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#ショートパンツは非売品
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gallerynamba · 2 months
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◇TWINSET(ツインセット)◇ニットが入荷しました。 定価:48,400円(税込) 弊社通販サイト商品ページ⇒http://www.gallery-jpg.com/item/643-117-448/ 素材:コットン97%、ポリウレタン3% カラー:ホワイト×レッド×ネイビー サイズ:XS 総丈約53cm、肩幅約37cm、袖丈約64cm、バスト約90cm、ウエスト約78cm (平置きの状態で測っています。) ハートとマリンボーダーを組み合わせたサマーニット。 一部透かし編みのデザインでよく見るとオフィシャルロゴが描かれた非常に凝ったデザインです。 肩部分は細かく摘まんで少しパフスリーブに。 袖口のリブは長め。 裾に向かって少しずつボーダーが太くなっていきます。 マリンパンツやデニム、ショートパンツ等ボトムにも合わせやすく、愛らしいマリンルックが完成します。 ※ご覧頂いている媒体により、色の見え方が多少変わる場合がございます。 ※店頭でも同商品を販売しておりますので、通販サイトの在庫反映が遅れる場合があり商品をご用意出来ない場合がございます。予めご了承頂きますようお願い致します。 ⠀⠀// 🗣 いいね・保存・コメント大歓迎!ご来店お待ちしております! \\ ━━━━━━━━━■アクセス□━━━━━━━━━         なんばCITY本館の1階     大阪難波郵便局側から入って1軒目        靴のダイアナ(DIANA)の隣 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Gallery なんばCITY本館1階店 〒542-0076 大阪府大阪市中央区難波5-1-60 なんばCITY本館1階 【営業時間】11:00~21:00 【休館日】7月無休 【PHONE】06-6644-2526 【e-mail】[email protected]
【公式LINE】https://lin.ee/qOGxrYV
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vogvipcomversace · 1 year
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masadonna · 4 years
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#masadonnaapparel new collection! this time i made #widepants with china #gobelin it’s looks very funky i love it! also i made #shortpants but this is just for me tho #sewing #diy #fashion #springsummer #洋裁 #ワイドパンツ #ショートパンツは非売品 #チャイナゴブラン #ゴブラン #レトロチャイナ #キッチュ #パンダ#ダブルハピネス https://www.instagram.com/p/CMv5vBpsTk2/?igshid=1kzumblyl34h9
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chapmanavenue · 2 years
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5POCKET DENIM SHORTS
梅雨に入り、ムシムシした日が続いていますね。  
今年も例年以上に暑い夏になる予報がされています。
やはりショートパンツは必需品になりつつありますね。  
FULL COUNTからデニムショーツが入荷しました。
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FULL COUNT
Lot 1904
5POCKET DENIM SHORTS
¥ 16,800 (ONE WASH)
¥ 18,480 tax in
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毎年完売の商品です。 
 
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是非店頭でご試着下さい。  
    価格改定のお知らせ  
FULL COUNT定番商品など一部商品、原材料の価格高騰
により7月より価格が改定となります。  
諸事情ご賢察の上、今後ともご愛顧賜ります様お願い
申し上げます。
chapmanavenue
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vogagvolcomsup · 3 years
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スーパー コピー 安心 サイト:2021春夏 エヴィス ブランドコピー 上品な輝きを放つ形 ショートパンツ 重宝するアイテム エヴィス EVISU。ヒップホップやダンスに合うパンツだけじゃなく、スポーツやジムウェアなどにもおすすめ。http://vog.agvol.com/goods-107551.htmlユニセックスな商品なので、かっこいいカジュアルスタイルが好きなレディーズも是非試してください。 商品番号:VOG2021EV-NZK021 在庫状況: 50 会員価格:7200円 10800円 ブランド:エヴィス EVISU エヴィスコピー http://vog.agvol.com/brand-106-c0.html エヴィスジーンズブランド コピー
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vogagvolcom8 · 4 years
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美し過ぎる カルティエ CARTIER 2019新作限定 売切必至 サングラス 4色可選 新しい年になりました。HUMAN MADEは少し前に正式に新しい2021春夏シリーズのカタログを発表しました。HUMAN MADEが好きなファンのために、春と夏に似合うアクセサリーを用意しました。ブランドの独特な風格を継続して、街頭、復古と仕事の服装の元素を結び付けて、HUMAN MADE 2021春夏シリーズの中で大量の組み合わせやすい単品を持ってきて、製品の種類はオーバー、ガーター、シャツ、T-Shot、帽子のシャツ、仕事のショートパンツ、綿のズボン、タンニンのズボンと迷彩のズボンなどを含んで、種類は非常にそろっています。 商品番号:VOG2019AAAYJ-CAR030 在庫状況: 50 会員価格:6200円 9300円 ブランド:カルティエ CARTIER ▼メッセージ▼ 伸縮性 透け感 生地の厚み あり/なし あり/なし 厚い/普通/薄い agvol独自の方法により採寸しております。独自の基準で振り分けたサイズですが相異なりますのであくまでもご参考ください。 ▼付記▼ vog.agvol.comへようこそ。          ▲新規会員登録された方に色々な割引サービスを差し上げます。 ▲当店ではご注文日から翌営業日までに当店よりお客様宛てに必ずご注文のお礼メール・ご注文確認メールを送信させて頂いております。 ▲当店メールアドレスが届いていないお客様の中には、サーバーにて迷惑メールと判断され、迷惑メールフォルダにメールが届。 ▲もし本当に届かなかった場合には[email protected]までご連絡くださいませ。 http://vog.agvol.com/goods-79853.html
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galleryshinsaibashi · 6 years
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Jean Paul GAULTIER MATELOT ショートパンツ ¥22,680(定価)⇒¥14,904(通常SALE価格) 6月8(金)、9(土)、10(日)は、この画面ご提示で更に10%OFF⇒¥13,413でお買い求め頂けます。 商品ページ:http://www.gallery-jpg.com/item/12sjpgmal2-3/ ◆2店舗同時開催 Gallery 10%OFF 優待 セカンドステージ招待状◆ 開催期間:6月8(金)、9(土)、10(日) 開催場所:なんばCITY本館1F店、心斎橋日航ホテルB1F店 皆様の日頃のご愛顧に感謝を込めて、 6月8(金)、9(土)、10(日)の3日間、 「Gallery10%OFF 優待」のセカンドステージをGalleryなんばCITY本館1F店、心斎橋日航ホテルB1F店の2店舗で同時開催致します。 店頭の全商品が対象。期間中のみ店頭表示価格より更に10%OFF。 お支払方法は現金、カード分割払い、ギフト券併用 等、選択自由。(取置の内金、既に取置の商品のご精算、予約品、修理代、通販は対象外) ※期間中、一般��お客様には店頭表示価格のまま販売しております。必ずこのご招待状をご提示下さい。お連れ様もご利用可能。ご提示の無い場合10%OFF不可。 是非この機会にGalleryにご来店下さい。スタッフ一同、お待ちしております。 Gallery なんばCITY本館1F店 〒542-0076 大阪府大阪市中央区難波5-1-60なんばCITY本館1F 【営業時間】10:00~21:00 【休館日】6月無休 【PHONE】 06-6644-2526 【Facebook】https://goo.gl/qYXf6I 【tumblr.】https://gallerynamba.tumblr.com/ 心斎橋日航ホテルB1F店 〒542-0086 大阪府大阪市中央区西心斎橋1-3-3 ホテル日航ビルB1F Gallery 【営業時間】11:00~20:00 ※営業時間が「なんばCITY店」と異なりますのでお間違いの無いようお願いします。心斎橋日航ホテルは地下鉄 御堂筋線 心斎橋駅 南北改札からすぐの8号出口直結。日航ホテルのB1F美容室「AVEDA」の隣にGalleryはあります。 【休館日】6月20(水)休館 【PHONE&FAX】06-6243-0023 【Facebook】https://goo.gl/EVY9fs 【tumblr.】https://galleryshinsaibashi.tumblr.com/ 【instagram】http://instagram.com/gallery_jpg 【Twitter】https://twitter.com/gallery_jpg 【ブログ】http://ameblo.jp/gallery-jpg/ 【オンラインショップ】http://gallery-jpg.com/ #JeanPaulGAULTIER #ジャンポールゴルチェ #GAULTIER #ゴルチェ #JuniorGAULTIER #ジュニアゴルチェ #日航ホテル #心斎橋日航ホテル #心斎橋大丸 #心斎橋セレクトショップ #大丸 #JFR #ベニスに死す #ゴルチェパンツ #インポートパンツ #ショーパン #ハーフパンツ #pants #リゾートウェア #リゾートウェア #ストレッチパンツ #カットパンツ #カットソー #マリンパンツ #マリン #ボーダーパンツ #プリントパンツ #マリンボーダー #パンツ #ショートパンツ
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shibatakanojo · 4 years
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庭に沈む
 緑にまみれた肌寒い家だった。門の前にはポプラの木、ポストの横にはドウダンツツジ、玄関脇にはベニモクレンがそびえ立ち、その隣にはモミジとバラが、駐車場の囲いにはうねうねと血管のようなアイビーが茂っている。自宅敷地内、土のある場所には透き間なくシバザクラとドクダミが育ち、母は運送業者や郵便局員がそれを踏むたび「話せはしないけれど、これも確かに生き物なのだけれど」と嫌味を言ってはわざわざ嫌われていた。
 植物に支配され、昼間でもまともに光の差さない薄暗い僕の家は近所で「闇の家」と呼ばれ、母は子どもたちから魔女扱いされていたし、僕はさながら魔女の忌み子としてわかりやすく疎外されながら育った。母にも僕にもまともな友達はおらず、回覧板はなかなか回ってこなかったし、町内のイベントには呼ばれた例がなく、近所を歩いても挨拶はおろか目を合わせてくれる人すらいなかった。
 そのようにして僕は幼少から周囲に避けられることの多い人生を送っていたが、だからといって僕たちは家族仲のいい団結した家庭というわけでもなかった。僕がまだ幼い子どもだったころから母の興味は植物にしか向いていなかった。僕が百点を取ろうが零点を取ろうが「ああ、そうなの」としか言わなかった母は、しかし庭先のバラが咲けば心��嬉しそうに「今年もかわいく咲いてくれたわね、ありがとう」と声をかけてやり、ドウダンツツジがじわじわと茶けてくれば「どうしたの? 元気を出すのよ」と泣きそうな声を出し、すぐさま栄養剤をばら撒いた。腹が空いたと��えてもお菓子一つ与えてもらえなかった僕は、当然のように「自分は花や木よりも取るに足らない存在なのだ」と思って生きていた。
 大学生となり田舎を出た僕は、まさにコンクリートジャングルと呼ぶにふさわしいような立地の大学の最寄り駅から電車で三十五分の中途半端な田舎町に居を構え、実家からの仕送りとホームセンターの植物コーナーのアルバイトで生計を立てている。地元にいたころはあれほど嫌悪していたはずの植物に対する知識が、しかし皮肉にも花売りとしては途轍もない財産として、利用価値の高いものとして僕を助けてくれた。
 勤め始めて半年足らずで僕は植物コーナーの確かな戦力として数えられ、最適な栄養剤の選びかた、具合よく摘心するコツ、見栄えのよい寄せ植えの方法、初心者向けの庭造りなど、母がブツブツと庭先の花に語り掛けていたことを他者に伝えるだけで僕は心底感心されては、
「君は本当に花が好きなんだね」
 と、ホームセンターの仲間は皆、見事なまでの勘違いを口走っては僕を褒めそやした。
 社員の吉井さんは時々、冗談めかして「君は哲学じゃなく植物を学ぶべきだったろうな」と、煙草をふかしながら笑う。その都度、そうっすね、と返す僕の顔がきちんと「笑顔」になっているかはわからない。
   僕の勤め先は、ホームセンターでは多少珍しく切り花を豊富に取り扱っていた。それらは生花として売り切るのが目標ではあったのだけれど、やはりどうしても少なからず売れ残ってしまう分はあり、店員はそれらの中からドライフラワーに成り得るものを厳選し、バックヤードで裏方作業がてらスワッグやリースに作り替え再び店頭に並べることで廃棄率を極力下げていた。ドライフラワーとしての売れ筋にはバラやアジサイ、カスミソウやスターチスなどがある。ミモザやユーカリで作ったリースもクリスマス辺りだと飛ぶように売れるし、ラベンダーやケイトウのスワッグだって季節を問わず人気商品の一つだ。
「買って、飾って、枯れて、だからハイ捨てますなんて、ちょっとね、忍びないじゃないですか。生花じゃないと運気が下がるとかなんとか……、あとはまあ、ドライフラワーは貧乏くさいとか? そういう話も聞かないわけじゃないんですけどね、でもそうじゃなくて……。単純に、ドライフラワーってかわいいと思うんですよね」
 お得意様の一人である糸田さんは、毎週金曜日になると花二、三本分、合計で五百円ほどの生花を購入してくれる。彼女はひとり暮らしで、ジャンガリアンハムスターを飼っている。職場へは自転車で通っていて、好きな雑誌はFUDGE、元々このホームセンターへはペットのハムスター“もふちゃん”の餌やおもちゃを買うために不定期に通っていたのだけれど、ふと花コーナーがあることに気づきそこで何となく買ったカスミソウとミモザのスワッグがあまりにもかわいくて、そのまま癖になって今に至るのだという。糸田さんはかなりお洒落で、笑うと左の八重歯が見え、そうして相当お喋りな女性だった。
「この間、仲間内でズーム飲みしたんです。そうしたらみんな部屋がもう、びっくりするくらいかわいくって。ひとりはピンクのフリフリのクッションを抱っこしながらほろよいの桃を飲んでるし、ひとりはジェラピケのふわっふわのパーカーにショーパン、ニーハイ。店員さん、知ってます? ジェラピケ。ジェラートピケっていう、『それを着るだけで他の女へのマウントになる』っていう魔法のルームウェアブランドなんですけど、女だけのズーム飲みでジェラピケって! はーあ、女に脚見せて何の得があるんかってんですよ。いや、でもあの子、これがまた似合うんだよなあ……。GUのサテンパジャマと壁一面のお手製ドライフラワーでイキってやろうと計画してた私のダサさったらなかったですよ。心底惨めです」
「いやいや、そんなそんな」
「そんなそんななんです、これがね。あ、でも、今週末またその子らとズーム飲みすることが決まりまして。しかも今度はジェラピケちゃんが率先して、知り合いの男の子も三人呼ぶっていうんですよ。となればもうね、こりゃあ気合入れなきゃなあと! 一瞬『私もジェラピケ買ってこようかな』とか思ったんですけど、ここは敢えてちょっと奇をてらおうかなと、昨日クローゼットの奥底からバンドTシャツ出しておきました。誰のだと思います? なんと岡村靖幸です、岡村ちゃん。彼氏になって優しくなって! という女子力アピールですよ。わはは、まああんまり聴いてないんですけどね。元カレの影響で何枚かさらっとくらいなんで、話ディグられたら終わりです。ジ・エンド」
 それ、結構危険なラインを攻めているんじゃないっすかね、などと言いかけ、しかしもちろん実際に伝えることはなかった。おそらくは友人だろう女性を、平気で「ジェラピケちゃん」と揶揄できる彼女はきっと、そういった危険を犯すことに対してそれほど抵抗がない。僕は淡々と彼女へユーカリの葉の加減を訊ね、指示通り二本ほどそれを増やした。
 完成した花束と僕を携え、次に彼女は花瓶を選ぶ。
「女の子の部屋なら絶対ピンクですもんね」
 幼いころに大人から当てこすられたのだろうか、“女の子らしい”のテンプレートを愚直に守ろうとする糸田さんの部屋を見たことはないが、彼女の外見や言動から僕が頭の中でイメージする“糸田さんの部屋に似合う花瓶”は、今彼女が手に取っている透き通るピンク色のシリンダー型のフラワーベースではなく、その斜め下に置いてある青い陶器のものだ。さばさばとした物言いや、いわゆる男ウケ重視ではないと思われる服装の割、糸田さんは「モテ」や「かわいい」「綺麗め」といった女子力を気にかけていた。
 僕が思うに、糸田さんはきっと自分らしく、飾らない自分を他者にさらけ出すほうが「モテ」るし「綺麗」だろうし、“女子力”があると感じてもらえるかはわからないけれど、少なくとも「かわいらしい」とは思ってもらえるはずだ。
 花が好きで、毎週金曜日には必ず五百円分の花束を自分のために買い、ドライフラワーを作り、その部屋でペットのハムスターを愛でる、トラッドスタイルが得意な二十代後半の女性。無理をしてまでジェラートピケのショートパンツを穿く必要も、昔の恋人が好きだっただけで愛聴しているわけでもない岡村靖幸のバンドTシャツを着る必要もないはずの彼女は、結局ピンクのフラワーベースを買って帰った。
