modernheavy · 1 year ago
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今日読んだ漫画 2023年8月3日(木)
りぼん2023年9月号
👋『ハロー、イノセント』酒井まゆ
😈『絶世の悪女は魔王子さまに寵愛される』朝香のりこ+*あいら*
👰『初×婚』黒崎みのり
🍯『ハニーレモンソーダ』村田真優
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toubi-zekkai · 4 years ago
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 7月20日(2019年)
 恋をすると人はその衣装を脱がされ、ほとんど裸に近い状態となる。青い空を流れる白い雲、道端に咲いている花の香り、小鳥たちの黄色い歌声、現実はそれ以前とは比較出来ないほど彼に接近し、それまで見逃していた多くのものを彼は感じられるようになる。それと同時に彼の心は酷い寒さに震えている。なぜなら彼は着ていた衣装を脱がされてしまったのだから。どうか服を着せて欲しい。彼に服を着せることの出来る相手は彼の服を脱がして裸にした相手、つまりは彼が恋をしている相手、ただその人だけのように思われる。
 ほとんど裸になってしまった人間、彼の心はどうしようもなく不安なのだ。それは恋の相手を中心に広がる剥き出しの自然と化した外の世界に対する不安と制御出来ない自分の感情という自分の内側の自然に対する不安とである。何とかこの自然に名前や形や秩序を与え、衣装を纏わせたい。でなければ自分自身が壊れてしまう。自分自身が完全に自然と化してしまう。その為には恋している相手にも自分に対して恋をしてもらって彼女も裸になってもらわねばならない。彼女にも服を脱いでもらい自分の名前が入ったラベル付きの服を着てもらわねばならない。そうすることで彼の不安は初めて治癒する。震えていた彼の心は愛の温もりに包まれ込む。しかし、同時にあれほど熱かった恋の炎は急速に冷めていく。何故なら彼は彼女とともに再び分厚い衣装を着始めてしまったから。彼の前にありのままの自然とは無限にかけ離れた音楽の鳴らない日常が訪れる。  或いはそれが決して叶わない恋ならば彼はどうしようもない不安を抱え続けなければならない。裸のまま、自分が壊れるまで生きていなければならない。崖の淵へと追い詰められた彼の瞳に自殺の誘惑がちらつく。実際に死ぬ人もいるだろう。しかし、彼は詩を書き始める。絵を描き始める。ギターを弾き始める。永遠に手の届かない裸の彼女に言葉や色彩やメロディで衣装を纏わせるのだ。それは同時に彼自身の裸を包み込む衣装にもなる。こうして一つの芸術作品が生まれる。美しく優れた作品の下には彼と彼女、二人の亡き骸が静かに埋まっているのだ。  完全な作品が出来上がったとしたら彼はもう二度と作品を作ろうとしないだろう。心穏やかに一個の形骸として衰滅していくだろう。花瓶に挿された赤い花が少しずつ色を失い朽ちていくように。しかし、それは���福な事に大抵の場合成功しない。美の女神は復活し、その生贄である自分もまた同時に復活する。再び彼はペンや筆を取り始める。  そうして何度も繰り返し行われる苦しい死と復活の儀式、それがそのまま彼の全芸術史の軌跡となっていく。  恋、しかしその相手は生身の人間であるとは限らない。それは一枚の絵、一曲の音楽、ひとつの花、太陽や海に恋をする人もいるだろう。ひとつの国そのものに恋心を抱くこともある。ただその恋の相手に共通しているのはそれが美しいということである。  一体、何を美しいと感じるか、それはその人間の性質、経験によって千差万別だ。しかし美しいものは決まって剥き出しの裸で現れる。たとえ何重幾重もの衣装を纏っていたとしてもその衣装を突き破って剥き出して来る裸体。生命の力そのものであるそんな裸体を目の前にしたとき、その熱と光が彼という観測者の衣装を焼き滅ぼす。そうして彼もまた裸になるのだ。
 美しいものとは、人がじっと注視できるものである。何時間ものあいだ、見つめていることのできる一基の彫像、一枚の絵。
ーー 田辺保訳 シモーヌ・ヴェイユ「重力と恩寵」よりーー
 美しいものは見ていて疲れない。その或るものに対して瞳を開いていられる時間はその或るものの美しさに比例する。永遠に見ていて疲れないもの、それこそ本当に美しいものである。逆に美しくないものを見ているとすぐに疲れる。それは衣装であり観念なのだ。  朝、目覚めたとき、彼はほとんど裸だ。もし疲れているとしたら昨日の衣装がまだ残って彼の周りを包んでいるのである。社会人としての一日は彼に夥しい衣装を纏わせる。一日が終わる頃になるとその重みで彼はほとんど動けなくなる。それが疲れというものだ。素直に眠る事はもとより、食べる事、酒を飲む事、意味の無いおしゃべり、テレビ、熱い風呂、セックス、そういったものとの接触によって彼は彼の衣装を脱ぎ、裸となる。彼は疲れから解放された気になる。それが本当の裸はさておき、自分が解放され裸になったと感じられるような物質、サーヴィスに現代のこの国は溢れ反っている。大抵の人間はその範囲内で満足するだろう。彼は鶏や豚のように飼い慣らされる。麻薬患者のように薬漬けにされる。そこからまた更に裸になりたいと願う人は稀だ。だから人々が美しいものを求める土壌はほとんど存在しない。本当の恋が発生する条件もほとんど存在しない。幸福なゾンビたちの王国。しかし、不幸にも未だ美しいものを求め続ける人間も稀ながら存在する。彼等、決して眠る事の出来ない人々はこのただ広いだけの虚しい砂漠の中に一輪の可憐な花が咲く瞬間を孤独と絶望のうちにひたすら待ち続けているのだ。
椋鳥(むくどり)の恋
醜い鳥 嫌われ者の鳥 天界からの追放者 サタンでさえも その醜い風貌と鳴き声に 目と耳を塞ぎ顔をしかめる
日が昇ると 何処からともなく 集団で湧いてきて 白い糞を撒き散らし 美しい花を食べ尽くし 畑の作物を食い荒らしてしまう
時には 何百何千という軍勢をなし 街路樹や電線に群がって 大合唱を始める それは歌などではない ありとあらゆる汚い言葉 浅はかな欲望、侮蔑、憎しみ、 言い逃れ、不安、讒言、 罵詈雑言の嵐であり 便所の落書き 公開処刑場を取り巻く 愚劣な群衆の囁き 破廉恥な罪の告白であって つまりは騒音である そんな穢れた鳥たちに 黒い蠅や虱のように たかれられている木々は 痒く不快で堪ったものではない 時折怒ったように その枝先を揺らして 五月蠅い悪魔たちを振り払う すると鋭い悲鳴を上げて 鳥たちは一斉に舞い上がり 街の空はすっかりと 黒く覆われてしまう 街行く女たちは皆足を止めて 日蝕のように不吉な暗い昼空に 怯えた視線を投げ掛けかけ 街行く子供たちは皆足を止めて 空に向かって小石や空き缶を投げ付け 街行く男たちは皆足を止めて 胸の中で奴らへの殲滅作戦を練っている
鳩の様に人に懐くこともなく 雀の様な可憐さもなく 鴉のような賢さもない 全く呪われている 罪深き鳥、椋鳥 頭に思い描くだけでも 汚らわしく 嫌な気持ちになる
しかし、私は見たのだ 冬も終わりかけた或る日 庭に生えている 年老いた梅の木に 一羽安らいでいる椋鳥を つい最近まで 豊満に咲き誇っていた 白い梅の花も 今ではその殆どが散って 年老いて汚れた花と どす黒い枝ばかりが目立つばかり 花から花へと 忙しく飛び回っていためじろも 枝の上に仲良く並んで 団欒していた雀たちも 大空に響く大きな声で 花の美しさを湛えていたひよ鳥も 今では既に見る影がなかった ただ一羽 相も変わらず 汚らしい椋鳥だけが 閉園した遊園地や 上映が終わった映画館に 居座ってだだをこねる 子供や老人の様に 寒々しい枝の上で 白い仮面の下 未だ恍惚の余韻が残る 小さな瞳を潤ませて 花が散ってしまうことに 独り抗議していた ぎぃぎぃ ぎぃぎぃ その物悲しく 調子の��った笛のような 椋鳥の鳴き声は 日が沈み 辺りがすっかりと 暗闇に包まれる その終わりまで 延々と途切れることを まるで知らなかった
椋鳥よ もう祭りは終わったのだ 早くその暗いねぐらへと帰るが良い 余韻の炎が 薄ら寒いお前の胸を 今晩だけは温めるだろう それなのに お前はまだ帰ろうとしない 寒さが段々と お前の生命を 蝕んでいくだけなのに 愚かな鳥よ もう勝手にするが良い 全く汚らわしく醜い しかし美しさの何たるかを 誰よりも知ってる鳥よ
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hananien · 4 years ago
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【S/D】アナ雪パロまとめ
