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#保険コンパス
niyuuhdf · 5 months
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行屋虚彦 生育歴 +α
生育歴:
誕生してしばらくは、まだ少し自律して動けたナナちゃんが赤子イキヤの世話を、冷泉・山雪などと一緒にしていた。冷泉さんはまだ稼ぎの少ない生活だったが、雇えるときには信頼するお手伝いさんを呼んでもいたようだ。(冷泉さんの実家にたまに来ていた親戚?少なくとも美遊さんが信頼する人間) 冷泉さんはイキヤの新聞記事など含めた、優しい記憶だけのアルバムを作り続けていた。
イキヤ、発達が早い。 一才と2日目で立った。そのあとすぐ歩いた。 二歳の誕生日には普通に意味のある単語文を喋る。(作者とも行屋家の遺伝とも共通。)
2歳の頃に、絵本を読む。※実際は絵本を見ながら絵に描かれている内容を推測してペラペラと突っかかることなく流暢に話し続けていた。その内容がしっかりと筋が通っていていかにも絵本らしい語彙や表現にも満ちていたため、周囲の大人は「2歳でもう本が読める子」と勘違いするほどだった。 (実際はむしろ識字に困難がある)
2歳の頃には自主的にあれこれ動き回り、庭の草むしりなどもしていた。(命に圧されて殺されないよう、相手を殺していた) そのうち、弱った生き物を拾ってきて世話をし、死ぬ寸前に殺して標本にしたりなどを始める。 近所の年上の子どもに、泥水や砂をかけられたり目の特徴や機械的な動作について野次られる。が、本人は「なるほど、そう見えるのか」と納得しただけだった。 攻撃はすぐ回避アクションを体得したため、怪我を負ったことは少ない。
「イキヤは昔から…少なくとも2歳の頃にはすでに、人に触れられるのを極端に嫌った 嫌うというより…強い生理的嫌悪感のような 触れようとしてきた人間を蹴り飛ばして暴力沙汰になったことが何度かある 例えば敵意も害意もまるでなく優しく頭を撫でようとしてきた大人を、あの痩せた小柄で蹴って何メートルも吹っ飛ばして大怪我を負わせたことも 本人はあとで悔やんでたよ 相手に敵意や害意がないことが、目では見えてたはずなのに、体が先に動いちまったと
※3歳ごろから母の世話をもうしていたのではないかと思われる。 ※たまに帰ってくる父・疾彦の羽織の裾がたなびく様子を「かっこいい」と思い、「大きくなったらあれを譲ってもらって俺も着る」と思っていた。 ※新屋敷佐がイキヤを児童相談所案件ではないかと見ていたのもこの頃? ※同時期から、面前DVに遭っている。複数のアトリエに出入りしていた際、山雪のアトリエではないアトリエで、大人たちのセックスの遊びに付き合わされ、見ているようにと強要された。
5歳、アイロン事件。 ここから極寒の世界が始まる。あったかいものや湯気などが、感覚過敏とよくない生活習慣とともに受けつけなくなっていく。 「あったまると、溶けて崩れてカタチを保てず、終わる」 感覚過敏と神経が、ずっと極寒の中にいたらほんのり麻痺したり、暑さで汗をかかないから肌がかぶれたり痛くなったり痒くなったりについてすこし安全になる、という側面も、あたたかさの拒絶と極寒を助長した。 ※火傷を負わせた犯人は、直後に行方不明、のちに遺体で発見された。謎の謝罪文のような遺書を残していた。トキさんの仕業?
6歳、たまに現れてる時期に、図画工作とかの授業で必ず先生がイキヤの作品を褒めて、イキヤは居場所なくしてして クラスメイトや学校中の子から 「いくら自分ががんばって絵を描いても、どうせ選ばれるのは行屋に決まってる、いつもそう、もういいよ」って それで、周りの子どもの絵を描くモチベーションを自分が下げて奪っていると感じ、早々に学校の授業で描くのはやめて、師匠のアトリエで描き始めた。
それでもたまに顔を出さなければいけなかった小学校で、上階からバケツに入れられた鉛筆やコンパスや雑巾や定規などの入った水をかけられる。そのとき、咄嗟に頭を手で庇ったときに手に鉛筆が貫通するが、イキヤは帰宅してから描く絵のことで頭がいっぱいで(なんとなく手に違和感がある)としか感じず放置。 絵を描くときに不便を感じて初めて鉛筆が突き刺さっていることに気づいた。 クラスメイトからは、痛覚のない機械かロボットのようだとさらに不気味がられた。
6歳、ピアス事件。 冷泉さんの中のばけものを鎮静化させるため、冷泉さんの中の被害と加害の意識を同じにしよう、八つ当たりをさせようと、ピアスをあけるようにねだる。冷泉さんが拒絶し、諭そうとすると、イキヤは冷泉さんの過去の被害をその場で克明に見透かして言い当て、すべて言葉にした。動揺してフラッシュバックを起こして朦朧とした判断力のない状態で、ピアッサーに手を招かれて、挟まさせられて、イキヤがその上から冷泉さんの手を握ってバチン!と開けた。両耳を開けた以降の記憶は、冷泉さんの側にはしっかりとはない。 「バケモノにされたひと。暴れもせず、泣き叫ぶことも、喚き散らすこともなく、ひとを傷つけないように生きるバケモノの姿を、そのままただ見ていられなかった」 冷泉さんはイキヤに黒曜石のピアスをあげた 「二度と他人に同じ真似を強いることのないように 情動に飲まれそうになったらこのピアスに触れて思い出せ」と
6歳、ヌードモデルの仕事が、給料がいいので引き受ける。イキヤのヌードをほとんど性的な娯楽にしていた画家がおり、いかにも創作活動と芸術を装って隠れ蓑にして性的に搾取してくる視線にイキヤが自分で気付けたとき、イキヤは相手を蹴り飛ばして「筆持っといててめえにプライドねえのか」と叫び大暴れ。少し騒ぎになった。が、内輪でのことだからと、身内ネタで誰にもお咎めなしで終わった。
6歳、頭痛に悩まされ、市販の鎮痛剤を濫用・多量摂取しはじめた。飲んで効く間だけ、頭痛も全身の痛みも苦痛も和らぎ、他人ともそつなく接することができるようになると気付いてから、いつも市販薬を常備し、持ち歩くようになった。連日連用するとすぐに薬に耐性ができてしまう体で、用法容量を守っていては効かないときには過剰摂取していた。15歳時点でもまだそれは続いている。
6歳、それまでに描いた絵と師匠のアトリエで描いた絵すべてトータルで新聞記事に載る。その頃はまだ世間で物珍しかった「共感覚」という言葉を強調して載せられたことで、世間から注目の目が集まる。 それから逃げようと、ここからイキヤはモノトーンの絵しか描かなくなる。(それだとそういう画風として、何を描いてもいろいろ誤魔化せたから)
8歳、名廊直人に「見たままを描いてごらん」と言われ、そこから自分の色覚に完全に従順を通り越して隷属した絵を描き始める。 その絵を師匠のアトリエに置いていたらアトリエに来た人間(かなりの名士で富裕層の資産家)が「相応の額を払うからこの絵を買いたい」と言う。イキヤはなにげなくいつものハイペースで描いた絵の中のひとつだったその絵を、売る。 買った人間が、豪奢な自宅(大勢の富裕層が出入りする)の応接間にその絵をしっかりと飾ったこと、応接間に通された来客が話題の一端としてその絵について尋ね、しっかりと答える(イキヤの創作活動の一助になり支援するような感覚もおそらくあった)ことで、その人間の人脈にイキヤの絵は評判となり、 8歳のイキヤのもとに「自分の家にもあのような絵がぜひ欲しい」という、かなり裕福な大人たちからの依頼が来るようになる。 8歳のイキヤはせいいっぱい依頼に応え、「あのような絵」と称された最初に売れた絵から大きく枠を外れない絵を描いて売った。 依頼された絵以外はどんなようにでも好きに描いていたが、やがてそれもあまり人目に触れないようにし出した。(酷いことだから、だけではない。)
8歳、大人から飲まされた酒で急性アルコール中毒で倒れて死にかけた。以来、酒を飲んだことがない。 酒を飲まされる時、脱がされ引き倒され、「肛門で飲むか自分でちゃんと飲むか?」を脅され、選択させられたことで脳に異常が出る。が、本人は脅された部分の記憶を忘れ去っており、大したトラウマにもならず、さらに後日罵倒された言葉で、「自分が酒に弱かったせいで急性アルコール中毒で倒れた」とだけぼんやり記憶していた。急性アルコール中毒に死の危険があることなど、無意識に関連情報について調べたり、考えることを避けてやめていた。
依頼された絵を描くうちに「個展をやってみないか」と言われ、依頼された絵に近いものを選んで個展をした。 イキヤの中で「売れる絵を描けば当然売れる」ということが、思春期あたりで漠然と腑に落ちなくなってきてイライラしだし、粗暴になる。 (この辺りから公式デフォルトイキヤになっていく) 自慰行為では消えたくなる。
13歳の時、同じ公募展で入選した篝要の絵(ドローイング作品)を見て、展示会場の近くにいるカガリの色と気配を追い、初対面のカガリにイキヤから声をかける。「お前の描く絵は凄いものだ。絶対に描くのをやめるな」 その二言で身を翻してイキヤは走り去った。その褪せた黒い細身のパーカー姿の背中が遠ざかっていく、それがユーレイだったカガリが、イキヤを自分の「本体」として捉えた原風景となった。 これ以後、カガリはイキヤに接近し、たびたび脈絡もなくイキヤの首を絞め、それを許さないイキヤに容赦なく蹴り弾かれる。カガリの中でその度にイキヤは「殺しても殺しても絶対に死なない、壊しても壊しても壊しても大丈夫な最強の本体」になっていく。
15歳の時、名廊直人が40歳で自殺して死亡。 自分の視覚に静謐に従い続けた直人の命が早々に途切れたことで、イキヤの中で何かふっきれた。このままではいけないと。 これまでで一番大きな個展を開き、作風も画風も画材もテーマも纏まりも一貫性もないこれまで好きに描いた絵すべてを晒す。
その後、「行屋虚彦」の絵の確立していたブランド性はやや落ちた。しかし評価をあげる人間もいたため相変わらず売れる。
16歳の時、母・ナナが2階からの転落で首の骨を折り、死去。 不眠症だったイキヤがほんの5分ほどうっすら眠っていた隙の出来事だった。2階の手すり、落下した母の長い髪の毛の先が指に触れるところまでイキヤは駆けつけていたが、遅かった。 落下時に掴んだひと束の髪の毛は頭皮から抜けて2階のイキヤの手の中に残った。 そして母の亡骸を抱きしめて、母を一人にしないように(自分が置いていかれたくなかった)と死後の世界についていこうとした結果、発見されたときには目も耳も聞こえなくなっていた。それは視覚が強いイキヤにとっては冥界に近いなにかだった。
17歳、母の死後、守るものを亡くしたイキヤはとにかく自分にできる仕事ならなんでもやり始める。 あまりの手数の多さ、しかしオールマイティと呼ぶには偏っているさまが「外見的シーラカンス」モチーフの由来。 画家としては生粋の画家というよりやや「便利屋」的なふうにもなっていく。 もともと注文が多ければ多いほど不自由で楽しく絵が描けるイキヤ。
18歳、神経と感覚を研ぎ澄まして集中し絵を描き続けたことで、身体が緊張状態から戻ってこれなくなる。(生来そんな状態が続いてもいた) 胴体内(胸部から腹部全体、下腹部まで)を内側から誰かの手で優しく撫でられるような、性的快感に似た刺激に悶え苦しむ日々が始まる。本人が拒絶する意に反した性的快楽、に似た苦痛の継続。それで身体が死に至ることがないことも、イキヤ本人にもずっとよく感じられるような苦痛の継続。※ト���さんはこれをさらに激しい激痛や快楽にすり替えて、自分であらゆる薬を試して、薬を見つけて生き延びた。
18歳、ある日絵を描いていて突然、眼球を無数の夥しい針で刺されるような痛みが目にくる。 逆まつげではないかとイキヤは睫毛を毟った。 眼科、脳神経外科、その他あらゆる検査でなにも身体には異常なし。原因不明となる。 目を閉じていると和らぐことから、ここからイキヤはほとんどの時間を目を閉じて視覚なしで生きる。 絵を描ける時間とタイミングが極端に制限され、作品数も激減を余儀なくされ、生きていくのにギリギリの収入しか得られなくなる。 途端に貧困と、目の見えない生活苦に陥る。
19歳、発狂。 ナナと同じ茫然自失の状態になる、もしくは幼児退行し健忘の激しい無邪気なさまになる。 目が見えないことと腑をくすぐられる病により、発狂。絵の中に描いて潜ませることで語れていた心を語るすべを奪われたことが決定打となる。 イキヤが潜在意識で絵の中に潜ませ続けたのは一貫してたった一言、「助けて」だった。
19歳、発狂状態で、行屋灯彦の家に囲われて生きることになる。 病の苦しみを知る灯彦と、その娘・冥(昏と同音だが別人。空海の詩からとった漢字)が、イキヤの身体を安らげようとしてイキヤをレイプするのが日常になる。 冥はイキヤの子を身籠り、イキヤの娘・行屋瞳(いきや・まな)が産まれる。 現状を知った冷泉、山雪らは灯彦と話し合うが、何度も決裂。 が、話し合いの途中で灯彦が若くして死亡。 最終的にイキヤは精神病院に入院しての生活に入る。
享年20歳。精神病院の病室で、殺害、変死?(閉鎖病棟なので普通は簡単に出入りできない)された状態で発見される。トキさんの仕業?
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barakin · 4 years
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【西尾ヴェルサウォーク保険コンパス】気になる評判、悪評、評価は?
