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by Hina Toyomasu
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naojohn · 8 years ago
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‪これまで、私の通う京都市立芸術大学に関する、主に内部のいろんないろんなツイートを見てきた。特定の話題だけじゃなくても、大学の授業に関してとか、スケジュールに関して、生徒がモヤモヤを感じているツイート。デザ科の課題についてとか、全体的な意識の低さとか、そして総基礎嫌いなんてツイートは、もう何百回も見たような気がする。‬ ‪見るたびにうーんと思っていたけどその「うーん」が、今私はやっと分かった気がする。‬
‪私の問いかけは、そんな簡単にすぐ良い悪いの区別をつけてしまっていいのかな?ということ。‬ ‪芸術にまつわることは、殊更そうだと思う。私にとっての芸術作品鑑賞のひとつのありかたなのだけど、その場で感じていたことが、俯瞰すると他の意味を持つことに気づける。そして、知的���奇心だとか、自分の心を満たしてくれる。芸術にまつわることって、すごく長い年月を伴いながら進むものなんじゃないかって私は思うのだ。‬ ‪そういうものを生み出す人を作る場なんだから、その授業もそんな簡単に善悪判断しちゃって良いんだろうか?‬ ‪すぐ判断出来ることは、もっと他に求めたら良いんじゃないだろうか?‬ ‪そもそも何年かかっても、それは判断できないものなんじゃないだろうか?‬
‪自分のことを思い出してみると、1年生の午後こととか、当時は本当に嫌だったけど、今になってみるとよかったなっていう出来事は本当に沢山ある。‬ ‪よかったことが並ぶと、嫌だったことも徐々に良い方向につなげて考えてみることができる。‬ ‪そういう矛盾含め、そうやって肯定出来ることに時の流れの面白さとか、人間の営みを感じる。‬
‪でもモヤモヤを感じ取って発することは、すごく良いことだし。感じ取ることにすごく鋭敏なのは、もちろん最高だ。‬ ‪そして大学に効率悪かったりどうだろうってことをさせられることとかは、本当に、良くあること。‬ ‪何年たっても良いと思えないならそれはひとつの答えだし、そこまで考え切ることが必要だと思うのだ。‬
‪結局私が言いたいのは、良い悪いは結構簡単に反転するから、今考えていることを忘れずに、また再検討してみると良いかもということ。‬ ‪そして今でも、考えていることを反対の方向から見てみること。そしたらまた違うものが見えてくるような気がする。‬
–読んでくれた親友より「なんでもいいけど、クリエイティブに生きろよ! 芸大生なんだろ、美術のプロめざしてるんだろ、消費して消費されて満足してんじゃねーよ。 それか、もっとこじらせて悩めってそんなところかな。」
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naojohn · 8 years ago
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その日は夜までクタクタになるくらい勉強した。晩御飯のない彼氏の家に着いたのは21時、空っぽの体で��くのコンビニに2人で歩く。 とりあえずチーズの入ったメンチカツと、から揚げと、彼氏は棒アイスを買って、私のわがままと思いつきで近くのマクドナルドまで更に晩御飯を買うためだらだら歩いた。風がつめたく、ぬるい夜の中で頬に気持ち良い。 風が吹いてる時が一番アイスって溶けやすいんだって、と手をべたべたにしながら彼氏が笑う。他愛もなく、じゃれるだけの会話。アンタと付き合ってから笑いの沸点低くなったと思う、と彼氏がけたけた笑う。私の話にこんなに爆笑してくれるの、この人くらいだ。 たぶん来年にはこんなこと出来ない。お金がなくてお互いプレゼントのないクリスマスとか、きっと仕事をし始めたらやらなくて済むだろう。 マクドナルドじゃなくて、定食屋に行けるだろう。彼氏は100円のハンバーガー3つでお腹を満たすことなんてしなくて良いだろう。 だけどその夜はこれでよかった。ふたりにとって、コンビニの揚げ物が世界で一番ごちそうだった。誰よりも夜が楽しかった。忘れたくないね、とクサいことを言いあって、彼のアイスを奪って食べた。
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naojohn · 8 years ago
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 20世紀半ばまで欧米のファッション研究者の間では「ファッションという概念は西洋から生じた」という意見が主流であった。様々ある理由の中の一つとして、イギリス心理学者のJ.C Flugelはスタイルやシルエットを「定着された衣服」と「モード的な衣服」に分類したという事実がある。彼は前者を形の変化しにくい民族衣装などを含む非西洋の服文化、後者を頻繁・または定期的に変化する西洋現代社会の服文化とし、そして後者が「ファッション」であると説明した。  しかし1980年代三宅一生、川久保玲、山本耀司ら日本人デザイナーのパリコレクションでの成功から考察すると、現代のファッションは西洋だけの概念ではないことは明確である。また、近年アジア人デザイナーの活躍は目覚ましいものがある。日本人ブランドは1980年代先駆けてパリで名を残し、アジア各国のブランドとはまったく異なる成長を遂げたため、近年のアジア人デザイナーの動向とは異なる潮流の中にある。そのため、本研究では日本人デザイナー以外のアジア人デザイナー、特に中華圏出身のファッションデザイナーに焦点を当てる。
