【黒バス】高緑がサンライズビルに来た話(高緑が隣に引っ越してきた番外編)
2014/11/09 発行コピー本web再録
誰も私の名前なんか知らなくていいのだが、私の近所、というか、私のアパートの隣に住む人の名前は是非覚えてもらいたい。そうじゃないと話がなにも進まないからだ。繰り返して言おう、私の名前なんかどうだっていいが、私の、隣に住む、二人のイケメンの名前だけは、今すぐに覚えて欲しい。
そのイケメンの一人の名前は高尾和成といい、もう一人の名前は緑間真太郎という。
覚えてもらえただろうか? 高尾和成、と、緑間真太郎である。人間記憶できるのは見たものの六十二%だという話もあるくらいだから、あと三度ほど繰り返して言おう。
高尾和成と、緑間真太郎、高尾和成と、緑間真太郎、高尾和成と、緑間真太郎である。よろしいだろうか。
さて、じゃあ、少々お時間を頂戴して、私はこの二人のイケメンについての話をさせてもらおう。私が何故かうっかり休日にこの二人に出会い、何故かストーカーまがいの行為をする羽目になり、貴重な貴重な一週間の日曜日を潰した話をしよう。
ちなみ、言い忘れたけれど、こいつらはホモだ。
*
人間誰しも美味い魚が食べたくなる瞬間というのが日常の中のふとした瞬間に訪れるものである。ああ、そうだ、美味い刺身が食べたい。ウニのどんぶりが食べたい。生牡蠣をすすってもいいし、タコの刺身を口の中で鳴らしてもいい。とにもかくにも頭の中が水族館のようになってしまって、スーパーに寄っても湿気た本当にマグロなんだか判らない赤身の魚が鎮座しているのを冷たい目で見るしかなくなる、そういう瞬間が来るものである。
私の場合それが今週の木曜日で、その日の帰りにはコンビニでおにぎりを買いながら、絶対に日曜日には美味い魚食ってやると決意したのだ。
だから一人で築地まで来たんです。
友達はどいつもこいつもデートと合コンと飲み会で予定が埋まっていた日曜日、お前たちは生魚を貪りたくないのか? と思いつつ、若干の敗北感は海鮮丼で蹴飛ばしてやろうと私は意気揚々、築地の狭い道を歩く。目指すは事前にリサーチした海鮮丼の店である。
ただでさえ狭い築地の路地の更に裏、店の中に通路があって、そこをぐいぐい折れて中に入っていくと、そこはウニが山ほど乗った海鮮丼の店である。お値段二千五百円。高い。高いがウニのためだ。ウニにはそれだけの価値があるのだ。そしてそれを食す私は二千五百円以上の価値がある人間なのだ。そういうことにしておいてください。時給二千五百円ももらってないけどな。その半分あるかなしやくらいだけどな。社会人なんて。
お一人様はお一人様らしくカウンター席に座る。注文を済ませ、さあいざゆかんと身構えた、その瞬間である。
「ひゃー、こんなわかりにくい場所にあんのに混んでんだな」
「それだけ人気なのだろう」
「そりゃわかるけどね。あ、すんませーん二人でっす」
聞き覚えがある声がするなあと思った。より正確に言えば、聞き覚えがあるホモの声がするなあと思った。
振り返ることは決してしない。それをした瞬間に負けると思った。そして別に振り返らなくても、私の視界の右端には、ちらちらと緑色の影が見えた。
私の人生の中で、私の知る限り、緑色の髪をした男なんてのは、渋谷と原宿にはいても築地にはいない。もしもいるとしたら、それはきっと、信じがたいかもしれないが、きっと、その男の自毛なのだろう。そして私の人生の中で、驚くべきことに、自毛が緑色の人間というものがたった一人存在しているのである。
「真ちゃん椅子狭くねえ?」
「いつものことだ」
「そりゃそーだわ。ぶっは、家のソファはキングサイズで買ってあるからあんま意識したことなかったけど、やっぱ改めてこうしてみると、ぶっふ、でっか、真ちゃん」
「恐ろしく今更なのだよ。というかこの店が全体的にこじんまりしているだけだ」
「真ちゃんどんだけ足がはみ出してんのさ。ってか、足、机にぶつかってねえ?」
