#蒸気機関車のある風景
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guerrerense · 2 years ago
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🇹🇼 台東 鹿野鄉・📍鹿野溪橋 / Luye River Bridge∣Luye Township por 鹽味九K ( IG: iwakuma.kelvin) Por Flickr: Any comments and favs are very much appreciated If you like my creative work, please follow the tracking or other social networking sites below 如果喜歡我的創作與拍攝,歡迎追蹤 非常感激 Follow me: Facebook|Instagran | 500px | 圖蟲網 聯絡方式 Contact information : Line id : kelvin9925 WeChat ID: Kelvin9925 email : [email protected]
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jeenaandow · 1 hour ago
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最近の散歩写真
【 【 過去記事 】 】最近の散歩写真。 1枚目:マンションの駐車場奥に駐輪場、ちくぅーと使いづらそう。 2枚目:経営するオタクバーが入るビルの外階段踊り場より、裏道に乱雑に張られた配電線と光ケーブル類。各建物各テナントで違う業者を使うのでこうなる。 3枚目:町田市立図書館に展示されている蒸気機関車をなめて送電鉄塔。 国鉄残照。国鉄形保存車のブログ 「東京 町田市さるびあ図書館 D51…
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picnicism · 1 year ago
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2月初旬、ロサンゼルスに“未来”が降ってきた。「大気の川」と呼ばれる長い水蒸気帯が、3日間にわたってロサンゼルスに228ミリもの大雨を降らせたのだ。これは同市の年間平均降水量の半分以上に相当する。地球が温暖化すれば、さらに酷くなると予想されるタイプの激しい雨だった。 だが、ロサンゼルスの水道管理者たちは準備万端で待ち構えていた。ほかの世界の大都市同様、近年ロサンゼルスも「スポンジシティ」化を進めていた。コンクリートのような水を吸わない地表を、泥や草木の生えた吸水性の地面に置き換えてきたのだ。さらに、水を集めて地面に吸い込ませる「浸透地(spreading ground)」も造成してきた。 従来からあるダムと、新たにつくった“スポンジ化”されたインフラにより、ロサンゼルスは2月4日から7日までの3日間で86億ガロン(約325億リットル)の雨水を溜めた。これだけあれば10万6,000世帯に1年間水を供給することができる。雨の多い季節の間に、ロサンゼルスは147億ガロン(約556億リットル)を貯水した。 雨を邪魔者ではなく資産に 長い間、雪解け水と遠くから水道管で運ばれる河川水に頼ってきたロサンゼルスはいま、できるだけ地元で水を生み出そうと探求を続けている。「これからもっと雨は増えて、雪は減るでしょう。となると、わたしたちが雪解け水と水道管で水を手��入れてきたその方法も変わっていかざるを得ません」。ロサンゼルス市水道電力局の流域管理責任者アート・カストロは言う。「雨水を捕らえる地元の主力はダムと浸透地です。洪水防止の観点からも、水供給の観点からも」 何百年もの間、都市計画の教義は、洪水を防ぐために側溝や下水道などのインフラを使って雨水を速やかに流し出すことだった。だが、近年世界中で増えている壊滅的な都市洪水を考えると、旧来のやり方が機能しないことは明らかだ。そこで都市計画にあたる者たちは、雨水を賢く溜める方法を探している。雨を邪魔者ではなく資産として活用するために。 「都市水文の問題は、1,000もの小さな傷が招いたものです」と語るのは、カリフォルニア大学バークレー校のウィーラー水研究所ディレクターのマイケル・キパースキーだ。「車庫の前のドライブウェイや屋根がそれ自体で水文サイクルを大きく変化させるわけではありません。ただ特定の地域で、それが無数に組み合わさると、大きな変化を起こすのです。それならば、1,000の傷に対して1,000枚の絆創膏で解決できるかもしれません」 自力で水を生み出す方法を模索 この場合、解決策はスポンジシティかもしれない。町をもっと吸水性のあるものにする秘訣は、雨水を浸透させて地下の帯水層に届けるための庭や緑地を増やすことだ。帯水層とは保水できる穴の空いた地下層だ。ここに溜まった水は、必要なときに汲み出すことができる。技師たちは道路の中央分離帯や路肩を緑化し、これまで道路から下水を経て海に流していた水を吸い取ることができるようにしている。 アメリカ西部をはじめとする各地で乾燥が問題になるなか、自治体は水道管で運んでくるのではなく、自力で水を生み出す方法を模索している(ちなみに、この戦略のなかにはトイレの排水を飲み水にリサイクルして都市の水使用量を減らす方法も含まれている)。同時に、気候変動は暴風雨を大規模なものにしている。直感的に感じることとは逆ながら、気温が1℃上昇するごとに、大気は6~7%多く水分を含むことができる。つまり、気温が上がれば嵐の際に雨として降ってくる水分は増えるということだ。実際、ロサンゼルスを襲ったような西海岸の「大気の川」は、どんどん湿度を増していることが研究でわかっている。 天から降ってくる無料の雨を最大限活かすため、ロサンゼルス水道電力局はコンクリートジャングルから茶色い大きな一区画を切り出した。雨水はこうした浸透地にパイプで流し込まれ、泥の窪地に溜め込まれる。そしてゆっくりと地下の帯水層へと吸い込まれていく。これが自然の地下タンクの役割を果たして、280億ガロン(約1,000億リットル)の水を湛えておくことができる。 暴風雨が来ると、ロサンゼルスはダムでも水を集める。その水の一部は浸透地へと流される。「嵐が去った後、快晴だったら、ダムの水が溝を伝って浸透地に流されるのを見ることができます」とカストロは言う。そうしておけば、水はダムで太陽光に晒されて蒸発することなく、地下の帯水層で安全に眠ることができる。 緑が増えると住む人も健康になる もっと小規模な例をみてみると、ロサンゼルス市水道電力局は公園をミニ浸透地に転用する実験を進めている。雨水を公園地下の水槽や小部屋に吸い込ませるのだ。さらに道路に沿って緑地をつくっている。これには近隣の洪水を軽減する効果もある。コンクリートが減って、泥や緑地が増えれば、新しく整備された環境は雨水をより多く吸い取ることができる。自然環境が本来やってくれるように。 こうした緑地や都市の緑が増えると、住民のメンタルヘルスが向上するというおまけもある。植物は「汗」をかいて周りの温度を下げ、コンクリートが太陽光を吸収して夜中に徐々に熱を放つヒートアイランド現象を軽減する。夏の気温が下がれば、住民の身体の健康も改善する。「木が増えて、木陰が増えれば、ヒートアイランド現象は減ります」とカストロは言う。「真夏に気温が32℃になると、バス停の屋根の下は43℃近くになることもあります」 都市のスポンジシティ化を進めるのはロサンゼルスだけではない。米国内ではピッツバーグも保水のためのレインガーデンを整備中だ。そして、歩道や駐車場など固い表面を必要とする場所には、浸水性のある特殊なコンクリートを使っている。歩道など不浸透性の地表を過剰に設けている土地を調べて所有者に罰金を課すことで、在来植物を植えたり、食物を地産したりする都会のガーデンをつくるなどして、浸透性のある地表に転換することを奨励する自治体も増えている。 地球温暖化で暴風雨が大規模化するいま、雨水を管理する従来の方法は危険になり、効力を失いつつある。美しくて暑すぎない持続可能な都市景観は、これまでのやり方では維持できないのだ。意外なことにロサンゼルスが、いい方法があると世界に示しているのだ。 (WIRED US/Translation by Akiko Kusaoi/Edit by Mamiko Nakano) ※『WIRED』による気候変動の関連記事はこちら。
3日間で300億リットルの雨を貯水、「スポンジシティ」の可能性 | WIRED.jp
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xf-2 · 2 years ago
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自民党の谷垣禎一元総裁(78)の自宅を訪ね、岸田文雄内閣の支持率がなぜ上がらないのか、一杯やりながら率直に質問をぶつけてみた。岸田首相の外交面の成果は、知らぬ間に立ち消えになってはいませんか。
「確かにね。今回のウクライナ戦争で存在感が高まっているグローバルサウス(新興国・途上国)の取り込みなどは、日本の強みを生かしてよくやっている。彼らの一部には、西側の先進国に『あいつらは今も上から目線だ』と腹を立てている国が多い。事実上の『一強』となった米国や植民地支配の過去を抱える英仏に対し、『西側リベラリズムのおごり』と批判する国さえある。その中で、日本は独自のODA(政府開発援助)を駆使して努力を重ね、『欧州はうんざりするが、日本は違う』と評価も集めた。首相はここをうまくすくい、西側とつなぐ役割を果たしている」
ただ、今後はこの外交でも、首相にとって厳しい難局面が待つと説く。
「この戦争が終わったとき、どう新しい国際秩序を作っていくのかが焦点となる。そこでは、日本がすごく損な立場になるわけにはいかない。日本は必ず、それなりの地位を占めなければならない。国内では国民生活に目配りしながら、対外的にはこの難題に挑まなければならない。岸田さんに限らず、自分が首相になりたいと狙っている人にとっても、答えを出すのは簡単ではないはずだ」
テーブルには『野菜の揚げびたし』が登場した。パプリカとカボチャ、なすを素揚げして、甘辛いマリネ液にしっかりしみこませている。香ばしい夏野菜の香りと甘さが、冷えた久保田によく会う。
谷垣さんが「水内さんは産経新聞だからこっちが好きかな」といいながら、テーブルには白い陶器に「中華民国立法院」と書かれた蒸留酒「白酒(バイジュウ)がやってきた。��ーブルには、「中華人民共和国」と書かれた「貴州芽台酒」も登場。「酒に国境はありませんよ」と酒巻俊介カメラマンが笑ったが、私はなんとなく中華民国を注ぐ。
食卓には、台湾からいただいたという白酒も登場した=東京都世田谷区の自宅(酒巻俊介撮影) 食卓には、台湾からいただいたという白酒も登場した=東京都世田谷区の自宅(酒巻俊介撮影) 谷垣さんに「一気に飲み干すんですよ」と言われたが、アルコール度数は50度! しかし、独特の香ばしい匂いがさわやかだ。昨年、谷垣さんのインタビュー連載を担当し、今回同席した豊田真由美記者は「食道の位置が分かる」とむせながら飲んでいる。
「この前、フランスのマクロン大統領がNATO(北大西洋条約機構)の東京事務所開設に反対したでしょ。私は心理がよくわかるんですよ」
谷垣さんが語りだした。 「海洋国家の道を選ぶか、大陸のつながりを大切にするか。各国が個別の事情を抱えていますよね。英国は海洋国家の道を選び、EU(欧州連合)から抜けた。残った独仏を中心とするEUはどうするか。陸続きの中国に経済などの利益を全部取られては大変だ。中国とうまく付き合いつつ、必然的に、カザフスタンなど中国の周辺国とも協力する。フランスがNATO日本事務所に反応した背景は、ここまで見なければならないと思うんです」
谷垣さんも白酒をなめる。
「日本もずっと、2つの選択を迫られていたでしょう。海洋国家としてアングロサクソンと組むか、大陸につながるところと組むか。日本では明治以降、右翼を中心に、中国や韓国と組んで欧州に踏みにじられない大義の旗を立てろという議論があった。しかし、当時は日英同盟を選び、今は日米同盟。アングロサクソンと組む流れを継いでいる」
「韓国も、似たような選択を迫られてきましたよね。北朝鮮との関係強化を図った文在寅(ムン・ジェイン)前大統領は、日本でいえば、沖縄県の米軍普天間飛行場の辺野古移設にブレーキをかけた鳩山由紀夫元首相の言動に近いと思っているんですよ。韓国では『北と南の連携を強くしていこう』という訴えが国民の喝采を浴びる面もあるでしょう。ただ、今の時代に文政権みたいな道をとるとあまりに支離滅裂になる。尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が誕生したのは、日本にとっても本当によかった‥、ああ、すっかりいい気になってペラペラしゃべっているなあ」
谷垣さんが車いすを少し動かしながら話題を変えた。
「最近は新聞を読みながら、私と同世代の方の回顧録をよく���むんですよ。私たちの世代は一体何を残したか-と考えながらね」
谷垣さんは昭和20年生まれだ。
「例えば歌手の加藤登紀子さん。読売新聞で連載していたが、彼女は私の1歳年上で、東大の五月蔡でシャンソンの『赤い風船』を歌っているのを聞いたことがあります。彼女と政治的立場は大きく異なりますが、同じ時代の空気を吸ってきた。もう1人挙げれば、ピアニストの山下洋輔さん。彼は麻布高校の先輩で、文化祭でピアノを弾いていたのを覚えている。ジャズという日本でまだ珍しかったやり方に挑んでいた」
「もう1人、倉本聰さん。彼は喫茶店でアベックのすぐ横に座り、会話をじっくりと聞きながらシナリオを練ってきた。テレビをどう活用するのか、一生懸命考えてきたんですね。戦後日本の可能性を開くためさまざま頑張ってきた」
