#玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ
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『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』10刷記念、朗読とお話の会

『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』2018年1月7日の奥付日から、ちょうど6年のその日、歌人・岡野大嗣、木下龍也、ふたりによる朗読と、担当編集者を交えてのお話の会を開催いたします。10刷2万部発行記念です。 当日は、10刷の本書をご用意。twililightで購入された方には、著者二人によるサインをお入れします。
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日時:2024年1月7日(日)
開場:10時 開演:10時30分 終演:11時45分
会場:twililight(東京都世田谷区太子堂4-28-10鈴木ビル3F/三軒茶屋駅から徒歩5分)
出演:岡野大嗣、木下龍也、村井光男
定価:1500円+1ドリンク
定員:22名さま
配信:当日、参加できない方もXのスペースで同時配信して、アーカイブも一定期間公開いたします。配信は無料です。ただし、当日の機材の不調などで配信ができない場合、または音声が聞き取りづらい場合もございます。ご了承ください。当日の配信アカウントはこちらです。Xの木下龍也アカウント @kino112
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*定員に達したのでキャンセル待ちの受付になります!
件名を「『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』10刷記念、朗読とお話の会」
として、お名前(ふりがな)・お電話番号・ご予約人数を明記の上、メールをお送りください。
*このメールアドレスが受信できるよう、受信設定のご確認をお願い致します。2日経っても返信がこない場合は、迷惑フォルダなどに入っている可能性がありますので、ご確認ください。
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岡野大嗣(おかの・だいじ)

1980年大阪府生まれ。歌集に『サイレンと犀』、『たやすみなさい』、『音楽』、『うれしい近況』がある。共著に『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』(木下龍也)、『今日は誰にも愛されたかった』(谷川俊太郎、木下龍也)。反転フラップ式案内表示機と航空障害灯をこよなく愛する。
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木下龍也(きのした・たつや)

1988年山口県生まれ。歌集に『つむじ風、ここにあります』、『きみを嫌いな奴はクズだよ』、『オールアラウンドユー』、『荻窪メリーゴーランド』(鈴木晴香との共著)、短歌入門書『天才による凡人のための短歌教室』など。近刊は谷川俊太郎との共著『これより先には入れません』。同じ���に二度落ちたことがある。
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村井光男(むらい・みつお)

1976年東京都生まれ。2008年ナナロク社を創業。詩歌の本を中心に、写真集・アートブックなどの刊行でも注目を集める。刊行書籍すべての編集、または制作を担当。
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『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』 男子高校生ふたりの視点で紡がれた、七月一日から七夕までの七日間の物語歌集。ひとつひとつの歌は物語の断片を彩りながら、その強い光を放つ。日常から徐々に滲みだす青春の濁りを、217首の歌が描きだします。ふたりがむかえる七日間の結末とは。本書をぜひ開いてください。
著者:木下龍也、岡野大嗣 挿込小説:舞城王太郎 装画写真:森栄喜 装丁:大島依提亜 刊行:2018年1月7日 定価:1400円+税
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岡野大嗣と木下龍也の歌会


日程:2025年3月16日(日)
会場:twililight(東京都世田谷区太子堂4-28-10鈴木ビル3F /三軒茶屋駅徒歩5分)
*朝の歌会は定員に達したので、キャンセル待ちの受付になります!
「朝の歌会」テーマ「i」
開場:10時 開演:10時30分
定員:14名さま
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*夜の歌会は定員に達したので、キャンセル待ちの受付になります!
「夜の歌会」テーマ「余分」
開場:19時 開演:19時30分
定員:14名さま
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塗固められたコンクリートの壁も、短歌があれば、大切な記憶を映し出す窓に変わる。
取りこぼしてきた日々の感情も、歌に詠むことができれば、わたしを支える力になる。
では、どうすればいい短歌を作ることができるのか。
まずは、やってみましょう。
そしてその短歌を、岡野大嗣さんと木下龍也さんという現代短歌のトップランナーであるお二人に講評していただきます。
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《料金》
3000円+1ドリンクオーダー
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《予約》
*朝と夜、共に定員に達しましたので、キャンセル待ちの受付になります。
件名を「岡野大嗣と木下龍也の歌会」として、お名前(ふりがな)・お電話番号・ご予約人数・参加希望の会(朝の歌会 or 夜の歌会)を明記の上、メールをお送りください。
*このメールアドレスが受信できるよう、受信設定のご確認をお願い致します。2日経っても返信がこない場合は、迷惑フォルダなどに入っている可能性がありますので、ご確認ください。
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《投稿》
参加予約は先着順になります。予約完了メールを受け取った方は、3月12日(水)までに、参加する歌会のテーマ(朝の歌会は「i」、夜の歌会は「余分」)にそった短歌をメールでお送りください。当日、お二人に講評していただきます。
件名を「歌会投稿」として、お名前(筆名)・短歌を明記の上、メールをお送りください。
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《プロフィール》
岡野大嗣(おかの・だいじ)

1980年大阪生まれ。2014年に第1歌集『サイレンと犀』(書肆侃侃房)を刊行。18年に木下龍也との共著『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』、19年に谷川俊太郎と木下龍也との共著『今日は誰にも愛されたかった』(ともにナナロク社)、第2歌集『たやすみなさい』(書肆侃侃房)、21年に第3歌集『音楽』(ナナロク社)、23年に第4歌集『うれしい近況』(太田出版)、24年に短歌×散文集『うたたねの地図 百年の���休み』(実業之日本社)、『時の辞典 365日の短歌』(ライツ社)。NHK Eテレ「NHK短歌」2023年度選者。
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木下龍也(きのした・たつや)

1988 年山口県生まれ。歌人。 2013年に第1歌集『つむじ風、ここにあります』を刊行。16年に第2歌集『きみを嫌いな奴はクズだよ』(共に書肆侃侃房)、23年に鈴木晴香との共著『荻窪メリーゴーランド』(太田出版)、22年に第3歌集『オールアラウンドユー』(ナナロク社)。他の著書に岡野大嗣との共著『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』、谷川俊太郎と岡野大嗣との共著『今日は誰にも愛されたかった』、谷川俊太郎との共著『これより先には入れません』、『天才による凡人のための短歌教室』、『あなたのための短歌集』(すべてナナロク社)、『すごい短歌部』(講談社)がある。NHK Eテレ「NHK短歌」2025年度選者。
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2024.7.18
女の細長い指が自らの足を這うのを眺めていた。つややかな黒髪が女の痩せた肩口で溜まって、部屋の灯りを反射して光る。わたしの小作りな足の爪が、女の手で鮮烈に赤く塗られていく。彼女とは同い年なのだけれど、あまりに体の造作が違うものだから、我ながらなにか倒錯的な感じがする。
「塗ってみるとなんか、ちがうかも。」
「そお?」
女は俯けていた顔を上げる。ややするどい、きつめな眼差しがやさしげに細められている。これが彼女の好きな女に向ける表情なのだと毎��のように思う。この手の表情のつくりかたをする女ばかり好きになる。わたしには不相応だと感じる。不相応でもほしいものはほしいわけだから、しかたのないことだ。
「じゃあ塗り直すね。何色がいい?」
彼女はきれいに並べられたマニキュアの瓶を指でなぞる。わたしに似合うと思う色。そう答えると、彼女は悩ましげに首を傾げた。
「なんでも似合うもの。困るなあ、……やっぱり、ピンク?」
「じゃあそれで、お願い。」
彼女はわたしの爪を一本一本ていねいにコットンで拭う。彼女の指先はすこし荒れていて、除光液はしみるだろうに眉ひとつしかめない。痩せぎすの体にふさわしい、ひょろりと長い指をした薄い手だ。わたしの力でも折れてしまいそうだと思う。じっさい彼女は、わたしが彼女を害そうとしてもいっさい抵抗をしないだろう。
夜更けのココアにはラム酒を入れるのが好きだ。金色の液体がとろとろとマグカップに注がれるさまが良い。やけどするくらい熱くて、どろどろに濃いココアでなくてはいけない。彼女は明日も早いのに、わたしに付き合って同じものを口にする。
「ありがとう。寝たっていいのに。」
「すなちゃんと過ごす時間が一日で一番大事なの。」
彼女の目が愛しそうに、困ったようにわたしを映す。もちろん嬉しいのだけれど、わたしの小さな、薄っぺらな身には余るわけだ。
「わたし、明日は遅いよ。」
彼女の両の手が、大切そうにマグカップを包んでいる。細く乾いた、節の目立つ彼女の手は、わたしのそれよりは大きいわけだけれど、あまりに華奢なものだから、大きさを感じさせない。疲れた頼りなげな手だ。
「知ってる。待ってるね。」
薄い唇が弓なりに引き伸ばされる。彼女の痛ましい笑顔がわたしはすこし苦手だ。下がった眉はやさしげなのにわたしを責めているみたいだと思う。弱さの��用意な露出というのは、一種の攻撃だ。彼女はわたしを相手にしているから見せている弱みなのだろうけれど。こっそりと溜息をついた。
わたしの傾向として、健気で愛らしくて、むき身で生きていそうな人を好きになるけれど、わたしとおなじくらいにずるくてだめな人でないと疲弊するということを、それなりに昔から自覚している。
とはいえままならないのが恋である。
マグカップのなかみを飲み干す彼女の華奢な喉仏がうごくのを眺めていた。あとで首でも絞めてやろうと思った。
半地下の薄暗いカフェバーがいまのわたしの職場である。店内にはコーヒーと煙草の匂いがしみついて、はいるたびいくつか歳をとったような気分になる。嫌いな匂い��いうわけではないのだけれど、不特定多数の副流煙を浴びるというのはけっして気持ちのいいことではない。髪をきっちりと括って、制服のエプロンの紐を縛った。そう賑わっているわけでもなく、常通り暇な夜だった。暇な夜はねむたくて、彼女のことを少しだけ考える。
わたしが仕事を終えて帰るのは4時ごろになるけれど、ちゃんと眠れているだろうか。電気もつけずに暗い部屋で、じいっとその充血した目だけひからせて、ひたすらに佇んでいるのだろうか。2時間ほどの浅い眠りの果てに、音をたてないようにひっそりと部屋を出ていくのだろうか。インスタントコーヒーの湯気に、疲労のにじむ深い溜息を隠すのだろうか。
なぜだか今すぐ彼女に会いたいと思った。
「このケーキ、もし余ったら持って帰ってもいいですか。」
チェリーパイを指し示して言う。そもそもケーキは夜中にそんなに出るものではないし、消費期限に問題がないからというのと、店の華として昼過ぎから出しっぱなしにされているだけだ。
「ああもちろん、そうしたら、佐弓さんのぶん、もうとっておいていいよ。ほかにほしいのあったらとっていいし。」
店長は柔和なほほえみを浮かべた。これで経営をやっていけるものかと思うほどに、ひとの好さそうに穏やかなひとだ。まなじりのしわが照明をうけてじっさい以上に深くみえる。
「夜にあんまり食べると肥っちゃうので……、一緒に住んでる子のぶんもふたつ、頂いてきます。」
