襲う、などの説 明が��れることがあるが、これは山田野理夫 の『東北怪談の旅』にある古雑巾の妖怪を白 容裔の話として使ったにすぎない。 『鳥山石燕画図百鬼夜行』高田衛監修・稲 田篤信・田中直日編
12、轆轤首〔ろくろくび〕
抜け首、飛頭蛮と��� つな いう。身体から首が完全に分離して活動する ものと、細紐のような首で身体と頭が繋がっているものの二形態があるようである。 日本の文献には江戸時代から多くみえはじ め、『古今百物語評判』『太平百物語』『新説 百物語」などの怪談集や、『甲子夜話』『耳 囊」「北窓瑣談」「蕉斎筆記』『閑田耕筆』と いった随筆の他、石燕の『画図百鬼夜行」に 代表される妖怪画にも多く描かれた。 一般的な轆轤首の話としては、夜中に首が 抜け出たところを誰かに目撃されたとする内 容がほとんどで、下働きの女や遊女、女房、 娘などと女性である場合が多い。 男の轆轤首は「蕉斎筆記』にみえる。 ある夜、増上寺の和尚の胸の辺りに人の 首が来たので、そのまま取って投げつけると、 どこかへいってしまった。翌朝、気分が悪いと訴えて寝ていた下総出 身の下働きの男が、昼過ぎに起き出して、和 尚に暇を乞うた。わけ その理由を問えば、「昨夜お部屋に首が参りませんでしたか」と妙なことを訊く。確か に来たと答えると、「私には抜け首の病があります。昨日、手水鉢に水を入れるのが遅い とお叱りを受けましたが、そんなにお叱りに なることもないのにと思っていると、 夜中に首が抜けてしまったのです」 といって、これ以上は奉公に差支えがあるからと里に帰って しまった。 下総国にはこの病が多いそうだと、 「蕉斎筆記』は記している。 轆轤首を飛頭蛮と表記する文献があるが、 これはもともと中国由来のものである。「和漢三才図会』では、『三才図会」「南方異 物誌」「太平広記」「搜神記』といった中国の 書籍を引いて、飛頭蛮が大闍波国(ジャワ) や嶺南(広東、広西、ベトナム)、竜城(熱 洞省朝陽県の西南の地)の西南に出没したことを述べている。昼間は人間と変わらないが、夜になると首 が分離し、耳を翼にして飛び回る。虫、蟹、 ミミズなどを捕食して、朝になると元通りの 身体になる。この種族は首の周囲に赤い糸のような傷跡がある、などの特徴を記している。中国南部や東南アジアには、古くから首だけの妖怪が伝わっており、マレーシアのポン ティアナやペナンガルなどは、現在でもその 存在が信じられている。 日本の轆轤首は、こうした中国��東南アジ アの妖怪がその原型になっているようである。 また、離魂病とでもいうのだろうか、睡眠中に魂が抜け出てしまう怪異譚がある。例えば「曽呂利物語」に「女の妄念迷い歩 <事」という話がある。ある女の魂が睡眠中に身体から抜け出て、 野外で鶏になったり女の首になったりしているところを旅人に目撃される。旅人は刀を抜いてその首を追いかけていく と、首はある家に入っていく。すると、その家から女房らしき声が聞こえ、 「ああ恐ろしい夢を見た。刀を抜いた男が追 いかけてきて、家まで逃げてきたところで目 が醒めた」などといっていたという話である。これの類話は現代の民俗資料にも見え、抜け出た魂は火の玉や首となって目撃されている。先に紹介した「蕉斎筆記』の男の轆轤首 も、これと同じように遊離する魂ということ で説明ができるだろう。 轆轤首という妖怪は、中国や東南アジア由 来の首の妖怪や、離魂病の怪異譚、見世物に 出た作りものの轆轤首などが影響しあって、 日本独自の妖怪となっていったようである。 【和漢三才図会』寺島良安編・島田勇雄・竹 島淳夫・樋口元巳訳注 『江戸怪談集(中)』 高田衛編/校注『妖異博物館』柴田宵曲 『随筆辞典奇談異聞編」柴田宵曲編 『日本 怪談集 妖怪篇』今野円輔編著 『大語園』巌谷小波編
13、加牟波理入道〔がんばりにゅうどう〕
雁婆梨入道、眼張入道とも書く。便所の妖怪。 鳥山石燕の「画図百鬼夜行」には、便所の台があるよう 脇で口から鳥を吐く入道姿の妖怪として描かれており、【大晦日の夜、厠にゆきて「がんばり入道郭公」と唱ふれば、妖怪を見さるよし、世俗のしる所也。もろこしにては厠 神名を郭登といへり。これ遊天飛騎大殺将軍 とて、人に禍福をあたふと云。郭登郭公同日 は龕のの談なるべし】と解説されている。 松浦静山の『甲子夜話」では雁婆梨入道という字を当て、厠でこの名を唱えると下から入道の頭が現れ、 その頭を取って左の袖に入れてまたとりだすと 頭は小判に変化するなどの記述がある。 「がんばり入道ホトトギス」と唱えると怪異 にあわないというのは、江戸時代にいわれた 俗信だが、この呪文はよい効果を生む(前述 ことわざわざわい ●小判を得る話を含め)場合と、禍をよぶ 場合があるようで、「諺苑」には、大晦日に この話を思い出せば不祥なりと書かれている。 また、石燕は郭公と書いてホトトギスと読ませているが、これは江戸時代では郭公とホト トギスが混同されていたことによる。 ホトトギスと便所との関係は中国由来のようで、「荊楚歲時記』にその記述が見える。 ホトトギスの初鳴きを一番最初に聞いたもの は別離することになるとか、その声を真似すると吐血するなどといったことが記されており、厠に入ってこの声を聞くと、不祥事が起 こるとある。これを避けるには、犬の声を出 して答えればよいとあるが、なぜかこの部分 だけは日本では広まらなかったようである。 『鳥山石燕画図百鬼夜行』高田衛監修・稲 田篤信・田中直日編 『江戸文学俗信辞典』 石川一郎編『史実と伝説の間」李家正文
14、三つ目小僧
顔に三つの目を持つ童子姿の妖怪。 長野県東筑摩郡教育委員会による調査資料に名は見られるが、資料中には名前があるのみ で解説は無く、どのような妖怪かは詳細に語られていない。 東京の下谷にあった高厳寺という寺では、タヌキが三つ目小僧に化けて現れたという。このタヌ キは本来、百年以上前の修行熱心な和尚が境内に住まわせて寵愛していたために寺に住みついたものだが、それ以来、寺を汚したり荒らしたりする者に対しては妖怪となって現れるようになり、体の大きさを変えたり提灯を明滅させて人を脅したり、人を溝に放り込んだりしたので、人はこれ を高厳寺小僧と呼んで恐れたという。困った寺は、このタヌキを小僧稲荷として境内に祀った。この寺は現存せず、小僧稲荷は巣鴨町に移転している。 また、本所七不思議の一つ・置行堀の近くに住んでいたタヌキが三つ目小僧に化けて人を脅したという言い伝えもある。日野巌・日野綏彦 著「日本妖怪変化語彙」、村上健司校訂 編『動物妖怪譚』 下、中央公論新社〈中公文庫〉、2006年、301頁。 佐藤隆三『江戸伝説』坂本書店、1926年、79-81頁。 『江戸伝説』、147-148頁。
15、双頭の蛇 設置予定場所:水茶屋 「兎園小説」には、「両頭蛇」として以下の内容が著してある。 「文政7年(1824)11月24日、本所竪川通りの町方掛り浚場所で、卯之助という男性 が両頭の蛇を捕まえた。長さは3尺あったという。」
文政7年(1824)11月24日、一の橋より二十町程東よりの川(竪川、現墨田区)で、三尺程の 「両頭之蛇」がかかったと言う話です。詳細な図解が示されています。 (曲亭馬琴「兎園小説」所収『兎園小説』(屋代弘賢編『弘賢随筆』所収) 滝沢馬琴他編 文政8年(1825) 国立公文書館蔵
16、深川心行寺の泣き茶釜
文福茶釜は「狸」が茶釜に化けて、和尚に恩返しをする昔話でよく知られています。群馬県館林の茂 林寺の話が有名ですが、深川2丁目の心行寺にも文福茶釜が存在したといいます。『新撰東京名所図会』 の心行寺の記述には「什宝には、狩野春湖筆涅槃像一幅 ―及び文福茶釜(泣茶釜と称す)とあり」 とあります。また、小説家の泉鏡花『深川浅景』の中で、この茶釜を紹介しています。残念ながら、関 東大震災(1923年)で泣茶釜は、他の什物とともに焼失してしまい、文福茶釜(泣き茶釜)という狸が 化けたという同名が残るのみです。鳥山石燕「今昔百鬼拾遺」には、館林の茂森寺(もりんじ)に伝わる茶釜の話があります。いくら湯を 汲んでも尽きず、福を分け与える釜といわれています。 【主な参考資料】村上健司 編著/水木しげる 画『日本妖怪大辞典』(角川出版)
17、家鳴(やなり) 設置予定場所:大吉、松次郎の家の下) 家鳴りは鳥山石燕の「画図百鬼夜行」に描かれたものだが、(石燕は鳴屋と表記)、とくに解説はつけられて いない。石燕はかなりの数の妖怪を創作しているが、初期の 「画図百鬼夜行」では、過去の怪談本や民間でいう妖怪などを選んで描いており、家鳴りも巷(ちまた)に知られた妖怪だったようである。 昔は何でもないのに突然家が軋むことがあると、家鳴りのような妖怪のしわざだと考えたようである。小泉八雲は「化け物の歌」の中で、「ヤナリといふ語の・・・それは地震中、家屋の震動 する音を意味するとだけ我々に語って・・・その薄気 味悪い意義を近時の字書は無視して居る。しかし此語 はもと化け物が動かす家の震動の音を意味して居た もので、眼には見えぬ、その震動者も亦(また) ヤナ リと呼んで居たのである。判然たる原因無くして或る 家が夜中震ひ軋り唸ると、超自然な悪心が外から揺り動かすのだと想像してゐたものである」と延べ、「狂歌百物語」に記載された「床の間に活けし立ち木も倒れけりやなりに山の動く掛軸」という歌を紹介している。 (高田衛監修/稲田篤信・田中直日編『鳥山石燕画図百鬼夜行』、『小泉八雲全集』第7巻)
18、しょうけら 設置予定場所:おしづの家の屋根 鳥山石燕「画図百鬼夜行」に、天井の明かり取り窓を覗く妖怪として描かれているもの。石燕による解説はないが、 ショウケラは庚申(こうしん) 信仰に関係したものといわれる。 庚申信仰は道教の三尸(さんし)説がもとにあるといわ れ、60日ごとに巡ってくる庚申の夜に、寝ている人間の��� 体から三尸虫(頭と胸、臍の下にいるとされる)が抜け出し、天に昇って天帝にその人の罪科を告げる。この報告により天帝は人の命を奪うと信じられ、対策とし て、庚申の日は眠らずに夜を明かし、三尸虫を体外に出さ ないようにした。また、これによる害を防ぐために「ショウケラはわたとてまたか我宿へねぬぞねたかぞねたかぞ ねぬば」との呪文も伝わっている。 石燕の描いたショウケラは、この庚申の日に現れる鬼、ということがいえるようである。
19、蔵の大足
御手洗主計という旗本の屋敷に現れた、長さ3尺程(約9m)の大足。(「やまと新聞」明治20年4月29日より)
20、お岩ちょうちん
四世鶴屋南北の代表作である「東海道四谷怪談」のお岩 を、葛飾北斎は「百物語シリーズ」の中で破れ提灯にお岩が 宿る斬新な構図で描いている。北斎は同シリーズで、当時の 怪談話のもう一人のヒロインである「番町皿屋敷のお菊」も描 く。「東海道四谷怪談」は、四世南北が暮らし、没した深川を舞台にした生世話物(きぜわもの)の最高傑作。文政8年(1825) 7月中村座初演。深川に住んだ七代目市川團十郎が民谷伊 右衛門を、三代目尾上菊五郎がお岩を演じた。そのストーリーは当時評判だった実話を南北が取材して描 いている。男女が戸板にくくられて神田川に流された話、また 砂村隠亡堀に流れついた心中物の話など。「砂村隠亡堀の場」、「深川三角屋敷の場」など、「四谷怪 談」の中で深川は重要な舞台として登場する。
21、管狐(くだぎつね) 長野県を中心にした中部地方に多く分布し、東海、関東南部、東北の一部でいう憑き物。関東 南部、つまり千葉県や神奈川県以外の土地は、オサキ狐の勢力になるようである。管狐は鼬(いたち)と鼠(ねずみ)の中間くらいの小動物で、名前の通り、竹筒に入ってしまうほどの大きさだという。あるいはマッチ箱に入るほどの大きさで、75匹に増える動物などとも伝わる個人に憑くこともあるが、それよりも家に憑くものとしての伝承が多い。管狐が憑いた家は管屋(くだや)とか管使いとかいわれ、多くの場合は「家に憑いた」ではなく「家で飼っている」という表現をしている。管狐を飼うと金持ちになるといった伝承はほとんどの土地でいわれることで、これは管 狐を使って他家から金や品物を集めているからだなどという。また、一旦は裕福になるが、管狐は 大食漢で、しかも75匹にも増えるのでやがては食いつぶされるといわれている。 同じ狐の憑き物でも、オサキなどは、家の主人が��図しなくても、狐が勝手に行動して金品を集 めたり、他人を病気にするといった特徴があるが、管狐の場合は使う者の意図によって行動すると考えられているようである。もともと管狐は山伏が使う動物とされ、修行を終えた山伏が、金峰山 (きんぷさん)や大峰(おおみね)といった、山伏に官位を出す山から授かるものだという。山伏は それを竹筒の中で飼育し、管狐の能力を使うことで不思議な術を行った。 管狐は食事を与えると、人の心の中や考えていることを悟って飼い主に知らせ、また、飼い主の 命令で人に取り憑き、病気にしたりするのである。このような山伏は狐使いと呼ばれ、自在に狐を 使役すると思われていた。しかし、管狐の扱いは難しく、いったん竹筒から抜け出た狐を再び元に 戻すのさえ容易ではないという。狐使いが死んで、飼い主不在となった管狐は、やがて関東の狐の親分のお膝元である王子村(東京都北区)に棲むといわれた。主をなくした管狐は、命令する者がいないので、人に憑くことはないという。 (石塚尊俊『日本の憑きもの』、桜井徳太郎編『民間信仰辞典』、金子準二編著『日本狐憑史資料 集成』)
22、かいなで 設置予定場所: 長屋の厠 京都府でいう妖怪。カイナゼともいう。節分の夜に便所へ行くとカイナデに撫でられるといい、これを避けるには、「赤い紙やろうか、白い紙やろうか」という呪文を唱えればよいという。 昭和17年(1942年)頃の大阪市立木川小学校では、女子便所に入ると、どこからともなく「赤い 紙やろか、白い紙やろか」と声が聞こえてくる。返事をしなければ何事もないが、返事をすると、尻を舐められたり撫でられたりするという怪談があったという。いわゆる学校の怪談というものだが、 類話は各地に見られる。カイナデのような家庭内でいわれた怪異が、学校という公共の場に持ち込まれたものと思われる。普通は夜の学校の便所を使うことはないだろうから、節分の夜という条件が消失してしまったのだろう。 しかし、この節分の夜ということは、実に重要なキーワードなのである。節分の夜とは、古くは年越しの意味があり、年越しに便所神を祭るという風習は各地に見ることができる。その起源は中国に求められるようで、中国には、紫姑神(しこじん)という便所神の由来を説く次のような伝説がある。 寿陽県の李景という県知事が、何媚(かび) (何麗卿(かれいきょう)とも)という女性を迎えたが、 本妻がそれを妬み、旧暦正月 15 日に便所で何媚を殺害した。やがて便所で怪異が起こるようになり、それをきっかけに本妻の犯行が明るみに出た。後に、何媚を哀れんだ人々は、正月に何媚を便所の神として祭祀するようになったという(この紫姑神は日本の便所神だけではなく、花子さんや紫婆(むらさきばばあ)などの学校の怪談に登場する妖怪にも影響を与えている。) 紫姑神だけを日本の便所神のルーツとするのは安易だが、影響を受けていることは確かであろう。このような便所神祭祀の意味が忘れられ、その記憶の断片化が進むと、カイナデのような妖怪が生まれてくるようである。 新潟県柏崎では、大晦日に便所神の祭りを行うが、便所に上げた灯明がともっている間は決して便所に入ってはいけないといわれる。このケースは便所神に対する信仰がまだ生きているが、便所神の存在が忘れられた例が山田野理夫『怪談の世界』に見える。同書では、便所の中で「神くれ神くれ」と女の声がしたときは、理由は分からなくとも「正月までまだ遠い」と答えればよいという。便所神は正月に祀るものという断片的記憶が、妖怪として伝えられたものといえる。また、「赤い紙やろうか、白い紙やろうか」という呪文も、便所神の祭りの際に行われた行為の名残を伝えて いる。便所神の祭りで紙製の人形を供える土地は多く、茨城県真壁郡では青と赤、あるいは白と赤の 男女の紙人形を便所に供えるという。つまり、カイナデの怪異に遭遇しないために「赤い紙やろう か、白い紙やろうか」と唱えるのは、この供え物を意味していると思われるのである。本来は神様に供えるという行為なのに、「赤とか白の紙をやるから、怪しいふるまいをするなよ」というように変化してしまったのではないだろうか。さらに、学校の怪談で語られる便所の怪異では、妖怪化した便所神のほうから、「赤い紙やろうか、白い紙やろうか」とか「青い紙やろうか、赤い紙やろうか」というようになり、より妖怪化が進ん でいったようである。こうしてみると、近年の小学生は古い信仰の断片を口コミで伝え残しているともいえる。 島根県出雲の佐太神社や出雲大社では、出雲に集まった神々を送り出す神事をカラサデという が、氏子がこの日の夜に便所に入ると、カラサデ婆あるいはカラサデ爺に尻を撫でられるという伝 承がある。このカラサデ婆というものがどのようなものか詳細は不明だが、カイナデと何か関係があるのかもしれない。 (民俗学研究所編『綜合日本民俗語彙』、大塚民俗学会編『日本民俗学事典』、『民間伝承』通巻 173号(川端豊彦「厠神とタカガミと」)ほか)
23、木まくら 展示予定場所:政助の布団の上 江東区富岡にあった三十三間堂の側の家に住んだ医師が病気になり、元凶を探した所 黒く汚れた木枕が出た。その枕を焼くと、死体を焼く匂いがして、人を焼くのと同じ時間がかかったという。 (『古老が語る江東区のよもやま話』所収)
24、油赤子〔あぶらあかご〕鳥山石燕の『今昔 画図続百鬼』に描かれた妖怪。【近江国大津 の八町に、玉のごとくの火飛行する事あり。土人云「むかし志賀の里に油うるものあり。 夜毎に大津辻の地蔵の油をぬすみけるが、その者死て魂魄炎となりて、今に迷いの火となれる」とぞ。しからば油をなむる赤子は此ものの再生せしにや】と記されている。 石燕が引いている【むかし志賀(滋賀) の】の部分は、「諸国里人談』や『本朝故事 因縁集」にある油盗みの火のことである。油盗みの火とは、昔、夜毎に大津辻の地蔵 の油を盗んで売っていた油売りがいたが、死 後は火の玉となり、近江大津(滋賀県大津 市)の八町を縦横に飛行してまわったという もの。石燕はこの怪火をヒントに、油を嘗める赤ん坊を創作したようである。 『鳥山石燕画図百鬼夜行』高田衛監修・稲 田篤信・田中直日編 『一冊で日本怪異文学 100冊を読む」檜谷昭彦監修『日本随筆大成編集部編
























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たまごやき
大好きなあなたのことを考えながら、卵焼きを焼いている。
そんな詩めいた言葉を口に含みながら、よく溶いた卵をフライパンへ注いだら、弱火に熱した鉄のうえで薄い黄色がふくふく泡立った。洋食屋のシェフだった祖父直伝の卵焼きのレシピの内容は、たまごと醤油と砂糖、あと塩だけ。あせったらすぐ焦げてしまうので、深呼吸しながら巻いてゆく。出来上がった卵焼きの完成度で自分の気分が分かるのはまた別の話。
そうやって、わたしは今、もうこの世にいない大好きなあなたのことを考えながら、卵焼きを焼いている。
だって、卵焼きを焼くと、あなたの耳のうしろへ鼻を寄せたときと同じ匂いがするから。
あなたはわたしのお誕生日の次の日におうちへ来てくれた。茶色くて、骨が太くて、レッドアンドホワイト、オス、と札がついていた。お店で抱っこしたときはあんなに大人しかったのに、うちにくると暴れん坊になった。ラッキーって名前をつけようとしたら、父親が「こいつはそんな感じじゃない」と言って、すぐに〈チャチャ〉という名前になった。本当に声が大きかったよね。すっごいうるさかったよ。横に住んでるビーグルの男の子と、窓越しによく会話してたよね。散歩がすっごく好きだったよね。行けない日は網戸越しに外を見てたよね。バイクもトラックも本気で追いかけたよね。獣医さんの処方した薬は嫌いだったよね。そうそう、話は戻るけど、あなたをお会計(ペットショップ)してるとき、この子は心臓が弱いから生きられても12年ですって言われたんだよ。わたしは10歳だったから、説明を受ける両親の後ろで指を折って22歳まで数えてみたな。実感湧かなかったな。小さくてかわいいリボンを首につけて、ケーキを持ち帰るときとそっくりの段ボールに入って、空気穴から鼻を出してるあなたを見ながら、約12年のカウントダウンが始まりました。懐かしいね。
大好きだよって何度抱きしめただろうね。
私が悲しかった夜。外の空気を吸いたくて、でも門限が厳しかったからひとりで���出られなくて、「散歩連れて行ってくる」って口実で抱っこしたら、眠そうだったのに一緒に歩いてくれたよね。絶対前を歩いてくれたよね。でもそれはただ、自動販売機のひかりに吸い寄せられていたからだって知ってるよ。歩くたびに背中の毛が羽根みたいにふわふわゆれて、あれ、今思えば癖っ毛だったのかな。いろんなところでいたずらしてたし、オムライスのたまごをつまみ食いしたこともあったよね。勝手にテーブルに登ってティッシュを散らかしてたよね。私がリコーダーの練習をしてたら、エーデルワイスに合わせて遠吠えし出したのにはびっくりしたな。あれ今ネットに流せば話題になるんじゃないかな。いろんな携帯を経由してるからもう画質がびがびだけどね。
梨が好きだったよね。おじいちゃんの焼いたパンが好きだったよね。大きい毛布が好きだったよね。こたつも好きだったよね。ひとりっ子でわがまま放題だったあなたに、弟ができたのはその頃でしたね。黒いチワワのちくわ。妹命名です。手の先だけが茶色くて、ちくわをはめているみたいだったかららしいよ。最初は喧嘩してたけど、ちくわがあまりにもどこ吹く風だから、あなたは早々に諦めていましたね。いいコンビだったよ。お留守番も悲しくなくなったよね。いきなり部屋の電気をつけたら、ふたりでまぶし、って顔してたよね。血は繋がってないのに面白いくらい似てたよ。そしてそのまた次の年、コーギーのまめが来て。まめとは……相性あまり良くなかったよね。おんなじ毛の色してるくせにね。たまに、未知の生命体と交信するみたいに見つめ合ってたね。かわいかったよ。なんだかんだ一緒に寝たりしてたよね。リビングに毛玉がみっつ落ちてる光景、好きだったな。
あだ名たぶん10個くらいあるよ。思い出せないけど。チャチャはチャっくんになって、テレビでもののけ姫が流れた次の日、ヤックルにちなんで、チャックルになったよね。どうせなんて呼んでも振り向くんでしょあなたはね。
変なところ鋭かったよね。動物的勘っていうやつなのかな。
家出しようとしたら、静かに目で行くなって言ってくれたよね。
部活の大会で負けて、頭に顔を押しつけて泣いて、あたまびっしょびしょにしちゃってごめんね。
受験勉強で夜更かししてじゅうぶんに寝かせてあげられなくてごめんね。
���るさいって言ってごめんね。でもそれはほんとにうるさかったからこれでおあいこです。
私が大学生になって、あなたの心臓がいよいよ悪くなって。大好きなおじいちゃんの食パンに包まれた薬を飲んでたよね。たまにぺって吐き出して怒られてたよね。たまに発作を起こしてたよね。つらかったよね。何もできなくてごめんね。
夜寝る前に、こっそりあなたの頭に鼻を寄せて、おやすみ、大好きだよ、って言うようになったのはその頃です。そして、卵焼きの匂いがすると知ったのもそれがきっかけです。ごめんね。でもね、朝起きて、あなたが死んでいたら後悔すると思って。自分勝手でごめんね。嫌だったよね。いや生きてるわ、って思ってたよねきっと。でもさ、そんなことでわたしのこと嫌いになったりしないよね。警戒心の強いあなたがわたしのお腹でぐーすか寝るくらいだもん。家族だもんね。
わたしがあなたを最後に見たのは、冷蔵庫の前に伏せをしている姿でした。いつも通りでした。この夜が山場だって両親から言われて、覚悟はしてたの。でもどこかで、大丈夫だろうって思ってたのも本当だよ。だってあなた信じられないくらい骨が太いんだもん。叩いたら太鼓みたいな音するんだもん。チワワのくせに8kgもあったんだもん。あっ、体重測るのはわたしの役目だったよね。わたしがあなたを抱いて体重計に乗って、表示された数字から48を引いたら、あなたの命の重さが分かりました。……そんな重くなかったって? ちゃんと重かったよ。そしてね、すっごいあったかかったよ。
朝。ベッドで寝ていたら、父親が入ってきて。目が覚めたのが先か、父が口を開いたのが先か覚えていないけど、そこで全部を悟りました。父親がわたしに声をかけるときは、決まって大事な話があるときだから。
チャっくんが死んだわ。
一言一句たがわず覚えています。
ベッドから出て、階段を降りて、リビングの柵を跨いで。この柵はね、あなたが脱走するから苦肉の策で設置したやつね。それを跨いで。
頭の横に母、足元に父、おなかのよこに妹。そして心臓の前にわたし。ちくわとまめはどこにいたかな。ごめん二人とも、その瞬間だけは見えてなかったかも。許してね。
死んでたね。
涙が出なくて。だって悲しくなくて。強がりとか薄情じゃなくて、分かってたから。半分だけあなたが死ぬって分かってたから。そっか、死んじゃったかって、あなたの目の前にいるくせにそんなことを思ったわたしのこと怒ってる? ……怒ってなさそうだね。この世の終わりのように泣く母に相槌を打って。初めて見る父親の泣き顔にびっくりして。妹は泣いてなかったったかな。
あまりにも悲しくなくて、普通にお化粧をして、遊ぶ約束をしていた友だちとそのまま遊びに行って、パスタを割り勘して、電車に乗って帰って、恋人に迎えにきてもらって。こうやって文字にしてみたらすごく最低なやつだね。実際そうだよ。母親は不満そうでした。その反応が普通だよ。
だって、悲しくなかったの。当たり前だったから。あなたが生きていようが死んでいようが、わたしがあなたを好きなことに変わりはないし、今まで生きてきた時間は消えないし、思い出もなくならないから。そしてね、あなたが死んでからいまこの瞬間まで、あなたが死んだことを悲しんで涙を流したことはありません。懐かしくて泣いたことはあるけどね。
それは、あなたがぜんぶを連れ去ってしまったからです。
ビルでも建てられそうな隆々とした骨の中で、弱かった心臓を守っていたあなたは、いつだって気丈で跳ねっ返りが強くて。わたしが煌々と電気をつけて勉強するから寝不足だっただろうに、ごはんももりもり食べて。発作のときもどこか豪快で、心配になるような弱りかたはしなくて。ああ思い出した、肉球を怪我してるのに海に入って、血が出てるのに何にも言わなかったよね。気づかなくてごめんね。染みたよね。そんなふうにあなたはずっとまっすぐで。散歩のときはリードを引っ張って。あげく、もうすぐ死にます、なんて診断されて帰ってきて。
好きだったよ。
大好きだったよ。
いや、大好きだよ、今も。
火葬場に行くあなたを、最後にちくわと触りました。まめは連れて行かないでって吠えていました。うまくできた話だよね。泣かせるね。
遺骨になったあなたは、わたしが部活のカメラで撮ったぶさいくな写真を遺影に採用されて、いつもお仏壇はものでいっぱいです。最初はみんなさめざめとお菓子を備えてたけど、今では半分投げやりです。チャっくんにあげとくか〜って軽い感じです。
たまに夢で会いますね。
最初は良かったんだけど、いつしか、夢の中でさえ、なんであなたが生きてるんだろうって思うようになりました。たぶん、わたしにとって、あなたがこの世にいないことが普通になったから。
わたしは、あなたがいないことを悲観的に捉えたことはありません。会いたいなとは思うけど、悲しんで泣いたりはしません。たぶん、これからも。
一月生まれなのに桜が似合うあなたに。
みんなに撫でられすぎてあたまだけ癖っ毛が落ち着いていたあなたに。
悪知恵ばっかり働くあなたに。
ちょっとしゃくれてるあなたに。
しっぽが長いあなたに。
お風呂が大好きなあなたに。
10歳で亡くなったあなたに。
わたしの誕生日プレゼントとしておうちに来てくれたあなたと、その運命に。
耳の後ろが卵焼きなあなたに。
会いたいなと思いながら、さっき、卵焼きをお弁当に入れました。
気が向いたら会いに来てね。今日でもいいよ。そろそろのぼせそうだからお風呂あがるね。明日もお仕事だから早く寝るね。
おやすみ、大好きだよ!