 日本人を除くアジア人デザイナーの活躍を見る上で、コレクションへの参加状況を調査した。コレクションとは、年に2度顧客やメデ��アに向けて自らのデザインをブランドがプレゼンテーションする機会のことである。世界各地で開催される中でも歴史が長く、業界でも権威を持つパリ、ミラノ、ニューヨークコレクションを調査対象としている。  国内や世界のファッション情報を一括にまとめた週刊新聞である『WWD for japan』に1985年から2015年分まで5年ごとに目を通したところ、1985年には0、1990年には1だったブランド参加数が2015年は10ブランドに増加した。その10ブランドは中国、香港、台湾、韓国、タイ、インドと6つのルーツを持ち、ファッション業界には年々国籍の多様性が広がっていることがわかる。  中華圏出身のデザイナーとしてはNYコレクションに参加のVivienne Tam(香港)、Derek Lam(香港)、Jason Wu(台湾)、パリコレクションに参加のShiatzy Chen(台湾)、Yang Li(中国)などが存在する。
 この中でも特殊な傾向を見せるのが、香港出身で1990年にNYコレクション参加のVivienne Tamと、台湾出身で2009年パリコレクション参加のShiatzy Chenである。これらのブランドは香港人・台湾人である出自とブランドコンセプトを絡ませ、「アジアのテイストとモダンなスタイルの融合」を主張する。  Vivienne Tamの特徴はこれまで様々な新しいモチーフを創造してきたことにある。例えば、毛沢東の自画像、観音像、仏陀、麻雀牌が挙げられる。シノワズリは18世紀に広まり、ファッション業界の中の一つのキーワードや一時の流行として何度も現れてきた。西洋圏のデザイナーたちはその流行の中で幾つもの表現を作り出してきたが、Vivienne Tamの取り上げるようなモチーフはその歴史の中に現れないようなものばかりである。批評性やユーモア、知性を含みながらの斬新なモチーフ選びは、大変興味深い。  Shiatzy Chenは中国で古くから継承されてきた湖南刺繍、蘇州刺繍の技法を作品に取り込み、ブランドの重要な部分に関わらせている。髪の毛のように細く3ミリ以下の糸を使用し、刺繍で絵画のようなグラデーションが表現される。ほぼ全ての衣服にこの技法が取り入れられ、手仕事の高級感として魅力に変わる。  このようなブランドは、文化人類学学者のDorinne Kondoが指摘した、非西洋文化がオリエンタリズムを内面化するかたちで自らを見つめる「自己オリエント化」の位相としても表象されうるであろう。そしてこのブランドたちの服を購入するのは、大半が非西洋圏の人々である。デザイナーだけでなく、買い手の層もまた大きな「転換」の時を迎えているのだ。このような流れが未だ根強く西洋中心主義が広がるファッション業界の中でいかなる意味を持ち、変化をもたらしているのか、考えていきたい。
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naojohn · 8 years ago
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初めてひとりで海外に出た。だけどひとり旅と大して変わらない、違うのはパスポートが必要なだけで飛行機に乗るのはあんまりにも簡単だ。 バンクーバーに着くとすぐに車でホストファミリーの家に連れられ、キングサイズのベッドのある大きい部屋に案内された。意外と話をするのも顔の表情とジェスチャーで伝わる。うーん、こんなんでいいのかと少しだけ悩む。(後々、ちゃんといろんな会話できるようになりました。だいたい多国籍料理の話で、あとは今までこんな学生が家に来たよとか。) バンクーバーの街はちょっと汚いけど、高いビルが少なくてそんなに京都とか大阪とかの風景と変わらない。(全然違うよと台湾の人には笑われたけど、都会の風景は田舎者には似て見える。)人生初の欧米圏だけど、一週間は正直実感がなかった。 非日常なはずなのに学校もあるし、地続きのふわふわしたつかめない日々の感覚。
二週間目はタイ米にしんどくなり日本が恋しくて��まらなくなる。 でも徐々に友だちが出来、英語の会話にも慣れて、自分が何を研究してるとか、相手がこんな勉強してたという話を聞けた。ブラジル、ペルー、韓国、日本(でもお互い学生だから話すのは英語で)、タイ、メキシコ、コロンビア、トルコ、台湾、イタリア、スペイン…いろんな国の人と話してご飯を食べに行って、贅沢な1ヶ月だった。 拙い英語だけで繋がってるけれど、合う人たちとは不思議とお互い惹かれあって、それも面白かった。 生きてるんだしまた会えるねってさよならしたけど、本当にまた皆に出会えますように。
語学学校では周りを見ると25、30歳、はたまた定年後に英語を学びに通っている人もいっぱいいた。 「帰ったらまず職探さなくちゃ」って笑ってる人たち見てると、私の就活なんか何から何まで用意されてるから、なんて簡単なことなんだろうとも思える。大きい視点で見たら、やりたいこと優先させて生きるのがやっぱり一番だって、また思い直すことができた。 語学留学は家族全員やったことがないことで、全く誰も全容がわからなくて。だけど半ば勝手に自分ひとりで大阪に出て相談して、国と学校と日取りを決めた。なんか自分で自分の人生歩いてるなあ、とゆっくり嬉しくなった。つよく育ててもらったと思う。
今は日本にないTOPSHOPで流れるTHE LIBERTINESの良さに泣きそうになって、そのあとお気に入りのgrocery shopで見たことないレモネードを買う。そんな日々ももう思い出。 でも留学が「今一番やりたいこと」にまたなったら、必ず帰ってこよう。
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naojohn · 9 years ago