パイのそばに添えられたケーキサーバーをつかんで、二切れをテイクアウト用のプラスティックの容器に載せた。裏の冷蔵庫にはこぶ。彼女の好物が余っていてよかったと思った。わたしが特段好きだというわけではないのだけれど、彼女は一緒にとかおそろいとか、そういったことに特別の意味を見出す性質の女だから、気まぐれにすこしでも喜ばせてやろうと思ったのだ。わたしとしては、この店でいちばん美味いのは一切れですっかり酔っ払えてしまうくらいに甘く重たいサバランだと思っている。そのことは彼女も知っている。
常通りの退屈な勤務を終えて、エプロンの紐をほどいた。夜道を歩くのは好きだ。人間じゃない、なにかべつのいきものになったような心地がする。地上でそう感じるということは、かつてわたしがそうであったそれとは確実に違うなにかだろう。酔っぱらいの喧騒を聞きながら、踊るような足をそうっと踏み出して静かに歩いた。涼しい風のなかでアスファルトがやわらかい心地すらした。
鍵穴に鍵をさし入れると、すぐに室内から足音がきこえた。鍵を回す。立て付けの悪いドアは、いつも怒っているのかと思うくらい乱暴な音を立てて開く。暗い玄関に、彼女の白い細面が浮かび上がる。
「おかえり。」
「寝ていていいのに。」
「うん、少し眠っていたみたいで、鍵の音で起きたの。」
よく見れば彼女の唇の端にはわずかに涎のあとがある。髪は無防備に乱れていて、帰って服を脱いだままらしく下着しか身につけていない。骨の構造が一目で窺えるくらいに薄っぺらな胸元があらわだ。
「……ちゃんとベッドで寝てていいのに。」
うん。彼女は童女じみて肯いた。夢の残滓として寝ぼけた口調ながらにうれしそうで、わたしは彼女を少し憐れんだ。こんな女が帰ってきて喜ぶなんて。……いや、好きな相手が自分のもとに帰ってきたら嬉しいし、好きな女の「好きな相手」であることも嬉しいことであるはずだ。
彼女に抱きしめられて、そして居室にはいる。満ち足りている。狭く薄暗い部屋は、かすかにバニラの匂いがする。好きなはずだ。愛おしいとは、思う。
「ケーキもらってきたよ。食べる?」
ケトルのスイッチをいれながら訊く。首肯する彼女を横目に紅茶の缶を覗くと、茶葉はもう残っていなかった。しかたなしにインスタントコーヒーを取り出す。
「牛乳?」
「すなちゃんと、おなじの。」
マグカップふたつをコーヒーで満たして、そのかたわれを彼女に渡す。容器をあけて、キッチンの抽斗からフォークを二本取り出す。コーヒーも濃いほうが好きだ。たっぷりの砂糖とミルクを入れるのが好きだけれど、今日は甘いものだからブラックでいい。
プラスティックの容器のままに、二人でチェリーパイをつつく。
「好きなの、覚えててくれたんだ。」
彼女はパイを頬張りながら、嬉しそうに笑みを浮かべる。笑い慣れていないことがよくわかる、いかにも不器用な笑顔である。彼女は一方的にわたしを好いていると思っている節がある。それならば、それでいいけれど。彼女がどう思うかだなんて、わたしにどうすることができるものでもないから、彼女がいいなら、もう、いい。
「もちろん。」
一緒にシャワーを浴びる。すこし痩せたかと思う。言及はしない。疲れているのはわかりきっている。彼女はねむたげに、しかし優しい手つきでわたしの髪を乾かす。わたしもというと、今日はめずらしく受け入れた。彼女の髪を撫でると、細く乾いたそれがわたしに絡みつくみたいだった。ドライヤーは重たくて好きじゃない。
床に就く。空が白みはじめるころ、彼女にかたく抱きしめられて目が覚めた。閉じられた瞼の下、彼女の瞳はなにも映さずに、ただ眉根が悲しそうに顰められている。
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2頁
また今日も残業だった。クソ上層部のクソ女との接待。俺がテメェみてぇな女好きになるかよ。アイツのキツい薔薇とホワイトリリーの香水の匂いがまだする。吐き気がする。
深夜1時。外は雪がちらつき、空は雪が街の光に反射してか薄明るい。そのせいで回りがよく見える。歩いているのは俺一人。足跡も俺の後以外には雪が覆ったんだろう、見当たらない。頭に雪を散らし、疲れ切った男が一人ただ家路に向かっている。それだけの悲しい風景。
雪が浅く積もった階段を、重い足を引きずりながら3階まで上がる。一段、一段上がる事に口から湯気が立っては消えを繰り返す。手すりを掴む手は凍え、痛みさえある。やっと自宅の所々赤錆びたドアの前に着いた。換気扇からまた別の匂いがしている。
ホワイトムスクの匂い。これは嫌いでは無い匂い。
そして微かな血………生臭く、錆びた、喉に張り付き締め付けるような…同棲者からよくする、もう嗅ぎなれた匂い。
凍える手でベルトに付いた小物入れから家の鍵を探し出し、少し回しにくくなった鍵穴に差し込む。5、6回揺らしただろうか、スンと鍵が回りその勢いに体が傾く。
「ただいまぁ。帰ったで」
玄関で革靴を脱ぎ廊下に上がる。寝室から明るい光とゲームの音が漏れている。また遊んでる。こちとら散々疲れてやっとこさ帰ってもう1時だってのに。腹は空いたわ、眠いは、風呂入りたいわ…。廊下は冷たく、棒になり感覚が薄れた足裏に痛みという感覚を取り戻させた。ため息を吐きつつキッチンを抜け、寝室を開ける。
「おかえり。遅かったねー」
ソファーに腰かけこっちをチラリとも見ずにテレビ画面を凝視し、コントローラーをポチポチしている「嫁」がいた。
鼬。俺の親友兼嫁である。人生どういう事か俺は股間に逸物の付いている人間と籍を入れたのだ。
白銀の腰程までに長い髪。異様なまでに整った中性的な顔。長い睫毛。細い指としなやかで柔らかい、筋肉があまりない女性的な身体。余りにも綺麗で魅入ってしまう高価な人形の様な見た目。それなのに俺の前だと何を言ってるのかさっぱり分からない宇宙人になる。いっそ自分は金星人だと言ってくれれば俺は納得するだろう。あぁ、実に勿体ない。
「血の匂い。残っとる」
「狼ちゃんは鼻ええよね。ウチわからんで」
声を返すもテレビの画面を見たまま。俺の疲れ切った顔をちらりとも見ずに。
「ゲーム、止めろよ」
「ちょっとまって今セーブ出来るとこ行ってるから…。はい。終わり。お疲れ様ー。ご飯あっためるね。お風呂も沸かし直してくる。そ��間に別データの雑魚狩りしてくれると嬉しい…けどその顔、怒ってる?」
眉間にシワが寄っているのに気が付いた。怒ってる?あたりめーだろ。のんきにゲームしやがって。キレてるよ。黙ってソファに座って手袋を脱ぎ、ポケットに捻じ入れる。手際よく目の前のテーブルにお茶、箸、白米、卵スープ、空芯菜の炒め物、回鍋肉が並べられる。食欲をそそる匂い。ついがっつく。だが回鍋肉にレンジの熱が行き渡っていないのか冷たい所がある。噛む度に熱すぎる所と冷えきった所が口の中で場所を取り合い、とても不快に感じる。イライラが募る。
「風呂出来た。んじゃ、ゲームしてるから。お風呂は抜いて洗っといて。んで先寝てて」
俺はゲームより存在下なのかよ。脱衣所で服を脱ぎながら自分の情けなさに辛くなった。タオルを取り、鉛のように重くなった腕で体を洗うのは面倒だと感じながらも、なんとか体を洗い終えた。ピンク色のラベンダーの匂いの湯船から湯��が上がっている。色も匂いも嫌いだ。しかも長い髪の毛が1本浮いている。なんで最後に取らないんだ。湯船に浸かった胸にピチャリとその髪が張り付く。つまみとり浴槽の縁に貼りつけようとするも指に白銀の髪がまとわりつきなかなか取れない。諦めてその指を浴槽に沈めた。
このまま寝てしまいそうだ。しかし寝ぼけて溺死するのはあほらしいので渋々浴槽から出た。栓を抜き、いつの間にか指から離れたあの忌々しい髪の毛は排水溝に渦を巻いて意図も簡単に吸い込まれていくのが見えた。そのまま海まで流されろ。
柔らかいバスタオルで体を拭き、畳まれたいつものルームウェアに着替える。サングラスはなく眼鏡が畳まれてタオルの上に置いてある。人のものかってに触るなよ。髪を乾かし、重い足を引きずってどうにかソファーまで辿り着き、横になる。同居人はまだフローリングに座り、のんびりとゲームをしている。それを横目に見ていているとさらにイライラが増していく。
いつの間にか睡魔に襲われる。重い瞼を閉じかけた時、鼬がソファーに手をかけて覗き込んできた
「狼ちゃん、お疲れ様。…まだ怒ってるん?何に?」
何?何っててめぇの中途半端な家事やゲームばっかりやってる態度にだよ。本当は俺の事どうでもいいんだろ。俺はお前が言う理想を演じ続けてるだけだしな。昔のひ弱だった「オレ」なんか嫌いなんだろ。…俺はあの頃と変わっちゃいない。どうせお前は「オレ」を見てない。「オレの全部」を。そんなお前の態度や言葉や…全部。全部が腹立たしい
「全部」
「全部か…。そっか。ごめんね。いつも完璧じゃなくて」
「完璧を求めてんじゃねーよ!お前さ、俺に色々指示だけしやがって。んでなんだ?自分は遊んでばっか、我儘三昧か?俺の事少しでも考えた事あるんか!?…どうせ『オレ』の事どうでもいいんやろ」
「狼ちゃん、ウチってそんなに…本当に狼ちゃんの事、少しも考えてないように見える?本当にどうでもいいなんて…考えてるように思える?」

鼬の口が固く結ばれて、手は震えている。金と紫のガラス玉の様な眼には雫が溜まり始めて、1粒俺の左手の甲に落ちた。その冷たい雫に我に返る。雫が心にしみていく。怒りは徐々に静まり焦りが生まれる。そして気が付く。俺の言葉はナイフになって鼬の心を刺してしまった。そのナイフの柄を持っているのは俺だ。俺は…
また俺は鼬を泣かせてしまった。
俺のことを少ししか考えてない?どうでもいいように思ってる?軽率な言葉だったかもしれない。 そうだ。飯は作ってあった。飯食った後に直ぐに風呂も入れた。風呂に入ってる間に服は仕舞われて、着替えと眼鏡は出してある。俺が気がついてないだけでまだ沢山気を遣われてる。
きっと鼬ちゃんは俺が計り知れない程に「俺」も「オレ」の事も考えている。
「…泣くなよ。鼬ちゃん、俺の事思ってくれてるんだよな。俺、家帰って何から何まで鼬ちゃんにしてもうてた…。それやのに酷い事言ってしまった…ごめん。鼬ちゃんも疲れとるのに…俺の事思ってくれて、しかも疲れてるのを気遣って全部面倒見てくれて、…ありがとう」
鼬は赤くなった目を丸くしてる。両手で顔をぐしぐし拭いさる。そこには涙が止まり頬を赤らめたなんとも愛らしい笑顔があった。少し驚いたし腹の当たりがじんわり熱くなった。 俺、やっぱり鼬ちゃんの事好きなんだな。
「んへへ、狼ちゃんが分かってくれて凄く嬉しいです!あのさ、嫌じゃなかったら…今日は一緒に寝る?」
霜の降りた窓からは、雪が降っているのが見える。月光は部屋に差し込みベッドに柔らかな光の毛布を敷く。狭いベッドに大人二人。窮屈だが握ったその手は暖かかった。
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倒れないようにケーキを持ち運ぶとき人間はわずかに天使
「玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ 」岡野大嗣 共著:木下 龍也(ナナロク社)
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【QN】ある館の惨劇
片田舎で依頼をこなした、その帰り道。 この辺りはまだ地方領主が収めている地域で、領主同士の小競り合いが頻発していた。 それに巻き込まれた領民はいい迷惑だ。慎ましくも回っていた経済が滞り、領主の無茶な要求が食糧さえも減らしていく。 珍しくタイミングの悪い時に依頼を受けてしまったと、パティリッタは浮かない顔で森深い峠を貫く旧道を歩いていた。
「捨てるわけにもなぁ」 革の背負い袋の中には、不足した報酬を補うためにと差し出されたパンとチーズ、干し肉、野菜が詰まっている。 肩にのしかかる重さは見過ごせないほどで、おかげで空を飛べない。 ただでさえ食糧事情の悪い中で用意してもらった報酬だから断りきれなかったし、食べるものを捨てていくというのは農家の娘としては絶対に取れない選択肢だ。 村に滞在し続ければ領主の争いに巻き込まれかねないし、結局考えた末に、しばらく歩いてリーンを目指すことに決めた。 2,3日この食料を消費しつつ過ごせば、この"荷物"も軽くなるだろうという見立てだ。
この道はもう、殆ど利用されていないようだ。 雑草が生い茂り、嘗ての道は荒れ果てている。 鳥の声がした。同じ空を羽ばたく者として大抵の鳥の声は聞き分けられるはずなのに、その声は記憶にない。 「うげっ」 思わず空を仰げば、黒く分厚い雨雲が広がり始めているのが見えた。 その速度は早く、近いうちにとんでもない雨が降ってくるのが肌でわかった。
「うわ、うわ! 待って待って待って��� 小雨から土砂降りに変わるまで、どれほどの時間もなかったはずだ。 慌てて雨具を身に着けたところでこの勢いでは気休めにもならない。 次の宿場まではまだ随分と距離がある。何処か雨宿りできる場所を探すべきだと判断した。 曲がりなりにも街道として使われていた道だ、何かしら建物はあるはずだと周囲を見渡してみると、木々の合間に一軒の館を見つけることができた。 泥濘み始めた地面をせっせと走り、館の玄関口に転がり込む。すっかり濡れ鼠になった衣服が纏わり付いて気持ちが悪い。
改めて館を眺めてみた。立派な作りをしている。前庭も手入れが行き届いていて美しい。 だが、それが却って不審さを増していた。
――こんな場所に、こんな館は不釣り合いだ、と。思わずはいられなかったのだ。
