#信濃の国合唱
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第8回屋代公民館サークル発表会 3月8日、屋代公民館で第8回屋代公民館サークル発表会が行われた。小学生からシニア世代まで全部で10のサークルが出演した。初めに登場したのは小学生のダンスチーム「屋代スマイルズ」。4年生から6年生の女の子たちがLet’s GO千曲、LOVE屋代の曲に合わせて元気よく踊った。平均年齢80代の「ハモニカサロン」のメンバーは「北国の春」「高原列車は行く」「埴生の宿」などの懐かしいメロディーを演奏。また、昨年活動に一区切りをつけた「よさこいちくま」も変わらぬはつらつとした踊りを披露した。会場は満席となり、最後は出演者と来場者全員で「信濃の国」を合唱した。 屋代スマイルズ(上) ハモニカサロン(下)
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<正論>CO2は生命育む恵みの物質
東京大学名誉教授・渡辺正
CO2を悪とみる1988年以��の発想は、中世の魔女狩りに似て、社会を壊すエセ科学だった。かつて35年ほど光合成を研究した工学系の化学屋が、そう断じる根拠をご披露したい。
快適な暮らしもその恵み
約30万種の陸上植物は、太陽光を動力にした光合成で、安定な水とCO2から高エネルギー物質を作る。必須物質の全部を生合成する植物は、単独で繁栄できる。
物質合成能の低い動物は、植物の「製品」を強奪して生きるしかない。草食動物はむろんのこと、肉食動物も間接的に植物を食べている。要するに植物から見た動物は「寄生虫」にすぎない。
大魚や鯨を頂点とする海中の食物連鎖も、植物プランクトンと藻類がCO2から作る有機物を原点にして成り立つ。
私たちも植物の恵みで生きる。飲食物のうち、水と食塩を除くほぼ全部が、直接間接の光合成産物だとわかる。体重72キロの筆者を作る13キロの炭素原子も、元は大気中のCO2分子だった。
光合成は、私たちに飲食物のほか材料(木材など)と繊維(綿・麻・紙)も恵む。1億~2億年前の光合成産物は、化学変化して石油や石炭、天然ガスになった。
文明や文化を創造し、快適な暮らしと移動法を手に入れ、情報化社会を作ったヒトも、食物から産業用動力までの全部を植物に頼る。高層ビルが演出する都会の華麗な夜景も植物の恵み、つまりはCO2の恵みだと心得よう。
CO2増え豊かさ増す世界
CO2削減の声が芽生えてから大合唱に育つまで35年余、大気のCO2濃度は増え続けた(たまたま同時進行した昇温の原因は多様)。直近の25年間はペースを上げながら15%以上も増え、世界を豊かにしつつある。なぜか?
大気に適量の酸素がたまった4億~5億年前に緑藻の一種が上陸し、分化・進化を経て1億~2億年前の恐竜時代に大繁栄した。葉の化石を調べた結果などから、当時のCO2は現在の5~10倍も濃かったと推定されている。
当時の生物を先祖とする植物に、今のCO2は薄すぎる。だからこそ本格的ハウス栽培では、石油燃焼装置を使って内部のCO2濃度を外気の3~4倍に上げ、植物=作物の生育を速める。
大気に増えるCO2は、むろん地球の緑化を進め、ひいては私たちの食糧を増やしてくれる。
衛星観測によると地球の緑は、30年間に約10%ずつ増えてきた。作物の収量も快調に増えた状況を、国連食糧農業機関(FAO)の統計が語り尽くす。食糧の増加は、8億人以上ともいう飢餓人口の低減にも貢献してきた。
そんなCO2を減らすのは、全人類に向けた大犯罪だろう。
カネと利権「CO2悪玉論」
CO2は、気温変動の主因ではない。たとえばCO2が単調に増え続けた過去2千年のうち、10~13世紀は今よりだいぶ暖かく(中世温暖期)、江戸期を含む14~19世紀は寒かった(小氷期)。
先述の1億~2億年前は、気温も3度は高かったとおぼしい。それでも熱暴走など起きず、生物が栄えたわけだから今後、CO2が倍増しても問題はない(CO2の赤外線吸収は飽和に近いため、倍増時でも昇温は0・5度未満)。
だが国連は、東西冷戦の終結が見えた88年、CO2温暖化危機を口実に、排出の多い先進国の富を途上国へ流す南北調停仕事を思いつく。だから定例集会COPでも、近年は「カネよこせ(途上国)」と「ちょっと待て(先進国)」の口論だけをやってきた。
実のところ国連の企(たくら)みは、とうの昔に破綻している。80年代末は途上国だった中国が今や世界一のCO2排出国なのに、国の分類を変えないというルール上、今もって「途上国」なのだから。
けれど、環境浄化が進んで失業に怯(おび)えつつ国連と協働した面々が、一件を「解決可能な環境問題」という虚構に仕立て上げた。
深刻そうな話にメディアが飛びつき、政治家は票を期待して血税を垂れ流す。巨費の利権を産学界の亡者(一部は知人)が狙い、脱炭素など非科学語を操って庶民を騙(だま)す世になった。
政府は昨今、脱炭素・経済成長の営みをエセ英語でグリーントランスフォーメーション(GX)と呼ぶ。10年で投資150兆円を期待するというけれど、「脱炭素」の成功だけはありえない。
たとえば、バイオ燃料のCO2発生量は石油より少ない…と叫ぶ集団がいる。事実なら人類は燃料問題から解放され、化石燃料の大半を掘らずにすむ。だがバイオ燃料はCO2を増やす代物だから、石油採掘が減る気配すらない。
バイオ燃料は善…という噓が、2022年12月の航空法改正(バイオ燃料導入)につながった。審議会に理系の人はいないのか?
なお形容詞「グリーン」は、遠い未来の姿ではなく、CO2が増え、植物界も食卓も豊かさを増す現状にこそふさわしい。
GX関係者はCO2が減ると誤解して喜び、筆者は増えると確信して喜ぶ。私たちは妙な時代を生きている。(わたなべ ただし)
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〜ある意味で闇堕ちの気配〜
ヴァストローデ女子「女の子に瞬殺されたんだってww」 ヴァストローデ女子B「結局可愛いは正義。レディには敵わないって事よwww」
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2人???「………チッ」
廃墟の壁を拳で🤛打ち付ける金持ち
富豪05「ちくしょうちくしょう!違う…違う❗️❗️純粋硬派柱はこんなもんじゃない‼️そうだよなあ、なあ⁉️❗️」メンチース09「もうアチシ達の時代は終わったんよ。こんなぜーたくな悩み拗らせるなら我等が秘伝と思う本家を継いでいきましょうや……」富豪05「俺達は”””あいつ”””の正体が誰なのかも知れねえんだぞ」メンチース09「アチシはもう何も信じられんわ。今でぃ、耳を澄ましてみなっせ」富豪05「??ああ…」 純粋硬派柱の正統後継者はB(バグ)の女の子だってさ〜初代の裏ストボスの霧島04が貴女には敵いません(>_<)と(黄金の真実)で土下座して手続き取ったってww」男子高校生「ツンツンしたクールビューティが好みとか、やっぱカッコ良くてもオタクだよなww」

ガンケ「なあ…これみろよ、」マイルズモラレス���本物のサイコパスだ」ガンケ「産まれた時点で性病が35種類ある。まず涙に触れるだけでヤバい。ひょっとしたらこの世には存在しない空気感染もあるかも…」
気を落としながら歩く2人とマイルズは出会った 富豪05「ガッカリだ❗️」マイルズ「どうしたの?😉(まさか…ともちんに性病が発症……僕の血液を渡して済むのか?)」メンチース09「霧島04に生きてて欲しかったんよ 本当の事を聞きたいんよ」富豪05「トップの座だけは計算に入れてほしくなかった」涙をこぼす2人
マイルズ「君たちはさ、お馬鹿なんだね😌。日本人🇯🇵もちゃんと優しいんだね人種なんて関係ない(あんなに冷酷な悲劇の始まりで本物の純粋硬派柱を、しかもおぞましい化け物で檻の中で死ぬべきだった絶対悪の頂点に情けをかけるなんて、これならともちんに対する誤解が勝手に解ける やっぱり黙ってようw)」富豪05「ああ、馬鹿だよ(女王アリだの女王バチだの、何も変わってない。善良な人が強いんだ、所詮”””アイツ(ラスボス)”””も女の子が好きだったんだよ……)」マイルズ「は?なんか心の声が聞こえるんだけど(混乱&錯乱)」メンチース09「天才は理解されない、もうアチシが頂点に立ったんよ(黄金の真実)」マイルズ「え?(恐怖)」
〜数分後〜
マイルズ「(ぷーくすくすくすwww)、そ、、それで(笑いを必死に堪えている)、新たなる純粋硬派柱ランキング1位の””””B(バグ)ちゃん””””を崇拝するんだね?🤭」富豪05「時代は昆虫さ。蜘蛛がそうだろ?www」

マイルズ「そそそ、そうだね。、(思い出し笑いで腹筋が死にかけている) 凄いよ君達。メタボマッチョ関係なく比率で殺すのは最高だ、。」メンチース09「そう、殺す肉の価値は絶対悪の前では平等なんよ」
マイルズモラレス「なら選択肢は決まってるねえ、なんたるシェイクアップ!(ダメだ……僕はもう爆笑してしまう。) じゃあね❗️うんちしたい❗️(大声)❗️」道行く人「何あの人キモ」
〜過去 ある別次元〜
ペニーワイズ様から知恵の実を貰って食べたゴールドバズーは自殺する準備をしていた。悪夢から目を覚まして全てを悟った 一緒に独占して盗んで食べた総勢500万人は仲間達は”””純粋硬派柱PureEgrosburst04 霧島狩魔(15歳)”””の登場と共に、自分の睾丸を手で壊れた笑いをしながらちぎり取って焼けこげた鉄板の上に乗せて燃えろ汚物燃えろ汚物と唱えて自分の顔が潰れてギリギリ動けなくなるまで全力で殴ってから額から土下座しながら炙って死んだ だって、そ��ちの方がマシだったから(赤き真実)
富豪05「あなたは神だ、この過去をずっと待ってた」感動の涙をポロポロ溢す金持ちと メンチース09「パトロン、アンタだけは裏切らない。裏切ったバカはアチシの方ですた 神の歴史は永遠だったんよ」どんな酒に溺れて莫大な麻薬に手を出した快楽を超えた笑顔
???(15歳)「ははは。なあ相棒俺の名前が組織のタイトルなんだってさw」???(15歳)「何が純粋硬派柱だよ無価値なゴミ共 くだらねえ」
???(中ボス)「偽物の宝石💎なんて人糞製造機より生きる価値がねえんだからさぁ(真顔)」

〜数日後〜
マイルズ「こんにちは😃、遊びにきたよ」彼🕷️はやってきてくれた希望

御茶ヶ滝「シェイク🥤シェイク😊」超電波油「シェイク🍶シェイク😎」アイエフ「こら!良い子にしなさい油💢」御茶ヶ滝「ハーイ٩(^‿^)۶💙」アイエフ「アンタも��化さない💢 水と油はこんな時こそ反発しなさいよね⁉️」防聖孤島「(そりゃあアイエフさんは俺の物だよ、💙相棒🧡にも譲らねえ🔥)」マイルズモラレス「あははははあははははWWWW」
〜現在〜
超電波油「ともちんの柿の葉寿司をあの大妖怪さん、気に入ってくれたみたいだ」
マイルズ「またお客さん?」御茶ヶ滝「ちょっとね、」ガチャッ 麒麟丸「俺の時代では味わえない美味だったぞ」


麒麟丸「⇧実はこれ、相当焦っている証拠だ。””””アイエフ(真主人公)””””に殺された(しかも赤き究極の真実を敢えて使わない程の余裕が生む悩みがあった)事で次元に関わる序盤から勇者殺しの負けイベントのみをブチかますコスト含めて常に使える最強の切り札であり、敵を選び一方的に利益を出せるオチャオチャの能力���”””霧島04(裏ストボス)”””を失ったのは決定的な痛手でしかない もうこれからの二次創造世界で続く未来編第一部以降の未来はポップな雰囲気から変わる事はないだろう SS(サディストサイレン)の裏国家は今の所合計で約10人いれば多い方(みなレイドボスで一枚岩ではない)で、対するB(バグ)の家族達は約2509億人(パーティメンバーとしてならHokutoレベルで最強)。そこから総合して導き出された戦力差は約12億5450万倍(この数字の数だけ喉元に鋭い牙が届くと考えていい)、
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しかもTG(トゥルーグランド)の頂点達が絶対悪の味方になるとは俺には到底思えん。鬼門はもう終わっていると見て間違いない。民を導く将として唯一無二を誇る俺の強敵(友)は護ったんだよ “”””誰も勝てない ラオウには(赤き究極の真実””””)」防聖孤島「一つ聞いていいか?」麒麟丸「なんだ?」防聖孤島「選ばれし者として連れて来られた俺達は何だったんだろう?🫨」

麒麟丸「お前達は守護女神を喜ばせるためのマスコットなんだろう。{{{{{色恋の話題にされない生け贄としての為だけ}}}}}に水と油を手に入れた当事者のアイエフは見事に騙されているが……
正体を知るほどあの下衆でクズで濃汚い表版仮想大鉱山ですら性欲があってくれ色恋に堕ちてくれツンデレに目覚めて下さいかりちゅまが真っ赤な大嘘なんて嫌だと暗黒殺人卿に絶望の涙を流しながら許しを乞い懺悔する”””🏴☠️霧島04(裏ストボス)☠️”””みたいにはいかん
あの女共専用の立派に育った甘くておいしい会話ネタの果実🍒がどれだけ力を付けようと、寧ろ必ず食い物にされて終わりだ😳(👇未来)」

