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#アムロちゃん会えるかな
oivgbqiqfz358 · 3 months
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--深海人形-- 君はサガシリーズと拙作のノリについていけるか?!!
※閲覧注意
※クロスオーバー?ネタ注意
※雑多にネタをぶち込み。
※キャラ崩壊注意
※バイファム語りが凄い(※多分今回だけ)。
※主宮、お豊よりヤザンより戦闘狂説(※拙作読めば分かる)。
…ソルにみちびかれし にじの女神 イリスって何者??(※黄金の太陽話)。
…イリスは、後、ギリシャ神話のイリスだけで無く、(※エジプト神話の)イシスのイメージが強く入ってるの好き(※召喚に必要なジンが火9水4な所も錬金術一つの終着点みたいで良き)。
…。
…意外とロマサガって、魅了状態誘発技多ない?(※ロマサガ2の池袋が一番有名だけど……、…ロマサガ3のフォルネウスやロマサガ1の猿様も使って来る)。
…。
アンサガラスボスのカオスルーラーは戦闘システムとバランス担当した方が「仲間を十分に鍛えた場合、六割の勝率で良い位の調整にした」…とおっしゃられてたけど、黄金の太陽 失われし時代のドゥーム ドラゴンは「三〜四割の勝率」だとしか思えない(※上には上が居る)。
…。
…サガシリーズ(※特にアンサガ以降の新作)は戦闘狂ゲーである事が多い(※メーカーは違うけど、SO3も大概)。
…。
鉄血とSeed Freedomラスト見ながら思った。同性婚でも、異性婚でも、変わらず、幾ら愛があっても金無いと結局詰むし逆に金があれば、愛が無くても普通にやって行ける。何て残酷。何と言う世の平常運転。
…。
…何時か三匹の子豚感覚で種の三莫迦で豚の三連星ネタやりてぇな(※ジェットストリーム何とか!)。
…。
シロッコ伝説の超(スーパー)コーディネーターネタはいずれ(※したいです)。
…其れは、人の夢…、人の望み…、…人の業!(※其れクローン仮面の台詞)。
…。
…私は、『人間は超人に試合では勝てるけど、戦闘では勝てない(※武装して居ない限り簡単に狩られる)』…と、考えております(※…だけど、カピラリア七光線特効で何とか……)。
…だけど、「…アムロなら試合所か、白兵戦でも余裕で勝てる(確信)。」…と言うガチの信頼がある(※但し普通に考えたら無理)。
…。
…バイファムはシドが出て来てからが真の本編なんだよな()。
…。
シド(ククトニアンから半地球人だと不当な扱いをされて居た)は、シロッコとかガトーとかマイヨとかル・カインとか特に不幸な背景は無い可也恵まれた立場の悪役勢とは違って不憫で可哀想過ぎて虐める気失せる(※ワイにしては非常に珍しいイレギュラー事態)。
特に、マイヨニキは、父親がギガノス帝国最高位の科学者(…と言うか、皇帝陛下と古くからの親友)で、その父から自分専用機メタルアーマー ファルゲンを与えられた上に、ギガノス軍で滅茶苦茶評価されてて地位的にも優遇されてると言う点から見ても凄く恵まれてるからな(※多分此の事をシドが知ったら、嫉妬と羨ましさの余りオーバーキルレベルのショック受けるわ)。
…。
ヤザンがシド・ミューラァだった場合
相手が子供(ガキ)だろうが何だろうが関係無いのであっさり撃墜する
ガトーがシド・ミュー(ry
相手が子供(ガキ)だろうが何だろうが関係無いので(ry
マイヨ・プラートがシド・ミュ(ry
相手が子供(ガキ)だろうが(ry
バイファムは子供が主役だから、彼等と敵対するククトニアンの大人は、甘ちゃんで子供にも勝てない情け無い雑魚と見なされがち(※…然し、ククトニアンが矢鱈苦戦してるのは、殆ど石板の所為だけど……)。
…。
子供達がククトニアン軍と言う戦争のプロフェッショナル集団(※…尚、過去には地球軍に何度も完敗して居る模様)に勝てるのはほぼ石板パッワァー(とロディ他有能過ぎ子供達)の御蔭なんで……(遠い目)。
…。
…ククトニアンの中で、一番有能なのは、シドやサライダ博士じゃなくて、ジェダさんだって、はっきり分かんだね(迫真)。
…。
ククトニアン、軍略に置いてはマジで低レベルとしか思えん。何度も地球軍に負けるわリベラリストに出し抜かれる位内部分裂収められて無いわとマジ無能(※此の無能さは歴代ロボアニメの中でも屈指)。
…。
…マイヨの初登場はドラグナー第3話、シドの初登場はバイファム第29話なので、監督達も相当学んで居ると思われる(※…もっと早くシド出しとけば……)。
…。
…バーツかケンツ居なかったら、とっくにチェックメイトでゲームオーバーな場面多いのがバイファム(※…後、敵さんが割と洒落にならない位無能だから救われた部分滅茶ある)。
…。
…バイファム他でも見れなかった本気を出したシド・ミューラァが見たいんだけど(※神様仏様天下のスパロボ様でも無理なら、拙作内で本気出させるしか……)。
…で、ChatGPTにデータ提供して、シミュレーションして貰って、本気ミューラァと(当たり前の様に)The Oのシロッコかヤザンのハンブラビかガルマザクか其の他実力者と戦わせようと思ったんですけど、何だか気が進まなくなったんですよね。…そんなんミューラァじゃないって……(※痛恨セルフ解釈違い)。
…。
シロッコ「宿命だと?サラを弄ぶな!(※元ネタ:ロマサガ3トーマスの台詞)。」
…『幻体戦士術(シャドウサーバント)』シロッコ、見たいかもしれない(謎のネタ庫出し)。…遂に冥術迄……(※月術 ※byロマサガ3 の方かもしれないけど)。…『幻影魅了術(ゴーストライト ※ロマ1では猿様も使って来る由緒正しき技)』シロッコも見たいですねぇ(※リアルロボット戦線では"誘惑”の精神コマンド持ってるので尚更)。
…おっ、…男のテンプテーションは斬新だな??(※ポセイダルの方を見ながら)。
…。
※ワンクッション用記事
https://www.tumblr.com/aznami358/754725669112512512/%E3%83%AD%E3%83%9E%E3%82%B5%E3%82%AC2%E3%83%8D%E3%82%BF
…。
※特別短編:アナベルはおもちゃじゃないんだぞ!
※ソロモンの悪夢生存if
※キャラ崩壊ギャグ全開Zと0083のクロスオーバー?話
※0083Rebellionのネタバレあり
※あのシロッコが既婚者です。あのシロッコに妻が居ます(※驚愕の設定)。…さて、其の奥さんは、一体、誰かな〜?誰かな〜〜??(※最低の煽り)。
…あれから、アナベル・ガトーは、戦死出来なかった。生きて連邦に無様を晒した。
その後、ガトーは連邦に回収され、捕虜となったが、例の紛争の時に味合わされた数々のテロ実行犯のジオン残党による悪行と攻撃に、苦虫を噛み潰すような過酷な思いをして来た連邦の兵士達は、凄まじい迄の憤りを見せた。
「…あんなジオン星人の捕虜なんて要るかよ!(※ナチュラルの捕虜なんて要るかよ!並)。」…と。
…連日、其の様に大いに荒れたが、然し、最終的には、皆納得した様で、…逆に、ガトーの存在を歓迎する様になった。
……ティターンズ専用の玩具として。
…。
「…シロッコとエフェも来いよ!御前等も本物のガトーを見たいだろ!?俺がガトーの居る部屋に案内してやるよ!!!!」
ヤザンは、シロッコとある女性と共に居る。シロッコと彼女は、…最近、木星から帰って来たばかりなのだ。
「…本当は、彼女を連れて行きたくないのだが……。」
「ま、真逆、本当に彼奴じゃないよね……?大丈夫、きっと違うガトーさね。きっと違うガトーに決まってる。」
「…ほら、怯えてるじゃないか……。」
そんな"女"を労るシロッコに、その"エフェ"と呼ばれた女性----未だ酷く、怯えて居る----が、親し気に抱き付いて甘えて来る。
「…でもね。……パプティマスが行くなら、私も一緒に行くよ。一人は嫌だよ。」
「ハハッ、可愛い奴だな。君の様な姉さん気質の女性に甘えられると、私もメロメロになってしまうよ。」
…此処で、エフェメラの神経を逆撫でする様に、ヤザンが軽率にボソリ言う。
「年齢的にはシロッコより圧倒的年上でおばさんだけどな。」
「待ちな!!顔面偏差値10!!」
…エフェメラから苛烈な暴力が来る事を見越して居た、ヤザンは、そそくさと高速で逃げて行った。
(…私よりエフェと、男女関係の相性良くないか、彼奴は……?)
