#二本だし(歌川国芳)
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bearbench-img · 2 months ago
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ニホンダシ
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歌川国芳の浮世絵「猫愛で日本橋」は、猫好きとして知られた国芳ならではの作品です。この絵は、日本橋のたもとで、大勢の猫たちが集まり、楽しそうに戯れている様子が描かれています。猫たちは、橋の欄干に座ったり、寝そべったり、じゃれ合ったりと、のどかな雰囲気を醸し出しています。背景には、江戸の街並みと日本橋が描かれ、人���が行き交う活気ある様子が伝わってきます。国芳は、猫の愛らしい姿や表情を細かく描写し、猫への深い愛情を表現しました。この作品は、猫好きの人々に人気が高く、国芳の代表作の一つとして知られています。猫の可愛らしさと江戸の風情が融合した、魅力的な浮世絵と言えるでしょう。
手抜きイラスト集
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fukagawakaidan · 10 months ago
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「お化けの棲家」に登場したお化け。
1、骨女〔ほねおんな〕 鳥山石燕の「今昔画 図続百鬼』に骨だけ の女として描かれ、 【これは御伽ぼうこうに見えたる年ふる女の骸骨、牡丹の灯籠を携へ、人間の交をなせし形にして、もとは剪灯新話のうちに牡丹灯記とてあり】と記されている。石燕が描いた骨女 は、「伽婢子」「牡丹灯籠」に出てくる女つゆの亡霊、弥子(三遊亭円朝の「怪談牡丹灯 籠」ではお露にあたる)のことをいっている。これとは別物だと思うが、「東北怪談の旅」にも骨女という妖怪がある。 安永7年~8年(1778年~1779年)の青森に現れたもので、盆の晩、骸骨女がカタリカタリと音をたてて町中を歩いたという。この骨女は、生前は醜いといわれていたが、 死んでからの骸骨の容姿が優れているので、 人々に見せるために出歩くのだという。魚の骨をしゃぶることを好み、高僧に出会うと崩れ落ちてしまうという。 「鳥山石燕 画図百鬼夜行」高田衛監修・稲 田篤信・田中直日編 「東北怪談の旅」山田 野理夫
2、堀田様のお人形
以下の話が伝わっている。 「佐賀町に堀田様の下屋敷があって、うちの先祖はそこの出入りだったの。それで、先代のおばあさんが堀田様から“金太郎”の人形を拝領になって「赤ちゃん、赤ちゃん」といわれていたんだけど、この人形に魂が入っちゃって。関東大震災のとき、人形と一緒に逃げたら箱の中であちこちぶつけてこぶができたから、修復してもらうのに鼠屋っていう人形師に預けたんだけど少しすると修復されずに返ってきた。聞くと「夜になると人形が夜泣きしてまず��んです」と言われた。 (『古老が語る江東区のよもやま話』所収)
3、ハサミの付喪神(つくもがみ)
九十九神とも表記される。室町時代に描かれた「付喪神絵巻」には、「陰陽雑記云器物百年を経て化して精霊を得てよく人を訛かす、是を付喪神と号といへり」 という巻頭の文がある。 煤祓いで捨てられた器物が妖怪となり、物を粗末に扱う人間に対して仕返しをするという内容だ が、古来日本では、器物も歳月を経ると、怪しい能力を持つと考えられていた。 民俗資料にも擂り粉木(すりこぎ)や杓文字、枕や蒲団といった器物や道具が化けた話しがある。それらは付喪神とよばれていないが、基本的な考え方は「付喪神絵巻」にあるようなことと同じで あろう。 (吉川観方『絵画に見えたる妖怪』)
4、五徳猫(ごとくねこ)  五徳猫は鳥山石燕「画図百器徒然袋」に尾が2つに分かれた猫又の姿として描かれており、「七徳の舞をふたつわすれて、五徳の官者と言いしためしも あれば、この猫もいかなることをか忘れけんと、夢の中におもひぬ」とある。鳥山石燕「画図百器徒然袋」の解説によれば、その姿は室町期の伝・土佐光信画「百鬼夜行絵巻」に描かれた五徳猫を頭に 乗せた妖怪をモデルとし、内容は「徒然袋」にある「平家物語」の 作者といわれる信濃前司行長にまつわる話をもとにしているとある。行長は学識ある人物だったが、七徳の舞という、唐の太宗の武の七徳に基づく舞のうち、2つを忘れてしまったために、五徳の冠者のあだ名がつけられた。そのため、世に嫌気がさし、隠れて生活するようになったという。五徳猫はこのエピソードと、囲炉裏にある五徳(薬缶などを載せる台)を引っ掛けて創作された 妖怪なのであろう。ちなみに土佐光信画「百鬼夜行絵巻」に描かれている妖怪は、手には火吹き 竹を持っているが、猫の妖怪ではなさそうである。 ( 高田衛監修/稲田篤信・田中直日編『鳥山石燕画図百鬼夜行』)→鳥山石燕『百器徒然袋』より 「五徳猫」
5、のっぺらぼー 設置予定場所:梅の井 柳下 永代の辺りで人魂を見たという古老の話しです。その他にも、背中からおんぶされて、みたら三つ目 小僧だったり、渋沢倉庫の横の河岸の辺りでのっぺらぼーを見たという話しが残っています。 (『古老が語る江東区のよもやま話』所収) のっぺらぼーは、顔になにもない卵のような顔の妖怪。特に小泉八���『怪談』にある、ムジナの話が良く知られている。ある男が東京赤坂の紀国坂で目鼻口のない女に出会い、驚き逃げて蕎麦 屋台の主人に話すと、その顔も同じだったという話。その顔も同じだったという話。
6、アマビエアマビエ 弘化3年(1846年) 4月中旬と記 された瓦版に書かれているもの。 肥後国(熊本県)の海中に毎夜光るものが あるので、ある役人が行ってみたところ、ア マビエと名乗る化け物が現れて、「当年より はやりやまいはや 6ヵ月は豊作となるが、もし流行病が流行ったら人々に私の写しを見せるように」といって、再び海中に没したという。この瓦版には、髪の毛が長く、くちばしを持った人魚のようなアマビエの姿が描かれ、肥後の役人が写したとある。 湯本豪一の「明治妖怪新聞」によれば、アマピエはアマピコのことではないかという。 アマピコは瓦版や絵入り新聞に見える妖怪で、 あま彦、天彦、天日子などと書かれる。件やクダ部、神社姫といった、病気や豊凶の予言をし、その絵姿を持っていれば難から逃れられるという妖怪とほぼ同じものといえる。 アマビコの記事を別の瓦版に写す際、間違 えてアマビエと記してしまったのだというのが湯本説である。 『明治妖怪新聞」湯本豪一「『妖怪展 現代に 蘇る百鬼夜行』川崎市市民ミュージアム編
7、かさばけ(傘お化け) 設置予定場所:多田屋の入口作品です。 一つ目あるいは、二つ目がついた傘から2本の腕が伸び、一本足でピョンピョン跳ねまわる傘の化け物とされる。よく知られた妖怪のわりには戯画などに見えるくらいで、実際に現れたなどの記録はないようである。(阿部主計『妖怪学入門』)歌川芳員「百種怪談妖物双六」に描 かれている傘の妖怪「一本足」
8、猫股(ねこまた)  猫股は化け猫で、尻尾が二股になるまで、齢を経た猫 で、さまざまな怪しいふるまいをすると恐れられた。人をあざむき、人を食らうともいわれる。飼い猫が年をとり、猫股になるため、猫を長く飼うもので はないとか、齢を経た飼い猫は家を離れて山に入り、猫股 になるなどと、各地に俗信がある。 このような猫の持つ妖力から、歌舞伎ではお騒���と化け猫をからめて「猫騒動もの」のジャンルがあり、
「岡崎の猫」「鍋島の猫」「有馬の猫」が三代化け猫とされる。
9、毛羽毛現(けうけげん) 設置予定場所:相模屋の庭 鳥山石燕の「今昔百鬼拾遺」に毛むくじゃらの妖怪として描かれた もので、 「毛羽毛現は惣身に毛生ひたる事毛女のごとくなればかくいふ か。或いは希有希現とかきて、ある事まれに、見る事まれなれば なりとぞ」とある。毛女とは中国の仙女のことで、華陰の山中(中国陝西省陰県の西 獄華山)に住み、自ら語るところによると、もともとは秦が亡んだため 山に逃げ込んだ。そのとき、谷春という道士に出会い、松葉を食すことを教わって、遂に寒さも飢えも感じなくなり、身は空を飛ぶほど軽くなった。すでに170余年経つなどと「列仙伝」にある。この毛羽毛現は家の周辺でじめじめした場所に現れる妖怪とされるが、実際は石燕の創作妖 怪のようである。 (高田衛監修/稲田篤信・田中直日編『鳥山石燕 画図百鬼夜行』→鳥山石燕「今昔百鬼 拾遺」より「毛羽毛現」
10、河童(かっぱ) 設置予定場所:猪牙船 ◇ 河童(『耳袋』) 江戸時代、仙台藩の蔵屋敷に近い仙台堀には河童が出たと言われています。これは、子どもたちが、 なんの前触れもなく掘割におちてしまう事が続き探索したところ、泥の中から河童が出てきたというも のです。その河童は、仙台藩の人により塩漬けにして屋敷に保管したそうです。 ◇ 河童、深川で捕獲される「河童・川太郎図」/国立歴史民俗博物館蔵 深川木場で捕獲された河童。河童は川や沼を住処とする妖怪で、人を水中に引き込む等の悪事を働く 反面、水の恵みをもたらす霊力の持ち主として畏怖されていた ◇ 河童の伝説(『江戸深川情緒の研究』) 安永年間(1772~1781) 深川入船町であった話しです。ある男が水浴びをしていると、河童がその男 を捕えようとしました。しかし、男はとても強力だったので逆に河童を捕えて陸に引き上げ三十三間堂の前で殴り殺そうとしたところ、通りかかった人々が河童を助けました。それ以来、深川では河童が人 間を捕らなくなったといいます。→妖怪画で知られる鳥山石燕による河童
11、白容商〔しろうねり〕
鳥山石燕「画図百器 徒然袋」に描かれ、【白うるりは徒然のならいなるよし。この白うねりはふるき布巾のばけたるものなれども、外にならいもやはべると、夢のうちにおもひぬ】 と解説されている。白うるりとは、吉田兼好の『徒然草」第六十段に登場する、 芋頭(いもがしら)が異常に好きな坊主のあだ名である。  この白うるりという名前に倣って、布雑巾 の化けたものを白容裔(しろうねり)と名づけたといっているので、つまりは石燕の創作妖怪であろう。古い雑巾などが化けて人を襲う、などの説 明がされることがあるが、これは山田野理夫 の『東北怪談の旅��にある古雑巾の妖怪を白 容裔の話として使ったにすぎない。 『鳥山石燕画図百鬼夜行』高田衛監修・稲 田篤信・田中直日編
12、轆轤首〔ろくろくび〕
抜け首、飛頭蛮とも つな いう。身体から首が完全に分離して活動する ものと、細紐のような首で身体と頭が繋がっているものの二形態があるようである。 日本の文献には江戸時代から多くみえはじ め、『古今百物語評判』『太平百物語』『新説 百物語」などの怪談集や、『甲子夜話』『耳 囊」「北窓瑣談」「蕉斎筆記』『閑田耕筆』と いった随筆の他、石燕の『画図百鬼夜行」に 代表される妖怪画にも多く描かれた。 一般的な轆轤首の話としては、夜中に首が 抜け出たところを誰かに目撃されたとする内 容がほとんどで、下働きの女や遊女、女房、 娘などと女性である場合が多い。 男の轆轤首は「蕉斎筆記』にみえる。 ある夜、増上寺の和尚の胸の辺りに人の 首が来たので、そのまま取って投げつけると、 どこかへいってしまった。翌朝、気分が悪いと訴えて寝ていた下総出 身の下働きの男が、昼過ぎに起き出して、和 尚に暇を乞うた。わけ その理由を問えば、「昨夜お部屋に首が参りませんでしたか」と妙なことを訊く。確か に来たと答えると、「私には抜け首の病があります。昨日、手水鉢に水を入れるのが遅い とお叱りを受けましたが、そんなにお叱りに なることもないのにと思っていると、 夜中に首が抜けてしまったのです」 といって、これ以上は奉公に差支えがあるからと里に帰って しまった。 下総国にはこの病が多いそうだと、 「蕉斎筆記』は記している。  轆轤首を飛頭蛮と表記する文献があるが、 これはもともと中国由来のものである。「和漢三才図会』では、『三才図会」「南方異 物誌」「太平広記」「搜神記』といった中国の 書籍を引いて、飛頭蛮が大闍波国(ジャワ) や嶺南(広東、広西、ベトナム)、竜城(熱 洞省朝陽県の西南の地)の西南に出没したことを述べている。昼間は人間と変わらないが、夜になると首 が分離し、耳を翼にして飛び回る。虫、蟹、 ミミズなどを捕食して、朝になると元通りの 身体になる。この種族は首の周囲に赤い糸のような傷跡がある、などの特徴を記している。中国南部や東南アジアには、古くから首だけの妖怪が伝わっており、マレーシアのポン ティアナやペナンガルなどは、現在でもその 存在が信じられている。 日本の轆轤首は、こうした中国、東南アジ アの妖怪がその原型になっているようである。 また、離魂病とでもいうのだろうか、睡眠中に魂が抜け出てしまう怪異譚がある。例えば「曽呂利物語」に「女の妄念迷い歩 <事」という話がある。ある女の魂が睡眠中に身体から抜け出て、 野外で鶏になったり女の首になったりしているところを旅人に目撃される。旅人は刀を抜いてその首を追いかけていく と、首はある家に入っていく。すると、その家から女房らしき声が聞こえ、 「ああ恐ろしい夢を見た。刀を抜いた男が追 いかけてきて、家まで逃げてきたところで目 が醒めた」などといっていたという話である。これの類話は現代の民俗資料にも見え、抜け出た魂は火の玉や首となって目撃されている。先に紹介した「蕉斎筆記』の男の轆轤首 も、これと同じように遊離する魂ということ で説明ができるだろう。 轆轤首という妖怪は、中国や東南アジア由 来の首の妖怪や、離魂病の怪異譚、見世物に 出た作りものの轆轤首などが影響しあって、 日本独自の妖怪となっていったようである。 【和漢三才図会』寺島良安編・島田勇雄・竹 島淳夫・樋口元巳訳注 『江戸怪談集(中)』 高田衛編/校注『妖異博物館』柴田宵曲 『随筆辞典奇談異聞編」柴田宵曲編 『日本 怪談集 妖怪篇』今野円輔編著 『大語園』巌谷小波編
13、加牟波理入道〔がんばりにゅうどう〕
雁婆梨入道、眼張入道とも書く。便所の妖怪。 鳥山石燕の「画図百鬼夜行」には、便所の台があるよう 脇で口から鳥を吐く入道姿の妖怪として描かれており、【大晦日の夜、厠にゆきて「がんばり入道郭公」と唱ふれば、妖怪を見さるよし、世俗のしる所也。もろこしにては厠 神名を郭登といへり。これ遊天飛騎大殺将軍 とて、人に禍福をあたふと云。郭登郭公同日 は龕のの談なるべし】と解説されている。 松浦静山の『甲子夜話」では雁婆梨入道という字を当て、厠でこの名を唱えると下から入道の頭が現れ、 その頭を取って左の袖に入れてまたとりだすと 頭は小判に変化するなどの記述がある。 「がんばり入道ホトトギス」と唱えると怪異 にあわないというのは、江戸時代にいわれた 俗信だが、この呪文はよい効果を生む(前述 ことわざわざわい ●小判を得る話を含め)場合と、禍をよぶ 場合があるようで、「諺苑」には、大晦日に この話を思い出せば不祥なりと書かれている。 また、石燕は郭公と書いてホトトギスと読ませているが、これは江戸時代では郭公とホト トギスが混同されていたことによる。 ホトトギスと便所との関係は中国由来のようで、「荊楚歲時記』にその記述が見える。 ホトトギスの初鳴きを一番最初に聞いたもの は別離することになるとか、その声を真似すると吐血するなどといっ��ことが記されており、厠に入ってこの声を聞くと、不祥事が起 こるとある。これを避けるには、犬の声を出 して答えればよいとあるが、なぜかこの部分 だけは日本では広まらなかったようである。 『鳥山石燕画図百鬼夜行』高田衛監修・稲 田篤信・田中直日編 『江戸文学俗信辞典』 石川一郎編『史実と伝説の間」李家正文
14、三つ目小僧
顔に三つの目を持つ童子姿の妖怪。 長野県東筑摩郡教育委員会による調査資料に名は見られるが、資料中には名前があるのみ で解説は無く、どのような妖怪かは詳細に語られていない。 東京の下谷にあった高厳寺という寺では、タヌキが三つ目小僧に化けて現れたという。このタヌ キは本来、百年以上前の修行熱心な和尚が境内に住まわせて寵愛していたために寺に住みついたものだが、それ以来、寺を汚したり荒らしたりする者に対しては妖怪となって現れるようになり、体の大きさを変えたり提灯を明滅させて人を脅したり、人を溝に放り込んだりしたので、人はこれ を高厳寺小僧と呼んで恐れたという。困った寺は、このタヌキを小僧稲荷として境内に祀った。この寺は現存せず、小僧稲荷は巣鴨町に移転している。 また、本所七不思議の一つ・置行堀の近くに住んでいたタヌキが三つ目小僧に化けて人を脅したという言い伝えもある。日野巌・日野綏彦 著「日本妖怪変化語彙」、村上健司校訂 編『動物妖怪譚』 下、中央公論新社〈中公文庫〉、2006年、301頁。 佐藤隆三『江戸伝説』坂本書店、1926年、79-81頁。 『江戸伝説』、147-148頁。
15、双頭の蛇 設置予定場所:水茶屋 「兎園小説」には、「両頭蛇」として以下の内容が著してある。 「文政7年(1824)11月24日、本所竪川通りの町方掛り浚場所で、卯之助という男性 が両頭の蛇を捕まえた。長さは3尺あったという。」
文政7年(1824)11月24日、一の橋より二十町程東よりの川(竪川、現墨田区)で、三尺程の 「両頭之蛇」がかかったと言う話です。詳細な図解が示されています。 (曲亭馬琴「兎園小説」所収『兎園小説』(屋代弘賢編『弘賢随筆』所収) 滝沢馬琴他編 文政8年(1825) 国立公文書館蔵
16、深川心行寺の泣き茶釜
文福茶釜は「狸」が茶釜に化けて、和尚に恩返しをする昔話でよく知られています。群馬県館林の茂 林寺の話が有名ですが、深川2丁目の心行寺にも文福茶釜が存在したといいます。『新撰東京名所図会』 の心行寺の記述には「什宝には、狩野春湖筆涅槃像一幅 ―及び文福茶釜(泣茶釜と称す)とあり」 とあります。また、小説家の泉鏡花『深川浅景』の中で、この茶釜を紹介しています。残念ながら、関 東大震災(1923年)で泣茶釜は、他の什物とともに焼失してしまい、文福茶釜(泣き茶釜)という狸が 化けたという同名が残るのみです。鳥山石燕「今昔百鬼拾遺」には、館林の茂森寺(もりんじ)に伝わる茶釜の話があります。いくら湯を 汲んでも尽きず、福を分け与える釜といわれています。 【主な参考資料】村上健司 編著/水木しげる 画『日本妖怪大辞典』(角川出版)
