#法政大学野田ゼミ
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nodatakehito · 1 year ago
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kennak · 4 months ago
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7日投開票の東京都知事選に立候補し、次点となった前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏(41)が、2020年8月の同市長選でポスターやビラの製作を委託した印刷業者から代金の支払いを求められた訴訟で、最高裁第2小法廷(草野耕一裁判長)は8日までに、同氏側の上告を退ける決定をした。5日付。同氏に72万円余りの支払いを命じた二審広島高裁判決が確定した。 広島県安芸高田市にあった「二元代表制」 常磐大ゼミ生が見たもの感じたもの 総合政策学部教授・吉田勉【時事時評】  一審広島地裁や二審の判決によると、石丸氏は市長選への立候補を表明した20年7月、印刷業の「中本本店」(広島市)と掲示用ポスターや選挙運動用ビラ��どの製作に関する契約を締結。同社は履行後に費用見積もりを伝え、安芸高田市が公費負担分の約34万円を支払ったが、石丸氏は残額72万円余りの請求に応じなかった。  石丸氏は公費負担分のみ支払うとの合意があったなどと主張したが、地裁は同社が公費負担額を具体的に把握しておらず、合意はなかったと認定。同氏に支払い義務があり、請求額にも相当の理由はあると判断した。高裁も地裁判決を支持し、同氏側の控訴を棄却した。
石丸伸二氏の敗訴確定 市長選ポスター代不払い―最高裁:時事ドットコム
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shigerunakano · 4 months ago
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Her Majesty (5)
これから講義へ向かう。大学で教えているのは法哲学と少年法の講義。それぞれ週一回の講義だが、ほかに期限付きの研究報告が学内外問わずあり、芸能人というわけでもないが雑誌等への寄稿も多いほうだろう。それに加え大学院でのゼミのような学部外での教育プログラムにもデフォルトで関わっている。これらの準備を研究室だけでなく家で行っているとなるとサラリーマンよりも忙しい日常ではないかと、個人的に思っている。こちらは高い学費を受け取る立場なのだから、内容的にも充実した、今後に生きるような講義をしなくてはと常日頃心がけている。大学で教えているのは法学だが、雑誌等への寄稿では政治の話題中心になるのは複雑な事情が関わっているのでここでは割愛するが、ようはそれらは隣接する領域なのである。
今日の少年法の講義では、判例に及ぼす世間の声の影響と、法の支配をどのように両立するか、というテーマだった。席は三分の二ほど埋まっている。いつもよりやや多いだろうか。それとも少ない、か。教え子の数も分からないのだから、大学とはつくづく不思議な場所だと思う。
前述のテーマを伝えるために使ったのが2014年のN少年の判例である。講義でN少年と名前を伏せて伝えた人物、裁判記録によれば本名中野一、2004年8月11日生まれ、は以下中野少年とするが、2013年山梨県山梨市の公立小学校に通う3年生だった8歳の時に市内の公園を同じ学校の同学年の友人と訪れる。事件当時公園では電線の点検管理工事が行われており作業員が昼食のためその場を離れた時に友人を電気工事用車両のクレーンに乗ってみてほしい、可能だろうかとはやしたて、友人がクレーンに乗りそこから降りる時に中野少年が大声を出し友人がそのまま落下、すぐに通りかかりの人物が救急車を呼ぶも、脊髄損傷のため病���内で死亡が確認された事例で、この結果家庭裁判所により検察側の起訴事実が認められ、殺人の有罪判決が下る。しかし弁護側が即座に控訴を決定。かつ、当時、週刊誌やウェブ上などにおいて電気工事を請け負った会社が中野少年と友人への指導を怠ったとする言説が爆発的な広がりを見せた。その結果甲府地方裁判所で家庭裁判所での判決から一転、過失致死が認められた。この起訴事例が興味深い点は裁判所が週刊誌などの世間の声に従ったことを間接話法を用いて認めていることである。もちろんそこには確固とした証拠はないものの、当時の世論について調べればそう考えざるをえない判決文が、甲府裁判所によって出されたことになる。
ここから演繹すべきは2014年のこの判決がその10年後には同じ起訴事例であっても、ひっくり返りうる日本の司法制度が本来抱える脆弱さである。これは慣習法と呼ばれ、日本は文章として存在する法律を尊重する成文法を採用する国家だが、同時にそれが慣習法に席を譲ることになるのだ。
講義が終わり、キャンパス内のコンビニで弁当を買って食べる。午後は学術誌への寄稿のための執筆と研究にあてる。午後5時になり、帰宅することにする。誰にも挨拶されなかった。今だったら、さようならだろうか。
自宅は車折神社駅を出て徒歩5分にあるマンションの3階。非常に恵まれた住居だと思う。子どもさえいたらな、と時々思う。
エレベーターを降り、マンションの廊下に立つと、茶色い作業服を来た男が工具箱の前でしゃがみ込み、中をあさっていた。妙にチープな質感の作業服で、どこか仮装のようでもある。電気工事の類だろうか。すると、こちらを振り向きもせずに、工事現場で使うような小型のチェーンソーを取り出して工具箱の前に置いた。非常に滑らかな動きだ。
私は、自分の部屋の玄関の前に立ち、鞄から鍵を取り出そうとした。
すると、ブイーンという小型チェーンソーの音が異様に大きく鳴り響き、後ろから首の右側を切りつけられた。やられた、と思った。どこかの壁に強く叩きつけられるような感覚が局所的にある。あり続ける。収まらなかった。あるいは大きなクレーンで吊るされ、どこかの壁に強く叩きつけられるような感覚が局所的にある。私は「わっ!」と叫んだような気がしたが、自分の声はまったく聴こえない。小型チェーンソーの音も聴こえない。
これはやはり小学生の頃、図工の時間に使った木工ナイフで指を切った時の痛みに似ている。それよりも断然強い痛み。刃物が内部に侵入する様子。意識が遠のくようだ。一瞬妻が血痕を処理するのだろうか、と考えた。
カフカ没後100年と彼に捧ぐ
参考文献:柳田國男「遠野物語」、柳田國男「山の人生」、ジル・ドゥルーズ「ザッヘル=マゾッホ紹介 冷淡なものと残酷なもの」、ジル・ドゥルーズ「批評と臨床」、大塚英志「物語消費論」、ジークムント・フロイト「自我論集」、東浩紀「動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 」、東浩紀「ゲンロン0 観光客の哲学」、千葉雅也「勉強の哲学 来たるべきバカのために」、千葉雅也「アメリカ紀行」、ゼイナップ・トゥフェックチー「ツイッターと催涙ガス ネット時代の政治運動における強さと脆さ」、上野誠「100de名著 折口信夫 古代研究」
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774 · 1 year ago
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警察官僚でのちに警視総監を務めた樋口建史の長男として長野市で生まれる。幼少期は、父親の仕事の関係で長野、東京、徳島、ロンドンなどを転々とした。東京都の巣鴨中学校・高等学校を経て京都大学法学部卒業。大学では大嶽秀夫教授の政治過程論ゼミに参加した。また、在学中に当時兵庫6区選出の衆議院議員だった小池百合子の地元事務所(兵庫県伊丹市)で4年間インターンを経験した。 京大卒業後は、品川にある電通国際情報サービスに7年間営業職として勤務した。公や社会に貢献したいという気持ちが強くなり2014年に退職し、台湾大学大学院へ3年間留学。両岸関係、中国政治経済、台湾地方政治、アジア主義などの研究を行った。 2017年東京都議会議員選挙に千代田区選挙区より都民ファーストの会公認で出馬。自由民主党の中村彩ら3候補を破り初当選。 2021年1月13日、任期満了に伴う千代田区長選挙への出馬を表明。1月31日の投開票の結果、元千代田区議会議員の早尾恭一ら3候補を破り初当選した。
樋口高顕 - Wikipedia
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otatatsunari · 1 year ago
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Works
2025
すずかんゼミ創設30周年記念『ZEN大学すずかんゼミキックオフ』 ゲスト: 川邊健太郎・鈴木愛理
【#ぶいすぽ激ロー】四天王を倒せ!センス王への道【わいわい,恭一郎,白雪レイド,葉】(CAM)
ラスバレ放送局#106(CAM)
ニコニコインフォ 2025(CAM)
ニコニコインフォ 出展企業SP&超乾杯SP(CAM)
劇場版 Fate/stay night [Heaven's Feel] ×雀魂コラボ記念 最強クラス決定戦 決勝(CAM・PTZ)
Signater「レタッチレクチャー企画」(CAM)
Signater「hololive SUPER EXPO 2025」ロケ撮影(CAM)
岩手競馬 ネクストスター北日本(CAM)
FMラジオ番組「立川成幸ハナシカ広場」(Director・EDIT)
TikTokLIVE Ranking 2025 Jan/Feb(Assistant)
第18回 アサルトリリィ放送局 Lily’s Time(CAM)
東方ステーション「ぼくらの東方音楽」(CAM)
���城県行方市「第7回 茨城100Kウルトラマラソン in 鹿行」(CAM)
学生麻雀 雀魂杯 U18 2024(CAM・PTZ)
東方ステーション2月 初心者特集(CAM)
兵庫県立はりま姫路医療センター 配信(TD・CAM)
TikTokLIVE Battle Summit2024~下半期~(CAM)
平井卓也初代デジタル大臣インタビュー(CAM)
Signater「Street Fighter League Pro-JP 2024」(CAM)
ペイトン尚未の「クリエイト倶楽部」【第三十五回】(AUD)
東方ステーション『2025年の東方特集』(CAM)
G'sカワボ麻雀 2025新春SP【亜咲花,佐藤日向,徳井青空,法元明菜,朝陽にいな,因幡はねる,咲乃もこ,柚原いづみ,渋川難波】(CAM)
【N/S高 政治部】27歳の芦屋市長 髙島崚輔さんと考える『地方自治と若者の政治参加』(CAM)
フラワーナイトガール10周年記念放送(CAN)
ラスバレ放送局#100(CAM)
2024
雀魂インビテーショナル 2024 冬(CAM・PTZ CAM)
VTuberオリジナル曲獲得オーディション おりそんV The4th(CAM)
ドグ生アワード2024(CAM)
東方ステーション『東方すごいぜアワード2024』(CAM)
ニコニコ生放送アワード2024&配信者対抗!歌枠合戦(CAM)
TikTok LIVE All Stars 2024(CAM)
N高等学校 対談授業撮影(CAM)
トランプ次期大統領はUAP情報を開示するか ~SOL財団の目的と計画とは~ (CAM)
ブロスタオフラインイベント(PA)
アニマルウェルフェアシンポジウム(CAM)
雀魂-じゃんたま- The k4sen Supported by Yostar(CAM)
FaaastPenguin_実況配信(AUD)
日本維新の会代表選 候補者ネット討論会(CAM)
兵庫県知事開票特番(CAM)
なめがたエリアテレビ「なめがた秋祭り」(CAM・TD)
ヴァンディヴェール 競馬中継(CAM)
【けんき,XQQ,おぼ,まざー3】ぶいすぽっ!マナーテスト(CAM)
8党14名 立候補者 ネット演説(CAM)
衆院選2024 政党代表者 プレゼン(CAM)
【N/S高 政治部】前参議院議員 大門実紀史さんと考える『野党の役割』(CAM)
【N/S高起業部】特別授業2024 〜 高校生が連続起業家から学ぶ「最初の一歩」の踏み出し方 〜(CAM)
雀魂杯 学生麻雀選手権 2024-2025 U-18西場(CAM)
日本維新の会 藤田文武選対本部長インタビュー (CAM)
TOKYO GAME SHOW 2024(CAM)
ゆう坊&マシリトのBAR KosoKoso(CAM)
自民党総裁選候補者インタビュー (CAM)
立憲民主党候補者インタビュー (CAM)
神域リーグ2024(CAM)
TikTokLIVE Game Cup〜スイカ割りナイトフェス〜(CAM)
下剋上お笑いGPグランプリ決勝(AUD ASSISTANT)
第5回YOKOSUKA e-Sports CUP「VALORANT」高校生大会(CAM)
ZENStudy クイズ甲子園(CAM)
N/S高 自己紹介コンサルティング授業(CAM)
あつまれ!東方ステーション2024 in ところざわサクラタウン(CAM)
フジテレビ 「1分 de トレンドシェア キリヌキ可TV ~ウチのキリヌキはご自由に~」 番宣 TikTok 生配信(CAM)
新作VRゲーム『デスゲームホテル』を遊ぶ!【ドグマ風見】(CAM)
【実写配信】ZUNさん×ビートまりおで語り合う!東方とお酒で乾杯だ!!(CAM)
ZEN大学(CAM)
N校政治部(CAM)
都知事選開票特番 (CAM)
Quiz5Players周年放送(CAM)
都知事選ネット演説 (CAM)
都知事選候補者討論会 (CAM)
東京都知事選挙 ネット討論会 (CAM)
10周年記念生放送「GC10th感謝祭」(CAM)
SIGNATER #69(CAM)
Let's Play Steam NEXTフ��ス Powered by INDIE Live Expo(CAM)
スタマイちゃんねる 公開収録イベント!(SE)
東方ステーション#38「東方イベント特集」(CAM)
TikTok FRIDAY MUSIC SHOW in Zepp Shinjuku(CAM)
第95回都市対抗野球大会 茨城大会(AUD)
加藤勝信 元官房長官 インタビュー(CAM)
aupayマーケット「鬼越トマホークの喧嘩が絶えない芸人取調室 #6」(CAM)
ラスバレ放送局 GWSP(CAM)
RAGE VALORANT 2024 feat.VSPO! 密着撮影(CAM)
超ニコニコインフォ2024 〜超会議出展企業SP(CAM)
あみあみチャンネル女性声優特番(CAM)
aupay 吉本芸人マーケットライブ(AUD)
N高校 PBL課発表会(CAM)
N高校 コミュニケーション講義(CAM)
APEX LEGENDS ASIA FESTIVAL 2024 WINTER インタビュー・インサート撮影(CAM)
鹿島神宮 祭頭祭2024 PR撮影(CAM・EED)
進撃の巨人Brave Order公式生配信(CAM)
Needy Girl Overdose パペット撮影(CAM)
aupayマーケットライブ(CAM)
FINAL FANTASY XIV FAN FESTIVAL 2023-2024 ロケ撮影(CAM)
鹿嶋文化スポーツ振興事業団 鹿嶋市どきどきセンター PR撮影(CAM・EED)
2023
aupayマーケットライブ 第二回年末大感謝祭(AUD)
アルティメット人狼(ASSISTANT)
ペイトン尚未の「クリエイト倶楽部」#22 ロケ撮影(CAM)
文化放送 まざべにのミッドナイトダブルピーク ぶいすぽ!文化体育祭ロケ撮影(CAM)
茨城県鹿嶋市 人材マッチ��グ交流会(CAM・EED)
鹿嶋文化スポーツ振興事業団 鹿嶋市どきどきセンター 文化財撮影(CAM・EED)
エフエムかしま 鹿嶋っ子夏フェス 映像撮影(CAM・EED)
ペイトン尚未の「クリエイト倶楽部」#16 ニコニコ超会議 ロケ撮影(CAM)
日本製鉄株式会社 東日本製鉄所 鹿嶋地区 企業VP撮影(CAM・EED)
第五回 茨城100kウルトラマラソン 記録撮影(CAM)
鹿島神宮 祭頭祭2023 記録撮影(CAM・EED)
給前呉服店 成人式プロモーション撮影(CAM・EED)
2022
スポーツ庁 表彰式 報道撮影(CAM)
第93回都市対抗野球 ラジオ中継放送(TD・AUD)
ペイトン尚未「妄想感傷代償連盟」レコーディングドキュメンタリー撮影(CAM)
JAなめがたしおさい プロモーション撮影(CAM・EED)
エフエムかしま 鹿嶋っ子夏フェス 映像撮影(ASSISTANT)
鹿島神宮 祭頭祭2022 記録撮影(CAM・ASSISTANT)
2021
関東太鼓連 暖 旗揚げ公演 記録撮影(CAM・EED)
Girls Planet 999 「Kep1er」オーディション撮影(CAM)
和太鼓いろは「灯」映像配信(CAM・EED)
関東太鼓連 暖 レコーディング(REC・MIX)
スマートフォンアクセサリーメーカー CASEKOO 商品写真撮影(CAM)
内閣府「次世代医療シンポジウム」映像配信(SW)
2020
一橋大学 文化祭 映像配信(CAM)
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toshihikokuroda · 2 years ago
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若者BOXワイド 朝鮮人虐殺100年 負の歴史学び後世に伝えよう
一橋大学大学院で朝鮮近代史を研究 牛木未来さん(24)
2023年9月17日【青年】#しんぶん赤旗
他国の友人傷つけたくない
 日本の若者の間では韓国のアイドルグループに親しみを持つ人たちがいる一方で、SNSでは在日朝鮮人に対する差別的な書き込みなどが後を絶ちません。こうした問題を自分事として捉える若者がいます。(田中真聖)
 関東大震災時の朝鮮人虐殺から100年。牛木未来さん(24)は、一橋大学大学院で朝鮮近代史を研究しながら負の歴史に向き合おうと奮闘しています。
 牛木さんが朝鮮半島に興味を持ったきっかけは大学2年生だった2018年の夏。日韓の学生が交流する民間のプログラムに参加しました。
 韓国の学生と日本軍「慰安婦」問題や徴用工問題について対話した際、牛木さんは「1965年の『日韓請求権協定』で解決済みだ」と話しました。これに対し、韓国の学生から「被���者自身の賠償請求は終わっていない」と言われ、言葉に詰まったといいます。
 「当時の私は日本政府の見解も一理あると思っていました。それに反論したのが仲良くしていた子だったのでショックと同時に、自分の歴史認識の甘さを恥じました。『二度と他国の友だちを傷つけたくない』という気持ちが、今の自分の原動力になっています」
 牛木さんのそれまでの歴史認識が塗り替えられるような出来事はこの対話の直後にもありました。この年の10月から11月にかけて、韓国大法院(最高裁)が、戦前の日本企業に強制連行された元徴用工をめぐる訴訟で、日本製鉄(旧新日鉄住金)、三菱重工業に賠償金の支払いを命じる判決を出したのです。
 「韓国の学生と対話したすぐ後だったので今でも覚えています。日本による朝鮮への植民地支配はまだ終わっていないことに気づきました」
政治語りは日常
 19年の夏、交換留学で米国へ。滞在していたミネソタ州では人種差別の問題やフェミニズム、植民地支配の歴史などを学びました。
 「現地で仲良くなった香港からの留学生が『友だちが民主化を求めるデモに参加している』と話すなど、日ごろから政治や社会の問題について語り合うことが当たり前にありました」
 帰国後、同州ミネアポリスで黒人男性のジョージ・フロイドさんが白人警官に首を圧迫され殺害される事件が起きます。
 「現地にいた友人から『大変なことが起きた』という連絡がひっきりなしに届きました。事件が起きた現場は私もよく通っていた場所です。衝撃は計り知れなかった」
無知ゆえの差別