……あれ、なんか伏線回収みたいになった? 職業病かな。うふふ。そうだといいな。
でも本当におやすみ。大好きだよ。
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街とその不確かな壁/君た���はどう生きるか/ジブリ・春樹・1984
最初のジブリの記憶は『魔女の宅急便』(1989年)だ。母がカセットテープにダビングした『魔女の宅急便』のサントラを幼稚園の先生に貸していたから、幼稚園の頃に見たのだ。
まだ座席指定の無い映画館に家族で並び、私は映画館の座席で親に渡されたベーコン入りのパンを食べていた。4・5歳の頃の記憶だ。
その夜、私は夢の中で魔女の宅急便をもう一度見た。私は親に、夢でもう一度映画を見たと伝えた。
『おもひでぽろぽろ』(1991年)も映画館で見たが、あまりよく分からなかった。『紅の豚』(1992年)も映画館で見た。帰りにポルコ・ロッソのぬいぐるみを買ってもらい、縫い付けられたプラスチックのサングラスの後ろにビーズで縫い付けられた黒い目があることを確認した。
『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994年)『耳をすませば』(1995年)までは両親と一緒に見たと思う。
父はアニメに近い業界にいたため、エンドロール内に何人かの知人がいたようだった。アニメーターの試験を一度受けたそうだが、他人の絵を描き続けることは気が進まなかったらしい。
家のブラウン管の大きなテレビの台の中にはテレビ放送を録画したVHSテープが並び、ジジやトトロの絵とタイトルを父が書いていた。テレビ放送用にカットされたラピュタやナウシカを私は見ていて、大人になってから初めて見たシーンがいくつかあった。
“家族で映画を見る”という行事はジブリと共にあった。ジブリ映画の評価は今から見て賛否両論いくらでもあればいいと思うが、批評も何も無い子ども時代に、母がとても好きだった魔女の宅急便や、戦争は嫌いだが戦闘機が好きな父と紅の豚を見られたことは幸福な年代だったのだと思う。
評価が何も確定していない映画をぽんと見て、よく分からなかったり面白かったりする。
親は『おもひでぽろぽろ』を気に入り、子どもにはよく分からない。父からは昔の友だちが熱に浮かされたように「パクさんは本当に凄いんだよ」と言い続けていたと聞かされた。
※
大人になった私は『ゲド戦記』(2006年)を見て「面白い映画に必要なものが欠けているこの作品を見ることにより今までに見たジブリ映画のありがたみが分かった」とぐったりし、『崖の上のポニョ』(2008年)を新宿バルト9で見て、全然楽しめず、新宿三丁目のフレッシュネスバーガーで「神は死せり!」と叫んでビールを飲んだ。
2020年には『アーヤと魔女』の予告編に驚愕し、『モンスターズ・インク』(初代、2001
年)からずっと寝てたのか!?と罵倒した(見ていない)。
私が持っていたジブリという会社への尊敬は過去のものになり、多彩な才能を抱えていたにもかかわらず明らかにつまらないものばかり作る血縁にしか後任を託せない状況にも嫌悪感を抱いた。
期待値は限りなく低く、『君たちはどう生きるか』を見ようかどうか迷っている、とこぼしたら「見て文句も言えるからじゃ��まあ一緒に行く?」という流れになり、見た。
あまりにも期待値が低かったため、文句を言いたくなるような作品ではなかった。私は2023年、もっともっとつまらない映画を何本も劇場で見ている。つまらない映画を劇場で見ると、もう2度と見なくて良いという利点がある。
『君たちはどう生きるか』の序盤、空襲・火災・戦火で街が焼ける場面、画面が歪で、不安で、安定感がなく、私はホッとしていた。綺麗に取り繕う気のない、表現としての画面だった。
複数の場面に対してセルフ・パロディーであるというテキストを読んでいたが、私にはあれらはオブセッションに見えた。小説家でも芸術家でも脚本家でも、何を見ても何度も同じことを書いているな、という作家に私は好感を持っている。少なくとも、いつも結局テーマが同じであることは減点の理由にはならない。
『君たちはどう生きるか』になっても高畑勲の作品に比べればどうにも女性の人格が表面的で、天才はこんなにもご自身の性別をも超えて何もかもわかり物語に落とし込めるのかと感激した『かぐや姫の物語』(2013年)に比べてしまうと胸の打たれかたが違うのだけれども、でも私は取り憑かれたテーマがある作家のことが、いつも好きだ。
スティーブン・スピルバーグは『フェイブルマンズ』(2022年)でもう大人として若い頃の母親を見つめ直せていたように思うが(フェイブルマンズで取り憑かれていたのは別のものだ)、
宮崎駿は小さい頃に一方的に見つめていた母に取り憑かれ、母の内面には踏み込めないまま、少年・子どものまま母を見つめ続け、自分が老年の大人として若い母親を見つめ直す気は無い。
そして、母親の方を少女にして映画の中に登場させる。しかも「産んでよかった」という台詞を創作する。
貴方は大人なのにずっと子どものままで母親に相対したいのですか、と思いはするものの、子どものままの視線で母を見つめ続けたいのなら、それがあのように強烈ならば、それがオブセッションなら全くかまわないことだと思う。
最初に屋敷に出てきた7人のおばあちゃんがあまりにも妖怪じみているので驚いたが、あれは向こうの世界とこっちの世界の境界にいるかた達という理解で置いておいてあげよう。
それにしてもアオサギが全く可愛くもかっこよくも無いことに最後まで驚いていた。頭から流れる血液も、赤いジャムも気持ちが悪い。途中途中、激烈に気色が悪い。世界や生き物は気持ちが悪く、性能の良い飛行機みたいに美しくは無い。カエル、内臓、粘膜、血液、食物もグロテスクだ。嫌悪ではない、全部生々しい。生々しく、激烈だ。その生々しさを必要としたことに胸をうたれた。
塔の中のインコについて、愚かな大衆だとかジブリはもう人が多すぎてしまった���だとか商業主義的な人間の表現だというテキストも読んだのだけど、私はあのインコたちがとても好きだった。
インコたちは自分達で料理をして、野蛮で、楽しそうだった。終盤、緑豊かな場所にワッセワッセと歩いていくインコさんが、「楽園ですかねぇ」「ご先祖さまがいますねぇ」と言ったようなことを言うシーンが面白く、可愛らしく、インコたちの賑やかな生活(時に他者に攻撃的であっても)を想像した。
私は水辺の近くをよく散歩していて、大きな渡り鳥が飛来してまた消えていくのをじっと見つめている。鳥たちがある日増えて、いなくなる。国を越えて飛んで行き、地球のどこかには居続けているのがいつも不思議だ。
映画の中で、鳥やカエルはあのように生々しく、実体をつかんでアニメーションに残すことができるのに、全てを生々しく捉える気が無い対象が残っている。どうしてもそれを残すことが寄す処なら、それはそのままでかまわない。
※
小説では、村上春樹の『街とその不確かな壁』を読んだ。
私の父は村上春樹と同い年で高校卒業後に東京へ出てきたので、『ノルウェイの森』で書かれている、まだ西新宿が原っぱだった頃を知っている。その話を友人にしたところ、『西新宿が原っぱだったというのは春樹のマジックリアリズムかと思っていた』と言っていた。
私が村上春樹を読み始めたのは及川光博が「僕はダンス・ダンス・ダンスの五反田君を演じられると思うんだけど」と書いていたの読んだのがきっかけだ(曖昧だけれども、1999年くらいか?)。
『風の歌を聴け』は家にあったので、そのまま『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』『ダンス・ダンス・ダンス』を読み、その後短編集をあるだけと、『ノルウェイの森』『世界の終わりとハートボイルドワンダーランド』を読み、『ねじまき鳥クロニクル』は途中途中覚えていないが一応読み、『スプートニクの恋人』(1999年)を高校の図書館で読んだがあまり面白くないと感じた。
最近ではイ・チャンドン監督の映画『バーニング』(2018年)が素晴らしかったし、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』(2021年)も面白かった。
『ドライブ・マイ・カー』の原作(短編集『女のいない男たち』収録)は映画を見た後に読んだが、反吐が出るほどつまらなく、気持ちが悪い短編だった。
イ・チャンドン監督も、濱口竜介監督も、「今見たらその女性の描写、気持ち悪いよ」を意識的に使っていたのだろう。『バーニング』は『蛍・納屋を焼く・その他の短編』時期の初期春樹、『ドライブ・マイ・カー』はタイトルこそドライブ・マイ・カーだけれども、ホテルの前の高槻の佇み方はダンス・ダンス・ダンスの五反田君であろう(港区に住む役者である)。
村上春樹のことは定期的にニュースになるのでその度に考えているのだけど、2023年に、フェミニズムのことをある程度分かった上で過去作を読むのはかなり厳しい気もしている。
次から次にセックスをしているし、主人公はガツガツしていない風なのに何故かモテているし、コール・ガールを呼びまくっている。
『ダンス・ダンス・ダンス』に出てくるユキは13歳の女の子で、ユキの外見・体型に関する記述はそこまで気持ち悪くはないのだが、『騎士団長殺し』に出てきた未成年の女性に対する描写はとても気持ちが悪かった(はず。売ってしまったので正確ではないのだが、あまりに気持ちが悪くて両書を比較をした)。
いくら今「この人は世界的巨匠」と扱われていても、作品を読んで気持ち悪いと思えばもう読む価値のない作家であるので、まだ読んだことがない人に読むべきとは全く思わない。
けれども、20年前に読んだ村上春樹は面白かったし、『ダンス・ダンス・ダンス』に書かれる母娘の話に私は救われたのだと思う。
最近友人に会い、「村上春樹は読んだことないんだけど、どうなの?」と聞かれたので、「春樹の物語は色々な本で同じモチーフが多い。主人公がいて、どこかへ行って、帰ってくる。戻ってきた世界は同じようでいて少し変わっている。私たちが現実だと思っている世界は世界の一部分に過ぎず、どこかでみみずくんが暴れているかもしれないし、やみくろが狙っているかもしれないし、誰かが井戸の底に落ちたかもしれない。だけど主人公は行って、戻ってくる。どこかで何かが起こっていても、行って戻ってくる。一部の人は行ったっきり、帰ってこられない。」
「この世では 何でも起こりうる 何でも起こりうるんだわ きっと どんな ひどいことも どんな うつくしいことも」は岡崎京子の『pink』(1989年)のモノローグだけれども、何でも起こりうる、現実はこのまま永遠に続きそうだけれども、ある日小さなズレが生じ、この世では何でも起こりうるんだわ、という小説を次々に読みながら大人になったことを、私は愛している。日常を暮らしていると現実の全てに理由があるかのように錯覚してしまうけれども、「何でも起こりうる」世界には、本当はあまり理由がない。何か理由があると錯覚し過ぎてしまうと、公正世界仮説に囚われて、善悪の判断を間違ってしまう。
「主人公が、行って、帰ってくる」形は数えきれないほどの小説・映画の構造なので特徴とも呼べないところだけれども、『君たちはどう生きるか』もそうだし、『ダンス・ダンス・ダンス』も、『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』も、昔読んだ『はてしない物語』だって勿論そうだし、『オズの魔法使い』もそうで、『君の名は。』もそうだったような気がする。
『はてしない物語』の書き方はわかりやすい。
��絶対にファンタージエンにいけない人間もいる。」コレアンダー氏はいった。「いけるけれども、そのまま向こうにいきっきりになってしまう人間もいる。それから、ファンタージエンにいって、またもどってくるものもいくらかいるんだな、きみのようにね。そして、そういう人たちが、両方の世界を健やかにするんだ。」
※
『街とその不確かな壁』は春樹の長編も最後かもしれないしな、と思って読み始めたが、半分を超えるまで全然面白くなく、半分を超えてもちょっと面白いけどどう終わるんだろうこれ、の気持ち��けで何とか読み終わった。
17歳の少年のファーストキスの相手の音信が突然途絶えようと、『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』の世界の終わり側の話をもう一度読まされようと、どうしてそれを45歳までひっぱり続けるのか、読んでいて全然情熱を感じなかった。
イエロー・サブマリンのパーカを着た少年が何のメタファーなのかは勿論書かれていないが、春樹は昔に還りたいんだろうか?何故か「あちらの世界」から物語がこちらに、鳥に運ばれてきたみたいにするすると現れ世界を覗けたあの頃に?活発な兎が息を吹き返すように?
※
宮崎駿のオブセッションや視線は今も跳ね回っており、村上春樹の滾りは、もう私にはよくわからないものになった。
私は昔『ダンス・ダンス・ダンス』を何ヶ月もずっと読み続け、どのシーンにどんな形の雲がぽつんと浮かんでいるかも記憶していた。欲しいものだけ欲しがればいいし、くだらないものに対してどんなことを友だちと言い合いビールを飲めば良いかを知った。
岡崎京子に「幸福を恐れないこと」を教えてもらったみたいに。
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【観劇雑記】ミュージカル刀剣乱舞 江 おん すていじ ぜっぷつあー りぶうと 大千穐楽 @ 2025年5月29日 夜公演 LV
おはようございます、藤原です。突然ですが、皆さんはミュージカル刀剣乱舞 10周年応援上演祭、ご参加されてますか?私は順調に参加させていただいているんですけど、いや〜!!!楽しすぎる!!こんな楽しいんか〜!と新しい発見で日々溢れています。大満足です! そちらはそちらでまた先にお話させていただきましたが、時系列的にはこちらの方が先でしたね。ただ、書き溜めていたのでご安心を。 なので、その書き溜めていた、満足の中にあった記憶を放出します。いつもどおり観劇概略のたんぶらです。以前現地の概略書いたときには抜け落ちてたけど、大千穐楽を観劇して思い出したこともあれば書いていこうと思っています。 なお、いつも通りではございますが、身バレ予防のため、タイムラグのある観劇概略でありますこと、及び、個人の主観でのレポートでありますことを明示いたします。ご了承ください。また、以下のレポートにてはキャスト様・キャラクター名については敬称略とさせていただきます。
まず、当日のセットリストはこちらから。あの、完全に忘れてたんですが、現地で見たときの印象的に下からのあおる角度のカメラ多かったんですよ。みんな脚長いし、スタイル良すぎ。迫力もあるな〜と思いました。LVでは煽りは意外に少なくて、正面からも多かった印象です。それから、これ当たり前ですけど2回目だと流石に曲分かるな、と思いました。分かるなというか、聞いたことある〜!次これだよね〜!とかいうにわかレベルですけど。コールお姉さんいなくてもなんとなく分かる。人間の順応性ってすごい。 大千穐楽なので、私が現地観劇してから約2週間ほど時間が経過しているわけですが、それだけあってすごい。��舌とかがすごい。めっちゃ聞き取りやすい。私の耳が慣れたのかと思ったけど、音楽とかリズムに対しての反応がめちゃめちゃよくなってたから、本当に成長してるというか応用してるんだと思う。こういうの見てしまうと、全ステ通いたくなるのも心底分かってしまう…。本当罪深い。特に、初日→2日目→千穐楽は通いたくなる。実際には穴だろうな〜って日取り狙ってチケット頼んでるんですけどね、なんとしても行きたかったし、ははは。現在は運がいいだけだと思うので、チケット取れない可能性を考えると笑えないわ。 あと、これ意外だったんですけど、刀ミュって公演ごとにメイン層変わる感じなんすかね…?私、坂龍飛騰と江おんりぶうとでは、LVも含めてなんか全然周りの年齢層というか、参加してる人の雰囲気が全然違ったんですけど…。アイドル界隈での例えで申し訳ないですけど、別のグループのライブかな?って思ってしまうくらいには雰囲気違うというか。キャストさん目当ての人もいるかもですし、キャラでもキャストでも推しが違うとそんなもんなんですかね…。どうなんだろ。
『でいじぇいぱふぉうまんす』りぶうとver.では、IGNITIONの分、Scarlet Lipsが省略されてたんじゃないかな〜と思います。でもみんなで「いぐにっしょん!」っていうの可愛すぎたからいいね。 ソロステージも全体的に精度上がってる印象です。何回聞いても直感リプレイスはアイドルすぎるし、これ歌う籠手切はアイドル以外にない。ほんと体力お化けか。あと相変わらず松井と豊前は全力応援隊だったね。村雲さんは本当に言葉の発音がより綺麗に聞こえるようになってました。個人的に、この「より」っていうのがポイントで、より伝えることを意識してるんじゃないかって感じがしました。 五月雨さんは作曲・渡辺未来さんでしたか…。なるほどね。いや〜、あのシャウトした後でも声がしゃがれないのは訓練か、もともと喉が強いのか。どちらにせよ綺麗にシャウト出てポイントミスらないのは本当に素晴らしい。大典田さんはやっぱ圧巻ですね。空気変えちゃう力がある人って感じ。やっぱり上手でした。そういう意味合いではスキル面で引っ張ってる感じなんかな。水心子もそういう意味合いでは安定しました。でもほんとチルいんだ。ダンスチューンなのにチル。 桑名くんはスコープでこっち(聴衆側)狙うのやめようね。撃ち抜かれる未来しかないから。あとほんと君は可能性の塊だな。どこまでいけるの。松井さんは松井さん!!という感じ。なんか凄み増してたね。あれもまだまだ化けそうな感じがするのが怖い��最後に、豊前!!だから、お前がギルティだよ!!と言いたくなるのは変わらない。なんか、豊前くんずっと前向いてくれててカメラはお顔抜いてくれるんですけど、視線強すぎて目線合わない。言っている意味わからないかもしれないんだけど、目線合わないんだ。視線はカメラ抜いてるのに。謎すぎる。特殊能力か何か?