「逆にいえば、そうそうたる大会社に行き、少し前まで『半導体は日本だ』と頑張った友人がいた。しかし、今は見る影もない-。俺たちの世代は何をやってきたんだろう。私とすべてジャンルは異なるが、この年になって、じっくり考えるんですよ」
日本酒のグラスを手に語る自民党の谷垣禎一元総裁=東京都世田谷区の自宅(酒巻俊介撮影) 日本酒のグラスを手に語る自民党の谷垣禎一元総裁=東京都世田谷区の自宅(酒巻俊介撮影) 少し遠い目をする谷垣さん。自らも、政治の中枢で時代を動かしてきたじゃないですか。
「自分のやってきたことはこんな副作用を生んでいたのかと考えるものばかりですよ。自分の思った通りになったことは絶対ない。ほとんど、予期しないことが起きている。例えば難民の問題。私は議員になりたての頃、自民党法務部会の副部会長としてこの問題に取り組みました。当時は無制限に外国人を入れるととんでもないという議論があり、入国には『職業訓練』という形を取り入れたが、今から思えば、物の見方が足りなかったと自省することが多い。『こんなこと考えもしなかった』という問題が次々と起きてね」
もう一例として挙げたのが、女性の社会進出の遅れだ。
「私は昭和20年生まれだから、現行憲法の『男女同権』は素晴らしいと教わった。しかしその私が何をやってきたかといえば、政治家の傍らで、家事は全部女房に押しつけた。家事はやってみると結構大変ですよ。こんなこと言ったら、あの世の女房に怒られるかもしれないが、専業主婦じゃない人が家事に取り組��のは大変だ。今は働く女性が圧倒的に増えたでしょ。亭主と女房がどっちも働いているのに、家事は女房だというんじゃね。子育てしながら政治に携わる上川陽子外相や加藤鮎子こども担当相は相当優秀ですよ」
子供2人を育てる豊田記者が「家事をしない人と結婚できませんよ」と合いの手を入れる。
「でも、���子化対策って、政府の政策でこなせるものなんですかね」
シャッターを切っていた酒巻俊介カメラマンが尋ねた。(聞き手 水内茂幸)
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myonbl · 1 year ago
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2024年4月20日(土)
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連休中の移動はしたくないので、一週間早い遠出を楽しんだ。目的地は<田辺市立美術館>、私も関わった<紀伊山地の霊場と参詣道>の世界遺産登録20周年を記念した展示=熊野の風景を楽しんだ。熊野と縁のある画家たちの仕事ぶり、田辺文化の底力が具現化されている。往復5時間、滞在2時間弱の強行軍だったが得るものは多く、体は疲れたが胸は一杯になったことだ。
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5時45分起床。
日誌書く。
洗濯。
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朝食は今朝も煮麺を頂く。
珈琲。
ツレアイに昨晩の残りのタケノコご飯をおにぎりにしてもらい、玉子焼きと漬物で弁当を用意する。
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2時間30分掛けてたどり着いたのは田辺市立美術館。
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田辺市の高台の公園の一角にあり、天気もよいので大勢の家族連れが花の写真を撮り、木の下で弁当を拡げている。
まずは弁当を拡げて腹拵え、その後観覧料260円をシニア割引130円にしてもらって入場、心に栄養を吸収した。とくに、稗田一穗の作品には強く惹かれるものがある。
昨年3月に満100歳で亡くなった、和歌山県田辺市出身の日本画家、稗田一穗(1920-2021)の回顧展を和歌山県立近代美術館と田辺市立美術館の共同で開催いたします。 10代半ばで日本画家を志した稗田は、東京美術学校に学び、戦後、本格的に画家としての活動をはじめました。鳥を主要なモチーフとした、生命を寿ぐような素朴で力強い表現や、世界的な絵画動向を意識しつつ画材の特質も発揮した画面構成は、日本画の地平を拓くものとなります。 また60歳を迎える頃よりは、故郷、和歌山の熊野の地をモチーフにした、悠久の時間を想わせる荘厳な風景と、長らく生活を営んだ東京の成城の町をモチーフにした、詩情あふれる日常の風景が主要なテーマに加わり、個々の作品はもちろん、あちらとこちらを行きかうなかで、見る者を深い思索と想像に誘う独自の世界観を築きます。 田辺市立美術館の会場では、各時代の主要な作品を通して稗田の画業全体をふり返ります。また熊野古道なかへち美術館(田辺市立美術館分館)の会場では、熊野の地をテーマにした作品を特集して紹介します。80年以上を日本画の研究に費やし、戦前から戦後の絵画に大きな足跡を残した画家の画業を改めてご覧いただくことで、故人を偲ぶ機会といたします。 特別展 稗田一穗展(田辺市立美術館)
往路は事故渋滞などあったが帰路は順調、早めに帰宅して、トラベラーズノートに今日の記録を採った。
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4人揃って夕飯、ベーコンと筍のバター醤油、豚バラとキャベツのシークワーサー蒸し、ポークステーキ、レタスとトマト。
録画番組視聴、刑事コロンボ。
第65話「奇妙な助っ人」/ Strange Bedfellowsシーズン 1, エピソード 65 サラブレッドの牧場を経営するグラハムは借金の返済に困る弟テディに頼まれ、レースの八百長を約束する。貸主でマフェィアとも関係があると噂されるブルーノに儲けさせ、借金を帳消しにする計画だった。しかし、彼は薬を使い、勝つべき馬を負けさせてしまう。
片付け、入浴、体重は600g増、よく食べたからね。
疲れたので日誌は明日のことにする。
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終日車移動だから仕方なし。
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kennak · 2 years ago
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トンネルも2カ所!! 静岡県島田市の金谷駅から大井川沿いに北上し、上流部、日本アルプスの山塊に分け入る大井川鐵道。蒸気機関車の運行でも知られるこの鉄道が、昼日中に、線路上でのハイキングを企画した。大井川鐵道は昨2022年秋の台風で、家山~千頭間が不通になっている。このうち金谷寄りの家山~川根温泉笹間渡が、10月1日に開通予定だ。大井川鐵道では、不通の間だったら列車が走らないことを利用して、“線路歩きハイキング”を企画し、参加者を募集する。コース名は「家山駅~川根温泉笹間渡駅 運転再開記念ツアー 大井川鐵道 線路ハイキング」。旅行日は9月17日と23日の2回を設定している。行程は大鉄金谷駅10時57分発の電車で出発、家山駅に11時32分着、線路歩きハイキングスタート。抜里駅で昼食休憩などをはさみながら、大井川第一橋梁抜里側で引き返す。家山駅15時21分発、金谷駅15時53分着。歩く区間は家山駅~大井川第一橋梁の金谷方まで、往復でおよそ4kmだ。その間、トンネルを2つくぐる。トンネルは獅子トンネルと抜里トンネルで、鉄道トンネルを中からじっくりと見ることができる。2つのトンネルの間では大井川の景色が広がる。抜里トンネルを抜けると線路の両側には茶畑が広がり、抜里駅に至る。鉄橋はさすがに危険なためか、道路に迂回することになっている。募集人員は各回32名、最少催行人員20名、中学生以上の参加に限る。旅行代金は1名あたり8000円。参加申し込みは大井川鐵道公式ホームページの申し込みフォームより、8月25日12時30分から先着順で受け付ける。
開通前の線路・トンネルを歩く…大井川鐵道が参加者募集 | リセマム
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art-rum · 3 months ago
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9歳の子ひとり避難、家に残った母 東京大空襲80年「逃げなかった」人たち 防空法と市民に広がった同調圧力 #きおくをつなごう #戦争の記憶
3/24(月) 18:05配信
TBS NEWS DIG Powered by JNN
戦時中、日本各地で行われた空襲。実は空襲をまえに、あえて“逃げずに”家に残った人たちが数多くいた。人々をそうさせたのは「火を消せ」と国民に強いたある法律だった。しかし「���の火の玉」と当時の人たちが形容する焼夷弾の炎は、そもそも消せるようなものだったのか?当時の焼夷弾の炎を実験で再現した。そして、空襲を経験した人たちの証言を集めると、市民が“逃げなかった”背景には、現代にも通じる“同調圧力”があったことが浮かび上がってきた。 (TBS報道局社会部 平木場 大器)
【写真をみる】豊田さんが描いた、空襲時に火に囲まれながら逃げる様子の絵/「焼夷弾の防火は最初の30秒が最も大切」などと書かれた当時の資料/専門家監修のもとで行った消火実験の様子
「吹雪のように火の粉が」 猛火迫るなか、家に残った母親
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東京大空襲で焼けた賛育会病院の旧本館
東京・墨田区の病院。 去年、初めて撮影された部屋がある。
すすで覆われた壁や天井… 80年前の東京大空襲で焼かれ、黒焦げのままで遺されていた。 当時、病院周辺は焼け野原となったが、鉄筋コンクリート造りだった病院は建物が残った。 焼け焦げた病院の大部分は修復されたが、屋上にあったこの小部屋だけは、当時の状態のままになっていたのだ。
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9歳の時に東京大空襲を経験した豊田照夫さん(89)
1945年3月10日の東京大空襲。 1600トン以上の焼夷弾で街は炎に包まれた。 一晩でおよそ10万もの命が奪われた。
豊田照夫さん(89)は当時住んでいた墨田区の自宅で東京大空襲を経験した。
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空襲時に火に囲まれながら逃げる様子の絵
豊田さんが描いた当時の様子の絵では、建物の窓から火が吹き出している。
●東京大空襲を経験 豊田照夫さん(89) 「廊下は風と吹雪のように火の粉が来ているんですよ。窓が全部真っ赤なんですよ。外の家が燃えている」
地下室に避難したという豊田さん。 地下室から見た光景が、今も脳裏に焼き付いて離れない。
「(出入り口に)マンホールみたいに小さい扉があって、それが開いたのを下から見たらキレイなお月さんが、真っ赤なお月さん…」 「外の家が燃えている。それがその部屋に写って天井も真っ赤に見えた。それがマンホールの穴から月に見えた」
マンホールのような丸い扉の先に見えたのは、燃えさかる周囲の炎を反射した天井だった。それが丸い形に切り取られ、真っ赤な満月のように見えたのだ。
当時9歳だった豊田さんは、当初一人で地下室に避難しなければならなかった。 母親が家に残ったからだ。
●東京大空襲を経験 豊田照夫さん(89) 「焼夷弾が落ちたりするとそういうのを消したりする役目があって、働ける人はそういうものをやらないといけない。(火を消しに)行かないよっていうそんなことは、まかり通らない世の中なんですよ」
その後母親は、近所の人に、ただならぬ事態だと声をかけられてやっと、豊田さんのところへ来たという。
●東京大空襲を経験 豊田照夫さん(89) 「(近所に)関東大震災を経験した人がいたんですよ。その人が『関東大震災よりもひどいから、先に私は避難し��す』。うちのお袋はそれを聞いて、そんなにひどいんだ ったら迎えに行かなきゃってなって私を迎えに来た」
ようやく駆けつけた母親と一緒に逃げるも、火に囲まれてしまった。
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逃げる途中で水をかぶる様子の絵
●東京大空襲を経験 豊田照夫さん(89) 「既に火の粉なんかもずっと舞っているから、だから上から(水を)かぶれと言って、うちのおふくろもかぶってましたけど」
豊田さんと母親は近くの公園に避難し、生き延びることができた。 しかし、街には恐ろしい光景が広がっていた。
●東京大空襲を経験 豊田照夫さん(89) 「道路の真ん中で、自動車が逆さまになってひっくり返ってる。路地のところで人がハイハイする人形のような格好で炭になっている。上着なんか全部燃えちゃってなくなって、炭になるというのは異様なもので」
逃げるな火を消せ 国民に消火を強いた「防空法」とは
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防空法を広めるためのポスター
火を消さなければならないことは、実は「防空法」という法律で決まっていた。 防空法を広めるためのポスターには威勢の良い言葉が躍る。 「必勝を期して戦(たたか)へ」。 「焼夷弾の防火は最初の30秒が最も大切」 防空法では、逃げることが禁じられ、消火活動が義務づけられていたうえ、罰則まであったのだ。
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防空法に詳しい早稲田大学法学学術院・水島朝穂名誉教授
専門家は防空法が作られた目的は「市民を戦争に参加させるため」だと語る。
●早稲田大学 水島朝穂名誉教授 「市民がどこにいても焼夷弾から逃げないで、そこにとどまって火を消すことが前線における兵士たちの戦いと同じなんだと。火の中に市民を突撃させると、そういう性格に末期の方ではなっていったように思います」
陸軍の幹部は国会でこう述べている。
