#一夜庵
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kensasuke23 · 5 months ago
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昨夜、更新し忘れ。
日本酒で一杯。銘柄は朝日山の本醸造。つまみはホタテと白つぶの刺身に沢庵漬け。
いつのまにか寝てた。
#日本酒
#朝日山
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mikyake · 2 months ago
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5/7のぶん
何回寝落ちれば気が済むんだい?もう夜の7時ですよ。
ということで昨日やったことをメモしておく。
昼間は面接に行ってきた。一緒に面接受けた他の二人がすごく穏やかな方で、帰りは駅まで少しおしゃべりできた。面接前に解かされた10問くらいのミニ筆記テストが予想外の方向から殴ってくる感じで、どうせみなさん受けない企業だから言ってしまうけど、一問目から初代と現在の総理大臣の名前を漢字フルネームで書かされ、びっくりした。ゆるいぬいぐるみ作っている会社ですよね、、、?中国の省二つ書かされるもの以外は(何この問題?)一応全て解答できた(し、他の二人はあまり解けていなさそうだっ��)ので大丈夫だと信じたい。
帰りに別企業から祈られ、むかついたので新宿で遊んできた。コメダ系列店?のおかげ庵というお店で明太きしめんとミニ抹茶シロノワールを食してきた。美味しかったけどきしめんは想像以上のミツバが辛かった(つらかったし、からかった)うえに、シロノワールは中に入っている抹茶と小豆を練り込んだ何かが非常に重く、苦しみながら完食した。実はドリンクでわらび餅入りの抹茶ドリンクを頼んでおり、(ドリンク付属のシロップを一切入れなかったのは英断だったとはいえ)重いものパレード状態だった。行くならばお気をつけあそばせ。
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この後ドンキ行って念願のヴィヴィアンのカラコンをゲットできた。謎にドンキ内でU-NEXTの勧誘のおにーさん(ドンキが許可出しているようで腕章つけていた)に声かけられ、誘われるがままに契約(初月無料、90日間の映画一本無料権利つき)してみた。解約し忘れが怖いから即解約したけど。
あとカラオケも久々に行った。めちゃ楽しかった。でも古めのボカロ曲を入れると勝手に採点なし&音程バーなし&謎映像の仕様に切り替わってしまい、とことんついていない日だった。何これ?とりあえずピアプロ?ってやつを呪っておけばいいのかな。曲入れる画面は通常の画面と差異ないから、いざ歌う瞬間にならないと判明しないのも無理。はよ終われこの期間😭
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夜の作業では、プレゼン時に一度作品イメージを見せておきたいと思ったので、最終形態からすると非常に小さいスケールでの制作を始めてみた。生物の外観をどこまで既存の概念に寄せるかが難しく、仮制作なので一旦既存の概念に寄せる方向で考えてみた。手の形状は鳥に近いし、頭部のトップ部分につける眼球もthe眼球という具合に球体の形状をしている。異星からくる生物の想定ならある程度は「ニンゲンが考えそうな形状」に寄せるとわかりやすいかなと考えた。最終成果物はもっと既存の概念から脱したいので、この辺りはどうするか悩みどころかなと思う。そもそも自分は「人間に近い頭身・形状をしたキメラ」に特に惹かれやすいので、既存のものからの脱却と嗜好及び思想とをどう織り交ぜていくべきかが難しい。人間らしくない頭身を意識しすぎるあまり極度に頭身が低くなるとかわいい印象に寄りやすいしなぁ、、、
現在の理想は、元はふよふよしたスライムのような形状だが、不時着した地球の環境に擬態するために無機物などをあちこちから吸い取り、外殻もしくは���部にくっつけることでそれらしい生き物に見せている…といったストーリー。これに沿って作品の形状を定めるとするならば、生物がパーツとなるものを吸い上げ、体内に取り込んでいる様子を制作することになると思う。
今回は紙粘土が手元にあったので材料に使用してみたが、すぐ固まるので形に拘りきれず、本制作では絶対に使わないと思う。
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tamanine · 8 months ago
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2024.10.13
映画『HAPPYEND』を見る。父の時代の学生運動のような雰囲気と、街の風景のクールな切り取り、存在感があり重厚な音楽の使い方から愛しいものとしてのテクノの使い方まで大変気に入り、今度会う人に渡そうと映画のパンフレットを2冊買う。その人と行った歌舞伎町時代のLIQUIDROOM、どんどん登らされた階段。小中学生の時に自分がした差別、あの分かっていなさ、別れた友人、まだ近くにいる人たち。
2024.10.14
銀座エルメスで内藤礼『生まれておいで 生きておいで』、ガラスの建築に細いテグスや色のついた毛糸が映える。日が落ちて小さなビーズが空間に溶けていくような時間に見るのも素敵だと思う。檜の「座」で鏡の前にいる小さな人を眺める。「世界に秘密を送り返す」を見つけるのは楽しい。黒目と同じだけの鏡、私の秘密と世界の秘密。今年の展示は上野・銀座ともに少し賑やかな雰囲気、外にいる小さい人たちや色とりどりの光の色を網膜に写してきたような展示。でも相変わらず目が慣れるまで何も見えてこない。銀座にはBillie Eilishもあったので嬉しくなる。
GINZA SIXのヤノベケンジ・スペースキャットと、ポーラアネックスでマティスを見てから歩行者天国で夜になっていく空を眺めた。小さい頃は銀座の初売りに家族で来ていたので、郷愁がある。地元に帰るよりも少しあたたかい気持ち、昔の銀座は磯部焼きのお餅���売っていたりしました。東京の楽しいところ。
2024.10.18
荷造り、指のネイル塗り。足は昨日塗り済み。年始の青森旅行時、2泊3日の持ち物リストを作成し、機内持ち込み可サイズのキャリーに入れ参照可能にしたところ、旅行のめんどくさい気持ちが軽減された。コンタクトや基礎化粧品・メイク用品のリスト、常備薬、安心できる着替えの量。持ち物が少ない人間にはなれそうにない。日常から多い。部屋に「読んでいない本」が多いと落ち着くような人間は持ち物少ない人になれない。
2024.10.19
早起きして羽田空港。8:30くらいに着いたらまだ眺めのいいカフェが開いておらず、とりあえず飛行機が見える屋上に行く。このあと雨が降るはずの曇り空からいきなり太陽が照り出して暑くなり、自販機でマカダミアのセブンティーンアイスを買い、食べる。突然の早朝外アイス。飛行機が整列し、飛び立つところをぼんやりと眺める。飛行機は綺麗。昨夜寝る前にKindleで『マイ・シスター、シリアルキラー』を買って「空港ではミステリー小説だろう」と浮かれて眠ったのに、100分de名著のサルトルを読み進める。実存主義を何も分かっていないことをこっそりとカバーしたい。すみませんでした。
10:15飛行機離陸。サンドイッチをぱくぱく食べたあとKindleを手に持ったまま眠ってしまい、11:55宇部空港着。
宇部空港、国内線のロビーは小さく、友人にすぐ会う。トンネルを抜ける時、窓が曇り、薄緑色の空間に虹色の天井のライトと車のライトがたくさん向かって来て流れる。動画を撮影しながら「綺麗くない?」と言うと「綺麗だけど本当は危ない」と言われる。かけるべきワイパーをしないで待っていてくれたんだと思う。
友人のソウルフードであるうどんの「どんどん」で天ぷら肉うどん、わかめのおにぎりを食べる。うどんは柔らかく、つゆが甘い。ネギが盛り放題。東京でパッと食べるうどんははなまる系になるので四国的であり、うどんのコシにもつゆにも違いがある。美味しい。
私は山口市のYCAMのことしか調べずに行ったので連れて行ってもらう。三宅唱監督の『ワイルドツアー』で見た場所だ。『ワイルドツアー』のポスターで見た正面玄関を見に芝生を横切ったが、芝生は雨でぐずぐずだった。でも全部楽しい。
広く��静かで素敵な図書館があり、心の底から羨ましい。小さな映画館もあり、途中入場できるか聞いたおじいちゃんが、「途中からだからタダにならない?」と言っていたがタダにはなっていなかった。一応言ってみた感が可愛らしい範囲。
YCAM内にあるのかと思っていたら違う倉庫にスペースのあった大友良英さんらの「without records」を見に行く。レコードの外された古いポータブルレ���ードプレーヤーのスピーカーから何がしかのノイズ音が鳴る。可愛い音のもの、大きく響く音のもの。木製や黄ばんだプラスチックの、もう存在しない電機メーカーの、それぞれのプレーヤーの回転を眺めて耳を澄ませてしばらくいると、たくさんのプレーヤーが大きな音で共鳴を始める。ずっと大きい音だと聞いていられないけれど、じっと待ってから大きな音が始まると嬉しくなる。プログラムの偶然でも、「盛り上がりだ」と思う。