…その光景を見たシロッコは、段々とエフェメラと自分の関係への自信が無くなって行って居た。
…。
それから、三十分位後。
「ほら!!ガトーの居る部屋についたぞ!!!」
その時、ヤザンが乱暴に部屋の扉を開ける。…すると、シロッコが、早速反応する。
「あれがソロモンの悪夢と呼ばれたアレか。」
「…アレ扱いかよ?!!」
余談だが、ヤザンは、ウラキ中尉とガトーの存在を知っており、実物のウラキ(本物)とガトーにも、既に会った事があるのだが、シロッコは、ウラキとは面識が無く、ガトーを見るのは、今回がはじめてだった。…そして、エフェメラも……?(※茶番)
…かくして、遂に三人は、ガトーと対面する。
シロッコが自己紹介をし、名乗った最後に、エフェメラはドギマギ心臓をバクバク(※マジ心臓に悪い)させながら、自己紹介をはじめた。
「…は、初めまして……。…私は、エフェメラ・ハントです……
(…あっ、正真正銘のガトーじゃないか……。)。」
「……!?(…何っ、…シーマ ※獅子身中の虫 だと……?!!!)。」
「…や、、矢っ張り、…あ、彼奴じゃないか?!…ガトー!…アナベル・ガトー!?!!本物の!?!!うわっ?!辞めてくれよぉ!!ホントにぃ!!!」
…其うして、エフェメラは、自己紹介を���えた途端(当然ながら)、怯えて光の速さで逃げ出す。
「待て!此の裏切り者!!!!」
そんな『敵前逃亡』して行ったシーマ(現エフェメラ)を、ガトーは何とかして引き止めようとした他方で、シロッコは酷く戸惑って居た。
「…何故だ!??!!!…エフェ、…何故逃げる?!???」…此処で、そんな奴ガン無視で熱くガトーは語り出す。
「今はエフェメラ・ハントと言う名前だろうが、あの下衆女は、シーマ・ガラハウ、我々ジオンを裏切った上に閣下を手討ちにした下女だ!!許るさん!!」
「…へぇー!スゲェ!元味方の艦隊を欺いてテロの首謀を直接葬った後、あの紛争を生き延びた後に、偽名を使いながら、木星に逃げたって訳か!エフェにそんな過去が!やるじゃねぇか!」
其う素直に感心するヤザンを、後目に、その時、シロッコが生の感情に駆られながら言う。
「…シーマ?…エフェメラが如何かしたのか?何かしたのか?過去にトンデモ無い悪党だったのか?…昔の事は昔の事だ。…今は私の伴侶だよ。私の妻。私の女をとやかく下衆女だの下衆女だと悪く言うとは、貴様、許せんなぁ……!!??」
更には、白い手袋に隠れた結婚指輪も見せる(※手持ちの貴金属を簡単に加工して作ったハンドメイドらしい。彼曰く、自分のは純銀だが、エフェには18金の奴をあげたと言う)。…が、それに負けじと、ガトーも食い下がらない。
「…ハッ、……はぁ!?妻!こんな得体の知れぬ男の糟糠の妻だと!?あんな女は我々の敵だ!シロッコとやらよ!お前は本当に趣味が悪いな!!!!神経と審美眼を疑う!!!!」
…此う言う風にシーマがティターンズのよく分からん奴(※実際マジでよく分からん奴)と結婚してた事に驚愕するガトー。
…あー、もう何もかもが無茶苦茶だよ(※アニメ0083のストーリーライン・脚本よりも)。
…因みに、その光景を見て居たヤザンは(…面白れぇ!何てスゲェ因果なんだ!!!!)…等と思わず面白がった。
それから、
「其処迄、侮辱するとは。…ガトーよ、私の手で討たれる覚悟はあるだろうな…?!」
「受けて立つ!」
…と言う感じで、ガチ生身同士での喧嘩を開始したガトー、シロッコ。…そして、ガトーと同じ空間に居るのが苦痛で嫌過ぎる為、今の状況では可也遠くに居るシーマ様(現エフェメラ)、此の三者の間には、どれだけ距離が離れて居ても、ニュータイプ能力云々とか魂が通じ合う感覚とか抜きで、凄まじく気拙い空気が延々流れて居た。更に書くと、何処迄もヤザンは蚊帳の外だった。
…さて、最終的には、その後、シロッコとガトー(手錠と足枷はシロッコが上に頼んで外して貰った)はMS戦で真の決闘を行って決着を付けると言い出し、勢い良く外に出て行った。其の様子を見たシーマ(現エフェメラ)は、彼等の後を追って行った。…然し、当然の様にヤザンは蚊帳の外だった。
…。
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chachaumabreak · 1 year
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機動戦士ガンダムのはなし。
最近ままちゃがしきりに昔観てた機動戦士ガンダムをアマプラで見返してて、横でちらちら観てここがいいんだよ!なんて進められてるんだけれど、ままちゃのガンダムばなし聞いててちょっと切なくて泣きそうだったのは、シャア・アズナブルとセイラ・マスが本当は兄妹で偽名を使っているうえに敵同士だっていうところと、
アムロが一時実家に帰るシーンで、戦争に巻き込まれて敵の支配下にある街中で母親の無事を祈りながら探して無事に再会するも、敵の兵隊が見回りに来てその兵隊に鉄砲を打ったところで母親が「あちらにも家族がいるだろうに」「人様に銃口を向けるなんて」「そんな子に育てた覚えは無いわ」(非常に優しく泣きそうな声で)みたいなこと言うんだけど、アムロは「母さん、これは戦争なんだ」って涙ながらに言うところ。お母さんの気持ちも痛いほどわかるんだけれど、アムロも戦争したくてしてる訳じゃない複雑な心境のなかで銃口を向けてるのも痛いほどわかるから、心苦しかったなって思った。
難しい内容だし横目でちらちら覗くだけなんだけど、ままちゃに解説されながら見るこのシーンは、ちょっとこの辺りはなきそうだったよ私。
因みにままちゃはシャア・アズナブルが推し。マスクとったシャア様を見せてきてはかっこいいでしょ!イケメンでしょ!って見せてくる。そんなままちゃ見て、親子だなぁと思うなどとした。
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初代『ガンダム』が、今も鑑賞に耐えるのは、「ニュータイプ」だの「SF戦争ギミック(MSや宇宙移民や)」だのという「バカバカしい要素=絵空事」を全部取っ払った後に残る、〔今生きている自分(観客)と「地続き」になっている「人の振る舞い(=或る状況、或る環���、或る人間関係に置かれたときの人間の振る舞い)」〕が満載だからだよ。
初代『ガンダム』の、所謂、「続編」と呼ばれている作品には、大きく2つの流れがあって、一つは「ニュータイプ」というアイディアを追いかけ掘り下げていく流れで、もう一つは、モビルスーツをはじめとする各種「SF戦争ギミック」を精密化したり高度化する流れ。
言い換えると前者は「spiritual」系で、後者は「military」系。で、どっちもそれなりにオモシロイんだけど、最初に書いた「バカバカしい要素=絵空事」の方に「本腰」を入れている作品群なので、「初代」に比べると、鑑賞中に、登場人物たちの振る舞いに対して「お、分かってるねえ!」と唸る機会がものすごく少ない(場合によったら、全然ない)。
もっとぶっちゃけて言ってしまえば、「ニュータイプ」にしても「戦争」にしても、観客は勿論、制作者たちも、誰ひとりとして実際に体験してはいない。要するに、100%想像。作る側も観る側も想像。童貞が作ったアダルトビデオを童貞が鑑賞しているような、独特の「不毛さ」と「バカバカしさ」がそこにはある。だから、あんまり本気になれない。
ところが、機材も人材も時間も足りてない状態でどうにかしなければならないブライトが「置かれた状況」というのは、社会で働く人間にとっては、ものすごく馴染みのある、他人事ではない「実体験」に属する。あるいは、アムロがどんどん「離れて」いってしまうフラウ・ボウの「悲しみ」だってそう。宇宙戦争とかニュータイプとかとはまるで次元の違う「生々しさ」を、この凡庸な21世紀を生きている観客もちゃんと感じ取ることができる(他にも例はいくらでも出せるけど、きりがないのでもうやらない)。
『∀ガンダム』が富野さんの最高傑作だと思えるのは、だから、「初代」の持っている「本当の魅力」を最もよく全面に出しているから。輒ち、『∀』には「ニュータイプ」は出てこないし(そういう概念すら出てこない)、戦争だって、まあ、終始「小競り合い」(武力衝突レベル)。
この『∀』の特徴を、逆向きから言うと、「ニュータイプを匂わせる現象」すら起きないせいで、『∀』は「spiritual系ガンダム好き」からは相手にされないし、いつまで経っても同じ顔ぶれの「地味な」モビルスーツが「地味な」小競り合いを続けているだけなので、「military系ガンダム好き」にもあまり喜ばれない。だが、それでいいのだ。『∀』には「初代」の「本当の魅力」が満載ということは、ニュータイプでも戦争経験者でもない我々が、素直に「実感」や「共感」を覚えられる「登場人物たちの振る舞い・言動・物語」が満載ということだから。
最近お気に入りの自前の「弁当理論」をまたしても持ち出せば、たとえどれほど、「オカズ」が美味かったり珍しかったりしても、肝心の「米(ご飯)」が不味ければ、我々にとってその「弁当」は不味い(そして、もう二度と買わない)。オカルトオタクや軍事オタクは、総じて「米」の美味い不味いに無頓着で、「オカズ」の美味さや目新しさだけで、その「弁当」を評価するが、我々は違う。「米」が美味いなら、「オカズ」は、「梅干し」や、変哲のない「厚焼き玉子」で充分。「平文」に「翻訳」すれば、日常と地続きの人間の有り様が見事に描かれていれば、ダイソレタSFギミックや大戦争は必要ないのだ。例えば、特に何も事件の起きない『海街diary』が美味くてたまらないのは、我々が何よりもまず、「米の美味さ」を求めている者たちだからだ。
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hiroyukisuzuki · 6 years
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#沖縄 #移住計画 #部瀬名 #ハレクラニ沖縄 #来年オープン #ヤバいハレクラニ行きたい #安室奈美恵 #アムロちゃん会えるかな #安室ちゃんありがとう #社会復帰不能 #初日なのに… (The Busena Terrace / ザ・ブセナテラス) https://www.instagram.com/p/Bn0CYHPnherIxg0CXNblqC0Y6IrU3ndsFmgPK80/?utm_source=ig_tumblr_share&igshid=8e41dll6d8ob
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petapeta · 3 years
