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20250609

またしても長らく放置している間に季節が過ぎ去りすぎてしまった。
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やらなければいけないことやルーティーンに巻き込まれていたら、身体はこわばり自分の言葉も失われていく。滞留すること、あまり動きがないことはいいことでもあるけど、換気をするのもかなり大切。ミュンヘンは換気だったんだな。

マティスの切り絵、シャネルのコスチュームジュエリー、18世紀の植物図…

ダルマイヤーで見つけた、チョコレートの入っていたイースターエッグ…とにかく物質派であることを、研究でももっと自由にアピールというか、利用していきたい。

ティファニーの展覧会で見た謎のショーケースがなかなかよかった。
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ハンブルクとパリへ行く直前から途端にバタバタしはじめ、こちらを完全に放置しているうちにミュンヘン滞在は終わってしまい、さらには4月になって、新学期も始まってしまった。

▲すごく好きだったので苦にならなかったパリのホテルの階段、エレベーターなし
まだ帰ってきて10日も経っていないなんて嘘のよう。ミュンヘンは遠い昔の夢のような記憶になってしまいかけていて、忘れないうちに早く書き留めなかれば、動かなければと、急いでいろいろなことに着手している。

▲帰国の前々日、イースターなので教会でマタイ受難曲を聞いた(3時間超!)。これを歌える集中力のあるドイツ人がまだいるんだ、と感心
2ヶ月間、あれほど会話ができぬ、コミュニケーションがめんどくさい、と思っていたのに、帰ってしまえば全部がキラキラした日々に思えてくるのは、本当に自分のまぬけなところでもありよいところでもある。研究を進めたというよりは、再起動するためにひたすら歩き、そしてひたすら考えていた滞在だった。

▲朝に研究所内のカフェテリアで研究方針を考え続ける時間が一番よかった。
それとまあ、実際ミュンヘンは物価以外はそうとう暮らしやすかった。基本的にジェントリフィケーションされまくり、所得の高い人しか住めず、移民やホームレスが少なく白人が多く、治安が良く、人に余裕があり、清潔で、笑顔で親切にされることが多かった(衝撃)。これを暮らしやすいというにはかなり抵抗があるというか、追いやられた人たちのことも考えてしまうわけだけど、短期滞在者的にいえばおかげさまで変なストレスはなく。長く住むとなるとちゃんとした所得が必要だし、白人たちになかなか馴染めないのでは、とも思うけれど。

▲これも帰国直前に見て本当によかった!と嬉しかったところ。新古典主義者がこんなにかわいいピンクをつかっていただなんて。かわいすぎる。
2年前にベルリンに行ったときも思ったけど、もう二度とドイツには来られないかもと、毎度思っている。特に理由はないけれど。それだけ今回の滞在も僥倖、ハッピーなものだったってのをなんとなく自分のなかで素直にうけとれなくて、婉曲的に理解しているのかもしれない。
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3月7日、36日目。
半分過ぎると終わりが見えてくるようでいろいろと焦る。しかし基本的には資料探し→スキャン(高性能すぎて愛おしい)→読み、の繰り返し。

こういうちょっと変わってるな、くらいの気になる建物も愛用のこのガイドにだいたい載っているので、来る人はぜひゲットを(誰あての情報)。

先週末はHaus der Kunstで1956-76年のフェミニズム美術の展覧会と、メレディス・モンクの展覧会を見た。ちなみにここはもともとナチス政権が奨励する芸術作品の展示用に建てられた建物で、いまはバリバリの現代美術の展示に使われている。
フェミニズムの方は具体の山崎つる子や、ジュディ・シカゴ、リジア・クラークなど有名どころも。しかしなぜか全部体験型の作品だったために子供の遊び場&インスタ撮影会場的な意味でバズってしまっており、作品&展覧会自体の大味な感じと相俟ってちょっと軽薄な印象をうけた。フェミアート=子供も楽しめて感覚、触覚的に見られるポップなもの、という変な誤解を与えてしまいそうな…ともあれ、こういうバズりの概念はこっちにもあるんだなと学ぶ。メレディス・モンクはあまり知らずに行ったけど、よすぎてびっくりした。静けさと激しさの合わさる、かつ丁寧な仕事にうっとり。