防聖孤島「泡わわわわ(・・;🫧)何するの⁉️俺は第二のレッドピラミッドシングなんだよ(●🍒 ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾」周りの女神達「うわ〜なんか言ってる…くすくす…ニヤニヤ…」👈(未来😳by麒麟丸)」
防聖孤島「あの人………そんな…そんな理由で、俺達を異世界に連れてきたのか(そして相棒の正体。ベールさんは倒せない、詰んだ🥶)」ガチャ。 ダンスを踊っているマイルズ「おかえり。一緒に踊ろう😊」防聖孤島「旅に出ます」マイルズ「(全部聴こえてきてた、ご愁傷様)……そ、そうなんだ。」防聖孤島「女性から逃げます」マイルズ「(その思考がもう霧島04と違ってダメなんだよ…)」
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"Kill them with kindness" Wrong. CURSE OF MINATOMO NO YORITOMO
アイウエオカキクケコガギグゲゴサシスセソザジズゼゾタチツテトダ ヂ ヅ デ ドナニヌネノハヒフヘホバ ビ ブ ベ ボパ ピ プ ペ ポマミムメモヤユヨrラリルレロワヰヱヲあいうえおかきくけこさしすせそたちつてとなにぬねのはひふへほまみむめもやゆよらりるれろわゐゑを日一国会人年大十二本中長出三同時政事自行社見月分議後前民生連五発間対上部東者党地合市業内相方四定今回新場金員九入選立開手米力学問高代明実円関決子動京全目表戦経通外最言氏現理調体化田当八六約主題下首意法不来作性的要用制治度務強気小七成期公持野協取都和統以機平総加山思家話世受区領多県続進正安設保改数記院女初北午指権心界支第産結百派点教報済書府活原先共得解名交資予川向際査勝面委告軍文反元重近千考判認画海参売利組知案道信策集在件団別物側任引使求所次水半品昨論計死官増係感特情投示変打男基私各始島直両朝革価式確村提運終挙果西勢減台広容必応演電歳住争談能無再位置企真流格有疑口過局少放税検藤町常校料沢裁状工建語球営空職証土与急止送援供可役構木割聞身費付施切由説転食比難防補車優夫研収断井何南石足違消境神番規術護展態導鮮備宅害配副算視条幹独警宮究育席輸訪楽起万着乗店述残想線率病農州武声質念待試族象銀域助労例衛然早張映限親額監環験追審商葉義伝働形景落欧担好退準賞訴辺造英被株頭技低毎医復仕去姿味負閣韓渡失移差衆個門写評課末守若脳極種美岡影命含福蔵量望松非撃佐核観察整段横融型白深字答夜製票況音申様財港識注呼渉達良響阪帰針専推谷古候史天階程満敗管値歌買突兵接請器士光討路悪科攻崎督授催細効図週積丸他及湾録処省旧室憲太橋歩離岸客風紙激否周師摘材登系批郎母易健黒火戸速存花春飛殺央券赤号単盟座青破編捜竹除完降超責並療従右修捕隊危採織森競拡故館振給屋介読弁根色友苦就迎走販園具左異歴辞将秋因献厳馬愛幅休維富浜父遺彼般未塁貿講邦舞林装諸夏素亡劇河遣航抗冷模雄適婦鉄寄益込顔緊類児余禁印逆王返標換久短油妻暴輪占宣背昭廃植熱宿薬伊江清習険頼僚覚吉盛船倍均億途圧芸許皇臨踏駅署抜壊債便伸留罪停興爆陸玉源儀波創障継筋狙帯延羽努固闘精則葬乱避普散司康測豊洋静善逮婚厚喜齢囲卒迫略承浮惑崩順紀聴脱旅絶級幸岩練押軽倒了庁博城患締等救執層版老令角絡損房募曲撤裏払削密庭徒措仏績築貨志混載昇池陣我勤為血遅抑幕居染温雑招奈季困星傷永択秀著徴誌庫弾償刊像功拠香欠更秘拒刑坂刻底賛塚致抱繰服犯尾描布恐寺鈴盤息宇項喪伴遠養懸戻街巨震願絵希越契掲躍棄欲痛触邸依籍汚縮還枚属笑互複慮郵束仲栄札枠似夕恵板列露沖探逃借緩節需骨射傾届曜遊迷夢巻購揮君燃充雨閉緒跡包駐貢鹿弱却端賃折紹獲郡併草徹飲貴埼衝焦奪雇災浦暮替析預焼簡譲称肉納樹挑章臓律誘紛貸至宗促慎控贈智握照宙酒俊銭薄堂渋群銃悲秒操携奥診詰託晴撮誕侵括掛謝双孝刺到駆寝透津壁稲仮暗裂敏鳥純是飯排裕堅訳盗芝綱吸典賀扱顧弘看訟戒祉誉歓勉奏勧騒翌陽閥甲快縄片郷敬��免既薦隣悩華泉御範隠冬徳皮哲漁杉里釈己荒貯硬妥威豪熊歯滞微隆埋症暫忠倉昼茶彦肝柱喚沿妙唱祭袋阿索誠忘襲雪筆吹訓懇浴俳童宝柄驚麻封胸娘砂李塩浩誤剤瀬趣陥斎貫仙慰賢序弟旬腕兼聖旨即洗柳舎偽較覇兆床畑慣詳毛緑尊抵脅祝礼窓柔茂犠旗距雅飾網竜詩昔繁殿濃翼牛茨潟敵魅嫌魚斉液貧敷擁衣肩圏零酸兄罰怒滅泳礎腐祖幼脚菱荷潮梅泊尽杯僕桜滑孤黄煕炎賠句寿鋼頑甘臣鎖彩摩浅励掃雲掘縦輝蓄軸巡疲稼瞬捨皆砲軟噴沈誇祥牲秩帝宏唆鳴阻泰賄撲凍堀腹菊絞乳煙縁唯膨矢耐恋塾漏紅慶猛芳懲郊剣腰炭踊幌彰棋丁冊恒眠揚冒之勇曽械倫陳憶怖犬菜耳潜珍
“kill them with kindness” Wrong. CURSE OF RA 𓀀 𓀁 𓀂 𓀃 𓀄 𓀅 𓀆 𓀇 𓀈 𓀉 𓀊 𓀋 𓀌 𓀍 𓀎 𓀏 𓀐 𓀑 𓀒 𓀓 𓀔 𓀕 𓀖 𓀗 𓀘 𓀙 𓀚 𓀛 𓀜 𓀝 𓀞 𓀟 𓀠 𓀡 𓀢 𓀣 𓀤 𓀥 𓀦 𓀧 𓀨 𓀩 𓀪 𓀫 𓀬 𓀭 𓀮 𓀯 𓀰 𓀱 𓀲 𓀳 𓀴 𓀵 𓀶 𓀷 𓀸 𓀹 𓀺 𓀻 𓀼 𓀽 𓀾 𓀿 𓁀 𓁁 𓁂 𓁃 𓁄 𓁅 𓁆 𓁇 𓁈 𓁉 𓁊 𓁋 𓁌 𓁍 𓁎 𓁏 𓁐 𓁑 𓀄 𓀅 𓀆
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TEDにて
スティーブン・ピンカー:言語と思考の関係
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
著書である「思考する言語」の特別の予告として、スティーブン・ピンカーが言語と、言語がどのように人の心を表現するのか?
また、私たちが選ぶ言葉が、どれほど意図を表現し伝達するのか?を解説します。
序盤は、意図が伝達しづらい難解な言い回しが続きますが、タイトルにあるとおり言語と思考の関係性を理解するための訓練みたいな物です。
じょじょに、後半からは意図が伝達しやすい言い回しに変化していきますので、言語の妙(みょう)や機微(きび)が理解できます。
私は、言語を通して世界の概念体系を形成する認知機構と人間の相互作用を左右する関係などの人間の本質のいくつかの側面を明らかにさせています。
このことは、俗語と隠語の絶え間ない出現。言語の歴史的な変化。方言の多様性。新しい言語の形成などからわかります。
つまり、言語は、人間の性質を作ったり、形成したりすものではなく、人間の性質を見るための窓(ウィンドゥ)なのです。
いま書いている本で、私は、言語を通して世界の概念体系を形成する認知機構と人間の相互作用を左右する関係などの人間の本質のいくつかの側面を明らかにさせています。
そして、抽象的出来事に対する用法の大半は、具体物のメタファーに依拠していることが事実であると示唆しています。
これによると人間の知性を構成するものの1つ目は、物体、空間、時間、因果、意図などの概念の積み重ねです。
これは、社会的で知識集約型の種には有利なのです。その種が、どのように進化するかは想像できるでしょう。
人間の知性を構成するもう1つの要素は、メタファーによる概念の抽出です。
これにより抽象的な概念から空間、時間、力といった元の概念を浮き上がらせることができるのです。
それらを新しい抽象的物事に適用することで人間は、岩や道具や動物を扱う段階から、数学や物理学や法律や、あるいは、その他の抽象的なものを具体化できるように進化したのです。
イマニュエル・カントの哲学も登場しています。遠回しな言語表現を多用することで、どのように世界を概念化するのか?も説明しています。
カントとは、16世紀のドイツの哲学者。「純粋理性批��」でも、より詳しく論じられています。
人間は何をどこまで知ることができるのか?ということをデカルトやスピノザが提唱した大陸の合理論とイギリスのロックとヒュームが提唱した経験論の欠陥を認識、洞察しつつも経験からの独立した認識能力への批判を融合して。
すなわち、純粋理性能力の意味と限界を統合した書籍です。
超越論的制約である空間と時間を通じて、人間が認識して理解できるものの限界はどういうことなのか?という認識論を説明しています。
特に日本のマスメディア、テレビ局など、顕著な傾向で、構造的な問題もあるかもしれません。
国民にマスメディアを使用して巧妙に情報操作している可能性が色濃くあります。再編して改善かな?
テレビなどは、アーカイブで追跡調査できるから倫理委員会に依頼するのも東京地検が抜き打ち調査しても良いかも知れません。
今ではテレビ局も権力者!日本のテレビ局は再編すべき!
一度、国に返上して、車と同様に放送免許停止や放送免許取消を導入すべきです。
もう一度言います!
テレビ局も今では権力者!再び、過ちを繰り返すかもしれません!
影響力の巨大な政治家、役所、警察、テレビ局や大中企業などの権力者以外なら規模も小さいので
表現の自由も良いでしょう。弱者にこそ自由!
世の中の影響��や権力が大きくなるほど言論の自由は制限されるのがこの世の真理。
今や、テレビやこれに出演している人間は、言論や表現の自由ではなく情報操作の自由。
テレビ局は解体、再編を!日本のテレビ局は再編すべき!一度、国に返上して、車と同様に放送
免許停止や放送免許取消を導入すべきです。
東日本大震災の際に放送無用でも、庶民生活に支障はなかったことですでに証明されています。
そして、裁判所の令状なしに監視カメラに人工知能を使用するのはプライバシー侵害です。
もしかして、日本国憲法の通信の秘匿にも?弱者である庶民への圧力?自動車のナンバーも無許可で読み取っています。
まず、影響力の巨大な政治家、役所、警察、テレビ局や大中企業の内部通報用として搭載して
手本を示してはいかがでしょうか?
スタンフォード実験(1970年代)?ミルグラム実験(1960年代)?マスメディアを悪用した戦前の日本の空気(1940年代)?似ている?同じことを繰り返さないようにみんなで見守っていくことだ。
日本では、適用されていないから令状申請を法律で義務化すればいいかもしれない。
特別に、日本の場合は、テレビに関係する放送内容、広告については、巧妙に情報操作している可能性が色濃く、出演料も高額な出演者、放送関係者も含めて全員、巨大な権力者は疑って観ることが重要です。
なお、日本の全テレビ局は超裕福層に入ります。
自らが権力者であることを発信せず視聴者を混乱させ、それに便乗して権力乱用する日本の民法テレビ局。同じことを繰り返さないようにみんなで見守っていくことだ。
量子レベルでは、波動性と粒子性を両方備えていると教科書で学びます。
大自然の膨大なパワーを活用できますが、このフレームワークで、人間を説明することは、現時点ではできないかもしれません。
ジュリオ・トノーニの意識に関する情報統合理論がある。万物には意識があるとする汎心論という考え方です。
ジュリオ・トノーニの 意識に関する情報統合理論によれば、ネットワークの密度は意識(ここでは、ファイと命名している)と呼ばれる何か?の密度に関連しているということ。
これを数値化して、方程式にしている。
それゆえ、人間の脳内では、膨大な情報統合が行われるため高度なファイがあることになり、かなりの意識が存在します。
マウスにおいては中程度とはいえ、かなりの情報統合が行われるので相当な程度の意識があるといえます。
しかし、虫や微生物や粒子レベルになると、ファイの量は低下します。情報統合の量が低下してもゼロにはなりません。
日本では、「一寸の虫にも五分の魂」という言葉もあります。
トノーニの理論によると意識の程度はまったくのゼロには、ならないのだといいます。
事実上、トノーニは意識に関する基本的法則を提案しています。つまり、高度なファイには高度な意識が宿るのです。
そこには、ただ淡々と善も悪もなくて古来から有る日本の「魂」という概念みたいなことにも似ています。
また、ロジャー・ペンローズとスチュワート・ハメロフの提唱する量子脳理論(波動関数の客観収縮理論)があります。
他には、ブラックホールの特異点定理をスティーブン・ホーキングと共にを証明し、「事象の地平線」の存在を提唱している。
クオリアという言葉も関連していて、「質」を意味するラテン語の qualitas (あるいは qualis) が源流。
この言葉の歴史は古く、4世紀のアウグスティヌスも用いている。長い間忘れられてきたが量子論の登場により、1929年、アメリカ合衆国の哲学者クラレンス・アーヴィング・ルイスが現在の意味とほぼ同じ形でクオリアという言葉を書いている。
太古から高密度なアイデアは、概念の豊富な人間からしか創造されません。
太古から高密度なアイデアは、概念の豊富な人間からしか創造されません。
太古から高密度なアイデアは、概念の豊富な人間からしか創造されません。
2018年現在では、サピエンスは20万年前からアフリカで進化し、紀元前3万年に集団が形成され、氷河のまだ残るヨーロッパへ進出。紀元前2万年くらいにネアンデルタール人との生存競争に勝ち残ります。
そして、約1万2千年前のギョベクリ・テペの神殿遺跡(トルコ)から古代シュメール人の可能性もあり得るかもしれないので、今後の「T型オベリスク」など発掘作業の進展具合で判明するかもしれません。
メソポタミアのシュメール文明よりも古いことは、年代測定で確認されています。古代エジプトは、約5千年前の紀元前3000年に人類最初の王朝が誕生しています。
<おすすめサイト>
アニル・セス: 脳が「意識された現実」という幻覚を作り出す?
アイザック・リッズキー:あなたはどんな現実を生み出しているのか?
マーク・パーゲル:言語能力が人類に与えた影響について
ロジェカイヨワ戦争論と日本の神仏習合との偶然の一致について2019
マーク・フォーサイス: 政治における言葉について
ダンデネット:我々の意識について
アントニオ・ダマシオ:意識の理解はどこまで進んだか!
ディヴィット・チャーマーズ:あなたは意識をどう説明しますか?
ユバル・ノア・ハラーリ:人類の台頭はいかにして起こったか?
<提供>
東京都北区神谷の高橋クリーニングプレゼント
独自サービス展開中!服の高橋クリーニング店は職人による手仕上げ。お手頃50ですよ。往復送料、曲Song購入可。詳細は、今すぐ電話。東京都内限定。北部、東部、渋谷区周囲。地元周辺区もOKです
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先月末の金曜日は店を少々早仕舞いさせていただき、英国ロイヤルオペラ『リゴレット』を鑑賞してきました。
幕が開くと、舞台には不吉なムードで静止する人々。苦しそうなポーズをしているのにあまりにも動かないので、もしかして人形だったのかと観察していると、ぱっと動き出す…。という、見事な引き込みで始まりました。
リゴレットのお話自体は本当に忌々しく救いのないもので、胸をぎゅっと握り潰されながらも、その音楽と演劇の魅力に時が経つのも忘れるほど夢中になりました。
権力者マントヴァ公爵は傲慢な女たらしですが、よせばいいのに女性たちも彼に惚けてしまうようで、無惨に捨てられた彼女たちは家族も巻き込み苦しむことになります。
マントヴァ公爵を演じたハヴィエル・カマレナさんの歌声はあんなにも素晴らしいのに、ラストシーンで再び彼の『女心の歌』が聞こえてくる頃には、もうこの男の能天気で高らかなカンツォーネなど聞きたくないと思うほど、物語に入り込んでしまいました。(オペラなのにごめんなさい🙏🏻)
それにしても、かの有名な『女心の歌』という曲。このオペラを観るまでは、てっきり「女心と��の空だよ、まったく。アハハ」的な、軽快で明るい曲だとばかり思っていたのですが、いや、この公爵が歌ってるとなるとぜんぜん意味が違ってくる…!無知でした😑
マントヴァ公爵にも増して嫌悪感を抱いてしまったのは、その取り巻きである廷臣たち。彼らの集団意識(ノリ)の空恐ろしさを、低音の合唱が濃厚に表現していました。
衣装が現代的だったこともあってか、この悪質なノリが今もどこかで繰り広げられ、彼らの型にはまらない者や女性たちを苦しめているであろうことを想像させます。
リゴレットの娘ジルダは登場人物の中で唯一の聖人ポジションとされているようですが…。
愛してしまったマントヴァ公爵には偽名を使われ、唯一の身内である父親にさえも名前を教えてもらえず、男たちにさらわれ屈辱を味わい、卑劣な男の身代わりに死ぬ。もうこの人生を美徳と崇めてはいけないと思いました。
要所要所で彼女が違う選択をしていれば、こうなることはなかった。
ただ、教会以外への外出を禁じられ自由や社会を知り得ない彼女が、他の選択をする発想を持てなかったのは仕方のないこと。知見を広げることを制限した父の罪深さを考えさせられます。
呪いとは、人々の重い愛と罪のスパイラルに巻き込まれることなのかもしれません。
(皆平等に、考えるための知識や経験を得ることができる時代であって欲しい)
一番感情移入したのは、主人公リゴレットでした。あの呪いの言葉がなくとも、彼はすでに呪いの渦中にいたのでしょう。
道化師であり一人娘の父親でもある彼の、愛する故の葛藤や苦悩、怒り、悲しみ…。
人間的な感情が終始重々しい歌声となり、響いていました。
ちなみにこの演目はロンドンではR12指定というだけあって、きわどいシーンが結構あるのですが、個人的に一番ぎょっとしたのは、さらわれたジルダの代わりにシーツの中に隠された人形が出てきた時でした…。(その人形は妙にリアルでグロテスクで、でも美しかった)
指揮者のアントニオ・パッパーノさんは、日本での公演は今回が最後とのことで、その演目にと自信作リゴレットを推してくれたそうです。
素晴らしく貴重な時間をありがとうございました👏🏻
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大魯上人
大魯上人
鹿児島の浄土真宗の礎を築いた大魯和尚(だいろ)の墓は旧吹上町の光専寺の敷地内にございます。
大魯は幕末に本願寺で起きた教義上の論争(三業惑乱)で異端者として追放され、京都から肥後、天草を経て薩摩に逃れた。
当時藩では浄土真宗を厳しく禁じていた(※かくれ念仏のぺージ参照)
それでも大魯は煙草講(たばここう)などの名で人々を集め、洞穴に隠れて念仏の教えを説いた。
そして各地を回り30年、多くの人々に慕われながら天保7(1836)年上草田の辻の久保で没した。明治の初め、藩の政策で薩摩半島の技術者が大隅半島に移住したが、その中に大魯の影響を受けた念仏者がいて教えを伝えた。その後、明治22年にこの地に改葬した。やがて念仏禁制が解かれると浄土真宗は県全域に広まった。
鹿児島で浄土真宗がこれだけ広まっている事は大魯和尚の功績が大きいといえる。
大魯上人が本願寺から追放された理由
大魯上人が本願寺から追放された理由である「三業惑乱」というのは、江戸時代に浄土真宗本願寺派(西本願寺)において起きた法論(教えをめぐっての論争)のことです。
この騒動を寺社奉行として裁断したのが、龍野藩の第8代目藩主の脇坂安董(わきざかやすただ)であったというお話です。
『脇坂家譜』の安董についての欄には「同月(文化3年7月)十一日西本願寺宗意惑乱之ヲ裁断ス」と記されています。
善龍寺(龍野市)では龍野で出版された『真宗新義古義裁断実記』という書物も残っています。
この「三業惑乱」事件というのは異安心(いあんじん)論争で、異安心とは真宗の安心(「あんじん」と読みます。救いの境地)と相違した誤った安心を言い、どちらが正意の安心かをめぐっての論争です。救いとは究極は各自の心の問題なので、本来なら安心自体を判断裁定することは無意味でもあるし不当なことと思いますが、安心がその人の思考をともない教相(教え)として外面化し他人に説いた場合、多くの人に影響を及ぼしてしまいますので、看過するという���けにもいかなくなったのです。
安心と教相(教え)とは密接不離な関係にありますので、教えが違えば迷信、邪信を生み出すというような可能性もはらんでいるのです。
ですから厳密には、「安心論争」「異安心論争」というよりは「教義論争」といったほうが妥当だと思われます。
そして教義は真宗の場合は溯れば開祖である親鸞聖人にあり(その本源は阿弥陀如来の「本願」にありますが)、その著述に基づいて、教義論争が行われます。
この事件が発生したのが寛政9年(1797)で一件落着したのが文化3年(1806)で、実に10年の歳月を要しています。安董が寺社奉行として幕政に参与していた期間が寛政3年(1791)から文化10年(1813)までの22年間ですから、安董はこの「三業惑乱」事件の発生から落着まで寺社奉行として見届けていたことになります。
そして最期に落着させました。本願寺派の教義は安董によって守られたという歴史的側面も多分にあると思います。面白いことに、脇坂家の始祖の甚内安治(じんないやすはる)は、天正6年に豊臣秀吉の命を受けて石山合戦(織田信長対本願寺の戦争)で本願寺側であった三木城を攻めたとき、抜群の手柄を立てたそうで、いわば本願寺の敵であったのですが、その本願寺の窮地を子孫の安董が救ったということになるのですから、脇坂家と本願寺とは順逆の違いはあれ縁深いと言えます。
安董は「三業惑乱」事件の裁断によって、その手腕が高く評価されたこともあり、天保8年(1837)には老中に就任しました。
この事件の発端は、寛政10年(1798)に行なわれた蓮如上人(真宗の中興上人、本願寺第8代法主)の300回法要のあと、その前年の寛政9年(1797)に学林(僧侶の修学道場)の第7代能化(「のうけ」と読みます。
宗派の教義を研鑚し人を教化する学寮の責任者)に就任した智洞が門主の文如上人に代わって『無量寿経』の講説を行ない、この中で「三業帰命」の説を唱えたことにあります。
この説は溯れば第2代能化の知空(ちくう)、及びその弟子の峻諦(しゅんたい)などより発し、第6代の能化となった功存(こうぞん)が『願生帰命弁』という著書を著わして「三業帰命」の説がますます鮮明に示され、その後を継いで能化となった智洞に至った頃には、本願寺派の真宗安心の規準とまでなっていました。
「三業帰命」とは「三業安心」ともいわれ、「帰命(きみょう)」の曲解より起こった異安心です。
すなわち、「三業帰命」とは、「阿弥陀様助けてください」と意業(心で)、口業(口で)、身業(体で)の三業で阿弥陀仏に救済を求めることで、三業に帰命の相がともなっていなければならないという説です。
「これだけ阿弥陀様のことを思っているから救われる」「���仏を称えていれば助かる」「これだけ仏壇の前で拝んでいるから救ってくださる」といった自己の三業(行ない)を阿弥陀仏にさしむけることで救いの助けにしようとしたり、三業で帰命していることを救いの証拠にしようというのですから、とどのつまり、その計らい心、自惚れ心(自力)は阿弥陀仏の救済を絶対的に信知していないことから生じるのであって、三業による「たすけたまえ」という「帰命」はその表われの何物でもありません。阿弥陀仏の本願に不足があるから、その不足分を三業で補おうとする心が働くのです。
これは結局は阿弥陀仏の本願を疑っている姿です。機の深信に徹していないから救われるための手段が自分にあると自惚れ、法の深信に徹していないから本願力に不足を思うのです。
どうして功存が『願生帰命弁』という著書を著わして、「三業帰命」説を強調したかというと、当時、北陸を中心に「十劫安心」という異安心が広まっていました。また京都では「土蔵秘事」という異安心が広がっていました。
功存は特に「十劫安心」を正すために『願生帰命弁』を著述したと思われます。 「十劫安心」という異安心は、「十劫秘事」とも「十劫正覚の秘事」「十劫領解」とも呼ばれ、十劫の昔に阿弥陀仏が成仏されたときに、すでに衆生の救済も成就されているのだから、それを忘れないのが信心であるという邪義です。「十劫安心」は必然「無帰命安心」であり、仏に帰命せずともよい、帰命の安心を不要とします。そこで、功存は帰命の安心の欠けた「十劫安心」を正すために、著書の中で「たのむ一念」の帰命を力説したのです。本願寺派で真宗の教化に絶大な能化の取り締まりにより、「十劫安心」は一応の収まりをみせましたが、その教化が未徹底なままで功存は病死してしまいました。
また、功存が能化だった頃には、「本尊論」についての法論も起こりました。
播州の智暹(ちせん)が『真宗本尊義』を著述して学林を問い質した法論でした。 明和4年(1767)5月のことです。本山は両者を戒告して事件を解決しようとしました。
同年の6月には学林は裁決を不服として本山に乱入したりしました。
また功存の『願生帰命弁』に記された「三業帰命」説に対しては多くの批判が上がっていました。
安永4年(1784)7月、大麟(だいりん)が『真宗安心正偽編』などを著述して功存の『願生帰命弁』を批判、安永7年(1787)4月、宝厳(ほうげん)が『興復記』を著してこれまた功存の説の批判を展開しました。
功存が『願生帰命弁』を刊行してからというもの本願寺派内は法論が頻発に起きていました。
功存が能化の時代に「三業惑乱」という爆弾の導火線にすでに火がついていたのです。
功存は「阿弥陀仏をたのむ」こと「帰命」することに力を入れて説いたために教化が「三業帰命」に傾きましたが、それをより徹底して教化すべく、智洞は「三業帰命」説を前面に出して説きました。そして全国の僧侶・門信徒が集まる法要のときにも、智洞が公然と「三業帰命」説を唱えたものですから、この説に不審を抱いた安芸の大瀛(だいえい)、河内の道隠(どうおん)などの在野の学���(古義派、正義派)が、智洞を代表とする学林(新義派、三業安心派)と対立し、ついに寛政・享和・文化にまたがる10年間にわたって、西本願寺教団内部をはじめ、24カ国に及ぶ未曾有の大紛争となってしまいました。
大瀛は智洞の説の誤りを明らかにするために『横超直道金剛ベイ』を執筆しました。教義の解釈上の対立、相違問題は政治的な紛争へと発展し、混乱と暴動事件を引き起こし、ついには幕府の裁断を受けなければならなくなり、そこで寺社奉行であった安董の出番ということに相成ったわけです。
「三業安心」説の是非をめぐっての争論が各地でまきおこり、ことが「後生の一大事」、救いに関わる問題ですから、門信徒は動揺し、その是非を手次寺に糺すものの埒があかず、嘆願書で本願寺派本山に問い合わせても、本山はこれをとりあげようとしません。
享和元年(1801)になると、門信徒の中には示威行動に出る者も現れて、京都の町々は動揺する門信徒であふれ、奉行所から内々で注意を受けることになります。
大瀛は享和元年(1801)5月に『横超直道金剛ベイ』を刊行しましたが、翌月には販売禁止にされてしまいました。本山は混乱するだけで事態を収拾することができず、翌年の1月になって美濃国大垣領の門信徒の百姓たちが一揆のいでたちで、本山に詰め掛けようと河原に集結しました。このことを知った領主の戸田采女正は当時の老中で、百姓たちの動揺を静めるために本山に対して、宗旨を整えて門信徒の不安を一掃するようにと要請しました。それにも関わらず本山は何ら手段を講じないまま7月に入り、大垣領の門信徒は再び集結しましたが、代官に鎮圧されました。
事態を重く見た戸田采女正は事件を幕府に届け、もはや一宗門内の紛争ですまなくなりました。
7月の終わりには、江戸築地の輪番(江戸在住の本山の役僧)が寺社奉行脇坂淡路守役宅へ呼び出され、留守居役星野鉄三郎から事情聴取されています。
幕府は従来、寺社に対し、教義や宗門の紛争などは余程のことがない限り、黙認する方針でした。しかし、ことが「一向一揆」に似た社会的に不穏な行動であったため介入せざるを得なくなってしまいました。
