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現在進行形n次創作
久しぶりにtumblrを使うなぁ。なんだかんだ、ここでの表現の方が使いやすいような感覚がしているのでまた気が向いた時に物を書いていこうということで。
前にどこかのメディアで二次創作から先の話みたいなのをまとめた気がするんだけ��、どこかに行ってしまって、多分facebookかな、ニコ動の中で起きる二次創作→三次創作→n次創作みたいなのをまとめて書いた気がするけどそれはただの夢の話だったのかもしれない。
まずはこちらの曲を聞いてください。
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こちらは最近TikTokやら各種SNSで話題になっている、アニメ「うる星やつら」のEDにもなったトウキョウ・シャンディ・ランデヴという曲でございます。 サビがキャッチーで耳によく残る感じ、心地いいですね。
続いてこちら
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こちらはアメリカのビートメーカーでありプロディーサーとしても活躍するショーン・ワサビ(shawn wasabi)さん。7年前の動画だけど今でも多くの人に見続けられているマーブルソーダというトラックの動画。midifighter64というコントローラーを巧みに操る奏法は他に類を見ないかもしれないですね。
そんなこんなで、この二つの動画を紹介して何が起こっているかというと、まず「二次創作」としてこのshawnさんがmidifighterを使って演奏している動画がTikTokにアップされたのでその動画をご覧ください。
https://www.tiktok.com/@shawnwasabi/video/7219131073849183534?is_from_webapp=1&sender_device=pc&web_id=7223578902421308929
ここまではなんの変哲もないというか、おー、可愛くアレンジされてるーとか思ったんだけど、これを元に3次創作を世界を巻き込んで頻発されているというのが今回の話題提起のミソ。
https://www.tiktok.com/@willaustinn/video/7219570529575898386?is_from_webapp=1&sender_device=pc&web_id=7223578902421308929 ▲ボーカルが入り、、
https://www.tiktok.com/@cg5beats/video/7221603596016700715?is_from_webapp=1&sender_device=pc&web_id=7223578902421308929 ▲コーラスが入り、、
https://www.tiktok.com/@jonthefawndoe/video/7220209892592798982?is_from_webapp=1&sender_device=pc&web_id=7223578902421308929 ▲ベースが入り、、
https://www.tiktok.com/@mikepetroff/video/7220592835991555370?is_from_webapp=1&sender_device=pc&web_id=7223578902421308929 ▲ドラムが入り、、
https://www.tiktok.com/@aviation_and_stuff/video/7220827733369179419?is_from_webapp=1&sender_device=pc&web_id=7223578902421308929 ▲リードシンセが入り、、
気がついたら全く別物の楽曲になっていたという。 (TikTok埋め込もうと思ったけど上手くいかなかった)
で、二次創作を産んだshawnwasabiから枝分かれして「3′次創作」だったり「3″次創作」に発展したりてんやわんやな状態がTikTokで繰り広げられている。
もちろん、日本国内では原曲からの二次創作として有名なのは、いわゆる「音MAD」として今回の場合だと帝京平成大学が挙げられる。語呂が良すぎるが深刻な素材不足すら感じる。( ˘ω˘)
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伝統芸能くらいの安定感ある。
で、帝京平成大学をベースにしてRABが踊っている動画など、こういうある種のフットワークの軽さのようなノリや空気感、これがまだ生き残っているという事実が本当に嬉しいというか、なんだこの実家のような安心感。
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久しぶりに創作の樹形で面白い流れだなと思ったのでテキストにまとめてみたわけです。
その昔、古今和歌集とかが流行った時期には言葉で遊ぶという概念だったのかもしれないけど、今は言葉だけでなく音だったり音や言葉に介在する独特な間だったり、そればかりでなく映像などの資格情報など複合的に遊ぶことがで��る時代になってきたわけです。
色んな意味で遊び心を忘れたくないな、そんな思いを込めてまとめてみましたとさ。
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欲しいもの:理想
昔から三日坊主になりやすく、どうしたものかとあぐねいでいる。継続は力なりという言葉があるが、今のところラジオ以外続いた試しがない。
さて、欲しいものがいろいろある。だいたい機械なんだけど、はて?いくらになるんじゃろか?と思いいろいろ計算してみた。
Apple製品ざっくり90万ちょい
なるほどねー、こんなになるのかー。グラフィック系の処理が多かったりするのでマシマシにしたり他にもいろいろ買って新調したり。なんて妄想膨らませてたらこんなことになってしまった。
車、とりあえず100万
単純に今の電車移動がしんどいと。僕の場合ものを運んだりなんだのということがあったりするので電車より車の方が都合いいよねー。という。
音響機材ざっくり50万
こないだ試算したら20万くらいだったけどちょっと盛りました。最低限の内容で計算したから、中規模のPAができるくらいの内容にしたら50万でちょっと足りないくらいなんだろうなー。
と、いうわけで取り急ぎ300万、欲を言えば奨学金とか諸々返したいから600万くらいあるといいなーということがわかった。
では、その600万ってのはどうやれば手に入るんだろうか?
ブログやるってのが最近流行ってるらしいからとりあえず初めてみる。YouTubeの動画ってのもいいらしいが、最初の1000人登録してもらうってのが大変っぽい。チャンネルは持ってるから運用はできそう。
んー、でももっとしっかり稼げる方法というのは無いものだろうか?
この時間にいろいろ思案してもしょうがないので、続きはまた今度。
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雑感: 190203
もう2月なのか。早すぎるな。光陰矢の如しとはよく言ったもんだけど、体感速度の上昇には焦りを感じるばかり。先が思いやられる。
午後から活動を開始したこの日は、蘇我で服の買い物からスタート。自分がびっくりするくらい服とかに興味がないのには理由があり、その真相がなんとなくわかったような気がした。
普段から民族衣装というか、「和装」を私服にしたいとか言ってる人間だから、そりゃ世間一般に出回ってる服には興味あんまり湧かないわけだわ。
そしてお次はみどり台パントリー。やはりこのようなマルシェイベント、類は友を呼ぶではないが、何人かの友人に遭遇。通りで気が合うわけです。
ご縁の賜物をここでも発揮。運営というか実行委員長の方にご挨拶ができ、Co-Satenの紹介もさせてもらった。また、出店者の中には市原出身の人も多く、SakeBaseの方も市原在住。
ここで思ったのは、やっぱり集合することができる空間を世に知らしめるだけでも、アンテナを張る地場の人にとっては大きなインパクトになり得るんだなと。
霧の中に見える明かり、夜中の海原の遠くに見える灯台、枝分かれしまくってるルートに突如として現れた道標。
そんな存在になっているのかもしれない。必ずしも誰かを正しい道に導くためにできた空間ではない。ただ、何かを追い求める人にとっての目印になる空間となり、そこで人々が交差することによって、新しいなにかが生まれるような、そんな空間になってほしいと、強く思いながら夕日に盃を掲げる。
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商店街から始まる。
去年の春先まで僕が大好きなBayFMでやっていた番組の中に、小林克也さんがパーソナリティを務める「ビートルズから始まる。���という番組があるのだが、それを今回もじってみた。
先月の中頃、1月15日に市原市五井駅前に爆誕を果たしたコワーキングスペース「Co-Saten」が、オープンしてから早いもので間も無く1ヶ月が経とうとしている。
今でも実感はあんまりない。
週に何回か決められた日に店を開けてオープンさせ、来る人といろんなお話をしながら日々の業務をゆっくりこなしていき、ちらりと自分の将来のことを考えたり、街のことを考えたり、関わる人たちのことを考えたり。微睡みながら日が暮れて、何故か夕方を過ぎると1FフロアのWi-Fiがすごく遅くなり。笑
「場所を作ることにより、人々が動き、集まる。」
どんな場所であれ、何かできればそこに人は寄ってくるわけだが、今回の一件をおさらいしてみよう。
市原にはまず存在もなければ概念としてなかったであろう「コワーキングスペース」という横文字だらけの空間が、しかもそれが昼間はシャッターだらけのアーケードの商店街に爆誕したわけですよ。おかげさまで市原市内一「不思議な空間」になったわけです。「霊長類・ヒト科」の動物園みたいな感じにみられているかもわかりませんね。
ただ、その市原市内で一番不思議かもしれない空間に人は集まってきています。確固たる自分を持ち、地元という特別な場所で何かをしたい、面白いことをしたい、地元が好きという人。街の「兆し」になり得るだろうという人たちが集まりつつあります。
言い方に語弊があるかもしれませんが先に断っておきます。
この空間に、この街にとっての様々な「パーツ」が集まりつつあることは事実です。本当に様々な要素が集まってる。僕がちょっとだけ市原から離れてたわけだけど、離れようが離れまいが人が凝縮できるような空間はなかったわけで、必然的に面白い人がいる場所といえば市原ではなく千葉という脳になっていたわけです。
それが「空間」ができたことによって磁石のようにその手の面白い人たちが引き寄せられていくような感覚。店番ができることによってその瞬間を目の当たりにすることができる。
人見知りであまり知らない人と喋るのは得意じゃないんだけど、頑張って喋るようにする。するとその人の人となりがわかるようになり、思いがわかるようになり、街の未来の一部がちょっとだけ見えるような感覚があり。
だらだら書いてもしょうがない。
最近は「お金2.0」とか数字のメジャーアップデートが流行ってるらしいけど、市原はまだ「1.2」くらい。マイナーアップデートかもしれないけど変わりつつある���昼は用のない街が続いてる。用のある街に。
何故?僕がそうなってほしいと、そんな街がいいなと。そう思ってるから。
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オープンしてから約1週間。
先日、1月15日に「Co-Saten」というコワーキングスペースが市原・五井駅前に爆誕しました。様々な思いが交差して、交錯することなく無事にオープンに漕ぎ着けることができたのは、いろんな人が助けてくださったり支えてくださったり、叱咤激励してくれたり、共感してくれたり、本当にたくさんの人が関わってくれたからなんだなと思っております。ありがとうございます。
ただ、みぎた本人は、未だに自分がコワーキングスペースの運営に携わっているという実感があまりなく、夢見てるんじゃないかとか思ってたりします。
実際スペースの立ち上げをしたところで若干息切れというか、ここからスタートしていくものなのに若干の燃え尽き感はありますが、燃え尽きた灰を片付けて新しい薪をくべて、小さくてもいいから火をつけないとなと。
ただ、僕にとって経験があるものじゃない。ゆえに正解がよくわからない、いや、正解がないからこそ動きかたがわからないのかもしれない。
まぁ、そんな言い訳はさておき、「とりあえずやってみる」ということを心において動いてみよう。そんな感じでイベントを立てていこうと思ってたりします。
どんなイベントをやるのか。
んー、そこはまだしっかり考えられてない。ただ、やり方がわからないなら普段イベントを立てている人に色々聞いてみよう。そんなことを思ったり。
スペースは生まれたばかりです。カフェ&コワーキングスペースとして新たに生を受けたからには成長していって立派なものになっていかなければならないでしょう。
みぎたも生まれたばかり。というか、スタートラインに立ったばかりです。今まではネガティブというかうだうだやっていることも多々。きっと今も色々とうだうだやってしまっているところがあるわけです。
スタートラインに立つことができた。ならばとりあえず前を向いて歩いてみる。急ぎすぎることはない。ゆっくりやろうや。
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Co-saten、オープンしました。
昨日、市原・五井駅前に「Co-saten」というコワーキングスペースがオープンになり、昨夜はオープニングパーティに大勢の方にご出席いただき感無量。盛況のうちに終えることができました。満身創痍です。

