プチアンソロ没
「あら、珍しいじゃない。北斗がコンビニのパンなんて」
4月某日。今日も今日とて朝から仕事で、それも細かいのがいくつも差し込まれている形だったため菓子類はあったものの、食事になりそうなケータリングはどこにも無かった。
仕方なく移動の隙に何かしら食べるものを調達しようと思ったのだが、弁当屋や総菜屋が立ち並ぶ通りの中で北斗が選んだのはなんてことないただのコンビニで、買ったものも物珍しさのない菓子パンで。
早めに着いた次の現場の楽屋でもくもくとデニッシュを齧っていると、業務連絡の為に訪れた顔見知りのスタイリストが目を丸くしたのだった。見た目が派手で、性格も「フレンチしか食べません」みたいな紳士的で落ち着いた北斗がコンビニのパンを食べているというのがちぐはぐに見えて面白かったらしい。
実際、北斗は自ら進んでコンビニやスーパーで売っている菓子パンを食べることはない。渡されれば食べるが、自分で食べるものを選べと言われてコンビニのパンを選ぶことはないだろう。
しかし、嫌いかと言われればそうでもない。味はパン屋で買うものに比べれば無難という印象を受けるが、忌避する程の理由は無かった。実際、たまに食べる菓子パンは美味い。
「ええ、実は知人がシールを集めていて、ここ最近は毎日パンを食べていますよ」
「知人って……ふふっ、もしかして彼女さんとか?」
そう言ってアーモンドアイが特徴的な彼女はくすりと笑った。北斗がモデルをやっていた時代からの知人である為、「北斗も大きくなったわねえ」が口癖になりつつある彼女は会う度に北斗のプライベートの心配をしてくる。ちゃんとご飯は食べているのか、彼女は出来た? など、ややお節介すぎる所まで踏み込んでいる彼女だが、北斗が「内緒です」と言うと持ち前の察しの良さを発揮してすぐに撤退してくれるので北斗としても程良い距離感で有難い。
「そうですね、今日はそういうことにしておきます」
「あら! あらあらあらあらまあまあまあまあ…………」
裕に三十は越えている女性だが、北斗のまるで隠していない口ぶりに一瞬で十代の少女のような幼い表情を見せる。女性は何歳になっても美しいと言うのが北斗の持論だが、この人はまさにそれを体現していると思う。
すると、彼女は自分のスタイリング用品のポーチの中から小さな財布を取り出したかと思うと、北斗に手を出すように仕向けた。言われるがままに右掌を広げる。
「じゃあ、私もお祝いしなくちゃ。実は途中まで集めてたんだけど、パンに飽きちゃったの。北斗に託すわね」
差し出した北斗の掌に振ってきたのは数枚のシール。冬馬と同じようにスケジュール帳にぺたぺたと並べているそれと同じものだ。違う所と言えば袋から剥がされたものではなく、貼られたまま周りをハサミで切られたらしいことくらいか。数にして8枚。冬馬が持っているらしい10枚、そして今北斗がスケジュール帳に貼っている3枚を足せば残り4枚である。
「ありがとうございます。きっと喜ぶと思います」
「ふふ! 彼女さんによろしくね?」
愛らしい笑みと共に本来の仕事に戻るべくポーチから諸々の器具を出し始めた彼女に、北斗はバレないように笑んでシールを財布の中に仕舞う。渡した時、冬馬はどんな表情をして喜んでくれるだろうか。今も別の現場で励んでいるであろう恋人の事を想い、北斗はそっと背もたれに寄りかかる。仕事が終わったら何も言わずに冬馬の家に顔を出そうかなんて考えながら。
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没って訳ではないけどただなんとなくテンションを上げたいから投稿するだけのやつ
巷で噂になっている作品のミュージカル舞台への出演が決まったのは、丁度夏が終わり半袖では肌寒くなってきた頃の事だった。
Jupiterとしてアイドルの活動をしながらもドラマや舞台と言った"オーディション"を要する作品にも積極的に挑もうと言う方針を固めていた北斗、冬馬、翔太は忙しさに流されながらもその作品『WILD BOYS』のオーディションの記憶が風化しない内に合格の知らせを受けた。
やったと思った。先の長い芸能人生活をする上では『ファンを笑顔にする』という目標はあくまでも前提に過ぎず、その方法も多岐に渡り曖昧である。だから例えば冬馬のように"トップアイドルを目指す"という者もいれば桜庭のように"資金を集める"という者もいる。
かく言う北斗もJupiterの一員としてリーダーの冬馬が目指すトップアイドルは勿論のこと、その他目標とするものを細かく置いていた。
歌方面ならば『自身が作詞作曲を手掛けた作品を冬馬と翔太に歌ってほしい』とか、モデル方面なら『とある有名デザイナーの服を身に纏い、ランウェイを歩きたい』とか、そういうのだ。
そして今回の舞台への合格はそれ即ち『尊敬する演出家と仕事をする』という一つの目標の達成でもあった。
プロデューサーから台本を手渡され、約三時間の世界全てが詰まった紫色の冊子を手に北斗は自身の昂ぶりを感じていた。
まだインクを塗りたくられただけの紙の塊。印刷に携わった者を含めてもほんの数名しか触れていないであろうその冊子の表紙裏に『伊集院北斗』と記名をした瞬間、北斗はようやくその作品の主演『ホーク』となる権利を得たのだ。
その瞬間から、北斗の中にホークと言う人物が生まれた。
彼はプラネッツと呼ばれるチームでリーダーとして沢山の人間を率いてきた人物である。率いてきたと言ってもその関係に強い上下関係は存在せず、あくまでも組織としての決定権を持っているのがホークだったという印象を受ける。あくまでも仲間のような、家族のような想いで仲間達の前を歩いていたホークはある日、何も言わずに失踪した。
自身を慕う者達を捨てたのだ。
しかし、物事には必ず理由が伴う。
「次にトマーシュです。彼は台本にも書いてある通り両親の記憶がありません。幼い頃にプラネッツに拾われ、ホークとショウと三人兄弟のように育ってきました。ポジション的には次男ですが、彼がホークにとってのキーキャラクターになります」
選抜されたキャストその初顔合わせ。台本上では書ききれない裏設定などの擦り合わせなどを行う場でもあり、今まさに脚本家及び演出家の頭の中にだけある情報を共有している真っ只中であった。
主要スタッフ達を上座にJupiterとFーLAGSが向かい合い、静かに台本にペンでメモを取っていく。ミーティングルームには舞台監督の声と台本を捲る音、紙にペンを走らせる音だけが響き、ひりついた緊張感を感じさせる。
トマーシュ役の冬馬がペンを手に次の言葉を待つ。監督が紡ぐ言葉だけが真実で、役者はその真実を台本の限ら���た言葉だけで舞台に乗せなければならないのだから一字一句落とすことは出来なかった。
北斗もまた自身の役と密接な関わりがあると聞いてはただ聞いているわけにもいかない。登場人物欄の『トマーシュ』と太字で書かれた部分の空白にペン先を向けた。
「ホークとトマーシュはプラネッツには内緒で仲間以上の関係です。恐らく体の関係もあるでしょう」
ぴたり、書きだそうとした手が止まる。無意識に向いた先で動揺に揺れ動く冬馬と目が合った。
「途中で『俺の頼みだ。それじゃ不足か?』というセリフがありますが、それは恐らくお客さん側からは親しい兄弟の間柄から来る言葉のように思えると思います。二人の関係について言及するシーンはありませんがそのつもりで演じてください」
その間も監督は淡々とトマーシュのキャラクターの背景を話し続ける。冬馬と北斗は思う所はあれど、今はそれに構っている暇はないのだとペンを走らせた。
読み合わせを終えてミーティングルームを出た北斗達は事務所に寄ってから帰ると言うFーLAGSと分かれ、近場で夕食でも食べて行こうかと大通りを駅の方へと向かって歩いていた。車で来ている北斗が使用している駐車場も丁度その辺りで、どうせここからなら方向は同じだからと二人を送っていくことになったのだった。
時刻は19時。夕食には丁度良い頃合いか、店が混雑していなければ良いのだけど。そんなことを思いながら翔太と冬馬の『食べたいものレーダー』を頼りに歩いていると、すんなりと翔太が無難どころとしてファミレスを発見したのだった。
幸いなことに中は思ったよりも混雑は見られず、人数を告げるとすぐに席へと案内される。それも最奥の人目に付かない位置だ。
「あ~~~~~も~~~~~~~なんなのさ~~~~~!!!!!」
荷物を座席に投げ捨てて翔太は壁に寄りかかる。お怒りのご様子だが、その原因はなんとなく想像がつく。演出家の態度だろう。
北斗が兼ねてよりともに仕事をしてみたいと思っていたその人は良い作品を作る事で有名だが、業界の中でも頭一つ抜けて変人であると言うことでも有名であった。実際に会えば、確かに変人である。北斗が今まで会って来た中にも不思議な考えを持つ芸術肌の人間は多数いたが、その中でも頭一つ抜けて彼は変人であった。
「質問はあるかって聞いてきたのはあっちなのに『それは自分で考えろ』って酷くない!?冬馬君だってそう思うでしょ!?」
メニューでテーブルを叩きながら翔太はごねる。冬馬がそれを横からかっさらって「まあな」と共感した。
「確かに今まで会ってきた演出家とは少し違うよな。質問したことへの答えがほとんど『自分で考えろ』だったし、ヒントすらねえ。北斗がしてた質問もホークの役作りの上では重要そうなのにそれに対しても同じ答えだったからな」
「なんだっけ、『ホークがリオンに殺せって言ったのは最愛の人物が死んだからって解釈でいいのか』だっけ」
観音開きのメニューをじっと眺めながら翔太が言う。冬馬も横からそれを覗き込み、どれを食べようかと検討している。
「そうだね。ホークにとってトマーシュが仲間以上の存在……つまり、恋人なんだとしたら、愛していた人物を失った悲しみで自暴自棄になっていたのかもしれないと思ったんだけど、観客側からするとホークとトマーシュが付き合っていることを知る機会がないだろ? 表向きには大切な弟が死んだからという解釈もされると思うから、結局どちらの考えが正しいのか聞いておきたかったんだ」
「で、返ってきたのが『自分で考えろ』な。なんつうか、すげえ無茶苦茶だよな」
「そう? 確かに演出家としては無責任な発言だけど、俺はそれも有りだと思うよ。まずは自分で台本から読み取れるホークを考えて提示して答え合わせをする。そういう舞台の作り方をする人なんだと思うよ」
演出家には二種類の人間はいると北斗は思っている。自分の頭の中を再現したいタイプと役者が持ってきたイメージを整えるタイプ。今回の演出家を分類するならば恐らく後者だろう。だからあえて何も言わなかった。答えを提示することなど至極簡単なことで、簡単だからこそ誰にでも出来る。北斗じゃなくとも彼の頭の中をそっくりそのまま貼り付ければきっと彼の想像通りの芝居をする人間はいくらでも作り出せるのだ。
しかし、それをしないのは少なからず役者を信頼しているからだと北斗は思っている。何故ホーク役が北斗になったのか、その意味を自分で見つけることを彼は期待しているのではないかと思ってしまう。これは尊敬からくる思い込みかもしれない。けれど、今の北斗にはすべての要素が自身を燃え上がらせるものだった。
翔太が釈然としない態度で「ふぅん」と言う。冬馬もまた完全に納得した様子ではなかったが、「とにかく今はやるしかねえだろうな」と、いつも通りの姿勢を見せる。
ピンポーン。翔太の手で押されたベルの音が店内に響き、ややあって店の奥から若々しい女性の参りますと言う声が聞こえてきた。
翔太と冬馬を自宅まで送り届け自宅に帰って来た北斗はシャワーに頭を打たれながら考えた。プラネッツのこと、トマーシュのこと、そしてホークのこと。
台本には一応全て目は通した。通した上で北斗はホークという人間の像を頭に思い浮かべる。
トマーシュの事を一人の男として愛していた。ショウを弟のように大切にしていた。プラネッツのことを自身の居場所で、帰るべき場所だと思っていた。なのに、なぜ彼は何も言わずに姿を消したのだろうか。
台本上には『新しい仕事』だとか『平凡な生活』だとかそれらしい単語が散りばめられているが、それが建前であることくらい演じていなくても分かる。ホークは間違いなく何かを隠している。胸の底に沈んだ感情を誰にも見せず、一人きりで抱え、一人で消えたのだ。
ぬるま湯が北斗の固くなった頭を熱で溶かしていく。幾分か柔らかくなった頭でホークを想ってみるが、どうしても資料で見せられたあの青い衣装に身を包んだ自身の後ろ姿だけがちらついて離れなかった。
もしも……もしも、自分がホークだったならば何を思うだろうか。逆に言うなら何があれば"Jupiter"を去る覚悟が出来るのだろうか。翔太を置いて、戻って来いと諭してくる冬馬を置いて。
北斗にはそれが分からない。Jupiterは今の北斗にとってはなくてはならない場所だ。ピアニストの夢を諦め、虚無に陥った自分のヒビだらけの心をファンの笑顔が癒し、冬馬と翔太が満たしてくれた。二人が居なくなれば再びこの心は空っぽになってしまうだろう。
肌についた水を丁寧にバスタオルで拭き取りながら北斗はぼーっと考え続ける。
明後日には稽古が始まってしまう。それまでには自分なりの"答え"を見つけなければならない。ホークは一体何を考え、どう生きたのか。
リビングに戻るとテーブルに置きっぱなしにしていた携帯電話が震えていることに気が付き、すぐに名前を確認した。天ヶ瀬冬馬、先程まで顔を合わせていた人物からである。
通話ボタンとスピーカーボタンを押してソファに腰掛けると、電話口から冬馬の『もしもし、北斗か?』という声が聞こえてきて、北斗はタオルで頭を撫でながら「そうだけど、どうしたの?」と応対した。
『いや、なんかお前今日別れる時なんか考えこんでそうだったから気になってな。尊敬する演出家の作品だから気合入ってんのは分かるけど、あんま無理すんなよ』
ベッドで横たわりながら通話しているのか、会話の中に時折スプリングが軋む音が混じる。北斗はほう、と息ついて、一先ず礼を言った。
「役作りの事で悩んでいてね。どうしたものかと思っていたところだよ」
『役作りって、質問してたところか?』
「それも含めてだね。冬馬の方はどうなんだ?」
思えば、彼も帰路でトマーシュという男についてうんうんと頭を悩ませていた。性格は理解できるし、きっと自分がこの立場でもホークを連れ戻そうとしただろう。そんなことを言った冬馬が結局何に悩んでいるのか聞く前に彼の自宅に着いてしまったのだった。
『まあ、気合でなんとかなるだろ。けど、一個だけわかんねえんだよな』
「わかんないこと?」
北斗が疑問符を返すと、彼は小さく首肯の音をマイクに乗せる。
『お前も言ってたけどさ、ホークとトマーシュが仲間以上の関係っつーなら、トマーシュがホークを呼び戻そうとするのもそれが理由なのかって考えてた』
淡々と、冬馬は頭の中の考えを整理するようにそれを口にする。
「なるほどね。冬馬はどう思うんだ?」
『分かんねえ、けど、』
もし俺がトマーシュだったら、何も言わずに出て行った仲間の事を放っておかねえと思う。
そう冬馬は言う。どこか決意にも似た強さを秘めた声音だった。
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ごはん2書き下ろし没
「で、結局何の話してたんだよ」
スポーツカーの狭い車内で冬馬がまるで家のようにだらける。その姿からはアイドルを彷彿とさせず、ただの顔が良い男子高校生という感想を抱く。冬馬はそのままくああ、と大きな欠伸をして運転席の北斗をミラー越しに見つめた。
「気になる?」
「お前と親父が話すことなんてどうせ俺絡みのことってくらい分かってんだよ。白状しろ」
運転中なので控えめに腕を抓られて北斗は苦笑する。まるで子供のようだ。北斗からしてみればいつも年下相応の可愛さがある冬馬だが、父の前だからか一段と安心した態度を取っている気がした。
すると、後部座席に座っていた彼の父がゆるりと口を開く。
「Jupiterのことだ。お前も北斗君と翔太君のことは大事にしなさい。友は一生ものだからな」
「はあ? んなこと言われなくても……」
はっとなって冬馬が言葉を噛み殺す。しかし途中まで出た言葉はその先を想像するに容易く、北斗は思わずミラーから顔を逸らした。
「……北斗」
「なに?」
「笑ってんじゃねえぞ」
ごめん、と半笑いで言った所で反省の色は無く、北斗は腹の底から溢れる笑いを必死に堪える。彼の父の前で大仰な笑いをするのは美しくない。けど、リーダーの珍しい言葉を当たり前に受け取れる程北斗は彼に対して無関心ではないのだ。
いつかこの気持ちも思い出になる日が来るのだろうか。その日を思えば寂しくて、憂鬱になる。
けど、それ以上に今が楽しくて、幸せで、先に続く途方もない道をJupiterとして、冬馬の特別として生きていけることを喜ばしく思った。
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初めて書いたやつ5
人は初めて会った瞬間に直感で「この人とはきっと相性が良い」ということを感じるものだと昔バラエティ番組で言っていたのを思い出す。あの時は「へえ、そんな運命みたいの事本当にあるんですね」なんて驚いたフリをしたけれど、北斗もその直感には身に覚えがあった。
冬馬と翔太を初めて見た時の直感、死んでいた人生が蘇るかもしれないという期待、全てを感じさせる冬馬の燃えるような瞳。あの時の感覚を直感と言うなら、きっと冬馬が感じた物も同じだ。ただ「違う」と思っただけで、それ以上でもそれ以下でもない。
「冬馬」
彼にとっては理由なんて関係ない。Jupiterは冬馬と北斗と翔太の三人であるべきだから三人でいる。そこにいるのは北斗以外ありえなかったから身を賭してでも助けに来てくれた。彼の中に自分が存在している。同じように北斗の中にもなくてはならない冬馬という人間が存在している。その事実だけで北斗と冬馬の間には切っても切れない繋がりがあるのだとやっと自覚した。
「好きだよ」
零れるように出た言葉は偽物などではない。北斗自身の意志で明確に冬馬に当てられた言葉だ。皿を拭いていた冬馬は一瞬、何を言われたのか理解できないといった顔をしたが、急に張り詰めた空気を感じ、北斗の瞳の奥を見据えた。
「冬馬のことが好きなんだ」
全てが愛おしいと思った。冬馬が自分を認識できないと分かった時は生きている心地がしなかった。置いていってしまったと気付いた時、ソファで蹲る彼を抱きしめて後悔した。言わなければ誰も傷つかなくて済むと思っていたのに、言わないことで彼を傷つけてしまったのだ。
