#田の神様
Explore tagged Tumblr posts
tomoyamashita · 1 month ago
Text
東開聞駅
先日投稿した薩摩川尻駅に続きまして、指宿枕崎線指宿市の駅になります。 今回は、旧開聞町にある東開聞駅です。 まずは東開聞駅の場所から。 東開聞駅は指宿市開聞十町にあります。 大山駅、西大山駅、薩摩川尻駅と同様に国道226号線からはそこまで離れていないところに駅は位置するので、国道から駅の様子を見ることができます。 すなわち、下の写真のように国道226号線からもどこを走っているのかよくわかります。 開聞岳と東開聞駅。 ちょうど駅の裏手は小高い丘というか台地になっているようで、午後の撮影となると逆光になり日当たりが悪くなるようです。 開聞駅でもそうなのですが、意外なことに地図上では開聞岳の麓を線路は走っているように見えても頂上からは距離があり、離れているように見えます。(地図アプリで検索すると約6kmほどになりそう) 開聞岳を登山するなら隣の開聞駅を利用するのがベターでしょ…
0 notes
genesisfirefly · 1 year ago
Text
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
when in doubt just rewatch!
107 notes · View notes
panda120605 · 2 years ago
Text
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
日々ちまちまと描いていたもの。148日目~174日目まで。152日目の金田一少年の事件簿のFAの絵のみ4枚セットです。
9 notes · View notes
catdoll007 · 5 months ago
Text
Tumblr media
#少彦名神社 すくなひこなじんじゃ
✡主祭神 少彦名命
✡ご利益 無病息災 病気平癒 技芸上達
十二支の彫刻が有名な少彦名神社は医薬の神少彦名を主神とし、神部神社の末社十四社の神様を合祀している
摂社とはいえ入母屋造で銅瓦葺の屋根を持つ立派な建物で、蟇股には立川流干支彫刻が施されており、12ある干支のうち10は建物の外側に施されてるが子と丑は建物内部に施されており見ることができない
元は神宮寺薬師社と称し、薬師如来と十二神将を安置していたが、明治時代初期に近隣にある臨済寺へ還して少彦名神社となり、古来医薬の神として薬業関係者や病気平癒を祈る人々が多く訪れている
Tumblr media Tumblr media
#玉鉾神社 たまほこじんじゃ
✡主祭神 #国学の四大人
羽倉東麿 岡部真淵 本居宣長 平田篤胤
✡ご利益 学業成就 合格祈願
明治9年(1876)に静岡県内の神職が官許を得て創祀された最も新しい神社で、社殿は昭和51年(1976)に伊勢神宮の御古材で再建
祭神は国学の四大人といわれる羽倉東麿・岡部真渕・本居宣長・平田篤胤を御祭神として祀り、学問の神様として信仰を集め、3月29日の例大祭には短歌が献詠(けんえい)される
Tumblr media
0 notes
naritamarchaiswebsite · 6 months ago
Text
成田良いとこ探し~成田の氏神様~
みなさん、成田の氏神様をご存知ですか?ここに住んでもう20年以上になるのに、私はつい最近まで知りませんでした。
富谷遺産めぐりツアーなどに参加して学芸員さんのお話をお聞きしたり、そのほかいろいろな流れがあって、ふと「成田の氏神様はどこになるのだろう?」と気になって調べてみたところ、大亀山にある「鹿島天足別神社(かしまあまたりわけじんじゃ)」だとわかりました。
Tumblr media
さっそくお参りにいってきました。けっこうな階段を登ることになりますが、その先にあるのがこちら・・・
Tumblr media
平安時代にはすでにあったとされる由緒ある神社です。
実は以前娘と一緒に行ったことがあったのですが、その時はまだ大亀山公園も閉鎖状態で、この神社も薄暗い感じで、「ちょっと怖い」と感じたのです。でも、今は大亀山にツリーハウスや「もしもしカフェ」なども作られ、人の流れができ、だからでしょうか?明るくなったように感じました。
