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あるいはそれぜんぶ
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窓の外に思い���馳せる絵描きの覚え書き。2017年8月よりイタリア・ミラノ滞在記。
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wknmh-notes · 7 years ago
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「おんなともだち」についての考察
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先日「おんなともだち」というテーマで制作する機会があったので、その作品と解説をこちらに載せてみます。
私にとっての「女友達」は、大切だけどいつも一緒にいなくたって全然構わないもの。
でも、過去に少しでもお互いを必要としあって、 ともに過ごした時間を同じ重さで心に持ち合っている存在。 それゆえに時々思い出したり会いたくなったりする相手のこと、だと思っている。
もちろん、一緒に時間を過ごしているときにはそんなことを考えたりはしない。 それにその時間の中身だって、実のところそれほど濃密でも特別でもなかったような気もしている。
休み時間にたわいのないおしゃべりをしたとか、 一緒に服を買いに下北沢へ行ったとか、 たまたま同じ部活やサークルに入っていたとか、 ぼんやりとした将来の不安について少ない言葉を交わしたとか。
でも、その時間が過ぎ去ったとき…たとえば、学校を卒業して当たり前のように会うことがなくなったときに、顔を思い浮かべて会いたい、話したいなあと思う。
でも、実際にはそう頻繁に会わなくたってまったく問題のない、依存しない間柄。 私たちが互いを必要とした季節は、もう過ぎ去ってしまったから。
冒頭の絵は、絵と写真を二重露出で重ね合わせる手法で制作しています。 インクで書いた三人の女性は、そのような関係性の「女友達」。 そこに重なる赤い光の写真は三人が共有する過去、かつてともに過ごした温度の高い時間を表しています。
色彩感のある抽象的なイメージを重ねたことで、絵を見る人が三人の過去に想像をめぐらせる余地をつくりました。
いまだって、会おうと思えば会える。 でも、別にしょっちゅう会わなくたっていい。 彼女たちはもう、じゅうぶんに時間をかさねた「女友達」だから。
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wknmh-notes · 7 years ago
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生きることは、選択し続けるということ
※某公募に投稿しようと書き始めた結果、テーマがずれてきたのでこちらのBlogに載せることにしました。
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つくづく、生きることは選択の積み重ねであると思う。
今夜の夕飯は何にしようとか、そもそもあんまりお腹が空いてないから食べなくても良いかとか、出かけるつもりだったけど雨が降ってきたからやめようとか、病院に行こうかでも寝てれば治るかもとか、この人と結婚しようかどうしようとか。
こんな具合に、何を選択するかで行動の分岐が変わってくる。
選択した自覚があれば良いのだけれど、ときどきそれを自分で選んだことに気づかないまま次の行動が分岐していくこともある。これが多い人ほど「自分の望んだ道ではない」と自分の外に原因を求め、解消しにくい不満を蓄積している、ような気がする。
本当は、認めてしまった方が楽なのだ。 あらゆる望まぬ現実さえも、実は自身で選び取ったものの結果だということに。
少し大きな話になるけれども、私たちには無限の可能性なんてない。 ただ、大抵は自分が思うよりも多くの選択肢が存在していることに気づかない傾向にある、ということに過ぎない。 だから、時には本当に選べる道が一つしかないこともある。 でもそこで悲観に甘んじるべきではない、と思う。 大事なのは、あくまで「常に自分は自分の選んだ道のうえにいる」という自覚を持つことだ。
はじめてそのことを考えさせてくれたのは、小学生の頃夢中になったゲームのキャラクターだった。彼の台詞は、いまでもときどき思い出す。
「ほら、よく言うだろ~? 人生には無限の可能性があるってさ~。 僕はそんなの信じてないんだ。 いつだって選べる道は少なかった。時には道は1本しかなかった。
その、少なかった可能性の中から自分で選んだ結果が僕をここまで連れてきた。だ��らこそ僕はその選んだ道を……選ばなくちゃならなかった道を大切にしたい」
 -----  アーヴァイン・キニアス(FINAL FANTASY Ⅷ)
積み重ねてきた過去の選択を肯定することは、現在の自分を肯定すること。 子どもの頃はそこまで明確に理解してはいなかったけれど、彼の言葉は幼い私の心にしっかりと残った。
私の生活は、私の選択の積み重ねの上に成り立っている。 机に転がる一本のボールペンでさえ、選ばれてここにある。 そしてそれらは、間違いなく私の生活を形作り彩っている。 私の積み重ねた選択が現在の私の生活、ひいては私自身をつくっているのだ。
でも、だからって日々の選択の正否をそんなに重く受け止める必要はない。 後になって選択の誤りに気づいたとしても、別に良いのだ。
「そのときの自分にできる最善の選択をした」と振り返ることができるなら、その結果として訪れた現在をも受け入れることができるのだから。
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wknmh-notes · 7 years ago
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初夏の陽射しと、帰国のお知らせ
4月も中旬から下旬に移ろうとしている頃、ミラノに初夏のような陽射しが差し込み始めました。 それに合わせるように始まったのは、ミラノ・サローネ。 正式にはSalone del Mobile.Milanoという名称を持つこの催しは、世界中から人が集まる年に一度の国際家具見本市。しかし「家具」という名目には収まらないほど多様な出展でにぎわうこの一大イベントを、残念ながら自分は満喫しきれませんでした。
…そうです。
帰って来ました。懐かしき日本、東京に。
本帰国です。一時帰国ではなく。
「え、もう?」とか、「ようやく!」とか、人によって受け止め方はさまざまかと思います。(なんとなく前者の方が多い気もしている) 自分自身、前者と後者の気持ちが半々でいまだに浮き足立っている状況だったりして。
もちろん、いわゆる「時が経つのは早い…」というありがちな感慨もあるのだけれども、なにぶん年が��けてから諸々怒涛過ぎました。少なくとも、自分のキャパシティでは。
年明け早々、受講予定だった授業が実は受講できないことが発覚して学校側・留学エージェントさんと急な交渉をしたり、なんとか調整したデザイン・アートの個人レッスンをイタリア語の授業と並行して受講したり、個展を開いたり。 世界中のイラストレーターが目指す場所であるボローニャ国際絵本フェア(Bologna Children’s Book Fair)のブースに急遽参加を決め突貫工事で準備を進めたり、なんとか絵本を仕上げて現地に乗り込み展示と各出版社へ初めての売り込みをしたり。 ボローニャから戻ってすぐ学校の最終授業に出て、息つく間もなくイタリア国内をめぐる旅行に出たり、終盤ミラノで友人たちのイベントや仕事の成果を見に行ったり…。
と、自分にとってはあまりにも慌ただしすぎて、ミラノを発つという感慨も湧かないまま東京まで来てしまった、という感が少なからずあります。なんてこった。
それと関係してなのか、不思議と「まあ、ミラノはまた来れるし」という身近さ、安心感が自分の中で芽生えていたりします。 片道12時間以上かかるよその国の街なのに。おかしなものです。 でもまあ、それがその街で「暮らした」という証なのかもしれません。
いまでもあの街には美味しいお酒や食事をともにした友人がいて、
自分のつたない腕で自炊をしていたアパートがあって、
勢いがいい割にきちんと歩行者を優先してくれる車が走っていて、
それらのけたたましいクラクションをよそに時折小柄で黄色いトラムが車輪を鳴らしながら現れて、
路上に店を出している花屋さんがいて、
黒い革の服を着こなすおしゃれな人々がいて、
公園のドッグランでは大小さまざまな犬たちがじゃれあっている。
湿度の低い乾いた風が枝先の黄緑を揺らし、
しょっちゅう通ったナヴィリオ運河も、青空の下ではいっそう透けて見えることでしょう。
嬉しいです。単純に。
生まれ育った東京から遠く離れたところに、想いを馳せることができる場所があること。
言葉だってまだまだ不充分なはずなのに。 洋食よりも和食が好きで、湯船にも早く浸かりたいと思っていたはずなのに。
それでも居心地よく思えた���いうことは、それは自分にとってこのミラノという街との出会いが良いものだったということでしょう。
個別にお礼やご挨拶したい人もたくさんいる中で慌ただしく帰ってきてしまったなあ、という反省の念はあるけれど、まあ、それは勘弁していただけると幸いです。
だって、「また来れるし」。
ミラノで感じたあれこれや書き残しておきたいことは、また追って。
今日のところはひとまず、
ミラノに行ってよかった
ということで。
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ミラノの空。強い光と立体的な雲。
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wknmh-notes · 7 years ago
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イタリアの年越しと、贅沢な無料鑑賞に思うこと
早いもので、ミラノに来て丸5ヶ月が経ちました。
どういうわけか最近ミラノで道を聞かれる機会が増えていて、そんなに堂々と街を闊歩しているのだろうかと物思う昨今です。
今回は、久々にミラノの話。
ミラノの街は1月6日の祝日を境にクリスマスムードが終わりを告げ、スーパーには売れ残ったパネットーネなどのクリスマス菓子が割引価格で鎮座しています。 (パネットーネについてはこちらの方の記事がとてもわかりやすいです)
各地のクリスマスマーケット、もっといろいろ回りたかった…何を買うでもないのだけれど。
その一方で、1月12日〜15日にはミラノ・コレクション(MILANO MODA UOMO F/W 2018/19)が行われていたり、年明け早々の新春セール(SALDI)が始まっていたりと新年ならではの活気を感じられる今日この頃。 ということで、イタリアの年越しと年明けに足を運んだ展示について少し書きます。
イタリアの年越し
前回書いた通り、日本のような年末年始感は少ないイタリア。
とはいえ年越しのカウントダウンはやはり注目すべきイベントのようで、ミラノではドゥオモ前の広場にステージが組まれていた様子。21時���からバンド演奏が始まり、盛り上がり絶頂のカウントダウンでは花火や爆竹が際限なく打ち放たれていたようです。 「ようです」というのは、自分は体力上の問題で家でおとなしくしておりすべては人づてに聞いた話であるという。 ちなみにクリスマスを過ぎた頃から「年越しの練習(?)」と称して夜な夜な爆竹の音が聞こえていたのも面白いです。
他の都市の話を聞くと、ヴェネツィアでは年越しの瞬間に周囲の人とキスして回���とか、ナポリでは花火や爆竹が危険過ぎてどの家も洗濯物を室内にしまうとか。ちなみにナポリには新年を迎えたときに古いものを捨てる習慣があるそうで、年が変わったタイミングで窓から要らなくなった家具等を投げ捨てるのだとか。「ナポリは危ない」とよく言われますが、治安以外にもそんな危険があるとは…。
贅沢な無料鑑賞に思うこと
ドゥオモからガッレリアを通り抜けてスカラ広場に出ると、マリーノ宮(Parazzo Marino)があります。16世紀に貴族の宮殿として造られたこの建物、いつも何のための建物なのだろうと思いながら素通りしていたのですが、市庁舎兼展示会場として利用されているようです。
ここで、12月3日から1月14日の一ヶ月あまりの間、ティツィアーノの「聖会話(Sacra Conversazione)」が無料公開されていました。
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ティツィアーノは16世紀のイタリアを代表するヴェネツィアの画家。2008年に、東京・上野の国立西洋美術館で企画展示された「ウルビーノのヴィーナス」を覚えている方も多いのではないでしょうか。
展示はこの一点だけとはいえ、ティツィアーノの作品を無料で見られるなんて…。
イタリアの人に言わせれば「ミラノは芸術の街じゃない」ということですが、こんなことができるのは芸術の国たるイタリアだからなのだろうなとしみじみ感じ入ります。 それにしても美しい作品、そして展示だった…。
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20人程度のグループで順番に観覧。無料なのにスタッフの女性が詳しくガイドしてくださるのも有難い。 照明も穏やかで好ましい印象。
※こちらの方の記事に、具体的な展示の説明が載っています
ちなみにイタリアでは毎月第一日曜日は国立の博物館・美術館が入場無料になります。それ以外の曜日・時間帯でも無料になる施設がちらほら。
そう言えば以前ニューヨークに行ったときも、無料あるいは言い値で入場できる美術館があって、ひどく羨ましく感じたものでした。
日本ではなぜできないか
日本の美術館でこうした取り組みが難しいのは、その多くが(特に東京では)常設展ではなく企画展が集客・収益の中心だから、なのでしょうか。
美術館事情に明るいわけではないので不用意なことは言えないけれども、現状よりも企画展に頼らない収益構造を実現すればそうした取り組みは可能になるのでは…と何となく思っています。
年に何度も企画展を開催するということは、少なくとも以下3つの大きなお金が必要になります。 (ちなみにミラノで行われる企画展が、東京のそれより会期が長いのにも違いを感じました)
目玉作品と企画コンセプトに基づく他作品をよそ(大抵は海外)から借りる費用
借りた作品を丁重に運搬するための費用
主要路線や駅、新聞等メディアへの広告費用
ここまでお金をかけて数〜数十万人の動員を実現しても、きっと大もうけというほどの利益は出ないのではなかろうかと想像しています。
それであれば、まずその美術館自体の所蔵品を充実させて、企画展でよそから借りなければならない作品の絶対数を減らすだけでも上記(1)(2)の支出が抑えられるでしょう。そのうえ、単体で集客力のある所蔵品があればそれをベースにした集客もしやすくなる。
ニューヨークのMoMAやメトロポリタン美術館、フィレンツェのウフィツィ美術館が常に集客力を持っているのは、企画展の内容ではなくそもそも所蔵している作品の内容・数が圧倒的に魅力的だからです。
そういう意味では、やはり金沢21世紀美術館は日本国内では先を行っているなあと。
21世紀美術館に行く人の多くが、おそらくあの「スイミング・プール」(レアンドロ・エルリッヒ)を観に行こう、と考えて足を運ぶのではないでしょうか。 もちろん企画展も面白いものがあるのだけれども、美術館と聞いてまず思い浮かべるものがその所蔵品である、というだけで日本の美術館の中では異彩を放っているな、と。
…とはいえ。
実際には美術館と既存メディアとの関係性(主催・協賛など)だったり、そもそも作品を購入する予算が限られていたりと、一筋縄では行かない状況に日本の美術館は長らく置かれているようです。
日本という国が、芸術に対してどういう姿勢をとっているのか(あるいはとろうとしているのか)。 日本で美術を楽しみたい我々は、何をすべきなのか。
海外の美術館や展示に足を運ぶたび、考え込まずにはいられません。 とりあえず、この本が面白そうなので読んでみます。  →「美術館の舞台裏  ──魅せる展覧会を作るには」
もっと美術館をめぐりたい。イタリアにいるうちに。
下の写真は、現在のヴィトンのウインドウ。 犬好きの心に響いたのでつい…一枚目の左上は柴犬?
