#赤頬思春期
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私立K高校にまつわる怪談話を、そう言えば親父から聞いたなと、貢は思い出した。理事長室の本棚にある「我が学園の歴史 ◯◯周年記念号」と節目ごとにまとめられ、今でもOBであれば購入が可能とされている記念誌を眺めながら、彼は例の事件について書かれた記載に目が留まった。その記念誌には一行ぐらいしか書かれておらず、
「まァ、都合の悪いことは書かないだろうな…」
と貢は思ったが、たまたまその隣に操が書いた日記があった。操は、その日にあった出来事をまめに記録する性格だった。「ケセラセラ」に生きてきた貢とは違っていた。
「へぇ〜、こんなの付けてたンだ」
と彼はそう思いながら、「一九七八年」とテプラで貼られたその日記の頁を開いた。事件が起きる前、何度か操は他の教師からその生徒について話を聞いている様だった。
“六月十日
校長の杉山先生から、「堀川啓介」という男子生徒がよからぬいじめを受けているとの話を聞いた。「よからぬ」とは、流石に全くの「ノンケ」である杉山先生にとってはケツの谷間を両手で覆いたくなる様なものらしい。オレにとっては逆に「おっ広げ」になりたくなるが…。
啓介君は、両親が教育熱心なのか必ず国立T大に合格させたいという思いが強く、比較的、国公立大学への進学率が良いウチに入学「させられた」様だが、オレにしてみれば馬鹿馬鹿しい。人生八十年と言われるご時世に、大学だけでその先の人生なンて決まるとは限らないと���う。
しかし、その啓介君、ウチに来たことで「ホモ」の洗礼を受けただけでなく、凌辱され���ことに快感を得てしまった様だと、杉山先生。ある夕方、たまたま浴室を見回った時に彼がブリーフ一丁で脱衣場の鏡の前に立っていたが、背中にあちこ��鞭打たれた様な跡があり、思わず声をかけたそうだが、彼曰く、
「校長先生、父さんや母さんには黙ってて! オレ、縄で絞められるのが好きなンだ…。快感なの! これでイッちゃうの! 勉強勉強って、オレ、おかしくなっちゃうよ!」
彼はそう訴えながら杉山先生に抱きつき、号泣したらしい。
嗚呼、そんなに追い詰められるのなら、いっそのこと、新宿二丁目や上野の入谷などで男娼をしていた方が幸福なンじゃないか? オレだったら、啓介君を優しくしてあげたい”
“七月一日
たまたま、オレが寮の当直をすることになった。まァ、久しぶりに生徒らとアハハオホホとやってもイイだろう。
その二日目、ちょうど昨夜だが人気がない筈の浴室に誰かがいたのでそっとサッシを開けてみると、其処には全裸の啓介君がいた。やはり背中や胸には鞭打たれた跡があり、痛々しかった。しかも、その日は首筋に「キスマーク」もあり、余程凌辱されたのだなと思った。彼はブリーフを穿くと軟膏を手の届くところに塗り、時折首筋にできたキスマークに触れた。彼は微笑を浮かべ、
「…もっと欲しいよ」
と呟いた。まるで、情事の後に独り残された娼婦の様だった。オレは彼を好いてしまった。そんなオレに彼は気付いていたのか、サッシの方を振り向いた。
「だ、誰ッ!?」
オレは仕方なく脱衣場の中に入った。理事長だと判ると、彼は顔を赤らめながら慌ててTシャツを着た。彼は言った。
「何故、理事長先生が!?」
恐らく、始業式や終業式の時にオレは必ず挨拶をするから顔を憶えていたのだろう。まさか、理事長でさえ寮の当直をするのかと、彼は疑ったに違いない。オレは、
「大丈夫、今週だけ当直に入っただけだから。杉山校長からは、君のことは聞いているよ。縄に絞められるのが快感なンだろ?」
と聞いた。彼は不安気な表情を見せてはいたが、頷いた。
「…快感でたまらないンです」
オレは、どうかしていたのかもしれない。何故かそのまま彼を抱きしめたのだ。優しくしてあげなければならない気がしたのだ。
その夜、当直室でオレは啓介君を愛した。鞭打たれた跡に皆キスをし、そのうちに彼も涙を流しながら、
「嗚呼、愛されてる…」
と言葉を漏らした。オレは、
「凌辱だけが快感を得る手立てではないよ。君は優しく愛されたいンだ」
と唇を奪った。
次第に、彼はオレを強く求める様になり、オルガズムに達した。オレの内���の間に下半身を挟め、愛液が二人の下腹部に跳び散った。
「…啓介君、君が好きだ」
気分は、アダムとエバの様な感覚だった。教育者とその教え子という関係を逸脱し、オレは一人の男子として彼を愛してしまったのだ。もはや後戻りはできない。このまま「世間体」と言う名の境界を越え、何処かへ逃亡しようかとも思った。彼は、
「理事長先生…」
とオレの頬に触れ、そっとキスをした。
情事は、夜明けまで続いた”
“七月二一日
この日は終業式だった。ほぼ全員の生徒が帰省していく中、啓介君だけが寮にとどまっていた。彼は怯えていた。担任の山本先生が彼の両親に事情を離したが、特に母親は猛反対していたと、電話の後に話していたっけ。
「理事長、どうしますか?」
と杉山校長が困り果てていたが、啓介君の家の事情を何も知らなかったオレは、
「じゃ、オレが一緒に送りに行くよ」
と安易な判断をした。
啓介君の家は東京のS区にあった。最寄りには私鉄O線の駅名にもなったS学園があり、所謂「高級住宅街」だった。オレは馴れない道を自ら運転しながら彼を送り届けた。本来なら理事長であるオレは動くべきではなかったのだろうが、一度彼とは肉体的に「契り」を結んでしまったから、何故か責任を感じていた。
彼は助手席に座っていたが、ずっとうつむいていた。信号待ちの合間、時折彼の手を握ってあげた。
「大丈夫、怖くないよ」
彼の家には、母親が待っていた。一見、感じのよい雰囲気ではあった。オレは自分の名前を名乗ると母親は、
「あらら、理事長先生がこんな遠くまで!? 大変ご迷惑をおかけしました」
と深々を頭を垂れた。彼はそのまま無言で家の中に入って行ったが、その間ずっとオレの姿を目で追っていた。それでも、
『これでよかったのだ』
と自分自身に言い聞かせるしかなかった”
“八月一日
杉山校長から、啓介君から電話があったと話があった。オレは書類整理をしていたが、どういう経緯かは不明だが例の鞭打たれた跡について母親が気付き、その問い合わせがあったらしい。半ばヒステリックな声だったと、彼は言っていた。オレは心配になり、
「ちょっと行って来る!」
と自分のセドリックに乗った。
夕方近くに到着したが、出迎えた母親は泣き腫らした様子だった。開口一番、
「理事長先生! どういうことですか!?」
と訴え、隣に座っていた啓介君の着ていたポロシャツをたくし上げた。彼は泣きじゃくっていた。
「う、うちの啓介、いじめに遭ってるンですか!?」
と彼女は聞いた。オレは返す言葉がなく、ただ黙っていた。
その後、母親の狂気じみた声が居間に響きわたった。オレも流石に耐えかねたが、
「母さん! もう止めてよ!」
と啓介君��突然立ち上がり、悲鳴の様な声で制止した。彼は言った。
「オレはもう嫌なンだ! ずっと『イイ学校』『イイ会社』って言われ続けながら母さんには黙っていたけど…。ただ国立T大学に入ったら何やるの!? 僕ァ、父さんの様な平凡な人生は送りたくない。ただ結婚して家庭を持って…全然夢がないじゃないか! 僕はそんな人生に価値はないと思う。今のK高校に来て、僕は気付かなかった人生を見つけたンだ…。母さん、僕は男が好きです! あのアザは僕が好きな先輩と『セッ◯ス』して出来たものです!」
これまで自己主張もせずにただ両親の言われるがままに行きてきたのだろう。オレは彼の方を見入っていた。母親は、恐らく我が息子のこの様な言動に遭ったことがないのだろう、ますます錯乱した様だった。啓介君はオレの手を持ち、
「理事長先生! 僕、寮に『帰ります』! こんな家にいたら、僕、自殺しそう!」
と訴えた。オレは彼の放った「自殺」という言葉に衝撃を受けた。
「啓介君! 生んで育ててくださったお母様の前で『自殺』という言葉はないだろう! 先生も怒るぞ!」
「否、僕は本当のことを言っているンだ! もうイヤだ…」
「…」
二人の嗚咽が居間に響き渡った。オレは、この家自体を憎んだ。一体、何がそうさせたのだろう? 性の歓びを見出し、本来の自分自身を見出した啓介君、一方で一流の大学や企業に進めば苦労しない人生が保証されるという世間の「呪縛」に囚われそれを良かれと我が子に訴えてきた母親…どちらとも悪くはない。オレは言った。
「…お母様、これまで啓介君をここまで育て上げるのに色々なご苦労をされたかとお察しします。確かに、今は一流の大学に進めば一流の企業に入れ、そのまま一生涯安泰と「年功序列」の思想が根付いています。未だ日本は成長をしていくかと思いますが、いつまでもその状況が続くとは限りません。私どもは可能な限り、その様な時代の変化に対応できる将来の人材を育成すべく教育しております。
しかし、啓介君を含め、この十六、十八歳という年齢は思春期ということもあり、自我が芽生え始める時期でもあります。彼の様に性を通じて本当の自分自身に気付くお子様も少なくありません。きっと、これまでの教育方針に対し自我の芽生えによって啓介君も葛藤をされてきたのでは…?
今回、身体に出来たアザについては他の教職員からは聞いていたものの、ご連絡しなかったことについては申し訳ありません」
これが、オレができる最大限の謝罪だった。母親は未だ冷静になれない様だった。啓介君も大粒の涙を溜めていた。オレは、今日は彼を寮に連れて行かないことにした。オレは言った。
「もし何かありましたら、私どもの方までご連絡ください。夜間でも寮に当直がおりますので、お電話いただければ対応��たします」
帰り道の車中にて、オレはこれまでにない疲労感を感じた。この夜は流石に爆睡だった”
“八月三日
杉山先生から、寮の当直をしていた山本先生から啓介君より連絡があったと話あり。やはり寮に戻りたいと訴えていたらしい。あれから両親とは話ができたのか、気掛かりで仕方がなかった。
理事長室の隅に置かれた時計が秒針を刻む音に半ば苛立ちながら、オレは情人(アマン)が来るのを待ちわびるかの様な心情に駆られた。一度は肉体同士の接触があったが、それだけでオレは彼と一心になっていた感覚でいた。もし教育者と一生徒という関係でもなければ、あの場で彼を連れて帰っていた。母親を弁護することもなかったろう。
午後二時になり、啓介君が帰って来た。オレは直接来たのかと聞くた。彼は言った。
「…先生、会いたかった」
すると彼はオレの背中に両腕を伸ばし、抱いてきた。途端にオレの胸の中で涙を流し、やがて嗚咽も聞こえてきた。
「大丈夫、泣くのはおよしよ」
とりあえずオレは啓介君を寮に連れて行き、当直をしている山本先生に事情を話した。まずは様子を見て欲しい、と。また、一昨日彼の家に行った時のことも話した。山本先生は、
「じ、自殺!?」
と驚いていたが、今の精神状態なら大丈夫だろうと伝えた。”
“八月四日
一晩過ごしたが、山本先生からは何の連絡もなかった。オレは大丈夫だったのだろうと安堵した。
午前九時過ぎ、理事長室に啓介君がやって来た。彼はオレを抱きしめてきた。すっかり好いてしまっている様だった。オレは彼にキスをした。舌を彼の唇の隙間に忍ばせ、込み上げてくる唾液を呑み合った。彼はそれが「快」と感じたのかスラックスのベルトを外し始めた。オレは声をかけた。
「此処ではまずい」
オレは雑木林の中にある「別荘」に連れて行った。しばらく寝泊まりしていなかったからか、室内はジメジメしていた。そんな中でオレは彼のワイシャツのボタンを外した。ブリーフだけになった彼を目前に、オレもワイシャツを脱いた。ブリーフだけになると早くもチ◯ポの先端が濡れていた。こんな性衝動は初めてだった。彼をこれでもかと言うくらいにキスをし、乳房や股間を愛撫した。自殺なンて馬鹿なことは考えるなと、繰り返し心の中で叫びながら…。
気付くと二人は真っ裸になっていた。白いブリーフがベッド元に重なっている。これは身も心もさらけ出していることを意味していた。オレは彼と一体になった。
「あッ、あァ、あはァァァん…」
何度も乳房を鷲掴みにし、吸い続けた。その度に彼は歓喜の声を上げ、乱れに乱れた。ほのかにサーモンピンクへと全身が火照り、彼はオレの唇を求めた。
「…け、啓介」
いつしかオレは敬称を付けずに呼んでいた。ただ十六歳の彼をオレは愛した。全身に無数の汗が滴り、シーツが濡れた。
啓介君は、用を出すだけしか知らなかった穴をもって女の様に快感を得ることを知ってしまった。いつしか彼は激しく腰を揺さぶり、オレの身体にしがみついた。
「あ、愛してる…!」
耳元で彼はそう囁き、オルガズムに達した。オレも彼の体内に愛液を噴射させ、
「啓介!」
と激しいキスをした。
情事の後、ベッドで抱き合いながらオレは言った。
「もう『自殺』という言葉は使わないで」
すると、
「…死にたくない。こうやって愛してくれてるから」
と彼はオレにキスをした。
これで総てが終わったと思った。啓介君が愛されることで新たな人生の方向性を見出し、進んでくれるとオレは信じた。”
貢は、父・操もまた一人の生徒を愛してしまったのかと思った。オレは生徒には手を出したことがないし、そんな度胸もなければやってはいけないと、頁を進めた。しかし、日記はしばらく何も書かれておらず、急に「九月一日」まで飛んでいた。恐らく、その間に啓介が自殺をしたのだろう。
“九月一日
啓介君が雑木林の中で首吊り自殺を図り、憔悴する暇もなく両親が教育委員会に訴えると騒いだ。父親は、杉山校長に訴えた。
「国立T大学への進学率がイイと聞いて入学させたら『ホモ』にさせられた挙げ句、自殺まで追い込んで...。この悪党! 人殺し!」
父親は国家公務員だった様だ。彼は他の保護者から、お宅のお子さんは大丈夫か、「ホモ」にさせられてないかと根掘り葉掘り聴取し、何人かの生徒からその気がある様だという話を聞きつけるや、
「理事長を出せ!」
と罵った。杉山校長は流石にビビッてしまい、
「理事長! 何とかしてください!」
とすがりついた。殴り込みに来た父親に対し、オレは土下座もした。罵声を浴びさせられた挙げ句、胸ぐらもつかまれた。正直、辛かった。啓介君を愛していたのに、自ら生命を絶ってしまったのだから…。裏切りの何物でもない。
オレは父親が帰った後、雑木林の中で慟哭した。啓介君が首を吊った杉の根元にひざまずき、喉がやぶれてしまいそうなほど声を上げながら泣いた。”
この部分を読みながら、貢は高校二年だった頃を思い出した。そう言えば、両目を泣き腫らした様子で操が家に帰って来たのだ。母の茉莉子がどうしたのかと心配したが、彼は、
「…すまないが、独りにさせてくれ」
と言って部屋に籠もってしまったのである。ちょうど父の書斎の隣に貢の部屋があったのだが、壁越しに号泣する声が聞こえたのだ。しかし、何故泣いているのかを聞くことはできなかった。嗚呼、きっと啓介君のことだったのだろうと、彼は思った。
もし岩﨑の言う通りにその啓介君の声が聞こえたのだとしたら、オレに何ができるだろうと貢が考えた。
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薄曇りの空の下、庭鳥島汀(にわとりじま なぎさ)は畑の端にしゃがみ込み、蒔き忘れた種を指先でそっと拾い上げていた。彼女の背後にひび割れた小さな家がぽつりと立っている。義父の沖倉ふみを(おきくら ふみを)が長期の出張に出て、もう何日も帰ってきていない。
さわさわと風が通り過ぎるたびに、汀はまるで自分まで飛ばされそうな気がする。うすく白い声で独り言をつぶやき、そろそろと立ち上がったとき——
ドン! と空気が裂けるような音が響きわたった。
何かが空から落ちてきた。その「何か」が、汀の視界いっぱいに広がって、重たい衝撃とともに彼女は地面へと押し倒された。ゴロゴロと土の匂い。汀は息もできず、倒れたままぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「……だいじょうぶ、ですか……?」
自分でも聞き取れそうにない掠れた声で、そう尋ねてみる。胸もとで何かが大きく動いた。目を凝らせば、それは大柄な男だった。黒色の髪、破れた神父服、そして体じゅうに生々しい傷跡。
「……大丈夫」
目が合った。男はとてもシャイな目で、しかし屈強な体つきがわずかに震えている。
「……助けてしまいました、かも……」
濡れた羽根のように弱々しい声で汀が呟いた瞬間、彼女の生活は静かに、確実に形を変えはじめていた。
「私はテン」
夕闇が畑を覆い始めたころ、男はようやく口を開いた。ぎこちなく、照れくさそうに目をそらす。
「いえ、いえ、そんな、あの、無理しなくて……!」
汀の頬がわずかに紅潮する。彼女自身、誰かの世話など得意なことではない。不器用に包帯を巻き、水を差し出す手も震えがちだ。
それでもテンは、汀の差し出すものを一つずつ、まるで神聖なもののように受け取り、小さく礼を言った。シャイなその声が、思わず胸を温める。
翌朝、テンはまだ傷の痛みに顔をしかめながらも、庭先で静かに祈りを捧げていた。汀は土間の隅から、それをそっと見つめた。
「あなた……帰るところ、あるんですか」
問いかけると、テンはただ首を振る。ふみをが居ぬ間の、この家の静けさ。二人だけの、ふしぎな共生生活。
汀は不安で仕方がない。自分は臆病で、誰かの役に立てる気がしない。それでも、空から落ちてきたこの不思議な神父を、放っておけなかった。
「それなら、その……少しの間だけ……」
言葉が途切れる。テンは静かに微笑み、頷いた。
そして、庭に柔らかな新しい風が吹き抜ける。
テンは静かだ。朝は決まって東の空に向かい、目を閉じて祈る。その姿は、不器用で、優しさを隠すような大きな背中。
汀は、彼の背中越しに心の底で考えていた。 (どうして私は、この人を受け入れてしまったのだろう。でも、追い出せもしない)
畑には、ふみをの植えた苗が風に揺れている。汀は苦手な水やりをして、手に包帯が絡むたびどぎまぎする。しかしテンは黙ってそばに立ち、ただそっと見守るだけだった。汀が桶をひっくり返して泥だらけになると、テンがすぐに拾ってくれる。その動作は、まるで壊れやすいものを扱うように、やさしい。
「……こういうこと、慣れていますか」
ある夜、囲炉裏の前で、汀がぽつりと言った。
テンは一瞬、考えるように視線を落とすが、「……何も」と首を振る。「ただ、放っておけなかった。其方(そなた)が——」
言葉が途切れると、お互い顔を赤らめて黙りこむ。
「……わたしも、臆病なんです。なのに……」
天井のすすけた梁を見上げて、汀は小さく肩を震わせる。「誰もいない夜がこわくて、つい……助けてしまいました」と、蚊の鳴くような声でこぼした。
テンはしばらく黙って——やがて手を膝の上でぎゅっと握る。「もし、ここにいても……よろしいなら、しばらく……」
汀もうなずく。
二人の間に、静かだけれど、温かな灯りがともった。
