travelfish0112
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銘々文々
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他人が書く、想像上の他人。各題は色々なバンドの曲からが多いです。
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travelfish0112 · 3 months ago
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つれてってよ
『お前、宇宙行ってみたら?』
俺の何気ないひと言で、彼女は宇宙を目指し始めた、らしい。
嘘だろ? と思うけど、本人が何かのインタビューで言っていた。でも、今でも嘘だろ? って思っている。
どんな動機だよって思ったし、でもやりたい事が見つかったのは良い事だよなって思ったりもした。
俺たちは高校時代に出会い、だらだらと学生時代を過ごして、やりたい事も無くて。ただ部屋でゲームをしている俺と、それを見守る彼女、なんてよく分からない構図を数年続けていた。
そんな時、画面に映った宇宙空間に、見覚えのある紙パックの紅茶が映った。ど��やらスペースデブリとして、宇宙空間を漂うゴミとして登場したらしい。
「宇宙でリプトンのゴミ見つけたら、地球恋しい〜てなるのかな」
「いや、まあどうなんだろねぇ」
俺はコントローラーを動かす手を止めず、上の空で答える。
「絶対なるよ。てかもう懐かしいし」
「まあさ、じゃあ--」
お前、宇宙行ってみたら?
いや、思い返すだけでもキッカケになるわけがない会話だった。
でも、彼女はこの日から急に宇宙に向かうための方法を模索し始め、たまたま募集が始まった民間宇宙探索の資源探索チームの一員に応募して、そして試験を乗り越えて合格した。
そんな彼女は1年前に地球を旅立ち、今頃は太陽系を越えて更に外側の空間にいる、らしい。
彼女は律儀に定期的に連絡を寄越してくる。ただ、送信日を見ると、どうやら何光年(?)も離れた場所にいるようで、いくら通信が速くなったと言っても時間がかかるらしい。
『光年は時間じゃなくて、距離!』
彼女が飛び立つ前にそんな事を言っていた。俺の宇宙に関する知識は、これくらいしか無い。
どうやらワープ技術とコールドスリープを駆使して、果てしなく遠い場所へ行っている、らしい。
彼女からは俺が浮気してないか心配するメールがたまに来た。来た、と言うのはどうやら今はまたワープとコールドスリープを駆使して移動している期間らしく、数ヶ月間連絡が無い。
お前も宇宙空間でイケメン同僚と浮気すんなよ、とか思いながら、俺はさっき友達の透をガールズバーに誘った。
何となく、女性と話したい気分だった。
俺が誘った時、彼女が宇宙にいることを知っている透は困惑していたが、まあたまには良いじゃん、なんて行って連れ出した。
「本当に良いのか? 」
「良いんだよ、たまには」
「お前、紗弥ちゃんにバレても俺と言ったなんて言うなよ? 俺、怒られんの嫌だからな」
「言わねえしバレねえよ」
そんな事言いながら適当に店で飲んだが、最初は少し楽しかったけど昔みたいには楽しめなくなっている自分に気がついた。
そんな時、携帯が鳴った。通知を見ると、彼女からだった。
通信がゆっくりだからか、ぽつぽつと分けてメッセージが送られてきているようだ。
少しインストールに時間がかかって���ポン、と1枚の画像が送られてきた。
綺麗な天の川だった。
『やっと起きる事が出来ました。』
『地球はどれでしょう?』
『ちゃんと元気にやってますか?』
『浮気はしないように。』
『また送ります。』
メッセージに目を通して、そして一緒に来た友達に、帰ろうぜ、と伝えた。
「なあ、もうお前と店行かねえから」
「なんでよ」
「だってお前、携帯ずっと気にしてるし」
「え?」
自分では気づいてなかった。
「もうさ、お前も宇宙連れてって貰えば?」
「そうだなあ」
俺は携帯を取り出して、彼女とのチャット画面を開く。
そしてひと言だけ返す。
『今度、つれてってよ』
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travelfish0112 · 3 months ago
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We'll see
私は春がそこまで好きじゃない。それでも凄く綺麗な季節な事には変わりないのだけど。
なんでだって、春が来る度にギュっと胸が締め付けられるような感覚に陥るから。そして、その理由を探した時、思い出したくない事を沢山思い出してしまうから。