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wknmh-notes · 7 years ago
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2017年と、「思いわずらうことなく愉しく生きよ」ということ
ミラノの年末は穏やかです。
クリスマスは過ぎたけれども、イタリアではお正月を大きなイベントとしていないので、日本の師走のような慌ただしさはありません。 (カウントダウンはもちろん盛り上がるようなのだけれど)
そのため日本で感じていたような年末年始の空気をいまいち味わえずにいたのだけれども、今日、12月31日のTwitterやFacebookのタイムラインを開いてはじめて、年の瀬の実感が涌いたところです。
ああ、紅白歌合戦がはじまったのだなあとか、皆さん2017年の振り返りをしているなあとか。
結局のところ、日本の年末年始の風物詩を通してでしか年の変わり目を感じられていないことを複雑に思いつつ、特段困ることもないのでそれはそれでいいか…と思っていたりして。
…それにしても。
2017年は本当に慌ただしかった。
2017年のこと
ごくごくシンプルに「ミラノ留学を叶えた」という言葉で今年をまとめてしまうこともできるのだけれど、そのスマートな響きとは裏腹になんとも言えない慌ただしさと生々しさをはらんだ時間だったなと思います。
つんのめりそうな勢いで目の前の(大半は自分で積んだ)タスクの山を切り崩し、出国までこぎつけた春と夏。 (気付いたら、留学準備と並行して3つのグループ展を開催・参加していた)
ミラノに降り立ったは良いものの、言葉や文化の違いに必要以上の警戒と慎重さを���って途方に暮れそうだった夏の終わり。 (イタリア語も英語も片言で、道行く人に質問するよりもGoogleに頼っていた)
徐々に開けてきた視界と広がってきた人とのつながりを頼りに、日常や旅を楽しむ余裕が出て来た秋。 (ミラノや旅先でイタリア人と会話したり、現地日本人とのつながりも広がった)
帰国後の生活も視野に入れる一方で、ミラノに来たからこそできることを行動に移し始めた冬。 (自分のサイトを整えたり、新たに絵や文章・Webでできることを模索・行動中)
焦ったり、不安に襲われたり、急に開き直れたり。 新しい環境に身を置いたとき、自分の心がどう動くのか。何を感じるのか。どう行動するのか。 それを他人事のように観察するのもまた一興です。
なにぶん初めての海外生活なので、不安や悩みはつきもの。 ただ、そうして直面する悩みや問題は果たして「海外だから」生じているものなのか?という問いを常に持つようにしていました。
この悩みや状況は海外にいるから発生しているものなのか、それとも日本にいても発生しうるものなのか。それを自分に問いただしてみると問題の本質が見えてくる、という。
慣れない環境で不安や焦りに胸がざわついても、「よく考えたら、別にこれ日本にいてもそんなに変わらないことじゃない?」ということに気付けばむやみに消耗することはなくなります。
大きな環境の変化にさらされたとき、いかに自分を生きやすい状態にもっていくか。
それは決して過去の自分と照らし合わせてがんじがらめに身を守るということではなく、自分の核をきちんと捉えたうえで変化の波に身を委ねることができるか、ということなのだなあと改めて感じている昨今です。
2018年のこと
2018年のことはまだいろいろと模索・調整中なので、決まったことは順次この場所やSNSでご報告します。
とりあえずは帰国までに何をどれだけ試せるか、その結果をどれだけ日本に持ち帰れるか、というところに焦点を当てていければと。
行きたい場所もまだまだあるし、面白いことには手を出していきたい。
良い意味で想定外のことが出てくる年になると良いな…と思いつつ、健康に留意していく所存です。
そういえば、前の会社にいたときに座右の銘を
「面白き ことも無き世を 面白く」 (高杉晋作 辞世の句より)
と表明していたのですが、わりと前から「もうこれでなくても良いかな」と思うようになりました。
本来の意味はさておき、「人生を面白くするのもつまらなくするのも自分次第」という個人の解釈で座右の銘においていて、その心持ちはいまも変わりません。
でも、それをあえて掲げておく必要はもう無いかなと感じています。 いまの自分にとってはもう、充分すぎるほど大前提にある考え方なので。
むしろ、ここのところずっと頭をよぎるのは
瞬間の集積が時間であり、時間の集積が人生であるならば、やっぱりわたしは瞬間を信じたい。 (江國香織著「泳ぐのに、安全でも適切でもありません」あとがきより)
という言葉。
ありていに言えば「今を生きる」という手垢のついた表現になるのだけれど、最善の瞬間を積み重ねれば、密度の濃い人生になるということ。
そしてその瞬間を体感するには、不要な迷いをできるだけ取り除く必要がある。
じゃあ迷わないためにはどうするかというと、思考しなくても脊髄反射で自分にとっての正解を選び取れる状態を保つことが肝要になる、という。
それを実現するには、自分にとっての価値観が言語化された状態で心身に浸透している必要があり、その状態に持っていくには常に自分の判断基準を研ぎすませ、アップデートする必要がある。
逆説的だけれども、常に迷わないためには常に観察し思考し続ける必要があるのでしょう。 それがひいては、大事な局面での精度の高い選択を可能にする。たぶん。
それを踏まえたうえで、最近自分に言い聞かせている言葉がこちら。
「思いわずらうことなく愉しく生きよ」
江國香織氏の著作タイトルだけれども、これほど核心をついている言葉もなかなかありません。
「思いわずらうことなく愉しく生き」るために、思考と言語化の作業を怠らないように。
でもきっと、思考と言語化を楽しめる自分の性質なら合っていると思います。 何だか小難しくて意識の高い話に聞こえそうだけれども、目指すものはシンプル。 つまるところ、「自分の人生を自分なりに楽しみたい」ということなのです。
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それでは皆さま、よいお年を。
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wknmh-notes · 8 years ago
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絵描きとして、イタリアでグラフィックデザインを学ぶ理由
先日、ミラノに初雪が降りました。 少し前から何度か雪の予報は出ていたので心の準備はしていたのだけれども、いざ目にするとやはり嬉しい。 連日最低気温が0度を下回ることもめずらしくないミラノの冬。どうせ降るなら雨よりも雪のほうが良いなあ、と友人たちと語らう昨今です。
※ミラノ初雪記念の四コマ漫画を描きました→ note
「ミラノ滞在記」と銘打っているにもかかわらずミラノ以外の記事が続いていたので、久々にミラノでのことを書こう…と思ったのですが、筆が進むにつれ趣旨が変わってきたためミラノの話はまた改めて。 せめて写真でミラノの雰囲気をお楽しみください。
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ミラノのガッレリア、スワロフスキーのクリスマスツリー
そもそも何を勉強しに留学しているのか
今さらですが、自分の留学内容は「グラフィックデザイン」と「イタリア語」です。
留学期間の前半はイタリア語の授業のみ、後半にようやくグラフィックデザインの授業が始まります。受講予定の授業がイタリア語で行われるため、「受講までにある程度イタリア語のレベルを上げておいてね」というわけです。 (本当は英語で受けられる授業もあるのですが、思うところあってイタリア語を選びました)
グラフィックデザインを学ぶと言うと、いまの仕事がデザイナーあるいはデザイナーを目指していると思われることが多いのですが、違います。
自分の場合は、制作活動に必要な技術としてグラフィックデザインを学ぶことに決めました。
何だか話が飛躍していると思われそうなので、自分の考えとスタンスを順を追って説明します。
身を置きたいフィールドは、純粋芸術ではなく大衆芸術
芸術には、大きく分けて「純粋芸術」と「大衆芸術」の2種類の領域があります。明確な線引きがあるわけではないものの、芸術や芸術に近い場所に身を置いている人は、自分の軸足がどちらにあるのか少なからず意識していると思います。
前者は、いわゆるアートマーケット(サザビーズのオークションなど)で高値でやりとりされる、美術史の文脈上にある価値を求めるもの。ターゲットは美術の専門家や資本家たちです。
後者は、日常生活の一部を成すものとして安価に(そして商業的に)販売される、イラストレーションやマンガなどに代表される大衆文化に距離が近いもの。ターゲットは大衆、さらに言えばその時代・社会に生きる人々すべてが対象です。
自分は、純粋芸術にあたるルネサンスや印象派の絵画や現代アートも、商業芸術である広告のビジュアルやテレビドラマや漫画も、とても関心があります。 でも自分の人生を振り返ると、より大きな影響を受けているのは生活の一部たりえた後者だな…と。 そして、純粋芸術を取り巻く人々が汲み取る「歴史上の文脈」の一端を、間違いなく大衆文化が担っているな、とも。
そう考えると、絵描きとして自分が身を置きたいのは大きな流れを俯瞰し新たな歴史を刻んでいく純粋芸術の世界ではなく、そのもとになる空気をつくり味わう大衆芸術の世界のほうだな、と。
この時点で、純粋芸術たるアートではなく商業・ビジネスと密接な関係にあるデザインへの関心が高まっていきます。
欲しいのは、上手く描く技術よりも演出力
世の中には絵の上手い人が、それはもうたくさんいます。 (ここでいう絵の上手さは、写実性や美しさを指しています) 自分が通っていたセツ・モードセミナーにも上手い人は山ほどいたし、外には熾烈な美大受験をかいくぐった人がどれだけの人数いるのか…と気が遠くなるほど。
自分は決して絵が上手くないという自覚が十二分にあるので、その人たちと同じ土俵で戦うつもりは毛頭ありません。(もちろん、うらやましく思うことは多々あるけれど)
ではどうするのか。 必要なのは、自分のやりたいことに対して自分の絵を利用できる方法、自分の絵を活かす手段を見つけて実行することです。
自分の目標は、「絵と言葉の人」になること。 要するに、絵と言葉を武器に生きていける人になるということです。 であれば、絵と言葉が盛り込まれたものを成果物にするのが良いだろうと考えるようになり、絵本や漫画へと関心が向きました。
絵本や漫画が一枚絵と大きく異なる点は、成果物のなかに「時間軸」があること。つくられた作品に「時間の経過を伴う物語が存在する」ということです。 (一枚絵の中にも一部時間軸まで描き出すものもありますが、それは例外として) 一枚絵を写真、絵本や漫画を映画やドラマと捉えるとわかりやすいかもしれません。
一枚絵であれば、スポットライトを当てたその場面、その一瞬をより完成度高く仕上げることがゴールとなります。でも、絵本や漫画は時間軸を伴う関係上「完成度の高い(伝えたいメッセージのある)一瞬」に説得力を持たせる前後の文脈が必要です。それも、ただ説明的なだけではなく読み手を「その一瞬」にたどり着かせるまで飽きさせない文脈が。
これは一枚絵と絵本や漫画どちらが難しい・素晴らしいという話ではなく、何がやりたいか・何が得意かで選択肢があるということです。 ものすごく絵が上手で美しく(格好良く)、その技術をとことん高めることで文脈なんていらないくらい説得力のある一枚絵を描ける(描きたいと思う)人であれば、ぜひその道を追求して欲しい。 自分にはない道だから。
少し話がそれましたが、言いたいことは「時間軸(文脈)を伴う成果物をつくるには物語を演出する力が重要だ」ということです。 映画が総合芸術だと言われるように、絵本や漫画も総合芸術。 物語に惹きつけるために、見る側の体験をいかにデザインできるかが要だと言えるでしょう。
そのうえで、イタリアでグラフィックデザインを学ぶ意味
「で、何でグラフィックデザイン?しかもイタリア?」 「そこまで言うなら、絵本塾や漫画塾にでも行けばいいのでは?」
ごもっとも。現に絵の学校や絵本塾には通っていました。 学校や塾とは、多少なりとも同じ志を持つ人々と一旦横並びになって自分の強み・弱みに気付く場です。そこで切磋琢磨する中で、仲間ができたりそこでしのぎを削ったり先生に指導を頂いたりすることで学びや成長が望めます。
一方で、その気付きや学びを踏まえて彼らと違うことをする、というのも一つの戦略です。同じ土俵では勝てないな…と思っている人々と同じことをしているよりは、その人たちと違う知識や経験をしてみたほうが伸びしろになるだろう、と考えた次第です。 自分のまわりにはデザイナーさんも多いけれども、デザインを学んだうえで絵本を描いている人は(おそらく、いまのところ)いないし、留学経験のある人はいても幸いイタリアに行った人はいない。 じゃあ行ってしまおう、と。
また、グラフィックデザインは面のデザインです。 色の選択・色を置く面積、目線の誘導、文字の選択・配置、線の強弱。 これらは絵にも通じる知識だし、なにより商業デザインなので、多くのものがあふれる中で人の目に触れること、人の手に取られることを前提とした視点を学ぶことができます。 「見る側の体験」までを視野に入れてものをつくるには、デザインの視点を無視することはできません。 加えて個人で絵本や漫画の描写を観察・研究していけば、デザインと合わせて演出の知識や技術につながってくるのではと。
そう考えた結果が、「イタリアでグラフィックデザインを学ぶ」という判断になりました。
と、ここまで書きましたが、あくまでこれは自分の思考の経緯です。 これを踏まえて実際に自分の結果につながるかどうかはまだわかりません。
とはいえ、大事なのは自分が何を考えてその選択をしたのかがクリアになっていること。もし結果に表れなくても、そのとき自分にできた最良の判断だったと思えるだけで次の行動が変わります。
唯一困っているのは、「なんでグラフィックデザイン勉強したいの?」とイタリア語で聞かれたときこれをうまく説明できないこと。 というわけで、引き続きイタリア語の勉強も頑張ります。