この事件を担当した寺社奉行師匠番脇坂安董は享和2年(1802)11月、本願寺派本山に対し幕府の厳しい警告書を突き付けたため、本山役人は事態を収拾しようとして三業安心派の学林と対立するようになりました。翌年の享和3年(1803)1月、三業安心派の僧侶・門信徒は巻き返しのために本山に押し寄せ、安心(往生)の権限を学林へ一任せよと強要し、ついに槍を持って門主の室近くへ侵入するなどの狼藉を極める暴挙に出て、宗門はますます混乱してしまいました。
これに対して諸国の古義派の門信徒、特に安芸門徒の学僧たちは大瀛を中心にして、智洞の誤りを全国に訴え、何度も公開討論を申し込んだり、門主の権限を回復するように本山にせまりましたが、本山はこれを黙殺しました。享和3年(1803)2月には、能化智洞の退職を求めました。
大瀛とそれを支持する石見の履善(りぜん)、京都の春貞(しゅんてい)、河内の道隠などは上洛して本山に論戦を挑んだために京都は騒然となりました。
4月になると学林は本山の休講措置を無視して安居講会を開こうとして古義新義の2派が対立したため、本山はこの処置に窮して京の町奉行所へ訴えてしまいました。
町奉行所はこの時とばかりに両派の取り調べを開始し、5月には智洞、大瀛をはじめとする、この騒動に関わった中心人物たち40人余りの入牢を命じました。
翌年の文化元年(1804)1月に幕府は取り調べのため智洞・道隠・大瀛らを江戸に連行しました。
智洞はこのときすでに罪人として鶤鶏籠(とうまるかご)で江戸へ護送されています。
そして2月2日より寺社奉行役宅にて取り調べを受けました。
5月には正義派の中心的存在であった大瀛がこの事件の結末を見ることなく獄死しました。
智洞もまた獄中にあって死に、その他の者も遠島に処せられた。
学林の僧はこの事件が宗門の教義のことだからと安心していましたが、安董は寺社奉行の中でも、また歴代の奉行の中でも仏教に通じていて、しかも、安董の陰には真宗大谷派の宗学を大成した大谷派講師の香月院深励(こうがついんじんれい)師が控えておりましたから、突っ込んだ取り調べを行ないました。
文化3年(1806)7月11日、安董は「三業帰命」は不正義とする判決を下して、本願寺派本山に対して、宗門不取締の責を問い100日間閉門という寛大な処分を行ないました。そして、8月21日登城し、老中の松平伊豆守より、今度の宗論裁断について、勲労の論旨を賜わるとともに御調役の星野鉄三郎に銀10枚、西田金次郎・清水兵蔵両名に銀7枚を賜わりました。
閉門が解除された11月、門主の本如上人は、『御裁断御書』を発表して宗門内としても事件は一件落着しました。
「三業惑乱」事件が契機となり、能化職制度は廃止され、本願寺派の宗学は、学轍分裂に至り、行信論に三業を論じることを嫌うあまりに、極端な離三業の所行説が発展しました。
その代表的学轍が空華轍で、現在の本願寺派宗学の筆頭勢力となっています。
ちなみに智洞一派の徒は、三業惑乱後もまだ智洞の遺響を守っていたことから、如何に智洞の異説が教界内に一大勢力を持っていたかが窺われます。
また、三業惑乱後も三業だのみ説を強く誡めている説法がしばしば見られたことからも、如何に三業惑乱が本派にとって一大苦難であったかが知られます。
本派の三業惑乱は隣山の大���にも影響を及ぼし、大派でも三業帰命説、及びそこから派生する異説、諸問題について研究されることとなりました。
「三業惑乱」以降、本願寺派に属する僧侶たちは三業を論じない傾向になりましたが、「無帰命安心」に堕してもいけなくなり、困惑が続いていたようです。
「三業惑乱」後に、本山は全国の本願寺派僧侶から各自の信仰の申告書を集めたそうです。
そこには、蓮如上人の言葉を書写して自分の信仰を表わす人が多かったということです。「信心」に関しての無難な回答をすることで自己の信仰が糾弾されることを免れたのでしょう。
ちなみに脇坂安董は、この「三業惑乱」事件の他にも、延命院事件といって延命院住持日道の不行跡を糾弾しました。ことは大奥にも関係する難事件でありましたが、断固として日道を斬罪に処して寺僧をふるえあがらせたという。
三業惑乱終結後、龍野に帰った安董に、八十歳の母が「三業惑乱はなんと治まった」と尋ねた。それに答えて安董は、「何もほかのことではなかった。阿弥陀様は真実の親であった」と答えた。
母は、「噫(ああ)そうであったかそうであったか。親子の仲なら、かれこれ云うことはいらなんだのう」と喜んだという。
浄土真宗光専寺
仏事・法事等で不明点あればご連絡下さい。
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1968年~1990年 自民党・統一教会に密接な関係があった時代1968年 世界基督教統一神霊協会(統一教会)の教祖、文鮮明が国際勝共連合を設立1975年(昭和50年)の東京都知事選挙では、朝鮮総聯の影響下にある朝鮮大学校を認可した当時の東京都知事美濃部亮吉の3選を阻むため、若いメンバーが大量に動員されたとされる[要出典]。また、1986年(昭和61年)7月の衆参同日選挙では、150人の衆参両院候補を応援、自民、民社両党を中心に134人を当選させた、としている。同連合が発表した名簿には、松永光(自民党スパイ防止法制定特別委員長)、森清、箕輪登(当時の自民党衆議院議員)らが含まれていた。同連合の機関紙「思想新聞」によると、選挙後には、これらの各勝共推進議員一人ひとりに勝共理念の研修を受けてもらったという。その結果、134人全員が勝共理念を理解し、国会議員のそれぞれの地元でも勝共連合支部との関係が密接になった、と伝えている[16]。1986年の第38回、1990年(平成2年)の第39回、1993年(平成5年)の第40回と3回の衆議院議員総選挙に出馬しいずれも落選した阿部令子[17] は、霊感商法の霊能者役であり合同結婚式に参加した教会員で渡辺美智雄元秘書だったとされている[18]。1990年総選挙での自民党追加公認に関しては「公認は渡辺(美智雄)氏らが強引に押し切った」[19] とされ、地元大阪府連の強い反発を受けた。なお、「霊感商法などで問題になっている統一教会との関係」が他党(共産党)のビラなどで指摘されているが、阿部本人は「支援は受けているが会員ではない」[20] と歯切れの悪い回答を残している。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E5%8B%9D%E5%85%B1%E9%80%A3%E5%90%881990年~ 保守界隈が統一教会と距離を取った時代統一教会においては「天皇であろうが大臣であろうが、祝福(合同結婚式)を受けないと救われない」と教えられている。(中略)それにしても皇太子を伝道師、合同結婚式に出ることも「夢の様な話ですが、これは可能なこと」という文鮮明教祖の発言について、「勝共文化人」と呼ばれてきた人たちは、どう答えるのだろうか。共産主義に対抗し、勝利することを使命として連帯してきた彼らは、多くの場合、熱烈な民族主義者でもあり、皇室崇拝論を展開してきた。勝共連合の背景にこんな「教え」があったことを知っていたのだろうか。92年の合同結婚式直前に、『産経新聞』(8月12日付)は、「私たちは〝国際合同結婚式〟を応援します」という意見広告を掲載した。そこには大学教授や評論家たち97人が名前を連ねた(もっとも勝手に名前を使われた人もいたが)。この広告を出したのは「国際合同結婚式を支持する学者・文化人の会」。世話人には政治評論家の細川隆一郎氏がいた。細川氏は、90年4月10日から13日までモスクワで開かれた世界言論人会議(文鮮明教祖が主催)にも参加している。文教祖の発言について聞くと、こんな答えが戻ってきた。「まったく話になりません。論評する必要もなく、皇室を侮辱するものです。(中略)こんなことを言うとは、失礼極まりない。余計なお世話もいいところです」―『産経新聞』の意見広告は?あれは、桜田淳子さんの結婚をおめでたい、とお祝いしただけですよ」(中略)「勝共を応援する会」の活動を熱心に行ってきた一人に木内信胤氏がいる。木内氏はこの会の会長を長年務めてきた。「勝共を応援する会」とは、統一教会の友好団体である国際勝共連合を応援する団体である。この木内氏は、ソ連、東欧の急変を目の当たりにして「我々応援する会としては、目得たく解散すべきものである」ということを、国際勝共連合の名称変更とともに久保木会長(統一教会および国際勝共連合の会長だった)に申し入れていた。ところが久保木氏からはっきりした返事だなかったため、木内氏は国際勝共連合と袂を分かった。その理由を木内氏はこう書いている。〈共産主義が今日の状態になつたにも拘らず、引き続いて『国際勝共連合』と関係をもつといふことは、自然に文鮮明という方の特殊な宗教的な活動の片棒を担ぐことになる。そのことを私としては、厳密に避けたいと考へたからに他なりません〉(『私の宗教観』91年)(中略)木内氏は、問題の文鮮明発言についてこう語っている。 「こういう発言は無視��ればいいんです。黙殺するのがいい。ああいう人間とは議論すべきじゃありません。私はソ連がこうなる前に勝共連合はやめました。統一教会とも文鮮明ともとっくに縁を切っている。もう反共などという時代じゃないし、それよりも文鮮明がヘンテコリンな男であることも分かって縁を切りました」有田芳生 1997 「神の国」の崩壊(221-223頁)統一教会のこんな韓国中心主義に対して、民族派からの反発は強い。一水会の木村三浩書記長は、統一教会会員が国会議員の秘書になっていることをふくめてこう語る。統一教会の阿部令子が渡辺美智雄の秘蔵っ子として登場して、自民党の公認で選挙に出た。当選には至らなかったけれど、自分たちが立ってだめだったら、まずは秘書として政権の中に入って、情報収集や懐柔をし、人脈や金脈を作っていこうというのではないですか。私たちが統一協会を批判するのは、天皇陛下の問題はもちろんですが、日本が過去に朝鮮を侵略した誤りにつけこんで韓国中心を唱えるのは独善だということです。しかも、これが文鮮明の利害のためとくればなおさらです。私たちは、ここの統一教会員に対してはむしろ哀れぐらいに思っています。人に対してではなく、その教義、さらに贖罪意識に乗ったやり方に抗議しているんです」こういった批判は、一水会だけではない。戦前からの右翼で文鮮明や久保木修己とも親しかった畑時夫の証言を聞こう。 畑に言わせれば、文鮮明は「宗教を軸にした国際的錬金師」だと言う。私たちの前で、ある統一教会幹部に電話してくれた畑は、統一教会員が国会議員秘書にどれくらい入っているのかを聞いてくれた。その相手は「以前ほどではないが相当送り込んでいる」と答えている。「勝共ということで日本の政治家はだまされた。これが統一教会ということなら、政治家もこれほどまでは接近しなかっただろう」というのが、国会議員に統一教会が浸透できた理由だと畑は見る。有田芳生 1992 『統一教会とは何か』(108-109頁)http://fb90wx.g1.xrea.com/k/to/lo/nseiji.htmlそれは拉致問題などを行った北朝鮮を経済的に支援する統一教会は問題であること、しかも霊感商法などで日本の公安当局から監視対象である団体である以上、面会を求められても会わないようにしている、というものだ。これはわたしが安倍本人から聞いたことである。総理への道を眼の前にした時期に、そうした方針を変えることなどありえない。今回の祝電も地元事務所の判断で安倍があずかり知らないところで送られたのが事実である。統一教会からすれば、岸信介、安倍晋太郎との深い関係から安倍晋三をも利用したいのだろう。しかし、霊感商法が社会的に批判されてからは、国会議員の対応にも変化がある。安倍晋三は北朝鮮への強行姿勢ゆえに、祖父の岸信介や父の安倍晋太郎が親密だった統一教会に対し、距離を置くだけではな��厳しい対応を取っているのである。(引用元)安倍晋三と統一教会(1)~(4)http://blog.goo.ne.jp/arita0327/e/12d4d733eaea2d590f8b73716ce042ab/http://blog.goo.ne.jp/arita0327/e/37e6d95f53187d5d2f48ab8bdb281d81/http://blog.goo.ne.jp/arita0327/e/695fe400235e6e5706874dc9a7e17167/http://blog.goo.ne.jp/arita0327/e/1230584c94947653d0e01007c631dc13/統一教会と日本の政治 http://fb90wx.g1.xrea.com/k/to/lo/nseiji.html近年 再び統一教会と近づく保守界隈 霊感商法や集団結婚などの被害が長く社会問題になっている旧統一協会(世界平和統一家庭連合に改称)に関連する団体が開いた大規模集会に安倍晋三前首相がビデオメッセージを贈り、「敬意を表します」などと演説していたことが17日までに分かりました。旧統一協会が勧誘活動や宣伝に利用することで新たな被害につながるおそれがあり、安倍氏の道義的責任が問われます。 安倍氏がビデオメッセージで演説したのは、旧統一協会系の天宙平和連合(UPF)が韓国の会場とオンラインで12日に開いた集会「シンクタンク2022 希望前進大会」です。UPFは統一協会の開祖である文鮮明(故人)と、その妻で現家庭連合総裁の韓鶴子が2005年にニューヨークで創設したNGOです。 同集会では、トランプ前米国大統領に続いて左胸に議員バッジをつけた安倍氏が会場の大型スクリーンに映し出され、約5分間の演説をしました。 安倍氏は「演説の機会をいただいたことを光栄に思います」と述べ、次のような発言をしました。 「今日に至るまでUPFとともに世界各地の紛争の解決、とりわけ朝鮮半島の平和的統一に向けて努力されてきた韓鶴子総裁をはじめ、皆さまに敬意を表します」。実質的なトップの名をあげ、旧統一協会を称賛した形です。 旧統一協会と一体の右翼団体「勝共連合」は、ジェンダー平等を「社会における男女のあり方、そして家庭のあり方を根本から変えてしまおうという危険な思想」としています。 安倍氏の演説の中で目立ったのは、旧統一協会の思想にある家族観への共鳴です。 安倍氏は「UPFの平和ビジョンにおいて、家庭の価値を強調する点を高く評価いたします」と褒め上げ、その上で「偏った価値観を社会革命運動として展開する動きに警戒しましょう」と呼びかけました。 ジェンダー平等などを「偏った価値観」とみなし、個人を尊重する社会を目指す運動を非難するのは異様と言えますが、同集会の司会者は「たいへん感動的な演説」と評価しました。 本紙の取材にUPFジャパン(東京都新宿区)は、米国のUPFインターナショナルと「ワシントン・タイムズ」(旧統一協会系メディア)が安倍氏側にビデオメッセージを依頼したと説明しました。旧統一協会系集会にメッセージ/安倍前首相「総裁に敬意」/宣伝利用で霊感商法被害拡大の恐れ https://www.jcp.or.jp/akahata/aik21/2021-09-18/2021091815_01_0.html
統一教会と安倍晋三・自民党
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千曲坂城シニア大学 令和7年度開校式
千曲坂城シニア大学 開校式を開催 昨年より千曲坂城老人大学から改称された千曲坂城シニア大学の令和7年度開校式が4月18日、戸倉創造館で開催された。今年度は千曲市から80人、坂城町から15人の合計95人が入学(内新人は35人)。開校式では全員で県歌「信濃の国」を斉唱。学長の千曲市・小川市長があいさつを行った。式の後にはオリエンテーションが行われ、今年度のカリキュラムが説明された。移動教室・野外教室・特別講座を含めて全15講座(30単位)が開講され、新人は24単位以上受講すると修了証が授与される。 開校式で「信濃の国」を斉唱
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「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和六年(2024年)7月7日(日曜日)
通巻第8321号
英国で保守党惨敗、イランでは改革派大統領が当選
ウクライナ戦争は停戦が射程に入ったか?
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2024年7月5日、クレムリンでプーチン大統領とハンガリーのオルバン首相が会談した。「ハンガリーのトランプ」と言われるオルバンは現在EUの輪番議長であり、モスクワへは電撃訪問だった。
プーチン大統領は「キエフがドンバスと他の2つの旧地域から軍を撤退させ、中立の立場を約束すれば、ロシアは直ちにウクライナとの和平交渉を開始する用意がある」と提案してきたが、ゼレンスキーはプーチン提案を即座に却下した。
モウクワ訪問の3日前(7月2日)にオルバンはキエフを訪問し、ゼレンスキーと会談した。
「モスクワとキエフの立場は依然として大きくかけ離れている。戦争の解決に近づくためには、多くの措置を講じる必要がある。しかし、ロシアとウクライナの長引く紛争が欧州地域全体に影響を及ぼしている」と憂慮を示した。
ウクライナ政府は、オルバンのロシアへの電撃訪問に憤慨し、「訪問について事前に知らされていなかった」と不満を表明した。
プーチンvsオルバン会談は、ハンガリーがEU理事会の6か月間の輪番議長国に就任した直後だったので、ウクライナばかりか、EU政治に大騒動を運んだ。
第一にオルバンにはEUを代表する交渉権限は付与されていない。
第二にオルバンは長年、EU内での問題児だが、逆にプーチン大統領が信頼する同盟者であり、EUのウクライナ支援に懐疑論を展開してきた。
「宥和政策ではプーチン大統領を止めることはできない」と欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長は反対意見を述べた。
NATOのストルテンベルグ事務総長は「オルバン首相はハンガリーの指導者として訪問したのであり、NATOを代表するものではない」と釘をさした。
EUの次期外相に指名されているエストニアのカラス首相は「オルバン氏はEUの立場をまったく代表していない。EU議長国の地位を利用して混乱を招いている」と批判した。
オルバンはこれらの批判に対して、「私がやっていることは一つ。戦争の脅威がある場所、ヨーロッパとハンガリーに悪影響を及ぼす戦争がある場所に行って、事実を明らかにすることです。だから私は質問をするのです。例えば、私はゼレンスキー大統領に重要な質問をしました。それらについて彼がどう考えているか、彼の意図、彼の越えてはならない一線、境界線はどこにあるのか、平和のために彼がどこまで踏み込めるのかを理解するためです」とオルバンは語った。
「事態を正確に把握せずにEU幹部らが居座るなら、平和に近づくことはできない。なぜなら、平和は自然にはやってこないからだ」とし、オルバン首相は続けた。「もし何かが出来し、それが突然、平和につながると考えるなら、戦争の自然な歴史を誤解している。誰かが行動を起こさない限り平和は訪れない」
言葉は慎重だが、正論ではないのか。要するにEU幹部のウクライナ戦争への間違った対応を批判しているのである。
こうみてくると、欧州政治はアメリカと同様に深刻な分裂状態に陥っているとみてよいだろう。
▼エルドアン(トルコ大統領)も鵺的行動はお得意
一方、早くから仲介役を演じたトルコのエルドアン大統領はカザフスタンの首都アスタナで開かれた上海協力機構(SCO)首脳会議から帰国する際に、大統領専用機内で記者団に対し、「残念ながら、西側諸国には第三次世界大戦への道を開くアプローチを支持する国や勢力がある」と嘆いた。
エルドアン大統領は、「西側諸国がウクライナに軍事援助を注ぎ続けているが、これは武器製造業者の思惑だ。武器商人が資金を必要としているのは明らかだ。そして武器商人の市場は西側だ」と欧米政治家が忌避する論争の本質を衝いて、強く非難した。
エルドアンが提唱した「イスタンブール合意」というのはウクライナの交渉代表団が署名した文書である。
ウクライナが永世中立を約束する一方で、一定の安全保障の保証と引き換えに軍の規模を縮小することが想定されている。しかし当時の英国首相ボリス・ジョンソンが交渉を妨害した。ジョンソンがキエフを二度、三度訪問してゼレンスキーを鼓舞し、戦闘継続を促す役割を担ったことは明らかである。
ところが、その英国でジョンソンはスキャンダルで辞任し、トラスは線香花火、暫定でしかなく、旧植民地のインドから英国へ移住した裔のスナクが首相となってウクライナ政策を引き継いできたが、総選挙で保守党が惨敗隣、労働党政権の下で、ウクライナ支援の姿勢が劇的に変わる可能性がある。
▼英国で保守党惨敗、イランでは改革派大統領が当選
7月5日投票の英国総選挙は保守党が惨敗し(労働党412、保守党121、自由民主党71、リフォームUK5、緑の党4)、労働党のスターマー政権が発想した。そのため政策がひっくり返るかと見えたが、スターマー首相はすぐさま、バイデンとゼレンスキーに電話し、外交路線の継続を伝えた。
「英国のウクライナ支援の立場は変わらない。もし米国にトランプ政権が誕生しても、協力する」とし、米英首脳会談が7月9日からのNATO会議の合間に行われると述べた。
スターマー首相はオックスフォード大学卒、弁護士出身。検察官としてはナンバー3の役職(日本における検事総長に相当)を経て、2015年に政界入りした。
イランでは保守派有利とみられていたが、改革派候補が大統領に当選する番狂わせがおきた。これはライシ前大統領が5月にヘリ墜落で死亡したことによる。改革派のペゼシュキアンは大差をつけた勝利となり、2001年のハタミ大統領以来、23年ぶりに改革派大統領の登場となる。ただし、白票が五〇万票もでたうえ、有権者の半分は投票に行かなかったので、どれほどの民意が反映されているかは不明である。
フランスも鵺的だった。仲介役のマクロンの仲介案を誰も相手にしなかったばかりか、下院総選挙でルペン「国民連合」に第一党の躍進を許した。
かくしてロシアとウクライナがハンガリーとトルコの仲介にどことなく和平へのチャンネル維持のために期待している。なぜならハンガリーは嘗てのオーストリア・ハンガリー帝国の栄光の残影が濃く、トルコは嘗てのオスマントルコ帝国の歴史が刻まれているからに他ならない。
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2022/06/24-2022/06/30
6月24日(金)
出勤時間が遅いのと重たい倦怠感で昼あたりまで寝ていた。
昨日は上司が募らせていたストレスが爆発したように、新人さんに大叱責。新人さんとしては、いつにも増してミスを連発した地獄の一日だっただろう。あまりの怒声に、離れたところで聞いているほうもぎゅっと胸が摑まれて潰されそうになる。
夕方で仕事は終わり、まだ明るく、雨も降りそうになかったのでそのままの足で畑へ。もさもさに育ったサンチュや、大きくなってきた茄子やピーマンを収穫。畑はなかなか精力的に行けていないけれども、その間にもどんどんと育っている。枝豆やトマトは実がなりはじめている。雑草を一通りとって、帰った。家に帰ってからは冷蔵庫に残っていた鶏もも肉を焼いてサンチュで巻きながら食べた。茄子は味噌汁へ。ピーマンは後日。たっぷりとお腹が破裂しそうになるくらいまで食べて、わかったのは食欲は大丈夫そうだということ。なによりです。
それから国民健康保険支払いに関する通知がやってきた。去年は月三万くらいの請求がやってきてギョエエエエエと阿鼻叫喚の勢いで翌日役所に乗り込み、同じように白目を剥いているだろう人たちの減免を申し込む列に並び、甲斐あって最大減免してもらったのもいまだ強烈な記憶として残っているのだけれど、月三万とは一体なんだったのか、今年の支払額には逆の意味で目を見張る。前年の収入に応じて変動するそうで、それはもう、失業保険で繋ぎながらの前年の収入といえば微々たるものであったので減額は当然といえば当然なのだけれども、ちょっと驚きの額。急に安堵。でも来年以降はないだろう。
6月25日(土)
ネット���ちょっとした怖さを間近に垣間見る。とりわけSNSは、多くの人に簡単に目に付き、世界に向けて裸で歩いている状態であるというのを自覚していないと、どこに影響するかわからない。私も私で、日記を公開しており、時には生活の事象に関して固有名詞を使用したり、読む人が読んだらわかるような内容を書いているので、他人事でもない。 それにしたって、ひどい。
夜中に悩んでいた求人に応募。先日抽選したアジカンのライブの当選通知が届く。
6月26日(日)
ピープルのライブの当選通知が届く。二公演応募して、二公演とも当選だった。遠すぎる存在でないことはありがたい。しかし秋に、急にライブがいくつか。そして、文フリ大阪とライブで日程が被ることに気付く。申し訳ないがライブをとらせていただき、東京に出ようか考えている間に、東京の方の応募数は既に予定数の800ブースを越えたとのこと。コロナ禍以前よりも勢いがあるらしい。何事? 流行? 創作の流行、良きかな。 ついでに面接日程のメールもやってくる。
あまりの暑さとまたも倦怠感で部屋から動けず。暑さが倦怠感に更なる拍車をかけている。でも昨日は映画を観に行きたかった。無性に映画館に行きたかった。なにしろ観たい映画がずんずんと溜まっていて、知らない間にどんどん終わっているからだった。シン・ウルトラマンとか、メタモルフォーゼの縁側とか、ベイビー・ブローカーとか、犬王とか、とか。ダンブルドアの秘密も観たかったが、いつのまにかどこも上映を終了していた、儚い。映画館の上映予定を眺めていると、あんスタのイベントのライブビューイングもあった。すこぶる興味があったが、今スマホをできるだけ控えようとしている繋がりであんスタのモチベーションが下がっているのと、アイドルに対するお客さんたちの猛烈な熱意にたったひとりではついていけるような気がせず、やめる。あんスタはとにかく濃い。その濃さ、きらめきにふれたら、実はめちゃくちゃ元気になったりするんだろうか。アイドルのきらめきを一身に浴びたらどうなってしまうんだろう。
結局あんスタはやめてシン・ウルトラマンを観ようという気になって多少は暑さのやわらいだ外へとふらふら出ていって、夕方のシン・ウルトラマンを券売機で買おうとしたところ2400円と表示されていつの間に映画までそんなに値上げしたのかと震撼していたら、ドルビーシネマだった。そりゃそうだった。悩んで、1回目だし、何もドルビーシネマじゃなくても……という貧乏性が顔を出して、結局もう上映が始まろうとしているベイビー・ブローカーを観た。万引き家族をいつだったかスクリーンで観て以来の是枝作品。パラサイトでも良かったソン・ガンホが相変わらずとても良い演技をする、けれどもみなさんとても良かった。後半あたりはじくじくとずっと泣いていた。時に詩的、ともとれるような、しんと響くうつくしい台詞がかれらの口からこぼれるたびにその言葉の情感だとか背景だとか息づかいだとか視線だとか光だとかさまざまなものがスクリーンから静かにあふれてやってきて、ずるいと思いながら素直に泣いていた。是枝作品は相変わらず仄暗い。暗いけれども優しい。日陰で俯いて生きているひとたちを静かに映す。そうしたところがずっと好きだ。
感化されて家に帰ってから絵を描いた。夕陽。
そういえばケンタッキーで初めてツイスターを食べた。物足りなさを抱える。オリジナルチキンが最強。