境内には狛犬さんがあって富谷の狛犬さんの中でも人気があるのだそうです。
Tumblr media
口の中に朱色が残っているのが貴重なのだそうですよ。
Tumblr media
また、「大亀山」という名前の由来となった岩もありますし、ご神木は立派な赤樫の木です。
成田に住む友人たちに聞いてみたのですが、ここが氏神様だと知っている人は一人もいませんでした。
住人に氏神様だと知られ���いないのは寂しいことだと思いました。私も知らずにいたし、成田に住むことになってもご挨拶にも来ていなかったことを申し訳なく思っています。
ですから、こうしてここでお知らせして、一人でも多くの方が足を運んで「よろしくお願いいたします」と手を合わせていただけたらいいな、と思っています。
ちなみに、ここには社務所はなくて、お札を購入したいときは富谷にある八幡神社社務所で購入できます。とても親切に対応していただきました。
2025年、成田の地域が守られますように・・・また、それぞれの地域で氏神様が大切にされて守っていただけますように・・・
0 notes
wazakka-kan · 6 months ago
Text
Tumblr media
のごみ人形の天神様、道真公。
通販→https://goo.gl/C4syPx
のごみ人形の中の人が顔を出してくれまして、びっくり。イベント催事に参加なのかな?とも思ったのですが、プライベートで親族に会いに上京してきたそうで、これからまた移動とのこと。
最終目的地と近くもないのに、わざわざ会いに来てくれたことがうれしく、感謝感激です。
実は、実店舗をやめて当面は通販のみで事業継続を取引先に伝えた時、実店舗が無いなら取引は出来ないと断られた先が1社あり、地味にショックでした。
裏返せば、のごみ人形さんみたいに「これまで通りのおつきあいをお願いします」と言ってくださったところがほとんどですから、悲観することは何もない。
来年は引っ越して生活基盤を整えるのにエネルギー使いそうだから、お商売はペースダウンせざるを得ないのが残念ですが、まあ人生そういうタイミングもありますから、いつも楽しくやっていこうと思いました。
のごみ人形の工房主の鈴田滋人氏は、染織工芸の人間国宝。その方に師事しているのが今日来てくれた、清人さん。染織工芸の期待の新人です。
工芸展見に行った先で、作品見つけたら「見たわよ、見つけたわ」メール送るのが楽しみです。
1 note · View note
modernheavy · 2 years ago
Text
今日読んだ漫画 2023年7月26日(水)
LINEマンガ
🐍『水神様に捧ぐ口づけ』中村ユキチ
😿『猫の島』小花美穂
クッキー2023年9月号
🐱『かへらばや~猫の島 その後~』小花美穂
ザ花とゆめ美男子
🐉『ウルリカと孤独な獣』藤井愛子
ジャンププラス
🧙‍♀️『株式会社マジルミエ』岩田雪花+青木裕
作品ページ
⬇️
[番外編11]株式会社マジルミエ - 岩田雪花/青木裕 | 少年ジャンプ+
0 notes
gerokichi · 3 months ago
Text
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
神田川の様子を見てから、お茶の水の神田明神、そして上野公園へ。あいにくの天気なのに満開を迎えつつある桜に、人々が集まっていました。
321 notes · View notes
omiyaio · 6 months ago
Text
Tumblr media
『時帰りの神様』(成田名璃子さん著、双葉文庫)装画
316 notes · View notes
papatomom · 2 months ago
Text
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
2025.04.19(土)
美浜町 織田(おりた)神社と敦賀市 柴田氏庭園(古式書院造りの屋敷は「甘棠(かんとう)館」、「野坂山」を借景とした築山回遊林泉庭園は「甘棠園」と呼ばれている)
織田神社では、染井吉野より遅く咲く八重桜が見頃であった。特に「萌黄色(もえぎいろ)」に色が似ているということで名づけられたという御衣黄(ぎょいこう)が境内の駐車スペース近くにあってすぐ目に入った。