アナ雪2の制作ドキュメンタリー面白かった。みんなで一つのものを作るって素敵だなって素直に感動しちゃった。一人でコツコツ作り上げるのも素敵だけどさ、それとはまた違うよね。
アナ雪は大好き。2でアナが超進化を遂げたのでもっと好きになった。また兄弟パロ書きたいな。
3話あるけど全部で12000字くらいなのでまとめました。
<エルサのサプライズパロ>
 弟の誕生日を祝うため、城や城下にまで大がかりなサプライズを仕込んだディーンは、過労で熱を出してしまった。キャスたちの協力もあって無事にサプライズは成功したものの、そのあとで何十年ぶりくらいに寝込むことになってしまった。  (これくらいで熱を出すなんて、おれも年をとったもんだな。そりゃ、ここのとこ狩りもあって、ろくに寝てなかったけど……。昔はそんなこと、ざらだったのに。こんなていたらくじゃ、草葉の陰から親父が泣くな)  「ディーン」 スープ皿を銀の盆に乗せて、弟のサムが寝室にやってきた。「寝てた? ちょっとでも食べれそう?」  「食べるよ。腹ぺこだ」  まだ熱のせいで頭はもうろうとしていて、空腹を感じるところまで回復してないことは自覚していたが、弟が持ってきた食料を拒否するなんて選択肢は、ディーンの中にないのだ。  サムは盆をおいて、ディーンが体を起こすのを手伝ってやった。額に乗せていた手ぬぐいを水盆に戻し、飾り枕を背中に当ててやって、自分の上着を脱いで兄の肩にかけてやる。  兄がスープをすするのを数分見つめてから、サムは切り出した。  「ディーン、今日はありがとう」  「うん」  「兄貴に祝ってもらう最初の誕生日に、こうやって世話が出来て、本当にうれしいよ(※何かあって兄弟は引き離されて大人になり、愛の力で再びくっつきました)」  「おまえそれ、いやみかよ。悪かったな面倒かけて」  「ちがうよ」 サムは少しびっくりしたように目を広げて、それから優しく微笑んだ。「本当にうれしいんだ。まあ、サプライズのほうは、あんたの頭を疑ったけど���ワーウルフ狩りで討伐隊の指揮もしてたってのに、よくあんなことやる時間あったな? 馬鹿だよ、ほんと。ルーガルーに噛まれたって、雪山で遭難したときだって、けろっとしてるあんたが、熱を出すなんて……」  「うーん」 ディーンは唸った。弟の誕生日を完璧に祝ってやりたかったのに、自分の体調のせいでぐだぐだになったあげく、こうやって真っ向から当の弟に苦言をされると堪えるのである。  「でも、そのおかげかな。こうやって二人きりでいられる」  「看病なんてお前がしなくていいんだぞ」  気難し気に眉を寄せてそっぽを向きたがるディーンの肩に手をおき、ずれてしまった上着をかけ直してやって、サムはまた優しく微笑んだ。「ずっと昔、僕らがまだ一緒にいたとき、あんたは熱を出した僕に一晩中つきそって、手を握って励ましてくれた」  そんなことを言いながらサムが手を握ってきたので、しかもディーンの利き手を両手で握ってきたので、ディーンは急に落ち着かなくなったが、すぐにその思い出の中に入り込んだ。「ああ……おまえはよく熱を出す子だった。おかげで冬は湯たんぽいらずだったな」  「一緒に眠ると怒られた。兄貴に病気をうつしてもいいのかって、親父に叱られたよ」  「おれは一度もおまえから病気をもらったことなんて」  「ああ、あんた病気知らずだった。王太子の鏡だよな、その点は」  「その点はって」  「僕はその点、邪悪な弟王子だったんだ。あんたに熱がうつればいいって思ってた。そうしたら、明日になっても、一緒のベッドに入っていられる。今度は僕があんたの手を握ってやって、大丈夫だよ、ディーン、明日になれば、外で遊べるようになるさって、励ましてやるんだって思ってたんだ」  「……そりゃ――健気だ」  「本当?」  「うん……」  「こうしてまた一緒にいられて、すごく幸せなんだ」  「サミー」  (キスしていい?) サムは兄の唇を見つめながら、心のうちで問いかけた。息を押し殺しながら近づいて、上気した頬に自分の唇の端をくっつける。まだふたりが幼いころ、親愛を込めてよくそうしていたように。  ディーンはくすぐったそうに笑って顔をそむけた。「なんだよ、ほんとにうつるぞ。おまえまで熱出されたらキャスが倒れる」  「もう僕は子供じゃない」 サムは握った手の平を親指で撫でながら言った。「だからそう簡単に病気はうつらないよ。そもそも兄貴の熱は病気じゃなくて過労と不摂生が原因だからね」  「悪かったな」  「僕のために無理してくれたんだろ。いいんだ、これからは僕がそばで見張ってるから」  「おー」  目を閉じたディーンの顔をサムは見つめ続ける。  やっと手に入った幸福だ、ぜったいに誰にも壊させない。兄が眠りについたのを確認すると、握った指先にそっとキスを落とす。彼がこの国に身を捧げるなら、自分はその彼こそに忠誠と愛を捧げよう。死がふたりを分かつまで。
<パイとエールと>
 公��正大な王と名高いサミュエル・ウィンチェスターが理不尽なことで家臣を叱りつけている。  若い王の右腕と名高いボビー・シンガー将軍は、習慣であり唯一の楽しみである愛馬との和やかな朝駆けのさなか、追いかけてきた部下たちにそう泣きつかれ、白い息で口ひげを凍らせながら城に戻るはめになった。  王は謁見の控えの間をうろうろと歩き回りながら、臣下たちの心身を凍り付かせていた。  「出来ないってのはどういうことだ!」 堂々たる長身から雷のような叱責が落ちる。八角形の間には二人の近衛兵と四人の上級家臣がおり、みんなひとまとまりになって青ざめた顔で下を向いている。  「これだけの者がいて、私の期待通りの働きをするものが一人もいない! なぜだ! 誰か答えろ!」  「おい……どうした」 ボビーは自分の馬にするように、両腕を垂らして相手を警戒させないよう王に近づいた。「陛下、何をイラついてる。今日は兄上の誕生日だろ」  サムは切れ長の目をまんまるに見開いて、「そうだよ!」と叫んだ。「今日はディーンの誕生日だ! ディーンが天界に行っちゃってから初めての誕生日で、初めて王国に戻る日だっていうのに、こいつらは僕の言ったことを何一つやってない!」  手に持っていた分厚い書冊を机に叩きつけた。ぱらぱらと何枚かの羊皮紙が床に落ちて、その何枚かに女性の肖像が描かれているのをボビーは見た。頬の中で舌打ちして、ボビーは、今朝、この不機嫌な王に見合い話を持ち掛けた無能者を罵った。  まだ手に持っていた冊束を乱暴に床に放り投げて、すでに凍り付いた家臣たちをさらに怯えさせ、サムは天井まである細い窓の前に立った。  ひし形の桟にオレンジ色のガラスが組み込まれている。曇りの日でも太陽のぬくもりを感じられる造りだ。サムがそこに立つ前には、兄のディーンが同じように窓の前に立った。金髪に黄金の冠をかぶったディーン・ウィンチェスターがオレンジの光を浴びて立つさまは、彼を幼少期から知る……つまり彼が見た目や地位ほどに華美な気性ではないと知るボビーにとっても神々しく見えたものだった。  ディーンがその右腕と名高かったカスティエルと共に天界に上がってしまってからというもの、思い出の中の彼の姿はますます神々しくイメージされていく。おそらくはこの控えの間にいる連中すべてがそうだろう。  「兄が戻ってくるのに、城にパイ焼き職人が二人しかいない」  「ですが、それで町のパン焼き職人を転職させて城に召し上げるというのは無理です……」 家政長が勇気を振り絞った。しかしその勇気も、サムのきつい眼差し一つで消えた。  「全ての近衛兵��制服を黒に染めろといったのになぜやらない!」  二人の近衛兵は顔を見合わせたが、すぐに踵をそろえて姿勢を正した。何も言わないのは賢いといえなくもない。  「何で黒にする必要がある?」  ボビーの問いにサムは食い気味に答えた。「ディーンが好きだからだよ! ディーンは黒が好きだ、よく似合ってる」  「ディーンはベージュだって好きだろ。ブラウンもブルーも、赤も黄色も好きだ。やつは色になんて興味ない」  「それに注文したはずのエール! 夏には醸造所に話を通していたはずなのになぜ届いていない!」  項垂れる家政長の代わりに、隣に立つ財務長が答えた。「あー、陛下。あの銘柄は虫害にやられて今年の出荷は無理ということで、代わりの銘柄を仕入れてありますが……」  「その話は聞いた! 私はこう言ったはずだ、ディーンは代わりの銘柄は好きじゃない。今年出荷分がないなら去年、一昨年、一昨々年に出したのをかき集めて城の酒蔵を一杯にしろと!」  「そんな、あれは人気の銘柄で国中を探してもそれほどの数はありません……」  「探したのか?」 サムは、背は自分の胸ほどもない、老年の財務長の前に覆いかぶさるように立ち、彼の額に指を突き付けた。「国中を、探したのか?」  財務長の勇気もこれで消えたに違いなかった。  