私なんかにSAC_2045の考察なんてできるわけがない
どうやら自分はアニメとかドラマとか映画が苦手らしい、と最近気づいた。
昔から何となく、違和感というか、集中しきれないなぁ、とは思っていた。
今までその原因を言語化できるほど明確にできていなかったのだけど、どうやら物語の進行ペースを自分で調整できないのが良くないらしい。
自分のペースを崩されるのがそんなに嫌なのか、それとも単に頭の回転が遅いが故なのか。
なんにせよ世間と自分のズレが顕れているような気がしてちょっと辛くなってしまう。
そんなワケで、「好きなアニメ」というものがないぐらいにアニメにこだわりがなかったのだけど、ある日アマプラで「攻殻機動隊」シリーズが無料になっていたのをなんとなしに見始めたところ、不思議なことにちょっとハマってしまった。
たたでさえアニメが苦手な自分なので、複雑な世界観で知られる攻殻機動隊の物語を理解できた自信なんて無いのだけど、「草薙素子のビジュアルが好みだったから」などというファンに怒られそうな理由で旧SACシリーズ(この呼び方で良いんだろーか)を最後まで見終わってしまった。
「素子がエロかった」以外に明確な感想がない。私は世界で一番不真面目な攻殻機動隊ファン、いやにわかです。申し訳ありません、自分の脳みそは下半身にあります。電脳化するときどうしよう。
……いやさすがに物語自体には一切思うところなんて無かったぜ! ってことはないけれど、理解に自信がなさすぎて本当に何も言えることがない。
考察とか書いてる人見ると「わぁ、すごい」という小学生みたいな感想ばかりが頭を埋め尽くしていく。
いかに自分が成長というものができなかったのかを思い知らされる。人生やり直したい。異世界転生キメたい。なろう的世界観で赤ん坊から強くてニューゲームしたい。チートスキルも頼む。
しかし現実はなろうではない。この厳しい現世でどうにかなるしかないのだ。何の話だ?
……ともかく、よーわからんなりに好きになれそーなシリーズだなぁと思い旧SAC以外の最初の劇場版だイノセンスだARISEだと、この攻殻機動隊シリーズの為だけにネトフリに登録し、その複雑さに頭をショートさせながらも鑑賞し続け、つい数週間前ぐらいに最新の「SAC_2045」にたどり着いた。
アニメ苦手マンにしては快挙である。誰か褒めてくれ。褒められ慣れてねぇんだおれは。
で、その「SAC_2045」を見終わった私はあろうことか、その感想みたいなのを書きたくなってしまった。アニメ苦手マンの分際で。
見終わった後もふと気づけば「SAC_2045」について考えさせられてしまいどうにも落ち着かない。
先日公開が始まった映画「攻殻機動隊 SAC_2045 最後の人間」も見にいこうと思っている。なんかアニメシーズン2の総集編みたいなモンだと思ってたら新カットとかもあるらしく……
映画を見る前に軽く頭とか感情の整理をしたいな~と思ったので、このロクに更新されないブログに無責任に書き散らしてみます。
誰も読まないと思うけど一応注意書き。
他の人が書いてた考察とかを引き合いに出してそれに反するようなことも書く予定だけど、当然否定や批判の意とかがあるわけでは無いです。こちとらアニメ苦手マンやぞ。マジのアニメファンとやり合う能力なんてあるわけがない。「多分間違ってるけど自分はこう思いますはいすみません……」ぐらいのテンションです。予防線を張らないと何も安心ができない。自分のアニメIQの無さはよくわかっております。アニメIQとかじゃなくてシンプルに頭が悪い可能性もある。基本このブログは自分の為だけに書かれています。そういうのをネットに放流するのが性癖なだけです。
>>>正直2期ラスト近くまで微妙な作品だと思っていた
「SAC_2045」の1期はネット上ではなんか評判悪いっぽいが、6話までは攻殻シリーズ中でも見やすくてこれはこれで良いと思っていた。
戦闘シーン多めでエンタメ寄りというか、こういう風にわかりやすくしていくのか~と感心したくらい。まぁ古参ファンにとってはキツかったんだろうけど。
短い期間で一気に見た自分にしてみればまぁこういうのも悪くないな~と受け入れられた。
3DCGになった点にも批判が集まっている感覚だけど、これも自分の嗜好的には問題無く、楽しく見られてはいた。6話までは。
……1期を見終わった直後はかなりキツい気分になった。
「コレ大丈夫か?」と。
視聴前軽く見かけていた、批判されている部分。
それが個人的には大して気にならなかったので、そのまま楽しく見続けられるかと思ったのだが甘かった。
江崎プリンが……新参ファンの自分としてもすごく……アレで……
マジで好みじゃなかった。そりゃどんな作品にも苦手なキャラの一人くらいはいるけれども、攻殻において彼女はビジュアル的にも言動的にも目立ち過ぎていた。
「この作品にそーいうの求めてない」――言葉にしてみると傲慢過ぎるようなその感触、どうしても無視できなかった。
新参の自分すら拒否反応を起こしたのだから、古くからのファンの反発が目立つのは自然なことなのかも。
正直2期で色んな新事実が発覚した後も全く好きになれなかった。なんなら今も好きじゃない。
「あ~また美少女がかわいそうな目に遭っちゃう系のヤツか……5億回ぐらい見たわ」というお気持ち。
あのエピソードで印象変わった人結構いるっぽいんですが自分には全く響かなかった。同情を強制されてるみたいで……
タチコマやバトーを始めとするキャラ達と完全に真逆な反応をしてました。血も涙もないのか?