「甘棠館」は江戸時代の豪農 柴田権右衛門(しばたごんえもん)が築いた屋敷で、小浜藩主が参勤交代時の休憩所として利用されたという。
柴田氏は楠木正成公の子孫を名乗っていて、関連した家紋も確認できる。
写真の「鶴の間」からは殿様気分で肘掛に手��おきながら真正面の「野坂山」を眺めていた。
「甘棠」の謂れでもある山桃デザインの「釘隠し」も洒落ていておもしろい。
歴史好きには魅力のある場所だと思う。
60 notes · View notes
lilliput-army · 1 year ago
Quote
・手塚治虫 「ちょっと上手すぎるよね」「彼は僕の後継者」 ・荒木飛呂彦 「鳥山先生の絵は、漫画家からするとちょっとした発明のようなもの」 ・井上雄彦 「鳥山先生の絵は漫画家からすると魅力的すぎるんですよね。マネしたくなる気持ちもわかります」 ・冨樫義博 「嫉妬するほど上手い」 ・いしかわじゅん 「漫画としての絵という意味で言えば、鳥山以上に上手い漫画家はいない」 ・夏目房ノ介 「漫画界には大友・鳥山以前と大友・鳥山以後が存在する」 ・尾田栄一郎 「神様。ディズニーより上手い」 ・ジョージ・ルーカス 「彼のイラストを見た時は驚いたよ。素晴らしい。本当に日本人が描いた絵なのかと思った」 ・ジ���ームズ・キャメロン 「鳥山明のファンなんだ。彼の絵を見るとワクワクするんだ」 ・シド・ミード 「鳥山のセンスは素晴らしい。世界中探してもこれだけのデフォルメセンスを持つイラストレーターはいない」 ・トッド・マクファーレン 「鳥山の何が一番凄いのかと言えば、あの色彩センスと画材選択の素晴らしさだ」 ・ エミネム 「ドラゴンボールの作者に俺のアルバムジャケットを手がけてほしい」 ・アンソニー・キーディス(レッド・ホット・チリ・ペッパーズの VO) 「日本に言った時に欲しかったドラゴンボールの画集を買ったんだ。満員電車にも乗りたかった」 ・鳥嶋和彦(元ジャンプ編集長) 「彼の絵に関して「基本的な絵の勉強を漫画ではなく、デザイン画などから学んでいるため、バランス感覚が優れている」 「トーンを使わないので、白と黒のバランスを取るのが非常に上手い」 「背景などを描かなくても画面が持つだけの構成力とデッサン力を持っている」
【特集】 死去の鳥山明さん 「アラレちゃん」「孫悟空」「スライム」数々の名キャラ生み出し… [朝一から閉店までφ★] [chaika]
321 notes · View notes
ashitatsu · 9 days ago
Quote
久米田康治 もう誰も「新しい漫画」なんか読みたくないのです。過去にあった、どこかで見た設定やキャラクターの作品が売れている気持ちはわかる。自分もそう。サブスクで観る映画も内容を知ってる古い作品ばかり。そこに文句はありません。ただ、似てることに作者が恐怖してか、いろんな要素盛り盛りで「新しい風」に仕上げてくる。過剰にデコラティヴで、正直、読むのが大変。  自分は過去に「未踏のバージンスノー」を滑るより、ガリガリに踏み固められた「アイスバーン」を上手に滑る漫画家が売れる、と揶揄したことがあったが、本格的にそうなってきた。まぁ、これもたった数人の先輩方が、全部雪を踏み固めてしまったせいである。「漫画の神様」は、漫画家にとっては「悪魔」である。
第49回講談社漫画賞受賞作発表! - 今日のおすすめ|講談社
35 notes · View notes
petapeta · 4 months ago
Text
昭和の大修理の際の西岡常一棟梁の言葉をまとめた、「法隆寺を支えた木」をぜひ読んでみてください。 1400年経ったヒノキにかんなをかけると、新品のヒノキと同じ香りがするそうです。 瓦屋根の下地には、杉の樹皮が使用されていますが、これも1000年以上前のものだそうです。 1200年前のヒノキですが、新品のヒノキと同等の強度があるという実験が紹介されていました。 ヒノキは、切り出した後から、結晶化が進行し、強度を増していくそうです。 もっとも強度が上がるのは、切断した約200年後。 すべての結晶化が終わってから、強度の劣化が始まると想定されていますが、 1200年経った、現在、切り出したときと同じ強度にまで強度が低下したのではないか、ということでした。 