皆さん保険の見直ししていますか? いつから見直してないですか? 自分の入ってる保険ちゃんと言えますか? 言えない人、なんとなく入っている人、損していますよ! 断言します。 損しています。 こんな人に読んでほしい 保険を見直したことがない 保険の種類がわからない 見直したけど、言われたやつに入った どうですか? 当てはまりましたか?   僕は育休中に保険の見直しをして、医療保険解約しました。 入院したときは自分の貯蓄から賄うって考えです。 実際これで大丈夫です。 しかし、それだけでも万が一のことがあったとき、自分が亡くなってしまったときなど、 残された家族を養えないんではないのか? などなど・・・ なので、収入保障保険だけ入りました。 場所 西尾のヴェルサウォーク2階 青エレベータ側にあります。 所在地 愛知県 西尾市 高畠町3‐23‐9 ヴェルサウォーク西尾…
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benediktine · 3 years
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【その登山、大丈夫ですか?~身近な山にも潜む“遭難”リスク~】 - NHKニュース : https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210521/k10013039251000.html : https://archive.is/e6981 : https://benediktine.tumblr.com/post/651831732865269760/ 2021年5月21日 15時20分
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「新��コロナウイルスで自粛が続き、ストレスもたまっているので登山に行ってみたい」 そう考える人も多いのではないでしょうか? 去年の春から続くコロナ禍は、登山にどのような影響を与えてきたのか。調べてみるとコロナ禍ならではの傾向、そしてリスクが見えてきました。キーワードは「初心者」そして「低山」です。 ~~~~~~~~~~~~
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■《ビッグデータで読み解くコロナ禍の登山 》
 {{ 図版 (省略) }}
NHKでは、多くの登山愛好家が活用する登山アプリ「YAMAP」のビッグデータをもとに、2020年のコロナ禍での登山者の動きを分析しました。
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■《登山初心者の増加 》
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登山経験年数が「1年未満」の人は、おととしは36.6%と、およそ3人に1人の割合でした。 これに対して、去年は50.6%。 およそ2人に1人と、コロナ禍の去年、登山経験の少ない人が増えていました。
■《“低山”に集まる登山者》
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ビッグデータの分析から、コロナ禍では、「遠くて高い山」から「近くて低い山」、いわゆる身近な山が選ばれていたことが分かってきました。
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============≫ YAMAP 斎藤大助さん 「低山に登る人の増加傾向がはっきり出た。やっぱりコロナに伴う社会的な状況の変化。気軽に散歩のちょっと延長ぐらいで行ける山に登る方々が顕著に増えている」 ≪============
■《“低山”で高まるリスク》
登山者が集まった“身近な山”で何が起きていたのか。
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神奈川県の大山(おおやま、標高1252m)を取材しました。
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ビッグデータで大山の山頂に立ったアプリ利用者の数を調べたところ、おととしの7646人に対して去年は1万2923人と、1.6倍以上に増えていました。
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訪れる登山者が増加する一方で、相次いで発生していたのが遭難です。
大山を管轄する神奈川県警・伊勢原警察署によりますと、去年、大山周辺で発生した山岳遭難は45件と過去10年で最も多くなっていました。
■《大山への入山時刻を分析》
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登山は早朝から山に入り、昼すぎには下山するのが一般的です。 下山が遅くなると周囲が暗くなり、危険だからです。
分析の結果、多くの人は午前中に登りはじめていましたが、データでは午後になってから入山した人が一定数いることも示していました。
ここに遭難のリスクがあったのです。
■《日没であわや遭難に 》
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こうした大山での遭難増加について、警察は、コロナ禍で経験の浅い登山者が増えたことに加えて、「身近な山」という登山者の気の緩みがあるのではないかと見ています。
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============≫ 伊勢原警察署 北条保徳さん 「ハイキングの延長で山に登ろうという人も非常に多くなっていまして安易に登山をされる方が増えてきています。正直なところ(準備が)足りていない」 ≪============
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専門家は、低い山でも、遭難や体調を崩すリスクがあることを自覚することが必要で、さらにコロナ禍の今は、感染に対するリスクも加わっていることを理解したうえで行動すべきと指摘しています。
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============≫ 日本山岳ガイド協会 伊藤岳さん 「いきなり高い山にチャレンジするよりは、標高が低い“身近な山”でハイキングや散策から入ることは決して悪いことではないと思います。しかし、低くて身近な山にもリスクがあることを十分に認識することが重要です。さらに登山には必ず行き帰りの『移動』が伴い、コロナ禍にあるいまは、感染のリスクも加わるということも考えなければいけない。もう一度、登山する中での行動の一つ一つ、行き帰りのことまでも考えて慎重に行動していただきたい」 ≪============
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 {{ 図版 : 付録:低山でも必ず持っていくべき装備      ○雨具 (体の濡れは低体温症にも)      ○防寒着 (非常時も一晩過ごせる服装を)      ○ヘッドライト (日没後の山は真っ暗闇)      ○1リットル以上の水・飲料 (熱中症予防。けがの治療にも)      ○非常食 (食べやすいお菓子類など)      ○地図・コンパス (現在地の把握)      ○ホイッスル (緊急時に現在地を知らせる)      ○携帯電話/スマートフォン (救助要請手段、地図としても)      ○モバイルバッテリー (スマホやライトの充電にも)    監修:日本山岳ガイド協会   }}
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getsuryoukai · 4 years
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2020.12.23-28 南アルプス 聖岳東尾根〜赤石岳東尾根
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聖岳東尾根から赤石岳東尾根を縦走してきました。 メンバー:桑田
1日目 12/23(水) 静岡駅〜千頭駅〜9:00 畑薙第一ダム沼平ゲート〜13:00聖沢登山口〜16:45 1900m付近(泊)
前夜のうちに静岡駅へ移動し始発電車とタクシーを乗り継いで沼平ゲートへ。聖沢登山口まで林道歩き約14km。赤石ダムで遠くにこれから向かう山が望める。「雪ないなー。楽勝かも」と思い、「雪がないと手応えないなー」などと思ったりもする。聖沢登山口にも雪はなし。2,000mくらいまで上がれば雪が出てくることはわかっていたが、今日はそこまではたどり着けないと思い、出会所小屋跡付近の沢で水を2リットル確保して夏道を外れ東尾根に突き上げる尾根を登る。雪がほとんどないのでラッセルの苦労はないが、初日のザックの重さに苦労した。
沼平ゲート。雪は全くない。
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赤石ダムから。雪少ないなー。
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2日目 12/24(木) 7:30 1900m付近〜9:00 ジャンクションピーク〜14:00 東尾根森林限界あたり(泊)
4:00に目覚ましをかけたが5:20まで寝てしまった。ひとりだとダラダラとしてしまう。雪が出てくるとまさかの先行者の足跡が。比較的新しく、登りの足跡しかない。シーズン一番乗りを期待していたがまさか先行者がいたとは…。途中、先行者のテントを発見。どうやら聖岳をピストンしてテントの中で休んでいるらしい。ということは聖岳以降のトレースはないはず。「よしよし」と思う。 出発時は良い天気だったが正午くらいから風と雪に。このまま進んで聖岳を越えると、兎岳避難小屋までビバーク適地はないと判断して、森林限界まで引き返してテントを張った。
2日目の出発。このときは良い天気だった。
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白蓬ノ頭あたりから赤石岳。雪が少ない。
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聖岳東尾根。雪が少ない。
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3日目 12/25(金)
6:30 東尾根森林限界あたり〜10:00 奥聖岳〜10:40前聖岳〜14:50兎岳避難小屋(泊)
今日も出発時は良い天気だがすぐに雪と風のコンディションに。昨日からの雪もあって、これで先行者のトレースはリセットされたはず。東尾根は昨年と比べると雪がとても少ない。夏道が判別できる。「ていうか、東尾根って夏道あるの? 雪で藪が覆われるから冬季ルートになるのでは?」と思う。昨年はナイフリッジだったところが、「ナイフリッジ育成中」みたいな感じで容易に通過できた。奥聖岳への最後の登りも雪があまり付いていないので難しくはなかった。とは言え、東尾根はとても長く、ヘロヘロになって奥聖岳山頂に到着。雪、風強く写真一枚撮って前聖岳へ。前聖岳山頂でコンパスを合わせ、兎岳への縦走路を確認して先に進む。こちらも夏道が判別できる程度の積雪。降り始めは特に問題はなかったが、急斜面を避けるように付けられたトラバース道は雪が深く、脛から膝くらいのラッセルでかなり消耗する。ヘロヘロになって兎岳避難小屋に到着。昨日、悪天候のなか無視して突っ込まなくて良かった。
3日目スタート。この日も朝は天気が良かった。
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東尾根核心部も雪が少ない。
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奥聖岳山頂。
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前聖岳山頂。
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聖岳〜兎岳避難小屋のあいだは余裕がなく写真なし。
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4日目 12/26(土) 8:00 兎岳避難小屋〜11:00 中盛丸山〜11:30 百間洞下降点〜13:00 百間洞山の家(泊)
この日は快晴、風弱し。百間洞へは大沢岳を経由せずに中盛丸山を少し降ったところから下降した。途中から夏道を見失い、いくつかの支沢と支尾根を横切りながら谷底(百間洞山の家)までトラバースしながら下降した。百間洞山の家には13:00頃に到着。進むべきか、留まるべきか。赤石岳避難小屋まではハイキングマップのコースタイムで3時間10分。雪は少ないとはいえ標高差600mUPしなければならない。疲れもあるので、今日はここまでとした。
4日目。聖岳と兎岳のギャップのあいだから太陽が昇る。
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中盛丸山、大沢岳、百間平。右のデカイ塊が赤石岳。
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真ん中あたりにポツンと百間洞山の家が見える。
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百間洞山の家。2階部分が開放されている。
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5日目 12/27(日) 7:00 百間洞山の家〜8:20 百間平〜10:50 赤石岳〜12:10 小赤石岳〜17:40 富士見平〜18:30 赤石小屋(泊)
赤石岳まで雪は少なく夏道も明瞭。ただ、かなり疲れていて歩みは遅い。無風、快晴の赤石岳避難小屋で大休止して小赤石岳へ。ここから核心のラクダノ背の下降。トレースはなく期待していた状況。前後に他のパーティーはなく、万一落ちても誰も気付いてくれないので最大限安全サイドに振った行動で慎重に進んだ。降り始めて間もなくして出てきた雪壁はダウンクライミングできそうではあるが懸垂下降で突破(登りならなんてことはない傾斜なのだが)。雪の付き方が中途半端で、ときに脆い岩に気を使いながら、ときにハイマツをほじくり出しホールドにしながら下降していく。2回の懸垂下降(50mロープ使用)を終えると難所もひと段落といった感じだが、今度は雪に埋まっていないハイマツに苦しめられる。降りなので重力に身をまかせて(ハイマツに身をまかせて)ガンガン降って行けばいいのだが、ここを登るとなるとかなり体力を吸われるだろう。ラクダの背の通過にかなり時間をかけてしまい、赤石小屋に着く頃には日が沈んでしまった。この日は今山行最長の11時間行動。
百間平から赤石岳。
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赤石岳のトラバース道がはっきりとわかる。
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赤石岳山頂。
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小赤石岳から右に落ちるラクダノ背。これを下降する。
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ラクダノ背終盤。ハイマツが埋っていない…。
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赤石小屋に着く頃には完全に日が沈んでしまった。
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6日目 12/28(土) 9:00 赤石小屋〜12:30 椹島〜17:20 沼平ゲート
前夜から降り始めた雪は朝になってもやまない。テント撤収が億劫だが今日は下山するだけ。何でもかんでも適当にザックに突っ込んで歩き始める。椹島までの登山道は枯葉の上に昨夜からの雪が薄く積もっているだけでとても歩きずらい。そして天気予報通り正午くらいから晴れてきて、地面はグチャグチャ、上からは木に積もった雪が溶けて雨のように水が落ちてくるという、とても不快な状況。けど、今日で下山だと思えば許せてくる。ようやく椹島に到着。行きの林道では工事車両がひっきりなしに行き交っていたが、今日は一台の車しかすれ違わなかった。もう仕事納めだろうか。沼平ゲートの登山指導センターにも人はおらず、下山届をポストに投函して山行を終えた。
冬季小屋泊ではなくテントを張った(冬季小屋があることに気付かなかった…)
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ようやく椹島まで降りてきた。ここから16.7kmの林道歩き。
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沼平ゲート。もう歩かなくていい。
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今回の山行は雪が少なかったのと、ラクダノ背通過のタイミングが穏やかな天候だったのが成功の要因だったが、全体的に体力不足だった。今年は夏の縦走以外はあまり山に入っておらず、やっぱり山の���力は山でしか身につかないということを改めて実感した。ただ、体力以上に重要なのはモチベーションだ。登山家・冒険家の田中幹也氏はこう言っている。「高いモチベーションはしばしば技術や体力や経験を凌駕する。モチベーションはある種の生き物だ。やがては衰える。一生のうちでチャンスが一度きりということもないだろうが、そう多くもないだろう」(ROCK & SNOW #87 P65)また、今回は単独だったが、喜びと苦しみと荷物を分かち合える仲間との登山が理想だ。
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tsuzuruhibi · 5 years
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[東北の旅]  その二
 仙台二日目。セットしていたアラームで飛び起きた。夜更かしをして2時にベッドに入ったおかげで、睡眠時間は3時間。疲れがなかなか取れない。個人的なことに頭を悩ませていられるのも今のうちだぞと思いながら、余計な考えを振り切るように大急ぎで支度する。スーツケースを引っ張って走り、途中道に迷いながらもなんとか石巻行きの電車に間に合った。汗だくのTシャツをあおぎながら、出発の車内アナウンスを聞く。
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 道中はただただ眠く、外の景色を眺めるどころではなかった。ボランティア会場となる石巻市万石浦市へは、仙台から電車を乗り継いで2時間かかるが、これが最短かつ唯一のルートである。JR東北本線一ノ関行きの電車が小牛田駅に入る頃、ようやく窓に朝日が差し込んできた。乗り継ぎの石巻線を待つ人々はわずかだ。冷えた木のベンチに腰を下ろすと、足下に小さな紅色のカメムシを見つけた。やわらかな光の差す朝のホームで、一歩一歩首を傾げながら前に進んでゆくカメムシの存在は、どこか暖かい。
 万石浦駅に着いたのは、朝の8時半だった。その小さな無人駅で降りた乗客は、私と中年女性の二人だけ。人が3人やっと座れるほどのベンチがあるだけの駅舎で時刻表を眺めている彼女は、どうやら乗り継ぎの電車を待っているらしい。駅から続く階段を降りて歩道に立ち、辺りを見渡すと、驚きと嬉しさで笑いがこぼれそうになる。これほどまで周囲に何もない駅を見たことがなかった。さっきまでの眠気が一気に吹き飛ぶ。山間の住宅地に染み込んだ朝の静けさだけが、全身を包み込む。
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 人っ子一人見当たらない東北のとある田舎町で、私が持っていたのは大きな黒いスーツケース一つと、ネット接続のできないipodだけである。頼りになるのはバックパックの中にしまってあるコンパスと、書き写してきた住所だけ。会場は駅から徒歩15分で辿り着けるということがわかっていた。しかし地図になるようなものは何一つ持っておらず、前もってグーグルで検索すらしてこなかった。人に聞きさえすれば大丈夫だろう、という甘い考えからである。降りる駅と目的地の住所があれば問題ないだろうし、最悪の場合タクシーで連れて行ってもらえばいい。しかし現実はというと、タクシーはおろか走っている車一つ見当たらず、散歩しているお年寄りの姿すら見えない。準備不足の後悔が頭をもたげるが、見当もつかない目的地を自力で目指していくことを考えると、(小さなこととはいえ)わくわくしてくる。集合時間まで1時間余り。時間はたっぷりある。