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飛行機を降りて観た夜景が涙が出るほどうつくしい。紺色の雲に合間からピンクと水色が覗いている。ここちのいい、永遠に向き合っていたい色たち。限られた色なのにバランスといい、具合といいすがすがしいまでに気持ちいい。 うつくしさに胸が熱くなるのはいつぶりだったでしょう。うつくしくて鳥肌が立つみたいなこと、いつから経験してないような気がするでしょう。 でも本当にそうかしら?と考え直すと、京近美アンフォルメルの展示でみた、フォートリエの《雨》とか元永定正の絵を思い出した。絵をみて表象するためのことばが、今日ひとつ増えた気がした。
もうちょっとこういうことがあっていいと思う。 今度は恋人と旅行がしたいな、飛行機に乗って。
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naojohn · 9 years ago
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naojohn · 9 years ago
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ひとたち
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naojohn · 9 years ago
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いいひとになりたい、賢くなりたい、痩せて華奢になりたい、誰にでも愛されたい、美術に愛されたかった。全部傲慢だけど、私はまだまだこんなものなので、傲慢です。 美術の世界で、誰かが代わりをできないような、仕事をしたいと思ったんだった。ピュアであこがれるくらいに何かに夢中なうつくしい人たちのそばにいたいって本気で思ったんだった。
どれもかなわないのかな、どうにかならないかなと秘書検定の本をめくっている搬入前夜。 いろんなことを考えて逃げてぶつかった展示、「ニューバランスはあらわれた」が、8/30から京都の街中ではじまります。 https://www.facebook.com/colorsofKCUA2016/
「変身」はわたしの人生の中でいつも大きく響き渡る言葉だ。美しくなりたい、すべすべもちもちになりたい、幸せそうに見られたい。 だからファッションを研究し、キラキラ瞼を光らせる女の子たちが大好きなのかもしれないね。とか。
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naojohn · 9 years ago
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「変身」はわたしの人生の中でいつも大きく響き渡る言葉だ。美しくなりたい、すべすべもちもちになりたい、幸せそうに見られたい。 だからファッションを研究し、キラキラ瞼を光らせる女の子たちが大好きなのかもしれないね。とか。
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naojohn · 9 years ago
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このところ、眠るのも下手くそになっている。頭がいっぱいで発狂しそうな気持ちにほとんどを占められていた。けど、頑張んなきゃとまだ思える。同級生のあの子は、何にもないように資料を作って送ってくれる。いつもその彼女のおかげで、「あー、頑張んなきゃ」と思わせてくれるのだ。 わかってたけど脆いわたしの精神は、そういえば今までもギリギリこうやってきた。大学に入って奇跡的な安定を見せていたけど、懐かしいなという感じ。わたしは結構ずっとローな人間で、かっこいい男の子を見てる時だけが元気みたいな、気持ちの悪いやつだ。あんまりあの頃から変わってないってこと、思い出したような気がする。
「何をしたくてわたしは芸大に入ったんだろう。なにを美術に期待してしまってるんだろう。何かこのところ勘違いをしてるんじゃないか。」 そんな疑問でいっぱいになっている。そんなことを思う時期でも、ないのに。責めて責めて、思考が停止している。 同級生の彼女が羨ましくて、興味深い人間になりたくて、髪を切ってもうまくいかなくて。どうなりたいんだろうな、なんのために一回きりの人生を生きているんだろう。 もうちょっと簡単に見つかれば、いいのになかなか見つからない。毎日考えるために生きているのかもしれない。しあわせは感じる瞬間は最高にリアルなのに、思い出すのが難しい感情だ、つくづく。
今日はすこしだけ、時間ができた。すこしだけ、気持ちが穏やかな日が続いている。(丸一日寝てしまったけども)自分で作った桃のコンポートを使ったソーダが美味しかった。それだけで幸せと思える精神よ、帰ってきて。
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naojohn · 9 years ago
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THE YELLOW MONKEYさんへ
