THE BLACK BEATLE 1
クズはクズだ。
なんのクズか違うだけで。
こいつは頭の良いクズ。
俺は頭の悪いクズ。
どちらも愛を知らないクソで、どちらも、相手に干渉しない、相手に興味のないクソ。
ズッキーニを切りながら、
「クソ…」
一言、漏らす。
「きたねぇ言葉、吐くんじゃねぇよ」
今年のズッキーニは皮が固い。
プラスティックのカッティングボードの上でズッキーニが躍る。横でアイツは、果物ナイフで器用にパプリカを小さく切って、黄色いパプリカと赤いパプリカが混ざっていく。指輪とタトゥーが毒々しい手先とは裏腹に、とても手先が器用なのだ。
俺は手先も生き方も何もかもが色々と不器用だ。
大きめのフライパンを彼は取り出して、
「先に炒めるから、それ切ったら、ここに入れろ」
オイルをパンに注ぎ、そこにアイツはブラックペッパーを振り撒くと、熱されたオイルの上でペッパーが躍った。
「イテッ…」
上半身裸の俺の横腹に、熱い油がはねる。
「シャツ着てこいよ。猿かよ、おまえは…」
肯定も否定もせず、
「シャツどこで脱いだっけ…」
俺はもそもそと、リビングに行き、ソファに脱ぎっぱなしにしていたシャツを着てキッチンに戻った。
キッチンに戻ると、彼は俺が途中にしていたズッキーニを、また器用に、指先のナイフだけでカッティングボードを使わずに切りながら、次々とパンに落としていく。俺は木べらを戸棚から取り出して、先に油の中にいる赤と黄色のパプリカと緑のズッキーニを混ぜていく。
ペッパーは油の中で爆ぜながら、彼はズッキーニの次に、酢漬けのハバネロを輪切りにしてパンに落とし、先に用意しといた沸騰した湯の中にパスタを入れた。
「味付けは、オレはするから、てめぇはすんなよ」
俺の舌は基本、信用されていない。
「うるせぇな。勝手にしろよ」
俺はなんでもかんでも美味いって食うからだ。だからって、そう言われると純粋にムカツクものだ。料理を手伝う気を失って、俺は試合を途中で放棄した。
俺は足先を後ろに向けて、キッチンを出て、テレビを点けた。
さほど面白くない。
言葉は分かるが何が面白いか分からない画像の連続。
無表情に視覚を刺激していたら、パスタが茹で上がる、小麦独特の匂い。
嗅覚は強制的に刺激される。
「オラ…」
無造作に、ドンと皿が俺の前に置かれて、
「………フォーク」
フォークが無いから、
「テメェで取ってこい、それくらいやれよ」
俺はキッチンに戻ってフォークを取りに行く。
俺がリビングに戻ってきたら、彼は先に食べ始めていて、テレビを消していた。
「………………」
パスタを食べる音だけが部屋に響く。
音が欲しいから、俺はテレビのリモコンを手にする。テレビを点けて、何の考えもなしに、チャンネルを変えていく。
「テレビ、うるせぇよ」
コイツはいつだって、色んな事に神経質なのだ。
「うるせぇ、チャリ毛。お前が飯、食う音だけ聞いてられっか���」
そしたら、
「…………………ッチ」
コイツは、見るからに分かるイラつきを俺に見せる。
ズッキーニをフォークに何本も突き刺して、突き刺し始める。
ぎょっとした俺に、
「テレビ、消せよ、うるせぇよ」
言って、彼はそれを全部、食べた。
「オレは今日、ずっと、クソ相手ばっかして疲れてんだよ!」
彼は、ズッキーニを追加で突き刺しながら、
「クソ、クソばっかだ。世の中は!」
ぶつりぶつりとズッキーニが突き刺される音が聞こえるくらい。
「今日、来た客は、売春宿の女達だ。高級売春婦だから、性病にかかってると、客からクレーム入るから、性病になってないか調べろって言われて、診たんだ」
そいつは、捲し立てながら、
「全員、ナマでヤってんだ。性病になってないはずねぇんだよ。全員、大なり小なり、性病持ちだ!」
赤いパプリカがフォークからこぼれて、
「全員、性病だって言ったら、オーナーは何て言ったと思う?」
地面に落ちた。
「エイズと梅毒と淋病は病気で、それ以外は病気じゃないって俺に言ったんだ。死なない病気なら、
いいって」
俺は、
「お前が今日、疲れてんのは分かったけど、怒鳴んなよ!」
ズッキーニを一つ、口の中に運んだ。
「オレに言ったってしょうがねぇだろ!」
彼は普段、口数少ない方だ。
「カンジダだって性病だ。セックスしなけりゃうつんねぇんだよ!ヤるなら、きちんとコンドームしねぇとうつるんだよ! セックスしてうつる病気が性病だろうが! なんのための医者だ!」
今日は大変、雄弁だ。恐ろしいほど、雄弁だ。
「性病のことなんか俺は知らねぇけど、まあ、お前は医者だ」
そして、言ってることは正しい。彼の話はテレビより為になる。そしてなにより、テレビより煩い。
「妊娠してる、10代の女だっていたんだ!そんなクソばっか見てきたんだ!」
