Tumgik
ykfanzine · 2 years
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グッバイサマー。また来年、
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 夏を燃やした。  レッスンも仕事も学校もない一日なんて久しぶりで、雛菜たちは日が傾き始めた頃まるで決まっていたことのように透先輩の家に遊びに行った。透ママもまるで雛菜たちが来るのを分かっていたことのように、人数分のカレーを作っていた。じゃがいもとにんじんと玉ねぎとお肉のカレー。夏の終わりにカレーを食べて、日が暮れたら、やることは一つだけだ。  透ママはバケツを持たせてくれた。いつもの河原、と透ママが訊いて、イエーと透先輩が応えた。  夏を燃やした。燃やしたほうが綺麗だと思ったから。仕事とレッスンだらけの夏は、透先輩たち、雛菜の好きな人と過ごした夏は面白くて綺麗だった。花火大会でライブをしたあの夏も好きだった。今年はもっと色んなことができて、雛菜はしあわせだった。でも燃やしたほうがもっと綺麗だ。もっと綺麗なら、燃やしたい。花火がしたい。 「すすき花火だって、コレ。色変わるやつ」  透先輩は雛菜の塗った色の指先で花火の袋を開けた。透先輩は今とは違う爪の色で、やっぱり雛菜が塗ってあげた爪の色で、他の事務所とのミュージックビデオ撮影をしていた。画面に向かってウインクする透先輩の爪には、雛菜が塗った色があった。 「小糸はどれ。線香花火?」  円香先輩は透先輩から袋を受け取って、小糸ちゃんに回していた。円香先輩がこの夏、たくさんお仕事をしていたことを雛菜は知ってる。円香先輩の水着は可愛くて、もっと着ればいいのに、と雛菜は言った。どうだろうね、と円香先輩は言った。 「そ、そうだね……!」  小糸ちゃんは塾にもたくさん行っていた。お仕事とレッスンの間に塾の宿題をやっていた。でも小糸ちゃんはそれがすっごく楽しそうだったし、レッスンもお仕事も、小糸ちゃんはどんどん上手くなっていった。難しいことを考えすぎちゃうこともあったけど。 「雛菜はどうするの」 「雛菜ちゃん、花火……!」 「イエー」  雛菜も、この夏はすっごく楽しかった。雛菜は夏が好き。夏が好きだから、夏を燃やしたい。燃やして、キラキラをまぶたの裏だけに残しておきたいな。 「雛菜は、これ!」  花火で撮った写真をプリントアウトして、アルバムに挟んだ。  挟んだアルバムから、事務所の屋上で取った雛菜たちの写真がこぼれた。  ひこうき雲が見える。円香先輩は笑顔じゃなかったし、小糸ちゃんは飛んでいったセミにびっくりしていたけど、夏って感じの写真だったから雛菜は好きだ。その写真も、もう一度きちんとアルバムに差し込んで、本棚に戻した。  グッバイサマー、  また来年。  
〈了〉
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ykfanzine · 2 years
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だれにもなれない
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 ななくさにちか。  そんな子もいたよねって、みんなは笑う。  W.I.N.G.の決勝で負けて二ヶ月になる。  ふわふわと過ぎていったW.I.N.G.までの期間と同じくらい、頭はずっと真っ白だった。トレーニングシューズを持って帰って、ロッカーを片付けて、家まで一人で帰ったあの日。あの日から、私の時は止まったままだ。  それでも、もう苦しくなんてない。なみちゃんを目指す必要なんてないし、もっと上手くならなくていい。自��になくてなみちゃんにあるものを見つけては、へこんだりしなくていい。アイドルをやってみて、辞めて、初めて息が出来た気がした。  もう何もないんだと分かって初めてだった。 「にちかちゃん、アンティーカの新譜は店頭に並べて」  店の奥から店長の声が響く。はい、と返事をしながら手に取ったそれは、私が二ヶ月前まで所属していた事務所の先輩たちだった。歌も、ダンスも、お化粧も。みんなそれぞれに得意なことがあって。それぞれにプロデューサーとの思い出があって。それぞれの全部を生かして人気を攫っていく。  八雲なみちゃんはたった一人の伝説だった。  八雲なみちゃんはたった一人のアイドルだ。  たった一人では何もできない私は、一人じゃなくてもきっと負けてしまう。得意なことも、これが私だと言えるものもなくて。プロデューサーの言葉を借りるなら、『くすんで、何かのコピーになる』から。    ななくさにちか。  そんな子もいたよねって、みんなは笑う。  お姉ちゃんが私にアイドルを続けさせようか迷っていたことも知っている。  でも、約束は、約束。  違う、本当は分かっていたんだ。私が誰よりも普通で、普通にすらなれない普通で、平凡だということ。お姉ちゃんも知っていたんだ。私が、283プロの溢れる個性の中で、きっとまた濁ってしまうということ。  七草にちかはアイドルをやめた。ううん、本当は、最初からアイドルなんかですらなかったんだと思う。アイドルっていうのは、偶像で、誰かを崇拝するものではなくて、誰かに崇拝されるキャラクターでなくちゃいけない。七草にちかでは駄目なんだ。  だからこう言うのが正しい。  七草にちかは、アイドルじゃなかった。  七草にちかは、ファンを見ていなかった。七草にちかは、八雲なみしか見ていなかった。  私がなりたかったアイドルって、本当にこれで良かったんだろうか。  ななくさにちか。  そんな子もいたよねって、みんなは笑う。  ななくさにちか。  私はここにいたよって、彼女は泣いた。
〈了〉
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ykfanzine · 2 years
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ビ ネ ツ