獅子を模したドアノッカーを掴み、館の住人に来客を知らせるべく扉に打ち付けた。 しばらく待ってみるが、応答はない。 「どなたかいらっしゃいませんかー!?」 もう一度ノッカーで��を叩いて、今度は声も上げて見たが、やはり同じだった。 雨脚は弱まるところを知らず、こうして玄関口に居るだけでも雨粒が背中を叩きつけている。 季節は晩秋、雨の冷たさに身が震えてきた。 無作法だとはわかっていたが、このままここで雨に晒され続けるのも耐えられない。思い切って、ドアを開けようとしてみた。 「……あれ」 ドアは、引くだけでいとも簡単に開いた。 こうなると、無作法を働く範囲も思わず広がってしまうというものだ。 とりあえず中に入り、玄関ホールで家人が気づいてくれるのを待とうと考えた。
館の中へ足を踏み入れ、後ろ手に扉を閉める。背負い袋を床におろし、一息ついた。 玄関ホールはやけに薄暗い。扉を締めてしまえばいきなり夜になってしまったかのようだ。 「……?」 暗闇に目が慣れるにつれ、ホールの中央に何かが転がっていることに気づいた。 「えっ」 それが人間だと気づくのに、少し時間が必要だった。 「ちょっ、大丈夫で――」 慌てて声をかけて跪き命の有無を確かめようとする。 「ひっ」 すぐに答えは出た。あまりにもわかりやすい証拠が揃っていたためだ。 その人間には、首が無かった。 服装からして、この館のメイドだろう。悪臭を考えるに、この死体は腐りかけだ。 切断された首は辺りには見当たらない。 玄関扉に向かってうつ伏せに倒れ、背中には大きく切り裂かれた痕。 何かから逃げようとして、背中を一撃。それで死んだか、その後続く首の切断で死んだか、考えても意味がない。 喉まで出かかった悲鳴をなんとか我慢して、立ち上がる。本能が"ここに居ては危険だ"と警鐘を鳴らしていた。 逃げると決めるのに一瞬で十分だった。踵を返し、扉に手をかけようとした。
――何かが、脚を掴んだ。 咄嗟に振り向き、そして。 「――んぎやゃあぁあぁぁぁあぁぁぁああぁッッッ!!!???」 パティリッタは今度こそあらん限りの絶叫をホールに響かせた。
「ふざっ、ふざけっ、離せこのっ!!!」 脚を掴んだ何か、首のないメイドの死体の手を思い切り蹴りつけて慌てて距離をとった。弓矢を構える。 全力で弦を引き絞り、意味があるかはわからないが心臓に向けて矢を立て続けに三本撃ち込んだ。 幸いにもそれで相手は動きを止めて、また糸の切れた人形のように倒れ伏す。
死んだ相手を殺したと言っていいものか、そもそも本当に完全に死んだのか、そんな物を確認する余裕はなかった。 雨宿りの代金が己の命など冗談ではない。報酬の食糧などどうでもいい。大雨の中飛ぶのだって覚悟した。 玄関扉に手をかけ、開こうとする。 「な、なんでぇ!?」 扉が開かない。 よく見れば、扉と床にまたがるように魔法��が浮かび上がっているのに気づいた。魔術的な仕組みで自動的な施錠をされてしまったらしい。 思い切り体当りした。びくともしない。 鍵をこじ開けようとした。だがそもそも、鍵穴や閂が見当たらない。 「開��けーてー! 出ーしーてー!! いやだー!!! ふざけんなー!!!」 泣きたいやら怒りたいやら、よくわからない感情に任せて扉を攻撃し続けるが、傷一つつかなかった。 「ぜぇ、えぇ……くそぅ……」 息切れを起こしてへたり込んだ。疲労感が高ぶる感情を鎮めて行く中、理解する。 どうにかしてこの魔法陣を解除しない限り、絶対に出られない。
「考えろ考えろ……。逃げるために何をすればいいか……、整理して……」 どんなに絶望的な状況に陥っても、絶対に諦めない性分であることに今回も感謝する。 こういう状況は初めてではない。今回も乗り切れる、なんとかなるはずだと言い聞かせた。 改めて魔法陣を確認した。これが脱出を妨げる原因なのだ。何かを読み取り、解錠の足がかりを見つけなければならない。 指でなぞり、浮かんでいる呪文を一つずつ精査した。 「銀……。匙……。……鳥」 魔術知識なんてない自分には、この三文字を読み取るので精一杯だった。 だが、少なくとも手がかりは得た。
立ち上がり、もう一度ホールを見渡した。 首なしメイドの死体はもう動かない。後は、館の奥に続く通路が一本見えるだけ。 「あー……やだやだやだ……!!」 悪態をつきながら足を進めると、左右に伸びる廊下に出た。 花瓶に活けられた花はまだ甘い香りを放っているが、それ以上に充満した腐臭が鼻孔を刺す。 目の前には扉が一つ。まずは、この扉の先から調べることにした。
扉の先は、どうやら食堂のようだった。 食卓である長机が真ん中に置いてあり、左の壁には大きな絵画。向こう側には火の入っていない暖炉。部屋の隅に置かれた立派な柱時計。 生き物の気配は感じられず、静寂の中に時計のカチコチという音だけがやけに響いている。 まず、絵画に目が行った。油絵だ。 幸せそうに微笑む壮年の男女、小さな男の子。その足元でじゃれつく子犬の絵。 この館の住民なのだろうと察しが付いた。そしてもう、誰も生きてはいないのだろう。 続いて、食卓に残ったスープ皿に目をやった。 「うえぇぇっ……!」 内容物はとっくに腐って異臭を放っている。しかし異様なのは、その具材だ。 それはどう見ても人の指だった。 視界に入れないように視線を咄嗟に床に移すと、そこで何かが輝いたように見えた。 「……これ!」 そこに落ちていたのは、銀のスプーンだ。 銀の匙。もしかすると、これがあの魔法陣の解錠の鍵になるのではないかと頬を緩めた。 しかし、丹念に調べてみると��のスプーンは外れであることがわかり、肩を落とす。 持ち手に描かれた細工は花の絵柄だったのだ。 「……待てよ」 ここが食堂ということは、すぐ近くには調理場が設けられているはずだ。 ならば、そこを探せば目的の物が見つかるかもしれない。 スプーンは手持ちに加えて、逸る気持ちを抑えられずに調理場へと足を運んだ。
予想通り、食堂を抜けた先の廊下の目の前に調理場への扉があった。 「うわっ! ……最悪っ」 扉を開けて中へ入れば無数のハエが出迎える。食糧が腐っているのだろう。 鍋もいくつか竈に並んでいるが、とても覗いてみる気にはなれない。 それより、入り口すぐに設置された食器棚だ。開いてみれば、やはりそこには銀製の食器が収められていた。 些か不用心な気もするが、厳重に保管されていたら探索も面倒になっていたに違いない。防犯意識の低いこの館の住人に感謝しながら棚を漁った。 「……あった!」 銀のスプーンが一つだけ見つかった。だが、これも外れのようだ。 意匠は星を象っている。思わず投げ捨てそうになったが、堪えた。 まだ何処かに落ちていないかと探してみるが、見つからない。 「うん……?」 代わりに、メモの切れ端を見つけることができた。
"朝食は8時半。 10時にはお茶を。 昼食・夕食は事前に予定を伺っておく。
毎日3時、お坊ちゃんにおやつをお出しすること。"
使用人のメモ書きらしい。特に注意して見るべきところはなさそうだった。 ため息一つついて、メモを放り出す。まだ、探索は続けなければならないようだ。 廊下に出て、並んだ扉を数えると2つある。 一番可能性のある調理場が期待はずれだった以上、虱潰しに探す必要があった。
最も近い扉を開いて入ると、小部屋に最低限の生活用品が詰め込まれた場所に出た。 クローゼットを開けば男物の服が並んでいる。下男の部屋らしい。 特に発見もなく、次の扉へと手をかけた。こちらもやはり使用人の部屋らしいと推察ができた。 小物などを見る限り、ここは女性が使っていたらしい。 あの、首なしメイドだろうか。 「っ……!」 部屋には死臭が漂っていた。出どころはすぐにわかる。クローゼットの中からだ。 「うあー……!」 心底開きたくない。だが、あの中に求めるものが眠っている可能性を否定できない。 「くそー!!」 思わずしゃがみこんで感情の波に揺さぶられること数分、覚悟を決めて、クローゼットに手をかけた。 「――っ」 中から飛び出してきたのは、首のない死体。
――やはり動いている!
「だぁぁぁーーーっ!!!」 もう大声を上げないとやってられなかった。 即座に距離を取り、やたらめったら矢を撃ち込んだ。倒れ伏しても追撃した。 都合7本の矢を叩き込んだところで、死体の様子を確認する。動かない。 矢を回収し、それからクローゼットの中身を乱暴に改めた。女物の服しか見つからなかった。 徒労である。クローゼットの扉を乱暴に閉めると、部屋を飛び出した。 すぐ傍には上り階段が設けられていた。何かを引きずりながら上り下りした痕が残っている。 「……先にあっちにしよ」 最終的に2階も調べる羽目になりそうだが、危険が少なそうな箇所から回りたいのは誰だって同じだと思った。 食堂前の廊下を横切り、反対側へと抜ける。 獣臭さが充満した廊下だ。それに何か、動く気配がする。 選択を誤った気がするが、2階に上がったところで同じだと思い直した。 まずは目の前の扉を開く。 調度品が整った部屋だが、使用された形跡は少ない。おそらくここは客室だ。 不審な点もなく、内側から鍵もかけられる。必要であれば躰を休めることができそうだが、ありえないと首を横に振った。 こんな化け物だらけの屋敷で一寝入りなど、正気の沙汰ではない。 すぐに踵を返して廊下に戻り、更に先を調べようとした時だった。
――扉を激しく打ち開き、どろどろに腐った肉体を引きずりながら犬が飛び出してきた! 「ひぇあぁぁぁーーーっ!!!???」 素っ頓狂な悲鳴を上げつつも、躰は反射的に矢を番えた。 しかし放った矢がゾンビ犬を外れ、廊下の向こう側へと消えていく。 「ちょっ!? えぇぇぇぇっ!!!」 二の矢を番える暇もなく、ゾンビ犬が飛びかかる。 慌てて横に飛び退いて、距離を取ろうと走るもすぐに追いつかれた。 人間のゾンビはあれだけ鈍いのに、犬はどうして生前と変わらぬすばしっこさを保っているのか、考えたところで答えは出ないし意味がない。 大事なのは、距離を取れないこの相手にどう矢を撃ち込むかだ。 「ほわぁー!?」 幸い攻撃は読みやすく、当たることはないだろう。ならば、と足を止め、パティリッタはゾンビ犬が飛びかかるのを待つ。 「っ! これでっ!!」 予想通り、当たりもしない飛びかかりを華麗に躱したその振り向きざま、矢を放った。 放たれた矢がゾンビ犬を捉え、床へ縫い付ける。後はこっちのものだ。 「……いよっし!」 動かなくなるまで矢を撃ち込み、目論見がうまく行ったとパティリッタはぴょんと飛び跳ねてみせた。 ゾンビ犬が飛び出してきた部屋を調べてみる。 獣臭の充満した部屋のベッドの上には、首輪が一つ落ちていた。 「……ラシー、ド……うーん、ということは……」 あのゾンビ犬は、この館の飼い犬か。絵画に描かれていたあの子犬なのだろう。 思わず感傷に浸りかけて、我に返った。
廊下に残った扉は一つ。最後の扉の先は、納戸のようだ。 いくつか薬が置いてあっただけで、めぼしい成果は無かった。 こうなると、やはり2階を探索するしかない。 「なんでスプーン探すのにこんなに歩きまわらなきゃいけないんだぁ……」
慎重に階段を登り、2階へ足を踏み入れた。 まずは今まで通り、手近な扉から開いて入る。ここは書斎のようだった。 暗闇に目が慣れた今、書斎机に何かが座っているのにすぐ気づいた。 本来頭があるべき場所に何もないことも。 服装を見るに、この館の主人だろう。この死体も動き出すかもしれないと警戒して近づいてみるが、その気配は無かった。 「うげぇ……」 その理���も判明した。この死体は異常に損壊している。 指もなく、全身至るところが切り裂かれてズ��ズタだ。明確な悪意、殺意を持っていなければこうはならない。 「ほんっともう、やだ。なんでこんなことに……」 この屋敷に潜んでいるかもしれない化け物は、殺して首を刈るだけではなく、このようななぶり殺しも行う残忍な存在なのだと強く認識した。 部屋を探索してみると、机の上にはルドが散らばっていた。これは、頂いておいた。 更に本棚には、この館の主人の日記帳が収められていた。中身を検める。
その中身は、父親としての苦悩が綴られていた。 息子が不死者の呪いに侵され、異形の化け物と化したこと。 殺すのは簡単だが、その決断ができなかったこと。 自身の妻も気が触れてしまったのかもしれないこと。 更に読み進めていけば、気になる記述があった。 「結界は……入り口のあれですよね。ここ、地下室があるの……?」 この館には地下室がある。その座敷牢に異形の化け物と化した息子を幽閉したらしい。 しかし、それらしい入り口は今までの探索で見つかってはいない。別に、探す必要がなければそれでいいのだが。 「最悪なのはそのまま地下室探索コースですよねぇ……。絶対やだ」 書斎を後にし、次の扉に手をかけてみたが鍵がかかっていた。 「ひょわぁぁぁっ!?」 仕方なく廊下の端にある扉へ向かおうとしたところ、足元を何かが駆け抜けた。 なんのことはないただのネズミだったのだが、今のパティリッタにとっては全てが恐怖だ。 「あーもー! もー! くそー!」 悪態をつきながら扉を開く。小さな寝台、散らばった玩具が目に入る。 ここは子供部屋のようだ。日記の内容を考えるに、化け物になる前は息子が使用していたのだろう。 めぼしいものは見当たらない。おもちゃ箱の中に小さなピアノが入っているぐらいで、後はボロボロだ。 ピアノは、まだ音が出そうだった。 「……待てよ……」 弾いたところで何があるわけでもないと考えたが、思い直す。 本当に些細な思いつきだった。それこそただの洒落で、馬鹿げた話だと自分でも思うほどのものだ。
3つ、音を鳴らした。この館で飼われていた犬の名を弾いた。 「うわ……マジですか」 ピアノの背面が開き、何かが床に落ちた。それは小さな鍵だった。 「我ながら馬鹿な事考えたなぁと思ったのに……。これ、さっきの部屋に……」 その予想は当たった。鍵のかかっていた扉に、鍵は合致したのだ。