コンビニで買った酒を飲みながら、私はそんな事を話していた。
そんなくだらない話を、紗希は適当に聞いてくれていた。それが心地良かった。
そう言えば、こんな夜が前にもあったな。でも、どんな夜だったっけ。
「なんか、凄く大切な夜だった気がするのに」
「んー。まあそんな夜でも、橙子以外の人にとっては普通の夜だから。忘れちゃっても大丈夫なんじゃない?」
紗希は片手に持ってるお茶割りを呷ってから言った。
ああ、そうか。そりゃそうだ。
「確かに私だけの思い出だもんね」
「大丈夫、本当に必要な思い出だったら、必要な時に思い出せるよ」
その時、目の前の空で星が落ちていったような気がした。
「……今、私が流れ星見たってのも、他の人にとってはなんでも���い事だもんね」
「そうだね。でも、私も見てたから。2人の思い出になってるよ」
また、星が落ちた。そして、続いてまたもう一つ。
「落ちすぎじゃ無い?」
「どうしよ。これが普通になったら、思い出じゃなくなっちゃうかもね」
でも、私は春の終わりのこの夜を、忘れる事はきっと無い。
そして紗希もそうだろうな、という根拠のない確信があった。
あの落ちてきた星たちが、私と紗希の間の、思い出の足場になっていった気がした。
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travelfish0112 · 5 months ago
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レジグナチオン
私は結婚したい、という話をし始めて2時間が経った。
夕方頃から飲み始めた私たちは、すっかり暗くなった外なんて気にせず、枝豆をつまみながら空のグラスを量産していく。
目の前で話を聞いてくれている彼は、何か具体的なアドバイスをするわけでもなく、レモンサワーを飲みながら相槌を打ってくれる。
そして優しい顔から、時折困ったような顔をする。それに私は気づいている。
それでも私は、この話を止めない。
止めてしまったら、終わってしまう事が分かっているから。
そして、この話にも、こんな事をしている今も、何も意味なんて無いことも、知っている。
それでも、止めない。
「ねえ」
「うん?」
「もしもの、話。30越えても私が独身のままで、そっちも独身だったさ」
「……」
「私と、結婚してよ」
「……ごめん、多分出来ない、かな。」
彼はやはり困ったような顔をしている。
ああ、いま私は彼を困らせている。そんな事は分かっている。でも、
「私、多分君以外と結婚できないから、このままだと一生独身だ」
「そんな事ないよ」
「いや、あるよ。だって好きだから」
「いや俺も好きだよ。好きなんだよ。でも、気持ちには応えられないんだよ」
「絶対?」
私の問いかけに、彼は意を決した顔つきに変わる。
「……ごめん、まだ言えてなかったけど、俺結婚する」
「……気づいてるよ」
謝らないといけないのは私の方だ。
もう無理だって分かっていた。彼は優しすぎるから、今まで私に付き合ってくれた。これは本当の優しさじゃない、て言う人もいるだろうけど、そんなの、私たちの関係を知らないから言えるんだ。
「ねえ、私にしないときっと後悔するよ」
「……ごめん」
「だって、こんな良い女なんだから。ねえ」
私の口元からふと、笑いが漏れる。こんなの、良い女がする事じゃない。
そして、堰を切ったように涙が溢れ出す。
「……ねえ、私でいいじゃん」
「……」
彼はこんなのじゃ落ちないって分かっていた。と言うか、落ちるような人ならきっと好きになっていない。
これはただの悪あがき。
でも、ほんの少しでも私に可能性があるなら、それに縋りたい。そんな気持ちだった。
「ごめん、泣いちゃって」
私は涙を全部拭って言う。言いたい事を全て言えたら、少し楽になった。
なんて嫌なやつなんだ、私は。
彼にはたまに私を思い出して哀しくなったりすればいいのに、なんて思ってしまう。
いや嘘、幸せでいて。
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travelfish0112 · 7 months ago
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雪の匂い
冬が好きなんだ、と言った。
今日、久しぶりにドカドカと降り積もり、東京の街は白くなった。
雪が降る時の匂いが分かる、なんて事も言った。
翌朝には雪が止んで、陽の光を反射してより白く輝く。
5年前は暖冬だったのか雪があまり降らなかった。
階段から滑り落ちないように慎重に降りて、サクサクと歩く。
雪を見たからか彼女の事を少し思い出した。
