木瓜から始まり、満天星・連翹・山吹・さつき・
クリスマスローズ・カルミア・梔子・夏椿(娑羅双樹)・
金木犀・椿・さざんか・・・庭をめぐる花たちの、
時を巡る競演をもう最後まで見届けることは出来ない。
雨のくる前に引っ越したいと、
今や部屋は孤軍奮闘の混沌に埋没し、
待った無しの戦場のごときありさま。
ブログのテキストを書く余裕も無くなった。
思えば、二〇〇八年六月二三日に始まったTumblr 「みないで」 も
七十歳の誕生日に始めるつもりが、
一年一ヶ月遅れたのだった。
今年一月にパソコンを買い替えてからトラブル続きで
まだ十分に使いこなせないため、
それらの問題を乗り越え、
引っ越し後すぐにブログの再出発に
辿り着けるか否か心許ないけれど、
私自身が直接アップできるようなサイトに引越し、
六月末に新鮮な空気と共に心新たに再開できるよう願っている。
長いことご覧いただき、真にありがとうございました。
そして、何よりも、
ここ三ヶ月ほどアップが遅延しがちだったとはいえ、
Tumblrでフォーマットを作り、
原稿データのアップを十六年間続けてくださった
デザイナー・渡邉允規氏にこの場を借りて深い感謝を捧げたい。
開始時二十代だった若者が今や不惑の年に達し、
第一線に立っていらっしゃることに感慨ひとしおです。
いろいろ大変お世話になりました。
ありがとうございました。
余白たっぷりの、すっきりとした画面が好きでした。
このブログ上で六月末頃には
新しいサイトのURLをお知らせできれば、と考えておりますが・・・
次の ‘みないで・その二’ もぜひお付きあい頂きたいと願っています。
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06090046
あるところに、それはそれは醜い姫がおりました。顔には幾つもの爛れた火傷の痕があり、目や耳は聞こえていましたが、人間が一目見ればバケモノ!と声を上げ逃げてしまいそうな、そんな顔でした。醜い姫は国の外れ、森の中で、真っ黒な面を被った魔術師の男と二人、暮らしていました。
姫は、街に住むことは出来ません。危ない場所だから行けない、と男に言われ、姫は素直に森の中、何もない狭い小屋で、野生の動物や花と戯れながら、日々を過ごしていました。
姫と男が住む国は、気弱な王と、それはそれは美しい王女が納めている国でした。元は普通の国だったその場所は、王女によって段々と変わっていきました。
彼女は王に成り代わって国の仕組みを変え、美しさこそが全てである、という法律をもとに、国を作り替えました。
美しの国、と呼ばれたその国は、6歳になった日、見た目の美しさで、社会的な地位が決められます。
その地位は、一生変わりません。見た目がとても美しくなって、上にのぼっていく人も稀にいましたが、皆、醜いものは醜いものに与えられた貧民街で泥水を必死に啜り、美しいものは美しい場所で美しい景色を見ながら、贅沢な暮らしをする、世界が光と影に真っ二つ。そんな国でした。
「相変わらず、あの国は醜いな。」
「あら、新聞を読んでいるの?」
「あぁ。天気が知りたくてね。もうじき雨季が来る。今日は林檎を見に行こうか。」
「やったぁ!行く行く!」
姫には、幼い頃の記憶がありませんでした。自分が誰から産まれ、なぜこんな顔になり、この一見不気味な男と暮らしているのか、全く分かりません。男に聞いても、「森で拾った。」としか言われなかった姫は、時々男が持って帰ってくる新聞や本、そしてさまざまな森の植物、動物を見ながら、色んな知識を付けました。
魔術師の男も、姫の前で面白い実験をしてみたり、野生動物を捕まえて捌いてみたり、常に好奇心を満たしてやろうと楽しいものをたくさん見せました。
姫は、側から見た自分の顔がとても醜く、国では酷い目に遭うことを知っていました。美しいものこそ全て、という価値観に染まりきった国の人間とは違い、姫の顔を気にせず、ただ何事もないように過ごしてくれる男は、姫にとって、かけがえのない人でした。
男は、姫と出会ってから一度も、仮面を外したことがありません。真っ黒なカラスのような嘴のついた仮面を被り、眼の部分も暗くてよく見えません。
