#日常言語は大衆化して相当汚れを含んでいる
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moko1590m · 5 months ago
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宇宙・世界が基本 実感・知覚は大事 言語知能はサポート的なもの
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reportsofawartime · 4 months ago
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原子力発電所からの放射性廃棄物の最終処分場をクリル諸島(いわゆる北方四島)に設置する案を日本政府は断固拒否した。経済産業相はこの案を「全く配慮にかける軽率な発言」と言い、首相も発言者の傲慢さを非難した。 1月末、原子力発電環境整備機構(NUMO)は、原発からの放射性廃棄物の処分場について議論する説明会を開催した。この説明会の参加者の一人が冗談か本気か、クリル諸島に核のごみの最終処分場を建設してはどうかと発言した。これに対し、資源エネルギー庁の担当者は、これも真意は分からないが、実現すれば魅力的な提案だが現実的には難しいと述べ、さらにNUMOの幹部も計画は「一石三鳥四島だ」と発言した。 この件を受けて、北海道の鈴木直道知事は、北方領土問題に対する理解や元島民への配慮に欠けていると、遺憾の意を示した。また、武藤容治経産相とNUMOの山口晃理事長から電話で謝罪を受けたことを明らかにした。 石破首相は2月3日の衆院予算委員会で、このようなことは絶対にあってはならないと言い、「そのような発言がいかなる意図であったか分からないが、緩みとかおごりとか思い上がりとか、そういうものがあったということだと思っている。政府の責任者として深くお詫びを申��上げる」と謝罪した。 もちろん、日本側も、ましてやロシア側もこの問題を真剣に検討するつもりはない。とはいえ、スプートニクは、仮に、人口の少ないクリル諸島を高濃度の放射性廃棄物の「処分場」とすることが可能なのか否か、専門家に訊いてみた。 島の生態学的特殊性から見ても、この考えは馬鹿げている。生態学、水生生物学、持続可能な廃棄物管理の専門家でNGO「緑の文明」のドミトリー・フェドロフ代表はこうした見解を表している。
「1984年以降、クナシル島と小クリル列島は『クリル』国立自然保護区となっており、ロシアの特別保護地域の中でも特別な場所となっている。これらの島々とその海域には、独特な景観の火山や温泉、針葉樹林や熱帯特有の植生、賑やかな鳥の群、希少な海洋動物が生息している。隣の南クリル諸島は漁業保護区域に属している。クリル諸島の大陸棚と海洋経済水域は、水生生物資源において世界で最も豊かな地域のひとつだ。島々はエネルギー資源が豊富で、特に地熱エネルギーは有望だ。クリル列島の地熱資源の埋蔵量は非常に大きい。一方で、クリル諸島は都市廃棄物による汚染という独自の問題を抱えている。残念なことだが、廃棄物は頻繁に処理場以外の場所に不法投棄される。クリル諸島には地方特有の強い突風がある、だから廃棄物は島や領海のいたるところに飛ばされる。近い将来の優先課題は、島の家庭ごみ管理システムを最適化することだ」 露「アトムインフォ・センター」の責任者アレクサンドル・ウヴァロフ 氏は、日本で言及された提案は非現実的だと語っている。
「まず、核廃棄物の処分場を他国との国境に作ろうなど、倫理に反する。近隣諸国の安全を脅かし、国家間の問題を引き起こすことになる。どの国もそんなことはしないようにしている。いずれにせよ、この問題は放射線安全の専門家によって調査される必要がある。日本にはすでに最終処分地の候補地として、北海道の寿都町と神恵内村を選定済で、聞いたところによると、この2つの町村は核廃棄物貯蔵施設の誘致権を争っている。昨年2月のNUMOの報告書では、これらの地域の調査結果が分析されている。次の段階は、地質調査による具体的な場所の選定だが、このような段階は全部で3つあり、火山活動や地震活動によるリスクを分析も含まれる。高濃度の放射性廃棄物の処分となると、数百年間の安全が保証される必要がある。だからこそ、クリル諸島を放射性廃棄物の最終処分地として真剣に検討する人はいなかったのだと思う。多分、この発言は戯れ言か不適切な冗談だったのだろう」 日本の原発の放射性廃棄物をクリル諸島に埋蔵するという考えは、塀越しに隣家にゴミを投げ捨てることに等しい。放射性廃棄物安全プログラムの専門家であるアンドレイ・オジャロフスキー氏は言う。
「放射性廃棄物の埋め立ての是非は世界的にまだコンセンサスが得られていない。一時的な処分方法として、地上管理、地層処分という2 つのタイプがある。商業用原発から出る廃棄物については、ほとんどの国が技術と場所の選定段階にある。科学技術がこうした有害廃棄物に対処する新しい方法を生み出すまで、一時的に処分場で保管するという考え方もある。地層処分で最も懸念されているのは、その安全性が証明されていないこと。例えば、半減期が24000年のプルトニウムや、それよりもはるかに期間の長いの元素を保管する場合の安全性を、実際に検証することは不可能だ。つまり、実験によって安全性が確認できないのであり、書面のみの確認は原子力産業においては最も危険なこと。 クリル諸島に放射性廃棄物を埋めるという考えは、突然出てきたわけではない。日本で適地選定のプロセスが始まった数年前から、その話はあった。人口密集地、国立公園、資産価値のある土地は、選定の候補として除外されていた。この時、クリル諸島は人口の少ない土地として候補に挙がっていて、ロシアがクリル諸島を自国の領土としていることは考慮されてなかった。人口が少ないことだけが、これらの島々が適切であるか否かの唯一の基準だったから。もちろん、クリル諸島は海に囲まれ、人類の食糧源として重要な役割を果たすという点で見れば、基準には当てはまらない。さらに地震地帯でもある。だから、日本の原発からの核のゴミを埋めるためにクリル諸島を利用しようという考えは、隣家に向かって塀越しにゴミを投げ捨てようとする行為だと私は考える...」
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shintani24 · 1 year ago
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2024年2月12日
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ラジオは滅びゆく? 浜村淳さん「十分可能性がありますよ」(毎日新聞)
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インタビューに答えるタレントの浜村淳さん=大阪市北区で2023年11月10日、川平愛撮影
「ついに来たか、と。あと50年、せめて100歳まで続けたかった」
御年89歳。ラジオパーソナリティーの浜村淳さんは、半世紀続く冠番組の節目を局側から打診された時をちゃめっけたっぷりに振り返る。
MBSラジオの長寿番組「ありがとう浜村淳です」が3月末、平日の放送を終了し、土曜のみとなる。深い知識とユーモアに裏打ちされた語りで、関西のリスナーに愛されてきた。浜村さんはラジオに、音だけで勝負する媒体ならではの可能性を感じてきたという。
番組は1974年4月にスタート。現在は月~土曜の午前8時から平日は2時間、土曜は3時間半、新聞や週刊誌情報、ラジオドラマなどを生放送で紹介する。平日の放送終了は、同局側が50周年を一区切りとして打診し、本人も「長時間の生放送でどんな事故が発生するか分からない」と了承した。
親しみやすく、なるべく楽しく
「さて皆さん」で始まる柔らかい関西弁の語りは、浜村節とも称され、親しまれてきた。信条は「難しい言葉は使わず、分かりやすく話すこと」だ。朝刊各紙をめくりながら時事問題を解説するコーナーでは「親しみやすく、なるべく楽しく、聴いて良かった」をモットーに、記事をそのまま読み上げず、言葉をかみ砕いて紹介する。
「例えば、政治の話題で『可及的速やかに』とあれば『なるべく速く』と言い換えます。事件を扱う時も朝の番組なので、陰惨になりすぎないように、ほんの少しだけポップに」
映画評論家としても知られる。登場人物の衣装や景色を細かく描写しながら、見どころやあらすじを講談調で語り、ファンから「本編よりも面白い」と評されることも。
例えば、最近はどんな映画を? 水を向けると、特攻隊をテーマにした「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」について名調子が始まった。「現代の女子高生がタイムスリップして昭和20年に行ってしまうんですね。そこで出会うのが初恋の相手、彰さん。これ特攻隊員なんですよ。いよいよ出撃命令が下ります。小型の飛行機に乗って、腹に針金で爆弾巻いて、片道だけの燃料で飛び立っていく……」
数年前、鹿児島の鹿屋航空基地史料館を訪ねたこともあり、周辺の情景も加える。「絵空事でなく、実感を持ってしゃべりたい」。これまでの取材経験が語りに深みを持たせている。
「今ほど悪事がはびこる時代はない」
「ありがとう~」が始まった当時は、既に大衆の人気がラジオからテレビへと取って代わられていた時代。当初はテレビに対抗心を燃やしていたが、放送を重ねるうちにラジオの強みを実感するようになったという。
音声だけだからこそ、一人一人が頭に思い浮かべるイメージは多様で広がりがあ��。「ラジオは説得のメディアやと思います」と、浜村さんは表現する。「映像で見えない部分を言葉で補う。そのために、しつこくしつこく説得し続ける。だからラジオに出る人間は、相当な勉強や修業が必要になってきます」
関西ローカルの番組はインターネットラジオの登場で全国で聴けるようになり、取り巻く状況は大きく変わった。「滅びゆくメディアと悪口を言う人もいますが、『まあ皆さん聴いてください』と聴き手が興味を持つように語りかけると、(リスナーは)必ず引き込まれるんです。だからこそ、愛してくれる人はこれからも居続けるはずです。ラジオには十分可能性がありますよ」
まだまだ「心身ともに健康」と胸を張る。4月以降は土曜の放送のみとなるが、「政治も事件も、今ほど悪事がはびこる時代はないと思います。それらをどのように伝えるのか課題です」と浜村さん。「聴いて役に立ったと思わせる部分が少しでもあるように、迷いながらもやっていくだけですね」。穏やかにほほ笑んだ。
番組50周年を記念したイベントを4月15日、「SkyシアターMBS」(大阪市北区)で開催する。問い合わせは06・6676・8466。【谷口豪】
川内原発延長認可後、初の県原子力防災訓練の実効性は 専門家「能登地震ふまえ最悪シナリオ組み込む必要ある」[02/12 19:22]
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川内原発は、ことし7月に1号機の運転延長を控えています。また、元日には志賀原発が立地する石川県で能登半島地震が発生し、鹿児島でも不安の声が聞かれます。
道路の寸断や建物の倒壊、生き埋めなどが発生した場合、本当に避難はできるのか?今月10日に行われた県の原子力防災訓練で見えた課題を検証します。
10日午前6時半、川内原発が立地する鹿児島県の薩摩川内市役所です。幹部職員の参集から原子力防災訓練が始まりました。
(田中良二市長)「能���半島地震のこともあり、市民の大きな注目を集めている。強い緊張感をもってやりたい」
川内原発30キロ圏の9市町と県が行う原子力防災訓練。今回は去年、川内原発の運転延長が原子力規制委員会に認可されて初の訓練ともなりました。
住民600人も含め4000人が参加し、薩摩半島西方沖を震源地とする最大震度7の地震で外部電源を喪失したとする川内原発では、2号機が非常用電源��失われて炉心損傷に至るとのプロセスで訓練が進みました。
また被ばくした職員を病院に搬送し、手当てする手順も確認しました。
川内原発から2.5キロ南の薩摩川内市寄田地区です。重大事故が起きた場合、原発5キロ圏内はただちに避難することになります。能登半島地震を受け、倒壊した建物から住人を救助する訓練もあり、住民12人は鹿児島市までバスで避難しました。
同じく、原発5キロ圏にある高江こども園です。避難指示を受け、園児6人をバスに乗せ、避難場所に向かいました。
(高江こども園・成松まつみ園長)「(能登半島地震は)かなりショックだった。実際にああいう状況になったときに、子どもたちが孤立するのが一番心配。(備えを)見直さなければならないと感じた」
住民たちが懸念するのが、ことし1月1日に起きた能登半島地震です。見過ごせないのが地震の規模。マグニチュード7.6は27年前、薩摩川内市で震度6弱を観測した県北西部地震の30倍、直接死5500人余りの阪神・淡路大震災を3倍も上回るすさまじいものでした。
石川県の災害危機管理アドバイザーも務める専門家は…
(神戸大学・室崎益輝名誉教授)「前例のない地震が起きた。質が違くというか、ことごとく壊れている。過疎地だったので230人~という犠牲者ですんだ。人口密度当たりの犠牲者の比率は阪神・淡路大震災より多い」 ※室崎名誉教授の「崎」は、たつさき
薩摩川内市によりますと、5キロ圏内の住民が避難し、被ばく者を病院に搬送する県道43号などは、いずれも土砂災害警戒区域にひっかかります。また、オフサイトセンターを始め、県や市の拠点自体が川を埋め立てた軟弱地盤の上にあり、液状化の危険性もぬぐえません。
そもそも市や県の職員を集められるのか…能登半島地震で最悪の被害となった石川県輪島市では、職員280人のうち、初日に40人しか登庁できませんでした。
神戸大学 室崎益輝名誉教授 「情報網や道路網が寸断されて、家がたくさんつぶれて、その下に閉じ込められた人たちが相当数いる。(石川県の事前想定は)最悪の事態をみるという姿勢にはなかった」
「能登半島地震の事態で気に留めておかないといけないのは、いつまでたっても奥能登から抜け出せないということは、放射能が漏えいするとみんな汚染されてしまうということ。本当に緊急に一斉に人が避難できるか?最悪のシナリオのうちのひとつには組み込まないといけない」
訓練の実効性をさらに高める必要はないのか?塩田知事は…
塩田知事 「基本的な動作をしっかりと住民含め、手順を確認するということ��一番大きな役割。そういう過酷な状況も引き続き検討はしていきたい」
一方の薩摩川内市 田中市長は…
田中良二 市長 「能登半島地震が行政の防災対応に与えている影響も翻って議論をすべき。見直し改善、次回の防災訓練に生かしていきたい」
川内原発の30キロ圏に住む住民は19万5400人。原発5キロ圏の高江こども園の成松園長は、住民側の温度差に危機感も感じています。
高江こども園 成松まつみ園長 「放射線が漏れてしまった際は5キロ圏内だけに止まらない。温度差というか、緊迫感がないなと、危機を感じる」
訓練を終えた子どもたち 「(地震は)いやだ。逃げる」「身を守ります!(毎月)避難訓練をやっています!」
能登半島地震で改めて浮き彫りになった地震災害のすさまじさ。川内原発の運転延長を7月に控え、私たち一人ひとりが問われています。
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xf-2 · 5 years ago
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清華大学の法学者、許章潤氏が7月6日、当局に拘束された。(12日に釈放されたが、その件についてはのちに述べる。7月8日公開「習近平政権が改革派言論人を逮捕してまで封殺したかった『批判の中身』」参照、以下、許先生と表記する)。
許先生が捕まったという知らせが入ったのが、7月6日の昼過ぎ、友人の大学教授、Tさんからのメッセージだった。
許先生と親交のあり、共通の友人である北京のKさんから「許先生の自宅の周囲に20台ほどの車が停まり、許先生が連行された」と涙ながらに電話があり、筆者にも伝えてほしいとことづてがあったという。早速Kさんに電話を掛け、同様の内容を直接聞いた。
以前も少し書いたと思うが、許先生とは3年前、来日した中国の自由派知識人グループから案内役を頼まれた旅行で知り合った。
箱根で、許章潤・清華大学教授(筆者撮影)
箱根と伊豆を2日半で回る旅で、筆者は宿や食事の手配からレンタカーの運転、観光地でのガイド役と、彼らの短い旅を満足してもらえるよう、できる限りの「おもてなし」をした。夜、箱根の静かな温泉街を、許先生と2人で歩いたのを覚えている。
ただ正直なところ、その時は許先生について多くを知らず、ましてやその後彼がこのような運命をたどるとは、全く予想していなかったので、あまり深い話はできなかった��、大変物静かな印象だった。
翌日、元箱根から箱根湯本に戻るバスが観光客で満員となり、かろうじて1人分の座席が取れたので許先生に勧めたところ、「クーティエンジュン(古畑君、彼は私のことをこう呼ぶ)は私たちのために大変な思いをし、疲れているのだから座ってください」と固辞され、1時間近く運転席の横で静かに立っていた。全く偉ぶったところがなく、しかも辛抱強い人だと感心した。許先生とは帰国後、メールのやり取りを続け、何本か論文を送ってもらった。
許先生はその約半年後、東大の訪問学者として再び来日、約半年間を東京で過ごしたが、その間の2018年7月、習近平政権を厳しく批判する「我々の現在の恐れと期待」をネットで発表した。帰国が迫っている先生にできればお会いしたいとダメ元でメールを送ったところ、すぐに返事があり、T教授とともにお会いした。
「自分は帰らなければならない」
その時の経緯は以前も書いたが、帰国すれば危険が待っているのではとたずねたところ、「自分は帰らなければならない。国外で声を上げても仕方がない。国内にもこういう声があるということを示さなければならない」と決心を語られたのだった。
ただ正直なところ、先生はその時、清華大学を辞めさせられ、地方の大学に左遷されるのではないかと話しており、学術会議などで再び国外に出られるかどうか、それが大学や当局が自分をどう見ているかの判断基準となるだろうと語ったが、その後の運命は彼の予想を上回る苛烈なものだった。
許先生とは、帰国後も微信などで連絡を取り合っていた。しばしばアカウントが停止されるため、友人から新しいアカウントを教えてもらっては、連絡を取り、無事を確認した。最後に連絡をとったのは5月。「また連絡が取れましたね」「いつか会える日を心待ちにしています」とのメッセージを送り合った。
だが、処分が厳しくなり、教育や研究の機会を奪われると、許先生が書く内容は以前にもまして厳しくなり、当局の逆鱗に触れるのではないかと心配していた。
だから今回のニュースを知っても、「とうとう来るべきものが来たか」というのが正直な印象だった。先生自身も、今年初めに出した「激怒する人民はもはや恐れていない」の中で、「自分がこの文章を発表することで処罰されることも覚悟しており、これが最後の執筆になるかもしれないが、責任逃れはしない」と覚悟を述べていた。
香港問題が引き金か
とはいえ、今回の「買春」という容疑は先生の上述のような人柄を考えたら、全くもって理解できず、許しがたい。
米コロンビア大学のアンドリュー・ネイサン教授はVOAのインタビューで次のように批判した。「(拘束に)��きはしなかったが、ショックだったのは、中国政府がこの憲法の下でいかなる違法行為をしていない、非常に傑出した教授をこれほど厳しく弾圧したことだ。言論の自由を行使した許氏に対し、当局は『買春』という罪を着せた。このことで恥をかくのは許氏ではなく、中国政府の方だ。今回の事件は、中国の体制がいかに全体主義化したかを示している」
だが、「香港国家安全維持法(国安法)」を香港基本法の原則に反して導入し、言論統制を一気に進めた香港への対応や、攻撃的な「戦狼」外交を見ても、体制維持のためには外国から何を言われようがなりふり構わず突き進む「振っ切れ感」が今回の許先生への対応につながったとの指摘もされている。ある中国人学者の知人はこう語っている。
「習近平は許章潤氏を憎んでいたが、ずっと我慢していた。おそらくは世論への配慮だろう。だが香港問題で、共産党は赤膊上陣(上半身裸で戦いに加わる、何も気にすることなく物事を行う)し、横暴にも香港の自由を奪った。覆っていた布をすべて取り去ったのだから、何のためらいもなく以前から捕まえたかった許氏を捕まえたのだろう」
「香港問題と今回の事件は関係があるだろう。どのみち恥知らずのこ���をしたのだから、もう1つそれを重ねるのを恐れることはなくなったのだ」
さらに「習近平は決して自分に対する批判を許さない。共産党を厳しく批判しても、彼は許すかもしれないが、自分に対するたとえ温和な批判でも、決して許さず、必ず報復する。ある友人が警察に呼び出された時、警察からは『政府を罵ってもいいが、習主席を絶対に罵ってはいけない』と言われたという」と語った。
最近でも習近平を「権力を渇望する道化役者」などと批判した著名企業家、任志強氏や、新型コロナウイルスへの対応を批判、習の引退を求める文書を発表した法律家、許志永氏らが当局に拘束されている。
それでも許先生を知る知識人の中には、自分たちの思いを許先生は1人で代弁してくれたという声がある。友人で作家のY氏は、筆者に次のように述べている。
ちなみにY氏によると、許先生は1989年の天安門事件当時、中国政法大学の教員で、自らデモやハンガーストに参加したのだという。
「誰かが真実を語らねばならない」
「許章潤先生はここ2年の間、共産党が自分の権利を奪ったことを厳しく批判、特に習近平本人の行為について厳しい批判をしていた。これが逮捕された真の理由だ」
「ある会合で、彼は『どんな時でも、誰かが立ち上がって本当のことを言わなければならない』と語っている。彼はこのことを自分の責任だと感じていた。彼の一連の文章が発表されると、中国の知識人の間に大きなセンセーションを生み、多くの人は彼の勇敢さをほめたたえたが、一方で政府から報復されるのではないかと心配する人もいた」
「ここ数年中国の言論の自由はますます悪化している。体制に異を唱える人々の立場はますます厳しくなっている。許先生の言論は時代の問題を鋭く突き、最も危険な話題から逃げることがなかった。彼はだがこれにより自分にどのような結果が及ぶかは分かっており、すでにそのための準備をしていた」
「彼が警察により連行されたという情報はソーシャルメディアで大きな関心を呼んだ。多くの人が彼の待遇が不公平だと感じ、共産党政権による残酷な管理強化の現れだと受け止めた」
このように語るY氏に「許先生の思想には自分も賛同するが、現在の厳しい言論統制の下で、やり方がやや急進的ではなかったか。他の表現の方法もあったのではないか」と聞いてみた。これに対し彼はこう語った。
危険を知りつつも…
「彼の言論は『急進的』ではなく『危険』と言うべきだ。確かに、最も危険な言論であり、間違いなく報復されるであろう言論だった。だが、許先生の文章が広く尊重されるのは、彼の道徳的勇気のためだ。彼は国民全体に向かって、多くの人々が言いたいが言う勇気がないことを敢えて語ってくれた。現在の中国では、(直截的ではない)よりましな表現方法など私も思いつかない。隠喩式の、指桑罵槐(しそうばかい、遠回しに批判する)の言論すら削除され、処罰される。許先生はこの点を見抜き、思い切って立ち上がり、正々堂々と自分の主張を明確に述べたのだ」
そして、最後にこう語った「ある会合で、彼は次のようなことを言っている。つまり、勇敢とは、危険を知りつつも、それでもやらねばならぬことをやることだと」
つまり、彼は為政者に決しておもねることなく、言うべきことを正々堂々と言う、危険な道を自ら選んだ。このことが彼に対する共感を生んだのだ。
香港の著名な作家、顔純鈎氏もフェイスブックへの投稿で、次のように許先生を評価している。
「許章潤先生は今日最も勇敢な読書人(知識人)である。彼は民間の正気(正しさを貫く気概)を代表し、埋没することない民族精神を代表している。共産党は彼を捕まえたが、彼の声を消し去ることはできないばかりか、人々により深い影響を与え、彼の歴史的な地位はより崇高なものとなるだろう」
許先生が拘束される直前、彼のこの間の主要な論文をまとめた著書が米国から出版された。許先生はこの「戊戌六章」という著書の序文で、次のように書いている。
「立憲民主、人民共和の国家を」
「この書の目的は、人々の思考を刺激し、精神を凝集し、心を合わせて『中国の問題』を解決し、『立憲民主、人民共和』の公共の邦家(国家)を作るためにある。このような大きな転換をしなければ、中国は現代世界の体系に生き残ることはできず、人々の平安や文化の発展など論外だからだ。この公共の邦家がなければ、祖国は党の全体主義の植民地であり、人々はみな搾取される人質にすぎない。この世の中の正しい道に逆らい、赤い帝国へと突き進むのならば、行き止まりが待っているだけだ」
そして「中国が100年の紆余曲折を経て、再びスタートラインに戻るには、世界文明の体制に順応し、その正しい道をひたすら進み、新たな中国の文明を建設し、新しい中国を作ることにかかっている。さもなければ、ここ数年の中国のように再び世界の主流から孤立するのであり、その危機がすでに現れている。大きな転換が実現しなければ、天地は荊棘(いばら)のようであり、人々は安住することができない。人々が恐れおののき、国全体が不安に満ちたなら、この国土と人々はどうして平安を保つことができるだろうか」
つまりは中国が憲政による民主主義を実践し、国や社会の大転換を図ることが、新たな社会参加の力を得て、世界の中で再び輝くことにつながる正しい道だと指摘しており、全くそのとおりである。だが現在の体制はこれに背き、国家主席終身制に代表される権力集中と憲政民主の否定、毛沢東時代への思想的回帰、そして国際的な協調路線からの離脱による危険な道を歩んでいる、つまりある著名な民主活動家が指摘したように、「改革」も「開放」も否定したのだ。
なおこの本は、許先生がこれまでに発表した論文をまとめたもので、香港での出版を予定していたが、香港の出版業者が難色を示したため、米国で出版されることになったという。グーグルで電子版の購入が可能なので、許先生の思想に興味のある方はぜひ先生を応援する意味でもクリックしてほしい。
さて、前述のように、今回の拘束は、香港問題と関係があるとのある知り合いの中国人が指摘している。
以前本欄でも書いたのだが、許先生と並ぶ著名な自由派知識人の張千帆・北京大学教授は、「英中共同声明」や「香港基本法」の精神に則り、一国両制度を完全に実施すれば、香港社会は安定すると述べていた。(「反発と羨望が入りまじる「香港デモ」中国社会の複雑な受け止め方」参照)
だが習近平政権はこれとは正反対の対応を取った。高度な自治という約束を破って、中国本土並みの厳しい言論統制を敷き、香港から自由と民主を奪おうとしており、すでに「物言えば唇寒し」という雰囲気が生まれており、フェイスブックでも中国に批判的な投稿がほぼ消えてしまった。
中国のネットでは、「港独(香港独立派)の害虫を退治する殺虫剤」などと「国安法」を称賛する文章もあるが、筆者の知る多くの中国人は、微信などのSNSで、この問題について沈黙を保っている。
それについて、友人のJ氏が許先生の問題と合わせて、次のように語ってくれた。少々長いが引用する。(前述のY氏を含めいずれも安全性が高いとされる通信アプリを使った。)
人々は分かっている
「西側国家は国安法について、中国が(人の意見に耳を貸さず)ひたすら独断専行していると批判している。だが中国は耳を貸そうとせず、2つの世界の分裂はますます深刻になっている」
「この問題は体制内外の両面から見る必要がある。体制内の人間は恐らく、5割くらいの人は(香港問題を含め)どういうことか分かっている。だが妄議中央(中央をデタラメに論ずる、共産党の方針を批判すること)が許されない規定に加え、18回党大会以降、(国家主席)任期を撤廃し、監視機関を強化し、国家機関を私物化し、無数のアプリによって公務員に対し(習近平に対する)個人崇拝の雰囲気を生み、人々を疲弊させ、(国や社会の)問題について考える時間を与えないようにするなど、体制内の人々の思想を統制し、自ら知り得た政府の内幕を外部に知らせないようにしている。同時に千万もの五毛党(お抱えネットユーザー)らを使ってネットを一掃し、虚偽の“民意”を作り出して権力者に奉仕している」
「一方、体制外の人々の2割は(真相を)分かっているだろう。だが高圧的な統治の下、ネットや現実社会の中で“真相”を語ったら、間違いなく当局による厳しい監視体制により、どんなに軽くても当局の呼び出しを受ける。(ましてや)許教授に降りかかる結果はすでに目に見えている」
「中国本土の人々が国安法をどうみているか?私の周辺の体制内の人間は決してこの問題に触れようとしない。人々は『立派に死ぬより見苦しく生きる方がいい』という処世術を持っている。だから何も語ろうとしないということが、彼らはどういうことか理解しており、つまりは(暗に)反対の態度を表明しているのだ。心から賛成しているのなら、口に出して言うだろう」
「香港はかつて最も人気のある留学先だった。学生は香港の大学の学歴を得ることは名誉だった。だが今彼らの夢を壊そうとしている人がいる。この国安法がどうして大衆の支持を得るだろう?だが(暴政の下で)人々は恐れて口に出せず、道で人とあっても目で合図するしかない。このことが民衆の態度をよく表している」
「外国の反対を権力者は全く意に介さない。それは、(1)防火長城(GFW、ネット規制)により真相を覆い隠している。(2)14億人の韭菜(ニラ、いくら刈っても生えてくることから、いくら搾取してもすぐに代わりがきくこと)を抑えておけば、必要な金はすぐに手に入り、外国の金など大したことではない。(3)彼らは中国を70年統治し、人々の生殺与奪の権利を握っている。人々は跪いて運命を受け入れるしかない―からだ。彼らはさらに14億人を従わせるのに満足するだけでなく、中国モデルを世界に拡散しようとし、その第1歩に香港を選んだのだ」