電車は少し遅れつつもなんとか動いているみたいで、会社には遅れずに済みそう。
あの日はもう春の陽気だったけど彼女の鼻は赤かった。
日陰はもう凍結していて、転ばないようにペンギンみたいに歩く。
泣いていたのだろうか。
息を吸い込むと、鼻がツンとして痛くなる。
いや、泣かせたのか。
マフラーで隠した口元から、吐いた息の煙が上がる。
彼女は今元気にしているのだろうか。
少し曇り気味だったメガネは、気温に慣れてフレームが冷たくなり、視界はクリアになっていた。
そんな事を考えてどうするんだ。
いつも思い思いの場所を歩いていた通勤客たちが、今日はお行儀良く一列で歩いている。
あの時、俺が押し黙っていたのを見かねた彼女は、
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travelfish0112 · 10 months ago
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完食
「いただきます」
「いただきます」
2人で食卓を囲むのはいつぶりだろうか。
結婚してから、一緒にいる時間の方が少ない気がする。
彼は、鯨に乗っている。私はいつも、他の人に彼の仕事を説明する時、そう言う。
正確には、海上自衛隊の潜水艦乗りなのだけど。
『鯨みたいだろ』
彼が潜水艦の事をそう表現した時から、私は潜水艦の事を鯨と呼んでいる。
潜水艦の任務は特に機密性が高い。だからふらっと出て行って、それから何の連絡��なく数ヶ月帰ってこないなんてザラにある話だ。
前はよく彼もその事を謝ってくれた。でも仕事に罪悪感を持ってほしくなくて、謝らないで、と私から頼んだのだ。
でも、寂しくないと言えば嘘になる。
ふと見るテレビで近所の街の特集をやっていたりする時、次の休みは彼と行きたいな、なんて考えたりする。でも、その願いが叶った事はない。
そんな私の唯一のお願いは、帰ってきたその日の夜ご飯はうちで一緒に食べる事。
例の如く、突然帰ってきたので、さっと作れる生姜焼きとご飯、そして味噌汁と言う食卓。
一口お肉を食べる。よし、ちゃんと美味しい。
チラリと彼を覗き見る。綺麗に三角食べをしている。
「美味しい。いつもありがとね」
「よかった」
この会話をきっかけに、ぽつりぽつりとここ数ヶ月を取り戻すかのように会話をする。
彼に近所に新しくできたお店の話をする。
「じゃあ、今度の休みに行こうよ」
「え?本当に行けるの?」
「大丈夫、多分今週末とかなら行けるよ」
「やった。楽しみ」
そんなこんなで、生姜焼きもあと一口のところまで来てしまった。
少し名残惜しさを感じながら、私は食べ切る。
みんなは私の夫婦生活が大変そう、だとか私にはできない、とか、そんな事を言う。大変じゃない、と言うと嘘になるが、私はこんな今の生活を愛している。
私だけが好きなんだから、それでいいんじゃない?
「ごちそうさま」
「ごちそうさま」
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travelfish0112 · 1 year ago
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八月
夏になると昔聞いた、戦争に遭った人たちの話を思い出す。
思い出した時はいつも、ああこの平和は別に普通のことじゃないんだよなって。
そして、秋には忘れている。
自分は馬鹿だなって思うし、実際に当事者にならないと残念ながら理解できないのだと思う。
きっと自分が大変な目に遭ったり、大切な人を亡くしてから、理解ができるんじゃないかなって。
でもこのくらい平和な事って良い事なんだよな、とも思う。
開けた窓からじとっとした風が吹いてくる。じっとしていても汗ばんでくる。からん、と音を立ててコップの中の氷が溶けた。
少しずつ風が強まっている。台風が近いらしい。
明日中にこの街を通過してくれたら、週末の花火大会はぎりぎり開催出来るだろうな。
花火を見ると、私は夏の終わりを感じる。あの花火が、夏のピークだから。
あの花火には、戦時中に亡くなった方への、鎮魂の意味もあるらしい。
だからこそあんなに綺麗で、��して心に残るんだな、と。少しだけ、理解した気になっている。
夏が終わる。
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travelfish0112 · 1 year ago
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朱夏
「俺っていま何歳だっけ」
そんなアホみたいな事を、ベランダでアイスを食べながら清宮和也は言った。
「え? そんなこと私に聞かないでくださいよ」