臆病になっていた自分自身は置いてきた。自分の手で閉じ込めていたこの想いはきっと押し込めることなんて出来やしなかった。
冬馬はしばらく何も言わなかったが、少しして「俺も」と簡潔に応答した。
それだけでいい。その言葉だけで十分だ。彼からの愛情は言葉にせずともしっかりと伝わっている。自分からはこれからゆっくりと伝えて行こう。だから今は右側にある彼の体温を感じながら一言告げるだけで。
次の日北斗は狭いベッドの中でめいっぱい壁に押し付けられたまま目を覚ました。横を見るとどこか苦し気な冬馬の寝顔。その少し下には冬馬の体にへばりつく翔太が見えた。
そう言えば、確か寝る段になって客用の布団が無いことを思い出して「俺はソファで寝るから二人はベッド使いなよ」と申し出たが、お前はこっちだとみるみるうちにベッドに押し込まれ、ソファに行こうとする冬馬を翔太と二人で引きずり込んだのだった。一人用のベッドに男三人は厳しかったが、冬馬が翔太の抱き枕にされることでいくらか身じろぎのできる程度にはスペースが空いていた(冬馬は寝辛かっただろうが)
二人を起こさないように気を付けてベッドを降りると、翔太がむにゃむにゃ言っているのが聞こえた。
日差しを入れようとカーテンを開け放つと、ベランダの椅子の上に三つの鉢植えを見つけて外に出た。春にしては少し冷たい風を受けるそれらを持ち上げて「おはよう」と挨拶すると、揺れた植物達が返事をしてくれた気がした。
「・・・ほくと」
鉢植えを部屋内の定位置に戻してやると、ベッドからぼやけた声が聞こえてそちらを見る。冬馬が目を覚ましたらしい。翔太に絡みつかれて動けないまま北斗に助けを求める。
「こいつどうにかしてくれ・・・」
「ふふ、そればっかりはどうしようもないな。まだ時間あるから二度寝しててもいいよ」
身動き取れないことをいいことに頭を撫でてやると不満そうな声が上がったが、もう一度「ね?」と言うと静かになったので今がチャンスだと額に口づけると、今度こそ何も言わずに枕に顔を伏せてしまった。
さて、お詫びも兼ねて久しぶりに料理を振舞うことにしよう
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初めて書いたやつ4
北斗がいない間の行動を見ていたからこそそれが愛おしくて、腹だけじゃなくて胸までいっぱいになる。どれだけたまらなくさせれば気が済むのだ。このままだと胸が破裂して純粋な気持ちもやましい気持ちも全て溢れてしまいそうだ。
結局、散々翔太にいじられながらも食事は進み、食べ終わってもなおこの時間が終わるのが名残惜しいと思った。皿の上の米粒一つ残さずたいらげて洗面台に運ぶと、「あ!」と翔太が思い出したように拳を打ったので、冬馬と二人でどうしたどうしたと翔太を見る。
「僕今すっごい甘いものが食べたいんだよね!ほら、やっぱり辛い物食べた後って甘い物食べたくなるでしょ!?」
「はあ!?甘い物ならヨーグルトが冷蔵庫に・・・」
「アイス!!僕アイスが食べたいんだよ!それもハーゲンダッツの!ね、いいでしょ?北斗君、僕買ってくるからさ!」
カレー皿を洗面台に置いて水で流した翔太が北斗に何かを訴えるような瞳で言う。若草が揺れるような瞳を見ていると自然と翔太の考えていることを頭が理解して、この子には敵わないな、と笑った。
「なんでも好きなのを買ってくるといいよ。迷惑かけちゃったから、冬馬にもね」
誰よりも敏い子だと思った。この無邪気さと愛らしさの前には冬馬も北斗も逆らうことは出来ない。守ってあげなくても自分でいつかは独り立ちしていける強さを持っている。巣立ちを前に寂しいと思う日が来るのだろうか。それはそれで嫌だなあなんて考えていると、「北斗君も一緒に食べようよ、マンゴーの奴あったら買ってくるね」と言うので、まだまだ三人でいられる時間の方が多いと思い改めた。
翔太が「ごゆっくり~」という言葉を残して家を飛び出していったので冬馬が頭に疑問符を浮かべていたのを捕まえて一緒に皿を洗おうとキッチンに引きずり込んだ。しばらく困惑の色を見せていたが、一度スポンジを手にすれば料理をする者の人格が瞳に宿った気がした。
慣れた手つきで皿をスポンジで洗い、泡だらけになったものを北斗に渡してゆすぐ。絶妙なコンビネーションで皿洗いをしていくと、みるみる洗面台の皿はピカピカになっていった。この食器達も久々に使用されて喜んでいることだろう。北斗はなかなか家で自炊することはない。作ろうと思えば作れるのだが、いかんせんこの片付けの段が面倒なのと、材料を余らせた時に困るのとでそれならば外食でいいやと街に繰り出してしまうのだ。だからこそいつも整っているキッチンに真新しい水滴が飛んでいるのを見ると生活感を感じて嬉しくなった。それも、使っているのはあの冬馬なのだ。
「冬馬」
「んー?」
濡れた皿を一つ一つ丁寧にタオルで拭いている冬馬は意識半ばで返事する。眠い訳ではないようなので、何か考え事をしていたのだろうか。
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初めて書いたやつ3
「写真、保存されてるの見ちゃった。北斗君の変態」
「翔太なら見られても良いと思ったんだけど、そう言われると少し恥ずかしいな」
北斗の携帯のカメラロールにはイベントの度に撮るJupiterの思い出が沢山入っている。ビーチで居眠りする翔太や大輪の花火に大はしゃぎする冬馬の写真が収められていた。懐かしいと思えるものもあれば最近のものもあり、翔太は幼稚園のアルバムをめくるかのように画面をスクロールしていったのだった。
翔太が気になったのは冬馬の写真だった。仕事柄彼の写真やピンナップを見ることは多いし、それ相応に技術のあるカメラマンにも出会ってきた。なんとなくだが、この人のはきっとうまいんだろう、とか、この写真はこういうところが評価されるだろうとかその程度なら翔太の浅い知識でも理解できるようになった。
Jupiterを飛び出してやった選抜ライブを終えて駆け寄ってくる時の冬馬、鍋に向かって真剣な表情を向けている冬馬、夕方の海辺でレンズに向かって笑いかける冬馬。いくつもの彼の写真は上手いとも言えないし、下手とも言えない。ただその場面を切り取っただけのポートフォリオだが、翔太は今まで見てきたどの写真よりも天ヶ瀬冬馬という人物を理解していると思った。
「北斗君見てる時の冬馬君って、あんなにきらきらしてるんだね。ライブしてる時とは全然違ってびっくりした。あんな写真が出回ったら冬馬君のファンの子達みんな卒倒しちゃうよ」
愛おしげに向けられた眼差しは到底仲間に向けるようなものではなく、きっと誰が見ても彼の恋人の存在を予感させた。そして、その眼差しの先にいるのが北斗であることなど翔太でなくとも分かる。北斗は冬馬の魅力を十分に引き出し、冬馬は無意識ながらも北斗に愛を伝える。
うんざりするほど完成した両想いじゃないか。その癖お互い想いを伝えようとしないのだから本当に面倒くさい。
翔太は足をぱたぱたと地面に叩きつけてストレスを発散する。やだやだ、やだやだと呆れ返った声音で繰り返す。
「冬馬に伝えようと思うんだ」
ぱた。足が止まる。無音の中に包丁がまな板を叩く音がして、そろそろ呼ばれるかな。なんてことを思う。
「きっと、翔太には気まずい思いをさせることになると思う。迷惑はかけないようにするけど、それだけは許してくれるかな」
背中を向けている為、北斗の表情を覗くことは出来ないが、きっと想像通りの顔をしているのだろう。伊集院北斗とはそういう男だ。かっこいいにかっこいいを重ねて、かっこいいでコーティングしたようなどこを撮ってもかっこいい男。情けない所も翔太は知っているが、彼がひた隠しにすると言うなら付き合ってあげることにする。
「・・・もっと僕の写真も撮ってくれるなら、いいんじゃない?」
少し不愛想になってしまったかもしれない。学校だったら印象が悪いと悪評を広められてしまっていただろうが、北斗と冬馬相手なら問題は無いだろう。きっとこの言葉の意図も分かってくれる。
「ありがとう、翔太」
今日はきっと、大好きな人と大好きな人が幸せになる日だ。
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初めて書いたやつ2
ふと、冬馬はかつての自分のことを思い出した。
母が亡くなった日の夜、父がリビングで嗚咽を漏らして泣いているのを聞きながら母の部屋に入った。夜の空気に染められた母の部屋は今朝と何一つ変わらず綺麗に片付いていたけど、どうにも足りないと幼いながらに思った。具体的にそれが何かは分からないが、母の部屋として機能していたこの空間は今日をもってその意味を失ったことだけはなんとなく理解していた。
そして、その部屋を見た瞬間冬馬はやっと「母はもうこの家に帰ってくることはない」と察し、逃げるように自室に引きこもった。
母がいたはずの自分の人生の穴が怖くて、気付かないフリをして空白に自分を押し込んだ。洗濯も料理も掃除も全て出来るようになった。母がいなくても大丈夫だと思い込んだ。
北斗のあの部屋に既視感を抱いたのはきっと無意識に母の部屋と重ねてしまっていたからだった。家主を失った空間はどうすることも出来ずに主人を待つ。永遠とも言えるその寂寥を北斗の部屋から感じてしまった。
ピアノを喪失した北斗と母を亡くした冬馬、どちらも大切なものを失ったにもかかわらず同じにならなかったのは性格故か。もしも母の愛の代わりに女を求めていたなら、空白を自分で補うことをしなければ、冬馬は北斗のようになっていたかもしれない。
ただ一つ言えることは、愛を求め続ける者に手を伸ばしたいというこの感情を恋と呼ぶのならば、冬馬は間違いなく北斗に恋をしていた。
それを自覚したのが一年前、秘めた恋心を胸に押し込めて彼がJupiterに愛を求めてくれればいいと思っていた。だが、彼はJupiterとしての居場所を確立しながらもファンたちに無償の愛を振りまく。エンジェルちゃんと呼ばれる者たちにその瞳の青を向け続けた。
勘違いをするファンがいるからやめろと言ってもきっと北斗はやめられない。やめたところでファンではない女性に愛を求め、また同じように病的なまでに依存させてしまう。彼が同じように愛を求め続ける限り。
「ここでいいですか?」
ぼーっと考え事に耽っていた冬馬は運転手のしゃがれた声で現実に戻ってきた。慌ててチケットを差し出し、タクシーを降りる。
見慣れた看板の弁当やの脇にある階段を上がっていくと、やや古臭い半透明なガラスに「315プロダクション」と書かれた扉に直面する。扉の前で耳を澄ませてみると、中からは微かに話し声がしていて、誰かがいることは分かる。電話では翔太も着いたと言っていたし、プロデューサーと翔太、あるいは事務員の山村賢が話をしているのだろうか。
ふうと一息ついて扉をあけると、向こうには予想通り翔太とプロデューサー、そしてお盆にお茶を三つ乗せた賢がいた。翔太はソファでくつろぎながら携帯電話に視線を落とし、プロデューサーは壁に向き合ってスケジュール帳に何かを書き込んでいる。電話中なので恐らく内容は仕事についてのことだろう。
「HEY! ミスターあまがせ!」
「冬馬君お疲れ様ー。僕、待ちくたびれちゃったよ」
賢で見えなかった席に座っていた類が冬馬に気付くと、ソファから身を乗り出して手を振った。翔太も液晶から顔を上げ、ひらひらと手を振る。冬馬も手を上げて返した。
賢がすぐに追加のお茶を持ってくると微笑み給湯室に消えていくのを見送りながら応対スペースで待つ翔太と類の元へ向かった。
「舞田さんも呼ばれたんすか?」
「Notだよ。俺はこれからミスターいせやとWorkに行くから寄っただけなんだ」
「北斗も行くはずだった奴か・・・」
「プロデューサーちゃんが調整してくれたから今日は北斗がいなくてもNo problemだよ」
寂しいけどね、続く類の言葉は明るいようでいて切なそうに感じる。北斗が消える直前まで一緒にいた人だ、それも冬馬よりも遥かに付き合いの長い存在でプライベートでも仲良いアイドルだと北斗が挙げる程の人間である。類にとってそんな付き合いの深い友人が目の前で突然消えた。心配じゃないわけがない。
冬馬も人並みに嫉妬はする。北斗に初めて類を紹介された時、新しい後輩が出来たことに喜びを感じると同時に「自分の知らない北斗を知る人物」を目の当たりにして少しだけ胸の奥が痒くなった。しかし、何度か話していく内に冬馬の中にもまた類の知らない北斗が存在していることを知った。類は北斗が変わったという。その理由がジュピターであり、冬馬だと言う。冬馬はそれがいまいち信じられなかったが、そうであってくれたら嬉しいと思った。そしてそれと同時に類が北斗に向ける感情と冬馬が向ける感情は似ているようでいて違うが、北斗を大切に思っていること、北斗を取り戻したいことだけは間違いなく同じだった。
電話を終えたプロデューサーが謝りながら戻ってきた。冬馬に着席を促すと、同時に類が席を立つ。
「ミスターあまがせ、ミスターみたらい、北斗のことよろしくね」
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初めて書いたやつ1
薔薇の香りがした。吐き気がするくらい甘ったるくて、作られたような香水の香り。男が普段使いしたがるようなものではないそれは、すぐ左隣で雑誌を読み耽っている男から漂っているもので、記憶が正しければ彼本人のものではなかったはずだ。
「・・・北斗、今日、香水のにおいするぞ」
冬馬が不機嫌を前面に押し出して言うと、雑誌に視線を落としていた彼がぴくりと肩を揺らして顔を上げた。
「マジで?シャワー浴びたんだけど・・・ゴメン」
申し訳なさそうに眉毛を垂らす彼はそう言うと、服の袖をすんすんと嗅いだ。
「もしかしたらさっき来る途中で会ったエンジェルちゃんのかも。俺が来るの分かってたみたいで、突然抱き締められたんだよ」
彼の薄い唇から次々と紡がれる言い訳を冬馬は心底どうでもよさげに流すが、その実頭の中は苛立ちで溢れていた。北斗が元々こういう性質だということは出会った時から分かっていたことだ。「エンジェルちゃんが喜んでくれるならなんでもいいんじゃない?」と、投げやりかつ甘えた態度に辟易していた過去を思い出すと、冬馬はしばしば今の北斗と比べてしまう。随分丸くなったというか、仕事に対して真摯になった。以前ならばいちいち目線で訴えなければエンジェルちゃんとやらをまいてくれなかったものの、今は冬馬が言わずとも仕事の支障の出ない程度に留めてくれている。
それを指摘すると「大切なものができたからね」と誤魔化されてしまうが、実際行動に出ているのだからそれ以上言及することはしない。
「お前そういうのはちゃんとプロデューサーに言っておかないと後々面倒なことになるかもしれないぞ」
「もちろんもう伝えてあるよ。ただ、折角俺に会いに来てくれたエンジェルちゃんなのに、なんだか申し訳ないな」
「んなこと言ってるといつかそのエンジェルちゃんとやらに刺されるぞ」
「ははは、冗談」
優しい男だ。色んな女にいい顔をすることによって傷つく人がいることを知っていながらもそのスタンスを貫き通す優しくて、残酷な男。空っぽの自分を埋めるように他人を求めて、その癖臆病になって踏み込むことなく逃げてしまう。
事件が起きたのはそれからちょっとした時だった。
件の出待ち少女が再び北斗に会いに来たのである。それも仕事を終え、今家に入ろうとしていた時にだ。
冬馬はその事件のことを詳しくは知らない。961を辞めて315にまだ所属していない時の出来事だから、北斗から聞かない限りは誰かの仲介で聞くことはない。
いつも通りライブで箱入りした北斗が珍しく険しい顔で「冬馬と翔太に聞いてほしいことがあるんだ」と言ったので、翔太が何事かと首を傾げていた。
「実は昨日家の前までファンの子が来ててね。どうやらついてこられていたらしいんだ」
「つまり、北斗君の家がバレちゃったってこと!?」
「そうなるね。刺激させないように諭したからまだ良かったんだけど、もっと過激な子だったら危なかったかもしれないな」
「家まで来ちゃう時点で十分過激だよ! 警察には言ったの!?」
「彼女を送った後にね。けど、警察は何かが起きてからじゃないと動いてくれないから・・・。俺も今後は気を付けるけど、冬馬と翔太も気を付けて。特に冬馬」
「なんで俺なんだよ・・・」
冬馬が不機嫌そうに言うと、北斗はまたいつもの柔らかな表情に戻って、
「だって冬馬、スーパーで顔見知りになったおばさん達に『この辺に住んでるんだ』とか言いそうだし」
「言わねえよ!」
その場は冗談を言い合って終わったものの、冬馬はライブを終えて帰ってからもその時のことがぐるぐると頭を巡っていた。
Jupiterはユニットになれば強大な力を発揮するが、それ以前に各々も魅力的だ。翔太は彼を弟や孫に近い存在だと認識する人たちからは絶大な人気を誇っているし、冬馬も若者の男女にそこそこに人気があると思っていた。北斗も例外ではなく女性達からの人気は冬馬も負けるほどなのだが、ファンたちへの距離の近さのせいか、時折勘違いした女子が北斗と自分は付き合っていると勘違いする問題が発生することがあった。
もし北斗に会いに来た少女が凶器を持っていたら?北斗は今頃どうなっていただろうか。
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ごはんレジェ回とFRAME回の間の没
ぱちっ、ぱちっ。薄刃のニッパーがプラスチックを刎ねる音がする。
早めに仕事を終えて家に帰ってきた冬馬が時短だらけの晩飯を適当に胃に押し込み、テーブルの前で胡坐をかく。左手には白く細い棒状のプラスチックが交差したプラモデルの部品シート、右手にはニッパー。数か月ぶりの至福の時である。
着色前のそれらを一つ一つ丁寧に切り落とし、無くさないように切った先からテーブルの上に並べていく。掃除が面倒にならないようにゴミはどんなに小さい物でも?き集めてビニール袋へ。
数十分近く部品を切る作業に持っていかれているが、時折目に入る箱に印刷された完成形のものを見れば今すぐにでも対面したいと思うのが男心というやつである。今日中に完成させるのは無理だろうが、それでも一秒でも早く会いたい。
「はー………」