俺はそれを無言で聞きながら、テレビを消した。彼は無駄にフォークで具を突き刺しながら、音を立てて食べながら、捲し立てる。
「妊娠してるって言ったら、堕胎しろって言われたんだ。性病にもかかってるって言ったら、じゃあ、堕胎の必要はないって言うんだ」
俺は、パスタを一気に胃に流し込んだ。
「なんでだと思う?」
彼は苦々しげに、
「処分するそうだ。俺に支払う堕胎の手術費が勿体ないとよ」
と、言った。
今、飲み込んだパスタが逆流しそうな話をしながら、食べる夕食。
俺らも大概、クズだが、
俺らより、
よりクズの話を聞かされている。
「クソだ。クソばっかだ」
そう言いながら、会話の汚い内容の割に意外と平気に彼はパスタを食べていくから、
そこは、
やっぱ、
医者だなと思った。
ローが怒鳴ってばかりいるから、彼の猫のティーが心配してリビングにやってきた。彼女は高い声で、『ニャー』と、鳴いて主人の気を引いた。
「ティー、ごめんな」
タトゥーだらけの手でティーを抱き上げて、
「騒がしかったな」
彼女にキスをした。ティーはローが、子猫だった”キティ”と、紅茶の”ティー”から名前をつけた。ミルクティーのような色をした雑種の猫。ストリートで1人で寂しそうに鳴いていたから、連れて帰って来た。
ティーはローの腕の中にすっぽりと納まって、喉を鳴らしている。
「キティ。オマエはオレのもんだ」
ローはとびっきりの笑顔で笑って、
俺は猫じゃないのに、それを見て少し、うらやましく感じるのだ。
ローは血統書の付いている猫より、たぶん、何も持たない雑種の方が好きだ。
ティーは雑種で、俺もきっと同じ。
だから、一緒にこの部屋に3人でいるのはなんとなく理由が分かるのだが、俺は、ローが彼女に鼻を寄せて、キスをするのを見ると、何故か少し、うらやましく思ってしまうのだ。
パスタを食べ終えて、ローはキッチンに戻り、酒の瓶を持ってきた。
ショットグラスを2つ持ってきて、テーブルに置く。すると、ティーはひょいっとテーブルに飛び乗って、ショットグラスのグラスの縁を鼻で触った。そんなティーの頭を、彼は撫でて、ティーは彼の手の平に耳を2つすっぽりと隠れるくらい、頭を押し付けて、その間に、彼はショットグラスにジンを注いだ。ジンの蓋を閉めると、ティーはジンの入ったグラスに顔を寄せて、小さなグラスの中に頭を突っ込もうとする。ティーは鼻が弱い。子猫の時に、栄養が足りなかったから、鼻がうまく効いてない。だから、酒の強い匂いに惹かれるんだと思う。
「ホラ」
ローはそんなティーの腕の下に手を入れて、彼女を酒から引き離し、
「オラ」
俺にグラスを渡してくれる。
「サンキュ」
俺は、ジンを一口で飲んで、ああ、そうこの喉を焼く感じがいいのだ。
「どうだ?」
聞くから、
「うまいな。なんて酒だこれ?」
俺は質問に質問で返してしまう。
「ビフィーターズだ」
その度に、俺ってあまり頭が良くないと思う。
「ライム入れようぜ」
だから、頭の良い彼に惹かれるんだと思う。
キッチンへ向かう彼の背中を見て、猫は彼の後を追って一緒にキッチンに向かった。
そんな彼女を見て、
俺は、
どうせなら、
猫に生まれたかった、
と、思うのだ。
ローはライムとナイフを持って、キッチンから戻ってきて、
「オマエもいるだろ?」
ライムを皿に絞って、種ごと、頷く俺のグラスに入れる。そんな彼の指先には、人差し指の先と中指の先に、大きく窪みとタコがある。
だいぶ前、
『その指のタコはなんであるんだ?』
と、聞いたことがある。
『外科手術の時、糸を結ぶ時にできる跡だ』
と、彼は言った。
『手術の時に、何回、糸を結ぶと思う?1針ごとに、糸を結んでいくんだ。しょうがない』
俺はその時、刑務所の中にいて、彼も刑務所の中に居た。2段ベッドの同居人で、俺が下のベッドで上が彼のベッドだった。
『なんで、医者がムショにいるんだ?』
俺がそう聞くと、彼は口角を上げて、
『医者じゃねぇよ。ヤブだ』
笑った。
ますます、それに俺は興味を持ってしまって、
『どうゆうことだ?』
そこから俺達は自分の経緯を話し合った。
彼は、医者の資格が無いのに、ちょっと手先が器用だったから、民間の保険の無い患者を格安で手術しては小銭を儲けていた。月々の保険料が払えない人間はたくさんいる。生活保護がもらえるわけではないくらいの収入があるが、保険の支払いまでは手が回らない、そんなボーダーラインの人に手術をしていた。
『木綿の糸で外科手術の縫合をしたことがある 』
そうも言った。
ある時、15歳の少女が妊娠して、ローの元にやって来た。彼は、彼女に堕胎の手術をしたが、彼女のボーイフレンドが堕胎手術の1週間後に考えを変えて、子供を産んで育てると言い出して、堕胎手術が両方の親にバレた。それで、金の無いティーンエージャーがどうやって子供を堕胎をしたかが問題になり、ローのしたことが発覚し、問題になった。