私、赤坂美月は電子煙草の煙を吐きながらつれない回答をする。
「なんでよ、俺の彼女ならそれくらい知ってるでしょ〜」
「いやほんとに知らないですし……。あと私、和也さんの彼女になった覚えもないです」
「そ、そんな……」
しくしく、なんて声に出しながら和也さんは嘘泣きをしている。私はまた煙を吐く。
そう言えば私、本当に和也さんと会ってから歳とか聞いてなかったな。
「和也さん、有名人誰と同い年なんですか?」
「あー、確か大谷翔平かな」
「え、まじですか? もう30越えてるじゃないですか……」
「もう俺30越えてるの!?」
「……本当に気づいてなかったんだ」
遠くの空がピカッと光、遅れて遠くの方の雷鳴が聞こえた。まだ降ってないけど、雨が近いらしい。
「みっちゃん、今日の夕陽見た?」
「いや? そんな空意識してないんで」
「勿体無いな。あの朱は、なかなか見られないよ」
そう言って、どれだけあの夕陽が綺麗だったかを熱弁し始める。そして、手元のノートにさらさらと鉛筆で絵を描き始めた。
白黒の線画に濃淡がついていく。すぐにこのベランダからの景色が表現されていく。
和也は今、朱い夏を謳歌している。そして、きっとこれからどんどんと、真っ盛りへ突っ込んでいく。
画家になる事は和也の昔からの夢だったらしい。出会った時、和也は私に絵の事を熱弁してきた。
青かった彼は、凄い勢いで紅く。
ああ、私は彼が羨ましい。絵を諦めた私には、彼が。
私は彼に何を期待しているのだろう。白くなった私に、濃淡はもう無い。
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travelfish0112 · 1 year ago
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リンス
「春はそこまで好きじゃない」
さっちゃんは夜道を歩きながらそう言った。この前までコートを着てた気がするけど、今日はもう薄いシャツを上に羽織ってるだけの格好をしている。
「こんなに散歩しやすいのに?」
「まあそれはそうだけど」
散歩をする私たち2人の影が���面に伸びたり縮んだり。風が吹くと羽織ってる薄いシャツがふわりと膨らんで、影も大きくなる。
「なっちゃんは花粉症とかないんだっけ」
「私はおかげさまでないんだよねぇ」
「そっか。羨ましいな」
私はポケットに入ってる煙草に手を伸ばしかけて、止め��。さっちゃんの前では吸わない様にしてるのを思い出す。
「煙草吸っても別に良いよ」
先読みしてる様にさっちゃんはそう言う。
でも、
「いいの。私が自分で決めたルールだから」
「でも、昨日お酒飲みながら吸ってたよ? 私の前で」
「あ、そっか……」
ふふ、とさっちゃんは小さく笑った。私は頭を掻く。
そして手を下ろしたタイミングで、さっちゃんは私の右腕に腕を絡ませてきた。
「どうしたの?」
「いや、こうしたら煙草吸えないかなって」
顔が熱い。本当、急にこんなこと言うんだから。
「吸えないでしょ?」
「うん」
「なっちゃんの禁煙が三日坊主にならない様に手伝ってあげる」
「坊主から髪がロングになるくらいできるよ、これなら」
風が抜けていく。どこまでも歩けそうな気候。
「私は春好きだなあ。腕組んでも暑くない」
そして私は、ずっと春だったらなあ、なんてちょっと現金なことを考えている。
さっちゃんは今何考えてるんだろ。でも、同じこと考えてくれてたら嬉しいな、なんて。
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travelfish0112 · 1 year ago
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Blue wind
やる気がある時と無い時のバイオリズムがある。今は正直後者。
ぼーっとしていたいし、上手いことみんなが俺の事を利用してくれたらいいのにって思っている。
結果として日々の予定は埋まっている。
ただ、それでも人生を豊かにしたいなんて思う、少し卑しい心は消えずに残っていて、それのせいで自分の生活と理想の狭間に心がすり減っていく。
人に必要とされたいなんて思う事は、烏滸がましい事なのかもしれない。けど、その烏滸がましさが無くなったら、きっと俺は俺ではなくなる。
まだやめた煙草に火をつけたいと思えていないので、きっと限界までは到達していない。だから大丈夫。
ここから煙草に火をつけ、希死観念を抑えられなくなったらまずい。体力も精神力もすり減るだけ減っていく。
でも、いつまでこんなバイオリズムでいるのだろう。5年前に精神をやってしまってから、ずっとこんな感じ。
何者かになりたいのに未だに一歩踏み出しきれていない。臆病者な自覚はある。