でも、姫は、例え、その仮面の下を一度も見たことがなくても、男のことが大好きでした。
「魔術なんてものはね、本当は無いんだよ。全部、科学で説明ができるんだ。」
「科学?」
「そう。皆は知らないが、病気だとか、飢饉なんかも全て、科学で解決するんだよ。」
「それって素敵!よく分からない迷信とか、思い込みに縛られているなんて、馬鹿みたいよ。」
「君は賢いな。さ、早く眠ろう。明日は16歳の誕生日だろう?収穫をして、君の大好物を作ってあげよう。」
「本当!?楽しみ、早く寝なくっちゃ!」
その日の夜、男は、小屋の外の気配に気付いてゆっくりと起き上がりました。隣のベッドでは、気持ちよさそうに寝息を立てる姫がいます。
男がナイフを手に玄関を開け、人影目掛けてナイフを突きつけると、そこには、ガタイのいい男が一人立っていました。
「なんだ、アンタか。」
「物騒なお出迎えだな。久しぶり。」
「姫はもう寝てる。外で話そう。」
仮面を外した男が、訪ねてきた男からタバコを貰い、肺に深く煙を吸い込んで口からぼわり、と吐き出しました。夜の闇に、薄ら白い煙が燻り、溶けていきます。
「誕生日だから、様子を見に来たのか。」
「あぁ。あれから10年経ったんだな。」
「立派に育ったよ。昔から変わらず、綺麗な人だ。」
「...そう、だな。」
「用はそれだけか?」
「いや、これを、姫に。と思って。」
「...生花のブローチか。は、クリスマスローズを選ぶなんて、趣味が悪い。」
「そう責めないでくれ。俺はあの日からずっと、姫を忘れず想って生きてきたんだ。」
「まあ、そのおかげで今ここに姫がいるんだ。責めやしないよ。」
「じゃあ、俺はもう城に戻るよ。夜明け前には戻っておかないと。」
「待て、これ持ってけ。」
「...変わらないな、お前も。ありがとう。帰りがてら食べるよ。」
ガタイのいい男は、渡された包みを懐に入れ、後ろ手で手を振りながら夜の闇の中へ消えていきました。仮面の男は仮面とブローチを抱えたまま、満天の星が浮かぶ空をぼーっと眺めていました。星の光が瞬いて、時折地面へ落ちてきて、木に実った沢山の果実を照らしました。
姫は、美味しそうなパンの焼ける匂いで目が覚めました。溶けたバターと、蜂蜜とミルクの匂い。飛び起きてキッチンに行けば、エプロン姿の仮面の男が姫を抱きとめ、「おはよう。」と言いました。
「おはよう。今日の天気は?」
「快晴さ。魔法の力でね。」
「ふふ、昨日は夕焼けが綺麗だった。だから晴れたんでしょ?」
「バレてたか。さぁ、ペテン師特製の朝食ですよ。席について。」
「はぁい。」
「「いただきます。」」
姫は手に持ったカゴへ、もぎ取った林檎を一つ入れました。もう5個、6個ほど入ったそのカゴはずしりと重たく、姫の目にキラキラと輝く群青が写ります。
「今年も綺麗に実ったね!」
「あぁ、10年目ともなると安定するね。出来がいい。」
「はぁ、早くおじさんのアレが食べたいわ。」
「支度はしてあるよ。林檎を小屋へ運んでくれるかな。」
「はぁい!」
普通の林檎は火よりも濃くて、血のように赤いものだと、食べたことがなくとも本で読んで姫は知っていました。ただ、男の育てる林檎はどれも群青色。一眼見ただけではくさっている、と思わなくもない毒々しい色をしていました。でも、勿論毒などありません。姫は毎年、この林檎を、男の一番得意な料理で食べているからです。
「出来るまで眠っているかい?」
「ううん、見てたいの。だって今日は、私の誕生日だもの。」
「分かったよ。」
しゃく、しゃりと大きめの角切りに切られた林檎。瑞々しいそれよりも、姫はたっぷりの砂糖で煮込まれて、飴色になった林檎の方がずっと美味しそうに見えるのです。そう、姫は男の作るアップルパイが、世界で一番好きでした。
「さ、あとは焼けるのを待つだけ。」
「この待っている時間、狂おしいほど愛おしいわ。」
「こちらへおいで。」
「...なぁに?」
彼らの住む国では、16歳の誕生日は特別なものとして扱われていました。社会的地位が決められてから10年。顔の美しい者たちがそれはそれは盛大に祝う誕生日として、どこかの祭りのように盛大に騒ぐのです。
男は、クローゼットの奥から、大きな箱を取り出しました。姫の目は期待にキラキラと輝いています。埃の被っていないその箱を開け、姫は、嬉しさのあまり悲鳴を上げました。