17、家鳴(やなり) 設置予定場所:大吉、松次郎の家の下)  家鳴りは鳥山石燕の「画図百鬼夜行」に描かれたものだが、(石燕は鳴屋と表記)、とくに解説はつけられて いない。石燕はかなりの数の妖怪を創作しているが、初期の 「画図百鬼夜行」では、過去の怪談本や民間でいう妖怪などを選んで描いており、家鳴りも巷(ちまた)に知られた妖怪だったようである。 昔は何でもないのに突然家が軋むことがあると、家鳴りのような妖怪のしわざだと考えたようである。小泉八雲は「化け物の歌」の中で、「ヤナリといふ語の・・・それは地震中、家屋の震動 する音を意味するとだけ我々に語って・・・その薄気 味悪い意義を近時の字書は無視して居る。しかし此語 は��と化け物が動かす家の震動の音を意味して居た もので、眼には見えぬ、その震動者も亦(また) ヤナ リと呼んで居たのである。判然たる原因無くして或る 家が夜中震ひ軋り唸ると、超自然な悪心が外から揺り動かすのだと想像してゐたものである」と延べ、「狂歌百物語」に記載された「床の間に活けし立ち木も倒れけりやなりに山の動く掛軸」という歌を紹介している。 (高田衛監修/稲田篤信・田中直日編『鳥山石燕画図百鬼夜行』、『小泉八雲全集』第7巻)
18、しょうけら 設置予定場所:おしづの家の屋根 鳥山石燕「画図百鬼夜行」に、天井の明かり取り窓を覗く妖怪として描かれているもの。石燕による解説はないが、 ショウケラは庚申(こうしん) 信仰に関係したものといわれる。 庚申信仰は道教の三尸(さんし)説がもとにあるといわ れ、60日ごとに巡ってくる庚申の夜に、寝ている人間の身 体から三尸虫(頭と胸、臍の下にいるとされる)が抜け出し、天に昇って��帝にその人の罪科を告げる。この報告により天帝は人の命を奪うと信じられ、対策とし て、庚申の日は眠らずに夜を明かし、三尸虫を体外に出さ ないようにした。また、これによる害を防ぐために「ショウケラはわたとてまたか我宿へねぬぞねたかぞねたかぞ ねぬば」との呪文も伝わっている。 石燕の描いたショウケラは、この庚申の日に現れる鬼、ということがいえるようである。
19、蔵の大足
御手洗主計という旗本の屋敷に現れた、長さ3尺程(約9m)の大足。(「やまと新聞」明治20年4月29日より)
20、お岩ちょうちん
四世鶴屋南北の代表作である「東海道四谷怪談」のお岩 を、葛飾北斎は「百物語シリーズ」の中で破れ提灯にお岩が 宿る斬新な構図で描いている。北斎は同シリーズで、当時の 怪談話のもう一人のヒロインである「番町皿屋敷のお菊」も描 く。「東海道四谷怪談」は、四世南北が暮らし、没した深川を舞台にした生世話物(きぜわもの)の最高傑作。文政8年(1825) 7月中村座初演。深川に住んだ七代目市川團十郎が民谷伊 右衛門を、三代目尾上菊五郎がお岩を演じた。そのストーリーは当時評判だった実話を南北が取材して描 いている。男女が戸板にくくられて神田川に流された話、また 砂村隠亡堀に流れついた心中物の話など。「砂村隠亡堀の場」、「深川三角屋敷の場」など、「四谷怪 談」の中で深川は重要な舞台として登場する。
21、管狐(くだぎつね)  長野県を中心にした中部地方に多く分布し、東海、関東南部、東北の一部でいう憑き物。関東 南部、つまり千葉県や神奈川県以外の土地は、オサキ狐の勢力になるようである。管狐は鼬(いたち)と鼠(ねずみ)の中間くらいの小動物で、名前の通り、竹筒に入ってしまうほどの大きさだという。あるいはマッチ箱に入るほどの大きさで、75匹に増える動物などとも伝わる個人に憑くこともあるが、それよりも家に憑くものとしての伝承が多い。管狐が憑いた家は管屋(くだや)とか管使いとかいわれ、多くの場合は「家に憑いた」ではなく「家で飼っている」という表現をしている。管狐を飼うと金持ちになるといった伝承はほとんどの土地でいわれることで、これは管 狐を使って他家から金や品物を集めているからだなどという。また、一旦は裕福になるが、管狐は 大食漢で、しかも75匹にも増えるのでやがては食いつぶされるといわれている。 同じ狐の憑き物でも、オサキなどは、家の主人が意図しなくても、狐が勝手に行動して金品を集 めたり、他人を病気���するといった特徴があるが、管狐の場合は使う者の意図によって行動すると考えられているようである。もともと管狐は山伏が使う動物とされ、修行を終えた山伏が、金峰山 (きんぷさん)や大峰(おおみね)といった、山伏に官位を出す山から授かるものだという。山伏は それを竹筒の中で飼育し、管狐の能力を使うことで不思議な術を行った。 管狐は食事を与えると、人の心の中や考えていることを悟って飼い主に知らせ、また、飼い主の 命令で人に取り憑き、病気にしたりするのである。このような山伏は狐使いと呼ばれ、自在に狐を 使役すると思われていた。しかし、管狐の扱いは難しく、いったん竹筒から抜け出た狐を再び元に 戻すのさえ容易ではないという。狐使いが死んで、飼い主不在となった管狐は、やがて関東の狐の親分のお膝元である王子村(東京都北区)に棲むといわれた。主をなくした管狐は、命令する者がいないので、人に憑くことはないという。 (石塚尊俊『日本の憑きもの』、桜井徳太郎編『民間信仰辞典』、金子準二編著『日本狐憑史資料 集成』)
22、かいなで 設置予定場所: 長屋の厠 京都府でいう妖怪。カイナゼともいう。節分の夜に便所へ行くとカイナデに撫でられるといい、これを避けるには、「赤い紙やろうか、白い紙やろうか」という呪文を唱えればよいという。 昭和17年(1942年)頃の大阪市立木川小学校では、女子便所に入ると、どこからともなく「赤い 紙やろか、白い紙やろか」と声が聞こえてくる。返事をしなければ何事もないが、返事をすると、尻を舐められたり撫でられたりするという怪談があったという。いわゆる学校の怪談というものだが、 類話は各地に見られる。カイナデのような家庭内でいわれた怪異が、学校という公共の場に持ち込まれたものと思われる。普通は夜の学校の便所を使うことはないだろうから、節分の夜という条件が消失してしまったのだろう。 しかし、この節分の夜ということは、実に重要なキーワードなのである。節分の夜とは、古くは年越しの意味があり、年越しに便所神を祭るという風習は各地に見ることができる。その起源は中国に求められるようで、中国には、紫姑神(しこじん)という便所神の由来を説く次のような伝説がある。 寿陽県の李景という県知事が、何媚(かび) (何麗卿(かれいきょう)とも)という女性を迎えたが、 本妻がそれを妬み、旧暦正月 15 日に便所で何媚を殺害した。やがて便所で怪異が起こるようになり、それをきっかけに本妻の犯行が明るみに出た。後に、何媚を哀れんだ人々は、正月に何媚を便所の神として祭祀するようになったという(この紫姑神は日本の便所神だけではなく、花子さんや紫婆(むらさきばばあ)などの学校の怪談に登場する妖怪にも影響を与えている。) 紫姑神だけを日本の便所神のルーツとするのは��易だが、影響を受けていることは確かであろう。このような便所神祭祀の意味が忘れられ、その記憶の断片化が進むと、カイナデのような妖怪が生まれてくるようである。 新潟県柏崎では、大晦日に便所神の祭りを行うが、便所に上げた灯明がともっている間は決して便所に入ってはいけないといわれる。このケースは便所神に対する信仰がまだ生きているが、便所神の存在が忘れられた例が山田野理夫『怪談の世界』に見える。同書では、便所の中で「神くれ神くれ」と女の声がしたときは、理由は分からなくとも「正月までまだ遠い」と答えればよいという。便所神は正月に祀るものという断片的記憶が、妖怪として伝えられたものといえる。また、「赤い紙やろうか、白い紙やろうか」という呪文も、便所神の祭りの際に行われた行為の名残を伝えて いる。便所神の祭りで紙製の人形を供える土地は多く、茨城県真壁郡では青と赤、あるいは白と赤の 男女の紙人形を便所に供えるという。つまり、カイナデの怪異に遭遇しないために「赤い紙やろう か、白い紙やろうか」と唱えるのは、この供え物を意味していると思われるのである。本来は神様に供えるという行為なのに、「赤とか白の紙をやるから、怪しいふるまいをするなよ」というように変化してしまったのではないだろうか。さらに、学校の怪談で語られる便所の怪異では、妖怪化した便所神のほうから、「赤い紙やろうか、白い紙やろうか」とか「青い紙やろうか、赤い紙やろうか」というようになり、より妖怪化が進ん でいったようである。こうしてみると、近年の小学生は古い信仰の断片を口コミで伝え残しているともいえる。 島根県出雲の佐太神社や出雲大社では、出雲に集まった神々を送り出す神事をカラサデという が、氏子がこの日の夜に便所に入ると、カラサデ婆あるいはカラサデ爺に尻を撫でられるという伝 承がある。このカラサデ婆というものがどのようなものか詳細は不明だが、カイナデと何か関係があるのかもしれない。 (民俗学研究所編『綜合日本民俗語彙』、大塚民俗学会編『日本民俗学事典』、『民間伝承』通巻 173号(川端豊彦「厠神とタカガミと」)ほか)
23、木まくら 展示予定場所:政助の布団の上 江東区富岡にあった三十三間堂の側の家に住んだ医師が病気になり、元凶を探した所 黒く汚れた木枕が出た。その枕を焼くと、死体を焼く匂いがして、人を焼くのと同じ時間がかかったという。 (『古老が語る江東区のよもやま話』所収)
24、油赤子〔あぶらあかご〕鳥山石燕の『今昔 画図続百鬼』に描かれた妖怪。【近江国大津 の八町に、玉のごとくの火飛行する事あり。土人云「むかし志賀の里に油うるものあり。 夜毎に大津辻の地蔵の油をぬすみけるが、その者死て魂魄炎となりて、今に迷いの火となれる」とぞ。しからば油をなむる赤子は此ものの再生せしにや】と記されている。 石燕が引いている【むかし志賀(滋賀) の】の部分は、「諸国里人談』や『本朝故事 因縁集」にある油盗みの火のことである。油盗みの火とは、昔、夜毎に大津辻の地蔵 の油を盗んで売っていた油売りがいたが、死 後は火の玉となり、近江大津(滋賀県大津 市)の八町を縦横に飛行してまわったという もの。石燕はこの怪火をヒントに、油を嘗める赤ん坊を創作したようである。 『鳥山石燕画図百鬼夜行』高田衛監修・稲 田篤信・田中直日編 『一冊で日本怪異文学 100冊を読む」檜谷昭彦監修『日本随筆大成編集部編
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officek-paper · 21 days ago
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2020-01 南青山マンダラ
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01. jan. 2020 program 凡几】 目 MINA 2020年もよろしくお願いいたします。 (fri) (sat) 松ヶ下 宏之(Vo,Pf,G) BAND STYLE ONEMAN 山木康世トリビュート G&Bコンサート 鈴木"パゴン”英俊(G) 開場:15:00 正月お年玉価格 <お正松だよ全員集合> 江口夫(Drs)今西 真���(B) 他豪華ミュージシャン ? 山木 康世(Vo.Ag) Live Library 2020<祝・和新年ライブ> ●<にゅーいやーにゅーいや一♥> 津村友華/みのり Black symphony <birth> 法師山 真珠(Vo.Pf/江里口彩子(Vo,Pf/真引(Vo) <フランス特売?シリーズ> Warin Warails Seea esson 2020 vo.1 ��ーボエによる宮廷音楽 <birth> 宏菜(Vo,G)/岡村国紘(Vo.G)/槌谷知佳(Vo,Pr) くさと新の今た歌ツ>平田クミ/藤原聡子©A)なるみか ?新春のうた歌詩? (fri) 大木彩乃(Vo,Pf)<山羊の夜2020>山本拓夫(Sax、Fl)芳垣安洋(Drs) Closed for special event Closed for special event くはあとのおと vol.12> 太田 光宏(G) 鶴田もこ(Pf) 中西 紘平(B) 木村 真己(Drs) SAK.(Vo) 久里きなこ(Vo) <birth>高満洋子(Vo,Pf/phoka(Vo.G)/阿部薫(P) (wed) (thu) 〈南青山映画祭〉 責任編集者:渡辺喜子 映画のEsquisse「ビル・カニンガム&ニューヨーク』 上映会&ワークショップ 渡辺喜子新作映画「あした、浅草橋で」製作準備企画 「オペレッタを語るvol.31 佐々木 淳(HEADZ企画) <?故きを温ねて新しきを前る??> 里中 トヨコ(Sop) 野間 美希(Pf) 角 岳史(指揮者,演出家) (Gri) 羽仁(Vo,G,Pf LIVE <羽岡仁ニューイヤーライブ2020>美野春(Pf) ?4,500 開場:16:00 ※:17:004ドリンク8) 前売店頭・e+ ?4,500 開場:12:30 開演:13:00 (1ドリンク別) 前苑 店頭-e+ Y3,000 開場:18:00 開演:19:00 (Iドリンク別) 結売店頭 開場:19:00 ¥2,500 開演:19.30ドリンク) 希売店頭 ¥4,000 開場:18:30 調※:19:30 イドリンク付 前売 店頭 開場:19:00 ?2,500 開演:19:301ドリンクタ) ?班店頭 Y3,000 開場:18:30 開演:19:001ドリンク3) 売店頭 Y3,500 開場:18:30 開液:19:30 Iドリンク別) Y3,000 開場:12:30 開演:13.30Iドリンク別) 希売店頭 開場:19:00 ?2,500 開演:19:30(Iドリンク別) 葡光 店頭 ¥1,700 開場:17:30ドリンク付 上演:18:00 葡売 店頭 Y4.000| 開場:18:00 0:19:00ドリンク付 備茄 店頭 ¥4,500 開場:18:00 開演:19:00 イドリンク付 02/feb < MITSUDOMOE I! vol.4> 94-18:30 1905-19-21 21 ガレージシャンソンショー 11920 <外苑前の客人(まろうど)?其の+?> 伊藤志宏(Pf) ¥4.000 口 杉本恭一/ 宮田 和弥 (drinkS) 通 券) ¥11000 ロリポンすけ ROLLY (G.Vo) ポンすけ 18 宮田和弥/水戸華之介 BE IdrinkEN 2020 (PfKey Vo,ete)1 V6 O0O 海ポンプ(rs.Voetc」 今後のライブ情報を 一日券) 先行してお知らせ! Ticket info, TEL. 03(5474)0411 1 水戸華之介/杉本恭ー ¥4 000 www.mandala.gr.ip adrink別 ��� ソフラニスタ木村優ー Y4,500 (drink#D 東北・関東大震災におきましては、被災者の方々に謹んでお見舞い申し上げます。当店では皆様の安全を最優先して営業致します。また、収益の一部を義援金として被災地へ寄付させて頂きます。 下山武徳的夜会in 東京 開場:18:30 ¥4,000 開演:19:30 (Iドリンク別) Closed for special event 20日 ZABADAK/原マスミ (tue) <MITSUDOMOE!! vol.3>21日原マスミ/栗コーダーカルテット 22日 栗コーダーカルテット/ZABADAK 通し券 ¥9,000 各日+1ドリンク別 :18:30 演:19:30 1日券 ?3,500 (Iドリンク別 税売店頭 山口 美央子 〈FLOMA New Year Live 2020〉 松武 秀樹(Syn) 四家 卯大(Vc) 開場:18:30 ¥4,400 開演:19:30(Iドリンク) 真城 めぐみ(Vo)とシルバニア・ファミリーズ 新春ライブ 佐々木亜紀子(Sax) <シルバーアファミリーズ) 力石 理江(Pf) YUKIE(G) 青山へ行く! 岩崎 なおみ(B) 臼井かつみ(Drs) day ライブリーディング 原田 大二郎 川端槇二(劇団NLT)和泉妃夏 演奏:諸藤 佳子 フレンチドラマ「結婚幻想曲」演田・出崎香英(花天月地プロジェクト) Y3,300 開場:18:30 開演:19:30 (+Iドリンク別) 前売)店頭 (sat) c0ポセイドン・石川/ジェイコブ・コーラー<輝く無数のライト Vol.1> 福尾野歩<福を呼ぶ福尾野歩 新春ライブ>下畑(G) ?3,700 開場:12:00 開演:13:00 ドリンク付 翁売店頭 開場:19:00¥4,000 開演:19:3041ドリンク別) ????????????? ¥4,500 開場:11:00 開演:12:00 moni やまねみわこ(Vo.Pf) Birthdayワンマンライブ 北山 昌(Drs) 稲塚 仁(G) 内田晴元(B)越川歩(Vn) 〜こどものつづき〜 仲井戸”CHABO”麗市<CHABOのKing Biscuit Time #21) 開場:19.00¥3,000 ?:19:30Iドリンク別) 柏売 店頭 開場:18:30 ¥4,000 開演:19:30クッキー付) ¥4,500 前売 e+ (ブレート付¥5,000 Closed for special event (wed) So In Love 工藤隆(PA山川英毅(Vo,Sound)<?愛が流れに生まれる?> みどりこ(Vo) <MIDORIKO NEW YEAR LIVE> 田辺トシノ(B)鈴木 達也(Drs) 嘉多山倍(G)宮中 文子(Key) (fri) 齊藤 さっこ(Vo.Pf) 齊藤さっこデビューアルバム 「何のための音楽、間違いなくきみのための音楽」 発売記念ライブ *当店での出演・企画については、お気軽にスタッフへ��相談ください。 *当店では、随時、各種スタッフを募集しています。職種は、音響・照明・キッチン・受付・ホール・制作スタッフです。ご興味がある方は、スタッフまでご連絡ください。 開場:18:00 開演:19:00Iドリンク別) 葡売店頭 開場:19:00 開演:19:30 前茶 店頭 開場:18:00 ¥3,000 開演:19:00(1ドリンク別 前売びお・ローソン・キャピタルビレッジ 南青山MANDALA 東京都港区南青山3-2-2 MRビルB1 〒107-0062 TEL:03(5474)0411 www.mandala.gr.jp 南壽あさ子 マリリース情報) 積水ハウスのテレビCM、東京ガスのラジオCMや、企業CMのナレーションなど数々のCMに起用されているシンガー・ソング・ライターの南あさ子。 2ND ALBUM [FORGET ME NOTI NOW ON SALE! www.nasuasaco.com 千駄少谷? 南寺山3丁目 青山通り フランフラン国 リビエラ■ MR?D丸L丸 not iOs 小5 東京メトロ 外苑前駅 「TAED 外苑西通り 西麻布!
