『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』感想
ブロードウェイでは『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』も見た。19世紀イギリスの三文雑誌に掲載された恐怖小説に着想を得て、イギリスの劇作家クリストファー・ボンドが1970年に手がけた戯曲をもとに、1979年にヒュー・ホィーラーとスティーブン・ソンドハイムがミュージカル化した人気作品である。
冤罪で流刑となった理髪師ベンジャミン・バーカーは脱走し、妻を手篭めにし娘を奪った判事ターピンへの復讐心を激らせながらスウィーニー・トッドとしてロンドンに帰還する。フリート街の古巣、ラヴェット夫人のパイ屋の上階で理髪店を再開したトッドは、判事への復讐を心待ちにする。復讐成就が眼前に迫りながら失敗したトッドは破滅への衝動を拗らせ、パイ屋を営む大家ラヴェット夫人と結託し、客の喉を切っては人肉パイとして処理し始める。
このように『スウィーニー・トッド』はブロードウェイ・ミュージカルきっての陰惨な作品だが、楽曲はやけに耳に残るし(観劇から5日ほど経っているが、まだ “The Ballad of Sweeney Todd”が脳内で回っている)、歌い甲斐はあるしで、人気が高い。今回のブロードウェイ再演は2005年のアクター・ミュージシャンシップ版以来で、演出は『ハミルトン』を手がけたトーマス・カイルである。
今回のプロダクションで印象的だったのは、アンサンブルの体の動かし方である。 “The Ballad of Sweeney Todd”で特に顕著だったのだが、妙に柔軟性の高いねっちりとした動きをしていて、俯瞰してみると捏ねられている最中のパイ生地のようであった。作中でパイが重要な小道具になっているからだとは思うが、考えてみると、トッドは15年間怒りをこねくり回し、寝かせ、叩いては形を確かにしていく。他方、いざ復讐がなったら過剰に燃え立たせて台無しにしてしまうのも、オーヴンにかけて初めて成否がわかり、失敗したらだいぶ悲惨なことになるパイっぽい。トッド以外の人物もそれぞれの立場において執拗で粘着質だし、音楽も人物たちの性質を補強するようにこねくり回しているし、本作を「ベイク」という切り口で捉えるのは理に適っているのかもしれない。ともあれ、スティーヴン・ホジェットの振付は見応えがあって良かった。
また、今回のプロダクションの特徴として無視できないのは、メイン・キャストを若返らせたことである。開幕当初はジョシュ・グローバンがトッドを、アナリー・アシュフォードがラヴェット夫人を演じ、2024年2月9日以降、トッドはアーロン・トヴェイトへ、ラヴェット夫人はサットン・フォスターへ変更になっている。ちなみに、ベガー・ウーマンはルーシー・アン・ミラーで、彼女の表現の幅の広さを堪能できる良いキャスティングだと思った。
それにしても従来と比べ、特にトッドの若返りが著しいキャスティングである。とはいえ、若くして結婚し、流罪で15年間ロンドンを離れていたというトッドの設定を考えると、中堅に差し掛かったくらいの若さでも十分担えるキャラクターではある。音楽が重厚かつトッドの音域がバリトンということで、深い声を出せるキャリアの重ねた俳優が配役されがちだったのに対し、今回のプロダクションは若くして過酷な人生を送る羽目になったトッドの暗さが強調されていて新鮮だった。なお、トヴェイトへの変更が発表された当初は、音域が合わないのでは?と懸念する声があがった。確かに、ジョシュ・グローヴァンのトッドは(トニー賞のパフォーマンスやキャスト・レコーティングを聞くに)レン・カリオウやジョージ・ハーン、マイケル・セルヴェリスと張れる声の重たさだったのに対し、トヴェイトの歌声はもう少しウェイトが軽くてスムースである。しかしながら、流石にしっかりと喉は鍛えられていて、音域の変化がナイーヴなバーカーから悲惨な境遇によるグルーミーなトッドへの変化へと重なって聞こえるので、アリだと感じた。音域の合わない配役は日本のミュージカル上演でも全く珍しくないが、せめてこの『スウィーニー・トッド』のようにきちんと訓練した上で舞台に立ってほしいものである。