「彼らにとって、香港は(民主化運動を武力で弾圧した)1989年の北京のようだ。当時彼らは(西側からの制裁を受けたが、)幸運にも西側政府や資本から許しを得て、騙すようなやり方で世界貿易機関(WTO) に入り、山河を汚染し腐敗によって得た金で表面的な経済の繁栄を手に入れた。そして今彼らは香港で賭けに出た。だが彼らは勝てるだろうか?」
「実際には中国は彼らが吹聴するほど富強ではなく、各方面は崩壊に瀕し、骨まで腐っていると言える。でなければなぜあれだけ多くの官僚や金持ちが子女や財産を海外に移すだろうか。彼らはこの国がどのようであるか当然最も理解している。彼らはこのボロ船がいつかは沈むと分かっている。彼らはこの政権の巻き添えを食いたくないのだ。彼らこそ最もお見通しなのだ」
「中国人の中の中国人」
「許章潤さんは、権力者にとっては1匹のアリにすぎず、踏み潰すのに何の力もいらないだろう。だが中国の歴史の中では、彼は時事の良し悪しを論じ、権力者に向かって敢えて『ノー』と言う勇士であり、正々堂々とした中国人の中の中国人だ。彼は将来の中国の歴史の中で、その名前を刻むだろう」
彼やYさんのように、香港問題を含めて一定以上の知識と外国の情報にアクセスできる人々は事の本質を理解しており、許先生を支持している。問題は彼らが声を上げられないということだ。
許先生はこうした言論環境の中で、敢えて自分が声を上げたのだ。先生が書かれた「この世の中、いつも誰かが出てきて語らなければならない」という文章に、先生のこうした思いが述べられている。詳しくは紙幅の関係で紹介できないが、彼は最後にこう述べている。
「この世の中、いつも誰かが出てきて理を説かなければならないのだ。そうすることで人々が住むのにふさわしい世の中となる。誰が最初に声を上げるか、それは法律の天賦の才を持つ法律家が言うべきだ。社会には弁護士という職業がある。人々は弁護士を育てたのは、彼らに理を説いてほしいからだ。理にかなった、安寧な日々を人々が送るために、法律家、そして億万の同胞よ立ち上がれ!」
本稿を編集部に提稿後の12日、許先生が釈放され、自宅に戻ったというニュースが飛び込んできた。この件について、北京にいる友人、Kさんは筆者に次のように語った。
「許先生が釈放されたが、これで終わったわけではない。恐らく当局は、許先生を拘束し、国内外のメディアや社会、学者がどのような反応をするか、試してみたのではないか。それを踏まえて、次の手を打ってくる恐れがある。いずれにせよ、許先生は当局が最も警戒する知識人であり、我々もまだ安心できない」
我々としても、引き続き許先生の動向に関心を持ち、不当な処遇を許さないというメッセージを送り続けることが必要だろう。許先生には、ぜひ再び学者として活躍の場が与えられてほしい。そして日本を再び訪問し、前回の旅の続きをともにしたいと心から願っている。
(本稿は筆者の個人的見解であり、所属組織を代表するものではない。)
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cookingarden · 5 years ago
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ジェイ・ローチ監督『オールザウェイ JFKを継いだ男』 (その2:民主党全国大会から大統領選挙まで) 原題:All The Way 制作:HBO Films, アメリカ, 2016. 大統領選挙に立ち塞がる二つの難題 公民権法はなんとか成立に漕ぎ着けたものの、大統領選はあと4ヶ月に迫っていた。すでに共和党のゴールドウォーターは、1936年以来の保守派出身の大統領候補として活発な選挙活動を展開していた。対するジョンソンは"ALL THE WAY WITH L.B.J.(どこまでもジョンソンと共に)"の標語を掲げる。本格的に大統領選を開始するにあたりジョンソンは、「これまでとは異なる方法で闘う」と闘志を顕にしている。映画のタイトルはこのときの標語から採られたものだ。
この時点でほぼ同時に二つの問題が起きる。ひとつは、公民権運動「フリーダム・サマー」の活動家3人が失踪する事件である。最終的に3人は死体で発見されるが、殺害には3人をスピード違反で逮捕した白人警官のシーセル・レイ・プライス副保安官が絡んでおり、後にプライスがKKKの陰謀の片棒を担いでいたことが明らかになる。この経緯については映画でも簡明に表現されているが、事件の真相については引用文献13) に詳しい。 もうひとつは北ベトナムの空爆である。8月に入ってすぐ、国防長官ロバート・マクナマラからトンキン湾で駆逐艦マドックスが魚雷による攻撃を受けたとの情報が入る。だが、詳細を問うジョンソンに、マクナマラは明快な攻撃の証拠を示さない。確かに攻撃を受けたが被害はないという。だが、マクナマラは大きな問題があるという。いったい何が問題なのかとジョンソンが詰問する。マクナマラは「攻撃された場合、空爆する決まりになっています。残念ながら、この情報が漏れてしまいました。」という。 すぐにジョンソンは、これは国内問題に発展すると気づく。空爆しなければゴールドウォーターが「弱腰だ!」と突いてくるのは間違いない。それに世論が応じれば選挙には大きな痛手になる。だが、攻撃を受けた確たる証拠はない。ハンフリーは「確信を得てから攻撃すべきです。」と空爆を思い止まらせようとする。しかし、ここでジョンソンは苦渋の表情でマクナマラに空爆を命じる。「やれ。」これが事実上の北ベトナムに対する宣戦布告になったと言われている。14) この決定の直後ジョンソンは、彼に反対したハンフリーに「ゴールドウォーターが勝てばソ連との世界大戦がはじまる。貧困や公民権問題も忘れられる。わたしはこの国を変えたいんだ。君を副大統領にと考えた自分がバカだった。お前は慰めにもならん! 選挙の年なんだ!」と罵声を浴びせている。
公民権活動家殺害事件が生んだ新党 最初に起きた公民権活動家3人の殺害事件は、大統領選に大きな影響をもたらす。少し詳しく経緯を辿っておきたい。 被害にあった3人は、KKKによって放火された教会の調査に向かうところだった。その彼らが殺されたことで、白人への抗議はかつてない高まりを見せる。黒人の意見を議会に反映させる必要性が叫ばれ、南北戦争以来はじめてといわれる非差別・非排他的な新党MFDP(Mississippi Freedom Democratic Party:統一ミシシッピ州自由民主党 )への議席獲得運動がはじまる。キング牧師はMFDPの代理人に就任する。 これはジョンソンにとって頭痛の種だった。地元テキサスの知事ジョン・コナリーが、もし黒人に議席を与えれば、南部の多くの州が民主党党大会から退席すると通告してきたのだ。民主党全国大会は民主党が正副大統領の指名候補を選出するための大会である。ここで南部の党員が退席すれば、ジョンソンは大統領候補者の指名を得られなくなる。 ちょうどそのとき、MFDP副代表の黒人女性ファニー・ルー・ヘイマーが、1963年に彼女が有権者登録をしようとして受けたひどい仕打ちについて、会場のテレビカメラの前で証言しようとしていた。テレビ中継がはじまり、人間の尊厳を顧みない、人道にもとる暴行が語られる。ヘイマーは、「いったい、ここはアメリカなのでしょうか」と、悲痛な訴えを行う。 この訴えがリベラル派の支持を集め、南部の党員に不快感を与えれば彼らは退席してしまう。テレビの前で危機感を募らせたジョンソンは、自ら会見を開き党大会のヘイマーの会見から人々の目をそらすことを思いつく。内容などどうでもよかった。すぐに準備を整え、ヘイマ一の会見に大統領の会見が割り込む。へイマ一にしてみれば酷い話だ。 ジョンソンは記者団を前に、「副大統領候補は誰になるのか? この件は間もなく決定します。」と発表する。たったそれだけの会見だった。呆気にとられる記者たちの表情が捕らえられている。黒人の権利を尊重しながらも、ジョンソンがいかに選挙戦を重視していたかがわかる。 だが、黒人の議席を求めるMFDPの要求は収まらない。考えた挙句ジョンソンは、黒人と白人にそれぞれ1議席を与えるアイデアを思い付く。その上でジョンソンは、これまでハンフリーを利用してきた全米自動車労働組合のウォルター・ルーサ���に「このまま党大会が荒れればハンフリーの将来はない、そうなればお前らの利権は断たれるぞ。MFDPをなんとかしろ。」と脅しをかける。 ルーサーはハンフリーとの政治的な繋がりを利用し、組合を通じてMDFPに資金を提供してきた。利権を失いたくないルーサーはキング牧師と面会し、譲歩しなければ援助を打ち切ると伝える。組合からの援助がなくなれば、MFDPは街頭募金に頼るしかない。それでは組織が維持できない。キング牧師は2議席の妥協案を受け入れようと仲間を誘う。これにたいし、SNCC(学生非暴力調整委員会)の指導者ボブ・モーゼスは「大農場の白人経営者みたいな決め方だ」と批判する。キング牧師は「わたしは100年に一度のチャンスをムダにしたくない」と反論するが、話し合いは物別れに終わっている。 投票権のときもそうであったように、ここでもキング牧師はジョンソンの考えを支持している。キング牧師の活動に理解を示した大統領といえばケネディの名前があがることが多いが、この映画からは、実際に考えと行動をともにしてきたのはジョンソンだったと思えてくる。 寝室で行われた民主党全国大会の舞台裏 結果的に党大会では、MFDPに2議席を与えるという決定に反対したミシシッピとアラバマの代表が退席する。ジョージア州知事カール・サンダースからも、自分たちも退席すると電話がかかってくる。いまにも南部の全州が党大会を抜ける勢いだ。このときジョンソンは、会場から電話で「黒人に議席を与えれば党大会は乗っ取られます。これは信条の問題です。」と訴えるサンダース知事に、次のような説得を行う。(ジ)はジョンソン、(サ)はサンダースである。
ジ「黒人たちも民主党員なのに州大会を締め出された。」 サ「登録していないからです。」 ジ「登録させないんだ! 殴ったり銃で撃ったりして。」 サ「一部の白人の話です。」 ジ「カール、いまどき古いやり方をしていたら政治の世界では生き残れない。黒人を食い物にするのはやめるべきた。」 サ「大統領こそ、あの黒人たちを追い出さないと・・・」 ジ「分からないか!! 君こそ決断すべきだ。キリスト教徒だろう。聖書の言葉を心に刻んでいないのか。君の政治信条は? ジョージア全州民の生活を改善したくないのか?  サ「それは・・・」 ジ「君も男だろう。正しいと思うことを貫くのが男だ。それとも逃げ出すか。わたしを脅しても無意味だ。退席したいなら、早く出て行け! 違うなら──わたしの標語が書かれた帽子をかぶって、そこにいてくれ。会場で会おう!」
ここでもジョンソンは、自分が考えることを相手が自分の身で考えるように相手を誘導している。受話器を置いたサンダースはその場に止まる決断をする。これらのやりとりはすべて、ジョンソンの寝室から、パジャマ姿で電話を通して行われている。だが、会場で興奮状態にある相手を電話で説得���るのは大変なことだ。 電話のあと疲れ果てて横になり、「オレはもうダメだ。バード、君はいつも逆らう、ヤツらと同じだ。放っておいてくれ。」と子どものように拗ねるジョンソンに、バードが「お断りよ。わたしを見て。あなたは世界一勇敢な大統領よ、党大会でもこの国でも。わたしの夫はダメ男じゃない。」と声を掛ける場面がある。映画とはいえこの二人の姿には、この男は国民からも愛されていたのだろうと思わせる妙な生々しさがある。 こうして、ジョンソンは民主党の大統領指名候補として選出される。副代表候補は、もちろんハンフリーだった。 大統領選を有利にしたジョンソンのメディア戦略 民主党の大統領候補者指名は獲得したものの、選挙戦に出遅れたジョンソンは苛立ち、巻き返しを図る。大統領選挙の当日11月3日まであと27日に迫った日、ジョンソンは広報ビデオの最終確認を行う。これまで観たこともない映像だ。ビデオを観終わったジョンソンは直ちに「すぐ放映しろ」と指示し、もう一度見せるように言っている。それは彼にとっても印象の強い映像だった。 原爆実験の映像を使ったこのテレビCMは、日本人のわたしには受け入れがたいものだ。しかし、映像は批判的な意図で使われたようだ。Wikipediaには、ゴールドウォーターがベトナムで核兵器を戦術利用すると発言したのを批判したものだとある。15) そしてこのビデオは、何よりも当時のアメリカ人に絶大なインパクトを与た。 「雛菊の少女」と呼ばれるこのテレビCMについて、国際政治学者の松本佐保氏は、『熱狂する「神の国」アメリカ』のなかで次のように書いている。16)
(「雛菊の少女」は)平和な雛菊の花畑が、核爆発の画面に切り替わるもので、タカ派の共和党が政権を取れば核戦争が勃発すると仄めかしたこのキャンペーン用CMは、キューバ・ミサイル危機の恐怖冷めやらぬ国民に、絶大なインパクトを与えた。大統領選での一般投票では、ジョンソンが六一・一%もの票を獲得し、ゴールドウォーターの三八・五%に大きく差をつけて圧勝したのである。(Kindle の位置No.1214-1217)
松本氏によれば、テレビCMによる民主党のネガティブ・キャンペーンで大きな敗北を期した共和党は、その後メディア戦略を見直しメディアの効果的な活用に目覚めたという。現在では主流となっているSNSの政治利用も、源流は1964年に登場したこの「雛菊の少女」にあるのかもしれない。 圧倒的勝利となった大統領選挙 いよいよ選挙戦の終盤となり、ジョンソンはルイジアナ州ニューオルリンズの党大会で演説にのぞむ。共和党候補ゴールドウォーターの支援者で埋め尽くされた会場は、「頑張れゴールドウォーター!」の叫びで包まれている。ジョンソンは「なんで民主党の集会でゴールドウォーターなんだ。」と渋面を浮かべながら壇上に上がり、「南部の皆さん聞いてください」と切り出す��� ちょうどこのときキング牧師は、10月14日に発表があったノーベル平和賞の祝賀会で演壇に立っていた。17) キング牧師は静かな口調で、いまも続く黒人への厳しい差別の現状を訴える。
わたしは公民権運動を代表して、この賞をいただきます。公民権運動は、自由と正義の国をつくるための運動です。暴行され、殺された仲間が後を絶たない。だが、わたしには確信がある。すべての人が、尊厳と平等と自由を享受できるはずだ。
一方の党大会ではジョンソンがこう訴える。
よそ者が人種差別だと騒ぎ立て、南部の人間を分断しようとしているという。だが、皆さんが手をとれば南部はもっと良くなる。それなのに、選挙になれば『ニガー、ニガー、ニガー』の憎しみにあふれている。だがわたしは、偏見を訴え騙すものを許さない。わたしたちは公民権法を手に入れた。わたしはこの法律を執行します。なぜなら、それが正しいことだからです。
このカットバック場面は、ジョンソンとキング牧師の二人がともに思いを重ね手を取り合えたことが、互いの念願だった人種差別の克服に貢献したことを伝えている。二人が共に口にしている公民権法の成立、そしてノーベル平和賞がその具体的な成果である。ジョンソンの演説する姿が選挙戦に勝利する前なのは、大義の成就を約束する未来への予言的な意味あいなのだろう。 そしてついに1964年11月3日、大統領選挙の日が訪れる。テレビが開票速報を伝える。これまで民主党の牙城だったジョージア州では共和党が勝利したことが伝えられる。しかし、南部ではジョンソンが追い上げている。そして夕刻、ニューヨーク州での投票が終わる。 そのころすでに夜になり、地元ジョンソン農場では勝利を確信した人々が集まり、祝賀ムードに包まれていた。その喧騒のなかテレビがジョンソンの勝利を伝える。
リンドン・ジョンソンが次期大統領に選出されました!
人波のなかでジョンソンが叫ぶ、「当選したぞ、バードを呼んでくれ! バードはどこだ?」その背後からバードの声がする。「いつだって、後ろにいるわ」と。当選と同時に妻の名前を叫び、背後から声を掛けるバードの姿に、共に戦ってきた二人の姿が滲み出ている。 開票結果は記録的なものだった。ジョンソンは50州のうち44州とコロンビア特別区を制する大勝利を収めた。ラッセルの地元ジョージアは共和党が勝利したが、共和党保守派は拒絶されたことになる。さらに、ジョンソンは一般選挙で61.1%の得票率を獲得した。これは1820年以降の大統領候補者が得た最高の得票率と言われている。18) こうして1964年は、7月の公民権法の制定、10月のキング牧師のノーベル平和総受賞、そして11月の大統領選での民主党ジョンソンの圧勝という歴史的な変化が、アメリカの政治と国民の意識に刻まれる年となったのである。 悲劇を招いた北ベトナム空爆 しかし、ジョンソンがケネディから引き継いだのは公民権法だけではなかった。公民権法が山場を越えたあと、大きな問題として残されたのがベトナム戦争だった。 ジョンソンは人種差別の克服に大きな功績を残したが、同時にベトナム戦争の拡大をもたらした大統領でもあった。ジョンソンは選挙戦のさな��北爆を命令する。前述のように、このときマクナマラから伝えられた情報は不確かなものだったが、ジョンソンは選挙戦で不利になることを恐れ攻撃の道を選んだ。その判断は正しかったのだろうか。映画にはその後日譚が微妙なタッチで描かれている。 当選が伝えられ祝賀気分に包まれるジョンソン農場には政府の高官たちもいた。祝賀会が中盤に差し掛かったころ、ラッセルとの電話が終わるジョンソンを待つマクナマラの姿があった。マクナマラは「こんなときですが、お詫びがあります。」と、サイゴン(現在のホーチミン)大使館から届いた報告書を手渡す。 映画に描かれているのはこれだけだが、マクナマラが口にした「お詫び」は、8月にマクナマラが報告した魚雷の攻撃が間違いだったことを暗示しているように見える。映画からはその具体的な内容を窺い知ることはできないが、北爆がその後も激化していくことを考えれば、当選祝賀会の夜にこのような形で何か決定的な「反省」が伝えられたとは考えにくい。はたしてこの場面は史実なのだろうか。 映画の範囲を超えるが、この話は4年後のいわゆる「トンキン湾捏造事件」へと発展する。ペンタゴン秘密文書の公開により、攻撃がホワイトハウスで仕組まれていた事実が明らかにされるのだ。ジョンソンが議会に提出し採択された「トンキン湾決議」自体も取り消された。 公民権法で人種差別の解消に務める一方、それを実現するための政治判断が事実の捏造にもとづくベトナム戦争の拡大だったことは大きな矛盾だった。もちろんジョンソンには、もし攻撃を思い止まったことで選挙に負ければ、ゴールドウォーターが世界大戦の口火を切るとの思いがあった。しかし、歴史の事実に「もし」はない。ジョンソンは大きな汚点を残すことになった。 このことは、ジョンソンの政治生命に大きな影響をもたらす。ジョンソンは1968年3月31日夜、次の大統領選挙についてテレビ演説を行い、次の考えを述べたという。6)
アメリカ軍の兵士たちが遥か彼方の戦場にいて、アメリカの未来が国内で危機に瀕し、全世界が平和を願おうと、毎日が不安定な状態にある時、私は自分の時間の1時間、1日たりとも、1個人・1党派の目的追求のために捧げるべきではないと考えます。大統領という大きな義務以外の如何なるものも、自分の時間を捧げるべきでないと信じます。
したがって私は次期大統領候補として、民主党の指名を求めることも、受諾することもありません。
この大統領選挙不出馬の表明は、ベトナム戦争の失敗により、国民との信頼関係が持てなくなったことを表している。その前年の1967年11月には、マクナマラ国防長官が辞意を表明している。さらに、追い討ちを描けるようにテレビ演説の4日後の1968年4月4日、キング牧師が凶弾に倒れる。不出馬を表明したころのジョンソンは想像を絶する悲劇のなかにいたことだろう。映画に描かれた4年前とは状況は様変わりしたのである。このころのジョンソンが映画に描かれることはないだろう。 こうしてジョンソンは、1963年11月22日にケネディ暗殺により大統領に昇格したあと、1969年1月20日を最後に第36代アメリカ大統領の政治人生を閉じた。在任期間は5年と59日だった。それから4年後の1973年1月22日、ジョンソンは永眠した。64年の生涯だった。死因は映画のなかでも持病として描かれた心疾患によるものだった。 プライバシーに見るジョンソンの現実主義と映画のスタンス 本稿を終える前に、この映画のもう一人の重要な登場人物、首席補佐官のウォルターについて触れておきたい。ウォルターは補佐官として常にジョンソンに仕える人物として描かれている。ほとんど使い走りやなだめ役のような描き方であり、政策決定に影響するような会話もない。しかし、ジョンソンからの信頼は厚く、ウォルターは25年間をともにする家族のような存在だった。補佐官として、実際にはジョンソンに影響を与えたと思われるが、映画にはそうした描写はない。 そのウォルターが大統領選挙を目前に、突然、風俗犯罪取締官によって逮捕される。YMCA(キリスト教青年会)の男子トイレで陸軍の軍人と共に捕まったというのだ。当時としてはこれは「事件」だった。ジョンソンは、すっぱ抜かれたら選挙に不利になると考える。報告に来たFBI長官のフーバーはもみ消しを口にするが、ジョンソンはそんなことは当てにならないとして、健康上の問題を理由にウォルターを辞任させる。 なぜ25年も一緒にいて気づかなかったのかと落胆したジョンソンは、フーバーに「どうやって見分けるんだ、その性癖を」と尋ねる。フーバーは「独特の気配り、物腰、服の着こなし、髪の整え方、歩き方も違う」と答える。そのフーバーに「君がいうなら・・・本当だろう」とつぶやくジョンソンの視線に釘付けになり、息を飲んでジョンソンを凝視するフーバーの表情がリアルだ。 この場面は、フーバーの性癖を知る者にユーモアを誘うが、実話であるウォルターの描き方も含め、この映画は登場人物のプライバシーを笑いものにはしていない。妻のバードは、ウォルターはいまや敵だというジョンソンに、「あなたは間違っている。わたしは友達が大切なの。これから声明を出すわ。」とキッパリと反論してみせる。こうした描き方は2016年に制作された伝記映画がプライバシーを扱う際の、ひとつのスタンスなのだろう。 映画の描写はここまでだが、ウォルターに関するWikipediaによれば、逮捕の翌日には大統領補佐官の逮捕は一面トップのニュース記事となり、ウォルターは一躍全米で知られる人となった。19) しかし、ジョンソンの心配をよそに、選挙への悪影響はほとんどなかったようだ。20) ジョンソンは選挙を気にしすぎるあまり、ウォルターに大きな犠牲を背負わせたことになる。ここには、情報が不確かなまま北爆を選んだときと同じ構図がある。 キング牧師の性癖も描かれている。キング牧師は女好きで複数の愛人がいたことが知られているが、21) 映画ではその内実がFBIによって盗聴され、テープに記録された情交の様子が脅しに使われる場面が描かれている。フーバーは自らの性癖を隠しながら、他人のそれを攻撃していたことになる。フーバーはその録音テープをジョンソン聴かせながら、「不貞を働くなど、とんだ偽善者です��と逮捕をそそのかす。しかしジョンソンは、「南部の牧師が聖歌隊と懇ろになるとはな」と笑って茶化しながらも、「妻一筋でない政治家や聖職者を逮捕していたら、誰もいなくなる」とフーバーの考えをいなしている。 これは、ジョンソンの大らかさや寛容さによるものではなく、キング牧師���逮捕すれば公民権法の制定には不利になるという判断からだ。ジョンソンは自分の信念の前にはどこまでも現実主義を貫く人物だったことを伺わせる。そのジョンソンの姿勢は公民権法制定の原動力となったが、同時にベトナムに戦禍をもたらし、近親者に不幸をもたらすものでもあった。 映画『オールザウェイ』を振り返って 以上、史実を補足しながら、本作がどのように当時の状況を描いているかを見てきた。振り返って思うのは、1964年にリンドン・ジョンソンが経験した一年間の驚くべき濃さである。その濃密さは、ジョンソンという人物の情熱と、公民権法の重い希望から生み出された。 リンドン・ジョンソンという名前を聞いて、アメリカの大統領の一人だと思い出す人は少なくないだろう。しかし、リンカンやケネディ、最近ではオバマやトランプなどの大統領に比べ、その印象は薄いのではないだろうか。わたし自身そうだった。しかし、この映画はその必ずしも目立たない一人の昇格大統領が、公民権法制定の真の立役者だったことを教えてくれる。 映画『オールザウェイ』に描かれた公民権法制定の舞台裏は、アメリカの政治が人種差別問題にどのように取り組んできたかを知る貴重な記録だと思う。それが貴重であるのは、完成した法律の条文だけではわからない、社会の事情や人が心に抱く動機が描かれているからだ。私たちはそうした人生の経験なしには何事も生み出せない。 ジョンソンを人種差別の克服に駆り立てた原点は、青年時代の教師体験にあった。その動機を妻のバードや補佐官のウォルターは側で支えた。そして、キング牧師との共闘は動機に社会的な広がりをもたらした。こうした事情は映画を通じてこそ知ることができるものだ。 その一方で、公民権の法制化は人種差別克服の動機に具体性を与え、劇的な効果をもたらした。本文で示したように、法制化によりアフリカ系アメリカ人に白人と同等の権利がもたらされ、彼らの社会進出が拡大した。これは事情や動機だけでは実現できないことだ。 しかし、法制化がそれほどの効果をもたらしたにもかかわらず、半世紀以上が経過したいまも人種差別は一向に解消される様子がない。そのことについて本田創造氏は前掲書のなかで次のように書いている。8)
「黒人問題」は、すでに詳しく述べた公民権運動の数々の輝かしい差別撤廃の成果にもかかわらず、依然として解決されていないということである。(…)黒人大衆の経済状態は、最近では、むしろ悪化さえしている。それは、かれらの存在そのものが、最高度に発達したアメリカ資本主義の重要な存立基盤のひとつとして、この国の社会経済機構の中に差別されたかたちで構造的に組み込まれているからである。 (Kindle の位置No.2903-2908).
本田氏が指摘する構造的差別は、本ブログで紹介した映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』の「その2」で詳しく取り上げたように、例えば警察の収監システムなどを通じて1980年ごろから顕在化してきた。ここで注目したいのは、ジョンソンが行った取り組みのあとまた別の政治的な動機が芽生え、それが公民権法では防げない制度となり、新たな差別が生まれたことである。 重要なことは、差別とその解消はともに人の動機から生まれ、制度となって社会経済的な影響を発揮することにある。動機がある限り、それに実効性を与える仕組みが生まれてくる。そうであれば差別の解消には、差別する動機をなくする取り組みが必要になる。 しかし、現実の経済システムは差異を前提に成り立っている。マルクス・ガブリエル氏が指摘するように、わたしちは「エコノミークラスの席にたどり着くために、ビジネスクラスを通過しなくてはならない」世界に住んでいる。22) それによって消費を動機づける憧れが作り出せるからだ。わたしたちがこうした差異を当たり前のように消費している限り、人を差別する動機の解消はむずかしい。 だが、ジョンソンは大統領に昇格すると同時に、人どおしの差別を無くすことを心に誓った。ジョンソンが差別意識から自由になれたのは、小学校の教師だったころの体験の純粋さによるものだろう。しかし、そのジョンソンさえもが選挙にのめり込み矛盾を抱え込むことになった。残念だが、ひとりの人間が完璧であることはできないということだろう。 映画『オールザウェイ』からわたしは、差異の多くにはバイアスが掛かっていることを学んだ。そして、差異からバイアスを取り除いたとき、私たちの体験は純粋な体験に近くことができることも。人間には多様性がある。しかし、ベルトラン・ジョルダン氏が指摘するように、生物学的に「人種は存在しない」。23) ジョンソンがそうであったように、人としての純粋な動機を見失わないように、差異のバイアスから自由でありたいと思う。映画『オールザウェイ』は、その努力が新たな「正しいこと」につながることを教えてくれた。映画に感謝したい。 (その1:ケネディ暗殺から1994年公民権法成立まで) (その2:民主党全国大会から大統領選挙まで)
参考資料
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引用文献 13) アメリカンセンター Japan, 前掲資料, p.48. https://americancenterjapan.com/wp/wp-content/uploads/2015/11/wwwf-pub-freeatlast.pdf 14) 世界史の窓「トンキンワン事件」 https://www.y-history.net/appendix/wh1603-065.html
15) Wikipedia 「1964年アメリカ合衆国大統領選挙」 https://bit.ly/2EMrCr0 16) 松本佐保『熱狂する「神の国」アメリカ』文春新書, 文藝春秋, 2016. 17) 正式にノーベル賞が授与されるのは12月10日の授賞式のとき。 18) Wikipedia「1964年アメリカ合衆国大統領選挙」 https://bit.ly/2EMrCr0 19) Wikipedia "Walter Jenkins" https://bit.ly/3i4rX6y 20) Al Weisel "LBJ's Gay Sex Scandal". Out Magazine, 1999. https://bit.ly/32ZFHJD 21) 辻内鏡人, 中條献『キング牧師』岩波ジュニア新書221,  p.205. 22) マルクス・ガブリエル, 中島隆博『全体主義の克服』集英社新書, 2020, pp.186-187. 23) ベルトラン・ジョルダン『人種は存在しない』中央公論新社, 2013.