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kachoushi · 6 months ago
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虚子自選揮毫『虚子百句』を読む ⅩⅢ
花鳥誌2025年1月号より転載
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日本文学研究者
井上 泰至
24 鎖したる老の我儘梅が門
 『ホトトギス』昭和三十三年三月号「句日記」に「(昭和三十三年)三月十一日 偶成」と前書き、上五は「閉ざしたる」。『虚子俳話』(「朝日新聞」昭和三十二年三月二十四日初出)には「とざしたる」とあり、成立は昭和三十二年三月。
 俳人の「閉門」と言えば、芭蕉の晩年が思い合わされる。亡くなる前年、芭蕉は肉体的にも精神的にも衰えていた。一ヶ月ばかり、草庵の門を閉じ、世間から隔絶した生活を送るに至る。その折の句は以下のようなものである。
  朝顔や昼は錠おろす門の垣 芭蕉   蕣や是も又我が友ならず 同   酒のめばいとど寝られぬ夜の雪 同
 特に一句目の「門」との一致に、虚子の芭蕉賛仰を想像させるものがある。『虚子俳話』を読んでも気づくことだが、最晩年の虚子は、芭蕉を意識することが多かった。
 ただし、芭蕉がかなりストイックに欲望を節制した生活を送り、一方で月を見ると、風雅の友を欲する人懐かしさを抱いていた(「閉関説」「閉居箴」)のを思い合わせると、虚子は自らの「閉門」を「我儘」と客観化し、笑ってみせている。虚子の作家としての本質に、この「余裕」と、「梅」に託されたほのかな「艶」を感じ取ることができる。
25 薔薇くれて聖書かしたる女かな
 掲句より「夏」の部に入る。『五百句』には「明治三十二年」とのみ注記。『ホトトギス』大正三年一月号付「自選類題虚子句集」の「薔薇」の項には、
  石の上にさうび花散る雨強し   薔薇切るや恋しき人の鋏もて   薔薇悲し芭蕉の広葉風落ちて   薔薇切つて短き詩をぞ作りける   何触れてさうび散りけん卓の上   薔薇呉れて聖書かしたる女かな
とある。  かつてこの句は、女が薔薇をくれたのに対し、自分は聖書を貸し与えたという解がなされた(浜中柑児『虚子五百句鑑賞 明治之部』)。しかし、『喜寿艶』には、  ふとした事で或女と口をきくやうなことになつた。その女は或とき薔薇を剪つてくれた。そしてこれを見よと云つて聖書を貸してくれた。さいうふ女。と自句自解があり、聖書を貸したのも女ということで決着がついている(本井英「虚子『五百句』評釈(第五回)」『夏潮』二〇一六年四月)。
「薔薇」は明治の新題で、子規が開拓した。江戸以前は「いばら」に過ぎなかった。
フランスの一輪ざしや冬の薔薇 子規 夕風や白薔薇の花皆動く 同 薔薇を剪る鋏刀の音や五月晴 同
 一句目は洋風の新奇さ、二句目は色の鮮烈さ、三句目も雨後の色がまず浮かぶが、その芳香も暗示されている(井上『子規の内なる江戸』『近代俳句の誕生』)。
 こうして子規と比較すると「自選類題虚子句集」の薔薇の句には、「恋しき人」や「短き詩(和歌・俳句でなく西洋由来の新体詩)」など、恋の情調が目に付き、掲句もその傾向の作の代表ということになる。例句から見て題詠の匂いも濃厚だ。
 ここで「聖書」を貸す女の恋とは、どういうものかが問題となる。それは身体から切り離された精神的純愛=プラトニック・ラブを当時意味した。神の存在に服従したキリスト者は、江戸以来の身体的結合・接触を前提とする「色恋」を、動物的な、あるいは非文明的なものとして抑圧し、強烈な精神的「革命」によって「純潔」「高尚」な精神に特化した「純愛」を得て、愛の勝利者となることを理想としたのである。こうした流れを受けて、妾の存在を実質的に認めていた当時の法体系にプロテストしたのが、キリスト教に染まった、特に女性たちの、「矯風」運動であった。不倫関係を「不潔」と表現する文脈も、明治のキリスト者の文学(詩を含む)に始まる(井上『恋愛小説の誕生』)。
 こうした新しい恋愛に目覚めた女性とは、虚子にとって誰であったかと言えば、糸夫人とその周辺に求められる。
 明治三十二年五月、虚子は大腸カタルを発病、神田駿河台山龍堂病院に入院、六月から七月まで、修善寺温泉で療養。虚子は「浴泉雑記」にその間の消息を書き、「エデンの神は余に一個の福音を与えた」としている。虚子の岳父大畠豊水はハリスト正教会の熱心な信者で、後の糸夫人も神田のニコライ女学校で学んだ。修善寺の投宿先である新井屋の若女将相川つるも、糸とニコライ女学校の同級生であった。
 糸夫人とその周辺から、虚子はキリスト教に接したわけである。こういう背景から、掲句の女は、舶来の「純愛」を求め、「薔薇」を、そして「聖書」を虚子に貸したことになる。
 なお、糸夫人との馴れ初めは、「純愛」というには余りに陰影に富んでいる。糸は前橋の生まれで、父は元前橋藩士、神田淡路町で高田屋という下宿を営んでいた。長女が台所、次女の糸は下宿生を世話した。その縁で先に東京に出ていた虚子の親友河東碧梧桐と婚約していたが、天然痘で彼が寝込んでいる間に、虚子が現れた。明治三十年六月に虚子と糸は結婚、翌年三月には早くも長女真砂子が生まれているから、今日でいう「出来ちゃった婚」なのである。
 この時期虚子も良心の呵責に耐えながら、「殆んど百日間苦悶の結果、終に大畠豊水第二女「糸」なるものは小生が偕老同穴の友たるべきものと決心仕り候」と子規に手紙で打ち明けている。
 虚子より長生きした糸夫人のことを想起するとき、晩年の虚子にとってその家庭の起源を想起させるのがキリスト者の世界であり、一種の懐かしさと余裕の心を以て、その「女」を思い起こしていただろうことが想像できるのだった。
『虚子百句』より虚子揮毫
25 薔薇くれて聖書かしたる女かな 26 上人の俳諧の灯や火取虫
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国立国会図書館デジタルコレクションより
___________________________
井上 泰至(いのうえ・やすし)   1961年京都市生まれ 日本伝統俳句協会常務理事・防衛大学校教授。 専攻、江戸文学・近代俳句
著書に 『子規の内なる江戸』(角川学芸出版) 『近代俳句の誕生』 (日本伝統俳句協会) 『改訂雨月物語』 (角川ソフィア文庫) 『恋愛小説の誕生』 (笠間書院)など 多数
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nekotubuyaki-blog-blog · 6 months ago
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2024年の「おっ!」と思った本を思いつくままに(相当なもれはあるけれど)
2024年の「おっ!」と思った本を思いつくままに(相当なもれはあるけれど)
『その昔、N市では カシュニッツ短編傑作選』(マリー・ルイーゼ・カシュニッツ著/酒寄進一訳/装画:村上早/装幀:岡本歌織/東京創元社/Kindle版) 『いずれすべては海の中に』(サラ・ピンスカー著/市田泉訳/竹書房文庫/Kindle版) 『11の物語』(パトリシア・ハイスミス著/小倉多加志訳/ハヤカワ・ミステリ文庫/Kindle版) 『失われたものたちの本〈失われたものたちの本〉シリーズ』(ジョン・コナリー著/田内志文訳/創元推理文庫/Kindle版) 『カモメに飛ぶことを教えた猫』(ルイス・セブルベダ著/河野万里子訳/白水uブックス/Kindle版) 『大いなる眠り 新訳版』(レイモンド・チャンドラー著/村上春樹訳/ハヤカワ・ミステリ文庫/Kindle版) 『P+D BOOKS 夜風の縺れ』(色川武大著/『夜風の縺れ』解題:木下弦/P+D BOOKS/小学館/‪Kindle版)‬ 『恐婚』(色川武大著/文春ウェブ文庫/文藝春秋/Kindle版) 『友は野末に─九つの短編─』(色川武大著/対談:嵐山光三郎/インタビュー:色川孝子/あとがき:色川孝子/新潮社/Kindle版) 『遠景・雀・復活 色川武大短篇集』(色川武大著/講談社文芸文庫/Kindle版) 『百』(色川武大著/川村二郎解説/新潮文庫/Kindle版) 『小さな部屋│明日泣く』(色川武大著/内藤誠解説/講談社文芸文庫) 『後藤明生・電子書籍コレクション 挟み撃ち』(後藤明生著/アーリーバード・ブックス/Kindle版) 『しあわせの理由』(グレッ��・イーガン著/山岸真編、訳/ハヤカワ文庫SF/Kindle版) 『祈りの海』(グレッグ・イーガン著/山岸真編、訳/ハヤカワ文庫SF/Kindle版) 『ひとりっ子』(グレッグ・イーガン著/山岸真編、訳/早川書房/Kindle版 『モナリザ・オーヴァドライヴ』(ウィリアム・ギブスン著/黒丸尚訳/ハヤカワSF文庫/早川書房/Kindle版) 『カウント・ゼロ』(ウィリアム・ギブスン著/黒丸尚訳/ハヤカワSF文庫/早川書房/Kindle版) 『ニューロマンサー』(ウィリアム・ギブスン著/黒丸尚訳/ハヤカワSF文庫/早川書房/Kindle版) 『ソラリス』(スタニスワフ・レム著/沼野充義訳/扉デザイン:岩郷重力+N.S/ハヤカワ文庫SF/Kindle版) 『来世の記憶』(藤野可織著/装画:濱愛子/装丁:名久井直子/角川書店/Kindle版) 『ピエタとトランジ<完全版>』(藤野可織著/挿絵:松本次郎/講談社/Kindle版) 『青木きららのちょっとした冒険』(藤野可織著/講談社/Kindle版) 『芸者小夏』(舟橋聖一著/講談社文芸文庫/Kindle版) 『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』(川本直著/装幀:坂野公一+吉田友美+島﨑肇則(welle design)/装画:TANAKA AZUSA/河出書房新社) 『好色五人女』(井原西鶴著/田中貴子訳、解説/装画:望月通陽/光文社古典新訳文庫/Kindle版) 『アルマジロの手─宇能鴻一郎傑作短編集─』(宇能鴻一郎著/鵜飼哲夫解説/カバー装画:九鬼匡規「吸血娘 陰 晒」/新潮文庫/Kindle版) 『姫君を喰う話 宇能鴻一郎傑作短編集』(宇能鴻一郎著/篠田節子解説/新潮文庫/Kindle版) 『私説聊斎志異』(安岡章太郎著/講談社文芸文庫/Kindle版) 『水車小屋のネネ』(津村記久子著/イラスト:北澤平祐/装幀:中嶋香織/毎日新聞出版/Kindle版) 『ベートーヴェン捏造』(かげはら史帆著/カバーイラスト・章扉イラスト:芳崎せいむ/柏書房/Kindle版) 『沢蟹まけると意志の力』(佐藤哲也著/Tamanoir/Kindle版) 『人喰い⭐︎頭の体操』(深掘骨著/表紙デザイン・ファイル作成:甲田イルミ/惑星と口笛ブックス/Kindle版) 『世紀末探偵神話 コズミック』(清涼院流水著/本文デザイン:熊谷博人/扉作成:小石沢昌宏/梗概構成:みずさわなぎさ/講談社/Kindle版) 『富士日記 上中下合本 新版』(武田百合子著/巻末エッセイ:武田泰淳、大岡昇平、しまおまほ、武田花/中公文庫/Kindle版)『西荻随筆』(坂口安吾著/青空文庫/Kindle版) 『鮎の宿』(阿川弘之著/講談社文芸文庫/Kindle版) 『春の華客/旅恋い 山川方夫名作選』(山川方夫著/川本三郎解説/年譜・「人と作品」坂上弘/講談社文芸文庫/Kindle版) 『P+D BOOKS 緑色のバス』(小沼丹著/小学館/Kindle版) 『ミス・ダニエルズの追想』(小沼丹著/巻末エッセイ:大島一彦/装幀:緒方修一/幻戯書房/銀河叢書) 『タマや』(金井美恵子著/講談社文庫) 『陽だまりの果て』(大濱普美子著/装画:武田史子「温室の図書館」(エッチング、アクアチント、二〇一七年)/装丁:大久保伸子/国書刊行会/Kindle版) 『まだ、うまく眠れない』(石田月美著/カバー画:beco+81/デザイン:観野良太/文春e-book/文藝春秋/Kindle版) 『ロバート・オッペンハイマー 愚者としての科学者』(藤永茂著/ちくま学芸文庫/筑摩eブックス/Kindle版) 『何かが空を飛んでいる』(稲生平太郎著/国書刊行会/Kindle版) 『バッタを倒すぜ アフリカで』(前野 ウルド 浩太郎著/装幀:アラン・チャン/光文社新書/Kindle版) 『美術の物語 ポケット版』(エルンスト・H・ゴンブリッチ著/田中正之著/天野衛、大西広、奥野皐、桐山宣雄、長谷川宏、長谷川摂子、林道郎、宮腰直人訳/河出書房新社) 『人間臨終図巻 上下巻』(山田風太郎著/徳間書店) 『世界神秘学事典』(荒俣宏編/平河出版社) 『地衣類、ミニマルな抵抗』(ヴァンサン・ゾンカ著/宮林寛訳/まえがき、カバー写真:大村嘉人/序文:エマヌエーレ・コッチャ/みすず書房) 図録『特別展 はにわ』(東京国立博物館、九州国立博物館、NHK、NHKプロモーション、朝日新聞社編集) 図録『特別展「鳥 〜ゲノム解析が解き明かす新しい鳥類の系統〜」』(日本経済新聞社、日経サイエンス編集) 『バーナード嬢曰く 1-7巻』(施川ユウキ著/一迅社/電子書籍版) 『映像研には手を出すな!1-9』(大童澄瞳著/ビッグコミックス/小学館) 『志村貴子短編集 まじわる中央感情線』(志村貴子著/河出書房新社/電子書籍版) 『青い花 全8巻』(志村貴子著/太田出版) 『放浪息子 全15巻』(志村貴子著/エンターブレイン) 『サードガール 全8巻』(西村しのぶ著/小池書院) 『ファミリー! 全11巻』(渡辺多恵子著/フラワーコミックス/小学館/電子書籍版) 『一級建築士矩子の設計思考1-3』(鬼ノ仁著/日本文芸社/電子書籍版) 『えをかくふたり1 DRAWING BUDDY』(中村一般著/ゲッサン少年サンデーコミックススペシャル/小学館/電子書籍版)
注)一部、再読を含みます
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takmiblog · 9 months ago
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Free Jazz in Tokyo
 「師匠に刺して来いと言われたら、行ってたと思うよ」ー1988年の10月の終わり、西麻布の「ロマーニッシェス・カフェ」のライブにギターとターンテーブルの大友良英が初めて出演した。当日は、ギターの渡辺香津美を加えて「マウンテン」というバンドを結成していたベースの井野信義とドラムの山木秀夫のデュオだったが、そこに急遽加わることになった。だからチラシにも乗ってないし記録からも漏れていたりする。70年から遠く経ていたとはいえ、命を刻む音楽とその概念が生む思考の差は派閥を生んでいた。苛烈なフリー・ジャズの世界では特にそうであった。巻頭の言葉は、敵の陣営の刺客となることを甘んじて受けていただろう、と当時を回顧して大友良英が言った言葉だ。それほど五体投地していた師匠の高柳昌行に、音楽上の理由でパージされていた身の大友良英を兄弟子の井野信義が誘い込んだのだから、その複雑さは今尚残っている。対して、間章~近藤等則ラインを思えば近藤等則~山木秀夫ラインと続く訳で、解析は音楽家の脳内を探ることほかない。  真剣勝負は時代と寝ない者たちにとっては、いつであっても普段の姿勢が当然だろうが、時はバブル時代だった。12月には表参道に今もあるスパイラルホールのイベントを考えてくれないかと、友人の長井八美(青い鳥創業代表)から頼まれた。アバンギャルド思考の俺は、ベルリンから帰国中の高瀬アキと能管の一噌幸弘を無責任に初対面させた他、拡声器の歌手ジミー村川のバンド、三つ目にピアノの黒田京子が主宰していたORTというユニットの「機械仕掛けのブレヒト」を呼んだ。特にベルリンということもあって、演劇とのミクスチャー表現が好きだった。メンバーは黒田京子の他、サックスの篠田昌巳に広瀬淳二、そして大友良英だった。ターンテーブルの他カセットテープで妖しげなベルリンと今日の東京を切り結ぶSEを音楽に絡ませていた。彼が当時所属していたバンドはこれ位しか知らなかったし、仲間の広瀬淳二とライブをやったり、デュオのカセットを出したり、後は富樫春生と塩井るりのMAOとやったライブもあったっけ。以上三バンドが一階のスパイラルガーデンで展開して、三階では近藤等則の「IMA」が同時多発していた。こんな乱暴な風景がバブルの時代に、バブルの時代だから出来ていたのか、当たり前のことだが、青山の中心地で良く許されてスポンサーも金も出していたと思う。  バブルよ今夜もありがとう的に言えば、時を同じく、64号で触れた「ロマーニッシェス・カフェ」の東京FMによる月一回の生中継実況放送の最後のライブに、常連だったジョン・ゾーンに出てもらい、共演者の高橋悠治と寸分も相手に隙を見せない緊張のバトルを繰り広げた。“あぶなかった実験企画”は、真の意味であぶない実況中継ライブを終えたことで、成功したと言うべきなのだろう。  そんな時代に関わらず、下北沢には表立ったバブル現象は見られなかった。というより、80年代前半に下北バブルに見舞われたというのが持論だが、その反動で世の流れを受けなかったとも言えるし、元々自立した<村という街>でもあった。よそ者の闖入を歓迎するかと思えば元来の排他性を表に出してくるといった変な矛盾現象が昔から有る。元々よそ者の俺はそれが嫌だったのと、当時渋谷や青山よりテナント料が高騰したことに腹を立てて、西麻布に支店を出した経緯も有った。ジョン・ゾーンが西麻布で最後の生中継ライブを終えた数日後の12月、ヴォイスの天鼓が毎月相手を選んで対マン勝負をして行くという企画を立てて、一回目の相手はジョン・ゾーンだった。ジョンのウエルカム・トゥ・シモキタザワだったが、その余りにもノイジーな轟音に切れた酔客が演奏者に割って入り、演奏妨害行為をしたのはよそ者への洗礼だったのか、おちゃらけだったのか!いずれにしても、これを契機にしてフレッド・フリス、トム・コラ、マイケル・チャドボーンなど英米派が、既に出演していたアレキサンダー・V・シュリッペンバッハやハンス・ライヒィルなどドイツ派と入り乱れて行き、日本の渋谷毅や梅津和時、吉沢元治や豊住芳三郎が受けて立って行くのだが、そこに大友良英が加わるのにさほど時間は掛からなかった。
(https://bigtory.jp/tokyo/tokyo_zpn67.html)
LADY JANE
バブル時代にフリー・ジャズは流れる [ZIPANGU NEWS vol.75]より
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bearbench-3bun4 · 11 months ago
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「虚無への供物」中井英夫 2231
第二章
23犯人たちの合唱01
密室で橙二郎が殺されます。 この節は「犯人たちの合唱」です。
合唱とは、多人数で各声部の声が互いに和声をなしながら、全体で一曲をなすように歌うことです。 橙二郎の犯人として何人かが疑われるということなんでしょうか?
