#翡翠の仮面
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短編 "BED TIME STORY"

今日もまた、夕焼けのように移り変わる水温を浴びて1日を終える。
★
―――それは数百年前の話。地球に住めなくな��た人類はその住処を空に求めた。発達した科学文明はいとも容易くそれを実現し、今、宇宙にはかつての大陸の名残りのように複数のコロニー郡が思い思いに浮かんでいる。完璧に、安全に整備されたインフラの下、人工知能によって労働不足は改善され、人々はより自らに費やすための時間を手に入れた。そうして今を生きる僕らは、きっと過去想定していなかった程に何不自由のないーーゆりかごのような生活を送っている。
★
ただ、そんな完璧に思える世界にも些細なイレギュラーは発生する。「あれ?」呟きが浴室に反響する。異変に気づいたのは髪を洗い流そうとした時だった。いつもなら自動で切り替わるはずのシャワーの温度が、冷たいまま変わらないのだ。何回か壁のパネルを操作してスイッチを切り替え、水を流し続ける。やがて、緩やかな時間をかけて水温は元のように上がっていた。たまたま調子が悪いだけならまだいいが……何かの故障だろうか。風呂上がり、部屋に戻って浴室装置の型番を調べてみると、どうやらこの家についている装置は旧式のようで、極稀にそういったエラー現象が起きるらしい。しばらく使い続ければ元に戻るとも書いてあるので、面倒を嫌う僕はとりあえずそのままに、この気まぐれなシャワーと少しだけ付き合うこととなった。そうして今日もいつも通り、ディスペンサーから取り出した洗髪剤を髪と泡立て、ノズルから勢いよく溢れ出す水を頭からかぶった。ゆっくりと温かくなっていく水温。目を閉じれば、その変化が肌の細胞一つ一つに伝わっていくのを感じる。そんな時、脳裏に浮かんだのは窓の外に見える都市の風景で。それはプラネタリウムのように、コロニーを覆うスクリーンに映し出される空を模したグラデーション、あの移ろいによく似ていると、そんな事を思った。
★一通りの身支度を済ませて、力の抜けきった体で布団にもぐり込む。時刻は22時。ぼんやりと室内を照らすベッド脇のランプを電球色に切り替えて、3回まばたきをした。目の前に現れたのは、図書室の一室だ。かつて人々の生活で��しまれていた「本」という文化は、この宇宙時代の中で廃れてしまった。今ではもう紙という媒体で何かを読むことは珍しく、コレクターでもない限りは現物を所持している人はほとんどいない。その代わり、これまで出版されてきた書物は、貴重な文化遺産として各コロニーが厳重管理を行い、閲覧を開放している。最近の僕の寝る前のルーティーンは、このサービスを利用して様々な物語を読むことで、ここしばらくは別のコロニー管轄の図書まで手を伸ばしていた。仮想空間の図書室を少し歩き回り、今晩は英国の書物を収蔵する本棚を選ぶ。何冊か背表紙をなぞって、本棚から一冊を取り出した。データベースを見るに、この本は19世紀初頭に作られたもので、代々国に伝わる民話を子供たち向けに大きな図版(ずはん)と文字で構成した一冊のようだ。架空の手触りながら、パラパラとページをめくる。いくつか進んだところ、突然、脳内で栞を指すサイン音が鳴った。あくまでそれは物理的なものではなくブックマーク操作の履歴ということになるけれどーー、本来であればそうした履歴はつけた本人はまだしも他人が見ることは出来ないはず。これも何かのエラーだろうか?音が鳴ったのは書物の中では六つ目の物語にあたる扉のページで、川沿いを飛ぶ、翡翠色の美しい羽を持つ鳥が描かれている。添えられた物語の題名は、"KINGFISHER GIRL"……カワセミの少女、だ。鉱石のように輝く、鳥の瞳と目が合う。僕は、いつかこの本を読んだ「誰か」の目線をなぞるように、物語の最初の部分に目を落とし始めた。
★
『これはカワセミ少女の物語
彼女は生命の川の辺(ほとり)に座る
その心は、七つの悲しい海を越えて飛び
その羽根は、歌に呼応し光を放つ
百万の甘やかな月に照らされたその歌は
神秘的な異国の調べを持ち
彼の人へと捧げられた
歌え この歌を世界中に届くように
銀色の涙を流して
この歌は『けして叶うことのない願いの歌』
これはカワセミ少女の物語
愛はダイヤモンドのように深く
その水に飛びこめば、心は泳ぐ魚を捕らえ
舌の上で魅惑の輝きが踊る
太陽からしたたり落ちた暗い蜜
唇に広がる甘美なスパイスの味わい
それはまるで永遠のようにーー
歌�� この歌を
世界中に届くように
銀色の涙を流して
この歌は『ここにいない君を想う歌』
やがて揺らめく炎を身にまとい
私はひとりぼっちの星になる
飛びこんで 時の流れに
それは永遠の生と死が共に在る瞬間
銀色の涙を流して
この歌の名は『あなたがここにいてくれたら』
★
まるで情熱的なバラッドを聞いているかの如く、駆け抜けていった言葉達。深く息を吸って、また3回、まばたきをする。図書室は消え去って、目の前に見慣れた天井が広がれば、感覚は現実に戻る。それなのに、まだ、聞こえないはずの音楽がどこかから届くような気がしてーーじっと耳を澄ませてみるけれど、まるで誰もいないかのように部屋も、そして街も静かなままだ。そのまま瞼を閉じて、カワセミの少女に思いを馳せる。僕らはデジタルのスクリーンに映る、作られた空しか知らない。彼女は、空そのものになった。その美しい羽も、魂も大気に溶けて……それが、僕には、少しだけ羨ましい。微睡みに浮かぶのは淘汰される空想だ。もし、僕が本当の空の下で息をすることができる日が来たとしたら。流れていく雲を追うように、風と共に駆け抜けてみたいと思う。 その時、この目に映る空はどんな色をしているだろう?それはあの移り行く夕焼けの色か、夜明けの深い宇宙の色だろうかーー薄れていく意識の中で、見たことのないはずの空に、星が一つ瞬くのが見えた気がした。
★Inspireーーーーーーーー
『覚醒都市』/新居昭乃
『KINGFISHER GIRL』/坂本真綾
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いつ見ても新しい感じ。 何故か惹かれる抹茶碗。何故か懐かしい気持ち。 爬虫類?レプティリアン?モザイクタイル?緑亀? あっ!! 緑の仮面…メキシコの博物館… 翡翠の仮面だ。 翡翠の仮面茶碗(笑) なんとも贅沢な器じゃないか。 #永柳光生 #常滑 #抹茶碗 #爬虫類 #モザイクタイル #緑亀 #メキシコシティ #国立人類学博物館 #翡翠の仮面 #レプティリアン https://www.instagram.com/p/BtOGORWlIL4/?utm_source=ig_tumblr_share&igshid=lxc83v5nw5as
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ありのままはいつだって悪手
2月14~17日 メキシコ パレンケ

メキシコへ戻る。戻るとわかるのが、やっぱりメキシコは美食天国であるという点で、パレンケという街は近くに著名な遺跡がある割にはいかにも地方都市然とした垢抜けない街なのだが、それでも定番宿ポサダ・ナチャン・カーン(ドミトリー1泊160ペソ≒960円。きれいな宿だが共用スペースやキッチンがなかったり洗濯禁止だったり不便な点もある)の近所を何気なく散歩するだけで手頃で気の利いた食堂が容易に見つかり、料理はどれを頼んでもそこそこに当たりだったりする。上はビステック・ア・ラ・メヒカーナ。意味は”メキシコ風ソテー”といったところだが、刻み肉を使い、国旗の色である赤・白・緑にちなんだトマト・タマネギ・青唐辛子のソースがかかっている。メロンをミキサーにかけて水で割ったアグアも蒸し暑いパレンケで飲むと一層美味い。しめて50ペソ≒300円。

同じ店で、ファヒータ。本来ファヒータとは牛のハラミ肉を指すが、ピーマンとタマネギと肉(牛に限らず)の炒め料理のことでもある。味はまんま肉野菜炒めで、卓上のサルサをかけなければまったく辛くないし、日本人にも馴染みやすいメキシコ料理のひとつだ。飲み物は定番、ハマイカ(ハイビスカス)のアグア。

そしてパレンケと云えば、なんといっても遺跡だ。パレンケはAD300-900頃、マヤ古典期の有力な都市国家で、マヤで最も偉大な王のひとりであるパカル王の王墓があることで知られる。上はその王墓である「碑文の神殿」。壁面に夥しいマヤ文字が刻まれていることでその名がある。9層からなる構造をとっているが、マヤで9という数字は死を表す。思い返せばティカルのジャガー神殿も9層だった。

王墓に直接入ることはできないが、パカル王の遺品と石棺はメキシコシティの国立人類学博物館で観ることができる。これがかの翡翠の仮面。『大航海時代』にも登場したなぁ。ちょっとピエール瀧に似てるんだよね。

そしてパカル王の石棺といえば、隠秘学界隈ではつとに有名だ。デニケン著『未来の記憶』(1968)によれば、石棺に描かれた王の姿が、”ロケットを操縦する宇宙飛行士”に見えるという。つまりこの石棺はオーパーツ、というわけである。この写真ではライトが暗すぎて判別しづらいと思うが、検索すれば鮮明な図像はすぐに見つけられる。云うまでもなくこれはトンデモ学説であり、ロケットのパーツと見なされたものはすべて宗教的に意味のある図像としての解釈が可能である。

パレンケは碑文の神殿以外にも見どころが数多くあり、整備状態もよく遺跡全体としてかなり見応えがある。上は「宮殿」と呼ばれる広い建造物で、中央の4層の塔は天体観測所とも物見櫓とも云われている。

「十字の神殿」は屋根の装飾が美しい。しかし建物の名前がいちいち格好よい。



遺跡は密林の中に位置しているが、神殿の周囲は切り開かれて公園然としている。開放感があって気持ちよいのだけれど、いっそティカルみたいにあまり切り開かないほうが一層ムードがあっていいような気もするが、どうだろう。やはり明るいほうが見映えはいいか...。どちらにせよ発掘されたままの姿では観光地にならない。ただの発掘現場だ。
遺跡に限らず、すべて���観光地はありのままの姿であることは決してない。必ず改変されたのちに観光客の前に提示される。われわれはそれを見て例えば”ほうほう実にマヤらしい...”などと満足して帰っていくわけだが、それで”まがい物だ!”などと不満を覚えるとしたらそれは「改変」が下手であるからで、「うまい改変」ならば観た者は真に満足を得られる。これはこの旅で何度となく考えたことだ。エキゾティシズム、という言葉を僕はこのブログで何度となく使っているが、エキゾティシズムもまた改変の産物である。旅先で”ありのまま”を求めるのは、いつだって悪手だ。旅以外でもそうだが。
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某日・アフタヌーン・ティーの場合
魔女の家。お菓子づくりのヘクセン・ハウス。 1日1回、決まった時間に来客が訪れる。来客は、魔女に餌をやらねばならない。 魔女は、物語を望んでいる。魔女は、常に腹をすかせて来客を待っている。 来客が訪れないことはない。一度の例外もなく、それはやってくる。 この家には、必ず来客がやってくる。来客は、必ず何かを探している。 探しものはここにはない。広い砂漠の中で、砂粒を探している。 やってくる来客が何を探しているのか、魔女にはちっともわからない。
来客は、年齢もなにもかもがバラバラである。来客は、魔女を憐れんでいる。 魔女は来客を憐れんでいる。
来客は、隠し事をしている。来客は、世界にそれを隠して生きている。
――魔女が、魔女になる前の話。
――✂――
某日・アフタヌーン・ティーの場合
――✂――
「食べないのかい」 「食べるけど、その前にこれ、読んでしまいたいから」 「そう」
静かな部屋の中で、それだけの短い会話が交わされる。 大きなテーブルの上に2つ並んだティーカップとソーサー。 長いティータイムを見越されているのか、ホットウォータージャグも備えている。 三段のケーキスタンドには、可愛らしく飾り付けられたサンドウィッチに生菓子、焼き菓子。 少女が、ケーキスタンドの中の不格好なスコーンに手を伸ばした。
「行儀が悪い。……俺、読んでる最中だけど見えてないわけじゃないから」 「うへえ。……ケチくさいな。2人しかいないんだから、好きに食べたっていいじゃないか」
スコーンへと伸ばした手を引っ込めて、少女は一番下のサンドウィッチに手を伸ばす。 トマトとレタスを挟んだ、一口サイズのフレッシュ・サンド。 ぽい、と口の中に投げ込めば、対面に座った青年がじとりと少女の翠の瞳を見やった。 少女は、それに気付かないふりをしたまま、ぽいぽいと口の中にサンドウィッチを投げ込む。 見かねた青年は、重々しく溜息を溢して手書きの原稿用紙をテーブルに置いた。
「感想が先に欲しいのか、構ってほしいのかどっちかにしてくれ」 「どっちも。別に、読みながら喋ってくれたっていいだろ? 久々に予定を合わせたんだから」 「……本当に面倒なやつだな」 「それなら僕の誘いなんてはじめから断ればよかったんだ。こうなるって、わかってただろうに」
渋々、といった様子で青年はサンドウィッチに手を伸ばす。 腰まで伸びたミルクティ色の髪を高く結い上げて、少女は身を乗り出した。
「美味しいだろ、そのトマト。僕が作ったんだ。重い身体を起こして毎日水をやって――」 「そうやって無理しなくても、トマトの一つくらい買えるだろ。 届けてくれるやつらがいるのに、自分で頑張ったと言われても俺は褒めない」 「じゃあ食べないでくれよ。それなら僕が一人で食べる。僕のトマトに失礼だ」