この日の日替わりは「GO! GO! 昔ばなし」で題目は「かぐや姫」。姫は大典田。姫ボイスかわいかったよ!辛そうだったけど。豊前扮するおじいさんとマネージャー大活躍。おじいさん最後はハッピーでよかったね。水心子は語り部でしたが、最後巻き込まれてました。それ以外の、籠手切・松井・桑名・五月雨・村雲はかぐや姫に求婚する王子の役。ほぼ江だな。ウーバーイーターだったり通販番組お馴染みのMCだったり占い師出てきて何かなんやらという感じでもあり。ドタバタの楽しい感じでした。最後は地球に残る選択ができたかぐや姫がおじいさんのために、家をドッキリで改造する動画を撮るという落ちでしたね。王子たちに一ヶ所ずつ改造を頼むという展開でした。 Shining Night→私の夢見たすていじ・おうぷんのアカペラは幸せしかないのよ。みんなニコニコで本当に良いりぶうとつあーになったんだなと思うと、微笑ましさしかない。
そして、私にとって大問題の「36.2℃」。この曲のイントロで嗚咽を始めた私。LVで私の近辺にいた人本当にごめんなさい。それまで静かたっだ奴が、急に泣き始めたらびっくりするよね。声出して泣いて震えてるし。本当に申し訳ない。ご迷惑おかけしました。うーん、この曲ほんと泣いちゃうんですよ。気持ちしかこもってない声明文は以前も発表したんですが、結局、この曲のこと考えちゃうんですよ。ぶっちゃけこのLVも36.2℃の供養のために行った感じが拭えない。2回目なら泣かないかな、と思ったけど自分でもドン引きするくらい号泣だった。私もこの2週間反芻して思ったのが、この曲が「選ばれなかった」世界線も含めた曲なんじゃないかなって感じたんですよね。相変わらず発想が突飛で申し訳ない。ミュ本丸では1キャラ1存在しか顕現しないみたいですけど、ゲームと同じシステムなら何振りも同じ刀が来てるはずですよね。坂龍でも冒頭同じ戦場に出陣してる描写があったので、そうなるとドロップとかもしてるんですよね。だったら、余計に顕現してる一振りとそうではないそれ以外の刀の違いってなんなんだろう。体温があること、鼓動があること、温もりを感じること、生き抜いたと感じること。それが結局顕現して存在すること、仲間たちと共にいた証であること、なのかなあとぼんやり考えているんですが。人間(審神者)でもそうですよね。「選ばれなかった」すなわち、特別ではなかったこと、社会の一員となって歯車となっていること、それでもこの感覚や温もり���、何より「ここに居たい」と思う気持ちこそが生きていることの証明なんだと、そう言ってるんじゃないかなって感じてしまって。伝える力が強くなるほど、本当に勝手に泣いちゃうんですよ。だからやめてほしい。自分でやっておいて本当に何言ってるんだって感じなんですけど。とにかく今はそう感じています。ひょっとしたら、これが何かの形でリリースされる頃にはまた別の解釈をしてるかもしれませんが。 そして、千穐楽終演後、発表されましたね。私は知らなかったのですが、コロナ禍で作られた曲だと聞いて、それを相まってグッと来ちゃいました。本当にこの頃から応援してくれてる先輩方、この時に応援してくれていた先人たちに感謝しかない。あなたたちの応援がなければ、私は刀ミュに出会えなかったかもしれない。
youtube
何よりも伝えたいのは、楽しそうでいいね!!ということと、MVももちろん素敵だけどつあーのアンコールはもっと素敵だったので、本当にりぶうとつあー多くの方に見ていただきたい、ということです。こんなにZeppが似合う2.5次元もないよ…。本当に私までバトンをつないでくれたいろんな人にありがとう。皆さんのおかげです。何よりキャスト、刀剣男士はもちろんですが、人間キャストの皆様、裏方で支えてくれるすべての人たちにありがとう。このコンテンツが少しでも長く続くように、私も誰かにバトンを渡してつないでいけたらいいな。
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各地句会報
花鳥誌��令和5年12月号

坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
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令和5年9月2日 零の会 坊城俊樹選 特選句
売られゆく親子達磨の秋思かな 三郎 初秋の六区へ向かふ荷風かな 佑天 浅草にもの食ふ匂ひして厄日 和子 秋の風六区をふけばあちやらかに 光子 蟬一つ堕つ混沌の日溜りに 昌文 中国語英語独逸語みな暑し 美紀 神谷バーにはバッカスとこほろぎと 順子
岡田順子選 特選句
ましら酒六区あたりで商はれ 久 レプリカのカレーライスの傾ぐ秋 緋路 鉄橋をごくゆつくりと赤とんぼ 小鳥 ぺらぺらの服をまとひて竜田姫 久 橋に立てば風に微量の秋の粒 緋路 秋江を並びてのぞく吾妻橋 久 提灯は秋暑に重く雷門 佑天 浅草の淡島さまへ菊灯し いづみ
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年9月2日 色鳥句会 坊城俊樹選 特選句
さざなみの落暉の中の帰燕かな 睦子 流木を手に引き潮の夏終る 同 無干渉装ふ子等や生身魂 久美子 秋暑し右も左も行き止まり 愛 秋の虹までのバス来る五号線 同 バスを降りれば露草の街青し 同 投げやりな吹かれやうなり秋風鈴 美穂 先頭の提灯は兄地蔵盆 睦子 なりたしや銀河の恋の渡守 たかし 指で拭くグラスの紅や月の秋 久美子 くちびるに桃の確かさ恋微動 朝子 法師蟬死にゆく人へ仏吐く たかし 息づきを深��白露の香を聞く かおり 燕帰るサファイアの瞳を運ぶため 愛
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年9月4日 花鳥さざれ会 坊城俊樹選 特選句
恐ろしき事をさらりと秋扇 雪 美しき古りし虹屋の秋扇 同 秋扇想ひ出重ね仕舞ひけり 千加江 秋扇静かに風を聞ゐてみる 同 鵙高音落暉の一乗谷の曼珠沙華 かづを 秋夕焼記憶に遠き戦の日 匠 補聴器にペン走る音聞く残暑 清女 夕闇の迫りし背戸の虫を聞く 笑 秋扇閉ぢて暫く想ふこと 泰俊 曼珠沙華情熱といふ花言葉 天空
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年9月6日 立待花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
片足を隣郷に入れて溝浚へ 世詩明 野分中近松像の小さかり ただし 吹く風の中にかすかに匂ふ秋 洋子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年9月7日 うづら三日の月花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
何事も暑さの業と髪洗ふ 由季子 染みしわの深くなり行く残暑かな 都 膝抱き色なき風にゆだねたり 同 秋の灯を手元に引きてパズル解く 同 のど元へ水流し込む残暑かな 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年9月9日 枡形句会 栗林圭魚選 特選句
枯蟷螂武士の貌して句碑に沿ふ 三無 籠に挿す秋海棠の朱の寂し 百合子 一山の樹木呑み込み葛咲けり 三無 風少し碑文���撫でて涼新た 百合子 守り継ぐ媼味見の梨を剥く 多美女 葛覆ふ風筋さへも閉ぢ込めて 百合子 かぶりつく梨の滴り落ちにけり 和代 秋雨の音の静かに句碑包む 秋尚 梨剥いて母看取り居ゐる弟と 百合子 たわわなる桐の実背ナに陽子墓所 三無
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年9月11日 なかみち句会 栗林圭魚選 特選句
登り来て峙つ霧を見渡せり エイ子 太鼓岩霧に包まれ夫と待ち のりこ 秋茄子の天麩羅旨し一周忌 エイ子 秋茄子の紺きっぱりと水弾き 三無 散歩道貰ふ秋茄子日の温み 怜 朝の日の磨き上げたる秋茄子 秋尚 山の端は未だ日の色や夕月夜 怜 砂浜に人声のあり夕月夜 和魚 四百段上る里宮霧晴るる 貴薫
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年9月11日 武生花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
星月夜庭石いまだ陽の温み 時江 サングラス危険な香り放ちけり 昭子 団子虫触れれば丸く菊日和 三四郎 羅の服に真珠の首飾り 世詩明 無花果や授乳の胸に安らぐ児 みす枝 蜩に戸を開け放つ厨窓 時江 秋立つやこおろぎ橋の下駄の音 ただし 曼珠沙華好きも嫌ひも女偏 みす枝 長き夜を会話の出来ぬ犬と居て 英美子 妹に母をとられて猫じやらし 昭子 長き夜や夫とは別の灯をともす 信子 蝗とり犇めく袋なだめつつ 昭子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年9月12日 さくら花鳥会 岡田順子選 特選句
鳳仙花見知らぬ人の住む生家 令子 秋の灯や活字を追ひし二十二時 裕子 露草の青靴下に散らしたる 紀子 父からの裾分け貰ふ芋の秋 裕子 かなかなや女人高野の深きより みえこ
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年9月12日 萩花鳥会
秋の旅ぶんぶく茶の茂林寺に 祐子 胡弓弾くおわら地唄の風の盆 健雄 大木の陰に潜むや秋の風 俊文 月今宵窓辺で人生思ひけり ゆかり 天に月地に花南瓜一ついろ 恒雄 月白や山頂二基のテレビ塔 美恵子
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令和5年9月12日 鳥取花鳥会 岡田順子選 特選句
蜩や五百羅漢の声明に 宇太郎 我が庭は露草の原湖の底 佐代子 水晶体濁りし吾に水澄める 美智子 手作りの数珠で拜む地蔵盆 すみ子 蝗追ふ戦終りし練兵場 同 病院を抜け出し父の鯊釣りに 栄子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年9月15日 さきたま花鳥句会
虫しぐれ東郷艦の砲弾碑 月惑 熱帯夜北斗の杓の宵涼み 八草 兵の斃れし丘や萩の月 裕章 夕刊の行間うめる残暑かな 紀花 校庭に声もどりをりカンナ燃ゆ 孝江 八十路にもやる事数多天高し ふゆ子 子供らの去り噴水の音もどる ふじ穂 杉襖霧襖越え修験道 とし江 耳底に浸みる二胡の音秋めけり 康子 敬老日いよよ糠漬け旨くなり 恵美子 重陽の花の迎へる夜話の客 みのり 新涼の風に目覚める日の出五時 彩香 鵙鳴けり先立ちし子の箸茶碗 良江
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令和5年9月17日 風月句会 坊城俊樹選 特選句
昼の星遺跡の森を抜けて来て 久子 曼珠沙華もの思ふ翳ありにけり 三無 いにしへの子らも吹かれし秋の風 軽象 明け六つの鯨音とよむ芒原 幸風 秋の蟬さらにはるけき声重ね 千種
栗林圭魚選 特選句
朝涼の白樫の森香の甘し 三無 莟まだ多きを高く藤袴 秋尚 艶艶と店先飾る笊の栗 れい 榛の木の根方に抱かれ曼珠沙華 久子 揉みし葉のはつかの香り秋涼し 秋尚 風に揺れなぞへ彩る女郎花 幸風 秋海棠群がるところ風の道 要 秋の蟬さらにはるけき声重ね 千種
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年9月20日 福井花鳥会 坊城俊樹選 特選句
江戸生れ浅草育ち柏翠忌 世詩明 神谷バーもつと聞きたし柏翠忌 令子 柏翠忌句会横目に女車夫 同 旅立たれはやも四年となる秋に 淳子 桐一葉大きく落ちて柏翠忌 笑子 虹屋へと秋潮うねる柏翠忌 同 言霊をマイクの前に柏翠忌 隆司 若き日のバイク姿の柏翠忌 同 一絵巻ひもとく如く柏翠忌 雪 柏翠忌旅に仰ぎし虹いくつ 同 柏翠忌虹物語り常しなへ 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年9月24日 月例句会 坊城俊樹選 特選句
秋天を統ぶ徳川の男松 昌文 秋の水濁して太る神の鯉 要 眼裏の兄の口元吾亦紅 昌文 秋冷の隅に影おく能楽堂 政江 群るるほど禁裏きはむる曼珠沙華 順子
岡田順子選 特選句
身のどこか疵を榠櫨の肥りゆく 昌文 カルメンのルージュみたいなカンナの緋 俊樹 口開けは青まはし勝つ相撲かな 佑天 光分け小鳥来る朝武道館 て津子 蓮の実の飛んで日の丸翩翻と 要
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年8月2日 立待花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
炎天下被るものなき墓の石 世詩明 夫恋ひの白扇簞笥に古り 清女 野ざらしの地蔵の頭蟬の殻 ただし 一瞬の大シャンデリア大花火 洋子 三階は風千両の涼しさよ 同 素粒子の飛び交ふ宇宙天の川 誠
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
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[ハロウィンの夕暮れ、ヒナイチは幼い頃に迷い込んだ森に再び足を踏み入れた。森を抜けて、薄紫色の夕暮れに咲くひまわり畑の遊園地でヒナイチは男の子に出会う。でもなんだか初対面とは思えなくて、彼女はつい遅い時間まで一緒に遊んでしまった]
という264死の数年後設定
※
「わあ、どうしたんだ急に?」
彼のひらひらの白い胸元のフリル、紅いベストの上で紫に煌めくアメジストのブローチ、くるぶしまで届く長い黒いマント。そのマントの裾が土埃で汚れるのも厭わずに跪く姿は、吸血鬼というよりもまるで王子様みたいだ。
「…………また会える?」
そっとヒナイチの目を覗き込んで薄く笑む黒の王子様の口元に、小さな牙が白く見え隠れする。
「ああ、良いぞ?」
この子はどうしてそんな簡単な事を、難しい宿題を解けない時みたいな顔して聞くのだろう。
彼が浮かべている笑みは、『やれやれ、これは到底叶わない』と初めから諦めてかかっている気がする。そんな事あるものか、明日の夕方にでも、学校帰りに会う約束をすれば良いだけじゃないか。待ち合わせ場所はどこがいいだろう。
(うん?この男の子は、この辺りの小学校に通っているのだろうか?)
おじいさんがこの子を喜ばす為だけにこんな、びっくり箱をひっくり返したみたいな大掛かりなハロウィンパーティーを開くくらいだから、きっと凄いお金持ちのおうちの子には違いない。そしてお金持ちの子ばかり通う、遠い学校に電車で通っているのかも知れない。そういう難しい学校に通う子はさらに塾なんかにも通って、物凄く難しい宿題が毎日たくさん出るのかも知れない。
もしほんとにそんな生活なら、すぐに遊ぶ約束をするのは難しいだろう。新しい友達とまた会えるか、不安になるのも仕方ないだろうけど。
「……ほんとうに?」
ヒナイチの答えを聞いた男の子は口の端の笑みをぎゅううっと大きく吊り上げて、それでもまだヒナイチの前から立ち上がりはしなかった。そして、今までより低めの静かな声で、ゆっくりと話し出した。
「…………ヒナイチくん、君にお願いがあります。」
それはもう真剣な、夏休み最後の日に友達に宿題を写させて欲しいと頼むような声だったので、ヒナイチも思わずお菓子の袋の上で居住まいを正した。
「……うん。」
男の子はかしずくように煉瓦の道に片膝をついて、黒いお城のシルエットを背に、真摯な眼差しで自分を見上げている。
(なんだろう、こういうのを、どこかで見たことがあるな)
ヒナイチはふわふわ広がる自分のチュールスカートに目を落とした。
「どうか私の……」
(あっそうだ、これはこの間テレビで見たディズニーの映画の、結婚の申し込みの場面に似ている)
映画の中では青空の下、お城を背景にした白いフロックコートの王子様が、金髪のお姫様にプロポーズをしていた。
それならハロ���ィンの今夜、オレンジ色のランプに浮かぶ黒いお城の城下町。私はお菓子の玉座に座る赤毛の魔女で、彼は青い顔の吸血鬼の王子様だ。
「城で……」
(……あっしまった、今、何と言っていた??)
空想に浸っていた所為で、ヒナイチは彼の台詞を聞き逃した。男の子は言葉を続けた。
「来月の、私の誕生パーティに出席して欲しいのだけど、いかがでしょうか?」
「誕生パーティ?……それは、ええっと。うーん、どうなんだろう?」
ヒナイチはぐるりと周りを見渡して、夜を煌々と照らす遊園地の景色を眺めてみた。
初対面の男の子のうちに、いきなり遊びに行ってしまっても良いのだろうか?礼儀正しくしないといけないと道場で言われているし、まずはお母さんに相談してみないといけない。
あっ!
遊ぶのに夢中ですっかり忘れていたが、ここは一体どこなのだろう!?
森を抜けて、薄紫色の夕暮れに咲くひまわり畑の遊園地で初めて会った男の子。でもなんだか初対面とは思えなくて、ついこんな遅い時間まで一緒に遊んでしまったけど。今何時なんだろう、兄さんはきっと心配している。
「…………もう帰らないと。」
「えっ!?」
ぽそりとこぼしたヒナイチの呟きに、男の子が素っ頓狂な声をあげた。ヒナイチがどきっとしてまた彼に目を戻すと、男の子はしょんぼりと耳を萎れさせて俯いていた。
「帰っちゃうんだね……招待客はみんな、暫くうちに滞在すると聞いていたんだけど、君は違うんだね……」
眉までもへの字型に項垂れた男の子に、ヒナイチはとても気の毒な気分になった。
「うわっ!な、泣かないでくれ!」
「……あっそうだ!お父様にお願いして、君の家まで送ってあげよう!」
パッと顔を上げた男の子の表情は早替わり、今度は泣き出しそうだった目を輝かせて、とびきり悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「お父様に乗せて貰えれば、おうちまでひとっ飛びで帰れるからね!」
「えっ!?乗せてとは車の事だろうか?それはご迷惑だろう、ありがたいが遠慮させて……」
お菓子袋から立ち上がりかけたヒナイチの肩を男の子は両手で押し戻して、小さな牙をちらっと光らせて笑った。
「ここで待ってて、お父様を呼んでくるから!」
言った瞬間、背を向けた小さな身体は思いがけず俊敏な動きで走り出した。そしてヒナイチが呼び止める間も無く、彼はきらきら廻るメリーゴーランドとティーカップの間をマントをたなびかせて走り抜け、夜の中にすっかり見えなくなってしまった。
……ううむ、出来れば家に電話をかけさせて欲しかったんだが、頼み損ねてしまった。しかし、あの男の子がお父さんに頼んでみてくれたところで、初対面の女の子を家に送ってくれだなんて聞いてもらえるはずがない。すぐ戻って来るだろうから、頼んで兄さんに電話をさせてもらおう。遊園地の所在地をはっきり教えてもらえれば、多分兄さんの方が車で迎えに来てくれる。
ヒナイチは袋の上に大人しく座って、男の子の帰りを待つことにした。
◉
「ヘロー、楽しんでる?」
しばらく待っていると、遥か頭上から太い声が落ちてきて、ヒナイチは肩越しに振り向いた。菓子袋の後ろにはいつの間にか、それはそれは高い背の、吸血鬼マントの外国人のおじいさんが立ってヒナイチを見下ろしていた。
「あっおじいさん!」
ヒナイチは腰掛けていたお菓子袋から降りて、おじいさんの前できちんと頭を下げて挨拶した。うんと見上げた男の人の後ろには既に夜の帳が下りて、ちらちら星が瞬いていた。
「もちろん楽しんでいる!こんな楽しい遊園地は初めてだ。自分のうちの、こんな近くに遊園地があったなんて、どうして知らなかったんだろう。」
お母さんもお父さんも兄さんも、誰もここを知らないんだろうか?今まで、学校の友達も道場でも、この遊園地の噂を誰かが話すのを聞いた事がない。
「ここ、今日出来上がったばっかり。」
このおじいさんの返答は、ヒナイチの想定外だった。
「え?そうなのか!?そうか、それなら誰も行ったことが無いのは当たり前だな!……だけど、こんな大きな遊園地なら、出来上がる前にちょっとくらい噂になっていてもおかしく無いのだが……?今日みたいな1番初めの日なんか、もっと沢山の人がいっぱい集まるのではないだろうか?どうしてこんなに遊びに来る人が少ないんだろう?どの乗り物も凄く面白いのに、並ばなくても何回もすぐに乗れるから不思議だ!」
ぐるりと遊園地を見渡して、ヒナイチは改めて広さと明るさ、その見た目も奇想天外なアトラクションに感嘆した。前にお母さんに連れられて行った新装開店のスーパーは広くて、あまりの人だかりに呑まれてうっかりお母さんの���を離してしまった。はぐれて店内をウロウロするうちに、店員から渡された開店記念の風船がペンギン顔のプリントだったのを、ヒナイチは決して忘れはしない。(その後気をうしなって倒れるまで叫んで走り続け、お店の人に迷惑をかけたから、お母さんに物凄く怒られたのだ)
「ここは、私の一族のハロウィンパーティー会場。今日の招待客は、一族の者だけ。」
片言気味の日本語でおじいさんが話す内容を、ヒナイチはゆっくり頭の中で噛み砕いた。
「うん?んん??それは、おじいさんの家族でこの遊園地を貸し切っているという事なのか?ハロウィンパーティーの為に!?」
な、なんて凄いお金持ちなんだ。園内ですれ違う大人が全員吸血鬼マントだったのは、親戚みんなでお揃いの衣装を着ていたからなんだな。
おじいさんは近くの観覧車から遠くジェットコースターと、順に指差していきながら話した。
「あれ全部、皆を喜ばせようと思って、急いで一日がかりで作った。」
おじいさんの示す遊具には“HAPPY HALLOWEEN”や
“TRICK OR TREAT” とか緑や紫に光る絵の具で描かれたノボリが垂れていたり、園内の至る所にカボチャのランタンやガイコツが吊り下がっていたから、その飾りつけに一日中かかったという意味なのだろう。
規模こそこじんまりした遊園地だが、たった一日でこれだけ華やかなパーティーの用意が出来るのは凄いと思う。
「作るのは面白かったろうな!」
「オブコース。みんな喜んで遊んでいた。あの子が大喜びではしゃぐのを見たお父さんなんか、お母さんが泣いて喜ぶと言って、写真を撮りながらえんえん泣いていた!」
ここ一番の真剣な声色のおじいさんの問いかけに、ヒナイチが屈託ない笑顔で応じると、おじいさんは目を瞑って静かにこくりこくり頷いた。
「グレイト。ところで、一人?」
「うん、あの子はお父さんを探すと言って、走って行った。そうだ、おじいさん……あの子に、今度開く誕生日パーティーに来ないかと誘われたんだが、私は行っても構わないのだろうか?」
おじいさんは、じっと私を見てから首を横に振った。
「ウーン、城に呼ぶには、まだチョット早い。」
「あっ、うん……!そ、それはそうだろう、初対面の子をおうちに呼ぶのは、流石に早すぎるな!」
ヒナイチは視線をずらして、どもりながら答えた。こんな質問をして、礼儀知らずと思われただろう。恥ずかしくて顔が火照る。でも男の子の家をちょっと見てみたかったのはヒミツにしておく。
「ええと、おじいさん。あの子はお父さんに、私をうちまで送ってくれるよう頼みに行ってくれたんだ。でも初対面の私を送ってくれるはずはないし、家族に迎えを頼みたいから電話をかけさせて貰えないだろうか。それから……。」