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 死に水を取るとは、一部の宗教に置いて、人が臨終になった時に口に水を含ませる儀式。 故人との最後の時間を過ごす重要な儀式となる。 閃光のハサウェイは、ガンダム原作者である富野由悠季による小説であり、それを元にした映画となっている。 富野監督による、ガンダム作品は複数あるが、1stガンダムと呼ばれる、最初期の歴史を作ったガンダムと連続性を持つ最後のガンダムになる。(Vガンとか、F91は物語に連続性がない。ターンAは特殊立ち位��) ようするにこのガンダムを映像化すると、もう保守本流ガンダムは存在しない。 富野監督はいまさら、あらたにガンダムの続きを作りたくはないだろうし。 ガンダムUC、ガンダムNTといった、連続性はあるが非富野ガンダムでは、保守本流とは言い難い。 知っての通り、日本の人口は減少し続けており、ガンダムブームの効果は1st世代がカンオケに入る辺りで終焉する。 次世代のファンを育てようとした、多くの試みはある程度の成功を収めたが、1st越えは最後までできなかった。 そりゃそうだ、人口ピラミッドがそうなっているのだから。 そうすると今後国内でガンダムIPでコレまでのような利益を出すことは難しくなる。 おそらくこの後にガンダムというIPは海外に切り売りされ、1st世代にとっての唯一無二の香りは失われ、雑に扱われるのだろう。 これまでも雑に扱われて煮え湯を飲んだという気持ちもあるが。 もっと早い時期に何度もリメイクするハリウッド商法、マーベル・コミック商法に乗っかっておけば良かったのではないかとも思うのだが。 ガンダムオリジンもそれを果たせなかったし、もっと弾を打つべきだと思うのだが、それもなかった。 なかなか大変なのだろう。 そして、もうそろそろガンダムファンも限界だ。カンオケに入っていく。 1stからのコアなファンが死んだらあとは、時代時代のライトなファンしかおらず、大きい売上は見込めない。 そもそも人口ピラミッド的にもう、かつてのような利益は見込めない。 そりゃもう、ここで一発、1stガンダム世代が、世代を、世代の、「ガンダムの死に水を取る。ガンダムファンの死に水を取る」ような作品が必要だろう。メンタル的にも、最後の集金的にもだ。 それが閃光のハサウェイだ。 それを狙って企画されたかどうかは知らないが。誰かがそういう思いを抱いていたんじゃないかと思わせる。 思えばガンダムは、人生の節々で、ここでガンダムを卒業するか、留年するかの判断を突きつけてきた。 第一次ガンダムブームの終焉。当時のキッズが進学したり社会人になるころに。 逆襲のシャア である。 1stガンダムから アバウト8年。アムロもシャアも視聴者もいい歳食って、ここで第一次ガンダムサーガは完結である。 ここで卒業しなかったやつ、死にきれなかったやつ、留年したやつには、そこから3年。 ガンダムF91 である。 俺はこの辺で一度、もういガンダムはいいや、という気分になっていた。 この後も散発的に、ガンダムが作られる。非富野ガンダムも大量にある。 新しいファン獲得を狙ったガンダム群も多い。 だが、1st世代が結局一番ガンダムに財布の紐がゆるく人口も多いため、1stガンダムから連続性があるようなスピンオフや、スピンオフしてない直系の偽物が作られる。 ポケット野中の戦争や、0083や、08小隊、は1st世代と、新規顧客の開拓を狙ったスピンオフ。 ガンダムUC、NTは、1st世代と新規顧客の開拓を狙った、保守本流のフリをした偽物だろう。(悪いわけではない) そこに来て、閃光のハサウェイは。 富野由悠季が監督しているわけではないが、原作なので、立ち位置は保守本流で。  あまりにも見事な村瀬修功監督の丁寧な演出は「そこにモビルスーツがある社会」を描きたした。 1stガンダムで、ザクマシンガンの空薬莢の被害者がおり。 ああいう、MS戦闘に巻き込まれる一般人という視線は、セルアニメ最強の見栄えを誇る、ガンダムF91でアップデートされた。 もうコレ以上の絵も演出もなかなか見れないだろうと思っていたが。 ハサウェイはそこをズバーンと突き抜けて見せてくれた。 ここ数年、自分の中で「この映画はなにかのターニングポイントだ!!」と感じたのは、シンゴジラとハサウェイの2本である。 シンゴジラが出る前は、「平成ガメラぐらいが、国産怪獣映画の最高峰なのだろうな、という、ある程度の満足感と諦観」があったのだ。所詮お前ら特撮に真剣にならないだろ。実写進撃の巨人でまぁいいやと思ってるんだろ、だったらガメラの完成度はそれを遥かに凌駕するからもうこれでいい。みたいな気分。 あれをシンゴジラは突破した。 ハサウェイも同じように、「所詮ロボットアニメだろ」「お前らコレぐらいで十分満足だろ?」という、ラインに居た各種のリッチなロボットアニメを頭一つ二つ余裕で越えて。 ロボットアニメってここまでやれるでしょ。っていう。 ガンダムタイトルでなけばここまでの予算を使えなかっただろうし、しかしガンダムである限りは足かせも有る。 そこにこれだ。 こりゃファンとしても死に水を取ってもらうしか無いなと。
映画 機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ 感想2 (ネタバレ) 島国大和のド畜生
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kconasu · 3 years
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機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(ネタバレあり)
2021年/日本/カラー/95分
 「機動戦士ガンダム」の最新映画になる「閃光のハサウェイ」を劇場で映画館で鑑賞してきました。告知が上手く機能していないのか、part1とか付けなかった事で誤解されているのか、今作だけで完結すると思われているところがありますが、そうではなく無く三部作の一作目となっています。
 「逆襲のシャア」から12年。「ガンダムUC(ユニコーン)」から9年。地球連邦軍とジオン公国軍及びそれの残党との戦いは終わりに近づき、代わってテロ組織「マフティー」との戦いに移行していた。この頃の地球は地球連邦関係者や富裕層といった特権階級が優先される場所となり、かつてのティターンズ(「Zガンダム」)のような警察組織「マンハンター」によって不法滞在者(低所得者)は逮捕、強制的にスペースコロニーに移住させられていた。「マフティー」は地球連邦の幹部達の特権に反対し、彼らを殺害する事を目的にすることで市民達の指示を得ていた。同じ名前を名乗るフォロワーテロ組織までも生み出していた。しかし市民の不満は横暴な「マンハンター」に対しての物であったために「マフティー」の理念とは少しずれが生じ始めてもいた。
 月地球往復シャトル、全席ファーストクラスのハウンゼン356便が地球に向けて飛行していた。地球連邦の重要な会議「アデレード会議」に参加するために関係者が多く乗り合わせている。その中にブライト・ノア艦長の息子、ハサウェイ・ノア(実は「マフティー」のリーダー、マフティー・ナビーユ・エリン)、「マフティー」殲滅のために地球に送り込まれたダバオ空軍基地(フィリピン)次期司令官ケネス・スレッグ大佐、そしてこの船には不相応な年齢の少女ギギ・アンダルシアも乗り合わせていた。地球に降下し始めようとした矢先、強制的にドッキングされテロリストに船は占拠される。テロリスト達は「マフティー」と名乗っているが、実はフォロワーテロ組織によるものでハサウェイもこの事については事故のような遭遇であった。ケネス大佐とハサウェイの連携プレイによってテロリストは鎮圧され無事にダバオ空軍基地に着陸する。ハサウェイは「マンハンター」及び地球連邦軍からの簡単な事情聴取のために同地のホテルにギギと共に滞在することになる。その間ハサウェイは「マフティー」の部下達に接触。ホテルをモビルスーツで攻撃させ、同じくホテルに滞在しているハウンゼン356便の地球連邦高官達を殺害させ、その隙に自分は逃亡する予定だったが、攻撃におびえるギギを放ってはおけずダバオに残る羽目になってしまう。
 ハサウェイはギギに引かれるものの彼女がいる事でテロ計画に狂いが生じ始める。またケネス大佐はギギを勝利の女神と思い基地に置いておこうとする。そしてハサウェイとケネス大佐の間には友情が生まれるが、ケネス大佐の中ではハサウェイがマフティー・ナビーユ・エリンなのではないかという疑念が生まれ始める…というお話でした。
 いやーこれは面白かった!ガンダムシリーズとなると「モビルスーツだ!」「ニュータイプだ!」という話に陥りがちなんですが、「閃光のハサウェイ」はどちらかというと人間ドラマに比重を置いた作品になっているのでガンダム世界に詳しくなくても話は追える安心感があると思います。ギギというファム・ファタール(運命の女・悪女)を男二人で奪い合う構図も「めぞん一刻」といったドラマ・映画・漫画で結構使われているパターンですしね。「めぞん一刻」でいくと音無響子さんがギギ、女たらしで優男のケネス大佐が三鷹さん、悩み多き青年ハサウェイが五代君でしょうか。
 モビルスーツも今作では、そしておそらく三部作通してもかなり数が少ないのも特徴的です。ガンダム映像作品のビジネスモデルとしてモビルスーツを沢山出して、中には過去のモビルスーツのバージョン違いとか進化形までを出してきて、それをプラモ等にして回収するというのがあるんですが、今作はデザイン的にも独立しているし(過去のつながりが全くない訳じゃ無いけれど無視していいレベル)、夜のシーンが多いのでメカの形とかよく解らない(苦笑)のが幸いしているのでこちらも初心者に優しい作りになっていると思います。
 ニュータイプにしても今回はかなり控えめ。ギギはハサウェイ達の心が読めるといった能力はもっているものの、ニュータイプとは違う、女の勘・エスパー・不思議ちゃんとして描かれていますし、ハサウェイもアムロの言葉が聞こえるのもニュータイプの一環なんでしょうが、描き方としては過去(「逆襲のシャア」)のトラウマからの悪夢のような感じなので実際にアムロと「交信」したのかはぼやかした感じがします。ここでも初心者に優しい作り。
 話の展開も序盤で偽マフティー���襲撃でつかみ、中盤は男達を翻弄するギギのエロティックな面で持たせて(ここ、村瀬修功監督、上手い!)その隙に舞台やキャラの状況をさりげなく降っておき、その先でようやくモビルスーツ戦が始まる構成というのがなかなか上手い。今ハリウッドでガンダムの実写映画化が進んでいるそうなんですが、今作をやった方がいいんじゃない?と思うくらいです。
 ハサウェイの背景を知るために「逆襲のシャア(1988年)」は見た方がいいとは思いますが、一方でそこまでしなくてもいいのかもという考えもあります。僕の中で「逆襲のシャア」はガンダムシリーズの中で最高傑作だと思っているんですが、それは事前知識が無くてもシャアがテロリストとしての勧善懲悪物として楽しめるし、ファーストガンダムやZガンダムを見ているとシャアの目的が人類がいる事で地球の環境を維持できないのなら隕石を落として強制的に宇宙に移住させようというネオジオンと称しているけれどネオエゥーゴというかエゥーゴの過激派となった背景まで解るとまた別の面白さが出てくる構造がとても良かったのです。それに匹敵する作りが「閃光のハサウェイ」にも取り込まれていると思うので、「逆襲のシャア」を見ていなくても、もしくは見たけど忘れているならあえてそのまま鑑賞した方をオススメしたいですね。
 もう原作の小説が出てかなり年月も経って、さらに映像化よりも先にゲームのキャラで登場したり、ネットメディアの発達によってハサウェイ達がどうなるのかガンダムファンは結構な確率でオチを知っているのですが、解っていると台詞に物語の先への布石を打っている事の発見があって面白い。物語作りとしては当たり前のことをしているだけなんですが、「ガンダムUC」があまりに過去作品に向けての布石(日本語として正しいか微妙ですが)ばかりだった事と比べるとまっとうな物語作りしているんだよなぁ(はい!僕の他作品と比べる悪い癖です!苦笑)。
 少し残念なのは終わりに向けて物語の波がフラットな状態になった事かなぁ。例えば幸運の女神であるギギを味方に付けたケネス大佐の闇が「ゴゴゴゴゴ!」とわき出て「マフティー、次は覚えとれよ!」とかやり過ぎくらいの事やっても良かったと思うんですよね。船に乗って穏やかなハサウェイと、ギギが残ってくれてまあまあお気楽なケネス大佐ではちょっと映画の締めとして(二作目があるとはいえ)ちょっと甘かったかなぁ?