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wknmh-notes · 8 years ago
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イタリアのマンガ文化と日本 - ルッカ コミックス&ゲームス2017
12月。ミラノの街も木々の黄葉に染まり、秋の深まりから冬へと移り変わっている今日この頃。 イタリアは10月29日の日曜日深夜にサマータイムが終わり、日本との時差は8時間となりました。
10月末から11月初頭にかけて、イタリアに来て初めて泊まりがけの旅行に行きました。行き先はピサとルッカ。
ピサは皆さんご存知の通り斜塔で有名な街ですが、今回の目的はルッカで行われる「ルッカ コミックス&ゲームス2017(LUCCA COMICS&GAMES HEROS 2017)」に行くことでした。
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ピサのことは一旦置いておいて、今回は以下のことを。 ちょっとボリュームが多いです。
ルッカのこと
ルッカ コミックス&ゲームスのこと
ヨーロッパ、世界におけるマンガ文化
出展ブースはアメリカもの、日本もの、ネットドラマが中心
コスプレイヤーから見る人気作品
ゾンビが親しまれる文化に思うこと
改めて、ルッカ コミックス&ゲームスのこと
ルッカのこと
ルッカはトスカーナ州、いわゆる中部地方の北西に位置する小さな都市。
近隣にはフィレンツェやピサがあります。
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↓↓拡大すると…
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ミラノは北部のロンバルディア州にあるため、移動には時間がかかります。ピサまでIntercityという列車で4時間(もっと早い列車でも3時間)、さらにルッカへはRに乗り換えて30分。 それならもう数日間宿を取ってしっかり楽しもう、と旅行を決めた次第です。
ちなみに普段は静かで穏やかな美しい街並が楽しめる街とのことですが、このフェス期間中は完全にお祭り会場と化していました。
ルッカ コミックス&ゲームスのこと
ルッカ コミックス&ゲームス(LUCCA COMICS&GAMES HEROS)は、毎年10月末〜11月初頭に開催される世界有数のコミックフェスティバルです。 1966年から始まったこのイベントはルッカの街全体を会場として年々盛り上がりを増しており、その規模は日本のコミックマーケット(以下コミケ)、フランスのアングレーム国際漫画祭(Festival international de la bande dessinée d'Angoulême)に次いで世界で三番目だそうです。(つまり、日本のコミケは世界最大規模)
「街全体を会場にしている」とは具体的にどういうことかというと…
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会場でもらった地図。上記のように広げると縦46.5×横93cmの大きさ。
もう少し情報量を削るとこんな感じ。
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見ての通り、城壁に囲まれたルッカという街をそっくりそのまま会場として利用しているわけです。壁で仕切られた広い土地、というのがお祭りの会場として適していると考えられたのでしょうか。
この中にありとあらゆるブースが設けられるほか、大量のコスプレイヤーが街を闊歩していたり、一般のお店でもマンガやゲームのグッズを販売していたりと本当に街一帯がイベントを盛り上げているようでした。
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右側が城壁の外、左側が城壁の上。穏やかな風景とコスプレイヤーの対比。
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街中で売られるマンガやゲームのグッズ。個人的な印象では刀が一番人気で、他にNARUTOのクナイやハリー・ポッターの杖などもありました。
ちなみにこのフェスはイタリア内でも知られていて、ミラノのイタリア人に「先日ピサとルッカに行きましたよ」と言っても「ふーん」という反応で終わるところを、「ルッカのコミックフェスに行ったんです」と言うと目を輝かせて「本当に?良いね!」とまるで違う反応が返って来るので面白いです。
ちなみに今回このフェスに行ったのは、以下の理由から。
ヨーロッパの漫画文化に触れたかった
ヨーロッパで日本の漫画がどれくらい親しまれているか知りたかった
ここで少し世界のマンガ事情について解説します。
ヨーロッパ、世界におけるマンガ文化
世界で流通しているマンガの系統は3つに大別されると言われています。 一つはアメリカの「コミックス」、一つは日本の「マンガ」、そしてもう一つがフランス語圏の「バンドデシネ」。
「コミックス」はヒーローものを中心とした劇画調のタッチのもので、スーパーマンやバットマンなどのいわゆるアメコミと呼ばれる作品を指します。オールカラーで薄い月刊誌への連載という形を取り、単行本化するのは一部とのこと。
「マンガ」はご存知の通り、基本白黒で描かれ各コマの大小・強弱や線による演出力の高い作品で、週刊誌や月刊誌への連載を経ての単行本化が一般的です。ちなみにイタリアでも「MANGA」と言えば通じるほど親しまれています。
「バンドデシネ」はフランスで9番目の芸術と位置づけられるように、長い制作期間で一コマ一コマの絵を完成度高く描き込んでいく密度の高い作品です。こちらも基本オールカラー、しかし連載形式は取らず単行本ありきで執筆されるのが普通とのこと。古い作品では「タンタンの冒険」などもこれに当たります。
自分はここ数年この「バンドデシネ」に興味を持っているのですが、なかなか日本で発掘するのが難しく情報も少ないのが悩みでした。 今回のフェス自体はフランス語圏ではないものの、同じヨーロッパで行われるフェスであればバンドデシネ作品に触れられるかも…という期待が自分の中にはあったのです。
ちなみに自分がバンドデシネに興味を持った書籍がこちら →「松本大洋+ニコラ・ド・クレシー」
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イタリアで買ったバンドデシネ作品。 いずれもオールカラー、かつ左はハードカバー。それぞれ20ユーロ弱(1ユーロ130円程度なら2000円超)なので、日本のマンガと比べると高め。
出展ブースはアメリカもの、日本もの、ネットドラマが中心
出展ブースはとてもたくさんあって、とても全部は回りきれませんでした。 大きな区分としては以下の二種類があり、
企業エリア(Netflixなど一企業が広いスペースをブースとして貸し切る)
テーマエリア(COMICSやJAPAN TOWNなど、テーマに沿った小さいブースの集合)
それ以外の独立エリア(EXIBITION、RAMEN SHOPなど多種多様)
その中の系統はだいたい以下の通り。
ネットドラマ・テレビシリーズ系(Netflixやその他有名ドラマシリーズなど)
アメリカ作品系(ワーナーブラザーズ、スターウォーズ、アメコミなど)
日本作品系(任天堂、BANDAI、ドラゴンボール、その他漫画など)
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スターウォーズブースはやはり人気。写真はお客さんではなくオフィシャルスタッフ。
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ワーナーブラザーズブースはずっと長蛇の列。(入場は断念)
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任天堂ブースも大人気。マリオだけでなく、ゼルダの伝説も親しまれている。
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みんな大好きドラゴンボール、と言っても良さそうなほどイタリアでも有名。
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JAPAN TOWNには日本のお店や会社が多く出展。和服やかんざし、民芸品などの伝統的なお店から、マンガ用品(コピックなど)やフィギュア職人が実演するブースも。 日本人スタッフの方も多く、いろいろお話を伺えました。
自分が期待していたバンドデシネものは、正直存在感が小さかったです。
というのも、イベントの正式名称が「LUCCA COMICS&GAMES HEROS」であることからもわかる通り、このフェスはマンガ・ゲーム・ヒーローもの(映画やドラマ、アニメ含む)すべてを網羅しています。 さらに言えば、「ヒーローもの」という巨大なくくりの中に「マンガ」「ゲーム」「映画・ドラマ」が置かれているという印象すら受けました。
そう考えると、
バトルものの映画やドラマ → アメリカ作品系のヒーロー
バトルもののマンガやゲーム → 日本作品系のヒーロー
というように、このフェスでアメリカ作品・日本作品の存在感が強いのも納得できます。イタリアやヨーロッパ発のヒーローものってイメージがあまりありませんし…。(自分が知らないだけかもしれませんが)
とはいえもちろんヨーロッパのコミックエリアもちゃんとありました。 ボリューム的には少し物足りないものの、エリア内に所狭しと各作家さんや出版社ブースが並んでいていろいろな作品を手に取ることができて嬉しかったです。
出展している作家さんご本人がいらっしゃるブースも多く、描画の実演や実際に言葉を交わしてお話を伺えたりできたのは非常に良い学びになりました。 「僕はオノ・ナツメと友達だよ!」という方もいらしたな…。(オノ・ナツメ先生はイタリア留学経験のある漫画家さんです)
コスプレイヤーから見る人気作品
「ジャンル的にどういうものが親しまれてるかはわかったけど、具体的にどんな作品が親しまれてるの?」と思う方もいるかもしれないので、ここで参考までに自分が見かけたコスプレを箇条書きにしてみます。
※()内はその作品において見かけたキャラクター名 ※太文字は自分が見かけた頻度の高い作品 ※ネットドラマやアメリカ系、その他自分がよく知らない作品は言及なし ※作品名は順不同
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なぜかよく見かけた亀仙人のコスプレイヤー。
<日本作品系>
ルパン三世(ルパン、次元、五右衛門)
ONE PIECE(ルフィ、トラファルガー・ロー)
HUNTER×HUNTER(ヒソカ)
BLEACH(アランカル版の一護)
となりのトトロ(トトロ)
もののけ姫(サン)
魔女の宅急便(キキ)
紅の豚(ポルコ)
FINAL FANTASY Ⅶ(クラウド)
FINAL FANTASY Ⅷ(スコール、サイファー)
FINAL FANTASY Ⅸ(ビビ)
スラムダンク(桜木花道)
NARUTO(暁の装束、サクラ、四代目火影、カカシ)
ドラゴンボール(孫悟空、ベジータ、クリリン、ピッコロ、亀仙人、神龍、超サイヤ人)
進撃の巨人
新世紀エヴァンゲリオン(綾波レイ、アスカ)
魔法陣グルグル(ニケ、ククリ)
東京喰種
ドラえもん
名探偵コナン(コナン)
ハイキュー!!(烏野や他校のユニフォーム)
スーパーマリオ(マリオ、ルイージ)
ポケットモンスター(サトシ、ピカチュウ、コスプレではないがゲンガーの顔Tシャツを着た人がちらほら)
ゼルダの伝説
美少女戦士セーラームーン
プリキュア系
デビル・メイ・クライ
銀魂(坂田銀時)
犬夜叉(犬夜叉、桔梗)
<海外作品系>
ディズニープリンセス
スターウォーズ
ゴーストバスターズ
ハリー・ポッター(ハリー、各寮のローブや杖)
バットマン(バットマン、ジョーカー)
スパイダーマン(スパイダーマン、ドクター・オクトパス)
パイレーツ・オブ・カリビアン(ジャックスパロウ)
シュレック
アサシン・クリード
ピーナッツ(スヌーピー)
Netflix系ドラマとおぼしきもの
その他アメコミ系
<その他>
アーミー系コスチューム
ゾンビ系メイク(とても多かった)
あくまでコスプレなので、「格好良い!」と思う服装の作品が多い印象です。そのせいか少女マンガのキャラクターはほとんどいませんが、実際には矢沢あい先生などの少女・女性マンガもイタリアでは親しまれています。
NARUTOは忍者、BLEACHは和服で刀、というわかりやすい日本らしさと格好良さが人気の要因かもしれません。 ルパンもこんなに親しまれているとはつゆ知らず。イタリア人のルパンと次元はとても格好良かったです。 しかし、ゾンビ系コスプレイヤーの方々がそのままの格好で列車に乗り込んでいる様は何だか異様でした…。
ゾンビが親しまれる文化に思うこと
このフェスを通じた個人的な体感の一つが、「ゾンビが親しまれすぎじゃないか」ということ。コスプレでゾンビ系メイクをしている人がとても多いのはもちろん、このフェスで二つもゾンビ系のブースが設置されていました。
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バイオハザードに出てくる街、ラクーンシティを模したスペース。 この中に入って何かを体験するプログラムもあった模様。
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ウォーキングデッドのブース。こちらも人気があるようでした。
単純に人体にペイントすれば完成するという手軽なコスプレ感もあるのかもしれませんが、日本のハロウィンと比べても抵抗がなさすぎだろう…と。 もしかしてこれは日本と欧州での文化の違いに起因するのでは?と思い少し調べてみました。
ゾンビは土葬文化から生まれた怪物です。つまり、死んだ人の身体が残っていないとそもそも存在し得ない。キリスト教文化は土葬なので、文化上欧米ではゾンビが存在し得る環境だったといえます。 これに対し日本は火葬文化なので、死体が残存する期間がとても短い。そのため、死後の肉体をベースにした怪物が日本には見られないと考えられます。