景品で当たった、とてつもなく馬鹿でかいお菓子袋をヒナイチは未練たっぷりに眺めた。
「残念だけど、うちの車にはこれだけの量のお菓子は載せられないから、少しだけ貰って残りは置いて帰らなければならない。申し訳ないのだがおじいさん、この袋はここに残していく……」
あまり洋菓子は得意でないヒナイチも、おせんべい派のうちではまず出てこない珍しいお菓子の味が気になった。ハロウィンカラーの派手な包紙の下には、どんなお菓子が隠されているのだろう。何よりあの子が作るのを手伝ったお菓子って、どれの事だろう。
ヒナイチはぱんぱんにはち切れたお菓子袋の口元にしゃがんで、緩んでいた紐を全部解いた。袋からお菓子がぽろぽろとこぼれるのを拾い、被っている魔女のとんがり帽子を脱いで、袋がわりに詰め始めた。しかし、楽しげな色のキャンディーや可愛いラッピングのマドレーヌなど、帽子に全部詰めるにはあまりに種類が豊富で、ヒナイチは大変な誘惑と戦うことになった。
「ううむ、どうしよう、どれも美味しそうで気になってしまう……うわっ何だこの変な形のクッキーは?ネコなのか?シマウマ?」
吸血鬼マントのおじいさんは暫くの間、帽子に入れたお菓子を袋に戻したりまた選り出したり悩み続けるヒナイチを見下ろしていた。やがて、彼はぽそりとたずねた。
「全部ほしくない?」
一つ一つお菓子を手にとって吟味を繰り返すヒナイチは、おじいさんが自分のぴったり真後ろに回ってきたのに気が付いていなかった。
「実を言えば欲しいけれど、うちの車には載せ切らないし、そうだ、考えたら他所の人にこんなにお菓子を貰ったらお母さんに怒られてしまう!あれっ?」
「ぜんぶ持って帰りなさい。私が送る。」
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好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ。
夜長姫と耳男 / 坂口 安吾
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・ シネマ歌舞伎「野田版 桜の森の満開の下」観た。 ・ とても普通な感想だが、笑いあり感動ありの「桜の森の満開の下」は観て良かった! 坂口安吾が大好きで高校生の頃に読んだ作品で、まさか「夜長姫と耳男」がコラボだなんて贅沢過ぎて鳥肌モノだった! ・ 話は変わるが、もうなんでもかんでも観てられない! 観た映画を大事にしたい!と思うから一所懸命に焦らず観たい映画を観ようと思った。 ・ #野田版桜の森の満開の下 #野田秀樹 #hidekinoda ・ #桜の森の満開の下 #intheforestundercherriesinfullbloom #夜長姫と耳男 #longnightprincessandearman #坂口安吾 #angosakaguchi ・ #中村勘九郎 #nakamurakankuro #市川染五郎 #ichikawasomegoro #中村七之助 #nakamurashichinosuke #市川猿弥 #ichikawaenya ・ #歌舞伎 #kabuki #シネマ歌舞伎 #cinemakabuki #映画 #movie #cinema #ビバムビ #instagood #instamovie #instapic #moviestagram (新宿ピカデリー) https://www.instagram.com/doggy0791yanarchy/p/Bwj8vBrAf3J/?utm_source=ig_tumblr_share&igshid=1b0x3h41x46i0
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彼はいつもかわいいと言う
「そう機嫌を悪くしないで。笑ってごらん」 「ほっといて」 勇利はつんとしてそっぽを向いた。ヴィクトルは口元をほころばせ、「俺の勇利が不機嫌でね」とまわりにいる関係者たちにおおげさに嘆いた。そんなこと宣伝しなくてもいいじゃない! 勇利はふくれてヴィクトルのそばを離れた。 「勇利」 「知らない」 ヴィクトルが悪いわけではないことはわかっている。でも、彼にならすこしくらい甘えてもよいだろう。あとでたっぷり慰めてもらおう、とこころぎめをしつつ、勇利はバンケットの会場内をうろついた。 この大会で、勇利は金メダルを獲った。そのときは最高の気分だった。ヴィクトルに「ねえ、これ見て」と何度も言った。「キスして」と言ったらメダルにも勇利にもキスしてくれた。ヴィクトルはうれしそうだった。頬を上気させて会見に応じる勇利を、誇らしげにみつめていた。勇利が「褒めて」という気持ちをこめてヴィクトルを見るたび、彼は勇利に詩的な賛辞をささやいた。 しかし、気分がよいのはそこまでだった。エキシビションで勇利はたいへんな失敗をした。いや──見ている者はそうは思わなかったかもしれない。喜ばしい歓声をたくさん聞いた。しかし、勇利はいやだったのだ。 勇利のエキシビションは「エロス」だった。このプログラムは人気が高く、もう見られないのは惜しい、という声が多かった。エキシビションでぜひしてもらいたい、と催促された。勇利も、ヴィクトルに初めてもらったプログラムということで思い入れがある。そんなに望まれているなら、とこの大会では「エロス」を演じることにした。以前に踊ったときよりもすばらしく仕上げる自信はあった。 けれど、だめだった。ジャンプがきまらないとか、ステップシークエンスがみだれるとか、そういうことではない。「エロス」に必要な妖艶さが出せていないと勇利は感じた。金メダルに浮かれて、誘惑的な気持ちになれなかったのだ。自分に腹が立って仕方がなかった。優勝の喜びもうすれてしまった。 「綺麗だったよ、勇利」 「うそばっかり」 「なんでそんなことを言う? きみはいつでもうつくしい」 「『あんな誘惑じゃ抱く気になれないなぁ、俺』とか思ってるくせに!」 すっかりつむじを曲げてしまった勇利を、ヴィクトルはおもしろそうに眺めていた。慰めてよ! と思うとまた腹が立った。ヴィクトルのばか。 ヴィクトルから離れてひとりになり、さらに自暴自棄に陥った勇利は、目についたものをどんどん口に入れていった。そばに寄ってきたピチットが、「勇利、いいの?」と笑った。 「いいの。ちょっと食べたくらいで太ったりしないんだから」 「荒れてるね」 「ああ下手なすべりをしたら荒れもするよ」 「よかったと思うけどなあ」 「あんな……学校通いの少女みたいな……小娘みたいな……おぼこい演技……」 「あはは、そうだよね。勇利もう処女じゃないもんね。ヴィクトルにいろいろ教えられたあとにあれだと思うと確かにちょっとつたないかな」 「ピチットくん!?」 「で、勇利、あっちはいいの?」 ピチットが視線で奥のテーブルを示した。ヴィクトルに、背の高い女性がさかんに話しかけているところだった。 「……なにあれ」 「美人だね。知り合いかな? うわ、見てよ。勇利、ほんとにいいの? あの媚びを売るような目つき。絶対誘ってるよ。もう明らかじゃない? わあ、胸をめちゃくちゃ強調してるよね」 勇利は頭に来た。ヴィクトルなに鼻の下伸ばしてるんだよ! ぼくがこんな精神状態だっていうのに……。 「品がないよ。ほかに��えられる魅力がないんじゃないの」 「勇利、言うね! もしかして何かスイッチ入ってる?」 「誘惑っていうのはどういうふうにやるものなのか教えてあげる」 「わー!」 ピチットが目を輝かせ、拍手をした。 「ねえ、写真に撮ってネットに上げていい?」 「ちょっとお手洗い」 勇利は手洗いに入り、水で髪を濡らして前髪をぐいと上げた。ああ、いらいらする。本当にもう……どうしてやろう……ヴィクトルのばか……こういうときはぼくのところにいてよ。離れずにそばにいてよ! ひどくない? ぼくのこと、愛してないのかしら……。 勇利は眼鏡を外すと上着のポケットにすべりこませ、会場に戻った。大股で歩き、すたすたとヴィクトルに近づいてゆく。ああ、もうだめ。腹が立って仕方ない。ぜんぜんエロスな気持ちになれないよ! 「ヴィクトル」 ヴィクトルが振り向いた。彼はほほえみ、「勇利」と答えたが、不思議そうな表情になった。 「髪、どうしたの? 眼鏡は……?」 「ぼくのことほったらかして何してるの?」 勇利はヴィクトルの肩に頬を寄せ、しなだれかかってとがめるようにみつめた。 「ぼくがいまひとりでいたくない気分だってことくらいわかってるよね……?」 「いなくなったのはきみだ」 「だからなに? 追いかけてきて寄り添うべきじゃないの? ヴィクトルってなんにもわかってない。本当に貴方世界一もてる男?」 ヴィクトルが苦笑を浮かべた。彼は勇利の髪とまなじりにくちづけし、「ごめんね」と優しく謝った。 「最愛の勇利。俺の気が利かないせいでいやな気持ちにさせちゃったね」 勇利はヴィクトルの背中をそっと撫で、その手を肩にのせた。甘えるように彼に頬をこすりつけながら、ヴィクトルの気を引こうとしていた女性に視線をやる。そして、口元にうすく微笑を漂わせた。 「こちらのかた……、どなた……?」 「うん?」 「何か大切な話の最中だったの? ごめんなさい」 「いいんだ。もう済んだから」 「そう? でも邪魔しちゃったんだね。もう行くよ。ぼくこそ気が利かなくてごめんね。どうぞごゆっくり」 勇利はおとがいを上げると、ヴィクトルから離れ、未練もなさそうに歩き出した。 「勇利」 ヴィクトルが追いかけてきて寄り添った。 「どこへ行く?」 「部屋に戻る」 「もう?」 「ヴィクトルは女の人と遊んでたら?」 「勇利、怒ったのかい? 話してただけだよ。向こうが一方的に」 「怒ってないよ。どうでもいいもの。でも、生徒の気持ちがみだれてるときにコーチが何もしないのってどうかと思うな」 「金メダルおめでとう」 「慰めになってない」 ヴィクトルがくすくす笑った。彼は勇利の手を取ると、恭しく指にくちづけし、「じゃあ行こうか」と紳士的にエスコートした。 「そんなにあのエキシビションが気に入らなかった?」 エレベータの中でヴィクトルが気遣った。 「ヴィクトルだってへたくそって思ったでしょ」 「それほどでもない。勇利がそんな気持ちになるのは、きみのすべてが向上している証拠だ」 「エロスな気持ちになれないの」 「さっきなってたじゃないか」 「なってない。あれもめちゃくちゃ。いまごろあの女の人は笑ってる」 「どうかな。悔しそうに勇利をにらみつけてたのに気づかなかった?」 「ヴィクトル、ぼくじゃなくてあの人を見てたの?」 「勇利を追うときたまたま目に入っただけだ」 「あとであの女の人には、『たまたま勇利が怒ってたから相手をしただけだ』って言うんでしょ」 「そんなわけないだろう?」 エレベータを降りる。勇利が足早に歩くのに、ヴィクトルは悠々とついてくる。脚が長いんだから、まったく! かっこいいなんて思ってあげない。ヴィクトルのばか。 「ああいうことはぼくにわからないようにやってよ」 「勇利、ひどいな。わからないならやってもいいような口ぶりだ。絶対にするなと怒ってもらいたいね。言っておくけど、さっきの女性は名前も思い出せないよ」 「知り合いなのに?」 「知り合いなのかどうかもわからない」 「開けて」 勇利は扉の前で立ち止まった。ヴィクトルはすみやかに開錠し、勇利をさきに部屋へ通した。 「勇利、疑ってるのか?」 「疑ってない」 「でも不機嫌なんだね」 「そうだよ」 ヴィクトルが後ろから勇利の上着を脱がせた。彼はポケットから眼鏡を出し、丁寧に机に置く。それから勇利の正装をじゅんぐりに解いていった。 「疲れちゃった」 「そうだろうね」 「あぁあ」 シャツと下着だけになってベッドに上がると、ヴィクトルもシャツとスラックスという姿になり、勇利の前に座ってにっこりした。 「俺が癒してあげよう」 「ほんとに……?」 「ああ。いとしい勇利。きみをいい気分にするのが俺の仕事だよ」 「じゃ、早くして」 「どんなふうに取り扱ってもらいたい?」 「…………」 勇利は手を差し伸べると、ヴィクトルにぎゅっと抱きつき、耳たぶに口をくっつけるようにしてささやいた。 「お姫様にして……」 「わかった」 「美女が上手くできなくてもお姫様にはなれるって言って」 「上手くできなかったなんてことはない」 「できてなかったの」 「そうだとしても俺は勇利に誘惑されてるし、陥落もしてる」 「信じられないな……」 勇利は疑わしげにヴィクトルをにらんだ。ヴィクトルは優しく笑って口のそばに接吻する。 「ぼくのこと、かわいいって言って」 「勇利は世界でいちばんかわいい」 「綺麗だって褒めて」 「きみほどうつくしいひとを見たことがない」 「愛してるって言って」 「勇利……、きみしか目に入らないよ。愛している」 「言って、って言わなくても言ってよ!」 ヴィクトルは笑い声を上げ、ベッドに勇利を押し倒した。 「勇利、『エロス』が上手くできなかったって本当かい? 俺にはそうは思えない。だって見ていて芯から興奮したんだ。あの演技のあと、俺が抱きたがっているのがわからなかったの? ああ、勇利は出来が悪かったとかなんとかいってつんけんしていたから、俺のことなんて目に入っていなかったんだろう。愛しているのはいつも俺のほうだ。でもいいよ。俺のこころは勇利のものなんだからね。どう扱おうときみの自由だ。俺を『たまたま視界に入ったから』という理由で慰め役に選んでもね。構わないよ。きみに俺の愛を捧げよう。ほら、わかるかい? こんなに俺はどきどきしている。さわってごらん。鼓動がはやいだろう? 俺がこれほどきみに夢中なのに、きみは女がどうこうと気にしたり、俺が『エロス』で誘惑されていなかったと心配したりしている余裕があるんだな。俺はそれどころじゃないよ。いつだって勇利の気持ちをひきつけるのに一生懸命さ……」 情熱的な愛の言葉をささやきながら、ヴィクトルが勇利のシャツのボタンをひとつひとつ外してゆく。勇利はうっとりして彼の美声に聞き惚れた。 「勇利、なんてかわいいんだ……きみは愛らしいしうつくしい。上品で綺麗だ。きよらかで崇高だ。純真で色っぽい。眼鏡を外してやってきたとき、どきっとしたよ。だって、よそのやつらの視線を集めてしまうからね」 「試合ではいつもああしてるじゃない……」 「試合のときは俺以外勇利に声をかけられない。バンケット会場ではそうじゃない。あまり俺をいじめないでくれ。いつ勇利を取られるかと気が気じゃないんだ。その澄んだ黒い目で物憂げにみつめられたらたまらない。誰だって恋に落ちるだろう。頼むから俺以外を見ないでくれ」 シャツがひらくと、ヴィクトルのてのひらが素肌にそっとふれた。まるで壊れ物を取り扱うみたいに丁寧な、おごそかとすらいえるしぐさだった。 「ヴィクトル……」 勇利はまぶたをほそめて熱っぽくささやいた。 「もっと言って……」 「俺の大事な大事なかわいい勇利。きみは俺がいつも余裕だと思っているようだから、俺がきみのことでどれだけ思い悩んでせつなくなっているか、想像もつかないだろうな。勇利はかっこいい俺が好きだから、勇利に嫌われたんじゃないかとか、どうやってそばにいてもらおうとか、ぐずぐずと落ちこんでいる俺を見たらきっとあきれてしまうだろう。だから俺はきみの前ではみっともないところを見せないようにと必死なんだよ。知ってたかい?」 「もっと言って」 「焦らさないでくれ。もうさわっていいだろう? 抱いていい? そうしたくてたまらないんだ。これ以上ふれたら怒るかい? まだ機嫌が直ってないのに『待て』もできない、と腹を立てる? おねがいだから俺に慈悲をかけてくれ」 「ヴィクトル……」 勇利はくすっと笑った。 「……もっと言って……」 「勇利」 ヴィクトルは額をこつんとくっつけ、いとおしそうにつぶやいた。 「……いまのはすべて本音だ。きみの機嫌を取るために言った戯れ言じゃない」 「さわっていいよ」 勇利はヴィクトルを抱き寄せた。 「気持ちは上向いた?」 「さあ……」 勇利のかかとがヴィクトルのふくらはぎを誘うようになぞる。 「終わったあとに訊いてみて」 これからエキシビションだというのに、勇利はたいへん不機嫌だった。このたびの大会では金メダルが獲れなかったからである。 「あそこであんなミスをしなかったらヴィクトルに勝てたんだ」 勇利はリンクサイドへ出てゆくためのほの暗い控えの場で低く言った。この試合は、前回とちがい、ヴィクトルも出場していた。 「それはどうかな」 ヴィクトルはくすくす笑って勇利の肩を抱き、すみのほうへ導いた。 「たったひとつのミスが命取りだったんだ。ヴィクトルもそう思うでしょう?」 「それはどうかな」 「じゃあヴィクトルは、あのミスがなくてもぼくが負けたと思うの?」 「コーチの俺はそう思わない」 ヴィクトルは可笑しそうにささやいた。 「でも、選手の俺はそう思う」 「���う知らない」 勇利はつんとそっぽを向いて拗ねた。 「そう気を悪くしないで」 ヴィクトルは駄々をこねるような勇利を後ろから抱き、ナショナルジャージのファスナーをゆっくりと下ろしていった。 「どちらにしても勇利はすばらしかったよ。すてきだった」 「メダルが獲れなければ意味がないんだよ」 「獲ったじゃないか。銀色だけどね」 「銀メダルじゃキスする気になれないんでしょ」 勇利は脱がされるままにジャージを脱ぎ、ヴィクトルに手首を引かれて彼のほうを向いた。 「どうしてぼくにミスしない方法を教えてくれなかったの? ヴィクトル、それでもぼくのコーチ?」 「そんな方法、あるのかい?」 「あるよ。ヴィクトルはミスをしないじゃない」 「とくにおまじないはないけどね。しいていうなら、勇利が見ていてくれたらミスは起こらない」 「ヴィクトルはぼくを見ていないってこと?」 「余計なことを言ったかな」 ヴィクトルは笑うのをこらえているようだ。 「ああ、なんであんなことしちゃったんだろ?」 勇利は嘆いた。 「ヴィクトル、あの瞬間、ぼくから目をそらしたんじゃないの?」 「見てたよ。証拠として説明しようか? 着氷の瞬間、勇利は……」 「あー、言わなくていい。言わなくていーい!」 勇利はヴィクトルに抱きついてかぶりを振った。ヴィクトルが楽しそうに笑いながら勇利を抱きしめる。 「わかってるよ! ミスをしたら負けなんだよ。ミスしなかったら、なんて意味のないことなんだ。言い訳なの! 全部わきまえてる。ミスしなかったら勝ってたかどうかなんてわからないし、そうだとしてもしたんだからぼくの負けなの! ミスをしない演技を本番で出せなかったんだから、それがぼくの実力なんだ」 ヴィクトルが勇利の髪を撫でている。勇利は「ぐちゃぐちゃになっちゃうじゃん、ヴィクトルのばか」とふくれつらになった。 「慎重にしてる」 「でもね、本当に、本当に悔しいんだから、ヴィクトルに甘えてもいいじゃない。理不尽なことを言って責めてもいいでしょ?」 「いけないなんて言ってないじゃないか」 「でも思ってる」 「思ってないさ。勇利にはいつも笑っていて欲しいし、満足のいく結果をあげたいけど、試合で何か気に入らないことがあると俺に八つ当たりしてくるのが、俺はたまらなく好きなんだ」 「ヴィクトルって被虐主義?」 「だってかわいいじゃないか」 リンクのほうから音楽が聞こえてくる。勇利の前の選手の演技は佳境に入ったようだ。 「道理に合わないことを言って俺に怒って、なんで、どうして、ヴィクトルなんとかしてよ、できないの、ヴィクトルのばか、って文句ばっかり言うの」 「……どこがかわいいの。ただのむかつくやつじゃん」 「かわいいよ」 ヴィクトルは勇利に顔を近づけた。 「このかわいさがわからないのか? 勇利は変わってるなあ」 「変わってるのはヴィクトルでしょ。ぼくは八つ当たりなんかされたくないよ」 「自分はされたくないのに俺にするんだね」 「怒った?」 「いや、最高にかわいい」 勇利は口をとがらせた。 「八つ当たりし甲斐のないひと!」 「もっとほかにないのかい? 滑走順が悪かったのはくじを引くときに俺が手を握ってなかったせいだとか、投げこまれるぬいぐるみにおむすびが少なかったのは、俺のときに投げるファンが多かったからそのせいで減ったんだとか」 「ばかにしてるでしょ?」 「してないよ」 「ヴィクトル、ぼくにわけのわからない文句言われて、いらいらしないの?」 「勇利は仔猫がじゃ��てくるのにいちいち腹を立てるのか?」 「もう、ほんとにヴィクトルってばか!」 勇利はヴィクトルの胸にぐいぐいと額を押しつけた。 「そんなふうに言われたら、ぼくがただのいやなやつじゃん!」 「いやなやつ?」 「かわいくないでしょ」 「うん? どれどれ」 ヴィクトルは勇利に顔を上げさせ、頬を撫でると、瞳をじっと見てほほえんだ。 「……うん、今日もかわいいよ」 「なんかぼくのほうがいらいらさせられてる!」 「そうかい? それは悪かったね」 「もぉお……!」 すぐに勇利の番だ。しかし落ち着けず、勇利はそわそわとその場で歩きまわった。ヴィクトルは落ち着き払ってそんな彼を眺めている。 「……ヴィクトルどうしよう」 「なんだい?」 「気分が最低なんだ。前の大会でもエキシビション上手くいかなかったのに、また失敗するような気がする」 「前も失敗はしていなかったけどね。大丈夫だよ」 「ヴィクトルは簡単でいいね。ぼくは貴方みたいに世界一のスケーターじゃないんだよ」 「俺が愛してるから大丈夫」 「今日も失敗したら『エロス』が苦手になりそうだよ」 「失敗しないさ」 「気軽に言って」 ああもう、と勇利は額に手を当てた。そろそろリンクサイドへ行かなければならない。 「ヴィクトル」 勇利はぴたりと立ち止まった。彼は「エロス」の衣装をひらりと手で払い、その手をみずからの頬に当ててヴィクトルをじっとみつめた。 「……ぼく、綺麗?」 「最高にうつくしいよ」 「興奮する?」 「ぞくぞくするね」 「抱きたいって思う?」 「いますぐホテルに連れて帰りたい」 「まだ誘惑してないのに」 「勇利はそこにいるだけでもう誘惑なんだ」 「ヴィクトル」 勇利はヴィクトルに近づいた。指先でヴィクトルの肩口をいじり、上目遣いで彼に情熱的な視線を送る。 「貴方は興奮してるみたいだけど、ぼく、ぜんぜんエロスな気持ちになれないの……」 勇利は口元に手をやり、甘えるようにくちびるをとがらせた。するとヴィクトルは目をほそめて笑い、勇利のほっそりとした腰を引き寄せて腕の中に閉じこめる。 「それはいけないね……」 「そういう気分にさせてくれる……?」 「…………」 「ヴィクトルはぼくのコーチだもの。できるよね……?」 ヴィクトルのくちびるが勇利のそれをふさぎ、それと同時に舌がすべりこんできた。勇利はヴィクトルにしがみつくようにして身体を寄せた。演技の直前まで、暗がりでふたりはくちづけを交わしていた。 「見てヴィクトル。ぼくのエキシビション最高だって。妖艶で蠱惑的だったって書いてあるよ」 「それはよかったね……」 ホテルに戻った勇利は、一生懸命に自分とヴィクトルの記事を検索し、それを詳細に読んではうれしそうにうなずいていた。 「ヴィクトルはヴィクトルの演目よりぼくのやつのほうがよかったと思う?」 「さあ、どうかな」 「ああ、でも思い出すと恥ずかしくなってきちゃったよ。ヴィクトル、演技前いっぱい八つ当たりしてごめんね。ヴィクトルってぼくになに言われてもいつも平気そうにしてるよね。前もそうだったし……、大人だよね。怒ったらぼくが精神を乱すかもしれないから我慢してるの?」 「いや、本当にかわいいとしか思わないから……」 「ヴィクトル、どうかしてるんじゃない?」 「そうだな」 ヴィクトルはバンケット帰りのスーツを脱ぎながらほほえんだ。 「きみにおかしくなってるから、どうかはしてるだろうな」 「……ばかみたい」 「なんだ、また機嫌が悪くなったのかい?」 「なってません。照れてるんです。そんなこともわからないなんて、ヴィクトルって本当に世界一もてる男?」 「照れる勇利もかわいい」 「ぼくならなんでもかわいいんだね」 「勇利は俺ならなんでもかっこいいだろ」 「ばか!」 「ちがう?」 「ちがいません!」 「かわいいね」 「ばかばか」 「勇利……」 ヴィクトルはベストを脱ぎ捨て、ネクタイをむしり取ると、ソファにいる勇利に近づいてきた。ヴィクトルがこんなに行儀の悪いことをするなんて珍しい、と勇利は目をまるくした。 「え? ちょっと、なに?」 「おいで」 ヴィクトルは勇利をかるがると抱え上げると、くるりと身体を反転させて振り返った。その勢いが強かったのと、突然のことで驚いたのとで、勇利はヴィクトルの首にしがみついた。 「今日はお姫様扱いしてなんて言ってないけど……」 「勇利、俺はきみにどうかしているし、エキシビションの前にきみをエロスな気分にさせた」 「う、うん……」 「そうしたら、俺もエロスな気分になるのはわかるよね?」 「うん……?」 「きみはどうだか知らないが、俺はあのあと、勇利の演技を見てさらに高揚したし、俺のところに戻ってきたきみはかわいいし、バンケットのあいだじゅうずっと我慢していたんだ」 「えぇ……?」 「前のバンケットのときに起こったことが今夜起こらなくてよかった。あれを今日やられていたら、俺は大変なことになるところだったよ。きっと不名誉な報道がなされただろう」 「ど、どういうことなの」 「おあずけを食らってずっと耐えていたということ」 ヴィクトルは勇利をベッドの上に下ろした。身体が弾んで慌てて手をつくと、ヴィクトルがすぐにのしかかってきた。 「ヴィ、ヴィクトル?」 「勇利、褒めてくれ」 「え?」 「俺、いい子だっただろう?」 勇利はぱちぱちと瞬いた。ヴィクトルが得意そうに勇利を見ている。勇利は笑い出し、ヴィクトルのことを抱き寄せてベッドの上にあおのいた。 「ヴィクトル、子どもだよね!」 「エロスな気分になったかい?」
