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#耳当て付きニット帽
shukiiflog · 1 year
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ある画家の手記if.39  告白
三人で家族旅行をして、香澄の睡眠も落ち着きだしてからしばらく経ったある日に、情香ちゃんは唐突にこの家を出て行った。 もともとこのままずっとここにいる気じゃないのは僕も香澄も分かってたし、出ていくことに変な他意はなくて、そろそろいつもの体を動かす忙しい仕事に戻りたくなったんだろうなと思った。
荷物もないし玄関まででいいというから、香澄と二人で玄関で見送る。 一人靴を履いた情香ちゃんは玄関で香澄の頭を髪が爆発したみたいになるまでわしわし撫でたあとで、満足したみたいに笑った。 「ん。もうそんな痩せこけてないな」 「…うん。ありがとう。情香さんの料理おいしかった」 情香ちゃんが香澄をまっすぐ見つめる。 「困ったらいつでも呼びなよ」 「うん」 「…香澄の目は綺麗だな」 そう言って情香ちゃんが香澄の頭を両手で挟んで持って引き寄せ て 「?!」 「ちょっ…」 香澄の目元に軽くキスしていった。香澄はフリーズして目をぱちくりさせてる。 僕は後ろから香澄を抱きしめて牽制する。 「…情香ちゃん、や、やめて…。香澄口説かないで」絶対僕が負けるから。 「そう思うならもう少しお前も大人になるんだな」 情香ちゃんは笑いながら颯爽と扉の向こうに消えていった。 「……。」 「………。」 室内に残された二人でしばらく同じ体勢のまま固まる。 「……香澄…情香ちゃんに心変わり「してないよ?!」 つっこまれるみたいに否定されてほっと息をつく。…へんな感じだ。前だったらそんな、香澄が誰を好きだって、こんなに焦ったりしなかったのに…今僕に気持ちの余裕がないのかな、家族になろうって言ったときだって僕は、香澄にほかに彼女とかがいるならそれで…って思ったり…してたのに。 ……もしかしてこれが独占欲ってやつかな。 もやもやを新鮮に感じながら、香澄に提案する。 「…ねえ香澄。僕はこれからどうしてもやりたいことがあるんだけど、香澄も手伝ってくれる?」 香澄は後ろから抱きしめてくる僕の腕の上に手を乗せて、僕の足の上に足を乗せて、僕もそれに合わせて足をぶらぶらさせたり体をゆらゆらさせて二人で玄関先で一緒に揺れる。 「いいよ。やりたいこと?」 僕はそのまま足の甲に香澄を乗せて二人羽織みたいな二足歩行を戯れにしながらリビングまで戻った。 香澄をソファに待機させると、家族旅行で買ったばかりの防寒具一式をすばやく取ってくる。 ソファに座った香澄にぐるぐるマフラーを巻いて頭に大きめのニット帽をしっかりかぶせて耳まで覆った。体にコートをかける。 僕は寒さに強いから適当なコート一枚でいいや。 「よし、出発」 二人で家を出て、すぐ隣のひらけた公園まできた。 まだ雪が積もったままで、隅のほうに少しだけ子供が雪で遊んだあとが残ってる。 一番綺麗に高く積もったあたりを二人で探して見つけた。 「…よし。香澄、雪だるま作るよ」 僕の真剣な声にとなりの香澄がふっと息を噴き出すみたいに笑った。 「…え。なにに笑ったの」 香澄は手袋をした手で口をおさえて笑いを堪えるみたいにしてる。 「な、なんでもないよ…作ろっか」 …また僕へんなことやらかしたのかな…でも香澄は嫌な気になってるわけじゃないみたいだ 「香澄…」 じと…と香澄を半目で見たら、香澄が笑って両手を掲げて降参しながら白状する。 「直人かわいいなと思ってつい、だってすごく気合い入ってて、ほんとに真剣にやりたいことみたいだったから、なにかと思ったら…」 まだ笑ってる。雪だるまは子供の遊びじゃないんだぞ。 二人で小さな雪玉を転がしながら、僕が胴体、香澄が頭を担当することになった。 香澄が凍った空気に白い息を吐く。 「はー…… 今日からもう情香さんいないんだね…」 「香澄が呼べばきっといつでもまた来てくれるよ。僕が呼んでもあんまり来てくれないけど…」 「そういえば直人は情香さんと一緒に暮らしたことないって言ってたけど、二人が一緒にいるのすごく自然だったよ。幸せそうだった。どうして別々に暮らしてたの?」 「………」 僕の返事がそこで途切れたから香澄は慌ててつけくわえた。 「ごめん、口出しなんて…「いや、なんでも聞いていいよ。香澄も家族なんだから」 笑って香澄が謝るのを遮ったものの、質問には答えられずに、話は自然と別のことにうつっていった。 かなり大きくなった雪玉を、バランスをとりながらふたつ重ねて、二人で支えてしっかり立たせる。 長身の男二人で丸め続けた雪だるまの身長はなかなかのものになった。少なくとも子供が集まって作れるサイズ感じゃない。 「僕は目を探してくるから、香澄は鼻か口を見つけてきてくれる?」 「なんでもいいの?」 「いいよ」 二人で手分けして公園内の木や石を見て回って、手頃なものを探す。僕は黒々としたつぶらな石の瞳と元気に広がった枝の腕二本を見つけた。香澄も尖った石を持ってきて、顔の真ん中に鼻にして刺した。 目も腕もついて、ちょっとだけ天を仰ぐ顔の角度で、かわいくできた。完成だ。 「香澄、ケータイ持ってきた?」 「持ってるよ。写真撮ろうか」 「うん、……誰か…撮ってくれる人がいたら…」公園内は平日だからか閑散としてる。香澄と僕と雪だるまを撮ってくれそうな人が通りがからないか待ってみる。 すると一匹の大きなシェパードが遠くから僕らのほうに向かって猛スピードで走り寄ってくるのが見えた。 人なつこいのか、雪だるまに興味があるのかな。 「首輪つけてるね、飼い主に写真が頼めないかな」 二人で飼い主の影がどこかにないか見回す。 すぐに体に触れられるほど近くにきた犬の頭を撫でる。吠えたり噛んだりもしない、よく躾けられたいい子だ。 「直人、犬には嫌われないんだ」 「ね、猫だけだよ…あんなに嫌われるのは」 「犬も好き?」 聞かれて一瞬ぼうっとする …似てるってよく言われるな 犬は好き 特に大きい犬は僕がぎゅって抱きしめても骨を折ったりしなくて安心だし 犬は好きだったよ 飼い主が …いや、飼い主のことだって別に嫌ってたわけじゃ その時、雪上に大きな指笛の音がまっすぐ空間を貫通するように響き渡った 「…あ、この子の飼い主さんかな」 香澄が音のしたほうに振り返って、丘の上の散策路に人影を見つけた。 笛の音で犬は全身をぴしっと引き締めてまた一直線に音のしたほうへ駆け出した。 犬の…首輪に下がってたあれは名札? BU…STER…? 「come,バスター」 散策路の人影が一言発した 介助犬とかの訓練用に共通で決められてる命令語だ 犬と一緒にすぐ木立の陰に消えていって僕にはほとんど見えなかった 襟を立てたロングコートだけちらりと見えた 「………人違い…」 …だと思う。あの人はこの時期に日本に滞在してることは滅多にないし ここに居るほうが変だ 「直人」 横から怪我してないほうの腕を香澄にひっぱられた。顔を覗き込まれる。 「変な顔してるよ。大丈夫?」 「…うん。なんでもない」 いつも通り笑ったつもりだったけど香澄に手袋をはめた手で顔を挟まれる。…心配かけちゃってる。 「…さっきの人、知り合いだった?」 「…ううん、人違いだよ」 今度こそうまくちゃんと笑って、香澄をぎゅっと抱きしめる。 「雪だるま…大きく作ったからきっと明日もまだちゃんと残ってる。今日は写真は諦めて帰ろうか」 「…うん」 二人で雪だるまを公園に残して家のほうへ歩き出す。 まだちょっと心配そうにする香澄の頭をわしゃわしゃ撫でて頭を胸に引き寄せてこめかみにキスした。 香澄の右手から手袋をすぽっと取ると、素手になった香澄の指に自分の指を絡めて、しっかり繋いだ手を僕のコートの左ポケットに突っ込んだ。 夜。久しぶりに二人だけで夕飯を作って食べる。 ひとり分の賑やかさが消えて、ほんの少しだけ寂しいような、不安なような。 それをかき消すように二人でいつもより手間をかけて凝った料理をいくつも作った。 食事が終わって片付けも済んで、僕がソファに座ったら香澄が横からするりと僕の膝の上に座った。…かわいいな。 香澄の体を包むように抱きしめる。 「…こういうの久しぶりだね」 って、自分で口に出しておいてだんだん恥ずかしくなる。 情香ちゃんもいたときはそういうことを意識して避けてたわけではなくて、自然とそういう気分にはならなかった。 「…香澄、こっち向いて」 僕の腕の中でゆったりリラックスしてた香澄が顔をあげて僕を見る、手で顎をとって軽く開かせると舌をさし入れて深くキスした。香澄も目を閉じて舌が口内でゆっくり絡み合う。一度少し唇を離してもう一度、角度を変えてもう一度、そうやって何度も深いキスを繰り返してるうちに、身体の芯からじんわり溶けそうになる。…気持ちよくて目が潤む。 一旦休憩。口を離すと少しだけあがった息が至近距離で混ざり合う。 「…香澄… …したい」 正直にこう言っても大丈夫。香澄はもう嫌なときはちゃんと嫌って言える。迫られても襲われても、意に沿わないときは自分の身を守れる。…帰ってきてくれた。それがすべてだった。 香澄の両腕が僕の背中に回って、ぎゅっと僕の体に絡められた。 「……うん…」 首元にあてられた香澄の顔は見えないけど、ちゃんと聞こえた、返事。 そのまま香澄の脚の下に腕を通してもう片腕で背中を支えて、横抱きにしてソファから抱え上げる。 左腕に少しだけ痛みがあった。負担がそっちにいかないように香澄の体の重心を少しずらす。 ドアを開けっぱなしだった僕の部屋に入ってベッドの上に香澄をおろすと、少し赤らんだ頰にキスを落とした。
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junikki · 2 years
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Sheep 🐑 Bag
katespadeのゾウバッグが最近お気に入りすぎて、毎日のように使ってますが、できたら冬らしいぬいぐるみみたいなバッグ欲しいなと思って。指編みでこんなフワッフワなバッグ編んでみました。
dolleramaで買ったでかいチャンキーニットをひと玉丸々使用。ラベル捨てちゃったから何gぐらいだったか分からんけども、たったひと玉でも結構大きめサイズです。
このバッグ自体の編み方はこれを参考に⤵︎
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ちなみに編む時はほんと手前の目とぴったりつけるようにして編んでいくと隙間が生まれにくくて良いです。でもまあある程度緩めに編まないと編み目も綺麗に出てくれないからね。
ニット帽の要領で編んだ半円に適当に耳と目のビーズ、鼻を縫い付けただけです。足やしっぽをつけても可愛いかも。
結構でかいので割と色々入ります。伸びるのもあるし。モバイルバッテリーとかも入る。でも裏地付けてないのでやっぱ小物類は落ちるからポーチに収納しないといけないけどもね。
机の上に置くとこんな感じ🐑 机に置くと本当にただの大きめなぬいぐるみにしか見えん。
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ちなみにこの時も私はクチートのレイドをソロでがんばってるところ。毛先はcoloristaの紫(metallic orchid)をブリーチ一回のところに塗ったら毛先まで何故か広がってしまってなかなか色落ちしないのでつらい。写真で見るとやっぱ結構ショッキングピンクやね。肉眼で見るともっと薄い感じなんだけどもね。写真だとよっぽど日当たりの良い場所とかで撮らないと暗く写るのかもしれん。前染めた時も1ヶ月は余裕で持ってたし、カラートリートメントのはmずなのに結構しつこく色味残るよね。色抜けてブリーチ一回のところと明らかな差が出てきた頃にブリーチもう一回するかーー
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てか、耳あて付きで、ナイキとか、めちゃくちゃ🤣🗯️珍しいのよ🤣🗯️そう、このアイテム🤣🗯️相当、ヤバいんよ🤣🗯️実は🤣🗯️
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俺、禅仏教に、ハマって、洋服、書籍、ほぼほぼ、断捨離したんやけど、この、耳あて付きニット帽は、捨てれん、かったんよ🤣🗯️ヤバいから🤣🗯️
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littlesallywalker · 2 years
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日記
何度も同じ話をするじーさん。
落語家さんからの見え方の話はよく覚えていて、
その事への納得というか経験を何べんもやり直して、
日々更新しているといった。それをうまく説明できない。
だから今日も同じ話をするしかないのだけれど。
かすれたコートに銀のハーモニカホルダーをして延々とEを奏でる。
整髪がおっくうでニット帽をかぶる。よくあることさ。
いたいけな道をも行くバスは蒸気の中で誰からも見えない。
フロントは沈むことがなかったオーガストムーンが未だにでていて、
ほぼ半月の暦、シミュレーションの挨拶を考えてあそんでいた。
”見つけやすいように松本清張みたいな眼鏡と腕章をしています。
変質者みたいな格好できましたんですぐわかるとおもいます。”
大江健三郎は「個人的な体験」をいちばんに読みました。
あの家にうまれてきてしまったわたしからの角度で。
(高校生、朝の「読書の時間」とやらに)
昨日は通院日で、せんせいに七億円もらった。
あとからわるくて、でもわたし気に留めてもらえてうれしい。
「深々と、頭をさげるときは必ず」いつかの自分自身の言葉。
どうもありがとうございました、すこし落ち着きました。
なくした心をとりもどして、胸いっぱい生きてみたい。
お金じゃないものにくくり付けられてしまっていた。
大切で重要で宝物だっていうことはわかっているよ。
食べ物がなくなっちゃったよ。
なぜか日記にこっそり書いてみたいことがあった。
わたしはある年に桜エビ~ずさんというグループをみて、
けっこうぐっときてライブに行ったりCD買ったりしていた。
反対にあいかわらずその程度の見方ふれかたではあるけど。
すっかり名作と思う二枚のアルバムは棚の奥にしまった、
だけど眠ったわけではなく今は「ukka」というグループ。
2人辞めたあと何人か加入したようなことを小耳に挟んだ。
忘れられないんだけど、その辞めた子のひとりの、
当時「水春」さんのダンスがすごく好きだった。
今はダンスはしなくなったようだけど特にはお元気そうで何より。
「ぐっときた」動画で「グラジェネ」という曲の中で、
念のためボブっぽい女の子が髪を振って歌う姿、
それが水春さんで、こんな言い方はなんだけど、
この曲このダンスをみることはやや落ち込んだときも叶う。
急に言いたくなった。あれはこの先の家族会議の夜でさえ。
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marinco-maringo · 2 years
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【web shop 25日23:59までです🤗❣️】 本日ちょろりとwebshopにアイテム増やしました🤗 そして、マルチストラップも少しだけ増やしました! あ、くるくる帽も!mamiクリップも!ニットポシェットも!!笑笑  ちょこちょこ増やしております⭕️笑笑 もし良かったらご利用下さいませ🙇‍♀️💓 今回はお客様がご購入されたラインナップが本当に上手にカラーコーディネートされていてとても感激!! 思わずご購入品を撮影してしまいました!笑笑  すでに梱包してしまってる方のものは無理だったんですけど、はっ!と気がついた方のものは撮らせていただきました🤗笑笑 顧客様は顔を思い浮かべてにやりとしながら😙 ご購入くださいましたお客様本当に本当にありがとうございました🙇‍♀️🙇‍♀️🙇‍♀️ ✔️web shop販売は明日2/25 23:59までになります🙇‍♀️ 是非ご利用下さいませ❤️ 引き続き、アトリエショップご来店のご予約も受け付けております😊 お気軽にお問合せ下さいませ🤗 #marinco_maringo #マリンコマリンゴ #knit #knitaccessory #ニットアクセサリー #ニット #編み物 #編み物作家 #ハンドメイド #handmade #ハンドメイドアクセサリー #大ぶりアクセサリー #個性的アクセサリー #個性的ファッション #大ぶりイヤリング #大ぶりピアス #個性的ピアス #個性的イヤリング #ハンドメイド好きさんと繋がりたい #編み物好きさんと繋がりたい #japan #fashion #日本手作 #日本耳環 #ヘッドドレス #headdress #hairaccessory https://www.instagram.com/p/CpC-524PM8e/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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mori-mori-chan · 2 years
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よきかなよきかな@2022
今年も残り僅かになりましたので、超ざっくりと今年買ってよかったもの等を振り返ってみたいと思います。
・左手デバイス(正式名称『8BitDo zero2』)
プロでもなければ上手くもなく、需要皆無の下手の横好きで絵を描いているので「私ごときが買ったところで……」と思っていたのですが、もう買う前には戻れません。失くしでもしたらまた某ドンキへ買いに走ります。
前提としてPC自体がBluetoothに対応している必要があり、「は!?わからんのだが!?」と混乱し博打状態で購入したのですが大丈夫でした。ゲームパッドモードとキーボードモードのいずれかで接続するのですが、PCでクリスタを使う私の場合はキーボードモードで使用しています。
先に各ボタンに使いたい機能を割り振っておくだけでもういちいち消しゴム↔ペン等と液タブをタッチして切り替える必要がなく、左手に握ったコレでボタンをカチカチするだけでいいんです。うなぎ上りする作業効率!アンドゥや画面の拡大/縮小、ブラシ/消しゴムの太さの増減も楽に実行出来、「逆に何で今まで買わなかった?お?」となりました。私の様に下手な人程買うべきかもしれません(作業に対する苦痛が大幅に改善されるので)。
・Bluetoothイヤホン(正式名称『GRFD-BCH MaxB300』)
機種変したiPhoneにイヤホンジャックがなくパニック状態になっていた私を見かねた交際相手がプレゼントしてくれました。好きだよ……(チュッ)。しかしなんとこのイヤホン、作っているのはゲオだそうで驚きました。
かねてよ���AirPodsが気にはなっていたのですが、私の性質上間違いなく買って3日で片方紛失待ったなしだったのでどうにも踏み出せず。ですがこちらは耳から後頭部を渡して耳に引っ掛けるタイプなので、落下による破損や紛失の恐れはありません。骨伝導タイプで耳を塞がない為、音楽しか聴こえないことはないので交通の際は便利かなと……逆に言えば、音楽に没頭したい・他の音は聴きたくない、という方には不向きかもしれませんが、一応耳栓が付属されておりますのでそちらを併用すればいいらしいです。
公式サイトには"ヘアスタイルを気にせず使用できる"とあるのですがニット帽等を深く被り耳周辺を覆っている場合や、オカモト“MOBY”タクヤやレキシ、初期スキマスイッチ常田のようなドデカいアフロの方は厳しい……かな……。眼鏡をかけている方は、イヤホン→眼鏡の順で装用すれば意外とスッといけます(自身で検証済み)。
・シルクキャップ
Amazonで約900円のものを2つ購入、その後髪が伸びてきたので別Ver.を1つ追加購入、そして姉からのおさがりが2つの計5点を所有しております。最初の2つは正直ポリエステルやろ……と思うのですが尼のレビューでは皆さん好意的な意見を寄せていたしたので私だけが違うものを送られたのかもしれません。2回も。
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結論から言いますと、睡眠中に摩擦から髪を優しく守れるのであれば別にシルクでなくとも問題ないのかもしれません。というのも、最初生地の余りのペナペナさ&妙な艶感にかなり半信半疑で被ったのですが翌朝髪がツルサラ&寝ぐせなしになっており、1度の仕様で確かな満足を得られたからです。そして実家に泊まりに来た姉に半ば強制的に使わせ、姉も追いシルクキャップを(ゴム部分がしっかりしすぎて圧迫感があったとのことで私の元へ来ましたが普通に使えております)。
なお、今だったら間違いなくAmazonではなくSHIENで購入していると思います。
・ドライヤー(正式名称『ヘアードライヤー ナノケア EH-NA0G』)
ここ最近の最もお高いお買い物です!値段で尻込みしていたのですが、死ぬ迄の日割りを考えた結果買うなら早い方が……と清水のステージからダイブしました。
前出のシルクキャップと合わせて髪の質が明らかにマシになりました。回し者ではなければステマでも#prでも#adでもありません、本当にいいんですよこれ……純粋に風力が強いのも◎です(風呂上がり時感謝!)。
具体的に何がどう良いのかは正直よく理解できていないのですが、とにかく髪の艶と潤いが明らかに改善されているので清水のステージからのダイブしがいがありました。
買い物編は以上です。ここからは、やってよかったこと等自身の行動を上げていきます~!