「そうだな。お前と違って足の比率が大きいからそうもなる」
「俺は平均ですー」
「そうかそうか。ところで高尾、俺とお前の身長差は何センチだったかな。こうして座っているとあまり差が無いように思える。もしかして身長がのびたのか?」
「ぶっとばすぞこの野郎」
「椅子に座るとお前と目線が合いやすくて俺としては嬉しい限りなのだよ」
「デレと見せかけてけなすの禁止!」
「ふん」
「楽しそうに笑うのも禁止!」
「笑うのも駄目なのか」
「なんか妬ける」
ハイ分かってました確定しましたありがとうございましたこいつらは間違いなく私の家の隣に住むホモ、略してトナホモのお二人でいらっしゃいますー。頭文字ならWTSH、ワタシの家のトナリにスムホモ。マジかよ。どんな確率だよ。すげえ確率だよ。なんと私は家の外に出てもこのホモに出会ってしまう運命らしい。じゃあもう家の隣のホモじゃないじゃん。私の隣のホモじゃん。何ソレ。隣のホモモ……やめようどこから訴えられるか判らない。
「ま、俺としても目線が同じだと真ちゃんの表情が見やすくていいんだけどね」
「そうだな。俺も普段お前のつむじしか見ていないから、そろそろお前の顔がつむじになりそうだったのだよ」
「なんだかんだ言って俺の顔好きなくせに」
「…………」
「お、図星?」
いやーすげえウニはまだかなー。なんで私は休日の昼間っからホモのいちゃこらついた会話なんか聞いてるんだろうなー。ていうか周りの人たちは何も思わないのか? 思わないんだろうな。だってみんな目の前の海鮮丼か自分のおしゃべりに夢中なのだ。私のようにまだ海鮮丼も来てなくて、一緒にしゃべる相手もいない人間だけがホモの会話を敏感に拾い上げている。
っていうかね、あんたらもね、ホモなんだからね、こう、ちょっとくらいは節度っていうかね、なんかこう、隠れてる感出しなさいよ。外で会話をする時は友人同士のように、触れ合わず、馴れ合わず……みたいななんか、そういう葛藤みたいなの無いんですか。無いんですね。
いやあったらあったでそれはそれで可哀想というか、男女のカップルは外で堂々といちゃつけるのにホモは駄目ってそれって差別なんじゃないのとか難しいこと色々考えなきゃいけなくなって面倒なんだけど。面倒なんですけど。
だからこんな怒る筋合いも無いんですけどね。なんででしょうね。多分男と男がくっつくことによって、私のようにあぶれる女が出現することへの怒りってやつでしょうかね。本当に。
この高尾くんも緑間くんもイケメンで性格も(恐らくとても)良いだろう二人がくっつかれたら女の行き場ってどこよ。どこにもないわよ。こんな築地のカウンターに一人追いやられるだけよ。ええい、いっそ殺せ。
「真ちゃんどれにすんの?」
「これだな」
「えっウニ乗ってないじゃん」
「そうだな」
「ここウニでめっちゃ有名なのにいいの?」
「構わん」
緑間くんの発言は本当に必要最低限なのに、高尾くんがとてもわかりやすく解説してくれるおかげで会話をきくことしかできない私にも状況がわかる。高尾くんは将来レポーターにでもなればいいんじゃないだろうか? 取り敢えず緑間くんがウニに興味が無いというアンビリーバボーな人種であることは理解したけれど本当にじゃあなんでこの店に来たんだ。言っとくけどウニ以外の取り揃えはあんまり無いぞここ。
「うーん。真ちゃんがそれでいいならいいけど。俺はこれな! ウニ特盛ウニ丼な!」
「テレビで見た時からずっと騒いでいたのだからそれ以外を頼んだら逆に驚きなのだよ」
「へへへ。いやー、ほら、なんかさ、もう頭の中が海鮮一色になっちゃう時ってあるじゃん。あ、もう駄目だ今週中に魚食わないと死ぬわ俺、みたいな」
「その程度で死ぬな」
「気持ちの問題だよ。真ちゃんだっておしるこ飲めなくなったら」
「お前を殺す」
「嘘だろとんでもない八つ当たりじゃねえか」
ほんとにな。でも多分わかったけど、いや全然わからないけど何となくわかったけど、これ緑間くんの方はもしかして全然海鮮気分じゃないんじゃないか?