 まずは人を探さねば、と住宅地の中をずんずん突き進んでいった。少し大きめの道が見えてきたのでそれを目指す。スーツケースを転がすゴロゴロという音だけがやけに響くものだから、誰かを起こしてしまわないかと気になってしょうがない。 首からタオルをぶら下げてとぼとぼ歩いているおじさんを見つけたので、早速声をかける。話しかけられたことに少し驚いたような顔をして、彼はしばらくうーんと唸った。「万石浦 流留中 1の1?いやあ、知らないですねえ。電柱に書かれている住所を元に探していくしかないんじゃないですかね。すみませんねえ。」  1の1ということは1丁目に違いない。今は5丁目だから、まあしばらく歩いていれば自分がどの方角に歩いているかもわかってくるだろう。おじさんにお礼を告げると、道に沿ってそのまま歩き続けていった。周りは平凡な住宅地が淡々と続く。私はスーツケースを引っ張りながら、黙々と歩く。
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 角を曲がると、見慣れたサインが遠くに見えた。Family Martだ。ほっとする。異国の地にいるわけでもあるまいし、奥地で遭難していたわけでもないのに、日本中どこにいてもいつでも見えていたそのサインを見つけることが、こんなに嬉しいのだ。おもしろいもんだなあ、と笑ってしまう。  昼食は各自持参と告げられていたので、ちょうど良かった。サラダとこんにゃく畑を袋に入れてもらいながら、この住所までの行き方を教えて頂けますか、と尋ねる。レジのおばさんは快く私の手渡した住所を受け取り、目を細めながら「流留中、ながるなか、、、」と呟いていたが、「少々お待ち下さいね」と笑顔で言うと、さっさとレジの奥に消えていった。しばらく待っていると、こちらへ、と奥まで通された。店長らしき人が、大きな地図を前に首を傾げている。「この住所ねえ、見当たらないんですよ。」黒斑メガネの若い店長は、本当にこまった、という顔をしている。「僕の勘からいうと、きっとこのあたりじゃないかなあとは思うんですけどね。しかし地図に載ってないって、どういうことかなあ。」 「申し訳ないです。私が地図で確認してこなかったのが悪いんです。まずはその場所まで行ってみます。」 「いやあ、役に立てなくて申し訳ないです。たぶんここだとは思うんだけどね。ほら、あの山見えるでしょう?」窓の外にそびえる深緑の山を、彼は指差す。「あのすぐそばに小学校があるから、それを目指していけばいいよ。この道路をまっすぐ行ったらすぐに着きますから。気をつけてね。」
   お礼を言って、店をあとにした。コンビニで店員さんとこんな愛想の良い会話をしたことなど、かつてあっただろうか。小さくなってゆく店の姿を振り返りながら、彼らのあたたかさに少し勇気づけられる思いがした。
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 住宅地の中の細い坂道を上りきった辺りで、向かい側から来る70代くらいのおじいさんを見つけた。体型は割とがっしりめの中肉中背といったところで、ブルーのキャップをぐっとかぶり、元気に闊歩している。
「すみません、道をお尋ねしたいんですが、この住所がどこだかご存知ですか?」
「んん、ええ?住所?」
「ここに行きたいんですけど、どこだかわからないんです。石巻市、万石浦、流留中、1の1。」
「いづのいづ?」
「あ、え、はい?伊豆の伊豆?えっと、いちのいち、ですね」
「いづのいづかあ。わっがんねえなあ。ここは流留だけどな。いづのいづがどごかは、わがんねえなあ。」
 一瞬何が起きていたのかわからなかったが、『いづ』は『いち』なのだと気付いたとき、(ああ、これが東北弁というものか!!)と感動した。結局二人とも住所を探すことができず、おじいさんが「んだらば小学校さ、いぐといい」というので、お礼を言って別れると、道の先を目指して歩き続けた。
  渡波小学校の校舎は「災害避難場所」という大きな案内看板と同時に見えてきた。野球のユニフォームを着た男の子たちの姿がちらほら見える。近くまで歩いていくと、道路を挟んだ校舎のすぐ向かいの土地を囲む低いフェンスが目に入った。胸の鼓動が少し早まるのを感じる。道路沿いに置かれたいくつものプランター。フェンス越しに見えるプレハブの屋根。花に水をやる年配の女性。ホースを引っ張ってきて車を洗っている髪の赤い男の人。砂利道の上に立つ看板の「万石浦団地仮設住宅」の文字。
  ファミリーマートを越え小学校を通り過ぎたところまでは、何ともない田舎の風景だったが、突如目の前に現れた静かな街中のその一帯は非日常的な何かですっぽり覆われているように感じられた。奥まで続いていく無表情なフェンスがそう思わせているのだろうか。砂利道にしゃがみ込むお年寄りを見ながら、(私と彼らは分断された世界にいる)という恐れのようなものが、私の頭の中に忍び込む。上着をを何枚も着込んで大きなスーツケースを引っ張り、電柱を一本一本見上げながら歩く私は、彼らの目には異様に映るだろう。フェンスの向こうの男性がぼんやりとした目でこちらを眺めている。ボランティアをするためだけに大きな荷物を抱えてここまでやって来る沢山のよそものたちを、彼らはどんな思いで見てきたのだろう。私は自分が怯えているのを感じた。迷惑な自己満足のボランティアがまた来たかという目で見られはしまいかと、不安な気持ちが胸を渦巻く。どのように彼らと接せばよいのか、何度考えても自分の中でうまくシチュエーションを描くことができない。細かいことなどあまり気にすまい、と思っても、私が本当にここに足を踏み入れて良いのだろうかという懸念は、なかなか消えてくれない。
  それにしても困った。仮設住宅は見つけたのだが、それがこの手元の住所と一致しているかどうかがわからない。電柱から電柱へと移動しては、表示されているはずの住所を探すのだけれど、どの電柱にも何も書かれていないのだ。仕方がないので、すぐ側にある小学校の玄関をおそるおそる開いた。土曜の朝だが、先生方が既に職員室にいる様子が伺える。ドアの一番近くに座っていた教頭先生に挨拶し事情を説明すると、この人もまた、快く大きな地図帳を引っぱり出してきて下さった。「1の1ですかあ。この地図には載ってないなあ。」分厚いファイルのページをぱらぱらとめくりながら、「うちの子たちで流留中1丁目から来てる子は、いないんだよなあ」とつぶやく。「しかしどこだろう、1の1。」どうやらどの地図にも載っていない住所らしい。仮設住宅で行うボランティア会場を探しているのだと伝えると、その住所では近くにあるもう一つの仮設住宅よりは、この小学校の向かいにある仮設住宅の方である可能性が高い、と教えて下さった。このあたり��で波が来たので当然街は変わってしまい、震災��に土地整理をして仮設住宅も新しく作り、住所まで新しくなったということだった。電柱に住所が見当たらないのも、もっともである。
  今思うと、なんと回りくどいことをしていたんだろうと笑ってしまう。仮設住宅に入っていって、住所を尋ねれば良かっただけなのに、とてもそんなことが頭に浮かばなかったのだ。思い浮かんだとしても、そのときの私にそうする勇気はなかったに違いない。指定されていた集合時間までは十五分近くあった。どうしたもんかな、と思いながらフェンスの前で立っていると、しばらくして軽自動車が一台、砂利道に乗り入れてきた。助手席の窓から女の人が顔を出し、私に声をかける。「ボランティアの方ですか?無事に着けたのね、よかったよかった!」
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 この日私が参加したボランティアは「杜の都チームドルフィンドリーム」という団体が行う「ふれあい癒し1000人プロジェクト」である。セラピストの方からハンドケア講習を受けたあと、仮設住宅で暮らす方々にハンドマッサージを行う、という内容。週末のみの実施で各被災地を廻っているため、私は万石浦での1日参加を希望した。事前に持参するように言われていたのは、爪切り、バスタオル、そしてボランティア保険。(ほとんどの被災地ボランティアが保険を要求してきたのには驚いたが、現地で何があるか分からないことを考えると当然だなと思う。)旅行中、それも実施数日前にボランティア参加を決めた私は、最寄りの社会福祉協議会で保険申請をすることもできないまま、現地に足を踏み入れたのである。前もって担当の方に保険を準備できない事情の説明とお詫びを入れていたが、返事は来ないままだった。どうしても参加させられないと言われれば諦めるしかない、という心づもりである。
  仮設住宅内の部屋に移動し、スタッフの方々と一緒に道具の搬入や自己紹介を終えてしばらくすると、代表のHさんと奥さんであるセラピストの先生が現れた。小さなかわいい息子さんを連れている。Hさんはエネルギッシュなリーダーかつお父さん、という雰囲気で、挨拶をかねて色々お話をしていると私までビシッと背筋が伸びるようだ。先生は、見るからに穏やかな深い愛であふれた人という印象で、笑顔が素敵だった。仕事の支度をしながらも、お二人が目を細めて息子君を優しく見守る姿がとても印象的で新鮮だった。家族の姿というものを見たのは、いつぶりだろう、とふと思う。隔離されたキャンパス生活の中で、親子や夫婦という関係性を実際に目にする機会はほとんどない。今考えてみると、学期中はとても特殊な環境で生活していたのだなと改めて思う。
  意外なことだったのだが、その日のボランティア参加者は私一人だった。「普段は最低でも5人ほどはいるのに、今日は珍しくあなただけなんです。こんな日もあるんだねえ。」とHさんが言う。初めて万石浦仮設に来たという息子のRくんは、「ボランティアのお姉ちゃんといっしょに、Rくんもマッサージしようか〜?」という先生の声に、照れ笑いしながら私を見て考えている。「えー、どうしよっかなー、ぼく、このおもちゃでもうちょっと遊びたいんだけどなー」と口ごもっているのが微笑ましい。おもちゃを諦めて準備に来てくれるまでになかなか時間がかかったが、結局「おねえちゃんといっしょにやる」ということで隣にちょこんと座ってくれた。
  準備はまず、爪切りからである。持参した爪切りで、なるべく爪の白い部分が見えないくらいに切ってしまう。「深爪になるくらいがいいんだよ!」とRくんが元気に教えてくれる。ぱちんぱちん、と10本、丁寧に爪切りが終わると、今度はやすりがけ。先がやや尖った磨りガラスの棒のようなもので、一本一本爪の角を削っていく。ガラスと言えどもひっかいているような不快感は全くなく、滑らかに爪の先端を整えられるのは、やはりプロの道具だからなのか。仕上げにお湯で手を洗い、準備は完了。
  午前中はすべてハンドケア講習に充てられた。講習中マッサージを受けるのはスタッフの若い女性の方。細長いテーブルをはさんで向かい合い、テーブルの上に置かれた指先から肘までの間を丹念にマッサージする。左手はRくん、右手は私、真ん中に先生。決められた順番に沿って、一つの動きを習い、先生と受け手の方のOKサインが出たら、また次の動きを習う。片手につき約15分ほどのマッサージを、1時間ほどかけて練習した。手のひらや指を使って、まんべんなくマッサージを行う。
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 私自身は今までわりと日常的にマッサージをしたりされたりしてきた方だと思うのだけれど(小さい頃から母に頼まれてやっていたのと、自分が体調を崩すといつも母がしてくれていた)、普段自分がやるものとは、ツボも方法もかなり違っていたので驚きが多かった。マッサージをやる上でのポイントは、決して力を入れるのではなく、重心を手にあずけるということ。座る受け手に対してこちらは立って行うのだが、両足を肩幅に開いて、しっかり腰を入れて重心を落とさなければ、全然効かないのである。受けての方がほっそりした方だということもあり、練習の初めはなかなか思い切って重心をのせることができなかった。こんなにのせていいの?腕が折れちゃうんじゃないの?という恐れがだんだんなくなってくる頃に、コツがつかめてくる。スタッフさんが「そうそう、のってきたのってきた」と笑顔になる。  一通りの練習を終え、ガイドなしで順序を思い出しながら自分だけでワンセット繰り返してみたあと、「今度は自分がマッサージをされてみましょう」ということで、先生にマッサージをして頂いた。隣ではRくんが同じようにスタッフさんからマッサージを受けている。実際にやってもらう立場になると、自分が行っていた一つ一つの動作がどういう効き方をするのかがわかってとても面白い。終わる頃には、両手がふわっと軽くなるような気持ち良さがある。仮設に住む方々がマッサージを受けにくるのは午後からなのだが、私たちが準備やマッサージを練習する横で「やることもねえんで来ちゃったよ」と笑いながら遊びにくるお年寄りの方も何人かいる。代表のHさんなどは「おとうさん、お元気そうじゃないですか!」と嬉しそうに近況を尋ねる。二人の交わす暖かい冗談に、みんなして笑う。  
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  お昼時間だ!とHさんが言うと、Rくんが嬉しそうな顔をして飛んでいく。畳の上のテーブルを囲んで座り、みんなでお昼ごはんを食べた。スタッフさんは皆控えめであまりお話なさらないけれど笑顔の素敵な方々で、私やHさんたちの話に耳を傾けている。練習中はあまり話もできなかったので、お昼を食べながらHさんの質問に答えるために私はひたすら喋り続け、少し申し訳ない思いがした。どうしてアメリカの大学にいるのか、何を勉強しているのか、何故今日ここに来たのか。一つ一つの質問に答えていくことが、結局は自分の短い人生の総括と価値観の形成について(というと大げさに聞こえるけれど)、一気にかいつまんで話す形になった。新しく誰かに出会ったとき、「どこにいたのか、何を考えて生きてきたのか、これからどこへいくのか」といった質問に端的に答えることが、アメリカに行ってからよく身に付いたように思う。多様なバックグラウンドを持つ人々と関わっていく中で、自分という存在を(少しは)客観的に見ることができるようになったからだろうか。逆に、何度もそうやって自分という人間を紹介していく経験を積む度に、客観的視点を持って要点をまとめて話すことが以前よりできるようになってきたのかもしれない。  
  英語を3歳の頃から習っているというRくんは、両親に促されて私と簡単な英会話をした。「Do you like chocolate?」「No, I don’t.」首をぶんぶん、と横に振る。お母さんでもある先生は、色彩心理学などを英国で学ばれた経験もあって、Rくんに英語を教えているのだそうだ。「Rくん、今度英語のお話大会出るんでしょう?おねえちゃんに聞いてもらうために、録音してテープで送ったらいいんじゃない?」「えー、ぼく、まだなにもお話おぼえてないよう」おにぎりを頬張りながら、そんな楽しい会話をしている。  
  コンビニで買ったサラダも食べ終わり、Rくんがみんなに配ってくれたお菓子に手を伸ばそうとする頃、Hさんが「見てほしいものがあるんです」とipadを持ってきた。広島県立大学の学生団体「joyhoku」が作成した動画だという。Hさんはあまり多くは語らず、まずは見てみてください、と再生ボタンを押した。動画は石巻市で活動する4つのボランティア団体の活動を紹介しながら、被災状況の写真や主催者の思いなどを一緒にまとめている。バックの音楽のみで声は入っていないが、映し出される写真と文字だけで、十分に伝わるものがある。まず目に飛び込んできた壊滅的な街の写真は、予想外に衝撃的だった。不安な気持ちで数時間前に仮設住宅に足を踏み入れたが、こうしてあたたかいメンバーの方々と時間を過ごす中であたかも自分が今どこにいるのかを意識していなかったのではないかと思うほど、自分がいるこの地域がその写真なのであるということが信じ難かったからだ。今ここに座っている私以外のすべての人が、この街でこの震災を体験した当事者なのだ。急にひしひしとそんなことを感じる。自分たちが生活を取り戻した上で、今私がこのようにボランティアとして受け入れられる環境を作るまで、どれほど困難な道のりだったことだろう。スクリーンに映し出される映像と文章を目で追いながら、彼らへの尊敬の念に胸がいっぱいになった。
  動画を見終わると、Hさんはとても強い眼差しで、それでいてとても穏やかな静かな声で、チームドルフィンドリームの成り立ちをお話して下さった。震災後にセラピスト学校の卒業生が主催の先生を中心にチームを立ち上げ、自らが被災者でありながらも被災者の方々を少しでも癒したいという思いから活動してきたこと。震災によって職を失った女性や主婦の方々に、技術を身につけてもらってセラピストとして活動する支援をしていること。「触れ合う」ということや、そのことによって生まれる対話や笑顔が、大きな癒しの力を持っているということ。それが今とても必要とされているということ。ボランティアに来る方々が感じて学んだことを各地に持ち帰ることで、癒しがもっと広まっていくことを望んでいること。
  Hさんの言葉は一つ一つが大切な重みを帯びていながら、静かな強いエネルギーを感じさせるものだった。「ふれあい1000プロジェクトというのは、今年中に千人の方に、このボランティアに参加していただくことを目標としているんです。」私はその362人目として、午後から早速活動を始めるのだ。「今日は君一人だから忙しくなるぞ。これからが本番だから、覚悟しなさい。」口元を緩めながらHさんはそう言うが、その目の真剣さに私は腹をくくる。時計の針が1時を指すころ、入り口には何人もの住居者の方々が受付に訪れていた。
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imitobi-arrst · 5 years
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●リベラック -Libeluck- / エースバーン♂
■ 照れ屋な性格 で 物音に敏感 ■ 26歳 / 178cm ■ ハロンタウン出身 ■ 俺・俺様 / お前・アンタ / アイツ・あのガキ・あの人
「俺の愛車は観光バスでも戦車でもねぇんだが?」 「俺の人生を走り抜けるのは俺だ。お前のために立ち止まる理由なんかねぇんだよ」
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変異体:DAIMAX-FORWARD
×
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Profile
ガラル地方をキャンピングカーで周りながら、法に触れる取り引きで密輸をしている運び屋の青年。現在名乗っている名前は偽名。 ワイルドエリアを横断するついでに落ちている金目の物を回収して同業者とトレードを繰り返し、最終的に高価な違法物を手に入れると道中の街で売り捌いている。検問を掻い潜るために公道を避けて走ることが多い。 『底辺市民』として目標指数まで業績を上げ、「リーグトーナメントで優勝すれば今までの経歴をチャラにして『一般市民』に格上げされる」という推薦状が届き、常用している薬物を買いに行くついでに開会セレモニーに立ち寄る。しかしそこで起きた令嬢暗殺事件に巻き込まれ、女兵士のセランザが匿う令嬢のマカロンを連れて車で逃げるよう要求される。 そのまま3人で暗殺を企てた黒幕を暴き出し、マカロンを無事に祖国へ帰すため、隠れ蓑として立ち上げた代行企業『SUGAR HIVE』の名でジムチャレンジをしながら「暗殺対象の令嬢の密輸」をすることになってしまった。 口が悪く横柄な性格でことあるごとに皮肉や文句が飛び出すが、根は義侠心が強く情にもろいためお人好しな所があり、何かとトラブルに巻き込まれて酷い目に遭っている。口のわりにやり始めたことに対して誰よりも熱くなっていることもしばしば。 しかし長年犯罪者として生きてきた経験から純粋な正義感や責任感だけではなく、意図的に他者を危険な状況の中へ陥れたり言葉の刃を向けることも厭わない残忍な側面も持ち合わせる。 そのような人柄から世間ではジムチャレンジで躍進を遂げる有望な選手として、同類のアウトローからは内なる野心で世界を翻弄する者として、良くも悪くも注目を集めている。 その正体は過去に致死量のガラル粒子を摂取して突然変異を起こし、怪物と化した『変異体』の一人。 長らく『変異体』であることをひた隠しにして『一般市民』になるために生きていたが、仲間達を守るために自らダイマックスし、追ってきた兵士や同胞の『変異体』すらも倒していく。 口八丁のハッタリや啖呵を切ることを得意とするが、素面の時は自分自身のことをあまり語ろうとしない。 それでも仲間達との旅を経て、「『変異体』になった夜の日のことをずっと後悔している」「家内で夜を過ごすのが億劫で、野外でキャンピングカーに寝泊まりしている」「スタジアムに立つのは子供の頃の夢だった」など時折断片的に語るようになる。
Episode
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Battle style
■武器:足技(近距離) / 火の玉ボール(遠距離) コンパスの長い足や体幹などの自身の体を駆使し、主に回し蹴りやローキックで肉弾戦をしつつも間合いとリーチを巧みに利用して立ち回る。脚力と筋力に長けているためジャンプ中でも柔軟な身のこなしを見せる。 足で蹴り上げる際の力で炎を発火させることができ、炎を纏ったキックを繰り出したり、足元に転がっている小石さえもリフティングで強力な火の玉に変えてシュートする。 ■ダイマックス:変異体【DAIMAX-FORWARD】 ダイマックスによって巨大化したウサギの怪物。 巨大な体でありながら俊足で走り回って足元の物を踏み潰し、脚を振り上げるだけで掠めたものを発火させる。燃えている周囲の残骸を蹴り飛ばして攻撃することも。 ■真器:聖盾イージス 伝説の王ザマゼンタが作り出し、鋼闘の盾王イルギスから継承した、伝説の武器の一つである不屈の盾。(詳細)
