natsukikojima
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毎日戯曲
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劇作家・小島夏葵(小島凡鶏)。 ご依頼や相談はtwitter(@_natsuki_kojima)か[email protected]まで。 言葉や話や出来事の並びなど必要でしたらお力になれる場合が多いかと思います。当サイトの過去の掲載作は「アーカイブ」からどうぞ。全体的にPC版表示が見やすいです。
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natsukikojima · 3 years ago
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2022/04/30
 狭く埃めいた部屋が堆く積み上げられた本と紙の束で埋まっている。窓はあるがカーテンが閉め切られている。オレンジ色の部屋の灯り。姿は見えないが人のうめき声のようなものが本の山の裏から聞こえている。ノック音がし、扉越しにBの声。
B 先生。
 再びノック音ののち、扉が開いてBが入って来る。
B せんせ、(短く咳き込む)先生、先生?
 うめき声で答えた���と、山の一部を取り崩してAが姿を現す。
A 今何時? B 11時です。 A じゃまだあるな。 B 夜の11時です。 A これ今何日かから聞いた方がいいか。 B タイムスリップしないでくださいあといつもですけど連絡ください。 A 電話ちょっと、失くしちゃって。ずっと部屋なのに。不思議だよね。 B (部屋に目線を走らせて)不思議ではないです。 A ちょっとごめん掛けてもらっていい?
 B、溜め息をついて携帯電話から発信する。Aのポケットから発信音。
A あそっか。いや違うんだってそんな顔しちゃやだあ。ちょっと待って、これ持ってて。
 A、一度通話を切ってから自分の携帯電話から発信の操作をし、それをすぐにBに渡す。本と紙の山の下から電話のベルが鳴り始める。A、山をかき分けてコード付きの黒電話を取り出し耳に当てる。
A ここにあったか。ありがとうやっと見つかった。 B 固定電話失くしてたんですか! A でかいでかい声が何時だと思ってんだ。 B (きわめて小声で)11時! A 携帯電池切れてるときあるから、こっち掛けてきて。 B 本当にもう延ばせませんからね。 A 任せて全部何とかしちゃう。 B 信じてます。 A 報われちゃう。あ、そのボタン押してって出るときに。
 A、本の山の裏に戻る。B、床にあったボタンを足で踏んで押す。ノイズ交じりのジャズが部屋に流れ始める。Bは静かに部屋を出る。  A、紙とペンを持ってよたよたと歩き出す。立ち止まって視線を上に向けた後、紙を部屋の壁に押し付けて筆を走らせ始める。
                    幕
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natsukikojima · 3 years ago
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2022/04/28
 夕陽の差す居間。母はじっと座って壁を見ている。通り過ぎる自転車の音。やがてばたばたと掛けてくる足音の���に扉が開き、男が一人入って来る。息が上がっている。母は壁を向いたままでいる。
母 盗ってきた?
 男、細かくうなずく。
母 そう。何を?
 男、ポケットから蛇口を取り出す。
男 蛇口。 母 誰から? 男 知らない人の、知らない家から。 母 知らない人から盗んできたのね?
