【毛翰】關於我的鬼老公回家的那幾日(中)
*時間發生在《正港分局》事件之後
*不會劇透《正港分局》故事線,安心食用
*筆者因為太懷念毛毛,終究忍不住
小胖看著隔壁的吳明翰吃早餐吃得正香,雖然他知道吳明翰喜歡享受美食,但從一早他來辦公室時特別快樂的樣子,不禁好奇。
「學長,你昨天休假跑去哪裡玩了?」小胖看著吳明翰手中的蛋餅,熱騰騰地飄著香味,讓他看了不禁流口水。
本以為吳明翰會拿文件拍小胖,叫他不要盯著他的早餐看,他卻美滋滋地回答:「嗯?沒有啊,就中元節拜拜啊。」
吳明翰還調皮地拿蛋餅在小胖面前飄來飄去的,小胖雖然覺得吳明翰過於快樂的模樣特別奇怪,卻被香的低頭點開外送,想再多叫一份早餐。
「吳明翰,我不是說禁止上班後吃早餐嗎?」林子晴從門口走進來,大老遠的就看見吳明翰大啖美食,雙手抱胸的走近踹吳明翰的椅子。
正當大家已經預備好吳明翰和林子晴的爭鋒相對即將大開,吳明翰卻笑呵呵地回答:「快吃完了啦,而且現在是上班『時』。」
「⋯⋯⋯吳明翰你那什麼噁心的笑容啊,你是被鬼附身喔?」林子晴被那燦爛的笑容噁得差點吐出來,隨即拿了一旁的公文夾就想往吳明翰的臉打下去。
吳明翰反應靈敏地往右閃躲,然後又跳起來吃了最後一口的蛋餅,還大笑:「嘿嘿——打不到咧!」
「吳明翰你休假一天是不是又撞到頭啊!神經病是有什麼好笑的啊!快把早餐放下!」
李淑芬本來在旁邊打著文件,這時椅子也滑過來到小胖旁邊,開始分析碎碎念:「吳明翰的MBTI是ENTJ 執行官人格,下定目標後就會勇往直前,雖然他頭腦簡單又四肢發達,可是他休假前一天還不是這樣跟小隊長這樣說話,看來他一定有好事發生。」
李淑芬說完還推推眼鏡,小胖看了一眼,也說:「就是說呀⋯⋯學長看起來也太開心了吧?如果是平常的他,早就罵我死胖子看什麼看,不知道多看一眼都會胖一公斤喔⋯⋯」
說完委屈的又繼續低頭點外送。
李淑芬不知如何安慰的尷尬,卻想起一件事,抽出一份文件,是警職相關的資料文件:「對了,吳明翰這份文件的緊急聯絡人需要重寫,前陣子吳明翰為了調查成語殺人案時不是常常出車禍嗎,醫院那邊說都聯絡不到他的家人⋯⋯這緊急聯絡人好像也找不到人。」
小胖總算是點完了,他看了一下吳明翰的表格,不知道為何上面寫著「毛邦羽」,小胖晃腦想著吳明翰身邊的友人關係,對這個人實在沒印象。
「那我跟學長講一下好了,我記得這個文件是學長壓底線的時候寫完的,他那時候竟然喝酒喝醉寫耶,而且他拿給我的時候⋯⋯好像在哭!真的很誇張⋯⋯等等,關係為什麼是『夫』啊?學長不是最討厭gay嗎?」
小胖看了快昏倒,轉頭望了一眼還在跟林子晴胡鬧的吳明翰,納悶的反覆看著文件:「這鐵定是有人惡搞的吧!」
與此同時,張永康頂著剛包紮好的頭走進辦公室,耳聞李淑芬和羅偉倫的討論,好奇的湊近:「什麼夫?給我看看。」
張永康抽過小胖捏著的文件,看著關係人那段,對這個名字似有若無的耳熟。
赫然他想起那時吳明翰被林孝遠開槍中彈,險些死掉時,在救護車上一直對著空氣講話,他還斷斷續續地說,是在跟他老公說話,張永康皺緊眉宇抬頭看著嘻嘻哈哈的吳明翰。
張永康還在為此懷疑,倏地他竟感到一陣冷風飄過,他渾身顫抖一瞬,還以為有人在騷他癢。
「欸吳明翰,跟我來。」張永康隨即發號司令,吳明翰才暫時停下了嬉鬧,笑得美滋滋的朝他奔馳過來。
⋯⋯吳明翰什麼時候這麼白痴過了?雖然常常大剌剌的,但那個笑容真的是噁爛過頭。
「是的老大!」
「⋯⋯就說了叫局長!」
「是局長!」吳明翰還揮手到額前敬禮,特別有禮貌。
「⋯⋯這還差不多,算了,吳明翰你看看這個文件,醫院那邊都反應聯絡不到人了,搞什麼東西啊!這種資料是可以隨便寫的嗎?」張永康塞過去剛剛淑芬的資料,大家默默地轉頭偷偷用餘光看戲。
「蛤?」吳明翰對那份文件沒特別印象,接過來看,一看見上面寫的東西,就臉紅的大叫:「哇!這真的是我寫的?」
在場的人都被吳明翰嚇到,包含張永康也是,張永康翻白眼:「你問這個才奇怪好嗎?這就是你的字啊!快改一改,你做刑警的時常為了任務出生入死,這種資料還敢亂寫!」
「哦⋯⋯」吳明翰乖乖地接過,看著那份文件發呆。
依稀回憶起當初為何寫上這個名字。
那是在毛邦羽投胎消失後的第一百日,時逢他傷口拆線的日子,那時的毛嬤特地為了他養傷,準備了很多滋補的東西。
「明翰啊,這些補湯多喝,傷口才會快快好。」毛嬤還特地大老遠的跑來醫院,他躺在電動病床上,不好意思讓老人家這樣出入醫院。
「阿嬤,謝謝妳啊,放著就好了⋯⋯我等下想辦法吃。」吳明翰勉強撐起笑容,身上的傷口雖然在撕裂,但仍然不能怠慢對待。
「那怎麼行,我要親眼看你喝完,毛毛他小時候在外面跌倒,我也都煮這些湯給他喝,他愛喝!」毛嬤從保溫瓶倒出熱湯到碗裡,這溫馨的畫面,讓吳明翰露出溫暖的微笑。
「謝謝阿嬤。」
「哎唷,雖然我叫臭臉的要定時拿過來,但他那個個性喔,我還是放不下心!所以這次換阿嬤我來啦,明翰你真是辛苦了,那個新聞我看很多次餒,果然毛毛有保佑,你才可以順利送醫。」
吳明翰看著毛嬤把湯倒好,放在眼前,熱湯裊裊炊煙,熱騰騰的模樣特別美味,然而眼前乳白色的湯卻在他的視線中越發模糊。
他以為經歷過一次毛邦羽投胎(就是那回毛毛飛上天時),他已經可以淡然面對毛邦羽的離開,但上回真的看見他發光昇華後,那種悵然若失的感覺真是掏空他的心房。
這下真的有毛邦羽不在的實感。
而只能再透過毛邦羽親人的轉述,來感受毛邦羽這個人的感覺,還真是奇妙。畢竟還沒見到本人前,他也只能看著遺照來想像毛邦羽是怎樣的人,從起初的反彈害怕,為了保命做出很多犧牲,到真的看見本人(鬼?),明白他是怎樣富有理想的台大生。
雖然一開始覺得他很囉嗦又過於細膩,和他這種直來直往的大男人全然不同,但相處下來,在了解他的世界後,便能理解毛邦羽的可愛和溫暖。
「欸,你怎不喝啊?哎,眼眶紅紅的,我應該沒加辣欸!」毛嬤整理到一半,被吳明翰感性的模樣嚇到。
吳明翰趕緊收回眼淚,還有吸回去半流下來的鼻涕,笑瞇瞇的說:「沒有啦,我看到阿嬤煮那麼好喝的湯給我喝,我好開心啊!」
「哎唷,說什麼咧,以後我都煮給你喝啦!多喝點!」毛嬤貼心的餵吳明翰喝湯。
在探望時間結束,毛嬤離去後,吳明翰不爭氣的又眼淚直流。
他真有想過,若那日的救護車仍然卡在橋上,他就會到死後的世界,然後真的以鬼魂的形體和毛邦羽相遇了,然而毛邦羽卻不惜為了他,冒著魂飛魄散的風險,拯救了他。
昔日和毛邦羽相處的種種闖進他的思緒,讓他泣不成聲。
「嗚嗚——嗚嗚——可惡,明明毛邦羽遺願已了,我應該開心,可是為什麼⋯⋯啊⋯⋯」吳明翰不知道自己為何如此的感傷,他幫毛邦羽找到殺人兇手、解開和毛爸的心結,讓毛邦羽不再有遺憾的到下一個階段,分明是好事,他卻不捨得起來。
然後吳明翰在嚎哭的同時,一個不識相的人竟然跑了進來——
是小胖。
「學長學長,快點啦,這份文件你得趕緊填——呃,學長你怎麼在哭?」小胖被吳明翰滿面淚水的模樣嚇得倒退三分。
「⋯⋯靠。」吳明翰本來一個人哭得起勁,被如此這番打擾,也是不知該如何平復情緒。
「學長,很痛喔?」
「⋯⋯怎麼可能!我是誰?這種小傷痛屁喔!我剛剛在喝酒,太好喝了啦!」
小胖看吳明翰仍舊老樣子,才放心,但又隨即吐槽:「欸學長你很誇張欸,你的縫線不是才要剛拆,還敢亂喝酒?算了啦,反正喔這個文件是副座上頭指派下來一定要寫的個人資料表,她因為林孝遠的案子,開始特別觀察我們分局的人啦!你快點寫一寫,等下給我。」
「靠,什麼年代了,是不會line檔案給我就好了喔,還親自跑過來!」
「不是啊,副座交代要簽名,不然誰想晚上來醫院啦,哎唷學長你趕快寫一寫,我還要去拿訂好的雞排。」
於是乎,吳明翰就在這樣的三催四請兼感性爆發,莫名的寫上了這樣的緊急聯絡人。
回憶結束,吳明翰盯著張永康發呆,張永康也望著吳明翰傻楞地看著���。
「吳明翰!」他伸出手在吳明翰眼前揮舞,試圖喚回魂魄。
吳明翰趕緊眨眨眼回神過來:「喔,好的老⋯⋯局長。」
「明白就好!要改好啊!我會看,還會試打電話,不要拿這種事開玩笑,知道嗎?」張永康這才離開警員辦公室,走回自己的獨立辦公室。
而吳明翰則是在眾人用看怪人的眼神下,收起文件表。
**
吳明翰站在家門前,手顫抖著猶豫要怎麼轉開自家大門,他很怕一打開大門,毛邦羽真的就不在家裡了。
今早要出門前,他還特別告訴毛邦羽,因為警局剛解決一個大案子,還在收拾善後的報告,基本上很無聊,也不需要他跟過來,但他又開始後悔,如果中元節拜拜的顯靈,只有那麼一下,他該如何是好?