もしかしたらウニが嫌いな可能性すら存在する。でもどうしても海鮮が食べたい彼氏のために何も言わずに付いてきたっていう……今彼氏っていう言葉を使ったことに自分で酷いダメージをくらっている……でも間違いなく夜の営みでは緑間くんが高尾くんを、えー、その、なんだ、受け入れている、側(婉曲表現)の筈なので多分これで合っている。
昨晩もお楽しみのようでしたからね。めっちゃ声私の家まで響いてましたからね。
『ね、真ちゃん、きこえてる?』
『ん、あ、っは、たか、お?』
『あー、ほとんどトんじゃってるか……。ねえ、ゲームしようよ。先にイった方が負け』
『や、め、そこ、奥、も、むり、っだ、ぁ』
『負けたら勝った人の言うこと何でも一つ聞いてね』
『っぁ、ぁあ!』
つまらぬ物を思い出してしまって真昼間からそっと真顔を晒してしまった。あ? もしかして今日ウニ食べに来てるのってこの罰ゲームの一環なのか? なんかそんな気がしてきた。凄いな。どんどんホモのデート事情に詳しくなっていくな。私。
ようやく私の前に運ばれてきた海鮮丼は彩りも美しく、橙色の照明をゆっくりとはじくイクラが美しい。米もひと粒ひと粒立っていて、丁寧に切られたマグロの刺身とタコと調和している。そして何よりも、ウニ。丼の半分近くを覆うようなこの重厚感。あー、ありがてえ。これでようやくホモの会話をシャットダウンできる。ありがとうウニ。ありがとう母なる海。ありがとう地球。うめぇ。
*
さてさて、わざわざ休日に築地にまで出てきたのだから折角だから女子力の高いことをしておきたい。というか、会社に行って休日何してたの? とか聞かれた時に「アッ一人で築地に行って海鮮丼食べて帰ってきました~」とか絶対に言えない。そんな時の強い味方。買い物だ。ショッピングだ。「ちょっと秋物のお洋服が見たくて~買い物しに遠出したんですよぉ~お洋服選ぶのって凄く悩んじゃうから、ひとりじゃないと行けなくって~」。これだ。とっても正解だ。「お昼にお腹空いちゃったんで築地まで足を伸ばしておいしい海鮮丼も食べてきちゃいました! え? あ、私あんまり一人とか気にならないタイプなんです~」とか言えばちょっと個性的な私アピールもできるけどそれはやめとこう。そんな訳で私は築地から首都高速を超えて銀座まで歩く。いやー本当に、あの雑多な築地とレディの街銀座がこんな徒歩十分みたいな距離にあるのは未だに納得がいかない。
あと何が��得いかないってここでまたあのホモに遭遇するのが納得いかない。
何故だ。何故銀座三越のデパ地下にお前たちがいるんだ。私もなんで洋服じゃなくてデパ地下で惣菜見てるんだ。マジで失敗した。
「しんちゃーん、まだ決まらねえの?」
「まだだ」
「そんなに悩むなら好きなの全部買っちまえば? どうせ金あるんだろ?」
「馬鹿か。全て買うのはもう決まっているのだよ。何箱ずつ買うかだ」
「そこは一つにしとけ」
そうだよね。買い物するのに凄い迷っちゃって凄い時間かかっちゃっても、それに付き合ってくれる彼氏がいるなら一緒に行くよね。わかってたよ。大丈夫。私知ってた。
「俺的にはこれが気になるかな」
「じゃあそれも買うのだよ」
「もしかして、買おうと思って無かった系? そしたら別にいいんだけど」
「いや、元々買うつもりだったが三箱にする」
「いやいやいやいや、それはおかしい俺の取り分がどれくらいなのかも判らないけど間違いなく俺はひと箱分も一人で食べない」
「俺がふた箱食べたいのだよ」
「じゃあやっぱ俺がひと箱じゃん」
「お前はひと切れで良いだろう。残りは俺が食べる」
「じゃあ真ちゃんそれほぼ三箱一人でくってんじゃん!」
緑間くんがじいっと見てるのは老舗和菓子屋のディスプレイである。最近は和菓子もどんどんお洒落な包装がされてパッと見和菓子だとわからないような物も増えているが、はてさてこの緑間くんが見つめているのは昔ながらの和紙に包まれたしとやかな羊羹。私知ってるけどこういうのってだいたい高い。っていうか羊羹ってドカ買いするものじゃなくない? そんな全種箱買いとかするのじゃなくない?