こういうのって、疑われない人が一番怪しいんですよね。
七荘目が終わって、八田皓吉の声が響きます。 その声に真っ先に反応したのは、藤木田です。 それから、皆も飛び出し、一斉に二階を見上げます。 気のせいかガスの甘い匂いが、このあたりにも漂ってくるようです。
どうやらこれで、二階でのガス漏れが起こったことがわかります。 これで、橙二郎がなくなります。
現在は、ガスで中毒になることは無いと思います。 でも、昭和30年代は、都市ガスは可燃性成分として、一酸化炭素ガスが含まれていたため、 使用者の不注意などでガスが漏れ、中毒事故につながることがあったみたいです。
とはいえ、 本来、ガスは無色、無味、無臭、無毒の物質なので、匂いをわざとつけているのです。 となると、このガスの匂いとは何でしょうか? 実は、『付臭装置』を各事業者で設置するようにという取り決めが昭和39年にあり、それ以降なんです。 この小説が書かれた頃は、ガスに匂いがついていたかもしれませんが、昭和30年頃ではありえないことになります。
まあ、小説ですからね。
その後、 二階の書斎、橙二郎が眠っているであろう書斎のドアを確かめます。 二つ有る入口の鍵はかけられていると書かれています。 このあたりは重要な気がするのですが、どういうわけかこの部分は曖昧に書かれています。 というか、二つ有る入口の鍵がかけられていては、入れませんから、密室だということにはなりそうです。
二つのドアを確かめる途中で、化粧室に染みつくほどの臭気に満ちていたとありますが、 書斎とは関係ないのですから、ここがきっかけでガスの匂いに気がついたとしても、 直接の橙二郎の死とは関係ないはずなんですが、 どうしてこの部分が挿入されているのでしょう?
さて、二つのドアに鍵がかかっていて、どうやって書斎に入るのか? 蒼司が階段側のドアは鍵ばかりでなくナイトラッチがついているから こちらを試そうといって、何とかドアを開けます。 つまり書庫側のドアの鍵を開けたということだと思いますが、 正直、階段側のドアに付いているナイトラッチは、案外簡単に開けらるんじゃないかと思うのですが。
まあ、いずれにしろ、 書斎に踏み込むと、 器具栓や部屋の隅の元栓から音を立ててガスが噴出している、 ベッドには橙二郎の死体が有る。 という状態でした。
蒼司は、電話で嶺田医師を呼び出す。 八田皓吉は放心したようにへたり込む。 藍ちゃんと藤木田老人は書斎の窓をあける。 と行った具合に行動を起こします。 この時、藍ちゃんと藤木田老人は濡れ手拭いで顔を覆うとありますが、 普段から手拭いを持ち歩いていたとも考えられますが、 でないとすると、濡れ手拭いは蒼司が用意したのでしょうか? 準備がいいようなきもしますね。
あと、亜利夫の行動が全然書かれていません。 呆然としてたのでしょう。 その理由がこのあとわかります。 この事故と思われる出来事の原因を作ったのは自分ではないかと思ったのです。
蒼司が気がついたようにいいますが、 要は、ガスの元栓を一旦締めて、それをまた開けたために、二階の書斎のガスストーブからガスが漏れた状態になったというのです。 正確には、八田皓吉が十二時ごろに締めて、亜利夫が、二時半にそれを開いたのです。 亜利夫は、そのことに思い当たって、呆然としていたのですね。 藤木田老人もそのことに思い当たったみたいです。 で、皆が多少なりとも責任を感じています。 この節のタイトル「犯人たちの合唱」となるわけですね。
ただし、二時半丁度になるはずのない電話のベルが鳴りかけたのかは、疑問として残っています。
皆と違って、蒼司が、きびきび対応しています。 まず、産院に電話をして吉村夫妻を呼びだし橙二郎の急死を告げ、 警察から調べのいった場合の圭子夫人の応対と銀行筋にてをまわして新聞関係を頼んでいます。 その後、静な声で皆に余計なことを言わないようにいいます。 皆は、黙り込んでいますが、亜利夫はつい疑いを口に出してしまいます。 「橙二郎さんは本当にストーブを付けっぱなしにして寝込んだんだろうか」 蒼司は、あとから警察の人がきていやといううほど調べてくれるといいます。
藍ちゃんも疑問を投げかけます。 書斎に有るはずのないものがあったとです。 蒼司がどう説明したのかだいぶ藍ちゃんも落ち着いたらしく、何も言わなくなります。
この後、亜利夫の目線で、書斎の中の様子が描かれます。
・階段側のドアは、死体発見当時はナイトラッチもとざされ鍵も内側からかけたままだったし僅かな���間もない。 ・空気抜きの小窓は小さな引き違い戸だが外に鉄棒もはめられていて埃の積り具合からみても動かされた気配はまったくない。 ・書庫の側のドアも同じように内側から鍵がかけられ鍵は鍵穴にささったままで僅かな隙間さえ見当たらない。 ・西向きの小窓はどれにも掛け金がおりていてその外は厳重な鉄格子で檻のよう。 ・南向きの大きな三枚ガラスの窓はどれにも掛け金がおりていて鉄格子で人の出入りを許さない。 ・先月の中頃にありふれた花模様に帰られた壁紙やじゅうたんも異常はない。 ・天井からはこの上もなく頑丈そうな紫水晶を飾り立てたシャンデリアが垂れている。 ・床には古風な飾りのついたガスストーブが置かれている。 ・広々とした机と椅子、橙二郎を連れ出して乱れたままのベッド。 ・飾り戸棚に草根木皮をおさめてガラス瓶が並べられている。 ・足の裏に“縄文後期・群馬県”と書かれている、単純な目と口に稚拙な手足のついた奇妙な土偶。 ・足の裏に“メキシコ・ハリスコ州出土”と書かれている、単純な目と口に稚拙な手足のついた奇妙な土偶。 ・机の上に愛くるしい笑いの粋な赤い上着を着せられて真新しい兵隊の人形がひとつ。
これだけ読むと、完全な密室ですね。 ただ、亜利夫の目線なんですよね。 でも、この密室をどう破るのか楽しみですね。
気になるのは、四時間近くガスが漏れたということになります。 そんな状態で、化粧室には染みつくほどの臭気に満ちていたといい、 それと比較して、書斎はそれほどでもなかったということなんでしょうか? どうして、化粧室には染みつくほどの臭気がみちていたのでしょう?
ところで、 レッテルを貼ったガラス瓶とあるので、その内容が羅列されているけど、レッテルにそう書かれているということでしょう。 ガス中毒なら、これらは全然関係なんでしょうが、わざわざ書いているのはなんででしょう? ちなみに、 海金砂(かいきんしゃ)・・・利水通淋でき、淋病を治療する常用薬である。 脾虚太過の全身浮腫にも用いられる。 腎陰虚には使用しない。 南蛮毛(なんばんげ) ・・・尿の出をよくし、むくみの改善に、利尿作用があるため、さまざまな原因のむくみを改善します。 お茶として飲むことで高血圧や糖尿病、腎結石の予防、水太りタイプの解消、胆石や黄疸の改善などに有効です。 さいかち(皀莢)・・・中国産のトウサイカチの豆果は生薬「皂莢子(そうきょうし)」あるいは「皂角子(そうかくし)」でトリテルペノイドサポニンのほかにスチグマステロールなどが含まれ、去痰作用や殺菌作用が報告されている。 またサイカチの刺も中国では薬用とされる。 白刀頭(はくとうず)・・・血液・体液の流れを���進します。 また、膿を排出したり炎症を抑える働きがあり、歯ぐきの腫れや出血などの炎症を改善します。 免疫力を高める働きがあり、アレルギー症状を緩和します。 また、口腔内の善玉菌をバランスよく維持します。 蘇鉄実(そてつじつ)・・・秋に収穫した実を日陰で乾燥させたものは「蘇鉄実(そてつじつ)」という生薬になり、主に煎じて用いられます。 せき止め、胃痛に効果があるとされていますが、ほかにも切り傷の洗浄に用いられたり、他の生薬と組み合わせて胃がん、肺がんにも用いられます。 地黄(じおう)・・・補血・強壮の薬として、貧血や虚弱体質の改善に使ったり、血が薄くて体力がない人、血がドロドロしていて打撲時に内出血しやすい人にも処方します。 ほかの生薬と組み合わせることで、血行不良によるしびれ、鼻出血、子宮の出血、乾燥性便秘、糖尿病、皮膚の乾燥やかゆみ、前立腺肥大などにも幅広く用いられています。 川骨(せんこつ)・・・概要 利尿、利水の効があり、浮腫、打撲傷などに用います。浄血薬として産前産後、月経不順、血の道症などに、また鎮静薬として婦人の神経興奮状態のときに応用します。 その他体力増進剤として疲労回復に、発汗薬として風邪に、健胃薬として胃腸病等の家庭薬に配剤されます。 天麻(てんま)・・・甘平柔潤で肝経に入り、平肝熄風・定驚の効能をもち、頭目眩暈・痙攣抽搐・肢体麻木・手足不遂などすべての風証に適し、とくに眩暈によく用います。 また、通絡止痛の効能もあり、風湿痺着・麻木酸疼・中風癱瘓(たんたん)に使用されます。 香付子(こうぶし)・・・辛散・苦降・甘緩で芳香走竄し、平性で寒熱に偏らず、理気の良薬であり、舒肝理気解鬱に働き、三焦気滞を消除します。 気行れば血行り、肝気が舒暢すれば血行は通暢し、気血が疏泄調達すると月経は調い疼痛が止むので、調経止痛の要薬でもあります。 白南天(しろなんてん)果実にはアルカロイドのドメスチンやイソコリジンなどが含まれ、ドメスチンには知覚神経や末梢神経を麻痺させ、心臓の運動を抑制する作用がある。 漢方では止咳の効能があり、咳嗽や喘息に用いられる。 というところでしょうか?