6月27日(月)
朝から歯医者に行って歯科衛生士さんにメンテナンスをしてもらう。気楽な会話をするようになり、多少は関係性も良いものになった。口内をいじられているときの、抗いようのない、無力感。好きなようにしてください、とお腹を向けて転がっているような気分はこんな具合に近いだろうか。どうせ抗えないのなら、関係性は良好に越したことはない(抗う・抗わないに限らず、良好が一番、なのだけれど)。治療はあと三回くらいで終わる予定らしく(長かった)、この月一のメンテナンスも来月でひとまず一段落、のはず。それが終わったらどのくらいの頻度で来るように言われるのだろう。今の賃労働は歯医者のためにあると言ってもなんら過言ではない。しかしそれでは寂しいので、またも映画館へ行く。特に他にやりたいことが浮かばなかったので、二本も観た。贅沢といえば贅沢だ。しかしまあ、最近、映画館で映画を観ることはおろか、本も贅沢な品になりつつあると風の噂で聞いたのだけれど、ほんとうでしょうか。確かに、ほんの十数年前と比べても、本の値段は高くなったけれども。あんまり節約だ贅沢だと縄を絞めても仕方ない、なんて、割けるお金があるから言える台詞で。とはいえ、本が贅沢といいだすと、もはや勉強も娯楽も贅沢といっているようなものだし、映画館で映画を観ることも、今、精神的にちょっとまいっているな、という自分の状態とお金を天秤にかけたときに、大事にすべきなものが圧倒的に自分で、観たいわけで、観た。シン・ウルトラマンと、犬王を観た。昨日はベイビー・ブローカー。三作ともそれぞれ違うベクトルの作品が自分の中で往来しあって、不思議な愉快さだった。シン・ウルトラマンのものすごい速度で進行していくストーリーを理解しようと脳をフル回転させる、ちゃんと物語に平行して走ってゆこうとしていた。終わったらけっこうへとへとだったが、その後の犬王はミュージカルパートもあってそんなに頭を使わなくて良かった。しかし圧倒的な歌唱にひたすらおののく。そして時勢は残酷だ。アニメ平家物語を観てからだったらもっと面白かったかもしれないとちょっとだけ後悔。
シン・ウルトラマンを待つまでの30分程度が微妙に空いて暇だったので、開場前にベンチに座って持ってきていた西加奈子『夜が明ける』を読んでいると、まったく見知らぬ6歳くらいの男の子が近くにやってきて、あの、と声をかけてくる。驚いて目を瞬かせていると、彼は緊張しっぱなしで、あ、あの、け、けいたい、が、といった具合にたどたどしい口振りで話している。携帯? どうやら話をきくと、このあたりに携帯を落としたかもしれない、というのだ。顔を上げてみると、その子のお兄さんらしき子が、自分のスマホを耳にあてている。たぶん、弟の携帯が鳴らないかと探しているのだった。けれども私はまっさらなベンチに座っていて、立ち上がってもなにもなく、床を覗きこんでもなにもなく、なんにもなかったけど、と言うと、彼はしゅんとして、とぼとぼとトイレのほうへ向かった。映画のスタッフはちょうど周囲にいなかった。大丈夫かなあ、スタッフさんに聞いてきてあげようかなあ、親御さんは近くにいるだろうか、とこちらまでそわそわしながら、なかなかお兄さんとトイレから出てこず。仕方なくまた本を開き、ちまちまと顔を上げてあの兄弟が前を通らないかうかがったが、結局いつのまにかあたりはシン・ウルトラマンを待つ客が増え、兄弟をもういちど見ることはなかった。携帯が見つかっているといい。安堵して、喜んで、大事に握りしめてくれているといい、のだけれど。
6月28日(火)
あまり人のことを馬鹿と言わないようにしているのだが、あまりにも馬鹿げたことが会社全体に表沙汰になって広まっていた昨日。ちょっと擁護のしようがないし、私も私で、怒っている。そしてもう諦めている。信用を失う状態を実感している。そうはいっても仕事は続く。 なかなか覚えてくれないのはもはや仕方ないとしても、10回教えて下さいとあまりに悪びれもなく言ってのける新人さん。私も忘れっぽい自分にほとほと困っているんですけど、忘れっぽい自覚があるのであればメモ��して見返しましょ、数分後、数時間後、明日の自分に伝えるために、やるべきことです、とできるだけ強く伝える。 我慢強くいる。 しかしもうどうしたらいいのか、あらゆる意味でお手上げ状態。 もう既にとても疲れた朝。
6月29日(水)
寝ては起きて寝ては起きて、浅い眠りを延々と繰り返して結局かなりの寝坊。外の熱は狂気的。 夕方で終わった仕事帰りにスーパーに寄るとき、街路樹のほうから蝉の声。俯いていた顔を上げる。短い梅雨は終わった。もう本格的な夏だ。 こらえきれずLINEで愚痴を吐く。
6月30日(木)
感情を殺しても声が震えた。その震撼を明確に自覚した。ああ、怒りというものは表層に存在するものなのか。時に一番、外側に。だから真っ先に顔を出して、人は声を荒げたりするのか。でもそんなことはしない。鈍感で滑稽な裸の王様には、無駄なことだと、対極に位置する虚しさに、くるまれた。何も通用しないのだと、心底、痛感したから。それでも震えた息には、かろうじて絞り出した抗議の言葉には、我慢しきれない、溢れたものがこめられていたか。 その時、私はどんな顔をしていたんだろう。どんな眼をしていたんだろう。それを外側から観察してみたかった。 しかし自分が思っていた以上に、精一杯これまで殺そうとした、あるいは見ないふりをしていた、感情が強烈な濃度で歯の裏までやってきた。確かに、噛み殺していた。 最も深くに見つけたものは、まだ言葉にできない。 沈黙の中に閉じ込める。沈黙の中に存在させる。それは不在ということにならない。言葉にしないことがすなわち無にはならない。いつか時間が流れていくにつれて、他の出来事が、生活が、流れていって、この口の中の汚濁はきっと希釈される。それでも消えてなくなりはしない。
今は、途方に暮れたような思いで、空腹を持て余している。
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ニューヨークタイムズ掲載記事 和訳公開
『イリュージョニスト』の脚本を担当したピーター・ドゥーシャンの執筆した記事が、ニューヨークタイムズに掲載されました。幾多の山を乗り越えて、奇跡の5回公演へ。その道のりを記した記事の和訳を公開いたします。
The New York Times: https://www.nytimes.com/2021/02/17/theater/the-illusionist-musical-tokyo-pandemic.html