●佐藤賢了陸軍省軍務局軍務課長(1941年11月の衆議院の防空法改正委員会での発言) 「空襲を受けた場合、実害そのものはたいしたものではない。戦争継続意思の破綻になるのが、もっとも恐ろしい」
また、焼夷弾の炎は「簡単に消せる」と盛んに伝えられた。 国が各家庭に配布した、空襲への備えなどが記載された冊子にはこう書かれている。
●時局防空必携 「焼夷弾も心掛けと準備次第で容易に火災とならずに消し止め得る」
焼夷弾の炎は消せるのか? 当時の消火を再現 火たたき棒でたたいて…
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竹と縄で作られた火たたき棒で消火を試みるも消えず
焼夷弾の中にはゼリー状のガソリンが入れられていて、 火がつくとガソリンが飛び散り、家の壁や柱にへばりついて燃え続けるようになっていた。
これに対して、当時は焼夷弾の火は、バケツの水、竹や縄でできた火たたき棒などで消せるとされていた。
当時の消し方で、“焼夷弾の火”は消せるのか?専門家監修のもと、実験を行った。 木の板に布をまきつけてガソリンを染み込ませ、焼夷弾の中身が床などにへばりついた状況を再現。
点火すると瞬く間に激しく燃え上がった火。
資料を元に作った火たたき棒を水につけ、叩いたり、こすったり。 3分以上、巻きつけた布がちぎれるほど繰り返すも、火を完全に消し切ることはできなかった。
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続いて、バケツの水をかけてみるが、計8回かけても消えなかった。
●火災に詳しい 東京理科大・松山賢教授 「ガソリン自体が水を弾いてしまうことが起こりますので、水をかけて消火するというのは、消せる状態には程遠いんじゃないかなと。(ガソリンを)固めたことによって、なかなか消えにくいというところにプラスされて、継続的な燃焼が起こり得る」
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水に浸っても燃え続ける火
ゼリー状のガソリンに見立てた布は、水に浸ってもなお燃え続けていた。
●実験を監修 東京理科大・桑名一徳教授 「ガソリンは蒸発した気体に火がつくことで燃えるんですけども、その蒸気が色々なところにありますから、火を完全に消すことができれば消える。しかし、火が少しでも残っているとそこから蒸気に燃え移って燃え続けますので、いつまで経っても火を消すことができない」
実際に焼夷弾の火を消そうとした、小林暢夫さん(94)。 ”油の火の玉”をまえに、「何をしても消えなかった」と証言した。
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当時のバケツリレーのやり方を記者に教える小林さん
●空襲で消火活動を経験 小林暢夫さん(94) 「バケツリレーをして水をかけて、火たたき棒で消す。でも消えない。油脂焼夷弾だから。防空演習をやっていたのとは全く違う。油の火の玉だから。古い木造家屋の塀なんかに当たると、すぐにバンって燃え出す」「本当に怖さだね。何やったって消えないんだから」
それでも逃げなかった理由 隣組による“同調圧力”
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隣組の集合写真
消えない炎。 それでも人々が火を消そうとした理由を、小林さんが語ってくれた。
●空襲で消火活動を経験 小林暢夫さん(94) 「何事か危険な状態になれば、自分で真っ先に逃げようというそういう意識はあるんだろうね。あるんだろうけども、表には出せない。隣組は。みんなで共同体だから。それは戦争中、特にそうさせられたわけだ」
「隣組」。お互いを助け合う地域の組織で、配給や防空訓練などの役割があった。 しかし、その助け合いの結びつきが、逆に“同調圧力”を生んだと専門家は見ている。
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当時のバケツリレーの様子
●早稲田大学 水島朝穂名誉教授 「法律がただ禁止しているだけじゃない。隣組とか自治会とか生活圏における社会的な圧力、これが���造的に働いて人々はいわば“逃げなかった”」
そして、もし現代に「防空法」のようなものがあったら―。 「隣組」の役割が、現代では「SNS」に置き換わって、市民たちが空気に流されて行動してしまうのではないかと指摘する。
●早稲田大学 水島朝穂名誉教授 「SNSが当時あったら、うちのお父さん一生懸命火を消しているのに『あの家のお父さん子供を連れて逃げてるよ』というのを動画で撮って晒したらどういうことになります?大変なことでしょう。(当時は)SNSというツールがなかっただけで、もし今同じような仕組みができて、国家が『市民はそこに留まって協力しないと駄目だぞ』みたいなことを、仮にやったとしたら。みんながお互いを監視し合って『あの家逃げたぞ』とやって晒したりすることが起きたら。同じような機能を果たすんじゃないでしょうか」
“同調圧力”が漂う状況のなかで、 人々は逃げられなかったのではなく、逃げなかったのだ。
空気に抗い“逃げた”人も 日本刀を振りかざして…
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八王子空襲で家族全員で逃げた尾股重利さん
しかし、終戦間際には、防空法や同調圧力に抗う人もいた。 終戦の2週間前。450人が亡くなった八王子空襲。
尾股重利さん(2015年の取材時84)は、空襲が始まると家族全員で避難を始めた。 八王子市内が焼夷弾の炎に包まれる中、市外へと繋がる橋を渡ろうとした。
●尾股重利さん(取材時84) 「浅川橋を渡ろうとしたら群衆がいっぱい集まっちゃって、行けなくなっちゃって。『みんな逃げるな、火を消せ』って言うんですよ。でもね、あれ火なんか消せる状態じゃないです。バケツで消えるような火なんかじゃないですよ。皆さん右往左��どっち行くか、逃げると殺すぞと(言われて)舞い上がっていた」   「火を消せ」と行く手を阻む人たちに向かって、尾股さんの父親が日本刀を振りかざして、何とか逃げたという。
●尾股重利さん(取材時84) 「科学的な炎だから水ぐらいで消えるものじゃないですよ。それで油を含んで噴出すんだからもうたまったもんじゃない。非現実的な話。命を生きながらえる方が大切だと思った。火を消すより。わが命を守るのが第一だと思いましたね」
命を繋いだのは周りの目を振り切る勇気だった。
※この記事は、JNN/TBSとYahoo!ニュースによる戦後80年プロジェクト「#きおくをつなごう」の共同連携企画です。記事で紹介した防空法や東京大空襲についての情報を募集しています。心当たりのある方は「戦後80年 #きおくをつなごう」サイト内の情報募集フォームにご連絡ください。
また、企画趣旨に賛同いただける方は、身近な人から聞いた戦時中の体験談や写真を「#きおくをつなごう」をつけてSNSに投稿をお願いいたします。
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stormfrozen · 4 months ago
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ガラルの王達の真相
一通りカンムリ雪原での撮影を終えて、ジニーエイラは電車でエンジンシティに向かい、次の撮影先へ向かっていた。
ワイルドエリアは結構天気が変わるからなぁ…。
赤い煉瓦造りの建物に、大きな歯車のある都市だが、意外にも歴史も長い。それまでこの街は古き良き都市止まりだったのだが、蒸気機関が発展した事により、近代化を大きく遂げている。
大分昔にカロスと戦争してたんだ…エネルギーが枯れるのを憂いていたとは言っても、ムゲンダイナで補う気だったのかな…。でも、彼女でエネルギーを賄った所でそれもまた誰かの犠牲の下に成り立つ幸せになっちゃうし…
犠牲は付き物と言うが、果たしていつまでもその理論が通じるのだろうか。それはさておき、ジニーエイラは大きなエンジンシティへの入り口や蒸気機関を起動させている歯車、パルデアのカラフシティのもの程では無いが大きめのリフト…など、撮影を続けた。
じゃあ…次は街を回ってみよっか。一通りぐるっと回れば、エンジンシティに戻るはずだし。
そして彼女は、再び撮影を続ける。ねがいぼしのある2つの鉱山内部、ターフタウンにある地上絵、ワイルドエリアを見渡せる大きな橋、港町バウタウンの海、そしてワイルドエリア北部にある龍門のゲートがあるナックルシティ入り口………
これなら、問題無いね。次はナックルシティの方に向かって…と。
ガラルの中心部であるナックルシティ周辺でも、撮影スポットが多い。街と言う形で数千年に渡って受け継がれた中世の城の姿、ラテラルタウンの壁画と英雄の像、ルミナスメイズの森の光る茸、アラベスクタウンの幻想的な風景、キルクスタウンの足湯、スパイクタウンの寂れたアーケード街。自然豊かな風景が、数多いガラルだが…それはカロルディアでも同じなのだろうか。
一応…此処だけは最後でいいか。気にはなるけどね。
ある場所を後回しにして、ジニーエイラは先にシュートシティの観覧車、巻き付く螺旋状のデザインが特徴的なバトルタ���ー、鋼鉄の鴉の生物の像、リーグ本部のスタジアム。それらを撮影して回った。
この手紙が気になるんだよね。一体何なんだろう、って。
最後に、彼女が向かうべき場所。それは………地下のエネルギープラント…ではない。あくまでこの場所は寄り道である。
これが………彼女の眠っていた卵の殻の様な………
エネルギープラント内部にはバラバラに砕け散った水晶玉の様に、無限神が眠っていたであろう装置の破片の一部があった。その後ろには、カンムリ雪原にもあったマックスダイ巣穴に置かれていた細長いエネルギー発生装置が何千個も置かれており、これらがカンムリ雪原も含めたガラル一帯の電気・熱などのエネルギーを供給していたのだろう。
おやおや〜?そこで誰を探すと言うんだい? げっ!だ、誰!?
ふと軽い声がしたので後ろを振り向くと、そこにいたのは絶縁体のゴム手袋を両手に、膨大な電気を放出する黄色い生命体。よく見ると、胸元に赤い点で「X」と書かれている。
え、Xって…まさか?あの三又が原にある黄色と赤の神殿にいる…!? あれぇー?何で君がそんなの知ってるの? 君も、まさかあの巨人に造られた生物?
子供っぽい喋り口調に、違和感を感じるジニーエイラ。Hのある岩の巨人、Tのある氷の巨人、Oのある鋼の巨人。そして目の前にいるのは…Xのある電気の巨人だった。彼女の問いに答える。
そうだよ。そして私はオートマタ…つまり『機械人形』に過ぎない! え、じゃあ………生物じゃない、って事? そう言う事だね。本物が戦争で爆散して…命を繋ぎ止める為に全身を機械にしてもらったんだよ。君も、受けてみる? いや………やだ。やめて。
首を横に振るジニーエイラ。当然だが、今の彼女にはそんな戦いをする暇なんてない。だが、その巨人は聞く耳を持たなかった。
だーめっ! きゃああっ!?何今の!!は、速過ぎない!?
彼女の視覚をすり抜けて、素早い一撃をかます。何をされたのか分からないまま、衝撃で床に叩きつけられ倒れる。
もっと楽しませてもらうよ〜。[Aile]の王様さん。 なっ…!私の役職を何故知って…! それっ!! きゃあ!ちょっと、私の話を聞いてってば!!
翻弄されるがままの状態で、あっという間に電気の檻に閉じ込められ、ジニーエイラは身動きが取れなくなっていた。
だ、だめだっ、やられる………。 あらあら、何で様かな。 っ……!このっ………!! じゃあとどめ、いっちゃうよー!
球形の電気の塊を生成し、ジニーエイラに止めを刺そうとする。だが、こんな機械仕掛けの巨人に負けたかないと言わんばかりに彼女は馬鹿力を見せつける。
もう嫌だ��もうやだっ………!もう………どうにでもなれぇぇぇーーーーー!!!
ズドドドドド!
うわああぁ!?何だよこれぇぇ!!
体勢を崩した電気の巨人。彼女は地震を起こし、相手の攻撃と電気の檻を破壊したのだ。なので馬鹿力を使った訳ではない。
はぁ…はぁ…ま、まだやる気? いや…もういいや。君に此処までダメージを受けるとは思わなかった。じゃあ、またね〜…
予想外の地震を起こした彼女に反応が遅れてしまい、逃げる暇が無かった。超速性能の代償に、耐久力は巨人の中でも指折りの低さの様だ。腕を押さえてふらふらと飛び回り、電気の巨人は立ち去った。
いや〜、痛ったぁ………何なんだろう、あのひt…人?まあいいや。取り敢えず屋上に行かなきゃ。
羽を休める為、ジニーエイラはエレベーターでタワートップへと向かう。中世の城で言えば塔の頂上に当たる。この場所で、過去に激しい戦闘が行われており、蒼剣神や紅盾神だけでなく、豊穣神もこの場所で暴走した嘗ての無限神と立ち向かったとされている。
ふあぁ…もう終わりだなぁ…。この旅が終わったら、またいつもの神界での日々が…
「それ は どうでしょう」
ふよふよ浮きながら姿を現したのは、竜の上顎と下顎を形作る両腕を持った機械の敵。胸元に青い点で「Y」と書かれていた。さっきの機械人形と違い、喋り方が読み上げ口調である。姿を見て嫌な予感がした彼女は目を瞑りながら話す。
えーと…君ももしかしてさっきの「オートマタ」なの?
「はい。その とおり です」「わたし は りゅうの きょじん」「いわ こおり はがね でんき に つづいて わたし が つくられました」「あなた が ジニーエイラさん ですね」「わたしと でんきの きょじん は カロス の ある ばしょ と つながって います」「さいしゅうへいきの のこされた ばしょ それを もとに わたしが つくられたのです」「もともと きかいの からだ ですが たびたび しゅうり されて いまも うごきます」
や、やっぱり…だけど、それじゃあ巨人の王は戦争したカロスと対抗する為に、君達を造った…って事なの?
「そうです わたしは その やくめが ありました」「ただし いまは それも ありません」「それでも わたしが きた りゆうは ひとつ」「ジニーエイラさん に わたしたい もの が ふたつ あります」
そっか…でも、2つって何?
