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あとがき 俺は近々部屋を引っ越そうと思う。この部屋ときたらまるで俺の、ある時期以降の俺の怨念に近い何かがふきだまっている。自分の部屋はあるときには孤独なる精神と体の安息所として、しかしあるときにはまるで悪夢のような現実と直にむかい合う場となることをあなたも知っているだろう。ましてそこが数々の取り返しのつかない思い出を背負いはじめた31歳の男の部屋とあらばなおさらだ。この部屋は第一風通しが悪い。西側にだけ窓があってベランダがある。そのベランダから強烈な西日が差す。ベランダの前に15mくらいの大木があって、そこで真夜中まで蝉が鳴き続けている。ふと見ればそこら中に新聞やら本やら紙切れやら煙草の吸いがらだのが散乱している。俺はアルバムの五枚目以降のほとんどの曲と詞をここで考えた。ああ、想像してみたまえ。数々の怨念と妄想とがふきだまるこの部屋を。あげくの果てに今は夏。クーラなんてもちろんない。 ああ男31歳。大人にならなければならない。クーラーのある部屋に引っ越して、通気性の悪い都会のコンクリート住宅でも苦しまないようにしよう。車の免許も取って真夜中のハイウェイをドライヴしよう。人と会話するとき、頭をぐしゃぐしゃ掻きむしるのはやめよう。・・・・・。なんてね。実はどうでもいいのさ。俺はかっこいい音楽が聞きたい。美しいものが見たい。何かを信じたい。 青春は終わった。ひとりで立っているのだと思う。31歳くらいになるとみんなそうなんだろうか? 孔子の「30にして立つ」は名言だなぁと思った。思えば「生活」の頃、孤独を執拗に歌った俺は、両親と住んでいた。そしてときどき彼女の家でファミコンをして、とどめが、「ペットのようなら飼ってもいい。」ハハ、孤独へのあこがれとロマンチシズム。精神充実、青年の我儘、なにかを信じこもうとする美しい錯乱。このとき俺は23歳。そして今から四年前、27歳のときアルバム「東京の空」を出した。そこのライナーノーツで俺は赤羽のサ店にいる俺を書いた。このアルバムは俺の東京へこめられたロマンチシズムの結晶だった。このアルバムを作りはじめたとき俺は「修行は終わった。」と真剣に思った。 ああそして今、31歳夏。散らかった部屋が疎ましく息苦しいのは暑さや掃除をしないせいじゃない。積もり積もった青春の記憶が、うずを巻いてこの部屋に巣食っているのだ。 俺は引っ越さなければならない。新しい日々をこの手でつかまなければならない。 山崎洋一郎が俺たちの単行本を出すという。 俺たちの名前を冠してはいるが、山崎洋一郎の青春総決算なのだと思った。一生青春男山崎洋一郎35歳。類い稀なるインタビュアーで音楽の聴き巧者山崎洋一郎二児の父。彼と俺との対談を中心とした単行本「風に吹かれて」。二十代の男性のもつ青臭い、しかし真剣な、まるで大学生のサ店論議のような言葉の数々・・・。あなたは楽しんでいただけましたか? 過ぎ去った日々は戻らない。明日に向かって走る。それだけだ。 八月二十二日 自宅にて 宮本浩次
「風に吹かれて エレファントカシマシの軌跡」ロッキング・オン (via boooook)
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エレファント・カシマシ 宮本浩次インタビュー('88.12 月刊「宝島」より) 取材・文:町山智浩(現:映画評論家,コラムニスト) ※原文まま 「インタビューで自分をわかってもらえるなんて思ってません」デビュー直後の宝島の取材の最後に宮本浩次はそう言ったそうだ。 エレファント・カシマシは新人の中では飛び抜けて評価を受けながらも、宮本浩次は、どの音楽雑誌の取材にもことごとく「わかりません」「おぼえてません」等としか答えず、インタビュアーを困らせてきた。 雑誌のかっこいいグラビアとインタビューがミュージシャンの人気を作り上げている(つまりアイドル歌手と同じ)構造に反して、どの雑誌もエレ・カシの扱いに当惑したまま、9月10日の渋谷公会堂で初のホール・コンサートが行われた。そしてそれは伝説になった。 一切の飾りが舞台から取り除かれ、客電もつけっぱなしのなか、最初から最後まで席で身動きできない観客に向かって、宮本浩次はむき出しの言葉を叩きつけた。 -------------------------------- 宮本浩次は1966年生まれ。東京都北区赤羽出身。父親は普通のサラリーマン。小、中学校と地元の公立校に通う。エレファント・カシマシは中学校の友達が集まって作ったバンドだ。 -ライブ・ハウスに出演するようになったのはいつ頃ですか? 宮本 高校一年です。