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 つま先の上にこぼれた明かりの数だけ、言葉を探していた。  もう春は近いというのに、明るい空から落ちた影の地面はきんと染み込むような風に撫でられる。にぶく眩しい風景が、そのひとの目に映っている。手すりにもたれかかって遠くを見つめているそのひとの顔はよく見えない。久しぶりにその顔を見たそのひとは相も変わらず少年のような顔で、相も変わらず老人のように人生を垣間見すらさせてくれなかった。へらへらとした言動、それがこの最強の人間の本質であるはずがないことぐらい、そのひとに師事した者たちなら分かっているはずだ。  そのひと。  私がそのひとに出会ったのはもう数年前で、私はそのひとの元を離れたはずだった。私がそのひとの傍にいられないことくらい、誰よりも私が知っていたから。そのひとを守るためにも、強くなりたかった。でもそのひとは、誰かに護られるような弱さを持ち合わせてはいなかった。  そのひと。  そのひと。 「五条先生」  私は先の依頼で、夏油傑という存在を知った。非術師を大量殺戮した呪詛師で、宗教団体の教祖で、そして。  そのひとのたった一人の親友。 「夏油……さんって、どうして……呪詛師になってしまったんですか」  何もかもうまく言葉にできないのがもどかしい、これじゃきっと、そのひとは何も答えてくれないだろう。案の定、はは、と笑って答えない。こうやって人生の面倒ごとを全部笑い飛ばして来たのかもしれない。御三家の嫡男として、最強の呪術師として。日は完全に落ちて、高専の窓の明かりが少しずつ浮き上がっていく。星をつなぐように、ここで生きている人たちを感じている。 「どうしてなんだろうねぇ」  そのひとは絶対に壊れてくれない。そのひともまた、星をつなぐように片手を高専の寮へと伸ばす。そして残された手も、身体の全ては、いつだって最強の守りで指一本すら触れさせてはくれない。心の隙間にも忍び入ることを許してはくれない。それでも私はそのひとが好きだ、私の方を決して振り向かないそのひとが好きだ。手すりに置かれたそのひとの手に触れようとして、無限にしか触れられなくて、どうしようもなく嬉しくなってしまう自分がいた。 「五条先生」  手を無限に当てたまま、私は笑う。そのひとの手は冷たいだろうか、存外に温もりを孕んでいるのだろうか。無限は私の微熱すら吸い込んで嘲笑うだけなんだけれど。 「何かあったら、力になりますから」  要らないんだろう。そのひとは最強だから私のかすかな呪力なんて必要としていない。そのひとと夏油傑を誰よりも知っている家入さんですら、そのひとのことを救えないと小さく眉を寄せた。 「大丈夫だって」  そうですよね、あなたは、最強ですから。  救えない。そのひとの抱く闇も、光も、誰にも救えない。救えたのはきっと同じ最強の夏油傑だけで、そして彼は、そのひとをどん底に突き落としてしまった。  いつかこのひとを救える誰かが現れてくれることだけを祈っている。いや、もしかしたら、誰にも救われないことを祈っていたのかもしれない。まるで朝を待ちのぞんでいるのに夜が明けないように祈り続ける子供のように。私は、私にとって都合の良いそのひとを愛していただけだったのかもしれない。  私はそのひとの闇も光も無限の中にしまい込んでしまうところが好きだ。  救われようともしないそのひとの傲慢さが好きだ。  そうですか、とも、そうですよね、とも口に出せないまま私は隣でただ立っていた。触れ合うことすら許してくれないそのひとのことを好きになってしまった自分への罰のように。そのひとの微熱は、傍に立っていても伝わってこない。そのひとの生きている証すら貰えないまま、私はたった一人で朽ち果てていく。  いつ死んでもいいとおもいながら呪術師をやっていたはずだった。  でも今はどうしてもこの無限に触れ続けていたかった。  誰かが寮で流している曲が、夜の帳に沁み込んでいる。                     〈了〉
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ykfanzine · 2 years
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BUT FOR YOU, I
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「But for your assistance, I would never be successful in my efforts.」  五条が呟いたその言葉の意味を理解できなくて、私と夏油はほとんど同時に振り向いたのを覚えている。 「英語?」  夏油がそう訊くと、五条もゆっくりとこちらを向いてから笑った。 「そ、仮定法だって。世の高校生はこんなこと勉強してるんだなと思ってさ」  But for your assistance, I would never be successful in my efforts.   あなたの助けがなければ、私の努力は成功しなかったでしょう。  五条が選んだ例文にも、世の高校生という言葉にも違和感を覚えていた。違和感、緊張の糸の中に残ったわだかまりのような。世の高校生、それは、私たちがなりたくてもなれなかったものだから。 「何言ってんの、早く任務に行きなさいよ」  それでもあの三年間は、私たちの幸福だった。    仕事の後はいつも、かすかな不安に襲われていた。気持ちが塞いでしまうほどではない、かすかな不安。晴れた空に吹くぬるく乾いた風に触れるような。何もないということを思い知らされたような。 「どうした、硝子」  濃厚なコーヒーの香りとともに後ろから声が近づいてくる。五条がコーヒーなんて珍しいと言おうとして、目の前にカップが置かれた。目だけで横を見る。サングラスをした五条がそこにはいた。彼の手にはきっと大量の砂糖が入っているのだろうもう一つのカップがある。息だけで、ありがと、と告げる。 「昔のことを思い出してた」  素直に言いながら、自分でも笑ってしまいそうになる。コーヒーで後味の悪さを流し込んでいく。おセンチじゃん、と五条も笑い飛ばしてくれる。二人でいれば笑い飛ばしていけた。二人でいるから、もういない三人目を思い出しつづけていた。  君がいなければ、きっと夏油のことは忘れてることができただろう。  君がいなければ、きっと私は救われることを望みすらしなかっただろう。  高専の向こうに沈んでいく太陽を見る五条を横目にとらえて、もう一度、カップを少し強く傾ける。 「依存しているんだな、私は」  今日は疲れているのかもしれない。いつも心の中で考えていたことがすぐに言葉になってしまう。依存、と冗談めかさずに訊き返す五条も、きっと。 「夏油傑と五条悟がいたから私は私の形を留めることができていたように思うんだよ。……なんて言うか、表現が難しいけれど。だから今、過去だけを拠り所にしている私には何も残されない気がしてしまうんだよ」  だから五条悟を利用した。彼の記憶と、私の劣情を利用した。片方が消えてしまったことを忘れるように、埋めるように、形を取り戻すように五条悟の身体も心も求めてしまった。愚かだった。二人でいれば三人目のもういない影の輪郭がはっきりしていくことも知らない愚かな人間だった、私は。 「怒るかな、夏油は」  君の跡を、五条が埋めていると知ったら。埋められていなくて、お互いに依存して、お互いに傷ついていると知ったら。 「怒るかもな」  はは、と五条が笑う。夏油は怒らないだろう、とそれを聞いて思った。夏油はきっと笑うだろう。私たちの愚かな依存を嘲笑ではなくて、困ったような笑いで、きっと受け入れも反発もせずに、ただ笑っていてくれるだろう。過剰な期待かもしれない。でも私たちは、そんな過剰な期待のなかで自分の形を留めてきたように思えてならない。  ざああと風が森を鳴らしていく。But for your assistance, I would never be successful in my efforts. 五条は覚えていないだろう。覚えていないほうがいい。私だけが知っていて、私だけが拠り所にしていく君の言葉だ。  夕焼けを反射して鈍く光る六眼をじっと見つめる。長いまつげが、風に触れて揺らぐ。甘い飲み物の香りと五条のにおいがゆるく混ざり合って、とけあう。目を閉じて、唇が触れる寸前に、薄く感じた光に目を開ける。  But for you, I couldn't breathe.  君がいなければ、私は息が出来なかったよ。  恋ではない、でも依存と劣情だけではなかったのかもしれない。私は君の傍にいることで息の仕方を覚えたような気がする。  But for you, I couldn't breathe.    私たちは、長い、長いキスをした。