「ひとつ は これです」
そう言うと、竜の巨人は回復の薬を渡した。先程の傷を癒すのに使えと言わんばかりの振る舞いである。何故此処までするのかと言うと…
「それを つかい わたし と たたかうならば もうひとつ の もっとも だいじな ものを わたします ほうじょう の おう から ガラルに きた おくりもの を ごくひ で ��ずかってました」「その おくりもの は ガラルの おう に かんする しんそう が かかれています」
そうなんだね…じゃあ、私もガラルの王達の真相と言うのを知りたいと思うから…始めていい?本当は面倒だけどね。
「わかりました てかげん は いたしません」
そして、傷が完治したジニーエイラと竜の巨人との戦いが始まった。
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newyorkdiary7th · 5 months ago
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EOY trip : 25th Dec
クリスマス!クリスマス感はそんなにない。今にして思えばあった方だけど、イルミネーションとか全然見なかった。��もそもクリスマス感ってなんだろう。
本日はレイクタホへ。片道1時間ちょっと。道中が大変良かった。結構生涯トップレベルのドライブだった。大変美しい雪の森を抜けていった。クリスマスにこのドライブはあまりにも嬉しいなぁと感じていた。レイクタホの標高は2千にも及ぶ。スキーリゾート感がすごかった。駐車場を探すのが大変だった。どこもかしこも埋まっていて、ホリデー中のホリデーという感じ。ランチ場所もどこもかしこもすごい並んで諦め続けた。コーヒーショップ探しも難航。
何もかもが混んでいて駐車場探しが大変で、ちょっと気疲れした。レイクタホは美しかったのに、スキーリゾート感が疲れた。結局ドライブスルーのマックに行こうということになって、マック一生食べない系人間なので、モロッコで菊池さんに連れて行かれたぶりのマックだった。キャラメルラテだけ飲んだ。カレンは20ドルする靴下をキャンプ用に買っていた@スポーツ用品店。あとはガスコンロ探しもした、キャンプ用に。
何度か思い出す面白いセリフの話し。
カフェ探し難航中に、一件かっこいいのをmapで見つけて満場一致で目指していったら、そこはリゾートホテルの中のカフェだった。ゲートでカフェに行きたいと言うと何やら難しい駐車場情報を教えてもらってとりあえず通過。高級リゾート感満載の敷地内をうろうろするアジア人4人と柴犬2匹を乗せたマツダ。カフェのある建物と非宿泊者が停めて良い駐車場がわからなすぎて右往左往していた時に、やばいねこのエグゼクティブな敷地、みたいな話から、超金持ちのどら息子みたいに威張ってないと怖いね、「you know who I am?」って威張って、親に電話一本かけさえすればあんたなんかね、みたいなノリのね、とかなんとか笑い話をしている中で、セレブの生意気な子供の声音を真似したビアンカの「you know who I am?」からの、「no, I don’t even know who I am」って爆笑しながら自分で突っ込んでるのがめちゃくちゃ面白かった。なんか描写するの上手く行かないんだけども、このセリフがなぜかすごくシャープに私の内に飛び込んできて、その場では一緒に笑っていただけだったんだけど、なぜかちょくちょく思い出すこのセリフ。「I don’t even know who I am」
てな感じに、今日は遅くならずに帰らないとね、スペアリブ作るの時間かかるしね、と帰路に着く。あ、結局超エグゼクティブなホテルでは車をサークルに置いて、エンジンかけっぱなしでドアを開いたまま鍵をボーイに渡し、カフェのある館内に行ったのにも関わらず、カフェがちょっとだけお休み中、みたいなタイミングだったのでそそくさと帰ることになった。
帰り道も大層美しく、レイクタホ周辺のリゾート感ははまらなかったものの、この道中があまりにも素敵だった日だった。雪解けの泥水が凄まじくて、フロントワイパーの洗浄液を使いすぎたのか、エラーメッセージが消えず、洗浄液をガソリンスタンドで買って帰った。帰宅して、ビアンカは今宵もフランス語のクラス。崇とカレンと、洗浄液を車に入れるという挑戦をした。
今夜も暖炉をつけて、洗濯機を回して、明日からはいよいよキャンピングカーだから、良いシャワーも最後だ、とかなんとか言いながら過ごした。
スペアリブは崇の専門なので、彼がレシピを見ながら初めてのソースに挑戦していた。今宵は2段階ディナー。スペアリブを長時間オーブンに入れている間に、アペタイザーテーブル with ナパワイン。あ、の前にモルドワイン。果物もスパイスもふんだんでいと美味しかった、タイワニーズが作ってくれた。そしてもののけ姫鑑賞会。というかタイワニーズが観ていた。音量が大きすぎて崇がこっそり音量を下げていた。拙者親方と申すは レベルの日本語を英語で説明するのは大変すぎた。日本語の奥深さたるや。ともののけ姫で気付かされる24年のクリスマスの晩であった。
この数日ずっとジブリの話になっていたのと、森の中にいることがもののけ姫を観たいという欲求を助長させ続けていたので、今夜は、今夜こそはもののけ姫が見たい、と言っていた。
中国語の「魔法公主」というタイトルはどうなの?おかしいんじゃないの?という問いが日本人に向けてあって、いや、あながちあってると思うよ、という会話が発端だった。「Mononoke」ってなんなのか、という話が難しくて、ちょっと正しい伝わり方をしているのか大いに怪しいけれど、日本には森羅万象に神が宿るという思想があるから、もののけを一言で説明するのは難しい、と言った話しになって以来、ありとあらゆるものに「Mononoke、Mononoke」言うようになってしまったビアンカなのであった。動かない食洗機を前に、「マシンのMononokeが悪さしてる」とか、食卓の湯気を見れば「食べ物のMononoke」と言っていたり。アイディアの伝播って、こう言うことなのかもしれないと目の当たりにした数日間だった。私の中にある「物の怪」の正解とはズレていながらも、「Mononoke」が一つの共通認識としてこの旅の中で扱われていった。もしかするとビアンカが今度はいつか誰か西洋の友達に、間違ったまま説明していくのかもしれない、と想像しながら、なんだか世界の縮図を勝手に体感していたのであった。
アペタイザーは、チーズオンクラッカーにディルをまぶしたもの、サーモンのマリネ、ジンジャークッキーとチョコレートプレッツェル(どちらも車用のスナックの余り)、そしてモルドワイン。
食べながら飲みながら、もののけ姫がかかりながら、ご飯の支度をした。スペアリブ、野菜のグリル、サラダ、マッシュポテト。
2段階ご飯ってどう言うこと?となりながら、ワイナリーで買ってきたワインたちを空けていった。今日は良いよね、と言い合いながら、ひたすら食べた。犬用に用意した味付けのないスペアリブと野菜のプレート可愛かった。しっかり野菜は残す犬たちであった。
さて、食事が進み、ワインが進み、政治の話が盛り上がっていった。全然入れなかった。アメリカの政治を、英語で話すのは、土台無理だった。このレベルの会話には入れない、と言う深い感覚を覚えた晩であった。
まさかのパラオとビデオコールが生じたり、日本は26日真っ盛りで仕事をしたりした。こんなにもふにゃりとした頭で仕事のパソコンを触��たのは金輪際にしたい。明日から電波もないかもと言う状況で、何がなんでも持ち越してはいけない類のやりとりが、なんでかこのタイミングになって発生し出して、ナパワイン漬けの脳みそをなんとかかんとか奮い立たせたクリスマスの深夜だった。
そして、政治談義を燃え盛らせていた3人も、明日は絶対寝坊できない、と寝支度に入る。そしてそして、ブレーカーが落ちた。急に電気がつかなくなって、お湯も沸かないやら暖房が切れるやら。もう寝る直前で助かったねとなりながら、暗い家の中でお休みと解散した。朝になってもブレーカーは戻らなかった。
あ、この日の朝に、木が深呼吸をしている現象を見たのだった。旅行先の朝の散歩が好きな私は今日も、コーヒーを持って散歩に出た。そして大層美しい現象に出会った。
夜が明けて空気の温度が刻一刻と変化を遂げている何かの狭間のような時刻に、木の中と外の水分や温度の変化が目に見える現象があった。日光が直接木の皮に指すことで、逆光を浴びた蒸気が蠢いていた。あっ、とその現象に気がついて見てびっくり、その辺りの木々全体からその現象が発生していて、荘厳な風景だった。
急いで家に戻って3人を呼ぶ。木が呼吸をしている!と言っても伝わらなくて、とりあえず見にきて、と呼ぶ。これが、リアルMononokeだよね、と言う話になって朝食へ戻った朝だった。あぁ、朝食思い出した。海老のガーリックバターソテーとサラダだ。大事な食事の話だった。思い出せてよかった。あとパンとバターももちろん。
海老はどこかのスーパーで安かったからと買ったのだけれど、崇は気に入らなかった様子。私は普通に美味しく食べたけれども。もっと美味しい海老を買いたいとずっと言ってた。サラダがね、大層気に入りましてね。ビアンカが用意したサラダ。
トレジョの葉っぱに紫玉ねぎとりんごのチョップ、酢漬けのケッパーが入って、塩胡椒オイルレモンを本当に本当に控え目に。ものすごく気に入ったサラダで、あれからひと月以上たった今日まで、何度繰り返してきたか数え切れないくらい、あ��サラダを作っている。
崇が結構オリーブオイル大好き人間で、調味料はドバドバ人間で、煮込む時はマグマの如くに立たせている人間なので、オイリーな食事が多い。美味しいし文句は全くないけど、傾向としてしっかりした味付けが多い。
そこにきてビアンカが、サラダをオイリーにしたくないから、調味料は本当に少ししか使わないの、と言っていて好感をもった。と言う話はつい先日崇にしたら「えーオリーブオイル好き~」と言っていて、うんそれは知ってる、となった。
伊丹式のアボカドの食べ方が始まったのは2017年の冬。この日を機に、チョップドサラダが大好きになった2024年の冬になったと思う。10月にNY来てから崇と、誰かと旅をして、自分のレパートリーになかったレシピが今後の人生に影響してくるの、楽しいよね、と何度も話しているけれど、たまのレパートリーどころか、ベースになるくらいに気に入るレシピは出会いも少なく、より一層嬉しい。
EOY trip : 26th Dec
5泊の旅行って、普通に考えたらとても贅沢なのに、なんだか結果的にはあっという間だった。旅100%と言うよりも、暮らすように旅をしていたような気がする。いや、遊びすぎだけども。なんて言うんだろう、友達と旅行に行くと、予定詰めまくりのパッツンパッツンになることが多々ある。今回はすごく余白があった、個々人の。個室があって、みんなパソコン持ってきていて、私は仕事もしていたし。
次の感想はRVtripも経てからの感想でもあるのだけれど、この歳にもなって旅に出るようなタイプの人間、中でもはじめましての人と旅に出るタイプの人間、は、ある程度他人とのスペースの取り方に長けている人間が多いのかもしれない、と思った。まだ結婚していないどこかフリーな感じと、他人に踏み込みすぎないのに決して冷たいのではなくて、その場を一緒に楽しむことに長けている気がした。みんながみんなどこか大人びていて、すごく楽だし、すごく楽しい、かった。このエアビー旅の終わりは不思議な感じだった。
終わっちゃったね、もっともっとこの時間続けたいね、続けられるね、と言いつつも、目の前にはみんな生まれて初めてのキャンピングカー旅が待ち受けていて、不安と期待をみんな秘めていた。
ヌヌは気難しい。突然だけれどヌヌの話し。ヌヌはしつけを受けるタイミングを逸してきたと言うことで、人を噛みもするし、近づかれるとめちゃめちゃ怒る。足拭きが大嫌いで、ヌヌの足拭きはいつも二人がかり。噛まれないように要注意。
ラーメンはものすごく怖がり。車の中ではほぼ永遠に震えていて、疲れ果てるまで寝れない。人の前にはほとんど来ないしヌヌからは部屋二個分くらいは常に逃げている。時々何かのおりにラーメンがヌヌのそばに近づこうものならば、ヌヌがおっかない唸り声で威嚇する。するとカレンが怒鳴る。その怒鳴り声が何よりもおっかない。ヤンシャンヌー!と中国語でひたすら怒る、ヌヌに向かって。私と崇はなんと言って怒っているのか全く���からないけど、ビアンカは理解できるから、最初の数日はあははと言う反応をしていた。
かわいそうに犬たちはなかなかのストレスだろうよ。車旅をしてきて、知らない家を転々として。そりゃ気もたつさ。と私は思っちゃうのだけれど、カレンは容赦ない。もうすんごい怒鳴ってた、ヌヌのことを。崇がそれを正論で諭す。そんな風に怒こっても変わらない、そもそもきちんと躾をしないことには、ただただ怒鳴っても意味がない、と。
旅が終わる頃に、そう言えばカレンの怒鳴り声を聞かなくなった。人も犬も、すっかり旅が日常のような空気を吸っていたのかもしれない。
とか言って、機嫌が良いとヌヌは人にべったり。撫でてくれ~と寄ってくる。
ラーメンは決して寄ってこない。
どっちも可愛い。。。
さて、3時間かけてサンホゼに戻る!
ナオヤは昨夜サンホゼに着いて、一晩カレンの家に一人で泊まっている。タクオミがNYからサンフランシスコの空港に向けて飛んでいるところ。我々はまたしこたま大量の荷物と共にサンホゼへ。この日私は5時間以上運転していて、もうこんなにアメリカを運転する日は来ないだろうと、この頃は思っていた。まさか、まさかLAで運転しまくるなんて、どうひっくり返っても想像しようがなかったわね。
やっほう。今は2月2日の13時台。この調子で書き続けたいけれど、週末が終わってしまう~
今朝は昨夜こしらえた餃子を蒸しと焼きで用意することになって、崇がお決まりの崇ママのチキンスープを作ってくれた。このチキンスープはAirbnb旅の間に2回も食べたのだけれど、日記に書かれていないなぁ、と思いながら話しながら摂った日曜のブランチ。
崇ママのチキンスープ、崇は本当にしょっちゅう作る。11月だけでも何度かいただいた。Airbnbの初日か二日目の晩に寝る前にスープを拵えて朝食べた時があった。ビアンカが大変気に入ってまたこのスープやりたい、何入ってるの、と。わかるわかる気持ちわかる。でもまさかの翌日、連日でまたこのスープが作られたのがすごい面白かった。この旅の間にもう一回は食べたい、くらいのテンションで聞いていたのに、すぐさま翌日にはまたこのスープ作ってたの、あのくだり面白かったよね、と何度かその後話に挙がっている。そんなスープを食べた朝。引き続き駆け足で、RV tripを書き残したい。
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usamierina · 9 months ago
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Trip to Korea, September 2024 - Day 2: DMZ tour: Imjingak and Dorasan
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I don't tend to do much touristy stuff (usually, my theme of the trip is to enjoy beer and food in the city), but this time, since it was my first time in Korea with a friend, I decided to take a DMZ tour.
あんまり観光っぽいことをしない性分(だいたいは街中でグルメとビールが旅のテーマ)なのですが、今回は初韓国の友人と一緒ということもあり、せっかくだから参加してみようかなと、DMZツアーを申し込み。
DMZとは DeMilitarized Zone(非武装地帯)の略。韓国の場合は、北緯38度線をベースに引かれた国境の南北2km以内のエリアを指し、その間は武器の持ち込みと民間人の立ち入りを禁止している「軍の管理エリア」のことです。
私が申し込んだのは、klookアプリの「DMZツアー」。団体の日本語ツアーで、早めの時間帯(朝8:00集合)のもの���¥5,598/1名。
🚃7:00 ホテルを出て、江南駅からぐるっと地下鉄で弘大入口駅へ。乗り換えがないから便利っちゃ便利。
(なお、ツアー予約サイトには「ホテルまでお迎え」と書いてあったけど、前日の集合メールには「弘大入口駅8:00集合」になっていて、「あれ?ホテルに迎えに来てくれるんじゃなかったの?」と思ったのですが、実際は結構な団体ツアーだったので、言ったところで無理だったろうなあ。)
🚌8:00 弘大入口駅で集合し、大型バスに乗車。
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今回は日本語のツアーを予約したので、だいたい15名程度の他のお客さんと一緒にツアーを回ることに。週末はもっと予約が多いらしく、立ち入り人数制限のあるDMZエリアには、朝一のツアーでもかなり時間がかかることもあるそうです。
🚌9:00 バスに揺られて約1時間(結構寝た)、最初の目的地に到着。
◼️臨津閣平和公園
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ちょっと大きめなパーキングエリアみたいな感じ。観光バスが10台以上止まってました。
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(めちゃくちゃ天気が良くてよかった!)