5/30、現実味のないことが現実になる。 ROCKIN'ON JAPANの表紙、THE YELLOW MONKEYが笑っている。今日発売の雑誌って事実に、くらくらした。 古本屋で血眼になって買った解散号とか、名前は忘れちゃったけど廃刊になった音楽雑誌でドーベルマン連れたロビンの写真に心酔したり、エッセイ集買って高校の朝の読書タイムで読んだり(なんて不道徳な高校生だったんだろう)、I love you babyで揃えて頭を振る4人の動画を永遠にループしたり、中国語の読めない動画サイトでひたすら古い動画を発掘したり(中国語、なんとなくわかるような気になっていた)…と記憶が洪水する。本当に、彼らに支えられた。田舎ではなかなか同志を見つけられなかったけれど、ネットの世界でお姉さんたちに可愛がってもらったし。 本当に特別だから、なかなか言葉にできてこなかったけど、今日だったら出来る気がする。(と、言いながらまとめるのに随分時間がかかった) 表紙を見ただけでどうしようもなく鼻頭が熱くなった。この人たちに人生狂わされた、ほんとうにそうだ。青春を返してよなんていつも笑ってるけどよかったなあと思う。こんな風に再び集まってくれるって思ってなかったよ。 「プライマル。」で始まったライブを桂駅の本屋の隣で泣きながら見たときにも、なかった現実感。言葉になってないと信じれないって、難儀な性格だけれども。 内容については、もう言うまでもなく。 確実に年をとってるけど、THE YELLOW MONKEYはTHE YELLOW MONKEYなのだ。7月には彼らを観れる。 生きていてよかった、と今まで「生きている」ことが苦しいことのようかに思っていたけれど、これからも「生きていかなきゃ」と思った。生きていないと、このたましいのふるえにも出会えていないのだと思うと、これからもしたたかに(したたか、って漢字にすると強か、なのが良い)生きていかなきゃ。 意味もなく消化できない気持ちのまま本屋をぐるぐるしてると復刊したポーの一族があって(こっちは中学時代を狂わされた)、THE BOHEMIANSのTシャツを着る(現在進行形で狂わされている)自分が笑えてきて、こぼれ落ちそうだった涙は引っ込んだ。泣かないぞ。ちゃんと、見たい。
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naojohn · 9 years ago
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 ゆとり世代、と指される私たち。その言葉を口にされるたびに「私たちのせいじゃないし、政策でそれを決めた政治家、もしくは提唱をしたひとびとのせいだから、子供だった私たちがなんで怒られてんの?」という憤りでいっぱいになる。それでも私たちは生きていかなきゃいけないんだよって。私たちの気持ちになったことある?…って、もう止まらない。発散しきれない言葉で頭が熱くなって、激おこだ。親からだってこれを言われるし、この先就職してしょうもないミスをしてこんな言葉を吐かれたらどうしようって、小学生のときには既に悩んだものだ。結局アフターケアがあるわけでもなく、モルモットにされてこの教育方針は1995年生まれの私の次の代で終止符を打った。理不尽だよね、生まれた年がこの歳だったからって。
 それと同じ数くらい、「個性がない、主体性がない、覇気がない」というわたしたちを称するフレーズ。90年代に生まれた私たちなら一度は言われたことのある言葉。だけど周りを見たらそんなことあるかな?ってよく思うのだ。自由に、自分を持って意見を持って生きてる子、私はいっぱい知ってる。
 けれど、上の世代の人にしたらもっとホットなものが欲しいのかな。クールな姿勢がかっこいい、頑張らない動じないことがかっこいいって思ってる世代だもん、それは恥ずかしくって出来ないよ。
 「でも、君の出来るだけ頑張ろう」って?どんどん貧しくなる、苦しい資源枯渇の世界が待っているって物心ついた時からずっと言われてる。でも大人も国も本気で立ち向かってる気がしない。負の遺産を残されてる感覚がずっとある。主張したってきっとどうにもならないんだろうな、ってそういう類の諦めがどこかにある世代なんじゃないかって思う。それは「ゆとり世代」とか、「個性がない、主体性がない、覇気がない」という言葉に対する姿勢も同じだ。挙句名付けられたのが「さとり世代」。誰が悟りたくて悟ったんだよ、大人のふりしてかっこ悪い知ったかぶり、しないでもクールになれるんだったら無理な背伸びしないで済んだよ。
 デジタルネイティブと呼ばれ、パソコンの仕組みやプログラミングなんかはちんぷんかんぷんでも、ネトストは一丁前。アーカイブや再放送が生まれた時からあり、インターネットと同時に大きくなった。手当たり次第,自分の目の前にある言葉や作品にのみ触れた。趣味で皆統一されてしまうものなんて持ってない。ひとまとめにすることもされることも本当は嫌い。でも、レッテルを貼られたってへらへらと笑ってみせるのは、空気を読めなきゃと焦ってるから。
 そこから自由になれるものはあるか?もしかしたらそれは美術にあるんじゃないか?
 これは私の個人的で傲慢な願いだ。私自身は人の目を伺い、窮屈な体勢で「こんなの私じゃないよ」って言い続けている。カラーズの中でだってそうだ。同回生、後輩,先輩,作家,先生,ギャラリーアクアの学芸員さんたちの目。なんとも気の置けない関係の中「つまらない」と思われないように必死に虚勢をはる。バクバク心臓を鳴らしながら時々見たくないものは見ず、知らんぷりして器用にやり過ごすのだ。常にどうにか上手いバランスを取ろうと滑稽な姿をさらしているのだ。
 だけどはっきりと、何かを語ろうとし、真摯に対応できる目を、作家たちは持っている。そしてそう思えるのが嬉しいと同時に、その目はとても鋭い。きっとその鋭さが「ニューバランス」につながるだろう。やり過し滑稽な姿を見せることなく、けど押し付けがましくなくちょうどいい距離から主張をする。バランスをとろうともしない潔さで主張をする作家もいる。様々な主張の声の大きさを試してみる作家もいる。時々それが弱く見えるし、頼りなく見えるのかもしれない。けれどそれが私たちなのかもしれない。変えることのできな��部分に関わっているのかもしれない。そうだったら、それは特徴であったり色であったりになるのかもって遠い未来に妄想を馳せる。ポジティブに今の京芸の様々な作家たちを見てもらえるように、私たちは「ニューバランス」で作家たちを表象し、この言葉を言ってみる。