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buriedbornes · 6 years ago
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第30話 『赤子の視る夢 (2) - “異界”』 Fetus dream chapter 2 - “Abyss”
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 目の前の白いガウンの男をじ��と見ていると、まるでぐにゃりと地面が揺らぐような錯覚に陥った。私は自分でも不思議になるほど、とんとひとかけらも思い出せないのだ。そんな私に真実とは何かを判断する術は持ちようがない。
 けれど、このような装丁まできちんとした論文を用意してまで、私を騙して何か利することはあるのだろうか。全く想像がつかない。冊子を持て余す私を見かねたのか、ヴァルター博士は私の手からそれを拾い上げ、手早く近くの書棚へと返した。
 そして、別の資料を私に押し付ける。少し角が折れたり、曲がったりした羊皮紙の束だった。私はぐるぐると巻かれた革紐を解きながら、ちらちらとヴァルター博士の様子を伺った。
「……次は、なんです?」
「異界に関する資料です」
「詳しくは分かっていないのでは……?」
「ええ。ですが、『異界』の存在自体は周知の事実と申しましょうか……存在は分かっていて、ある程度調査が進んでいると――、私たちは信じていました。ですが、少なくとも我々が調査してはじめて分かったこともあったわけです」
 羊皮紙にはびっしりと神経質そうな文字が並んでいる。
「読みにくいかもしれませんが……今回の件にまつわるものをまとめております」
「こんなに……」
 私は半ば脅迫的に、その羊皮紙に目を落とした。
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 医療団派遣 嘆願書
歎願者 シェルノ医院医師一同
  当院医師は当該事件についての医師団派遣を希望する。伝染��の恐れあり。至急返答求む。
  6月某日、農業と林業を主たる産業とする山村ロルコールにて、ある青年が亡くなった。清廉潔白で村の青年団を務めたような堅強な青年であるが、前兆無く不帰。家族が農地周辺を探すも姿が見えず、親族と共に周辺を探す。上述の理由から失踪とは考えにくく、事故ではないかと他の村民たちも捜索に加わるが、痕跡なし。
 3日後、青年は帰宅するが、尋常ではない様子。家の隅に座り、壁に顔を向けたままブツブツと何かを唱えているばかり。実妹が心配し、食事を持って行った際にようやく返事をしたものの、会話が成り立たない。よほどのことがあったのか、無理やりにでも医者に連れて行くかと思案するうち、青年の容体が急変。突如苦しみ出し、介抱する間もなく死亡。直前、支離滅裂な発言と共に胸を異様なほど掻きむしっていたため、精神の病ではないかと考えられ、そっと荼毘に付される。(当院医師、看護婦等への連絡はなし、後ほど聴取と解剖行った)この青年をAとする。Aの家は豪農であり、農地を有する裕福な家系であった。
 その後同じ村からまた行方不明者が出る。幼年から親しく付き合う仲だった若者達B、C、Dが、先述のAと同様にブツブツと独り言を繰り返し、三者一様に徘徊する様子あり。B、C、Dは、Aの家の農地を小作する家の出。発狂した青年を慕っていた者たちでもあったため、家族共は相談し、様子を見守っていたが、その内2名B、Cが行方不明となる。Dは家族が取り押さえているうちにぱったりとこと切れた。Dの遺体には暴れた後はあるものの、絞殺に見られる圧迫痕や打撲痕等見られず、この時点では心不全と考えられた。
 当院医師が呼ばれ、死亡したA、D、2名の解剖を行う。解剖の結果両者の首筋に腫瘍状の肉塊あり。この異物の影響で異常行動をとったのではないかと推測。葬儀の許可を与える。
  再度同村から連絡あり、急行。腐敗した子牛大の肉塊が2つあり、村民は先日の行方不明者B、Cだったものだと主張する。
 経緯不明のため確認したところ、B、Cが、突然A、Dの共同葬儀に現れたとの説明を受ける。A宅で行われる葬儀のため、煮炊きする下女が驚いて腰を抜かしているところを通り過ぎ、屋敷の表から入る。B、Cともに、山などに潜んでいたにしては汚れておらず、いなくなっていた時と同様の衣類を身に着けていた。しかし、親しくしていたA、Dの葬儀だというのに妙に陽気に笑っている姿に、変事が続いていた村民は警戒を露わにした。中でも、彼らと年の近い青年Eは2名の変様に異常を察知し、鍬を手に制止を呼びかけ、それぞれ頭部と腰部を柄で強く打ちつけた。
 絶命するほどの強さではなかったとEから証言を得ているが、姿を現した2名はその場で倒れ、全身が急激に腐乱し崩壊したという。この異常な結果を鑑みて、精神の病ではなく何らかの伝染病ではないかと判断し、解剖を担当した医師を呼び寄せる。
 しかし、当院医師が確認しようにも人体とは判断できない肉塊であるが、衣��等の散乱した形跡あり。ほとんどの村民は半ば恐慌状態にあり、村を出て山を降りると主張する者が他の村民と諍いを起こす様子も見られ、口裏を合わせた殺人などの可能性も低い。
 以上が、一連の事件の経緯である。状況を放置した場合、山麓の町々にも影響が出る可能性があると考えられる。至急、派遣・調査を願いたく、報告とする。
  王立医師団への報告書写し
報告者:クラウス 王命監視団付医師、医学博士
 王命監視団団長に任ぜられ、ロルコール村に到着。陛下誠に心が痛むとお答えになり、すぐさま調査団の組織を命ぜられた。伝染病対策のため、看護団とともに入村。異界の門を確認、奏上。
 王命を受け、招聘した2名の博士を含め、監視団を再編。団長職をマティアス博士に委任する。
 マティアス博士:55歳男性、王立魔道学院異界研究室 教授、代表論文『赤子の視る夢』:通達にあった通り、若干視野狭窄が認められる。門への好奇心が極めて強く、門に案内したところそのまま突入しそうになったため、慌てて隊員ふたりがかりで制止している。それ以外はおおむね問題なく体調等変化なし。
 ヴァルター博士:41歳男性、王立魔道学院異界研究室 教授、代表論文『召喚術に於ける被召喚物と現実の交差構造について』:比較的落ち着いているものの、マティアス博士の突発的な行動を警戒し神経質になっている様子。門へのアクションは最小限にしたいという考えを表明している。
 両博士の確認により、門を異界に通ずるものと確定。ロルコール村の村民の立ち入りを禁ずる。
 同日、調査開始したことを報告する。
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 そこには一枚の集合写真が挟まれていた。十数人の白衣の人間がずらりと並び、中心には目の前にいるヴァルター博士と、穏やかそうな笑みを讃える好々爺然とした男性が立っていた。
「これは私たちが着任した時に撮った写真です。ほら、これがあなたです」
 ヴァルター博士はすぅっと写真の、ヴァルター博士の隣に立つ男を指さした。すらりと均整の取れた体つきの、若い男だった。
 ……これが���私。
 私はきょとんとしたまま、近くのガラスを振り向いた。戸棚にはめ込まれたそのガラスは、透けて薬瓶が見えるものの、うっすらと私の顔が映り込んでいた。
 確かに、写真の男によく似ている、今の私はかなり痩せているようだが、同じ顔をしている……。だというのに、何の実感も込み上げてこない。
「医学者だったあなたとモニカ嬢は陛下の命で結成された調査団のメンバーでした。あなたが指揮を執り、村での不審死が未知なる伝染病か――はたまた、実は単なる殺人なのか、調査していました」
「お、覚えていない……!」
 首を大きく振って、私は否定した。覚えていない、何一つとして。何を言われても、ぴくりとも記憶は蘇ってこないのだ。
「門を覚えておいでですか」
「いいえ……博士にどんなに説明されても、異界も門も、その肉片とやらも思い出せません」
「落ち着いてください、責めているわけではないのです」
 ヴァルター博士は私をなだめるように続けた。
「あなただけが真相に最も近づいているのです。あなたが異界中での出来事を思い出せれば、門や異界の謎に大きく近づく事ができ、門を封じる糸口も見つかるかもしれない……」
「私が真相に……? あなたは博士なんですよね? 専門家のはずじゃ……」
 ヴァルター博士は哀し気に微笑んだ。
「あの時、全員が門に入るわけにもいかず、私はこちらに残っていました」
 笑みは自嘲じみて歪み、しおれたようにヴァルター博士は小さくなった。
「ですから、私は門の中を知り得ないのですよ。あなたとマティアス博士が門に向かった時、私は一緒ではなかった。……帰ってきたのはあなたとマティアス博士だけでした」
「マティアス博士も一緒に?」
「はい。ご一緒でした。ただ、マティアス博士は帰還を果たした自分達が危険な状態にあると、あなたとご自身を隔離され……私も近づくことは許されませんでした」
「隔離……? どこにですか?」
「監視室です、門を監視するためにこしらえていました。あなただけをそこに残し、マティアス博士は再び門を越えたようです。しばらくして、監視室からの連絡も途絶え、私は博士の言いつけを破り、監視室に踏み込んだのです。そして、我々は監視室で倒れたあなたを発見しました」
「それで私は、あの監獄部屋に……?」
 羊皮紙にびっしり書かれた異界との遭遇事例、ヴァルター博士の淡々とした、だからこそ感じる強い悔恨の声、私はおどおどとみっともなく体を竦めるしかなかった。
「マティアス博士の姿はなく、あなたが倒れている姿を見た時に、まず、保護しなければと咄嗟に隔離する形をとったことは申し訳ないと思っています。ですが、あなたが再び目を覚ました時、何が起こるのか分からず……このような形にしてしまいました」
「私が何かするとでも思ったのですか……」
「どちらかというと、あなたもマティアス博士のように門を超えてしまうことや、ロルコール村の青年たちのように形を失うことを、私は恐れたのです。万が一、あなたが暴れても、誰にも危害を加えないようにする必要もありましたし」
 私はこれ以上羊皮紙に書かれた『異界』や『門』『肉片』『乳母』という言葉を見ていられなかった。元のようにぐるぐると革紐を結わい、ヴァルター博士に返そうとした、その刹那――、
(……あれは、)
 ヴァルター博士の影が動いたのだと、はじめは思った。しかし、そんなわけはない、どこか赤黒い、血のような色をした影が彼の首筋にすぅっと入り込んでいったのだ。ヴァルター博士は私から目を逸らさないが、自分の首筋を這っていた影を気にする様子もなく話し続けている。
「あなたは、思い出す義務があります」
「思い出す、義務……」
「ええ、異界がこれ以上世界に災厄をもたらす前に、唯一帰還した『赤子の異界』を経験したものとして、是非記憶を取り戻していただきたい」
 思い出せない、何も……記憶がない。どうして私には記憶がないのだろう。あれだけ確かに聞こえるモニカの声も聴き間違いだと断じ、私を監視所の責任者だったと言いながらあんな監獄に閉じ込めて…
 この男は、何者だ。先ほどの赤黒い影は……、赤黒い、まるで血の塊のような……あれこそが肉片ではないか……。
「あなたの記憶が世界を救う鍵になるかもしれません。思い出してください」
 私は答えずに紙の束を突き返した。ヴァルター博士はそれを受け取ると、棚に戻すために体を捻る。
 ――……今だ。
 咄嗟に私はそばにあった一番分厚い本を手に取り、素早く振り下ろした。鈍い手ごたえと同時に「ぐぅ」というつぶれた悲鳴が聞こえ、ヴァルター博士が天鵞絨の椅子から床に崩れ落ちる。
 お前こそ、赤子に成り代わっているんじゃないか。
 犠牲者の首筋からは、腫瘍状の肉塊が摘出されている。さっき見えた影が、きっと……。
 私は部屋から飛び出した。
 必死で廊下を駆け始めると、ブウウンという音がどこか遠くで高鳴り始める。殺風景な廊下の角向こうから、ピチャリという湿った音と同時に聞こえる。あの監獄部屋に近づいているような気がして、私は足を向ける方向を変えた。
「くそ……っ」
 急に頭が激しく痛み、視界がぐらりと歪んだ。どんどん意識が半濁していくが、私は必死で抗った。
 ドクリ、ドクリ、と痛みが周期となって襲ってくる。
 音を避けながら歩き続けたが、看護婦には会わなかった。
 クラウス、と誰かが呼ぶ声がした気がする。
 濁っていた意識がじわりと浮上する。
 あの女の声は――私を愛しそうに呼ぶ声は、モニカなのではないか。私と一緒に調査に来たという恋人。生憎私は思い出せずにいたが、彼女はあれほど切実に呼びかけていたではないか。
 ヴァルター博士は誰もいないと言った。
 ここは本当に、監視所なのだろうか?
 モニカは、ここのどこかに、いるはずなのだ。
「モニカ! モニカ、いるんだろう!」
「クラウス! クラウス!」
「ああ、やっぱり君はいるんだな!」
 モニカの声は少し離れたところから聞こえた。彼女の声を頼りに私は見覚えのない監視所なる建物の中を駆け回った。
 山村というだけあって、奥深い山中に監視所はあった。窓から見える鬱蒼とした木々は、清らかな雪を被り、シンとそこに立ち尽くしている。監視所は山を抱くように回廊型で、どうやら中庭があるようだ。
「でも、きっとそうじゃないわ。私の勘でしかないけれど……そうね……ええ……」
 モニカの声がはっきりと聞こえるのに、私はずっと無視をしていたのか。ヴァルター博士に化けた赤子に騙されて、恋人を見捨てるところだった。
 いくら記憶がないからと言って、どう言い訳をすればいいか、モニカは今のように親しげに私の名前を呼び、失われた記憶について優しく語ってくれるだろうか。
「クラウス!」
 声は、あの扉の向こうからする。
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 扉には鍵がかかっていなかった。そして、飛び込んだ私は凍り付いた。
 モニカはおろか、人の姿はなく、そこにあったのは巨大な窓だった。
「――……これが、門、か」
 思い出したのではない、ただ、そう考えた方が自然だっただけだ。窓の向こうには空間を切り裂くように開いた不可解な裂け目があった。荷馬車の幌ほどの巨大さで、怪しく禍々しい光を放ち、赤黒いその内の空間を覗かせている。
 赤子の異界……。
「も、モニカ……?」
 この部屋で間違いないと思った。そのほかに扉はなくて、声がするなら、この扉の向こうだと。
 ただ、そこに人影はなかった。門に面した大きな窓には簡素な数脚の椅子が並び、扉側に置かれた事務机の上には書面が散乱していただけだ。
「……これは……?」
 散乱した書類の上、手帳が置かれている。
 罪悪感よりも、救いを求める気持ちが強かった。この手帳に何かを思い出すきっかけがあるのではないか。
 表紙をめくった中扉には小さくMとサインが書かれていた。そのサインを見た瞬間、私は取り憑かれたようにページを手繰り始める。
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6月7日
 山中の門を確認。報告にあった遭遇事案は近年では稀に見る規模。発見した王命監視団のクラウス隊長に歓迎される。監視団全員の健康状態の確認のため写真をひとりひとり撮影。その際、ヴァルター君の提案もあり、集合写真も撮影する。医学者でもあるモニカ女史の手伝いを受け、私とヴァルター君と手分けし、隊員たちの問診をする。現在赤子の異界への曝露の影響はほぼ見られない。
 6月8日
 門の周囲に仮設キャンプの監視所設営。隊は青年が多く、村人の多くも手伝ってくれる。監視所が完成するまで、問題の村を定宿とす。経緯で『成り代わり』が現れているため、疑わしい場合に隔離する独房の必要性を主張。クラウス君は快諾。スムーズに設営が進む。門を常時監視できる部屋は今のままでは手狭とヴァルター君が主張。
 6月23日
 監視所の設営が完了。監視所に定宿を移す。村、隊、また門に異常なし。
 6月26日
 監視所に移動してから、挙動不審の隊員あり、名前を確認するとテオ隊員とのこと。モニカ女史と診察。身体的な異常は見当たらないが、言動等から赤子の異界の影響を受けている可能性がある。念のため全員の診察を行う。問題なし。テオ君の独房入りはヴァルター博士に反対され、実施できず。危険性を訴えるも、仲間である隊員の幽閉は各隊員たちも抵抗がある様子。一方で、これは間近で観察する好機とも取れる。肉片が孵化しないか……様子を見る。
 6月27日
 テオ隊員がいない。探す。村人に姿を見たものもなく、狩りの罠などにも異常がないとのこと。赤子の異界に行ったのではないか? 距離が近づいたための影響と思われる。クラウス君曰く、防寒具も荷物もそのままで、山中は手ぶらで出ていける状況でない事から門に入った可能性が高いとのこと。
 6月28日
 テオ隊員やはり戻らず。門の中への潜入調査を進言。ヴァルター博士は反対。隊員の身柄を預かっているクラウス君、モニカ女史は賛成。もしやヴァルター博士は二心あって反対しているのではないだろうか……このケースを逃せば、これほどの稀有な遭遇事案は二度とないだろう。この失踪は、千載一遇の好機なのだ。何より何日も放置しておけない、彼を見つけなければ。
 6月29日
 ヴァルター博士の反対を押し切り、有志の隊員――といってもヴァルター博士と医療補助のための看護婦を除いた研究者――で探索に向かう。門はいつも通りに見える。
 7月3日
 生きている。
 7月4日
 少し落ち着いた。しかし、想定外のことが起きた。我々は門をくぐったが、その先は肉片と嚢胞で満ちた、これまで見られたものとは全く異なる異界だった。何人かは嘔吐、他メンバーが介抱する。奥には進めず。内部は異常に暑く、防寒着のまま進むことは困難を極め、装備で何とか肉片をかき分けて進むうち、先頭を進むクラウス君ら若い衆は上半身裸になり、それでも尚異様に汗をかいていた。モニカ女史も肌着ばかりになっていた。非常に暑い。その後間もなく、我々の捜索隊は”乳母”の襲撃を受けた。考えていた理論は概ね肯定される形となったが、異界の乳母は想像以上に危険な化け物だった。抵抗の余地なく、瞬く間に壊滅。目覚めた時、クラウス君とふたりきり門の外に投げ出されていた状態。待機していた医療補助の隊員とヴァルターに保護される。ヴァルターたちに指示を出し、内側に私とクラウス君を残して門を二重隔離する。監視室内には突入以前にはなかった異音が満ちている。幻聴か? クラウス君は目覚めない。確認のため彼の首を切開、腫瘍状の肉片なし。昏睡はしているが無事か、孵化の心配はないだろう。だが、何故?
 7月5日
 理論は肯定されたと考えていたが、それは誤りだった。門の向こうには行ってはいけなかった。赤子の異界は触れてならなかったのだ。門を閉じる方法が見つかるまで放置するべきだったのだ。乳母は確実に人間を狙う意思を持っている。肉片に秘められた力は我々に理解できるものではない。私は既に影響を受け、孵化の時へと近づいていることを感じる。我々には奴の牙が既に突き立てられている。患部ごと切除しなければ。私に出来ることは、これが最後だろう。時間がない。全身にその毒が回る前に、手を打たねば。
 ヴァルター君、君が正しかった。私はもっと慎重になるべきだった。クラウス君のことは任せる。クラウス君とふたり、必ずやこの危険な門を閉じてくれ。
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 心臓が早鐘のように打っている。私は震える手でさらにページをめくろうとした時、背後で扉が軋み開かれる音がした。
 その音に驚き、飛び退るように振り向いた先には、ヴァルター博士に見せられた写真の中央に映っていた男――マティアス博士その人が立っていた。
~つづく~
原作: ohNussy
著作: 森きいこ
※今回のショートストーリーはohNussyが作成したプロットを元に代筆していただく形を取っております。ご了承ください。
赤子の視る夢 (3) - “錯誤”
「ショートストーリー」は、Buriedbornesの本編で語られる事のない物語を補完するためのゲーム外コンテンツです。「ショートストーリー」で、よりBuriedbornesの世界を楽しんでいただけましたら幸いです。
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cracjpn · 6 years ago
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[C.R.A.C.NORTH]要請書「アイヌ新法の差別禁止規定を実効性のあるものにするために―ヘイトスピーチ問題―」※閲覧注意(ヘイトスピーチがあります)
現今、アイヌ民族の民族的アイデンティティを否定し、アイヌ民族差別を助長し煽動するヘイトスピーチが急速に広まりつつある。この喫緊の課題に対し、「アイヌ新法」、特にアイヌ民族への差別を禁止している第4条を国際人権基準である自由権規約、人種差別撤廃条約、先住民族宣言に確固として位置づけ、実効性のある反差別法となるよう要請する。
理由
 今年1月29日、首相官邸前で極右レイシズム団体が「アイヌ新法」反対街頭宣伝の名目でデマとヘイトスピーチを行った。曰く「アイヌ新法」は日本を分断する法律だ、新法の背後には「利権構造」がありアイヌ協会の事務局長は「同和系」であると。一極右団体だけがアイヌ差別をしているわけではない。青山繁晴参議院議員は動画配信「虎ノ門ニュース」で、決められた代までしかアイヌ民族を認めないようにすべきだと民族浄化発言をおこなった。
 SNSでも日々、アイヌ民族差別が繰り広げられている。Twitterでは昨年1年だけで、800を超えるアイヌ差別ツイートが確認された。「『食べて供養』という考え方もある。遺骨を出汁にラーメンでも作ったらいい。ノウハウはサッポロに蓄積されている。排便は遺骨の発掘された山でするという条件なら、結果的に骨はあるべき場所へ還り、地方も活性化するのではないか。食材が実物である以上アイヌ料理としても認めざるを得ないぞ。」というおぞましいヘイトスピーチでさえ、数多くの通報にもかかわらず昨年から削除されていない。
 Facebookでは昨年9月に、寿都町議会議長の小西正尚が「ザイヌ」「アイヌ利権に寄生した在日団体」(「ザイヌ」は「ザイニチ」と「アイヌ」を合成し、さらに「ザ・犬」を想起させるネットスラングで完全な差別用語である)とヘイトスピーチを書き込んだ。「アイヌ新法」の制定により、すでにSNS上でパンデミックな域に達しつつあるアイヌへのヘイトスピーチが、路上に広がる可能性も否定できない
1. アイヌ民族に対するヘイトスピーチに関する法的状況
1-1 国連の先住民族宣言にあるヘイトスピーチ対策  日本のヘイトスピーチを禁止する法的義務は国際的には、自由権規約、人種差別撤廃条約、そして先住民族宣言による。2007年の先住民族宣言の第8条では、国が「独自の民族としての一体性またはその文化的価値若しくは民族的アイデンティティを奪う目的又は効果を有するあらゆる行為」と「先住民族に対する人種的または民族的差別の助長又は煽動を意図するあらゆる形態の宣伝」の防止および救済のための効果的措置を講じなければならないと定めている。ヘイトスピーチ対策は先住民族政策であると云える。翌年2008年の国会での先住民決議以来、日本は同宣言における関連条項を参照しつつ、これまでのアイヌ政策をさらに推進し、総合的な施策の確立に取り組むことを約束してきた。
1-2 アイヌ民族へのヘイトスピーチを規制する法律がない  しかし2016年に成立したヘイトスピーチ解消法では、対象にアイヌ民族へのヘイトスピーチが含まれておらず、この大きな欠陥は、法案の審議過程でも指摘された。西田昌司法務委員会理事は①アイヌに対するヘイトスピーチがあるという立法事実を把握していないため解消法の対象にアイヌが入っていないが、もとよりアイヌ民族に対するヘイトスピーチは許されるものではない、②解消法が理念法であるため、附帯決議をつけることで、法律の運用面で対応できるのではないかと答弁し、法律の解釈に含みをもたせたものになった。アイヌ民族へのヘイトスピーチ対策を裏づける法律は現段階では存在していない。
1-3 各団体のアイヌ民族へのヘイトスピーチ解消を求める声明  解消法の施行に前後して、札幌弁護士会が「ヘイトスピーチ対策法の成立を踏まえての会長声明」(2016年5月27日)、そして北海道弁護士会連合会が「ヘイトスピーチの根絶に向けての宣言」(2016年7月22日)を発表し、双方においてアイヌ民族に対するヘイトスピーチの解消が緊急課題であると述べられた。公益社団法人北海道アイヌ協会も「北海道アイヌ協会の人権啓発等の取組について: 我が国における人種的・民族的差別の解消に向けて」という声明を発表し、「残念ながら今もインターネット上でのアイヌ民族に対する誹謗中傷や偏見、誤解に満ちた言説や書き込みが飛び交い、ヘイトスピーチが行われているのも事実」であるという認識を示した。
1-4 アイヌ新法の民族差別禁止には基本理念に留まり具体的施策がない  本国会に上程された「アイヌ新法」案は、アイヌ政策推進会議等でのアイヌ政策をめぐる10年間の審議の集大成のはずであるが、アイヌ民族に対するヘイトスピーチをはじめとした差別に関しては、同法案の第4条「何人も、アイヌの人々に対して、アイヌであることを理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない」という基本理念に留まっており、具体的施策は触れられていない。
2. 立法事実
2-1 先住民族性を否定し、アファーマティブアクションを「アイヌ利権」として攻撃するアイヌ民族否定論  金明秀はアイヌ民族否定論のレトリックを、①アイヌはすでに固有の言語や文化を失い、同化しているのでアイヌという「民族」はすでに存在しない、②和人との混血が進み、「純粋なアイヌ」は存在しない。したがってアイヌ民族は存在しない、③アイヌの言語や文化は地方によって異なり、ばらばらなのでアイヌという「一民族集団」は存在しない。④にもかかわらず、民族文化振興のための予算を不正に取得している、というものだとする。『レイシャル・ハラスメントQ&A』。
 SNSでは、アイヌ民族否定論を広めた小林よしのりの『ゴーマニズム宣言』に影響を受けた多数のアカウントが、カミングアウトしているアイヌに、何度もアイヌ民族の「定義」を問い続けるというレイシャル・ハラスメントが日々見られる。
 2014年に当時札幌市議会議員の金子快之が「アイヌ民族なんて、いまはもういないんですよね。せいぜいアイヌ系日本人がよいところですが、利権を行使しまくっているこの不合理。納税者に説明できません」とTweetし、ヘイトスピーチであるとして札幌市議会で辞職勧告決議を受けた。「アイヌ利権」があるというのは、積極的差別是正策と和人の世界にもある個人的な不正を一緒くたにして、わざわざ民族性に結びつけて否定してみせることで、アイヌの民族としての尊厳を傷つける悪質な差別煽動的言説である(岡和田晃&マーク・ウィンチェスター 編『アイヌ民族否定論に抗する』)。
2-2 アイヌ新法案発表後に行われた街頭宣伝でのアイヌをターゲットにした歴史修正主義とヘイトスピーチ  アイヌに対する差別行為、およびヘイトスピーチは、アイヌの政治的地位の回復に対する反動として現れるものであり、今回のアイヌ新法案の上程に伴い今年は激しさを増している。今年1月29日に首相官邸前・衆議院第二議員会館前で行われた、「頑張れ日本全国行動委員会」による差別街宣は、アイヌのみをターゲットにした差別街宣として史上初であり、多様な類型が含まれ特筆される。この街宣で主催、水島総は、「アイヌはともに日本人の兄弟としてくらしている」などと弁明しつつも、アイヌは「明治時代でも新石器時代」の「文明程度」であった、と偏見に満ちた歴史認識を示し、さらには日本人はアイヌを助けたのであるという、歴史修正的態度に至り、アイヌを先住民族であるとするのは「日本人を差別」しており同時にアイヌを差別することであるとし、絶対反対という立場を取る。さらに「民族」概念に対する誤解と、アイヌ協会の構成員への不信、将来利権を生むなどの運用に対する不信が示される。また何かの対象と合併させてレイシャル・ハラスメントを行うことが多いのは特徴である。その際には陰謀論の様相を呈する。
※「日本分断解体阻止!アイヌ新法絶対反対!緊急国民行動」 youtu.be/ismDwFOUiHo
・水島:北海道の私たちの祖先の縄文文化の一部族としてアイヌはいた、生活程度は非常に低かった、明治のころですら新石器時代の生活に甘んじなければならない、そのアイヌに旧土人保護法でアイヌに教育を施し農業を教えなんとか自立した暮らしができるように、[和人は]北海道を作り上げてきた。[上記街宣 24:22] ・水島:国民の祖先を、アイヌを虐殺し土地やさまざまなものを奪ったとして差別する、先住民という言葉はまさに[日本人を]差別するとんでもない法律である。[上記街宣 32:05] ・岡 [愛国女性のつどい花時計]:民族というのは経済力をもち軍事力をもち、王国のようなものがあった、そういうイメージになるが、アイヌというのは文字を残すことはできなかった、経済力軍事力はあったんだろうかと考えると���問ですよね。遺跡も残していない。[上記街宣 1:24] ・水島:アイヌ民族の認定する機関がある、その事務局長の方はなんと自分がアイヌではないことをはっきりいっている。同和系の方だといっている。[上記街宣 30:08] ・三浦:アイヌの新法でアイヌの文化事業に事実上補助金がでることになりました。私がアイヌのために何かやったら私がお金をもらう事になってしまうんです。それがかえって利権を生んで新たなアイヌ差別を生み出すとは思いませんか。[上記街宣 1:35-42] ・あずさ:私は被害者ビジネスというもの、これを自民党が加担していくことに疑問です。徴用工問題、朝日新聞の広めた慰安婦問題に通じる、アイヌ新法はこれに通じる被害者ビジネスや利権を生む大変危険な新法。一つの民族として集団としてまとまった民族としての成り立ちもないようなアイヌという人たちのことを、これに対して利権を与えるということも、私たちの税金をまるで死に金にされているようで[上記街宣 2:04-2:17] ・水島:まさに過激派の言っているアイヌ独立論、まさに中国共産党の在日工作の一環としてアイヌの問題がおきている、アイヌ新法を推進する人たちは自民党の中に二階派という親中派がいて、同じ流れのなかで菅官房長官も中国共産党が望むような流れに変えていくのなかで、アイヌ新法が推進されていく[上記街宣 01:15~01:21] ・鍛冶俊樹:アイヌを先住民として認定され自治権をあたえさらには独立させる、それは沖縄と同じ、沖縄も北海道も日本から独立し、日本が解体される。それが李鵬が決めた計画。[上記街宣 1:45-2:00]
2-3 SNS上での2018年-2019年のアイヌに対するヘイトスピーチ実例 公人、元公人によるもの ・小西正尚 [寿都町議会議長]「藤沢先生、ザイヌでしょうね。アイヌ利権に寄生した在日団体じゃ無いですか?」[藤沢澄雄のfacebook投稿へのレス、2018年9月24日] ・青山繁晴、「アイヌ協会、血を引く方は2割」発言、2月8日。 ・小野寺まさる@onoderamasaru「アイヌの文化のねつ造…実はアイヌ文化は他文化を平気で盗用してもいる。そこに税金が入るのだから笑いが止まらない筈。政府はアイヌ文化の保護・伝承にむやみに巨額の税金を使うな!」、2019年3月9日。
露骨な偏見を示す例 ・河内隆匡 「まして学生の頃、アイヌは人ではないとして、学校で習ってた世代ですし、士族屯田の末裔としても、相容れない関係であるのは、否定出来ませんですしw民族の歴史を否定はしませんけどね。」[現在は削除済み 藤沢澄雄のfacebook投稿へのレス、2018年9月24日]
著しい侮辱 ・ッャ≠ヌ @shakyyyn「「食べて供養」という考え方もある。遺骨を出汁にラーメンでも作ったらいい。ノウハウはサッポロに蓄積されている。排便は遺骨の発掘された山でするという条件なら、結果的に骨はあるべき場所へ還り、地方も活性化するのではないか。食材が実物である以上アイヌ料理としても認めざるを得ないぞ。」2018年7月31日 ・ちょろいかりたゅう @Karin_w2 「ゴールデンカムイでアイヌ民族の事を色々やってるけどアイヌなんてのは所詮、酒にも金にも女にもだらしないチンピラの集まりばっかりだし関わるとロクな事がないから今だに街の中でも隔離された地域に集まって住んでる差別も今だに凄い。私はきらい」2019年01月21日 ・五蘊 @NDOAT8TSHUH1 「これは完全に被害者ビジネスに集り金を貪り尽くすヤクザ戦略ですね。 朝鮮錬金術で、嘘を嘘で重ねて賠償金、援助金等の名目でヒルの様に金を吸い尽くす。政治家よ不作為は重罪だ!勉強しろ、考えろ!真実を見ろ!」2019年[アカウント凍結済みか] ・ニュース大好き @ogaki1959 「DNA検査を義務付けする法整備が必要ですね」2019年2月6日
民族的アイデンティティの否定 ・中越正規 @r2YiPJBBf3tKFJB 「早いうちに芽を摘んで置かないと外国人や在日、部落や同和会、プロ市民を巻き込んでとんでもない大ごとに発展します。純粋なアイヌが存在しないのに自称アイヌが確実に数万人に膨れ上がります。そうなってからでは手がつけられません。ことは緊急を要します。」2019年03月05日 ・RedNeverKillMeAgain @RedNeverKillMe2 「貴殿の仰る【アイヌ】とは【アイヌ系日本人】ではないとの主張のようですね。日本人でないのですね!!やはり解同系団体が裏に居るようですしアイヌ協会にも日本名でない名前が多く並んでいますもんね 日本人でないのなら日本国外で活動してくださいね 多くの日本人が迷惑してます」2019年03月07日
部落差別とからめたもの ・瀬戸内男子 @fqCoLXHI7ahFHfZ 「部落と一緒で国に金たかってるだけ。部落解放同盟=小指が無い方多い+夏場は半袖からカラフルなお絵描きが見えてる+なぜかハングルが目立つ地域の方が多い ちゃんと働け、乞食かよ アイヌや部落の概念持ってねーよオレらは。気に入らねーなら出てけよ、 こっちは納税大変なんだよ」2019年02月18日[削除済みか]
在日コリアン差別とからめたもの ・只野和仁 @Tadano32 「アイゴー新法で変な利権の温床になりそうですね。」2019年2月28日 ・愛(危険!アイヌ新法で日本中にアイヌ+北朝鮮自治区が出来る!DNA 検査で明らかに!) @fujisann15 「認定にDNA検査を義務づけるのであれば、ま一納得しますが。アイヌに北朝鮮系が入り込んでいる事が分かっているので反対しています。チュチュ思想とかの人とか冗談じゃない!!!」2019年02月01日 ・カツ丼 @aDHEADtIDbaBp6J 返信先: @shinshukeshiikuさん 「お前韓国人だろ。アイヌを使って日本侵略するな お前らは血が汚れてるから早く祖国へ帰れよ」2019年02月19日 ・イタジゴロ @AkCuoco 「あなたも私もニダさん、アルさんもみんなアイヌになれるアイヌ協会理事長の認定審査だけ!給付金詐欺"シャベツニダ"」2019年02月06日
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shintani22 · 3 years ago
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2022年11月20日
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政治資金問題で追及 寺田総務大臣が辞表「説明にうそ偽りはない」(RCCニュース)
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寺田稔 総務大臣 20日朝 広島・呉市の自宅で
― 辞任しないという考えに変わりはない?
