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#otohime20210820
habuku-kokoro · 1 year
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いくつもの「かたり」を経て研ぎ澄まされた浦島物語 馬場紀衣
<劇評>
いくつもの「かたり」を経て研ぎ澄まされた浦島物語
馬場紀衣(文筆家・和樂webライター)
万葉集に登場する浦島は、魚釣りの最中に海神の娘、乙姫と出会う。夫婦の契りを結んだ二人は常世の国で不老不死になるも、家に帰りたいとごねた浦島が約束を破ったことで「家所見ゆ」と命ある現実に戻る。どこにも、亀は出てこない。
五色の亀が乙女に変身して求愛する『丹後の国風土記』や蓬来で金丹の仙薬を飲んで男女の営みに励むポルノチックな『続浦島子伝』、パロディじみた後日談(『草双紙』)まで浦島物語の世界はじつに多彩だ。
これらと比べてみると、ひとり文芸ミュージカル『乙姫―おとひめさま―』は、万葉集の浦島伝説と島崎藤村の『浦島』を下地にしているので、内容も、神聖さを帯びている。乙姫の視点から語られる物語、人間と異類(人間的でない)とのコミュニケーションが歌と踊りによって表現される。
伝説童話はかたりを繰りかえしながら進展してきた。もちろん、浦島物語も時代にふさわしい形に変化してきた。江戸時代中期までは颯爽と亀に乗っていた浦島だが、明治になると亀を降りてしまう。18世紀の浦島がわざわざ亀に乗っていたのは、どうやら当時流行していた蓑亀が関係しているらしい。演出は解釈をこらすうちに原作から離れてしまうことがあるけれど『乙姫―おとひめさま―』はむしろ、時とともに過剰になった解釈を取り去ろうとしているように見えた。
『岩波古語辞典』によると「ウタ(歌)は、ウタガヒ(疑)、ウタタ(転)のウタと同根」だという。詩人で日本文学者の藤井貞和氏によれば「うた」とは、集団的・個人的に関係なく、ふと何かにとり憑かれて「われがわれであらぬような非理性的な気分になる状態」のことを言うらしい。
『乙姫―おとひめさま―』における、こうした「うた状態」をディオニュソス崇拝の研究者なら儀礼行動の原初形態と見るだろうし、もとダンサーの私はマントラ(音とリズム)とタントラ(象徴的な行為・身振り)で構成されたシヴァ教との共通点を見た。古今東西、歌と踊りには呪術的な力が宿ることをこの舞台は思い出させてくれた。
しかも今回は能楽堂という空間的演出が加わったことで、人がほとんどいないにも関わらず、劇場全体が一種の昂揚状態に達しているようだった。演者と観客が生命と死の力に抗するリズムの一部になっているのが全身で感じられた。
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habuku-kokoro · 1 year
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「乙姫―おとひめさま―」再演にあたって 花千代
<公演に寄せて>
「乙姫―おとひめさま―」再演にあたって
花千代(フラワーデザイナー)
この度のGINZA SIX観世能楽堂での再演おめでとうございます。 このような状況下では残念ながら致し方ないことですが、無観客上演ということを聞いて私の脳裏に浮かんだのは、人間ではなく神様の御前で舞い、演じる瑠々子さんの姿でした。
前回の能楽堂での公演を拝見した時も強く感じたのですが、「乙姫―おとひめさまー」は劇場でよりも能舞台でかけられた方が、より生きる演目である、と思います。 三越劇場での初演の舞台美術を担当させていただいたのは2016年ですから、あれから5年の月日が流れ、そのうちの2年近くが人類が想像もしなかった世界中でのコロナによるパンデミックの影響下にあるということを思うと、未だ現実でなく不思議な夢の中にいるように思えるのです。
乙姫さまの舞によって、厄と災いが払われ、また有観客での公演ができる平和で安全な日が戻ってくることを願ってやみません。