昨天那個親吻完後,連吳明翰都詫異於自己對這些事變化的接受程度,原來他⋯⋯喜歡毛邦羽?
他們兩個甚至晚上共睡那張床,冥婚日那天所謂的「洞房花燭夜」,他也只有跟那件毛邦羽招牌穿著共枕過一秒而已。
想到這裡,吳明翰覺得莫名尷尬,他臉通紅的不知該怎麼開門,倏地耳後就傳來聲音:「吳明翰!站在外面不開門進來幹嘛?小毛肚子餓了啦!快幫我餵他!」
「⋯⋯好啦,是不能想事情喔。」吳明翰被嚇得差點撞到牆,誰知道毛邦羽還會穿牆過來看他回家沒。
「可以啊,但也要記得想我,老公——」毛邦羽又突然壁咚吳明翰,把吳明翰困在自己的胳膊間,然後飛快地親吻吳明翰的嘴唇。
吳明翰接收地太即時,大腦來不及反應就被吻了一口,他緊張的閉上眼。
然而他都沒想過他現在的畫面看起來多麼滑稽,直到他看到上次晚上遇到的那個鄰居小女孩,站在樓梯的下面,看他一個人貼在牆壁上,看起來超怪的。
「⋯⋯⋯」「⋯⋯嗨,小妹妹。」兩人對視。
**
吳明翰蹲下來失神的餵小毛,飼料甩一甩都甩得滿出來,直到小毛咬他的褲管,才意識到這件事。
毛邦羽在旁邊坐在神壇上不敢置信地看著:「我不在的這段時間,你不會都這樣餵吧?我就看是你的錢包先變薄還是小毛先變胖,小毛不能吃這麼多的!奇怪,你之前份量看起來都抓得還可以啊?」
毛邦羽飄下來蹲著觀察小毛:「體型跟我之前離開也差不多啊?欸吳明翰,看你一直發呆,你該不會又做錯事被調回派出所了吧?」
吳明翰這才反應過來,抬頭看著毛邦羽,眼神不容毛邦羽閃躲的直接淡淡地問一聲:「啊你⋯⋯鬼門關後就會消失了嗎?」
毛邦羽本來聊得自然,被提到這個敏感話題,旋即撇頭:「我也不知道欸。不過吳明翰,你也太晚拜中元節了吧!都快過一半了。」
毛邦羽挑眉望著吳明翰,吳明翰摸摸鼻子:「我每天都有幫你上香啦!你自己也知道吧?啊就前陣子遇到一個連環殺人魔的案子啊,你也不知道他們有多神經病的。」
「嗯,我是不知道你的案件多麼複雜啦,但我倒是知道⋯⋯你像不要命的開車又給車撞欸!」毛邦羽提到氣憤的話題,突然生氣的推了一下吳明翰。
吳明翰登時睜亮雙眸,好奇地問:「你真的都知道喔?」
「廢話!我在上面看得一清二楚好嗎,不敢相信,你當你的身體是鐵打的嗎?你自己不怕,我看了快怕死了好不好。」毛邦羽嫌棄的又推一下吳明翰,吳明翰得知毛邦羽這麼擔心,不知覺得特別快樂。
「嘿嘿,我果然有老公在天守護。」
「⋯⋯不敢相信,吳明翰,我警告過了,不准你來陪我喔,聽到沒有?」
毛邦羽耳提面命,吳明翰乖巧的用手鞠躬敬禮。
「好啦遵命。」
雖說如此,他吳明翰雖然以破案為重,但這段期間不怕死的衝動,確實有點過於誇張,大概是覺得大不了再見了就是和毛邦羽團聚,好像沒毛邦羽在旁邊攔著,他又變回了只顧衝鋒陷陣的臭直男。
「你要不要帶小毛出去散步?去我們之前的河堤?」
吳明翰突然笑呵呵地問毛邦羽,毛邦羽無奈地點頭,不能理解他前後情緒的反差。
-待續
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魔霧の城 第1章
(一)
晩秋の早朝。湖畔には、朝霧が立ち込めていた。
周囲には誰もいない。車も通らず、民家も見えない。静寂しかない。
その中を、追内翔は一人で歩いている。
橙色に染めた髪は傷み切っており、天然パーマな故に、手入れされてない頭髪なのは一目でわかる。日焼けした顔も、百八十近い長身も、服の上からでもわかる体格の良さも全て潰す、陰鬱な雰囲気。
彼は全身が倦怠感に覆われ、目覚めたばかりの朦朧とした意識で、目的地まで歩いていく。
追内が向かった先には、枯れ草と野草に埋もれる切り株があった。その切り株の根元は煤けていて、燃えた跡が残っている。
追内は切り株を一瞥すると、外套のポケットから結婚式の招待状を取り出した。
その留め具にあったのは、色褪せたリボン。元はもう少し濃い紫色だったが、時間経過とともに色が落ち始めて、随分と淡い色になっていた。
リボンを取り、中を見ればとっくに過ぎ去った日付と、綾文れいと金剛司紀の名前が記されていた。
追内は指先が出た手袋を取らず、招待状の名前の部分をなぞる。何度も、何度もなぞる。
なぞっていた指先にピリリとした痛みが走った。手入れもされていない彼の指は荒れに荒れており、血が滲んでいる。
だが、追内は痛みを無視してなぞり続ける。
側から見れば不審な動きしかしていない彼は、しかし脳裏で大切な幼馴染たちの三年前の葬儀を思い出していた。
葬儀場で啜り泣きながら、金剛と綾文の両親たちが互いを慰め合っていた。
『息子だけでなく、義娘になったばかりのれいちゃんまで』
『あの子、司紀くんとせっかく一緒になれたのに、こんなことに』
突然の訃報に誰もが呆然とした表情で、二つの遺影を眺めている。追内もまた力抜けたまま、椅子に座って写真を眺めていた。
『例の爆発事件で、遺体の損壊が激しすぎたらしいわ』
『それで火葬された状態で返されたの?』
『最後に顔を見ることさえできないなんて』
『警察はなんて?』
『犯行グループを全力突き止めるってテレビでは盛んに報道しているけど』
『もう見るのも辛いわ。何度も何度も、あの現場が流れてくるの。他にも亡くなった人がいるのでしょう』
『地下鉄なんて、あんな人が多い場所で……逃げられなかった人はさぞや辛かったでだろうに』
弔問客の囁き声が、この場に二つの棺がない理由として広がっていく。
どうして、なぜ、二人がこんなことにと続く言葉に、一番同意したいのは追内だ。
楽しみにしていた幼馴染たちの結婚式、それまでとっておけと言われた涙。その幸せな未来は、二人の葬儀と別れの涙で塗り替えられた。
包帯が巻かれた手を顔にあてて、追内は嗚咽を漏らす。嗚咽ではなく、むしろ叫びたいほどだったが、未だ彼の喉は回復していない。
『追内』
学生時代の先輩であり、友人でもあった稲里豊が、追内の肩を慰めるように叩く。
『……悲しいな』
絞り出した稲里の言葉は短く、そこに大きな悲哀だけが込められていた。彼は追内の手を外し、包帯の上からさする。
稲里の横には、能面のように感情を削ぎ落とした後輩の迂音一が立っていた。
『……先輩、僕も悲しいです。先輩よりも付き合いの短かった僕ですら、こんなに悲しいんです。きっと先輩は、もっと悲しいんですよね』
でも、と迂音は追内に告げる。
『だからといって、先輩が自責の念で傷ついていい訳じゃないですよ』
迂音が顔を追内に近づける。能面のようだと表現した彼の目尻は、泣き腫らした痕がくっきりと残っていた。
『先輩、追内先輩……お願いですから、あの二人の後を追わないでください。これ以上、僕たちを悲しませないでください』
懇願する後輩の視線から逃れるように、追内は稲里を見る。だが、稲里もまた追内の治らない手のひらを見つめていた。
『……だって、俺のせいなんだ。俺が前を走っていたから、二人は後にいた。俺が後にいれば、あの二人は助かったんだ』
『追内!』
稲里が声を初めて荒げた。周囲が何事かと追内たちを見る。
『俺だけが助かった! 俺だけが……俺だけ』
堰を切ったように追内は心情を吐露する。鬱屈した思いがぶちまけられる。
『なんでだよ、どうしてだよ、なんであの日だったんだ、どうして俺だけが生き延びて、あの二人が死ぬんだよ。だって、あの日に結婚式の招待状をもらったんだ。俺泣いて喜んで、楽しみにしてた。なのに、どうして? なぁ、どうしてなんだよ! 俺、あの二人を助けようとしたんだ。必死に、何を犠牲にしてもよかった、なのに、なのにッ』
支離滅裂な、起承転結すらもない、追内の掠れた声による叫び。
稲里は何度も『わかる、ああ、お前の気持ちは痛いほど分かる』と返す。迂音は『先輩。追内先輩、落ち着いて。先輩の傷、まだ治ってないんです』と宥める。
痛ましいものを見るように弔問客の視線が三人に向けられていた。
綾文と金剛の両親たちもまた少し近づく仕草をしたが、却って追内の混乱が悪化した過去を思い出し、留まる。
なんで、どうしてと嘆く追内の声は徐々に小さくなっていったが、終ぞ言葉がなくなることはなかった。
葬儀が終わるまでずっと、追内は自分を責め続けていた。