ボビーは息を吐いた。  「みんな出て行ってくれ。申し訳ない。陛下にお話しがある。二人だけで。そう。謁見の儀の時間には間に合わせる。ありがとう。さっさと行って。ありがとう」 促されるや、そそくさと逃げるように控えの間から去っていった六人を丁寧に見送り、ボビーは後ろ手に扉の錠を下ろした。  「どうなってる」 ボビーの怖い声にもサムはたじろがなかった。気ぜわしそうに執務机の周りを歩き回る足を止めない。  「最悪だ。完璧にしたかったのに!」 床に落ちた肖像画をぐちゃぐちゃにしながら気性の荒い狼みたいな眼つきをしている。「ディーンの誕生日を完璧に祝ってやりたかったんだ! 四年前、僕らがまた家族になれたあとに、ディーンが僕にしてくれたみたいに!」  「四年前? ああ、城じゅうに糸を張り巡らせて兵士の仕事の邪魔をしまくってくれたあれか……」 ボビーは口ひげを撫でて懐かしい過去を思い返した。「しかしあの時はディーンが熱を出して……結局は数日寝込むことになっただろう」  「完璧な誕生日だった。僕のために体調を崩してまで計画してくれたこと、その後の、一緒にいられた数日間も」  「あのな……」  「いろいろあって、あの後にゆっくりと記念日を祝えたことはなかった。ようやく国が落ち着いたと思ったら、ディーンは天界に行っちゃった。いいんだ、それは、ディーンが決めたことだし、僕と兄貴で世界の均衡が保てるなら僕だって喜んで地上の王様をやるさ。滅多に会えなくなっても仕方ない。天界の傲慢な天使どもが寛大にも一年に一日だけならディーンが地上に降りるのを許してくれた。それが今日だ! 今日が終われば次は一年後。その次はまた一年後だ!」  「わかっていたことだ��」 ボビーはいった。「べったり双子みたいだったお前たちが、それでも考えた末に決めたことだ。ディーンが天界にいなければ、天使たちは恩寵を失い、天使が恩寵を失えば、人は死後の行き場を失う」  「これほど辛いとは思わなかった」  サムは椅子に座って長い足を投げ出し、希望を失ったかのように俯いた。  「なあ、サム。今日は貴重な一日だよな。どうするつもりだった。一年ぶりに再会して、近衛兵の制服を一新した報告をしたり、一晩じゃ食べきれないほどのパイの試食をさせたり、飲みきれない酒を詰め込んだ蔵を見せて自慢する気だったのか?」  「いや、それだけじゃない。ワーウルフ狩りの出征がなかったら、城前広場を修繕して僕とディーンの銅像を建てさせるつもりだった」  「わかった。そこまで馬鹿だとは思わなかった」 俯いたサムの肩に手をあて、ボビーはいった。「本当に馬鹿だな。サム、本当にディーンがそんなもの、望んでると思うのか?」  「ディーンには欲しいものなんてないんだ」 サムは不貞腐れたように視線を外したままいった。「だからディーンはディーンなんだ。天界に行っちゃうほどにね。それだから僕は、僕が考えられる限り全てのことをしてディーンを喜ばせてあげなきゃならない。ディーンが自分でも知らない喜びを見つけてあげたいんだよ」  「ディーンは自分の喜びを知ってる。サム、お前といることだ。ただそれだけだ」  サムの迷子のような目がボビーを見上げた。王になって一年、立派に執務をこなしている姿からは、誰もこの男の甘えたな部分を想像できないだろう。  もっとも、王がそんな一面を見せるのは兄と、育ての親ともいえるボビーにだけだ。  「……それと、エール」  「ああ、焼き立てのパイもな」 ボビーは笑う。「職人が二人もいればじゅうぶんだ」  サムはスンと鼻をすすって、ボビーの腕をタップして立ち上がる。  「舞踏会の用意は?」  「すんでるよ。ああ……サム、中止にするわけにはいかないぞ。もう客も揃ってるし、天界のほうにもやると伝えてある」  「わかってる。頼みがあるんだ……」
 ディーンがどうやって地上に戻ってくるか、サムは一年間毎日想像していた。空から天使のはしごがかかって、白い長衣をかぶったディーンがおつきの者たちを従えてしずしずと降りてくるとか。水平線の向こうからペガサスに乗って現れるとか。サムを驚かせるために、謁見の儀で拝謁する客に紛れ込んでくるかもしれない。  そのどれもがあまりに陳腐な空想だったと、サムは反省した。  謁見の儀を終えると、ディーンは何の変哲もない、中級貴族みたいな恰好で、控えの間に立っていた。  ひし形に桟が組まれた、長い半円の窓の前で。  「ディーン」  サムの声に振り向くと、ディーンは照れ臭そうな顔をして笑った。「サム」  二人で磁石みたいに駆け寄って、抱き合った。
 ディーンの誕生日を祝う舞踏会は大盛況した。近隣諸国の王侯貴族までが出席して、人と人ならざる者の世の均衡を保つ兄弟を称え、その犠牲に敬意を表した。ディーンと彼に随行したカスティエルは、誘いのあった���性全員とダンスを踊った。そ��てディーンは、しかるべき時間みんなの祝福にこたえたあと、こっそりとボビーに渡された原稿を読み上げ――それはとても礼儀ただしく気持ちの良い短いスピーチだった――大広間を辞した。  「どこに行くんだ?」 一緒に舞踏会から抜け出したサムに手を引かれて、ディーンは地下に向かっていた。「なあ、王様がいなくていいのかよ。まだ舞踏会は続いてるんだぜ」  「僕がいなくてもみんな楽しんでる。今夜は一晩中、ディーンの誕生日を祝っててもらおう」  「本人がいない場所でか?」  「ああ。本人はここ」  サムは酒蔵の扉を開いてディーンを招いた。「ディーン、来てくれ」  いくつかある酒蔵のうち、一番小さな蔵だった。天井は低く、扉も小さい。サムの脇をくぐるように中に入ると、まるで秘密の洞窟に迷い込んだように感じた。  「ここ、こんなだったっけか」 踏み慣らされた土床の上に、毛皮のラグが敷かれている。大広間のシャンデリアを切り取ってきたみたいに重々しい、燭台に灯されたろうそくの明かり。壁づたいに整列された熟成樽の上には、瓶に詰められたエール、エール、エール。  「パイもある」 どこに隠してあったのか、扉を閉めたサムが両手に大きなレモンパイを持ってディーンを見つめている。  ちょっと決まり悪そうな、それでも自分のやったことを認めて、褒めてくれるのを期待しているような、誇らしげな瞳で。  「誕生日おめでとう、ディーン」  二人きりで過ごしたかったんだ。そういわれて、ディーンは弟の手からパイを奪い取った。  パイは危うい均衡で樽の上に置かれて、二人はラグの上に倒れ込んだ。
<永遠>
 誰がなんというおうと、おれたちが兄弟の一線を超えたことはない。  天使たちはおれの純潔を疑ってかかった。天界に昇る前には慌ただしく浄化の儀式をさせられた。”身持ちの固さ”について苦言をたれたアホ天使もいたほどだ。おれはその無礼に、女にモテモテだった自分を天使たちが勘違いするのも無理はないと思うことにした。  ああ、若く逞しい国王のおれと、いちゃつきたがる女は山ほどいた。でもおれは国王だ。心のどこかでは、弟に王位を譲るまでのつなぎの王だという思いもあった。だからこそ、うっかり子供でも出来たら大変だと、万全の危機管理をしていた。  つまりだ、おれはまだヴァージンだ。浄化の儀式は必要なかった。  女とも寝てないし、男とも寝てない。弟とは論外だ。  いつか、サムに王位を譲り、おれが王でないただの男になったら、女の温かな体内で果ててみたいと、そう思っていた。  でもたぶん、それは実現しない。なんというか、まあ……。  天界に行ってから、天使たちがおれの純潔について疑問視した原因が、女じゃないことに気がついた。そこまでくればおれだって、認めないわけにはいかない。  クソったれ天使たちの疑いも、あながち的外れじゃあないってこと。