ある雨の朝、不意に沖倉ふみを から手紙が届いた。
『出張、もう少しかかりそう。そちらは元気でやっているか?』
汀はペンを持ったまま、ふとテンを見る。テンは微笑して、小さく首を振る。「大丈夫です」と、汀は返事を書いた。「お義父さんの畑も、まだ枯れていません。大丈夫です、なんとか、なっています」
返事を書き終えると、テンがもう一度だけ畑に立つのを見つめた。
「私は、強くないけれど、この日々が……とても大切です」
ぽつり、ぽつりと落ちる雨粒と、ぎこちないけれど確かな生活が、二人をそっと包みこんでいた。
ある日、テンの傷がほとんど癒えたころ、小川のほとりでふたり並んで座っていた。
「……あなたは、どこから来たんですか」
汀がたずねると、テンは少しだけ困った顔をする。「……ずっと、空の上で祈ってた。でも、気づけば地上にいて——もう戻れない。そんな気がした……」
「それなら……ここにいても、いいですか」
ほとんど聞き取れない声で、汀が尋ねる。
テンは大きくうなずいた。彼のシャイな表情に、柔らかな笑みがにじんでいた。
「ありがとう。……其方といると、神様(私自身)に近づいた気がする」
その言葉に、汀は思わず少しだけ笑った。
二人のそばを、春の風がやさしく通り抜けていった。
ある、雨あがりの晩だった。
部屋の明かりは小さく、囲炉裏の炎だけが、淡いオレンジ色で二人を照らしていた。
テンの手当てを続けるうちに、汀の指先はふと彼の大きな手に触れた。土と祈りの香り。
その瞬間、二人はお互いの目をしっかりと見たまま、どちらともなく動けなくなった。
「……手、冷たいですね」
汀がかすれた声���言う。
「でも……やさしいです。強いはずなのに……」
テンはおそるおそる彼女の手を握り、おだやかに微笑んだ。
「小さくて、あたたかい手……」
ふいに涙が出そうになる。居場所のなかった孤独と臆病、そしていま感じるぬくもり。
汀の小さな体を、テンはゆっくりと抱きしめた。
広い胸に顔を埋めると、傷跡さえも温もりになって心に入りこむ。
「怖くないのか?」とテンが尋ねる。
汀は首をふる。
次の瞬間、ゆっくりと、ふたりの唇が重なった。
臆病な汀の唇は震えていたが、テンのやさしい手がそっと髪をなぞるたび、心は次第におだやかにほどけてゆく。
——ふたりは、お互いの体温に、互いの弱さごと包まれていった。
雨の湿り気が残る夜、囲炉裏の灯りはふたりの影をひとつに映し出していた。
季節は静かに移ろい、朝の空気に初夏の匂いが混じりはじめた。
テンの傷はすっかり癒え、その肉体も心も、もうこの小さな家の一部のようだった。
汀は、以前より少しだけ表情がやわらかくなっていた。臆病なままだけれど、テンと一緒にいる時だけは、物音ひとつにも過敏になる癖さえ忘れてしまえるようになった。
そして、沖倉ふみを が出張から帰る日が近づいてきた。
ある日の朝、ふたりは縁側に腰かけて、静かに庭を眺めていた。
梅の花が、ほんのりほころびはじめていた。
「……もうすぐ、義父さまが帰ってきます」
汀が小さくつぶやいた。
テンは微笑んでうなずく。「あぁ、分かった。でも、私はもう——どこにも帰りたいとは、思えない。そもそも、帰る場所すら無かったな……」
汀の手を、テンはゆっくりと優しく包んだ。
「其方と生きると決めた。この土地で、もう一度、人生をやり直すと決めた」
汀は、涙ぐみながら笑った。
「私……あなたが空から落ちてきた時、とても怖かったけど……いまは、その日を夢みたいに思っています。ありがとう、ここにいてくれて」
ふたりは、その日も肩を寄せ合い、小鳥のさえずりの中で寄り添っていた。
——遠い空の神さまが、彼らの新しい家族をそっと祝福しているように。
新しい朝が、静かに、ふたりを照らしていた。
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題詠100首 2024
「短歌は奴隷の韻律」と喝破した小野十三郎の短歌否定論を読んだあとで、それでもここに戻ってきてしまうのは、やはりこの詩型が好きだからなのかもしれない。
五十嵐きよみさん主宰の「題詠100首」に参加しました。ありがとうございました
2024-001:言 言ひかけたそのくちびるをくちびるでふさげば夜はすみれのにほひ
2024-002:置 置く露の消ぬべきものと思へどもなほなつかしき鬢のほつれ毛
2024-003:果 白鳥のゆくへ知らずもさびしさの果てなんくにへ飛び去りぬらむ
2024-004:吸 くちづけは甘き陶酔蜜を吸ふみつばちににて飽くことのなき
2024-005:大切 大切なものこそ目にはさやかなれこの目この肩このふくらはぎ
2024-006:差 差しみづするやうにして息をつぐ逢瀬のまへの胸の高鳴り
2024-007:拭 足拭ふそのくるぶしの白さゆゑねむれぬ夜をすぐしてけりな
2024-008:すっかり もうすっかり秋なのですね江ノ電に待ち合はすれば日影のながく
2024-009:可 不可分のふたりなりけりかんづめの鰯のやうに身を寄せあつて
2024-010:携 天の川白しと言ひて仰ぎみつ手を携へて川わたるとき
2024-011:記 ツンドクをツンドラと読みまちがへてガリア戦記に雪のふりつむ
2024-012:ショック あの夏の藤の木かげをおもひいづルドルフ・ショックのあまき歌ごゑ
2024-013:屈 身を屈め砂に字を書く主イエスは赦したまふやこのふかなさけ
2024-014:外国 マラケシュへ脱出したしサフランとなつめの香る外国(とつくに)の果て
2024-015:見 あひ見てののちのおもひはすみれいろ日の出のまへのひさかたの空
2024-016:叡 あさぼらけ比叡のやまにたつ霧のふかくぞひとを思ひそめてし
2024-017:いとこ 豆好きの子の記念日につくりおくかぼちやとあづきいとこ煮にして
2024-018:窮 窮鼠にも朝は来るらし鎧戸のすきまより洩るひかりひとすぢ
2024-019:高 抱きあげて高いたかいをするたびにはじけるやうにわらひたりけり
2024-020:夢中 青春は夢中のうちにすぎさりぬめざめていまは白き秋風
2024-021:腰 腰骨の上に手をおき抱きよせる サルサのリズム 波うつ体
2024-022:シェア イヤフォンをシェアしてバッハ聴きをりぬ予定日すぎて子を待ちながら
2024-023:曳 ひかり曳くものこそなべてかなしけれ流るる星もほたるのむれも
2024-024:裏側 いかにせんうかがひしれぬものありて人のこころは月の裏側
2024-025:散 知られじな夜もすがら吹く木枯らしに散るもみぢ葉のつもる思ひを
2024-026:頁 世界史の頁を閉ぢて夢見をり講義のをはりとこの世のをはり
2024-027:おでん 二日めのおでんのやうにしみてくるやさしく気づかふあなたのことば
2024-028:辞 言霊の幸ふ国に聞き飽きる 美辞も麗句も誹謗も揶揄も
2024-029:金曜 泣きぼくろつついておこすとなりの子金曜五限睡魔のきはみ
2024-030:丈 つり革にとどく背丈となりし子の腋窩の白く夏さりにけり
2024-031:けじめ ひるよるのけじめもつかぬ薄明かりいのちの果てのけしきとぞ見る
2024-032:織 経糸も緯糸もなき鳥たちの声の織りもの聞けども飽かぬ
2024-033:制 制限字数こえてあふるるわが思ひたぎつ早瀬となりにけるかも
2024-034:感想 「感想���十四字以内で述べなさい」「あいたいときにあなたはいない」
2024-035:台 灯台のやうに照らせよぬばたまの無明の闇におよぐこの身を
2024-036:拙 目をとぢてなにおもふらん古拙なる笑みをうかぶる半跏思惟像
2024-037:ゴジラ 清涼水ささげまつらん着ぐるみをぬいでくつろぐゴジラのひとに
2024-038:点 夕されば宵宮に灯の点されて稲穂をわたる風かぐはしき
2024-039:セブン 響きあふセブンスコードやはらかくスイスロマンドかんげんがくだん
2024-040:罪 罪深きものと知りつつやめられぬ午前零時のキッシュロレーヌ
2024-041:田畑 とり入れををへし田畑に雀らのさわぐを聞けば秋更けにけり
2024-042:耐 陣痛に耐ふるつまの手にぎりをり痛みを分かつすべあらなくに
2024-043:虫 別れきて秋の夜長をなきとほす虫の息にもなりにけるかな
2024-044:やきもち 黒い怒りもしづまるでせうやきもちにきなこまぶして頬張るならば
2024-045:桁 花ごろも衣桁にかけて待ち遠し色とりどりに咲きみつる春
2024-046:翻訳 ふさふさのしつぽを立ててあゆみ去るねこのことばの翻訳もがな
2024-047:接 おたがひの足音のみを聞いてをり話の接ぎ穂見つからぬまま
2024-048:紐 「結んでよ後ろの紐を」あらはなる背中見せつつ言ひたまひける
2024-049:コロナ かろやかに走り抜けたり太陽のコロナのやうに髪なびかせて
2024-050:倍 この仕打ち受けても七の七十倍赦しなさいと命ぜらるるや
2024-051:齢 少女らのもはや倦みたる遊具あり遊具にもまた適齢期あり
2024-052:圧力 ゆつくりと圧力かけて皺のばすアイロン台に湯気は立ちつつ
2024-053:柄 春の夢見させてください花柄のスカートのうへに膝まくらして
2024-054:朧 朧なる記憶の底にきこゆなり赤子のわれを呼ぶ祖母のこゑ
2024-055:データ データなぞ改竄するのが前提といふひとあれば美しくない国
2024-056:紋 わがうたにいまだ紋章なきことも恥ぢずこよひも豆腐が旨い
2024-057:抑 「好きといふきもちは抑へられなくて」読みかへす午後ひざしうつろに
2024-058:反対 環状線反対まはりに乗せられてはじまりしわが大阪時代
2024-059:稿 ブルックナー第八初稿で祝ひたり生誕二百周年の宵
2024-060:ユーロ ふらんすはあまりに遠し「赤と黒」原書にはがすユーロの値札
2024-061:老 生ましめしのちのよふけのしづもりに老助��師のたばこくゆらす
2024-062:嘘つき どうせならうつとりさせて狂はせる目覚ましい嘘つきなさいませ
2024-063:写 ちちははの結婚写真色あせてアルバム白く夏は来たりぬ
2024-064:素敵 はにかんでものいふときの片頬にゑくぼをきざむ笑顔が素敵
2024-065:家 家ひとつこぼちて三つ家を建つなんのふしぎもなしとはいへど
2024-066:しかし 焼き魚ほぐしつついふもしかしてわたし妊娠してゐるかしら
2024-067:許 胸許にきつつなれにしスカーフあり柩のひとの息あるごとく
2024-068:蓋 きみがため抜山蓋世のますらをも恋のとりことなりにけらしな
2024-069:ポテト ベークドポテトふたつにわればふうはりと湯気立ちのぼるバター落して
2024-070:乱 黒髪の乱れも知らずうちふして幾何証明にゆきなやむ吾子
2024-071:材料 材料はグラム単位ではかりませう恋の女神にささぐるお菓子
2024-072:没 ひそやかにゐなくなりたし没年齢しられぬままに墓標もなしに
2024-073:提 下駄ならしなつまつりよりかへりきぬゆかたの子らは金魚を提げて
2024-074:うかつ 「もうすこし一緒にゐたいな」うかつにもつぶやきしゆゑ底なしの沼
2024-075:埒 ひとり舞ふほかにすべなしもろびとの大縄跳びの埒外なれば
2024-076:第 しんしんと肺��きまでしみとほるかなしみふかき第二楽章
2024-077:オルガン オルガンの裏にひかへてふいご踏み風を送りし労苦を思ふ
2024-078:杯 願はくはおなじ杯よりのみほさん媚薬なりとも毒薬なりとも
2024-079:遺 「きらひなのさういふところ」といはれたり不貞寝して聞く遺愛寺の鐘
2024-080:なかば ランウェイに踏みだすやうなあひびきはのぞみとおそれ相なかばして
2024-081:蓮 さきゆきは見通さずともしろたへの酢蓮を食めばこころはなやぐ
2024-082:統一 姿見のまへでくるりとひとまはり「青で統一秋色コーデ」
2024-083:楼 春高楼の花のうたげはまぼろしか廃墟の城を照らす月かげ
2024-084:脱 管弦のとよもすホール脱けだせばしんとしづもる明きフォアイエ
2024-085:ブレーキ ブレーキのきかぬくるまかすこしづつあなたの方にかたむくこころ
2024-086:冥 冥府よりプロセルピナはもどりたり野の緑もえ春のおとづれ
2024-087:華やか 華やかに開幕ベルは鳴りしかどせりふおぼえずお化粧もまだ
2024-088:候 姸を競ふ花嫁候補に目もくれず選びたまふは桐壺の姫
2024-089:亀 わたつみの底の浄土の住みごこちいかにと問ひぬ青海亀に
2024-090:苗 十年後ジャスミンティーの再会は苗字かはりて人の子の母
2024-091:喪 青き花好みたまひしひとなれば青き旗もて喪章となしつ
2024-092:休日 窓ごしに別れを告げる新幹線休日なんてあつといふ間ね
2024-093:蜜 乳と蜜ながるるところといはれたるカナンの地いま血潮ながるる
2024-094:ニット 置きわすれられしニットのセーターに顔うづむればにほひなつかし
2024-095:祈 祈るやうに手をあはせたりめづらしき蝶見つけしと馳せきたりけり
2024-096:献 妻あての訳者の献辞見返しにあり「罪と罰」古書あがなへば
2024-097:たくさん ひとつぶのあかい木の実をかみしめるあしたまたたくさんとぶために
2024-098:格 格変化となへつつ夜ぞふけにけるロシヤ語講師の赤き唇
2024-099:注 ちらぬまま朽ち果ててゆくあぢさゐのはなのをはりにふり注ぐ雨
2024-100:思 さめやらぬ夢のほとりに置く露のかわくまもなくもの思ふころ
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『姉弟の秘密教育』第1章:禁断の講演
学校での啓発
体育館の埃っぽい空気が喉に絡みつく。僕は最後列の隅で、講師の言葉に耳を熱くしていた。
「マスターベーションは自然な行為です」
女性講師の淡々とした説明が、天井に反響する。隣の男子たちが肘をつつき合い、くすくす笑う。汗が背中を伝う。お姉ちゃんのことを考えてしまうーセンター分けの黒髪が汗で頬に張りつき、紫色の瞳が潤むあの姿を。
「特に思春期には...」
講師の声が遠のく。170センチのお姉ちゃんが、ベッドでくしゃくしゃのパジャマを着ている姿が脳表をよぎる。昨日の夜、ドアの隙間から見えた白い太ももの記憶が、突如として鮮明によみがえる
帰路の葛藤
「ただいま....」
玄関で声が上ずる。リビングで奈お姉ちゃんがテレビを見ていた。ミディアムボブがソファの背もたれに広がり、足を組んだせいでショートパンツの裾が危険なほど上がっている。
「おかえり。暑いね~」
お姉ちゃんが伸びをすると、ウエストのあたりの肌が見えた。講演会の言葉が頭の中
で渦巻く。
『自慰はストレス解消に...」
「ど、どうしたの?真っ赤だよ」突然お姉ちゃんの手が額に触れる。170センチの長身が覆いかぶさり、りんごの香りが鼻腔を刺激する。
「へっ...学校で変なこと習った?」
紫色の瞳が鋭く光る。見透かされた気がし て、うつむく。
く
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𝐃𝐎𝐌𝐎𝐓𝐎


東京2days!いてきた〜
今回のグッズ美人すぎるな〜 集合が多くて嬉しいな〜 グッズ列並んだ頃にはほぼ売り切れ状態で、通販は4月中旬頃お届け♪って書いてあったからまだまだ届きません
爪の写真は数日後のものです 撮ろうと思った時には小指取れてた あと一応オーロラなんですけど、全然伝わりません
青春は君と行けば永遠の光、だね〜
♡セットリスト
硝子の少年/愛されるより愛したい/ボクの背中には羽根がある/Anniversary/〈MC〉/シュレーディンガー/もう君以外愛せない/新しい時代/陽炎 〜Kagiroi/カナシミ ブルー/〈MC〉/ジェットコースター・ロマンス/Amazing Love/〈MC〉+覚えてない曲やってみよう!/Kissからはじまるミステリー/〈INTER〉/スワンソング/恋涙/Topaz Love/銀色 暗号/The Story of Us/愛のかたまり(歌詩変更あり)/このまま手をつないで/フラワー/硝子の少年(最終公演のみ)
♡雑感
KinKi Kidsはオタクをエモがらせなかった
東京2公演目、KinKi Kidsとしての現場最終日の本当に本当の最後、ほんの少し「We are KinKi Kids!」を期待していた自分がいたし、振り返って言ってくんねーかな〜と思っていた。でも言わなかった。ついでにWアンコも出てこなかった。Wアンコに関しては、硝子の少年で〆ることは何よりもいいと思っていたので出てきてくれなくてよかったんですが。私がキンキの名前を呼びたかっただけなので…。(と言いつつ、開演前のキンキコールが今日で最後だなんて、公演中に光一さんに言われるまで気が付かなかった)
それこそ渦中真っ只中のときはきっと二人も惜しむ気持ちがあったと思うんですが、約一年かけてキッパリ切り捨てて、前に進むんだなという強い意志を感じた。正直に言って私は二人が恩師の元を離れてまで一緒にいてくれるとは思えていなかったので(年を重ねても変わらず恩師を愛し恩師に愛され続けたグループだったから)(あとタイミング的にも、年齢的にも、第2の人生を…というようなことになりそうだった。めちゃくちゃ。)、自分が思っていたよりもずっと強いグループなんだと思った。悪く聞こえるかもしれないが、この「冷たさ」があって本当に、信頼できるな〜とか、本当に強ぇな〜とか、そんなことを思いながら帰路についた。
ここまできたら本当に、誰よりもどこよりも長く飛んでいてほしい、二人だけの翼で……
顔が美人すぎ
KinKiがメインステージの上の方から出てきて、モニターに映った二人の顔を見た瞬間、かっこよすぎてグェ…みたいな変な声出たくらい綺麗な顔だった
5歳くらいは若返ったような気がする、肌つやつやもちもちですよ
うろ覚えコーナーが面白くなってきた
これやり始めた最初の頃は「マジで失礼だな…」と思う気持ちがなくはなかったんですけど(今も若干ある)、特に東京2公演目の『Sweet Days』、寡聞にして僕は知らない子でしたし、キンキも全く覚えてね〜って感じだったのが、ハンデくれ!という二人の要望で最初にオケだけ聴いて、二人が“今までのKinKi Kids楽曲の傾向と対策”を頼りに問題を解いていってる感じが面白かった。実際聴いてみたら本当にKinKiにありそう〜な曲だったし(だからあるんだよ)、解けなくはないか…?という楽曲だった。なんにせよオタクも本人もKinKi Kids偏差値が試されていてこわい。キラメキニシス楽しみにしてます!