山口県の道路はとても綺麗で(政治力)、道路の横は森がずっと続く。もとは農地だっただろう場所にも緑がどんどん増えている。私が映画で見るロードムービーはアメリカのものが多く、あちらで人の手が入っていない土地は平らな荒野で、日本の(少なくとも山口県の)土は放っておくとすぐに「森」になるのだ、ということを初めて実感する。本当の森の中にひらけた視界は無く、車でどんどん行けるような場所には絶対にならない。私がよく散歩をする所ですら、有料のグラウンドやイベント用の芝生でない場所には細い道を覆い隠す雑草がモコモコと飛び出して道がなくなってゆく。そして唐突に刈られて草の匂いだけを残す。私が「刈られたな」と思っているところも、誰かが何らかのスケジュールで刈ってくれているのだ。
山口県の日本海側の街では中原昌也と金子みすゞがそこかしこにドンとある。
災害から直っていないために路線が短くなっているローカルの汽車(電車じゃない、電車じゃないのか!)に乗って夜ご飯へ。終電が18:04。霧雨、暴風。一瞬傘をさすも無意味。
焼き鳥に挟まっているネギはタマネギで、つきだしは「けんちょう」という煮物だった。美味しい。砂肝、普段全然好きじゃないのに美味しかった。少し街の端っこへ行くとたまに道に鹿がいるらしく、夜見ると突然道路に木が生えているのかと思ったら鹿の角、ということになり怖いらしい。『悪は存在しない』のことを思う。
2024.10.20
雨は止んでいてよかった。海と山。暴風。人が入れるように少しだけ整えられた森に入り、キノコを眺める。
元乃隅神���、123基の鳥居をくぐり階段を降りて海の近くへ。暴風でiPhoneを構えてもぶれて、波は岩場を越え海の水を浴びる。鳥居の上にある賽銭箱に小銭を投げたけれど届くわけもない。車に戻ると唇がしょっぱかった。
山と海を眺めてとても素敵なギャラリー&カフェに。古い建物の改装で残された立派な梁、屋根の上部から太陽光が取り込まれるようになっていて素晴らしい建築。葉っぱに乗せられたおにぎりと金木犀のゼリーを食べる。美味しい。
更に山と海を眺めて角島へ。長い長い橋を通って島。古い灯台、暴風の神社。曇天の荒れた海も美しいと思う、恐ろしい風や崖を体感としてしっかりと知らない。構えたカメラも風でぶれるし、油断すると足元もふらつく風、窓につく塩の結晶。
山と海を眺めて香月泰男美術館へ。友人が見て良い展示だったからもう一度来て見せてくれたのだ。
全然知らなかったけれど、本当に素晴らしい絵だった。油彩なのだけど、質感が岩絵具のようで、フレームの内側に茶色のあやふやな四角が残っているのがとても良い。
フレーミングする、バチッと切り取ってしまう乱暴さから離れて、両手の人差し指と親指で四角を作って取り出したようなまなざしになる。
山口県の日本海側の山と畑と空の景色、荒い波、夜の静けさや月と雲、霧の色を見てから美術館へ連れて来てもらえたから色と色の境目の奥行きを知る。柿はずっしりと重く、花は鮮やかだ。香月泰男やシベリア抑留から帰ってきた画家で、この前読んだ『夜と霧』の暗さと冷たさを思い返した。絵の具箱を枕にして日本へ帰る画家が抱えていた希望、そのあとの色彩。 
夕飯は友人の知り合いのハンバーガー屋さんへ。衝撃のうまさ。高校生の時に初めて食べたバーガーキングの玉ねぎの旨さ以来の衝撃、20年ぶりだ。そんなことがあるのか。
2024.10.21
晴天。海は穏やかで、深い青、テート美術館展で見たあの大きな横長の絵みたい。初めて見た海の光。
海と山を眺めて秋吉台へ。洞窟は時間がかかるので丘を散策、最高。
風光明媚な場所にしっかりとした情熱が無かったけれど、「好きな場所だから」と連れていってもらえる美しい場所は、友人が何度も見るたびに「好きだなぁ」と思っただろう何かが分かり、それは私が毎日毎日夕陽を眺めて「まだ飽きない」と思っている気持ちととても近く、感激する。
今までの観光旅行で一番素敵だった。
道々で「このあと窓を見て」と教えてもらい、味わう。
ススキが風に揺れて、黄色い花がずっとある。山が光で色を変え、岩に質感がある。
山口市、常栄寺、坂本龍一さんのインスタレーション。お寺の庭園が見られる場所の天井にスピーカーが吊るされ、シンセサイザーの音を演奏しているのは色々な都市の木の生体信号だ。鳥の声や風の音と展示の音は区別されない。砂利を踏む音、遠くから聞こえる今日の予定。豊かなグラデーションの苔に赤い葉っぱが落ちる。
宇部空港はエヴァの激推しだった。庵野さん、私も劇場で見届けましたよ。
行きの飛行機は揺れたけれど、帰りは穏やかに到着、家までの交通路がギリギリだったため爆走、滑り込む。
東京の車の1時間と山口の1時間は違う。
何人かの山口出身の友人が通った空と道と海と山の色を知ることができてとても嬉しい。
「好きな場所」「好きな風景」ってどういうものなんだろう。
私が通う場所、好きな建築、好きな季節と夕陽。あの人が大切にしている場所に吹く風、日が落ちる時刻が少し違う、友人のいる場所。
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moji2 · 2 years ago
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「曲がり角」
•オルガンの音が聞きたい
•温かいココアが飲みたい
•もう、ダメだと叫びたい
•また、あの山に登りたい
•恵まれた環境であること
•上を見ても下を見てもね
•靴紐が解けたけど構わん
•オープンカーが欲しいよ
•夜より朝の太陽が好きだ
•普通の生き方を教えてよ
•久松真一の抱石庵に行く
•息をする。俺は息をする
•もう、ダメだと叫ばない
•無傷な奴はいないだろう
•何が欲しいかって内緒よ
•そろそろ幕を降ろします
•ありがとう、ありがとう
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ari0921 · 1 year ago
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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和五年(2023)12月27日(水曜日)参
    通巻第8070号
 AIは喜怒哀楽を表現できない。人間の霊的な精神の営為を超えることはない
  文学の名作は豊かな情感と創造性の霊感がつくりだしたのだ
*************************
 わずか五七五の十七文字で、すべてを印象的に表現できる芸術が俳句である。三十一文字に表すのが和歌である。文学の極地といってよい。
どんな新聞や雑誌にも俳句と和歌の欄があり、多くの読者を引きつけている。その魅力の源泉に、私たちはAI時代の創作のあり方を見いだせるのではないか。
 「荒海や佐渡によこたう天の川」、「夏草や強者どもが夢の跡」、「無残やな甲の下の蟋蟀」、「旅に病で夢は枯野をかけ巡る」。。。。。
 このような芭蕉の俳句を、AIは真似事は出来るだろうが、人の心を打つ名句をひねり出すとは考えにくい。和歌もそうだろう。
 『春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣干すてふ 天香具山』(持統天皇)
 皇族から庶民に至るまで日本人は深い味わいが籠もる歌を詠んだ。歌の伝統はすでにスサノオの出雲八重垣にはじまり、ヤマトタケルの「まほろば」へとうたいつがれた。
 しかし人工知能(AI)の開発を米国と凌ぎを削る中国で、ついにAIが書いたSF小説が文学賞を受賞した。衝撃に近いニュースである。
 生成AIで対話を繰り返し、たったの3時間で作品が完成したと『武漢晩報』(12月26日)が報じた。この作品は『機憶(機械の記憶)の地』と題され、実験の失敗で家族の記憶を失った神経工学の専門家が、AIとともに仮想空間「メタバース」を旅して自らの記憶を取り戻そうとする短編。作者は清華大でAIを研究する沈陽教授である。生成AIと66回の対話を重ね、沈教授はこの作品を「江蘇省青年SF作品大賞」に応募した。AIが生成した作品であることを予め知らされていたのは選考委員6人のうち1人だけで、委員3人がこの作品を推薦し
「2等賞」受賞となったとか。
 きっと近年中に芥川賞、直木賞、谷崎賞、川端賞のほかに文学界新人賞、群像賞など新人が応募できる文学賞は中止することになるのでは? 考えようによっては、それは恐るべき時代ではないのか。
 文学の名作は最初の一行が作家の精神の凝縮として呻吟から産まれるのである。
 紫���部『源氏物語』の有名な書き出しはこうである。
「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり」
 ライバルは清少納言だった。「春は曙、やうやう白く成り行く山際すこし明かりて、紫立ちたる雲の細くたなびきたる」(清少納言『『枕草子』』
 「かくありし時すぎて、世の中にいとものはかなく、とにもかくにもつかで、世に経るひとありけり」(道綱母『蜻蛉日記』)
 額田女王の和歌の代表作とされるのは、愛媛の港で白村江へ向かおうとする船団の情景を齊明天王の心情に託して詠んだ。
「熟田津に 船乗りせむと月待てば 潮もかなひぬ今は漕こぎ出いでな」(『万葉集』)。
 「昔、男初冠して、平城の京春日の郷に、しるよしして、狩りにいにけり。その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。」(『伊勢物語』)
 ▼中世の日本人はかくも情緒にみちていた
 「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶ泡沫(うたかた)はかつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」(『方丈記』)