以来、追内は漫然とした人生を送っている。
脳内の時間旅行から帰ってきた追内は、招待状から目を離し。今度は切り株に注目する。
未だ彼から自責の念は消えず、思い出すだけで息切れをする始末。死ぬことは許さないの身内たちの言葉から、自らを傷つけることだけはやめられた。ただ何もかもから逃げたくて、三年ほど誰とも繋がらず、音信不通状態で過ごしている。
「……三年てあっという間だよなぁ。全然、忘れられねえよ」
ぽつりと零した独り言が、追内の意識を縛る。忘れられないと呟く度に、何度も何度も彼の脳内に反芻される悲劇が劣化することはない。
いつの間にか風が強くなっていた。
霧が風で動いていく。湖の表面が波立つ。周囲が見えなくなっていく。
それが爆発事件のあった日を思い起こした。
爆発音が響き、逃げ惑う人々を飲み込むように、地下鉄の駅構内を煙が覆っていく光景を思い出す。
追内は未だ思い出にできない過去に、背筋がそわりとしたのを感じ取った。
吐き出す呼吸がか細くなっていく。
しかし、自分の呼吸だけが聞こえるはずの場でシュー、シューと何かが漏れ出るような音が、近くでし始めた。
ギギギと錆びた金属が擦れ合う音もする。
悲劇に浸ったままのぼんやりとした意識で、追内は音のする方に振り向いた。
「……あ」
思わず声が出る。
そこにいたのは、追内よりも小柄な女性だった。
真っ赤なドレスで人形のように着飾られた金髪の女性が、背後におぞましい異形を従えて立っていた。
追内は一歩、後ずさる。
濃霧で細部は見えないが、異形は人型のようだった。女性と似たような構造の衣服を身に纏っていたようだが、それでも手足は長く、アンバランスで、顔がベールで隠されているとはいえ目があると思われる場所が煌々と光っている。
ヒュー、ヒューと霧を吐き出しながら、ギギギと腕や足を覆う錆びた金属を引っ掻きながら、異形は女性の背後にいた。
だが、女性は追内を見つめ、続けてその背後にあった切り株を見つめる。異形には一切の関心を払っていない。
そして唐突に喋り出した。
「器が燃えたにも関わらず、力はその織紐に移っていたのですね」
通りでここへ来られたわけです、と続く言葉とともに、彼女の指が追内が持っていた招待状のリボンを差す。
追内は「何が」と尋ねるが、それへの答えは返されない。
逆に女性は、さらに意味のわからないお願い事を口にした。
「一つ、あなたに頼みたいのです。彼に魔霧の件はしかたがなかったと伝えてください」
「なに、え? まぎり?」
「魔霧です」
そこで女性は初めて微笑んだ。それは慈愛にも満ちたものでありながらも、諦観の色が色濃く乗っている。
「どれだけ人々が魔霧を崇めたとしても、あれはただの現象にすぎない。彼がどれほど後悔しても、力があろうが、努力を積み重ねようが、結末は変えられなかったのです。だから、しかたなかったとお伝えください」
努力を積み重ねようが結末は変えられなかったの言葉に、追内の脳内に幼馴染を助けようと瓦礫をどけようとした光景が蘇り、怒りを抱く。
あれを無意味だと他人に言われたくはなかった。
「ふざけるな! どうして、どうしてそんな言葉を俺が」
「あなただからこそ、彼に共感できるからです」
互いの背景など欠片も知らないと言うのに、追内は自分勝手な苛立ちを女性にぶつけようとする。だが、女性は追内を遮り、まるで彼の立場をよく知っているかのように語りかけた。
「あの魔霧立ち込める場で、あなただけが彼を理解できたのだから」
再度、彼女は「あなただけ」と強調する。
一歩、追内が問い詰めようと足を前に出した時、霧が動き始める。たった一メートル先さえも分からないほどの濃霧。女性の姿が霧に埋もれ始める。
「どうか、どうか魔霧の城の終焉を責めないで」
追内は何歩か前に出る。だが、先ほどまでいたはずの女性の姿はどこにもなかった。そして、あの奇妙な異形の姿もなく、再度静寂が戻る。
「なんだったんだ」
呆然とした追内は、視界が開けると同時に、思考もまた澄んだような気がした。
(二)
初夏特有の燦々と降り注ぐ太陽光と、未だ湿り気を含んではいない風が、追内の頭を撫でていた。
東京、新宿の東口の広場。人々が集まるこの場所は、昼休憩の時間帯のため弁当を持つ人が多かった。もしくは、これから食事に向かおうとする人々か。
その中でボストンバッグ一つを足元に置いて、彼は電話を掛けている。
「と、いうわけでえ、火事で家が無くなった俺に愛の手を」
電話口の相手、追内の先輩で友人でもある稲里豊は深々とため息を吐く。
『追内……お前、お祓い行った方がいいんじゃないか』
「正直、行きたい。行きたいけど、まずは寝床が欲しいです」
切実なんですよ、と続く追内の心情に、稲里もそれはそうだなと納得する。
『一時避難で俺の家に転がり込むのは、まぁ問題ないが』
そこまで答えて、稲里は歯切れ悪く確認する。
『不仲の元凶である俺が言うのもどうかと思うが……その、ご実家の方は頼らないのか?』
「……それは」
両親、特に父親とは長年連絡を取り合っていない追内にとって、その選択肢はないに等しい。だが、続く稲里の言葉は意外なものであった。
『お前と親父さんの件は知っているが、それでもお袋さんはお前の味方だろ? ご両親とも、あの二人の三回忌のときに心配されてたぞ』
彼が告げるあの二人と言えば、五年前に亡くなった共通の友人である金剛司紀と綾文れいのことだった。
稲里が二人の三回忌に参加するの自体は意外でも何でもなかったのだが、追内の両親と話していたのは驚きである。
「え、豊さん参加してたの? うちの親も? え、何それ知らない、いつの話?」
混乱のあまり、最後には訳のわからない問いかけをしたが、稲里は『あのな』と呆れ混じりで説明する。
『音信不通で連絡先すら知らせないでどこかに行ってたお前に、どうやって知らせろと』
「えーと、豊さん経由とか」
『俺にすら二年前まで、まともに連絡入れずにいたくせに?』
「うっ」
二年前に突然戻った追内。
そんな彼を稲里は、音信不通時代に何をしていたのか問い詰めることはせず、粛々と受け入れた。しかし時間経過と共に、徐々に踏み込んだ話題を出すようになってきている。
『……なあ、追内。お前さ、いい加減に墓参りくらい行けよ』
それは表面上は元に戻りつつある追内が、未だ金剛と綾文の二人に関係するもの全て――墓参りも法事も思い出の場所への話題すらも――から背を向けているのを知っているからだった。
『五年前の爆発事件で、あの二人を目の前で亡くしたお前の悲しみは、理解できる』
でもな、と稲里は慰めの言葉を紡ぐ。
『お前はあの二人の代わりに一人の子供を救ったんだ。お前と金剛と綾文の三人がいたからこそ、子供は救われた』
記憶の中で追内は、自分が二人の前を走っていたからだと責めている。
だがあの日、追内は傷ついた子供を背負い先行し、金剛と綾文の二人はその子を守るために後ろを走ったのだった。
結果、先行していた追内とその背にいた子供だけは、地下鉄通路の崩落に巻き込まれず、無事であった。
『お前はあの二人のご両親に顔向けできないと嘆くが、子供の命を救ったお前が責められる謂われはないんだ。お前のご両親も、まだ自分を許せてないのかと心配されてたんだぞ』
三人で一つの命を救おうとし、結果二人が犠牲となった。これは、単純な足し算でも引き算でもない話である。
「でも……でもさ、子供を助けるだけなら俺じゃなくても」
『追内!』
稲里からの強い呼びかけで、それ以上何かを言おうとした追内は黙った。
それでも追内翔は幼馴染たちの死を受け入れきれない。あの日、爆発事件が起きた後の、もしもの行動を夢想してしまうのだ。
その夢物語に囚われて三年間もの間自責の念に苛まれていたと思われる追内に気づいているからこそ、稲里は彼の言葉を否定する。
『とりあえず、今は俺の家に避難でも構わない。でも、いつかは問題と向き合え、逃げるな』
いいな、と念押しされた追内は、嫌々ながらも了承する。