〈了〉
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ykfanzine · 2 years
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Love yourself
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 炎、と思った。  見慣れていたはずなのに今更なにをと五条は笑うかもしれない。それでも闇の中から現れたその白銀の髪と六眼を、私は炎だと思った。闇より出でて闇より黒い私たち呪術師には見慣れない強さと、見慣れない感情。炎は、それでもゆらりと揺れることもなくこちらに歩いてくる。や、と手を上げながら。 「お疲れさん」  吸い終わったばかりのラッキーストライクの箱を握り潰しながら笑ってみせる。炎。 「やー、疲れた疲れた。硝子もお疲れ」  五条悟はサングラスをかけながら私の横を通り過ぎていった。見向きもしない。炎は私の横を通る瞬間、初めて淡く滲んだ気配がした。炎。振り返りながら五条悟の後ろ姿を眺める。炎。それはあるいは、私達が呪いと呼ぶものなのだろうかとすら思ってしまった。 「五条」  思わず、だった。別に心配になったわけでも何か言いたいことがあったわけでもない。たぶんきっと『好奇心』という言葉が一番近い。足を止めるわけでもなく「なぁに?」と冗談のように返すこの男への、そして彼が纏うその炎への。 「大丈夫か」  炎が、ぐら、と揺れた。やっぱりな、と私の中の私が言う。五条悟は誰よりも強くて、誰よりも脆い。あの炎は、五条悟の脆さだった。白銀の髪と六眼は最強で、最狂で、そしてあの誰よりも夜闇のようなあいつの前では脆かった。  夏油傑。彼はもう、高専にはいないのに。 「大丈夫大丈夫。それよりほら硝子も……」 「五条」  炎は、消えた。  それは呪いだ。たった一人の親友という縛りも、最強の二人という縛りも、呪いだ。そしてそれは二度と祓うことのできない呪いで、解くことの許されていない呪いだと私は知っている。誰よりも一番近くでその呪いを見届けてきたから。 「……ん、……子」  私の反転術式は彼らの呪いには効かない。救う方法などありはしない。 「ごめん、硝子」  それでも、ほんのひと時、この炎を癒せたらいいと思ってしまうのだ。 「ちょっと肩、貸して」  互いの傷を埋めることができたらなんて、思ってしまうのだ。 「高くつくよ」  呪いが本当の意味で消えることなどありはしない。彼らが存在していた事実も、彼らを生み出した人間の感情があった事実も、消えることなどありはしない。それでも目の前にいるこの最低で最悪な男が少しでも呪いを解くことがあれば。  炎を炎のまま愛することができたら。  それが何よりだと、思ってしまうのだ。  私と五条悟が関係を持つようになって、お互いの傷を不器用に埋め合って、そしてまた傷つけて。  夏油傑を拠り所にしたまま堕ちていくのは、また別の話。                       〈了〉
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ykfanzine · 2 years
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Silence / Sacredness / Sacrifice
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【Silence / Sacredness / Sacrifice = S(Satoru)・S(Shoko)・S(Suguru)】 引用した曲:Taylor Swift "New Year's Day" https://www.youtube.com/watch?v=KkvTYrFIxNM
 投げ出された五条の右手は割れるように冷たい。  端正な爪に真新しい傷がついているその手はぬるい室温の中でたったひとつ異質だ。溶けこむことも硬直することもなく世界から区切られている。さっき抱かれた身体が火照って熱かったからこそ、その感覚は確信に変わる。捲れたカーテンと結露してくもった窓ガラスの向こうにまだ世界が広がっていることが今日だけは信じられなかった。ラジオから、掠れた音が響く。  You squeeze my hand three times in the back of the taxi  タクシーの後部座席で私の手を三度握る君  I can tell that it's going to be a long road  これは長い道のりになるだろうね  I'll be there if you're the toast of the town babe  君が街の有名人になっても私はずっと一緒にいる  Or if you strike out and you're crawling home  たとえ君がくたくたで這うように家に帰って来ても  背中の向こうで布が擦れる音がして振り向くのをやめる。バネが軋む音も、ラジオから流れ続ける女の声も、調子の悪い空調の音も、遠い。寝ないのか、一番近くでそう訊いた五条の声すら遠かった。 「眠れないんだ」  クリスマス。何の関係もないと思っていた記念日の名前。感情のありかを押し付けられるようで好きになれなかった記念日の名前。深い冬の闇に溢れる光の中で私たちは手をつないだまま道に迷っていた。道に迷っていることを忘れてその場でしゃがみ込んでみたけれど、やっぱり広がるのは暗闇だけで、目も口も塞がれたような息苦しさのまま始めた身体の関係。その間中私たちは無言だった。どれだけ強く手を握っても、腰を動かしても、傷口を開いていくだけの馬鹿馬鹿しい行為に思えた。快楽から一番遠い国に残された最後の人類のような気持ちだった。そして、それがお互い共であることを、お互いに理解していた。  