 『平家物語』の書き出しは誰もが知っている。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。 奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。 猛き者も遂にはほろびぬ、 偏(ひとへ)に風の前の塵におなじ」。
 『太平記』の書き出しは「蒙(もう)竊(ひそ)かに古今の変化を探つて、安危の所由を察(み)るに、覆つて外(ほか)なきは天の徳なり」(『太平記』兵藤祐己校注、岩波文庫版)
「つれづれなるままに、日くらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」(『徒然草』)
 古代から平安時代まで日本の文学は無常観を基盤としている。
 江戸時代になると、文章が多彩に変わる。
 井原西鶴の『好色一代男』の書き出しは「「本朝遊女のはじまり、江州の朝妻、播州の室津より事起こりて、いま国々になりぬ」
 上田秋成の『雨月物語』の書き出しはこうだ。
「あふ坂の関守にゆるされてより、秋こし山の黄葉(もみぢ)見過しがたく、浜千鳥の跡ふみつくる鳴海がた、不尽(ふじ)の高嶺の煙、浮島がはら、清見が関、大磯小いその浦々」。
 近代文学は文体がかわって合理性を帯びてくる。
「木曽路はすべて山の中である」(島崎藤村『夜明け前』)
「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜ぬかした事がある」(夏目漱石『坊っちゃん』)
「石炭をば早はや積み果てつ。中等室の卓つくゑのほとりはいと静にて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒らなり。今宵は夜毎にこゝに集ひ来る骨牌カルタ仲間もホテルに宿りて、舟に残れるは余一人ひとりのみなれば」(森鴎外『舞姫』)。
 描写は絵画的になり実生活の情緒が溢れる。
「国境の長いトンネルをぬけると雪国だった」(川端康成『雪国』)
 谷崎潤一郎『細雪』の書き出しは写実的になる。
「『こいさん、頼むわ』。鏡の中で、廊下からうしろへ這入はいって来た妙子を見ると、自分で襟えりを塗りかけていた刷毛はけを渡して、其方は見ずに、眼の前に映っている長襦袢姿の、抜き衣紋の顔を他人の顔のように見据みすえながら、『雪子ちゃん下で何してる』と、幸子はきいた」。
 「或春の日暮れです。唐の都洛陽の西の門の下に、ばんやり空を仰いでいる、一人の若者がありました」(芥川龍之介『杜子春』)
 ▼戦後文学はかなり変質を遂げたが。。。
戦後文学はそれぞれが独自の文体を発揮し始めた。
 「朝、食堂でスウプをひとさじ吸って、お母様が『あ』と幽(かす)かな声をお挙げになった」(太宰治『斜陽』)
 「その頃も旅をしていた。ある国を出て、別の国に入り、そこの首府の学生町の安い旅館で寝たり起きたりして私はその日その日をすごしていた」(開高健『夏の闇』)
 「雪後庵は起伏の多い小石川の高台にあって、幸いに戦災を免れた」(三島由紀夫『宴のあと』)
和歌もかなりの変質を遂げた。
正統派の辞世は
「益荒男が 手挟む太刀の鞘鳴りに 幾とせ耐えて今日の初霜」(三島由紀夫)
「散るをいとふ 世にも人にも さきがけて 散るこそ花と 吹く���夜嵐」(同)
 サラダ記念日などのような前衛は例外としても、たとえば寺山修司の和歌は
「マッチ擦る つかのま海に霧ふかし 身捨つるほどの 祖国はありや。」
 わずか三十一文字のなかで総てが凝縮されている。そこから想像が拡がっていく。
 こうした絶望、空虚、無常を表す人間の微細な感情は、喜怒哀楽のない機械が想像出来るとはとうてい考えられないのである。
AIは人間の霊感、霊的な精神の営みをこえることはない。
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picnicism · 11 months ago
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途中でやめる新作UPしました https://tochuyame.thebase.in 2024年7月23日のこと 1. おはようございますアトリエ文学 2. 昨日は起きて風呂入って、これ書いて、山下道ラジオ。後半に爆裂にスイッチが入ってしまい後半戦へ未録音で喋る喋る 3. 喋りすぎて時間オーバーになり焦って準備して多摩美へ 4. 笹塚まで自転車で行き橋本まで輪行。間違えて遅い快速に乗ってしまい、遅刻確定。 5. ギャン。どうしようかな。遠隔で授業やりますと伝えてツイッターを更新し続ける。テクノロジー感謝!ではなく、貧乏人に選択肢を与えるな。 6. 橋本から迷いまくって多摩美に到着するが、呼んでくれた安藤さんらしき人が講���してる向こう側から合図を送るがシカトされ続け、どうなってんだよと思いながら人に聞いたら、違う場所とのことで、教えてもらう 7. それでも行けず、違う人に聞いたら、あれ?途中でやめるの人やんけ!ってことで案内してもらって自転車ごとエレベーターに乗って3階へ。 8. 汗だるま&自転車で大爆笑で迎えられる。 9. そこから怒涛の3時間ほぼノンストップトーク。 10. なぜ、ほぼなのかと言うと、途中でゲリラ豪雨で雷がスピーカーに直撃してバビーンという爆音がなり響いてロックンロールの誕生のような瞬間があった。 11. たくさんの資料や本を持ち込んで読んだり、広げてみたりと楽しい授業があって授業が終わっても質問の列がずっと続いた 12. いろんな大学で講義してきたけど昨日が一番ぶっちぎりで反応が良かった。やっぱり遅刻した方がいいのかな。 13. 終わって安藤さんと誕生日の先生と2人の学生とイタリアン酒場で乾杯 14. いやー、楽しかったと外に出たら大雨の後で持ってきた本がちょい濡れやんけ 15. 橋本から代々木公園でやってる野中モモさんの誕生日会へ。これからゲリラ豪雨やってきますよという予感ギンギンの中で、んなことあぁ知ってんだよ!という頼もしいパーティーの雰囲気と霧ともやと幻想すぎる景色。深夜の雨が降る前の公園は誰もおらず、ここにいる人がどんどん死んでいくんじゃないかという事件の予感か映画の撮影してんのか、本番の舞台の上のような緊張感がある。 16. その緊張感のまま2時間くらいいたんでしょうか、田舎の多摩美からど真ん中の代々木公園までビュンと一緒に体験できるのが東京のすごいところなんだけど、多摩美よりも代々木公園の誰も��ない景色が大自然すぎて、���角の休憩所の真下の丸テーブルに一人だけ賭場の女大将のようにあぐらを書いて座る本日の主役野中モモがヤクザなのか天使なのかの区別もつかないけど、なんかスゲェってことだけはわかる。 17. ハプニングを味方にする女、野中モモ天晴れすぎるだろ!雨降ってるけど 18. ヘトヘトになって帰宅して、風呂入って寝ましたとさ 2024年7月24日のこと 1. おはようございますリビング文学 2. 昨日はリコちゃん出勤日でガシガシとヒカリエで売れすぎたSLITSシャツをたくさん作る 3. 昼は新大久保駅前回転寿司魚べい ここに行くだけで大汗。すん(娘)の自転車がパンクしてるとのことで帰宅して自転車に持って行っただけで大汗、しかも昼休憩で居ない。 4. 一旦帰宅して、ドンキへ。空気抜けてただけで大丈夫だった。新大久保界隈の空気入れ難民だった方々に朗報ですよ。これまでは中央図書館近くのマンションの前に気前よく置きっぱなしになってる空気入れか、イケメン通りの足がない空気入れで苦労しまくってたかと思いますが、イケメン通りのドンキが自動の空気入れしかも無料を設置してくれました。空気入れる前に赤いボタンを押してからどうぞ。いやー最高や 5. 背中に保冷剤を貼り付けて出かけたんですが、なかなか良いですね 6. 自転車でどこか出かけたいが暑すぎて何もやる気がしない。 7. 夜はチャーハン、肉、サラダ。自転車の世界一周ドキュメントを観る。外で寝たくないなとか、嫌だなと思う自分の殻を破るには自力の旅が一番良いんだろうなと思う。 8. しかし真夏の旅は危険だな 9. 開高健が80年代にスコットランドに釣りに行った時の番組をYoutubeで観る。 2024年7月25日のこと 1. おはようございますリビング文学 2. 昨日は起きて食べた朝ご飯すら覚えていない。こりゃいかんですね、どんどん記憶がなくなっていくと書いた側から、ホットサンドの鉄板にベーコン2枚と卵を流し込んで、着脱式のホットサンド鉄板を焼きながらくっつける作業してたら、どうにも難儀する。 3. なんとかくっついてひっくり返して焼き上がったベーコンエッグをパンの上に乗せて再度焼く。 4. 買ったばかりの中古のBluetoothキーボードのPボタンが反応鈍く、鉄板を打つ時のPが反応せずテッアンになって鐡庵と表示されまくる。 5. どうなってんだ。そして、鐡庵ってなんだよ。 6. このような、作者が知らない漢字が作者の中から書き出されることって有史以来初めてのことで、馬鹿がバレるとはよく言ったけれど、その逆の頭良さそうに見えてしまったりするのだろうか 7. 鐡庵調べたけど、意味はないですね。場所や店の名前として使われることがあるみたい 8. さて、さて���ゃねぇよ。 9. 朝ご飯を食べて、風呂に入ったら、アンナちゃんからクルンクルンシャツ出来ましたと連絡があり、ちょうどいいそのあたり仕入れに行こうと思ってたので好都合 10. ハンモックとコーヒーを準備して出かける。高田馬場たんぽぽハウス行って仕入れ出来ず、バズストアが休み。最近休みがちで心配ですが大丈夫だろうか、落合と目白の中間あたりで雲行きが怪しくなりすぎてアメッシュ見たら大変な真っ赤具合で気になってた喫茶店に逃げ込む。 11. ゲリラ豪雨スタートと共にハンバーグ、白玉サンデーと開高健。