「真ちゃんさー、マジでそんなに食ったら絶対に太るよ」
「いつも俺にもっと太れもっと太れと言うのはお前だろう」
「だってお前、こう、ぐるっと腕まわした時にさ……あれ? 薄くね? って不安になんだもんよ」
「それでもお前よりは太い筈だが」
「真ちゃん、身長差、身長差、びーえむあいってやつ」
「だから糖分を摂って太ったとしても何ら問題は」
「健康に問題しかねえわ。やだよ俺糖尿病の世話とか」
あ、でも世話するんだー、とか、そっかそっか腕回して抱き合うことに何の恥ずかしさも覚えないんだー、とか、色々思うところはありました。ありましたので私はそっと煎餅をひと箱買いました。荷物になりますが仕方ありません。このやるせない気持ちをバリボリと家で噛み砕いてやろうと思ったのです。本当に。
「すみません、これとこれとこれとこれとこれ、全部二つずつください、これだけ三つ」
「俺のアドバイス一切受け入れなかったね真ちゃん!」
「あ、宅配で」
宅配とかお前天才かよ。とちょっと思いましたがそれよりもぶっ飛ばしたいの方が上回りました。セレブかよ。あとやっぱり高尾くんが気になってる奴は三箱買うんですね。はいはいはい。そうですか。そのことに高尾くんはつっこまないんですか。そうですかそうですか。怒り。
「えー、俺もそしたらキムチ買うわ。全種類」
「やめろ。キムチはくさい」
「すっげー横暴じゃね」
「明太子なら許してやる」
「高えよ! 馬鹿!」
ほんとにな(二回目)。
今度こそ洋服を見に行こう。洋服ならフロアが別れてる。メンズとレディースで別れてる。大丈夫。わたし、ホモ、会わない、絶対。
そうして買い物を終えた私がちょっと休憩がてらに入った和菓子屋でまたこのホモ二人に出会うことになったのであった。もしかして皆さんわかってた? ちなみに私はわかりたくなかった。
「真ちゃんおいしい?」
「ああ」
「そっか、良かった」
「お前はいいのか、抹茶だけで」
「うん」
あーあーあー、あー、はい、はいはい。お昼は高尾くんに合わせたからお茶は緑間くんに合わせたのね。成程ね。私そろそろホモ検定準一級とか取れるんじゃないだろうか。
*
徒歩エリアを移動するからよくないのでは、と気がついた私はこの惨状から離脱をはかる。何が悲しくてひとりっきりの休日に充実ホモデートを見せつけられなくてはいけないのか? 果てしなく疑問である。
さて、とすると電車で移動するしかないわけだが、銀座からの選択肢といえば限られている。東京か有楽町か日本橋。恐らくそのあたりだ。
そのあたりって、次にホモが移動しそうな場所である。
東京に出て皇居とかでのんびりしたり丸ビルで買い物したり……或いは有楽町に出て映画もありだ……有楽町の映画館は結構マニアックなのとか重たい映画をやっていたりするから緑間くんなんか結構好きなんじゃないだろうか……日本橋は最近コレドが出来てから注目が増えている……が、しかし銀座からは一番遠い……正解は日本橋か? 私は日本橋に出ればいいのか? 間違いはないか? よし、日本橋、行こう。
そしてホモに出会う。
*
全くもってやれやれなのだが、私の目の前にはどう見ても二人の男、すなわちホモとホモ、別名緑間くんと高尾くんが、かわいいインテリアショップの中で真剣に商品を吟味している。
まあ待てよと言いたい。