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naojohn · 9 years ago
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夢でうれしくなれるあさ
私は時間を持て余して仕方ない気持ちになる。しょうがなく雑貨屋にふらりと入って、魚が寝そべるかわいい箸置きをみつける。青い色がちゃちい型物の箸置きに生えて可愛くてたまらなかった。恋人に渡したらきっとよろこんでくれるなーって、レジに持っていく。けれど、ふと目を落としたところに売られたしろくまの箸置きも気になってしょうがない。ついでに恋人の家族にお茶碗を買う。プレゼントを買うってわくわくするものだ。誰かの喜んだ顔を想像する、そんな時間だ。 すっかり時間が経っていることに気づいて、慌ててケイタイを確認すると、母から何度も着信と、長文で怒るLINEのメッセージが届いている。そうだ今日は、私の結婚式だ。慌てて店を出て、タクシーに飛び乗る。結婚式に遅刻するかもしれない、遅刻しなくたって準備をする時間がもうない!なんて絶望。そんな夢だったのだ。 目覚めて、自分が冷や汗をかいていることに笑ってしまう。しかし、自分の結婚式に遅刻するなんてぼけた夢だ。同時になんだか嬉しいと思うものが詰まっていた。プレゼントを買う時間のフルで頭が回転している感じと、うれしい気持ち。渡した時の笑顔を思い浮かべると本当にうれしい。 父が遠出もしてないのに出かけると何かを買って帰ってきたり、プリンを食べるときは半分を私たちに分けていた理由がなんかわかるような気がした。ちょっとは何かを分けてあげれる人間になりたいなーと思う。まだまだ難しいけども。
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naojohn · 9 years ago
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寿司の曖昧性についてのエッセイ
   最近の回転寿司にいくと、1口サイズのお米にこぶりなハンバーグののったものが「ええ、わたしがお寿司です」というカオをしてえびやまぐろと一緒にぷかぷか流れてくる。 
 ハンバーグだけではなく、サラミや、あじフライ、アボガドなど、本来のお寿司の概念とはすこしずれた商品が創作寿司と名を冠して回転寿司店のコンベアの上を泳ぐのはもう珍しいことではない。 
 しかし、そのときわれわれは「お寿司とは何か」という根源的な問いのまえに立たされることになるのである。酢飯でもない、ただのごはんの上に、スーパーのお惣菜が乗っかっているそれが登場する事で、寿司というものの存在は非常に曖昧なものとなる。それまでの定義は一時的に瓦解し、また新たな秩序のうえに再構成されなければならない。それがT•S•エリオットいうところの伝統の並べ替えである。(にちがいない。) 
 さて、現代における「寿司」とはいったいなんなのだろうか。   まず広辞苑にのっている、これまでの寿司についての定義を引用しておく。 二つあるが、ひとつめは「なれずし」というこめと魚介類を塩蔵して自然発酵させるプリミティブな鮓のことで、本エッセイにはあまり関係がないと思われるので省略する。ふたつめには “酢と調味料とを適宜にまぜあわせた飯に、魚介類、野菜などをとりあわせたもの。” とある。ちなみに、いろいろと勘違いした寿司もどきが評判になることの多い外国の定義も念のためとりあげておくと、 ”a Japanese dish that consists of small cakes of cooked rice served with raw fish”(ロングマン英英辞典)となっており、 酢飯をcooked rice、魚介類をraw fishとしているあたりなにか別ベクトルでのずれを感じるが、それも本エッセイには関係がないと思われるため省略する。  さて先ほどの広辞苑の定義にもどって、ハンバーグ寿司を検討すると、このハンバーグというメニューはそもそも酢飯でできていない。ただの米(non cocked rice)なのである。そして、一度でもハンバーグを食べた事のあるひとなら誰でも知っていると思うが、ハンバーグは魚介類ではない。だから、これは寿司ではなくて、もう一口ハンバーグなのかもしれないが、だがシルエットの上ではたしかに寿司である。  では、あじフライ握りはどうだろうか。あじフライはたしかに魚介類である。しかし、これは揚げられているのである。英英辞典いわくのraw fishではない。また、酢飯でもない。しかし、白黒2値化したシルエットをみれば、それは寿司なのである。   ひる��えって、ポピュラーな寿司メニューである、まぐろ、玉子、かっぱ巻きの3つを例に考えてみよう。   そうすると、これらが実はあまり共通していないことが解る。まぐろは魚介類で酢飯なので、もっとも広辞苑上の定義にあてはまっていると考えられる。 しかし玉子は、魚介類ではない。けれども、「玉子でそのお店の良さがわかる」といわれるくらいに寿司の中で重要な位置をしめる品だ。そして、かっぱ巻きになると、巻き寿司なので、シルエットも違うし、野菜だから、前の二つとはぜんぜん共通していない。   ではこの3つの共通点はというと、きわめて主観的にいえば、「味覚のベクトルが似ている」ということであり、長年寿司として扱われてきたということでしかなく、すこし微妙なところがある。もしかすると玉子もかっぱ巻きも、今急にメニューとして扱われたものだと説明されたら、すこし違和感のあるメニューになっていたかもしれない。 
 つまり、寿司の定義ははじめから非常に広範なものであり、ゆえに曖昧なのである。