   父から「お母さんが倒れた」と連絡があったのは糸田さんが毎週来店する金曜日のことで、その日まだ彼女はやってきていなかった。
 バイト中、休憩時間を除き携帯端末を操作することは禁じられており、僕はその日もロッカーに自身のスマートフォンを置きっぱなしにしていた。当然のように父は僕と連絡が取れず、結果としてホームセンターに直接かけるしかなかったのだと電話口で言っていた。父からの電話を受け取った始めに社員の吉井さんは、慌てた様子で僕を呼びつけ、
「早く実家に帰ってあげて、しばらく休みにしておくから」
 と僕に確認を取るでもなく言い、そのまま僕をホームセンターから追い出した。
 自宅に帰る途中も十分ほど父と通話をする。今日中に新幹線に乗ってくれたら駅までは迎えに行く、そのままお母さんを見舞ってほしい、二、三日はこっちに泊まっていってくれないか。父はそのようなことを何度も何度も繰り返した。そのたび彼の混乱の輪郭がはっきりと感じられ、僕は適当な相槌を返しながら執拗に「まずお父さんは落ち着いて」と伝え続けた。
   アパートへ���り、大振りの鞄に着替えと携帯電話の充電器、その他細々したものを詰めながら、僕は母について考えていた。
 母とは、昔から折り合いが悪かった。
 植物ばかりを一方的に愛し、僕のことを理解したいという気配が一切感じられない母に対し、僕は具体的な寂しさや苛立ちや憎しみをぶつけることができなかった。環境のせいなのか、あるいは僕の元々の気質なのかはわからないが、幼いころから僕はあらゆる物事を妥協することに抵抗がない。それもそうだよな、そんなものだよな、その程度なのだろうな。そうやって、自分の身に起こる事象のほとんどを適当に往なす僕を見、母は、
「あなたは、花を咲かせようっていう気がないのよ」
 と呟いていた。
 ドウダンツツジの上に倒れ込み、そのまま目を覚まさないでいる今の母は、未だ咲かない僕をどう思っていたのだろう。最終から二本手前の新幹線に乗り、田舎へと向かう。駅中で買った弁当はとっくに冷め切っていて、塊のような醤油味の米がやけに塩辛かった。
   地元の駅構内はやけに明るく、どうにも現実感が薄い。
 田舎町特有の人気のなさを白熱灯でごまかしたような光の下に、父がぽつねんと立っていた。何年前に買ったのか、生地の薄くなったTシャツと裾の余ったチノパンがその田舎くさい景色と妙に馴染んでいて、半年ほど前の盆に見た父の姿とうまく重ならない。僕の知っている父はもっと、ちゃんとした、出来のいい大人の姿をしていたように思う。
「急で悪かったな、大学とかバイトとか、大丈夫だったか」
「ああ、うん。それは問題ないよ。お母さんの具合は?」
「数値は安定してるらしい。ただ、目を覚ますかどうかはわからないらしい」
 入院費とか諸々、お金は大丈夫なの。そう訊ねるべきか悩み、しかし切り出せないまま僕は父の運転する車の助手席に乗り込む。大学を辞めて地元に帰ってこい、就職して母の入院費を稼いでくれ。そんなことを言われたらたまったものじゃない、と思っていた。とんだ薄情者なのはわかっている、それでも僕は母のために現在の環境を投げ出そうとは考えられそうもない。
「勉強、問題なくついていけてるか?」
「あー、そこはノーコメント。はは。でもちゃんと通ってるから。サボってないよ、それだけは安心して」
「そうか、ならいいんだ。お父さんはよくサボったもんだったよ」
 ハンドルを握る父の手は皺とシミにまみれ、彼がとっくに初老であることを僕へ明確に伝えている。居心地が悪い。
 ちょうどその時、運よく携帯電話が鳴った。父に一言確認してから画面を見ると、届いていたのは社員の吉井さんからのショートメールだった。
【明日から五日間、休みにしておきました。さらに必要な場合は折り返し連絡をお願いします。お母様へお大事にとお伝えください。吉井】
 すぐさま短く礼と詫びの言葉を返し、少しだけSNSを覗いてからスマートフォンをポケットにしまい直す。
 母が入院する病院まではあと二十分ほどかかるだろう。ぽつぽつと雨が降ってくる。父が暖房を点ける。
「お前、アルバイト先、ホームセンターだったか」
「ああ、うん。そう。花売ってる」
「らしいな。お母さん、それ聞いたとき笑ってた」
「ああ、お母さん花好きだもんね」
「はは、そうだなあ。お前の花好きもお母さん譲りなんだろうな」
 即座に、くだらない、と腹の中で悪態づく。父は、僕が母と同じように花を愛でるがゆえ花を売っていると勘違いしているようだった。
 確かに僕は、花売り場担当だと理解したうえでアルバイト募集の電話番号に連絡を入れた。しかしそれはあくまで自らが植物に対しそれなりの知識があると理解していたからでしかなく、たとえば数学が得意だから数学科に入るようなことと限りなく同義だった。今だって別に植物が好きなわけではない。他人よりはできる、他人よりは知っている。詰まるところ、ただそれだけの話だ。
「あー……、えっと、お母さん。やっぱり悪いの?」
 話を逸らすために、あるいは本質へ戻すために会話の内容を大幅に変える。父は「そうだな」と前置きしてから、
「もう何も話さないまま……、目を覚まさないまま、死んでしまうかもしれないそうだ」
 俺がもう少し早く気づいていればなあ。父がぼやく。その日、父はいつものように会社へ行き、やはり帰宅はいつものように二十二時を過ぎてしまったのだという。夕方に庭先で倒れた母は父が帰ってくるまで誰にも発見されず、ドウダンツツジの上でぐったりと眠っていた。
 あの家の植物がもっと少なくて、通りから玄関先が見渡せるようであれば、あるいは母だって今頃、
「大変な目に遭ったわ」
 と笑って僕を受け入れることができたのかもしれない。そして、そういう性質の母であったとすれば、僕も彼女のことを心から心配し、無事でよかった、と笑い返せていたのだろう。
 しかしどのみちそれらは全て机上の空論でしかなく、どういうルートを辿っていったとしてもあの家は花屋敷に仕上がったのだろうし、母はドウダンツツジの上に倒れ込んだのだろうし、もう二度と目を覚まさないのだろうし、このまま死んでしまうのだろう。僕が母の病に心を揺さぶられることなど、一生涯起こり得ないのだ。おそらくは。
   その後、数日間母を見舞い、それから再び自らのアパートに戻り、大学とホームセンターと自宅を行き来する生活を再開して二ヶ月後、母は肺炎であっさりと死んだ。
 結局母は目を覚まさないままだった。
 母の看病と仕事と日々の生活に追われ、経験したことのない忙しさに身を浸し続けた父は、その二ヶ月間庭の手入れなどできるはずもなく、葬式のため帰った実家の庭は文字通り化物じみた花屋敷になっていた。
 母があれほど手をかけていた庭も、ほんの二ヶ月構ってやらないだけでここまで醜く姿を変えるのか、と考えると僕は非常に馬鹿馬鹿しい気持ちでいっぱいになり、これまでの母の行いが不毛なそれのように思えて仕方なかった。親族の何人かから「花屋に勤めているのならお母さんの代わりに手入れをしていってはどうか」と提案を受けたが、せっかく入学させてもらった大学に通うためにもまだここへは戻ってこられないと答えるとそれ以上は何かを言ってくることもなくなった。
 母が育てていたうちのいくつか、鉢植えの植物は、気に入ったものがあったら形見分けになるからと言って参列者に引き取ってもらった。彼らは一様に、
「枯らさないようにしないとね」
 と言って寂しそうに笑っていたが、きっと彼らは母ほどにあれらを美しく咲かせることなどできないだろう。
  「お前も、何か持っていくか」
 葬儀も終わり、細かな手続きなどは全て父に任せ、僕が一人アパートに帰る。駅へ向かうため父の運転する車に乗り込む直前、父は庭を指さして僕にそう言った。
「お前ならまあまあ育てられるんじゃないのか。植木鉢なら物置に何個もある。掘り返す必要があるなら手伝う」
 促されるままにその荒れ果てた庭を見渡す。
 たぶん、母のことは嫌いではなかった。
 折り合いこそ悪かったが、それだけだった。母がもっと長生きして、何か小さなきっかけでも起きれば案外僕らはあっさりと和解して、この花まみれの庭でコーヒーでもすすっていたのかもしれない。しかし、もはやそれはあくまでも仮定の話にしかなれない。母は死に、僕らは分かり合えないままに別れてしまった。
「あの花、少しだけ切っていってもいいかな。ドライフラワーにするよ」
「……そうだな、一人暮らしじゃそうそう花なんて育てられないか。手伝うよ、鋏と新聞紙と、ビニール袋があればいいか」
「うん。新幹線だから少しでいい」
 母が倒れていたというドウダンツツジの斜向かいに咲く、数本のバラへそっと鋏を入れた。丁寧に棘を外し、新聞紙に包んでからビニール袋で覆ってやる。
 匂いの弱い品種ではあるが、新幹線の車内ではいくらか香り立ってしまうかもしれない。最後まで母に悩まされてばかりだな、と思いながら、僕は父の車に乗り込む。数分も経つと室内はむせ返るようなバラの匂いでいっぱいになって、僕は小さくむせ返りながら窓を開けた。
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photoconcerto · 4 years
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Apple MacBook Pro (16 inch) インプレッション Impression of Apple MacBook Pro (16 inch) and memories of old MAC
自分自身のAppleのパソコンMacを7年半ぶりに更新しました。現在我が家にはMacが3台(■ 私用、□ 妻用)あります。昨年秋に発売された新型MacBook Pro (16 inch)は大好評のようですが、3台の比較をしながら感想をまとめてみました。
※現在保有のMac ■MacBook Pro 16 inch (2019)  2.4GHz 8コアIntel Core i9 (OS X 10.15) □MacBook 12 inch (Early 2016)  1.1GHz Intel Core m3 (OS X 10.14) ■MacBook Pro 13 inch (Late 2012) 2.5GHz Dual Core Intel i5(OS X 10.11, 2017/12 バッテリー交換)
1)処理能力 8コアIntel Core i9の性能がフルに発揮されるような大きな負荷のかかるタスクはまだしていませんので、極限的な凄さは分りません。 2)スピーカー 16 inchで一番すごいと思ったのが、この新しく設計されたスピーカーから出てくる素晴らしい音色。今までの常識を破るような音色で、すっかりハマってしまいました。 3)ディスプレイの色調の違い いちばん戸惑ったのがこれです。13, 12, 16 inchはいずれもRetinaディスプレイですが、色調や鮮やかさがかなり違います。好みは13, 16, 12 inch の順番です。13と16 inchを比べると、一番わかりやすのが「白」の発色です。基準は13 inchですが、16 inchはかなり黄色というかベージュ系に振れています。12 inchは輝度が低いのか、華やかさに欠けます。妻からはいつも不満を言われますが、購入の際にはこれほど違うとは思いませんでした。
4)キーボード 13 inch 旧型シザー式キーボード、 12 inch バタフライ式キーボード、 16 inch 新型シザー式キーボード(Magic Keyboard)となります。キーストロークの深さは13, 16, 12 inchの順で、これは明確に分かります。慣れの問題でしょうが、まだ13 inchがいちばん使い易いです。 5)タッチバー 初めてのタッチバーでほとんど期待していなかったのですが、意外と良かったでした。タッチIDは確かに非常に便利。 6)文字の標準設定 文字を拡大表示して使うことが多いのですが、Safariの各種バーの文字などが小さくて、老眼には優しくないです。13 inchでは文字の標準設定が大きくて使い易かった。
7)バッテリー やや期待外れでした。負荷の小さなタスクでもマルチタスクで動かすと、消耗がかなり速い印象です。 8)発熱 下面からの発熱がけっこうあります。夏、ショートパンツを履いていると、膝の上に載せて使うという感じではないです。CANONのDigital Photo Professional 4を使うと、冷却ファンが作動してけっこう大きな音を出しています。
9)画面周りにあるベゼル 従来型に比べてこのベゼルが細くなって、画面がやや大きくなっています。ベゼルが細いためにディスプレイを開く際に注意しないと、画面に触ってしまうことがあります。 10)本体とディスプレイ間のヒンジの感触 13 inchは購入後7年半ほど経ちますが、ヒンジは相変わらずしっかりとした(カッチリとした)開閉動作をします。16 inchの方は、本体とディスプレイの重量バランスの関係(あるいは面積が大きいため)でしょうか、やや不安定な(柔らかい?)開閉動作のような印象です。 11)重量 室内で持ち運ぶ分については、あまり重量感を感じません。かなり軽いはずの13 inchの方が、その塊感で意外と重さを感じてしまいます。12 inchは軽すぎて使いにくい面も。 12)デザイン この直線を基調としたシンプルなMacBook Proのデザインが大好きです。
現在のパソコンにそれほど詳しいわけではありませんが、以下のような長いMacとの生活の中で、今回の16 inchは長く使えそうな感じです。
※過去に保有したMac □Mac Book ホワイトポリカーボネートモデル (Early 2008)、13 inch, 2.1GHz Intel Core 2Duo ■iMac ホワイトポリカーボネィト (Mid 2007)  20 inch, Intel Core 2 Duo (初めて使うインテルプロセッサ、MAX OS X)  □Macintosh PowerBook G4チタン 400/128  (2001) PowerBook初の金属製ボディ、シルバーが美しいチタニウム製。これもけっこう高価。後日メモリー512MB増設。
  ■20th Aniversary Macintosh (1997、アップル創業20周年を記念して限定販売) 家電量販店が在庫処分として破格の低価格で販売、5人の抽選で運良く当選! 限定モデルとはいえ性能に対して非常に高価格で酷評されたMAC。サウンドシステムはBOSEと提携し、本体内部に中高音域用スピーカー、低音用のサブウーファーを本体とは独立したベースユニットとして用意。BOSEのサウンドに感激したのが懐かしい。この製品を販売後、スティーブン・ジョブスがAppleに復帰することに。
□Macintosh PowerBook 190/66 (1995) 
■Macintosh PowerBook Duo 280C (1994) 1995年英国エジンバラからロンドンに戻る列車の中で、向かいの席に座った女子学生がずっとこのPowerBook Duoでレポート(?)を書いていたのが非常に印象的で、帰国後どうしても欲しくてアメリカからの通販で購入(英語キーボード)。2.2kgとやや重くて、なかなかバッグに入れて持ち運ぶという気持ちになりませんでした。列車の女子学生さん、実はかなり大柄の女性だったので、このMacを軽々と持って颯爽と席を立って行ったのかもしれません。最終的にはトラックボールが破損して廃棄。
■Macintosh SE30 HD40MB  (1989)  キャノン・ゼロワンショップ 1989/12購入。当時、勤務先ではNECのPC9800シリーズを事務用に、東芝のLAPTOPパソコンJ-3100GTシリーズを技術計算用に使っていました。J-3100GTでは黒色のバックにオレンジ色が輝くプラズマディスプレイが印象的でした。そんな中、ある時「間違いだらけのパソコン選び」という本を見つけ、その中に「アップル」「マッキントッシュ」という不思議な?アメリカ製のパソコンが紹介されていました。ふつうの家電屋さんでは扱っておらず、ようやく「キャノン・ゼロワンショップ」を探し当て何度か通った末に、清水の舞台から飛び降りるつもりで買いました(笑)。最初の頃は、HyperCardやInspirationといったアプリで、アイデアの創出・整理、大袈裟に言えばプロジェクト管理ツールのような感じで使っていました。当時の流行でブースターなどのアクセサリーの追加とパーツの修理交換を繰り返した後、最後は電源関係のトラブルで修復不可となってしまいました。Appleとの今に至る最初の出会いであり、今でもインテリアとして記念に残してあります。
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【小説】JOKER 第一部
プロローグ
  〈1〉
  深夜零時。
ロレックスに目を落とした緒方進(おがたすすむ)はブリーフケースを手に、生ぬるい海風を受けながら水銀灯の明かりで照らされた新庄市郊外の公園に立っている。
海に面した絶好のデートスポットなのだが、残念な事に交通の便が悪い上に駐車場すらなく、昼間でも子供でさえロクに遊びに来る事が無い。
緒方の両隣りに二人、公園の入り口と四メートル道路に停めたベンツに運転手代わりが一人貼りついている。
全員原色のスーツに金ネックレスならプロ野球選手の夜遊びと言えない事も無いだろうが、広域指定暴力団矢沢組の組員は落ち着いたビジネススーツが常だ。
そしてブリーフケースには二百万円分のメタンフェタミン――覚醒剤が入っている。
取り引き相手は調子に乗っている街の半グレ。
昔で言うストリートギャングだ。
半グレと言っても若者ではない。若い頃にやんちゃをしたがいいが足抜けに失敗し、ヤクザになる器量も無いチンピラだ。
 麻薬が若者に蔓延している、というのは半分正解で半分間違いだ。
 昨今の若造は非正規労働などで麻薬に金を渋るどころか、タバコにさえ金を落とさない。
 麻薬を使っているのは女を薬で縛って風俗で働かせるか、末端の構成員を薬で縛り付けるかのどちらかだ。
 スポーツ選手や芸能人は大金を落とすが、それは表沙汰にしない為の口止め料としての意味合いが強く、普通に流通している薬はそこまで高くない。
 そんな価格設定をしたら麻薬依存症患者は年収五千万円以上に限られてしまうだろう。
 そしてスポーツ選手や芸能人などの成り上がりはともかく、そんな高所得者は基本的に麻薬など嗜む事は無い。
 麻薬というのは貧乏人を貧乏人に縛り付け、思うがままに操る道具なのだ。
 緒方がそれでも月収に相当する額のブリーフケースの重みを感じていると、年甲斐もなくスウェットを来た男が軽のワゴンで公園に乗りつけた。
 逆向きにかぶった野球帽はヤンキースなのに、スウェットはボストン大学という統一性の無い男の後ろに三人の若造が続く。
 間違いなくアメリカのストリートギャングを意識しているが、残念ながらエミネムにもJAY-Zにも見えない。
 オーバーサイズの服をだらしなく来た日本人だ。
「緒方さん、金持って来ました」
 ヤンキース帽がポケットから雑に札束を出して見せる。
 それでクールだと思っているのだからタチが悪い。
「ブツはある」
 緒方が顎をしゃくると若い衆がヤンキース帽の札束を確認する。
 帯どめしてある訳でもなく、おおよそでしか金額は分からない。
 しかし、金額が違っていれば差額を血肉で支払う事になる事はヤンキース帽も理解しているだろう。
 若い衆がざっと金を数えた所で、水銀灯の下にトレンチコートの男が忽然と姿を現した。
 紫色のどぎついトレンチコートに西洋風のピエロのマスク。
「ハッピー、ハロウィーン」
 おどけたような合成音声が響いた時、緒方は背筋から嫌な汗が滲むのを感じた。
 遭遇するのは初めてだが、ヤクザや半グレをターゲットにしたハッピートリガーの噂は緒方も聞いた事がある。
 トレンチコートに突っ込んだ手が引き抜かれた瞬間、銃声と共に足下と背後の遊具で火花が爆ぜる。
「緒方さん!」
 若い衆の一人が銃を抜いてピエロ――ジョーカーに応戦しようとする。