スペースを作るということ。場を持つということ。ハコを持つということ。
全てにおいて憧れというか、自分がやりたいことのための中間素材というか、とにかく持ってみたいという思いだけが今まで先行していたわけだが、これってまぁ大変なことなのね。ということを身を以て体験した気がする。
普通、予算があればしっかりと綿密に打ち合わせをして施工してもらってーなんてのが定石なのかもしれないけど、予算が十分にあるわけじゃ無いので、ある程度は施工をしてもらって、できる部分は自分たちでやっていく。手作り感満載の愛着あふれる空間の完成。てな寸法です。
ただ、ものすごく勉強になった。配線の仕方というか、天井裏こうなってんのかーとか。

今回はスピーカーの設置・配線接続、プロジェクターの設置・配線、回線敷設とwifi整備の部分を僕がやったんですが、正直「あ、これでいいのね?」っていう感じ。案外できちゃうもんなんだなと思った次第。大変だけどね。
スピーカー設置して結線して音が出た瞬間結構感動した。すげぇ...出たぁぁ。って感じ。
で、そういうの素人なんで、とりあえず手探りの試行錯誤で色々やっちゃうわけです。プロジェクター設置しようとしてドリルを片手にマークをつけていざ穴あけるぜってなった時に、どうも硬くてドリルが貫かない。なんだろうと思って屋根裏見たらそこに柱が通ってて「どおりであかねえわけだ、ははは」みたいな感じでちょっと横にずらすという。

んで配線用の穴開けた瞬間に石膏ボードの粉をかぶってさながらドリフのコントみたいな顔になるという。
というのをオープン日の15時くらいまでやってたわけですが、かくかくしかじか、オープニングパーティのお時間になったわけです。
僕のお友達で来てくださりそうな方とかにも声かけをさせてもらって、結構な人数に来ていただきました。本来であれば一人一人に挨拶をし、お礼のメッセとか飛ばすべきところですが、満身創痍だったというのと、全く挨拶するような余裕もなかったのでその点ご理解いただきたいと思います、ごめんな��い。
そんなこんなで、たくさんの方に来ていただいたわけですが、その人数もびっくり。多分60人くらい来てくださってたんじゃ無いかな。いや、もっとか。

これで��よ。この狭い空間にどうやっても入るわけがなく、通路にも飛び出し、更に人のごった返し方がすごく。
ただね、本当にたくさんの方々のご支援のおかげでこの素晴らしいスペースが「完成」したわけですよ。
はい、ここで勘がいい方は何故「カギカッコ」を使ったかお分かりですね。
そうです。出来上がったばかりなのです。ここからこのスペースを、そしてこのエリアを「育てていく」のが僕らのミッションであり、皆様にサポートしてもらいたいところなのです。
このスペースでできること、このスペースを利用することによって得られるもの。きっとたくさんあるはずです。
せっかくオープニングに来てくださったのなら「もう一度」スペースを使いにいらしてください。 少しでも気になった。そんな方はぜひ足を運んでみてください。
一緒に、市原や自分のいる地域のことについて考えてみたり、自分の仕事や生き方について考えてみませんか?ここではそんなことができると思います。
▼Co-Saten https://co-saten.com/