次なるトリックは… 新作ミュージカルをパンデミック中に東京で開幕させること
本記事の著者が脚本を執筆した『イリュージョニスト』は、初めての公演を予定していた。ロックダウン、死の悲しみ、がん、そして隔離により道を遮られても、作品の上演を止めなかった。
『イリュージョニスト』の脚本家ピーター・ドゥーシャンが、東京での公演初日を7000マイル離れた場所から見守る。(撮影:ピーター・ドゥーシャン)
ピーター・ドゥーシャン著
2021年2月17日
離陸前の座席で、私は信じられないほどの達成感を感じていた。この(ほぼ空席の)飛行機にたどり着いたことだけで、大したことを成し遂げたように思えたのだ。海外へ旅をすることが許されるなど、奇跡だと。JFK空港へ、このフライトのこの席へたどり着くまでの道のりが既に、とても長く険しいものだった。
始まりは2016年のこと。スカイプを通じて、ロンドン在住の作詞作曲家マイケル・ブルースとともに、スティーヴン・ミルハウザーの短編小説を基にした2006年の映画「幻影師アイゼンハイム」を原作とした、ミュージカルの第一稿を書いていた。そしてその後、第二稿、第三稿、第四稿と書き進め、作品開発のためのワークショップを二回行った。
2020年末に東京で迎える世界初演に向けて私たちは準備を進めていた。演出家のトム・サザーランドは、日本の大きな演劇制作会社である梅田芸術劇場との実りある実績があり、彼らは新作ミュージカルの開発に意欲を示していた。『イリュージョニスト』は梅田芸術劇場にとってはその機会であり、クリエイティブ・チームにとっては、脚本や音楽を更に磨くチャンスであっただけでなく、作品にとって大変重要かつまだ準備を進めていないイリュージョンという要素を取り入れる最高のタイミングでもあった。(主人公はマジシャンなので。)
しかし、コロナウイルスが発生した。アメリカやイギリスの劇場は閉鎖され、私は心配しながら日本の状況を追った。海外からの渡航が止められたときには取り乱したが、第一波のときにウイルスをコントロールできていた様子を見て、気持ちが少し落ち着いた。劇場は閉鎖されていなかったため、たとえクリエイティブ・チームが来日できないとしても、計画通りに公演は上演できそうだった。
何があっても、この公演を実現したいと私は考えていた。私が関わっている作品のうち既に、2020年に予定していた地方公演が2つ中止になった。1つ目は脚本を手掛けたミュージカル、もう1つは脚本��監修を務めていた作品。この追い込まれた業界で働く多くの人と同じように、たとえ小さな欠片でもいいから、私も何かしらの成果を残したいと、必死になっていた。
梅田芸術劇場は、12月に予定していた世界初演の主役に、三浦春馬を迎えることを発表していた。19世紀末ウィーンのイリュージョニスト、アイゼンハイム。彼は初恋の相手との再会を果たすが、彼女は今やハプスブルク家の皇太子の婚約者となっている。彼女を取り戻そうとするアイゼンハイムは、入念に築き上げられた脆い社会秩序を覆らせる。(映画ではエドワード・ノートンが演じた。)
東京で上演された『キンキーブーツ』でも主演を務めていた三浦は、2019年に行われた『イリュージョニスト』日本語版(市川洋二郎翻訳)のワークショップに参加していた。力強くカリスマ性に溢れた彼のアイゼンハイムは、この作品にとって大きな支えになることは間違いなかった。この公演、そして三浦の参加は、大きな話題を呼び起こしていたようだった。
7月18日、朝起きると一通のメールが私のもとへ届いていた。30歳の若さで、三浦が亡くなったと日本のメディアが伝えた。カンパニー全体がショックを受け、悲しみに包まれ、どのように進むべきか、果たして進むことができるのか悩んだ。
これまで、私は「ショー・マスト・ゴー・オ��」に対して懐疑的だった。許されないような労働行為を許容するよう、労働者を強制する言葉のように感じていたからである。しかし、今回はこのフレーズの中に、真剣な思いを感じていた。演劇とは、本来、コミュニティのものである。今辞めてしまうより、公演に関わる全員が集結し、上演することの方が、少しでも癒しになるはずだ。諦めることで、一体何を得られるのだろうか?
そして、プロデューサーたちから、いくつもの質問が飛んできた。東京で隔離期間を過ごすことはできるか?どれくらいスピーディーに日本領事館に行くことができるか?(救いの手が伸びた:日本が就業ビザを許可しはじめた!)作品の幕間休憩をカットしてもいいか?(お手洗いでソーシャルディスタンスをとるため、休憩が長くなってしまう。)スケジュールをずらすことは可能か?公演期間を短縮することは?
イエス、全てにイエス。何にでもイエス。何が何でも上演をしたい。