美味くて空いててナイスなランチ喫茶店なんだけど、これをどこかの公園でやりたかった、、、 12. いつものハンモックスポット、もしくは、新たに開拓するハンモックが張れそうな場所を探してそこで食べるカップラーメンとコーヒーと読書が食と寝床を作れた喜びで充実しまくりながらも、いつ、何時に注意されるかわからないアーバン怒られの可能性 13. これを全部ひっくるめてるので外食への興味が失せてしまった 14. ゲリラ豪雨が長いと睨んで白玉サンデーまで頼んでしまったので、本日のハンモック&コーヒーはなしか、、、 15. 目白トレファク、江古田バズストア、トレファク、セカスト、桜台と中村橋のバズストア、富士見町トレファクで仕入れしてアンナ邸へ。 16. 荷物が多すぎて昨日見た自転車世界一周の人のような積載量になる。 17. お腹が減ってたが荷物多すぎて帰宅。セブンでエリックサウスのビリヤニ買ってゆで卵としば漬け入れて食べる。めちゃくちゃ美味しい。コンビニでこんなに美味しいのが食べられて幸せすぎることを噛み締める。 18. 家族が脱出ゲームに行ってていなかったので、仕入れでも聴いてた川上幸之助さんのパンクの系譜学のミックスリストを聴きながら過ごす。カセットにダビングしたくなるな 19. 複製芸術の良さがカセットやレコードや本のように何も濾過せずに超シームレスに享受できる嬉しさと味気なさ。手に入れたけれど失ってることも多いいなと実感 20. そんなことを思って起きたら、石野卓球がクラフトワークのカセットテープを作ることの緊張感を投稿しててめちゃくちゃよかった。 2024年7月26日のこと 1. おはようございますリビング文学 2. 昨日はリコちゃん出勤日でセックス・ピストルズTなどをたくさん作る。 3. やっぱり良いですねぇ、今日UPする新作も昨日作られたものです。ピンクに緑の毛糸のピストルズTを私物にしたいけど売れちゃうでしょうねぇ。そう言うのが良いんだよ、自分が着たいのって売れますもんね。自分で作って売りたくないのを安価でUPしたら、未来の友達みたいな人が買ってくれますよ。 4. そこで調子に乗って高い値段にすると売れないかもしれないけど、金額に自己評���を込めない方がいいと思ってる。 5. 村上春樹の新作が4万円だったら買う人ほぼ居ないでしょ。 6. 川上幸之介さんの著書パンクの系譜学のSpotify MIXがUPされてて、なんと4時間。3日かけて聴く 7. パンクってピストルズが最初と考えて1977年近辺ですが、パンク以前のパンクという考え方があってそれをプロトパンクって呼んでて、もうその時点でずるいってか面白いでしょ。 8. 松本人志以前にスベるとかサムいとかドヤ顔とか無かったとか言うけど大正時代にドヤ顔してる写真はあるわけで、その感覚やそれを指す言葉が無かった以前にそれをやってったものを集める。 9. プロトパンクって言うか昔すぎて、風だろこれは!風の音じゃねぇか!ってくらいに昔のから始まって、ピストルズに辿り着くまで2日かかったから、ダムドのニューローズの冒頭のギャンと叫ぶところとか嬉しくなりすぎて仕入れ中の中村橋で絶叫しちゃいましたよ。 10. 知らない曲が多すぎて、これから仕入れっする時の自転車で聴きまくりたい。 11. OFF White 着てて気になってたカミンスカスTAKUMIでお馴染みだった地面師ドラマがネトフリで配信されてて観る。ドラマ仕立てで全7回の7時間。中毒になって次のエピソードを再生、イントロをスキップして次へ次へとなるからできるだけドラマは見ないようにしてるんだけど、いやー面白かった。細かいコンプラを華麗にスルーしてて、警察ならこの時点で捕まえなきゃおかしいでしょとか、普通じゃあり得ないとかをドラマのための面白さ、物語としての演出の方に力入れてて、そんなわけあるかい!が結構連発されるんだけど、それがまた良かったりする。 12. 家族が居たので寝室で見たり、場所を変えたりしながら見てたけど途中でヘッドフォンしたら音楽がめちゃくちゃクリアで、石野卓球がやってた。 13. 叙々苑焼肉弁当食べたくなりますね。 14. ブランキージットシティーがサブスク解禁ですってよ 15. 肉体を使わずにスマホやタブレットに欲しい情報どころか、複製芸術が無料で飛び込んでくることの感謝が薄れすぎて、喜びがなくなっててコレでいいんか本当に。 16. もっともっとファンアートみたいなの炸裂させて喜んでいたいですよ。 17. これが当たり前になっていくのが恐ろしいし、Twitter見てたら人が殴られたり、撃たれたり、事故ったりする動画が当然のように流れてきたり、ショッキングな内容が表示されすぎて、日常の些細な友人らの呟きが出てこなくなってきた。ハードな内容に引っ張られすぎるので、これも身体に良くないし、ちゃんと議論もされないし、こいつが100%悪者って決めつけたら徹底的に叩くのも疲れる。 18. 昨日は、途中で��める本の打ち合わせでみっちり2時間ギャンギャンに話す 19. 9月から生活工房でのおもしろ金儲けの展示も始まるし、色々と忙しくなるんでしょうか 20. セブンイレブンのジェネリックパピコがどこにも売ってないんだが、、、
ドキドキするようなイカれた人生 
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patsatshit · 2 years ago
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「週刊少年ジャンプ」(集英社)にて2018年14号から連載中の『呪術廻戦』が面白い。人間の負の感情���ら生まれる化け物・呪霊を呪術を使って祓う呪術師の闘いを描いたダークファンタジー。読者の予想を裏切りまくる展開で、数多の考察系YouTuberを幾度となく地獄に叩きつける作者のイヤラシイ才能に惚れ惚れする。ストーリー、人物造形、魅力的な術式の数々、どこをとっても見どころ満載で語り始めたらそのまま夜を駆けて呪いに転じてしまいそうなんだけど、特筆すべき点をひとつ挙げるとすれば、主要なキャラクターのひとりである羂索という呪詛師の存在。他人の身体を乗っ取り、永い時を越え自らの野望を叶えるために存在する人物。この羂索が物語を牽引するから本作は特別なものになっている。どこまでも純粋に面白いことを追求する奴が真に面白いと思ったことだけを次々に実践していく訳だから、その内容が面白くならない筈がない。
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彼が目指すのは「呪力の最適化」である。 呪霊のいない世界でも牧歌的な平和でもなく、自らの生み出すもの以上の可能性を見つけること、つまりは呪術の力で新たな世界を創造しようとしている。 呪術師・呪霊・非術師、これらは彼曰く「人間という“呪力の形”の可能性の一つ」に過ぎないらしく、さらなる呪力の可能性の探求の為に、1000年もの間、様々な術師の身体を渡り歩いて暗躍を続けていた。 そして最終目標は日本全土を対象に人類への強制進化を成すため、人類と天元を同化させることである。 おまけに乗っ取った人物の身体能力、特徴だけでなく術式等の能力をもそのまま引き継ぐことができるのだが、本人の年齢及び本来の顔、性別も未だに不詳。ここまで書けば勘の鋭い方なら既にお気づきだろう。そう、これは完全にドゥルーズの生成変化である。生成変化とは他なる物事への複数の「外在的」な「関係」の付置それ自体としての、言うなれば「関係束」としての「自他」が組み変わることである。それは万象の渾然一体ではなく、互いに区別される関係束の多様な組み変わりである。ドゥルーズの動物論は、スピノザ的「生態学的倫理」として解釈されることが多い。要するに自己の「身体の能力」を開発し、他者のそれと絡み合わせ、自他が一緒に活力を増していく「強度の共同性」を拡大することである。まさに「闘争領域の拡大」というやつだ。そしてそれは数々の漫画作品からの場面引用と構図、展開等の組み合わせで『呪術廻戦』を構築する作者の意図としても汲み取ることが可能である。
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つまりは羂索≒芥見下々であると、わざわざ声を大にして僕は言いたい訳だが、これは世界とは、断片的な物事のあらわれを「想像」に於いて「連合」した「結果=効果」であり、そして世界のいたるところに、互いに分離した想像する「精神」があるというヒューム主義を独自に咀嚼した庵野秀明原作・監督によるオリジナルアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の概念を字義どおりに渡り歩いた芥見下々の巧みな筆捌きからも察することは容易い。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』で作中人物の碇ゲンドウが目論んだ「アディショナルインパクト」をゲンドウ自身の言葉で要約すると「セカンドインパクトによる海の浄化。サードによる大地の浄化。そしてフォースによる魂の浄化。エヴァインフィニティを形作るコアとは魂の物質化。人類という種の器を捨てその集合知をけがれなき楽園へといざなう最後の儀式だ」ということであるが、これは羂索の最終目標である日本全土を対象に人類への強制進化を成す為、人類と天元を同化させようとする「超重複同化」と思想的にもかなり近しいものがある。『新世紀エヴァンゲリオン』は言わずもがな、他作品へのオマージュをふんだんに散りばめる『呪術廻戦』そのものが芥見下々なりの「アディショナルインパクト」であり「超重複同化」であり「生成変化」の一端であると言い切ってしまうのは、いささか暴論に過ぎるだろうか?