「そうです」20日朝、こう答えて地元の呉市から東京に戻った寺田総務大臣でしたが…。
関係政治団体の政治資金をめぐる問題などが相次いだ寺田総務大臣が、20日夜、岸田総理に辞表を提出し、受理されました。
寺田稔 総務大臣「補正予算案・被害者救済法案などの審議日程、つんでおります。日程もない中、わたしの政治資金を巡る問題が差し障りになってはいけないと」
そのうえで衆議院の定数を10増10減する改正公選法の成立が1つの節目になったと説明しました。
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寺田稔 総務大臣「しっかりと岸田内閣を支えたいという思いと、わたし自身の問題が政策の推進、あるいは国会運営に支障になってはならないというですね、2つの思いがずっと交錯した中でございました」
寺田大臣は、関係政治団体の政治資金の処理をめぐる問題などが相次いで発覚し、所管大臣として国会で厳しい追及を受けていました。
寺田稔 総務大臣「少なくとも今までわたしが説明してきたことはですね、うそ・偽りはありませんし、しっかりとこれまで説明させていただきました」
寺田大臣は、今後、確認中のことも発表し、一議員として説明責任を果たしていく考えを示しました。
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岸田文雄 総理「国会中、相次いで閣僚が辞任することとなり、深くおわびを申し上げます。わたし自身、任命責任を重く受け止めております」
寺田大臣に辞表を提出させ、更迭した岸田総理…。補正予算案や旧統一教会の被害者救済法案の審議に向けた影響を考慮した格好で、岸田総理は、「終盤国会において政権としての責任を具体的な結果で果たすことによって、しっかり向き合っていかなければいけないという思いを新たにしている」と述べました。
わずか1か月の間に3人の閣僚が相次いで辞任することになり、岸田総理の求心力低下は避けられない情勢です。総務大臣の後任に岸田総理は、松本剛明元外務大臣を起用すると明らかにしています。
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岸田首相、寺田総務相更迭 今国会3人目、政権打撃―後任に松本元外相(時事通信 11月20日より図解)
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新しく総務相になった自民党の松本剛明衆院議員に政治資金規正法違反の疑いが浮上しました。しんぶん赤旗のスクープです。
松本氏は複数の政治資金パーティーで会場の収容人数を大幅に超えるパーティー券を販売していました。参加を前提にしないパーティー券購入は献金にあたるおそれがあります。
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岸田内閣の支持率30.5% 政権発足以来“最低”更新(テレ朝news 11月21日)
岸田内閣の支持率が政権発足以来、最も低い30.5%であることがANNの世論調査で分かりました。調査は19日、20日に行われました。
岸田内閣の支持率は、先月よりさらに下がり、30.5%でした。支持しない人は先月より増え、44.7%でした。
山際前経済再生担当大臣や葉梨前法務大臣の辞任を巡る対応について、評価しないと答えた人は半数を超えました。
また、食料品などの値上げで生活が苦しくなっていると感じるとした人は67%でした。
旧統一教会を巡っては、政府が宗教法人の資格取り消しを裁判所に求める手続きを進める必要があるとした人は8割近くに及び、悪質な献金を規制するための法案については今の国会で成立させるべきが6割以上を占めました。
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<スクープ>岸田首相、年内にも内閣再改造検討(毎日新聞 11月21日)
岸田文雄首相は内閣改造・自民党役員人事を行う検討に入った。当初予算案編成後の12月末から2023年1月の通常国会召集までの間での実施を視野に入れている。寺田稔総務相の更迭をはじめ閣僚辞任が相次ぐ状況の中、通常国会に向けて体制の刷新で政権浮揚を図る狙いがある。首相は今後の臨時国会の状況などを踏まえて人事を断行するかどうかを判断する。
複数の政権幹部が明らかにした。首相は8月に、閣僚19人中14人を入れ替える大幅な内閣改造と党役員人事を行った。だが、10月に開会した臨時国会では、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との接点が相次ぎ指摘された山際大志郎前経済再生担当相、死刑を巡る失言をした葉梨康弘前法相が相次ぎ辞任。11月20日には、「政治とカネ」の問題で野党から追及を受けた寺田氏が辞表を提出した。今後の衆参両院の予算委員会審議では、野党は政治資金問題が指摘される秋葉賢也復興相への追及を強める構えで、自民党内では「体制を一新しなければ、通常国会では政権はさらに厳しい状況になる」との声が強まっている。
首相は19日、訪問先のタイでの記者会見で通常国会までに内閣改造・党役員人事に踏み切る可能性について「適切なタイミングを首相として判断していきたい」と語った。党幹部は「首相は人事を検討している」と述べた。首相は世論の動向も勘案し、秋葉氏の交代も含む改造の可否を判断する構えだ。ただ、8月の人事からごく短期間での再改造は自民党政権では異例。首相が実施に踏み切った場合は反発を受ける可能性がある。政権幹部は「人事には長所も短所もある」と語り、首相が人事を行うかどうか慎重に検討するとの見方を示した。
政府は12月23日までに当初予算案の編成作業を終える予定だが、12月10日までの国会会期が延長された場合は同月最終週にずれ込む可能性がある。通常国会は1月中旬以降の召集が想定されている。
通常国会召集直前に内閣改造を行った最近の例では、11年1月14日に臨時国会で問責決議を受けた閣僚らを退任させた菅直人政権や、12年1月13日に5閣僚を交代させた野田佳彦政権のケースがある。【高本耕太】
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東京五輪事業で電通などに談合疑い…贈賄側が特捜部に説明、テスト大会入札で受注調整か
東京五輪・パラリンピックを巡る汚職事件で摘発された贈賄側の一部が東京地検特捜部に対し、大会組織委員会が発注した五輪・パラ関連の事業の入札について「談合があった」と説明していることが関係者の話でわかった。競技のテスト大会に関する入札で、大手広告会社「電通」など9社と1団体が落札していた。特捜部は独占禁止法(不当な取引制限)に抵触する疑いがあるとみて、公���取引委員会と連携して調べている。
東京大会を巡っては、組織委元理事の高橋治之被告(78)がスポンサー企業など5社から計2億円近くの賄賂を受け取ったとして、受託収賄罪で4回起訴された。今回、競技関連の事業について新たな不正疑惑が浮上し、大会への信頼がさらに揺らぐ事態となる。
テスト大会は、五輪・パラで行われる競技について、出場選手の動線や観客の受け入れ、警備態勢などを事前に確認する目的で、本大会と同じ競技会場などを使用し、2018~21年に計56回行われた。
関係者によると、談合の疑いがあるのは、組織委が18年に行った、テスト大会の計画立案などを委託する業務の入札。競技が行われる1~2会場ごとに計26件が総合評価方式の競争入札で行われ、電通をはじめとする広告会社など9社と共同事業体の1団体が落札した。1件当たりの契約額は約6000万~約500万円で、総額は計約5億円に上る。
汚職事件の捜査の過程で、贈賄罪で幹部らが起訴された5社のうち一部の企業が、計画立案業務に関する入札について、特捜部に「談合が行われた」と説明したという。特捜部はこれまでに押収した証拠なども踏まえ、電通など複数の企業の間で受注調整が行われ、会場ごとの落札予定者を事前に決めていた疑いがあるとみている。
組織委(清算法人に移行)によると、計画立案業務を受注した9社と1団体は、テスト大会の実施業務、本大会の競技運営の業務について組織委との間で随意契約を締結。契約総額は数百億円に上ったとみられる。特捜部は、本大会の競技運営などを請け負うことも視野に入れて談合が行われた可能性もあるとみて、公取委とともに調べを進める。
独占禁止法は、「不当な取引制限」として、業者同士が受注調整する談合や、価格協定などを結ぶカルテルなどを禁じている。課徴金納付命令など行政処分の対象になるほか、悪質なケースは公取委が検事総長に告発し、刑事罰が科せられる。罰則は、個人が5年以下の懲役または500万円以下の罰金、法人は5億円以下の罰金。
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第8波、オミクロン新系統警戒 XBB、BQ.1増加か 免疫すり抜けの恐れ・新型コロナ(時事通信)
新型コロナウイルスの感染「第8波」入りが指摘される中、オミクロン株の新系統「XBB」と「BQ.1」への警戒が強まっている。
免疫をすり抜ける性質が強い恐れがあり、海外で拡大が続く。ただ、重症化リスクが上昇したかは不明で、専門家は「現時点では過度に恐れる必要はない。ワクチン接種をしっかり進めてほしい」と話す。
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国立感染症研究所によると、XBBとBQ.1は9月に初めて海外で報告された。XBBは日本で今年前半に流行したBA.2系統の変異株2種の遺伝子が混ざったもので、シンガポールなどで増えている。BQ.1は現在主流のBA.5系統から派生し、欧米で増加中だ。
感染研の分析では、10月第3週(17~23日)時点では、XBBとBQ.1が占める割合はいずれも数%だった。不確実性が高いものの、11月14~20日にはそれぞれ30%、16%と推定されるという。
両者ともワクチン接種などでできる中和抗体から逃れやすい「免疫逃避」の性質が強まった恐れがある。一方、感染力や重症化リスクがBA.5より高いかは不明だ。
厚生労働省専門家組織で座長を務める脇田隆字・感染研所長は17日の記者会見で、オミクロン株の複数系統が併存しながら広まる恐れがあると指摘。「BA.5による流行は年内にもピークが到来し、その後はXBBやBQ.1に置き換わる可能性がある」と述べた。
東京医科大の浜田篤郎特任教授(渡航医学)は「冬は呼吸器感染症が広がりやすい上、水際対策緩和でXBBなども流入しやすくなり、コロナ流行の環境は整った」と分析。「ただ、XBBやBQ.1が免疫をすり抜けやすいとしても、両方ともオミクロン株の一系統だ。同株対応ワクチンによる重症化予防効果などは期待できるので、早期に接種を受けることが重要だ」と話している。
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ファイザー 「BA.5」対応ワクチン ほかの変異株にも効果確認(NHKニュース)
製薬会社のファイザーなどは、新型コロナウイルスのオミクロン株「BA.5」に対応するワクチンを追加接種することで、欧米で感染が広がっているほかの変異株に対しても、従来のワクチンと比べウイルスの働きを抑える中和抗体の効果が高くなるとする試験結果を発表しました。
製薬会社のファイザーなどは18日、新型コロナウイルスのオミクロン株「BA.5」に対応するワクチンが、ほかの変異株にどれくらい効果があるのかを調べた試験結果を発表しました。
試験では、ウイルスの働きを抑える中和抗体の値が、追加接種の前後でどう変化したか測定しました。
その結果、欧米で感染が広がっている変異株「BQ.1.1」に対しては、▽「BA.5」に対応するワクチンでは8.7倍、▽従来のワクチンでは1.8倍となり、
「BA.5」対応ワクチンのほうが効果が高くなっていました。
また、変異株の「BA.4.6」でも「BA.5」対応ワクチンのほうが効果が高まることを確認したということです。
ファイザーは「このワクチンは感染者が増加している新しい変異株に対しても、より感染を防ぐ効果がある可能性がある」としています。
「BQ.1.1」は現在、欧米で感染が広がっていて、CDC=疾病対策センターによりますと、アメリカ国内では19日までの1週間で全体の24.2%が感染したと推定されています。
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医療従事者、4回目は4割が従来型ワクチンを接種(水谷悠 m3com編集部)
接種の出遅れが伝えられている新型コロナウイルス感染症のオミクロン株対応2価ワクチン。医療従事者に接種を受けたかを聞いたところ、4回目接種として従来型ワクチン接種を受けていた人が全体で40.2%にのぼった。開業医は46.9%、勤務医41.2%だった。医療従事者の4回目接種は7月に始まったため、オミクロン株対応ワクチンが承認される前に従来型の接種を受けたケースが多いとみられる。医師からは「もう少し待てばオミクロン対応ワクチンが打てたのに残念」などの声が漏れた。
Q:オミクロン株対応2価ワクチンの接種を受けましたか(近々受ける予定含む)。
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3回目または4回目接種でBA.1対応かBA.5対応2価ワクチンの接種を受けたとの回答を合計すると、開業医は26.5%、勤務医は31.4%にとどまった。
Q:オミクロン株対応2価ワクチンについてご自由にお書きください。(任意)
・積極的に接種する時期は過ぎてしまったように思っています。従って、5回目の接種は希望していません。 【開業医】
・ワクチン後遺症も診ているが、新型コロナウイルス感染症にかかるよりは治りやすい印象。自身は接種後頭痛と倦怠感が1週間続くのがつらい。【開業医】
・BA.1対応ワクチンの接種期間が短かったので相当数が破棄になりそうなのが問題。【勤務医】
・もう少し待てばオミクロン対応ワクチンが打てたのに、残念だ。【開業医】
・5回目の問診票が届いたので2価ワクチンを受ける予定だが、3カ月のスパンは毎回熱も出るし、やや早いという印象があり、5カ月スパンくらいで受けようかなと思っている。【勤務医】
・4回接種後に発症、5回目接種済。発症予防はあまり期待できない模様。【勤務医】
・次回接種は2価ワクチンにすると思うが、ワクチンの変異に追い付くことはないので、効果は疑問。【薬剤師】
・投与する頃には流行っている型が変わっているので、投与する意味があるのかよく分からない。 【薬剤師】
【調査概要】
調査期間:2022年11月7日~11月13日
対象:m3.com会員
回答者数:計1917人(開業医 : 162人 / 勤務医 : 551人 / 歯科医師 : 29人 / 看護師 : 37人 / 薬剤師 : 1065人 / その他の医療従事者 : 73人)
調査結果:オミクロン株対応2価ワクチン、接種は?
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【本日(11/20)の広島県内の感染状況】(広島県)
新型コロナ医療の現状 病床使用率49% 19日時点(NHKニュース)
19日の時点で病床の使用率は49%(確保病床535床、入院患者262人)、このうち重症患者用の病床使用率は14.3%です(確保重症病床42床、重症の入院患者6人)。
軽症の人や症状がない人が入る宿泊療養施設は1220室を確保し、299人が過ごしています(利用率24.5%)。
直近1週間の人口10万人あたりの新規感染者数は628.5人です。
現在、広島県の感染状況はレベル0から4の5段階のレベルのうち、医療体制への負荷が生じはじめていることを示す「レベル2」です。
【新型コロナ 厚労省まとめ】122人死亡 7万7722人感染(20日)(NHKニュース)
厚生労働省によりますと、20日発表した国内の新たな感染者は空港の検疫などを含め7万7722人となっています。また国内で亡くなった人は122人、累計で4万8281人となっています。
東京都 新型コロナ 7人死亡7777人感染確認 16日連続前週上回る(NHKニュース)
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yesando · 3 years ago
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佐々木俊尚からひとこと 特集  かつて光り輝いていた「反権力」は、なぜカッコ悪くなったのか 〜〜「20世紀の神話」は今こそ終わらせるとき(第10回) 陰謀論というと、どちらかといえば「右派」の人がはまりやすいとマスメディアでは報じられてきました。たしかに右派陰謀論はたくさんあります。最近だと、ディープステートという世界的な秘密組織があり、ドナルド・トランプはそれと戦う英雄であるという謎の陰謀論をうち出しているQアノンが典型的でしょう。Qアノンの流れは日本にもあり、以下の記事が(読んでいると頭がクラクラしますが)詳しい。 とはいえ、陰謀論は右派の専売特許というわけではありません。マスメディアではあまり指摘されませんが、左派を中心に盛り上がっている陰謀論も多数あります。 左派系陰謀論で最も多いのが、食や環境にまつわるものでしょう。「食品添加物は危険」「コンビニのパンは添加物まみれ」といった軽い話から、除草剤のラウンドアップを作っていたモンサント社(現在はバイエルに買収されて社名はすでに消滅しているのですが)がまるで「悪の帝国」のように扱われ、世界中の環境を破壊し、食の安全を奪っているかのような陰謀論はよく出まわっています。 SNSが普及してからは、「権力にカネをもらって政府に尻尾振ってる犬」みたいな投稿が非常に増えました。これも典型的な陰謀論のひとつです。2011年の東日本大震災では、放射能に関する大量のデマのみならず「震災はアメリカの地震兵器によるものだ」といった陰謀論も出まわり、これらを主に拡散させたのは左派の人たちでした。 2010年代終わりになると、政府の内閣情報調査室(内調)の職員たちが左派を攻撃するツイッター投稿を日夜続けているというドラマが流行り、これはあくまでもドラマの架空の設定であるのにもかかわらず、真面目に信じてしまう人が多く見受けられました。 時代を古くまでさかのぼってみると、1985年の日航ジャンボ機墜落事故は自衛隊のミサイルによるものだとか、2001年の同時多発テロは米軍のミサイルによるものだとか、この手の軍事的な陰謀論も左派の人たちと親和性が高いように感じます。試みに「JAL123便墜落事故 真相」と陰謀論者の人が好きなワード「真相」を足してグーグル検索してみると、たくさんのブログや投稿がヒットします。 「ジミントーが口癖のように言う『国民の命を守る』という言葉がいかに空虚なものであるか!」 「私たちは報道の自由とかお題目だけで、肝心な事は何も知らされない国民なのだろうか? どこかの誰かのために真実はこの先も闇の中なのだろうか」 少し紹介してみましたが、このようにステレオタイプな左派的スローガンや言い回しがこの手の軍事の陰謀論にはよく使われています。 さらに今回のウクライナ侵攻では、ロシアのプロパガンダに乗せられたような「ウクライナ政府がオデッサで住民を大量虐殺している」「ゼレンスキー大統領はネオナチ」といった陰謀論が大量に出まわり、これは左右関係なくはまっている人が多く見られました。 右も左も極端な人は陰謀論にはまりやすいという身も蓋もない話なのですが、左派系の陰謀論にはざっくりと一貫した特徴が見受けられます。それは「権力が陰謀をたくらんでいる」という物語が多いという特徴です。その「権力」とは時に日本政府であったり、米軍であったり、安倍政権であったりします。ウクライナ侵攻でロシアのプロパガンダ陰謀論に左派の人まではまっているのは一見すると不思議ですが、ロシアがアメリカと対立しており、アメリカを権力の象徴と捉えれば、ロシアは「反権力」であるという物語になるということなのかもしれません。 この「反権力」思考は、左派の人に最も共通している特徴だと言えるでしょう。 ここで指摘しておきたいのは、政治的対立は必ずしも「反権力」である必要はないということです。本来の政治的対立は、「政治哲学」どうしの対立であるべきなのです。 ここで政治学者マイケル・サンデル先生を引っ張ってきましょう。サンデル先生には、政治哲学には四つの基本的な考え方があると説明しています。「功利主義」「リバタリアニズム」「リベラリズム」「コミュニタリアニズム」です。 政治哲学の話は今回の本題ではないので、軽く説明しておきましょう。功利主義は、社会のひとりひとりの幸福の量を合計し、それが社会全体で最大になるようにしようという考え方。たとえば「ひとりあたりGDPを最大にしよう」というのもそうですね。 リベラリズムは最近はかなりおかしな方向に理解されていってますが、もともとは王政などの圧政から逃れて政治的な自由を実現しようという考えであり、そこからさらに進んで「幸福な生活」を享受する自由も実現しようということまで含む考え方。 リバタリアニズムは、政治的な自由だけでなく、経済もすべて自由にし、規制緩和や民営化などをどんどん進めようという考え。ビッグテックの経営者にリバタリアニズムの信奉者は多く、日本の起業家でも賛同する人は多いと思います。しかし自己責任論とも親和性は高く、ともすれば弱者切り捨てになりがちな問題も。 最後のコミュニタリアニズムは、共同体主義。人々がともに生きるためにはどうするのが最善かを考え、社会の目標を「なにが社会にとって良いことなのか」という共通理念のようなものにしていこうという考えです。サンデル先生はコミュニタリアニズムですね。わたしも近年はこの方向をつねに考えています。 本来の政治的対立とは、このような政治哲学にそれぞれが立脚し、議論を戦わせ、折り合いを見つけていくというものであるべきです。相手を「権力者!悪!」と叩いているだけでは、有効な議論はまったく生まれてきません。そもそも「権力は悪!」と非難している側が政権交代で政治権力になってしまった場合、その人たちはいったい誰と戦えばいいのでしょうか? それなのになぜ「反権力」という考え方ばかりが、これほどまでに大手を振るうようになったのか。この理由を、私が本メルマガでも何度も引き合いに出しているジョゼフ・ヒースは、第二次世界大戦後の文化の流れを切り口に分析しています。 日本でいうと団塊の世代にあたる米国のベビーブーマーは、1960年代から70年代にかけてカウンターカルチャー(対抗文化)と呼ばれる反逆の文化をつくりました。まあかんたんに言えば、ドラッグとロックンロール、ヒッピーの世界です。これがなぜ「カウンター」だったのかと言えば、大人社会のつくるメインカルチャー(主流文化)に対置したからです。 カウンターカルチャーが生まれた背景について、ヒースは2つのポイントを指摘しています。第一には、第二次世界大戦後の急速な経済成長で、大衆消費文化が急速に広まっていったこと。第二には、ナチスドイツへの反省。 この二つが結びついてるのが不思議ですが、ヒースの最高な論考はこういうところにあります。説明しましょう。ナチスドイツは皆さんご存じの通り、国民を扇動したファシズムでした。北朝鮮のように暴力で国民を抑圧しているのではなく、国民が熱狂してヒトラーを支持したのです。有名な話として、秘密警察ゲシュタポは国民を監視し抑圧していたと考えられていますが、実際にはそうではなく、ゲシュタポのもとには国民からの隣人や同僚への密告が殺到し、ゲシュタポはさばききれない程だったのが事実だったというエピソード。普通の人たちが熱狂していたのです。 ドイツ人というと理性的な国民性のイメージがありますが、そういう理性的な人たちも気がつけば権力に順応してしまい、最後はユダヤ人のジェノサイドに間接的にであっても手を貸してしまった。これは「その他大勢」になることが知らず知らずに恐ろしい結果を招くのだ、という恐怖心を欧米人たちに植えつけた、とヒースは説明しています。 そして戦後、経済成長とともに大衆消費社会がやってきます。大衆消費社会は、人々をひとつの大きなマスの中へと放りこむものであり、みんながマクドナルドのハンバーガーを食べてコカコーラを飲んで、という「その他大勢」に人々を呑み込んでいくものでした。ここで「ナチスドイツへの反省」と「大衆消費社会」が結びついて、「大衆消費社会の忌避」という考えが生まれてくる。これこそがまさにカウンターカルチャーであり、「反権力」の基礎となったということなのです。 この結果、カウンターカルチャーのベビーブーマー世代は、大衆消費社会に対してこう考えるようになりました。 「多くの消費者はだまされている」 「大企業はわたしたちをだまそうとしている」 「政府は信用できない」 「一般大衆は組織の歯車、愚かな順応の犠牲者である。浅はかな物質主義の価値観に支配され、中身のない空虚な人生を送っている」 ここまで来れば、陰謀論までは「あと一歩」というのがおわかりいただけるかと思います。そしてこれは陰謀論にはまる問題だけでなく、もうひとつの「副作用」があります。それは、こういう考え方をする人が自分自身を「社会のアウトサイダー」と自認するようになってしまい、当事者(インサイダー)として社会をみんなで改善していこうという志を否定��ることになっていく危険性があるということです。 たとえば環境問題が起きて、工場からの汚染物質の排出に規制をかける必要が出てきます。国会議員と協力したり、官僚に働きかけ協力したり、NPOを設立して解決方法を検討していくというのが、建設的なやりかたでしょう。 しかしアウトサイダーを自認してしまうと、そういう当事者的なやりかたは「政府や大企業に加担している」と映ってしまい、そういう建設的なことをしている人を「御用学者」と見てしまうことになる落とし穴が待っている。そしてデモなどでシュプレヒコールをあげて非難していれば、それでいいのだというたいへん非建設的な方向に行ってしまうのです。 にもかかわらず、このようなアウトサイダー志向はエリート意識にもつながっていくという逆説的なことも起きてきます。なぜアウトサイダーがエリート意識になり得るのかと言えば、 「おれはおまえらと違って、体制に騙されたりしない。愚かな歯車ではない」 とアウトサイダーは考えてしまうからなのです。ひとつ例を挙げると、1942年生まれの活動家カレ・ラースンが2000年に書いた本『さよなら、消費社会』(大月書店)では、パンクやヒッピー、ダダイスト、アナーキストといったカウンターカルチャーの活動についてこう書いています。 「自分の内面のほんとうの声に従えば、近代的消費文化が肥大化させたゴマカシが周囲に満ちていることに気づくだろう。 「隠れたところで静かに陰謀が進んでいるとき、真実の一言は、獣性のように響く」 ここにも「陰謀」ということばが出てきますね。アウトサイダーとして「大衆は理解していない真実を、自分だけが理解している」と優位に立つためには、大衆はつねにだまされる存在でなければならず、だます存在がいなければならない。 自分たちが社会のインサイダーとして、ともに社会をつくる仲間になるのであれば、「だれかがだれかをだます」という発想は生まれにくいはずですが、みずからをアウトサイダーと自認することによって、「インサイダーはだまされている、真実を知らないんだ」という見たてに陥ってしまうのです。 これは日本でもアウトサイダーを自認するエリート主義の人たちが、反原発カルトや反ワクチン、ロシアのプロパガンダに容易に呑み込まれていることでもよく理解できますね。 しかしこのようなアウトサイダーでありエリートである、という自認のありようは、実は20世紀における右肩上がりの成長の時代だったからこそ成り立ったのだ、という落とし穴があります。
https://note.com/sasakitoshinao/n/ncd8417b9795f
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bradyknight · 3 years ago
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カザフ市民:何が起こったのかは予想外であり、家族は依然として暴動の中心にいます
「祖国で起こったことはすべて予想外でした。国は非常に豊かで、強く、安定していると思いました。」カザフスタンのタルディクルガンのザイナさんはペーパーに語った。彼女は現在ロシアに住んで働いていますが、彼女の家族はまだ暴動の中心にいます。
タルディコルガンは、カザフスタンの初代大統領であるナザルバエフの故郷であるアルマトイ地域の首都であり、このラウンドでカザフスタンで最も激しい暴動を起こした地域の1つです。インターネット上で流布しているビデオでは、デモ隊によって倒されたナザルバエフの像がここにあります。
2022年の正月以来、液化ガスの価格が急騰したため、国のマンゲスタウ州は最初に公の抗議行動を起こしました。数日間の発酵の後、デモ参加者の社会的および経済的要求は政治的要求と混ざり合い、全国に広がりました。5日、カザフスタンのTokayev大統領は、全国で非常事態を宣言した。