異常な種類のサプリメントのうち、若干の疲れ、食事の偏り、変なところにできた口内炎が気になるのでビタミンのサプリを買ってみたら、飲んだ途端に効き始めている気が(危険)。このあたりのヒーリング系?のもかねてより気になっている。命の母的な効能をうたいつつ、ハーブ系とビタミンなどが原料っぽいので、劇的には効かないかも。安いし。
ストがあるので予定より行くのが遅くなるけど、来週のハンブルク&パリ調査の予約もサクサク終わらせてすっきり。明日の夜はバイエルン放送交響楽団のコンサートに行く。本来ならマーラーやヴァーグナーを聞くべきなのかもしれないけど、なんかあまり好きではなく、ストラヴィンスキーと、ラフマニノフ、の予定が直前で曲目が変わりショスタコーヴィチ交響曲5番に。音楽のことって結局全然わからなかったけど、ショスタコーヴィチは高校時代に学んだ中でも、傑出して価値あるものといわざるを得ない。でも15€の席なので、明日はなにも見えないかもしれない。


ざっくばらんに家の前の植え込みに咲いているクロッカスがかわいい。
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3月1日、31日目。
1週間も1ヶ月も飛ぶようにすぎていく。ハンブルクとパリの調査日程を決めなければならないけど、いろいろあってなかなか決まらず。


▲ヘアオイルを買う途中でアザム教会に寄った。ここはそういう、観光地ではないけど商業施設が並ぶ区域(高松のパサージュのような通りに似ている)に突然あらわれる。のでかなり驚く。建物の狭さが余計にバロックの歪と過密さを際立たせていて、細部の作りも隅から隅までおもしろい。元々は個人利用のためのものだったと読んで納得したけれど、ここで礼拝などして集中できるのかどうかははなはだ疑問。しかしこうやっていろいろな様式の教会堂が点在していたら、19世紀の歴史主義みたいなものが発生するのはごく自然なことのようにも思う。

▲19世紀にルートヴィヒ1世がクレンツェに建てさせたルーメスハレを撮りに行くのが今日の一番の目的だった。けれど曇っていたし、10〜3月は中に入れないらしい、がーん(死語)。外からだいたい見えるのだが。正面のだだっ広い空間は毎年オクトーバーフェストの会場として使われていて、こないだ家主が参加した3000人規模のデモもここでおこなわれたらしい。


▲先週と今日、ちらりと寄ったヒポ文化財団クンストハレのViktor&Rolf展とMUCA(Museum of Urban&Contemporary Art)のダミアン・ハースト展。ヒポはミュンヘンの地銀、MUCAはミュンヘンのコレクターがやっている私設のミュージアム。
ベルリンには小さなギャラリーが数えきれないほどあるけど、ミュンヘンのそういうコマーシャルギャラリー的なのは質量ともに劣り、公立館や、むしろこういう若干規模と資金力の大きそうな展示施設に存在感がある気がする。エスパス・ルイ・ヴィトンもミュンヘンにあるし(ベルリンにもドイツ銀行やメルセデスのすごく良いのがあるが)。しかしヒポはともかく(そもそも施設のラグジュアリー感がややダサい、でも展覧会は織物などもあって面白かった)、MUCAは展示・空間ともにちょっと…前澤社長的な雰囲気を感じたが、サメを初めて見られたからよかったことにしよう。ちなみにMUCAのコレクションはいま森アーツセンターギャラリーなどで巡回展をやっている(KAWSとかバンクシーとか)。
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2月27日、28日目。
週末には大学院時代の友だちがベオグラードから来てくれた。一緒に美術館や教会や記念碑をまわりつつ、先日逝去された先生の話、美術の話、日々の話、社会の話、昔の話など、いろいろ話せてうれしかった。話す内容は年齢とともに少し変わる。特に女性は30歳前後で生活環境がかなり多様になるけれど、もしそれで違う考えを持つようになったとしても、違う考え方を持ったままで無理にすり合わせることなく、程よく仲よくい続けられたらいいのにと友達みんなにいつも思う。仮に距離を置いたとしても、また戻ってくればいいのにと。小学生みたいかも。でも今回はそういう話もできてよかった。