♡東京1日目まとめ
初期キンキちゃんの映像ほんまにかわいい。世界一可愛い。この世に産み���とされた天使なんだね……
最初のセクション終わりでMC入るはずのときにまだ次あるみたいに照明が動いてしまって「今のは失敗です!!!」と言う光一さん
ステージの両脇にある縦型モニターが基本光一と剛定点で映してくれててマジ有能、双眼鏡いらずで助かる〜
最初の硝子の少年モチーフの衣装が好き。衣装がシースルーだったのは色気を出すためなんだろうな…と思った。
ふぉゆが売れっ子になった話
こ「もう衣装着せてもらうのも最後かもしれないから」
福「最後なら着せない😶」
福ちゃん、最後の挨拶で両手🫰してくれてた
風磨来てた(来てない)
うろ覚えコーナー中に急に光一さんが「ある方からメッセージをいただきました」って話し出して、ついに誰かから怒られたかと思ったら、風磨からのメッセージが挿入された。『曲覚えてないようじゃ無理か 曲は…(笑)入れとかないと』
光一さん、風磨と話したって…タイプロ、出た?←その後本当に出ました
こ「自分が(歌詞)間違えられなくなるぞ!」ふ「そうなんすよ…😞💦」
つ「こたえはきっと心の中に~🎶」
こ「何それ?」
堂島さん「😅😅😅」
大阪でウタカタが思い出せなかった時愛なんだのメロディーに似てることを発見したらしくてちょっと歌ってくれた
うろ覚えコーナー、In My Heartだったけどつよしくんがそれなりに(サビだけ)覚えていたおかげで光一さんの上ハモがうまくいった。奇跡。つーか光一さんがつよしくんの主旋に合わせるプロすぎて唸った。
光一さんのMCの質がいよいよ親戚の家すぎて周りに引かれる回だったな
光一さんのスタッフとの親戚みたいな会話の話が思ったよりあんまり盛り上がらなかったのはそのスタッフが女だったからでは?と思った
つ「ピースして〜とか指ハートして〜とか書いてあるけどさあ」
うちわの文字は本当に読んでないらしい光一さん「へ、へぇ〜〜」
指ハート🫰🏻がただの指にしか見えない光一さん
光一さんの新しいファンサ→😄👍🏻
👍🏻は片想いという意味らしいという話をした後に、光一さんが客席に向かって「👍🏻!👍🏻!」してたら客にも「👍🏻!👍🏻!」で返されたらしく、「片想いなんや…」としょげていた(かわいい)
「昔『光』ってうちわ見て自分かと思ったら内海担でした~」って言ってて光一さんって担とかいう概念は知ってるんだ、知らなさそうなのに、と思った
2人が入れ替わるたびにフリフラでもないのに赤青入れ替えてて、オタク、健気すぎる…と思った
こ「頑なに色変えねえやつがいる!!!」「色の変え方がわからへんのか(大煽り)」「こんなに言ってもまだ変えへんやつ��るな」←色変えないやつのことが大嫌いな光一さん
その後ジェロマのときに客席に向かってペンライトのボタン押す真似しながら「変えて!かーえーて!」してたのかわいかった。
なんの流れか忘れたけど「界隈」てワードも出てきた
客席見えてないですキャラがどんどん崩れてきてる光一さん(主に自分の発言で)
つよしが律儀に愛のひと~とか君と約束するよ〜とかで客をぐるっと指差してくれるところが好きだということ…
つよしの恋涙の入り大好きすぎる。
鬼合作曲メドレーあった。銀色暗号と恋涙は入れるならどっちか、みたいな流れがあるって前に言ってたけど両方入ってた。
銀色暗号の歌詞が好きなのでずっと歌詞が出るほうのモニター見てた
♡東京2日目まとめ
昨日と同様3塁側で、カナブルで光一さん、アメラブでつよしくんが来てなんか本当に……スタンド1階幸せでした
カナシミブルーって本当にいい曲
光剛山は光一さん側です 本当に彫刻みたいな男で……
バクステまで来た時もだらだら喋ってるキンキ
なにわ男子みたいに硝子の少年を歌おうとする光一さん「がらすのしょうねんじだいの🎶🤗」←両手を頬っぺたに当てててシンプルにかわいいだけでした
もう君以外愛せないのムビステのときアリーナの下にいるオタクに「股間見ながら『もう君以外〜』って聴いてんの?」って光一さんが言ったあと、「(股間に)ミラーつけといたらいいじゃないですか」ってつよしが言っててそれはもうギャグ漫画すぎるだろと思った
昨日のMCを考え直して「史上最悪のMCでしたね」「MCで喉がいかれてしまいました」「だから言ったのに…」
MCで喋り倒して喉いかれても「ごめんなさい、でも楽しくて…‼️」って照れ隠しみたいに言う光一さん、本当に楽しかったのかな〜と思って微笑ましかったです
たしかに昨日の後半光一さんよく水飲んでるなと思ったんだよね 今日もMC中ずっと脇に水抱えてておもろかわいかった
この変化のタイミングで誰よりもはしゃいでてかわいい光一さんって天才のアイドルなのかも……と思った
昨日たかみーと坂崎さんが来ててALFEEは指ハート🫰🏻やってるよ!と連絡が来たらしい
昨日はやたらと「招待の人が沢山来てるから…MC終わるから帰ってきてください!😅」とか言ってたな
お年玉をふぉゆにあげたキンキと、もらいたいけどあげたくはないふぉゆ(主にマツ)
キンキが着る前と着た後の服を2×2=4人で着るふぉゆ。福ちゃんが写真撮りたがっててかわいかった
ふぉゆのライブでBlack Jokeやった話
つ「ちょっと待ってください、僕はセトリに5回くらい入れてるんですけど毎回いつのまにか外されてるんですよ😠」こ&松「🙄🙄」
福ちゃんが光一さんを肩に乗せてくれた しかも2回! 2回目はつよしが同じタイミングでパンツの早替えをしたかったらしくリクエスト��れた
最後につよしに「皆さん宿題ありますね?」って言われて3曲選ぶアンケートのことか?と思ったら、MCで光一さんが提起した『DOMOTOコールどうするか問題』だった
普通にどーもとパンパンとかでいいよなと思うのにわざわざ変なリズムにしたりして問題を大きくしたのは光一さんです
「(コールがDOMOTOだと)めっちゃ名字呼ばれてテンション上がるけどな」って言ってたつよしくん
開演前のキンキコール、光一さんに「今日も揃ってへんな…」と思われてるのめちゃくちゃ笑った 私も思ってるから
こ「そもそも俺らがやってって言ったわけじゃないから」つ「先導ヒューマンがいたわけだよね」
まだペンラ色変えない人に対して
光一さんが相変わらず「今日もいたよっ😠見たよっ😠」て怒ってるのかわいい、それが平和じゃないと思ってるのかわいい
そのあとつよしくんが「僕たちは続けていくために一緒にいるんですから」「KinKi Kidsだとつよしとこういちに分かれてるけど、DOMOTOやと一緒やから」
頑なに赤にしてるくせにつよしくんが手を振ったら振りかえすオタクに対して→こ「チョロいなw」
うろ覚えコーナー「Sweet Days」
ね、がんばるよのカップリング曲だそうです
最後だからちゃんとやろうっつったのに二人共全然わかんなくて、ほぼ歌えてなかったけど、つよしくん的には「どちらかといえば成功」ということになった
このコーナー自体がKinKiという一つの教科の抜き打ちテストをKinKiが解いていくみたいな感じがしてきて、一周回って面白くなってきた。ここで採用されたらYouTubeで歌ってもらえるしどんどんやってくれ
「どこでもじゃないドア」って歌詞からドラえもんの話になり「やっぱり俺らは大山のぶ代世代だよな😄」になり大山のぶ代の名前で全く意味のない遊び(DOMOTOコール問題で遊んでたところから派生した)を始めて「いかんいかん、また内容がない話に😅」になってた
昨日とは別バージョンの菊池風磨からのメッセージ「売れてぇんじゃねえの?俺は死ぬほど売れたい」←もはやうろ覚えコーナーとは関係ない
しっかりネトフリでタイプロ観てるらしい光一さん「ふうまも聡ちゃん(聡ちゃん?!)も勝利も、先輩の衣装を着るありがたみを説明してるわけよ、候補生の子はそれ真剣に聞いてるわけよ、なのにおまいら(ふぉゆ)は…(勝手に服を着て…😾)」
つ「説明せぇい!でも良かったけど」こ「CMのね」つ「許せない!でも」←つよしくんがテレビっ子すぎる
ファンクラブなくなってチケ取りが大変だった話、全滅のオタクもいたこと、二人に届いてて良かったなと思ったし「天狗になっちゃうな〜!」「やめてください、天狗は嫌です」のボケと、その後でちゃんと「っていうのは冗談ですけど」もあったので、良かったです
こ「これ言い方難しいんですけど…いつも通りに応援してくれて良いですよ……というか、よろしくお願いしますっ🙇♂️」
歌詩変更のあった愛のかたまり辺りでは既にメインステージ上にあるKinKi Kidsの文字がいつの間にかなくなってDOMOTOになってて、見逃した〜と思った
最後が硝子の少年で、本当に良かった〜〜
最初の硝子の少年の「僕の知らないコロン」のところでつよしが首の周りに手をやっててそれがめちゃくちゃよかった
あと「このまま手をつないで」が、コンサートのラストの定番になってきててうれし〜〜
𝐃𝐎𝐌𝐎𝐓𝐎
╭─────✧◦°˚°◦♡◦°˚°◦✧─────╮
変わっていく 僕らの愛は 強く光り輝く
この冬を越えて もっと素敵になるから
╰─────✧◦°˚°◦♡◦°˚°◦✧─────╯
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ゴールドベルク変奏曲映像化計画
頭語 コヘレト3:14-15
—————
Aria.
こういう人生を生きた人がいる.この変奏曲はこの主題を語ることで終始一貫している.しかし,ここに描かれる人生は一般的なものである.ゆえに,その人生を生きた人は存在しない.なぜなら,人はある時期において一般的な人生から外れてしまうからである.したがって,ある程度一般的な時期を生きた人には,この変奏曲の中に必ず共感する旋律が存在すると思う.また同時に,その中を生きられなかったために,憧れを伴う旋律も必ず存在するだろう.つまり,この変奏曲は一般的な人生におけるすべての美しさを網羅しているゆえに,完全に一般的な人生を生きられないすべての人を惹きつけるのである.
#1
この上昇と希望の躍動,すなわち1人の人の誕生.これから始まる偉大な人生への祝福である.
#2
探索を始め辺りを眺め出した様子.好奇心からくる疑問符とまだよく知らない世界に対する無垢な心が表れる.
#3
自分で歩行できるようになり,時折躓きながらも,発達する心を自分の誇りとし始めている.
#4
子供時代を生産的に過ごしている.次々課される学校の授業,宿題,部活をこなし,堅実な希望を抱けるまでに成長する.
#5
とにかく思い煩いがちな思春期から青年期が忙しなく過ぎていく.むらのある思いに鋭い悩みが入り混じり,ばたばたと過ぎ去る.
#6
大学に入り,穏やかな気持ちで学問や文化を楽しむ.素敵な友人に恵まれ,読書やカフェの楽しみを知る.
#7
恋人に出会う.最初は2人で楽しい時間だったが,その相手のあるところに心が奪われてしまう.どうしたものかと恋の悩みを抱える.
#8
告白はうまくいき,怒涛のようにお付き合いが順調に進む.将来の約束を果たすべく,学業や就業を意識し,努力を重ねる.
#9
夜空に月や星が照らす海岸で,婚約を申し込み,2人は愛を誓う.
#10
結婚に向けて,仕事に精を出し,資金を貯め,将来の計画を前向きに話し合う.困難が予想されることも,2人で解決していくことを確認し合う.
#11
世の中が移り変わっていくのに応じて,2人の生活も移ろっていく.忙しさに任せて仕事が新たに与えられ,それに応えてこなしていく日々を過ごす.
#12
結婚に踏み切る.家を借り,同居を始める.新しい生活を一歩ずつ力強く踏み締める.計画を着実に実行し堅実な人生の基礎を築いていく.ふと感じた疑問も,世の中の道理に思いを馳せることで理解し納得していく.
#13
結婚後の2人きりのデート.新しい家族を持つ相談を始める.子供の将来を考えに考える中で,互いの愛と魅力と信頼を再確認し合う.その後,不安な夜を2人で愛し合う.艶かしい身体が交錯する.それは悲しみを伴う行為だが,流れる繊細な涙が印象に焼きつく.
#14
懐妊の知らせで対応に追われる.喜ぶ暇もなくあちこちの世話でおおわらわ.家に子供を迎える準備を進める.
#15
妊娠中の不安,不意の痛みの訴え,生理の変化に夫も不安になる.この時の涙は2人の間の愛の結びつきであり,その確実性の証明である.
#16
無事に健康な赤ちゃんを出産し,第二ステージの始まりが告げられた.全てが新しくなり,家庭が喜びに包まれる.早速動き回る赤ちゃん.再びおおわらわ.
#17
流れるように子育てが始まる.あちこちに行っては泣き,世話をする者としてついていくだけで精一杯.大変だが楽しく嬉しい.
#18
子供が歩けるようになった.まだ足取りはおぼつかないが,それらしい歩みを始めた.2人は1人の人生を産んだのだ.
#19
子供がすくすく成長していく.学校でもすいすい勉強を進め,友人を作り,次第に親の手を離れて自立していく.
#20
子供が思春期に入り,怒涛の時代を送る.将来への希望に向けて大人への準備を始める.
#21
突然,親の病気の知らせが来る.どうやらそう長くないらしい.子供の成長を喜んでいただけに,人生とは何かと思い始め,人生の終わりを意識し始める.
#22
子供が大学に合格し1人暮らしを始める.両親である2人も子供が離れた生活に切り替わる.蔭ながら応援する気持ちを語り合う.
#23
2人の仕事が脂が乗り始め,責任が大きい立場へと出世していく.時々逃げたくて泣き出したくなる日もあるが,再び忙しさの中に埋もれてしまう.
#24
ふとこれまでの人生を振り返り,趣味を見つける.自分で好きなように楽しめる時間はいいものだ.自分をゆっくり見つめる大切さを知る.
#25
親が亡くなった.悲しみに包まれる.近しい人では初めての体験だからだ.頬を伝う涙が輝く.人はいつか死ぬことを思い知り,命の意味を問うてみるが,その本態は悲しみなのではという気がしてくる.なんと儚く美しいことか.
#26
職業人生も終盤を迎え,引退に向け仕事の仕上げの時期に入る.目まぐるしく変わる社会状況や,その要求に対応していく.
#27
退職し,第二の人生を歩み始める.現役時代の経験を活かして動き回る.時折今までの生き方を反省するが,今があることが感謝に変わる.
#28
いよいよ人生の締めくくりを自覚する.資産や持ち物を身辺整理し,つつがなく死を迎えられる用意を行う.
#29
子供が結婚し,新たな門出を祝福する.2人にとっても人生の終幕が華麗に彩られた.
#30
家族で記念映像を撮る.子供夫婦も孫をもうけ,5人で映る.人生の総決算.終わりよければ全て良し.私たち2人は確かに意味のある人生を生き切った.
Aria.
突然の痛みで入院し,手術するも助からず,そのまま天へ召される.家族は悲しんでくれて,それぞれ感謝の涙を浮かべる.1人の人生がこれで終わったが,愛し抜いた1人の人と産み育てた子供がそばにいてくれた.静かな最期だった.