でもなんとか、何かを捻り出したい。
これはあくまでも、今留まってしまっている現状を見つめるための文章。
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travelfish0112 · 1 year ago
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春の片隅
ああ、私はこの人に死んでほしくない。そう思って、私は隣で寝ている彼に抱きついて、ギュッと腕に力を入れた。
「どうしたの?」
彼は寝ぼけた声でそう言う。
「うー」
私は彼の背中に顔を埋めて、意味の通らない声を発した。
ゴーっと外で強い風が吹いている音が聞こえる。春の嵐はしばらく続くらしい。
彼は私の手を握ってくれた。その手は大きくてガサガサだけど、暖かかった。
ピピッと枕元のスマートフォンが鳴った。
彼はポンポン、と私の腕を優しく叩いた。合図だ。
私は名残惜しさを感じながら、腕を解く。彼はすぐに起き上がり、着替え始める。
彼はいつもの様にテレビをつけた。朝のニュース。荒廃した街、煙があちらこちらで上がっている。そして、途方に暮れる人々。着の身着のまま、怪我をしている人も。
惨状。
「行ってくるよ」
彼はザックを背負っていた。
この国は長く続く戦争の最中にある。
そして、それの終わりはまだ見えない。
彼はその初期から前線で戦い、死神と呼ばれていた。彼のいた場所は、敵も味方も皆死ぬから、死神。
同じ部隊に配属された人たちでさえ、彼の事を畏れているらしい。そして、あまつさえ彼が死ぬ事を祈っている人も。
なので、今一番彼の無事を祈っているのは私なのだろう。
玄関の扉が開く。ゴーっと強い風が吹いている。入ってきた砂が目に入り、思わず顔を顰める。
「ねえ、死んじゃダメだよ」
「……うん、そうだね」
彼は自分に言い聞かせる様にそう呟いた。
「本当に」
私たちはキスをした。
彼の唇は小さく震えていた。
パン!と彼の胸を叩く。
「行ってらっしゃい!」
彼は驚いた表情に一瞬なり、そしてすぐにいつもの顔に戻った。
「行ってくる」
そう言って外に出て、扉を閉めた。
パタン、といつもより大きな音がした。
扉の隙間から、風の音が聞こえる。春の嵐は、いつまで続くのだろうか。
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travelfish0112 · 1 year ago
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残滓
赤坂見附の駅前にある喫煙所は、脇にまだ雪が残っていた。
サラリーマンがひっきりなしに入ってきては出ていく。途切れず、外に列がで���ている。
数分待って入れた、人口密度が高めの空間で、煙草に火をつけて一息ついた。重めのニコチンが回り、一瞬くらりとする。この感覚���嫌いじゃなくて、止せば良いのにロングのピースを吸うことをやめられない。
「あれ、高田じゃん」
声をかけられ、そちらに目を向けるとそこには大学時代に同じサークルだった神谷がいた。
彼女は確か、学生時代は煙草を吸っていなかったと思うが、その手にはiQOSが握られている。
「めちゃくちゃ久しぶりだ」
「そうだね。卒業以来だから、5年ぶりとか?」
「そっか、もうそんなになるか」
僕たちは同時に煙を吐いた。煙は空に登っていき、夜闇に紛れてすぐ見えなくなった。
「本当。5年なんてすぐだった。嫌になる」
そう言って彼女は少し自虐的に笑った。
「神谷さん、煙草吸ってたっけ」
「実は隠れてね。あの時、酒井先輩と付き合ってたし。あの人めちゃくちゃ吸ってたじゃん?」
「あー……」
気の抜けた返事をする。
酒井先輩、その名前はもう一生聞かないと思っていた。
「そういえば酒井先輩とバンド組んでたよね? あれってどうなったの?」
「去年解散したよ」
「……そっか」
僕はゆっくりと煙を吐く。もう何も残ってないはずなのに、色々な想いが腹の底から湧き出てきて、それを全て消し去りたくて、息を吐き続ける。
「あの人、歌上手かったよね」
「上手かった。でも、一緒に続けられなかったな、僕は」
「まあバンドなんてそんなもんでしょ」
そう明るく言ってくれる彼女の目は、少し悲しそうに見えた。
どうして解散したんだっけ。
ああ、もうあの人がバンドやりたくないって言ったし。
でも他の人と続ければ。
いや、僕には才能無いしもう何も。
……逃げたんだ。
……そうだよ。
息を吐く。
「なんか5年って短いと思ってたけど、振り返ると結構長いよね」
「そう? わりとあっという間だった気がする」
「それはきっと高田が色々頑張って動いてたからでしょ」
「いや、僕なんて何も」