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あけおめ2019
新年明けてからもう4日が経過しました。皆様いかがお過ごしでしょうか。改めまして明けましておめでとうございます。皆様にとって佳き一年になりますよう心より祈念しますとともに、年頭所感的なものを書いていこうかなと思います。
昨年をちょっとだけ振り返ると、まぁよくもこんなにもネタを溢れさせるような生き方ができたもんだなと。1年間しっかりと生き延びた自分を褒めると同時に、ダメダメではあったものの、動くことができた自分の心身にしっかりと感謝をする所存。まだ書ききれてない記事とかはまた今度。
新年早々いろんな想いが溢れた。自分が消化しなきゃいけないタスクをなかなかこなせなかったりして早々にしょんぼりするのは毎度のことだけど、今年はまたちょっと違った感情を抱いたような気がする。
1日はちょっとだけ仕事をこなし、終わらせられなかった���の掃除と書籍の自炊作業のお手伝い。Amazonの荷物待ちを添えて。というメニューをこなしていたわけだが、これがまぁ新年らしさを全く感じない。強いて言うならば、お正月特番の「Youは何しに日本へ?」が珍しくスタジオで収録しててテレ東本気出したなと思ったのと、出演している外国人のバイタリティすげえなと思ったくらいかなと。遡るなら紅白で色々と感動できたいい歌合戦だったなとかですかね。
そして2日は仕事しつつ大学の後輩と久しぶりに会いお泊まりしてもらっていろいろ話を聞いてってな感じ。わいわいしてたんだけど途中から1人さらに懐かしい人が通話で参加。懐かしいとか言うくらい懐古するようになったので年取ったんだなぁ。
その通話で参加した同じく後輩はなんや感や色々あって起業しようかなとか考えているらしく、自分が持てるものは共有するというような旨で話をその場ではした。ただし、君が本気なら聞いてきなさいいつでもかかってきなさい。的なことも添えて。
なんやかんや会話をしている中で自分の発言の脆さみたいなものを感じた。自分は彼にとって先人であることは間違いないんだけど、ただし僕もまだまだ未熟どころの騒ぎじゃない線を彷徨っているのは言うまでもない。同時に、僕の言動によってその人の人生を左右させてしまうかもしれない。なんてことを考えるとちょっと怖い。発信者になりかつ著者になるの話じゃないけど、この先の人生は何事にも責任が生じ、しっかりと生きていかなきゃならないのだなとも感じた。慎重になるのはいいことだけど時に大胆に立ち回ることも忘れずに生きていきたい。なんてことも悟ったり。
さて日付は変わり箱根駅伝復路の1月3日。本日は人狼殲滅のためにおもてなしラボに赴く。飛び入り参加は大歓迎。途中にほっこりすることが多々。先のRTにもある通り、千葉駅の電光掲示板にイノシシのアイコンや門松、そして日英の正月挨拶の短文が表示されたり。
これは正月に限った話じゃないけど、席を譲る行為。ペアで乗車する人に対して誰かがズレたり譲ったりと言うのを2回も目の当たりに。新年早々ほっこりとした瞬間だった。
新年早々穏やかじゃないかもしれないが、鬱々悶々としたりほっこり温かい気持ちになったり、せっかくの休みなのに休めている気がそんなにしないが、まぁ悪いもんじゃないしいいかと。今年は何ができるかな、しっかりと「強く生きる」ことができるだろうか。色々考えてもしょうがないけど
もう今年は始まってしまった。後ろを見ないで、前を見て、時には一休みしてしっかり歩いて行こうじゃないか。気を引き��めて人狼狩りに行くか。
▼年の初めは人狼ナイトinおもてなしラボ https://www.facebook.com/sakura.omotenashi.lab/videos/739010256481191/
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また一つ齢を重ねました。
わたくし齢25になりました。
先日、また一つ齢を重ねまして思うことは様々。この2年くらいはなかなかの激動っぷりだったなと。そして改めて一年を振り返って何か文字に残そうとなった時に何も残っていなくて半分以上は溶けて水になり蒸発しかけている状態になるのも本当にそろそろどうにかしたいなと思う今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。記憶を手繰り、一年を振り返ろうと思います。
思えば遠くへ来たものだ。
カレンダーを振り返り1月まで遡る。そういえばTSUTAYAとAEONのダブルワークをしてたんだっけか。昼はAEON、夜はTSUTAYA。とりあえず日々を生きるためにバイトをしてそれとなく成立し、ぼんやりと「自由な働き方をしたいなー」とか思ったりするわけで。
身も心も寒かったけど、関わる人全てが温かかった。
雪が溶け、春の息吹を感じられる季節。TSUTAYAを手放しAEON一本。バイト三昧で大変な日々ということには変わらなかったけど、それでも人に会うことをやめなかった。
自分の中で「人に会うことをやめた途端にきっと根が腐り始める」とでも思ったのだろう。
その時はまだ鬱めいた波が不定期に高波となって押し寄せてきたりしていた。
結局、自分は何になりたいんだろう、何者にもなりたくないんじゃないか。
あてもない自問自答を繰り返していたのはよく覚えている。気持ち悪いモラトリアムな日々。
妹が大学卒業を果たし、社会人おめでとうと伝え、勝浦に撮影に行き自分のできる限界値を見定め、友人の引越しを手伝い。
止まってはいけない、ただそればかりを心に留め
春先は嶽さんと行動を共にする日々だった。行動力、発信能力、色々と勉強になったなと。そして、グリーンカプセルの今塚さんに出会うことができ、止まっていた歯車の一つが1mmずつ動き始めた、そんな感覚を覚えた。
とりあえず自分の興味関心の赴くままに、がむしゃらに動き続けた。自分の持てるアンテナをとりあえず伸ばせるだけ伸ばして動いてみた。
留守さんとの関わりを持つことができたおかげで、IT教育EXPOに参加することができた���最前線の技術ってどんななの?理想と現実のギャップに幻滅したりもした。笑
その後、今塚さんの会社のオフィスに伺い、今所属している会社の小川代表とも邂逅を果たすことができた。全てに感謝。感謝を自然とするようになったので、後厄の雲が晴れ始めた、そんな感覚すらあった。
スタートラインを見つけた。準備体操を始めましょう。
下半期に入ったところからはゆっくりと歩き始めたような感じ。腐りかけの靴を脱ぎ捨て新しいサンダルを履く。
omeganeとの関わりもできた。官林さんと土井さんには当初は心配や迷惑ばかりかけていた。今でもかけてる。ごめんなさい。でも先日官林さんにお会いした時に、「みぎちゃん本当に成長したよね。」と言われた。お世辞だとしても嬉しかった。やばいこれ書いてる今泣きそう。
自分の力で何かを成し遂げるということ、そういえば今までしてなかった。必ず誰かがそばにいて一緒になってやってくれたような。
とりあえず手始めに「人狼ゲーム」好きだから普及させたいなということで始めた「稲毛人狼普及委員会」のイベント。これもカフェ福堂のマスター松尾さんにはお世話になったなぁ。結局自分一人の力ではないんだけど、主催者できたということで勘弁してください。
灯台下暗し。宝はどこにでも眠っているもの。
2年前かな、チバラボLT交流会に参加し、たくさんの人と出会い、コミュニケーションやコミュニティの心地よさに気づくことができた。
2回目のLT交流会に参加した時に宣言したことが一つある
「僕、コワーキング作ります。今すぐじゃないけど、必ず。」
僕の実家は市原の五井と姉ヶ崎のちょうど真ん中くらいなんだけど、その五井駅の駅前にある廃れた商店街。廃れたといえば語弊があるが、少なくとも昼間はシャッターがほとんど降りてしまってやってるのかどうかすらわからないような場所。
小川さんは「かつて街の中心は商店街だった。その商店街が死にそうになっているということは、街も死にかかっていることだと思う。だから、僕らが商店街を生き返らせて、街をもっと面白いものにしよう。」そんなことを言ってくれていたと思う。
すごく唖然としたというか、びっくりしたというか、もしかしたらワクワクしたのかもしれない。とても明るい前向きな生き生きとした感情が芽生えたのを覚えてる。
進んでいるかはわからないけど、動き続ける。
それからオープンロード合同会社という現在所属している会社に合流をし、小川さんと一緒に動くことに。自分が足手まといになっているんじゃないか、重荷になっているんじゃないか。そんなことばかり考えたりもしたけど、とりあえずがむしゃらに動き続けた。
できることを探してできるだけ動けるようにした。時には以前のように動けないのか動かないのかわからん時も多々あった。でもどこか諦めたくない気持ちもあり、なんとか乗り越えられたような。
その街に何が眠っているのかを見つめる。
9月に「リノベーションスクール」というものに参加。これは別に記事を書くが、もうとっくに賞味期限きれてるので早く書かなきゃ、、。
参加したおかげで、今までの街の見方というのが一変した。小川さんとの共通言語を見いだすのはもちろんのことだが、「自分ならここをこうしてみたい」みたいなことを思いながら街を見ることができるようになったのはすごく楽しいことだということに気づく。
五井にコワーキングスペースを作る。自分ならこのまちに一体どのような爪痕を残すことができるだろう。わからないけど、前を向くきっかけになったような気がする。
街と街を繋ぐのは一体何か。
夏前から同時並行で他のコミュニティにも参画するようになった。自分としてcoderdojo若葉みつわ台とかもあったけど、ナリタカイギというものに参画するようになった。
当初はおやこカフェなどコミュニティづくりをしている佐藤さんから「成田でこんなのあるから行ってみたら?」ということでお誘いいただいたのだが、僕が初めて伺った時に肝心の佐藤さんは不在で別の佐藤さんが主宰者でいらっしゃった。佐藤違いですごく不思議な感覚だった。笑
でも、すごく楽しいというか嬉しかったのが、成田にも面白い人というか、街のことを考えて動いている人がこんなにもたくさんいて、思いを共有できているのがとてつもなく素晴らしいと思った。
市原でも、同じことできないかな。なんてことを考えたり。
かくして怒涛の1年間というか、様々な縁が縁を繋ぎ、次第にその縁は大きく広がり、波紋が波紋を呼ぶように、人が人を繋いでくれる。
人の温かみにありがたさを覚え、次第に涙腺が緩む。
「なぜ僕みたいな人にそこまでしてくれるんですか」
いろんな人に問いかけた。これはきっと愚問なのかもしれない。でも当事者である僕からすると全く理解ができなかった。
こんなていたらくな社会不適合者になぜここまで暖かく、そして優しく物事を伝えてくれるのだろうか。
今でも理解はできない。それでもその人たちの思いというか気持ちを裏切るようなことはしたくないし、次第に自分がしなければならない「使命」のようなものも見えてきているような気もする。
来年は猪年らしい。
猪突猛進のように勢いを持つことができるかどうかはわからないけど、僕らしく生きて、僕らしく猪を演じることができればいいのかなと。
冴えない25歳、しっかり前を向いて。
今年も来年もテーマは「強く生きる」
これは友人である青柳さえ氏と毎年のように交わす言葉。
でも、来年はちょっと違った意味になるのかもしれない。
強くしっかり生きるように。
ありがとうございました。
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でかドージョーやりました。
起こったことを書き残さないと消えてしまう。靄とか霧とか霞とか。気がついたらすぐ無くなってしまうものです。そろそろ限界だけど書かないと。
というわけで9月2日に神田外語大学にて、総武線会話のCoderDojoが大集合して行われたイベント「でかドージョー in 千葉」が開催されたわけでございます。
普段は各々道場でこじんまりとやってたりするのですが、この日は一挙に大集合。さらに普段の道場ではなかなかお目にかかれない3dプリンタやドローンの実機展示など内容盛りだくさんの1日となったわけでございますよ。
▼DecaDojo in 千葉 2018 https://coderdojo.chiba.jp/decadojo2018-9.html
というわけで神田外語大学で行われたわけですが、まじでこんな大学で勉強したかったわなー。