その部屋はダブルベッドが中央に置かれていた。この館の夫妻の寝室だろう。 ベッドの上に、人が横たわっている。今まで見てきた光景を鑑みるに、その人物、いや、死体がどうなっているかはすぐにわかった。 当然首はない。服装から察するに、この死体はこの館の夫人だ。 しかし、今まで見てきたどの死体よりも状態がいい。躰は全くの無傷だ。 その理由はなんとなく察した。化け物となってもなお息子に愛情を注いだ母親を、おそらく息子は最も苦しませずに殺害したのだ。 逆に館の主人は、幽閉した恨みをぶつけたのだろう。 「……まだ、いるんだろうなぁ」 あれだけ大騒ぎしながらの探索でその化け物に出会っていないのは奇跡的でもあるが、この先、確実に出会う予感がしていた。 スプーンは、見つかっていないのだ。残された探索領域は一つ。地下室しかない。 もう少し部屋を探索していると、クローゼットの横にメモが落ちていた。 食材の種類や文量が細かく記載されており、どうやらお菓子のレシピらしいことがわかる。 「あれ……?」 よく見ると、メモの端に殴り書きがしてあった。 「夫の友人の建築家にお願いし、『5分前』に独りでに開くようにして頂いた……?」 これは恐らく、地下室の開閉のことだと思い当たる。 「……そうだ、子供のおやつの時間だ。このメモの内容からしてそうとしか思えません」 では、5分前とは。 「おやつの時間は……そうか。わかりましたよ……!」 地下室の謎は解けた。パティリッタは、急ぎ食堂へと向かう。
「5分前……鍵は、この時計……!」 食堂の隅に据え付けられた時計の前に戻ってきたパティリッタは、その時計の針を弄り始めた。 「おやつは3時……その、5分前……!」 2時55分。時計の針を指し示す。 「ぴぃっ!?」 背後で物音がして、心臓が縮み上がった。 慌てて振り向けば、食堂の床石のタイルが持ち上がり、地下への階段が姿を現していた。 なんとも形容しがたい異様な空気が肌を刺す。 恐らくこの先が、この屋敷で最も危険な場所だ。本当にどうしてこの館に足を踏み入れたのか、後悔の念が強まる。 「……行くしか無い……あぁ……いやだぁ……! 行くしか無いぃ……」 しばらく泣きべそをかいて階段の前で立ち尽くした。これが夢であったらどんなにいいか。 ひんやりとした空気も、腐臭も、時計の針の音も、全てが現実だと思い知らせてくる。 涙を拭いながら、階段を降りていく。
降りた先は、石造りの通路だった。 異様な雰囲気に包まれた通路は、激しい寒気すら覚える。躰が雨に濡れたからではない。
――死を間近に感じた悪寒。
一歩一歩、少しずつ歩みを進めた。通路の端までなんとかやってきた。そこには、鉄格子があった。 「……! うぅぅ~……!!」 また泣きそうになった。鉄格子は、飴細工のように捻じ曲げられいた。 破壊されたそれをくぐり、牢の中へ入る。 「~~~っ!!!」 その中の光景を見て思わず地団駄を踏んだ。 棚に首が、並んでいる。誰のものか考えなくともわかる。 合計4つ、この館の人間の犠牲者全員分だ。 調べられそうなのはその首が置かれた棚ぐらいしかない。 一つ目は男性の首だ。必死に恐怖に耐えているかのような表情を作っていた。これは、下男だろう。 二つ目も男性の首だ。苦痛に歪みきった表情は、死ぬまでにさぞ手酷い仕打ちを受けたに違いなかった。これがこの館の主人か。 三つ目は女性の首だ。閉じた瞳から涙の跡が残っている。夫人の首だろう。 四つ目も女性の首。絶望に沈みきった表情。メイドのものだろう。 「……これ……」 メイドの髪の毛に何かが絡んでいる。銀色に光るそれをゆっくりと引き抜いた。 鳥の意匠が施された銀のスプーン。 「こ、これだぁ……!!」 これこそが魔法陣を解錠する鍵だと、懐にしまい込んでパティリッタは表情を明るくした。 しかしそれも、一瞬で恐怖に変わる。 ――何かが、階段を降りてきている。 「あぁ……」 それが何か、もうとっくに知っていた。逃げ場は、無かった。弓を構えた。 「なんで、こういう目にばっかりあうんだろうなぁ……」 粘着質な足音を立てながら、その異形は姿を現した。 "元々は"人間だったのであろう、しかし体中の筋肉は出鱈目に隆起し、顔があったであろう部分は崩れ、悪夢というものが具現化すればおおよそこのようなものになるのではないかと思わせた。 理性の光など見当たらない。穴という穴から液体を垂れ流し、うつろな瞳でこちらを見ている。 ゆっくりと、近づいてくる。 「……くそぉ……」 歯の根が合わずがたがたと音を立てる中、辛うじて声を絞り出す。 「死んで……たまるかぁ……!!」 先手必勝とばかりに矢を射掛けた。顔らしき部分にあっさりと突き刺さる。 それでも歩みは止まらない。続けて矢を放つ。まだ止まらない。 接近を許したところで、全力で脇を走り抜けた。異形の伸ばした手は空を切る。 対処さえ間違えなければ勝てるはず。そう信じて異形を射抜き続けた。
「ふ、不死身とか言うんじゃないでしょうねぇ!? ふざけんな反則でしょぉ!?」 ――死なない。 今まで見てきたゾンビとは格が違う。10本は矢を突き立てたはずなのに、異形は未だに動いている。 「し、死なない化け物なんているもんですか! なんとかなる! なんとかなるんだぁっ!! こっちくんなーっ!!!」 矢が尽きたら。そんな事を考えたら戦えなくなる。 パティリッタは無心で矢を射掛け続けた。頭が急所であろうことを信じて、そこへ矢を突き立て続けた。 「くそぅっ! くそぅっ!」 5本、4本。 「止まれー! 止まれほんとに止まれー!」 3本、2本。 「頼むからー! 死にたくないからー!!」 1本。 「あああぁぁぁぁっ!!!」 0。 最後の矢が、異形の頭部に突き刺さった。 ――動きが、止まった。
「あ、あぁ……?」 頭部がハリネズミの様相を呈した異形が倒れ伏す。 「あぁぁぁもう嫌だぁぁぁ!!!」 死んだわけではない。既に躰が再生を始めていた。しかし、逃げる隙は生まれた。 すぐにねじ曲がった鉄格子をくぐり抜けて階上へ飛び出し、一目散に入り口へ駆ける。 後ろからうめき声が迫ってくる。猶予はない。 「ぎゃああああもう来たあああぁぁぁぁ!!!」 玄関ホールへたどり着いたと同時に、後ろの扉をぶち破って再び異形が現れる。 無秩序に膨張を続けた躰は、もはや人間であった名残を残していない。 異形が歪な腕を、伸ばしてくる。 「スプーンスプーン! はやくはやくはやくぅ!!!」 もう手持ちのスプーンから鍵を選ぶ余裕すらない。3本纏めて取り出して扉に叩きつけた。 肩を、異形の手が叩く。 「うぅぅぐぅぅぅ~ッッッ!!!」 もう涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃだった。 後ろを振り返れば死ぬ。もうパティリッタは目の前の扉を睨みつけるばかりだ。 叩きつけたスプーンの内1本が輝き、魔法陣が共鳴する。 「ぎゃー! あー!! わーっ!! あ゛ーーーッッッ!!!」 かちゃり、と音がした。 と同時に、パティリッタは全く意味を成さない叫び声を上げながら思い切り扉を押し開いて外へと転がり出た。
いつしか雨は止んでいた。 雲間から覗いた夕日が、躰に纏わり付いた忌まわしい物を取り払っていく。 「あ、あぁ……」 西日が屋敷の中へと差し込み、異形を照らした。異形の躰から紫紺の煙が上がる。 もがき苦しみながら、それでもなお近づいてくる。走って逃げたいが、遂に腰が抜けてしまった。 ぬかるんだ地面を必死の思いで這いずって距離を取りながら、どうかこれで異形が死ぬようにと女神に祈った。
異形の躰が崩れていく。その躰が完全に崩れる間際。 「……あ……」 ――パティリッタは、確かに無邪気に笑う少年の姿を見た。 翌日、パティリッタは宿場につくなり官憲にことのあらましを説明した。 館は役人の手によって検められ、あれこれと詮議を受ける羽目になった。 事情聴取の名目で留置所に三日間放り込まれたが、あの屋敷に閉じ込められた時を思えば何百倍もマシだった。 館の住人は、縁のあった司祭によって弔われるらしい。 それが何かの救いになるのか、パティリッタにとってはもはやどうでも良かった。 ただ、最後に幻視したあの少年の無邪気な笑顔を思い出せば、きっと救われるのだろうとは考えた。 「……帰りましょう、リーンに。あたしの日常に……」
「……もう、懲り懲りだぁー!!」 リーンへの帰途は、晴れ渡っていた。
――ある館の、惨劇。
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友人4
凪さんは短歌が好きです。たまに短歌について話してくれます。でも僕は文学があまりわからないので、聞き流しています。
「本屋寄ろう」
「うん」
「短歌のとこ見てくる」
「トイレ大丈夫?」
「そっちでしょ。いるよね、本屋行くとトイレ行きたくなる人」
凪さんは短歌売り場を探しに行った。
ちなみに、トイレ大丈夫?は僕らの間では「(自分はトイレ行くけど)トイレ大丈夫?」の意味です。いつからかそうなってた。
僕が用を足して、トイレから出ると、凪さんが仁王立ちしていた。不機嫌な顔をしている。こわい。
睨んでいる顔だけど、僕を睨んでいるわけではなく、ただただ不機嫌なだけの顔、の、はず、これは。
「どうしたの?トイレ?」
「違う」
「じゃあ何」
「短歌売り場がなかった。何も置いてないと同義!」
「あんまりメジャーなものではないから……」
「みんなもっと短歌を愛してほしいよ」
言いながら、凪さんは本屋を出た。
そして、邪魔にならない道の端で、スマホをいじる。
「……」
「……。よし、行くよ」
「え、どこ?」
「次の本屋。ここから10分」
どうやら検索していたらしい。
凪さんは歩く。凪さんは歩くのだけはとても速いから、僕は追いつかないし、追いつこうとも思えなくて、僕のペースで歩く。
たまに、凪さんはチラとうしろを見て、僕が付いてきているのを確認する。あまり離れすぎると、ムッとした顔で僕を待つ。
案外その顔が好きなので、僕はたまにわざとやる。凪さんごめんなさい。好き、というのは、あなたのよく言う「広義的な意味」です。
本屋について、運良く?お目当ての本を見つけた凪さんはルンルンで会計を済ませた。
「とても良い本」
「まだ読んでないのに」
「決まってる。大好きな歌人が詠んでるから」
「へー」
表紙には3人の名前が書いてあった。
「どの人が好きなの?」
「岡野大嗣さん」
「ふーん」
「あのね、岡野さんのサイレンと犀って歌集が、まずすごく良くて、あとここに載ってる、木下さんと一緒に書いてる玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ、もすごく良いよ」
とても早口だ。これはあとでLineで更に勧められたからタイトルを覚えている。
「そうなんだ」
「ちゃんと聞いてよ」
「聞いてるよ」
「聞いてるだけじゃダメ」
「なんだよ」
「聞いて、理解して、納得して」
「注文の多い料理店」
「食べてやろうか」
そんなこんなで、凪さんはその時購入した歌集を僕に貸してくれました。
で、読んだら、理解しにくい部分もあったけど、わあー、経験あるなあって思うのもあって、初めて短歌ってものに触った気持ちでした。
ありがとう、凪さん。僕もこの本、買うね。
君が買えなかったサイン入りのを。
凪さんは2冊目を買うらしいですけど。

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最高すぎて最低なモラトリアム人間が生み出されてしまいました。
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Maijo / Tsukumojuku news: there’s a poetry-related art exhibition going on currently (25/6-7/7) in Koenji’s CLOUDS ART & COFFEE, with a rather lenghty name of 玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ. One of the collaborating artists is Maijo, who wrote a tiny story 短歌探偵縁起 about a detective using tanka poems to solve cases. If twitter is to be believed, Tsukumojuku makes an appearance in it.
incredible how it’s been 16 years since his novel and the boy’s still going strong
#maijo and jdc stuff#shoutout to that one person on twitter considering going to tokyo just to buy this#I'd be that person if I lived in Japan#hey look! another story I'll probably never get to read ;w;
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生えてた妹
養子に来た妹にアレが生えてましたのんですけど、まあどうしませう?