夏油傑。昨日、私たちの親友が死んだ。  どこかにいるはずの彼へのかすかな期待すら断って。  押し花のように私たちの手で丁寧に潰して。  私たちの青い春は本当に終わった。 「眠れないならこっちに来れば」  サイドテーブルに乗っていたキャンディを口に放り込みながら五条は言った。左手で包み紙を握りつぶしてまたサイドテーブルに置く。ランタンが赤い包み紙をオレンジ色に染めて、甘い匂いと包み紙の開いていくシャクという音が穏やかに消えていく。ふれることのできる熱が苦しい。偽物の温かさと偽物の感情で傷を舐め合っていられたら良かった。それが出来ないくらいには私たちはもう大人で、それが出来ないくらいには私たちまだ子どもだった。 「……そうしよう」  ふれることのできる熱が苦しい。肌と肌の間に何もないからこそ、そこに存在しているという実感が苦しい。生き残って二人だけがあるという実感が。  百鬼夜行の後、何事もなかったかのように生徒たちに笑いかける五条を見て安心してしまった自分がいた。"彼は私に救えない"というどこまでもシンプルな事実を叩きつけられたこと。まだ救えると思っていた傲慢な自分がいたこと、全部可笑しかった。だから部屋に入った五条が目隠しもサングラスもしていなかった時、何も言わずに唇を重ねた時、泣きながら触れた時、いつもより乱暴な行為だった時、驚くほど心は凪いでいた。共に知っている死者を媒介にした性の衝動に笑いが込み上げてきたくらいには。  たった一人の親友を亡くしても地球は廻っていて、たった一人の親友を亡くしても性欲はそこにある。寂しさを埋めるための交わりは何もかもを消費して、それでも希死念慮を飼いならして虚空を見上げているよりはずっと良かった。一人ぼっちのまま二人のふりをするほうが間違っていたんじゃないのかなんて、野暮なことは言わない。  カラン、とキャンディが歯に当たる音。 「硝子」  唇を濡らしてから、ん、と答える。  分かっていたから怖くなかった。 「……別れよう」  分かっていたから、痛かった。  笑いにも似たため息をつきながら細い肩に頭をのせる。夏油が腕を回していた肩。重すぎるものを載せていた肩。これからも、最強であるが故に、全てを抱えていくだろう肩。救えないまま、祓えないまま、この肩は遠ざかっていく。私が五条を見るたびに夏油を思い出すように、五条も私を見るたびに夏油を思い出す。人間が集まったなら、誰かが強く存在感を放つのが失われた時だなんて皮肉な話だ。 「付き合ってないけどね」  この関係が終わっても、どうせ逃げられない。私たちの全てが染みついたこの高専で最期の瞬間まで生きることしかできない。酷いなぁと浅く呟いた五条の声に、振り向く。部屋の隅に、私たちの間に広がっていく、ピアノから打ち出された和音。 「硝……」 「言うな」  まだ何も言ってないって、と呆れた息だけの声がする。 「言わなくても分かるさ」  謝らないでほしい。ごめんという言葉が出てくることも、それが何を意味しているのかも分かっている。分かっていることを確かめ合うほど余裕のある世界じゃない。誰かを許すことができるほど大きな存在にはなれない。世界は残酷に続いていくから、残酷に"最強"を強制し続けるから。 「これからも、宜しく」  私も残酷になろう。  応えようとする五条の唇を塞ぎながら私は笑う。いちごの香りの唾液、指が触れる筋肉の厚さ、私を吸い込んで、世界を吸い込んで輝く六眼。彼がそこにいて、そこで苦しんで、そこで私を理解できずに、そこで私に理解されずにいることを舌で確かめていく。三人が二人になって、一人になっても、永遠のふりを続けていく。夏油傑という拠り所だけを共有して、救われないまま堕ちていくだけ。  クリスマス。静謐な夜に、この神聖な夜に、君を犠牲にして世界は廻っていく。  ラジオから、掠れた音が響く。    You squeeze my hand three times in the back of the taxi  タクシーの後部座席で私の手を三度握る君  I can tell that it's going to be a long road  これは長い道のりになるだろうね  I'll be there if you're the toast of the town babe  君が街の有名人になっても私はずっと一緒にいる  Or if you strike out and you're crawling home  たとえ君がくたくたで這うように家に帰って来ても  There's glitter on the floor after the party  パーティーの後のキラキラの床  Girls carrying their shoes down in the lobby  靴を持ってロビーへ下りる女の子たち  Candle wax and Polaroids on the hardwood floor  フローリングに垂れたロウとポラロイドの写真  You and me forevermore  君と私は永遠に 〈了〉
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ykfanzine · 2 years
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GLOW
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 光。火花。煌めき。瞬き。  トンネルの照明が等間隔に触れている間中そんなことを考えていた。そんな単語ばかりが頭に浮かんだ。ほの暗い視界にストロボは点く。あなたの顔が浮かび上がる。轟音が風を呼んで在学中に少し伸ばした私の髪は乱れてしまう。私は片手で髪を撫で付けながら横目であなたを見る。あなたは前だけを見つめている。あなたのにおいが私との間に充ちる。トンネルは永遠に終わらないような気がしていた。永遠に終わってほしくないのかもしれなかった。  あなたはいつも着ているファーを後部座席に置いている。身体に馴染んだベストとワイシャツだけが、あなたと私の間を隔てていた。私はけれど、あなたに手を伸ばすことはしない。助手席。運転席のあなたに近いようでとても遠くて、それでも同じ景色が広がるこの場所。それを与えられているだけで私は、あなたを好きで良かったという感情を思い出している。  私たちは付き合ってはいない。  あなたは私を誰よりも大事にしてくれたけれど、それはつまり私に触れてこないことでもあった。 「Good Girl」  夢の中のようにあなたの不意な呟きは遠い。ふふ、と笑いながら、でも運��席に私の表情はきっと見えない。見えなくていい。  光。火花。煌めき。瞬き。 「そろそろ賢者の島を一周するが、どこか行きたいところはあるか?」  あなたはこちらを見ずにそう言う。海岸を通り過ぎた。ロイヤルソードアカデミーに繋がるの跳ね橋の前も通った。卒業式前夜にあなたと行きたいところ。