どうですかこの感じ

左はCoderDojo Chibaの川原さん、右のワイシャツの人がCoderDojo Wakaba-Mitsuwadaiの留守さん、真ん中のメガネの方が神田外語大学の石井先生。もっといい写真あっただろうと���っ込まないでくださいごめんなさい。

というわけで当日は朝からみんなで大騒ぎしながら準備。残念ながら機械によろしくない天候ではありましたが、たくさんの方にご参加いただけて、想定以上の客入りと相成りました。


今回、3Dプリンタを貸していただいたのはMOOZという3Dプリンタを扱っているTechShare株式会社さま。 僕と留守さんが、5月に東京ビックサイトで行われた「IT教育ソリューションEXPO」に参加して、そこでお会いした担当の方に事情を説明して、快く貸していただけた。大変なスケジュールの中貸していただけて本当にありがとうございました(-人-) ちなみに写真のキティち○んを出力するのに結構な時間かかってますが、気になる方は動画でも見てください。
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これは本当に我ながらよく撮れたと思うCoderDojo船橋の増澤さん。普段はすごいエンジニアのお父さん。

そしてドローンの実物展示に、Dig-it works株式会社さまにも快くご協力いただきました。ありがとうございました。telloに始まりsparkやmavic、ドローンの定番とも言えるphantomや業務用映像も撮れるinspireなど、参加したninjaたちが普段確実に見ることができないようなものばかり揃えてくれました。どう考えてもドローン欲しくなるエリアでしたね。

実はNPOの社員もやってるんです。何屋かわからないとか言わないでください。 そんなNPOの総会もついでにやりました。
通常のNPO総会「それでは総会始めます。まず第一号議案についてですが...」 うちのNPO総会「それでは総会始めまーす」一同「イエーーイ!!」
— jinki migita (@jim_stoic) 2018年9月12日
まぁゆるい、そして居心地がいい。そんなNPOです(?)
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市原、始まってきた?
こんにちは、市原にいない市原市民のみぎたです。
さて、最近お仕事で市原市とまた関わりができてきました。ありがたいことですね。そん���こんなで昨晩30日(月)に、五井グランドホテルにて行われました「世界女子ソフトボール選手権大会 ニュージーランド代表チームの壮行会」に参加してまいりました。
もちろんスタッフです。
個人的な話をすると、お役所のイベントなのでみんなバタバタ、お疲れ様ですっていう感じではあったものの、ちょっとすげえなとか思ったので書き残して行こうかなと。
と、いうわけで参加してきたんですが、スタッフですのでメディア系というか、映像やら音響やらをいじっておりました。色々突っ込みたいところではあったのですが、何とかイベントも終わり、お疲れ様でしたという感じで。
選手の方にもインタビューできたし、普段使わない英語も使ってコミュニケーション取れたし。何だったらご無沙汰してた姉妹都市部会とか国際交流系の人たちともお会いできたし。にっこりでござんした。
さて、何に「すげえ」と思ったかというと、SNSアカウントが動き出したというところです。
いやいや、今まで動いてたじゃないのとおっしゃるかもしれませんが、今まで(多分今でも)一方的な情報発信しかしないおもんないアカウントじゃなかったですか。
ところがどっこい、昨晩のイベント、何と生放送やってたんですよ、Facebook LiveとPeriscopeで!感動した。
というわけで動画ご覧くださいませ
▼Facebook Liveアーカイブ https://www.facebook.com/city.ichihara.jp/videos/2079892502031615/ ▼Periscope Liveアーカイブ https://twitter.com/ichihara_city/status/1023860455792504832
いや、品質とかさ、撮り方とかさ、そういうのはしょうがないっすよ。いろんな意味で勘弁してあげてくださいよ。でもね、今までそういうのチャレンジしてなかったわけですよ。お役所の方々。チャレンジ精神が芽生え始めたのかなとかいう上から目線のコメントよりかはもう「よくぞやってくれたありがとう」って感じですよ。
この感動をどなたか別の方とも共有したいと思い記事にした次第。市原始まってきた感じします。
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ナリタ☆カイギとつのだ☆ひろの互換性について
そんな内容書くわけないじゃないですかヤーダー
というわけで、最近になってですね、みぎたは「ナリタ☆カイギ」というものに参画しております。
「成田の事をジブンゴトにして考える人を増やす」を会のコンセプトに毎月1回(第3金曜日の夜に開催予定)
というイベント。
そもそもみぎたは市原市民であり、今住んでるのは千葉市ときた。成田とは縁もなければゆかりもないということですが、大学が国際なんとかだったしLCCで空港を多々利用していたということくらいしか関わりがない土地だったわけで。