 ジョーカーのトレンチコートが開いて、内側から映画でしか見た事の無いショットガンより大振りな銃器――グレネードランチャーが姿を現す。
「ハロウィーン? 失敬、まだ五月だ」
 ジョーカーのグレネードが火を噴くと同時に地面が爆発して公園に身体が投げ出される。
 半グレがへっぴり腰で公園の外に出ようとした瞬間、ジョーカーのもう一方の手に自動小銃が握られていた。
「屋根よぉーり高い、鯉のーぼーりー」
 自動小銃が瞬き、公園の出口付近に無数の弾丸がばら撒かれる。
 隙を突いて緒方は裏手に停めたベンツに向かって走る。
 初対面とはいえ、こんな火器を狂ったように撃ちまくる狂人を相手になどしていられない。
 自動小銃が向きを変え、ベンツの防弾ガラスに傷が穿たれる。
 それでも緒方がベンツに戻る間に、半グレの連中は軽のワゴンに向けて疾走している。
 ジョーカーのグレネードがベンツに向けられる。
 助手席に転がり込んだ緒方は叫んだ。
「出せ!」
 猛スピードで走り出すベンツをジョーカーは追って来なかった。
 緒方はあの猛烈な砲火の中、生き延びた事を奇跡のように感じていた。
  〈2〉
   午後八時。
 没個性的なダークスーツに身を包んだ三浦清史郎(みうらきよしろう)は新庄市駅前にある新庄商店街の場末のバー『サイレントヴォイス』を訪れている。
 新庄市は首都圏のベッドタウンとして栄えている太平洋に面した、人口八十万の町だ。
 駅前の商店街では二百を超える店舗が活況を呈しており、湾岸という事もあり工場地帯も存在する。
 耳に心地よいJAZZが流れる中、清史郎がショットを二杯開けた所でパリッとしたスーツを粋に着こなした慶田盛弁護士事務所の慶田盛敦(けだもりあつし)が現れた。
 互いに若手と呼ばれる頃に知り合い、今では二十年の付き合いになる。
「待たせたようだな。今幾つか案件を抱えていてね」
 慶田盛弁護士事務所は警察の冤罪事件を扱う事で、その道では知られている弁護士事務所だ。
 日本では警察が立件した裁判では99%の確率で検察が勝利している。
その検察がでっち上げたものを、証拠を積み上げ無罪に、更には真犯人を警察に突き出して解決する。
 それが慶田盛弁護士事務所の仕事であり、清史郎の三浦探偵事務所は裁判の為の情報である事件の調査依頼を受けている。
 売れ筋である浮気調査などはしていない為、懐には常に隙間風が吹いている。
「最近はこっちも忙しくてね」
 清四郎はスコッチを注文した慶田盛とグラスを合わせる。
 『サイレントヴォイス』のマスターは、以前ヤクザに恐喝されていた所をジョーカーに扮して助けたという経緯がある。
 もっとも通い続けて十五年だから隠す事もありはしない。
 気のおけない古い友人のようなものだ。
「吉祥寺の死体遺棄事件の件は進展はあったのか?」
 吉祥寺の死体遺棄事件とは、富山純也二十五才宅で、川上千尋二十二才が自傷行為で死んでいたというものだ。
 死後二日後に近所の人間に通報された事から、警察は富山を死体遺棄事件の容疑者として逮捕。書類送検した。
 富山は無罪を主張し、慶田盛弁護士事務所に泣きつき、慶田盛が三浦探偵事務所に調査を依頼したのだ。
「川上は富山と同棲していた。富山の証言では自傷行為など考えられない」
 同棲していた富山が被害者の死亡時に出張で家を空けていた事はアリバイとして記録に残っている。
「それは本人から直接聞いている」
 慶田盛の言葉に清史郎は頷く。
「川上は都内の建築会社で事務をしていたが、実は裏で足つぼマッサージをしていた。これは歩合給で明細書も無い手渡しだ。小遣い稼ぎには丁度良かったんだろう」
 清史郎は店舗の写真を慶田盛に見せる。
 富山も都内の広告代理店に勤務していたが収入はお世辞にも良いとは言えず、川上としては将来を考えても副収入が欲しかったという所だろう。
 その辺りの事情はマッサージ店の同僚から聴取住みだ。
「富山は言っていなかった。どうやって調べたんだ」
 慶田盛が驚いた様子で写真を手に取る。
「足で稼いだんだよ。で、マッサージ店には川上に執着している、大野正則という客がいた。この男は二十歳でコンビニでアルバイトをしていたが、その給料のほとんどをマッサージ店の指名につぎ込んでいる」
 清史郎は大野と、彼がコンビニで働いている写真を見せる。
 大野という男が川上に執着し、横恋慕していた事は他の店員からも話が聞けている。
「じゃあ、そいつがストーカー化して川上を殺したのか?」
 やりきれないといった様子で慶田盛がスコッチに口をつける。
「このコンビニには別に野原椎名という二十五才のアルバイト店員がいる。この女は大野と交際していると公言しており、ストーカーの気質もあるようだ。大野は全面的に否定しているけどな」
 清史郎は野原と、野原が大野を尾行している写真をカウンターに乗せる。
 追っている者は追われている事は忘れがち��ものだが、大野が川上を付け回し、その大野を野原が追い回していたという訳だ。
 そして道ならぬ恋に破れた野原は凶行に出た。
「じゃあ、野原が大野と川上の関係を勘違いして……」
 話を整理するようにして慶田盛が言う。
「川上の切創は手首と腕に集中している。これは自傷行為というより防御創だ。更に他に傷跡も無い事から自傷行為の常習という事も考えられない。仮に大野が殺したとするなら、体格差から刺殺になった事だろう。つまり傷跡から考えても同程度の体格の相手から切り付けられたと考えないと成立しないんだ」
 警察から入手した傷跡の写真には古い傷跡は一つも無い。自傷行為が常習性を持つという事を考えれば自殺の線は消えたと考えていい。
「川上は外に助けを求めに出ようとは思わなかったのか?」
「手のひらも切られていたんだ。普通の神経ではドアノブを握る事もためられただろうし、本人も富山が帰ってくれば助かると思ったんだろう」
 富山は残業や出張が多く、帰宅時間は一定していなかった。
 富山が出張を被害者に伝えていなかった事も証言から明らかになっている。
 清史郎は資料の束を慶田盛に渡す。
「毎度仕事が早くて助かるよ。これで検察の容疑を晴らして真犯人を起訴できる」 
 慶田盛が満足そうに言う。探偵業をしていて良かったと思える一瞬だ。
「で、娘の学費の件なんだが……」
 清史郎は慶田盛に話を切り出す。
 大学を卒業してすぐに結婚し、娘ができて半年と経たずに妻が離婚を申し出た。
 不倫である事は分かっていたが、彼女の名誉の為に黙って養育費を受け入れた。
 とはいえ、慶田盛弁護士事務所の依頼者の多くは金銭的に厳しい者が多く、その仕事を更に下請けする三浦探偵事務所の実入りはとても良いとは言えない。
 一年で五十件の冤罪事件を解決した年もあったが、その年の収入でさえ四百万を少し上回る程度だったのだ。
 テナント料と養育費を払ってしまえば食費もロクに残らない。
 半ば商店街の好意で事務所を置かせてもらっていると言っても過言ではない。
 そしてようやく養育費を払い終わったと思ったら、元嫁が娘の学費を請求して来たのだ。
 慶田盛いわく法的には支払いの義務は無いとの事だが、娘を大学に進学させてやりたいという思いはある。
「示談にするのが一番じゃないか? 向こうも本気で学費を巻き上げられるなんて思ってない」
「敏腕弁護士が中途半端な事を言うじゃないか」
「君の元奥さんは金が欲しいだけで最初から娘を大学に行かそうなんて思っていない」
 慶田盛の言葉に清史郎は石を飲んだような気分になる。
「私が支払うと言えば嫌でも大学に行かせなくてはならなくなるだろう」
 元嫁に対する愛情など欠片も無いが、娘に対する愛情は残っている。
「そんな金が君のどこにあるって言うんだ。夕食を場末のバーボンで済ませる男の食生活がこれ以上荒むのは見るに堪えない」
 慶田盛の言葉に清史郎はため息をつく。
 確かに慶田盛の言う事に間違いは無い。
 ――あの女のせいで自分も娘も……――
 ジョーカーとして稼いだ金を出せば解決可能だが、帳簿に乗らない金を出したなら国税局に乗り込まれる事になる。
 結局私生活は何一つ変わっていないのだ。
「しばらくしたら仕事の量を増やすさ」
 ジョーカーを演じ始めたのは与党と矢沢組が推し進める新庄市再開発計画を阻止する為だ。
 その行方を占う知事選挙が四か月後に控えている。
「もう歳なんだ。いい加減町を騒がすハッピートリガーなんてやってられないだろう」
「これはそこいらの冤罪なんてモンとは次元が違う。新庄市に生きる人々の生活がかかっているんだ」
 清史郎が言うと慶田盛が苦笑する。
「相変わらず正義感だけは人一倍だな」
「皮肉を言うならお前も大手の弁護士事務所に転職したらどうだ?」
 清史郎の言葉に慶田盛が笑みを浮かべる。
「それこそ真っ平だ」
 清史郎は笑みを交し合うとグラスの底に残ったバーボンを飲み干した。
 慶田盛も自分も世間で言う所の真っ当な大人にはなりきれていないのだ。
  〈3〉
   今年で二十七才になる円山健司はマンションの部屋のボタンを適当に押していた。
『はい、どちら様ですか』
「amazon様からの御届け物です」
 本物のamazonの箱を抱え、配達員の服装をしているのだから疑う者も無いだろう。
 ――注文客以外は――
 マンションのオートロックをパスしようと思ったら、住人について行くのが一番手っ取り早い。
 しかし、それ以上に手堅いのが郵便物の配達員になりすますという方法だ。
 amazonであればほとんどと言って良い人間が利用しており、世帯主では無くてもファミリー向けマンションなら家族が注文している可能性もある。
 そしてオートロックをパスしてしまえば、実際にその部屋にものを届ける必要など無いのだ。
 健司はオートロックをパスすると非常階段で配達員の服装を箱に収め、ビジネススーツに身を包んだ。
 どこに居ても違和感を感じさせないという点で、ビジネススーツはほぼ最強のアイテムと言える。
 健司は時刻が二十二時になるのを待って、十四階の廊下にクリスマス用のランプを天井から垂れ下がるように飾り付けた。
 全て両面テープで一瞬で剥がせるようにしてある。
 更に待つ事一時間、程よく酔ったスーツ姿の男がエレベーターから出て来る。
 健司は息を飲んで男の背後につけ、クリスマスの飾りつけを一斉に点灯させる。
 男の胡乱な目と意識が飾り付けに向いた瞬間、健司は男の両足を抱えるようにして廊下から外に向かって放り出していた。
 悲鳴を上げる間も無く、鈍い音が階下から響く。
 八階以下なら死亡の確認も行うが、十四階で生きている事はまず無い。
 飾り付けの一方を引っ張って仕掛けを回収し、箱に収めてエレベーターで悠々とマンションを後にする。
 明日には会社員自殺の報が流れるかも知れないし、流れないかも知れない。
 いずれにせよ、目的を果たした健司は『殺し屋』へと足を向けた。
 『殺し屋』は歌舞伎町の風俗ビルの一室にある。
 夜更かししてまで仕事をする気は無い為、殺し屋と書かれた看板の電源を入れ、のれんをかけるのは明日の朝九時になってからだ。
 ボックス席が二つにカウンターが六脚。
 お品書きには殺し方のメニューが書かれている。
 客はその中から死因や死体の放置の有無などを選択し、健司は見積もりを出してターゲットを殺す。
 ごくごくシンプルなビジネスだ。
 今日のターゲットはヤクザに貸し渋りをした銀行の支店長で、死因は自殺で死体は放置で良いという事なので仕事としては楽なものだった。
 とはいえ、調査に四日かけて二百万の報酬。
 ヤクザが稼ぐ額に比べれば雀の涙だが、踏み倒される事を考えれば前払いでささやかに仕事をする方が余程いい。
 殺し屋も楽な仕事ではないのだ。
  〈4〉
   渋谷のクラブ『クイーンメイブ』で、三浦清史郎は所在無げに立っていた。
 本日のDJはKENこと前田健だ。
 アップテンポのR&Bと若い男女の支配する空間で、中年の疲れたサラリーマンといった体の清史郎は明らかに浮いている。
 健がボックスのVIP席を用意してくれているが、一人でそんな所に座っていても落ち着かないだけだ。
 健のパフォーマンスが一段落した所で、清史郎は二十歳過ぎのTシャツにデニムのショートパンツといった服装の女性に声をかけられた。
「ジョーカー、何疲れてんの?」
「仕事とここの空気のダブルパンチだ」
 声をかけて来たのは長い髪を茶色に染めた飯島加奈というコンビニの店員だ。
 快活な女性で、見ている限り店長より仕事をテキパキとこなしているように見える。
 仕事さえ違えば有能なのかも知れないが、このご時世では仕事があるだけでも儲けものだ。
「ノれば楽しいって」
 加奈がしなやかな身体を動かしてダンスらしきものを踊って見せるが、清史郎には真似をする事もできそうにない。
「俺の頃、ダンスは学校の授業に無かったからな」
 清史郎はカウンターでアーリータイムズを注文する。
 酒屋ではボトルで買っても千円程度なのに、クラブではショットで四百円取られるのだから暴利もいい所だ。
「私の頃だって無かったってば」
 加奈がカシスオレンジを注文しているとパフォーマンスを終えた健が近づいて来た。
「どォよ、俺のパフォーマンスはよ」
「毎度疲れるよ」
 清史郎は肩を竦めて答える。
「釣れねぇ態度、クイーンはどうだった?」
 健が加奈――クイーンに話題を振る。
「いいんじゃない? ここではナンバーワンなんでしょ?」
 楽しんではいたが加奈もDJの良し悪しは良く分かっていないようだ。
「だろ? 俺、最高にクールだったよな?」
 言って健がスクリュードライバーを注文する。
 健だけは店舗でDJをしている為にドリンクが無料だ。
「センスがいいのは認めるけど、ここのクラブで一番でも他所で一番って事にはならないから」
 ぴしゃりとした口調で加奈が言う。
「これだけで食っていけるとは思ってねぇよ」 
 悄然とした口調で健が肩を落とす。
 DJを優先している為、不規則な生活の彼は普段は日雇いのバイトをしている。
 全員が飲み物を手にした所でダンスフロアを横切ってボックス席に向かう。
「に、してもよジョーク、昨日のヤクザ連中のビビりっぷりは最高だったな」
 楽しそうな口調で健が合皮のソファーに腰を下ろす。
「エースは機械いじってただけでしょ? 仕込みをしたのはあたしとジョーカーなんだから」
 加奈が健――エースを叱責するような口調で言う。
「俺は俺で神経使ってんだって。第一お前らだけじゃWi-Fiのクラッキングもままならねぇだろ」
「その危険地帯にジョーカーが踏み込んで機材を仕掛けてるんじゃない」
 清史郎はITに関しては門外漢だが、昔ながらの盗聴や盗撮、ピッキングといった技術は職業柄身につけている。
 しかし、大手の情報企業と契約していない為、早いという利点は存在しない。
 現在一般的な興信所は大手情報企業と契約しており、端末の通信履歴からクレジットの支払い履歴まで二十万円から六十万円でパッケージで購入している。
 ETCの履歴まで買えるのだから、全て現金で賄い、更に携帯電話もスマートフォンも持たないので無ければ市民の生活は筒抜けだ。
 だが、情報企業に頼るという事は、利害が密接に絡んでいる対象を調査できなくなるという事も意味している。
 従って検察を敵に回している清史郎は情報企業を利用できないのだ。
 その清史郎がジョーカーという仕事をするに当たって健をスカウトしたのは、単にDJは複雑な機材を器用に使っているという思い込みだけだった。
 最初はヤクザに嫌がらせをするただの乱射魔演出という構想だったのだが、健のITスキルが想像以上に高く、健の元同級生で実務能力に長けた加奈が加わり、神出鬼没のハッピートリガー、ジョーカーが誕生する事になったのだ。
「そこはWINWINじゃね? 俺の真似は二人ともできないんだろ?」
 勝ち誇った様子で健が笑みを浮かべる。
「現金回収したの私なんだからね」
 封筒を手にした加奈が健に向かって言う。
昨夜のヤクザの取り引きでジョーカーが登場した時、どさくさに紛れて半グレの落とした金を拾ったのは加奈なのだ。
「で、幾らになったんだよ」
「がっつかないの。バラけてたので百十一万。ジョーカーが三十一万でいいって言ってるから四十万」
「あざーっす!」
 健が笑顔で加奈から封筒を受け取る。
「に、してもボれぇよな。俺なんて一日工事現場で働いても七千円だぜ」
「私だって八時間みっちりシフト入って八千円行かないんだから。あんたは税金の天引きが無いだろうけど、私はガッツリ取られるんだから」
 加奈が小さくため息をついて言う。
「私は確定申告で青息吐息だよ」
 清史郎は苦笑を浮かべる。
 本業の探偵は労力の割に儲かっているとは言い難い。
 その中で臨時でも帳簿に乗らない収入があるのはありがたい事だった。
「ジョーク、辛気臭ぇ話は無しにしようぜ! 今日は俺のおごりだ」
 健がバーテンにボトルを注文する。
 ――今日の所は好意に甘えておこう――
 清史郎は明日から始まる地道な仕事に思いを馳せた。
   第一章 殺し屋VSジョーカー 
  〈1〉
  「まさかお前まで手玉に取られるとはな」
 純和風の邸宅の四十畳ほどの上座から、矢沢組組長矢沢栄作の声が響く。
 矢沢は東大出身で大手の組の金庫番をしていた経済ヤクザだったが、手腕を見込まれて盃を受けて新庄市を任された男だ。
 大型カジノ施設と契約し、建設費用だけで二千億円を超える大規模開発事業に着手。
 地域活性を謳ってケツモチをしている与党の知事を、市民公園を作ると言って与党の市長を当選させ、財務局を握って人口八十万程度の町である新庄市の経済活性としてカジノ施設を呼び込む段階まで運び込んだ。
 しかし、新庄市には古くからの商店街があり、カジノ施設に一斉に反対。
 この動きを野党が連合して支援した事で、矢沢組の工作虚しく市会議員選挙でまさかの野党大勝与党過半数割れとなった。
 そこで組として商店街に圧力をかけ、一方で麻薬や売春で治安を悪化させて風紀を乱すという策に出た。
 そこに商店街からの刺客のように出現したのがジョーカーだ。
 従って、今回の取り引きでたかだか百万程度の損失を出した事は問題ではない。
 手足となる半グレが震えあがり、商店街が盛り返してしまう事の方が問題なのだ。
 ジョーカーは確実にドラッグか銃のある時にしか出現せず、空取り引きで警察を使って捕えようとしても決して出て来ない。
 支配下にある警察でも公安とマル暴がジョーカーを追っているがかすりもしない。
「完全に俺の失態です」
 緒方は畳に額をこすりつける。ジョーカーが来るかも知れないと備えていても、圧倒的な火力を見せられて対応できる組員など存在しなかった。
「お前で駄目なら誰が行っても同じだろう。幸いヤクは複数のルートでさばいている。一か所の取り引きが潰れたくらいでプランに変更は無い」
 矢沢の言葉に緒方は頭を下げ続ける。
 ジョーカーに遭遇すれば十中八九取引どころではなくなるし、組員の士気の低下につながるだろう。
 しかも、ジョーカーの正体はまるで分らない。
 ヤクザが取引の現場に発砲魔が現れたと被害届を出せば、警察と幾ら緊密な関係にあるとはいえジョーカー逮捕の前に麻薬取引や銃刀法で御用となる。
 警察が味方と言っても、捜査させる理屈が見つからないのだ。
 従って、科捜研を動かしてジョーカーを特定するという事もできない。
 かと言って、ジョーカーらしき人物は大手の情報企業のデータベースにも存在しない。
 そもそも個人が特定できていないのだから、企業から情報を購入しようが無い。
「カジノ施設反対派は金で分断しろ。一億二億なら建設の際に財務局の法で水増しできる」
 矢沢の言葉を緒方は脳裏で反芻する。
 これは緒方の裁量で動かして良いのが二億円程度という話だ。
 商店街含め、新庄市でカジノ施設に反対している事業者は七百に上る。
 二十万円づつ配ったところで効果は見込めないし、家業と住み慣れた町を捨てさせるには最低でも二千万は必要になり、十人買収したところで七百の事業者から見れば雀の涙だ。
 二億という金をどう効果的に使うか。
 麻薬の売買で風紀と治安を乱そうとしたところで、商店街が機能して失業者も少ないという環境にあっては大きな効果を見込めない。
 警察は見逃してくれても市民に監視されているようなものなのだ。
 ――いつまでもこの状況を引き延ばす訳には行かない――