その頃からずっと今のメンバーです。みんな中学の頃からの友達なんです。ベースの人だけ違いますけど。新宿のJamとか、渋谷の屋根裏の昼の部に出てました。今やってるのよりも、もっとストレートな感じの音楽やってました。普通のロック、と言いますか(笑)そういうのです。 -9月10日の渋谷公会堂じゃ、お客さんは一人も席を立たないし、みんなじっと黙って歌を聴いていたんですが、今のロックコンサートじゃ、客は総立ちで、踊ったり歌ったりして楽しむのが普通ですよね。それなのにどうしてエレファント・カシマシのコンサートはこうなっちゃったんでしょうか? 宮本 (笑)…オレがそうさせちゃったってとこもあるかもしれませんね。いばってますから(笑)。 -他のバンドといっしょに出るイベントでは、怒るお客さんもいたでしょ? 宮本 いますね。でもオレはそんなの聞こえないんですよ……オレ、基本的に、コンサートはすごく嫌いなんです。あくまで個人的な好き嫌いで言うんですけど、こう、感情ムキ出し��騒いでる状態よりも、つらいんだけど、いっしょうけんめいやらなきゃ、って働いてる人の方が好きなんですよ。ま、そういう人が祭りで発散するのかもしれませんけど(笑)。だからと言って、お客さんに「お前ら苦しめ」っていうんじゃないですけども…。 -でも、お金払ってくれるお客さんに対して、そういう態度で接していいんですか?楽しませるのが仕事なんじゃないですか? 宮本 いや当然、そういう気持ちが無いわけではないです。お金もらってるからショーをしなきゃ、という人は「プロ」なんですよ。でも…オレは…きっと基本的にそういうところから始まってないんでしょうね。オレはもう、これで、(客が)来なくなっちゃったら、それでいいや…なんて開き直ってるっていうか…でも、オレ、本当はそういう奴嫌いなんです(笑)。オレ、古本屋に行くのが好きなんですけど、古本屋の人がね、特におばさんが多いんですが、非常にね、いばってるわけですよ。「別にあんたなんかに買ってもらわなくたっていいよ」って態度なんです(笑)。すっごいくだらないたとえですが(笑)。だからオレはそういう奴が嫌いなんだ。でもオレは実際そうみたいですね(笑)。もちろん歌は聴いて欲しいです。でも…コンサートは違うんです。好きじゃないですね。ま、きっとオレの中には、つじつまの合わないところがいっぱいあると思います。言葉にしちゃうと。 -サービスしたいという欲求はない? 宮本 サービスじゃないけど、オレは、とにかく歌詞を、言葉をハッキリ歌おうと、歌詞を聴いてもらおうと思ってます。それが本当の…だと思います。…余裕が無いんです。 -じゃあ慣れてきて余裕が出たら、お客さんに楽しませることを意識するんですかね。他のバンドのように。 宮本 いや…だから…オレは基本的に「違う」んでしょうね。あこがれる人も違うし…。 -どう違うんですか? 宮本 オレは…小説家とか…芥川龍之介とか…。 -じゃあ、なんで音楽をやろうと思ったんですか? 宮本 音楽は好きだった。始めたら嫌いになった…っていうか…。 -たとえば、小説書いてもよかったわけでしょ。 宮本 いや。だけど、それはできません(きっぱりと)。……やめてもいいと思ってますよ、オレは、ホント。極端に言えば、みんなで明日やめようって話になればやめちゃうだろうし。 -小説はどんなのを? 宮本 そんな、たいそうなもんじゃないですけど(笑)。好きだったのは、ロシアの作家ですね。あと、やっぱり森鴎外とか、芥川龍之介は今でも好きですね。 -ふだんは何してます?本を読む? 宮本 散歩が好きなんですよ。東京が好きなんです。昔の街道とか、屋敷跡とかを見て歩く。ライブで地方行った時もみんなのこと強引にさそって行きますね。屋敷跡は今どうなっているのか、とかね(笑)。最初は、たとえば森鴎外の小説の中に、上野の不忍池とかが出てくるわけですよ。芥川龍之介にも東京の大正ぐらいの頃の風景とか、いろんな坂の名前が出てくる。たとえば、ある坂の上から不忍池が見える、という描写があるとそれを見に行くんです。すると今はもうビルが建って見えなくなっている。それで「嗚呼」と思う(笑)。東京が好きなんです。それでさかのぼって、江戸まで……。 -…新しいLPのなかに、「ああ流浪の民よ」という歌がありますね。 生まれついた 民族の血は 忘れたくはない いじけた ああ流浪の民よ 「ああ流浪の民よ」作詞/宮本浩次 この「民族の血」というのは、日本人としての血ですか。 宮本 いえ。そういうのじゃないです。 -もっと大きく…アジアの血ですか。 宮本 いや、言っちゃうと全然、面白くなくなっちゃうんですけど(笑)聞かれたから答えますけど、あの歌は、たまたまTVでNHK特集か何かを見て感動して作ったんです。