 韓国の学生との歴史認識をめぐる対話や米国での留学などを通して、朝鮮近代史の研究を志すようになりました。21年には大学院のゼミ仲間と一緒に『「日韓」のモヤモヤと大学生のわたし』を出版しました。
 「官僚や外交官を志望する友人と話すと、彼らは歴史について知らないことが多いと感じることがたびたびありました。知らないことで友人が差別に加担してしまわないか。危機感が募りました」
 牛木さんは、韓国の学生と対話したことで、日本人どうしで加害の歴史を学び深めていく場をつくることの大切さを知ったと強調。今後はさまざまな運動に取り組む人たちと連帯していきたいと語ります。
 「ジェンダーは日本軍『慰安婦』の問題とも関係があります。歴史にあまり関心のない人でも、ジェンダーの問題から興味を持ってくれる。私にはないような対話の手法を持つ人が多いです。一人ひとりの中にある社会への違和感に語りかけ、植民地支配の歴史について学ぶ人を増やしていきたい」
NPO法人「ラオン」について
 NPO法人「ラオン」は、日本に住む学生や若者向けに在日朝鮮人をめぐるさまざまな問題について学ぶ場を提供し、文化交流を推進しています。4月に発足しました。おもに首都圏内で活動。日本の植民地支配の歴史学習を目的として、映画上映会や読書会などを行っています。事務局は牛木さんを含め4人。他に10人程度の会員がいます。
 在日朝鮮人の学生などとともに、関東大震災時の虐殺の歴史を記憶し、差別に反対するパレードに参加するなど活動を広げています。
 ラオンの活動に協力しようと思い会員として参加している一橋大学大学院の熊野功英さん(23)は「在日朝鮮人に関する問題は日本人側の歴史認識が問われている問題です。ラオンは在日朝鮮人当事者のみに語らせるのではなく、日本人がまずは歴史を学び、当事者とも連帯するという学びのあり方を大事にしていると思ったので、協力しようと思いました」と語ります。
 ラオンの事務局で運営に携わる同大学院の小谷英里さん(29)は「参加者からの『対話の場があってよかった』という声を聞きながら、人々が集える場をつくり続けることは、学習を深め、連帯していくうえで大切であると感じています。今後はフェスタの開催など、活動の幅を広げていきたいです」と意気込みます。
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nara-artproject · 6 years ago
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これまでのゲスト講師一覧(2019年度 前期時点)
国際交流委員会主催「国際セミナー」発表者として H28年度 ・ジェームズ・ムリウキ 氏(アーティスト、キュレーター) H29年度 ・チェ・ジョンファ 氏(美術家)
西尾ゼミ/都市文化コモンズ主催イベントのゲストとして H27年度 ・岡部太郎 氏・森下静香 氏(たんぽぽの家) ・山野将志 氏(たんぽぽの家アートセンターHANAアーティスト) H28年度 ・日比野克彦 氏(アーティスト) H29年度 ・チェ・ジョンファ 氏(美術家) ・伊東宣明 氏(美術家) ・阿児つばさ 氏(美術家) H30年度 ・荒木由香里 氏(美術家) ・井上亜美 氏(美術家) ・光岡幸一 氏(美術家)
「現代アート論」「ミュージアム論」ゲスト講師として H28年度 ・森口ゆたか 氏 (美術家) ・岡本光博 氏 (美術家) ・花岡洋一 氏 (株式会社人間代表) ・雨森信 氏 (インディペンデント・キュレーター) ・筧菜奈子 氏 (美術・装飾史研究者) H29年度 ・板垣美香 氏 (東アジア文化都市2017京都アシスタント・キュレーター[当時]) ・伊東宣明 氏 (美術家) ・鶴林万平 氏・長谷川アンナ 氏 (sonihouse主宰) ・矢津吉隆 氏 (美術家、kumagusuku代表) H30年度 ・井上亜美 氏(美術家) ・光岡幸一 氏(美術家) ・岡部太郎 氏・大井卓也 氏(たんぽぽの家) H31年度 ・北澤潤 氏(美術家)
「イベント・プロデュース論」非常勤講師として H30年度 ・原久子 氏(アートプロデューサー) H31年度 ・小林璢音 氏(文化政策、文化経済学、アートマネジメント)
「地域創造学概論」ゲスト講師として H30年度、H31年度 ・上田假奈代 氏(詩人、NPO法人「こえとことばとこころの部屋」(ココルーム)代表)
平城遷都1300年記念アジアコスモポリタン賞受賞記念フォーラム特別講義受け入れとして H30年度 ・山田剛史 氏(チームラボ)
文部科学省「芸術表現を通じたコミュニケーション教育」@奈良県立奈良東養護学校のゲスト講師として H26年度  ・村田峰紀 氏(美術家) ・濱田英明 氏(写真家)
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5484tabulae · 7 years ago
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散策研究会 Cadavre K 「徘徊する観察者 Vacant Lot」
散策研究会 Cadavre Kによる展覧会
「徘徊する観察者 Vacant Lot」
をTABULAEで開催いたします。
※散策研究会 Cadavre Kとは、2011年から開始された、美術家北川裕二によるプロジェクトの名称です
|会場|
TABULAE (墨田区向島 5-48-4)
|会期|
2018/11/24 (土) - 12/16 (日)の金土日
- 金 15:00 - 20:00
- 土、日 14:00 - 20:00
※曜日によって開場時間が異なりますのでご注意ください
オープニングレセプション
11/24(土)18:00 - 20:00
|イベント|
第5回 漂流教室 「まわり道してTABULAEに向かう」
12/8(土)14:00 - 17:00(終了時刻は前後する場合があります)
集合場所 東武スカイツリーライン/東武亀戸線 曳舟駅改札口付近
定員 5名
参加費 無料(要予約 参加申込み締切12月6日)
東武曳舟駅に集合し、3時間ほどかけて墨田区京島、向島エリアを散策しながらTABULAEに向かいます(台風・雷雨・地震・大雪など災害級の天候以外は、雨天でも決行します)。
>漂流教室について
※こちらのイベントは定員に達したためご予約の受付を終了いたしました
アーティストトーク
12/15(土)18:00 - 19:00
ゲスト 沢山遼(美術批評)
定員 15名
参加費 1000円(要予約 参加申込み締切12月14日)
美術批評家の沢山遼氏をゲストに迎え、アーティストトークを行います。ゴードン・マッタ=クラーク展図録に掲載された沢山氏の論考「都市の否定的なものたち ニューヨーク、東京、1972年」を参照しながら、都市、写真、散策と介入といったトピックについて議論します。
沢山遼 1982年生まれ。美術批評。武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程修了。2010年「レイバー・ワーク──カール・アンドレにおける制作の概念」で『美術手帖』第14回芸術評論募集、第一席。主な論文に「ニューマンのパラドクス」田中正之編『ニューヨーク 錯乱する都市の夢と現実(西洋近代の都市と芸術7)』竹林舎、2017年。「ウォーホルと時間」『NACT Review 国立新美術館研究紀要』第4号、2018年。「都市の否定的なものたち ニューヨーク、東京、1972年」『ゴードン・マッタ=クラーク展』(東京国立近代美術館、2018年)など。
※両イベントは予約制となっております。参加をご希望される方は、件名を「漂流教室予約」または「トーク予約」とし、①お名前②ご連絡先③希望日時④人数 をご記入の上、[email protected]までメールをお送りください。
『徘徊する観察者 Vacant Lot』開催にあたって|散策研究会 Cadavre K
散策研究会 Cadavre Kとは、2011年3月11日の東日本大震災に強烈な衝撃を受けたアーティスト北川裕二によって、同じ2011年から開始されたプロジェクトの名称です。今回のTABULAEでの新作展が、散策研究会 Cadavre Kとしては初の個展になります。あれから8年が経ったとはいえ、むろん福島第一原子力発電所は「収束」などまったくしておらず、同じように大地も揺れ続けています。したがって今回展示される作品は、そのどれもが3.11以後に制作されたものであるとしても、 むしろ“3.11下”のそれであるといってよいでしょう。
散策研究会 Cadavre Kは、以来、痙攣するこの世界を継続的に観察・記録しつづけてきました。しか���、その観察対象は福島県や岩手・宮城県などではなく、意外にもいま私たちが立っているこの場所でありました。観察対象への姿勢は当初、何よりもまず、直立二足歩行する私たちの、この足元の地面への関心から始ったのです。そのうえに築かれたあらゆるものは幻想なのではないか。であるとするならば、幻想はいかにして自然との関係を取り結んでいるのか。対立関係にあるものどもの、相反する構造(システム)と構造(システム)が、否が応でも接せざるをえない境界線、エッジが、あるいは「構造(システム)」の回収し得ない外部的なものが、観察対象として注目されました。
ほとんどの散策は、日中のほぼ一日をかけて台地や低地をひたすら歩いて横断していくというものでした。“下町”と呼ばれる沖積低地、“山の手”と呼ばれる洪積台地、あるいは武蔵野平野、奥多摩山間地など。地形学の地形区分に従っていえば、 多摩面(T面)、下末吉面(S面)、武蔵野面(M面)、立川面(Tc面)の特徴と、それらが接する際に発生する崖線等の境界線や河川についての知識が事前に取り入れられもしました。定点観測ならぬ、歩行による動線観察が何度もくりかえされ、各地域・エリアにそれぞれ漂う特有のアトモスフィア、ムードは、散策者の心理状態の変化に影響を及ぼすことが確認されました。そうして、しだいに「東京の自然史」(貝塚爽平)が把握されていったのです。散策研究会としての散策は、これまでに123回を数えます。
また、同時に、踏み固められた地面の上に存在するあらゆるもの、すなわち植生・気象・家屋との関連全般が観察対象となり、写真に記録されていきました。散策またその写真記録は、���初、アートとしてはまったく考えられてはいなかった。むしろ、3.11の衝撃は、自然災害においてのみならず、政治的・文化的にもアートの「創造」的な「表現」による「生産」を不可能にしたように思えたからです。したがって、今回の展示においても、それへの疑いが根底にはあることを記しておきます。
地形・植生・気象・家屋の全般を観察対象にするということは、いかなる些細な事象も見落とすことなく全体を知覚・認識するということ。世界のすべてを対象にするということです。生態学的に言えば、個体のみならず、個体群、群集といった階層を異にするもの全般を、そしてまた、位階秩序の異なるそれらの影響関係をも観察・記録対象にするということでもあります。身の回りの環境や社会、つまりは生活を成り立たせているアレコレは、そのようにアレやコレやソレとして一括りにされて、記憶・記録から排除されてもきました。散策研究会が関心をもったのは、まさにそのような無数のアレやコレでありました。衝撃とは、近代化の名の下に隠蔽・排除されたものどもが、「原発震災」(石橋克彦)によって再び私たちの世界に回帰してきた、そのことにあったというわけです。
写真というメディアは、このような研究にはうってつけの道具でした。なぜなら、カメラの眼は原理的にいって、ヒトの眼と違い、“すべてのものを等価なもの”として扱うことができたからです。眼で見ていたときには見えなかったものが写真には写りこんでいたというのは、カメラのこの等価性、すなわちあらゆるものを平等なものとして、なんでも選ばず記録してしまう、このアナーキーな機能によるところのものではないでしょうか。
本展は、こうしたカメラ・写真の可能性を再び抽出しようとする試みでもあります。そこには、“すべてのものが等価なもの”として記録されている。しかし、そうであるがゆえに、その可能性は、他方で、ブレもピンボケもなく構図もしっかり撮れているにもかかわらず、“誰が、いかなる目的をもって、誰のために撮影したのか、皆目見当のつかない、まったく不明なる写真”という、実に奇妙に倒錯した(不)可能性の窓をも同時に開いてしまうのではないでしょうか。この点に、写真の機能が孕む矛盾が見てとれます。そこに提示されているのは、いわば世界の「無名性」のことにほかなりません。実現しているかどうかはさておき、このような写真の(不)可能性を本展では模索しています。
セレクトされた写真と映像は、昨年から今年にかけて撮影されたものに限られています。撮影箇所は主に武蔵野面(M面)の東端であり、区としては、中野区にあたります。中野区の同じエリア、環境をくりかえし何度も徘徊する。そのようなことはこれまでに一度も試みたことがありませんでした。
そしてこのことは、先程「武蔵野面(M面)の東端」と書きましたが、本展においては、地形的特徴への関心が次第に後方へと退き(���らいだわけではありません)、かわって植生(主にヒト)と家屋、そして何よりも気象への関心が全体に配されてくるものへと推移してきたことと関連しています。くりかえし同じエリアをおとずれる散策スタイルは、写真の機能をより自覚的に操作しようということに、何らかの影響を与えていると感じています。
本展のコアとなる作品群は四部構成となる予定です。 ①独立した1点ものの「写真作品」 数点 ②数点の写真が組み合わされた「写真作品」 数点 ③液晶ディスプレイもしくはプロジェクターで鑑賞する「スライド作品」 ④液晶ディスプレイもしくはプロジェクターで鑑賞する「映像作品」 ①~④の作品にはシリーズとしてのメインタイトルと、各作品としてのサブタイトルが付されています。各メインタイトルは、①Survey Point (測量点) ②Photogrammetry(写真測量法) ③Voronoi Diagram(ボロノイ図) ④Skid Movie(横滑りの映画)となっています。また、参考資料として、本展の作品に関係する散策ルートを図解したパネルも展示する予定です。
また、本展覧会としてのメインタイトルとなった“Vacant Lot”ですが、これは日本語では空閑地のことです。一時的に未使用になった空き地。英語名にしたのは、“Vacant Lot”という言葉に興味をもったからです。この“Lot”には、くじ、運、運命という意味があるようで、それが一時的に空き地となった区画を指す言葉にも使用されているというのがおもしろかった。“偶々割り当てられたもの”としての空閑地。文字通りに訳せば、“空っぽの運命”です。
これは、今年国立近代美術館で回顧展が開かれたゴードン・マッタ=クラークの仕事を想起させます。カタログに掲載された美術批評家沢山遼氏の論文にマッタ=クラークの発言が引用されていて、瞠目しました。以下、孫引きですが引用させていただきます。
「グリーン通り112番地でやったアナーキテクチャーの展覧会は[…中略…]なんらかの強い形式性によって固定されることのない、固定化した建築的ヴォキャブラリーの外部にあるものについてのものだった。[…中略…]ぼくたちが考えていたのは、隠喩的なヴォイド、空隙、残余的空間、未発展的な場についてだった。[…中略…]たとえばそれは、立ち止まって靴紐を結び直すような、日常的な動作がふと遮られるような場だ。そのような場は、知覚的な重要性を帯びていると思う。なぜならそこで人は動的な空間に触れているんだ。」 (「ゴードン・マッタ=クラーク展」カタログ p.265)
つまり、“Vacant Lot”とは、この解けた靴紐のことなのかもしれません。紐が解けて固定された意味が一時的に宙吊りとなる時。場所。その瞬間はおそらく、九鬼周造のいう偶然性のごとく「現実性へスルリと滑ってくる推移のスピード」を持っているに違いない。“無”が偶然性によってもたらされるということ。環境、生活、世界への認識を深め、未来を洞察するにも、このような人と自然の接するエッジに現象するささやかな出来事に対する認識をさらに深めていく必要がありそうです。今回の展覧会がそのような世界への見方、感じ方、考え方に寄与できれば幸いです。
最後に、Cadavre KのCadavreはフランス語で、日本語では死骸のことです。したがって、Cadavre Kは、死骸キとなります。“キ”とはキタガワの“キ”のことです。3.11以後のプロジェクトにそう名付けたのは、このプロジェクトがそれまでの作品とはまったく異なることもありましたが、同時に、3.11以後、偶々生き残った=生き延びているという感覚を今も持ち続けているからにほかなりません。それは、どこか幽霊的に仮構された作者名といえるでしょう。
散策研究会 Cadavre K
2011年から開始された、美術家北川裕二によるプロジェクト
漂流教室
第一回 霊岸島から埋立地へ (2015/milkyeast) http://ur2.link/N8ZH 第二回 河岸と下町低地(2015/milkyeast) http://urx.red/N901 第三回 山の手の<むらぎも>を巡る(2016/路地と人) https://rojitohito.exblog.jp/22767074/ 第四回 崖線上のカフカ──中野区を歩く(2017/路地と人) https://rojitohito.exblog.jp/23871177/
散策研究会 これまでの主な散策エリア