そのまま電話が切られようとしたが、本題を思い出した稲里によって待ち合わせ時刻と場所が確認された。
「……豊さん、昔よりお節介になってるなぁ」
つい独り言が零れた。
スマホをしまい、五月晴れの空を見つめる。日差しが強く、手で影を作った。
次に追内はジャケットの内ポケットにいれたままの結婚式の招待状に、布の上から触れる。もはや持ち続けることが癖になったそれは、変わりなくあった。
「俺なんかに世話焼いてると、婚期逃しそうなのに」
追内も稲里も互いにいい歳であるから、その辺りの話題くらいは出てきておかしくない。だがお付き合いについて、あるいは結婚の話題の一つも稲里からは出てこない。
再会してから女性の影も見えないので、本当にいないのだろう。しかし、結婚式直前の幼馴染たちを亡くして傷心している追内のことを慮って、わざと教えていない可能性もあった。
「豊さんのパートナーか……ちょっと審査はさせてもらうかもしれないけど、基本俺は祝うからね、うん」
金剛と綾文が結ばれた際は無条件で祝福した追内だが、基本身内贔屓だ。なんだかんだで懐いている先輩の稲里の結婚相手には、少し辛口意見を言ってしまうかもしれない。でも、幸せになってくれるなら嬉しいのも事実だった。
その時、メッセージの着信を知らせるメロディがスマホから流れる。
なんだろうと彼が確認すれば、もう一人いる長い付き合いの後輩である、迂音一からだった。
「豊さん、はじめちゃんまで巻き込まないでよ」
メッセージに記されたのは、稲里の仕事終わりまで迂音の持つ店で時間潰しをしたらどうか、という誘い。
昼休憩真っ最中、しかもこの後は夕方の開店までの仕込みの時間だと思われるが、後々のことを考えると追内にはありがたい提案だ。
肯定と感謝のメッセージを送り、駅へと向かう。
燦々と降り注ぐ太陽光から逃れるように、追内は地下へと潜っていた。
目的のホームへ向かう道中、追内がそのポスターを見つけたのは偶然だった。
何かのキャンペーン中なのか、連続したスマホゲームのポスターが並んでいる。
主要キャラクターたちと思われる絵と、その背後にキャラたちを襲おうとするモンスターたち。キャラの服装や背景からすると、スチームパンクもののようだ。だが、歯車や金メッキ、ドレスや古臭いスーツを彩るアイテムの中に、魔法らしきものが見え隠れしている。
どう言う世界観なのだろう、と人の流れから離れてまじまじとポスターを眺める追内。とりあえずゲームタイトルを確認しよと視線をズラしたところで、気づいた。
「……魔霧の城」
ゲームのタイトルを追内は口にする。
二年前に出会った謎の女性。
その女性が最後に告げたのは「魔霧の城の終焉を責めないで」だった。
追内の中で、彼女の告げた「まぎり」が「魔霧」へと変換される。
鮮明に覚えている、あの不可思議な一時。二年も前の出来事だというのに、未だ色褪せない記憶。
なぜなら女性が告げた「あなただけが共感できる」の言葉に、ほんの少しだけ彼が救われたからだった。
稲里も迂音も、追内の悲しみを理解できると慰めた。確かにそうだろう。彼らもまた、大切な友人を同時に失ったのだから。
だが、追内の仄暗い心の中で、否定が先走る。
あの日、目の前で通路が崩れ、分断され、無情にも二人が目の前でいなくなった恐怖を、虚無を、焦りを早々に理解できるのかと疑念が浮かぶ。
共感など誰もできないだろう。
理解などできないに違いない。
けれど、追内のその孤独を理解できる人間がどこかにいるのだと、彼女の言葉で慰められた。だからこそ追内は、友人たちの前に戻れたのだった。
「なんで、そんな馬鹿な」
その追内の思い出の中にしかないはずの、魔霧というキーワードが目の前にある。
口をぽかんと開けた彼は、目だけで周囲を観察した。
追内以外の通行人はポスターには目もくれずに通り過ぎていく。時折、プレイヤーと思われる人が写真を撮るために足を止めてもいた。が、それも人の多いここでは少数だった。
日常にしか見えない光景。
だが、何かがおかしいと焦燥感を募らせる。
そして、さらに彼を混乱に陥れるポスターを見つけた。
「あの時の……異形」
謎の女性の背後にいた、奇妙な形をした何か。
主人公と思われる少年が振り上げた剣の先に佇むそれは、巨大で、アンバランスな体型の人らしき何かだった。
赤黒いドレスを纏い、煌々と光る目をベールで隠し、金属で覆われた両手は優雅にスカートの裾をつまみ上げている。赤い薔薇を足元に這わせ、同じくアンバランスな騎士を従えた何か。
そのポスターに書かれた煽り文句は他のものに比べてシンプルだった。
――魔霧の女王、魔霧に呑まれた旧都の支配者
早鐘のように追内の心臓が鼓動を細かく刻む。
ポスターに掲示された検索ワードですぐさまアプリをダウンロードし始めた。
屋外であるために遅々としたペースでしか進まないダウンロードバー。
確か迂音の店には無料WiーFiがあったはずだと思い出した追内は、足早にホームへと駆けた。
時刻は午後二時手前。追内は、到着のアナウンスと目的地の案内を確認した。次に来るのが、思ったよりも早い。
一旦アプリのダウンロードを止めて、落ち着くために音楽でも聴こうとワイヤレスイヤホンを耳に着けて、再生ボタンを押した。
徐々に緊張が溶け、心音がゆっくりになっていく。
直後やってきた電車の通過音がホームに響く。
風が轟音となって耳に流れる音楽を打ち消す。
アナウンスが、がちゃがちゃと何かを伝えようとしている。
電車の扉が開いて、追内は人の流れに乗って足を踏み出した……つもりだった。
「は?」
電車内に足を踏み入れたところで違和感に気付く。
誰一人乗っていない車両、ホームにいる誰一人その顔を向けない電車、電気一つ点かない薄暗い車内。
ただ、それ以外は普通の電車だった。釣り広告に違和感はなく、座席は誰もいないだけで古びている。ゆらゆらと揺れるつり革は、先程まで誰かが握っていたように、いくつかが大きく揺れている。
「やばっ」
追内が間違えたかと思って慌てて降りようとしたとき、無情にも電車の扉が閉まる。
一人閉じ込められた彼は、誰も視線が合わない外へと顔を向けた。
――ザザッ
イヤホンからノイズが聞こえ始めた。
「待って、待ってくれよ。おい、何が……なんで」
焦る追内は大きな独り言を口にし、扉を何度も叩くが開くことはない。しかも通り過ぎるホームにいる人々の誰一人として、彼を――否、電車を認識できないでいるようだった。
――ザザッ
――ザッ
――ザザザッ
不規則で、神経を逆撫でするようなノイズが続く。
それが余計に追内の不安を加速させた。
「おい、なんだよ。何が起きてんだよ」
電車は進む、進む、進み続ける。
揺れる、傾く、車輪の音が響く。
そのまま地上を走るのかと思われた電車は、なぜか地下へと入っていった。もちろん、追内が乗ったのは地下鉄ではない。ありえない場所から、ゆっくりと地面に沈んだのだった。だが妙な揺れも、異音もなく、地下特有の騒音が車内に轟く。
乗った時に薄暗かった車内は、暗闇に支配された。
窓の外は何も見えない。ただ、次の行き先を告げる車内の画面だけが煌々と光る。
記された文字は、裏東京の三文字。前後にある駅名は文字化けしている。
そこで、ようやく追内はスマホの存在を思い出した。どこに、何を、どう伝えればいいのかわからない。だが、とにかく助けを呼ぼうとホーム画面を開いた。しかし、無情にも圏外の表記が目に入る。
ネットでお馴染みの怪異かよ、と舌打ちをした彼は、しかし奇妙なことに気づいた。
先程ダウンロードしを中断したはずのアプリ「魔霧の城」が、更新し始めているのだ。確かに圏外であるはずなのに、進むはずのない更新バーとその下の数値が確かに動いている。
再び、追内の胸が痛み出した気がした。
『……そ…………では……織……』
直後、追内のイヤホンから低い、掠れた男の声が聞こえた。
音楽ではない。誰かが電話のように喋っているのだ。ぼそぼそと、受話器の向こうで喋っている。
先程までのイヤホンから聴こえる断続的なノイズが少なくなり、声が明瞭になっていく。