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五人まわし
女郎買いふられて帰る果報者という川柳もありますように、あの廓《さと》へ足をいれてもてると身のためにならないと申します。むかしから、女郎買いをせっせとして、ごほうびをいただいたなんていう人はひとりもありません。足しげく通っているうちには、持っている金はなくなる、親からゆずりうけた財産がなくなる、家、土蔵《くら》がなくなる、他人の信用がなくなる、ただいまはそういうことはありませんが、むかしは瘡《かさ》をうけて鼻の障子がなくなるという。なくなるものばかりで、ふえるものは借金。なるほど、ふられて帰る者のほうが、果報かも知れません。しかし、どなたでも、あの廓へ足をいれたが最後、身のためになるから、どうにかしてふられてみたいなんていうかたはあまりないようで、たいがいはもてるりょうけんでおでかけになる。むかしから、もてんとすべからず、ふられずとすべしなぞといわれております。なるほど、もてようとしてでかけるより、ふられまいとしてでかけるにかぎるんだそうで……もてりゃああのくらいやすいものはありません。そのかわりふられると、あのくらいつまらないものはありません。 ところで、京都、大阪あたりの関西の遊廓では、その晩、登楼すれば、その女郎は、朝までほかの客はとらなかったのですが、東京では、まわしといって、ひとりの女が、いく人もの客の相手をしましたので、なじみの客が一晩にかちあうと、女がなかなかまわってきませんから、客のほうでは、売れのこった木魚みたように、ふとんの上にちょこなんと坐って、女のくるのを、いまか、いまかと待っているということになったもんで……
「あーあ弱ったなあ、今夜は、もののみごとにしょい投げを食った。全体ゆうべの夢見がよくなかったよ。債券にあたってありがてえとおもっていたら、うちのなかへ水雷艇《すいらいてい》がはいってきやあがったからねえ。どうかんがえてみても、水雷艇なんてえものは、陸《おか》にあがるもんじゃあねえからなあ。なんかわりいことがなけりゃあいいとおもっていたら、今夜はこのしまつだ。ちぇっ、いやになるなあ。今夜ここの楼《うち》でいくらか銭をつかうくらいなら、質屋から帯でもだしときゃあよかった。女郎買いにきてこんな里心《さとごころ》がでちゃあおしまいだねえ。おれの部屋はさびしいが、となりの部屋はまたやけにもててるなあ……ええ、おしずかにねがいますよ。となりには独身者が住居しておりますよ。しずかにしろ、こんちくしょうめ、さっきからだまって聞いてりゃあべちゃくちゃしゃべってばかりいやあがって、しずかにしろい!いま、腹を立ってるところだぞ。こっちはなにをするかわからねえや。ひさしく人間の刺身を食わねえぞ。いやだいやだ、たばこの火は消える、命に別条ないばかりてえんだ。かなわねえな、こうなると……こりゃあまた、障子だの、壁だのに、おそろしく落書をしたねえ。ふられたやつのしわざだよ。落書にいい手はねえてえが、まったくだ。えー、なんだと……『この楼《うち》は、牛と狐の泣き別れ、もうコンコン』だと、ちくしょうめ! ……こっちのはなんだって……東京駅から神戸までの急行列車のあがり高がみんなもらいてえだってやがら……いきなことを書くやつがあるもんだねえ。こういう人とつきあってみたいねえ。おたがいに長生きするよ。やあ、またそばへ書きたしたやつがあるな。ぼくも同感、ふざけちゃあいけねえや。のんきなやつもいたもんだ……どうにかして女のくるような思案をめぐらさなくっちゃあ……『火事だ、火事だ!』とさわぎだすか? しかし、女のきたところであとのおさまりがつかねえからねえ。『ちょいと、火事はどうしたの?』『じつはねぼけたんだ』なんてえのはいけねえな。廊下へでて、すっぱだかでころがっていようか? 人が多勢あつまってくるだろうな。『なにをしてるんです?』と聞かれたら、『どじょうの丸煮のかたちだ。駒形のどじょう屋で研究をした』なんてえのは、あんまり女っ惚《ぽ》れのする芸当じゃあないねえ。いまから帰るったって時間ははんちく(はんぱ)だし、そればかりじゃあねえ。宵勘《よいかん》てえんで、もう勘定は宵にとられちまったんだからなあ。まったく女郎買えのつけなんてえものはあとでみるもんじゃあねえや。金五十銭也、娼妓揚げ代。ちぇっ、ふざけちゃあいけねえ。なにが揚げ代金だ。あげるにもさげるにも、てんで手がかりがねえんじゃあねえか。それに、こうなってみると、この二度めのすしの代金だけはよけいだったねえ。こんなことになると知ってりゃあ、とりゃあしねえや。あんちくしょうめ、『ねえ、ちょいと、さびしいじゃあないか。代《かわ》り台《だい》(遊廓でとる料理を台のものといい、そのおかわりの意)でもおいれな』てえから、おれもいい間のふりをして(ちょい気どって)、『ああ、弥助(すし)でもいれな』なんて高慢なつらをしたんだが、とうとう七十五銭|玉《たま》なしだ。吉原《なか》で七十五銭の弥助とくると、いくつもねえんだからねえ。すしよりも笹っ葉のほうが多いんだからな。のりまきばかりうんとあって、たったひとつしかねえまぐろを女が食っちまやあがった。おらあ、のりまきを二本しきゃあ食わねえよ。どういうわけだろうね? おらあこの女郎買えにくると、のりまきよりほかに食えねえてえのは? ……一度はさかなを食ってみてえとおもうんだが、習慣たあおそろしいもんだ。ついのりまきのほうへ手がいっちまうんだから……おやおや、まだ嘆《なげ》いちゃあいけねえよ。運勢地に落ちないところがあるねえ。おもて階段《ばしご》を、トーン、トーン、トンときたよ。しめしめ、これだよ、情夫《まぶ》はひけすぎ(遊女が店にならぶ、いわゆる張り店からひきあげる。午前二時すぎ)てえのは……いちばんしめえにおれんところへおみこしをすえるてえやつだ。『ちょいとすまなかったね。おそくなっちまって……なにね、酔っぱらいのお客があったもんだからさ。ようやくいま寝かしつけてきたところだよ。今夜はよくきてくれたねえ』てなことを……おや、足音はどこへいっちまったんだい? そのまま立ち消えは心細いぜ。おやおや、こんどはまた階段《はしご》を足早にトントン、トントン、トントン……なんだ、むこうの部屋だ。廊下バタバタ、胸ドキドキ、いやんなっちまうなあ……三度めの正直というぜ。こんどは、上ぞうりをひきずりながらバタバタやってきたな。待���よ。こいつは、起きているてえやつも、いいようでわるいねえ。かんがえもんだよ。『あら、ちょいと、起きてたの?』『うん、待っていた』なんてえのは甚助《じんすけ》(やきもち)すぎるからなあ。といって、寝たふりをしていて、『あらちょいと、よく寝ているねえ。起こすのもかあいそうだから、ほかへまわしにいこう』なんていかれちゃった日にゃあ、とんだ川流れだからなあ。そればっかりじゃあねえ。友だちがそういったよ。『おめえは、人に寝顔をみせるな。おめえの寝顔をみると、たいていの者はおどろいて腰をぬかす』だって……ひどい寝顔なんだねえ。『じゃあ、起きてる顔はどうだい?』『起きてる顔は、なおよくねえ』『それじゃあ、おれは、どういう顔がいいんだい?』って聞いたら、『おめえは、死に顔がいちばんいい』だってやがら……ふざけちゃあいけねえ。死に顔なんぞよくったって、なんのたしにもなりゃあしねえや……むずかしいよ、こりゃあ、起きていていけず、寝ていていけねえんだからなあ。しかたがねえから、目をあいていびきをかいてやろう。だれがみたって、寝ているんだか、起きているんだか、さっぱりわからねえ。グー……グー……」 「へえ、こんばんは……」 「グー……おや、なんだい、若い衆かい。若い衆ならこんなことをするんじゃなかった。ええ、なんだ?」 「へい、お目ざめでござんすか?」 「なにを!」 「お目ざめでござんすか?」 「よくみろい。寝ている者が口をきくかい?」 「ええ、あなたさまは、目をあいていびきをかいていらっしゃいましたが……」 「なんだ?」 「へい、失礼ですが、おひとりさまで?」 「よくみろい。そばにだれも坐っていねえんだ。おひとりさまにきまってらい。それとも、てめえのうちには、お半分さまだの、四半分さまだのてえ人間がいるのかい? いるんならお目にかかろうじゃあねえか」 「どうもおさみしゅうございましたろうな?」 「おくやみにはおよばねえや。女郎屋のまわし部屋に、夜なかにひとりでぽつんと坐っているんだ。たいていおにぎやかじゃあねえや」 「まことにお気の毒さまで……あの妓《こ》さんなら、もうほどなくおまわりになります」 「��かっ、なにいってやんでえ。おらあな、大掃除して、検査のくるのを待ってるんじゃあねえぞ。ほどなくおまわりになりますてえやがる。ばかにしやがんない。おまわりもちんちんもあるもんか。犬とまちげえんな」 「おそれいりました」 「こう聞きな。こちとらは、なにも女郎|買《け》えにきて、そばに女がいねえからぐずぐずいうような、そんな野暮《やぼ》なおあにいさんじゃあねえんだ。女郎買えにきて、もてるのはいけねえんだ。なるたけあっさりしているのがいいんだがな、あっさりしすぎらあ。こう、てめえにいってもわからねえがな。このあいだの晩だ。おらあ、ここの楼《うち》へ初会《しよけえ》であがってやると、ぜひとも近えうちにきてくれと、たのまれたから今夜あがってやったんだ。ふるのもいいから、きれいにふれい。宵に一ぺんでもきてよ、『今夜いそがしくってまわりきれないから、このつぎにきたときにゆっくり埋めあわせをするから、今夜はがまんをしておくれ』とか、なにか気やすめの文句のひとこともいってくれりゃあ清く帰ってやらあ。三日月女郎を買って、宵にちらりとみたばかりてえのは聞いているが、皆既月蝕《かいきげつしよく》でどうなるんだい?」 「まことに相すみませんで……もうじきにおみえになります。しばらくご辛抱を……」 「なにいってやんでえ。女にそういってくれ。なまいきなまねをするもんじゃあねえってな。あの女のつらなんざあ客をふるつらじゃあねえや。廊下へでて、けつでもふれい。どうみたって売れる女じゃあねえ。大一座の初会でもなきゃあ売れ口のねえ女じゃあねえか。さあ、てめえじゃあはなしがわからねえ。もうすこし人間らしい若え衆をよこしてくれ」 「へえ?」 「まだ死亡届けをしてねえ、区役所へいけば戸籍のある人間をひっぱってこいてえんだい。わからねえかい? もっと人間らしいやつをよこしてくれ」 「へえ、わたしは人間らしくみえませんか?」 「あたりめえよ。てめえなんぞはできのいい猿じゃあねえか」 「こりゃあどうもおそれいりましたなあ。できのいい猿とはひどいなあ……ええ、おっしゃるところはごもっともでございますがな、吉原には吉原の法というものがございますが、ひけ過ぎになりますと、不寝番《ねずばん》のわれわれが、お客さまの仰《おお》せをなんなりとうけたまわりますのが、これがむかしからの廓《くるわ》の法、すなわち廓法《かくほう》でございましてな」 「なに! やい、ばか野郎、モモンガー、チンケイトー、脚気衝心《かつけしようしん》、発疹《はつしん》チフス、インフルエンザ、ペスト、コレラ、肺結核、糸っくず、バケツ、丸太んぼう、鱈《たら》のあたま、スカラベッチョ」 「スカラベッチョてえのはどういうことで?」 「なにをいやあがるんだい。かんべんならねえことをぬかしゃあがったな、うぬは……すなわち廓法だと……ふざけたことをいうない。てめえのつらなんざあ、すなわちてえつらじゃあねえや。すり鉢《ばち》づらが聞いてあきれらあ。すりこぎ野郎め。てめえたちに吉原の法なんぞを聞かされてひっこむような兄《にい》さんとは、おあにいさんのできがちょっとちがうんだ。オギャーと生まれりゃあ、三つのときから大門《おおもん》をまたいでいるんだ。そもそも吉原というもんのはじまりはな、元和《げんな》三年の三月に、庄司甚右衛門というお節介《せつけえ》野郎があって、淫売というものを廃するために、公儀へねがってでて、はじめて江戸に遊廓というものができたんだ。むかしからここにあったんじゃあねえぞ。むかしは、葺屋町《ふきやちよう》の二丁四面というものをお上《かみ》から拝領をして、葺屋町に廓《くるわ》があったればこそ、大門通りという古蹟がいまだにのこっているんだ。それを替地《かえち》を命ぜられたのがここだ。もとは一面の葭《よし》、茅《かや》しげった原だというので吉原といったのを、縁起商売だからてえんで吉原《きちげん》と書いて吉原《よしわら》と読ましたんだ。近くは明治五年十月|何日《いつか》には解放……切り放しというものがあって、それからのちは、女郎屋が貸し座敷と名がかわって、女郎が、でかせぎ娼妓《しようぎ》となったんだ。吉原中で大見世が何軒で、中見世が何軒、小見世が何軒あって、まとめれば何百何十何軒あるんだか、女郎の数が何千何百何十何人いるか、どこの楼《うち》にゃあどういう女がいて、年齢《とし》がいくつで、情夫《いろ》がいるとか、仲の町芸者が何人、横町芸者がどのくらい、たいこもちがいくたりいて、おでん屋が三十六軒あって、どこのつゆが甘《あめ》えとか辛《かれ》えとか、こんにゃくの切りかたが大きいか、小せえか、共同便所へいくたりへえって、小便をしたやつがあるか、くそをたれたやつが何人だか、ちゃんと心得てるおあにいさんだ。ふざけやがって……ぐずぐずいわねえで、やい、玉代《ぎよくだい》(遊女揚げ代金)けえせ! まごまごしやあがると、あたまから塩をつけてかじっちまうぞ、この野郎!」 「ごめんなさいまし。ただいまじきにおいらんがうかがいますから……勘定はすくねえが、いうこたあ多いや……ああおどろいた。たいへんな野郎があるんだねえ。あれじゃあとても女にゃあもてないよ。あたまから塩をつけてかじるってやがら……生梅《なまうめ》とまちげえていやあがるのはひどいねえ。あのおいらんときた日にゃあ、どこへいっちまったんだろうなあ……ええ喜瀬川さんえ、ええ喜瀬川さんえ……」 「おい、くわーっ、小使い、給仕」 「ひらけねえやつもあるもんだ。女郎屋の二階へきて、小使いだの、給仕だのってやつがあるもんか。こらってえのはいくらも出っ会《くわ》したが、くわーってえのはおだやかじゃあねえね……へいへい、ただいまうかがいます。へい、こんばんは、およびになりましたのはこちらさまで?」 「や、ずいとすすみなさい」 「へい」 「つらをあげろ」 「こんばんは」 「年齢《とし》は?」 「えへへ、もういけませんで……」 「だまれっ、人間、もういけませんという年齢があるか。何歳に相《あい》なる?」 「へえ、四十六歳になります」 「なに、四十六歳? かくすとためにならんぞ」 「かくしゃあしません」 「今日《こんにち》、男子たるべきものが、四十六歳にもなって、分別もつかず、客と娼妓《しようぎ》と同衾《どうきん》するのを媒介しておれば、貴様なにがおもしろいか? 貴様の両親じゃとてそうであろう。相当の教育もしたであろうが、貴様の怠惰薄弱心《たいだはくじやくしん》からして、今日では、かかる巷《ちまた》に賤業夫となって、耳に淫声を聞き、眼に醜態をみる。今日を、無念無想、空空寂寂《くうくうじやくじやく》と暮らしておる。ああ、いまさらになって、両親をうらむなよ」 「いえ、うらんだりいたしません……意見をされるのはおそれいったねえ……で、ご用をうけたまわりたいもんで……」 「もそっと前へすすみなさい。貴様も三度のめしを食いおって、打たれたらいたいという感覚のある人間なら、ものをみたら黒白が判然するじゃろう。貴様の目で、いかにわが輩の部屋が一目瞭然《いちもくりようぜん》たるぐらいのことはわかっておろう。みらるるごとく、四隣沈沈、閨中寂莫《けいちゆうせきばく》、人跡途絶《じんせきとだ》えて、闃《げき》として(しんとして)声なきはちと心ぼそい。わが輩の部屋にひきかえて、むこう座敷をみなさい。かの娼妓なるものの待遇によってからに、喜悦の眉《まゆ》をひらいて、胸襟《きようきん》をうちひらき、喋喋喃喃《ちようちようなんなん》(男女が仲良く語りあうさま)としておるは、げにや艶羨《えんせん》(ひどくうらやむこと)の極《きわ》みではないかい?」 「どうもおそれいりました」 「ここに二個の枕がならべてある。一個は、むろんわが輩が使用するにきまっちょるが、のこる一個は何人《なんぴと》が使用するのか? いかにわが輩|寝相《ねぞう》がわるいというても、まさか掛けがえの枕じゃあなかろう?」 「なに、そのひとつは、あの妓《こ》さんのです」 「さあ、あのお妓さんにも、このお妓さんにも、まだ娼妓ちゅうものは一回もまいらんじゃないか。よく常識をもって判断をしてみなさい。今日、男子たるべきものが登楼をする目的とするところは那辺《なへん》にあるか貴様、女郎買いの本分たるや、なにによるか?」 「へい」 「ここに受取書というものに、酒食の代とあるはいいが、冒頭《ぼうとう》にある金五十銭也、娼妓揚げ代ちゅう点にいたっては、ほとほと解釈に苦しむ。いわゆる有名無実のものといってよかろう。それとも当家の娼妓にかぎっては、お酒の相手は十分にいたしますが、閨房《けいぼう》中の相手をせぬちゅうことが民法にでてでもおるのか? ただちに玉代をかえせ、玉代を! まごまごするとダイナマイトを使用するぞ!」 「ごめんくださいまし……ああおどろいた。たいそうなやつがいるもんだねえ。ダイナマイトを使用するだってやがら……とてもあれじゃあ女にはもてねえよ……ええ喜瀬川さんえ、ちょいとお顔を……」 「廊下をかれこれとご通行になる君、ここへもお立ちよりをねがいとうおすな。オホホホホ、オホン……」 「おやおや、黄色い声をだしゃあがって、おもいやられるねえ。へいへい、ただいま、こんばんは。こちらでござんすか?」 「さあ、ずいとはいりたまえ。はいりたまえ。清めたまえ……あとをしめたまえ。あとしめ愛嬌守り神なぞはいかがでげす?」 「いや、おそれいります」 「当家ご繁昌、君あればこそでげす。まさに当家の親柱、大黒柱、うけたまわれば、かの隣室の野暮てんどもがとやかくいうのを、君が風に���とうけながしているぐあいは感心でげすな。さすがにや千軍万馬往来の猛者《もさ》だけのことがあるねえ。角がとれてまるいねえ尊公は……角がとれてまるいから、ちょうど到来物《とうらいもの》の角砂糖にひとしいねえ」 「あっ、さようで……」 「もそっと前へすすみたまえ。みうけたてまつるところ、尊公もオギャーと生まれて、すぐお女郎屋の若い衆さんでもありゃすまい? もとはずいぶんお道楽もあったにしたところが、このお女郎買いなるものがでげすな、ご酒《しゆ》をいただいている場合はともあれ、いざお引け、いわゆる閨中《けいちゆう》の場合となってから、そばに姫が侍《はべ》っているほうが愉快とおぼしめすか? はたまたご覧ぜられるがごとく何人《なんぴと》もおらんほうが愉快とおぼしめすか? 尊公のお胸に聞いてみたいねえ。おほほほ」 「どうもおそれいりました。なんとも申しわけがございません。あのお妓さんなら、もうほどなくおみえになります。しばらくご辛抱……」 「いえ、なにも姫のご来臨のないのをとやかくいうのじゃごわせんよ。傾城傾国《けいせいけいこく》に罪なし、通う賓客《まろうど》に罪ありとは、吉田の兼好《けんこう》もおつうひねりましたなあ。しかし、いまさら姫がご来臨になったところが、もはや鶏鳴暁《けいめいあかつき》を告ぐるころおい、いかんともせん術《すべ》がごわせん。玉代をかえしておくれでないかねえ。ついては、ちと尊公の背なかを拝借したい。そちらへおむけください」 「へい、どういうことになりましょう?」 「火ばしがまっ赤に焼けておりますから、これを尊公の背なかへジューッとあてがって、東京市の紋を書いてみたいよ」 「ごじょうだんおっしゃっちゃいけません。ただいまじきにうかがいますから……ひどいやつがあるもんだねえ……ええ、喜瀬川さんえ、喜瀬川さんえ……」 「おお、ちょいときてくんな、切りだし君、切りだし君、ちょいときてくれ」 「あれあれ、なんだい、切りだし君てえのは? ……ええ、切りだし君とおっしゃるのは、わたしのことでございますか?」 「てめえだ、てめえだ。てめえなんざあ、まだ妓夫《ぎゆう》(牛)の資格はねえや。妓夫(牛)のくずだから切りだし(こまぎれ)でたくさんだ」 「ひどいことを……妓夫のくずで切りだしとは……どうも、おそれいりまして……おや、どうなさいました? 夜具ふとんをすっかりたたんじまって、たたみをあげてしまいましたな。どうなさいました?」 「おう、ちょいとこっちへへえってくんな。なくなりものがあるんだ。どうみつけてもでてこねえんだ。ちょいとへえってさがしてみてくれ」 「へいへい。では、たたみのあいだへお銀貨でもおとしなさいましたか?」 「そうじゃあねえやい。おれが買った女がいなくなっちまったんだ。たたみをあげてもでてこねえんだ。おめえ、へえってきて、よくさがしてくんな。それでもでてこなけりゃあ玉代をけえしたほうが身のためだぜ」 「こりゃあわるいしゃれだなあ。もうじきにおいらんがまいりますから、しばらくご辛抱を……ああ、おどろいた。ちょいと類のねえまねをしやがるなあ。もっとも最初の切りだし君からおかしいとおもったよ。たたみをみんなあげちまやあがって、その上にあぐらをかいていばっていやがらあ。じょうだんじゃあねえ。おいらんはどこへとじこもっちまったんだろうな? ……喜瀬川さんえ、ちょいとお顔を……」 「あいー」 「どこでござんす?」 「ここだよ」 「あー、おいらん、あなた、すこしまわってやってくださいよ。お客がうるさくってしようがありませんよ」 「うるさくったって、あたしゃ、この人のそばをはなれるのがいやなんだもの」 「ねえ、杢兵衛大尽《もくべえだいじん》、あなた、おいらんをすこし、まわしにだしてやってくださいな」 「そりゃあ、おらあだって、商売《しようべえ》だから、ほかにもいったらよかっぺえと、こういったんだけどもねえ、喜瀬川はいかねえだ。おらあのそばをはなれるのがいやだってなあ……『そりゃあ、はあ、年期《ねん》があければ夫婦《ひいふ》になるだから、いまに、はあ、朝から晩までくっついていられるだ。だどんも、いまは苦界《くげん》の身だから、つれえけんども、まわしまわれっ』てえのに、まわりゃあがらねえでなあ。おっ惚《ぽ》れてるんだなあ、おらあに……それで、ほかの客は、なんちゅうとるかねえ?」 「へえ、玉代かえせってんで……」 「玉代けえせってか? ふーん、田舎《えなか》もんだねえ。おらなんざあ、こうみいても江戸《いど》っ子だあ……なんてまぬけなやつらだんべえ。そんなざまだから、女《あま》っ子に、もてねえだよ……で、ひとりけえ?」 「いえ、お四人《よつたり》で」 「どうも、あきれたもんだ。おいらん、どうするべえ?」 「玉代をかえして、帰ってもらっておくれよ」 「そうけえ。われがそういうなら、玉は、おらがだしてやるべえ……で、いくらだ?」 「えー、おひとりが一円ずつでございますから、みんなで四円で……」 「そいじゃあ、四両だしてやるだから、みんなに帰ってもらってくんろ」 「どうも相すみません。まことにおそれいります。では、ごゆっくり、えへへへ」 「さあ、これで、われも安心して、ここにいられるだぞ」 「だけどもねえ、もう一円はずみなさいよ」 「どうするだ?」 「わたしにくださいよ」 「なんで、われに一円だすだ? われとおらとの仲でねえか。われがものはおらのもの、おらのものはわれがものだんべえ?」 「けれどもさ、銭金《ぜにかね》ばかりは他人だというからさ。わたしにも一円くださいな」 「そうか。われがそれほどいうなら、さあ、一円やるべえ」 「これをもらえば、わたしのものだね?」 「ああ、やっちまえば、われのもんだ。そんなこと、聞くにゃあおよぶめえ?」 「それじゃあ、あらためて、これをおまえさんにあげる」 「あらためて、おらがもらってどうするだ?」 「後生《ごしよう》だから、お前《ま》はんも、これを持って帰っておくれ」