なんでこのビルにいるのかと問いたい。真剣に問いかけたい。どう見たって中に入っている店舗はほぼ全て女性物のファッションブランドとコスメなのに。何故お前らはその中で堂々とインテリアを見ているんだ。超浮いてる。超みんなちらちら見てる。でも多分イケメンだからみんな見てる。イケメンだからかわいいリスのぬいぐるみを真剣な顔して選んでても許されてる。
「どちらがより真剣な顔をしていると思う、高尾」
「俺のホークアイには両方とも同じにしか見えない」
「お前のホークアイは空間認識能力であって識別能力ではないだろう。今は関係無い」
「そーですね」
「お前の率直な意見が聞きたいのだよ」
「じゃあ率直に言うけど正直どっちも真剣な顔には見えない」
「なんだと?」
「世の中の人間が全てドングリにみえますっていう感じの顔してる」
「このリスの目には人間すらも捕食対象に見えるというのか……」
んなわけないだろう。どう考えても緑間さんはからかわれているし高尾くんは暇つぶしにからかっている。っていうか何で緑間くんは真剣な顔のリスなんて選んでいるんだ? 彼女へのプレゼントだろうか、なんて普通なら思うのかもしれないが、どっこいこいつらはホモである。私今日一日で何回ホモっていう言葉を発したんだろう……心が苦しい……。今、世界で瞬間最高ホモ速をたたき出しているのが恐らく私であろうというのが凄く悲しい……。
「フランス製の真剣な顔をしたリスのぬいぐるみでなくては意味がないのだよ」
「相変わらずおは朝の指定はなんでそんな細かいわけ? リスのぬいぐるみでよくねえ?」
「細かいほうが難易度が上がってご利益も高まりそうだろう」
「何その『強い敵を倒せばいっぱいレベルアップ』みたいな一昔前のゲーム理論」
「しかしそうか。こいつらは真剣な顔はしていないのか」
「いや、まあ考えようによっちゃあ、食事って生きるために必須の行為だし、特に野生動物にとっちゃあ生死の分け目じゃん? そういう意味では、常に人間がドングリに見えるこいつらは常に生きることを考えてるとも言えるし、ってことはこのリス達はそれだけ真剣な顔をしてるとも言えるんじゃないかな?」
「成程」
今のどこに成程の要素があったのだろう。私には何にもわからなかったし果たして喋っていた高尾さんですらわかっていたかどうか怪しいレベルだったのだが、緑間さんはこれで納得したらしい。嘘だろ。何が嘘だろって、結局この二人が無事にリスのぬいぐるみを買い終わるまで物陰でそっと見守ってしまった自分に嘘だろって感じだ。なんなの。これはもしかして親心ってやつなの。駄目じゃん。偶然でここまで出会ってきているのに、それをこっそり見守ってちゃそれはただのストーカーじゃん。やめやめやめ。そういうのやめよう。
リスを買った緑間さんはとてもご満悦な表情をしていて、それを見守る高尾さんもとても幸せそうな顔をしていたことを思い出して私は怒りという感情を呼び起こす。ええい二度と関わるものか。関わるものか!
「やー、しかしまあ買えてよかったわ」
「ああ」
「思いのほかあっさり見つかったから、時間ちょっと余ってんだよなあ。真ちゃん他にどっか行きたいとこある?」
「日本橋か」
「多少移動してもいいけど」
なんと。このホモ二人はこのまま移動するらしい。ならばもう少し盗み聞き、もとい、えー、風の便り(苦しい曖昧表現)に耳を澄ませて違う所へ行けば私の安寧は約束されたものだ。さあ、どこへ移動する。今度こそ東京か? 有楽町か? それとも神田神保町?