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スクレイピング・ユア・ハート ― Access to SANUKI ―
あらすじ 平凡な大学院生である丸亀飛鳥。 新規気鋭のイラストレーターで、飛鳥の後輩である詩音。 四年ぶりの再会を経て、二人は奇妙な出来事に巻き込まれていく――――
物語の始まりなんて、なんでもよかった。 偉人の言葉を引き合いに出して、壮大な問題を提起する冒頭が思いつかない。洒落た言い回しを使った、豪華絢爛な幕開けが思いつかない。ああ、思いつかない。とにかく、思いつかないの。 一般教養が足りないとか、センスがないとか、そんなんじゃない。 ただ、平坦。二十三年生きた人生に山も谷もない。 一般的な都内の中流家庭に産まれ、すくすくと成長し、苦難なく小中高大を卒業。 特に研究したいこともないが、働くのが嫌で大学院へ。研究生活の中で平均くらいの能力を身につけ、今でもゆるゆると日常を謳歌している。 そんな人間が想い描く物語だ。たとえ始まりを豪華絢爛にしたところで、面白くともなんともない。 だから、始まりなんてなんでもいいん���そんなことないわ』 ……そうかしら。それなら、もう少し頑張ってみ「お願いだから止まって、止まって!」 ……どっちよ。 これは、寝る前にするちょっとした妄想。クラスを占拠した悪漢を一人でやっつける、みたいなもの。 目を瞑っているのだから周囲は真っ暗だし、私以外の声が聞こえるわけ「先輩!先輩!しっかりして!」 うーん。うるさいわね。 聞き覚えがある女の子の声。少しガサついていて綺麗な声音ではないのだが、なぜか心地よくて、落ち着く。 ……寝る前に聞く、ちょっとえっちなASMRの切り忘れね「先輩!?」。面倒だけど一度起き『ダメよ』
身体がビクン、ビクンと震える。
表面上は高潔な雰囲気を纏っているものの、ねっとりとした厭らしさが滲みでて、根底にある魔性を隠しきれていない女性の声。 今まで一度も聞いたことがない。声の主なんて知るはずがない。それでも狂しいほど切なく、堪らないほど愛おしい。 そんな声が全身を駆け巡り、電撃のような痺れとなって身体を激しく愛撫したのだ。 『貴女の全てが欲しいの』 唐突に発せられた媚薬のような愛の囁きに、動悸が早くなって頬が火照る。恋愛感情に近い心の昂りが瞬く間にニューロンを焼き焦がして、身体にむず痒い疼きを与えた。 『貴女は快楽の熱で、ドロドロに蕩かされていく』 そう告げられると、容赦ない快感が次々と身体に打ちつけられ始めた。 堪らず身を捩ろうとするが、金縛りに遭ったように手足が動ない。舐めしゃぶられるように身体中が犯され、許しを乞うことすらできない。ただ一方的にジュクジュクとした甘ったるい快楽の波が全身に蓄積していく。 やがて許しを懇願することさえ忘れ、頭の中が真っ白に染まってしまう。もう耐えきれない、決壊してしまう。 『そして、深く深く流れ落ちていく』 そのタイミングを見透かしたように、許しの言葉が告げられる。同時に、心の器が壊れ、溜め込んだ全ての快感が濁流のように全身を駆け巡った。 意識が何度も飛びそうになって、頭のチカチカが止まらない。獣のように声にもならない嬌声をあげながら、やり場のない幸福感に身を委ねて甘く嬲られることしかできない。何もかもがどうでもよくなる程、気持ちがいい。 永遠に思えるような幸福な時間を経て、すぅっと暴力的な快楽が引いていくのを感じた。代わりに、深い陶酔の中へ身体が沈み始める。 そして、自然と強張っていた身体から力が、いや、もっと大切な何かが抜けていく。でも危機感はない。 たとえ声の主が猛獣で、彼女に捕食されている最中であっても、私は目を開けず身を任せてしまうだろう。 ゆっくりと身体の輪郭が曖昧になり、呼吸が浅くなっていく。意識が朦朧として何も考えられない。ただ、恍惚たる快楽の余韻に浸りながら、彼女の言葉の通り深く深く、流れ落ちていく。 『おやすみなさい、愛しい貴女』 赤ん坊に語りかけるような優しい声音で別れが告げられる。そして、私の意識はブレーカーが落ちたようにプツンと切れた。 遠くからぼんやり響いた悲痛な叫びは、もう私に届くことはなかった。
*** もしあたしにインタビュー取材依頼がきて、最も影響を受けた人物を聞かれたら、間違いなく先輩と答えて彼女への想いを語り続けるだろう。 コラム執筆依頼がきたら必ず先輩の金言を引き合いに出して最高のポエムに仕上げるし、ラジオに生出演したら「いぇい、先輩、聴いてるー?」が第一声と決めている。 現に初めて受賞した大きなイラストコンテストの授賞式の挨拶では、会場にいない先輩に向けて感謝の気持ちを述べた。それほどまで、高校で先輩と過ごした二年間はかけがえのない宝物だったのだ。 だから、あたしという物語の始まりは必ず先輩との思い出を引き合いに出すと決めている。 そんな小っ恥ずかしいことを寝巻き姿で平然と考えてしまう程、あたしこと讃岐詩音は浮かれていた。 なんせ今日は先輩と四年ぶりの再会である。 窓から差込む小春日和の暖かな日差しが、今日という素晴らしい日を祝福しているようにも思えた。
「詩音、朝ごはんできてるわよー」 「うん」 一階から聞こえたママの呼びかけに応じる、蚊の鳴くような声。自分のガサついた地声が嫌で、どうしても声量が小さくなってしまう。 おそらくママには聞こえていないので急いで自室から出て階段を降り、リビングに移動する。閑静な高級住宅街に建つ一軒家に相応しくないドタバタ音が鳴り響いた。 「危ないからゆっくり降りてきなさいって言ってるでしょ」 ママのお小言に無言で頷きながら、焼きたてのバターロール一個とコップ一杯のスープをテーブルに運ぶ。いつものご機嫌な朝食だ。 「バターロールもう一個食べない?消費期限今日までなの」 ママの問いかけに対して首を横に振って拒否した。少食なあたしにとって、朝の食事はこの量が限界。これ以上摂取すると移動の際に嘔吐しかねない。 「高校でバスケやってた時はもっと食べてたのに。ママ心配よ」 そう言われてしまうと気まずいが断固としてNOだ。先輩との大切な再会をあたしの吐瀉物で汚したくない。 話題を逸らすためテレビをつけると、ニュースキャスターが神妙な面持ちで原稿を読み上げていた。 「横浜市のアトリエで画家の東堂善治さんが倒れているのが見つかり、病院に搬送されましたが意識不明の重体です」 たしか、以前参加したコンテストの審��員だったような。国際美術祭で油彩画を見たような。あと生成AI関連で裁判がうんたら。 「東堂さんは世界的に権威のあ……また、スポンサー契約を交わしていたFusionArtAI社に対して訴……捜査関係者によると奪われた絵……」 ニュースの内容を聞き流していると、概ねの内容は記憶と合致していた。どうやら、高校を卒業してから勉学の道には進まず、創作活動に勤しむようになったあたしの記憶力はまだ健在らしい。少しだけ、ホッとした。 「最近物騒ね。よく聞く闇バイト強盗かしら。ほら、この前も水墨画の先生が殺されたじゃない。詩音も今日のおでかけ、気をつけなさいよ」 「ん、気をつける」 ママを心配をさせないために少しだけ大きな声で返事をして、深く頷いた。 食事を終えた後、アイロンがけされた一張羅に着替えて身なりを整え、先輩が待つ喫茶店へ向かった。 *** ――――ちょうど三週間前のこと。 本業のデジタルイラストの息抜きとして始めた水彩画にハマりにハマって、気がつけば丑三つ時。ふと先輩の顔が頭に浮かんだのだ。 丸筆とパレットを置いてから勢いよくベッドにダイブして寝転がり、流れるようにエプロンのポケットからスマホを取り出す。 先輩はSNSを実名で登録するタイプではない。それでも広大なネットのどこかに先輩の足跡みたいなものがないか、淡い期待を抱いて名前を検索してしまう。 そんな自分がちょっと気持ち悪い。 自己嫌悪に陥りつつ検索結果を眺めていると、思いもよらない見出し文を見つけたので間髪入れずにタップした。
「情報システム工学専攻修士1年生の丸亀飛鳥さんが、AIによる雛の雌雄鑑別システムに関する研究で人工知能技術学会最優秀論文賞を受賞しました」
ゆっくりとスクロールしながら情報を集める。やがて研究室のホームページに掲載された集合写真にたどり着く頃には、これが先輩の記事であることを確信した。 ……正直言って自分がだいぶ気持ち悪い。 「やっぱり先輩はすごい。うん、とてもすごい人だ」 先輩の活躍ぶりに足をばたつかせながら興奮していると、ピコンと仕事用のアドレス宛に一通のメール。見慣れないアドレスだったが、ユーザー名が目に入った瞬間飛び起き、正座になる。 「marugame.asuka0209って、これ絶対に飛鳥先輩だ!」 偶然にしては出来すぎているが、なんの警戒もなく開封をして内容を隈なく読み込み――――読み終える頃には呆然としていた。 要約すると研究協力の依頼であり、可能であれば一度会って話せない��、という非常に堅苦しい内容である。 気が��くと涙が頬を伝っていた。 四年ぶり、つまり先輩が卒業してから初めて貰った連絡。元気?今度ご飯でも行かない?みたいな、そういうのを期待していたあたしがおバカじゃないか。 ――――いいや、先輩が悪いわけではない。これが普通。むしろ、あたしがおかしい。 何を隠そう、あたしと先輩の間に特別な繋がりはない。友達でもなければ恋人でもない。ただ、バスケ部の先輩後輩というだけで、練習と試合だけが共に過ごした時間の全て。連絡も練習に関することだけ。そんな程度の仲。 「……それでも好き」 あたしに手を差し伸べてくれた先輩に対する想い。四年経ってもこの気持ちは色褪せていない。 でも、これが最後になるかも。もし拒絶されたら、ただの先輩後輩ですらなくなってしまったらどうしよう。そう思うと、胸が苦しくなる。だから今まで一度も自分から連絡できなかった。 ――――涙を拭い、ありったけの勇気を振り絞る。 先輩に会ってお話しがしたい、その気持ちだけで震える指をどうにか動かし、書いては消してを繰り返す。文面が完成しても、何度も声に出して読み上げ続け、早三時間。返信を完了する頃には外が薄明るくなりつつあった。 急にドッと疲れが出て、再びベッドに倒れうつ伏せになり、顔を枕に埋める。そのままうめき声を上げて、湧き出る混沌とした感情を擦り付けていく。 このあられもない姿がママに目撃されていたことは、あたしの人生最大の汚点となるのだった。 *** ――――いつの間にか私はドアの前に立っていた。 温かみを感じるレトロな木製のガラスドア。ここは大学から離れた場所に佇む、少し寂れた喫茶店の玄関前だ。私の憩いの場の一つで、よく帰り道に訪れている。 ぼーっとしていると、店内が薄暗いからか自分の姿がガラスに反射していることに気がついた。 ガラスに映る、ケープを羽織ったおさげ姿の美少女。うどんのように白い肌が彼女の纏う儚さに拍車をかけている。 彼女の名は讃岐詩音。 私の一個下で、高校バスケ部の後輩だ。 某バスケ漫画に憧れて入部したという詩音は、初心者という点を考慮しても信じられないほど下手だった。 ドリブルやパスはへんてこだし、一番簡単なレイアップシュートすらろくに出来ない。おまけに口数が少ない不思議ちゃんで、趣味と特技がイラストときた。 そのため、次第に周囲から腫れ物のように扱われるようになる。 それでも詩音は部活を辞めず、直向きに人一倍努力を続けた。 しかし、周囲からの扱いは変わることはない。下手っぴが一人で頑張っても嘲笑の対象になるだけだ。 だから私は、詩音に手を差し伸べた。少しでも彼女が笑顔になれるように。 ――――精一杯頑張る彼女の姿が、どこか冷めていた私の憧れだったから。 原因は不明だが、今、私は『詩音』の姿になっている。ま��でVRを体験しているようだ。なんにせよ、玄関前で棒立ちを続けるのは迷惑だ。 混乱しながらドアを開けて入店すると、店員がにこやかに迎え入れてくれた。 「いらっしゃいませ、讃岐さんですね。丸亀さんはあちらの席でお待ちです」 会釈をするも、妙な違和感。戸惑いながら店員の案内に従い、席に移動した。そして私は大っ嫌いな女と対面することになる。 緑色の黒髪が綺麗な、リクルートスーツ姿の美女。気品のある見た目をしているが、中身は空っぽ。連絡が来ないから嫌われたと思い込み、自分を慕う後輩を四年間も放置したクズ。そんな女性が私を見て微笑む。
『久しぶりね、詩音』
そう、『『私』』だ。まるで鏡を見ているかのように、『私』が机を挟んだ向こう側に存在している。 詩音と四年ぶりに再開したあの日の夢を見ているのだろうか。 唖然とする私を無視して、目の前に座っている『私』は一方的に話を進めていき、本題に移り始める。
『研究室が推進するイラスト生成AIプロジェクトが難航しているの』
原因は技術の普及と発展に伴って、目視であっても判別できないAIイラストがウェブ上に溢れかえったことだ。 その結果、クローラープログラムがウェブを巡回してイラストを収集するスクレイピング技術で作られた学習データにAIイラストが混入し、AIプログラムが崩壊する報告が多数出ている。 余談だが、私の研究は養鶏農家から提供される写真を使用しているため、全く影響を受けなかった。それゆえ、最優秀論文賞を繰り上げ受賞してしまったのだ。
『研究用のデータ加工が大変なのよ』
これはイラストレーター達が自衛として、データをそのままウェブにアップロードしなくなったからだ。 近頃はデジタル画像を紙に印刷した作品やアナログ作品を造花などで飾り付けてからカメラで撮影する、2.5次元作品が主流となっている。 イラスト本体の解像度劣化やカメラフィルターによる色合の変化、装飾物による境界の抽象化などが原因で、2.5次元作品はAIで学習できない。 修正AIで2.5次元作品を2次元作品に加工しようとしても、誤認識のパレードである。そのため、ゆうに一万を超える大量のデータを人力で加工するしか手立てがないのだ。
『FusionArtAI社のデータも法外的な値段で八方塞がりなの』
FusionArtAI社は唯一ピュアなイラストデータを扱っているユニコーン企業だ。東堂善治のような大御所アーティストらと契約し、安定して高品質なデータを取得しているらしい。 AIやらNFTやらを壮大に語っているが事業内容がよく理解できない。それに莫大な資金が何処から出ているのか非常に疑問である。 加えて詩音がモニターとして、AIの学習を阻害する絵具を貰ったのだとか。胡散臭すぎる。
『だから詩音のイラストのデータを全て譲って欲しいの』
「……は?ちょっと待ちなさい」
今まで無言で頷いていたが、思わず声が出てしまう。
『貴女の全てが欲しいの』 「そんなこと言っていない!私は研究協力の依頼を断るように警告したのよ!!」 ことの発端は詩音がイラストコンクールの授賞式で私の名前を出したことである。偶然その授賞式に私の指導教員も来賓として出席していたのだ。 後日、ゼミで彼女の挨拶が話題に出され、私は迂闊にも恥ずかしさのあまり過剰に反応してしまった。 指導教員は詩音が語った人物が私のことだと察した。そして詩音宛に研究協力の依頼を出すよう、私に指示を下したのだ。 なんせ、詩音は今や業界を席巻する超新星。その作品を利用できれば、データの質の担保だけでなく、研究に箔をつけることができる。 下手をすれば詩音が筆を折りかねないその指示に対し、私は強い憤りを感じた。 しかし、上の言う事は絶対。だから大学から離れた喫茶店に呼び出し、密かに依頼を断るように警告したのだ。 ……加えて、授賞式のようなオフィシャルな場で無闇矢鱈に人様の個人情報を出さないよう、情報リテラシーの講義もみっちり実施した。 詩音は私の言葉を素直に聞き入れてくれた。ただし、研究室の厄介事に巻き込んだお詫び?として、週末に作品撮影のアシスタントをする約束をした。 ――――その撮影日が今日。 そこは、誰も寄りつかない瓦礫まみれのビーチ。 遥か昔、海辺に栄える水族館だった場所。 青空の下、詩音が無我夢中になって作品の飾り付けをしている。 装飾材を補充するため、彼女が水彩画に背を向けた刹那。 額縁からコールタールに似た漆黒の液体が勢いよく溢れ出し、彼女を襲う。 だから私は彼女を突き飛ばして。 悍ましく蠢く闇に、『食われた』。 「……ようやく思い出したわ」 これは、妄想でも夢でもない。相対する『私』の皮を被る怪異が起こした現象だ。 理解不能な存在に生殺与奪の権を握られている。その事実を認識した途端、体に悪寒が走り、鳥肌が立つ。今にも腰が抜けそうだ。 怪異は恐れ慄く私の眼をじっとりと見つめながら、ブリーフケースから同意書とペンを取り出し、机の上に置いた。 『貴女とはいい関係になれると思うの』 そう言いながら、怪異は小指を立てながら厭らしく微笑む。 私の生存本能が、この文字化けした書類にサインをしてはいけないと警鐘を鳴らしている。サインをすれば、死ぬ。 それでも私は震える手でペンを掴んでしまう。 ……だって、私なんかが敵う相手じゃないもの。 怖くて泣きじゃくる無様な私に何ができるの。 そうね。きっと、あっけなく死ぬのよ。 ――――そうだとしても 「大切な後輩を襲ったお前だけは、絶対にぶっ殺してやる!!」 私は決死��覚悟を決め、一世一代の大啖呵を切った。瞬時に怪異に対する怒りの炎が燃え上がり、滞っていた思考が急激に動き始める。 相見えるは常識の埒外の存在。裏を返せば奇想天外な自由解釈が可能であり、不格好でもそれっぽい仮説を立ててしまえば、私にとっては常識の埒内の存在になる。 きっとそう強く信じなければ、目の前の『私』は倒せない。 唇に人差し指をあてながら、ただひたすらに、常識や記憶の間に無理やり関連性を見出して理屈をこじつけることを繰り返す。 やがて、その思考過程を経て、一つの結論に辿り着く。 この怪異の正体は、『クローラーを模した淫獣』だ。 こいつは複数回にわたって人を襲い、心の記憶から作品を抽出していくタチの悪い存在。全ての作品を取り込み終えると、獲物に大量の快楽成分を流し込んで再起不能にする恐ろしい習性を持つ。 おそらく詩音も何度か寄生されていて、今日が最後の日になるはずだった。 ところが、すんでのところで私が身代わりになったため、情報の吸い残しがあると誤認が生じてしまった。それは淫獣にとって重大なエラーである。 そこで、やり直しを試みるも、改めて詩音の同意が必要となってしまった。 だから先日の会話に基づいてこの空間を生成し、『私』の皮を被ってサインを迫っているのだ。――――今、自分が捕食している獲物が『丸亀飛鳥』であることに気が付かずに。 そして、最も重要なことは淫獣が人工的に作られた存在という点である。 これまでの同意書に重きを置くような言動を見ると、魑魅魍魎の類とは思えない。何より、元凶に心当たりがある。 そう、FusionArtAI社だ。淫獣の正体が例の胡散臭い絵の具であり、密かに多数のイラストレーターを襲っているとしたら、全て辻褄が合う。 ――――そうであると信じるの。そうすれば、こいつに一矢報いることができるはずよ。 汗ばんだ手で同意書を手繰り寄せ、ゆっくりとペン先を近づける。 すると、自分勝手に喋っていた淫獣が口を閉じ、紙面をじっと凝視し始めた。それだけではない。空間を構成する全てが、その瞬間を見逃すまいと監視している。 張り詰めた空気の中、私は素早く紙を裏返して、こう書き記す。 robots.txt User-agent: * Disallow: / その意味は、『クローラーお断り』。 今や対魔の護符に等しい存在となった同意書を握りしめ、勢いよく席を立つ。 「私の全てが欲しい……そう言っていたかしら?」 沈黙。詩音の好意や才能を踏み躙った淫獣は、口を開かない。 『An error occurred. If this……』 どこからともなくアナウンスが聞こえるが今はどうでもいい。
「これが私の答えよ」
大っ嫌いなクソ女の顔面が吹き飛び、振り抜いた私の拳が漆黒の返り血に染ま���。 一呼吸おいた後、心から詩音の無事を願い、静かに目を閉じた。 *** 茜色の空。漣の音。磯の香り……それと、ちょっと焦げ臭い。 そして、私の身体に縋って嗚咽する大切な後輩。 どうやら私は死の淵から生還できたらしい。無事を知らせるため、詩音の頭を優しく撫でる。それでも泣き止まないので、落ち着くまで背中をさすってあげた。 「心配かけたわね。詩音が無事でよかった」 詩音は私の胸に顔を埋めたまま、コクリと頷く。 「先輩も無事?」 「ええ、大丈夫よ」 これ以上、詩音を不安にさせないように気丈な態度をとるものの、重度の疲労を感じ、もはや立つことすらできない。 「ここはまだ危ないから、早く詩音だけでも逃げて」 「やっつけたから、モーマンタイだよ」 詩音が指差す方向を見ると、黒い液体に塗れた水彩画が静かに燃えていた。焦げ臭い匂いの原因はこれか。……やっつけたってどういうことかしら。 些細なことに気をとられている場合じゃない。 先ほどから微かに聞こえる、複数の物音。 何者かが物陰で息を潜め、私たちの様子を窺っている。 今や炭になりつつある淫獣の回収が目的か。いや、それは私がでっち上げた荒唐無稽な陰謀論にすぎない。 ここは、電波が届かない人里離れた廃墟。無防備な女二人がいつ襲われてもおかしくない、危険な場所だ。 詩音も気が付いたのか、私に抱きつく力が強くなる。意地でも私から離れないつもりのようだ。高校の時から感じていたが、この子は気が弱いわりに頑固だ。 ――――息が詰まるような空気を、遠くから鳴り響くサイレン音が切り裂いた。 同時に複数の人影が足音と共に遠ざかっていき、私は安���の息を吐いた。 「もう大丈夫。定刻を過ぎても私から連絡がなかったら、警察と救急に通報するよう、母さんに頼んでいたの」 半分は今のような不足の事態に陥った時の保険として。 「やっぱり先輩はすごい。うん、とてもすごい」 もう半分は、尊敬の念を向けている後輩から刺された際の保険として。……絶対に黙っておきましょう。 *** ――――事件から三か月後。 結局、私たちを襲った存在の正体は分からず終い。一方、あの場にいた不審な人影は東堂善治を襲撃した闇バイト強盗であった。そのため私達の不法侵入は霞んでしまい、一切お咎めなし。私達の身に何があったか、深く聞かれることもなかった。 まぁ、警察に事情を説明するにしても―――― FusionArtAI社が作ったスライム型の淫獣に襲われてデスアクメしそうになりました。奴らはアーティストの心の記憶に存在する作品データを狙っています。 という私の支離滅裂な説は口が裂けても言えない。それに、FusionArtAI社が不正会計絡みで呆気なく倒産したため、もう追及のしようがなかった。 ちなみに、詩音は黒い液体の正体が亡霊の祟りだと思い込んでいる。だから制汗スプレーとライターで除霊?しようとして、そのまま引火。あの有様となったそうな。 「貴女のおかげで助かったのかもしれないわね」 私の言葉に首を傾げる後輩は、今日も美少女だ。 あの事件以来、私達はお互いの身を案じて一週間に一回は会うようになった。といっても、毎回普通に遊んでいるだけだ。 今日は私の行きつけの喫茶店でまったりとお茶をしている。お紅茶がおいしい。 紅茶の香りの余韻を味わっていると、詩音の手招きが。 またか、と思いつつ耳を寄せる。
「先輩のケーキ、一口欲しい」
耳元で囁かれる妙に蠱惑的な声と熱の籠った吐息にゾクッとしてしまう。あの事件で私が晒した醜態から、余計なことを学んでしまったのだろう。 悪戯っぽく笑う詩音。本音を言ってしまうと非常に嬉しいのだが、どうも照れ臭くて顔を背けてしまう。 でも、これから時間をかけて慣れていけばいい。あの事件が私という物語の始まり、いや、――――私達という物語の始まりと決めたから。 二人に降り注ぐ優しい木漏れ日が、これからの日常を祝福しているように思える。 ――――そんな気恥ずかしいことを考えてしまうほど、私こと丸亀飛鳥は幸せだった。
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[リムジンサービス] EP.94 赤頬思春期 BOL4 | Eternal love, Last Christmas, Every Moment...