夜は長く、そしてすぐに終わってしまう。 「どこか……特別じゃないところに行きたいです」  あなただったからこの夜が特別だと思えた。それが特別な場所で、特別な何かを受け取ってしまえば、薄情な私はあなたのことを知覚した全てを忘れてしまうかもしれない。クルーウェル先生は、はっ、と笑う。 「面白いな、仔犬は」  二度と戻らないこの夜は、無限に美しくなることができた。  賢者の島のちょうど中央、ナイトレイブンカレッジとロイヤルソードアカデミーの中間には住宅街が広がっている。輝石の国のような都会ではないし、薔薇の王国のように上品な邸宅が並んでいるわけではない。ヴィル先輩は「田舎になりきれなかった田舎」とこの島を笑っていた。それでも私はこの不思議な温もりが嫌いではなかった。夜にはこじんまりした家々やアパートにまばらに光が灯り、スーパーマーケットとファミリーレストランが星を殺す。それが元の世界を思い出させてくれたかもしれない。 「本当にこんな所で良かったのか、仔犬」  24時間営業のファストフード店は、ピンクとブルーの趣味の悪いネオンのせいでどこか安モーテルの趣があった。私はパフェのグラスをスプーンで鳴らしてから、ゆっくりと顔をあげる。  あなたがこちらを見ている。  整った顔立ちにドライヴの間は見えなかった白髪が揺れている。くすんだようで豊かなコーヒーの香りが重なる。眠りに落ちかけているような騒々しさが、あなたと私を二人きりにはしてくれないこの明滅が、私には必要だった。 「こんな所じゃなきゃ嫌だったんです」  笑う。心の底からの、でも静かな笑いを、このツイステッド・ワンダーランドに来てからずっとしている気がする。ナイトレイブンカレッジは困った性格の人ばかりだったけれど、彼らは私を泣かせはしなかった。あなたも。  優しすぎるんだ、と思う。私に誰も触れてはくれない。男子校の中の女子生徒。隠していたとはいえ当たり前のように誰もが気付いていて、そして誰もが何も言わずに大切にしてくれた。隠している意味も、理由も、彼らは必要としなかった。ただ私を、監督生として、愛してくれた。  あなたも。 「卒業式ですね」  あと10時間もすれば卒業式が始まる。パフェの一番上に乗った、酸味が強すぎるいちご。その下のいちごアイスクリーム。それぞれを順番に食べていく。いちごの本当の味といちご味が違うことも、元の世界と同じだった。どうしてなんだろう。 「卒業だな」  先生は多くを語らない。いつものように叱ってくれることも、褒めてくれることもない。ただ真っ直ぐに私を見つめている。コーヒーの香りの湯気を挟んで。 「仔犬は輝石の国に行くんだったな」  そう。私は4年生の間に輝石の国で研修を積んで、そのまま雇ってもらうことになった。だから賢者の島のナイトレイブンカレッジで先生を続けるクルーウェル先生とは、お別れ。ツイステッド・ワンダーランドに残ることにしたから、二度と会えないわけじゃない。鏡を使えば何処へだって行くことが出来る。鏡が閉じていても、飛行機に乗ればいい。分かっている。  分かっていた。 「そうです」  訊いても、何も変わりはしないのに。あなたは私の全てを気に掛けてくれて、そしてあなたは私に何も与えてはくれない。大切にしてくれているから、あなたは私に触れてくれない。 「Good Girl、栄転だな。しっかり働いて、また顔を見せに来い」  こんなことを言うためにあなたが私をドライヴに誘ったと思うと可笑しかった。笑いをこらえて窓の外を見ると、向かいに立つスーパーマーケットのネオンが消えた。12時の鐘が鳴る。魔法はとけなくて、あなたの前に私はいる。パフェがいつの間にか底まで消えていた。どろりとしたいちごクリーム色の液体が、グラスの底にこびりついている。 「先生」  私はいるから。 「好きです」  シンデレラのように王子様を待つことなんてしない。  あなたは少しだけ驚いたように目を見開いていた。知ってはいたんだろう、知っていたけれど、私が言うと思っていなかったんだろう。驚きが笑いや怒りに変わらない、私が言葉にしたことへの純粋な驚きがそこにあった。 「仔犬」 「先生はとても優しいから、生徒の私に手を出しはしない。私が隠していることを知っているから、エースやデュースのように扱ってくれた。でもその優しさは」  私を傷つける。そこまで一息にいいかけてやめた。今度は私が驚く番だった。  あなたは傷ついた顔をしていた。  光。火花。煌めき。瞬き。 「……ごめんなさい」  いや、いいんだ、とあなたは手を振った。あなたはこんな時まで優しいままだった。  それからあなたは語った。あなたは私を生徒として愛していてくれたこと。知っていた。あなたは私を特別だと思っていたけれど特別には扱わなかったこと。知っていた。  知っていたから、傷ついた。  知っていたから、傷つけた。  私はマドルを机の上に置いて立ち上がった。あなたのことが大好きだから。これ以上あなたのことを傷つけないように。ありがとうございました-、というどこかラギー先輩を思い出させる間延びした声を後ろに聞きながら外に出る。  風は、刺すようにではないけれど、少しずつ心のささくれを剥がしていくように冷たい。アイスクリームを食べた胃の底が、グラスの底に残っていたアイスクリームの液体のように重くて冷たかった。 「仔犬!」  あなたは優しいからきちんと追いかけてくれるだろう。そして追いついて、謝ってくれるだろう。悪いのは私なのに。  でも、驚くのはまた私だった。  ファストフード店の安っぽいネオンが見えなくなったと思った瞬間、あなたの濃い瞳が目に入る。長いまつ毛と整えられた眉毛がほとんど同時に視界を覆う。  え、と思う。まつ毛、こんなに長かったっけ、と思う。  鼻先。唇。あなたのにおいが私の輪郭を破っていく。浸食する。あなたと私を隔てているものはもう何もない。あなたの香りは私の口腔に溶け込んでいく。あなたの全てが私との境界線を見失う。驚いているとき、こんなにも体温が私のものじゃないように感じられるんだと思った。もう一人の私がどこかで見下ろしているように、私の驚きとは別に、私の全てを知覚している。思い知らされる。何も知らないのも、勝手に傷ついているのも、私だっただけ。あなたの体温を、あなたのにおいを、あなたの何も知らなかったのは私だけ。やがてあなたの唇が離れると、もう一人の私は消えて、世界は二人きりになる。 「これで分かったか、Bad Girl」  あなたはいたずらっぽく微笑んで、一度も触れてくれなかった私の髪に触れる。私は、泣いていた。多分。ファストフード店のネオンが照らすあなたの顔が今ふれていた頬の上を、冷たいものが流れ落ちる。あなたは困ったような笑顔に変わる。そしてもう一度、私に唇を近づける。    光。火花。煌めき。瞬き。  そして世界は二人きりになる。                 〈了〉
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ykfanzine · 2 years