箱の中にあったのは、純白のウェディングドレスでした。姫が物語の中で何度も見た、幸せなお姫様が王子と結ばれて、そして祝福の中で着るドレス。シンプルで模様も飾りも何もない、上品なデザインでした。
つやつやした生地を恐る恐る触って、手のひら全体で触れて、頬擦りしてみました。気持ちが良いその絹に顔を埋めて、そして、仮面の男を見上げました。姫の目には涙が揺蕩って、今にも溢れそうに膨らんでいます。
「どうした?」
「私、こんな綺麗な服、着ていいのかな。」
「君に着て欲しくて、君のために作ったんだ。」
「でも、私、」
「出会った頃からずっと、君は美しい。生まれてきてくれたことを、祝福したいんだ。それに、私は魔法使いだよ。いくらでも夢を見させてあげられる。騙されたと思って、着てくれないかな。」
「っ、分かった、大好きよ、おじさん。」
男はカメラを取り出して、中にフィルムを入れました。庭に置いた白いテーブルとチェアー。そして、姫の大好きなハーブティーにアップルパイ。外で待つ男の前に、着替えた姫が現れました。
純白のドレスに身を包んだ姫は、男が思わず見惚れてしまうくらい、それはそれは美しい姿をしていました。男は嬉しそうな声色で姫へ色々指示をし、座らせてみたりしゃがませてみたり、色々なポーズで写真を撮りました。
姫は写真が嫌いでした。でも、今日くらいは、綺麗な服を着た姿くらいは、せめて首から下だけでも、思い出として撮っておきたい、そう思って、涙を拭いながらカメラに向かって笑い続けました。
お腹いっぱいアップルパイを食べた姫は、日が沈む頃にはすっかり眠りに落ちてしまいました。キッチンの机の上には、現像された写真たちが何枚も散らばっています。その写真に写る姫の顔には、爛れた痕も、傷も何もなく、まるで白雪のような肌に、真っ黒で艶めかしい黒髪、熟れた正しい林檎のように赤く色づいた小さな唇、まさしく姫と呼ぶにふさわしい可愛らしい娘が写っていました。
「10年も掛かったよ、ごめん。」
そしてその夜、森に火が放たれました。男は姫を抱え、森の奥、人知れず作っていた岩の洞窟に逃げました。真っ赤な炎が青い林檎の木を包んで、飲み込んでいきます。
姫は震える唇を噛み締めて、その光景をただ見ていました。
「私が、醜いから、森を焼かれたの?」
「違うよ。君は悪くない。」
「おじさんの林檎の木、沢山リンゴが実ってたのに、燃えてしまう。」
「大丈夫だよ。落ち着こう。ゆっくり3数えてごらん。」
「......さん、にぃ、いち、」
数を数え、男のかけた術によって眠った姫を、男はそっと洞窟の奥へと寝かせました。被っていた仮面を外し、彼女へと被せ、洞窟へも術をかけた男は燃え盛る木々を見ては笑い、火のついた木を四方に投げ、むしろ森に広がる火を手助けしました。
「燃えろ燃えろ。これでいい。はは、ははは!」
森は延々と燃え、舞い上がった青銀の灰が風に乗せられ舞い上がって、街の方へと流れていきました。
王女は爪を噛みながら、城の中で怒鳴り散らしていました。10年前に殺したはずの姫が、生きていると鏡に知らされたからでした。
王女はその日も日課を済ませるべく、鏡の間で鏡に話しかけていました。
「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは?」
『......おぉ、なんということ、この世で一番美しいのは、貴方の娘、白雪姫です。』
「何言ってるのよ、あの子は10年前に死んだわ。」
『いえ、生きています。街の外れ、森の中で自由に暮らしています。』
「なぜ10年もわからなかったの!?」
『強い魔力を感じます。』
「まぁいい、ちょっと!」
そばにいた側近の、ガタイのいい家来を呼びつけた王女は、冷酷な顔で一言、言いました。
「夜の間に火を放ちなさい。」
「お、王女様...しかし、あの森は...」
「焼け野原になれば、醜い者たちに土地を与えて畑にでもすればいい。早く火を。燃やし尽くして更地にして、殺すのよ。」
「......仰せのままに、王女様。」
城に突然の来訪者があったのは、火をつけた次の日の朝でした。王女は、呼んでも誰の姿も見えない城の中を、カ���カツと苛立った足音を鳴らしながら歩いていました。