・SHEINアカウント作成 
全てのものが異常に安い通販サイトSHEIN、気付けば私もSHEIN VIP S2ランクです。SHEIN VIPって何?
何がいいって2000円から送料無料なんですよね……コスメ系の通販サイト等は結構3000円から送料無料とかが多いのでう~ん、となるのですが2000円からならば気軽に買えてしまいます。実際に数えた結果7月にアカウント作ってからピアスだけでも34点買っていまして、数えてびっくりです。何気に私の趣味の一つである写真撮影に使える小物も多くてありがたいです。物によっては尼の半額程で買えたりしますし。
色々と思うところがないわけではないのですが(明らかなハイブラパクリデザインがあったり……)、まぁ、安いので使っちゃいますよね、SHEIN……。
・麻雀
毎週でもしたいくらい楽しいです。皆も麻雀しましょう。
・パーマ&カラー
これはここ最近の最もお金を有効に使えた好例だと感じております。自分で言うなって話なんですがぱっと見のビジュがちょっとだけ良くなったのではないかと……因みに何故ちょっとだけかというとよく見ると普通にアレだからです。というかよく見なくてもアレだからですが、ほんの1秒以内に人様の視界を汚染する分には以前より与ダメージを減らせたのではないかと……。
たまたま目にした某指原女史のYouTube動画で、彼女の髪形がとてもいい感じだったので同じくらい伸ばすことを決意した次第です。なんせいいドライヤーとシルクキャップがあるので、思い切って胸下くらいまで伸ばしたいですね~!
今年も残り僅かになりました。来年もなんとかやっていきたいものです。
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gallerynamba · 5 years
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◇ PDR phisique du role(フィジクドゥロール)のLady’s ニット帽が入荷しました。 PDR phisique du role SHOW SAMPLE 【ニット帽】20,900円(税込) ↓弊社HP商品ページ↓ http://www.gallery-jpg.com/item/18PR308/ 素材、本体:メリノウール50%、アルパカ25%、アクリル25% カラー:グリーン系 サイズ:フリーサイズ 再入荷予定はありません。 暖かみのある素材のニット帽。 耳当て付きなので防寒にもピッタリです。 これからの寒い季節にぴったりです。 是非、店頭でお手にとってご覧ください。 Gallery なんばCITY店 【営業時間】10:00~21:00 【休館日】年内無休 【PHONE】06-6644-2526 【Facebook】https://goo.gl/qYXf6I 【instagram】http://instagram.com/gallery_jpg 【Twitter】https://twitter.com/gallery_jpg 【ブログ】http://ameblo.jp/gallery-jpg/ 【オンラインショップ】http://gallery-jpg.com/ #PDRphisiquedurole #PDR #フィジクドゥロール #ピーディーアール #ニット #Knit #ニット帽 #帽子 #ウールキャップ #ウール素材帽子 #メリノウールニット #アルパカ素材帽子 #耳当て付きニット #アルパカ帽子 #ニットキャップ #アルパカ素材ニットキャップ #メリノウール素材帽子 #ウール素材ニットキャップ #リブニット帽 #リブニット #耳当て付きニット帽 #ニット耳当て #秋冬アクセサリー #冬アクセサリー #秋冬小物 #冬小物 #なんばシティ #なんばスカイオ #NAMBACITY #NAMBASKYO https://www.instagram.com/p/B5ZO-YIJecF/?igshid=19vn9spzpclr7
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sorairono-neko · 3 years
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結婚したら…
 厳しい注意をし、それを直すように言ったあと、勇利は確かによくなかった点を修正し、さらに、ヴィクトルが期待したり想像したりした以上の出来映えですべって見せた。ひとみをきらきらと輝かせ、はしゃいだように戻ってきた彼は、「どうだった!?」と声をはずませて尋ねた。 「よかったよ、勇利! すばらしかった! おまえは最高だ!」  ヴィクトルは勇利を抱きしめ、感嘆の吐息をついた。 「いまの感覚を忘れないようにね。誰もを惹きつける、魅惑的な演技だったよ」 「ほんとに? ヴィクトルのことも?」 「もちろんさ。俺がいちばんとりこになるんだよ」  ヴィクトルは勇利の額にキスし、それからつややかな黒髪をいいこいいこと撫でてやった。勇利は頬を紅潮させ、うれしそうににこにこした。 「もう一回すべってきていい? いまのを身体にしみこませるから」 「いいとも。すてきな勇利をたくさん見せてくれ」  勇利は注意されたこともそれで上手くいった演技も忘れることなく、練習時間が終わるまで充実したすべりを見せた。ヴィクトルは更衣室で着替えるときも勇利を褒め、引き寄せて髪に頬を寄せた。 「どんどんよくなってきてるね、勇利。俺は鼻が高いよ」 「試合のときもそう言われるようがんばるよ」  勇利が更衣室から出ようとしたので、ヴィクトルは引き止めて彼と向かいあった。 「ちゃんとしなくちゃだめだ」  ヴィクトルは適当にぐるっと巻いただけだった勇利のマフラーをぐるぐる巻き直して、隙間ができないように工夫した。ヴィクトルにはなんともないけれど、ロシアは寒いので、勇利にはつらいだろうと思ったのだ。ニット帽も耳がきちんと隠れるようにひっぱってやり、眼鏡が曇らないために気遣ってマスクの位置も変えた。 「勇利のかわいい顔が見えなくなるのはさびしいけど、仕方ないね」 「なに言ってるの?」  勇利は本気にしていないようで、楽しそうに笑うばかりだった。勇利に夢中のヴィクトルは本気で言っているのだった。 「それから手袋も……、勇利、なんてことだ、手がつめたいじゃないか」 「えっ、そう? 感覚としてはあったかいんだよ。たくさん動いたから」 「でもふれるとつめたい」  ヴィクトルは大きな手で勇利の手を包みこみ、丁寧にあたためてやった。 「いいよ、そこまでしなくて」 「俺がしたいんだ。おとなしくしておいで」 「ヴィクトルは過保護なんだよ」 「こんな手をしておいて何を言ってるんだ?」 「だから、ぼくとしてはつめたくないんだってば……」 「油断はいけない」 「油断じゃないよ。事実」 「すこしは俺の言うことも聞いてくれ」 「聞いてるよ。いつも」 「いつも……?」 「いつもじゃん」  拗ねて頬をふくらませる勇利が、たまらなくいとおしかった。ヴィクトルは自分の満足がゆくまで勇利の手をあたため、それからふたりでクラブを出た。 「夕食の材料を買って帰ろう」 「ぼくあれ食べたい。ビーツが入った……」 「いいとも」  ヴィクトルは勇利が希望したスープの材料をたっぷりと買いこみ、勇利と連れだって帰宅した。こうして勇利と買い物をして歩くのは、ヴィクトルのもっとも好きな勇利との行動のうちのひとつだ。ヴィクトルは勇利とすることはなんでも好きなので、「もっとも」も何もないのだけれど。 「着替えたら居間でのんびりしているといい」 「ぼくもつくるよ」 「いいんだ。勇利はマッカチンと遊んでてくれ。さびしかっただろうからね」 「うん……」 ��ヴィクトルが忙しい時期は勇利が毎日食事をつくっていた。それ以外にも家のことをすべてこなして、ヴィクトルの生活がとどこおりないようにしてくれていた。だからヴィクトルは、自分に時間があるときは、できるだけのことをしたいのだった。勇利が来るまで料理なんてしたいと思ったことはなかったし、そうしようという発想すら持っていなかったけれど、いまはちがう。勇利との暮らしをいとなむためならどんなことでも楽しい。 「さあできたよ。こっちへおいで」 「お皿並べる」 「いいよ。席について」 「並べる!」  そう言い張って手伝う勇利があまりにもかわゆく、ヴィクトルはきゅんとして胸を押さえた。かわいい俺の勇利……。  ヴィクトルのスープを、勇利は「フクースナだよ」と言って食べてくれた。そう言うときの笑顔の可憐なことといったら……。 「それはよかった」 「でも、ここのところずっとヴィクトルにつくってもらってる。明日はぼくがやるよ」 「いいんだ。好きでやってるんだ」 「ヴィクトルって料理好きだったの?」  新しいことを知った、と勇利はにこにこした。ヴィクトルにあこがれているあいだに彼が得た情報では、料理好きなんていう項目はなかったらしい。当然だろう。 「好きだよ。日夜研究に励んでいる」  ヴィクトルは胸を張った。そっかー、と勇利は笑った。「そっかー」という発音がかわいいといったらなかった。  入浴はふたりでするようにしている。「温泉とはちがう」と勇利も最初は抵抗したけれど、度重なると慣れたらしく、何も言わなくなった。 「今日も一緒に入るの?」 「入るよ。当たり前だろう」 「はいはい」  初め、身体を洗ってあげるということを提案したのだけれど、それだけはいやだと勇利は激しく反対し、結局、ヴィクトルが彼の髪を洗うということで落ち着いた。ヴィクトルはなぜだめなのかわからなかった。 「そんなに気にすることじゃないだろう」 「気にすることだよ……どういう考え方してるの……」 「俺は洗ってあげたいけどな」 「けっこうです」  ずいぶん前、そんな会話をしたのをおぼえている。  今夜も勇利は身体は自分で洗い、そのあとちいさな椅子に座ってヴィクトルに背を向け、ヴィクトルのしたいようにさせていた。勇利の髪を洗っていると、ヴィクトルは、これがあのさらりとしたつややかな髪か、とときめかしさで胸がいっぱいになる。使うのはもちろんヴィクトルの選んだシャンプーだ。勇利の髪質を考え、いろいろなものをためした結果、これにきまった。勇利はヴィクトルがたくさんのシャンプーの中から選んだことを知らない。一度、シャンプーが切れそうだと言ったとき、彼が「じゃあこれ」と自分で買おうとしたことがある。ヴィクトルからするとそれを使うなんてとんでもないという代物だった。急いで大反対し、俺が買うと主張してシャンプー選びから手���引かせた。勇利は、どれでも同じなのに、という顔つきだった。 「勇利、もうすこし頭を上げてくれ」 「んー……」  ヴィクトルが丁寧に撫でるようにしながら頭皮を指先でこすっていると、勇利が眠そうな声を上げた。ヴィクトルはふわふわした泡を勇利の髪からすくい上げた。 「眠いかい?」 「ヴィクトルのシャンプー眠くなるんだよね……気持ちよすぎて……」 「それは光栄だね」 「ん、口が半開き……」  ヴィクトルは笑いながら、勇利の耳の後ろをそっと掻き上げた。そのついでに、耳のかたちもなぞって綺麗にしておく。 「あ、それ好き」 「そうかい?」 「うん。ヴィクトルに耳さわられるの好き」 「どきっとするせりふだね」 「どうして?」  ヴィクトルはちょうどよい温度でシャワーを使い、「洗い流すから目を閉じて」と注意した。 「はーい」 「口も閉じて」 「よだれは出してないんだよ」  ふくれて言う勇利を抱きしめて髪に頬ずりしたい。泡だらけでもかまうものか。  しかしヴィクトルはその誘惑に耐え、勇利の髪を綺麗に洗い流した。 「さあ、終わりだよ。あとはゆっくりつかってあたたまろう」  浴槽に入るときは、ヴィクトルが後ろから勇利を抱く姿勢だ。勇利はヴィクトルの胸にもたれかかってよい気持ちそうにする。これもヴィクトルがしあわせを感じる瞬間だった。 「もっと脚を伸ばして。身体をこっちへ」 「あんまりもたれると重いかと思って。こぶただからね」  勇利はヴィクトルが「こぶたちゃん」と言うことをいつまでも恨みに思っているのだった。こころのこもった愛称なのだけれど、彼にはわかってもらえない。 「俺は勇利をリフトできる男だよ。勇利は羽のようにかるい。いや、勇利には羽が生えているのかもしれない。なにしろ天使だからね」 「何を言ってるのかわからない」 「いや……、天使以上にかわいいから天使ではないな……そんなものではない。もっと……」 「何を言ってるのかわからない」  ヴィクトルが引き寄せると勇利は素直にもたれかかり、完全に身体をあずけた。ヴィクトルは彼のすらっとした痩身を抱き、ちいさな顔に頬を寄せてまぶたを閉じた。なんてしあわせなんだ……。ヴィクトルは、勇利といつか結婚するということを考えた。  風呂から上がると、勇利は寝巻を着、簡単に髪を拭いただけで部屋へ引き取ろうとした。 「勇利!」  ヴィクトルは呼び止めて居間へ連れていった。勇利はいつもそうなのだ。こんなことをして平然としている。 「ちゃんと乾かさないとだめだ」 「大丈夫だよ。ほうっておけばすぐ乾くから。ロシアはいつだって部屋の中はあたたかいじゃない」 「それでもだめだ。風邪をひくかもしれないし、髪だって傷むんだよ」 「傷まないよ。そうだとしても気になるほどじゃない」 「だめだ! きみはいつもそうだ。俺の言うことを聞くんだ」 「わかったよ……」  ヴィクトルが叱りつけるようにとがめると、勇利はしおらしくうなずいた。しかし内心ではめんどうだと思っているにきまっている。ヴィクトルがいろいろ言うので反省したふりをしているだけだ。 「おいで。俺がやってあげる」 「自分でするよ」 「勇利は信用できない」 「ヴィクトルがぼくを信じないなんて」 「勇利のこういうことに関してはすべて疑ってかかるよ俺は」  ヴィクトルは勇利をソファに座らせ、ドライヤーで丁寧に髪を乾かした。勇利はヴィクトルの手がふれるあいだ、よい気持ちそうに目を閉じてじっとしていた。きっと髪を洗ってやっているときもこんな顔をしているのにちがいない。言うことを聞かない大変な子だけれど、このあどけない表情を見ているだけでヴィクトルは幸福を感じるのだった。 「かわいいな……」 「んー……? なに……?」 「なんでもないよ。すこし髪が伸びたね」 「へん?」 「いや、綺麗だ。勇利はいつも魅力的だよ」  勇利が笑いだした。どうやら冗談だと思っているらしい。 「さあ、これでいい」  ヴィクトルは納得してうなずくと、ついでに自分の髪もさっと乾かした。勇利はそのあいだぼんやりとテレビを眺めていたけれど、ヴィクトルがドライヤーを止めたところで立ち上がって、「じゃあ寝ようかな……」とつぶやいた。 「何を言ってる。まだすることがあるだろう」 「なんだっけ」 「毎日やってるのに勇利はおぼえていない」 「眠いんだよ」  確かに、あれほど練習しているのだから、疲れて眠りたくもなるだろう。しかし、だからといってじゃあおやすみと譲れるものではない。 「こっちへおいで。ここへ座るんだ」  ヴィクトルはソファの上であぐらをかき、膝を叩いた。 「やだよ、もう、そんなの……」 「何を恥ずかしがってる? 毎日裸だって見てるのに」 「変な言い方しないでよ。お風呂に一緒に入ってるだけじゃん」 「それでも裸を見てる」 「いちいち言い方が誤解を招くんだよ、もう……」  勇利はぶつぶつ言いながらヴィクトルのあぐらの上に横向きに座った。ヴィクトルは彼を自分に寄りかからせ、ほっそりした手を取って引き寄せた。この手が演技のときしなやかに動くのが、どれほど可憐でうつくしいことか。 「ほら、もっと手を出して……」 「くすぐったいよ」 「勇利が抵抗するからくすぐったいんだ」  ヴィクトルはききめのあるハンドクリームをすくい、それを勇利の手に伸ばして両手で包みこんだ。優しく、静かに揉むようにすると、くすぐったがっていた勇利がぴたりと黙った。 「痛くないかい」 「うん……」 「指先まで綺麗に……」 「こんなことしなくてもいいよ」 「だめだ。勇利は自分に無頓着すぎる」 「ヴィクトルがこだわりすぎなんだと思う」 「おまえはほうっておいたら何もしない」  勇利は溜息をつき、どうでもいいというようにヴィクトルにもたれかかって無抵抗だった。もっと自分のうつくしさについて考えればよいのにとヴィクトルは思った。もっとも、何も考えていなくても勇利は綺麗でかわいい。それに、こうしてなにくれとなく彼の面倒を見るのがヴィクトルは好きだった。可憐な勇利を、さらにうつくしくするのだ。 「もういい?」 「まだだ。片手しか終わってないだろう」 「ぼく、左手は何もしなくても大丈夫なんだ」 「何をわけのわからないことを言ってるんだ」 「ヴィクトルにわけわからないって言われたらおしまいだね……」 「俺こそ勇利にそう言われたらおしまいだ」  ヴィクトルは眠いとぐずる勇利をなだめすかして保湿をした。彼が黒髪やこめかみにキスすると、勇利は「そういうので騙されないから」などとかわゆいことを言った。 「勇利は俺をなんだと思ってるんだ」 「少なくとも、こんなにいろいろ言ってくるひとだとは思ってなかった」  勇利にだから言うのだし、世話を焼くのだけれど、この妙な子はそれをわかっているのだろうか。ヴィクトルは甚だ疑問だった。 「さあできた。勇利、もういいよ」  満足してヴィクトルがクリームのふたを閉じたとき、勇利はヴィクトルにもたれかかったまま動きもしなかった。 「勇利?」  顔をのぞきこむと、彼はすうすうと子どものような寝息をたてて眠っていた。ヴィクトルはほほえんだ。 「おいで、マッカチン」  ヴィクトルはあかりを消し、勇利を抱き上げて寝室へ行った。そして彼を慎重にベッドに横たえ、自分も隣に落ち着くと、優しく抱き寄せて髪を撫でた。 「んー……終わったの……?」 「ああ、終わったよ。もうベッドだ。寝ていいよ」 「そっか……おやすみ……」  勇利は深い眠りに落ちたようだった。ヴィクトルは彼を守るように抱きしめ、鼻先に接吻して目を閉じた。 「ジャージで行くの?」 「ううん、今回はスーツ」  勇利の全日本選手権に付き添ったヴィクトルは、滑走順抽選に向かう勇利がスーツの覆いを取るのを見て溜息をついた。 「俺が贈ったやつにしなさいと言っただろう」 「あんな高価なの、普段遣いにできないよ」 「普段遣いにするために買ったんだ」  勇利は何もわかっていない。しかも彼は、自分で以前から持っている、ヴィクトルには信じられない型のスーツを手に取って気楽そうだ。 「勇利、だめだ」  ヴィクトルは注意をうながした。 「だめだっていっても、これしか持ってきてないんだから」 「そうじゃない。スーツはもう仕方ない。俺はゆるせないけど、いまから買いに行くわけにもいかないしね」 「当たり前じゃん」 「バンケットの前に考えよう」 「バンケットのスーツもこれだよ!」 「とんでもないしろものだ」 「失礼なんだよ」 「ネクタイはちゃんと結ぶんだ」 「結んでる」 「勇利はいつもすこし斜めになる」 「だってこうなるんだよ」 「きちんと丁寧に結べばそうならない。来てごらん」 「ヴィクトル、ぼく時間ないから」 「まだ三十分ある。予定表を見てちゃんと知ってるぞ」  勇利は頬をふくらませた。彼は、いつも予定なんて考えないヴィクトルなのに、とぶつぶつ言った。 「勇利のことではこまやかになる」 「無理しないほうがいいよ」 「好きでやってるんだ」  ヴィクトルは後ろから勇利を抱きこみ、彼のネクタイをゆっくりと結んでやった。勇利はうつむいておとなしくしていた。 「あの、抱きしめないとできないの?」 「勇利、前からネクタイを結べるかい?」  勇利はしばらく思案し、「できないね」と素直に答えた。 「そうだろう」  ヴィクトルはきちんとしたかたちをつくって結び終えると、優しく上着を着せかけ、すぐ前の鏡を示した。 「ほら、見てごらん。うつくしいだろう」  勇利はよくよく自分の姿を観察し、「確かに、ネクタイはいつもより綺麗だね」と同意した。 「俺が言ってるのは勇利自身もふくめてだ。さあ、もういいよ。そんなに時間が気になるなら行っておいで。迷子になりそうならついていこうか?」  勇利は何か言いたげな表情でヴィクトルをじっと見た。 「なんだい?」 「……ヴィクトルってさ……」 「うん?」  勇利は彼独特のうつくしい澄んだ目でヴィクトルをしばらく眺めたあと、「なんでもない」とつぶやいて部屋を出ていった。おかしな子だ。もっとも、勇利はいつでもおかしいけれど。  試合当日も、ヴィクトルは勇利の支度をいろいろと気にした。 「そろそろ着替えるかい?」 「うん。更衣室へ行ってくるよ」 「俺も行こう」 「ひとりで大丈夫だよ。迷子にもならない」 「そういうことを心配してるんじゃない。いつだってそうしているだろう?」  ヴィクトルは更衣室で勇利の着替えを手伝った。彼の後ろから衣装のファスナーを上げてやるとき、つややかな肩がキスしたいくらい綺麗だといつも思うのだ。しかしそうはしなかった。それは演技のあとにとっておこう。 「どこも窮屈じゃないかい」 「うん」 「じゃあこっちへおいで。髪をやってあげよう」  勇利はもう何も言わず、ヴィクトルの言うとおりにした。ヴィクトルは鏡の前に座る彼の背後に立ち、勇利の朱塗りの櫛で髪を梳き上げた。これはまるでおごそかな儀式のようで、ヴィクトルはこうすることをたいへん気に入っていた。勇利もこのときこころを研ぎ澄まし、演技のためにととのえているようだ。ヴィクトルは満足すると、勇利の頬を両手で包んで前を向かせ、彼と一緒に鏡をのぞきこんだ。 「うつくしいよ、勇利」 「そう……」  衣装を身にまとい、こうして戦うための姿になった勇利は、本当に凛々しく綺麗なのだ。 「これからおまえはすてきな演技をするよ。俺を魅了し、勇利自身もどきどきする演技をね。俺にはわかってる。勇利は俺の生徒だ。そして俺の誇りだ。俺のかわいい子だ。愛してるよ、勇利」  ヴィクトルはそう言って勇利を氷の上へ送り出した。  ヴィクトルの予言どおり、勇利はすばらしいプログラムを演じ、ショートプログラムもフリースケーティングも終えた。ヴィクトルは自分のもとへ戻ってきた彼を抱きしめ、頬ずりをしてささやいた。 「すばらしかった。アメージングだよ、勇利。おまえは最高だ! 勇利、俺の勇利。俺はおまえに夢中なんだ……」  勇利が汗にひかるちいさなおもてを上げたので、ヴィクトルは彼の顔じゅうにせわしなく接吻した。勇利が笑いだした。 「みんなが見てるのに……」 「かまうものか」 「カメラもいるよ」 「知ってるよ」  ヴィクトルは勇利にジャージを紳士的に着せかけ、ひざまずいてエッジカバーを左右ひとつずつつけてやった。それからキスアンドクライで膝にマッカチンのティッシュボックスを置いてやり、ファンから贈られたぬいぐるみをまわりに丁寧に並べた。さらに、勇利が飲み物を飲みたそうにしたので、キャップを外して渡した。彼が飲み終えるのを待って、ひとつまだ持っていたおむすびのぬいぐるみを腕に抱かせた。 「大丈夫だったかな。点数悪くない?」 「あんな演技をしておいて何を言ってる?」 「ちゃんとできたつもりだけど不安で。自分でわかってない失敗があったかも」 「何もおそれることはない」  ヴィクトルは勇利を引き寄せ、髪にキスして優しく撫でた。勇利は笑い、それから輝くひとみでヴィクトルをみつめた。 「なんだい?」 「ヴィクトルってさ……」  ヴィクトルは勇利の言葉を聞き逃さないよう、彼の口元に耳を寄せた。そのとき、得点が出、歓声が上がって、勇利がうれしそうに白い歯を見せた。  あのひどいスーツにもかかわらず、バンケットのために着飾った勇利はひどくうつくしかった。ヴィクトルはこのときも勇利のために髪を梳いてやり、すらっとした彼の姿勢と装いに陶酔したように見蕩れた。 「綺麗だよ、勇利」 「ありがとう」 「さあ行こう」  ヴィクトルは会場で勇利をエスコートし、影のように寄り添って離れなかった。勇利はヴィクトルの腕に指をかけ、ほかの選手に話しかけられるとひかえめに返事をした。 「みんな、勇利に声をかけてもらいたいんだね。何か自分から言ってあげればいいのに」 「人が寄ってくるのはヴィクトルがいるからだよ」 「勇利……おまえは何もわかっていない」 「なんのこと?」 「何か食べるかい? 取ってあげよう」  勇利はすこし緊張しているようだ。食べさせないと、自分では何も取ろうとしないだろう。立食形式なので、自分で好きに食べ物を選んでよい。ヴィクトルは勇利が気にしたものをひとつひとつ皿に取り、甲斐甲斐しく彼に差し出した。 「美味しいかい?」 「うん」  勇利は口をもぐもぐさせながらこくっとうなずいた。そのいとけなく愛らしいしぐさにヴィクトルはたまらない気持ちになった。早くこのかわいい子と結婚したいものだ。今回は日本の大会だったけれど、いずれ世界大会で彼が金メダルを獲れたなら……。 「食べてばかりじゃ喉が渇くだろう」  ヴィクトルは水のグラスを取り、勇利に差し出した。勇利は礼を述べてそれを受け取ると、大きな目をぱちりと瞬いてヴィクトルに向けた。 「ヴィクトルってさ……」 「なんだい?」  そのとき、「勇利くん!」とやってきた後輩があったので、勇利はふしぎそうにそちらを向いた。声をかけられてふしぎそうにするのは勇利くらいのものだとヴィクトルは思った。  時間が経つと、勇利がふうと息をついてつぶやいた。 「なんか酔ってきた」 「勇利、飲んだのかい?」 「水だけだよ。でも人いきれで……」 「もう引き上げよう。じゅうぶんだろう。帰ってる人もいるみたいだ」 「うん……」  勇利の頬がほてっている。ヴィクトルは彼を外へ連れ出し、庭をすこし散策することにした。 「風が気持ちいい」  月明かりを浴びた勇利はうつくしかった。ヴィクトルは彼に見蕩れていたけれど、どこからか話し声が聞こえてきたので、ほっそりした腰を抱いて奥の道へと導いた。こんなとき勇利は人に会いたがらない。 「こっちへおいで。静かだよ」 「うん……、ヴィクトルってさ」  勇利はぱちぱちと瞬いて言った。 「優しいよね」 「突然なんだい?」 「すごく親切だなあって……。もともとファンに優しい人だから当たり前なのかもしれないけど、それだけじゃなくて……。生徒にこんなに優しいなら……ヴィクトル……」  勇利はくすっといたずらっぽく笑った。 「結婚したらどうなっちゃうの?」  ヴィクトルはほほえんだ。もちろん、ずっと、もっともっと勇利に優しくするのさ。そう答えようとした彼に勇利は言った。 「相手の人、びっくりするだろうね」 「……え?」 「ヴィクトルにこんなに優しくされたら舞い上がっちゃうだろうな。生徒にこうなんだから、結婚相手にはもっとでしょ? どんなふうにするの? 想像もつかない……。いったいどうなるんだろ?」  ヴィクトルはぽかんとした。勇利の言う意味がわからなかった。もしかして彼は、生徒だからヴィクトルがこんなに優しくしていると思っているのだろうか? 結婚相手にはそれ以上のことをすると? まさか──。  冗談じゃない! 「結婚相手はおまえだよ!」  ヴィクトルは叫んだ。突然大きな声を出した彼に、勇利は驚いたように目をまるくした。 「え?」 「俺はおまえと婚約してるつもりだし、愛してるからそんなふうに接してるんだ!」 「え……えっ……?」 「結婚したら優しくするよ! もっと別のことでもね!」 「うそ……えっ……ほ、ほんとに……?」  勇利は口元を押さえ、信じられないというように瞬いた。つめたい風でおさまりかけていた彼の頬が、また赤く紅潮した。まったく……自覚のない子だと思ってはいたけれど、まさかこんなことさえわかっていなかったとは……。 「え……うそ……やだ……そうなの……?」 「いや!? 俺と結婚するのがいやなのか!?」 「これ以上優しくされたら……」  勇利はひとみを大きくみひらき、ほのかにきらめかせてつぶやいた。 「ぼく堕落しちゃうじゃない……どうしたらいいの?」  ヴィクトルは驚いた。こんなことを言われるとは思わなかった。さっきから勇利はびっくりさせることばかり言う。  ヴィクトルは笑いだした。 「ヴィクトル、ぼくのこと好きなの?」 「言葉でも態度でもあらわしてたつもりなんだけどね」 「やだ……もう……」 「何がいやなんだ」  勇利はまっかになって両手で口元を覆った。 「そんなの……、照れるよ!」  世界選手権でクリストフに会ったとき、「ヴィクトルは勇利をうつくしくするのに余念がないね」とからかわれた。ヴィクトルは笑い、勇利は頬をうすあかくして答えた。 「このひと、ぼくのこと愛してるんだって……だからこんなふう��んだって。結婚したら別のことでも優しくしてくれるつもりらしいよ」