Personal relations
※恋人は募集していません。
【宿敵】 バージル / ★オオスバメ♂→バージル、バージルくん ジムチャレンジの試合を見てファンになったと告げてきたマカロンの従者の青年。マカロンを暗殺者から匿っていたことを知ってさらに強く慕ってくるが、その純粋さに後ろめたさを感じている。やがて彼も自���が変異体であること、そして裏では犯罪にマカロンを巻き込んでいると知り…… - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 【相棒】 セランザ / アーマーガア♀→セラ 通りがかりに銃で脅され、マカロンの救出と変異体の保護に付き合わされることになった。最初は迷惑がっていたが彼女の有言実行ぶりにすっかり信頼を置いており、弱者を救うために行動に迷いがないその姿に感化され自分が変異体であることを曝け出すようになる。唯一自分の本名を告げた相手。 【継承】 イルギス / ザマセンタ→イルギス セランザの尻に敷かれる苦労話で意気投合する。多くを語らずとも共感し合う付かず離れずな距離感を心地よく思っていたが、実は自身が変異体になった切欠に関わっていたことが判明し、互いに現実と本心に向き合う覚悟を決めて受け入れ合った親友となった。 【庇護】 マカロン / ★ワタッコ♀→マカ、キラキラ系小娘 セランザが暗殺者から救出し匿うことになった他国のご令嬢。地方の情勢をよく知らずポジティブで夢見がちな憧れをそのまま実行しようとする彼女を「キラキラ系小娘」と揶揄しては口喧嘩になるのが日常茶飯事。だが命を狙われる身でありながら常に他者を想って行動し、変異体であることを明かしても「苦しめられた被害者」として受け入れてくれた彼女に庇護の情を持っている。 【同胞】 アントニー / ギャロップ♂→トニー、トニ坊 同じ変異体として「堂々と普通に生きている」と評され一方的に知られていることを怪しんでいたが、他の同胞達と結束して社会に立ち向かっている姿を見て、肩を並べて愚痴や軽口を叩ける悪友になる。後に自分の「真実」を見抜いた彼が取った行動を知り、たとえ変異体であっても仲間である彼らの存在によって孤独から救われていたと悟った。
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hello-diversity · 5 years
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[テキストアーカイブ]触れる、聞く、嗅ぐことから…新しい“ユニバーサル・ミュージアム”を考える
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出演:広瀬浩二郎(国立民族学博物館)、角野史和(一級建築士事務所こと・デザイン)、中元俊介(福祉事業型「専攻科」エコールKOBE)、吉川史浩(Water Ground Mountain)
進行:横堀ふみ(DANCE BOX)
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この日の後半は、角野史和さん、中元俊介さん、吉川史浩さんがまず自己紹介を行って、広瀬さんがこの日、新長田のまち歩きをしてみた感想を話してから、3人による広瀬さんへの質問タイムがはじまりました。 ここでは、広瀬さんのまち歩きの感想から掲載します。
なお、この秋には「下町芸術祭」のプログラムとして、広瀬浩二郎さんによる新長田でのまち歩きが計画されています。
広瀬:まず商店街を歩いてきて、わり��大きな通りで音楽なんかも流れていたので、それなりに元気な商店街なんだという感じがしました。広い道を歩いているときはあまり左右の感覚ってわからないのですけど、それが路地になると迫ってきて、いろんな音も聴こえてくるので、今日は路地を歩かせてもらったのが楽しくて、まちの雰囲気がわかりました。やっぱり路地に入るといろんな匂いがして、生活してるんだなというのが伝わってきます。 僕は不勉強で海がこんなに近いと思ってなくて、なんとなく潮の匂いがしてきて、ふと気づいたらチャポチャポと波の音が聴こえて、ウミネコですか…が鳴いてたりして。個人的に面白かったのは、そこにおじさんがたむろしていて、帰ってきた漁師の方かなと思ったら、どうもそうでもないらしくて、日本語なんだけど最初から最後まで何を話してるのかまったくよくわからなかった。それでも楽しげに話していて、地元の人なんだなという感じで。 後半は市場の方へも行ってみて、すごく細い道を歩いたりして、ベトナム料理店に入りました。まず、その第一印象はうるさい(笑)。みなさんベトナムの方なので内容はわかりませんけど、楽しそうにしゃべっておられて。店のおばさんは日本語が話せる方だったので、注文をして、食べて、「おいしかったです」と言って出てきましたけど、やっぱり独特の雰囲気でほんとにベトナムにいるような感じがして、暑かったうえに、熱いものを食べたので汗だくになりましたけど、食べるということは見えない者にとって、まちを感じるうえでやっぱりすごく大事だなと思います。 僕も最近、「ユニバーサルツーリズム」という言葉を使うことがありますけど、ユニバーサルミュージアムという博物館での実践をまち歩きにもどんどん応用していこうという発想でいます。ところが、研修会や講演なんかに行ってみると、いろんな障がいのある人が旅行すること、イコール、ユニバーサルツーリズム、インクルーシブな社会なんだという言われ方をしていて、たしかにその発想も大事なんだけど、ここのプロジェクトで言ってるような「ぐちゃぐちゃのゴチャゴチャ」というのは、そういうことではなくて。たとえば、視覚障がいの人がまち歩きでは、匂いや触るってことをメインに考えるんだけど、別にそれは見える人にとっても応用可能で、普段の視覚中心のまち歩きじゃなくて、触覚や嗅覚にフォーカスしたまち歩きをしてみましょうと。そうすれば、これは「ぐちゃぐちゃのゴチャゴチャ」のユニバーサルツーリズムになってくるので、せっかく新長田でチャンスをいただけるなら、そういう一歩進んだ企画ができたらいいなと思っています。
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角野:広瀬さんは「無視覚流まち歩き」という言葉も使われてますよね。ユニバーサルツーリズムよりも、そっちのほうがしっくりくる気がしました。
吉川:広瀬さんがユニバーサルツーリズムのようなことをこれまでにされてきた中で、参加者の方がどんな反応をして、どんな感想があったのかを聞いてみたいです。
広瀬:そんなにたくさんやってるわけじゃないですけど、評判もよかったのは、大阪の空堀でのまち歩きです。空堀のNPOに協力依頼をして、最初は、僕ともうひとりの視覚障がい者でお願いにいきましたら、向こうの方々も視覚障がい者を受け入れるのは初めてだということでかなり戸惑いがあって、警戒をされながらもこちらが押しかけていって、とにかく顔を付き合わせるうちに話を進められました。 空掘も昔ながらの商店街で、商店街がとても協力的でしたので、いっしょに巻き込んで、たとえば、かつお節を実際に削る体験をやってみたり…それも当初は、NPOの方から「目が見えないと刃物は危ないからムリだ」と言われましたけど、「とりあえずやりましょう」ってやってみたら、案ずるより産むが易しでやれて、そういう打ち合わせを重ねました。結果、目の見えない人と健常者がざっくり半々くらいで集まって、基本的にはペアで歩く形のまち歩きを行いました。商店街の方々もサービス精神が旺盛だったので、結構いろんなものをただで出してくれたりということもあったし、空堀は地形に起伏があって、坂を感じたりだとか、場所によって日の当たり方が違っていたりもしたので、視覚障がいの人も健常者も視覚以外の感覚で楽しむというところに反応してくれた印象がありました。秋に新長田でまち歩きができるなら、角野さんと何度か安全確認もふくめて下見をして、打ち合わせを重ねることが、まち歩きを成功させるには大事なのかなと思います。
角野:今の話を聞いてると、なんか無料で食べ物を出さなあかん気がしてきました(笑)。
吉川:どの店やったら出してくれるやろうって、ちょっと想像しましたね。
角野:僕にそんな力あるかな(笑)。ハードルが上がりましたね(笑)。見える人と見えない人が半々ということですけど、そこでコミュニケーションとかもあったんでしょうか。
広瀬:視覚障がい者のひとり歩きは危険ですから、見える人と見えない人がペアで歩きました。こちらの7月のキックオフ・ミーティングでも「距離感」というキーワードが出ていたと思いますけど、視覚障がいの人と晴眼者の人では、歩くときの距離感が明らかに違います。今日、僕が新長田を歩いたときには横堀さんの肘を持たせてもらって歩きました。これって、よく言われるのは、たとえば男女のカップルでデートをするときに、一番むずかしいのは手をつなぐところまでに非常に時間がかかるんだけど、視覚障がい者はそこを飛び越えてすぐに近寄れるじゃないか、恵まれてるみたいなことを言われて…僕は自分のうん十年の経験から全然そんなことはないと思うんですけど、距離感ということでいえば、たしかに肘を持たせてもらうって文字通りの触れ合いですよね。そこで親しくなれる部分はある気がしますし、特にまち歩きの場合は、おおげさにいえば、これはノンバーバルコミュニケーションで、肘に触れてることでいろいろ伝わってくるわけです。階段を上がるときには肘が上がるし、ちょっと怖いところを歩いたり警戒するときにはこちらもぎゅっと握ったりすることもあるので、これを触れた点でのひとつの新しいコミュニケーションだと考えると距離感が縮まる気がします。 だから、まち歩きをする前には準備体操のように、触れた点を意識して動くみたいなことをしてから、まちへ出るようにしています。そうすると、私は誘導する人、あなたは誘導される人という意識が少しなくなって、その分、一緒に楽しむという意識が出てくるような気がします。横堀さんは今日歩いてみてどうでした? ずっと連れて歩くというのはうっとおしかったでしょうけど(笑)。
横堀:このままどこかに飛んでいきそうな子どもを引き止めながら歩くような感じがしました。でも、広瀬さんと歩くのはドキドキしましたね。自分の思てることを全部見抜かれてそうで。そのドキドキも全部伝わってるんだろうなと思って。それもすごく楽しかったです。
中元:ちょっと話がズレるかもしれないですけど、触れること自体が踏みこんでいくことなんだろうなと、そして、そういう触れることがコミュニケーションなのかなとお話を聞いてました。僕は、芸術的な感覚で考えるところが多くて、コミュニケーションをとることがアートだと感じているので、その触れて、嗅いで、感じてっていうまち歩きからコミュニケーションが生まれるというのがいいなって。 今日はじめて広瀬さんとお会いしたとき、最初って何をしゃべったらいいかなと思いながら、僕ら沈黙してしまったんですよね。広瀬さんに会って挨拶をした後に。沈黙したときに気を遣うっていうとあれですけど、広瀬さんは沈黙をどういう風に感じてるのか。見えないからこそ感じてることもあるのかなって。
広瀬:僕もおっさんなので、だんだん図々しくなってるんで、あまり考えないようにしてますけど、やっぱり沈黙は苦手で。いちばん僕らが苦手なのは立食パーティーで、それは沈黙とは違いますけど、たとえば、知らない間に角野さんが来て、知らない間に中元さんが去ってるというようなことがよくあるんです。周りがガヤガヤしてるとよくわからなくて、さっきまで中元さんと話してたから、「え、中元さん、なんとかだよね」って言うと、もう中元さんはいなくて返事が返ってこない。で、角野さんが「あれ、中元さんはもういないよ」って言われたときに、その恥ずかしさというか、その場にいられないような感覚。これはなかなか慣れないものです。立食パーティーでもういっこイヤなのは、僕はわりと大食いで、そんなにお酒は飲みませんけど、飲みっぷりもいいと思われていて、知らないうちに結構注がれてる。もうお腹いっぱいだからいらないや、と思ってたら、いつの間にかまたよそわれて、しょうがないから食べたら、「やっぱり大食いなんだ」と思われて、またよそわれて(笑)。だから、特に視覚障がいの人とコミュニケーションの場合は、声かけが大事で。これ、親しくなるほど忘れられるんですけど(笑)、ごめんなさい、質問からちょっとズレましたけど、たしかに沈黙されると相手が何やってるのかはわからないので、沈黙しても気配は消さないでほしい。ゴホンゴホンってやるとか、資料を読んでるならガサガサ音をさせるとか。 あと、ついでにいうと、吉川さんも中元さんも福祉の仕事をされてるから語弊があったらよくないですけど、「ふれあい」という言葉が障がい福祉の世界では使われていて、僕はその「ふれあい」ってイヤな言葉で、マジョリティの側が「さあ、ふれあいですよ。障がい者の方もどうぞ」って感じを感じなくもない。もともとの、漢字で書く「触れ合い」は相互接触ですから、いい言葉のはずで、さっきから話してる一緒に歩くというのも触れ合いですよね。漢字で書く「触れ合い」を大事にして、ひらがなの「ふれあい」と区別して使ったりしています。 もうひとつ、中元さんから芸術の話が出て、絵画は難しいですが、彫刻作品を触るというのは、おおげさに言うと作者とコミュニケーションしている、作者の制作を追体験してるみたいなことになります。作者の思いや、どんなエネルギーを込めてこれをつくったのかを想像しながら触ると、それがたとえ間違ってたとしても作品とのコミュニケーションであり、作品の向こうにいる作者とコミュニケーションできるので、特に彫刻や立体物の場合は、触るというところがひとつの強みになるんじゃないかなと思っています。
吉川:角野さんもまち歩きでめっちゃ触るじゃないですか。
角野:そうですね。東京駅にあるKITTEという建物は、足もとにすごくなめらかな曲線が使われてるんですね。柱とか、もとはひとつの石だと思うんですけど、それを目で見るだけじゃもったいない、触りたい、「ほんとに石だ!」みたいな…たまらない(笑)。たぶん、鑑賞に触覚を使うのはとても贅沢なことで、僕なんか形を目で見るだけではもったいないという気持ちで触ってるんですね。それはすごくいい体験になるんちゃうかな。
横堀:角野さん、もし新長田のまち歩きのなかで、触るんやったらここやみたいなのってありますか。
角野:新長田は匂いとか、あるいは狭さとか、そんなんを感じてもらえたらと思ってるんですけど…海の匂いもあるし、どちらかといえば、ぱっと思いつくのはそっちですね。食もそうだし。真野地区って隣り町ですけど、そこはゴムの加工が多くて、ゴムの匂いがすごくするんですね。範囲が広くなりすぎるので難しいかもですが、歩いて匂いを感じることでまちの文化がわかるみたいなことは、すごくいいなと思ってます。
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吉川:靴工場の音とかも面白いかもしれないですね。うちのクライミングジムの上が靴工場になっていて、ブイーンとか、ガコガコって音がするけど、想像してもどんな機械が全然わからへん。その音を聞いてたら見に行きたくなりますもんね。
角野:マイク持ったついでに広瀬さんに質問させてください。今日、広瀬さんが紹介してくださった新聞記事の見出しに「野生の勘の取り戻し方」って書いてありましたけど、僕もまち歩きをやってると「この路地におうな~この奥行ったらなんかあるな」とか、そこは研ぎ澄まされていて、まあまあ当たるんですよ。実際の匂いじゃないですよ。僕は目で見る感覚を「何かにおう」と置き換えて、そこに行くわけですけど、広瀬さんもまちを味わうときにそういう感覚ってあるんですか。
広瀬:うーん、それとはちょっと違うかもしれないですけど、食べ物屋さんに入ったとき、なんとなくここはおいしいとか、まずいとかみたいなのを感じます。それは音や匂いだと思うんですけど、逆に、視覚に惑わされずに、こぎたない店でも実はここはおいしそうだなというのはあるのかなと思います。
角野:床のベトベト感とかかな。
広瀬:その「野生の勘」というのをちょっと解説すると、僕の専門の人類学の話になりますけど、レヴィ・ストロースという人類学者がいて、彼が『野生の思考』という本を出しています。人類学では古典的な重要文献ですけど、レヴィ・ストロースによれば未開人と文明人がいて、未開人が劣っていて、文明人が優れてるって、わりと二者択一に考えられてきたのが、実はそうじゃなくて、未開人は野生の思考というのを持ってるんだと。文明人も本来それを持っていたんだけど、文明という名のもとに野生の思考を忘れかけてるんだというんです。この図式は、健常者と障がい者にも当てはまって、たとえば、僕は視覚を使わないで歩いてるけど、時代をさかのぼれば、暗い夜道を星明かりをたよりに歩くなんてことは、誰でもやっていたことで、そういうみんなが持っていた感覚が、いろいろ便利になると失っちゃうところもあって。角野さんがおっしゃるように、自分が持ってた「何かよくわからないけど、たぶんこっちやろ」みたいな感覚、それを幸か不幸か、わりと色濃くのこしているのは障がい者の方なんじゃないかという気がします。だから、当然、障がいをとりのぞく努力もあるけれど、逆に障がいのある人が持つ野生の思考、野生の勘みたいなことを再評価しようと思って、野生の勘という言葉を使っています。
角野:なるほど、ええな。アイマスクをしてまち歩きをしたら、もっと敏感になれるかもしれないですね。
吉川:たしかに、カーナビを使いはじめて道を覚えなくなりましたもんね。逆に、山へ行くときって紙の地図を持って、コンパスで歩いたりするから絶対に忘れないんですよ。「ここちょっと上がったら目的地かも」みたいな感覚的なところが研ぎ澄まされてるかも。
広瀬:さっき言いそびれたんですけど、建物の壁を触るのって楽しいんですよ。なので、角野さんには新長田の壁をぜひ探していただきたいです。僕はいま、京都国立近代美術館のプロジェクトを手伝っていて、展示品には絵画が多いのであまり触れるものはなくて、それなら美術館の建物を触ろうかって、学芸員の方に建物の素材をいろいろ説明してもらって、建物を触りまくってます。やってみると、美術館はおしゃれな建物で、素材にもこだわってるからわりと面白くて、室内の柱でもツルツルになってるけど、手を伸ばして上のほうを触ってみたらザラザラだったりして、やっぱり下の方は人に触られてるんだなというのがわかったり。階段がおしゃれな構造になってるのでそれを触ってみたり、裏側にまわってみたり。そういう建物を触って楽しむこともしたいので、角野さんにはぜひ触り甲斐のある建物を探していただけるとうれしいですね。
角野:建物はありますね。駒ヶ林の路地の入り組んだところに、和洋折衷の角野邸という建物があって、もとは漁業の網元さんの建物なんで、すごくいい材料を使ってるので、なめまわすように触るといいかもしれないですね。
中元:保育園もいいですよね。階段の手すりがすごく気持ちいい。
角野:手すりは触ってしまいますよね。広瀬さん、いい手すりありますか、今までに触った手すりで、これはよかったなみたいな。
広瀬:やっぱり美術館の手すりは、それぞれおしゃれなんです。あと、話が違うかもしれないけど、駅の手すりって、視覚障がい者でも普段からひとり歩きをしてる人であれば、駅の階段みたいな規則正しい階段は別に苦にならない、手すりを持たずに杖でカンカンってやりながら歩けるんですけど、ときどき手すりに点字で「何番線は何」とか案内があるんです。僕がひとり歩きするときにそれを使うんですけど、意外とあの点字がつぶれてたりするんですね。たまにガムが付いてるやつとかあったりして、そういうのを見つけると怒りというか、悲しくなることがありますね。
中元:僕らがガムをとっていけばいいんですね。
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横堀:実は予定時間を過ぎてしまっているので、お帰りにならないといけない方はいつでもどうぞ。あと10分、15分くらい延長しても大丈夫でしょうか。…じゃあ、あと10分くらいをお話の時間ということで。
中元:どうしても聞きたいことがひとつありまして。その前に、広瀬さんは恋愛感情として、女性が好きな男性でよかったですか。
広瀬:はい。
中元:そうなったときに、視覚障がい者の人が美人だという女の人ってどんな人なのかなって。そういう恋心がどこから生まれるんだろうってヤボな質問ですけど。
広瀬:それは非常によく聞かれるんです。大事な質問だと思います。やっぱり、なんだって感じでしょうけど、声ですね。しゃべり方、イントネーション、間のとり方などから、年齢やどういう人なのかとかをいろいろ想像して、一目惚れに当たりハズレがあるように、当然、ひと耳惚れにも当たりハズレがあるんですけど(笑)。第一印象の声というのはすごく大きいと思いますね。
中元:ちなみにどんな声が好みですか。
広瀬:どうでしょうね…もう今はすっかりおばあちゃんになってますけど、昔は松坂慶子とかのしゃべり方が好きだったりしました。
中元:あ、艶っぽい感じか。
角野:なにを分析しとるんや(笑)。
広瀬:だけど結局、振り返ってみて、今まで好きになった女性に共通点があるかといえばそんなにないし、すごくいい声だったかというとそうでもないような気がします。
中元:第六感みたいなところでしょうか。ありがとうございます。
角野:これは、ちょっと難しいんですけど…「映え」ってあるじゃないですか、インスタ映えとかの映え。視覚でみなが楽しんで「映え」って言ってるんですけど、広瀬さんの映えに対抗する作戦ってなにか思ってはることがありますか。
中元:「触り映え」的な?