きっぱりと少女がそう言えば、青年は眉を寄せながらまたサンドウィッチに手を伸ばした。 それを見れば、少女は嬉しそうに頬を緩めながらテーブルに肘をつく。 「美味しいんじゃないか」、と小さく溢して、両手でティーカップを持ち上げる。 青年はそれにはなにも答えず、黙って口の中にサンドウィッチを放り込んだ。
「これ、俺の話だろ」 「ご明答。よく書けてるだろ、それ」 「……書かれる側がどんな気分になるか想定して書いたか?」 「いいや、全然。別に、僕は楽しく書いたから。そのリアクションが見れただけでも、正直満足がいってる」 「俺以外の読者のことは全く考えずに書いたと」 「いいや、それはない。僕が世界に物語を提供するときは、必ずその責任については考えてるから。 作品は常に読者のために書かれるものだ。僕は僕のために、読者のために書いているわけだけど。 それがたった一人であろうとなかろうと、『読者』が面白いと思わないものは書かない主義だって、知ってるだろ」
返事はない。青年は、テーブルの上の原稿用紙に目線だけ向けて、手元のティーカップを手繰り寄せようとする。 手繰り寄せようとしたが、結局ティーカップは青年の指先に触れることはなく、青年は苛立ちを隠すことなく視線を戻した。 少女は、その一部始終をにやにやと口元を釣り上げながら嬉しそうに見ていた。青年は、ふん、と小さく鼻を鳴らした。
「作品が、」
少女が空になったケーキスタンドの上――丁寧に飾り付けられたミルクレープ――に手を伸ばしたところで、青年は口を開く。
「作品が読者のために書かれるっていうのは、あまり同意できないと常々思ってるがな」 「いまの間はなんだったんだよ。……まあ、そんなことはどうでもいいんだけどさ。 僕は、書くことには責任が付随すると思ってるから。きみがどうかはしらないけど、あくまで、僕は」 「別に読者のことを考えてなくたって、責められる話じゃない。 自己理解の一環として書かれる小説だってあるし、俺が書いてもお前に絶対読ませないのがそれだろ。 お前がどれだけ読みたいと言っても、俺は俺のためだけに文字を綴るし、書いたらそれで終わりだ」 「それは僕も責めることではないと思ってるよ。思ってるけど、僕は感心しないってだけさ。 書かれるためにあるのか、読まれるためにあるのか。僕が『書く』理由は、自己表現ってだけの話で。 これに関しては平行線だから、議論の余地も必要もないって、結論が出てるはずだぜ。二週間と四日前に」
青年はそれきり口を噤んで、しばらくなにも言わなかった。 狭い部屋の中で、ティーカップがソーサーに触れる音と、少女の退屈そうな欠伸だけが繰り返される。 皿に乗せられた一切れのミルクレープを、少女がまるまる食べ終わった頃合いに、青年がそのしじまを破った。
「俺にとっての創作が、ただの手慰みだと言ったら、お前はどう思う?」 「べつに。何も思わないさ。読ませてくれ��いなら、僕にとっては箱の中の猫となにも変わらない。 それの判別は僕にはできないし、優劣をつけることすらもできない。 僕はきみのことが大好きだけど、作者としてのきみのことは、これっぽっちも、知らないから」 「…………。 まあ、俺が口下手っていうのは、わかった」 「なんでそうなるんだよ! ……まあ、そういうところが好きなんだけどさ。 話をしようぜ、アダム。そういう方向性なら、『内側』を向くのと『外側』を向くのの、どちらが優れているのか。 議題としての落とし所なら、このあたりがいいんじゃないかい」
ばつの悪そうな顔をしながら、青年は四杯目になった紅茶に砂糖を二つ放り込む。 少女は、にやにやしながら青年の様子をただただじっと眺めている。 青年―― アダム・ハルデンベルクは、「お前が先だ」と言わんばかりに、また眉を寄せながら少女を見た。
「自分のための創作か、どういう形であれ他者のための創作かってことだろ? 正しく言うのなら、僕が文章を書いてるのは他者を傷つけるため。痛みを感じさせるため。 だから、建前では自分のためだと言いながら、誰よりも読者に依存する作者だと、自覚もしてる。 同時に、他者を必要としていないきみっていう創作者に対して、誰よりも嫉妬と憎悪を抱いているのも、事実さ」 「よく続けられるな」
アダムは、空の皿にミルクレープを移しながら、短くそれだけ言った。 少女は、一瞬きょとんとしたあとに、とてつもなくいたたまれなさそうな表情をして、太い眉を寄せる。 「嫌味かい」、とそれだけ言って、ミルクレープを口に運んだアダムを見る。
「嫌味なわけないだろ。よくできるな、俺はできる気がしない、ってだけで。 俺は、本当に自分の文章を読んでいるのか、本当に文字を読めているのか、正しい読者であるのか。 それもわからないような相手に向けて文字を書けるのが純粋にすごいと思った。それだけ」 「贅沢者だな。それでいて、僕の何倍も傲慢だ。作者が読者を選ぶんじゃない。読者が作者を選ぶんだ。 だから、読者も味がわからなければその作者の文章は今後読まない。 味が気に入ったのなら、継続して読むだろ。作者は、選ばれる側なのさ。最初から最後までね」 「……正直な話をするなら、俺がお前に読まれたくないと何度も言うのは、それなんだよ。 お前にもし、俺の創作に触れて『面白くない』と言われたら立ち直れる自信がない。 俺のことを何度も何度も好きだって言いながら、どう好きだとは一言も���わない」 「まあ、僕はきみの文章が面白くなければ胸を張って面白くない、と言うよ。 だから、それが嫌なら無理に読ませてくれなくても構わないし、僕の一番の読者でいてほしい。 継続して僕の話につきあってくれるのは、きみくらいなんだから。欠かせない存在だよ。僕は、きみが好きだ」
返事はない。宙を舞った愛の囁きは、ミルクレープを切る音に綺麗に上書きされる。 少女は、文句もなさそうな顔で三段目の不格好なスコーンに手を伸ばした。 アダムだけは、文句ありげな顔をしたまま、黙々とミルクレープを口に運んでいる。 アダムの皿が空になったところで、アダムは、少女の翡翠のまなこをジイ、と訝しげに見やった。
「今の話���
スコーンを二つに割った頃合いに、アダムはそう切り出した。
「お前のほうが傲慢だよ。俺以外の読者を切り捨ててるのに気付いてない。 気付いてるならもっとタチが悪い。お前の文章は、文句なしに面白いと思うし、ああ、たまに文句は、あるけど。 『他者を傷つけるため』って、それっぽいことは言うくせに読者は俺ただ一人きりだ。 …………もし俺が読まなくなったら、お前はどうするんだ」 「それはこの世界から僕の読者がいなくなったら、っていう仮定で間違ってない? そんな日がもし来ることになるんだったら、僕はきっと、書くことをやめる。 創作なんて時間も使うし、精神も使うし、苦しいことを続ける理由なんてない。やめるに決まってるさ。 まあ、僕が創作をやめることなんてないだろうけどさ」
言外に、「きみは僕の言葉をいつだって読んでくれるんだから」、と言っていた。 信頼と言ってしまえば聞こえはいいが、これはどうしようもないくらいに依存で、少女の依存は無自覚だった。 たった一人の『読者』に依存する、いつ瓦解するかもわからない、ひどく不安定な『作者』であり、
「じゃあ、次は何の話をしようか。きみと話すのは、ほんとうに楽しいんだ。 こんなことを話せる相手も、ぼくの文章を読んでくれる読者もきみくらいだから」
どうしようもなく、救いようのない人間だった。
「そうか」 「そうだなあ、ああ、このスコーン。僕が焼いたんだ。 スコーンは誰が焼いたところで変わらないだろうと思ったんだけど、やっぱり市販品は美味しいんだよなあ。 僕のほうが焼きたてで美味しいだろうと思ったのに、結構ショックだったんだ」
他愛のない会話がしばらく続いて、可も不可もない内容が途切れた頃。 アダムが背中の後ろに置いていた鞄の中から、シワシワになった原稿用紙を少女に差し出した。 多く見積もって四千字ほどの、ちょっとしたショートストーリーだった。 少女は目を見開いて、食べてしまうかというような勢いでその原稿用紙を受け取った。 ぺらぺらと調子よく、ずっと言葉を並べていた少女が、はじめて何も喋らず、原稿以外に視線を動かさず黙り込んだ。
愛の話だった。
恋人以外の世界の全てをどうでもいい、と言う少女が、世界を知る話だった。 恋人は、少女を世界に連れ出した。醜いところも、美しいところも、世界のありとあらゆるところへ連れ出した。 少女は、その全てに喜び、悲しみ、怒り、笑った。 恋人も、狭い場所に閉じこもっていた少女が普段見せないような表情を見せることに喜んだ。
ある日、恋人と少女は世界について話すことになった。 なんでもない話の流れだ。ただ、普段の会話に、ちょっとだけインテリジェンスな色をつけた、とか、そのくらいの。
恋人は、世界に対しての怒りを少女へと語った。 不平等さや、理不尽に対しての怒り。私腹を肥やす貴族に対しての怒り。幼子を冬の日に放り出す母親への怒り。 その怒りは、これ以上なく真っ当で、とてつもなく妥当なものだった。 だからこそ、恋人は少女の語る言葉の全てが許せなかった。
不平等も、理不尽も、貧富の差も。ありとあらゆる、世界の全てを肯定する言葉��� そうであるんだから、『そう』に至る。それ以上でもそれ以下でもない。 それがあなたの見せてくれた『世界』ではなかったの、と少女は『世界』を肯定した。ひどく無関心に。
恋人は、少女を心底気味悪がった。 本当に少女に求めていた反応は、『こんなに理不尽な世界は見ていられない』のひとことだったのだから。
2人は、それきり言葉を交わすことも、愛を囁くこともなくなってしまった。 物語はそれで終わり。互いに恋人たちは、虚像を見て愛を囁いていたのでした、という話。それ以上でも以下でもない。
そんな物語を読み切って、少女は笑った。
「僕は、この『味』が好きだよ。皮肉がきいていて、丁寧で、心の動きのどれもが美しい。 なんだ、きみが本当に見せたがらないから、本当の本当に文章が下手なのかと思ったけど――」 「グレーテル」
少女の名前を、アダムは初めて呼んだ。 少女は目を丸くして、穏やかに「なんだい」、と笑ってみせた。
「それは、俺の友達の作家志望のやつが書いたんだ。俺の書いたものじゃない。 グレーテル、もう、言わなくたってわかるだろ。お前は、間違いなく聡明だし、間違いなく賢い」
「お前が思ってる以上に、捨てたもんじゃないだろ」
少女は、なにも言わなかった。何も言えなかった。何一つ言うことができなかった。 肯定も否定も許されていないのは、少女が一番わかっていた。 ただでさえ、それをちょうど理解させられた瞬間だったから。わかりやすい解説のテキストまで手渡されて。 アダムは「トマト、うまかったよ」とだけ言い残して、席を立った。 残されたケーキスタンドの一番上だけを眺めて、少女はなにも言わなかった。言えなかった。
それ以来、この家にアダムがやってくることはなかった。 アダムは、自分が一番理不尽なことをしたと自覚していた。 自分の文章なんて読ませたことのない相手に、自分の文章だと勘違いするようなタイミングで他人の原稿を手渡す。 そして、密かに「他人の文章だろう」、と言ってもらえると期待していた。 理不尽なことをして、勝手に諦めて、世界を教えた、なんて言い訳まで用意して。 結果として、アダムは二度とこの家に戻ることはできなかった。 理不尽に傷つけて、理不尽に立ち去ったのだから、その罪悪感は当然である。 理由などない。ただ単に、自分のことを自分の好きな相手にはすべてわかってほしかった。 その理不尽さ自体も、極めて人間らしい感情で、それを否定することも肯定することも、誰にもできない。 なぜなら、人間であるから。人間である以上、その理不尽は誰にでも存在しているから。誰も糾弾することはできない。 虚像に理想を抱き、虚像に恋するのを否定することは、誰にもできない。
――人は、魔女と違って『ただしい目』を持ってなどいないのだから。
その日、世界から一人の『創作者』が消えた。 その日、世界中で一番の『消費者』が生まれた。
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魔女の後悔。 それはただひとつ、『人間』を知らなさすぎたこと。
人間の後悔。 それはただひとつ、『愛』を理解するのに時間を要しすぎたこと。
+ + +
魔女の家。お菓子づくりのヘクセン・ハウス。 1日1回、決まった時間に来客が訪れる。来客は、魔女に餌をやらねばならない。 魔女は、物語を望んでいる。魔女は、常に腹をすかせて来客を待っている。 来客が訪れないことはない。一度の例外もなく、それはやってくる。 この家には、必ず来客がやってくる。来客は、必ず何かを探している。 探しものはここにはない。広い砂漠の中で、砂粒を探している。 やってくる来客が何を探しているのか、魔女にはちっともわからない。
来客は、年齢もなにもかもがバラバラである。来客は、魔女を憐れんでいる。 魔女は来客を憐れんでいる。
来客は、隠し事をしている。来客は、世界にそれを隠して生きている。 今日も、魔女の家にはティーカップの片割れが静かに佇んでいる。
魔女は、『失くしもの』をした。
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きっかけは芝居小屋へ君と人形浄瑠璃を観に行った日のことだった。
狭い座席に君と二人肩を並べて見た演目は近松門左衛門の心中物の中でも名作だと名高い「心中天網島」。
見晴らしの良い後方の席へと座り、人形遣いの麗しい技術と語りの饒舌さに惚れ惚れしていた刹那、唐突に君から肘掛に置いていた左手を握られた僕は仰天してしまった。
その微かではない触れ合いは、情欲を匂わせるそれではなかったものの、こうした芸術、文化に触れている最中に君が起こす行動としては幾ばくかの疑問があった僕は、その手を握り返すことに一瞬躊躇い、そして、気付かない振りをしてやり過ごすという選択をした。