 おれと弟が一線を超えたことはないが、お互いに超えたいと思っていることはどっちも知っている。  ��いうことは、いずれ超えるってことだ。それがどうしようもない自然の流れってやつだ。  どうしてそんなことになったのかというと、つまりおれたち兄弟、血のつながった正真正銘の王家の血統である二人がおたがいに意識しあうようになったのはなぜかということだが、たぶんそれは、おれのせいだ。おれの力だ。  おれは小さい頃から不思議な力があった。  それはサムも同じだけど、サムの力はウィンチェスター家から代々受け継いだもので、おれのほうはちょっと系統が違った。今では、それが天使の恩寵だとわかっているが、当時はだれもそんなこと、想像もしなかった。それでも不思議な力には寛容な国柄だから、おれたち兄弟は一緒に仲良くすくすくと育った。ところがある事件が起きて、おれは自分の力でサムを傷つけてしまった。それ以来、両親はおれの力を真剣に考えるようになり、おれたち兄弟は引き離された。  おれが十一歳のとき、もう同じ部屋で寝ることは許されていなかったが、夜中にサムがこっそりとおれの寝室に忍び込み、ベッドに入ってきたことがあった。  「怖い夢を見た」という弟を追い払うなんてできるはずがなかった。お化けを怖がるサムのために、天蓋のカーテンを下ろし、四方に枕でバリケードをつくって、ベッドの真ん中でふたり丸まって眠った。  翌朝、おれは自分が精通したのを知った。天蓋ごしにやわらかくなった朝日がベッドに差し込み、シーツにくるまっていたおれたちは発熱したみたいに熱かった。下半身の違和感に手をやって、濡れた感触に理解が追い付いたとき、サムが目覚めた。汚れた指を見つめながら茫然とするおれを見て、サムはゆっくりとおれの手を取り、指についた液体を舐めて、それから、おれの唇の横にキスをした。  おれはサムを押しのけて、浴室に飛び込んだ。しばらくすると、侍女がおれを迎えに来て、両親のことろまで連れて行った。そこでおれは、これからは城の離れにある塔で、サムとは別の教育を受けさせると言い渡された。大事にはならなかったとはいえ、サムを傷つけた力には恐怖があったから、おれはおとなしくその決定に従った。結果として、サムがキスをした朝が、おれたちが子ども時代を一緒に過ごした最後の日になってしまった。  おれの変な力がなかったら、あのままずっと一緒に育つことができただろうし、そうならば、あの朝の続きに、納得できる落とし前をつけることもできただろう。おれはなぜサムがキスをしてきたのか、その後何年にわたってもんもんと考える羽目になった。サムによれば、彼もまた、どうしてあのタイミングでキスしてしまったのか、なぜすぐにおれの後を追わなかったのかと後悔していたらしい(追いかけて何をするつもりだったんだろう)。なんにせよ、お互いに言い訳できない状況で、大きなわだかまりを抱えたまま十年間も背中合わせに育ってしまったんだ。  再会は、おれの即位式だった。両親の葬儀ですら、顔を合わせていなかった。  喜びと、なつかしさ、罪悪感に羞恥心、後悔。それを大きく���駕する、愛情。  弟は大きくなっていた。キャスに頼んで密偵まがいのことをさせ、身辺は把握していたけれど。王大弟の正装に身を包んだサムは、話で聞いたり、遠目にみたり、市井に出回っている写し絵よりもよっぽど立派だった。  意識するなって言うほうが無理だろ。
 ところでおれは、もう人じゃない。  一日に何度も食べなくても、排泄をしなくても、死なない体になった。天使いわく、おれは”顕在化された恩寵”だそうだ。恩寵っていうのは天使の持ってるスーパーパワーのことをいう。つまりおれはスーパーパワーの源で、天界の屋台骨ってこと。  そんな存在になっちまったから、もう必要のない穴ってのが体には残っているんだが、おれの天才的な弟ならその使い方を知っていると思っていた。  そして真実はその通り。弟はじつに使い方がうまい。  「純潔じゃなくなったら、天界には戻れない?」 一年前から存在を忘れられたおれの尻の穴にでかいペニスを突っ込んだサムが尋ねた。  うつ伏せになった胸は狼毛のラグのおかげで温かいが、腰を掴むサムの手のひらのほうが熱い。ラグの下に感じる土床の硬さより、背中にのしかかっているサムの腹のほうが硬い。  ついに弟を受け入れられたという喜びが、おれをしびれさせた。思考を、全身を。顕在化されたなんちゃらになったとしても、おれには肉体がある。天使たちはおれにはもう欲望がないといった。そんなのはウソだ。げんに今、おれの欲望は毛皮を湿らせ、サムの手に包まれるのを期待して震えている。  「サム……あ、ア」 しゃっくりをしたみたいに、意思を介さず肛門が収縮する。奥までサムが入っていることを実感して、ますます震えが走った。「サム、そのまま……じっとしてろ、おれが動くから……」  「冗談だろ?」 押さえた腰をぐっと上に持ち上げながら、サムはいった。「どうやって動くんだよ。力、入らないくせに」  その通りだ。サムに上から押さえつけられたとたん、おれの自由なはずの四肢は、突如として意思を放棄したみたいに動かなくなった。  「そのまま感じてて……」 生意気な言葉を放ちながら、サムはゆっくりと動き始めた。おれの喉からは情けない声が漏れた。覚えているかぎり、ふざけて登った城壁から落ちて腕を骨折したとき以来、出したことのない声。「はああ」とか「いひい」とか、そういう、とにかく情けない声だ。  「かわいいよ。かわいい、ディーン」  「はああ……」  「あんたの純潔を汚してるんだよ、ディーン……。僕に、もっと……汚されて……」 サムの汗がおれの耳に垂れた。「もう天界には戻れないくらい」
 まあおれは、かねがね自分の境遇には満足だ。天界にエネルギー源として留め置かれている身としても、そうすることを選んだのは自分自身だし、結局、やらなきゃ天界が滅んでしまう。天国も天使もいない世界で生きる準備は、国民たちにもだれにも出来ていない。  せっかくうまくいっていたおれとサムの関係が、期待通りにならないことは承知の上��った。おれたちは王族だ。自分たちの欲望よりも優先すべきことがある。おれは天界で腐った天使どもと、サムは地上でクソったれな貴族どもと、ともに世界を守れたらそれでいい。そう思っていた。サムも、そう思っているはずだった。  一年に一日だけ、地上に戻る許可を与えられて、おれが選んだのは自分の誕生日だった。  ほんとはサムの誕生日のほうがよかった。だけどおれの誕生日のほうが早く訪れるから。  サムに会えない日々は辛かった。想像した以上に永かった。
 下腹をサムの手に包まれて、後ろから揺さぶられながら、おれはふと気配を感じて視線を上げた。酒蔵の奥に、ほの白く発光したキャス――今は天使のカスティエルが佇んでいた。  (冗談だろ、キャス。消えてくれ!)  天使にだけ伝わる声で追い払うが、やつはいつもの表情のみえない顔でおれをじっと見つめたまま動かない。  (取り込み中なの見てわかるだろ!?)  (君はここには残れない) キャスがいった。(たとえ弟の精をその身に受けても。君はもはや人ではないのだ)  (そんなことはわかってる) おれがいうと、キャスはやっと表情を変えて、いぶかしげに眉をひそめた。(君の弟はわかっていない)  (いいや、わかってる……)  「ディーン、こっち向いて」 キスをねだる弟に応えて体をひねる。絶頂に向かって動き始めたサムに合わせて姿勢を戻したときには、もう天使は消えていた。  わざわざ何をいいに来たんだか。あいつのことだから、もしかして本当に、サムのもらした言葉が実現不可能なものだと、忠告しに来たのかもしれない。  天使どもときたら、そろいもそろって愚直で融通のきかない、大きな子どもみたいなやつらだ。  きっと今回のことも、天界に戻れば非難されるだろう。キャスはそれを心配したのかもしれない。  お互いに情けない声を出して、おれはサムの手の中に、サムはおれの中に放ったあと、おれたちは正面から抱き合って毛皮の上に崩れ落ちた。  汗だくの額に張り付いた、弟の長い髪を耳の後ろにかきあげてやると、うるんだ緑の目と目が合った。  「離れたくないよ、ディーン」  「おれもだ」  サムはくしゃっと笑った。「国王のくせに、弱音を吐くなって言われるかと思った」  おれはまた、サムの柔らかな髪をすいてやった。  おれがまだ人だったころ、おれの口から出るのは皮肉や冗談、強がりやからかいの言葉ばかりだった。だれもがおれは多弁な王だと思っていた。自分でもそうだった。  でも今や、そうじゃなくなった。  おれは本来、無口な男だったんだな。  見つめていると、弟の唇が落ちてきた。おれは目を閉じて、息を吸い込んだ。このキスが永遠に続けばいいのにと思う。  願っても意味はないと知っているからな。