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イムジン河のほとりにあるこの公園は、DMZの手前で民間人が行ける最終��リア。ここから先は有刺鉄線の貼られたDMZになります。 ここでDMZへの立ち入りの申請を行います。
申請まで時間があるということで、ちょっとだけ自由時間。屋上の展望エリアへ。
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目の前の田んぼの手前に引かれている有刺鉄線の境界。もともと、イムジン河周辺は農業が盛んで、特に有数の米の産地らしく、DMZになってからさらに人や車の立ち入り少なくなったせいか、水が綺麗で美味しいお米が取れるそうです。
DMZ内に行ける「平和ゴンドラ」の出発地点もここに。(いいお値段するので乗りませんでしたが)
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▲有刺鉄線の向こう側で、草刈りをしている兵役の方。そういう仕事もあるのね、そりゃそうか。
立ち入り申請が完了し、指定の時間までは臨津閣平和ヌリ公園内をいろいろ説明をいただくことに。
まずは2000年1月に建てられた「平和の鐘」。兵器を溶かして作った鐘で、お正月と、あとはここを起点にしている「平和マラソン」のスタートの際に鐘が鳴らされるとのこと。
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そして「望拝壇」。
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故郷を思って祈る方達のために作られた祭壇のようなもの。韓国と北朝鮮の分断となった朝鮮戦争の勃発は1950年で、その時に故郷を離れた方々ももうお年を召しているので、ここに祈りに来る人もだいぶ少なくなったとのこと。
「自由の橋」。
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そして「京義線の線路」と「破壊された蒸気機関車」。
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▲日本統治(併合)時代に建設された鉄道路線。枕木とかはそのままらしい。
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▲ソウル(旧名で「京城」)から新義州(北朝鮮)をつなぐ路線だった「京義線」。分断されてからは「ソウル〜都羅山駅(しかし、実質電車で行けるのは2駅手前の文山駅までみたい)」のみが韓国側に。 一時、北朝鮮側に作った「開城工業団地」までも開通していたようなのですが、関係悪化によりそれも終了。今は線路があるのみ。
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▲何も走らない、有刺鉄線の向こう側の線路。
かつて、軍事物資を乗せて走っていた蒸気機関車。
北側に使われてしまうくらいなら破壊してしまおうということで、都羅山駅を超えた先の長湍駅あたり(今のDMZの中にあった駅。現在は廃駅になっている)あたりで無数の銃弾を受けて停止・放置されていたもの。
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おびたたしい銃撃痕の数。
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ずっと放置されていたけど、なんとか回収して綺麗にして、今はこの臨津閣に保管・展示されているそう。
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▼実は日本のメーカー(川崎重工)製で、車体に「三菱」、車輪に「住友」の刻印もされています。
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たくさんの人が見学に来ていました。
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私自身は「朝鮮戦争」は歴史の教科書の中のことなのですが、1900年代は近現代なんだよね。そしてその分断がいまも続いている、のは、なんとも難しい問題だなと思いました。
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他にも「平和を願うリボン」や、「2体の少女像」も。少女の像は、南北統一ができたら、1体は北側に渡そうということで2体ここにあるそうです。この少女像、日本と韓国の関係が悪くなると出てくるというもの。ちょっと複雑ですね。
キャンプサイトや遊園地があり、「臨津閣観光地」と表現されていることもあり、できるだけ多くの人がくる場所にしたい、ということでした。生生しい歴史遺物と、目の前のまだ戦争状態という現実で、なんだか複雑な気持ちになるエリアでした。
AM10:30 再びバスに乗って、いよいよDMZに入ります。
検問を通ってDMZ内へ。(検問では、乗車している全員のパスポートと顔のチェックがあるよ)
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▲1998年に現代グループの会長の私財投資によって作られた「統一大橋」。会長は北側の出身だそう。 会長は南側に来る時に、家族が売った牛1頭のお金を盗んだことがあるらしく、この橋の開通時には逆に500頭の牛を連れて渡ってきたという逸話。
🚌10:40 DMZに入って、まず最初の目的地へ。
◾️都羅展望台
ここから国境や板門店、ひいては北朝鮮側を見ることができます。(このあたりの旅程は、軍側から「先に〇〇に行ってください」というような指示があるらしい。管理人数の調整してるのかな)
駐車場になっていたのは「旧展望台」の前のエリア。
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▲老朽化につき、新しく展望台が作られたよう。こっちは2018年10月で終了。
駐車エリアから新展望台まではちょっとした坂道。「この坂では写真撮影はしないでくださいね」という指示あり。(それでも撮ってる海外観光客いたけど...)
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▲展望台入口側からの韓国側(坡州市 ぱじゅし)の風景。
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▲ちょっと右側にあるのは倉庫地区。もともと、開城工業地帯で生産されたものを保管しておく物流倉庫だったそう。今は全部空っぽ。
半年くらい前から北朝鮮側が汚物を風船にくくりつけて投げてくる「汚物爆弾」のせいもあり、屋上の展望台は封鎖中。(ていうか、このエリア全体がマジでめちゃくちゃ畜産臭くて、この匂いが汚物爆丸なのか...!?!?という懸念すらあった。違ったけど。)
なので、建物横のフェンスからと、建物内の展望エリアからのみ見るこ���ができました。撮影は概ねOKになっています。
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▲こちらが新展望台。
見える...あれが北朝鮮か...
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草も木も空も、反対側と何も変わらない。でも向こうは違う国で、さらに誰も行けない閉鎖された国。なんだか現実味がないようで、でもこれが現実。
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北朝鮮の旗が立っているエリア、時間によっては田畑で作業をしている人も見えるらしい。そりゃそうか、人が住んでいる”国”だもんね。でも、韓国から見えるエリアは結構ハリボテで、大きな建物は立っているけど、実は全然人が住んでいないらしい。
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展望台の中にあったエリアのジオラマ。本当に国境近く、まさにDMZにいます。
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何も変わらない青空。
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北朝鮮に向かって立っているスピーカーからは、K-POPが流れている。こういう地道な活動が、向こうに住んでいる若者に刺さるら、とのこと。でも、それで北朝鮮から出て行きたくなった人がいたとしてても、難しいのが現実なのよね。
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展望台の入り口にいた猫。君はどこから来たのかな。猫には国境は関係ないのかもしれない。
🚌11:45 再びバスに乗って、次は第3トンネルへ。
(写真が多くて上限に来てしまったので、ここからは次の投稿へ)
【2024年9月 ソウルの旅】 ・Day 1 └ サムボプデチゲ └ 60年伝統新村黄牛ホルモンカンナム駅直営店 └ アートモンスターカンナム店 ・Day 2 └ DMZツアー  └ 臨津閣平和ヌリ公園・都羅展望台 👈THIS  └ 第3トンネル・統一村 └ Seoul Gypsy └ プチョンユッケ ・Day 3 └ 神仙ソルロンタン └ Seoul Brewery └ タルメクスーパー └ Chillhops Itaewon Project └ トヤジンガ └ Craftbros Taproom └ オダリチプカンジャンケジャン ・Day 4
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takahashicleaning · 9 months ago
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TEDにて
マルコ・アンヌンツィアータ:インダストリアル・インターネット―人と機械の融合―の時代にようこそ!
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
2014年の最近の誰もが話題にする「モノのインターネット」、私たちの将来にとってどんな意味があるのでしょうか?
この思慮に富んだトークで、経済学者マルコ・アンヌンツィアータは、テクノロジーが産業セクターをどのように変えつつあるか!について語ります。
この200年の間、全世界は、人間の限界をはるかに超えるような2つの創造的破壊のイノベーションを経験しました。
1つは 産業革命で紡績機械分野や工場システム、蒸気の動力による鉄道、大規模電気を使用した電動機や鉄鋼業などの重工業、航空機をもたらし 私たちの生活は一変しました。
そして、インテルなどの半導体集積回路の飛躍的な向上とインターネット革命。クラウドコンピューティング。
私たちは、人間の限界をはるかに超えるような演算能力や情報ネットワーク、開かれた情報へのアクセス、電子的な通信手段を手に入れまたも、生活は一変しました。
ここでのインダストリアル・インターネットとは何でしょうか?
産業機械は、より多くの電気的なセンサーが搭載され、以前にも増して電子的な視覚、聴覚、触覚を持つようになりスマートフォンによる普及でセンサーの価格が急激に下がり
クラウド・コンピューティングも進んだおかげでデータの保存・処理にかかるコストも 瞬く間に下がりました。ただの物である機械が見て、感じて、反応し、より効率的な運転が可能になるのです。
今、迎えつつある世界では、共に働く機械が単にインテリジェントなだけでなく卓越しています。
機械は、自己認識し、予測行動ができ、反応できると同時に社交性があります。
ジェットエンジンや機関車。ガスタービン。医療機器が互いに、そして、私たちと途切れることなく意思疎通します。
この世界では、情報自体もインテリジェントになります。
必要なときには、自動的に情報が提供され、私たちは、わざわざ探す必要はありません。
産業システム全体に取り込もうとしているのは、自動可視化、マルチコア・プロセッサ技術。高度なクラウド・コミュニケーションや機械の機能がソフトウェアで可視化される。
ソフトウェア基軸の機械インフラです。
これによりハードから機械ソフトを分離し、遠隔的かつ自動的に産業機器を遠距離からも監視、管理、改良できるようになります。
なぜ?これが重要なのでしょうか?
まず、すでに、これらは予防的な状態監視保全を可能にしています。
つまり、壊れそうなときを察知して、修理作業をすることで定期的なメンテナンスで時間を無駄にしなくてすむのです。
これにより���計画外の休止時間がなくなり、停電やフライト遅延とも無縁になるわけです。
考えてもみてください!― 航空機の部品が、補修が必要なときに自らアラートを送ったら?
風力発電のタービン同士が、お互いに調整し合い、全体として調和しより多くの発電をできるようにしたら?
これこそ、私たち皆に素晴らしいことをもたらしてくれる未来の始まりにすぎません!
同様の進展は、再生可能エネルギーを含むエネルギー産業でも起こりつつあります。
次に、医療です。
今、看護師は平均して1回のシフトのうち21分を医療機器を探すために使っています。たいしたことないようですが、これにより患者に向き合う時間が減っているのです。
テキサス州ヒューストンの聖ルカ病院は、インダストリアル・インターネット技術を導入し、電子的に患者とスタッフ。
医療機器をモニターし、結びつけたところ、ベッドから離れる時間を1時間も減らせました。手術を考えたら1時間は大きい���すよね。
つまり、より多くの患者を治療し、より多くの命が救えます。
ワシントン州にある別の医療センターは、スキャナやMRIの医療画像をクラウドで分析することができるアプリケーションを試験導入し、より良い診断をより低いコストで提供しています。
ここに重傷を負った患者さんがいて、複数の専門家の診察が必要だとしましょう。神経医と心臓専門医。外科医の治療が必要です。
もし、彼らが全員、その場で同時にスキャン画像を見れたら、より良い医療をより早く提供できます。
これらは、より良い医療につながり、さらには、大きな経済的利益をもたらします。
今の非効率さをたった1%なくすだけで全世界の医療産業全体で6千億ドル超の支出を減らせます。
それは、九牛の一毛でしょう。持続可能で手頃な医療を提供するのに するべきことは山ほどあります。
同様の進展は、再生可能エネルギーを含むエネルギー産業でも起こりつつあります。
風力発電地帯には、新しい遠隔監視・分析機能が備えられ、風力タービンが互いに情報共有し、全体的な発電効率を高めるようタービン翼の向きを風の吹き方にあわせて調整します。
それにより発電コストは、キロワット時。5セント以下になります。10年前の発電コストは、30セントで現在の約6倍でした。
でも、これはデータの話にとどまりません。そこで視点を変え、私たちの日々の仕事にどんな影響があるか?お話しします。
この新しいイノベーションは、新しいツールやアプリケーションをもたらし、私たちが、よりスマートに速く、連携できるようにしています。私たちが、よりスマートに速く連携できるようにしています。
仕事を、単に効率的にする以上の利点があります。例えば、風力発電施設のフィールドエンジニアは、携帯端末を見るだけでどのタービンの補修が必要か?分かります。
予め、問題が分かっているので必要な補修部品も持っています。
もし、何か予期せぬ問題があっても同じ携帯端末でサービスセンターの同僚と連絡を取り、自分が見ているのと同じものを見せ、診断に必要なデータを送信すればよいのです。
同僚が、必要な修理手順の説明ビデオを送り、機械を直すためのどんなに複雑な手順でも一つ一つ伝えることが出来ます。こうしたやり取りは記録され、検索可能なデータベースに保存されます。
ちょっと考えてみましょう。
これは重要なポイントです。
この新しいイノベーションの波は、私たちの働き方を根本的に変えます。このイノベーションが仕事に与える影響を心配されているでしょう。失業率は、すでに高くイノベーションが仕事を奪うと 恐れられています。イノベーションは破壊的です。
でも、ここで2点強調させてください。
1つは、私たちはすでに農業の機械化。産業の自動化を生き延び、雇用は増えました。イノベーションはそもそも成長なのです。製品は、より手頃になり、新しい需要や仕事を生み出しました。
2つ目に懸念されているのは、将来、仕事は、技術者やデータ科学者。その他の高度専門職にしか仕事がなくなることです。私も経済学者としてそれは怖いですよ。
でも、考えてみてください!
子どもが、簡単にiPadを使いこなせるように産業アプリケーションは、どんなレベルの産業アプリケーションは、どんなレベルの労働者にも使いやすいはずです。
将来の労働者は、むしろアイアンマンでチャップリンの「モダン・タイムス」にある姿ではないのです。
そして、確実に新たな高度専門職も生まれます。機械とデータを両方理解する。
デジタル・メカニカルエンジニアもそうで、自らの業界や分析論も理解できる経営者は、技術を最大限活用し、ビジネスを再構築します。
技術を最大限活用しビジネスを再構築します。
2023年からChatGPTが急速に普及しましたが、この流れの一環です。
2024年からは、Appleインテリジェンスも登場してます。
実は、アメリカのゼネラル・エレクトリック社が2012年に提唱したもので、製造業やエネルギー、ヘルスケア、運輸、公共サービスなどの分野に応用されています。
インダストリアルインターネットは、IoT(モノのインターネット)の一種とも言えますが、より高度なデータ分析やサービス提供を目指しています。
インダストリアルインターネットの将来の展望としては、拡張現実(AR)や仮想現実(VR)などの技術との融合が期待されています。
拡張現実とは、現実の風景にデジタル情報を重ね合わせて表示する技術で、スマートフォンやスマートグラスなどを通して体験できます。
拡張現実をインダストリアルインターネットに活用することで、以下のようなメリットがあります。
1、遠隔地にいる専門家が現場の作業員に指示やアドバイスを送ることができる。
2、製品や設備の3Dモデルを現実空間に表示して、動作や状態をシミュレーションできる。
他には、作業や点検の過程を記録や共有が瞬時にできる。
拡張現実は、インダストリアルインターネットの現実とデジタルの融合をより深める技術と言えます。
今後は、より高精度な空間認識や3D表示、ユーザーインタフェースなどの技術の発展が求められます。
もう一度
2023年からChatGPTが急速に普及しましたが、この流れの一環です。
2024年からは、Appleインテリジェンスも登場してます。
こういう新産業でイノベーションが起きるとゲーム理論でいうところのプラスサムになるから既存の産業との
戦争に発展しないため共存関係を構築できるメリットがあります。デフレスパイラルも予防できる?人間の限界を超えてることが前提だけど
しかし、独占禁止法を軽視してるわけではありませんので、既存産業の戦争を避けるため新産業だけの限定で限界を超えてください!