で、僕は幕張にいる佐藤さんに「こういうイベントあるけどどう?」ということで誘われたものの、肝心の佐藤さんが同じ回に出席してくれることもなく、別の主催の佐藤さんにお会いするという、なんとも面白い展開になったわけです。
さて、僕はvol2から参加していましたのでその時のことをちょっとだけ書こうと思います。
vol2のゲストスピーカーは田村寛之さんという方。川崎で農園フェスをしていたりコワーキングスペースを運営してたり川崎経済新聞の編集長をしていたり、facebookのプロフィール欄を見ればわかるが、とにかくやってることが多い人だ。
まちづくりというかコミュニティづくりをしたいなと思い始めた矢先のこのイベントだったので色々刺さるものがあった。

あぁ、そうだよなーと。すごく腑に落ちた。
色々紹介してるとキリがないのでこの辺にしておきます。兎にも角にも収穫が多かったように思う。
さて、先日20日に行われたナリタ☆カイギvol3のゲストスピーカーはまちづくり会社ドラマチックの代表今村ひろゆきさん。このお話もすごく楽しかったんだけど、今回は半分半分くらいしか聞くことができなかった。なぜならvol3からみぎたがリアルタイムの映像配信を行な��ていたからである!
今回はみぎたお得意のswitcherstudio(カメラ3台スイッチング+mac画面キャスティング+テロップ乗せ)で行なっていたわけですが、今回からちょっとだけこだわったことが。

こちらのTASCAM iXZをナリタカイギの前に買ってきました。
誤解なきように記述しておくと、この会のために買ったというわけではなく、今後もswitcherstudioを用いた配信はちょいちょい行なっていくつもりだったので、ipadに音声入力をする方法を考えなくてはならなくて、せっかくだから買うかということで、千葉の島村楽器で買ってきた次第。
しかしこれは素晴らしくいい買い物だったと思う。
今回はAT2020からXLR直接入力という方法をとったので、環境音まで拾ったりして少々もごっとしてしまっていたが、登壇者のマイクなどをミキシングしてPAからAuxもしくはモノラルで音声入力できればこれはこれでクリアに配信ができるようになると。
普段はipadにbuilt-inされていたマイクからしか音声が選べなかったので、欲しい音が遠かったりしたものの、これを使うことによって格段にクリアに聞こえるという寸法。すばらC。
さて、何が言いたかったかというと、今まで持っていたコミュニティ以外にも「成田」地域でのコミュニティを持つことができたのはすごく強いと思った。
コミュニティが増えることで、今まで得られなかった情報が増えて、視点も増えて、話をすることにより、自分の見えてなかった部分が見えるようになり自分がわかるようになり。いいことが多い。ありがたやー(-人-)
▽ナリタカイギ Fb Page https://www.facebook.com/nrtkaigi/
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いやーあのイベントは失敗だった(褒め言葉)
7月5日(木)の夜7時のことでございます。わたくしはかねてより行きたいと切望しておりました「おもてなしラボ」にて行われましたイベントに参加していた次第でございます。

言い方改めますね、面倒でした。
というわけで���ベントに参加して来たわけですよ。その名も
「イベントは如何にして”失敗”するのか」
というもの。

▼おもてなしラボ - HP http://omotenashilab.com/ ▼おもてなしラボ - Facebook Page https://www.facebook.com/sakura.omotenashi.lab/ ▼「イベントは如何にして”失敗”するのか」 - Fb Event Page https://www.facebook.com/events/225950284666155/
というわけで参加してまいりました、おもてなしラボにて行われた「イベントは如何にして”失敗”するのか」というタイトルのイベント。まずFb event pageご覧いただきましょう。こちらです。
ふむ。なるほどね。わからん。
まぁそもそもは、誘われたからこのイベントに参加したという単純明快なつまらん動機だったわけですよ。でもその誘った方が来れなくなるというよくある展開になり、せっかくだから何か勉強して帰れればいいかと。なったわけですね。
さて、登壇者のご紹介を忘れてはいけませぬ。
(Tsukuba Place Lab - Labスタッフ紹介ページよりスクショ)
株式会社しびっくぱわーの代表取締役を務める堀下さん。1990年生まれと年が近いのと熊本出身というところで勝手に親近感を抱く。尚、登壇時には「TSUKUBA CITY」Tシャツを着ていてさらに親近感を覚える。
そんなことはどうでもよくて、本編ですよ。「イベントは如何にして”失敗”するのか」というところ。単純に考えたら「集客は大事よー」とか「満足度ー」とかそういうことをもっと論理的に組み立てて喋るのかなとか思ったらそんなことなかった。
まずは自己紹介ですよ。聞きましょ。

ふむ。コワーキングドロップインめっちゃ安。

ホヘー、色々やってらっしゃるすげー、、

ふむ。そうね、大事。

ひぇー、とんでもねえすげえ(スタートから約30分くらい経過)

ふふっwそうきたかwそうだなw と、なるわけですよ。
そして堀下さん言ってた
「僕は、今日このイベントを失敗させます」
にゃーるほど、そういう感じか今日は!となったわけですね。
総じて、確かに失敗しました。ただまーこういうイベントですから、やっぱり得るものがいっぱいあるし楽しいわけですよ。なんせ、30人以上がいてみんなとコミュニケーションをするわけですから。

一番前にいたはずなのに、気がついたら一番後ろにいました。
ここで堀下さん的「イベント失敗の定義」をざっくりご紹介します
失敗1 イベント全貌が共有されていない
確かにー。一番最初の方で紹介したFb event pageの画像もう一回見てみましょう
これに関しては言われてみればって感じね。大事なことですよ。なんだったら、このイベントなにやるのかわからないのに、しかも平日の夜によく30人も集まったもんだと。ちょっと頭ズレてますよって堀下さんに言われました。そうだねって感じです。
失敗2 自己紹介/活動紹介が長すぎる
そりゃねえ。30分とかなげえなってなるわwでもそれを体現してくれてるのは本当にすごいなと。構成とかそういうところを見てしまうので「よくできてるなー」とかをこの辺から思い始めます。
失敗3 アイスブレイクは序盤に持ってくるべき
参加者同士の交流というところですね。参加者同士でディスカッションを行うというところで、まず各々自己紹介をして本題に入る。そうするとそこでアイスブレイキングがなされるので、自ずといい感じに話がはずむ→楽しい
と、なるわけですが、そんなの序盤や最初の方に持ってきなさいよという話。
失敗4 タイムスケジュールの共有がなされていない
これはイベントに限ったことではなくて、学生がよくやるプレゼンテーションでも同じだと思っていて、すごく同感できた。
これから「何について」を、「どれくらいの尺」で喋られるのかがわかっていると心構えだってできるし、その分配によってはどういう内容の濃さなのかという想定もできるわけですよ。右田はこういうことは意識しないと忘れてしまう。
ちなみに、タイムスケジュールというか会全体の「目次」的なスケジュールは見せてもらいました。すごくシンプル。笑
失敗5 時間を過ぎること
色々話が進んでいたらもう21時。しかも8分オーバー。計算されてる感じがあって、僕は逆に「美しい」とすら思ってしまったけど、時間を過ぎるのってよろしくないよね。終電の人だっているかもしれないし。確かに。
実際のところ、原点回帰的な内容がいくつかあったような感じだったけど、それでもそういうのってかなり大事であって、多分この会で伝えたかったうちの1つが「定義すること」なんでねえかなと思ったわけですよ。
行ったイベントが成功だったのかはたまた失敗だったのかというのは、なんらかの方法で見極めることができるとは思うけど。
最初、僕は「継続して行うことができないイベントは失敗だ」というのと「きてくれた人が笑顔になってくれなかったら失敗」という2つの「ものさし」を提示したわけだけど、もっと根本で定めなきゃいけないところがあるというのに気付かされたわけです。それが
「何を失敗とするのか、失敗と成功の間の最適値を定めて、それを持って失敗と成功を適宜するべき」
にゃーるほどなと。ものさしや価値観はそれぞれ、生き方を改めるなんてことはできないから、では色々な条件をすり合わせて、最適値を定義すると。
個人的には、失敗とか成功とか定義したいとは思っていない。正解も不正解もあるようでないと思っているから。堀下さんの口からも出てたけど「正解も不正解もないけど、誤った方法は存在する」というところ。
何事においても、できることはしっかりやって、何事においても満足できるように動くようにしよう。なんてことを思った深夜。