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hide212t · 3 years
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『🛰機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』 やっと公開されました! コ〇ナウイルスが原因で何度も延期になっていましたが… 長かった… 待った… その分って訳じゃないけどめちゃくちゃ楽しめたよ✌🏻 今日は会社の同僚と もちろん観たのは4DX! 世界に入り込めるし 単純に楽しい ネタバレになるので内容は明かしませんが、ハサウェイはハサウェイでした😅 早く続編が観たい😆 #212 #スターバックスコーヒー #スタバ  #スターバックス  #Starbucks  #starbuckscoffee #starbucksjapan  #カフェ  #cafe #機動戦士ガンダム #GUNDAM #機動戦士ガンダム閃光のハサウェイ #映画 #映画館 #movie #cinema #逆襲のシャア #アレクサンドロス #Alexandros #閃光 #歌 #4DX #アニメ #童心にかえる #ユナイテッドシネマ #ユナイテッドシネマ前橋 #Audi  #アウディ #休日の過ごし方 #アムロ (ユナイテッド シネマ前橋) https://www.instagram.com/p/CQA0tBQpzFz/?utm_medium=tumblr
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seshika10 · 5 years
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集合絵、進んではいるんだけどゲーム動画のネタバレ描いてるから晒せないのでぷにちは再掲になっちゃうけど、枢軸+親分
昨日、父上に誘われて「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」見て来た! 4DX初めてだったけど、集中できねぇ!ww椅子すごい揺れるしブシッって空気圧すごい来るしでさぶいぼがwww
なんかね、死亡フラグ立ったパイロットが整備士との会話してて、整備士が「サラダ作って待ってるから!」「ええ、愛してる」(うろ覚え)って行って戦って死んじゃったんだけど、いいよね!!ぷにちで!!!(結局それ) どっちがパイロットか整備士かで迷うよね~~~ぷにちどっちでも合うじゃんね~~~プは元エリートパイロットで今は整備士、本田に操作を教えた師匠で今は整備だけじゃなく作戦補佐もしてたり…とかでもいいけど、 個人的にはパイロットとして死亡フラグ立てるのもプっぽいんだよな~~~~ セリフ的にも本田が「じゃがいも料理作って待ってます」って言うのもとてもしっくりする�� だから迷うしどっちでもイイ~~~!!! って考えてたせいでそのシーンのあと10秒くらい見てなくて焦って脳みそスイッチ切り替えた笑
ガンダムは初代のアニメシリーズは分かるんだ~それ以降は知らんのや~ アムロが映画だとただのイケメン凄腕パイロットになってて「???」ってなったけど笑 ちょっと野暮ったいくらいがかわいかったのにね笑 シャアも最後に「ララァは母になるべき存在だったのだ!」とか急にバブみなセリフ言い出すから「???」ってなったしアムロも「???」ってなってて草 ララァのビジュアルは姫宮アンシーとちょっと近い感じするよね。
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xf-2 · 5 years
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『機動戦士ガンダム』の生みの親の一人である安彦良和氏は、40年前に「ガンダム」のキャラクターを作り上げた。近年では『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』で登場人物たちの過去、すなわち「歴史」を描いてきた。
71歳の安彦氏は、実際の「歴史」とも向き合っている。目下のライフワークは近現代史をテーマにした作品。『虹色のトロツキー』では中国東北部に存在した日本の傀儡国家「満州国」を描いた。連載中の『乾と巽』では「シベリア出兵」に取り組んでる。
複雑な背景を持つ近現代史をなぜ描き続けるのか。安彦氏は「善悪二元論で歴史を解釈することは、とても危ない」と、歴史との向き合いかたに警鐘を鳴らす。
日本が歩んできた道を問い続ける安彦氏に、歴史と向き合う作法と意義を聞いた。
人間は、トラウマで心にかさぶたを作る
インタビューに応じる安彦良和氏
――安彦さんは『虹色のトロツキー』で、「満洲国」にいた人々に取材を重ねています。戦後74年を迎えた今、近い将来に戦争���験者がいなくなることが現実になろうとしています。
あの戦争で、生きるか死ぬかの経験した人がいなくなる。そういう時代が来る。平和だからこそですが、一方では大変恐ろしいことだなと思います。
僕は1947年生まれで、タッチの差で戦争を経験していない。「戦争は絶対いけない」「どんな戦争もやっちゃいけない」と、生死の境をさまよってきた人たちの言うことを厳かに聞かなきゃいけないという思いがある。
しかし、そこで「お説ごもっとも」と、思考停止をしてもいけない。
「戦争」や「戦い」を一般論化して、何が肯定されるか、また否定されるかというのは、なかなか難しい。ただ、戦争を経験した人が「とにかく戦争はダメだ」と語る証言は、とても貴重だと思うんです。
もっといえば、本当に生死の一線を越えてきた人たちの中には、そのことを語り残さなかった人もいるでしょう。
――過酷な体験は振り返りたくないという人を、私たちが責めることはできない。
「思い出してどうなるのか」「悪いことを思い出すだけ」と、あえて語らなかった人もいたと思うんです。
人間というのは、トラウマで心にかさぶたを作る。それを剥がすのは、残酷なことじゃないかと。それを語らせるのは、非常に微妙な作業でもあります。
そのかさぶたが、ある日突然破れて、感情が噴出することもある。本当に深刻なトラウマっていうのは、必死にかさぶたでふさごうとするけど、癒えないわけですよね。
我々の親の世代は、一種の自己防衛で語らなかったという気もします。語られていない歴史、そこに思いを致すことも必要かもしれません。
『虹色のトロツキー』で描いた「リアルな目線からの満洲国」
『虹色のトロツキー』単行本
――『虹色のトロツキー』の主人公は、ウムボルトという青年学生でした。なぜ旧満洲を描こうと思ったのですか。
そもそもは、ある時期に当時の旧満洲を撮影した写真を見たことがきっかけでした。多くはいわゆる宣伝写真でしょうが、そこからは人々の生活の匂いを感じた。
いわゆる「満洲モノ」と言われるものには2パターンがありました。一つは、加害者として、あるいは被害者の立場から「満洲国」を告発するもの。もう一つは「馬賊」モノのような娯楽作品です。
そのどちらでもなく、「満洲国」という存在を正当化はしないまでも、そこに生きた人たちを描きたい。
なので、等身大のウムボルトという、日本人とモンゴル人との間に生まれた青年学生のリアルな目線で旧満洲を描こうと思いました。
――主人公は無名のキャラクターで、その周りに関東軍の石原莞爾や辻政信、満映理事長の甘粕正彦、女優の李香蘭など実在の人物が出てくる。無名の人の目線からあえて物語を描いたのはなぜですか。
ウムボルトは混血の青年、いわばマイノリティです。その意識は僕の中にもあった。
マイノリティの意識が自分にもあるからですかね。馬の骨の話もそうだし、北海道っていうのはある意味で外地ですからね。北海道は今でも本州を「内地」と言っているくらいですから。
メインストリートではない、辺境の目線から見えてくるものがあると思うんです。
左から李香蘭、甘粕正彦、辻政信、石原莞爾
――「満洲国」は「帝国日本の脆い理想が現実と渡り合った成れの果て」だったと。そこにいた青年たちは、理想と現実が複雑に交錯した時代を生きた。その舞台となったのが満洲建国大学でした。
満洲建国大学は、石原莞爾が唱えた「五族協和」の理想に基づき、石原の支持者だった辻政信が開学させた。新国家に有用な人物を生み出すための国策大学でした。
しかし、その実態はとても多様だった。門戸は様々な民族に拓かれ、中国やモンゴルの人も入学していました。
印象的だったのは、中国や旧満洲の人たちが建国大学に入りたがっていたということことでした。もう日本の敗戦が目の前に迫っているようなときでも、喜んで入学した人がいた。そういう夢があったのかもしれない。
『虹色のトロツキー』2巻(中央公論新社、2000年)、248-249頁
「五族協和」「王道楽土」というのは、単なる空虚なスローガンではなく、彼らなりにあくまで一つのリアリティを求めた言葉だった。実際に、そこを本気で目指していた学生もいたわけです。
建国大学の同窓会の雰囲気や結束の固さを見ていると「この人たちは真面目だったんだ。本気だったんだ」という気がしました。
それらも含めて、全ては世界史の過酷な現実に押し流されてしまった。それが歴史の恐ろしさだとも思うわけです。
善悪だけでは語れない。それが「歴史」だ
「善悪二元論で歴史を解釈することは、とても危ないと思います」
――つまり、善と悪だけでは語り得ないっていうところを表現したいっていうのがあった。
「満洲国」は、軍国主義や日本の大陸侵略を象徴する国家ではありますが、それだけでは語り得ないのではないか。
確かに、旧満洲をめぐる陰謀めいたものが挫折し、否定され、大きな悲劇が起きた。あの国はどうしたってつぶれる運命だった。
しかし、実はそんな単純な話ではなかったのではないかという思いもあるんです。善悪二元論で歴史を解釈することは、とても危ないと思います。
――作品では、独断専行でノモンハン事件の犠牲者を増大させた陸軍参謀・辻政信が登場します。辻はガダルカナル島攻防戦を指導するなど「作戦の神様」と呼ばれましたが、戦後は旧軍の精神主義を体現していた人物とみなされた。そんな「絶対悪」とも評される人を、安彦さんはコミカルに描きました。
『虹色のトロツキー』で困ったのは、取材で当時の話を聞くと「みんないい人だった」という話になることでした。
連載していた頃、辻政信は世間ではそれほど扱われていなかったと思います。もちろん「悪」とされても仕方がない人ですが、実際に関係があった人から話を聞くと、みなが「魅力的だった」と言うんです。
「神出鬼没な人だった」「声がでかかった」とか、懐かしい目で語るんですね。
人間というのは「こいつは超悪い人だった」「こいつは善人だった」と単純に割り切ることはむずかしい。直接会ったりすると意外と魅力的で、コロっと好きになるようなことがあると思うんです。
なので、無条件に悪と断じたりするのではなく、面白いキャラだが基本的にダメだよと。そういうリアリティを反映した描き方をしたほうがいいんじゃないかなと思ったんです。
尾崎秀実(左)とリヒャルト・ゾルゲ
―― 一方で、戦時中のスパイ事件(ゾルゲ事件)に絡んで処刑されたジャーナリストの尾崎秀実については、少し不気味な描き方だなと感じました。尾崎は戦後に平和主義者として語られがちでしたが…。
尾崎については中途半端な描き方しました。家族を愛した平和主義者として語られますが、単に平和を愛した人物ではありません。
尾崎は近衛文麿首相のブレーンで、そのための言論活動もしていました。講演では「資源を得るために日中戦争をどんどんやれ」というようなことを言っています。
そして日本の情報をソ連のスパイ、ゾルゲに売っていた。娘たちには「いずれ戦争は終わります。日本が勝ちます。頑張りなさい、堪えなさい」って言うんですが、彼が売った情報で、日本は戦略的に負けたわけです。