それはきっと周りで真剣な顔をして人形遣いの技に見入る人々の邪魔をしてはいけないという理性でもあり、微かに左の頬へ刺さる君の視線に一度応えてしまえば、もう浄瑠璃どころではなくなってしまうという口惜しさでもあった。それもそのはず、僕はこの演目をたいそう気に入っており、君にもそう伝えて今ここに二人座っているからだった。
黒子が幕を引き、人々がガヤガヤと席を立っていく中、僕は空いた右手で唇を触りながら、いつまでも僕の指の形を辿っている君に苦々しげな表情を隠すこともなく振り返った。君はそんな僕の目線を鼻にもかけず、ゆるりと形作った薄い三日月から「喫茶、行きましょうか。」と言った。
僕たちはこうして浄瑠璃や歌舞伎、狂言などの文化芸術に触れた後は必ず小さめの喫茶へ入ることにしていた。君が言うには、頭を使って見る分、糖分を取って脳を労いたい、という理屈らしい。
筋は通っているし、僕も君が考察を捏ねながらクリームソーダやらコーヒーゼリーやらを掬っては口に運ぶその仕草を見ていたいから、喫茶へ行きたいと思っているのは案外僕の方なのかもしれない。
「君、さっきのは一体どういうつもりなんだい。」
「あら、なんのこと?今日の演目、素敵だったわ。私、明日も見に行こうかしら。」
最近メニューに追加されたチョコレートパフェを口に運びながら、君は売り子が配っていた今日の浄瑠璃のチラシを見つめている。残念ながら明日の席は完売だ。先日襲名したばかりの人形遣いが主役の紙屋治兵衛をやると聞いて、皆���集ったのだろう。
僕の左手にはまだじんわりと痺れるように、君の柔らかな指の腹の感触が残っている。触れ合いなぞ、大して珍しいものでもないはずなのに不思議なことだ。と感触を消すようにティーカップを左で取り、香りを楽しんでから一口含んだ。シンプルなダージリンの豊かな香り。鼻に抜けるそれはいつも頭の熱を冷ましてくれる。君は物憂げな顔をして、目の焦点は僕ではなく僕の奥の方を見つめていた。
「君、何かあったのかい。」
「ねえ、私がどこで手を握ったのか、覚えていらっしゃる?」
「ああ、勿論。あれは確か、」
二人の子供と妻がありながら遊女の小春と思いを交わし、そして心中の約束をした紙屋治兵衛。そんな治兵衛を思いやって心中を止めようとする兄の孫右衛門と小春。一度は別れたものの、自堕落さと不運に翻弄され全てを失った治兵衛は最後、幾つもの橋を渡り網島へ向かい、そして、小春と心中を果た��。
君が手を握ったのは、その、心中のシーンだった。緊迫した息遣いと、人形の布の擦れる音、そして、小春の喉首を刃で貫き、首を吊る治兵衛。君の少し汗ばんだ手が、幕引きまでずっと強く握られていたことを思い出す。
「心中のシーン、だったかな。」
「そう。」
「何か嫌な思い出でもあったかい?」
「いいえ、違うわ。むしろ好ましい気持ちよ、きっと。」
「好ましい?それはおかしい。君、今まで何を見ても、最中に僕に触れることはなかったじゃないか。」
「そうね。それが理由よ。」
「理由?」
「貴方が聞いたんじゃない、どういうつもりなんだい。って。ふふ。」
君の頭の中は常人の世界とは少し違っていて、整った部分と雑多な部分の差があまりにも酷い。だからこそ惹かれた部分はあるにせよ、長年共に過ごしたからといって理解出来るわけではない。常人の僕にも説明を、と目線をやると、君はクリームをつけた口端を舌でぺろりと舐めて話し始めた。
「私、貴方に殺されたい。って言ったら少し語弊があるかしら。」
「かなりね。かなりあるよ、君。僕がそんな会話を側で聞いていたらぎょっとする。」
「貴方と共に、何にも縛られぬ世界へ行きたいの。と言えば、伝わる?」
「それはつまり、僕と、心中したいと?」
「ええ、そうよ。」
君がまるで僕が夕飯のメニューを聞いたときのような普通の反応を返すから、知らない間に僕が何か怒らせてしまってこんな冗談を言っているのかと思案したが、君の醸し出す雰囲気と目の色からして、違うらしい。
「一言断っておくが、僕は君以外に心を傾けたことはない。」
「貴方、不器用だもの。何人も手篭めにするような、そんな器用な真似は出来ません。」
「なら何故。」
「何故、って、貴方はいつも、貴方の舞台なのに、他人によって左右される理由に踊らされてるのね。」
君の吐いたため息が机上のストローの包紙を揺らす。いやいや、さすがに理由はいるだろう。何せ、君は今僕に殺され、死にたいと宣ったんだ。死にたくなるような事柄が、君の人生において起こったことを僕は知らない。
「残念、理由はないわ。強いて言うなら、幸福の保存、ってところかしら。」
「はあ、また難解な造語が出てきたね。して、その意味は?」
「私は、あんな、全てを失って死に縋る気持ちは味わいたくないの。」
「失うのが前提になってる部分について、僕は一言物申したいんだけど。」
「私、今、貴方といられて幸せよ。だから幸せなまま、人生を終えたいの。貴方と共に。」
問題があるとすれば、君の思考回路は理解出来るものの、僕は希死念慮を持ったことがない。まず君の気持ちに共感した上で、僕の中での着地地点を探さないといけない。喫茶には心地の良いレコードの音楽が小さく流れ続けていて、僕たちのテーブルだけが別の時空にあるような感覚を覚える。
「これ��ら、したいことはないのかい。」
「やり残したこと、って意味なら、その質問は無意味よ。」
「どうして、ああ、そういうことか。次の世界ですれば良い、と。」
「そうよ。仮にあったとしても、ね。」
「死ぬことが怖くはないのかい。」
「私、貴方がいたら何も怖くないわ。そういう頭に、貴方が私を作り替えたの。」
「そうだったのか、それは僕にも幾ばくか責任がある。」
「ふふ、そうそう。」
「そうか、君は死にたいのか。」
「その言い方は少し正しくて、少し正しくない。死にたいんじゃなくて、貴方と共にいたいの。」
好きよ、と、まるで白桃味の飴玉のような軽やかな甘みと共に恥ずかしげもなく伝えてくるから、僕はもう面食らってしまって、冷めた紅茶を飲みながら思考をまとめた。よくよく考えてみれば、この世に未練はない。君が幸せな世界がずっと続くことが、僕の生きる理由だった。その幸せが、僕と共に次の世界へ行くことなら、僕はそれを叶えるために存在しているのでは、ないだろうか。
少々飛躍しすぎかもしれないが、僕は存外やろうと思えばすぐにでも行動する人間だった。要は、己の中で理屈が立てば、行動しない理由はない。
「帰ろうか、君。晩は何か買って帰ろう。」
「ええ。貴方、何が食べたい?今日は気分がいいから、好きなものを作るわ。」
「ああ、じゃあ僕は、君の作る生姜焼きが食べたい。」
「好きね、いいわよ。」
心中天網島のチラシは、四つ折りで閉じられたまま机に置かれた。
そうして自宅に戻り食事を済ませた頃には、もうとっぷりと日が暮れていた。時刻は午後の9時を少し回ったところだった。
夕飯の片付けを終えた君を呼び寄せて、ソファへと座らせた。取っておいた良いチョコレートを出してやれば、目を輝かせてそれの包装を器用に剥がし、ひょいっと口の中へ放り込んだ。君の目が細められて、そうして嬉しさの色を纏って僕を捕らえる。
「君、川端康成氏の「片腕」という話を知っているかい。」
「読んだことないわ。どういう話?」
「簡潔に言うとね、ある娘の片腕を肩から外して一晩借り、自宅へ持ち帰る話なんだけども。」
「あら、奇特な話。そんなの書くのね、彼。」
「あの話を読むといつも君の手を思い出すんだ。美しく、幼く、大人びていて、滑らかで柔らかい。」
「貴方の褒め言葉は、なんだか淫靡だわ。」
「僕も男だからね、そういった色が混じってしまうのは仕方がない。」
「どうぞ。」
君が王女のようにその手を僕へと差し伸べて、ああ、綺麗だと、まるで天皇陛下に献上される絹に触れるような心持ちでその手をとった。無礼にも指を絡ませ、握って、肉の感触を確かめる。
「僕は存外言葉にはしてこなかったが、君のことを、ずっと愛しているよ。」
「分かっています。私は、これからもずっと、貴方と共におります。」
今日は、ぐっすり眠ろう。と、君へ差し出した酒瓶を見て、君は思わず吹き出してしまった。文��かぶれだと笑われるのは分かって差し出したものの、恥ずかしい。
「貴方、よくそんなお酒、用意出来たわね。」
「僕はこれが好きなんだ。これが、と言うよりも、このシーンが、の方が正しいか。」
貴方、まるで大庭葉蔵ね。その台詞が、僕と君を結びつけるきっかけとなった。君から言わせれば僕は太宰治の残した「人間失格」の主人公、まさしく人間失格な大庭葉蔵で、君は、純粋で可愛らしい煙草屋の娘ヨシちゃん、らしい。僕から言わせれば君は知性の面はさておき性格において「痴人の愛」のナオミや、「刺青」の娘の方が幾分か近いような気がしないでもないが、それを言うたびに君は頬を膨らませて、「これだから大谷崎を崇敬するマゾヒストは困る。」と憤慨するのだ。
飲み残した一杯のアブサン。絵が得意だった大庭葉蔵が、過去に描きそして失われたもう取り戻せない己の傑作を思い出す時の感覚を喩えた言葉だ。胸がからっぽになるような、だるい喪失感。今思えば、僕にとって人生は、飲み残した一杯のアブサンに過ぎなかったのかもしれない。その、堪え難い喪失感を埋めてくれたのは、君だ。
「今宵の綺麗な月に、乾杯。」
「キザね。乾杯。」
からり、からり、透明な氷を君の指が混ぜてから、翡翠色の液体は君の喉を通っていく。
「ねえ、君。」
「はい。」
「次の世界でも、浄瑠璃に連れて行こう。歌舞伎だって、美術館だって、なんだって、君の望む世界を僕が作ろう。だから、」
「弱気なのね、貴方。そんなところも、私、好きよ。」
「また、会おう。いや、また、会いにいく。待っていてくれ。」
「百年、なんて、言わないで...くださいね...」
握っていた手の力が、深呼吸するようにすうっと抜けていく。酒に混ぜた、ジアール。君は耐性がない分、すぐ眠りについた。遅効性の毒は、十分致死量に達している。君の身体をそっと抱え、寝室のベッドへと寝かせた。窓からは、淡い月明かりがさしている。
飲み残した一杯のアブサンは、君と二人、半分ずつ分け合って今、飲み干された。
「月が綺麗だよ、君。」
「君を食べる夢が、最後に見られると良いのだけど。」
「僕に、永遠を感じてくれて、ありがとう。愛してる。」
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仮面の少年
はるか昔、名もなき霊峰に住まう1匹の妖狼に神の力が与えられた。その姿を見たもの曰く、大人2人は乗せられるほどの巨体を持ち、毛並みは月の光を浴びたかのように白く美しく、全てを射抜くような鷹のように鋭い金の瞳を持ち、そして――
人の言葉を喋るという。
序文の隣に描かれた獰猛そうな白い狼の絵を私はそっと撫でた。大きな口を開け、鋭い牙を見せつけるように描かれたそれはどう見ても人を襲いそうな恐ろしい人喰い狼だ。本当に私はこの白狼と関係があるのだろうか。少なくとも私は人は食べたことはない……筈だ。
私は字で埋め尽くされた紙をちらと見た。どれもこれも翡翠家の書物を読んだり、読めない所はトモエに読んでもらったりして集めた母狼山とその山主の情報だ。全てに共通しているのはこの山は霊峰であること、この里に大きな恵をもたらしている事、山の主は大きな白い狼であること、そして彼、または彼女は人の言葉を喋るということだ。それ以外は獰猛だと書かれていたりすることもあれば慈悲深いと書かれることもあり、その上何故か性別さえもハッキリとしない。
「わぁ、きたないじ!」
私の書く文字を上から覗き込んだサクは無邪気にそう言った。字の練習も兼ねて本の写生をしているのだが、これでも良くなった方だ。最初は全く読めない字だった。
汚い字と言われて少し不貞腐れた私の頬をサクほツンツンとつつく。とはいっても彼女の指は物に触れられないためつつくというより指すといった表現が妥当なのだが。
「それで? なにかわかったりしたの?」
こしょこしょと内緒話をするように耳元で囁く彼女に「なにも」と端的に答えれば、つまらなさそうにふわふわと私から離れた。
「もーつまーんなーい! ふたりともしらべごとばーっか!」
もっと自分を構えと言わんばかりにじたばたと空中で癇癪を起こすサクを「煩い」と一言で両断したもうひとつの声。トモエだ。頬杖をついて気だるそうにそう言った彼女にサクが飛び掛る。
「だってだって! せんげつからずぅーっとしらべものしたりかいたりするだけじゃん!」
「ヤスヒコは調べ物をする為にこっちに来たのだし、私に限ってはいつもの事じゃない」
「サクはあそびたいの!」
「はいはい」
軽くあしらわれたサク。すると彼女は俯いてプルプルと震え出した。声を掛けようかと彼女に手を伸ばしたら、
「おーいトモ! 遊びに来たぞ! あ、ヤスヒコもいる!?」
バーンッととてつもない音を立て扉が開き、そして部屋全体にやけに通った少年の声が響いた。突然の大声に驚いて肩が跳ねたが、声のした方を向けば、そこにはボサボサの髪に散りばめられたそばかす、好奇心をたっぷりと閉じ込めたような目を持つ――ロクがいた。
トモエは慣れている様子で上半身だけ動かして彼の方を向いた。彼がこうすることは日常茶飯事なのかどうかは定かではないが、若干その視線に呆れが含まれているのを見るといつもこのようにトモエを尋ねているのだろう。
「あれほど扉は優しく開けてって言ったのにほんとにあなたは人の話を聞かないわね……」
「ん? 今日は壊してないぞ?」
「そういう問題じゃないわよ」
「まぁ気にすんな! 壊したら直しゃあいいんだ!」
「そういう問題でもないわよこのうつけ者!」
イラつきを隠しもせずそう吐き捨てるとロクに向かって文鎮を投げたトモエ。ひょいっと軽くそれを避けると、私の方にやってきて、ぎゅっと抱きしめわしゃわしゃと頭を撫でた。随分と嬉しそうだ。
「歩けるようになったんだなーヤスヒコ���! 兄者から聞いたぞー!」
「杖があれば、だけど」