中国の少数民族で、朝鮮の人たちがいるんですよ。ふだんは普通に中国人として生活しているし、本人達も中国人だと思っているわけですよ。ところが、その人達が親類が韓国とかにいて、再会する場面でこう、涙流してね…それを見てオレ、非常に感動したんです。この歌はそういう詞なんですよ。…たとえば、日本に、国粋主義の人とか、右翼的な人とかがいますよね。でもそういう人達も、ほんとは違うんです。いや、違うように見えるんですよオレには。でもべつにオレ、日本人だからどうだ!っていうのはないですよ、でも…。たとえば、ビルがガンガン建ってるけど、それ見ると日本じゃないみたいなんですよね。まあ、日本、日本と言うのも変ですが、もうちょっと大切にしなきゃならないものがあるんじゃないか。いや、別に都市計画の話じゃないですけど(笑)。たとえば、昔からの川を埋めちゃって何かを作ったりしてるけど…。 諸人、生きる場所さえ狭まって 裸足で 固い地面を踏みならす とどのつまりは 隅に追いやられ わけもわからず ただ泣き寝入り ああ 清らなる川よ ああ 清らなる川よ 「優しい川」作詞/宮本浩次 -演奏、うまいですね。 宮本 うまいですね。 -他人事みたいに言いますね(笑)。他のバンドに対して自信ありますか? 宮本 …その、自信ていうのもまた…いやなもんでね(笑)。自信か…オレ、比べないんですよ。他と。 -でも最近のバンドの中では、圧倒的に評論家の評価が高いでしょ。 宮本 そんな、たいそうなもんじゃないですよ。もしかすると、みんな(評論家?)がオレたちのことで好きなところは「違うところ」かもしれない。評論家っていうんですか、ライターっていうんですか、そういう人は、聴く側のイメージをせばめるようなことしちゃいけないと思うんですよね。書く人と音楽をやる側と、聴く側には三角関係みたいなものがあると思うんですけど、オレは雑誌なんかみる必要ないと思うんだ。でも今はみんな雑誌みちゃうからさ、しょうがないんだろうけど。 -「日本のロック」の雑誌ってくだらないと思いますが、どうですか? 宮本 くだらないですね。ほんとにねえ、まじめにやってたらねえ、とてもじゃないけど恥ずかしくて書けないような文を平気で書いてるよ。…まあ、まじめにやってるっていうんだろうけども、自分の名前を出して、物を書くんですからねえ。いや、そんなにたいそうなもんじゃないって(雑誌の側は)言うかもしれないけど、こっちは真剣にやってるんですから。……別に、どうでもいいですけど……。オレはそういうの(音楽誌)は、あてにしない、と。あてにしないも何も、絶対に(雑誌には)出たくないくらいですよ!じゃあ出なきゃいいじゃねえかって言われりゃそうだけど…。オレは、いい歌つくって、いい演奏したい、それだけですから。 -別に、雑誌に出たくて音楽はじめたわけじゃないもんね。 宮本 そりゃもう、当然のことですよ。 -インタビューは嫌い。 宮本 嫌いですよ。でもオレは人と話すのは好きなんですよ。でもオレが今、こうしてあなたと話してるのは、あなたという人、個人を信用しているから、話してるんです。それが雑誌に載って知らない人が読む、というのは嫌なんです。もちろん歌は、みんなに聴いてもらうために歌ってますけど…。こんなことを話してもしょうがないんですけど。 -でも、宮本さんの歌を聴いた人が、何度聴いても、どうしてもその意味がわからなくて、もしかしたらヒントがあるかもしれないと思ってインタビューを読む、という場合もあるでしょ。 宮本 もちろんそうでしょう。オレも雑誌でインタビューを読んでた時があったからわかりますよ。だけど…小説家なんて、死んじゃったら…昔の作家ってインタビュー受けてたんですかね!?その作品だけでいいんじゃないですか。絵にしたって、画家が、これはこういう意味ですっていちいち説明しますかね?それと同じつもりでやってるんですから、オレは。お前はそれとは違うって言われたらそれまでだけど、オレは一個の作品と思って…それもたかがって言われるかもしれないけれど、オレはそういうつもりでやってるんですよ。 -インタビューでは、ほんとんどしゃべらないし、歌の意味について聞かれると全部「わかりません」としか答えないのは、はぐらかしているんですか? 宮本 いいえ。 -答えられるかぎりのことは答えてる? 宮本 つもりです。オレは。でも…みんな、そんなに一途にすべてを考えてます?オレは5分後に同じこと聞かれたら、違うこと答えるかもしれない。それは、いいかんげんなんじゃなくて……オレが中途半端なのかもしれないです。 どうした その顔 みんな楽しそうだよ ああ俺には わからない ああ本当に 楽しいの 「太陽ギラギラ」作詞/宮本浩次 -…コンパとかで…楽しそうに騒いでる大学生とか…そういう奴らを見てると腹立つほうじゃないですか? 