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maki0725 · 5 years
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Klavquill 1-7
In Japan the New Year’s Day is so important, especially for an old-fashioned person like Simon (or Jin Yuugami?).
Many Buddhist temples hit the bell 108 times as New Year’s Eve bell, the number is said to be the number of the worldly desires. They want to expel them and many Japanese people feel sacred only at that time of the year. Though once the day changes the New Year’s Day, they get into worldly desires again(almost all Japanese have good food and drink).
And drunk driving is strictly inhabited in Japan, usually people never drive when they have alcohol even a little, just one sip. Some countries (states) have lax restrictions about blood alcohol concentration though Japanese one is rather strict.
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Simon listens New Year’s Eve bell through the TV having Soba delivered just before midnight. The bell is said to expel worldly desires, Simon is wondering if he still has that kind of desires.
Right after midnight, Suddenly TV gets noisy, tuning to new-year atmosphere. They start preparing for going out lazily. Phoenix has declared that he wouldn’t go because of the cold outside air and he wanted the younger people to enjoy, he withdraws into the corner of the office.
“Do you do something like disguise , Prosecuter Gavin?”
Athena asks Gavin anxiously but partly out of curiosity.
“If it’s not so crowded, it’ll be okay if I take care a little. A hat, cap or something......I put on the coat different from usual today”
He has had his hair ponytail unusually, wearing the plain black turtleneck black sweater instead of open-necklined shirt(although he never forget the big “G”).
“Do you take Daddy’s beanie? I knitted it!”
“Thank you, Fraulein, but I have one”
Gavin takes a black beanie out and put it on after doing his hair in a bun after putting the duffel coat like a student. Then he doesn’t look like “Klavier Gavin” at a glance.
“Don’t you wear sunglasses?”
“It’s already dark outside, it makes me blind”
“Definitely!”
Trucy yells in a shrill when Gavin says “Next time we hang out daytime”, Apollo hurries them sighing and saying “Don’t let Mr. Wright hear” and they leave.
In the cold air, Apollo, Trucy, Athena, Simon and Gavin are going to the shrine near WAA.
“Do they have some food trucks? Like grilled corn?”
“Can you eat something more!?”
Apollo is surprised at the junior colleague’s great appetite.
“I suppose not, there weren’t last year”
Athena replies and she thinks that’s right, that reminds Simon of the memory exactly one year ago. He was just released from the prison and lived in Aura’s place tentatively, had nothing to do new year holidays. Then Athena called him to stay with WAA members and went to the same shrine. He vaguely remembers Ema Skye was there and Klavier Gavin wasn’t but it was his first first-visit in seven years and something or other, he couldn’t recognize who were there. Athena was so excited as same as today.
They come to the empty shrine. One year ago, Simon taught them how to prepare for a worship (wash your mouth and hands to purify before approaching the shrine, there are a lot of detailed rules to be exact but it’s not a big problem if you don’t know that) but they seem to have forgotten almost all of the manners. Gavin proceeds it smoothly following the manners beside the other members being confused. His move is quite smooth and natural, he seems to know the way of worship well. Simon looks away before Gavin notices his gaze. There seems to be nobody to look at Gavin.
They come back to WAA after visiting the shrine(unfortunately no food trucks were there), they are breaking up the meeting. Apollo says that he is going to the international airport located in the suburbs, he seems to be annoyed with the crowded all-night train but Gavin suggests a unexpected plan.
“Can I take you to the airport? I’ve come here by car”
“Are you kidding? You had alcohol”
Apollo replies in amazement. While Simon thinks that Gavin never seems to do drunk driving, he declares.
“No, I didn’t”
“What? You had wine......”
“It was grape juice. I’m glad to have had it with Mr. Wright”
Gavin takes a look at him. Phoenix nods and says.
“High-class grape juice is really excellent, isn’t it?”
Trucy looks up at Apollo with an enthusiasm.
“Polly! It’s the 3rd place for ideal new-year situation with Klavier to have him send you to the airport!”
“What’s that survey?”
“A project on one of his fan sites”
“What’s the first place, by the way”
“To see the first sunrise together! Like having him all to yourself, don’t you think?”
“Do your fans have nothing to do?”
Apollo looks being turned off but Gavin says proudly.
“They have a rich imagination”
If Apollo accepts the suggestion, it requires Simon to come with them. Gavin signals to him with his eyes and smiles as if to apologize. He doesn’t mind if he only rides in the car together though Apollo might wonder why Simon comes with them.
“Can I drive you home too, Fraulein Cykes? If you don’t mind I get your address”
“Of course no!”
“Hehe, don’t let a man get your address easily”
“Hey don’t you have second thought?”
Simon knows he is overprotective of Athena although she is almost 20 year-old. Gavin never does inappropriate things but he can’t help raising his voice. He seems not to be annoyed and chuckles.
“I never tag along a girl who isn’t interested in me”
“Okay, okay, you say so. You’ve got girls falling all over you”
“Oh are you jealous? Never mind, you have the love of your life somewhere, it’s not the matter of number”
“That’s right! Don’t hate him just because he is beautiful”
“What the hell, I’m not jealous of you, I’m glad to hear you’re popular”
“......I’m not so glad”
Apollo says “Let’s get going”, Gavin’s voice sounds faintly.
Gavin’s car that Simon has never seen is a large German one. Its rear seat has a enough space for even Simon.
“I didn’t know a Mercedes-Benz like this”
“This huge size definitely makes it ridiculously expensive”
“Mercedes is a practical car. I wouldn’t say it’s low-priced in Japan”
“Isn’t Toyota good enough? You can get one for one tenth if it’s second-hand”
Gavin laughs at Apollo in amusement.
“This is ‘G-Class’, who gets this other than me?”
“Did you choose it by the name!?”
“That’s not all what I meant, then, it’s sad to leave but shall we get going?”
Simon gets into the seat right behind Gavin considering Athena will get out of the car. He can see the back of Gavin’s ear with twinkling pierced earring.
The seat that must be the most expensive than any other chairs Simon has sat on is getting warm right after the engine was turned on. The seat seems to have a heater.
“I use the seat heater of the rear for the first time”
“I’ve never seen a car like this......doesn’t it have too many buttons?”
“You are sharp, I’ve never used some of them”
Usually girls go crazy about Gavin himself but Athena looks interested only in car equipment. She might resemble her mother in this respect.
“Look, Simon! There’s a speaker here!”
“Hey, don’t break it”
Simon feels anxious about Athena tampering with the inside of the car. Gavin won’t be angry even if she breaks something but that will make them awkward. The car starts going smoothly after Simon managed to have her fastened the seatbelt.
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年が明ける少し前に届いた蕎麦を啜りながら、テレビから流れる除夜の鐘の音を聞く。夕神はぼんやりと、世を捨てたように生きている自分にもまだ払うべき煩悩は残っているのだろうかと考えた。
年が明けると、テレビは急に騒がしくなる。飲み食いで重くなった腰を上げ、近所の神社に向かう準備をする。成歩堂は、はなから「寒いからぼくはいいよ。若い人だけで楽しんでおいで」と言っており、宣言どおり奥に引っ込んでいった。
「ガリュー検事、変装とかするんですか?」
心音が心配半分、興味半分といった様子で尋ねる。
「人があんまり多くなければ、ちょっと気をつければ大丈夫だよ。帽子とかね。コートも、いつもと違うのだし」
彼はいつもの髪型ではなく、高めの位置で緩やかな一つ結びにしていた。常々、冬でも開けている胸元も、シンプルな黒いタートルネックのセーターに隠されている。しかしながら、トレードマークのネックレスは忘れていなかった。
「パパの帽子、被ります? みぬきが編んだんですよ!」
「へえ、そうなんだ。お嬢ちゃん、器用なんだね。でも、持ってきてるから大丈夫だよ、ありがとう」
そう言って、牙琉は黒いニット帽を取り出す。長い金髪を器用に丸めて帽子に入れ込み、学生のようなダッフルコートを羽織ると、確かに一見して「牙琉響也」とは判別し難かった。
「サングラスとかしないんですか?」
「……夜だからね、何も見えなくなっちゃうよ」
「あ、確かに!」
また昼間出かける時にね、と微笑む牙琉に、みぬきがきゃあと悲鳴を上げる。成歩堂さんに聞かれないようにね、と呆れる王泥喜が出発を促した。
しんと冷えた空気の中、王泥喜とみぬき、心音、夕神と牙琉で神社に向かう。
「なんか屋台出てますかねえ? 焼きとうもろこしとか」
「まだ食うの⁉︎」
食い気盛んな後輩に王泥喜が目を見張る。
「去年も出てなかったし、ないだろ。小さい神社だし」
そういえばそうでしたね、と答える心音の声に、夕神はちょうど一年前のことを思い出す。釈放されたばかりで、とりあえず姉のマンションに仮住まいし、年末年始に何の当てもなかったところ、この事務所の年越しに呼び出され、同じように神社に向かった。あの時は茜がおり、牙琉はいなかったように思うが、その時は7年ぶりの初詣ーーといっても、夜中に行くのは初めてだったがーーやら何やらで、誰がいるとかいないとか考えもしなかった。心音は今日と同じように、大層はしゃいでいた。
人影まばらな神社に着く。去年、手水場での作法を皆に伝授した記憶があるが、一年経って全員記憶が朧げになっているらしい。自信のなさそうな皆を他所に、牙琉は淀みなく手や口を清める。彼は十分弁えていたようで、所作は滑らかで流れるように自然だった。彼が夕神の視線に気付く前に、さりげなく目を逸らす。ほかに牙琉を見ていた者はいないようだった。
つつがなく初詣を済ませーー残念ながら、屋台は出ていなかったーー事務所に戻り、解散の流れになる。王泥喜は終夜営業の電車に乗って県外の国際空港に向かうつもりらしい。混雑した電車を想像し、うんざりした表情の王泥喜に、牙琉が予想外の提案をした。
「空港まで送って行こうか? ぼく、車なんだよ」
「何言ってるんです、酒飲んだでしょ」
王泥喜は呆れ顔で軽くあしらう。牙琉に限って飲酒運転の申し出などするだろうかと思っていると、彼はさらりと宣言した。
「ああ、ぼく飲んでないから」
「え⁉︎ だって、ワイン……」
「あれはジュースだよ」
成歩堂弁護士さんと飲めて良かったよ、と彼方に視線を投げる牙琉に、
「さすが高級ぶどうジュースは違うね」
と成歩堂が頷いた。みぬきが興奮して王泥喜を見上げる。
「オドロキさん! ガリュー検事に空港まで送ってもらうなんて、ファンが選ぶ年末年始理想のシチュエーション第3位ですよ!」
「何なんだよそのアンケート」
「ファンサイトの企画です!」
「ちなみに1位は何?」
「初日の出を一緒に見ることです! 独り占めって感じですよね」
「あんたのファンってヒマなんですか?」
引き気味の王泥喜に対し、牙琉は自慢げに笑った。
「想像力が豊かなんだよ」
王泥喜が申し出を受けるなら、必然的に夕神も同行せざるを得ないだろう。牙琉は夕神に目配せをして、ごめんというように少し笑った。車に乗っているだけであれば夕神は特に構わなかったが、王泥喜は奇妙に思うかもしれない。
「希月弁護士も送らせて貰えるかな? ぼくに家を知られても良ければ、だけど」
「もちろん、大丈夫ですッ!」
「ふふ、簡単に男に家教えちゃダメだよ」
「おい、何か妙なこと考えてねェだろうなァ」
二十歳も近いというのに、夕神はつい心音に過保護になってしまうことは自覚していた。牙琉に限って変なことはないと思いつつ、つい声を荒げてしまう。彼は気にした素振りもないように笑った。
「ぼく、その気のない子に付きまとう趣味はないよ」
「はいはいアンタはそうでしょうね。いくらでもモテるんですから」
「なに、僻んでるの? 気にすることないよ、どこかにおデコくんの運命の人がいるはずだから。数じゃないよ」
「そうですよ先輩! 美男子に嫉妬なんてカッコ悪いですよ」
「何だよもう……別に僻んでませんよ、良かったですねモテて」
「……別に良くはないけどね」
もう行きましょう、という王泥喜の声に紛れ、牙琉は誰に聞かせるでもないように呟いた。
初めて見る牙琉の車は大型のドイツ車だった。後部座席も、外車だけあって夕神が乗っても十分な広さがありそうに見える。
「こんなベンツあるんですね……」
「こんだけデカイとか、ものすごい高そうですよね」
「メルセデスは実用車だよ。まあ、日本で買えば安いとは言わないけどね」
「トヨタじゃダメなんですか? たぶん10分の1くらいで買えますよ。中古ならですけど」
王泥喜が呆れたように言うと、牙琉はクックッと笑った。
「だってこれ、Gクラスっていうんだよ? ぼくが買わなくて誰が買うのさ」
「名前で選んだんですか⁉︎」
「そういうわけでもないけどね。名残惜しいけど、そろそろ行こうか」
心音が先に降りることを考慮して、夕神は牙琉の真後ろに乗り込む。ニット帽からちらりと覗く左耳の裏に、ピアスの留め具が見えた。
これまでに夕神が座ったどの椅子よりも明らかに高価であろうシートは、エンジンがかけられてほんの数秒でほんのりと暖まってきた。どうやら座席にヒーターが付いているらしい。
「リアのシートヒーター、初めて使ったよ」
「こんな車あるんですね……なんか、ボタン多すぎません?」
「鋭いね。ぼくも使ったことないの結構あるよ」
普通の女であれば、牙琉の男っぷりに心酔するのかもしれないが、心音は車の設備に興味を示すばかりだった。このあたりは母親に似ているのかもしれない。
「夕神さん、こんなとこにスピーカー付いてますよ!」
「おい、壊すんじゃねェぞ」
車中を弄る妹分に、真剣に不安を覚える。仮に壊しても、牙琉は咎めはしないだろうが、気まずさは否めない。どうにかしてシートベルトを装着させ、車は滑らかに走り出した。
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woostenginemeals · 5 years
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🎁
BIG CHRISTMAS MARKET 2019
・
年内最後の出店は、大好きなmarket で締めさせて頂きます❤︎
・
WOOSTは
お舟弁当、肉まん&カレーまんなど。
・
今年も素晴らしいラインナップ!の
シュトレンバーもぜひともご予約を🎅
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・ 𓐩 @big_sunday_market 
BIG CHRISTMAS MARKET 2019
今年も豪華な出店者さんたち ΞFOOD&DRINKΞ OEuf (キッシュなど)
焼き菓子 多福 (焼き菓子と豆乳チャイと温かいスープ
WOOST engine meals (妄想亜細亜料理)
ハルワ食堂 (鶏と野菜のフォー)
イロイロ(スパイスおでん・買い付けたての品々)
くう食堂 (くうそう弁当)
nu食 (ヴィーガンお菓子)
MAHO-ROBA (お弁当と珈琲)
MATCH POINT TEA (豊かな香りの紅茶)
coma-goma (ローフードの焼かないおやつ)
obrarte (ジンジャードリンク)
. . ΞCRAFT&SHOPΞ WATANE botanical (ボタニカル石けん)
mite (冬帽子とリネンターバン)
seul. (ちいさなアクセサリーとネイルシール)
saredo-されど- (糸と靴下と帽子)
naruwa (刺繍おまもり小物)
ie-ie (ブローチ.ちいさなもの)
ecompa (ニットアクセサリーと Hava"の帽子)
HAIBI (刺繍のお財布と耳飾り)
hei (編み編みモノとhei パンなどの衣服)
yes!yes!非非 (六角バッグ・服・雑貨)
coji (muuleの石の装身具とヒラマヤの鉱物)
Quesera (手編みニットのあったかお出かけ小物)
lovecycle (帽子と靴下と糸のアクセサリー)
K&R Design (心躍るspecial select)
vaca (キッチュな雑貨)
山本朱 (陶器)
Jurk de Bloemen (お花雑貨)
ひかるみずsilk (シルクケット・シルクキッズベスト)
日日 (前髪カット、たまゆら布の会) . . 2019.12.21 sat BIG
CHRISTMAS MARKET
GARDEN_1F_2F 11:00-16:00 
𓐩 stollen bar
3F
11:00-18:00 
𓐩 今年は土曜日に開催します!
