#耳塞ぐ
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vocab for going to bed at 10 pm on a friday (jst)
nouns:
身(み)バレ = being doxxed
零れ(こぼれ)話(ばなし) = tidbit, sidebar, digression
地獄耳(じごくみみ) = sharp ears
薬品(やくひん) = medicine, chemicals
器具(きぐ) = tool, instrument, utensil
実務(じつむ) = practical business, business affairs
悪知恵(わるぢえ) = cunning, guile
悪意(あくい) = ill will, spite
損得勘定(そんとくかんじょう) = profit-and-loss arithmetic, mercenary point of view
打算(ださん) = self-interest, calculation
隔離(かくり) = isolation, quarantine
道楽(どうらく) = pastime, hobby
境目(さかいめ) = borderline, boundary
経過(けいか) = passage, elapsing (of time); progress, course (of events)
処方せん(しょほうせん) = prescription
接触感染(せっしょくかんせん) = infection through contact
ひた隠し(かくし) = desperate cover-up, hiding at all costs
出頭(しゅっとう) = turning oneself in, surrender (e.g., to police)
八方(はっぽう)塞がり(ふさがり) = blocked in every direction, cornered
親孝行(おやこうこう) = filial piety
余談(よだん) = digression
verbs:
負う(おう) = to be injured, incur (wound, damage)
つつく = to poke, nudge; to pick at (e.g., food); to peck at (e.g., someone’s faults)
委ねる(ゆだねる) = to entrust to; to leave to abandon oneself to (e.g., pleasure); to yield to (e.g., anger)
塞がる(ふさがる) = to be closed, healed (e.g., wound)
感染る/伝染る(うつる) = to be infected, contagious
突き放す(つきはなす) = to push away; to keep away from, abandon; to act coldly
弔う(とむらう) = to mourn for, grieve; to hold a funeral for
引き継ぐ(ひきつぐ) = to take over
生き(いき)ながらえる = to live long, survive
拒む(こばむ) = to refuse, decline; to prevent (from doing), deny (access)
尖る(とがる) = to be pointed, sharp; to be sour, touchy
はぐれる = to stray from, lose sight of (one’s companions)
adjectives:
理不尽(りふじん)な = unreasonable, outrageous, absurd
執拗(しつよう)な = persistent, tenacious, relentless
非現実的(ひげんじつてき)な = unrealistic
世渡り(よわたり)上手(じょうず)な = having worldly wisdom, cosmopolitan
邪悪(じゃあく)な = evil, wicked
有能(ゆうのう)な = able, capable, competent
心細い(こころぼそい) = hopeless, forlorn, discouraging
うやむやな = hazy, vague, undecided
興味本位(きょうみほんい)な = just out of curiosity; sensational
かなわない = unbearable; beyond one’s power
愛情深い(あいじょうぶかい) = loving, devoted
もどかしい = irritating, frustrating, feeling impatient
expressions:
無駄口(むだぐち)を叩く(たたく) = to chatter pointlessly, waste one’s breath
面倒(めんどう)を見る(みる) = to care for/look after someone
路頭(ろとう)に迷う(まよう) = to be down and out, rendered homeless
裏(うら)がある = to have an ulterior motive; to have a catch
天秤(てんびん)にかける = to compare and contrast, weigh (options); to try and have it both ways
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カルタゴ滅亡をトレースする現代日本
◆カルタゴはなぜ滅んだのか?!
日本と同じような商人国家であったカルタゴが、完膚なきまでに滅ぼされた例を他山の石として日本人は国防を考え直す必要があると切に思うからです。
カルタゴは紀元前250年頃、地中海に覇を唱えていた大国でした。
第2次ポエニ戦争に負けて、戦勝国から武装を解除させられ、戦争を放棄することになったカルタゴは、戦後の復興を貿易一筋で見事に成し遂げ、戦後賠償も全てきれいに払い終えました。しかし、その経済を脅威だと捉えたローマ帝国によって、結局は滅ぼされてしまいました。
滅ぼされる直前、カルタゴの愛国者であるハンニバル将軍は、ローマの考えを悟り、祖国の危機をカルタゴ市民に訴えましたが、平和ぼけした市民は耳を貸そうとしませんでした。
それどころか「ハンニバルは戦争をしようとしている!」と中傷する者さえいました。しかも、最終的にハンニバルはローマに洗脳された者達によってローマに売られ、自殺にまで追い込まれてしまったのです。
平和ぼけした市民は、ローマから無理難題を次々に要求されてからはじめてハンニバルの警告が正しかったことに気が付きましたが、時すでに遅く、徹底抗戦に踏み切るもカルタゴの陥落を防ぐことはできませんでした。この間、たった3年の出来事でした。
ちなみに、生き残ったカルタゴ市民は約5万人でしたが、その全てが奴隷にされてしまいました。城塞は更地になるまで徹底的に破壊され、再びこの地に人が住み、作物が実らぬように大量の塩が撒かれたと言われています。
これはただの負け方ではありません。まさに地上からの抹殺です。
この悲惨なカルタゴ滅亡の理由は2つあると言われています。
1つは、カルタゴ市民が軍事についてほとんど無関心だったことが挙げられます。もともと自国の防衛はおおむね傭兵に頼っていた上に、国内世論も「平和主義的」な論調が強く、有事に備えて軍事力を蓄えておくといったことはままなりませんでした。
2つめは、国内の思想が分裂状態であったことが挙げられます。そもそも挙国一致して事に当たらなければ有事を乗り切ることはなかなか難しいものですが、カルタゴにはそれがなく、戦時中にハンニバルが外地を転戦している間も市民は素知らぬ顔をしていました。そして、ハンニバルを売り渡したのは、ローマに洗脳されたカルタゴの売国奴達でした。
自らの手で愛国者を切り捨てる・・・かくしてカルタゴは「滅ぶべくして」滅んだわけですが、私は今の日本がこのカルタゴに酷似している様に見えて仕方がありません。
今こそ日本の国防を真剣に考えないと本当��危ないと思います。
【対比】日本と似すぎているカルタゴの運命
カルタゴは、フェニキア人が建国した海洋国家で、現在のアフリカ大陸チュニジアに位置しています。
カルタゴは、世界一の造船技術を持ち、スペイン、シチリア島などの海外領土を支配していました。
紀元前3世紀、地中海貿易により富を蓄え、ローマ帝国と並ぶ強国となります。
BC264年、両者の中間にあるシシリー島で紛争がおこります。そして、これを契機にカルタゴとローマは、世界の覇権を賭けて激突します。この戦いは、23年間の中断をはさんで63年間続きます。(第一次ポエニ戦争、第二次ポエニ戦争)
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1867年、島国日本は、長い眠りから覚め、明治維新により近代国家への道を目指します。西洋文明を積極的に取り入れ、富国強兵に邁進します。日清・日露の戦争に勝ち、朝鮮、台湾、南樺太と領土を拡張します。
強国となった日本は、戦艦大和を建造して、世界有数の海軍を持ち、
太平洋をはさみ、超大国アメリカと対峙します。
1941年12月、日本連合艦隊は、ハワイの真珠湾の奇襲に成功します。太平洋戦争が始まります。
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カルタゴの英雄ハンニバルは、象36頭と兵士5万人を率いて、スペインを出発します。象を連れて、アルプス山脈越えに成功、ローマの本拠地イタリア半島を奇襲します。ハンニバルは、イタリアに、なんと15年も踏みとどまり、ローマを一時追い詰めます。
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「マレーの虎」山下奉文中将は、マレー半島を南下、シンガポールに侵攻します。インド兵への離反策が成功し、1942年2月15日シンガポールは陥落、イギリス軍は降伏します。
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カルタゴは、地力に勝るローマに対して次第に劣勢になります。ついに、名将スキピオ率いるローマ軍が、カルタゴの本拠地に進軍します。カルタゴは、イタリアで善戦していたハンニバルを帰国させ、本土決戦に賭けます。BC202年、天下分け目の戦い(ザマの戦い)が行われます。カルタゴの完膚なき負け戦でした。
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アメリカは、生産力、技術力で日本に勝っていました。ミッドウェー海戦を境に、戦局は逆転します。ガダルカナル、硫黄島、沖縄。日本は、敗退を続けます。本土空襲が激しくなり、広島と長崎に原爆が投下されます。日本の完膚なき負け戦でした。
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カルタゴは、ローマに無条件降伏します。
全ての海外領土は、放棄され、軍船、象もローマに引き渡されます。軍隊は、自衛のためのものだけが許されました。そして、自衛のためでも戦争する場合、ローマの許可が要ることになったのです。(この許可の項目が、後に大問題となります)
そして、50年賦で1万タラントの賠償金をローマに支払うことが決まります。
ともかく、カルタゴの町は、無事に残りました。100人会は、貴族の世襲制でしたが、戦後まもなく代議員が選挙で選ばれるようになります。
カルタゴは、民主主義の国家に生まれ変わります。
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「忍び難きを忍び、耐え難きを耐え・・・」玉音放送が流れ、日本は無条件降伏します。
日本列島以外の領土は、返還されます。アメリカが決めた平和憲法で戦争が放棄されます。(後に自衛隊が誕生します。)国土は焼け野原、アジア諸国には賠償金の支払いが必要でした。ともかく、本土決戦だけは避けられました。
日本は、天皇主権の国家から、主権在民の民主主義国家に生まれ変わります。
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カルタゴ人(フェニキア人)は、ユダヤ人やアラビア商人と同じセム語族で、最も商才があるといわれている種族です。
軍事国家への野心を棄てたカルタゴ人は、ますます貿易や商売に熱中するようになります。ローマ人は、楽しむために働きましたが、カルタゴ人は働くこと自体が人生の目的でした。奇跡の経済復興が実現します。
戦勝国ローマは、休む間もなく、マケドニアやシリアと戦わなければなりません。軍備費の要らないカルタゴは、次第にローマに匹敵する経済大国に、のしあがります。
BC191年ローマは、シリアを打ち破ります。
無敵の軍事大国ローマにとっての脅威は、経済大国カルタゴに移っていくのです。
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日本人には、勤勉さと物作りの才能がありました。
焼け原から立ち上がった日本人は、ひたすら一生懸命働くことで豊かになろうとしました。エコノミックアニマルと日本人は、陰口を叩かれます。奇跡の経済復興が実現します。
アメリカの核の傘に入り、軍事費もいりません。戦勝国アメリカは、ソ連との冷戦を戦わなくてはなりませんでした。
10%を超す高度経済成長が続きます。日本は、世界第二位の経済大国になります。
ソ連が崩壊し、日米の経済摩擦が激化します。
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BC187年、カルタゴは、50年賦と決められた賠償金を一括払いしたいと申し出ます。いくら叩いても不死鳥のように蘇る、カルタゴ人の経済力に、ローマ人は、羨望と恐怖心を抱きます。ポエニ戦争の悪夢がふと蘇ります。