従妹の絵梨奈が「妹」として家にやってきてからちょうど半年が経とうとしていた時分、両親を亡くした悲しみも薄れてきたのか、時たま顔に浮かべる笑みもずいぶん自然になっていたのであるが、「兄」の悠一は嬉しさよりも、溢れ出てくる気持ちにほとほと参っていた。元々ほんとうの妹のように可愛がるつもりで絵梨奈を家族に迎えたけれども、最近妙にその笑顔が可愛く見えて仕方がないのである。とは言っても、血の関係的には従妹なのだから、別にそういう感情が芽生えたとしても問題はないはず。……が、相手はまだ中学二年生になったばかりの少女なのである、況してや今では妹なのである。……いくら彼女が十センチ以上高いところから見下ろしてきても、いくら彼女が歳��相応の大人びた顔を見せても、いくら彼女がズバ抜けた知力で自分の立場さえ脅かしてきても、まだ高校生にもなっていない「妹」なのである。けれども惹かれてならない。悠一にとって絵梨奈はもはやただの妹では無くなりつつあった。いや、むしろ彼女が従妹であった時に戻りつつあると、そう言った方が正しいか。何にせよ同じ屋根のもとで生活を共にし続けることは、むやみに手出しを出来ない関係になってしまった以上、彼にとってこの家は単なる地獄でしかなかった。
事の始まりは半年前、日帰り旅行の帰り道に交通事故が起こり、絵梨奈の両親が死去したことに遡る。その時彼女はまだ中学一年生であって、不幸なことに祖父も祖母も旅立っていたことから、施設に行くしか道は無かったのであるが、そのとき絵梨奈の叔父・叔母として親族里親を名乗り出たのが悠一らの両親であった。彼らもまた、不幸なことに長女である子鈴を交通事故で亡くしていたし、それに絵梨奈の一家とは懇意であったから、この一人の可憐な少女を引き取るのは自然な成り行きと言えよう。
斯くして絵梨奈は新しい家族に暖かく迎えられることになったのであるが、初めは独り身となった悲しさと、こんな自分を拾ってくれた新しい両親に対する申し訳無さでおどおどとしており、むしろ彼ら両親の方が喜んでいたように周りの者には見えていた。だが誰よりも喜んでいたのは悠一であるのは間違いあるまい。子鈴の事を目に入れても痛くないほどに可愛がっていた彼は、新たな妹が出来たことに歓声をあげるほど喜んだ。七年間溜まりに溜まった思いで、たっぷりと可愛がってあげたい。兄馬鹿だとかシスコンだとか言われるけれども、求められれば何だってしてあげるし、邪険にされても別に気にはしない。子鈴にしてあげられなかった分、絵梨奈ちゃんには色々な事をしてあげよう。――そういう心づもりでいた。だが、久しぶりに目にした絵梨奈の姿を一目見るや、そんな純粋な喜びは消え失せていった。絵梨奈の体つきと顔つきは、中学一年生ながら彼の欲望を扇情するのに十分すぎた。
その時彼女の身長はすでに179センチあったらしく、思わず見上げたことに、まず悠一は打ちのめされた。また胸も大きく、若干13歳ながら自身の顔とほぼ同等の塊が、胸元でふるふると揺れ動くことも彼にはたまらなかった。そしてそんな成熟した体には不釣り合いなほど可愛らしく愛嬌のある顔の作りに、悠一は惹かれに惹かれて、儚い笑顔を向けられる度に顔が赤くなるのを感じた。絵梨奈は自分が思い浮かべる女性の理想像と言っても良かった。今ではもはや、妹の姿を目にするだけで己の雁首が膨らんでくるようになって、毎晩高ぶった気持ちを沈めなければ夜も眠れなくなってしまった。……
………そんな訳で、悠一は今日も自分を慰めた後���余韻に浸りながらベッドの上で寝転がっていたのであるが、ふと耳を澄ましてみると隣の部屋から何やら声が聞こえてきた、……ような気がした。隣と言えば元々は子鈴、今では絵梨奈の部屋である。悠一はふいに良からぬ考えが浮かんでベッドから立ち上がると、音を立てないようにそっと部屋を出た。電気もつけず真暗な中を、そろりそろりと手探りで声のする方に向かって歩いて行き、ちろちろと光の漏れ出ている部屋の真ん前に着く。声はそれでも良く聞き取れなかったけれども、いや、そこまで来て分かったのだがこれは言葉を発しているのではない。普段の彼女の声からするとかなり甲高く、何よりそこはかとない色気がある。悠一は思わず耳をぴたりと生暖かい扉に当てた。部屋を出た時には盗み聞きするなんて考えは無かったが、もしかしてと思うと好奇心が沸き起こって止まらなかった。すると聞こえてきたのは一人の少女が自分を慰める儚い声、相当に興奮しているのか苦しそうな息遣いも聞こえてくる。ニチャニチャと蜜がいやらしく騒ぐ音までもが扉を通ってくる。……彼はたまらずムクムクと自分のモノをおっ立たせてその声と息と音とに聞き惚れた。やがて声ならぬ声は、その湿っぽい色気を無くさず色々に移り変わって行き、とうとう何かを必死で訴えかけているような、そんな声になっていた。その時、
「あっ、………んっ、……ふぁ、……にい、さん。………」
と聞こえてくる。いや、そんな馬鹿な、と思ってギュッと耳を扉にひっつけると、
「ゆういち、……ゆういち、にいさん、………」
と今度ははっきりと聞こえた。途端に心臓が跳ね上がって、飛び上がるように扉から耳を離して、その声の主が居るであろう方向を向く。自分を呼ぶ声はまだ聞こえてくる。
「ま、まじで、……?」
そっと囁くと、バクバクと鼓動を鳴り響かせて、胸元を抑えて、俯いて黙り込んだ。にいさん、と言っても彼女は一人っ子だったし、それに、ゆういち、というのは自分の名前である、ならば、ゆういちにいさん、というのは不幸なことに出来てしまった兄のことであろう。何度聞いてもそう聞こえるから、聞き間違いではあるまい。いつしか座っていた悠一はすっと立ち上がって、ついドアノブに手をかけようとしていたけれども、ひとつ屋根の下で暮らす少女の淫らな姿を見る、ということの重大さに気がつくと、またそろりそろりと自室へと戻っていった。
やがて隣室から漏れ聞こえてくる声は、一層強い喘ぎ声がすると共に止んだ、悠一が気がついてから10分ほどであったが、ずいぶん長く感じられた。ガチャ……、と音がしたので息を呑むと、ペタペタと言う足音がして、一瞬間自室の前で立ち止まったような気がしたけれども、すぐに階段を下りていく音がする。
「ふぅ、……」
と息をつく頃にはすっかり静まり返って蚊の鳴く音すら聞こえない、ふと思い立ってカーテンを開けて、網戸も開けて、空を仰いでみると中々に綺麗な月が浮いている。――と、その時家の前にある道端に、キョロキョロと周りを見渡している人影が居���。
「んん? もしかして絵梨奈か?」
あの胸の膨らみは見落とすはずがない、それに着ているものだって、つい一時間ほど前に見た時のままである。どういうわけか、絵梨奈は両手に大きなビニール袋のようなものを引っ提げて、辺りを伺いながら西側、川のある方へ歩いている。
「なんだあれ、……」
街灯に照らされたその袋は真っ白い。だが目を凝らしても良くは見えず、そのうちに絵梨奈は隣家の影に紛れて見えなくなってしまった。先ほど感じていた胸の高まりはどこへやら、悠一はすっかり頭が混乱してベッドの上にバタンと倒れ込んで、絵梨奈の行動を考え始めた。――が、分からない。そもそもあの袋は何なのか、それを持ってどうして外へ行くのか、しかもタイミング的に自慰の後である、ますます分からない。悠一はあまり詮索するのも趣味が悪いと思って、その日はそれっきり何も考えず、ただ絵梨奈の艶めかしい声を思い出しながら目を閉じて眠った。
以来、悠一は喘ぎ声が聞きこえるや、毎回耳を扉の前へ着けて、自分がするときのネタにしていたのであるが、やっぱり絵梨奈は自分の名前を呼ぶし、自慰をした後は必ずと言っていいほど玄関から出て、両手にビニール袋を引っ提げて、川の方へ向かうのである。自分を思いながら自慰をしてくることには、別に何ら不満は無い、むしろあんな綺麗な女の子に思われて嬉しくもある。が、やっぱりあのビニール袋の中身については非常に気になってしまう。見ていると、どうやらあの中には液体が入っているらしく、たぷたぷと揺れており、また、彼女は帰ってくる頃にはすっかり手ぶらで、そろそろと玄関をくぐり、音もなく静かに部屋に戻るのである、……ということはあのビニール袋に何か白い液体を入れて、川に捨てに行っているのだが、ますます分からない。
悠一はベッドから体を起こした。時刻は深夜の1時を回った所で、外を見ると絵梨奈が例の白い袋を手に提げて川へ向かうのが見える。彼女が帰ってくるまでには10分程度の暇があるので、一つ決心をしたした彼は、緊張で冷たくなった手をこすり合わせつつ、絵梨奈の部屋へ向かう。初めて彼女の自慰を垣間見た時にもドキドキしていたが、今日の方がある意味心臓は大きく脈打っているかもしれない。就寝中と札がかけられた扉の前で、大きく口から息を吸って、鼻で吐いた。以前は手をかけることすら出来無かったドアノブに手をかけ、ゆっくりと「妹」の部屋の扉を開ける。
――途端、悠一の鼻孔に生々しい嫌な匂いがこびりついた。それは余りにも艶かしくて、余りにも猛々しい、栗の花のような匂い。……どこか嗅ぎ覚えのあるその匂いに悠一は思考を奪われると、扉を閉めるのも忘れて膝を床に打ち付け、体を震わせた。知っている、俺はこの匂いを知っている、確か一度興味本位で使った後のティッシュを嗅いだときに、……あゝ、そうだ、精液だ。人間の精液の香りだ。だが、どうしてこんなに強く、しかも「妹」の部屋に充満しているのか。たまらずドサッとその場に倒れ込んで、震える手を股間にやると、これまでの人生で感じたことがなかったほどに、自分のモノがいきり立っている。���う訳がわからない。「妹」の部屋に忍び込んだと思ったら、雄の匂いで立っていられないし、そんな雄の匂いでこれ以上無いほどに興奮してしまっている。自分にはそっちの気は無かったはずだが、悠一は「妹」の部屋に充満している精液の匂いをおかずに、己のモノを激しく擦った。
射精まではものの10秒にも満たなかったが、開け放たれた扉から匂いが去っていったこともあって、一度出してしまうと次第に落ち着いてきたようである。ベッドの脇にあったティッシュを数枚取って、床に飛び散った自分の精液をさっと拭いて、いつもしているようにゴミ箱の方を見る、――途端に固まってしまった。ゴミ箱の中には、男子中学生もここまではしないであろうかと思われる量の使用済みティッシュが、まだぬるぬると濡れながら山盛りになっている。
「へっ? ……」
思わず覗き込んでみると、またもや雄の匂いで崩れ落ちそうになった。咄嗟に顔をゴミ箱から離して立ち上がる。と、その時絵梨奈が持っていた白いビニール袋が脳裏をよぎった。……「妹」の部屋から夜な夜な聞こえてくる喘ぎ声、絵梨奈の持つ白い液体の入ったビニール袋、部屋に立ち込める雄の匂い、そしてこの未だに濡れている大量のティッシュ���――もしかして、……いや、そんなことはあり得ない。絵梨奈は女の子である。いくら背が高くたって線は細いし、以前うっかり触れたおっぱいの柔らかさ暖かさは本物であったし、声だって男とは思えないほど麗しい。それにあんなビニール袋いっぱいに、それも二袋や三袋をいっぱいにするほど出せる人などこの世には居ない、一生かかっても出せない。その時、ギッ、ギッ、と何者かが階段を上がってくる音が部屋にまで聞こえていたが、悠一はついつい考え込んでしまって、全く気が付かなかった。
「ゆ、悠一兄さん。……」
かさりと音を立てて、川の水で濡れたビニール袋を落としたその顔はこの世の終わりかのように青ざめている。
「絵梨奈、……あっ、ご、ごめ、――」
「にいさ、――も、もしかして、あっ、ふぁ、………」
と大きな体を小さく縮こませて、わなわなと肩震わせて、泣き崩れたけれども、悠一はどうすることも出来ずにただ突っ立っているだけであった。
「ごめんなさい、ごめんなさい。私、……私、………」
「絵梨奈、……えっと、謝らなきゃ俺の方だから、――ごめん。」
「いいえ、ごめんなさい、ごめんなさい。……」
と次第にわっと泣き始めたのであるが、悠一にはなぜ彼女が謝ろうとしているのか分からなかった。それでも何とかしなくてはとは思ったのであろう、背中をすりすりと優しく擦ってあげて、分からないなりにも彼女をなだめようとした。
「えっとね、兄さん」
ちょっとして落ち着いた絵梨奈が、背中を擦られながら口を開く。
「うん?」
「私、兄さんたちに絶対に言わなきゃいけないことがあったんです。でも、でも、……」
あゝ、ビニール袋とかゴミ箱のこととか、それのことなんだな、と思ったが、静かに隣に座して待つ。