広瀬:そうですね、まず、自分のしゃべったことと矛盾するかもしれないけど、僕、見える見えないに関係なく、そんなにファッションとか気にしないタイプで、最近では人前でしゃべったりすることもあるので、あまり突拍子もない格好はしないようにして、家族に確認してもらったりとか、多少なりとも見栄えするものを着て。世の中、視覚中心ですから。「いや、おれは触るだから裸でいいだろう」って、そこまで過激にはなれませんので(笑)。 そういう意味で、「触り映え」とおっしゃてくだいましたけど、これは芸術鑑賞にも関わってくるんですけど、触って感じる美とは何か。これを考えはじめると難しくて、答えが出るわけでもないんですけど、来年に(国立民族学博物館で)計画している特別展では、いろんなアーティストに協力してもらって、触って楽しめるもの、触って美しいものってなんだろうってみんなで考えてみたいと思っています。
角野:そっか。言われてみれば、いわゆる「映え」って視覚優先のものに対する活動ですよね。触り映えするものは何なのか。追求していく作業も面白そうですね。
横堀:じゃあ、最後に吉川さん。
吉川:最後、感想みたいになりますけど、意外と自分も触って何かを認識して、確認してることがあるんだなとお話を聞きながら感じました。僕らはロッククライミングをするときに、ロープを出したり、カラビナという連結器具を使ったりするんですけど、その不具合を感じるのは、触っていつもと同じ動きをしないときに「あっ、おかしいな」となって、後から見る。触るほうが先。ロープを結んだ形とかでも、触って感じている。意外と生活のなかで触るという行為によって確認するということを自分もやってたんだと思いました。それに気づけたことは、触るのを楽しみにするみたいな、自分の感覚がちょっと広がった気がしてよかったなと感じました。ありがとうございます。
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この後、広瀬さんの指示のもと、会場全員で身体を動かすことをやってみました。2人で1組になって、正面打ちのように相手が振り下ろす腕を防ぐのですが、その防御姿勢をとるのを目で見て/声を聞いて/触わった点に意識を集中して/の3パターンで体感。触覚にしたがって動くことが、視覚や聴覚に比べても圧倒的に早く反応できることを実感しました。
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月山|花と森と稜線歩きが楽しめる!日帰り登山コース2選
アイキャッチ画像 出典:PIXTA
日本百名山、月山(がっさん)ってどんな山?
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標高 所在地 体力レベル 難易度レベル 1,984m 山形県鶴岡市羽黒町川代 ★★ ★★
山形県の中央部にそびえる出羽三山の主峰であり、日本百名山のひとつ。磐梯朝日国立公園の特別区域に指定され、美しい自然を楽しめる山です。 約1400年前に開山された長い歴史をもつ月山。山頂の月山神社には農業の神である月読命が祀られ、古くから信仰の山として知られています。
豊かな自然が残る山
出典:PIXTA
麓にはブナの原生林が広がっています。ここでから湧き出る湧水は「名水百選」や「水源の森百選」にも選ばれるほど。 また、高山植物も豊富で、野生動物も多く生息しており、オコジョなどの希少動物に出会えることもありますよ。
月山の歴史
出典:PIXTA
古くはその山容から、“まだらな毛色の牛”を意味する「犂牛山(くろうしのやま)」と呼ばれていました。山岳信仰の場として、修験者や参拝者など多くの人が訪れ、松尾芭蕉も訪れたことがあるといわれています。山頂近くには、その山容を詠んだ句碑がたっているので、是非チェックしてみてください。
「スポーツ県民歌」にも歌われる、地元に愛される山
出典:PIXTA
豪雪地帯のため、冬季は登山が難しいですが、スキーが楽しめると人気があります。スポーツ高揚を目的に作られた「山形県スポーツ県民歌」にも登場する、県民に愛される山です。
選べるコースが豊富
出典:磐梯朝日国立公園 月山ビジターセンター
たくさんのコースがあるので、初級から上級まで、レベルに合わせてプランを立てることが可能。また、メインのコースはしっかりと整備されているので歩きやすいです。
月山の登山適期は?
出典:PIXTA
雪深いため、夏山装備で登れる期間は短めです。夏には高山植物のお花畑が広がり、秋には見事な紅葉を楽しめます。 初夏まで残雪があるので、事前に情報収集を行うい、しっかり装備を確認しておきましょう。 天気も必ずチェック
GPSアプリやココヘリも忘れずに!
登山時には必ずGPSアプリなど地図の準備はしておきましょう。また、もしもの遭難時に、登山者を早く見つけ出すことに特化したサービス「ココヘリ」も登山の新常識となりつつありますよ。
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年間3000件ともいわれる山岳遭難。そのうち4割が道迷いによるものといわれています。編集部では道迷いをはじめとするあらゆる遭難において...
【初級】リフトでらくらく!志津口コース
出典:YAMAP
【体力レベル】★★☆☆☆
日帰り
コース距離:約7km
コースタイム:約4時間30分
参考:ヤマプラ
【技術的難易度】★★☆☆☆
・登山装備が必要 ・登山経験、地図読み能力があることが望まし
凡例はこちらをクリック:グレーディング表
西川町側から登る、リフトを利用した初級コース。姥沢登山口からスタートし、リフトで一気に上駅まで上がり、姥ヶ岳を経由して山頂を目指します。
コース詳細
提供:ヤマレコ/sora-to-mizu
姥沢駐車場から車道を歩いて約15分。ここからリフトで上駅まで行きましょう。
提供:ヤマレコ/netanishikun
上駅から分岐を左、姥ヶ岳方面へ向かいます。少し急な上りですが、歩きやすい階段状の木道です。
提供:ヤマレコ/mink610
姥ヶ岳は、夏には高山植物のお花畑が広がります。ニッコウキスゲやヨツバシオガマなど、色とりどりの花を見ることが出来ますよ。
提供:ヤマレコ/netanishikun
姥ヶ岳山頂に到着。これから歩いて行く稜線がキレイに見えます。
提供:ヤマレコ/sakurayuki
ゆったりとした木道が気持ちよく伸びています。徐々に山頂も見えてきます。
提供:ヤマレコ/isaac1001
金姥あたりの道はキレイな石畳です。ゆるやかに上り下りを繰り返しながら進みます。
提供:ヤマレコ/yamkoi
この辺りは夏でも残雪が。雪渓の上を歩くこともありますので、事前に状況を良く確認し、雪が多く残っている時には、念のために軽アイゼンなどの装備を携行しましょう。
提供:ヤマレコ/meiken
牛首を過ぎると、突然岩の急登がはじまります。傾斜は急ですが、岩は歩きやすいように階段状に積まれています。ゆっくりと、落ち着いて登りましょう。
提供:ヤマレコ/reopapa
急登を登りきると、目の前に山頂である月山神社が見えてきます。参道を上り、鳥居の前を石垣に沿って右に入り、神社の裏へ。
提供:ヤマレコ/kyen
一等三角点のある展望台に到着です。ここからは、北に鳥海山、西には歩いて来た稜線が。更に南には朝日連峰、そして奥羽山脈を見渡すことができます。
提供:ヤマレコ/ehasegawa
帰りは牛首まで戻り、左手、リフト上駅方面へ。リフトに乗って下駅、姥沢登山口へ下山します。
【中級】ブナの森と沢歩きを楽しむ装束場口コース
出典:YAMAP
【体力レベル】★★☆☆☆
日帰り
コース距離:約11km
コースタイム:約6時間30分
参考:ヤマプラ
【技術的難易度】★★☆☆☆
・登山装備が必要 ・登山経験、地図読み能力があることが望ましい
凡例はこちらをクリック:グレーディング表
ブナの森歩きやちょっとした渡渉が楽しめる中級者向けのコース。ネイチャーセンターを出発し、石跳川沿いに稜線へ出て山頂を目指します。
コース詳細
提供:ヤマレコ/smini
山形県立自然博物園内ネイチャーセンター横にある装束場登山口からスタートします。
提供:ヤマレコ/tagagogo
ブナの森の中を、良く整備された道をゆったりと進みます。ブナの他にも、サワグルミやカエデなど、さまざまな木々が茂る、静かな森です。
提供:ヤマレコ/je7snv
石跳川に出ると、川沿いを上流へ向けて歩きます。時々石の上を跳ねて川を渡るようなところも。滑りやすいところもあるので、気を付けて進みましょう。
提供:ヤマレコ/MrSlowly
沢を抜け、笹原の木道を進むと稜線に出ます。その手前には装束場(施薬小屋)が。昔はここで装束を整えてから山頂へ向かったそうです。
提供:ヤマレコ/motzerr760
稜線への道。ここにはコシアブラやミネカエデなどの木々が茂り、緑のトンネルになっています。秋には見事な紅葉に。
金姥の分岐から先は1つめのルートと同じです。
登山時に利用できる山小屋と施設
月山ペアリフト
出典:PIXTA
リフト下駅まで、姥沢口駐車場より徒歩約15分。上り、下り、どちらでも利用できます。 夏山リフト営業期間:6月14日~10月22日 運行時間: 8:00~16:30(天候などにより変更する場合あり) 料金(夏山期間):大人 片道580円(往復1,030円)、子供 片道 400円(往復720円) 月山スキー場 リフト営業時間と料金
月山頂上小屋
提供:ヤマレコ/gaachan
山頂にあるこちらの小屋では食事や宿泊(要予約)が可能。 こちらへ泊って、ゆっくり歩くのもおすすめです。 営業期間:6月下旬頃~9月下旬頃 宿泊(1泊2食付き):¥8,400(税抜き)、入浴可(※状況によりできない場合あり) 連絡先:090-8781-7731(シーズン中)、0235-62-2757(シーズン外) 月山頂上小屋
山形県立自然博物園内 ネイチャーセンター
出典:山形観光情報ポータル「やまがたへの旅」
装束場登山口にある自然博物園。その活動拠点となっているのがネイチャーセンターです。登山の相談もできますので、スタート前の情報収集にも活用しましょう。 開園期間:5月1日~10月31日 開館時間:9時~17時まで 県立自然博物園
下山後に利用できる日帰り温泉情報
水沢温泉館
出典:オモシロ!ニシカワマップ!「水沢温泉館」
みちの駅にしかわの敷地内にある温泉。町営バスで登山口やJR寒河江駅へもアクセス可能。もちろん駐車場もあるので、車でも利用しやすい温泉です。月山自然水と地ビール工場も隣接しているため、湯上りの地ビールも楽しめますよ。 営業時間:6:00~21:00(4〜11月)、8:00~20:00(12~3月) 料金:大人300円、小人100円 定休日:第2火曜日 水沢温泉館
月山志津温泉/変若水(おちみず)の湯 つたや
提供:月山志津温泉/変若水(おちみず)の湯 つたや ホームページ
姥沢駐車場より車で約10分。登山口から近いので、車の場合はこちらも便利です。露天風呂からは景色も楽しめます。 利用時間: 11:30〜16:00(最終受付 15:30) 料金:大人800円、小人500円 月山志津温泉/変若水(おちみず)の湯 つたや
アクセスと駐車場情報
公共交通機関利用の場合
【JR山形駅~西川バスストップ(西川IC)】高速バス(山交バス)鶴岡・酒田行き 約40分 ◆ 県立自然博物園(玄海広場)へ行くには 西川町営バスで志津野営場まで 約35分 ◆ 姥沢(リフト下駅)へ行くには 西川町営バスで姥沢まで 約49分 ぶらり西川ガイド 交通アクセス
車利用の場合
◆ 県立自然博物園駐車場
駐車台数:50台 料金:無料 ◆姥沢駐車場
駐車台数:500台 料金:無料 ※駐車場間はバスで移動することができます。 西川町ホームページ 路線バスの運行について
豊かな自然に癒される山旅へ
提供:ヤマレコ/yamanekoruru
険しい道をガシガシと登る山も達成感があって良いけれど、豊かな森や、雄大な景色を楽しめる稜線歩きも、気持ちが良いですよね。木々や花々を観察しながらのんびり歩くと、自然のパワーが日々のアレコレを洗い流してくれますよ。月山は、そんな癒しをいっぱいくれる魅力が溢れる山です。 【登山時の注意点】 ・登山時にはしっかりと装備を整え、充分なトレーニングをしたうえで入山してください(足首まである登山靴、厚手の靴下、雨具上下、防寒具、ヘッドランプ、帽子、ザック、速乾性の衣類、食料、水など)。 ・登山路は複数あり、分岐も多くあるので、地図・コンパスは必携。 ・もしものためにも登山届と山岳保険を忘れずに! ・紹介したコースは、登山経験や体力、天候などによって難易度が変わります。あくまでも参考とし、ご自身の体力に合った無理のない計画で登山を楽しんでください。
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nhieusu · 5 years
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鍼灸からの~
今日も学校にご案内を頂きました。
日本伝統鍼灸学会様
「鍼灸臨床家のためのセミナー  伝統的な鍼灸臨床とは ~ 臨床現場の実際を語る ~」
日時:6/2(日)13時~16時半 会場:慶應義塾大学信濃町キャンパス2号館 募集人… こんにちは お知らせです 鍼灸 美容鍼武雄武雄温泉骨盤矯正産後
いい天気の木曜日、気温も上がって夏日になるようです。水分補給を忘れずに!梅雨になる前に鍼灸マッサージで体調整えておきませんか?鍼 灸 マッサージ ストレッチ トレーニング テニス 骨盤 肩甲骨 姿勢 三鷹 武蔵境 中央線 腰痛 肩こり 膝痛 駐車場【駅近】【頭痛】【肩こり】【寝違い】 神戸もとまち整骨院・鍼灸院 神戸 元町 三宮
宅配鍼灸&宅配マッサージ
宅配鍼灸 宅配マッサージ 鍼灸院とか整体って多すぎだろ 雇われても地獄、起業しても地獄とか可哀想
お喋り好きなおじいちゃんで自分から鍼灸師してるって言ったから気になってる事聞いちゃえ!って思って聞いてみた。普段は人見知りだけど患者さんと喋るときは人見知り発揮しないんだよな笑 患者さんに人見知りしてたら仕事にならないけど笑メールマガジン会員募集 | 東京|心と体の調和を図る治療院|自然療法治療室|松本鍼灸接骨院|自然療法|家庭教育|ホームケアを学ぶチャイルドケア
今日鍼灸に行ってきました。 今までの採卵の結果のことを伝えて体を診てもらったら、 『すぐに採卵するより、体を整えてから採卵した方がいい卵が取れると思う』と言われました。 AMH0.57ということと、37歳ということを踏まえて、みなさんどう思いますか?鍼灸コンパスやってます。
交通事故 自賠責保険 労災保険 助成券 骨盤調整 インソール 船橋 西船橋 市川 下総中山 加藤ミツアキ
高橋鍼灸院は院長自らがひとりひとりに合った施術で、症状の改善や機能向上のお手伝いをしています。
豊川市 鍼灸
ヘイセイ鍼灸治療院 | 倉敷平成病院だより
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kanata-bit-blog · 6 years
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天ヶ瀬さんちの今日のごはん7
『ハンバーグ』with FRAME
 その日は急な台風の訪れにより傘も差せないくらいの大雨だった。  ニュースでは今にも氾濫寸前の川の前で飛ばされそうになっているアナウンサーが必死に足を踏ん張っている。職種は違うとは言え同じ業界に生きる者として彼、彼女らに賛辞を送りたい。  幸いなことにその日の冬馬は売れっ子アイドルにしては珍しく一日中オフであったと言うのも、先日事務所選抜で参加した夏フェスを終え、再び仕事仕事仕事の日々に戻る前の休息である。嵐の前の静けさと言う奴なのだろうが、それにしては外がうるさい。 「…母さんの写真の前に置いといた食いもんが…いつの間にか食われてんだ」  ごくりと、誰かの息を呑む音が聞こえた気がしたが、それもまた豪雨の叫びにかき消されてしまった。顔面を青白く染めた英雄が視線を逸らす。追って顔を強張らせる龍も。  そこには幼い冬馬を抱き抱える笑顔の女性の写真。親戚の人間からは「冬馬君はお母さんに似ているね」と言われるタレ目と、キリリと吊った強気な眉毛は確かに自分によく似ていると思う。  写真立ての前に置いてあるガラス皿の上には冬馬が買ってきた和菓子が一つ置いてある。駅前の老舗和菓子店の名前が刻印されている饅頭だ。 「あの、冬馬さん。一つ聞きたいんすけど、これって…怪談話とかじゃないですよね。実は全部冬馬さんのフィクションとか」 「冬馬はあまりホラーが得意じゃないので真剣だと思いますよ」  怯える二人の隣で北斗が悠々と言ってみせる。本来ならば今日はドラマの、それも北斗が以前ちらりと話していた『女優とのキスシーン』を含んだ撮影の予定だったはずだが生憎の天気で延期になったらしい。だからと言って撮影現場に行ったその足で冬馬の家に来るのもどうかと思うのだが、FRAMEの三人がJupiterとは話をしてみたかったと言うものだから冬馬も「仕方ねえな」と言うことしか出来なかった。 「もー冬馬君ってぱ、ユウレイなんている��ないじゃん! ほら、僕��うお腹ペコペコだからご飯作ってよ!」  翔太が乾いた笑いで続けると、冬馬は「それもそうだよな、元々はそれを忘れる為にFRAMEのみんなに集まってもらったんだし」と立ち上がった。続いてFRAMEの三人も手伝えることがあるならと立ち上がる。が、不意に伸びてきた翔太の手に英雄が捕まり、体勢を崩しかけた。 「ま、待って! こっちの部屋に残るの僕と北斗君だけ?」 「もしかして翔太さん、」  怖いんじゃ、英雄が言いかけたのを遮って翔太が震える手でそれを指さす。一斉にその延長線上に視線が集まり、誰かがごくりと唾を飲んだ。冬馬の家に来てから育てられてきた恐怖心が一同の心臓を叩く。触れればすぐにでも割れてしまうような緊張感がその場にあった。  翔太の細い指先には先程見たばかりの冬馬と母親の写真。供えられた小物類。冬馬が報告の為に置いた物と思われるJupiterのCD。