集中力を研ぎ澄ませた行動を一つ終える毎に小さく息を吐くと、テレビも付けていない無音空間にその声は大きく響く。
そう言えば、自分は今この家に一人しかいないのだった。
当然の事なのだが、ここ最近は諸々の縁あって妙に人が居付いているおかげで我が家に誰もいないのはなんだか違和感がある。それ程までに仲間がわざわざ足を運んできてくれていると言う事実を有難く思いながらも冬馬は少し、ほんの少しだけ寂しいと思う自分がいることに気が付いていた。死んでも言わないが。
テーブルにニッパーを置くと思った以上に大きな音がして自分でもびっくりする。
「……明日の朝はフレンチトーストでも作るか、確かはちみつと牛乳あったよな」
わざとらしく誰に言う訳でもなく声に出してみる。無音。
「今の内に準備しとくか!!!」
わざとらしく家中に響くように大声で言ってみる。無音。
「……ん?」
不気味な程静かで暗い廊下にパタタッと子供が駆けたような音がした気がして冬馬は傍に合ったボタンに手をかける。細長いそこが橙色の明かりに照らされたがフロアタイルが広がっているだけだ。
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プチアンソロエピローグ没箇所
「欲しい物? 今はねえな。スパイスも足りてるし」
番組収録の待ち時間、ケータリングのサンドウィッチを頬張りながら冬馬が何食わぬ顔で言う。ぱりぱり、間のレタスが噛まれる度に小気味良い音を立てて空腹を伝染させる。
2月下旬。バレンタインデーと誕生日という一大イベントを同時に終えた北斗にとって次に待ち受けるのは一年の中でも一位二位を争う大イベント、恋人である天ヶ瀬冬馬の誕生日である。
恋人と言っても世間一般的に言うバカップルとは大きくかけ離れている二人はどちらかと言えば恋人と言うよりもとても親しい間柄と称した方が妙に納得がいく。それ故に付き合いたての頃は初々しいカップルの如く誕生日にあの手この手でどう喜ばせてやろうかと画策していたにも関わらず、落ち着いてみるとサプライズで何かしら相手が喜びそうな物をプレゼントするよりも、事前に『次の誕生日何が欲しい?』とムードの欠片も無い事前チェックと共に相手が欲しがっている物をプレゼントする方が良いではないのかという結論に至った。大きな要因の一つとしては毎年誕生日の時には事務所、ユニットをきってのサプライズバースデーが行われるということも関係している。サプライズの上にサプライズを重ねるのは流石にくどいし、準備にも骨が折れると思った。
と、まあそんなことがあり少し前から���互いの誕生日の際には欲しい物を聞き合っているのだが……これは困った。
去年の誕生日の時には『丁度良かったぜ! スパイスが大分無くなってきてるから今度買い物付き合ってくれ!』と引っ張って行かれ、さながら古商店のようなところで小一時間程ずらりと並んだ小瓶を吟味する冬馬に付き合ったものだ。北斗からすれば総じて何らかの粉、或いは何かしら実なのだが、冬馬にとっては砂金にも近しいものなのかもしれない。あまりにも真剣に見入っているものだから微笑ましくて『フェンネルとクミンとフェネグリークと…』と、呪文のように欲しい物を並べ、どれにしようかと悩む冬馬の手の中の小瓶を全てカゴに入れたのだった。
ところが今年は特にないと来た。
今を瞬くアイドルの一人として彼は同年代が日々文句を言いながらも勤しんでいるであろうアルバイトの給料よりも遥か上を行く給料を貰っているだろうから、自分で買えるしと言われてしまえばそこまでだが、やはり恋人としては愛する者が生まれた日に感謝して何かを贈りたいものである。
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3rdカレイド見た勢いで書いたやつ
その日の自分は柄にもなく緊張していたと思う。
久しぶりの大きな舞台に中てられたからかもしれない。無意識に震える掌をぎゅっと握る、開く、握る。しかし変わらず腕の付け根から発生する震えが享介の両手を犯していた。
こんなに緊張したのはいつぶりだろう。サッカーをしていた時は緊張以前に悠介が無理をしないか、どうすればチームを勝利に導くことが出来るか、そんなことで頭が一杯で緊張のきの字も感じたことが無かった。
しかし、早朝に会場入りした享介は先に舞台の上でリハーサルをするJupiterの三人を観ながら肌の下を蠢く不安を感じていた。これだけ広い会場が数時間後には満席になる。いつか見た光の海はさぞ綺麗なことだろう。
けど、
「享介? コワイ顔してるけどどうした?」
悠介がひょっこりと顔を覗かせる。自分と同じ顔を傾げる彼の表情に緊張は浮かんでおらず、むしろこの後見ることになるだろう景色が楽しみで仕方が無いと言った様子である。
Jupiterのリハーサルを見送った後、舞台裏にやってきた享介は『カレイドTOURHYTHM』のリハーサルまでの時間を持て余していた。事前に貰っていたスケジュール通りに進んではいるものの、全体曲からWの出番までは10曲以上空くため、観客席に腰掛けていると胸の中で燻ぶるライブへの欲や昂ぶりが燻ぶってしまうのではないかと思ったのだった。早く来たら来たで音漏れを聞きながら舞台袖でもだもだするだけの時間を過ごすことになってしまったのだが。
そんな矢先にやってきたのが双子の兄であり、同じユニットの相棒でもある蒼井悠介だった。リハーサル前に見当たらない弟を捜すべく楽屋からケータリングコーナー、通路など様々なところを彷徨っていたようだ。
「悠介こそどうしたんだよそれ、顔になんか付いてるぞ」
「えっ!? うわ、ケチャップだ……さっき下でケータリング貰ってきたからその時付いたのかも」
そう言って悠介は唇周りを指先で拭う。口元に付いていた赤い液体は見えなくなったが、指先で拭うだけでは到底足りないだろう。まだメイク前なのでいくらでも顔は洗えるからいいものを。
「ったく、気を付けろよ。今はまだ大丈夫だけどメイクさんに迷惑がかかるんだから。カレイドまでまだ時間あるから顔洗ってきなよ」
「へへ、サンキュー享介!」
軽快な足取りで舞台裏を去っていく悠介。恐らくトイレに向かったのだろう。ここからそんなに距離の無い場所だから彼がまた変な寄り道をしない限りはすぐに戻ってくるはずだ。
それにしても……まさか表情に出ていたとは思わなかった。
握っていた拳を広げる。じっとりと濡れた掌が僅かに震え、緊張を訴えている。が、享介にはその緊張の原因が分からなかった。
今日に至るまで悠介や315プロダクションの人達と共に練習を重ね、最終のダンス練習でも講師から満面の笑みでオッケーを貰った筈だ。
手応えはある。一年前の合同ライブよりもずっとクオリティが高い自信もある。不安なことは何一つ無い。……無い筈なのに。
震える手をぐっと握りしめると、幾らか震えは収まったがそんなものその場凌ぎであることくらい自分が一番よく分かっていた。
ややあって顔を濡らした悠介が照れ笑いを浮かべながら戻ってきた。聞けばハンカチを忘れたので仕方なく着ていたジャージで拭いたのだと言う。濡れて色の変わった青いジャージをひらひらさせる悠介に、享介はいつも通り『仕方ないな』なんて。
「………………いつも通り、最高のステージに………」
「享介?」
「ほら見ろ翔太! Wの二人もう揃ってんじゃねーか!」
不意に楽屋に続く通路の奥から芯のある声が通ってきて、咄嗟に二人は声の方向を向く。先程リハーサルを終えて一度楽屋へ戻ったであろうJupiterの三人が手を振ったりお決まりのポーズを見せたりと各々Wに挨拶をしながらこちらに歩みを進める。中央を歩いていた冬馬が、「ずっとここにいたんすか?」と言うので享介は小さく頷く。
「なんか落ち着かなくてさ。とーまくん達何かあったの?」
「それが翔太の奴、さっき朝飯食ったばっかなのにケータリングの前通ったら腹減ったとかぬかしやがるんで、時間がねえからって引きずって来たんすよ」
「だってご飯の匂い嗅いでたらお腹が空いたんだもん。冬馬君だって食べたそうに見てたじゃん」
「俺は……ッ! 後で何食おうか考えてただけだ!」
相変わらず冬馬と翔太は仲が良い。ステージの上に立てば途端に事務所の仲間であり、芸能界の大先輩に変わるのだが、こうしてみると歳相応である。そう言えば二人とも年下なのだった。
一方でJupiterの最年長に当たる北斗は口論する二人を生暖かい表情で見守っている。言葉にするならば『今日も二人が元気そうで何より』とか考えてそうな、そんな顔。
事務所全体で見るならば彼もまだまだ若者に分類されるのだろうが、いかんせんその落ち着いた態度と重ねてきた経験から二人に比べて歳不相応の印象を受ける。
彼が細長い脚を動かし騒がしい二人の横を抜けると、それに気付いたのか口論を続けていた冬馬と翔太が口を止めたのだった。
「Legendersのリハーサルが終わったみたいだ。MCの調整もそんなにかからないだろうからそろそろ準備しよう」
ね☆ なんて仲間に向けるには整い過ぎたウィンクを飛ばし、北斗はステージの方を指差す。丁度リハーサルを終えたLegendersが「お疲れ様です」とスタッフに声を掛けているところだった。
『カレイドTOURHYTHM』のリハーサルは滞りなく、むしろ事前に五人で確認点を擦り合わせたおかげで予定よりも早めに終わった。衣装を身に纏わずに上がる舞台からはまた違った景色が見えて不思議だ。先にリハーサルを終えた彩やCafe paradeの面々が先程享介がいた客席に腰掛け、JupiterとWのリハーサルの様子を眺めている。たまに言葉を交わし合ったりして、遠くから見ていても和やかな雰囲気を感じ取れた。
「享介さん」
舞台裏に戻って来た享介の肩を叩くのは冬馬である。見れば歯に何かが引っかかった時のような微妙な表情を浮かべ、「あの、」と。
「その、こういうのもアレっすけど、何か不安なこととかあるんじゃないかって思って。別にカレイドのことじゃなくても気になることがあるなら話してほしいっつうか……」
頭を掻き乱しながら冬馬は考えが上手く形にならないことに言葉にならない声をあげる。彼なりに様子のおかしい享介を心配しているのだろうが、きっと慣れていないのだろう。それでも拙い言葉で心配を口にする彼の気持ちは素直に享介の胸に響いた。
享介は静かに口を開く。
「ううん、別に不安があるってワケじゃないんだけどさ、さっきから手の震えが止まんなくて。ホラ」
そう言って享介は微振動を続ける両掌を冬馬に見せる。まるで蛇に睨まれた蛙のように情けなく震えるそれの原因は享介には分からない。自分達は今まで続けてきた練習の成果を存分に発揮し、最高のプレーを見せればいいのだからやることはいつだって、どこだって変わらないのだ。
すると、冬馬はかはっと息を漏らして「享介さんでも緊張するんすね」と言った。
「あはは、なにソレ、俺達だって試合前は緊張する時もあるよ」
「いや、意外だなって思っただけっす。俺が知ってる享介さんはいつもピッチの上で堂々と自分達のプレーをしてたんで」
「サッカーしてた時は緊張しても試合が始まったらそれどころじゃなかったからさ」
ピッチを踏んだ時の感触、雨のような歓声、高鳴る心臓、悠介と目が合った時の"繋がった"感覚。そのどれもがアイドルになってからも薄れることはなく、享介の中に残っている。そしてそれはずっと……一生消えることは無いのだろう。
「なら、きっとライブも大丈夫っすよ」
冬馬はなんてことないように言う。享介にしてみれば本番で失敗の種になりかねない緊張をそんな簡単な一言で放る彼に「いやいや」と物申したくなったが、人生においてはこちらが先輩でもアイドルにおいては彼の方が先輩である。きっと何かしら今までの経験に基づいた結果の発言に違いない。
そう思って続く言葉を待つが、彼の中ではそれで終わったのか快活な笑みを残して去って行ってしまった。あ、漏れた言葉は冬馬を引き留める音にはならず、舞台上の音に掻き消された。
リハーサルを全て終え、束の間の休憩時間にやってきたのはケータリングコーナーである。腹が減っては戦は出来ぬ、なんて言葉を掲げた悠介に連れられ部屋に入ると、途端に奥から食べ物の芳しい香りが漂ってきて腹が鳴った。
自身の欲望の赴くまま皿の上に食べ物を乗せていく。とは言え本番前である。腹いっぱいに食べ物を詰め込めばこの後待ち受けるのは悲劇ばかりに違いない。そんなことも気付かずほいほい食べ物を乗せていく悠介に釘を刺し、程良い量を乗せた皿を持って席に着いた。
「冬馬の言おうとしていたこと分かるかもしれないな」
間もなく腹ごしらえをするべくケータリングコーナーにやってきた北斗と翔太が悠介と享介の隣に腰掛ける。翔太の皿の上は大概だが、北斗のはそれに比べて些少である。記憶が正しければ彼は細長いスタイルに反してよく食べていたと思うが、やはり本番前は控えめなのだろうか。
黙々と食しながらも無意識に北斗の皿の上を見つめていると、視線に気付いたのか彼が『さっき冬馬と何話してたの?』と声をかけてきたのだった。そして先程のセリフに至る。
北斗は持ってきたものをあっという間に平らげ、組んだ手の上に顎を乗せた。彼が良く見せる人を見守る暖かい瞳。
「大丈夫って理由のこと?」
「そう。と言っても、冬馬は直情的に考えることが多いから本当は理由とかなくて、ただ"憧れの蒼井兄弟なら大丈夫"って思ってるだけかもしれないけどね」
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担当が書きたかったやつ
今回の仕事をプロデューサーから聞いた時、真っ先に浮かんだのは双子の兄の悠介の姿だった。同じ顔をした相棒。『息ぴったりだね』と言われるのは当たり前で。
いつも隣に居る筈の悠介がいない。とすると、"双子"としてのパフォーマンスは期待されていない。じゃあどうする? どう仕事に向き合おうか。
そんな時目の前に現れたのは事務所の先輩であり業界の大先輩でもあるJupiter。中でも今回の仕事に合う空気を持ち合わせた人物、伊集院北斗は一見してスマートの権化のような男だった。
生まれ持ったであろう高身長、長い脚を欲しいままに彼は過去にモデルの仕事をしていたのだと言う。風の噂で聞いたところによると、本気でのめり込んでいた訳ではないらしいのだが、それでも彼の一挙手一投足に見られる洗練された動きはなるほどモデルらしい美しさである。
だから享介は北斗に声をかけた。確かに自分は北斗程身長も高くなければモデルの為の筋肉をしていない。そんな自分が彼から滲む色気やモデルのなんたるかを学ぶために、今は出来ることを何でもしたかった。
「ここって……」
食事後に享介が連れてこられたのは路地裏のビルの一室だった。知り合いの場所だと言う北斗の背について重い扉に足を踏み入れると、そこは一面が白く無機質な部屋。しかし、享介は同じような部屋を過去に何度も見たことがある。広げっぱなしの傘も、棒立ちの三脚も今までの経験でそれが何か分かった。
撮影スタジオと思しき白い箱の奥で何やらごそごそと準備をしている人影が見えたので北斗がいつもの如くチャオ、と挨拶をする。と、彼はそこでようやく二人の訪れに気付いたようで、北斗の肩をぽんぽんと叩いた。声音や表情からも気の良さそうなおじさん、という印象を受けるその人はどうやら北斗とは勝手知った仲の様子。
彼は少し北斗と会話を交わした後、彼に紹介される形でようやく享介の姿を視界に収めにこりと笑った。
「やあ、君が蒼井享介君だね。北斗君から話は聞いているよ。俺は以前北斗君がモデルを中心に活動していた時に961プロに懇意にしてもらっていた者だ。一応カメラマンという肩書でやらせてもらっているんだけど、今日はただのスタジオ貸出のオジサンさ」
「あ、えっと、はじめまして、蒼井享介です。すみません、俺連れてこられただけで何が何だか分からなくて」
そう言うと、オーナーはおや、と目を丸くして「説明してなかったのかい?」と北斗に投げかける。
「黙っててごめん、緊張させたくなかったんだ。享介君はまだモデルをするのに慣れていないから一旦仕事ではない場を経験した方が良いと思ってね。これはちょっとした撮影の練習さ」
「撮影の練習…」
ごくり、享介は生唾を飲む。案の定"撮影"の二文字に緊張してしまい、両手を強く握りしめた。その様子を見て北斗は柔らかい笑顔を引き締めて、享介に向きあう。約20センチ近くの身長差。享介が見上げ、北斗が見下ろす、圧倒的な体格差を改めて実感して享介は眉をきりりと吊り上げた。
「安心してくれていいよ、オーナーには立ち会ってもらうけどカメラマンは俺がするから、分からないことや試してみたいことがあれば気軽に言ってくれ」
「ほくとくんカメラマンも出来るんですか!?」
享介が素っ頓狂な声をあげると、オーナーがころころ笑う。
「撮ってもらうのに慣れてる人はどういう角度で撮れば映えるかを分かっているからね。仕事となると話は別だけど、練習なら彼は適任だよ」
「残念ながら冬馬や翔太ほど共演出来てはいないし、君が魅力的に撮れる角度は分からないけど、今日はまだ時間もあるから好きなだけ練習出来るよ」
「なるほど、自分を研究するってことか……うん、俺やってみます!」
思い立ったら即行動、覚悟を決めて享介は撮影ゾーンに足を踏み入れていく。真っ白な空間にすっくと立って正面に向かうと、丁度北斗がオーナーから拳よりも大きなカメラを受け取っているところだった。
「あ、ほくとくん!」
「どうしたの?」
「俺、ほくとくんが撮ってる所見てみたい。…それからじゃダメですか?」
「俺?」
「いいじゃないか、カメラマンは俺がやるからお手本を見せてあげるといいよ」
俺も久々に北斗君のこと撮ってみたいしね! オーナーの言葉が後押しして、北斗はやや悩んだ素振りを見せてから享介のお願いを快諾してくれた。
大仰に喜んで撮影ゾーンから離れると、入れ替わるように北斗がその長い脚を踏み入れる。白い背景を背にすると一層スタイルの良さが際立つ、なるほどこれは写真映えするだろうと大した写真術を持ち合わせていない享介ですら感じた。
目を離すな、盗めるものは盗め。サッカーをしていた時だってそうして上達してきたんだから。
きっと今日を逃せばJupiterと雑誌で共演するのは数か月後か数年後か。レンズの向こうに見える北斗の姿を自身の記憶のシャッターで切って観察していく。
「それじゃ、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼むよ。まずはバストアップからね」