「ならば七福神巡りがしたいのだよ」
なんでお前そんなちょっと面白そうなの言い出すかな。
*
緑間さん曰く、少し歩いた所に七福神のそれぞれを祀った神社が密集している場所があるらしい。なんでそんなの知ってんのって感じだが、どうも先ほどの占い云々からして彼はそういった運命とか神様とかそういうの結構信じているタイプのようだ。イケメンじゃなかったら許されない趣味である。だがイケメンだから許そう。私は寛大だ。
寛大だ、じゃねえよ許されないのは私だよこれじゃ本当にストーカーじゃねえか。おい。
しかし時間が余っていたのに加え、なんとなく七福神巡りなんて面白そうな言葉を聞いてしまったからには私もやってみたい。というかもう神頼みするレベルで彼氏が欲しいし寿退社してもうなんの不自由もなく家の中で主婦やってたい。神様に頼んで叶うなら七人の神様くらいいくらでも巡ってやろうじゃないか。
せめて同じ道は歩くまいと高尾さんと緑間さんとは別ののルートを探し、携帯で調べながら歩いていく。こんな場所に来るのなんておじいさんおばあさんだけだろうとタカをくくっていたのだが、なんだか若い女性の姿が多くて私は少しびっくりしてしまう。いや、え、マジで多い。キャリーケースを引いている人もいれば普通に鞄だけの人もいるし、一人の人もいれば団体の人もいるがしかし驚く程みんな女性だ。何かこの近くで女性向けのセミナーとかあったんだろうか。旅行者か? ってくらいの荷物の人もいるんだけど、まさか旅行でこんな場所来ないよなあ。年齢も服装もバラバラで、セミナーって自分で言った言葉も全然信じられない。ただどの人も楽しそうなので、まあ、よくわかんないけどきっと私の知らないどこかで楽しい女性の会があったんだろう。タカミ、とかなんとかいう言葉が頻繁に聞こえたので、もしかしたらそういうアイドルのライブとかあったのかもしれない。
私がホモと一緒に飯食って買い物を眺めわびしい思いをしている間にこの地球上ではこんなにも楽しそうにしている人がいることに嫉妬と祝福を覚えつつ私は神社に向かう。小綱神社、茶の木神社、水天宮、松島神社、までは順調にきた。
そして末廣神社でホモに出会う。いや、流石に七個も同じ行き先巡ってたらそりゃどっかでは会うわ。これに関しちゃ私が悪いわ。
*
「七福神って結構あっさりいるもんなんだな」
「神様をあっさりいるなどというな」
「いやー、だってこんな都会のど真ん中でひっそり密集してるとか思わないじゃん。普通に」
「普通の使い方がわからん」
「あと、正直どの神社も一緒に見える」
「バチが当たれ」
「命令形かよ」
お賽銭を投げ終わったのか喋りながら境内の砂利道を歩く二人を見つけた時、咄嗟に木の陰に隠れた私はもはや完璧なストーカーとしての体を整えている。何も疚しいことなど無いはずなのに何故私はここまでしているのか。わからない。わからないが仕方がないのだ。ああ、流石にもうそろそろ日が暮れるから、木の陰も大きくなって隠れやすいことこの上ない。十一月の太陽は、落ちる時は一瞬だ。
「おい、高尾、おみくじを引くぞ」
「またかよ! 全部の神社で引いてくつもり?」
「当たり前だ」
「いや別にそりゃ引くのは勝手なんだけどさ、全部の神社で大吉出されると、お前の運の良さ知ってる俺でも多少ひくよね」
「ひくとはなんだ。おみくじをか」
「わかってる癖にすっとぼけないで真ちゃん」
大吉しかひかない人間なんてこの世の中にいるのか。それはもう何が楽しくておみくじをひいているのだろう。絶対に楽しくないと思うのだが、どうなんだ。高尾さんもそれは疑問に思ったのか、そんなにひいて楽しいの? と至極真っ当な質問を私の代わりにしてくれる。
「楽しい楽しくないでやっていないのだよ」
「真ちゃんがそう言う時は大体楽しくて仕方無いっていうの俺もう知ってるからね」
「努力の結果が形になっているだけだ。試験と一緒だと思え。毎回ゼロ点のテストと、百点のテスト、どちらが嬉しい。百点だろう。そして百点を取ったから試験に飽きる、ということもないだろう。同じなのだよ」
「絶対におかしいけどうまく言い返せない自分が悔しい」
諦めるな高尾さん! 冷静に考えればツッコミどころは沢山あるぞ!