五重塔は、芯柱が子供がしゃがめるぐらい���浮いているらしく、 西岡常一さんは、「たぶん建築中に腐ってきたから、切断したんじゃないでしょうか?」とおっしゃっていました。 キッチンも御風呂場もなく、冷暖房による結露も発生せず、通気性抜群で、雑草はもちろん、日差しを遮る樹木もないような状況であれば、木材は腐るはずがありません。 法隆寺だけではなく、薬師寺の如来、菩薩、東大寺の仁王像、興福寺の阿修羅像、古くからある仏像などは、細い指先までも、一切腐りません。 それより不思議なのは、弥生時代の遺跡から、地下水につかった状態の杉で作られた舟が残っていたり、古墳時代からきれいな壁画が残っていた高松塚古墳を現代人が発掘し、以前と同じ環境を人工的に作り出したら、大量のカビが発生して、壁画が消えかけてしまったりすることのほうが不思議です。 法隆寺では鉄をたたいて作った釘が現在でも活躍しています。 いったん、外したのですが、同じような釘を作ろうとすると、とてつもない手間がかかるようで、同じものを使用することにしたそうです。 なんでも、鉄を何層にも重ねてたたき、さらに重ねてたたくことによって、木の年輪のように作り、奥までさびが進行しないようになっているそうです。 法隆寺に至るまでにたくさんの寺社仏閣が建てられましたが、いずれも数十年で腐ってしまいました。 山田寺など。 現在でも、木曾のヒノキを使用して、伊勢神宮が作られますが、20年ごとに建て替えています。 原因は、ヒノキの柱を地面に埋める工法を採用しているからです。 法隆寺を含めた古いお寺は、仏様を守りたいという先人たちの知恵の結晶なのでしょう。 最近では、現代人が文明を持ち込むため、たくさんの木造建築が破壊されています。 法隆寺の昭和の大修理では、金堂壁画の絵を模写して、保存しようとしていた人が、寒いからと暖房器具を持ち込んだために火事が発生し、法隆寺の金堂は全焼してしまいました。 金閣寺は、放火によって、全焼してしまいました。 東大寺の南大門は、クレーン車が、通行する際に、クレーンが上がったままになっていることに気づかず、南大門の主要建築材に多大なる破損を与えてしましました。
66 notes · View notes
moment-japan · 10 days ago
Text
Tumblr media Tumblr media
1977年 映画「西陣心中」
監督・原案・撮影:高林陽一
脚本:高田宏治
配給:ATG(アート・シアター・ギルド)
出演:島村佳江、光田昌弘、土屋嘉男、楠侑子、中尾彬、大泉滉、山田吾一、白川和子、上月左知子、松川勉、三原葉子、名古屋章、成田三樹夫 ほか
「この手を握りしめて、もうはなさない・・」
情念の世界をひたすら追求する京都・西陣出身の高林陽一監督がメガホンをとった沈美的ラブ・スーサイド映画。
主人公の野沢ゆみ(島村佳江)は、会社の上司・井上と無理心中をはかり井上は自ら首を切り命を絶つが、ゆみは上司の手が汚いという理由で心中を思いとどまる。
(スタートからなんちゅうフェティッシュ展開。笑)
滋賀県警の刑事・西川(名古屋章)から福島の故郷に戻ることを進められるが、故郷には戻らず京都のデートクラブで働き始めるゆみ。
ある日、クラブの女将と訪れた京都のデパートで、西陣の美しい帯を見つけ感動したゆみはクラブを辞めて機織りを目指すべく西陣の町へ。
刑事・西川の助けもあり西陣織の工房で働くことになったゆみだが、その工房で美しい手をした職人の博之と出会う。
(フェティッシュ、再び。笑)
デートで訪れた琵琶湖で白鳥のスケッチをする純粋な博之を見て初恋のような幸せを感じるゆみ・・。
ふたりは恋に落ちるが、工房のおかみ・はまに猛反対され、ゆみはとっさに包丁を振り上げる。
刑事に追われ、叶わぬ恋と悟ったふたりは博之の最高傑作である二羽の白鳥が織られた美しい西陣のつづれ帯と共にビルの屋上から飛び降り、永遠の愛を得る・・。
実際に、この美しい帯を織った職人はどんな人なんだろうかと考えながらその織の職人技に感動。
無感情で様々な男と逢瀬を重ねる美しい魔性の女・ゆみのクールな存在感。
主役の周りを固める俳優陣の強烈なパーソナリティー。
デートクラブ時代のゆみを知り、脅迫する宮崎(成田三樹夫)のちょっと抜けた悪人具合がこの映画のエッセンス。