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habuku-kokoro · 1 year
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海の荒神―― 2021年度の「乙姫―おとひめさま―」 倉持長子
<公演に寄せて>
海の荒神―― 2021年度の「乙姫―おとひめさま―」
倉持長子(文学博士・能楽研究)
 海洋生物の抽出物から新型コロナウイルスの治療薬を開発する研究が進んでいるという。陸に住む私たち人類をこの未曾有の危機から救ってくれるのは、人類の祖先を生み出し、その進化を常に支えてきた母なる海なのかもしれない。
 2016年より上演されている“ひとり文芸ミュージカル”『乙姫―おとひめさま―』の竜宮に住む乙姫は、高波を起こして浦島太郎の身を滅ぼし、時に人間たちの暴虐ぶりに制裁を加える恐ろしい破壊神としての性質を持つ。と同時に、浦島太郎の優しい心を解し、その魂を生き返らせ、幾度となく繰り返される戦争や環境破壊を愁い、漁に出る人々の祈りを受け入れる救済神的性格を有する。「竜神の娘」である彼女の血には、沙伽羅竜王の娘が「女身」「幼身」「異類」という三重苦でありながら釈迦の前で速得成仏を遂げるという、『法華経』提婆達多品が説く全女人の救済の祖としての性格も流れているだろう。いわば乙姫は、極端な凶悪さと善良さを併せ持つ両義的存在――「荒神」としての性格を有しているのだ。
本ミュージカルの乙姫が「海の荒神」であることを思うとき、ちょうど10年前、「山の荒神」の来訪に立ち会った鮮烈な思い出がよみがえってくる。2011年5月16日、私は奈良県桜井市多武峰の談山神社を訪れた。修復落慶された権殿(常行堂)において行われる〈翁〉奉納を拝見するためである。談山神社は廃仏毀釈前には妙楽寺という天台宗の寺院であり、能のふるさとでもあった。観阿弥・世阿弥時代には現在の能四流(観世・宝生・金春・金剛)の祖である大和猿楽四座が参勤するよう義務付けられており、もし畿内にいながら欠勤すれば座の追放を免れないという厳しい掟があった。
この日、権殿を取り巻く初夏の緑は陽光にみずみずしく輝き、小鳥と蛙の鳴き声が響き渡り、これから始まる〈翁〉奉納を荘厳するかのようであった。権殿内の舞台の周りの僅かな空間には、関係者がすし詰め状態で正座している。居合わせた人々は「能を楽しむ」などという気分ではなく、これから始まる「秘儀に立ち合う」という厳粛な気持ちで
息をひそめていたと思う。いよいよ〈翁〉が始まる、というまさにそのとき、「ヒュゥーン」という鋭い音とともに突風が巻き起こり、権殿入口に掛かる紫白幕の幔柱がガターンと凄まじい音を立てて倒れ、人が縁側から落下した様子が見えた。何かとてつもないエネルギーの塊が権殿の中に飛び込んだ!――そう感じた。奉納された〈翁〉は、権殿の後戸と呼ばれる空間に安置されていた、通常よりも大ぶりの翁面「摩陀羅神面」による極めて珍しい〈翁〉であった。この御堂の守り神である摩多羅神は正しく祀らなければ障碍神として崇りをなすほどの強大なパワーを秘め、荒神とも習合する恐ろしい神である。私は総毛立つのを感じながら、〈翁〉奉納を見つめつつ、摩多羅神様のお力をもって、二ヶ月前に起きたばかりの東日本大震災で絶望の淵にいる人々をお救いくださいますように――と必死に祈ったのを覚えている。
2021年度の「乙姫―おとひめさま―」は無観客・無���信で行われるという。例年どおり乙姫は、人間が誰も見たことのない海と空が溶け合うところ、「海底の天空そびえる竜宮城」において恋い、舞い、歌うはずだ。しかし、その艶やかな姿は観客の耳目を楽しませるために現出するのではない。コロナウイルスが侵すことのできない最後の聖域たる海の荒神として、陸の人類の鎮魂と救済を祈禱する歌舞奉納を厳かに執り行うべく、神聖な能舞台に顕現するのである。
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habuku-kokoro · 1 year