そして、彼は刑務所に居た。
ベッドの上と下で会話を取り交わす。
『保険の無い人間でも、この国でも手術が受けれる場合があるんだ。どんな人間だと思う?』
彼はベッドの上から俺の顔を覗き込んでそう聞いた。
『俺も保険、入ってないけど、手術受けれるのか?』
俺はベッドの下から彼の顔を見上げた。
『さあ、それは場合による』
彼は首を傾げた。
『交通事故とかで、頭を強く打ってるとかで、脳外科の手術が必要な時に、脳外科手術は高くつくだろ』
俺は見上げて、するとベッドの端から顔を覗かせた彼と目が合った。
『そんな時に、身内が費用を支払う金が無い場合、その患者が死んだときに、遺体を実験用の検体として売却することを許可すれば、手術は受けれる。実験用の死体は貴重だ』
その時、初めて、彼と真正面から向き合ったのだが、彼は、整った顔をしているな、と素直に思った。彼は話を続けながら、
『本人は事故でとっくに意志が無いから、身内の同意を待ってる間に、ほぼほぼ、患者は死にかけてるがな』
出所後、彼は、闇医者時代に貯めた金で大学に行って、資格を取って、今は医者をしている。しかし、前科のある医者だ。前科の医者に集まる患者も前科があったり無かったりで似たり寄ったりだ。
底に一度、落ちるとなかなか、そこから抜け出せない。
『資格を持ってなかった時に、していた手術の方がまともな患者が多かった』
彼はそうも言った。
闇医者の時は、金の無いが真っ当に働く人間を相手にしていたのだが、今の彼の顧客は金のあるクズだ。
出所前、そんな彼に、
『アンタのやったことは正しい。今も昔もだ』
俺はそう言った。すると、彼は、
『ムショでそれを言うか?』
と、言うから俺は答えることを止めた。
落ちるとこまで落ちてしまった俺ら。
3杯目のショットグラスを飲み干したら、心臓がドクドクしてくる。
「キくな、これ」
俺は自分のシャツの首元を掴み、
「心臓がここにあんのが分かる」
と、言うと、彼はショットグラスを煽り、もう片方の手で、
「ほんとうか?」
と、俺の左側に手の平をピタリと当てた。
俺と彼の距離は、彼の腕の長さ分しかない。
脈打つ心臓に、
彼の手の平の温かさが直に伝わり、
心臓がもっと速くなる。
「脈が」
彼はショットグラスをテーブルに置き、
「速いな」
右手の2本の指で、俺の顎下にピタリと指を寄せて、左側の手の平はそのままで、俺の心拍と脈を比べる。
「あまり、今日は飲まないでおくか?」
彼は、自分のグラスにだけジンを注ぐから、
「いや」
俺は、彼のグラスを手に取り、
「今日は酔いたい」
飲み干した。
それを見た彼は、笑って、俺のグラスにジンを注いで、
「俺もだ」
俺のグラスを飲み干した。俺は彼のグラスを彼の側のテーブルに置いて、
「なら、飲もうぜ」
そのグラスに彼はジンを注いでくれる。俺は手を伸ばして、
「お前も丸くなったな」
彼は俺の腕を見て、そう言った。
「そうだな。もうドラッグはヤってない」
俺はグラスを摘まんで、腕の真ん中に残る静脈注射の跡を見た。だいぶ、薄くなった。
「だから、アルコールくらい飲みたい」
彼は、
「合法に頼るか?」
言うから、
「そういうわけじゃねぇよ」
俺は、否定して、
「違法ドラッグも合法ドラッグもどちらも俺のことなんか考えてくれちゃいねぇ」
彼の方を見た。
彼は、
���その通りだ。テメェはテメェで管理しないといけない」
言って、
「あちぃ………」
シャツを脱いだ。
シャツを脱ぐ、彼の腹の筋肉を見て、
「ローって、今、女いんのか」
と、なんとなく聞いてみる。
言ったら言ったで、俺の心臓は走り出しそうだ。急に恥ずかしくなる。
思わず、俯いて、でも、返事が聞きたくて。
同性でも、彼は恰好良いと思う。男前だとも思う。
「ティーが恋人だ」
その答えに茶化された気がしたので、それ以上、俺は聞かないことにした。
すると、
「オマエはいるのか?」
と、彼が聞くから、
もっと心臓がドクンと、ひとなり、高鳴った。
「ゲッゲホッ」
ジンが思わず、気道に入って、酒を吹き出す。
「ガホガホ………あっちぃ」
咳き込みながら、喉奥が燃えるように熱い。肺が焼けたかと思った。
俺が胸元を押さえて立ち上がると、彼は大笑いしたから、
この質問の答えを彼に返さなくて済んだ。
俺は色気のある話はとことん苦手なのだ。
でも、彼は、言わないが、たぶん、女が好きで、女がいると思う。言わないが、俺は彼がどこで、処理してるか見たことがない。彼がAVを見るところも見たことがないし、オナニーをしているところを見たこともない。だからといって、ゲイでもなさそうだ。