 半年後の知事選で知事が敗れ、反対派の知事が誕生すればカジノ施設誘致契約が破談となり、二千億を超える金が利益ではなく損失として計上される事になるのだ。
 それは矢沢組の滅亡を意味していた。 
 
 〈2〉
   午前八時半。
 『殺し屋』に出勤した健司は店舗の掃除を始める。
 明るく綺麗な店舗は客商売の基本中の基本だ。
 『殺し屋』を訪れる客は決して多くはないが、だからと言って手を抜いて良い理由にはならない。
 風俗ビルの一室というどうにもならない立地上の限界はあるにせよ、一国一城の主として近隣の風俗店や飲食店と比較して店舗が清潔かつ快適であるという自負がある。
 カウンターとボックス席を磨き上げ、店の前に出した看板の電源を入れて暖簾をかける。
 健司はカウンターの中で客の訪れを待つ。
 健司が『殺し屋』を始めたのは大学卒業から四か月が過ぎてからだ。
 在籍中に内定を取る事ができず、無職のまま卒業を迎えて露頭に迷う事になった。
 住んでいたアパートも追い出され、頼ったのは風俗嬢になった同級生。
 働いているという店舗を訪れ、偶然奥のテナントが空いているのに気付いたのだ。
 幸運な事に鍵は開いたままで、住む所の無かった健司はそのままそのテナントを利用する事にした。
 しかし、いつまでも居座る訳にも行かず、就職する必要があったが卒業した後では求人がほとんど無かった。
 そこでテナントを利用して自営業を始めようと考えたのだ。
 偶然町で見かけた『冷やし中華はじめました』という張り紙をヒントに、テナントのドアに『殺し屋はじめました』というビラを貼ったのだ。
 それまで人間を殺した事は一度もなかったが、どんな仕事にも初めては存在すると割り切った。
 最初の客は風俗ビルで働く風俗嬢だった。
 ターゲットはストーカー化した客。
 苦労はしたものの、一か月で痕跡を残さずに殺す事に成功した。
 以後、口コミで話題となり、多くの人が『殺し屋』を訪れるようになった。
 依頼を二百もこなす頃にはだいぶ勝手が分かってきて効率的に殺す事ができるようになってきた。
 四年が過ぎた今ではオプションサービスも充実させ、店もリフォームした。
 今では年収一千万を超えている。
 ヤクザに比べればささやかなものだが、悪事を働いているわけではないから商店主としてはこの不景気にあって良い方ではないかとも思っている。
 健司がカウンターに立っていると、一人の客が暖簾をくぐった。
「いらっしゃいませ! ご注文がお決まりになりましたらお申しつけください」
 言って冷茶を注いだグラスをカウンターに座ったビジネスマン風の男の前に出す。
 男がお品書きを見て目を細める。
「殺しの注文というのは相手の氏名が分からないと無理なのか?」
「素行調査であれば興信所を使われるのが一番です。当店では速やかな仕事を心がけておりますので本業以外の仕事は見合わせております」
 健司は男の様子を観察する。一見するとビジネスマンに見えるが、作り笑いに慣れていない、否、笑わない職業である事が見て取れる。
 能面のような顔の裏に押し殺した暴力的な雰囲気は、警察か暴力団員かそれに近い者だろう。
「前金で二千万」
 男がにこりともせずに言う。
「当店は誠実がモットーでございます。確実に殺せないターゲットをお引き受けする事はできません」
「それなら総理大臣でも殺せるのか?」
「名前と住所どころか一日のスケジュールまで手に入りますから、さほど難しく無いターゲットだと考えております。ただし知られている通り警備も厳重ですから時間も必要となり費用も高くなります」
 健司が言うと男が低く唸る。
「総理大臣でも不可能ではないと?」
「もちろん、オーダーが首つり自殺などですと難しい案件にはなります」
「首つり自殺は難しいか……面白い事を言う」
 男の口元に小さな笑みが浮かぶ。
「二千万はターゲットの調査費用という事でどうだ? 成功報酬は四千万」
 健司は小さく息を飲む。
 金払いがいい相手である事は確かだが、それだけの力の持ち主でもあるという事だ。
 ――失敗すれば命は無い――
 しかし、ヤクザを敵に回せばテナントから追い出されるだけでは済まないだろう。
「繰り返しになりますが当店は殺し屋でして、興信所ではありません。ターゲットの補足は素人のようなものです。その二千万円でターゲットを補足されましたら確実に殺させていただきますが、二千万円を頂いてもターゲットを補足できるとは限りません」
「二千万を手に高跳びとは考えないのか?」
「飛んだ先で失業すれば同じ事です。地域の皆様に愛される店づくりが当店のモットーです」
 健司の言葉に男が破顔する。
「俺は矢沢組の緒方。二千万はここに置いていく。ターゲットはジョーカーと言われている銃の乱射魔だ。俺はお前が気に入った」
 言って冷茶を飲み干した緒方が席を立つ。
 ――これは大変な事になってしまった――
 健司はジョーカーという謎の相手を探るために、出したばかりの看板と暖簾を引っ込めた。
  〈3〉
   午前五時。
 健は薄汚れた作業服を着て、年季の入った肉体労働者の列に混じっている。
 ホームレスも珍しくないが、ホームレスでもとび職になると一日に二万円以上稼いでホテルに泊まっていたりするから、定住しないのは税金対策といった事情が大きいだろう。
 午前六時半、一台のワゴンが健の前に停車する。
「おい、若ぇの、乗れ」
「うぃっす」
 筋肉隆々といった古参の肉体労働者に囲まれていると既にやる気が萎えてくる。
 労働者ですし詰めのワゴンで移動する事小一時間、朝日が白々と空を照らす中健は自分には一生縁の無さそうな高級マンションの現場にいた。 
 現場監督のどうでもいいような話に続き、ラジオ体操をさせられる。
 眠いだけならまだいい、ラジオ体操が終わってからが地獄だ。
「コンパネ運んで来い! トラック入れねぇじゃねぇか!」
 自分に向けられた言葉と気付いた時には、組まされるらしい土工の目が険悪になっている。
 男がコンパネと呼ばれる90cm×180cmの板を十枚程抱えて通用口に出ていく。
 健の腕力では精一杯頑張った所で三枚だ。
 この板を敷いてその上をトラックが走れるようにするのだが並べるだけでも容易ではない。
 健はもともと運動神経が良い方ではない。
 高校では情報科学部でLinuxを使用してITの全国コンテストで優秀賞を手にした生粋のインドア派だったのだ。
 PCの扱いと音楽好きなのとでDJには一定の技術も知識もあったが、一般科目では赤点スレスレで奨学金がもらえるような成績でも無かった。
 そんな中、PCを触れて音楽もできるDJという職種を選んだ。
 しかし、一晩パフォーマンスをしても六千円程度にしかならないし、他にもDJはいるのだから毎日入る事などできはしない。
 従って一人暮らしのワンルームの家賃を払っていく為には、DJの仕事を妨げない、時間にゆとりのある職業に就くしかなかった。
「チンタラ運んでんじゃねぇ! 三枚しか運ばねぇってタマついてやがんのか」
 年配の作業員がヤニの混ざった唾を吐き捨てる。
 健が運んだコンパネをトラックの通路に並べていると、いら立った様子の作業員が近づいて来る。
「シャベル持って付いて来い」
「シャベルってどこにあるんスか?」
「ふざけてんのか! テメェで見つけろ! 遅れたら承知しねぇからな」
 健は屈辱にも似た気分に耐えながら、建設現場をうろついて乗ってきたワゴンでシャベルを見つける。
 今日拾われた工務店はどうやらマンションの裏手に穴を掘っているらしい。
「ここに管通すんだからな、掘れたら石詰めだ」
 幅は四十センチ程、深さは六十センチは掘らなくてはならない。
 総延長は二十メートルにはなるだろう。
 小型のユンボを使って欲しいが、既に他の管と入り組んでおり不可能らしい。
 配管の順序が逆になるという事は設計ミスの可能性も高いだろう。
 健はだるくなる腕を支えるようにして必至でシャベルで穴を掘る。
 要領の良し悪しなど分からない。分かるのは掘らなければ怒号と罵声が飛んでくるという事だけだ。
 昼過ぎに作業が終わったと思いきや、
「ネコでガラ片付けて来い」
「ネコって何っスか」
 反射的に首を竦めながら健は尋ねる。
「手押しの一輪車だ! この使えねぇボンボンが……」
 健は奥歯を噛みしめながらネコを探して歩きまわる。
 ネコを見つけてもガラ運びという重労働が待っている。
 健は暗澹とした気分で工事現場を歩き回る。
 ――俺だってジョーカーの一員だってのに―― 
  〈4〉
  「暑っつ~い! ったく、エースのヤツ今日は土建屋だなんて……」
 加奈がマイナスドライバーで水銀灯にへばり付いたガムを剥がしながら言う。
 ガムの中には火薬と小さな信管が仕込まれている。
「休みがお前だけだったんだから仕方ないだろう」
 清史郎はシャベルで地面に埋まった火薬を穿りながら言う。 
 乱射魔ジョーカーには秘密がある。
 それは実際にはモデルガンしか持っていないということだ。
 そこで、予め花火で集めた火薬をセットしておき、ヤクザが商売をしようという所で爆破して妨害する訳だ。
 モデルガンには赤外線カメラが搭載されており、Bluetoothで健の端末とつながっている。
 清史郎が引き金を引くと同時に健が火薬にセットされた信管を反応させ、銃撃のように見せかけているというだけなのだ。
 だからグレネードランチャーの爆発と言っても、実際には大きな花火が地面の下で爆発しているだけで殺傷能力など存在しない。
 とはいえ、撃たなかった方向にも埋め込んだ火薬はあり、子供などがうっかり触って怪我をしてしまう可能性もある。
 従ってジョーカーとしての仕事の後は必ず後始末が必要になるのだ。
「まぁ、ジョーカー一人に炎天下で作業させるわけにも行かないし。歳だし」
 加奈の言葉に清史郎は苦笑する。
 加奈と健は二十一歳だが、清史郎は四十五歳だ。
 肉体的に無理のきかない歳という事は重々承知の上だ。
 炎天下でひたすら火薬を撤去する事四時間。
 仕事を終え、加奈と一緒にたこ焼き屋の店先で麦茶を飲む。
 近年おおだこが当たり前になっているが、清史郎が行きつけにしている昔ながらのたこ焼きはピンポン玉より少し小さい程度で味も良く、言えば店のおばちゃんが麦茶を出してくれるというサービスがついてくる。
「おばちゃん、最近ヤクザはどうだい?」
 清史郎は店主兼店員の初老の女性に声をかける。
「あんたに相談したらそれっきりだよ。派手なドンパチがあったみたいだけどね」
 おばちゃんの言葉に清史郎は笑顔を返す。
 警察や興信所に相談してもヤクザ絡みの事件は解決しないが、しがらみの無い三浦探偵事務所とジョーカーなら不可能も可能になるのだ。 
 商店街や商工会の中でも事情は不明だが、清史郎に依頼をすればヤクザが引っ込むという都市伝説めいた話が広がっている。
 だが、あまりに知られ過ぎると清史郎がマークされ、ジョーカーを出現させられないという事になる。
 従って三浦探偵事務所は慶田盛弁護士事務所とは緊密な関係にあるが、地元の商店街とは付かず離れずの関係を続けているのだ。
 加奈と一緒にたこ焼きを食べているとスマートフォンが着信を告げる。
 健が清史郎が仕掛けた無線wifiのクラックシステムで、ヤクザの新たな取引を察知したのだ。
 ――健が稼ぎたがるのも分かるがな――
 火薬を調達し、設置し、身体を晒す身としては、ヤクザが本腰を入れない為にもジョーカーの出番は抑えておきたいところだった。
  〈5〉
   健司は朝のラッシュアワーで意図的に駆け込み乗車に失敗した。
 健司に乗車を妨害された形のスーツ姿の男性が、苛立った様子で最前列に立つ。
 山手線の次の列車が来るのは四分後だ。
 健司はポケットからsimフリーのスマートフォンを取り出す。
 simフリーではあるがsimも入れていなければ、個人情報にかかわる情報も一つとしてインストールしていない。
 健司はスマートフォンを操作するフリをして考える。
 ジョーカーは新庄市から出ていない。
 矢沢組から健司の得た情報は散文的なものだった。
 ヤクザが取引をしようとする、もしくは刀や銃で武装した状態で市民を脅そうとする。
 ヤクザが警察に通報できない時に、狙ったようにジョーカーが出現している。
 単純に考えて情報が筒抜けになっているという事だろう。
 乱射魔と支離滅裂な口調という仮面が狂人を作り上げているが、警察を巧みに避けている事からもジョーカーが充分過ぎる程に理性的な人物である事が分かる。
 相手は狂気の人間ではない。恐ろしい程の知能犯だ。
 健司は矢沢組から入手したドライブレコーダーの映像を繰り返し『殺し屋』のカウンター内のPCで再生した。
 ヤクザが出ていき、しばらくして銃火がひらめき、慌てふためいたヤクザが逃げてくる。
 どの映像も流れは同じだ。ヤクザがドライブレコーダーを使っているというのは不思議なものだが、ヤクザも交通事故では警察の世話になりたくないという事だろう。
 ジョーカーの紫のトレンチコートとピエロの仮面にはモデルが存在する。
 アメコミ最高の悪役とも言えるバットマンに出てくるジョーカーだ。
 相手の頭脳から推し量ってもそれくらいの事は分かってやっているのだろう。
 敵を混乱させるという意味ではジョーカーは最高の仕事をしていると言っていい。
 では、ジョーカーの行動にロジックは存在しないのだろうか。
 その最大の理由は新庄市に活動を絞り、矢沢組と戦っているという点に存在するだろう。
 ジョーカーの動機が判明すればその正体を絞り込めるはずだ。
 健司の後ろに列ができ、周囲が人垣と言っても良い程になる。
 ほとんどの人が急いでいるかスマートフォンを操作している。
 毎日このような息苦しい思いをするのが分かっていて、どこの会社も出社時刻を一緒にしているのか謎だが、このような状況が起きる事で仕事を円滑に進められるのも事実だ。
 駅のホームは渋谷のスクランブル交差点のように混雑しており、点在する監視カメラからも死角になっている。
 列車が見えた所で健司はsimフリーのスマートフォンを線路に放り投げた。
「落ちましたよ」
 健司の言葉に周囲の人間の視線が線路に落ちるスマートフォンにくぎ付けになる。
 健司が乗車を邪魔した男が慌てた様子で胸ポケットに手を当てる。
 健司はスマートフォンを拾おうとするかのように踏み出しながら、素早く男の背を押す。
 男が線路に転がり落ちるのと列車が到着するのは同時だった。
 ブレーキ音と悲鳴が駅のホームを支配する。
 ――これで今日もお客様を笑顔にできた――
 健司は動揺を装いながら駅員の誘導に従って満足感と共にホームを後にした。
  〈6〉
   潮風が香る深夜の埠頭の倉庫街。
 緒方は三十人の組員を伏せさせ、更に暴走族を張り込ませて取引に臨んだ。
 捌くドラッグの金額は一千万。
 ジョーカーが金を狙っているならこの好機を逃すはずが無い。
 半グレの三団体の代表がベンツで乗り付け、ヘッドライトの光を背に向かってくる。
 ――どうするジョーカー――
 傍から見ればこれ以上のカモは無いだろう。
 しかし周囲には銃で武装した構成員と、それに数倍する人数の暴走族がいるのだ。
 仮に強襲に成功したとしてもこの包囲網を抜け出る事は不可能だろう。
 金をアタッシュケースに入れた男たちが近づいて来る。
 ジョーカーは金を見せた時に最も多く出現する。
 緒方はドラッグの詰まったスーツケースを手にヘッドライトに身を晒す。
「緒方さん、ご苦労様です」
 半グレの代表のスーツ姿の男が言う。
 アタッシュケースが開かれ、帯どめされた札束が姿を現す。
 緒方もスーツケースを開いてロシア経由の最高級品を見せる。
 と、緒方は場違いな程騒々しいエンジン音を聞きつけた。
『奢れるヤクザもコンバンハ』
 拡声器の声と共に波を蹴ったボートが一直線に突っ込んでくる。
 船首に立ったジョーカーが銃を抜いて問答無用で撃ち始める。
 緒方の周囲で火花が散り、半グレが慌てた様子でアタッシュケースを取り落とす。
 伏せていた緒方の部下がジョーカーに向かって応射を開始する。
 ジョーカーがグレネードランチャーを構えて砲火を閃かせる。
 ベンツの車体が火を噴いて浮き上がる。
 倉庫街の至る所で爆発が起こり、火の手が上がる。
 ただの撃ち合いなら警察も黙っているが、火災が発生したのでは消防が動き追って警察も出動を余儀なくされる。
 ボートが埠頭の岸壁を掠め、ジョーカーが猛火の中を歩んでいく。
「今宵のコテツは鉛に飢えて、オイラの引き金も軽くなるゥ~」
 相変わらずの意味不明な言葉でジョーカーが戦場となった埠頭を蹂躙する。
 雄たけびを上げた半グレの一人が鉄パイプを振り上げてジョーカーに向かっていく。
 鉄パイプの一撃を受けたジョーカーの動きが鈍る。
「あの世の旅も道連れ世は情け、痛いの痛いの焼死体」
 ジョーカーが鉄パイプを奪い取って半グレを路上に蹴り飛ばす。
 ジョーカーが怒り狂ったようにグレネードを乱射する。
 緒方は炎で崩れ落ちる倉庫を避けて部下のベンツに向かって走る。
 この乱射の中では同士討ちが危ぶまれるどころではない。
 まずは消防がやって来る前に現場を離脱しなければならない。
 取り残される組員や半グレには悪いが、矢沢組としても幹部が尻を蹴飛ばされたままブタ箱に入る訳には行かないのだ。
  〈7〉 
 
 
「……ッ」
 清史郎は左腕を押さえたままボートの床に腰かけている。
 夜の海から見えるのは照明で浮かび上がる工場の幻想的とも言える光景。
 酔狂なカップルなら観光に来るのかも知れないが、現在の清史郎にその余裕は無い。
 ボートが揺れる度に左腕が痛み、肩から背中までもが痛むように感じられる。
 ――腕を折られたか――
 折れたと言っても粉砕骨折では無いだろう。
 粉砕骨折なら幾ら警察OBの探偵から護身術を習っているとはいえ、鉄パイプを奪って蹴り飛ばす事などできてはいない。
 問題なのは常識的に考えて鉄パイプを持った敵に対してなぜ発砲しなかったかという事だ。
 客観的に見ればこれほど奇妙な事は無いだろう。
 狂気の道化師、ジョーカーなのだからと見逃してくれる輩ばかりではないだろう。
「ジョーカー、大丈夫?」
 気遣う様子で加奈が声をかけてくる。
「今回の作戦はリスクは織り込み済みだったんだ。鉛弾を食らわなかっただけでもいいってモンだ」
 清史郎は虚勢を張って言う。
 健が入手した情報は矢沢組が最も警戒している取引、もしくはジョーカーをおびき出そうとしている作戦だった。
 当然もっと楽なターゲットを探す事も可能。
 しかし、健がこの難度の高い作戦にこだわり、清史郎もジョーカーの名を上げる為に乗ったのだ。
「ジョークには悪かったけど今日だけで六百万だぜ? 一人二百万ってすごくね?」
 ボートを運転しながら健が言う。
 百人以上が動員されている取引を強襲する為に海路を選んだのは正解だった。
 通常は予め現場に潜んでいるが、今回はヤクザが張り込む事が分かっていた。
 脱出の目途もたたないのに予め潜むという手段は使えない。
 と、なれば相手が考えてもいない方向から強襲して、対応されるより早く逃げるという方法だ。
「アタッシュケース拾って来るのも命がけだったんだから。あんたは安全な所でPCたたいてるだけだからいいかもしれないけど」
 加奈がボートでPCを操作していた健に向かって言う。
 清史郎が派手に暴れている隙に半グレが落としたアタッシュケースを回収したのは加奈だ。
 ヤクザが銃で応戦して来る中で拾ったのだから、生きた心地がしなかったのであろう事は想像に難くない。
「ジョークだって腕を切り落とされたとかじゃねぇんだし、保険証が使えねぇなら金あんだし海外で手術とかもアリじゃね?」
 楽観的な口調で健が言う。確かに健の案もいいが致命的な欠陥がある。
「ジョーカーは左腕を殴られている。保険の記録に残らなくても俺が左腕をギプスで吊っていたら正体を宣伝してまわるのと同じことだ」
「あ、そうか」
「あ、そうかじゃないでしょ! だいたいあんたが怪我してるわけじゃないんだから」
 加奈が虚を突かれた様子の健に向かって言う。
「腕は町の獣医に頼んで治してもらうよ。問題は探偵事務所の方だな」
 町の獣医であれば顔なじみだし、保険の記録に残る事も無い。
「事務所はほとんど客来ねぇからOKじゃね?」
 相変わらず楽観的な様子で健が言う。
「エースってば本当に失礼なんだから」