それなのに戦後の僕らは、尾崎が獄中で妻と娘に書いたメッセージ「愛情はふる星のごとく」に涙するわけです。「平和主義者なのにこんな目にあって、家族も可愛そうだ」と。この本はベストセラーになりました。
尾崎を戦争の犠牲者として、無条件に平和主義者と定義するのは、戦後的な美化だと思います。
戦後の「マルクス主義」的な歴史観の是非について
幼少期から漫画家になるのが夢だった安彦氏だが、かつては学生運動の闘士だった。1966年、故郷の北海道を離れて青森県の弘前大学に入学。学生運動に身を投じた。 後に弘前大全共闘のリーダーとなったが、大学本部占拠事件の責任を負わされ1969年9月に逮捕、翌年に除籍された。その後、安彦氏は上京。たまたま目にした手塚治虫の「虫プロ」の求人広告をみて応募。採用された。 当時の学生運動を描いた山本直樹の漫画『レッド』の登場人物・安田は安彦氏がモデルとされている。
――戦前は『古事記』の神話さえも史実として教えられましたが、戦後は批判的に読まれるようになった。戦後、歴史の教科書は大きく変わりました。
戦前期は基本的に「悪」の時代。戦後は「善」の時代とされますよね。
民主主義の下、過去を悔い改めない人たちを少数派にし、「善の戦後史」を作れば、日本は世界に輝く平和国家になる。それが戦後の民主主義教育の考え方でした。
でも、なかなかそうはならないわけで、いくら経っても悔い改めない人たちがいるわけです。そして、その色合いはむしろ強まってく。そこに大いなる「なぜ」があるわけです。
――その「なぜ」とは。
戦後の支配的革新思想「マルクス主義」、もっと言えば「社会主義」の敗北につながる問題です。
世界では18世紀ごろから「人権を大事にしよう」という思想が、啓蒙思想として出てきます。そして「世の中は時代が進むにつれて、より人権が尊重されるようになり、必ずよくなる」という考え方あった。それは今でもあります。
でも、ヒューマニズムだけでは力が足りない。それを科学的に立証しなければいけない。歴史には停滞する時期や逆行する時期もありますから。
それを冷徹に分析し、まあ世の中はおおむね「進歩」している。そう捉えたのが「マルクス主義」でした。
この思想は「科学的」であることを売り物にしていた。世の中の「進歩」を信じていた人々は、それにすがった。
やがて「科学的」であるはずの思想を盲信する人が生まれ、「党派」をつくり、それを教団化し、宗教的なものになってしまった。
ただ、それにも終わりがやってきます。1989年にベルリンの壁が崩壊し、90年に冷戦が終結し、91年にはソ連が崩壊した。社会主義の実験は失敗に終わり、「あれあれ、善玉が負けちゃった」となる。
「社会主義は善」「悪は滅び、善は勝つ」という思想が、逆に不幸を招いたような気もするわけです。
撤去されるレーニン像(ソ連・リトアニア共和国・ビリニュス)=1991年8月23日 
――社会主義は、自らが否定した宗教的なものになってしまった。内ゲバもあったし、それこそヒューマニズムが欠如していた。
おっしゃるとおり「科学」という名の神を信仰する宗教になってしまった。
結論を言えば、やはりヒューマニズムを安易に「卒業」してはいけなかった。それが社会主義、史的唯物論的な考え方に置き換えられた時点で失敗したと思うんですよね。
歴史への科学的な姿勢こそ、思想の進化だと我々はずっと思ってきたわけです。ヒューマニズムなんて甘っちょろい。現実に負けてしまうとね。そういう考え方の中で人間的な目線を置いてきちゃったんです。
「ニュータイプ」に憧れを抱くのは危うい
インタビュー場所は安彦氏の自宅の一室。壁には安彦氏が描いた作品が飾られていた。
――安彦さんがおっしゃるように、今を生きる私たちがヒューマニズムを取り戻すためにはどうすれば良いのでしょうか。
ヒューマニズムを、ひたすら素朴に追求することじゃないですかね。
簡単に言えば、階級格差や貧富の差を見すえて、もっと人権が尊重される社会にする。もっと多くの人が幸せだなと思える社会を地道につくっていく。そういうことだと思うんです。
前衛党を作って、戦略的に練り上げた革命を達成して、究極の理想社会に向かって指導されていくべきだ……みたいな部分を否定すればいい。
ヒューマニズムの社会をつくるには、もっとたどたどしくていいんですよ。みんなが「他人の痛みを知ること」「他人の気持ちになること」を意識する。そういう社会を目指そうということです。
――一方で、私たちは心のどこかで「よき指導者」を求めているような気もします。マスコミでも「新たなリーダーが必要」みたいなことが言われます。ともすれば、『機動戦士ガンダム』のギレン・ザビのような、強いリーダーシップを求めてしまいがちです。
リーダーを求めること自体は良いと思います。ただ、リーダーに全権委任するのがいけない。リーダーだって人間で、限界があるわけです。「いい人だと思ったけど案外ダメだな」と思ったら、さっさと見限る分別を持っていればいい。
宗教的なカリスマや、『ガンダム』でいう「ニュータイプ」的なものに憧れを抱くのは危うい。常に権力者を疑いながら、くよくよと迷いつつ、道を探し求め続けるしかない。
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の単行本。12巻の表紙にはジオン公国の総帥、ギレン・ザビが描かれている。
――それは、古代ギリシャのオストラシズム(陶片追放)からずっと続いている。
それで何がいけないんでしょうか。やはり、指導者はほしいですよ。もちろん個々人の能力差は当然ありますし、権力欲で成り上がろうとする者も絶えずいる。
だからこそ、僕らは目を肥やす必要もある。「あいつはろくでもねえ」「この人がいいな」と、ずっと観察し続ける。
「ナショナリズム」と「パトリオティズム」の違い
『虹色のトロツキー』の原画。描かれているのは主人公ウムボルト
――『虹色のトロツキー』の主人公ウムボルトは「五族協和」にこだわっていました。自分は「満洲国人でありたい」と。一方で、民族主義の発露は、時として自民族が優れているという選民思想、偏った愛国心の萌芽となる危険性もあります。
かつて親しくさせていただいていた松本健一さんという思想家がいました。彼は意識的に「ナショナリズム」と「パトリオティズム」を分けていました。「ナショナリズムには乗れないけど、パトリオティズムならいい」と。
「よき愛国心」という定義は難しいけど、愛国心というよりは「愛郷心」というのかな。「国」となると色々な要素が入ってくるんだけど、ふるさとを愛する心みたいなニュアンスをこめておられたと思います。
――「故郷」と書いて「くに」と読ませることもありますね。
パトリオティズムは、同郷心に近いかなと感じます。ウムボルトは、パトリオティズムとしての「満洲国」の可能性を探っていたのだと思います。
もしかしたら「満洲国」というエスニック国家が存在し得たんじゃないかと、僕も思うわけです。無論、それを存在できなくしたのは、当の日本だったわけですが。
「五族協和」という標語の是非は別として、石原莞爾などは「満洲国民になる」みたいなことを一時言ったりしていました。
――作中で、李香蘭が「日本人が中国人になったり、中国人が日本人になったりするって間違っている」「目的が、国が違う同士が仲よくするためにお役に立てるならいいことなんじゃないか」と話すシーンが印象的でした。
「満洲国」というビジョンを示しておきながら、「満洲国」というアイデンティティを形成するのを結局最も強力に妨げたのが日本だった。そこに大きな問題があるんじゃないのかな。
「五族協和」を掲げながら、本当の意味で「満洲人のための国家建設」をしなかったわけですからね。結局は日本のためだったわけですから。
「人と人は、わかり合えない」 だからこそ…
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の単行本。表紙にはガンダムとララア(17巻)、シャアとララア、ララアが搭乗する機体「エルメス」(21巻)が描かれている。
――『機動戦士ガンダム』でも、ジオン公国の選民思想的な「ジオニズム」という言葉が登場しました。
『ガンダム』の舞台は宇宙ですが、そこには地球上で繰り返されてきた争いの構造が埋め込まれています。地球を出て宇宙に移住した彼らは、民族としての結束を保つために「ジオニズム」というイデオロギーを形作るわけです。
ユダヤ教の選民思想や、ナチス・ドイツのゲルマン民族の優越思想、そして戦前日本の純血思想、これらは古代からずっと続いてきた構造です。
自分たちを選民と考えれば、それ以外の人々への差別が生まれ、ルサンチマン(被害者意識)がまた生み出される。
人はルサンチマンを再生産し、他者と争い、それを繰り返してきた。それぞれの時代を生きた人間たちが、何千年にもわたって積み重ねてきた葛藤。それが「歴史」であり、『ガンダム』が提示したメッセージでもありました。
つまりは、「人と人はわかり合えない」ということです。
「シベリア出兵」を扱った連載中の漫画『乾と巽』。安彦氏は、いまも歴史と向き合っている。
――歴史と向き合うということは、わかり合えない他者と向き合うことでもある。
中には「人はわかり合えるはずだ」と信じる人もいるでしょう。人間にとって平和に暮らことが何よりの希望なのに、なぜ戦争をしてしまうのかと問い続ける人もいる。
しかし、実のところ逆だと思うんです。人と人は、わかりあえなくて当たり前なんです。この「人と人」は、「国と国」と言い換えることもできます。
「きっと自分のことをわかってもらえる」という考えは危険です。其処から反感や絶望が生まれる。「ニュータイプ」なんてものも幻想です。「だったらいいな」ということを究極的な夢として表現している。だからアムロとララアの関係は悲劇的に終わる。
もちろん、だからといって、「わかり合えないなら何をしても良い」ということでもありません。
安彦氏のアトリエ
「わかり合えない」という前提を認めた上で「でも、わかりあえたらどんなにいいだろう」と考えること。そうすれば、相手の良いところが見えてきたりもする。私たちの身近な人間関係もそうですよね。
人は、歴史を巻き戻すことはできません。でも、似たようなことが繰り返されるのだったら、「なぜあの時失敗したのか」「あの時、もしもこうしていたら…」と考える。それが、同じ轍を踏まないために必要だと思うのです
【インタビュー���編はこちら】
<安彦良和 やすひこ・よしかず>1947年北海道生まれ。70年弘前大学中退後上京し、手塚治虫の「虫プロダクション」でアニメーターになる。73年にフリーとなり、以後『機動戦士ガンダム』など大ヒットアニメの主要スタッフとして参加。キャラクターデザイン、作画監督、監督などアニメ界でマルチに活躍。79年『アリオン』でマンガ家としてデビュー。90年『ナムジ 大國主』で第19回日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。2000年『王道の狗』で第4回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞。12年『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』で第43回星雲賞を受賞。マンガ作品は『ヴイナス戦記』『神武』『虹色のトロツキー』『イエス』『天の血脈』『ヤマトタケル』など多数、著作は『原点 THE ORIGIN』などがある。
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over-sleep · 6 years
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小話www
どうしたら幸せになれるかって話で「ゲームが好きな彼女をつくる」って結論になったんだけど、ゲームが好きな女の子って外に出なくね?出会えなくね?って話になって絶望してる ( しげしげ さんのツイート ) 
