Tumgik
aikider · 8 months
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以下引用
「創造的であれ、さもなくば死だ」 
安田:ルーティンワークと非ルーティンワークの区別について、もう少し、話を続けさせてください。これはカール・マルクスの「疎外」に関係していると思います。ルーティンワークか非ルーティンワークかを区別する考え方は、マルクスのもともとの考えに近いのではないでしょうか。
コーエン:そう思います。現代のパラドックスの一つです。ルーティンワークは疎外です。機械やロボットのように同じことを繰り返す労働者は「奪われた」状態にあります。もともとマルクスが考えていたように生産した商品を奪われるだけではなく、スキルも奪われるのです。工場でライン作業をする時は、いわば人間としての側面は忘れるように要求されます。
コーエン:例えば、1968年の五月革命[パリの学生運動を端緒にフランス全土、さらに多くの国々に拡大した大衆運動。ド・ゴール大統領退陣の契機となった]で、資本主義社会が最も批判されたのはそこでした。学生や労働者たちは、労働者に反復作業をさせて人間をロボット化していると批判しました。
現在では皮肉なことに、その声が聞き届けられたのか(笑)、テクノロジーによってそうした反復作業は消えつつあります。しかし、それでも1968年5月にベビーブーマーが思い描いていたような、平和で創造的な世界は訪れないというパラドックスが生じています。
今度は、創造力の追求が新たな義務になったのです。人々は創造的でなくてはならなくなりました。「ロボットになりたくない。ありのままの自分でいたい」と願うことと、「創造的であれ、さもなくば死だ」と迫られることは別のことです。
ベーシックインカムがあれば、ちょっと待ったと言える
安田さんに倣ってマルクスの用語を使うならば、今度は創造性の剰余価値を「搾取」されることになるからです。一つの搾取が別の搾取へ移行するだけです。
けれども、もし、ベーシックインカムのような社会保障制度が用意されるのであれば、私はこの移行は好ましいことだと思います。私たちは疎外の世界から搾取の世界へ移りました。グローバルなシステムに創造性を投入するという要求に応えることで、本当に搾取されるようになるのです。そこにはストレスがあります。
剰余労働は、工業の時代にそうだったように、またしても最大限まで押し上げられています。しかし、そこにベーシックインカムがあれば、人々は「ちょっと待った、その要求まではのめません」と言えるのです。
安田:基本的には利潤最大化という面では同じだということですね。利潤の源泉は変わったとしても。
コーエン:そうです。ルーティンワークの世界では、搾取されるのは体力でした。今ではそれは創造力です。ある意味で進歩したと言えますが、同じ矛盾を抱え、同じように極端な状況になっています。
コーエン:今の状況は後からでないと完全には理解できないでしょう。1968年5月や、その前後には、工業社会は限界に来ていると考えられていました。その認識は正しかった。しかし、工業社会から抜け出しさえすれば、その後には永遠の平和が待っているとの予測は外れました。当時の人々は、消費社会は存続しないと考えていたのです。
経済のルールに支配された世界
ケインズが1930年代に示唆していたように、働く必要がどんどんなくなり、別の世界に変わっていくと信じていました。
実際、ベビーブーマーは、日本でも、フランスでも、アメリカでも60年代に大きな声をあげていました。自分たちの使命はポスト物質主義の世界を構築することだと考えていました。当時の人々はそう信じていましたが、それは実現しませんでした。
実際には今でも、経済の問題は変わらず存在しています。そして、今日、ポスト物質主義の世界に入るために求められているのは、生産性を向上させ、創造力を高め、仕事がルーティン化した途端に職を奪ってしまう機械に勝つことです。私たちは、物質主義のレースから抜け出した途端、別のレースに参加させられ、同じ緊張感に晒されているのです。
私たちは経済の世界からポスト経済の世界に移ったわけではありません。それどころか、かつてないほどに経済のルールに支配された世界に生きていると言えます。
ただし、その性質は変わりました。工場制度が終わり、ポスト工業化の世界に移行し始め、やっと少しずつ見えてきた実態は、私たちに大きな幻滅と失望しか与えていません。
引用ここまで
現代の若者を見ていると、コーエンの指摘は正鵠を射ていることを痛感する。
起業する才覚のある人間は起業するだろうが、そんな才覚を持った人間はごく一部だ。才覚のない人間は、20世紀ならば普通に会社員として働いていた。
しかし今は、一般の起業に正社員として就職すること自体がいまや狭き門だ。正社員になれてもブラック企業なら自分をすり減らしていくだけである。非正規雇用にしかつけない場合、その多くは低賃金に喘ぐことになる。奨学金の返済で首が回らない人間も多い。
旧来の就労パターンが難しくなる以上、他に活路を見出すしかない。
Youtuberに憧れる人間はYoutuberに。ゲームが上手いやつ、魅せるプレイや笑わせるプレイができるやつはゲーム実況を始め、時にはTwitchでストリーマーをやる人間もいる。顔出しに抵抗があればVtuberを目指す。かつては声優崩れがVtuberになるパターンがみられたが、今ははじめからVtuberを目指す人間も多い。目端の利く人間はYoutuberやVtuberのプロデュース側に回り、大量にいるYoutuberやVtuberのタマゴを使い捨てる。普通のVtuberでは売れないと思ったらエロ系のASMRを出す。自分の声やトークスキルに自信がない人間はボイロ実況を始める。ボイロ動画で人気が出たらグッズを作ってBoothで売る。中には怪しげな陰謀論や切り貼り動画やナショナリズム煽動系の動画で稼いでいる人間もいる。
あるいは、初音ミクに憧れて自分の声を音声・歌声合成エンジンに提供し、そこから声の仕事にありつこうとする人間もいる。音声・歌声合成エンジンの新規開発に躍起になる人間もいる。Youtubeやニコニコ動画の動画編集の代行を仕事にしている人間もいる。動画の素材となる音声や画像を売ったり、無料配布して広告収入を得る人間もいる。VtuberのガワにあたるLive2Dモデルや3Dモデルの製作や原画で稼ぐ人間もいる。
漫画が描ける人間はX(旧Twitter)でバズったら出版社から声がかかるが、今ははじめからFANZAやDLsiteで長編のオリジナル同人誌を出す人間も少なくなくなった。FANZA同人で発売した人気の同人誌シリーズをまとめて一般流通扱いでFANZA電子書籍として売るという流れもすでに定着している。
漫画は無理でも絵が描ける人間ならばX(旧Twitter)で名を売り、Pixivでいいねを集め、FANBOXやFantiaやPatreonやFantasticで支援を集め、コミッションで稼ぐという流れもすでに定着しているが、生成AIにおびやかされつつある。画像生成AIに不満が高まっているのは、それら絵師支援サイトでかろうじて糊口をしのぐ絵師たちと競合するから、という理由も潜在的にあるだろう。実際、AIで合成した絵を大量に公開してPatreonその他の支援サイトで稼いでいる人間は山ほどいる。さらに、noteで画像生成AIの使い方を有料記事にして稼ぐ人間もいる。
怖ろしいことに、Vtuberもnoteもfanboxも、始まって10年も経っていないのに、これらを利用したビジネスが完全に定着してしまった。過去20年ほどネットにへばりついてきた自分でも、変化が速すぎて恐怖を感じるレベルである。だが当然ながら、こうした副業で稼げるのはやはりごく一部の人間だけである。クリエイティビティを仕事にしたい人が、後ろ盾がなくとも活躍できるようになったことは掛け値なしに素晴らしいし、かつて自分も期待していた時代が来たことを喜んでもいる。
しかし、クリエイティブ系の職種を望んでいない人までクリエイティビティを求められるのは社会として歪んでいる。コーエンの議論に沿ってわかりやすく言えば、たとえば農業はなくてはならない職種のはずだが、農業だけでやっていけない農家が出てくるだろう。それに対して『農業系Youtuberやればいいじゃん、売れなきゃ自己責任だけど』などと発言する人間が今なら出てきそうである。だがそんな社会は歪んでいる。農業系Youtuberは面白いし存在してほしいが、Youtuberやらなくても生きていけるくらいの収入はあるべきだろう。
コーエンが語ったように、今は常に何か目新しいことをしなければ、生活していくだけの金を稼ぐことすら難しくなってきている。すなわち、創造性を強制されているわけだ。まさにマルクスが言った「人間阻害」の真逆である。あのときから見れば、社会は極端から極端に飛んでしまったようだ。ベーシック・インカムを導入すべきか否かについては白黒で判断すべき問題ではないのでここでは保留するが(BIによる行政の経費節減を訴える向きもあるが、これは高い確率で失敗する。ただし格差の是正を目的とするBIであれば効果を発揮する可能性はある)、コーエンの指摘は概ね正しい。
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aikider · 9 months
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結局はこれだろう。
より厳密には「出産育児したら仕事上不利になる社会システムの問題」と言うべきか。
現状では男女問わず、育児休暇取ったら出世コースから転落するような有様である。
女性は出世しようとすると出産を諦めることになるわけだが、本来なら出世するような優秀な女性ほど子供産んでもらわないと社会的損失になる。
かといって昔みたいに女性を家庭に入れておけばよいという議論はすでに無効である。現実問題として労働力が全く足りないのだ。移民だけでは埋めることができない以上、女性にも働いてもらわないといけない。
そして企業が営利団体である以上、経済原理に任せても改善しないのは明らか。こうなると社会システムから企業に対して何らかの強制力を働かせるしかない。
「そうは言ってもカネにならないから仕方ない」という意見は、実は経済原理を絶対視しすぎである。リーマンショックを予想できなかった時点で経済学はもはや化けの皮が剥がれた。経済学に権力を持たせたことが原因の一つであろう。
もちろん経済学は重要だが、今後は人口学をもっと重視すべきだ。過去の歴史を見れば、政治が経済を制御した例はどれだけでもある。経済原理を絶対視してはいけない。
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aikider · 1 year
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SPA!は普段読まないが、この記事は部分的に正鵠を射ているかもしれない。
菅野が指摘するように、安倍の政策は右なのか左なのかはっきりしないところがあった。たとえば経済政策では金融緩和と同時に財政出動するなど左寄りのような政策をとる(これは祖父の岸信介が本質的に国家社会主義者であったことと無関係ではない)一方で労働政策では派遣労働の範囲を拡大し労働市場を市場原理化した(小泉竹中路線の継承)ために、格差が拡大し消費がシュリンクするという事態を加速させた。日本会議からの支持を受け、天皇については保守的な価値観を見せるわりに今上帝には避けられていた。外交に関しても似たようなのもので、要するに全てがちぐはぐで破綻していたのだが、本人はどうもそれを気にしていない、というより一貫性がないことに気づいていなかったらしい。
しかし安倍の中で間違いなく一貫していたのが、女性に対する態度であろう。菅野の指摘するように安倍や菅は女性議員に対して嗜虐的である。しかもメディアは安倍が不利になる部分をろくに報道しなかったから、テレビでは「見当違いなことを言っている女性議員を嗜める安倍」の姿が演出されていたわけだ(安倍のメディア支配と報道の偏向は女性議員相手に限ったことでもないのだが)。
しかし、菅野の意見は聞くべき部分はあるにせよ、実際にはこの問題はもっと根が深い。安倍(および菅)のこうした態度は、結局のところ守旧的な家族観に根ざしている。
典型的なのが「三年間抱っこし放題」や「三世代同居リフォームで減税」であろう。前者については「そんなに現場を離れたら浦島太郎になってしまう」という反発が出たし、「そんなことより保育園を増やせ」と言われても対策を取ってこなかった。いまや日本企業は女性労働者なくして成立しないのに、どうも三歳児神話に縛られているのか女性が働きやすい環境を作ろうとしない。結局、いまは少子化どころか「少母化」が問題になっている。三世代同居リフォームも同様であり、育児を祖父母に任せればいいという現実から乖離した解決策を提示していた。 これも日本会議やその周辺のモラロジー学会などが主張する伝統的家族のあり方にこだわった結果であろう。
安倍政権に対してはアンチが多数現れ、中には本質を外した批判も少なくなかったが、基本的にその批判の多くは、安倍の態度の中に、そういった守旧的家族観を嗅ぎ取ったために生じたものだろう。
もちろん守旧的家族観も多様な価値観の一つであることは間違いない。しかし国家が政策として実施する以上、それは実情に見合ったものでなければならない。ところが核家族化と女性労働者への依存という実情を無視して保守的な家族制度への回帰を目指したわけだから、批判されるのは当然と言えよう。菅政権も同じようなところがある。