 しかし、まぐろはそうはいかないかもしれない。完全に生の魚介類たるまぐろや、さばや、えび、そういったものは、寿司の根源的な定義にコミットメントしているように思える。  われわれが感じる、このポップな寿司ネタへの「そぐわなさ」は、なんなのだろうか。  思うにそれは、まわる寿司ではない、格式高い本物の寿司屋を、寿司の背景に感じているからではないだろうか。われわれは、寿司を見る事を通して、ほとんど行ったことも無い本物の寿司の存在を感じ、そのイメージにそぐわない、キャッチーなメニューに違和感を感じるのである。ちょうどプラトンが、現実世界を見る事を通してイデア界を想うように、われわれは回転寿司店においてつねにまわらない寿司店のかげをみる。   
 そもそも回転寿司とは、資本主義的商業形態のなかでうまれた、労働者階級への寿司の一般化であり、それは寿司の格式高さをコマーシャリズムによって陵辱するある種のダダイズムだった。  (日本で初めての回転寿司「元禄寿司」がまわる寿司を導入した目的は「低コストで効率よく注文をさばくシステムの追求」である。)  そして、デュシャンからはじまった反芸術の歴史がそうであるように、反寿司の歴史は大衆化とともに自身の定義を拡張しつづけて行くのである。  いつ、どこがハンバーグのような寿司らしくない寿司を提供しはじめたのかはわからないが、寿司の「手のひらサイズのお米のうえに具がのっている」という形式のみをつまみ出して、まったく不整合なオブジェクトと引き合わせるその手法は、おそろしく野暮なディペイズマンなのであり、かつポップアーティスト達が試みてきたそれなのである。  日本ではじめて100円寿司をはじめ、タッチパネルでの注文方式を採用したカッパ寿司なんかは、もう寿司界のアンディウォーホルと言ってしまってよいのではないだろうか。はやく森美で展示したほうがいい。  
 カッパ寿司には、注文したら新幹線のおもちゃにのって品物がやってくるギミックなどが存在する。くら寿司にはオリジナルキャラクターによるweb漫画も出来ている。それらは子供連れの客層を意識した商業展開であると思われるが、寿司屋がアミューズメント化することで、寿司の格式高さをフラットなものにするのに一役かっている。  このように、まわらない寿司を基準とした回転寿司屋による反寿司の潮流は、ファミリー向けのビジネス戦略とも結びついて、寿司の定義を拡張しつづけて行く。  
 現代美術がそうであるように、寿司の定義はもはやひとくちにはとらえきれない。  お米と具材の関係を還元論的に分解してくみかえていけば、いくらでも工夫が可能であり、チャーハンや赤飯のうえに具が乗って泳ぐ日も想像に難くない。  (たとえば、シャリの物量をどんどん増やしていき、その上に一尾のウナギをそのまま載せたとすれば、それも寿司であると言える。)   
 これまで、私は現代における寿司の定義の曖昧性について記述してきた。現代における寿司とは、もはや酢飯に魚介類がのったものなどという固有の食品に留まらない。それは、「お米と具材の関係性における諸実践」のことなのである。 
 さらに言えば、寿司の定義の拡張とともに、回転寿司店そのものの定義も曖昧なものとなってきている。    フライドポテトなどのサイドメニューの充実や、子供向けの内装、キャラクター展開など、寿司以外の要素が多分に盛り込まれ、寿司ネタ自体にもハンバーグやカツといったファミレスメニューが多く登場するために、回転寿司はどんどんファミレス化していっているのである。その様相は、さしずめ寿司も楽しめるファミリーレストランのようだ。    しかし、回転寿司のファミレス化は、資本主義的な競争の過渡期にある一時的なものにすぎないと私はあえて断じたい。  コンベアに乗って品物がまわるというアミューズメント性を切り口に、今後、回転寿司はさらなる進化の可能性を秘めている。もはやまわらない寿司でも、そしてファミレスでもない、ご飯を楽しめる小規模なテーマパークとして、手の届きそうなアイドルのように親しみやすいアミューズメントフードコートとして、不動の独自性を獲得する未来を、私はひっそりと期待している。                                (了) 後記1)寿司の曖昧性を示唆する、寿司らしい寿司ネタのひとつに、サーモンの存在がある。サーモンはノルウェー出身の寿司ネタで、もともと日本の寿司ネタではない。魚介類であるということですんなり寿司の枠内に収まっているが、かれもまわってない老舗の寿司屋などでは曖昧な存在として扱われる事があるようだ。(http://www.all-nationz.com/archives/1023057926.html)     後記2)今日、回転寿司業界ではあらゆる方向においてビジネス競争が激しいようで、「低コストで効率よく注文をさばく営業システム」はテクノロジーの発達によりさらに無機質化し、しかしそれに反比例するように、ファミリー向けの営業展開としての子ども向けのギミックや、メニューのファミレス化がすすんでいる。カッパ寿司は、ウィキペディアいわく日本ではじめて100円寿司をはじめ、タッチパネルでの注文方式を採用した回転寿司屋だそうだ。 カッパ寿司の店内にはいり皿の泳ぐコンベアを眺めると、えび、いか、まぐろなどの魚介類や玉子、巻き寿司のほかに、子ども向けのハンバーグ、サラダ風ソフトサラミ握り、フライドポテトなど本来寿司屋には無いようものまで流れている。(というか、そういう非•魚介類のほうがたくさん流れてくる気すらする、現にメニュー表では100円寿司よりもケーキとかお味噌汁のほうが大きく表示されている。) その商品のほとんどは税込み108円で、一番高いメニューでも400円は割らない。 実際、スーパーで買うよりもかなりリーズナブルにお寿司が楽しめる。 そして、タブレットでの注文なので、(特別な用がないかぎりは)店員とコミュニケーションをとるのは、入場と会計のときのみである。