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存 問 稲畑廣太郎
<公演に寄せて>
存 問
稲畑廣太郎(俳人・俳誌「ホトトギス」主宰)
 この度「乙姫―おとひめさま」上演おめでとうございます。新型コロナウイルス感染症蔓延の影響で無観客、無配信になったことは残念ですが、源川瑠々子さんの渾身の演技は気となって森羅万象に響き渡るでしょう。
 俳句の定義のひとつとして「存問の詩」というものがあります。「存問」とは一般的には慰問とか安否を問うという意味で使われますが、俳句の場合は広く「挨拶」という意味で捉えております。それも人間同士の挨拶だけでは無く、広く自然に対する挨拶として捉えており、今回の無観客という上演を考えても、人間に対してだけでは無く、そこにある自然、つまりその場の空気をも含めた万物への賛美も含まれているのです。
 この公演を通して多くの方に、その存問の心を感じて頂くことを心から願って止みません。
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habuku-kokoro · 1 year
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祈りと偶然、願いと必然から生まれるもの――――― 幾時代の地層上に立つ創造 2021   稲坂良比呂
<公演に寄せて>
祈りと偶然、願いと必然から生まれるもの
――――― 幾時代の地層上に立つ創造 2021
  稲坂良比呂(劇作家・香文化研究・香の伝道師)
【起】
1,000余年の昔、日本の一人の女性が書き遺した膨大にして精緻深遠なものは、21世紀の現代、人類の文化遺産のひとつに称えられる。それは、紫式部による『源氏物語』。三世代60年、800人の登場者が織り成す全54巻。世界最古の大長編小説である。
100余年前、大英博物館で、この和綴本に偶然出会った一人の英国人が、不思議な文字群の羅列に、なぜか引き寄せられた。彼は、至難の独学の末、ついに読解する。そして、その英訳が世に出た。ここから『源氏物語』が世界へ驚嘆の飛翔をする。
【承】
80年前、ニューヨークのタイムズスクエアの古本屋で、コロンビア大学の一学生が偶然出会った一冊が、大英博物館の出会いに始まった『源氏物語』の、あの英訳本であった。それが、彼の人生を決めることになる。その生涯を、『源氏物語』と日本文化の研究、紹介に捧げ、ついには日本に帰化し、日本人として文化勲章も授与されたドナルド・キーン博士である。千古の文化遺産は、時代も国も、言語も民族も超え、偶然必然の出会いを繰り返し、感嘆され愛され、次なる創造の大いなる種となってきた。ちなみに現在、20数言語の『源氏物語』が、世界50数ヶ国で出版され続け、その数は増えているという。この遺産にもっとも近いところにいるのが、実は私たち日本人である、筈だ。
【転】
1,400余年の昔、世界の東端の「日出づる処の天子」が、西の世界と志を持ってつながった。遥かな陸路海路をたどり、もたらされた新しい文化、学術、芸術、技術、哲学、宗教を和の心を持って受けとめ、日本文化の礎を築いた伝説の人を、聖徳太子と呼ぶ。2021年は、その1400年忌にあたる。
聖徳太子から300年後、花開く王朝の類ない香文化も、太子から800年後、観阿弥・世阿弥父子により形定まる能楽も、全ては太子の時代に遥かな地からもたらされたものからの創造である。
【結】
創造は継承され、更に次の時代の創造が加わり継承され、「継承」と「創造」は重ねられてゆく。それは、歴史年代の美しい地層のように、私たちの足元にある。私たちは、幾時代の知と美と創造の地層の上に立ち、今、21世紀の創造へ向かっている。
先人たちが、祈りから偶然得られたものと、願いから必然の創造されたものを受け継ぎつつ、「今だからこそ、生み出せるもの」への、創造の挑戦である。
                                           