そこに加えて格差拡大や貧困問題である。この状況下では子どもを生んだら働けなくなってしまうのだから、個人にとって子作りはリスク因子になってしまう。これでは「もう子どもも生むなということか」と解釈されても仕方がない。もはや日本は衰退まっしぐらである。
こうした安倍(および菅)政権の懐古的とも言える家族観は、しかし俯瞰的に見ればある程度説明はつく。人口学者のエマニュエル・トッドは、家族制度が社会全体の価値観を規定していることを統計的に証明した。トッドの家族理論によれば、子どもが成人したのちも親と同居する場合、子は親の影響を受け続けることになり、これが権威主義的な社会につながる。逆に子が成人してまもなく独立する場合、子は親の影響を受けにくく、自由主義的になる。また、親の死後、相続がきょうだい間で平等であれば社会も平等主義的であり、きょうだい間で不平等であれば社会は平等に関心が薄い非平等主義になる。この2つの組み合わせにより、ユーラシア大陸の家族制度と社会の関係が概ね説明できる。
すなわち、イギリスやアメリカのように、子がすぐ独立し、相続が不平等な絶対核家族では、自由と不平等が社会の基本的な価値となり、イノベーションが進みやすい一方で極端な新自由主義に偏りやすく、人種差別が強い。フランス(の一部)のように子がすぐに独立するが相続が平等な平等核家族では、自由と平等が基本的な価値となるから、不平等があるとデモが発生しやすく、差別が少なくて異民族との混血が進みやすい。ドイツや日本のように、親子同居が基本だが相続が不平等な直系家族では、権威と非平等が基本的な価値となるから、社会が安定しやすく技術の蓄積が進みやすい一方で、格差や差別が発生しやすい。中国やロシア、イスラム圏のように親子代々の同居が前提で相続が平等な共同体家族では、権威の前に平等という価値観が基本なので、共産主義またはイスラム教が普及しやすい。
この理論に従えば日本は、直系家族から絶対核家族への移行期間中ということになる。そしてトッドは、社会的価値観は制度の変更に遅れて移行すると説明している。たとえばかつてカトリックが支配的だった地域では、現在ほとんど無宗教の家庭が多いにも関わらず、カトリック的な価値観が支配的であるということを統計調査で証明し、トッドはこれを「ゾンビ・カトリシズム」と命名した。これを応用すれば、日本はすでに核家族への以降がほぼ完了したにもかかわらず、直系家族的な価値観を引きずっている「ゾンビ直系家族」と言ってよいだろう。
ということは、安倍政権の思想はまさにゾンビ直系家族であり、それを支持する日本人の思想もゾンビ直系家族、というわけである。なお、ゾンビ直系家族という言葉はここで造った言葉ではなく、エマニュエル・トッドと磯田道史の対談の中でトッドが語っている言葉である(老人支配国家 日本の危機)。
同じように直系家族から核家族へ移行した(あるいは移行中の)地域として、ドイツ、イスラエル、朝鮮半島、ベトナムあたりが挙げられるが、ドイツは移民を受け入れるなどして経済を維持しており、トッドも日本に移民受け入れを勧めている。しかし同時に拙速な移民受け入れはいずれ社会問題を引き起こすとも語っているし、移民は根本的な解決にはならないとも明言している。
余談だが、安倍のように直系家族的な価値観にこだわる態度=ゾンビ直系家族が問題であるならば、岸田はそこにこだわっていないからまだマシという解釈もできる。冒頭で引用した菅野は、岸田を支持しているように見える(参考)。たしかに岸田は、菅野が指摘するように野党の言葉によく耳を傾けているし、貧乏ゆすりも下品なヤジも飛ばさないし、あからさまに女性を蔑むような態度を見せないし、安倍や菅よりは頭がいいのは確かだ。しかしながら、日本社会の問題の根本的な解決はできていない。
最後に、先に引用した対談の最後にトッドが語った言葉を引用する。
「今日の日本社会の最大の問題は、直系家族的な価値観が育児と仕事の両立をさまたげ、少子化を招いていることです」(前掲書)
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aikider · 1 year
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マイナカード使う「証明書交付サービス」で混乱 別人の住民票を交付:朝日新聞デジタル
以下引用
横浜市は27日、全国のコンビニで利用できる「証明書交付サービス」で別人の書類が発行されたと発表した。
 窓口サービス課によると、同日午前11時40分ごろ~午後2時35分ごろ、横浜市の住民票などを市内と東京都大田区のコンビニで発行した人から、別人の住民票などの書類が出てきたと市に連絡があったという。市はコンビニでの受け取りサービスをいったん停止し、システム業者が原因を調査している。
引用ここまで
なんだかなあ…
データ管理を中国企業に二次委託してたときからまるで成長していない
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aikider · 1 year
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五輪費用が膨らんだ原因の一つ。ポイントはおそらく以下の2点。
①組織委にノウハウが全くないため、広告代理店に頼らざるを得ず、言い値になる
②広告代理店(発注側)から電通(受注側)に出向者がいる。事実上乗っ取られている
以下引用
巨額の公金が使われた東京オリンピック。会場運営を担った大手広告代理店などが相次いで起訴されました。番組では組織委員会の元職員4人を取材。
そこで語られた費用が膨張した“からくり”とは。
組織委元職員「電通に頼ることしかできない」
東京オリンピック・パラリンピックの運営業務をめぐる談合事件。
大会組織委員会の元次長や大手広告代理店・電通の幹部らが 次々と逮捕・起訴された。
競争入札が行われなかったこともあり費用が膨らみ、公金が組み込まれている大会費用は当初の7340億円から約5倍の3兆6800億円となった。
報道特集は4人の組織委員会元職員を取材。出身母体は広告代理店、自治体、競技団体など。口々に語られたのは、費用が膨らんだ“からくり”だ。
組織委元職員 望月宣武 氏「素人組織ができることは、もう電通に頼ることしかできない、付け込まれる隙をずっと持っていた」
電通出身 組織委元職員A氏「正直言うと広告業界が麻痺しているのは間違いない。組織委員会側にノウハウが全くない。言いなりにならざるを得ない」
こうした図式は本大会だけではない。招致の段階から代理店が深く関わっていた。
リオデジャネイロオリンピックの閉会式で東京をPRするため、安倍晋三元総理をサプライズ登場させたあのシーン。
約8分間のセレモニーにかかった費用は11億2000万円。このうち、8億円は東京都、つまり公金から支出された。
元東京都職員としてオリンピック招致に関わった鈴木氏は・・・。
元東京都職員 鈴木知幸 国士舘大学客員教授「経費について『どういうふうにして委託業務を作っていくか』と言ったら(上司から)『ダメダメ、もう電通1本』独占みたいになっている。交渉がほとんどできない状態。競争入札できる状態ではないから(費用が)言い値になってしまう」
今回事件となった談合では、組織委員会の元次長・森泰夫被告と電通など7社の間で総額437億円の業務を対象に不正な受注調整が行われたとされる。
電通で20年以上勤め、組織委員会の職員だったA氏は、大会をめぐる“いびつな構図”をこう説明する。
電通出身 組織委元職員A氏「(組織委の)森次長の下には何名か部長がいますけど、電通から出向している部長が当然いますので、受注者側(電通)が人を送り込んで、発注者側(組織委)として調整している」
会場運営を受注した電通が発注者側の組織委員会に社員を出向させ、調整を行ったというのだ。
関係者への取材では、組織委員会に出向していた電通社員が社内向けに作成した資料には 「電通の利益を最大化するよう、組織委員会に社員を派遣すべき」という内容が記載されていたという。
電通出身 組織委元職員A氏「電通の利益を最大化にするというのはもちろんあると思うが、特定の会社に会場ごとに委託して本番まで実施させるというスキームを考えたのは(電通社員)だろうし、それを承認したのは森(泰夫被告)だと思う」
さらに契約の形態にも偏りがみられたという。談合があったとされる2018年度から2021年度までに組織委員会が結んだ契約のうち、特命随意契約の件数が競争契約の約1.5倍に及んでいた。
特命随意契約は、1社のみからの見積額を基準に金額を決めるため、相場より高くなる傾向があるという。
組織委元職員B氏「一般競争契約が基本で、随契が例外。逆なんですよね。組織委員会の場合は競争契約が例外で、随契が基本というような考え。(組織委の上司は)『我々は公益財団法人で、今回は契約の内容とかを公表する義務がありません』と。これは(当時の五輪担当の丸川)大臣が国会で答弁しています」
当時、丸川大臣はこんな答弁をしていた。
丸川珠代 五輪担当大臣(当時)「東京都及び組織委員会が出しておられる経費、チェックを入れるわけですけれども、中には守秘義務がかかっていて、私どもも見せていただけない経費があることをご理解いただければと思います」
組織委元職員B氏「(組織委の上司は)『また過去の長野(五輪)の事例を見ても、会計検査院による検査等々には該当しないので、絶対に外部からの監査の目が入ることがないので大丈夫です』という回答が常にありました」
B氏が契約形態への疑問を上司にぶつけても、 その手法が変更されることはなかったという。
経費がふくらむ“からくり”は、これだけではなかった。会場運営費のほとんどを占める「人件費」だ。
例えば、武蔵野の森総合スポーツプラザで運営にあたるスタッフの人件費は総額で6億2300万円となっている。
オリンピック会場への派遣スタッフを集めるよう依頼された人材派遣会社がある。
ーー鈴木さんのところにもこういった話が?
ファンファーレ・エージェンシー 鈴木泰和 社長「うちの方にも人を出してほしいという話は来ていました」
だが、それは会場運営を請け負った広告代理店ではなく別の会社からの依頼だったという。
ーー御社に来るまでにだいたい何社ぐらい入っている?
ファンファーレ・エージェンシー 鈴木泰和 社長「6社、6番目かそれ以下じゃないか。オリンピックに関してはベースとなる金額がよくわからない。間に何社入っていて、どのくらい抜いているのかというのはあくまでも予測でしかない」
多くの会場で組織委員会から委託を受けた広告代理店は再委託を繰り返し、必要な数のスタッフを確保することが行われた。関わった会社のすべてが「手数料」を得るため、元の人件費が高額になってしまうというのだ。
電通出身のA氏は・・・。
電通出身 組織委元職員A氏「結局一番下に払う金額を決めておいて、それにその会社に利益を足した合計になる。結果としては個人がもらえるギャランティーと、設定されているギャランティー(人件費)の間には5倍とか6倍にならざるを得ないという仕組み」
報道特集が入手した、会場ごとの人件費などが記された組織委員会の内部資料。委託業者の欄には今回、談合に関わったとされる広告代理店などの名前が並ぶ。
電通出身 組織委元職員A氏「中抜きの証拠であることは間違いない。(内部資料の)金額を見ればわかるように」
一覧表には、それぞれの役職にかかる人件費の単価が書かれている。例えば「運営統括」の単価は東京スタジアムが日当30万円、国技館が日当18万7000円となっている。
電通出身 組織委元職員A氏「1つの大会にも関わらず、金額がバラバラなんですよね。一番問題なのは多分そこ。組織委員会側にノウハウが全くない。だから結局、委託業者に委託するしかないし、言いなりにならざるを得ない」
番組が新たに入手した、ある会場の運営費の見積書。この会場を担当していたC氏が取材に応じた。
組織委元職員C氏「会場運営をするために業者(広告代理店)からいただいた見積書。あくまで無観客になる前の見積書」
人件費の日当を示す欄には「チーフディレクター:単価12万円」「リーダー:単価10万円」などと書かれている。だが無観客が決定した後も、この単価が変更されることはなかった。
組織委元職員C氏「単価というものは我々が関知できない部分。当然我々としても業務量が少なくなっているので、単価を減らしていただきたいという思いはありつつも、それが既定路線という形で進んでいた。本当にやるせない思い。上司に相談してさらに上につなげていただいたとしても『金額を精査しましょうか』という回答がなかった。我々現場から声を上げても変わらなかった」
人件費の問題はその価格だけではない。組織委員会に社員を出向させた広告代理店に、準備の段階から支払われていたことが新たに分かった。
組織委元職員B氏「私がいたところでは、大手広告代理店に業務を委託するという形で、広告代理店から常時、約10名の方が来ていただいて、同じ事務所で仕事をすることになった。単価を聞くと1人20万円で」
ーー1日?
組織委元職員B氏「1日20万円ですね。それが4年間続いた」
計算すると、1人あたりの人件費は4年間で1億9200万円。10人だとすると19億円以上になる。その業務は、B氏にはこんな風に映っていたという。
組織委元職員B氏「連絡業務という役職がありまして『連絡業務って何?』と聞いたら、『本社(広告代理店)との連絡業務です』と。特に『これ会社に持っていって』と言われた物を持っていくだけ」
ーーでもそれが常にあるわけじゃないですよね?