そもそも日本でゾンビが流行した大きな要因はゲーム「バイオハザード」ですが、そのストーリーは某企業によって開発されたウイルスへの感染がゾンビ発生の要因というもの。 つまり日本で流行している「ゾンビ」は土葬文化に由来しないものであり、重視されているのは「思考能力のない死体あるいは感染者が、人を喰らうことで増殖していく」という概念なのだなあ、と調べていて感じた次第です。
※調べる中で見つけた、ゾンビ文化隆盛の文脈がわかりやすくまとめられている記事はこちら
改めて、ルッカ コミックス&ゲームスのこと
正直得るものが多すぎてここに書ききれないのですが、イタリアにおけるマンガ文化や日本の立ち位置を知るには絶好の機会でした。 日本のマンガ・ゲームが世界に知られていることは情報として知っていたけれども、「本当にコンテンツとしてここまで力があるのか…」と驚きました。
もちろんここに訪れているのはイタリアの中でもかなりマンガ好きの人々なので、一般的にイタリア人がどのような作品に普段触れて何を感じているのかを知るには、引き続き日常の中で会話しながら知っていく必要がありそうです。
それにしても面白かったな…。
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おそらく模写のショップ。
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街の至る所に道案内の看板が。
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日本作品のブース内。写しきれないほどのフィギュアがたくさん。
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手塚治虫作品ブース。
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本当はルッカの観光名所の建物。入れずじまい。
<書ききれなかった物事の覚え書き>
宿の予約はお早めに(2・3ヶ月前にはもうルッカの宿がAirbnb含め埋まっている)
各都市からルッカの会場までの公式直行バス利用は難易度高め
ルッカの駅から会場までは徒歩15分ほど、近い
エリア内にある「RAMEN SHOP」はカップラーメンとRed Bullが売られているところ
個人的には世界のマンガ家7名の原画展示会場が非常に良かった
↑ここで松本大洋先生の原画を鑑賞、大きな学びを得る
ジブリ作品、宮崎駿監督はやはり有名
過去には本フェスでヤマザキマリ先生も講演
今年はBLEACH作者・久保帯人先生来場予定も急遽キャンセル
「ワンパンマン」の人気
ワコムやイタリアのマンガ学校のブースもあり
▼参考資料
LUCCA COMICS&GAMES HEROS 2017
ルッカ コミックス&ゲーム(Lucca Comics & Games)-アーモイタリア
バンドデシネ -wikipedia
アメリカン・コミックス -wikipedia
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wknmh-notes · 8 years ago
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コモ湖の真珠、ベッラージオへ
だんだんとミラノの街も紅葉が深まってきた昨今。 8月は20時くらいまで明るかったけれども、いまは18時半には日が暮れます。 朝晩はすっかり冷え込み、街に霧がかかることも珍しくなくなりました。
クレモナに続き、今回はコモ湖畔にあるベッラージオの記録です。 日帰りで行ける場所がいろいろあって嬉しい。
コモ湖と、ベッラージオという街のこと
列車でつれづれと
遊覧船に揺られて
レストラン「Mistral」のこと
街歩きとアートのこと
再び、遊覧船に揺られて振り返る
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コモ湖と、ベッラージオという街のこと
ミラノから40〜50kmほど北、コモ湖・ガルダ湖・マッジョーレ湖などの湖が点在するエリアに、湖水地方はあります。 北アルプスをはさんでスイスのすぐ近くに位置するこの地方は、その景観の美しさと涼しい気候とでイタリア国内外に知られるリゾート地です。 いずれの湖もミラノ中央駅から列車で1時間程度という行きやすさも手伝い、ミラノの人々に親しまれている避暑地。 中でもコモ湖は、列車で最短40分弱という最も身近な湖です。
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 ↓↓ コモ湖。
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今回行ったのは、「人」の字型のコモ湖のちょうど股(?)の位置にある街、ベッラージオ(Bellagio)。 その景観の美しさと温暖な気候から「コモ湖の真珠」とも呼ばれているそう。列車が到着するコモの街から遊覧船に乗って2時間程度と少し距離のある場所でしたが、この素敵な異名には抗いがたく訪問を決めました。 ちなみに陸からバスで移動すると一時間強で到着できるようです。
列車でつれづれと
ミラノ中央駅(Milano Centrale)からRegionale(略称:R)に乗って、コモ・サンジョヴァンニ駅へ。幸い、先日クレモナ行きで乗った車両よりも窓がよごれていなかったので景色を楽しむことができました。 秋の深まりに合わせて遅くなっている日の出を見ながら出発進行。曇った空に暖色の日差しが眩しく、日が高くなるにつれて朝もやをより濃く感じます。
しばらく乗っていると、女性乗務員がチケットチェックの巡回にやってきました。手に持った確認用の装置を手早く操作し次の座席へ向かおうとすると、携帯がけたたましく鳴りそれに出る彼女。
余談だけれども、列車に限らずイタリアにおけるあらゆる働く人は、携帯電話もマナーモードにせず平気で鳴った電話に出ます。女性は豊かな髪を束ねずにいても良いようだし、男性は長髪・ひげもなんのその。腕や首など目に入りやすい位置の刺青や眉・鼻ピアスだってOK。 醸成された文化がそれをよしとしているのだろうけれども、働く人とお客さんがとてもフラットな関係にあるのかもしれません。
ちなみにこのチケットチェックは、改札がない代わりにとられている対応のようです。(改札があるのはメトロのみ) 日本のシステムに慣れている身からすると、改札を作ってしまったほうが無賃乗車も防げるし、チケットチェックの手間も省けて良い気がするけれども…。
窓の外の景色は先日と同様、日本の新幹線を思わせつつも洋風に牧歌的。 それでも、コモに近づくと徐々に観光地的な(美しさの意味で)風景へ変わっていきます。 コモに行く人はやはり多いようで、ぞろぞろとコモ・サンジョバンニ駅で下車。ちなみに、下車時は扉を開けるボタンを押さないと降りられません。
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駅から街の中心部へ向かう途中の公園。
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大きなオブジェ。後ろに見える階段を上るとコモ・サンジョバンニ駅。
遊覧船に揺られて
駅から徒歩10〜15分ほどで、湖際の船着場・チケット売場に到着。 コモ〜ベッラージオの往復切符を購入し、船着場を探すもよくわからず。そもそも発着時間すら時刻表を見てもよくわからない。なんとなく左隣の公園をうろうろしたのち、チケット売場に戻り売場右脇に人がたまっているのを見て、ようやくそこが船着場だと理解しました。
コモを出発した遊覧船は、いくつもある小さな湖畔の街の船着場に停まりながらゆっくりとベッラージオに向かいます。 湖上は空気がひやりと冷たく、多少重ね着をしてきてもじわじわと体が冷えてくるので注意が必要。
遊覧船の船員とそれぞれの船着場のおじさんたちは、お互いを認識するとチャオチャオと陽気に挨拶しあい、乗船するお客さんにも明るく「Buon viaggio!(良い旅を!)」と声をかけていました。 なんてことはないのだろうけど、あたたかい。
船上の座席はイタリア国内外の観光客で埋まっており、英語もたくさん聞こえました。隣に座っていた老夫婦も英語圏の人なのか、ずっと「ビューティフル!ビューティフル!」を連発。まあ確かに美しいのだけれども、そんなに言い続けなくても…と少し興を削がれてしまったりして。 とはいえ、それを差し引いても充分楽しめる遊覧でした。
山の傾斜に沿っていびつに並び立つ家々は、遠目に見ると美しいミニチュア模型のような愛らしさ。 時折見えるごつごつした岩肌はダイナミックでわくわくするし、なだらかな山の輪郭はやさしい印象を与えてくれます。 太陽の光はそれらにくっきりと陰影をつけて、それぞれの存在感を際立たせていました。
ベッラージオまで約30km。 さすがに2時間直射日光にさらされながら冷たい空気にふれていたので、少しくたびれてしまったかも。サングラスは必需品です。
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遊覧船から。湖畔の街はどれも素敵な景観。
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ごつごつした山肌を見るのは楽しい。
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船の上。中高年女性の割合が高かった印象。
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強い陽射し。湖面の反射が美しい。
レストラン「Mistral」のこと
船上からの写真撮影にも飽きて来た頃、無事ベッラージオに到着。 空腹だったので、下船して早々にレストラン「Mistral」へ直行しました。 船着場から徒歩5分もない近場にあるグランドホテル ヴィッラ・セルベッローニ内のレストラン。コモ湖を眼前に食事を楽しめる、贅沢なお店です。 ベッラージオの中では高価格帯のようですが、それでもミラノのちょっとしたレストランと同程度なので雰囲気のわりにはお手頃価格な印象です。
テラス席とコモ湖のあいだにはホテルのプールがあり、改めてここがリゾート地であることを実感。ちなみにプールには水着のおば様が一名、日焼けしながら優雅に雑誌を読んだり景色を眺めたりしていました。あの婦人が一番贅沢を満喫していたのかもしれない…と思うくらい、気持ち良さそうにくつろいでいたのが印象的でした。
食事はニョッキとビール、ティラミスとエスプレッソを注文。 ニョッキもティラミスも、本当に美味しかった。どちらの料理もさほど詳しくないけれども、いままで食べたニョッキとティラミスの中で一番美味しかったのではないかと思うくらい満足度が高かったです。 さすが一ツ星のレストラン。
余談ですが、店員さんの言葉を聞き間違えて「はい」と言ったばかりに昼からビールをおかわりしてしまいました。まあ、これも贅沢の一環。
※レストランのサイト → Mistral
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山と湖を眺めながら贅沢気分。
街歩きとアートのこと
今回はクレモナと違い、美術館めぐりではなく街並みや景色を楽しむことを主軸に置いていたので(そもそも美術館がない様子)、船の時間以外は気にせず足の向くままに歩きました。 街が小さく傾斜が多いため、地図なしに歩き回ってもとりあえず傾斜の低いほうへ下りれば船着場に近づける、というのもありがたいです。
メインのショッピング通り(と言って良いのかわからないけれども)を歩いていると気になる細い路地裏がいくつもあり、ついついそちらへ足が向いてしまう。 そして、そういうところに直筆の水彩画を売っているお店や美味しそうなワインバルがあったりするので、下北沢のような小道好きの自分はまんまと吸い込まれることに。
小道で見つけた水彩画屋さんには、ベッラージオを中心としたコモ湖周辺の景色をインクと水彩で描いた作品がたくさん置かれていました。いずれも上品な色味と温度感が魅力的。 インクづかいと水彩絵の具による着彩の仕方が参考になりそうだったので、逡巡の末思いきって一枚購入しました。
お店にいたおじさんは日本が好きらしく、過去に8回も来日しているとのこと。自分が留学でミラノに滞在していることを告げると、会計をしてくれた婦人が「良い滞在と、良い勉強を!」と言葉を添えてくれました。こういうあたたかさに触れると、無条件に嬉しくなります。(ちなみに後で知ったのですが、この婦人が絵を描いているMasits Agnesさんでした)
このお店のほかにも小さなギャラリーや絵を売っているところがいくつかあったので、アートの街という側面もあるのかもしれません。 前述のレストラン付近のギャラリーで展示をしていたJerry Fresiaさんの作品も非常に魅力的だったので、興味のある方はこの方の名前でぜひYouTube検索してみてください。制作過程の動画を閲覧できます。(たとえばこちらなど)
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傾斜が多いので、階段状の細い通りの両脇にお店が並びます。
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作品を購入した水彩画屋さん。すべて直筆で、素敵な作品ばかり。
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細い路地にあったワインバル。お洒落。
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別のワインバル。きれいなボトル。
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雑貨屋さん店内。ポップでかわいらしい色合い。
再び、遊覧船に揺られて振り返る
朝からの移動と思いのほか強い陽射しで疲れが出たので、帰りのフェリーは屋内の座席でこの旅のメモを取りながらのんびり過ごしました。バル付きの船だったので、小さなビールを一本お供に。 同じく疲れているのか、屋内の座席で眠っている人もちらほら。この船に乗っているのは、ミラノ方面へ帰る人や今夜どこかの湖畔の街で一泊する人が多いのだろうと思います。