嶺田医師が駆けつけ、橙二郎の遺体は病院へ運ばれます。 真名子肇(なまこはじめ)巡査部長が昼近くにやってくることになります。
つづく
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takigawa · 1 year ago
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今日は東京都港区立 #氷川小学校 の同窓会でした。 https://x.com/takigawa_w/status/1794322941305663858?s=46&t=8Vf8aUwk_B-ZbQ5UAGv05w 氷川小学校は #勝海舟 の晩年の家として有名です😃 ところが初耳だったのが #忠臣蔵、#赤穂事件 の時には #浅野内匠頭 の屋敷で #赤穂浪士 が集まり近くの #南部坂 を下り #吉良上野介 邸に向かったという事‼️ 南部坂と言えば、忠臣蔵の「#南部坂雪の別れ」の場面で有名です。 氷川小学校の愛唱歌には勝海舟も #西郷隆盛 も #坂本龍馬 も出てくるのですが、赤穂浪士は全く出てきません😅 教えてよ〜❣️ 同窓会と言っても小2の時に転校して行ってしまったのでそれ以来の参加でした😃 当時、氷川小学校は創立60周年を迎えて校庭に生徒で人文字を描いて、ヘリ🚁で撮影したのが添付の写真です。 僕が氷川小学校二年生の時に仲良しだった機屋(はたや)の息子のN君と、材木屋さんの息子のK君のウチに遊びに行った帰りに、なんと!N君は僕の目の前でクルマにはねられてしまったのです。 本人から聞いたのですが昭和44年4月4日午後4時の出来事です。 僕はかなりショックでお見舞いに行った微かな記憶がありますが、すぐに そこからドミニカ共和国🇩🇴の小学校に転校してしまったのです。 携帯電話もインターネットもSNSも無い時代に小学生が転校すると連絡は途切れてしまったのです。 僕は小5までドミニカ共和国に居て、そこから文京区立の小学校に入りました。 時は流れて私立高校に入る事になり、渋谷のデパートで制服を作るべく母と姉と制服売り場に居たところN君から「タキガワ君ですよね」と声をかけてくれたのです😃 何でもN君は僕の母の顔を良く覚えていて更にデパート係員に出した「瀧川正靖」のフダ?を見て確信したようです。母もN君を覚えていたと! そして僕の記憶も甦りN君と再会を祝ったのです😃更に同じクラスになりました。 N君とは大学は別々になったので、また、連絡は途絶えました。まだまだ携帯電話もインターネットもSNSも無い時代です。 ある日mixiというSNSにハマっていた頃、「アレ?N君かな?」という書き込みを読んだ僕は彼が書いていると思われるブログに辿り着きました😊 そこでメッセージをして再び再開できたのです。 更にFacebookでも繋がり直して、僕にとっては小2のある日に目の前でクルマに跳ねられたN君と同窓会で会えるようになった訳です❣️ 本当にSNSのチカラは凄いし、今日は他に8人の同窓生(クラスが1つだったので同級生でもあります)にもお会いできました♬ 大学教授やリアルエステート事業家、音楽家や歴女もいらして良い意味で不思議な気持ちです。 また勝海舟のご子孫の故・勝芳邦君はN君と僕の高校時代の同学年で成績抜群でした、そんなご縁もあります。 更に吉良上野介の先祖は今川家と繋がりがあり、その今川家のご子孫が前の会社で仲間で(先日、奥様のピアノリサイタルにお伺いしたところだったし)僕の先祖は織田信長の家来で桶狭間の戦いに参加したので、そこも歴史の不思議な巡り合わせなんだなぁと思ったりしてます。 最後に「東京には江戸時代からの南部坂がふたつあります。一つは、赤坂の南部坂で、もうひとつは有栖川宮記念公園の脇にある南部坂です。  どちらの南部坂も坂のそばに南部家の屋敷があったため、その名前が付けられました。  ただし、赤坂の南部坂のほうが麻布の南部坂よりも古い歴史があります。  というのは、江戸時代の初めに、南部藩の屋敷は赤坂にありました。  そして、現在の有栖川宮記念公園には、浅野家の下屋敷がありました。  それが、明暦2年(1656)に南部家の中屋敷と浅野家の下屋敷の交換が行われました。」僕は氷川小学校の前には霊南坂教会⛪️がやって霊南坂幼稚園の卒園生なので、結婚する際に霊南坂教会に結婚式をさせてくださいとお願いに行きました。ところが信徒でない方はダメとアッサリ断られてしまったので、麻布南部坂にある麻布南部坂教会⛪️で挙式をあげました。この南部坂は、新しい方の南部坂で「南部坂 雪の別れ」が氷川小学校のそばの南部坂なのです。 日本という同じ歴史を長く共有している空間では色々な見えない繋がりが存在していて、あなたもいま隣の方とお話しすれば、不思議な縁が判明するかも知れませんね❣️😃 https://wheatbaku.exblog.jp/19732700/
https://x.com/takigawa_w/status/1794322941305663858?s=46&t=8Vf8aUwk_B-ZbQ5UAGv05w
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catonoire · 2 years ago
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銀座の小さな春画展(前期)
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ギャラリーアートハウスで「銀座の小さな春画展」の前期展示を見る。公開されることの少ない春画に特化した、小規模ながら貴重な企画展である。チラシ等にメインで使われている北斎の「喜能会之故真通」は通期展示とのこと。
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チラシ裏面に載っているのは、勝川春潮「好色図会十二候」および「男女色交合之絲」。春潮の男女は、やたらほっこり幸せそうに見え、爛れた関係などではない、おだやかな和合を連想させる。
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展示作品は男女の交合を描いた作品が主だが、中には男1人と女2人の組み合わせ、女2人の組み合わせ、牡犬と人間の女の組み合わせのようなものもあった。以下、いくつかの作品について簡単に触れる。番号は展示リストに拠る。
7. 磯田湖龍斎「女夫まねゑもん」。鈴木春信のまねゑもんシリーズに倣ったものと思われる。まねゑもんは、仙薬を飲んで小さくなり、好色修行をするという設定。
8. 磯田湖龍斎「色道取組十二番」。女が手紙か何かを書いていたところへ男がやってきたようだが、交合中も女は筆を持っており、手紙を書いていた紙が墨で汚れてしまっている。筆とか墨とかに隠喩があったりするのだろうか。
9. 北尾重政「笑本 春の曙」。「腎虚せぬ人」と読める文字が書いてあるので男はおそらく絶倫で、急に女といたしたくなった模様。床には春画らしきものが広げて置いてある。
10. 北尾重政「好女 談合柱」。男は「そのようにせっつくな」などと言っているが、女は「ぐっとだきしめて下さんせ」と男に迫っている。
12. 勝川春章「拝開よぶこどり」。左下に、欠伸しながらそっぽ向いてどこかへ行こうとしている猫がいる。猫のセリフがきっと面白いだろうと思うのだが、自分には読めず。
13. 喜多川歌麿「願ひの糸ぐち」。鏡に女のつま先だけが映っている構図がちょっとなまめかしいかもしれない。
14. 勝川春潮「好色図会十二候」。上のチラシ裏面参照。春潮の、男女が最高に幸せそうに見えるやつ。
16. 勝川春潮「男女色交合之絲」。くしゃくしゃになった使用済懐紙がリアル。他にも使用済懐紙を描きこんだ作品がいくつもあるので、定番のモチーフだったのか。
18. 喜多川歌麿「絵本笑上戸」。部屋の外に食器が置いてある。何を食べたのか気になる。
19. 喜多川歌麿「絵本笑上戸」。交合中、女が男の上で三味線を弾いている。エキセントリックなプレイだな……。
21. 歌川国貞「吾妻源氏」。ネコの交尾を貴族風男女が眺めている図。
22. 歌川国貞「吾妻源氏」。男女の交合の場面に子どもが居合わせる図。服装からして女は花魁。男は客か間夫か。子どもは禿(かむろ)であろうか。
23. 歌川国貞「吾妻源氏」。男女の接合部から稲光のようなギザギザが発生している。
24. 鳥橋斎栄里「婦美の清書」。女は日本人のようだが男は灰色の肌にとんがり爪をした西洋人風。右下に香炉のようなものも見えるので、異国情緒を表現したものか。
25. 鳥橋斎栄里「婦美の清書」。女2人の交合。1人が黒い張形を腰に装着し、もう1人はそれを待ち構えている模様。
27. 歌川派「扇面男女図」。女の尻のラインが少し立体的に加工してある。全体に使用済懐紙が描き込まれている。
34. 葛飾北斎「喜能会之故真通」。あまりにも有名な北斎の海女と蛸。カタカナで書かれた擬音がおもしろい。「ヨウヨウサァデヱハアハア」みたいな感じ。
35. 葛飾北斎「万福和合神」。右下にネズミが3匹。
36. 葛飾北斎「万福和合神」。左下にある食べ物が気になる。何らかの煮物?
37. 葛飾北斎「多満佳津良」。行水中の女と事に及ぶ図。行水桶の脇にあるのはぬか袋か何かだろうか?
38. 溪斎英泉「笑本戀ひの糸竹」。女のセリフ「エヽモウはやくいれるともどうともしておくれよウ」(←たぶん少し不正確)。
撮影可の作品が5点あったので、最後にそれに触れる。ただしTumblrのガイドライン的にNGをくらったため画像は載せられない。
歌川国芳「逢見八景」より3点。「逢見」は「近江」と掛けてあり、名所図会風である。1枚目は男女の接合部に何らかの体液があからさまに描かれている。2枚目は春画を見ながら交合しているように見える。3枚目には男性器は描かれず。
歌川国虎「センリキヤウ」2点。何部屋もある広��室内に多数の人物がいる画が1点、その中で人目を忍んで交合する男女を拡大して描いた画が1点。
それにしても、自分がくずし字を読む能力に欠けているのがつくづく残念だった。文字のない絵だけの作品もあるし、絵を見るだけでもじゅうぶん楽しめるのだが、文章が添えてある作品も多く、読めるところだけ読むと思わず笑ってしまいそうな面白おかしさがあったので、もし全部読めたらどんなによかっただろうと考えずにはいられなかった。
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blue-item · 2 years ago
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ゲスト◇杉田せつ子(Setsuko Sugita) ヴァイオリン奏者
バロック時代のストラディヴァリウスやグァルネリウスなど、名だたる名器の多く製作された往時に倣い、金属を使用しない羊腸弦(ガット弦)を自身のヴァイオリンに試みたところ、たちまちにしてその音色や感触の魅力に惹き込まれたことに端を発し、2005年フレンツェでエンリコ・オノフリの演奏に瞠目の感銘を受けたことから、現在ではバロックからモダンのほぼ全ての楽曲を、自身のために製作されたバロック仕様のヴァイオリンと様々な時代様式の弓を使用し演奏している。 2006年から2009年にかけてポルトガル,リスボンの古楽オーケストラ、ディヴィーノ・ソスピーロの公演や録音に多数参加。以降、東京で古楽プロジェクト“Cipango Consort(チパンゴ・コンソート)”を立ち上げ、オノフリの来日公演、共演公演の企画運営も多数行い、公演の模様はNHK-BSテレビやNHK-FMでも放送され大きな反響を得た。また、CDジャーナル、モーストリークラシック、音楽の友など、多くの音楽誌上においても年間ベスト10 やベスト5のコンサートとして選出された。2008年に録音されたオノフリのソロCD「The secrets of Baroque Violin」では唯一の二重奏曲で共演し、フランスのディアパゾン誌上で賞讃されるなどした。これまでに福岡古楽音楽祭、東京・春・音楽祭、北とぴあ国際音楽祭、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン、春川音楽祭(韓国)で演奏。異色コラボレーションとしては、2018年7月大歌舞伎の市川海老蔵主演「源氏物語」の舞台にバロック・ヴァイオリンで参加、東京の歌舞伎座でひと月連日大入り満員の舞台を経験することとなった。過去には市川右團次主演の「ミッシングピース」=作曲:千住明,の舞台に参加するなど、千住明作品の録音や公演においてコンサート・マスターを多く勤め、NHK連続テレビ小説やNHK大河ドラマ、民法各局のテレビドラマ、映画などの録音にも度々関わってきた。2017年スイス-ラ・フォリア古楽音楽祭への出演を皮切りに欧州においても演奏活動を開始。2018年4月には、ドイツでエンリコ・オノフリ率いる ”Imaginarium Ensemble”の一員としてCDレコーディングに参加。また6月には、チューリッヒ歌劇場でプレミエを迎えたミルコ・ラザール作曲のバレエ「チェンバー・マインド」、「ファウスト」、の劇中で演奏されたチェンバロとバロック・ヴァイオリンのための二重奏曲を世界的に活躍するチェンバリスト北谷直樹氏(スイス在住)との共演にてCD録音、秋にはクロアチアで開かれる音楽祭にソリストとして招かれ独奏と室内楽での公演、冬にはブリュッセルの著名なアンサンブル"イル・ガルデリーノ"の公演(ベルギー/オランダ)に参加。2019年3月、オノフリの主宰するイマジナリウム・アンサンブルの来日公演で共演。また、4月にベルリンで行われたイル・ガルデリーノの演奏会に再び参加。また前述のミルコ・ラザール作品のCD(チェンバロ北谷直樹、ヴァイオリン杉田せつ子)が299レーベルより5月にリリースされ音楽現代誌では推薦盤、レコード芸術誌では准推薦に選出された。また2019年8月に行われたダ・ヴィンチ音楽祭(日本/川口)にチパンゴ・コンソートとして参加。この音楽祭を総合監督する濱田芳通氏は、これまで数々のオペラ公演を輝かしい成功へと導いてきたが、その公演にコンサート・マスターとして多数参加している。また同年欧州で発売されたオノフリとの共演CDはディアパゾン金賞を受け、さらに1年を総じて贈られる金賞大賞を受賞した。コロナ禍に数々の公演を断念する日々が続いたがようやく本年2021年6月、チパンゴ・コンソートの企画で新たなコンサートシリーズ「ヴァイオリンの旅」を開始。東京藝術大学を卒業後、ウィーン国立音楽大学のフランツ・サモヒルのもとで研鑽を積み帰国、2010年まで茨城大学で講師を務めた。国内ではこれまでに故井上武雄、田渕洋子、浦川宜也、澤和樹の各氏に師事。欧州でバロック・ヴァイオリンをエンリコ・オノフリに学ぶ。モダン・ヴァイオリンにて日本室内楽コンクール入選、パルマドーロ国際音楽コンクール(伊)最高位受賞。 ・杉田せつ子 オフィシャルサイト ※プロフィールは2021年のものです。
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team-ginga · 2 years ago
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映画『からっかぜ野郎』
 『日本の悪霊』に続いて珍品中の珍品映画『からっかぜ野郎』(1960)を見ました。
 どこがどう珍品かというと、主演がなんと……三島由紀夫。
 はい、市ヶ谷の自衛隊駐屯地で自決したあの三島由紀夫、『金閣寺』や『仮面の告白』や『豊饒の海』4部作を書いたあの三島由紀夫です。
 共演の若尾文子が若い! そして美しい! 水谷八重子も若くて、バナナがどうしたという訳のわからない歌を歌っています。
 船越英二(船越英一郎のお父さん)も若い! 川崎敬三(そうなんですよ川崎さん)も若い。
 志村喬だけはいつ見ても同じ!
 ジャンルとしてはヤクザ映画ということになるんでしょうね。小林旭や石原裕次郎が主役を演じそうな映画だなと思っていたら、実際石原裕次郎のために書かれた台本がお蔵入りになっていたのを使ったとか。
 そうなんだ。
 でも、ストーリーは完全に破綻している……というか、こんなシンプルな話なのにどうしてこんなことになるんだろうと思うほどヘンテコです。
 どこがヘンテコか順を追って言うとーー
 映画の冒頭、刑務所に服役中の朝比奈組二代目の朝比奈(三島由紀夫)が囚人仲間たちと一緒に上半身裸でバレーボールをしています。朝比奈は面会人がやってきたと言われますが、試合がいいところだったので、別の囚人に「お前が行って間を持たせておいてくれ」と言います。
 まずここが変ですね。刑務所に面会に来た人間に見知らぬ人間が会って何をどうするというんでしょう。何をどうすれば「間を持たせる」ことができるんでしょう。
 でも仲間の囚人は気軽に引き受け、朝比奈の上着を着て面会室に行きます。面会人の男は「お前が朝比奈か」と言って、いきなり懐からピストルを取り出し囚人を射殺ーーそのまま捕まります。
 面会人は朝比奈組と対立する相良組が差し向けたヒットマンだった訳ですが、捕まるのがわかって居るのにそんな殺し方しますかね。
 朝比奈はその日の夕方出所することになっていますが、この事件でびびったのでしょう、刑務所長にあと2、3日おいてくれと言いますが、所長は「何を怖がってるんだ」と断ります。
 いやいやいや、「何を怖がってる」って愚問じゃないですか。明らかに殺されそうになったんですから。
 とりあえず警察の車両に隠れて出所した朝比奈は朝比奈組が経営する映画館の2階で水谷八重子演じるキャバレーのホステスとベッドイン。ことが終わると別れ話を切り出しますが、それがきっかけで映画館でもぎり(ってわかるかな? 切符をもぎる役目の女性です)をしている芳江(若尾文子)と知り合います。
 で、もちろん朝比奈は芳江と恋に落ち、肉体関係をもつようになります。あるとき芳江と一緒に遊園地に出かけた朝比奈は、駐車場で小さな女の子を見つけます。カバンに書かれた名前を見ると、なんとその子は相良組の組長の娘。
 これ幸いと(?)朝比奈はその少女を誘拐し、相良組に電話をかけ、娘を返して欲しければ、相良組が持っている薬のサンプルをよこせと言います。この薬は市場に出す直前に副作用があることが明らかになり、製薬会社が秘密裏に回収していたもので、それがあれば製薬会社を脅して大金をせしめることができるのです。
 相良組組長は仕方なくサンプルを持って指定された場所(東京駅の三等待合室!)に向かいます。で、朝比奈がどうするかというと……女の子をおんぶして一人でその場所へ行きます。
 え? そんなことをしたら相良組の手のものにボコボコにされて終わりじゃないですか。
 でも相良組は全く手を出さず、相良組・朝比奈組を統括(?)する大きな組の組長が出てきて、「サンプルは私が預かる。製薬会社を脅して金を手に入れたら山分けだ」と朝比奈に言います。
 組長が製薬会社とどういう交渉をしたのかはわかりませんが、朝比奈は約束通り金を手に入れ、その金でトルコ風呂(と当時は言ってましたね。現在のソープランドです)を建て、兄弟分の愛川(船越英二)に経営させます。
 そうこうするうち芳江が妊娠します。朝比奈はなんとか堕させようとしますが、芳江は首を縦に振りません。困った朝比奈は美江を騙して、産婦人科医からもらった謎の経口堕胎薬(そんなものがあるんでしょうか)を飲ませようとしますが、勘のいい芳江は飲んだふりをして吐き出してしまいます。
 そうこうするうち芳江の兄(川崎敬三)が相良組に誘拐されます。返して欲しければトルコ風呂の権利書と白紙委任状を持って登記所まで来いと、相良組組長は言います。まあ、やり返した訳ですね。
 朝比奈は愛川に相談しますが、愛川はそんな男はほっておけと言います。朝比奈はピストルを手に相良組に殴り込みに行こうとしますが、愛川は彼を制止し、そこまで思っているならトルコ風呂の権利書を相良組に渡そう、これを機に足を洗って出直そうと提案します。
 朝比奈はトルコ風呂の権利書を相良組に渡して芳江の兄を解放させ、芳江を大阪に行かせて新しい生活を始めようと決意します。しかし、彼が東京駅で生まれてくる子どもの産着を買っているとき、背後から相良組に雇われたヒットマン(演じるは神山繁。なぜか喘息病みという設定です)が現れ朝比奈を撃ちます。
 撃たれた朝比奈がエスカレーターに倒れ込むところでジ・エンド。
 うーん、シンプルなわりに納得のいかないストーリーですね。
 三島の演技についていうと……うーん、どう言えばいいんだろう……決して棒読みというわけではないんです。むしろもしこれが文士劇なら「お上手ですね」、「玄人はだしですね」と言いたいほどです。でも、「玄人はだし」は「玄人」ではなく、あくまで「素人」ということです。
 どこがどう悪いのかと聞かれると答えられないのですが、セリフにキレがないというのかな、他の役者たちが取り立てて上手いわけではないと思うのですが、三島の演技とそれ以外の役者の演技は全く次元が違います。
 本人はできているつもりだったのかなと思っていたら……監督の増村保造は大学が三島と同期だったという気安さもあったのか、周りの人間がヒヤヒヤするほど三島に厳しく当たったそうです。
 そうなんだ……
 三島は自分に映画俳優の才能がないことを思い知ったとのことですが、それでもその後1966年に『憂国』を自らの脚本・監督・主演で映画化しています。私自身は見たことがありませんが、ちょっと見てみたいかな。
 どうすれば見られるんだろう……やっぱりDVDを買うしかないのかな。
 
 
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shinjihi · 3 years ago
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国際派日本人養成講座
No.1136 終戦直前、日本は原爆実験に成功していた
http://blog.jog-net.jp/201910/article_5.html
2019/10/20 06:35
 日本の原爆実験成功は現代の我々にとって、何を意味するのか?