「それでも大きな進歩だろ! 頑張ったな!」
随分言葉を話すのも上手くなったし、ヤスヒコは凄い子だ、と言いながらロクが再びわしゃわしゃと乱雑に私の髪を撫でながらカラカラと笑うものだから、私もつい釣られて笑ってしまう。それを見ていたのであろうトモエは、ふーっと溜息を吐くと苦笑いして筆を置き、勢い余って床の上に転げた私たちの横に座った。
「ロク、それで要件は? 遊びに来ただけではないんでしょう」
トモエからそう指摘された彼は私の上からどき、彼女を真正面から見るようにして座り直した。何時もより幾分か真面目そうな、深刻そうな表情をしているものだから、私も緊張して横になっていた体を起こして彼らの様子を伺う。するとトモエは私の背にそっと手を置き、ヤスヒコは外で少し待ってくれるかしら、とそう声をかけた。何故だと聞いても曖昧に笑って首を振るだけ。
「どうしても?」
「ごめんなさいね」
ロクも手を合わせて申し訳なさそうに笑うものだから、私は杖を持って部屋から出るしかなかった。
廊下を歩き、中庭の前の縁側に体育座りする。はーっと溜息をつくと、隣でクスクスと笑う声が聞こえた。
「……笑わないで」
そう言うとサクはより大きな笑い声をあげた。そして私の周りをくるくると回りながらからかうように声を上げる。
「さびしいんだねぇ、なかまはずれにされたみたいで! つまらないんだねぇ、はなしにはいらせてもらえなくて!」
ぐっ、と喉の奥でカエルが潰れたような音が鳴った。図星だ。
そろそろと彼女が近づいて私の耳元で囁く。
「ねぇねぇ、ここからそとにでたいとおもう?」
ばっと振り向いて彼女を見る。ケラケラ、ニタニタと人を小馬鹿にしているような顔は変わらない。大抵こういう顔をしている時のサクは良くないことを考えていると最近覚えた。何をしようとするんだと眉をひそめて彼女を見つめると「こわいかおでみないでよ〜」と、やはり憎たらしいその表情で笑った。
「それで、どうなの? でてみたいとおもう? それともずーっとここでまってるのかなぁ?」
意地汚さそうな誘い文句に耳を傾けてしまう。今日はヒナギは用事があると言って一緒に来ていないし、常日頃私の隣にいるトモエもロクに捕まってていない。近侍さんは買い物に出ると言ってさっき屋敷から出たばかりだ。つまり、ここには私1人。
好奇心が疼く。ここの外には何があるんだろう。
――別に今私を気にする人はいないし、少しだけ出ても問題ない……よね。
私はサクに向き合った。すると、そう来なくちゃと言わんばかりに彼女の笑みが深くなる。ふっと空中に体を浮かせると、こっちだよと手招きをした。
廊下を歩き、中庭を抜け、トモエの部屋を抜けてかなり奥まった場所にある塀まで来ると、サクはその塀の下の部分を指さした。そこを注意深く見てみると、他の塀とは違う色で出来ているらしく、境目がうっすらと浮かび上がる部分があった。
「このやしきのうらぐちなの、ここからそとにでられるよ。
……かくごはきまった?」
少しの恐怖と、それを上回る外への興味と興奮。小さく頷くと、サクは私の額をそっと撫でた。
「うんうん、じゃあいってらっしゃーい!」
無邪気そうに手を振るサクに手を振り返し、私はそっとその戸を開けた。
里は私がロクから聞いたあの姿とは全く違うものだった。閑散としており、人通りは殆どない。元々は沢山のお店が並ぶ商店街だったはずの大通りも店は殆ど閉まっており、カーカーと頭上で鳴くカラスの声が嫌に響くだけだ。時々見かける里の人達もどこか窶れて元気がなく、私には見向きもしない。それほどにまで余裕がないらしい。意気揚々と屋敷を抜け出してきた私が馬鹿みたいに思えてため息をついた。
少々消沈し俯いたまま歩いていると、何時の間にか大通りの端まで来ていたのだろう、向こう側では小さく見えていただけだった屋敷が目の前に聳えていることに気が付いた。トモエのそれとはまったく違う、とても立派な屋敷だ。ただ人気は全くなく、物々しい雰囲気もあって近寄りがたさを感じた。
暫くその屋敷をぼうっと見つめていると、隣の藪のほうからガサガサと何かをかき分けるような音がし、驚きそちらを凝視すると、葉にまみれた私と同じ背丈の子供が出てくるのが見えた。紫色の着物、手には風呂敷、そして肝心の顔には仮面を付けている。
秋風が彼の髪を揺らした。長い、恐らく腰まであるだろう括られたそれが風に煽られてさらりと波打つ。同時に、風に乗ってお香の匂いに混ざって何か嗅ぎなれた匂いがした。方向から、恐らくあの子の匂いだというのは確実だ。
風が止み、仮面を抑えていた手をどけると子供は辺りをキョロキョロと見回す。すると、じっと見つめている私の存在に気づいたのか肩を大きく跳ねさせ、じりじりと後退する。声をかけようとして手を伸ばしたら慌てたように先程出てきた藪の中へ再び入っていった。
どうしても気になって、追いかけようと私もその中に入ってみる。背高草を掻き分けて行こうにも、足をとられなかなか前に進めない。少し開けたところに着いた頃には子供の姿は既に消えていた。
見失ったか、と肩を落とすと、すぐ私の顔の横をふわりと何かが通った。ぱっと目を向けると、そこら中に精霊たちが浮いているのが見えた。キラキラとした光の道が見える。どうやらここは妖精の通り道らしい。
精霊達は皆ある一点を目指して動いているようだった。ゆっくりとだが、確実に森の中へ進んでいる。
気になってその後を付けてみた。ふわふわと浮き沈みしながら前へ進む彼らに導か��るようにして歩く。山を登っているのか、所々坂のようになっていたりしていて、確実に足に疲労が溜まっていくのがわかった。道が急でないのと、人が歩いた道があるのが幸いだ。もしそれもなければ途中で歩けなくなって倒れていたかもしれない。
暫くそうして歩いていると、ふっと私の前を浮かんでいた精霊たちが空中に溶けるようにして消えた。木々の間から前を覗くと、目の前に先程の仮面の子がいるのが見えた。そっと近づこうとしたが、木の根に引っかかった。前のめりになる私、こちらに気づいた彼――あ、終わった。
ゴチィ!と固いものがぶつかった音と同時に頭に走る鈍痛。思わず頭を抱えて蹲る。
そういえば、あの子はどうなった。痛む額を抑えつつ、呻き声のするほうを向いた。
草の上には、ぶつかった拍子で落ちた仮面。彼も同じように額を抑え、私の方を向いた。そして信じられないような目で私を見た。だけどそれは私も同じ。
目の前の彼は私と同じ顔をしていたのだから。
暫く呆然としてお互いの顔を見つめた。なにもかもがそっくりだ。目の形、色、小ぶりな鼻、薄い唇、どこを切り取っても同じ。いや、私の方が傷だらけで、彼の方がより色白かもしれない。でも、違うのはそんな小さな部分だけ。
すん、と匂いを嗅いだ。やっぱり嗅ぎなれた匂いがする。もしや、と自分の匂いを嗅いだ。やっぱり私の匂いだ。間違いない。確かに彼からは山や獣の匂いはしなかったが、根本的な、彼自身の匂いは私とよく似通っている。
バッと顔を上げて彼に近づく。四つん這いの状態で躙り寄る私を見ながらじりじりと後退していく。
1歩進めば1歩下がり、進めばまた下がり。あっ、でもそっちは確か崖――と、ふと気づいた丁度その時、彼は手を誤った所に置いてしまったのか、体が大きく崩れた。
無我夢中で思い切り地を蹴り、彼の腕を掴みこちらに引き寄せた。勢いのあまり2人してゴロゴロと転がった。
体を起こし、下を見下ろす。かなりの高さだ、落ちたら一溜りもなかっただろう。
ゴクリと唾を飲んだ。その音が隣からもして、横を向くと彼と目が合った。
その表情も、あんまりに���私と似ているものだから、思わず笑ってしまった。そんな私を見てか、それとも安心したのか、彼も同じように笑みを浮かべる。
「わたし、ヤスヒコ」
「私はヤスヨリ」
「名前もそっくり」
「本当に。凄くびっくりした。顔は同じだし、にじり寄ってくるものだから最初は幽霊でも見たのかと思った」
「ひどい。……山をのぼる前は、気づかなかった?」
「人に見られたっていう事の焦りの方が出てしまって」
「見られたら悪いこと、してる?」
「うーん……」
彼は眉を顰めると、言いにくそうに口を開く。
「爺様には家から出るなと言われているんだ。でも、私あの家好きじゃないから……」
「どうして?」
「昔から変な家だったけど、あの日以降もっと変なんだ。家に仕えてる人達は奇病で死んでいくし、爺様は狂ったように何かをブツブツと言っている。あんな所に��っといたら頭がおかしくなる。昔は家にいたくなくなったら里の方に出たけど、最近は里の様子も変だし……」
そう彼は言うと、申し訳なさそうに「ごめん、こんなこと初対面の君に話しても意味なんてないのに」と謝った。しかし、引っかかる所がある。
「あの日って、いつのこと」
「……神殺しの日」
当たりだ。
「そのことについて、色々きかせて」
彼は戸惑いつつもこくりと頷いた。
彼から聞いた話はまさに驚愕の一言だった。
彼の一族はこの里の長の家系で、彼の言う爺様そここの里の里長であること、そして大の妖嫌いなのだそうだ。
そんな彼が掲げたのが山神を引きずり下ろし、人間だけが住まう里を作り上げようというもの。
勿論最初は多くの人から反対された。山神は畏怖の対象、そんな神に楯突いてはいけない。
しかし彼は言葉巧みに里人を言いくるめた。
もし山神がいなくなればこの山は人間のものになる。入れる期間が決まっていた山にはいつだって入れるし、山の幸はいくらでも取れるようになるし、なんなら山を開拓して里を広げることだってできる。山を焼いて畑を広げれば仕事も手に入るし食べ物もこれ以上に収穫できることだろう。なんせこの山は霊峰、生物の育ちは他の山よりも遥かに良い。
そのような言葉に揺れた人々は徐々に彼を助長し始め、最終的には神殺しへと至ったのだと。
「最初は皆喜んだんだ。神殺しのあと、山に入って沢山の作物を取る事が出来たし、実際里は一時期本当に豊かになったんだ。でもある日突然山に入れなくなった。入れるけど、歩みを進めると入ってきた場所に戻ってきてしまうらしいんだ」
それを聞いて私は首を傾げた。だってヤスヨリは今山にいる。
「あ、今なんで私が山にいるんだろうって思ったな」
「なんで分かった」
「顔に書いてあった」
私の顔はいつの間にか私の尻尾と同じくらい正直になったらしい。
顰めっ面をする私を見た彼はふふっと軽く笑って話を続けた。
「こんな話、爺様の前でしたら処罰ものだから言わないけど……私、実は精霊が見えるんだ。彼らがいつも私をこの山に導いてくれてる」
「……もしかして、さっきの」
「そう、さっきの。あれ、ヤスヒコも見えるんだ」
素直にうなずく。彼は嬉しそうに笑った。
「だから君もこの山に入れたんだね。同じ感覚を共有できて嬉しいよ。里の人たちはもう見れなくなったみたいだから」
彼はそう言いながら、向こう側を見た。今気づいたのだが、ここからは丁度里が一望できる。決して大きな里では無いが、小さくもない。
「元々はとても豊かで人で賑わっていたんだ。作物もこの山の恩恵を受けているから他の里と比べたら立派で凄く美味しいものばかりだし、人々もその恩恵に感謝しながら生活してきたんだ。でも崩れてしまった。山の恩恵を受けられなくなった今、もう1年ももたないと思う。川の水を引いても作物は育たないどころか枯れていくし、その川にも生き物は住んでいない。その��爺様が気をおかしくしてしまって、人々を導くことすらできない」
なんとも、自分勝手だと思った。勝手に壊して、勝手に自滅していってる。だが、同時に哀れだなとも思った。なんとも形容し難い感情に言葉を噤む。
沈黙が続く。それを破るようにヤスヨリは「そういえば」と話を切り出した。
「ヤスヒコはどこに住んでるんだ?こんなにも似通ってるのに、今まで全く見た事ないのが不思議なくらいだ」
「わたしは……わたしは、ここにすんでる。かみごろしの日の次の日に、ある人が山の中でたおれてた私をひろってくれた」
ヤスヨリが息をのむ音が聞こえた。
「わたし、きおくがないの」
「そう、なんだ」
「あのヒトは、ニンゲンともアヤカシとも言えないちゅうとはんぱな私を助けてくれた。いばしょをくれた。やさしく、してくれた。でも、あのヒトだけじゃない。私の周りにいるモノは、みんな、みんな、やさしい音と、匂いがする」
ヒナギ、ツグモネ、トモエ、ロク、そして精霊たちやお隣さんの顔を思い出す。そして最後にヤスヨリの顔を見た。
「わたし、この里のことはよくわからない。でも、ヤスヨリたちの事は多分すきだ」
彼の目が見開いた。口は半開きで、ハクハクと何かを言いたそうにするが声は出ていない。きゅっと眉が寄って、泣きそうな顔になったと思ったら、そのまま私から顔をそらして空を見上げた。その口元は少し歪んだ不格好な笑みだった。
私も空を見上げた。いつの間にか時が過ぎたのか、空は茜色に染まっている。ハッとしたようにヤスヨリは立ち上がる。
「いけない、そろそろ帰らなきゃ。下まで送るよ、行こう」
そういって手を差し伸べるヤスヨリ。大人しく乗せるとぎゅっと私の手を握った。酷く柔らかな子供の手だった。
その後は無言で山を降りた。妖精の道を辿ればいいだけだから、道に迷うことは無い。ある程度下ると、ヤスヨリは握っていた手を離した。どうしたんだろう、と思って彼を見た。
「ここでお別れ。私は屋敷に入らなきゃいけないからここからは別の道で行くよ。このまま真っ直ぐ下に降りていけば里の大通り前に出られるよ」
「……ありがとう」
「ううん。……じゃあ」
そう言って彼はそれた獣道を歩き出した。私も下りようかと思った時、向こうから大きな声で呼ばれた。振り返るとヤスヨリが必死そうな顔でこちらを見ているのがわかった。
「私達、また会えるかな!」
「……!」
「私、また会ってもいいのかな! 君と話してもいいのかな!」
そう問いかける彼に私は思わず笑ってしまった。
「もちろん!」
初めて大きな声を出したものだから、少し声が裏返ってしまったけど、ヤスヨリは嬉しそうに笑った。
「じゃあ! またね!」