『共鳴、共感、なるほど転移先は呼ばれた結果か』
その声の主は、大変歳をとった男であると分かった。感情の昂りを感じるものの掠れがひどく、荒い息遣いと、今にも咳き込みそうな声の出し方。
『では、私は扉の向こうへ渡った全てを集めよう』
聞き取れたのは強い決意だった。今にも笑いだしそうなほどの、激しい喜びがありありとわかるだけの、高らかな宣言だ。
追内は恐怖のあまり、ワイヤレスイヤホンを外した。その直後、彼は微かな息遣いにようやく気づく。
ぎこちなく、ゆっくりと、本当は何も見たくないと言わんばかりに嫌々と追内は首を回す。
真っ暗な車内。
次の停車駅を知らせる車内テレビだけが光源の車両の陰影は僅かだ。
だが、電車はどこかの駅を通り過ぎる。
結果、煌々とホームを照らす照明の光が車内に差し込まれたので、追内はそれの姿をはっきりと見ることになった。
「……あ」
悲鳴とは違う、何の意味もない音が追内の口から出た。
それはおそらく人だ。
金色の糸で複雑な紋様が刺繍された紺色のローブに包まれた誰かが、隣の車両との接続部近くに立っている。
フードを深く被っていることで顔は見えないが、追内よりも少し低い身長と、袖から見える皺だらけの手。
周囲に靄が立ち込める。密室のはずの車内で、謎の人物と追内の足元が靄に沈んでいく。
「そうして魔霧の終わり、つまり魔霧の城に終焉を与えよう」
先程までイヤホンから聞こえてきていた掠れた男の声が、目の前の人物から発せられた。
その瞬間、再び車内は暗闇に包まれる。
駅を通過し切ったらしい。
追内の眼球は暗反応に追いつかず、けれど構うものかと彼は謎の人物がいるのとは真逆の方向へと走り出した。
走る、ぶつかる、扉を開けて、再び走り出す。
誰もいない、荒い呼吸音は一つのみ。
電車が揺れて、体勢が崩れる、咄嗟にどこかに掴もうとして掴み損ね、転ぶ。肩を思い切り打ちつけて、冷たい床の感触が頬に伝わった。
「――ッ」
それでも追内は諦めずに立ち上がり、車内を走ろうとする。
一瞬だけ背後を気にして、けれど何も見つけられずに前を向き直す。
一両、二両、三両と通り抜けたとき、急激に電車のスピードが落ちたことに気づいた。
そして再び、横から煌々とした光が叩き込まれる。
――ここは裏東京、裏東京。魔霧が満ちています、お気をつけて。
流暢なアナウンスが流れ、電車は止まり、扉が開かれる。そしコンサートなどで使われるスモークのような、重い霧が車内に流れ込んできた。
冷気が足元を撫でる。甘い匂いが充満する。
むせかえるほどの匂いと湿気、そして喉を刺激する冷気に、追内は数秒だけ躊躇うも、その足をホームへと向けた。
――ご利用ありがとうございました。またのご利用ができますことをお祈りいたします。
彼が降りたと同時に電車の扉が閉められる。
そして不吉なアナウンスとともに、電車は去っていった。
追内は周囲を見回す。
等間隔で並ぶ柱、遠くに見える階段。
誰もいないが、たびたび追内も訪れた東京駅の地下ホームによく似ている。似ているが違う。その決定的な違いは霧と奇妙な蔦だ。
ホーム全体の床を覆い、膝下まで立ち込める霧。それらに隠れていたが柱や看板に何らかの蔦が絡み、毒々しい紫の葉が生い茂り、禍々しいほどの赤色の花が咲いていた。
「……なんなんだよ、これ。夢にしちゃ」
リアルすぎる、と呟こうとした彼に「逃げて!」と女性の鋭い声が届く。
直後、彼は誰かに抱えられて宙を舞った。
(三)
追内の眼下に見えるのは、蔦が絡まる駅の備品たちと霧に覆われた駅のホーム。
彼の腰を強く抱え込み、高く飛び上がった人物の顔は残念ながら見えない。
霧が追内の視界の中心でうねり、その中から歪んだ剣先が追内に向かって競り上がった。
ゆっくりと動いているように錯覚するが、それは彼が現状を理解できないからだ。
剣先から、剣の刀身、そして柄と姿を表しながらも、その剣を持つ人物が現れてくる。
それは全身を鎧に覆われた騎士だった。ぼろぼろになった臙脂色のマントを翻した騎士。胸元を真紅の薔薇に寄生された、鈍色に光を反射させる鎧を纏った騎士。
その姿は、あの魔霧の女王が率いていた騎士とよく似ていた。まるで絵から出てきたように、そっくりであった。
「……ッ」
声が出る暇などなかった。
剣を向けた騎士は、追内を追いかけて跳躍する。瞬きをする暇もなく、騎士が追内の目の前にくる。霧を蹴散らし、空気を切り裂き、重厚な鎧が一瞬で彼の前に踊り出た。
だが、光の線が追内と騎士の間を通り抜ける。
光の線は紐のように曲がり、剣に巻きついた。その直後、騎士はより上昇し、追内たちは降下していったのだが、離れてようやく何が起きたのか分かる。あの光の紐を巻きつけた剣を起点にして、追内を抱えた誰かが騎士を投げ離したのだ。
騎士は勢いよく天井へとぶつかり、結果衝撃で空間全体が揺れた。
勢いよく地面へと着陸した誰か。そのまま支えられていた腰を手放された追内は、べちゃりと床に落ちる。
無様にも口の中に土煙が入ってしまった追内は、げほげほと吐き出しながら、彼を助けてくれた人物をようやく見た。
そこに立っていたのは、美しく凛々しい異国の女性だった。
真っ白な髪と真っ白な肌。細められた目は天井へと向けられており、口元は革製のマスクで覆われている。
あの騎士ほどではないが��部や腕、脛には金属製の防具で覆われていた。
そして特徴的であったのは、手に持つ奇妙な模様の装飾がされた棒。片方からは例の光の紐が出ており、もう片方からは周囲の霧を吸い込む穴がある。パッと見る限りは鞭を彷彿とさせた。
「……えっと?」
呆然としたまま、追内は異国の女性を見つめる。だが、女性は追内ではなく、ひたすらに天井を、あの騎士がいるはずの場所を険しい表情で睨みつけていた。
「大丈夫?」
異国の女性ではない、少し甲高い少女の声が追内に掛けられる。
いつの間にか彼の背後に、少女が立っていた。
少女は追内に手を差し出す。疑いもなく彼は少女の手を取った。
追内の身長からするとだいぶ下に見える、染めていないこげ茶の髪と、同じ色合いの目の彼女の顔つきは幼い。彼には少女が高校生くらいに見えた。
その少女は、追内の目を真っ直ぐに見つめて、とんでもないことを喋り始める。
「あなたがヴァポレから派遣された応援ね。あたしは福来鈴花。あの子は、あたしの召喚キャラのフー」
「は?」
「手短に説明するわ。先日のレイド戦で打ち破った星見の賢者の空間で、女王たちの居場所に繋がる手がかりがないか調査してたの。だけど、なぜか女王の薔薇騎士がやってきて……知っての通り、あいつは魔霧の女王の最高戦力よ。今は撤退の隙を作って欲しいの」
つらつらと告げられた内容は、追内には意味がわからない。
「星見の……賢者? 魔霧の女王て、あのポスターにあった」
かろうじて知っている単語を口にすれば、少女――福来は怪訝な表情を浮かべた。
「何当たり前のこと言ってるのよ。時間がないわ。あなたの召喚戦士を���く出してちょうだい」
さらに意味のわからない単語が出てくる。
「何のことだよ、つーか、魔霧の城のゲーム世界が……本当にあるのか?」
追内の言動にようやく、福来は異常だと気づいたようだった。
血の気が引いたように、少女の顔色が悪くなる。そのまま一、二歩後ずさった。
福来の視線が追内から逸らされ、左右へと忙しなく動く。
「待って、どうやってあなたここに来たの? ここはヴァポレの通行証がないと入れない筈なのに」
震える指先で掴んだ少女の手にあったのは、手のひらサイズのガラス玉に霧がこめられたものである。
もちろん、追内に見覚えのあるものではなかった。
「し、知らない」
慌てて追内は首を横に振る。そのまま、言葉がつっかえながらも、今に至る説明をした。
「普通に電車に乗ったら、えっと訳のわからないやつしか乗ってなくて、そいつから逃げるために降りたら、ここだったんだ」
しどろもどろの、整合性もない説明だった。が、福来は一部が気になったようだった。
「訳のわからないやつ?」
「年寄りだった。それで」