ポストヒューマン化した後は元からのハイスペックがさらに過度になり、「メアリー・スー」な印象を受けてかなりキツかった。
「死んじゃったものは仕方ない」じゃないんだよ。どんだけ悪い意味でアニメキャラ的なんだよ。
……こんな受け取り方してる自分にドン引きする。人の心が無いのかもしれない。
まぁネガティブなことを書きたかったワケではないのでこの辺にしときますが。
ともかく、1期を見終わった段階では「SAC_2045」に対しての期待は大きく萎えていた。
一度刻まれたイメージはなかなか変わらない。なんとか気力を振り絞り2期を見始めると少しずつ持ち直してきたけれど、ラスト近くになるまで、いやラストを迎えても微妙な気持ちが振り払えなかった。
まさか最終的に、こんな感想文を書きたくなるような作品になるとは、この時点では思いもしなかった……
>>>強烈なラストが、それ以前のストーリーに思いを馳せるきっかけに
2期の最終話まで、1期を引きずって「エンタメ寄り攻殻」として消化しようとしていた自分にとって、あの最終話は背後から突然後頭部をブン殴られたかのような衝撃だった。
おいエンタメどこいった。考えさせられちゃう系(度を越して軽薄な表現)やんけ!?
始めてあのラストを見た時は喪失感のような、置いてけぼりにされたかのような、本当に自分の中でどう処理していいかわからなくなってしまった。
過去の攻殻シリーズも全容を理解できなかったのは同じなんだけど、自分は深く考えないタチなので「わからんかったけどわからんなりに面白かった~しばらく経ったら見直してみるかな?」ぐらいで終わっていた。
が、今回はソレではどうにも収まりがつかなかった。
モヤモヤを解消したく、「SAC_2045 考察」でググり始め、他の方の考察を見始めたばかりの頃抱いていたのは……「怒り」、だった気がする。
本作はジョージ・オーウェル氏の「1984年」からの引用が多く見られ、その中の一つに「ダブルシンク」というワードがある。
「相反し合う二つの意見を同時に持ち、それが矛盾し合うのを承知しながら双方ともに信奉すること」らしい。
らしい、と言っているのは原著読まずにネットで調べただけだからである。どこまでも不真面目。……すみません、いつか時間が出来たら読みます……
で、あの問題のシーン――
1.シマムラタカシのコードを引き抜き、全人類のN化(ダブルシンク)は解かれた。
2.コードは引き抜かれず、そのままN化が続行される。
どちらの結末になったかをはっきりさせないような終わり方は、視聴者をもダブルシンク状態にするのが狙いだった、という考察を各所で読み、ようやくなぜあそこまでぼやかしたのかを悟りました。
そしてすぐに、「そんなのありかよ! 卑怯じゃねぇか!」とキレてしまった。
「物語の解釈は画面の前の君が自由に考えてくれ!」みたいなスタンス、大して珍しくもないし、「無し」とは普段では思わない。
が、この「SAC_2045」はあまりにも事実と確定していない描写が多過ぎる。
例えばこの物語を「つまらない」と評価したとしても、「つまらないと思ったのは貴方が物語がつまらなくなるような解釈をしただけ! 本来はもっと面白い話! 不当な評価だ!」なんて言い訳ができてしまうような。
上手く言い表せなくて歯がゆいけど、物語のクオリティそのものを視聴者に委ねているようなやり方に、「無責任さ」――のような何かを感じてしまった。
大体ポストヒューマンがあまりにも反則的過ぎる。
もうヤケクソ気味な言い分だけど、あんなポンポン人が観測する「現実」を歪められちゃうならこのアニメの全描写が信用ならない、夢まぼろしのようなものと解釈しちゃってもいいじゃねぇか、とも考えたことすらあった。
ギャグ系以外では禁忌ともいえる「夢オチ」というヤツ。こんなモン考察したってしゃ~ないだろ、と投げやりな気分になっていました。
まがりなりにも好きだったシリーズがこんな終わり方をしたのがショックでした。好きだったものを嫌いになるのはいつだって辛い。
もう忘れてしまおう、としばらく他のネトフリ作品を見たりしていました。
……すると不思議なことに、忘れてしまおうとしていた「SAC_2045」について、日が経つにつれてどんどん考え続けてしまうようになっていました。