日曜日ではありませんのでご注意ください 少しずつ詳細をお知らせしますのでお楽しみに 
BIG CHRISTMAS MARKET 2019
†
stollen bar
・
#bigchristmasmarket
(SALTvalley ashiharabashi)
https://www.instagram.com/p/B6MRdkIFDOk/?igshid=1ixsflajrh7x0
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shukiiflog · 11 months
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ある画家の手記if.101 告白
朝。病院まで急いでたらちょうど出入り口のところで絢と鉢合わせた。
僕の横についてくる絢と一緒に病室に向かいながら、マフラーに埋めた口元でおさえた声で話しをする。
「直にぃはどっちのお見舞い?」 「どっちも。…僕は慧の部屋のことも、香澄の怪我も、知ってたから」 「行かせちゃった自分のせいだとかお手軽な自責感でオチてないよね?」 「うん。香澄が慧と関わろうとしてくれたことも、慧が自分を無理して否定せずに香澄を受け入れたかったことも、どっちも大事だから」 「俺はあの人に恩があるし世話にもなったけど、必要なら香澄を守るためにあの人を悪者にするよ」 「いいよ」 「…そこで本人じゃなくて直にぃが良いって返事すんの」 「こういうとき慧のことは昔から僕が決めていいんだよ。絢は慧より香澄と一緒にいてあげて」 「……。まずどっち行くの?」 「僕は先に慧の様子みてくる。どういう状態かわからないけど」 「香澄一人にしたのは俺だし、俺にもどっちへの責任もあるのは承知の上だけど、あの人は直にぃに任せていい?」 「最初からそのつもりだったよ。今回に限っては、誰かひとりのせいじゃないし誰のせいでもなかった、なんてオチにはできない。…絢」 「何」 「脚の具合は大丈夫?」 「…うん。」 一度立ち止まって僕のほうを少し意外そうな顔つきで絢が見上げる。 ニット帽の上から丸い頭を撫でたら、僕の片手に頭がおさまりそうなくらい小さく感じられた。 「香澄のことが心配だろうけど、絢は思うまま好きなように香澄と関わっていいんだよ」 「……そうしてるよ」 「絢は頭がいいからきっと勝手にいろんなことをたくさん考えちゃうだろうけど、思い至ったことに対しての責任まで負わなくていいんだよ。想定内の危機回避に失敗したら哀しくて辛い思いをするだろうけど、もうそれで充分だよ」 「………」 マフラーで隠れて見えないかもしれないけど、目元で優しく微笑みかける。 「取り返しのつかないことも、これから香澄にいくらも起きるかもしれないけど。本当にどうしようもなくなった時、最後に責任を取れるのは僕だから。」
そこで絢とは一度別れた。絢は香澄の病室に行くみたいだった。
訪れた病室は慧以外に人の気配がなくて、幾重にも連なったカーテンに朝の陽でベッドの影が落ちてる。 まったく違う状況なのに数年前の春の日を連想した。 ベッドに近寄ったけど慧は寝てるのか起きてるのか分からなかった。 顔の半分が処置されて隠れてて顔はほとんど見えない、体にも細かい怪我が散ってるみたいだった。 目を開けるのも口をきくのも難しいのかもしれない。 ベッドの端に浅く腰かけて慧の体に背を向ける。 無事だった慧の片手がベッドの上に力なく横たわってる。その蒼白い手のひらを指先で軽く叩く。 「慧、意識はある? 無理じゃなければ指先曲げて」 かすかに指先が曲がるのを確認して、静かにベッド脇で続ける。 「…僕は、怒ってるよ。なんでかは慧の方がよく分かってると思うけど 僕はあの部屋 ガラスの 壊れちゃえばいいなと 前から思ってた …学生の頃から でも、慧があの空間で安らげないことが救いになるなら、それを無理に変えてほしくもなかった 人それぞれで自分なりに生きた年月で築いた生活空間があるなら それを否定したくなかった だからいつかこういうことになっても それで慧が命を落としても 僕はそれでよかったし受け入れられた …僕はね いつかこうなることを 待ってたでしょう 持て囃される自分の容姿が不可抗力でこんなふうにめちゃめちゃになるのを そういうところは 卑怯だよ 不慮の事故なんかじゃないこんなのは …誰かを招き入れる空間じゃなかった以上、香澄をそこに引き止めたのは …」 一度言葉を切る。 こんな誰にでも言えるような説教じみた言葉じゃなくて、慧に寄り添えたらよかった。 僕と慧は寄り添わない 寄り添えない お互いのすることや決めること、相手に勝手に願う幸せを勝手に押し付けあって赦し合うだけで 「…香澄はきっと慧のことを悪く思ったりはしないと思うけど、…だから僕が怒るよ 今回だけは…」 小さなかいじゅうくんの丸いぬいぐるみを慧の枕元において続ける。
「こうなることを わかってた��せに 香澄が自分から関わろうって行動した矢先に そんなつもりじゃなくたってお前は香澄のことを利用しただろう こうなった以上いくらお前が真摯に関わろうって気持ちを抱いてたとしても、関わる覚悟なんてできてなかったんだ、それとも香澄に甘えてたの? 自分で負った怪我はこれっきりでもうお前一人のものじゃなくなったんだよ いつまでひとりのつもりでいるんだ ほかの誰でもないお前にお土産を持ってきた香澄のことをどう思ってた たかが自己破綻と自己嫌悪のために お前のことを信じて訪ねて ちゃんと頼った香澄の気持ちをめちゃくちゃに踏み躙った 許さないよ、それだけは 本当はこんなこと言いたくない、優しい言葉だけかけて帰れたら どれだけ 楽か… 」
頰を伝って落ちた涙を袖口で拭ってとめた。
「簡単にひとりで終われると思うな、これで諦められてひとりになれるなんて思うなよ!」
最後にそれだけ言って、病室を出た。
美しい存在でいなければいけない、自分の美しさがとうに損なわれたことを誰より痛感してるのに なにかを隠すこともできない、隠されたことによって損なわれてしまったから なかったことにもできない、なにかをなかったことにすれば同時に自分の中の片割れも簡単になかったことになってしまう 慧の苦しみがどうすれば報われるのか 僕にも分からない だからって終わりにはできない これまで何でも許しあってきたからこそ 今回は僕は許さないでいようと思う 慧だってもう気づいてるはずなんだから
次に香澄の病室に行った。 まだ香澄は起きてなかったから、静かに病室に入って近寄ると、枕元にウサギのぬいぐるみが置かれてた。…耳が垂れてる金色のうさぎ… 妙な既視感があるけど… 絢が置いていったのかな? 僕もたくさんお土産持ってきたから、寝てる香澄のまわりに起こさないようにそっと並べていく。 香澄の顔の横にノエルを座らせた。ノエルは服の着せ替えがたくさん売ってるぬいぐるみだったから白衣と聴診器をつけてる服を買ってきて着せた。 となりにかいじゅうくんを並べる。まだ寒いからニットのケープを着せてきた。 小さな花束を窓辺に乗せて。 かいじゅうくんの丸いお手玉、慧にひとつあげたのを、香澄のベッドと壁の間に一匹ずつ並べていく。十二匹のかいじゅうくんの雛が並んだ。 ふかふかしたかいじゅうくんのブランケットを香澄の体にかける。 ベッドにたくさん敷き詰めながら、香澄の首元までブランケットをかけてあっためて、そっと頬を撫でる。 「………」 せっかく眠って体を回復させてるのに話しかけたら起こしちゃうかな…  それとも、何か固形物を食べたりするためにも、一度は目がさめるように働きかけたほうがいいのかな… 香澄の隣に静かに椅子を引いてきて、座ってそっと香澄の額に手をのせる。平熱より熱いけど点滴のおかげかひどい高熱じゃないみたいだ… 枕元に腕を組んで首を凭せかけながら、香澄の怪我してないほうの片手を握ってもう片手でそっと包み込んで摩る。 「香澄… 怖かったね 慧は大丈夫だよ あちこちに 連絡してくれてありがとう 慧はね こうなるのをずっと待ってたんだよ 自分からなにかを起こして破滅することができなくて ちゃんと安全な場所を確保しておくことも怠れなかった あの部屋は破滅願望だけでできてるんじゃない 生きるために ずっとああだった 自分で壊れられない 自分で変化できない だから外側にああして でも慧は自分のことを とっくに壊れたガラスだと思ってて …僕も 慧はそうなんだって 受け入れてしまってた 危ない場所にいることをだれにも知られないようにして だれも慧に踏み込めないまま 慧はあの部屋にひとりだった あの部屋を 壊してくれて 慧と一緒にいてくれて ありがとう …香澄 だから僕は慧と喧嘩してきたよ 初めてかもしれない 関わろうとする香澄の気持ちを踏み躙る可能性を軽視したから …ほんとは慧ももうわかってるよ あの生き方で自分が傷つくだけじゃ済まないこと 香澄が嫌じゃなければ 目が覚めたら また仲良くしてあげてね」
額の髪の毛をよけてキスしてから、香澄の布団の中にノエルを一緒に寝かせて、頰にノエルの顔をぴたっと寄せて、椅子から立ち上がって病室を出ていった。 手術着みたいな簡易の服を着せられてたから、看護師さんにかいじゅうくん柄のパジャマを渡して、目を覚ましたら替えてくれるようにお願いした。
ここにいて目がさめるのを待てたらいいけど、僕は今日の午後から仕事が入ってる。辞めるまであと少しだけど 香澄の目がさめるのを待ちながら、僕は僕でやるべきことをやらなくちゃ。
数日間、仕事の行き帰りに病院に寄って、そのたびにお土産を置いていってたら香澄のベッドまわりはかなり賑やかになった。 熱はもうだいぶ下がってるけどいつまでも意識が戻らないから香澄には点滴が増えた。 このままずっと目が覚めないってことはないだろうとは医師からも言ってもらえたけど、不安が勝り始めた頃、また病室の前で絢と鉢合わせた。 「なおとくんだ。」 絢は光くんを一緒に連れてた。並んでると仲のいい兄妹みたいで微笑ましいね。 「光くんも香澄のお見舞い?」 「んー。ちょっとちがうけどそれもある」 「光さん、喋るのは最小限ね」 「んー。」 口の中怪我してて喋れるようにはなったけど食事が難しいから点滴にここ通ってんの。って絢が簡単に説明しながら病室に三人で入る。 光くんは絢と繋いでた手を離して香澄のベッドに走り寄ると上体をベッドに乗り上げるようにして、香澄の枕元で頬杖ついて香澄の顔を覗き込んでる。 僕は椅子を二つひっぱってきて絢にひとつすすめる。 「金色のうさぎ…  あれは絢のぬいぐるみ?」 「うん。直にぃこそお土産ムダに盛りすぎじゃん。ベッドから落ちそうになってる。持って帰るときのことも考えなよ」 「うーん… それよりも僕は仕事でずっとついててあげられないから、目を覚ましたときにひとりぼっちの可能性が高いかと思って…それで」 「おきた。」 光くんが小さな声で呟いたので僕も絢も席から立ち上がってベッドのそばに寄る。 香澄の顔と10センチもないくらいの至近距離から光くんに見つめられて、香澄はまだぼーっとしてるみたいだ。 とりあえず目が覚めてくれたことに安堵してもう一度後ろの椅子に倒れこむ。 「こんにちは。光です。」 「香澄、このひと俺の母さん。」 「絢の母です。」 絢と光くんが香澄に続けて言ったら、だいぶ長く黙って視線を彷徨わせた香澄がまだ少し力の弱い声で答えた。 「…はじめまして…あの…ふつつかな兄ですがどうぞよろしくお願いします…」 「かすみくんはあやのかれしなの?」 香澄に向かって至近距離から突然光くんが爆弾落として思わず椅子の背から体を起こす。 「そう俺の彼氏。」 「絢ぁぁぁ?!?!」 な、なんでそういう方向に  おたおたしてたら光くんが「ふつつかなむすこですがよろしくおねがいします…」なんて香澄に向かって深々と頭を下げ始めた 「ちょ 光くん?!?」 足にくっつきそうなくらい下げた頭で三つ編みを反対側に垂らしながら顔が背後に向いた光くんが誰にも見えない角度で僕にだけにまっと笑った。…じょ、冗談か なんだか洒落にならないな 「いえあの俺はその直人の…彼氏?で…す…」 光くんに向かって香澄が顔赤くしながら一生懸命答えてる。…香澄って僕の彼氏だったのか… なんとなく顔が熱くなる 「絢は…絢は大事な…大事な人で…」 「ごめんごめん、その辺でいいよ香澄、これは俺が悪かった」絢が少し申し訳なさそうに笑いながら寝てる香澄の言葉を遮る。 香澄は布団で鼻の上まで隠しちゃってる。 またベッドの上で香澄の顔を覗き込む体勢に戻ってた光くんが頬杖をついてない方の腕を伸ばして香澄の額に手をあてた。 「…うん、ねつさがった。ちゃんとおきれたかすみくんはいいこ。」 小さな口元は微かに微笑んで、いつもぱっちり大きく開いた目が優しげに眇められてる。絢はそんな光くんの様子になにか別のものを感じたのか、嬉しそうな、少し震えるような目をしてた。 それからしばらく絢と光くんが香澄の話し相手になってるのを僕は横でじっと見てた。 絢が金色のうさぎを香澄に見せて、二人に買ってもらった絢ちゃん、って紹介して、まことくんから預かったらしいお土産を香澄に渡して、賑やかにしてた。 香澄が倒れる前に思い起こしたのはきっと半身にガラス片を浴びた冷泉だろうから、現実にあるのはそれだけじゃないことをこうして示していってくれる人が目を覚ましたときにいてよかった。 「香澄」 二人の横を抜けて香澄のベッドの足元あたりに腰をおろして、寝てる香澄に微笑みかける。 「具合はどう? 倒れてからもうすぐ一週間くらいになるけど」 「直人…   先生は…?」 僕と香澄が話し始めたら、絢と光くんは自然な形で病室から出ていった。 扉が閉まる音がしてから、話を続ける。 「慧は大丈夫だよ。まずは香澄がしっかり回復しないとね」 香澄がゆっくり体を起こす。横に一緒に寝てたノエルと一緒に香澄をぎゅっと抱きしめた。 「僕ちょっと慧と喧嘩してきたよ」 「喧嘩?!…なおとが…」 「うん。慧と喧嘩したのは初めてだったかも」 笑いながら香澄の頭を撫でて向かい合うとしっかり目を見て言葉をかける。 「今回は、香澄は自分を責めたらいけないよ。慧が負うべき責任を香澄が横取りしちゃいけない。一緒に背負うことになったとしても、慧が一人で受け止めきれてからだよ。ちゃんと慧に背負わせてあげよう。…いいね」 香澄は僕の目を見詰めてしばらくじっと黙ってたけど、静かに頷いた。僕もそんな香澄を見て、にっこり笑って頷いた。 「おはよう、香澄」
香澄視点 続き
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doobies-tokyo · 6 years
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DELIVERY OF THIS WEEK
11月に入り気温は今の所落ち着きを見せており、重ね着を早くしたいけれども中々気温が下がってくれない。
今は半袖の上から軽いアウターを羽織ったり、パーカーにシャツなどのスタイルがちょうど良いですね。
ですが来週からまた一段と気温が下がるみたいですので、寒い冬に向けて備えが必要です。
本日は、定番で殿堂入りをしたBANDITS CAR COATの入荷がありました。いつ見てもカッコイイ、不動のアイテムです。
その他は発色の良い大きめなモックネックタイプのセーターや定番のビッグシルエットのベレーが新色を加えDUBWISEの刺繍が施されリリースとなりました。
また、寒い冬何かと便利な耳当て付きのニット帽が店頭に揃いました。
掲載画像の他にも色展開がございます商品もあります。
当店オフィシャルインスタグラム、
@doobies_tokyo
上のストーリーやスタイリングにて展開していますので、是非ご覧ください。
また、等ブランドのウェブサイトにも入荷したアイテムの画像や詳細も載っております。
週末は皆様のご来店をスタッフ一同心よりお待ちしております。
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marinco-maringo · 2 years
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ベレー帽も沢山可愛いこちゃんたちできております🤗  写真以外にもたくさんありますので是非ご試着しにいらして下さいね☺️💕 いよいよ明日は搬入です👍🏻💓  本当に沢山のアイテムご用意できたので、楽しみにしててください😊🙌🏻 あー!ドキドキしてきた💓 ○marinco-maringo next event○ ●10/28(金)→11/1 (火)(最終日18時閉場) marinco-maringo solo POPUP 名古屋三越栄本店3階ユナイトマーケット  ▶︎ヘアアレンジイベント marinco-maringo のPOP UPにてお買い上げのお客様限定❣️ ご希望の方にプロのヘアスタイリストさんがヘアアレンジをさせていただきます🤗 ◇10/28(金) stylist YUKARI @luexe_yukari 10時-17時(最終受付16時半) ◇10/29(土) stylist YUMI 10時-19時(最終受付18時半) ◇10/30(日)stylist YUMI 10時-19時(最終受付18時半) 是非こちらも楽しんでいただけたら嬉しいです😊 #marinco_maringo #マリンコマリンゴ #knit #knitaccessory #ニットアクセサリー #ニット #編み物 #編み物作家 #ハンドメイド #handmade #ハンドメイドアクセサリー #大ぶりアクセサリー #個性的アクセサリー #個性的ファッション #大ぶりイヤリング #大ぶりピアス #個性的ピアス #個性的イヤリング #ハンドメイド好きさんと繋がりたい #編み物好きさんと繋がりたい #japan #fashion #日本手作 #日本耳環 #ヘッドドレス #headdress #hairaccessory #ベレー帽 #帽子 #ベレー帽コーデ (名古屋三越栄本店) https://www.instagram.com/p/CkLW3oVP9ur/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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n0b0dy-n0where · 4 years
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秋色の子
食欲旺盛な女の子の話です。
「まきちゃん。朝ご飯、抜いてきたの?」 「ふえっ。」  昼休憩に入ろうとバックヤードに向かっていたところで店長に出くわし、何の前触れもなく聞かれて私はすっとんきょうな声を上げてしまった。  別段思い当たることもないので、 「そんなことないですよ~? ご飯はちゃんと食べてきましたし。」 と返すと眉をひそめられた。 「それにしてはさ、お客様に言う服の色が全部露骨に食べ物だったじゃない。」