▲青騎士の頃のこういうカンディンスキーが好き。キルヒナーもホドラーもそうだけど、この頃特有のピンクの使い方がある、いやこないだ見たターナーにもそういうところあったが。コッヘルは原田直次郎も滞在していたバイエルンの端っこの町。

▲ピンクといえば、ドイツにも生菓子ってもんがあるわけよ(あまり期待してなくて食べたことないが)。

▲生菓子といえば、19世紀ごろの彩色に関する研究書でたまたま見つけたこの挿図がまさにtoxic。

▲たまたまといえば、調べ物で見ていたETH Zürichのサイトがおしゃれすぎて。大学のロゴが完璧だとは前から思っていたが、黒にぱきっとした色、工業製品的なデザインもよすぎてここに通い直したい(どんな理由)。
ワークショップを終えて自由にいろいろなことをやっていたら、収拾はつかないけれども手掛かりになるかもしれない関連資料、関連トピックが広がってきた。街の全体像というか、点で把握されていた場所たちの位置関係も徐々につかめてきた気がする。
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▲最近よいと思ったカフェ。考え事とかするときカフェばかりいくのだけど、がっつり作業できるカフェはベルリンに比べて少なく、スツールみたいな椅子だけとか、低いテーブルのところが多い。会話しに行くところなのだな。


▲昨日は疲れてたので家主に激推しされたヴィム・ヴェンダースの『PERFECT DAYS』をわざわざドイツで見る。ここは廃業した古い映画館が若い人たちにリノベされたところらしく、すーごくかわいい。シアターは講義室のような空間だったけど(笑)私はそもそも音響とかよくわからない人なので問題ないのだった。
映画はとても美しく、つまり実際にこんな人いるはずもなく、ひとつの理想というか「こんなふうに生きられたら」というキャッチコピーまんまの内容――超上質な映像で作られた役所広司のモーニングルーティン&ASMR動画であった。まぁこれを労働者バカにしてんのかとか、日本の見方おかしいだろ、と批判することも色々できるだろうけど、夢は夢なのでしてもしょうがないような感じでもある。「実際はそうなれない」という諦めもうかがえるがゆえに。
いまドイツでは茂木健一郎の『IKIGAI』という、ミニマリズムのすすめ的な、しようもなさそうな本がめっちゃ流行っている。家主も見せてくれたしドラマのセリフや研究所の挨拶でも聞いたので本当に流行っているのだと思うけど、この映画のロングヒットはそのブームにも乗じているようだった。公開からかなり経つのに上映館も多いし、お客もけっこういた。
ともあれ映画はけっこうおもしろかった。初めて思ったけど役所広司がすーごくかっこいいし演技もいい(そこにもムカつく人はいるだろうけど)。




