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彼方のドア
目を覚ますと、私は無数の扉が並ぶ空間にいた。それらは壁に取り付けられているわけではない。無重力の空間に浮かぶように、均等な間隔で並んでいる。それぞれの扉は異なる形状をしており、木製、鉄製、ガラス、さらには赤黒く光る有機的なものまである。
扉の先がどこに繋がっているのか、私は知らない。目の前の扉には古びた金属製のプレートがあり、「ここが始まりだ」と読めた。その文言はどこか馴染み深いが、なぜそう感じるのか分からない。
私は手を伸ばし、その扉を開けた。
扉の先は小さな部屋だった。窓も家具もない四方の壁には、無数の写真が貼られている。写真には見覚えがあるものもあれば、全く知らない光景もあった。見覚えのある写真——例えば、子供の頃に行った祖父の家の庭や、大学時代の友人たちとの笑顔——は、微妙に歪んでいる。友人たちの顔には表情がなく、祖父の家の庭には見たこともない黒い塊が転がっている。
壁の中央にはもう一つの扉がある。私はそちらへ向かい、再び手を伸ばした。
扉を開けると、今度は長い廊下だった。その廊下の両側にも扉が並んでいるが、どの扉も鍵がかかっていて開けることができない。廊下の奥にだけ、一つだけ開いている扉が見える。私は足を進めた。
廊下を歩くたび、奇妙な感覚が私を襲う。足音が微妙に遅れて聞こえるのだ。まるで、別の誰かが私の動きを模倣しているかのようだった。振り返ると、そこには何もない。ただ、廊下の床に薄��水の膜が広がっており、私の足跡が浮かび上がっている。しかし、そこに見える足跡は二人分だ。
開いていた扉をくぐると、そこには鏡が一枚立っていた。鏡の中には私が映っているが、その姿は微妙に異なる。目は何かを隠すように伏せられ、口元には奇妙な笑みが浮かんでいる。私は鏡に近づき、声をかけた。
「君は誰だ?」
鏡の中の私が笑い、言った。「君はまだ気づいていないのか?」
「気づく?」私は思わず問い返した。
その瞬間、鏡の表面が溶けるように揺れ、鏡の中の私が実体を持ってこちらへと踏み出した。「ここにいるのは君ではない。私は本物だ。そして、お前は……ただの記憶だよ」
その言葉が私の耳に響いた瞬間、私の体が崩れ始めた。手が溶け、足が霧のように消え、存在そのものが薄れていく。私は叫ぼうとしたが、声は出なかった。
最後に見たのは、私の姿をした「本物」が鏡を再び立て直し、その向こうに私を閉じ込めた光景だった。そして、彼は微笑みながら新たな扉を開け、どこかへ歩き去っていった。
鏡の中に残された私は、目の前の空間に無数の扉が浮かんでいることに気づいた。そしてその一つに、「ここが始まりだ」というプレートが掛けられているのを見た。
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