ヨーロッパでの一般データ保護規則(GDPR)でも言うように・・・
年収の低い個人(中央値で600万円以下)から集めたデータほど金銭同様に経済的に高い価値を持ち、独占禁止法の適用対象にしていくことで、高価格にし抑止力を持たせるアイデア。
自分自身のデータを渡す個人も各社の取引先に当たりデータに関しては優越的地位の乱用を年収の低い個人(中央値で600万円以下)に行う場合は厳しく適用していく。
技術が、すべてのことを解決できると言いますが、我々が、100倍エネルギー効率のいい乗り物を作ることができるとすれば、大枠としてこれは正しい意見です。
しかし、エネルギー効率ではなく、生産性を高めた結果、イギリスは見事に産業が空洞化してしまいました!
これでもバカのひとつ覚えのように、生産性を高めますか?基本的人権も無視して・・・
ロビン・ハンソンの言うように、一神教での仕事や労働の概念、定義などがトーマスクーン「科学革命の構造」で言うところのパラダイムシフトを起こし、ベーシックインカムや年金を毎月支給されるだけで生活できるようになるかもしれません。
そうすれば、アンソニー・ゴールドブルームの言うように、機械に先んじる可能性が開けるでしょう。
キャシーオニールによると・・・
思考実験をしてみましょう。私は、思考実験が好きなので、人種を完全に隔離した社会システムがあるとします。どの街でも、どの地域でも、人種は隔離され、犯罪を見つけるために警察を送り込むのは、マイノリティーが住む地域だけです。すると、逮捕者のデータは、かなり偏ったものになるでしょう。
さらに、データサイエンティストを探してきて、報酬を払い、次の犯罪が起こる場所を予測させたらどうなるでしょう?
あら不思議。マイノリティーの地域になります。あるいは、次に犯罪を犯しそうな人を予測させたら?あらら不思議ですね。マイノリティーでしょう。データサイエンティストは、モデルの素晴らしさと正確さを自慢するでしょうし、確かにその通りでしょう。
さて、現実は、そこまで極端ではありませんが、実際に、多くの市や町で深刻な人種差別があり、警察の活動や司法制度のデータが偏っているという証拠が揃っています。実際に、ホットスポットと呼ばれる犯罪多発地域を予測しています。さらには、個々、人の犯罪傾向を実際に予測しています。
ここでおかしな現象が生じています。どうなっているのでしょう?これは「データ・ロンダリング」です。このプロセスを通して、技術者がブラックボックスのようなアルゴリズムの内部に醜い現実を隠し「客観的」とか「能力主義」と称しているんです。秘密にされている重要で破壊的なアルゴリズムを私はこんな名前で呼んでいます「大量破壊数学」です。
民間企業が、私的なアルゴリズムを私的な目的で作っているんです。そのため、影響力を持つアルゴリズムは私的な権力です。
解決策は、データ完全性チェックです。データ完全性チェックとは、ファクト(事実)を直視するという意味になるでしょう。データのファクトチェックです!
これをアルゴリズム監査と呼んでいます。
最後に、マクロ経済学の大目標には、「長期的に生活水準を高め、今日のこども達がおじいさん達よりも良い暮らしを送れるようにする!!」という目標があります。
経済成長を「パーセント」という指数関数的な指標で数値化します。経験則的に毎年、経済成長2%くらいで巡航速度にて上昇すれば良いことがわかっています。
たった、経済成長2%のように見えますが、毎年、積み重ねるとムーアの法則みたいに膨大な量になって行きます。
また、経済学は、大前提としてある個人、法人モデルを扱う。それは、身勝手で自己中心的な欲望を満たしていく人間の部類としては最低クズというハードルの高い個人、法人。
たとえば、生産性、利益という欲だけを追求する人間。地球を救うという欲だけを追求する人間。利益と真逆なぐうたらしたい時間を最大化したいという欲を追求する人間。などの最低生活を保護、向上しつつお金の循環を通じて個人同士の相互作用も考えていく(また、憎しみの連鎖も解消する)
多様性はあるが、欲という側面では皆平等。つまり、利益以外からも解決策を見出しお金儲けだけの話だけではないのが経済学(カントの「永遠平和のために」思想も含めて国家や権力者は透明性を究極にして個人のプライバシーも考慮)
(合成の誤謬について)
合成の誤謬とは、ミクロの視点では正しいことでも、それが、合成されたマクロ(集計量)の世界では、必ずしも意図しない結果が生じること。物理学では、相転移みたいな現象です。性質が変わってしまうということ。
ミクロのメカニズムが個人同士の経済における仕組みであるのに対して、マクロのメカニズムは、国家間や経済全体の循環における仕組みだからである。
例えば、家計の貯蓄などがよく登場するが悪い例えです。前提条件が、所得が一定の場合!!所得が一定じゃない増加する場合は?これは、論じていませんので参考になりません!!(法人が提供する製品やサービスの価格も一定の場合も前提条件です)
1930年代のアメリカ経済が金融危機2008と似たような状態に陥った時、ケインズは、「倹約のパラドックス」というケインズ経済学の法則を発見しています。
それは、ポール・A・サミュエルソン(1915-2009)が、近代経済学の教科書「経済学」の冒頭で「個人を富裕にする貯金は、経済全体を貧困にする!(所得が一定の場合)」というわかりやすい言葉で表現しました。しかし、庶民の所得が増加し、貯蓄が投資、消費に回る場合には、「倹約のパラドックス」は生じません。
その後、この「倹約のパラドックス」は、アメリカの経済学者・ケネス・J・アロー(1921- )が「合成の誤謬」を数学的論理に基づいて「個人個人がそれぞれ合理的選択をしても、社会システム全体は合理的選択をするとは限らない」を検証してみせた。 要するに、部分最適ではなく、全体最適させていくということ。
つまり、新産業でイノベーションが起きるとゲーム理論でいうところのプラスサムになるか���既存の産業との 戦争に発展しないため共存関係を構築できるメリットがあります。デフレスパイラルも予防できる?人間の限界を超えてることが前提だけど
しかし、独占禁止法を軽視してるわけではありませんので、既存産業の戦争を避けるため新産業だけの限定で限界を超えてください!ということに集約していきます。
なお、金融危機2008では、マイケル・メトカルフェも言うように、「特別資金引出権(SDR)」は、2008年に行われた緊急対策で、一国だけで行われたのではなく、驚くほど足並みの揃った協調の下に国際通貨基金(IMF)を構成する188ヶ国が各国通貨で総額2500億ドル相当を「特別資金引出権(SDR)」を用いて世界中の準備通貨を潤沢にする目的で増刷してます。
このアイデアの根本は、元FRB議長であったベンバーナンキの書籍「大恐慌論」です。この研究がなければ、誰一人として、変動相場制での当時の状況を改善し解決できなかったと言われています。
それ以前では、固定相場制でのマーシャルプランが有名です。
続いて、トリクルダウンと新自由主義
インターネットの情報爆発により隠れていた価値観も言葉となり爆発していくことになった。
しかし、法定通貨の方が、その価値、概念に対する通貨量拡大として価格で応じることができず、圧倒的に通貨量が足りない状況が生まれていたのが、2010年代の問題点のひとつでした。
リーマンショックの後に、新自由主義が誤りであることが、ピケティやサンデルによって指摘され、当時のFRBバーナンキ議長が、通貨供給量を大幅に増やした対策により、ベースマネーの金融、銀行間の相互不信を解消して収束した。
それでも、まだ足りないが、適正水準に収まったことで、さらに価値も増幅され、マネーストックの財政政策から再分配、事前分配を大規模に行い、さらなる通貨供給量が重要となっている現在の日本国内。
例えば
Googleがしようとしてた事は、まだ新産業として、基礎研究から発展できない機械学習の先端の成果をすべて持ち込んだ社会実験に近いこと。
シュンペーターの創造的破壊は、一定数の創造の基礎を蓄積後に、未来を高密度なアイデアで練り上げてから破壊をするのが本質です。
こうして、憎しみの連鎖や混乱を最小限にする。
アルビン・トフラーの言うように、法人と行政府とのスピードの違いが縮まらないのは、構造上の違いであって、それを補うためにプラスサムな連携するということが、必要になってくることを説いています。
三権分立が、規制のないGAFAMを非政府部門としてMMT(現代貨幣理論)からプラスサムに連携したらどこで均衡するのか?という社会実験も兼ねています。
このような前提で、あらゆるインターネット企業が、創業時、貢献するためコンセプトの中心であったものが、今では、悪性に変質して違う目的に成り下がっています。
ジャロン・ラニアーも言うように、再分配、事前分配の強化がスッポリ抜けてる欠点があり、ここに明かしたくないイノベーションの余地があります!!
2021年には、新自由主義のような弱肉強食では自然とトリクルダウンは生じないことは明らかになる。
確かに、トリクルダウンは発生しないが、法律で人工的に同じ効果は、貨幣の再分配、事前分配という形にできる可能性は高い。
再分配や事前分配をケムにまく「金持ちを貧乏にしても、貧乏人は金持ちにならない」「価値を生み出している人を罰するつもりがないのであれば税に差をつけないほうがいい」(サッチャー)
とあるが、新自由主義は誤りで、ピケティやサンデルによると違うみたいだ
(個人的なアイデア)
電気を作る熱力学のサイクルで熱効率は、ほぼ50%、45%~50%の効率まで高めることは可能ですが・・・
高温の物体から熱を受け取り、電気という「使えるエネルギー」に変換できる機械を一般的に「熱エンジン」と呼んでいる。
高温の物体から受け取った熱エネルギーのうち、どれだけ活用できたかという比率を「効率」と物理学では定義している。
この効率は、原理的に超えられない「カルノー効率」という上限があることが知られている。
カルノー効率が達成されると、効率は上がるが、同時に仕事率がゼロになる現象。
つまり、熱エンジンの効率を最大限に上げると出力がほぼゼロになることを意味しています。そして、効率100%は物理的に不可能ということです。
中世で試行錯誤が行われたことに終止符が示され、機械での永久機関は作れないことが、この現象から理解できます。エネルギー保存の法則からも理解できます。
他には、燃料の持つエネルギーをどれだけ動力として取り出すことができるか?これをエンジンの熱効率と定義しています。
2020年の段階で、ガソリンエンジンの熱効率は最高で40%前後あり、10年くらい前までは30%程度。低燃費の技術競争もあるけどカルノー効率から限界も見え始めています。
だから、ガソリン自動車から電気自動車へ世界中の法人が開発を加速して切り替えている潮流があります。
そして
まだまだ、イノベーションの余地がある貨幣の再分配や事前分配をベンチャー企業が、究極まで強欲に追求すれば、確実に人工知能の時代、人類への貢献として、世界史に刻まれる可能性は高い。
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itocaci · 1 year ago
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暖かな眼差しを装いに - amachi. "Swallow Knit  Vest"
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こんばんは。
なんだかとても蒸し蒸しとした1日に感じたのは気のせいだろうか。
ここ数日、すっかり夏日を迎え装いも徐々に薄手のものに変わってきた。
店に来る途中にはアナベルが咲き始め、もうすぐするとモクモクとスモークツリーが見れる時期になるのかなぁなんて。
毎年、見ている光景なのだけど、やっぱり四季��々の風景をみるのはちょっとした楽しみでもある。
そんな季節の移り変わりを強く感じさせる頃に紹介をしたいアイテムがある。
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amachi. : Swallow Knit Vest ¥74,800 (tax in)
毎年春くらいになると、家の軒先やマンションの駐車場で見かけるツバメの巣。
都市部に住んでいると、目にする機会も減ったなぁなんて思ってしまうけど、たまに見かけるとつい暖かな眼差しで見守ってしまう。
他にもたくさんの鳥がいるにも関わらず、わたしたちがツバメの巣を見かけるのは、ツバメは人目につきやすいところに巣を作り、天敵から身を守るためなのだそうだ。
このニットを展示会で見ている僕にそんなお話をしてくれた。
確かに、ツバメの巣を見ると、私たちはどこか暖かな眼差しをむけてしまい、巣を壊すどころか雛の成長を優しく見守っている。
フンや鳴き声の被害と言っても数週間の話になる。
それに、昔からツバメの巣ができる家には幸運が訪れるなんて言い伝えもあるくらいだ。
これは日本だけなのかもしれないけど、私たちの中にはツバメを暖かな眼差しで見るDNAのようなものが宿っているのかもしれない。
(巣の破壊とか考えたことがないのですが、そもそも卵や雛のいる巣をを破壊することは鳥獣保護法に違反してしまいます。気をつけてください。)
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さて、そんなツバメを大胆にあしらったニットベスト。
初めて見た時には、ちょっと今までの"amachi."のアイテムの中に、こんなキャッチーな要素があったものかと、驚かされた。
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今季を代表するモチーフとなるツバメ。
このニットに施されたツバメは手作業によって製作されており、1羽ごと個体差がある。
ハンドによって���作されたツバメからは温もりというか愛くるしさを抱いてしまう。
それはわたしたちがツバメに向ける眼差しにも近いようなものがあるのでは無いだろうか。
ちなみに素材はコットンとリネン。
こんにゃく加工という加工を施しており、この加工を施すとリネンのようなシャリッとした風合いを生むことができる。
なので、夏場でも快適に着用していただくことができる。
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身幅やアームホールはゆとりを持たせ、ざっくりと着用することができる。