 男、うなずく。母、振り返って男の手を握る。
母 ああ、そうだよ、才能はそうやって使うんだ。知ってる人から盗っちゃいけない。知らない人から。段々覚えていくんだ。そうして。 男 いつか、世界中を盗む。 母 4年後に。 男 4年後に世界中を。 母 正しいことより向いていることをするべきだよ人は。 男 蛇口を盗んだ帰り、盗める財布も飯も山ほどあった。でも我慢した。 母 うん、なんだって盗めるでしょう。それは才能。 男 でも今日はやらなかった。 母 うん、才能は正しく使わないと。 男 たとえば蛇口を盗んだり。 母 そう。
 母、男の手を離す。男は蛇口を部屋の端にそっと置く。
男 明日から2週間くらい空けるよ。 母 次はどうするの。 男 形がないものを盗もうと思う。 母 何にするの。 男 知らない人から、名前を。そしてそれをあげるよ。
 沈黙。
男 段々、自由になろうね、母さん。自由はまだ盗めないから。見つからなくて。
 外から早足に降り始める雨のぽつぽつと鳴る音。男、窓とカーテンを閉め切る。部屋が一気に暗くなる。母が手探り部屋の明かりをつけると、小さな今はぼうっと浮き上がる。男が扉を閉め、鍵をかける、その音が大きく鳴り響く。
                    幕
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natsukikojima · 3 years ago
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2022/04/27
 ビルの屋上。晴れの昼。Aがコンクリートの細いふちをよじ登った上にいる。Aは腰が引けた極端な猫背の姿勢でビルの外の下方をじっと見つめている。Aの後方、屋上の中ほどに半分以上中身が残った2リットルのお茶のペットボトルがある。春の温く強い風、その向こうから離れた線路と電車の音。数羽のカラスの輪唱。階段からの扉が軋む音を立てて開き、めちゃくちゃな包み方の派手な風呂敷包みと雑に畳んだビニールシートを持ったBが現れる。Aに近づく途中、ペットボトルを一度持ち上げて元の場所に置き、Aの真後ろ近くまで歩く。
B ……よう。 A (大声で)わっ! B うわあ。
 Aが大きくバランスを崩し、Bは��箱を放り出すがすぐにAは落ち着く。
A びっくりした。 B こっちだよ。降りて。 A 急に声出すから。 B してたでしょ、色々音が。 A 声出すと思わなくて。 B 声は、出すでしょ、けっこう。 A ああ、うん。……あー。
 A、風呂敷包みに視線を向ける。Bは包みを拾い上げてはたき、Aに手を差し伸べる。Aは手を取らずにふちの上から屋上の平らな面に降りる。  B、地面にビニールシートを敷き始める。A、ペットボトルを手に取り手持無沙汰に飲み始める。
B 今日もやってんの。 A やめてよその今日もって。 B 今日もでしょ。昨日もだった。そんで明日も? 来年も? A 来なかったら今日で終わってた。 B 嘘。 A てきとう言う。 B 買わないでしょ、死ぬ気がある奴は、2リットルのお茶を。
 A、飲む手を止めてペットボトルに蓋をする。B、凄まじい不器用でビニールシートがまったく敷けていない。A、しばらくその様子を見ているが、見かねて手伝い始め、すぐに敷き終わる。シートの角にペットボトルを置き、自分の身体で別の角を押さえる。B、その上で風呂敷を開くと重箱の弁当が出てくる。
A 何それ。 B 弁当。 A 量…… B 二人前。
 Bは集中して慎重に重箱を広げていく。
A ねえ。 B うわけっこう中身が。 A あのさあ、 B 食べるよね? A …。 B 食べるよね。人間はものを。 A 思ったより広い質問だった。 B イエスと言え、食べるよね、この、なんか多少崩れてても食べるよね? あここらへんは無事。 A ……食べるんじゃない、崩れても味変わらないし。
 A、シートの上に座り直す。B、箸を差し出す。
A あのさ、 B 何。 A なんで、そういう、包みを選んじゃったのかな、わざわざ。 B いや、ちょうどいいでしょ、風呂敷。 A うーん。
 B、箸を持っていない方の手でぐしゃぐしゃの風呂敷を端に寄せる。
A うん。
 A、箸を受け取る。Bは自分の箸を手に取る。
B 飲み物を忘れた。 A この量の料理で? B でも食べるよね? A (ペットボトルを示して)あるからいいけど。 B 自分の分がないんだけど。 A 半分飲む? B いやそういうの無理。 A あ、そうなんだ。 B これお重一人一枚だから。 A え。 B 中身同じにしてあるから、箸、混ざらない。 A うん。わかった。
 風が吹き、ビルの下方から木の強くそよぐ枝音。
B 桜終わっちゃったね。 A そうだね。 B 夏が来るのが一番楽しみだね。 A ……そうだね。
 B、手を合わせる。Aもそれに倣う。Bが「いただきます」と言いかけるところにかぶせて強く、
A いただきます。
                    幕
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natsukikojima · 4 years ago
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2021/09/01
 夏の終わりに気付くやり方を100通り書き連ねてやっと、思い出とさよならできるのよ。
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natsukikojima · 4 years ago
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2021/08/09
 泣いていても仕方がないが、泣かなければもっと仕方がないのです。泣いても始まらないと言う人は泣かなければ始まらない時を知らないのです。若しくはその人自身、泣かなかったことで今までに失ってしまったものから目を逸らしているのです。それはそうだ、失ったものについて考えるとき、誰もがそのあまりの悲しさに目を逸らさずにはいられない。ああ、悲しい。悲しい事。
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natsukikojima · 4 years ago
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2021/08/08
 涼やかな陽射しと風の通る部屋。閉じられた窓際の大きなカーテンの向こうに誰か人がいるのが分かる。隣の部屋から物音が聞こえ、すぐに鋸を手に持った女が歩いてくる。カーテンの人影を目に留め止まる。
カーテンの向こうの男 よく見えるんですねここから。海の見える街っていいながらこれといって広場も公園もないなと思っていたんですけれどそれぞれの家からは、住宅地からはよく見えるんだ。これはなかなかここに来てみないと気付かなかった。 女 誰……? 男 ……。
 沈黙。窓の外からはたおやかな海辺の町の音。女は半歩後ろに下がる。
男 空き巣です。
 女、後ずさる。
男 待って、刃物持ってる? 女 出て行ってください。 男 それは 女 出てけよ。
 間。
男 まだ何も盗ってなくて、顔も見られてないから、出て行くのが一番いいよね。僕強盗の覚悟はないから。 女 ……。 男 何切ってたのそれ? 女��出て行って。 男 氷?