 「驚いたよ」 天界へ帰るすがら(地上からは一瞬で消えたように見えただろうが、階段を上っていくんだ。疲れはしないけどがっかりだ)、キャスがいった。「きみたちは……意外とあっさり別れた。もっと揉めるかと思っていた」  「揉めるってなんだよ」  「ずいぶんと離れがたそうだったから」  「ふつうは他人のセックスをのぞき見したこと、隠しておくもんなんだぜ」  「のぞき見などしていない」 キャスは大真面目にいった。「のぞき見ではない。私は隠れてなどいなかった」  おれは天界への階段から転がり落ちそうになった。「おま……キャス……じゃあ、おまえの姿、サムには……」  「見ていただろうな。君とキスしているときに目があった」  「――あいつそんなこと一言も」  「今朝、私には警告してきた。次は翼を折ってやると。君の手の大きさじゃムリだと言ってやったが」  おれはため息を吐いた。  「次があると思っているのだな」  「もう黙れよ」  「一年に一度の逢瀬を、続けるつもりなのか。君はもう年をとらず、彼は地上の王として妻をめとり、老いていくというのに」  「なあ、キャス。おまえに隠してもしかたないからいうが、おれが天界にいるのはサムのためだ。サムが死後に行く場所を守るためだ」  キャスはしばらく黙ったあと、唇をとがらせて頷いた。「そうか」  「ああ、そうだ」  「きみに弟がいて世界は救われたな」  おれは足を止めて、キャスの二枚羽の後ろ姿を見つめた。彼がそんなふうに言ってくれるとは思っていなかったから驚いた。  キャスが振り返っていった。「どうした」  「べつに。おまえ皮肉が上手くなったなって。ザカリアの影響か?」  「やめてくれ」 盛大に顔をしかめてキャスはぷいと先を行ってしまう。  「お、待てよ、キャス。おまえのことも愛してるぜ!」  「ありがとう。私も愛してるよ」    たとえばサムが結婚して、子どもができ、平和な老後を迎えるのを、ただ天界から見守るのも素晴らしい未来だと思う。義務感の強いサムのことだから、十中八九相手は有力貴族の娘か、他国の姫の政略結婚だろうが、相手がよっぽどこじれた性格をしていない限り、いい家庭を築くだろう。あいつは優しいし、辛抱強くもなれる。子どもにも偏りのない教育を受けさせるだろう。安定した王族の指導で、王国はますます繁栄する。国王と王妃は臣民の尊敬を受け、穏やかに愛をはぐくみ、老いてからも互いを慈しみながら、孫たちに囲まれ余生を過ごすだろう。  愛と信頼に満ちた夫婦。サムがそんな相手を見つけられたらどんなにいいか。おれは心から祝福する。それは嘘偽りのない真実だ。  だけど、それは死が二人を分かつまでだ。  サムが死んだら、たとえその死が忠実な妻と手をつなぎ、同時に息を引き取るような敬虔なものだったとしても、彼の魂はもう彼女のものじゃない。死神のものですらない。おれだ。おれがサムを直接迎えにいく。  そしておれがサムのために守ってきた天国で、おれたちはまた、やり直すんだ。  おれが精通した十一歳の朝からでもいい。  ぎこちなかった即位式の午後からでもいい。  世界におれたちだけだったら、どれだけ早くたがいの感情に正直になれたかな。それを試すんだ。  だから今は離れていても、いずれは永遠に側にいられるんだ。  今は言葉だけでいいんだ。おれを汚したいといったサムの言葉が何物にも代えがたい愛の告白に聞こえたなんて変かな。サムの愛の言葉と、この体のどこかに残っているサムの精だけで十分なんだ。  また来年、それをおれにくれ。おまえが誰かいい女と結婚するまで。  おまえのための天国を作って、おれは永遠が来るのを待っている。
おわり
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robatani · 7 years ago
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眠りの歌
 書庫の奥にある私室の小さな窓から冬の柔らかな光が注ぎ込み、猫達は静かに伸びをする。特に異変もなくつつがなく一日は過ぎ昼を超え、あいもかわらず私こと「黒斑指」サラムの地上での憑代たる天才イーリーンは不機嫌なまま。今回の不機嫌の種は色々あるが片方はいつもの通り自分が来ると水を打ったように静かになる同年代の神官達のこととその怒りに対して「まあまあかわいい神官達は緊張してしまったのね」的ななだめ方をしてくる内なる女神の鷹揚な態度であった。怒りをぶつけるかのように書庫の整頓をして数時間、流石に体の節々が痛くなって休憩に入れば、耳の奥から思わずうっとりして眠気を誘うような歌声が鳴り響く。
 これが私の現在の不機嫌の種のもう片方であった。朝起きて食事をとって、それから何時の間にやら耳に憑りついていた得体のしれぬ歌声。例えば喉に引っかかった魚の小骨、例えば歯と歯の間に挟まった太い肉の筋。着込んだ衣装の下で止まらない痒み、そういった物であり、原因は全く分から対処法はといわれると全く思いつかない、といった辺りがさらにむず痒い。
 「黒斑指」の神殿では様々な書物を扱う。書き記して残すことに関してはこの「都市」で右に出る神殿はいない。そりゃあそうだ。私の所のありがたい女神様は記録やこれから書かれる書物に対しての絶大なる影響力を持つのだから。ともあれ、そんな女神の神殿であるがために、ここには様々な種類の書物が奉納される。各地の貴重な書物を集めた妹神の「螺旋の書庫を預かる者」サラーシュの大図書館とは違い、こちらに収められているのは「これから自分たちが書く本が長く伝えられますように神様この本を奉納しますのでなにとぞよろしくお願いします」的な思考の産物であり、悪い言い方をすれば神に対するわいろの山なのである。なので集まっている本の種類も雑然としていて取り留めもない。あちらに楽譜があると思えば、こちらには春画、その隣には哲学書。とはいえ何か役に立つかもしれぬ、どこかにこのえもいえぬ耳鳴りの対処法が書かれていないかと調べたがそんな都合の良いことはあるはずがなく、私は書庫にある長椅子の上で不機嫌に体を横にしているのだった。
 歌声は止まらない。
 歌声の内容は分からない。全ての言語を理解する「黒斑指」の祈祷を使っても、そして神々の文字を読みとき身に着けた私の天才を持ってしても理解できない歌声だった。もしくは意味等元からないのかもしれない。歌声はどこからともなく眠気を誘い、このまま鼠避けのために飼われている猫達に囲まれて丸くなってしまいたい、そんな気持ちを誘ってくる。それでいて不快だ。私は側にあったペンで手の甲を刺す。私に対して羨望なり嫉妬なりをないまぜにしながら半神とみなしている奴らの前でそんな姿は見せてたまるか。聖女面しているのは嫌であったしあわよくばこの役職が終わればいいなとも思っていたが、ちゃんとしていないことで何かを言われるのはまた嫌だった。それでいて各神殿の神官長達、特に手のかかる姪をあやすような伯父めいた大書記のニクヴァ師には被った猫を投げ捨てるような態度ばかり取っているのだから我がことながら度し難いと思う。
「イーリーン様……書庫頭様?」
 名前も覚えていない神官の一人が心配そうにこちらを覗いてくる。聖句の縫い込まれた長衣はそこそこの地位があることを示しているが、書庫に出入りする神官の中では並みといった程度。都市の民におなじみの波打つ黒髪を結い上げており、平凡な顔立ちでありこれを覚えるのは難しいな、といった所。そんな没個性な神官の一名に心配そうな顔をされる理由は恐らく眠気が漏れ出しているのが見られたのだろう。���の底は不機嫌になる。聖女ぶるのはまっぴらごめんだが、私のいない場所での神官達のざわざわとした会話の中で「イーリーン様は「黒斑指」の寵篤いからと言ってお高く止まってらっしゃる」だの「所詮女神の後ろ盾がなければただの娘っ子」だのそういったことを回りくどく言われるかもしれないかと思うと業腹なので、いかにも心広く頭脳明晰この世の憂いなど全く知らないような微笑みを浮かべて、
「いえ、別に。そちらこそ休んだらどう? こっちはこっちで上手くやるから」
 などと心にもないことを言って見せるのである。本心としてはこっちに気を取られていないでせっせと働け奉仕の心で動け、どうせ私をさぼる口実に使う所なのだろうという所なのだが。
「ならよいのですが、イーリーン様。どうかお休みになってくださいませ。見れば午後の猫よりも眠そうな様子。先ほどもうつらうつらと舟をこいでらっしゃいました。私の方から他の方には告げておきますので……夕の祈祷までどうかお休みを」
 この神官、そんなに位が高かったのか。正直あまり神官達の顔を覚えていない私は迂闊なことをしたなと思いながらなおも笑みを作り、返す。何せ神々の文字を覚えてしまうまでは沢山いる普通の神官の一人であり、ある程度の年が経ったら俗世に戻り、本屋か何かを開こうか、ついでに良い相手を見つけて恋に落ちようかとでも思っていたくらいなのだった。書庫に出入りする程位の高い神官達の顔など知るわけない。いらいらする私の心を馬鹿にするかのように歌声は柔らかく耳の奥で踊り、私を眠気に誘っていく。このままこの神官の前で起きたままでいるのは難しい。今にもあくびが出そうなのを堪え、彼女を下がらせることにした。
「気持ちのみ受け取っておくわ。だけど人が眠いかどうか頭を動かすより大事なことがあるでしょう。勤めに戻りなさい。ええと」
「イーリーン様のお口を汚すほどの必要性のある者ではありません」
 私は内心でうへっとなる。名前を聞いたんであってお前のへりくだりを聞きにきたんじゃない。
 ���に呼応するかのように歌声は強まり、眠気は酷くなっていく。
「じゃあいいわ、名無しの神官さん。仕事を言いつけるから。今すぐ熱いお茶を、なんでもいいから、入れてき」
 入れてきて、と言ったはずだった。だが最後の言葉の代わりに自分の体がぐらりと揺れた。自由が効かない。目の前の神官は少しこちらを見ていたが早足でどこかに去って行った。誰かを呼びに行ったのか。面倒から逃げ出そうとしたのか?