つまり、
俺は彼のことを何も知らなくて、
何も分からないのだ。
俺が胸元をかきむしって苦しんでいると、彼の恋人がニャーッと俺を見て鳴いた。
その言葉の意味が分からず、彼女を見下ろすと、彼女はいつもの挑戦的な瞳で俺を見詰めるのだ。
そしてその度に俺は、彼女をうらやましいと思うのだ。
「ああ、そうだ、ロロノア、これ、口座に入ってた金だ」
ローはソファの下から袋を取り出した。中には現金。
「急に振り込まれてたぞ」
俺は刑務所から出ても保護観察が付いていて、自分の銀行口座を持つ手続きが面倒くさいので、彼の口座を借りているのだ。
俺は、現金の枚数を数えて、
「iPhoneが買える!」
と、言った。
「何したんだ?」
ローは酒を飲むのを止めて、
「YouTubeだ。YouTubeに動画を投稿したから、広告料が入ったんだ」
ソファに横になって俺に聞いた。
「なんだ、お前がまた悪いことしたかと思った」
彼は口角を上げてそう言った。なんだか全く以て信用されていない。
「なんの動画あげてんだ?」
グラスを置いて、彼は聞くから、
「パルクールだよ。道具も何も無しで、出来るから元手がいらねぇ」
俺は、立ち上がって、
「見るか?」
と、聞いた。
「酔ってるんだ、やめとけよ」
と、言う彼に、俺は壁に右足を着けて、壁に頭を密着させて、体幹で宙返りする。人間は臍の位置に重心があるから、その重心を崩さずに体重移動をすれば、後はバランスだ。
一瞬、壁に背中を着けて、止まると、
世界が一瞬、止まる。
俺は大好きなんだ、この感覚が。
右足を左足に変えて、また、壁越しに宙返りすると、俺を見る彼が視界に入って、でも、俺はそんな彼を見詰め返すことなく、現実に戻るために、
やっぱり、地上に降りた。
腹が純粋に減ったので、金をポケットに捻じ込んで、近所のケバブを買ってきて、戻ってきたら、ローは仕事中だった。
「オイ、飯、どうする?」
俺も彼も朝から何も食べていないはずだ。部屋の奥から、
「手術中だ。食わせてくれよ」
と、返事が返って来たから、俺は彼の声がする部屋へ入ると、
「っげ」
思わず、変な声が出た。
部屋中、血だらけ。
「今、縫合中だ」
ローは黙々と縫い合わせている。
黒い髪に、黒のパーカーを着て、眼鏡を掛けて、患部に視線を合わせている。
前屈みになって背中を丸めて、手術を施す彼の姿はまるで黒いカブトムシのようだ。
「あとどのくらいだ?」
聞くと、
「もうすこし」
と、目線はそのままで返事された。
「ケバブどうする?」
「食わせてくれ。脳がもう糖分が欲しくて欲しくて悲鳴あげてる」
と、彼は口を開ける。額には汗粒が何粒かある。局部を照らすライトが熱いのだ。
「悪いな。朝から。叩き起こしちまった」
眠っていると思った患者が目を開けて喋ったので驚いてしまった。俺は、目をかっ開いて、
「オッサン、あんた、喋れんのかよ?」
と、叫びながら、ローの口にフライドポテトを突っ込んでいく。
「局部麻酔かけてもらってるからな」
患者が笑うと、金歯が覗いて、俺は昔から、金歯が苦手だ。
ローは無言で、ポテトをガツガツと食べながら、口元は無骨に、手先は繊細に、そんな細い糸、よく縫えるなと、思いながら、
「肉も食わせろ」
と、言うから、俺は手掴みで、一口分ずつ、彼の口元にケバブを運ぶ。ケバブの肉は合成肉。彼は獣のようにそれを食べながら、作業は止めない。彼の手先のゴム手袋は血まみれで、それを見て、俺は一気に食欲を無くす。彼は、すぐにケバブをたいらげて、
「アルコール、消毒用、取ってくれ。それで、俺の口を拭いてくれ」
と、言うから、まずは、ケバブの油でドロドロになった、自分の指を拭って、彼の唇の周りに付いた油を拭いた。
「ありがとな」
彼の薄い唇は、アルコールで拭くと一瞬、真っ赤になって、すぐに奥歯を噛み締めた。
玄関のチャイムが鳴ったので、
「出てくれ」
と、言われた、自分が飯を食べる暇も無く、まあ、食欲も一気に無くなってしまったのだが、俺は玄関に向かう。
「だれだ?」
と、ドア越しに尋ねると、
「予約してる、11時にヒアルロン酸」
と、女の声。
ローの客だ。今日は朝から満員御礼だ。鍵を開けると、派手な女が立っていた。
「急な患者が来てる。リビングで待っててもらっていいか?」
香水の香りを振り撒きながら、高いヒールの彼女は、リビングへ真っすぐ向かって、常連客だ。
「奥の部屋はまだ覗くなよ?まだ、手術中だ」
彼女は、頷いて、リビングでソファに座っていた、ティーを抱き上げて、ソファに座った。キレイな顔をしているのに、どうして、これ以上、ヒアルロン酸の注射を打つのか理解できないが、人には色々と事情があるのだろう。