ドゥーシャンは稽古のために東京へ飛んだが、隔離期間の間に、アメリカへ帰国することが最善と判断し、自宅へ戻り再度隔離した(撮影:ピーター・ドゥーシャン)
主役を再度キャスティングすることはあまりに心苦しく、カンパニー内から決めることとした。もともと皇太子役を演じる予定だった海宝直人に、アイゼンハイム役を務めてもらうこととなった。
そして、もう一つの壁に突き当たった。トムが大腸がんという診断を受けたのだ。完全回復することは間違いないと彼は自信を持っていたが、治療を続けるためにはロンドンに居続けなければならなかった。つまりは日本への旅はできない。マイケルと私は、トムのことを心配し、「自分の身体を一番に考えるように」と彼に懇願した。
しかしトムは、病気が作品の妨げとなってはならないと断固とした強い思いを持っていた。プロデューサーたちが再び奮闘し、計画を考えた。ライブ映像を使用し、トムはリモートで演出をすることに。このパンデミック以前には考えられなかった解決法が、今や私たちにとって、進むための唯一の選択肢となっていた。
旅に必要な許可を全て得て、私はJFK空港へ、このフライトへ、この席へとたどり着いた。そして一枚、自撮りをした。考え得るトラブルは、もう全て起きた。そんな明らかな安堵を感じていた。
その後、全ての岐路において、あらゆる安全策と予防策が講じられた。フライトの前にPCR検査を受け(値段に見合わない高級医療機関で鼻に綿棒を挿入)、羽田空港着陸直後にも再度検査(唾を誘発するためにブースの壁に貼られた梅干しの写真を見ながらの唾液検査)。2週間の隔離期間を経た後に稽古へ参加する予定であったが、隔離期間を終えた後だとしても、東京での滞在を最大限に満喫することはできなかった。屋内での外食やバー、美術館等、人が密集するところは全て避けると合意したのだ。
稽古場での感染予防対策は広範囲に渡った。毎日稽古場に到着すると、参加者たちは私物を個々の衣類袋に入れ、通勤中に着けていたマスクも取り換えた。制作が用意した新しいマスクを、毎日の稽古中に着用することが義務付けられた。稽古場内の食事は禁止され、携帯電話の充電器の共有さえ許可されなかった。稽古は、定期的な「換気休憩」によって中断された。
東京のホテルで過ごした隔離期間1週目、私はZoomを通じて稽古に参加した。振付家のスティ・クロフが既に稽古場に通っていたが、その他の海外クリエイティブ・チームは隔離を続け、稽古が進行する中、WhatsApp(※海外で主流のチャットアプリ)で会話をしていた。その1週間で、私たちは作中の15分ほどを削り、1曲を書き換え、様々な角度から飛んでくるダメ出しを乗りこなした。1幕もののこのミュージカルの前半のステージングが付いた。
すると、隔離期間8日目の朝、プロデューサーから一本の電話をもらった。役者のうちの一人が、コロナウイルスの症状を訴え、陽性反応を検出したとのこと。稽古は中断された。稽古場に参加していた19人のキャスト、何名かのプロデューサー、演出部、制作、そしてたまに立ち寄るのみのオーケストレーターや歌唱指導を含む多くのカンパニーメンバーが、その日の夕方に検査を受けるとのことだった。
カンパニーの中でも楽観的な考えの人たちは、実行していた感染予防対策の成果が検査結果に反映されるはずという希望を持っていた。陽性反応を示した俳優と、その人物と濃厚接触をした人たちが隔離期間を終えた2週間後には、稽古を再開できると。
翌日の夕方、Zoomでのプロダクション・ミーティングにて、リード・プロデューサーによって検査結果が伝えられた。7名の陽性者。キャスト5名、スタッフ2名。我々の努力は、感染の拡大をある程度抑えたかもしれないが、完全に防ぐことはできなかった。変わり続ける状況に順応していくことが益々困難となってきていた。プロデューサーは言った、「時には、歩き去ることが一番勇気のいることだ」と。
もし再開するのであれば、稽古場の人数を必要最低限に抑えることが必要だと私は理解した。そして、正直、稽古場の中に留まることに対して、不安を感じたことも事実だった。リモートで参加する設備が既に整っていたこともあり、私はニューヨークへ戻る決断をした。

東京のホテルの一室にて、『イリュージョニスト』の稽古に参加(撮影:ピーター・ドゥーシャン)
JFK空港から帰宅し、そのまま再度の隔離期間に突入した。毎日のプロダクション・ミーティングでは、全ての会話が両言語できちんと伝わるように、通訳たちを介しながら進めたため、何時間にも及び、私は毎朝5時から参加していた。その中で、梅田芸術劇場チームが、前に進む道を示してくれた。狭いスタジオで稽古をすることを不安に感じていたため、1300席のキャパシティと安全な広さを持つ日生劇場であれば、よりリスクの少ない環境で稽古できると。
稽古期間を短縮しなければならない。役者同士の接触を減らすため、ステージングを簡略化しなければならない。イリュージョンを実現する時間がないため、マジックそのものよりも、マジックに対するリアクションにフォーカスを当てるようシーン���作り直さなければならない。
観客には、コンサート版のステージングになるとアナウンスし、残念な思いを持つ方たちには返金をしなければならない。
イエス。全てに対してイエス。何が何でも上演したい。
数日間のリモート稽古を再開した頃、菅義偉内閣総理大臣が東京都の緊急事態宣言を発令。公演中止。振付家はロンドンへと帰国。しかし、実際には緊急事態宣言による劇場閉鎖命令は出なかった。他の作品が上演を続けるのであれば、我々の作品もそうすべきでは?公演中止は取り消し。
有難いことに、カンパニー内の陽性者で重症の人はいなかったが、再開の日程が近づく中、再び仕事ができるまでには健康を取り戻せていない者もいた。初日を後ろ倒し、公演期間を更に短縮することを私たちは許容できるか?既に簡略化されているステージングを、更にシンプルにすることは可能か?
そして今回も再び、イエス。しかし、なぜイエスなのだろうか?なぜ私たちは、これほどまでに戦い続けていたのだろうか?真実の脆さについて問いかけるこの作品の物語が、時代にあまりにも即していたからだろうか?あるいは、これまで既に多くの困難を乗り越えてきたのだから、どんな新しい障害物を前にしても、怯むことは非論理的だと感じたからだろうか?
それとも、たとえ自分勝手でも、私たちの努力を示す何か―何でもいいからその何かが欲しいという必要性に、突き動かされていたからだろうか?50%のキャパシティでの最低限の公演期間…それが実際にどれほど役に立つと言うのか?東京で何が起ころうと、イギリスのクリエイティブ・チームと私は、そして作品自体は、麻痺するような待機期間に戻るだけのことだ。それぞれの国で劇場が再開するときを待つだけ。今この作品を上演することで得られるものは、作品を上演したという事実だけだ。それだけが、十分な理由になり得るだろうか?