 歌声に絡めとられるようにして崩れ落ちる。
 意識が遠のく。
 そして私は眠りに落ちる。
 歌声は止まらない。
 俺のねぐらはまじない師集まるまじない路地にあり、店名は銀の黒猫亭。矛盾している名前は最初に使役していた黒猫の魂を銀の像に封じ込めたから。店主である俺は自他ともに認める出不精で、この寒い冬の間は二度と外に出るものかと決めていた。ある事件でこっそりと神殿に呼び出され、冬のよくすべる下水道を歩かされ、その上で神々の戦いを見た後としてはもう一生分の冬を過ごしたという気持ちだ。顔が覚えられる範囲ではあるがそれでも沢山いる猫達にミルクをやり、猫の王との間に子供をこさえたばかりの黒長毛とその子供らに精の付きそうな塩気の薄いチーズを一欠けずつ渡す。他の猫達が羨ましそうに鳴くのをこちらの声で黙らせ、さて気分もいいから店を開けようかと俺は立ち上がる。
 その瞬間、一匹の猫が警戒するように毛を逆立てる。伝染した様に他の猫達もふしゅうふしゅうと剣呑な音を立てる。何事かと思って辺りの気配を探れば、扉の方から音がした。
「シモドール、だったか」
「シモドールは他にいないがね。あんた誰だ。店はまだ開けてないぞ」
 扉を開ければ恰幅のいい人影が一つ。飾り気のない質素なフードつきの外套を着込んでいた。外套の下に見える衣服も質素でとらえどころがなく、この客かどうかも分からない相手にどう対処していいか分からず、俺はいつでも猫達を襲わせることができるよう意識を集中させる。
 相手は俺の気配を察したのか、説明も面倒だという風にフードを降ろした。
「あんたは……ああ、書物の女神さんとこの。何でわざわざお忍びで」
 男は「鼠神」スリヴに関するごたごたの時に会った神官長達の内の一人であり、イーリーン……天才を自称していた女神の憑代、猫の子を一匹貰ってくれた娘と共にいた男であった。名前はニクヴァであったか。この前見た時には穏やかな物を感じさせていたふくよかな顔は焦燥を堪えているのか苦い物となっていた。
「あんたほどのお偉方がこの路地まで出てくるとは、どんな風の吹き回しだか……また鼠でも出ましたかね。それともイーリーンの子猫がいたずらをし過ぎるから返しに来たとかですかね……まさか俺を捕まえようとかそんな訳じゃないだろうな」
 警戒のポーズのままでいる猫達に喉を鳴らして落ち着けと命じつつ、俺はニクヴァの目の奥を覗く。読みとれたのはただひたすらの焦り。それだけ。
「イーリーンが目覚めない」
 しばらくの沈黙ののち、意を決したかのようにニクヴァはひっそりと口にする。
「あのお嬢さんが? そりゃあ大ごとだ。病か? 疲労か? いや」
 神官長たるニクヴァ殿がわざわざ俺のねぐらまで来るとしたら理由は一つしかない。まじないが入用なのだ。俺はこの界隈に住む奴らの御多分に漏れずまじない師だ。自慢ではないが猫遣いのシモドールといえば「陽の落ちる西方」の夜影の中で色々と剣呑な術を使って隠された品を盗み出し、人を呪い殺しその他様々なことをやってきた男で名が通っている。危ない橋を渡りすぎて「西方」に居られなくなり、顔知る者無く悪名だけがかすかに届いている「あまたの神住まう都市」でほとぼりが冷めるまで過ごそうとしてうっかり居心地がよく住み着いてしまい今は酒場の主人などやっている、という話はさておいて。俺は半引退の身であっても腕と直感を鈍らせたつもりはないし、「西方」でここにいる連中を束ねたよりもさらに剣呑なまじない師どもや杖持つ本物の魔術師達(この地には訳あって神から力を盗み取り神秘を行う魔術師という生き物はいない)と何度も術を比べあって生き残ってきた自負もある。そんな俺にわざわざ声がかかると言えば、それはまじないが入用だという以外にない。
「まあ、入れやニクヴァ殿。あんたまで風邪を引いたらことだ。こんな時に酒は無理だな。温かいミルクで茶を入れるから、それでも飲んで気を休めてくれ」
 ニクヴァはかたじけない、と小声で言い、自分の姿が見られていないだろうなと心配するように転がるように店へと入って行った。彼が長椅子に腰かければそこで横になっていた猫が逃げていったが、やがて戻ってきてニクヴァの柔らかそうな膝の上も良いかもしれないと飛び乗り丸くなった。
「で、だ。呪われたんだろう、イーリーンの嬢ちゃんは」
「説明する手間が省けたがどうしてわかった」
「まさかまじない師の所にパンの焼き方を聞きに来るわけはないだろうからさ」
 イーリーンと関わったのは一度だけだが、細っこい体に重いものを背負い、ついでにそれに対して不満を心の中に抱いている奴だった。立場からして敵も多いだろう。俺は神様同士の戦いはあまり知らないが、人同士の戦いはよく知っている。表だって蹴落とすことのできない相手を呪うというのは昔の時代からある常套手段であるし、俺もそういう奴らのお蔭で飯にありついてこれたのだった。
「だが、神殿の方で解呪できそうなもんだろう」
「いや……そちらの対策をしっかりしていたようだ」
 ニクヴァは膝に猫を乗せたまま神妙な面持ちで茶を飲み、説明を始めた。その様子を見て他の猫もこの男は温かそうだと思ったのか、そろそろと近づいてきた。しばらく後にニクヴァの周辺は猫だまりになっていた。
 俺は話をゆっくり聞くために椅子���持ってきてそこに座った。
 ニクヴァの話ではこうだ。イーリーンが倒れているのを発見したのは、用があって彼女の元に向かった若い神官であった。部屋ではイーリーンが倒れており、安らかとは言い難い寝息を立てていた。彼女を起こそうとしたが押しても引いても目覚める様子はなく、これは大事だとニクヴァの所に神官は慌てて駆けて来たという。最初は病かと思ったがニクヴァと癒し手達の見立てでは全くもって思い当たる節は無く、文字通りの神頼みで占いを行ったならば、
「筆先からは見えない手で捕らえられた女の物語とお前の名前が出て来たということだ、シモドール」
「……やったのは俺じゃないぞ!」
 思わず立ち上がる。
「大丈夫だ、お前がやったわけではないと出てはいたから。そうじゃなければ今頃店の回りを神殿剣士達が囲んでいた」
 冗談を言っている暇があるかという風に焦燥の混じった笑みをこちらに向けられた。
「若い神官も疑われたが、占いの結果すぐに彼ではないことが分かって解放された。イーリーンが倒れたことが公になると大事だ。しばらくは風邪で思うように体が動かないということにして人払いをしたが……」
「さて、そこで俺が必要というわけだな、ニクヴァ殿」
「そうだ、シモドール。占いにいわせてみればまじないの糸を無理やり祈りで切り落としては、何が起こるか分からないということ……」
 ニクヴァは猫の形に彫刻をほどこした大きな水晶を取り出した。細工は精密で、今にも飛びかかってきそうな具合。相手は俺の趣味をよく知っている。何せ俺は猫には目がないのだ。
「まず、これを前金として我らの依頼を受けてはもらえんか。イーリーンを目覚めさせてほしい」
 おれは一回限りだと思ったあの不機嫌な娘さんと妙な縁が出来てしまったなと思いながら目の前の水晶の価値を計っていた。
 ニクヴァに連れられてきたは神殿の奥、彼女の私室で眠るはイーリーン。月のように白い肌に、長く真っ直ぐな黒髪。若さが溢れ、前見た時は不機嫌で一杯だった顔は今は苦悶の色に歪んでいた。頬は異様に青白く、呼吸は浅い。
「ずっとこのままで……我々にできることは弱った肉体に悪しき物が近づかぬよう魔祓いの祈りを続けて唱えることのみで」
「いや、それでいい。下手に手を出さないでいてくれて助かった」
 癒し手の代表である中年の男が俺に対して一礼をする。集まっていた者達はニクヴァの信篤い者達らしく話が先に通っていたようで、珍しいものを見るようなそぶりこそあれこの不審者を追い出せ的な気配はなかった。有難いことだ。