正直今でも「こんなやり方ありかよ」と感じる部分はあるのですが、悔しいことにあの仕掛けの面白さがジワジワと理解できるようになってしまった。
やっぱ考えちまうよずりぃよ………あのコード結局抜いたの!? 抜かなかったの!? うーわ俺自身もダブルシンクしちゃってね!? みたいな。頭悪すぎる表現で申し訳ない。
その結果いつの間にか「2週目」に突入してました。既に見た映像作品をもう一度見るなんて本当に初かもしれない。
ここからはその「2週目」の過程で気づいたことや考えた事を雑に書き並べてみます。
>>>シマムラタカシ以外のポストヒューマンって結局なんだったの
ポストヒューマンの面々は、基本的に人間らしさというものをあまり表に出さない。
出さない、のだが、ポストヒューマンになる前の思想が、なった後の行動にもかなり反映されている様子がある。
その内の一人、矢口サンジは日本に現れた3人のポストヒューマンの中では唯一2期にすらたどり着けない程にあっさりと捕まってしまうのだけど、このキャラは恐らくそういう部分を強調する為のキャラだったのだろう。
犯行理由にも思想が強く表れているし、素子と対峙した時に、彼女の「ボクシングスタイルを使う」という誘いにあっさりと乗る辺りも。
脱線だが、「急に素子がボクシングに目覚めたんだけど……」なんてネットの声も見たが、普通にやり合ったら超演算による変態的な格闘技術全開の相手では勝ち目が薄いので、敢えてボクシング縛りを選択した、と解釈してます。
ボクシング縛りに持ち込んでいたからこそ、バトーが軍隊格闘で乱入した時にあっさり型にハメられたのでは。
……その点ミズカネスズカはマジでなんだったんだ。
数学オリンピックの元チャンピオン、ぐらいの情報しかないし、シマムラタカシに協力していた理由もいまいち不明。
シマムラタカシが操っていただけとか?
トグサの回想にそっくりな女性がいたが何か関係があるのだろうか?
>>>シマムラタカシ、自分の理想を全肯定していなかった説
正直シマムラタカシもプリンと並んで……って程ではないにしてもあまり好きになれないキャラだった。
ナヨナヨし過ぎで同族嫌悪が凄い。これは自業自得か。
こんなナヨナヨ中学生の手のひらの上で、9課が終わってみればほぼ完封と言って良いほどに踊らされていた、というストーリーもあってう~ん……とモヤっていて、彼に対してそんなにしっかり考察しようとは思わなかった。
ただ、ネットの考察を通して「1984年」の知識を得ていくにつれて、妙に気になるキャラになってきた。
「ビッグブラザー」だの「ミニラブ」だの「ダブルシンク」だの、これらの「1984年」由来のワードは物凄く乱暴に言えば敵側、悪役側の名前だったり、その悪役が掲げているキーワードだったりする。
シマムラタカシは「1984年」で悪役として描かれた者達を、一概に悪と解釈しなかったのでは、という考察を見たが、自分はむしろ悪であることをはっきり自覚している気がする。
根拠は1期の彼が学校にいた頃の一連のシーン。
この辺り、1期の中ではかなり理解しがたかったが、これまた考察の「妄想と現実が入り混じっている」という解釈に助けられ、ようやく腑に落ちかけている。
まぁ恐らく、空挺部隊がやってきたくだりの方が妄想なんだろうけど(軍隊が大真面目に学校に攻め入るワケないし)……
この妄想、妄想にしては都合良くないのだ。なんせ空挺部隊にシマムラタカシ自身が撃たれちゃうから……
まるで自分が罰せられるべき人間であると考えているかのようだ。
最終局面、素子がN化作業中のシマムラタカシの元にやってきた場面。
いくら素子がNにならないロマンチストだったとして、ポストヒューマンである彼ならいくらでも妨害できたはず。
だが、そうはならなかった。
コードを抜かれて全てが水の泡になるリスクを背負ってしまった。
これは素子がコードを抜かないことを選択することがわかっていたから、という考察があって、あり得ると思う。
が、自分はシマムラタカシが自分の思想を全肯定しきれておらず、その迷いは掲げるキーワードを「1984年」の悪役由来のモノに設定したり、素子がNにならなかった時点で彼女を妨害することを止めた、という形で表れてしまったのではないだろうか。
これ、自分が知る限り自分オリジナルの考察もとい感想なんでちょっと気に入っている。
まぁ無理あるとも思うけど。
>>>で、結局コード抜いたの? 抜かなかったの?