死の悲しみを乗り越えた後、海宝直人が『イリュージョニスト』の主演、アイゼンハイム役を務めた(撮影:岡千里)
私が東京を去った翌日から1か月が経ち、『イリュージョニスト』は稽古場での稽古を再開。クリエイティブ・チームからは、マイケルだけが日生劇場に通っていた。ロンドンにいるトムとスティは、朝4時に起きて参加。アメリカで私は、ほぼ毎日朝3時まで稽古を見ていた。作品の形は素早く作られていった。それ以外に方法はないのだ。
稽古のプロセスには距離を感じたが、ミュージカル業界の人であれば理解できるような喜びがたくさんあった。何年間もピアノ1本での演奏しか聞いたことがなかった音楽が、ついにフルオーケストラによって色づき、前田文子の豪華で緻密な衣裳が舞台の照明を吸収し、俳優たちの役作りを更に際立たせ、ミステリアスで才能に溢れる海宝直人がアイゼンハイムになっていく様子を見つめた。
信頼のおけるいつものZoomで、私は1月27日の初日公演を観劇した。カーテンコールでは、喜びと安堵で役者たちは嬉し涙を流した。終演後、プロデューサーの一人がスマートフォンを持ち、各楽屋を歩き回り、私たちもキャストに思いっきり祝福を浴びせることができた。
スクリーンというフィルターを通しても、舞台裏の歓喜と興奮を感じとることができた。7000マイル近く離れた場所からでも、私は公演初日の高揚感を経験した。再び演劇を作っている、作品を上演している、と。
2日後、予定された5公演を無事に終えて、『イリュージョニスト』は幕を閉じた。後は待つのみ。
The New York Times: https://www.nytimes.com/2021/02/17/theater/the-illusionist-musical-tokyo-pandemic.html
By Peter Duchan
Feb. 17, 2021
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ビクトリノックスの戦国墨絵コレクション



ビクトリノックスの戦国墨絵コレクション マルチツールのハンドルに甦る戦国武将 第2弾 マルチツール「クライマー」に戦国武将を描いた 「戦国墨絵コレクション」の第2弾を4月23日に発売! ~マルチツールのハンドルに甦る戦国武将。 「明智光秀」「織田信長」が各1,000本限定で登場~ ビクトリノックスは、戦国時代・戦国武将をプロデュースする企画集団『戦国魂』に所属する、墨絵師の御歌頭(おかず)氏によって特別に描き下ろされた作品を、「戦国墨絵コレクション」として、2020年に人気のマルチツール「クライマー」に採用しました。ハンドルに墨絵で描かれた戦国武将の「真田幸村」、「伊達政宗」、「石田三成」の日本限定コレクションは好評につき、その第2弾として「明智光秀」、「織田信長」の2武将を新たにモチーフにして、2021年4月23日(金)より、各1,000本限定で発売します。 天下取りを目指し、日本各地の名将たちが覇を競った戦国時代。目まぐるしく勢力図が変る厳しい乱世の世の中、戦国武将たちは兜、甲冑、刀、槍、銃などの道具や武器にカラフルで独創的なデザインを生み出し、自らの「個性」や「美意識」の高さをアピールした時代でもありました。そのデザインには戦いに挑む決意や、武士道に繋がる魂が込められ、時を超えて現代の私たちに戦国武将のエネルギーや爽やかな生き様を伝えるものとなっています。この戦国武将の“美”の追求と、墨絵で描かれた���動感溢れる武将たちの姿、そしてビクトリノックスが培ってきた“機能美”が見事にマッチしたコレクションです。 ビクトリノックス公式オンラインストア Amazon店で見る ビクトリノックス公式オンラインストア 楽天市場店で見る 第1弾の「真田幸村」、「伊達政宗」、「石田三成」の日本限定コレクションも好評発売中
明智 光秀 美濃明智家の出身と伝わるが出自は未だ謎が多い人物。 斎藤家滅亡後、越前朝倉家に仕え、時の将軍足利義輝に進言し織田信長と引き合わせた。 義輝の死後は足利義昭に協力、信長の上洛を実現する。天下静謐を目指し、信長のもと各地を転戦、適切な判断力と戦略眼で織田家の繁栄を支えた。 天正10年6月2日(1582年6月21日)、突如本能寺において信長を囲み討ち滅ぼす。所謂『本能寺の変』は日本史最大の謎とされ、歴史家の中でも多くの説が唱えられている。 ※諸説あり 表面の墨絵は本能寺を囲む光秀を描く。裏面には明智桔梗の家紋を配したデザイン。水色桔梗を地としたカラーリングと、静かな闘志を感じる銀焔が美しい。



織田 信長 戦国乱世の英雄にして、覇者となった人物。 桶狭間合戦で今川義元を討ち取り、美濃に侵出し天下布武を掲げる。楽市楽座や兵農分離を推し進め、近世日本の扉を開いた。 明智光秀を介し、足利義昭を奉じての上洛に成功。天正年間には、信長包囲網と呼ばれる危機に直面するも、徳川家康と共にいくつもの局面を切り抜けた。 近江に安土城を築き、天下統一を間近にして『本能寺の変』に斃れた。 ※諸説あり 表面の墨絵は本能寺を舞台に最期を迎える信長を描く。 裏面には織田木瓜と永楽銭の家紋を配したデザインと、『本能寺の変』を表現した。



【『本能寺の変』について】 天正10年6月2日(1582年6月21日)、空前絶後の謀反が起こった。 世にいう「本能寺の変」である。 織田信長は近習より明智光秀の謀反を聞くと、「是非に及ばず」と自ら弓を取り、矢が尽きると槍で応戦したが、やがて奥の間へ退き、寺に火を掛けさせ自刃したという。 織田家は当時畿内を制圧し、重臣は各方面に出陣しており、天下統一は目前と思われた。 光秀は安土での徳川家康接待役を解かれ、中国方面への出陣を命じられていたが、突如本能寺へ向けて進軍、信長の僅かな隙をついた見事な奇襲であった。 光秀の突発的な行動は天下を揺るがしたが、その光秀を倒した羽柴秀吉によって日ノ本は統一されるに至る。 しかし、光秀が信長に叛いた理由は未だ大きな謎となっている。
【商品詳細】 ■品番: 1.3703.7-X7(戦国墨絵クライマー 明智光秀) 1.3703.7-X8(戦国墨絵クライマー 織田信長) ■機能 ・スモールブレード ・カン切り ・マイナスドライバー 3mm ・せん抜き ・マイナスドライバー 6mm ・ワイヤーストリッパー ・リーマー(穴あけ)、千枚通し ・コルクせん抜き ・はさみ ・マルチフック ・つまようじ ・ピンセット ・キーリング ■サイズ ・全長:91mm ・高さ:18 mm ・重量:82g ■価格 9,900円(税込) ■発売日 2021年4月23日予定 日本限定(各1,000本) ※初回特典として、オリジナルポストカードプレゼント なくなり次第終了

■パッケージ 専用桐製パッケージ入り

■取扱店舗 ・ビクトリノックス・ショップ ・ビクトリノックス公式オンラインストア Amazon店 ・ビクトリノックス公式オンラインストア 楽天市場店 ・その他 ビクトリノックス取扱店舗