経済大国カルタゴの最大の悩みは、隣国のヌミディアでした。ヌミディアは、騎馬兵団で有名な、戦争に強い国です。自衛力しか持たないカルタゴを侮り、その領土を侵犯します。
��ルタゴは、ローマに調停を頼みますが、黒幕のローマはもちろん取り合いません。ついに、カルタゴとヌミディアの間で戦争が起こり、平和の国カルタゴは、敗北します。
ローマの事���許可のない戦争開始は、条約違反でした。
ローマは、カルタゴに対して、突然宣戦布告をします。
驚いたのは、カルタゴです。ローマの許しを得ようと、300人の貴族の子供を人質に差し出します。しかし、8万人の世界最強のローマ兵が、上陸し、カルタゴに進軍します。
カルタゴの使者が、「どうすれば、許していただけるのですか?」とローマの司令官に聞きます。
「全ての武器を差し出せ。」司令官は、答えます。
カルタゴは、20万人分の鎧、投げやり、投げ矢、2000の石弓を司令官に差し出します。
すると、司令官は、最後の要求を使者に言い渡します。
我々は、カルタゴの街を根こそぎ破壊することを決めた。
カルタゴ人には、今の街より10マイル内陸部に
新しい居住地帯を造ることを許可しよう。
使者からローマの意向を聞いた20万人のカルタゴ人は、驚愕して、嘆き悲しみ、最後に激怒します。
「こんなひどい仕打ちがあろうか。街を破壊するだと。
内陸部に引っ込めだと。どうせ死ぬなら戦って死のう!」
カルタゴ人は、丸腰で戦う覚悟を決めます。返事の猶予期間の30日間、密かに戦争準備がすすめられます。
武器職人は、連日徹夜で武器を作ります。
若い女性は、長い髪を元から切って石弓の弦が作られます。
こうして、始まったのが、第三次ポエニ戦争でした。
(戦争というより、ローマによるカルタゴの民族浄化です。)
カルタゴは、ここで奇跡的な粘りを見せます。なんと丸腰で三年間ローマの猛攻を食い止めたのです。
しかし、戦闘と飢えと疫病で、20万人のカルタゴ市民は、10万人に減ります。
そして、ついに、ローマ兵は城壁を破り、街へ進入します。
女、子供までがレンガを投げて抵抗しますが、5万人が虐殺されます。
ビュルサの砦に逃げ込んだ5万人のカルタゴ人は、オリーブの枝を掲げて投降します。
彼らは、一部が処刑され、残りは奴隷として売られます。
カルタゴの街は、十数日燃えつづけ、灰は1メートル積もります。カルタゴの復活を恐れたローマ人は、この地に塩を撒き不毛の土地にします。
700年続いた経済大国カルタゴと世界の富を独占したカルタゴ人は、BC146年こうして滅んだのです。


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秀一が七瀬に案内されたのは、一年二組の教室だった。大概、一組あたり三十名の生徒が学んでいるらしく、これまで男子校とは無縁だった秀一には「未知の世界」だった。やはり「むさ苦しい」のだろうか?と、彼は色々と想像を膨らませた。教室内から賑やかな声が聞こえ、一瞬「学級崩壊」しているのでは?と七瀬に聞いた。
「一応、国公立大学への進学率は高いって聞いてますけど…」
「まァ、本当だけど、休み時間は何処もこんな感じですよ」
「何やってるンですか?」
「う〜ん、何やってるンでしょうね」
流石に休み時間のことまでは解らない様だった。七瀬は教室の引き戸を開けると、何故か急に静かになった。談笑をしているだけだったのか、散り散りになっていた生徒らが一斉に着席した。K高校の制服は、紺色の詰め襟にサイドベンツが入ったものだった。七瀬が教壇に立つと、生徒の一人が起立の声かけをした。まるで防衛学校の様な号令である。七瀬は挨拶をすると、秀一の紹介も含めて話し始めた。
「今日から、一年生の現代文を担当することになった、益子秀一先生です。益子先生、皆に自己紹介してもらってイイですか?」
突然促されたので、少々慌てた様子を見せたが、
「はじめまして。益子秀一です。都内の私立高校で担��も受け持っていた経験もあります。早く皆と仲良くできるよう頑張りますので、よろしくお願いします」
と会釈した。生徒の中には、目を大きく見開いて興味を示す者もいた。一瞬どよめいたが、
「はいッ、授業を始めますよ!」
と七瀬は声を上げた。
授業の合間、秀一は教室の後ろで見学をしていた。その最中にも一部の生徒が振り向いてはヒソヒソと話し、落ち着かなかった。そんな生徒に秀一は、
「授業中だから、ヒソヒソ話は止めようね」
と小声で言った。
授業が終わり、廊下に出ると七瀬は溜息をつき、
「…実は、一年二組は一番やりずらいンです。ウチは特別進学コースと大学進学コースと分かれているンですけど、先刻のクラスはあまり出来がよくなくて…」
と話した。まァ、見りゃ判るよと秀一は割り切っていたが、
「恐らく、初めてだからかなァ?」
と言うと、
「何人か、益子先生に好意を持った奴がいたと思うンで、注意した方がイイですよ」
と強調した。
その後もクラスを転々とし、授業が終わる都度、七瀬はめいめいのクラスの特徴を話した。一環して共通しているのは、
「益子先生に好意を持った生徒がいる」
という言葉だった。秀一は、七瀬には「解りました」と言ったが、内心は「まァ、面白可笑しくやってやれ」と思っていた。
理事長室では、岩崎が秀一の様子を貢に報告していた。向かい合うソファに座り、貢自ら淹れたコーヒーを片手に岩崎は、
「七瀬先生からは、さっそく一部の生徒からモーションかけられたみたいです」
と話した。貢は『モーション』という言葉に反応した。
「それって…惚れられたって事?」
「う〜ん、何だか解ンないけど、そう言ってたヨ」
「そうなンだ…」
「そうそう、益子先生って白いビキニブリーフを穿いてるみたいよ」
「あら、やだ」
「あんな色黒な肌に…鼻血が出そう!」
「前立腺、うずいた?」
「でも、案外用心深いかもよ」
「そうかァ〜」
貢はカップアンドソーサーをローテーブルに置くと、岩崎の隣に腰を下ろした。内腿に触れながら、
「相変わらず、カワイイね」
と囁いた。
「な、何ッ!? 仕事中なのに、ダメよ」
「相変わらず、不安定なの?」
「…うん、ダメ。急に淋しくなっちゃうの」
「相変わらず独りでオ◯ニーしてるの?」
「だって、『セフレ』いないし…」
「今夜、亮ちゃんのところに晩酌しに行くけど、どう?」
「『亮ちゃん』って、用務員の?」
「『メチャクチャに抱いてやるからな』って…」
「乱暴はイヤ」
「淫乱パーティーやろうよ」
「う〜ん、考えてとく」
そんなやり取りの合間に貢は岩崎の唇を奪い、彼の股間を弄った。���くもスラックスの中で硬くなっている様だった。耳の方も息をかけられ、岩崎は貢を堅く抱擁した。彼は言った。
「…早く更年期終わって欲しいナ」
「淋しい時は、いつでもおいで」
実は、貢は岩崎とは彼がやはり上野のゲイバーで知り合い、そのまま意気投合した情人(アマン)の一人だった。妻子とは所謂「中年離婚」し、自暴自棄になっていたのを隣に座っていた貢が声をかけ、連れ込み宿に連れ込んだのだ。岩崎は妻子がいる頃にゲイビデオのモデルをやっていた程だった。一見ノンケっぽい雰囲気がある様子に貢は惚れ、しかも若いながら主任までやったことがあると言うものだから校長にしてやると誘ったのだ。
岩崎は貢の接吻と抱擁に満足すると残りのコーヒーを飲み干し、カップアンドソーサーをローテーブルに置いた。微かに涙がこぼれたのか、
「顔洗わなきゃ…」
と立ち上がった。貢は彼の方を見詰め、
「申し訳ない、仕事中に…」
と自分の行動を反省した。岩崎は、
「…貢クン、優し過ぎるのよ」
と振り向かずに言ったが、微笑は浮んでいた。何となく自分自身に優しくなれた様だった。ただの欲求不満だった様だ。彼は、
「失礼します」
と平然を装いながら理事長室を後にした。貢は、
「…だからアイツはカワイイんだよ」
と笑った。
一年二組では、生徒の一人がぼんやりと窓の方を見上げていた。背後から、
「おい、諸井!」
と同級生に呼ばれるも気付かなかった。うわの空の様だ。その同級生が再び、
「諸井、何ボ〜ッとしてるンだよ!」
と、今度は背中を叩いた。流石に、
「痛ッ、何するンだよ!」
と振り向いた。彼は諸井翔と言った。同級生の黒木正美は、
「もしかしたら、お前、あの益子先生に惚れちゃったのか!?」
とからかった。翔は、
「ち、違うよ!」
と顔を赤らめた。
「嘘つくンじゃねぇよ! 顔真っ赤だそ!」
「ち、違うよ! バカ!」
翔は、額がかかるぐらいの前髪を垂らし、中肉中背だった。中学生の時は、精通は経験したが未だオ◯ニーはしたことがなかった。母親が勉強しろとやかましく、しかも過保護だった。自分の下着もこれまで買ったことがなかった。
一方、正美は髪を真ん中で分けた、細めの黒縁メガネをかけた中肉中背である。父子家庭だが殆んど仕事で、祖父母が面倒をみていた。母親は彼が幼い頃に病死し、再婚もせずに海外赴任が多かった。K高校には、彼自ら入学を希望した。父親に心配されなくてもイイ様に、との考えからだった。
翔は、秀一が私語を慎むよう他の同級生に声をかけていた様子を見た時、その距離が短いことに気付いた。耳元で囁く様に言われ、その同級生はドキドキしたと授業の後に周囲に話していた。日焼けした肌に冴える水色のワイシャツが残像として残り、微かに透けてみえたタンクトップに男らしさを感じた。彼はこれまでにない憧れを抱いた。また、性衝動も起き、授業の後にトイレへ行って個室の中でスラックスを下ろすと、ブリーフから先走り汁が沁み出ていた。未だオ◯ニーをした経験もないので、とりあえずトイレットペーパーで包皮を剥いて拭き取った。いよいよオ◯ニー「デビュー」か?と彼は思った。
或る同級生が、今週の宿直が体育教師の大平雅之先生だと話した。大平は、普段は全学年の保健体育を担当しているが、ラグビー部の顧問も兼務していた。コ◯ドームの付け方をこれからの時代は教えなきゃダメだと提案したのも彼であり、宿直に入ると生徒の誰かしらは男色の「洗礼」を受けていた。正美は言った。
「実はさァ、入寮したその日にあの、益子先生に注意されていた野澤、大平先生に『食われた』らしいよ」
「マジで?」
「でも、アイツ、中学生の時には付き合っていた教師がいたみたいだし、ずっと宿直室で大平先生と寝てたって」
「それって、ヤバくね?」
野澤佳憲は、スポーツ刈りで細めの容姿だったが、中学生の時は美術部に所属し、その顧問と肉体関係だったらしかった。モデルをいつも任され、ヌードが殆んどだった。彼自身も顧問だった教師のヌードをデッサンで描き、部活動が終わると必ず人気のない山林で「カーセッ◯ス」をしていた。すっかり男色癖がついている様だった。佳憲は自席から立ち上がり、正美と翔の話に加わった。
「あまりバラすなよ…。高校入学してからセッ◯スしてなかったンだから」
「お前、大平先生の何処がイイの?」
「チ◯ポがデカいンだよ。サポーターの様なビキニブリーフからはみ出る様にデカくて…しかもザー◯ンもとてつもなくて。オレ、気絶しちゃったよ」
「な! コイツ、スケベだろ!?」
二人のやり取りに翔はついていけなかった。オレはオ◯ニーすらしたことないのに…。この高校に入学してから、ずっとそんな話ばっかりだと、彼は塞ぎ込んだ。もし、大平先生が誰とでも大丈夫なら今夜宿直室に行ってみようかと思った。佳憲は言った。
「益子先生、カッコイイよなァ〜」
「あれ、大平先生はどうでもイイの?」
「否、何か違うンだよ。オーラを放ってる感じがして…」
「『オーラ』って、何だよ」
「う〜ん、何か触れてはいけない感じだな」
「そうかなァ?」
次第に、正美と佳憲の会話に翔はイライラし、ついにそれが「爆発」してしまった。彼は教室を出て行き、上履きのまま校舎を飛び出した。二人は、
「何だ、アイツ…」
と呆気にとられた。
これまで性というものに興味はあったが母親によって抑圧され、押し殺してきた翔にはどうしてイイのか解らなくなっていた。彼は山林の中に入ると絶叫し、���哭した。バカ! バカ!と、何度も心の中で訴え、地面の上に転がった。まるで駄々っ子の様に這いずり回り、頭を抱えた。そんな彼の声に気付いたのか、「別荘」の居間でラジオを聴きながら夕食の支度をしていた亮司が出て来た。彼は泣き続ける翔に声をかけた。
「おい、大丈夫か!?」
だが、依然として地面に顔を伏せて泣き続けている。亮司は無言で翔を起こし、土だらけになった制服を手で叩きながら別荘に連れて行った。
亮司は翔に制服を脱ぐよう話し、上下とも洗濯機に入れて洗った。その間、翔はワイシャツに白いセミビキニブリーフという格好で居間のソファで塞ぎ込んでいた。亮司はコーヒーを淹れたマグカップを渡し、飲むよう言った。泣き疲れたのか先刻の様なイライラした感情はなく、ぐったりしていた。コーヒーを一口飲むと翔は口を開いた。
「…おじさんは、ここの用務員?」
「あぁ、先月から」
「こんなところがあるなンて、知らなかった」
「狂った様に泣いてどうしたの?」
「…おじさん」
そう言葉にすると翔は亮司に抱きつき、再び泣き始めた。亮司は背中を撫でながら泣くのを止めるよう促し、まずは事情を話すよう言った。翔はこれまでの経緯を伝えた。亮司は、
「つまり、お母さんの目は離れたもののなかなか性の処理をどうしてイイんだか解らないンだね?」
と聞いた。翔は涙を手指で拭いながら頷き、
「…中学生に入学して間もなくチ◯毛が生えて声変わりもしたけど、なかなか父さんも仕事で忙しくて…。母さんも勉強しろとうるさかったし、塾の先生が好きだったけどそんな思いも押し殺してきた」
と話した。
亮司は、翔の母親が彼にとって絶対的な存在で、心許して色々と相談できずに内なる思いを抱えつつ黙殺してきたのだなと分析した。大抵、両親からの愛情が希薄だと何らかの不具合が出て来るものだ。彼は、翔をベッドに連れて行った。股間を弄りながら接吻し、ワイシャツを脱がせた。突然の行動ではあったが、翔は亮司の体温に何か安らぎを感じた。唇ってこんなに柔らかいンだと、彼は亮司の背中に両腕を絡ませた。Tシャツを脱ぎ、翔はブリーフだけになった。すでに先走り汁で滴り、太く硬直していた。亮司も灰色のセミビキニブリーフだけになり、
「性は、決して怖がるものじゃない。身体が反応しているってことは、求めてるンだよ。君はおかしくなんかない、正常だ」
と、ブリーフ越しに彼は翔のチ◯ポを頬擦りした。翔は赤面しながら、
「イヤ、恥ずかしい…」