そう一言言うと、彼は今度こそ別の道を歩み始めた。
またね、か。あったかいような、こしょばゆいような気持ちになって、思わず自分の胸を抑えた。彼から沢山のことを聞けたのも嬉しいけど、何よりもその最後の言葉が嬉しくて、ニコニコと笑いながら山を下った。
夜が降りる少し前に私はトモエの家に着いた。そっと裏口から入ると、サクが手を振って待っていた。
「どうどう?たのしか��た?」
「うん、たのしかった」
「そうだよねぇ、すごーいニコニコしてるししっぽなんてブンブンふってるんだもんねぇ」
そう言われて私は暴れている自分の尻尾を抑えた。本当にこれは言うことを聞かない。
すると向こうからダダダッと人の走ってくる音が聞こえた。2人分だからきっとトモエとロクだろう。
キキーッという音が聞こえそうなくらい急に止まった2人は私を見て「見つけた!!」と大きな声で叫び指さした。あまりの形相に肩が跳ね上がる。トモエはそのまま履物も履かずに庭に出ると私をぎゅっと抱きしめた。
「ヤスヒコ! あなたどこにいたのよ散々探したのよ!」
「えっと……」
「その戸の前にいるのを見りゃ大方里にでも行ったんだろ? おいらに言ってくれりゃ案内したのにさぁ」
ぶーっと口を突き出して拗ねるロク。いつも以上に目を吊り上げて、でも瞳の中には心配そうな色を浮かべてこちらを見るトモエ。
私を抱きしめているトモエの肩に額を乗せ、体に腕を回した。墨の匂い、古い本の匂い、ほんの少し香る花の匂い。そこから抜け出してロクにも抱き着く。土の匂い、木々の匂い、砂糖菓子の匂い。全部全部私の大好きな匂いだ。
「どうしたのよヤスヒコ、何かあったの?」
「嫌な事でもされたのか?」
心配そうに声をかける二人。首を横に振って小さく「勝手に外に出てごめんね」とそう呟けば、少しの間をおいてクスクスと笑い声が聞こえた。
「こっちこそのけ者にしてごめんね」
「次里に行くときは三人で一緒に行こうな!」
そう提案したロクに何度も頷く。実は紹介したい人がいるんだとそういえば、新しい友達が出来たんだとトモエから優しく頭を撫でられた。
「あ、そういえば」
ふとしたようにトモエは言葉を発した。
「ヒナギさんからの伝言。今日はもう遅いからトモエの屋敷に泊まってってだって」
「お泊りか! いいな!」
「ロクはとまっていかない……?」
「おいらは家に帰んねぇと! 兄弟が待ってんだ!」
少し残念だが、それならば仕方がないだろう。
そういえば今日はいっぱい歩いたなという事にふと気付く。途端に石のように重くなる足と眠気でぼんやりとした視界に、杖を落としふらりと体勢を崩した。ロクが私の体を支えたのが分かった。上から困ったように笑う彼の声が聞こえる。
「トモエ、ヤスヒコ今日遊び疲れたみてぇだ」
「そうね、早く休んだ方がいいかも」
ほら、上がりなさいな、といつの間に拾ったのか私の杖を片手に背を押すトモエ。おいらも帰る支度しなきゃなぁと言いつつ私の手をひくロク。サクはロクの頭の上に乗ってケラケラと笑っている。
こんな日常がいつまでも続けばいいのに。
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April26,2019
doppelgänger
わたしの中のあなたはだあれ
あなたは仮面を被ったペルソナ
あなたはわたしの中の狂気
抑えきれない衝動、
狂気の狭間、
苦しみ喘ぐその姿、マグナ
わたしはあなたを殺したい
あなたはそれでも立ち向かう
月のように燃ゆる炎、その狭間で生きる
その苦しみを運命
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さらさらと風
たゆたふ翡翠
せめぎたてる日常
箱庭にいた私は
下界を知らずにいる
堕ちていくその瞬間
翼と引きかえに得たものは
あまりにそれは、
人間的に人間らしい
おどろおどろしい世界
escape from reality
心の浮き沈みは儚く
現実も照らし合わせて生きていくことを
許さない何か
あきらめというか、素顔の私は本当に
美しくないのです
悲しみ、それを常に虚実してしまい
いったい何を得たのでしょう
desire
夜明け前、私はふと立ち止まる
そこにはカモメは泣いておらず
夜明けの記号もまだありません
あれは月のはかりのような
ちょっと違うかな、月と太陽の狭間にある
流れるような彗星群たち
そういうものを描けるといいな
landscape
庭には、あなたがいつもそこに佇んでいて
そう、きっと陽の当たる場所
広くはないが、世間のどこか
猫が2匹いてあなたの影を待っているような
しかし彼らの考えていることは、わからない
今の印象を言いますと
エメラルドグリーンのそばから
なないろみたいに、まばゆい光できらめく
そんな風の幻想
Sound Scape
学生のとき、研究室のテーマでした、
私は2011年の東日本大震災で被災しました、
それから混乱する現場で環境音について考える機会を得ました、
SwedenのSound Scape testについても思います、
その折々に、基調音、音信号、標識音など、
環境の変化に基づいてさまざまな音の変化を記録していくとともに、
音に連動する作用反作用と、
それに伴う音響心理学、
障碍者のカウンターカルチャー、
心傷のptsdやストレス社会を緩和するためのprimary care
及びprimary care physicianの可能性、
さらに人文地理学と磁極について、
考えさせていただくことが出来ました、
と同時に、
宮沢賢治氏の音楽記述が何度も改訂されて減少していった環境迫害の理由と、
宮古路豊後掾の消息理由について、
諸国の吟遊詩人の消息について、
そして、消息不明の瞽女の歴史を念いました
旧辞の息災を祈りました、
日本音楽の特���すべき点は、
三味線の流しをとるオトシの間も、
実は某国では数値的な楽譜に示さないと
理解されませんけれど
日本人は自然に最後の間に合います、
それは、身体能力ではなく共感覚の哲学です、
音の現場体験は、
空虚の存在無くしては語れません、
そんな音と空間と人の連鎖を生む、
日本の空間芸術「能」― 時空を超えて、
いまでも変わらず、そのような時間現象を、
わたくしたちに教えてくださいます

わたしは、闘病中に精神を安定させるため、
いくつもの断片的な文章となりました、
それは闘病記録としています、
現在の私の病状はかなり安定してまいりましたけれど、
この病気は私が死ぬまで終わらないでしょう、
それが私のcommunityにおける壊れた鼻緒の統合的な記録になることを願います
أدعو الله لسلام دائم
(病床にて)
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腐女子「タイバニは女性向けじゃない、みんなが観れる全年齢対象アニメ」
1: 名無しさん : 2017/05/04(木) 12:19:19.98 ID:faEBC/yb0.net マルキン@ma_ru_kin タイバニが女性向けだと言われる意味が意外と本気で分からない。あれほど王道な全年齢対象アニメも無いと思うんだが。特に全体のアメコミな感じが好きな���だ。もし仮に女性向けだったとして、それと作品の良し悪しは関係ないだろう。面白いもんは面白いよ。 2017/05/04 00:35:35 翡翠@jaditaros タイバニは女性向けじゃない、みんな向けだよ。おじさんも、若者も、LGBTも、みんなが活躍するアニメだよ。女だからって小馬鹿にされないし、若くてキャーキャー言われたりしないおじさんだって主役張れる。心は女性の性別男性ヒーローがいて、ボーイッシュがいて、みんなちゃんと肯定されている。 2017/05/03 23:16:26…
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アナウン��ーの鈴木史朗さんが「南京大虐殺」のウソについて再び語っておられます。 今日はそれを紹介します。 拙ブログでは、鈴木史朗さんの寄稿(貴重な手記!)を過去、何度か紹介してきました。 ・11/12/17付:鈴木史朗さんが「南京大虐殺」は真実ではないと思う理由 ・15/8/10付:鈴木史朗さんの引き揚げ体験「私たちの財産を取り上げた中国が、いまも謝罪や賠償を求めてくるのは許せない」 ・16/1/25付:鈴木史朗さんが靖國神社のみたままつりで出会った“奇跡”と英霊への“お返し” いずれも「WiLL」に掲載されたものでしたが、今回は「正論」。 2018年8月号(6月30日発行)です。 「南京大虐殺」のウソ、中国からの引き揚げ時の苦労、戦後賠償の問題、「からくりTV」の「ご長寿クイズ」のあれこれ…、多岐に渡って話をされています。 過去に紹介した記事と内容が重なっている部分もありますが、新たな記述も多数あります。 慰安婦についてご長寿の皆さんからうかがった話とか。 蒋介石が起こした「黄河決壊事件」とか。 細かなことで言うと、鈴木さんの耳をほめてくれたのは、「WiLL」では単に「南京のある中国人」となっていたのが、今回は「媽太太(マータイタイ)と呼ばれていた素封家*の中国人の奥様」というふうに、より具体的になっています。 *素封家とは民間の大金持ちのこと。 「南京大虐殺」のウソに関する部分のみですが、書き起こしておきます。 ※引用転載はご自由に。連絡不要です。但し誤字などに後日気づいて修正をすることが多々ありますので、必ずこちらのURLを添えておいて下さい。 ※画像は冒頭を除き、こちらで付けたもので、今回の記事に掲載されたものではありません。 書き起こしここから____________________________ アナウンサー 鈴木史朗が語る 【無実の父は、中国に捕らえられた…】 南京大虐殺のウソと引き揚げの思い出 鈴木史朗氏 昭和13年京都市出身。37年TBSに入社。アナウンサーとして報道番組で活躍する一方で、『さんまのからくりTV』内の『ご長寿早押しクイズ』の司会者として人気を得た。 〈南京を訪れた経験〉 私は昭和13年、南京攻略戦があった直後に生まれました。 父が日中貿易会社を天津に設立、北京でも会社を営み、日本軍に軍事物資や援助物資などを届ける仕事をしていました。 私はまもなく母とともに中国大陸に渡り、5歳の時に、父に連れられて南京を訪ねたことがあります。 父の取り引き先か、援助物資を受けたのか、細かなことは定かではありませんが、ご縁のあった南京の素封家に招かれたのです。 5歳の出来事でしたが、街の中心部に中華門と書かれたトンネルのような長い門があったことは明確に覚えています。 暗くて長いトンネルを歩いて抜けると、露店がいっぱい並んでいました。 子供心に「珍しいものばかり売っているなあ」と胸躍る思いだったことを鮮明に記憶しています。 街は平穏そのものでした。 平和で賑わいある街でした。 街を歩いていて中国人から襲われるかもしれないから気をつけなさい、などといわれたことなどありません。 「虐殺」が仮に行われていたのであれば、断片的にもそうした話を耳にするでしょうが、そんなことなど一度もありません。 「虐殺」なんて意識したことすらありませんでした。 だから「爪痕」なんて考えもしなければ、ありもしなかった。 私が招かれた素封家には媽太太(マータイタイ)と呼ばれていた中国人の奥様がいました。 体格もしっかりしていて皆に慕われ、威張ってもいる、日本でいえば肝っ玉母さんのような存在です。 その媽太太が随分、私たちを歓迎してくれました。 私を抱きかかえながら、おんぶまでしてくれて私の耳を「福耳だ」といって褒めてくれました。 媽太太の耳には翡翠の飾り物があって私をあやすたびにちゃらちゃらと音がする。 ほおずりまでしてくれました。 とにかく現地の中国人の対日感情はとても良かったんです。 それは日本兵の評判がとても良かったからです。 日本兵は戦えば確かに強かった。 それは私たちの世代には昔の大和魂がたたき込まれているからでしょう。 ともかくやる。 自分が死ぬことを恐れてはいかん。 日本のために死ぬことは名誉だ、という意識が徹底されていました。 でも勇敢ではあっても野蛮ではないんです。 当時5歳だった私は当時から「自分もいずれは兵士になって出征して完全に玉砕したい」と願っていました。 それが小さいころからの夢で、幼年学校に入りたいと思っていました。 父はそんな私に「史朗、兵隊は強いことは大切だけれども、優しく思いやりがなければいけない」と繰り返していました。 今でも心のどこかにそういう思いが宿っているように思います。 日本兵が南京を攻略すると、むしろ逃げていた中国人がどんどん戻ってきていました。 なかには自分で日の丸の腕章を作って、戻ってきたものもいたそうです。 全然日本兵を怖がったりもしません。 むしろ、これで安心できるという安堵の表情だったそうです。 そういう感覚は北京と天津にいても同じでした。 日本兵は中国兵と違ってどこに行っても現地の人に歓迎されたんです。 [昭和12(1937)年12月17日撮影/「支那事変画報」大阪毎日・東京日日特派員撮影、第15集より/わが軍から菓子や煙草の配給を受け喜んで日本軍の万歳を叫ぶ南京の避難民/撮影者、佐藤振壽(毎日新聞カメラマン)] 規律正しさにおいても庶民に対する態度にしても中国兵とはもう雲泥の差でした。 女性への��イプなどありません。 衛生兵が病気の人を手当してくれたり、物も絶対に奪わない。 物をもらうときは必ず軍票を渡して「あとでお金に換えることができるから」と言う。 こうした光景が中国人にとっては信じられなかったんです。 というのも中国兵は略奪もレイプも散々でしたから現地の中国人から嫌われていたんです。 特に酷かったのは、脱走するときに中国兵は途中の村を襲って物は盗る、火を放つ、レイプもするで、中には死んだ日本兵の軍服、軍帽をかぶってやる者もいました。 