また家族連れを意識したお店では、新幹線のおもちゃにのって注文が届くところもあり、注文時の効果音など、アミューズメント的な工夫をこらして、客を楽しませるような演出がされている。 後記3)本文中で、回転寿司だけが寿司の曖昧性に触れているような書き方をしたが、もちろんまわらない寿司でも創作寿司としてそういった試みはある。 その場合、もっと審美的な料理、工芸的な芸術品としての料理として、お米と具材の関係性における実践がなされているようだ。 後記4)社会ではテクノロジーの発達とともに、魔法のようなインタラクションを起こすインターフェースが一般に普及してきている。メディアアートやクリエイティヴデザイン方面から企業一般へのアイデア流入も増えてきている。 回転寿司のシステムは、そうしたデバイスの拡張を柔軟にとりいれることができる。企業のクリエイティヴ精神さえあれば、いくらでも工夫ができる。 後記5)このレポートをtumblrにあげる際に、ハッシュタグ付けをしていたら♯sushiart というタグがあった。既に、アートとしての寿司は台頭しているのである……。
出典)くら寿司HPファンページ 回転むてん��http://www.kura-corpo.co.jp/mutenmaru/     カッパ寿司 HP 企業情報http://www.kappa-create.co.jp/company/intro.html                                 企業理念「お客様に歓びと満足を提供し社員自ら改善、改革、成長しながら社会に必要とされ、貢献しつづける競争力NO.1の企業を目指す。』            寿司 ウィキペディアhttps://ja.wikipedia.org/wiki/寿司
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naojohn · 9 years ago
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カタルシス逆再生
「君なら外のギャラリーで展示できるんじゃない?人脈あるし」
大学の制作展をぐるぐる歩きながら、誠実に向き合ってると思ってた大好きな友達にこの言葉を発された。自分は、もし展示するならたくさんの人に見に来てほしいけど、そうじゃなくて第一にはやっぱり良いものを作りたい。ぼんやりしててバカみたいだけど人に何か残せる、思ってもらえる展示がしたい。欲張りだから。 我慢できず「思ってもないこと言うな!」と軽いノリで返した時、「ごめん、何も考えず話してた」と言ってくれた彼はすごく誠実で、やっぱり尊敬する友達だ。そこに関して友達に怒ってこの文章を書いてるわけでない。 ただそれと同時に洪水してしまった、最近自分のこととその周りについて再び考えていたことをまとめたい。友達は心に残り刺さることを言ってくれたなぁ、って思う。けど人間なので同時に悲しくなってしまったのだった。正直すごく、つらくなってしまった。何故なら、今まで見ないようにしていた事実が目の前に晒されたような気持ちになって。 自分がちいちゃい。実力も、努力も。人の目を見て良いと思うものを良いと言えなくなってしまったし、美術に対して弱い気持ちしか持てない。がむしゃらにやってみても、時々力が追いついていないと失望する瞬間がなんども訪れた。知ってることが少ないうちは、あんなに楽しかったのにな。だからってたくさんのことを知ってるわけでもなく。何になりたいんだ、わたし。 美術のまわりのひとの中でおーっとなる、カメラとか音楽の趣味もなくバカにされるくらいのミーハーで、ちゃちい。ひとつひとつはしっかり深く掘ってる自信はあるけど、ジャニーズアイドルとかメンバーがかっこいいバンドとか、結局見た目女性的なところに収束されられてしまうものしかないし。それの他のおもしろさがあるから好きなのに、それを伝えようとして次に行けるまで、が色眼鏡の中で難しくなってる場合が多い。結局アトラクティブで、立っているだけなのに気になる人だな、みたいなところにたどり着けない。 だから、その日の夜に飲み会で、「来てって言ったら飛んできてくれる彼氏じゃないとダメ、っていうのやめようと思う」と話すA先輩に「はたから見てたら先輩かわいいですけどね〜」と相槌を打った時、「そのコメントは、自分を映している自己愛じゃない?」と横からB先輩に言われて、しんどくなった。そんなことはしたことないのに、する人間だと思われてるし自己愛に溢れた人間だと思われている。でも、B先輩の発言は本質をついていて、客観でそう思われてるのならやっぱりそうなのかなとも思った。プライドが高い自分は、こんな自分を許せないところばっかりなのに。B先輩には他意はなかったのだろうけど、意外と今夜、ひとつの言葉に苦しめられてしまったのだった。自分の弱さを放っておけないと、そんなタイミングなのかもしれない。
webはタレント的な世界で、コンプレックスのある外見の中死んでしまうだろうから無理。展示は、好きだけどまだついてこない。紙媒体の文章がすきだけど、皆その世界は難しいと言う。そ��そも、自分の書く文章なんてありふれてるって、いろんな世界に触れるたびに思うのだった。そう、また、わたしは喪ってしまったのだった。 何をしたい、って難しい。すべての悩みは勉強すればいいということにまとめてしまえるから、それも悲しい。 今年の制作展が終わって次は大学3回生の春がやってくる。後悔ないように研究をしたい、という気持ちは本当だ。自分の得意分野を作ってがんばったねって言われたいし、ここで適当にしてたら自分を殺してしまうから、せめて自分の首を絞めないように。生きてるのはわたしで、それは一度っきりってことを、忘れないようにする。ゆっくりこれからも長く勉強しようと思ってるけど、それで見つかるかな。