 その隣の皿の上から―――お饅頭が無くなっていた。
 目の前で起きた出来事に全員の頭の回転は追い付かず、とりあえず極力固まっていようと言う了解でそそくさと冬馬の部屋で全員揃って調理を始めたのだった。その間誰も部屋の中にいるかもしれない"何か"に触れようとはせず、クーラーで冷え切った部屋で視界に必ず誰かが入る位置に着席していた。 「こう言うのもたまには良いな」  信玄がけろりとした様子でボウルの中のハンバーグだねを混ぜながら笑う。そう言ったことに耐性があるのか、はたまた信じていないのかのどちらかだが、彼ほどの逞しい男性が取り乱さないのは冬馬としても有難い。仮に信玄が怯えを顔に出そうものならばこの場に居る大半も正気を保っていられるか分からなかった。 「事務所の奴らと一緒に作ることはあるけど、ここでみんなで作んのは初めてだな」  冬馬はもう一つのボウルにひき肉、卵、しょうゆ、そして四分の一程度に短く切ったもやしを加える。  天ヶ瀬家では代々受け継がれてきたらしいレシピで、冬馬もまた母から教わり受け継いだものである。ハンバーグの中に入れる食材としてもやしが使われるのは珍しいということを知ったのは冬馬が小学校の給食でハンバーグを食べてからである。中学に上がってからも母親に弁当を用意してもらうクラスメイトが「冬馬って自分で弁当作ってんの!?」と興味を示し、流れでおかず交換会が始まったのだがもやし入りハンバーグは大絶賛だったのが懐かしい。  友人はもやしが入ったハンバーグを珍しく思いながらも美味しそうに食べてくれていた。それを喜ばしく思うと同時に普通の人とは少しだけ違う我が家直伝のそれを冬馬は自慢に思うようになった。  だから誰かに振舞う時は決まってもやしを中に入れる。それによりシャキシャキとした食感が追加され、食べた人が驚くから。冬馬はもやしハンバーグを食べた人が目を丸くするのを見るのが好きだった。
 ―――もやしを入れると美味しいんだよ。
 冬馬の脳裏に陽だまりのような優しく暖かい声がよぎる。遠い昔に聞いた声は冬馬の胸の中にじんわり滲んでいく。  そう言えば初めて母と一緒に作ったのはハンバーグだった。忘れていた記憶が不意に戻ってきて冬馬は懐かしさに口元を綻ばせる。随分成長したものだ、混ぜる掌の大きさが記憶よりもずっと大きいことに気が付いた。  信玄が混ぜ終えたたねをへりで潰すようにして空気を抜く。その様子を隣で英雄と龍がじっと見つめていて、一方の翔太と北斗も手持無沙汰と言った様子で冬馬の作業を眺めている。 「冬馬の家のハンバーグにはもやしを入れるんだな」  信玄がテーブルの上にボウルを置くと、ごとりと重い音がした。冬馬も同じく置じようにテーブルの上に置くと右手で適量のたねを掴んで丸める。それを合図に待っていましたと言わんばかりに翔太がボウルに手を伸ばし、北斗もゆっくりと右手でたねを掬い上げた。 「俺の家でも弟が好きだからハンバーグは作るけど、人参とかは入れてももやし入れたことはないな……」 「シャキシャキして意外と美味いんスよ」  ぱたぱたと両手でたねをキャッチボールして更に空気を抜いてバットの上に並べた。他のハンバーグにくっつかないよう指先で形を整える。次のたねにも手を出そうとするが、人手が足りすぎているおかげでボウルの中のたねはあっという間に完売である。残りを掻き集めて作ってもせいぜい拳よりも少し小さな小判が出来る程度だろう。数的にも一人一つ確保されているし、残りはもやしを抜いてミートボールにでもするか。 「……ん?」  焼かれる時を今か今かと待って眠りにつくハンバーグ達の中に妙にガタイの良いハンバーグがいた。一目で見ても並より大きいことは分かる。  これが並だったならば余ったたねもそこそこのサイズの小判型を形成出来ただろうに。これを作ったのは一体どこのどいつだ。と、言いつつその犯人などとうに知れているのだが。 「翔太……このでけえの作ったのお前だろ」 「えー? やだなあ冬馬君、成長期の僕にはこれくらいちっちゃいんじゃないかな♪」 「お前はまたそうやって変な屁理屈捏ねやがって…!」  翔太がきゃっきゃと笑って部屋から逃げていく。龍が笑って、 「そう言えば、先月ハンバーグを作った時もサイズの違いが凄かったですよね。あまねちゃん手が小さいから作るハンバーグも小さくて、逆に信玄さんのハンバーグは並よりも少し大きいからあまねちゃんのハンバーグがミートボールに見えて」  龍の言うあまねちゃんは確か信玄の姪に当たる子だっただろうか。先日のフェスで英雄と話していた時もたまに出てきた人名であり、FRAMEの三人と親密な関係にあることは伺える。龍のことを気に入っており、来る度に信玄が怖い顔をするのだと英雄が楽しそうに言っていた。 「はぁ……サイズ違いが出るのは仕方ねえか」  どちらにしろ余るだけの量のひき肉を買ってきていることだし、約一枚分のだねは余ってしまっている。
 ……ミートボールにでもするか。
 大雨とは言え真夏のキッチン、それもここまで冷房が届かないとなると頭からキノコが生えてきそうな気持ち悪い湿気とガス周りの暑さに耐えていかなければならない。首にかけたJupiterのロゴ入りマフラータオルで垂れる汗を拭う。 「それって去年のツアーの奴っすよね」 「ああ、しまっとくのも勿体ねえからって普段からよく使うんスよ」 「はは、俺も汗かくと思ったからこないだのフェスのタオル持ってきてて」 「あれか! 今年の夏フェスのデザイン格好良かったっスよね。去年のも良かったけど」  英雄が白地に赤と黒でデザインされたタオルを冬馬と同じように首にかける。先日事務所選抜で参加したフェスのものである。参加した冬馬も当然同じタオルを持っているが、昨日のダンスレッスンで使用したばかりで今は同じデザインのTシャツと共に洗濯カゴの中だ。 「去年のってどんな感じだったんすか?」 「モチーフがカードで、Cのとこがコンパスになってんだけど……あー、今度レッスンのタイミング合う時にでも見せた方��早えか」  油を引いて温まったフライパンにたねを入れる。一度ではとてもじゃないが入りきらないので二度に分けた。火が通るのに時間がかかりそうなのでまず最初に翔太の分。  じゅうう、と弾けてフライパンの中で油の合奏が始まる。まずは一面に焼き目が付くまでよく焼く。潰すと肉汁が出ていってしまうので強くは押さえない。程良く焼き目が付いたら崩れないように丁寧に一つずつひっくり返していく。  その間にも隣で英雄と信玄が野菜の皮を包丁で丁寧に剥いてくれていて、流石と言うべきか二人とも料理をするだけあって並の人達よりも手際が良い。じゃがいも、にんじん、ブロッコリー。料理に彩を与える野菜類だが、特にじゃがいもなどは丁寧に芽を取り除かなければ夏場は危険である。その為慣れない人にやらせるのは心許無いが、二人ならば安心して任せることができる。  面倒だとごねる翔太に何度か料理の手伝わせたことがあるが、その時の手元の覚束なさと言ったら思い出しただけでも身震いがする。気を付けていなければすぐにでも薄皮一枚は持っていかれそうな危うい手付きに耐え切れなくなった冬馬は最終的に『俺がやる』と言って震える包丁を奪い取ってしまったのだった。時間が出来た時にでもゆっくり猫の手から教えてやることにした。 「よし」  裏面にも焼き目が付いたことを確認して蓋を被せると透明な鍋蓋は一瞬で湯気に曇る。ここから4分か5分程度蒸し焼きにするのだが、夏場であることを考えると良く焼いた方がいいかもしれない。
 パタパタッ、パタタタッ。
「っ!??!?!?」  明らかにその場にそぐわない音に気付いたのは冬馬だけではないようで、廊下に飛ばした視線の間に今にも人を殺しそうな鋭い眼光を斜めの方向に向ける英雄の顔が映る。彼自身怯えを隠そうと笑顔を取り繕っていることもあり、その顔はいつも以上に怖い。冬馬は思わず声が出そうになるのを堪えた。  信玄が廊下をちらりと覗き込んだ後、英雄の肩を優しく叩く。 「大丈夫か、英雄」 「あ、あの…冬馬さん、あんま他人が言えることじゃないと思うんスけど…引っ越し検討した方が良いと思います」 「た、多分厳しいと思うっすけど、このまま収まらないようなら葛之葉さんに連絡するつもりなんで…今日の所は、すんません」  信玄がもう何度か英雄の肩を叩くと、彼は小さく体を跳ねさせた後にぎこちない動きで作業へと戻っていくのだった。
「わーい! ごはん!」 「おい翔太! 埃がたつから座ってろ!」  全員分のハンバーグが乗った大皿をテーブルの上に置くと、部屋で待機していた龍と翔太の口から「わあ」と感嘆の声が漏、冬馬は胸の奥が痒くなるのを感じた。  いつ見てもこの瞬間は無類だ。自分が、みんなが作った料理の完成形に表情を綻ばせる様子は少年少女のような純粋な幼さがある。腹が減っているのであればそれはより一層顕著で、龍は皿の上から香る肉の焼けた匂いにうずうずと身悶えしているようだった。 「ずーっと龍さんのお腹が鳴ってるから北斗君とまだかなーって言ってたんだよ」  いたずらっ子の笑みを浮かべて翔太が告げ口をすると、腹をおさえて龍が苦笑した。 「翔太さんと北斗さんから冬馬さんの料理のお話聞いてたらお腹空いてきちゃったんですよ……ただでさえ美味しいって評判聞いて楽しみにしてたのに……」 「かなり信玄さん達に手伝ってもらったんで、俺のかって言われると微妙っスけどね」
 実際、信玄はとても頼りになった。  野菜の準備が終わった後は迅速に水で濡らしたキッチンペーパーで包み、レンジの中に突っ込む。その間冬馬からの指示は無かった。この後スープ作りの為にもう一つのコンロが埋まることを見通しての行動、感服である。  彼の心遣いを感じながら冬馬はもう一つのコンロにスープ用の鍋を置き、油を投入し、その間に具の準備に取り掛かったのだった。  肉の焼ける音と包丁がまな板を叩く音を聞きながら『俺が作るハンバーグにはナツメグを入れるんだ』『へえ! ナツメグなら家にもあるんで今度試してみるか』『俺も次はもやしを入れてみよう』などと料理をする者同士の会話を楽しみ、後は英雄からパンケーキ作りのススメを聞いてなるほどなるほどと膝を打つなどしていると、あっという間に食事の用意が整ったのだった。  もやし入りのハンバーグは天ヶ瀬家秘伝とも言える比率で作られており、隠し味の醤油が肉の風味を引き立てる。  それに合わせるのはシンプルなコンソメスープだ。具材はベーコン、玉ねぎ、エノキ茸。塩コショウ、醤油で味を整えれば完成である。材料を切って順番に入れていくだけなので片手間の作業でも作れる品だ。 「そう言えば龍さん今日は普通じゃない?」  翔太が人数分のお茶の用意をしながら言う。冬馬の家で飯を食う際の決め事のようなもので、料理の手伝いをさせることを諦めた冬馬が"これだけは"と出した料理を食べる条件のようなものである。  働かざる者食うべからず、お茶を用意するなら食っても良し、稀にご飯のよそうことや料理を運ぶなどの付随作業も発生するが、基本的にはお茶の準備は翔太の担当であり、彼も慣れたもので文句を言うことも無い(はじめは煩かったが) 「普通?」 「翔太は木村君の不運体質を見たことが無いんですよ」 「恭二さんと北斗君が一緒にお酒飲みに行った時に突然椅子の下に黒猫が現れて、びっくりした龍さんが持っていたお酒を自分で被っちゃったーって話とか、ロシアンたこ焼きすると絶対に龍さんが引くって話とか聞いてたのに、待ってる間は何も無かったんだもん。不思議だなーって思っただけだよ!」 「言われてみると確かに今日は怪我が少ない気が……」 「雨には降られたみたいだけどね」  北斗が龍の濡れた髪の毛を見てくすりと笑う。冬馬の家に到着した時はそれは酷い有様であった。服は泥だらけだし、髪は雨でびちゃびちゃに濡れているし、ここに至るまでの悲劇を彷彿とさせ、出迎えた冬馬を絶句させたのだった。  曰く、来る途中に雨に降られ、傘を飛ばされたらしいのだが、不思議なことに撮影現場に行ってから来た北斗は置いておいても龍以外の三人は誰一人として雨に降られなかったのである。まるでピンポイントに彼を狙ったかのような天候である。  すぐにお風呂場に押し込んで龍が着られそうなサイズの衣類を用意した。下着は…どうしようもないので向かってくる北斗に買ってきてもらった。電話口で『…パンツ?』と怪訝な声をあげる北斗の反応は至極当然の事である。  と、まあ、一連の流れがあり、龍は「冬馬さんの風呂場滅茶苦茶綺麗ですね!」なんて言いながらも体を温めたのだった。  仮にそれを彼の不運体質のせいだと言うのならば、確かに以降はこれと言った不運が見受けられない。当然、不運でないに越したことはないのだが。 「試しにタバスコたっぷりのロシアンミートボールでもやってみる?」 「こら翔太! 食べ物で遊ぶなってこないだも言ったろ!」 「ロシアンミートボール……今なら……」 「木村さんもやらなくていいんで」  このままでは本当に試しかねない龍を収めつつ、冬馬は最後に余りのたねで作ったミートボールを乗せた小皿を母の写真の前に置き、その一つにつまようじを刺した。 「まあまあみなさん折角の料理が冷めますし、食べましょう」  北斗が手を合わせるのを合図に全員同じく手を合わせて「いただきます」と言う。真っ先にハンバーグを奪い取ったのは翔太で、小皿の上に出したケチャップと中濃ソースを箸で混ぜたかと思うと満足そうに下唇を舐めた。 「そう言えば、冬馬の家ではソースまでは作らないんだな」  買っておいたハンバーグソースを吟味しながら信玄が言う。同じく英雄が『デミグラスハンバーグソース』とでかでかと書かれた小瓶を振る。 「ソースまで作るのは面倒っスからね。作った方が美味いのは分かってるんすけど、市販なら時間もかかんねえし、気分によって味も変えられるし。夏場は大根おろしとポン酢でさっぱりさせる時もあったんで、俺ん家では気が向いた時以外は作んなかったな…」 「昨晩の残りのカレーでハンバーグカレーにしてくれる時もあるんだよ♪」  翔太が自分で作った巨大なハンバーグを箸で切り、それでも大きな欠片を一口に放り込む。すっかり見慣れた大きな一口は何度目かの咀嚼の後に「うーん!」という歓喜の口に変わる。 「冬馬もさっき言っていたが、もやしのおかげで食感が良いな 「ああ、面白いな。今度あまねに作ってやるか」  そんなやりとりを聞きながら冬馬も欠片を一口。  テレビで見るようなじゅわっと溶け出す肉汁こそあまり無いが、味は冬馬が遠い昔に食べた母のそれとさして変わらない、はず。下に触れる柔らかい感触は噛むごとにシャキッとしたもやしの食感に変化する。柔らかいのに噛み応えがあり、かつケチャップと中濃ソースを混ぜたそれは強く酸っぱさを残しながらもそれぞれの個性を残している。勿論ハンバーグの味を崩すことはない。  スープは……程好いタマネギの甘みとコンソメの香りが効いている。パスタなどにも合う万能な味付けで、ハンバーグも例外ではない。
 うん、今日の出来も上々。 「信玄さんのハンバーグも美味いですけど、冬馬さんのも美味いですよ! 俺おかわりもらってもいいですか!?」 「あっ木村さん俺が取ってくるんで!」 「これくらいなら自分でやりますよ! って……うわあ!」 「木村さん!?」  お茶碗を持ったまま突然龍が視界から消えた。すると、上へと消えていく座布団と黒く平たい何かが冬馬の視界に映った。  座布団は食事中の翔太の顔面に当たり、黒く平たい何かは部屋の壁にぶつかる。かと思うとごとり、がたがた、ガンッ! と固い音を立てて冬馬のベッド下に落ちてしまった。全員が龍と音の方を二度三度と見る。持っていたお茶碗は彼の頭に着地して帽子のようにそこに鎮座している。  状況から察するに、放置されていたビニール袋を踏んだ龍が転んだようだが、一瞬映ったあの円盤は一体なんだったのだろうか。混乱する頭を一旦落ち着けて「大丈夫すか…?」と龍の頭の帽子を取ってやると、彼は泣きそうな顔で「いてて……」と打ち付けた額を摩った。 「……どうやら不運じゃなくなったのは気のせいみたいだな」  英雄が残念そうに言い、信玄は持っていた箸を置いて、 「ところで、誰かの携帯を蹴飛ばしたようだが……」 「えっと、多分俺のですね」  ははは、困ったように北斗が頬を掻いた。