「本当の事だからいいんだけどな。でも選挙が近づいているからカジノ反対派の人たちが現職知事の裏情報を求めてくるかもしれない」
 情報が盗まれたものなら裁判では証拠にならないが、盗み出して内部告発の形をとって匿名でばらまくという事は可能だ。
「与党の現職知事って矢沢組がカジノ呼ぶ為に当選させたんだろ?」
 健の言葉に清史郎は頷く。
 元々災害避難地域指定だった公園の指定を解除し財務省に許可を発行させ、企業が進出できるよう実際に動いたのは与党だ。
 暴力団が本体か与党が本体かというのは、鶏と卵のパラドクスを解くに等しい。 
「でも物的証拠が無い。音声データやメールは改ざん可能だから決定打にはなり得ない」
「手書きのサインの入った書類が無い���証拠にならないって訳ね」
 加奈が話を要約して言う。
「それって探偵とかの仕事じゃねぇのか?」
 健の言葉に清史郎は痛みを感じながらもため息をつく。
「私はその探偵なんだよ。儲かっていないだけで」
「とりあえず一人二百万入ったし、ジョーカーはひとまずお休みするしかないわよね」
 加奈は状況を落ち着いて観察できているようだ。
「でもよ、選挙が終わって反対派が勝ったら出番も無いんじゃね?」
「そもそも反対派を勝たせる為に始めたんだよ。目的を忘れないでくれ」
 商店街と探偵事務所を守る為のジョーカーなのだから脅威が消えれば戦う必要は無い。
 もともと町を守る為の義賊として、健も同意して始めた事なのだ。
「あ~、キャデラックに乗りたかったぁ~」
 船の縁に寄りかかって健が空に目を向ける。
「外車ディーラーで試乗でもすればいいでしょ」
「そういう事じゃねぇんだよ。こう、リッチな気分でパーッとやりたかったって言うかさ」
「気持ちは分からなくも無いけどさ、私らもともと何千円で一喜一憂してたんだからね」
「へぇ~い」
 加奈に言われた健がため息をつく。
 二人のやり取りを聞きながら清史郎は考える。腕を折られたジョーカーが休養すれば、不死身の化け物のようなイメージが揺らぐ事になる。
 双方の総力戦の様相を呈した今回の戦いで、相手もジョーカーが手傷を負った事は分かっているはずだ。
 ――大人しく休養というわけには行かないか――
 清史郎は加奈に目を向ける。
 IT機器を素早く操作できない以上、空白期間にジョーカーを演じられるのは加奈だけだ。 
  〈8〉
   ジョーカーは手傷を負った。
 店内の観葉植物の葉を丁寧に拭いながら、健司は緒方からの情報の意味を考える。
 圧倒的な火力を持ちながら、鉄パイプを手に向かって来る敵に対してジョーカーは無策と言っても良い状態だったのだ。
 これはこれまで一人も死者を出していないというジョーカーの姿勢と符合する。
 その後の乱射により埠頭は混沌と化し有益な情報は集まっていないが、ジョーカーが現金の入ったアタッシュケースだけを手に海に逃れた事は間違いない。
 ――ジョーカーは人を殺さないという前提で考えたら――
 単純にヤクザを驚かせたいという、愉快犯の姿が浮かび上がる。
 だが、愉快犯ならリスクの高いヤクザを狙う理由は少ない。
 銃器を振り回さなくても、健司のような一般市民相手に全裸になって見せるだけで充分に他人を不快にする事ができる。
 ヤクザに警察に通報できないという弱みがあったとしても、それ以上にリスクは大きいはずだ。
 ヤクザに恨みがあるのだとしても、それならば落ちた金だけ拾うという点では実質的にダメージはほとんど与えられていない。
 収入として考えているなら猶更ジョーカーの行動は不可解過ぎる。
 愉快犯でありながらそれは副次的なものでしかなく、目的の為の手段に過ぎない。
 だが、愉快犯である事を手段とする目的とは一体何だろうか。
 ――僕のような常識人では手が届かないと言うのだろうか――
 健司は観葉植物の葉に霧吹きで水をかけながら考える。
 矢沢組は一体誰に何をし、その結果ジョーカーを生み出したのだろうか。
 健司は店内の照明を切り、暖簾と看板を店内にしまう。
 店を出て新宿のチェーン店の居酒屋に向かう。
 健司が一杯のビールと焼き鳥を二本腹に収めていると、三人の男が連れ立って店内に入ってきた。
 健司は三人組がボックス席に入るのを確認してアタッシュケースを手にトイレに向かう。
 三人組が毎回このチェーン店を使う事と、最初にビールを注文する事は分かっている。
 健司はスーツを脱ぎネクタイを外してケースに収め、代わりにエプロンを身に着ける。
 保冷剤で冷やしておいた缶に入ったビールを、同じく冷やしておいた100均で買ったグラスに注ぐ。
 そのうち一つにはシアナミドを混入してある。
 シアナミドは無色透明の抗酒剤で、副飲する事でアルコールアレルギー反応を引き起こす禁酒用の薬品。
 一言で言えば一口飲む事で急性アルコール中毒症状を引き起こすのだ。
 健司は三人の席におしぼりが置かれ、店員が去るのを待ってビールジョッキを手に席に向かう。
「お待たせしました」
 健司はターゲットにシアナミドを混入したビールを手渡し、両手にビニールの手袋を嵌めてトイレの傍に潜む。
 ややあって鍵をかけていないトイレに青ざめ、脂汗を流したターゲットの靴が覗いた。
 健司は入れ替わるようにしてすれ違いながら様子を確認する。
 シアナミドにより意識は朦朧としているようだ。
「介抱しますよ」
 健司は男を抱きかかえるようにしてトイレのドアを後ろ手に閉じる。
 男が便器に前のめりになって嘔吐する。
 健司は男の頭を掴んで便器に押し込むと首の頸動脈にシャープペンシルを突き刺す。
 男の首から血が噴き出すのに合わせてトイレの水を流す。
 音消し水とはよく言ったものだ。
 窒息と出血の双方で男が瞬く間に衰弱して行く。
 相手がプロレスラーだろうとこの状態で健司に抗する事はできはしない。
 健司は男の脈を取って死亡を確認するとエプロンとシャープペンシルを放置し、元通りスーツに身を包んで会計を済ませて店を出た。
 殺害方法は分かっても誰が殺したのかは目撃されていない限り分からないだろう。
 ――小さな仕事でも手を抜かない事が顧客満足度につながるんだ―― 
  第二章 二人目のジョーカー 
  〈1〉
  「矢沢組のヤツら慎重になってやがんな。もう大口取引はしねぇらしい」
 清史郎の耳には爆音と左程変わらない音が響いている、クイーンメイブのボックス席で健が言う。
 清史郎は獣医に頼んでギブスなしで左腕を固定している。
 診断は骨にヒビが入っているとの事で、二週間は安静にする必要があるらしい。
「そりゃ百人集めて失敗したなら、もう大口でジョーカーを誘おうなんて思わないでしょ」
 言って加奈がカクテルで唇を湿らせる。 
「一回の取引でせいぜい百万円。しかも街中でやってやがる」
 健がラップトップを開いて矢沢組の予定表を表示させる。 
「儲けが少ないからやらないって話にはしない約束でしょ?」
 加奈が健に睨みをきかせる。前回の襲撃は加奈は反対だったのだ。
「でもよ、ジョークは骨折してるし、街中でグレネードはさすがにヤベェだろ」
 カクテルをチビチビ飲みながら健が言う。
 確かに街中では自動小銃がせいぜいといったところだ。
 仮にグレネードを使ったとしても、見た目が派手なだけで破壊力が無い事が露呈する。
「自動小銃でも相手を驚かすような事はできるだろう。演出次第だ」
 清史郎は頭を巡らせながら言う。
 今となっては拳銃を抜いて撃つくらいではヤクザは驚かない。
 下手をすれば一人二人射殺されても驚かないかも知れない。
 と、なればどうやって驚かせるかが問題になってくる。
「演出って言うけど、ジョーカーは左手が使えないんでしょ?」
「そこだ。連中は俺が腕を怪我するのを見ている。ここで動きを止めればジョーカーというキャラクターの怪物性が損なわれてしまう。そこで今回は加奈にジョーカーを依頼したい」
 清史郎の言葉に加奈が驚いたような表情を浮かべる。
「町の人たちがカジノに反対できているのは、ヤクザがジョーカーを恐れているという漠然として安心感があるからだ。ジョーカーが怪我で動けないとなったらヤクザを恐れて寝返る住人が出てくるかもしれない」
 清史郎の言葉に加奈が思案顔になる。
「……そういう事なら……でも策はあるの? 私はジョーカーみたいに相手を脅せないよ?」
 加奈の言葉に清史郎は頷く。
「喋るのはマイクで私が担当する。元々ボイスチェンジャーを使ってるからスピーカーから音を出してもヤクザには分からないだろう」
 清史郎は矢沢組のリストの一つを指さす。
 雑居ビルの屋上での取引。
 金額は百万だが人が多く割かれている訳ではない。
 そしていざとなれば清史郎も右腕一本で戦うのだ。
  〈2〉
  「ありがとうございました」
 客の手に両手を添えるようにしてつり銭を渡す。 
 我ながら流れるような動作だと加奈は思っている。
 品物は働き出してから一週間で覚えたし、二か月で発注も任されるようになった。
 オーナーが発注していた頃に比べて売り上げは八%上昇している。
 業者のパレットに乗った商品が運び込まれ、そこに緩慢な動作で大塚という中年女性が向かっていく。
 大塚はこのコンビニに長く勤めているが、何をするにも動きが遅く、やる事が雑だ。
 加奈は母子家庭ではあったが高校時代は生徒会長を務めていた。
 生徒会の切り盛りでは過去最高の生徒会長だったという自負もある。
 奨学金を借りて大学に入学したいと何度思った事か分からない。
 しかし、その度に返済の目途が立たないという現実で踏みとどまった。
 加奈が借りる金額では返済する頃には五十代。
 キャリアウーマンとしてバリバリ働いて行けるならいいだろうが、男社会の中で目立っても左遷されるのがオチだ。
 奨学金を諦め、近所のファミレスとコンビニの双方を天秤にかけた時、ファミレスの厨房は嫌だったし、発注のような頭を使う仕事がしたかった事からコンビニで働く事にした。
 しかし、今現在、視線の先では大塚が商品を手前から、しかも違う棚に並べている。
 新しい品物を後ろに、古い品物を前にしなければ賞味期限切れで廃棄になる。
 それはコストとすら呼べるものではない。
 注意した事は一度や二度ではないが、返ってくるのは「今時の若い子は」という恨みがましい言葉だけだ。
 仕方なく業務の合間を縫って品物を並べなおす。
 そうすると今度はレジに長蛇の列ができる。
 大塚はバーコードの読み込みも遅ければ、テンキーの打ち込みもできない。
 公共料金などの支払いも一々店長にやらせている。
 店長は一体何の弱みがあってこの女を雇っているのか分からない。
 それでも、このリスクを織り込んだ発注で収益を上げたのは自分の手腕だ。
「飯島くん、これじゃ困るよ。お客さんを待たせているじゃないか」
 抜き打ちでやって来たマネージャーの言葉に加奈はため息をつきたくなる。
 自分がレジにいればこのような現象は起きないのだ。
 そして、レジにいれば大量の食品を廃棄しなくてはならなくなる。
「分かりました。棚の商品を並べなおしてもらえますか」
 チクリと言い返し、立ち仕事で痛む足を引きずって加奈はレジに向かう。
 こんな事をこの先何年続けて行けばいいと言うのか。
 少なくとも大塚がクビにならない限りは、ただでさえハードなコンビニの仕事すらまともにこなす事ができないのだ。 
 ――ジョーカーとしてならもう少し有能に働けるのに―― 
 
 〈3〉
   深夜、ビルの屋上に銃声が響き火花が散る。
 ビルの給水塔の上で清史郎が見ている下で、四人の男たちが手にしたバッグを胸に抱える。
「迷えるヤクザよコンバンハァ!」
 二階分高いビルの屋上から、ワイヤーを伝って自動小銃を乱射しながらジョーカーが降下して来る。
 ヤクザの一人が屋内に逃れようとした所でジョーカーの自動小銃が火を噴いてドアを蜂の巣にする。
 恐慌状態に陥ったヤクザの前に、床の上で一回転したジョーカーが立つ。
 この辺りの動きは加奈の方が本家よりいいと言える。
ジョーカーの自動小銃が火を噴き、ヤクザたちの動きが止まる。
清史郎はありあわせの材料で作った分銅でヤクザの手からケースを叩き落す。
「金は天下の猿回しぃ~、回る回るよ目が回るぅ~」
 床を滑ったケースがジョーカーの足元で止まる。
 ジョーカーがケースを手に屋上のフェンスを乗り越える。
「それでは諸君ごきげんようそろ、面舵一杯腹八分目ぇ~」
 ジョーカーがフェンスを乗り越えてビルの外に姿を消す姿をヤクザたちは茫然と眺めている。
 加奈はほぼ完ぺきに、運動神経という面では清史郎以上にジョーカーを演じて見せた。
 ヤクザたちがスマートフォンを取り出して連絡を取りながら屋内へと消えていく。
 加奈は当初隣のビルの屋上に潜んでおり、ヤクザの取引するビルとの間にはワイヤーが取り付けてあった。
 清史郎の合図で火薬を爆発させ、加奈は小型の滑車を使ってビルの屋上に降り立った。
 予定通り混乱に乗じて清史郎がヤクザの金のアタッシュケースを叩き落し、それを回収した加奈は予め用意されていた脱出用のワイヤーで一目散に逃げ去ったという訳だ。
 清史郎がヤクザの去っていった通用口を見ていると、二人のヤクザが姿を現した。
 痕跡を確認するか、ジョーカーを追跡しようという考えかもしれない。
「イナイイイナイバウアアァァァァッ!」
 万が一に備えてジョーカーに扮していた清史郎は、咄嗟の判断でショットガンを手にヤクザたちの前に飛び降りる。
 銃声と共にドアを吹き飛ばす。
 今度こそ恐慌状態に陥ったヤクザたちは階下へと消えていった。
  〈4〉
   健司は『殺し屋』のカウンターでグラスを磨きながら考える。
 ヤクザは取引を分散させるという戦術を取ったが、ジョーカーは確実に一か所一か所を狙い撃ちにしている。
 被害総額は大きくないのだろうが、心理的な影響は大きい。
 ――ここで敵の目的は明らかになったと言っていい――
 これは心理戦なのだ。
 矢沢組が恐れるに足りない存在だと思わせる為のデモンストレーションなのだ。
 実際矢沢組の構成員たちも明日は我が身と必要以上に警戒しており、結果として街中での暴行などで警察に捕縛されるケースも散見し始めている。
 警察もヤクザと事を構える事はしたくないだろうが、暴行は立派な犯罪だ。
 矢沢組を弱体化、もしくは弱体化して見せている目的。
 これは幾つかのケースが考えられる。
 例えば同格の田畑組がシマを狙っているケース。
 しかし、これでは全面戦争がしたいと言っているようなものであり、そうなれば別の第三の組が弱った二つの組を併合してしまうだろう。
 更に言えば『本物』の銃器を使っているのだとしたら、これまでに過失で殺してしまった人間が居てもおかしくはないはずだ。
 これまであれだけ派手に銃を乱射していて軽度のやけどくらいしか負傷者がいないというのは、空砲かモデルガンかのどちらかだろう。
 そして犯人がヤクザであるなら、モデルガンなどという恥ずかしいものは持ち歩かないだろう。
 第二の敵が政治結社だ。
 現在矢沢組の推す現職与党の代議士が知事を務めている。
 三か月後には知事選が予定されており、野党は連合して対立候補を立てている。
 現在新庄市には土地の価値だけで二千億を超える空き地が存在し、そこに巨大カジノカジノを誘致するか、市民公園にするかで市民の世論が割れている。
 カジノが実現すれば莫大な金額が動く事になり、矢沢組は軽く数百億は稼ぐ事になるだろう。
 一方、野党が勝利してしまえば議会も野党に握られた事から市民公園が確定。
 造園業者や、スタンド付きの運動公園を造る建築業者がいくらか儲かるにせよ、利権はほとんど存在しない事になる。
 本来矢沢組こそが野党を攻撃しそうなものだが、野党のカルト的な集団ないし、狂信的な人間が矢沢組を狙っている可能性は否定できない。
 しかし、カルトや狂信的な人間がここまで綿密な計画を練り、実行に移せるだろうか。
 そこが政治結社を敵に想定した場合のボトルネックとなってくる。
 第三の相手は想定が難しいがカジノに反対している市民だ。
 市民の大半は再開発計画に興味を持っていないが、商店街や商工会は地場産業が脅かされるとして強硬に反対している。
 矢沢組はこの商店街の切り崩しを行っていたのだが、その矢先にジョーカーが出現するようになり、商店街を攻略するどころではなくなってしまったのだ。
 そう考えると、人のいい商店街の人々こそが実は矢沢組の最大の敵という事になる。
 ――商店街がジョーカーの可能性――
 だが、それなら情報漏洩が少なからずあるはずだ。
 ――もし商店街の誰かがジョーカーで、他の人間は知らないのだとしたら――
 ジョーカーは一方的に守るだけで損をしているように見えるが、最終的には商店街が守られるのだから自分の仕事も守る事になる。
 ――商店街の何物かが、か――
 健司はPCで商店街の店舗の情報を検索する。ほとんどが個人事業主でHPもまともに作れているとは言い難い。
 そんな中、健司は気になる存在を発見した。
 ――人権派弁護士、慶田盛敦――
 直接の関与の有無は別にして、慶田盛が商店街や町を守ろうとするのはありそうな事だった。
  〈5〉
  「急な訪問で恐れ入ります。慶田盛先生の事務所は意外と質素なんですね」
 新庄市の雑居ビルの一室を訪れた健司は慶田盛敦に向かって言う。
「君は……殺し屋との事だが……」
 当惑した様子で慶田盛が応接用の合皮のソファーに腰かけて言う。
「屋号のようなものです。ただの飲食店ですよ。保健所で営業許可も取っています」
 健司は爽やかな笑みを浮かべる。
「で、歌舞伎町の飲食店がここに一体何の相談なんだい?」
 敏腕弁護士という割にはお人よしなのだろう、慶田盛が問うて来る。
「店が襲われたんです」
 健司の言葉に慶田盛の視線が険しくなる。
「それは警察に訴えるべき案件なんじゃないのかい?」
「歌舞伎町で店が襲われた程度で警察が動くと思いますか?」
 健司が言うと慶田盛が思案気な表情を浮かべる。
「相手に目星はついているのかい? 組関係だと厄介だぞ?」
 歌舞伎町という事を意識しているのか慶田盛が言う。
「ピエロのマスクに紫のトレンチコート、銃撃で店は蜂の巣です」
 慶田盛の表情が一瞬硬直する。
 ――慶田盛はジョーカーを知っている――
「最近はそういった愉快犯が流行っているようだね」
「慶田盛先生はご存知ないのですか? ジョーカーと呼ばれているようなのですが」
 慶田盛の顔がポーカーフェイスに変わるが遅すぎだ。
 今更表情を消した所で知っていると言っているようなものだ。
 健司はさり気なくソファーの隙間に盗聴器を滑り込ませる。
「噂で聞いている程度だね。でも、弁護士だからといって探偵の真似事ができる訳じゃない」
「慶田盛先生は懇意にしている探偵などはおられないのですか?」
「古い付き合いの探偵はいるけどね。彼を紹介するにはそれなりの理由が必要だよ」
 慶田盛が慎重に言葉を選ぶ。
「店が襲撃された以上の理由が、ですか?」
「僕はその破壊された店舗の写真すら見ていないんだよ? 被害実態が明らかではないのに探偵の手を煩わせると思うかい?」
「随分と庇われるんですね。逆に興味が湧いてきましたよ」
 健司は切り上げどころと判断してソファーから立ち上がる。
「貴重なお時間を頂きありがとうございました」
 健司は慶田盛と握手しながら唇の端が吊り上がりそうになるのを堪える。
 ――これで慶田盛が探偵に連絡を取ればその相手がジョーカーである可能性は高い―― 
 
 〈6〉
  「いやぁ~俺たちマジ凄くね? もうハリウッドレベルだって」
 クイーンメイブのボックス席で健がいつものように能��気な口調で言う。 
「たちじゃなくて身体張ってる私たちが凄いの」
「お前PCなんて触れないだろ」
 健が加奈に言い返す。
「PCコンビニの使えてるし!」
「ンなの使えてるうちに入らねーよ。な、ジョーク」
 健の言葉に清史郎は肩を竦める。加奈と比較すればPCを使える方だろうが、ITというレベルには程遠い。
 ヤクザの事務所に仕掛けた盗聴器をBluetoothで飛ばしたり、WIFIでデータを引き抜いたりといった芸当は清史郎には不可能だ。
 しかも従来の興信所の盗聴器探知は電波の周波数帯で探っている為、健のカスタムした機材を探知する事ができない。
 健は新庄市のヤクザの誰よりも彼らの動きに詳しいと言っても過言ではないのだ。
 その中から清史郎が獲物になりそうな案件を選び出し、加奈と下準備を行っているのだ。