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ベリーダンスショーの音響とかやりました
先日、日暮里にあります「Art cafe 百舌」というところで、ギリシャ哲学を題材にしたベリーダンスショー&舞踊劇「Five Elements」が2daysで催されました。

僕的には前日のリハと本番2days、合計3日間日暮里に通っていたわけですが、まー楽しかった。
楽しかったというか本当に勉強になった。本番のオペレートももちろんなんだけど、仕込みの段階から、どうやって灯体を配置して光を作ろうかとか…っていうか照明の仕込みや当日オペレートもやったわけです。

結構自由度の高い会場で、灯体も吊ってあるやつ基本的に自由配置で大丈夫ということでした。ちなみにLED PARは4灯、普通の灯体の半分くらいの重さで現代文明ってすげーなーって思った。
して、結線も必然的に自分たちでやるのでパッチ組みとかもやることになるわけですが。
僕がよく使う(お世話になってる)蘇我にある「南部青少年センター」では調光卓でパッチを組んでいくというある意味デジタルな感じのシステムですが、ところがどっこい

これですよ。
電源ユニット(→DMXシステム)と灯体からのマルチケーブル(?)を手動で再接続していくという流れで、灯体がマルチケーブルの何番に繋がってて、それを調光卓の何番に入れたいから何番と接続してー…
結局16chくらいは使ったことになると思うので、まー、ごちゃごちゃになるわけですよ。すごい。でもわかる人にはわかるんだよなきっと。
ちなみに、調光を担当されたのは当日の演者でもあるhomaさん。隣で見てて、演者さんなので調光やる人の衣装がコロコロ変わるのはちょっと面白いなと思ったけど、色の組み合わせや世界の作り方とかは勉強になるばかり。すごいなーと。


僕は音響だったので基本的には調光まではやらなかったけど、それでも人数の都合上、調光する人がいなくなる場面が出てくるので、そこは僕が調光をやらせていただいたわけです。
実は、音響講習会や照明講習会をやってるわけですが、そこでは「教える」ということはしてても「オペレートする」という機会が、特に照明に関して言えばやったことがなかったわけです。あんまりこういうことをいうべきではないんだろうけど。
それでも、「教える」ことが多々あったし、自分でその舞台を使って遊び半分で色を組み合わせたりやってるとなんとなくできてしまう。
多分、時間がもっとあって、scenesetterを使う機会がもっとあればもっと面白く舞台作れそうだなーとか思ったわけです。
演者さんからは「すごく良かったー!」というコメントをいただき胸をなでおろす。本当にいい経験になった、精進します。

三日間ありがとうございました、お声かけいただいた主催の方にも御礼申し上げます。
もっともっと精進します。がんばろ。
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教育ITソリューションEXPO行ってきたんです

昨日17日に東京ビックサイトで行われた「教育ITソリューションEXPO」に行ってきました。 ▼教育ITソリューションEXPO2018 http://www.edix-expo.jp/ 東京ビックサイトにいくのは人生でこれが二回目。最初に行ったのは小林幸子が初参戦した回のコミケ。
さて、EXPOと呼ばれるものに参加するのは今回初めて。だから結構ワクワクしながら会場に向かったわけですが、今回は留守さんにお誘いいただいたわけです。ありがとうございました楽しかったです。 そして、もう一人、CoderDojo船橋@凛童舎の増沢さんも一緒に参戦ということで、いろんなお話を伺うことができました。
まず、今回は色々あってVIPということで参加することになりました。

はい。名刺入れてあります。IOOみつわ台学習教室の人としてエントリーしてくださった感じです。本当にありがとうございます。 それで、僕と留守さん宛てに招待状が届くわけです。僕の肩書き事務長って書いてありました。本当にありがとうございました。

臨時受付が手書きなの可愛かった。敗者復活戦って書いて欲しい。

まず最初に基調講演から聞きに行ったんですが、控え目に、iphoneの動画撮影モードにして静止画を撮影。そうするとシャッター音ならないんですが。 っていうかよく見たら撮影禁止ジャーン →それでもスライド画面撮影する人多発のためやっぱり会場内でパシャパシャシャッター音が鳴り響く という面白い展開を感じてました。
2020年までに、小学校の教育環境においてICT授業を導入するためにインフラ整備をし、教育可能な教員を全国で100%にするなんていうことを掲げてましたが、厳しすぎるだろ〜なんて思ったり。

ドリンク無料でもらえるよっていう券がネームタグと一緒に入ってたので、腹が減っては何とやらじゃないけど水分補給をしにいくと、まさかの缶のドリンク。びっくりしたのは僕だけかな?

reel_to_reelの鈴木智子さんもまさかの合流!連絡も取り合ったわけじゃないんだけど引き寄せたんでしょうかね。色々意見交換しました^^

ちなみにこのブース、アーム型の3Dプリンターを扱ってる会社さんのブースでラズパイなどともリンクさせて稼働させることができ、しかもヘッド変えるとレーザープリンタにもなるっていうすごいやつ。しかもお値段約15万っていう。素人なので技術的なこととかはわからなかったけど安いって思っちゃった。

すごくどうでもいいんだけど、会場の地面見るとこんなのが所狭しとあるんですが、多分光ファイバーの線と電源用のケーブルが床からこうやって伸びてるんだと思うんですが、いや美しいなーとか思うよね。踏んでしまうとそれはそれで違和感あるんだけど、それでもなんか来場者に配慮してる感じ。このテープ欲しい。 さらに、上を見ると

基本的に天井部分の配線なんて、普通の人は触れない箇所だけど、すごく美しい!効率的に這わせてるのかなんだかわからないけど、それでもまっすぐの線があったり分岐して曲がってる線とかあったり。モエますね。