宮本 腹立つ…いや、いいんだよ別にオレは…腹は立たない…いや、腹立ってるかもしれないけど…大学生はみんなそうだし…。 -でも、怒っているようにみえる。 宮本 それはもう、何つうか、そんなに怒ってないですよ…というよりは、不安というか、漠然とした危機感があるんですよね。オレがこんなにエラそうに言わなくても、誰でも感じてるでしょうけど…こんな答えでいいでしょうか? -フラフラしてる奴らに対して、お前ら違うぞ!みたいな気持ちが歌詞に出てるように思うんですが。 宮本 そうですね。違うんじゃないの?と思ってる…でも、オレだってもしかすると同じかもしれないし。 -でも、やりたいことが見つからないわけじゃないでしょ。 宮本 いや、ところがオレはもっと違うことやってみたいんです。オレはまだ若僧もいいとこですよ。22歳かそこらで、なんですけど…やってみたいのかもしれないです。ふだんは歌ですけど。でも、それだけじゃなくて、散歩するのも楽しいし、古本屋行くのも楽しいですし…ただのヒマ人です…いや…ただのヒマ人でもねえんだけどな!(笑) -その、オレもあんまり偉そうなこと言えないんだけどな、という気持ちが、「ファイティング・マン」の歌詞で「正義を気どるのさ」と歌っていることとつながるんですかね。 宮本 いえ、あれは「正義」です(きっぱりと)。「気どるのさ」というのは単にテレてるだけでしょう。 -------------------------------- …インタビューが終わってテープレコーダーを止めた後、宮本浩次は別れ際に次のように自分から話してくれた。 「こんどのレコード聴いてくれました?…オレは最後の『待つ男』が大好きなんですよ。…でも、やっぱりものすごく(両手をいっぱいに広げて)攻撃的な歌なんですよね。でも、それをもっと内にこめた歌にしないと…とか思うんですけどね」 ああ 待てど暮らせど さあっと背すじが寒くなる 誰も俺には 近寄るな 「待つ男」作詞/宮本浩次 引用はすべて「エレファント・カシマシⅡ」 (エピック・11/21発売)より
http://www.twitlonger.com/show/hd3uec
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窒素ガスで満たした金属筒に水と炭素、鉄などを封入。超高速でプラスチック製弾丸を衝突させて筒の内部を瞬間的に約6万気圧に上げ、隕石の海洋衝突を再現した。その結果、アミノ酸の一種のグリシンや、脂肪酸、アミンといった、生物の体を構成する基本分子が生成した。
生命の源・アミノ酸、隕石衝突で簡単に合成…実験で確認 : 科学 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) (via tatsukii) (via gkojay) (via alice-lives-on-internet) (via rabbitboy) (via osapon) (via mooljot-archive) (via dotnuke) (via junmyk) (via nyasuug) (via edieelee) (via geroppa)
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知性は、方法や道具に対しては、鋭い鑑識眼を持っていますが、 目的や価値については盲目です。
アインシュタインの名言
(via pgtwitter)
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若く産んだら”若すぎる” 遅く産んだら”遅すぎる” 一人産んだら”一人だけ?” 沢山産んだら”やってける?” 一人で産んだら”父親は?” 産まなかったら”かわいそう” とかくこの世は棲みにくい。
Twitter / natarajashiva (via gearmann)
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僕は何度も声を大にして言うけど、「ゲリラ豪雨」とかいうクソみたいなナンセンスな単語のせいで「夕立」という超スーパーウルトラハイパー美しい日本語が死にかけていることが許せない
Twitter / kochomu (via currychef)