「何か飲むか?」
深入りも詮索もしたくない。
「何があるの?」
長いマニキュアの指で、ティーを撫でながら、
「コーヒーか紅茶か水か酒か。施術前だからアルコールはやめといたほうがいいよな…」
「紅茶ちょうだい」
「了解」
俺はキッチンでお湯を沸かして、カップにティーバッグを放り込んで、
「ミルク入れるか?」
と、リビングに顔だけ出すと、オッサンの手術が終わったようで、オッサンが廊下をふらついて歩いていた。ああ、これはドアが開けられないなと、俺は玄関に走って行った。
「あんた、このまま帰るのか?どうやって帰る?」
と、聞くと、
「歩いて帰る」
と、言う。
「少し、休んでいくか?」
と、聞くと、
「迷惑だろうからいい」
と、また金歯を見せた。
引き留める気は失せた。
傷口にスーパーのビニール袋を被せられたオッサンを玄関からリリースして、キッチンに戻り、紅茶にミルクを入れて、女に出すと、ローがキッチンに入ってきて、ゴミ箱に血だらけのゴム手袋を捨てた。
「11時だよな、ちょっと待ってくれ。部屋が血だらけだ」
顔は何度か見たことあるのに、名前が覚えられないな、と、ぼんやりと頭の隅で考えながら、ローは下の戸棚から業務用のアルコールが入ったポリタンクを持って、隣の部屋へ戻りながら、
「今日もいつもの、ヒアルロンでいいか?」
と、彼女に聞いた。
彼女は、
「…………………」
少し、考えて、
「今月、あまり稼げなかったら、安いのない?」
と、聞いた。
ローは、理由を聞くわけでもなく、立ち止まり、
「安いヒアルロン酸もあるが、質はあまりよくない。在庫がないから取り寄せだ。今日は無理だ」
淡々と答える。
「安いのは純度が低いからすぐに抜けちまう、不純物も入ってるかもしれねぇし」
指輪だらけの手でポリタンクを持った、大男はリビングで事前打ち合わせをする。
女は、
「じゃあ、自分で打つから、いつものヒアルロン酸だけ売ってちょうだい」
言うが、大男は、
「やめとけよ」
と、
「素人打ちすると、顔が崩れるぞ。もったいない」
そう言われると、女も黙る。
「麻酔無しで打つか? いつもはヒアルロン酸に麻酔混ぜてんんだ。麻酔無しなら、ヒアルロン酸代だけで今日は、打ってやるよ。技術代は今日はいい。その代り、麻酔無しだと、死ぬほど痛いぞ」
大男は、
「痛いのが嫌なら、今日は帰れ」
と、言った。
「それでいい」
彼女は真っ赤な口紅をカップに付けて紅茶を飲んだ。
「分かった」
ローは、リビングを出て行ったから、俺は、
「飯、ここで食っていいか?」
と、彼女に聞くと、彼女は頷いた。
俺は彼女の横にある足置きに座って、冷え切ったケバブをフォークで突き刺し食べだす。今日、一食目。
「アンタ、何歳?」
急に聞かれて、俺は女の顔を見てしまう。
「23歳」
答えたら、
「もっと若く見える」
と、言われた。俺はそれは、どういう意味なのか分からずに、
「そう…か?」
とだけ、返事をした。
ローはリビングを素通りして、キッチンで大鍋で水を沸かし、器具を消毒して、殺菌用の紫外線ライトボックスに放り込んだ。
「おい、準備できた、来いよ」
ローが向こうの部屋から彼女を呼んで、彼女は立ち上がる。
「紅茶、美味しかった。ありがとうね」
ヒールを履いてるからか、腰の位置が高い。
「ロロノア、お前も来てくれ」
ローに呼ばれて、俺はケバブを口に入れるだけ入れて、彼女の後を追った。
「なんだ?」
手術用ではない隣の部屋は、一気に、綺麗にアルコール消毒されていた。
「化粧、落とせよ。ここに来るときは、化粧してくんな」
女を椅子に座らせて、ローはコットンで丁寧に彼女の顔をアルコールで拭い、真っ赤な口紅付いたコットンを床に無造作に置かれているビニール袋に突っ込んだ。
ローは、
「こいつの顔を押さえててくれ」
と、言った。
俺は意味が分からずに、ただ、指示通りに、
「ちょっと、何すんのよ!」
彼女の頭を後ろから両手で固定��る。ローは、やはり、淡々と、
「スゲー痛ぇぞ。注射打ってる時に暴れると困るだろうが」
言った。
そして、彼が宣言したとおり、
本当に、
阿鼻叫喚だった。
メスも料理も何もかも一緒の鍋で茹でる。
沸騰した鍋に、アーティチョークを丸ごと落とし込んで、茹で上がるのを待つ。これが一番、料理が楽だ。
アーティチョークが一個、丸ごと入る鍋が無いので、昼間にローが手術器具を煮沸消毒していた鍋を使うことにした。彼はそれを横目で見るだけで、別に何も言わないから、それでいいんだと思う。
「今日は午後、どこへ行ってたんだ?」
彼はトマトとビーツを半分に切って、フライパンで炒めている。
「高架橋下で落書きして、パルクールしてた。あとは、だらだらと喋ったり」
彼は、視線を落としたまま、