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歌声とすれ違い
第一章:テンとミカカ ある休日の午後、ミミカと白尾見太郎(しらお けんたろう)は近所のカラオケ店で「ミミカ大熱唱大会」を開催していた。無邪気なミミカの歌声に、白尾見太郎は目を細めながらリズムを取る。今日が二人の記念日であることを、ミミカはすっかり忘れているけれど、見太郎はそんな彼女の天然さも愛しく思えるのだった。
一方、その家ではミカカが妹ミミカの“留守番”をしていた。何かとそそっかしい彼女は、部屋で音楽をかけながらスマホをいじっていると、玄関のチャイムが鳴る。扉の向こうには、筋肉質で威圧感のある男──テンが立っていた。
「あぁ、うん。見太郎から紹介されて……」
思わずドアを開けかけたミカカだが、すぐにガチャリと閉めかける。しかし、テンは屈強な腕でドアを受け止め、苦笑いしてみせた。
「大丈夫、怪しい者じゃねぇよ。見太郎の友達のテンだよ……」
ミカカは戸惑いながらも情報を整理する。今日、妹ミミカはカラオケで出かけている。自分一人かもしれない…。だが「見太郎の友達」という安心感から、少しだけテンをリビングに招き入れてしまう。
会話がぎこちなく続いた。その時、ミカカのスマホに高牧健躬(たかまき たけみ)──例の彼氏からLINEが入る。「今何してる?」の何気ない一文。ミカカは、なぜか気がひけて、すぐに���読を付けなかった。
テンはカラオケの話題を振った。
「見太郎の歌、意外と面白いよな?…アイツと初めて出会ったのもカラオケだったし……」
その言葉に、ミカカは思わず笑ってしまう。見太郎とテンの出会いがなんとも破天荒で、テンがダンスを踊り出したエピソードなども盛り上がった。ミカカは、出会いや、つながりの不思議さ、そして“居場所”の温かさを感じていた。
その夜、ミミカと見太郎が帰ってくると、リビングのソファでミカカとテンが夢中で話し込んでいる光景があった。
見太郎はテンに軽くウィンクし、「またカラオケ勝負、やるからな!」と宣言する。 健躬はスマホごしにソファのミカカをじっと見て、ちょっぴりすねた顔を浮かべる。 そんな複雑で温かい空気の中、4人(+スマホの健躬)は夜遅くまで語り合い、賑やかな時間を過ごすのだった。
第二章:揺れる想い 深夜になっても、ミカカたちの談笑は絶えなかった。カラオケ大会の話題で盛り上がるミミカと見太郎は、見太郎が歌った爆笑ネタソングを思い出してソファで転げ回る。テンはその様子を面白そうに見つめながら、自分も誘われたらどう歌おうかと内心そわそわしている。
その一方で、ミカカはつい健躬からのLINEを放置してしまい、申し訳なさが胸に広がっていた。 健躬はスマホを見つめながら、寂しそうにため息をつく。普段のツンデレな態度に隠しているが、本当はミカカのことをとても気にかけていた。
「テンさん、見太郎さんと出会ったときの話、もっと聞きたいです!」と、ミミカが瞳を輝かせる。
「ええと……あれはな…見太郎がいきなりカラオケボックスでアイドルの歌を全力で踊っててさ。俺は用事で入っただけなのに、なぜか一緒にデュエットする羽目になって……。まぁ、気づいたら仲良くなってたかな……」
テンが少し照れくさそうに語ると、部屋には和やかな笑いが広がる。ミカカも久しぶりに肩の力が抜けたようにくすりと笑った。
その笑顔に健躬は、ビデオ通話越しに少しだけ頬を赤らめる。 「……みんな楽しそうだな。俺も行けばよかった」
「健躬~、次は一緒にみんなでカラオケ行こうよー!」とミミカがスマホ越しに呼びかける。
翌朝、みんなで作ったパンケーキを囲みながら、テンは新しい風をこの家に運んでくれた存在なのかもしれないと、ミカカは感じていた。人と人のつながり、そして気づかぬうちに心が揺れること―― それは、どこか少し切なくて、どこかとても温かなものだった。
微妙な距離感の中、誰もが自分の想いを言葉にできず、それでもまた今日の日常は幕を開けるのだった。
第三章:新しい日々の予感 パンケーキの甘い香りがキッチンに広がる。ミカカはフライパンを持ち、見太郎は手際よくシロップをかけていく。テンは豪快に皿を並べ、ミミカは焼きたてパンケーキに顔を近づけて「おいしそ~!」と目を輝かせる。
健躬は動画通話でみんなの様子を眺めながら、どこか得意げに「その焼き加減、意外と悪くないな」とツンデレ気味にコメントする。その一言に、ミカカは思わず肩をすぼめつつも、耳がほんのり赤らむ。
やがて朝食が始まると、自然と次の休みの話題になった。
「今度、みんなでピクニックどう?」と見太郎が提案する。
「ピクニックいいね!」テンが頼もしく返し、「俺、バーベキュー得意なんだ」と自慢げに腕を見せる。その屈強な腕に、ミカカは以前より自然な笑顔を向けていた。
ミミカも「カラオケマイク持っていく!」と張り切る。健躬はちょっと口をとがらせて「スマホの充電器絶対忘れるなよ」と突っ込み、みんなは笑い合う。
その和やかな空気の中、ミカカはふと自分の心の変化に気がついた。テンと話すと、なぜか昔のように無邪気に笑えて、健躬の前ではちょっと背伸びしたくなる自分がいる。 妹のミミカも、友達といっしょにいることで少し大人になった気がして、みんなが少しずつ変わっていくのを、そっと感じていた。
ピクニックに向けて、それぞれが計画を立てはじめると、新しい日々への期待が胸に膨らむ。“誰とどんな時間を過ごしたいか”――みんなの心が、少しずつ素直になっていた。
扉の向こうに、まだ知らない楽しい日々がきっと待っている。 みんなで歩むその一歩一歩が、きっと誰かの大切な思い出になっていくのだろう。
第四章:本音のメロディ ピクニックの空は抜けるような青さだった。 みんな揃って準備したサンドイッチやお菓子、テンが焼くジューシーなバーベキューの匂いがあたりに漂う。笑い声や小さなハプニング――パンを落っことすミミカ、野菜ばかり食べる見太郎、健躬がスマホ越しに遠隔アドバイスを送ってくることで、いつもの調子が戻った気がした。
やがて、食べ終えた後は木陰でそれぞれゆったりと過ごす時間。 ミミカは寝転びながら空を眺め、見太郎は小さなギターで即興の歌を奏でる。テンはミカカの隣に座って静かに雰囲気を楽しんでいた。
「あのさ」と、ミカカがぽつりと切り出した。「最近、みんなと一緒にいるのが、すごく楽しいな。自分でもちょっとびっくりするくらい」
テンは口角を上げて答える。「居場所って、案外すぐ近くにあるもんなんだな」
その会話を健躬がスマホの画面越しに聞いて、「お前ら、いい感じじゃねーか」と少しふてくされた声でツッコむ。 みんなが笑い合うその空気に、自然と緊張がほどけていく。
夕暮れが近づいて、見太郎が「せっかくだから、全員で歌おうぜ!」とカラオケマイクを掲げる。最初は照れていたみんなも、音楽が始まればすぐに輪になって、大きな声を重ね合う。
ミミカの高い声、テンの低いハーモニー、見太郎のおどけたアレンジ、ミカカが思わず乗せた優しいメロディ―。健躬はスマホでそれを録画して、「保存版だな」と得意げに言った。
誰もが自分の本音を、少しずつ歌に乗せて分かち合えた午後。 大丈夫、どんな気持ちも今日の思い出といっしょに、また明日へつながっていく――。
第五章:それぞれの歌 日暮れが近づく頃、公園の芝生には長い影が伸びていた。カラオケ大会も佳境に入り、テンが「じゃあ、次は俺が歌ってみるか」とマイクを手に取ると、みんなが期待と好奇心で目を輝かせた。
テンが選んだのは、懐かしいロックバラード。彼の低くて力強い声が、ゆったりとした夕焼け空に溶けていく。その歌にはどこか遠い優しさがあって、場の空気がしんと静まった。
歌い終わると、見太郎が大きく手を叩く。「やっべぇ、テン、そんな声で歌えるのかよ!カッコよすぎ!」 ミミカが「あれ、ちょっと泣けちゃった…」と鼻をすする。 ミカカも静かにテンの横顔を見つめていた。普段は頼もしくて少し怖そうな男の、繊細な表情に胸が熱くなる。
その時、健躬がふいに立ち上がった。 「次は、俺がスマホで曲を流して歌う!」 照れくさそうにスマホを握りしめ、少し外した音でポップスを歌う健躬。みんながクスクスと笑うと、彼は「うるせー!でも、楽しいな」と苦笑していた。
やがて、空はオレンジから青紺に。 片付けながら、ミミカが言った。「今日、なんだかずっと歌って笑ってたね」 見太郎が答える。「みんなといると、どんな自分も出せる気がするよ」 周りのみんなが頷く。
気づけば、胸の奥には小さな勇気が灯っていた。「このメンバーなら、どんな日でも楽しくなりそうだ」と。それぞれの悩みも迷いも、ほんの少しだけ軽く思える。
家に帰る道、ミカカは健躬の隣を歩きながら、そっと「また、こうやってみんなで集まろうね」と声をかける。 健躬はごまかすようにスマホの画面をペシペシしながら、「あぁ、暇ならな」と返した。
その会話を後ろで聞いていたテンと見太郎は、顔を見合わせて微笑んでいた。
一つの歌が、仲間たちの距離を縮める。 そしてまた、次の物語が始まる予感を残して、春の夜風がそっと吹き抜けていく――。
#line#ai assisted writing#line ai assistance#ai novel#visual novel#romance novels#novel writing#long novel#graphic novel
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bol4ちゃんのライブ(?)に行ってきました! ジヨンちゃんもジユンちゃんもほんっっっとかわいくて癒され��…。 日本でももっともっと売れるといいな!! #赤頬思春期 #볼빨간사춘기 #bol4 #ヒューリックホール東京 #フォトタイムありがとうございます https://www.instagram.com/p/B2aJUiVFRji/?igshid=1l06ymnan7df3
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無題
連勤明けの休日、冷蔵庫を開けてかちかちの苺を頬張る。朝はカフェで副流煙を浴びながらバイトして、それだけでも精一杯なのに、そのまま昼から夜にかけて高層ビルの一角で日々インターンに勤しんでいる。わたし、偉すぎるでしょ〜!と自分を誇らしく思うのと同時に、優しくあろうとするほど、優しい人こそが損ばかりする現実に気づいてげんなりする。Twitterで、「たくさん感謝されるということは、その分のあなたの人生を棒に振ったということ、あなたがこの宇宙で本当にするべき仕事をしなかった」という呟きをしている人がいて、あ〜ほんとうにそうだよな〜と溜息が溢れた。昨日、疲労に疲労が重なってひさしぶりに爆泣きした。それを恋人が赤ん坊をあやすような真似をしながら電話越しにわたしを宥める。帰省中でしばらく会っていないのに、この人いまこういう顔をしているんだろうな〜というのがわかって、すこし気持ちが落ち着いた。
春に夏、人生で1番すきな時期がやってくる。わたしの素肌がその質感を憶えている。からだがみるみる軽くなっていって、見るもの全ての解像度があがり、まるですべての歴史を忘れたかのように海が、木々が、草むらが無垢に輝く。朝の香り、花の微細な滑らかさ、うつくしいものをみたとき、しゃぼん玉みたいにぽわぽわ言葉が浮かんでくる。長い睫毛に乗る光を横目に、心の中でシャッターを切る。だれに伝えるわけでも、書き残すわけでもなく、言葉が泡沫の如く流れゆく時間の中で、ただそれを見つめている自分だけがいるということ、その尊さを信頼している。
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旧東隊の小説(二次創作)
ホッケえいひれ揚げ出し豆腐
一月か二月の頃だった。
トリオン測定ですごい数値を叩き出した新人が二人も入るそうだというのが、その夜の話題だった。出水公平と天羽月彦のことだ。
新生ボーダーが動き出して一年半になる。『旧』ボーダーという言葉が定着するほどに、時は勢いを増して流れていく。その間に、一番仕事をしたのは開発室室長の鬼怒田本吉だった。
まず、彼は異世界に通じる門の発生ポ���ントを特定できるようにした。次に門の発生を抑えるトリオン障壁を一時的ではあるが生成に成功、最後に門発生ポイントを誘導する装置が開発され、三門市の安心を約束する三点セットがわずか一年で出来上がる。元々の研究分野の応用とはいえ驚嘆に値する開発速度だった。
こうして、急務だった門発生のコントロールに成功した後は研究途中で放置されていた擬似トリオン訓練室の完成、隊員増加を見越してランク戦で使う対戦ブースと八面六臂の活躍である。
短期間でこれだけのことをやってのけた彼及び彼のチームは、城戸政宗司令がどこからか連れてきた逸材だった。三門市にやってきた時には一緒だった家族とは離婚している。仕事に打ち込みすぎたせいだと専らの噂だった。
開発室以外も働いた。門がコントロールできるまではいつどこで出現するかわからない。国の機関に代わって街を守るボーダー隊員たちは昼夜を問わずパトロールを行い、近界民と戦った。
三門市民は最初、胡乱な目で彼らを見ていたが、公的機関と連携した規律ある行動に徐々にボーダーの存在は受け入れられていく。根付メディア対策室室長による世論操作も功を奏していた。
出ていく人間は出ていき、かわりに大量の物資と人材が流れ込んでくる。
ボーダーにもまた人材が集まった。
まず、市民志願者第一号として柿崎国治と嵐山准が入隊する。華々しい記者会見の後、志願者はぐっと増えた。
東春秋が部隊を結成したのもその頃だ。
この時期の部隊は自由結成と言うよりは忍田や根付の意向が強く反映していた。東隊も忍田の指示によるものだった。
忍田自身も部隊を持っていたが、本部で戦闘員を統括する役職につくために解散することが決まっている。
ガラリと引き戸をあけて顔を出したのは東春秋だった。いらっしゃいませと店員が声をかけると案内はいらないと手を振って、店内を見渡す。じきに見知った顔の並ぶテーブルを見つけて近づいた。
二十二歳だと言うが、ずっと老けて見える。外見だけではない。彼に接する人間はつい彼が二十代前半の若造だということを忘れてしまう。
後ろには背が高い男女二人がやはり背の高い東を挟んで並び立つようにいた。どちらも目を引く美男美女だ。彼らは近隣の六穎館高等学校の制服を身につけていた。
さらに後ろに中学校の制服を着た少年がひっそりと控えている。前のふたりと違って背は低い。寒いのか、マフラーをぐるぐると首に巻いていた。
三人は物珍しげに店内を見回している。
「なんだ、三人とも居酒屋は初めてか」
テーブルにいた眼鏡の男が声をかけた。既に頬は赤い。手には盃を持っている。日本酒派だ。林藤匠という。ボーダーでは古参の一人だ。歳は三十一になる。そろそろ現役を引退したいとボヤいているが、いかんせん昨今の人手不足だ。
ボーダー本部建物ができたにも関わらず、旧本部ビルから動こうとしない、なかなかの頑固者だった。
「学生ですから」
と、生意気そうに答えるのは、背の高いほうの一人である二宮匡貴だった。
「あれ、根付さんから聞いてないか? ボーダーマークの貼ってある店はボーダーなら学生でも入れるようになったんだぜ」
トリオン器官の性質上、十代の隊員は増えていく。本部でも食堂は設置しているが、彼らは三門市の飲食店にも協力を求めていた。パスポート制で十代への酒類の提供はないなどの配慮がされている。
「知ってますが…」
さらになにか言おうとする二宮を東は遮った。
「今夜は明日の確認だけしに来たんです。本部で聞いたら、ここにいるっていうから」
「明日? ああ、国の視察ね。用事は、唐沢さん?」
「俺?」
テーブルの奥から唐沢克己外務営業部長が顔を出す。彼はビール派だ。既にジョッキをほとんど空けている。まだ三十そこそこだが、やり手の男だ。鬼怒田同様、城戸司令がスカウトしてきた。元ラガーマンだという以外素性を明かさない男だったが、人当たりがよい。
今夜の飲みメンバーは林藤、唐沢に加え、エンジニア冬島慎次、戦闘員の風間蒼也、木崎レイジの三人だった。風間と木崎は二十歳前なので、烏龍茶が並んでいる。
「まあ、たってないでこっちに座れよ、東くん」
「あー、ウチはウチでご飯を食べる予定なんです」
東はお供のように控える背後の三人を見やった。東隊のメンバーだ。
「ここで食べていけばいいよ」
「はあ」
少しだけ、東の心が揺れた。老成しているとはいえ二十二の青年だ。気楽な酒の席は魅力的だ。
「大丈夫です。俺たちは帰ります」
東の心を見透かしたように、二宮が後ろの中学生の背を押して店の入口に向かおうとする。
「東」
林藤は声をかけた。
「みんなで食べてけよ。唐沢さんの奢りだ」
「あなたじゃなくて、俺ですか?」
急に振られた唐沢が満更でもなさそうに笑った。確かにこの男前は今日の面子の中で一番地位が高く、懐も暖かい。
「あら、素敵。せっかくだから、ご馳走にならない? 二宮くん」