まずそもそもテストで百点を取った経験なんてあまりないのだが、どうやら緑間さんの口ぶりからすると、努力すればテストで百点は当たり前だし、おみくじで大吉も当たり前らしい。運って努力でどうにかなるものなの? 私には全くわからないが、緑間さんの荷物から顔だけ飛び出しているリスと目が合ったような気がして額を押さえた。努力の結果があのぬいぐるみ。きっと。
「わかったらさっさとひいて次に行くぞ」
「へいへい」
「へいは三回までだ」
「HEYHEYHEY! ……って、真ちゃんこの前テレビでこのネタ見てから、しょっちゅう俺にフるのやめてくれる?」
「似合っているのだよ」
「お前にお笑い番組は似合わないけどな」
「お前が最初に見だしたんだろう」
「ま、そりゃおっしゃるとーり」
合間合間にのろけを挟まなくちゃ会話できないのか? 私の疑問は尽きないが、二人にとってはこれが日常会話なのだろう。高尾さんはつっこみを入れなかったし、緑間さんは恐らくまた大吉を出したらしく、おみくじを枝に結ぶことなくしまった。次は笠間稲荷だな、という声が聞こえて私は目的地を変更。
っていうか、今更だけど、この七福神巡り、調べてみたら神社八ヶ所あったんだけどそんな適当でいいのか?
*
全てを巡り終わるまで、遂にホモたちには出会わなかった。良かった。とても良かった。清々しい気持ちだ。ついでに夕飯も済ませようと思って、暫く悩んだ挙句にファミレスに入った。お一人様ファミリーレストランに怯えるような歳では無い。そして恐らくあの二人はこれだけしっかりデートしてるんだからちゃんとした所予約してる筈、という私の予想は見事に当たり、店内には目立つ緑髪もその隣の黒髪も見当たらなかった。多分今こそ銀座とか有楽町で飯食ってるよあいつら。多分。
私はそろそろホモ検定一級を名乗ってもいいかもしれない。
*
さて、家に戻ってテレビ見て、風呂に入って出たあたりで、アパートの廊下から少し抑えられた話し声が聞こえてきた。高尾さんと、緑間さんのものだろう。もしかしたらまだお話してなかったかもしれないが、私の住むアパートの壁というのは法律スレスレに薄いのである。廊下の話し声とかめっちゃ聞こえるし隣の家のテレビの音だってその気になれば聞こえる。
喘ぎ声だってね。
バタン、という隣のドアが閉まる音。それからドタドタ、とでっかい物音がして、静かになった。何か物落としたんだろうな、と思うがここで警報が鳴る。ホモ検定一級の本能が訴え掛ける。
玄関で聞こえた物音は、移動しただろうか?
何度だって言う。人間の記憶は六十二%、ってこの話はもうしたんだ。まあいい。大事なことだから繰り返し言うけれど、このアパートの壁は薄い。テレビの音だって聞こえてくるくらいだから、男二人の話し声なんて、内容までは聞き取れなくても、『何かをしゃべっている』くらいは常にわかるのだ。
今、廊下を、抑えた声で話していた二人が、玄関から、一言も喋らずに移動するなんてことあるだろうか。
玄関で、大きい物音が聞こえたけれど、もしも何か物を落としたら、普通何がしかの会話が発生するものじゃないだろうか。
つまりこうだ、私は今自分の想像が当たらないことを祈っているが、その、なんだ、これは、あの、あれだ。
あの二人は、玄関からまだ移動していないんじゃないか?
どっと冷や汗が出た。ホモの男二人が大きな物音を立ててから、会話もせずに玄関に居座り続ける理由ってなんだ。ナニしか思いつかない。
ナニってナニだ。
これ以上は喋らせないでくれ。
ええ、ちょっと、ねえ、マジで?