「私、ふたなりなんです」
「ふ、ふたなり?……」
耳慣れない言葉に悠一はつい聞き返した。
「そうです。聞いたことありませんか?」
「…いや、無い。今初めて聞いた」
「あっ、えっと、……一言で言うと、――」
と悠一の股間を指差す。
「それが生えてるんです」
「へっ?」
「だから、その、……女の子なのに、��ちんちんが生えちゃってるんです。……」
と言う顔は今にも走り去って行きそうなほど赤い。彼女は生い立ちから今に至るまで、その男性器について所々ぼかしながら様々なことを語った。悠一はぽかんと口を開けてその話を聞いていたが、自身の男性器が理由でいじめられた時のエピソードには、さすがに耐えきれず遮った。
「でもさ、それでも、そのビニール袋は一体何なの……?」
「出したせ、…精液をこれで受けるんですよ。でないと、――」
「へっ? 普通ティッシュで受けるんじゃ、……?」
「えっ、ティッシュなんかで間に合うんですか?」
「ん?? どういう?」
と絵梨奈は何かに気がついたようである。
「えっと、……兄さんってどうやって、出したのを処理してるんですか?」
「どうやって、って言われても、……普通にティッシュを二三枚取ってこう、……」
「あの、……兄さんのってそんなに少ないんですか?」
おずおずと聞いてくる。
「少ないって、……たぶん男としては普通の方だと思うけど」
ここでようやく悠一も何かに気がついたようである。
「あれ? もしかして、あのビニール袋の中身の正体って、え? そうなの?」
「そうですけど?」
と目を黒くして言う。悠一は開いた口が塞がらなかった。彼女が夜な夜な持っていたビニール袋の中身の正体は、出したての精液だったというのである。今日も一体何リットル射精をしたのか、……いや、未だに信じられない。
「いやいやいや、そんな馬鹿なこと、――だってあの量を出すのに相当時間かかるだろ? もしこんなでっかい大きさだとしたら別だけどさぁ、――」
と悠一は両手で直径10センチ程度の輪っかを作ったのであるが、絵梨奈はきょとんとして首をかしげた。
「普通そのくらいありませんか?」
「へっ?」
「えっ?」
「………」
「――兄さん、提案があるんですけど、………」
「……聞こうじゃないか」
「よく考えたら私、お父さんのも見てませんし、男の人のおちんちんを見たことがありません。……だから悠一兄さん、――」
と言って、悠一の手を。
「悠一兄さんのおちんちんを、……見せてくれませんか? そういえば、私の恥ずかしいところを覗いて、兄さんだけ勝ち逃げするのはずるいです。よっと、――」
絵梨奈は握った手を、その豊かに育った胸に押し付ける。
「もう逃げられません。私のおっぱいを触って、言うことを聞かなかった人は居ませんから、……ふ、ふ、ほら、もう目がとろけてきた。……」
その通りであった。悠一はおっぱいに手を包まれた瞬間から、体中に力が入らず、口からは荒い浅い息を吐き、ただこの少女の言いなりになりたい欲求に頭の中を支配されていた。
「私のも見せるから、ねっ?」
と悠一の手をそっと離すと、立ち上がって本当に下半身を露出し始めたのであるが、悠一もしばらくぼんやりしてから、いそいそとパンツに手を引っ掛けて、一気に自分のモノを晒した。
「ん、えらいぞ。さすが私のお兄さん」
と兄である彼の頭を撫でる。
「けど、あれ? 兄さんの小さくない? 私のおっぱいに触ったんだから、ちゃんと大きくなってる、……よね?」
そんな言葉も聞こえないほどに悠一はその身を凍りつかせていた。彼らは今、下半身の衣をすっかり外して向かい合っているのであるが、ピクピクと可愛くはねている悠一のソレは、ビクンビクンと大きく跳ねて先端からとろけた液体を流す、――およそ太さも長さも腕のような、――ビキビキと幾つもの太い血管が脈打っている、絵梨奈の男のモノの影にすっぽりと入っていた。そして段違いな股下のために、ちょうど首元で、パックリと開いた尿道の先っぽが、彼の口を狙おうとヒクヒクと蠢いているのである。いや、それよりも彼にとってたまらないのは、そのズルリと向けた亀頭から漂ってくる、淫猥な匂いであろう。今は必死で息を止めて我慢しているが、胸いっぱいにその匂いを充満させるのは時間の問題である。
「えっと、……言いにくいんだけど、兄さんのって、小さい方ですよ、ね?」
「………」
「えっ、いやだって、えっ? 嘘でしょ?」
「ふ、ふつう、……普通だから、これが普通だから、………」
ようやく絞りでた声は、掠れ掠れになっていた。
「ほんと?」
「ほ、ほんとだよ。……」
「ち、ちっちゃい、……かわいい。………これが男の人のおちんちん、………」
と、ちょんちょんと指で突っついて来るのであるが、絵梨奈のおっぱいを触って、絵梨奈の部屋の匂いを嗅いで、絵梨奈の巨大な男性器を見たせいか、悠一はとうとう我慢できなくなって、ピュッ、と出してしまった。向かい合っている絵梨奈の体にすら到達出来ずに、床に可愛らしい点々を作る。……
「えっ、兄さん、今の出たんですか? ほ、ほんとうに、これだけしか出ないんですか?」
とさらにもにもにと触ってくるのであるが、二回も出した後ではすぐには復活しそうに無い。絵梨奈は嬉しさ半分、がっかり半分という表情なのであるが、次第に悔しそうに顔を歪める悠一のことが可愛く見えてきて、いつも自慰をするときに思い浮かべている光景を実際に見てみたくなっていた。下の方でぶらぶらとしている彼の手を再び取って、おっぱいに触れさせる。
「悠一兄さん、かわいいかわいい妹からのお願い、もう一度聞いてくれませんか?」
「あ、あぁ、ああぁ、うん。……」
「その、…手でしてくれませんか?」
実のことを言うと、悠一のお尻の穴に突っ込んで、ひぃひぃ言わせたかったのであるが、さすがにそんなことをしてしまっては止まらなくなるだろうし、もし止まらなくなれば、自分の多いらしい射精量である、彼のお腹が破れてしまいかねない。
「……手で?」
「そう、手で」
と悠一の手をそっと離して自分の大きいらしい男性器を手でひたひたと弄ぶ。
「手で、……」
悠一はうやうやしく膝立ちになって、ビクンビクンとその時を待っている妹の男性器と対峙した。これまでは上から見ていたから亀頭だけ見えていたが、真正面から見ると、果たしてこれが人間の体の一部なのか分からないほどに、グロテスクであり艶めかしい。本来ならば男性だけに付いているモノ、……それがここまで魅力的に見えるのは、女性についているからなのか、それとも妹に付いているからなのか。恐る恐る中腹辺りに触れて、その感触を確かめてみる。巨大な男性器を包む皮は、彼女の他の部分と同じで瑞々しく心地がいいけれども、血がこれでもかと言うほど集まっているのか、とてつもなく熱い。ちょっとやそっと力を入れてみても全くびくともせず、まるで木を相手しているような感じである。と、その時またもや、ビクンと。腕が持っていかれそうになる。
「はぁ、はぁ、兄さん、早く。……」
その苦しそうな声を聞いているうちに、今手で触っている辺りまでとろとろと��透明な液体が流れてきて、手に付いた。だが手で気持ちよくさせるにしてもどうすればいいのであろう。自分の粗末なモノとは違って、相手は大木である。片手では到底指が回らないから、両手で相手しないといけないのだろうか、それに長さも相当、――目算で40センチか50センチくらいあるので、出来るだけ大きく動かさなければいけないのであろうか。悠一は色々と思案した結果、とろとろとカウパー液を垂れ流している亀頭を両手で包んで、ゆっくりと上から下へ、下から上へ、肉棒の上部からちょうど中間辺りまで動かした。
「これでいい?」
「い、いいけど、…んっ、もっと強く」
と言われたのでギュッと握ってやる。
「だめ、兄さん、もっともっと強く」
目一杯力を込めて握った。
「あっ、……そのくらい、それともっと速く!」
絵梨奈の希望通りゴシゴシとカウパーでぬらぬらと輝き始めた肉棒を必死の力で刺激し始める。すぐに腕が疲れてきたけれども、そんなことは言ってられない、続けて懸命に手を上へ、下へ。どうしても疲れた、と言う時は一旦手を亀頭のあたりで止めてやり、親指でぐりぐりと裏筋を刺激してやる。男のモノでは気持ちの良いポイントが小さくて、指の先でクリクリと弄るだけだが、彼女の巨根ではそういうことはない、大体の位置さえ分かればもうそこをこれでもかと言うほど指を押し付ける。それだけで彼女は気持ちよさそうな切ない声を出す。――たまらない。実の妹となった者にご奉仕、それも男性器を扱くという思わぬ形になったけれども、ずっとこういう時を待っていた。絵梨奈ちゃんに求められれば何だってするつもりだったが、ついぞ今までよそよそしく接せられて、甘えられたことは無かった。今日は思い切ってこの部屋に忍び込んで良かった。悠一は裏筋を攻めた後、やはりまだ腕が疲れているので、亀頭をぐりぐりと両手を使っていじってやる。一般に男性器は、亀頭がキノコのようにふっくらと傘を差している方が優秀であると言われるが、絵梨奈の男性器はただ大きいだけでなく、指一本分ほど亀頭で傘が出来ている。もう何もかも負けである。男であるのに、男のモノで女の子に完敗である。勝負にすらなっていない。手をドロドロにしてくるこのカウパー液ですら、すでに男の射精量の数倍の量が出ているに違いない。悠一はもうただひたすらに、無心で、両手を使って、そんな圧倒的な妹の男性器を扱いていた。
「兄さん、そろそろ出そうです!……」
絵梨奈の頬はすっかり上気して、赤くなっていた。
「あっ、駄目! 兄さんそこのビニール袋を私のおちんちんに!!」
と言われ床に落ちて萎んだ袋を取って、広げて、入り口をぴったりと彼女の肉棒に宛てがう。悠一の手が離れたソレは、今度は持ち主の手によって慰められていた。
「しっかり、しっかり握っていてくださ、――んんっ、んっ、………」
彼女が腰を引かせたと思ったら、おぞましい音を立てながら精液が細い、――それでもホースほどの太さはある尿道を無理やり通って、肉棒の先から激しく出てくる。とてもではないが、しっかり握る程度では腕ごと吹き飛ばされそうだったので、彼女のモノに必死でしがみついて射精をやり過ごそう��した。……が、そのうちに袋の中にあった空気が、精液に押し出されて出てくる、あの強烈な雄の匂いを携えて。……
アッ、と思った時にはもう遅かった、悠一はその匂いを嗅ぐや、手なんかに力が入らなくなるのを感じた。そして、自分のものとは比べ物にならない巨根の先から真白い縄が出てくるのを見てから、先程までしっかり握っていたビニール袋が、頭上からゆっくりと落ちてくるのに気がついた。
(おわり)
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20220619
部屋の掃除をしようとしてやや失敗した 本売るか……ととりあえずダンボールに詰めてみた後、発送処理とか面倒だなと思って全部戻したこの一連の流れで体力を使い果たしてしまった
細々と処分は勧めたけどとりあえず捨てたい学習机についてた棚を空にするまではまだ遠い
なんか2007年の年賀はがき未使用が5枚くらい出てきたのが一番なんなんだよてめえって感じだったな 裏面には可愛らしいイノシシが印刷されてた 13年間印刷されて出番待ってたんか?お前は?もう50円のはがきはそのままじゃ送れませんが 何手か踏めば換金できるっぽいけど労力をかけるほどの枚数でもなく、悲しいね
木下龍也さんと岡野大嗣さんの共著の「玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ」を読んだ 「男子高校生二人の七日間を二人の歌人が短歌で描いた物語、二一七首のミステリー」とのことで、青くて息苦しくて死の匂いがする短歌がいっぱい入ってる 前読んだ木下龍也さんの「あなたのための短歌集」は読み方に動線が付いてるのがいい感じだったけどこっちはどうだろう、もう何度か読み返して咀嚼したほうがいいかな?が今のところの感想 句単位では気になるものもあった (以下の句は公式のツイッターがツイートしていたのでまあ公開情報かと判断した上で書いています) 岡野さんの「シャチハタの回転棚に探すとき許せなくなる自分の名字」が未成年のやるせなさがストレートに来てよかった 木下龍也さんの「わざわいへつながるドアは閉じていてけれど施錠はされてない、ほら」も好き 物語性というか、創作物としての旨味が強い いい意味でね?