『今年確かにブルーが流行りですけれど、今お客様が着ているトップスに合わせるならピスタチオカラーとかどうですかね~。』 『うーん。黒を着るなら差し色はワインレッドとか、もうちょっと明るめに、えーっと、さつまいもの皮くらいの色とか~。』 『ニットにフリンジついているとケーキみたいでおしゃれで可愛いですよね~。今あるお色だとマスタードとかマロンとかおすすめですよ。モンブランが食べたい? あ~わかります~時期ですもんね~。』 『イエローって白を合わせるとレモンっぽく見えて春に使えるし、黒とかブラウンとか合わせれば落ち着いて秋色コーデになるし良いですよ~。』
「あ、はい。すみません。食欲が出ちゃって……。」  店長はツボに入ってしまったのか、普段表では絶対に見せないような品のない笑い声を上げている。私の方が周りに迷惑をかけてないか不安になって辺りを見回したが、お昼時で店内には来店客がいなかったので胸を撫で下ろした。店員も客引きをしていないので、店長の高めの声が良く響く。 「いや良いのよ、伝わっていたようだったし。ご飯抜いて倒れられたら困るけれど、元気なようで良かったわ。」 「秋色が全部美味しそうなのがいけないんですよ。店長だって今日、カボチャみたいな色着てらっしゃるし~。」  今度は引き笑いまで起こし始めた。別フロアにまで響くんじゃないだろうか。 「そのうち秋色コーデした子を食べたいとか言い出さないでよ?」  もはや半泣きになり、お腹を抱えながら冗談を言ってくる。 「酷~い。言いませんよそんなこと。」  多少オーバーリアクションになるのが店長のこういうのを交わすコツだ。両手を組んで頬を膨らませてみれば、店長は引き留めて悪かったねと私を店の裏へと送り出した。満面の笑みを貼り付かせて、休憩入りますと甘ったるい声で返しその場を後にした。
 仕事が終わりスマホを確認すると、珍しく人から連絡が入っていた。私が働いているショッピングモールに来たけれど会えないか、という申し出だ。一〇分前。会いたいから迎えに来たと言えば聞こえはいいが、不躾にも押し掛けてきたとも言える。そういうところが不器用な人だ。 「しょうがない人ですね。」  そう言いながらも、指はOKの文字を送り返している。私から会いたいと言うことは多くても、彼女の方から誘ってくるのはごく稀だった。そしてあちらから誘ってきたということは、たいてい最近の仕事に片が付いてゆっくり会えるという意味だった。  こういうとき、待ち合わせはいつも同じ喫茶店だった。私は自分が送った連絡の返事も待たずに駆け出した。
 案の定、いつもの喫茶店にその姿を見つけた。  秋の夜ともなれば屋外は少し肌寒いものだが、喫煙席がオープンテラスにしかない店だ。煙がゆっくりと流れていくのをぼんやり見送る彼女が映画のワンシーンのように様になっていて、背後から近づく私の歩みも気取らなきゃいけないかもとくすくす笑った。 「お待たせしました?」  声をかけながら正面に回り、灰皿の中の煙草を数えた。フィルターぎりぎりまで吸われたものが二本。今、彼女の手元に一本。ペースを考えると、私に連絡をくれる前からここにいたようだ。コーヒーはとっくに空で乾き始めており、ソーサーの端にビスコッティが一本残っていた。  私が自分の分のコーヒーをテーブルに置いたところで、彼女は私が来たことに今気づいたという顔で見上げてくる。 「全く。仕事お疲れさま。」  煙草を灰皿に押し付けて火を消し、残った手で向かいの席を勧められたが、私はすぐには座らなかった。彼女の服装に気を取られていたからだ。  仕事終わりならスーツ、休日ならメンズライクな服が多い。筋肉がついているのか不安になる足のラインがスキニーパンツでしっかり出ているのを見たことがなかったし、栗色のニットにボリュームのあるジャケットを合わせて薄い体にメリハリをつけるという発想があるかどうかも知らなかった。  目の前で手をひらひらされて我に返ると、彼女は心配そうに首をかしげていた。笑いが漏れる。 「珍しい恰好でびっくりしましたよ~。非番だったんですか~?」  思わず接客のときのような鼻詰まりの甘い声がでてしまう。 「これも仕事。普段着ない感じで来いって言われて。」 「シンペンケーゴってやつですか。大変ですね。」 「今日で終わりだよ。」  これも予想通りだった。お疲れさまでしたとねぎらい、熱いコーヒーをすすりながらも私の視線はまだ彼女の服にある。そのことに気づいたのか、 「本職の人にじろじろ見られるのは落ち着かないよ。」 などとむずがゆそうな反応をされた。 「言うほど本職じゃないですよお。」  くすくす笑う。なるほど彼女はこういうときに恥ずかしがるのか、と新しい発見をした子供のように嬉しくなる。 「美味しそうですね。パフェみたいで。」  初め彼女はきょとんとしていた。テーブルに一瞬目をやって考えていたが、私の言っている意味に気づくと目を逸らし、口元を手で押さえてちょっとうつむく。 「まきさん、良く平気でそういうことを言うよね。」  目を隠すように前髪が垂れてきたが、彼女の頬も耳も真っ赤になっている。 「可愛い。顔、りんご色。あっ、隠さないでもっと見せてくださいよ。」  からから笑っていたら、荷物の中から帽子を出して私の視界を遮るように押し付けてきた。返すには私の腕が短い。このままでいいのかなと頭にきちんと被ったときには、彼女は口をとがらせて私を待ち構えていた。足も組みなおして準備万端といった感じだ。 「往来でそんな台詞吐いて、恥ずかしくない?」 「全然。言うほど往来じゃないですよ。」  テラスには私たちの他に人はいない。私でもそのくらいは気にしますよ、と言う。  彼女は頭をがしがしと掻いて、何を反論しても無駄だと悟ったのか小さくため息を吐いていた。短く揃えられた髪がふわふわと崩され、また撫で付けられる。そういうところも可愛いのだが、言ったら顔を真っ赤にして今度は怒られそうなので控えた。 「それはそうと、もう出ます? それ、食べちゃっていいですか?」  ソーサーに残ったビスコッティを指す。私がここのビスコッティが好きだが二つセットで来るからたくさんは食べられないという話をして以来、一つずつ分けるのが恒例となっていた。売っているときの小さな透明の袋に入れっぱなしにしてあるのも、テラス席で待っている彼女の配慮だと知っていた。  わかっていても確認せずにはいられない。 「どうぞ。」  そして確認せずにいられない私のことを、彼女は理解していた。気に障っていないのか、あるいは気に障っていても必要以上に怒ったり問い詰めたりしないでくれる興味の薄さにかなりの部分で助けられている。まだ一度も伝えていないけれども。  もそもそと食べ終え、指についた欠片をもったいないと思って舐め取っていると、向かいからの視線を感じた。 「何か?」  唇の端をゆっくり舐めると、彼女は目を奪われていたことに今更気づいたのかひとつ咳払いをし、立ち上がった。 「行こ。」 「はい。」  不器用な人、と心の中で呟いた。自分だって十分不器用なのを隠しているから、口には出せなかった。
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sorairono-neko · 5 years
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ぼくのこと、ここに置いてくれる? 行くところないんだ。
 長谷津の勇利の家は、古いし、ぎしぎしいうし、部屋は狭いしで、ヴィクトルにとって初めて体験する場所だった。けれどヴィクトルはこの家が好きだった。古風な雰囲気がすてきだし、あたたかみがあるし、人々の「生活」という���のが染みついている気がした。それは「他人の生活」の印象ではなく、親しみやすい、こころが落ち着く感じだった。勇利はこの家で育ったのだ、と思えば、ますますヴィクトルはここが好きになった。冬になり、隙間風が入りこんでくることが多くなっても、その気持ちは変わらなかった。 「ヴィクトルのサンクトペテルブルクの家は豪華であたたかいんだろうね」  初めて毛布を出したとき、勇利は申し訳なさそうに言った。 「ここじゃ寒すぎない?」 「俺は寒いのには慣れているから平気だよ。ロシアにくらべたらこんなのは暖房と温泉がいっぺんにあるようなものさ」  ヴィクトルの言葉に笑ってから、勇利はベッドの端にちょこんと腰掛けた。 「でも、ロシアは家の中はあったかいでしょ? 試合で何度か行ったけど、外は寒くても、建物に入るとすごく暖房が行き届いてたよ」 「まあ、そうじ���ないと大変なことになるからね。けど、だからといって、日本でも同じだけのものを俺が要求しているなんて思わないでくれ。さっきも言ったように慣れてるからそれほど寒いとは感じないし、ここはすてきな家だよ。俺はこういうの大好きだよ」 「そっか」  勇利はかすかにほほえんだ。ああかわいいな、とヴィクトルは胸のときめきを抑えるのが大変だった。ヴィクトルにとって勇利は愛すべき生徒だが、それとは別に、彼にはいつもヴィクトルはまいってしまっているのだった。去年のバンケットのときからだったけれど、こうして一緒に過ごすようになって、その気持ちは深まる一方だ。 「ヴィクトルは、いま、家はどうしてるの?」 「どうしてるって?」 「誰もいないの? 家って住まないと傷むっていうけど、大丈夫なのかな? もしかして……誰か……」  ヴィクトルはどきっとした。勇利は何か余計なことを考えてはいないだろうか。ヴィクトルが家をまかせるような相手がいると。そういえば、西郡やミナコが、酔っぱらったときに、「ヴィクトルは世界一もてる」「恋人だらけ」「身のまわりのことをやってくれる女性が山ほどいる」などと吹きこんでいた。勇利は笑って聞き流していたから大丈夫だと思っていたのだが、もしかしたら信じているのかもしれない。冗談ではない。女性をはべらせているなどというでたらめはさっさと打ち消しておかなければ。勇利にそういう誤解をされるなんて我慢がならない。 「うちは無人だよ!」  ヴィクトルは力強く言った。 「鍵をかけてそのままさ。傷むとか、そんなことは考えたこともないな。もし何かあれば手を入れればいいんだし、勇利のところへ来るにあたって、そういうことはまったく頭になかった。それより早く日本に来たくて、そのことばっかりだったよ」 「ふうん、そうなんだ……」  勇利はにこっと笑ったが、ヴィクトルは、これではまだ足りない気がした。もっと──何か、勇利を安心させることを言わなければ。 「そもそも俺、自分の家に他人が入ることがいやなんだ」  ヴィクトルは熱心に説明した。 「考えただけでぞっとするね。俺の家に入ったことがあるのは、俺とマッカチン、それにヤコフくらいだよ。あとは業者とかそんなところさ。誰かを招くなんて想像したこともない」 「そっか」  勇利がにっこり笑った。 「そうそう。そうなんだよ」  ヴィクトルは真剣にうなずいた。 「俺の家には誰も入れるつもりはないよ。絶対にね」 「ヴィクトルとマッカチンだけのお城だね」 「そうさ!」  勇利が納得してくれたようなので、ヴィクトルはこころの底から安堵して息をついた。西郡やミナコに余計なことを言わないように注意しておかなければと、このときヴィクトルはまじめに決心した。  シーズンが終わったら、勇利はロシアへ来る。たくさんの話しあいの結果、そういうことになった。それが動かしがたい事実として決定すると、ヴィクトルは有頂天になり、浮かれてしまった。勇利が来る。勇利が俺の町に! サンクトペテルブルクは曇り空が多く、どんよりとした印象だけれど、勇利がやってくればきっと花が咲いたように華やかに、明るくなるだろう。ヴィクトルの世界は輝くにちがいない。勇利と通りを歩き、勇利と買い物に行き、勇利といろんなところへ出かけるのだ。なんて楽しみなことだろう。勇利が長谷津を教えてくれたように、勇利にサンクトペテルブルクを教えようとヴィクトルは張り切った。そして、勝生家でよくしてもらったみたいに勇利によくしてあげよう。ヴィクトルの家が自分の家だと思ってもらえるような努力をしよう。  しかし、そんなヴィクトルのこころぎめなど知らぬというように、勇利は地図や間取り図を示して笑顔で言った。 「ぼくはここに住もうと思ってるんだ」 「は?」  それはリンクの近くのちいさなアパートで、確かに便利そうではあるけれど、それ以上のことは何もない、何の変哲もない住居だった。 「ちょうどひと部屋だけ空いてて。家賃もそれほど高くないし、悪くないと思うんだよね。ちょっと狭いかなあっていう気はするけど、ぼく家で過ごすことそんなにないし、あんまりひろすぎても落ち着かないしね」  そんなことはどうでもいい。ヴィクトルは、勇利はいやではないのだろうかとうろたえた。家賃が安くても、面積が気にならなくても、そこにはヴィクトルがいないではないか! 「勇利……」 「ん、なに?」 「それでいいのか? だって……」 「うん。住んでみないとわからないところもあるけど、そんなこと言い出したらどこでもそうだしね。デトロイトへ移り住むときもわりとおおざっぱにきめていったし、ぼくはそういうの気にしないよ」 「そうじゃなくて!」  ヴィクトルは焦りながら熱心に言った。 「そこには俺がいないよ?」 「え?」 「だから……、俺はてっきり……勇利は俺の家に……」 「えー、そんなこと」  勇利はかぶりを振った。 「だめだよ。だめだめ」 「えっ……」  だ、だめなんだ……。ヴィクトルはぼうぜんとした。勇利の物言いは、そんなことしていいわけない、といった感じだった。勇利がロシアへやってくるにあたり、住処の候補として思い浮かべたものの中に、ヴィクトルの家は数えられてもいなかったのだ。これはヴィクトルにとってかなり衝撃的だった。だってヴィクトルは勇利の家に世話になったのだ。すこしくらい、ぼくもヴィクトルのところに行けるかな、と夢想してくれてもよいではないか。勇利のことだから、ずうずうしいとか慎みがないとか、そんなふうに遠慮する可能性はあるけれど、まったく考えもしないなんて、そんなことが……。 「ないない。ヴィクトルと一緒に住むなんてない。あり得ない」 「そ、そこまで言わなくても……」  ヴィクトルはますます落ちこんだ。 「大丈夫。ヴィクトルの邪魔はしないよ」  勇利は優しくほほえんだ。 「ちゃんとそういう線引きはするから、安心して」 「いや……邪魔とか安心とか……」 「ヴィクトルには自分のいいように、いい環境で暮らしてもらいたいんだ」  勇利は落ち着き払って言った。 「だからヴィクトルの家に押しかけたりしないよ」 「押しかけるとか……」  俺はおまえに来てもらいたいんだ……。ヴィクトルはそう言いたかったけれど、勇利の態度には、「引退します」と宣言したときのような、おごそかな、きっぱりとしたものがありありとあらわれており、何を言っても無駄という様子だった。 「もしかして心配してたの?」  勇利は笑った。 「勇利が一緒に住みたいって言ってきたらどうしようって? 憂鬱にさせてごめん。ぼくのことは気にしないで。コーチをしてくれるだけでじゅうぶんだよ」  俺はそれじゃじゅうぶんじゃないんだ! ヴィクトルはわめき散らしたかったが、素直に口に出すことができなかった。勇利がせっかくロシアへ来る気になっているのに、余計なことを言ったら臍を曲げてしまうのではないかと、それが心配だった。いつ「終わりにしよう」とそっけなく突き放されるかわからない。勝生勇利はおそろしい。 「そういうわけだから安心して。ロシアへ行くの楽しみだな。春でも寒いのかな」 「ああ……」  ヴィクトルは勇利の言うことをまったく聞いていなかった。勇利とは一緒に暮らせないのか……。そのことが重くこころにのしかかり、せっかく彼がロシアへ来てくれるというなりゆきになったのに、ひどく苦しく、さびしく感じた。  勇利の言っていたアパートを買い取ってやろうか、俺もそこへ引っ越そうか、などと真剣に思案していたヴィクトルだが、そんなことをすれば勇利があきれて、やっぱり「終わりにしよう」と言い出す気がしてできなかった。ひと足先にロシアへ戻った彼はすっかり落ちこんでおり、ヤコフに「おまえ……ついこの前までは人生はばら色とかなんとか言っておったのに……」といぶかしげにされ、ユーリには「ヴィクトルが静かだと気持ち悪い」と言われた。しかしヴィクトルはそれどころではなかった。  落ち着け。勇利のこのさきすべてがきまってしまったわけではない。もしかしたら彼がヴィクトルがいないのはいやだと言い出すかもしれないし、そうでなくてもアパートに何か不都合が起きるかもしれない。何も起こらなかったとしても、とにかく勇利を口説いて「ヴィクトルと一緒に住みたい」と思えるようにすればよいのだ。そうだ、毎日彼を招いて食事をごちそうするのはどうだろう? ヴィクトルの家から帰りたくない、と思わせることに成功すれば、ひとつの屋根の下で暮らすのだって夢ではない。あきらめるのはまだ早い。努力をするのだ。  やがて勇利がやってき、ヴィクトルはそのときばかりはうっとりとした気持ちになった。勇利は前よりも綺麗になり、さらに可憐になっていた。以前は眼鏡をかけているときは野暮ったく、平凡で、まったく目立たなかったのに、いまはそんなことは関係なく、ひどくかわいらしく見えた。ヴィクトルは勇利に、ニット帽をかぶらせ、マスクをさせる必要性を感じた。しかし、ユーリにこっそりと「勇利はますますうつくしくなったと思わないか」と言ってみたところ、彼は薄気味悪そうにヴィクトルを見やり、「いや前と同じだろ……」と答えるだけだった。 「同じ? ユリオの目は節穴なのか?」 「ヴィクトルの目がどうかしてんじゃねえのか。ただのブタじゃねえか。気色の悪い……」  勇利が「どうしたの?」と後ろから尋ねたのでヴィクトルは振り返った。みずみずしい、楚々とした愛らしさは、世界じゅうの人から愛されそうだった。ヴィクトルは、勇利を誰にも渡してはならないという気持ちになった。そうなると、もともと勇利と一緒に住めないことが憂鬱だったのに、ますますいやなこころもちになった。勇利がロシアへ来てくれてうれしいのに、それと同じだけ不満をおぼえるというおかしな状況だった。  それはともかく、勇利と過ごす時間は楽しかった。ヴィクトルは勇利をリンクへ連れてゆき、久しぶりに彼のスケートを直接目にした。姿かたち同様、すべりにもみがきがかかっていて、ヴィクトルはこころを奪われるとともに誇らしくなった。あの子は俺の生徒なんだ、と思った。 「勇利、よかったよ」 「本当?」 「ああ。俺がいなくてもがんばってたんだね。えらいよ」 「ヴィクトルが恥ずかしい思いしないようにと思って……」  勇利ははにかみながら、彼の実力がいかほどのものかとリンクサイドで見守っていたクラブのコーチ陣や生徒たちに目を向けた。なんてけなげでかわいらしいのだろうとヴィクトルは感激した。 「勇利は俺の自慢の生徒だ」 「あの……」  勇利がためらった。 「なんだい?」 「……ヴィクトルがすべってるところも、見たい……」 「もちろんだよ!」  勇利の視線を浴びてすべることは、最高に気持ちがよかった。誰に見られるよりもうれしい。これがこれから毎日続くのだと思うと胸が躍った。  しかし、練習を終えて着替えているときはまた気分が落ちこんだ。ふたりは同じ家に帰るわけではない。 「勇利……」 「なに?」  勇利がヴィクトルを見た。知らないうちに、無意識に呼びかけてしまった。ヴィクトルは急いで提案した。 「食事に行かないか。一緒に」 「いまから?」 