観光客の層は老若男女のグループやカップル、夫婦、家族連れと多種多様。それだけ広く親しまれている観光地ということなのでしょう。 ちなみに若いカップルは街中やベンチやフェリーなど、場所を問わず高い熱を放っています。この文章をメモしているときも、正面の座席ではカップルが肩を抱いて口付けを交わしていました。その奥の座席では、老婦人が夫の肩に体重を預け静かにおしゃべり。なんだかヨーロッパを感じる光景だなあと妙にしみじみしていました。
それにしても。 ベッラージオはおみやげ屋さんも雑貨屋さんもレストランも、街並みも建物も、どれも魅力的な場所でした。街歩きが好きな人、湖や山など自然の景色が好きな人にはおすすめです。 家が近ければ時々通いたくなるくらい、こじんまりとしてあたたかい可愛らしい街。 湖水地方へ行かれる際は、ぜひ選択肢のひとつとしてどうぞ。
夕方18:00過ぎ、湖上の風景はうっすらあかく彩られています。朝とはまた違う表情もまた一興。 冷え込んで人の少ない屋外へ出てみると、水の匂いがしました。
そんな風景を眺めながら、口をついて出るのはなぜか桑田佳祐の「しゃアない節」やゆずの「嗚呼、青春の日々」。こちらに来てから、思春期に聴いていた音楽が折にふれて心に浮かぶ傾向にあります。
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船の中。左手に見えるのがバル。
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夕陽に照らされた街並。 
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徐々に夜へ沈んでいくコモ湖。
ちょっとした余談ですが、水際の美しい景観という観点では日本の瀬戸内海も負けていない気がする…とふと思ったので、備忘として記載しておきます。
▼参考資料 地球の歩き方 ミラノ ヴェネツィアと湖水地方 2016~2017
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wknmh-notes · 8 years ago
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クレモナ、旅の終わり
だんだんとミラノの街の紅葉も深まってきた昨今。 すっかり時間が経ってしまいましたが、クレモナの記録後篇です。
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< 前篇:ヴァイオリンと芸術の街、クレモナへ < 中篇:クレモナ、旅の続き
ヴァイオリン博物館のこと
前篇で書いた通り、クレモナはヴァイオリンの街です。 2013年9月に開館したばかりというこの博物館は、ともすれば地味で退屈そう…となりがちな楽器の博物館というイメージを良い意味で覆してくれる空間でした。
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建物の新しさはもちろんのこと、9つある展示室を内容に応じて壁の色を白・黒と切り替える見せ方や楽器の音を聴かせる音響、ヴァイオリンの構造や各部の名称を学べるタッチパネル盤、演奏風景やバイオリン制作過程を映す大型ディスプレイといった機器の充実には目を見張るものがあります。(ちなみに使用機材メーカーはプロジェクターがNEC、ディスプレイはサムスンでした)
また、入場時に係員の女性に声をかけられ、日本人であることを告げると日本語のパンフレットを手渡してくれました。 この博物館には日本人スタッフの方もいらっしゃるそうで、事前予約時に希望すればその方にガイドしていただくことも可能とのこと。そういった意味で、日本人観光客にはやさしい施設と言えそうです。 ちなみに日本人スタッフの方による博物館紹介記事はこちら。博物館内の写真���載っています。
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個人的に印象に残ったのは、ディスプレイで流れていたヴァイオリンに図柄を入れ込む作業。展示されているヴァイオリン群にもさまざまな柄の装飾が施されていたのだけれども、繊細な楽器のからだにそれを完成度高く加える作業がどのように行われているのかを初めて知り、しばらく画面にかじりついてしまいました。
形状が複雑なパーツには直接インクやペン先で描き込むようですが、広めの面に入れる柄は直接楽器本体には彫り込みません。本体に貼付けるための薄い板に以下手順を行います。ううむ、面白い。
柄を入れる面をかたどった薄い板にふちを彫り、そこへ柄になるパーツをピンセットで埋める
黒い粉末状の塗料をへらで刷り込む
ふちからはみ出た余分な塗料を、指でたいらに整えるように取り除く
この薄い板をやわらかくなめし、楽器本体に貼付ける
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他にもストラディバリウスをはじめとする名器の設計図をデジタルで閲覧できたり、子ども向けの教育コンテンツ(タッチパネル)も興味深かったです。 職人の工房を再現した部屋の展示も良かった。 あ、もちろん本物の名器群(ヴァイオリンとギター)も展示されています。タイミングが合えば博物館内で行われるミニコンサートも鑑賞できるようなので、ヴァイオリンの街でヴァイオリンを聴きたい!という方は時間を調べて行かれることをお勧めします。
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博物館外にある銅像。手にはヴァイオリン。
教会のこと
ここまでの観光でかなり時間を使ってしまったので、現地の教会はあまりきちんとまわることができませんでした。 簡単な写真と、気付いたことだけ少し書きます。
ドゥオモも教会もそうだったのだけれども、多くの人(特に年齢の高い方)が教会に入ったときや聖母マリア・キリスト像を前にしたときに片膝をつく仕草をしていました。ミラノの教会ではあまり見ない仕草で、なんとなく胸で十字を切るのと同じような宗教上のもののようです。地方やその教会によって慣習に差がある模様。(この辺りのことを調べようとしたら少し根深い話になりそうだったので割愛)
まわりの方がそうした形で敬意を表しているなか何もしないのもばつが悪いし、かといってキリスト教信者でないのに真似をするのも逆に失礼な気がして、結局少し頭を下げる会釈程度の半端なことしかできませんでした。 イタリアへ来て教会に足を運ぶ機会がとても増えたので、観光目的とはいえキリスト教に関する知識をもう少し持ちたいな…と思う昨今です。
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サン・ミケーレ教会。
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サンタガタ教会。ストラディバリが結婚式を挙げた場所とのこと。
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駅から一番近い教会。名前がわからない。
再び、クレモナという街のこと
クレモナは中世を色濃く残した街と聞いていたから、てっきり古い建物ばかりの渋い街かと思っていました。けれども実際には商店街も活気があり、若者も楽しめるショッピングストリートや音楽イベントを催せる(実際に催していた)ローマ公園もあり、意外と住みやすい街なのかもしれません。 商店街にはMaxMaraやZARAといった大型店舗からおしゃれな個人商店まであり、現地の人と観光客とが入り交じってにぎわっていました。 余裕があれば買い物したいなと思ったけれど、案の定時間も気力も残っていなかったので断念。
お店や観光施設など町の人もやさしいし、やっぱり犬も多いし、何より景色が美しい。 町中に音楽記号やヴァイオリンを模した記号や像がちりばめられているのも可愛らしくて、音楽好きの心を躍らせます。 こじんまりとした街なので、時間の限られた滞在でも行きたい場所をほとんど削らずにすむのも良いところ。
自分としては大満足で、ぜひ人にも勧めたいと思う街です。 が、音楽や美術に興味がなかったり、良くも悪くもわかりやすい観光名所がたくさんないと退屈…と思ってしまう方にはお勧めしません。 きれいな景色や音楽の気配、街歩きを楽しめる方はぜひ旅の選択肢に入れていただきたい街だなと思います。 ちょっとニッチな場所だからこそミラノにいるような悪意あるミサンガ売りなどもいない、というのも落ち着いた街歩きには適しています。
最後に、何枚か写真を。
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ドゥオモ外側の装飾の一部。
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コムーネ宮の装飾の一部。
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ミラノよりも鳩対策はとられていない印象。(つまりフン被害)
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街の写真屋さん。
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やっぱり、トラッツォからの景色。均一なようで均一でない。
これだけの写真を撮りながらも、シャッターを切るたびに口ずさんでしまうのはクリープハイプの「君の部屋」。 自分がいくら写真を撮ったところで、その魅力をまるごと伝えることはできない。ということはよくよくわかっているけれど、撮らずにはいられない。 未熟だなあと反省しつつ、写真を撮るのは(たぶんまだ)やめられません。
▼参考資料 地球の歩き方 ミラノ ヴェネツィアと湖水地方 2016~2017
< 前篇:ヴァイオリンと芸術の街、クレモナへ < 中篇:クレモナ、旅の続き
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wknmh-notes · 8 years ago
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クレモナ、旅の続き
気付けば10月。 ミラノは日に日に寒さが増していて、朝夕の気温は13〜15度ほどまで下がります。秋のミラノの話も書きたいところですが、引き続きクレモナのことを。
< 前篇:ヴァイオリンと芸術の街、クレモナへ 後編:クレモナ、旅の終わり >
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お昼時、混み合う路地。
リストランテ・ホステリア700のこと
トラッツォのあまりの素晴らしさにあてられて、若干の疲弊を感じながら広場へ降り立つと、時刻はすでにお昼時。広場を囲う飲食店のテラス席は多くの観光客で賑わっていました。 代わりに、午前中に街を活気づかせていたマーケットは早々と片付けを始めており、ああやはり買い物はできなかったか…と少し淋しい気持ちに。
広場のテラス席からドゥオモとトラッツォを眺めながらのお昼にも惹かれたけれども、景色はもう味わったしお墨付きのある美味しいお店に行きたい…という気持ちがあったので、「地球の歩き方」に載っていた3店舗のうち、次の目的地・アラ・ポンツォーネ市立博物館に最も近い「ホステリア700」というお店を選びました。
広場から北へまっすぐ、緑豊かなローマ広場という公園を横目に進んでいくと左手に駐車場のようなひらけたスペースが現れ、その奥にお店はありました。 扉が閉まっていて入るのに少し勇気が要りましたが、「地球の歩き方に載っているお店だから大丈夫」と自分に言い聞かせて店内へ。
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店内は上品な調度品で整えられ、壁にはクレモナらしくヴァイオリンや穏やかな風景画が飾られていました。明るい笑顔の店員さんに案内されたのは、白いカーテンの間から中庭の見える窓際の席。これは嬉しい。
嬉しさあまってスパークリングの白ワインを注文し、パスタと合わせて美味しく頂きました。デザートのザバイオーネにも舌鼓。 (ザバイオーネ:卵黄に砂糖を加え、湯煎で温めてマザーラ酒を混ぜたデザート ※引用:伊和・和伊中辞典)
お陰様で、トラッツォで消費したエネルギーをしっかり充填することができました。レストランのサイトに店内の写真が載っていますので、ご興味のある方はこちらから。
アラ・ポンツォーネ市立博物館のこと
ホステリア700から徒歩1分に立地するアラ・ポンツォーネ博物館。 クレモナでしっかり絵画作品を観られるのはここなので(美術館での展示という意味で)、満を持して敷地に足を踏み入れました。
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大きい。そして天井が高い。 天井画も美しかった。 これだけでも満足できそうでしたが、正面扉のチケット売り場へ。
この博物館単体での入場料は7ユーロですが、クレモナ内にあるヴァイオリン博物館・考古学博物館との共通券を買えば16ユーロで3館をまわれるためこちらを購入。 自分のイタリア語がたどたどしく窓口のお姉さんにはお手数をかけてしまいましたが、「ここと考古学博物館は17時閉館、ヴァイオリン博物館は18時閉館だから最後にヴァイオリン博物館へ行きなさい」と丁寧にアドバイスまで頂き有り難い限りでした。
館内は(館内も)高い天井でとても贅沢なホワイトスペースになっており、しかも貸し切りかと思うほど人が少なく静かな空間。 展示作品も、贅沢なスペースに見合う大判のものばかりが堂々たる佇まいでそこここに配置され、名前は忘れてしまったけれども縦横5〜10mほどの大作が天井付近の壁に展示されているのにはひどく圧倒されました。
奥が行き止まりだったのでてっきりこれですべてかと思いきや、戻って来た入口で窓口のお姉さんが立ち上がり、少し歩いて違う部屋を指し示しました。 どうやらまだ終わりではなかった様子。 案内された場所は2013年にオープンした「音楽の部屋」。 17〜19世紀のヴァイオリン、ギター、マンドリンがガラスケースにきちんと収まっていたその空間はその狭さも相まって、とても可愛らしく音楽好きの心を楽しませるものでした。