001 2011_06_11 新宿御苑 002 2011_06_18 等々力渓谷 003 2011_06_25 赤坂見附 004 2011_06_29 丸の内線・四ッ谷駅 005 2011_07_02 下末吉台 006 2011_07_06 迎賓館・明治公園 007 2011_07_09 市ヶ谷・飯田橋 008 2011_07_16 お茶の水・神田川・隅田川 009 2011_07_22 野川 010 2011_08_06 新木場 011 2011_08_11 高尾山 012 2011_08_20 隅田川・スカイツリー 013 2011_08_25 菊名・獅子ケ谷・下末吉台 014 2011_09_02 渋谷川 015 2011_09_08 皇居・日本青年館 016 2011_09_11 新宿・原発やめろデモ 017 2011_09_17 渋谷川・古川 018 2011_09_19 さようなら原発・渋谷川 019 2011_09_24 赤坂 020 2011_10_01 善福寺川 021 2011_10_07 港の見える丘公園 022 2011_10_13 山手 023 2011_10_22 宇田川跡 024 2011_11_03 御岳山・ロックガーデン 025 2011_11_09 巣鴨・田町・谷中 026 2011_11_12 神田川・小日向台 027 2011_11_17 都電荒川線・王子・荒川 028 2011_12_03 愛宕山 029 2011_12_14 上野・根津・谷中 030 2011_12_15 弘明寺 031 2011_12_21 荏原台 032 2011_12_30 立川段丘 033 2012_01_01 狭山丘陵 034 2012_01_05 三殿台遺跡 035 2012_01_12 目黒自然教育園 036 2012_01_19 明治神宮 037 2012_01_26 清瀬 038 2012_02_04 深大寺・府中 039 2012_02_08 江戸前��� 040 2012_02_15 江戸前島 041 2012_02_24 浜離宮 042 2012_03_03 吉見百穴 043 2012_03_15 江東区・運河 044 2012_03_17 江東区・運河 045 2012_04_07 神楽坂 046 2012_04_14 渋谷川・明治神宮 047 2012_04_20 町田・自由民権資料館 048 2012_04_28 市ヶ谷・早稲田 049 2012_05_17 町田・自由民権資料館 050 2012_05_26 江東区・戦災センター 051 2012_06_07 全生園・滝山団地 052 2012_06_14 清瀬 053 2012_06_16 京島 054 2012_06_23 玉川上水・首相官邸前 055 2012_06_29 首相官邸前 056 2012_07_12 神田 057 2012_07_13 首相官邸前 058 2012_07_16 代々木・さよなら原発 059 2012_07_02 新富町 060 2012_08_08 六郷土手 061 2012_08_12 日野 062 2012_09_08 本郷台地 063 2012_09_15 東京湾・葛西臨海公園 064 2012_10_06 生田緑地 065 2012_11_10 青梅・横田基地 066 2012_12_01 大山 067 2013_01_12 渋谷・元麻布・六本木 068 2013_01_14 獅子ケ谷 069 2013_04_13 日本橋川 070 2013_04_27 小平・玉川上水 071 2013_05_25 赤坂・六本木 072 2013_06_06 代官山 073 2013_07_07 東京駅地下通路 074 2013_07_13 王子・吉原・スカイツリー 075 2013_07_27 多摩丘陵・百草団地他 076 2013_08_17 中央防波堤埋立地 077 2013_08_24 仙川 078 2013_08_26 谷中墓地 079 2013_10_26 渋谷・地下道 080 2013_11_09 京島 081 2013_12_28 山手 082 2014_04_24 池袋 083 2014_05_17 高田馬場・神田川・淀橋 084 2014_06_27 駒込・田端 085 2014_07_13 平林寺 086 2014_09_06 秩父 087 2015_05_16 湾岸埋立地 088 2015_07_20 白山 089 2015_11_22 深川 090 2015_12_11 武蔵五日市 091 2015_12_12 武蔵五日市・城山 092 2015_12_18 戸山公園 093 2015_12_26 板橋・赤塚 094 2016_01_06 深川・森下 095 2016_02_02 国分寺崖線 096 2016_02_26 立川段丘 097 2016_04_03 日立研究所 098 2016_05_31 水道橋・小石川・白山 099 2016_10_18 神楽坂・近美・湯島 100 2016_12_06 佐伯祐三・熊谷守一美術館 101 2016_12_13 南青山 102 2016_12_20 原宿・渋谷 103 2016_12_23 戸山公園 104 2017_04_04 野方 105 2017_04_07 江古田 106 2017_05_12 上高田 107 2017_06_09 上高田・野方 108 2017_08_15 池尻大橋 109 2017_08_17 池の上・高円寺 110 2017_08_29 桃園川 111 2017_09_15 中野区南台 112 2017_09_20 新宿住吉町 113 2017_09_22 所沢 114 2017_10_10 中野区中野台地 115 2017_10_20 野方 116 2017_10_27 新宿末吉町 117 2017_12_15 沼袋 118 2018_04_24 鷺宮 119 2018_05_29 中野区中心エリア 120 2018_06_12 野方・沼袋 121 2018_06_15 杉並・堀の内 122 2018_07_06 野方・中野区中心エリア 123 2018_09_11 野方
北川裕二
1963 東京に生まれる
主な個展
1990『形のローカリズム』 ギャラリー現(東京) 1991『A PALASITE/READY-MADE SUIT MIX』 ルナミ画廊(東京) 1992『短絡的接合体』 モリス・ギャラリー(��京) 1992『分裂機械としての身体』 ルナミ画廊(東京) 1992『暮らしの変換』 モリス・ギャラリー(東京) 1993『格子/闘争』 MARS GALLERY(東京) 1993『歴史改造パズル』 GALLERY・GEN(埼玉) 1996『What is a hole?/Make a revision of…』 SHIKI FUJIMORI GALLERY(東京) 2005『Random Open Textured』 MARU GALLERY(東京) 2006『Dust passes through the window』 GALLERY OBJECTIVE CORRELATIVE (東京)
主なグループ展
1990『Bゼミ展』 横浜市民ギャラリー(神奈川) 1992『Project for O.T』 ギャラリー・サージ(東京) 1993『In Between』 FLOATING GALLERY(東京) 1993『CONSTRUCTION IN PROCESS』 ARTIST'S MUSIUM(ウッジ、ポーランド) 1994『身体美術感』 ハラ・ミュージアム・アーク(群馬) 1995『The Age of Anxiety』 The Power Plant(トロント、カナダ) 1996『ATOPIC SITE(On Camp/Off Base)』 東京ビッグサイト(東京) 1996~98『Maniacs of Disappearance』 国立美術館(ブエノスアイレス、アルゼンチン)、Austrian Musium of Applied Arts (ウィーン、オーストリア)、その他オランダ、イタリアなど巡回 1999『第34回今日の作家展 APPROACHING REALITY』 横浜市民ギャラリー(神奈川) 2010『City Beats + Live explosions』 BankART1929(神奈川) 2015『無条件修復—UNCONDITIONAL RESTORATION』 milkyeast(東京)
散策研究会──地殻を近くで知覚する
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kuborie · 4 years ago
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オトナの教養 週末の一冊 2018年8月17日 うつの体験から考えぬいた、平成の反知性主義を克服する方法 『知性は死なない 平成の鬱をこえて』 與那覇潤氏インタビュー 本多カツヒロ (ライター)
 気鋭の歴史学者として活躍し、当コーナーにも2度登場していただいた與那覇潤氏。しかし、2015年に双極性障害Ⅱ型(軽躁の状態とうつ状態を繰り返す病)で入院。後に、勤めていた大学を辞め、歴史学者を廃業するとも公表した。一時は著しい能力の低下により、本を読むことさえ困難になったが、回復後に出版したのが『知性は死なない 平成の鬱をこえて』 (文藝春秋)だ。病気を通じて世の中を見る目が変わったという與那覇氏が、平成の日本を席巻した反知性主義について語ってくれた。
――世界的に見ても、平成の日本を見ても、反知性主義が跋扈していると度々指摘されます。平成日本の反知性主義について、どう捉えていますか?
與那覇:病気をする直前の2014年に、精神科医の斎藤環さんと対談させていただいたことがあります。当時はヤンキー文化論が流行っており、大雑把には「ヤンキーは身体感覚、つまり直感的な情動だけで動く人たちだから、言語による思考や説得が通じず、反知性主義に流れていきやすい」という議論になりました。
 たとえば「憲法九条をどう解釈すれば、防衛と平和主義を両立できるか」という言語による思索の歴史を全部スキップして、「戦力の放棄とかバカじゃねーの?」の段階で思考停止してしまえば、ヤンキー的な改憲論になる。そうした視点は、一面の真理を突いていたと思います。ただ病気を経て、いま思うのは、それではまったく不十分だったということです。
――SNSでも、他人の発言を批判する人たちが、叩きたい一部の字面だけを切り取って攻撃し、背後の文脈や相手の立場を踏まえていないことがよくあります。
與那覇:そういう人を、「これだからネットの住民は、反知性主義で困る」と切り捨てるのが、当時の私も含めた多くの言論人の態度でしたよね。
 しかしよく考えると、大学の授業でも同じタイプの学生と山のように出会います。文献の要約を課されると、各段落の1行目の抜き書きをコピペでつなげたレジュメを作り、発表の時もそれを読み上げるだけで、本人が内容を理解していない。東京大学にも、そういう子は普通にいましたよ。ゼミによっては、発表者の半数がそんな感じにさえなる。
 そして私自身、うつ状態で能力が著しく低下することではじめて、彼らがどういう状況なのかを体験したんです。たとえば本を読もうとすると、いちおう文字自体は読める。しかし自分が書いた文章なのに、1行目と2行目が「なぜつながるのか」が理解できない。そういう人が、(病気の有無にかかわらず)世の中の相当な割合を占めているんだと、そこから出発しないといけないことに気づきました。
――そこから、「身体ではなく言語で、正しい思考の道筋を示せば、世の中をよくできる」といった、いかにも知識人的な態度を疑い出したということですか?
與那覇:そうですね。そもそも世界的に見ても、インテリ層は「言語」の力で社会的な地位を得ているので、「言葉で分析できる俺たちは優秀」「言葉にできず身体的欲求だけで動くやつらはバカ」のように考えがちです。
 平成の日本でいうと「マニフェスト」みたいに、しっかり言語で公約を表明させれば政治がよくなるんだと、そういう主張が進歩的に見えたのも、ルーツは同じですね。
――だから、身体だけで動くヤンキーは「反知性主義だ」と指摘して、自分たちの方が上だという印象を作り出し、片づけてしまいがちだと。しかし、それでは本来の意味での反知性主義とは何でしょうか?
與那覇:広く読まれた森本あんりさんの『反知性主義』(新潮選書)を参照すると、反知性主義の根源は宗教改革までさかのぼれます。当時主流派だった、「身体」に働きかける儀礼を重んじるカトリックを、「言語」による聖書の読解をもとに批判したプロテスタントは、正統に挑戦する人々という意味では反知性主義だと言える。むしろ言語をベースにした、「反正統主義」としての反知性主義ですね。
 ただ日本の場合はキリスト教世界に比べて、言語で徹底的に「どちらの考え方が正統なのか」をぶつけ合って結論を出す伝統が弱く、江戸の儒学史の一コマくらいにしかありません。たとえば、最近まで憲法学界は「自衛隊は違憲だ」という論文(言語)を量産してきたけど、政治家も国民も身体感覚ではそんなこと信じてない。つまり「言語による正統化」という試み自体の、基盤が弱いんですね。
 だからもう一段階、意訳をして、反知性主義とは「アマチュアリズム」のことだと捉えたほうがよいかもしれません。つまり、プロの学者は信用できない、アマチュアこそプロが見落としたことを知っている、という発想です。
――そうした「アマチュアの優位」を説く現象とは��具体的には?
與那覇:平成の前半に盛んだった、「新しい歴史教科書をつくる会」の運動は典型でしょう。当否はともかく、彼らは「プロ(歴史学者)の書く歴史だけがそんなに偉いのか」と主張していた。だから、学者の側が「あの人たちは学界で認められてないですよ!」と反論しても、沈静化するはずがない。その点を見抜いてきちんと対応された批判者は、生前の網野善彦さんだけではないでしょうか。
 しかも皮肉なことに、事実認識としてさすがに直さないとマズい箇所をプロの学者が(批判の形で)全部教えてあげるものだから、いつのまにか「つくる会」の教科書が普通に検定を通るレベルになり、使う学校も徐々に増えてゆく結果になった。錚々たる歴史学界のプロたちが、自覚なくオウンゴールを決め続けた姿は、平成における「知識人の失敗」を象徴するようにも思えます。
――今日の日本の反知性主義は、いつ頃からの流れと考えていますか?
與那覇:戦後(昭和)の後半から平成の初頭までは、むしろ知識人のアイデアが社会をよりよく変えるという期待が、高まった時期だったと思います。革新自治体の首長には、左派系の大学教授が多かったし、対峙する自民党でも大平正芳・中曽根康弘といった首相がブレーン政治を展開して、一定の成果を出しました。その流れを受けて平成の初頭には、政治学者が音頭を取って「小選挙区制による二大政党化」をめざす大改革が実現しました。
 ところが一方で、同じ時期から「霞が関バッシング」が吹き荒れます。銀行��癒着してバブル崩壊の破局を招いたとされて、大蔵省(現在の財務省)が炎上し、「今までいばってたけど、東大卒のエリート官僚ってどうなの?」という雰囲気が、社会に広まっていきました。 平成の政治制度は前者の流れ、つまり知識人の主導で設計されても、実際にそれを動かしたのは後者の流れ、「プロへの不信」という意味での反知性主義だった。厚生省の薬害を追及して人気を得た菅直人さんや、外務省と全面対決して初期の小泉改革ブームを演出した田中真紀子さんは、「私はアマチュアだ。だからこそ、名ばかりで腐敗したエリートと戦える」というポーズで出てきました。
 最初は「慰安婦問題などで、つくる会と同じ主張をしている右寄りの政治家」という印象だった、いまの安倍首相も、同様の文脈で理解できますね。
――安倍首相や麻生財務大臣も含め、現政権は反知性主義的だと言われます。
與那覇:たしかにそうなのですが、そこでいう反知性主義を「学歴が低く、教養もなく、バカじゃないか」という意味にとってはいけないのです。支持者は「そこがいいんだ。だから、東大卒のエリート官僚なんかに取り込まれない」と感じているのですから。
 首相に返り咲く際に安倍さんは、当時の日銀を激しく攻撃してアベノミクスを掲げましたね。今日につながる財務省・日銀批判のルーツは、30年ほど前(1977年8月)に榊原英資さんと野口悠紀雄さんが『中央公論』に発表した「大蔵省・日銀王朝の分析」でしょう。お二人は本来大蔵官僚でしたから、この時点ではエリート社会の内部での論争であり、かつ「総力戦体制のように、官庁と日銀がすべてをコントロールしようとするのはよくない」という趣旨でした。
 ところがバブル崩壊後の大蔵省無能論や、相次ぐ消費増税への素朴な反発など、平成の反知性主義の高まりは、「俺たちノン・エリートの代表をトップにして、国の経済政策を一変させれば、全部うまくいくんだ!」という、より強力な国家主導を求める財務省・日銀批判につながっていった。担い手にも、少なくとも学者としてはアマチュアにあたる、経済評論家を自称する方がずいぶんおられますね。
――「エリートへの反乱」という反知性主義の特徴は、日本以上にトランプ大統領のアメリカや、EU離脱を表明したイギリスで指摘されます。これらの現象も、平成の日本と同じと捉えてよいのでしょうか?
與那覇:共通性と差異の両面を見なくてはいけません。たとえば、ヨーロッパで反緊縮財政を叫ぶ政治家や運動が力を伸ばしているからといって、「世界の潮流は反緊縮だ。それを日本にも」と唱える人が、知識人のあいだに増えてきました。ご本人としては、平成の反知性主義に対して自分たちが無力だった経緯を、反省しての行動なのでしょう。
 しかし、ヨーロッパで反エリート主義が反緊縮政策の形���とるのは、EUという、国家の上部にあり、選挙権がきちんと及んでいるのか不明瞭な存在が、共通通貨(ユーロ)の価値を維持するために「外部から緊縮を強制してくる」という前提があるからでしょう。日本に、それに相当するものがどこにありますか。「財務省支配がそうだ」というなら、まずはその根拠を政治学的に示すのが、本来の知識人の作法ではないでしょうか。
 まったく前提が違うのに、「ノン・エリートの声に耳を傾ければ、結論は反緊縮だ!」というのは、短絡というほかありません。知識人が率先して、「不勉強」というシンプルな意味での反知性主義を実践しているようで、憂鬱になります。
――何重もの意味で、「反知性主義化」が進んでいく世の中は、今後どうなっていくと考えていますか?
與那覇:エリートや専門家への不信は、これからも続くでしょう。しかし、いくらエリート支配が不快でも、「じゃあ自分で全部やれよ」と言われると、多くの人は困ってしまう。その場合、「誰によって統治されたいか」の基準が大きく変わり、結果的に前近代への逆行が起きないかと心配しています。
 近代社会を運営する学歴エリートは、勉強の成果という「後天的」に習得された特性によって、自分たちを権威づけてきました。それが気に入らないという反面、出自・家柄といった「先天的」な権威については、セレブだといって以前よりも持ち上げる風潮が、平成の半ばからあるように感じます。たとえばタレントどうしで結婚するより、歌舞伎役者の奥さんになる方が「格上だ」と匂わせる報道が、ずいぶんありますよね。
 くわえて日本では歴史が壊死していっているので、人々が優生学の復権に怖さを感じない。「能力は遺伝で決まる!」といった趣旨の記事をよく見かけますし、美男美女の芸能人カップルが結婚すると「子どもの遺伝子が凄そう」といったコメントが普通にあがる。どうして、本人の幸せより遺伝子が気になるのでしょうか。
――スポーツ選手どうしの結婚でも、どんな優秀な運動能力の遺伝子を持った子どもが生まれるのか、などという話がでますね。
與那覇:平成のあいだ、主にリベラルな知識人は「ぼくたちが改革をやって、古い慣習を壊し、もっとのびのび自分の能力を発揮できる社会にします」と唱えてきました。だけど、自分自身に「社会で活躍できる能力がある」と思える人って、実はものすごい少数派なんです。
 結果として、多くの人はむしろ「たかだか後天的な能力でいばってるエリートは、ムカつく。どうせエリートぶるなら、『生まれからして違います』であってくれ。それなら我慢できるから」という風潮に流れていったようにも思います。トランプ大統領にしても、父親も不動産王だからそこまでたたき上げじゃないし、娘さんは完全に親のコネで仕事をしている。でも、それでいいという人たちが、現に多数派としているわけです。
 「反知性主義と戦う」というなら、トランプや安倍さんの個別の「バカな言動」ではなくて、そうした潮流の方を見なくてはいけない。かつて学者として、それができていなかったという反省も込めて、今回の本を書きました。
――難しい課題だと思いますが、本書の中では対案も出されていますね。
與那覇:現時点での粗っぽいデッサンにすぎませんが、そうです。「能力」というものの捉え方を変えるしかない。それにともなって、大学はじめ教育機関のあり方も、考えなおしていかなくてはいけません。
 ヒントをもらったのは意外にも、病気で知りあった友人たちと始めたボードゲームでした。たとえば、病気の症状もあって「能力が低い」人がゲームに交じると、進行が滞って、みんな不愉快になる。そういう風に考えがちですよね。率直に言って、自分も最初はそうでした。
 しかしそれこそが、平成の知識人と同じ誤りを犯していないか。むしろ能力を個人ではなく、その場にいる人びとの全体が共有しているものだと考えて、「個人単位で見た場合の能力差があっても、みんなが面白く楽しめるように、この場を運営すること」こそが、本当の意味でやりがいのある「ゲーム」ではないか。
 そうしたいわば「能力のコミュニズム」を通じて、ギスギスとしていく社会に新しい展望を開きたい。その考えに至ったとき、教員・学生相互の間で不協和音が広がり、安易な弥縫策で教育のレベルも下がってゆく目下の大学を辞めることに、まったく後悔はなかったんですね。「病気で失職した人の手記」と聞いて連想しがちな印象とは違って、むしろポジティヴな本にできたと思っています。
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nodatakehito · 11 months ago
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kariyado-lab · 6 years ago
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第12回 この授業を通して学んだこととはなんだろう?
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第12回 この授業を通して学んだこととはなんだろう?
2019年7月11日、快晴。7月も半ばに差し掛かろうとするところ、夏本番はこれからだけども、この講義はこの回含めて残り3回...