■転送歓迎■ R01.10.20 ■ 50,273 Copies ■ 6,760,888Views■
__________
■『世界が称賛する 日本人が知らない日本 2「和の国」という"根っこ"』
育鵬社刊、¥1,650(税込み) Kindle版も発売中
 http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4594083250/japanonthegl0-22/
(発売日10/9時点 アマゾン日本論2位、総合59位)
 本著は日本の国柄を「和の国」ととらえ、それがどのような「根っこ」から生じ、成長していったのか、をたどった本です。
 この「根っこ」をさらに太く深くすることが、現在の我が国の危機克服とさらなる発展につながると考えております。
■令和日本が根ざすべき「和の国」の「根っこ」はこうして生まれ、育った
・1万年以上も続いた、戦争も環境破壊もない縄文時代
・「和の国」実現のための三大原則を示した三種の神器
・「和の国」を作ろうと呼びかけた神武天皇の即位宣言
・全国で16万基もの古墳を造築した「和」のパワー
・天皇から少年兵士まで真心を通わせる和歌
・心を開いて語り合えば道理が通って「和」に達すると説いた聖徳太子の十七条憲法
・西洋人たちに感銘を与えた幕末の「和の国」の民の幸福
・「衆議公論」による和の民主主義を目指した五箇条の御誓文
・まずは家庭内の「和」から始める事を説いた教育勅語
・皇室の無私の祈りが「和」の心で国民を統合する
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■1.米政府の機密文書から明らかになった日本の原爆開発成功
 第二次大戦終了直後に、米国の情報機関に衝撃的な情報がもたらされた。1945(昭和20)年8月12日、すなわち日本が降伏するわずか3日前に、朝鮮北部の興南(半島の付け根の日本海側)で原子爆弾の爆発実験に成功していた、というのである。
 この情報は、CIA分析官トニー・トルバをリーダーとする8人からなる米・国防総省のチーム、およびその後に設立されたもう一つの別の政府調査機関による機密文書の調査で検証され、さらに多くの事実との突き合わせが行われた。
 ロバート・ウィルコックスによる『成功していた日本の原爆実験』[1]は、彼の長年の研究に、新たに公開された機密文書の内容を加えて出版された書籍である。それを一般読者向けにダイジェスト版としたのが、『世界が隠蔽した日本の核実験』[2]だ。
 本編では後者を参照しつつ、日本の原爆開発がどのように進められ、それが現代の我々にとってどのような意味を持つのか、考えて見よう。
■2.日本の核物理学者たちの研究は「米側と並んで走っていた」
 戦時中の日本で原爆が開発されていたと言うと、「そんなバカな」と思う人がほとんどだろう。アメリカの科学技術は群を抜いており、日本が零戦や戦艦大和のような通常兵器はともかく、核開発のような最先端技術をもっていたはずはない、という先入観が一般的だ。
 実は、米国のある科学史専門家は、1940年当時の日本の核物理学者たちの研究は「米側と並んで走っていた」と評価している。それを裏付ける明白な史実がある。敗戦のわずか4年後に理論物理学者の湯川秀樹・京都帝国大学教授が日本人として最初のノーベル賞を受賞した事だ。湯川教授も原爆開発に参加していた。
 原爆開発の初期のリーダーだった核物理学者の仁科芳雄は、8年間ヨーロッパに滞在して、アルバート・アインシュタインや量子論の育ての親ニールス・ボーアと親交を結び、昭和10(1935)年に日本で最初のサイクロトロン(核粒子加速装置)を開発している。昭和40(1965)年にノーベル物理学賞を受賞した朝永振一郎も、仁科の門下生である。
 仁科は真珠湾攻撃の報に接して「この国にとり、米国に対して戦争に突入することほど愚かなことはない」と言っていたが、「すでに戦争に入ったのだから、どうしようもない。・・・いかなる場合においても、我々は祖国のために全力を尽くすべきだ」と語っている。[2, p66]
 陸軍の原爆開発計画は、仁科の名をとって、「ニ計画」と呼ばれたが、空襲による研究開発設備の破壊などにより、昭和20(1945)年春には正式に中止された。その成果を引き継いだのが、その3年前に本格化していた海軍の「F計画」であった。中心となった京都帝国大学の荒勝文策も、ベルリン大学でアインシュタインの下で学んでいた。
 アメリカでは、アインシュタインがフランクリン・ルーズベルト大統領に書簡を送って、原爆開発を促していた。開発の中心となった人物「原爆の父」ロバート・オッペンハイマーはニールス・ボーア門下のユダヤ人学者だった。日米とも原爆開発はヨーロッパで核物理学を学んだ人々によって主導されていたのである。
■3.洞窟内の武器組立工場に「放射能に注意」
「F計画」で空襲の危険に晒されていた日本本土に代わって、原爆開発の土地に選ばれたのが、朝鮮北部の興南であった。
 ここには東洋一の規模とされた日本窒素の産業施設があった。そして、鴨緑江とその支流に設けられたダムにより、豊富な電力が供給された。日本本土の全体の発電能力が3百万キロワットだった時に、この地域だけで1百万キロワットの電力供給をしていた。また朝鮮北部には豊富な鉱物資源があり、ウラニウムも採取できた。
 トルバの後で、日本の核開発を調査したもう一つの機関の中心人物、元空軍の画像分析・核兵器検知の専門官だったドワイト・ライダーは、現地の航空写真で、日本式のH型の鉄塔に支持された6万6千ボルトの高圧送電線が洞窟の中に引き込まれていることを発見した。
 その地は朝鮮戦争中に米軍と中国人民解放軍が激戦を繰り広げてり、米軍は撤退時に巨大な洞窟内の武器組立工場を発見していた。内部に500メートル以上の長いト��ネルがあることを確認しており、そこには「放射能に注意」という警告が貼られていた。
 近くの清津は日本の主要な軍事基地であり、周辺の鉱山とともに「朝鮮の鉄と鉄鋼の中心地」だった。ライダーはこう述べている。
__________
 第二次大戦中、清津のみで、ウラニウムの濃縮、先進的なウラニウムの製粉設備、電池、原子炉などの建設に必要な、すべての施設、設備と能力を持っていた。清津はそれらの業務に必要とされた、鉄鋼、コンクリート、電子装置、電力を保有していた。[2, p184]
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■4.「成層圏にまで達するきのこ雲になった」
 昭和20(1945)年8月6日、米国は広島に原爆を投下し、一般市民も含めた無差別大量虐殺を行った。9日には長崎にも投下。日本の原爆実験はその3日後の12日だった。米軍にもたらされた、ある日本人の証言は、次のようなものだった。
__________
 8月12日の明け方、ロボット式(弊誌注:無人という意味だろう)のボートがポンポンと音を立て錨の周りの船の間を抜けて、小島に達した。ボートにのっていたのは「原子爆弾」だった。・・・
 日本がある、東の方が明るくなり、ますます輝きを増した。その瞬間、海の向こうに太陽は顔を覗かせていたものの、爆発的閃光が投錨地に照り輝き、溶接工用のめがねをかけていた観察者が盲目になった。火球の直径は1,000ヤード(弊誌注:約900メートル)と見積もられた。様々の色をした蒸気雲が天空に立ち上り、成層圏にまで達するきのこ雲になった。
 激しい水と蒸気によりかき回され、爆発点の真下にあった船は見えなくなった。錨の周りの外周にいた船やジャンクは激しく燃え上がった。大気がわずかに晴れ渡ったとき、観測者たちは5~6隻の艦艇が消えて無くなっているのに気付いた。[2, p43]
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 この「爆発」が核爆発ではなく、通常の火薬かジェット燃料の爆発だったという見方がある。核爆弾なら火球の半径よりも、破壊半径の方が広いはずなのに、ほぼ同じ大きさであることがその理由とされている。
 しかし、この翌年ビキニ環礁で行われた世界最初の浅海での核爆発実験では、火の玉はすぐに消え、水蒸気による凝縮雲ができた。興南の実験では、この凝縮雲を火の玉と誤認したとすると、1,000ヤードという直径は過大だったとは言えない。
 またビキニ環礁の実験では、爆発で巻き上げられた水と珊瑚礁が水面に落下して、キノコ雲の円柱底部を覆う巨大なナイアガラの滝のような現象が確認された。興南の実験でも同様の現象が言及されている。
 すなわち、米側がビキニ環礁で初めて知った浅海での爆発現象が、その前の興南の実験で伝えられているのである。これは興南の実験が作り話ではない事を示す有力な根拠である。
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ビキニ環礁での原爆実験
■5.「人類の文明をも破滅させる」
 この3日後の8月15日に昭和天皇が「終戦の詔書」を発せられた。そこには原爆を「残虐ナル爆弾」として非難されているが、実はその後に謎の一節が続く。詔書のこの部分は以下の如くである。
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敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ 頻(しきり)ニ無辜(むこ)ヲ殺傷シ惨害ノ及フ(ぶ)所 真ニ測ルヘカラサルニ至ル 而(しかも)モ尚(なお)交戦ヲ継続セムカ 終(つい)ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス 延(ひい)テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ。
(現代語訳)敵は新たに残虐な爆弾を使用して、多くの罪なき民を殺傷しており、惨害がどこまで及ぶかは実に測り知れない事態となった。しかもなお交戦を続ければ、我が民族の滅亡をきたすのみならず、ひいては人類の文明をも破滅させるはずである。
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 アメリカだけが原爆を持っているとしたら、これ以上戦うことによって、「我が民族の滅亡をきたす」のは分かるが、それがなぜ「人類の文明をも破滅させる」事になるのか。日本も原爆を持っていた事を知って、はじめてその意味が明らかになる。
 終戦のほぼ一年前、昭和19(1944)年夏、陸軍の「ニ計画」を統括する杉山元・参謀総長が東條英機総理大臣とともに昭和天皇に拝謁した。杉山元帥が後にある友人に語った所によれば、こういう内容だった。
 二人が天皇に説明したのは、(1)世界のいくつかの主要国が原爆開発を進めている、(2)日本も開発してきて、ようやく完成が見えてきた、(3)完成したら、まずハワイに投下して、戦局を一気に挽回できる、という内容だった。
■6.「それでは、人類絶滅の悪の宗家に日本がなるではないか」
 杉山元帥は昭和天皇がお喜びになるものと信じて奏上したのだが、昭和天皇は静かに、しかし力強く、こう答えられた。「自分はそれに反対である」。そして、その理由を次のように説明された。
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 数カ国がその新兵器開発を競っているとのことだが、日本が最初に完成し使用すれば、他国も全力を傾注して完成させ使ってくるようになるであろうから、全人類を滅亡させることになる。
 それでは、人類絶滅の悪の宗家に日本がなるではないか。
 またハワイに投下する計画とのことだが、ハワイには、日本の同胞が多数移住し、現地民とともに苦労し今日を築きあげたところである。そのような場所に新兵器を使用することには賛成しかねる。[3, p208]
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 昭和天皇は仁科博士の研究所を訪問されたことがあり、その際に原爆の放射能も含めた恐ろしさを聞かれていた可能性がある。[3, p117]
 杉山元帥は恐懼したものの「勝つにはどうしても原爆が必要だ」と考えて、秘密のうちに開発を続けさせた。しかし「原爆を積むロケット」の燃料製造工程で誤爆事故が起き、陛下の知られる所となった。杉山はこう語っている。
 陛下は私(杉山)を呼ばれ、「まだやっていたのか」と強く戒められた。「まことに面目ないことであり、それ以上続けることはできなくなった」。そしてかくも天皇の心を煩わせた責任をとって、日本が勝っても負けても「自決して陛下にお詫びする」と友人に語ったそうだ。その言葉通り、杉山元帥は終戦後、自決を遂げた。
 陸軍の「ニ計画」が中止となったのは、これが原因だったようだ。しかし、海軍は「F計画」で朝鮮北部での開発を続け、爆発実験成功までこぎ着けた。海軍は原爆を特攻機に乗せて、日本近海の米艦隊を撃滅する計画を立てていた。終戦の御聖断が遅れて、これが実現していたら、米軍はさらに何発もの原爆を投下して、日米間で本格的な核戦争が始まっていたかも知れない。
 昭和天皇が「我が民族の滅亡をきたすのみならず、ひいては人類の文明をも破滅させる」と危惧されたのは、こういう事態だったのだろう。終戦の御聖断は、こういう事態を防いだのである。
■7.ソ連軍の核施設奪取
 米国の核開発を行っているロス・アラモス研究所には数人の共産主義者がおり、彼らはソ連に核開発の情報を伝えていた。それにより、スターリンは1943年に核開発を開始させた。ドイツが敗北した後、ソ連は核開発の研究所から数人の核科学者と設備を奪った。
 ソ連の対日侵攻は、長崎への原爆攻撃と同日、1945(昭和20)年8月9日に始まった。その日のうちに、ソ連軍の歩兵、空挺部隊、海軍艦艇は朝鮮半島の北端部に殺到した。ソ連は日本の原爆開発を知っていたのである。
 米軍の把握した情報によれば、この一帯には多くの日本軍の駐屯地が配置され、それらの部隊は降伏せずに、侵入してきたソ連軍と激戦を展開した、という。しかし、11月にはソ連軍は核施設を奪取した。こうして、ソ連は日本の核開発設備や原材料を入手し、何人かの科学者を拉致した。非協力的な者は拷問されて、協力を強要された。
 ソ連は興南の核施設を用いて、原爆の材料の製造に使用していた。ソ連が最初の原爆実験に成功したのは1949年8月とされている。米国はソ連が10年はかかると見ていたが、戦後わずか4年で成功にこぎ着けたのは、日本の核施設と科学者を奪ったからだと考えられている。
■8.原爆実験成功の事実は何を意味するのか?