オーナーがカメラを向けた途端、先程までの柔らかな表情は消え失せてそこにいたのはモデルの伊集院北斗だった。
「わあ……!」
享介もまだアイドル人生は短いが、それでも雑誌の撮影くらいは何度かしたことがある。毎回緊張しては隣の悠介のお気楽な調子にそれどころではなくなってしまう。しかし、なんだかんだ現場のスタッフ達は皆優しく、慣れない二人にアドバイスをくれるので毎度事なきを得るのだが。
けれど、目の前で繰り広げられているものはそんな生温いものではない。
享介達がいつも撮影している二倍、いや、もしかすると三倍近くの速さでオーナーはシャッターを切っていく。フラッシュがその度に白い部屋を更に真っ白な光で染めてあげた。
オーナーの「はい、はい、はい」という言葉に合わせて北斗はまるで映像のコマ送りみたいに一つ一つ着実に顔の角度を変え、新たな表情を見せていく。強気な表情、切なげな表情、不敵な笑みに鋭い眼差し。同じ角度でも表情によって見え方は違う。
次に全体写真。バストアップの時は角度などの微妙な違いばかりだったが、全体写真は引きになった分一つ一つのポーズがより大きく変わっている。その場その場で思いついているのだろうか。いやそうだとしたらこんなに的確に動くことは出来ない筈だ。
見ているだけで分かる。彼が作るポーズの一つ一つが"伊集院北斗"という男の個性、魅力を存分に引き出していた。知っているのだ、彼は、自分の魅せ方というものを。
「はいオッケー! 流石衰えないね。それどころか昔以上にバリエーションが増えててびっくりしたよ」
オーナーの合図を皮切れに享介はようやく呼吸することを思い出した。肺に存分に酸素を送り込んで深呼吸していると、撮影を終えた北斗が息切れ一つせず微笑む。
バストアップから全体の写真に移っても北斗の動きは俊敏だった。それどころか写るところが増えた分、彼は一層早くポーズをとっていく。写真を撮っているだけなのに、光の中で踊っているようだった。
「ありがとうございます。あれから色々ありましたから」
「だろうね、表情を見てれば分かるよ。昔から自分を魅せるのは上手かったけどいつも色気とか格好良さばかりだったからね。…うん、やっぱり、明るい表情が増えたんじゃないかな」
撮った写真を確認しながらオーナーは言う。享介も見せてもらったが、表情が増えたかと言われると過去の北斗を知らないのでなんとも言えなかったものの、立体的に見るよりもずっと四角に切り取られた世界の北斗は美しく時を保存されていた。あんなに早く動いていたのに寸分のブレもない。享介からすればこれだけでも集めれば写真集になりそうな完璧な写真だった。
「冬馬君と翔太君のおかげかな?」
「ええ、勿論それもありますが…」
北斗と目が合う。彼は綺麗な空色の瞳を細めた。
「素敵な仲間が沢山出来ましたからね」
恥ずかしげもなく北斗はそう言った。すぐに自分達のことだと気が付いて享介が恥ずかしくなってしまう。それと同時に嬉しくて、照れくさい。
享介が所在なさげに二人の会話を聞いていると、北斗がそんな様子に気付いてか、「随分集中していたみたいだけど、参考になったかな?」と笑む。
「うん……アイドルになって大分視野が広くなったと思ってたけど、俺達が見てきたものってまだまだ一部だけだったんだ……」
北斗は首肯して、
「こればかりは経験だからね。雑誌で色んなポーズや表情を見て鏡の前で試してみるといいよ。ね☆」と。
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理由
ノクプロ、発売後すぐに書いたのでDLCなどの前提はありません。チャプター11~13あたりのネタバレ含みます。
王都インソムニアで産まれて、インソムニアで育って、これからも王都で生きていく。そう思っていた20歳。ひょんなことから出来た友達は一国の王子で、そのきっかけは彼の許嫁。きっと白犬を拾ったあの日がオレの一度目の人生の転機。そして今、二度目の転機に直面している。オレはその日、敵だと思っていた人間に自分の知らない自分のことを知らされた。「・・・え?」両手両足を拘束され、地に足つかない状態で目の前の男を睨みつける。
赤髪に変な帽子、何を生業としているか分からない姿の怪しげな男、名をアーデンと言う。
彼は微笑みながらもオレの顎に指を添える。��き込む瞳は闇のようで、どこまでも深く彼の腹の中を映しているようだった。「だから、その腕のヤツ。ニフルハイム人の証なんだよ。先生に教わらなかった?」
「嘘だ」
「嘘じゃないよ、君はルシスにいた両親に王都産まれだと言われていたようだけど、この右腕のバーコードはこの国で産まれて、管理される為に付けられたものなんだから」敵国宰相のこの男に捕まり、もう何日が経過したのだろうか。仲間達は無事だろうか、ノクトは罪悪感に打ちひしがれていないだろうか。
そんなことを思いながら変わらない景色をぼーっと眺め続けていたオレの元に突然現れてアーデンが告げたこと、"オレはニフルハイム出身"ということ。それはオレを混乱させるには十分に足る材料で。「オレを騙そうとしてるんだろ」
「じゃあどうして君はそのバーコードを隠してたんだい?そんなアクセサリーで。・・・お洒落のつもりじゃないんだろう?」
「これは・・・小さい時から母さんに隠せって言われてきたから」
「なんで隠せって言われてたんだろうね」
「・・・・・・」もし仮にオレがニフルハイム出身だとしたら、それはニフルハイムを倒そうと力を合わせてきた仲間を裏切っていたことになるのではないか。
グラディオやイグニス、そして唯一無二の親友であるノクト。彼らを失望されるかもしれない。
そう思うと、途端に自分の右腕のそれが呪印のように感じられて、すぐにでも削り落としたくなった。「いいかい、プロンプトくん」アーデンはその下が見えているかのようにアクセサリーの上を指でなぞる。「君は3歳頃に行方不明になり、死亡扱いになっているんだ」物心ついた時からインソムニアに住んでいたオレは、このバーコードの意味を知らなかった。
ただ漠然と"これは人に見せてはいけないもの"と教え込まれ、それに忠実に生きてきた。
父さんと母さんは物心ついた時から忙しくて、だけどたまに会った時にはオレの名前を呼んで笑いかけてくれる。そんな二人がオレは大好きだった。「君の両親はシガイ化して死んでるね」大好きだった、のに。あの家で過ごしてきた数十年間を嘘だといわんばかりの冷たい言葉がオレを切り刻む。「ここね、よく脱走する人がいるんだ。住民をシガイ化させてるから、危険を感じた人はいち早くここから逃げようとするんだよね。ここまで言えばもう分かる?さて、ここで問題です。プロンプトくん、君はどうして王都で育ったんでしょうか」魔導兵の右手にあったバーコード、それがオレのものと同じだと気付いたのはいつだっただろうか。
初めて見た時、一瞬背筋が凍ってすぐに「関係ない」と思い込んだ。「本当の父さんと母さんが幼いオレを逃がしてくれた・・・?」
「大正解、実の両親はあの手この手で君を逃がしたけれど、その時の帝国はまだシガイ化実験を始めたばかりで未完成なシガイが多かったからね。知らない間に住民が大量に死んでるなんてことざらにあったんだよ。だから君は気付かれなかった」気のせいだと押し込めた不安が溢れ出る。嘘だと思いたいのに辻褄が合ってしまう。「実の親だと思っていた人達が本当は血が繋がってないって、びっくりだよね」
「・・・それを、オレに話してどうするつもり?」
「王子さ、今武器使えないんだよね」
「な・・・」
「ジャミングしてる装置がある部屋もバーコード認証が必要なんだよ。
でもね、プロンプトくん。オレが王子の前にのこのこ出て行ったら何されるか分からないだろ?
電車の中で"君を殺そうとしたあの王子"がオレに襲いかかってくるんだ」その時、オレの脳裏に"あの王子"の声が蘇る。
電車の中で見たこともない景色に目を奪われ、言葉を漏らしたノクトにいつも通り話しかけた。
しかし、ノクトがオレの顔を見るや否や今までの柔らかい笑顔が急に硬くなって、すぐに オレに怒りの表情が向けられる。
殴りかかられて、斬りかかられて、やめてと言っても聞いてくれやしない。まるでオレと誰かを勘違いしているみたいに本気でオレに剣を向けるノクトの姿は、オレが今までに見たこともないノクトだった。「まさか、あの時ノクトがオレを斬ったのって」
「ん?ああ、あの時ね。どうだろう、どう思う?王子に聞いてみなよ。
オレのことアーデンと勘違いしてたの?って」ニヤニヤ笑いながらオレを見つめるアーデン。彼が残した言葉だけであの時ノクトに起きていたことを嫌でも理解してしまう。
お前のせいだ。ノクトが言ったのはオレに対してじゃない。この男に対してだったんだ。全て、この男の掌の上ってことか・・・っ!悔しくて、何も出来なかった自分が情けなくて、下唇を噛んだ。「話は戻るけど、オレはまだやることがあるし、あそこを開けに行くことはできないんだよね。玉座だからロックフリーに出来ない作りになってるし。だからさ、プロンプトくん。君が開けてあげてよ」そして、オレはまだこの男の掌の上から逃れることはできないことを知る。
ノクトのために帝国内部の部屋を開ける。それは暗に彼らに「オレは帝国出身です」と名乗れということを意味していた。
アーデンにこのバーコードの意味を教えられ、真っ先に俺の中に浮かんだ考えは「ノクト達に言うべきか」「言いたくない」の二つ。
イグニスやグラディオはともかくとして、帝国に父さんもお嫁さんも殺されたノクトが今まで信じてきた親友が実は帝国出身でした。なんて知らされて、絶対にオレに失望しない保証なんてない。例え失望されなかったとしても、オレはもう二度とレガリアに乗ることは出来ない。
自分は直接関係がなかったとしても、きっと罪悪感を感じてしまう。
そう思うと、途端に自分が汚れているように感じられて、虫唾が走った。この血が、体が、全てが憎いと思ってしまう。許されるなら、言わないままで彼らと変わらない関係でいたい。「嫌だ、って言ったら?」
「あれ、いいの?それだと王子が武器使えないままだけど」
「他に方法はあるかもしれないだろ!」
「なるほどね、彼らに秘密を言いたくないんだ。じゃあ、プロンプトくん、こうしよう。断れば君をシガイにしてノクト達に差し向けるよ」息を飲んだ。
「ノクト達に全てを話す」に加え、提示された「全てを話すことなく彼らの敵になる」という最悪の選択肢。
後者を選べば俺の秘密はきっと未来永劫守られる。こんな国産まれなんて過去は忘れ去ることができるのだ。
だけど、それを選ぶということそれ即ち自分自身の死と、仲間との離別を意味する。
性格の悪いこいつのことだ、きっとオレがシガイになったとして、ノクト達にそのことを告げないわけがない。
戦っているシガイが仲間だった存在と知った時、彼らはどう思うのだろう。そこまで考えてオレは項垂れた。「どう?やってくれる?お礼は君のバーコードでこの施設の全ての鍵を開けられるようにする。で、どうだろう。王子が君さえ助けられたらここからの脱出も容易いだろうね」
「・・・分かった、やる。その代わりこれ以上ノクト達には、」
「殺さないよ。ーーー今はね」不気味な程冷たい声を残し、アーデンは背中を向ける。牢屋から出て行く。
「それじゃあね、王子達によろしく。プロンプトくん」という言葉を背中越しにオレに投げかけて。
噛みすぎた下唇から血が染み出して、舌に仄かな苦味を広げる。「くそっ・・・くそ!!!!!」旅を出た時、陛下達の前で誓った。「王子を守る」と。
君はあくまでも王子の友人としての同行なのだから、自分の身だけ守れればいいんだよ。優しく言われたあの時、少し気が楽になった自分がいた。
悔しいと思わなければいけなかった。修行に血を流してでも王子を、親友を守ると言い切れれば良かった。
まさか旅がこんなに辛いものになるなんて思わなくて、ノクトがあんなに苦しむ姿を見ることになるなんて思いもしなかった。自分にもっと力があったらーーーオレはこれから親友と、大切な仲間達に自分の最も嫌いな秘密を話す。それで嫌われたらそれでいい、仕方のないことだと思う。
嫌われなくてもオレは、彼らの大切なものを奪った国の断罪としてノクトに人生を捧げ、彼の右手として尽くしていこう。帝国内の宿泊部屋で一息つく。時刻を見れば、もうとっくに寝ているべき時間だ。ノクト達も寝ていないのだろう、目の下にうっすら引かれた青がそれを示していた。
一人ずつ交代で見張り、仮眠をとることになった。オレが真っ先に最初の見張りを買って出ると、グラディオに「珍しいじゃねえか、いつもなら文句言うくせに」と言われ、イグニスにも「そうだな」と笑われた。
そこでやっとオレはこの場所に帰ってこれたんだと自覚する。帝国出身だとカミングアウトした後の三人の反応は予想の数百倍軽かった。気にするそぶりもないどころか、「これから裏切るとも思えない」なんて信頼感たっぷりの言葉ももらって困惑する。
信じられていることは嬉しいことだが、拍子抜けというかなんというか。もしかしたら自分は心の何処かでは嫌いなこの血を三人に軽蔑して欲しかったのかもしれない。グラディオの鼾が空気を揺らし、それに紛れてイグニスの寝息も僅かに聞こえる。ここまで来るのに相当体を酷使したのだろう。オマケに俺の救出と、余計な体力も使わせてしまった。「ノクト?」薄い布の小さな山がもぞりと動く。
声をかけると、向こうを向いていた山は体の向きをこちらに変えた。「・・・おう」
「なに、ノクト。寝れないの?」いつものように茶化しながら笑うが、ノクトは眠気のカケラもない声で「寝れねえ」と言った。「なあ、お前さ」
「ん?」
「魔導兵になってた可能性もあんの?」低く静かな声だった。
それだけでノクトは至って真面目にそれを口にしたのだと思う。「---かもねー。
アーデンがオレの本当の父さんと母さんはシガイにされて死んだって言ってたから、もしかしたらオレ達が今まで殺してきた魔導兵の中にいたかもしれないし、・・・オレがそうなってたかもしれない」
「・・・そっか、そうだよな」
「ねえ、ノクト。もしオレを助けに来た時、オレがアーデンにシガイにされてたらノクト、オレのこと
殺してくれた?」あったかもしれない未来。避けた世界の話だ。「何言ってんだお前」
「いいから」心なしかノクトの瞬きが増えて来た。やっと眠気が追いついて来たらしい。最早この質問もはっきりと聞こえていたかどうかは定かではないが、ノクトは真面目に考えているのか、時折うんうんと。「・・・んなの、わかんねえ。でも、」
「でも?」
「お前が無事で良かった」そう言い残し、とうとうノクトは瞼を閉じてしまった。間も無く気持ち良さそうな寝息が溢れて、グラディオの鼾がそれを隠してしまう。無事で良かった。人見知りで時々口下手な彼の心からの言葉だろう。
オレに向けられたそれは、今まで貰った言葉の何よりも嬉しくて、やはりオレにとっての親友はノクトだけで、オレが生涯で仕えるのもこの人だけなのだと思った。弱く、優しい王子。
だけど、オレよりもずっと強い。レギス陛下とルナフレーナ様への罪悪感ではなく。オレはオレの意思で最期のその瞬間までこの人を守っていこう。
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*精一杯の愛を
冬馬女体化、北冬、裏。フォロワーの誕生日リクエスト。
朝、目が覚める。カーテンの隙間から差し込んだ日差しが冬馬の意識を現実に連れ戻し、ゆったりと瞼をあげた。ゆるりと視線をサイドテーブルの上のデジタル時計に向ける。7時05分。程良い朝だ。
うっすらと残る眠気を気合で振り切って勢いよく体を起こすと、ベッドのスプリングがぎしりと音を立てた。
欠伸を一つ落としてベッドから降りると、閉じたカーテンを左右にさっと開く。レールの音と共に顔面を襲った日差しが気持ち良く、冬馬はその場で「んんん、」と唸った。
「・・・よし、」
天ヶ瀬冬馬、今日は彼氏の北斗と自宅デートです。
「いらっしゃい、冬馬。迎えに行けなくてごめんね。途中で変な人に話しかけられたりしなかった?」
「お前んちくらい一人で来れるっての!」
「ふふ、恋人として心配はさせてくれよ」
開かれた玄関の向こうから現れたのは今日も今日とて足の先から髪の毛の先端まできっちりと手入れの届いた恋人の北斗。一見いつもとなんら変わらないようにも見えるが、初めて見る服装だった。
彼はオシャレという言葉をほしいままにしていながらも服を使い捨てにすることなく毎日異なるコーディネイトで冬馬の前に姿を見せる。パーツで見れば見覚えのあるものばかりで、どうすればそんなに組み合わせの種類を考え付くのだろうかといつも驚嘆する。そんな北斗が上も下も皺ひとつない新品の服を身に纏っているのだから彼が今日に向けて何を思ってきたかなど考えるに容易い。
しかし、冬馬も負けじと今日の服には気合を入れてきたのだった。
白いシャツにジーンズジャケットを羽織り、下は買ったばかりのミニスカート、それも白ベースにピンクの花柄。家の傍のコンビニくらいならジーパンとTシャツで十分だと言って手を抜きまくる冬馬がここまで気合を入れたファッションをすることの意味くらい彼はとっくのとうに理解しているだろう。
だが、彼は冬馬の服装を目に視界に入れた上で言及することはなかった。それどころかわざと視界に入れないように顔を逸らしているようにも思えて、胸がじくりと痛んだ。北斗の驚く顔が見たかったのに。
北斗と付き合い始めて間もなく5か月が経とうとしている。
同じユニットの仲間としての好きがいつの間にか異性としての好きに成長して、ライブ後の高揚感に身を任せて冬馬から告白したのがきっかけだった。
付き合ってもしばらくは元の関係性を崩すことが出来ず、デート中も仕事の話ばかりしてしまっていたが、最近では随分と慣れて世間話の比率の方が高くなった。それでも冬馬自身の恋愛面への奥手さも相まって5か月もの月日がかかっているのだが。
ところが、更に驚くべきは北斗である。この男、見るからに「女の子を沢山抱いてきました」と言いたげな顔と性格をしていながらもこの5か月間一度たりとも冬馬に手を出すどころか手すら握ってこなかったのだ。
はじめの内は"緊張"の二文字を予想させたが、それは次第に冬馬の中で"不安"に代わり、"疑惑"を生んでいった。
―――本当は、北斗は仕方なく告白を受け入れたのではないか。冬馬の事など微塵も興味が無いのに、断ればJupiterとしての立場が危うくなるから現状に収まっているのではないか?