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今や西田敏行は大河ドラマの常連俳優 大河での西田敏行年表を作るとこういうことになるそうだ 1584 西田敏行、西田敏行に小牧長久手の戦いで敗れる。 1598 西田敏行死去。遺児は後に西田敏行に滅ぼされる 1600 西田敏行、真田昌幸に進軍を阻まれ西田敏行の叱責を受ける 同年 西田敏行、上記にも関らす石田三成を関ヶ原に破る 1603 西田敏行、幕府を開き初代将軍になる 1605 西田敏行、西田敏行に将軍職を譲り、後に駿府城に移る。 1614 西田敏行が西田敏行を「関ヶ原には遅すぎ、大坂には早すぎる!たわけうつけ間抜けーッ!」と怒鳴り付ける。 1716 西田敏行、八代将軍になる 1745 西田敏行、徳川家重に将軍職を譲り、江戸城西の丸に移る。 1868 薩摩藩の西田敏行らと長州藩の西田敏行らが協力して幕府を倒す 1877 西南の役で、長州閥西��敏行総指揮の官軍に西田敏行軍は鎮圧され、城山で自刃。 1860 西田敏行、会津藩の家老となる 1869 西田敏行、五稜郭の戦いで新政府軍に敗れる 1883 西田敏行、共立学校の初代校長となる 1904 西田敏行、日銀副総裁として日露戦争の戦費を調達する
No.40802 西田敏行で見る日本の歴史 - コピペ運動会 (via mcsgsym)
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Twitter / saigoofy (via shayol) (via gkojax) (via gkojay) (via biccchi) (via konishiroku) (via draftcode) (via kiyoya) (via theemitter) (via reblogparade) (via mtakeshi) (via stringsofthestringsoflife) (via rioysd) 2009-11-27 (via gkojaz) (via koyubig) (via azm02) (via itsy) (via nyjunkies) (via reretlet) (via reservoir) (via oosawatechnica) (via pipco) (via dj-satosato) (via dukkha, dukkha) (via medico, medico) (via jinakanishi, jinakanishi) (via nanashino, nanashino) (via ichimonji, ichimonji)
風呂はいったあとに後悔した事が無いから、めんどくさいけど風呂に入る
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ピーラーの横にジャガイモの新芽取りが付いてるのはすごく便利で、考えた人は偉いと思うんだけど別に左右に2個付ける必要ないだろ、と思った瞬間”シンメトリ”って事に気付いて日本中に伝えたい
Twitter / arichang (via tkr)
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フィンランドの子供のなりたい職業ランキング3位は「働きたくない」だったという
「仕事が嫌い」でも、卑屈になる必要はない - 脱社畜ブログ (via debristower)
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「日本には妙な悪習慣がある。『何を青二才が』という青年蔑視と、もう一つは『若さが最高無上の価値だ』というそのアンチテーゼ(反対命題)とである。
小澤征爾 - Wikipedia (via mayumiura)
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夫がシーチキンを抱えて夜な夜な散歩に出掛けています。 浮気でしょうか?
夫がシーチキンを抱えて夜な夜な散歩に出掛けています。 浮気でしょうか? - Yahoo!知恵袋 (via sytoh)
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とんかつとは恐ろしい料理である。ドイツのシュニッツェル(フライパンで焼き揚げる)を、フランスのコートレットの応用で衣をつけ、更にそれをポルトガルから伝播されたてんぷらの揚げ方で揚げたという、まさに魔改造中の魔改造。カツカレーに至ってはここにインドとイギリスも参戦するという。
Twitter / 吉田直史(星置ナオ) (via deli-hell-me)
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