「ないですね。ほとんどみんなのお茶を汲んだりとか、本人は(20万円)もらっていないのですが、その代理店には1日20万円払っていた」
組織委員会元職員のC氏も、広告代理店から出向してきた職員の仕事ぶりに驚いたと話す。
組織委元職員C氏「私が見ている限りでは、委託した(広告代理店の)業務に対する仕事をしていただけ。そもそも組織委員会の職員としての仕事をしているところを目にすらしない。もう疑問だらけでした」
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aikider · 1 year
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有害な善意
五輪でオリンピック委員会理事が逮捕され、そこから電通の談合に焦点が移っているが、これらは安倍元首相が死亡しなければ表沙汰にならなかったと思われる。汚職やら談合にかかわる捜査にブレーキをかけていたらしいのだが、証言と状況証拠は山ほどあっても事件化しようがない。何しろ本人がいないのだから。 しかしここでようやく、安倍晋三という人間が少し理解できるような気がしてきた。安倍晋三とは結局、おめでたい男だったのではないかというのが今の私の考えである。
高橋理事に「逮捕させません」「守ります」と言ったというエピソードからは、安倍が五輪にかかわる汚職や談合について、後ろめたさもなく、問題とも思っておらず、それが彼にとっての正義だったのではないか。もっと言えば、桜を見る会にせよモリカケにせよ、そこに公平性や公正性の問題があることが理解できていなかったのではないか。わかっていて誤魔化したのではなく、そもそも問題の所在がわかっていなかったのではないか。 だとすれば、安倍晋三はかなり単純な判断基準で動いていたということになる。すなわち、近づいてきた人間に対し��は単純に「自分と志を同じくする素晴らしい人だ」と信用してしまう。そして「信頼できる人に仕事を任せるのは当然」と考えてしまう。裏返せば、自分と違う価値観があるということを理解出来できないため、自分の価値観に沿わない人間(たとえば基地問題で抗議した人)に対しては悪人と認識してしまう。まるで幼児向けの特撮もののような単純な世界観だ。 現実の世界は複数の正義と利害が対立しているもので、それをできるだけ公平公正に調整するのが政治の仕事であるのだが、安倍の世界観は政治家としてはあまりに単純だった。そう考えれば諸々の疑問が腑に落ちる。 たとえばモリカケで知り合いに便宜をはかり、桜を見る会で随意契約して仲のいい友達を招き、五輪の司法妨害を行い、旧統一教会関係の会合で演説を行う。傍から見れば、そこで起きていたことは『金の亡者が利権に群がっている姿』そのものである。 しかし安倍は育ちがいいボンボンであるため、たかられている自覚がない。それが本人の金なら本人が破滅するだけだが、たかられているのは安倍の金ではなく血税である。血税を使った予算編成には公平性や公正性が求められるはずで、安倍が善意でやっていようと依怙贔屓で血税を分配することは不公平・不公正とみなされる。 その不公平や不公正に関して、安倍本人が賄賂を受け取っていたのであれば裁きようもあるのだが、安倍自身はおそらく何も受け取っていなかったのではないか。だとすれば、汚職・贈収賄が成立しない。だから検察も動けないし野党も攻めにくい。彼はただ善意に基づいて、自分のお仲間に利権をばら撒いていただけだったのではないか。
これが単なる資産家であれば、おめでたい男、あるいは気前のいいお大尽として認識されるだけの話である。しかしそんな人間に血税を任せるとなると話が違う。なにしろこれだけ格差が拡大している状態で、金持ちの友人に税金を配る『逆再分配』を進めてしまったのだから。 だから安倍晋三とは、政治にとって『有害な善意』だったのではないか、というのが現在の私の理解である。
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aikider · 1 year
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東京オリンピック汚職・談合関連ニュースまとめ
ここのところ、五輪談合の報道を毎週のように見かける。個人的な感想としては驚きもなく、予想通りだったし、五輪懐疑派の方々は「やっぱりな」と思っていたのではないだろうか。 ただ、あまりに報道が多すぎて整理しきれないので、とりあえず既読の記事をまとめて残しておいた。
経緯を簡単にまとめる。東京五輪そのものは民主党政権時代から誘致が始まっていたが、このときは石原都知事(当時)および猪瀬副知事(当時)が中心だった。本格的に政府が介入したのは第2次安倍政権からと言ってよかろう。何しろ安倍首相(当時)が自らプレゼンしたのであるから。 しかし東京が会場に決定したのち、誘致にあたって贈収賄が行われた疑いが浮上し、招致委員会理事長(当時)の竹田恆和は贈収賄の現場となったフランスの司法当局の捜査対象となった。このときの贈収賄で電通(当時。のち五輪組織委理事)の高橋治之が関与していたと報じられた。 オリンピック翌年に安倍元首相が殺害され、国葬が行われた当日に、高橋がスポンサー企業からの収賄で逮捕。さらに電通をはじめとする広告代理店が談合を行っていたことが明らかとなり刑事告発されている。 これらの犯罪は、安倍が殺害されていなければまず表に出ていなかったであろう。 ひとまず検察の動きに期待しているが、一方で今の状況はトカゲの尻尾切りではないかという疑いも出てくる。なぜなら今の報道は電通周辺に限られており、関わっていたはずの政治家に司直の手が及んでいないからだ。果たしてどこまで摘発されるのだろうか。
前置きはともかく以下に記事を羅列した。リンク切れの記事もある。 なお、記事は新しい順に並べてある。
“お茶汲み”する職員に1日20万円…五輪費用3.6兆円オーバーの“裏側” 組織委元職員が告白 https://t.co/VtxCHhVSGq 2023年3月4日
五輪談合事件がG7広島サミット直撃! 外務省は電通も博報堂も使えず準備難航の異常事態 https://t.co/F5o1P2OAyp 2023年3月2日
五輪談合事件 電通グループや組織委元次長ら刑事告発 公取委 https://t.co/rtEirH8QAe 2023年2月28日
五輪談合、電通認める、28日にも起訴へ https://t.co/NYDaqNu9at 2023年2月25日
「入札を有名無実化し…」電通幹部出席の会議資料に明記 五輪談合 https://t.co/S8AMqcHBY0 2023年2月16日
政府、電通の入札資格停止へ - 五輪談合事件受け https://t.co/XnaFrY1KzU 2023年2月14日
落札した電通が入札業務を支援 - 仕様書に関与、組織委は依存 https://t.co/S98X0FYDKd 2023年2月13日
電通側、他社応札に抗議 - 調整乱されたと判断か、五輪談合 https://t.co/fiFhMWtia3 2023年2月10日
五輪組織委元次長を逮捕 電通幹部宅を家宅捜索 https://t.co/yrFv4k2oBI 2023年2月8日
五輪談合事件、電通側も立件へ https://t.co/pxh5oTlhjm 2023年2月1日
【東京五輪 本大会400億円も談合か】 https://t.co/7t21tHmW7t 2023年1月30日
東京五輪組織委元次長、立件へ 公募前に落札企業を伝達か https://t.co/XpPnKUgG8g 2023年1月28日
公募前に落札業者決定か 五輪組織委、電通に企業名を事前通知 https://t.co/t09ZzYerxH 2022年12月29日
博報堂の担当者が談合認める供述、電通側に受注希望伝達か…五輪テスト大会 https://t.co/ebdU32sg8o 2022年12月7日
組織委、「受注候補一覧」を作成 電通側に表の完成を依頼 五輪談合 https://www.asahi.com/articles/ASQCX6V6LQCXUTIL018.html 2022年11月29日
五輪テスト大会談合事件 入札に不参加の企業も新たに捜索 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221129/k10013907021000.html 2022年11月29日
五輪テスト大会めぐる談合事件 博報堂など捜索 東京地検特捜部 https://t.co/N1ZucEmg5Q 2022年11月28日
電通など捜索 東京五輪テスト大会入札 組織委関与し談合疑い https://t.co/c9Apuc3ALB 2022年11月25日
東京五輪事業で電通などに談合疑い…贈賄側が特捜部に説明、テスト大会入札で受注調整か https://t.co/kNd1XRKoYU 2022年11月20日
五輪汚職、ADKホールディングス社長ら逮捕 贈賄容疑 https://t.co/DTMwXtq46L 2022年10月19日
高橋元理事を3度目の逮捕 大広の代理店選定巡り、受託収賄容疑 https://t.co/6GAnZlvnlM 2022年9月27日
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東京五輪「裏金支払い」報道 IOCは沈黙 https://www.bbc.com/japanese/36273814 2016年5月12日
フランス司法当局、東京五輪招致に捜査拡大か https://www.nikkei.com/article/DGXLSSXK21030_R00C16A3000000/ 2016年3月2日
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aikider · 1 year
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2022年7月だから半年ほど前の記事だが、概ね正確な分析である。
ざっくりまとめると、日本経済は経済的ショックに対して脆弱になっており、その原因はマクロ経済の均衡がとれておらず賃金が伸びていないことにある。政府はこれをカバーするために財政支出とゼロ金利政策を行ってきたが、脆弱性は改善していない。むしろ、長く低賃金が続いた結果、購買力が低下するのみならず家計の貯蓄も減少し、金融危機やコロナ禍などのショックに対する耐性がほとんどなくなってしまった。それどころかアベノミクスでは低所得者から高所得者へのトリクルアップが発生していた。
確かに言われてみれば、コロナ禍での日本の混乱ぶりは異常であった。欧米では凄まじい死者が出ていたのに対して、当初の日本は死者数を比較的抑制できていたにもかかわらずTwitter上では議論が沸騰し、しかもその状態でオリンピックが行われたからさらに炎上、それが終わったと思ったらウクライナ戦争である。あまりに的を外した議論ばかりにうんざりして、Twitterの政治垢への書き込みをやめてしまったほどだ。
しかしその原因が日本経済の耐性の低下だと表現すればわかりやすい。軍事マニアには抗堪性と言ったほうが通じるかもしれない。あるいは医療関係者にはレジリエンスと言ったほうがわかりやすいだろう。もはや日本経済は疲弊しきっており、この状態で円安が襲ってきたのだからひとたまりもない。ツイッターランドの荒れ具合は、日本経済の荒廃をそのまま反映しているのだろう。
解決策としては、アベノミクスをひっくり返す必要があるのだが、ことはそう単純ではない。引用記事でも具体的な処方箋を示していないので、ここでは簡単に自分の考えを述べてみる。
アベノミクスの評価は緊縮か反緊縮かの二者択一で問われてきたのだが、これは問題を矮小化した議論であり全く的を外している。
まず第一に金融緩和政策は失敗であった。これはマネーの供給を制御することで経済をコントロールできるというマネタリズムに基づいた政策であり、もとはシカゴ学派から始まって現在の主流派経済学に取り込まれたものである。金利を下げると同時に貨幣の供給量が増えれば、市中に回る貨幣が増え、結果的にインフレが発生するという理論だ。しかし実際にはインフレは発生しなかった。効果があったと言えるのは円安と、ゾンビ企業の延命くらいだろう。円安によって輸出が有利になるという貿易上のメリットはあったものの、その恩恵にあずかったのは輸出企業であり、その多くは大企業である。逆に部品メーカーなどの下請けは円安による材料価格上昇により苦しくなっていた。一方、低金利によって貸出はさほど増えておらず、中小企業の資金繰りが多少楽になった程度であろう。これは返済にあえぐ下請けにとってはプラスかもしれないが、せいぜい前述の材料価格上昇のマイナスを多少緩和してくれる程度であっただろう。だが視点をミクロからマクロにうつしてみると、こうした中小下請けは賃金も上がらず長時間労働を続けるブラック企業やゾンビ企業であることが多く、円安によってそれらを延命したことは、賃上げという名目から言えばマイナスである。言葉をかえれば、日本は低賃金や長時間労働を受け入れるかわりに失業率の上昇を防いだということになるのだが、長期的に見れば低賃金を持続させる構造を作ってしまったことになる。失業率の増加を受け入れてでもブラック企業は潰してしまったほうがトータルの経済パフォーマンスは向上したはずで、失業者は失業手当その他のセーフティーネットを拡充してカバーすればよかったのだ(フィンランドはそういう政策である)。