「ふうん…誰と?」
料理をしながら、
「エースとルフィとサンジと…」
チキンを炒めると油がたくさん出るから、
「最近、アイツらに会ってねぇな…元気か?」
それで野菜を炒めると美味い、
「元気だ…エースとルフィはフェイクニュース作って流して、広告料で稼いでるから、一緒にやらないかって言われた」
野菜を炒めながら、
「お前は? Youtubeの作った?」
俺は、
「ああ…。新しいの撮った」
彼は、
「塩、渡してくれ…」
と、彼に塩を手渡す。
「なあなあ、見ろよ」
彼は塩を摘まんで、手を目線まで挙げて、
「トルコの料理番組のマネ」
と、目線をオレに合わせて、塩を振るから、
「っぶ………」
思わず、吹き出してしまう。
「バッカ………何やってんだ」
俺は、笑いながら、彼は、
「アイツら、フェイクニュース作ってんのか。選挙のたびに出る、ワケ分からないスキャンダルとか作るのアイツら上手そうだよな」
俺は、茹で上がったアーティーチョークを、シンクに熱湯ごと落とすと、
「アイツらはYouTubeはやらねぇのか?」
シンクが熱で膨張して、ベコリと音を立てた。
「さあ、知らねぇけど。俺みたいに、いちいち、パルクールやって動画編集するより、簡単で儲かるらしい」
彼は、炒めたチキンと炒めた野菜を皿に盛り、
「俺は、オマエの動きとかリズム感好きだな…。今度、どうやるのか教えてくれよ」
アーティチョークはそのまま皿に置く。
「ああ………」
彼がそんな事を言うとは思ってなかったので、少し、驚いたのだが、
彼は鍋をシンクに置き、蛇口を捻り、食後に洗いやすいように水を溜める。
「お前の才能で、金を稼ぐの俺は賛成だ」
いつものシンプルな夕食。俺は彼の言葉に少し、嬉しくて恥ずかしさを感じた。
「でも、YouTubeで一番、稼いでるのは………」
俺は二人分のフォークを持って、リビングのテーブルに置く。
「どうしたらもっと稼げんのかな?」
俺は、自分の動画にヒントを貰えると思ったのだが、彼は、
「YouTubeで一番、稼いでるのはイスラム国だろうな………」
と、言った。彼は、淡々と、
「捕虜の処刑の動画の再生回数見たか?あの広告料は、ヤツらの資金源になってるんだろ………けっこうな金になるんじゃないか?」
俺は、
「………………」
何も言えなくて、彼は続けて、
「世界で金を稼げるのはクズだからだ」
そう言った。
「資本主義の国じゃ、クズしか稼げねぇ」
言いながら、彼は、アーティチョークの皮を一枚剥がし、溶けたバターに付けて、アーティチョークの柔らかい先を前歯でこそげて食べた。
「食べろよ」
アーティチョークの皿に手を伸ばして、
「お前は、YouTubeで儲けたいのか?」
俺は、アーティチョークを何枚か、バリバリと剥きながら、
「そりゃ………金は欲しい」
実は、iPhoneの事しか考えてなかった。
ローは、
「マルクスの資本論だと、オマエが今、食べてるアーティチョークは買う価値があって」
アーティチョークを口に運ぶ、
「アーティチョークは食べる価値もあるんだ」
根元の柔らかいとこを食べると土臭い、なんとも言えない味が広がってそれが、バターと混ざると美味いのだ。
「だから、オマエがやってることも、見る価値があって、印象深くて何度でも見たくなる、つまり使用価値が高くなれば、ユーザーが増えて」
土臭いといえば、ビーツも最近、やっとうまく感じるようになった。
「きっとうまくいくんだろうな」
彼は、フォークでビーツを刺せるだけ刺して、
「いつか金のiPhoneも買えるようになる」
一気に、口の中に放り込んだ。
俺達はいつも食後に酒を飲む。
「エナメル塗っていいか?」
彼は黒のマニキュアの瓶をテレビの横から持ってきて、
「ああ。どうした?」
スピリットの350ml瓶を、キッチンから持ってきて、
「明日から、3日くらい仕事が空くから…ネイル塗りたいんだ」
彼は、瓶をぐびりと一口、飲み、マニキュアの瓶を開けた。
「手術してると手袋していても、爪先のエナメルがすぐに剥げちまう」
部屋に広がる、シン��ーの匂い。昔、馬鹿みたいに吸った。
でも、今はそんなに懐かしくない。
あの時は、心に空いた穴をシンナーで埋めようとしていた。
シンナーで埋まらないと分かると、
ドラッグに頼るようになった。
ぼんやりと、スピリットを味わうわけでもなく、無感情に飲んでいると、
「右手、塗ってくれよ」
ローは右手を俺の胸元に伸ばした。
彼は試すように俺をじっと見た。
彼の自信ある黒い瞳。悪戯に笑う。
その瞳の中に少し、戸惑った俺が映っていて、それはあまり見たくなくて、
俺は、瓶をテーブルに置いて、ロー側にあるテーブルの上のマニキュアの小瓶を取って、