これは戦後、従軍された日本の兵隊さんから直接聞いた話ですが、日本の兵隊は怒っていました。 黄河の堤防を蒋介石が決壊させて100万人が亡くなった、という大事件もありました。 昭和13年の6月の出来事です。 日本軍は進軍を中止し、救出に当たりました。 あふれた水のなかに向こうの伝馬船を浮かべ日本兵が災害を受けた方を救っている写真をみました。 まさに今で言えばPKO活動です。 [日本軍に救出された避難民。『支那事変画報』33号、「皇軍の慈愛/宣撫班員の活動」より(毎日新聞社、昭和13年7月11日発行)] [被災地における日本軍の救助作業(同盟ニュース、昭和13年6月23日)] ところが、被災者600万人という大惨事を起こしたうえに蒋介石は日本軍がやった、と大宣伝したんですね。 さすがに世界は信用しませんでしたし、現地では中国人も実際に日本兵を見ていますから、わかっているんです。 中国人にとって脅威は何をしでかすかわからない中国兵だったんです。 〈濡れ衣が着せられていないか〉 日本兵が女性をレイプしなかった理由は、規律が高かったからだけではありません。 実は現地の衛生状態は決して良くなかった。 性病や伝染病も懸念されていました。 ですから慰安所が必要だったし設置されていたんです。 性交渉で梅毒を患う恐れも十分ありましたからレイプなどはもってのほかでした。 日本兵はレイプなど眼中になかったし、まずやらなかった。 日本兵が女性を見たら手当たり次第に襲った、なんて話が流布され、今では真に受けている日本人もいますが、当時の日本兵は実に用心深かった。 衛生観念が徹底していたんです。 ですから、そんな話、当時を知る人間から見ると、荒唐無稽であり得ない話なんです。 むしろ、中国兵が行ったことが日本兵がやったことに話がすり替えられている話も多いわけです。 東中野修道先生が南京事件の写真検証をなさっています。 あの手のニセ写真のなかには、例えば、通州事件で亡くなった日本人の写真を南京大虐殺で中国人が惨殺された証拠写真のように扱われていたものがありました。 馬賊や匪賊を処断した写真もあります。 処刑方法を見ると、どうみても中国式の処断方法だと思える写真ですが、それが日本兵による虐殺だとされているものもありました。 相当な部分で中国兵による行いがなすりつけられていると思っています。 私は終戦まで中国にいました。 戦���をめぐる話もしばしば耳にしましたが、日本兵が南京で住民の人たちを虐殺した─などという話は全く聞いたことがありませんでした。 南京で仮に虐殺があったのなら、何か断片的にもそうした痕跡を察知するはずでしょうが、それもない。 それは今言われているような虐殺が南京であった、というのは全くの作り話だったからだと私は思っていますし、私が生きているうちに日本の兵隊さんの汚名をそそぎたいと思っています。 〈大変だった引き揚げ〉 〈中国こそ賠償してほしい〉 〈ご長寿との楽しい出会い〉 (以上省略。引き揚げの苦労、無実のお父さまが一時身柄を拘束された話、中国に財産を取り上げられた話については、15/8/10付書き起こしを参照) 〈史朗さん、聞いとくれよ〉 これまでに番組(くっくり註:「からくりTV」の「ご長寿クイズ」)に参加してくださった1万2000人のうち、半分近いご長寿の方が兵士として日中戦争に参加されています。 南京戦にも沢山の方が携わっておられます。 収録の前後に私たちはいろいろな話をしますが、そのなかで「南京戦のことについて、どうしてもいいたいことがある」といってくるご長寿の方はかなりいらっしゃいます。 一様に仰有るのは「俺たちはずいぶん歓迎されたよ」ということです。 私が南京で感じたことや見聞きした話と何ら齟齬はありません。 ご長寿の方のなかには、「兵隊さん頭刈ってあげるよ」と中国人から声を掛けられて路上で散髪してもらったとか、「いい判子を彫ってあげるよ」と声を掛けられてその判子は今でも大切に持っている─と話してくださった方もいます。 多くの方が仰有るのが、「中国の人々は全然われわれを怖がらなかった。女性も子供��そうだった」という話です。 [昭和12(1937)年12月20日 南京住宅街にて撮影/「支那事変写真全集(中)」と朝日新聞昭和12年12月25日より/支那事変写真全集(中)上海戦線 南京陥落後旬日(じゅんじつ)にして、早くも平和の曙光に恵まれた市中では、皇軍将士と共に玩具をもてあそんでたわむれる支那の子供達/撮影者、朝日新聞林カメラマン] 「史朗さん、南京虐殺はないよ。 だって、行ったときに兵隊はほとんどもうやっつけちゃったからいないし、市民たちは安全区に入っていたもんで日本兵が来たと言ったら『じゃあ大丈夫だ』といって戻ってくる南京の市民たちによく会ったよ」 こうはっきり仰有ったご長寿の方もおられます。 別の方からは 「衛生兵として南京に入城し、逃げそこなった中国の若い負傷兵の怪我を手当して、近郊の実家に軍のトラックで送り届けたところ、大変感謝された。 家宝の掛け軸をいただいて『是非戦争が終わったら来てほしい。歓待したい』と言われ、南京に行きたいのであります」 と打ち明けられました。 慰安婦についてもご長寿の皆さんから随分、いろんなお話をうかがいました。 こんな話です。 「鈴木さん、聞いとくれよ、あいつらは恵まれていたんだ! 俺たちの間じゃ、“俺もなりたや慰安所の女、3食ごちそう昼寝付き 金はたっぷり家が��つ”って言われていたんだ。 枕元にずだ袋があってさ、金と軍票がぎっちり詰まっているし、また威張ってんだよ。 若い兵士は慰安婦を見ただけで終わっちゃうし、 “ほら、洗って!” 洗ったあとは “ほら乗って!” もうまるで上官に敬礼みたいに “失礼いたします” “お願いいたします” “はい。終わり” あっという間ですよ」 このようにユーモラスに明るくご長寿の皆さんは話されていますが、きっと心のどこかに「慰安婦=性奴隷」などという主張に「それは違うよ!」と思ってらっしゃるように思えてなりません。 「南京大虐殺」もそうでしょう。 私自身が南京で直接吸った空気や見聞きした話と元兵士の皆さんの話には矛盾がありません。 日本国内では「南京大虐殺」などなかった、という認識は相当知られるようになりましたし、かつて盛んに言われた、30万人虐殺などといった話は史実としても理屈としてもあり得ないという認識が浸透しました。 ですが、今なおユネスコの世界の記憶に南京大虐殺をめぐる資料に登録された、といったニュースが伝えられるなど、当時現地にいらした元兵士の皆さんにとってはきっと心穏やかではないはずです。 ご長寿クイズは20年を超えました。 今でも年に1回続いています。 私も80歳になり、今出演されるご長寿の皆さんは、私と同年代、従軍経験のない方々が増えています。 元兵士の方がお出になることは減りました。 少し寂しい気も致しますが、私は今までどおり、真面目に皆さまに楽しんでいただくという気持ちでやっていきたい。 そして、ご長寿の方々が私に「史朗さん、聞いとくれよ」と言いながら語ってくれた慰安婦の汚名、南京の汚名をそそぎたい、そう思っています。 ____________________________書き起こしここまで 手前味噌ながら、補足を<(_ _)> 「中国兵は略奪もレイプも散々だった」「敗走するときに中国兵は途中の村を襲って物は盗る、火を放つ、レイプもする…」というのは、もう非常に有名な話で、文献はたくさんありますが、拙ブログではたとえばこちらにまとめています。 ・12/2/27付:河村市長頑張れ&支那軍と支那人の特徴及び南京陥落前の大混乱 中国兵自身がそれを証言している文献もあります。 中国軍に「強制徴募」されて戦場に送られた青年の私小説です。 ・09/8/23付:GHQ焚書「敗走千里」より支那軍の実態 「黄河の堤防を蒋介石が決壊させて100万人が亡くなった、という大事件」については、こちらにまとめました。 ・13/3/30付:支那人が支那人を殺す戦争!蒋介石の破壊と大虐殺 あと、今回、書き起こしは省略しましたが、終戦の時(7歳)の話の中で、鈴木史朗さんはこういうことも語っておられます。 【…とにかく実感が湧かなかったんです。 ただ、身の回りにいた中国人や朝鮮系の方々の態度が急に変わったことは覚えています。 特に朝鮮系の方々の変わりぶりは豹変といっていいものでした。 急に威張り出す者もいました。 居丈高で傍若無人な振る舞いになる者もいました。 日本人をみると竹やりを持って投げ付けてきたこともあります。 幸い、子供でしたから私が襲われることはありませんでしたが、嫌な思いは随分しました。 同級生のなかには訳もなく殴られた者もいました】 日本が戦争に負けた��、あっという間に手のひら返し。 定番ですね…(T_T) 最後に…… 毎年、鈴木さんは靖国神社のみたままつりに「書」を奉納されていますが、今年はこちら。 「如何なる国も侵略出来ない強い日本になろう!!」 鈴木さんがおっしゃると、重みが違いますね。
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笑うサモエドと能面勇者(3)
行き倒れの人の名前はジークフリートというらしい。そんで、今の職業は勇者さんらしい。 ましろは一つ賢くなった。
「おっ、これは食べれる」
ジークがぷちぷちと足元に生えていたきのこを収穫している横で、「可食」と評された食べ物のニオイを覚えようとウロウロしているましろ。 昨日の晩ごはんはとてもおいしかった。なんとジークはましろのために貴重な食料を分けてくれたのだ。話によると道具と調味料があればもっとおいしいものが食べれるらしい。
ましろは俄然やる気になった。一刻も早く人里を発見し、そこへジークを連れて行くのだ。 おいしいものを食べるため、人知れずジークに付いていく決意を固めるましろ。わりとその場のノリと勢いだけで生きているため、今後の行く末を決める時すらノリが軽い。
「これだけあったら、鳥肉の腹にきのこと香草突っ込んで包み焼きにできるな。ましろ、今晩のごはんは豪盛になるぞ。塩ないから薄味になるけど、ましろには丁度いいだろ」 「うぉん!!」
香草焼き!! とましろは目を輝かせる。昨日の晩食べさせてもらった「固いパンの上に干し肉とチーズ乗せたやつ」はとてもおいしかったので、ましろの期待値は鰻登りだ。味が濃いのでちょびっとしか食べれなかったのが残念だった。 ちなみに、昨日の鳥肉は簡易保冷庫ごとましろの背中にツタで括り付けられている。ジークは肉を取り出してぶら下げようとしていたのだが、ましろがキリッとした表情で「持てるよ!」と主張したのだ。 これでも魔獣、チカラはその辺の動物より強いのである。ましろは今日から保冷庫係になった。ましろに合わせて保冷庫の形も壺型から箱型に変わっている。ましろもジークも、その辺の自重は皆無であった。
るんたるんたと足取りも軽く森を歩く。途中で食べられそうな物のニオイを発見したら、ジークを案内することも忘れない。 この森はかなり豊からしく、きのこや食べられる野草などがたくさん生えていた。ジークが即席で編んだ直径三十センチ、高さ五十センチほどの蔦籠は、出発からそう時間は経っていないのだが既に満杯近い。時期がずれているのか果物類はないが、この森で飢えることはなさそうである。
「しっかし、ここは一体どこなんだろうなぁ。生えてるもんは見覚えあるやつばっかだから、気候はそう���わらないはずなんだが。こんな豊かな森の情報、聞いたことあったっけ……」
行く手を遮る蔦草を数打ちの剣で払いながら、なにやらブツブツ考え事をしているジーク。迷いないその足取りに続きながら、ましろはましろでぴすぴす鼻を鳴らして周囲の探索を怠らない。先程ジークがこの辺りで一番高い木に登って周りを見渡していたので、人里がある方向にある程度目処を付けてはいるのだろう。ならばあとは、ましろが自慢の鼻で人間のニオイを見るけるだけだ。
できるだけ早く見つかればいいなぁ、と思う。ジークとふたりきり過ごすのも楽しいが、ましろはもっとおいしいものをたくさん食べたい。 ジーク曰く、この辺りは標高が低いようで、あまり遠くまで見通せなかったらしい。煮炊きの煙でも上がっていればいいのだが、残念ながらそう簡単にコトが運びそうにはなかった。
行けども行けども森。だがまぁ、しばらくは問題無い。 なにせここは、ましろが生まれ育った土地よりも、ずっとずっと豊かなのだから。
「! ぅゎん」 「ん?」
ぴくっ、とましろの三角耳が動く。犬の優秀な嗅覚と聴覚が、近くに獲物が居ることを教えてくれた。 ぴすぴす、と獲物のいる方向に顔を向けて鼻を鳴らす。このニオイはたぶん、鹿だと思う。ましろがいた雪山の鹿とちょっとニオイが違うのであまり自信はないが。
「どうした?」 「ぐぐるぅ」
喉の奥で唸りながらジークを見上げ、また鹿(仮)が居る方向へ顔を向ける。その様子で「何か居る」ことに気が付いたらしく、ジークはほんの僅かに緊張感を湛えた顔で、ましろが示す先に足を向けた。
なるべく音を立てずに進むこと数分。 はたしてそこには、ましろの予想通り鹿がいた。ましろの知っている鹿よりもだいぶ小さかったけれども。
「翡翠角鹿か」
ぽつ、とジークがこぼした一言で、ましろは茂みの向こうで草を食む鹿の名前を知る。 翡翠角鹿。名前のまんま、角が翡翠みたいな色をしている鹿だった。その他は前世で見聞きした鹿とあまり変わらない。 大きさは、ましろと同じか、一回り小さいくらい。角の形状から見てメス。鹿なので群れでいるはずなのだが、はぐれ個体なのか周囲に他の鹿の姿はない。
「ましろ、お手柄だ。アレは、ウマい」
キラーン、とジークの目が光った気がした。 少なくともましろの目は光った。翡翠角鹿はおいしい、ましろわかった。
つまり、アレは、狩っていい!