▲映画館がある場所自体もなんか雰囲気がよくて、かわいいチーズ屋、毛糸屋、微妙に古いカフェなどがある。私の大好きなオーガニックスーパーALNATURAもついに発見でき、���ートを買った。ベルリンにはたくさんあるのにミュンヘンには5軒ほどしかない。店内のデザイン、レイアウトも好きだしあの異様な客層もおもしろくて好き。ロゴがスピリチュアルな表現主義絵画みたいなところもいい。
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2月21日、22日目。昨日の話
ワークショップという名の研究発表が終了!ちゃんと時間に余裕をもって準備すると、何度も文章を練れるという宇宙の真理を初体験した貴重な機会だった。一文一文かなり丁寧に作ったと思うのでドイツ語は問題なかったけど、質疑応答では、日本でもドイツでも同じ質問が来るんだな、と変に感心(私の構成がいつもおかしいからでは?)。終わった後にどっと疲れが来てそれはもうひどいことになったけど、終わってよかった。
しかしこちらの人とコミュニケーションを取っていると、自虐の概念がほぼないのがとてもやりづらい。上の感想のようなことを言うと「え、失敗した?」って思われる。たとえば「時差で今日眠いけど予定がたくさんあるね」「私の発表のとき寝てていいよ(笑)」「は???」みたいな。「発表どうだった?」「まぁがんばらなきゃいけないこと色々だわ〜(笑)」「え、大丈夫?何か言われたの…??」みたいな。
私は別に卑屈なのではなく、前半に関しては聞き手が寝てても別にいい(し、普段誰も寝てないから寝ないってわかっている)。後半に関しては、いいところ・悪いところ当然あったし概ね満足してるけど、いいところ言っても面白くないので自虐ネタっぽくしてしまう、みたいな。
いや、まじ、普段そういうコミュニケーションしか取ってない、ここにも変なことしか書いてないし(結構ふつうに楽しんでいますよ)。ふだん人のことはストレートに褒めるけど(そしてそれは嘘ではなく本当にそう思って褒めている)。
こういうこと日本でもあるけど、真意が伝わらなさすぎるとちょっと困る、しかし「最高の時間だった…自分パーフェクトウーマンすぎる」みたいに言うのも性にあわないので「まぁいい感じにやりましたわ」みたいに言うこととする(それでも「え、微妙だったの?」と思われそう)。

▲古代彫刻館にて、なんか講義するとき使えそうかなと思っていろいろ撮る。すごい技術とともに、これが美の規範として2000年以上も残ったがために今の人は美容整形を繰り返してさ…と罪深くも思う(Twitter見ながら)。

▲好きなレイアウトと書体(かなり僅かに斜めになっていて躍動感がある、配色もgood)
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2月18日、19日目。
数日前、大学時代にお世話になった先生の訃報が届く。ずっと闘病されていた話は聞いていたけれど、エネルギッシュで前向きな方だったからなんだかんだ100歳くらいまで生きるだろうと心から信じていたけど(お父さまも100歳くらいまで��きたと言っていたし)、そういうことにならなかった。3年前に研究助成の推薦をしてくださって、通ったときにはお礼を言えたけど、あまり思うような結果が出ず、もうすこしまとまってから報告をしよう、報告論文も提出したけど、あまりいいものにはならず、でもまぁそれが出たら一応なにか伝えよう、と思っていたら、こんなことに。不義理なことをしていると、半分わかっていたような気もするけど、したままになってしまった。
先生はザ・昔の大学教授という人で、先生を通していろいろな美術史家的、大学教授的身振りを知れた。対照的な性質の初代指導教員との対比もよかった(本人ら的によかったどうかはさておき)。いま思えば、大学で一番インパクトのあった授業って先生の授業かもしれない。美術史なのに全然美術史の話をしなかったり…マインド的には繋がるのだけど。
そう先生は、なんでも「繋がる」んだということをよく言っていた。私が気になっているAのこととBのことは、一見まったく関係がなくても、同じ人が気になっていることなんだから絶対どこかで繋がっているという話。ポストモダン的なよくある話なのかもしれないけど、繋がるんだ、繋げていいんだ〜と感嘆した(私の初代指導教員は禁欲的で、あまりそういうのを好まなかったと思うが)。
ほんとに学生時代が終わったって感じがする、いやとうに終わってるけども…。来週は先生に学んだ友人がミュンヘンへ来てくれるので、いろんな話をしたい。