「俺、あまりこうゆうのうまくないんだよな」
と、言った。
「知ってるに決まってるだろ」
ローは左手でスピリットを飲みながら、
「でも、オマエに塗ってもらいたいんだよ」
と、笑う。俺は不器用に、毛先にエナメルとたっぷりと取って、彼の手を掴んで、彼の短い爪先に黒い液体を塗っていく。
親指は横を向いているから塗りにくい。でも、一番、爪の面積があるから、塗りやすい。少し、はみ出しながらも、5本塗って、
「どうだ?」
と、聞いたら、彼は手をかざして、
「はみ出しまくりじゃねぇか。ヘッタくそ」
と、言ったが、
「アリガトな」
と、礼も言った。
エナメルを乾かす間、スピリットを飲みながら、
「ローは、昼間、来た女みたいなの、好みか?」
俺は、なんとなく聞いてみるのだ。
「どうしてそんなこと聞くんだ?」
彼は、ちょっと驚いた顔をして、
「いや、なんとなく……美人だったから」
俺がそう答えると、彼は、
「オマエはあんなのが美人って感じるのか」
と、呟いた。
「いや、美人つうか、俺、オマエの好みが未だに分からないから…」
俺は、スピリットをちびり、ちびりと、飲みながら、
「俺の好み、分かんねぇのか………」
彼は顔を上げて、俺の顔を見るから、
彼の黒い、黒い、
深い色の瞳に光が差し込んで、
俺は吸い込まれるような錯覚に陥る。
口を薄く開けて、
『オマエのこと何もかも分かんねぇよ………』
と、言いそうになったが、結局、
「………………」
臆病な、俺は言葉が出ないのだ。
俯いて、エナメルの乾く匂いとスピリットのアルコールの匂いが混じって、
しょうがなく、スピリットを足すのだ。
瓶の首を持って、酒を煽ると、いくら度数が高いとはいえ、350mlなんてすぐに無くなる。
「もう1本」
俺は立ち上がって、キッチンに向かうと、
彼は俺の背中に、
「最後にセックスしたのはいつだ?」
と、聞いた。俺は振り向くと、
「愛のあるセックスをしたのはいつだ?」
彼は真実の黒い瞳で、俺を見て、
「………………」
答えられない俺に、
「………無いんだな」
と、俺が知りたくない真実を鼻で笑って俺に告げた。
何も言わずに、俺はキッチンの冷蔵庫から横に寝かせてあるスピリットの瓶を掴んで、冷蔵庫の蓋を閉めようとしたら、
「俺にも、もう1本くれ」
と、ローが俺に声を掛けた。
その声色は先ほどの、質問など無かったかのように喋るから、
俺は、少し、苛ついて、
「最後にセックスしたのは………」
瓶を彼の前に乱暴に置いた。
「いつ?」
彼の細い眉毛が片方上がり、
「先週」
俺は、2本の瓶の蓋を、栓抜きで開けて、
「ナマか?」
そこまで聞くか?と、俺は、ムカついてきたから、
「ゴムしてるに決まってんだろ」
言い放った。
「フェラはすんのか?」
俺は顔を反らして、目を閉じた。
「フェラは、するし、されるし、なんなんだよ、オマエ。いい加減に」
スピリットを飲もうと、テーブルに顔を向けると、彼は立ち上がっていて、
先ほど、蓋を開けたばかりのスピリットをそのままにして、席を立った。
その背中は、なんとも言えない、香りがして、
俺も思わず、立ち上がって、彼の肩を掴むと、
「なんだよ」
と、振り向いた彼の顔は怒っていて、
見るからに怒っていて、
でも、ここは俺が怒る立場なのに、何故か、彼が怒っていて、俺はわけが分からない。
「なんで、怒ってるんだよ」
俺がそう尋ねると、
「オマエ、分かんねぇのか」
ゴミを口から吐き出すように、言う。じっと、彼を見詰めて、
「………………」
俺は黙ってしまう。
すると、彼の黒い瞳の中の俺が一気に大きく写りこんだと思うと、
俺に噛み付くようにキスをして、
俺は顎を両手で覆われて、顔を上げさせられて、
そのキスは驚くほど、乱暴で、
驚くほど、良い香りだった。
アドレナリンだか、ドーパミンだか、エンドルフィンだか、
何が何だか分からないが、
彼が口の中に舌を捻じ込ませてきて、
俺の舌を掴もうとする。
俺の心臓がドクンと音を立てて高鳴って、
俺の心臓も掴まれそうになるから、
俺は彼の舌から逃げようとすると、
狭い俺の口の中を彼の舌は執拗に追いかけ回して、
狭い俺の口の中で逃げ場を無くして、
俺の心臓も逃げ場を無くすくらい、
高鳴って、
しょうがない。
「…………んぅっ……やめ………」
いくら逃げようとしても、彼の舌は俺の口腔内を舌で舐め回すから、俺の舌はいくら逃げても、舌以外の所を、舐め回されて、
粘膜を何度も彼の舌で擦られると、
自然と、
下半身が熱くなる。
すると、俺の脚の間に彼は片足を捻じ込ませてきて、彼の方が背が高いから、俺はそれに逆らえなくて、両手で彼の胸を押すのだが、彼は俺に自分の股間を押し付けてくると、
「………うぁっ………」