 寝台の上のイーリーンへと近づく。彼女の衣を緩め、力の流れを指で測る。額。腕。手首。心臓。柔らかな乳房が手に当たり、何故か済まない気持ちになる。どこかに何かが囚われているような気配がして、これはことだぞ、と舌打ちをする。ふと、彼女の息が何事かを告げているかのような奇妙な拍子を帯びていることに気付く。それは音階にしては奇妙な、それでいて寝息にしては一定��調子を帯びた物。
 おれはぎょっとなる。「西方」で見たことのある術の一つであった。一般的で、それでいて危険なもの。暗殺にぴったりのまじない。
「ニクヴァ。イーリーンが今日食べたり飲んだりしたものを洗ってくれ!」
「何が……」
「このお姫さん、毒を盛られている! とても強烈な奴、あんたらに言ってもわからないだろうが「歌いの網毒」だ」
 毒の内容に驚いたのか、それとも毒を盛られたことに驚いたのか場がざわつく。俺も焦った。「網毒」は飲んだ者を眠りに引きずり込む強力な毒であり、それだけでも命取りだが、ある種のまじないと併用すると生きたまま命をからめとっていく危険な術へと変わる。頭に回れば終わらない歌に憑りつかれ、例え目を覚ましたとしてもやがては声に蝕まれて廃人になっていく。そうでなくても目覚める体力を失ってそのまま衰弱して死ぬという極めて趣味の宜しい術だ。特徴的なのは被害者が皆同じ歌を口ずさみながら死んでいくということで、これは最初に術を編み出したまじない師のサインのようなものだった。まじない師は妙な所で自己顕示欲が高い。今回はお蔭で助かったわけだが。
「イーリーンが倒れて��だ一日は経っていないよな。ならばまだ助かる目はある。皿を七つ持ってきてくれ! それをお姫様の回りにぐるりと並べてこいつを焚くんだ」
 俺は鞄から香草を出し癒し手へと投げる。うさんくさい物ではないし合法的に手に入る香草達ばかりだが、乙女の手のみで摘まれたり、月の夜ばかりに摘まれたり、三度雪解け水で洗われたりと特殊な状況を経験している。効能は簡単、目覚ましだ。どんな呪いであれ役に立つと思って持ってきたが正解だったようだ。
「焚くと一体――」
「煙が出るが臭いはそんなにひどくない。安心しろ。後、これから猫が出るが邪魔するんじゃないぞ」
 急いでインク皿が七つ持ってこられイーリーンの回りに置かれ、素早く火が付けられる。
 涼やかな匂いが部屋中に広がり、イーリーンの歌が少し止まり、彼女は咳き込んだ。
 ここまでは順調であった。俺は猫達を影から呼び出し、感覚をまじない師ものへと変える。この世ならざるものを見るための瞳を起こす。案の定イーリーンの首やら腕やら頭やらに歌う糸が絡みつき、網となり、彼女の肉体へと食い込んでいた。いや、もう内部にまで浸透している……急がなければならない……。
 俺は喉を鳴らす。影から猫達が波のように現れる。現実世界の方では息を呑むような音が聞こえたがそれを気にせず自分の意識を猫達に少しずつ明け渡す。猫の優れた感覚で見れば、強固な糸の弱っている所が良く見えること。完全なまじないなど存在しない。人の技には完全は存在しない。
「やってしまえ」
 猫達が一斉に寝台の上のイーリーンへと飛びかかり、彼女に絡まる見えない糸を遊ぶように次々と切り裂いていった。糸の抵抗もあった���、猫達の大合唱でかき消��れ、やがてされるがままに解けていった。
 猫達から意識を戻せば、イーリーンは半分目覚めたような顔で辺りを見ていた。
 俺は本当に大丈夫か、成功したか、と言いたげに彼女を支える。そして止めに
「誰か、盥を持って来い」
 すぐさま癒し手の一人が空の盥を持ってくる。準備がいいことで何よりだ。
 何をするんだとこちらを見るニクヴァを無視してイーリーンの口へと指を突っ込んだ。
 毒の混じっていたであろう食べ物が、水の残骸が、彼女の口から一斉に吐き出される。イーリーンは咳き込む。なにがなんだかわからないと言いたげな顔は相変わらずの不機嫌で、俺は安心する。
「お嬢さん。猫遣いの王子が助けに来ましたよ」
 冗談を言った刹那。イーリーンは体を震わせ、奇妙な視線をこちらに向けた。
「……誰か」
 零れる口調はやけに冷たく、寝起きの物にしてはしっかりしていた。
「イーリーンを害した者は誰か」
 イーリーンの姿が揺らめき光を放つ。優美な貴婦人の姿が陽炎のようにイーリーンに覆いかぶさる。イーリーンの声に二重写しになった声は文字通り神々しく、イーリーンのようで彼女の物ではない顔は静かな怒りと憂いをたたえていた。
「落ち着け、イーリーンだか中の神だか知らんが! こいつの体は目覚めたばかりだし毒も盛られていたんだ、静かにしてないと流石のあんたと言えども倒れるぞ!」
「人の子よ、これは我がいとし子に対する攻撃であり、しいては私への背信行為。速やかに罰を与えねばなりません」
 イーリーンであった者の瞳からは光が漏れ出、声は完璧な音となって身体に直接響いてくる。これが「黒斑指」サラム。名の通り、光り輝く右の指先は黒く染まり、それからインクのように黒い斑が手に飛び散っていた。一度「鼠神」と争っているのを遠巻きに見たが、もう一度見る羽目になるとは思わなかったし、まさか喋る羽目になるとは思わなかった。
 横を見ればニクヴァや取り巻きの神官達は平伏し、助けは得られないようだった。
「まじない師。共に来なさい。不届き者を見つけだし、その者に報いを与えねばなりません」
 俺は思う。女神であれ肉体はイーリーンの物だ。このまま立ち上がって動かれては何が起こるか分かったものではない。第一女神が気絶したら威厳も何もあったものではないだろう。それだけで済むならいいが、全てが終わった後にイーリーンがこときれていたら大変だ……報酬が逃げていくし、それ以前に人間として大事なものを駄目にしてしまう。
 俺は僅かに考えてから歌いはじめた。女神はどうかしたのかこの男はと言いたげにこちらを見る。俺は歌を続ける。イーリーンの中で渦巻いていた魔の歌ではなく、古くからのまじないの一つ。俺が師匠から教わった物の一つ。猫達の知っている歌の一つ。女神の降りているイーリーンに効くかはわからなかったが。柔らかな発音を何度も重ねて言葉でない歌を歌う。にゃごにゃごとしか聞こえないだろうそれは猫達の言葉で眠りの中へと誘う声であり、世の中の柔らかいもの、心地よいもの、はまりがいのある隙間等で作られていた。
「何をするのです、まじない師」
 はたして、女神の肉体の方には効いたようだ。彼女は��度ふらつき、訝しむような目でこちらを見る。
「いや、何。あんたはまだイーリーンだ。あの時みたいに完全に乗り移ってはいない……それだけの権限が今はないんだろう。完全な想像だが。だから、イーリーンごと眠らせる」
 歌う声を止め、それからまた音を連ねる。陽だまり、明け方の布団の中。暖炉の横。夏場は樹の影に。光は弱まり、イーリーンの万事反抗的で愚痴っぽい瞳が一瞬こちらを見たような気がした。
「眠れ、イーリーン。戻れサラム。お願いだから俺を恨まんでくれよ。あんたの毒が取れるまでしっかり世話をするし、不届き者はこっちでちゃんと捕まえておくから。女神様」
 イーリーンのようでイーリーンでない顔は眠たげにこちらを見た。俺は弱まってもなお神々しいその輝きから目をそらさずに、一人と一柱をじっと見た。神気を受けて震える足に力を入れる。
「本当に?」
 そう聞く声の中からは怒りが薄れており、少し面白がるような様子さえ感じられた。
「本当です、貴婦人様」
 サラムはしばし考えるように小首を傾げ、それから。
「では、いとし子の身と不敬者の始末、確かに頼みましたよ……悔しいですが、あなたの声は心地よい。あの歌とは大違い」
 優雅な笑みを浮かべ、サラムの光は消える。そして、イーリーンはぐらりと倒れる。慌てて抱きとめたその体は軽く、先ほどの眠りとは全く違う穏やかなものが表情に浮かんでいた。
「で、何なのですかこの花束は。弱った女と見て告白ですか。やめてください気持ち悪い」