そこで初めて、女学生が口を開いた。こちらも生意気な口調だが、軽やかでトゲトゲしいものを感じさせない。
「加古」
「ねえ、三輪くん?」
「……」
急に話を振られた中学生は無表情のまま首を傾けた。
「わかりません」
「東さんがここでお酒を飲んでるとこを見てみたくない? 面白そう」
三輪は悩みながらうなずいた。
「ほら、三輪くんもそう言ってるし」
「言ってないだろう」
「言ってないです」
「わかった、わかった」
いつもの掛け合いが始まりそうになって、東は決断する。一応、上役たちの前だ。
「ごちそうになろう。唐沢さん、ありがとうございます」
東が頭を下げると、揉めていた三人がピタッと止まって、同時に頭を下げた。よく訓練されている。東を猟師になぞらえて獰猛な猟犬を三匹飼っていると言っていたのは誰だったか。
「遠慮せずたくさん食べなよ」
唐沢はいつもの人当たりのよい笑みを浮かべた。
「追い出された」
案内されると同時に、風間と木崎が東隊の猟犬三匹のテーブルにやってきた。テーブルが窮屈になったらしい。
今夜はボーダー戦闘員と唐沢の交流会であるらしかった。
風間の兄は林藤の弟子だった男だ。故人である。木崎は東から狙撃手としてのスキルを学んでいるので、東隊の面々とは面識がある。今は林藤に従い旧本部ビルに寝泊まりしている。狙撃以外の分野では林藤に師事していた。
一方は小柄で華奢、もう一方は筋肉隆々の巨漢だ。正反対の見かけだが、どちらも恐ろしく強かった。さらに木崎はトリオン量は二宮と同程度を持っていて近界のトリガーを使いこなす。
加古の隣に木崎が座り、二宮と三輪の隣に風間が座った。スペースの有効活用の結果である。三輪は隣が風間なので緊張する。風間蒼也は様々な思惑の絡む本部で誰からも重用され、確実に任務をこなすエリートだった。
「もう、頼んだか」
「まだです」
彼らはまだ食べるつもりらしい。
「居酒屋は初めてか」
木崎が気を使って、品書きをテーブルの真ん中におく。
店員がまとめて置いていった突き出し(お通し)を配る。
「飲み物から決めよう」
と、店員を呼んでさっさと飲み物を決めてしまう。さくさくと仕切る姿が頼もしい。三人はジュースにしたが、風間と木崎はまた烏龍茶だった。
「おすすめは、揚げ出し豆腐だな。家で作るの面倒だし」
「そういう基準か」
「寺島たちに頼まれて作ったが、たくさん食べるものじゃないし、持て余した」
寺島たちと寺島雷蔵と諏訪洸太郎のことだろう。四人は同い年で気が合うようだった。諏訪は二宮と加古の同期でもある。
「おごりなら諏訪と雷蔵でも呼ぶか」
「来ないだろ」
確かにもう遅い。
「今日の当番は?」
お酒をあおる大人席では、林藤が煙草の煙を吐き出しながら聞いた。
「忍田さんとこと迅です」
迅悠一は木崎隊であったが、先日、晴れて『風刃』所持者となり、隊を離れS級隊員となっている。
「あとは嵐山隊ですね」
なんとなく大人たちは子どもたちのいるテーブルに視線を向けた。三輪がジュースを飲んでいる。迅、太刀川、嵐山と三輪の苦手な三人だ。
「明日は俺らの勤務か」
正直、オーバーワークだ。ここにいるメンバーは皆、ワーカホリック気味ではあるが、大規模侵攻からずっと働き続けている。
「入隊志願者が増えてますからもうちょっと頑張ってもらって…。部隊が増えてくれば、部隊の輪番制に移行するって城戸さん��言ってます」
「もうすぐですよ」
冬島がエイヒレに手を伸ばしながら言う。
「そう願いたい」
品書きと書かれたメニューには写真がない。並ぶ単語は知らないものが多い。
三輪が大人たちのテーブルをチラリと見れば東は刺身の盛られた皿をビール片手につついていた。嬉しそうだ。確かに、隊長ではない東は不思議な感じがした。
「秀次は刺身か」
二宮がつらつらと品書きを見ながら勧める。二宮も初めてだからよくわかっていない。
「盛り合わせがあるぞ」
「ちょっとずつ色んなのが食べたいわ」
加古がウキウキしている。
「レイジさんおすすめの揚げ出し豆腐は頼むでしょ。風間さんのおすすめは?」
「コロッケと卵焼きだな」
間髪入れずに答える。迷いがない。
「じゃあ、それー」
「また家で作れるようなものを…」
木崎がぶつくさ言うが、三輪は蕎麦を茹でるくらいしかできない。
「二宮は?」
風間が水を向けるが、彼は熟考に入っている。
「先に頼んじゃいましょ。店員さぁん」
「加古、お前なあ」
「大丈夫だ、二宮。何度でも頼めるから」
「風間さんがそう言うなら」
注文を手早く木崎がまとめる。
「三輪は決めたのか」
「じゃあ、刺身盛り合わせ(小)で」
「あと、ホッケ」
「加古、語感で決めただろう」
「干物だな。北の魚だ」
明日、視察団が来るというのに、大人組はまだまだ飲んでいる。タバコの匂いがする。
焼肉屋ともファミリーレストランともバーガー屋とも違う雰囲気にふわふわする。
「秀次」
三輪は、二宮に揺り起こされた。ひと通り食べたあと、いつの間にか眠っていたらしい。
「中学生には遅い時間だな」
木崎が気の毒そうに言う。
「大丈夫です。すみません」
彼らも高校生なのだ。
「ほら」
おにぎりが渡された。大きい。海苔がパリッとしている。
「結局、二宮くんが選んだのがこれよ」
おにぎりを優雅に食べるという器用なことをしながら、加古が教えてくれる。
「悪いか」
「いい選択よ」
「うまいな」
風間はまだ食べている。木崎はカチャカチャと皿を重ねて、テーブルを綺麗にしている。 三輪は散々食べたあとだが、おにぎりを持って、「いただきます」と言った。おにぎりは何も入っていなくて塩がきいている。
「おいしいです」
「そうか」
「東さん、あれ酔っ払ってるわ」
三人が揃って東のほうを向くと、その様子がおかしかったのか、木崎と風間が笑った。
「明日はお前らが頑張れ」
その日はみんなボーダー本部に泊まった。
終わり
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つまさきになみのおと
そういえば、自分から電話することだって滅多になかったのだった。 ディスプレイに浮かぶ名前を、そっとなぞるように見つめる。漢字三文字、向かって右手側の画数が多いそれは、普段呼んでいるものよりもなんとなく遠くに感じる。同じ、たったひとりの人を指す名前なのに。こんな場面でやけに緊張しているのは、そのせいなのだろうか。うんと昔は、もっとこれに近い名前で呼んでいたくせに。本人の前でも、居ないところでだって、なんだか誇らしいような、ただ憧れのまなざしで。 訳もなく一度ベンチを立ち上がって、ゆるゆると力なく座り込んだ。ただ電話をかけるだけなのに、なんだってこんなに落ち着かないんだろう。らしくないと叱咤する自分と、考え過ぎてナーバスになっている自分が、交互に胸の中を行き来する。何度も真っ暗になる画面に触れなおして、またひとつ詰めていた息を吐き出した。 寮の廊下はしんと静まり返っていた。巡回する寮監が消していく共同部分の照明、それ以外は規定の中だけで生きているはずの消灯時間をとうに過ぎている。水泳部員の集まるこのフロアに関して言えば、週末の夜にはもう少し笑い声も聞こえてくるはずだ。けれど、今日は夜更かしする元気もなく、すっかり寝息を立ててしまっているらしい。 午前中から半日以上かけて行われた、岩鳶高校水泳部との合同練習。夏の大きな大会が終わってからというもの緩みがちな意識を締める意味でも、そして次の世代に向けての引き継ぎの意味でも、今日の内容は濃密で、いつも以上に気合いが入っていた。 「凛先輩、今日は一段と鬼っスよぉ」 残り数本となった練習メニューのさなか、プールサイドに響き渡るくらい大きな声で、後輩の百太郎は泣き言を口にしていた。「おーい、気張れよ」「モモちゃん、ファイト!」鮫柄、岩鳶両部員から口々にそんな言葉がかけられる。けれどそんな中、同じく後輩の愛一郎が「あと一本」と飛び込む姿を見て、思うところがあったらしい。こちらが声を掛ける前に、外しかけたスイミングキャップをふたたび深く被りなおしていた。 春に部長になってからというもの、試行錯誤を繰り返しながら無我夢中で率いていたこの水泳部も、気が付けばこうやってしっかりと揺るぎのない形を成している。最近は、離れたところから眺めることも増えてきた。それは頼もしい半面、少しだけ寂しさのような気持ちを抱かせた。 たとえば、一人歩きを始めた子供を見つめるときって、こんな気持ちなのだろうか。いや、代々続くものを受け継いだだけで、一から作り上げたわけではないから、子供というのも少し違うか。けれど、決して遠くない感情ではある気がする。そんなことを考えながら、プールサイドからレーンの方に視線を移した。 四人、三人と並んでフリースタイルで泳ぐその中で、ひときわ飛沫の少ない泳ぎをしている。二人に並んで、そうして先頭に立った。ぐんぐんと前に進んでいく。ひとかきが滑らかで、やはり速い。そして綺麗だった。そのままぼんやりと目で追い続けそうになって、慌ててかぶりを振る。 「よし、終わった奴から、各自休憩を取れ。十分後目安に次のメニュー始めるぞ」 プールサイドに振り返って声を張ると、了解の意の野太い声が大きく響いた。
暗闇の中、小さく光を纏いながら目の前に佇む自動販売機が、ブウンと唸るように音を立てた。同じくらいの価格が等間隔に並んで表示されている。価格帯はおそらく公共の施設に置いてあるそれよりも少しだけ安い。その中に『売り切れ』の赤い文字がひとつ、ポツンと浮き上がるように光っている。 ふたたび、小さく吐き出すように息をついた。こんな物陰にいて、飲み物を買いに来た誰かに見られたら、きっと驚かせてしまうだろう。灯りを点けず、飲み物を選んでいるわけでも、ましてや飲んでいるわけでもない。手にしているのはダイヤル画面を表示したままの携帯電話で、ただベンチでひとり、座り込んでいるだけなのだから。 あと一歩のきっかけをどうしても掴めない。けれど同時に、画面の端に表示された時刻がそんな気持ちを追い立て���焦らせていた。もう少しで日をまたいで越えてしまう。意味もなくあまり夜更かしをしないはずの相手だから、後になればなるほどハードルが高くなってしまうのだ。 今日は遅いし、日をあらためるか。いつになく弱気な考えが頭をもたげてきたとき、不意に今日の後ろ姿が脳裏に浮かんだ。途端に息苦しさのような、胸の痛みがよみがえる。やはり、このままでいたくなかった。あのままで今日を終えてしまいたくない。 焦りと重ねて、とん、と軽く押された勢いのまま、操作ボタンを動かした。ずっと踏み出せなかったのに、そこは淡々と発信画面に切り替わり、やがて無機質な呼び出し音が小さく聞こえ始めた。 耳に当てて、あまり音を立てないように深く呼吸をしながら、じっと待つ。呼び出し音が流れ続ける。長い。手元に置いていないのだろうか。固定電話もあるくせに、何のための携帯電話なのか。そんなの、今に始まったことじゃないけれど。それに留守電設定にもしていない。そもそも設定の仕方、知ってんのかな。…やけに長い。風呂か、もしくはもう寝てしまっているとか。 よく考えたら、このまま不在着信が残ってしまうほうが、なんだか気まずいな。そんな考えが浮かんできたとき、ふっと不安ごと取り上げられたみたいに呼び出し音が途切れた。 「もしもし…凛?」 繋がった。たぶん、少しだけ心拍数が上がった。ぴんと反射的に背筋が伸びる。鼓膜に届いた遙の声色は小さいけれど、不機嫌じゃない。いつもの、凪いだ水面みたいな。 そんなことを考えて思わず詰まらせた第一声を、慌てて喉から押し出した。 「よ、よぉ、ハル。遅くにわりぃな。あー、別に急ぎじゃないんだけどさ、その…今なにしてた? もう寝てたか?」 隙間なく沈黙を埋めるように、つい矢継ぎ早に並べ立ててしまった。違う、こんな風に訊くつもりじゃなかったのに。いつも通りにつとめて、早く出ろよ、とか、悪態の一つでもついてやろうと思ってたのに。これではわざとらしいことこの上なかった。 「いや…風呂に入ってきたところだ。まだ寝ない」 ぐるぐると頭の中を渦巻くそんな思いなんて知らずに、遙はいつもの調子でのんびりと答えた。ひとまず色々と問われることはなくて、良かった。ほっと胸を撫で下ろす。 「そ。それなら、良かった」 電話の向こう側に遙の家の音が聞こえる。耳を澄ませると、何かの扉を閉じる音、続けて、小さくガラスのような音が鳴った。それから、水の音、飲み下す音。 …あ、そっか、風呂上がりっつってたな。向こう側の景色が目の前に浮かぶようだった。台所の、頭上から降る白い光。まだ濡れたまま、少しのあいだ眠っているだけの料理道具たち。水滴の残るシンクは古くて所々鈍い色をしているけれど、よく手入れがされて光っている。水回りは実家よりも祖母の家に似ていて、どこか懐かしい。ハルの家、ここのところしばらく行ってないな。あの風呂も、いいな。静かで落ち着くんだよなぁ。 「それで、どうしたんだ」 ぼんやり、ぽやぽやと考えているうちに、水かお茶か、何かを飲んで一息ついた遙がおもむろに投げかけてきた。ハッと弾かれるように顔を上げ、慌てて言葉を紡ぎ出す。 「あー、いや…今日さ、そっち行けなかっただろ。悪かったな」 「…ああ、そのことか」 なるほど、合点がいったというふうに遙が小さく声を零した。 そっち、というのは遙の家のことだ。今日の合同練習の後、岩鳶の面々に「これから集まるから一緒に行かないか」と誘われていたのだった。 「明日は日曜日なんだしさ、久しぶりに、リンちゃんも行こうよ」 ねぇ、いいでしょ。練習終わりのロッカールームで渚がそう言った。濡れた髪のままで、くりくりとした大きな目を真っすぐこちらに向けて。熱心に誘ってきたのは主に彼だったけれど、怜も真琴も、他人の家である以上あまり強くは勧めてこなかったけれど、渚と同じように返事を期待しているみたいだった。当の家主はというと、どうなんだと視線を送っても、きょとんとした顔をして目を瞬かせているだけだったけれど。きっと、別に来てもいいってことなのだろう。明確に断る理由はなかったはずだった。 けれど、内心迷っていた。夏の大きな大会が終わってやっと一息ついて、岩鳶のメンバーとも久しぶりに水入らずでゆっくり過ごしたかった。それに何より、他校で寮暮らしをしている身で、遙の家に行ける機会なんてそう多くはない。その上、一番ハードルの高い『訪問する理由』というものが、今回はあらかじめ用意されているのだ。行っても良かったのだ。けれど。 「わりぃ、渚。今日は行かれねぇ」 結局、それらしい適当な理由を並べて断わってしまったのだった。ミーティングがあるからとか、休みのうちに片付けなきゃならないことがあるとか、今思えば至極どうでもいいことを理由にしていた気がする。 始めのうちは、ええーっと大きく不満の声を上げ、頬を膨らませてごねていた渚も、真琴に宥められて、しぶしぶ飲み込んだみたいだった。 「また次にな」 まるで幼い子供に言い聞かせるようにやわらかい口調につとめてそう言うと、うん、分かったと渚は小さく頷いた。そうして、きゅっと唇を噛みしめた。 「でもでも、今度こそ、絶対、ぜーったいだからね!」 渚は声のトーンを上げてそう口にした。表向きはいつものように明るくつとめていたけれど、物分かりの良いふりをしているのはすぐに知れた。ふと垣間見えた表情はうっすらと陰り曇って、最後まで完全に晴れることはなかった。なんだかひどく悪いことをしてしまったみたいで、胸の内側が痛んだ。 ハルは、どうなんだ。ちらりとふたたび視線をやる。けれど、もうすっかり興味をなくしたのか、遙はロッカーから引き出したエナメルバッグを肩に引っ掛け、ふいっと背を向けた。 「あ、ハル」隣にいた真琴が呼びかけたけれど、遙は振り返らずに、そのまま出入り口へ歩いていってしまった。こんなとき、自分にはとっさに呼び止める言葉が出てこなくて、ただ見送ることしかできない。強く引っ掛かれたみたいに、いっそう胸がちくちくした。 「なんか、ごめんね」 帰り際、真琴はそう言って困ったように微笑んだ。何が、とは言わないけれど、渚の誘いと、多分、先ほどの遙のことも指しているのだろう。 「いーって。真琴が謝ることじゃねぇだろ」 軽い調子で答えると、真琴は肩をすくめて曖昧に笑った。 「うん、まぁ、そうなんだけどさ」 そう言って向けた視線の先には、帰り支度を終えて集まる渚、怜、江、そして遙の姿があった。ゆるく小さな輪になって、渚を中心に談笑している。この方向からでは遙の顔は見えない。顔の見える皆は楽しそうに、ときどき声を立てて笑っていた。 「言わなきゃ、分からないのにね」 目を細めて、独り言のように真琴は口にした。何か返そうと言葉を探したけれど、何も言えずにそのまま口をつぐんだ。 その後、合同練習としては一旦解散して、鮫柄水泳部のみでミーティングを行うために改めて集合をかけた。ぞろぞろと整列する部員たちの向こうで、校門の方向へ向かう岩鳶水泳部員の後ろ姿がちらちらと見え隠れした。小さな溜め息と共に足元に視線を落とし、ぐっと気を入れ直して顔を上げた。遙とは今日はそれっきりだった。 「行かなくて良かったのか?」 食堂で夕食を終えて部屋に戻る道中、宗介がおもむろに口を開いてそう言った。近くで、ロッカールームでの事の一部始終を見ていたらしかった。何が、とわざわざ訊くのも癪だったので、じっとねめつけるように顔を見上げた。 「んだよ、今さら」 「別に断る理由なんてなかったんじゃねぇか」 ぐっと喉が詰まる。まるで全部見透かしたみたいに。その表情は心なしか、成り行きを楽しんでいるようにも見えた。 「…うっせぇよ」 小さく舌打ちをして、その脚を軽く蹴とばしてやる。宗介は一歩前によろけて、いてぇなと声を上げた。けれどすぐに、くつくつと喉を鳴らして愉快そうに笑っていた。 「顔にでっかく書いてあんだよ」 ここぞとばかりに、面白がりやがって。