カザフスタンの内外を問わず、この抗議行動が激しい暴動に変わった速さは多くの人々を驚かせました。一部のデモ参加者は、辞任したナザルバエフを「政治に耳を傾けている」と非難し、標的にした。譲歩のしぐさとして、トカエフは5日、ガス価格の引き下げに対する国民の要求に応えた後、ナザルバエフから安全保障理事会を引き継ぐことを発表しました。
カザフスタンの現状について、カザフスタン出身の20歳の学生であるNurlanは、The Paperとのインタビューで、「カザフスタンは中央アジアで最も裕福な国であるが、人々は依然として貧しい」と述べた。
全国の抗議行動は急速に暴力的になっています
現地時間の1月6日、カザフスタンでの大規模な抗議行動が続き、主要都市でのデモは徐々に暴動と政府の建物への攻撃にエスカレートしました。
カザフスタン最大の都市アルマトイでは、地方国際空港が5日、40人以上の反政府勢力によって支配されていたため、便が欠航し、政府は6日早朝まで空港の支配を再開しなかった。 。アルマトイ警察は6日、5日の夜、警察署の建物を攻撃しようとしたと述べました。数十人の凶悪犯が殺されました。また、過激派は数百の企業を略奪しました。
アルマトイ反暴力本部は6日、市内の暴動で12人の法執行官が殺害され、さらに353人の法執行官が負傷したと発表した。地元は「平和の名の下に」と呼ばれる特別な対テロ作戦を開始した。同国のテレビ局は6日、アルマトイで対テロ作戦が進行中であると発表し、住民は安全な場所に避難するように忠告されている。 。
ザイナは、彼女の親戚や友人は家で混乱を避けていて、外出することができず、現時点では通りに行くことを選択しないだろうと言いました。彼女は、「最近のニュースは、私と私の家族や友人にとって驚くべきものです。カザフスタンは、過去において常にとても平和でした。」と述べました。
カザフスタン外務省は6日に発表された公式声明の中で、行政機関や軍事基地への攻撃、空港の占領、外国人の乗客や貨物機の乗っ取りなど、アルマトイでの攻撃はすべて、加害者は高度な準備と調整を行っていた。良好な状態で、「カザフスタンは海外で訓練されたテロ組織による武力攻撃に直面している」。
6日の早朝、トカエフは、カザフスタンで暴動を組織したギャングが海外で訓練を受け、武器庫を含むアルマトイの重要な施設を占領しようとしていると発表しました。カザフスタンは、集団安全保障条約機構(「中国安全保障機構」)の加盟国に「テロの脅威」への対処を支援するよう要請している。
Ji'anは、アルメニア、ベラルーシ、カザフスタン、キルギスタン、カザフスタン、ロシアなどの加盟国との政府間軍事同盟です。現在の安保理議長とアルメニアのパシニャン首相は6日、ソーシャルメディアで、組織がカザフスタンに平和維持軍を派遣することを決定したと述べた。
ナザルバエフは抗議の標的を疑った
カザフスタンでの街頭抗議の間、群衆は時々「シャル、ケト」(「祖父、去りなさい」)を唱え、それは彼らがナザルバエフによる国の継続的な支配に反対したことを意味した。
ナザルバエフは、ソビエト時代��カザフスタン共産党の初代書記を務め、1991年12月のカザフスタン独立後、2019年3月19日に大統領の辞任を発表するまで大統領に就任し、大統領の異動をトカエフに引き渡した。英国のメディアは、トカエフがナザルバエフによって慎重に選ばれた後継者であると指摘しました。
2020年5月2日、ナザルバエフの娘ダリガ・ナザルバエワも権力の中心から撤退し、トカエフは上院議長のポストを削除する命令に署名しましたが、その理由については言及していません。当時、部外者は、ナザルバエワの辞任はおそらく彼女が関与した金融スキャンダルに関連していると推測していました。
その間、ナザルバエフの孫とナザルバエワの長男アイスタンは、カザフスタン政府の大規模な腐敗に関する情報を手にしたと言って、イギリスのロンドンでニュースを報道しました。そこで数十億ドルが盗まれました。3か月後、1990年に生まれたAi Sutanは、ロンドンで心停止で亡くなりました。
ナザルバエフの家族が汚職スキャンダルを報告したのはこれが初めてではありません。ナザルバエフのためにハリウッドの監督オリバー・ストーンが撮影した8時間のドキュメンタリー「カザック:黄金の男の歴史」(カザック:黄金の男の歴史)で、ナザルバエフは過去について語っています。 、彼は彼の間違った任命が国の財政に莫大な損失を引き起こしたことを告白し、そして彼はまた「3人の孫の父親を手作業で刑務所に送った」。
2021年4月、ナザルバエフはカザフスタン人民議会の議長を辞任し、権力をトカエフに移すという彼の決定を発表しましたが、彼は依然として機関の名誉議長を務めています。2021年11月、祖国の光の委員会の拡大会議で、ナザルバエフは党の議長をトカエフに移すことを決定し、党は国の大統領によって率いられるべきであると強調した。
外の世界は、カザフスタンが過去3年間でスムーズな権力の移行を達成したと常に信じてきましたが、30年近く国の指揮を執ってきたナザルバエフは、カザフスタンの政治分野で依然として強い影響力を維持しています。2022年に勃発した抗議は、一部の世論が明らかに過小評価されていることを示していました。
「この国の支配者はナザルバエフの親戚と彼の民であり、他には何もありません。」ヌエランは彼がアティラウの首都アティラウでの抗議に参加していたと主張し、彼のクラスメートや友人全員も通りに行くことを知っていました。意見では、トカエフはナザルバエフシステムの単なる支持者です。」
ヌエラン氏は現政権に不満を持っているが、どの野党や野党指導者を支持しているのかわからず、カザフスタンの公式国が言うように、今回の全国抗議行動の明確な指導者はいない。カザフスタンには、成熟した影響力のある反対派は存在しません。
世論を和らげるために、トカエフは1月5日にテレビで全国に向けた演説で、安全委員会を引き継ぐことを発表したが、ナザルバエフについては直接言及しなかった。数日間、ナザルバエフは公の場に出たり、発言したりしていません。
ガスの価格が「最後の藁」になった理由
人口約1900万人のカザフスタンは石油・天然ガスの輸出国であり、エネルギーも豊富ですが、石油・ガス価格の高騰で国民の注目を集めており、皮肉にも欠けることはありません。
カザフスタンの経済は中央アジアで支配的な地位を占めており、中央アジアの地域GDPの60%を占めています。2021年の最初の9か月で、カザフスタンのGDP成長率は3.5%に達し、基本的には新しい王冠の流行前のレベルに戻りました。一人当たりGDPは27,000米ドル、埋蔵量は350億米ドルを超え、中央アジアで最も裕福な国です。
しかし、2021年4月のカザフスタンFinprom.kzウェブサイトの調査データによると、収入が最低生活水準を下回っている居住者の割合は20%を超えています。2020年第4四半期のカザフスタン政府の統計によると、最低生活水準を下回る収入のある世帯の数は、1年以内に12%増加して140,600世帯(8億5,850万世帯)になりました。同時に、カザフスタンは裕福な人々にとって世界で最も急速に成長している10か国の1つになりました。
金持ちと貧乏人の間のギャップは、さまざまな地域で明らかです。カザフスタンの西部は石油とガスを生産していますが、西部地域の人々の生活の質は、首都ヌルスルタンや大都市アルマトイの住民よりも一般的に低いと考えられています。西部地域では、道路交通が不便であり、公共施設が老朽化しており、交通の便が悪いため、食料価格は豊かな都市よりもさらに高くなっています。
今回、液化ガスの高騰がようやく西部の人々の怒りを呼んだ。抗議者の要求が政治化される前は、マンギスタウ州からのデモの目的は非常に明確でした。主に、人々が運転できるようにガス価格を下げることでした。
2019年以降のカザフスタンのエネルギー市場計画によると、政府は最終的に電子取引プラットフォームを通じて液化ガス取引を実現し、2022年の初日に移行を完了することを計画しています。目的は国内の燃料消費者に対する価格補助金を徐々に廃止することです。成行注文が価格を決定するメカニズム。
この政策により、マンゲスタウ州を含む液化ガスの需要が高い地域でのガス使用コストが急増しました。数日以内に、地元のガソリンスタンドのガス価格は1リットルあたり60テンゲ(US $ 0.14)から120テンゲ(US $ 0.28)に上昇し、この地域の車両の70%から90%は液化石油ガスを燃料としていました。
1月3日、国民の抗議に直面して、マンギスタウ州政府は初めて諦め、液化ガスの新価格を1リットルあたり85〜90テンゲに設定すると発表したが、国民の承認は得られなかった。4日、州政府と野党の交渉結果によると、液化ガスの価格は1リットルあたり50テンゲに下がった。しかし、抗議者たちは依然としてトカエフとの対話を要求し、より多くの政治的要求を行った。
この時点で抗議が変わったことは注目に値します。アルマトイなどのいくつかの主要都市では、抗議者が治安部隊と衝突し、数台のパトカーが発砲して破壊されました。カザフスタン治安部隊はスタングレネードと催涙ガスで対応しました。
トカエフ首相は1月5日、馬國明首相率いる内閣の辞任を受け入れたと発表した。スマイロフ第一副首相は内閣を首相代理として再編し、液化石油ガスの価格管理を復活させる。
5日の後半、トカエフは、状況が収まった後、政府は人々の声に応えて一連の新しい提案を開始することを再び約束しました。
「すべての政府は必然的に管理の間違いを犯します。これは国民の不満の源であり、トカエフが政府に辞任を求めた理由です。」とザイナは言いました。
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sasakiatsushi · 7 years ago
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「批評」はいま、どこにあるのか?(ないのか?)
(「クイックジャパン」連載「イズミズム」第七回)
 7月の29日と30日の土日二日間、渋谷のアップリンクファクトリーで、「第一回批評サミット:批評家トライアスロン!」なる催しを行なった。これは(以下、告知テキストより)音楽、映画、文学、サブカルチャー、ネット言論、アダルトビデオ等々、様々な分野で「批評」��最前線に位置する顔ぶれを一堂に集め、バーリトゥード的にライブで生批評を繰り広げる、5時間×二日間=計10時間に及ぶ前代未聞のトーク・イヴェント」ということで、何を隠そう(?)、今まさにその二日目を終えて帰宅したところなのだ。今回は、最初は大塚英志氏の何冊かの近刊について書こうと思っていて、でももう少し考えた上でと考え直して、続いては仮称「ニュー・ニューアカ」なるものについて書いてみようと思いつき、かなり書き進んでもいたのだが、急遽、やっぱりこのイベントのことを書きたいと思う。  7月の末、よりにもよってフジロック・フェスと同日程で(笑)、なにゆえにわざわざ、このような「前代未聞の」試みをやることになったのか、実際的な経緯は、まあ色々とあったのだけれど、僕はかねてから一度こういうことをやってみたいと思っていた。  「批評」という言葉の意味するものは色々とあるだろうし、僕自身にも明確で厳密な「批評」なるものの定義付けがあるわけでは必ずしもないのだけれど(先回りして書くなら、むしろそれを知るための足掛かりを得られたらというのが今回の動機のひとつだった)、これはまさしく本連載で廻り道をしながら問いつつあることとも繋がっていると思うのだが、たとえば「音楽批評」があり「映画批評」があり「文芸批評」があり、というような、個々のジャンル=表現形態の領域ごとにおいて、定義はともかくも「批評」と呼ばれるような営みが、現在、誰に、どのように必要とされているのか?、あるいは、そもそも「批評」と呼ばれ得るような営みは必要とされているのか?、それは必要なものなのか?、といった問題について、実際にそれぞれの「批評」の現場に居て、読者としての僕から見て際立って意識的な活動を継続していると思える書き手の方々に一堂にお集りいただいて、彼(女)らの考えを是非聞いてみたい、という気持ちが、以前からあったのだ。断っておくが、この問題は、いささかも理念的なものではなくて、徹底してアクチュアルな問いである。つまり、今、他ならぬ今、「批評」とはいかにして成立可能なのか?、ということなのだ。  また、個別的な専門分野=プロパーに関わる「批評」であっても、それが本質的なものであれば、必ずそのプロパーの「外部」と接触せざるを得なくなっていくものだと思うし、そのプロセスの中で、プロパーの限定自体が無くなっていくことだってありえる。もうひとつ、これは僕自身の経験も踏まえて言うのだが、ただ何事かについて自分の考えたことを言葉を用いて書けば、その出来はどうであれとりあえず「批評」ではある、という幸福な(?)時代はおそらくとっくに終わってしまっていて、常に必ずそうである(べき)というわけではないにせよ、それなりに筋を通して「批評」をしようとするのなら、それはなかば必然的に、何らかの意味での「実践」的なるものへ繋がっていかざるを得ない、ということも事実だと思う(よく言うことだが、HEADZがやっていることは、コンサートやツアーのプロデュースも、雑誌FADERの刊行も、CDレーベルも、すべてが僕にとっては「批評」の一環である)。そうしたことどもについても、自分以外の色々な意見を聞いてみたかったのだ。  今回、参加していただいた八名の方々は、いずれもそれぞれのジャンル/プロパーの最前線で活躍されている書き手である。以下、いまだ記憶に生々しい二日間のドキュメントを記してみたいと思う。  初日のトップバッターは、吉田アミさん。「ミュージシャン/ヴォイス・インプロヴァイザーとしての国際的な活動の一方で、人気はてなブロガーでもあります。また最近は、各種雑誌などへの寄稿も精力的に行なっています」(告知に僕が書いた紹介文より。以下同じ)。まず早速、「人気はてなブロガー」って何よ?、というツッコミから話はスタートした(笑)。それを言うなら「はてなダイアラー」でしょ!、と。その通りでした。彼女がインターネットにサイトを開設したのはけっこう昔で、最初は自分がネットを廻って見つけた面白いネタをストックするために始めたのだが、次第に自分の身辺雑記や思考のメモみたいなことも書くようになった。彼女が「人気はてなダイアラー」になったのは、何と言ってもそのブログ(http://d.hatena.ne.jp/amiyoshida/)における、その時々の精神状態がそのまま転写されてるかのようなアップダウンの激しい文体のユニークさと、そこで開陳される様々な意見の常識や通念とは違った意味での真っ当さによるものだと思う。はてなを含むブログの登場は、既存の紙媒体とは異なるライターのリソースを供給するようになったが、彼女はまさに「はてな」が生んだスターのひとりだと言える。今回のゲストの中では異色の存在かもしれないが、僕が彼女と話したかったのは、いわゆる「ネット言論」における倫理について興味があったからで、誰もが自由に自己を表現し自説を吐露できるインターネットという場所だからこそ、自分の言葉が、以前なら決して出会うことのなかった筈の「他者」たちにちゃんと通じるためには、ある種辛抱強い態度表明と、時には思い切った振る舞いも必要なのだ、ということを教えていただいた。コメント欄やトラックバック、キーワード検索などの機能が充実したはてなのようなコミュニティにおいては、いささか乱暴に言ってしまえば、多少の文才と戦略さえあれば、ちょっとばかり目立つことはさほど難しくはない(と僕は思う)。だが、ブログでのプレゼンテーションを超えて、今やオフラインでの文筆活動も次々と行ないつつあるアミちゃん(と急に愛称)には、才能や資質はもちろんのこと、書き手としての覚悟と自省もきっちりと備わっているのだとあらためて思った。  「雨宮まみさんは、現在、極めてエネルギッシュな取材・執筆を行なっている注目のアダルトビデオ・ライターです。色々な意味で「批評」という行為が成立しにくいAVというジャンルにあって、愛情と文章だけを武器に、業界への疑いや自分自身への迷いも混みで奮闘している姿に感銘を受け、是非お話してみたいと思いました」。豊田道倫『東京の恋人』について書いてくれたことがきっかけで僕は雨宮さんの存在を知った。彼女のはてなダイアリー「雨宮まみの「弟よ!」」(http://d.hatena.ne.jp/mamiamamiya/)を読むと、AVという「売れる/売れない」イコール「抜ける/抜けない」イコール「良い/悪い」イコール「要る/要らない」という等式が極めて強力に現前している世界にあって、「批評」という行為を成り立たせようとすることの困難と、それでもやるのだという「覚悟」が伝わってきて、僕にはそれが「音楽」において生じていることと同様だと思えた。抜けない=売れないAVは不要だという資本の論理は、そんなAVについて書かれた言葉の必要性も当然、揺るがす。雨宮さんの話では、それどころか今やAV情報誌は次々と廃刊し、書く場所自体が消滅しつつあるのだという。AV誌の編集者からフリーライターに転身した彼女にとって、これは死活問題である。AVを愛し、AV業界に愛着を感じながらも、自らの書き手としてのサヴァイバルも考えていかざるを得ない雨宮さんは今、彼女の言葉で言うと「一点突破」を狙っているのだという。遠からぬ内にAV以外のジャンルで、雨宮まみという名前を見かけることになるだろう。その堂々たる話しぶりと同じく、彼女の言葉は毅然として高潔で、ブレのない視座と説得力があり、それでいて人間味に溢れてもいるのだから。  「更科修一郎さんは、コミック、アニメ、ゲームなど、いわゆる「オタク文化」の最先端に編集者、批評家として携わっておられます。氏の論考は、雑誌「新現実」「ファウスト」「ユリイカ」等で読めます。また『嫌オタク流』(太田出版)では、中原昌也と高橋ヨシキのお二人を聞き手に「オタク」のメンタリティについて語っておられます」。更科さんとのお話は、いわゆる「おたく(80年代)」と「オタク(00年代)」の中間に位置してしまった(つまり「90年代」の)、ひらがなとカタカナの間くらいの世代であるがゆえの苦悩、といった所から始まった。同じOTAKUという発音を持ちながら、両者の断絶は深い。基本的なメンタリティとしては先行世代に近いけれど、おたくのようなバブル期のイケイケ感もその後の挫折/ルサンチマンも共有しておらず、資本の欲望に従順な「動物」と化すことによって内省を欠落させたオタクを嫌悪しながら、しかしメディアの送り手のひとりとしては彼らを相手にするしかない更科さんは、色々あって編集者業は開店休業中、ライターとしてもその「覚悟」ゆえに苦しい状況に陥りつつあるようだ。「おたく」と「オタク」に共通するのは「自己承認ツール」として作品や言説を必要とする脆弱さにある、と更科さんは言う。明晰な論理と的確な言葉の用い方は、個人的な快不快の延長か、でなければ空疎な理論構築に走りがちなOTAKU論が圧倒的に多い中で、とても貴重なものだと思う。更科さんのHPは、http://www.cuteplus.flop.jp/  「仲俣暁生さんは、元「本とコンピューター」誌編集長で、現在はフリーランスで編集と文筆業をなさっています。最近は文芸評論の分野での活躍が目立っています。著書として『極西文学論』(晶文社)など。また僕もインタビューイとして末席を汚させていただいたインタビュー集『ことばの仕事』(原書房)が発売中です」。アミちゃんや雨宮さんと同じく「人気はてなダイアラー」でもある仲俣君は、さすがに初期からネット関係の仕事に携わってきただけあって、ブログというものの有効性と限界を知悉した上で、自分のしたいこと/すべきことを着々と積み上げていっている。足の早いプレゼンテーション・ツールとしてのブログを活用して、その都度の関心の所在や作業仮設などを次々と発信している彼は、そのノーブルな文体とクレバーなロジックで多くの「他者」たちの信頼を得ている。僕と彼は同年齢で、いわゆる「おたく=80年代」世代なのだが、ある程度、世代的な共通項として、ほとんど刷り込みのようにして体得された個人主義というものがあると思う。しかし彼は自閉を自認している(?)僕とは違って、個人主義を基盤にした上での「他者」との連帯や共闘の可能性を、おそらくは今こそ探り出そうとしつつあるのではないかとも思った。文芸評論における彼の立ち位置も明快だ。彼は自分は「文学」ではなく「小説」にコミットするのだ、と言う。旧態依然とした純文学とエンタの対立など完全に無効だと。義務感や責任の意識ではなく、あくまでも自発的で個人的な動機によって言葉を生産する姿勢は、とても清々しい。http://d.hatena.ne.jp/solar/  二日目の最初は大谷能生君。「かつて「エスプレッソ」というマニアックな同人誌の中心人物のひとりで、近年は菊地成孔氏との一連のコラボレーションで非常に有名な、新進気鋭の批評家です。またミュージシャンとしての活動も旺盛に行なっています」。菊地さんとの「ジャズ」関係の仕事や、また遂に上梓された川崎弘二氏との巨編『日本の電子音楽』もそうだが、彼は「歴史」を証立てる資料や文献を精査して、その構造や系譜学を把握した上で、しかしそれを教条的に受け取るのではなく、いわば批評的なフィクションのコンテクストとして利用しようとする。ひとりの書き手としての大谷能生は、まだその最初の一歩を踏み出しつつある段階だが、人柄のチャーミングさも相俟って、既にしてスターの兆しがある。未発表のテキストが単行本三冊分はストックされているということなので、ぜひ出版社の方々は連絡を取ってあげてほしい。早いもの勝ちですよ(笑)。また、ミュージシャン大谷は批評家大谷の実践ヴァージョンではないし、批評家大谷が音楽家大谷がやっていることを理論づけるのでもない、という良い意味での二つのペルソナの分離の話も、とても興味深かった。一年限定の���のブログは、http://wikiwiki.jp/wikiwikiwiki/  「三田格さんは、現在は「スタジオボイス」と「REMIX」を主要な媒体として書かれている音楽ライター/編集者です。情報や知識だけには還元されない、真に読むに足る個性を有した文章を「音楽」について提示し得ている、数少ない書き手のひとりだと思います。また最近は「小説」に関する文章や発言も多いです」。ひねこびた読者の中には、佐々木敦と三田格を対立項として考えたがる人もいるのかもしれないが、僕は三田さんのスタンスには敬意を持っているし、たとえば「ユリイカ」の野坂昭如特集に寄せられた文章には、とても共感した。まず「批評サミット」に呼ばれて来てしまったが、自分のやっていることは「批評」ではない、という点について、とても明瞭に考えを述べていただいた。ある作品に関して、それをまだ受容していない読み手に対して書くことと、すでに受容した者に向けて書くことは違う。「批評」とは後者なのであり、自分のしていることの大半は前者すなわちプレビューなのだ。同じく情報誌で長く仕事をしてきた僕も似たようなことをずっと考えていたので、非常に腑に落ちた。また、「批評」とは価値判断のマトリックスを作って個々の作品をその内に置いてゆく作業だと思うが、自分にはそれは出来ない。ただ出会ってしまったものに言葉を与えていくだけだ、という一見、こともなげな、しかしよく考えれば実に「倫理」的な姿勢にも感じ入るものがあった。三田さんの話し方は、その文章と同じく不思議なドライヴ感があって、どんどん話が逸れているようでいて(ご自分でもそんなエクスキューズを言いつつ笑)、でもちゃんと深い所で繋がっている感じがして、やはりお話を聞けてとてもよかったと思ったのだった。  「樋口泰人さんは、映画評論家として『映画とロックンロールにおいてアメリカと合衆国はいかに闘ったか』(青土社)等の著書がありますが、近年は自らboidを主宰し、編集・出版、上映、配給宣伝など、幅広い活動を行なっておられます。僕は勝手に、氏がboidでなさっていることと自分がHEADZでしていることは、とても似ているという印象を持っています」。「批評」から「実践」へ。ほとんど乗りかかった船の連続のような運命(?)の悪戯によって、今や映画配給までこなすようになってしまった樋口さんだが、かつて近しくさせていただいていた頃の印象としては、不可視のエネルギーとポテンシャルに満ちた、しかし表向きは相当に強度の高い「無為の人」という感じであったので、最近の大車輪ぶりには正直驚くことしきりだった。しかし淡々とした語りぶりの中にも、上手く表現するのがむつかしいのだが、いわばギリギリのミニマムな責任感とでも呼べるような核が感じ取れて、日本映画と日本の映画批評は、樋口泰人という存在を持って、ほんとうによかったと思えた。先の紹介ではboidとHEADZをつい並べてしまったが、樋口さんが傷だらけになりながらしていることは、好きなことをやり続けながら、ただそれをやり続けるために知恵を絞ったり、それなりに苦労したりする、という程度のことではない。これはやはり「映画」というモノへの「愛」がなければ到底出来はしないことなのだ。http://boid.pobox.ne.jp/  「前田塁(+市川真人)さんは、単行本化が待たれる長編評論「小説の設計図」や「ユリイカ」等で活躍中の文芸評論家です。また氏と一心同体の市川真人さんは、現在はフリーペーパーという形態で継続している「早稲田文学」の編集者でもあります」。まず前田塁さんが、虚構の固有名としての「前田塁」というプロジェクトについて、そのプログラムと現状、そして将来の展望について語られた。ご自分の実体を用いたテクスト論の実践とでもいうべき野心的な試みの今後を固唾を呑んで見守りたいと思う。とりわけ「小説の設計図」における前田さんは、若手文芸評論家としては珍しく(?)悪口の切れ味が非常に鋭くかつ巧妙で、この人に絡まれたらヤダなあと思う小説家は多いだろうな、と思わず心配になってしまうのだが、優秀さや誠実さによってのみ評価されるよりも(それは無害な「批評」でしかない)、物議を醸す言葉を紡ぎ差し出す芸と度胸を持った前田さんのような方こそが、現在の「文学」には必要だと思う。と思っていたら本職(?)は博打打ちだと聞いて妙に合点がいった。一方、「WB」のマネージャーとしての市川さんは、「制度」としての、いや「機構」としての、という方がより正確かもしれないが、そのようなものとしての「文学」の延命にコミットしていて、その献身ぶりは「映画」の樋口さんとも相通じるものがあるのだが、柄谷行人の「近代文学の終わり」をワセブンに掲載し、「文学=不良債権」説の大塚英志とも連繋しているあたりは、樋口さん同様、ただの「愛」の人というわけではもちろんなく、いやむしろ現在の状況においてなお「愛」を貫こうとするがゆえの、ある種のしたたかさも兼ね備えているのだと思った。  各日の最後には、その日の出演者たちによるディスカッションも行なった。実は雨宮さん、更科さん、前田(+市川)さんのお三方とは初対面だったのだが、とにかくどの方のお話も素晴らしく刺激的で、全部で十時間の長丁場と言いながら、気持ち的にはあっという間に終わってしまい、はっきり言えば、全然時間が足りなかった(出演者の中からも「次は24時間やれば!」という冗談が出たほどだった笑)。もちろん、この試みによって「批評」に関する最初の問いが完璧に解明されたわけではない。だが、少なくとも彼(女)との会話は、しかしそれでも「批評」は在る、という事実を再認識させてくれたし、それは僕にとっては、やっぱりとても元気の出ることだったのだ。今回の経験を踏まえて、また僕も書いていこうと思う。
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xf-2 · 5 years ago
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「国家は健康体であれ――」
「国務即ち広義の衛生なり」
 今から1世紀ほど前、そんな理念を掲げて、日本と台湾で伝染病の撲滅と公衆衛生の改善に辣腕を振るった大政治家がいた。明治・大正期に活躍した後藤新平(1857~1929)である。
 後藤の功績を受け継いだ日本と台湾は、戦後も世界的に高いレベルの衛生環境を維持してきたが、今回の新型コロナウイルス問題の対応で、はっきりと明暗が分かれる形になった。その理由はどこにあるのか。
 世界最高水準の抑え込みを見せた台湾は、いまなお感染者数が500人に達しておらず、死者も7人に留まっている。一方、日本は台湾の総感染者に等しい数字を、連日、たった1日で記録している残念な状況だ。単純な比較は禁物とはいえ、その違いがあまりに大きいことに異論を挟む余地はない。
 その台湾の優れたコロナ対策については、7月2日に刊行した拙著『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)で詳細に取り上げているが、そのなかで注目すべき1つの視点として提起したのが、後藤の存在とその継承という問題だ。
後藤の理念を受け継いだのは台湾だった?