そこまで考えると先に見えるのは"自然消滅"ただ一つで、冬馬はいてもたってもいられず、プロデューサーに頼み込んで今日と言うオフを作ってもらったのだった。
同じ事務所の水嶋咲に選んでもらった勝負服は冬馬にしては女の子っぽすぎるし、ズボンを履きなれているせいか股下がすーすーする。それに、ジーンズジャケットは伸縮性が無く動き辛い。しかし、事務所の二大オシャレ番長の内の一人とも言われる咲が言うのだからきっと間違いはないはずなのだ。
もしも、この服を着て北斗の家に行って何も無かったら、その時は………
二人でソファに座り、借りてきた映画を流す。これも咲にチョイスしてもらった。曰く、ソウイウ場面があるようで、「それが来たらほくとの手を握るんだよ! 頑張ってとうま!」と選別に東雲作のケーキまで頂いてしまったのだから、期待に応えるという意味でも冬馬は今日と言う日を成功させなければと思っていた。
北斗は真剣に映画に見入っており、真剣な表情の彼は横から見るとまるで絵画のように美しい。もう一人のオシャレ番長の名の通、りシンプルながらも彼の魅力を存分に引き出した私服はオシャレに頓着のない冬馬ですら素直にかっこいいと思った。
しばし冬馬が北斗の横顔に見惚れていると、視界の端に映った画面の中に肌色が映る。
見れば主人公の男がヒロインに熱いキスを落としながら服を脱がそうとしている所であった。件のシーンだ。
見る見るうちに画面の中の温度が上がっていき、冬馬が北斗としたことのないようなことばかりがそこで繰り広げられていく。それに伴い冬馬の顔も熱くなる。
北斗としていないからという理由だけではない。単純にこういったシーンに慣れていない冬馬は顔をトマトのように真っ赤に染め上げながらも、頭の中に再生された咲の「ほくとの手を握るんだよ!」という言葉の通り、両膝の上に強く握られた北斗の手に震える手を伸ばした。
ゆっくり、ゆっくり、逃げられないように、気付かれないように。
テレビの中ではヒロインの甲高い喘ぎ声と主人公の彼女への愛の言葉が綴られている。
いいなあ、俺も、北斗に、触れたい。
とん、指先でつつくように北斗の右手の甲に触れるとぴくりと跳ねた気がしたが、構わず握り込む。手の中のそれは冬馬のものよりもずっと冷たく、触れたところから氷が溶けていくようにぬるさを帯びていく。
きっと今自分の顔を見ればどうしようもなく顔を赤く腫れあがらせ、震える様は子羊のような様相となっているだろう。近くに鏡がないことだけが救いだ。
汗ばんだ手を恥ずかしいと思いながらも控えめな力でぎゅ、ぎゅと何度か握ってみる。心臓が張り裂けそうなくらい緊張している自分。一方で北斗の方から息を呑む音が聞こえて、恐る恐るその顔を覗いた。
「………………………………………!」
困り顔。どうしたらいいか分からないといった顔。
眉を落とし冬馬を見つめるその瞳は迷子の子供のようである。見方によっては迷惑そうなそれにも見えて、思わず冬馬は手を引っ込めてしまった。
呆然としつつも何かを言おうと口を開いた北斗の言葉を遮って冬馬は叫ぶように言う。
「わ、悪い! 確か昼飯にカレー作る約束してたよな! お、俺作ってくるからお前見てろよ! 後で結末教えてくれればいいから! な!」
「冬馬!」
逃げるようにソファを立ち上がり、駆けていく。���ずかしくて、悔しくて、悲しくて、苦しくて、今にも死んでしまいそうだった。
キッチンに逃げ込んで地べたに座り込むと、途端に視界がぼやけて溢れた。ぼろぼろと洪水のように落ちる涙を手の甲で拭き取るがそれでも止むことを知らず、ついには買ったばかりのジーンズジャケットの袖で強く目元を擦る。ジーンズの生地が涙で弱った肌を擦って痛い。痛いけど、胸はもっと痛い。
どうしてこうなったんだろう、俺はただ、北斗の事が好きだっただけなのに。
「っく……っふ………う………」
拭って、拭って、痛い気持ちを北斗に聞かれないように口の中で押し殺して、嗚咽を堪える。きっと今頃目の周りは真っ赤になってるだろう、このままじゃ北斗の前に顔出せないなあ、今日は急に用事が出来たとでも言って帰ろうか。
きっと、帰ればこの関係は終わるのだろう。明日からはいつも通り仕事の仲間として接することになるのだろう。冬馬はこの燻ぶった恋心の首を絞めて少しずつ殺していかなければならない。苦しい日々が目の前に広がっている。
困らせてしまった。大好きな人を。あんな顔見たかった訳じゃないのに。
彼もまた赤面しながらも喜んでくれると勝手に思い込んでいた。告白したのは自分からだが、彼も自分を女として好きになってくれただろうと信じていた。
答えなど、あの困惑が全てを物語っている。
冬馬が一人声を殺して泣きじゃくっていると、ふわりと少しきつい香水の香りが鼻を掠めた。
「…………冬馬」
香りに気が付いた次の瞬間、冬馬は自分が北斗に抱き締められていることを悟った。感じる体温はやはり少しだけ冷たい。
「ほく、」
「ごめん」
冬馬が口を開く前に放たれた謝罪は一体何に対してなのか冬馬には分からない。だってさっきのは明らかに映画鑑賞の邪魔をした冬馬が悪かった。北斗はJupiterの中でも人一倍芝居に真剣な人間だから、そりゃ邪魔されれば怒るだろう。よく考えてみたら分かることなのだ、デートで舞い上がっていた馬鹿な自分が気付かなかっただけで。
しかし、北斗はもう一度ごめんと一言置くと、後ろから冬馬を抱き締めながら優しく頭を撫でる。まるで割れ物を扱うかのような指先が気持ち良かった。
「冬馬が不安がってたこと、知ってたけど気付かないフリをしてたんだ」
「北斗……?」
「どんなにお互い好きでも冬馬はまだ17歳の女子高生で、俺は20歳の男子大学生。世間的には認められない関係だろ? だから、せめて冬馬が高校を卒業するまでは手を出さないようにしようって思ってたんだ。…その結果がこれなんて、アイドル王子が笑えるよ」
「………」
「冬馬が俺の手を握ってくれた時、嬉しかったけどどうしようかとも思った。大切にしたいけど、俺から手を出したら壊してしまいそうで、」
言いながら北斗は冬馬の体を自身と向かい合わせる。そして、今しがた冬馬の頭を撫でてた指先で真っ赤に腫れた目元を拭った。
「とても恥ずかしいんだけど、冬馬の前だと歯止めが利かなくなりそうでさ。堪えるのに必死だったんだ、情けないよな」
へにゃりと自嘲した北斗はそう言ってもう一度冬馬の頭を優しく撫でる。冬馬は涙で少し荒れた声で「んなことねえよ」と彼の首もとに飛び付く。
「俺だって我慢できなかったんだ。北斗がもしかしたら仕方なく俺と付き合ってるのかもしんねーって思って、寂しくて、こんなことした。その癖空回りしてダッセーよな。話し合わなかったんだからお互い様だろ」
「うん……お互い様か。そうだね」
北斗を強く抱きしめると、一度だけ耳元に鼻を啜る音が聞こえて「ほんと、お互い様だな」なんて笑った。
暫くそうして体温を分け合っていると、冬馬がゆるりと体を離して北斗を見上げた。
「あのよ、お前のその高校卒業までは手出���ねえってのは分かったんだけどさ……」
「………?」
「…やっぱり、なんつうか…何て言えば良いんだ……」
もだもだと何か言いたげに身を捩る冬馬に北斗は首を傾げる。
言いたい言葉は分かっているのに、すんでのところで自分の余計なプライドが邪魔をするのだ。ついさっきお互い様だとか言っていたのにまた言葉を引っ込める気か自分!