第二に財政出動も失敗した。財政出動は政府支出を増減することで景気をコントロールできるとするケインズ理論に基づいたもので、これも主流派経済学に取り込まれた(対立していたケインズ理論とシカゴ学派を統合したのが主流派経済学である)。財政出動によって企業がもうかれば、その関連業種にも金が行き渡り、最終的には経済全体が潤う、というのがケインズ理論の骨子である。この理論は間違ってはいないのだが、ケインズはただ金を使えばいいと言ったのではなく、使い方を工夫することで支出額の何倍もの効果を生み出せると言った。したがって重要なのは政府支出の使いみちである。しかしアベノミクスは使途に問題があった。最も典型的なのが東京オリンピックであるが、あれは当初は復興五輪と称していた。これは東日本大震災からの復興を意味していたのである。ところが五輪のためのインフラ整備で建設資材や作業員が東京に取られてしまい、震災で甚大な被害を受けた東北の復興が遅れるという本末転倒な事態が起きていた。のみならず、開催前から疑われていた談合、中抜き、贈収賄が横行しており、一部の企業だけが潤っていたことが事後明らかとなった。オリンピックは実質的には東京の再開発であり、もうかったのはごく一部の関係者に限られていた。お題目のとおり復興をめざすのであれば、政府の五輪関係の予算をすべて東北に投下したほうがよほどましだっただろう。
第三に、成長戦略は全くの不発に終わった。これはアベノミクスの理論を真っ向から否定する結果である。そもそもアベノミクスの骨子は、財政出動で借金が増えても、それ以上の速度でインフレが到来すれば経済が成長して税収が増大すると同時に、インフレ率が利息を上回れば借金も目減りするので問題にならないという理論だった。ところが実際には成長もなくインフレも起きなかったから、アベノミクスは空振りだったわけである。問題はそれだけでなく、他にも深刻な副作用を招いた。ゾンビ企業やブラック企業を放置した結果として低賃金を慢性化させ、格差を拡大させた。このことが家計部門を弱体化させ消費を低迷させてきたわけである。
これに対する処方箋としては、中間層を保護・育成することしかない。すなわち労働者を手厚く保護し、失業者には再就職をすすめる。可能なら減税する。財源が問題になるだろうが、法人税や富裕税を上げる必要があるだろう。こういうことを言うと企業や富裕層が減ってしまうなどと反論が飛んでくるのだが、社会保険料やら不動産課税などを足して国際比較すると、日本よりも仏伊米のほうが大きく、独と同程度であるhttps://www.pref.kanagawa.jp/documents/6940/19856.pdf。あるいは、社会保険料負担を増やすという手もある。また、日本の法人税の一部は国税ではなく、自治体によって課されているので、それを国税に転換するという方法もあるだろう。法人税は都市部、とくに本社機能が集中している東京都での課税が圧倒的に大きいはずである。これについて東京都は激怒するだろうが、長年にわたって他の道府県の人材を収奪してきた。これは他の道府県の教育費をかすめとってきたと言うこともでき、いわば労せずに地方税(法人税のみならず住民税も含む)を得てきたとも言える。この点は是正されてしかるべきであろう。つまりここでも東京一極集中が問題になるわけである。いささか過激であることは承知の上だが、結局のところ東京一極集中(さらに言えば人口減少)を改善しなければこのデッドロックからは抜けられないだろう。
以下引用
金利上昇とウクライナ侵攻によってアメリカとヨーロッパが景気後退に陥った場合、日本はうまくやれるだろうか。歴史を手がかりとするのなら、「やれない」というのが筆者の答えだ。
それは���べて欧米の景気後退(起きればの話��が)の深刻さ次第である。というのも、歴史上の記録から見れば、日本経済は、他国発の景気後退をはじめとする経済的ショックに対して、甚大な反応を起こしやすいということがわかる。
日本人の生活水準は継続的に低下
もし歴史が繰り返されるのなら、このことは2つの好ましくない結果をもたらし、長期的に尾を引くだろう。第一には後述するように、大部分の日本人が生活水準の継続的な低下を経験することである。それは大多数の労働者の実質賃金の低下や高齢者1人当たりの社会保障支出の削減といった形をとる。
第二は、アジアにおける日本の影響力が低下し続け、中国に対抗する力が弱まることである。2021年版���アジア・パワー・インデックス」が報告するところによれば、すべての分野において、日本のパワーは「初めて大国とみなされる閾値である40ポイントを下回り、高パフォーマンスの中堅国として考えられている」と報告している。
アジア内の経済関係(貿易、投資、技術的リーダーシップといった「経済的相互依存関係を通じて影響力とレバレッジを行使する能力」)に関しては、日本のスコアは、インデックス算出を開始した2018年の56点から、2021年の40点に落ちた。これに対し、中国のスコアは96点から99点に上昇した。
日本は自由貿易協定や安全保障問題での協力、軍事力の強化などを通じて影響力を高めようと努力しているが、日本の経済的重要性の相対的な低下を克服するには十分ではない。
他国がより迅速に影響力と交流関係を拡大する中で、日本はつねに後れをとっている。例えば、2021年のアジア太平洋25カ国の輸出品に占める日本の割合はわずか9%であるのに対し、中国の割合は33%に増加している。
この趨勢に加えて、他の観点でも同様の傾向がみられた結果、貿易に関する日本のスコアは2018年の37点から2021年の25点に急落した。地域投資については、2018年の日本のスコアは79対83と中国に近いものだったが、2021年には56対97と大きく引き離されている。
要するに、日本の経済的弱点は、生活水準のみならず、国家安全保障に対する脅威でもあるのだ。
世界的なショックでより大きな打撃を受ける日本
概観すれば、世界的、国内的なショックが発生した場合、日本経済は他の富裕国と比べてより大きな打撃を受け、その被害はより長期間持続することがわかる。
2008〜2009年の世界的な金融危機を考えてみよう。日本の金融システムは、この災いを引き起こした不正行為にほとんど関与していなかった。しかし、2007〜2009年には、日本のGDPは5.6%低下した。これは、OECD(経済協力開発機構)に加盟している富裕国23カ国の中で21番目に大きな落ち込みを見せた。OECD全体のGDP低下率は、その半分未満の2.5%にすぎない。
その次には、新型コロナウイルス感染症が流行した。日本は他の富裕国に比べて患者数も死亡者数もはるかに少なかったにもかかわらず、それに伴う封じ込め対策と、サプライチェーンにおけるボトルネックによって、経済的にはるかに大きな打撃を受けた。
さらに悪いことに、新型コロナは2019年の消費税引き上げによる負担と重なった。その結果、2022年1〜3月期の日本の1人当たり実質GDPは、3年前の2019年春と比べ、いまだに2.6%低い水準にある。一方、他のOECD諸国では、同期間のGDPは2%上昇した。スペインを除けば、日本のパフォーマンスはOECDの中で最悪だった。
実際、2度の消費税増税(2014年と2019年)と新型コロナの流行の結果、2022年1〜3月期の日本の実質GDPは、ほぼ9年前になる2013年と比較して2%しか増えていない。個人消費は2013年に比べて3.4%減少している。
なぜ日本はこれほど脆弱なのか
他国では比較的軽度で一時的な影響しか及ぼさないショックが、なぜ日本ではこれほどの被害をもたらすのだろうか。その理由は、近代的な成長理論の大原則に日本が抵触していることにある。
1960年代から、経済学者の間では、市場経済がマクロ経済の不安定化を回避するためには、その成長は「均衡」をとらなければならない、すなわち、GDP、個人の所得、消費、投資が長期的には、大まかには同一のペースで成長しなければならない、ということが知られていた。
失われた数十年の間に、個人所得はGDPの成長に後れをとるようになり、その状況は時間とともに悪化している。このような不均衡は他の富裕国でも見られるが、日本ではより深刻である。
言い換えれば、GDPの成長が鈍化しただけでなく、その成長の果実が賃金、年金、預金金利などを通じて国民に行き渡る量が少なくなっているのである。1995年から2018年まで、1人当たり実質GDPの成長率は総計17%であり、OECDの中で2番目に低い成長率だった。
日本は小幅な成長を遂げたものの、今や人口の3分の1近くを占める高齢者の可処分所得の中央値は11%もの大幅な暴落を記録した。現役世代については可処分所得の中央値が2%落ち込んだが、これは主に実質賃金上昇の停滞によるものである。
この結果、2種類の不安定性が生じた。
第一は、日本が、消費を促進し、慢性的な不況を回避するために、数十年にわたる巨額の財政赤字と、ゼロに近い低金利に頼ってきたことである。第二は、こうした財政・金融政策を実施してもなお、経済は経済ショックに対する耐性を失ってきた。一言で言えば、家計所得の低迷がGDPにブーメランのように返ってきて、日本の成長率を下げているのである。その詳細を見てみよう。
政府予算によって賄われる個人消費
「失われた20年」の間に民間部門の所得が伸び悩んだため、政府からの現金給付に対する家計支出の依存度はますます大きくなった。
1980〜1992年当時、家計所得の増加分の85%は、賃金、自営業収入、家賃、配当、利息、個人年金、保険年金など民間部門の所得の増加によるものだった。社会保障やその他の社会扶助など、政府による現金給付の増加によるものは、わずか15%であった。
その後、大きな反転があった。1992年以降、民間部門における所得向上は蝸牛の歩みにまで減速した。30年近くもの間、達成された伸び率はわずか4%、実質(物価調整後)年率で言えば0.1%しかなかったのである。
一方、大幅な財政赤字で賄われた政府の現金給付は、2倍以上に増加した。その結果、家計所得の伸びの4分の3近く(72%)が政府の現金収入によるものとなった。民間所得の増加が寄与したのは28%にすぎない。政府の赤字支出がなければ、個人消費ははるかに弱く、したがって、GDPもさらに悪化していただろう。
したがって、2008〜2009年の不況以来、社会扶助の伸びが著しく減速したことは、将来の重要な前兆である。1992〜2008年に政府の現金給付は年間3.2%増加したが、2008年以降は1.7%と増加ペースが半減している。この減速が続くか、さらに悪化すれば、消費を適度なペースで伸ばし続けるには、民間所得の大幅な回復が必要となる。
もう1つ、見落とされがちな要因がある。家計は消費を維持するために、貯蓄をほとんどしなくなり、日々の暮らしに追われるようになった。1980年代前半、家計の貯蓄率は可処分所得(税引後)の約16%であった。日本人は貯蓄する文化があるという神話が生まれるほどである。
ところが、貯蓄率は1980年代後半にやや縮小し、その後、失われた数十年の間に急落。2013〜2015年にはマイナスにまで落ち込み、2016〜2019年には平均1.3%という低水準にとどまっている。
潜在成長率を下回る経済
こうしたことが原因で、日本経済は経済的なショックを吸収する能力が低下している。
通常の景気循環では、経済の実質GDPは潜在GDPと呼ばれる水準の上下を行き来する。潜在GDPとは、雇用が比較的完全に近く、物理的な生産能力が相対的にフルに近い水準で発揮された場合に達成されるGDPの水準である。
したがって、潜在成長率とは、経済が持続的に成長しうるペースのことである(経済が潜在成長率を大きく上回ったペースで成長しようとすれば、たとえわずかな期間であっても、インフレやサプライチェーンの問題など、さまざまな金融的・物理的ストレスを引き起こすことになる)。
景気後退が生じると、消費者と企業の双方に累積需要が蓄積される。一時的な財政・金融刺激策によって景気後退からの回復が促進されると、この累積需要が解放され、経済はフル稼働に戻り、その勢いによって以前の稼働力をわずかに上回る。ここで重要なのは、このようなサイクルを通じて経済が平均的に潜在成長率近くの水準を推移し続けることである。
しかし、日本では、景気が打撃を受けると家計の手持ち資金が不足し、回復後も活発な消費を再開することができない。また、消費者の購買力が弱いため、企業は設備投資を控えてしまう。その結果、財政・金融面での景気刺激策による早期回復の効果は弱まっている。
過去30年間、日本のGDP成長率は平均して潜在成長率を1.2%下回ってきた。その結果、1人当たりのGDPは年率0.6%増という蝸牛の歩みさながらのペースで推移してきた。
要するに、日本には2つの問題がある。第一は、生産性の伸び悩みにより、潜在成長率が低下していること。第二は、その潜在成長率すら達成できないことである。
マクロ経済の不安定性をさらに加速させる円安
急激な円安は日本におけるマクロ経済の不安定性をさらに悪化させている。円安は輸入品の円価を上昇させ、したがって、消費者の購買力のさらなる低下を招いている。消費者支出の40%近くは、エネルギー、食料、衣料、履物など、輸入品が占めている。消費税増税を差し引いても、これらの品目は2012年から16%値上がりしている。