レジの責任者登録するときに名刺の下のバーコード読み取るんですが、それを読みとったら幼女に「おねーちゃんはいらない」っていわれて心に傷を負いました ( ひさこ さんのツイート ) 
「重そう」って書かれた小さなタッパーが置いてあって、いや全然軽いやろと思って中見たら重曹だった ( めるつ さんのツイート ) 
イッテQで安室ちゃんに興味を持った子供達。眠ってた歴代のツアーDVD見せながら「ママはこの時は小学生」「ママはこの時中学生」「ママはこの時高校生」「ママはこの時大学生」って言ってたら「ママはおばちゃんになったのになんでアムロちゃんはずっとお姉さんなの?」って素朴な疑問来て死にそう ( s i g n a l さんのツイート ) 
「親父お勘定!」 「へい毎度!1000円になりやす!」 「わりいな!細かくなっちまうが…1,2,3,4,5,6,7…親父ところで今何時だい?」 「8時っす」 「9,10と、ちょうどだ!」 「毎度!」 「ジャラララララ(料金を投入すると自動で数えてくれるレジスター)」 「お客さん、100円足りないよ」 「はい」 ( ペプチド さんのツイート )
前に「SMに興味があります。SかMかまだ分からないです」とDMを解放してることをTwitterに書いたら、都内のドSを自称する女性から「私のツイートを見なさい」とだけDMをいただいて見に行こうとしたらブロックされていて「奥が深いな」と思いました。 ( 俺スナ さんのツイート )
座布団10枚!一瞬で読めて落語みたいなオチがつく「うまい話」 6選( 笑うメディア クレイジー さんの記事より )
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yrkhang · 6 years
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「友達」について
鐘の鳴る音が聴こえる。
そろそろ2018年がおわる。僕が居るのは狸標準時の世界で、人間の生きる時間軸とは時差がある。
それでも時計の針は進むし、その歩みは人のそれと変わらない。
このところ退勤が遅い。流石に業務上のうんたらで書けないことも多いけれど、日々をせっせと働いている。
憂鬱でもあるし、楽しくもある。
時間ばかりは止まってくれないなあと痛切に思う。
子供の頃は、アニメが好きだった。
僕の生まれた田舎の街には娯楽がそう多くはなくて、コンビニで言えばセブンイレブンすらなく、町唯一のコンビニは8時には閉店で、パン屋とレンタルビデオ店を兼任していた。毎年春だかにやるお子様向けのアニメ特撮映画を上映する映画館は、その昔は落語を演じる演舞場だったそうだ。初めて観た映画は確か『ゴジラ対メカギドラ』で、これもまた商店街唯一の本屋でムックを買ってもらったことをよく憶えている。メーサー列車砲やらの載っていた本だ。分かる人には分かるのではないか。
映画館の隣にはおもちゃ屋があって、お祭りの帰りにプラモデルを買って帰るのが年に1度の楽しみだった。近所のいとこがこうしたことに詳しくて色々と教えてもらって知識を付けた。ガンダムもそうだし、ゾイド、ミニ四駆、そういえば当時はガチャポンで売られていた携帯ゲームの流行っていた時期でもあった。当時の僕は自分の事しか見えていなくて、そういったものばかりを買い漁っていた。都会のいとこがそれに付き合ってくれていたのは本当に彼の優しさだったのだろうと思う。
ムックを買ってもらった本屋の軒先にはCDの自販機があって、今となっては懐かしい8cmディスクのCDを多く扱っていた。僕の子供の頃にはCDというものはひどく高価で、友達がオススメの曲をカセットテープにダビングしてくれたものを何度も聴いていた。貧乏性だったから120minのテープにダビングしてもらっていた事を憶えている。自販機の中にすこしだけあったアルバムディスクは当時僕の憧れのひとつで、後年バイト代をためてMr.ChildrenやJAMのアルバムを買うことになる。この辺りの音楽趣味は今の僕の音楽的嗜好のベースのひとつになっているように思う。
初めて買ったCDはDEENのシングルで、ナムコのRPGの主題歌だった。買ったのは忘れもしない、家から遠い繁華街のツタヤで、2時間ほど迷って選んだ一枚だ。これは今でもたまにカラオケで歌う事がある。当時の繁華街に大きなショッピングセンター(というのも今では烏滸がましいのかも知れない)があって、沢山のCDが並べられていた。それはさながら夢の国で、隣接した歯医者が好きでもないのによく連れていって貰ったものだ。センター内にはゲームショップもあって、ファミコンソフトがたくさん並べられていた。新品ではお正月くらいしか買えないものだから、中古を選んで面白そうなソフトを何本か買って帰ってよく遊んでいた。
学校では色んな歌を聴いた。如何せんオタクだったのでポップスには明るくなくて、今でも笑ってしまうのは安室奈美恵を知らなくて「アムロ」と聞いてガンダムの話だと勘違いしてしまったエピソードがある。僕にとって恵まれていたのは、余りにも閉塞的なその街の穏やかさで、そういう「ポップスのいろは」を知らない僕を、まわりは笑って許してくれた。たまたま楽器をやっていたので、中学にあがってからは音楽室に入り浸りの日があったりもした。当時流行っていたのはMR.BIGで、お子様たちが音楽準備室のマーチンを取り合うようにして熱心に弾いていたものだ。そんなに難しくはないよなあ。振り返るとちょっと可笑しい。
ガンダムが大好きで、今ではさすがに難しいけれど、子供の頃はモビルスーツの大半を型番で言う事が出来たことが自慢だった。ゲームに出てくることもあって当時ガンダムの知識は子供たちの間では必須のナレッジで、その点において僕はクラスの中でも胸を張れた。幼稚園からずっと仲の良い友達が所謂オタクの家系で、よく「ガンダム型番クイズ」みたいなのを出し合っていたことを憶えている。確かお姉さんが少女漫画が好きなひとで、随分そのあたりを教えてもらった。お兄さんが一時期東京にいた人で、所謂「アニメ作品」を教わったのはこの辺りからだ。本人は所謂「見た目と中身が一致していない」みたいな人で、クラスではキャーキャー言われていて大変そうだったことを憶えている。当時の幼稚園仲間はみんなニートみたいなひとばかりで、毎日誰かの家に集まってはゲームばっかりしていた。
挙げだせばきりがないけれど、そんな幼少期。振り返れば懐かしい。
僕は多分、あの頃と比べたら随分と遠いところに居るのだろうと思う。高校以降も色々あったし、変なこともたくさんしてきた。マックで安かったハンバーガーをアホみたいに買い漁ったりとか、「友達の家に遊びに行こう!」と言って軽自動車で国道バイパスを爆走したらエンストして全員で気絶したりとか。辿り着いた温泉街でひたすらダラダラしていた時間は無意味で有意義だった。深夜に「映画を観に行こう!」と思い立ってぶっ飛ばした国道八号線。映画館のあるショッピングセンターにたどり着いた頃には最終上映5分前で、みんなで猛ダッシュをした。雪の積もるバイパスを、後輪を滑らせながらかっとばした。TSUTAYAで試聴し、手に取るCD達にはそれだけの価値があった。寮のIHでつくるなんちゃって鍋も、友人が狭いキッチンでつくる絶品謎料理も大好きだった。研究棟の屋上に上って酒盛りしながら観た夏の花火。毎晩のように子供たちが通い詰めたバイパス沿いのインチキ中華。忘れようがない。
…振り返ったら禄でもない人生しか歩んでいなかったことに気づく。でも楽しかったし満足もしている。
別にそれを後悔するつもりはなくて、割と楽しく人生を過ごせてきたのだろうなあと思っている。
ただ、たまに「あの時どうしていたら」ということについて考える。
僕らの前にはいつも「IF」がある。「あの時どうしていたら」。その道の先を僕らは知らない。
たまに、その道の先を観る。
何が観えたのか。いつも僕らは知らない。
「あの時」を思う度に、「IFはIFでしかないのだなあ」と思う。人間の前には常に何らかの景色があり、そこに向かってゆくだけのひとつの行為が何らかの「道」ということであり、その先は誰も知らない。
けれど、一方で僕らの後ろには常に道があり、それは、人間が選んできたもので、観てきたものでしかない。それは、その時々の「景色」でしかなく、過去でしかなく、現在の塊だ。「IF」が常に未来にあるもので、過去には存在し得ないものだという事を僕はとても面白いもののように思う。いくつもの選択肢があったとしても、そこであなたが選んだのはたったひとつで、そのあなたの選択が、その瞬間のあなたの前の景色を形づくってきた。一方で、この先にあなたが選べる選択肢は常に膨大で、僕らはその選択肢のひとつひとつに自らの夢を乗せて、その先の見えない景色を観ようとしている。不思議だし、面白いことだ。
けれど、時間は進む。たくさんの人のたくさんの夢が乗った、たくさんの可能性。それらの中から、あなたが選び取ったものが、またひとつ、今の「景色」を描いて選びようのない過去になり、またその針を進めてゆく。
切実なことでもあるけれど、僕はなんだかそういうことが可笑しくて、その景色を眺めるたびに笑ってしまう。
もしかしたら、そういう気持ちこそが人間を前に進めようとする力力なのかもしれないよね。
鐘の鳴る音が聴こえる。このところ折につけ、その音は喧しい。
人の生きる道は、その人の歩んだ「只の道」でしかないのだ、という感覚がある。
それでも、歩んだ日々があり、それらの景色がある。
それは、その人の歩んだ日々であり、その人の見てきた景色なのだという理解がある。
鐘の音が聴こえるたびに、あの日の空を思い出す。
幾つもの空はいつも鮮やかで、色とりどりの「あの日」の景色をしている。
そろそろ2018年がおわる。僕が居るのは狸標準時の世界で、人間の生きる時間軸とは時差がある。
それでも、僕の生きた「あの日」の景色だけは、あなたの生きた「あの日」の景色と違いが無かったに違いないと思っている。
いくつもの「あの日」。その空の色だけを明確に憶えている。
こんにちは。ご無沙汰しています。
お元気ですか。だったら良かったと思う。
長生きしましたか。お互い歳を食ったね。
時間があるというのは、なんというのか、いいね。
最近僕は、時々思い出すのです。君と居た景色の色を。
その景色を一緒に観た時間のことを。
僕が居るのは狸標準時の世界で、人間の生きる時間軸とは時差がある。
時差があるから、わかるものも、わからないものもある。
それでも時計の針は進むし、その歩みは人のそれと変わらない。
僕も狸なりに否応なしの日々を進んでいる。
そうして、そこにある変わらない時間を共に過ごして来た君の事を、僕は「友達」だったと思う。
そうなれたらいいなとずっと思っていた。
そうなれたかどうかは分からない。
けれど、観てきた景色がそこにあり、時間は今も進んでいる。それで充分じゃないかと僕は思う。
鐘の鳴る音が聴こえる。
友達で居させてもらえて、本当に有難かったな、と僕は思う。
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kyokantheaternews · 2 years
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いつも共感シアターを応援していただきありがとうございます! 毎週火曜日21時より生放送をしている「共感シアターナビ」では、"俺たち共感族!!“という視聴者の皆さまと戯れるコーナーがあります!視聴者の皆さまに「お題」を投げかけ、ご投稿いただいたお答えの中から抽選で10名の方の投稿をご紹介します。そして、その10名の中からさらに抽選で1名の方にどんな映画でも使える「ムビチケGIFT」をプレゼントします!そんな、7月12日のお題は「記憶を消したい映画」です。以下の投稿は抽選の結果、読み切れなかった方の投稿を掲載しています。他の方の投稿も気になりますよね、ぜひ、ご覧ください!