「なぁ~んか納得行かない」
 加奈が口をとがらせるが、こればかりは健の能力を素直に認めるしかない。
「エースの情報収集能力がなければ火薬を仕掛けにも行けないだろ」
「土建屋の癖に何かムカつく」 
「土建屋じゃなくてDJだっつーの」
「DJで食ってる訳じゃないでしょ? なら土建屋じゃない」
「ンだとコラァ!」
 声を荒げる健を清史郎は慌てて宥める。
 手を挙げるような青年ではないが、つまらない事で耳目を引くのは得策ではない。
「俺は二人におんぶにだっこだ。二人がいなければジョーカーなんてやってられない。そうだろう?」
「私もジョーカーやったしね。やってないのはエースだけ」
「俺がいなかったら起爆できねぇじゃねぇか」
 むっつりとした口調で健が言う。
「裏方の仕事があっての晴れ舞台って事もあるんだ。もっとも、舞台役者が良くなかったらどんなに裏方の仕事が良くても芝居にはならない」
 清史郎の言葉に加奈がため息をつく。
「ジョーカー人間できてるわ」
「単に口の上手いオッサンってだけかもな」
 健が悪童のような笑みを浮かべる。
「多分エースの言う通りだろう。で、いよいよ選挙まで三か月を切った訳だ。矢沢組だけじゃない、カジノ関連の企業が再開発計画に群がってきている」
 清史郎は話を本来の筋道に戻す。
「それは分かるけどさ、ヤクザは脅せても民間企業はどうにもならないんじゃない?」
 加奈の言葉に清史郎は頷く。
「そこは商店街と市民の手に委ねる。俺たちが考えなきゃいけないのは、矢沢組をあと三か月どう騙し抜くかって事なんだ」
 最終的にカジノ施設を選ぶか、市民公園を選ぶかは市民の手に委ねられるべきだ。
 ジョーカーはそこに介入しようとする矢沢組をけん制しているに過ぎない。
「一年以上見破られてねぇんだし、今更どうって事も無いんじゃね?」
 健が楽観的な口調で言う。
「一年って言っても綱渡りだったじゃない。ジョーカーも怪我したんだし」
 常に現場を見て来た加奈が健に向かって言う。
「人生にはスリルがつきものだろ」
「必要ないのにスリルをつける必要ないでしょ?」
「人生にはロマンが必要だよ。なぁ、ジョーカー」
「私の人生にはロマンらしいロマンは無かったよ」
 明らかに会話を楽しんでいる健に清史郎は苦笑する。
「人生堅実が一番なの。あんたみたいのが一番ホームレスに近いんだから」
「お前だってコンビニ店員以外何ができるよ」
「ちょっとジョーカー、何とか言ってやってよ」
 怒った様子の加奈が話を振ってくる。
「景気が良くなったら事務所で求人でも出すよ。それより今は仕事をやり抜く時だ」
 清史郎の真剣な言葉に二人が頷く。
 ――後三か月――
 この凸凹コンビと一緒に駆け抜けなければならない。
 
 〈6〉 
  「ここの探偵事務所では人探しをしたりはしないんですか?」
 健司は三浦探偵事務所の安普請の椅子に腰かけて、所長兼調査員の三浦清史郎と向かい合っている。
 慶田盛は健司が面会した翌日に同じく新庄市に居を構えている三浦に連絡を取った。
 探られている事を多少は警戒しているだろうが、昨日の今日で会いに来るとは思っていないだろう。
「今の所請け負ってはいないね。知っているかどうか知らないが、日本の年間行方不明者は二十万人。警察が民事だと言ってサジを投げるレベルだ。うち毎年六千人前後が死体で発見される。これが日本の行方不明の実情だ」
 四十五歳、探偵というより疲れたサラリーマンを思わせる風貌だが、どこにでもなじめるという点ではこの風貌は役に立っている事だろう。
「携帯電話の通信記録を探ったりしないんですか?」
「そういう情報は大手の情報企業が握っているんだ。契約していなければ盗み出すしかないだろうし、それをすれば犯罪だ」
「企業が形はどうあれ本人の同意なしに情報を持っている事は犯罪ではないと」
「正当だと思えば契約している、と、答えたら君に私の考えは分かってもらえるかな」
 清史郎はかなり真っ当な昔気質の探偵であるらしい。
 三浦探偵事務所は商店街の噂では浮気調査などではパッとしないが、事件性のある案件だと警察を出し抜く腕前なのだと言う。
「独り言だと思って聞いてもらえればいいんですが、ジョーカーという男をご存知ではないですか?」
「知っているよ。少なくとも片手には余るほどね」
 掴みどころのない口調で清史郎が言う。
 ――だが、他の商店街の人間はジョーカーと聞けば逆に動揺したものだ――
「ヤクザ相手にモデルガンを振り回す愉快犯。前金で一千万。正体が分かれば更に一千万」
 健司はリュックサックから帯留めされた札束の入った紙袋を押し出す。
「これだけ流行らない事務所だ。一千万を受け取って私が雲隠れするとは考えないのかい?」
「見つけられなくても差し上げますよ」
 健司は内心で清史郎がジョーカーであるとの確信を強めながら言う。
「そういう事であれば遠慮なく預かろう。所でジョーカーについてもう少し詳しく話を聞けないかな? さすがに名前だけでは調査にならない」
「僕もまた聞きでしか知らないんですが、ヤクザが武装しているか麻薬を所持している時に出現し、モデルガンを利用してあたかも本物のように見せかけて驚かせ、ヤクザが金を落としていけばそれを拾っていく。そういう話です。被害に遭っているのは主に矢沢組で、矢沢組は現職与党知事のケツモチをしている」
「つまり、君の推理が正しければ現職知事と利害関係にある人物が選挙で優位に立つべく矢沢組を攻撃している、攻撃しているように見せかけているという事だね?」
「そう、その人物の特定が難しいんですよ。ヤクザの情報を自分の家のPCのように自在に覗き見て、常に有利な状況でモデルガンによる脅迫を行っている」
 そこが健司が最も解せない所だ。
 この三浦清史郎という男は探偵としては優れているように察せられるが、ITに強いようには見えない。
 情報を買っている訳でも無いのだとしたら、一体どのようにして情報を得ているのか。
 更に情報を得たとしてそれを整理し、取捨選択する事も必要になる。
 事務員の一人もいないこの事務所のどこに実務を取り仕切る人間がいるというのか。
 自分はこの男の何かを見落としているとでも言うのだろうか。
「つまり、ジョーカーという人物にはハッカーとしての側面もあるという事だね?」
「そう考えないと辻褄が合いません」
「では、ハッカーであり、モデルガンでヤクザを脅すジョーカーという愉快犯を特定してほしいという事だね」
「結論としてそういう事になるかと」
「プライバシーに踏み込むつもりはないが、そのジョーカーという人物の特定にどういった動機があるか聞かせてもらえるかな? 参考までにという事で構わないが」
「僕が矢沢組に依頼されたからですよ。でも僕の力だけでは見つけられそうに無い」
 健司はチェスを指すかのような心境で言葉を選ぶ。
 目の前の男がジョーカーである可能性は限りなく大きいのだ。
「君も探偵なのか?」
 清史郎の言葉に健司は肩を竦めて名刺を差し出す。
「歌舞伎町で殺し屋を営んでおります円山健司と言います」
 言った瞬間、清史郎の顔に何かグロテスクなものでも見たかのような表情が浮かぶ。
 健司はその表情をこれまで嫌という程見てきたのだった。
  第三章       殺し屋
  〈1〉
   清史郎は拙いとは知りつつ、円山健司を尾行していた。
 尾行を知られたとしても、探偵が依頼者の事を知ろうとする事に問題は無い。
 そもそもがジョーカーなどという得体の知れない人物を探せという無理難題なのだ。
 例え自分がジョーカーであったとしてもだ。
 電車を乗り継ぎSUICAのチャージマネーが尽きそうになった時、円山は新宿の歌舞伎町にある『殺し屋』という店舗に入っていった。
 信じられない事だが、冗談でないとするなら殺人を生業とする人間が看板を出して店を営業しているのだ。
 円山は自ら隠れるという事が無い。
 本当に殺人が生業なのだとしたら、その手段に余程自信を持っているという事なのだろう。
 清史郎は逡巡しながらも暖簾を潜る。
 相手にその気があればビルに入った瞬間から監視カメラで自分を監視していても不思議ではないからだ。
「いらっしゃいませ! ご注文がお決まりになりましたらお気軽にお申しつけ下さい」
 円山が人が違ったような口調で声をかけてくる。
「さっき会ったばかりだろう? それよりこのお品書きというのは本当なのか?」
 お品書きには殺人方法や死体を残すのか残さないのかなど様々なオプションサービスが書き込まれている。
「はい、迅速丁寧をモットーに確実にターゲットを殺させて頂いております」
「例えば、この絞殺で死体を残すというオプションにした場合、警察に犯人特定されやすいんじゃないのか?」
「企業秘密にはなりますが、TPOに応じて柔軟に対応させていただいております」
「ジョーカーはどうやって殺す事になっているんだ?」
「お客様の情報を開示する訳には行きませんが、強いて言うなら殺し方は問わないとの事です」
 円山の言葉が事実なら矢沢組はなりふり構っていないという事だろう。
 ジョーカーは確実に矢沢組に打撃を与えているのだ。
「じゃあ俺も注文したいんだが構わないか?」
「どのようなご注文でしょうか?」
 爽やかな笑顔で円山が言う。
「ジョーカーをオプションサービスで九月三十一日に殺してほしい」
 清史郎の言葉に円山の目が見開かれる。
「前金で一千万。不足なら五百万を追加する」
 清史郎は受け取ったばかりの一千万をカウンターに乗せる。
「ジョーカー殺害日時の指定は確かにオプションで追加可能ですが……」
「ジョーカーを殺す日時の指定は矢沢組からは無かったんだろう?」
 清史郎が言うと円山が顎に指を当てて思案気な表情を浮かべる。
「依頼が重複した事は初めてで、対応致しかねます」
「いや、重複していない。私が矢沢組の手先で、追加でオプションを申し込んでいるとしたならどうなんだ? 君は依頼主の事をどれだけ調査しているんだ?」
 清史郎の言葉に円山の表情が曇る。
「お客様のプライバシーを優先して営業しております。業務上必要な情報は収集致しますが……」
「九月三十一日、ジョーカーは新庄市商店街の外れ、たこ焼き屋千夏の前に現れる」
 清史郎の言葉に円山の表情が強張る。
「もしお客様がジョーカーだった場合……」
「自分を殺してくれという依頼はこれまでなかったのか?」
 円山が何かを試すような視線を向けてくる。
「もちろん、そういった依頼もございました」
「なら問題は無いだろう?」
「……つまり、あなたは探偵としての任務を全うし、殺し屋に仕事を依頼しに来た。そういう事ですね」
「そういう事になるな」
 清史郎が笑みを浮かべると円山の口元に笑みが浮かぶ。
「矢沢組がそれ以前の日時を指定して来たら?」
「それこそ二重契約は無効だと言えばいいだろう?」
「矢沢組がジョーカーの正体を教えろと言ってきたら?」
「ここは興信所ではないのだろう? それに私は九月三十一日にジョーカーが現れるとは言ったが、私がジョーカーだとは一言も言っていないぞ」
 円山は殺しという商売にプライドを持っている。
 そのプライドに反する行為はできないはずだ。
「了解しました。九月三十一日に現れるジョーカーを殺します。しかし、他に機会がある場合もありますので悪しからず」
 円山が一千万の入った紙袋を掴んでカウンターの内側に置く。
 これで円山の精神には一つのストッパーがかかった事になる。
 後はいかに円山を寄せ付けないように立ち回れるかだ。
  〈2〉
  
 してやられた。
 健司は先制に成功したつもりが、乗り込まれて悪条件を飲まされた事を今更ながらに実感していた。
 三浦の期日を守れば選挙は終わってしまうだろう。
 矢沢組は選挙で勝利する為にジョーカーを殺したいのだから、仮に殺せたとしても契約違反と言いかねない。
 そもそも条件は問わないという話だったのだから構わないと言えば構わないのだが、ヤクザがそのような道理を飲むとは思えない。
――そもそも乗り気な仕事では無かったのだ――
 とはいえ、呑気に構えていてはヤクザに消される事になる。
 九月三十一日に殺せたとしても、それは報復の意味しか持たない。
 そして九月には三十日までしか存在しない。
 十月一日を無理やり九月三十一日と解釈できない事も無いが、完全に手玉に取られたとの感を禁じ得ない。
 緒方が猶予として見るのは何週間だろうか。
 幸い緒方は健司が三浦と接触した事を知らない。
 まだジョーカーを探していると言えば時間稼ぎはできるだろう。
 最悪二千万はドブに捨てたのだと言うくらいの器量は緒方にはあるだろう。
 しかし、それでは殺し屋の看板に傷がつく。
 創業四年、地道に仕事を続けて来た実績に泥がつくのだ。
――三浦清史郎を殺すか――
 それを考えて健司は三浦の余裕が気にかかる。
 三浦がジョーカー本人だというならそれで構わないだろう。
 しかし、ただの連絡役だったり複数犯だったりした場合はどうなるだろうか。
 ジョーカーは死んでも蘇る。
 その事の方が矢沢組にとって脅威だろう。
 ジョーカーのテンプレートが商店街で共有される事にでもなったら、矢沢組は人的物量的に無数のジョーカーに襲われて新庄市を撤退しなくてはならなくなるだろう。
 その時、ジョーカーを殺せと依頼されたなら、一体何人を殺せばよいのか分からず、それだけの数を連続で殺せば証拠を残す事になりかねない。 
 そうなれば警察に捕らえられて全てが水の泡だ。
――そう、殺すのは三浦清史郎ではなくジョーカーである必要がある――
 その為にはジョーカーの仕事の実態を掴まなくてはならない。
 これまでのジョーカーの襲撃箇所と状況を再確認する。
 ジョーカーは神出鬼没のように見えるが、確実な逃走経路のある場合以外は出現していない。
 ジョーカーは矢沢組の取引の全てを俯瞰し、最も有利な形を作り出している。
 と、なれば健司も事前に情報を収集しなくてはならない。
 以前緒方が入店した時、店内のシステムでスマートフォンはクラックしてある。
 緒方のスマートフォンを経由して矢沢組組長矢沢栄作の端末に潜入する。
 ホストを掌握して矢沢の端末から矢沢組の取引データを吸い上げる。
 半グレたちは無料WIFIに接続している者が多く、セキュリティも糞も無い。
 健司は新庄市の地図を広げ三浦の心理を読もうとする。
 正面切っての対決の後で、あの食わせ物が仕掛ける事は間違いないのだ。
  〈3〉
  始発電車で歌舞伎町を訪れた清史郎は街路を歩き回りながら、人通りの少ない場所や人目につかない場所にトランプのジョーカーのカードを置いていく。
『殺し屋』がテナントに入ったビルの前の壁にはスマートフォンと接続したラズベリーパイの監視カメラを設置した。 
 監視カメラの映像は近場の喫茶店でタブレット端末で見ようと思ったのだが、歌舞伎町には静かに端末を見る事のできるような喫茶店が見当たらなかった。
 仕方なく新宿駅前のコーヒーの不味いチェーン店に足を向けた。
 電波は良好、通勤前の客も訪れておりタブレット端末を見ていても不審には思われない。
 スマートフォンを操作して朝のニュースをチェックするが、特に気になるような情報は無い。
 八時二十四分、円山が風俗ビルにスーツ姿でやって来た。
 一見地味なスーツ姿に見えるがバーバリーにリーガルのシューズといったいで立ちだ。
 見る人間が見れば逆に趣味が良いと答えるだろう。
 屋内の監視カメラを警戒して清史郎はビルには監視カメラを仕掛けていない。
 九時きっかりにスーツ姿にアタッシュケース姿の円山がビルから出てくる。
 清史郎は円山が新宿駅に向かったのを見て小走りに店を出る。
 円山を捕捉し、充分に金をチャージしたSUICAで改札を潜る。
 円山を尾行する事二十分、新庄駅で円山は列車を降りた。
 チャージマネーで改札が通れて良かったと思える一瞬だ。
 昔なら駅によっては乗り越し清算をしなくてはならないところだ。
 円山は商店街を突っ切り、三浦探偵事務所にほど近い喫茶店に入っていく。
 清史郎は更に離れた喫茶店で画像を喫茶店のものに切り替える。
 商店街の店にはセキュリティの名目で三浦探偵事務所の監視カメラが取り付けられているのだ。
 円山が注文するより早く、店員がコーヒーにトランプのジョーカーを添えて差し出している。
 円山の表情が一瞬硬直する。
 清史郎は商店街の店に予めジョーカーのカードを配り、前払いで商品を出すよう話をつけておいたのだ。
 これで円山は自らが監視対象である事を知る。
 コーヒーを飲み干した円山が喫茶店を出て周囲を見回す。
 ――追われる気分はどうだ、円山――
 円山は午後六時になると歌舞伎町のビルに戻り、吉祥寺の自宅であるらしいマンションに帰宅した。
 清史郎は吉祥寺界隈の店に金とトランプのジョーカーを配り、路地裏などにカードを仕掛けて帰路についた。
  〈4〉
  「って事は正体バレちまったのかよ」
 相変わらず騒々しいクイーンメイブのボックス席で健が声を上げる。
「殺し屋って名刺出してる殺し屋って狂ってるとしか思えないけど」
「腕に余程の自信があるんだろう。今の日本じゃ老衰や自殺や病死や事故死以外の異常死が毎年十七万件発生しているんだ。死体なんかあった所で警察の手が回る状態じゃない」
「ジョークと話してて思うんだけどさ、警察って何してんだ?」
「総資産一億円以上の人間の事は守ってるだろうさ。後は交通違反の取り締まりだな」
 清史郎は答える。実際警察が殺人や行方不明を事件化する基準は分からないのだ。
 確かなのは毎年日本では殺人事件は百件前後しか起こってはならず、検挙率は96%を下回ってはならないという暗黙の了解があるという事だ。
「どっちみち最初から警察は味方じゃないでしょ。矢沢組が商店街に嫌がらせをしても見て見ぬふりだったんだし」
「だよな。俺たちジョーカーが正義の味方なんだ。そうだろ」
「多少稼がせてもらってるけどね」
 健も加奈もジョーカーという仕事には少なからず誇りは持っている。
 士気が高いという点では矢沢組と戦っていく上で大きなアドバンテージになるだろう。
 殺し屋円山健司がジョーカーの核心に近づいたとは言っても、健と加奈まで特定している訳ではないのだ。
 そして健のITを見て警戒していた為、あの新宿の風俗ビルにはスマートフォンも時計も持ち込んでいない。
 顔は間違いなく撮影されているだろうが、顔認証は広範なエリアから自在に情報を引き抜けるようなものではない。
 いつ、どのカメラに映っているのか分からなければどのカメラをハッキングすれば良いのか分からない。
本当の所は分からないが、公には警察でも店舗など個人のカメラの映像は捜査協力や令状で記録を閲覧しているのだ。
健のIT技術にした所でカメラを特定し、通信可能な距離で『物理接触』��ない事にはデータを閲覧する事などできないのだ。
「円山って野郎の鼻を明かしてやろうぜ。こっちは天下御免のジョーカーなんだ」
「でもさ、ジョーカーを探り当てたって事は相当の切れ者なんじゃない? 殺し方だって一つや二つじゃないからこれまで捕まってないんでしょ?」
 加奈が慎重論を述べる。この慎重さがチームの要になっていると言ってもいい。
「じゃあどうするってんだよ。まさか止めるとは言わねぇよな」
「多少趣向を変える必要はあるだろうな」
 清史郎はカバンからジョーカーマスクをのぞかせる。
「マスク……一体何枚あんだ? 量産して成功すんのは北朝鮮のモロコシくらいだろ」
「そっか……これをこれまで被害に遭った半グレに匿名で送り付ければ……」
 ITには弱くても頭の回転の早い加奈には分かったようだ。
「確実な取引情報を手にした本物の銃を持ったジョーカーが出現するんだ」 
 清史郎の言葉に健が唖然とした表情を浮かべる。
「さっすがジョーカー。でもよ、俺たちと鉢合わせにはならねぇのか?」
「一応発信機は取り付けてある。合成音声のスイッチを入れれば起動する仕組みだ」
「じゃあ信号がなかったら作戦決行って訳ね」
「それに送り付ける相手はこっちが選べるんだ。事前に動きを掴む事も難しくないだろう」
 清史郎はこれまでの取引の状況から矢沢組に逆らいそうな半グレをリストアップしている。
 表立って逆らう事はしないだろうが、ジョーカーとしてなら薬をガメるくらいの事はしかねない連中だ。
「でも、それって少ししたら矢沢組に露見するんじゃない?」