 長い沈黙。男、窓の外に出て行く。再び沈黙。女、しばらくその場で迷ってから部屋を出て行く。発信状態の音が出ている電話を鋸と同じ手に持った状態で戻ってくる。靡くカーテンを見つめ、遠い場所からわずかににじり寄った後、思い切り近づくとカーテンを僅かだけつまんで一気に引き開く。陽の降り注ぐ庭にはサルビアが咲いている。発信音が途切れ電話が繋がる。
                    幕
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natsukikojima · 4 years ago
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2021/08/07
 手狭な部屋の中をうろうろと歩き回り続け動作を���めないA。
A 締め出した鍵を掛けたこの部屋の部屋の部屋の中から出て行った出て行かせたんだ何も窓も隙間も扉もないからもう誰も入ってこない扉はあるかでも誰も入ってこないし入ってこなくていいいや本当は誰かは入ってきて欲しいがそんな人はいないいなくなった初めから人生にそんな人はいなかった、いやいなかったかどうかは重要じゃない私は締め出すために常に締め出し続けないといけない大抵のものを部屋から閉め出しても鍵を閉めたらあとは部屋の隅でじっとじっと固まっていたらいいだろうけれどこれに限ってはそうはいかない私はラジカセもラジカセって今時ラジカセなんか持ってないかラジカセも持っていないしもっと最近持っているだろういろいろな機械も今一つ使わないからこうして自分の力で締め出し続けないといけないそうしないといつだってやって来るあいつは外からは来ない本当はいつも内側からここからやってきて俺によからぬことを耳打ちするあの沈黙ってやつは、、走り続けないといけない立ち止まったときに二度と走れなくなる私はそういうやつだ私はそれを知っているいやそれについて考える必要だってないだろうこうして締め出しているうちはやってこないなのに締め出しながら締め出すことそのものに心を割かれてい��ばそれはまだドアの前にそれらが立っているような幻に苛まれ続けるだけ、だからこうして締め出し続けながら別のことに心を割かなければならないならないならないが私は忘れることができない沈黙をその、
 ドアの外から固い靴の足音が階段を下りて近づいてくる。
A 私が破壊した者たちの沈黙が耳から離れない。
 ドアが開き、外からの光がAの上に差し込む。A、振り向く。
                    幕
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natsukikojima · 4 years ago
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2021/08/06
 2人の人間がソファに腰かけてテレビを見ている。Aは腕組みをしている。Bはゆで卵をちびちびと齧っている。Bが席を立ちかけたところに、
A あ。 B 何? A 今。 B ……。 A 人が死んだ話なんて聞きたくないって思ったでしょ。 B え、
 B、ソファに戻ろうとする。
A あ、別にそれが悪いとかじゃなくて。 B いやなんかさ、 A いや、でも、イカにもそういう顔とタイミングだったから今。言いたくなっちゃった。ごめん。 B いや別に。実際そうだし。 A まあ、そうだよね。 B でもあれだから、死ぬ話だけじゃなくて生まれる話も聞きたくないと思ってるからそこは。 A なんで? B 徹底してるから。 A 何を? B 生まれたら死ぬから。 A そんなに? B 常に死を思ってるから私は。 A そうなんだ。 B 自分が死ぬ話だけで精いっぱいだからねえ。
 B、残りのゆで卵を飲み込むように食べながらソファを立ち歩き去っていく。
B (舞台外から、口が玉子で埋まって全く聞き取れない声で)あれバスタオルどこ? A あ、まだベ���ンダ干したままだ。 B (不明瞭に)はーい。 A 取ってくるよ。 B いや大丈夫。(玉子を飲み込み切って)死ぬまでの面倒は自分で見る。 A そう……。
 A、ふと自分の尻の下に手を入れると下着が出てくる。テレビの電源を切って立ち上がり、
A ごめん洗った下着こっちにあった。 B なんで? A わかんない。 B なんでだ。
 戻ってきたBは上半身の服を脱いで手にバスタオルを持っている。A、下着を手渡して、
A その状態でベランダ出てないよね。 B 他のまだ取り込んでないんだけど。 A いややるやる、風呂入って。 B はーい。
 2人立ち去る。ベランダの窓が開くと外のどこか遠くから喇叭の音が聞こえる。
                    幕
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natsukikojima · 4 years ago
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2021/08/04
 愛しのサフラン、また私を騙すのかい。私が愛している限り騙すのかい。