ちなみに私は今凄くトイレに行きたいし、トイレットペーパーは切れてるし、その予備は玄関のスペースに置いてある。警報がまだ頭の中で鳴っている。だがそろそろ膀胱も悲鳴をあげ始めた。人としての尊厳を捨てる訳にはいかない。
そっと玄関へ向かう。頼むから何も聞こえませんようにと祈りながら向かう。となりは驚くほど静かだ。そうして私が玄関の暗闇に鎮座するトイレットペーパーを見つけた瞬間に、また大きな物音がした。
例えるならそれは、人が倒れ込んだ時のような。
ジーザス。いいや、今日の私は七福神か。そういえば七福神って宗派とかあるの?南無妙法蓮華経とか行っておけば大丈夫? 隣から、がさごそと音がする。暴れるような、いいや、絡み合うような? そう、玄関で。
『……ぁつ、た、……め……んっ』
『しん……なあ……そ…あばれ……』
オッケーオッケー聞こえてきた聞こえてきた。これは今晩も盛り上がってきそうじゃないですか。盛り上がってきそうですね。私、明日、仕事なんですけどね。月曜日ですからね。週の始めですからね、でもきっと、彼らには関係ないんでしょうね。いいんじゃないですか。もう。
トイレットペーパーを抱えてトイレに引きこもる。彼らはあのまま玄関でどこまでヤる気なのだろう。まあ寝室から遠ざかっているお陰で、逆に私が寝る場所からは物音が一切聞こえないというのはありがたい話だ。いやでも待って、私にはわからないが、玄関で一発ヤってそのまま満足するものだろうか? 確実にしないだろう。性欲が有り余っているであろう若い男子は必ず次に行くだろう。その時は多分、普通に、ベッドとかに行くだろう。多分だけど。
トイレから出て、もう一度玄関に向かう。
『んっ、ぁあ、……っふ、ぅ……そん……』
『い…から……だま……』
あー、オッケー。やっぱり夢じゃないことを確認して、多分恐らくまず間違いなく訪れるであろう第二ラウンドを予感して、私は寝室にそっとメリーさんの羊を流す。知っているだろうか。都市伝説。携帯電話に、メリーさんとかなんとか名乗る人物から電話だかメールだかが入ってくるのだ。私メリーさん、今あなたの街にいるの、私メリーさん、あなたの家の前にいるの、私めりーさん、今あなたの部屋の前にいるの。そういう調子で近づいて、最後には殺されてしまう、みたいなよくある話。
今の私の気分がまさにソレ。
私ホモの隣人。今ホモが玄関でセックスしてるの。私ホモの隣人。今ホモが一ラウンド終えて廊下を移動してるみたいなの。私ホモの隣人、ホモが寝室に入ってきたみたい。
ホモ検定師範代の名を欲しいままにする私はそんな想像をしながら眠る。頼むから私がノンレム睡眠してる間にホモたちが過ぎ去ってくれますように。
まあ、こんなところで今日一日の私の話は終わりだ。明日会社で何を話そう。一人で築地に行ってたらホモに出会って、買い物してたらホモに出会って、お茶飲んでたらホモに出会って、何故かちょっとホモをストーキングして、最終的にホモの喘ぎ声に怯えながら寝ました。なんて、言えるわけないじゃないか。
夢の中で私は友達とウニを食べながら笑っていた。その友達というのは私の全然知らない人たちで、みんな全然特徴が違って、服の趣味も派手な人から地味な人までいるし、キャリーバッグを持っている人たちもいたし普通の鞄の人もいるし、年齢だってばらばらだし、そうしてみんな一様に楽しそうにタカミという人について語っていた。何がそんなに楽しいのかはわからないけれど、その人たちがあんまりにも幸せそうなので、よく知らない人たちなのに私は何故か友達だと認識していて、一緒に楽しそうに笑って喋っているのだ。
私と見知らぬ人たちはみんな楽しそうだった。だからなんかもう、それでいいような気がしたのだ。私の家の隣にはホモが住んでいるし、私はそんなこと、口が裂けても言えやしないのだけれども。
あーあ、こんな風に友達と一緒に行っていたら、最初からホモに気がつかない一日を過ごせていたかもしれないのにね。
目が覚めたら明日が始まっている。世界のどこかで見知らぬ人たちが楽しそうに生きているし、私の家の隣でホモも楽しく生きているだろう。勿論私も、ぐちぐち仕事に文句を言いながらそれなりに生きていくのだ。
まあ何にせよ、夢の中でもウニはおいしかった。ありがとうウニ。ありがとう母なる海。ありがとう地球。ありがとう世界。きっと明日も晴れだろう。
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