「ああ。でも矢沢組は確実に疑心暗鬼に陥るし、本物の銃弾が飛んでけが人でも出ればジョーカーに対して慎重にもなるだろう」
「最高にクールだぜジョーカー! ジョーカーが犯罪者だったら今頃大金持ちだぜ」
 健の笑みに清史郎も笑みで答える。
「じゃあ今日の仕事もクールに決めましょ」
 加奈の突き出した拳に三人の拳がぶつかる。
 本家ジョーカーは最高のチームなのだ。
  〈5〉
   自宅まで嗅ぎつけられたとは。
 午前七時、健司は朝食を食べようと吉祥寺の喫茶店に入った所で、ジョーカーのカードと対面する事となった。
 もっとも、ずっと尾行されていたなら自宅が特定されるのは不思議でも何でもない。
 一番の問題は探偵に四六時中張り込まれたらジョーカーどころではなく、他の仕事も一切できないという事だ。
 動揺を押し隠し、それでも周囲を警戒しながら歌舞伎町の店舗に向かう。
 ドアに挟んだ髪の毛が落ちた様子は無く、侵入者はいないようだ。
 店内に入り、一通り掃除を終えると鋭利に削ったシャープペンシルをカウンターから取り出す。
 殺しの方法はいくらでもある。
 相手が尾行しているなら、人通りの少ない所に誘い込んで始末するという方法も取れるのだ。
 健司は尾行のプロである三浦を警戒する事を止め、路地裏へと足を踏み入れる。
 一定歩いた所で振り向き、シャープペンシルを引き抜く。
 が、そこには三浦の影も形も無かった。
 四六時中張り込んでいるという訳ではないという事だろうか。
 健司が安堵しかけた瞬間、路上に落ちているトランプのカードに気付いた。
 ――ジョーカー!――
 三浦はこちらの考えを見抜いて行動に出ているのだ。
 と、言う事は人通りの少ない所は三浦本人に監視されない反面、ヤクザを監視しているような遠隔装置で監視している可能性が高いだろう。
 ――この僕が身動き一つ取れないと言うのか――
 健司は拾い上げたトランプのジョーカーを握りつぶした。
  
〈6〉
  
 深夜の路地裏、半沢芳樹はジョーカーマスクと紫色のどぎついトレンチコートに身を包んで、汗が出るほどにトカレフを握りしめている。
 部下二人が矢沢組とヤクの取引をする事になっており、そこをジョーカーのフリをして襲撃するのだ。
 成功すればタダでドラッグが手に入り、失敗してもジョーカーのせいだ。
 うだつの上がらない半グレの四十代、ヤクザに昇格できる見込みも無い。
 忠義を示せと言う方が無理というものだ。
 視線の先には金を手にした部下の姿、ヘッドライトで周囲を照らす矢沢組のベンツがある。
 部下が金を出し、組員がスーツケースを開いてドラッグを見せる。
 半沢はそのドラッグを見ているだけで身体にアドレナリンが駆け回ったような気分になる。
「動くんじゃねぇ! こっちにヤクを寄越せ」
 取引成立の寸前に半沢は銃を手に飛び出す。
 矢沢組の構成員がスーツの内側から銃を抜く。
「金もヤクも俺のモンだっつってんだ!」
 半沢は先制して引き金を引く。轟音が響き矢沢組の構成員が気圧されたように見える。
 立て続けに引き金を引いて距離を詰める。
 矢沢組の構成員が引き金を引き、半沢の頬を掠める。
 ジョーカーの姿で出ていけば怯むと思っていたのだが、反撃は想定外だ。
 それでもここが正念場と半沢は引き金を引く。
 一発の弾丸が矢沢組の構成員の鎖骨の辺りを貫く。
 凶悪な一瞥をくれて矢沢組の構成員たちが引き上げていく。
 半沢は両手でヤクを掴んで高笑いする。
 こんなにチョロい商売にこれまでどうして気付かなかったのだろう。
 ――ジョーカーを続ける限り俺は無敵だ――
  〈7〉
   事務所に次々に凶報が舞い込む中、矢沢組の緒方は状況の変化を理解していた。
 ジョーカーの模倣犯は自然発生的に生まれたものではない。
 本当に模倣する脳があるなら金や麻薬を要求する訳が無い。
 と、すれば中身は町の半グレや暴走族と察しがつく。
 とはいえ、数は厄介であり、ジョーカーの真似をすれば処刑だと言った所で本物のジョーカーもどこかにいるのだろうから半グレは高をくくって矢沢組の命令に従おうとはしないだろう。
 そして更に厄介なのはちゃんとジョーカーを模倣できている者もいるという事だ。
 ジョーカーを見たら撃てというのは簡単だが、半グレが連合して矢沢組に反旗を翻したら手足を失った矢沢組に抵抗する術は無い。
 矢沢組は権力と金と麻薬は持っているが、マンパワーが多いという訳ではないのだ。
 ジョーカーはその弱点を的確に突いて来たのだ。
「緒方、考えは無ぇか?」
 電話越しの矢沢の言葉に緒方は頭を巡らせる。
「ジョーカーマスクに百万の懸賞金をかけてはいかがでしょう?」
 マスクをつけている人間の罪を問わず、マスクを差し出せば百万やると言えばわざわざ危ない橋を渡ろうという連中は少なくなるだろう。
 その上でジョーカーの撃滅を図ればいいのだ。
「その手は使えそうだな。問題はマスクがどれだけ出回っているかだが」
「数は多くないと考えます。そもそも同時多発的にジョーカーが出現したという事は、誰かが創意工夫して模倣されたのではなく、何者かが意図的に行ったと考える方が自然です」
 言って緒方は組員たちに通達を出し、ついでに警察にも懸賞を知らせておく。
 公権力が銃刀法で取り締まりを開始すれば半グレは震えあがってジョーカーの真似などしていられなくなるだろう。
  〈8〉 
 
  健司は新庄市のホテルの床に落ちた髪の毛を拾いながら、事態の急変と自分の読みが正しかった事を知る。
 三浦は健司に捕捉された事で作戦変更を余儀なくされた。
 健司も身動きできなくなったが、それはお互い様なのだ。
 そこで今回のジョーカー量産化計画を演出したのだろう。
 しばらくの間町中にはジョーカーがあふれる事になる。
 矢沢組が引き締めを行っているものの、偽ジョーカーの模倣犯も出現し本来の偽ジョーカーより多くのジョーカーが出現しているのが現状だ。
 ――でもこの狂騒はすぐに終わる――
 健司は日が暮れるのを待ってアタッシュケースを手にホテルを出る。
 三浦が四六時中張り付いている訳ではない事も分かっている。
 いずれにせよ仕事を迅速に済ませれば証拠も残りはしないのだ。
 深夜の人気の消えたオフィス街を歩きながら手に手術用のビニール手袋をはめる。
 靴のサイズは自分の標準よりワンサイズ大きく、髪型は大きく変えていないが頭にはカツラをかぶっている。
 一般で売られているカツラには、インドの仏教徒やヒンズー教徒が出家する時の髪の毛が使われている。
 そして、インド人の髪の断面は日本人が楕円であるのに対し正円に近い。
 仮に髪が現場に落ち、科捜研が調査したところで出てくるのは謎のインド人という事になるのだ。
 健司は予定していた地点にたどり着くと、持ってきたボルトを電柱の穴に差して二・五メートル程の高さにまで登って電柱に寄り添うようにして立つ。
 予定通りスポーツバッグを手にしたジョーカーが走ってくる。
 中身は半沢という三下の半グレだ。
 正面だけに注意を向け、自分の身長より上には注意が向いていないらしい。
 健司はボルトに引っ掛けたテグスを引っ張る。
 ジョーカーの首にテグスが食い込み、仰向けに倒れかかる。
 アイスピックを手にした健司はジョーカーに圧し掛かるようにして飛び降りる。
 アイスピックがジョーカーのマスクと頭蓋骨を貫き、脳を攪拌する。
 健司はアイスピックをその場に放り捨てて、テグスもそのままに歩き去る。
 アイスピックもテグスも殺人犯を特定する決定的な証拠とはなり得ない。
 少し歩いた所で歩きやすい靴に履き替え、手袋を脱いでしまえば何一つ痕跡は残らない。
 意識していたが三浦に行動を監視されていた様子は無い。
 三浦はマスクをばらまいた事でジョーカー業を一定退いたのかも知れない。
 それならそれで……
 ――ジョーカーを名乗れば問答無用の死が訪れる――
 それでもジョーカーを続けられる者がいるだろうか。
 健司の受けた依頼はジョーカーの殺害であって三浦清史郎の暗殺ではないのだ。
  〈7〉
   緒方は苦い気分で事務所でTVを見ている。
 一週間で九人のジョーカーが殺され、四人のジョーカー、三人の組員が射殺された。
 ワイドショーは死体にピエロのマスクをかぶせる愉快犯として報道している。
 常識的に考えればそうなのだろう。
 だが、現実にはジョーカーの模倣犯が跋扈し、殺し屋円山がジョーカーを殺しまくっているのだ。
 この問題の裏が表ざたになれば矢沢組に捜査の手が伸びる。
 組長が事情徴収という事にでもなれば、知事選敗北は必至だ。
 この銃弾飛び交い殺し屋が闊歩する状況は、客観的に見れば矢沢組の内部抗争なのだ。
 ――やってくれたなジョーカー――
 日用品を用いて鮮やかに殺しを遂行する健司に対する恐怖は広がっており、それなりの数のジョーカーマスクが届いてもいるが、それでも自分だけは大丈夫と考えるのが人間の性であるらしい。
「兄貴、県警本部長が来ています」
 部下の言葉に緒方は舌打ちしたくなるのを堪える。
 何人か人身御供に出す必要はあるだろうが、それでジョーカー問題が片付く訳でも無い。
 今の新庄市はさながらギャングの蔓延る六十年代のニューヨークだ。
 このネガティブイメージの中ではカジノ施設の誘致も集客の為だなどという言葉で誤魔化せない。
 ――だが、商店街も打撃を受けているはずだ――
 緒方は次善の手を考えながら県警本部長を待たせてある応接室に向かう。
「緒方です。この度はお騒がせしております」
「いや、そうかしこまらんでくれたまえ。私がこうしておれるのも矢沢組あっての事だ」
 県警本部長の茨木義男が本革張りのソファーから腰を上げて言う。
 茨木は東大卒のキャリアで矢沢の後輩に当たり、同じゼミを受講していた間柄だ。
「殺人事件は起こせない。それが警察の不文律でしょう?」
「今回のカジノ施設建設は内閣肝いりでもあるんだよ。情報操作で反対派が工作しているように演出する事は可能だろうよ」
 転んでもタダで起きないのが政治家やエリートというものであるらしい。
「つまりはカジノ施設反対派が、賛成派の人間を殺してピエロのマスクをつけていると?」
「そういう報道になっているだろう?」
 茨木の言葉に緒方は唖然とする。
 当事者としての立場で見ていた為に気付かなかったが、一般視聴者の目線で見るとそういう風に見えるのだ。
「で、私の在任中にこれだけの死者を出しているんだ。票は囲い込めているんだろうね」
「固定票は押さえております」
 実際の所、矢沢組は内紛に近い状態で票を囲い込めるような状態ではない。
 大手のチェーン店などでは本部通達で票の取り込みができているが、個人事業主は依然として反対の姿勢を崩していない。
 ――やる事成す事裏目に出る―― 
「死人は出る、カジノ施設はできないでは私の本庁復帰が危うくなるんだよ。その意味は分かっているだろうな」
「はい」
 不満げな茨木に緒方は短く答える。
 ――県警本部長が殺害されれば流れが変わるかもな――
 緒方は脳裏にあのとらえ所のない殺し屋の姿を思い描いた。
  第四章       トリックスター
  〈1〉
  「最近俺たちが出てもヤクザもビビらねぇのな」
 クイーンメイブのボックス席で健がぼやく。
 本物の銃を撃つジョーカーもいれば、ジョーカーを狙い撃ちにする殺人鬼も存在する。
 実際に死人も出ているのだから今更驚かす程度ではヤクザも怯みはしないだろう。
「銃で撃たれるって不安。前より遠慮なく撃たれてる感じ」
 加奈が沈んだ様子でカクテルに口をつける。
「おいおい、私たちの本来の目的を忘れたんじゃないだろうな。私たちの目的はカジノ施設誘致の妨害だ。今の状況でカジノ施設がオープンしたとして誰がテナントに入るんだ? 暴力がこれだけ蔓延る状況を許した現職知事は窮地に立たされている。住民の安全と地域の活性に誠実に取り組む人物が取って代わらなければ市民が納得しない」
 ショットのバーボンを口に運んで清史郎は言う。
「いや、確かにジョーカーの言う事は分かるんだけどさ、昔は良かったっつーか、実入りが少ないのは我慢するとしてもよ」
「私たちの本当の目的に近づいているんだから喜んでいいはずなんだけどね」
「選挙の公示まで三日、世襲できそうな人間がいない以上与党は今更候補者を変更できないし、現職のまま選挙を戦う事になる。野党には追及の材料が掃いて捨てるほどある。これで負けるようなら本当に世の中が腐りきってるってだけだ」
 健と加奈の気持ちを察しながらも清史郎は言う。
「もう少しで全部終わっちまうんだよなぁ~。何か微妙だぜ」
「コンビニも忙しいって言えば忙しいんだけど、税金は取られるのに退職金も無いし年金のアテもないし」
 健が仕事にやりがいを感じられないのも、加奈がお先真っ暗だと言うのも理解できる。
「そうは言っても九月三十一日にはジョーカーは死ぬんだ」
「してやられましたよ。九月に三十一日なんて無いじゃないですか」
 ボックス席に当たり前のように現れた円山が言う。
「誰だテメェ!」
 健が身を乗り出す。
「歌舞伎町で殺し屋を経営している円山健司と言います。ここが三浦さんの本当の事務所だったんですね」
「まさか一週間で九人も殺したのって……」
「やだなぁ~僕はもっと殺してますよ。警察だって報道内容には気を遣うんです」
 涼しい表情でグラスを手にした円山がボックス席に座る。
「人殺しだってバラすぞ、テメェ」
 健が円山に向かって噛みつきそうな声と表情を向ける。
「ご自由にどうぞ。何か一つでも証拠が存在するならね」
「で、その殺し屋さんがここに何の用?」
「いや、本家のジョーカーはどうしているのかと思ってね。偽物でもこれだけ殺せば本家も仮面を捨てるんじゃないかって思って」
「おたくの言う通りだ。こんな凄腕の殺し屋がいるならジョーカーなんてやるだけ損だ」
「本当にそう思っていますか? 本家はまだ何か隠し玉を持っているんじゃないかって思うんですけど」
「随分と余裕かましてんじゃねぇか。ジョークを殺ったらテメェを殺す」
「殺しはしたくないけどジョーカーを殺させる事は絶対にしない」
「人望があるんですね。いっそ事務所でこの二人を雇ったらどうです? 今より金回りはよくなるんじゃないですか?」
「殺し屋より儲かるとは思えないね」
「それはリスクを負っていますから」
「テメェは嫌味を言いに来たのか。悪いが俺たちはテメェになんざ負けねぇ」 
 頭に血の上った健が言う。
「そうそう、一つプレゼントがあるんです」
「あんたがくれるものなんてロクなものじゃないと思うんだけど」
「野党連合の候補を殺すように県警本部長から依頼を受けたんです」
 笑顔で言った円山がグラスを空ける。
 突然の事に健と加奈が硬直する。
 選挙期間中に候補が殺されてしまったら票が分散して現職が有利となる。
 どれだけ黒い噂があったとしてもだ。
「それは俺たちに守って見せろと言っているのか?」
「さぁ、気まぐれですよ。僕はこれでもあなたの事が嫌いではないんですよ」
 言った円山が席を立って去っていく。
 加奈と健が茫然とその背を見送る。
「私たちと候補者をまとめて葬るつもりか……」
 清史郎は思案する。候補者を守る為に張り付けば二人まとめて殺される可能性がある。
 しかし、候補者を放置しておけば間違いなく殺されるだろう。
 具体的な殺人予告という訳ではなく、あったとしても警察はアテにはならない。 
 市民は自衛するしか無いのだ。
――どうする……―― 
「なぁ、ジョーク、どうすんだ?」
「あんたも少しは考えなさいよ」
「考えてるって。頭の中じゃあの野郎を三十回は殺してる」
 非生産的な事を考えている健が言う。 
「ジョーカー、私、どうしていいか……」
 加奈は追い詰められた様子だ。
「こうなったらお望み通りにしてやろう。ジョーカーの最期を見せてやるんだ」
 清史郎は一抹の寂しさを感じながら笑みを浮かべて見せた。
 円山を前にして取れる手は一つしか無いと言っていい。
 ――あの男はこの結果を望んでいたのだろうか――
  〈2〉
  『……皆さん、この町の惨状は突然起きたのでしょうか? その根幹には市の中央にある広大な県の土地があります。この土地は江戸時代に火災の延焼を避ける為に作られた防災の為の土地でした。しかし新庄市が栄えるに従い、土地の価格が上がり莫大な利益が生まれる事が分かってきました。ヤクザやギャング、財界の人間はその利権に群がっているんです。もし、彼らの思い通りにさせるなら彼らの存在を容認する事になります。二百年前の先人の知恵に従い、ここを防災を兼ねた市民公園にする事こそが行政の成すべき事です……』
 夕暮れの新庄市の駅前で野党候補の峰山春香が声を上げる。
 聴衆はさほど多くはないが商店街や青年団が集まって盛り上げようと四苦八苦している。
 清史郎はオープンカーのハンドルを握りながらタイミングを計っている。
『ジョーカー、スタンバイOKよ��
 イヤホンから加奈の声が聞こえてくる。
『警察は野党の候補に人は割いちゃいねぇ、殺るなら今だ』
 健の声を受けて清史郎は紫のどぎついトレンチコートを羽織り、ピエロのマスクをかぶる。
「そこのお前……」
 演説を警備していた警官が警棒を手に近づいて来る。
「制服ギャングも久しからず」
 清史郎は銃を引き抜く。
 警官の足元で火花が爆ぜる。
 聴衆だけでなく、夕暮れの帰宅ラッシュの人々の足が止まる。
「綺麗ごとでマニィをロンダリィ! 俺はハッピーにトリガー、堅実な人生が諸行無常!」
 清史郎は自動小銃を抜いて選挙カーに銃弾を浴びせかける。
 銃声が響き至る所で火花が散る。
 ガードマンに守られて逃れようとする峰山の背に向けて引き金を引く。
 血を噴出させた野党候補が倒れる。
「こんな時には正露丸! キャベジンがあれば国士無双ゥ! ユンケル飲んだら夜金棒!」
 峰山が選挙カーに運び込まれ、現場から離脱しようとする。
『ジョーク、サツが動いた。射殺してもいいって言ってやがる』
 健の言葉に清史郎は生唾を飲む。想定してはいたが、想像以上に警察もなりふり構っていないらしい。
 清史郎はオープンカーで選挙カーを追い、グレネードランチャーで後ろ半分を吹き飛ばす。
 煙を上げた選挙カーが路肩で停止する。
 清史郎は高笑いしながら選挙カーの脇をすり抜け、オープンカーで町を駆け抜ける。
 無数のパトカーが清史郎のオープンカーを追う。
『ジョーク、法定速度は無視してくれ、俺がナビゲートしてんだし、今更ネズミ捕りが怖いって訳でもねぇだろ』
 健のナビゲーションでパトカーを避けて清史郎は埠頭へと向かう。
 銃声が響き、音速より早く飛んだ弾丸がオープンカーに襲い掛かる。
 警察が矢沢組の懸賞を狙っている事は健のハッキングで知っている。
 制止する警官の声と銃撃を受けながら、フルスロットルのまま岸壁から海上へと車体を躍らせる。
 肩と背中に銃弾を受けた清史郎は冷たくなり始めた海の中へと沈んでいく。
 清史郎が意識を失いかけた時、淀んだ海の中にウェットスーツに身を包んだ加奈が姿を現した。
 
 
 〈3〉
   警察が捜査した結果、海で手に入れる事ができたのは一台の盗難車とピエロの仮面と紫色のトレンチコートだけだった。
 知事候補が襲撃された事もあり、今後清史郎がジョーカーの扮装をすれば正体が露見する可能性は極めて高くなるだろう。
 ――本家ジョーカーは死亡した――
 健司は病院の廊下を歩きながらポケットの中のビニール手袋の感触を確かめる。
 野党候補は銃創を負って病院に入院している。
 実際には銃創など負っていないのだろうが、ジョーカーと候補が一芝居打つのだとしても病院は避けて通れない。
 ――悪いけど僕は殺しの依頼は完遂する――
 健司は候補の部屋の前のボディガードの様子を観察する。
「すみません。新庄市後援会の青年団の円山と言います。先生はご無事でしょうか?」
「先生はご無事だ」
 鉄面皮のボディガードが返答する。
「それを聞いて安心しました。一言無事をお祝い申し上げたいのですが構いませんか?」
「十分だ」
 ボディガードの言葉に笑みを返して健司は一人部屋に足を踏み入れる。
 両手にビニール手袋をはめ、小銭袋を握りこむ。
「やぁ、先生、ご無事なようで何よりです」
「無事なものか。ポリの弾丸を四発も食らったんだ」
 そこで見た光景に健司は言葉を失った。
「お陰で選挙が終わるまで退院できそうにない」
 三浦が笑みを向けてくる。
「バカな……あなたは……」
 身を隠さなくてはならないはずだ。