 龍の転倒によって冬馬のベッドの下へと消えていった北斗の携帯電話は『食事中に動かすと埃がたつから後ででも良いよ』という北斗の一言でとりあえず放置されることになった。  実際、ここ最近は表面的な掃除ばかりでベッドの下や棚の裏と言ったところには手を入れていないので賢明だ。掃除する程時間にも体力にも余裕が無かったのである。  痛がる龍におかわりを差し出してからは元通りの空気で、すっかり心霊現象の事も忘れ、FRAMEの希望で315プロダクションに来る以前のJupiterのことについて語ることになった。  冬馬達からすれば随分と昔の事のように感じられるが、思い出してみると芋づる式にあれもこれもと過去の記憶が呼び起こされた。  冬馬がドラマの撮影で女優にキスすることが出来ず、北斗の口添えで一連の流れが変更になった話。ハワイでの写真撮影に時間がかかり、最終的には翔太がカメラマンになって事が済んだという話。大運動会で北斗が沢山のエンジェルちゃんから歓声をもらった話。どれも今となっては懐かしい思い出である。 「すっかり止みましたね」  お昼前から続いた集まりも有限で、しばらく盛り上がった後は名残惜しくも帰る段になった。全員の忘れ物、特に龍の忘れ物が無いかを念入りにチェックし、北斗と二人でFRAMEを玄関まで送っていくと、ずっと騒がしかった空が知らぬ間に静かになっているのに気が付いた。  扉の向こうから夏のぬるさと雨の匂いが沁み込んだ湿った空気が襲ってきて、ほんのり紺色に染まった空を見ると、たった数時間家を出ていないだけなのに違う世界のようにも感じられる。  龍に「着てる服はいつ返してもらっても大丈夫なんで」と生乾きの服が入ったビニール袋を手渡す。残念ながらこの数時間では乾ききらなかったが、どちらにしろ帰宅後に洗濯機の中に入れられる運命だろう。 「雨が強くなる可能性まで考えていたんだが、杞憂だったようだな」 「そうだな。俺も傘は一応持ってきてたけどあの天気だと広げる方が危険だと思ってたから落ち着いて良かったよ」 「三人ともお気を付けて。また事務所で」 「ご馳走様でした! また事務所でー!」  上機嫌にスキップしながら帰る龍を二人が後ろからどことなく心配そうに見つめ、更にその後ろから冬馬、北斗の二人が微笑ましく見送る。三人がエレベーターの中に消えるとそっと重い玄関を閉じたのだった。 「さてと、とりあえず片付けの前にお前の携帯取んねえとな」 「そうだな。ベッドの下は冬馬もあまり覗かれたくないだろうし、頼んでも良いかな」  部屋へと向かう道中で北斗が口にした言葉を冬馬は頭の中で反芻する。  ベッドの下、覗かれたくない理由……と、そこまで考えたところでいつか見た���ッドの下を捜索される画を思い出して赤面した。破裂するように「なんもねえからな!」と言うと、北斗は一瞬頭に疑問符を浮かべたが、すぐに把握して大笑いする。相変わらず顔に似合わない豪快な笑いは見ていて愉快だ。しかし、笑いの種が自分だと考えると不愉快でもある。隣で震える肩を叩くと「ごめんごめん」と軽い謝罪が帰ってきた。  部屋に戻ると翔太が冬馬のベッドの上でくつろいでいた。彼はうつ伏せで上体を起こして何かを読んでいる。  冬馬達の気配を察し顔を上げた。かと思うと、にやりと不敵で不気味な小悪魔の笑みを見せる。
「みーつけちゃった♪」
「へえー! これが315プロに来る前のJupiterかー!」
 ほんの二日ぶりに顔を出した事務所はいつもよりも人の姿が多く、賑やかな印象を受ける。応接席ではHigh×Jokerの夏来、隼人、春名、そしてDRAMATIC STARSの天道、柏木が占拠してテーブルの上の黒いファイルを覗き込んでいた。冬馬がじとりとその様子を眺めていると、気付いた天道が愉快そうに手をこまねいた。  それは冬馬が北斗と一緒にFRAMEの見送りに行っている間、『北斗君の携帯電話に大事な連絡が来てたら大変だもんね』を名目に人のベッドの下を勝手に漁った翔太が発見したもので、背表紙には過去の期間を指定する日付と共に『冬馬(Jupiter)』と印刷されたラベルが張ってある。そこそこ長い年月ベッドの下で眠りについていたのかラベルの端が剥がれて埃がついてしまっているが、傷が見当たらない所から持ち主が大事にしていたことが分かる。  961プロダクションに所属していた時の掲載雑誌やCD特典ポストカードなどをまとめたスクラップ帳、父が置いていったもの。  何があってベッドの下などという埃臭い空間にそれがあったのかは謎であるが、翔太曰く他にも本やクリアファイルなどが転がっていたそうなので、置き場所に困った物達を押し込んだ時にでも一緒に滑っていってしまったのだろう。  とは言え、父がこんなものを作っていたなど初耳である。FRAMEが帰った後、翔太が姉の迎えを待つ間に三人で眺めたのだが、雑誌は勿論のことながら店頭に行かなければ貰うことのできない冊子の切り抜きまであり、よくぞここまで集めたものだと北斗が感心していた。  何故それが事務所にあるのかはお察しである。面白さを求めた翔太がプロデューサーに提出したのだ。そして、今や315プロダクションの一員であるJupiterの過去を残したそのスクラップ帳は冬馬の知らない間に事務所の仲間達の暇潰しの道具と化したのである。噂によると主にみのりから大好評らしい。 「俺もこないだ実家に戻ったらおふくろがテレビ番組全部録画してたんだよな。流石に雑誌は山になってたけど」  天道はそう言ってお茶を啜る。夏場なので冷たいものだが、事務所に客用以外で冷たいものを飲むためのグラスがない為、年中出てくるのは湯呑である。 「冬馬君のお父さんって几帳面なんですね」 「そんな印象は無いんスけどね。部屋はいつも散らかってたし、服のボタン外れかかっててもあんま気にしてなかったし」  言いながら冬馬は事務所のスケジュールボードをちらりと見る。8月頭、そろそろお盆だ。アイドルと言う職業に就いている冬馬にとっては関係のないただの8月の半ばだが、一般企業に就いている父にとっては他でもない祝日である。
 ―――そう言えば、今年は帰ってくるのだろうか。
 携帯電話を覗いてみるが連絡は来ていない。自分から連絡を取るにも今は平日の真昼間である。メッセージで良いか…いや、最近口頭で話していないし、電話の方が…  冬馬が携帯電話の明かりを付けたり消したりしていると、かちゃりと事務所の取っ手を捻る音がして、間もなく北斗の「チャオ☆」と言う挨拶が聞こえた。見ると、聞こえた通りの声の主と桜庭の姿があった。この二人が一緒に事務所にいるのも珍しいが、ここに天道と柏木がいることを考えると彼らの集合時間は間もなくなのだろう。 「冬馬、丁度良いところに。実はさっき鷹城君から連絡があってね」 「鷹城さんから?」 「なんでも、今FRAMEの人達と同じ現場にいるらしいんだけど、木村君が冬馬の料理を絶賛していたそうだよ。『幸運になれる料理だ』って」 「なんだそれ」  山村からのお茶の申し出を断って北斗はそっと冬馬の肩に手を置く。心なしかそれを見た隼人がごくりと息を呑んだ気がした。 「それが、あれから木村君の不運が緩和されたらしいよ。試しに信玄さんに作ってもらったロシアンミートボールも当たりを引かなかったとか」  不思議だよね、そう言って彼は自身の顎を撫でた。  なんとも素っ頓狂な話だ。食べたら幸運になる料理など聞いたこともない。それも、自分の料理のことを指されているのだから更に理解しがたい話である。冬馬は必要な食材と調味料を混ぜ合わせただけだ。その結果、龍の時空をも捻じ曲げかねない不運体質が改善したというのもいまいちピンとこない。  そんな訳ねえだろ! と笑い飛ばせたならまだ良かった。たまたまだと言えたなら超常現象の類に向き合う必要は無かったのに、冬馬もここ最近龍と同じように"いいこと"があったのである。  冬馬の家に滞在していた謎の音、そして突然食べ物が消える怪奇現象があの日を境にぱったりと消えた。  その代わりのように最後に冬馬が母に供えたミートボールは綺麗に平らげられ、傍にひまわりの種が三粒落ちていた。外から持ち込まれた物らしく少し砂埃で汚れていたが、冬馬はなんとなくそれを洗って母の写真の前に飾っておくことにしたのだった。  以降子供が走り回るような音が響くことは無くなった。やっと落ち着いて眠りに就くことが出来る安心感と張り詰めた緊張が急に解かれた一抹の寂しさを感じたものの、冬馬はまたいつもの日常に戻っていったのだった。 「そうだ! 冬馬! 久しぶりにお前の飯食わせろよ!」 「うおっなんすか急に」 「美味い飯食いたいのに理由はいらねえだろ、翼も冬馬の飯また食いたいって言ってたし、な?」 「はい! 合宿で食べた冬馬君のカレーとても美味しかったです!」  翼のキラキラ輝く瞳は料理を出した時に誰しもが見せるそれによく似ていて、期待に胸膨らませた彼らに、隣りにいた北斗がくすりと笑ったのが分かった。 「な!?」  天道の底なしに明るい声。背中から桜庭の大きな溜め息が聞こえた気がした。
NEXT→『夏野菜のドライカレー』 With DRAMATIC STARS
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carguytimes · 5 years
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「ジープ・ラングラー・アンリミテッド・ルビコン」がカレコ・カーシェアリングクラブに登場
■新宿サブナード(地下駐車場)ステーションに導入 輸入車や高級車など、今までのレンタカー、カーシェアリングになかった車種が年々、増えています。 FCAジャパンは、2020年2月17日から三井不動産リアルティが展開するカレコ・カーシェアリングクラブにジープの「Wrangler Unlimited Rubicon Sky-One-Touch Power Top」を「新宿サブナード(地下駐車場)ステーション」に導入しました。 「ジープ・ラングラー・アンリミテッド・ルビコン」の限定車がカレコ・カーシェアリングクラブに登場 ジープ・ブランドを代表する悪路走破性を備えた「Wrangler」は、1941年に誕生した初代ジープ「Willys(ウイリス)」の米軍用車両のデザインを受け継ぐ本格オフロード車。丸形ヘッドライト、7スロットグリル、台形ホイールアーチのフォルムなどの伝統的なデザインに、LEDライト搭載など現代的な要素も取り入れられています。 今回、FCAジャパンが「カレコ・カーシェアリングクラブ」に提供するラングラーのグレードは、世界一過酷と言われるアメリカのオフロード「ルビコントレイル」を走破できる高性能の証から命名された「Unlimited Rubicon」に電動開閉式ルーフ「スカイワンタッチパワートップ」を装備した限定車「Wrangler Unlimited Rubicon Sky-One-Touch Power Top」。 ラングラーの全4グレードの中で最もオフロードでの走破性に優れたルビコンにオープンエアドライブの爽快さをプラスした特別なモデル。専用の変速比が設定された副変速機を持つ「ロックトラックフルタイム4×4システム」が搭載されていて、悪路を低速で踏みしめるように安定して走行できます。 カレコ・カーシェアリングクラブは、利用時間に応じた課金システムや、ガソリン代、保険料をセットしたサービスの提供などにより、買い物や送り迎えなど普段使いから週末のレジャーに至るまで、気軽に使えるカーシェアを特徴としています。なお、「カレコ・カーシェアリングクラブ」に提供されている「ジープ」ブランドでは、コンパクトSUVのコンパスも名を連ねています。 「ジープ」ブランドではコンパクトSUVのコンパスも「カレコ・カーシェアリングクラブ」で借りられる なお、「Wrangler Unlimited Rubicon Sky-One-Touch Power Top」の利用料金は、6時間パック:7,600円、12時間パック:9,000円、24時間パック:11,000円、夜間パック:5,100円で、距離料金;18円/kmとなっています。 (塚田勝弘) あわせて読みたい * ジープ・ラングラーにアクティブな外観とオフロード性能を高めた限定車「アンリミテッド・ウィリス」を設定【新車】 * ラングラー・ルビコンに100台限定で「2ドア」仕様が登場【新車】 * 「SUVが大人気!」オートサロン初めて☆女子のいいもの3選 #3 ワイルド編【東京オートサロン2020】 * 「日本のJEEPには日本のJAOS」をコンセプトに掲げて登場した、JAOSラングラーアンリミテッド【東京オートサロン2020】 * ランボルギーニ ウルスを圧倒するパワー! 800馬力にチューンされた「グランドチェロキー トラックホーク」が初公開 http://dlvr.it/RQDWN8
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kaiten-heiten-blog · 7 years
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【開店】保険コンパス モレラ岐阜店
岐阜県本巣市 2018年3月1日(木)オープン
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benediktine · 3 years
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【その登山、大丈夫ですか?~身近な山にも潜む“遭難”リスク~】 - NHKニュース : https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210521/k10013039251000.html : https://archive.is/e6981 2021年5月21日 15時20分
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「新型コロナウイルスで自粛が続き、ストレスもたまっているので登山に行ってみたい」 そう考える人も多いのではないでしょうか? 去年の春から続くコロナ禍は、登山にどのような影響を与えてきたのか。調べてみるとコロナ禍ならではの傾向、そしてリスクが見えてきました。キーワードは「初心者」そして「低山」です。(映像センターカメラマン 岡部馨/政経・国際番組部ディレクター 安食昌義/横浜局カメラマン 鳥越佑馬)
■《去年春に呼びかけられた「登山自粛」 》
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「山岳スポーツは厳に自粛を」
最初の緊急事態宣言が出された去年4月、山岳に関係する4つの団体(日本山岳・スポーツクライミング協会/日本勤労者山岳連盟/日本山岳会/日本山岳ガイド協会)が共同で声明を発表しました。
移動に伴う感染拡大のおそれがあることから、大型連休をはさんだ5月下旬までの期間、登山そのものを自粛するよう呼びかけたのです。
■《2020年 一部の山で登山道や山小屋が閉鎖に 》
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自粛期間後も例年20万人以上が登る富士山では5合目より上のすべての登山道が閉鎖されました。
また南アルプスでは、一部で登山道の利用が自治体によって禁止され、さらに、北アルプスや八ヶ岳、尾瀬などのエリアでも一部の山小屋が閉鎖、「夏山診療所」も多くの施設が開設を断念したり、診療態勢を縮小したりするなど、2020年は、登山者の安全に関わる施設も大きな影響を受けました。
こうした状況のなか、登山者はどのような行動をとっていたのでしょうか。
■《ビッグデータで読み解くコロナ禍の登山 》
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NHKでは、多くの登山愛好家が活用する登山アプリ「YAMAP」のビッグデータをもとに、2020年のコロナ禍での登山者の動きを分析しました。
アプリは登山中の移動ルートや距離、標高などの位置情報を記録できるもので、現在、およそ230万人が利用しています。
運営している会社と協力して、個人情報がわからない形で登山者の行動記録を分析すると、新型コロナウイルスの感染が拡大する前と後で登山者の行動に大きな変化がみられました。
■《登山初心者の増加 》
 {{ 図版 2 : アプリ 新規登録者の登山経験 }}
まず見えてきたのは「登山初心者」の増加です。
新たにアプリの利用を始めた人の登山経験を、去年とおととしのデータで比較しました。
登山経験年数が「1年未満」の人は、おととしは36.6%と、およそ3人に1人の割合でした。 これに対して、去年は50.6%。 およそ2人に1人と、コロナ禍の去年、登山経験の少ない人が増えていました。
■《“低山”に集まる登山者》
さらに、どんな山に登山者が集まったのか分析を進めました。
 {{ 図版 3 : 標高別 登山者の割合 }} こちらは、アプリの利用者が登った山の標高別の割合です。
おととしに比べて去年は、2000メートル以上の比較的高い山に登る人の割合が減少しています。 登山の禁止や自粛が呼びかけられた影響と見られます。
一方で、1000メートル未満の比較的低い山に登る人の割合が増えていました。
 {{ 図版 4 : 登山のための移動距離 }}
また、登山するために移動した距離にも変化が出ていました。
登山アプリをダウンロードした場所と、訪れた山の場所のデータを基にその距離を比較しました。
その結果、100キロ以上離れた山に行く人の割合が減少。 一方で、50キロ以内の山に行く人の割合が増えていました。
ビッグデータの分析から、コロナ禍では、「遠くて高い山」から「近くて低い山」、いわゆる身近な山が選ばれていたことが分かってきました。
 {{ 図版 (省略) : YAMAPデータサイエンティスト 斎藤大助さん }}
============≫ YAMAP 斎藤大助さん 「低山に登る人の増加傾向がはっきり出た。やっぱりコロナに伴う社会的な状況の変化。気軽に散歩のちょっと延長ぐらいで行ける山に登る方々が顕著に増えている」 ≪============
■《“低山”で高まるリスク》
登山者が集まった“身近な山”で何が起きていたのか。
 {{ 図版 (省略) }}
神奈川県の大山(おおやま、標高1252m)を取材しました。
大山は、東京都心から最寄りの駅まで電車でおよそ1時間と都心からのアクセスもよく、中腹までケーブルカーが通じていることもあって、首都圏などから多くの登山者が訪れる人気の山です。
ビッグデータで大山の山頂に立ったアプリ利用者の数を調べたところ、おととしの7646人に対して去年は1万2923人と、1.6倍以上に増えていました。
 {{ 図版 (省略) }}
神奈川県伊勢原市に「まん延防止等重点措置」が実施される前の4月、登山者に大山を訪れた理由を聞いてみました。
============≫ 「コロナで運動不足。一度山に登ってみたいと思った」 「ショッピングモールはだめでも山ならいいかな」 「気分転換に手頃な山」 ≪============
訪れる登山者が増加する一方で、相次いで発生していたのが遭難です。
大山を管轄する神奈川県警・伊勢原警察署によりますと、去年、大山周辺で発生した山岳遭難は45件と過去10年で最も多くなっていました。
■《大山への入山時刻を分析》