「そんなわけないじゃん。酒井先輩と何年も一緒にいるって、それだけで凄いよ、本当に。元カノの私が言うんだから」
「確かにそうかも」
一息。風向きが変わったのか、さっきとは違う方向に煙が登っていく。
「ねえ神谷さん、この後飲みに行かない?」
「ごめん! 夫が今日遅いからご飯私が作ってあげないといけなくて……」
「……そっか」
5年、変わったなあ、世の中。
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travelfish0112 · 1 year ago
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桜の季節
これは一時の気の迷い、衝動。
そうやって私は、私自身に言い聞かせていた。
私にとって坂田は大切な人だった。軽い関係になるなんて思ってもいなかった。
ただ気づけばこの関係性が一番お互いの距離感の取り方として良い気がしていた。
いや、ここまで全て、ただの言い訳。人間関係は過程も大切だが、ここまで来てしまったら、結論が全てなのだから。
『飲もうよ』
いつも私たちはこのメッセージをどちらかが送る事で始まる。
でも今回は
『近況報告しよ』
と。
ただの一通のメッセージだけど、私は何となく終わりを予感した。
正直私は安心した。ああ、この関係も終わりなんだ、と。
でも、その安心の裏には終わってほしくないと願う気持ちが騒ついていた。
新宿駅で待ち合わせた私たちは、3丁目あたりのいつも行っている中華料理屋で飯を食う。
いつも通りの会話、バンドの話とかお笑いの話とか。
趣味の話をしていると、ああこの人はいつもツボをついてくるな、と最早感心してしまう。
そんな会話を途切れる事なく続ける。気づけば時間が過ぎている。いつもこんな調子だ。
「そろそろ二軒目?」
促されるまま、東口の半地下の居酒屋に入る。ここも何度目だろう。
「そういやさ、報告があって」
一杯目が来て一口飲んでから、坂田は口を開いた。
「俺、春から福岡行くことになったわ」
「ああ、そっか。銀行だもんね」
構えていた。でも、私は余裕で吹っ飛ばされた。そして、よく分からない返しを脊髄反射でした。
「どの辺住むとかもう決めたの?」
「いやまだ。でも何となく場所は目星付けてるけどね」
「折角ならはかた号で引っ越しなよ」
「するわけ無いだろ」
そんな話を上の空でする。その他の九州の知識は、福岡のご飯がおいしいことくらいしかない。
ああ、やっと終わる。寂しい。何だこの感情は。
でもとにかく今みたいな気軽な関係では無くなる事が分かった。そして私たちは今の関係以外で過ごす事が出来ないのは分かっていた。
「ねえ」
「どうした?」
「この後、カラオケ行こ」
坂田は私の提案に少し驚いた顔をした。でもすぐに応える。
「いいよ」
そういうところが私は、
「くしゅん!」
「可奈、花粉症もう来た?」
「そうみたい」
好きだったんだと、今気づいてしまった。
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travelfish0112 · 1 year ago
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寝ぼけた頭で考える
日曜日朝5時過ぎの新宿駅、京王線のホームは人がまばらだった。
『停車中の列車は、特急京王八王子行きです--』
自動音声の案内がこだまする。
「寒いね」
「まだ2月だから」
「でもこの前あんな暖かかったよ」
ドアのそばに立っている可奈は少し肩をすくめる様な姿勢になっていた。
チラッと時計を見た。5:25。あと約5分でこの列車は出発する。
「もうこれでお別れだね」
可奈はそう言って、少し目を伏せた。
「最後、やんなかったね」
「うわ、最低!」
僕らはフッと吹き出す。でもあと数分で本当にお別れなんだって、したくない実感が湧いてくる。
発車ベルが鳴り始めた。もうあと数秒後に、扉が閉まる。
「マジで、元気でやってけよ!」
「坂田も!」
発車ベルが鳴り終わり、電子音と共に列車の扉が閉まる。そして遅れて、ホームドアが閉まる。
ドアの窓越しに手を振る可奈が見えた。振り返す。
口パクで可奈が何か言ってる。
(なくなよ)
「泣いてねえよ」
ゆっくりと列車が発車する。そしてするするとホームから出ていく。
電車を見送ってから僕はポケットからイヤホンを取り出して耳に付ける。そして、適当に音楽をシャッフルで再生する。
小気味の良いギターリフからイントロが始まる。そしてAメロに流れていく。
never young beach - お別れの歌
ああ、ダメだ。今聴くと。
あー、上手く言えなかったな。