結論から言うと、「抜いた」と自分は考えている。
これこそ雑な言い分ですが、コードの描写後の一見それまでと辻褄の合わないような流れがN化した後、誰かが見ている仮想現実の描写だった、として。
いくらでも都合良くできる「現実」の光景にしては、ボーマが車椅子のままだったりプリンが泣き出してしまったりと、都合良くな���きれていないと感じる。
Nキメちゃったんなら、誰の視点だったとしてももうちょい理想的で構わんやん? というクソ雑な理屈です。
まぁ自分の願望も含まれているとは思う。
自分はダブルシンクという考え方に現実逃避的なニュアンスを感じてしまっているから。
そりゃ自分だって大した人生歩んでないので理想の仮想現実に心惹かれなくは無いが……やはり何の苦労もなく理想を手に入れる、という行為には妙にモヤモヤしてしまう。
ちょっと脱線だけど、個人的にはシマムラタカシの計画の肝は「自覚のないうちに」行われる、という部分だと思う。
嫌いな言葉が「努力」と「苦労」である自分ですらモヤるのだから。
辻褄の合わないような描写も疑似的な記憶を植え付けられることすらある攻殻の世界観だと絶対に説明つけられないことではないと思う。これこそ乱暴な考察過ぎるが。
あとこれは考察漁って思い出したことだけど、旧SACにて素子は「夢は現実の中で戦ってこそ意味がある」というセリフがあった。
こんな事言っちゃう素子がコード引き抜かないなんてある……?
ただ「じゃあコード抜いた方に賭けるんかぁ~!? 賭けるか!? 金とか命とかよぉ!?」と言われるとチワワみたいになってしまうけど(ネット上に抜かなかったに5兆円賭けるとか言ってる人いてすげぇ~ってなった)。
それに、元は即コード抜いちゃうような思想だった素子がプリンを見て考えを変えた、というのもありそうに思える……
……なんか考えをまとめればまとめるほど、抜かなかった方が色々綺麗にまとまる気がしてきた……うぅ……
>>>ラストシーンの各キャラの反応から考えてみる
ここでいうラストシーンは、素子がコードを掴んで暗転した直後から。
まずは素子、バトー、トグサ、プリンとその他のメンバーに分けて考えてみる。
こんな慈悲のない分け方をするのは心が痛いけれど、まずはその他のメンバー。
「ずっと一緒に働いていたはずのプリンが新人として加入してくる」、という妙ちくりんな展開にも違和感を抱いた印象は感じられない。
ここだけ切り取れば、まぁ普通にコードは抜かれてないからこういう構図が成り立っちゃってるんだろうな~という解釈が一番無理がない。
次はプリン。9課メンバーに改めて自己紹介しようとするタイミングで涙ぐんでしまう。
明らかにそれまでの記憶……9課メンバーと一度敵対してしまった事実を認識している。
「ゴーストがない」のでN化できないとはいえ、素子やシマムラタカシならその記憶を消してやり直す、なんてこともできなくは無さそうだが、恐らくそうはしていない。
仮にこのシーンが、誰かの仮想現実の光景だったとするとプリンにこういう反応をさせる必要は基本的にはないはず。
コードがどうなっているにしても、現実の光景ではあるのだろう。
……あれっ、コレ前述した「都合良くなりきれていないからコード抜いてる!」という主張を自分で否定してしまったじゃねぇか!