▲通りすがったちょっとかわいい教会と、ちょっとかわいい幼稚園の壁画
相変わらずワークショップの準備を続けていて、たまにきれいなカフェや美術館に行ったりしていて、あわただしく、楽しいこともありつつ、ときどき先生のことを思い出す。うまいコーヒー飲みたいな、あ、メイク落とし買いに行かなきゃな、と思ったその次の瞬間に、先生もういないんだ、的な。
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2月14日、15日目。
研究所(図書館)、美術館、カフェだけをただただ往復したいのに、毎週おこなわれるイベント(よそから美術史の研究者を招いて講演があったり)に参加を要請される。ひとつならまだしも、1日に3つくらいそういうのがあって、20時くらいに終わることも。岡山弁には「風(ふう)が悪(わり)い」という言い回しがあって、それは「体裁が悪い」みたいな意味に訳せると思うけども、そういうイベントに参加せず自分のことだけやるのは、まぁ助成者なわけだし、まさに風が悪いので結構参加する。平然と来ない人もいるけど、アメリカ人は意外とそういうところ律儀(同室のアメリカ人が勤勉なだけかも)。いい内容のものばかりだと思うし、リスニング力も鍛えられるし、知識を増やすというより海外の研究者らのふるまい、身振りを知ることはいいなと思うのですけれどもね。こういう環境にどっぷり浸かれてるのはほんとうに良い。




▲これぞ、というカフェをまだ見つけられてない。
しかしまぁ、喋れもしないのによくもこんなに喋ってるな、というくらい毎日毎日よく喋っている。明日はアメリカ人の子が飼ってる犬を連れてくるらしい。
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2月12日、13日目。
集中して論文ばかり読んでいて疲れた一日だった。今日は、嬉しい・楽しい4:知らないこと・わからないことの多さに途方に暮れる6、といったところ(毎日変動する)。
20時過ぎに研究所を出て、疲れたけど簡易的な参鶏湯風のものを作ろう、と意気込んでいたらスーパーもドラッグストアも閉まっていた。閉まっていることよりも、閉まることを忘れていたことに驚いた。東京で住んでいる家の近くの西友は25時まで開いていて、というか実家の近くのハローズなんて、あんなに人口が少なくても確か24時間やってるんじゃなかったっけ。ベルリンはもう少し長く開いてたような。
ともあれ材料を買えないなら外食するしかないやと思って、全く食べたくもないもの(値段も高いし、量も多いし、でも雨だからもう探したくないし)を食べていると、その最中になって、家に余ってる具材で適当になにか食べることもできたではないかと気づく。鶏肉はなくても、ソーセージ、ジャガイモ、リゾット米、芽キャベツ、卵、ミューズリー、ヨーグルト、���々。脳が働いてないので読書は18時くらいには切り上げて、続きは家でやるべきなんだろうな。
ところで先週家主の女性は近所の友人とデモに参加したらしい。なんの?と聞くと、für Demokratie 、gegen Nationalsozialismusだ、と言っていて、まぁそうよねえ、と。かなり大きい、3000人規模のものだったとニュースでも報じられていた。今の情勢も反映してAntisemitismusに対抗するものだったともいわれていて、なんともいえない気持ちになる。ドイツのそのあたりはとても複雑だそうで、ほんとうはどういう気持ち、雰囲気なのか、と聞いてみたくもあるけれど、かなりセンシティヴな話題だろう。でも、そういうデモがあるということは、ミュンヘンの人同士はいろいろ話したりしてるんだろう。