終始、実親のように無償の愛でゆみに優しく接する刑事・西川(名古屋章)が映画の中で唯一のやすらぎ。
今とは違う西陣の街並み、釘抜地蔵で有名な石像寺、東本願寺、玄武神社、本隆寺、智恵光院、琵琶湖、京都タワー、嵯峨野が登場。
映画のエンディング近くで映し出される鬼が主人公の京都三大奇祭のひとつ「玄武やすらい祭」が、ゆみの夜叉(鬼)的な魔性具合と重なる構成力が光る。
30 notes · View notes
kennak · 5 months ago
Quote
私の両親は、いわゆる、「人権派」、活動家だった。 もっと正確に言うと、人権派と陰謀論者の中間、あるいは地域の名物おじさんみたいなものだった。 父は予備校塾の講師、母はデザイナーだった。 この家に育って何が起きたか。 物理的な虐待とか、経済的困窮とかそういうことは、当然ない。 それは認めるし、親としては感謝している。 だが、私はこの家に育って、世間とまったく感性が通じないというか、後天的なコミュ障のような人間になった。 少し前に、発達障害者の人たちが「健常者エミュレーター」という概念を紹介していたが、それを見た時、私は膝を打った。 また、統一協会やエホバの証人の二世問題について知った時、私はこれに近いんじゃないかと思った。 自分が世間から見て「おかしい」ことはわかっている。だが、私に植え付けられた何かが、「いや世間なんて」と茶々を入れ続ける。 私の両親は、あらゆる凶悪事件がまるで発生していないか、あるいはまるで被疑者が英雄みたいに私に話すのだった。 大きな例を挙げると、神戸の連続殺傷事件(酒鬼薔薇)について、両親は冤罪説、つまり少年Aは犯人ではないということをしきりに唱えていて、まだ小さかった私にも、「これは嘘なんだよ」「警察はしっかり調べていないんだよ」と吹き込んだ。 池田小の事件も、父親は死刑廃止について盛んに唱えていた。 私の父は予備校の会報か講師たちの同人誌か、そういう冊子に、そのことをずっと書いていた。そしてそれを小学生の私に読ませた。 食卓で悲惨なニュースを見ながら、「〇〇ちゃんは、人の心について考えられる人間になってね」と、両親は笑顔で私に話しかけるのだった。だが、「人の心について考えられる」というのは、イコール、死刑廃止活動やあらゆる有名な事件にまとわりつく陰謀論に近い冤罪説を信じろ、ということだった。 母は、左翼の地方議員の勝手連みたいなことをやっていて、時々家が集会場所となった。学校から帰ると、おばあさんとかおばさんが五人くらい集まっていて、きついコロンの香りを漂わせていた。 別に悪い人たちではない。本当なら、私よりもずっと世間に貢献している人なのだろう。お菓子やお土産とかもいっぱいもらった。だが、結局のところ、ある宗教の座談会の人権版が家で行われているのと変わらない。そしてこの集まりから何か発展的なことが生まれたようにも見えない。 こういう家に育って、私は中学生のころまで、いわゆる純粋培養で育った。親の言うことが全てという世界で。 極端に聞こえるかもしれないが、世間のあらゆる犯罪は、冤罪であるか、犯人の非ではない何かの理由があって発生した者であり、警察と政府は悪。端的にそう言う世界だった。 ネット上には、死刑廃止運動に絡めて、ある左翼の議員が、「殺されてしまった人よりは、生きている犯人の人権の方が大切なのだから」と発言した、という情報がある。実際はその議員はそんな発言をしていないらしいのだが。 しかし私の両親は実際、そういう価値観だったとしか思えない。 私が初めて、ちょっとした疑問を覚えたのは、小学校高学年の時だった。 それまで放課後開けていた小学校の校門や校庭を、これからは明確に管理しようという話が、小学校で出たらしい。 しかし、私の両親、特に母親が待ったをかけた。というより、その現場に居合わせた。 母親はその情報を知るや否や、私もつれて、なんと校長に面談を申し入れた。 私は校長室の革椅子に座って、横で母親が延々と「開かれた学校という理念はどうしているのか」「治安というのはつまり何を基準に申しているのか」と校長にまくし立てていたのを覚えている。 なぜ私がそこに連れていかれる必要があったのか、そして半分笑顔でねちねちと喋り続ける母の姿は、子供ながら��、不安だった。