一方、個人消費の残りの60%を占める品目の物価は、同期間にわずか1.5%しか上昇していない。つまり、2012年以降の消費者物価指数(税引)の上昇分の93%は、輸入への依存度が高い品目によってもたらされているのである。そして、2021年初からの上昇の100%は、こういった輸入に大きく頼った品目によるものだ。
連邦準備制度理事会(FRB)が用いるコアインフレの指標(食料とエネルギーを除いたすべての品目)を基準にすると、2021年1月以降のインフレ率はゼロである。
日本は、円安によって日本の家計から石油、食料、衣料などの海外生産者に所得が移転する「悪いインフレ」に見舞われているのだ。これはOPECによる石油価格の上昇と同程度に有害である。同時にこれは、日本の家計から日本の多国籍大企業に所得が移転していくことにもなる。
円安が続くかどうか、またいくらまで進むかは誰にもはっきりとはわからないが、年末には1ドル140〜150円になると見るトレーダーは増えている(本稿執筆時点では139円台)。そうなれば、消費者の購買力の足をさらに引っ張ることになる。
アベノミクスから脱却できなそうな日本
読者は、ここでの主張が、岸田文雄首相がロンドン演説で宣言した内容と似ていることにお気づきだろう。首相は「これまで賃金の伸びは限られてきた。それが消費を抑制し、ひいては経済全体の成長を妨げている。日本は生産性を高め、生産性とともに賃金が上昇するようにしなければならない」と述べた。
さらに、岸田首相はアベノミクスの特徴である「トリクルダウン理論の失敗を覆す」ことを誓った(故・安倍晋三元首相を名指しで批判することはなかったが)。
安倍元首相は、円安が企業収益を上げ、インフレ率を上げると主張した。その結果、企業は賃金を上げ、新規設備への投資を拡大し、消費とGDPを向上させることになる。
しかし、現実には、企業収益は急増したものの、そこからトリクルダウンした(滴り落ちた)のは微々たるものだった。それどころか、所得が下位所得層から上位所得層に転移するトリクルアップが起きた。
残念ながら、岸田首相は、正しい診断を下しながら必要な薬を出さない医者のようだ。代わりに彼が提供するのは、美辞麗句を並べたプラシーボ(偽薬)だけだ。
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aikider · 1 year
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世界の中で日本だけ賃金も物価も上がらない理由 | ニュース・リポート | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース
消えないうちに全文引用しておく。
突っ込んだ議論ではないが、日本の労組が機能していないことと賃金が伸びないことの関連を論じており、重要な指摘である。
個人的に補足したいのは、労使協調路線は雇用者側有利に歪められてきたということである。橋本政権あたりからリストラと称した整理解雇が増加し、失業者が増加した。同時に当時は就職氷河期であり、氷河期世代が正社員の座をめぐって熾烈な競争を強いられた。小泉政権では派遣労働の範囲が大幅に拡大され、その結果、リストラされた元正社員と新卒の一部が非正規雇用の座をめぐって熾烈な競争を強いられることになった。
この状況で労組は、非正規労働者まで含めて団結を呼びかけるべきだった。しかしもともと労働者の労組への参加率が低く、労組どうしの組織率も低い日本ではそうはならなかった。労組は既存の正社員を守ることに手一杯で非正規雇用には手が回らず、また日本の労組は企業別組合であるがゆえに経営者の方針には逆らえず、不利な条件を提示されても飲むしかなかった。
記事中にある労使協調は、
○企業は終身雇用、年功序列によって労働者の生活を保証する
○労働者は賃上げ要請を春闘だけにとどめ、ストライキを控えて企業に協力する
という意味だったはずだ。
ところが終身雇用も年功序列も崩れた現在において協調など存在しない。多くの経営者にとってはむしろ、「労働運動するようなやつはクビにしてやる」くらいの気分なのであろう。実際、飲食大手コロワイドの会長が社内報で「生殺与奪の件は私が握っている」などと言って炎上した。これは冗談でも何でもなく事実であり、雇用者が労働者の生殺与奪を握っているのである。要するに解雇規制の緩和、派遣法の緩和で雇用者(経営者)が一方的に有利な環境が出来上がってしまったのだ。
これに対し、労働者は団体交渉するどころか、クビにならないようひたすら上の顔色をうかがうばかりだ。仮に労働運動をしようものなら同僚から「空気読め」「余計なことするな」などと言われて足を引っ張られるのがオチであろう。消費者のほうも労働運動に冷淡である。だがこれはなんだかおかしな話である。日本国憲法には団結権、団体交渉権、団体行動権の労働三権が明記されているというのに。
この記事が指摘するように、リフレ派の議論では金融緩和の是非に議論が矮小化された結果として事態が迷走した。結果として日本は株価だけが上がり、2%に届かないわずかな経済成長と、凄まじい格差社会が残った。アベノミクスを未だに成功と言い張っている連中が多いのは呆れるばかりだが、利益を得た経営者側の人間にとっては確かに成功だったのだろう。一方でパイが拡大せずに格差が広がった結果、中間層が貧困層に転落し、消費は冷え込んだまま復活しなかった。リフレ派はその事実を認めず、「デフレマインド」という心理的要因でお茶を濁すばかり。経済政策の目標は景気を良くすることであり、GDPが多少増えても消費が冷え込んでいるのであれば経済政策としては失敗なのだということを認めるべきである。
以下引用
世界の中で日本だけ、なぜ賃金や物価が上がらないのか。「ジョブ型雇用」の生みの親に聞いた新しい日本経済論。
スーパーで値札の脇の文字に目がとまった。「この商品は9月×日にメーカーが値上げします」。保存が効くものだから、と思わず2つとってカゴに入れた。
値上げ、値上げ、値上げーー。
エネルギー価格の高騰に円安があいまって原材料コストが上昇し、食品をはじめとして値上げが広がっている。日本は長年、インフレ率(消費者物価指数の前年同月比)がプラスマイナス1%程度の間で推移してきたが、2022年4月から2%台が続いている。
物価が上がっても賃金が上がらなければ、「安いうちに買う」では済まなくなる。日本は賃金も長らく停滞してきた。物価が上がれば賃金も上がる、とは到底楽観できない。
賃上げを阻むオイルショックの「呪縛」
では日本だけがなぜ、賃金も物価も上がらない状態が続いてきたのだろうか。
「それはオイルショックの時の成功体験が呪縛となっているからです」
こう見立てるのは、労働政策研究・研修機構労働政策研究所長の濱口桂一郎さんだ。最近取り沙汰される「ジョブ型雇用」という言葉の“生みの親”でありながら、ちまたのジョブ型推進論の誤解を解くのに忙しい。濱口さんは日本の雇用システムを「メンバーシップ型」と名付け、他国の「ジョブ型」との違いを整理している。
オイルショックといえば1970年代の出来事。もはや歴史の領域だが、今とどうつながるのか。
「当時、世界中がインフレと賃上げの悪循環に苦しみましたが、日本は『賃金を上げない分、価格も上げない』ことを労働者と経営側が社会契約とすることで悪循環を断ち、いち早く経済を安定させることができました。ただ、成功したゆえに、賃上げを我慢することが呪縛と化してしまった。賃上げは、1人で『賃金を上げろ』と要求しても負けるだけ。だから、みんなで引き上げさせる。これが賃上げの出発点です」
勇気ある人物が「私の賃金を上げないなら仕事はしないぞ」と声を上げたとする。経営側は余裕だ。「はい、どうぞ。代わりはいくらでもいる」とスルーすればいい。
「そこで、代わりがいなくなるように労働者は労働組合を作って団結し、���賃金を上げないのなら誰も働かない』と経営側に圧力をかけるのです。言ってみれば、徒党を組んだ恐喝ですね」(濱口さん、以下同じ)
なんだか物騒だが、19世紀のヨーロッパでは、労働者たちが賃上げを要求して一斉に働かない行為、つまりストライキは犯罪とされ、民事的な責任も問われたそうだ。それが20世紀にかけて労働者の権利として認められてきたという歴史がある。
アメリカでは、労働組合による団体交渉は、労働者が談合して自分の売り物である労務の単価=賃金をつり上げる行為であるがゆえに、独占禁止法違反とみなされた。労働組合を独禁法の適用除外とするまでには苦闘があった。
「団体交渉とは価格のつり上げ。経済原理に任せていたら起こらない行為が賃上げなんです」
労働を流動化しても賃金は上がらない
一方、自分の成果をアピールして会社と交渉し、上げてくれないのなら待遇のいい会社に転職する。それが可能になるよう、労働市場の流動性を高めるべし、という賃上げ論がたびたび提言される。そう聞くと、賃金が上がらないのは自分のせいのように思えてくるが、濱口さんは冷ややかにみる。
「そんなふうに語る人は、自分に自信があるのでしょうね。『自分がいなければ会社は困るだろう』と個人で交渉して賃金を上げることのできる人間なんて、ごく一部です。圧倒的大部分は替えがきく。流動化が進んでも全体の賃金が上がることはなく、むしろ下がるでしょう」
世界的に労働組合が力を持ち、賃金上昇率が高まったのは1970年代のこと。賃金が上がれば、コスト増となった企業は商品やサービスの価格を引き上げざるをえない。すると、労働組合は物価上昇以上の賃上げを要求する。企業はさらに価格を引き上げる。この「賃上げとインフレのスパイラル」にダメを押したのがオイルショックだ。
1973年秋に中東戦争が起こると原油輸出が止まり、石油価格が高騰した。各国の労働組合はさらなる賃上げを要求し、インフレが加速。政府が賃上げの抑え込みに苦慮する中、日本だけが別の道に向かう。
「オイルショックを受けて、日本でも狂乱物価と言われるほど物価が上がりましたが、労働組合は賃上げ要求を我慢したのです。われわれが我慢する分、会社にも価格引き上げを我慢してもらい、日本経済を安定させる、と。その結果、日本は賃上げとインフレの悪循環を断ち切ることができ、世界から褒めたたえられました」
日本の労働組合が賃上げを要求する主戦場が春闘だ。メンバーシップ型ゆえに労働組合は企業別に組織されるが、春闘は各企業で一斉に交渉が行われる。1社だけが賃上げして製品の価格も上げれば売れなくなってしまうが、同業他社もみんなで上げれば怖くない、というわけだ。
欧米はスタグフレーションに苦しんだ
1974年の春闘は32.9%(主要企業平均)の大幅賃上げとなり、インフレ率は、1973年の11.7%から1974年は23.2%まで加速する。それが一転、1975年の春闘は賃上げ率が13.1%に収まり、物価は沈静化に向かった。
1979年の第2次オイルショックでは、物価、賃金とも上昇率が2桁に届かない程度で済み、1980年代にかけて日本経済は世界がうらやむ繁栄を謳歌する。
かたや他国は、インフレと景気後退が同時進行するスタグレーションに苦しんだ末、アメリカではレーガン大統領、イギリスはサッチャー首相が登場。労働組合の力を削ぐ政策に転換し、なんとか経済を立て直した。
オイルショック当時、日本の労働組合だけがどうして賃上げを我慢できたのだろうか。その要因こそ、日本のメンバーシップ型雇用にあると濱口さんはみる。
職務(ジョブ)ごとに賃金が決まっていて、そこに人をあてはめるジョブ型と違い、メンバーシップ型では職務は特定されず、異動もある。人に仕事を割り振るために賃金はその時々の仕事によらず、年功賃金が基本となる。若い時の賃金が低い分、後から取り返す仕組みだ。
「目先の賃上げを我慢すれば、危機が去った後は賃金が上がっていくと思える。だから労使協調が成り立つのです。一方、ジョブ型社会は、賃金がだんだん上がる仕組みはなく、そのジョブがなくなったら雇用も終わり。いま賃上げを我慢したからといって、後から会社が報いてくれる保証はありません」
オイルショックを乗り切るための「賃金を上げない代わりに、価格も上げない」という労使の社会契約は、次第に呪縛と化した。
「緊急避難策だったはずが、なまじ世界からほめられたばかりに逃れられなくなりました。経済全体のことを考えて『賃上げを求めず、物価が安定する』という好循環を作り出したはずが、賃金が上がって消費が拡大し、経済が活性化するという回路を閉ざしてしまったのは皮肉なことです」
1990年代は「高い日本」が問題視された
呪縛を強化する出来事が1990年代前半にあった。キーワードは「内外価格差」だ。当時は日本の物価が世界と比べて高すぎることが経済の課題と目された。「安い日本」と言われる今からすると隔世の感があるが、30年前には「高い日本」だったのだ。
「当時、連合(日本労働組合総連合会)の会長は、日経連(日本経営者団体連盟、2002年に経済団体連合会と統合して経団連)会長と連名で『物価引き下げで真の豊かさを実現すべき』と訴えていました。企業にとって値上げはタブーとなり、労働組合は賃上げを求めることに後ろめたさを感じるようになったのです。賃金も物価も上がらないなかで、消費者としては『安くて良いもの』を享受し続けてきたのがこの30年間です」
ところがその後、事態は迷走する。
物価の低迷を問題視し、その原因を金融緩和の不足に求める「リフレ派」が台頭したのだ。もっぱら矛先を向けたのは日本銀行だった。2012年に大胆な金融緩和を掲げた安倍政権が誕生すると、日銀は2%のインフレ目標を実現すべく、国債を買って世の中にお金を大量供給し始めた。