カタルシスと思っていた行為たちは一年ちょっとでそうでなくなってしまったけど、もっと先に自分なりの何かが見つかるはず。形や色は変わりながらでも、星たちはわたしを照らしてくれるはず。がむしゃらに生きるので、(自分の中にだけいる)神さま、星をください。
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naojohn · 9 years ago
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わからなさは妄想族のガソリンなの
 日本においてヤンキーと指される人々には特有の文化というものがある。ヤンキーとは、かつては非行少年や不良といった意味あいを持ち、そういった集団を指していたが、今では単に不良性を指す言葉ではなく、その独特なファッションや精神性を示す場合が多いとされている。彼らの中で重んじられるのが目立つこと。  そして彼らの文化の中では独自に進化したカメラの前でポーズをとる際のピースサインの様式というものがある。「ヤンキーピース」と言語化されていた記憶があるが、インターネットで調べようとすると「ギャルピース」と混同されている場合も多い。ギャルピースは頬に指をくっつけるようにピースサインを作るものだ。「裏ピ」と呼ばれるように手の甲を見せるようにピースサインを作るものもここには含まれているようである。それとは形を異にするのが「ヤンキーピース」だ。人差し指と中指は離さずにくっつける。手は顔から離し、ピースの形は45度に傾いている。時折、俯きながら目をつむりピースサインをする。カメラに向かい顔を見せない場合も多い。  決して交わらないところにある、と言い切れるほどにわたしと彼らとの距離は遠いが、理解できる部分は多いし、かつそれは言語化可能である。「ヤンキーピース」の「俯きながら」、の部分は社会への反骨心や本来ヤンキーの持つ不良性の象徴とわかる。そしてセルフィーにおける鉄則とされる「斜め上からの撮影」を彷彿とさせるため女性がその顔の角度を実践することに理が叶っている。加えて「目をつむる」の部分は、本来顔を見せ映るものであるはずの写真からの逸脱、ルールを守らない人間であることのアピールがなされていると考察できる。ここでも、女性にとっては均一な顔を実現するという点を挙げられる。目を瞑れば人間の顔を印象つける中で大きい意味を持つ瞳孔を隠し、つけ睫毛さえつけておけば、「睫毛の長い少女」にカテゴライズ化されて写真の中に収まることが可能だ。プリクラでの盛る(可愛く、美しく自分の顔を演出することを少女たちは「盛る」と呼ぶ。)術の一種として「目をつむる」という方法があることからも論が補強されるであろう。  しかし、どうして人差し指と中指をくっつけピースサインを作るのか、わからない。こじつけようとしてみても理由がつけられないし、ヤンキーたちの中でつまるところのどんな不良性が主張されているのか読み取れないのである。幼少期流行った氣志團の中での振り付け、古い少女漫画での主人公に向かって主人公の片思い相手が立ち去り際別れを告げる「じゃな!」のポーズ…似たようなものは思い浮かべど接続しない。単に他との差異化によるためのポーズのマイナーチェンジが理由であるにしてはいささか不思議である。このポーズの起源や主張するものはいったい何か、そこが知りたいのだがどこにも情報がない。かつて埼玉にいた伝説的ワルの集団のボスの…とかそんな作り話が思い浮かんで、止まらない。舎弟の数、寝盗った女の数、好きなカンフー映画のポーズ…とかってにボスの姿が妄想上で完成していく。しかしきっと美学が異なる故、何か答えがわかっても本質の部分をわかり得ることはないのであろう。目立ちたい、不良性を主張したい、そう主張をしている部分がまずわからないのであるから。  きっとわからなさ、とは人間の想像を増幅させ加速させる、そんな力を持ったものなのではないだろうか。ありえない方向に人の思考を飛ばしてくれる、今回ならワルのボスみたいな、普段思うことのないようなものに人を導いてくれるものではないか。この感覚は美術にどこか通じる瞬間があるように思える。その想像自体がどこかのタイミングで創造につながるという意味でも、鑑賞の中で辿っていくわからないものから自分の中での答えを見つけていくようなプロセスとの感覚の既視感という意味でも。今回このエッセイを綴る中で、展覧会レビューを書いているときに似た感覚を得て、わからなさの力を見たような気持ちになった。だからと言ってヤンキーピースが美術と接続するのかというと、またわからないのだが。
 彼らはピース一つで人々の心に大きく印象を与える。様々な想像を掻き立てて、今日も「わからない」主張をわたしに訴え続けていく。わたしは戸惑いながら、謎の強烈な印象に、わからなさに、悶々としている。
/現代芸術論1にて、「曖昧なものに対するエッセイ」
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naojohn · 10 years ago
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うぬぼれやろう
ずっとずっと、自分のことを特別で賢くて強くてラッキーだと思っていた。誰とも違うだけの価値を持った人間であるって。 だけどちっとも可愛くなんて思えなくて、自分のことなんて好きになれなかった。
最近、自分のことをすごく普通で無力で馬鹿だって思う。 だけどそれが絶望ってわけじゃない。更にちょっとだけ可愛いかもしれない。(容姿とかそういう話じゃ、ないよ) 誰か一人のひとと向き合うってことの、いろんな気持ちを味わう二十歳の十一月。必死で声が大きいだけの何処にでもいるような私だけど、何か出来そうな気持ちは前よりずっとずっとあるんです。
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