「そうだ」 「でもぼくこんなかっこうだし……」  勇利は動きやすそうな服装を見下ろした。 「構わない。高級レストランへは連れていかないよ。俺のかっこうだって同じようなものだ」 「うーん……、だけど、今日はやめておくよ」  勇利は困ったように断った。 「着いたばかりだし、時差もあって、早めにやすもうかなと思ってたんだ」 「そうか……」  ヴィクトルはがっかりした。しかし勇利の言う通りだ。彼は疲れているだろう。へこたれずにヴィクトルは誘った。 「じゃあ明日はどうだい?」 「明日かぁ……」 「明日は着替えを持っておいで。俺もそうするよ。そしてふたりで食事をしよう」 「うーん……」  勇利は考えこんだ。ヴィクトルはどきどきしながら返事を待った。勇利がほほえんだ。 「うん、わかった」 「本当かい?」 「着替えだね。持ってくるよ。あの、スーツじゃないとだめなの?」 「いや、なんでもいいよ。気軽な店にしようと思う」  ヴィクトルは頭の中にあるレストランの一覧表から、勇利が緊張せずに入れるような店を急いで選び出した。 「この近くでね。歩いていける。味も悪くないよ」 「もちろん美味しいものがいいにきまってるけど、ぼくはなんでもいいよ」  勇利はあっさり言った。 「ヴィクトルと一緒なら」  ヴィクトルは有頂天になった。断ったあとにこういうことを言ってくるのだから憎い子だ。俺をもてあそんでいるのか、とヴィクトルはうきうきしながら思った。 「じゃあ、明日」  勇利はクラブの建物の前でヴィクトルに手を振った。 「楽しみにしてるよ」  ヴィクトルは声をはずませた。 「デートだね」 「あははっ」  勇利はもう一度手を振って帰っていった。ヴィクトルは、いま、適当にあしらわれた? とがっかりした。頬をあからめるとかして欲しかったんだが……。  まあいい。明日は勇利と食事だ。ヴィクトルはいい気分で帰途についた。  約束通り、練習後にレストランへ寄り、勇利と楽しく食事をした。離れていたあいだのことやスケートのこと、長谷津のみんなのこと��ど、話は尽きなかった。夕食のあともヴィクトルは勇利を帰したくはなく、飲みに行こうと誘った。勇利は迷うそぶりを見せたが、「もっと話したい」とヴィクトルが言うと、「ぼくも」と了承してくれた。 「勇利」  ほの暗い店の、窓のほうへ向けてつくられた席で、勇利の横顔をちらと見た。勇利は目の前にひろがる異国の上品な夜景にうっとりし、しとやかな笑みを浮かべていた。 「これをきみにあげたいんだけど……」  ヴィクトルは、リボンをかけた白いちいさな箱を差し出した。テーブルの上に置かれたそれを勇利は見、それからヴィクトルの目を見た。 「これは?」 「きみへの贈り物だよ」 「本当に?」  勇利がうれしそうにまぶたをほそめた。その微笑があまりにかわいらしく、ヴィクトルはいますぐ抱きしめたいと思った。 「開けてみていい?」 「いいとも」  答えてから、ヴィクトルはかなり緊張した。受け取ってもらえなかったらどうしよう? 勇利の様子から判断すれば、おそらく──。いや、しかし、やってみる価値はある。言わなければだめだ。このままでは……。 「なんだろう……」  勇利はしなやかな指でリボンの端をつまみ、するっとほどいて箱の上部を持ち上げた。それは簡単にひらき、中から出てきたのは、ふわふわしたペーパークッションにうずもれた銀色の鍵だった。 「え……」  勇利は瞬き、それから慎重な態度で顔を上げた。 「ヴィクトル、これって……」 「俺の家の鍵なんだ」  ヴィクトルは急いで言った。 「勇利には持っていてもらいたいなと思って」 「…………」  勇利は難しい顔をして黙りこんでしまった。ヴィクトルはさらに急いだ。 「重苦しく考える必要はないんだ。勇利の好きに使ってくれればいい。それを持っているからといって勇利を縛るつもりはないし、俺の家で何かしろと強制するつもりもない」  ヴィクトルは、勇利がとにかく深刻にならないよう、言葉を用心深く選んだ。 「なんていうか、ただ持っていてもらいたいというか、それによって何かが起こると期待しているわけじゃないんだよ」  しまった。ちょっと生々しい言葉だっただろうか? 勇利がどう受け止めるか心配でヴィクトルはどきどきした。 「俺の気持ちっていう……それだけの……」 「ごめんなさい」  勇利は箱を閉じ、吐息をついてそれをヴィクトルに返した。 「これ、いただけません」  ヴィクトルは目をつぶった。やっぱり……。溜息が漏れた。そうなるだろうと思ってはいた。勇利がヴィクトルとの同居を選択しなかった時点で、もちろんこういうなりゆきになるのだ。 「なぜ?」  それでもヴィクトルは粘り強く尋ねた。 「勇利に負担をかけるつもりはないよ。ただ……」 「負担だと思うわけじゃないよ。ぼくがそれを持っていられないというだけのことなんだ」 「どうしていやなんだ? 勇利、何か身構えてる?」 「そうじゃないよ。なんていうか……申し訳ないから」  申し訳ない? なんのことだろう。ヴィクトルのファンに対して、という意味だろうか。 「勇利──」 「ヴィクトル、気を遣わないで」  勇利はほほえんだ。 「ぼくは大丈夫だから。心配いらないよ」 「勇利……」  勇利はこの件についてあまり話したくなさそうだ。しつこくしたら怒り出すかもしれない。ヴィクトルは仕方なく、少ない情報でよく考えてみた。勇利はヴィクトルの家の鍵を受け取ることを申し訳ないと言う。ヴィクトルが気を遣っていると思っている。つまり、こうだろうか。異国の地で不安な勇利を気遣い、ヴィクトルがおまもりのような気持ちでこれを差し出したのだという解釈をくだしているのだろうか。 「勇利、あのね──」 「本当にごめんなさい」  勇利はゆっくりとかぶりを振った。 「でも、うれしかったよ。ありがとう」  彼はほほえんで率直なまなざしを示した。迷惑そうではない。うれしいなら受け取ってくれればいいのにとヴィクトルは思った。 「俺のことが嫌いというわけじゃないんだね?」 「そんなことあるわけないじゃない」  勇利は驚いたように瞬き、それから笑い出した。 「ヴィクトルの優しさに、ぼくの敬愛と好意は増すばかりなんだ」 「…………」 「ヴィクトルはぼくの王子様だよ」  王子様の家には入れないということだろうか。勇利の中には、いつまでもヴィクトルは神様だという気持ちが根付いているのだろう。  無理やり持たせても仕方がない。ヴィクトルはいったん鍵は引き取ることにした。いますぐなんでも上手くいくわけではない。勇利の目にあふれる愛情は確かで、疑いの余地はない。ゆっくりと事を進めよう。 「ヴィクトルってほんとに優しいよね……」 「そういうわけじゃないけど」 「ううん、そうだよ」  勇利はにっこり笑った。ヴィクトルはテーブルの上にある彼の手をそっと握った。勇利は拒絶せず、じっとヴィクトルの目をみつめた。  けっして酔わせようと思ったわけではない。勇利がおかわりをするのを止めなかったのは、ただ彼と長く一緒にいたかったからと、夢中になって話し続けており、彼が何杯飲んだかを数えていなかったためだ。気がつくと勇利はまっかな頬でヴィクトルにもたれかかっており、ヴィクトルはようやく、失敗したのだと理解した。 「勇利、大丈夫かい?」  肩を抱き寄せて尋ねると、勇利はとろんとした目つきでヴィクトルを見、「んー」と返事をした。 「具合は悪くない?」 「んー」  だいぶ酔っているようだ。だが、いつかのように踊り出すほどではない。ヴィクトルはほっとしつつも、さてどうしたものかと考えこんだ。勇利の部屋は知っている。送っていける。しかし、彼をひとりにするのは心配だった。それならヴィクトルの家に連れ帰るしかないけれど、それもいささかためらわれた。まるでヴィクトルが企んで飲ませ、酔わせて好きにしようとしているみたいではないか。そんなつもりはなかったのだ。 「勇利、立てるかい?」 「うん……」  勇利は立ち上がり、ヴィクトルに抱きつくようにして寄り添った。ヴィクトルはどきどきした。勇利のよい匂いがした。練習のあとなので汗の匂いも混じっているが、長谷津で慣れ親しんだ、優しい、なつかしい匂いだった。 「��ぶないな。俺の家に来る?」 「ん……」 「いいんだね?」 「うん……」  勇利はわけもわからず返答しているようだ。ヴィクトルは反省した。酩酊している勇利に「いいのか」なんて尋ねて責任を押しつけている。ひどい男だ、自分は。やはり彼のアパートに送っていったほうがよいだろうか。いや、それはだめだ。こんな状態でほうっておけない。  ぐずぐずと思い悩んだあげく、結局タクシーで自宅まで勇利を連れ帰り、抱いていって寝室のベッドに横たえた。 「勇利、起きてるかい?」 「ん……」 「水、飲む?」 「いらなぁい……」  勇利はほとんど夢の中にいるようだ。ヴィクトルは彼をせつなくみつめ、ふっと息をついた。 「何もしないよ」  身をかがめて耳元にささやく。 「きみにめろめろでも、紳士のつもりなんだ」  ヴィクトルは苦笑を浮かべた。勇利はすやすやとやすらかな寝息をたてている。口の端を吸いこむようにして、すこしほほえんでいるようだ。何かよい夢でも見ているのだろうか。 「ヴィクトル……」 「なんだい?」 「…………」  寝言らしい。ヴィクトルは勇利の眼鏡に手を伸べ、そっとはずしてやった。服を脱がせてよいものかと迷ったけれど、このままでは寝づらいだろう。ヴィクトルは勇利の上着やシャツを丁寧に脱がせ、代わりに自分の簡単な部屋着を着せた。それは勇利には大きくて、首元がよく見え、なんだか目の毒のような感じだった。 「何もしない、何もしない」  呪文のようにくり返し、勇利の身体を掛布で覆う。どうしても可憐なくちびるや首のあたりに視線が向いてしまうから、そんな作業もひと苦労だった。マッカチンがやってきて勇利を眺めたので、ヴィクトルはそっと撫でてやった。 「明日遊んでもらおうね」  シャワーを浴び、バスローブ姿で水を飲みながら寝室へ戻った。勇利は相変わらずすやすやと眠りこんでいる。ヴィクトルは水の入った瓶をまくらべへ起き、ベッドにもぐりこんで溜息を漏らした。  何もしないぞ。  マッカチンがいてよかった。ヴィクトルは勇利の匂いとぬくもりを背中で意識しながら眠りについた。  翌朝目ざめても、勇利はまだ深く寝入っていた。よく寝るな、時差ボケが残ってるのかな、と思いつつヴィクトルは起き上がり、自然に勇利にキスしようとしてぎょっとした。俺は何をしているんだ。 「やれやれ……」  今日は練習は休みなので、寝かせておいても問題はない。しかしヴィクトルは仕事がある。取材のために出かけなければ。勇利の朝食を支度する時間くらいはあるので、店がひらくのを待ってマッカチンをともない、外へ出た。近くのパン屋で勇利の好きそうな、チキンなどの挟んであるパンを買った。それから、卵や牛乳、ヨーグルトや果物を購入した。いつもはどこかの店やクラブの食堂で食べているから、こんなことはめったにしない。勇利に食事をごちそうして家にいたいと思わせる、などと計画を立てていたので、すこしは練習したのだけれど、せっせと台所でつくった朝食は、あまり美味しそうには見えなかった。 「……まあ、仕方ない」  ヴィクトルはがっかりしてつぶやいた。 「努力はみとめてもらえるだろう」  そろそろ出かけなければ、と着替えながら、でもあれを食べて「こんなまずいごはんをつくるひととは暮らしたくない」と思われたらと不安になった。やっぱり出来合いのものだけを出すべきだろうか。いや、しかし、それではパンのみということになる。そんなそっけない朝食はよくない。どうしよう……時間がない。くそ、もう行かなければ。 「マッカチン、勇利を頼むよ」  ヴィクトルは溜息をつきつつ家を出た。  やたらと上質なベッドの中で目がさめた。勇利はしばらくぼんやりし、視界に勢いよくマッカチンが入ってきたことで、自分がどこにいるかに思い至った。 「ああ……失敗した……」  ヴィクトルに迷惑をかけてしまったようだ。さいわい、いつかのように記憶がすっかりなくなっていることはなく、自分がゆうべ何をしていたのか、どうやってここへ連れてこられたのか、それを明確に思い出すことができた。 「最悪だ……」  勇利は室内を見まわした。いかにも私的な、ヴィクトルのためという空間だった。ヴィクトルとマッカチン以外、きっと誰も入ったことがない。なのに自分が泥酔したせいで……。勇利は溜息をついた。ヴィクトルはなんと思っただろう? 優しいひとだから嫌悪感を抱いてはいないかもしれないけれど、その優しさに甘えるのは思い上がりだ。 「あぁあ……」  しかも着ているのはヴィクトルの衣服だった。まったく、自分は何をしているのだろう。もう泣きたい。  謝らなくちゃ、と部屋を出た勇利は、人の気配がないことに気がついた。なんだかよい匂いがするので食堂へ行くと、テーブルの上に朝食の支度がしてあり、上品な型押し模様のついた便せんがのっていた。  おはよう勇利。  きみが起きるまでいられなくてごめん。仕事があるので出かけるよ。  食事はテーブルの上にあるものを好きに食べてくれ。全部食べてもこぶたにはならないから大丈夫。あたためてね。コーヒーでも紅茶でも好みのものを淹れて。ミルクは冷蔵庫にあるよ。ヨーグルトもね。使った食器は流しに置いておいてくれればいい。  もし帰るのなら、鍵は自動だからそのまま出てくれ。もちろん、俺が戻るまでいてくれても構わない。むしろ大歓迎だよ。夕方には戻れると思う。  きみの服は寝室の椅子に置いてあるけど、洗っていないんだ。俺の服はどれでも好きなのを着ていいから、思うようにしてくれ。服だけじゃなく、家の中のもの、なんでも自由に使っていい。自分の家だと思ってくつろいで。マッカチンにはもうごはんをあげてある。欲しがっても騙されちゃだめだ。  それじゃあ行ってくるよ。  愛する勇利へ  きみのヴィクトルより 「……ふっ」  まるで恋人へ宛てたような書き置きに、勇利は笑ってしまった。 「愛する勇利へ、だって」  肩をふるわせながら手紙を置く。 「きみのヴィクトルより、だってさ」  迷ったけれど、せっかく用意してくれたものに手をつけないのは失礼だろう。勇利は卵料理をあたため、冷蔵庫から出したミルクをグラスに注ぎ、ヨーグルトと果物を合わせた器を並べて朝食にした。レタスやチキンを挟んであるパンは、買ってきたばかりなのか、とてもやわらかかった。卵料理はかたくていまひとつ美味しいと思えない。勇利はまた笑った。ヴィクトルでも朝ごはんつくるんだ……。しかもあまりじょうずじゃない。勇利はずっと笑いながら食事をした。そばに来たマッカチンが甘えるように勇利を見た。 「だめだよ。もうもらったんでしょ? マッカチン、ヴィクトルはあんまり料理が上手くないね。ぼくだって人のことは言えないけどね。それでもこうしてつくってくれるんだ。ヴィクトルはどうしようもなく優しいね。本当は、彼、きっと、こんなこと……」  そこで勇利は食べる手を止め、ふうっと息をついた。ヴィクトルに悪いことをしてしまった。  勇利は使った皿を洗い、丁寧に片づけをした。しかし、必要以上にものには手をふれ���かった。借りていたヴィクトルの服も洗濯するべきだったが、それは自分の家でしようと思った。とにかく、他人がさわった感じが残らないようにと、細心の注意を払った。 「マッカチン、ぼく帰るよ」  勇利はマッカチンのつむりを撫でた。 「ごめんね。もうちょっと一緒にいてあげたいんだけど」  自分の服に着替え、ヴィクトルの服はかばんにつめこんだ。やり残したことはないかとひとつひとつ考え、大丈夫だとうなずいて靴を履く。ここには、これからさき、もう来られないだろうけれど、探険なんてしなかった。じろじろ見るのは失礼だ。 「じゃあね」  勇利はすぐにヴィクトルの家を出た。ポケットには、ヴィクトルがくれた置き手紙が丁寧にたたまれ、おさまっていた。  ヴィクトルは、勇利が待っているのではないか、おかえりと迎えてくれるのではないかと思って期待をこめて帰ってきたのだが、家には明かりがついていなかったし、扉を開けたときも人の気配はなく、しんとしていた。やっぱりそうだよな、とヴィクトルは落ちこんだ。  やってきたマッカチンに話しかけつつ、食堂へ行ってテーブルを見た。勇利はすべてすっかり食べてしまったようで、食器は綺麗に洗ってあった。食べてくれただけでもヴィクトルはうれしかった。  置き手紙があった。勇利の持ち物の手帳の切れ端だ。丁寧な文字でこう書いてあった。  ヴィクトル、おかえり。  ゆうべは迷惑かけてごめんなさい。反省しています。今後はこんなこと、ないようにします。本当にごめんなさい。  朝ごはん、ありがとう。美味しかったです。  それから、服も借りちゃってごめん。洗って返します。……普通に洗っていいんだよね? ヴィクトルの服は高級なのばっかりだからこわい。手洗いします。  では。またリンクでね。  ぼくの王子様へ  貴方の忠実なる生徒より  勇利がいないことがヴィクトルはさびしかったけれど、最後のひとことでしあわせになった。 「何が忠実だ」  ヴィクトルは手紙にキスをした。 「俺の言うことなんか聞かないくせにね」  それからもヴィクトルは、折にふれ、勇利に鍵を持ってもらおうと努力をした。ジュースを買ってきてあげる、と言えば、紙パックのジュースと一緒に鍵を渡そうとした。勇利と手をつなぐときはてのひらに鍵を忍ばせ、鍵と一緒に彼の手を包んだ。勇利がすべり終わったあと、「勇利、ちょっとおいで」とまじめな顔で呼び、どんな注意をされるのだろうと身構えている彼に「とてもよかったよ。着氷のあとに妙に力が入っていたからそこさえ気をつければ言うことなしだ。ごほうびにこれをあげよう」と鍵を握らせたりもした。だが、すべてだめだった。そのたびに勇利は笑い、「なんで渡してくるの」とヴィクトルにそれを返した。時には「そんなに気軽に出してきちゃいけない」と説教をされることもあった。ヴィクトルは心外だった。渡すべき相手にしか渡していないというのに。  一緒に暮らさなくてもよいのだ。──いまはまだ。受け取ってくれるだけでいい。だが勇利はそれをよしとしなかった。それならとヴィクトルがただ家に誘っても、それさえも断った。「勇利が俺の家にいたがるように」と思って立てた計画は、ことごとくついえてしまった。まず勇利がヴィクトルの家に近づきたがらないのだから話にならない。  何がいやなのだろうと考えてみると、最初に勇利を家に泊めたことしか思い当たらなかった。勇利はきっと、迷惑をかけた、もうあんなことはしてはならないと自分を戒めているのだろう。ヴィクトルのことをいやがっているという感じはしない。ただ、長谷津にいたころより態度が厳しくなっているかもしれない。ヴィクトルに対する態度ではなく、自分を制御する態度ということである。  もっと甘えてくれていいのに、とヴィクトルは不満だった。異国の地ではさびしいと言い、ぼくに構ってとわがままを述べ、ヴィクトルの家に上がりこみ、ここに住むからめんどうを見てと求めたって、彼ならちっとも構わないのだ。ヴィクトルは勇利の言う通りにするだろう。なんでもしてあげる、望みを言ってごらん、と甘やかすにちがいない。自立心の強い勇利はそれがいやなのかもしれないが、それにしてもヴィクトルからへだたりを取りすぎだと思う。ヴィクトルはおもしろくなかった。  このところ、勇利はギオルギーと仲がいい。