あえて木下龍也さんの単著じゃなくて共著を買ったのは、いい具合に視点を広げていきたいなあという目論見があってなんだけど次を買うのはまだ早い、気がするですね
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戴天
天に白い狼は咆哮し、夜の底によこたわってあさく微睡むけもののねむりを妨げようとしている、もう覚醒めて、しまった、暁闇に爛々とひかって、いる、眸のうっすらとけぶる紫は、どこか軽薄のあまさを潜ませている。常のさまであるならば、寛げられ着崩した衣はかれの鷹揚さ、天衣無縫の頓着のなさを顕したものだが、いまの玄离をして謳うのであれば、色めき、重たく濃く、香る、伽の気配であるのだった。かれはあるじたる王に傅き侍る守護のけものではない、ありうべからぬこと、遠く沙原のただなかに佇んで、墳墓をまもり、不埒者を謎かけで試すけものなどでは。しかし、まさにいま、試されようとしている諦聽は、すくなくとも叡智の片鱗にふれたばかりの嫩いけものである。のちには神獣として名を馳せることになる己も、まだ青く、弱い生きものにすぎない。匂いたつ格上の、紫にしとどに濡れた玄离の香りに、くらくらと酩酊のさなか、己を惑わせているものが、溺れさせているものが、色欲にまつわる快楽であるものか、圧倒的な強者の、属性をおなじくする霊気のたくわえの誘惑であるものか、はたして。
今宵、われわれは、ただ二匹の獰猛なけだものにすぎなかった。もっとも普段がそうでないかと問われれば正確なところをもって回答するのは難しい。曲がりなりにも神獣のはしくれである玄离はともかく、一妖精にすぎない諦聽は、ときおり朒躰におおきく引き摺られることがあり、妖精たる己には無関係のようにも思われてならない生存本能は、しかしあらがい難い魅力をもそなえている。力を使えば弱り、弱れば腹が減るものだ。そうして腹がくちくなったなら、泥のように睡りたいと考えるのもまた生きている証明だろう。だれに? 己れたちが生きていること、だれに誇示すべきというのだろう、玄离には老君、諦聽には明王という、かりそめのあるじがある。かれらを王と戴くには、われわれには欺瞞が足りなかった。玄离がどうだかは知らないが、少なくとも、諦聽にとっては、みずからをおいて他に正しくあるじと呼べるものはない。みずからであってさえ儘ならぬもの、昂ぶれば余し、嘆けば沈む、朒躰が精神に支配されるのではない、思考はしばしば薄膜の向こうでけぶっている。今宵の靄はあまりに上質の紫、ゆらゆらと燃える焔、皮肉に口の端をもちあげて形づくられる笑みは壮絶、圧倒的な力の差異を見せつけられているようでほとほと厭気がさしているのだから、いっそ見つめるなどやめてしまえばよかったものを。囚われているのだ、ともすれば、かれもまた諦聽のあるじたる資格を持っているのかも分からない。だれもかれも! 恣に求めすぎる。諦聽自身も例外ではない。
は、みじかく絶叫じみた吐息のあって、玄离は能くきたえられ硬く引き締められた朒躰でありながら、じつにやわらかく発条のさまのしなりをみせた。掌底はおろか、戦地にあって砲弾の雨に打たれても屈することのない体軀ははるかにひとのそれを超えて頑強であるが、こうして拓かれてしまえば、勁さ、それそのものよりさきに、均整のとれた無駄のなさが、際立つように思われる。一体、いかなる、事情のあって、こうしてかれをつぶさに知ろうとしているのか、妖精の己が酒精などに酔うはずもなければ、力で劣る諦聽が、玄离を組み伏せられるはずもない。ならばわれわれのあいだには、一種、契約のそれにも似た情動のあったに違いない。いっそ執拗にもおもえる愛撫のしぐさは、丁寧すぎて擽ったいと玄离を焦らした。顧みれば手合わせの際にもいち早く術を放ちたくてうずうずするような堪え性のない性分のひとである。老君というひとはよくもまあこの奔放なけものの手綱を執っているものだ、と関心もしきり、しかし今宵、この���にあるじのあるとすれば諦聽であるべきだ、かれを望み赦されたのだ、つぎが���るとは思われない。
ふる、うすく開いた口唇から垣間見える舌がわずか戦慄き、ながく、漆黒の睫毛に縁取られた眸、ほのか濡れている。さりとても失われないのは玄离の身のうちにあって、かれの眸を窓にして覗いているうつくしい焔だ。それは篝火、それは漁火、時なれば天に大輪を咲かせ、竈に焚べられたなら粥を炊き、酒をあたため、同じだけの熱量でひとの里を焼く劫火だ。いっとき留められていたかにみえた玄离の呼吸が、つつがなく、ただしい規則のうちに戻ったことに、かれをいっときでも死に至らしめた本人でありながら諦聽は安堵した。肚のうちで獰猛にかまくびを擡げる情慾の蛇のあさましさをこれほどにおもうことはないだろう。恥じらって瞼を伏せると、なにを生娘みたいなことをと哄笑された。たしかに玄离の言うとおりに、かれの躰をひらき、手慰みの延長になぶり、おとがいを、慾をもって穿ち打ちつけるたびに跳ねて反り返る背を、晒された咽喉を、おんなのそれのように華奢ではありえない腰を、おもうさま舐り尽くしたのは諦聽である。本来そなえられた機序にはない雄たちの交配はかならずしも精神の婚姻にあらず、愛を嘯いたところで空虚だ。じつに玄离は能く応えた、ものだ、はじめこそかれに苦痛のないようにと慮る心待ちのあった諦聽も、半ばからはずいぶんと性急にもとめたはず、あるいはほかにだれかと経験があるのかと疑りたくもなる。ほとばしる精のなしに、快楽はおまえをうちのめしたか? それを多幸と呼ばわるのはどこか憚られて、汗に濡れて頰に張り付く煙の漆黒をそっと掻きあげながら訊ねれば容赦のない蹴りをもらう羽目になったが。言わせるな、とわずかに怒気を孕んだ声音はどこか凄惨、立ち昇っていたあまい気配はまぼろし、汗を拭い肌を清めて、あたかも鍛錬のあとを錯覚させるしぐさで水差しを干す玄离は快刀乱麻、もはや断ち切られた迷いと憂い、おそらく永久に敵うまい。
諦聽よ、自惚れてくれるな、おまえが天を墜としたのではなく、天がおまえに降ってきたのだ。おまえは縫いとめられて身じろぎひとつかなわない。天は隕ち、おまえに無数の穴を穿ち、おまえのあえかの吐息にも構いはするまい。おまえは圧し潰されて断末魔のさけびすらゆるされず、両の眸は顕在に、おしなべて無力だ。来た、見た、勝った! 己れが見た。玄离はわらう、咲う、焔が爆ぜて散るようだ、蝋燭の火の揺れるがさまで、いまだ乱れる吐息の舌のうえに、檣頭電光斯くあるべしとでも言わんばかりに。しるべの火よ、星の焔よ、燃えさかれ。
これは禁忌だ。ここに避けえざる災禍があり、罪がある。私は今宵、妖精を喰った。天に吼える、ほの蒼く燐光している狼を喰った。諦聽は神獣の末席に名を連ね、永劫に語られるものに成るだろう。
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『玄関の覗き穴から差してくる光のように生まれたはずだ』ちゃんと全部読みました。最高……。
7/7の一番最初の歌に痺れました。
組版含めて素晴らしい歌がいくつかあってテンション上がりますね。
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ルドンの気球
昼の盛りを少し過ぎていた。朝早くからの仕事を終えた私は午後から始まる別の仕事場へと移動していたのだが、時間に少し余裕があったので道の途中にある喫煙所に寄り道をして、休憩も兼ねがね空に煙草の煙を吐いていた。
その喫煙所は市街中央から少し離れた場所にあるホームセンターの入り口脇に設置してあるもので、近頃閉鎖が相次いで喫煙所が皆無であるこの界隈においては屋外で煙草が吸うことの出来る数少ないスペースだった。必然として近隣のあぶれた喫煙者たちは飢えた蠅が残飯にたかるようにこの喫煙所一か所に集まり、連日どの時間帯も紫煙と煙草の香りが賑やかに空へと立ち昇っているのだが、今日は自分以外に人は一人も居なかった。だからといって寂しさが募るわけでもなく、むしろ人の居ない気楽さを煙草と一緒に味わいながら目の前に広がる景色を漫然と眺めていた。 私が履いている二足のスニーカーの先にはテニスコートのような樹脂製の赤茶色をした地面があって、その少し先にはいつもそれ程人が通っていない歩道があった。歩道の先には木蓮の街路樹とつつじの植え込み、白いガードレールを挟んで幅の広い車道が横たわっている。その車道では種々雑多な自動車が途切れることなく右や左に行き交っていて、行き交う度に車が空気を切り裂く乾いた音がここまで響き、時折排気ガスの臭いが微かに漂って来ることもあった。そんな車道の向こう岸にはこちら側と同じように白いガードレール、木蓮の街路樹とつつじの植え込みを挟んで人通りの少ない歩道があり、その先には白塗りの壁に包囲されている広大な空き地があった。 今年になってから巨大商業施設の建設工事が行われているその空き地からは螺旋状のドリルで地面を掘り返している掘削機の重低音や作業員たちの掛け声や怒声が断続的に聞こえてきた。工事の様子そのものは白塗りの壁に遮られてここからは殆ど見ることが出来なかったが、壁の上から空に伸びているクレーン車の長い首の姿だけは幾本か見ることが出来た。空はというと白い雲に一面を覆われているように見えたが、しかし良く見ると、白、灰白色、灰色、と所々に微妙な濃淡の差異が見えて、薄い墨を使って描かれた淡い禅画のようだった。殆ど動きを見���ないクレーン車の直線的で無機質な梯子は真冬の空に聳え立っている黒い巨木のように背景の虚ろな空に良く馴染んでいた。 寡黙で怠慢なクレーン車の長い首だったが、時折思い出したようにゆっくりと空の只中を旋回した。先端の小さな頭の下からは細長いワイヤーが垂直に下へと伸びていて、その先のフックに四角い鉄骨の束をぶらさげているのだが、巨大で重量もかなりありそうなその鉄骨の束に比べてワイヤーの方は随分と細過ぎるような気がした。おそらくそれは恐ろしく硬く丈夫な材質で出来ているのだろうが、遠く離れたこの喫煙所から見てもそれは白い空に引かれている縦の棒線にしか見えず、その頼りない細さは空中に鉄骨が浮いているという不自然な状況を更に不自然に不安定に非現実的に見せていた。 束の間、白い空の中を回遊した鉄骨は段々と降下していって、最後には白塗りの壁の下に見えなくなった。暫くするとまた新たな鉄骨が白塗りの壁の上から姿を現し、白い空の中を漂い始める。どこかそれは酷く陰惨な拷問の現場を見ているかのようだった。 飛翔する開放感はなく、上昇する高揚感もなく、ただ白い空の只中に宙ずりにされている存在。色もなく音もない虚空の中で何一つと触れることが出来ない彼の存在を唯一世界の内側に繋ぎ止めているものは自らの身体に巻き付いているワイヤーであって、しかしそれは同時に自らの全体重が喰らい込んでいる耐え難き苦痛の繋ぎ目でもある。その線は言い換えるならば存在と現実を繋ぎ止めている最後の絆であり、ワイヤーが断ち切られた瞬間に彼の身体は地上へと落下して瞬く間に大地と一体化し、切り離された彼の魂は白い空の上へと無限に上昇していく。 言葉に変換されたイメージは少しずつまた言葉からイメージに変換された。しかし、そのイメージはもはや既にクレーン車に吊るされている鉄骨の姿ではなく、白い空の中に突き出している黒い十字架だった。それからイメージは、吊るし首の樹海、冷凍室に吊るされている豚の肉塊、廃墟に浮かぶ風船の群れ、と変転していき、やがて一枚の絵と結び付いた。それはオディロン・ルドンの眼=気球だった。 いつどこでその絵を最初に見たのかは定かでない。ユイスマンスのさかしまの挿絵だったような気がするが、もっとずっと以前からその絵を知っていたような気もする。とにかく長い間、そのルドンの絵が私の意識下無意識下に棲み続けていた。 絵の下方には先細った生気のない数束の草の葉以外に何も見えない荒涼とした平地が広がっている。殆どが黒く塗りつぶされているのでそれが土の地面なのか或いは草原なのか判然としない。ただ生命の息吹を感じさせるような大地でないことは確かで、見方によっては海、それも暗い夜を髣髴とさせるような海にも見える。その上方には私が今目の前にしているのと同じように白や灰白色の混在した虚ろで観念的な空が覆い被さり、その中に黒く巨大な気球が浮かんでいる。その黒さは観念的で非現実的な空の色とは対照的に暴力的で生々しい夜そのものの黒さで、常に破裂の緊張感が付き纏う気球の丸い輪郭線も危険な印象に油を注いでいる。 しかし最も不気味なのは黒い気球の上半円に見開かれている一つの大きな瞳だろう。眼窪のように抉られている気球の上半分に細い睫毛を生やして埋まっているその眼球は黒目が著しく上方に偏り、残された広大な白目には若干血管が浮いている。それは正常な状態における人間の瞳ではなかった。私がごく初期に連想したのは首を締め上げられて死んでいく人間の瞳だった。次には白昼夢を見ている人間の瞳となり、性交の際絶頂を迎えている女の瞳となり、賭博で一文無しになったときのギャンブラーの瞳となり、法悦に浸っている聖人の瞳となり…と気球の瞳は様々な人間の瞳の中に顕現した。そのどれもが快楽の絶頂か苦痛の限界に接している人間の瞳で、つまりは自己を喪失しかけている人間の瞳だった。 黒い気球に見開かれた瞳の下睫毛には黒い円盤のような物が吊るされている。円盤はかなりの重量があるようで、その重みによって細い睫毛はの一本一本が張り詰め、下瞼に至っては一部が捲れ上がってしまっている。つまりはこの円盤の重みが下瞼を開かせているのだった。