それから風呂に入っても、言い訳に使った課題に手を付けていても、ずっと何かがつかえたままだった。宗介にはああいう態度をとったものの、やはり気にかかって仕方がない。ちょっとどころではない、悪いことをしてしまったみたいだった。 だからなのか、電話をしようと思った。他でもなく、遙に。今日の後ろ姿から、記憶を上塗りしたかった。そうしなければ、ずっと胸が苦しいままだった。とにかくすぐに、その声が聞きたいと思った。 寮全体が寝静まった頃を見計らって、携帯電話片手にひと気のない場所を探した。いざ発信する段階になってから、きっかけが掴めなくて踏ん切りがつかずに、やけに悩んで時間がかかってしまったけれど。 それでも、やっとこうして、無事に遙と通話するに至ったのだった。 「…らしくないな、凛が自分からそんなこと言い出すなんて」 こちらの言葉を受けて、たっぷりと間を置いてから遙は言った。そんなの自分でも分かっているつもりだったけれど、改まってそう言われてしまうと、なんとなく恥ずかしい。じわじわと広がって、両頬が熱くなる。 「んだよ、いいだろ別に。そういうときもあんだよ」 「まぁ、いいけど」 遙は浅く笑ったみたいだった。きっと少しだけ肩を揺らして。風がそよぐような、さらさらとした声だった。 「でも、渚がすごく残念がってた」 「ん…それは、悪かったよ」 あのときの渚の表情を思い浮かべて、ぐっと胸が詰まる思いがした。自分のした返事一つであんなに気落ちさせてしまったことはやはり気がかりで、後悔していた。いっつもつれない���なんて、妹の江にも言われ続けていたことだったけれど。たまにはわがままを聞いてやるべきだったのかもしれない。近いうちにかならず埋め合わせをしようと心に決めている。 「次に会うときにちゃんと言ってやれ」 「そうする」 答えたのち、ふっとあることに気が付いた。 「そういえば、渚たちは?」 渚の口ぶりから、てっきり今晩は遙の家でお泊り会にでもなっているのだと思っていた。ところが電話の向こう側からは話し声どころか、遙以外のひとの気配さえないようだった。 「ああ。晩飯前には帰っていった」 「…そっか」 つい、沈んだ声色になってしまった。何でもないみたいにさらりと遙は答えたけれど、早々にお開きになったのは、やはり自分が行かなかったせいだろうか。過ぎたことをあまり考えてもどうにもならないけれど、それでも引っ掛かってしまう。 しばらく沈黙を置いて、それからおもむろに、先に口を開いたのは遙の方だった。 「言っておくが、そもそも人数分泊める用意なんてしてなかったからな」 渚のお願いは、いつも突然だよな。遙は少し困ったように笑ってそう言った。ぱちりぱちりと目を瞬かせながら、ゆっくりと状況を飲み込んだ。なんだか、こんな遙は珍しかった。やわらかくて、なにか膜のようなものがなくて、まるで触れられそうなくらいに近くて、すぐ傍にいる。 そうだな、とつられて笑みをこぼしたけれど、同時に胸の内側があまく締め付けられていた。気を抜けば、そのまま惚けてしまいそうだった。 そうして、ぽつんとふたたび沈黙が落ちた。はっとして、取り出せる言葉を慌てて探した。だんだんと降り積もるのが分かるのに、こういうとき、何から話せばいいのか分からない。そんなことをしていたら先に問われるか離れてしまうか。そう思っていたのに、遙は何も訊かずに、黙ってそこにいてくれた。 「えっと」 ようやく声が出た。小石につまづいてよろけたように、それは不格好だったけれど。 「あ、あのさ、ハル」 「ん?」 それは、やっと、でもなく、突然のこと、でもなく。遙は電話越しにそっと拾ってくれた。ただそれだけのことなのに、胸がいっぱいになる。ぐっとせり上がって、その表面が波打った。目元がじわりと熱くなるのが分かった。 「どうした、凛」 言葉に詰まっていると、そっと覗き込むように問われた。その声はひどく穏やかでやわらかい。だめだ。遙がときどき見せてくれるこの一面に、もう気付いてしまったのだった。それを心地よく感じていることも。そうして、知る前には戻れなくなってしまった。もう、どうしようもないのだった。 「…いや、わりぃ。やっぱなんでもねぇ」 切り出したものの、後には続かなかった。ゆるく首を振って、ごまかすようにつま先を揺らして、わざと軽い調子で、何でもないみたいにそう言った。 遙は「そうか」とひとつ返事をして、深く問い詰めることはしなかった。 そうしていくつか言葉を交わした後に、「じゃあまたな」と締めくくって、通話を切った。 ひとりになった瞬間、項垂れるようにして、肺の中に溜め込んでいた息を長く長く吐き出した。そうしてゆっくりと深呼吸をして、新しい空気を取り入れた。ずっと潜水していた深い場所から上がってきたみたいだった。 唇を閉じると、しんと静寂が辺りを包んでいた。ただ目の前にある自動販売機は、変わらず小さく唸り続けている。手の中にある携帯電話を見やると、自動で待ち受け状態に戻っていた。まるで何ごともなかったみたいに、日付はまだ今日のままだった。夢ではない証しのように充電だけが僅かに減っていた。 明るさがワントーン落ちて、やがて画面は真っ暗になった。そっと親指の腹で撫でながら、今のはきっと、「おやすみ」と言えば良かったんだと気が付いた。
なんだか全身が火照っているような気がして、屋外で涼んでから部屋に戻ることにした。同室の宗介は、少なくとも部屋を出てくるときには既に床に就いていたけれど、この空気を纏って戻るのは気が引けた。 寮の玄関口の扉は既に施錠されていた。こっそりと内側から錠を開けて、外に抜け出る。施錠後の玄関の出入りは、事前申請がない限り基本的には禁止されている。防犯の観点からも推奨はできない。ただ手口だけは簡単なので、施錠後もこっそり出入りする寮生が少なくないのが実情だった。 そういえば、前にこれをやって呼び出しを受けた寮生がいたと聞いた。そいつはそのまま校門から学校自体を抜け出して、挙げ句無断外泊して大目玉を食らったらしいけれど、さすがに夜風にあたる目的で表の中庭を歩くくらいなら、たとえばれたとしてもそこまでお咎めを受けることはないだろう。何なら、プールに忘れものをしたから取りに行ったとでも言えばいい。 そうして誰もいない寮の中庭を、ゆっくりと歩いた。まるで夜の中に浸かったみたいなその場所を、あてもなくただ浮かんで揺蕩うように。オレンジがかった外灯の光が点々とあちこちに広がって、影に濃淡をつくっている。空を仰ぐと、雲がかかって鈍い色をしていた。そういえば、未明から雨が降ると予報で伝えていたのを思い出した。 弱い風の吹く夜だった。時折近くの木の葉がかすかに揺れて、さわさわと音を立てた。気が付けば、ほんの半月ほど前まで残っていたはずの夏の匂いは、もうすっかりしなくなっていた。 寝巻代わりの半袖に綿のパーカーを羽織っていたので、さして寒さは感じない。けれど、ここから肌寒くなるのはあっという間だ。衣替えもして、そろそろ着るものも考えなければならない。 夏が過ぎ去って、あの熱い時間からもしばらく経って、秋を歩く今、夜はこれから一足先に冬へ向かおうとしている。まどろんでいるうちに瞼が落ちているように、きっとすぐに冬はやってくる。じきに雪が降る。そうして年を越して、降る雪が積もり始めて、何度か溶けて積もってを繰り返して、その頃にはもう目前に控えているのだ。この場所を出て、この地を離れて、はるか遠くへ行くということ。 たったひとつを除いては、別れは自分から選んできた。昔からずっとそうだった。走り出したら振り返らなかった。自分が抱く信念や想いのために、自分で何もかも決めたことなのに、後ろ髪を引かれているわけではないのに、最近はときどきこうやって考える。 誰かと離れがたいなんて、考えなかった。考えてこなかった。今だってそうかと言えばそうじゃない。半年も前のことだったらともかく、今やそれぞれ進むべき道が定まりつつある。信じて、ひたむきに、ただ前へ進めばいいだけだ。 けれど、なぜだろう。 ときどき無性に、理由もなく、どうしようもなく、遙に会いたくなる。
ふと、ポケットに入れていた携帯電話が震え出したのに気が付いた。メールにしては長い。どうやら電話着信のようだった。一旦足を止め、手早く取り出して確認する。 ディスプレイには、登録済みの名前が浮かんでいる。その発信者名を目にするなり、どきりと心臓が跳ねた。 「も、もしもし、ハル?」 逡巡する間もなく、気が付けば反射的に受話ボタンを押していた。慌てて出てしまったのは、きっと遙にも知れた。 「凛」 けれど、今はそれでも良かった。その声で名を呼ばれると、また隅々にまで血が巡っていって、じんわりと体温が上がる。 「悪い、起こしたか」 「や、まだ寝てなかったから…」 そわそわと、目にかかった前髪を指でよける。立ち止まったままの足先が落ち着かず、ゆるい振り子のように小さくかかとを揺らす。スニーカーの底で砂と地面が擦れて、ざりりっと音を立てた。 「…外に出てるのか? 風の音がする」 「あー、うん、ちょっとな。散歩してた」 まさか、お前と話して、どきどきして顔が火照ったから涼んでるんだ、なんて口が裂けても言えない。胸の下で相変わらず心臓は速く打っているけれど、ここは先に会話の主導権を握ってしまう方がいい。背筋を伸ばして、口角をゆるく上げた。 「それより、もう日も跨いじまったぜ。なんだよ、あらたまって。もしかして、うちのプールに忘れもんしたか?」 調子が戻ってきた。ようやく笑って、冗談交じりの軽口も叩けるようになってきた。 「プールには、忘れてない」 「んだよ、ホントに忘れたのかよ」 「そういうことじゃない」 「…なんかよく分かんねぇけど」 「ん…そうだな。だけど、その」 遙にしては珍しい、はっきりとしない物言いに首を傾げる。言葉をひとつずつひっくり返して確かめるようにして、遙は言いよどみながら、ぽつぽつと告げてきた。 「…いや、さっき凛が…何か、言いかけてただろ。やっぱり、気になって。それで」 そう続けた遙の声は小さく、言葉は尻切れだった。恥ずかしそうに、すいと視線を逸らしたのが電話越しにも分かった。 どこかが震えたような気がした。身体の内側のどこか、触れられないところ。 「…はは。それで、なんだよ。それが忘れもの? おれのことが気になって仕方なくって、それでわざわざ電話してきたのかよ」 精一杯虚勢を張って、そうやってわざと冗談めかした。そうしなければ、覆い隠していたその存在を表に出してしまいそうだった。喉を鳴らして笑っているつもりなのに、唇が小さく震えそうだった。 遙はこちらの問いかけには返事をせずに、けれど無言で、そうだ、と肯定した。 「凛の考えてることが知りたい」 だから。そっとひとつ前置きをして、遙は言った。 「聞かせてほしい」 凛。それは静かに押し寄せる波みたいだった。胸に迫って、どうしようもなかった。 顔が、熱い。燃えるように熱い。視界の半分が滲んだ。泣きたいわけじゃないのに、じわりと表面が波打った。 きっと。きっと知らなかった頃には、こんなことにも、ただ冗談めかして、ごまかすだけで終わらせていた。 ハル。きゅっと強く、目を瞑った。胸が苦しい。汗ばんだ手のひらを心臓の上にそっとのせて、ゆるく掴むように握った。 今はもう知っているから。こんなに苦しいのも、こんなに嬉しいのも、理由はたったひとつだった。ひたひたといっぱいに満たされた胸の内で、何度も唱えていた。 「…凛? 聞いてるのか」 遙の声がする。黙ったままだから、きっとほんの少し眉を寄せて、怪訝そうな顔をしている。 「ん、聞いてる」 聞いてるよ。心の中で唱え続け���。 だって声、聞きたいしさ、知りたい。知りてぇもん。おれだって、ハルのこと。 「ちゃんと言うから」 開いた唇からこぼれた声はふわふわとして、なんだか自分のものではないうわ言みたいで、おかしかった。 できるだけいつも通りに、まるで重しを付けて喋るように努めた。こんなの、格好悪くて仕方がない。手の甲を頬に当ててみた。そこはじんわりと熱をもっている。きっと鏡で見たら、ほんのりと紅く色づいているのだろう。はぁ、とかすかに吐き出した息は熱くこもっていた。 「あのさ、ハル」 差し出す瞬間は、いつだってどきどきする。心臓がつぶれてしまいそうなくらい。こんなに毎日鍛えているのに、こういうとき、どうにもならないんだな。夜の中の電話越しで、良かった。面と向かえば、次の朝になれば、きっと言えなかった。 「こ、今度、行っていいか、ハルの家」 上擦った調子で、小さく勢いづいてそう言った。ひとりで、とはついに言えなかったけれど。 「行きたい」 触れた手のひらの下で、どくどく、と心臓が弾むように鳴っているのが分かる。 無言のまま、少し間が開いた。少しなのに、果てしなく長く感じられる。やがて遙は、ほころんだみたいに淡く笑みを零した。そうして静かに言葉を紡いだ。 「…うん、いつでも来い」 顔は見えないけれど、それはひらかれた声だった。すべてゆるんで、溢れ出しそうだった。頑張って、堪えたけれど。 待ってる。最後に、かすかに音として聞こえた気がしたけれど、本当に遙がそう言ったのかは分からなかった。ほとんど息ばかりのそれは風の音だったのかもしれないし、あるいは別の言葉を、自分がそう聞きたかっただけなのかもしれない。あえて訊き返さずに、この夜の中に漂わせておくことにした。 「それまでに、ちゃんと布団も干しておく」 続けてそう告げる遙の声に、今度は迷いも揺らぎも見えなかった。ただ真っすぐ伝えてくるものだから、おかしくてつい吹き出してしまった。 「…ふっ、はは、泊まる前提なのかよ」 「違うのか」 「違わねぇけどさ」 「なら、いい」 「うん」 くるくると喉を鳴らして笑った。肩を揺らしていると、耳元で、遙の控えめな笑い声も聞こえてきた。 いま、その顔が見たいな。目を細めると、睫毛越しに外灯のオレンジ色の光が煌めいて、辺りがきらきらと輝いて見えた。 それから他愛のない会話をひとつふたつと交わして、あらためて、そろそろ、とどちらともなく話を折りたたんだ。本当は名残惜しいような気持ちも抱いていることを、今夜くらいは素直に認めようと思った。口にはしないし、そんなのきっと、自分ばっかりなのだろうけど。 「遅くまでわりぃな。また連絡する」 「ああ」 そうして、さっき言えなかったことを胸の内で丁寧になぞって、そっと唇に乗せた。 「じゃあ、おやすみ」 「おやすみ」
地に足がつかないとは、こういうことなのかもしれない。中庭から、玄関口、廊下を通ってきたのに、ほとんどその意識がなかった。幸い、誰かに見つかることはなかったけれど。 終始ふわふわとした心地で、けれど音を立てないように、部屋のドアをいつもより小さく開けて身体を滑り込ませた。カーテンを閉め切った部屋の中は暗く、しんと静まっていた。宗介は見かけに反して、意外と静かに眠るのだ。あるいは、ただ寝たふりなのかもしれないけれど。息をひそめて、自分のベッドに潜り込んだ。何か言われるだろうかと思ったけれど、とうとう声は降ってこなかった。 横向きに寝転んで目を閉じるけれど、意識がなかなか寝に入らない。夜は普段言えない気持ちがするすると顔を出してきて、気が付けば口にしているんだって。あの夏にもあったことなのに。 重なったつま先を擦りつけあう。深く呼吸を繰り返す。首筋にそっと触れると、上がった体温でうっすら汗ばんでいた。 なんか、熱出たときみてぇ。こんなの自分の身体じゃないみたいだった。心臓だって、まだトクトクと高鳴ったまま静まらない。 ふっと、あのときの声が聞こえた気がした。訊き返さなかったけれど、そう思っていていいのかな。分からない。リンは奥手だから、といつだかホストファミリーにも笑われた気がする。だって、むずかしい。その正体はまだよく分からなかった。 枕に顔を埋めて、頭の先まで掛け布団を被った。目をぎゅっと瞑っても、その声が波のように、何度も何度も耳元で寄せては引いた。胸の内側がまだいっぱいに満たされていた。むずむず、そわそわ。それから、どきどき。 ああ、でも、わくわくする。たとえるなら、何だろう。そう、まるで穏やかな春の、波打ち際に立っているみたいに。
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(2018/03/18)
両片想いアンソロジーに寄稿させていただいた作品です。
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Aさんへ 22
Aさんへ
Aさんこんにちは
先日のパワームーン……スーパームーンでしたでしょうか?