▲すごく古い地下鉄とすごく新しい地下鉄が併用されていて、普通のがない。この黒い服のは、ミュンヘンの紋章にもなっている修道士Münchener Kindl。
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そういえばなぜかこっちに来てからSZAのアルバム『SOS』ばかり聴いている。一度しっくりくるとそればかり聴くので、このままだとこれがミュンヘンのイメージソングになってしまう。グラミー賞関係でアクチュアルだけど、SZAとミュンヘンは全く似つかわしくない。
歌がめちゃ上手くてほんとはものすごく声量のある人が出すウィスパーボイスっていい。
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ちなみに前回のミュンヘン旅行の後はEstelleの「American Boy」ばかり聴いていた。Estelleはおそらくこれはこっちの有線でよくかかっていたからなんだけど。SZAは好きだけどEstelleはちょっとダサすぎるのでは。もう少し何かもっと風流な?もので・・・、と思っても、こればかりは直感的なものすぎて逃れられない。
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2月11日、12日目。
駅のちょうどいい位置に店があるプレッツェルをもうすでに5回くらい食べて飽きてきた。ほんとは間にバターとネギが挟んであるものが好きなのだけど、ネギ入りにはまだありつけてない。Mohn(ケシの実)のパン(左)がおいしい。


ワークショップの準備に気を取られて行動範囲があまりに狭く、相変わらずあまりミュンヘンの「外れ値」的なものを見つけられていない。


▲打ち捨てられたクリスマスツリー ▲halbes Hähnchen (鶏半分。"chen"は小さいものにつく接尾辞)と書いてあったから頼んだのに、あまりに大きすぎた。


▲アジアスーパーにおかれたミニ祭壇(春節だから?)▲Christian Diorを堂々と名乗るポチ袋(配色は春節仕様)

家主は「そんなことない」というけれど、ミュンヘンはあまりに人が落ち着いている。だからどこかでベルリンらしさを求めているのかもしれない。休憩中のバスにまちがえて乗ろうとしただけで、刺青入りの変な髪の色のピアスがたくさんついた女性ドライバーに酷く罵倒されつづけるベルリン!…といいながらも、ミュンヘンは過ごしやすくて楽だなあと毎日思っている。なんだそれ?
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2月7日、8日目。
来て1週間が経ち、今日は月1のミーティングで短いプレゼンをやった。家主(なぜか居候生活している)が練習を手伝ってくれた(嫌だと思ったけど結局助かった)のと、他の研究員とコミュニケーションをする機会が結構あったので、できないドイツ語もごまかしごまかし、なんとか終わる。思ったよりアットホームというか、ちゃんと話を聞いてくれて、殺伐としてない。というか日本で研究の話をするより伝わっている感じすらある(地元の、みんなある程度は知っている話だろうから)。

▲ケーニヒスプラッツを通ると研究所が見えてくる。毎日通っているとグリュプトテーク(研究対象の建築のひとつ)の大きさが身体化される気がする。
2日めに面会した受け入れ教員はものすごい圧迫感だったが結局親切だし、ミュンヘン全体が今の所そんな印象かもしれない。街全体に余裕があるような――ベルリンは本当に殺伐としていた!――もっとドイツ語(と英語)ができればなぁ、と思いつつ、おしゃべりばかりしていても仕方ないので、明日からはまたひとりで、21日の発表の準備をはじめる。
ただ、古典的なテーマの研究をやっていると、ドイツ人には保守的な思想の持ち主に思われたりするのでは、と気になることはよくある(ナチズムの趣味に直結するものでもあるので)。日本美術のあるジャンルもそういった印象と結びつくことがあるように、慎重な方向づけが要るような。実際、これは参考になりそうだと思ったある先行研究の著者(歴史家)は、最近はかなり保守化していて批判されているもよう。


▲うまくないと分かっていても、一度は食べなければならないアジアインビスの焼きそばと鴨肉フライ。カフェテリアのサラダ盛りも普通だと分かっているのに食べてしまう。結局、自分の作ったごはんが一番おいしい。
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2月3日、4日目。口唇ヘルペスと乾燥で唇がボロボロだけど快調。時差ぼけを抜け出したのと多分快晴だったのもあって頭がすっきり。
リラックスすること、土地勘をつけることだけを目標に、一眼レフを持たずに出かけてみた(重すぎてやる気が損なわれるため。本末転倒!軽いミラーレスがほしい)。
結局ミュンヘンのレジデンツをがっつり数時間見てしまうが、なかなか楽しめた。珍品としかいいようのないものたちやグロッタ、ミニチュア絵画の部屋、ベルリン王室からの贈り物など…(特に誰も喜ばなさそうな写真たち)