その力は同時に黒い気球全体をこの虚ろで観念的な空の只中に繋ぎ止めているのであり、もし仮に睫毛が切れた場合、円盤は地上に落下して黒い地面と一体化し、下瞼を閉じてほぼ完全に黒い球体と化した気球はどこまでも空を上昇していき、遠くはその故郷である夜そのものに溶けていくであろうことを予感させる。 というのがルドンの気球=眼に対する私の凡そな見解であったが、今こうして白い空とクレーン車のを見ているうちにまた新たな側面に気が付き始めた。それは至極単純な答えで、あの絵は白い空を見詰め���ルドンの自画像だということだった。 ルドンにとって白い画用紙は白い空そのものであり、その白い空を見詰め続けるということは虚無を見詰め続けることと同じ意味を持ち、更にそれは自分自身の虚無を見詰めるということだった。しかしそれは非常に恐ろしいことで、なぜならそれは自分自身が存在しないのだと自分自身が強烈に自覚していく行為であり、刻々と死んでいく自分自身を自分自身が見詰めるということだからである。その死は肉体的な死というよりもより完全に純粋な自分自身の死であり、実際に人間が本当に恐れているのはこの自分自身の死であって肉体の死ではない。肉体の死が必然的に自分の死を引き起こすと仮定するために人間は肉体の死を恐れているのに過ぎない。しかし実はそうした恐怖、虚無に対する恐怖という感情そのものが虚無に接している人間にとって最後に残された虚無的でないもの、つまりは自分自身そのものなのであって、だからルドンの虚無に対する恐怖苦痛絶望といった人間的感情は全てあの黒い円盤の方に詰まっているのである。その円盤を吊るしている睫毛が切れた瞬間、つまりは虚無に対する恐怖苦痛絶望といった人間的な感情の全てが消えた瞬間彼は虚無そのものになり、本当の夜がそこに訪れるのである。 しかし一方で見開いた目玉の黒い気球もルドン自身であることは間違いない。虚無に対して見開かれていているその瞳は自己の存在を否定する虚無の方へと自分自身全体を引っ張っていく、言うなれば自分の中にある他人の瞳である。その他人である彼の瞳にとって虚無は恐ろしい無の世界ではなく、魅惑的な無限の世界=パラダイスとして映っているのだということは、そのどこか夢を見ているような瞳の表面に薄っすらと光が反映していることからも伺える。謂わばそれは太陽の光に魅せられたイカロスの瞳であるのだが、太陽へと真っ直ぐに飛んで行ったイカロスの雄姿はもうそこになく、天上と地上に、神々と人間の間にそれぞれ強く引っ張られ、上下真っ二つに引き裂かれようとしながらも何とか一つの均衡を保って地上すれすれにやっと浮かんでいる有り様である。なぜ、そうなってしまったのか?時は十九世紀であり、神の死とそれに伴う虚無がひたひたと人々の目の前に近付いてきた時代である。もはや人々は空の上に輝く絶対無比の太陽を信じることが出来なくなり、代わりとして空の上に現れたあらゆるものを相対化してしまう絶対的な虚無に不安を感じるとともに怯え始めていた。それは同時に近代自我の目覚めであり、精神と肉体の分離現象であって、タナトスとエロスが袂を分かち始めたときでもあった。死と自らの内に潜む死の欲動に不安と怯えを抱いた人々は硬く小さな円盤に閉じ籠り始め、その重力で黒い死の気球を安全な地上に縛り付けようと画策し始めた。
しかし、今後この黒い気球は果たして空に上昇していくのだろうか?それとも地上に堕ちるのだろうか?或いは二つに分離してそれぞれ帰るべき場所に帰るのだろうか?ルドン自身がどうなったかは知らないが、その後の人類の歴史を顧みると果たして人類全体は夢見る瞳を空の中に捨て去って地上に堕ちていったようである。
突然耳に聞こえたライターの点火音が延々と紡がれていくかに思われた思索の糸を断ち切った。現実に引き戻された意識は音が聞こえた方へと向きかけたが、自分の鼻の先でその殆どが白い灰と化している煙草の姿が目に映り、注意はそこに逸れた。いつの間にか意識の完全な枠外で造成されたその灰の塊は無造作でありながら絶妙な均衡を保って自分の左手人差し指と中指の間から空中へと細長く伸びていたが、根元の付近は未だに仄かな煙を流し燻っていて今にも自らの重みによって崩れ落ちそうだった。それが崩壊していく様子を目にするのが何となく嫌な気がして直ぐに私はその灰の塊を自分の手で払い落そうと傍らにある灰皿の方へ振り向いた。するとその灰皿の向こうに女が立っていることに気が付いた。と同時に均衡を失った灰の塊が崩れ、何枚かが空中にひらひらと舞って、残りが灰皿の暗い穴の中へと落ちていった。 その女は短い髪に黒縁の眼鏡を掛け、小柄で線の細い体型に枯葉色の地味なチェック柄のベストと長袖の白いワイシャツを着ていた。蒼白い左手の人差し指と中指の間には細長い煙草が挟まれ、既に火の付けられているその煙草の丸い切れ口からは白い煙が気怠そうに流れていた。右手の中には黒いライターが握られていて、直ぐにそれは先刻耳にしたばかりの点火音と結びついたが、その認識が一致するよりも早く、女は歩き始めた。真っ直ぐに女は歩道の方へ、つまりは喫煙所の前に広がる白い景色の方へと歩いていった。ゆっくりと遠ざかっていく女の背中は痩せているせいか酷く平板でタイル張りの壁のように見え、下半身に穿いている黒いスーツのズボンも黒い板のように直線的で女性らしい曲線は何処にも見当たらなかった。そのスーツの脚と合わせて規則的に動く左右の黒靴は鋭利なヒールの先端を地面へと交互に突き立てていたが、地面が柔らかい樹脂製のために靴音がまるで聞こえず、それが何とも言えない不安な気持ちを興させた。女は歩道の少し手前まで歩いていくと、地面の上に棒立ちになってそのまま殆ど動かなくなった。 地面の上に茫然と佇む女の先程よりも少し遠くなったその後ろ姿は白い景色を前にして朧な木柱の黒い影のように映った。だらりと力なく垂れ下がった両腕の左手指先から流れる煙草の煙だけが有機的な動きを見せていて、まるで女の暗い輪郭そのものが周囲の空気に溶けて蒸発しているように見えた。その前方に広がる白い空は相変わらず白い空のままだったが、クレーン車の方は小休止していて虚空に吊るされていた鉄骨も今は見当たらなかった。休憩に入ったらしく作業員たちの掛け声や怒声も止んでいて、車道を流れる自動車の音だけが寂しい波音のように響いていた。段々と私は前方に実際に生きた女が存在しているという現実が曖昧になり始めていた。同時に自分が今目の前にしている光景の全てが一体何なのか理解することに時間が掛かり始めて、少しずつその所要時間は長くなっていった。しかしながら、ようやく理解出来てもそれは現実の実感と呼ぶのが躊躇われる曖昧な感覚だった。 意識の表面に白い靄がかかっているような現実の曖昧さ、しかしそれは私の生活の隅から隅に至るまで深く浸透していた。 朝、仕事へと赴くとき、外に出て道を歩きながらふと洗面所の蛇口をちゃんと閉めたか不安になる。可能な限り記憶を振り絞ってその場面を思い出そうとするのだがどうしても思い出せない。思い出せないというよりは思い出したその場面が今朝なのか昨日なのか或いは夢の中なのか判然としない状態で、結局いつも駆け足で家へと戻り、靴のまま家の中に上がって洗面所の蛇口が閉められているか確認をする。蛇口はいつも当然のように固く閉められていた。水の一滴さえも零れ落ちてはいない。私は胸を撫で下ろし、自分の心配性を嘲笑う余裕すら出来上てまた玄関へと戻っていく。しかし、背後の洗面所から遠ざかっていくにつれてたった今確認したことが酷く曖昧になり始める。「本当に蛇口から水は流れていなかっただろうか?」自分でも馬鹿らしいとは解りつつも顔から若干血の気が引いている私は再度洗面所に戻って蛇口を確認してしまう。やはり蛇口はちゃんと閉まっている。幾度となくそんなことを繰り返しているうちに時間は恐ろしく浪費され、仕事場へと到着するのはいつも勤務開始時刻寸前だった。 しかし、ここ数か月間というもの症状は尚の事重く悪化していた。私は実際に蛇口を目の前にしながら「これは本当に水が出ていないのだろうか?本当は出ているのに目に見えていないのではないだろうか?」と疑っていた。すると手を伸ばして水が出ていないことを確認しなければならなくなり、終いにはその手の触感に対しても懐疑を抱く始末だった。 そうした現実に対する終わりの無い懐疑の症状は殊に蛇口の確認だけに限ったことではなく、生活のあらゆることに付き纏っていた。次第に私は疲れ切ってしまった。何をするのも憂鬱で億劫になっていった。自然と身体を動かさずにぼんやりすることが多くなり、妄想に費やす時間が増え始めた。すると妄想は生々しく現実味を帯びていき、反対に現実は獏として現実感を失っていった。そうして妄想と現実の境い目は酷く曖昧になり、現実はまた更に曖昧になっていった。 そんな���口の見えない沈鬱とした状況から半ば避難するように私は一日の内三回も四回も浴室へと赴いた。風呂湯の疑いようのない熱さ温もりは私に失われている現実感の手軽な代替品だった。浴室の白い壁や天井はまるで現実を感じさせるものではなかったが、首から下が湯船に優しく現実を保証されているので、私は安心してその白い虚空に想念の気球を飛ばすことが出来た。それは私にとって数少ない安らぎの時間であり、結局はそれがまた更に現実感を失わせる結果に繋がると理解していてもやめることは出来なかった。 掃除も稀にしか為されず、私の生まれるずっと以前からそこに存在している浴室の白い壁は、白い壁とは言ったものの半ば黄ばんでいて、至る所で亀裂が走っていたり表面が剥がれ落ちていたりしていた。黒かびの星座も彼方此方に点々と煌いていた。そんな古い浴室の壁の上を梅雨の時期から夏にかけてはよく蛞蝓が這い回っていた。蛞蝓は梅雨の初めの頃は注意して見ないと壁の黴やしみと見間違える程小さかったが、夏の終わる頃には皆でっぷりと太って禍々しいまでの存在感を発揮していた。蛞蝓を見つける度に私は素手で捕まえて窓から逃がした。突然、壁から引き剥がされた蛞蝓は最初手の平の中で小さく委縮しているのだが、少しずつ顔の上から細い棒状の突起眼が二本伸びてきて、やがてそれは触覚のように左右ばらばら動きながら頻りに周囲を確認し始める。それが落ち着くと今度は手の平を我が物顔で這い回り、蛞蝓はその柔らかい口で一心不乱に手の皮膚の表面を齧り始める。私の手の平を白い壁の続きだと勘違いして食べている、その滑稽で間が抜けた様子と無邪気な食欲の感触は意外にも不快ではなかった。ただそんな蛞蝓を手放した後に残る粘液の感触は堪らなく不快だった。お湯と石鹸でいくら洗ってもそのぬるぬるとした粘液はしつこく手の表面に残り続けた。それが嫌で私は次第に蛞蝓を壁の上に見付けても放って置くようになった。壁の管理人が消えて蛞蝓たちは縦横無尽に壁の上を這い回るようになり、私は温かい湯船に浸かりながらぼんやりとそんな彼らの様子を眺めるようになった。蛞蝓はいつも酷くのんびりと移動してたが、床付近の壁に居たはずの蛞蝓がふとすると天井付近に張り付いていることがあった。その意外な速さに驚いて私は蛞蝓の動きを目で追い始めるのだが、いつも途中でその姿は意識から消えて、蛞蝓は壁の思いもしない位置からふと突然に現れた。その度に今目の前にいるこの蛞蝓が白い壁の亀裂を通って無意識の世界から湧き出して来たかのような不思議な感覚を私は覚えた。 ふと気が付くと、女はこちらの方に振り返っていた。女はそのまま真っ直ぐにこちらへと歩いて来ているようであったが黒いズボンも黒い靴も殆ど動いておらず実際にその姿が近付いているという実感は少しも持つことが出来なかった。まるで女そのものは少しも動いていなくて周囲の風景がその背後へと退いているような、丁度それは海岸の浅瀬に沈んでいる貝殻や流木の朧な姿形が沖合いへと潮が引いていくのに従って段々と明らかになっていくという感じだったが、やがてはっきりと鮮明になったのは先程見掛けた枯葉色の地味なチェック柄のベストや皺一つない白のワイシャツ、黒いスーツのズボンといった身に付けている服装ばかりであって、女そのものの身体は一向にはっきりとせず、その顔に関しても黒縁の眼鏡ばかりが目立つばかりで顔の造りや表情は曖昧で判然としなかった。まるでそれは服や眼鏡だけが絶妙な均衡を保って虚空に浮いているかのようで、そよ風か何かの些細な振動によって今にもばらばらと崩れ去りそうであった。 それから間もなくして透明なその幽霊は私の傍らにある灰皿の向こう側へと戻って来た。灰皿の上に白い手がぼんやりと浮かぶ。その指と指の間からは白い灰の塊が絶妙な均衡を保って虚空へと細長く伸びていた。その灰の塊を見た瞬間、私の中で不安な気持ちが大きく揺れて、現実そのものを確かめるように私は女の顔を凝視せずにはいられなくなった。私からは横を向いているその女の顔は恐ろしく白い色をしていた。しかし、それは人間の肌の自然な白さではなく人工の観念的な白さであった。更に良く見るとその白い仮面は所々深い皺によって裂けその周辺から粉が吹いていて、それが造られた仮面であることを自ら強調していた。その裂け目や空いた穴から覗く生の地肌を見たとき私の心はようやく落ち着きかけた。しかし、ふと女がこちらを向いて俯き、今まで眼鏡の陰に隠れていた���の瞳が露わになった瞬間、私の心は再び大きく揺れた。その透明な眼鏡の双眼レンズの奥には血管の赤い亀裂が幾筋も走っている異様に白く生々しい眼球とその眼球の上辺から今にも飛び出しそうに偏っている黒い瞳が二つぼんやりと浮かんでいた。それがルドンの気球と結び付くよりも早く、女の手が白い残像を描いて素早く動き、その指と指の間から灰の塊が崩れ落ちた。私は雪片のように舞い散る灰の幾枚かを視線で追いながら、自分自身がばらばらに崩れていく音を聞いていた。
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