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千葉ダミアンさん:『フェノミナ』
ネタバレになるので詳しい事は話せませんが、フェノミナは毎回記憶を消してから観たいです!スタンダールシンドロームやシャドーなど、アルジェント作品の特徴的に、再度観る際は毎回記憶を消したくなる作品ばかりですが、中でもフェノミナは頭一つ抜きん出ています。ジェニファーコネリーのPVとしても、サスペンス映画としても、フェノミナは間違いなく超一級品です。トップガンマーヴェリックで、トム本人やトップガン世代だけでなく多くの若者達を魅了した熟女ジェニフェーコネリー!衰え知らずの魔女、ジェニファーコネリー幼少時における伝説的作品!一言で言うなれば、虫を操る夢遊病の少女が幾多の困難を乗り越えていく感動ムービー!後にも先にも、こんな心の美しい人間を見たことありません。そりゃマーヴェリックもメロメロなります。あの怒涛の展開、映画史に残る衝撃!頭から尻尾まで美味しい、文句無しの大傑作!あぁ、記憶消してもう一度観たい
じろさん(じろともトン)さん:『ソウ』『リング』『ジェイコブスラダー』
◯ジェームズワン監督「ソウ」1作目。 観る前ネタバレ案件。観たい度MAXなタイミングで、ネットでラストをバラされた時の気持ちは別の意味で忘れられない映画です。その後自分的ハズレなしジェームズワン監督との出会いを初めからやり直したい。初恋の気持ちで記憶から消して監督デビュー作を観たいです。
◯中田秀夫監督「リング」。劇場で女性や学生さん、大きな男性まで「タイタニック」よりもガチ泣きしてどよめく光景。ラストで客席が真田広之と一緒に後ずさってる後頭部達が忘れられない映画。何も知らない頃まで記憶を消してまたあの光景を観たい映画体験。
◯エイドリアンライン監督「ジェイコブスラダー」劇場体験としてレイトショー観終わった後、階段で5階分降りたら入り口シャッターが閉まってて、映画の冒頭ティムロビンスが降りた駅の入り口が施錠されてるのとリンクしてゾッとした忘られられない映画。映画自体マイベスト映画の1本なので同じ状況で再体験した���。
teppeiさん:『ウォーターワールド』
お疲れ様です。自分は仕事でミスしてしまった時は、瀬田さんの動画を見て、心を落ち着かせています。「記憶を消したい映画」ですが、自分は「ウォーターワールド」です。自分は最近この映画を何十年ぶりに見返しました。海が舞台で超予算がかかってますよね。音楽もどこかで聞いたことのある曲ですよね。セットの汚れ具合も最高、海も綺麗、アクション満載。設定だけ聞くと超面白そうですよね。残念ながら自分には全く合いませんでした。登場人物が薄っぺらく、テンポも大変悪い、ファミリー向け映画の割にはバイオレンスですよね。たいしてギャグシーンも面白くないですよね。この作品のファンの人もたくさんいると思いますが、記憶から消したいが今の所の心境です。
sv_yoshiさん:『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』
アニメ大好き!ガンダム大好き!というわけではないですが、パッと思い浮かんだ映画は『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』(88)。
TV『機動戦士ガンダム』(79)から続く“永遠のライバル”アムロ・レイとシャア・アズナブルの最後の戦いを描いた今作。終盤、地球滅亡を巡る大バトル中のアムロとシャア。かつて“三角関係”で“ファム・ファタール(運命の女性)”であり、“アムロが殺した”ララァ・スン(享年15歳)について、シャアは叫びます。
シャア「ララァ・スンは私の母になってくれるかもしれなかった女性だ!」 アムロ「お母さん?ララァが?」
観てる私「は??私の母???」 今までの設定とか伏線とか一切関係なく、5歳下設定の女性に母とはとにかく唖然。よりにもよって二人が交わす最期のセリフがこれ。更に盛り上がらないEDテーマでこの映画はメビウスの宇宙へ消えていきました。これにより世間のシャアの評価は駄々滑り、“マザコン”とまで嘲笑される事態に。ああ、『MIB』のニューラライザーで「ピカッ」っと出来たらいいのに。
ヒロ神崎さん:『ハリー・ポッター』シリーズ
見たという事実を消したいのはぶっちぎりで「大怪獣のあとしまつ」。見てしまった自分を恥じています。さらに、岩松了さんが「シン・ウルトラマン」に出てきても「また全く笑えない駄洒落やギャグですべり倒すのか」とかと思ってしまい、真っ当な作品鑑賞の邪魔になります。でも記憶を消してしまうとまた騙されて三木聡作品を見てしまうからこれはむしろ消しちゃいけなくて心に刻み込んでおかなきゃいけない映画ですね。となるとやはり記憶を消したいのはハリー・ポッターシリーズです。初見の時は原作も読んでいなくてなんの予備知識もなしに主人公たちの成長を一作ずつ、毎年見守ることができました。あの純粋な気持ちで一作目から見直したいです。同時にエマ・ワトソンやダニエル・ラドクリフらの成長した姿及びその後の出演作品も記憶から消したい。やはりハーマイオニーは一作目の「ヒキガエルを見なかった?」の登場シーンの衝撃を純粋に味わいたいです。
REMさん:『情婦』『スティング』『デス・トラップ 死の罠』
「記憶を消してもう一度みたい映画」というお題と解釈させていただきます。その方針だと、内容に触れるとネタバレになりかねないので、タイトルと最低限の紹介だけ。なので、3本あげさせてください。
『情婦』ビリー・ワイルダー監督 1957年。 法廷物の大傑作クラシック。マレーネ・ディートリッヒの美しさ可憐さ妖しさに翻弄される。映画好き必見。
『スティング』ジョージ・ロイ・ヒル監督 1973年。 コンゲーム物の超傑作クラシック。ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードの黄金コンビの再共演がたまらない。全人類必見。
『デス・トラップ 死の罠』シドニー・ルメット監督 1982年。 意外と知られていない名作。スーパーマンのクリストファー・リーヴがその演技力を世間に知らしめた1作。面白い映画を見たい人必見。
その性質上3本ともミステリーになりました。どれも違う魅力の特級品。さあ、今すぐご覧あれ。
randさん:『ブレードランナー』
映画は2種類に分けられます。『ブレードランナー』以前か以後かです。と言い切ってしまって良いくらい、その後の多くの作品に影響を与えたのがブレードランナーです。自然環境が破壊された中、退廃的な、ごった煮のような都市に人々が暮らす未来という情景は、もはや定番と言えるでしょう。私はブレードランナーから少しでも影響を受けたと思える映画を見ている時、自分の注意力のかなりの割合を、その作品のどこがブレードランナーに似ているのかを探すのに使ってしまうことがあります。でもそれって、作品に正面から向き合っていないことになり、せっかく映画を見ているのにもったいないと思うのです。なので私は、ブレードランナーの記憶を消して、影響が大なり小なりある映画をそれぞれ単独のものとして見てみたいです。クリストファー・ランバートの『ニルヴァーナ』など。そしてひとしきり堪能した後、消した記憶に戻ってきて欲しいです。
へるだいばぁさん:『イベントライゾン』
私の記憶を消したい映画は、SFホラー映画イベントライゾンです。一言で表現すれば、幽霊船ホラーをSFに置き換えた様な作品です。2047年、7年前に消息を絶ったイベントホライゾン号が海王星宙域に現れ、不明瞭ながらリバラテ.メという言葉を含む急難信号を発信した。その意味は助けてというラテン語だったが……前半は謎解きも含め観客も精神的に追い詰められます。後半、何者かの意志により、不鮮明だったビデオログの内容が突然解明されると、記録されていたのは、流血の乱交と呼ばれた、凄惨と言う言葉すら生易しいゴア描写がサブリミナル的に差し込まれ、耐性の強い私も流石に目を背けました。今作が面白いと理解しても、どうしてもまた観ようという勇気が湧かない作品です。前半不明瞭だったリバラテ.メという言葉は、リバラテ.トゥテメ.エクス.インフェリエス。地獄から己を救えが全文です。正に宇宙の果てに地獄がありました。あ~怖かったぁ。
NORI“アレックス”65tさん:『魔界転生』
子供の頃に見た『魔界転生』ですね。千葉真一さんが柳生十兵衛。沢田研二さんが天草四郎。"島原の乱"でリーダーの天草四郎もろとも幕府軍に惨殺されたキリシタン教徒達。その怨念から蘇った天草四郎は、自分と同じようにこの世に怨み、執着、無念の想いを持つ死人を復活させ、幕府の破滅を計ります。魔界衆の存在を知った柳生十兵衛は、彼等との戦いを決意しますが、敵の中には更に恐るべき人物が..一番の見せ場が、柳生十兵衛vs宮本武蔵。あまりにも強すぎる武蔵との決闘に向かう十兵衛。何故、行くのか?と問われて、剣の道は自分で選んだ道だからと答えます。人生を後悔している人間vs自分の生き方を肯定する人間。伝記アクション時代劇ならではの面白さに加えて、この作品のテーマ?が大好き。クライマックスは実際にセットで火を燃やして撮影した燃え落ちる江戸城での柳生十兵衛と天草四郎との最終決戦。とは言えその時の僕は、その頃発売していた角川の情報誌『バラエティ』の"魔界転生&山田風太郎忍法帖特集号"を、隅から隅まで熟読してしまい、そのストーリー展開の大半を知っているという大失敗を犯してしまった後でした。事前にストーリー紹介を読まずに見たら、もっともっともっと面白かったに違いないと。しかし、、最早その経験は出来ません。本当に楽しみな映画があったら、事前情報はなるべく入れないようにしようと心に決めた一因です。
きゃわぐちさん:『セッション』
悩みましたよ。記憶を消すなら、やっぱり「シックスセンス」みたいなドンデン返し系かな?とか。あるいは、何回も観て、もはや呼吸と同じレベルの「ターミネーター2」や「ザ・ロック」を新鮮に観たいかな?とか。もしくは、映画館で観たあの感動、エンドゲームやノーウェイホームの圧倒的な感動をゼロから体感したい気もするな。とか。でも、呼吸レベルになった作品は、いわば長年の友情のようにその積み重ねにも意味があるからリセットしたくないし、エンドゲームの感動は、劇場全体が1つになったあの空間も込みだから、自分だけ記憶消しても物足りない。迷走した結果、僕が選んだのはデイミアン・チャゼル監督の「セッション」!あの超絶クライマックスの衝撃をまた受けたい!ただしこれには条件がもう1つ。記憶を消して、かつ、映画館で観ること!あれをDVDで観てしまった後悔たるや。デロリアンに乗って、過去の自分に「映画館へ行け!」と言いたい。
中学28年生さん:『リング』
「記憶を消して、もう一度観たい」映画ですが、先週「マーヴェリックの記憶を消して新鮮な気持ちでみたいなぁ」と書き込んだところ、あれが結構な大ネタだった気がして、それ以降あまり思い出せず…!フレッシュな気持ちで楽しみたい系は色々とあるので、今回は「リング」を挙げてみようかなぁと思います。あれを見たのは多分小学校6年生くらいだったのですが、鑑賞中も鑑賞後も生活が恐怖で支配された経験はリング以降ない気がします。廊下を歩いている時、ふとリビングのテレビが目に入った時の恐怖。家に誰もいないから静かなはずなのに…「リングは作り物だ…」と分かっているのに!まるで墨汁のように黒いブラン感��こちらをじっとりと静���しているかの様…ロシアに住んでいた頃なので、「貞子は日本語しか話せないからコチラの勝ち」みたいな訳のわからな無い理論で恐怖を克服していた記憶。そんな「リング」をブラウン管ではなく薄型の液晶テレビで見たら、テレビ恐怖症にかかるのかな…?