いつの間にか「コード抜いてなかったとしたらあのシーンは仮想現実」という謎の先入観を持ってしまっていた……
現実であればボーマが車椅子のまんまのかわいそうな状態であることにも説明はつく。
でも現実であればなんで「それ以外のメンバー」が初対面っぽい感じなの? という疑問も出てくるけど。
まぁそれこそクソ雑に疑似記憶ブチ込んで~ってすればいい話か。
次は素子。9課メンバー全員で話しているシーンからは特に特別な感情は読み取れないが、その後のバトーと二人きりの場面でのセリフ群からは明らかにそれまでの記憶をしっかり持っていることが読み取れる。
次はバトー。9課のムードメーカー的な部分がある彼であれば、「新人の」プリンがやってくればしっかり反応してあげる、と思うのだけど、このシーンでは浮かない……というか、何とも言えない表情。プリンにも言葉はかけない。
そこだけを切り取れば、以前の記憶――プリンが死んでしまったという事実を知っていて、複雑な思いを抱いている。
あるいは、ロマンチックな解釈だが記憶は無いが本能的に「何か」を感じ取っているとか。
コードを抜かなかった素子がバトーにだけは事実を伝えた、という考察をしていた方もいた。
この想定なら、その後の素子への「あんまり一人でしょい込むんじゃねぇよ」というセリフの解釈も綺麗にできる。
全人類をNにすることを選んだ、という大きすぎる事実を一人で抱えるな、という。
まぁ逆でもいいけど。N化、というある種の救いを人類に手放させてしまった、という事実を以下同文。
最後はトグサ。プリンに対して普通にコミュニケーションを取っているので、一見「その他のメンバー」と同じ条件のように思えるし、バトー「だけ」は事実を知っている、と解釈している人も結構いた。
が、何とも言えない表情をしているバトーを気遣うように肩を叩く様子は、全てを知っているようにも思える。
勿論、単純に「どうした?」という気持ちを込めた行動なのかも知れないが……流石にちょっと苦しいか。それなら「旦那?」と問いかけるぐらいだと思うし。
素子が事実を��えたのはバトーとトグサの二人だったのだ、という解釈もあるだろう。
が、自分にはまた違う考えが思い浮かんだ。
トグサが全てを知っている、と想定するとする。
しかしバトー「だけ」と考える視聴者が出る程に、彼は最初なんともないような態度でプリンと接している。
だったら、「その他のメンバー」も同条件、つまり事実を全て知っていた可能性があるのでは……?
確かに、プリンは一度9課と敵対関係になってしまった。
しかし、9課のメンバーは元々プリンに対し好意的で、もしかしたら同情的だった。
故に、プリンの「9課とやり直したい」という希望を叶えようと、全てを忘れてしまったように振舞ったのかも知れない。
だがバトーはプリンと特に関係性が深く、彼女の事を思い出さないままに死なれてしまった後悔がある。
優しい男でもある彼「だけ」はどうしても、プリンに対して忘れた演技ができる自信が持てなかった。
そしてあのような煮え切らない反応をしてしまい、トグサに気遣われた……なんて、ロマンチック過ぎるだろうか。
実のところあの場にいた全員が、全てを忘れてはいなかった、という想定は、ある意味で綺麗にまとまる部分があるように思える。
少なくとも「疑似記憶無双じゃい! 電脳ってのはこういう時の為にあるんだよォ~~~!!」とヒャッハーするよりはカッコいい理屈にはなる。タブン。
この想定では、コードを引き抜かない選択をする意味はあまり無いと思う。
コードを引き抜いたが、ほんの少し優しい仕掛けをした、と考えたほうが収まりはよさそうだ。
もう9課には戻れない、と自らの理想に向かって歩めないプリンに、素子がその苦悩をくみ取った上で、「夢は現実の中で戦ってこそ意味がある」という自らの哲学にのっとり、また9課に戻るというある意味での茨の道へ、その背を押した。
しかし、プリンの境遇、シマムラタカシの思想にも思うところがある素子は、「プリンが9課メンバーを直接あるいは間接的に死に追いやった」というあまりにもどうしようもない事実だけは、疑似的にだが消し去ることにした。
それで素子は、9課メンバーに疑似的な記憶を与えたり記憶を消したりこそしなかったが、プリンに関して「忘れたことに、無かったことにしろ」と命じ、彼らはそれに従った。
……自分で書いてなんだけど、ちょっと感動的過ぎないだろうか。