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oh so THIS is what kyo was referring to
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ティム・バートンやサム・ライミの映画では常連であり、特にバートンとは『ピーウィーの大冒険』以降、『エド・ウッド』(この時期、喧嘩別れしていたらしい)と『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』と『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』を除く監督作全作の音楽と、バートン製作の『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』の音楽および主人公ジャックの歌パート、さらには声優としても参加するなど、バートン映画に於ける重要な要素の一つとも言える活躍ぶりを示している。『チャーリーとチョコレート工場』で登場するウンパルンパの歌う曲は、すべてダニー・エルフマン一人による声である。
映画音楽の他にも、テレビドラマなどのテーマ音楽も手がけ、アニメ『ザ・シンプソンズ』や『デスパレートな妻たち』、オムニバスドラマ『ハリウッド・ナイトメア』のテーマ曲や、スティーヴン・スピルバーグ製作の『世にも不思議なアメージング・ストーリー』の数エピソードの音楽など、映画以外でも活躍している。
ダニー・エルフマン - Wikipedia
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スウィーニー・トッドがプロデュースした店人肉タピオカミルクティー屋
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9月6日
たびたび言っているし小説として書いてもいるのでもうすっかり知られていることかもしれないが19世紀後半~20世紀初頭のヨーロッパ、特にイギリスとフランスが好きだ。19世紀イギリスを舞台にした映画は好きなものが山のようにあるし、カズオ・イシグロの『日の名残り』のような19世紀の面影にすがる20世紀の人々も大好き。産業革命によるスチーム・パンクっぽい世界とそれでもまだ現代には程遠いところに夢を見るのかもしれない。
19世紀英国を舞台にした作品だけの映画祭があれば素敵だ。どこかやってほしい。『スウィーニー・トッド』『オリバー・ツイスト』『切り裂き魔ゴーレム』『プレステ-ジ』『ジェーン・エア』『シャーロック』『メアリーの総て』、少しファンタジーすぎるけれど『アリス・イン・ワンダーランド』そして『屍者の帝国』。20世紀なら『日の名残り』、連続ドラマシリーズだが『ダウントン・アビー』は絶対に観てほしい。素晴らしいので。
特におすすめはフランケンシュタインを生んだメアリー・シェリーの半生を追う『メアリーの総て』、労働者階級と大衆文化にスポットライトを当てながらミステリーが進んでいく『切り裂き魔ゴーレム』、スチーム・パンクな世界観と手品のトリックが絡みあって瞬きすら許さないクリストファー・ノーラン監督の『プレステージ』あたり。『スウィーニー・トッド』も歌が素晴らしいけど、R15なのでグロテスクなものが大丈夫だったら是非。
カクヨムで連載している『連綿と命の』も一部だけだが20世紀初頭のフランスについて書いている。大衆文化が貴族社会に溶け込んでいく過程がとても好きだから、グラン・ギニョール劇場についてはいつか書きたいと思っていたけれど、そういうものになっている。19世紀のヨーロッパを舞台にした作品でおすすめがあればいつでも教えてください。小説だと伴名練の『屍者の簒奪、あるいはフランケンシュタイン三原則』が本当に最高です。
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【過去記事】2018年演劇・映画見たものリスト
*noteから行きて帰ってきたので、noteで発表していた記事をサルベージしています。
■:映画、□:演劇、▲:スクリーニング、△:配信・円盤、★:飛行機内、☆:ドラマ
【映画・演劇・スクリーニング】
1月3日(水)
■:『パーティーで女の子に声をかけるには』
1月15日(月)
▲:『ヘッダ・ガーブレル』