と、しかし内腿は何故か大きく開いていた。そのまま亮司は翔の身体に覆い被さり、乳房など彼の諸部位を接吻した。
「あッ、あッ、あん…」
二人はブリーフを脱ぎ、亮司はいきり勃ったチ◯ポを翔のと重ね、「兜合わせ」をした。未だ十六歳と若気の塊の様な翔は恥じらいも捨て、
「…おじさん、気持ちイイ」
と唇を求めた。すっかり接吻の虜になった様だった。
ローションを使わなくて���、翔の先走り汁だけで十分にその代わりを果たしていた。包皮を剥こうと亮司は試みた。本当に童貞(チェリー)なンだなと、翔のチ◯ポは先端の付け根までは剥けなかった。そのうちに翔は全身をくねらせ、
「イヤ、あッ、あん…」
とオルガズムに達しそうだった。亮司はこのままオレもイッてしまおうとしごき、翔も彼の唇を求めた。
「あ、あぁぁぁぁん!」
接吻しつつ、翔は前屈みになりながら紅潮したチ◯ポの先端からうっすらと黄ばんだドロッとした愛液を跳ばした。続けて亮司も絶頂を迎え、
「イ、イクッ! イクッ!」
と声を上げた。全身が火照り、二人の下腹部は数多の愛液が飛沫の様に跳び散った。翔は冷めぬ欲情のままに、
「あッ、あぁぁ、あぁッ…!」
と亮司を両腕の中に引き寄せた。これまで経験したことのない欲情が、彼を狂わせていた。そんな翔に応える如く亮司は彼を堅く抱きしめ、
「嗚呼、愛おしいよ…」
と囁いた。
情事はその後も続き、翔は二度目のオルガズムを経験した。あまりの烈しさに亮司は喘ぎ、ベッドの上で大の字になって横たわった。彼は、
「…シャワー浴びよう」
と、翔と二人で浴室に入って身体を浄めた。亮司は、未だ翔が十六歳であることを忘れていた。脚や腋の毛はそれなりに生えているものの、肉付きも齢相応で肌にハリがあった。先刻まで、なかなか性の処理ができずその苦しみの故に嘆き悲しんでいたとは思えないほど、彼の表情は柔らかくなっていた。亮司は聞いた。
「どうだい、性って素晴らしいだろう?」
「…うん。これまで押し殺してきたのがバカみたい」
「おじさんで良かったか?」
「…うん」
翔はすっかり亮司を好いてしまっていた。シャワーの湯水を全身に浴びながら、二人は抱擁した。唇も重ね、離れようとしなかった。その間に洗濯機からメロディーが流れ、乾燥も終えたということを告げ知らせた。二人は浴室から出ると、寝室の床に脱ぎ捨てた下着や衣類を拾い、着た。
時計の針は、すでに午後六時半を回っていた。亮司は翔を寮まで送って行くことにした。呼鈴を鳴らすと、宿直に入っていた大平が応対した。彼は、
「彼のクラスメイトから話は聞きましたが、どうしたンですか?」
と聞いた。亮司は一応、
「実は、山林の中でドロドロになっちゃって…。取り乱してもいたンで、しばらくウチにいてもらったンですよ」
と話した。翔はうつむいたまま、
「用務員さんが話を聞いてくれて…。今は大丈夫です」
と言い、上履きに履き替えた。大平は深々と頭を下げ、
「わざわざ、ありがとうございます。明日は休みなので、様子を見ていきます」
と伝えた。
寮を出ながら、まさか「彼と濡れ事をした」なんて口が裂けても言えまいと、亮司は思った。しかし、あんな興奮したのは何年ぶりかなァ、嗚呼、そうだ、あの時以来だなと、昔を思い出した。
「別荘」に戻ると玄関先で貢が、最寄りのスーパーで買って来たのか思いっきり膨らんだビニール袋を片手に座っていた。彼は、
「亮ちゃん! ずっと待ってたンだよ!」
と唇を尖らせた。亮司は、
「あぁ、すっかり忘れてたよ。悪い」
と頭を下げた。
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恥感情&後悔まる出しクソネガティブTumblrを書かせてくれ。いまとても心臓がぞわぞわしている。
基本的にわたしという存在は喋りすぎることを恐れている。そして喋りすぎても許されるのはTumblrだけだと思っているのでここで感情を消化させてくれ。ここは何文字書いたって一投稿だしね。それにみんな、わたしのネガティブTumblrをエンタメとして扱ってくれるじゃん。ありがとねほんとに。こんなので良ければずっと書き続けます。
これはもう定期的に訪れる発作としか言いようがないのだが、またもや最近、表の世界ことTwitterで喋りすぎている気がしてならない。ポスト自体は週に1~2回までに留めようとしているし実際にそこまでポストを頻繁にするタイプじゃないと自分では思っているのだけれど、最近Twitterにおける鎖国の意識が緩まっており、リプだのスペースのコメントだのをよく打っている。べつにそれ自体に問題があるわけじゃないのだろうけど、なんだか自分が悪目立ちしているんじゃないかっていうクソ意味のわからん恥感情に苛まれてふつうに泣きたくなっている。リプとかコメントの相手に対して何か思ってるってわけじゃないんですよ? わたしが勝手に感じている謎の恥感情なの。誰も悪くないんですよ。シクシクエーン。
自分がキモすぎて笑ってしまう。誰かに忘れられることが恐ろしいと思って文章を書くことを趣味としているくせに、悪目立ちはしたくないんですよ。しずかに黙々と書いている人だと思われたい。アーーーキモすぎる。助けてくれ。
小学生向けの対人関係スキルを基本のき、みたいな書籍を買ってみようと本気で思っている。わたしは最近引きこもりすぎて人間との話し方を忘れている。「社会人になってから人見知りを主張するひとってあまり良くないよね」という話をここ数か月で何人もの人が言っているのを目にしたり耳にしたりしていて、それを聞くたびに、それはそうだなと同意すると同時に、心臓をぐさりと一突きされているような気分になる。いや、わたしは自分のことを人見知りと形容したことは人生で一度もないのだけれど、どちらかと言えば人間と上手に話せない側の人間なのですごく刺さる。わたしはまだ学生ですが同級生はみんな働いているので、社会人じゃないから~という言い訳が通用するわけがないのも、自分ではわかっているんですよ。
わたしは学歴がある側の人間なので言わせてもらいますが、人生においては対人スキルの方が学歴なんかよりもよっぽど大事です。もちろん学歴と対人スキルの両方が備わったエグい人もいるんですが、どちらかしか選べないなら対人スキルがある方が生きやすいと思う。精神的に健康だ。
大学院にいると価値観が歪むんですよ。人間とうまく喋れない���メールも返せない、だけど研究はめちゃくちゃできる、みたいな化け物がたくさんいるのでそれに染まってしまいそうになる。わたしは対人スキルが中の下、研究スキルは中の中、変人度は中の上のクソキモ一般人なのでどちらにも振れない。研究できることがアイデンティティの化け物にもなれないし、対人スキルの高い器用な人間にもなれない。はい、中途半端な大学院生の完成です。研究室で酒を飲んでわいわいする集団に対してキモ死ねって思うくせに、別に学振は取れないしやる気なさ過ぎて英語論文もまだ書き終えていない。なんなんだよ、キモいのはどう考えてもわたしだ。
もちろん、対人スキルが高い人には高い人なりの悩みがあるのは百も承知だけど、結局人間ってないものねだりなんだよな。こんなに中途半端なわたしだって、きっと誰かに羨ましがられてる。
今日は人間関係をテーマに書いているので、このまま中学時代のエグイ部活の話をしようかと思う。
中学生のとき、女子○○部、みたいな感じの運動部に所属していた。上下関係がとても厳しい部活だった。そして不運なことに、わたしは真っ先に先輩に目を付けられた。中1の初夏、生理痛が酷くて部活を休んだときに、「生理痛くらいで部活休むなよ」と先輩に陰口を叩かれたことが発端だったように思う。一番の敵は理解のない女だ。そこからは事あるごとにいちいち欠点を指摘されては先輩の悪口のサンドバックになった。個人指導、という謎の制度(つまり何かと理由をつけて気に入らない後輩を延々と叱り続けるという集団リンチ)の常連被害者だった。結構な頻度で先輩数人に取り囲まれて、人格否定を繰り返された。謝っても、「はあ、もうそれ聞き飽きたわ~。結局行動で示してもらわないとどうにもならないんだよね~」とか言われんの。だけど当時、わたしは自分がなぜ怒られているかあまりよく理解していなかった。だからとりあえず、すみませんでしたって謝るんだけど、それも上記のように意味ないから八方塞がり。あ~どうしよっかな~でもこのまま怒られてたら筋トレしなくて済むのかな〜ならそれでいっか~あ〜面倒くせ~死ね死ね死ねって考えていた気がする。そしてまあ、もちろんちゃんと病んだりもしたが、やはりわたくし、生命力がとても強いのでふつうに学校に通っていた。はいはい死ね死ね、って感じで部活も行っていた。えらすぎ。
中学のときに生徒会に入ったのは活動にかこつけて部活を堂々とサボれるからであった。副会長の先輩(もちろん男)はよく部活の愚痴を聞いてくれた。あとは、保健室でサッカー部の先輩(イケメン)に慰めてもらったりもした。同級生のRくん(本命)にも夜な夜なLINEで話を聞いてもらったりした。今思えば、わたしが部活内で嫌われていたのは、部活で酷い目に遭っていることを男子に相談して、か弱い女子を演じて味方を増やそうとするところに原因があったのかもしれない。まあ、それはいいんですよ。とりあえず、部活の先輩にはとことん嫌われ、個人指導という名の集団精神リンチをされながらも部活は辞めずにぬるく生きていた。中総体の前には「いつも厳しくしちゃってごめんね;;」と書かれた手紙を集団リンチのリーダー格の先輩からもらった。やっぱ死ねよ、と思っているうちに先輩は順当に地区予選で敗退し、すぐに自分たちの代になった。
本題はここから。まだ地獄は続く。
代がわりをして、部長はNちゃん、副部長はAちゃん、わたしは野良の部員になった。野良の部員はわたしのほかに5人いた。
ある日部長Nがエグイことを言いだした。「準備を一番頑張っている後輩と、一番サボっている後輩を先輩(つまりわたしたち)の投票で決めて、みんなの前で発表しよう。そうしたら後輩たち、みんな頑張ってくれるはず」と。もうお気づきだろう。地獄である。
部長絶対王政の部活だったので、それがまかり通って、実際にその投票制度は数か月にわたって続いた。みんなの前で部長が特定の後輩一人を指して、「○○ちゃんはこの前の準備で部活に関係ない話をしてたから、もうすこし真剣に頑張ってほしい。みんなちゃんとやってるのに迷惑だよ」とか言うの。それで名指しされた後輩は青ざめた顔しながら震えた声で返事するし、その子はその子で後輩グループの中で浮き始めるし。泣き出す子もいた。だけど部長Nは「泣くくらいならちゃんとやれば?」「投票されるのが悪いんだって」とか言っちゃうの。それが毎週繰り返された。エグいだろ。正義感の暴力ってとても恐ろしい。わたしも先輩によく陰口を叩かれていたけれど、ここまでヤバいのは多分なかった。地獄だった。これ中学生の話ですよ? 中学生なんて今思えばクソガキじゃん。何してんだろ。
もちろん、投票制度に反対して、投票しなかった子もいた。わたしはどうだっただろう。拒否した記憶と誰かに投票しちゃった記憶がごちゃごちゃになっている。わからない。とにかく、謝っても許されることではないと思う。ちなみにこの制度は問題にすらならなかった。どうやって終わったかというと、ただ自然にフェードアウトしただけだったのだ。
部長Nと副部長Aは仲が良かった。そしてよく、部長Nと副部長Aが徒党を組んで勝手に色々と物事を進めるので、部長・副部長派閥と、野良派閥でよく対立が起こっていた。わたしは部活嫌いの生徒会役員だったので、どちらの派閥にも属さず、どちらともそれなりに話していた。両派閥の仲介をして、キモいな~とか思っていたのである。あと当時わたしは四六時中恋愛のことを考えており、部活なぞどうでも良かったので、かえってうまくやれたという節もあった。そういう感じのことがずっと続くような、ダルい部活だった。
だがやはり部長Nと副部長Aはとりわけ嫌いだった。よく嫌味を言われたのを覚えている。それに、先輩にいじめられていた1年生のとき、先輩にわたしの悪口を吹聴していたのは主にその2人だった。いろいろと嫌なことがあったが、ありすぎて何を言うべきかわからないのでこの話はまた別でしようと思う。部長Nと高校が離れ、わたしは心の平穏を得た。その後Nは短大を中退し、近所のサイゼリヤでバイトをし、バイト先の店長(10歳くらい年上)にラブ♡になったらしく、インスタのストーリーで店長との夢小説?のようなものを書いていた。キモくてスクショをした。スクショはまだわたしのスマホに残っている。中学生のときわたしを下に見ていた彼女を、やっと高いところから見下ろすことができてわたしは満足している。副部長Aとも高校は離れたが、その後同じ大学で同じ学科になった。きっと、学科首席になって卒業式で登壇するわたしを見ていただろう。それを想像するだけで気持ちがよかった。相手がどう思っていようと、わたしが相手よりも秀でているという事実がわたしを高揚させた。
中学の部活ってなんであんなにキモいんだろうか。まあ、わたしがみんなに嫌われていたのは納得できる。だってわたしも、わたしみたいなやつが後輩にいたらキモいからいじめると思う。知らんけど。それにわたしも今よりずっと幼かったし、今だって対人スキルがどうとか言ってうだうだ悩んでいるのだから、当時のわたしはもっと空気が読めなかったし、きっとなにか侵しちゃいけない境界線を飛び越えたりしてしまったのだと思う。でももう過ぎた時間は戻ってこないから、これからすこしでも失敗しないようにするしかないのだなと思ってしまう。まあ、とりあえず、準備サボった後輩晒し上げ地獄制度の話ができて満足です。
なんか今日の文章、いつもと文章のリズム感がすこし違っていて気持ち悪いんだけど、もうこのまま上げちゃいます。おわり。
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学校を休みがちだった高校時代、ありあまる時間を費やしてティーン映画を観ていた。
どうしても校門をくぐれなかった日には踵を返して映画館か図書館にこもる。シェルターへ駆け込むように、スクリーンのなかに救いを求めた。サウンドトラックで耳を塞ぎながら、これも映画のワンシーンなのだ、と気が遠くなるほど長い三年間をやり過ごしていた。
God Help The Girlの主人公イヴは当時の私にとって特別な存在だった。お洒落で、ずるいくらいチャーミングで、自由奔放で、我が道を軽やかに突き進む。魅力的な歌声まで、臆病な自分にはないものばかり持っていたから。