 現代において、日本が原爆実験に成功していた史実を明らかにする意義はどこにあるのだろう。まず、それは今の日本が核兵器を作ろうと思えば、すぐにでも作れる���という潜在能力の裏付けとなる。
 2004年に米国科学者連盟は、日本なら核実験なしでも「一年以内に」核兵器を保有できるとの見積もりを出している。ただし、これらは専門家による予測であって、それを信じない国もあるだろう。
 しかし、その予測が、過去に原爆実験を成功させた「実績」に裏付けられた場合、他国からの核恫喝に対する、より明確な抑止力になる。核で脅かされたら、1年以内にもっと大量の核で反撃できるのだぞ、という抑止である。
 もう一つは、昭和天皇が「人類の文明をも破滅させる」として、核兵器競争に反対されたことの意義である。原爆実験に成功する力を持ちながらも、人類の文明のために放棄したという事は、国際社会における我が国の道徳的地位を飛躍的に高めることになる。それは単に「唯一の被爆国」という被害者意識よりも、はるかに崇高かつ能動的な「和の国」らしさ[d]を世界に示すことになろう。
(文責 伊勢雅臣)
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myaachanissocute · 4 years ago
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Today's choice
By Saito Soma
1. XO
2. Art school
Love/hate
3. 村野真朱、依田温title『琥珀の夢で酔いましょう』
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クラフトビールを題材にした人情マンガ。ビール好きにはたまらない内容ですね。京都行きたいなあ。
4. (2020.12.12)
舞城王太郎 , 『煙か土か食い物』
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各所でも散々言っておりますが、たまたま手に取ったこの1冊で完全にノックアウトされました。文章のリズム、ビートというものを意識するきっかけになった作品です
5. LOSTAGE
title『PLAY WITH ISOLATION』
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初めて聴いたときの衝撃は今でも忘れられません。ゴリゴリのリズム隊と美しいメロディ。こういう音楽もいつかやってみたいなあ。
6. 赤河左岸title『果ての荒野でバカンスを』
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主に3つの短編が収録されていますが、表題が最高に素敵です。SFってこういう切ないストーリーに合いますよねえ。
Manga
7. 恒川光太郎title『無貌の神』
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どれも大好きなのですが、この短編集に納められている『死神と旅する女』がべらぼうにいいんです。こんな小説を書いてみたいものです。
8. 空中泥棒
title『Crumbling』
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サブスクで見つけた韓国のアーティストさん。どんぴしゃで好きです。トクマルシューゴさんやエリオットスミスの雰囲気も感じますね。灰色の日に聴いていたい。
9. 町田洋
title『夜とコンクリート』
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最近活動を再開されたと知り、とても嬉しくなりました。『惑星9の休日』も最高だし、トーチwebさまにて読める『船場センタービル』もぜひに。
Manga
10. レイモンド・カーヴァー
title『愛について語るときに我々の語ること』
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ダーティミニマリズムとも称される作風で知られるカーヴァーの短編集。ソリッドな文体とダークな世界観にぞくぞくします。
11. ドミコ
title『hey hey, my my?』
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ローファイシューゲダウナータイトな2ピースバンド。M2『こんなのおかしくない?』、M9『くじらの巣』が特に好きです。ルーパー使えるようになりたい。
12. 田島列島
title『水は海に向かって流れる』
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ゆるさと重さの共存するユニークな世界。こんな共同生活、送ってみたいなあ。榊さんかわいいですよね。
13. 筒井康隆
title『懲戒の部屋』
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いちばん最初に読んだ筒井さん。いまではぼくもすっかりツツイストです。筒井さんのパスティーシュで『羅生門』の続きを書いたことがあります。
14. tempalay
title『21世紀より愛をこめて』
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めちゃくちゃ格好いいですよね。M3『そなちね』M5『どうしよう』などなど、サイケで癖になる楽曲揃い。『革命前夜』も最高にクール。
15. 星野之宣
title『ヤマタイカ』
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邪馬台国を題材にした壮大な伝奇SF。読み応え抜群で、久々に歴史もの熱が再燃しました。『宗像教授伝奇考』もおすすめです。
16. 中島らも
title『水に似た感情』
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何度も読んでいる本。小説としての完成度というより、読むときどきによって感じられるポエジーに惹かれているのかもしれません。エッセイもユーモアたっぷりなのでめっちゃおすすめです。
17. 金田一蓮十郎
title『マーメイドライン』
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『ハレグゥ』も大好きなのですが、今回はこれを。人魚姫ってすごく惹きつけられるモチーフですよね。絶妙な距離感を描いたマンガです。
18. 村上春樹
title『1973年のピンボール』
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初期の村上さんの作品の雰囲気が好きなのですが、そういえばあまり言ったことがなかったかも。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』も好きです。
19. ロブ・ライナー
title『スタンド・バイ・ミー』
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スティーヴン・キング原作の大名作。少年のエモーションのすべてが詰まっていると思います。クリスのセリフは何度観ても落涙しますね。
20. Arcade Fire
title『Arcade Fire(EP)』
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カナダの大所帯バンド。これも中学生のころよく聴いてたなあ。M3『No Cars Go』が好きです。今後自分の曲でもアコーディオン使おっと。
21. ハロルド作石
title『BECK』
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バンドマンガといえばぼくはこれです。昔は平くんが好きだったけど、今読むと千葉くんが格好いいですね。中学生のころ、デモテープたくさん作ったなあ。
22. 梨木香歩
title『家守綺譚』
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マンガで挙げた今市子さんの『百鬼夜行抄』にも通ずる不思議な雰囲気を持った短編連作。こういう作品に出会うと、ああ、心に染みいるなあとしみじみします。
23. Devics
title『Push The Heart』
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アメリカのインディデュオ。だと思っていたらバンドみたいです。ちょっと気持ちが揺れ動く夜なんかに聴きたいですね。タイプライターも楽器なのだ。
24. 山田芳裕
title『度胸星』
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最新作『望郷太郎』も面白いですがこちらを。『へうげもの』もそうですが、山田先生の作品は本当にオンリーワンな魅力がありますよね。
25. ジョナサン・キャロル
title『天使の牙から』
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類稀なる発想力で独特のダークファンタジーを書いているキャロル氏。中でもこの作品はストーリー展開が本当に秀逸。気の利いた言い回しが好きな方にもおすすめの1冊です。
26. フジファブリック
title『TEENAGER』
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志村正彦さんのつくる世界が本当に大好きです。曲のツイストのさせ方や歌詞などに影響をかなり受けていると思います。M9『パッション・フルーツ』みたいな変態曲を書きたい。
27. 都留泰作
title『ナチュン』
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沖縄を舞台にしたクトゥルフSF。とにかく説明するよりも読んでいただきたいです。これを読んでめっちゃ沖縄に行きたくなりました。
28. 京極夏彦
title『姑獲鳥の夏』
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初めて京極先生の作品に出会ったのは中学1年生の暑い夏の日のことでした。オカルト、ミステリともに大好きな斉藤少年はそりゃもうノックアウトです。次作『魍魎の匣』もぜひ。
29. きのこ帝国
title『フェイクワールドワンダーランド』
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遅ればせながら最近聴きました。めちゃくちゃ素敵。ぼくが大学のころにやりたかったのはこういうバンドでした。たくさん聴こう。友人教えてくれてありがとう。
30. 今市子
title『百鬼夜行抄』
comment
妖たちと奇妙な生活を送る主人公・律を中心とした怪奇譚。もう長年好きなマンガです。こういう生活に憧れます。先生の他の作品もとても美麗で素敵なのでぜひ。
31. 米澤穂信
title『さよなら妖精』
comment
『氷菓』などで有名な米澤先生のビターなボーイミーツガール。青春の味がすごくする、染みる小説です。米澤先生は短編も切れ味鋭く素敵なのでぜひ。
32. ももすももす
title『木馬』
comment
コンビニで流れていて気になって、歌詞を聴きとって調べた曲。選ぶ単語がとても素敵だなと思います。曲もオルタナで格好いい。
33. スケラッコ
title『盆の国』
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たまたま書店で見かけてジャケ買いしました。ゆるい雰囲気でありながら爽快感もある1巻完結作。先生の新作『バー・オクトパス』も穏やかに素敵。
34. チャールズ・ユウ
title『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』
comment
SF、青春小説好きにはたまらない1冊。しかし円城塔さん翻訳もうますぎてすごすぎます。非常に読みやすいのでおすすめです。
35. Passion Pit
title『Manners』
comment
大学生のときに友人に借りて聴き、ハマりました。M2『Little Secrets』を聴くと、日当たりのいい休日に寝坊して原宿に行ったことを思い出します。
36. 遠藤浩輝
title『神様なんて信じていない僕らのために』
commentこういう作風のマンガがたぶん一生好きなのだろうと思います。夜な夜な自転車を走らせて、少ない小遣いで何時間も吟味して買った中の1冊。
37.ヴィクトル・ペレーヴィン
title『宇宙飛行士オモン・ラー』
comment
ロシアの作家さんってこういう苦味の効いた青春小説をよく書かれるイメージです。この切なさは、小説という表現媒体ならではのものなのだと思うのです。
38. Mystery Jets
title『Making Dens』
comment
この時代の、いわゆるテムズ・ビートのバンドでもっとも好きです。サイケでポップで青くて渋い、理想的なバンドのひとつ。最近の曲もとっても素敵です。
39. 荒川弘
title『鋼の錬金術師』
comment
もうあえていう必要もないくらい最高のマンガですよね。皆さんは誰が好きですか? ぼくはロイとキンブリーです。女性キャラならもちろんそれはホークアイ中尉……いえ、リザです。
40. アントニオ・タブッキ
title『インド夜想曲』
comment
こんなにも短く、読みやすく、美しく、シンプルにして複雑な話があるだろうか。イタリア語を学びたいと思ったきっかけの1冊です。ぜんぜん身につかなかったけど。
41. Bloc Party
Title『Silent Alarm』
comment
かなり最初のころに聴いた洋楽です。初めてM2『Helicopter』を聴いたときの衝撃たるや。改めて聴くとかなりポップさもありますね。ラッセル・リサック氏が本当に格好いい。
42. 樋口大輔
Title『ホイッスル!』
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めちゃくちゃ読みこんだサッカー漫画。絵も素敵だし話も素敵。ぼくはとにかくシゲと不破が大好きなんです。ボイスリメイク版に出させていただいたときは本当に幸せでした。
43. Oasis
Definitely maybe
title:『Definitely Mabye』
comment: オアシスのデビューアルバム。ロックのわくわくってこういうことだよなといつも思い出させてくれます。拙曲『カナリア』はかなりまんま影響を受けていますね。
44. 真倉翔、岡野剛title『地獄先生ぬ?べ?』
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ぼくがオカルト方面にはまるきっかけとなった作品です。初期が特に怖くていいですよね。歯医者さんで読んでいたので怖さ倍増でした。もうぬ?べ?もはるか年下か……(遠い目)。
45. 福永武彦
title『愛の試み』
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『草の花』はもうさんざん各所で言ってしまったので、こちらの素敵な詩情をたたえた1冊を。愛についての考察はもちろんのこと、挿入される掌編もしんみりして素敵です。
46. 西川美和
title『ゆれる』
comment
香川照之さん、オダギリジョーさん、真木よう子さんの芝居が圧巻。ラストシーンで泣かない人はいないのではなかろうか。エンディングも素晴らしい曲。
47. 髭
title『Thank You, Beatles』
comment
髭なのかHiGEなのか表記が難しいところですが、M2『髭は赤、ベートーヴェンは黒』でハマりました。M5『ギルティーは罪なやつ』も好き。他にも名曲多数。
48. たなと
title『あちらこちらぼくら』
comment
めっちゃ泣きました。昔はぜんぜんキャラクターとして惹かれなかったのに、いつのまにか真嶋くんがぼくの心の中に入りこんでいました。続編もあるのでぜひ読んでいただきたいです。
49. 安部公房
title『壁』
comment
こんなの中学生のときに読んだらハマってしまうに決まっているじゃないですか。思えばこのあたりからぼくも中二病を発症していった気がします。名前を失うというモチーフはぼくもよく使いますね。
50. GRAPEVINE
title『Here』
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選べないのですが入りやすさからこちらで。M4『光について』が最初のバインでした。影響受けまくっていますね。大好きなバンドです。もっといろいろ紹介したい。
51. 漆原友紀
title『蟲師』
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中学のころは一発で変換できませんでしたありがとうございます。永遠に好きです。「原因は蟲ですな」はぼくの中学のときの流行りワードです。だってギンコさん格好いいんだもの。イサザも好きだしなにより化野先生大好きです。
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kachoushi · 1 year ago
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虚子自選揮毫『虚子百句』を読む Ⅲ
花鳥誌2024年3月号より転載
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日本文学研究者
井上 泰至
4 山人のかきね傳ひやさくら狩
 『年代順虚子俳句全集 第二巻』明治三十九年の項に「四月中の作句と覚ゆるもの」とある中の一句。『ホトトギス』には同年七月号に載る。「さくら狩」は和歌以来の言葉で、いささか俗な「花見」に比べて、雅趣のある言葉だ。「鷹狩」同様、花を求めて歩く意がある。筵を敷いて眺める「花見」が「静」だとすれば、「さくら狩」は能動的な含意を持つ。星野立子はこう解釈する。
 桜を見に山に分け入りました。桜の名勝地吉野とか鞍馬でしょうか。山道を辿っていると百姓家か、由ある人の住居か、ある家の垣根が長く続いているあたりに出ました。どのような人が住んでいることかと思いながら通り過ぎました。桜狩というのですから花を見る目的で山路を歩いているのでありましょう。その山人の垣根づたいも一再ならずあったかも知れません。兎に角、山に住んでいる人の家の垣根づたいを過ぎ去ってなお奥の方へ分け入りつつある時の情景であります。
 散在する山間の桜なればこその「狩」である。そして、立子がほのめかすように、「山人」という言い方に一種の軽い「謎」があって、家の主人をあれこれ想像する気分も受け取れる。
 謡曲の世界を背景に見ようとする向き(清崎敏郎「研究座談会」)があるのは、脇が桜を訪ね、桜にちなんだ精霊のシテが山人の仮の姿で現れるような能を想定したのであろうが、そのような曲はない。「狩」の言葉の持つ雅趣が、そういう踏み込んだ解釈を提示させる事情は理解できる。
 中七の「垣根づたひや」という言い回しには、軽い浮かれた感じがあり、そこに山間に「一花所望」とばかり、花を求めて逍遥する気分の楽しさを感じ取ればよい。句全体もア行音が繰り返され、リズムがいい。
 なお、1番「美しき人や蚕飼の玉襷」は他者を詠んだ「他」の句。2番「山寺の宝物見るや花の雨」は自分を詠んだ「自」の句。3番「芳草や黒き烏も濃紫」は、「他」、そしてこの句は「自」ということで、虚子は意識して配したか。自他の区別は虚子が親しんだ連句の発想である。四句「や」が入った句が続いた。
5 春風や闘志抱きて丘に佇つ
 大正二年二月十一日、三田俳句会で発表されたものである。この句会は岡本癖三酔(廉太郎)が起こしたもの。『ホトトギス』には同年三月号に載る。『贈答句集』の前書には、「大正二年・俳句に復活す」とあって、小説に転じていた虚子のいわゆる「俳壇復帰」を象徴する句として位置付けられてきたが、実態は、陰影に富んでいる。
 虚子が遠ざかっている間、河東碧梧桐の活動は旺盛で、俳句の流れは碧梧桐によって、古典的世界を離れ、詰屈な文体に新奇の題材を衒った新傾向俳句が流行していた。周囲からも、当時隆盛の自然主義の影響もあって、俳句はいずれ季題中心の世界から離れると考えられていた。虚子は、当時「負け組」と捉えられていたのである(拙稿「明治末年の俳諧史―池田常太郎『日本俳諧史』をめぐって」『連歌俳諧研究』一三三号)。
 しかし実際は、大方の予想に反して虚子が平明にして余韻ある俳句、古典文芸としての俳句を主張し実践することで、後の『ホトトギス』王国を築くに至ったということになる。その時の虚子の戦略は、日露戦争後の不況と青年の「煩悶」を前提に、村上鬼城・飯田蛇笏・原石鼎ら不遇の若者の主観的俳句を拾い上げるとともに、地方の中間層を開拓して俳句の大衆化に向かうという二つの路線を用意していたようだ。作家の発掘と俳句愛好者の「市場」開拓という双方を兼ねる複眼が、虚子の戦略であった、ということになる(拙著『近代俳句の誕生』「Ⅳ 大虚子への道程」)。
 掲句へ戻ろう。強くとも、駘蕩たる春風から湧いてくる「闘志」とは、単純な情熱ではないだろう。争いを好まなかったように見えるが、虚子に「比類のない勝負師の魂」を見て取ったのは山本健吉(「俳人虚子」『俳句』昭和三十四年五月)だった。勝ち負けは、彼の脳裏に常にあり、彼に盾ついた者は、たいてい最後に敗れ去り、虚子は黙殺による勝利を、常に収めている。だが、そのような意識は、ほとんど表面に現したことがないのは、自制力が強かったからだ、とも言っている。
 後に赤星水竹居の『虚子俳話録』(昭和二十四年��で、虚子はこうも振り返っている。
 私は自分の事は結局自分で解決せねばならぬと、いつも考えています。病気の時なんか苦痛をこらえながら、いっそう深くそんな事を感じます。
 俳壇復帰の直前、腸を病んで長期にわたり臥せっていたから、この句の成立に関連しては、考えておくべき問題である。こうした我慢強さが、何に由来するかと言えば、健吉の見るところ、それは自身を恃む気持ちの強さによる、ということなのである。
 水竹居も健吉も、この粘りと寡黙と忍耐強さを徳川家康のようだと比定している。
 なお、掲句と一対の次の句は、隆々とした力強い太い筆勢。特に「春」と「闘」は、力感に溢れ、一句の眼目となっている。
『虚子百句』より虚子揮毫
1 美しき人や蚕飼の玉襷
2 山寺の宝物見るや花の雨
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3 芳草や黒き烏も濃紫
4 山人のかきね傳ひやさくら狩
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5 春風や闘志抱きて丘に佇つ
6 葛城の神臠はせ青き踏む
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国立国会図書館デジタルコレクションより
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井上 泰至(いのうえ・やすし)   1961年京都市生まれ 日本伝統俳句協会常務理事・防衛大学校教授。 専攻、江戸文学・近代俳句
著書に 『子規の内なる江戸』(角川学芸出版) 『近代俳句の誕生』 (日本伝統俳句協会) 『改訂雨月物語』 (角川ソフィア文庫) 『恋愛小説の誕生』 (笠間書院)など 多数
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missmyloko · 6 years ago
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What’s In a Book? Part 29
While going through my collection I managed to find a few books that have yet to be featured on here yet. I decided to go with this one as, upon further review, I noticed that it actually contained a wealth of information that I had previously ignored ^^;