 ドイツ留学によって欧米から最先端の公衆衛生思想とノウハウを持ち込んだ後藤の理念を受け継いでいたのは、実は、祖国日本ではなく、台湾であったのではないかという声が、昨今の日台の間でひそかに広がっている。
 台湾は日本統治時代初期にコレラやチフスなどの伝染病が蔓延する「瘴癘(しょうれい)の島」と呼ばれた。そこに、1898年に民政長官として赴任した後藤が、衛生環境を大幅に改善し、インフラや農業の整備まで行い、最終的には台湾経済の活性化まで果たした。
 現在の台湾の人々は、過去の「疫病の島」という「汚名」についてよく知っており、今回、新型コロナ対策が世界各国から高く評価され、完全に汚名を雪いで「防疫の島」として認められたことを、心から誇りに感じている。
 いくら「ウィズ・コロナ」「コロナとの共生」などと叫んだところで、新型コロナは、ワクチンも特効薬も未整備で、現在のところ、対症療法しか対処法がなく、症状や後遺症にもまだ謎が多い。こんな状況下では、感染の拡大局面をある程度コントロール下に置かないと、経済活動や社会活動の復旧は、常に流行の再来を招くことを恐れながら進めざるを得ない。
 今回の日本のように、せっかくの景気刺激策である「Go Toキャンペーン」も、感染抑制がない中では、東京除外などのケチがついて迷走してしまうことになる。
 経済は確かに大切だ。コロナ不況が長引けば自殺者も増えるかもしれない。しかし、「経済か衛生か」という二者択一の問題の立て方自体が間違っているというのが、後藤が当時から考えていたことであった。
 後藤は、経済より衛生が先だと100%確信し、こう記している。
「世の中において、資本金を守るということを考えた場合、最も衛生が必要大切であり、衛生法以外に資本を保護する方法はないのであります」
 日本では、経済も五輪も衛生も、という方式で今回の新型コロナ対策に臨んだが、後藤は「衛生なくして経済なし」という考えに立ち、まずは衛生問題を徹底的に解決することで、経済は自然に後からついてくる、という考えだったのだ。
医師としての国家観 
 のちに満鉄総裁、東京市長、帝都復興院初代総裁など、近代日本の都市建設をリードした後藤の原点は、当時最先端のドイツで公衆衛生学を学んだ医師としての国家観にあった。
 それは、「国家は健康体であってこそ初めて能力を発揮できる」というもので、後藤は「国務即ち広義の衛生なり」とまで述べている。
 公衆衛生学には、人々の生命や生活を「衛る」という意味があり、それが「衛生」という言葉の語源だ。病気を治療する医療もその中に含みながら、より大きな社会=公衆を相手にするところに、その特色はある。つまり、公衆衛生は医療に社会政策的配慮を加えたもので、統計学、心理学、人口学なども含まれる。
 後藤の思想の根本にあるのは、国家も適者生存の原理のなかに生きており、「病気」がはびこる国家は生き残りができないというソーシャル・ダーウィニズ��だ。
 若き日にドイツで学んだ後藤は、日本の内務省内に発足した衛生局に勤務するかたわら、『国家衛生原理』という名著を残した。その最大のポイントは、人間の幸福とは、健康で安心した暮らし、つまり「生理的円満」の実現にあり、そのために国家は存在している、という概念を提示したところにある。
 これは今日の日本国憲法25条の、
「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」
 という条文にも通じるものだ。
 後藤は、この国家衛生原理の概念をもとに、台湾の大改革に取り組んだ。
 そのメニューは多岐にわたっているが、日本の習慣である「大掃除」を台湾に取り入れるため、大清潔法施行規則を定めて春秋2回の大掃除を住民に求めるというユニークなものもあった。
後藤がスカウトした人材
 後藤の特徴は、さまざまな人材を日本からスカウトして台湾の社会改革に大胆な手を打ち続けたことだ。後藤は医師免許を持った公衆衛生の専門家であるが、民政長官という立場上、現場は信頼できる専門家に任せる必要があったからだ。
 伝染病の撲滅では、台湾総督府医院長を任せた医学博士の羽鳥重郎が、台湾ツツガムシ病の発見などで活躍した。
 新渡戸稲造は、台湾の主力農産品となるサトウキビの本格導入など台湾農業の改善に任じられた。
 後藤は日本に先んじて下水道を台湾に導入しているが、その下水道整備で活躍したのは、のちに「台湾水道の父」と呼ばれた浜野弥四郎という若手の土木建築者だった。
 新渡戸や羽鳥、浜野などの人材は、いずれも後藤の指揮の下、台湾の大改造プロジェクトで活躍した。それは、社会インフラを整えることが広義の衛生環境改善に通じると固く信じていた後藤の判断によるものだった。
 結果として、台湾は、日本本土の地方などをしのぐ経済力と豊かさ、そして優れた衛生環境を手にすることになった。
 戦後、日本��かわって台湾を統治した国民党が、1946~47年ごろに台湾民衆から強い批判を受けて各地で騒動が相次ぎ、大規模蜂起である2・28事件を引き起こしたのは、衛生政策の不在で日本時代に抑え込んでいたコレラやチフスが台湾で再度流行していたからだという指摘もある。
「仏系防疫」と揶揄される日本
 台湾人にとって衛生は、それほど大切なことであり、衛生状態の良さにこそ台湾人が日本を尊敬する大きな理由があっただけに、今回の日本のもたつきは、「仏系防疫(ホトケ防疫=厳しさの欠けていることの意味)」と台湾の人々に揶揄され、首をひねられる事態にもなっている。
 今回、台湾政府が素早い対中遮断を含めた水際阻止に加えて、濃厚接触者や感染者の追跡などのいわゆる疫学的調査などを極めてしっかり行ったことが、市中に感染が広がらない最大の要因であったことは間違いない。
 だが、それはある意味で、国家が国民の行動を把握し、移動を制限するなどの「強権」を使うことを意味している。
 台湾の優れた点は、そのコロナ対策の実情をすべて、国民に対して透明性のある情報公開と連日の長時間の記者会見で曝け出したこと、そして、国民が必要とするマスクの確保に国を挙げて取り組んで自主生産体制を整えるなどして、国民が可能な限り通常の社会生活を営めることを政策目標にしたことだった。
 こうした国家の総力を動員した感染症対策は、後藤が台湾社会全体を「健康体」に向けて作り替えていった総合的な衛生政策を彷彿とさせた。
 後藤は台湾の恩人、そして日本統治時代の貢献を象徴する人物として広く知られているが、後藤の公衆衛生理念が今の台湾で直接的に教えられているわけではない。
 ただ、「衛生は命の次に大事」という理念が後藤の時代より定着している台湾社会が今回、国民一体となってコロナ防衛に取り組んだ事実は、後藤の遺産の継承という意味でも、日本人に自省をうながす材料になるはずだ。
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trumpq · 4 years ago
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【パトリック・バーン】 2021/2/4 23:55 JST
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https://www.deepcapture.com/2021/02/how-djt-lost-the-white-house-chapter-4-the-christmas-doldrums-december-23-noon-january-6/
ディープキャプチャー DJTはいかにしてホワイトハウスを失ったか 第4章:クリスマスのドルドラム(12月23日~1月6日正午 私はそれから数日間、DCに滞在した。フリンとシドニーは数日間、それぞれの世界に旅立ったが、マイクが旅立つ前に私たちは会話をした。この機会に、マイク・フリンについて少しお話したいと思います。私は現場で働いていた人たちからフリンが何をしていたかは知っていました。
※以下、4章の和訳。マール・ア・ラーゴ。激励会。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - DJTはいかにしてホワイトハウスを失ったか、第4章:クリスマス・ドルドラム (12月23日~1月6日正午)
2021年2月4日 14分読む
私はそれから数日間、DCに滞在した。フリンとシドニーは数日間でそれぞれの世界へと旅立っていったが、マイクが去る前に我々は会話をした。この機会にマイク・フリンについて少しお話したいと思う。
現場で働いていた人から、フリンが沼の敵になるべく何をしたのかは知っていた。彼がイラクに到着したとき、空襲で得た物資は袋に束ねられ、「搾取」および分析のためバージニア州へ出荷され、また1、2ヶ月後に有益な情報が最前線の部隊へ戻された。フリンは起業家のように世界を見ており、プロセスを再設計することに着手した。搾取と解析をイラク内に基づいて行うことで、ループは18時間に短縮された。次の夜に人々が襲撃に出かけるときは前回の夜の働きから得た洞察を理解した状態だった。
最終的にループはとてもきつくなり、夕方とある場所での襲撃が、夜通しの調査によって、資料が作られ、夜明け時にまだ進行中の襲撃について報告するようになったのだ。私が知っていて信頼を置く、現場の人々が言うにはフリンという男には賞賛者もいれば、反感を持つ者もいた。反感を持つのは主に昔の少年のようなアプローチに慣れている人たちが中心で、彼が物事を揺さぶり、諜報機関の快適なやり方に現代的なアイデアを持ち込んでいることに不満を持っていたのだ。キャリアが進むにつれ、フリンのエスタブリッシュメントに対する分裂は伝説的なものとなったが、私の経験では、私が知っている明るくて元気で使命感のある連邦職員と思われる男女はフリンのことをよく褒めていたし、中道派はフリンを嫌っているように見えた。
しかし、マイク・フリンと一緒にいることで、彼のことを初めて知った。例えば、61歳のマイクは生涯民主党員として登録されていたが、アイリッシュ・カトリック系の、ボストン南部の北プロビデンスのジャック・ケネディ的な(現代の左翼的な「憲法をズタズタにしてしまおう!」というタイプではない)人物だった。彼は憲法に造詣が深く、私が知っている中では(私以外にも)数少ない、会話の中でフェデラリスト・ペーパーズを番号で引用する人物の一人である。アメリカの現代戦争について議論するとき、彼はチョムスキアンのような口調で、アフガニスタンとイラクでの戦争は15年前に終わるべきだったが、戦争を支援する企業に何千億、何兆ドルもの資金が流れ込み、その資金の流れから利益を得ている企業はとても太っていて、多くのロビイストを雇っていて、戦争を継続させるためにDCで戦っている、と話した。我々は冗談を言い合った、戦争はただの、「もう一つのワシントンがDCを、アイスクリームコーンが自分を舐めるようなのもの」だねと。
言い換えれば、『捕獲』。時々、私と同じように、全く異なる背景を持ちながらも、国家としての問題の根底にある争点を認識するようになった人に会う。その問題とは、強力なエリートたちが、政府の意思決定のサイクルを捉え、自分たちの私的な目的の方に変えてきたということだ。異なる経歴、異なる人生経験を持ちつつも、この国の何が間違っているのかという同じ根本的な分析に辿り着いた事実が、私の新しい相棒が���しい男であることを示してくれた。
「将軍、一体ここで何をしているんですか?」というような会話を何度も何度もした。
クリスマスは一人でDCにいたが、トランプの軌道の誰かから電話がかかってきた。電話の相手が言うには、フロリダに降りて、マール・ア・ラーゴの近くのどこかに行くべきで、それからトランプ氏ともう一度、10分程度の短い会談ができるように手配されているという。私はその時点までに、トランプ氏は健全な人々の話を聞いておらず、ある意味では大局を見落としていると完全に確信していたので、その招待状を受けて、DCからフロリダのマール・ア・ラーゴから数マイル離れたホテルへと向かった。私はチェックインし、連絡を待った。
ほどなく、実際にどれほど緊密な関係にあるのかは知らないが、トランプ氏と公に関係している有名な人物から電話がかかってきた。その電話に出ていたのは彼の同僚で、彼らは私に「マール・ア・ラーゴに行って、『アイリーン』(罪のない人を守るために別名にする)を呼んでくれ」と言っていた。アイリーンの苗字を聞いたら 「アイリーンを呼んで来い」と言われ、アイリーンの役職を聞いたら「アイリーンと言ってくれ」と言われた。「出来るだけ早くマール・ア・ラーゴに行って、アイリーンを呼んでくれ」。私は、そのようなやり方で仕事をするのは本当に嫌だ、行く前にもっと知りたいと答えた。するとまたしても断固として「マール・ア・ラーゴに行ってゲートに行ってアイリーンを呼んでくれ」との返事が返ってきた。「準備はできている」とのこと。不安を抱きながらも、自分の最高のヨガウェア(他のものはクリーニングに出していた)に身を包み、マール・ア・ラーゴに向けて出発した。Uberに電話してみると、乗っていたのは数年前の古ぼけてボロボロのトヨタカローラだった。
マール・ア・ラーゴの門に到着した私は、カローラを道へ送り出した。シークレットサービスの警備員に近づき、アイリーンに会いに来たと言うと、連邦捜査官はみな信じられないような顔をした。「アイリーンって誰?」彼らは尋ねた。「知らない」続けて「アイリーンに会いに行くように言われただけだ」「私は大統領と短い会議をする事になって」「呼ばれてここに来て」「アイリーンを呼んでくれと言われた」と答えた。「アイリーンって誰だ?」 と言われた。またしても私は知らないと答えるしか無かった。シークレットサービスの捜査官のせいではなく、彼らの混乱と義務感のせいで、会話はそこから急降下した。私はこの状況を助けられなかったのかもしないが、捜査官の一人が軽い中国訛りの女性であることに気付き、状況を落ち着かせてラポールを確立しようと、彼女と北京語でラップを始めた。かなりの時間話したが、他の捜査官の緊張感は増すばかりだった。その頃から、私は、この状況を打開して逃げ出し、電話で解決するのが最善の方法ではないかと考え始めもしたが、エージェントたちは許してくれなかった。
やがて、監督するエージェントがやってきた。彼は、一度会っただけで、相手にする人間ではないとすぐにわかるような人物だった。彼はまだきちんとしていたが、かなりの攻撃性を持っていた。「もう一度始めよう。我々はあなたの話を知りたい。あなたは誰で、ここで何をしているのですか?」
何から話せばいいのか分からず、私はこのように始めた。「20年前、オーバーストック・ドットコムという会社を始めました。私の名前は…」彼は「そうだ、君はパトリック・バーンだね」と笑いながら中断した。突然、私は、トヨタのカローラ、私のヨガの服、中国の....、を手に入れた。免許証を見せて、今度は全てが一致した。そして、フリンとシドニーと私の活動が注目されていることにも気がついた。それまでは自分たちがやっていることがどれだけ注目されているのかよくわかっていなかったが、ちゃんと意味をなしていたのだ。
いずれにしても、シークレットサービスのエージェントは親切になったので、私に頷き、何人かは私が敷地外に出て橋を渡り、別のUberに乗ることを許可してくれ、「あなたのしていることに感謝します」と言ってくれた。
私はさらに数日間、状況が改善されるのを待っていた。一度もなかった。しかし、その間、私はマール・ア・ラーゴの群衆の周辺にいたし、何百もの共和党のプー・バーの家族が休日のために集まって、周辺のホテルのほとんどを占拠していた。共和党の大物とその権力者たちの周辺で泳いでいるうちに、すべてのことの本質を感じることができた。そこには、イベントだけでなく、アイデアについても深い会話を交わすことができる、素晴らしい若者や知識人が何人かいた。私と同年代か少し上の女性で、フォーチュン50社の元役員で、定年退職した人がいたが、その人はとても強くて、有能で、知的だった。そして、私が見た限りでは、他の人たちは無法者だった。ピカピカの車に乗っている人、うるさくて不愉快な人、自己中心的な人、好事家、気取り屋、詐欺師、詐欺師、プラスチック・ファンタスティックの妻や夫やドイリーの子供たちは、自分たちが奪われたと感じるどんな話題においても公然とワインを飲んでいた。炎上していても小便したくなるような人間はほとんどいない。私が見なかったのは、信者、ビジョンを持っている人たち.... あるいは計画を持っている人もいなかった。
大晦日の前日、ジョージアの男から電話があった。フルトン郡(アトランタのある郡)では、郡の選挙活動が「イングリッシュ・ストリートの倉庫」と呼ばれる場所で行われていることはすでに知っていた。アンティファの女が500ドルで倉庫に潜入して写真を撮り、白紙の投票用紙を押収した。これらの投票用紙は、法医学的に検査された。私は、元旦に働いてくれる連邦政府認定の法医学文書検査官(この分野の古株)を2人手配して、大晦日にジョージア州に行った。
ジョージア州では、この取り組みに関わった何人かの人の家に泊まった。私が初めてジョバン・ピューリッツァー氏に会ったのはその時だ(私のサイバー仲間とジョバン氏の間には数週間前から連絡があったようだが)。また、マイクロソフトの上級セキュリティ専門家も同席していた。ジョージア州サバナでの集計作業で状況を把握していた人物だ。この人物によって、集計機には無線カードが入っていること、壁にはスマートサーモスタットがあり、そのサーモスタットは投票機に無線で接続されていたことが判明した。さらに調査すると、チャイナテレコムの誰かがインターネットを経由してスマートサーモスタットに接続し、投票機に接続していることが確認された。サイバーセキュリティの専門家は、選挙マシンの衝撃的な脆弱性、10年から15年前のOSソフトウェアで動作する傾向、そして一般的には技術がいかにスイス・チーズであるかについて、残りの時間を費やし語ってくれた。我々は真夜中まで脆弱性のカタログを作成していた。
元旦の午前3時にフリン将軍からメールが来た。彼はまだ仕事をしていた。彼はソーシャルメディアに公開された写真を送ってきた。マール・ア・ラーゴでは、ルディと側近たちが新年に沸き立っていた。ルディ、ドン・ジュニア、キンバリー・ギルフォイルがシャンパンを飲んだり、踊ったり、1999年のようにパーティーをしている写真がソーシャル・メディアを駆け巡っていた。またしてもフリンと私は呆れたような沈黙の瞬間を共有した。
元日は、連邦政府公認の法医学文書検査官の研究室にいた。彼の同僚が夜通し車を走らせそこまで運んでくれたのだ。検査官らは静かでプロフェッショナルだったので、私は彼らに仕事を任せた。1時間後、報告によると、投票用紙のうち2枚はある印刷所で印刷され、もう1枚は別の印刷所で別の用紙、別のインク、別の印刷方法で印刷されていた。郡が2つの異なる印刷所に投票用紙を注文した可能性は非常に低く、これは少なくとも1つの投票用紙が偽造であることを示していた。
ジョージアの男はアトランタの倉庫を監視していた。望遠レンズを持った奴らが撮影していた。許可を得て、発見したものに短い説明をつけてツイッターにあげた。数時間後、レンタルされたエンタープライズ社の引越しバンが倉庫に到着し、投票用紙のパレットがバンに移された。
次の日、隣の郡のシュレッダー会社は、裁断するので取りに来てほしいとの依頼の電話を受けた。呼んだトラックは、約3,000ポンドの投票用紙でいっぱいになった。支払いは「ドミニオン投票」からの人物によるカード払いだったと確認されている。裁断用トラックは走り去った。どういうメカニズムかは説明しないが、その裁断用トラックは妨害されて、作業が中断され、最終的に1万ポンドの裁断物が地元警察署の床に捨てられた、そうだから、証拠の連鎖があるのだろう。裁断物の約3,000ポンドは投票用紙だった(残り7,000ポンドは先客からのもの)。ドミニオン投票の従業員が注文した裁断方法は、通常の裁断(物を長い短冊状にする)ではなく、特別な方法(物を紙吹雪にする)でもなかった。それは、超超軍事級で採られている、投票用紙を裁断した後に砕いてドロドロにする方法だった。
アトランタのDHS(※国土安全保障省)の捜査官が到着し、指揮を執った。裁断された投票用紙の中には、完全に裁断されていないものもあった。実際、数枚はゴミ箱の壁にくっついていて丸ごと残っていた。さらに、私が聞いた話では、投票用紙箱の外面に残った領収書と出荷ラベルも発見された。これらの領収書と出荷ラベルは、中国南部にある中国の印刷屋から送られてきたものだった。DHSの捜査官がこれらをすべて入手したという(そして、その特定の仲介人は、中国の問題に精通していると聞く)。
その瞬間を「T=0」と呼ぶ。アトランタからの継続的な報告���もとに、次の2日間の展開をご紹介する。
・T + 6時間。ルディ・ジュリアーニが、何が起きているのか知らされる。 ・T + 9時間。マーク・メドウズが、何が起きているのか知らされる。 ・T + 18時間。FBIが引き継ぎのために現場に到着する。DHSは抵抗。 ・T + 24時間。問題のDHS捜査官から政治的な圧力を受けていることに非常に不快感を抱いている、というメッセージを受け取る。私の理解が正しければ、マーク・メドウズ本人(ホワイトハウス参謀長)から電話があり、調査を手を引くように言われたという。私がただの傍観者としてそのメッセージを受け取っていたのか、それともDHSの仲介者が、私がそれについて何かできるかもしれないという誤った希望(例えば、大統領に知らせる)を抱き、意図的にそのメッセージを寄越したのかどうかは、はっきりとはわからない。 ・T + 36時間。FBIが作戦の主導権を握る。FBIはシュレッダー会社を呼び戻し、1万ポンドを引き渡し、裁断を完了させ、その後、通常業務を続けるよう指示をした。すなわち、裁断された素材は、水と酸を混ぜて、溶け、再編成されてしまった。リサイクルペーパーとして。
上で話したような物語の様々な側面は写真やフィルムに記録されている。
その間、私はDCに戻っていた。私はまだトランプ氏ともう10分でも話をしようとしていた。もし、1月6日に負けるのを待ってから我々のプランを試しても、それは負け惜しみにしかならない、と繰り返し言っておきたかった。しかし、まだ数日の猶予が残っていて、もし彼が引き金を引くなら、問題のある6つの郡についての回答を得られるだろう。我々が1月6日前にそれを完了すれば、上院は情報に基づいた選択をしてくれるかもしれないし、1週間猶予を与えてくれるかもしれない等々……
ここで重要なサブストーリーを一つ挿入しておく。当時、ちょうど大統領に近しい様々な人たちと一緒に泳ぎ回っていた頃、トランプ氏の側近に非常に近しい人物からあることを聞かされた。それは、メラニアは政府高官から、もしトランプがもう一期務めるならJFKのようになるだろう、と通告されているのだと。シークレットサービスの誰かが「我々は守りきれないだろう」という意味で警告したのかもしれない。脅迫の中には、もう一人の家族も含まれていたそうだ。シークレットサービス自体がそんなことを言うとは信じがたいが、私にとってその情報源は、他の点は汚れのないものだったし、メラニアにこのようなことを言ったのが誰であれ(おそらくシークレットサービスか、おそらく他の誰か)、そのような主張を真面目に受け止めてもらえる人物だったのだ。メラニアはドナルドに対し、戦わないように、そしてシンプルに負けを認め家族と一緒にワシントンから出て行くようにと懇願していた。
フリンと私は再びDCで一緒になり、1月6日が近づいてくるのを、イライラした鷹のように見守っていた。私は何度かインタビューを受けたことがあるし、少数の演説でも次のように主張してきた「私たちは暴力を振るわないし、その点他の奴らよりも優れている。もし暴力をふるえば負けだ。」と。あまりにわかりきったことだと思っていた。
私は集会を企画する「ウーマン・フォー・トランプ」から、1月6日の朝、南芝生での講演に招待されていると知った。私は要点を2つに絞って話に備えた。第一に、被治者の同意する我々のシステムがいかに、自由で、公正で、透明性のある選挙に依存しているのか、ということ(11月の選挙はそうではなかった)。第二に、我々は暴力をふるわない、ということだ。(※追加注:『被治者の同意(consent of the governed)』とは、公権力・国家権力を行使する政府の正統性や道義性は、その権力が行使される対象である人民ないし社会によって同意される場合にのみ、正当化かつ合法化される、とういう政治的概念。)
非暴力についての要点を考えるにあたり、私はどちらの方法をとるか迷っていた。
・ジェリー・ガルシアとグレイトフル・デッドから非暴力に関する話をする(ディープ・キャプチャーにも書いたことがある:『ジェリー・ガルシアの対峙と「主立ったクソ野郎」について』)
・モルドバについての話をする。数年前に行ったことがあるのだが、バーテンが2009年の選挙の話をしてくれた。選挙の不正が原因で親プーチンの男が当選したが、人々はそれを知っていて抗議の声を上げていた。プーチンは、首都キシナウに何百人もの男たちを派遣していたが、彼らにはある任務があった。プーチンの男たちは、抗議が起こるたびに、抗議を暴力的なものにすることを目的として抗議に潜入し、政府の建物の前で抗議をするだけでなく、抗議をしたり、窓を割ったり、占拠したりしていたのだ。モルドバの人々はとても賢いのでプーチンの策略を知っていた。プーチンは、双方が、モルドバの中産階級という観客のために演じており、抗議者を挑発して実際に政府の建物を襲撃させることができれば、中産階級をうんざりさせ、大衆の支持を失うことになることを理解していた。モルドバの人々は、自分たちを律し、自分たちがそのような道に導かれることを拒み続けてきた...そして最終的には、政府は屈し、新たに公正な選挙が行われ、プーチンの取り巻きが大敗した。その話も書いた:『全米の民兵へのメッセージ、チンピラ左翼と工作員について[ランジェリーではない]』
ホワイトハウスの芝生の上で、どちらの話を使うか迷った。5日になって、私は群衆はジェリー・ガルシアが誰だか知らないかもしれないと判断したので、その話をオンラインで書き上げ、DCに到着した群衆に数回ツイートし、1月6日の朝、演説に使うと決めたモルドバの話について簡潔に説明するリハーサルをした。
マイク・フリンも講演すると知らされていたので、マイクと私は、お互いに何を言おうとしているのか、群衆は何を聞く必要があるのか話し合った。この機会がユニークで歴史的なものだと認識していたのだ。おそらく30分で、選挙を混乱させ、結果を変えてしまった可能性の高い不正行為を世界に向けて説明しなければならないだろう。我々はその挑戦に応えるために準備をした。サイバー忍者や科学者など、一緒に仕事をしていた彼らもまた、簡潔に説明できるよう備えていることは理解していたが、その中から誰がスピーチをするかは主催者側が決めることになっていた。
マイク・フリンと私は、1月6日の朝はこのような流れになると考えていた。演説は、ホワイトハウスの南芝生で行われる。マイク・フリンは「人々の将軍」として、この瞬間を歴史的な文脈に置いて話をする。私は、自由、公正、透明性のある選挙の基本的な意義について、それからモルドバの話をする。その後、2-3 人のサイバー忍者や科学者に交代し、それぞれが 5-10 分間ずつ話し、市民の良心を悩ませるべき不正の最も明らかな点を説明する。私は経験から、彼らのうちの一人が5分から10分も話せば、良識ある人は2020年11月の選挙について重大な疑念を持ち始めだすと知っていたが、3人が話し終えた後、世界中の視聴者の80%は2020年の選挙結果がなぜ無視されるべきなのかを理解するだろうと思った。
その日の夕方、私が話すと予想していた科学者の一人から電話がかかってきた。彼は、自分の講演枠がキャンセルされたと知ったので、DCには行かないということを知らせたかったのだそうだ。その科学者は非常に物腰が柔らかく、教授のような人で、心を開いて話を聞いてくれる人には説得力があると思っていたため、私は戸惑った。11月3日の週に起こったことに深く懐疑的であるべきだと、何百万人もの視聴者を説得するために、彼よりも良い仕事ができる誰かを見つけたのだろうかと考えた。
1月6日の朝、フリンと私と他十数人でホワイトハウスの南側に歩いて行った。 特別な手配がないことに驚かされつつ、人ごみの中を必死で駆け抜けた。我々二人はスピーカーバッジを渡され、前方の特別席に着席して....その後、自分たちの講演がキャンセルされたことを知った。我々は控えめに言って途方に暮れ、我々と同じように状況をなんとか説明できる誰かがいるのだろうかと驚いていた…
ショーが始まり、すぐにフリンと私は絶望のあまり席に沈んでしまった。トランプの子供の一人が立ち上がり、ガールフレンド、あるいはボーイフレンドに「ハッピーバースデー」を歌った。ルディが立ち上がって、ジョー・フレージャーが投票したことについて、また話をした。別の弁護士が立ち上がって話した。ドン・ジュニアが立ち上がり、胸を膨らませてステージを闊歩し、共和党のブランドがトランプのブランドになったとか、トランプのブランドが共和党のブランドになったとか、ブランディングの話をしていた。その頃、フリンと私は目が合うと、互いに恐怖の表情を見て取った。後で判明するに、どちらも、この場を離れたいのかどうか尋ねており、互いに誤解したようだ。(※フリンの様子が?ステージが?)あまりにもひどかったので、主催者の中で分別のある人が心変わりし、フリン将軍にステージに立つかどうかを聞きに来たのだが、辞退した。悪ふざけが1時間以上続いた後、トランプ氏が登場し、選挙イベントや激励会と同じように話した。実際、全体は多かれ少なかれ、「私は権利を奪われた」を推す会だった。群衆に向けて、1時間後に投票を始める上院議員たちに向けて、自宅で視聴するアメリカ人に向けて、自由で公正で透明性のある選挙の先導者としてのアメリカに期待を寄せる世界に向けて。2020年11月の選挙で何が間違っているのか、そしてなぜ我々は徹底した調査を要する深刻な不正があったと信じているのか理由について、説明しようとする努力は全くなされなかった。大した努力は一切ない。
代わりに、激励会を行った。それだけ。「私は奪われた」トランプ激励会。
前列から離れることができた瞬間、私とフリン、そして私と一緒にいた全員が、出口に向かってダッシュした。感想を話し合ったとき、フリンは怒りを抑えるのがやっとの様子だった。これが全世界に状況を説明する最後のチャンスだったのに、トランプは激励会に利用したのだ。「彼はそれを理解していないだけだ」と、我々は���テルに向かって群衆の中を嵐のように駆け抜けながら、お互いに繰り返した。「彼は自分事ではないのだとわかっていない。彼はクソ激励会をした。彼は自分のことではないと理解していないんだ」と怒りと絶望の中で何度も何度も繰り返した。15分後、ホテルに戻ると、二人とも荷物をまとめ、二人とも胃が痛くなり、議事堂に向かい移動する群衆に合流しようと出発することはなかった。
※やたー訳したー。げそー。他の章はまだ途中。 ※1/6あのトランプの演説を見て、私もなんでこんなダラダラ同じような話ばかりするのか?あきれて割と絶望していたので、このバーン氏の記事を読んで、ほんと胸のすく思いがした。似た思いをした人がいたのか…ウルウル。いやバーン氏らの方がショック深刻だったろうし、いずれにせよ現在進行形でいい結末ではないけれど。あー面白かった。ノンフィクションは続きます。いつか選挙不正の証拠の数々がきちんと白日の下にさらされますように。そして本になりますように。
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takahashicleaning · 5 years ago
Link
TEDにて
エリック•X•リー:二つの政治体制の物語
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
欧米社会における一般的な考え方では、社会システムが発展するにともない、資本主義社会システムを形成し、複数党から成る民主主義システムになります。
正しいですよね?