遅刻が常習化してきた頃、よく通っていたスタジオで見慣れない制服の女の子と出会った。センスが良くて、年上の恋人がいて、はっきりものを言う。イヴのような揃った前髪とどこか大人びた横顔がまぶしい。
まるで正反対の私たちは不思議な引力にひかれて意気投合する。彼女は先輩たちとグループ展を開いたり、私はジェームズみたいな男の子とバンドを組んだりしながら、なんとか卒業までこぎつけた。
あらかじめ決められていたかのように同じ大学へ進み、私たちはあっという間に親友になった。とにかく散歩して、歩き疲れたら喫茶店に立ち寄り、また外へ繰り出す。彼女はため息まじりの私を笑い飛ばしてくれる。「ねえ、あれ見て」とうつむきがちな目線を上げてくれる。一緒に口ずさめる歌がたまっていく。二人がふたりでいるためにお金はかからなかった。
大人になった今でも私たちは正反対だ。
私がふらついている間に彼女は大企業で頑張り続けていてツミタテニーサにも詳しい。それでも久しぶりに再会すればくだらない冗談を繰り返し、変わらないね、これがいいよねと笑い合っている。なんて幸運なことだろう、ふと我に返ってしまうほどに。
思い描いていた未来にはいないけれど、ゆっくり歳をかさねるのも悪くないかもしれない。
白髪になっても二人で散歩できますように。
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何戦か味わった後、様子見がてら、休憩室でくつろぐ。ちょうどシャワー室との通り道になっているので、物色するには都合が良い。
また1人、シャワー室から出てきた。おっ!好みの背格好やなぁ!と思って眺めていると、向こうもこちらに気付く。体を拭きながら、鋭い視線。望むところだ。
後を追いかける。暗闇に入ったあたりで、その姿を捉える。そのまま吸い寄せられるように、そこに手を伸ばす。喜びで顔が、ついニヤけてしまう。やり甲斐しかない。
屈もうとすると、個室へ連れ込まれる。相手は、足を伸ばして座ると、そのまま俺の頭をそこへ誘導する。されるがままに喰らいつく。���ぐにいっぱいになる。幹をなぞる。丸い部位にも吸い付いてみる。その間を通って、また幹に、頭に戻る。さっきより開いている。透明の液体が美味い。ゆっくり、ねっっっとりと………、
その時、相手は、体を起こすと、俺の背中から覆い被さってきて、俺の両足の間に体を滑り込ませる。片手で俺の口を塞ぎ、もう一方の手で、俺の両足の間に、あてがう。先端が触れ、思わず声を洩らしそうになるが、出せない。そのまま、メリメリと音を立てるように、じっくりと進み始める。うぐ………っ!パクっと銜え込んだ。ぐぉぉ………スゲ………ぇ…っ…………うぅ……ぁ……一際ズルっと、奥が開かれる感覚があり、その様子がありありと目に浮かぶ。やべ…もう出てる………。
ゆっくりと動かし始める。うぐぅ…ゾクゾクしてたまんねぇ…丁寧にされると、自然とさらに迎え入れてしまう。その感触が気持ちいい。うぅ…う………ご………っ……………少しずつ、だが確実に……えぐってく…ださる。うぁ…涎が出ちまってる…だらしねぇ…
徐々にストロークが激しくなる。それに合わせて、奥の奥に、より強い刺激が加わる。うぁぁ…やっ…べっ………奥が…熱っ…くっ……なっ…てっ……蕩け……るっ………
「出すぞ」
ドクっ…ドクドクドク…ヌルっ……熱いっ…スゲェ……ビクンビクン…たっぷり種付けしてくださってる………嬉しい……思わず中を締めてしまう
「また出るって」
ビクン…ビシャ…ドクンドクン…ぬちゃ…ぬちゃ…うぐぅ…擦り込んでくださって…るっ……あぁ…俺もやべ…また出る…………ドク…ドクドク…っ…奥の奥に嵌め込まれたまま…やべ…またイク………あ、やべ、イク…イクイク………気持ちよ…過ぎる………やべやべ…何回も……イクっ…イクっ………
「奥に出すぞ」
あぁ…ドクン…ビクン…スゲ…ェ………意識飛びそう……………………
気が付くと、立ち込める精子の匂いに包まれて、奥をゆっくり刺激されている。
「次のやつが並んでるぜ」
耳元で囁かれ、後ろを振り向かせられると、順番待ちの列ができている………
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Hitorie - Blue Spring Punk(ブルースプリングパンク) - Lyrics English Translation
アンプリファイアに火を灯す Setting the amplifier aflame アンプリファイアに火を灯す Setting the amplifier aflame 空を駆けるティーンエイジャー A teenager soaring the skies 喉がずっと渇いていた Throat ever dry and thirsty 言葉足らずたちの箱庭 The fairy garden of those who lack words 思えば僕は恋焦がれっぱなしだ Thinking about it I’ve been head over heels this whole time さよなら、血まみれのデイジー Goodbye, my blood-covered daisy 真っ赤なノートの「」の中で、 Inside the “” in a bright red notebook, フィードバックして。 There’s audio feedback. あの娘に噛まれた喉笛、 My windpipe, bitten by that girl, 奪われた歌声 My singing voice, stolen アンプリファイアが溶けていく The amplifier is melting away アンプリファイアが溶けていく The amplifier is melting away あの娘、耳を塞いでる That girl, she’s plugging her ears あの娘、耳を塞いでる That girl, she’s plugging her ears 数百ワットで掻き鳴らす Strumming using hundreds of watts 数百ワットで掻き鳴らす Strumming using hundreds of watts 空を駆けるティーンエイジャー A teenager soaring the skies どいつもこいつもいかれていた Everyone and anyone was swept away 遂には誰も居なくなってしまったよ Until there was no one left
しまったよ What have I done
思えば僕は恋焦がれて Thinking about it I’ve been blinded by love whole time それだけで終わっちまう And that’s it, now it’s over
辿り着けないんだってことばかりさ It’s all just goals I cannot reach 取り憑かれてしまった They’ve consumed me
いつまであの頃のままで I’m still the same as I was back then 真っ赤なノートの「」の中も理解出来ずに Unable to understand what was inside the “” in the bright red notebook あの娘に噛まれた喉笛、まだ痛むの My windpipe, bitten by that girl, still aches
さよなら、血まみれのデイジー 真っ赤なノートの「」の中で、 またフィードバックして。 There’s audio feedback again. あの娘に噛まれた喉笛、傷跡、消えることなく My windpipe, bitten by that girl, and the scar that never healed それでも愛し過ぎて Nevertheless I love her too much アンプリファイアの放熱、残響に想いを馳せて I put all my emotions into the heat and reverb emitting from the amplifier あの娘にめぐり逢えはしないだろう I probably won’t have a fateful encounter with that girl 埋まる筈無い数メートルが僕の全てだったよ The few meters between us, a distance we’ll never close, is everything to me さよなら、血まみれのデイジー Goodbye, my blood-covered daisy
Footnotes:
● Title seems to be a literal translation of the kanji 青春パンク, which means young punk, like a young teenager being into punk music. ● Shinoda’s essay delving into the song (via https://www.uta-net.com/user/writer/todaysong.html?id=15199): とにかくエイトビートの速いギターロックを作るのが苦手である。苦手、というよりもエイトビートの速いギターロックこそが僕にとっての全てで、例えばリンダリンダであるとか赤いタンバリンであるとかダニー・ゴーであるとかシャロンであるとか透明少女であるとか戦場の遠距離恋愛であるとか、そういった弩級の名曲達を聴いて憧れてバンドをやるようになったので、そこに肩を並べられるくらいの名曲を書かなきゃいけないし、聴き手にそれくらいのインパクトや勇気、感動を与えなきゃいけないと特に強く思ってしまう、自分にとってとてもハードルの高い創作になってしまうのである。 Let’s get this outta the way: making eight beat measure guitar rock is not my forte. Or, rather, should I say that eight beat measure guitar rock is everything to me. For example Linda Linda or Red Tambourine or Danny Go or Sharon or Toumei Shoujo or Senjou no Enkyori Rennai, these classic songs of the dreadnought class are what I listened to while growing up, and what inspired me to join a band. So if I was going to write such a song, it was imperative that I made it at the very least impressive enough to sit beside those classics. that it had just as much impact on anyone who listened to it, and filled them with a surge of courage and emotion. Thus the creative process was an extreme challenge for me. なのでかなり勇気を振り絞って、今回のアルバムの最後を飾る「ブルースプリングパンク」を書いた。いやぁ、書けた書けた。果たして上記のような諸々をこの曲でクリア出来たかどうかはわかりませんしそこは聴き手に委ねるしかないのですが、「書けた」と自弩級ることはかなり重要だとは思いませんか皆さん、この場合。ね。 I mustered up as much courage as I could, and wrote the song to take the crown as the last track of our newest album, Blue Spring Punk. Damn, I did it, I wrote it. I don’t know if I actually cleared the challenges I had set out to do, that much is up to the listeners, but the fact that I actually “wrote” a song of the dreadnought class is what’s important here, wouldn’t you guys agree. ちなみにこの曲の原型はかなり前から、それこそアルバム『REAMP』を作ってる頃からデモが存在して、それを47都道府県弾き語りツアー「シノ鉄」の、恐らく高知公演でフル尺にして披露したわけですが、レコーディング直前で歌詞を殆ど全て書き直しました。何だかパンチに欠けたので。 An early version of this song was actually drafted quite some time ago, a whole demo existed back when we were making REAMP. It was just sitting around for a while, but then finally during my ShinoTetsu tour, at I think probably the Kouchi prefecture show, I had decided to revamp that demo into a full song and unveil it. Right before it was recorded, however, I rewrote practically all of the lyrics. They had just lacked oomph somehow.