松屋でお昼ご飯。簡易的だけどこんな感じでやってくれるのかーというのにびっくり。

とりあえずいろんなところ回って、いろんな話を聞いて見て、ほえーってなって、それでもって戦場を後にし千葉に戻り

大阪王将で晩飯かつ30分間500円で飲み放題とかいうのでせんべろ状態。いろんなお話ここでも聞けました。ありがとうございました。 ▼thetaで撮ってくださいました https://theta360.com/s/exUNKyBxTkpqhsGZrf1Wx0TXY
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毎週金曜日は天才ビットくん見てから金曜かきこみテレビの流れだった
多分、両方とも知らないという人がいるだろう。
天才てれびくんはきっと知ってる人多いと思うんだけど、「天才ビットくん」というのは金曜日のその枠(18:00)にやっていた子供向け番組。子供向け番組とは言え、天才てれびくんよりかは知的だったなー。 何しろ、メインキャラクターがいとうせいこうだったからね。
その1時間後、これまた濃い面々で繰り広げられる子供向けの番組「金曜かきこみテレビ」。こちらはどちらかというと中学生とかちょっとだけ学年が上。「十代しゃべり場」とちょっと雰囲気近いけど確実に違う。 こちらも出演者が濃い。メインパーソナリティはミュージシャンのROLLYさん。パネラーとしてますだおかだのお二人や佐藤江梨子、山本晋也監督、みうらじゅんなど。何がどうなっちゃってんのっていう組み合わせだけどまぁ面白かった。
そんな番組を見ていた、というよりこの二つの番組で特徴的なのは、番組に「参加」することができるという点。
天才ビットくんはストーリーがとても柔軟で、視聴者の投票によって、番組の中で進行している世界が変化するという点。例によって少年時代のみぎた君は電話投票などで番組の進行に「参加」することができた。
金曜かきこみテレビは、視聴者から番組内に用意されている各「掲示板」にメッセージを投稿し、それを番組内で取り上げてトークを展開するというもの。番組内の「徒然掲示板」というところに、小学5年生の頃に寝台列車に乗って父の実家がある熊本まで一人で行ったエピソードを投稿したら山本監督に「すごい」って言ってもらえたような記憶がある。ラジオを映像化したらこんな感じなんだろうなーって。
参加することに意義がある。
なんていう言葉があるけど、参加が「できる」ことにぼくはなんとも言えないこみ上げる嬉しい気持ちがある。
大人が用意したステージに参加することができるというのは、結構特別なような感覚を持つ。何を言ってるか理解してもらえないかもしれないけど、これって結構すごいことで、10台前半の段階で大人と同じ場に立つことができる。多分10代しゃべり場も同じ感じなんだろうな。
今はニコ生とかいろんなものが発達して、テレビに自分のメッセージが乗ったりとか、なんだったら有名人に直接メッセージを送るなんてこと��対するハードルというか敷居が一気に低くなった。それはそれでいいことなんだと思う。目的があって会おうと思えば会えてしまう。それによって自分の人生を大きく変えることができる。いいことだと思う。
でも、ネットがまだまだ発達していない時期において、テレビに対する価値の高さはまたすごかったなーと。
まとまらない。まぁいいか。そんなことを思い、懐古してみたわけです。はい。
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“なにかに向いていないと気付くのは残りの人生にとってとてもいいことだ。”
— youkoseki.com | 日記 | 2008/03/03(月) (via pan-no-mimi, torasshu-blog-blog) (via sadjoh) (via m-morino)
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はたらくということ
今回もひきつづき就職についてもう少し掘り下げて考えてみたいと思います(僕は就職や仕事について考えることこそが、新しい産業やベンチャーの振興を考えるにおいてまずはいちばん大事なことだと考えているので、このテーマについてはしつこく書いていこうと思っています)。
仕事ってなんだ?
人生を彩る要素はいろいろありますが、 人がどんな人生を生きるかというとき、仕事は人生において占める時間がもっとも多いもののひとつですよね。その意味で、どんな仕事をするかというのはどんな人生を生きるかということと関係が深いことはまちがいありません。
では、私たちはどんな仕事をどんなふうにすればいいのでしょうか。
どんなふうに自分の仕事を決めればいいのでしょう。
そもそも、仕事ってなんなんだろう?
その問いに率直に答えるならば、仕事というのは一義的には「生計を立てるためにすること」だと思います。人はなんのために働くのかと問われるとまずはそう答えるものだろうし、実際多くの人がそのように答えるだろうとは思いますが、はたして現代の人間は生計のためだけに働くのでしょうか。
いいえ、それだけではないと少なくとも僕は思っています。
ただ生活費を稼ぐためだけに人生の大半の時間とエネルギーを費やし、本当に自分のやりたいことや楽しいことを行うのはそれ以外の余暇の時間、ということだとするとそれはちょっと寂しいなあと思います。どうせだったら自分の人生の大半を費やす仕事の時間さえも自分の好きなこと楽しいことをやり、朝から晩まで充実した幸せな気分でいられたら絶対いいに決まってるって思うんですよね。
そりゃあそうだけどさ、そういうふうに生きれる人というのは才能や経済的に恵まれたごく一部の幸運な人だけであって、自分もそうしたいけどなかなかそうできないのが現実じゃん、と言う人も多いでしょう。うん、僕だって単なる理想主義者の夢追い人というわけではないので、その意見もよくわかりますし、現実はそんなに甘くないということもわかっています。
それでもなお僕は働くということについてもっと深く考え���こだわりを持って生きるべきだと思っています。先に結論をいうならば、働くことを通じて楽しくて幸せな気分でいっぱいになるように仕事をするべきだと思います。
しかしながらたぶんとても多くの人がそのように幸せいっぱいには働けていないだろうという気がしています。時々は楽しいこともあるけれど、ほとんどの時間はつまらなかったり、時にはとても苦しかったりするような感じで仕事をしているのではないでしょうか。
僕はその原因として、現代社会のあり方というか経済観、そして現代人の仕事に対する考え方に問題があり、21世紀になって時代や環境はだいぶ変わりつつあるにもかかわらず、いまだに20世紀資本主義的な価値観をひきずってしまっているからだと思っています。
なぜそういうふうに言うかというと、僕はその分野に詳しい方々や書物などから江戸時代の江戸の人々の生活や価値観、とくに仕事観について教えてもらうことがあり、眼から鱗というかハッとさせられたというか、これまで自分が持っていた現代人の考え方(経済観・職業観・仕事観)が唯一無二のものではないということに気づかせてもらったからです。つまり比較対象ができたことにより現代の人々の考え方も所詮ひとつの考え方に過ぎないと相対化できたからなのです。
江戸人の働きかた
昔から「そんなの朝飯前だよ」という言葉があります。たやすく簡単にできることをよくこんな言い方をしたりしますが、 江戸人の「朝飯前」は意味合いがちょっと違ったそうで、「朝飯前」とは文字どおり朝ご飯を食べる前にする働きのことを言ったそうです。向こう三軒両隣に声をかけ、母子家庭、父子家庭、あるいは老人の一人暮らしの中で困ったことが起きていないか様子を見てその手当てをするのが 江戸人の日課でした。もちろんこれは浮世の義理で無報酬です。
そして朝ご飯を食べたら身過ぎ世過ぎ(生活)のために働いてお金を稼ぎます。これが今でいう「仕事」にあたるのですが、しかしそれも昼飯までには終えてしまいます。その意味では3~4時間しか働いていないことになるので江戸っ子はなんと気楽な人たちだろうという気がしますが、実際にはそうではありません。昼食が済んだ午後からは人のため町のために「はた(傍)をらく(楽)にする」働き、今でいうボランティアに精を出していたのだそうです。 江戸っ子は宵越しの金は持たないわ、ろくに働かないわ、浮世をのらりくらりと楽しく遊んでいたと言われることがありますが、実はそうではなくいろいろなことをして多彩に働いていたのです。ただ現代人とは働くということの概念が違っただけなのです。ちなみに人の評価は午後の「傍を楽にする」働きの多い少ないで決まったそうで、 地位や財産でなく自分以外の人や世間のために働くことに人間としての価値をみるような価値観だったといいます。