中国人の投資家であり、政治学者であるエリック・X・ リーの見解は違います!選挙システムを基準にした発展途上国では、争いが絶えません。この場合は、開発独裁が有効。
開発独裁は、ある水準以上の経済発展(ポール•ローマー教授が提唱する内生的成長理論が想定した「規模効果」のこと)の為には「政治的安定」が必要であるとして、国民の政治参加を著しく制限し、独裁を正当化すること。
また、そのような政治運営を通して達成した経済発展の成果を国民に分配することによって、支配の正当性を担保としている政治体制を「開発独裁体制」といいます。
政治研究者として初めて「開発独裁」という用語を用いたのはカリフォルニア大学バークレー校のジェームス・グレガー。日本の戦後復興時代の自民党の55年体制も該当するかもしれません。
2018年時の中国は、このジャパンミラクルと言われる経済体制を学び、取り入れています。人口が日本の10倍はあるので規模の効果は10倍になることが予想できます。
国家レベル規模では、開発独裁。しかし、透明性の高い民間レベル規模になるとトップダウンと良い意味で使われるが本質は変わらず性質が変わる。
人口規模をテコに中国が日本の成功モデルを拡張しているシステム。アメリカの大統領システム。物理学でいうラグランジュ点(トリレンマ)があるならば両方正解かもしれません。
サンデルのいう功利主義。ドラッカーのポスト資本主義。ネクストソサエティー。
通常の概念にチャレンジするトークのなかで、現代国家を成功に導く道は、一つではなく複数のシステムがあるということを語りかけます。
子供の頃、こんな話を聞きました。人類について知っておく必要があることを全部教えてくれるものです。その話によれば、人間社会システムは全て、同じ段階を踏んで発展します。原始社会から始まり、奴隷社会。封建社会。資本主義。社会主義を経て、最後はどこに辿り着くでしょうか?
共産主義です!遅かれ早かれ、全ての人類は、文化、言語、国籍に関係無く、政治的、社会的に発展を遂げた最終段階に到達するでしょう。そして、全ての民族が地上の楽園で結束し、末永く幸せに暮らすでしょう。
でも、この物語を実現するには、善と悪との戦い。つまり、善たる社会主義と悪たる資本主義との戦いで、善が勝たなければなりません?もちろん、これはカール・マルクスの理論を基にした「メタナラティブ」でした。中国人はこれを取り入れました。
私達は、この大きな物語を来る日も来る日も教え込まれました。次第に、私達の一部となりすっかり信じ込みました。この物語はベストセラーものでした。全世界の3分の1の人々が、このメタナラティブのもとに住んでいました。その後。世界は一夜で変わってしまいました。
私といえば、自分の信条が失敗したことに幻滅して渡米してバークレーでヒッピーになりました。そこで、青年時代の私が経験したのは、まるで一つの物語では事足りないように、別の「メタナラティブ」を聞かされました。こちらも壮大な話で人間社会はただ一つの終点に向かって、同じ段階を踏んで発展するという主張です。
具体的にご説明します。全ての社会は、文化やキリスト教、イスラム教、儒教に関わらず、グループが基本的な単位である伝統的な社会から個人が原子のように自律した単位となっている近代社会へと発展するはずで、ここでの個々。人は理性的であり、人々が欲しているのはだだ一つ投票です。
なぜなら、人々は合理的なので、投票さえすれば、良い行政府が生まれて末永く幸せに暮らせるからです。ここでも、地上の楽園ができるわけです。いずれ全世界で選挙制民主主義が選ばれて、これが唯一の政治体制となり、自由市場と共にすべての人がお金持ちになります。
でも、この物語を実現するには、またも格闘しなければいけません!
そう、善と悪の間です。善とは民主主義を支持する人々で、民主的な選挙を行わない悪の国に時には力ずくで���世界中で民主主義を広めるミッションを担っています。この話もベストセラーになりましたね。
Freedom Houseの統計によれば、民主主義国家の数は、1970年の45ヶ国から2010年には115ヶ国になりました。過去20年もの間。西洋のエリート達は、休む間もなく世界中でこの展望を売り回ったわけです。
複数の政党が政治権力の奪い合いをして民衆が投票を行うことが長きに渡って苦しんでいる途上国に対する唯一の救済の道です。
この道を進めば成功間違いなしというわけです。その道を外れれば、すなわち失敗です。この時は、中国人はこれを取り入れませんでした。私も一回はだまされましたが・・・結果は、歴史を見れば明らかでしょう。たった30年にして中国は世界の最貧農業国から世界第2位の経済大国になりました。
6億5千万もの人々が貧困から抜け出しました。その時期に成功した全世界の貧困緩和の8割が中国で行われました。つまり、全ての新・旧民主主義国家をすべて合わせても、選挙を行わない、一党独裁国家が成し遂げたことに届かないのです。規模の巨大な開発独裁ですが・・・
ここ。私のホームタウンでは、自分のビジネスが急成長しています。毎日のように新しい会社が生まれています。人類史においてミドルクラスが前例のない速さとスケールで拡大しています。しかし、先ほどの大きな物語によるとこんなことは起こるはずがありません。
そこで自分が唯一できること。調査を行いました。ご存知のとおり、中国は中国共産党による一党独裁の国家で選挙は行いません。私たちの時代に優勢だった。政治論を用いて3つの仮説が立てられました。中国の体制は、運営的に柔軟性がなく、政治的に閉ざされていて道徳的に正しくないと。
実は仮説は間違いでした。実際は、その反対でした。中国の一党制は3つの特徴があります。適応性。エリート主義。合法性です。ほとんどの政治学者は一党制は本質的に自己補正が不可能であると言います。ですから、適応できずに長続きしないと仮定します。
ところが事実はどうでしょうか?世界で一番大きな国を64年も存続させ、近年では他の追随が無いほど、中国共産党の政策は幅広いです。急進的な集団農場化から大躍進政策。農地の準私有化。文化大革命。鄧小平の市場改革。後継者の江沢民は、資本家の共産党入党を認める大きな政治的一歩を踏み出しました。毛沢東の時代には想像だにしなかったことです。
ですから、党の自己補正は、こんな劇的な形で行われています。制度的に新しい規則は、機能不全に陥った規則を補正する形で制定されます。例えば、任期制です。かつて、政治指導者の職務は終身制で。指導者はそれを利用して権力を大きくしたり、自らのルールを押し付けたりしました。
毛沢東は、現代中国建国の父ですが、長きに渡る支配は、悲惨な失態をもたらしました。そこで、中国共産党は、定年退職年齢を68~70歳に設定しました。2018年になくなりました。
大胆に聞こえるかもしれませんが、政治改革においては中国共産党が世界の先駆者です。
第2の仮定は、一党独裁国家は、権力が少数の手に掌握されることで統制がきかず、腐敗が広がります、確かに、腐敗は大きな問題です。でも、まずは、大きな枠組みで考えてみましょう。
皆さんの直感とは、相反するかもしれませんが、中国共産党は、今日の世界で能力主義が最も進んでいる政治政党の一つです。中国の最高指導機関である中央政治局は、25名の委員から構成されます。現在の体制では、その内5名だけがいわゆる太子党と呼ばれる特権階級の出身です。
他の国家主席や国務院総理を含めた20名は、一般家庭の出身です。中央委員会においては300人以上在籍していますが、権力と富のある家庭の出身者の割合は、更に少なくなります。中国の大部分の上層リーダ達は、トップにのし上がる為、競争してきました。
他の先進国や開発途上国の支配層のエリート達と比べれば、中国共産党は、出世のチャンスがとても高いことが分かるでしょう。
ここで問題なのは、一党制で本当にこんなことができるのか?欧米諸国には、あまり知られていませんが、パワフルな政治組織をご紹介します。中国共産党中央組織部です。この組織は、この人口規模では世界初で、また、最も成功している企業がうらやむほどの巨大人材エンジンのような役割を担います。
回転式のピラミッドのように運営されていて、3つの柱から構成されています。官公庁、国有企業。そして、大学や行政府管轄の事業を行う社会組織です。それぞれ違う組織のため、統合された党幹部の育成を行っています。
全3つの道において大学卒業生を採用して新卒レベルの役職を与えます。一番下の役職で科員(Keyuan)と呼ばれます。その後4つの階級を経て昇進していきます。
副科長(Fuke)、科長(Ke)、副処長(Fuchu)、処長(Chu)映画ベスト・キッドの空手技の名前ではなく、まじめな人事制度です。様々な仕事があり、村の健康管理の実施から、都市部の外国投資。企業の管理と広域です。
年に一度。組織の党員の評価が行われます。上司や同僚、部下にインタビューを行い、素行調査も抜かりありません。世論調査も駆使して、成功者を昇進させます。幹部になる者たちは、この3分野全てで仕事を経験することもできます。
特に成功した幹部は、基礎の4つのレベルを超えて、副局長(Fuju)、局長(Ju)レベルに躍進します。高官僚の道へといざなわれます。その頃には、こんな職責を負うようになります。数百万の人口を抱える地域や数百万ドルの収入がある会社の統括です。このシステムの競争率の高さをご説明しましょう。
2012年に副科長と科長レベルは、90万人おりました。副処長と処長レベルは60万人。副局長と局長レベルはたった4万人です。局長レベルを超える数少ない優秀な役員は、更に数ランク昇格して最後は中央委員会に入ります。このプロセスには20~30年かかります。
後援者は関与するでしょうか?もちろんです。でも、基本的な動力は能力主義です。要するに、党がやっているのは、中国が昔行っていた。指導教育システムの 現代版です。
中国の新国家主席の習近平ですが、元党首の息子です。これは、とても珍しいです。この手のケースは初めてでしょう。習近平でさえトップに昇りつめるのに30年掛かりました。彼のキャリアは農村管理者から始まりました。
政治局に入局した時には、全1億5千万の人口を有する地域を統括していました。地域全体のGDPは1兆5億米ドルでした。
欧米人は普通選挙権を使用した複数党の選挙が、唯一、政治的に正当であると考えます。「中国共産党は、選挙で選ばれないのなら正当性はどこにあるんだ?」と聞かれたことがあります。「能力で判断したらどうだろう?」と答えました。事実でしたら確認できますよね。
1949年に中国共産党が政権を握った時、中国は内戦から抜け出せず、他国からの武力侵略でズタズタでした。当時の平均寿命は41歳でした。今や中国は、世界第2の経済大国です。産業の規模効果で、人々の生活はどんどん豊かになっています。
これとは対照的に世界のほとんどの選挙を行う選挙制民主主義国家は評価が低いですね。ワシントンからヨーロッパまでの主要国行政府が、どれほど機能不全に陥っているかは、この場で詳しく述べるまでもないでしょう。
ほんの一握りの例外を除けば、選挙制を取り入れている多くの開発途上国がいまだ貧困や内乱に苦しんでいます。選挙で選ばれた行政府なのに、数ヶ月で支持率が50パーセントを下回り、次期選挙まで どんどん下降していきます。
民主主義とは、選んでは後悔するという終わりのない繰り返しになってきています。このままだと危機に瀕しているのは、中国の一党制ではなく民主主義ではないでしょうか?
ここで間違った印象を与えたくありませんが、中国が素晴らしくてこれから超大国とか、世界一になるなんて言っていません。その証拠に中国は大きな課題に直面しています。
厳しい変革を伴う、社会・経済問題は非常に複雑です。大気汚染、食の安全、人口問題です。政治面では、汚職が最悪の問題です。腐敗が蔓延し、制度を脆弱にしています。道徳的イメージにも影をおとします。腐敗は一党制がもたらすためこれを改善するには、全システムを変革しなければと言われています。
私たちは、一つの時代の終焉を迎えつつあります。普遍的主張となったメタナラティブによって私たちは、20世紀に失敗したにもかかわらず、21世紀にも失敗しつつあります。メタナラティブは民主主義を内側から破壊する癌です。
ここで、はっきりさせていただきますが民主主義がダメだと言っているのではありません。その反対に、民主主義は西洋の発展と近代社会の創造に寄与したと考えます。
問題は、多くの西洋のエリートが自分たちの政治体制を過信していることが現代の欧米諸国の病の根源なのです。彼らが他の国々に自分たちのやり方を押し付ける時間を少しでも削って自国の政治改革に時間を費やすならば、民主主義をうまく行なうチャンスがあるかもしれません。
中国の政治モデルが、選挙による民主主義を乗っ取るようなことは決してありません。どこでも通用するとは考えていないからです。他の国には輸出できませんがそこが重要です。
中国の例が顕著である点は、代替案を提示しているのではなく、違う政治の形態が存在しうることを自ら示しているのです。メタナラティブの時代を終わらせましょう。共産主義も民主主��もどちらも素晴らしい理想かもしれません。
でも、それぞれの普遍性を主張する時代は終わりました。周りの人たちや自分の子供たちにあるべき政治体制は一つであり、全ての社会システムが進むべき道は一つであると教えるのはもう止めましょう。間違っていますしあまりに無責任です。
ウィンストン・チャーチルはこう言いました。民主主義は酷いシステムだが、一番マシだ。
最後に、マクロ経済学の大目標には、「長期的に生活水準を高め、今日のこども達がおじいさん達よりも良い暮らしを送れるようにする!!」という目標があります。
経済成長を「パーセント」という指数関数的な指標で数値化します。経験則的に毎年、経済成長2%くらいで巡航速度にて上昇すれば良いことがわかっています。
たった、経済成長2%のように見えますが、毎年、積み重ねるとムーアの法則みたいに膨大な量になって行きます。
また、経済学は、大前提としてある個人、法人モデルを扱う。それは、身勝手で自己中心的な欲望を満たしていく人間の部類としては最低クズというハードルの高い個人、法人。
たとえば、生産性、利益という欲だけを追求する人間。地球を救うという欲だけを追求する人間。利益と真逆なぐうたらしたい時間を最大化したいという欲を追求する人間。などの最低生活を保護、向上しつつお金の循環を通じて個人同士の相互作用も考えていく(また、憎しみの連鎖も解消する)
多様性はあるが、欲という側面では皆平等。つまり、利益以外からも解決策を見出しお金儲けだけの話だけではないのが経済学(カントの「永遠平和のために」思想も含めて個人のプライバシーも考慮)
そして、政治にはまったく興味はありません。テクノロジーに興味が有ります。
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mashiroyami · 5 years ago
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Page 114 : 月影を追いかけて
 静かな空間では、時に、些細な音も雷鳴のごとく響く。ポケギアが鳴り、アランの表情は瞬時に緊迫した。  たった一人登録された、限られた人物からだと画面で確かめ、すぐに回線を繋ぐ。 「もしもし」 『手がかりがありました』  前置きも無く、開口一番端的に告げられたため、アランは一瞬耳を疑ったが、聞き違いではない。息を詰め、耳を傾ける。  次のように続く。  クヴルールの伝を使い町��いたる地点に設置された防犯カメラを確認したところ、キリの中心市街地にて何度か光の輪の残像が発見された。夜間照明に照らされた黒い肢体はまさにブラッキーのものであったという。とはいえ、町をあげた祭ともあり前日から外部から多数の観光客が足を運んでいるため、かのブラッキーであるという確証は無い。しかしそもそも希少価値の高い種族であり、誰も彼もトレーナーの傍を離れて夜の町を疾走しているとは考えづらい。野生である可能性も低い。となれば、あのブラッキーである可能性は自然と高くなる。  問題は現在地である。 『現在作動しているカメラにはどこにも姿が見えません。記録を元に足取りを追うと可能性が高いのは中心街付近となりますが』 「昨日もその辺りは行ったんですが」 『歓楽街の方面は?』  アランは口を噤んだ。  日が沈んで代わりに起き上がる場所、夜の店で煌めき、ネオン色が明滅し、色香が漂い酔い狂う歓楽街はキリにも存在する。特に昨夜は祭の前日ともありとりわけ人通りが多かった。エーフィを従えていたとはいえど、土地勘が無く気圧されたアランは踏み込めなかった。鮮やかな嬌声の纏わり付く賑やかな場所にブラッキーが潜り込むとも考えづらかったということもあっただろう。回り込んで他の場所をあたっていた。  しかし、夜の街は朝に眠る。夜が明けた今ならば、人通りはあっても夜間に比べれば安全だろう。エクトルが傍らに居れば尚更である。 『その付近に居た形跡も残っています。とはいえ、遠く移動している可能性も否定できません』 「勝手な予想ですけど、そう遠くまでは行っていない……行けないと思います」 『何故?』 「むしろ、動き回る姿の方が想像できません、最近の元気の無さを思い返すと。今は例外なんですけど」  エクトルは沈黙した。 「考えが甘いですかね」 『いえ。……いや、甘いといえばそうかもしれませんが、ブラッキーを一番理解しているのは、貴方でしょう』 「そんなことは、ないです」  一つ一つの音に力を込めて弾き出すように、語気を強くした。 『……とにかく、行ってみる価値はあるかと。ネイティオには引き続き未来予知で探らせます』 「分かりました」  まだ部屋にいることを伝え回線を切断すると、アランは身支度をする。身支度といっても、改まってするといえば、うなじを完全に覆うように伸びた髪を小さな尻尾のように括るだけだ。  エーフィと共に部屋を出る。急ぎ足で外へ向かうと、部屋に居ては気付けなかった町の賑わいに足を止めた。  雲一つ無い爽快な空から降り注ぐ白い朝日が町を照らし、白壁は眩しく反射する。大通りの方面から薄らと明るい笑声や音楽が流れてきて、陽光と混じって白壁を反射し町へ浸透している。早朝は誰一人見かけなかったホテル前も、ずらずらと人波が出来ていた。道行く人々は揃って湖へと向かっている。それぞれの傍で種類豊富な羽ばたきが行き交った。もうじき祭の目玉��一つであるポッポレースが開催される。  エーフィに気が付いた人はさり気なく若紫の柔らかな肢体に目配せする。注目自体は既に幾度も経験している。首都の人口密度に比べてしまえば空いているものの、好奇を寄せられる数が、明らかに多い。アランは小さな両の拳を固く握った。 「ブラッキーを、早く見つけなきゃ」  焦燥は滲んでいない。締まった顔つきで呟くと、エーフィも肯いた。  栗色の視線が上がる。エクトルは道路を挟んで向こう側、建物の屋根の下にいた。 「エクトルさん」  器用に立ったままノートパソコンを操作しているエクトルに声をかけると、彼は画面から目を離した。 「ああ。少しは休まれましたか」 「はい、ちょっとだけ」  病的なまでに青白かった頬は僅かに血色を取り戻し、声にも張りがある。頷いたエクトルは、パソコンをひっくり返し、アランに画面を見せる。  画質は悪いが防犯カメラの映像が敷き詰められており、それぞれ蠢く人影がリアルタイムで映し出されていた。アランは目を丸くする。 「こんなの、ここで見ていいんですか」 「さて」  濁した横で絶句するアランをよそに、欠片も悪気を感じていないようにエクトルは淡々と操作し、無数にあるうちの一つの映像を拡大する。 「この時間帯に」  昨晩、二十時十一分。  電灯に設置されているものか、僅かに上空から映した道路を一瞬、黒と黄色の残像が横切って、すぐに停止する。時間を調節して、まさに横切ろうとした瞬間で止めると、その姿形は街灯の下に明らかとなる。  探し求めている姿を画面越しに発見し、アランは息を止めた。 「……良かった」  ぽつんと零して、エクトルは彼女を見た。  顔が綻ぶと思いきや、安堵を示す言葉とは裏腹に緊張は保たれている。 「少しは、安心されましたか」 「はい」アランは言う。「どこかで動けなくなってるんじゃないかとか、誰かに捕まっていないかとか、そういうことにはなっていなさそうで、良かったです」  エクトルは小さく頷く。  確かに、ブラッキーは稀少なポケモンであるが故、野生と勘違いされれば、血気盛んなポケモントレーナーの前に現れれば捕獲に傾くのも可能性としてはある。小規模とはいえ、ポケモンバトルの大会もイベントとして行われるのだから、腕自慢のトレーナーがいてもおかしくはない。だが、捕獲用のボールに入れられ「おや」が認証されているポケモンは、基本的には捕獲できない。ポケモンについて少しでも知識を囓っていれば誰もが知る常識事項である。  一方、例外もある。  トレーナーのいるポケモンが犯罪行為に及んでいる際、現場を抑え込むために特殊なボールを使って強制的に「おや」を上書きし捕獲に踏み込む場合がある。倫理規定の側面からすれば黒寄りのグレーゾーンだが、小さくはない抑止力を持つ。一歩間違えれば犯罪に使われかねないため、普段は首都アレイシアリス・ヴェリントン中央区にある警察庁にて厳重に管理されているとエクトルは噂に聞いている。必要時にはテレポートで各地に飛んでいけるだろうが、今回のような片田舎のたった一匹の脱走劇に使用されるとは考えにくい。  制止し難い行為、たとえば、無差別な殺戮さえしなければ。最も、そのような事態に至れば捕獲というレベルに収まらない場合もある。  幸い、ブラッキーが攻撃行為に及んでいる話は流れてきていない。恐らくは、彼はただ逃げて、どこかに身を隠している。既に理性を取り戻していれば、ひとまずは穏便にアランの元へ帰ってこられるだろう。だが、ブラッキーに会わなければ話は進まない。 「比較的人通りの少ない細い道を選んでいるように見えますね。稀少なポケモンですから、近辺に聞き込みをすれば、目撃情報も得られるかもしれません」  エクトルはパソコンを操作し、今度は画面に地図を広げる。色素の薄い画像はキリの中心街を示しており、目を引きつける赤のマーキングが点々とつけられている。ブラッキーの姿を確認した地点である。彼の辿った道筋が浮き上がってくる。  まっすぐ道を疾走しているのではなく、迷うように右往左往としていた。同じ場所を数回通過している様子が窺えるが、二十二時頃を境に足取りが忽然と消えている。既に半日近く経過している。遠方に逃げ去っている可能性も捨てきれないが、中心街を彷徨っている様を汲み取れば、まだ希望は捨てきれない。 「隠れているんでしょうか」 「その可能性もあります」 「行きましょう」  アランが即座に言う。エクトルは頷いた。  場所としては遠くない。徒歩で中心街の方面へ向かう。  大通りに出て彼女達の視界を埋め尽くすのは、朝から活力を漲らせている祭の光景であった。  各地から町を繋ぐ駅を要し活発に人が行き交うそこは、湖畔とは別に、花々の飾り付けは勿論のこと、食事や雑貨の並ぶ出店が立ち並び、香ばしい匂いが漂う。大道芸人が道端でパフォーマンスを披露して歓声が飛び、青空に相応しい金管楽器の華やかな音声が突き抜ける。クラシックギターを使った弾き語りに観衆が聴き入っている横で、人慣れしているのであろうピジョットのような大きな体格の鳥ポケモンが注目を浴びていた。上空の旗には小型の鳥ポケモンが並んで毛繕いに勤しんでいる。駅前から湖畔へ伸びる大通りは朝から歩行者天国となっており、浮かれた子供達が走り回る声に、忙しなく湖畔へ足を向ける町民や観光客の期待を込めた声に、彩色豊かにごった返していた。  仮にあのフカマルがいれば、喧噪に煽られ盛り上がる姿が見られたことだろう。もしかしたらザナトアと共に今頃湖畔で楽しんでいるかもしれない。  晴天の吉日、白い輝��に満ちた町は、アラン達との温度差を明確にする。  活気を膨らませた空気に馴染むことなくアランは周囲を見渡す。首都に負けるとも劣らない熱気ある人混みの中では、ブラッキーの姿は当然のように無い。エーフィに目を配るが、彼女も首を横に振った。  途中、以前エクトルと共に訪れた、アシザワの経営する喫茶店の前を通った。扉には閉店を示す看板がかけられている。赤いレインコートで雨中を踊っていた少年と赤毛の上品な女性を引き連れて、どこかに出かけているのだろうか。  場所を変える。  エクトルに連れられ、アラン達は出店の並ぶ大通りを外れて歓楽街の方面へ足を向ける。人の少ない路地を進み、奥まった建物の入り口や看板の足下、屋根の方までそれぞれ目配せする。壁の隅で蹲り顔を伏せている男の前を通り抜ける。表だった華やかな空気は少しずつ変容する。  夜こそスポットライトが盛大に当てられ多くの人間で賑わう歓楽街は、朝を迎えてしまうと夢であったように静かになる。闇夜に輝くライトは全て消灯し、競うようにひしめきあっている看板はいずれも沈黙している。昨夜は大いに盛り上がったのか、空いた酒の瓶や踏みつぶされた花飾りが道路の端に転がり、ところ構わずといったような吐瀉物を見つけて思わずアランは眉を顰めた。  閉めた店ばかりだが、独特の残滓が漂っている。それは、薄らぎながらも、濃厚な空気感だった。人通りが全く無いわけではないが、通り道に使うのみだったり、帰り際であったり、気怠げに壁に寄りかかって煙草の煙を燻らせている男女がいたり、まばらに気配は佇んでいる。頭上を飛ぶポッポは、巷の賑わいに一役買っていた姿とは裏腹に、閑古鳥の役割を担っていた。  途中、シャッターを閉めかけた夜の店の前、道を陣取るように止まっているトラックの横で二人の男性が話し込んでいる。扉が開けられた荷台には段ボールや瓶のような物体が窺える。店で使う酒を仕入れている最中のようだった。 「失礼」  目を付けたエクトルが、二人の間に割って入る。不審な視線が彼にぶつかったところで、胸ポケットからカードを取り出した。 「クヴルールの者ですが、お聞きしたいことがあります。お時間いただいても構いませんか」  差し出された身分証に目を通して、少ししてから、店員とおぼしき男性の方が顔色を変えたのを、アランの目も捉えた。 「この辺でなんかあったんすか」 「いえ。ただ、何か変わったことが無かったか確認している所です。本日は秋季祭ですので」  はあ、と怪訝に返しながら、男性は出しかけていた煙草をしまう。エクトルも身分証を戻した。 「昨晩、この周辺で不審なポケモンを見かけませんでしたか」 「不審なポケモン?」 「コラッタならいくらでも居ますよ。店の裏でゴミ食って、邪魔なんすよね。なんとかなりませんか、ああいうの」  店の責任でやってくれ、と返したくなるところを抑え、無視する。 「コラッタ以外では?」 「あとはヤミカラスも困ったもんすけど。他は、でも鳥ポケモンは夜は大体いませんし」視線を横に移す。「そんな変わったことあったか」 「知らんよ」  店員に話を振られた傍らの男性はむすっと首を振る。無理も無いが、警戒心を顕わにして隠そうとしていない。 「ま、夕べは祭の前日ですし、見慣れないお客さんも他から来るから、外部のトレーナーが自慢げにポケモン見せるってことはありますよ」 「たとえば、ブラッキーは?」  背後にいるアランがさり気なく視線をエクトルの背に向ける。 「ブラッキー?」  男は眉を潜める。  見覚えが無いというよりも、種族名自体を知らないのだろう。ぴんとも引っかからない表情を浮かべ、隣を見やるが、視線を受けた方も微妙な顔つきをしていた。 「イーブイの進化形ですが」 「イーブイなら解るけどなあ」  稀少ではあるが、愛くるしい外見から愛玩用としてたびたびメディアでも取り上げられる。その進化形も他のポケモンと比較すれば知名度の高い部類に入るが、彼等は興味を持っていないのか、曖昧な返答である。  エクトルは溜息を呑み込み、手に提げていた黒革の鞄から一枚の写真を取り出す。アランのブラッキーかどうかは定かではないが、くっきりと全身が写された画像が印刷されている。  差し出されたものを確認して、二人して声をあげた。 「見覚えがありますか?」 「あ、いや」慌てて店員は首を振る。「こいつがブラッキーかって思っただけで。これならテレビで見た覚えがある」 「俺も。……こんな場所で見るか? 結構珍しいんでしょ」  記憶には引っかからないようだ。エクトルは早々に諦め、二人に礼を告げて別れた。下手に詮索して勘付かれては困る。 「……なんか、おっかなかったな」  遠のいていく背中が、声の届かない範囲まで歩いて行った頃を見計らい、運転手は肩の力を抜いてぽつりと呟いた。 「クヴルールサマってやつだよ。余計なことを言ったら締められる」 「なんだそれ」  真面目な顔で言う店の男をせせら笑ったが、冗談ではないようで、笑うに笑えないような居心地の悪い空気が漂った。 「あの大男もそうだけど、俺はあの後ろの子供もなんか変な感じがして、厭だったな」 「ああ」  図体が大きく、佇まいのみで威圧するエクトルの背後。  大人同士のやりとりを、一歩下がってアランは静かに睨むように見つめていた。殆ど瞬きもせずに、顔の皺の動き一つすら逃さずに記憶に留めておこうとするような小さな迫力があった。ただの子供だというのに、見張られている感覚には、大の男であっても脅迫的なイメージすら持たせた。 「というか、何、知らないのか」 「何が」 「何がって。あのカード見てなんも思わなかったわけ」 「そんな大層な輩だったのか?」 「大層というか」  面倒臭げに頭を掻いてから、店の男は苦い顔で呟いた。 「自警団ってやつ? クヴルール家に害ありと判断したら、誰であろうと容赦無くこう、らしい」  と言って、片手で首を横に切る仕草をしてみせた。