なぜ遭難が増えたのか?アプリの利用者が大山を登り始めた時間を分析しました。
 {{ 図版 5 : 大山(神奈川) 入山時間 (2020年) }}
登山は早朝から山に入り、昼すぎには下山するのが一般的です。 下山が遅くなると周囲が暗くなり、危険だからです。
分析の結果、多くの人は午前中に登りはじめていましたが、データでは午後になってから入山した人が一定数いることも示していました。
ここに遭難のリスクがあったのです。
■《日没であわや遭難に 》
 {{ 図版 (省略) : 田中康志さん }}
去年9月から山登りを始めた田中康志さんです。
感染状況が比較的落ち着いていた去年11月、午後から大山に登ったところ、山の中で日が暮れてしまい遭難しかけたといいます。 自らの経験と教訓を伝えたいと取材に応じてくれました。
田中さんが山に入ったのは午後2時半すぎ。 地図のコースタイムどおりに歩けば日が暮れる午後5時前に下山できると考えていました。
ところが、急いで歩いたことでひざを痛め想定よりも時間がかかり、下山の途中で日が暮れてしまいました。
============≫ 田中康志さん 「日が落ちるとどうなるかということに関して全く何も考えていなかった。本当に身動きがとれないって事にそこで初めて気付いた」 ≪============
その時、持っていたのは、雨具と軍手だけ。 ヘッドライトも食料もなく、水もほぼ飲みきっていました。
暗闇の中、スマートフォンのライトで足元を照らしながら歩き続けること2時間余り。 自力で下山した時には午後7時を過ぎていました。
 {{ 図版 (省略) }}
============≫ 田中康志さん 「低山の1200mだったら軽いだろう、もうそれがあった。2時半に登ろうと思った時に、そこでもう一回考えなきゃいけなかった」 ≪============
■《コロナ自粛の運動不足が思わぬ事態に》
大山をよく知る登山者でも、遭難につながりかねないケースがありました。
 {{ 図版 (省略) }}
毎月のように登山をしていた男性です。 地元の大山にも繰り返し登っていましたが、感染の拡大後は登山を控えていたといいます。
再び大山に登ったのは去年11月。10か月のブランクがありました。
久しぶりの大山で、下山中に足がつって動けなくなってしまいました。
休憩をとりながら、痛む足を引きずってなんとか下山できましたが、コロナ禍で衰えていた自分の体力を見誤ったと考えています。
============≫ 男性 「思ったよりも体力が落ちていました。だめそうだなと思ったら途中でも帰るなど気をつけようと思います」 ≪============
こうした大山での遭難増加について、警察は、コロナ禍で経験の浅い登山者が増えたことに加えて、「身近な山」という登山者の気の緩みがあるのではないかと見ています。
 {{ 図版 (省略) : 伊勢原警察署山岳遭難救助隊 北条保徳さん }}
============≫ 伊勢原警察署 北条保徳さん 「ハイキングの延長で山に登ろうという人も非常に多くなっていまして安易に登山をされる方が増えてきています。正直なところ(準備が)足りていない」 ≪============
■《どうなる ことしの登山は》
「遠くて高い山」から「近くて低い山」、いわゆる身近な山が選ばれていた去年の登山。 ことしはどうなっていくのでしょうか。
去年の春、一時的な登山の自粛を呼びかけた各山岳団体は、ことしは、登山という行為そのものを自粛する必要はないとしながらも「登山活動は地域の状況に応じて行い、医療体制がひっ迫するなか、山岳遭難事故で負担をかけることを極力避けるためにも、技術・体力などに余裕を持った計画を」と呼びかけています。
 {{ 図版 (省略) }}
一方で各地で感染の拡大が続き、緊急事態宣言が発出されている都道府県では、▽都道府県をまたぐ移動は極力自粛、▽日中についても不要不急の移動は自粛するよう呼びかけられているほか、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置に該当しない地域でも、▽感染が拡大している地域への不要不急の移動は極力控えるよう要請が出されています。
専門家は、低い山でも、遭難や体調を崩すリスクがあることを自覚することが必要で、さらにコロナ禍の今は、感染に対するリスクも加わっていることを理解したうえで行動すべきと指摘しています。
 {{ 図版 (省略) : 日本山岳ガイド協会 ファーストエイド委員長 伊藤岳医師 }}
============≫ 日本山岳ガイド協会 伊藤岳さん 「いきなり高い山にチャレンジするよりは、標高が低い“身近な山”でハイキングや散策から入ることは決して悪いことではないと思います。しかし、低くて身近な山にもリスクがあることを十分に認識することが重要です。さらに登山には必ず行き帰りの『移動』が伴い、コロナ禍にあるいまは、感染のリスクも加わるということも考えなければいけない。もう一度、登山する中での行動の一つ一つ、行き帰りのことまでも考えて慎重に行動していただきたい」 ≪============
■《まとめ》
これから夏山登山のシーズンを迎えますが感染の拡大は続いています。 まず優先すべきはコロナ対策であり、自治体などの要請に基づいて行動することが大切です。
そして、身近な低い山にもさまざまなリスクがあります。
登山者一人ひとりにより一層、慎重な備えと判断が求められる夏になると思います。
 {{ 図版 6 : 付録:低山でも必ず持っていくべき装備      ○雨具 (体の濡れは低体温症にも)      ○防寒着 (非常時も一晩過ごせる服装を)      ○ヘッドライト (日没後の山は真っ暗闇)      ○1リットル以上の水・飲料 (熱中症予防。けがの治療にも)      ○非常食 (食べやすいお菓子類など)      ○地図・コンパス (現在地の把握)      ○ホイッスル (緊急時に現在地を知らせる)      ○携帯電話/スマートフォン (救助要請手段、地図としても)      ○モバイルバッテリー (スマホやライトの充電にも)    監修:日本山岳ガイド協会   }}
●映像センター カメラマン 岡部馨 平成19年入局 大学では山岳部に所属 室蘭局、長野局などで山の取材に取り組む 現在はコロナ禍の山を継続的に取材
●政経・国際番組部ディレクター 安食昌義 平成25年入局 高校から登山を開始 札幌局、旭川局を経て現在ニュースウオッチ9を担当 北海道ではハイカーと共に3週間山を歩き続けて取材した経験も
●横浜局カメラマン 鳥越佑馬 平成23年入局 和歌山局、大阪局を経て現職 スポーツや山の話題を幅広く取材 最近3歳になった息子と早く山登りをしたい
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kuroda-kanbee · 7 years
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プレジャーボートは短期間で費用計上できます
5.プレジャーボートは短期間で費用計上できます。→ 4年償却 プレジャーボートの法定耐用年数(減価償却期間)は 4年間ですので、短期間で損金として計上できます。
【固定資産の償却率】 1年事業年度の場合
約3,000万円の新艇をご購入の場合
耐用年数 償却率 4年 定額法(年率) 定率法(年率) 0.25 0.625
耐用年数 1年目 2年目 3年目 4年目 定額法 償却額 7,500,000 7,500,000 7,500,000 7,499,999 償却残 22,500,000 15,000,000 7,500,000 1 定率法 償却額 18,750,000 7,031,250 2,636,719 1,582,030 償却残 11,250,000 4,218,750 1,582,031 1
6.維持費用は福利厚生費として計上できます。
・マリーナ保管料 ・揚降料 ・ガソリン代 ・定期点検 ・メンテナンス料
◆但し、メリットを受けるための諸条件として以下の利用条件が挙げられます。
ぜひ、ご利用の機会を多く持ち(最低年に1~2回)、様々なボートの効果にご期待ください。
1. 社員の福利厚生として利用  (社員旅行・親睦会・社員の厚生施設) 2. 研修に使用 3. 社内クラブとしての活用 (釣りクラブ等) 4. 社員のプライベートでの貸出
7.法人での運用のポイント
※以下の点にご留意いただくと、よりスムーズな法人運用が可能となっています。
●利用規約の設定 ●社員への乗船体験の実施 ●乗船資格(ボート免許)取得機会の設定 ●クラブ員の公募(クラブ形式の場合) ●運航記録の保存 ●料金の徴収
新艇の場合手付3割 マリーナ年間27万円電気と水はOK 艇置料233k/y,420k/2y +36k初回のみ保証料 2年だと1割引 ガソリン代は市内の+20円 350L入るので満タンで7000円違う 宿泊費は船か車で寝ればかからない 上下架5000円くらい 保険代もかかる
候補YFR-FSR 27 garmin gpsmap7410XSV 日本語表示だった PS60 through hull GT51M-TH through hull NEWPEC トランサムラダー ウィンチ200W アンカー止クリート 2段アンカーローラー レーダーリフレクター レーダーGMR18xHD-J スターンレール オーニング 電動リール電源 スパンカー 船底塗装 清水タンク一式 陸電充電器+ケーブル 安全備品は救命胴衣x10は弊社在庫があり不要 それ以外の安全備品の手配
自分で買う、コンパス(親父の使ってもいいかも)、防水モニターもしくはタブレット それらの固定器具、電動リール、防水携帯ケース(もしくはあの水色のバッグでもいいかも)、 ロッドホルダー縦と横、自在も、室内外各種ライト類、結び方まとめ、ボート、釣具の
※各種ライト類はあとから取り付けをお願いするかも 配線は標準で取付部位まで来ているのでしょうか?→配管のパイプが来ているとのこと
GARMIN GPSMAP 7410xsv GPS魚探 振動子はよく分かりませんのでおすすめがあれば・・・。 GARMIN バードビューレーダーGMR18XHD このレーダーは4KW出力ですので、レーダー操作免許不要です ただし、無線局免許申請は必要です。 無線局免許を取得するレーダーには技適マークが筐体に記載される必要があります http://bottomhaus.com/shopdetail/000000001489/ ■無線局申請先・お問い合わせ先 無線局(船舶局)申請方法や申請料等について、総務省の「電波利用ホームページ」をご参照ください。 http://www.tele.soumu.go.jp/index.htm ※申請料等が変わる場合がありますので各申請書提出先へご確認ください。
CHIRP振動子はHD-IDと比べて出力低いのでインハルはお勧めしないと代理店で言われたわ 特にサイドビュータイプの振動子だとあかんって言ってたぞ 泡噛み覚悟でトランサム取付してみたけど、普通に映ってる@SRX
小型のプレジャーボートにおいては、実際に搭載している人員と同数の救命胴衣以外のものは一時的に陸上に保管することが認められています
※参考 第二昇龍  6.8x2.5x1.1m
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outofdate-s · 7 years
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日記まとめ。
5/終わり頃 現職を6/末で辞めれるか相談する。その後、8回ほど話し合いという名の言いくるめを経て6/末で辞めれる算段がつく。 6/9 話し合いから裏切り発生。信頼はしても信用はすべきではない。私が愚かであった。 しきさんから勧められた「ちょっと今から仕事辞めてくる」を観に行く。詳細は差響9にて。 6/12 現職を辞めるので、現在自由にできる金額を試算。 ここら辺からラビットs301と普通二輪免許の情報を集め出す。加えて、亜熱帯にてハロワ情報を見出す。 6/中 実際の日付不明。差響9参考。ラビットの種類を調べている。 落札したいラビットs301の商品説明などを差響9に書き留めている。yahooのアカウントを再度作り直す。6/15から入札が開始される。ということは、この書留は6/15以降に書かれたものであることがわかる。多分、12〜14の間(6/12から入札が開始され、実際に入札したのは6/15からである為)。 6/18 現在自由にできる金額を再度試算して、その中でラビットs301に使える金額に分ける。 落札詳細は、差響(ry。 自動車学校を調べ始める。なるべく近くて価格が安いところを探したが、どちらもとることはできないので価格を優先し、中部日本自動車学校へ入校することにする。親戚の伯父は一発試験でやった方が金もかからないとは言っていたが、自分で一発試験のことを調べていく内に自分では無理だと感じ、学校を選択する。 陸送する為に会社を探す。見積もりの結果…BASコールセンターその他<ノードカンパニーという結果が出た。金額差は圧倒的であった。 6/19辺り 落札後、出品者とヤフオク内の取引ナビにてメッセージのやり取り。詳細はipad pro内カメラロール。 6/20 出品者の口座へ直接振り込む。取引ナビにてメッセージのやり取り。 6/25 出品者より発送の連絡が取引ナビから有。書類は手渡しするとのこと。 6/26 念の為、朝に住民票をとってくる。¥400。 免許代を封筒に入れて用意する。クリーニングの代金を試算する。 ヴァンサンヌドゥにて¥3000。チキンサンドうめぇ。籤は買わなかった。 6/28 籤¥2000、エチ¥※※※。 コッペリオン面白い。ただし速読には向かない。並行してアクマゲーム読み始める。こちらは速読できる。 ラビットs301に必要なモノを工具・カバー・メット・グローブ・ロック・オイル交換時などの分類に分けて記載。差響(ry。 6/29 最後の出勤。料理長に申し訳ないことを再度伝え、握手。力強い。ケーキがあった。 最後の出勤ということで社長らと食事。あまりお金は使いたくないが…。詳細は伏せる。 6/30・7/1 展示会はサボる。遠いし。その代わり、就職するにあたっての注意点を差響に記す。 7/2 自分から出品者へ納車が7/4になることを伝える。その他、わからない点をラビットハウスの掲示板と並行して聞く。 ※6/20〜7/3辺りまでなんやかんやラビットs301の情報を探したり、自賠責保険の見積もりをかけている。二輪免許の分類や高速に乗れるか、カバーの有無、盗難に際して保険の加入もしくは鍵の購入など列挙するとキリが無い。詳細は差響(ry。 7/3 金額を再度試算。6/支払の残りの資金と足して計算する(封筒自体は分けている)。 この日に下道でどれくらいの距離がかかるか調べ・ラビットスクーターの集い動画をたくさん見るようになる。 他、差響(ry。 ガレージの場所と価格を調べる。整備してくれそうなところも調べる。 7/4 台風がくる。ラビットの納車は予定より早めに来た。飲料を運送費以外に渡す¥886の1/3。 水で拭いて軽く掃除して駐輪場に置く。置いて2分後くらいに大雨。危ない。助かった。 クリーニングした服と保険証、セキュリティカードを返しに行く。向かう途中でロッカーの鍵を忘れてしまったことに気づき、今日の技能をキャンセルして7/10に予約し直す。 帰りに東急ハンズにて生地を買う。 夜、生地を見て思い出したように……『流星』の栞案と別案で①『絶炎』の模様と ②ミント・フルグラルの布絵 ③『久遠』の模様 ④オルセアンのケープワッペンの模様を描く。 コンパスをなくしていることに気づく。探さないとワッペンは作れない。『聖賢』に二重カンをつけて鍵のチャームとして扱う。 7/5 昨晩思い出した『流星』の栞案を縫う。赤い糸だけ買い忘れたことに気づき、外側だけ縫い終えて買いに出る。 セリア¥324、エチ¥※※※、瑞海¥※※※。エチ後、シネマの予定表を見て見ようか見まいか迷いながら市場近くの寿司屋にて海鮮丼。うに茶碗蒸しが気になったがLO間に合わない。ひらめと車海老を一貫ずつ。ひらめ、オススメの食べ方で塩レモンで食べる。塩は岩塩をおろし金で削っていた。美味しくてついもう一貫。計¥4298。 ラビットs301の整備だが、近所のところに行ってできるか聞いてみたところ…「部品がない(ので用意してくれると助かるようなニュアンス)」「まずはガソリンを入れてみる」とのことだったので、免許を取得するのが最優先だ。 とまぁ、そんなところ。
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shinkyu-shinkudo · 8 years
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はり・きゅうの保険利用。
おはようございます、森空堂@大塚です。
少し前に新聞で、はり・きゅうの保険について変化がある、ということが掲載されていました。
これまでは一部を除き、鍼灸で健康保険を利用する場合、「償還払い」という方法がとられて来ました。 これは窓口で全額を支払い、あとで保険者から負担分以外のお金を戻してもらう、というもの。 それが今後は、病院と同じように窓口で負担分のお金を払うだけ、という方式に変わる、という内容です。 これによって鍼灸を受けたい、と考える方が実際に受療する際にハードルが少し下がりそうです。 良い方向へ影響してくれるといいのですが…。
さて、今日は午後は1枠のみ17:30〜の空きがあります。 都合がつく方はご連絡くださいね〜。
今日も皆さんに良い一日を!
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