「『物価が上がらないのは良いこと』という価値判断を変える可能性がリフレ派にはあったはずなのに、賃上げをはじめ、金融政策以外の手段をすべて否定したことで、呪縛を脱する芽を摘んでしまいました」
議論は、「リフレ政策の是非」に矮小化された。そして、日銀が大量の国債を買い続けても、物価は上がらないことが明らかになってようやく、「上がらない賃金」に目が向き始めた。
ウクライナ危機で世界インフレが加速
そこで勃発したのがウクライナ危機だ。世界的にインフレが加速し、7月のインフレ率はアメリカが8.5%、イギリスは8.8%なのに対し、日本は2.6%。オイルショック時のように、日本だけスタグフレーションを逃れることができるのか。
「賃金と物価の関係は、上がるにしても上がらないにしても、好循環となるか悪循環なのかは状況次第。ただ、日本では賃上げを求めることを我慢してきたために、『自分たちの利益を要求することは悪』となってしまいました」
「みんなのための我慢」から「自分たちのための要求」へ。それは、賃金と物価の停滞にともなう閉塞感を脱する一歩でもあるかもしれない。
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aikider · 1 year
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ついにというかようやくというか
利上げしなくても経済がガタガタだから今なら利上げしても大して変わらないという判断なのか。実際のところ今なら国民も反対しないでしょうな。本来ならもっと早くに利上げするべきだったけど。
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aikider · 2 years
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東京オリンピックに絡んで理事やAOKI元会長やKADOKAWA会長が逮捕され、直近ではADKホールディングス社長まで逮捕された。ADKという名前は知らなかったが、商号変更前のアサツー・ディ・ケイと言えば私でも知っている広告代理店である。
次々に汚職が明らかになり、五輪そのものが黒歴史確定になりつつあるが、その経済学的側面について考えてみたい。
今回の東京五輪は、端的に言えば東京の再開発であった。インフラ整備することにより有効需要を創出し景気を改善し成長を促す、というのはケインズ理論の基本である。したがって今回の東京五輪でもなにがしかの効果はあったのであろう。だから今回の五輪についても、あるいはアベノミクス全体に対しても、「贈収賄などという倫理的な問題にこだわっているリベラルはクソで、あの投資は正しかったんだ」などと吠えている安倍信者は多そうである(高橋洋一とか)。
有効需要の創出や再分配に関しては私も大賛成である。しかし、五輪支持派は肝心なところで思い違いをしている。というのも、贈収賄を介して再分配を決定してしまうと、再分配が逆方向に働いてしまうからだ。
どういうことかというと、再分配は本来、政府が金のあるところから徴収し、金のないところへ分配するから再分配なのである。ところが再分配先を贈収賄で決めてしまうと、賄賂を贈れるほど金のあるところに金を分配することになる。つまり金持ちをさらに太らせる政策なわけである。しかも法人税は長らく引き下げており、消費税は上げていたから、五輪の財源は概ね消費者だ。要するに金のない庶民から大企業に「逆再分配」していたのが五輪の特徴であった。
ここからは本論から外れるが、これは五輪のみならずアベノミクス全体に言えることだ。消費者(労働者)に対してはろくに給与が上がらない中で消費税を上げ、一方で大企業に対しては補助金や法人税減で甘やかしてきたわけである。ついでに言えば中小企業、とくに大企業の下請けは円安による材料費高騰で負担を請けている。これはウクライナ危機前から起きていたことだ。
結局のところアベノミクスは「貧乏人から金持ちへの逆再分配」を行っていたのである。Twitterなどを見ると、経済をかじったばかりの半可通が「インフラ整備は当然ではないか」などと言っているのだが、それが景気回復にも成長にも賃金上昇にもつながっていないのだ。それどころか、アベノミクスは後々まで残る後遺症をもたらした。
アベノミクスは金融緩和によって市中の金の巡りをよくして景気を改善するという触れ込みであったのだが、緩和によって国の借金が増える点が危険視された。その反論として、借金の増える速度よりも速く経済が成長しインフレが到来すれば貨幣価値は下がり、債務は実質的に目減りするから問題にならないというのがアベノミクスの骨子である。しかし成長やインフレがなかった場合には借金が増えるだけに終わってしまい、また経済全体が緩和に依存してしまう点が危惧されていた。だから当初から出口戦略の重要性が叫ばれたのである。
どの程度の成長率が達成されれば「借金の増加<成長」と判定できるのかは難しい。これは誰にもわからないだろう。安倍政権はこれを2%成長と設定した。しかし蓋を開けてみれば2%成長は達成できなかった。さらに出口が見えないままダラダラと緩和を続けた結果、コロナからウクライナ危機とイレギュラーな事態が起きた。「イレギュラーな事態は想定できないから政策の責任ではない」という言い逃れは無効である。そもそも長く続けていればイレギュラーな事態が起きるのは現代史を見ていれば常識だ。
結果として、利上げのタイミングは失われてしまった。現在はほとんどの先進国が利上げしているのに、日本はいま利上げしてしまうと経済に甚大なダメージが生じるから利上げできない。いわばアベノミクスの遅効毒が今になって効いてきているということである。
本来ならば、安倍政権の途中で緩和を諦め、消費税は上げず、法人税を上げるべきだった。そうすれば利上げができないという状況は避けられたはずで、円安も今ほどはひどくはなかっただろう。結局のところアベノミクスは大失敗なのだが、未だにそれを認めていない経済学者が多いのは嘆くべきところである。
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aikider · 2 years
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ウクライナ情勢と今後の予測2022/10/3
ロシアのプーチン大統領がウクライナ4州の併合を宣言した。これは自分の予想とかなり違った展開であった。これが意味するところを考えてみる。
メディアでは「国際社会からの批難が云々」という文言が予想されるが、実際のところ「西側各国からの批難」が出ていると言うべきだろう。中国など旧東側諸国は基本的に黙認である。中国にとってはロシアもウクライナも商売相手なので、下手に発言できないのだ。他方、かつての第3世界の代表格であり、次世代の大国であるインドも黙認である。要するにロシアを批難しているのは基本的にはアメリカとその同盟国なのであるが、アメリカの世界観が絶対正義というはずもない。しかし大手メディアもSNSも、アメリカ中心の世界観の中で生きているせいで本質を全く理解できていない。
個人的には軍事力をもって領土を奪い取る行動が許されざる行動だと思っているし、今回のウクライナ侵攻から併合にかけてのロシアの動きは批難されるべきであろうとは思っている。しかし、そもそも原因を作ったのは西側諸国にある。
簡単に経緯を振り返っておくと、そもそもソ連崩壊直後にNATOが拡大したことがすべての始まりである。東欧4カ国、バルト三国、さらにバルカン半島諸国をNATOに受け入れ、これに対してロシアはNATOに抗議しつづけたが無視された。
これに続き、2014年にウクライナで親欧州派のユーロマイダンが反政府デモを起こし、親露派政権のヤヌコーヴィチ大統領を打倒、ヤヌコーヴィチ大統領は亡命し、親欧州派が新しくポロシェンコ大統領を選出した。親欧州派政権はEUへの加盟やNATOへの加入など欧州寄りの施策を打ち出す。
しかし、親欧州派が政権を握ったと言っても、ウクライナ全域が親欧州派というわけではない。むしろロシアに近いウクライナ東部は、ロシア語話者が多く、政治的にも親露派であるため、東部の住民は親欧州派政権に対して不満を持ち、反政府運動が始まる。ここでアゾフ大隊をはじめとする親欧州派の民兵組織と、東部の親露派民兵組織が衝突した。親欧州派政権はもちろん親欧州派民兵を支持し、のちにアゾフ大隊は正規軍に昇格することになる。一方親露派民兵には以前からロシアが武器と金を供与、さらに特殊部隊を派遣するなどの支援を行っていた。結果としてウクライナで内戦が勃発する。この戦争を、東部の地名を採ってドンバス戦争と呼ぶ。
ドンバス戦争はフランスとロシアが仲介し、ミンスク合意という停戦合意が結ばれて一応の鎮静化を見た。ミンスク合意の内容は、東部ドンバス地方のドネツクとルガンスクを自治共和国とすることを骨子としている。この両地域は親露派=反欧州派であるため、自治共和国となることでNATOへの加盟を阻止できる。したがって東部ロシア系住民や、その背後にいるロシアとしては重要な文言だったのである。
ところがその後の親欧州派ウクライナ政府はミンスク合意の履行を渋った。ポロシェンコ大統領が敗北し、ポピュリストのゼレンスキーが大統領になったのちもミンスク合意が履行されず、ドンバス地方のロシア系住民やロシア政府としては不満が蓄積していた。そして2022年、ついにロシアがウクライナ侵攻を始める。
ここでのポイントは2つある。まずドンバス戦争の本質は、ウクライナ国内の親欧州派と親露派の内戦である。ロシアが指嗾したという面はもちろんあるが、それがなくとも親露派は反政府活動をやっていたと想像できただろうし、そもそもユーロマイダンの背後に欧米があったことを考えれば、両者似たようなものである。要するに、ウクライナ国内は親欧州派で染まっていたわけではなく分断しており、それをまとめきれなかったウクライナ自身にまず問題があった。これに対してミンスク合意はわりと妥当な内容だったと考えられるが、親欧州派政権はこれを受け入れられず渋ったということである。
もう一つのポイントはNATOの拡大である。ウクライナはロシアの兄弟国と呼ばれるほど歴史的に関係が深い上に、首都キーウ(キエフ)からモスクワまでの距離もかなり近い。したがってロシアの安全保障にとっては、ウクライナがNATOに入れば、喉元に核ミサイルを置かれる可能性があるというのも不安だが、それ以上に空軍基地を置かれる可能性のほうが怖い。つまりウクライナをNATOに組み入れることは、NATOにとってはロシアに喧嘩を売る行為である。しかもウクライナはロシアにとっての重要度が他と異なっており、ロシアにとっては「一線を越える行為」と認識されていたわけである。
アメリカの外交戦略に多大な影響を与えたブレジンスキーの発言を見ると、アメリカはそのこともよくわかっていたようだが、その先までは見通せていなかった。仮にウクライナをNATOに組み入れたとして、ロシアは抗議はしても戦争はできないだろうと舐めていたのか、あるいはロシアが戦争を起こしても経済制裁で潰せると考えていたのかもしれない。しかし現実には、ロシアは戦争を起こし、経済制裁もろくに効果がない。
これはロシアが読み勝ったということができるだろう。ロシアは弱体化したとはいえ、ウクライナ相手なら戦えるだけの戦力を持っているし、NATOが介入しようとしてもロシアには核兵器があるから、NATOは介入ができない。それどころか、ウクライナがNATOに加盟すればNATO加盟各国はロシアに宣戦布告しなければならないことになるが、ロシアと戦うとなると核が飛んでくるおそれがあるから戦いたくない。したがってウクライナをNATOに入れることはできないし、直接的な介入もできないのである。経済制裁についても、ドイツに天然ガスを供給しているため実質的には骨抜きであり、ロシアの物価が上がる程度の影響はあるものの実質的なダメージは軽微で済んでいる。
メディアやSNSでは「ロシアは崩壊する」「プーチンは終わり」「ロシア経済終了」などの見出しが踊るが、現実が見えていない、見ようとしていないというべきだろう。ロシアは崩壊しないしプーチン政権は続くしロシア経済は安定している。
個人的な予想としては、今回の戦争は「恒久戦争」になるのではないだろうかと考えていた。ロシアとしてはウクライナのNATO加盟を防ぐことが最大の目的である。だとすれば、ミンスク合意にあるとおり、ドネツク・ルガンスク両地域をウクライナ内部の自治共和国にしておけば、「ウクライナ国内の自治共和国がウクライナのNATO加盟に反対する」という形をとることになり、ロシアの目的も達成しやすいはずだ。これらの州をロシアに併合するのはせっかくのカードを手放すことであり、併合はないだろうというのが個人的な見立てであった。しかしゼレンスキーは自治共和国化を認めないため、恒久戦争になるのではないかと考えていたのである。
しかし今回、ロシアはドネツク・ルガンスクを含む4州を併合することになった。これはおそらく、膠着している戦争を継続するのを避け、戦果を「利確」して幕引きをはかったということであろう。