震える唇が必死に言葉を紡ごうとするが出てこず、下唇を噛む。と、北斗が優しく冬馬の方を撫でた。待ってくれている。ゆっくりでいいよ、と甘い声で言われれば冬馬の声帯を押さえ込んでいたプライドはぐずぐずに溶け出して、ようやく声になった。
「お前の気持ちは分かったし、高校卒業まで我慢する。けど……っ今日だけは俺の事っ……」
抱いてくれ。精一杯の勇気を振り絞って告げた言葉はやはり情けない程震えていて、北斗にちゃんと届いたのかすら定かではない。
冬馬が不安に思って上目で北斗の様子を伺うと、彼の表情を確認する前に視界が北斗で一杯になった。キスされていた。
触れたかと思うと離れて、もう一度触れて、繰り返していく内に冬馬の心にも火が灯る。貪るように北斗の薄い唇に自分のそれを押し当てていく。
次第に燃え上がり、無我夢中にお互いの唾液を交換しているとすっかり呼吸するタイミングを見失って冬馬の視界がぼやけ始める。酸素が足りなくて苦しい、けど、きっとこれを人は気持ちが良いって言うんだろう。
砕けた腰を北斗が支えて冬馬を寝室に運んでいき、整えられた北斗の柔らかいベッドの上にゆっくりと下ろされる。初めて入る北斗の寝室は色んなところから北斗の香りがしてドキドキした。
再び触れようとした北斗の手が止まる。
「ど、した……ほくと?」
「……やっぱり駄目だ、冬馬」
「だめって、なにが」
「本当はそんなつもりなんてなかったから、持ってないんだよ」
その言葉だけで北斗が何を危惧しているのか理解して。
どこまでも誠実な男だ。女を性欲処理の道具としか見ていなければ今ここにソレがなくとも気にせず欲望を突き立てていただろうに。こういうところも含めて冬馬は北斗の事が好きなのだ。
だから、
「……ある。俺の鞄の中、その、サイズとかわかんねーから適当なの買ってきた」
冬馬がおずおずと、気まずそうに言う。
目を丸くした北斗が呆然と口を半開きにして、
「もしかして、一人で買ってきたの?」
「いや、水嶋さんに付き合ってもらって……二人で」
今回の作戦に尽力してくれた咲は成功のことしか考えていなかった。もしも上手くいけばきっとコウイウことにだってなる。そんな時に「ゴムを持っていないのでやっぱり今日は」となるのは勿体ない! そう言って冬馬の手を引きコンビニへと向かった咲は、さも冬馬と二人で「女子会の罰ゲームで買いに行くように言われた」と言う体でにこやかに冬馬の初めてのゴムのおつかいに付き合ってくれたのだった。頭が上がらない。
「………水嶋君とは、」
「なんもない。お前だけだから、変なこと考えんな」
「そっか」
コンドームが入った鞄を取りにリビングに向かうと、テレビはすっかり沈黙してテーブルの上に映画のパッケージがぽつりと置かれている。折角咲が選んでくれたものだったのに、北斗に見惚れるばかりでロクに見ることが出来なかったなあと思い出して申し訳なくなる。
でも、上手くいったぞ、サンキュな。心の中で感謝を述べて冬馬は鞄の中からピンク色のパッケージのいかにも女の子が選びそうなそれを取り出し、箱を開ける。
ぎくしゃくしながらも中からひと繋ぎ取り出し、「本当にこんな形してるんだ」といつか赤面しながら読んだ青年漫画で見たままの形に感動した。
「見るのは初めて?」
「北斗」
再び首に手を回し、後ろから冬馬を抱き締めた北斗が耳元で囁く。熱の籠った彼の声はまるで麻薬のように冬馬の体の中に染み渡っていき、返事をするように彼に口づける。
「言ったろ、お前だけだって」
「っ…………」
勢いづいた北斗にソファへと押し倒され、思わず声を漏らす。のしかかられて、狭い空間に閉じ込められたまま冬馬の舌は簡単にも絡めとられてしまう。耳を閉じたくなるほどの色気を孕んだ水音に犯され、控えめな胸を撫でる北斗の手が行為の開始を教えてくれる。
「さっきは言えなかったんだけど、今日の服凄く似合ってる、可愛いよ」
「………おせぇよ馬鹿」
「ごめん、冬馬がとても可愛くて。…汚したらまずいし今だけは、ね」
促されるままにジーンズジャケットを脱ぐ。続いてシャツの第一、第二ボタンを外そうとすると北斗に遮られ、キスされながら一つずつボタンを外されていった。
露わになったブラジャーは下もお揃いのもので、今日の為にと冬馬がショップで悩んで買った物だ。店員にコレガイイ、アレガイイなどと呪文のように言われながらも選んだ下着は自分でも気に入っている。
押し倒された勢いでスカートは捲りあがっており、北斗は一目にその光景を見ることになるだろう。彼はぐ、と息を呑んで、「冬馬ってほんと、」なんて言葉を殺して冬馬に再びキスをした。
ブラジャーが上に押し上げられ、下から顔を出した胸飾りを北斗は口に含んだ。舐めて、吸ってと赤子のように冬馬の熟れたそこを可愛がっていく。
「んっ………」
「我慢しなくていいから、聞かせて。冬馬の声」
好きなんだと笑う北斗に胸が熱くなって、どうしようもない愛おしさが溢れそうになる。こんなに格好良くて普段はアイドルとして大衆から愛を向けられている男が今は自分だけを見て、自分だけを愛してくれている。
パンツの上から気持ちのいいところを擦られて、あ、あ、なんて身も蓋もない声をあげて悶えるはしたない自分に北斗は幻滅しないだろうか。
………しないだろうな。きっとこの男はそんな自分も愛してくれる。可愛いと言って、キスをしてくれる。自分だってどんな北斗でも愛する自信があるのだから。
「………来いよ、北斗」
スカートを自らの手で捲り上げて誘ってやる。散々掻き乱されたのだから、お前も苦しめばいい。視線を揺らした北斗を少しだけ愉快に思いながら強気な笑みを浮かべると、彼は深いため息をついた。
「俺がどれだけ耐えてきたと思ってるんだ……っ」
「はは、それこそ、"お互い様"だろ」
ゴムを一つ千切って説明書きを見る。そう言えば買ってきたは良いけど付け方を知らないのだった。表、裏、なるほどこっちから付ければいいのか。ふむふむ言っていると、北斗がそれを奪って「次の時に教えてあげるから」と言う。
ソレを付けようと北斗が体を起こしたことによって冬馬はようやく強く主張するソレの存在に気が付いた。北斗の足にぴったりと履かれたズボンが一点だけ違和感が誇張されている。こくり、唾液を胃に押し込め震える手でチャックを降ろした。
すると、パンツの上からでも分かるくらいはっきりと形を成したそれがお目見えして、思わず驚嘆の声を漏らす。実物を見るのはきっと父とお風呂に入っていた幼い頃以来だ。当然記憶に無いのでこんなに大きい物なのかと感心すらしてしまう。
「そんなに見られると恥ずかしいんだけどな……」
北斗が自嘲する。好奇心の赴くままにズボンと一緒にパンツのゴムを下に引っ張ると、ついにソレが冬馬の前に顔を出した。
「わあ………うわああ………」
真っ赤になりながらもソレから目を離すことが出来ず、珍しい物に触るような手つきでつんつんと優しく突くと、北斗はやれやれと言った様子で。優しくソファに冬馬を押し倒し、片足を開かせる。
「ほ、北斗! いいのか、その、確か舐めたりするって、ネットで………」
今日に向けて収集した情報だ。ゴムの付け方だけは失念していたが、「気持ち良いセックス」で調べて出てくるよろしくないサイトを潜り抜けながらも経験談などを読み耽り、頑張って学んできた。つもりだ。
ところが、北斗はそれにすらうんざりしたような態度で、
「冬馬、これ以上煽らないで。頭がおかしくなりそうだ」
「わ、悪い……」
「違うんだ。嬉しいんだよ。冬馬が俺の為に色々頑張ってくれたなんて。けど……今日はもう冬馬の中に挿入りたい」
息交じりの声が耳に吹きかけられて、全身に電流が走るようにぴりぴりと震えた。自分が自分じゃないような、そんな不思議な気持ち。気を抜いたら口の中に溢れた涎が垂れてしまいそうで、幸せすぎて表情を整えておくことなんて出来そうにもない。
北斗の首後ろに手を回し自分の胸に引っ張り込む。来い。もう一度強く言うと、北斗が小さく息吐いたのが分かった。
「挿入れるよ。痛かったらすぐに教えて」
「お、おう………」
「ふふ、緊張する?」
「うるせ…!」
北斗の先端が冬馬の入り口を擦る。結局ゴムを付けるのも北斗に任せてしまったが、彼の手付きは慣れている人間のもので、やっぱり昔は遊んでたんだな、と思うと少しだけ彼の過去の女達に嫉妬した。これからは俺のものだから、そいつらに出番は二度と来ないけどな、ざまあみろ! 心の中で私憤をぶつけた。
定めた所にゆっくり、ゆっくりと大きなソレが侵入し、未だ誰も知らない冬馬のナカを押し広げていく。苦しくて、少し痛くて、気持ち悪くて、だけど、うれしい。そんな気持ちを抱きながら北斗の名を呼ぶと、彼は応じて冬馬の頭を撫でながらキスをしてくれたのだった。
「ん、んんんぅ………」
「息止めないで、大丈夫だから」
「ん………っ」
キスされると少しだけ緊張していた筋肉が和らいで、ようやく瞳を開けて北斗の顔を見ることが出来たのだった。彼は綺麗なブルーを嬉しそうに揺らして、心底嬉しそうな笑みを漏らして冬馬の名前を大切そうに呼ぶ。
接続部に茂みの感触がして、北斗がこんなにぴったりと傍にいるんだと実感する。腹の中に異物感と熱を感じ、優しく表面を摩った。表面からは分からないけど、ちゃんと繋がってるんだ。嬉しくて北斗の胸に顔を擦り寄せた。
彼からの簡潔な伺いに肯定で返すと北斗はゆっくりと腰を動かし始める。体の中の異物感は未だに拭いきれないが、ゆっくりと出たり入ったりを繰り返していると次第に馴染むような気がして冬馬も求めるように腰を動かした。
口から意識しない喘ぎが漏れる。少ない冬馬の酸素を奪っていく。短い喘ぎはキスで閉じ込められた。
ちょっとだけ痛くて気持ちが悪いけど、温かくて、気持ちが良くて、幸せだ。
「…あっ! あっ、ほくっ、とっ!」
「ん、冬馬、気持ち良い?」
「いっ…いいっ…は…っ!」
「よかった…俺も、ん、きもちいい」
全身が食べ物になったみたいに北斗が体中を舐めたり、甘噛みしてくる。舐められたところが熱を発してぐずぐずに溶ける。どうしようもなく愛おしくて、自分も同じ思いを返したくて彼の逞しい胸板をぺろりと控えめに舐めてみた。少しだけしょっぱい、汗の味。
「でっ!」
「!?」
行為に夢中になっていたせいで体を伸ばした瞬間、冬馬はソファの腕掛けに頭を強く打ち付けてしまう。折角いいところだったのに痛みが快感に勝ち、咄嗟にぶつけたところを摩った。北斗もすぐに動きを緩め、痛いところをなぞるように上から優しく撫でてくれた。
「やっぱりソファだと狭いか。移動するよ、冬馬」
「は? 移動って、うわあ!!??」
挿入したまま北斗は冬馬の体を持ち上げる。落ちそうになって咄嗟に北斗の首に手を回すと、北斗もまた冬馬の足の付け根を掴んだ。その拍子に二度三度揺らされ、喘ぎ声が漏れる。重力で体が落ちるせいで冬馬のソコは北斗を深く咥え込んでしまい、快感を逃がすように北斗の頭を強く抱いた。
鍛えているとは聞いていたが、まさかこんなに軽々と持ち上げられるとは思っていなかった。と言うよりも挿入られたまま運ばれていくことになるとは思いもしなかった。歩く度に振動で感じてしまい、小さな息が漏れる。
「…ふ…ぅ…北斗ぉ……」
「着いたよ。ほら」
挿入したままゆっくりと二人でベッドに沈み込む。空間がさっきよりもずっと広くなって二人の邪魔をする物はなくなった。
手を開き、伸ばすとその中を北斗が飛び込んできて、冬馬は力いっぱいその体を閉じ込める。自分よりもずっと大きな体は包み込みきれないけど、それでも素肌と素肌が触れ合うと温かい。
「……ふふ」
「…なんだよ」
「なんでもないよ。ほらそんな顔しない、可愛い顔が台無しだ」
「くだらない事言ってねえで早く動け……っ!」
「はいはい」
名前を呼べば名前を呼んでくれる。気持ちいいかと聞けば気持ちいいと返ってくる。
どうしようか、思ったよりも自分は北斗の事が好きらしい。一突きされるごとに心臓が跳ねて鼓動が早くなっていく。この身全てが大好きだと叫んでいる。
次第に溜まった快感が火花を散らして限界を知らせる。得体のしれないキモチイイの波に飲み込まれそうになって冬馬は全身に力を入れた。
「北斗…っ! ほく、なんか、くる…っ! なんだ、これぇ…あっ」
「冬馬…ん、俺ももう、」
次第にピストンのペースが上がっていって溜まった快感が今にも爆発しそうになる。気持ち良さで脳味噌がどろどろに溶けて、他の事はもう何も考えられなかった。ただ幸せだという感情ばかりが胸に灯っている。
肌と肌がぶつかり合う音と生々しい水音が寝室に響き、冬馬��甲高い喘ぎ声と北斗の唸るような声が交わる。声を堪える余裕などとうに吹き飛んで、冬馬はただ体の赴くままに鳴くだけだった。
「あっ! あぁっ! く、んん…っ! あああ! ほくとっ、イっ…」
「ん…ふ、とうま……は……っ」
「っ…ああああああああ………っ!!!!」
「…っ!」
震える体を抱き締められながら冬馬は思考がはじけ飛ぶような快感を味わった。ちかちかと視界が光る。
「はぁ……はぁ……ん……北斗……」
「………冬馬」
先程までの激しい動きが嘘のように静まった二人はお互いの心臓の音を聞きながら、見つめ合っていた。言葉もなく、表情に意味もない。世界にたった二人だけのような空間で口から洩れる吐息の音すら愛おしいと思いながら、額同士で触れあった。
やがて心臓の音も元通りの速さを刻みだして北斗が口を開く。
「痛くなかった?」
「初めは少し痛かったけど、大丈夫だ。お前こそ我慢してたんじゃねえのかよ」
「うん、今日は少しだけ我慢した。冬馬が可愛くて何度も理性が飛びそうになったけどね」
「飛ばしても良かったんだぜ」
「それはまた今度ね」
また今度と北斗は言う。正確には約二年のおあずけ。明日からは再び健全なオツキアイが始まるけれど、次がある。
だからこれは高校卒業までのお楽しみ。卒業したらもっと色んな北斗を見せてもらおう。色んな自分を見てもらおう。それまでに一つ一つ二人の好きを重ねていって、次に来るその時一緒に確かめられたらいい。
だからもう不安なんて無かった。
「そういやお前まだ足りねえんじゃねえのか?」
「まあ、そうだね。冬馬にあまり無理はさせたくなかったし。どう処理しようかと思ってたところだけど」
「…今日一日はって言ったろ。俺の事は気にすんな。……全然付き合う、し、俺もまだ……」
「……!」
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先天性女体化北冬、R-18、自宅デートの為に下着の準備をする冬馬、駅弁。
お誕生日おめでとうございました。
0 notes
*あとのはなし
『天ヶ瀬さんちの今日のごはん』3話(アルテ回)の後の話。北冬。
マグカップの中でココアが揺れていた。いつも北斗の家に来ると出される真っ赤なそれは、キッチンの棚の中にあるあまり使われていない青と緑のそれとトリオセットであることは冬馬も翔太も周知のことである。基本的に溜まり場にされているのは冬馬の家であるが、ごく稀に北斗の家が使用されることもある。現場が近かった、所用があったなど理由がある場合がほとんどだが、最低限のもてなしをする為に食器類だけはワンセット三人の専用が常置されていた。
ソファに腰掛けながら北斗に入れてもらったホットココアを飲み干すと、ほう、と腹の中から熱い息が漏れる。キッチンから水が流れる音と食器が当たる音が聞こえてきた。
「冬馬、今日は泊まっていくだろ?」
「おー」
キュッと蛇口を捻る音がして水の流れる音が止まったかと思うと、しばらくして北斗の声が降りかかってきた。冬馬はマグカップをテーブルの上に置く。
泊まるも何も、今から帰ったところで17歳の冬馬は補導される時間である。仮にも芸能人、仮にもアイドル。そんなリスクを犯すほど実家が好きというわけでもない。そもそも、家を出てきた時点で泊まるということは決めていたのだ。
お互いの家に泊まった回数はもう両手の指では数えきれないほどで、「どうせ泊まるのだろう」という考えの元、歯ブラシや着替えなどの必要最低限のお泊りセットはそれぞれの家に常備されている。ちなみにこれは冬馬の分だけである。翔太の分も用意しようかと言っていたこともあったが、翔太の「あんま使わないからいいよー」の一言で購入はやめたらしい。
北斗に「先どうぞ」と促されてやってきた脱衣所には既に冬馬の寝間着とバスタオルがセットされている。洗濯されて丁寧にしまわれていたらしく、皺ひとつない綺麗な寝間着だ。洗面器の鑑の自分に見つめられながら着ていたシャツをカゴに脱ぎ捨てた。
別に泊まりだからと言って何か特別なことがあるかと言われると、そうでもない。いつも通り飯を食って、いつも通りシャワーを浴び、そしていつも通りセックスをする。
そこに期待や緊張はなく、それがただの日常の一コマであることを冬馬は理解していた。
入れ替わりでシャワールームに入って行った北斗に断りも入れず、寝室のベッドで寝転がる。髪の毛は持ち主自慢の高性能のドライヤーによって気にならない程度には乾いたものの、触れると少しだけ湿っているような気がした。
携帯電話の明かりを灯すと、315プロダクションのグループラインにプロデューサーから明日と明後日は事務所に賢がいないという旨のメッセージと、連絡をとりやすいようにと数日分のプロデューサーのスケジュールが送られてきている。
ぼーっと眺めて頭の中に文字面だけでも押し込むと、タオルで頭を覆った北斗が室内に足を踏み入れた。液晶から視線を外さない冬馬を見て北斗は口を開く。
「どうしたの。冬馬」
「山村さん、明日から釣りだってよ。今回は釣れるといいな」
「ふふ、落ち込んで帰ってきた時の賢はいつも以上にお茶を零すからね」