今回も省察回。 話はまず「なぜ世界のエリートは『美意識』を鍛えるのか」というところから始まる。��れはこの講義の前日、青山キャンパスで苅宿教授がシンポジウムを主催し、山口周さんという方と対談をしたからだった。
いま、美大あたりを中心に社会人向けに様々な学びのコースが用意されている。既に社会人になられた方々が今、実際の社会で直面している問題として、今、必要とされるものを身につけるためにこぞって美意識を鍛えているという。
この著書の本文から以下の文章をお借りした。
「グローバル企業が世界的に著名なアートスクールに幹部候補を送り込む、あるいはニューヨークやロンドンの知的専門職が、早朝のギャラリートークに参加するのは、こけおどしの教養を身につけるためではありません。彼らは極めて功利的な目的で「美意識」を鍛えているのです。
なぜなら、これまでのような「分析」「論理」「理性」に軸足をおいた経営、いわば「サイエンス重視の意思決定」では、今日のように複雑で不安定な世界においてビジネスの舵取りをすることはできない、ということをよくわかっているからです。
では、そのように考える具体的な理由はなんなのでしょうか?(本文より)」
会社の役員たちも含め、今、世の中で起きている出来事、日々めまぐるしく変化している日常へ対応しようとしているということだ。
アメリカが関わらせた朝鮮戦争、そして朝鮮特需という異例な状況による経済的恩恵を受けた日本。そこから高度経済成長によって一億層中流社会が煽られた。「三種の神器」といって白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫を持っていることがひとつのステータスとされた。そんなモノを持つことが幸せだった時代から、今の大学生が生まれ育ってきた環境はどういう状況か。モノを持っていることが大事とはされず、それ以上に自分の世界観、とか自分だけのストーリーという唯一のものを
ITや金融業を筆頭に富める側はより富んでいき、貧しい者はより貧しくされていく。経済格差は拡大している。物価は上がって行くのに、それが給料に反映されておらず、法人税が下がる一方、消費税は上がり、さらに貧しい側の人間は消費も貯蓄もし辛くされて行く...
2018年の段階で、国民生活基礎調査(厚生労働省)では57.7%が「生活が苦しい」と答えている。
そんな社会を生きているとおそらく大学生の感覚として、今より社会が良くなるということは想定できないかもしれない。その結果が日本財団による、「18歳の社会や国に対する意識調査」でこういう結果が出る原因だろう。ほとんどの設問で日本の18歳は他国の18歳の方々よりも低い数値を統計的に出している。
これが表すことは何か。日本の若者が政治離れ、無関心を決め込んでいるのではなく、日本社会側が若者を社会から遠ざけ、政治離れさせている結果ではないかと疑う必要がある。そこからこの現実を直視して、”自己効力感”を身につけるにはどうすれば良いのか...
ということを、この授業で”体験”してもらっている。
前回の講義で「この授業で何を学んだのか」ということをグループワークで考えてもらった。そして講義後のリフレクションシートではこの様な答えが戻ってきた。
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この、「改めて」ということを重要視していると苅宿先生はいう。授業をデザインする苅宿先生にとって、re-designという言葉を例に、「もう一度学び直せる」という経験を得てもらうことが苅宿先生の仕事として価値があるのだという。
そしてあなたにとってグループワークとはどういうものなのか。
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グループワークが上手く行く時、それは自分たち以上の力を発揮しているということを実感してもらっている。
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グループ、あるいは組織として何かを運営して遂行する時、個人の力を上げるためには他者とどういう協働を必要とするのか。そこにいることで自分も他者も排除されず、まず何よりもあなたはそこにいて良いのだと認められている空間の場作りは一つの鍵となる。その結果、1+1+1=4の力となって、グループとしての方が1人で何かをやる時よりも力を発揮する可能性を持つのだと。
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この”ひらめき”という言葉もさらに鍵となる。そしてそのひらめきを発揮させてくれるのが、グループとして活動している時に感じられる”楽しい”、”安心できる”という感覚なのだと苅宿先生はいう。ここからいくつか羅列する。
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結果的にこれはデザイン思考が必要とされているということだ。自分の能力を素直に認め、グループでどう運営して行けばいいのかということを考えさせる。
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この、”楽しむことから始まるんだ”ということをこの講義から体感してくれた上で、活動してもらったらもう既にデザイン的思考になっているという。
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このように、その場を「◯◯な場」であると定義付けられる時点でこれは”学習環境デザイン”という学習科学と学習工学という両分野を横断する様な学際的な学問領域に入るということをいう。以下のスライドを見て行こう。
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これらを参考に自分がこの講義でやってきたことは学問的に語れるようになるんです、という紹介だ。
実はこの「語れる」ということがとても重要なことで、今の大学生が就職活動で自分のことを語ろうとしたとき、例えば「大学で何を学んできましたか」と面接官ですら大学の時に何やっていたんですか?と問えば答えられなそうな気もする質問をされた時、私は大学で学習環境デザインという手法を学んで、コミュニティがどのように運営され得るか、ということを学びました、などと答えられるようになるということ���。
そしてまだまだ少ないものの、今までのスタイル、会社のカタチにハマることを求められていたものから段々と、あなたの主体に合せて働くことを進められるように環境を整備しようとする職場も増えつつある、という。
次に、こちら。
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実はこれは苅宿先生が小学校の先生をしていた時の学習環境、空間のデザインを施した図工室だ。黒板を全て排し、先生が児童たちと同じ目線で教え、学び、椅子や机の配置もデザインされている。
これは実は苅宿先生がNHKに特集で出演していたときのテレビで放映されたものだ。その中でナレーションされた箇所を抜粋する。
「モノを作ることを通して、”自分らしさ”に出会って欲しい。名付けて「らしさ工房」。そしてこのらしさ工房は、花と同じで水を与えて手入れしないと枯れてしまいます。水は、皆の「作ることが楽しい」という気持ちです。このらしさ工房で作ることを楽しんでくれたり、他の人が楽しいと感じたことを楽しいと感じてくれたら、このらしさ工房は枯れません。それからこのらしさ工房には色んな人が心を休めに来るかもしれません。そんな時は、工房のゆったりとした時間と、花がたくさんあるところに鳥が飛んでくる、そのような空間を楽しんで行ってもらいましょう」
このナレーションにもあるように、苅宿先生はこの時から、外からも人が行き来する、そのような環境をデザインして、かつ、児童や外からやってくる方々もこの環境を作って行く側として参加してもらう意識で、このらしさ工房をサロン的なものとしてコミュニティを作っていた。
この場所で行われていた営みは、人間がこの社会で生きる上で根源的なことと言えるかもしれないと僕は個人的に感じている。それはこのナレーションの中でも言われている通り、この場所、この環境を運営して行くにあたっては、皆がそれぞれの「作ることが楽しい」という気持ちを持続できなければその環境は喪われて行くということだ。そこには不断の努力が必要だ。何か���れは楽しくないと感じた時に、どうしたらその場所がまたお互いにとって”楽しい”と感じる場所になるのか。それを常に問いながらこの環境は成立していた。
そしてこれは、日本国憲法の中で謳われている文言と似ていることに気づかされる。
日本国憲法第十二条、
「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」
つまり、苅宿先生は小学校の図工室を使って、民主主義とはどういうものかをそこに集う全ての人々に概念だけで教えるのではなく、身体でもって体感してもらっていたということなのではないだろか。
さて、リフレクションシートに戻ろう。
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と、この辺に書かれていること、リフレクションシートを通して「振り返り」学ぶ、ということ。
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このあたりは、ドナルド・アラン・ショーンの省察的実践とは何かに書かれてあることで、
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振り返ることによって、自分に気付いて行く。
すなわち、苅宿先生が得意としている「入れ子構造」というもので、繰り返しやっていくことで、自分の多面性を気づいて行くという過程でもある。
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これは青山学院大学の高木教授の心理研究の分野でもある。状況によって自分を変えているということ。
そう、ここまでの講義でもう受講されている学生たちも気付いているが、自分でこの授業の仕組み、構造を語ることができるようになっている。つまり、「作品の作品化」というこの下のスライドの中で語られていることをもう、出来るようになっている。
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『これからのメディアをつくる編集デザイン』
そして、
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苅宿研究室の卒業生の佐々木まゆさんの紹介。彼女は今も空間デザインを自分の仕事にしている。この様に、苅宿先生のもとで学んで、今現在も空間デザイン、コミュニティを作ることをやられている方もいる。
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しかし、この講義は答えがあるわけではない。だから
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のように悩む。
でも実は生きることはそのような回答のない問いを答えようともがき、これが正解なのかと確信しそうになるところで手の上からこぼれる砂のように、掴んだと思ったその瞬間には答えもまた違うと思い始めてはまた問いを振り返る。そのようなサイクルを生きるということが、生きるということなのではないか、みたいな哲学的な考えが、このワークショップデザインを通して学ぶことかもしれない。
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それはソクラテスの「無知の知」に通じるものだ。
自分は知らないということを知っているということが一番強いのだ。このワークショップの講義を通して無知の知を体験している。
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そこでソクラテスは問う、なぜ、問うのか。
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よりよく生きるため、なんだと。
漫画家の山下和美さんの『不思議な少年(第2巻)』で「ソクラテス」を描いている。これがまた秀逸なので未読の方はぜひとも読んでいただきたい。��の中でソクラテスは当時、雄弁だった弁士たちに「それはなぜですか?」と問い続ける。すると答えらないでいる弁士たちはソクラテスを悪者だとレッテルを貼り、コミュニティから異端視させる。牢獄に入れられ、そこで、、、という話だが、この漫画によって僕は生きるということ、人間とは何か、というような根源的な問いが心から浮かんできた。この漫画に出会ったのも、実は僕が大学4年生の時、苅宿研究室のゼミ生だった頃だ。
ゼミの講義で次のゼミの授業までに1人ひとつ、映画を鑑賞してそれを発表する、というもの。そこで苅宿研究室の中にあったDVDを選んでいた時、ふとめに止まった「横浜メリー」という文字。これはなんだろうと思い、ふと手にした。すると、戦後の横浜の町を、1人、ご高齢ながら白塗りをしてワンピースで歩いていた娼婦がいた、というとても興味深い話だった。結局、その時に選んだDVDは想田和弘さんの『精神』という映画で、これもまた僕の考え方、生き方を揺さぶったものとなったが、それでもずっとその後まで「横浜メリー」のことが気になって仕方がなかった。DVDを見ろという話だが、何故かそうすることがなかった。その理由はわからないし、もしかしたらその姿を見ることが少し怖かったのかもしれない。その後、メリーさんのことをさらに知って行くのは結果的にgoogleで検索した時だった。山下和美さんの『不思議な少年(第7巻)』という漫画で”ヨコハマ・リリィ”として題材にされているという。ならばその漫画を読んでみようと買ったのが初めて山下和美さんの作品と出会った瞬間だった。
と、この話をすると、一日が暮れてしまうので、あとは皆さんに山下和美さんの『不思議な少年』を検索していただくことにして...。
授業に戻ります。
絵巻を作る
前回の授業では以下のような絵巻物を作ってもらった。
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抜粋で大変恐縮だが、様々なレイヤーワークを施した上でそれぞれの班が自分たちの想像力を生かし、その班特有のやり方でこの授業で学んだことをとても面白く作っていた。
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この受講生たちが凄いところのひとつは、既に彼らはこの授業を受けたことで、様々なことを理論的に学んでいるだけでなく、身体的に経験、体験できているということだ。大方の大学の講義では様々な制約からなかなか「体験」をするということが出来ない中、この苅宿研究室のやり方はまずはやってみる、体験してみるということから「学び」は始まると考えているため、どんな状況だろうと、経験をしてもらえる場を提供できるように試みている。
で、これらにはどんなリフレクションがあったのか。
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つまりどういうことか。
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この代替不可能性という考え方。
10班がそれぞれ、自分たちの特色で作られていた。決して被らなかったことは、皆で被らないように作って、と言われているわけではないのにも関わらず作れちゃう。
それはつまり、こういうことでもある。 この下の問い、「好きな色は何ですか?」という苅宿先生がうんと昔から使っている質問。これは本当にシンプルで良く出来ているから、高知県佐川町にてワークショップデザイナーとして活動をしている大道剛さんも使っていると言っていた。
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さぁ、あなたの答えは?
ちなみに僕は青です。
あなたは緑?赤?黄色?それとも紫?
では、
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どうですか?
そう、そんな人は、いないんです。
つまり、
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この絵巻を作ったことで、何がわかるか。
あなたはあなたのままで既にそれでオッケーなんだということを再認識するワークがこのような絵巻作りワークだったのだ。
それが代替不可能性を肌で体感するという授業だった。
取り扱い説明書をつくろう!
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ということで、この授業の次のフェーズ、自分とはどういう人間なのか、それを理解するためにもこういうものを作ってみるワークに入った。
自己紹介、ではなく、
「自分には◯◯な特性があって、◯◯な時は◯◯になります。なのでそう言うときには◯◯してもらえると、◯◯になります。」
というような、◯◯が多過ぎて全く理解が進む書き方ではないので大変申し訳ないが、、、
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さて、今度はそれを皆で発表する時間だ。 これは人に伝えることで完結する。
自分を客観的に認識する作業、そしてそれを踏まえた上で他者に自分はこういう特徴がある、ということを伝える。
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ちなみにここで前に出て段取りを説明するのがモッチーだ。3人班になってもらってお互いに説明書を伝え合う。その班分け後、この講義の行く末を見届けるモッチー。敏腕ワークショッパーだ。
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そしてもうひとつ重要なこととして、この写真からもわかるかもしれないが、実は皆が作業していた机を移動させている。ここも、環境を変える、<場面転換>という手法を用いて、学生たちがその環境に飽きさせないように苅宿先生はデザインをしている。
ひと工夫もふた工夫もするのがこの苅宿研究室だ。
この講義でやっていることはそれぞれの学生が、自分とは何か、他者とは何か、他者を通して自分の多面性に気付き、そこにはどういう意味があるのか、それらを自分で語れるようになってもらったりと社会人になるまでには知っておきたいこと、気付いておきたいことを実践的に学んで経験してもらうことを重要視している。
そこで重要になってくるのが、
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ということで、この後に今回はナンジャモンジャゲームというのをやってもらった。
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これは、
ロシア生まれの爆笑カードゲーム『ナンジャモンジャ』は、頭と手足だけの謎生物“ナンジャモンジャ”族が描かれたカードが中央の場に次々とめくられるたびに、その人のセンスで特徴を捉えた名前を付け、全員で共有し、以降もし同じものがめくられたらその名前をいち早く叫んで、溜まったカードを獲得し、集めた枚数を競うゲームです。(ナンジャモンジャ日本版公式サイトから拝借。)
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遊びには4種類がある。
競争、運、モノマネ、ぐるぐるまわるもの(エンドレス)。
実はこのナンジャモンジャゲームをやってもらって遊んでもらったことも実はデザインされているのだ。ゲームを通して、勝ち負けだけじゃない、盛り上がるデザイン。そこに意味を乗せるということは実はとても難しい。そうなると、意味がないことに価値はないのか。いや、そうではないのだ。
そういうものにこそ今、価値を見出して行かなければどんどん人間の価値基準、判断が狭まって行き、何事も競争思考になりかねない。そんな風になったら果たして、、、競争に乗り遅れる人はどうすればいいのか。
書いている僕自身なんて真っ先に乗り遅れると思う。 とにかく人のペースに合わせるのが不得手な自分は自分のペースでなければそのうち息苦しくなり、圧死しかねない。だからこそそうならないためにも、自分に色々なチャンネルを用意して、様々な評価基準を自分の中に持ち、多面的な自分のこの面を今発動しよう、等と使い分けられれば、少しかもしれないが、生きやすくなるはずだし、この社会、少なくともこの講義を通った学生たちにはそうあってもらいたい。勝つ必要が有るわけじゃない。負けなければ良いのだ、という発想に近いのかもしれない。
と、大いに盛り上がったところで、今回もポートフォリオ作りに...
しかし、今回はまた新たな道具を、残りこの講義入れて3回しかない中で、この新しい道具を投入して、学生たちのポートフォリオ作りのモチベーションを再度上げさせてもらう。これも苅宿先生の手法だ。
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ではまた、次回の講義で。 残すところ、あと2回!!
※そして今回の写真は全て現在大学4年の苅宿研究室ゼミ生、シメジくんとシュンくんがiPhone Xを駆使して撮影している。
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mongol-japan-center · 6 years ago
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清水武則教授:日本とモンゴル間の貿易赤字を観光で補う可能性がある
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※本記事は 9月26日 付GOGO Medee、R,Adiyasuren記者の記事を翻訳したものです。
 清水武則前モンゴル駐箚特命全権大使は現在は日本の中央大学教授として国際関係およびモンゴルの歴史文化、政治、経済発展の授業を担当し、学生とともに「モンゴルの経済発展:モンゴルにおける観光業の発展」というテーマで研究を行っている。
 昨年9月にゼミ生を引率してモンゴルを訪問、テレルジ、ハルホリン、ウギー湖などでツーリスト向け宿泊施設を訪れ、日本人から見てどのような問題があるのか、何が改善されたかを調査し、さらなる改善ポイントについて検討したという。
 今年は再び6名の中央大学の学生を伴いモンゴルを訪問、土産物の調査を実施した。GOGO MEDEEで以前行ったインタビューで、清水氏は「適切な観光政策があればモンゴル人は夏に働き、冬に休むことができるようになる」と述べていたが、今夏の調査結果について聞いた。
モンゴルの製品をどこで買えばよいのか、整備された情報がない
Q. ようこそモンゴルにいらっしゃいました。今回の調査について教えて下さい。
 昨年は学生を連れて地方を旅行するとともに、博物館・美術館めぐりを行い、どのような問題があるのか、何を改善すれば観光分野の発展を支えることができるのか、という観点から調査を行い、帰国後に学生たちは調査レポートを作成しました。
 今年は土産物を中心に調査することにしました。モンゴルで製造されている製品や土産物は多くありますが、果たしてどのようなものが外国人旅行者とりわけ日本人に興味を持たれるのかに注目したのです。
 モンゴルの店には実に多くの種類の商品・製品が並んでいますが、外国人旅行者の関心を��くものは多くありません。観光客はしばしば「買うものがないなあ」といって店を後にしていきます。観光という分野は宿泊施設、土産物、飲食といった多くの面で経済に正の影響を与えますが、残念ながら、モンゴルの製造者や販売者は観光客の関心を理解するために必要な調査を行っていないようです。そのため、私たちは主にこの面から調査を行うことにしました。
Q.以前に比べるとモンゴル産の製品、なかでも土産物の種類や数は増えています。土産物の調査をどこで主に行ったのでしょう。
 まず、どこでどのようなモンゴル製品を買えるのか、その情報がオープンでないことに問題があるように思います。どこで何を購入できるのか、その情報が観光客にとっては決してわかりやすいものではありません。わたしたちは国立デパート、メルクーリ市場、シャングリラ・モール、市内大通りに面する「Made in Mongolia」を看板に掲げる店に行きました。学生たちは、モンゴル国立大学とハンガイ大学のモンゴル人学生たちと共同で調査を行いました。
Q.日本の若者たちがモンゴルで気に入った製品は何だったのでしょう?