ロシアとしては、ウクライナのNATO加盟を阻止することが最大の目的だが、キーウ(キエフ)は陥落せず、ゼレンスキー政権は崩壊しそうにない。上で予想したように恒久戦争にしようとしても、金や人が足りない。それどころか一部ではウクライナ軍が反攻しており、ロシアとしてはせっかく占領した地域を失うことになる。いま占領地域を併合してしまえば、ウクライナ側も容易に奪還することはできなくなり、最低限「ロシアが勝った」という建前は守られるというわけだ。一方でロシアはウクライナのNATO加盟阻止のカードを失うことになり、戦略的には失敗ということになるだろう。
かたやウクライナにとってはどうかという話なのだが、これはロシアの戦果を逆にしただけである。すなわち「4州を失ったかわりにNATOに加盟できる可能性が高まった」ということになるだろう。しかしNATO加盟の代償が4州というのは大きすぎるのではないだろうか。とくにウクライナの工業地域は東部に集中しているので、ウクライナにとっては工業生産の大部分をロシアに持っていかれることになる。ウクライナ経済の弱体化は間違いないだろう。
もう一つの重要なプレーヤーであるNATOにとっては、かろうじてメンツを保つことができたといったところだろう。核抑止論の考え方で言えばNATOは直接介入が絶対にできない状態である。その状況で武器だけを大量に流し込んで停戦まで持っていけるのであれば上出来かもしれない。ただ、ウクライナをNATOに受け入れるかどうかは、正直なところ不透明だ。というのも、ウクライナは4州をロシアに奪われたことになり、これらの領土をロシアから奪還したいと考えるに違いない。そうなると、仮に今後停戦合意が成ったとしても、ウクライナ側が停戦合意を破って領土奪還のための戦争を開始する可能性が否定��きない。しかしその場合、ウクライナはNATO加盟国に対しても参戦を求めるであろうが、核保有国のロシアを相手に正面から戦いたい国など存在しない。だとすれば、NATOはウクライナの加盟をかなり渋るだろう。もしウクライナの加盟を認めるとすれば、「ロシアに対して先に手出しをしない」という条件をつける必要があるだろう。
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aikider · 2 years
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ケインズ理論の誤用
前回の続きです。前回はコロナでの生活困窮に対しては直接給付のほうがいいと述べました。
直接給付に対して批判は多く、それよりもケインズ的に有効需要を創出するほうがいいという意見もありますが、東京五輪にせよGoToにせよ、昨今の再分配政策はかなり偏りが大きいです。非正規雇用を増やし、しかも正規と非正規の待遇に大きな差がある状態でこれをやった結果、一番もうかったのは人材派遣業という笑えない状況になってしまいました。この状況で財界は賃上げも消極的です。上げたら潰れてしまうからということなのですが、他国で上がっているのに日本だけ上がらないというのは、付加価値を高めることに失敗したということです。これはひとえに経営者が無能だからなのですが、日本の経営者は淘汰されません。株主が物言わないなど問題が指摘されてはいますが、根本的には潰れるべきゾンビ企業を延々と延命し続けたことにあります。政府としては、ゾンビ企業を潰したら失業率が上がるから潰したくないということでしょうが、経済にとっては企業の新陳代謝があるほうが望ましい。ゾンビ企業を潰せば一時的に失業者は増えますが、そこは失業保険や生活保護その他の直接給付を緩和、拡充するべきです。日本は生活保護の漏給が濫給の10倍あるのです。企業への補助金を減らせば予算は捻出できます。失職してもすぐ再就職できるのであれば問題ありません。フィンランドなどはそういう仕組みを取っていて、企業に厳しく、労働者(失業者も含む)には優しいです。日本は逆に労働者に厳しく、企業に優しい、というより甘い。日本は今まで企業を甘やかしてきたのです。いい加減に企業を甘やかすのはやめるべきです。
誤解のないように言っておきますが、私はケインズ理論の支持者であり、公共投資を通じた有効需要の創出を否定しません。念のため確認しておきますと、ケインズ理論では好景気の際に緊縮、不景気のときに緩和を行うとしています。とくに不景気の際には政府が公共事業を行うことで企業が潤い、雇用が拡大し、最終的に労働者までカネが行き渡ると景気が回復するということになっています。これを説明するのが有効需要という言葉ですね。しかし過去30年を振り返ってみると、明らかに日本の公共事業は景気回復に役立ちませんでした。有効需要は創出されなかったと言い換えることもできます。その原因はいろいろ考えられます。
一例として、消費増税を原因とする財務省悪玉論を唱える人がネットには多い印象ですが、これはニュースの表面しか見ていない人ですね。消費増税は「不足する財源を確保するため」に行われたと説明されることが多く、全く間違っているというわけではないのですが、そもそもなぜ不足したのか。一般的には介護・医療にかかわる社会保障費が増えたため、財政規律を守るためと説明されたわけですが、もしそれが事実ならば、消費増税が行われれば、理論的には(たとえ一時的にせよ)税収は増えるはずです。しかし、結果としては歳入は増えませんでした。なぜかというと、同時期に減税を行っているためです。何の減税かというと、法人税です。そう、企業が支払う税金を下げたのです。これは財界からの要請です。同時期の経済団体から、他国に比べて法人税が高すぎるから下げろという要請が出ていたのです。しかし法人税を下げると歳入が大きく減りますから、そこを補うために消費税を上げるという結論が出てきたわけです。ですから最大の問題は、企業の言いなりになって法人税を下げたことにあったと言えます。ここにもやはり、労働者に厳しく企業に甘い日本政府の姿勢が現れています。
有効需要が機能しなかった原因は他にもあります。派遣会社や多重下請け��代表されるピンハネの仕組みです。日本の派遣会社は他国に比べて段違いに多い。私は非正規雇用を減らすべきと考えていますが、仮に非正規雇用を認めたとして、これほど派遣会社が多ければ淘汰されていくべきなのに、何故か多いままです。これでは管理部門が多すぎて効率が低下するのは当然でしょう。要するに派遣会社の間で競争原理が働いていないのです。一方で労働者の側は、正社員になれるか否かで過酷な競争を強いられているのです。やはり日本は、労働者に厳しく、企業に甘い。経済学本来の考え方で行けば、条件の悪い企業は潰したほうが全体にとっていいはずなのですが。
多重下請けも結局は同じです。オリンピックや原発など、大規模な公共事業になってくると8次請けや9次請けなどの多重下請けが常態化しているわけですが、これはつまり管理部門が多重化・増大しすぎて非効率になっている典型です。結果として、何も生産していない企業がごっそり持っていくという意味不明な事態が発生しています。やっかいなのが、このような事象は公共事業だけでなく、民間でも同じ現象が発生しているということです。典型的なのがIT関係で、システム開発の案件において末端に到達するカネが予算の1割にも満たないなどという冗談のような話が多数みられます。つまりこのピンハネ気質は公共事業だけでなく、日本に根深く巣食っている深刻な問題というわけです。
アベノミクスは多々批判されましたが、その根本は結局のところ、上に述べた日本の財政政策・雇用政策・公共事業の悪い面を、さらに煮詰めた形でやってしまったことにあると言っていいでしょう。労働者の税負担を増やして企業の税負担を減らす。労働者には競争を強いておきながら、企業や経営者に対して何ら変革を迫らず、むしろ甘やかしてきた。賃上げのために官製春闘をやったこともありましたが、ほとんど影響はなく、有権者へのアピールに過ぎません。要するに、もともと企業寄りの政策を行ってきたところ、安倍政権はその傾向をより強くしたものであり、だからこそ反感を買ったと言って良いでしょう。その総決算が東京五輪だったわけです。繰り返しますが、私はケインズ理論の支持者なので、財政出動には反対しません。しかし五輪の予算は別の使途に使われるべきだったと考えます。
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aikider · 2 years
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英国医療事情が抱える本当の問題(小野昌弘) - 個人 - Yahoo!ニュース
以下引用
英国は「マスクを外してコロナ禍が終わった」国という理解が広まっていますが、本当の状況はかなり異なります。本記事では、英国におけるコロナと医療の全般的な状況を説明します。
英国がマスク着用をやめた理由
英国がマスク着用義務などの生活規制を撤廃したのは、ワクチン接種が国民に広く行き渡ってから重症患者の顕著な急増がみられなくなり、病院の状況が「通常の範囲内」であると判断した結果の政治判断です。
しかしながら、英国の公的医療NHSは日常的に深刻に崩壊していますので、日本の参考にはなりません。その現状を以下に書きます。
パンデミック以前から崩壊していた英国の医療
英国のNHSは無料で診察してもらえますが、診てもらえるのは基本は一般医(GP)のみで、たとえば皮膚科や耳鼻科、循環器科といった専門医にみてもらうためには、GPからの紹介が必要です。
パンデミック以前から保守党政権下で医療費削減が進み、専門医に診てもらうのに半年以上待つのが普通になっていました。
パンデミック以前でも、数ヶ月から半年待つのが普通でした。日本の感覚からすると異常な待ち時間です。
プライベート医療というものも存在しますが、診察料だけで5万円(300ポンド)程度かかり、投薬・検査などいずれも高額になり、庶民には払うことが難しいものです。
コロナが英国の医療に与えた本当の傷跡
そして2020年からのパンデミックで、英国の医療崩壊のレベルがさらに上がります。
2020年〜2021年のコロナ大流行中、英国はコロナ患者の治療に注力するため、手術室の機能(人工呼吸と全身管理のための設備・医療者)をコロナ救急医療に投入します。このため、コロナ以外の医療は基本全て停止となりました。とくに、がん治療の手術を長く止めてしまったことが、大きな傷跡になります。
コロナ以外の医療を止めた結果、手術はもちろん、専門医に受診することすら待機リストが異常な長さになります。緊急性を要するがん患者でも、専門医に紹介されたあと、専門医に診てもらって治療を受けるのに長い時間がかかり、2ヶ月以内に治療開始できるのが全体の3割のみの状況です。公的な統計記録にはありませんが、専門医紹介後、最初の癌治療を受けるまでに6ヶ月待っているという人々の声も多々あります。
慢性疾患ですと、専門医に紹介されてから治療を受けるまで1年〜1年半待ちの人すら多数いる状態です。
慢性疾患を診てもらえず働けなくなる人が急増
英国の統計では、現在の英国の労働人口のうち、およそ30万人の人が「慢性的な疾病」のため働けない事態にあると分析されています。
この30万人という数字は、英国で慢性疾患のための治療を1年以上待っている人の数とほぼ同じです。
英国において、健康問題のため働けない若い人が急増しているという問題の中心は、コロナ後遺症ではなくて、日常的な医療崩壊のため、あらゆる慢性の病気がまともに診てもらえず治療してもらえない状態になっているところです。
引用ここまで
これが現実。つまりイギリスがコロナ対策を終結したのは、コロナ前から医療が崩壊しており、コロナ対策を継続しても医療崩壊が改善しないため、ということですね。これはつまり、イギリス政府がコロナ禍の終結と認識しているのではなく、対策を諦めて放棄したということになります。
しかしコロナ禍前の日本の医療は崩壊していませんでした。いつでもどこでも低コストで受診できました。少なくともイギリスより病院での待ち時間は短く、専門医を受診する際に家庭医からの紹介状が必須でもなく、専門医を受診するまでに何ヶ月も待たされるということは稀でした(児童精神科のような医師の少ない診療科では半年待ちが当たり前でしたが)。
つまり両国では条件が全く違います。すでに崩壊していたイギリスはコロナにより状況が悪化したので、焼け石に水を注ぐのはやめようということです。かたやコロナ前の日本では医療がなんとか機能していましたから、コロナ禍以降でも対策をとることで崩壊を回避しようとしてきました。大阪や東京では一時崩壊していましたが、それでも復旧しています。あの程度はまだ序の口で、本当に医療が崩壊するともっと厄介なことが起きます。それはコロナ診療以外の部分にも影響が出てくるということなのです。たとえば、急性期の脳梗塞に対して血栓溶解療法を行えば後遺症を避けられるはずのところ間に合わなかったとか、急性期の脳出血に対して緊急手術を行えば救命できるはずのところ間に合わなかったとか、癌の手術待機期間が伸びて進行し手術が不可能になってしまった、といった事態です。
なぜそうなるのかというと、コロナ診療も他の疾患の診療も、究極的には同じ医療リソースを使用しているからです。コロナ患者が増えれば、高度医療を担う大病院はコロナ部門を拡充せざるを得ません。よく言われるように、既往症がある人はコロナの重症化リスクが高いわけですから、コロナ病床とコロナ以外の病床は厳密にゾーニングしなければなりません。片手間でできるものではないわけです。医師、看護師、検査技師などの人的リソースはもちろん、病床などの物的リソースもコロナに奪われます。そうするとコロナ以外のあらゆる診療が滞るわけです。うちの近所で高度医療を担う国立総合病院は「新規患者はコロナしか受けない」モードになっています。今のところ崩壊せず踏みとどまっていますが、これ以上コロナが増えれば崩壊は秒読みです。