最近「プロボノ(各分野の専門家が職業上持っている知識・スキルや経験を活かして社会貢献するボランティア活動)」という言葉がさかんに言われるようになりましたが、そんな言葉を待たずとも百年以上もずっと前からそういう活動を江戸っ子たちは「朝飯前」にやっていたのです。もちろん朝だけでなく夕飯前にも。
そして夕方になると、夏などはみんなで一斉に打ち水をして明日も元気で働くために備えました。「あそび」に引っかけてこれを「明日備(あすび)」といい、��フレッシュ、レクリエーションの時間だったといいます。よく働きよく遊びストレスをためないというのが江戸の暮らし方だったようです。
僕はこの話を知ってから江戸人に対するイメージがガラリと変わりました。なんと洒脱な人たち、なんと素敵な働き方をしているのでしょう。庶民の知恵という言葉に象徴されるように、お上に頼らずみんながうまく生きて行くためにどうしたらいいかという工夫が巧みになされ、お互いが気を遣い助けあって生きていたきわめて民主的で共同体のつながりが豊かな社会だったのです。
傍を楽にする働きを通じてお互いに感謝しあうことで幸せを感じるような、そういう社会だったにちがいありません。きっと「いつもすまないねえ」「いいってことよ。こんなことくれえは朝飯前だからよ」というような会話が爺さん婆さんとおっちゃんおばちゃんとの間で頻繁に交わされていたことでしょう。僕はこのような光景が今の時代でも「朝飯前」だったらとても素敵だと思います。日本には今こそお手本にすべきライフスタイルやワーキングスタイルが実は古来からあったのです。
「働く」=「傍(はた)を楽(らく)にすること」
今述べたように、江戸人の働き方にはこれからの時代を幸せに生きて働くための大きなヒントがあるように思います。
「傍を楽にする」ことを心がけて働くことで幸せをダイレクトに感じることができる
「よく働きよく遊びストレスをためない」ということが健やかに幸せに生きる上でとても大事
ここでいう「傍」とは自分の周りのことですから、仕事でいえば職場の同僚や上司、パートナーなど一緒に働く人達のことを指しますが、「傍」を「楽」にするとはすなわち、そういう仕事仲間の負担を軽くするように楽になるように一所懸命下働きをするということを意味します。お互いがお互いをそのように思い合って感謝しあって働いたら、自分はみんなの役に立っているという手応えから幸せを感じ、そのチームはそれは素晴らしいパフォーマンスを出せるのはまちがいありません。まさにこの言葉一言でチームワークの極意をズバリ言い表していると思います。と同時に、この「傍」は仕事仲間だけでなく価値を提供する顧客のことも指していますので、自分たちが提供する価値によって顧客が「楽」になる、すなわちお客さんが便利で楽しい気分になって感謝してくれれば、それにともない自分も「ああ、喜んでもらえてよかったなあ」と充実感や満足感からとても幸せに感じることができるでしょう。「傍を楽にする」、なんてイカしたコンセプトでしょう!これって絶対現代にも通用すると思います。
ということで、君はなんのために働くのかと問われたとき、冒頭で僕は「生計を立てるため」というふうに答えましたが、そうではなく「傍を楽にするため」に働くのだ、というふうに言い直したいと思います。みんながお互いに傍を楽にするために働いたとしたら、絶対みんな生計を立てていくことはできるはずだからです。それにぐちゃぐちゃイチャモンをつけてくる人がいたら「べらんめえ!しゃらくせえ!」と言ってやりたいと思います(笑)僕は九州男児で、江戸っ子じゃありませんが(^^)
また、よく働いたらおもいきり遊んで、そしてまたおもいきり働く、ということがとても大事ということは僕もとりわけ強調したいと思います。なぜかというと、現代は高度かつ複雑な社会になっており、統治機構も仕事の内容も仕事の分業も高度に進んだ結果、わかりやすい仕事の成果が見出しにくい世の中になってしまったからです。仕事の成果が見出しにくいということは、どこが始まりでどこで終わりかがわかりにくい、つまりいつ区切りをつけていいかわからないということにほかならず、いつもスッキリせずストレスが溜まりがちです。そうやってストレスを溜めたまま次の仕事、さらに次の仕事というふうに積み重なっていくとそのストレスは古層のように堆積して最終的には人の精神を蝕んでしまいます。
それに対する対策は二つ。①この仕事はなんのためにしているのかを常に問い、成功・失敗の定義を必ず定めてから仕事をすること、②マイルストーン(仕事の課程の中間目標)を達成したらイエーイ!とそのポイントごとにそこでおもいきり遊ぶこと、だと思います。
昔は、ストレスや不安など嘆いたり困ったりする原因や行為そのものを「気の毒」と呼んだそうです。反対に気を病みそうな人には、それとなく助言したり安心させたりという思いやりのしぐさや気遣いを指す「気の薬」をあげたそうです。そういう言葉があるくらい、江戸人たちは精神的なストレスや病に対して細心の注意を払い気をつけるようにしていたようです。
僕は無学の頃、人間も社会も時代と共に必ず進化するものだ、つまり世の中というのは時が経てば経つほど昔よりも改善され良くなっている、というふうになんとなく感覚的に思っていました。しかしながら実際は全然そうでもなく、昔のほうが現在よりもはるかに優れていた例は枚挙にいとまがないということを知りました。
20世紀は科学技術の大きな発展、工業の発展による世界規模での大量生産・大量消費社会の形成などがある一方、戦争の大規模化や環境問題など様々な問題が深刻化した時代でもありました。いま多くの人々が感じていますが、あまりにも経済一辺倒に傾斜しすぎた価値観が様々な不安感や不幸感を募らせる原因となっています。といっても、今までの価値観の中でそれができないから妥協するとかあきらめるということではなく、それにかわるもっと魅力的で楽しい価値観とライフスタイルを創りだしていくことでその不安や不満・不幸を乗り越えていければと思いますし、その具体的な例を創りだしていくことが起業家の社会的な使命のなかでも最も崇高な使命のひとつではないかと最近考えています(ちなみに雇用の創出なども起業家・事業家の社会に対する大いなる貢献で、他にもいくつかありますがそれはまた後に解説します)。
そのブレイクスルーとして江戸の社会や江戸人の価値観は大いなるヒントになると僕は思います。宵越しのカネなんかなくたって生きていけるし、長屋にはプライバシーなんかなかったけれどそのぶん隣人との関係はとても暖かかったし、衛生観念もしっかりしていて町はきれいでエコだったし、江戸人の就業観・仕事観のほうがあきらかに現代人よりも優れていると思います。
閉塞感でいっぱいの今こそ、ITなどの最新技術や世界の最新事例などを活用したりしながらも、一方で日本の素晴らしい伝統からのインスピレーションを温故知新で活用し、新しいライフスタイルやワークスタイル、価値観を創りだしていくべきだと考えています。これまでの制度、社会構造、産業構造、経済構造の一部は明らかに陳腐化して時代遅れとなっており、このまま放置しておいて良いはずがありません。
僕はよく海外に行く(というか1年の半分ほどは日本以外の場所にいる)ので、日本を見て良いところ悪いところを客観的に相対化することができると思うのですが、日本は清潔で技術も進んでいてインフラストラクチャもとても充実している一方、決定的にダメだと思うのは人々が自信を失い、不安に駆られ元気がないことです。ずっと日本にいるとわからなくなってしまうのですが、海外から戻ってくると一目でわかるくらいそのことは明らかです。それがいつもとても残念に思います。なぜアジアやアメリカ、ヨーロッパに行くと日本よりもインフラはひどいのに、あちらの人達のほうがイキイキとしているのだろうかと不思議に思います。日本人は本質的にはなにも落ち込む必要がないのに。私たちが閉塞感や不安、不満を感じているのはこの陳腐化した制度や構造が放置されたままなかなか変わらないことに起因すると思います。これを何とかしていかないと、今は全然ダメじゃないけど、いつかほんとうにダメになるんじゃないかと心配です。
ともかく、働く=「傍」を「楽」にする、このアイデアを気に入った人はぜひいろんなところで話題に出してみんなでシェアしていくところから始めましょう。日本人(日本語を熟知している人)なら誰しもがピンとくる言葉ですから!
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