今の時期ならシャツの上から。
夏場にはTシャツなどの上から合わせていただくことも可能だ。
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クスッとなるようなモチーフのツバメがアクセントに。
なんだか見る人はもちろんだけど、着ている私たちも優しい気持ちになれるような1着になるんじゃないだろうか。
さて、一度ここで"amachi."のシーズンコンセプトをご紹介させてもらう。
Collection 014 / SS 2024 "Phenology"
ツバメの飛来、桜の開花、河の凍結など
すべての生態学的現象は季節の移ろいとともに始まり、終わる
動物、植物、自然現象、それぞれががもつ周期性
常に変化しながら、様々な組み合わせとして現れる ”風景”
そのリズムや移り変わりそのものをテーマにしたコレクションを創ってみたい
そう考えていた頃、“季節学” と呼ばれる学問が存在することを知った
膨大なフィールドワークをもとに
動植物と自然環境の相互関係や連鎖を観測し研究する分野である
対象は自然界に留まらず、人々が夏服・冬服を纏う初日/末日を観測するなど
人間社会への観察をも含んだ
まさに ”万物が気候に応じて変化するありさま” をとらえる学問であった 一年を二つの
シーズンに分け、およそ半年間のワードローブを一つのコレクションとして発表する周期の中で私たちなりに、季節と向き合い、思考する
これまで当然のように繰り返してきたことに改めて向き合う “季節学”
冬枯れから春へ向かう時期、ツバメや花々が見せるある瞬間の色の組み合わせのような
心に残る情景に感性をゆだねて表現したシーズンとなった
冒頭のお話では無いけど、私たちの生活は季節と深く根付いている。
それは動植物も同じで、そんな生命の周期的な営みと共に存在する。
暖かな眼差しで季節の風景を見つめるように。
装いにもそんなゆとりを持って。
"amachi."のニットを着用する日は、そんな素敵な装いを気持ちから楽しめるはずだ。
なお、こちらは現在オンラインショップにも掲載をしている。
もし良かったら、合わせてこちらもご覧いただけると嬉しく思う。
それでは次回もお楽しみに。
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shukiiflog · 2 years ago
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ある画家の手記if.99 雪村絢視点 告白
粉々に砕け散って剥き出しの切先を露わに突きつけてくる、無色透明なガラス細工 それでも香澄が関わりたいと願うなら
香澄があの人の家に訪ねてって怪我したって聞いて、家に行ってみたけど香澄は元気そうだった。 香澄が重傷でも元気そうなのは今に限ったことじゃないから、香澄より直にぃの様子を見たほうが香澄の容体の深刻さは推し量れる。…と、踏んだんだけど、 …直にぃが微妙に読みづらくなってる。というか以前は読むまでもない、完全に見たまんまの人だったんだけど。香澄とこれからも一緒に暮らすならこの変化は喜ぶべきか。それでもなんかダダ漏れる体質みたいのは変わってないっぽいからある意味助かる。 そこから察するに、香澄の今回の怪我は事件性は一切なし、悪意や害意もおそらくなし、憂慮すべき人物の影もなし、…とみていいかな、どうかな。 俺は直にぃと香澄はお別れして別々に生きるってのもそれはそれでアリかと思ってたけど、泊まってる間に香澄に軽く聞いてみたら正月に旅行いっただけじゃなくて、直にぃはこれから講師の仕事やめて画家に復帰するらしい。 …どうして画家だったのか、その画家を辞めたのか、本人から(日本語無茶苦茶だったけど)聞いたから、たぶん画家に「復帰」するってのは適切な言葉じゃない。やめてた同じのを再開するってよりは、以前とはかなり違うなにかなんだろうけど、直にぃの場合は素直になればなるほど生き方のレトリックが絵に集約する…そうなるように人生積み重ねたってことかな。
香澄の怪我にひとまず事件性はないとしても、問題はある。壊す意図じゃなく香澄がただ倒れ込んだだけで大破全壊した棚はガラス製だったらしい。 …俺も一度あの部屋入ってるんだけど、あの時は考えるべきこと多すぎたり突然ひっぱりこまれたりで、言われたこととか音声情報のほうが優位なまま残ってて、部屋の様子は正直ほとんど覚えてない。 あの人が、ガラスにこだわる理由。ややこしい理由なんてなくても「好きだから」ってだけも十分理由にはなるけど…例えば透明感のある部屋にしたいならアクリル板でも代替は効くし、安全だ。 …一度会ったかんじ、他者への危険性には思い至れる普通の人だった。嗜好だけで機能性や生活面や安全性を度外視して家具を選ぶほど耽美的な人柄にも思えなかった。まあ見た目だけなら耽美の塊みたいな人だったけど。 もし、誰かが入ることを一切想定されてない部屋なんだとしたら あの人は今回の香澄が負ったような怪我の危険と常に隣り合わせの状況に、好んで身を置いてる。もしくはそうせざるを得ない何かがあるなら、香澄より先に俺がそれを知れたらベストだ。香澄はあの人と今後も向き合おうとしてる。 手っ取り早く直にぃにあの人のこと聞いてみようかと思って、やめた。よくも悪くも直にぃは対象者のよくない面をよくないように受け取ることができない、多分。
次の日、香澄と一緒に菓子折選んで買って、あの人の家まで向かう。 渡して実際食べられるのかよりもこういうときの菓子折は形だけでもあったほうがいいらしい。 「香澄はあの人のこと慧先生て呼んでんの?」 「うん。直人が先生のことそう呼ぶから…」 「じゃ俺も同じにしよかな」 誠人さんにはあれこれバレてるけど、冷泉って苗字を俺が発するのはしばらく避けときたい気がする。 以前と同じマンションのエントランスで、部屋番号押したらすぐ応答がきた。 「突然すみません… 昨日のお詫びにきました」 スピーカーに向かって声を抑えめに話す香澄に向こうから返事がきた。 『あー…急ぎの仕事が入ってな。悪いが今日は出直してくれるか、その件なら俺から日を改めてそっちに出向くよ』 …声は普通だな 仕事を理由に人を追い返せるほど図太くは見えなかったけど 「すみません、ここ来るまで外の風が強くて香澄が熱出してて。タクシー呼んで帰るから少し休んでったらダメですか?」 香澄が隣でもごもごするのを目線でおさえてたら、きた返事はこうだった。 『…わかった。ただし靴のまま上がれよ』 ガラス片付けてないのか。香澄もそれに気づいたのか、エレベーターの中でも心配そうに眉下げてた。 部屋に行ったらインターホン押す前に内側からドアが開いた。 「…よう。今日は雪村くんも一緒か」 フツーに愛想よく微笑まれて聞かれたから「絢でいいです」って言いながら香澄の服の裾引っぱって部屋に上がる、言われたとおり靴履いたまま。この人自分はスリッパ履いてるだけなのに俺らが土足でいいのか。 「香澄は熱があるって? 怪我に響く前に寝室で少し横になるか?」 「えと… いえ、…大丈夫です」 廊下を歩きながら俺の後ろでやりとりしてる二人を半分放置してリビングまで入っていく。 ひらけたリビングに出て最初に目に飛び込んできたのは、足の踏み場もないほどにリビングの床全面に散った、ガラス片だった。 午前の陽を照り返して粉々に砕けた小さな破片の一粒までが眩しく光ってた。 奥の壁にあるほとんど原型とどめてない大破したガラスの棚には今にも落ちそうな危ういバランスで本が崩れて乗ってて、これは香澄が壊してからおそらくまったく手つけずだ。 「二人とも破片に気をつけろよ」 呆然とリビングの入り口のとこで、このやや非現実的な光景を見てたら、後ろから当たり前みたいにからんとした声かけられた。 「先生… 」俺の後ろでリビングの惨状を見た香澄がおそるおそる何か聞こうとしてる。 「業者を呼ぶ時間がなくてな」…察しのいい人だな。つっこんだ質問する前にこっちを安心させるていで先に返された。 「近々ここも越す予定だったし、どうせならそのタイミングで一緒に処分しようかと思ってそのままにしてんだ」 何かをごまかすふうでもない、普通に愛想のいい笑みで、一度も突っかからずに滑らかに喋る。 他人がもっとも受け入れ易いストーリーを受け入れ易い切り口で提供する語り手だ。…先生、美術講師、か。直にぃと深い関係なのに画家とかじゃなくて講師って少し意外なかんじがしてたけど、この人個人と接してる限りじゃ納得しかないな。 リビングに靴で踏み入ると靴の裏から小さなガラス片の悲鳴が上がる。 リビングの棚から一番遠くて棚のまっすぐ真正面に位置する床が、一部だけ少しガラス片がよけられていた。 「香澄の怪我は悪化してねえか? 寝室が三つと応接間があるから、とりあえずそっちに移るぞ」 「ここに居ましたよね」 唐突な質問、っていうか断定口調にしちゃった。じゃないとさっさとここから移動させられるし、うまく方便で躱されて再度話題にしにくくされそう。 「絢…?」 「他の部屋で過ごしてこのリビングだけ放置してたんじゃない、昨日からずっとここにいましたよね」 「……どうしてそう思うんだ?」 俺はやや詰問に寄ったニュアンスで話してるのに、この人は深刻な空気にならないようにかずっと親しげな笑みを浮かべてる。俺の質問の意図に気づいてたとしても、香澄を戸惑わせないようにか。 「…なんとなく。」 この場では無責任な返答しかできない。香澄も聞いてるしな。
パソコンの中にある真澄さんから受け取ったデータ。 本人に会う前にチェックするのは危険度とか直にぃとの関係とか俺が最低限気をつけなきゃいけないこととかだけで、詳細は誰のもすぐはあんまり読まないようにしてた。 事前に情報を頭に入れてたら、会った時の第一印象や直感にそれらが介入してくる。 でも香澄からこの人の部屋で怪我したってメールきて、そろそろ詳しく知っといていいかもと思って読み返してきた。 「………。」
***
冷泉慧鶴。 現在39歳。独身。1976年9月6日生まれ。乙女座。O型。身長約170センチ。体重約50キロ。 冷泉美遊が海外滞在中に妊娠した子供。 「………。」 …無計画な子ども。冷泉の家の人でも、俺も会ったことある誠人さんの友達っていうじーちゃんとは、距離感どれくらいなんだろ。慧清じーちゃん。 父親、Ігор Апостол。読み全然わかんねー…イゴール・アポーストル…? ウクライナ人。 結婚後に日本で美遊と夫婦生活を始める。慧鶴が10歳の時に蒸発するまで、父親は日本語が喋れず、読み書きもほぼできなかったため日本語能力が問題になり日本国籍を得られなかった。地域にも冷泉家にもなじめず、職にもつけず、家の中は美遊がとり仕切っており、ほぼ家で美遊の収入だけを頼りに引きこもりに近い生活を送っていた。 現在も父親の行方は不明。それらしき人物の病院受診歴なども今日まで無し、遺体も見つかっていない。 …個人特定が不可能なほど損傷した遺体はおいといて、もし死んでないなら誰かに匿われてんのかな、情報のままなら不法滞在中ってことかな。 あの人の外見、色素から骨格までほぼ完全に日本人じゃなかったけど、半分はウクライナか…美男美女大国じゃん。多民族国家だから色素も容姿も幅広いけど、その中でも父親は色素薄いほうだったのかな… あ、画質悪いけど写真ある、父親の…劇団員でモデルだったのか…だから写真も多く残ってんのか。母親の写真もある。すんごい美男美女夫婦…確かに足して割ったらあの人かも。 今だからあの人のあの色素ってこの国でそんなに珍しくもないけど、俺みたいに染めまくってるやつとかもいるし、…でもあの人が子どもの頃ってまだ2000年にもなってない。成長過程で何か人格形成に影響する程度には目立ったのかもしれない。 父親の蒸発後、母親は慧鶴に異様に執着するようになった。歩いて通えるような距離への場所でも車で送迎したり、慧鶴にGPSを所持させて常に居場所を把握しようとする行為など。のちに母親は心療内科を受診、現在も定期的な通院やカウンセリングを継続、入退院をしている。 …ここまででもその母親ってのがあの人に他にどういうこともしてたか、かなり現実的な想像ができる。それでも想像の域は出ないけど…。 高校入学直後にクラスメイトから集団暴行を受けたとの報告が学校側に一度だけ有った痕跡。しかしその後、いっさいの情報なし。加害者も被害当事者の慧鶴も暴行を否定している。 …否定。受け入れられない、脅されていた、面倒ごとを嫌った、狂言、事実なにもなかった、…可能性も心情も多岐にわたりすぎる、どうともいえないな。 大学在学中にクラスメイトの名廊直人と短期間の交際と同棲。名廊直人は慧鶴の実家で母親の美遊に暴力を振い、軽傷だが昏倒させる怪我を負わせている。 …直にぃ…。やっぱここでもやらかしてた。 名廊直人以外の他の人間との交際歴は無し。…なし? あれだけイケメンでコミュ強でモテそうなのに。美形すぎると近寄りがたくなるとか? そうじゃないなら告られたの全部断り通してるのか? 院を卒業後、美術講師として働くが、どこか特定の大学に腰を据えて所属したことはない。美術雑誌への寄稿文や、美術指南役のような立場でのテレビ出演、美術館併設時にアドバイザーとして参加、知人の芸術家たちの個展やパーティなどの企画の手伝い、海外のディーラーとのやりとりを引き受けるなど、広い人脈を使って多くの仕事を常に兼任している。 極度の潔癖症と強迫性障害を本人が公言している。公私にわたって手袋を着用しての行動が多い。昨年までは常に黒い細身のハイネックを着込んだ姿で目撃されていた。昨年以後、装いに若干の変化あり。 …去年になにかあったかな、香澄に聞いたら知ってるかな。 他人と食事を共にしたり触れ合ったり体液を直視することが困難である。単独の時間になにがどこまで可能なのかは不明。 趣味、乗馬。…潔癖症の荒療治か? ��馬の名はベルモント。引退した元競走馬で、数頭の馬と馬場を持つ友人の所有する馬。 食事や他人との接触もやむを得ない場合はそつなく可能。あとから体調を崩している目撃例あり。 リウマチにやや似た疼痛で幼少期から複数の病院を受診しているが、原因も病名も未だ不明。 ネットでの風評被害多数。盗撮画像や過去の卒業アルバムの写真などがSNSや匿名掲示板でこれまでに繰り返し拡散され、便乗した真偽不明の噂や加工画像が出回り、身元や職の特定、住居へのつきまといや嫌がらせなどに至っている。事件化されたことはない。 定住を嫌い、定期的にかなりの頻度で引越している。
…こんくらいか。 情報あっても、いろいろと、分かんないといえば分かんない、けど、フツーに考えたらこれは、屈折するんじゃないの。
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と、一昨日の夜に読んだときは思った。