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Fantasy on Ice 2019 in MAKUHARI
2019.5.24.Fri-5.26.Sun
今年もFaOIの季節がやってきました。もう夏の風物詩というか、夏の季語というか、FaOIと共におれの夏が始まるみたいなところあるよね。実は今日はもう仙台の初日で、次が始まる前に幕張公演の備忘録をばということで仙台行きのバスの中でこれを書いています。
今年は前日のニュースで、羽生さんのコラボプロはToshIさんの「マスカレイド」という曲で、オペラ座の続編であることがご本人のインタで明かされました。今まで初披露前にプログラムが明かされることなんてなかったので驚いて、オペラ座?!?!しかも続編?!?!?!ということで更にひっくり返る程驚いたよね。しかも流れた練習映像がなかなか激しめな振付で…!!!発覚時のTLのお祭り騒ぎと言ったらもう…まあ勿論例に漏れずおれも大興奮だったんですけど…全く前情報なしで現地でオペラ座続編を浴びたかった気持ちと、いやネタバレなしでいきなりオペラ座続編なんて来たら衝撃が強すぎて記憶も何もかも消し飛ぶに違いないからワンクッション挟んでよかったという気持ちのせめぎ合い。そしてドキドキソワソワしながら迎えた幕張初日。
OPのダッ ダッ ダダン!を聴くとFaOIが始まる…!と条件反射でドキドキワクワクソワソワしちゃうよね。錚々たるメンバーの中で今年も最後に紹介される羽生さん、なんといきなり4T足上げ…!!!羽生さんが今年もFaOIで滑る姿を見ただけで��泣きそうなのに、もう4Tが跳べる状態まで回復してるのか…!と開始5分で既に号泣しそう。3日間ともやや堪え気味ではあるものの4T足上げキメてました…!歓声足りねーぞ!!!とばかりに耳に手を当ててオラオラ煽ってみたと思えば、余裕の笑みを浮かべて手をクイクイしてみたり、もう行く先々で会場中が大絶叫。そしてお衣装、白地に薔薇柄のトップスに黒の編み編みスケスケの羽織という、古き良きV系のような厨二感漂う感じで…† 透けっていいよね…
ここでゲストアーティストのToshlさんが登場。コラボOPはユーミンの「真夏の夜の夢」のカバー。男性が女性目線の曲を歌うのって色っぽいよね…そして羽生さん、ToshIさんの歌に合わせて兎に角クネックネしていらっしゃって…!キャッツアイを彷彿とさせるクネクネ具合、しかし今回はとても男性的で…!しかも回数重ねるごとにどんどんねっとり妖艶に…!興奮で思考回路がショート寸前…最終日は「さよなら ずっと忘れないわ」で指差しを正面で食らってしまい、脳天をライフルで撃ち抜かれた気分でした…それはもうワッッッルイ顔してたんですよ…「最後はもっと私を見て」で自分の胸をトントンしてるらしいんですが逆側だったので拝めませんでした、仙台で拝めるといいな…!そしてね、女子との絡みもあってね、羽生さん×アンナちゃんというおれ得すぎるコンビでお2人を組ませた方に五体投地したい気分でした…!しかも羽生さんがめちゃくちゃオラオラグイグイで…!多分初日が1番オラオラしてたと思うんですけど、アンナちゃんにちゅーする勢いで迫っていて…!もうおれはアンナちゃんにもなりたいし羽生さんにもなりたくてンア〜〜〜!ってなった結果お2人の下の氷になりたいという結論に落ち着きました。2日目3日目は照れているのかやや控えめになってたのも可愛かった…暗転した後お手手繋いでアンナちゃんにペコペコする羽生さんが羽生さんすぎてとても可愛い…そして最終日はフィニッシュでアンナちゃんを支え切れずグラついてしまい、あああ〜って恥ずかしそうに笑ってアンナちゃんとハグする羽生さんが可愛すぎたね…まだOPなのに既に1500字というヤバさ
そして「マスカレイド」ですが、あれは本当に「無理〜〜〜(号泣)」以外何も言えなくなります。羽生さんのプロの中で、未だかつてここまでゴリゴリに男性的なプロがあっただろうか。照明がついた瞬間阿鼻叫喚。黒×臙脂のアシメ衣装、右手赤・左手白(袖口と小指は黒切替)の左右色の違う手袋、燕尾服のようなお尻尾、左右長さの違う袖、ハイネック…まずお衣装が最高すぎる。オールバックまでは行かないもののカッチリめにセットされた髪も最高。そして兎に角激しい…!!!まるで激情が迸ってオペラ座を燃やし尽くしてしまう業火。ひとつひとつの動きのキレが物凄い、そして今年も生演奏なのに音ハメがエグい。ToshIさんの伸びのある張った高音も気持ちが良い。サビの♩マスカレ〜に合わせたハイドロとイナがキマりすぎててヤバい。そして、そして、手袋ビターンフィニッシュですよ…!!初日の、乱暴に脱いだ手袋を冷酷無慈悲に氷に叩きつける様を見せつけられたおれは、余りの興奮に過呼吸一歩手前で危うく意識が遠退くところでした。終演後語彙と情緒の死を迎えたおれは、フォロワさんと「無理」「ヤバイ」「しんだ」しか言うことが出来ず、その他はただただ呻いておりました。
そして2日目、この日はめちゃくちゃおいしいアリーナショートサイドだったのでマスカレイドさんに焼き尽くされる覚悟で臨んだ訳ですが、暗転している中リンク中央に向かってくる羽生さんのお衣装が、違う…?!アナウンスされたのは「CRYSTAL MEMORIES」ま さ か の 日 替 わ り …!!!しかも照明がついた瞬間目にしたのは、真っ白できらきらひらひらのお衣装に身を包んだ羽生さん…!!!マスカレイドの次の日に、こんな対極にあるようなゴリッゴリの中性プロを持ってくるとは…!!振り幅…!!温度差…!!しかもクリスタルがたっぷり付いてて、煌めき方が尋常ではない…眩しすぎる…手袋まで純白で…でも長めの袖口にかけてほんのり水色グラデになってて…ウエストは少し黒が差して…斜め後ろに春ちゃんみたいなひらひらのお尻尾もあって…これはクリスタルプリンセス…Y字バランスからのスパイラルが美しすぎて恍惚…ひとつひとつの動作がマスカレイドとは別人のような柔らかさ…そして所謂大サビでショートサイドで止まるところがあるんですけど、その時の羽生さんの笑顔が天使みたいできらきら眩しくて…しかも歌ってたの…そして振り返��て滑り出す羽生さんの背中を見て、バージンロードを歩いていく花嫁さんかと錯覚したよね…心からお幸せにと願ってしまった…レイバックスピンでフィニッシュなのも最高です…完全に浄化されて召されました…後々羽生さん談では「これは戦いの歌、最後は勝利の剣をマスターであるToshIさんに捧げている」という情報を見て、ファッ?!あの花嫁さんは、戦うお姫様だった…ッ?!と驚嘆したよね…確かに現地で見た時は余りにも清廉な花嫁衣装と賛美歌みのある曲想と天使のような表情にかなり印象が引っ張られてしまったけれど、録画を見たら所作や振付はシャープに研ぎ澄まされている部分も多くて、なるほどこれは気高きクリスタルの騎士…!と納得しました。ToshIさんの澄んだ高音も、クリスタルのような透明感と硬質だけど優しい冷たさを含んでいてとてもよい…
そして3日目は再び「マスカレイド」、いやだから温度差…!振り幅…!羽生さんは一体我々をどうしたいのか…!!2回目だったので初日よりも若干(本当に若干)落ち着いてディティールを見ることが出来ました。個人的にグッと来たポイントは、レイバックスピンを解いた後に両掌で顔を覆って撫で上げるところ…覆った掌の間から見えた表情が官能的すぎて…そしてこの日の手袋ビターンは身体ごと振り被って思い切り叩きつけてましたね…因みにおれは初日の直立状態から無慈悲にスパーン!と叩きつけるフィニッシュの方が好みですね…この日も無事焦土と化しました。
そしてフィナーレ、♩な〜ぜ〜に〜という歌い出しを聴いて真っ先に思い浮かんだのはダイナマイトボートレース。渡辺直美さんの顔がチラつく。お衣装は黒ベースで、白レースたっぷりの襟とお袖が付いているのが素晴らしい。イナの時にはためく裾から可愛いおへそとバキバキの腹筋を拝ませてもらいました、ありがとうございました。2日目3日目はその後ズサーも追加、3日目は手を氷に着けず上体を反らせててとても上品なズサーでした。
そして一芸大会で4Lzにトライ…!抜けと転倒がほとんどだったけど、2日目はオーバーターンが入るもきちんと着氷して、もう全おれが泣いた。2017年のN杯以来謂わばタブーのようになっていた4Lz、もうガンガントライ出来る段階まで来たんだなあと号泣。うっうっ…羽生さん、ステイヘルシーでがんばってね…応援してる…!!因みジャンプ跳びに行く前に、2日目はFaOITシャツのAタイプ、3日目はBタイプにお召し替えしていたのだけど、3日目は幕に捌け切る前にお衣装のファスナーを下ろしていて美しいお背中がチラ見えしていたのをおれは見逃さなかったぞ。今年も羽生さんのお声で「ありがとうございました」が聞けて、羽生さんに「ありがとうございました」が言えて、おれはなんて幸せ者なんだろうなあとしみじみ思う。そして最後は仮面を着けてから幕の中へと消えて行きました。
まだ幕張なのに、羽生さんに関してしか書いていないのに、兎に角記録を残そうと徒然なるままに書いていたら4000字に迫っていてビックリしています。気持ち悪い程長くてすみません。仙台、神戸、富山も行く予定なので出来るだけタイムリーに上げていけたらと思います。多分毎回めちゃくちゃ長いと思うので、暇潰しにでも読んで頂けたら嬉しいです。


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一日だけの世界一
怪力娘もの。6k文字程度。
「アームレスリング大会優勝おめでとうございます!」
「ありがとうございます!」
今回、作品の題材となったのは、一人の男である。筋骨隆々、腕周り足回りは常人の二倍も三倍もあり、首はラグビー選手のように太く、……などとは述べる必要は無かろう、姿形はアームレスリングの世界大会で優勝したことから想像して欲しい。
「いや~、圧巻の強さでした。念願の優勝を果たして今はどのようなお気持ちですか?」
「最高ですね! もっと謙虚なコメントを用意してたんですが、叶ってみるとやっぱり嬉しいです!」
「試合の初め、少し笑っていた気がしたんですが、その点については、……」
「それは何と言いますか、……始まった瞬間にちょっと手応えが無かったというか、拍子抜けしてしまったと言いますか、そんな感じですね」
「さすが、世界最強と謳われる○○選手ならではの言葉です。次なる目標などはありますでしょうか?」
「そうですね、このままディフェンディングチャンピオンとして居続けたいのが一つ。それともう一つ、……これは大会で優勝するよりも叶えたいことなんですが、私がまだ少年だった頃に、腕相撲で何度も何度も負かしてきたある人物が居まして、その人と勝負して勝ちたいですね」
「おぉ! ○○選手よりも強い人が昔に! でもその人も、今では強くなっているかもしれませんよ?」
「えぇ、きっと彼女はあの頃よりもずっと強くなっているでしょう。だからこそリベンジしたいです」
「え?! 女性ですか?! ――あっ! すみません、もう時間ですね。今日はありがとうございました! アームレスリング世界大会優勝の○○選手でした!」
――と、こんな感じのインタビューを、後日実際に見て、男は冷や汗をかいていた。世界大会で優勝するというのは昔からの夢であったし、そのために10年もトレーニングに励んできたのだから、舞い上がらない訳が無いのだけど、ちょっと口を滑らしすぎたかもしれない。インタビューの前半部は、まぁ恥ずかしいだけなのでいいとして、問題は次の目標を聞かれた時である。ここでディフェンディングチャンピオンとだけ答えれば良かったのだが、ひょっこり彼女の顔が浮かんで来て、彼女の「存在」をほのめかしてしまった。
男は少し身震いをした。インタビューで語ったことは本当である。かつて腕相撲をした結果は男の全敗、一度だって勝てたことはなく、また、その人物が女性であることも事実である。線の細い、昔から病気がちで、夏になれば四六時中床にダレて、冬になれば朝から晩まで毛布に包まっているような弱々しい女の子である。
それでも一度たりとも勝てたことは無い。思い出すのは、自分がどんなに力を入れても根の生えたように動かないか細い腕と、「も、もう少し力入れても大丈夫だよ?」とおずおずと尋ねてくる声と、「せめて指だけでも、……」という彼女なりの激励の声と、ゴリゴリと机の上に押しつぶされる激痛と、その後に必ずと言っていいほどある、身体がふわりと浮かび上がる感覚である。
「私がちょっと変なだけなんだから、そんな落ち込まなくても」
と、まぁ、こんなことを言いながら、「また勝てなかった」と項垂れる男の腹に手を回して、お姫様抱っこの要領でひょいと膝の上に乗せつつ、椅子に座って抱き上げてくる、……とはたぶん彼女なりの励まし方なのだが、奇しくもその時、男はラグビー選手のような体格の高校生、彼女というのはほっそりした女子小学生でしかなく、一体あの細腕のどこにあんな怪力が潜んでいるのか、昔から体格に恵まれた男が握るとぽっきりと折れてしまいそうなのに、腕相撲の回数にも負けず劣らず、何度も何度も面白半分でリフトアップ、――それこそお姫様抱っこをされたり、脇に手を入れてそのまま軽々と持ち上げられたり、筋トレをしているとバーベルごと引き上げられたり、……とにかく、一人暮らしを始める前は色々と体験したように思う。
で、そんな怪力を彼女は決して外に見せようとはしなかった。要は恥ずかしがり屋なのである。そもそも考えても見て欲しい。小学生のか細い女子が、骨太の、見るだけで威圧されてしまうような男を純粋な力でもって圧倒してしまう様子を。しかもこの男、高校生の時からアームレスリングの大会に出て、それなりの成績を残しているのである。
――例えばである。本物の相撲取りが小学生を相手に相撲を体験させているのがあるが、そんな中で、一人だけあっさりと土俵際に追い込んでしまえばどうなるか? またはジムで、必死な形相でトレーニングに励む男の横で、同じ重量を涼しい顔で上げてしまえばどうなるか?
彼女はそんなことから、この男以外にはその力を見せたことは無かった。もし、自身の怪力を誰かに見つかれば、それは一つ、世間を揺るがすことになるから。力加減だってちゃんと覚えたし、学校では徹底的に運動から遠ざかった。だってそうしないと、ボールを投げただけで分かってしまうから。
だけどそれが世に知れたとなれば、……
ああ、何事もなく自���の発言が忘れられますように。……
ピンポーン、……と、突然呼び鈴の音が部屋に響く。時は日をまたぐ一時間前。男は昼のインタビューのことを忘れかけてうとうととしていたせいか、びっくりして飛び起きたのだが、そんな時間に訪れる者など碌でもないと高をくくって、これを無視。
……しようとしたのだが、再びピンポーン、……と鳴る。
……と、同時にバキッ!とその呼び鈴以上の音が壁を伝って耳に入る。
「お兄ちゃーん? いるー?」
今度はこれである。まだ子供っぽさを残した「彼女」の声。記憶が正しければ今年高校2年生なのに、なんとも可愛らしい。
「いるじゃん」
「いるじゃんって、……そりゃ、電気ついてんだから居るだろ」
「にゃはは、そらそうだ。……それで、はい、これ。お母さんからの差し入れ。持って行けって言われて。で、これが私からの差し入れ。お兄ちゃん大好物の、クリームの、カスタードクリームの、ふわふわの、萩の月みたいなのの亜種みたいなのの、……とにかくそんな感じの!」
「おぉ、ありがとな。――あれ? そういえば、玄関に鍵かかってなかったか?」
「んぇ? 鍵? かかってなかったよ? 回したら回った」
「回したらって、……ああ! お前また、……」
たぶん今頃、反対側のドアノブはグシャグシャのメチャクチャになっていることだろう、……
それから男は彼女から受け取った差し入れをしまいしまいして、すっかり寝間着姿になった、案の定暑さにとろけている彼女の、「おらー、クーラーつけろー、愛しの妹が来てやったんだぞー」と眠そうに言うのを聞きながら、突然の来訪の経緯を聞いた。
「試合とインタビュー見たよ! おめでとうお兄ちゃん! ついに世界チャンピオンだね!」
「やっとだわ。夢が叶って気が抜けそうだけど、これからはチャンピオンの座を守らないとなぁ」
「うふふ、頑張ってね」
「おうよ」
と、男はホッとしかかったのだが、
「それでね、���たし、なーんかとーっても気になることがあるんだけど」
案の定逃げられないらしい。事実、もうすでに彼女は男の手を絡め取って、ぎゅうっと力を入れ始めている。
「世界チャンピオンになるお兄ちゃんを、腕相撲で何度も何度も負かした人ってだぁれ?」
「それはだな、……ちょっと口が滑ってだな、えとな、……」
男の口調がたどたどしいのは、もちろん痛い所を突かれて居るだけではない。世界でも屈指の握力を持つ彼ですら、顔を歪めなければならないほどの彼女の力、痛いなんてものじゃなく、腕の感覚がまるごと死ぬのである。
「うひひ。誰なんだろうねぇ、 〝おにいちゃん〟? ……にひひ、腕相撲で世界一なったんだってねぇ? ほんとうかなぁ? どれどれ、わたしが相手してあげよっか?」
と腕を振っているうちに、机に頬杖をついて「おいでおいで」をする。背の高さの割には長く細い指は、昔から怪力を隠すための癖で、軽く卵を握るように折りたたまれているけれども、それが却って艶かしく目に映ると人はみな言う。それにしても向かい合った顔立ちの美しさ、筋骨隆々な男の妹にしては随分しとやかで優美である。性格はそんな外見からは少々違和感を感じるほど楽しげで明るいけれども、それもまた却って人を惹きつけて離さないらしい。男が手を取ってからは、「早く始めなよ」と言わんばかりの笑みを浮かべているのだが、そんな彼女とは反対に、男の方はすでに必死な形相である。
「うん? おにいちゃん?」
「な、……ん、だ?」
「それ、ほんき?」
「う、うるせぇ、……」
余りにも圧倒的な力の差、これまで数多くの屈強な腕を簡単に捻ってきたアームレスリング世界一の男は、女子高生の細腕一本に軽々と受け止められている。事実は事実。気がつけば彼女の手を取る彼の腕は二本になっていた。が、それでも変わらず頬杖をつきがなら、笑みを浮かべながら、二倍も三倍も太い男の両手、両腕を受け止め続ける。
「おにいちゃーん、……全然強くなってないじゃーん、……」
「………」
無言で歯を食いしばり、両手でなんとかこらえようとするが、虚しく倒されて行き、ついには手の甲が机に触れる。
「早くもチャンピオンの座を明け渡すことになっちゃったね」
「ぐ、………」
自身の両腕を丸ごと倒された男は何も言わない。言えない。うめき声すら我慢しているのは、男としての最後の矜持であろうか、本来ならば泣き叫んでいるところだが、そこはさすが世界一の男である、しばらくそのまま彼女がわざわざ寂れたアパートまでやって来た経緯を聞かされるのであった。
「あー、お兄ちゃん今何時ー?」
「もう一時回ってるぞ」
「うえー、そんなに? 遊びすぎた」
腕相撲、もとい彼女の話はすぐに済んだのであるが、その後、項垂れる男をいつもやっていたようにヒョイッと抱き上げてからが、彼にとってはちょっとした地獄だったそうで、というのもいつもだったら、ひとしきり自分の膝の上でうっとりとした表情を浮かべつつ、慰めてあげるのであるが、この日は米俵を担ぐように、男の体を「よいしょ」と言う感じで肩に乗せ、そのまま歩き回ってスマホを取り、鏡の前に立ち、自分たち兄妹の謂わば「力関係」を写真に収め、
「上げていい?」
と聞くのである。結局それは未遂に終わったが、
「嘘だよ。上げないよ。でも、これはわたしとお兄ちゃんとの思い出!」
と言って、暴れ回る男を肩に担いだ細身の女子高生の写真は永久に残ることになってしまった。
「お前の布団出してやったんだから、早く寝ろよ」
男はすでに自身のベッドの上である。
「あ!」
「ん? どうした?」
「財布が、……」
と言ったのは、どうやら財布を蹴ったか何かして、ベッドの下に潜り込ませたかららしい。
「まったく、……ほら、取ってやるか――」
「よっと」
と、男が何かを言い終える前に、体を起こす前に、ベッドに指を一二本かけて、グッと持ち上げる。
「うおっ!」
「あったあった。良かった~、壊れて無くて、……って、お兄ちゃん、何しよっと?」
「せめて俺が降りてからにしてくれ、……」
「あれ? お兄ちゃん、お兄ちゃん」
「話を聞いてくれ、……」
「なぁに? これ?」
彼女が取り出したるは、鉄の棒の両端に、これまた鉄の円盤を取り付けた、いわゆるダンベルと言うものである。器用に片手で二本持ち上げているし、彼女自身、
「軽いね!」
と言うけれども、その世界でトップをもぎ取った男の所有物、一本は三十キロ、もう一本は四十キロのもの、……つまりは彼女の片手には今、合計で少なくとも七十キロはかかっているのである。
「お前は知らないだろうけど、それ全然軽くないからな? 置く時はそっとだぞ。床が抜けるからな。あと早くベッドを下ろしてくれ」
「はーい」