説明の途中でぱらりと、上から土塊が落ちてきた。
はっとした福来が、フーと呼んだ異国の女性に顔を向ける。その直後、あの騎士が三人の上から勢いよく落ちてきた。
今度は追内も自力で避けた。つもりだったが、少女と彼の頭上には光の紐で編み込まれたネットが貼られ、騎士の攻撃が阻められている。
「マスター! ご無事ですか」
異国の女性――フーはぎりぎりと手に持つ棒を構え、騎士を睨みつけながらも福来の無事を確認する。
「大丈夫! あとごめん、この人ヴァポレの応援じゃなかったわ」
「では敵ですか?」
女性の問いかけに、福来は一瞬追内を見て、再度フーへ向け直す。
「たぶん違う。巻き込まれただけの一般人よ」
キリッとした眼差しで言い返す少女に、何か言いたいことがあるような顔をフーはした。が、目の前にいる敵のせいで余裕がないのだろう。
ぶちぶちぶちと騎士によって光のネットが切られていく。
「マスター! ご指示を」
フーの呼びかけに福来がスマホを構える。
少女がスマホ画面の何かを押したところ、フーの周囲の霧が蠢き出した。
霧は女性の周囲を取り囲み、狼の形の装甲となった。
より巨大になったフーの鞭が唸る。先程までとは比べ物にならない威力と速さで、騎士の胴体を叩きつけた。
次いでフーはその場から飛び出し、騎士へと追撃を放とうとする。だが、見切ったと言わんばかりに、騎士もまた素早く回避した。
第二撃、第三撃は掠るばかりで、最初の攻撃ほどはダメージが与えられていないようだ。
「スキルを使ったけど、やっぱり決め手にはならない。薔薇騎士相手じゃ、フーの攻撃力だと僅かなダメージしか入らない」
福来のスマホ画面に表示されていたのは、フーのステータスと、敵対する騎士の推測ステータス。
彼女には相当な焦りがあるのだろう。冷や汗が流れ、顔色が悪い。
ブツブツと独り言をこぼし、必死になって考えているのが見てとれた。
「このままじゃ、らちがあかない」
そして福来は覚悟を決めたように、大声を出した。
「一か八かだけど、通行証を割るわ!」
その宣言の意味は、追内には分からない。だが、フーには通じたようだった。
「しかし、それではマスターの御身が!」
騎士を相手にするには、明らかな隙であった。それだけ動揺したのか、フーは騎士が繰り出す剣を避け損ね、脇腹にあった装甲を破壊される。
「ぎりぎりで耐えられるかもしれないでしょ。魔霧への耐性はある方よ。異形化しないかもしれない」
もう隙を作るにはこれしかないの、と悲壮感まで背負った少女の様子に、追内はようやく口を挟んだ。
「異形化って、もしかして、あんな風になっちまうってことか?」
追内が指さした先にいたのは薔薇騎士。明らかに胸元が薔薇に寄生された異形だった。
「なるかもしれないし、ならないかもしれない。賭けよ」
「待ってくれ、何か。何か他に手はないのか?」
追内の中で五年前の出来事がフラッシュバックする。
あれとは状況が違うが、目の前で人が死ぬかもしれないこの状態が、すでに彼は恐怖でしかなかった。
追内の過去など知らない福来は、簡単に言い返す。
「あなたが助かるなら、それもいいわ。あなたも、ここに来られるからには召喚の資質があるのだろうけど、今戦力を持ってるのはあたしだけなの」
だから、と続く少女の言葉を追内は無理矢理遮った。
「素質があるなら、俺がキャラクターを召喚する。ちょっと時間がかかるかもしれないけど」
「でも、この場を変えられるキャラが出るとは限らないでしょ」
微かな希望を打ち砕くような福来の指摘に、追内はグッと息を詰まらせる。だが、戦闘の合間を縫ってフーが彼を後押しした。
「ですが、一度はやってみる価値があります。僅かとは言え、可能性を試してみるべきです」
「……わかった」
渋々と頷いた福来に、追内はパッと笑みを浮かべる。そして彼はスマホを取りだした。
「じゃあ、召喚方法教えてくれない?」
追内の質問に、福来は呆れた表情を浮かべるも親切に説明する。
「ゲームを起動して、オープニングが終われば最初の召喚画面よ。どうせ、あなたもここに来られたなら自動で召喚できるわ」
追内のスマホにはいつの間にダウンロードとアップデートが完了したのかわからないゲーム「魔霧の城」のアイコンが鎮座している。
タップし、ゲームを起動した。
スマホの画面に文字が浮かび上がる。
そしてマイクが起動したのが分かった。
恐る恐る追内は画面に記された文章を読み上げる。
「集え魔霧に屠られし英雄 集え魔霧を憎みし英雄
理不尽に対抗せよ 女王に叛逆せよ 英雄のなり損ないたち」
その言葉に応じて、ゆっくりと霧が渦巻き、扉の形となっていく。
扉の出現に騎士は動きを止め、剣を構えより警戒を顕にした。あまりにも隙がなさすぎて、フーもまた動きを止めざるを得ない。
徐々に扉は実物となり、やがてゆっくりと開いていく。
扉の向こうに誰かが立っていたが、その奥行きは全く分からない。
暗闇だけが広がる場所で、誰かが一歩その足を動かした。
カツンと床が鳴る。
誰かがその音を聞いた直後に、リズミカルに、楽しそうに駆け出す。
そして足音とは違う、何かを床に叩くような音も同時にした。
「その名を告げよ」
最後の一文を読み上げた追内は、扉から現れた男をまじまじと見た。
そこに立っていたのは、追内よりも若かった。
日に焼けていない真っ白な肌。薄い唇、整った顔立ち。黒髪は長く後ろに結いでいて、顔に納められた切れ目の紫色はキラキラと輝いている。
複雑な細工がなされた杖と、一目で高級品だとわかる織物で作られた衣服。
立ち振る舞いは、年齢にそぐわないほどに堂々としており、いつだったかプレイしたゲームでみたような、高慢な貴族に見えた。
男は周囲と自分の体を眺め、その次に追内を認識する。
「なるほど、お前が私の主か。なんとも間抜けな顔だ」
男は堂々と追内を貶す。
あまりにも滑らかに侮辱されたために、一瞬追内は何を言われたのか分からなかった。
言い返す間もなく、今度は福来と、フーを男は認識する。特にフーをまじまじと、不躾に見た後に、彼は鼻先で彼女を笑った。
「銀狼の一族か。その装備と見目、王都派遣されたツェツェリの血族だな」
「……なぜ我が血族の装備を知っている」
人を見下す男の態度に不快感と不信感を隠さないフー。だが、その感情すらどうでもよさそうな雰囲気で、男は理由を述べた。
「北の辺境まで詳細な噂は届いていたさ。面倒かつ意味のない政争に巻き込まれたと思ったがね」
その説明に、フーは目を見開く。
「北の辺境……その紫の目となると、まさか貴殿は⁉︎」
男の正体に気づいたフーは、真実を受け入れきれなかったのか。自らを落ち着かせるように、喉元を摩った。
そして、遂に薔薇騎士に気づいた男は、ニンマリと笑う。
うずうずと身体を揺らし、浮き足立ったように一歩一歩と距離を詰めた。
「久しいな、薔薇騎士! ああ、本当に久しぶりだ。こんな、こんな地獄のような魔霧に満ちた場所で出会えるなど、神に感謝してやってもいい!」
傲慢な口調で、興奮を隠さないほどに早口に告げる。
だが、騎士は手に持つ剣を男へ向けた。
それが気に入らなかったのか。男は先程までの笑みをすぐさま消し、今度は無表情で杖を床に何度も叩きつける。
「なぜ剣を私に向ける? ああ、私のことを覚えていないのか。そんな鳥頭に誰がした」
スッと彼の紫の目が細められ、騎士の胸元に寄生している薔薇に向けられた。
「なるほど、理性をなくす狂火の文様か。なんとまぁ、無粋な魔術を受けているんだか……女王陛下の薔薇騎士が聞いて呆れる」
これではただの犬ではないか、とうんざりとした口調で男は告げた。その瞬間、侮蔑を感じ取った騎士が攻撃を仕掛ける。
パチンと男は指を鳴らした。
その直後に彼の背後の霧から、いくつもの長銃が列を成して現れる。
「放て!」
男の号令に合わせていくつもの銃弾の雨が降り注いだ。
騎士の立っていた場所の床が細かく砕けていく。
霧だけではない土煙が周囲を覆う。
ばちばちばちと響く振動と衝撃に、フーだけではなく、離れた場所にいたはずの福来や追内ですら耳を塞いだ。