さすがヴィッテルスバッハ家、ベルリンの王宮よりもバロック的な雰囲気のものが多いのか?、見ていて面白い。広々したレジデンツのうち一番見たかった絵のある部屋になかなかたどりつけず、マップにあるはずの場所がないので監視員に尋ねると、「今日は監視員の人手が足りないから閉めてる。明日開くかどうかは明日の朝にならないとわからないよッ!」とのこと。ここは一応ミュンヘン有数の観光地なわけだけれど、潔い…小さくてかわいいバラのブローチをつけた東アジア系(?)の女性。
監視員はどこでもいろいろな人種の人がやっていて、のびのび働いているように見える。絶対閉館数分前に帰る。前はよく「どこから来たの?」とか「これを見ろ!」とか話しかけられたが、ベルリンの美術館ではここ5年くらいでFreeWifiが導入されたので、みなスマホに興じ話しかけられることがあまりなくなってしまった。ミュンヘンはどうなのだろう。
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ミュンヘンの中央美術史研究所(Zentralinstitut für Kunstgeschichte)と鹿島美術財団による、ポスドクのためのフェローシップでミュンヘンに2ヶ月、滞在することになった。ZIのイベントなどに参加したり研究発表をしつつ、基本的には自由に研究活動をやっていいらしい。
1月31日に到着して、今日2日目が終わったところ。そういう組織がかかわらず自費で行くとしても、いつも渡航前にはほんとに成果になるのかしら?私なんて行く意味ある?と緊張するのだけれど、案の定1月は体調が悪かった。しかし1月半ば以降悪さのピークに達した感があり、昨日今日はなぜかさっぱりしていて冷静になっている。
これまでは短期滞在ばかりだったけどミュンヘンは4回目で、いつもきれいさに驚く。留学で土地勘もついたベルリンと違って、地下鉄で誰も叫んだりしないし、きれいな格好をした白人が多いし、��プレーのラクガキもない。ほんとにこんなにきれいな街なのかかねてより疑わしく思っているので、今回はいろいろなミュンヘンを見つけてみたい。


▲到着してまもなく空港のチケット売り場で、間違ってかなり広範囲かつ高額な公共交通機関のマンスリーチケットを買おうとしてしまい「あなたはミュンヘンのことが何も分かっていない」とたしなめられた。そう私はミュンヘンのことが何も分かっていない!




▲圧、出過ぎでは
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代打(非常勤)で見ていたゼミの人々が16名、卒論を書き終わった。16、って、ちょっと多くないですか――後期はもうほんとにそれが気がかりで、といってもこちらが何かをすることはある程度までしかできないわけだけど、とはいえ生殺与奪の権をこちらが握るのはなんとも苦しく、心労がすごかった。それでも全員提出したわけで、人は、これまたある程度だけどなんとかするものなんだなと驚いた。
人が何かを発見して、咀嚼して、形にするペースは本当にさまざまなのは知ってはいたけど、改めてさまざまなのだと実感させられる。あるときスイッチが入って突然長大なものやオリジナリティに溢れるものを書きはじめた人もいて、はあ、美しい、と思った(本当はよくないことなのかもしれない)。

年末に六本木のギャラリーで見た写真作品、図書館や美術館の建築を、権力の歴史が集まる空間として見ていて面白かった。
カンディダ・ヘーファー「Reflections of Spaces - Spaces of Reflection 空間への反射 - 反射の空間」KOTARO NUKAGA(23/10/14-12/23)
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