「あ、おい?!」
ガサッ! と大胆に茂みを飛び越して、何十メートルか先の鹿に向かって突っ走る。 ジークが焦った様子で声をあげていたが気にしない。何か魔法を発動しようとしていたようだが気にしない。即座に魔法の発動を止めて数打ちの剣を抜いているあたり、さすが「勇者さん」だと思うましろ。行動が早く、迷いがない。
「バカましろ!! その鹿は魔法使うんだぞ!! 飛び出すな!!」 「うぉん!」
知ってる!! 雪山で狩ってたやつも使ってた!! 伝わらないとわかった上で吠えて、ビクッと驚いてましろを見ている鹿に突っ込んでいく。何も無策で突っ込んだわけではない、ましろだってそのくらい考えて行動しているのだ。
足場の悪い森の中でも、雪山で生活していたましろにとっては「地面が硬い」と言うだけで格段に動きやすい。障害物の多い森の中を走るのだって大得意だ。背中の簡易保冷庫が少々邪魔くさいが、それほど動きに支障が出るわけではないので問題無い。ましろは水を得た魚のように機敏な動作で鹿へと詰め寄っていく。
だが鹿もただではやられない。 ましろから逃げ切れないことを悟ると、怯えた様子から一転して、頭を低く下げた臨戦態勢を取る。 鹿が魔法を放とうとする時の予備動作だ。
「ましろ!!」
ジークの焦った声と、僅かな風切り音が聞こえた。続いて聞こえる葉ずれの音。どうやら茂みを切り倒して飛び出したらしい。 さすが勇者さん、と感心するましろ。愛犬を助けるために、身の危険を厭わず魔獣の前に飛び出すのだから頭が下がる。 まぁ今回に限っては、その行動は杞憂に終わるのだが。
鹿の練った魔力が翡翠の角の間に渦巻いている。今にも発現した魔法が発射されそうだが、ましろにとっては脅威足り得ないので焦りは皆無だった。魔力の質も量も、ましろが生まれ育った雪山にいる鹿のほうが格段に上だったので。
雪山にいた鹿は、角の色が氷のようだった。そして、身の危険が迫ると、ましろの頭ほどもある氷の弾丸を連射してきた。 驚くほどでもない。なにせ鹿の体高は、ましろの二、三倍はあったので。
「キョッ!!」
威嚇の声と共に翡翠角鹿が射出したのは、ましろの予想通り、魔力でできた弾丸だった。 ただし、模っていたのは氷ではなく土塊。どうやら生息地によって魔法の種類も異なるらしい。
「がぁ!」
ましろに焦りはない。 トンッ、と軽く地面を蹴って高く跳躍し、ましろめがけて放たれた弾丸を回避。後方にジークがいるのだが、まさか勇者をやっているのにこの程度の魔法が防げないわけがない、と存在ごと無視した。後方から「うおっ?!」というあまり焦ってない声が聞こえたので、やはり心配する必要はなかったらしい。
足元を通過する土の弾丸を尻目に、目測で三メートルほど上にある太い枝を足がかりにして、驚いた表情をしている鹿に向かって突撃! ズダンッ! と水袋を地面に叩きつけたような音を立てて、鹿を地面に引き倒した。 もちろん背中の保冷庫は無事である。
「ッッ?!」 「ぐるるるる……」
体格が同程度なら、有利なのはましろの方。 喉首にしっかり噛みつき、太い血管の通っている首の付根を押さえつけ、長く苦しまないように引き倒す時脳震盪を起こさせた。この程度の獲物、ましろにとっては魔法を使うまでもない。
急展開に何が起こったのかもわからなかっただろう。鹿は二、三度もがくように足で宙を掻いて、そのままビクリと硬直する。 狩り、成功。
「ぅおん!」 「……あのなぁ」
獲れたよ! と報告のためにジークを振り返れば、なぜか片手で額を抑えてため息を吐いていた。 なんだよー、もう。
「いいかましろ、よーく聞け」 「ヒン」
手早く心臓に近い大動脈を掻っ捌いて血抜きをしていたジークが、おとなしくおすわりをしているましろをじっとりと睨めつけている。 対するましろはシュンとして反省中。よかれと思ってジークの手を煩わせずおいしい獲物を狩ったのに、何故か盛大にお説教されているので意気消沈に拍車がかかっている。
「俺が『行け』って言うまで勝手に飛び出しちゃいけません。今はいいけど、他の人間が居るところでそれやったら管理不行き届きでお前処分されちゃうの。いいか? 俺が、指示出すまで、動くな。どぅーゆーあんだすたん?」 「うぉひ!」
わかった! と意志を込めて返事したのに、なぜか顔をこねくり回されてしまった。ぐにに、と顔の形が変わっている気がする。アアーヤメテーその場から動きたくなくて飼い主に抵抗を試みる犬みたいになってしまうー。
「ほんとにわかってんのか? 今後もし同じようなことあったらごはん抜きにするからな?」 「?!」
ごはん抜きはやだ!! ましろはてれりと垂れていた舌をむきゅっと口の中に押し戻して、ゆるふわサモエドスマイルを心なしキュッと凛々しくさせた。指示されるまで動かない、ましろわかった。ましろがんばる。
「……はぁ」
なぜかジークは盛大なため息を吐ついていた。なんだよぅ。
「いや、そうだな、俺がしっかりすればいいんだな。……首輪とリードでも買うか」
わっしわっしぐわっしとましろの首元をかき回しながら、何やら不穏なことをつぶやいているジーク。首輪はいいけどリードはやだな、と受け入れ体制のましろ。飼い犬化がマッハである。野生とはなんだったのか。
「きゅぅぁ」
わたしリードなくても大丈夫だよ? と首を傾げれば、ジークもふっと目元を緩める。 ましろと出会って十数時間。ジークの表情筋も幾分ほぐれてきたらしい。まぁ能面かと見紛う仏頂面は相変わらずデフォルト設定されているのだが。
「ましろが言えばちゃんと分かる子だってのは知ってる。けどな、人間が多い場所に行くとそうも言ってられないんだ」
ジークの言い分もわかるので、おとなしくジークに撫でられるままのましろ。 ぽふぽふ、とましろの後頭部を軽く叩いたジークは、立ち上がりながらついっと視線を明後日の方向に向ける。
「……青色にするか」 「!?」
ぼそっと口にされた言葉は、なんだかとても危険な気配を帯びている気がした。
「さーて解体解体。翡翠角鹿の肉はうまいぞー、ましろも期待しとけよ」
どこか白々しい口調でナイフを鞘から抜いて、いそいそと血抜き中の鹿に近寄るジーク。ぽたりぽたりとやや黒く変色しつつある血を滴らせる鹿は、頭を下にした状態で太い枝から吊るされている。伸び切った鹿の肢体は、ましろが対峙していた時よりも小さく見えた。生命とは不思議なものである。
人里が近くにない、ということが判明したので、食料の調達は急務かつ必須。ましろが背負っている保冷庫のおかげで生肉も多少日持ちするため、狩れる時に狩っておくことになったのだ。 とは言っても、流石に鹿一頭丸々持ち運ぶわけにもいかないわけで。
「んー……」
じ、とジークの視線が鹿の肢体をくまなく見つめる。 その瞳は真剣そのもので、ともすれば熟練の狩人にも匹敵するほど。王国騎士とはなんだったのか。
「……モモだな」 「わふ」
満場一致で今回持っていく部位はもも肉と他少々に決まった。 残りは本日の昼食、及びましろのごはんとなる。
「内臓はましろにやろう」 「!!」
ピピクッ! と耳が反応するましろ。ぱったぱったと揺れるしっぽに、ジークの目元もやわらかく笑んでいる。 腐っても野生動物であるため、ましろにとってのごちそうは栄養価の高い獲物の内臓。特に鹿は臭みが少ないため、ましろ的には大歓迎なのだ。 味付きのごはんもおいしいが、野性味溢れる生モツも今のましろには必要不可欠なのである。
「鹿の解体は久しぶりだな」
そんなことを言いながらも、迷いない手つきで逆さ吊りした鹿の腹に刃を入れていくジーク。どうやら解体作業には慣れているらしい。 粗方血抜きは済ませているため、腹を裂いても血が吹き出ることはない。よく切れるナイフで肛門から喉首まで一文字に切れ目を入れて食道辺りを切断、大腸と肛門を傷付けないようにくり抜き、まだほっかりとあたたかい内臓をずるりと取り出して即席台(土製、ジーク作)にドンと置く。とてもグロテスク。 血やら何やらでテラテラとしている腹の中を魔法水で洗い流したら、鹿の上下を入れ替えて頭を上にして下げ直す。見開かれたままの目がどんより濁っていた。ましろには最早見慣れた顔だ。
「ふすふす」 「まだ待て」 「ぴす」
じんわりと血の広がる内臓をふんすふんすしていたら、皮剥のために切れ込みを入れていたジークに釘を刺されてしまった。ちゃんと待てしてるよ! 心外な!! という意思を込めて鼻を鳴らすましろだったが、ジークからしてみれば「早く食べたい」の催促にしか聞こえないらしい。くつくつと喉の奥で笑うジークに、ましろは「ふんっ」とそっぽを向く。
首と前足首、後足首にぐるりと切れ目を入れ、皮下脂肪部分に指を入れて、引き下ろすようにして一気に皮を剥ぐジーク。ナイフは使わなくていいらしい。剥いだ皮はどうするのかと思ったら、とりあえずの敷物として使うらしく、赤い部分を上にして地面に敷いていた。
「余裕があるなら持って帰って鞣すんだけどなぁ」
赤い筋肉を晒した鹿を下ろしながらぼやくジーク。ましろの目から見ても、翡翠角鹿の毛皮は滑らかで光沢があり、上等なものに思える。きっといい革になるのだろう。売ればそれなりに値が付きそうだ。 しかし、まぁ、そんな暇はないわけで。
テキパキと解体を進め、大きめのブロックに肉を分けていくジーク。おいしい部分は抜け目なく剥ぎ取っている。
「ましろ、おいで」 「わふ!!」
置いていく部分はそのままましろの胃袋へ。 やった! といそいそジークの元へやってきて、まだ血のニオイの強い肉を口に入れてもらう。一瞬前まで拗ねていたことなど忘却の彼方だ。 獲ったばかりの鹿も、小さく切り分けてしまうと日本の精肉店などで見慣れた肉と大差ない。今のましろにとってはどっちもただの肉に変わりないので、目下の判断基準は「おいしい」か「おいしくないか」である。野生で生きていくのにグロいも何もないのだ。
がりがりがり。どうやらジークはどこかの骨部分をくれたらしい。噛み砕いた骨の破片が口に当たる感触がした。うむ、うんまい。 スジや軟骨なんかの硬い部分をちまちまと口に入れてもらってご満悦のましろ。時々くれる大きな骨は、あとで食べるために脇へ避けておく。おやつがいっぱいでましろもしあわせいっぱい。ヒトに食べさせてもらうってしあわせ!
しあわせオーラを発しながらてちてち口の周りと舐めるましろに、ジークも目尻を下げっぱなしだ。それでも鹿を解体する手は止まらないのだからすごい。迷いないナイフ捌きはさながら熟練のマタギである。王国騎士とはなんだったのか。
「ほい、うしろ向いて、そんで伏せて。はーいましろちゃんいい子いい子」
どことなくおざなりな声をかけつつ、ましろが背負った保冷庫の蓋を開けるジーク。そこにぼったぼったと若干乱雑に詰め込まれるのは、解体を終えた鹿肉だ。とは言っても設備もロクにない野外作業である。保冷庫に入れない鹿肉はまだまだたくさん残っている。 これも無駄にはならない。ぜんぶましろが食べるので。
「内臓も必要なとこ取ったらそっちにやるから、先食べてていいぞ」
氷で肉を覆うように処理をすれば、保冷庫はずっしりと重くなる。六十センチ×四十センチのクーラーボックス程度の大きさをした簡易保冷庫だったが、鳥肉と鹿肉でいっぱいだろう。ましろの食べる分を考慮しなければとんでもない量の肉である。
流石に満杯の保冷庫はちょっと重い。 よいしょ、と腰を上げて、いざ、鹿肉実食!