そういう年月や工程を何度も経てそれでも残り続けた<さよなら、血まみれのデイジー>という歌詞、意味はさっぱりわかりませんがこれを超えるインパクトを持った言葉は終ぞ出て来ませんでしたし、このワンフレーズが曲中最も炸裂していて大好きです。果たして誰なんでしょうか血まみれのデイジー。きっとかなりピーキーな性格の女の子なんじゃないかと思います。 The only lyric that stuck, through all the years and all the revisions, was the line “My blood-covered daisy”. I have no idea what it means by the way, it’s just that ultimately I couldn’t come up with anything else that could surpass these words in terms of raw impact. So I dropped this line like a bomb throughout the song. In the end I wonder who the blood-covered daisy is. I think probably a girl with a pretty peaky personality or something like that. 改めて歌詞を読み直した時にあまりの青さに何だか照れ臭くなってしまい、自嘲の意味も込めて「ブルースプリングパンク」という曲名になりました。僕が高校生だった頃に、メロコアとは違うブルーハーツリバイバルのようなパンクブームが起こり、それらは十把一絡げに青春パンクと呼ばれたりしてたんですが、僕はあんまりそこに傾倒はしませんでした、聴いてて何だか照れ臭かったので。この曲名はその照れ臭さからやって来たものだと思われます。そもそもこの曲パンクじゃないし、青春パンクってこんなたくさん転調しないし。 When I proofread the lyrics the juvenileness and immaturity of them embarrassed me, so as a type of self-abasement I named the song “Blue Spring Punk”. When I was in high school, the melocore genre had sprung up as a sort of rival to Blue Hearts and spurred a punk boom. That movement and conglomeration was called “Seishun(young) Punk”, though that wasn’t really what my focus was on. ‘Cause I would get embarrassed when I just listened to this damn song. So this song name arose from that shame I think. Because the song itself isn’t even punk, and seishun punk doesn’t change keys as much as this either. それはそれとして、これを聴いた人の心の青い部分に引っ掻き傷のひとつでもつけられたら御の字でございます。 All that aside, if this song manages to leave even one scratch on the childish corner of the hearts of anyone who listens to it, then that would be a win for me.
<ヒトリエ・シノダ> <Hitorie, Shinoda>
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25歳ということ
神聖かまってちゃんが『23才の夏休み』で皮肉っぽく「そして33歳さ〜」と歌っていて、それから時間が経って実際に『33才の夏休み』という曲を出したとき、僕は伏線回収的なノリで嬉しかった反面「あぁ負けちゃったんだな」と心のどこかで感じた。
たぶん十代の頃から、漠然と自分の人生は25歳までくらいのものを想定していた。「25歳になったら試合終了ですよ」とでも空想の教師に告げられたことがあったのかもしれない。はじめはただなんとなく、そんな風に感じていた。
二十代に入ったくらいから、その思想はより明確なものになっていった。毎日の生活という雑事の重畳が、僕のなかにあるとてつもなくパーソナルで本質的でセンチメンタルな信念めいたもの(うまく形容しがたい)をすこしずつ削り減らしてゆく感覚が肥大しはじめたのだ。そんなタイミングでネクライトーキーの『オシャレ大作戦』を耳にし、「25を過ぎたら死ぬしかない」というフレーズがあまりにもクリティカルであ���た。その一文が、極めて簡潔に僕の内省を言語化してしまったのだ。
その瞬間から僕は25という歳をひとまずの終着駅と設定し、ここまで生きてきた。謎の焦燥感と謎の危機感をパンッパンに詰めた鞄での旅であった。学生が終わり、社会にまろび出て21歳、22歳、23歳と時間を消耗するにつれて、より毎日の生活というものは作業性を強いた無機質なものに感じて嫌気がさしたし、前述した特別な自意識や自己肯定感諸々、大切にしていたはずのものたちの摩滅はより出力が上げられてゆくのを強く感じた。生きることに対する虚無感が、生きることに対する意味だとか価値だとか目標だとかをおしなべて淘汰してゆく感覚があった。そんな道すがら双極性障害という診断をもらう機会もあり、25歳を待たずにさっさと死ぬべきか? と自分に問う瞬間もたくさんあった。
そして33歳さ〜、とまるで全裸で白目でも剥いて心底バカにしたような調子で歌っていたこと(のように僕は捉えていた)を実際に歳をとった彼らがアンサーしたその曲を聴いて、僕は25歳になった自分からアンサーがおりてくることを想起した。故に「負けちゃったんだな」という所感を当時感じてしまったのだと考える。いや、あくまで自分ごとであり、神聖かまってちゃんはまったく全然関係ないということを強く断っておく。ぜんぶ主観純度100%ね。少なくとも、自分は25歳で終わることで”勝ち“となる。自分はアンサーなどよこさない、と。まともに考えてみればじつに意味不明だが、そんな試合をこれまでの僕はひとりでに開催していた。
ところがどっこい現在。25歳という旗を抜いて尚、僕はいけしゃあしゃあと生きている。めちゃくちゃ生きている。毎日しっかりわんぱくにメシも食うとる。空想の教師にはとっくに試合終了を告げられたのにも関わらず、しっかりと完敗してそれでも生きている。なにが恐ろしいって、そんな25歳になってもう半年近くが経過してしまっている。 依然なんの兆しもなく、いけしゃあしゃあとだらだら生きている。
過去の自分よ。どうやら試合は終了しても、人生はつづくらしい。 毎日の虚無感も、敗北感も、閉塞感も、たいして緩和されることはない。たぶんそのニヒリズムは世界の正解だと、現在の僕からしても大変共感できる。お前が見つけてくれた。いろいろ手放したから、それを拾えた。こんな風に表現すれば多少は格好つくとおもうわ。
死ぬことはおそろしい。生きてゆくことはもっとおそろしい。いかなる致命傷も損失も消えることはない。けれども自意識での反抗だけで歯止めが効くほど人生に融通はきかない。とくに考えが大きく変わるきっかけがあったわけでも、なにか著しい希望を見出せたわけでもない。どうせすべては虚無である。あまねく意味も、価値も、とどのつまり淘汰されてしまうものである。
25歳という年齢のステージがそういうものなのか、それともただ僕という人間の底が浅すぎるだけなのか、どちらにせよ最近の僕は未来のことを考えることが増えてきた。以前のように絶望感で打ちひしがれることも減り、とはいえ一寸先の暗黒が晴れたとはとても思えないが、それはそれで目が慣れてしまった。あー、うん、そうだ。それだ。いつまでもウジウジメソメソしていたら、先に暗順応が完了してしまった、という感覚がなんだか近い。あるいは毎日の虚無感が、いよいよ希死念慮だとか生きることの息苦しさまでなあなあにしてしまった。それも近い。いや、やっぱりただの躁状態期間なのかもしれない。もうなんでもええです。
結局、こんなもんなのである。あんなにずっと拘ってきた25歳という年齢。しかし実際に通りすぎてしまえば、ただのおなじ虚無である。終着駅だから降りたけど、ぼさっと立っていたら乗り換えが来た、みたいな感覚。相変わらず夜ばかり簡単に明けて埒はちっともあかない毎日だが、こんなことのためにわざわざ小さい頭の容量いっぱい使ってうわんうわん嘆いたり喚いたりするのもいい加減くだらないじゃないか。今はただ、そんな風向きのとおりにしたがっていることにしよう。だれもかれも最後に待つのは等しく完璧な虚無である。ちゃんとおしまいおしまいがある。
昔の僕は、このくそったれ現状のアンサーをだされたらすぐさま『妥協余生❗️』と名札を貼りつけるかもしれない。そうかもしれない。否定もできない。だからまんまとそのワッペンを胸につけて、また鞄も背負いなおして、重たい足取りでつづけてみることにする。最後に大好きなこの歌詞も引用しときたい。
『つづきを進む恐怖の途中 つづきがくれる勇気にも出会う 』 BUMP OF CHICKEN / HAPPY
好きな音楽や言葉はポケットに詰めこむことにする。するともっと重たくなった足取り。
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映画『グレース』 (Ilya Povolotsky 2024)

2024年11月15日、bear's book store × Cineruelle主催の上映会にて鑑賞。
「2023年カンヌ映画祭に出品された唯一のロシア映画」との事で、今、ロシアで何が撮られるのだろう、と思いながら楽しみ(というのも変な言葉だ)にしていた。
ロシアの映画というと、個人的に重要な映画『父、帰る�� のアンドレイ・ズビャギンツェフ監督のことを考えてしまう。 2016年公開の『loveless』。離婚間際の両親(どちらも不倫している)の言い争いに耳を塞いでも耐えられずに家を出て失踪した子どもを探すだけの映画。その背景で、車載ラジオからクリミア併合のニュースが流れ、ラストシーンでは母親は「Rosia」と書かれたジャージを着てランニングマシンの上を走る。直接は言わないこと、そのことによって映し出す表現。
今作をみるうえで、事前にそういったものを身構えていたのかもしれない。 確かに、記号的に読み取ることのできるシーンはいくつもあった。初潮。少女がきている服。ゆっくりと崖を降りる車の赤色。 髪を結ぶこと。あるいは、屠られる子羊のショット。スマホが普及しているにもかかわらず、手焼きのポルノDVDを売り歩く父親。馬に乗った、アジア系の顔つきをした人々。 検問。銃。疫病で大量死した魚。 見終えてすぐは、そういった記号や、ストーリーが何のメタファーであるか、とか、そういった読みの為に、もう一度見たい、というのが第一の感想だった。 上映後、主催の方が簡単な挨拶をされた中で、『孤独』という言葉が挙がった。 孤独、あの親子は、父親と、娘は孤独、だったのだろうか。 「いままでの映画はわからなかったけれど、今回のはわかった」他の来場者の方々の声が聞こえた。 わからない、受け止め切れないまま、会場をでた。
会場を後にして、同行してくれた恋人と共に、シャッターの降りた商店街を歩きながら映画の感想について話した。 話しながら考えていた事のメモ。 母の不在について、そして大人になる、という映画だった。 『父、帰る』とのラストシーンの類似点と比較について。 海から背をむけて、どこへ帰っていくのだろう。 「ロシア」という国固有の事情は背景としてしっかりと映し出されていながら、そのなかで、寄る辺のないというか、 「どこにいってもそこは居場所ではない」という映画であるような気がした。 わが国の例えばアニメーションにおいて「居心地の悪さ」が描かれるとき、それは自意識の問題として描かれることが多いような気がするのだけれど、グレースとその父親の「居心地の悪さ」は、それ以上に、社会的・政治的・外側に立っている、そこにしか立ちえないが故のものであって、ロシアという地で映画を撮るという監督の立ち位置が表れているのでしょうか。 ということを置いておいたとしても、ひとりの少女の人生の一つの季節を通過する物語として素晴らしい映画だった。