前列が放ち終わり、一糸乱れぬ動きで、次の小銃から弾丸が放たれる。
一度、二度、三度、四度……と繰り返すこと十回の破裂音が響いたところで、男は手を挙げた。
土煙が晴れた後でも、騎士は立っていた。だが、胸元にあった赤薔薇の花弁は砕け散り、その胸部は露出している。
そこには黒と赤の薔薇を模した紋様が記されていた。
「狂火の文様は、女王陛下に賜ったものか。くだらん執着を捨てればよかったものを」
男の変わらない温度に、騎士は怒りを顕にする。
――AAAAAAAAAAAAAAA
雄叫びとともに騎士が剣を構え、振るう。
先程までフーが相手にしていた速さとは桁違いになっている。
それを男は杖を一度ついて地面から鎖を生やし、呆気なく止めた。
「この駄犬め。かつての主に二度も剣を向けるとは、躾がなってないな」
傲慢とも言えそうな言葉遣いではあったが、男は圧倒的な力を持ってしてこの場に立っていた。
先程までの絶体絶命のピンチから大逆転していることに、福来は信じられないようなものを見ている。
対し追内は、自身のスマホ画面に出ている召喚したキャラクターのステータス画面を凝視していた。そこに記されていたのは、補助系スキルの説明。つまり、これだけの攻撃力を持ちながらも、この男の本領発揮は全く別の部分なのだ。
ごくりと追内は唾を飲み込む。
震える指で、スマホ画面に映し出されるスキル使用のボタンをタップした。
パキンと何かが割れた。
いや、違う。追内の背後で、霧からさまざまな金属の板が生み出され、複雑に重なり合い、奇妙な形の鎧となっていったのだ。
「――ヒッ」
追内の側にいた福来が怯えとともに後ずさる。フーが騎士から離れ、追内と少女の間に立った。
「おや、それを使うのか」
騎士を固定したまま、男は追内を見つめる。男の表情に浮かぶ感情は喜色へと変化しており、再び機嫌が直ったようだった。
「なるほど、思っていた以上に魔霧への耐性が高いようだな。これは幸運だ、ありがたい」
パチンと金属の留め具が嵌められた音がした。
スマホを持ったまま、追内が自分の足元を見ると、金属の拘束具が足に取り付けられていた。
それを認識したが故に「あ?」と間抜けな声が追内の口から出る。
「大丈夫だ、主。これは散々、目の前にいるあの薔薇騎士で試したものだから、改良はしっかりしているさ。さぁ次は腕、そして顔だ」
続く台詞に、握られていたスマホを男に取られ、拘束具が足につけられる。
続けて、口元にも何かが取り付けられた。
ガチガチに拘束されて、身動きができないままに視線が上がる。
奇妙な器具が取り付けられた追内の姿は、一見すると蜘蛛と蟷螂が足されたキメラのようなものだった。
腰から下は八本の金属の足が取り付けられており、重心を取るためか本来の彼の足が固定されて腹の位置にある。
上半身は前屈みになっており、両手は巨大な鎌が取り付けられていた。
そして顔につけられたのはペストマスクのような何か。
ガラスのレンズがきらりと光り、その奥で本来の黒からエメラルドグリーンに染まってしまった追内の目が、覗いている。
蜘蛛のような足のうち一本が動いた。
関節部から蒸気のように霧が溢れ出る。
追内が呼吸をするたびに、ペストマスクの嘴のような場所から白い煙が上っていた。
「思うがままに暴れてみるんだ、主。何も考えず、屠ればいい。魔霧の意思のままに、聞こえるままに」
男の行けという言葉に従うかのように――マスターであるはずの追内を下僕のように操り、鎖で固定されていた女王の薔薇騎士へとけし掛ける。
その直後に騎士を拘束していた鎖は解かれ、薔薇騎士の抱いた剣が真横に振られた。
鼓膜を切り裂くような、不快な金属音がギギギと響く。
フーと福来は、耳を塞いだ。
だが、男は不快な表情すら浮かべずに、二体の戦いを眺める。
薔薇騎士の剣が、追内の鎌とぶつかりあった。
だが二本足である薔薇騎士は、八本の金属の足を持つ追内に比べればそのバランスが崩れやすい。
戦闘慣れしているからこそ、力比べには持ち込まなかった。
騎士は早々にその態勢を整えるために後退する。
それを許そうとはせずに、力一杯、追内はつけられた足で地面を踏みしめた。
石畳が砕け、破片が周囲に飛び散る。
その圧は風となって霧を動かした。が、それでも薔薇騎士のマントの一部が地面に縫い留められるだけに終わる。
対し薔薇騎士はこれまでの力任せの動きではなく、明確に一対一の、暴れるだけの戦闘から流れるような美しい剣技へと動きを変える。
結果、あっさりと騎士はマントを切り裂いて脱出した。
まだ余力があるのかと、内心で追内は舌打ちをする。もちろんその動きに素人の彼が追いつけるわけもない。
足と腕を使っての防御一辺倒へと追い込まれる。
騎士の剣は奇妙な鎧を貫くことはできなかったが、それでも手足の痺れを追内にもたらした。
踏み込まれ、鎧の隙間から胸を貫かれそうになる追内。
その動きを待っていたかのように、地面から生えた鎖が両者を固定した。
追内も薔薇騎士も、突然の出来事に驚きが隠せない。
戦闘を眺めることしかできなかった福来とフーもまた、呆然としたまま棒立ちしている。
「ご苦労、主」
その中で、パチパチパチとやる気のない、ゆっくりとした拍手をしながらも、男は追内と騎士の側にやってきた。
「この駄犬の攻守は優れてすぎていた。私でさえ、先程の拘束でも近づけば切られただろう」
カツカツと靴底で鳴らし、両者の間に立つ男。言動からするとどうも、この状況を狙っていたらしい。
離している間に彼の手に握る杖が光り輝く。
「さて、その狂火の文様を失えば、少しは話が分かる犬になるだろう。さっさと目を覚ませ、ニール・ホルスター」
ガンッと力一杯、杖が女王の薔薇騎士――ニール・ホルスターと呼ばれた異形の胸元にぶつけられる。
バチバチと男の持つ杖と、文様の間に火花が散った。
――AAAAAAAAAAAAAAA
騎士が叫ぶ。だが男は手加減することなく、火花を散らし続ける。やがて鎧に描かれていた黒と赤の薔薇の紋様が消え去った。
――AAAAAあああああああああああぁぁ。
徐々に悲鳴の声が化け物じみた、人間とは到底思えないものから、確かに人間の声帯から発せられたものに変化していく。
――ああああぁぁぁぁ……あいつら、あいつらは許さない、許せない。
そして叫びはやがて言葉となり、意味を込められ、最終的に呪詛となる。
「許してやるものか、魔術師ども!」
頭を振った騎士、その鎧の頭部が砕ける。
そこから現れたのは淡い金髪をポニーテールにした、青白い肌の男だった。だが、その顔の至る所に薔薇の根が蔓延り、葉と蕾が這っている。
死人のように白い肌とは対照的にエメラルドグリーンの目だけが、爛々と生気を主張していた。
「なぜだ、なぜ貴様が魔術師どもの味方をする!」
騎士の理性がようやく男の存在を認識した。
すぐ側ににいる追内へは目を向けず、彼らを拘束し続ける謎の男に向かって呪詛を吐く。
「女王陛下への忠義はどうした、魔霧の辺境伯!」
ようやく男の正体が分かった。
しかし魔霧の辺境伯と呼ばれた男は、ニンマリと笑いながら躊躇なくその手に収めた杖でニールの顔を殴る。
あまりの勢いに、目の前で見ていた追内はビクリと震える。
「おやおや、久しぶりに会ったというのに随分な態度だ。偉くなったものだな、ニール」
殴られて呆然とした騎士は、未だ現状が飲み込めていない。
遠くにいる女性二人も同様だ。
だが、近くで全てを見ていた追内だけは、形だけでも口元を歪めていた男の目が、少しも笑っていなかったことに気づいたのだった。
なおも男――魔霧の辺境伯は、薔薇の騎士――ニールの顔を殴り続ける。
「女王陛下を守る近衛騎士ともあろう者が、異形化とは笑えない。お前を推薦した私の立場もない。実に愚かだ」
「わ、私は」
殴られ続けながらも、うわ言のように何かを言おうとしたニール。だが、魔霧の辺境伯は聞こうとはしない。
「言い訳などいらない。そんなものは何の意味もない」