 若者たちが自身の眼で見て何に興味を持つのか私も知りたかったので、私は彼らに同行せず、学生たちだけで店に行ってもらいました。学生の一人はHuurug(嗅ぎタバコ入れ)を気に入ったようでしたが、その製品がモンゴル製なのかどうかはちょっと確信が持てないですね。また、”Buramkhan”の飴、不ファッションブランド「Zoson」、オーガニック化粧品ブランド「Goo」や「Lhamour」のほか、切手、岩塩で作った土産物、小さい馬頭琴、コーヒーの紙コップに似顔絵を描くサービスなどが気に入ったと言っていました。私が聞いたことのないブランド名もありましたね。
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 学生たちによれば、お土産物を手にとってもモンゴル産の製品なのか外国産の製品なのかを区別できないことがあると言っていました。一人の学生はロシア産の飴をモンゴル産と思って買ってきていました。ともあれ、若い学生たちの関心を引く商品やサービスがあるということはわかりました。
 岩塩で作った土産物といえば、面白いことに日本人は岩塩をとても好みます。私が若いころモンゴルからの土産物を見つけることができずにいたとき、運良く岩塩を手に入れ、スーツケースいっぱいに買って帰ったことがあります。日本では岩塩があまり知られていません。空港に到着すると日本の税関の職員に「なぜこんなにたくさんの石を持ち帰っているのですか」と聞かれました。私は「石ではなくてこれは塩です」と答え、税関職員と30分近くも塩だの石だの問答になったことがありました。それくらい当時の日本では岩塩はあまり知られていなかったのです。
 最近のモンゴル産の岩塩製品は当時に比べずっと美しい細工が施されています。日本人はモンゴルの岩塩の質を高く評価し、複数の企業が買い付けています。昨年に私の母が亡くなったのですが、日本では故人が亡くなってから1年後の命日に一周忌として知人を招いて法要を行います。私は参列者に対して御礼としてモンゴル産の岩塩と蜂蜜を贈りました。参列者はどなたもたいへんに喜んでくださいました。なかには塩飴もあって、日本の夏の暑さに塩飴はとてもよいのでわざわざ注文する人もいて、私はとても嬉しく思っています。
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旅行者の関心を集める観光地のインフラに注意を向け、早期に改善する必要がある
Q.学生たちと田舎にも行かれたのでしょうか。昨年モンゴルを訪れたNISHINO Kurumiさんは星空の写真を撮ってとても満足していましたね。
 私たちはウムヌゴビに旅行しました。残念ながら曇りの日が続き、学生は念願の写真を撮ることができませんでしたが、バヤンザグに行ってとても喜んでいました。ゴビでは古いツーリストキャンプに宿泊しました。また、新しくできたキャンプも含め周辺のツーリストキャンプをいくつか訪れました。
 学生たちは日本からモンゴルにやってきて、ウランバートルを見ても「モンゴルに来た」という思いは浮かばなかったと言っていました。田舎に来て、ゴビに来て、広がる草原を見てはじめて「本当のモンゴルにやってきた」、自分たちの想像していたモンゴルはこれだと感じたのです。素晴らしい体験をしましたが、大変なこともありました。たとえば、宿泊先のゲルでは夜になるとネズミが走り回り、ひと晩中その音で女子学生たちは眠ることができなかったと言っていました。
 このように日本人のなかでも若者たちの関心を引くものがモンゴルの田舎にはたくさんあります。そのため、地方で発展の必要のある事柄は多いでしょう。
Q.たとえば、最初に改善する必要のあることは何でしょうか?
 私たちは昨年カラコルムとテレルジに行き、今年はゴビに行きました。外国人にとってはお手洗いが非常に重要なので設備の整ったトイレを備えることが大切です。宿泊施設の雰囲気や設備は良くなっているものの、インフラについてはまだまだです。道路の整備状況も良いとはいえず、目的地につくまでにかなり疲れてしまいます。私たちはゴビに行くのに8時間も車に揺られました。
 一気にすべての問題を解決することはできないとしても、明確な方針を策定し、ウムヌゴビ県、フブスグル県、オブス県といった観光客の関心の高い地域のインフラに集中して早期改善すれば地方観光の発展の可能性も十分にあります。そのための政策が必要です。
 現在、ウランバートルーナライハ間の道路整備が行われています。整備が済めばテレルジに行く人の数は増えることでしょう。観光客の関心を引くことができるか否かは多くの要素が絡みますが、そのなかでもインフラとサービスの質は決定的に重要です。
 またサービスの文化や質が向上しているところも見られるものの、相変わらずのところもあります。日本には「おもてなし」という言葉があります。一期一会の精神で、サービスを提供する側はこのおもてなしを徹底します。日本のサービスがきわめて高いレベルであるのはこのことに基づいています。
 日本ではお客様は神様という考えがあるので、サービスに関する特別な教育を行います。従業員の考え方も異なります。従業員であっても、所属する会社のためにという意欲をもって全力で勤めます。けれどもモンゴルでは異なります。自分の会社ではないから商品が売れようが売れまいが関係ない。場合によっては自分の会社であっても自分は社長なんだからという向きさえもあります。社会主義時代には懸命に働かなくても同じだけの給料を貰えるといった考えが一方にありました。けれども、近年では改善されているところもあることも確かです。
Q.貴方は日本からモンゴルに来る観光客の数が増えないのは航空券の価格が関係していると以前指摘してましたが現状はいかがですか?
 今回私たちはゴビで日本からやってきた一人の女性に出会いました。11年前にモンゴルに初めて訪れ、それ以来毎年モンゴルを旅行しているそうです。一緒に来ておられたご主人は数年前に亡くなられたそうですが、その後も続けてモンゴルにやってきているということでした。彼女の心を惹きつけたのは何だったのかと聞くと、モンゴルの草原が心から好きと答えてくれました。こうした人たちを増やすことが重要です。
 航空券価格の問題は全く変わりがありません。学生たちのなかにも航空券の値段を理由に北京経由で来た者もいます。日本の航空会社が参入すれば競争が生じ、航空券の値段も下がると思います。今年は少し値段が下がりました。このこともあってか、日本からモンゴルに来た旅行者の数は増えているようです。この9月にモンゴルに来た日本人の数は減りましたが、私たちの搭乗した飛行機にはたくさんの日本人が乗っていました。日本でモンゴルに対する関心は高まっているように思えます。
Q.日本の航空会社は、定期便の運行に明確な基準をおいていると聞きました。どのくらいの期間でこの基準を日本―モンゴル便が満たすと考えておられますか?
 日本の航空会社���搭乗者数が100,000人以上の航路で定期便を運行します。50,000人で不チャーター便を就航し、これがその後に定期便になる可能性もあります。昨年は50,000人近くの搭乗者数でしたが、今年は50,000人に達すると思います。50,000人に達すれば、日本の航空会社の不定期便が就航し、数年後に100,000人に達すれば定期便が就航します。いまから5年後には100,000人に達するかもしれません。そうすると今後、1年間あたり搭乗者数を10,000人増やすには、日本からモンゴル、モンゴルから日本へと向かう人々を中国や韓国を経由せずに直行してもらうためにMIAT(モンゴル国際航空)のモンゴルー日本間の直行便の数を増やし、一定程度値下げを行う必要があります。日本から100,000人がモンゴルにやって来ればおよそ1億ドルがモンゴルに落ちることになります。
Q.日本の若者たちにモンゴルの情報を届け、両国の若者たちの交流を広げる、ということを貴方はよく述べておられますね。同行された学生の皆さんはモンゴルにもう一度来たいと思っていますか?
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MACHIDA Yuki (学生) :学生のうちにはもう一度来るのは難しいでしょう。もっと安い値段でも東南アジアに行くことができ、モンゴルに来る費用だけで他のいくつかの国を見て回ることができるからです。卒業後にお金を貯めてモンゴルにくることがあるかもしれません。
ENOMOTO Rei (学生) :モンゴルは本当に素晴らしいところです。ただ、若者にとってはインターネットへの接続がとても重要なのですが、ネット環境はそれほどよくありませんでした。学生の間にはもう一度来ることはないと思いますが、またいつか必ず来たいと思います。
NABEMURA Kazuma (学生) :清水先生のゼミを受講していて、今回モンゴルに来ました。学生の間にまた来ることはできないでしょう。日本では地下鉄やバスなどに日本語、ハングル、中国語、英語での案内があります。モンゴルにはこうした外国人向けの案内があまりないので不便でした。また、日本の店では商品の値段や説明がすぐわかるよう記載されています。モンゴルではそうではありません。商品に値札や説明がないことがあり、モンゴル語がわからないので聞くこともできません。観光客には高い値段で売りつけようとしているのだろうか、と邪推してしまいます。このような基本的な要件を満たす場所はあまり多くありません。  他方、モンゴルの人たちはとてもよく肉を食べると聞いていたのでこちらでの食事を心配していましたが、嬉しいことに食事の選択肢は多かったです。現在のモンゴルの生活、食事について日本人はあまり知らないのではないかと思います。モンゴルでの食事について「どのような食事の習慣・主義をもつ方でもモンゴルに来て食事に困ることはありません」、という旅行者向けのメッセージが必要だと感じました。
 学生たちが旅費が高いのでモンゴルにもう一度来ることはできないといっているのは残念なことです。けれども、問題は早晩解決すると思っています。私は故郷の大分県とモンゴルのあいだでチャーター便を就航したいと願っています。最近では、静岡、福岡、北海道とモンゴルの間でチャーター便が飛びました。チャーター便の数が増えることは、両国間の観光分野の発展にとって重要です。
Q.観光情報が不���していることについて、貴方も学生さんたちも指摘しています。これも留意すべき問題のようですね。
 そのとおりです。モンゴルに関する観光者向け情報を集約したポータルサイトがありません。旅行会社がこうしたサイトを作るのは難しいでしょう。国から協会等を通じて公式サイトを作ってモンゴルに関する情報を集約し、これをフェイスブック、ツイッター、インスタグラムといったSNSで周知広報する必要があります。これにはそれほどの費用はかからないでしょう。少ない費用で多くの人に情報を届けることにより、観光分野で勤める人びとを支援できます。このような投資を行うことは意義あることと思います。
 たとえばシンガポールであれば、日本にシンガポール政府観光局の支局があります。日本も世界中に国を紹介する組織や施設を置いており、これに必要な多額の予算が用いられています。けれどもモンゴルでは、自然環境・観光省に観光を担当する部局はあるものの予算が少なく、十分な機能を果たすことが難しい状況です。
 モンゴルの将来を考えると、観光分野は間違いなく重要です。貧困率を下げるうえでもこの分野が重要になります。昨年1,900万の日本人が海外旅行に行き、そのうち80万人がシンガポールへ行きました。そこで消費された費用はおよそ200億円にのぼると言われています。これら人たちのうち4分の1でもモンゴルに来れば、モンゴルは日本とモンゴル間の貿易赤字を観光で補うことができます。そのため私たちは観光分野に注目し、調査を行っています。 
 私たちはこれから今年で2年目となる調査を行い、帰国後に調査をまとめて詳細な報告書を作成します。来年もモンゴルで調査を行い、その結果も含めて調査結果をまとめるつもりです。そして5年間教職をつとめ、その後に調査成果を書籍として発表する予定です。
☆モンゴルビジネス情報をチェック☆彡
~モンゴル日本人材開発センター| 公式ホームページ~
~モンゴル日本人材開発センター| モンゴル企業データベース~
~モンゴル日本人材開発センター| ビジネス交流公式ツイッター~
~モンゴル日本人材開発センター| ビジネス交流公式Facebook~
~JICA | モンゴルビジネス環境ガイド~
~JICA | 海外の現地情報~
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geibun-campus · 6 years ago
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【研究科生の研究紹介】「エコロジカルな修景方法の確立を目指して酒蔵コモンズを提案する」/福井 美瑳(大学院 芸術文化学研究科)
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[氏名] 福井 美瑳(大学院 芸術文化学研究科) [研究テーマ] 「エコロジカルな修景方法の確立を目指して酒蔵コモンズを提案する」 ―ストラスブールのPLU政策による図書館建築と瀬戸内国際芸術祭の家プロジェクトを前例として― [研究概要] 大学院の研究では、現代ヨーロッパと日本の地域を例にとり建築を広域の空間計画の一部として設定する方法をまとめます。副論文では、ストラスブールのPLU政策による図書館建築と瀬戸内国際芸術祭の家プロジェクトの2つ論点においてまとめ、修了制作ではこれらを参照し富山県を対象敷地とし具体的な建築の設計・提案を行います。 [研究内容] 1つ目のストラスブールの研究では、広域都市計画であるPLUについて調べました。その結果より、ストラスブールの図書館が従来の方法ではなく各図書館に特徴付けを行い、それらを広域交通システムであるトラムでつなぎ街全体で1つの施設として機能するネットワーク図書館として実現したことが明らかとなりました。 2つ目の事例は瀬戸内の島々の事例です。これまで負の遺産として考えられてきた島々の風景は、芸術や建築より風景を産官協同の芸術祭の舞台とする新たな文化活動の場として生まれ変わりました。また、それらを船という交通システムで結び、瀬戸内に広域的な新たな建築ネットワークを生み出し島に多くの人々を呼びこみ新たな経済循環作り出したことについて記述しまとめようと考えています。 修了制作では副論文で記述することを方法とし、ヘルツォーク&ド・ムーロンのドミナス・ワイナリーやジャン・ヌーヴェルのシャトー・ラ・ドミニクを参照し具体的に富山県の田園風景と密接に関わり富山の産業を担う「酒蔵」を文化・観光のコモンズとして再生することを提案します。酒蔵は複数棟設計し、各棟には特徴の異なるプログラムを付加し、それらを新たな交通システムでつなぎ広域的な計画を行います。現在は多くの田園風景および散村残る砺波平野を対象敷地とし研究、制作を進めています。
[日々の研究について] 週に2回学部生と大学院のゼミを行なっています。大学院の研究は学部の時よりも長期であり、また副論文を含めた深い理解や精度が必要となってきます。自らで長期計画をたてながら、先生のご指導のもと進めていきます。現在は設計に至る調査で、行き詰まるところもありますが、最終的には学部の時の作品を上回れるような提案、制作を行いたいと思い日々進めています。
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直島での現地調査 [関連リンク] 【学部・大学院】大学院 芸術文化学研究科
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benediktine · 6 years ago
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【round.5 平成31年度東京大学学部入学式 祝辞(上野千鶴子)】 - フェミニスト両手ぶらり旅 - webちくま : http://www.webchikuma.jp/preview/3d2fa812a4e20cf92c0e6b8b2feb98c2c2f126d6 2019年4月25日更新 金田 淳子
============ 漫画・アニメ・小説・ゲーム……さまざまな文化表象に、萌えジャージにBLTシャツの粋なフェミニストが両手ぶらりで挑みます。うなれ、必殺クロスカウンター!! (バナーイラスト・題字:竹内佐千子) ============
 今回の「フェミニスト両手ぶらり旅」の題材は、私がそれなりに知っている人(恩師)の発言なので、厳密には「両手ぶらり」(ノーガード)で挑んでいるわけではない。  とはいえ、私は上野千鶴子ゼミでは他の追随を許さぬ不良学生(※不良債権という意味)だったので、面目なくて数年間お会いできていない。ここ半年間に至っては、「刃牙」シリーズという、上野先生が一生ぜったいに読まないであろう格闘マンガのことしか考えられない廃人になっている。  そういうわけで、上野先生が今年の東大の新入生に対して祝辞を述べ、それが話題になっているというニュースは、私にとってなにか「急に内側に入って来た」という感じがあった。
 さっそく祝辞のページを開いたが、半分も読まないうちに、私は泣いた。感動で泣いたのではない。ここ最近の許されざる入試不正、数々の性犯罪、さらにそれらを糾弾するのではなく容認する、SNS等での発言の数々を思い出し、怒りと悔しさ、ふがいなさで泣いたのだ。 
 長くもないし難解でもないので、まだ読んでいないという人がいたら、ぜひ今、 {{ 原文 : https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html : https://benediktine.tumblr.com/post/184448259496/ }} を読んでほしいが、私なりに以下に要約する。
 受験という最も公正だと思われてきた場にすら差別と不正があり、女性は人生の早い段階で意欲をくじかれている。東大で2割しかいない女子は自分の学歴を他人に隠しがちである一方、東大男子はエリート意識を肥大させがちで、甚だしい者は他大女子を見下し集団で性的暴行するという犯罪までも犯している。東大の現状は男女平等ではない。このように個人のがんばりが公正に評価されないこの社会で、しかし被差別者である女性、障碍者、在日韓国人らは、その経験と抵抗運動の中から新しい学問を作り出してきた。不公正のはびこる社会で、条件に恵まれて、個人のがんばりを認めてもらって入学することができた新入生(あなた)たちには今後、自分のためだけでなく、がんばっても認められない人たち、がんばる意欲すらも削られた人たちのためにその能力を使い、新しい学問を生み出す人になってほしい。(以上、私なりのまとめ)
 ぐうの音もでない正論であり、たまたま恵まれて合格し、これから最高の環境で存分に学ぶことのできる学生たちに対して、こんなにふさわしい祝辞は無いと思った。怒り涙と悔し涙に濡れていた私だが、祝辞の後半に至り、上野先生の講義を初めて受けたときの知的興奮を思い出さずにはいられなかった。
 この祝辞について、一部のテレビ番組やSNSでは、「女性が自ら選んで東大を受験してないだけだから、差別じ��ない」だの、「弱者の甘えだ」だの、「上野自身はその能力を被差別者のために使ってきたのか」だの、批判が出ているようだが、正直に申しあげて「それ全部この祝辞のなかに回答が書いてありますよ」「読解力ゼロですか」と思う。何度も読め。それでもわからなければ、フェミニズムやジェンダー論の本を探して最低50冊読め。
 中には「祝われてなくて学生がかわいそう」という批判もあるようだが、どの大学の祝辞も、「おめでとう! アンタにゃ惚れちまったよ! レッツパーリィ!」みたいな内容ではないと思う(そういう祝辞が本当にあったら面白いのでぜひ教えてほしい)。私調べで恐縮だが、「気を引き締めろ」「こういう学生になってほしい」という訓示が主流だろう。
 この祝辞を読んで、昔のことをいろいろ思い出したので、この後は思い出をつづっていきたい。いつもはアナルの話をしている私だが、かつて一浪して東大文科1類(法学部)に入学している。確か93年入学なのだが(うろ覚え)、その時の入学式では、新入生たちの多くが延々とでかい声で私語していて態度が悪すぎたので、総長(東大では学長のことをこう呼ぶ)が開口一番、マジギレしていた。マジギレされているのに、私も、私の周囲の新入生も、照れ隠しなのか冷笑なのか、ニヤニヤしていた。いま思い出すと奇声が出るほど恥ずかしく、あのときの私を転蓮華(「刃牙」に出てくる技の名前)で殺したい。ちなみに「マジギレしていた」ことが印象深すぎたので、総長の話の内容は覚えていない。本当に情けない。
