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Kazushi Yoshida research
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jibusuya-research3 · 4 months ago
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#139「あきる野市の戸倉我楽多市 」
戸倉我楽多市とは?(2024.5.6)
 ことないごとに(ただ単に行くのが習性となってしまったので、「ことあるごとに」ではない)、あきる野市の武蔵五日市駅周辺に行くようになったのは、2021 年の初め、1月頃からだったか。古道具ニコニコ堂が国立市から移転するということがキッカケだったと思う。JKaz 名義のYouTube のネタにも困っていたので、JR 五日市線の終点であるこの駅まで来てはネタ探しでウロウロとしていた。
 そのうちニコニコ堂に顔を出すだけではなく、「ハイカー」の皆さんに引き連れられるように、檜原街道を走る西東京バスに乗って、あきる野市の奥の方まで行くことも増えてきたのだ。「戸倉我楽多市」に出会ったのはその頃だったか、あまり記憶が定かではないが、戸倉という名前のバス停に何やら小屋が隣接しているのを見かけた。よくよく見ると丁寧に世話のされたバス待ちの小屋なのだ。小屋と言っても扉や囲い壁があるわけではなく、柱と屋根とベンチや椅子があるものだったが。近寄ってみると何やらごちゃごちゃと物が並べてある。ちーさな黒板に「我楽多市」「気に入ったらあなたの家まで連れてってー」などと書いてある。よくあるご自由にどうぞコーナーかあと思った。
 写真を撮ることがフィールドワークになりつつあった私は、幾月かして、またしてもその通り(本郷通りというらしい)をカメラを持って通りかかった。何か雰囲気が違う。以前から変化しているように見えたが(長くなるので別の機会に)、とりあえず何かを貰って帰ったのだった(何だったか覚えていない)。
 いよいよYouTube ネタが尽きてきたので、我楽多市を取り上げることを決めた私は武蔵五日市に向かった。果たして我楽多市のあの小じんまりとしたボリュームで動画1本撮れるか不安だった。この頃には、戸倉の我楽多市が「物物交換所」の役目を果たしていることに気づいてきたので、何か交換品を持っていこうと「刷毛」を選んだ。使えないものを置いて行っても冷やかしになるのが嫌だったため、ちゃんとした刷毛にした。動画を撮りながら勝手に「戸倉我楽多市に〜」と喋りながら向かう(実際には「戸倉」とは書いていない)。この日はなんだか変なものが置いてあった。白いプラスチックのあみかごに凧糸で「補強」というか、大きめの網目を細かくカスタマイズしたもののようだった。
  「しめた!」
と思った私はそれと刷毛を交換することにして、バス停でカメラ(動画)を片手にブツブツと喋り始めた。しばらくするとご近所のおばちゃんがやってきて声をかけてきてくれた(防犯のためかと思う)。我楽多市のことをダシに世間話をしつつ、終いには何処の馬の骨か分からない「物物交換所でブツブツ喋る壮年のおじさん」に対して、柚子を分けて下さった。嬉しかったので持って帰って柚子風呂にしたのだった。
 さて、ついにこの文章を書いている時には5回も訪ねていた。たまにゴミのような物が混じっている時があるのだが、それはむしろ私には良かったりするので、定期的にしつこく通うのだった。ちなみにこのバス停が「我楽多市」になり始めたのは、割合最近らしい。5回目の来訪時に、以前貰った「白いプラスチックのあみカゴ(凧糸で補強してあるもの)」をご近所のおばちゃん見せて、出自をご存知か訪ねてみたがご存じなかった。知りたかったが仕方がない。まあでも近所の人じゃないだろうかと思ったりしながら、この日は持参した折り畳み傘の交換品として「セロテープをぐるぐると丸めてピンポン玉くらいになったもの」を貰って帰ったのだった。
(2025.2.13追録) この動画を撮影したのはおそらく6回目に訪れた時だったと思う。上記文章を書いた際に、「ご近所のおばちゃん」と言っていた方はこの我楽多市の主だった。何度訪れても毎度いらっしゃったので、なるほどそうか、と腑に落ちたのである。それもあり、戸倉我楽多市の守り神のようにいつまでも変わらない存在だと勝手に思っていた。しかし、この時は電動式のマキタの台車を使ってゴミを捨てに行っていて、その電動式台車をハンドルに付いたボタンを操作して、器用に操縦していた。うむ、なるほど、と。
 いつまでもこの戸倉我楽多市が続くことをなんとなく願っていたように思う。
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