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『呪術廻戦』と同じく「週刊少年ジャンプ」で連載中のギャグ漫画『僕とロボコ』の第156話「オマージュとロボコ」と題された一話にはオマージュを最大の武器としている作者・宮崎周平の意図を盛り込んだ内容で、そのあまりにも大胆かつバカバカしい試みに失笑を超えて思わず仰け反った。「パクりはもう卒業しました!」と切り出す主人公ロボコは「複数の作品の良いトコロを参考にすれば、それはオリジナルになりうる!」と豪語する。そして数え切れないほどの他作品の「良いトコロ」をつまみ食いしてオリジナル漫画を描き上げては周囲を唖然とさせるも、本人は至って冷静に「オマージュの範囲内ですね」と嘯く。そしてキャリア2年目の編集者が編集長の目を盗んで本誌掲載に踏み切り、結果、見事に大炎上するという極めてメタメタで知的な内容だった。オマージュについては『リズム・サイエンス』(青土社)という書籍にも深い洞察が垣間見える。本書はヒップホップやジャズなどのブラック・ミュージックから現代音楽、果てはメタルまでを往還する境域のミュージシャンDJスプーキーが本名ポール・D・ミラー名義で上梓した渾身の音楽論である。前述のロボコが描いたオリジナル漫画のタイトルが『ドキ♡孫・D・炭太郎の青春‼︎大秘宝‼︎』であったことを鑑みれば、宮崎周平の目論見は明確である。ミドルネームの「D」それは単なる偶然にしては出来すぎた話ではないか。近/現代思想を核に、音楽、映画、小説、詩をサンプリングしながらも、「他人の思考を自分のものにするのは発明するのと同じくらい難しい」と天を仰いだその真意とは。彼の試みは確実にイギリスの批評家マーク・フィッシャーに受け継がれ、氏の没後は言うまでもなく……。
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東京を拠点に活動するラッパー、J.COLUMBUSが長野県松本市のトラックメーカーMASS-HOLEをプロデューサーに迎え、制作したアルバム『On The Groove, In The City』は、幾つもの言葉の断片が虚実の被膜ではなく、自己/他者の被膜をねっとりと愛撫するように言葉が置かれる。しかもそれらは決して打点を刻むことなく、じわじわと地中に溶解する。もはやJ.COLUMBUSの言葉とPAUL AUSTERの言葉に差異はない、否、具体的には決して交わらない他者と自己の言葉が混ざり合うことも溶け合うことも拒絶して地表に吐き捨てられる。これはストリートの詩情などという陳腐な戯れではなく、現前する意志を喪った風景を浮かび上がらせようとする稀有なる試みだ。因みに芥見下々は「パロディやオマージュの線引きは、自分の中では明確な基準がある」と明言している(コミックス16巻を参照)。ここまで記してきた僕の文章自体もWikipedia、ピクシブ百科事典、千葉雅也の論文「ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学」を渡り歩いたものに過ぎず、無論、オリジナリティは皆無である。
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chiyoha1488 · 11 months ago
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百鬼夜行絵巻を囲む夜会に行ってきた
百鬼夜行図は室町から明治にかけていろんな人に写されたりアレンジされたりでそこそこバージョン違いがある
今回のは解説もしてくれた某大の名誉教授の私物らしいけど、一番古いタイプのひとつ(真珠庵本系)だそうなのでめちゃくちゃ眼福でした
面白いのは古いタイプの百鬼夜行図は鬼形の妖怪が多いのに対し、時代が下って書き加えられた妖怪は獣形が多いこと
結局理解可能なものは妖怪化しにくいので、室町くらいでは馴染み深かった獣が、時代が下って江戸くらいになると都市化が進み、あまり接する存在では無くなっていったということだと思った
教授の話もどちらかというと中世の精神史というか日本人の宗教観というかそんな感じで、平たくいうと今にもうっすら息づくアニミズム的世界観の話
語り口こそ軽快だけどその捉えようとしているところは実にア���デミックだったのですが、他の参加者にはイマイチ響いてないようで、むしろ参加者同士の不思議な体験談や個別の妖怪の話の方が盛り上がってて
そういう楽しみ方もないワケではないですが、
「オタクといっぱい会えるかも!?」ってwktkしてたチヨハはちょっぴり寂しい気持ちを味わいました
やはり人間社会で生きるのに向いてないのかもしれません
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oldkwaidan · 1 year ago
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貉が呼ぶ音
 長野県北安曇郡八坂村の切久保集落に一翁庵という庵があった。  またの名を仁科堂といい、庵主は瑞信という名であった。  当時、毎夜のように化け物が出たので、近所の者は怖がって夜は外出できずにいた。  それゆえ、午後十時ともなると皆寝静まって物音一つしなくなる。  すると、瑞信、と呼ぶ声が聞こえてくるのである。  あるとき、瑞信は音のする方に行って調べてみた。  すると、その呼び声は、貉が尾を節穴へ突きこんで、入れたり出したりするときに出る音であったことが判ったという。
 (信濃教育会北安曇部会・編『北安曇郡郷土誌稿(七)』九 動物、變怪民譚附獵の話 「2 狸と貉の話」)
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semmaki · 1 year ago
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5月の2連休は湘南へ。huitを連れて行くのは前回が最後になると思っていたのだけど、14歳3か月、まだ体力ありそう!だったら行こう!ただ車の移動中のソワソワは相変わらずで一睡もせず片道4時間半、到着した頃にはまぁまぁの疲労感。家でのんびりしてる方がいいよね~と、飼い主の都合で連れまわしてることに少々罪悪感もあるから、huitのことも考慮して、行きたいところは最小限に抑えました。BIRD HOTELが快適なので、夜更しせず早い就寝で疲れを癒す。1日目は東京横浜に住む友だちが鎌倉まで会いに来てくれて、ホテルの向かいにある松原庵でランチ。その後ホテル内のレストランでお茶して、最後は部屋でダラ~としながら、とりとめのない話。 このなんでもない会話が更年期には大事(らしい)!発散するだけしたらまたがんばれます!夕方、帰路につく友人らを駅まで見送り、ひとり鎌倉からホテルまで散歩。ほんといい街だなぁ。大好き。2日目は波乗りと、チェックしていたお店(といっても、毎回ほぼ変わり映えなし、笑)へ。いつもは紋四郎丸のしらすを買って帰るのだけど、あんがい遠いので、今回は藤沢の濱野水産に乗り換えてみた。朝獲れ最高。新鮮なしらすが大好物のSさんは、しらすの為だけに移住したいといいかねない。かかん麻婆の素は次回もまたリピートしたい。次、行くとすれば9月か10月。huit が一緒だと制限されることもある。でもやっぱり一緒がいいな。「���んどくせーなー」huit の心の声が大音量で聞こえてくるけれど...大好きな湘南での思い出もう少し作りたい!