そのことをヴィクトルは気にしていた。勇利に友人ができるのはもちろんよいことだ。しかし、あのふたりはたいして話が合うまいと思っていたのである。ギオルギーは思いこみは激しいけれど、実直な、きちんとした男だ。ただ、話題といえば惚れた女のことばかりで、勇利にはいちばん苦手な相手ではないだろうかという気がしていた。勇利も愛にあふれているのだけれど、ギオルギーとはあきらかに型がちがう。それなのに、練習のあとは何か簡単に言葉を交わしたり、確認をしたりしているのだ。 「最近、勇利と仲がいいみたいだね」  どうしても気になったので、ヴィクトルはギオルギーがひとりでいるときを見計らい、さりげなく話しかけた。リンクサイドで自分の滑走の動画を見ていたギオルギーは顔を上げ、「ああ」とあっさりうなずいた。 「そんなにふたりの気が合うとは知らなかったよ」 「べつに気が合っているわけではないが……、カツキは話していても物静かで楽な相手だな」  勇利は確かに控えめで清楚だ。だが、「物静か」と言い切ってしまうのは多少抵抗がある。ヴィクトルはバンケットで大騒ぎした勇利を思い出し、ふっと胸があたたかくなった。しかしその安寧は、ギオルギーの次の言葉で吹き飛んでしまった。 「寮は物音にうるさい者も多いが、あれなら誰にも文句は言われないだろう。問題はなさそうだ。彼自身も過ごしやすいと言っているし、互いにとってよかった」 「なんだって!?」  聞きまちがいかと思った。寮? いったいいつ勇利が寮に行ったというのだ。意味がわからない。 「勇利は寮を訪問しているのか!?」  ものすごい剣幕で質問してしまい、まわりの注目を浴びたヴィクトルは咳払いをした。 「もちろん……、友人の家に遊びに行くくらいは当然のことなんだが」  いいのだ。それくらいは。友達は多くいたほうがよい。しかし、友人づくりを苦手としている勇利が、と思うと違和感をおぼえた。 「遊びに行っているわけではないぞ」  ギオルギーは不思議そうに言った。ヴィクトルはさらに心中穏やかではなくなった。 「どういうことだ」 「なんだ、彼に聞いていないのか?」 「何を!?」 「住んでいる部屋がだめになってしまったそうだ」 「だめに……?」 「ああ。空き巣が入ったらしい」 「勇利の部屋に!?」 「いや、同じアパートのほかの部屋らしいが、鍵は壊されるし、荒らされるし、ひと部屋では済まなかったということだ。さすがに気味が悪いだろうとヤコフコーチが彼に声をかけた。その結果、新しい部屋がきまるまで寮へ入ることになった」 「それをなんで君が知っている!?」  そういう相談は俺にすべきじゃないのかとヴィクトルは抗議した。 「そんな話、まったく聞いていない」 「ちゃんと報道されていたぞ。ヤコフコーチもニュースを見てカツキを心配したのだ」 「それは……」  確かにニュースは近頃見ていなかった。だがそういう問題ではない。 「私も以前は寮に住んでいたから、カツキもいろいろ訊きたいことがあるのだろう。私はそれに答えているだけだ。不安もあるだろうからな。そうそう、このあいだ、私の大切な女性に、親切で頼りになると言われたのだ。愛する彼女……」 「そんなことより」  ギオルギーの新しい彼女の話などどうでもよい。 「寮へ入ることを勧めたのはヤコフなんだろう?」 「そうだ。カツキはべつにもとの部屋でいいと言っていたようだが」 「よくない!」 「そうだろうな。私もあまりいいことだとは思わん。ヤコフコーチも同意見だろう」 「それならなんでヤコフは俺に言わなかったんだ!?」  ギオルギーは興味なさげにかぶりを振った。 「さあな。私もカツキに、どうせならヴィクトルにどうかしてもらってはと提案したが、そういう話にはならなかった。彼のやり方に口を挟むつもりはないからそれ以上は言わなかったが」 「意味がわからない!」  ヴィクトルは憤慨しながらヤコフがいるはずのスタッフルームへ向かった。勇利に問いただしたいが、彼はいまバレエの時間である。 「ヤコフ!」  扉を開けるなりわめいたヴィクトルに、ヤコフがめんどうくさそうな視線を向けた。 「なんだ、騒々しい」 「いったいどういうことだ!」  ヤコフは、何がだ、とは言わなかった。彼は「聞いたのか」と溜息をついた。 「聞いたとも! なんで勇利は俺のところへ来ない!?」  ヴィクトルは、重厚な椅子にゆったりと座っているヤコフのそばでまくしたてた。ソファを示されたがのんびり腰を下ろす気になれない。 「言っておくが、わしも提案した。もとの部屋で構わんというようなことを言うから、クラブの管理者としてそれは容認できないと。コーチに相談すべきだと勧めた」 「勇利はなんて!?」 「『ヴィクトルに迷惑はかけられない』そうだ」 「迷惑!?」 「ヴィクトルは優しいから、これを聞いたら部屋へ来いと言うにきまっている。それは困る。だから言わないで欲しい。そう懇願してきた」 「…………」 「わしとしてはおまえのところへ行ってもらいたいが、おどして言うことを聞かせるわけにもいかん。いかにも頑固そうな、手のつけられん態度だったしな。それで仕方なく、寮へ入れるように手続きしてやった。もっとも、寮は若い連中が多い。カツキも、自分のような立場の人間が占領していては悪いと思ったのか、すぐに新しい部屋を探すと言っておったが」  ヴィクトルは来たときと同じ勢いで部屋を出た。そろそろ勇利が戻ってくる時間だ。みっちりと叱ってやらなきゃ、と決心していた。  ところが勇利は、ヴィクトルの剣幕におそれをなした様子もなく、汗を拭きながら平然と言い返した。 「ああ、うん、寮にいるけど。それがどうかした?」 「どうかしたじゃないだろう!」  ヴィクトルはむきになった。 「そういうことは俺にいちばんに報告すべきじゃないのか!?」 「ヴィクトル、声が大きいよ……」 「聞けば、俺には黙っていてくれとヤコフに頼んだそうじゃないか。どういうことだ!」 「ヴィクトル、こっちへ……」  リンクメイトたちがじろじろ見るのを避けるように、勇利はヴィクトルの手を引いて廊下のすみへ行った。 「確かにそう頼んだよ。でもヴィクトルは、ぼくが困ってるって知ったら家においでって言うでしょ?」 「当たり前だ! 何がいけない!?」 「いけなくはないよ。ありがたいと思う。でも……」  勇利はふっと息をついた。 「ヴィクトルに迷惑はかけられないよ」  まただ。迷惑をかけられない。いったいどういうことなのだ。 「俺はそんなの迷惑だとは思わない」 「ヴィクトルは優しいからそう言うけど」 「優しいとかそういうことじゃない。俺が何度勇利に鍵を差し出したと思ってる? 冗談だとでも思っているのか?」 「あれこそ親切でしょ」  勇利はゆるゆるとかぶりを振った。 「大丈夫。心配しないで。なんとか部屋もみつかりそうだし」 「そんなの探さなくていい!」 「ヴィクトルのところには行かないよ。安心して……」  来ないから安心できないんだ! ヴィクトルはもっと言ってやろうかと思ったが、勇利の口元はしっかりと引き結ばれ、何を言われても動じない、といった印象だった。勇利も大人なのだし、彼の意思を尊重しなければならない。守ってやるからおいでと甘やかすのは失礼なのだろう。ヴィクトルはそうしたいけれど。 「……わかった」  ヴィクトルは溜息をついた。 「勇利のきめたことなら反対はしない……。でも、そういうことはちゃんと俺に言って欲しい」  勇利がゆっくりと目を上げてヴィクトルを見た。 「勇利にひみつをつくられるのはかなしいよ。俺のためを思ったのだとしてもだよ」  勇利はようやくやわらかな目つきになると、うん、とこっくりうなずいた。 「ごめんなさい」 「これからはちゃんと話してくれるね?」 「はい……。ぼくも意地になってた。よくない態度だったと思う」 「俺も頭ごなしに叱りつけてすまない。ただ勇利のことが心配なんだ」 「ありがとう」  勇利はとろけるような微笑を浮かべて熱心にヴィクトルをみつめた。ヴィクトルの胸がぎゅうっと引き絞られた。ああ、いますぐこの子をさらっていけたら。そう思った。  ヴィクトルは相変わらず、せっせと勇利を食事に誘ってはデートをくり返していた。勇利自身の意見は知らないが、ヴィクトルとしてはこれはデート以外のなにものでもなかった。  勇利は、ヴィクトルが家に招こうとしてもけっしてうなずかないけれど、外で食事をしようという誘いには素直に応じた。ヴィクトルは、なぜ外で食べるのはよくて家はだめなのだろうと思案し、もしかして勇利はヴィクトルの家を訪問したが最後、何かいやらしいことをされると心配しているのではないかと思いつき、言い訳をしたくなった。ちがうのだ。そんなことをしようと思っているのではないのだ。もちろん、将来、そうなれたらと考えてはいるが、何もいますぐ強引に、という気持ちではいない。勇利さえよけれ���──いますぐでもいいけれど。ヴィクトルはそうしていろいろと悩み、溜息をついたあげく、勇利を一度だけ家に泊めたとき何もしなかったことを思い出し、それを知っている勇利が警戒するのもおかしな話だと気がついて、自分の考えはまちがっていると悟った。どうも勇利のことになると気がはやって妙なことを考えてしまう。 「勇利、食事に行こうか」 「うん、いいよ」  その日もヴィクトルは勇利を夕食に誘い、おおいに楽しい時間を過ごした。ヴィクトルの家に来ないからといって、勇利がヴィクトルにつめたいわけではない。一緒にいるときは優しく笑うし、目つきはヴィクトルへの愛を語っている。いったい何がだめなのだろうとヴィクトルは答えの出ない問題についてまた思案した。勇利とはもう一生一緒に住めないのではないかと、気弱な不安が頭をよぎったりもした。 「明日はひどい雨らしいよ」  ヴィクトルはレストランの大きな窓から空を見上げて言った。重そうな雲が低くたれこめ、どんよりとしており、いかにも嵐が来そうな様相だった。もっとも、サンクトペテルブルクはたいてい曇っている。 「ずっと湿った空気だったね」  勇利はうなずいた。 「明日が休みでよかった」 「家に閉じこもってじっとしてることだね」 「そうする」 「俺の動画でも見るんだろう」 「たぶんね」  勇利はほほえんだ。 「今夜は大丈夫かな」 「明日の昼過ぎから大降りだそうだよ」 「そっか」 「この町じゃ、日本みたいに晴れ渡ることはめったにないから、勇利はおもしろくないだろうね」 「そんなことないよ。どこでも、その国その国の事情といいところがあるよ。ここはヴィクトルの生まれ育った町だし、そう思って見ると親しみが湧く。情緒的ですてきなところだしね」  ヴィクトルは黙って勇利の手を握った。勇利は微笑してされるがままになっていた。 「勇利……」 「ん?」  一緒に暮らしたい。その言葉をヴィクトルはのみこんだ。 「綺麗だ」  勇利は笑い出した。 「本当だ」  勇利はまだ笑って��る。 「うそじゃないぞ」 「ありがとう」  勇利はヴィクトルの手を見た。 「離してくれないと食事ができないよ」 「離したくない」 「そう?」 「ああ」  勇利は何も言わず、チョコレートのような色の甘そうな瞳でヴィクトルをみつめた。ヴィクトルは胸がどきどきして、結局手を離してしまった。だが、食事が終わるまでずっと勇利を求めていた。終わってからも求めていた。帰りたくなかった。しかし、ヴィクトルの目には、勇利は帰りたそうに見えた。 「ぼくんち、寄ってく?」  通りに出てそう問いかけられたとき、ヴィクトルの心臓は一度止まってしまった。もちろんそんなはずはないのだが、それくらいどきっとしたし、我を忘れてしまった。 「この近くなんだ。新しく借りた部屋」 「……いいのかい?」 「いいよ。狭くて殺風景なところだけど、ヴィクトルさえよかったら……」 「行く」  ヴィクトルが勢いこんでうなずくと、「ヴィクトル、鼻息が荒い」と勇利が笑った。 「そうかい?」  そうだろうな、と思った。 「うそうそ。でも期待しないでよ。何もないんだから」  何もなくてもいい。勇利がいるだけでヴィクトルには天国だ。ヴィクトルは有頂天になって勇利についていった。それにしても妙だ。ヴィクトルの家に来るのはいやで、自分の部屋へ招くのはよいのだろうか。勇利の思考回路はわからない。 「ここだよ」  路地の奥にあるその細長い建物は、いかにも古く、さびしく、うらぶれてアパートらしくなかった。 「この最上階なんだ。びっくりした? クラブの近くでぼくの支払える家賃でってなると、あんまり候補がなくて」  急な狭い階段を勇利は上がっていった。 「でも、ひみつ基地みたいでわくわくしない?」  勇利の言うことはわからないでもないが、しかしあまりに古ぼけているのではないだろうか。味わいはあるが、便利で住みやすいとは言えないようである。 「ここ。入って」  部屋もやはり狭かった。ベッドとちいさなテーブルセット、それにおもちゃのような本棚しかない。 「紅茶でも淹れるね。座ってて」 「勇利、ここ、快適なのかい?」  ヴィクトルは部屋を見まわした。 「うん。おもしろいよ」 「おもしろいね……」 「まあ、ぼくはあまり部屋にはいないから、居心地は気にしないんだ」  勇利の淹れた紅茶をヴィクトルはゆっくりと飲んだ。なくなってしまうと帰らなければならなくなる。それはせつなかった。 「ヴィクトルはこんな部屋、住んだことないでしょ」  勇利がいたずらっぽく言った。かわいい笑顔で、ヴィクトルは胸がうずいた。 「ないね」  勇利はうんうんとうなずいてくすくす笑っている。ヴィクトルは口をひらいた。 「勇利とだったら、どんなところでも住むけどね」  勇利がぱちりと瞬いた。 「ここだってそうだよ。すてきだね。確かにひみつ基地だ。勇利と身を寄せあってここで暮らしたいな」  勇利がほほえんだ。冗談だと思っているらしい。 「引っ越してこようかな」  ヴィクトルはつぶやいた。勇利がまた瞬いた。 「同じ部屋に勇利の息吹が感じられるというのはすてきだ。狭いと距離がより近くなって、さらに胸がときめく」  勇利は何も言わなかった。彼は不思議そうな顔でヴィクトルをじっと見ていた。ヴィクトルはたまらなくなった。この可憐な、世界にたったひとりのうつくしい子を愛していると思った。 「勇利……」  ヴィクトルは手を差し伸べ、向かいにいる勇利の頬にふれた。勇利はじっとしていた。 「きみと一緒に暮らしたいな……」  勇利のくちびるが何か言いたげに動いた。ヴィクトルは顔を寄せ、彼のくちびるに接吻した。勇利がはっと息をのんだ。 「──愛してる」  ヴィクトルは勇利のまじりけのない瞳をまっすぐにみつめた。チョコレート色の中に何かがきらめき、流れ星のようにすっと線を引いて、うつくしい余韻を残した。 「ごめん。帰るよ」  ヴィクトルは立ち上がった。 「ヴィクトル」 「紅茶、美味しかった。ありがとう。またね」  ヴィクトルは階段を二段飛ばしに駆け下りると、古めかしい建物を飛び出すようにあとにして、路地に立ち尽くした。  キスしてしまった。勇利に。  翌日は、予報通りの空模様だった。ヴィクトルは激しい雨音を聞きながら、勇利はいまごろどうしているだろうと考えた。ヴィクトルにキスされたことを怒っているだろうか? 気に病んでいるだろうか。それとも、まったく気にしていないだろうか。怒られるのも、嫌悪を持たれるのもいやだけれど、気にしてくれないのもさびしい。ヴィクトルは家の中をうろうろと歩きまわり、勇利のことばかり思案した。かわいい勇利。可憐な勇利。うつくしい勇利。勇利の音楽的なスケート。ヴィクトルのスケートを愛している勇利。ヴィクトルを愛している勇利。しかし家には来てくれない勇利。なのに自分の部屋には招いてくれる勇利。勇利にキスをしたヴィクトル。ヴィクトルの家にはもうずっと訪れてはくれないのだろうか。いや、それよりさきに、部屋に呼んでくれなくなるかもしれない。キスをされるなんて危険きわまりないから、ふたりきりになるのはいやだと思っているかもしれない。  いつの間にか夜になり、雨はますます激しくなってきた。ヴィクトルは溜息をつき、窓辺に立ってカーテンをそっと手で払った。表の通りを見下ろしたとき、はっとなった。街路灯のよわよわしいひかりが、トランクをごろごろ転がしてきた青年の姿を照らした。彼は防水用のウィンドブレーカーを着て、その上から重そうなバックパックを背負っていた。 「……勇利」  ヴィクトルはつぶやいた。勇利だ。ヴィクトルが見間違えるはずがない。勇利だ。  彼は通りを渡ると、迷いもなくヴィクトルの家の前庭に入ってき、小径に沿って庭を勢いよくを突っ切った。勇利の姿がヴィクトルのいる窓から見えなくなり、すぐあとに呼び鈴が大きく鳴った。ヴィクトルは駆け出し、マッカチンがついてきた。 「勇利!」  勇利は、フードの先からぽたぽたと雨しずくをこぼしながらにっこり笑った。 「こんばんは」 「勇利、どうしたんだ──いや、そんなことどうでもいい!」  勇利が来た! どんなに誘ってもヴィクトルの家へ入ることを承知しなかった勇利が。酔ってどうしようもなくなり、ヴィクトルが連れ帰ったとき以外足を踏み入れることを拒んだ勇利が。 「入ってくれ。寒かっただろう。びしょ濡れだ」 「中は濡れてないんだ。上着、ここで脱ぐね。それから、バックパックを拭くタオルを貸してもらえるとうれしいんだけど」 「ちょっと待って!」  ヴィクトルは飛ぶように走ってタオルの置いてある棚まで行き、何枚もそれをつかんで勇利のところへ戻った。ヴィクトルのあとを浮かれたようにマッカチンが追った。 「はい、これ」 「ありがとう。……ヴィクトル、こんなにいらないよ」  勇利が陽気に笑った。ヴィクトルは胸が痛いくらいどきどきした。 「上着を貸してくれ。かけておけばすぐに乾くよ。バックパックも、拭いて置いておけばいい」 「あ、悪いんだけど、このトランクも……」 「もちろんさ。こっちのすみへどうぞ。お風呂に入る?」 「ううん。冷えてないよ。一生懸命歩いてきたから暑いくらいなんだ」 「でも何かあたたかいものを用意するよ。紅茶? コーヒー? ミルク?」 「何もいらないよ」  ヴィクトルは急いで勇利を居間へ案内した。信じられなかった。勇利がいる。夢ではない。 「いきなり来てごめん」  勇利はソファではなく、ふかふかした敷物の上にぺたんと座りこんだ。ヴィクトルもすぐ前に座った。 「ぜんぜん構わない。ぜんぜん」  ヴィクトルは勢いこんで言った。勇利がほほえんだ。彼は改まったそぶりで口をひらいた。 「ヴィクトル、あのね」 「うん」 「ぼくのこと、ここに置いてくれる?」  ヴィクトルは目をみひらいた。 「ぼく、行くところないんだ」  勇利は可笑しそうに笑った。 「あのね、あの部屋、雨漏りがすごくて」  ヴィクトルは瞬いた。 「最初は食器を置いてしのいでたんだけど、もうあっちこっちで漏り始めて、器の数は足りないし、家の中にいても雨が降ってるみたいな感じで」 「…………」 「っていうのはちょっとおおげさだけど、でも、天井のあちこちに水が染み出してるし、とてものんびり過ごせないんだよね」 「…………」 「次こういうことがあったらちゃんと報告しろってヴィクトル言ってくれたし……」  勇利は目を伏せ、それから上目遣いでヴィクトルを見た。 「つまり、ここに住んでいいっていう意味でしょ?」 「…………」 「何度も鍵をくれようとしたし……」 「…………」 「あれ、ぼく、ヴィクトルはコーチとしての義務感でそうしてくれてるんだと思ってたんだけど、ちがったみたい」 「…………」 「だって、ゆうべ、ヴィクトル……」  勇利は頬を赤くし、そっとみずからのくちびるに指先でふれた。