その時はそういう言葉を知らなかったが、今考えると、敬語を使うだけのモンスターペアレントではないか、と思う。 そして自分が世間と徐々に乖離していると気づいたのは、中学校に上がってからだった。 両親。家の食卓で両親がわざわざ解説してくれるニュース。両親が取ってる新聞。送られてくる雑誌。友達。漫画。それだけが全てだった私に、携帯電話が買い与えられた。 そして私は、「世間」がどういう理念で動いているかを知った。 両親は万能ではなかったし、全てではなかった。むしろ、ピエロの様な、少数者だった。 だが私はそれを知っても、どう処理すればよいかわからなかった。 「いい?憲法にはこう書いてある」と両親は時々言っていた。多分、世間一般の人々より、両親は「知的階級」だ。良いことを言っている。正しいことをしている。多分。恐らく。 だが、世間はそう動いていない。そう育てられた私に対しても。 大学生となり家を出て、私は飲み会に行った。 そこで、当時話題になっていた、ある凶悪犯罪を揶揄するネタを余興としてやる男性がいた。 私は、今考えると、自分でもわからないのだが、「そういうのはやめた方が良いよ。まだ犯人だって決まったわけじゃない」と真顔で伝えた。 場はしらけ、そして私は飲み会に呼ばれなくなった。 SNSなら、これはリベラル的な武勇伝となるのだろう。だが私は、はっきり言って、普通に、なりたかった。 人権は、そしてそれを擁護する存在は重要だろう。犯罪だとか治安だとかに対して、「疑う」ことは重要だろう。だが、それは、宗教と同じく、大人になってから自分で学ぶべきことだったのではないか。
「人権派」の家に育って
52 notes · View notes
da-daism · 11 months ago
Text
Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media Tumblr media
X(旧Twitter)でも投下しましたが一応こちらでも…。
今回のオーディオドラマの収録のレポート漫画です。
テンションのまま描いたら、そこそこ気持ち悪くて笑、レポート漫画としてはこれでいいのかな;とか勝手に思っています;
ただ本当に声優の皆さん、和気藹々としていながらも、キャラの気持ちや状況に瞬時に切り替えて反応して下さったり、それと、レポートの後半でもありましたが、3人揃っているからこその、アドリブのセッション力みたいなのが本当に凄くて…!
勿論朴さん、お一人で場の雰囲気を作り上げて気持ちを練り上げる様を見ることが出来たのも貴重でしたが、平野さん、遊佐さん、小野さん3人で、相談したわけでもないのに、その場で息を合わせて場を進めてしまうのとか、本当に感動でした…。。
勿論、シナリオ、脚本を手掛けたのである程度の想像はしていましたが、声優さん達の圧倒的なリアリティはやっぱり凄いなと、そんなふうに思いました。
それと、収録後皆様と少しお話しできたのもとても嬉しい体験で…。
実は13年前のアニメ期間は、週刊誌ということもあって、声優さん達とお会いする機会があっても、毎回時間に追われていたり、睡眠不足でグロッキー状態だったりで、あんまり皆さんに感謝の表現を出来て衣なかったり、場合によっては失礼に見えていたりしたんじゃないかなー;;と、そんな状態だったので…。
しばらく前からゲームの収録などでも、立ち会える時はなるべくお会いして、当時の謝罪行脚;;じゃないですが;;挨拶したりするようにはしていたので…。今回改めて平野さんや小野さんと時間を超えてお話しできたのは、当時の時間を取り戻せるような体験で、私にとっては本当に嬉しい時間だったんです。
特に平野さんとは対談でもしばらくお話しできて、当時色紙を描いたことや、共有している思い出が少しでもあるのは本当に嬉しいなと思いました。(あと、やっぱり昔から目の前にすると美しさと透明感が凄いのも変わらない…!)
それと今回は幼サーシャでしたが、今もまたゲームなどで大人サーシャを演じてくださる平野さんですが、13年経った深みのある演技が私は好きなのです。アテナらしさが出ていますよね。
今度はテンマの柿原くんも集まれる機会があるように、本当に願ってやみません…!
ちょっと書き足りないこと書いとこ!と思ったら結構書くことありました……;それでは失礼致します。。
61 notes · View notes