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yugoaoba · 2 years ago
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青葉祐五 / ベクトル・ユーゴ
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Profile
青葉 祐五 / ベクトル・ユーゴ
ミュージシャン
4月10日生まれ
東京都世田谷区出身
筆名:青葉祐五/Yugo Aoba/Yugo.A/ベクトルユーゴ
About
2003年より、シンガーソングライターとして活動開始。2010年より「ベクトル・ユーゴ」名義で、都内・横浜・名古屋などを中心に、現在に至り活動中。
2016年、1st EP「小さな日々」をリリース。
湘南工科大学イメージソング『湘南工科ラプソディ~最大公約数の恋~』作詞・作曲・歌唱担当。
2017年より、本格的に制作活動を開始。
坂道・48グループやK-POPグループや声優など数々のアーティストへの楽曲提供を行っている。
近年は絵本「ペロずきんちゃん(小学館刊行)」のテーマソング制作を手がけるなど活動の場を広げている。
Favorite
東京ヤクルトスワローズ/猫/夏子/5月/夏/快晴/プロ野球/競馬/麻雀/映画鑑賞/読書/怪談/オカルト/都市伝説/銭湯/焼き鳥屋/水族館/文房具屋/本屋/吉野家/串カツ田中/���急大井町線沿線/秋刀魚/ステーキ/そば/ラーメン/ドラえもん/美味しんぼ/火の鳥/古畑任三郎/深夜食堂/山崎豊子原作のドラマ作品/藤子・F・不二雄/藤子不二雄A/庵野秀明/古谷実/吉本隆明/宮沢章夫/是枝裕和/沖田修一/坂元裕二/荻原浩/鈴木敏夫/リリー・フランキー/みうらじゅん/野村克也/武豊/ディープインパクト/ドウデュース/キセキ/織田裕二/唐沢寿明/中井貴一/池松壮亮/有村架純/深津絵里/蒼井優/黒木華
Works
【 提供作品 】
⚫︎日向坂46
青春ポップコーン(作曲・編曲/sugita.mと共作編曲)
⚫︎櫻坂46
ソニア(作曲/Kadonoと共作曲)
⚫︎AKB48
サヨナラじゃない(作曲/Toshikazu.Kと共作曲)
⚫︎STU48
鬼ごっこ(作曲・編曲/S-TONEと共作編曲)
雨とか涙とか(作曲/Toshikazu.Kと共作曲)
⚫︎NMB48
職員室に行くべきか?(作曲/Toshikazu.Kと共作曲)
選ばれし者たち(作曲/Kadonoと共作曲)
⚫︎NGT48
片想いのままじゃ終われない(作曲・編曲/S-TONEと共作編曲)
⚫︎僕が見たかった青空
青春の旅人よ(作曲/Toshikazu.Kと共作曲)
⚫︎GOT7
LOVE LOOP(日本語作詞/EastWest(1by1)、MAXINEと共作詞)
⚫︎CUBERS
ピンキーリング (作曲・編曲/大山聖福と共作編曲)
⚫︎THE SUPER FRUIT
ボクらの夜明け(作詞・作曲・編曲/大山聖福と共作編曲)
⚫︎世が世なら!!!
鼓動のFighters (作曲・編曲/大山聖福と共作編曲)
Winter Prince (作詞・作曲・編曲/大山聖福と共作編曲)
ウオー!サオー!(作曲・編曲/大山聖福と共作編曲)
おったまげ(作詞・作曲・編曲/大山聖福と共作編曲)
⚫︎POCKET PANiC
ポケパニセンセーション♪(作詞・作曲・編曲/杉田昌也と共作編曲)
⚫︎丘みどり
阿武隈・恋慕情(作曲・編曲/青葉紘季、大山聖福と共作編曲)
⚫︎増田俊樹
hikari(作詞・作曲・編曲/杉田昌也と共作編曲)
明日はきっと(作詞/HASEGAWAと共作詞)
⚫︎平野綾
Up To Date (作詞/小林光一と共作詞)
⚫︎MaxBoys(細谷佳正+増田俊樹)
恋のキセキ(作詞・作曲/松本有加と共作詞)
ボタン(作詞・作曲)
魔法(作詞・作曲/松本有加と共作詞)
⚫︎BoysRepublic
Only Girl(作詞/戸塚慎と共作詞)
⚫︎GoGoしんGoず!(CV:Lynn、芹沢 優、鈴木みのり)
メイド in わたし♪(作詞・作曲/中島彩歌と共作詞、ツタナオヒコと共作曲)
⚫︎タイトル未定
溺れる(作詞/青葉紘季と共作詞)
⚫︎限りなく白く
一番星(作詞・作曲・編曲/松浦はすみと共作編曲)
白地図のコンパス(作詞・作曲・編曲/松浦はすみと共作編曲)
青空に手を叩け(作詞・作曲・編曲/大山聖福と共作編曲)
⚫︎Onephony
最高サマー!!!(作詞)
⚫︎ORIGAMI ZERO PROJECT
未完成にはつづきがある(作詞/青葉紘季と共作詞)
僕だけのFlower(作詞/青葉紘季と共作詞)
魔法の言葉(作詞/青葉紘季と共作詞)
ごめんね、両想い(作詞/青葉紘季と共作詞)
ギミギミ(作詞/青葉紘季と共作詞)
Brand New Story(作詞/青葉紘季と共作詞)
僕らはずっと友達だ(作詞)
iDOL宣言(作詞)
⚫︎EverZOne
ウイニングラン(作詞)
溺愛バニラ(作詞)
⚫︎新生おやゆびプリンセス
海鳴りDANCE(作詞・作曲/ツタナオヒコと共作曲)
⚫︎遠藤璃菜
笑っていたいんだ(作詞/青葉紘季と共作詞)
⚫︎まる子
君がいてくれたからだよ(作詞)
⚫︎MAYA
青春の天才(作詞)
⚫︎月島ほたる
この指とまれ!(作詞・作曲・編曲/大山聖福と共作編曲)
⚫︎Annnnnaの空
未来へ(作詞・作曲・編曲/大山聖福と共作編曲)
⚫︎神谷ちゃん
Diary(作詞・作曲・編曲/杉田昌也と共作編曲)
⚫︎田中海咲
青(作詞・作曲・編曲/大山聖福と共作詞曲編曲)
⚫︎Sayuki
恋しちゃいました。(作詞・作曲・編曲/大山聖福と共作詞曲編曲)
⚫︎うなき
愛して恋!!(作詞)
⚫︎とーま
茜(作詞・作曲・編曲/大山聖福と共作詞曲編曲)
⚫︎タオルズ
きみうた(作詞・作曲・編曲)
オレンジロード(作詞・作曲)
こいのうた(作詞)
⚫︎嶋雄大
四畳半(編曲)
⚫︎&CITY
broccoli night(編曲)
⚫︎AiRI
Hello (作詞)
風に吹かれて(作詞)
その他
⚫︎絵本「ペロずきんちゃん」(小学館刊行)公式テーマソング
ペロペロボワ〜ン(作詞・作曲・編曲/山本まもると共作詞)
ペロペロマ〜チ(作詞・作曲・編曲)
⚫︎湘南工科大学 公式イメージソング
湘南工科ラプソディ〜最大公約数の恋〜(作詞・作曲・歌唱/柴山健次と共作詞)
⚫︎ABCプロジェクトテーマソング
Happiness of CAP (作詞)
⚫︎配信アプリ Mildom テーマソング
It's a ショータイム!!!(作詞)
【 Vocal Direction 】
⚫︎CUBERS
ピンキーリング
人生Heyday
エブリデイ・アイシタイ
BOX
ゆらゆら
予感
そばかす
A Beautiful Magic
⚫︎末吉9太郎
機材席開放ってなんですか?
あたしの自名義
⚫︎THE SUPER FRUIT
ボクらの夜明け
ぼくたちバットウィール
叫べない僕らの
チグハグ(韓国語ver.)
⚫︎世が世なら!!!
鼓動のFighters
Winter Prince
ウオー!サオー!
メダチタガリアン
俺ならやれそうじゃん?
KAKURENBO
おったまげ
⚫︎まる子
君がいてくれたからだよ
⚫︎Annnnnaの空
未来へ
⚫︎神谷ちゃん
Diary
⚫︎田中海咲
⚫︎Sayuki
恋しちゃいました。
⚫︎うなき
愛して恋!!