1月25日(木)
□:『TERROR』(紀伊国屋サザンシアター)
□:『三文オペラ』(KAAT)
1月26日(金)
□:『アンチゴーヌ』(新国立劇場)
2月1日(木)
■:『スリー・ビルボード』
■:『パディントン2』
2月7日(水)
▲:『エンジェルス・イン・アメリカ第一部 至福千年紀来る』
2月14日(水)
■:『僕の名前はズッキーニ』
2月16日(金)
□:『リンドバーグたちの飛行』(ゲッコーパレード、西御門サローネ)
2月18日(日)
□:『変則のファンタジー』(KAAT)
2月21日(水)
□:『FUN HOME』(シアタークリエ)
3月1日(木)
■:『グレイテスト・ショーマン』
■:『ブラック・パンサー』
3月2日(金)
□:『木ノ下歌舞伎 勧進帳』(KAAT)
3月9日(金)
□:『白い病気』(KAAT)
3月14日(水)
■:『シェイプ・オブ・ウォーター』
■:『しあわせの絵の具』
3月21日(水)
▲:『エンジェルス・イン・アメリカ第二部 ペレストロイカ』
4月7日(土)
□:『5DAYS 辺境のロミオとジュリエット』(KAAT)
4月29日(日)
★:『ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル』
5月26日(土)
▲:『ロー���ンクランツとギルデンスターンは死んだ』
5月30日(水)
★:『ゲティ家の身代金』
6月9日(土)
□:『ウーマン・オブ・ザ・イヤー』(赤坂ACTシアター)
7月4日(水)
□:『シークレット・ガーデン』(シアタークリエ)
7月11日(水)
■:『君の名前で僕を呼んで』
▲:『アマデウス』
7月18日(水)
□:『エビータ』(シアターオーブ)
7月25日(水)
■:『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』
■:『レディ・バード』
8月4日(土)
■:『ミッション・インポッシブル:フォールアウト』
8月11日(土)
■:『オーシャンズ8』
8月22日(水)
□:『ゴースト ニューヨークの幻』(シアタークリエ)
8月25日(土)
■:『マンマ・ミーア!2 ヒア・ウィー・ゴー』
9月1日(土)
△:『スウィーニー・トッド』(コンサート版)
△:『ジプシー』
9月5日(火)
■:『カメラを止めるな!』
9月19日(水)
▲:『イェルマ』
10月3日(火)
■:『クレイジー・リッチ!』
10月9日(火)
■:『サーチ/search』
10月18日(木)
□:『生きる』(赤坂ACTシアター)
10月20日(土)
▲:『フォリーズ』
11月22日(木)
□:『豊饒の海』(紀伊国屋サザンシアター)
11月27日(火)
■:『メアリーの総て』
11月29日(木)
■:『ボヘミアン・ラプソディ』
▲:『ヤング・マルクス』
12月1日(土)
▲:『ジュリアス・シーザー』
12月6日(木)
□:『スカイライト』(新国立劇場)
12月8日(土)
△:『名もなき野良犬の輪舞』
△:『インサイダーズ 内部者たち』
△:『グッド・バッド・ウィアード』
12月19日(水)
□:『サムシング・ロッテン!』(東京国際フォーラム)
12月22日
■:『アリー/スター誕生』
12月26日(水)
□:『女中たち』(シアター風姿花伝)
【その他、配信・レンタル・円盤(順不同)】
△:『オクジャ』
☆:『easy』(S2E5〜)
☆:『パーソンズ・オブ・インタレスト』(S3〜S5)
△:『バーフバリ 伝説誕生』
△:『バーフバリ 王の凱旋』
△:『スチューデント・オブ・ザ・イヤー 狙え!No.1!!』
△:『バルフィ!人生に唄えば』
△:『ロボット』
△:『オーム・シャンティ・オーム』
△:『きっと、うまくいく』
△:『グッド・ニュース!』
△:『わたしを野球につれてって』
△:『踊る大紐育』
△:『何という行き方!』
△:『いつも上天気』
△:『ハロー・ドーリー!』
△:『ブロードウェイのバークレイ夫妻』
△:『ライフ・アクアティック』
☆:『ファーゴ』(S2&S3)
☆:『高い城の男』(S1&S2)
☆:『ビッグバン・セオリー』(S1〜S4)
☆:『スタートアップ』(S1〜S3)
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