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さて、今度こそ出口へ…と思いきや、その先にはまた別の絵画や彫刻作品の部屋が。「USCITA(出口)って書いてあったのに…」と思いつつ、引き続き作品を鑑賞。先へ進むと改めて「USCITA」の標識があったのでそれに従って進むと…なぜか元の部屋に戻ってくるという。 他のお客さんの後について出口へ向かおうと思っても、いかんせんほぼ貸し切り状態なのでそのフロアには自分しかおらず、誰もいません。 困りながらフロア内を巡ったり階段を昇降したりして(その中でまた別の展示室を発見して鑑賞)、どうにかたどりついた本物の出口から無事脱出。 この日はヴァイオリン博物館にあと2時間を費やす予定だったため、この段階で考古学博物館行きは断念しました。(2館行けば共通券の元は取れるので問題なし)
作品も展示空間も素晴らしかったけれども、導線は改善の余地ありな博物館でした。ある意味イタリアらしいのかもしれません。 ちなみに博物館のサイトはこちら。
洗礼堂のこと
ヴァイオリン博物館へ行く前に、ドゥオモ横の洗礼堂を覗いてみました。
洗礼堂はこじんまりとした八角堂で、中央にキリストの小さな、しかし高い台に据えられた像、周囲の各壁面には金色のサンビアッジョ像やアドロラータ像、磔にされたキリスト像や牛をかたどった石像などがありました。
一番美しかったのは、天井。 八角堂の高い高い天井の塔たるてっぺんに、青地に金と銀で装飾された輝く鳩。そこから差し込む太陽の光。
観光名所と呼ぶにはあまりにも地味だけれども、この天井を見ることができて良かった、と思えた空間でした。 ちなみにあらかじめトラッツォに入場していれば、その券でこちらも入場できます。 写真は外観を撮影し忘れたのでありません。
後篇改め、中篇
前篇・後篇に分けると言っておきながら、なかなか書き終わらないので前篇・中篇・後篇の三部構成とします。それだけ得たものが多かったということでしょうか。ううむ。
せっかくなので、街の風景を何枚か。
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マーケットの様子。
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コムーネ宮、一階ひらけたスペースの天井。
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道で見かけた新郎新婦。
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クレモナも犬が多いです。
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路上ミュージシャンは、ミラノよりクレモナが良い。
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至るところにヴァイオリン工房。店構えも魅力的。
次こそ、後篇。
< 前篇:ヴァイオリンと芸術の街、クレモナへ 後編:クレモナ、旅の終わり >
▼参考資料 地球の歩き方 ミラノ ヴェネツィアと湖水地方 2016~2017
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wknmh-notes · 8 years ago
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ヴァイオリンと芸術の街、クレモナへ
イタリアに来て約一ヶ月半。 朝晩はすっかり冷え込むようになり、掛け布団をさらに一枚追加しました。 日中ももはやシャツ一枚では耐えられず、街行く人もいつの間にかダウンやコートを着込む姿が目立つようになりました。 とはいえ陽射しはまだまだ強いので、半袖短パンという暑がりな男性の姿もちらほら。季節の変わり目ならではの、幅広い服装を目にする昨今です。
加えて、2017年9月20日から25日はミラノ・コレクション(MILANO MODA DONNNA S/S 2018)が開催されており、世界中のファッション関係者がいまミラノに集まっているとのこと。 この時期に合わせてファッションの仕事を志す学生たちの短期留学プログラムも各所で組まれているらしく、自分のアパートにも日本から女子大学生が二人、新たな住人としてやって来ました。 真面目で活動的な(そして気さくな)彼女たちの口から聞くファッションショーやブランド店舗の話は非常に興味深く、自分ではなかなか関わることのない世界の様子を垣間見られるようでとても面白いです。 ※今回のミラノコレクションについて、地球の歩き方特派員の方の記事があります
そんな賑わいを見せるミラノをよそに、先日初めてミラノの外へ足を伸ばしてみました。 ���き先はクレモナ。 ミラノやフィレンツェに比べると知名度の高くない小さな街ですが、自分にとっては非常に魅力的な場所でした。
とても充実した観光だったので、ちょっと旅日記風に書いてみます。 あらかじめ、目次。長くなりそうなので、前篇・後篇で分けます。
クレモナという街のこと
列車に揺られて
広場とクレモナのドゥオモ
トラッツォのこと
リストランテ・ホステリア700のこと
アラ・ポンツォーネ市立博物館のこと
洗礼堂のこと
ヴァイオリン博物館のこと
教会のこと
再び、クレモナという街のこと
クレモナという街のこと
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クレモナ(Cremona)は、ストラディバリをはじめとする有名なヴァイオリン職人がかつて暮らし、現在でも町中にヴァイオリン工房が点在する世界有数の「ヴァイオリンの街」です。 街中にはヴァイオリンをモチーフにした装飾やオブジェがあふれ、中世の建築物と現代の街並とをしなやかに共存させるアクセントになっています。 余談ですが、ジブリ作品「耳をすませば」の少年・天沢聖司がヴァイオリン職人になるための留学先としてこのクレモナの名前を出しているとのこと。
ざっくりイタリアの地図でいうと…
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 ↓ 北イタリア、ミラノの南南東に位置しています。
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列車に揺られて
ミラノからは、ミラノ中央駅(Milano Centrale)からRegionale(略称:R)と��う急行列車で移動します。最速1時間強で移動できるため、早い時間に出発すれば日帰りでも充実した散策が可能。ただし、行きも帰りも電車の本数が少ないため、事前に時間を調べて乗り遅れないよう注意が必要です。
朝、ホームで乗車時刻を打刻し意気揚々と列車の二等席車両に乗り込み、窓際の席を確保。(イタリアの交通機関は原則切符に乗車時刻を専用の機械で打刻しないと、乗務員の切符確認の際に高額な罰金を科せられます) 座席も新幹線に近しく椅子の背に折りたたみの机が付いていて、持込みの飲食も可能です。ちなみに自転車の持込みもできるようで、駅のホームには自転車をひく人の姿もちらほら。
クレモナまで景色を楽しみながら行こうと思いきや、窓硝子が思っていたより汚れていて少し残念な気持ちに。とはいえ、汚れた窓越しに見た風景は興味深いものでした。 だだっ広い土地に畑や鉄塔や可愛らしい木が点々としている様子は日本の新幹線の景色にも似ている反面、ふとしたときに目に入る石造りやレンガ造りの古ぼけた建物や遠目に見えるすっと背筋の伸びた時計台が、ここがイタリアであることを改めて認識させます。
ミラノの街中で見る建物はアパートがほとんどで、一軒家はたまにしか見る機会がないのだけれど、列車からの景色ではいろいろな種類の一軒家を見ることができたのも良かったです。
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朝のミラノ中央駅。電光掲示板を見て、自分が乗る列車のホームを確認。
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クレモナ駅。穏やかな黄色。
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駅前にある、ヴァイオリンのオブジェ。同様のオブジェがヴァイオリン博物館内にも。
広場とクレモナのドゥオモ
閑静な住宅街ときれいなショッピングストリートを10分ほど歩いて抜けると、名所であるトラッツォとドゥオモが見えて来ます。 土曜日の午前10時前に到着したのですが、朝から人が多いなと思ったら道でマーケットが開かれていました。雑貨、洋服、靴、飲食など幅広く(しかも安く)お店があったのでちょっと心惹かれたものの、まずは見たいものを見てからと人波をすり抜けドゥオモのあるコムーネ広場へ。
中心地であるコムーネ広場にはドゥオモとその隣にそびえ立つトラッツォ(塔)、反対隣にある洗礼堂、ドゥオモ正面のコムーネ宮(市庁舎)があります。広場にもマーケットが出ていて大変にぎわっていました。 午前10時を過ぎるとドゥオモ以外の各施設が開館するためか、ツアーの団体も複数やってきて結構な人通りに。 名所は混まない午前のうちに…という信念のもと、さっそくドゥオモへ足を踏み入れました。
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左がトラッツォ、右がドゥオモ。午前は逆光になるので、正面から撮影するには午後が良い。
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午後のコムーネ宮。外見だけで満足していたら、帰宅後に本当は内部にも見所があったことを知る。
ドゥオモは非常に美しかったです。外部も内部も。 建物自体は3身廊と呼ばれるシンプルな構造で、その高い天井や壁、柱などにこれでもかと絵が描き込まれ、あらゆる部分に目を奪われます。 壁や正面祭壇にある聖母マリアやキリストの像は繊細ななめらかさを持って佇み、静謐な空間に一層の荘厳さをもたらしていました。
本当は撮影も可能だったのだけれども、自分が見学したタイミングがどうやら神父さんの説教の時間だったらしく、信徒の方々が多くいらっしゃる中撮影をするのははばかられたため写真はありません。(後でまた来ようと思ったけれども時間が足りず断念) 中央の祭壇ももっと近くで見たかった…。
トラッツォのこと
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今回、最も予想を超えて心揺さぶられたのがトラッツォでした。 元々高いところからの景色を見るのはとても好きなのだけれども、こんなにも美しい光景が見られるとは思ってもいなかった。
レンガ作りの建物内部を階段でひたすら上っていくと、徐々に窓から見える景色が視点の高いものになっていき、高所好きの胸を高鳴らせます。
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ずんずん上り続けると、足場の開けた場所に出ました。そこからの眺望ですでに充分素晴らしく、てっきりそこが終着地かと思ってしまったのだけれども、よく見るとまだ上に続く道が。 高所好きでも少しひるむくらい、細くて高さのあるらせん階段。
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たどり着いた頂上では、もう何も言えないほどの眺望が待ち構えていました。
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美しい。 赤みを帯びた褐色の屋根が不規則に敷き詰められ、その先に緑が広がる。
ああ、イタリアだ。ヨーロッパだ。
そんなことはすでに実感していたはずなのに、それをたっぷりの絵の具で上塗りされた気分。
ふと気付くと、地上から美しい弦楽器の旋律が聴こえる。 見下ろすと、コムーネ宮でギターとヴァイオリンのフリーコンサートが行われていました。なんて嬉しい偶然。そして、この景色になんとぴったりなことか。
贅沢な時間を存分に堪能して元来た階段を下り、2階のテラスまでやって来て距離の近づいた街を再び眺める。 美しい。本当に来て良かった。 この景色を自分の目で見たことは、確実に自分にとっての糧になるだろう。
…そう思う一方で、同じくらい強く思ってしまったことがあります。 こんな景色は、自分よりも絵が上手なあの人とかあの子が見たほうが、より素晴らしい作品を生むのだろうな。 素敵な風景画を描くあの人がこの景色を見たなら、まちがいなく人の心を動かす作品を生み出すのに。
そんなことを本気で考えていたら、自分の不甲斐なさに何だか悲しくなってしまいました。 とはいえ、ここに来ることを選びここまでやって来たのは自分なのだから、もうその事実はそれ以上でもそれ以下でもないのでしょう。
美しいものに出会う一人旅は、感情が無防備になりますね。
旅の続きは中篇にて。
中篇:クレモナ、旅の続き >
▼参考資料 地球の歩き方 ミラノ ヴェネツィアと湖水地方 2016~2017
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wknmh-notes · 8 years ago
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ミラノ、シェアアパートのこと
8月下旬から薄々感じていた夜の肌寒さが、9月に入り無視できない程度になってきました。日本の感覚で「まだ夏だし…」と思っていたらあやうく風邪を引きかけたので、掛け布団を一枚追加したりして。 日中も、陽射しは強いけれども日陰で吹かれる風はひんやりとして、季節が秋になりつつあることを肌で教えられている昨今です。
家賃の支払いと大家さん
早いもので、ミラノ生活も約一ヶ月が経過。 ということで、二ヶ月目の家賃を支払いに大家さんのお宅へ伺ってきました。 一般的な住居はわからないのですが、留学生向けシェアアパートの家賃は現金支払いが主流のようです。