⚫︎とーま
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wwwwwwwwwwww123 · 1 year ago
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Xユーザーの夜神 庵さん: 「氷河期世代から一言。絶対やめとけ。その先に自由なんかないぞ…」 / X
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helloharuo-diary-2023 · 1 year ago
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茶畑庵→新松戸→水道橋→Motown→蒲田
Saturday 1 March 2014
今日坐禅会は、禅寺の都合でお休み。真観は、始発バスに乗って東京へ向かった。バスが新宿に着きその後山手線に乗り日暮里駅へ。常磐線に乗り換えて新松戸駅へ。余裕で到着したのでマクドナルドで暫し休憩。今日は撮影日。撮影は身体障害者の方だった。中々いい表情が撮れなかったが一瞬の笑顔を逃さず撮影出来た真観。その笑顔の写真を最後に撮影は終了。
スタッフと別れ1人東京のオフィスに戻る真観。帰りは、日暮里駅から秋葉原駅に移動し総武線で水道橋駅まで。オフィスに着くとUさんはまだ来ていなかった。機材をオフィスに起きてランチを食べに餃子の王将へ。餃子とミニ天津飯を食べる。531円也。Uさんといつも水道橋で食事をするがUさんは餃子の王将はガヤガヤとうるさいから好まない。真観は、1983年の上京以来お世話になっている。
オフィスに戻るとまもなくUさん登場。そしてOさんも登場。この3人でおしゃべりすることがオフィスでよくある。話題の一つは、Oさんが撮った真観のポートレイト写真。その写真を真観がFBにプロフィール写真として公開すると結構な数の「いいね!」を頂いた。そのお礼をOさんにしながら真観は。自分の考えたことを2人に伝えた。
今日3月1日は、坐禅会に参加して1周年になる日。 昨年の3月から7月までの4ヶ月FBを休止し再開するに当たってすべての友人のフォローを一旦止め真観の投稿記事に対して反応をしてくれた友人からやり取りを始めた。その後、自分からフォローする友人も少しずつ増やして行った。これはSNSのコミュニケーションから振り回されることに対しての苦肉の策だった。そして今日の朝、晴れて真観はFB上の友人(610人ほど)すべてをフォローすることに決めそれを実行した。これは坐禅の経験から得た回答だった。
夕方になりUさんと2人で新宿で開催されている真観の生徒の写真展に赴いた。この週末又雪が降るのではないかと懸念されていたが小雨止まりであった。水道橋駅から四谷駅、四谷駅から四谷三丁目駅に電車で移動。その後は写真展まで小雨の中歩いた。真観はよっぽどの大降りでないと傘は使わない。写真展は、「Motown』と題され愛知県の豊田市をテーマにしていた。真観のクラスの生徒なので作品内容は知っていたが改めて展示された写真たちは展示用に再プリントされまた違う顔を見せていた。写真は、4x5ネガフィルムで撮影されていて生徒自身でプリントしていたが印画紙が以前と変えた様でコントラストがあり見栄えが良い写真になっていた。Uさんも一通り写真を見て生徒に感想として展示レイアウトについて助言した。このテーマを今後彼が続けて行くかどうかは分らないが1年続け2年続け10年続いた後に同じギャラリーで同じ枚数の写真を展示すれば印象は当然変わって来る。この生徒に対して学校の先生方の期待は大きい。でも期待など全く意味がない。これも坐禅をして得た回答の一つ。ただやる気があるならこのテーマ続けるがよろしい。それだけだ。
写真展を後にしてまた小雨の中歩くのもなんだとタクシーを拾うことして信濃町駅に移動。今夜は、Uさん宅にお泊まりするので蒲田駅までさらに電車で移動。Uさん宅はこれで2回目の訪問となる。蒲田駅に着いてから駅ビルのレストラン街で麦とろ定食を食べる。近くのテーブルで酒を飲みその勢いで声の大きい2人組がいたがやや不快だった。仕方ない公衆の場だ。でも食事は美味しく頂き麦飯をご飯茶碗に2杯食べた。食事の後Uさん宅まで歩く。途中Uさんは酒屋でワインを1本と干しホタルイカを購入。
Uさん宅に着くと家猫のニーチェがいるのだが今夜は真観を警戒して顔を見せない。初めて訪れた時は膝の上に乗ったんだがなぁ。���ーチェにとってはいい迷惑かもしれない。だとしたらごめんよ。でもそれも分らない。分らないなら放っておけばいい。
Uさんとの語らいは、まるで先生と生徒の様。Uさんは惜しみなく真観の疑問から様々なキーワードを与える。真観は、メモを書き込むためペンとノートを用意した。
苦海浄土石牟礼道子>森崎和江全共闘運動のスローガン「連帯を求めて孤立を恐れず」谷川雁キリスト教原罪塩狩峠三浦綾子氷点内藤洋子ビッグバンライプニッツウィトゲンシュタインヒットラー血盟団事件唐牛健太郎60年安保の全学連委員長吉本隆明田中清玄児玉誉士夫渡辺芳則組長・・・
2人でワイン1本飲み干したら深夜1時になっていた。楽しい夜になった。真観は、1月に亡くなったUさんのお母さんが使っていた部屋で寝た。
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kennak · 2 years ago
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 山間僻地五、六歳の頃のF爺F坊やは、山奥の寒村に住んでいました。村には、当時の秋田県では普通のことでしたが、電気も水道もありませんでした。F坊やは、そこで生まれたのではありません。その村は、貧しいよそ者一家の一時的な滞在地でした。山奥ですから、魚は干物か佃煮か塩漬けの物しか無く、肉屋なんてどこにもありませんでした。鶏や兎を飼ってはいましたが、自分の家の田畑が無いため食料は生き延びるのにぎりぎりの量しか手に入りませんでした。敗戦から数年後、一家の財政状態の最も厳しい時期だったようです。食べ物の好き嫌いなど言っていられませんでした。「ご飯と味噌汁と沢庵漬けと炒めたキャベツ」があれば「御馳走」のうちだったのです。人参は、嫌いでしたが、「空腹が少しは収まる」と考えて、無理に呑み込んでいました。草を刈って来て兎の餌にするのと蝗(いなご)や蟋蟀(こおろぎ)を生きたまま捕まえて来ては鶏(にわとり)の餌にするのが日課でした。鶏が大喜びでついばむのを眺め、一羽一羽に「明日も卵を産んでちょうだいね」と口に出して頼むのが習慣になっていました。卵かけご飯が「大」の字の付く御馳走だったのです。F坊やの日課がもう一つありました。灯油ランプの火屋(ほや)の内側を磨いて煤(すす)を取り除く仕事です。幼児の小さな手と細い腕でないと、火屋には入らないのです。大人になってから、アフリカなどで夜毎にテントを張る長旅をしていて電気も水道も無い生活が苦にならなかったのは、この時期の生活体験が身に着いているお蔭です。お米が配給だった時代です。この村に住んでいた頃「満ち足りるまでご飯を食べた」記憶がありません。お櫃(ひつ)が空(から)になり食卓を片付ける頃になっても、空腹は収まりませんでした。白湯を呑んで胃袋を満たして、仮初めの充足感を得るのです。親には「お腹を壊すから食べちゃいけない」と言われていましたが、裏山に行って食べられそうな野生の木の実や草の実や芋を探しては口に入れていました。野葡萄(のぶどう)や茱萸(ぐみ)の実は、幼児の舌には酸っぱくてほろ苦く渋いものなのでしたが、五臓六腑に沁み渡るような美味と感じていました。きっと、ビタミンCやミネラルなど、足りない栄養分を補ってくれたのでしょう。木の実の汁で唇や歯がいろいろな色に染まりますから、必ずバレて叱られるものでした。母は、あれから何十年経っても、キャベツ(*)を刻む度(たび)に、こう言うのが常でした。「○○村に住んでいた頃は、キャベツ(**)をこうやって炒めると素晴らしい御馳走に見えたのよね。あの乏しい食生活で、よくもまあ子供が育ったものだわ」(*)(**) 追記 2020年8月16日母が口にした元の言葉は「玉菜(たまな)」です。日本中を覆うカタカナかぶれ・西洋かぶれの波に呑まれて殆ど消えてしまった言葉ですが、残念なことです。「玉菜」は、同音異義語が無く、発音も漢字も簡単で一度見たら忘れない言葉です。復活させるべきだとF爺は確信しています。賛同なさる方が多数出現するでしょうか。 フランスに移住1968年にF爺が到着した頃のフランスの平均的な食生活は、当時の日本とは比べ物にならないほど豊かでした。キャンパスの学生食堂でさえ、ステーキなどは「普通の物」だったのです。親しくなった学生に誘われるままに自宅を訪問してご両親とも話をし、夕食に招待していただくときなど、学生食堂とは二ランクも三ランクも違う料理が出るのに感激しました。その際に殆ど必ず、事前に「何か食べられない物はありますか」と訊かれました。「ありません」と答えると、不思議そうな顔をされました。誰しも食べ物の好みはあるもので一つか二つぐらいは食べられない物のあるのが当たり前、という認識のようでした。それでも、幼児の頃からずうっと「食べ物の好き嫌いは、いけないこと」と教え込まれていたF爺は、日本での長年の習慣を引き摺って、嫌いな物でも我慢して食べ続けました。ところが、ある日、我慢の限界が来て、人参を一切れ口にした途端に気分が悪くなり、トイレに駆け込んで胃袋の中身を全部吐いてしまうということがあったのです。「嫌いなものを無理に食べると顔に出てしまうから却って失礼に当たる」こと、そして吐いてしまうのは、その場にいる人全員に不快な思いをさせるから、非常に失礼なことなのだと、ようやく、分かりました。価値観の転換です。「食べ物が極度に不足している場では正当なこと」が「食べ物が恒常的に有り余っている所では不当なこと」であり得るのです。この時から、人参を無理に食べるのはきっぱりやめました。
野葡萄と茱萸(ぐみ)の味 - F爺・小島剛一のブログ
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sugarsui · 1 year ago
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2024/1/31
 バイトをしながら、深夜の馬鹿力をタイムフリーで聞いていたが、途中でそうだ、今週はスペシャルウィーク、TBSラジオではなくなったスペシャルウィークだ、ゴールデンラジオのゲストが宮台真司だということを思い出して、メインディッシュのコーナーから聞く。はじめから壇蜜が、宮台に対して「若い子が好きなんですね」と問い詰めていて面白かった。それに対して、宮台は恋愛じゃないんですよ、さらにグルーミングと批判してくる人がいるが、20歳の人を取り上げてグルーミングというのは、その人の判断力を見くびるのであって、女性差別だ、などと答えていて、なんだかなと思う。一方でその批判が的外れで宮台の言うことに一理あったとしても、ギャップが厳然と存在していて、とりわけ大学に所属する正規の指導関係でないにしろ、教える/教えられる、あるいは相談される/相談するという関係に伏在する性愛的なモーメントに無頓着なのは、研究者として大丈夫なのかな、と思う。他方では、恋愛だと仮定することになるが、適当な誤魔化ししかしないのは、相手の主体性を見くびっているようで、それは誠実さがないとも思う。総じてダサい。
 輪をかけてダサいなと思ったのは、その後のトークでしてやったり、としていたようなところだった。話の流れとしては、宮台の言うところの異界、つまり未知なるもの、恐怖されるものらしいが、そうしたものがこう言っていないものの、近代的な合理性によって抹消されてきたという。それに伴い、SNSの登場により五感の使い方が変わり、2010年あたりからADHDやASDといったものが生まれ、つまらないという感覚が蔓延。くわえて、そのつまらないという気持ちを包摂するはずであった、身体的な場が失われてきたらしい。この前段を経たうえで、最後に捨て台詞のようにこう言っていた。「つまらないでしょ、生きづらいでしょ、面白そうな人を見つけると嫉妬、妬み嫉みで爆発的に炎上させる、そういう人たちを見るとかわいそうだな、つまらない生活を送ってんだな、死ぬまでやってれば」と。言われていないものの、俺はそうしたつまらないやつらと違って、行き詰った人を失われてきた身体的な場を構築することによって、助けてきたんだ、と言っているかのようで、それがむにゃむにゃとした言い訳と対照的でダサかった。暇な人は聞いてみるといいかもしれない。14:25からのコーナー。
 その一方で、今日のラジオの内容をTwitterにポストしたところ、「ロリコンだもん笑」とリプライが飛んできた。そのアカウントを見てみると、私に対するのと同様のリプライを飛ばしつつ、AV女優にセクハラリプライもしていて、ただただ宮台のやっていることを羨ましく思っている人のようにしか見えなかった。なんなら、宮台の捨て台詞にまんまとはまっているようで、かわいそうであった。