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Image of book’s cover courtesy of myself. Hana Akari: Showa Meigiren (はなあかり: 昭和名妓連) - Brilliant Flowers: The Showa Period’s Finest Geisha by Kobunshi Katsura (桂小文枝) (ISBN Unknown). Date of Publication: 1988 Language: Japanese and English (Some Essays and Names Only) Format: Hardcover Availability: Can be found up for auction on a fairly regular basis Price: Anywhere from $30 - $80 Errors: 0 This book is interesting, and that’s putting it mildly. Basically, it provides us with some of the best raw data for its time: The names of the most prominent geisha in each district of each city across all of Japan. It is a literal who’s who guide to the karyukai across the country in the late 1980s and is illuminating both in small essays that can be found at the front and back of the book explaining various schools and styles, but especially because it provides us with images, most in full color, of these amazing women.  The book overall is divided into regions which are then broken down further from there. The regions, cities, and districts of each named geisha are: Part 1: Hokkaido (北海道) Set 1: Asahikawa (旭川) - Kofune (小舟) Set 2: Sapporo (札幌) - Onobu (お信), Itoko (い登子), Izumi (いづみ), and Charako (茶良子) Set 3: Otaru (小樽) - Komomo (小桃), Mametarō (豆太郎), Kiku (㐂久), and Gorō (吾朗) Set 4: Muroran (室蘭) - Chonko (﹅子) Set 5: Hakodate (函館) - Nantoki (喃登希) and Kohide (小ひで)  Part 2: Tohoku (東北) Set 1: Morioka (盛岡) - Tsutamaru (都多丸)   Set 2: Hanamaki (花巻) - Kimiko (君子) and Keiko (桂子) Set 3: Aomori (青森) - Chame (茶目) Set 4: Yamagata (山形) - Kochō (小蝶) and Kinta (金太)   Set 5: Akita (秋田) - Chiyogiku (千代菊) Set 6: Obara (小原) - Ikkyū (一休), Aki (秋), and Kogiku (小菊) Set 7: Fukushima (福島) - Sakura (さくら) and Hidemi (秀美) Part 3: Kanto (関東) Set 1: Takasaki (高崎) - Kiyoko (清子) Set 2: Kusatsu (草津) - Sankoma (三駒) and Harumi (春美)   Set 3: Sarugakyo (猿ヶ京) - Kikutaro (菊太郎), Koshizu (小静) Set 4: Minakami (水上) - Yutaka (ゆたか) Set 5: Oyama (大山) - Kunika (くに香) Set 6: Tokyo (東京) - Fumie (冨美江) and Wakaryū (若龍) Set 7: Yugawara (湯河原) - Okame (お加目), Matsue (松栄), and Taeko (多恵子) Part 4: Chubu (中部) Set 1: Niigata (新潟) - Chiyogiku (千代菊) Set 2: Takada (高田) - Kazuko (加津子) Set 3: Shibata (新発田) - Renko (れん子) Set 4: Kamidayamadatogura (上山田戸倉) - Senryū (泉竜), Suzuyakko (鈴奴), Saizō (才三), and Utamaru (歌丸) Set 5: Kamisuwa (上諏訪) - Chiyomaru (千代丸) Set 6: Isawa (石和) - Miki (美樹) and Koyakko (小奴) Set 7: Kōfu (甲府) - Misako (美佐子), Kimika (君香), and Hisayo (久代) Set 8: Inuyama (犬山) - Misako (みさ子) Set 9: Hamamatsu (浜松) - Gonza (権三), Ichitarō (市太郎), Otomi (乙美), Koman (小萬), Eiko (栄子), Hatsutarō (初太郎), Tsuruchiyo (鶴千代), Yasuyo (泰世), Sakura (佐久良), Sachiko (幸子), Toshie (利枝), Komomo (小百々), Momoko (百々子), Fumiya (二三弥), Mitsugiku (光菊), Azuma (吾妻), Akiko (明子), and Ichiha (市羽) Set 10: Kanazawa Higashi/East (金沢東) - Koman (小まん) Set 11: Kanazawa Kazuemachi (金沢主計町) - Hitoha (一葉) and Kyōko (京子) Set 12: Kanazawa Nishi/West (金沢西) - Mineko (峯子), Sachiyo (幸代), and Marichiyo (まり千代) Set 13: Fukui (福井) - Makiko (真㐂子) and Yurako (由良子) Set 14: Yuzawa (湯沢) - Katsumaru (勝丸) and Hiromi (弘美) Set 15: Nagoya (名古屋) - Fukuchiyo (福千代), Takako (敬子), Tsuruko (つる子), Mitsuyo (光代), Kiku (喜久), Emiya (英美弥), Sanchō (三長), Satoyo (里代), Mitsu (未津), Ayako (あや子), Kinmaru (金丸), Naoe (直枝), Fukuwaka (福若), Hisae (比三枝), Mako (間子), Yasuko (康子), Toshino (とし乃), Koie (鯉恵), Mariko (まり子), Katsuko (かつ子), Maiko (舞子), Kingyo (金漁), Hideka (秀佳), Chiyoe (千代江), and Motoko (素子) Part 5: Kinki (近畿) Set 1: Osaka (大阪) Part A: Osaka Minami (大阪南) - Yukiharu (雪春), Kikutsuru (菊つる), Kikue (菊恵), Rikimaru (力丸), Kinko (きん子), Yukiji (ゆき路), Kōjirō (廣二郎), Yoshiko (よし子), Terugiku (照菊), Midori (美登利), Hankō (はん幸), Kazumi (かず美), Yukie (ゆき恵), Yūka (勇花), Suzuka (鈴佳), Masako (まさ子), Fukuemi (福笑), Masachiyo (政千代), Kikufumi (菊二三), and Yūko (祐子). Part B: Osaka Horie (大阪堀江) - Temari (てまり) Part C: Osaka Shinmachi (大阪新町) - Hatsuko (はつ子) and Tamao (玉緒) Part D: Osaka Kitashinchi (大阪北新地) - Komaka (駒香), Umesada (梅さだ), Umetomi (梅十三), Suzume (寿々女), and Umemitsu (梅充). Set 2: Kyoto (京都) Part A: Gion Kobu (祇園甲部) - Komame (小まめ), Hisae (久栄), Katsuyū (かつ勇), Haruyū (春勇), Miyokazu (美代一), Fukusono (フク園), Satoharu (里春), Yoshigiku (義㐂久), Kōsono (晃園), Teruha (照葉), Mamekō (まめ晃), Fukuyū (福勇), Kanoko (かの子), Machiko (真知子), Kumiko (玖見子), Kohana (子花), Takayū (孝友), Teruchiyo (照千代), Takeha (竹葉), Nakako (奈加子), Mameyū (まめ勇), Sonoko (その子), Tomichiyo (斗美千代), Yoshimame (芳豆), Kofumi (小富美), Kanoju (かの寿), Mamechiyo (豆千代), Katsufuku (かつ福), Mameji (豆爾), Toyochiyo (豊千代), Katsuji (佳つ二), Ichigiku (市季久), Mamezuru (まめ鶴), Koman (小萬), Michiko (道子), Miyokichi (美与吉), Aika (愛香), Teruyo (照代), Fumichiyo (富美千代), Kikuharu (菊春), Masuko (ます子), Momoko (桃子), Kosode (小袖), Chōji (長治), Tomigiku (冨菊), Komasu (小ます), Emiji (恵美二), Dan-e (だん栄), Koyū (小ゆう), Yukiryō (幸良), Hanachiyo (花千代), Miyuki (美ゆき), Masaru (勝), Kanoji (かの次), Hiromi (廣美), Kotomi (小とみ), and Ainosuke (愛之介). Part B: Pontocho (先斗町) - Miyofuku (美代福), Hisakō (久幸), Raiha (来葉), Momiha (もみ葉), Ichiko (市子), Shinatomi (シナ富), Mameharu (豆治), Hisafumi (久富美), Ichisen (市扇), Mameyuki (豆幸), Umeyū (梅佑), Ichitoyo (市豊), Mameshizu (豆志津), Ichisono (市園), Mamechiyo (豆千代), Hisaroku (久ろく), Ichimitsu (市光), Momizuru (もみ鶴), Hide-e (英江), Tomizuru (富鶴), Emiju (笑寿), Fudeya (フデ哉), Miyosaku (ミヨ作), Ichihiro (市宏), and Shinateru (シナ照). Part C: Gion Higashi (祇園東) - Toyoji (豊治), Fumie (章栄), Chika (ちか), Tsurukazu (つる和), Tsunekazu (つね和), Tsunehisa (つね久), Masuko (ます子), Toyohisa (豊寿), and Masako (満佐子). Part D: Miyagawa Cho (宮川町) - Wakaharu (若晴). Kanae (叶恵), Fumichō (富美蝶), Mikiryū (三木竜), Wakachika (若千加), Fukukazu (ふく和), Toshiyū (敏祐), Suzuchiyo (鈴千代), Hinachō (雛蝶), Chikayoshi (千賀俊), Mieko (美恵子), Fukusome (冨久染), Tane-e (種栄), and Tanekazu (たね和). Part E: Kamishichiken (上七軒) - Tei (てい), Emi (恵美), Katsukiyo (勝㐂代), Tamafuku (玉福), Fukuzuru (福鶴), Hisazuru (久鶴), Tsuruzō (鶴三), Hisawaka (久若), Tamaryō (玉龍), Shimeyo (〆代), Katsumaru (勝丸), Naoko (尚子), Kokimi (小㐂美), and Kohan (小はん). Set 3: Nara (奈良) - Suzumi (須寿美) Set 4: Genrō (彦桹) - Kikuyū (菊勇) and Masaya (政弥). Set 5: Otsu (大津) - Omasa (おまさ) Set 6: Kinosaki (城崎) - Tomiyū (富勇) and Kanoko (佳乃子) Set 7: Wakayama (和歌山) - Kikuchiyo (菊千代) Set 8: Shirahama (白浜) - Tsutagiku (蔦菊) Set 9: Osaka Imasato (大阪今里) - Koito (小糸) and Kichihide (吉秀) Set 10: Imasato (今里) - Kichitama (吉玉) Set 11: Kyoto Shimabara (京都島原) - Hana Ōgi Tayū (花扇太夫) Part 6: Chūgoku (中国) and Shikoku (四国) Set 1: Tamatsukuri (玉造) - Naoko (尚子), Yae (八重), and Kishi (貴志). Set 2: Okayama (岡山) - Yakko (奴) and Chizu (知寿) Set 3: Takamatsu (高松) - Hamachiyo (浜千代) Set 4: Matsuyama (松山) - Ippei (一平) Set 5: Tokushima (徳島) - Fukuyo (福代) and Akiyo (明代) Set 6: Kochi (高知) - Kimiryū (君龍) and Sadamaru (貞丸) Part 7: Kyushu (九州) Set 1: Hakata (博多) - Mieko (美恵子) Set 2: Kurume (久留米) - Okiyo (お清) Set 3: Ureshino (嬉野) - Hisamatsu (久松), Komatsu (小松), Koshin (小新), Hisaryū (久竜), and Marikō (まり幸). Set 4: Isao (武雄) - Fumiya (文弥) Set 5: Beppu (別府) - Mitsugiku (光菊), Fujikatsu (ふじ勝), Umesono (梅園), and Tomiko (富子) Set 6: Kumamoto (熊本) - Ayako (あや子) Set 7: Kagoshima (鹿児島) - Aimaru (愛丸) The only areas that I noted are missing are some of the hot springs towns. I’m not too sure why they were skipped over, but it’s possible that the author did not have any connections to them. The most informative part that I admit I skipped initially is the small print under each geisha’s name: their natori specialty, natori teachers, and natori names. This means that we can trace back what schools were the main specialty of each region going back decades. Since this is invaluable for anyone studying geisha over time, I’ll write in what schools were followed, but I will keep names a secret. Districts are as follows: Part 1: Hokkaido (北海道) Set 1 Asahikawa (旭川) - Kineya (杵屋) Set 2: Sapporo (札幌) - Wakayagi (若柳) for dance and Tadeko (蓼胡) for song Set 3: Otaru (小樽) - Fujima (藤間) for dance and Tadeko (蓼胡), Kineya (杵屋), Kiyomoto (清元), Shunnichi (春日), and Tokiwazu (常磐津) for song. Set 4: Muroran (室蘭) - None Given Set 5: Hakodate (函館) - Tanaka (田中) for dance and Matsunaga (松永) for song. Part 2: Tohoku (東北) Set 1: Morioka (盛岡) - Tokiwazu (常磐津) for song. Set 2: Hanamaki (花巻) - Wakayagi (若柳) for dance and Kineya (杵屋) for song. Set 3: Aomori (青森) - None Given. Set 4: Yamagata (山形) - Fujima (藤間) for dance.    Set 5: Akita (秋田) - None Given.  Set 6: Obara (小原) - None Given Set 7: Fukushima (福島) - None Given. Part 3: Kanto (関東) Set 1: Takasaki (高崎) - Hanayagi (花柳) for dance and Okayasu (岡安) for song. Set 2: Kusatsu (草津) -  Hanayagi (花柳) for dance.    Set 3: Sarugakyo (猿ヶ京) - Kineya (杵屋) for song. Set 4: Minakami (水上) - Kineya (杵屋) for song. Set 5: Oyama (大山) - Kineya (杵屋) Set 6: Tokyo (東京) - Taguchiko (田口湖) for dance and Kineya (杵屋) for song. Set 7: Yugawara (湯河原) - Tanaka (田中) and Fujima (藤間) for dance and Tokiwazu (常磐津), Kineya (杵屋), and Tadeai (蓼相) for song. Part 4: Chubu (中部) Set 1: Niigata (新潟) - None Given. Set 2: Takada (高田) - None Given. Set 3: Shibata (新発田) - Okayasu (岡安) for song. Set 4: Kamidayamadatogura (上山田戸倉) - Bandō (坂東) for dance and Tōsha (藤舎), Shunnichi (春日), Kineya (杵屋), and Kiyomoto (清元) for song. Set 5: Kamisuwa (上諏訪) - Kineya (杵屋) for song. Set 6: Isawa (石和) - Hanayagi (花柳) for dance and Mochizuki (望月) for song. Set 7: Kōfu (甲府) - Hanayagi (花柳) for dance and Kiyomoto (清元), Okayasu (岡安), and Nagami (長巳) for song. Set 8: Inuyama (犬山) - Nishikawa (西川) for dance and Kineya (杵屋) for song. Set 9: Hamamatsu (浜松) - Fujima (藤間) and Fukuwara (福原) for dance and Kiyomoto (清元), Yoshimura (芳村), Shunnichi (春日), Nishikiharu (錦春), and Tokiwazu (常磐津) for song.    Set 10: Kanazawa East (金沢東) - Kamizaki (神崎) for dance. Set 11: Kanazawa Kazuemachi (金沢主計町) - Fujima (藤間) for dance and Kineya (杵屋) and Mochizuki (望月) for song. Set 12: Kanazawa Nishi/West (金沢西) - Nishikawa (西川) for dance and Tōsha (藤舎), Okayasu (岡安), and Kashida (堅田) for song. Set 13: Fukui (福井) - Fujima (藤間) for dance and Utazawa (哥沢) for song. Set 14: Yuzawa (湯沢) - None Given. Set 15: Nagoya (名古屋) - Nishikawa (西川) for dance and Kiyomoto (清元), Tokiwazu (常磐津), Sumida (住田), Kineya (杵屋), Kishizawa (岸沢), Shunnichi (春日), and Fujimatsu (ふじ松) for song. Part 5: Kinki (近畿) Set 1: Osaka (大阪) Part A: Osaka Minami (大阪南) - Onoe (尾上), Fujima (藤間), Bandō (坂東), and Hanayagi (花柳) for dance and Kiyomoto (清元), Kondo (今藤), Mochizuki (望月) and Tokiwazu (常磐津) for song. Part B: Osaka Horie (大阪堀江) - Nishikawa (西川) for dance. Part C: Osaka Shinmachi (大阪新町) - Nishikawa (西川) for dance and Kineya (杵屋), Shunnichi (春日), and Ogie (荻江) for song. Part D: Osaka Kitashinchi (大阪北新地) - Nishikawa (西川) and Hanayagi (花柳) for dance and Kineya (杵屋), Tamura (田村), Uji (宇治), Tokiwazu (常磐津), Tagawa (田川), Kiyomoto (清元), and Yoshimura (吉村) for song.  Set 2: Kyoto (京都) Part A: Gion Kobu (祇園甲部) - Inoue (井上) for dance. Part B: Pontocho (先斗町) - Onoe (尾上), Nishikawa (西川), and Wakayagi (若柳) for dance and Tōsha (藤舎), Kondo (今藤), Nakamura (中村), Ogie (荻江), Bungo (豊後), Kineya (杵屋), and Tokiwazu (常磐津) for song. Part C: Gion Higashi (祇園東) - Fujima (藤間) for dance and Tokiwazu (常磐津), Yanagi (柳), Nakamura (中村), Kineya (杵屋), and Tōsha (藤舎) for song. Part D: Miyagawa Cho (宮川町) - Umemoto (楳茂都), Wakayagi (若柳), and Rokugō (六鄕) for dance and Kondo (今藤), Bungo (豊後), Kiyomoto (清元), Yanagi (柳),  Yamakishi (山岸), Utazawa (哥沢), Tadeko (蓼胡), and Umeya (梅屋) for song.    Part E: Kamishichiken (上七軒) - Hanayagi (花柳) for dance and Tokiwazu (常磐津), Shunnichi (春日), Toyomoto (豊本), Kiyomoto (清元), Tōsha (藤舎), and Kiyoyuki (清之) for song. Set 3: Nara (奈良) - Kineya (杵屋) for song. Set 4: Hikone (彦桹) - None Given. Set 5: Otsu (大津) - Yanagi (柳) for song. Set 6: Kinosaki (城崎) - Wakayagi (若柳) and Onoe (尾上) for dance. Set 7: Wakayama (和歌山) - Onoe (尾上) for dance. Set 8: Shirahama (白浜) - Okayasu (岡安) for song. Set 9: Osaka Imasato (大阪今里) - Kineya (杵屋), Shunnichi (春日), and Kiyomoto (清元) for song.     Set 10: Imasato (今里) - None Given. Set 11: Kyoto Shimabara (京都島原) - None Given. Part 6: Chūgoku (中国) and Shikoku (四国) Set 1: Tamatsukuri (玉造) - Fujima (藤間) for dance and Kineya (杵屋) for song. Set 2: Okayama (岡山) - Onishi (小西) for dance. Set 3: Takamatsu (高松) - Kiyomoto (清元) for song. Set 4: Matsuyama (松山) - Kiyomoto (清元) and Tamura (田村) for song. Set 5: Tokushima (徳島) - Yoshitō (芳膛) for dance and Kiyomoto (清元) and Tamura (田村) for song. Set 6: Kochi (高知) - Kiyomoto (清元) and Tamura (田村) for song. Part 7: Kyushu (九州) Set 1: Hakata (博多) - Kondo (今藤), Shunnichi (春日), and Kashida (堅田) for song.   Set 2: Kurume (久留米) - Tokiwazu and Shunnichi (春日) for song. Set 3: Ureshino (嬉野) - Hanayagi (花柳) and Fujima (藤間) for dance and Matsunaga (松永) and Tagoto (田毎) for song.   Set 4: Isao (武雄) - Fujima (藤間) for dance. Set 5: Beppu (別府) - Tokiwazu (常磐津), Kiyomoto (清元), and Hisago (瓢) for song. Set 6: Kumamoto (熊本) - Hanayagi (花柳) for dance and Kondo (今藤) for song. Set 7: Kagoshima (鹿児島) - Kineya (杵屋) and Tagoto (田毎) for song. The reason why this book has no ISBN is because it was self published. The original cover price was ¥30,000, which is almost $300 USD. This price was likely set due to the vast amount of research done, including acquiring the many photographs, and printing costs. This price was also likely due to it being targeted at serious karyukai connoisseurs as that price in the 1980s would have been much higher now due to inflation. Nowadays you don’t have to pay as much for this book as most Japanese sellers see it as outdated and it can be found quite regularly on Japanese retail sites, such as Yahoo Japan Auctions or Rakuten.   The only “errors: that I could find were some spelling issues, but that’s because they’re using the Japanese way of writing Romaji and not the Hepburn System. So, I’m not counting them as errors, but rather just making note of them to anyone who purchases this book. Rating: ✪✪✪✪ (out of 5)
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2ttf · 13 years ago
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