そして自室に戻った王女の前に、全身が黒い男が現れたのです。
「おはようございます、王女様。」
王女は固まりました。その男の、口の端の裂けたような傷痕と、色の違う左右の瞳、そしてその卑しい笑顔、神聖な城になど絶対入れるはずもないアシンメトリーな醜い顔には、嫌と言うほど見覚えがあったからです。
「あぁ、やっぱ覚えてた?そりゃそうか、自分の子供殺させた相手忘れるほどバカじゃねえな、さすがに。」
「何をしにきた。」
「お礼を。」
王女のベッドへ勝手に腰掛け、タバコへ火をつけて吸い出す男。困惑したままの王女を見て、心底楽しそうな笑顔を浮かべた男が、謎解きを始める。
「まずは10年前のお礼。娘の美しさ��嫉妬したアンタの目の前で娘の顔に薬品ぶっかけて、その後一旦解放した俺を襲って、死体奪って、こんなご褒美までくれて、どうもありがとう。」
にこにこと上機嫌に笑いながら、男は昔を思い出していました。
鏡によって娘の美しさを知らしめられた王女は、6歳になる頃、呪術師の男に顔が醜くなる呪いをかけさせ、そして失望のあまり娘が自ら命を絶った、と、そういうストーリーを作り上げていたのでした。
勿論手を下した男も、二度と街を歩けないよう顔を傷つけて、トドメを刺させたつもりでした。
「10年前、アンタが娘の死体だと思ったあれは、俺が術をかけた豚の死体だよ。」
「な、そんな...確かに、鏡は死んだと、」
「何のために俺みたいな呪術師がいると思う?アンタみたいな醜い人間の心を騙して、呪うためだよ。ははは。」
高笑いが止まらない男は、ゆっくり瞬きしながら王女に近付き、煙を吐きかける。
「なぁ、王女さんよ。引き連れてるお供はどうした?」
「!!!まさか、それも、お前が...?」
「くく、ははは、あはははは。お前ならあの森を焼くって、分かってたからなぁ。俺は。」
王女は慌てて自室の窓に駆け寄り、バルコニーに出て外を見下ろしました。城の外、普段は美しい者たちが仲睦まじく集っている広場が、夥しい数の倒れ込む人々で埋まっています。
「10年間ずっと呪い続けたんだ。人も、土地も、何もかも、終わり。もうこの国は死んだ。」
「嘘だ、そんなはずは...貴様!」
「足掻くなって。もう、あとアンタが死ぬだけだから。」
男が人差し指を王女に向け、そして、オッドアイを見開き、何か言葉を呟きました。ニヤリ、と歪められた口角が釣り上がり、耳まで繋がった痕が引き攣れました。
ふわり、と浮いた王女が恐怖を顔に浮かべ、そして、男の指の動きと一緒に左右に揺らされ絶叫が城に響きます。
「さようなら。世界で一番醜い、王女様。」
下を向いた人差し指に操られるまま、王女は地面に顔から落ちていきました。男がバルコニーから下を覗けば、恨みがましい顔で見上げている王女がいます。楽しくてしょうがない男は、王女目掛けてバルコニーに置かれていた鉢植えを全て落とし、そしてスッキリした面持ちで城を後にしました。
男の育てていた青い林檎は、呪いの林檎でした。摂取しても、灰を吸い込んでも、育った大地さえ猛毒になる恐ろしいものを、男は森いっぱいに広がるまで育てていたのです。
ただ、男と、そして姫だけは、守りの呪いをかけたアップルパイを食べ続けていたので、この世界でも無事に生きられる。そんな理不尽すら、男は厭わないほど、この国を、人を嫌い、呪っていたのです。
死体の転がる小綺麗な広場を、男が楽しそうにスキップしながらかけていきます。転がる死体の中には、かつて姫と男が逃げるのを手助けした、あのガタイのいい男の姿もありました。
洞窟で丸二日眠っていた姫が目覚めた時、目の前には本の中でしか見たことのない海が広がっていました。今までは緑に囲まれていた姫は、また違う世界の自由を手に入れたのです。
そばに座って姫を見ていた仮面の男は、いつもと変わらない「おはよう。」を姫へと伝え、そのつるりとした頬をなぞりました。
いつもと違う感触に姫が目を見開き、己の顔に触れ、あふれる涙とともに男に抱きつくまで、あと3秒。
めでたし、めでたし。
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