 次の一枚。2023年にリリースされたということで、throwcurveのDEEP CUT IN THE DUGOUT 2006 - 2010。これまで聞きたかった諸々の曲をようやく聞けて嬉しかった。くわえて、throwcurveのイベントにいったところ、ここには収録されなかった曲ももらえて、それも良かった。ここには憂国ブーム、TBSレディオとかが収録されていた。TBSレディオの歌詞を意味があるかのように取ることは誤りかもしれないが、この気持ちでいたい。
公表するぜ思想を 解放するぜ可能性を 行動しようぜ聴衆層 ダサい僕と 放送してよ希望を 提供してよ可能性を 行動しろよ富裕層 弱い僕と
 DEEP CUTのほうに少しだけ話を戻せば、21世紀の退屈の「トム・ヨークが ひろゆきが 庵野秀明が ナウシカが  春樹が 僕らの頭をすごく良くしたはずなのに」という歌詞は笑ってしまう。
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zhwj · 2 years ago
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Springs and Autumns
Lately I’ve been dipping into scholar-beauty romances. A recent favorite is Jin xiang ting 錦香亭 (“Pavilion of Fragrant Brocade”) by Guwu su’an zhuren 古吳素庵主人 (Master of the Simple Hut of Suzhou), which dates to the early Qing.
It’s a short novel that fits a surprising amount of action into its sixteen chapters. The main love story between Zhong Jingqi 鍾景期 and Ge Mingxia 葛明霞 is standard scholar-beauty stuff—imperial exam success, an exchange of poetry, a scheming rival, missed connections, a helpful nun, resourceful concubines, mistaken identity resolving into a wedding, and a happily-ever-after conclusion—but it’s embedded in a larger historical narrative: the An Lushan Rebellion erupts midway through the book. Court intrigue, battlefield strategizing, and tides of refugees heighten the tension of the romantic plot and somehow make the bizarre coincidences the genre relies on seem more believable.
But the plot’s not the reason for this post. A version of the same story is told in the lost Yuan-dynasty play 孟月梅寫恨錦香亭 (“Meng Yuemei Writes of Regrets in the Pavilion of Fragrant Brocade”) about characters named Chen Gui 陳珪 and Meng Yuemei. Songs memorable enough to be preserved in other sources can be found in Song Yuan xiwen jiyi, a 1956 collection of play fragments compiled by Qian Nanyang. Here’s a delightful aria about spring, assembled from quotations of older poems; a quick translation follows:
【中呂過曲】【古山花子】賞春倦倚春風裡,春色釀成和氣。春滿人間,春綻萬紅千翠。春晴雅宜,春燕銜春壘。春心戀春如醉。春心熙熙,春景正遲遲。春來早起,滿目春山麗。仲春時,問春有幾?春及三之二。莫惹春愁,一分塵土,二分流水。春暖春煙,春雨濺春池。春夢里藹然春意,對這春草池塘賦春試。賞春花,春酒泛春杯,春果簇春桃春梨。聽得春鶯囀春啼,春在春花裡。假青春,春夜悞春期,春去後留春無計。春知我,愛春傷春春信稀。 (錢南揚輯錄《宋元戲文輯佚》76)
Spent on spring pleasure, ease back into the spring wind: spring colors mix into an amiable mood. Spring fills the mortal realm, spring bursts with red and green. Spring clarity is graceful and inviting, spring swallows build spring nests. Spring hearts get drunk on spring love. Spring minds make merry, spring vistas linger. On a new spring morn, rise early to a vision of gorgeous spring mountains. By mid-spring, think how long spring may last. Spring is two-thirds gone. Refrain from spring melancholy; one part returns to dust, two parts to water. Spring warmth and spring mist, spring rain splashes into spring pools. Spring dreams harbor pleasing spring desires, bringing spring exams to these spring grasses and ponds. Enjoy spring flowers as spring wine overflows spring cups; spring fruits: clusters of spring peaches and spring pears. Hear the spring oriole sing a plaintive spring song. Spring lies within spring flowers. Fresh green spring means missed spring rendezvous on spring nights; when spring departs, spring cannot be retained. Spring gets me: spring love, spring heartache, and rare spring tidings.
I love this—the hypnotic repetition of “spring” transports me back to a class on early 20th century literature, when our professor read aloud the opening to Chapter 19 of Xu Zhenya’s bestselling 1912 sentimental romance novel in parallel prose, Yuli hun 玉梨魂 (“The Soul of Yuli” or “The Jade Pear Spirit”). For the last two decades, the lines of 秋心 “Autumn Heart” have often come to mind when the weather turns and the leaves start changing color.
黃葉聲多。蒼苔色死。海棠開後。鴻雁來時。雨雨風風。催遍幾番秋信。淒淒切切。送來一片秋聲。秋館空空。秋燕已為秋客。秋窗寂寂。秋蟲偏惱秋魂。秋色荒涼。秋容慘淡。秋情綿邈。秋興闌珊。此日秋閨。獨尋秋夢。何時秋月。雙照秋人。秋愁疊疊。並為秋恨綿綿;秋景匆匆。惱煞秋期負負。盡無限風光到眼。阿儂總覺魂銷。最難堪節序催人。客子能無感集。
Yellow leaves rustle, green moss fades. When the begonia has flowered and the snow geese have arrived, wind and rain hasten autumn’s signs, cold and chill carry autumn’s sounds. Autumn halls are vacant, autumn swallows turned sorrowful autumn travelers. Autumn windows are empty, autumn insects vex the autumn soul. Autumn’s scenes are bleak, autumn’s visage is desolate. Autumn emotion grows distant, autumn elation lies heavy. Today’s autumn boudoir holds a solitary quest for an autumn dream. What day will an autumn moon shine on an autumn pair? Layered autumn melancholy comes with unending autumn regret. Fleeting autumn vistas spur shameful autumn trysts. At the boundless vision before us, our souls take flight. In the unbearable draw of the seasons, can the sojourner remain unmoved?
I have to say I prefer the freer lines of the Yuan lyric to the constrained pulse of four- and six-character phrases that makes up the pianwen style. Here I’ve prioritized the repetition of “autumn” and tried to capture at least at least some of the parallelism, and while this approach does manage to set a mood, the amount of amplification necessary in English would, I feel, make for excruciatingly verbose prose whenever anything actually had to happen. I’m not sure I could keep it up for more than a paragraph or two, or be capable of reading much more than that, to be honest—and the novel runs to 30 chapters. But someone’s given it a try: an English translation by Gong Xiaohui under the title The Death of Yuli was published earlier this year. I’m honestly curious about the translator’s approach.
But I’m more keen to find additional examples of this type of dense repetition in Chinese writing. Any suggestions?
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