墨絵師 御歌頭 戦国時代・戦国武将をプロデュースする企画集団『戦国魂』に所属する 御歌頭氏によって描かれた作品は、墨に濃淡をつけない独自のスタイル により、命を吹き込まれたような躍動感を感じさせる。ビクトリノックス人気のマルチツール「クライマー」のハンドル用に墨絵で特別に書き下ろされた作品は、白と黒のコントラストの世界でありながら、視覚はカ ラーの世界を描き、ただ、見る者を圧倒する。
ビクトリノックス公式オンラインストア Amazon店で見る ビクトリノックス公式オンラインストア 楽天市場店で見る 第1弾の「真田幸村」、「伊達政宗」、「石田三成」の日本限定コレクションも好評発売中
・ビクトリノックス・ショップ ・ビクトリノックス公式オンラインストア Amazon店 ・ビクトリノックス公式オンラインストア 楽天市場店 ※上記内容は予告なく変更となる可能性があります
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TEDにて
クレイ・シャーキー:思考の余剰が本当のリアルな世界を変える!
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
クレイ・シャーキーが「思考の余剰」に注目しています。これは、人々が頭の余力を使って行っているインターネット上で共有された善行為作業のことです。
忙しくWikipediaを編集し、Ushahidiに投稿をするとき (それにLOLcatsを作っているときでさえ)、私達は、より良い善行為という協力的なリアルな世界を全世界に作り出しているのです。
プログラミングで、これをオープンソース化し、ゲーム理論で言うところの「ポジティブサムゲーム」というプラットフォームに変えることにします。
オコーラがしたことは、人に親切心がなければ、不可能で社会的なデザインの課題が、この2つに依存する状況が増加しています。そして、オコーラがしたことは、デジタル技術がなければ不可能でした。
思考の余剰には、あと半分の要素があります。20世紀のマスメディアの状況は人々に消費を促すことに長けていました。
結果として、私たちはよく消費するようになりました。
しかし、今やインターネットやスマートフォンのような道具によって、消費以上のことができるようになりました。
人々がテレビ漬けだったのは、好きこのんでそうしていたのではなかったのです。
私たちに与えられていた機会がそれしかなかったからに過ぎません。
もちろん、私達は今でも消費するのは好きです。
しかし、作ることも共有することも好きなことがはっきりしました。
最後に、カルチャーと伝統は一度でも壊れると元には戻らないということをわかりやすいデータとグラフで表現してもいます。
シュンペーターの創造的破壊は、一定数の創造の基礎を蓄積後に、未来を高密度なアイデアで練り上げてから破壊をするのが本質です。
こうして、憎しみの連鎖や混乱を最小限にする。
太古から高密度なアイデアは、概念の豊富な人間からしか創造されません。
太古から高密度なアイデアは、概念の豊富な人間からしか創造されません。
太古から高密度なアイデアは、概念の豊富な人間からしか創造されません。
特に日本のマスメディア、テレビ局など、顕著な傾向で、構造的な問題もあるかもしれません。
国民にマスメディアを使用して巧妙に情報操作している可能性が色濃くあります。再編して改善かな?
テレビなどは、アーカイブで追跡調査できるから倫理委員会に依頼するのも東京地検が抜き打ち調査しても良いかも知れません。
今ではテレビ局も権力者!日本のテレビ局は再編すべき!
一度、国に返上して、車と同様に放送免許停止や放送免許取消を導入すべきです。
もう一度言います!
テレビ局も今では権力者!再び、過ちを繰り返すかもしれません!
影響力の巨大な政治家、役所、警察、テレビ局や大中企業などの権力者以外なら規模も小さいので
表現の自由も良いでしょう。弱者にこそ自由!
世の中の影響力や権力が大きくなるほど言論の自由は制限されるのがこの世の真理。
今や、テレビやこれに出演している人間は、言論や表現の自由ではなく情報操作の自由。
テレビ局は解体、再編を!日本のテレビ局は再編すべき!一度、国に返上して、車と同様に放送
免許停止や放送免許取消を導入すべきです。
東日本大震災の際に放送無用でも、庶民生活に支障はなかったことですでに証明されています。
そして、裁判所の令状なしに監視カメラに人工知能を使用するのはプライバシー侵害です。
もしかして、日本国憲法の通信の秘匿にも?弱者である庶民への圧力?自動車のナンバーも無許可で読み取っています。
まず、影響力の巨大な政治家、役所、警察、テレビ局や大中企業の内部通報用として搭載して
手本を示してはいかがでしょうか?
スタンフォード実験(1970年代)?ミルグラム実験(1960年代)?マスメディアを悪用した戦前の日本の空気(1940年代)?似ている?同じことを繰り返さないようにみんなで見守っていくことだ。
日本では、適用されていないから令状申請を法律で義務化すればいいかもしれない。
特別に、日本の場合は、テレビに関係する放送内容、広告については、巧妙に情報操作している可能性が色濃く、出演料も高額な出演者、放送関係者も含めて全員、巨大な権力者は疑って観ることが重要です。
なお、日本の全テレビ局は超裕福層に入ります。
自らが権力者であることを発信せず視聴者を混乱させ、それに便乗して権力乱用する日本の民法テレビ局。同じことを繰り返さないようにみんなで見守っていくことだ。
情報技術の発展とインターネットで大企業の何十万、何百万単位から、facebook、Apple、Amazom、Google、Microsoftなどで数億単位で共同作業ができるようになりました。
現在、プラットフォーマー企業と呼ばれる法人は先進国の国家単位レベルに近づき欧米、日本、アジア、インドが協調すれば、中国の人口をも超越するかもしれません。
法人は潰れることを前提にした有限責任! 慈愛や基本的人権を根本とした社会システムの中の保護されなければならない小企業や個人レベルでは、違いますが・・・
ヨーロッパでの一般データ保護規則(GDPR)でも言うように・・・
年収の低い個人(中央値で600万円以下)から集めたデータほど金銭同様に経済的に高い価値を持ち、独占禁止法の適用対象にしていくことで、高価格にし抑止力を持たせるアイデア。
自分自身のデータを渡す個人も各社の取引先に当たりデータに関しては優越的地位の乱用を年収の低い個人(中央値で600万円以下)に行う場合は厳しく適用していく。
こういう新産業でイノベーションが起きるとゲーム理論でいうところのプラスサムになるから既存の産業との
戦争に発展しないため共存関係を構築できるメリットがあります。デフレスパイラルも予防できる?人間の限界を超えてることが前提だけど
しかし、独占禁止法を軽視してるわけではありませんので、既存産業の戦争を避けるため新産業だけの限定で限界を超えてください!
最後に、マクロ経済学の大目標には、「長期的に生活水準を高め、今日のこども達がおじい���ん達よりも良い暮らしを送れるようにする!!」という目標があります。
経済成長を「パーセント」という指数関数的な指標で数値化します。経験則的に毎年、経済成長2%くらいで巡航速度にて上昇すれば良いことがわかっています。
たった、経済成長2%のように見えますが、毎年、積み重ねるとムーアの法則みたいに膨大な量になって行きます。
また、経済学は、大前提としてある個人、法人モデルを扱う。それは、身勝手で自己中心的な欲望を満たしていく人間の部類としては最低クズというハードルの高い個人、法人。
たとえば、生産性、利益という欲だけを追求する人間。地球を救うという欲だけを追求する人間。利益と真逆なぐうたらしたい時間を最大化したいという欲を追求する人間。などの最低生活を保護、向上しつつお金の循環を通じて個人同士の相互作用も考えていく(また、憎しみの連鎖も解消する)
多様性はあるが、欲という側面では皆平等。つまり、利益以外からも解決策を見出しお金儲けだけの話だけではないのが経済学(カントの「永遠平和のために」思想も含めて国家や権力者は透明性を究極にして個人のプライバシーも考慮)
(個人的なアイデア)
人間自体を、追跡すると基本的人権からプライバシーの侵害やセキュリティ上の問題から絶対に不可能です!!
これは、基本的人権がないと権力者が悪逆非道の限りを尽くしてしまうことは、先の第二次大戦で白日の元にさらされたのは、記憶に新しいことです。
マンハッタン計画、ヒットラーのテクノロジー、拷問、奴隷や人体実験など、権力者の思うままに任せるとこうなるという真の男女平等弱肉強食の究極が白日の元にさらされ、戦争の負の遺産に。
基本的人権がないがしろにされたことを教訓に、人権に対して厳しく権力者を監視したり、カントの思想などを源流にした国際連合を創設します。他にもあります。
参考として、フランスの哲学者であり啓蒙思想家のモンテスキュー。
法の原理として、三権分立論を提唱。フランス革命(立憲君主制とは異なり王様は処刑されました)の理念やアメリカ独立の思想に大きな影響を与え、現代においても、言葉の定義を決めつつも、再解釈されながら議論されています。
また、ジョン・ロックの「統治二論」を基礎において修正を加え、権力分立、法の規範、奴隷制度の廃止や市民的自由の保持などの提案もしています。現代では権力分立のアイデアは「トリレンマ」「ゲーム理論の均衡状態」に似ています。概念を数値化できるかもしれません。
権限が分離されていても、各権力を実行する人間が、同一人物であれば権力分立は意味をなさない。
そのため、権力の分離の一つの要素として兼職の禁止が挙げられるが、その他、法律上、日本ではどうなのか?権力者を縛るための日本国憲法側には書いてない。
モンテスキューの「法の精神」からのバランス上、法律側なのか不明。
立法と行政の関係においては、アメリカ型の限定的な独裁である大統領制において、相互の抑制均衡を重視し、厳格な分立をとるのに対し、イギリス、日本などの議院内閣制は、相互の協働関係を重んじるため、ゆるい権力分立にとどまる。
アメリカ型の限定的な独裁である大統領制は、立法権と行政権を厳格に独立させるもので、行政権をつかさどる大統領選挙と立法権をつかさどる議員選挙を、別々に選出する政治制度となっている。
通常の「プロトコル」の定義は、独占禁止法の優越的地位の乱用、基本的人権の尊重に深く関わってきます。
通信に特化した通信プロトコルとは違います。言葉に特化した言葉プロトコル。またの名を、言論の自由ともいわれますがこれとも異なります。
基本的人権がないと科学者やエンジニア(ここでは、サイエンスプロトコルと定義します)はどうなるかは、歴史が証明している!独占独裁君主に口封じに形を変えつつ処刑される!確実に!これでも人権に無関係といえますか?だから、マスメディアも含めた権力者を厳しくファクトチェックし説明責任、透明性を高めて監視しないといけない。
今回、未知のウイルス。新型コロナウイルス2020では、様々な概念が重なり合うため、均衡点を決断できるのは、人間の倫理観が最も重要!人間の概念を数値化できないストーカー人工知能では、不可能!と判明した。
複数概念をざっくりと瞬時に数値化できるのは、人間の倫理観だ。
そして、サンデルやマルクスガブリエルも言うように、哲学の善悪を判別し、格差原理、功利主義も考慮した善性側に相対的にでかい影響力を持たせるため、弱者側の視点で、XAI(説明可能なAI)、インターネット、マスメディアができるだけ透明な議論をしてコンピューターのアルゴリズムをファクトチェックする必要があります。
<おすすめサイト>
実用に向けた大規模言語モデルApple インテリジェンス 2024
トーマス・ドームケ:AIがあれば、誰でもコーダーになれる
キャロル・ドウェック:必ずできる!― 未来を信じる 「脳のパワー」
スティーブン・ジョンソン:良いアイデアはどこで生まれる?
ジャロン・ラニアー:インターネットをどう善の方向に作り変えるべきか!
ハワード・ラインゴールド: 個々のイノベーションをコラボレーションさせる
ピート・アルコーン:2200年の世界について
イギリス保守党。党首デービッド・キャメロン: 政府の新時代
Japan TV of Secret(日本のテレビの秘密)Kindle版
個人賃金→年収保障、ベーシックインカムは、労働市場に対する破壊的イノベーションということ?2022(人間の限界を遥かに超えることが前提条件)
世界の通貨供給量は、幸福の最低ライン人間ひとりで年収6万ドルに到達しているのか?2017
<提供>
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青と金色
■サイレンス
この部屋のインターフォンも灰色のボタンも、だいぶ見慣れてきた。指で押し込めて戻すと、ピーンポーンと内側に引っ込んだような軽い電子音が鳴る。まだこの地に来た頃はこうやって部屋主を呼び出して待つのが不思議な気分だった。鍵は開かれていたし、裏口だって知っていたから。 「…さむっ」 ひゅうう、と冷たい風が横から吹き込んで、思わずそう呟いて肩を縮めた。今週十二月に入ったばかりなのに、日が落ちると驚くほど冷え込む。今日に限って天気予報を観ていなかったけれど、今夜はいつもと比べても一段と寒いらしい。 近いし、どうせすぐだからと、ろくに防寒のことを考えずに部屋を出てきたのは失敗だった。目についた適当なトレーナーとパンツに着替え、いつものモッズコートを羽織った。おかげで厚みは足りないし、むき出しの両手は指先が赤くなるほど冷えてしまっている。こんなに寒いのならもっとしっかりと重ね着してこれば良かった。口元が埋まるくらいマフラーをぐるぐるに巻いてきたのは正解だったけれど。 いつもどおりインターフォンが繋がる気配はないけれど、その代わりに扉の奥からかすかに足音が近付く。カシャリ、と内側から錠の回る音がして目の前の扉が開かれた。 「おつかれ、ハル」 部屋の主は片手で押すように扉を開いたまま、咎めることも大仰に出迎えることもなく、あたたかい灯りを背にして、ただ静かにそこに佇んでいた。 「やっと来たか」 「はは、レポートなかなか終わらなくって…。遅くなっちゃってごめんね」 マフラー越しに笑いかけると、遙は小さく息をついたみたいだった。一歩進んで内側に入り、重たく閉じかける扉��押さえてゆっくりと閉める。 「あ、ここで渡しちゃうからいいよ」 そのまま部屋の奥に進もうとする遙を呼び止めて、玄関のたたきでリュックサックを開けようと背から下ろした。 遙に借りていたのはスポーツ心理学に関する本とテキストだった。レポート課題を進めるのに内容がちょうど良かったものの自分の大学の図書館では既に貸し出し中で、書店で買うにも版元から取り寄せるのに時間がかかるとのことだった。週明けの午後の講義で遙が使うからそれまでには返す、お互いの都合がつく日曜日の夕方頃に部屋に渡しに行く、と約束していたのだ。行きつけのラーメン屋で並んで麺を啜っていた、週の頭のことだった。 「いいから上がれよ」遙は小さく���り返りながら促した。奥からほわんとあたたかい空気が流れてくる。そこには食べ物やひとの生活の匂いが確かに混じっていて、色に例えるなら、まろやかなクリーム色とか、ちょうど先日食べたラーメンのスープみたいなあたたかい黄金色をしている。それにひとたび触れてしまうと、またすぐに冷えた屋外を出て歩くために膨らませていた気力が、しるしるとしぼんでしまうのだ。 雪のたくさん降る場所に生まれ育ったくせに、寒いのは昔から得意じゃない。遙だってそのことはよく知っている。もちろん、帰ってやるべきことはまだ残っている。けれどここは少しだけ優しさに甘えようと決めた。 「…うん、そうだね。ありがと、ハル」 お邪魔しまーす。そう小さく呟いて、脱いだ靴を揃える。脇には見慣れたスニーカーと、濃い色の革のショートブーツが並んでいた。首に巻いたマフラーを緩めながら短い廊下を歩き進むうちに、程よくあたためられた空気に撫ぜられ、冷えきった指先や頬がぴりぴりと痺れて少しだけ痒くなる。 キッチンの前を通るときに、流しに置かれた洗いかけの食器や小鍋が目に入った。どうやら夕食はもう食べ終えたらしい。家を出てくる前までは課題に夢中だったけれど、意識すると、空っぽの胃袋が悲しげにきゅうと鳴った。昼は簡単な麺類で済ませてしまったから、帰りにがっつり肉の入ったお弁当でも買って帰ろう。しぼんだ胃袋をなぐさめるようにそう心に決めた。 「外、風出てきたから結構寒くってさ。ちょっと歩いてきただけなのに冷えちゃった」 「下旬並だってテレビで言ってた。わざわざ来させて悪かったな」 「ううん、これ貸してもらって助かったよ。レポートもあと少しで終わるから、今日はちゃんと寝られそう……」 遙に続いてリビングに足を踏み入れ、そこまで口にしたところで言葉が詰まってしまった。ぱちり、ぱちりと大きく瞬きをして眼下の光景を捉え直す。 部屋の真ん中に陣取って置かれているのは、彼の実家のものより一回り以上小さいサイズの炬燵だ。遙らしい大人しい色合いの炬燵布団と毛布が二重にして掛けられていて、丸みがかった正方形の天板が上に乗っている。その上にはカバーに入ったティッシュ箱だけがちょんとひとつ置かれていた。前回部屋に訪れたときにはなかったものだ。去年は持っていなくて、今年は買いたいと言っていたことを思い出す。けれど、それはさして驚くようなことでもない。 目を奪われたのは、その場所に半分身を埋めて横になり、座布団を枕にして寝息を立てている人物のことだった。 「…えっ、ええっ? 凛!?」 目の前で眠っているのは、紛れもなく、あの松岡凛だった。普段はオーストラリアにいるはずの、同郷の大切な仲間。凛とはこの夏、日本国内の大会に出ていた時期に会って以来、メールやメディア越しにしか会えていなかった。 「でかい声出すな、凛が起きる」 しいっと遙が小声で咎めてくる。あっ、と慌てたけれど、当の凛は起きるどころか身じろぐこともなく、ぐっすりと深く眠ってしまっているようだった。ほっと胸を撫で下ろす。 「ああ、ご、ごめんね…」 口をついて出たものの、誰に、何に対してのごめんなのか自分でもよく分からない。凛がここにいるとは予想だにしていなかったから、ひどく驚いてしまった。 凛は今までも、自分を含め東京に住んでいる友達の部屋に泊まっていくことがあった。凛は東京に住まいを持たない。合宿や招待されたものならば宿が用意されるらしいけれど、そうでない用事で東京に訪れることもしばしばあるのだそうだ。その際には、自費で安いビジネスホテルを使うことになる。一泊や二泊ならともかく、それ以上連泊になると財布への負担も大きいことは想像に難くない。 東京には少なくとも同級生だけで遙と貴澄と自分が住んでいる。貴澄は一人暮らしでないからきっと勝手も違うのだろうが、遙と自分はその点都合が良い。特に遙は同じ道を歩む選手同士だ。凛自身はよく遠慮もするけれど、彼の夢のために、できるだけの協力はしてやりたい。それはきっと、隣に並ぶ遙も同じ気持ちなのだと思う。 とはいえ、凛が来ているのだと知っていれば、もう少し訪問の日時も考えたのに。休日の夜の、一番くつろげる時間帯。遙ひとりだと思っていたから、あまり気も遣わず来てしまったのに。 「ハル、一言くらい言ってくれればいいのに」 強く非難する気はなかったけれど、つい口をついて本音が出てしまった。あえて黙っていた遙にじとりと視線を向ける。遙はぱちり、ぱちりと目を瞬かせると、きゅっと小さく眉根を寄せ、唇を引き結んだ。 「別に…それが断わる理由にはならないだろ」 そう答えて視線を外す遙の表情には少し苦い色が含まれていて、それでまた一歩、確信に近付いたような気がした。近くで、このごろはちょっと離れて、ずっと見てきたふたりのこと。けれど今はそっと閉じて黙っておく。決してふたりを責めたてたいわけではないのだ。 「…ん、そうだね」 漂う空気を曖昧にぼかして脇にやり、「でも、びっくりしたなぁ」と声のトーンを上げた。遙は少しばつが悪そうにしていたけれど、ちらりと視線を戻してくる。困らせたかな、ごめんね、と心の中で語りかけた。 「凛がこの時期に帰ってくるなんて珍しいよね。前に連絡取り合ったときには言ってなかったのに」 「ああ…俺も、数日前に聞いた。こっちで雑誌だかテレビだかの取材を受けるとかで呼ばれたらしい」 なんでも、その取材自体は週明けに予定されていて、主催側で宿も用意してくれているらしい。凛はその予定の数日前、週の終わり際に東京にやって来て、この週末は遙の部屋に泊まっているのだそうだ。今は確かオフシーズンだけれど、かといってあちこち遊びに行けるほど暇な立場ではないのだろうし、凛自身の性格からしても、基本的に空いた時間は練習に費やそうとするはずだ。メインは公的な用事とはいえ、今回の東京訪問は彼にとってちょっとした息抜きも兼ねているのだろう。 「次に帰ってくるとしたら年末だもんね。早めの休みでハルにも会えて、ちょうど良かったんじゃない」 「それは、そうだろうけど…」 遙は炬燵の傍にしゃがみこんで、凛に視線を向けた。 「ろくに連絡せずに急に押しかけてきて…本当に勝手なやつ」 すうすうと寝息を立てる凛を見やって、遙は小さく溜め息をついた。それでも、見つめるその眼差しはやわらかい。そっと細められた瞳が何もかもを物語っている気がする。凛は、見ている限り相変わらずみたいだけれど。ふたりのそんな姿を見ていると自然と笑みがこぼれた。 ハル、あのね。心の中でこっそり語りかけながら、胸の内側にほこほことあたたかい感情が沸き上がり広がっていくのが分かった。 凛って、どんなに急でもかならず前もって連絡を取って、ちゃんと予定を確認してくるんだよ。押しかけてくるなんて、きっとそんなのハルにだけじゃないかなぁ。 なんて考えながら、それを遙に伝えるのはやめておく。凛の名誉のためだった。 視線に気付いた遙が顔を上げて、お返しとばかりにじとりとした視線を向けた。 「真琴、なんかニヤニヤしてないか」 「そんなことないよ」 つい嬉しくなって口元がほころんでいたらしい。 凛と、遙。そっと順番に視線を移して、少しだけ目を伏せる。 「ふたりとも相変わらずで本当、良かったなぁと思って」 「…なんだそれ」 遙は怪訝そうに言って、また浅く息をついた。
しばらくしておもむろに立ち上がった遙はキッチンに移動して、何か飲むか、と視線を寄こした。 「ついでに夕飯も食っていくか? さっきの余りなら出せる」 夕飯、と聞いて胃が声を上げそうになる。けれど、ここは早めにお暇しなければ。軽く手を振って遠慮のポーズをとった。 「あ、いいよいいよ。まだレポート途中だし、すぐに帰るからさ。飲み物だけもらっていい?」 遙は少し不満そうに唇をへの字に曲げてみせたけれど、「分かった、ちょっと待ってろ」と冷蔵庫を開け始めた。 逆に気を遣わせただろうか。なんだか申し訳ない気持ちを抱きながら、炬燵のほうを見やる。凛はいまだによく眠ったままだった。半分に折り畳んだ座布団を枕にして横向きに背を縮めていて、呼吸に合わせて規則正しく肩が上下している。力の抜けた唇は薄く開いていて、その無防備な寝顔はいつもよりずっと幼く、あどけないとさえ感じられた。いつもあんなにしゃんとしていて、周りを惹きつけて格好いいのに。目の前にいるのはまるで小さな子供みたいで、眺めていると思わず顔がほころんでしまう。 「凛、よく寝てるね」 「一日連れ回したから疲れたんだろ。あんまりじっと見てやるな」 あ、また。遙は何げなく言ったつもりなのだろう。けれど、やっぱり見つけてしまった。「そうだね」と笑って、また触れずに黙っておくけれど。 仕切り直すように、努めて明るく、遙に投げかけた。 「でも、取材を受けに来日するなんて、なんか凛、すっかり芸能人みたいだね」 凄いなぁ。大仰にそう言って視線を送ると、遙は、うん、と喉だけで小さく返事をした。視線は手元に落とされていながら、その瞳はどこか遠くを見つめていた。コンロのツマミを捻り、カチチ、ボッと青い火のつく音がする。静かなその横顔は、きっと凛のことを考えている。岩鳶の家で居間からよく見つめた、少し懐かしい顔だった。 こんなとき、いまここに、目の前にいるのに、とそんな野暮なことはとても言えない。近くにいるのにずっと遠くに沈んでいた頃の遙は、まだ完全には色褪せない。簡単に遠い過去に押しやって忘れることはできなかった。 しばらく黙って待っていると遙はリビングに戻って来て、手に持ったマグカップをひとつ差し出した。淹れたてのコーヒーに牛乳を混ぜたもので、あたたかく優しい色合いをしていた。 「ありがとう」 「あとこれも、良かったら食え」 貰いものだ、と小さく個包装されたバウムクーヘンを二切れ分、炬燵の上に置いた。背の部分にホワイトチョコがコーティングしてあって、コーヒーによく合いそうだった。 「ハルは優しいね」 そう言って微笑むと、遙は「余らせてただけだ」と視線を逸らした。 冷えきった両の手のひらをあたためながらマグカップを傾ける。冷たい牛乳を入れたおかげで飲みやすい温度になっていて、すぐに口をつけることができた。遙は座布団を移動させて、眠っている凛の横に座った。そうして湯気を立てるブラックのコーヒーを少しずつ傾けていた。 「この休みはふたりでどこか行ってきたの?」 遙はこくんと頷いて、手元の黒い水面を見つめながらぽつぽつと語り始めた。 「公園に連れて行って…買い物と、あと、昨日は凛が何か観たいって言うから、映画に」 タイトルを訊いたけれど、遙の記憶が曖昧で何だかよく分からなかったから半券を見せてもらった。CM予告だけ見かけたことのある洋画で、話を聞くに、実在した人物の波乱万丈な人生を追ったサクセスストーリーのようだった。 「終盤ずっと隣で泣かれたから、どうしようかと思った」 遙はそう言って溜め息をついていたけれど、きっとそのときは気が気ではなかったはずだ。声を押し殺して感動の涙を流す凛と、その隣で映画の内容どころではなくハラハラと様子を見守る遙。その光景がありありと眼前に浮かんで思わず吹き出してしまった。 「散々泣いてたくせに、終わった後は強がっているし」 「あはは、凛らしいね」 俺が泣かせたみたいで困った、と呆れた顔をしてコーヒーを口に運ぶ遙に、あらためて笑みを向けた。 「よかったね、ハル」 「…何がだ」 ふいっと背けられた顔は、やっぱり少し赤らんでいた。
そうやってしばらく話しているうちにコーヒーは底をつき、バウムクーヘンもあっという間に胃袋に消えてしまった。空になったマグカップを遙に預け、さて、と膝を立てる。 「おれ、そろそろ帰るね。コーヒーごちそうさま」 「ああ」 遙は玄関まで見送ってくれた。振り返って最後にもう一度奥を見やる。やはり、凛はまだ起きていないようだった。 「凛、ほんとにぐっすりだね。なんか珍しい」 「ああ。でも風呂がまだだから、そろそろ起こさないと」 遙はそう言って小さく息をついたけれど、あんまり困っているふうには見えなかった。 「あ、凛には来てたこと内緒にしておいてね」 念のため、そう言い添えておいた。隠すようなことではないけれど、きっと多分、凛は困るだろうから。遙は小さく首を傾げたけれど、「分かった」と一言だけ答えた。 「真琴、ちょっと待て」 錠を開けようとすると、思い出したみたいに遙はそう言って踵を返し、そうしてすぐに赤いパッケージを手にリビングから戻��てきた。 「貼るカイロ」 大きく書かれた商品名をそのまま口にする。その場で袋を開けて中身を取り出したので、貼っていけ、ということらしい。貼らずにポケットに入れるものよりも少し大きめのサイズだった。 「寒がりなんだから、もっと厚着しろよ」 確かに、今日のことに関しては反論のしようがない。完全に油断だったのだから。 「でも、ハルも結構薄着だし、人のこと言えないだろ」 着ぶくれするのが煩わしいのか、遙は昔からあまり着こまない。大して寒がる様子も見せないけれど、かつては年に一度くらい、盛大に風邪を引いていたのも知っている。 「年末に向けて風邪引かないように気を付けなよ」 「俺は大丈夫だ、こっちでもちゃんと鯖を食べてるから」 「どういう理屈だよ…って、わあっ」 「いいから。何枚着てるんだ」 言い合っているうちに遙が手荒く背中をめくってくる。「ここに貼っとくぞ」とインナーの上から腰の上あたりに、平手でぐっと押すように貼り付けられた。気が置けないといえばそうだし、扱いに変な遠慮がないというか何というか。すぐ傍で、それこそ兄弟みたいに一緒に育ってきたのだから。きっと凛には、こんな風にはしないんだろうなぁ。ふとそんな考えが頭をもたげた。 遙はなんだか満足げな顔をしていた。まぁ、きっとお互い様なんだな。そう考えながら、また少し笑ってしまった。 「じゃあまたね、おやすみ」 「ああ。気を付けて」
急にひとりになると、より強く冷たく風が吹きつける気がする。けれど、次々沸き上がるように笑みが浮かんで、足取りは来る前よりずっと軽かった。 空を仰ぐと、小さく星が見えた。深く吐いた息は霧のように白く広がった。 ほくほく、ほろほろ、それがじわじわと身体中に広がっていくみたいに。先ほど貼ってもらったカイロのせいだろうか。それもあるけれど、胸の内側、全体があたたかい。やわらかくて、ちょっと苦さもあるけれど、うんとあたたかい。ハルが、ハルちゃんが嬉しそうで、良かった。こちらまで笑みがこぼれてしまうくらいに。東京の冬の夜を、そうやってひとり歩き渡っていた。
■ハレーション
キンとどこかで音がするくらいに空気は冷えきっていた。昨日より一段と寒い、冬の早い朝のこと。 日陰になった裏道を通ると、浅く吐く息さえも白いことに気が付く。凛は相変わらず少し先を歩いて、ときどき振り返っては「はやく来いよ」と軽く急かすように先を促した。別に急ぐような用事ではないのに。ためらいのない足取りでぐんぐんと歩き進んで、凛はいつもそう言う。こちらに来いと。心のどこかでは、勝手なやつだと溜め息をついているのに、それでも身体はするすると引き寄せられていく。自然と足が前へと歩を進めていく。 たとえばブラックホールや磁石みたいな、抗いようのないものなのだと思うのは容易いことだった。手繰り寄せられるのを振りほどかない、そもそもほどけないものなのだと。そんな風に考えていたこともあった気がする。けれど、あの頃から見える世界がぐんと広がって、凛とこうやって過ごすうちに、それだけではないのかもしれないと感じ始めた。 あの場所で、凛は行こうと言った。数年も前の夏のことだ。 深い色をした長いコートの裾を揺らして、小さく靴音を鳴らして、凛は眩い光の中を歩いていく。 格好が良いな、と思う。手放しに褒めるのはなんだか恥ずかしいし、悔しいから言わないけれど。それにあまり面と向かって言葉にするのも得意ではない。 それでもどうしても、たとえばこういうとき、波のように胸に押し寄せる。海辺みたいだ。ざっと寄せて引くと濡れた跡が残って、繰り返し繰り返し、どうしようもなくそこにあるものに気付かされる。そうやって確かに、この生きものに惚れているのだと気付かされる。
目的地の公園は、住んでいるアパートから歩いて十分ほどのところにある。出入りのできる開けた場所には等間隔で二本、石造りの太い車止めが植わるように並んでいて、それを凛はするりと避けて入っていった。しなやかな動きはまるで猫のようで、見えない尻尾や耳がそこにあるみたいだった。「なんか面白いもんでもあったか?」「いや、別に」口元がゆるみかけたのをごまかすためにとっさに顔ごと、視線を脇に逸らす。「なんだよ」凛は怪訝そうな、何か言いたげな表情をしたけれど、それ以上追及することはなくふたたび前を向いた。 道を歩き進むと広場に出た。ここは小さな公園やグラウンドのような一面砂色をした地面ではなく、芝生の広場になっている。遊具がない代わりにこの辺りでは一番広い敷地なので、思う存分ボール投げをしたり走り回ったりすることができる。子供たちやペットを連れた人たちが多く訪れる場所だった。 芝生といっても人工芝のように一面青々としたものではなく、薄い色をした芝生と土がまだらになっているつくりだった。見渡すと、地面がところどころ波打ったようにでこぼこしている。区によって管理され定期的に整備されているけれど、ここはずいぶん古くからある場所なのだそうだ。どこもかしこもよく使い込まれていて、人工物でさえも経年のせいでくすんで景観に馴染んでいる。 まだらで色褪せた地面も、長い時間をかけて踏み固められていると考えれば、落ち着いてもの静かな印象を受ける。手つかずの新品のものよりかは、自分にとって居心地が良くて好ましいと思えた。 広場を囲んで手前から奥に向かい、大きく輪になるようにイチョウの木々が連なって並んでいる。凛は傍近くの木の前に足を止め、見上げるなり、すげぇなと感嘆の声を漏らした。 「一面、金色だ」 立ち止まった凛の隣に並び、倣って顔を上げる。そこには確かに、すっかり金に色付いたイチョウの葉が広がっていた。冬の薄い青空の真下に、まだ真南に昇りきらない眩い光をたっぷりと受けてきらきらと、存在を主張している。 きんい���、と凛の言葉を小さく繰り返した。心の中でもう一度唱えてみる。なんだか自分よりも凛が口にするほうが似つかわしいように思えた。 周囲に視線を巡らせると、少し離れた木々の元で、幼い子供ふたりが高い声を上げて追いかけっこをしていた。まだ幼稚園児くらいの年の頃だろうか、頭一個分くらい身の丈の異なる男の子ふたりだった。少し離れて、その父親と母親と思しき大人が並んでその様子を見守っている。だとすると、あのふたりは兄弟だろうか。大人たちの向ける眼差しはあたたかく優しげで、眩しいものを見るみたいに細められていた。 「な、あっち歩こうぜ」 凛が視線で合図して、広場を囲む遊歩道へと促した。舗装されて整備されているそこは木々に囲まれて日陰になっているところが多い。ここはいつも湿った匂いがして、鳥の鳴き声もすぐ近くから降りそそぐように聞こえてくる。よく晴れた今日はところどころ木漏れ日が差し込み、コンクリートの地面を点々と照らしていた。 休日の朝ということもあって、犬の散歩やジャージ姿でランニングに励む人も少なくなかった。向かいから来てすれ違ったり後ろから追い越されたり。そしてその度に凛に一瞥をくれる人が少なくないことにも気付かされる。 決して目立つ服を着ているわけでもなく、髪型や風貌が特に奇抜なわけでもないのに、凛はよく人目を惹く。それは地元にいたときにも薄っすらと浮かんでいた考えだけれど、一緒に人通りの多い街を歩いたときに確信した。凛はいつだって際立っていて、埋没しない。それは自分以外の誰にとってもきっとそうなのだろう。 いい場所だなぁ。凛は何でもないみたいにそう口にして、ゆったりとした足取りで隣を歩いている。木々の向こう側、走り回る子供たちを遠く見つめていたかと思えば、すぐ脇に設けられている木のベンチに視線を巡らせ、散歩中の犬を見て顔をほころばせては楽しそうに視線で追っている。公園までの道中は「はやく」と振り返って急かしたくせに、今の凛はのんびりとしていて、景色を眺めているうちに気が付けば足を止めている。こっそり振り返りながらも小さく先を歩いていると、ぽつぽつとついてきて、すうと寄せるようにしてまた隣に並ぶ。 その横顔をちらりと伺い見る。まるで何かを確かめるかのように視線をあちらこちらに向けてはいるものの、特にこれといって変わったところもなく、そこにいるのはいつも通りの凛そのものだった。 見られるという行為は、意識してしまえば、少なくとも自分にとってはあまり居心地が良いものではない。時にそれは煩わしさが伴う。凛にとってはどうなのだろう。改まって尋ねたことはないけれど、良くも悪くも凛はそれに慣れているような気がする。誰にとっても、誰に対しても。凛はいつだって中心にいるから。そう考えると苦い水を飲み下したような気持ちになって、なんだか少し面白くなかった。
遊歩道の脇につくられた水飲み場は、衛生のためだろう、周りのものよりずっと真新しかった。そこだけ浮き上がったみたいに、綺麗に背を伸ばしてそこに佇んでいた。 凛はそれを一瞥するなり近付いて、側面の蛇口を捻った。ゆるくふき出した水を見て、「お、出た」と呟いたけれど、すぐに絞って口にはしなかった。 「もっと寒くなったら、凍っちまうのかな」 「どうだろうな」 東京も、うんと冷えた朝には水溜まりが凍るし、年によっては積もるほど雪が降ることだってある。水道管だって凍る日もあるかもしれない。さすがに冬ごとに凍って壊れるようなつくりにはしていないと思うけれど。そう答えると凛は、「なるほどなぁ」と頷いて小さく笑った。 それからしばらくの間、言葉を交わすことなく歩いた。凛がまた少し先を歩いて、付かず離れずその後ろを追った。ときどき距離がひらいたことに気付くと、凛はコートの裾を揺らして振り返り、静かにそこに佇んで待っていた。 秋の頃までは天を覆うほど生い茂っていた木々の葉は、しなびた色をしてはらはらと散り始めていた。きっとあの金色のイチョウの葉も、程なくして散り落ちて枝木ばかりになってしまうのだろう。 「だいぶ日が高くなってきたな」 木々の間から大きく陽が差し込んで、少し離れたその横顔を明るく照らしている。 「あっちのほうまできらきらしてる」 中央の広場の方を指し示しながら、凛が楽しげに声を上げた。示す先に、冷えた空気が陽を受け、乱反射して光っている。 「すげぇ、綺麗」 そう言って目を細めた。 綺麗だった。息を呑んで見惚れてしまうほどに。いっぱいに注がれて満ちる光の中で、すらりと伸びる立ち姿が綺麗だった。 時折見せる熱っぽい顔とは縁遠い、冴えた空気の中で照らされた頬が白く光っていた。横顔を見ていると、なめらかで美しい線なのだとあらためて気付かされる。額から眉頭への曲線、薄く開いた唇のかたち。その鼻筋をなぞってみたい。光に溶け込むと輪郭が白くぼやけて曖昧になる。眩しそうに細めた目を瞬かせて、長い睫毛がしぱしぱ、と上下した。粒が散って、これも金色なのだと思った。 そうしているうちに、やがて凛のほうからおもむろに振り返って、近付いた。 「なぁ、ハル」少し咎めるような口調だった。「さっきからなんだよ」 ぴん、と少しだけ背筋が伸びる。身構えながらも努めて平静を装い、「なにって、何だ」と問い返した。心当たりは半分あるけれど、半分ない。 そんな態度に呆れたのか凛は小さく息をついて、言った。じっと瞳の奥を見つめながら、唇で軽く転がすみたいな声色で。 「おれのこと、ずっと見てんじゃん」 どきっと心臓が跳ねた。思わず息を呑んでしまう。目を盗んでこっそり伺い見ていたのに、気付かれていないと思っていたのに、気付かれていた。ずっと、という一言にすべてを暴かれてしまったみたいで、ひどく心を乱される。崩れかけた表情を必死で繕いながら、顔ごと大きく視線を逸らした。 「み、見てない」 「見てる」 「見てない」 「おい逃げんな。見てんだろ」 「見てないって、言ってる」 押し問答に焦れたらしく凛は、「ホントかぁ?」と疑り深く呟いて眉根を寄せてみせる。探るような眼差しが心地悪い。ずい、と覗き込むようにいっそう顔を近付けられて、身体の温度が上がったのを感じた。あからさまに視線を泳がせてしまったのが自分でも分かって、舌打ちしたくなる。 「別に何でもない。普段ここへは一人で来るから、今日は凛がいるって、思って」 だから気になって、それだけだ。言い訳にもならなかったけれど、無理矢理にそう結んでこれ以上の追及を免れようとした。 ふうん、と唇を尖らせて、凛はじとりとした視線を向け続ける。 しかしやがて諦めたのか、「ま、いいけどさ」と浅くため息をついて身を翻した。 顔が熱い。心臓がはやい。上がってしまった熱を冷まそうと、マフラーを緩めて首筋に冷気を送り込んだ。
それからしばらく歩いていくうちに遊歩道を一周して、最初の出入り口に戻ってきた。凛は足を止めると振り返り、ゆっくりと、ふたたび口を開いた。 「なぁ、ハル」今度は歩きながら歌を紡ぐみたいな、そんな調子で。 「さっきは良いっつったけどさ、おれ」 そう前置きするなり、凛はくすぐったそうに笑った。小さく喉を鳴らして、凛にしては珍しく、照れてはにかんだみたいに。 「ハルにじっと見つめられると、やっぱちょっと恥ずかしいんだよな」 なんかさ、ドキドキしちまう。 ���んだよ、それ。心の中で悪態をつきながらも、瞬間、胸の内側が鷲摑みされたみたいにきゅうとしぼられた。そして少しだけ、ちくちくした。それは時にくるしいとさえ感じられるのに、その笑顔はずっと見ていたかった。目が離せずに、そのひとときだけ、時が止まったみたいだった。この生きものに、どうしようもなく惚れてしまっているのだった。 「あー…えっと、腹減ったなぁ。一旦家帰ろうぜ」 凛はわざとらしく声のトーンを上げ、くるりと背を向けた。 「…ああ」 少し早められた足取り、その後ろ姿に続いて歩いていく。 コンクリートの上でコートの裾が揺れている。陽がかかった部分の髪の色が明るい。視界の端にはイチョウの木々が並んできらめいていた。 「朝飯、やっぱ鯖?」 隣に並ぶなり凛がそっと訊ねてきた。 「ロースハム、ベーコン、粗挽きソーセージ」 冷蔵庫の中身を次々と列挙すると、凛はこぼれるように声を立てて笑ってみせた。整った顔をくしゃりとくずして、とても楽しそうに。つられて口元がほころんだ。 笑うと金色が弾けて眩しい。くすみのない、透明で、綺麗な色。まばたきの度に眼前に散って、瞼の裏にまで届いた。 やっぱり凛によく似ている。きっとそれは、凛そのものに似つかわしいのだった。
(2017/12/30)
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【ブックトーク】『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』(著:江崎道朗)
2017年に出版ですから、今から(2020年)3年前の本となります。帯の中西輝政さん推薦とにひかれて購入も、その当時は特に理由はなく流し読みだったのですが、、今まさに、この時期に読んでおきたい一冊です。
『コミンテルンの謀略と日本の敗戦』(著:江崎道朗)
事象としては、日本が普遍的価値観を共有できている、ないしはできそうな国々で、同時多発的に、、
一方では綺麗事を唱え、一方では戦争を煽り、 戦争を起こさせ、それを終わらぬようにする。
金持ちへの嫉みや不信を煽り立てることで「自由」の基盤となる 議会や自由主義経済を否定し、全体主義的な統制への道を切り拓く。
社会を分断し、混乱させ、人々の不信感と憎悪を高める-。 このようなコミンテルン的手法は、あまりに悪魔的といえる。
との現象が勃発しているのが見て取れるからです、不思議と、日本国内のオールドメディアはあまり伝えてくれませんが、、またここ最近、右も左も極点まで行くとどうしてこうも「全体主義化」するのか、と、都知事選候補者(2020年7月投票)の方々の在り様等からも、疑問だったのですが、、
「右翼全体主義者」と「左翼全体主義者」が結びついて、 大政翼賛会などをつくり、大日本帝国憲法体制を破壊した
なんてことからも、戦前との類似性が出てきているのかな、と、歴史は繰り返す、その面差しを変えて、なんて風にも感じてしまいますね。
戦前の日本のあり方は、本来、帝国憲法体制であり、 美濃部達吉が天皇機関説で説明していた立憲君主制であって、 自由主義に基づく体制であった。
だが、左右の全体主義たちによって帝国憲法そのものが骨抜きにされ、 選挙によって示された民意を重んじる憲法習律も否定されていった
戦後、WGIPからの公職追放などで漁夫の利的に引き上げられた、「左翼(敗戦利得者)」によって「右翼全体主義」ばかりに、戦前日本の舵取りの誤りの責任を負わされてしまっていますが、、戦前での「全体主義」とのくくりには「右翼も左翼」も同じ枠に入るかな、と。そういった意味では、、
明治天皇のもと、欧米の文化を必死で導入し、 近代産業国家を構築しようとした明治の人々の奮闘も、
五箇条の御誓文に基づいて自由民権運動を起こし、 貧富の格差などを解決しようとした大正デモクラシー
との感覚と、その上での、
左右の全体主義たちによって帝国憲法そのものが骨抜きにされ、 選挙によって示された民意を重んじる憲法習律も否定されていった
とは、一応、大学で近代史に触れていた一人としても、肚落ちします。そして、このような経緯を歴史として学んでいくのであれば、
憲法改正によって取り戻すべきは「保守自由主義」であって、 「右翼全体主義」でも「左翼全体主義」でもないと 明確に答えることができるようになっておくべき
と思いますし、また、敵を知り己を知れば、との視座に立てば、
報道に対する国民のリテラシーを高めることであって、 自分が気に入らない新聞の「廃刊」を叫ぶことではない
も、その通りと思います、自分の軸がしっかりしていれば、知識としては知っておくべきなのでしょう。
あらためて、知識に裏付けされた自分の言葉をもって、必要に応じて表現していくことを意識したいな、と。3年前の本ですが、先読みのごとくにいろいろと示唆に富んでいて、過去の歴史的事実を、自分の言葉で理解することの大切さを感じました。
私個人のことでいえば「人の考えの多様性に寛容でない全体主義思想を、色合いが左右どちらであっても一生涯受け入れることはない」と思いますが、それを信望する人々が「全体主義思想を掲げること自体は否定しません」、可能な限りに関わりたくはないですが、、なんて思っていたら、世界の在り様は想像以上に早く変わっていっているようで、先日の香港弾圧法・第38条によると、私は香港にも中国にも行けない身体となったようです、共産中国が続く限り(2020/7/4 追記)。
アメリカ大統領選が(表向き)一区切りつきましたが、、今回は民主主義の弱点をモロにつかれた感じでしょうか、との見立てです。人は本質的に自由を求めるもので、その機会は均等であるべきと思いますが、それを普遍的に維持していくには、戦っていくことも必要なのだろうと、最終的に棲み分けることも踏まえて。そういった意味では「力なき正義は無力」は数多ある真実の中の一つだと思いますが、不当な暴力を許容してはならないとの視座とのバランスは、どう実現していくべきなのか、リアリストたる知識人の方々に是非とも“具体的に”ご教示いただきたいところです、なんて(2021/1/21追記)。
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