そのついでに電気も消して、布団の中へと潜り込んで、ようやく寝る段階に入ったらしいのであるが、男が何やらモゾモゾとうごめく音を聞いているうちに、
「んぅ、……」
と、そんな文句を言いたげな声が聞こえてきたかと思いきや、
「お兄ちゃん、知らない天井、怖い、……」
と言いつつ男のベッドに上がり、胸元に潜り込んできた。
「まったく、無理して来るから、……」
頭をなでてやると、きゅっと抱きついてすっかり落ち着く。
「だって、お兄ちゃんのせいなんだもん、……」
「悪かったって」
意外にも男のこの言葉以降、しばらく静寂が訪れた。人の言葉も、車の音も、鳥の音も、風の音も無い、静かな夜である。
「お兄ちゃん? まだ起きてる?」
「ああ」
「私たちの高校ってさ、図書室の前に金属のドアあるじゃん。ステンレスの、いや、知らへんけど」
「どこだ」
「階段の真横くらい。スライド式の。アレ」
「あー、……あれか。それがどうした?」
「この間ね、開けようとして掴んだら、取っ手のあたりに指がめり込んじゃって。もしかして見つかったらヤバい?」
「もしかしてじゃなくてヤバいわ。ちゃんと直したか?」
「ある程度は。でも、この間職員室前の防火扉も、同じことやっちゃって」
「まて、……あれ指がめり込むものじゃないだろ、……」
「でもめり込んじゃったんだもん。こう、……メリって。意外と柔らかかったよ?」
「柔らかくないから」
「でもでも、図書室の所のドアはペラッペラの紙みたいだったから、しかたなくない? お兄ちゃんでも出来るでしょ」
「出来ないから」
「あとこの間、友達とご飯食べてたら、フォークとスプーンが首の所で曲がっててね、焦っちゃった~」
「ちゃんと直したか?」
「うー、……たぶんバレてる。……手でこねる度に細くなっちゃって、……」
「それはダメだなぁ。でも何も言ってこないあたり、運がよかったな」
「えへへ、……それにしても、防火扉をやったときは先生たちめっちゃ騒いでたな~。友達もみんな写真撮ってて、なんか面白かった」
「じゃあ、バレてないんだな?」
「うん」
「まったく、お前が重量挙げか何かの大会に出たら、もっと暮らしも良くなったんだがな」
「でもわたしが出るのは卑怯になっちゃうもん。仕方ない仕方ない」
「そういうものなのか」
「そういうものなのですよ」
「あーあ、眠くなってきたなぁ。……明日は何する? 何かしたいことでもあるか?」
男は伸びをしながらそう聞いたが、返事が返ってくることは無かった。
「実咲?」
と名を呼んでみたが、がっしりと男に手を回して寝息を立てている。
「まったく、とんでもないやつだよ、お前は」
ついでに、
「骨が折れなきゃいいんだが、……」
と、これから一夜が明けるまでの心配事をつぶやいて、男も眠りについたのだが、結局、一晩中ベアハッグの苦しみを味わうことになり、起きたら起きたらで食器を片付けようとして割るので、仕方無しに雑貨を買いに行ったとのこと、男にとっては災難だったそうだけれども、彼女からしたらかなり楽しい思い出となったらしい。
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小さな喫茶店
https://www.youtube.com/watch?v=8mOu9kAgf0I
https://www.youtube.com/watch?v=has1KjbVeU0 “喫茶店”、KISATEN 一辭大約在五十多年前出現在台灣,發源地的
日本早於明治末期, 到了1920年代更成了一時風尚。為什麼稱做
“喫茶店”?在日本的抹茶風習裡面,往往使用了一個中國趙州禪師語錄
中的 “喫茶去” 字句以表風雅;猜想就這麼來的。
這另有一個名詞就是 “純喫茶”;這幾個字首先進入耳際,是來自正值
青春年華的表姊。日治時代 coffee shop 的流風遺韻,似乎已經日有
更新,也同時傳入了台灣。在日本早年,不提供酒類,而只有 咖啡、
茶,和一般飲料,雖然沒有酒類,卻有女侍作陪;這當然是搜尋
結果。大約就是等同台灣早年相當風行,燈光黑暗,剛進入伸手
不見五指,有女服務生坐枱的咖啡廳:南國佳麗、北國妖姬 - 這是
門口的招牌。
據個人在慘綠少年時代的 經驗 ,第一次進入 “純喫茶” 記得是在
中正路,現在的忠孝西路,上到所在的二樓,只見昏暗的燈光中,
一座座擺在茶几後面的雙人沙發,躺滿了對對交纏的海獅。記得
當時年紀小 https://www.youtube.com/watch?v=KZsLLOUglTo ,
未經世事,不明就裡,所以趕緊小跑步跑路下樓。現在想起來,這些
雌雄海獅們也都已經 80好幾了。
在 “純喫茶”、Kisaten,年輕男女交往、生意人談生意、黑道喬事 . . .;
早年有名稱取自法國作曲家 拉威爾 的名曲 BOLERO ,大稻埕
的 “波麗露”。提供當時不多的 hi-end 音響,讓客人聆賞古典音樂。
不過在日本這類付有餐點供應的稱做 Cafe。這裡也是當年我輩家長
介紹子女相親的重要地點。幾年前去過一次 波麗露。後代前來自我
介紹;老實說,整個店已經走樣,女二代目的談吐很不怎麼樣,甚至
顯得粗俗。一眼看去的顧客,看不到青春也聽不到文雅,更談不上
古典。
從第一代老闆所做整體的呈現來看,受過日本教育,台灣老輩仕紳
世代的教養、儀態,早已隨著時代洪流,一去不返,相當失望。 相同的樣態也發生在台中的 太陽堂。上成功嶺時所見的 太陽堂,
曾經是如此和風高檔,甚久之後的幾年前,在網路所見的報導,
已經是相當破敗。這和生意之如何無關,而是由 “整理、整頓”
而來的美好、浪漫已經失去;文化思維已經不同。
當兵剛退伍,同學在南京東路一段頭開了一家 “金咖啡”。應該是
第一家咖啡廳擺上 Grand Piano,有鋼琴演奏,風行一時。不久,
在對面又開了一家 “金琴”,這次的噱頭更不得了,整部鋼琴鍍金。
同學以 Benz 為座駕,有司機案內,真是志得意滿,意氣風發;
年紀大約也就二十三四。這位老兄為人四海,他的家是當時當紅的
電視影星聚居處。時而去湊熱鬧,有次碰到剛出道不久的 余天;
全身有毛,既不會毛茸茸,多如黑熊,也不會毛髮稀疏如同紅
毛猩猩,實在很帥。有次躺在小房間雙層床的上面,下看林松義與
剛出道的余天坐在下面聊天。林松義向余天說,不用急著出國 . . . .。
林松義當然是前輩,只是余天很帥前途不可限量,我想此兄搞不清楚
狀況,有點好笑。還有一次去他的金咖啡蹭流行,神采飛揚的同學
說,來,給你介紹我的女朋友:「 北一女畢業的」。真是癩蝦蟆
吃到天鵝肉,令人五味雜陳。
https://www.facebook.com/watch/?v=114370417213271
之後台灣的咖啡廳更有了現場表演,成了所謂的 “西餐廳”,與日本
之後發展出爵士、古典音樂、體育、歌聲 . . . . ,等等配合形形色色
嗜好、興趣不同顧客群,風格各異的 “喫茶店”。充滿著主人家個人
堅持的風格與情調氣氛的 KISATEN 所在多有,由文化底蘊所發展
出來的呈現,日本與台灣各自的走向全然不同。
明治維新 “文明開化” 之後的日本,進入 “喫茶店” have a cup of
coffee,喝杯咖啡還是一種時尚。摩登的感覺,聽下面這一首,曲風
充滿了過著喝咖啡文明生活的昭和時代的興奮與快樂: 一杯 の コーヒー から
作詞 藤浦洸 作曲 服部良一 昭和十四年 https://www.youtube.com/watch?v=nz-UNcT-W7E
1. 一杯のコーヒーから 夢の花咲く こともある
街のテラスの 夕暮に
二人の胸の 灯火が チラリホラリと 点きました
• 就一杯咖啡 夢的花開了 黃昏街旁的雅座 俩人心中花開朵朵
2. 一杯のコーヒーから モカの姫君 ジャバ娘
唄は南の セレナーデ
貴方と二人 朗らかに 肩を並べて 唄いましょ
• 就一杯咖啡 摩卡公主 多話女郎
歌曲是南方小夜曲 與妳兩人並肩爽朗歌唱
3. 一杯のコーヒーから 夢は仄かに 薫ります
赤い模様の アラベスク
あそこの窓の カーテンが ゆらりゆらりと 揺れてます
• 就一杯咖啡 微微的夢香 那紅圖案裝飾的 窗簾輕輕搖動
4. 一杯のコーヒーから 小鳥囀ずる 春も来る
今宵二人の ほろ苦さ
角砂糖二つ 入れましょか 月の出ぬ間に 冷えぬ間に
• 就一杯咖啡 小鳥啾啾 春來到
今夜俩人的哀愁 放兩顆方糖吧 月出前 未冷間
“喫茶店” 其實也就是 Coffee Shop,有走法國風的就稱做 Café:
C'est Si Bon(It's so good) https://www.youtube.com/watch?v=7y9hIjH_7do
https://www.azlyrics.com/lyrics/deanmartin/cestsibon.html
在���後的昭和時代,隨著經濟的成長,上 コーヒーショップ 成了
人們生活不可或缺的一環,同時也有了幾首以 “喫茶店” 為主題的歌曲
膾炙人口。這一首 “喫茶店の片隅で” 描寫了青年男女談戀愛的情狀。
曲調清純、端正如同論說文,比較像是文部省頒定曲。來自歌詞的
回憶,表現出浪漫的氛圍,也透露著與情人分手後淡淡的傷感,深為
人們喜歡,傳唱。 下面播出兩首以 “喫茶店” 為主題的歌曲,個人都非常喜歡: 喫茶店の片隅で https://www.youtube.com/watch?v=EUDNTd1wjRo&t=2s
作詞:矢野亮
作曲:中野忠晴
金合歡街樹的黃昏
喫茶店燈光昏暗
我倆經常相逢的日子
小小的紅色椅子兩張
摩卡香氣 漂溢
靜靜對坐的兩人
聆賞著蕭邦夜曲
流瀉的鋼琴音符
忽急忽徐
不知覺間 夢遠了
難忘昔日情誼
獨自來到 喫茶店
散落窗邊的 紅玫瑰
遙遠過去的懷念
心中深深感觸 呼喚今宵
“ 靜靜對坐”, 理論上氣氛營造的責任應該是在男士。無論是拙於
言辭,詞不達意,或者神遊十三天外,再怎麼說女士平時如何
聒噪,也有必需的淑靜要守,更何況如果是位初嘗年輕男女交往
滋味的黃花大閨女ㄦ,保持羞於啟齒,就是一種最佳的狀態與
表現。如果其實是老於江湖,往往就在這靜默的時分,端詳、
審視對坐這位稚嫩小男生,盤算著接下來要如何宰制、盤剝這頭
難以釋手的小羔羊。
依詞意來看,這位女士正典就是一朵閉月羞花,男士更是個蕭邦迷,
天生應是一對,可惜心中這一點無法言傳的甜蜜,就在一點絲微的
誤會,或者什麼陰錯陽差,終至分手收場。
すき 喜歡 https://iseilio-blog.tumblr.com/post/716133306776911872
有好事之旁觀者,默默好奇,守著觀察,期盼或許男方忽而出現,
演出一場心有靈犀的巧遇,終至喜劇收場。真要這麼說來,這首
論說文式的浪漫歌曲將大形失色。就讓劇情維持無頭無尾,在
主人公默默的心中訴說之間,主客共享這份幽微的情感與遺憾。
日文歌詞練習:
アカシア並木 (なみき) の 黄昏(たそがれ)は
淡い灯 (ひ) がつく 喫茶店
いつも貴方(あなた)と 逢 (あ)った日の
小さな赤い 椅子(いす)二つ
モカの香 (かお)りが にじんでた
ふたりだまって 向き合って
聞いたショパンの ノクターン
洩(も)れるピアノの 音(ね)につれて
つんではくずし またつんだ
夢はいずこに 消えたやら
遠いあの日が 忘られず
ひとり来てみた 喫茶店
散った窓べの 紅(べに)バラが
はるかに過ぎた 想(おも)い出を
胸にしみじみ 呼ぶ今宵 (こよい)
這一首曲風輕快,可惜影片過於久遠,影像模糊,鑑賞功力全憑
個人才華。
https://www.youtube.com/watch?v=lhFfVuHkqx8 小さな喫茶店
拘謹有禮而古板的日本人,有其浪漫與夢幻的一面。 https://www.youtube.com/watch?v=fhY0-r_2yvQ 日本有 繩文人和 彌生人兩種,以個人看法, 彌生人 的 面孔比較肉餅。這位仁兄人稱: ハムバ-グ 、 漢堡。
拘謹有禮而古板的日本人,有其浪漫與夢幻的一面。 https://www.youtube.com/watch?v=voN9-0oeUho 神情與年齡雖然無法對焦,還是可愛,還是唱得不錯、拍拍手。 • 可愛い!お一人ですか?嗚呼 --
作詞:E.Neubach
訳詞:瀬沼喜久雄 作曲:F.Raymond 已經是去年
星光綺麗的夜晚
想起我倆散步的小徑
懷念
過去浮上了心頭
走著走著
不覺煩惱了起來
那是初春的事
進入喫茶店內的我倆
面前擺著茶與蛋糕
一言不語
旁邊收音機甜美的歌聲
輕柔的唱著
就只靜默的我倆
相對而坐嗎
進入喫茶店內的我倆
面前擺著茶與蛋糕
一言不語
旁邊收音機甜美的歌聲
輕柔的唱著
就只靜默的我倆
相對而坐嗎
日文歌詞練習:
それは去年のことだった
星の綺麗な宵だった
二人で歩いた思い出の小径だよ
なつかしい
あの過ぎた日の事が浮かぶよ
此の路を歩くとき
何かしら悩ましくなる
春さきの宵だったが
小さな喫茶店にはいった時も二人は
お茶とお菓子を前にして
ひと言もしゃべらぬ
そばでラジオがあまい歌を
やさしくうたってたが
二人はただだまって
むきあっていたっけね
小さな喫茶店にはいった時も二人は
お茶とお菓子を前にして
ひと言もしゃべらぬ
そばでラジオがあまい歌を
やさしく歌ってたが
二人はただだまって
むきあっていたっけね
台灣人固然騷包,對 “喝咖啡” 這類成了次文化的風尚,情趣其實
不多,個人則還是比較喜歡牢騷滿腹,罵人不帶髒字的政治論說,
卻是往往一知半解,過於充斥還是不好。這日發現弄些歌曲、歌詞,
好好說他一說倒是一個方向;這且擱下筆,稍後再敘。
BONUS
二戰前世代的日本人其實比較嚮往浪漫的法國 https://www.youtube.com/watch?v=UR2Kj1omGAg
枯葉 岸洋子 https://www.youtube.com/watch?v=El6kzOS0TKg
すみれの花咲くころ https://www.youtube.com/watch?v=6VbSufpdUp8
專人桌烤"A5和牛八吃" & 鎮店30年"黃金羊肉爐" https://www.youtube.com/watch?v=w1S1llWbCgM
2018 舊文
厄立特里亚 https://www.youtube.com/results?search_query=Eritrea
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乃々香の部屋に入ったのは、別に昨日も来たので久しぶりでも何でも無いが、これほどまでに心臓を打ち震わせながら入ったのは初めてだろう。今の時刻は午後一時、土曜も部活だからと言って朝早く家を出ていった妹が帰ってくるまであと三時間弱、…………だが、それだけあれば十分である。それだけあれば、おおよそこの部屋にある乃々香の、乃々香の、-------妹の、匂いが染み込んだ毛布、掛け布団、シーツ、枕、椅子、帽子、制服------あゝ、昨晩着ていた寝間着まで、…………全部全部、気の済むまで嗅ぐことができる。
だがまずは、この部屋にほんのり漂う甘い匂いである、もう部屋に入ってきたときから気になって仕方がない。我慢できなくて、すうっ……、と深呼吸をしてみると鼻孔の隅から隅まで、肺の隅から隅まで乃々香の匂いが染み込んでくる。-------これだ。この匂いだ。この包み込んでくるような、ふわりと広がりのあるにおい、これに俺は惹かれたと思ったら、すぐさま彼女の虜となり、木偶の坊となっていた。いつからだったか、乃々香がこの甘い香りを漂わせていることに気がついた俺は、妹のくせに生意気な、とは思いつつも、彼女もそういうお年頃だし、気に入った男子でも出来て気にしだしたのだろう、と思っていたのだった。が、もうだめだった。あの匂いを嗅いでいると、隣りにいる乃々香がただの妹ではなく、一人の女性に見えてしまう。彼女の匂いは、麻薬である。ひとたび鼻に入れるともう最後、彼女に囚われ永遠に求め続けることになる。だからもう、いつしか実の妹の匂いを嗅ぎたいがゆえに、言うことをはいはい聞き入れる人形と成り果ててしまっていた。彼女に嫌われてしまうと、もうあの匂いを嗅げないと思ったから。だが、必死で我慢した。我慢して我慢して我慢して、あの豊かな胸に飛び込むのをためらい続けた。妹の首筋、腰、脇の下、膝裏、足首、へそ、爪、耳、乳房の裏、うなじ、つむじ、…………それらの匂いを嗅ごうと、夜中に彼女の部屋に忍び込むのを、自分で自分の骨を折るまでして我慢した。それなのに彼女は毎日毎日、あの匂いを纏わせながらこちらへグイッと近づいてくる。どころか、俺がソファに座っていたり、こたつに入っていると、そうするのが当然と言わんばかりにピトッと横に引っ付いてくる。引っ付いてきて兄である俺をまるで弟かのように、抱き寄せ、膝に載せ、頭を撫で、後ろから包み込み、匂いでとろけていく俺をくすくすと笑ってから、顎を俺の頭の上に乗せてくる。もう最近の彼女のスキンシップは異常だ。家の中だけではなく、外でも手を繋ごう、手を繋ごうとうるさく言ってきて、…………いや声には出していないのだが、わざわざこちらの側に寄って来てはそっと手を取ろうとする。この前の家族旅行でも、両親に見られない範囲ではあるけれども、俺の手は常に、あの色の抜けたように綺麗な、でも大きく少しゴツゴツとした乃々香の手に包まれていた。
……………本当に包まれていた。何せ彼女の方がだいぶ手が大きいのだ。中学生の妹の方が手が大きいなんて、兄なのに情けなさすぎるが、事実は事実である、指と指を編むようにする恋人つなぎすらされない。一度悔しくって悔しくって比べてみたことがあるけれども、結果はどの指も彼女の指の中腹あたりにしか届いておらず、一体どうしたの? と不思議そうな顔で見下されるだけだった。キョトンと、目を白黒させて、顔を下に向けて、………………そう、乃々香は俺を見下ろしてくる。妹なのに、妹のくせに、小学生の頃に身長が並んだかと思ったら、中学二年生となった今ではもう十、十五センチは高い位置から見下ろしてくる。誓って言うが、俺も一応は男性の平均身長程度の背はあるから、決して低くはない。なのに、乃々香はふとしたきっかけで兄と向き合うことがあれば、こちらの目を真っ直ぐ見下ろしてきて、くすくすとこそばゆい笑みを見せ、頬を赤く染め上げ、愛おしそうにあの大きな手で頭を撫でてきて、…………俺は本当に彼女の「兄」なのか? 姉というものは良くわからないから知らないが、居たとしたらきっと、可愛い弟を見る時はああいう慈しみに富んだ目をするに違いない。あの目は兄に向けて良いものではない。が、現に彼女は俺を見下ろしてくる、あの目で見下ろしてくる、まるで弟の頭を撫でるかのように優しくあの肉厚な手を髪の毛に沿って流し、俺がその豊かすぎる胸元から漂ってくるにおいに思考を奪われているうちに、母親が子供にするように額へとキスをしてくる。彼女には俺のことが事実上の弟のように見えているのかもしれない。じたい、俺と妹が手を繋いでいる様子は傍から見れば、お淑やかで品の良い姉に、根暗で僻み癖のある弟が手を引かれているような、そんな風に見えていることだろう。
やはり、乃々香はたまらない。我慢に次ぐ我慢に、もう一つ我慢を重ねていたいたけれども、もう限界である。今日は、彼女が部活で居なければ、いつも家に居る母親も父親とともに出かけてしまって夜まで帰ってこない。ならばやることは一つである。大丈夫だ、彼女の持っている物の匂いをちょっと嗅ぐだけであって、決して部屋を滅茶苦茶にしようとは思っていない。それに、そんな長々と居座るつもりもない。大丈夫だ。彼女は異様にこまめだけど、ちゃんともとに戻せばバレることもなかろう。きっと、大丈夫だ。……………
肺の中の空気という空気を乃々香のにおいでいっぱいにした後は、彼女が今朝の七時頃まで寝ていた布団を少しだけめくってみる。女の子らしい赤色のふわふわとした布団の下には、なぜかそれと全く合わない青色の木の模様が入った毛布が出てきたが、確かこれは俺が昔、…………と言ってもつい半年前まで使っていた毛布で、こんなところにあったのか。ところどころほつれたり、青色が薄くなって白い筋が現れていたり、もう結構ボロボロである。だがそんな毛布でも布団をめくった途端に、先程まで彼女が寝ていたのかと錯覚するほど良い匂いを、あちらこちらに放つのである。あゝ、たまらぬ。日のいい匂いに混じって、ふわふわとした乃々香の匂いが俺を包んでいる。…………だが、まだ空に漂っているにおいだけだ。それだけでも至福の多幸感に身がよじれそうなのに、この顔をその毛布に埋めたらどんなことになるのであろう。
背中をゾクゾクとさせながら、さらにもう少しだけ毛布をめくると、さらに乃々香の匂いは強くなって鼻孔を刺激してくる。この中に頭を入れるともう戻れないような気がしたが、そんなことはどうでもよかった。ここまで来て、何もしないままでは帰れない。頭を毛布とシーツの境目に突っ込んで、ぱたん…と、上から布団をかける。------途端、体から感覚という感覚が消えた。膝は崩れ落ち、腰には力が入らず、腕はだらりと垂れ下がり、しかし、見える景色は暗闇であるのに目を見開き、なにより深呼吸が止まらぬ。喉の奥底がじわりと痛んで、頭がぼーっとしてきて、このまま続ければ必ず気を失ってしまうのに、妹の匂いを嗅ごう嗅ごうと体が自然に周りの空気を吸おうとする。止まらない。止まらない。あの乃々香の匂���が、あの甘い包まれる匂いが、時を経て香ばしくなり、ぐるぐると深く、お日様の匂いと複雑に混じり合って、俺を絞め殺してくる。良い人生であった。最後にこんないいにおいに包まれて死ねるなど、なんと幸せものか。……………
だが、口を呆けたように開け涎が垂れそうになった時、我に返った。妹の私物を汚してはならない。今ここで涎を出してしまっては彼女の毛布を汚してしまう。--------絶対にしてはいけないことである。そんなことも忘れて彼女の匂いに夢中になっていたのかと思うと、体の感覚が戻ってきて、言うことを聞けるようになったのか、呼吸も穏やかになってきた。やはり、毛布、というより寝具の匂いは駄目だ。きっと枕も彼女の髪の毛の匂いが染み付いて、途方も無くいいにおいになっていることだろう。一番気持ちが高ぶった今だからこそ、一番いい匂いを、一番最初に嗅ぐべきだと思ったが、本当に駄目だ。本当にとろけてしまう。本当に気を失うまで嗅いでしまう。気を失って、そのうちに乃々香が帰ってきたら、それこそもう二度とこんなことは出来なくなるだろうし、妹の匂いに欲情する変態の烙印を社会から押されるだろうし、その前に彼女の怪力による制裁が待っている。……………恐ろしすぎる、いくらバレーをしているからと言って、大人一人を軽々と持ち上げ、お姫様抱っこをし、階段を上り、その男が気づかないほど優しくベッドの上に寝かせるなんてそうそう出来るものではない。いや、あの時は立てないほどにのぼせてしまった俺が悪いが、あのゆさゆさと揺れる感覚は今思い出してみると安心感よりも恐怖の方が勝る。彼女のことだから、決して人に対してその力を振るうことはないとは思うけれども、やはりもしもの時を想像すると先ほどとは違う意味で背中に寒気を覚えてしまう。
ならばやるとしても、少し落ち着くために刺激が強くないものを嗅ぐべきである。ベッドの上に畳まれている彼女の寝間着は、………もちろんだめである、昨夜着ていたものだから、そんなを嗅げば頭がおかしくなってしまう。それにこれは、もう洗濯されて絶対に楽し���ないと思っていた、言わば棚から牡丹餅と形容するべき彼女の物なのだから、もう少し気を静めて鼻をもとに戻してから手に取るべきであろう。なら何にしようか。早く決めないと、もう膝がガクガクするほどにあの布団の匂いを今一度嗅ぎたくて仕方がなくなっている。