「安心しろ。快気祝、いやこの場合は解呪祝だな。お嬢さんが今日もお嬢さんでいることへのお祝いでもある」
「まあ、サラムを穏便に戻して下さったことには感謝しますが。残念ながら私は人の入れたお茶と人の作った食事が一番好きなのであって飲めないし食べられない花にはあまり興味はありません」
 寝台で横になっているイーリーンに様々な香草を連ねて作った花束を渡せば、彼女のこの仕打ちである。元気なようで何よりだ。もっともこの花束はただの飾りではない。毒を払い、魔を寄せ付けないための呪術的防壁の要にもなる貴重な道具なのだった。本当だったら金を取るが、女神にイーリーンの世話をするといった手前、無料で大奉仕である。それでもまじない師の身でありながら神殿の中枢部に恩を売って関わりを持つことが出来たという大きなおまけがついたため、俺としては丸儲けだった。いつかこの縁も役に立つかもしれない。面倒事の種になるかもしれないがその時はその時だ。俺はイーリーンの所に養子に出した子猫をじゃらしながら未来のことについて考えていた。子猫は子猫特有の成長速度で大きくなり、母親に似た黒い毛皮がもこもこと体を覆っていた。
「……さて、あんたの方はもう大丈夫だな。後はあんたに毒を仕込んで呪いをかけた奴だが」
「ああ、それ知ってます」
「嘘だろう」
「天才ですので……というのは冗談ですけど」
 もしかしたら彼女が俺に対して冗談を言ったのはこれが初めてかもしれないと思いながらまじまじと見つめた。
「多分、私を嫌う一派です。前もありましたので。それに私が倒れているのを見つけた神官は見覚えのない神官と全然別の人でしたので。普通目の前で女神もどきが倒れたら驚いて人を呼ぶでしょう」
 イーリーンはこともなげに言った。
「女神は心が広大すぎて、自分の信徒の間の「小さな」いざこざは見えないんです。考えているのは記すことへの愛と信徒への母親のような感情のみ。まさか利益だけで自分の憑代を傷つける奴がいるなんて思いつかないのです。女神の限界ですね。視点が広すぎて小さなものは全く見えない」
「前にもあったって」
「虐められたって言ったでしょう。書物に毒を塗られました。寝台に偶然毒虫がいました。暗殺者に寝込みを襲われました。あるはずのない禁書が出てきました。その他色々陥れられそうになりました」
「そりゃあ、」
 俺は口をつぐんだ。子猫はじゃれる手が止まったのを見て飽きたように素早くイーリーンの寝台へとよじ登る。イーリーンは面倒そうだがまんざらでもない顔で小猫を撫でた。
「生憎私は天才ですが基本的に廊下での陰口や陰湿な物隠し、酷いあだ名等しか知らない小娘ですので」
「あんたなあ」
 どうもこの短い付き合いでわかったことは基本的にイーリーン嬢は人に必要最低限以上の感謝を言わないひねくれた性根の持ち主である上に万事が万事すねているか不機嫌でいるかどちらかという娘だということだ。そんな所が災厄を呼びこんでいるのか、それとも呼び込まれた災厄のせいでそんな性格になってしまったのか分からないのだが。
「なんというか、難儀な人生だな」
「同情ですか」
「いや、まあ、上手く言えないが。面倒な時は本当に面倒だって誰かを頼っていいんだぞ」
「頼るに値する誰かはいません」
 俺とイーリーンは睨み合う。猫がその間をちょろちょろと動き回る。
「じゃあ俺にこぼせ。女神に世話をするといった手前だ。ニクヴァから金も貰っている。あんたの嫌いな同情じゃなくて金での信頼関係だ。これなら安心だろう」
 この不機嫌が板についた小娘に付き合っているのはひねくれ者の猫をあやしているようで正直暇がつぶれるし、それでいて金が入ってくるならば大歓迎だ。
「でも……あなたはまじない師で」
「今じゃまじない師が神殿に顔を出してはいけない法はないだろう」
「法はないけれど慣例として!」
 俺は笑う。
「イーリーン、あんたは慣例とかは嫌いそうな性質だとおもったがな」
「そうですけど! そうなんですけど!」
 俺はしばらくイーリーンを悩ませておくことに決めた。
 また様子を見に来るぞ、と言って去った後も、イーリーンは悩んでいるのではないかという気がした。
 残された暗殺者の探索とイーリーンの保護の為に、影から猫達を放ち、俺は帰路に付く。
お題:「歌」
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modernheavy · 1 year ago
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今日読んだ漫画 2023年7月11日(火)
パルシィ(漫画アプリ)
��『メガネ、時々、ヤンキーくん』なるき
りぼん2023年8月号
😈『絶世の悪女は魔王子さまに寵愛される』朝香のりこ+*あいら*
❄️『ハロー、イノセント』酒井まゆ
🤖『友達ができました。』森ゆきえ
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マーガレット2023年15号
🐇『あにまる荘202』森月あめ
🌈『虹野原で恋はできない』緒川あお
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LINEマンガ / デジタルマーガレット(デジマ)
☔『この恋は世界でいちばん美しい雨』碧井ハル+宇山佳佑
作品ページ
⬇️
この恋は世界でいちばん美しい雨
デジタルマーガレット(デジマ)
🌸『桜のような僕の恋人』加藤朱々+宇山佳佑
作品ページ
⬇️
桜のような僕の恋人
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modernheavy · 1 year ago
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今日読んだ漫画 2023年7月4日(火)
アルファポリス
⚔️『詐騎士』麻菜摘+かいとーこ
りぼん2023年8月号
😈『絶世の悪女は魔王子さまに寵愛される』朝香のりこ+*���いら*
🤖『友達ができました。』森ゆきえ
❄️『ハロー、イノセント』酒井まゆ
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ジャンプSQ. 2023年8月号
💀『怪物事変』藍本松
くらげバンチ
🎮『2フレで泣いてる神田さん』吉川景都
LINEマンガ
☔『この恋は世界でいちばん美しい雨』碧井ハル+宇山佳佑
🦊『怪物事変』19巻 / 藍本松
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pixivコミック
👹『蜜の巫女と花の従者』のくらじれ
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modernheavy · 1 year ago
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今日読んだ漫画 2023年7月3日(月)
コミックライドアイビーvol.05(電子書籍)
⚔️『蜜の巫女と花の従者』のくらじれ
LaLa 2023年8月号
🐉『龍皇の影姫』大宙晃
⚔️『あかのたち』海道ちとせ
りぼん2023年8月号
❄️『ハロー、イノセント』酒井まゆ
👰『初×婚』黒崎みのり
😈『絶世の悪女は魔王子さまに寵愛される』朝香のりこ+*あいら*
😘『キスで起こして。』春田なな
🍋『ハニーレモンソーダ』村田真優
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アルファポリス
⚔️『詐騎士』麻菜摘+かいとーこ
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