さらに殴り続ける男に、追内は躊躇いながらも「お、おい」と声を掛ける。
「何かね……この駄犬への躾を止めるほどの価値がある内容か?」
「その辺で終われよ。そんなに殴ってたら、死んじまう」
「死ぬ? 構わんだろう。これは女王陛下を守れなかった愚か者だ」
あっさりと言い放った内容に、追内は食ってかかる。
「あんた、人の命をなんだと思ってんだ!」
未だニールと同じく鎖で押さえつけられたままだが、それでも追内は持てる力で動き出そうと試みた。
ギリギリと拘束していた鎖が引っ張られ、歪み始める。
その様子を見た魔霧の辺境伯は、やれやれと肩を竦め、ぱちんと指を鳴らした。途端に、追内が身につけていた奇妙な鎧が霧となって消える。ついでに彼を拘束していた鎖もまた消え失せた。
おわっと叫びながら、再び床に倒れた追内の上に、男はスマホを投げつけた。
「勘違いするな、主。これはもう人ではない。異形になっても理性を保てたのは賞賛するが、それが仇となったのだろう。憐れんだ女王陛下は、苦しまないようにこれに狂火の文様を授けた」
慈���を掛けるのなら殺すべきだったがな、と続く魔霧の辺境伯の言葉。彼の視線の先には、未だ呆然としていたニールがいる。
「じゃあ、なんで文様を消したんだ! 生かすつもりがないのなら、わざわざ消すことはなかったじゃないか」
起き上がった追内の噛み付きに、男は目を少しだけ泳がした。
しかしガチリと奥歯が鳴らされると、短くはっきりとした言い方で返す。
「自覚だ、罪の自覚」
先程までのどこか飄々とした物言いではない。喜怒どころではない激情を内に秘めながらも、必死にそれを隠した声色。
「王都を守れなかった、女王陛下を守れなかった、馬鹿な男に罪を自覚させるためだ!」
魔霧の辺境伯は、持っていた杖をさらに強く握り込んだ。そして高く腕を持ち上げる。
未だ鎖で拘束されたままのニールは、ゆっくりと辺境伯へとその視線を向け直した。
追内は再び男が手をあげようとしたのを止めようと動き出す。
その直後、美しい歌唱が駅のホームに響いた。
歌が聴こえた瞬間に、魔霧の辺境伯の動きが止まり、ニールの目に光が戻ったのを追内は見ていた。
「……へいか……陛下、女王陛下!」
徐々に力強く言葉を発するニールは、力強く拘束している鎖を引きずり壊す。
魔霧の辺境伯もまた、ニールの変化に気づいたのか。追内を連れて福来たちの元に撤退する。
「な、なに? ���が起きているの?」
混乱する福良に、フーが緊張した面持ちで告げた。
「これは魔霧の女王の歌でしょう。あの方が薔薇騎士を呼んでいるのです」
「ラスボス登場ってこと?」
「……登場だけで終わってくれれば良いのですが」
ちらりとフーは魔霧の辺境伯に視線を向ける。
男はその紫の目をニールに向けたままだ。過度な緊張もしていなければ、呼吸が荒くもなっていない。
彼は先程まで見えた激情を綺麗に隠し、胡乱な雰囲気を纏ったまま、自らが生み出した鎖が薔薇騎士に粉々にされていくのを眺めていた。
「陛下、今戻ります。ああ、悲しまないでください。苦しまないでください。いつだって、あなたの騎士は側におります」
うっとりとしたニールは、自由になった両手両足を広げる。青白い肌が少しだけ色づいたようにも見えた。
「あなたの敵を、あなたの憂いを、あなたの悲しみをきっと無くしてみせます。ですが、ああ、ですが、今だけはあれらを置いて、あなたの側に戻りましょう」
自らを抱きしめる薔薇騎士の姿が変わっていく。
「――ッ」
「――ヒ」
福来と、それまで黙っていた追内は、その変化に息を呑む。
騎士ニールの足から、薔薇の蔦が絡まり蜘蛛の足のように生えた。
それは先程まで追内は身につけた金属の足と似たような形だった。が、追内のが取り付けられたものだったの対し、騎士の足元から寄生した薔薇が生えてくる光景は、グロテスクとしか言いようがない。
そのまま薔薇騎士は四人を振り返ることなく、跳躍する。
まさに蜘蛛と同じ動きだった。軽やかに、けれど簡単に土へ足をめり込ませながら、天井や壁を伝いどこかへ消える。
薔薇騎士の姿が消えると、歌唱が遠のいていく。
細く、美しい旋律を奏でた女性の声も聴こえなくなった頃、ようやく福来は終わったのだと思えた。
「マスター!」
安堵のあまり、足から力が抜けたのか。しゃがみこんだ福来に焦ったフーが、彼女を抱え込んだ。
「大丈夫か? どこか怪我したとかないか?」
追内も心配して、彼女の体をざっとではあるが観察する。見ている限りでは、擦り傷はあっても大きな怪我はなさそうだった。
「……大丈夫。あと、ありがと」
「何が?」
「一発逆転のキャラ召喚。ファインプレーだったわ」
「……ああ」
そのことか、と追内は内心で思った。彼自身は、偶然でしかなく大した活躍とは思っていなかったのだが、福来は違ったらしい。
「単体で薔薇騎士に対抗できるとか、壊れ性能すぎるわよ。しかも召喚主への強化もできるなんて……でも、これで薔薇騎士攻略が楽になるわ」
やったわね、と笑いながら告げる福来。だが、彼女のキャラであるフーは浮かない顔をする。
「マスター、油断しないでください」
「フー」
「確かに彼の戦力は魅力的です。ですが、あの魔霧の辺境伯という人物は魔霧研究の第一人者。翡翠の魔術師と並ぶ、いえ、あの魔術師よりも遥かに危険な研究者です」
「翡翠の魔術師って、鷹崎さんのことよね? あの人確か、王国の中でも魔霧研究の専門家だったって」
つらつらと紡がれる女性二人の会話。
その内容についていけない追内は、自らが召喚したキャラを改めて見た。
魔霧の辺境伯と呼ばれた男は、三人の様子を気にするそぶりもなく、あの騎士が消えていった方向を眺めている。
何か声をかけようと思った追内だが、どう声をかけていいのかも分からない。
いや、そもそも彼の名前さえ知らないことに今更気づいた。召喚のときにも、スキル使用のときですら、スマホの画面に彼の名前は書かれていなかった気がする。
「あー、えっと、その」
適当すぎる呼びかけをしながらも、追内は男の背後に近寄った。すると彼は振り向いて、主と呼ぶ。
「私に何の用だ?」
「その、あんたの名前って」
ああ、と納得したような声が男から発せられた。
男は身なりを軽く整えると、カツンと杖を床につける。改めて、その名前を告げようとしたのだが、ピクリと男の眉が顰められた。
ホーム内で電車到着のメロディが鳴り響く。
線路をガタガタと鳴らし、風で霧を吹き飛ばしながらも、四人の前に電車が到着した。
ドアから複数人が武装して出てくる。だが、その最前線にいたのは、非武装の若い男だった。彼だけは木製の、宝石のような装飾をつけた杖を手にしている。
武装した面々は福来とフーへと歩みを進め、若い男は丸メガネの位置をかちゃりと直しながらも、追内たちの方へ近づく。
だが若い男は追内を通り過ぎ、魔霧の辺境伯と呼ばれた人物と相対する。
髪の根本は白髪で、毛先は黒い。若いと評したが、もしかしたら歳はもっと上なのかもしれない。だが、肌艶の良さは若者のそれだった。
「……召喚されたのは貴公でしたか」
丁寧な言葉使いではあるが、冷え冷えとした雰囲気をもっていた。その態度を当然と受け止めた魔霧の辺境伯は、せせら笑って挨拶をした。
「久しいな、翡翠の魔術師」
辺境伯は片手を顎に置き、わざとらしく若い男を上から下まで眺める。
上下ともにモノトーン調のシャツとズボン。羽織っている春物コートの前は開けられており、全体的にゆったりとした服装なのが見て取れる。
辺境伯は現代服の男へ、嫌味を隠さずに問いかけた。
「ところで、そのふざけた姿はなんだ?」
若い男は手に持つ杖を魔霧の辺境伯に向けて、言い返した。
「これが、この世界の服装なのですよ、デューリュ・ソン・ハルバッハ卿」
辺境伯と魔術師の両者ともに、一触即発の空気を醸し出す。
その様子に、名前が分かったのはいいが、また面倒な事態になったのだと追内は悟った。
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