 治療する為にも……。
 ――治療する為に候補に成りすましたと言うのか――
 入院している間は世間の目は避けられる。
 それでは候補はどこに消えたと言うのか。
「お前は野党候補を殺せというオーダーを受けたはずだ。今彼女は立候補しているが、生死不明で野党の統一候補ではない。今は慶田盛弁護士事務所で事務の手伝いはしているが選挙活動はしていない。それでもお前は殺すのか?」
 健司は清史郎の言葉に笑いがこみあげてくるのを感じた。
「詭弁にも程がありますよ。ほとんど屁理屈じゃないですか」
「屁理屈でも君は依頼に忠実なんだろう? あと面会は手短に頼むよ。これでも歳でね、銃創って言うのは堪えるんだ」 
 銃創が堪えているのは本当らしい。
「それでも最後には候補は復活しなきゃならない」
「死んでいなければね」
 カーテンの影から姿を現した女性がグレネードランチャーを構える。
「まさか……」
「ジョーカーは死んだ、ヒットマンは来た。これで充分だ。なぁ、ジョーク」
 ラップトップコンピューターを小脇に抱えた青年が言う。
「ゲームオーバーだ」
 清史郎が不敵な笑みを向けてくる。
 健司は小銭袋を窓に投げつける。
 砕けたガラスの破片を拾い上げて身構えながら退路を探る。
 ガラスの破片で候補の命を絶つつもりだったが今三浦を殺した所で意味が無い。
 今は割れた窓の外に逃れる隙さえあればいい。
 女性の指がグレネードランチャーの引き金にかかる。
 猛烈な爆音と閃光が室内に満ちる。
 健司は窓の外に身体を躍らせた。
 ――これで知事候補が殺された事になるのか――
 健司は地面を転がり、人目を避けながらバッグから出した白衣を羽織る。
 ――僕は最期までジョーカーに踊らされたって訳か――
 敗北感より、どこか清々しさを感じながら健司は病院を後にした。
  〈3〉
  「慶田盛弁護士事務所では峰山候補を歓迎しますよ」
 新庄市にある、冤罪に強いと噂の弁護士事務所で峰山春香は未だに自分の身に起きた事が信じられないでいる。
 峰山が候補に決まったのは公示二日前、そこから慌ただしく野党の党首などと会談を交わし、選挙戦の流れになったのだが、その直後に慶田盛敦という弁護士が現れたのだ。
 慶田盛の噂は峰山も聞いており、信頼できる人物であるとは感じていたが、話の内容は想像のはるか斜め上を行くものだった。
 新庄市の乱射魔ジョーカーの本家は、冤罪事件の解決を主に行っている三浦探偵事務所の所長三浦清史郎だったのだ。
 三浦は知事選を前に町に大量のジョーカーマスクをバラまいて一時的に身を引いた。
 しかし、ジョーカーと野党知事候補は確実にターゲットを仕留める円山という男に命を狙われているのだ。
 更には矢沢組がジョーカーに懸賞首をかけており、警察も生死を問わないという条件でジョーカーを狙っているという。
 そこで三浦が出して来た案がジョーカーに候補者が襲われて入院、ジョーカーは警察に追われて死亡、更に候補者の運び込まれた市民病院に現れる円山を三浦が撃退するというものだったのだ。
 三浦は警察に追われて手傷を負う事は間違いなく、それならば知事候補と入れ替わって入院してもゆっくりと治療ができる。
 一方春香は慶田盛弁護士事務所で投票日三日前まで、事務職として短期採用される。
 円山のターゲットは知事候補であり、事務員殺害ではなく、その一線を越えてこないのも円山という男なのだという事だった。
「何もかもが信じられないわ。生死不明で選挙戦を戦うなんて……」
「野党の党首が連日新庄入りするって話になったじゃないですか」
 春香は慶田盛弁護士事務所の安普請の椅子に腰かける。
「それはいいとしても、いいえ、大きな借りを作る事になりますし……」
「市民に対して不誠実だと?」
 春香の心中を察した慶田盛が言う。
「その通りよ。三日前に復活なんて話が良すぎるし」
「でも、実際問題あなたを救う手立ては他に無かった」
 事務所の電話が鳴り、慶田盛が受話器を手に取る。
 ボタンを押してスピーカーに切り替える。
「私だ。円山が知事候補殺害に現れたよ。こっちで見かけだけは派手な爆薬を爆発させて追い出した。これで知事はテロリストにまで襲われた事になるわけだ。しばらく身を隠さなきゃならない理由が増えたんじゃないか?」
「三浦さんですね? あなたが身体に銃創を負ったという話は聞いています。あなたはどうしてここまでやったんですか?」
「若い連中と付き合いがあると、柄にもない正義感なんてものも持つものなのさ」
 三浦の言葉に春香はため息をつく。
 実際の傷はどうあれ、体面上知事候補は集中治療室にかくまわれるだろう。
「市民病院が告発したらどうするつもり?」
「それは無いさ。与党の市長になってから予算を削減されて、市民病院では上から下まで味方しようなんてヤツはいないんだから」
 慶田盛が肩を竦めて見せる。
「あと、仕事柄マスコミの相手をするのは苦手じゃないんだ」
「ああ、こいつは口先だけは有能だからな」
 二人の言葉を聞いていた春香は苦笑する。
 悪だくらみのような作戦だが、この二人にとってはこれは健全な正義のスポーツのようなものなのだ。
 
 〈4〉
   野党候補の入院先で爆破テロが起こった事で、与党候補に対する疑惑は大きなものとなった。
 野党候補は生死の境を彷徨っていると報道されている。
 清史郎は病院で何不自由なく治療生活を送っている。
 のだが……。
「なぁ、ジョーク、ここで寝てるってのは何かの冗談だろ?」
「怪我してるのは事実なんだから無茶言わないの」
 健と加奈は連日競うようにして病室を訪れている。
「お前ら、もうジョーカーの出番は無いんだぞ? 知事選も候補が無事を表明すれば一発で決まる。もうやる事は無いんだ」
 清史郎が言うと健が叱られた犬のような表情を浮かべる。
「いやさジョーク、俺、土建屋辞めたんだ」
「私も……その、コンビニ辞めたんだ」
 清史郎は二人の言葉に唖然とする。
 このご時世に仕事を自ら捨ててどうしようと言うのか。
「ジョーク、儲からないっつってるけどよ、俺が手伝ったら何とかなんじゃね?」
「先に言わないでよ。採用するなら私の方が得なんだから。多分」
 清史郎は額に手を当ててこみ上げてくる笑い声を抑える。
 傷に響くが笑いたくなるのだから仕方がない。
「お前ら、馬鹿じゃないのか? こんなオッサンと組んだって心中するようなモンだろ」
「それでもいいくらい楽しかったんだよ」
「またスリル、くれるんでしょ?」
 清史郎は笑い声をあげて身体を起こす。
 傷が引きつるが痛みなど気にならない。
「資本金はお前らと合わせて裏金三千万円。社員は三人。一人はオッサン。ジョーカー探偵事務所とでもするか」
「何かダセェ。中年は変に英語にするから逆にカッコ悪いんだよ。三浦探偵事務所でいいだろ」
「中年のセンスが悪いのは今に始まった事じゃない」
 清史郎は憮然として健に言い返す。
「じゃあ新しい門出に」
 加奈がバッグからワインのボトルを取り出す。
 若い二人は自分に老ける暇を与えてくれないらしい。
 清史郎はコップに注がれたワインを掲げる。
「乾杯」
 紙コップが音もなく打ち合わされ、新しい何かが動き始めた。
  エピローグ
   清史郎は健と加奈を引き連れて病院の廊下を歩いている。
 向かいからスーツ姿の峰山春香が歩いてくる。
 握手しようと峰山が手を差し出してくるのを無視して清史郎は右手を軽く上げる。
 峰山が応じて右手を挙げてハイタッチすると、清史郎と峰山は入れ替わるように方向を変える。
 清史郎の背後でフラッシュが瞬き、峰山が光とシャッター音に包まれる。
 生死不明から無傷での生還。
 これほどの宣伝も無いだろう。
 ジョーカーはカジノ施設を阻止するというその使命を果たしたのだ。
   選挙戦は野党党首が連日交代で訪れるという形で、野党が攻勢を強めていた。
 そして投票日三日前に野党候補が無傷で出現。
 暗殺者に狙われていた事を告げ、改めて支持を訴えた。
 緒方は事務所で出来の悪すぎる茶番劇を見せられたような気分を味わっている。
 ジョーカーという乱射魔が出現、殺し屋に依頼をしたらジョーカーの模倣犯が大量に出現。野党候補を狙ったら本家ジョーカーに命を狙われ、生死不明から一転蘇った。
 市民の心理を考えるまでもなくこの選挙は完敗だ。
 何処で何を間違えたのかなど分からない。
 否、最初からこの町には矢沢組を受け入れない何かが存在していたのだ。
 近々上層の組から矢沢更迭が告げられるだろう。
 だが、緒方は矢沢にとって代わろうなどとは思わない。
 ――この町にはジョーカーという化け物が存在するのだから――
   十月一日、健司はいつものように殺し屋のカウンターの内側にアルコールを吹きかけている。
 もしも、九月に三十一日が存在しているならジョーカーが殺されてやると言っていた日。
 新庄市では市民の支持を得た新知事の誕生でお祭り騒ぎらしい。
 と、殺し屋の戸口に宅急便の配達員が現れた。
「殺し屋様ですか? Amazon様からのお届けものです」
 記憶には無いが健司は笑顔で箱を受け取り、伝票にサインする。
 ナイフで慎重に箱の封を開けるとそこにはピエロのマスクが収まっていた。
 健司は口元に笑みが浮かぶのを感じた。
 ――確かにジョーカーは死んだ――
 健司はその自然な笑みを機械的な笑みの後ろに隠し、カウンターを磨き始めた。
 今日も新たな客がやって来るに違いないのだ。 
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Topshop、Arket、H&Mからの春のベスト27
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私たちは混乱する時代に生きています。いいえ、現在の政治情勢については話していません。代わりに、今日の議論のポイントは、記念碑的ではないが、それでも私たちにとって重要な何か、つまりファッションに焦点を当てています。 今、私たちは「冬」と呼ばれるものの真ん中にいることに気づきます。それは中間の時間です。冬ではなく春でもありません。そして、外の天気と同じように、私たちのお気に入りのオンラインショッピングハントの新しいセクションは、同様に予測不可能であることが証明されています。一列に、革のシャツ、分厚いニット、ハイキングブーツなどがあります。もう1つは、バミューダショートパンツ、スリップオンサンダル、セクシーなドレスです。 写真: しゅう 相変わらず、私たちは自分自身を前向きに考えると思います。そこで、私たちは何百ものアイテムをふるいにかけて、6月までに着ることのできる最高の春服をお届けすることにしました(そして、おそらく夏もそうです)。 広範囲にわたる調査を開始すると、すぐに、お気に入りの作品の多くがTopshop、Arket or H&Mの3つの店舗のいずれかから来ていることに気付きました。季節の新鮮な色合いで描かれたシックな御treat走のホストで、各店からの提供はわずかに異なります。 H&Mはよりカジュアルな視聴者を対象としていますが、Arketは特徴的に最小限です。 Topshopは、方向性のある分割とステートメントの印刷の編集により、これまで以上に強く感じています。 スクロールし続けて、Topshop、Arket、H&Mからの27件の豪華な春の買い物をご覧ください。すべての大騒ぎがすぐにわかります。 トップショップ p 大胆な花柄のエンジェルスリーブミディドレス (£39) このドレスはすぐに売り切れるでしょう。 p セージサドルクロスボディバッグ (25ポンド) セージは今シーズン最大のカラートレンドの1つに設定されています。 p アプリコットドロップコート (£85) 最も厚手のニットの上にも、このオーバーコートを簡単に重ねることができます。 p 黒と白のフグタフタチェックブラウス (£35) ジーンズ、スエードミニ、レザーミディなど、あらゆるものにこれを着たいと思っています。 p アラナエクリュレザーレースアップブーツ (£89) チャンキーブーツは今なお大流行していますが、春の準備ができた白の方がさらによく見えます。 p ピンクポプリンプッシーボウブラウス (£29) このピンクのブラウスは、夜の外出に合わせて、赤いテーラードパンツとペアになっています。 p ブルーシャケット (£59) シャケットの傾向はまだ強くなっています。 p ライムグリーンギンガムチェックティアードミディスカート (£35) このスカートは、靴のシンプルなスイッチでドレスアップまたはダウンできます。 p ブラックハイミュール (36ポンド) これらのラバは、実際よりもはるかに高価に見えます。 アルケット p オーバーサイズウールブレンドブレザー (£135) ライラックのアウターウェアは、あなたのワードローブを2020年よりずっと感じさせます。 p プリーツクレープスカート (£89) 与え続けているArketスカート。 p レザーカウボーイブーツ (£225) これほどシックなウエスタンブーツを見つけるのは難しいでしょう。 p スクープネックニットセーター (£69) このライムニットをストレートレッグのエクリュジーンズに入れて、タンのアクセサリーで仕上げます。 p フローラルメッシュソフトブラ (25ポンド) これは、特大のカーディガンの下から非常にきれいに見えます。 p 光沢のあるギャザードレス (£89) 春の結婚式のために背中のないラバでこのドレスを着てください。 p ワイドチェックパンツ (£79) あなたは仕事と遊びのためにこれらを着ます。 p サテンジップトップ (£59) ジップのディテールがこのサテンのブラウスにとてもモダンな雰囲気を与えています。 p デニムキュロット (£45) バミューダのショートパンツは今年の夏に大きなニュースになるので、早めにアクションに参加するのは良いことです。 H&M p ピンタックディテールドレス (£50) この色合いは、実生活ではとても豪華に見えます。 p 2パックヘアクリップ (£10) これらのラインストーンクリップは、すべての 'doを高めます。 p スモックブラウス (30ポンド) バターのような色合いは、ネイビーと組み合わせて最高に見えます。 p タバコのズボン (25ポンド) ギンガムパンツは、春のワードローブにフレンチスタイルの魅力を与えます。 p ボクシーカーディガン (40ポンド) シックなオレンジの色合いは手に入れるのが難しいので、このカーディガンがあなたを通り過ぎないようにしてください。 p パターンスカート (25ポンド) このニュートラルカラーパレットは、オフィスでも機能します。 p パフスリーブトップ (£13) とても少ないパウンドのためのたくさんのパフ。 p ルーズフィットママジーンズ (25ポンド) 30ポンド以下で完璧にフィットするジーンズですか?サインアップしてください。 p バゲットバッグ (£13) いいえ、その価格はタイプミスではありません。 この投稿はもともと「以前に公開されたものであり、その後更新されています。次:強いこれらの7つの靴のトレンドは、この春を引き継ぐに設定されています
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masadonna · 3 years
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gallerynamba · 5 years
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◆ブティックモスキーノ&ラヴモスキーノ 2020年春夏受注会◆ 日時:9/14(土)~23(月祝) 場所:Gallery なんばCITY本館1F店 Boutique Moschino(ブティックモスキーノ)と、Love Moschino(ラヴモスキーノ)の2020年春夏受注会を開催致します。公式正規取扱い。 プロのバイヤーが見るものと同じ厳選された展示会サンプル現物50点を店頭で先行販売致します。 【展示会現物サンプル】オールインワン¥76,000+消費税 ワンショルダーのオールインワン。 重なり合ったガーベラのグラフィックが印象的です。 ボトム部分はボックスプリーツがかかったショートパンツ。 是非、店頭でお手にとってご覧下さい。 お客様からのご注文は全額先入金頂きます。 商品お渡しは2020年2月~4月頃の予定です。 Gallery なんばCITY店 【営業時間】10:00~21:00 【休館日】無休 【PHONE】06-6644-2526 【Facebook】https://goo.gl/qYXf6I 【instagram】http://instagram.com/gallery_jpg 【Twitter】https://twitter.com/gallery_jpg 【ブログ】http://ameblo.jp/gallery-jpg/ 【オンラインショップ】http://gallery-jpg.com/ #MOSCHINOCOUTURE #モスキーノクチュール #BoutiqueMoschino #ブティックモスキーノ #LoveMoschino #ラヴモスキーノ #オールインワン #ドレス #dress #パンツドレス #ワンピース #ワンピ #パンツワンピース #パンツワンピ #ワンショルダー #ワンショル #ワンショルダードレス #ワンショルダーワンピース #ワンショルワンピ #ワンショルダーオールインワン #花柄ドレス #花柄ワンピース #花柄ワンピ #花柄パンツドレス #花柄パンツワンピース #ピエールエジル #NAMBACITY #なんばシティ #NAMBASKYO #なんばスカイオ https://www.instagram.com/p/B2qmi75pCZZ/?igshid=3jd1smkb2k3c
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blackrimmed3ree · 5 years
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@allyours_jp が販売するセットアップシリーズ、FASTPASS 。 その素材を使い、限定50着で ノーカラー(カーディガンタイプ)のジャケットとワイドパンツ(通常タイプも選べます。)のセットアップをオーダーしていただけるイベントを開催します! 同時に当店別注カラーのFASTPASS ショートパンツを販売します! 是非是非今週末は中津へ遊びに来て下さい💪 サイズサンプルもありますので、しっかり選んでご注文いただけますよ👀 入荷は10月! ご注文限定商品となる予定なので、欲しい方は、必ず来店くださいね! オーダー商品 FASTPASS ノーカラーセットアップ ¥35000- +tax(グレーのみ) FASTPASS セットアップ ¥35000- +tax(ネイビー、グレー、ブラック) 販売商品 当店別注カラー(ブラウン) FASTPASS SHORT PANTS ¥10000ー+tax * * BlackRimmed ブラックリムドゥ 〒531-0071 大阪市北区中津3-23-8-3F OPEN:12:00-19:00 TEL:06-4256-6970 定休日:水曜日 ※臨時休業日はプロフィール欄をご覧下さい Mail: [email protected] #blackrimmed #blackrimmedgeneralstore #deeperswear #moonstar #adidas #hasamiporcelain #common #roundabout #moksha #chillingcampeeps #toumei #yetina #patrick #tateitotoyokoito (Black Rimmed) https://www.instagram.com/p/BzYRdowlQFy/?igshid=10iebtx5xcorj
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