 上野先生もよくよくご存じなのだが、あえて祝辞ではおっしゃらなかったこととして、東大女子のエリート意識がある。東大男子より出身階層が高めなので、男子以上にエリート意識が高い人も見受けられた。1年生時、「親が大蔵省(当時)だから、私は外務省かな~」などと、既定路線のように将来の夢を語る女子を何人も見た。両親が地方都市の中小企業被雇用者だった私は、「自覚はないんだろうけど、なんか怖いな」と思っていた(ちなみに、中央省庁の中でも、大蔵、通産、外務以外をめざすのは、よほどの理由がなければ意識が低いと思われていた)。もちろん、向上心を持つ自由だけでなく、気持ちの悪いエリート意識を持つ自由は、男子だけでなく女子にもあるので、価値中立・リベラルになんでも平等を進めるならばこれでいいのだが、突き詰めると、この連載第4回でも触れたように、「合法的に殺人する自由・弱者を差別し搾取する自由を女性にも」という主張に近い話になってくる。少なくとも、私はどうしても人として好きになれなかった。
 文学部はそうでもないと後で知ったが、法学部の男女は(もちろん全員ではないが)全体的に頭がおかしかった。私がたまにする昔話だが、彼女ら彼らは議論などのとき、自分たち以外の人間のことを「国民」と呼び、いつも統治者目線で話をしていた。ジオン軍の総帥になりきっているのではなく、マジなのだ。「日本銀行」のことをわざわざ「政府系金融」と言ったりもする。そして新歓の時点で「君はコクイチ? シホウ?」という問答を交わす。私は田舎者なので意味がわからなかったが、「コクイチ」とは国家公務員一種試験(当時)、「シホウ」とは司法試験のことで、つまり「将来、どちらを受けるか」という問答である。二択なのだ。民間企業は、それがメガバンクであろうとテレビ局であろうと負け組。だからこそ「日本銀行」ではなく「政府系金融」(民間とは違うのだよ、民間とは)と表現するのだ(とはいえ現在は多分、さすがにそこまで就職先を選べる状態ではないと思う)。
 上野先生はたまに、「自分の実力でのしあがってきたし、女性差別を感じたことなんてない」とうそぶく若い女性について、呪詛のようなツイートをすることがある。それで以前、かなり多くのフェミニストを怒らせていたが、長年師事していた私には、「東大法学部の一部の女子みたいな、支配者側に立ち、喜んで格差を拡げようとする人」を指して言っているとわかった。東大法学部で一時期、あの気持ち悪い空気に染まって出世してやろうとがんばっていた(だが努力が足りず出世できなかった)私が、上野先生がうっかり出してしまった呪詛を引き受けるので、上野先生の言葉足らずのツイートについては少しだけ許してあげてほしい。
 東大女子の中には、このように男子に負けじと、気持ちの悪さを秘めた人が混じっているのだが、祝辞にもあった通り、東大で男子から全く差別されていないわけではない。現在も「東大男子と他大女子だけが入れるサークル」が存在しているらしいが、私はさすがになくなったと思いこんでいたので驚いた。そんなサークルを選んで入っている時点で気持ちの悪い男子なので、私は別にかかわりたくもなかったが、まあ、学問の場で堂々とやることではないだろう。
 ちなみに、「東大女子は学歴が高すぎて敬遠されるので、東大男子以外とは結婚できない」という話は、学生間でよく噂されていて、「東大にいる4年間の間に彼氏を作り、がっちりつかまないと、生涯、未婚になる」「実質的には、1年生の秋のイチョウを見るまでに彼氏を作らないと、生涯、未婚になる」とも言われていた(なぜだんだん時期が狭まっていくのかは謎)。私は結婚したいと思ったことがないので、「あ、そうですか」と思っていたが、クラスの女子の一部は誇張抜きで、勉強と同じぐらいパートナー選びをがんばっていた。 「東大女子が敬遠される」ということについては、その後、私も初対面の男性に大学名を言った途端、「バカにされちゃうかも~」とおどけた態度をとられたり、「勉強ばっかりしてて他が疎かじゃないの」と急に説教されることを何回か経験したので、私の顔や性格が悪かったせいかもしれないが、あながち嘘ではないと思う。
 私は1年生の春、みんなで勉強する系の有名サークル「行政機構研究会」に入ることにしたが、友達ができなかったので、真面目に参加していなかった。駒場祭では思想家を招いて講演会をやったが、その時、男子学生から「女の子が、講演者にお茶を出して」と言われたことを、いまも覚えている。当時すでに、職場の「お茶くみ」という雑事が女性に押しつけられていることは問題視されていた。「なんで男子じゃだめなの?」と聞くと、「そりゃ、女子がお茶出したほうが講演者さん(男性)は嬉しいでしょう」と言われた。そのとき、私が素直にお茶を出したのかどうか、ちょっと覚えていない。もう一人いた、こういうことにいちいち反論しない女性がやってくれていた気がする。そのサークルは半年ぐらいでやめた。
 私は法学部を卒業した後、フェミニズムを勉強するために文学部に入りなおし、院進学することにした。それを聞いた男性の先輩が、間髪入れずに「婚期遅れるよ」と言った。「私は結婚しないですよ」と返事をすると、不満げに引き下がったが、その後、「君たちフェミニストは、対案を出さずに文句ばかり言ってくる」「子育てを家族が担わないとしたら、誰がやるの? 国がやるなんてディストピアSFみたい」と絡んできたことも、よく覚えている。いま現在、子育てを家族だけ(多くの場合、母親だけ)が担う状況になってしまった家庭で、追い詰められた母親が行政を頼ったが助けてもらえず、子供を殺してしまうという痛ましい事件まで起きている。この事件について、先輩は何を語ってくれるだろうか。
「ブス認定された女子は、飲み会で男子から話をしてもらえない」など、もっとえげつない話もあるのだが、これは残念ながら東大だけではないだろうし、このあたりにしておく。そんなこんなで、正直言って25年前の東大、特に法学部は、皆様に自信を持ってお見せできるような場所ではなかった。もし93年に、上野先生が同じ祝辞を捧げてくれたとしても、新入生の多くが、私語をしつづけて話を聞くことすらなかったのではないかと思う。  しかし、あれから四半世紀が経っている。「せっかくの入学式に、厳しいことを言われたな」と不満に思った学生もいるだろうが、「上野先生の言っていた、新しい学問とは何だろう」と考えてくれる男子学生が、そして女子学生が増えていると思いたい。たった一人でもいい。そんな学生さんに向けて、OGとして私からも言わせてほしい。ようこそ、東京大学へ。
【おまけ】 ☆こんなに東大法学部になじめなかった金田が、そもそもなぜ東大法学部に受かったのか?衝撃の勉強法が明らかに! {{ 〈授業編〉東大に受かった私の勉強法 : https://www.kanejun.net/entry/2019/03/06/210052 }}
☆尊敬する恩師に会いに行き、有意義な歓談をすることよりも、この半年間、金田の中で優先されていた「刃牙」とは!? {{ 乙女の聖典 女子こそ読みたい「刃牙」シリーズ~その1「刃牙」を9冊読んで頭がおかしくなった女の戦い : https://note.mu/higez/n/nf4eaf61f1d61 }}
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kininaru-text · 8 years ago
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セックスワークについて
寺子屋ゼミで「セックスワーク」についてゼミ生から質問を受けた。 「話すと長い話になるから」ということでその場はご容赦願ったのであるが、橋下発言をめぐって「セックスワーク」についての原理的な確認をしておきたいと思って、筐底から旧稿を引き出してきた。 2003年に『岩波応用倫理学講義』(金井淑子編、岩波書店)に書いたものである。 そこでは社会学者たちの「売春擁護論」に疑問を呈した。 同じ疑問を私は今回の橋下発言をめぐる賛否のコメントについても感じている。
セックスワーク-「セックスというお仕事」と自己決定権 はじめに 最初に正直に申し上げるが、私自身は、セックスワークについて専門的に考究したこともないし、ぜひとも具申したいような個人的意見があるわけでもない。ときどき、それに関する文章を読むが、数頁(場合によっては数行)読んだだけで気持ちが沈んできて、本を閉じてしまう。 困ったものではあるが、私を蝕むこの疲労感は、必ずしも個人的なものとは思われない。 私の見るところ、この問題については、どなたの言っていることにも「一理」ある。 ただし、「一理しかない」。 異論と折り合い、より広範囲な同意の場を形成できそうな対話的な語法で自説を展開している方にはこの論争の場ではまずお目にかかることができない。 みんなだいたい「喧嘩腰」である。 経験が私に教えるのは、この種の論争では、みなさんそれぞれにもっともな言い分があり、そこに最終的解決や弁証法的止揚などを試みても益するところがないということである。 私は以下でセックスワークについて管見の及んだ限りの理説のいくつかをご紹介し、その条理について比較考量するが、そこから得られる結論は「常識」の域を一歩も出ないものになることをあらかじめお知らせし��おきたい。
1・ 「セックスワーク」という言葉は価値中立的な語ではなく、それ自体明確な主張を伴った術語である(と思う。違うかもしれない)。 この言葉が日本のメディアで認知されたのは、おそらくは『セックスワーク』というタイトルの売春従事者たちの証言を集めた本が93年に刊行されて以後のことだろう。 この本には売春婦の権利のための国際委員会(ICPR International Committee for Prostitutes' Rights)憲章と世界娼婦会議(1986年)の声明草案が収録されている。セックスワーク論の基本的な考想を知るため、私たちはまず彼女たちの主張から聞いてゆきたいと思う。「憲章」は次の文言から始まる。
「個人の決断の結果としての成人による売春を全面的に非処罰化せよ。」( F・デラコステ他編、『セックスワーク』、山中登美子他訳、現代書館、1993年、386頁)   以下に続くその基幹的な主張は、 (1)「大部分の女性は経済的な依存状態にあるか、絶望的な状態にある。」 それは女性には教育と雇用の機会が不足しており、下級職以外の職業選択を構造的に閉ざされていることによる。 (2)「女性には十分な教育を受け、雇用の機会を得、売春を含むあらゆる職業で、正当な報酬と敬意が払われる権利がある。」  (3)「性に関する自己決定権には、相手(複数の場合も)や行為、目的(妊娠、快楽、経済的利益など)、自分自身の性に関する条件を決定する女性の権利が含まれる。」 以上の三つにまとめられるだろう。 その他に「強制売春・強姦の禁止」「未成年者の保護」「性的マイノリティへの差別の廃止」などもうたわれているが、それらの主張に異論を申し立てる人はまずいないだろうから、議論がありうるとすれば、この三項にかかわると予想して大過ないはずである。 ここに掲げた三項は(1)が「女性差別」をめぐる一般的状況の記述、(2)が「売春する権利」にかかわる要求、(3)が「性に関する自己決定権」の範囲について規定したものである。それぞれの含む条理について、以下で計量的な吟味を試みてみたいと思う。   2. 世界娼婦会議の主張について、私たちがまず見ておかなければならないことは、それが伝統的なフェミニズムの父権制批判とかなり齟齬するということである。 私たちになじみ深い伝統的な廃娼運動は次のような考え方をする。 女性が性を商品化しなければならないのは、男性がすべての価値を独占し、商品価値のあるもの(権力、財貨、教育、情報など)を所有することを女性に構造的に禁じているからである。女性は父権制社会においては、本質的に「性以外に売るものを持たない」プロレタリアートの地位に貶められている。売春婦はその中にあって、もっとも疎外された「抑圧のシンボル」である。それゆえ、喫緊の政治的課題は、売春婦たちをその奴隷的境涯から救出し、売春制度そのものを廃絶することである。 例えば、サラ・ウィンターはこの立場を代表して、次のように書いている。
「男性は、女性の体を性的利用目的のために売買する必要性と、その権利すらあることを正当化するために周到な試みをしてきた。これは売春を職業と婉曲に表現することで、ある程度は成功した。女性のおかれた不平等な立場や、売春婦にならざるをえないような前提条件などは都合よく無視して、低賃金、未熟練、単純労働に代わる、楽しめて実利的な仕事として、女性は売春をやりたがっているのだ、という神話を男性は喧伝し広めてきたのだ。(・・・)フェミニストとして私たちは、経済的従属状態や、強制された性的服従状態(私たちはこれを強姦と定義してきた)を批判し、廃するだけではなく、性的虐待および不平等な商取引である売春制度を批判し、廃していかなければならないと決意している。」(同書、322-4頁)
だが、ウィンターの威勢の良いフェミニスト的廃娼論と世界娼婦会議の主張の間には、乗り越えがたい懸隔が存在する。 ご覧の通り、世界娼婦会議に結集した売春婦たちは、彼女たちの「生業」であり「正業」である売春制度の廃絶ではなく、存続を要求しているからである。 彼女たちが求めているのは、「女性抑圧のシンボル」として扱われることではなく、労働者として認知されることである。この点で売春婦たちはフェミニストと正面から対立してしまう。 「フェミニストが売春を正当な労働と認め、かつ売春婦を働く女性として認めるのをためらい、あるいは拒絶しているために、大多数の売春婦は自分をフェミニストとは考えていない」と「憲章」は記している。  (同書、390頁) この対立について、フェミニストの主張と売春婦たちの主張を読み比べると、私は売春婦たちの訴えの方に説得力と切実さを感じてしまう。以下にその理由を述べる。
ウィンターはこの短い引用の中で二つのことを述べている。 一つは、父権制社会においてはすべての女性が男性への経済的な従属を強いられ、性を商品化することを強制されている、という父権制批判。 いま一つは、売春制度は男性の女性支配の最悪の形態である、とする売春制度批判である。 それぞれを一つずつ読めば、どこにも矛盾はないように思われる。 だが、二つを読み合わせると不整合があることに私たちは気づく。 というのは、売春婦を「より多く抑圧されている女」として「犠牲者化」することは、売春婦と一般女性のあいだにとりあえず「抑圧の程度差による序列化」を導入することに合意することだからあるが、この序列化には理論的な根拠がないのである。 売春婦を「穢れた女」、一般女性を「清らかな女」に区分する差別化はもちろんフェミニストの採るところではない。となると、売春婦が「より多く」抑圧されており、一般女性たちが「より少なく抑圧されている」という「差別」を可能にする理由は一つしかない。 それは、非売春婦たちの方が、売春婦たちよりも、「ロマンティック・ラブ」や「偕老同穴」や「貞操観念」などの近代家族幻想の延命に貢献しているという事実である。 例えば、主婦たちは、男性に性的に奉仕し、その自己複製欲望に応えて子を産み、家事労働によってその権力独占活動を支援し、父権制の延命に深くコミットしているがゆえに、この社会においては売春婦よりは「より少なく抑圧されている」ことになる。 だが、フェミニストの立場からするならば、「娼婦と比べて『���待遇』の終身雇用制となっていると思われる」  妻たちは、父権制の無自覚な共犯者に他ならない。この妻たちを、をその「経済的従属状態」と「強制された性的服従状態」(ウィンターによれば、これは「強姦」である)から「解放」する戦いもまた喫緊の政治的課題だということにはならないのだろうか。 父権制批判の立場からするならば、「主婦の解放」を「売春婦の解放」より「先送り」にする理由はない。 現に、「主婦こそは恥ずべき性的奴隷である」という指摘はすでに大正の与謝野晶子の時代からなさされてきた。菅野聡美は与謝野の立場をこう祖述している。
「与謝野晶子は『良妻賢母の実質』は『結婚の基礎であるべき恋愛を全く排斥して顧みない物質的結婚に由つて妻と呼ばれ、唯だ良人たる男子に隷属してその性欲に奉仕する妾婦となり、併せてその衣食住の日用を弁ずる台所婦人を兼ねることが謂はゆる我が国の良妻』だと言う。そして『男子に依頼して専ら家庭に徒食する婦人を奴隷の一種とし、たとへ育児と台所の雑用とに勤勉な婦人であつても、猶なにがしかの職業的能力の欠けた婦人は時代遅れの婦人として愧ぢる習慣を作りたい』と述べている。」 (菅野聡美、「快楽と生殖のはざまで揺れるセックスワーク-大正期日本を手がかりに」、田崎英明編著、『売る身体/買う身体-セックスワーク論の射程』、青弓社、1997年、120頁)
まことに明快な理路である。そして、この論を是とし、「男子の財力をあてに」する生き方をする女性はすべて「男子の奴隷」であり、そのような生き方は否定されるべきものであるとするならば、そこから導出される結論は、父権制社会のすべての性制度の同時的廃絶であって、売春制度の選択的廃絶ではない。 ウィンターと与謝野晶子に共通する「女性=性的奴隷」論は「総論」としては文句なく正しい。 しかし、その理論に基づいて、「各論」的課題として、廃娼運動を進めようとすると、なぜ売春婦が主婦に先んじて「解放」されなければならないのかを言わねばならない。そして、そのときにもし、売春婦が主婦よりも「貧しく」「教養に欠け」「穢れた仕事に従事している」という事実をその優先性の根拠とするならば、それは「金」と「教養」と「処女性」に高い値札をつける父権制の価値観の少なくとも一部には同意したということを意味している。 父権制批判から廃娼運動を導出しうることは、常識的にはほとんど自明のことであるけれど、なお論理的架橋が困難である理由はそこにある。 私たちは父権制批判を徹底させようと思えば、廃娼運動を唱導することは断念しなければならないし、廃娼運動を優先しようと望むなら父権制批判をトーンダウンさせなければならない。 このゼロサム構造ゆえに、ラディカルな父権制批判の立場を採る論者は、ほとんど構造的に売春容認の立場を選ばざるを得ないし、売春婦を「苦界」から救出しようとするものはドミナントな性イデオロギーにある程度まで譲歩せざるを得ない。 個人的好悪とかかわりなく、論理の経済がそれを要求するのである。
3・ 論理の経済に繋縛されている「不自由な知識人たち」に比べると、「現場」の諸君はもう少しでたらめであり、自由であるように私には見える。 売春婦たちにとってみれば、極端な話、理論的整合性なんかどうでもよいからである。彼女たちは別に知的威信を賭けて語っているわけではないし、論理的に破綻があろうとなかろうと、言いたいことは一つしかない。 それは「人権を守れ」ということに尽くされる。 彼女たちは、売春婦が「すべての女性と同じように」父権制社会において不公平な扱いを受けていることについては同意するが、「他の女性より多く」差別されているという考え方には同意しない。だから、売春制度の即時廃絶にも同意しない。 彼女たちが求めているのは、「看護婦やタイピストやライターや医者などと同じように」(あるいは「妻たち」と同じように)、性的技能者として、安全と自由を保証された社会的環境の中で売春を業とする「労働する権利」である。 話の筋目を通すことより、もっと緊急なことがある。それは現実に行われている人権侵害を止めることだ。このセックスワーク論の基幹的主張には十分な説得力があると私も思う。 現に売春婦の過半は貧困な家庭や劣悪な社会環境に育ち、十分な社会的訓練や教育を受けておらず、現在も客による暴力、管理者による収奪、警官による暴行の被害にさらされている。 例えば、売春婦は裁判に訴えても、客に不払い代金を払わせることはできない。 「彼女は犯罪行為は行っていないが、売春は法が禁じているのだから、代金請求の根拠となる売春契約は違法で、公序良俗に反する契約として無効と判断される」からである。(角田由紀子、「解説」、デラコステ、前掲書、421頁) 売春婦が相手の男性のサディスティックな行為に恐怖を抱き、相手のナイフを取り上げて刺殺した87年の池袋買春男性殺人事件でも、司法は売春婦に正当防衛を認めなかった。
「地裁判決は、『見知らぬ男性の待つホテルの一室に単身赴く以上、・・・相当な危険が伴うことは十分予測し得るところである・・・いわば自ら招いた危難と言えなくもない』とし、高裁判決は『売春婦と一般婦女子との間では性的自由の度合いが異なる』と断定する。ホテトル嬢のような仕事であれば、どんな客がいるか分からない。それを仕事としている以上、性的自由の侵害への抵抗は正当防衛として認められにくいというのである。」(若尾典子、『闇の中の女の身体』、学陽書房、1997年、213頁)