ヴィクトルは胸がいっぱいで何も言えなかった。 「……あれ? そうじゃなかった?」  勇利が不思議そうに顔を傾けた。 「もしかして、ぼくが最初に考えてたのが正しいの?」 「…………」 「やっぱり、責任感で渡そうとしただけだった? 報告しろっていうのも、言葉の通り? ただ報告すればよかっただけ? ぼく、来ちゃいけなかった?」  ヴィクトルはなおも口が利けなかった。勇利は困ったように頬に手を当てた。 「ぼく、まちがえた? はずかし──」  ヴィクトルは両手を差し伸べ、勇利を胸に抱きしめた。勇利がぱちくりと瞬いた。 「……まちがってない」  ヴィクトルはささやいた。 「合ってる」 「…………」 「合ってるよ……」  勇利がヴィクトルを見た。ヴィクトルはチョコレート色の瞳と視線を合わせ、まぶたをほそめると、首をかたげてくちびるを重ねた。勇利がヴィクトルの背中に手をまわし、そっと目を閉じた。 「なんでなかなか俺の家に来てくれなかったんだい?」  ヴィクトルは、うっとりと胸にもたれかかっている勇利に抗議するように言った。万事望み通りになり、喜びでうきうきしてしまうと、そんなふうに文句を述べるゆとりができた。 「ひどいじゃないか。俺をもてあそんだのか? そうだろう。俺が何度も鍵を渡そうとしたり、家においでと誘ったりするのを見て笑ってたんだ」 「だからそれは義務感からの行動だと思ったんだってば……」  勇利は片目を開け、あきれたようにヴィクトルを見た。 「なぜそんなふうに思う? あんなに熱心だったのに。俺が勇利を愛してるのなんてあきらかだろう? なのに家には行きたくないとか、鍵を渡してくるなんて恥知らずだとか」 「言ってないよ」 「それくらいの気持ちだったんだろ」 「あのね、ぼくばっかり責めないでくれる? ヴィクトルはいまは気を変えたみたいだけど、もとはといえばヴィクトルのせいじゃないか。ぼくと暮らしたくなかったでしょ」 「なんてことを言うんだ」  ヴィクトルはますますむっとした。 「そんなわけないだろう。冗談じゃない。誰がそんなことを言った?」 「ヴィクトル」 「そうだろう。誰も言わない。きみの想像だ。……なんだって?」 「ヴィクトルが言った」  勇利はヴィクトルの胸から身体を起こし、自分は悪くないというように言い張った。 「ヴィクトルがそう言ったん��よ」 「なに言ってるんだ?」  ヴィクトルは眉根を寄せた。 「ヴィクトル、また忘れたんだね」  勇利は笑った。 「そんなことは言っていない」  ヴィクトルは断定的に宣言した。 「言うわけないだろう? なんで勇利と暮らすのをいやがらなければならないんだ。わけがわからない。こんなに望んで、夜も眠れなかったっていうのに」  ヴィクトルは勇利と額をこつんと重ね、こらしめるようににらんだ。 「何を勘違いしているのか知らないが、そんなあり得ないことを──」 「他人に入りこまれたくないって」  勇利がそらんじるようにつぶやいた。 「え?」 「誰も家に入れるつもりはないって」 「なに?」 「誰かが入ると思うとぞっとするって」 「……何が?」 「ここはヴィクトルとマッカチンだけのお城。そうだったでしょ?」 「…………」  そんなことは言ってない。言っていない、……はずだ。言っていない……。しかし、記憶の底に何かひっかかるものがあった。 『ヴィクトルは、いま、家はどうしてるの?』 『俺、自分の家に他人が入ることがいやなんだ。俺の家には誰も入れるつもりはないよ。絶対にね』 『ヴィクトルとマッカチンだけのお城だね』  あれか……!  ヴィクトルは動揺した。すっかり忘れていた。そもそもあれは、勇利を拒絶したいという意味での発言ではなかった。かえって勇利への愛情を表現したつもりになっていたのだ。あのころはここでふたりで暮らせるなんて、考えてもいなかったから。 「ち、ちがうんだ、勇利」  ヴィクトルはうろたえながら言い訳を始めた。 「あれはそういう意味じゃない。そうじゃないんだ」 「そう言われたらぼくだって遠慮するよね。ああ、ぼくには入りこめない場所なんだなって。わがまま言ってヴィクトルにめんどうだと思われたくないもの」 「ちがうんだ」 「ヴィクトルは人を自分の家に入れたくない。なのに鍵を渡そうとするから、このひとは残酷だなあと思ったよ。ぼくをためしてるのかと思った。これで大喜びで受け取ったりしたら、自覚のないやつだってきめつけられるのかなって」 「ちがう! そういうつもりじゃなかった」 「酔っぱらってヴィクトルのお世話になったときは本当にまいったよ。嫌われたかと思った。できるだけ家のものにさわらないようにしてすぐに帰ったけど、あのとき、ヴィクトル、本当はいらついてなかった?」 「そんなわけないだろう! 俺は家に帰ったら勇利がいるかもしれないと思ってわくわくしてたんだぞ!」 「それは初めて知った」  勇利はくすっと笑った。 「勇利、よく聞いて」  ヴィクトルは真剣に言いつのった。 「確かに言った。他人は入れないとね。でもそれはちがうんだ。勇利に誤解されたくなくて。俺はあのときまで、本当に家には誰も入れていなかったんだ」 「これからさきも入れたくないんじゃないの?」 「黙って聞いてくれ。確かに入れたくない。入れたくないが、いいんだ。勇利はいいんだ。俺はただ、勇利が俺のことをもてると思ってるみたいだったから、誰でも家に入れると断定されたくなかっただけなんだ」  ヴィクトルは一生懸命に説明した。 「勇利なら別だ。勇利は来ていいんだよ」 「そう?」 「そうなんだ。むしろ来て欲しいんだ。いて欲しいんだ。勇利がいなくちゃだめなんだよ、俺は」 「そう?」 「そうなんだ。そうなんだ」 「ふうん」 「勇利が別に部屋を借りると言ってきて、俺がどれだけがっかりしたと思う。もう毎日毎日しおれてたんだよ。ヤコフたちに訊いてみてくれ。勇利がロシアへ来るのはうれしい。最高だ。でも一緒に住めないなんてひどい。そんなの聞いてない。俺は衝撃のあまりぐったりしていた。ふらふらだった」 「そうなの?」 「どうすればいいのか考えていた。勇利は言い出したら聞かないから、とりあえずは受け容れるしかない。勇利の気に入らないことをして、また終わりにするなんて言われたらたまらないからね。でもあきらめたわけじゃなかった。どうにかして勇利の気持ちを変えようと思っていた。将来はふたりで暮らすんだときめてた」 「そうなの?」 「勇利をここへ迎えようと必死なのに、勇利はぜんぜん俺を相手にしてくれないし、勝手に寮へ行ったりするし、さらに部屋を借りたりするし、さすがの俺もくじけそうだった」 「前向きなヴィクトルが」 「おまえが頑固だからだ」 「ヴィクトルが誰も入れたくないって言うからだよ」  勇利はじっとヴィクトルの目を見た。 「ぼくだってヴィクトルのところに来られたらなあと思ってたよ。でも、あんな拒絶の言葉を聞いたんじゃ、絶対そんなこと言えないじゃないか。手がかかる邪魔者だなんて思われたくないからね」 「それは……、それは、悪かったけど……でもあれはずっと前の……」 「部屋へ入られるのは困る、って宣言してるひとに、ところで一緒に住んでいい、なんて訊けないよ」 「それはそうだけど……」 「ぼくだって……」  勇利はふと目を伏せ、吐息のような声でささやいた。 「さびしかったんだからね……」  そのひとことでヴィクトルはもう何もかもをゆるせる気がした。 「本当だよ」  勇利が念を押した。 「本当にさびしかったんだから」 「ごめん」  勇利はほほえんだ。 「……でも、食事に誘ってくれたのはうれしかったよ」 「……勇利」 「酔ったぼくを家に連れてきてくれたのも」 「勇利!」  ヴィクトルは夢中で勇利を抱きしめた。 「勇利、俺の勇利。おまえは、俺が自然で豊かな生活をいとなむために不可欠な存在だ」  ヴィクトルは勇利の耳元に熱烈にささやいた。 「勇利、愛してる」  勇利が純粋そうな目でヴィクトルをじっと見た。 「おまえなしじゃだめなんだ。ぜんぜんだめだ」 「…………」 「いつも、勇利と会っているあいだは元気なのに、帰ってきてからは冷蔵庫の奥でひからびたチーズみたいになっていた」  その物言いに、勇利がかすかに笑った。 「かわいそうだろう?」 「……うん」 「ヴィクトル・ニキフォロフじゃないみたいだろう」 「ん……」 「俺を元気にできるのは誰なのか、どういう行為なのか、勇利、知っている?」 「…………」 「わかるだろう?」 「ふたりでひみつ基地に行って、雨漏りのする部屋で過ごしてみる?」  ヴィクトルは笑い出し、勇利に頬ずりをした。 「確かにそれは楽しそうだ」 「ぼくの最初のアパートで、泥棒が来るかもしれないって思いながら暮らすとか」 「スリルがあるね……」  ヴィクトルは勇利のくちびるを親指でなぞった。 「選んだ部屋がことごとくそんなことになるなんて、ぼく、運がないのかなあ」 「今度の部屋は最高だ」 「本当?」 「本当さ。なにしろ、ずっときみの王子様がいるからね。さっそく勇利の部屋のものを買いにいこう。でも買わなくていいものもある」 「なに?」 「ベッドはいらないよね。俺のがあるから」  ヴィクトルがきめつけると、勇利はおおげさにあきれた顔をした。 「話すことがまずそれなの?」 「そうだ」 「えっちなんだから……」 「そうだ。俺はえっちだ。覚悟しておいてくれ。おまえはえっちな男と住むことになるんだ。これがどういうことかわかるよね?」 「えっちなんだから」  勇利はヴィクトルをにらんだ。 「でも勇利を泊めた夜は何もしなかっただろう?」 「分別があるね」 「えっちだけど紳士だよ」 「えっち紳士」  勇利はくすくす笑い、ヴィクトルの肩に頬を寄せた。 「……べつに、何かされても、よかったけど」 「え?」  勇利はぱっと立ち上がると、「上着は乾いたかな」と言いながら玄関のほうへ行ってしまった。 「勇利、ちょっと待って。どういう意味だ? きみね……」 「あ、乾いてる。ヴィクトル、これどこに置いたらいい? トランクも。ぼくの部屋は?」 「勇利!」  ヴィクトルは勇利の腕をつかみ、真剣に言った。 「今夜から一緒に寝るぞ」 「ぼくが試合でクワドフリップ跳ぶのを見ているときみたいな顔で言わないでください」 「そんな顔してた? というかきみ、試合中に俺の顔を見ている余裕があるのか?」 「試合中は見てないよ。でも、どこのテレビ局も、ぼくがクワドフリップ跳ぶときはヴィクトルの顔を映すんだよ。あとでスロー再生見たら絶対ヴィクトルを挟んでくるんだから。ヴィクトル、すごく挑戦的だよ」 「そうかな。初めて知った。勇利、返事は? もしかしてかわそうとしてる? 俺は断られているのか」 「ヴィクトル……、分別があるね」  勇利はほほえんだ。ヴィクトルは分別をかなぐり捨てて、勇利を寝室へ連れていった。 「ぼくの荷物」 「そんなの明日にしろ」  ヴィクトルは勇利をベッドに押し倒すと、服を一枚一枚脱がせていった。勇利はとくに文句も言わず、されるがままになっていた。 「ヴィクトル……ぼく……」 「さあ、もう何も言わないで。愛してるんだ……」  ヴィクトルは勇利を抱きしめた。勇利のしなやかな肢体はいともたやすく腕の中におさまって、すんなりとヴィクトルのもののようになった。ヴィクトルは勇利のおとがいを持ち上げた。くちびるを重ねると、甘えるように勇利が抱きついてきた。ヴィクトルは夢中になって熱烈なキスをした。 「……待って。ひとことだけ、いい?」 「こわいことじゃないだろうね」 「ちがうよ。それが終わったら本当にもう何も言わないから」  勇利はヴィクトルのくちびるをかるくついばんだ。ヴィクトルは身構えた。 「じつはあの卵料理、いまひとつだったんだ。ヴィクトルでも変な料理つくるんだぁって思った。発見。ちょっとうれしい。以上」 「勇利、それ、いま言わなきゃいけないこと? 『ヴィクトルでもセックスへたくそなんだぁ』とは絶対言わせないからね」
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yumituki · 5 years
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Cいつかのことが今思い出される
うまく笑えないだけ。
君がそう言ったのは確か出会って間もなくのことだったと思う。
記憶が曖昧なわけじゃない。言葉の形や声の種類が違う同じ台詞を、君は何度か口にしたことがある。
少し出てもいいかな、と僕が言ったとき、君は別になにも気に止めない表情で見送る。お昼をどうするか、君はたったそれだけを訊ねる。僕は、それまでには帰るよ、とだけ言った。
本当にそれまでには帰るつもりでいた。そして君は僕のための食事を用意してくれているだろう。
行き先も決めずに車を走らせた。その時に、ふと頭に浮かんだのは、春に何度か君と来たことがある公園だった。そこへ行こうと思った。もうそろそろそんな時期だった。
他愛もない話で盛り上がるラジオが低いボリュームで流れている。君が低くしたままのボリュームのままだった。時々、DJの言う『卒業』という言葉がやけに耳に残った。
公園に着くと、日曜日の、しかも昼前の心地よい時間なのに車は極端に少なかった。だだっ広い駐車場で、どこにでも停めることができるのに、それなのに、どこに駐車しようか迷ってしまいため息が溢れた。停める場所を選ぶことが、とにかくひどく面倒だとさえ感じた。結局、軽自動車が停まっているその横に車を停めた。
気を取り直して、外に出よう、そして少し歩こうと思った。太陽の光がおとなしい光をそっと地面に落としていた。今にも芽吹きそうな草木がそこかしこにあった。平凡な公園の風景だ。だけど、美しくも思えた。風の冷たさが沁みた。光の温もりよりもすこしだけ風の冷たさが優っている。温もりには時間が必要で、冷たさにはそれほど時間が必要ではない。ポケットに手を入れ、背中を丸め、僕は緩やかな坂を歩いて高台へ続く道を行く。小さな蕾をつけた木々が出迎えてくれる。耐え忍ぶ蕾はこれから自分がどうなるかを知っているのだろうか。それとも知らずにいるのだろうか。秀麗な枝ぶりの桜を見ながら春を感じたいといつの間にか思っている自分に気付いた。
少し登ったところにある、遊具のある広場にも誰もいなかった。子どもたちがすこしはいても良さそうだと思った。遊具が寂しげに佇んでいた。遠くで、車の行き交う音が聞こえる。誰もいない公園を歩いていると、どこか隔離された場所にいるような気持ちになった。
丘の上にあるベンチを見つけ、そこに腰を下ろした。身体の芯に温もりを感じ、呼吸が少しばかり早くなっていた。息を整えるために視線を下げると、間違えて早く咲いた桜の花びらが芝生の隙間に挟まるようにあるのを見つけた。踏まれたからか、それとも雨や自然環境のせいか、三日月のような形で押し込まれるようにあった。すぐ近くにせっせと食べ物を運ぶありんこがいて、弱々しい黄色い小さな花を咲かせる植物にぶつかり、行き先を器用に変化させた。視線を上げ、新しくできた住宅地を見た。昔は山だった場所に、真っ白な家が敷き詰められ、等間隔に並んで建っていた。
君があの台詞を言う時、決まって僕がいつもと違うことをした時だったように思う。君を喜ばせるために花束を用意したり、君を喜ばせるために突然レストランに誘ったり、君がきっと喜ぶと思うスカートを贈ったりした時だった。もうすこし喜んでほしい、とても残念な事実だけど、僕は自分のために君を喜ばせようとしていた。君はそのことをよく分かっていた。すこしは喜んでくれたんだと思う。君はあの台詞を言った。
ありんこはせっせと食べ物を運んでいる。時々よろめいたりして、でも健気に頑張っている。黄色や白色の花の下を、通って自分たちの家まで運んでいる。彼らは実質的に働いている。
坂の下の方から、子犬を連れた老女が登って来た。いかにも僕に話しかけそうな雰囲気があった。犬はゆっくりと歩くだけで吠えたり尻尾を振ったりはしなかった。
「こんにちは」老女は僕に挨拶をしてくれた。僕も挨拶をした。そして何事もなく通り過ぎ散歩を続けた。僕はまた変わり果てた街並みを見た。そして昔の景色をはっきりと思い出せないことに気付かされた。
十五年前に僕らは初めて二人で海外旅行へ行った。君は三度目の海外旅行で、僕は二度目だった。でも自分たちの稼いだお金で旅行するのは二人とも初めての旅行だった。夢でもあった欧米へ行きは躊躇された。金銭的にも断念しなければならなかったのが大きな理由だが、それよりも僕はそこに広がる世界が自分たちの立っている場所とは大きく隔たりがあることが怖かった。僕自身、自分に自信がなかった、そう言い換えてもいい。でもこの旅行は全てを二人で話し合って決めたものだった。後悔はなかった。二人分の旅行代金を現金で支払った。確か二人で十五、六万円くらいだった。
機内食は思ったよりも粗末だったし、機内で見られる映像やなんかは期待外れのものだった。見たことがある映画か興味のない映画しかなかった。一番興味を持った現地の観光映像はうまく映らず途切れ途切れだった。君は隣にいたけど眠り続けていたし、僕は小説の同じ文章が繰り返し目に入るだけだった。周囲は日本人が多く、外国人は半分もいなかった。本当にこの飛行機がシンガポールに降りるのかどうか信じられない自分がいた。僕は幼くて怖がりだった。まだちゃんと物事を考えることができなかった。本だって、場違いなドストエフスキーを何冊も持って出たし、変えのTシャツも多くカバンに詰め過ぎていたし、『旅』というそのものが何も変えてくれないことを知らなかった。
昔のことについて考えたいわけではなかった。だけどそのことがなぜかふと思い出されたのだ。この考えがなぜ現れて、どこに行き着くのかを目の前の風景を眺めながら考えていた。
君はシンガポールの運河の前のベンチに座り、その海面や、向こう側の近代的な街並を見ていた。過去や未来を行き来するような遠い目で、本当に海外へ、二人でやってきたことをしみじみ感じているような表情をしていた。その表情は笑っているわけでもなく、冷たいわけでもない、だが僕を深く安心させてくれる表情だった。行き着いたのは、あの時のあの場所の君の横顔だった。
どのくらいそうしていたかはわからないが、上まで行って戻って来た犬を連れた老女が目の前を通り過ぎようとしていた。犬が足を止め、それによって老女も足を止めた。
「いつもなら子供たちも結構たくさんいるんだけど」と言った。
「そうですか。今日はいませんね」と僕は言った。
老女は被っていたニット帽子の耳のあたりを捲りあげ、僕の声が聞こえてないことをジェスチャーで伝えた。僕はもう一度同じことを言った。
犬を連れた老女は「いい天気なのにね」にと言った。
「ほんと、こんなに気持ちがいいのに」と老女は付け加えるように言った。老女の背中にはおとなしい光が注がれていて、その後ろには新しい街並みが半分だけ見えた。
「どうも」僕はそう言って、立ち上がり、車の方へ戻ろうとした。老女は僕と少し会話できたことがよかったのか、僕と同じく、どうもと言った。寂しげな笑顔だった。僕は君が台所に立って、野菜を洗い、スープを作る様子を想像した。
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