ご覧になられましたか?
美しかったです
ムーンの周りをぐるりと雲が囲い、その雲がわたしにはドラゴンにしか見えず……オレンジみのムーンに、ドラゴン
心中で「この世はでっかい宝島……シェンロン……」と呟いたのは言わずもがなです
Aさんにもスーパームーンのパワーがどうか届きますように
Sより
*********
『正常性バイアス vol.ティラミス』
多分、男はガトーショコラ。いや、さてはあのフォルムはフォンダンショコラか。底辺に血の色に近いソースが見える気がする。リョウは目を細める。夜は乱視の乱れが強くなる。ともあれ女はかき氷。
ラーメン丼と見紛うほどの、しかし、ラーメン丼とするには底の浅い、小ぶりな乳房のようにゆるやかな曲線の大きな純白の陶器に盛られたかき氷は緑色であるから恐らくは抹茶であろうと見当をつける。
それがもし、万が一、ピスタチオかもしくはずんだであるならば自分もタカシも潔くイチゴにするであろう。
リョウは、隣のテーブルの男女のそれらを数秒ながめたあとラミネートされたメニューの
『復活!台湾風かき氷♪フワッフワ!♪夏だけの期間限定!こだわりのフレーバーは全8種類♪』
をひととおりをその細部までをながめながらコーヒーカップに手を添える。イチゴもい��が、
『今夏から♪新登場~♪』
らしいティラミスが捨てがたい。かき氷でティラミスを味覚表現する攻めの姿勢に俄然興味が湧く。
ふつふつ湧いた興味のあと、呼び水的必然さでソノコのティラミスを思い出す。容赦なくティラミスのフォルムが、白い楕円の皿が、華奢なデザートフォークが、味覚の記憶が鮮明によみがえる。
(あいつはうまかった。)
3人の夜。ソノコがつくった
「はじめてつくったの。試作にして集大成。大成功。」
春がふんだんに盛り込まれた炊き込みご飯をおかわりし満腹をかかえてソファーに転がると、
「これは常連。常連史上最高の出来よ。」
とティラミスがのった皿を、芸術品を扱う所作で丁寧にテーブルに置いた。
ロングタイムアゴー。かなり、もう何年も何十年も前のことに思えるほどとても昔の、また、タカシが生きていたころの3人のグッドメモリー。タカシの人生に必要不可欠かつ必然的な最後のピースとしてソノコがパチンと加わった日々の最中、いつかの夜。
そのピースは、リョウが自分のなかにある唯一の空白を埋めるべくピースであることに気づきはじめてしまった最中、いつかの夜。
彼女史上最高のティラミスを満腹直後に早食いファイターの勢いで完食し、締めに、皿の隅によけておいた彩りのミントを噛み砕いた。想像通りの青臭い清涼感が口内を充満した。ティラミスの余韻はあっけなく消えた。とっぷり浸っていた余韻の消滅があまりに淋しく、口直しの口直しをすべくティラミスのおかわりを依頼した。無論、ミント不要の旨をソノコにきっちり伝えた。
丁寧に抽出されたのであろう香り高いコーヒーのフレーバー。生クリームとマスカルポーネ。には
「秘密の配合」
でサワークリームを混ぜていること。アルコールを一切摂らないリョウが
「酔っぱらわない程度」
ほんの気持ち程度のリキュールが含まれており、その正体はコアントローで
「オレンジとコーヒーのタッグは最強であることを数年前に発見した」
と、誰からも聞かれていない秘密を自ら暴露していた。全粒粉にめがないという彼女がつくるティラミスはボトムがスポンジではなく、全粒粉ビスケットだった。
ソノコが作るデザート類の共通項であるごく控えめな甘さ。食べる度に丼で食べたいと思った。ソノコの料理の最大の特徴は「食べはじめると改めて食欲が増す。」で「食べれば食べるほど、もっともっとと食欲を刺激する。」であり、食べ終わる頃には「またこれ食べたいからまたつくって。」の腹になるのだった。つまり、ソノコの手料理はひとを元気にした。
かき氷のメニューを見つめながらコーヒーカップを唇に当て喉を潤すだけのためにひとくち飲み込む。ぬるい。そしてただぬるいだけではない。くそまずい。
コーヒーの真価はひとくちめではなく残りわずかになった終末に問われるのだとつくづく思う。
*
ナッツ類はギリギリ、豆類は完全アウトとし、唯一、枝豆の塩ゆでをビールのあてにする(噛むとガリガリ音をたてるほどの塩味つよめ。しかも茹でたてではなく一度きちんと冷やしたもの。)のだけは好んでいたタカシが豆由来のずんだ団子を、
「江戸時代の民衆はなぜ茹でてわざわざ潰してこれをわざ、わざ甘味に。」
と、鮮やかな緑と白の連結を忌々しげに見下ろしていた風景を思い出す。
定番のあんこやごま、みたらしの他に、色とりどりのトリッキーとしか言いようのないカラフルな団子を山ほど買い込んできたソノコがダイニングテーブルいっぱいに
「今日はおだんごランチよ。」
と団子を並べ、飲むように頬張り、嬉々としてモグモグする彼女の横でずんだの発祥を調べはじめ
「ごはんのときに携帯やめて。」
と注意されていた兄を思い出す。
大人しく携帯電話をテーブルに置き苦笑する兄の表情までを思いだし、そして、それ以降の三人の風景を思い出すことはやめる。過去ではなく今現在の、ぬるくまずいコーヒーに意識を集中させ思い出を消す。現実に軸足をおく。ハートフルなグッドメモリーが現在の自分を支え、温め、前進する活力となるにはそれなりの時間を要する。もしくはグッドメモリーを上書きすべくベリーグッドメモリーをクリエイトする必要がある。当然、思い出すことをやめようとする抗いの力が働いているうちは自分を支えず温めず活力とはなり得ないし、そもそも自分の脳内か、もしくは心中ではひとつひとつのメモリーごとひとつひとつのフォルダに保管されている。それらはPDFして完結している。だから上書きのしようがないことをリョウはちゃんと認識している。すなわちお手上げ。上書きではなく新たなフォルダをクリエイトするしかない。
(クリエイトしたところで……)
吐き出したため息でぬるい琥珀の水面が揺れる。
(ケーキ。)
腕時計で時間を確認し、この時間なら選択の余地はなくコンビニで手にいれるしかないとおもう。
(だいぶ増えたな。)
いつも仕事帰りに寄るコンビニのデザート類が陳列する場所。
ショートケーキが真夏に売っているのだろうかと、シュークリームやあんみつなども思い浮かべてはみるもののやはり誕生日といえばショートケーキであろうと、純白と赤のコントラストのあと、再度腕時計を見下ろす。いたわりの気持ちで銀色の無数の傷を見つめる。
久々、改めてまじまじ観察してみると細かな傷がずいぶん増えたことに気づく。タカシから贈られたタカシとお揃いの、銀色の、文字盤が白の日付が時々狂う日本製の腕時計。今夜の日付は◯月◯日。正確な日付を確認する。世界で一番大切だったひとの誕生日。
大切なものを大切なものとしながら、そのくせ扱いが雑、気遣いは皆無であるとかつて「つった魚に餌をやらない。」と非難してきた女がいたが、そうではない。しかし、それは違うそうじゃないと反論したところで反論を理路整然と正論まがいの暴論に仕立てたところで納得してくれる女はこの広い世界のどこにもいないとおもう。いるはずがない。ここは荒野なのだから。荒野なのだから仕方がない。
(荒野。)
胸のなかだけで言葉にした荒野。の、ひび割れた枯渇の響き。なのにどうしても心には火が灯る。否応なしに温まる。たったひとつの些細なグッドメモリーによって。些細でありながら枯渇をいとも簡単に超越する。おき火となる。
「甘えてるのよねー。
すきなひとに自分をぜーんぶさらけ出して全身全霊、全力で甘えてる。
甘えることはリョウくんにとってきっと最上級の愛情表現なのよね。
さあ包容して許容してって。これが俺なんだからって全力で甘えん坊してる。
リョウくんみたいなひとを子供みたいなひとねって片づけてしまえば簡単だけど子供って賢くて打算的よ。愛されていることを知っている子供の甘えは確信犯的なただの確認作業に過ぎないから。
リョウくんの甘えは打算も計算もない。損得勘定もない。
純度100%の甘え。
そんな風に甘えられて受け入れることができたら女性はきっと女冥利に尽きるでしょうね。でも、
こんなおれをいらないならこっちから願い下げだー、くらいに強がって。ほんとはそーんなに強くないんでしょうしデリケートでナイーブなのにねー。
でもきっと、それらをぜんぶぜんぶひっくるめてリョウくんなのよ。」
***
ロングロングタイムアゴー。タカシに、
「リョウくんさ、いい加減にしなさいよ。わがまま過ぎやしないか。」
と、声音とは裏腹に笑みのない兄らしい表情で男を隠しながら、なにかしらの言動か行動を叱られたときだ。
深夜。化粧をおとしパジャマ姿でアイスクリームを食べながら寝しなにダイニングテーブルで新聞を読んでいたソノコの声。歌うような、滑らかな柔らかな声、言葉。
(そうだ。あのときだ。)
思い出す。口の内側を強く噛み笑いを堪える。
タカシの部屋でいつものように、ソノコがつくった夕食をたべソノコが当時気に入っていたイランイラン含有の入浴剤が大量に投入された乳白色の風呂につかり、危うく溺れそうになるほどの長風呂からあがり、放出した汗に比して唾でさえ一滴も残っていない喉のまま髪を乾かす余力もなく、仕方ないそろそろ帰るか。とごく軽くソファーに座った。ソノコが、
「はい、どうぞ。」
冷えたジャスミンティーを差し出した。
一息に飲み干した。底を天井に向けると氷が雪崩れた。
「いっきのみ。もう一杯のむ?」
無言で首をふり、結露したグラスをソノコに戻した。グラスを受け取り、ダイニングテーブルに戻ると新聞の続きを眠そうに読み始めた。
体験したことのない快適さが極まると、未知と遭遇した衝撃が高じて非日常に感じるのだと知った。
山奥の滝とか、神社や教会。湯気のたつ生まれたての赤ん坊との対面。だいすきな人の腕のなかでウトウトしてそのまま眠ること。入眠の直前「もうこのまま死ん��もひとつも後悔はない。」と思うこと。限りなく透明に近いもの、こと、ひと。
見るものの濁りや淀みを一掃する存在感を、風呂上がりのそばかすが丸見えの素顔を、つるつる光る額と目尻���くのほくろを、兄を、兄のうしろのキッチンカウンターに置かれた
『みみまでふ~んわりのしっとりやわらか生食パン』
8枚切りをみた。2袋。
*
風呂にはいる前リョウは眠気覚ましにジャスミンティーを飲むため冷蔵庫をあけた。
黄色と橙色の(橙色のほうをみて「トムとジェリー。」とつぶやいた。食器を洗っていたソノコは背中を向けたまま真摯な声で「それね。わかるわ。」と応答した。)チーズ、トマトときゅうり、(水槽のやつ。)と思いながら水草のような草が入ったプラスチックパックを手に取り確認するとディルとあった。レタス、サワークリーム。生クリーム、こしあんの瓶、未開封の粒マスタード、未開封のほうじ茶バター、ボールにはいった卵サラダとポテトサラダたちが明朝の出番を待ち鎮座していた。
*
食パンと、冷蔵庫にスタンバイする食材に気持ちを奪われたまま、新聞を読むソノコをソファーから見つめた。帰りたくないと地団駄をふむ代わりに、ソファーに転がるとリョウは長く息を吐く。
明日の朝はサンドイッチ。
とても久々で懐かしくもあるワクワク感にリョウは包まれた。そのワクワク度合いはたとえば、
遠足の前夜
夏休みが始まる日。ではなく夏休み初日の前夜。でもなく夏休み初日の前々夜。つまり「明日は終業式。給食ないから午前中でおわり。そして明後日から夏休みだ。」
とても久々に腹の底からなにかしらの力強い、とはいえ名前をしらないワクワク感が吐き気をもよおすほどにわきあった。衝動的なワクワクに覆われた。ワクワクにひとしきり包まれたあと本格的に急速に眠くなった。
眠くなったことを口実に、
「やっぱり泊まるからソファーをベッドにしてくれ。」
と、俺にもアイスをくれと、アイスじゃなくて愛でもいい。やっぱりジャスミンティーもう一杯と軽口を叩いた時だった。タカシが珍しく苛つきを隠しきれぬ表情で「リョウくんさ、」と口をひらいた。夕飯のとき、
「お泊まり久々。忙しかったものね。」
とソノコが嬉しそうに隣のタカシに笑ったことを、ソノコの嬉しさの何十倍かの嬉しさであろうタカシが、思慮が深そうでいてわかりやすい男の浅はかであろう意味で何百倍もの嬉しさを控えめに、
「うん。」
だけで表現し微笑み返したことを、久々のお泊まりに相応しい湿度の高い艶のある笑顔であったことをリョウは「やっぱり泊まる」と発した時にはすっかり忘れていた。
*
忘れたふりをしたことを思い出す。
再度口の内側を噛む。眉根をひそめる。カップの底が透けて見える残りわずかのぬるい琥珀色を一口すする。ぬるくてまずくてとても苦い。そして残少。まるで俺の人生そのもの。目の前の女は息継ぎもせず喋り続ける。きっとこの女はクロールが早いだろうと、リョウは呆れではなく尊敬を込め女の話に頷く。
頷きながら隣の男女がガトーショコラらしきものとかき氷を交換し、楽しそうに幸せそうに笑っている様をみる。あっちの女も息継ぎなしにクロールを早く泳ぎそうだと思う。溶け始めたかき氷を見る。羨ましいと妬む気持ちさえ枯れている。ぬるくてまずくて苦い。自分には最高にお似合いだと思う。
*
急遽、1グラムも空気を呼まず「やっぱり泊まるから」とわずか1トンほどのわがままを告げた弟への兄からの至極当然な指摘を「わがままじゃないし。」と口には出さず触れ腐れていたリョウは
「甘えてるのよねー。」
から始まったソノコの言葉を息を止めて聞いた。
言葉を発することはできず、ただ、寝そべった姿勢のまま顔だけを捻り、兄を素通りして、ダイニングテーブルで新聞を読むひとの横顔だけを見つめた。
柔らかく滑らか。清らか。
兄弟が作り出す尖った空気を和ませるためかそれともただの、まっさらな、ソノコの。
リョウは、ソノコを見つめながら日本酒の瓶を思い出した。2日ほど前、岩手へ旅行にいってきたという一回り以上年齢が上の先輩から「なかなか手に入らない希少品。」だと、恭しく渡された土産の日本酒の瓶。ほとんど透明に近い水色の瓶。ラベルの大吟醸の文字。
ソノコを見つめ声と言葉を聞き、なぜか思い出した。
タカシの最後のピースは、そのひとは、自分にしてみても最後のピースで、ただのなんてことのない事実としてそれは荒野に凛と咲くたった一輪だった。
***
年季のいった兄とお揃いの腕時計をそっと指で撫でる。傷をなで、ごめんなと胸のなかだけで呟き、しかし、誰に対しなんのための謝罪であるのか、ごめんと謝るわりに許されること願っているのか、決して許されるわけがないと諦めているのか自分の真意は一瞬で蒸発する。
「ねえ。大丈夫?聞いてる?ていうか笑ってるよね。大丈夫?お疲れです?」
向かいに座る女の尖りを含有する声にハッとし、
「ごめん。」
慌てて指を腕時計からコーヒーカップに移す。空っぽ。ため息を辛うじて飲み込む。疲れる。とても疲れる、疲れた。どうやら自分は生きることの全てに疲れているのではないかとおもう。しかしまさか「大丈夫?」と問う女に「大丈夫だけれど疲れた。」と答えるわけにもいかずリョウは、
「大丈夫。」
とだけ答え頷く。
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