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別にこの人に限らず、ゾーニングという言葉を「俺が目や耳を塞ぐのは嫌なので、お前らの方が俺に合わせて顔や名前を伏せて生きろ」という意味で使ってるワガママ中年は本当に多い。ネット解約して隠遁生活しろ。
[B! 差別] 18禁の仕事で有名になった人は、普通にゾーニング対象であって欲しいけど。もしくはコンテンツ(広告や動画)側のゾーニングをもっと厳しくするか。/ゾーニングの話に「需要と供給」を持ち出すのはかなり頭が悪い気が - nyakapoko のブックマーク / はてなブックマーク
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「眼を瞑(つむ)って、そう、大きく、大きく息を吐くのよ」 辛いときお袋に相談すると、いつもそう言われて育った。成績が悪かったとき、友達から嫌われたとき、ささくれだった心を治してくれた。いまでこそ、成長して大人になって、それが「集中力のゾーンに入る」とか「怒りの制御(アンガーコン��ロール)」といったガクモン的な言葉になって理解できるようになった。まあ、大人になったから良かったかと言われると微妙なところではある。子供のころは、単にヨガ好きのお袋がことあることに呪文のように言っていることを、素直に繰り返しているだけだった。でも、お袋が話を聞いてくれた、それだけで良かったのを思い出す。 そういう、ちょっとしたアイデアを伝えてくれたあの優しいお袋は、何も言わず、少し硬いベッドでわずかにほほ笑んだように眠っていた。 私は、眼を瞑った。 数年前、帰国したばかりの私の電話が鳴って、駆け付けたときには、お袋は別人のようになっていた。重度の脳梗塞という。「幸いにして命は取り留めそうだが、どのくらい身体の機能が回復するのかは分からない」と担当した医師は告げた。深刻そうな顔だ。看護師も、こちらからの質問に対しては決して楽観的なことを言わない。これはもう、しょうがないと思った。諦めているのではない。手の届かないところで起きてしまったものは仕方がない、としか思えなかったのだ。そう自分に言い聞かせながら、診療室でぼんやり医師の話を聞いていた。 担当医の説明が一通り終わると、外の廊下の長椅子で親父がしょぼくれて座っていた。普段は意味もなく「ガハハハ、ガハハハハ」と豪快に笑っている男であったのに、長年連れ添ったお袋が病床に臥すと途端に意気消沈するものらしい。改めてみると、親父もずいぶん老け込んだ。私が子供のころは怖いぐらいに筋肉質の大男だったのに、30年の歳月を経て風船が破裂したようにしなびた老人になっているのを見ると、数年後には豆粒ぐらいの大きさにまで縮小しているんじゃないかという猜疑心すら湧く。そのまま土に埋めて水でも撒いたら親父の双葉が芽生える勢いだ。親父とお袋は老夫婦二人で暮らしている状態だったので、世話になっている警備会社に連絡を入れて、入院の間は一人暮らしの父のためにヘルパーと買い物の補助や弁当のサービスを契約してやった。 血を分けた息子である私には優しいが、お袋は機嫌が乱気流のように激しくて、そのたびに家族やら親族やら出入りの業者やら、誰かれ構わず喧嘩をしていた。幸いにして見つけた私の伴侶たる家内とも些細なことで喧嘩したまま、家内は家内で体調を崩してしまった。どこの家にも姑と嫁の問題はあるかもしれないが、客観的に見て家内のほうが物を申す筋は圧倒的に正しかったので家内に申し訳なくて、最終的に私もお袋と話す気力もなくなった。それもあって、実家から足はさらに遠のいた。家内の父も母も決して体調は芳しくなく、育ち盛りの子供たちの育児にも奔走せざるを得ないので、必然的に親父やお袋の世間的な面倒は私が看るしかなかった。家内の助力は得ようがないとは悟っていたが、書類その他整理するだけでもこんなに苦労するものだとは思ってもみなかった。それにしても保険証だ銀行の印鑑だと年寄はモノを失くす。たったいま捺したと思ったその判子をいきなりどっかにやってしまうのだからどうしようもない。 数日経って、お袋の意識が回復して一般病棟に移ったというので病院に足を向けてみると、お袋が懸命にフガフガ言っている。何かを必死で伝えたいらしいが、口が動かず何を言いたいのかさっぱり分からない。ただ、深刻な表情のままの医師から、半身不随にはなったが一命は取り留めたと聞いて、俄然親父が元気になった。もうお袋を連れ帰る気マンマンである。倒れたばかりで、これからリハビリだぞ。無理に決まってるじゃねーか。病室の薄い扉の向こうまで響く「ガハハハ」という声が入院棟にこだまして、眉をひそめて困惑する看護師たちにおずおずと注意されるまで、口の回らないお袋相手に親父はずっと話しかけ続けては大声で笑っていた。親父なりにホッとしたのか、あるいは気遣いもあったのか。 お袋が急性期を脱してリハビリ病院に転院すると、長引く入院が堪えたのかお袋は一日も早く退院したいと訴えはじめ、親父は親父で「ママのご飯が食べたい」と言い出した。年寄どもめ、こちらの気持ちも分からずに我が儘ばっかり言いやがって。ここから制度上目いっぱい入院できる半年間のリハビリ病院の生活が待っている。退院までしばらくはかかると伝えたら、今度は親父が露骨にがっかりした。年ばっかり取って、なのに、だらしない男だ。ジェットコースターのように気分が上下していて、こちらが悪酔いしそうになる。私も家内の体調が良くないし、育児その他家庭のこともあるし、極めつけは頻繁にあちこち出張もするので、実家には寄り付かず、ヘルパーさん任せで行けるところまで行こうと思っていた。 転機はあっけなくやってきた。人間、80代にもなると病気のデパートだ。お袋の退院も間近というところで、お袋の入院している近所の総合病院から「お父様が倒れました。すぐにきてください」という連絡を受けたときは、しょうがないと思った。買い物中に腹が痛いと言ってひっくり返ったという。家で倒れたら見つかるのが遅くて助からなかったはずが、人でごった返したスーパーの中で倒れるとは、親父もなかなか運のいい男だ。結局、夫婦仲良く同じ病院に運び込まれていて、どこかで見たことのある医師が相変わらず深刻そうな顔で「命には別条はありません」と説明してきた。集中治療室の窓越しに寝ている親父を見やると、口元にあてた透明の酸素マスク越しに口をせわしなく動かしている。まさか「ガハハハハ」とか笑っているのではあるまいな。 心配する家内や約束をしていた取引先に連絡を���れ、警備会社に実家の鍵を開けてもらった。正直、帰るのは十数年ぶりである。我が儘放題な親父とお袋に堪えかねて、折り合いの悪くなった我が儘放題の私は長年家を出たまま、誰からも迎えられることなく凱旋したというわけである。懐かしい記憶も、不愉快な思い出もたくさん詰まった古びた家だ。北向きの私の部屋は、半分物置になっていた。ヘルパーさんはちゃんと仕事をしているらしく、親父らしくなく綺麗に畳まれた洗濯物や、丁寧に掃除されたカーペットにはゴミ一つ落ちていなかった。ただ、どうやら私が手配した弁当屋はいつの間にか解約したらしい。親父が男手で料理したと思われる缶詰類が台所のゴミ袋に山と詰め込まれている。カロリー計算も食事のバランスもあったものではない。年寄が何ていう食事をしているんだ。そりゃ倒れるわ。 親父の保険証を探すべく、書類入れを漁ってみると、果たして後期高齢者保険証はぐちゃぐちゃながら存在した。しかし、それ以上に困ったのは支払われないまま放置された税金関連の書類と、大量に届いている請求書、そして滞納に対する督促状の束だった。どれも未開封で、一人暮らしになった親父の「絶対に支払うつもりはない」という強固な意志を感じさせるには充分な書類の数々である。いったい何をしているんだ、親父。しかし、とっくに督促期限が過ぎている住民税や固定資産税の書面にはいますぐ差し押さえるぞぐらいのことは当然書いてあるし、そればかりかまだ入院中のお袋の入院費用の請求まで無視ぶっこいてたことに気づいて、私は失神しそうになった。何で払わないんだ。仕方がないので、支払いの目録を作って一つひとつ連絡して回り、その場で支払えるものは片っ端から払っていく。 ……と、書類入れの下のほうから、これまた封の開いていない家庭裁判所から親父宛の分厚い書類が出てきた。随分、古い。中には、調停の決定という書類とともに、私の人生で見たこともない人物の名前と、それらが親父の家族であり、子供であるという内容が記されていて目を疑った。またか。別の封書には先方の代理人からと思われる文書が入っており、妙齢の女性と若かりし親父が赤ちゃんを満面の笑みで抱き上げている写真が、そこにはあった。何だこれは。腹が立つとか、悲しいとかいう感情ではない。最初に湧き上がったのは、しょうがない。これはしょうがないのだ、という虚しい心である。 私は、深く、大きく息を吐いた。 私の家でも、それなりの苦労はあったし、老齢に達して病に伏す親父とお袋をどう面倒見ていくのかという重い課題はある。しかしながら、それとは別に日々を「ガハハハ」と笑い飛ばして明るく暮らしてきた親父には幾つかの顔があり、お袋との生活の裏側にもっと幸の薄い家庭があったのかと思うと、この果てしない虚無から這い出すべっとりとした怨���のようなものを感じずにはいられない。息苦しい。その苦しさから怒りがニョキニョキ湧いてきた。 私も人生いろんな経験をし、またさまざまな人生を見てきた。私の感じる苦悩も困難も、自分なりに考え、対処しながら一歩一歩前に進み、丁寧に手を打ってこんにちがある。その間、別れて暮らしていた親父もお袋も、年を取りながら積み重ねてきたものがあると信じたい気持ちが強かった。しかし、そんな老夫婦が暮らす空虚な家に仕方なく足を踏み入れてみれば、請求書と督促状と、知りたくもなかった家族の新たな秘密だ。馬鹿野郎。みんなくたばってしまえ。可及的速やかにだ。灰も残らず消え去っていただきたい。支払いも不幸も知らないうちに、そっとお迎えが来ればみんなハッピーなんだろ。 積みあがった書類一式をぶん投げたい気持ちとともに息を大きく吐き出すと、それが退屈しない人生って奴だろ、と私の耳元で何かが囁く。こんな両親からもらった命である。しょうがない。しょうがねえなあ。病気になるのも、外に種がこぼれるのも、起きてしまったことをグダグダと考えてもしょうがねえんだよ。極論を言えば、私が生まれてここで幻滅しているのも、しょうがない世の中の避けようもない事柄の連鎖のひとつでしかない。対処できる奴が、対処できることを一つひとつ積み上げてやっていくしかないんだ。 諦めるしかなかった。この空っぽな家から生まれ落ちた自分が、親父とお袋の業を背負った生まれながらの一番の咎人なのである。主がこの現世から去ろうとするいま、私がこれを担うしかなかった。しょうがねえなあと頭をかいて事態に立ち向かうしか、きっと許されないからこそこの家は空虚なのだろう。 その空虚な家へ、一足先にお袋が退院をしてきた。半身不随とはいえ頭脳はかなり回復し、杖があればどこまででも歩いて行けるほどに機能を再獲得した。実に、元気である。待ちに待った自宅へ帰ってきたのだ。お袋は、良くしゃべり、良く笑った。親父が帰ってくるまでに、家じゅうを掃除しなくちゃね、と不自由な身体をせわしなく動かしては、せっせと居間を掃除している。ヘルパーさんが入っていて、掃除は充分行き届いているのだが、掃除をしているという気持ちがお袋にとっては大事なようだった。 もうヨガなどやることはないのに、ヨガマットを丁寧に丸めて部屋の端に立てかけた。長年愛用したマットだ。その横にある写真立てには、親父とお袋が私を挟むように写したお袋お気に入りの写真が飾られている。一通り掃除をし終わって疲れたお袋は、思い出の詰まった薄い写真立てを抱きかかえるようにして、私に「ちょっと。静かにして頂戴」と言った。さっきから、私は何も言っていない。何か幻聴でも聴いているのかと尋ねようとする間もなく、お袋は安心したのか低く硬いベッドに体を預けるとすぐに眠ってしまった。初夏の日差しは強かった。淡い色の薄手のカーテンを閉めると、私は休んでいるお袋の枕元に座った。 親父は果たしてこのまま退院するのだろうか。最悪の病状を脱し、住み慣れた愛すべき家に帰って幸福を満喫するお袋と、やはり老齢の域に達し徐々に衰えていく親父とが暮らしていくことはできるのか。知らない家族とか。財産とか。心の中に溜まった滓のような悩みを、息に乗せて深く吐き出した。 ◆ 閉じた眼を開けようとしたその刹那、私は知った。私もまた、この空虚な家の一部であることを。もう子供のころ無邪気に話した、笑う親父も優しいお袋もこの家には誰もいなくなって、やがて私は、この虚無の主となるのだろう。 すべてを、悟った気がした。その瞬間、気配を感じた。もう失われた、子供のころの、この家の何かだ。帰るところは虚無に飲み込まれて、ただ生きてきた記憶だけが紡がれる。それさえも、いずれ私が朽ちるころにはいったい何が残るだろう。 そっと眼を開いて、お袋の姿を見た。