しかし、例えばタクシードライバーは、「見知らぬ人間」と「個室」に閉じこもり、人気のない場所へでも「単身赴く」以上、「相当な危険が伴うことは十分予測し得る」職業であるが、運転手が強盗に遭った場合に「自ら招いた危難と言えなくもない」というようなことを口にする裁判官は存在しないであろう。 これらの事例には、売春婦に他の職業人と同じ人権を認めたくない、とするイデオロギー的なバイアスが透けて見える。一般市民においては確保されている諸権利が売春婦には認められない。この無権利状態、無保護状態においてなお売春を生業とせざるを得ない女性たちに向かって、それに代わる生業の可能性を提示することなく、「犯罪だから止めろ」「抑圧されている仕事だから止めろ」「穢れた仕事だから止めろ」と言うことはむずかしいだろう。 しかし、ここで知識人たちの多くは、「売春婦たちの人権を尊重すべきで」あるという主張にうなずくだけでは済まされず、売春を正規の労働として認知し、「売春は正しい」と主張するところにまで踏み込もうとする。私はここに「無理」があると思う。 知識人のピットフォールは「自分が同意することは『正しいこと』でなければならない」という思い込みにある。「理論的に正しくないことでも、実践的には容認する」という市井の人の生活感覚との乖離はここに生じる。 例えば、岩波書店の「女性学事典」の「セックスワーカー」の次のような説明は、知識人の困惑をよく表している。
「一般的にセックスワーカーという概念は自己決定に基づく売春の擁護に用いられることが多い。すなわち、売春を自由意志に基づくもの(自由売春)とそうではないもの(強制売春)とに分けて、前者の売春を行っている人たちをセックスワーカーと呼び、これらの人びとの売春する権利を認めるべきだとするような議論である。しかし、売春者の権利主張の力点は、このような自己決定や自由意志に基づく売春の肯定という点にではなく、売春者の自己決定権の尊重という点にあると考えられる。 買春は男の本能である、性犯罪を防止するためにはセックス産業は必要であるなどと見なされ、社会自体が売春する女性たちを必要としている。すなわち、売春は社会的に必要とされ、源に労働として行われているのである。にもかかわらず、道徳的にも法的にも許されない行為と見なされ続け、売春を行う女性たちは差別され、さまざまな権利を奪われている。そのような差別に対する抵抗が、このことばには込められている。」 (浅野千恵、「セックスワーカー」、井上輝子他編、『岩波女性学事典』、岩波書店、2003年、304頁)   意味の分かりやすい文章とはとても言えない。 それは「売春者の権利主張の力点は、このような自己決定や自由意志に基づく売春の肯定という点にではなく、売春者の自己決定権の尊重という点にあると考えられる」というセンテンスの意味が取りにくいからである。 この文が言おうとしているのは、「売春を原理的に肯定すること」ということと「現に売春をしている人間の人権を擁護すること」は水準の違う問題だから別々に扱えばよいということである(そう書けばいいのに)。 「原理の問題」と「現実の問題」は別々に扱う方がいい。 たしかに仕事はそれだけふえて面倒になるが、それは「現実と折り合うためのコスト」として引き受けるほかない。 例えば、「囚人の人権を守る」ということは「犯罪を肯定する」こととは水準の違う問題である。囚人が快適な衣食住の生活環境を保証されることを要求する人は、別にその犯罪行為が免罪されるべきだと主張しているわけではない。人権は人権、犯罪は犯罪である。 それと同じように、「売春は犯罪だが、売春婦の人権は適切に擁護されねばならない」という立論はありうると私は思っている。 しかし、多くの知識人はこういうねじれた話を好まない。まことに不思議なことだが、政治家や学者のような、社会的影響力を持つ人ほど「話を簡単にしたがる」のである。彼らは「売春は犯罪だから、売春婦に一般市民と同等の人権は認められない」という硬直した法治主義の立場に立つか、「売春婦の人権は擁護されねばならない。だから、売春は合法化されるべきである」という硬直した人権主義の立場に立つか、どちらかを選びたがる。 しかし、現実が複雑なときに、むりにこれを単純化してみせることに、いったい何の意味があるだろう。
4・ 上野千鶴子は小倉千加子との対談で、売春は女性にとって貴重な自己決定機会であるという議論を展開している。
「小倉:そしたら上野さんは、援助交際する女の子の気持ちも分かりませんか? 上野:わからないことはない。ただではやらせないという点で立派な自己決定だと思います。しかも個人的に交渉能力を持っていて、第三者の管理がないわけだから。(・・・) 援交を実際にやっていた女の子の話を聞いたことがあるんですが、みごとな発言をしていました。男から金をとるのはなぜか。『金を払ってない間は、私はあなたのものではないよ』ということをはっきりさせるためだ、と。(・・・)『私はあなたの所有物でない』ことを思い知らせるために金を取るんだ、と彼女は言うんです。」 (上野千鶴子、小倉千加子、『ザ・フェミニズム』、筑摩書房、2002年、231頁)
上野は知識人であるから「政治的に正しいこと」を言うことを義務だと感じている。だから、ここで上野は売春を単に「容認する」にとどまらず、それが端的な「父権制批判」の「みごとな」実践であることをほめ称えることになる。 自分が容認するものである以上、それは「政治的に正しい」ものでなければならない。それは上野の意思というより、上野が採用した「論理の経済」の要請するところである。 たしかに売春こそ父権制批判の冒険的実践の一部であるとみなすならば、フェミニスト廃娼論をとらえたピットフォールは回避できる。しかし、「政治的な正しさ」を求めるあまり上野は売春をあまりに「単純な」フレームの中に閉じ込めてしまってはいないか。 ここのわずか数行で上野が売春について用いているキーワードをそのまま書き出すとその「単純さ」の理由が分かる。 「自己決定」「交渉能力」「第三者」「管理」「金」「金」「所有物」「金」。 これが上野の用いたキーワードである。 ご覧の通り、ここで上野はビジネスターム「だけ」を使って売春を論じている。 上野にとって、売春はとりあえず「金」の問題なのである。「金」と「商品」の交換に際して、「売り手」が「買い手」や「問屋」に収奪されなければ、それは父権制的収奪構造への「みごとな」批判的実践となるだろう。 たしかに話はすっきりしてはいる。だが、すっきり「しすぎて」はいないだろうか。 ここでは売春について私たちが考慮しなければならない面倒な問題が看過されている。 それは「身体」の問題である。 売春する人間の「身体」はここでは単なる「商品」とみなされている。だが、身体を換金商品とみなし、そこから最大のベネフィットを引き出すのが賢明な生き方であるとするのは、私たちの時代における「ドミナントなイデオロギー」であり、上野が批判している当の父権制を基礎づけているものであることを忘れてもらっては困る。 私たちの時代においてさしあたり支配的な身体観は「身体は脳の欲望を実現するための道具である」というものである。 耳たぶや唇や舌にピアス穴を開けるのも、肌に針でタトゥーを入れるのも、見ず知らずの人間の性器を体内に迎え入れるのも、身体的には不快な経験のはずである。そのような行為が「快感」としてあるいは「政治的に正しい」実践として感知されるのは、脳がそう感じるように命じているからである。身体が先鋭な美意識やラディカルな政治的立場の表象として、あるいは「金」と交換できる商品として利用できると脳が思っているからである。 「金」をほしがるのは脳である。当たり前のことだが、身体は「金」を求めない。 身体が求めるのはもっとフィジカルなものである。やさしい手で触れられること、響きのよい言葉で語りかけられること、静かに休息すること、美味しいものを食べること、肌触りのよい服を着ること・・・身体は「金」とも「政治的正しさ」とも関係のない水準でそういう望みをひかえめに告げる。だが、脳はたいていの場合それを無視して、「金」や「政治」や「権力」や「情報」や「威信」を優先的に配慮する。 私は脳による身体のこのような中枢的な支配を「身体の政治的使用」と呼んでいる。 上野が援交少女において「自己決定」と名づけて賞賛しているのは、この少女の脳がその身体を、彼女の政治的意見を記号的に表象し、経済的欲望を実現する手段として、独占的排他的に使用している事況である。 少女はたしかにおのれの性的身体の独占使用権を「男たち」から奪還しただろう。しかし、それは身体に配慮し、そこから発信される微弱な身体信号に耳を傾け、自分の身体がほんとうに欲していることは何かを聴き取るためではなく、身体を「中間搾取ぬきで」100%利己的に搾取するためである。収奪者が代わっただけで、身体が脳に道具的に利用されているというあり方には何の変化も起こっていない。 セックスワーク論は売春の現場においては、売春婦の生身の身体を具体的でフィジカルな暴力からどうやって保護するかという緊急の課題に応えるべく語りだされたもののはずなのだが、それを「売春は正しい」という理説に接合しようとすると、とたんに「生身の身体」は「道具」の水準に貶められる。 「金を払っていないあいだはあなたのものではないよ」と宣言することは、「金をはらっているあいだはあなたのものだ」ということに他ならない。だが、それは世界娼婦会議の売春婦たちが望んでいる、「金をはらっているあいだも、はらっていないあいだも」、売春が違法であろうと合法であろうと、人間の身体に対しては無条件にそれに固有の尊厳を認められるべきだという考え方とはずいぶん狙っているところが違うような気がする。
5・ 身体を道具視した視座からのセックスワーク論は、上野に限らず、身体を政治的な権力の相克の場とみなすフーコー・クローンの知識人に共通のものだ。 次の事例はその適例である。売春容認の立場を鮮明にしている宮台真司のインタビューに対して、東大生にして売春婦でもある女性は売春の「効用」を次のように熱く語っている。
「いろいろ経験したけど、自分の選択が正しかったと今でも思います。ボロボロになっちゃったから始めたことだったけれど、いろんな男の人が見れたし、今まで信じてきたタテマエの世界とは違う、本音の現実も分かったし。あと、半年も医者とかカウンセラーとかに通って直らなかったのに、売春で直ったんですよ。(・・・)少なくとも私にとって、精神科は魂に悪かったけれど、売春は魂に良かった。(・・・)私は絶対後悔しない。誇りを売っているわけでもないし、自分を貶めているのでもない。むしろ私は誇りを回復したし、ときには優越感さえ持てるようになったんですから。」(宮台真司編『〈性の自己決定〉原論』、紀伊国屋書店、1998年、279頁 )
彼女の言う「誇り」や「優越感」はやや特殊な含意を持っている。というのは、この大学生売春婦が「優越感を感じた」のは次のようなプロセスを経てのことだからだ。
「オヤジがすごくほめてくれて。体のパーツとかですけど。それでなんか、いい感じになって。今までずっと『自分はダメじゃん』とか思っていたのが、いろいろほめられて。(・・・) 最近になればなるほど優越感を味わえるようになって、それが得たくて。オヤジが『キミのこと好きになっちゃったんだよ』とか、『キミは会ったことのない素晴らしい女性だ』とか・・・。まあ・・・いい気分になっちゃいました。(・・・) オヤジは内面とか関係なく、私の体しか見てないわけじゃないですか。『気持ち悪いんだよ、このハゲ』とか思っているのも知らずに、『キミは最高だよ』とか言ってる(笑)。」( 同書、276-7頁)
上野が挙げた援交少女とこの学生売春婦に共通するのは、いずれも自分を「買う男」を見下すことによって、「相対的な」誇りや優越感を得ているということである。彼女たちは彼女たちの身体を買うために金を払う男たちが、彼女たち自身よりも卑しく低劣な人間であるという事実から人格的な「浮力」を得ている。 しかし、これは人格の基礎づけとしてはあまりに脆弱だし退廃的なものだ。 私たちが知っている古典的な例はニーチェの「超人」である。 ご存知のとおり、ニーチェの「超人」は実定的な概念ではない。それは自分のそばにいる人間が「猿にしか見えない」精神状態のことを指している。だから「超人」は「笑うべき猿」、「奴隷」であるところの「賤民」を手もとに置いて、絶えずそれを嘲罵することを日課としたのである。何かを激しく嫌うあまり、そこから離れたいと切望する情動をニーチェは「距離のパトス」と呼んだ。その嫌悪感だけが人間「自己超克の熱情」を供与する。だから、「超人」へ向かう志向を賦活するためには、醜悪な「サル」がつねに傍らに居合わせて、嫌悪感をかき立ててくれることが不可欠となる。 上野の紹介する「みごとな」援交少女と宮台の紹介する「誇り高い」売春婦に共通するのは、買春する男たちが女性の身体を換金可能な「所有物」や観賞用「パーツ」としてのみ眺める「サル」であることから彼女たちが利益を得ているということである。 ニーチェの「超人」と同じく、彼女たちもまた男たちが永遠に愚劣な存在のままであり続けることを切望している。それは言い換えれば、父権制社会とその支配的な性イデオロギーの永続を切望するということである。 この学生売春婦は性を「権力関係」のタームで語り、上野の「援交少女」は「商取引」のタームで性を語る。「権力関係」も「商取引」も短期的には「ゼロサムゲーム」であり、ゲームの相手が自分より弱く愚かな人間であることはゲームの主体にとって好ましいことである。だから、彼女たちが相対的「弱者」をゲームのパートナーとして選び続けるのは合理的なことである。しかし、彼女たちは、長期的に帳面をつけると、「自分とかかわる人間がつねに自分より愚鈍で低劣であること」によって失われるものは、得られるものより多いということに気づいていない。 宮台によれば、「昨今の日本では、買う男の世代が若くなればなるほど、���を出さない限りセックスの相手を見つけられない性的弱者の割合が増える傾向にある。」 (同書、265頁) 女性が「ただではやらせない」ようにな���、そのせいで男性が「金を出さない限りセックスの相手をみつけられない」という状況になれば、たしかに性的身体という「闘技場」における男の権力は相対的に「弱く」なり、性交場面において女性におのれのわびしい性幻想を投射する「オヤジ」の姿はいっそう醜悪なものとなるだろう。当然それによって「今まで信じてきたタテマエの世界」の欺瞞性が暴露される機会が増大することにもなるだろう。 だから、性的身体を「権力」の相克の場とみなす知識人たちが、売春機会(に限らず、あらゆる形態での性交機会)の増大に対して好意的であることは論理のしからしむるところなのである。 しかし、私は依然として、この戦略的見通しにあまり共感することができない。 「自分より卑しい人間」を軽蔑し憎むことで得られる相対的な「浮力」は期待されるほどには当てにできないものだからだ。 仮にもし今週一回の売春によってこの学生売春婦の優越感が担保されているとしても、加齢とともに「体のパーツ」の審美的価値が減価し、「オヤジ」の賛辞を得る機会が少なくなると、遠からず彼女は「餌場」を移動しなければならなくなる。他人を軽蔑することで優越感を得ようと望むものは、つねに「自分より卑しい人間が安定的かつ大量に供給されるような場所」への移動を繰り返す他ない。 「東電OL殺人事件」の被害者女性がなぜ最後は円山町の路上で一回2000円に値段を切り下げてまで一日四人の売春ノルマに精勤したのか、その理由はおそらく本人にもうまく説明できなかっただろう。私たちが知っているのはこの女性が「学歴」と「金」に深い固着を有していたということ、つまりその性的身体のすみずみまでがドミナントなイデオロギーで満たされた「身体を持たない」人間だったらしいということだけである。 これらの事例から私たちが言えることは、売春を自己決定の、あるいは自己実現の、あるいは自己救済のための機会であるとみなす人々は、そこで売り買いされている当の身体には発言権を認めていないということである。 身体には(その身体の「所有者」でさえ侵すことの許されない)固有の尊厳が備わっており、それは換金されたり、記号化されたり、道具化されたりすることによって繰り返し侵され、汚されるという考え方は、売る彼女たちにも買う男たちにも、そして彼女たちの功利的身体観を支持する知識人たちにもひとしく欠落している。 性的身体はこの人々にとってほとんど無感覚的な、神経の通わない「パーツ」として観念されており、すべすべしたプラスチックのような性的身体という「テーブル」の上で、「権力闘争」のカードだけが忙しく飛び交っている。 だが、この絵柄は私たちの社会の権力関係と商取引のつつましいミニチュア以外の何ものでもないように私には思われる。 権力闘争の場で「権力とは何か?」が問われないように、経済活動の場で「貨幣とは何か?」が問われないように、性的身体が売り買いされる場では「身体とは何か?」という問いだけが誰によっても口にされないのである。
6・
セックスワーカーたちが「安全に労働する権利」を求めることに私は同意する。
ただし、それは左翼的セックスワーク論者が言うように、売春者が社会矛盾の集約点であり、売春婦の解放こそが全社会の解放の決定的条件であると考えるからではない。またフェミニストの売春容認論者が言うように、それが「みごとな自己決定」であると思うからでもない。社会学者が言うように、性的身体を闘技場とした「権力のゼロサムゲーム」での勝利が売春婦たちに魂の救済をもたらすと信じるからでもない。そうではなくて、現実に暴力と収奪に脅かされている身体は何をおいても保護されなければならないと思うからである。
それと同時に、売春は「嫌なものだ」という考えを私は抱いている。
ただし、それは保守派の売春規制派の人々が考えているように売春が「反社会的・反秩序的」であるからではない。そうではなくて、それが徹底的に「社会的・秩序的」なもの、現実の社会関係の「矮小な陰画」に他ならないと思うからである。
身体は「脳の道具」として徹底的に政治的に利用されるべきであるとするのは、私たちの社会に伏流するイデオロギーであり、私はそのイデオロギーが「嫌い」である。
身体には固有の尊厳があると私は考えている。そして、身体の発信する微弱なメッセージを聴き取ることは私たちの生存戦略上死活的に重要であるとも信じている。
売春は身体が発する信号の受信を停止し、おのれ自身の身体との対話の回路を遮断し、「脳」の分泌する幻想を全身に瀰漫させることで成り立っている仕事である。
そのような仕事を長く続けることは「生き延びる」ために有利な選択ではない。
「売春婦は保護すべきだ」という主張と、「売春はよくない」という考えをどうやって整合させるのかといきり立つ人がいるかも知れない。だが、繰り返し言うように、現実が整合的でない以上、それについて語る理説が整合的である必要はない。「すでに」売春を業としている人々に対してはその人権の保護を、「これから」売春を業としようとしている人に対しては「やめときなさい」と忠告すること、それがこれまで市井の賢者たちがこの問題に対して取ってきた「どっちつかず」の態度であり、私は改めてこの「常識」に与するのである。
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shibaracu · 5 years ago
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●南京事件の再考
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●南京事件の再考 今まで一方的な見解だけを鵜呑みにしてきた。 も一度 振り返ってみるのも一考では無いかな
Media Watch: 事実と論理の力 http://bit.ly/uce1kS 事実と論理の力 http://bit.ly/slXRtf 「南京大虐殺」の創作者たち http://bit.ly/vgpZU0 南京事件の影に潜む中国の外交戦術 http://bit.ly/s8vo9p ~先入観を打破する定量的検証を~ http://bit.ly/s6uBxw 平気でうそをつく人々 南京事件
Media Watch: 「従軍慰安婦」問題 http://bit.ly/sJrBRt 「従軍慰安婦」問題(上)~日韓友好に打ち込まれた楔 http://bit.ly/vrPoZm 「従軍慰安婦」問題(下) ~ 仕掛けられた情報戦争 http://bit.ly/soYP32 分野別インデックス --000 総記(図書、ジャーナリズム等)-- 戦争犯罪報道
第48題「強制連行」考 在日朝鮮人は強制連行と直接関係がない http://bit.ly/syC3hk 在日朝鮮人がかつての植民地時代に日本によって強制連行された人々、およびその子孫であるという主張
強制連行 - Wikipedia http://bit.ly/ts4xto 受験生の中には「第二次大戦当時の言葉としてはなかった朝鮮人の『強制連行』が、 確定的史実として出題され思想の自由を奪われた」として、大学入試センターに対し、 この問題を採点から除くことを求める仮...