序/ 古来、人の心が求めるものに、「やすらぎ」と「ときめき」がある。
   それは、神仏への「祈り」の中にあった。祈りに伴うものに、香があり華があり、
   唱があり楽があり、舞があり演があった。
   祈りの熱量は、人の生命の力となり、幾千年を重ね、今ここにある。
破/ 「浦島伝説・乙姫物語」「羽衣天女」「月と輝夜姫」、数々の伝承説話は、遥か古
   より語り継がれ、唱われ舞われ演じられ、文字化され、絵草紙にもなり、今も
   ここにある。それらは皆、不偏の問いを秘めている。
   「人という私たちは何者なのか」「永遠と、限りある命とは」・・・。
急/ 能舞台から「ひとり文芸ミュージカル」を世に問う、「省心会」という創造活動
   体。知遊美の伝統の地層の上に立ちつつも、今という時代の感性の創造を世に問
   う。この創造が、次なる時代の礎の地層の一つとなることを願いつつ。 
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habuku-kokoro · 1 year
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<序文>1000年後のあなたたちへ スミダガワミドリ
<序文>
1000年後のあなたたちへ
スミダガワミドリ(作詞、脚本)
 2021年。日本はあらゆる矛盾にさらされている。コロナウィルスという疫病が蔓延、大勢の人が亡くなっている。またその渦中、積み重ねてきた社会のルールのほころびが至るところに見え隠れ。例えば我慢の暮らしに耐えかねた一部の衆は行動制限を無視しだし、勝手な解釈でこの疫病が全くのでたらめだったかの如く振る舞い、飲み歌い騒ぎ、結果、感染爆発。
 一方国家の矛盾した啓蒙は言う。『被害を食い止めるには民のワクチン摂取が必要だがワクチンを打つ打たないは個人の自由であるからなるべく不要不急の外出は控えてマスク着用の徹底をお願いしたい』結局、経済が大事、人命も大事と渦巻きのようにぐるぐると論じている。  2021年7月。その渦中東京オリンピックは開催された。これは摩訶不思議。だって大型イベントは大勢人が集まるから、密になるから、医療崩壊になるからと次々中止になった。しかし東京オリンピックは無観客なので安全に開催できる。はて?巨大競技場の客席が無人? これはとてつもなく特別な祭りごとなのか。
 論は、ブラウン管の先で世界中の人々がアスリートを応援しているのだから平和の祭典なのだとのこと。特に命をかけるほどの祭りごとではないようにもみえる。  なら日本の祭りではどうか。全国至る所にある収穫を祝い豊作を願う祭りをブラウン管の先で観る価値はあるのか。経済は、日本の美と教訓、自然崇拝の心を忘れたか。
 1000年後のあなたたちが、この時代をどう理解するのか私は知りたい。そしてこの哀れな現象の数々を乗り越えて、世界が共に何かをなし得ているのか観てみたい。今、我々は無関心という恐ろしい世にいる。群集心理は無関心が美徳かの如くだ。そして誰が支配しようとも、おのれが自由と感じられれば良い。という妄想の世界だ。
 2021年8月。我々は、その渦中に舞台を上演する。  省心会主催の第一回作品として「乙姫様」を上演する。  観客の無い観世能楽堂で、この行為の意義をこの浮世から遠い未来へ託して。
 さてここから省心会メンバーに無観客上演についての持論を伺う。(50音順)
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habuku-kokoro · 1 year
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2021年8月20日 無観客無配信公演 乙姫様
原作 万葉集 原案 島崎藤村 脚本 スミダガワミドリ 音楽・演出 神尾憲一 振付 源川瑠々子
場所 観世能楽堂
演者 乙姫 源川瑠々子 後見 柳志乃 鳴門瑞姫
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