恥ずかしくなる筋なんてないはずなのに恥ずかしくなってきた。
これも前述のシマムラタカシについてと同じく、自分の知る限り自分オリジナルの考察なので、すっかり気に入ってしまったのだけど、逆のコードを抜かなかった説を強力に支えている根拠はまだある。
素子のバトーと二人で話していた時の、
「おそらく次に人類が特異点を迎える時、それはこの星を飛び出しはるかかなたへと広がっていくだろう。忘れないで。私たちがこの時代に存在していたことを」
というセリフは、コードを抜かなかった、つまり人類がN化、ダブルシンクという特異点を迎えたので、そのさらに次はもっとスケールの大きいことになる、という解釈が自然だと思う。
でもこれも、「N化、ダブルシンクすら止めてしまったからこそ、次は本当に抵抗できないほどに大きな波なのかも知れない」とも言えるのでは。苦しいか。
現実で戦って欲しい(自分自身にはそんな度胸が無い癖に)という願望があるからか、どうしても「コードを抜いた」という自分に都合の良い解釈をしてしまっている。
結構コード抜かなかった説の方がうまく説明つけられてる部分あるのに。
もしやこれもダブルシンクってヤツなんだろうか……
>>>
ということで考察――じゃない感想文でした。
これ、映画見に行く予定の日の前日にひぃひぃ言いながら書いています。
しかも深夜。深夜テンション。
確実に誤字、勘違いだらけでしょう。辛い。
なんでこんな夏休みの宿題を31日にやるみたいな状態になっているかというと単純に忙しかったから……
もう劇場版公開してから2週間ぐらい経ってるんだわ。ネタバレ踏まないようにするの大変だった。
勢い任せに書きなぐったので、朝起きてみたら悶絶するかも知れない。あぁ怖い。
映画版見てまたなんか思いついたらこっそり修正したい。
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7月13日 私司令は量産型ジャックタイプ
以下ゆるっとおしゃべり📻️
過去の周年イベでブラッドさんとドライブいったりしていたと思います私司令。ブラッドさんの車にはデフォルトでキース乗ってるし私の見た目はジャックなので助手席にちょこんと乗ってキスブラ2人の海デートを見守り、潮風でちょっとキシキシいうカラダになりつつタワーに帰ります。キースが助手席に乗るなら私は後ろです。信号待ちでちょっとイチャイチャしてくれてかまわないんだよ。
今年もメル画やメッセージくるのでしょうか。私司令のことはいいからキースとイチャイチャしてください!!!
レンレンに対してはモブ市民おばあちゃんの気持ちで見守っています。がんばるレンレンに猫パッケージの飴をあげたい。おばあのことはいいから仲間と仲良くね。
ジャックはオリジナルがいつつ某タチコマみたいに並列化しているイメージで、確実に違うんだけれども自分の妄想を捨てられず自分は量産型ジャック司令だと思って暮らしています。笑
前々からぼんやり脳に浮かんでいた図を描きだしてみたんだけどもまあヒドい笑 車描けない!内装描きたい+2周年フレームでオープンカー乗ってたからオープンカーにしましたがシートベルトの位置とか辻褄合わないし車描けない(2回言うな)
ラクガキだからこれでいいけど原稿だともっと丁寧に資料集めて描かなくちゃになるから大変!だからこそ漫画がんばったあとはちょっと成長できた気がするのだと思います。
今はゆるっとね!そういえばオープンカーのバックミラーってどこにあるのか見てなかったな~!
ひとりごとラジオでした!
ーーー
追記
推しカプスケベは楽しい~!!
正式大破ヒロススケベと半脱ぎ下着と迷って今回は下着に❤️
もちろん自分が好きで自分が楽しいから描くんだけども、こういうのいいよね~!って共感頂けるのすごく嬉しいです😊 何か違ったらスルーして!私も自由にするので、お互い快適ハッピーキスブラライフにいたしましょう❤️
もうこんな辺境の地までメッセージを送ってくださるなんてありがたすぎて🙏✨✨(こちら発端なのでスルーでかまわないことなのに、ご丁寧にありがとうございました🙇♀️❤️❤️)
ツイ��も❤️感謝です🙏✨✨ ポイピクスタンプアイディアが天才🙏✨✨ ありがとうございます!
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