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女監督生が「良い人は早く死ぬんですって」とNRC関係者に言ったら
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※ 深夜のコンビニエンスストアの前でホットドリンクを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」と女監督生がNRC生とNRC関係者に言ったらどんな反応をしてくれるか妄想ツイートまとめ。死ネタ、監督生世界なども含むので何でも許せる方のみご覧ください。
  ◎リドル・ローズハート  深夜のコンビニエンスストアの前で無糖ティーを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「こんな深夜まで起きている君は大丈夫だね」って微笑むリドル・ローズハートにときめくけど風邪を引いて寝込んでいたときの夢で起きたらベッド脇で本を開いたまま眠っている寮長の横顔を見ていたい。 ◎エース・トラッポラ  深夜のコンビニエンスストアの前でホットカフェラテを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「なんだよそれ、そんな迷信信じてるわけ?」って馬鹿にしたように笑った後に「……監督生はいい奴だけど、死ぬなよな」って頭を掻きながら呟いたエース・トラッポラが見たい。 ◎デュース・スペード  深夜のコンビニエンスストアの前でホットカフェラテを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「……母さんを困らせてきてしまったけど、これから長生きして取り返せるなら俺が今までしてきたことも無駄じゃなかったのかもな」って夜空を見ながら笑うデュース・スペードが見たい。 ◎トレイ・クローバー  深夜のコンビニエンスストアの前でホットミルクティーを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「本当に心の底から良い人なんていないさ」って笑うトレイ・クローバーに(あなたが本当に心の底から良い人だと思っていました)って言えずに元の世界に戻る日が来てしまって欲しい。 ◎ケイト・ダイヤモンド  深夜のコン���ニエンスストアの前でホットレモンティーを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「オレ危ないじゃん~!」って爆笑してるケイト・ダイヤモンドの目が全然笑っていないのを見て(この人はどうしたら救えるんだろうな)とか考えてしまう自分のおこがましさに辛くなりたい。 ◎レオナ・キングスカラー  深夜のコンビニエンスストアの前でホットアップルティーを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「あ”? 良い悪い関係なく弱いやつから死んでくんだろ」って寝惚けながら答えるレオナ・キングスカラーの肩にもたれて「じゃあレオナさんは大丈夫ですね」って言って鬱陶しがられたい。 ◎ラギー・ブッチ  深夜のコンビニエンスストアの前でココアを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「じゃあ俺は大丈夫ッスね」って笑った細すぎる身体を見て(長生き、できるかな)って思ってしまった後、その夏の終わりに帰省したスラム街で事故に巻き込まれて死んだラギー・ブッチを思い出して泣きたい。 ◎ジャック・ハウル  深夜のコンビニエンスストアの前でコーンポタージュを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「……ヴィルさんは、大丈夫だろうか」って寂しそうに訊くジャック・ハウルの頭をわしゃわしゃした後に手を止めて、「……誰にだって、欠点はあるわ」って言うと納得して笑う彼と夜を明かしたい。 ◎アズール・アーシェングロット  深夜のコンビニエンスストアの前でホットコーヒーを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「では僕はすぐに死んでしまうかもしれないですね」って言うアズール・アーシェングロットに(あなたは死ぬ気で長生きするでしょ)とは言わずに「そうなんじゃないですか?」って適当に返したい。 ◎ジェイド・リーチ  深夜のコンビニエンスストアの前でホットコーヒーを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「それはいけませんね。あなたには長生きして頂かなくては」って答えるジェイド・リーチに(ウツボの寿命って40年くらいなんですってね)って言えずに「そうですね」って愛想笑いがしたい。 ◎フロイド・リーチ  深夜のコンビニエンスストアの前でコーンポタージュを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「え~ウツボよりは長生きするでしょ~」って言うフロイドの瞳が存外に真面目で返す言葉が見つからないまま「まあどうせ私は元の世界に帰りますし」って答えてしまってオンボロ寮で泣きたい。 ◎カリム・アルアジーム  深夜のコンビニエンスストアの前でホットチャイティーを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「ジャミルは俺を裏切ったから大丈夫だよな」って寂しそうに笑うカリム・アルアジームに(あんたのことなんですけど)って言えずに「そうだといいですね」としか言えない自分が嫌になりたい。 ◎ジャミル・バイパー  深夜のコンビニエンスストアの前でホットチャイティーを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「はっ、じゃあカリムが死んで俺は自由だな」って答えたジャミル・バイパーの横顔に毒を盛られて死にかけているカリムを半泣きで看病していたあの日の横顔を重ねて少し笑ってしまいたい。 ◎ヴィル・シェーンハイト  深夜のコンビニエンスストアの前でホットコーヒーを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら仕事終わりの疲れた顔で「そんなの関係あるわけないじゃない」ってヴィル・シェーンハイトが適当に答えてくれて「おやすみなさい」を交わし翌日何事もなかったかのように些細な事で怒られたい。 ◎ルーク・ハント  深夜のコンビニエンスストアの前でホットミルクティーを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「ノンノン、君の美しさはこの僕が永遠に守るよ!」って答えるルーク・ハントの目が笑っていなくて、いつも通りの筈なのに自分の死んだ姿を遠くに幻視したような気がして震えていたい。 ◎エペル・フェルミエ  深夜のコンビニエンスストアの前でホットアップルティーを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「……ばーぢゃんはいふとだげど長生ぎすてら」って答えるエペル・フェルミエに「そう、これはきっと迷信」って返してそんなどうでもいいことを話したことを迷惑がられたい。 ◎イデア・シュラウド  深夜のコンビニエンスストアの前でホットコーヒーを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「どうせシュラウド家の拙者は長生きなんて無理ですわ」って早口で答えた後に失言に気付いて戸惑うイデア・シュラウドの髪の暖かさを感じながら「長生きして下さい」って寝言のように言いたい。 ◎オルト・シュラウド  深夜のコンビニエンスストアの前でホット無糖ティーを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「そんな統計データは見当たらないけど、兄さんには長生きしていて欲しいから考えてみるよ!」って答えるオルト・シュラウドに(あんたはどうなのよ)って言えずに朝を迎えてしまいたい。 ◎マレウス・ドラコニア  深夜のコンビニエンスストアの前でホットコーヒーを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「……しかし人間はいずれにしても私たちより早く死ぬ」って寂しそうに答えるマレウス・ドラコニアの顔に手のひらを当てて顔を寄せながら「それでもあなたと一緒にいたい」って答えたい。 ◎シルバー  深夜のコンビニエンスストアの前でココアを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら既に私の肩にもたれて寝てしまっているシルバーが何とか目を開きながら「……お前は、長生きするのか?」って訊いてまた寝るのを見届けて、ああこの人も人間だったなと思いながら頑張りますって囁き返したい。 ◎リリア・ヴァンルージュ  深夜のコンビニエンスストアの前でホットミルクティーを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「おや、ワシは良い人なのに長生きじゃ」って言いながらよよよと泣くふりをするリリア・ヴァンルージュを見てこの人の過去を誰も理解することができない現実に辛くなりながら笑いたい。 ◎セベク・ジグボルト  深夜のコンビニエンスストアの前でコーンポタージュを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「若様が長生きなのは悪人だからだと言いたいのか! 無礼者!」って言うセベク・ジグボルトに向かって「……貴方の知らないマレウスだっているのよ」と意味深に告げて苦しむ彼を見ていたい。 ◎ディア・クロウリー  深夜のコンビニエンスストアの前でホットココアを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「おやおや、大変ですねぇ。私、優しいので」って答えるディア・クロウリーの仮面の下の顔を見たことがなかったけど多分本当に優しいのかもしれないと思いながら元の世界に帰る日になって欲しい。 ◎デイヴィス・クルーウェル  深夜のコンビニエンスストアの前でホットミルクティーを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「仔犬は大丈夫だな」って笑うデイヴィス・クルーウェルの肩にもたれて「先生も長生きできますね」って笑ったら怒られるかなと思ったのに存外静かに微笑んでいる横顔を無言で眺めていたい。 ◎モーゼス・トレイン  深夜のコンビニエンスストアの前でホットコーヒーを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「マナーのなっていない生徒は安心だな」っていつも通りの硬い表情で答えてしまうのに懐から財布を取り出して「早く帰りなさい」って言いながらコーヒー代をくれるモーゼス・トレインが見たい。 ◎アシュトン・バルガス  深夜のコンビニエンスストアの前でコーンポタージュを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったらアシュトン・バルガスは「早く寝ないと筋肉は育たないぞ」って言いながらポタージュを取り上げるんだけど私が悩み事を話しはじめるまで傍にいてくれるからずっと話さないではぐらかしていたい。 ◎サム   深夜のコンビニエンスストアの前でホットレモンティーを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「小鬼ちゃんは死ぬのが心配なのかい?」って笑い飛ばしてくれるサムさんに「怖くないですか?」って逆に訊き返して言葉に詰まっている彼を見ながら彼の普段の声を思い出して笑っていたい。 ◎グリム  深夜のコンビニエンスストアの前でホットカフェラテを飲みながら「良い人は早く死ぬんですって」って言ったら「お前は子分だから俺様が長生きさせてやるんだぞ!」って答えるグリムにいつか来る別れのことをどうやって教えればいいんだろうなと思いながら「ほんと?宜しく頼むわ」って爆笑していたい。
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ykfanzine · 2 years
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透明だった僕たちは
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 アイドルなんて足の早い職業、ずっと続けていられるわけがない。  同級生たちが揃って進路指導の紙を前に文句を言い交わす教室をそっと抜け出して、屋上に向かう。進路指導。私たちノクチルはもう芸能活動をしているからなんて理由で考えなくてよくて、だから私は、屋上にいるはずのあの子のことが気になって仕方がなかった。  アイドルなんて足の早い職業、ずっと続けていられるわけがない。  透明だった僕たちは、大人に��ったら何になるんだろう。  10年後、私たちは何をしているだろう。   「——……浅倉」  私は屋上の扉を開けてすぐ、手すりにもたれて広がる青空を見ている透に声をかけた。透は片手に持ったペットボトルで日の光を遮って、こちらを向く。 「え、樋口じゃん」  その無邪気な笑顔に無性に腹が立ってわざとらしく大きなため息をついてから、透のほうに近づく。ペットボトルのラベルは、スムースウォーターだった。この間のCMで、透が頬にふれるくらいの近くで持っていたラベル。水色が、かすかに揺れる。 