彼の股間の熱さに驚いてしまって思わず、声を上げた。彼はべろりと、口周りを舐めて、
「オマエ、良い匂いするな………」
と、言った。
「ずっと前から、良い匂いがしてたんだ………」
そのシャープな黒い瞳は、獣のようで、
今まで味わった事のないような、ぞくりとした感触が背筋を駆け上がった。
彼は俺の指と指を両手、絡めて、握り締めて、両指を絡めたままで握り締めて、
「もっと、はやくにテメェにキスすりゃよかった」
と、吐き捨てるように言い、
「………んぅ」
また、今度は下からすくい上げられるように、
食い付かれるように、キスをされた。
角度を変えると、唾液が、少しだけ零れて、
彼はその唾液を逃さないように、
頬を摺り寄せるように、
キスをする。
その感覚に目をぎゅっと瞑る。
目を閉じているから何が起こってるかなんて分からないけど、
目を開けていたとしても、たぶん、何が起こっているか分からないだろうから、
そんな些細な事は今は気にしなくていいんだろうけど、
彼がキスをする度に、彼の髭が俺の顎を擦ったりして、
それでさえ気持ちいい。
絡められた指先まで握り締められて、指先がじんじんする。
指の根元に彼の指輪が当たって、俺の指の付け根に押し付けられる。
首筋の後ろから耳の後ろにかけて、じんじんする。
キスを角度を変えて、それでも、キスを、彼はやめてくれないから、俺の顔は上を少しずつ、向いてしまって、喉がせり上がる。
「…………んぅぅ」
首の後ろが詰まるから、息苦しくなって、
俺は、彼の腹を膝で蹴った。
「イッテェな………」
彼は、べろりと舌を出して、俺を睨んだ。
その切れ長の、瞳が俺を捉えて、掴まえて離さないから、俺は目を反らす。
口を薄く開けると漂う虚無感。
キスを止められると、
それも嫌なのだ。
その隙に、俺は彼に片手で両腕を掴まれてしまい、もう片腕で腰を引き寄せられて、
腰をぴったりと密着させられて、
「………イヤだ」
焦る。
拒絶の言葉は、
「うるせぇ」
彼の逆鱗に触れて、
俺は彼に抱きかかえこまれて、ソファに無理矢理、運ばれる。足をバタつかせても、微妙な身長さで、抗えない。
ソファの上に投げられて、反動で上半身が浮く、その瞬間でさえ許してくれずに、彼はまた俺にキスをしてきて、
「…………んんんん」
脚を大きく抱えあげられて、俺は両手で突っぱねるが、
指先しか、かからない感触。
目の端から涙が出てくる。
頬が熱くなる。
「泣くくらいイヤか………?」
「わかんねぇ…っよ」
俺は、泣きじゃくりながら、
「わかんねぇんだよ、お前の気持ちも…俺の気持ちも………」
彼の首筋に顔を埋めて、
「そんなに次から次へと、言わないでくれ」
お願いをする。
「イヤじゃない…でも、どうしたらいいか分からないんだ」
彼は身体を少しだけ、離して、俺の顔を覗き込んで、
「イヤじゃないのか………」
俺は頷いた。
「イヤじゃない………」
首を振りながら、
「でも、なんで……お前が俺にキスするか分からないんだよ………」
縋るように、質問をする。
彼は、驚いたように目を見開いて、
「なんでって………なんで、分からないんだよ?」
聞くから、
「知るかぁ………」
俺は、顔を反らせて、彼の身体の下から逃げ出そうとする。
「俺は、オマエが………」
俺の肩を引き寄せて、
「好きなんだよ………」
と、言われた。
初めての言葉に、俺は言葉が出ない。
「………………」
絶句している俺に、
「好きなんだよ!分かれよ!」
やけくそみたいに言って、
「分かってくれよ!」
彼は、俺の胸の中に顔を埋めた。
「俺こそ、どうしたらいいのか分かんねェよ!」
俺のシャツを掴んで、ぐちゃぐちゃにしながら、
「オマエは何歳だ!? いつから情緒が止まってんだよ!」
怒鳴るから、
「知らねェよ!」
俺も怒鳴る。
「ホントによく分かんねェんだよ!オマエだけじゃなくて、誰に対しても!」
俺は、彼の背中を抱き締めて、
「でも、イヤじゃないんだ」
と、言った。
「オマエはイヤじゃない…」
彼の顔を覗き込んで、
「オマエみたいに………俺は、好きとか嫌いは分かんねェんだよ!」
絞り出した声で、
「ただ、イヤじゃない………」
告白する。
「それだけは分かる」
彼は、
「そうか………」
納得したように頷いて、
「今の俺にはそれで十分だ」
唇を頬に寄せて、キスをした。
「俺とキスするのはイヤか?」
聞くから、
「そんなことは、ない………」
首を振ると、優しく口付けされた。
柔らかい彼の唇が、重なって、
「………ぅん……」
唇が押し当てられて、
気持ちがいい。
温かい、彼の唇の感触が、
気持ちいい。
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