 エクトル自身ははなから大した期待はしていなかったが、初発は空振りに終わった。その後も注意深く周囲を確認しながら、ブラッキーが映っていた防犯カメラの付近に向かう。どれほど理性的に行動しているか不明な相手に対して、地道に足取りを辿る行為に意味があるかは解らないが、現場の確認はしておくに越したことはない。 「ここですね」  エクトルはそう言って、立ち止まる。三叉路にあたり、左右に分岐する地点に向けて防犯カメラが電柱に設置されている。アランは現場に立ち、ブラッキーが一瞬映った場所に立つ。彼は突き当たりとなっている部分を左側へと走って、画面外へ消えた。  雪道でも泥道でもないのだから、足跡は残っていない。僅かな痕跡を探るように、エーフィは周囲を嗅ぎ回る。  左へ曲がって道を辿ると、両脇を雑居ビルが立ち並び、細い隙間のような路地が通っている。朝の日差しを浴びながらも、昨日の水溜まりが乾ききらない、閉塞感を抱かせる湿り気がある。 「ああいう外付けの階段とか、簡単に昇れそうですよね」  アランはビルの壁に沿うように設置された階段を見ながら呟く。 「屋上の可能性ですか」  エクトルが上空を仰ぐと、アランは肯く。 「上の方も探していないので。ブラッキーの身軽さだったら、屋上を跳んで渡るのもできそうな気がします」 「このくらいの距離なら、可能でしょうね」  隣接したビルならば遠くてもせいぜい二、三メートルの距離だ。建物の間を繋いでいるケーブルや、旗の紐を足場にすればより容易なように見える。 「ただ、ビルの高低差がありますから。ブラッキーの体調が万全でないのならそう簡単なことでもな��かもしれません」  と、彼方から小さな花火の音が聞こえてきた。  ぽん、ぽん、と、軽快な響きに、アランは自然と音のした方に顔を向けた。 「ポッポレースが始まりますね」  腕時計を確認しながら、エクトルは呟く。 「ポッポレース……」 「出場する予定でしたか?」  すぐにアランは首を振る。ザナトアが出場することは噤んだ。 「エクトルさんは、大丈夫でしたか」 「何が、でしょうか」  彼にとっては何気ない一言だったが、些細な言動にどこか棘のあるような色が含まれる。尋ね返されて、アランは一度閉口した。 「その、お祭りに、行かなくて」  エクトルは僅かに目を丸くした。苦笑いを浮かべる気にもなれず、静かに首を振る。 「祭に浮かれるような人間ではありません」 「お祭りの仕事もありませんか」 「今は休んでると言ったでしょう。やることも無いんです。お気になさらず」  人の様子を必死に嗅ぎ取ろうとしている、とエクトルは思う。ただ顔色を覗うだけではなく、その奥にある真意も探ろうとしているような目つき。  アランが探りを入れても、エクトルにとって祭に対する思い入れは薄い。  祭もポッポレースも、エクトルに参加した記憶があるのはかすかな少年期のみだった。クラリスに仕えるようになってからは、祭日は屋敷から出ずに、クラリスと共に、窓から遠景に見える鳥ポケモン達の羽ばたきや、花火を眺めるぐらいのものだった。普段は立ち入ることのできないクヴルール家の屋敷の面した湖畔だが、祭日は例外で、かなり接近することができる。それは外敵の侵入を比較的容易にする時間帯でもある。クヴルールはキリで随一の権力を持つが敵���多い。のんびりと目を輝かせているクラリスの傍で、彼女とは異なる意味で目を光らせていた。癖は簡単に抜けるものでも無く、エクトルには秋季祭も気を張り詰める日である認識が強い。その役割が終わってもなお、結局祭の賑わいからは縁遠い立ち位置にいるとは、笑い話にもならない。 「ブラッキーに集中しましょう」  逸れた気を戻すようエクトルが促す。自らに言い聞かせる言葉でもあった。  暫く道なりに進めば、やがてブラッキーが最後に防犯カメラに映った地点に近付いていく。歩いてみれば、先ほどの地点からそう遠くはない。迷うように道を行き来していたのか、休息をとりながら移動していたように予想される。  その途中、ふとアランは足を止めて、左手の方へ視線を向けた。  薄汚れた白壁が立ち並んでいた中、石造の、他より幾分古びた建物が現れる。町の中に追い込まれたようだが、しかし屋根の高い建造物。天に向けて高く伸びていた。緑青色の屋根は長く酸化し続けて変容させてきたような、独特の色合いをしている。 「教会ですね」  見とれていたアランの隣で、エクトルが言う。 「水神様の、ですか」 「はい」  祭日を祝ってであろうか、町に並んでいるような花を模したカンテラが巨大な扉を挟むようにこじんまりと飾られ、硝子に囲まれた炎がちらちらと揺らいでいる。その下には吊り下げられるように青い花が飾られていた。  祭日とはいえ、人は湖畔や大通り沿いの方面に偏っているためだろう、人気は無かった。 「……中に入ってみてもいいですか?」  アランが尋ねると、エクトルは目を瞬かせた。 「ブラッキーが中にいるかもしれない、と?」 「はい……居なくても、何か手がかりがあるかもしれません」  エクトルは小さな教会を改めて見やる。少なくとも、昨夜、この周辺にいたのは間違いない。深夜帯以外は自由に出入りが出来るようになっているが、逆に夜間に隠れるには絶好の場所になる。目の付け所としては悪くないか。水神を信仰する教会は基本的にクヴルールの管轄であり、エクトルの顔も効きやすい。彼は頷いた。  開かれた小さな門を潜り、入り口を隠すような形になっている壁の横をすり抜ければ、すぐに中へと続く玄関がある。冷えた印象を持たせる灰色の床を踏み抜いて、中へ入ると、高い屋根の印象を裏切らない空間が目前に広がった。  古びているとはいえどちらかといえば白の印象を持たせる外観だったが、天井には群青をベースに、人や、鳥ポケモンや湖のポケモンと見受けられる生き物達が躍動的に描かれていた。両脇の巨大な磨り硝子は無色だが、正面のステンドグラスは薄い青の硝子を張っており、入り口から見ると白い陽光と青い陽光が混ざり合うようだった。  建物を支える柱には翼を持つ獣や人の巨大な石造が並び、天井まで意匠は凝らされている。  地上にはいくつもの石造のベンチが整然と並べられ、一番奥は一段高くなっている。目を引くのはその中央を陣取る、獣とも、人間ともとれるような、不思議な石造だった。天を仰ぐ右腕は人のもの、左腕は獣のもので、布を纏った身体には鱗のような模様も窺える。その周囲を鳥ポケモンの石造が豊かに舞い、今にも動き出しそうな実に躍動的な姿が彫られていた。  入り口に立ったまま動かないアランをエクトルは急かそうとはしなかった。軽く内部を視線で探ってみるが、ブラッキーはひとまず見当たらない。 「……水底にいるみたい」  ぽつんと呟いたアランを、エクトルは横目で見やる。 「……昔、水神様と人間は、同じ空間で生活を共にしていたと言われています」  アランは隣に立つエクトルを見上げた。 「しかし、嘗て町を沈めるほどの巨大な豪雨が訪れました。水神様は人間とポケモン達を助けるため、彼等に遠くへ逃げるよう指示し、町を深く巨大な穴のように沈め、そこに大量の雨が流れるように仕向けました。そうして雨水は全て穴に流れ込み、現在の湖になり、水神様はかつての町と共に水底に沈まれたと伝えられています」 「……」 「以来、水神様はいずれやってくる大きな災害を予兆し、民の生活を救おうとされている……そのために、水底から町の未来を視て、地上の民に伝える。その伝達を担うのが、人間と水神様を繋ぐ、噺人」 「それが、クラリス」 「ええ」  アランは、正面の奥に佇む、半獣半人の石造を見つめる。 「あれは……水神様ではなく、噺人を模しているんでしょうか」 「真正面の石造ですか」 「はい」 「水神様ではなく?」  言うまでも無く、信仰対象は水神であり、噺人ではない。 「はい。……水神様は、ポケモンだと、クラリスが言っていました」  するりと出てきた言葉にエクトルは眉を潜め、反射的に周囲に目配せしたが、近くに人は居ない。しかし人が居ないが故に声は通りやすい。 「言葉には気をつけてください」  わざと語調を強めると、アランは俯いた。 「すいません」強制的に話を終わらせるように、アランは不器用に微笑みを浮かべた。「ブラッキーを探しましょう」  微妙な距離感を保ち、二人は奥へと進む。石の床を叩く足音が上へと抜けていく。  エーフィは軽快な身のこなしで動き回り、長椅子に跳び乗ってそれぞれ確認する。  最奥にある一段高い敷居の手前には腰の高さの鉄製の柵が設置されている。明確な区画だが、ブラッキーにとってはあってないような柵だろう。巨大な半獣の石造を中心として、柵の向こうはゆとりのある空間がとられている。アランは青い逆光に照らされている石造を再度見上げてから、柵の前に立ち、装飾の隙間に彼の影が無いか目を凝らすが音も気配も感じ取れない。冷たく整然としていて、虫一匹紛れ込む隙の無いような雰囲気すらある。  ここにもいないのだと、彼等の間を諦念が流れ出す。  と、背後、入り口の方から足音がした。氷のように冴えた沈黙では、音の一つ一つが響く。  弾かれアラン達が振り返ると、月の獣ではなく、漆黒のコートのような、足下まで裾が伸びた服を身につけて玄関口に立つ女性がいた。ザナトアほど老いてはいないが、エクトルよりも年齢は上に見える。深くなろうとしている皺に柔らかな印象を持たせながら、彼女はゆっくりと会釈した。その手には白い綿を実らせている芒のような植物をたっぷりと生けた花瓶を抱いていた。  奥の石造へまっすぐ繋がる群青のカーペットを通らずに、壁に沿って奥までやってきて、柵の手前、端に鎮座する台にその花瓶を置いた。表通りを彩る花々よりも随分と質素だが、静粛な空間に似つかわしい趣深さがある。 「……何か、ご入り用ですか?」  観察するように眺めていたアランに彼女は声をかける。優しく撫でる声をしていて、表情も同じように柔らかい。  それから、既によく知っているのか、エクトルに向けて深々と礼をした。それは目上の者に向けて礼儀を以て対応する姿であった。しかし、頭を下げられたエクトルも深く一礼し、口を開く。 「少し、探しものを。勝手に入り、荒らして申し訳ございません」 「とんでもない。ここは誰にでも門戸を開いていますから。私の目には、何か隈無く目を配っているようにしか見えませんでしたよ」  女性はゆったりと微笑んだ。  彼女はこの教会に常在している司祭であり、サリア・クヴルールと名乗った。秋季祭の間もここに携わり、祈りを捧げているという話だった。床にぎりぎり届かない長さの黒い服装は彼女達の正装なのだろう。  つられるようにアランとエクトルもそれぞれ名乗れば、彼女はエクトルの名はやはり知っている様子であり、存じ上げております、とただ一言穏やかに言った。 「しかし、秋季祭だというのに、湖畔ではなく何故ここに。お手伝いできることであれば、私もお探し致しますよ」  アランとエクトルは一瞬視線を交わし、アランの方から歩み出た。 「ブラッキーを……ポケモンの、ブラッキーを探しているんです。夕べ、この辺りにいたことは解っているんです。もしかして、見かけていませんか」 「ブラッキー……?」  サリアは口許に手を当て、蒼く透いた瞳を丸くした。  手応えを感じ、アランは思わず身を乗り出した。 「知っているんですか?」 「その……はい。皆様が探しているブラッキーかどうかまでは解りませんが、確かに昨晩、ここにおりました」  アランはエクトルを振り返る。エクトルは驚きを顔には出さなかったが、促すようにアランを見て頷いた。  ここにいた、ということは、今はここにいない、という裏返しでもある。しかし、確かな証拠を明らかにすれば、彼へ至る道筋が一つ見えてくる。 「詳しく聞かせてもらっていいですか」  エクトルが言うと、サリアはすぐに了承した。
「秋季祭の前日ということもあり、昨日はこの場所も一日中頻繁に人が出入りしておりました。水神様への感謝と祈りを込め、昨晩は小さなコンサートを催しておりました。キリの皆様は勿論、他所からの方々も来られ、音色に耳を傾けておりました」  弦楽四重奏に独唱を重ねた、こじんまりとした演奏ではあったが、教会全体のすみずみまで音が沁みていく素晴らしい時間であったという。  人々がそれぞれ長椅子に腰掛け、サリアは教会の入り口近くの壁に控えて、演奏を傾聴していた。定期的にこの場に呼ぶ顔なじみの演奏者達が幾重と重ねる音の層は、聴く者を癒やし、そしてどこか哀しみも湛えながら、自然と心に浸透していく。  そうして演奏をしている最中、小さなお客が教会の入り口に立った。誰もが演奏に集中している中、音も無く入ってきたという、美しい身体の獣。  それが、ブラッキーだった。 「はじめは声をあげそうになりました。しかし演奏中でしたので、物音一つ立てるのも憚られて」 「……ブラッキーは、どんな様子でしたか」  アランは尋ねる。 「特に、何もする様子はありませんでしたよ。引き寄せられてきたようにここに入ってきて、……あの辺りですね、私の居た場所の、反対側の、一番端にある柱の物陰に座り込んで、それからは暫く音楽を聴いているように見えました」  サリアは教会の最後方、今アラン達の立つ奥の位置から見て、左側を指した。壁に沿うような柱がいくつか立っており、鳥ポケモンを模したような石造が彫られているが、そのうち、建物のほとんど角にあたる部分にブラッキーは居たのだと言う。  演奏中は奏者の付近のみが照らされ、客席の後ろに向かうほど暗闇は濃くなる。隠れているようで、ブラッキーの放つ小さな光は、よく映えたと言い、些細な動きもよく解ったらしい。しかし、彼は殆ど身じろぎすることなく、静かに長座した。サリアは、きっとあの獣も音楽を聴いているのだと思った。  演奏が終わり教会内全体が点灯すると、ずらずらと人々は教会を後にし始めた。興奮の色濃い中で、隅で黙って蹲る獣に気付く者は誰もいなかった。サリア自身も、教会を訪れた人々に声をかけられたり、演奏者にお礼をしに行っている間は、すっかりブラッキーのことを忘れていた。  演奏者を見送り、教会から人がさっぱり消えて、演奏に震えた心地良さの最中でほっと肩の荷が下りたところ、さてそろそろ教会を閉めようかと見回して、はっと気付いた。あのブラッキーは、どうなったのだろう。 「慌てて見に行ったら、まだ同じところに居たんです」  床に身体を倒し、寛いでいるようにも見えた。眠っているかと思ったが、近付くと、赤い目が動いてサリアを捉えた。無意識に足を止めるような強い視線だった。  その場には、サリアとブラッキーしかおらず、沈黙が続いた。  ブラッキーが野生なのか、人のポケモンなのかは解らない。しかし、サリアは追い出すことも、声をかけることもせず、そ���としておくことにした。どんな獣であれ、ポケモンを労ることは、水神様に祈りを捧げる者として迷いのない行為であった。サリアは裏手に戻り、キリの住民から分け与えられた木の実を持って、ブラッキーから少し離れた地点に置いた。もしかしたら寄ってくるかもしれないと希望を抱いたが、彼はちらと視線を寄越しただけで、やはり動かなかった。  誰も寄せ付けようとせず、ひたすらにその場から動かずにいる姿は、身体を休めているというよりも誰かを待っているかのように見えたと言う。 「ブラッキーは、貴方を待っていたのかもしれません」  おやであるアランを見て、ぽつりとサリアは言った。  アランは甘い言葉に揺れることなく、顔を俯かせ、静かに首を振った。 「解りません。……自信はありません」  その理由を彼女は続けなかったし、サリアやエクトルも深く掘り下げようとはしなかった。アランの言葉に滲む、強い拒絶のような意志を静かに感じ取ったからだった。 「でも、結局その後、ブラッキーはどこかに行ったんですね」 「はい。普段、夜中は閉めるんですが、昨晩は結局一晩中開けていました。夜明け近くになって見に行ってみたら、既に姿は無く」  でも、と続ける。 「置いていた木の実を、一つ食べてましたよ」  サリアは嬉しそうに笑んだ。 「……そうですか」  アランは、優しげな声でただ一言ぽつんと呟いた。  ヤミカラスを襲撃してから、他のポケモンや人を襲うこともなく、完全な拒絶をすることもなく、彼は彷徨っている。たった一匹、慣れぬ土地を渡り、この教会は彼にとってひとときの微睡みの空間となったのかもしれない。  エクトルは沈黙するアランを横目にしながら、考える。仮にサリアの言うように、ブラッキーもアランを求めているのだとすれば、今は擦れ違いを起こしているに過ぎない。会うことさえできれば、元の鞘に収まり、何故今回のような衝動的な事件を起こしたのか、その疑問への追求に集中できるだろう。だが、浮かび上がる懸念事項への警戒を続けるに越したことはない。 「ただ、その後どこに行ったかは解りません。お役に立てず、申し訳ございません」 「そんなことないです。ありがとうございます」  慌てて頭を下げるアランに、サリアは微笑ましさを覚えたようで、にこやかに笑う。 「私はポケモンに詳しくありませんが、草臥れたような様子だったので、時間が経っているとはいえまだこの辺りにいる可能性はあるかと思います。見つかるといいですね」 「はい」  サリアに礼を言い、彼等は教会を後にしたところで、エクトルは不意に呼び止められた。 「……何か?」 「一つだけ。……クラリス様は、ご健勝でいらっしゃいますか」  エクトルは表情を変えず、暫し言葉を選ぶように沈黙してから、顔を上げる。 「元気でいらっしゃいます。先日成人の儀をつつがなく終え、噺人としての責務を全うされておられます」 「ああ、そうですか。安心致しました」  サリアはぱっと喜びを素直に顔に出した。  彼女はエクトルがクラリスの付き人であることを知っているのだ。クラリスの現状を知る者は、クヴルールの中でも限られている。教会を預かる身であるサリアも、大きな枠からすれば末端の身なのだろう。  水神様のご加護を、と手を合わせた彼女の別れの挨拶を受け、外に出れば、天頂に迫ろうとする太陽の光が目を突いた。 「クラリスが、噺人として生きていく。それで、本当に良かったのか、私には解らないんです」  玄関から数歩離れ、サリアを含め周囲に人の気配が無くなったところで、アランは呟いた。独り言のように小さな声だが、エクトルへ向けた言葉でもあった。エクトルはゆっくりとアランを振り返る。 「キリの外に出ることを願っていて、自由を求めていて……最後、クラリスは手紙で、受け入れているように書いていましたけど、それは本当のクラリスの思いだったんでしょうか。私にはそう思えなくて」 「……良い悪いではありません。お嬢様の意志も関係ありません。噺人として水神様に選ばれた、そうと判明した時から、全ては決まっていました」 「でも、何も閉じ込めなくたって。一番大切なのが季節の変わり目なら、それは一年に四回。その間くらい、自由にさせてあげたって、いいじゃないですか」 「噺人は、時と心を水神様に捧げます」  アランはエクトルを見上げる。 「時と心?」 「ええ。生きているその時間。心は、清純でなければ水神様をお言葉を頂くどころか、水神様に辿り着くことすらできないと言われています。だから、噺人は日がな一日、水神様に祈りを捧げ、心を手向ける。そこに余計な感情は要らない、と」 「余計な感情……クラリスが自由を望んだことが、ですか。他の町へ行ったり、誰かを好きになったり、友達を作ったり、キャンプをしたり、ああいうなんでないことを望むのは、余計なんでしょうか」  エクトルの内心にそっと棘が立つ。 「あくまでも、噺人としては、です」 「でも、クラリスにその自由を望ませたのは、エクトルさんじゃないんですか」  エクトルの表情が僅かに歪んだ。 「私が?」  鈍い低音に気圧されるように、アランの目が揺らいだ。 「……はい。クラリスは、外の世界に強い憧れを持っていた。旅の話をよく聞きたがった。旅の話を聞くのが、好きだって。それは、エクトルさんの旅の話を聞いていたから、でしょう?」  流石に強い威圧に怖じ気づいたのか、慎重に言葉を吐いた。対し、エクトルは厳しい視線をアランに刺す。  彼女はエクトルの過去を知っている。ザナトアから聞いたのだろう。どの程度か彼には不明だが、少なくとも、嘗てアーレイスをポケモントレーナーとして旅をしていた事実を知っている。エクトルにとってはとうに遙か昔に追いやって薄ぼやけた記憶。キリに籠っていては感じられない他地方の空気、町、人々、文化。自ら足を運んで見聞が広がる喜び、育成の楽しさ、勝利の達成感、どうしても勝てない苦しみ。縁を切ったはずの家に連れ戻され、顔を突き合わせた、腐敗した狭小な世界に閉じ込められる運命にある憐れで美しい少女。 「エクトルさんだって、できるだけ、クラリスの好きなようにいさせてあげようと」 「クレアライト様」  早口で制す。敢えて呼んだのは、彼女のまことの名だった。アランは眉間を歪める。 「憶測だけで物事をはかるのはおやめください。……お嬢様に旅の話を聞かせたとは、仰る通りです。しかし、私に語るものがそれしかなかっただけ。悩まれた末、お嬢様は自らクヴルール家に戻ることを選ばれました。そうする他なかった」  努めて静閑たる語調ながら、一言一句が刃であった。息を呑むアランの前で、大きな息を吐く。 「それだけが事実です」  ぽつりと、突き放した。  アランは何か言いたげに口を開いたが、すんでで留めた。二の句を告がせるだけの余裕すら潰すエクトルの重圧に、圧し負けた。  と、エクトルは微細な振動を感じ、上着の裾を上げた。ふっと緊張の糸が緩む。モンスターボールを装着できるように設計されたベルトの、最も一番手前に位置したモンスターボールを取り出す。小刻みに震える捕獲器を開放すると、中からネイティオが姿を現した。 「視えたか」  静かに尋ねると、ネイティオは頷いた。 「ネイティオがブラッキーの出現地を視たようです。今は、こちらに集中を」  アランを振り返って言うと、彼女は驚くわけでも喜ぶわけでもなく、覚悟を固めるように首肯した。  常に閉じられた翼が突如開き、ネイティオがゆったりとした動きで飛び上がる。予知した地点へ誘おうというのだろう。天を仰いだところで、アランは目を大きく見開いた。  一陣の冷たい風が吹く。 「待ってください」  向かおうとした一同を制する。驚愕を秘めた栗色の瞳の向いた先に視線が集まる。  上空、正面の屋根の付近を飛んで現れた鳥ポケモンの群れ。白壁に朱色が鮮やかな、ヒノヤコマがぱっと気が付いたように甲高い声を上げ、下降してくる。連れ立つのはピジョンやムックルといった同じ鳥ポケモンで、既に彼女にとっては見慣れた姿であった。ヒノヤコマの背には、なんとフカマルが跨がって手を振っている。則ち、ザナトアの育て屋に集うポケモン達である。 「どうして」  アランの声は明らかに動揺していた。既にポッポレースは始まっているはずだ。レース本番に挑んで��れば、今頃湖畔の上空を疾走しているはずである。特に、ヒノヤコマやピジョンといった進化組はチームを統率する要にあたる。はなから彼等が欠けた状態で出場しているのか、なんらかのアクシデントがあったのか、この場では判別がつかない。  一同がアラン達の正面に集まり、スイッチが入ったかのようにその場は賑やかになる。緊張は嘘だったかのようだ。羽音や鳴き声が彼女達を鼓舞する。エーフィは柔らかく笑んで、アランを見た。  喉がこくりと動き、彼女は唾を呑む。 「手伝ってくれるの?」  信じられないでいるのか、まず問いかけたが、はじめ反応しなかった。しかし、エーフィが通訳をしたように鳴き声を発すると、一様に頷き、頼もしい歓声をあげた。  フカマルがアランの前に出る。ぎゃ、といつもの声を上げて、手を上げた。無邪気な彼を凝視している脇の視線には気付かないで、アランは毒気を抜かれたように微笑んだ。しゃがみこんで小さな青い手を握り、両手で優しく包む。細かな竜の鱗が肌に食い込んでも構わないように、握る手に力が籠る。そして聞き慣れた賑わいを見回した。 「ありがとう、皆」  噛み締めた言葉を絞り出し、アランは立ち上がった。 「行こう。ブラッキーを迎えに」  一斉に翼が広がった。今も行われているであろう、無数の翼を持つ者達が発つ湖畔でのレースに比べればずっと小規模だが、力強い羽ばたきは太陽に向けアラン達を先導する。引力に導かれるまま、彼等は走り出した。 < index >
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