そういえばちょうど鏡台横のラックに、乃々香の制服があるはず。…………あった、黒基調の生地に赤いスカーフが付いた如何にもセーラー服らしいセーラー服、それが他のいくつかの服に紛れてハンガーに吊るされている。その他の服も良いが、やはり選ぶべきは最も彼女を引き立たせるセーラー服である。なんと言っても平日は常に十時間以上着ているのだから、妹の匂いがしっかり染み付いているに違いない。それに高校生になってからというもの、なぜか女生徒の制服に何かしら言いようのない魅力を見出してしまい、あろうことか妹である乃々香の制服姿にすら、いや乃々香の制服姿だからこそ、何かそそられるものを感じるようになってしまった。-------彼女はあまりにもセーラー服と相性が良すぎる。こうして手にとって見るとなぜなのかよく分かる。妹は背こそ物凄く高いのだが、その骨格の細さゆえに体の節々、-------例へば手首、足首やら肘とか指とかが普通の女性よりもいくらか細く、しなやかであり、この黒い袖はそんな彼女の手を、ついつい接吻したくなるほど優美に見せ、この黒いスカートはそんな彼女の膝から足首にかけての麗しい曲線をさらに麗しく見せる。それに付け加えて彼女の至極おっとりとした顔立ちと、全く癖のない真直ぐに伸びる艶やかな髪の毛である。今は部活のためにバッサリと切ってしまったが、それでもさらりさらりと揺れ動く後髪と、うなじと、セーラー服の襟とで出来る黒白黒の見事なコントラストはつい見惚れてしまうものだし、それにそうやって見ていると、どんな美しい女性が眼の前に居るのだろうと想像してしまって、兄なのに、いつも乃々香の顔なんて見ているのに、小学生のようにドキドキと動悸を打たせてしまう。で、後ろにいる兄に気がつくと彼女は、ふわりと優しい匂いをこちらに投げつけながら振り向くのであるが、直後、中学生らしからぬ気品と色気のある笑みをその顔に浮かべながら、魂が取られたように口を開ける間抜けな男に近づいてくるのである。あの気品はセーラー服にしか出せない。ブレザーでは不可能である。恐らくは彼女の姿勢とか佇まいとかが原因であろうが、しかし身長差から首筋あたりしか見えていないというのに、黒くざわざわとした繊維の輝きと、透き通るような白い肌を見ているだけで、あゝこの子は良家のお嬢様なのだな、と分かるほどに不思議な優雅さを感じる。少々下品に見えるのはその大きすぎる胸であるが、いや、あの頭くらいある巨大な乳房に魅力を感じない男性は居ないだろうし、セーラー服は黒が基調なのであんまり目立たない。彼女はその他にも二の腕や太腿にもムチムチとした女の子らしい柔らかな筋肉を身に着けているが、黒いセーラー服は乃々香を本来のほっそりとした女の子に仕立て上げ、俗な雰囲気を消し、雅な雰囲気を形作っている。------------
それはそれとして、ああやって振り向いた時に何度、俺が彼女の首筋に顔を埋め、その匂いを嗅ごうとしたことか。乃々香は突っ立っている俺に、兄さん? 兄さん? 大丈夫? と声をかけつつ近づいてきて、もうくらくらとして立つこともやっとな兄の頭を撫でるのだが、俺が生返事をすると案外あっさりと離してしまって、俺はいつも歯がゆさで唇を噛み締めるだけなのである。だが、今は違う。今は好きなだけこのセーラー服の匂いを嗅げる。一応時計を確認してみると、まだこの部屋に入ってきて二十分も経っていない。そっと鼻を、彼女の首が常に触れる襟に触れさせる。すうっと息を吸ってみる。-------あの匂いがする。俺をいつも歯がゆさで苦しめてくるあの匂いが、彼女の首元から発せられるあの、桃のように優しい匂いが、ほんのりと鼻孔を刺激し、毛布のにおいですっかり滾ってしまった俺の心を沈めてくる。少々香ばしい香りがするのは、乃々香の汗の匂いであろうか、それすらも素晴らしい。俺は今、乃々香がいつも袖を通して、学校で授業を受け、友達と談笑し、見知らぬ男に心を寄せてはドキドキと心臓を打たせているであろうセーラー服の匂いを嗅いでいる。あゝ、乃々香、ごめんよこんな兄で。許してくれなんて言わない。嫌ってくれてもいい。だが、無関心無視だけはしないでくれ。…………あゝ、背徳感でおかしくなってしまいそうだ。………………
----ふと、ある考えが浮かんだ。浮かんでしまった。これをしてしまっては、……いや、だけどしたくてしたくてたまらない。乃々香の制服に自分も袖を通してみたくてたまらない。乃々香のにおいを自分も身に纏ってみたくてたまらない。自分も乃々香になってみたくてたまらない。今一度制服を眺めてみると、ちょっと肩の幅は小さいが特にサイズは問題なさそうである。俺では腕の長さが足りないので、袖が余ってしまうかもしれないが、それはそれで彼女の背の高さを感じられて良い。
俺はもう我慢できなくって着ていた上着を雑に脱いで床に放り投げると、姿見の前に立って、乃々香の制服を自分に合わせてみた。気持ち悪い顔は無いことにして、お上品なセーラー服に上半身が覆われているのが見える。これが今から俺の体に身につけることになる制服かと思うと、心臓が脈打った。裾を広げて頭を入れてみると、彼女のお腹の匂いが、胸の匂いが、首の匂いが鼻を突いた。するすると腕を通していくと、見た目では分からない彼女の体の細さが目についた。裾を引っ張って、肩のあたりの生地を摘んで、制服を整えると、またもや乃々香の匂いが漂ってきた。案の定袖は余って、手の甲はすっかり制服に隠れてしまった。
---------最高である。今、俺は乃々香になっている。彼女のにおいを自分が放っている。願わくばこの顔がこんな醜いものでなければ、この胸に西瓜のような果実がついていれば、この股に情けなく雁首を膨らませているモノが無ければ、より彼女に近づけたものだが仕方ない。これはこれで良いものである。最高のものである。妹はいつもこのセーラー服を着て、俺を見下ろし、俺と手をつなぎ、俺に抱きつき、俺の頬へとキスをする、-------その事実があるだけで、今の状況には何十、何百回という手淫以上の快感がある。だが、本当に胸が無いのが惜しい。あの大きな乳房に引き伸ばされて、なんでもない今でも胸元にちょっとしたシワが出来ているのであるが、それが一目見ただけで分かってしまうがゆえに余計に惜しい。制服の中に手を突っ込んで中から押して見ると、確かにふっくらとはするものの、常日頃見ている大きさには到底辿り着けぬ。-------彼女の胸の大きさはこんなものではない。毎日見ているあの胸はもっともっとパンパンに制服を押し広げ、生地をその他から奪い取り、気をつけなければお腹が露出してしまうぐらいには大きい。さすがにそこまで膨らまそうと力を込めて、制服を破ったりしてしまっては元の子もないのでやりはしないが、彼女の大変さを垣間見えただけでも最高の収穫である。恐らく、いつもいつも無理やりこの制服を着て、しっかりと裾を下まで引っ張り、破れないように破れないように歩いているのであろう。あゝ、なるほど、彼女が絶対に胸を張らないのはそういうことか。本当に、まだ中学生なのになんという大きさの乳房なのであろう。
そうやって制服を着て感慨に耽っていると、胸ポケットに何か硬いものを感じた。あまり良くは無いが今更なので取り出してみると、それは自分が、確か小学生だか中学生の頃に修学旅行のお土産として渡したサメのキーホルダー、…………のサメの部分であった。もう随分と昔に渡したものなので、その尾びれは欠け所々塗装が禿げてしまっているが、いまだに持っているということは案外大切にしてくれているに違いない。全く、乃々香はたまにこういう所があるから、ついつい勘違いしそうになるのである。そんな事はあり得ない、----決してあり得ないとは思っていても、つい期待してしまう。いくら魅力的な女性と言えども、相手は実の妹なのだから、-------兄妹間の愛は家族愛でしかないのだから。…………………
ちょっと湿っぽくなってきたせいか、すっかり落ち着いてしまった。セーラー服も元通りに戻してしまった。が、ベッドの上にある妹の寝巻きが目についてしまった。乃々香が昨日の晩から今朝まで着ていた寝巻き、あの布団の中に六七時間は入っていた寝巻き、乃々香のつるつるとした肌が直に触れた寝間着、…………それが、手を伸ばせば届く位置にある。---------きっと、いい匂いがするに違いない。いや、いいにおいなのは知っている。俺はあのパジャマの匂いを知っている。何せ昨日も彼女はアレを着て、俺の部屋にやってきて、兄さん、今日もよろしくね、と言ってきて、勉強を見てもらって、喋って、喋って、喋って、俺の部屋をあのふわふわとしたオレンジのような香りで充満させて、こちらがとろとろに溶けてきた頃に、眠くなってきたからそろそろお暇するね、おやすみ、と言い去っていったのである。………その時の匂いがするに違いない。
それにしてもどうして、………どうして毎日毎日、俺の部屋へやって来るのか。勉強を教えてほしいなどというのは建前でしかない。俺が彼女に教えられることなんて何もない。それは何も俺の頭が悪すぎるからではなくて、乃々香の頭が良すぎるからで、確かにちょっと前までは高校生の自分が中学生の彼女に色々と教えられていたのであるが、気がついた時には俺が勉強を教わる側に立っており、参考書の輪読もなかなか彼女のペースについていけず、最近では付箋メモのたくさんついた〝お下がり〟で、妹に必死に追いつこうと頑張る始末。そんなだから乃々香が毎晩、兄さん兄さん、勉強を教えてくださいな、と言って俺の部屋にやって来るのが不思議でならない。いつもそう言ってやって来る割には勉強の「べ」の字も出さずにただ駄弁るだけで終わる時もあるし、俺には彼女が深夜のおしゃべり相手を探している���けに見える。それだけのために、あんないい匂いを毎晩毎晩俺の部屋に残していくだなんて、生殺しにも程がある。
だから、これは仕方ないんだ。乃々香のせいなんだ。このもこもことしたパジャマには、悔しさで顔を歪める俺を慰めてきた時の、あの乃々香の大人っぽい落ち着いた匂いが染み付いているんだ。------あゝ、心臓がうるさくなってきた。もう何が原因でこんなに心臓が動悸してるのか分からない。寝間着を持つ手が震えてきた。綺麗に丁寧に畳まれていたから、後できっと誰かが手を加えたと気がつくであろう。だけど、だけど、このパジャマを広げて思う存分においを嗅ぎたい。嗅ぎたい。…………と、その時、するりと手から寝巻きが滑った。
「あっ」
ぱさり…、という音を立てて乃々香のパジャマが床に落ちる。落ちて広がる。袖の口がこちらを見てきてい��。たぶんそこから、いや、落ちた時に部屋の空気が掻き乱されたせいか、これまでとはまた別種の、-------昨日俺の部屋に充満した、乃々香がいつも使うシャンプーの香りと彼女自身の甘い匂いが、俺の鼻に漂ってくる。もうたまらない。パジャマに飛びつく。何日も食事を与えられなかった犬のように、惨めに、哀れに、床に這いつくばり、妹の着ていた寝間着に鼻をつけて思いっきり息を吸い込む。-------これが俺。実の妹の操り人形と化してしまった男。実の妹の匂いを嗅いで性的な興奮を覚え、それどころか実の妹に対して歪んだ愛を向ける男。実の妹に嫌われたくない、嫌われたくない、と思いながら、言いながら、部屋に忍び込んでその服を、寝具を、嗅いで回る変態。…………だが、やめられない、止まらない。乃々香のパジャマをくしゃくしゃに丸め、そこに顔を埋める。すうっ………、と息を吸う。ここが天国なのかと錯覚するほどいい匂いが脳を溶かしてくる。もう一度吸う。さらに脳がとろけていく。------あゝ、どこだここは。俺は今、どこに居て、どっちを向いているんだ。上か、下か、それも分からない。何もわからない。--------
「ののかっ!」
気がつけば、声が出てしまっていた。-------そうだ、俺は乃々香の部屋に居て、乃々香のパジャマを床に這いつくばって嗅いでいたのだった。顔を上げ、そのパジャマから鼻を離すといくらか匂いが薄くなり、次いで視界も思考も晴れてくる。危なかった、もう少しで気狂いになって取り返しのつかない事態になっていたところだった。だが、パジャマから手を離し、ふと首を傾ぐとベッドの下が何やらカラフルなことに気がついた。見ると白いプラスチックの衣装ケースの表面を通して、赤色と水色のまん丸い影が二つ、ぼやぼやと光っている。こういうのはそっとしておくべきだが、そんな今更戸惑ったところで失笑を買うだけであろう、手を伸ばして開けてみると、そこには嫌にバカでかい、でかい、………でかい、…………何であろうか、女性の下着ということは分かるが何なのかまでは分からない。いや、大体想像はついたけれども、まだ信じられない。これがブラジャーだなんて。……………
とりあえず目についた一番手前の、水色の方を手に取ってみると、案の定たらりと、幅二センチはある頑丈なストラップが垂れた。そして、恐らくカップの部分なのであろう、俺の顔ほどもある布地がワイヤーに支えられてひらひらと揺れ動いている。片方しか無いと思ったら、どうやらちょうど中央部分で折り畳まれているようで、四段ホックの端っこが二枚になって重なっている。俺は金具の部分を持って開いてみた。………………で、でかい。…………でかすぎる。これが本当にブラジャーなのかと思ったけれども、ちゃんとストラップからホックからカップから、普通想像するブラジャーと構造は一緒なようである。……………が、大きさは桁違いである。試しに手を目一杯広げてカップの片方に当ててみても、ブラジャーの方がまだ大きい。顔と見比べてもまだブラジャーの方が大きい。とにかく大きい。これが乃々香が、妹が、中学生が普段身に着けているブラジャーなのか。こんな大きさでないと合わないというのか。……………いや、いまだに信じられないけれども、ところどころほつれて糸が出ていたり、よく体に当たるであろうカップの下側の色が少し黄色くなっているから、乃々香は本当に、この馬鹿にでかいブラジャーを、あの巨大な胸に着けているのであろう。そう思うと手も震えてくれば、歯も震えてきてガチガチと音が鳴る。今まで生で見たことが無くて、一体どれだけ大きな胸を妹は持っているのか昔から謎だったけれども、今ようやく分かった気がする。カップの横にタグがあったので見てみると、32KKとあるから、多分これがカップ数なのであろうと勝手に想像すると、彼女はどうやらKカップのおっぱいの持ち主らしい。………なぜKが二つ続いているのか分からないが、中学生でKカップとは恐れ入る。通りで膝枕された時に顔が全く見えないわけだ。
-------あゝ、そうだ、膝枕。乃々香の膝枕。アレは最高だった。もうほとんど毎日のようにされているが、全くもって飽きない。下からは硬いけれど柔らかい彼女の太腿の感触が、上からは、………言うまでもなかろう顔を押しつぶしてくる極上の感触が、同時に俺を襲ってきて、横を向けば彼女の見事にくびれたお腹が見える。それだけでも最高なのに、彼女の乳房にはまるでミルクのような鼻につくにおいが漂い、彼女のお腹にはあのとろけるような匂いが充満していて、毎晩俺は幼児退行を経験してしまう。だがそうやって、とろけきって頭の中から言葉も無くなった俺に、妹はあろうことか頭を撫でてくるのである。そして、子守唄でも歌ってあげようか、兄さん? と言ってきて本当に、ねんねんころりよ、と赤ん坊をあやすように歌ってくるのである。あの膝枕をされてどうにかならないほうがおかしい。もう、長幼の序という言葉の意味が分からなくなってくるほどに、乃々香に子供扱いされている。-------だが、そこにひどく興奮してしまう。彼女に膝枕をされて、頭を撫でられて、子守唄を歌われて、結果、情けなく勃起してしまう。俺はもう駄目かもしれない。実の妹に子供扱いされて欲情する男、…………もしかしたら実の妹の匂いで興奮する男よりもよっぽどおかしいが、残念ながら優劣を決める前にどちらも俺のことである。…………あゝ、匂い。乃々香の匂い。--------彼女の布団が恋しくなってきた。動くのも億劫だが最後にもう一嗅ぎしたい。…………………
これで最後である。もう日が落ちかけてきているから、そろそろ乃々香が帰ってきてしまう。この布団をもう一瞬、一瞬だけ嗅いだら彼女のブラジャーをもとに戻し、パジャマを出来る限り綺麗に畳み、布団を元に戻して部屋に戻る。まだまだ満足とは言えないが、こういう機会は今後もあるだろうから、今日はこの辺でお開きにしよう。
そんなことを思いつつ体を起こして膝立ちの体勢でベッドに体を向けた。布団は、先程めくったのがそのまま、ぺろりと青い毛布とシーツが見えている。そこに吸い込まれるように顔を近づけ、漂って来るにおいに耐えきれず鼻から息を吸う。------途端、膝が崩れ落ちた。やっぱりダメだった。たったそれだけ、………たった一回嗅ぐだけで、一瞬だけ、一瞬だけ、という言葉が頭の中から消えた。ついでに遠慮という言葉も消えた。我慢という言葉も消えた。ただ乃々香という名前だけが残った。頭を妹の布団の中へ勢いよく突っ込んだ。乃々香の、乃々香ままの匂いが、鼻を通って全身に行き渡っていく。あまりの多幸感に自然に涙が出てくる。笑みもこぼれる。涎もだらだらと出てくる。が、まだ腕の感覚は残っている。手を手繰り寄せ、上半身を全て乃々香の布団の中へ。------あ、もう感覚というかんかくがなくなった。おれは今、ういている。ののかの中でういている。ふわふわと、ふわふわと、ののかのなかで。てんごくとは、ののかのことであったか。なんとここちよい。ののか、ののか、ののか。……………ごめんよ、乃々香、こんなお兄ちゃんで。----------------
気がついた時には、いよいよ日が落ちてしまったのか部屋の中はかなり薄暗く、机や椅子がぼんやりと赤く照らされながら静かに佇んでいた。俺はどうやら気絶していたらしい。まだ顔中には信じられないほどいい匂いを感じているが、それにはさっきまで嗅いでいた布団とは違う、生々しい人間の香りが混じってい、------------あれ? ………………おかしい。俺は確か布団の中で眠ってしまったというのに、なぜ部屋の中が見渡せる? それに下からは硬いけれど柔らかい極上の感触が、上からは顔を潰さんと重々しく乗ってくる極上の感触が、同時に俺を襲ってきている。しかもその上、ずっと聞いていたくなるような優しい歌声が聞こえてきて、お腹はぽんぽんと、軽く、リズムよく、歌声に合わせて、叩かれている。……………あゝ、もしかして。……………やってしまった。乃々香が帰ってきてしまった。ブラジャーもパジャマも床に放りっぱなしだったのに、布団をめちゃくちゃにしていたのに、何もかもそのままなのに、帰ってきてしまった。きっと怒っている。怒っていなければ、呆れられている。呆れられていなければ、もう兄など居ないことにされている。…………とりあえず起きなければ。----------が、体を起こそうとした瞬間、あんなに優しくお腹を叩いていた腕にグッと力を入れられて、俺の体は万力に挟まったように固定されてしまった。
「の、乃々香。…………」
「兄さん、起きました?」
「あ、うん。えっと、………おかえり」
「ただいま。------まぁ、色々と言いたいことはあるけどまずは聞くね。私の部屋でなにしてたの?」
キッと、乃々香の語調が強くなる。
「あ、……いや、………それは、……………」
「ブラジャーは床に放り出して、寝間着はくしゃくしゃにして、頭は布団の中に突っ込んで、…………一体何をしていたんですか? 黙ってないで、言いなさい。--------」
「ご、ごめん。ごめんなさい。………」
「-------兄さんの変態。変態。変態。心底見損ないました。今日のことはお父さんとお母さんに言って、もう縁を切ってもらうつもりです」
「あ、………あ、…………」
もう言葉も出ない。ただただ喉から微かに出てくる空気の振動だけが彼女に伝わる。が、その時、あれだけ体を拘束してきた腕の力が弱まった。
「……………ふふっ、嘘ですよ。そんなこと思ってませんから安心して。------ああ、でも、変態だと思ってるのは本当ですけどね。………」
「あ、うあ、………良かった。良かった。乃々香。乃々香。……………」
「あぁ、もう、ほら、全然怒ってないから泣かないで。そもそも怒ってたらこんな風に膝枕なんてしてませんって。………���んとうに兄さんって甘えんぼうなんだから。………………」
と、言うと、またもやお腹をぽんぽんと叩いてきて、今度はさらにもう片方の手で頭を撫でてくる。俺は、乃々香に嫌われてなかった安心感から、腕を丸めてその手の心地よさに身を任せたのだが、しばらくして、ぽんっ、と強く叩かれると、頭を膝の上からベッドの上へ降ろされ、次いで、彼女の暖かさが無くなったかと思えば、パチッ、という音がして部屋の中が明るくなる。ふと目を落としてみると、いまだ床にはブラジャーとパジャマが散乱していて、気を失うまでの興奮が蘇ってきて、居ても立ってもいられなくなってきて、体を起こす。
「あれ? 膝枕はもういいんです?」
隣に腰を下ろしつつ乃々香が言う。
「まぁ、ね。いつまでも妹の膝の上で寝ていられないしね」
「ふふふふふ、兄さん、いまさら何言ってるんです。ふふっ、昨日も私の膝の上で子守唄を聞きながら寝ちゃっていたのに。--------」
「うぅ。……………それはそれとして、ごめんな。こんな散らかして」
「別に、このくらいすぐに片付けられるから、何でもないですよ」
------それよりも、と彼女は言って俺をベッドの上に押し倒し、何やら背中のあたりをゴソゴソと探る。
「今日は何の日でしょう?---------」
今日、…………今日は確か二月一四日、…………あゝ、バレンタインデイ。……………
「せっかく、本当にせっかく、昨日兄さんに見つからないように作ったんですけど、妹のブラジャーを勝手に手に取る人にはちょっと。…………」
「ほんとうにごめんなさい。乃々香様、チョコを、--------」
と、ふいに、顔の上に白い大きな、大きな、今日嗅いだ中で最も強烈に彼女の匂いを放つ布、-------四つのホックと二つのストラップと二つのカップからなる布が、パサリと、降ってきた。
「ふご、………」
「兄さんはその脱ぎたてのブラジャーと、……この、特製の、兄さんを思って兄さんのために兄さんだけに作ったチョコレート、どっちがいいですか? と言っても、そこに落ちてるブラよりもっと大きいし、それに私さっきまでバレーしてて結構汗かいちゃったから、チョコ一択だと思うけど。…………」
ブラジャーのあまりにも香ばしいにおいに脳を犯され、頭がくらくらとしてきて、ぼうっとしてきて、またもや乃々香のにおいで気を失いそうだが、なんとか彼女の手にあるハート型の可愛いラッピングが施されたチョコレートを取ろうと、手を伸ばす。…………が、途中で力尽きた。
「落ちちゃった。……………兄さん? にいさーん?」
「ののか。……」
「生きてます?」
「どっちもほしい。…………・」
「そこはチョコがほしいって言うところでしょ。…………まったく、変態な変態な変態な兄さん。ま��聞きますから、その時はちゃんとチョコがほしいって言ってね。---------」
と、言うと乃々香は俺を抱き上げてきて、こちらが何かを言おうとする前に俺の顔をその豊かな胸に押し付け、後頭部を撫で、子守唄まで歌いだしたのであるが、いまだに湿っぽい彼女の谷間の匂いを嗅ぎながら寝るなんて、気を失わない限りは到底出来るはずもないのである。---------
(おわり)
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