眼を瞑って、そう、大きく、大きく息を吐くのよ | 文春オンライン
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2024.07.29
2024.07.29
一つ歳をとるたびに、生まれ変わっているような気がする。
人生にはいくつかのフェーズがあって、ここ半年の間にそろそろ次への転換期が迫っているように感じている。第一期が小学生、第二期が中高生、第三期が学部からM1、そして、M2の途中から今にかけて第四期の訪れを感じている。もちろん、環境が異なるのだから、生活や生き方も異なるだろうが、それだけでは済まされない、もっと根本的な差異があるのだ。 一つのフェーズが終わると、かつての自分が別の人間のように思えてくる。あんなに慣れ親しんだ思考や感情や身体が別人のように一人歩きする現在があるのだ。過去は幽霊となり、今ここの身体をすり抜けてゆく。その奇妙さはいつまでたっても慣れないが、異質さの心地よさがそこにはある。「私」が同一ではないと知るのは、自我の根幹を揺るがす恐怖であるが、同時に、複数の「私」たちによって照射される現在の私がいる豊かさを知ることでもある。これだけ複数の「私」を生きてくることができたのだと気づく。手を伸ばせば世界のどこまででも触れることができたあの頃、生きることの閉塞感から早く逃げ出したかったあの頃、翼を捨て人間としての輪郭をゆっくり描き始めたあの頃、どれもが姿顔かたちの異なる「私」で、こんなにも多くの「私」を生きられたのかと思うと,感慨深く感じる。そして、どれもが今の私を眼差している。人は他者によって自己を規定されるというが、ならばその他者は,「私」たちのことでもあるだろう。あなたたちがいてくれたから、「私」がいるのだ。
アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドは,すべての存在を等しく実在するものと捉えそれらがつながり合って存在すると考えた。それは、同一のものとして存続し続けるのではなく、瞬間的に関係しては新しいものが生み出され、過去のものは消えていくのだという。さながら、アニメのコマ送りのように次から次へとセルは移り変わっているものの、描かれる対象自体はあり続ける。過去の内容は新しいものの内に内包されているため、失われることはない。複数の「私」たちもこれと同種の構造で考えることができるだろう。見えなくなっているだけで、失われることはないのだ。そして、関係の先には、出会っていない「私」たちがこちらを見つめている。
読むことと書くことが好きで本当によかったと思う。文字が好きで、文が好きで、ことばが好きで,本当によかった。ことばも私を好きでいてくれたから、生きてこられた。色彩もにおいも温度も、世界の手触りを教えてくれたのはことばだった。ことばを見ると風がふきぬけ、ひかりがまたたくから、走り出したくなって、ことばを選び、紡ぐ。いてもたってもいられない衝動を、ことばによって拡張された身体を使って解放していく。それは、走ることでもあり、編み上げることでもあり、扉を開くことでもある。散らばったことばたちをよりすぐって、手触りを確かめる。心は彼方まで駆けていこうとするから、追いつくのに必死だ。見えない足跡を、織り交ぜられたテクスチャでたどっていく。ザラザラしていたり、やわらかかったり、なめらかだったり、馴染みがなかったりすることばをつないで追いかけていく。ことばはことばと出会うことで、なんにもなかったところへ新たな扉を開く。扉は、細く開かれ、くもの糸のような光がこぼれる。平面だった世界は、瞬時に立体となり、昨日と今日が、どこかとここが、あなたと私が、透明な線でむすばれる。どこへだって行ける線だ。春の昼下がりの風も、夏の始まりの熱も、秋の夕暮れの音も、冬の朝の空気も、扉の向こうにあって、いつだってそれは開かれる。線は交わり、絡まりほぐれ、わからないことがわかったり、わかっていることがわからなくなったりする。私の衝動と、ことばのエネルギーが混じり合って渦になって、飲み込み、飲み込まれる。それが心地いいから、心はもっと向こうへ駆け抜けたくなる。生きていてよかったと思う。「私」でいられてよかったと思う。誰とも共有されないこの瞬間だけは失いたくないと思っている。いつかどこかのあなたたちや、あの日の私によって紡がれたことばは、音となり熱となり私を生かし続けている。
新しいフェーズを生きるにあたって「私」に覚えていてほしいことは、扉の向こうから差し込む光や、巻き起こる渦が、文字ではなく人間によっても生まれるようになったことだ。まっすぐに話をしてくれる人と、ことばを交わすとき、遠くで蝶番の軋む音がすることがある。相手のことばと私の心が混ざり合って、見たことのない動きを見せる。小さい人たちのことばに耳を傾けるとき、どこかでチカっとひかりがまたたくことがある。その先に私が知りたいと思っていたことがあるような気がして、もっともっと続きが聞きたくなる。ごくまれにこうした瞬間が訪れるので、生きていてよかったと思う。人間として生きることがようやく楽しくなってきた。それは、「私」たちも含めた、あなたがたとの出会いがあるからだろう。出会うことはどうしようもなく怖くて、影響や関係からは逃れられない行為だ。それでも、出会うことの歓びを知ってしまったから、新しい私を生きることになったのだろう。ならばこそ、開かれる扉とその先で結ばれるまだ見ぬ「私」たちのことも恐れずに、いつか出会う日を待っていることにしよう。
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250113 OVERLAP
わたしがもし、わたしの同期の友達のスゴすぎる活躍を「見なかったこと」に出来ていたならば、わたしは今ほどメチャクチャな生活送っていないし結婚もしてないし子供もいない
能力相応の椅子に座って能力相応の卑屈さ抱えておめおめと生きていた。そっちこそが正しい私の人生。ね、なんで目をつむり耳塞ぐ努力怠っちゃったんだろね
後悔はまるでないが、それは「やっちゃった側の認知バイアス」だろうよ
人を●しちゃった人が長生きするなら最終的にそれをやった自分を許して居直る以外ない
善とか悪とか有益とか無益とかは「生涯で動かせるエネルギー量がめっちゃ小さい人々」がすがる幻でしかない
無論、わたしもそれにがっつりすがってる
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私は私が「元気に普通に生きる様子」を野放図に発信することで、それができない無数の人々を意図せず自然に傷つけている
そしてその事実を知覚することは私にとってなんも得がない
だから認識しそうになったら素早く忘れるよう心がけている
「強くなること」は「弱かった頃の自分のリアリティを毀損する蛮行」に他ならない
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私は、人生これから好きに生きると決めた瞬間病気になった、体に麻痺が残り、色々悲観していた。やっと少し動けるようになって彼女が、欲しくて、ビアンバーに行ったノンアル飲料を飲んでいたら、隣りの席に素敵な女性が、座って私の動かせない手を観て爪ガタガタだねと、次の手入れをしてくれた、本当に動かせないのと、聞かれて腹筋に力入れてる肘曲げるぐらいかな、指は、ぐーのまま動かす気が無いんじゃないのと、左手を彼女は、パンツの中に突っ込んだ、ひさびさの他人の股だと思い動かない手に動けと、念じた少し指が、動いた、エロになら反応するのか、仕掛けた、女性も、手が、何もしないから呆気に取られてる、手変えていいと聞くと、こっちも、爪の手入れしてからね。右手の爪も、綺麗に手入れされた。
首筋の匂いを嗅いで鼻息が相手にかかる、はいお終いと、右手の爪の手入れが終わった、手入れ替えていいと、聞くと、席変わらないと入れられ無いわよと、席を立ち女性が、背後に立って場所変えようと誘われてわかったと、席を立ち杖を取る、会計を済ませて2人で店を出たタクシー止めてどこ行くのと、聞くと、私の家と、女性が、答える、マンションの玄関回しに着いてタクシーを降りた、女性が、私の動かない腕を組んで歩いて入っていく、エレベーターに乗って女性が、最上階のボタンを押した、エレベーターが止まると、いきなり玄関だった一軒しか無いのと、エレベー���ーを降りて玄関の中に入って靴を脱ぐのに、椅子無いと、聞くと壁の取ってを引くと椅子になる、椅子に座って靴を脱いだ、女性が、腕を支えて立ち上がらせて、くれた、リビングに入ってソファーに、座らせられて、女性が、飲み物持ってくると、キッチンに、いくリビングを見回すと、棚には、ペットの写真が飾ってある、今は、飼って無いのかな、気配が無い女性が、私に水を持ってきて、女性は、缶酎ハイを持ってきて、ハイ乾杯と、缶とペットボトルをぶつけて乾杯した、ねえ、今さらだけど、なんて呼べばいい私は千種と、女性が言ったあなたは、と聞かれて猫と、答えた、それは、夜の事と聞かれて違います。千種が、ネコでしょうと、言って千種の顔が近づく動く方の手で、千種の顔を撫でるキスして、千種が、シャワー浴びてきていいと、いいよ。トイレの場所だけ教えてと、言うとアソコと、指さすが同じドアが何枚かあるからどれと、聞くと、千種が立ち上がり、トイレのドアを開けた、わかったありがとうじゃシャワー浴びてくるねと、リビングから出て行った、シャワー終わったようでドライヤーの音が聞こえる、バスローブ姿で、千種がリビングに入ってきて、私の膝の上に座った右手を掴んで触っていいよと、バスローブの隙間に手を入れて胸を触る、すべすべだなと、思い首筋を舐めると、千種が、あっと小さく声を出す胸を指で、円を描くように下から撫でている頭頂部に近づいてきて千種が、ああんと、声が出るトップを触ると、千種がもじもじしだす、トップをキュッと摘むと千種の体が反応する、千種こっち向いてと、キスする、唇を堪能していると、口が開く舌を入れて、口の中を愛撫して千種が寝室に行こうと、私を立ち上がらせた、その前にトイレ行くと、トイレに入ってスッキリして