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travelfish0112 · 1 year ago
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直に
小春日和って今日みたいな日の事を言うのかと思ったら違うらしい。今日は春の前の春の様な気暖かい日だった。
厳冬期の一日だけ暖かい日を小春日和だとちゃんと分かっている人は一体どれくらいいるんだろう。いや、俺が知らないだけか。
春一番が吹いた。直に日も長くなって、春が来るんだろう。
あ、花粉症の薬早めに貰いに行かなきゃ、なんて少し憂鬱な予定を寝起きの頭で新しく思いつく。
顔を洗うためにキッチンへ行くと、そこに空いた缶ビールと缶チューハイが置いてあった。それで昨晩、美沙と宅飲みした記憶が蘇る。
美沙は彼女が新入生の頃、所属する軽音サークルの新歓で会ったのが最初だった。
彼女がTHE NOVEMBERSやösterreichが好きだと言った時の衝撃は忘れられない。その後、お開きになるまでバンドの話をし続けていた。
でも別に俺にとっては可愛い後輩の中の一人で、その時自分には恋人も居たし、美沙にも彼氏がいた。
ただ好きなバンドが同じであるよしみで、よくグループでフェスやライブに行っていた。
ただ��こ一年で、俺は就活をきっかけに彼女と別れ、彼女も学年が上がる頃には彼氏と別れていた。そしてそれに合わせるかの様に二人でライブに行く機会が増え、昨日も恵比寿でライブを見た帰りだった。
「少し飲み直しませんか?」
渋谷で飲んでいたら美沙はそう言った。
何の気も無しにコンビニで酒を追加で買って、家に上げた。何人かで宅飲みをした際に、彼女も何度か来たことがあって、その記憶があった。
「先輩、卒業したら引っ越すんでしたっけ」
美沙は封を切った缶チューハイを飲みながら言った。
「いや、暫くはここに住むつもり。なんか引っ越すのめんどくさくて」
「なんか先輩らしい」
美沙はそう言って笑った。
「今後もたまに遊びに来ても良いですか?」
「え? まあ別に良いけど」
そう返すと、美沙は体育座りの体制で小さく横に揺れていた。一定のリズムで揺れてるのでメトロノームみたいだな、なんてアホみたいな事を思いつくが、言葉には出さない。
「先輩、私じゃダメですか?」
美沙は小さく揺れながら言う。視線は缶チューハイに注がれていた。
すっと酔いが覚める。
「いや、ダメなわけないでしょ」
家にあげてる時点で下心がゼロかと言えば、そんなわけ無い。ただ彼女に言われた時点で、あまりの自分の意気地の無さに嫌気が差す。
ただこの下心を持つ気持ちは出してはダメな気がしていて、ずっと抑えていた。期待してはダメだと。
美沙は少し恥ずかしそうに笑った。
「良かった」
「ごめん、本当に」
「なんで謝るんですか?」
目が合う。変に抑圧していた気持ちが溢れて、どうしようもない感覚に陥る。
「だって、こんな状況ダメじゃない?」
「良いんですよ。もう春だから」
「……そっか」
残った缶ビールを呷る。いつもより苦さを感じない気がした。
戸惑っていた。全て直に来る春を言い訳にして良いんだろうか。
そこから先の、まともに話せる様な記憶は無い。
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travelfish0112 · 1 year ago
Text
自覚
いつから日々が繰り返しになっていることに気づいたのだろう。
年明けはある種のきっかけだった。去年一年間何をしたかを思い出すための。
別に大変すぎることはなかった。むしろ順調に精神を擦り減らすことなく生きてこれた。
でも、何もしたい事をしてないし、したい事がそもそも思いつかなかった。
私生活では恋愛も無ければ何かのトラブルに巻き込まれることもなかった。友人が何人か結婚して、子供が産まれたと言う報告を聞き、心からそれを祝った。
仕事面では前からやっていた仕事を上手くこなしていった。頼まれることも信頼されることも増えていった。
そして気づけば一年が経っていた。
何か新しい事はやったのだろうか? ��。
これからワクワクする事が始まりそうか? 否。
多分飽き性なんだろう、自分は。そんな事、気づいていたはずなのに。
いや、飽き性と言うか、好きな事は凝るが、そうでもない事はそこそこにしてしまうだけ。だから今は心が動かないし、何かする気が起きない。
だから新しい事を始めよう。環境を変えよう。そんな事を思った。
そして今続けている好きなことは、長く続けられるように。
折角なんだから。ね。
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travelfish0112 · 1 year ago