「……」
うむ、普通においしい。若干鉄臭さの強い鹿肉は、確かに��山で食べていた鹿よりおいしい。 おいしいのだがしかし、なんとなく物足りない。
「どうした? ほら、内臓も食べていいぞ」
お上品に肉にかじりつくましろを不思議に思ったらしいジークが内臓を持ってきてくれるが、ましろはぱたぱたと小さく尻尾を振るのみ。なんだかこう、不思議と「わっほーい!」とならないのだ。 半分ほど減った心臓も、栄養たっぷりのレバーも、確かに食欲をそそられるし、実際食べると「栄!養!満!点!!」みたいな味をしているのだけれども。
なんかちがう。
「どうした? 変な顔して」 「くゅぁぁ」
大変だ勇者さん、コレだけどコレじゃないの、と鳴いてみるが、残念ながらジークにましろの言葉は通じない。 おかしいなぁ、とましろは小首を傾げる。さっきジークに細切れを貰った時は、確かにとてもおいしかったのだけれども。
まぁこれはこれでおいしいのでありがたく食べるのだが。
がっついてこそいないが、はぐはぐとおいしそうに鹿肉を食べるましろを見て、ジークも安心したように自身の昼食を準備し始めた。 干し肉はおいしかったのでまたあとでせびろうと思う。ましろに遠慮などないのだ。
「はー、たまには携帯食もうまいけど、やっぱスープとか食べたいよなぁ」
魔法火でさっと炙ったパンと干し肉をかじりながらジークがぼやく。
どことなく物足りない鹿肉を食べながら、ましろは人知れず決意した。 早く人里を見つけて、おなかいっぱいジークの作ったごはんを食べるのだ、と。
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2017年2月の振り返り
2月は長いぞー。
■交通事故
自転車で帰宅途中、右折してきた自動車に側突されました。

twitterの方でも報告してますが骨折やヒビはなく軽傷でした。診断名はあまり覚えてないですが、左側頭部挫傷とか左耳挫傷とかだった気がします。左耳が変形して柔道耳になっていたので、内出血している血を注射針で抜いて、形が良くなるよう軟骨の位置を整えたり(めっちゃ痛かった)、額のあたりを少し縫ったりする治療をしたりしてます。現在は治療も終了していますが、まだ横になったときなどに軽いめまいがあったり、左耳は触ると少し痛いし固いです。なお乗っていた自転車は使い物にならなくなったもよう。
以下、少し事故の振り返り兼備忘録。
事故が起こった瞬間は状況を把握できず、そもそも車自体が視界に入っていなかったので、最初は「ボーっとして電柱かなにかとぶつかったかな」ぐらいにしか思ってませんでした。しかしそれにしては派手にやったな、おかしいなと思っていると、後ろから「大丈夫ですかー」って声が聞こえてきたので、ここで初めて事故なんだなと把握。意識ははっきりしていて骨折している感じもなかったので、自分の中では大丈夫だろうと安心していましたが、脳震盪を起こしていたのか身体を動かすのは厳しい状況でした。
その後、救急車はすぐにやってきて搬送されることに。強い外的衝撃のせいかは分かりませんが、車内で体温を計ったら40℃を超えていたのは驚きました。また、救急車の中がどうなっているのかまじまじと見たかったのですが、首は固定されているし、事故で眼鏡が吹っ飛んだせいで視界はぼやけてるしで、よく分かりませんでした。残念。
ちなみに、相手方のドライバーか通行人かは分かりませんが、119番通報している方に「救急車は呼ばなくても大丈夫ですよ」と言いかけています。結局言葉は飲み込んで流れに身を任せましたが。当時まだ外傷や出血を自分自身が把握していなかったせいもあるのですが、今振り返ると正常性バイアスが働いていたのかなと思います。
搬送先の病院でCT検査をした結果、予想通り特に異常もなかったので、一晩様子見も兼ねてICUで入院することに。ただ頭痛で全然眠れなかったり、それに電子音が常に飛び交っていたり、たまに痛みに耐えかねて叫ぶ人が居て怖かったりと、ある種ここでの生活が一番ストレスフルできつかったです。
翌朝に形成外科で治療を受け、頭痛とめまいが酷��ので念のためMRI検査も行いましたが特に異常なし。「希望なら通常の病室でまだ入院してもいいよ」と言われましたが、ICUの件で疲れもあったので断固拒否、家に帰って落ち着きたいと申し出て無事退院する運びになりました。
その後、通院だったり、警察へ行って事情聴取を受けたり、吹っ飛んだ眼鏡は交番で保管してくれてたり、壊れた自転車を交番から自宅まで持ち上げて帰ったら腕が死んだりして、今に至ります。
さて、交通事故を受けていろいろ感じたところがあるので少し列挙。
・したいことがあれば今すぐしよう
今回は不幸中の幸いで直ぐに退院できましたが、仮に重傷なら入院生活になるでしょうし、最悪事故で死亡することも有り得ます。そう考えると、何かしたいことがあれば今すぐにでも取り掛かるべきだと思いました。ということで前々から始めたかったギターを買おうと思いました(始めたとは言ってない)。前文と行動が一致していないじゃないか……。
・ヘルメットを着用しよう
頭部を守るのは大事だなと痛感したので、新しい自転車を買う際にヘルメットも購入しました。思ったより軽いので運転中も気になりません。値段は安くて3000円程度、命より高い買い物もないと思うので皆さん買いましょう。格好が浮くなんて気にしたら負けです。いのちだいじに。
・医療従事者の方はすごい
救急隊員の方の手際の良さだったり、看護師の方のタフさに感心しきりでした。重労働だなぁと感じましたし、本当に尊敬しています。
長くなりましたが備忘録終わり。本当に事故には気を付けましょう。
■ハースストーン
2月戦績:77戦40勝37敗(翡翠ミッドシャーマン21勝14敗、ミラクルローグ11勝12敗、海賊ウォリアー3勝8敗、翡翠ドルイド5勝3敗)
目標のランク5どころか、先月のランク10すら遠く及ばない結果に。
試合数が全然足りませんね。2月は海賊ウォリアーの使用を控えて、他のデッキの経験値を積もうと思ったんだけど、どのデッキもしっくり来ないままハースストーンを起動する日が減っていってしまった。
3月はランク云々よりプレイしてて面白いデッキを見つけたい。新環境が来てもそれほどコンセプトが変わらないデッキがあればいいんですけどね。
■将棋
将棋ウォーズ初段行けそう。
ってツイートしてから負けが込み始めてしまった。慢心かな?
角換わりの勝率が良くないので藤井流矢倉を勉強したりしています。あとノーマル三間飛車と端角中飛車どうにかなりませんかねあれ。全然勝てない。
3月はポジティブなことで長々振り返りたいですね。頑張りましょう。
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映画『函館珈琲』DVD発売記念トークイベント 黄川田将也さん × Azumiさん × あがた森魚さん × 小林三四郎さん
『函館珈琲』DVDの発売を記念して、スペシャルトークイベントを開催いたします。 ゲスト:黄川田将也さん、Azumiさん、あがた森魚さん 司会:小林三四郎さん(プロデューサー)
《作品紹介》 函館の街にひっそりと佇む、古い西洋風アパート・翡翠館。オーナーの荻原時子はそこを仕事場兼住居として貸し出し、若い才能を後押ししている。翡翠館の住人となるための条件は、ただひとつ。時子が”翡翠館にふさわしい人”と思うかどうか―だ。装飾ガラス職人を目指す堀池一子、テディベア・アーティストの相澤幸太郎、ピンホールカメラ専門の写真家・藤村佐和。住人のそれぞれが自分の居場所を捜し求めながら、明日への不安の中で生きていた。 夏のある日、入居予定だった家具職人・藪下の代わりに、桧山英二が翡翠館に現れる。晴れて翡翠館の住人となった英二は古本屋を始めることに。彼が仕事の合間に淹れるコーヒーには、住人たちの心に届く柔らかい香りがあった。だが、彼には翡翠館の仲間や時子にも秘密にしていることが…。
〇日時:2017年3月8日(水)19:00開演 (18:45開場) 〇場所:紀伊國屋書店 新宿本店 8階イベントスペース 〇定員:50名 〇参加方法:無料でご参加いただけるイベントです(要予約)。2月21日(火)10:00よりお電話番号にてご予約を承ります。(先着50名)
ご予約電話番号:03-3354-0759 紀伊國屋書店新宿本店 別館M2階DVD・CD売場直通(10:00~21:00)
※当店に繋がる他の電話番号にかけられてもご予約は承れませんのでご注意下さい。 ※間違い電話が頻発しています。上記の電話番号を今一度お確かめの上お掛け下さい。 ※イベントに関するお問い合わせも、上記の電話番号までお願いいたします。 *会場にてDVD『函館珈琲』(¥3,800+税 )をお買上げの方には、トークショー終了後、ゲストのサイン+握手会にご参加いただけます。 *事前に当店にてDVDをご購入された場合には、当日レシートとDVDをご持参くださいませ。
《プロフィール》 黄川田将也(役名:桧山英二) 2000年映画『ホワイトアウト』(若松節朗監督)でデビュー。映画作品『バトル・ロワイアルII 鎮魂歌』(2003、深作欣二・深作健太監督)、『狼 少 女 Day after tomorrow』主演(2004、大滝純監督)『仮面ライダー THE FIRST』(2005、長石多可男監督)、『仮面ライダー THE NEXT』(2007、田崎竜太監督)では平成の本郷猛が話題に。『クローズド・ノート』(2007、行定 勲監督)、『神様のパ���ル』(2008、三池崇史監督)、『ヘブンズ・ドア』(2009、マイケル・アリアス監督)『真夏のオリオン』(2009、篠原哲雄監督、)。2016年は2月東京公開『恋とオンチの方程式』(香西志帆監督)6月公開『MARS』(耶雲哉治監督)に出演。TVドラマでは世界初となる日・中・韓3カ国合作ドラマ「Strangers 6」(2012年、WOWOW、CX)出演。「カウンターのふたり 」(2012、TwellV ATP賞テレビグランプリドラマ部門奨励賞を受賞作品)NHK大河ドラマ「利家とまつ」(2002)、「天地人」(2009)。「八重の桜」(2013)、NHK連続テレビ小説「風のハル」(2005)、「まれ」(2015)、「不機嫌なジーン」(2005、CX)、「マイ☆ボス マイ☆ヒーロー」(2006、NTV)、他に出演。舞台作品「風が強く吹いている」(2009)、「ポン助先生」(2010)では主演を務めた。2016年は話題作、鄭 義信3部作「たとえば野に咲く花のように」に出演。
Azumi(役名:藤村佐和 ) 北海道出身。Wyolicaのヴォーカルとして1999年大沢伸一プロデュースでデビュー。優しく透明感のあるヴォーカル、穏やかで切ない歌詞とメロディーを核に、振れ幅のある、且つオリジナリティー溢れるアイデンティティーを披露。スネオヘアー、FLOW、SOFFetをはじめ、様々なアーティストとコラボレーションし、特に Steady&co「Only Holy Story feat.Azumi」はアルバム曲ながらも大ヒットなり、現在でも根強い人気を誇る。2011年、ソロ活動再開と同時に、DJ活動も開始。親交の深いピアニストを招き、JAZZYでPOPなAzumiワールドを凝縮した1stソロアルバム「ひ.あのとあずみ」、2013年4月 リリースのガールズポップスを大胆にジャズアレンシジしたカヴァーアルバム「NEW STANDARD」は、共に iTunes Jazzチャート1位、総合アルバムチャートTOP10入りを記録し、好評を博した。 2012年にはヘアアクセサリーブランド「Tuno by Azumi」を設立し、デザイナーとして活躍中。2015年12月にファーストオリジナルソロアルバムをWARNER MUSIC JAPANよりリリース。プロデュース陣にはKj(Dragon Ash)、社長(SOIL&”PIMP”SESSIONS)、韻シストなどを迎え、feat.アーティストにはILMARI(RIPSLYME)が参加するなど豪華メンバーが集結。 2016年、夏公開の映画『函館珈琲』へ女優として初出演し、主題歌に自身の楽曲「Carnival」が起用される。また、仙台コレクション2016のメインヴィジュアルをつとめるなど、幅広く活躍中。
あがた森魚(役名:マスター) 1948年9月12日、北海道生まれ。1972年にシングル「赤色エレジー」でデビュー。20世紀の大衆文化を彷彿とさせる幻想的で架空感に満ちた独自の作品世界を展開。歌手、音楽制作、俳優、映画監督、執筆など多岐に活躍している。2014年~2015年に『浦島64』『浦島65BC』『浦島65XX』を連続リリース。全国でライヴを展開中。劇場公開作品3本『僕は天使ぢゃないよ』(1974)、『オートバイ少女』(1994)、『港のロキシー』(1999)を監督、『オートバイ少女』の函館での上映会より「函館ロープウェイ映画祭」を立ち上げ、1999年より「函館港イルミナシオン映画祭」へ名称変更した映画祭のディレクターを続けている。近年出演作に、映画『ジャッジ!』(2014、永井聡監督)、『そこのみにて光輝く』(2014、呉美保監督)、『くらげとあの娘』(2014、宮田宗吉監督)、『シュトルム・ウント・ドランクッ』(2014、山田勇男監督)、『映画 ビリギャル』(2015、土井裕泰監督)。
《注意事項》 *座席は自由席となります。 *トークは約1時間を予定しております。トークショー終了後、サイン+握手会は座席前列よりご案内させていただきます。 *サイン会のみの参加は承っておりません。 *サイン対象商品は同DVDのみに限定させていただきます。 *動画撮影・録音は固くお断りいたします。
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