「——……昼ご飯は、食べたの」 「うん、食べた」  そう言うと透はペットボトルを持っているのとは違うほうの手で空になった弁当箱を掲げてみせる。そう、と呟いて私は、そんな透の横に並んだ。透はまた空を見上げる。そこに、何かがあるみたいに。 ——『てっぺん、近づいてるみたいな気がするんだ』 ——『そっか、またのぼれるってことだよね』  レッスンで、オーディションで、フェスで、透がプロデューサーに言っていた言葉を思い出す。透は何かを目指してずっと上っていて、それが何か私にもよく分かっていない。それでもどうしても考えてしまう。 「——……浅倉はさ」  透と同じように空を見ながら呟くと、今度は透が空を見るのをやめてこちらを向くのを気配だけで感じる。でも私は隣を見ない。ただ空を、スムースウォーターのラベルくらい青い空を見上げている。 「——……10年後、私たちが何してると思う?」  今この私たちの下で進路指導の紙に向かっている彼らはきっと、知っている。大学に行って、あるいは就職して、結婚して、子供を産んで。それぞれの道があるけれど、どうしたって遠く離れることはできない。この世界は、誰かが遠く離れることを許さないから。決められたレールを、自由なように見えてその実誰かが用意したレールを歩いていくだけ。安全で、安心で、勝算のない賭けなんかではなくて。 「え、10年後?」  でも透はきっとそんなレールを全部外して歩いていく気がして、だから、とても。  怖かった。  透にはレールを無視してほしい気持ちと、透だからこそきちんとレールに乗ってほしい気持ちと。そのどちらもがせめぎ合って、淀んでいた。浅倉透。透は何になるんだろう。ふかくため息をつきながら、説明する。 「——……今は本当なら進路指導の時期なの。アイドルなんて足の早い職業、10年ももたないから」  最近は10年以上活動しているアイドルも増えてきたとは言っても、そんなのはトップアイドルばかりだ。ノクチルがそうなるとは到底思っていないし、そうならないと分かるくらいには現実の分別がつく。大抵、アイドルなんて数年でブームは入れ替わる。 「そっか、そうなんだ」  10年後。私たちは27歳。雛菜は25歳で、小糸は26歳。オフィス街で働いているかもしれないし、アイドルはやめても芸能界にはいるかもしれないし、もしかしたら結婚して子供を産んでいるかもしれない。そんな想像もできない先の話に透はちょっとだけ笑うと、また空を見た。こんなときに透なら何というか私は知っている。分かんない、でしょ。どうせ。 「分かんないや」  ほら。10年前のことも覚えていない透が、10年後のことを考えているわけないじゃない。 「でもさ、」  続くとは思っていなかったその単語に、私は空を見ながらちょっとだけ目を見開く。スムースウォーターをまたさっきみたいに日の光に翳している。揺れる光が、透の顔を照らしている。 「10年後、何してても、樋口とは一緒じゃん」  何、それ。   「アイドルでもさ、アイドルやめてもさ、私たち、一緒じゃん」  透はずるい。  私はこんなにも透のことを心配しているのに、透の10年後のことを考えているのに。  透は笑って、誰よりも今を生きていて。誰よりも、キラキラしていて。  さっきまで悩んでいたことが噓みたいに吹き飛んで、だから。  だから、浅倉透が、好きで、嫌いだ。 「——……何それ」  私は透の顔を見ないように空を見上げ続けている。  飛行機雲が滲んだのは、涙のせいじゃないはずだ。                                〈了〉
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ykfanzine · 2 years
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それぞれの景色
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 4人でアイドルになれば、同じ景色が見えると思っていた。  ステージに立って、並んで、笑っていれば、同じ景色が見えると思っていた。だからアイドルなんて楽な商売だと思っていたし、透が見たいものはアイドルなんかでは見せられないと思っていた。透はきっとすぐアイドルの枠に収まりきらなくなって、出ていって、そうしてまた私は追いかけて。同じ景色が見えると思っていた。同じ景色を見続けることができるのが、幼馴染の特権だとすら思っていた。  でも、アイドルになって、気付いてしまった。  透は一度だって、私と同じ景色なんて見たことがなかった。  違う。  私たち4人とも、一度だって同じ景色なんて見たことがなかった。  透は一番前に立っていて、海を見ていた。細くて流れのはやい川のように、窮屈で一週間ごとにファッションが変わるような世界じゃなくて、海。ただ寄せては返すだけの、何をしたって呑み込んでくれる海。透はそれが海だと分かっていないかもしれないけれど、それを海だと知っていた。輝くそれが海だと知っている。そして私は、それが浅倉透だと分かっていた。  雛菜は多分、透ごしに海を見ていた。一番透に遠そうで、その実一番近くに立っているのが雛菜だった。雛菜は透を透のまま自分を透のところまで引き上げていく術を知っていた。それも、アイドルをするまで分かっていなかった。雛菜は、透の見る海を見ていたとも言えるかもしれない。そして雛菜は、透よりも、それが海だと分かっていたのかもしれなかった。  小糸は、透のいる海を見ていた。透がいるところをほんの少しだけ後ろから見ているから、その景色には海と透が映っていた。小糸は透と一緒に海に行くだろう。透がそうとは知らずに導いてくれるから。  私は?  私には、海が見えなかった。  私には、透しか見えなかった。海に走り出していく透の背中だけが目の前にあった。雛菜のようにも、小糸のようにすら海が見えていなかった。海がどこにあるのか分からないまま、透だけを探していた。透と同じ景色を見る日が来るかもしれないと思って、アイドルを続けていた。幼馴染であり続けていた。  クレイジーなのは私の方だ。勝算のない賭けに興じていたのは私の方だ。同じ景色だなんて曖昧な表現でアイドルを初めて、結局欲しいものは全部手の届かないところにあることだけを知ってしまった。  透は私を見ていない。透の見る景色には私は、いない。  それなのに、こんなにも私の景色は「浅倉透」で埋め尽くされている。 「お金貯めてさ、行こうよ、海」  透。 「え?」  前を歩いていた透が振り返る。 「——……何?」 「いや、樋口、呼んだかなって」  私は目の前にいるその幼馴染をじっと見つめてから、ため息をついた。  今まで考えていたこと全部を詰め込んで、流す、深い深いため息を。 「呼んでない」 「ふふっ、そっか」  透。  私には海が見えない。                        〈了〉
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