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Supermarket
「何かお探しですか…?」
店員の女性が少し怪訝そうな顔をして、訊ねてきた。
「あ、いや……」
咄嗟に小さく謝ってその場を離れる。
外音取り込みを設定してるイヤホンからは、会社を出てから再生したラジオが流れている。電車を降りてスーパーに入った時はオープニングトークを終わった頃だった。今はもうオードリー春日のトークゾーンだ。
どうやら30分以上突っ立っていたらしい。
カゴには缶ビールが2缶と明日の朝メシ用のパンが入っている。そして今は醤油が並んでいる棚でぼーっと突っ立っていた。
あれ、俺何が買いたかったんだっけ。
腹は減っていた。でも何が食べたいのかが分からない。何なら昨日の夜何を食べたのか、今日の昼に入ったお店は何なのか、それすらも思い出せない。
惣菜コーナーを見てみる。並んでいる海苔弁やカツ丼などを見ても、手を伸ばそうと思えなかった。と言うか、俺何が好きだったっけ。
「あ、もしかして相馬?」
何か食わないと身体に障るしな…と思い、海苔弁を手に取った瞬間、声を掛けられた。振り向くと、そこには茶髪でダル着の男が立っていた。
「……双葉?」
「そう!久しぶりじゃん!」
10年ぶりだろうか? 大学のサークルで同級生だった双葉は、少し老けただけで、あの時と雰囲気は何も変わってなかった。
「相馬ってまだ煙草吸ってる?」
「まあ、ちょっとは」
「なら会計終わったら駅前の喫煙所行こうぜ」
そう言うと双葉はレジの方へ向かっていった。俺は胸ポケットに入った煙草の箱を開けて中身を確認する。残り10本。でも正直、いつ吸って、いつ買ってるのか覚えてない。
会計を終えてレジ袋片手に喫煙所に向かう。先に双葉はもう煙草に火を付けていた。
「お前、まだエコー吸ってんの」
「いやこれが安い中だと一番吸いやすいのよ」
双葉は煙を吐きながら笑った。このやりとり、多分10年前もしている。
「相馬さ、ちょっと頼みがあるんだけど良い?」
少し嫌な予感がした。
「金なら貸さねえけど」
「いやそんな事頼まんよ」
一本吸い終わった双葉は、吸殻をスタンドに入れて、新しい一本を取り出しながら言う。
「一緒に銀行強盗しない?」
双葉は飯を誘うようなノリでそう言った。
「は?」
馬鹿馬鹿しすぎる。そう思った。
でも、
「お前、変わらねえやつだな」
久々に笑えた。その瞬間、喉の奥に煙が入って、思わず咳き込んだ。
「あー」
良いかも。どうせこんな人生なら。
そう思った瞬間、視界の端の方から世界に色が付いてきた。
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travelfish0112 · 2 years ago
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テリトリアル
「君だから話すんだよ、こんな事」
そう笑う先輩は、紫煙を吐く。少し上を向いたから首元から鎖骨に掛けてが見えた。そこには傷痕みたいに薔薇のタトゥーが入っていた。
「一本吸う?」
そう言って先輩はセブンスターを一本僕に差し出してくれた。お言葉に甘えて、その一本を咥えて、火をつける。
さっきまで僕が吸っていたピースのガラはクシャッと潰して、ポケットに突っ込んでいた。
紫煙をゆっくり喫みこみ、吐き出す。
「セッタもたまには良いでしょ?」
「そうっすね」
僕はそう返して、またゆっくりと煙を吐く。そして、さっき先輩が言った言葉を反芻していた。
『バカみたいだよね。でも、あの人の事が好きなんだ』
僕には先輩が大変な恋愛をしているようにしか見えなかった。
先輩が好きな人は結局のところ何が本業なのかよく分からない会社の社長で、いつもクラブのVIPルームに入り浸っているような、その人が主催する六本木の店を貸し切った飲み会に行くとただただ虚しい思いをするだけのような、そんな人だった。
でも、先輩はその人の事が好きだった。
先輩の口から出てくるその人とのエピソードは到底楽しいとは思えないモノばかりだ。先輩はそれを淡々と話し、僕が聞く。
先輩は上を向いて、紫煙をゆっくり吐く。肩口まである髪がさらりと揺れて、首筋にある赫い痕が目に入る。僕はその度に嫉妬で狂いそうな気分になった。
吸い口近くまで燃えた煙草の火種を、灰皿で押し消した瞬間、先輩の目から一粒、涙が溢れた。
「あー、煙が目に」
嘘だ。でも、嘘じゃないのかも。
僕は咄嗟に、煙草を持ってない左手で涙を拭った。
すると先輩も僕の頬に手を当てた。
「君は、私と似すぎているね」
先輩の指は、少しだけ濡れていた。
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