タオルを外した北斗の髪は完全にワックスの力を失って落ちている。髪型だけで人間を認識しているつもりはないが、髪を下ろしている北斗にはいささか違和感を抱かざるを得ない。彼がタオルを置いてベッドに腰掛けたので、冬馬も体を起こし隣に座る。男二人分の体重にベッドがぎしりと音を立てた。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
目が合う、真昼の空を埋め込んだような美しい碧。
男にしては細長い北斗の指が冬馬の掌に触れ、連れて行かれる。その手がチェストの上に到着した時、冬馬は持っていた携帯をそこに落とした。北斗が置いたタオルに着地して、鈍い音がした。
唇に触れた北斗のそれは固くも無ければ柔らかくもない。言葉にするのならば「男らしい」なのだろう。女性とキスをしてことがない冬馬にとってはその感触がいいことなのかすら分からない。冬になれば丹念に薬用リップを塗る姿が目撃できるところから、分かるのはせいぜい綺麗な唇なんだなということだけだった。
お互いの唇が軽く触れ合っては離れ、また触れるのを繰り返しながらも冬馬は北斗の黄色い頭に手を回す。それを合図に北斗の舌が冬馬の薄い唇をこじ開けて侵入してきた。舌で舌を苛められて冬馬のくぐもった声が漏れる。
「ん・・・ふ・・・っ」
冬馬の口の中を全て味わいつくすように熱い舌が動き回る。歯列をなぞって左から右へ。口蓋を擦られるとたまらず、身を捩らせて逃げようとしても体全てで捕まってベッドに押し倒された。
一瞬の呼吸の間の後、再び舌で口内を蹂躙される。今度は舌を掬い取られた。びちゃびちゃに濡れた口の中で触れ合うそれはとても気持ちが良くて、酸欠であることも相まって冬馬の意識を朦朧とさせることは容易かった。
何度か舌で撫で合って、ざらざらした触感を感じながら冬馬は北斗の胸を押すと、北斗は頭を抱いたまま冬馬の顔を覗き込む。優しい瞳の奥に群青色の欲望が燃えていた。
鼻と鼻が触れ合い、北斗から少しばかり荒れた呼吸が聞こえてきて、冬馬もまた熱くなった息を吐いた。
ベッドに横たえられて、北斗に乗られる形になった冬馬の目に北斗の白くしなやかな右手が映った。女のように白く、けれども男らしく程良い筋肉のついた手だ。それは丁度冬馬の頭の横に置かれていて、横を向けば簡単に触れることが出来そうな所にある。
そっと首を伸ばし、唇でその手首に触れてみた。
「・・・・!」
一瞬、それがぴくりと跳ねて横目で北斗の表情を伺う。彼は丸くなった目で冬馬を見下ろしていた。
「・・・なんだよ」
「いや・・・今日は随分積極的なんだな。何かあった?」
「別に、そういう気分だっただけだ」
「そう言われると、もっと気になるな」
右手の、それも手首。誤魔化してみたところで明確な理由が存在していることは冬馬自身がよく分かっている。
北斗の壊れた右手。一度は夢を手放したそれは、皮肉なことにピアニストのように美しい形をしている。長い指は遠くの鍵盤を叩けるだろう、絹のような肌は舞台上の熱いスポットライトを受けて輝くのだろう。
「うるせ、お前だってこないだハイジョが家来た時のこと話さないだろ」
北斗は冬馬の首筋に顔を埋め、唇で触れていく。浮いた血管を啄むように次第にうなじへ、耳へと上がっていった。ついでと言わんばかりに下から手を突っ込んでいた冬馬のシャツを胸元までたくし上げる。ぺたぺたと肌に触れる掌が冷たく、くすぐったい。
「俺はちゃんと言ったよ。聞かれたことに答えただけだって」
「そっちじゃねえ、来た理由の方だ。見たいものってなんだよ、テーブル組み立てに来ただけじゃねえんだろ」
強く言うと、北斗は耳元でふっと笑って冬馬の耳たぶを甘噛みする。音だけで聞いたならば仲睦まじく口論している友人にも思えるだろう。しかし北斗と冬馬は友人という言葉で収まる関係ではなかったし、喧嘩するどころか触れ合うことを求め続けていた。
北斗の指が胸の飾りを軽くひっかくと、歯を食い縛りながらも冬馬はぴくりと体を反応させる。はあ、艶めかしく息を吐いて冬馬が言った。
「いい機会だから話せよ、あん時のこと」
「・・・どうしようかな」
あの時とは、High×Jokerの五人が調理実習の為に料理を教えて欲しいと冬馬の家にやってきた時の事である。先輩後輩という関係でありながらも歳は同じかそう変わらない彼らと話すのは少し新鮮だった。
そして何も言わずに突然やって来た北斗。最初はその理由が分からず、彼の言う通りただテーブルを作りに来ただけだと思った。
しかし、帰り際に残した言葉がそれだけではないことを悟らせて、冬馬の中にもやもやしたものも残していった。結局、高校生たちの騒がしさの中で忘れてしまっていたが、聞くなら今しかな���と思った。
「逃げようったってそうはいかね・・・んっ! やめろ誤魔化すんじゃねえ」
くすくすと笑いながら北斗は冬馬の胸飾りをぺろりと舐める。含むように口づけて吸うと、冬馬の唇の間から高い喘ぎ声から漏れた。
指の腹で左を摘みながらも舌は右で遊ぶ。冬馬は不機嫌そうにしつつも耐えているような微妙な顔をしていて、「このままだとヘソ曲げるかな」なんて思いながら北斗はご機嫌取りのキスをしてやる。
北斗は誤魔化すように冬馬のTシャツを脱がせようとする。腹が立つほど手慣れた動きだ。一瞬冬馬の体は強張ったものの、囁かれた「話すよ」の一言がそれを解く。
追って北斗が着ていたTシャツを脱ぎ捨てる。薄っぺらい布の下にあった彼の肉体は一見して鍛えていることが分かる程にしまっていて、隆起する胸板は自分の物とは違うので、少しだけ悔しくなった。
お目見えした北斗の肉体に見惚れていると、視線に気付いたのかウインクを飛ばしながら冬馬のズボンへと手を伸ばしていく。どうにも嫌な予感がして冬馬が慌ててそれを止めようとするも時は遅し、北斗の手は若干の勃ち上がりを見せるそれを掴んだ。
せめてもの抵抗に北斗を睨みつけるが、効いていないらしい。いつもの生暖かい笑みを張り付けて、北斗は掴んだ手を上下に動かしていく。先端から溢れた先走り液を掌に絡めながらも次第に扱く速さを高めていけば冬馬の顔はすぐに快感で歪んだ。
「っ・・・お前、覚えとけよ・・・」
昂っていく熱を扱きながら北斗は体勢を下に下げていき、ぱくり、一口にそれを咥えた。
「・・・・!!!・・・・・おいっ・・・・・ほく・・・とっ」
快感を逃がそうと必死に顔を横に振ってみるが、身を捩れば捩る程ベッドに染み付いた北斗の匂いが鼻を掠め、より一層胸が高鳴る。
北斗によってわざとらしくたてられる厭らしいぴちゃぴちゃという水音に耳を塞ぎたくなった。聞きたくもない音のせいで、冬馬は嫌でも自分がされていることを理解してしまう。塞ぎたくても北斗に左手を掴まれて完全にシャットアウトすることが敵わない。
「はあ・・・んっ!」
舌で先端の窪みを突かれて、形容しがたい快感が背筋を駆け抜ける。と、同時に陰嚢を揉まれて喉の奥から断続的に息が擦れ始めた。裏筋を舐められると気持ちが良い。さっきまで強気だったはずの冬馬はすっかり快感に流され、成すがままにされている。
「北斗っ・・・くちっはなせっ・・・」
「ん、いいよ」
「・・・う・・・ああっ・・・・!」
先端と陰嚢を同時に責めたてられて、昂った冬馬の快感は北斗の一声で弾けた。
男にしては高い喘ぎ声が天井を叩き、冬馬は一気に脱力する。ベッドに沈んでいくような錯覚を抱いた。心臓がトクントクンと心地良いリズムで震え、冬馬は長い睫毛をしばたたかせる。
達したばかりの先端を北斗にキスされてずくんと腰が重くなる。賢者タイムの曖昧な意識の中でぼーっと北斗を見つめていると、彼は微かに笑った。かと思えば、ごくん、音を立ててそれを飲み込んだ。
・・・飲み込んだ? 何を。
「おっ、お前!! また飲ん・・・やめろっていつも言ってんだろ! 恥ずかしいんだよ!」
「ふふ、ごちそうさま。冬馬」
「ほんと信じらんねえ・・・」
北斗は再び冬馬にウィンクを落とす。
彼と付き合いだしてからというもの、幾度となくソウイウ経験を重ねてきている冬馬は当然ながら北斗が射精したものを口に含んだこともある。正直に言ってしまえばクソ不味い。栗の花のような匂いに腐ったヨーグルトのような味。間違っても人が食うものではない。実際、食い物ではないのだが。
そんな不味いものを飲み込み、あっけらかんとしている男の胸を叩くと、ははは、なんて軽い調子で笑った。
「頼んでいい?」
「・・・・飲まねえぞ」
「もちろん。射精すところまではしなくていいから」
履いていたズボンを床に投げ捨て、北斗は瞳の奥の群青色の炎をこちらに向けていた。欲に燃えた熱視線。応えるように膝に引っかかっていたズボンをパンツごと投げ捨てると、広げられた手の中に迎え入れられる。
冬馬は精液の味こそ大の苦手だが、舐める行為自体は別段嫌いではなかった。舐めているだけで自身がされた時のことを思い出して興奮する上に、普段澄ました顔をしている北斗が自分の舌で感じているというのは悪い気はしない。何より、一方的に快楽を刻み込まれているだけの自分が少なからず北斗に気持ち良いことを返せていると思うと、胸の奥がじわりと温かくなった。
ヘッドボードに背中を預け、足を開いた北斗は恐る恐るそれを口に含む冬馬の髪を手櫛で優しく梳く。拙い奉仕ではあるが、「一所懸命」を体現したような動きは見ているだけで北斗を幸せにした。何度も何度も赤茶色を梳いて、北斗は目を細める。
「本当はさ、知らない冬馬の顔が見たかったんだ」
些か大きな北斗の熱を必死に舐めながら、冬馬はその声に耳を傾ける。突拍子もない切り込み方ではあるものの、すぐにさっきの話の続きであることを理解した。
冬馬は愛撫を続ける。北斗が先程自分にしたことを思い出し、頭の中で反復させながらそれを行動に反映させていく。
「冬馬って仕事でほとんど学校に行けてなかっただろ? だから・・・高校で友達とそれっぽい思い出とか・・・全然作れなかったんじゃないかって少しだけ心配してたんだ。そのことを伊瀬谷君達に突かれて・・・ん、上手くなったね」
すると、冬馬が顔をゆるりと上げて鋭い視線で北斗を貫いた。
「で、現役高校生のハイジョと一緒にいる俺を見に来たって訳かよ」
「・・・そうだね」
「お前だって分かってんだろ、315プロダクションの奴らは仲間だ。友達じゃねえ。そもそも俺は自分で選んでここにいる。黒井のおっちゃんに拾われて、お前と翔太と会って、プロデューサーに見つけてもらって、315プロに入ったことをぜってえ後悔しねえ。だからお前も余計な気遣わずに俺達と前だけ見てろ」
僅か数十センチの距離、お互いの息が当たった。
冬馬の言葉の強さがそのまま移ったように手を握る力が強くなっていく。握りしめていく。真っ赤に燃えた瞳が北斗を見つめる。視線がぶつかり合う。
北斗はふ、と笑った。
「了解、リーダー。でも、俺のちんこは離してくれないかな、流石に痛いよ」
「は? あっ、悪い!」
強く握りしめていたものを慌てて離す。
幸いなことに手の跡はついていないが、痛みを自分のことに置き換えて青ざめた。我ながら相当な力で握りしめていたと思う。痛い、絶対痛い。冬馬はもう一度謝罪して今しがた握りしめてしまったそれを優しく摩った。
しかし、北斗はころころ笑いながら再び冬馬をベッドの上に仰向けに倒す。チェストの中からボトルを取り出してそれを振ると、容器の中からたぷっと重い音がした。ローションは残り三分の一程度しか残っていなかった。
そろそろ買いに行かねえとなあ、俺の家の奴はあとどんぐらいあったっけ。帰ったら確認しとくか。
そんなことを思いながら来る臀部への冷たさに目を瞑る。行為自体には慣れたものだが、真夏のプールのはじめの冷たさと同様に、ローションの冷たさは一向に慣れない。どうせすぐ体温に温められるのだから耐えるのみなのだが、それでも冷たいものは冷たい。
電流のような冷たさを耐えた冬馬の中を北斗の指が掻き分けるように動かされる。冬馬は目を瞑って異物感を堪えながら小さく喘いだ。
「・・・それで、冬馬は何があったの?」
「ん・・・ん・・・、ふ、何がって、何の話だよ」
「随分と俺の右手が気になってるみたいだったけど?」
いつもならば前立腺を触ってくることもあるのだが、今日はどうやら冬馬のそこを広げることだけを目的としているらしく、奥に触れてこようとしない。大方次の日の配慮だろう。あまりイキすぎても次の日気怠さで仕事にならないことは過去の経験でよくわかっている。
少しもどかしく思いながらも冬馬は「会話の時間」に付き合うことにした。
「麗が親に料理をさせてもらえなかったんだと、手を怪我したらいけないからって。そしたら、お前の事思い出した」
簡潔に、けれども少しの論理の飛躍が存在する冬馬の言葉を北斗は頭の中で噛み砕く。
なるほどつまり冬馬はAltessimoの神楽麗の話を聞き、似通った待遇にいた、あるいは通り過ぎてしまった恋人の事を思い出し、更には恋しくなってしまった訳か。
結論に辿り着いてしまえば目の前にいる恋人が無性に愛おしくなって、北斗は内心で留めるつもりだった喜びを表情に漏らしてしまう。気付いた冬馬がむ、と口を尖らせ、足で肩を蹴ってきた。
「こら、冬馬。指突っ込んでる時に暴れない。怪我したらどうするの」
「うるせえ、早く終わらせろ」
「せっかちだなあ」
冬馬のそこは過去幾度となく北斗を受け入れていることもあって、よっぽど仕事でタイミングが合わないことが無い限りは多少解す程度で痛みなく行為に及ぶことが出来る。
時折ハジメテを回顧しては「よく自分はあれだけの時間欲に耐えながら解すことができたな」と北斗は感心している。その忍耐力を一言で説明するならば愛という他ないらしいのだが、されるがままであっぷあっぷしていた冬馬にはよく分からない。
最後にもう一度だけぐるりと回して柔肉を押し込んでから抜くと、用意しておいたゴムの袋を口で千切った。
「挿入れるよ」
「おー」
「痛かったらすぐに言って、もう一度慣らすから」
「ん、んん・・・ふ・・・っ・・・・」
広げたそこは意図も容易く北斗の熱を飲み込んでいく。耐えるような喘ぎをキスで塞いで緊張をも解きほぐしていく。ゆっくり、ゆっくりと、受け身の負担にならないように最大限の警戒をしながら北斗はそれを押し込んだ。
「は・・・・あっ、っ・・・・ふー・・・っ・・・・」
痛くは無いが不思議な気分だ。挿入れる意図もなく作られた場所に何かを挿入れることへの違和感。異物感。
北斗の茂みが冬馬の双丘に触れると、冬馬は一度深呼吸した。北斗も同じく呼吸を整えると、呼吸に上下する冬馬の赤茶色の頭を撫でた。
「大丈夫そう、だね」
「ん・・・」
挿入してすぐの慣らす時間、冬馬はこの瞬間が一番好きだった。
セックスは嫌いじゃない、むしろ好きだ。恋人と肌と肌で触れ合えるのだから嫌いな訳がない。初めこそ緊張緊張そして緊張で体が強張りまくっていたものの、北斗の紳士的な対応、及び「コイツやっぱり色んな人間と遊んできてるんじゃ」と思えるスマートな動きで冬馬はぐずぐずに溶かされてしまった。どんなに念入りに慣らしても少しだけ痛かったのは今となっては笑い話だが、慣れてしまえば痛みも気持ちが良いと思える自分がいた。
ピロートークの段で「自分がしっかりしないと冬馬が怖がると思って調べたんだ」と話した北斗に、自信の気持ちを素直に言葉にできない冬馬は礼を言うことしか出来なかった。少しでも疑ってしまったことへの謝罪と、思ったよりも全然気持ちよかったとか、お前で良かったなんて言葉は飲み込んだ。
そう、気持ち良い。この行為は気持ちが良いものなんだ。それを思い出させるのがこの瞬間だった。
肌いっぱいで北斗に触れて、左胸から伝わる振動で「コイツも緊張してるんだ」と理解し、キスで"好き"を交わし合う。行動で想いを伝える、冬馬が普段ステージ上でファンに向けてしていることである。
そろそろ呼吸も落ち着いてきたという頃、抱き締めた背中をとんとん、と叩くと、冬馬の意図を汲み取った北斗がゆるゆると動き出す。はじめはゆっくり、指だけでは足りなかったところをマッサージするように、広げるように挿し込んでいく。
北斗が自分だけを見つめていた。冬馬も返すように北斗だけを見つめる。
「・・・お前明日オフっつってたっけ」
揺られながら冬馬はぼそりと呟く。喘ぎ声に満たない息交じりのそれは、ぎしりと鳴いたベッドのスプリングの音にかき消されそうだった。
しかし北斗の耳にはきちんと届いていたらしい。細長い指が冬馬の頬を撫でる。
「夕方の撮影だけだけど、今日は一回だけかな」
彼もまたやや息交じりの声でそう返す。冬馬はぽつりと「そっか」と呟いた。
「・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
広がった無言の中でベッドのスプリングが悲鳴をあげ、接続部から聞こえる水音が耳に触れる。どうやら「会話の時間」は終わりらしい。そう思うと、ただの異物感だったものが少しずつ快感に変わっていく気がした。
シーツを掴ん���快感に耐える冬馬の口の中に覗く熟れた舌が美味しそうで、北斗は思わず唾液を飲み込んだ。かと思いきや、大切なものに触れるかのように抱きしめて舌に齧り付いた。冬馬ももっと近くに北斗を感じたくて大きな背中を引き寄せようとして、北斗の汗で掌を滑らせた。
見れば彼の額には珠のような汗が浮いていて、腰を打ち付ける度に落ちそうに揺れている。
「・・・・は・・・・ぁっ・・・・・・・・・・」
速度と比例するように冬馬の息が乱れ始める。僅か数センチの所にお互いの荒れた息遣いを感じて心臓が震えた。奥を突かれる度に脳みそにまで響くキモチイイが思考を溶かしていく。
北斗は腰を振りながらも勃ち上がり、我慢汁を垂れ流す冬馬の昂りに手を添えて上下に擦る。ガチガチになったそれは少しの刺激でたまらなく震えた。肌も接続部も当たる息も全てが熱く、触れたところから溶けてしまいそうだ。体の内から溢れる声が抑えきれずに喉が鳴る。
「あっ、ああっ!・・・・・ん・・・んんっ・・・・」