千種がドアの前で、待っていた、腕を組んで歩いて寝室に入る、千種がベッドに、寝転がるネコ好きにしてと、私重いよと、重さも感じたいからとベッドに座って服を脱ぐと途中から千種が手伝う焦ったいようだ。千種にキスして体を半分重ねる右手で、千種の体を顔から撫でる胸で、トップを触り摘む千種の触ってない方の胸をキスする、手はお腹を撫でて下腹部に向かう薄い毛を撫でて鼠蹊部を撫でるともう濡れている、指で穴周りを撫でると、千種が抱きついてくる、千種にキスして耳をしゃぶると、更に声が出るあんと、指が下の硬くなったクリを撫でると、千種がさらに内股になりいいと、声に出すコレとこれどっちがいいと、撫で方を変えたら、最初のがいいと、答えたので、少し皮を剥きながら、撫でると、千種が中もと、欲しがる指を中に入れて撫でいいとこを探す、あっあっそこと、気持ちいいとこを教えてくるから、ココと、中の上を撫でると脚がピーンとなったナカイキしたようだ。千種にキスして体をなんとかして、動かして千種の股に自分のを擦り付けるゴメン重いよねと、言うと千種が両手で顔を挟んでキスしてくる猫体が、治ったら何したいと、聞かれて体バキバキに鍛えたいと、答えたら、千種がふっと笑った、鍛えてどうするの、千種とデートする。鍛えなくても、デート出来るよね、千種と並んで歩くなら格好いい方がいいかなと、思ってね、病気になって体ぶよぶよだからさ、千種可愛いのに隣が、豚みたいなのだと、千種が、ナンパされるから、千種が、私お金は、あるから治療してあげようか、私クリニックの院長なんだよね。だから、治療出来るよ、払うお金がないよ、そこは、惚れた弱味って事で無料で、治験者対応で、やれば問題ないから、腰止まっているよ、ゴメン体上手く動かせない千種を気持ち良くさせたいのに、私が、動かすよと、下から腰を動かしてくれる。猫は気持ちいい千種最高だよ。キスも気持ちいいし。千種そのまま擦ってもう少しで、千種を抱きしめてイク千種が、ふふっ気持ち良かったと、聞く良かった。千種にキスする。私も良かったと、千種が言う私は、本当にと、言った嘘は、言わないよと、ほっぺを摘まれる千種の舐めていいと聞くといいよ、とニコッと笑う体をイモムシのように下に移動して千種の股にやっと辿り着いた千種の愛液を舐めて綺麗にしていき、陰経を口に含む口の中で、舌で舐める穴に舌が入るように千種の股を広げて舌を中にいれた、中を舌で味わうと、千種の声が大きくなって喘ぐ指で突起を撫でると、腰が浮く脚がピーンとなる。千種がもうダメおかしくなると、千種が止める体が上に逃げた、追いかけると、千種が、体を起こした。私はもういいからと、しつこかったと聞くとイキすぎておかしくなりそうだから、気持ち良かったよ。ゴメンね、経験人数少ないからさ、加減が分からなくて。千種が、私の体をひっくり返した仰向けになった千種が、私の股を触りだした、千種何するのと、猫をネコにすると、クリ撫でられる、体は正直に反応する千種が撫でられるのは、気持ちいいと聞かれていい千種キスしてと、甘えると、可愛いなぁと、キスしてくる私から舌を入れる千種の指に力が入る腰が、もっと強く刺激されるように指に押し当てる。千種とキスしたままイク千種を触りたいけど動く方の手が、反対側で届かない千種体私の上に重ねてと言うと千種が、重なる、これで手が、届く千種の股に手を運び股が濡れている突起を撫でると千種が今私のターンだから、ダメと甘い声で言うけど、穴周りを撫でると
甘い声が漏れる少し体を起こし千種の中に入る千種が、私の体を起こした。指を奥まで入れると顔を胸に押し当てられる口と舌で胸を貪ると、乳首が立っている、キスして唇で摘むと中が、動く、体勢的に動かせないけど、指先だけを動かす、千種が、自ら腰を動かしている。千種がイッタ頭をぎゅっと抱きしめられて、胸に鼻と口を押し付けられて、息出来ない離れようとしても、力が強くて顔が、離れない言葉にしようにも口も塞がれている、指でクリをぎゅっと摘むと千種が、抱きしめる力を抜いたやっと息が出来た千種がなんで摘んだのと聞くから千種に頭抱きしめられてちっ息しそうだったから、千種が、摘ままれたから、疼いたと、イカさてと、指で、クリを擦る千種にキスしてクリを撫でると千種がイクもうエッチなのねそうだよ、ずっと1人エッチしかしてなかったから、反応があると興奮するし、もっと鳴き声聞きたくなる。その割にエッチな事上手いね、インプットは漫画とかで、したからね、その分エッチに貪欲にはなっているかもと、アウトプットを受けてくれると、聞くと余りしつこいのは、無理よと、言われてしょげると無理な時はちゃんと言うから聞いてよね、キスしていいと聞くとキスされる、キスぐらいなら聞かなくても、していいわよと、千種を触ってもいいと聞くと、入れたらダメよと、言われてなんでと言うと明日仕事出来なくなるからと、千種の下の毛を撫でてさらに下を撫でる内股を撫でると千種が、少し反応する千種可愛いってキスしてなんで、明日仕事出来なくなるのと、聞くと、思い出したら、仕事出来なくなるのと、真っ赤になる可愛いとキスしてクリを撫でるダメ明日仕事中思い出してエロい顔になるからダメと、言うが手を振り払わない、過去にそんな事があったのと、聞くと仕事中顔が、ニヤついて周りから彼氏出来たのかと、聞かれて答えるのが、面倒だったのよ。彼女ですとは、言えないから私の職場ほぼ女性だから、彼女とか、言うと変な風に言って来る子もいるのよ、私の事好きだったから優しかったんですかとか、それは、面倒だね。千種濡れてきたよそれは、そうでしょうクリそんなに気持ち良く触られたら、感じるものと、クリだけでイクと中イキしたいと、ワザと聞くと、中イキしたいと答えるキスして穴周りを撫でる入り口を指でなぞると抱きついてきたキスして、ゆっくり中に入れる、さっきは千種が動いてイッタから、今回は、私が動かしてイカせたいなと、中を撫でて千種の反応がいいとこを、しつこく撫でる千種可愛いね、今恋人は居ないのと、聞くと募集中と、私立候補したい。ハンデ持っていて、年寄りだけど、いいかな、千種が、体の相性も良いし、いいよと、言うので、真面目な顔して、千種の左手を持って付き合ってくださいと、左手の薬指にキスした。
千種が、キザだねと、言っていいよ、昔も体から付き合った人がいて、付き合うとは言われてないと言われたから、ちゃんと言って付き合うありがとうとキスする。
明日私のクリニックで、どの治験するか、決めようねと、申請とかで、始めるのは、許可出てから、だから、他と共同研究なら、早めに治験できるかもと、千種が言う本当にいいの。私のクリニックも実績出来れば患者増えるし、上手く行けばウィンウィンだよ。
明日一回家帰ってからで、いい猫こそ誰かいい人いるんじゃないのと、千種に聞かれて居ないよ。千種可愛いねと、キスして抱きしめる。家に猫がいるから、エサと、トイレ掃除しに帰りたいんだよ。気になるなら、付いてきてよ、千種可愛いくて、若いのに、私みたいなハンデ持ちの年寄りでいいの、千種小さくて可愛いから人気でしょうと、言うと、私の金目当てしか来ないのよ。猫みたいになにも知らない人が珍しいもの私のタイプだったから持ち帰ったのよ。光栄です千種私と、付き合ってください左手の薬指にキスする。千種がいいわよ。タイプだから。千種実は結婚してるとか、言わないよね。千種は男もイケる人それは、今はないかな、昔は私自身のせいたいしょうがわかって無かった頃に男と付き合ったけど、女性が、好きなの自認してからは、ないわよ。良かった好きな人また、男に搾取されるのかと、思うと付き合って、いても捨てられるから、千種が、キスしてそんな事しないわよ。こんなに可愛い猫を野良にしないわ。ずっと可愛いがりたいのよ。本当に、千種もっと千種触ってもいいとキスして抱きつく、千種が、いいわよ。明日起きれるぐらいの体力はあると思うから、千種にキスして今までの寂しさを埋めるように千種に甘える。猫は本当の猫みたいね。千種に頬擦りして首筋を舐める汗を舐めとると千種が、お互い色々まみれてるから、お風呂入ってから寝ようかと、千種が携帯で、お風呂を溜める。お風呂が溜まりましたと、機械音声が、聞こえた、千種が、ベッドから立ち上がり私を手助けして立たせて歩くのを補助して風呂にいき、裸だから、そのまま浴室に入る、お風呂のイスに座って千種に、体を洗われる千種は、自身の体も、同士に器用に洗った。私を抱えて湯船に入る、私は、ハンデになってから、湯船に浸かった事がない、滑って立ち上がれなくなると、ヘタすりゃ溺れて死ぬ、千種に抱きついて湯船を堪能する、千種にキスして、私の上に千種が座っている。胸を揉んでしゃぶり千種が、お湯入るから中で、弄らないでと、言うので、湯船に座ってもらい、内股を舐めて穴にいく、舌で、穴を舐めて穴の中に舌を入れて中を刺激して、クリを指でクリクリする。千種が入れてと言うけど、千種にキスして千種指しか入れるモノ無いよと、入れて出して子供欲しいと言われて膣液なら入れられるけど、精子は指から出ないよ、子供作ってあげたいけど現在の医療技術じゃ出来ないよ、10年ぐらい経つと変わっているかもね。
ピンポンと一階のオートロックの呼び鈴がなって浴室にある、インターホンに映像が、��る声も聞こえる、ちーちゃん桃だよ。帰って来たから開けてと、前飼ってた、子猫ってヤツサカリが来て家出て行った子と聞くと千種が頷くサカリが終わって戻って来るのは、子供産みにきたんだよ。彼女の顔殴られた後があるから、相手の男に子供できたから養ってとか、言って男は、遊びだったんだろうバカ猫は、いらないよ。千種、私捨てて、あの猫飼うどっちと二択にすると、猫を私が飼うのと、キスしてくる、このノラは警察に引き取ってもらったら、ストーカーが、今玄関に来ているから怖くて落ち着かないです。って電話して理由は痴情の絡れって素直に言ったらサカリの時期に妊娠してまた、人の家に戻ってくる、野良猫もいるからね、元飼い猫だからって引き取って飼う、必要無くないノラ猫も、妊娠しているんじゃないの顔に殴られたっぽい痕があるよ、出来たから結婚してとか、迫って捨てられたたんだろうけど、都合の良く、千種なら、妊娠気づかないで、住まわせて、くれると思ってきたんだよ。鍵渡してないのが、救いだったわ。こんなノラ猫無視して続きしよう。千種に頬をスリスリしてキスする。これ以上湯船にいたら、のぼせちゃうから、上がろうと、千種が、上半身を支えて湯船から出るのを補助してくれる。脱衣所で体を拭いて千種が、バスローブを着せてくれた。千種は、身長150cmぐらいなのに、10cmは身長の高い私を上手く補助出来るなと、思って聞いてみる理学療法士の免許も持っているのと、千種が、私学生時代レスリングしてたから、体格差とかは、関係なく体の使い方がわかるの。凄いね。まだ、下にノラ猫が、いてピンポンしてくる千種が本当に警察に電話した。玄関の様子見ていると、制服警察官が、ノラ猫の肩を叩いて振り向かせて、連れて行く。千種がインターホン越しに電話した者ですが私も、同行した方がいいんでしょうかと、聞くと明日⚪︎⚪︎警察署に来て被害届けを出してくださいと、今夜この人は連れて行きますと、姿が見え無く���った。
千種とベッドに入るうーんと伸びをして千種にキスをせがむキスして千種明日大丈夫、私を家まで連れて行ってクリニックで診察と、警察でしょ、だから今日は手出さないでねと、キスされる。わかったと抱きつき今日はもうしないと、言うと朝とかもダメよと、先に止める。
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子供嫌いの理由
世間一般の子供がうっすらと苦手だ。苦手なあまり、虫の居所が悪い時に未就学児を見ると意味もなくイライラする。電車や店内で金切り声を上げるガキがいると口をガムテープで塞いで黙らせることはできないものかと辟易するし、イヤホンの音楽すら貫通してくる甲高い声が不快なので、可能であれば車両を変えたりと距離を置くようにしている。親も親であやす気もなく放置している様を見ると、躾という製造責任を果たす気もないのになぜ娑婆に命を生み出したのかと問い詰めたくなる。
もちろん全ての子供が嫌いというわけではない。幼児特有の容姿は子猫を見た時と同様可愛らしいと思うし、生後数年のボキャブラリーから発せられる言葉は面白くてついつい聞き耳を立ててしまったりする。親戚の子供は特に可愛く、従弟が小さい時はつきっきりで自転車の乗り方を教えたりもした。キャンキャンと吠える子犬はうるさくても苛立たないのに、なぜ同じく愛らしい人間の子供の存在はこんなにも不愉快なのか。
思うに、この不快感の原因は自分の中にある。物心つく前の子供は甘えと依存の天才だ。欲しいものがあれば買ってくれとせがみ、気に入らないことがあれば喉が枯れるまで泣き喚いて自己主張する。人目があろうと腹が減れば泣き、疲れれば泣き、寂しければ泣き、不快を叫び周囲の人間を使役しようとする。
常に人目を気にして生きてきた小心者の私は、正気を失ったりでもしない限りそんなことは到底できない。嫌なことがあれば、酒でエチゾラムを飲み下して眠り、それでも怒りが収まらなければ若い時は腕を切って己を落ち着かせて生きてきた。心の中の自分が泣き叫ぶとき、私は無意識にガムテープでその口を塞ぐ。典型的なアダルトチルドレンである。
幼い子供を見て苛立ちを感じるのは、その姿に己のインナーチャイルドを重ねるからかもしれない。そういう意味では、幼児を見ても苛立ちを覚えなくなった時こそが私にとっての真の成長なのだろう。
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