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natsukikojima · 4 years ago
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2021/08/01
 いかづちが降ってきていた頃は分かりやすくてよかった。今はもう、ほのかにビニールの旗が揺れるのみ。それも誰に聞いてもそれがあったのか覚えていないと言う。今や死体が野に晒され、証言する人々が藪の中に引きこもっているのであった。
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natsukikojima · 4 years ago
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2021/07/31
 決して決して止めたりしないから、君が命を投げ出す前に一言声を掛けてくれ、止めないから、ちゃんと、何か、少しだけ話したりケーキを食べたり、臓器を売ったりするだけにとどめるからどうか。
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natsukikojima · 4 years ago
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2021/07/29
 燃え盛る火の手を見た。あの人だかり、私もいつか触れていたらしい母の手の様にあたたかいのだろう。
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natsukikojima · 4 years ago
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2021/07/28
 脚立の上に乗って高い位置に風鈴を括りつけているA。下でその脚立を支えているB。
A 最近未来の幻を見るの。 B 未来はもとより幻だよ。 A あるときまでは起きるかもしれなかったのに、もう決してやって来ないことが決まってしまった未来の幻を見るの。分かる? B それは……
 間。A、風鈴を付け終わる。
B 僕にはわからないです。
 括りつけた風鈴が鳴る。すぐに吹き抜けた風が他の場所にあるらしい沢山の風鈴を鳴らしていき、二人はそちらを見る。
                    幕
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natsukikojima · 4 years ago
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2021/07/26
 喜びもまた哀しみで、嬉しい時に私は部屋の���の樫の木の椅子に「膝を抱えるための場所」と名を付けた。
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natsukikojima · 4 years ago
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2021/07/25
 枯れ井戸にカブトムシの死体を落とす。朝が来る前にこっそりとやる。  「もちろん愛がなくたって、生きていたっていいですよ。私はそうはなりたくないが」
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natsukikojima · 4 years ago
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2021/07/24
 毒ガス流通パイプを敷設する労働者の流す汗の美しさよ。
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natsukikojima · 4 years ago
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2021/07/23
 窓と窓辺。窓辺に寄り添って外を眺めるA。それを室内から見ているB。月明り。鈴虫なのかどうなのか、入り混じった虫たちの声。
A 鈴虫が鳴き出したら夏なんだ。 B あいつらたまに5月くらいに鳴いてない? A あれは鈴虫ではない。 B そうなの? A 夏に鳴き出す鈴虫が鳴き出したら夏なんだ。 B それ5月にも鳴いてるってことだよね。 A 鈴虫の鳴き出す夏に鳴き出す鈴虫が鳴き出したら夏なんだよ…… B 何もわからなくなった。 A 夏なんだよ…… B それ、誰が決めてるの? A 大丈夫。
 B、窓辺に近づいて共に外を眺める。
A どこかの偉いやつらじゃないよ。
 段々と雨音が混じり虫の声がしなくなる。A、窓を閉める。
                    幕
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