家賃の支払日は住人の滞在予定に合わせてあらかじめ設定されており、次の支払日が近づくと大家さんあるいは大家さん代理の方から支払いに関する連絡が来ます。 同じアパートに住む先人いわく、大抵は代理人の方から「この日の何時頃に回収に行くよ」という連絡が来るとのこと。今回は大家さん自ら電話をくださり「家でコーヒーでも飲みましょう」とお誘いいただいたためお宅へ伺った次第です。
実は大家さんにお会いするのは初めてだったのだけれども(いままで代理の方とやりとりしていたので)、親切で日本のことが好きなご夫婦でした。 会話するときに自分のイタリア語のレベルを慮って和伊中電子辞書を持って来てくださったり、一ヶ月暮らしてみて必要なもの・困っていることはないかといろいろご配慮いただいて有り難い限り。 「自分の知っている日本人はみな親しみやすく、きちんとしている。受けている教育が良いのね」と美味しいコーヒーを淹れながら仰っていました。
日本の教育が他国と比べて本当に良いのかどうかは別として、語学学校にも「東京に住んでみたいわ!」という先生がいらしたことを考えると、イタリアに親日家が多いという定説はある程度信憑性があるのかもしれません。
シェアアパートの部屋のこと
前述した通り、自分はいまシェアアパートで生活をしています。 留学における滞在方法は大きく3つ、ホームステイ、シェアアパート、一人暮らしがあり、シェアアパートはホームステイと同じくらいメジャーな滞在方法の様子。滞在方法の種類については留学エージェントさんのサイト等できちんとまとめられているので、ご興味のある方はこちら。
自分の住居は、アパート内にある4LDKを最大4名でシェアしているもの。部屋の広さや設置されている家具はまちまちで、小さい部屋は6畳程度、大きい部屋はなぜかダブルベッドとテーブルに二人分の椅子があったりとだいぶ開きがあります。ちなみに自分はこのダブルベッドの部屋を割り当てられているのですが、もしかしたら長期滞在者には広めの部屋をあてがうという配慮があるのかもしれません(あくまで推測ですが…)。
正直この広さを持て余してはいるけれども、床面積があることでヨガマットも無理なく広げられるし、調度品も白や濃い茶色、彩度の低いピンクやグレーでまとめられていて、過ごしやすい落ち着いた空間です。
惜しむらくは、階が低く窓に網戸がないため窓を開けると蚊が入って来てしまうところ。イタリアの蚊はとても強力で、刺されると非常にかゆく数日経ってもかゆみが抜けないこともあります。 一度、寝る前に窓を開けて換気した後に手足を刺され、かゆみで何度も目を覚ましながら朝を迎えてしまった経験を踏まえ、極力窓は開けず、開けるときもほんの少しの隙間にとどめ、虫除けスプレーをその隙間に噴射することを心がけていたりします。
もう一つ気になっているのが、部屋の灯りが暗いこと。 部屋全体のランプがそれほど明るくなく、小さなデスクランプを併用しているのですが、このデスクランプが暖色のため、絵の具で絵を描くときに正確な色味を確認できないという。 描き上げた絵を撮影するときも黄色い灯りで照らす気にはなれないし、かといって部屋全体のランプだけで撮影するには暗すぎる。 少し調べたところ、欧米人は日本人よりも目の色が明るい分、室内の照明も暗いものを好む傾向とのこと(こちらの記事を読みました)。あまりわがままはいえないけれども、ちょっと対応を検討しています。
ついでに言うと、部屋にピアノがあったらなお嬉しかったな…と。 何を贅沢なと思われるでしょうが、実はこの4LDK、大家さんが音楽関係の方ということもあり4部屋中2部屋にはピアノが常設されているのです。 それを知ったのは入居して少し経ってから。たまたま空き部屋を覗いたらピアノが置かれているのを発見し、以来誰も家にいないときにこっそり小さな音量で遊んでいたのだけれども、ほどなくして新しい住人がやってきたためあえなく断念。 とはいえ短期滞在の方が多いようなので、いずれまた触れるチャンスはありそうです。
共用スペースのこと
以下を他の住人と共用しています。
リビング(通路にテーブルと椅子が置かれている程度)
キッチン(冷蔵庫、オーブン、各食器類など���設備あり)
バス・トイレ・洗面所・洗濯機(一室にまとまっている)
リビングは基本個人では使用しませんが、他の住民とごはんやお酒をともにするときに重宝しています。大事なコミュニケーション空間ですね。
キッチンは広くないものの、一人分の食事を短時間で準備するには充分なスペース。ただ、他の住人と食事の時間が重なると順番待ちになってしまうので、なるべく頃合いを見計らってさくっと調理・片付けを心がける必要があります。そのため、食器以外の洗いものは食事の前に片付けるようにしています。 また夏場は虫も出やすいので、各住人がこまめに片付け・ゴミ捨てをする必要あり。その点では、ミラノは毎日24時間ごみが捨てられるので有り難いです(分別は厳しいですが)。
バス・トイレ・洗面所・洗濯機の利用はキッチン以上に順番待ちを避けたいもの。 朝や出かける前など、自分のタイミングを逃して誰かが朝シャワーを浴び始めてしまうと、その人が出てくるまで顔を洗うこともできません。 また、浴槽やトイレは住人の男女問わず共用なので、人によってはキッチン以上に清潔に気を遣う場所でしょう。これはもう各住人の意識・管理と許容レベルのバランスがとれることを祈るか、どうにかバランスをとらせる努力をすることでしか均衡が保てません。潔癖な方は、文化の違いと言葉の壁を乗り越える覚悟を持ってシェアアパートに乗り込むことをお勧めします。
共用スペースで全体的に注意すべきことは、なるべく他の住人の邪魔になる時間は利用しない という感じでしょうか。極力音を立てない等の考慮ができれば問題ないかと思いますが、自分のまだ短い滞在の間にも朝から大音量で音楽を流しながらシャワーを浴びる、という住人にも遭遇しました。その人はもちろん他の住人に注意されていたので、そういったことをしない・させないことが安心・快適な滞在に不可欠です。
今月内には自分以外の住人が総入れ替えになるらしいので、今後もどんな生活になるのか興味半分、怖さ半分。粛々と自分の生活をして迎えられたらと思います。
以下は文章の内容と関係ありませんが、最近ぶらついた場所の写真を。
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若者向けのショッピングストリートとして知られる、コルソ・ブエノスアイレスの端。
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プッブリチ公園の周辺街。歩いているだけでこういう美しい建物に遭遇してしまう���プッブリチ公園内の自然史博物館や映画博物館にも足を運びたい。
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ドゥオモ脇にある1900年代美術館5階からの景色。日曜ということもあり、人が多いです。
A post shared by Maho Wakana (@wknmh) on Sep 5, 2017 at 11:01am PDT
飛行機雲をよく見かけます。
この文章を書いている間に、外は雨が降り出しました。 ミラノは年末にかけて降水量が増えていくようなので、これからは徐々に雨の日が増えるのかもしれません。 雨だとついつい部屋に引きこもりがちですが、雨の夜長にひとり部屋で桑田佳祐の「孤独の太陽」などを聴いていると、ついミラノにいることを忘れてしまいそうになるので要注意。 そろそろイタリアの音楽にも親しみたいところです。
皆さま風邪にはお気を付けて。
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wknmh-notes · 8 years ago
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ミラノの雨と、食料品のこと
9月最初の週末、ミラノは雨です。 金曜の夕方に出くわした気持ちのよい天気雨から始まって、土曜日は朝からずっと降り続いています。 いままで天気雨には何度か遭遇したけれど、こういう一定量のまとまった雨は初めて。でもまったくじめじめしないのは、湿度だけでなく気温も低いせいでしょうか。(さっき夏の服装で買い物に出たら、わりと寒かった)
雨は好きです。 風景が濡れていくさま、土やコンクリートや植物が匂い立つその経過はもちろん、さあっという音があらゆる音を吸収していく瞬間がすがすがしくて心地よい。 ちなみにミラノの天気雨は、街並の美しさもあいまってなんとなく東京事変の「キラーチューン」のPVを想起させます。
そんな悠長なことを言えるくらいには、ミラノの街にも慣れてきました。 住むことと食べることがそれなりにできれば人間生活できるのだな…と実感している昨今です。 ということで、少し生活感のあることを書きます。ミラノの食料品について。
水のこと
こちらの水道水は硬水です。飲めないわけではないようですが、身体との相性があるようなので人々は基本軟水をスーパー等で購入して飲んでいます。その前提だからなのか、売られている水が非常に安い。 自分が購入している水がおそらく一番安い商品で、2Lで0.18ユーロ(1ユーロ130円なら25円程度)。これを日本から持って来た水筒に入れて日々持ち歩いています。
ちなみに水は炭酸あり・なしを選ぶ必要があるため、甘くない炭酸水が苦手な方は購入に注意が必要です。ちなみに自分は「炭酸水もいいかな」と思って購入したものが実は甘い炭酸水だった…という失敗をしたので、炭酸水を買うときも要注意。(見分け方はまだわかっていない)
野菜のこと
驚くほど安いです。しかも味がしっかりしていて美味しい。 スーパーでは基本量り売りなので重さにもよるのですが、本当に安い。
たとえばこのような感じ。
ズッキーニ:1本302g 0.39ユーロ(1ユーロ130円なら52円程度)
ナス   :1本520g 0.72ユーロ(同・95円程度)
にんじん :4本388g 0.46ユーロ(同・61円程度)
トマト  :1個154g 0.23ユーロ(同・31円程度)
パプリカ :1個250g 0.38ユーロ(同・50円程度)
自炊者にはとてもやさしいお値段。しかしあまりにもサイズが大きいものは消費が追いつかないので、様子を見ながらいろいろ買っています。 個人的に、パプリカやズッキーニは栄養もあるし炒めるだけで美味しいのでサイズが大きくても有難い。
そういえば葉物は量り売りでなくパック詰めで売られています。なぜだろう…。
肉と魚のこと
肉はそれなりにお手頃ですが、魚は高めです。 パック詰めのサラミやハムは1〜3ユーロから買えますが、魚はだいたい3〜5ユーロから。この辺りはミラノが内陸であることと、やはり文化として肉食が根付いていることが影響しているのかもしれません。(と、ミラノの飲食店で働く日本の方が仰っていました)
たまには刺身とか寿司が食べたいなと思っても、スーパーでパック詰めのお寿司が18ユーロ(同・2350円程度)するのを見ると手が伸びません…。 それであればどこかの日本料理店へ外食しに行こうかなと。 と言いつつ、先日見かけた日本料理店のメニューに「前菜:枝豆 5ユーロ(同・655円程度)」とあり、悩ましく思っているこの頃です。
炭水化物のこと
パスタとパンがメインで、米はその次。あとはビスコッティと呼ばれる甘くないビスケット的なものが親しまれています。 米に関しては、ミラノはリゾットが名物なのでそれなりに需要があるほうなのかもしれません。
パスタもやはりお手頃です。 安いものであれば、1袋0.59ユーロ(同・77円程度)など。 パンは種類によりけりですが、1個100円未満だったりカット済みの袋詰め商品でも100円しないものがあるのでやはり安価といえそうです。 まだ本格的なパン屋さんには足を運んでいないので、そちらもぜひ覗きたいところ。
ビスコッティは、イタリア人がよく朝食やつまみで食べる 分厚くて甘くないビスケットのようなものです。 イタリアでは朝ごはんは甘いもので軽く済ませる慣習があるため、ビスコッティに甘いジャムなどを塗って朝食にすることが多い模様。そのせいか、スーパーにはビスコッティとジャムが非常に充実しています。 せっかくなので、自分もミラノではそういう朝食をとっています。固くて歯応えがあるのでばりばりと音を立ててしまいますが、結構美味しいのでお勧めです。それだけでは量が足りないので、合わせてバナナなども食べていますが…。
米はまだ試していないので、いずれ手をつけたいところ。
乳製品のこと
チーズが充実していて、選びきれません。 また、チーズの種類が書かれていてもそれがどういうチーズなのかいまいちよくわからないので、順次買って学習しています。値段は種類によりけりですが、50%OFFされていることも多いので比較的安価な印象です。
気に入っているのはリコッタチーズ。 少しもっちりとした豆腐のような食感と非常にあっさりした風味で、パスタやサンドウィッチなどいろいろなものに添えられるのが嬉しいです。 いわゆるこってりとしたチーズも美味しいけれども、日々の食事で栄養を摂ることを考えると、こうした機能的でほどよい存在感の食材は重宝します。
ヨーグルトは結構甘い印象です。甘くないものはちょっと探さないと見つからないのかも…。 牛乳や豆乳はまだ試していないのでわからず。
その他のこと
卵:4個パックで1.49ユーロ(同・196円程度)
お菓子:こってりしているものが多いですが美味しいものが多い印象。
お酒:スーパーのワイン売り場が充実している。ビールは缶よりも瓶が主流で、瓶のほうが安い傾向。660mlの瓶ビールが缶より安く、1.5ユーロ(同・170円程度)など。
※お酒の話はまた別口で書く予定です。とりあえずビールもワインも美味しい。
ミラノは自炊者にやさしい街です。金額も、味も。
外食はちょっと高めなのであまりしていないのですが、お酒も食べ物も美味しい街だからこそ、行くときはちゃんとお金を遣ってより美味しいものを食べに行こう と目論んでいます。楽しみ。
VACANZA期間が終わり、ようやくミラノの街も本格稼働し始めました。画材屋さんも発見できアクリル絵の具を入手したので、描くほうもこれからもっと楽しめそうです。 下の絵は赤パプリカ。野菜を描くのは難しいですが勉強になります。
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ついでに、先日散歩したドゥオモ周辺の写真も。