「・・・・は・・・・冬馬・・・っ・・・・」
気が付けば、さっきまで何食わぬ顔で雑談していたのが嘘のように二人とも肉食獣のようにお互いを貪り合っていた。そこに理論は存在せず、「キスしたいからする」し、「抱き締めたいから抱き締める」生理的な行為だけである。例えそれが非生産的な行為だと嘲笑されても構わない。二人の間に幸福は生まれているのだから、誰もそれを邪魔することなど出来ない。
冬馬は無意識に腰を振って北斗のそれを受け入れて、北斗もまた迎えられるがまま欲望を突き立てていく。
「ほ、ほくっ・・・北斗・・・・っ!!!」
「ん・・・イキそう・・・?」
「イキそ、だから・・・・っ、」
キスしろ。言葉は喘ぎにかき消された。
北斗は抉るように深い挿入を繰り返す。肌が肌を叩く乾いた音と接続部の水音がアンバランスに思える。冬馬は蕩けた表情で北斗を見上げた。
媚薬のような唾液を何度も交わらせては二人は次第に達することしか考えられなくなり、夢中で腰を振り続ける。男にしては甲高い声で冬馬は喘ぎ続け、北斗は吸い寄せられるままに冬馬に口づけを落とした。
捻じれる中を突き出すように奥に捻じ込むと、冬馬はびくんと上体を跳ねさせた。
「~~~~っ、~~っ、っっぅ!!!!はあああ・・・・・・っ・・・・」
声にならない悲鳴を発し、冬馬は達する。二人の腹と北斗の掌を冬馬の精液が汚すが、かまわず、北斗は腰を振り続けた。
「ごめん、冬馬っ・・・もう少しだけ付き合ってっ・・・う・・・」
いつもの冷静な表情をすっかり崩し、北斗は半開きの口からはあ、はあと漏らして夢中で腰を打ち付ける。ただでさえ大人っぽい顔が汗と頬の赤らみのせいで一層厭らしく見えた。
もっと快感が欲しいと必死な顔も悩ましげな顔も「愛おしくて仕方がない」という顔も、全てが大好きだった。この男で良かった、この瞬間を迎える度に思う。
快感に犯された北斗の顔を両手で捕まえて、自分以外を見えなくなってしまえと固定する。北斗の整った顔が視界一杯に広がった。
今日で何度目か分からないキス。舌と舌で絡み合う。それと同時に体内に吐き出された北斗の熱を感じ、冬馬は腰を震わせた。唸りにも近い北斗の喘ぎ声をお互いの口の中に閉じ込めて、二人はゆっくりと離れる。
すっかり慣れてしまった異物感が取り除かれて、今度は喪失感に身震いした。チェストの上のティッシュを何枚か取って北斗はそっとお互いの腹に付着した精液を拭う。乱雑にゴミ箱に投げ捨てると、ティッシュは縁に当たって床に落ちてしまった。
「はーーーーっ・・・・・・・・・・」
北斗が大きく息を吐きながら冬馬の横に寝転がる。手を伸ばして冬馬の頭を抱き寄せると、赤い瞳はぱちぱちとまぶたに隠されてしまいそうになってしまう。
「満足した?」
「・・・風呂、入りてえ」
「はは、明日一緒に入ろう」
北斗の表情はすっかりいつも通りに戻っていて、それはそれで安心するのだが若干の寂しさも感じる。
まあいいか、大人びた北斗もまた彼自身の一つの姿だし、夜だけの顔は見たくなったらどうせいつでも見られるのだから。
「冬馬」
「ん・・・」
「怪我をしたことは不慮の事故だとしても、モデルをして、961プロに入って、Jupiterで活動して、冬馬についてきたことは全て俺が選択したことだ。もちろん、冬馬と恋人になったのもね」
冬馬の言葉へのアンサーは冬馬が北斗に向けた物と同じ意味が込められていて、冬馬は疲れで意識が薄れてきているのを感じながらもその言葉は受け取った。
冬馬も前を向いていてくれ、北斗は暗にそう言っているのだと思った。冬馬が彼に言ったのと同じように。
冬馬は頭を撫でられる気持ち良さと行為後の微睡に身を任せ、重い瞼をゆっくりと落としていく。おやすみ、また明日。その言葉と額に触れた柔らかい愛を感じながら、冬馬の意識は幸福の中に沈んでいった。
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旅立つ君に
北冬、ドイツ出立前の北斗。ナチュラルに同棲してます。
冷たい朝。がさがさ、がたりという軽い物音で目を覚ます。
朝なんて言いつつも時計を見れば大衆が目を覚ます時間にもなっていないことに冬馬は気が付く。午前四時、空気が肌寒くて部屋の中が暗い。いつもならば起きた時にはカーテンの隙間から暖かい陽が差し込んでいると言うのに。
「んん……」
背伸びも兼ねて小さく唸ってみると、先程から聞こえていた物音がぴたりと止んだので音がしていた方へと体を転がした。ぱちぱち、沁みる瞳を無理矢理慣らすと同じく目を瞬かせる人物と目が合う。彼は申し訳なさそうにして冬馬の名前を呼んだ。
「ごめん、起こしちゃった?」
「……はよ」
同じユニットのメンバー兼、同居人兼、恋人と大量の肩書を持った彼ーーー伊集院北斗は困ったように笑う。クローゼットが空いているから何か探していたのかもしれない。
重い体を起こしながらくあ、と欠伸を零すと、北斗は再びクローゼットに向きなおり手を入れていく。焦っている様子は無く、探し物はさして重要なものではないらしかった。ぼーっとその様子を眺め、冬馬は辺りを見回す。
すると、リビングに向かう扉が僅かに開き、向こうに見慣れない大きなキャリーケースが見えた。長期旅行用に買った物で、旅に行く際もあまり物を持っていかない北斗が使うには大きすぎる代物だ。ところが、今回はそんなことも言っていられない日数で、かと言って"現地調達"と言う言葉を軽率に使用するのも憚れる慣れない地。そんなところに北斗は今日から行こうとしていた。
「探し物か?」
「手袋が見つからなくてね。いつもここに入れている筈なんだけど…」
「黒いの?」
「そう。黒い革の」
二人用のベッドから降り、寝ぐせで跳ねる髪の毛を手櫛で直しながら冬馬は北斗が手をかけているものの隣のタンスを開ける。上から二段目、覗き込む。
「これか?」
引っ張りだした黒い手袋は彼が冬服でよく使用する物である。触った瞬間の手触りでなかなか高級品であろうことは検討が付くそれは、確か洗濯した後に冬馬の衣類に紛れ込んでタンスに入れられていたのを発見されたのだが、仕事前だかなんだかでバタついていたせいで放置したまま忘れていたものである。
北斗に手渡すと、彼は小さく礼を言ってそれに白くしなやかな掌を通した。
冬服の上にしっかりとジャケットを着込んだ北斗は傍から見ても暖かそうである。一方の冬馬は起きたてでお布団の温もりの恩恵はあれどジャージでは体温も次々に奪われていく。流石に冬になろうとしている時期、それも太陽も眠っている朝に薄手のジャージは寒いかもしれない。
北斗と一緒にリビングに出ると、彼が事前に温めておいたのか、部屋の中は程良い温度に保たれていた。暖房が静かに熱風を吐く音を聞きながら冬馬は再び背伸びをした。
「北斗、朝飯は?」
食べてかないのか? というニュアンスを込めて冬馬が訪ねると、言葉の意図を察したのか北斗が一瞬目を丸くした。そしてどこか嬉しそうに、
「大分時間があるから早めに行って空港のカフェで食べようかなと思ってたんだけど……もしかして、冬馬作ってくれるの?」
「魚しかねえけど、いいよな?」
「十分だよ。しばらく食べられないなら和食も冬馬の料理も食べておきたかったんだ」
そう言って彼は目を細める。
塩振って焼くだけなんだから料理とは言えねえだろ、なんて言葉が覚めきらない頭によぎったものの、口にする程のものではなく、代わりにくあ、となんとも間抜けな欠伸が出た。
寝惚けた頭も朝の冷たい水道水に手を突っ込めばすぐに覚めてしまう。
すっかり身だしなみを整えて席についた北斗にコーヒーメイカーで作ったブラックコーヒーを出してやって冬馬はキッチンに立った。
実を言うと北斗から『冬馬が目を覚まさない内に家を出るつもり』と聞いていたから今日の分の彼の朝食の用意がなかった。なので冷蔵庫に入っていた秋鮭も一人分。後でちゃんと料理すればおかずは一品でも二品でも増やせただろうがそんな時間は無い。かと言って折角こんな時間に起きたのだから後でまだ朝食の時間を作るという気にもなれず、何も言わず秋鮭の中心に包丁を入れた。北斗の性格を考えると聞かず��も『それでいいよ』と言うことは分かっていた。
結局できたのは一人半分の焼き鮭と納豆とスーパーの漬物、お湯に味噌を溶かし、増えるわかめを入れただけの酷く質素な定食で。普段本格的に料理をする冬馬にとっては料理とも言えない料理だったものの、この短時間でせめてもの形になったのだからまあいいかと納得した。
二人向き合ってニュース番組を���GMにしながら出来た料理を箸で突く。起きたてであまり腹は空いていなかったものの、今日も仕事なのだから十分に食べておかなければ動く身体も動かないだろう。胃に押し込む気持ちでご飯を掻き込んで、味噌汁で流し込むと少しだけ冷えた身体が温まった気がした。
「いつ帰ってくるんだ?」
「五泊七日だから一週間後になるかな。何か買ってきて欲しい物はある?」
「ドイツだろ? 何があるか分かんねえから何でもいいぞ」
「色々あるけど、一般的にはビールとかソーセージが有名って言われているかな。ソーセージもとても大きいんだよ」
「へえ。良いなそれ。カレーにも入れられるし」
「美味しいのがあったら買ってくるよ。冬馬がカレーにしてくれるなら翔太もきっと喜ぶだろうし」
「だな」
綺麗に平らげた皿を全てキッチンに持っていき、北斗は冬馬に「ごちそうさま」と笑いかける。冬馬も「おー」なんて気の抜けた返事をした。
そんな緩い時間を過ごしているとあっという間に出発の時間はやってきて、ようやく冬馬はそこでカーテンの向こうから僅かに光が差し込んできていることに気が付いた。間も無く大衆が起き始める時間になる。それよりも前に起きているなんてたまの番組収録であるかないか、何はともあれ冬馬にとっては珍しいことだった。
それにしても国外か…。冬馬はまだ見ぬ世界に思いを馳せる。今年に入って始まった315プロダクションが世界に飛び立つ『WORLD TRE@SURE』シリーズはプロデューサーに聞いたところによれば好調なようで。数か月前にみのり、大吾、タケルらと中国へ旅立った翔太からあんなことがあった、こんなことがあったと数年分にも渡るのではないかと思われる密度のお土産話を聞かされ、未だ自分達がどの国へ出立するのか知らなかった冬馬と北斗はそれを興味深く聞いたものだ。
自分はどこへ行くのだろう。北斗はどこへ行くのだろう。そんなことを思いながら自分にとっては世界の全てであった日本が小さな箱に過ぎなかったことを知る日を待ち詫びて冬馬は今日を迎えた。
自分よりも先に北斗がそれを知ることになるのは少しだけ悔しくて寂しかったが、それでもJupiterとして、アイドルとして彼の経験の糧になるのならばリーダーである自分は快く送り出さなければならない。
何より、数日前に北斗が嬉々として語った『楽しみなんだ』という言葉を冬馬は恋人として嬉しく思ったのだ。自分の居ない所で仲間達が成長していく。期待に胸が躍った。次に会った時、彼の目には何が映っているのだろうと。
そして、それと同時に自分も負けていられないと対抗心にも燃えた。いつか来るであろう自分の出番、それを越えた時自分は、Jupiterは一体どんなパフォーマンスが出来るようになっているのだろう。想像も付かない、けれでも確実に進化した未来が来ることを冬馬は信じていた。
もふもふえんの三人の内の誰かあたりならば簡単に入れそうなサイズのキャリーを持って彼は玄関へと向かっていく。冬馬もその一歩後ろをついていく。
「携帯」
「大丈夫」
「ハンカチ」
「うん」
「チケット」
「それは空港で」
「あと、パスポート」
北斗が持っていた小さな鞄の中から緑色のレザーケースを取り出し、冬馬の目の前で開く。中には『日本国旅券』と書かれた赤色の薄い小冊子。丁度期限が切れたからと今回の旅をするに当たって新たに発行したものだ。どうせ近々行くのだからと一緒に発券しに行った冬馬と翔太が持つ物とは色が違う。冬馬達は紺で、北斗だけ赤。
「ん」
冬馬が頷くと、彼は満足そうに微笑んでそれを鞄の中に戻した。
向き合ってしばらく、北斗は見納めとでも言うようにじっと冬馬の事を見つめ、ややあって口を開く。
「連絡するから」
「ばーか、んな長い時間離れてるワケでもねえだろ。こっちのことは気にせず旬達と楽しんでこいよ」
乾いた笑いを零すと、北斗はいたって真面目な顔で、
「俺が連絡したいんだ。例え仕事でも暫く冬馬に会えないのは寂しいよ」
そっと抱き寄せられて冬馬は玄関の段差を感じながら、同じくらいの目線に立つ彼の体を抱き締め返す。どうせ少しすれば帰ってくるのだから気にすることはないのだろうが、毎晩、毎朝感じているこの温もりをしばらく感じられないのだと思い、ようやく冬馬は身の内にあるもの寂しさを知った。
暫くして、名残惜しくも冬馬から離れた北斗はやはりどこか寂しい表情を浮かべながら笑顔を張り付ける。
「それじゃあ、行ってくるね」
「北斗」
ちょいちょいと手招く。北斗は小首傾げて言われるがままに冬馬の元に寄っていく。そんな彼の頭を引っ掴んで、薄い唇にキスをする。一瞬触れただけだが、十分に手入れされたそれは柔らかく気持ちが良かった。
鳩が豆鉄砲を食うような顔で冬馬を見る北斗が面白く、思わず笑いそうになってしまったが堪え冬馬は「っし」と笑う。
「行ってこい!」
しっかり送ってやろうと今決めた。彼が見知らぬ異国の地でも戸惑わず、自分自身を貫いて輝けるように。そして、どんなに広大な世界を前にしても"ここ"に戻って来られるように。
驚きの色を浮かべていた北斗はその言葉を受けた瞬間、顔を引き締め力強く頷く。
「行ってきます」
そう言って冬馬は旅立つ彼の覚悟を決めた背中をしかと見送る。あれなら大丈夫だ、成功しない理由がない。そう確信し、冬馬は自分が今いるべき場所へと踵を返した。
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Lovely my...
北冬、インキュバス冬馬、マシュマロより。SS。
悩みがある。それも口が裂けても人には相談できないようなとびきりのネタである。もしもこれを世間に知られるようならマスコミは騒然となって事務所にけしかけてくるだろうし、ファンの子達も衝撃のあまり泡を吹いてぶっ倒れかねない。
Jupiterのリーダー天ヶ瀬冬馬は夜な夜な人の寝床にやってきて精気を奪う"インキュバス"で、それも同じユニットメンバーとソウイウ関係なんて。
仕事仕事仕事の日々を過ごしていたJupiterが得た久々のオフ。本来ならば目覚ましをかけず、体の赴くままに適当な時間に目を覚ましていた筈だったのに、
「冬馬! 来るなら事前に言ってくれって何度も言っただろ!」
AM7時。小鳥さえずる清々しい朝に北斗にしては珍しい怒声が響く。しかし、パンツ一枚を身に着けただけの体では怒っていても様にならない。一方ベッドで転がり、半目で北斗を見上げるのは同じく鍛え抜かれた肉体を存分に露出した冬馬である。
彼は寝ぼけ眼を擦りながら他人事のように「うるせえなあ」とぼやく。
所謂夢魔ーインキュバスーと呼ばれる悪魔の子である。彼曰く、父親は純粋な人間なので正しく言うならインキュバスと人間のハーフらしいが、吸われる物は吸われている北斗からしてみればハーフだろうがなかろうが関係ない。
冬馬に出会ってから随分と経過した今でも獲物と捕食者なのかセフレなのかよく分からない関係が続いている。それだけが真実だ。
「別に良いだろ、減るもんじゃねーし」
減ってるだろ、と言う言葉は飲み込む。冬馬は両腕を枕のようにして呑気に欠伸した。
「せめて動けるようにしてほしいな。一方的に襲われるだけは嫌なんだ」
「どうせヤること変わんねえんだからいいだろ」
昨晩も眠りについた北斗の前に姿を見せた冬馬が例に違わずヤりたい放題ヤって北斗の精気をもらっていったのだが、北斗はその様子を曖昧にしか覚えていない。例えるならば夢のような。しかし、目覚めた時のスッキリした下半身がそれを夢ではないと告げている。
いつも冬馬は突然やって来たかと思うとインキュバスが使える呪文のようなもので北斗の体を縛り付けてしまう。まるで金縛りのような現象に襲われた北斗は自分の体の上で妖しく泳ぐ冬馬に手を出すことも出来ず、ただ喘ぐばかりである。
後日触れさせてくれと訴えても彼はそれを聞き入れることは無い。そんな日々が数か月と続いていた。
結局、冬馬にとってはただの餌でしかないということか。
想いを告げずに体だけの関係を保ち続けている現状、自業自得とも言える。言うタイミングは幾度もあったのに恋心の存在を知った冬馬が離れていってしまうのが怖くて言えなかった。これはその結果なのだ。
「冬馬、俺は冬馬の事を愛したいんだ。冬馬にとっては俺はただの餌かもしれないけど」
自分で言って虚しくなった。自分は所詮餌にすぎないと。何度も重ねた体はあくまでも一方的なもので、この感情も一方通行の何かで。
「ごめん、やっぱり気にしないでくれ」
ため息を大きく吐きながら朝食を作りに行こうとキッチンに足を向ける。冷たいノブを回すと、か細い金属音と共に扉は意図も容易く開く。
朝から大きな声を上げてしまった。昨晩のことで喉も若干荒れているし、今朝は温かいスープでも作ろうか。
「ただの餌なららわざわざこんなとこまで来ねえよ」
背中に聞こえた消え入りそうなか細い声をピアノで鍛えた北斗の耳はきちんと拾い上げた。
「冬馬、今なんて、」
北斗は咄嗟に振り返るが冬馬は枕を抱いて背を向けている。くぐもった声で「うるせえ、寝る」と言った冬馬はすぐに布団を被ってしまったけれど、僅かに見えた耳が若干赤く染まっていたのを北斗は見逃さなかった。
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