雑なまとめになりますが、イギリスを見習うと、イギリスのようにコロナ以外の診療も崩壊するのです。自分は健康だから関係ない、それよりも経済を回してくれという理屈はわかりますが、それはつまり、病気になったら人生アウトな社会にするということです。それはそれで一つの道ではありますが、せっかくある医療を捨てるのは勿体ないと考えます。経済的に苦境にある人々は直接給付などで支援するほうが国民まで行き渡ります。直接給付については批判もありますが、これについては後日別エントリで書きます。
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aikider · 2 years
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AOKI「要望リスト」、高橋元理事が組織委に提示か 五輪汚職 | 毎日新聞
あーあーあーあー
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aikider · 2 years
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アベノミクスの遅効毒
円安が深刻な状態になってきている。
直接的な原因としてはアメリカのインフレや利上げに振り回された結果である。日本のみならず他の先進国もコロナの影響で緩和していたが、FRBは金融正常化のタイミングを虎視眈々と狙っていた。2021年の時点ですでに全世界的な物価高の兆候がみられていたところ、ウクライナ侵攻の影響で急速なインフレが始まり、FRBはインフレ対策を兼ねて利上げに出た。結果として円が売られているわけだ。
興味深いのが、ウクライナ侵攻で円が全く買われなかったことである。過去の経験では「有事の円」で、海外で何かあるたびに円が買われて円高となっていた。民主党政権の時期には1ドル70円台まで乗ったことがあり、これは異常な円高と言って良い。今回のウクライナ侵攻でも円高の可能性があったが、そうはならなかった。原因は、日本経済の基礎的条件が大幅に変わり、資金の退避先として不適格と判断されたためだ。
では日本も同じように利上げすればいいのかというと、これが難しい。他の先進諸国が小幅ながら経済成長を遂げ、賃金も上昇していたのに対し、日本はほぼゼロ成長、かつ賃金もほとんど上昇していないのである。この状況で緩和を終了したら経済が壊滅的な影響を受ける。だから金利を上げたくても上げられない、現状を維持するしかないというのが今の政府や日銀の状況である。
どうしてこうなったのかというと、結局のところコロナ前から大規模な金融緩和を継続しすぎたということであろう。アベノミクス初期の時点ですでに指摘されてきたように、質的量的緩和という前代未聞の政策は、あくまで一時的に行うのであれば有効である可能性がないこともないのだが、デメリットもあり、失敗すればデメリットだけが残りうるハイリスクな政策であった。デメリットの一つが「長期間続けると足抜けできなくなる」というものだ。
安倍政権が意図した通り、緩和(およびその他の政策)によって劇的な成長が達成されればその��点で緩和を終了すればよかった。しかしそうならない場合、緩和を終了すると景気が一気に悪化してしまうことは明らかであるから、ずるずると緩和を続けるしかなくなる。結果として国の債務が増大する上に、企業が緩和に依存するように適応してしまい、経済が停滞するわけだ(その典型がゾンビ企業である)。その状況下で戦争のようなイレギュラーな状況が起きてしまえば経済が危機的な状況に陥る。ここまではアベノミクス初期からすでに予測されていた話である。
だからこそ、批判派のみならず支持派からも出口戦略が必要だとさんざん言われていたのだが、本格的に出口を探る前にコロナ禍が始まってしまった。コロナ禍ではすべての国が緩和しているから、日本も緩和を継続せざるを得ないのはやむを得ない。しかし、それまでずっと緩和を行っていたところだから、効果は限定的であり、延命措置程度の効果しかなかった。
そうこうしているうちにウクライナ侵攻というイレギュラーな事態が起きた。そして他国が利上げを始めた。その結果がこの円安である。政府も日銀も緩和を維持して為替については見守ることしかできない。これはつまり、アベノミクスの毒が遅れて回ってきたということである。
我々にできることは、アベノミクスの功罪を精査し、そこから教訓を汲み取ることであろう。
まず、金融緩和は経済のモルヒネにはなるが根本治療にはならないということ。緩和を続ける限り円安は続く。円安により輸入が不利となる。日本は内需が6割であり、工業国で外需依存のドイツや韓国に比べて内需が大きい。しかも工場の現地化も進めてきたから、輸出で稼ぐ国ではない。したがって円安は日本の経済を疲弊させてしまうのである。もちろん円高も速すぎれば毒になるのは過去の経験で理解できるのだが、本来の日本経済のありかたから考えると、現時点では1ドル100円程度くらいが望ましいと考える。
また、アベノミクスの失敗を通じて、MMTを実施するとどうなるかというのも見通せる。貨幣を刷り続ければさらに円安になるので、原油などを輸入に頼る日本は間違いなく危機に陥る。
もう一つは財政政策に関する金の使途であろう。先に断っておくと自分はケインズの支持者であり、政府が金を使うことには賛成する。しかし、金を使うなら用途を考えて正しく使うべきである。安倍政権は東京五輪に巨額の予算を投じたが、あれは五輪を口実にした東京の再開発だった。しかし、そもそも五輪の招致の際には復興五輪と言っていたはずだ。東日本大震災の復興を意図するならば、まずもって東北の復興に金を投じるべきであった。ところが東京五輪のせいで資材や労働力が東京に投じられ、東北の復興がむしろ遅れるという本末転倒の事態が生じてしまったわけである。
背景には、民主党末期の野田政権の際の復興税の問題があるのだろう。東北復興の予算が東北と無関係のところに使われていたという問題である。これもまた厳しく追求されるべきではあるが、東京五輪でも使途不明金が大量に出ているから、これは公共投資に対する監査体制の問題というべきであろう。そのあたりは今後の課題だが、いずれにせよ五輪の予算は東北復興のために使われるべきだった。
緩和を含めたアベノミクスは、日本経済にとってすでに所与の条件となっており、いまやその前提は受け入れるほかない。しかし、アベノミクスに関しては包括的に検証が必要であり、後日また別エントリでも取り上げる。
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aikider · 2 years
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「日本人の給料」を上げるための「たった一つのシンプルな方法」(加谷珪一)
日本の低賃金の問題については自分でいろいろ書き溜めていたのだが、自分の言いたいことは加谷珪一がほぼ全て書いてくれたので、自分で書く気がなくなった。全文読んだほうがいいと思うが、重要なところを抜粋しておく。(太字は引用者)
賃金が上がらない理由について、これまで様々な指摘が出されてきたが、経済学的に見た場合、賃金が上がらない理由はたったひとつしかない。それは日本企業の生産性が低く、人件費を増やすだけの高い付加価値を獲得できていないことである。この部分が改善されなければ、決して賃金は上がらない。
高い付加価値を得るためには、販売数量を延ばして売上高を増やすか、製品単価を上げるしか方法はない。日本企業の付加価値が低いのは、そのどちらも選択できていないことが原因であり、ここが改善されなければ日本人の賃金は決して上がらないのだ。
日本企業の輸出価格は、90年代以降、一貫して低下しており、常に安値販売を迫られていたことが分かる。海外では常に物価が上がっていた現実を考えると、需要が少ない商品ばかり販売していたのか、もしくは価格しか差別化要因がなく、常に価格を下げないと販売数量を維持できなかったかのどちらかである。
現実は多くが後者であると考えられる。
日本メーカーは現状維持に固執し、結果として、韓国や台湾、中国などの新興国とコスト勝負する羽目になった。これが全体の付加価値低下を招いた可能性が高い。日本経済はすでに消費主導型にシフトしているにもかかわらず、産業構造は相変わらず輸出主導型のままであり、輸出産業が儲からないと国内消費も拡大しない。国内産業も売上高が伸びず、これが慢性的な低賃金をもたらしてきた。
売上高を伸ばしたり、製品単価を上げるというのは、まさに経営戦略に直結した問題であり、労働者の努力で何とかなるようなものではない。つまり、日本企業の低賃金は、ほぼすべてが経営戦略に起因しており、経営が変わらなければ賃金は上がらないと考えるべきだろう。
これまで賃金に関しては、「企業は儲かっているにもかかわらず賃金を上げていない」との見解が中心であり、そうであるが故に、企業に対して利益をいかに還元させるのかという観点で議論が行われてきた。しかし、上記で述べたように、この認識は誤りであり、日本企業はそもそも賃上げの原資を捻出できていない状態にある(日本企業の最終利益が増えていたのは、人件費の削減に加え、法人減税によって税負担が減ったことが要因であり、あくまで見かけ上のものに過ぎない)。
賃金が上がらない理由が、企業の低収益にあるのだとすると、単純に賃上げ税制を行っても十分に効果が発揮されないことは容易に想像できる。政府が行うべきなのは、ただ賃上げを促すことではなく、企業がより高い付加価値を生み出せるよう、環境を整備することである。
具体的には、研究開発の促進や、設備投資の拡大、人材育成やIT化の促進といった支援策が考えられる(日本企業のIT投資も過去30年間、ほぼ横ばいで推移するなど、致命的な状況となっている)。
これに加えて、十分な成果を上げることができない経営者(特に上場企業経営者)に対しては、市場からの退出を促す仕組みも必要となるだろう。ソニーのように経営者が変わっただけで、あっという間に過去最高益を更新する企業が多いという現実を考えると、経営者の責任は極めて大きい。コーポレート・ガバナンスの強化は必須課題といってよい。
もっとも、一連の施策が効果を発揮するまでには、相応の時間がかかる。このため、世の中では一発で魔法のように問題を解決できると称する、壮大な政策にばかり注目が集まりがちだ。だが、日本企業の低付加価値が低賃金の原因である以上、こうした地道な取り組みを着実にこなしていかなければ、賃金上昇を実現することは不可能である。
重要ポイントをピックアップしてみるとこんなところだ。
・低賃金の原因は生産性の低さと低付加価値
・今の日本は消費主導型経済なのに産業構造が輸出主導型のまま
・企業は賃上げの原資が確保できていない
・すべて経営戦略の問題
・R&D、設備投資、人材育成、IT化を進めよ
・政府はそのための環境整備を
実はこれらはほとんどがデービッド・アトキンソンの議論と重なる。要するに輸出主導型への転換ができていないこと、経営者が無能で必要な投資を怠ってきた結果生産性が上がっていないことが問題というわけだ。
せっかくなので、加谷やアトキンソンが触れていないところに触れておこう。加谷が指摘するように、日本企業は本来なら研究開発や人材や設備への積極投資を行うべきところ、現状維持にこだわり、新興国との無謀なコスト競争に走って衰退してきた。政府は企業の投資を促進すべきだったが、実際に政府が行ってきたのはその逆である。
その萌芽は橋本改革ですでに現れている。橋本改革では正社員の解雇規制が進み、リストラと称した首切りを行って人件費を削減した。しかしこれが現在も継続する雇用の不安定化と海外への人材流出の嚆矢であった。
小泉政権では派遣労働を拡大した。このことは企業による人材育成の縮小を意味している。法人税も減税した(=見かけ上の業績向上)。
民主党政権は派遣規制を再強化したが、これはのちの第二次安倍政権によって再度緩和されている。
アベノミクスは円安に誘導して輸出を有利にしたが、上述のように日本はすでに消費主導型経済に移行しており、アベノミクスが時代に逆行した政策であるのは明らかである。
どうして政府は正解の逆ばかりやってきたのか。理由はわりと単純である。解雇規制の緩和、派遣規制の緩和、法人税の減税、円安。これらはいずれも企業、とくに最終製品を輸出する大企業にとって有利な政策である。人材コストを削減して税が軽くなり円安になれば、ほとんどリスクをとらずに業績を改善できる。原材料を輸入する下請け企業は苦労するが、大企業は下請けに圧力をかけて値下げを要求すればよい。つまり政府(とくに自民党)は大企業を甘やかす政策をとってきたわけだ。正確に言えば政府は企業そのものというよりも、無能な経営者を甘やかしてきたというのが正しい。その意味で、無能な経営者が淘汰されるような仕組みが必要になる。
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