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petapeta · 5 years
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ガンダムは中国でも人気が高く、ガンプラはオタクの趣味の定番などといった扱いになっていますし、中国オタク界隈でも頻繁にガンダムネタの話題が飛び交っています。 また最近は「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」 を見ている人が増えているそうですし、それによって初代ガンダムのストーリーやキャラに関する考察で盛り上がる人も出てきているのだとか。 中国のソッチ系のサイトではそんな話題の一つとして 「シャアはガルマに対して友情を感じていたのか」 といったことなどに関するやり取りが行われていましたので、以下に例によって私のイイカゲンな訳で紹介させていただきます。 シャアはガルマに対して友情を感じていたのだろうか? 最近「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」の方を見てよく分からなくなってきたんで、皆の意見を聞いてみたい。 作品によって描写が違うし、個人の解釈次第な所もあると思うけど、私は友情的なモノは存在したけど、シャア自身が分かっていなかった説を推したいね。 ガルマを暗殺した当時、シャアは20歳でしかない。 逆襲のシャアに至るまで、精神的には安定しない男でもあったしね。 初めての同格のクラスメート的な存在として出てきたのがアムロだったという話もあるから、ガルマに関してはどうなんだろうなー ガルマはシャアのことを友人と思ってはいたのだろうけど、シャアにとってはザビ家への復讐のための友人関係でしかなかったというのは間違いない。 ただ友情自体は存在したと思う、それが大した重さでは無かったとしてもね。 友情というものに対して、その時点のシャアが価値を見出していなかったということも考えられる。「THE ORIGIN」だと特にそんな感じじゃないかと。 初代の時のシャアは若くて不安定。若い時ってのはそういう偏り方だってする。 シャアはずっと不安定だぞ。 しかも自分が強くて価値があって、やりたいことやるべきことがあるのも認識しているけど組織のトップには立ちたくない、仕方なくやってるつもりという日本の作品によくある受け身系俺TUEEEEE主人公タイプという見方もできる。 そういうキャラだから、私は「シャアにとって都合の良い」ものである友情は存在したと考えている。ガルマとの友情が壊れたのはガルマの父上のせいでしょうがないんだという理由でシャアは割り切った。 シャアが自分は復讐しなければならない、それ以外に道は無いと考えてしまったというのもありえる。 二次元にありがちな「強いキャラ」「完璧なキャラ」ならそういうのを考えることは無いけど、シャアは優秀であっても何かと不安定だから。 友情はあってもシャアが友情に価値を見出していなかったんじゃないかと。 彼が復讐以外に執着するもの、人物に出会ったのってアムロやララァに出会ってからだろうし。 シャアって政治的に考えるキャラでもあるからねえ 友情のために動くというのはしっくりこない 一応、例の場面で「君はいい友人であったが、君の父上がいけないのだよ」とは言っているけど。 シャアはきちんとした友人ほとんどいないキャラだ。 環境的にも性格的にも、作中の扱い的にも平等な立場で付き合える相手がほぼいない。がガルマに対して友人関係ではあっても、友情があるかと言われると疑問だ。 ガルマを謀殺する場面でのあれは皮肉、復讐が、実を結んだことを強調しているともとれる。「ザビ家のガルマ」に対する憎悪からの更なる追撃というか。 だから私は友人の仮面でそばにいただけ、友情などはなかったという説を支持するかな。 初代だけで見るならシャアにとっては、結局セイラとララァ以外は復讐のための駒だったろうし、ガルマへの友情はどうなんだろう…… シャアのガルマに対する感情が考察できるのはギレンの演説に対する「ぼうやだからさ」もあるが……私はシャアのガルマに対する見下した感情の発露に感じられたが、ある種の親しみと哀しみが含まれているといったような好意的に受け止める人もいるね。 以前見た「ぼうやだからさ」という言葉をどう解釈するかという話がちょっと面白かった。あれを単純にガルマに対して言ったのではなく、シャア自身に対しても言っているのだろうという意見があった。 その場合、何らかの友情はあったけど、ぼうやな自分達にはどうしようもなかった……といった見方につながるかも。 どの作品、どの媒体で考察するかで結構変わるからね。 特に「THE ORIGIN」ではシャアとガルマのキャラや関係が掘り下げられているから印象も変わってくる。 個人的には友情はあった、しかしシャアにとって復讐と比べたら一顧だにするに値しないものであったという考えかな。ガルマは利用されるだけ利用され、復讐の一環として死に追いやられた。 暗殺に関しては、「THE ORIGIN」の方だと、シャアは「本物のシャア・アズナブル」を利用して自分の身代わりとして死なせ更にその名前と身分も利用しているわけだから、今更ガルマを利用することにも殺すことにも躊躇いはないと思う。 もちろんアニメ版ベースだとその限りではない。 テレビアニメやその後の作品を見た印象だと、シャアにとって重要な人間は妹のセイラ、母になってくれるかもしれなかったララァ、自分と同等の強敵であるアムロだけ。それに「THE ORIGIN」では母親が加わるくらい? ガルマに関しては友情と言えるほどの感情がどれだけあったかとなると…… 一応、Zガンダムの時のカミーユも一応それなりに重視していた人間じゃないか? シャアはガルマを所詮は格下の取るに足らない人間、容易に利用できる人間程度に見ていたというのも納得はできるんだよね。 あと劇中のセリフとしてはキシリアを殺した時の「ガルマ、私からの手向けだ。姉上と仲良く暮らすがいい」とかもあるな。 しかしそのまま受け取ることもできるが、シャアのパフォーマンス的なモノにも見えるんだよね…… 私はガンダムはZから見たから、シャアはガルマに関して友情感じているようにはあんまり思えなかったり アムロやカミーユとか、そっちの方との関係が先に入っていたからかな ホント、どの作品で解釈するかもわかれるからなあ 「THE ORIGIN」のシャアは補正や解釈によって智謀と武力を備えた復讐者的なキャラになっているけど、正史となるアニメとは違うのよね。 「THE ORIGIN」はガンダムの世界の複雑さがよく分かる作品。面白いけどまず「THE ORIGIN」から見るべきではない。 「THE ORIGIN」ってシャアを主人公にした、安彦良和のシャアによるガンダム演義みたいなもんだからな。ガンダムの正史、冨野監督作品のシャアと同じわけではない。 「THE ORIGIN」は実質0079だけの世界観だからね。安彦良和の著書にあったが、安彦良和は0079以降のガンダムは目に入っていないというか、考慮して作品を作っているわけではない。 もちろんそれが悪いわけじゃないし、安彦良和がガンダムを作る上で重要なキーパーソンだったのも間違いないんだが、シャアというキャラを考える上ではややこしくなるんだよね…… そうそう。「THE ORIGIN」って安彦良和解釈の初代ガンダムであって、ハゲによるガンダム、宇宙世紀正史とはまた違う。だが完全に公式というわけでもないが、非公式でもないという…… オリジンはシャア主人公での話だし、ガルマもそうだがアムロとの距離感もまたちょっと違うからな。オリジンのシャアはNTにしがみついて、でもアムロにお前NTじゃないと否定される所とかも面白い。 他の作品の影響というなら、自分は某死神小学生の安室と赤井の関係の影響があるかも…… スパロボだとガルマの暗殺を後悔しているみたいな扱いだったっけ。 「THE ORIGIN」の方のシャアは幼年期から悲惨な背景もきっちり描写されているからガルマを下に見る、利用するのも当然に思えるが、それとは別に復讐以外の友情的な部分に思える描写も増えるから、アニメよりも友情の要素が濃いように思えるね。アニメではもっと復讐寄り。 「THE ORIGIN」によってシャアの学校時代を掘り下げていった結果ガルマとの関係の描写も増えて必然的に友情的な部分が増えたんじゃないかな。 アニメ版はそういうの無いから、旧来の設定では友情あんまり無いと思われる。 シャアというキャラの場合、友情が暗殺を思いとどまる理由にならないから友情の有無、どこまでが謀略だったのかなどを線引きし難い。 ただやはりガルマとの交流描写が増えないとそういう解釈はやり難いし、私は後になってからのキャラ設定追加で友情が生まれた説を採りたい。 でも冨野監督作品だから、最初のアニメの時点からそういった要素を仕込んでいるキャラの感情を仕込んでいるような気がしないでもない。 とまぁ、こんな感じで。 明確な結論よりも自分の考えをああだこうだと述べる方向で盛り上がっているようでした。 中国オタク界隈におけるシャアの人気は日本と比べるとイマイチなようですが、宇宙世紀のガンダムを語る上では避けて通ることはできない存在ですし、考察する上ではかなり盛り上がることのできるキャラになっているのだとか。
「日中文化交流」と書いてオタ活動と読む : 中国オタク「シャアはガルマに対して友情を感じていたのだろうか?」
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Gacktはガンダムのキャラクターの声マネを得意としている。「僕の声も出来るそうですね、是非聞かせてください」と古谷から依頼。「マネというか、口から出てくるんです」とGackt。
Gackt:今では全ての映像作品の中でガンダムを一番見ているんです。5、600回くらい。繰り返し見たシーンはビデオテープが擦り切れちゃうくらい。 古谷:うそぉー!!(笑)(←素でビックリ。) Gackt:『ファーストガンダム』での台詞はほとんど頭に入ってます。だけど、映画版とTV版と最近発売された5.1chのDVDの映像と、それぞれ台詞やしゃべり始めるタイミングや声のトーンが微妙に異なってて、頭のなかで混じっちゃうんですよね。(←こだわり/笑) 古谷:だって20年経って録り直してますからね。僕の中でだってまじってますよ、そういうのは。 Gackt:映像の他に、iPodにガンダムの全話分の台詞を入れて聞いてて、すっかり覚えてしまって、その内勝手に頭の中で会話をし始めるんですよね。トイレでそれが始まると、独り言になって全部出てきてしまうんです。ドズルとシャアとか。アムロとブライトとか。 古谷:それ、一人でやってるんですか? Gackt:トイレの中なので、一人です(笑)。その内、���分の独り言には全てガンダムの台詞で回答が出てくるようになった。例えばダンスの練習とかで上手く行かないとき、「くっそぅ、何で上手くいかないんだ!」って憤っていると、どこからか「・・・坊やだからさ」って声が聞こえてくる。
iPodには音楽はほとんど入ってないそうな。古谷さんから「あれ?ミュージシャンでしたよね?」と心配そうなツッコミをされ「一応」と返すGackt。
” - なぜだろう、・・・���み屋にいるような錯覚をおこすのは—-Gacktのガンダムへの思い入れ話編 - ロックな幸せ☆ (via reretlet) (via blacktights, reservoir)
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rbee26 · 4 years
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アムロちゃんの消印。先日、送付しました会社案内の消印を拝見出来ました。やはり掴みとしては完璧ですね。会社案内として手に取って貰えるし、内容よりもアムロちゃんの消印から始まります。年賀状とか暑中見舞いに消印のイメージが無いので何か探さなくては! (Shiozakicho, Itoman-shi) https://www.instagram.com/p/CHhN_rZD0Jr/?igshid=tcs4f0fglobr
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mayaruma · 7 years
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寂しさをおでんで温めたよ!
ななかめたけちゃん。やっと遊べましたね!楽しかったーー!たけちゃんが弟のようでなんか可愛かったなー!似ても似つかないイケメンですがそこはツッコミなしで。あの掛け合い最高やった。僕は主にシャウト部門やるのでたけちゃんにボーカルをお任せコラボまたしたいのう。(一応歌手なのだがここでもイケメンにかっさらわれる俺)すきだ!
美味しいのたくさん食べて、僕はオナラをプープーした。踊ったし笑ったしとことん疲れたしいっぱい寝た。ななかめはラブラブやったー!ちゃんかめは普段から優しいのはわかってたけど、やっぱり優しくて可愛いところもたくさん見れた。雰囲気がカッコ良いのにふわふわしてんねんな。すきどす。菜々緒ちゃん!やっぱり菜々緒は菜々緒やったわ。乙女モード菜々緒ちゃんも、アゲアゲおふざけも、いつもの姉御っぷりも、ちゃんかめの世話もしつつされつつでとても可愛かった!はー!
あ、菜々緒ちゃんの事務所に殺されるような事も意図的にしでかしましたがちゃんかめが大爆笑で許す!って言ってくれたから彼氏公認って事で僕の心の思い出ボックスにしまっておきます。
楽しかった後は寂しいね!ちゃみは相変わらずお友達が来るとスカした顔をしてたけど、あまりのななかめのラブラブムードっぷりにだんだんいつものちゃみになってた。笑った。二人の前でもすぴすぴ爆睡しとったね。
仕事とか色んなことがあって、なかなかわーっとみんな会えるのって難しいし、ましてやみんな売れっ子なのでホンマに奇跡みたいに会いたい!を募らせて盛り上がったの、幸せな時間でした。超絶楽しかったし、遠慮されないって事が嬉しかった。自然に寛いでくれると、なんかルンがピカッとしませんかね!うへへ!僕とちゃみはみんなが帰ってから静かで寂しくておでんをホフホフしたけどやっぱり寂しいから、二人きりだね、今夜からはどうぞよろしくね、とアムロちゃんを歌いながらしんみりしてます。ふぇーい。
次はあやちんもいるとエエのにねぇ。って言ってるととーまんも!とかぼんちゃんも!とか、シゲも!とか、ほんならメンバーやって!とかね、色々楽しい妄想は際限なくなってくね!ってくらい、兎にも角にもありがとうしかないぜ。元々大好きでしたが、もっともっとすきになっちゃうね、へへ!
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