お金を求めて稼ぎに来た売春婦。 兵隊さんの数倍の収入だったので、本人がよろこんでやってました。 http://bit.ly/t0zMwU https://youtu.be/_Lw2imEyYxU
慰安婦強制連行はなかった http://tendensha.co.jp/syoseki/163.html ―河野談話の放置は許されない―. 大師堂 経慰 著(元朝鮮総督府事務官) 四六並製 180頁 定価:1800円+税 平成11年2月11日発行 ISBN4-88656-163��2 C0036. 元朝鮮総督府事務官による徹底検証 なぜ、政府は慰安婦以外の韓国人証言を求めないのか。 無責任な新聞報道と安易な謝罪外交が生んだ慰安婦問題。 朝鮮総督府に勤めていた著者が、自らの体験をもとのその核心に迫る。 第1章 問題の敬意と河野談話 第2章 河野談話と悪影響 第3章 関係資料   新聞記事、参議院質疑議事録、政府発表資料、女性のためにアジア平和国民基金、高校・中学教科書の記述
南京大虐殺はウソだ! http://www.history.gr.jp/nanking/ 南京大虐殺の虚構 http://www5b.biglobe.ne.jp/~nankin/index.html
Red Fox 中国の死刑写真とBBC『南京大虐殺』の酷似http://bit.ly/st3zSq 犯罪者を死刑にする。歴史的には世界中に残虐な処刑が存在した訳ではあるが、中国の場合は死刑囚を引き回して晒し者にしたうえ銃殺という前時代的な処刑が現代に至って行なわれている国である。
●西村幸祐、南京事件で支那人学者にインタビューhttp://bit.ly/tGgrV7 ●中国社会科学院の学者氏は「虐殺が30万人という数字に科学的根拠はない」とはっきり言っています。http://bit.ly/uVniS8
■[科学]「御用学者Wiki」的なものを生む背景について http://bit.ly/uAd7lA 当事者の1人でもある片瀬久美子氏の次のようなツイートである。 ・ちょっとでも触れると紛糾してしまう3大テーマ:原発、クジラ問題、南京大虐殺
●畠山ゼミ 卒業生共同研究 https://www-cc.gakushuin.ac.jp/~w003034/2006HP/2005HP/2003homepage/sotusei7.htm  2001年度卒業生 共同研究  1、はじめに 2、南京大虐殺に対する主張の比較 3、東京裁判にみる「南京大虐殺」と現代史の政治的意義について 4、教科書論争にみる南京問題 5、南京大虐殺における   日中米関係と今後の三国関係 1、はじめに 私たち3班は“南京大虐殺”という歴史的事件を例にとり、テーマ“現代史における歴史的意義”について研究しました。“南京大虐殺”がどのように国際政治に関係していたか、またこの事件の悲惨さを主張することで、どのような政治的意義があったのかをそれぞれの面から考察しました。 2、南京大虐殺に対する主張の比較   【「大虐殺派」と「中間派」】  “南京大虐殺”事件。これを聞いて、私たちはどれだけのことを知っているでしょうか?ただ漠然と“日本人が中国人に対して悪いことをした事件”と、これだけで片付けてしまう人もいると思います。実際に私もそうでした。たいして知りもしないのにまるで全てを知っているかのように、“日本人が悪いことをしたのに、なぜ政府はきちんとした謝罪をしないのだろうか?”と、日本政府の態度に不満を持っていました。し���し今回、このことを調べるうちにこの“南京大虐殺”事件は複雑な糸が絡みあっていて、それをとくことが難しい事件なのだと初めてわかりました。 現在、日本では中国の公式犠牲者数である30万人を座標軸に「大虐殺派」、「中間派」(少数派)、「マボロシ派」という三つのグループが論争を繰り広げています。「大虐殺派」というのは、中国の公式犠牲者数に近い数を掲げ、日本軍が大規模な虐殺を行ったと主張するグループのことです。それに対して、「マボロシ派」というのは、虐殺は行われてはいない、そんな事件はなかったと主張するグループです。そして、「中間派」というのは、南京攻略の際、虐殺はあったが中国政府が発表している30万人もの虐殺はなかった、大虐殺という大虐殺はしてはいないと主張しているグループのことです。  ここでは、「大虐殺派」と「中間派」の二つの主張を比較していきます。「マボロシ派」の主張は、だんだんと崩されてきており、“南京大虐殺”という事件が全くなかったと主張することは難しくなってきているのでこれは一先ずおいておきます。   ◆南京事件の証言 https://ja.wikipedia.org/wiki/南京事件の証言 「雑誌「大亜細亜主義」従軍記者の田中正明[147]。1938年8月に南京に滞在した[147]。田中は当時従軍した大宅壮一、西條八十、草野心平、木村毅、林芙美子、石川達三も「20万-30万の大虐殺」を目撃していないと述べている」   ◆米国人「南京大虐殺の際、中国軍はなぜ市民を守らなかったの?」→中国人、googleで検索するも何も資料がなく答えられず http://blog.livedoor.jp/a6news/archives/703584.html 1 :ぽこたん( ・∀・ )φ ★:2009/05/22(金) 23:58:19 ID:???0    nankin 【中国ブログ】南京大虐殺の際、中国軍は何処で何をしていた?  南京大虐殺に対する日本と中国の認識には一定の溝が存在するようだ。  中国側は2―3カ月という期間に30万人の中国人が日本軍によって  虐殺されたと主張している。  このブログは中国人ブロガーが南京大虐殺が行われていた期間中、中国の軍隊は  何処で何をしていたのかという質問に対しての考えを綴ったものである。  以下はそのブログより。   ◆抗日ドラマに存在する数々の矛盾点、日本人がネット上で盛り上がっているぞ=中国 http://news.searchina.net/id/1686322?page=1 2020-01-25 07:12  中国では今でも「抗日ドラマ」が制作、放映されている。近年は抗日ドラマの表現がどんどん過激になり、誇張した描写も随所に見られるようになり、手榴弾で戦闘機を打ち落としたり、手刀で人間を切り裂いたりと、実際にはありえない描写が含まれた抗日ドラマも登場、批判の対象となった。   ◆南京事件資料 - ne.jp  http://www.ne.jp/asahi/unko/tamezou/nankin/ 南京大虐殺の虚構: 山本弘ト学会会長批判がある。 南京大虐殺はウソだ! 「プロパガンダ戦『南京事件』」著者、松尾一郎氏のサイト。 本多勝一「南京大虐殺」の大嘘: 「アウシュビッツの争点」を無料公開している左翼ジャーナリスト、木村愛二氏による本多勝一批判。 あやしい調査団、南京へ    平成十一年の南京。 南京大虐殺関係資料    「南京大虐殺の虚構」別館。 南京大虐殺 情報整理箱    日本再生ネットワーク作。 Rape of Nanking におけるプロパガンダ写真    プロパガンダ写真研究所作。   ●終わっていない「南京大虐殺」でっちあげ問題 https://samurai20.jp/shiryou/sayoku/sayoku3/3-1/  「南京大虐殺」とか、「従軍慰安婦強制連行」なるものが、ことごとくでっちあげであることは関係者の努力により明らかにされた。ただ、筆者は、サヨク連中が行った嘘宣伝の論破完了により、でっちあげ問題が終わったとは考えない。   1 なぜ終わっていないと言えるのか 終わったとは考えない理由の一:  こういった嘘宣伝を行った連中が、謝罪も反省も行っていないからである。 自分の嘘を省みずに臆面も無く、「広義の強制」とかに逃げ口上を用意するなど、まったく反省がない。われわれ国民がでっちあげを行った朝日新聞などサヨク連中に求めるのは、心からの謝罪と反省である。 たった一人でも反省しないものがいるかぎり、われわれ国民がうけた心の傷は癒えない。 とにかく徹底して自己批判させ、謝罪させないことには、連中は今後とも何度でも嘘を捏造するだろう。   ◆南京大虐殺の嘘の言い訳の嘘 - 学校長報 - 坂東学校 http://bandou.an-an.org/index.php?QBlog-20151020-1 2015/10/20 最近世界記憶遺産とやらに登録されたという南京大虐殺について、リクエストがあったので、ちょっと他の歴史検証にはないネタで迫ってみますよ〜! すでにブログではお伝えしているとおり、南京雨花台の、虐殺記念館がある烈士陵園には、「人民英雄碑」と言われる石碑が立っていて、ここには毛沢東の揮毫とともに「南京虐殺は国民党によるものであった」という碑文があることをお伝えしております。 私が聞いたところでは以前チャンネル桜さんもこの話をきいたことがあり、2〜3人の先生(どんな先生かは不明)が現場に確認しに行ったのだそうですが、確認できずに帰ってきたとのこと。 そもそもこの先生方が北京語ができたのかどうかは問題ですが(笑)、その石碑がこちらだそうな。 南京雨花台の、虐殺記念館がある烈士陵園には、「人民英雄碑」と言われる石碑が立っていて、ここには毛沢東の揮毫とともに「南京虐殺は国民党によるものであった」という碑文がある これほどデカければもう隠しようがないわけで、しかも毛沢東の揮毫入りですから今更ぶっ壊すわけにも行かず   ◆コラム 57- 「南京大虐殺」30 万人の嘘 file:///C:/Users/asahi/AppData/Local/Temp/column-57.pdf 「南京大虐殺」30 万人が嘘であるという根拠は次の 8 項目です。 1 陥落時の南京の人口は約20万人である。南京の警察長官王氏が陥落直前の人口を20万人と述べ、国際委員会(外国人15名で編成された自治組織)もその数字を踏襲している。 2 南京の人口は陥落後、増加した。陥落1ヵ月後、南京市外に避難していた南京市 民は続々と市内に戻り、南京の人口は24万3千人余りから26万5千人余りに増えている。(虐殺があれば人は集まらない) 3 紅卍会などの遺体埋葬数は、作業代ほしさに水増し報告している。亜細亜大学の 東中野教授は実際の埋葬数を1万4千人と推定、そのほとんどが戦死した中国兵や処刑された便衣兵だとしている。 4 当時、陥落とほぼ同時に約300名の日本の報道関係者がいたが、誰も虐殺現場や 大量の遺体を見ておらず、報告もなされていない。 5 南京陥落時、便衣兵となった中国兵を掃討したあと、南京の治安は急速に回復し、国際委員会から日本軍に感謝の書状が贈られている。 6 南京陥落後、蒋介石は記者団に対して300回以上の記者会見をやっているが、一 度も虐殺について言及していない。 7 南京陥落後、昭和13年1月に国際連盟理事会に対して、中国代表が日本軍が2万人の民間人を虐殺したと提訴したが、認められなかった。 8「南京大虐殺」は東京裁判で、初めて問題にされ、しかも伝聞により捏造された。   ◆ 東京裁判が生んだ 「南京大虐殺」の虚構 http://www.senyu-ren.jp/MAGO/13.HTM 孫・・・その南京で、日本兵は中国人を大虐殺したと教科書に書いてありますが、本当ですか。   私・・・本当なもんか。無論戦争だから中国兵は沢山殺したよ。日本兵も沢山戦死したけれどね。しかし兵隊 でない一般市民を何十万も虐殺したなど有り得ないことだよ。当時南京には難民区という安全地帯ができていて、一般市民はそこに保護された。そして日本軍の憲兵が厳重に警備していた。   ◆南京大虐殺を否定する日本の右翼、その5つの嘘  チャイナネット http://japanese.china.org.cn/jp/txt/2017-12/13/content_50101412.htm 発信時間:2017-12-13  今年は南京大虐殺80周年だ。80年前のあの寒い冬、中国侵略日本軍は南京を攻略すると、放火・殺人・強姦など悪事の限りを尽くし、中国の軍人・非戦闘員30万人を殺害した。筆舌に尽くしがたいほどの凄惨さで、世界に衝撃を与えた。  歴史は日本軍国主義によるこの暴行を恥辱の柱に打ち付けている。しかし日本国内では、南京大虐殺を否定しようと試みる勢力が常に存在する。特に近年、日本の政界と社会の右傾化が強まり、南京大虐殺を否定する言行が勢いに乗り、手段も多様化している。  彼らは反論の余地なき事実と論証により、右翼勢力が捏造し流布しようとする主な5つの嘘を論破した。  嘘その一:南京大虐殺は戦勝国が日本に報復するため「東京裁判」(極東国際軍事裁判)で捏造したものであり、裁判に加わったインド人判事は被告の無罪を主張した。  嘘その二:南京大虐殺は当時知る人がいなく、中国国内と世界のメディアも当時何の反応も示さず、後になって作り出されたものだ。  嘘その三:当時の南京の人口は20万人のみで、南京大虐殺の被害者数が30万人いるわけがない。  嘘その四:殺人競争「百人斬り」は当時の日本メディアの捏造であり、南京大虐殺の証拠にはならない。  嘘その五:中国の軍人、日本軍に抵抗する遊撃隊員が一般人を装っており、これを殺しても国際法には違反しない。   ◆「南京大虐殺」登録、米中韓メディアの反応は? 中国「日本の嘘を論破」と勝利宣言 https://newsphere.jp/politics/20151014-2/ 2015/10/14  中国が申請した「南京大虐殺の文書」が、  ユネスコ(UNESCO=国連教育・科学・文化機関)の世界記憶遺産に登録された。  これに対し、殺害された市民の人数など中国の主張に異議を唱える日本政府は、  登録を不服とし、ユネスコへの分担金の停止・削減を検討する考えを示した。  菅義偉官房長官は13日の記者会見で、ユネスコの決定を  「中国側の一方的な見方のみを反映したもの」などと批判。  APなど主要海外メディアも菅官房長官の一連の発言を伝えている。  一方、中国国営メディアはユネスコの決定を歓迎するとともに、日本政府の  反応を「ナショナリストの日本政府は、デタラメな動きで面子を守り、  恥をごまかそうとしている」(新華社)などと一斉に批判している。  また、韓国メディアでは、中国が記憶遺産に同時申請し、登録が見送られた  「従軍慰安婦」の資料について、再申請の動きに期待する論調が目立っている。   ◆「南京大虐殺の嘘」を知るサイト一覧 まとめ – 新・真相はかうだ! https://propagandawar.info/archives/4002 目次    1 ■南京大虐殺とは(総論)?    2 ■南京大虐殺30万人説について    3 ■元日本兵の証言    4 ■プロパガンダの背景について    5 ■元中国人兵士の告白    6 ■肯定論のサイト    7 ■英文による情報発信サイト    8 ■資料等    9 ■その他、参考サイト   ◆戦線後方記録映画『南京』(リマスター完全版)Documentary film "Nanking"Dec14,1937-January 1938, 67minutes  2017/08/17 https://youtu.be/_dmQxstHIqY 【日本語】67分、デジタルリマスター完全版 昭和13(1938)年2月20日公開。さらに映像を鮮明にするようにデジタル処理しています。この画像はHD Fullで、ちょっと音声がこのUPする際に悪くなっていますが、実際はかなり鮮明で高音質です。※注意:無断で講演会等において無断使用を禁止します。現在、アマゾンでリマスター版を販売中。 【English Version】https://youtu.be/Vi6F1YJ-q64
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