A post shared by Maho Wakana (@wknmh) on Aug 30, 2017 at 11:51am PDT
A post shared by Maho Wakana (@wknmh) on Aug 31, 2017 at 11:15am PDT
入道雲を見上げながら、すずやかな風を感じることが増えてきました。 よい秋が来ますように。
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wknmh-notes · 8 years ago
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ミラノの街並と建物、落描き
ミラノに来て2週間が経ちました。 まだまだ不慣れなことはあれど、通りを歩きながらうたをくちずさめる程度には心身ともに落ち着いてきたようです。 口をついて出るのがなぜか「涙のキッス」だったり「山口さんちのツトム君」だったり「さらば恋人」なのは自分でもわからないけれども。
ミラノの街は、やはり東京と雰囲気が違います。
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見通しの良い道路沿いに石造りの高い建物がずらりと、且つ整然と四角形に立ち並び、建物の扉までやたらと大きい。
最初自分が入居するアパートに到着したときも、「本当にここ?」と思うくらい重厚な扉に気圧されてしまい、ドアベルを鳴らすのにしばらく逡巡してしまったほど。
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ちなみにドアベルとは、扉の横についている下の絵のようなものです。 住居者の名前とその部屋につながるベルが���然と並んでいて、これを押すとその住人および管理人が鍵を開けて出て来てくれます。 (実際に開く扉のサイズは、日本と同様人間の身長に見合うサイズでした)
日本でいうオートロックマンションのエントランスにあるインターホンのようなものですが(鍵も実際にオートロック)、あくまで呼び鈴です。新しい建物や個人の邸宅にはきっとインターホンがあるのだろう、と何となく思っています。
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ちなみにアパートはこの玄関とは別に、建物内の各住居の玄関とごみ捨て場へ通じる裏玄関が存在します。いずれの扉も大きく、それに伴い一階あたりの天井が(自分の身長では)見上げるほど高いので、気を付けないと扉を閉める音が建物ににひどく響き渡ります。
がちゃん、という音が余韻も交えて響いてしまうとき、何となく「空間を贅沢に使うってこういうことなんだな」とよくわからない感心をしてしまう一方、「洋風のホラー映画の怖さは、こういう空間での音の響き具合が活かされているからかもしれない」などと(ホラー映画も観ないくせに)考えたりもするのでした。
しかし、そうした美しい建物が並んでいるにもかかわらず、街中の落描きがとても、いやかなり多い。
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街の壁だけでなく、お店のシャッター、地下鉄駅構内の壁やバス停に設置されている時刻表までもが誰かのキャンバスと化しています。
しかし「時刻表読めないな…」という不便を時折感じつつも、正直目を見張るクオリティのものが一定の割合を占めるので、これももはや街歩きの楽しみの一つと言えそうです。
こちらは最近見つけたお気に入りの落描き。 シャープな筆跡なのに輪郭の丸みをやわらかく表現していて、ちょっと可愛らしい。
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また、お店のシャッターは意図的に装飾されているところも多いです。 そのお店にまつわるイラスト(カフェならコーヒー、パン屋さんならパンなど)のほか、ディズニーのキャラクターやなぜかドラゴンボールやワンピースのイラストが施されていたりします。果たしてそれは装飾なのか落描きなのか…。
ちなみになぜお店のシャッターをそんなに観察できているのかというと、つい先日までイタリアはVACANZA(夏休み)期間だったためあらゆるお店が閉まっていたから。
観光地や繁華街はさすがにシャッターを下ろしているお店は少ないですが、ちょっと脇に入った住宅街寄りのお店には8割方「CHIUSO PER FERIE(夏休みのため休業)」の張り紙。どうやら7月下旬から8月最終日曜までまるまる一ヶ月休むのが普通のようです。
ちょっと驚いたのは、繁華街近くに位置する一部のホテルでも同様に「CHIUSO PER FERIE」を掲げていたこと。夏休みに観光地のホテルが一ヶ月休むなんて儲ける気がないのか…?と勘ぐらずにはいられません。
加えて、8月15日の祝日(聖母マリア被昇天の日)は繁華街でも多くのお店が閉まっていた様子。国の定める祝日は本当の意味での休日なのだ ということを肌で感じました。
日々受け取る情報量が多すぎてなかなか咀嚼しきれていませんが、少しずつでも書き残したい。
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wknmh-notes · 8 years ago
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いま、そしてしばらくミラノにいます
正直まだ夢かうつつか、という地に足のつかなさがありますが、ミラノに到着して一週間が経ちました。しばらく日本には戻りません。
なぜそんなことになったかというと、人生の過去の伏線を回収してこの先の展開を面白くするため。言うなれば、過去の点と点をいま線にしたかった とでもいう感じでしょうか。
子どもの頃読みあさったシリーズ小説で、お気に入りの話の舞台がイタリアだったこと
思春期にたまたまフィレンツェへ旅行する機会があったこと
その旅行が弾丸すぎて、またいつか行きたいと思っていたこと
気付いたらアートに惹かれる人間になっていたこと
大学でイタリア語を学んだこと
社会人になって行ったニューヨーク旅行で、日本との文化の違いに良い意味でショックを受けたこと
それをきっかけに、日本以外の国でも暮らしてみたいと思ったこと
子どもの頃から「どこに行っても生きていける人になりたい」と思っていたこと
年を重ねるにつれ、人生の有限感を覚えたこと
おそらく、細かく挙げればもっと伏線は転がっていると思います。 ただ、もっと言うと、人生の転がっている「点」を「伏線」として解釈するかどうかは自分次第だったりします。振り返れば自然と伏線としてつながっていることもありますし、「あれ、これもしかして伏線じゃない?」と気付いて(考えて)その先の「点」を自分で置きに行くこともあります。
要するに、自分の好きなように人生を解釈すれば良いのかな という。 ちなみに今回のミラノ行きは後者かなと。
冒頭に「まだ地に足がついていない」と書きましたが、本当にその通りで 「ああ、本当にミラノに来たんだな…よく来れたな」としみじみ思っています。
都内のイタリアのイベントに足を運んだり、留学のエージェントさんとやりとりしたり、学生時代のイタリア語の知識を思い出したり、そういうことを仕事の合間にやっていたら本当に実現してしまった という印象です。 本当に、すんなりと。 留学の話をしたとき周囲の人は驚いていましたが、自分も結構驚いています。 人間、やろうと思えば意外とやれるのだなあ。ううむ。
ということを踏まえつつ、ミラノでは学生の身分のためわりと時間にゆとりがあります。なのでそれを利用して、イタリア語の会話力と生活が安定してきたら順次美術館めぐり、絵描き、そして文章を書く時間をしっかり取ろうと目論んでいます。楽しみ。
ミラノは陽射しは強いけれども、空気がからっとしていて過ごしやすいです。いまいるシェアアパートに���エアコンがありませんが、女性にはちょうどいい室温でありがたい。 街並みは美しく、犬を連れている人が多くて歩いているだけでも楽しいです。
下の絵は、ミラノの町中を走るトラム(路面電車)の落描き。 もっと可愛いので、また描こう…。
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とりあえず、自分はいまのところ元気です。 皆さまよい夏を。
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wknmh-notes · 8 years ago
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7月、七星点灯展、無事終了
毎度こちらのBlogでは事後報告で恐縮です…。 グループ展「七星点灯」、無事終了いたしました。 ご来場および興味を持ってくださった皆さま、ありがとうございました。
展示概要はこんな感じです。
念願の下北沢で、尊敬する後輩二人と。オープニングライブには、ギターのぴよとパーカッションのまつこを迎え楽しい時間をお届け。皆さまにお会いできるのを楽しみにしております。 . EXHIBITION : 七星点灯(ななほしてんとう) at 下北沢モナレコード おんがく食堂 7月2日(日)-16日(日) 12:00-24:00 *Opening live 7月2日(日)19:00 . 七星点灯(ななほしてんとう) 音楽と絵に心惹かれた思春期を経て、偶然にも同じ音楽サークルとイラストレーションの学び舎を選び、異なる時期に身を置いた3人によるグループ展。同じ場所を選んでも、そこで見出したものは三者三様。3人の異なる表現と、しかしどこか温度の通じ合う作品群をお楽しみください。 . Sari Park Nagamatsu Yuki Tsuchiya Maho Wakana
オープニングライブにはたくさんの方に足を運んでいただき、大変嬉しく楽しい時間を過ごすことができました。ありがとうございます。 演奏してくれた「ぴよ」こと佐藤秀紀氏とまつこにも本当に感謝です。 4月の「ぼくたちわたしたちの作品展」でもギターを演奏してくれたぴよは、普段モノラルマフラーというロックバンドで活動しています。
▼モノラルマフラー http://monauralmuffler.mods.jp/
展示ライブのことも書いていただいていました http://monauralmuffler.mods.jp/201772%EF%BC%88%E5%9C%9F%EF%BC%89%E4%B8%83%E6%98%9F%E7%82%B9%E7%81%AF%E5%B1%95-opening-live%E3%81%ABgt-%E3%81%B2%E3%81%A7%E3%81%A1%E3%82%83%E3%82%93%E5%87%BA%E6%BC%94/
そして、素敵な空間と食事を提供してくださったモナレコードおんがく食堂さま。こんなにもあたたかく穏やかな空間で展示・ライブをすることができて、本当に嬉しかったです。 皆様もぜひ、下北沢でお茶やごはんをする際にはお立ち寄りください。
▼モナレコードおんがく食堂 http://www.mona-records.com/
展示について書いていただいた記事 http://www.mona-records.com/news/2017/06/news_06261510.php
最後に、一緒に展示を企画してくれたさり(Sari Park Nagamatsu)ともんちゃん(Yuki Tsuchiya)。二人と一緒にグループ展とライブができたこと、とても幸せでした。音楽も絵も尊敬できる仲間がいることが、どれだけ恵まれているか…。 こりずにまた一緒に何かできるといいなとひっそり思っております。
改めまして、皆さまありがとうございました。 年内のイベントはこれにて終了です。 怒濤の上半期が終わりましたが、別の意味でこれから怒濤の下半期が待っております。それはまた次の記事にて…。
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wknmh-notes · 8 years ago
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本多劇場で、鹿とロック
展示の告知も振り返りもろくにせず、恐縮です。気付いたら6月になっていました。
3月は「スタジオえほん展」、4月には「ぼくたちわたしたちの作品展」と怒濤の展示ラッシュでした。4月のほうはアコースティックデュオライブまで実現してしまって嬉しい限りでした。 お越しいただいた皆様、ご協力いただいた皆様、興味を持っていただいた皆様、誠にありがとうございました。
実は7月にも展示とライブの予定がありますので、そちらも改めてお知らせします。念願の下北沢での展示…楽しみ。
日頃から下北沢にはふらりと立ち寄っているのですが、最近はなかなかにその頻度が高いです。展示の打ち合わせに行ったり下北沢謎解き街歩きをしに行ったり。
そんな中、意外といままでご縁が無かった名所、本多劇場へついに足を踏み入れました。その記念すべき機会となったのが、劇団鹿殺しの「電車は血で走る」「無休電車」のW上演。
ある日目に入った、フラワーカンパニーズ鈴木氏と藤井隆氏、そして劇団鹿殺しのお二方のCINRA対談記事。何気なく読み始めて、気付けばチケットを注文している自分がいました。ひとえに「面白そう」で「格好良さそう」だったから。そして、場所が本多劇場だったから(とても行ってみたかったのです)。
そのむやみな衝動買いは、正解でした。本当に。
愉しくて、格好良くて、かなしくて、でも元気と勇気をもらえた舞台でした。
「何か」を生み出そうとしている、あるいは生み出したいと願う人には、ぜひ観ていただきたい。クリエイターのバイブルたる(と思っている)かっぴー氏の「左ききのエレン」と合わせてお勧めします。
具体的なことは書きません。 ただ、ひとつだけ。
菜月チョビさんが、とても格好良かった。
本多劇場の熱いエネルギーに満ちた舞台で、ロックンロールな女性を見つけてしまった。
うまく言えないけれども、とても励まされてしまったので 改めて自分も頑張ります。
電車は血で走る。
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