ぱっと見ではどこも屈折してる風には見えない、なら、より根深い。 前に会ったときはここに直にぃも居た。この人はあのとき、直にぃにはつっけんどんで無遠慮でちょっと仕草も横柄で乱暴で、直にぃには一度も、笑いかけなかった。 直にぃとそれなりに遠慮のない関係を築けててあれがこの人の自然体なのか、それともこの人も情香さんみたいに直にぃに対して世間的な外面が通用しないし無意味だとわかっててああしてるのか。どっちにしたって俺たちへのにこやかな態度がまったくの嘘偽りの演技ってことになるわけでもない、んだけど…
香澄がこの人に菓子折渡して、 全然怒ってないしガラス片ぶちまけられた異様な部屋と乖離するレベルで機嫌も愛想もいいその人にどう探りをいれるか迷ってたら、隣で香澄がふらつきだした。 俺が熱あるって咄嗟に嘘ついたらマジで熱出てきちゃった… 「香澄? 具合悪い?」 額に手を当ててみる。37.5度くらいか。香澄の平熱いくつだっけ…なんにしても普段から体温高い方ではないな。 「平気だよ、あともう帰るだけで予定ないし…」 にこにこしてなんとか普通っぽく立ってる香澄に頭突きでも食らわそうかと思ってやめる。病人に頭突きはないな。 これから急いでタクシーで香澄を直にぃのとこに送り届けて…いや、病院…まだ微熱だし…うーん… 俺が自分が巻いてたマフラー外して、ストールだけの香澄の肩と首にぐるぐる巻いてあったかくしてたら、突然香澄の背後から香澄の体にふかふかの毛布がかけられた。 頭からかぶってオバケみたいになってるのを香澄が隙間からぴょこっと頭のてっぺんを出して後ろを振り返る。 「熱が下がるまで寝室で寝てろ」 当然のことみたいに提案されて俺も香澄もちょっとフリーズする。その人は俺たちの反応に穏やかに笑いながら続けた。 「寝室三つあるからしばらく泊まってってもいいぞ、俺が寝る場所に困るってこたぁねえから」 香澄と顔を見合わせる。…これって潔癖症なのにめっちゃ気を遣わせてる感じ? でもすぐ帰るって流れをこの人の提案がわざわざぶった切ってるし…? 二人で目線だけで会話してたらその人はさっさと寝室整え始めた。整えるほど散らかってもなさそうだけど… 「嫌ならそう言えよ、その時は病院か直人の家まで車出すからな」 香澄はその人と俺を散々交互に見てから、泊まるかどうかはともかく、しばらくここで休ませてもらうことに決めた。
俺も少し脚が痛かったから、香澄についてないでおとなしく家に帰ることにする。 昨日、俺が拗ねてラインのアイコンを絢ちゃんから経口補水液に変えたら親バカ二人が動揺してたから …てのはまぁいつものうちのネタだけど。 俺個人にとってのこの人の脅威がどの程度かはなんとなく把握した。あとは香澄と、ついでに直にぃ。 多分、香澄に危害を加えられることはない。香澄への感情だけがイマイチ読めないけど、無駄なリスクを犯さない人ではあると思う。
タクシーで帰りながら考える。 きっと誰も一生招き入れられることを想定されてなかった生活空間。そこに踏み込んだ香澄と、それを許したあの人。潔癖症の枠から完全に逸脱した香澄への咄嗟の態度。 ここまで予想通りで、完全な不慮の事故なら、自分に対する否定的な感情に呑まれて、今日来た俺たちに応対もできないほどネガティブになっててもおかしくない、でもそうじゃなかった、無理もしてないようにみえた。 データの中で特に考慮に困った一文… ”胎内では双生児だったが、多胎の妊娠・出産に母胎が耐えられず、養育も困難であるなど多くの点から、片方の胎児を胎内で間引くことが検討されていたが、その期間にストレスから母親が心身の調子を崩し、結果的に片方の胎児が胎内で死亡した、生存した方の胎児が慧鶴である” …気にしない人ならこんなの忘れて生きてる。産まれたのは自分一人だから。あの人はどうかな。 生まれる前に死んで自分に吸収された片割れの存在が、あの人に絶対的な自己肯定感を保ち続ける責務を負わせてるのかもしれない。 ーーー自分を苛む常態と、誰からも苛まれてはならない義務感が、あの人を単純に病んだ人格にさせることを拒み続けたなら、 自己の外側のものであって同時に自分だけに常に向く「自室」が、あの状態なのはーーー自然だ。
…直にぃ。前に話しついでにあの人を、ガラス細工のようだって言ってた。 ”無色透明なガラス細工と似てる。…色がないみたいだけど、外からのものを歪めて身に宿して輝く、眩しいほどの美しさは本人の中の精巧で繊細な屈折率で光を内側で反射し合ってるから” 残酷な例えだな。 関係が深いだけあっておそらく結構的を得てそうだし。 壊れやすいものを前にいつまでもその脆さに美しいなんて魅入ってたら、次の瞬間には簡単に壊れて終わりかもしれないのに。 …さすがに香澄に対してはそういうとこは改善されてきてるみたいだけど。顔の傷痕を消してるから。
壊れたガラスはただのガラクタでもある、ゴミでもある、同時に周囲を無差別に傷つけるむき出しの凶器そのものでもある。 香澄が今夜あの人の部屋に泊まってってどうなるのかは、俺にもわからない。
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globalhead · 2 years ago
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人類はもっと地球温暖化に楽観していい 世界中で二酸化炭素狩りが叫ばれているが、あまりにもヒステリックでまともな神経だと呼吸するのもはばかられる時代になった。さすがにこれでは反感を買うと思ったのだろう。二酸化炭素狩りは続くものの、今度は楽観論が出てきた。しかし二酸化炭素を出す限り温暖化は進むはずだ。太陽光発電は太陽光パネルと蓄電池の大量生産で膨大な二酸化炭素を生む。太陽電池自体は二酸化炭素を出さないが、それまでに破棄されるまでの分の二酸化炭素をまとめて排出している。その二酸化炭素は石油と石炭を燃やして発電する際に発生する。風力発電も同じ構造だ。 何より不審なのは二酸化炭素の増加と気温の上昇が連動しないことだ。二酸化炭素主犯論は未だに証拠が見つかっていない。メタンの温暖化効果は二酸化炭素とは桁違いだが、問題視されない。理由は単純でメタンを量産している牛や豚は欧米を始めとして世界中の畜産業の主力だからだ。支持者の職を奪うような施策を摂るものはいない。自動車産業はEV代替で雇用を維持するつもりだから既存の自動車産業を潰しても問題問題ないという判断だ。だが、実際のところEVを作るには膨大な二酸化炭素を排出する。膨大な補助金で販売を後押ししている。しかし夏の暑さでエアコンでバッテリーはあっという間にカラになり、冬はそもそもバッテリーが放電してガレージで冬眠するような代物が内燃機関に置き換わるわけがない。ここ数年、EVの故障に悩まされたオーナーが逃げ出している。 もし二酸化炭素が温暖化の主犯なら力を入れるべきは二酸化炭素の排出規制ではなく、二酸化炭素の回収だ。かつて窒素を固定して肥料を作ったように二酸化炭素を回収して燃料やプラスチックを作れば良い。さらに言えば人工光合成の実用化を急ぐべきなのにそうしないのは何故か。 二酸化炭素主犯論者も別に二酸化炭素を放置していても大差ないとわかっているのだろう。しかし二酸化炭素の回収をしたところで産業としては大きなものにならない。金を使って景気を良くするなら大きな変化を起こすべきだ。とすれば二酸化炭素狩りつまり内燃機関狩りこそ新しい産業の苗床ということになる。ただ、そのチャンスを総取りしたのが中国だったことから欧米の二酸化炭素酒飯論者のシナリオが狂った。 楽観論はチャンスを自分たちの手元に引き寄せるため茶番なのだろう。もっとも、同じことをしても製造業に背を向けた国々に幸運は舞い込まないことは間違いない。 もし二酸化炭素が主犯で地球全体が温暖化しているなら、熱は時間経過とそもに大気圏内に蓄熱される。冬と夏で北半球と南半球で熱の循環が起こる。結果として毎年、気温は上昇し続けるはずだ。また、二酸化炭素を多く排出する場所はそれだけ温度上昇が急になるはずだ。しかし実際のところそういう傾向はない。今年の夏は暑かったが昨年と今年で二酸化炭素の排出量が大きく変わったわけでは無い。もっとも二酸化炭素の排出量を正確にモニター出来ているわけではないが。実際のところ夏の暑さは海水温に原因がある。海に熱が溜まっているなら蒸発も盛んになり世界中の海水面が低下するはずだ。しかしそんな兆候は無い。海は巨大で膨大な熱を貯められるからと言うかもしれないが、それなら海水温は気温以上に変化するはずだ。だが、それもエルニーニョやラニーニョとして一時的に変化するだけで全体の温度が上がる様子はない。 もし、ある日海が後退しやまない雨が降り出したら、そのときは二酸化炭素主犯論が正しかったのだなと反省することにしよう。
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niwanoki · 2 years ago
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2023/08/12
遠くに行く方法として具体的なものは、自分が身につけうるものがまず一つある。これから運転経験が数えるほどしかないままにゴールド免許を手にする事になりそうだった、このまま順当にいけば。漠然と身体を持て余して夜の中に自分を放る、深く息を吸うことが怖いことであるかのように、なんだかうまく胸が広がってくれない、夏の匂いをいつもなら、いや昔なら、じっと耳を済ませていられるはずが。どこかに連れ去られそうな青すぎる闇を遠くから眺める、窓のない部屋でよくわからない仕事をして、ずっと何かが上ずっている感じがあって、暑い雲の向こうに太陽が沈もうとして、雲の輪郭が燃えて美しい、上りの中央線の窓をわざわざ振り返って眺めても、もう戻れないんだなと思う、呪いみたいになった山本精一のアルバムをまた聴く、息をよく意識してゆっくり吐いていると、亡霊のように夏休みのとりとめない記憶がすぐそこでちらつく心地がする、送られてきた神宮球場の花火大会の写真、今年見る花火は全て遠くて朧げ。奥多摩町納涼花火大会、本当は行きたかった。昨日もおそらく西武園の花火がマンションの廊下から見えた。遠くていいのかな?とか思う。今日こそは「ラーメン食べて帰って」を遂行せんと、美術館に滑り込むのはやめて西武線に乗った、完全にラーメンの口になっていたけど、「ラーメン」に投げやりなニュアンスが込められているとでも思われたのか、安全なファミレスに行きなさいと諭され、家の近所の三色の国旗のファミレスに行く、夏休み、土曜日の夜で混んでいたが一人なのですぐに席に通される、謎の北イタリアのイメージ映像、絶妙な遅いスピードの映像、姥捨みたいな風景の場所があることを知る。グラスのワインを2杯のみ、蒸したブロッコリーに塩をかけたみたいなやつとチーズを揚げたやつと赤海老とレモンの冷製パスタを食べた、こういう未来があるなんて、そもそも高校卒業の後に生きていると想像だにしなかった時代があった。ワインを飲みながら「アイハイウェイ」を開いて高速道路の混雑状況を見た、「関東」「東海」「近畿」「中国」には「渋滞」のマーク、夜は静かな東北道。「関東」を開くと須走と京葉ジャンクションのあたりに「×」がついていて、「8/15 花火大会 諏訪湖SA付近混雑 他の休憩施設で早めの休憩を」という注意喚起の文章が右から左へ繰り返し流れていた、諏訪湖の花火大会を避けて帰る日を決める、知らずに甲府盆地の花火大会の日に帰ったこともあった、甲子園の中継は祖母の家でしか観なかった、そもそもNHKは。目的地に近づいて、車から飛び降りたくてたまらなかった時間。ふとした切れ目に記憶の谷があって、深く考えることなく下る。店を出て、遠回りして、フジファブリックの「星降る夜になったら」を聴きながら、蒸し暑い広い通り、南北を貫く起伏のある道、ちょうど白いスカイラインがコンビニから出ようとしていた、信号が変わりそうなタイミングでそのまえを横切ろうとした時、ちょっと大げさに会釈して早足になる、運転席のひとはおっさんぽかった、私はこれからこの時間に大通りを走り去ろうとしているらしいあなたを支持します、という気持ちが伝わればと思う、黄色いヘッドランプの光、北に向かった。で、今日は妹の成人式の前撮りがあったらしく帰宅してその写真のデータをPCのディスプレイで見た。自分の時よりずっと大人っぽく綺麗に写っていた。父と母に挟まれて写っているものもあったが、なんだかそういう三人家族みたいに見え、ふいに寂しくなった。自分の時の写真も見たけど今の姿の方がずっと良かった、気がした。20年、夏はポケモンの季節だった、これまで、全てがちゃんと絡みあって思い出ができていた、二人の子供がそこそこ健康で大体幸せに不自由なくどっちも20年以上生きたことがすごいと思う、父も母も、どれだけ抑圧されてきた日々だったのだろう、好き勝手に命を粗末にしたり好き勝手に壊れたり、タイプ違いで似たような難のある子供二人の人生。
部屋の掃除のついでに若林奮のある作品の記録集を読んでいた、まさにその時に、武蔵野美術大学美術館で明日までやっている展示の図録が届いた。
こちらがちゃんと見ようとすれば、向こうもちゃんとこちらを見つめ返してくれる、それで、しかるべき時機にこちらへ歩いてくる、てなことを、急に最近信じようとしはじめた。あの頃、句点を打つ事にすら神の気配を信じていた、自分の所作には全て意味があると信じていた、学校が終わって夕方から夜中へのその時間は、助けてくれる遠い場所の、裾の部分にだけ触れることができた、絵にすることもできた、果てのなさは希望、逆光の中で教室の中をぼんやり眺めた時の感じ。スーパーカーを聴いて寝る、今日も神になってしまいそうな遠い人を思い浮かべる
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kyotomoyou · 3 years ago
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【山口県・島根県】SLやまぐち号 . (2021/10/30撮影) . #slやまぐち号 #slやまぐち #sl #蒸気機関車 #蒸気機関車のある風景 #山口県 #旅行 #日本旅行 #国内旅行 #旅行好き #日本の旅 (Slやまぐち号) https://www.instagram.com/p/CixPEsiLVy6/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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